0910-1810/11/\100/頁/JCOPY(図1).俗に“ものもらい”“めばちこ”“めいぼ”などとよばれる.b.診断通常,発赤,腫脹,疼痛,圧痛があり,進行すると膿点がみられる.c.治療麦粒腫は細菌感染症であるから,治療の基本は抗菌薬の投与である.腫脹の強い症例では点眼薬や眼軟膏の局所投与だけではなく内服薬による全身投与を併用する.穿刺あるいは切開して排膿という治療法もあるが,抗菌薬の投与が基本となる.2.霰粒腫a.定義霰粒腫(chalazion)はマイボーム腺の非感染性(無菌性)の慢性肉芽腫性炎症である.b.病理・病因病理組織学的に脂肪肉芽腫である.発症機序は不明であるが,マイボーム腺分泌物(おもに脂質)が排出されずに導管内で停滞すると,分泌物が貯留し変性する.変性した分泌物が腺外の実質組織と異物反応を生じた結果,肉芽腫を生じると考えられる.なお,霰粒腫は?胞である,あるいは,霰粒腫には被膜があるという記載をみることがあるが,霰粒腫の眼瞼全層切除標本をみると霰粒腫は?胞ではないし,被膜に包まれてもいないことがわかる1).はじめにマイボーム腺に腫瘤を生じる疾患には,麦粒腫,霰粒腫,マイボーム腺梗塞,脂腺癌,脂腺腺腫がある.本稿では,前3者をマイボーム腺の炎症性腫瘤疾患として,後2者を腫瘍性疾患と大別し,概説する.Iマイボーム腺を場とする炎症性腫瘤疾患1.麦粒腫a.定義麦粒腫(hordeolum)は眼瞼に付属する腺組織の細菌感染症である.睫毛に付属する皮脂腺(Zeis腺)や汗腺(Moll腺)に感染が生じた場合,外麦粒腫とよばれ,マイボーム腺に感染が生じた場合は内麦粒腫とよばれる(47)1107*HirotoObata:自治医科大学眼科学講座〔別刷請求先〕小幡博人:〒329-0498栃木県下野市薬師寺3311-1自治医科大学眼科学講座特集●マイボーム腺研究,臨床の最前線あたらしい眼科28(8):1107?1113,2011マイボーム腺を場とする腫瘤性疾患MassLesionsinMeibomianGland小幡博人*図1内麦粒腫瞼結膜に白色の膿点と充血を認める.4歳,男児.1108あたらしい眼科Vol.28,No.8,2011(48)c.診断:霰粒腫の2つのタイプ霰粒腫は瞼板内に発生するが,瞼板内に限局しているものと,瞼板前面を破壊し,眼瞼前葉にまで炎症が及ぶものの2つのタイプがある1,2).前者を“限局型”,後者の進行した状態を“びまん型”と分類すると病態がわかりやすい(図2).限局型の場合,発赤,疼痛,圧痛はなく,皮下に固い腫瘤として触知される(図3a).このタイプが典型的な霰粒腫で,半年以上前から痛みのないしこりがあるが,治らないので来院したという患者に代表される.一方,びまん型は,眼瞼前葉に炎症が及ぶため,皮膚に発赤がある(図3b).この場合,無痛あるいは軽度の圧痛がある.びまん型を放置しておくと皮膚が自壊し,霰粒腫の本態である肉芽腫が露出することがある(図3c).霰粒腫は通常,瞼結膜側には隆起がなく,瞼板前壁眼輪筋脂肪肉芽腫眼輪筋脂肪肉芽腫ab図2霰粒腫の2つのタイプa:限局型.脂肪肉芽腫が瞼板内に限局しているタイプ.b:びまん型.脂肪肉芽腫が瞼板前面を破り,眼瞼前葉にまで及び皮膚が発赤しているタイプ.(文献2より改変)acbd図3霰粒腫の外眼部写真a:瞼板内に限局している霰粒腫.皮膚に発赤はない.b:眼瞼前葉に及んでいる霰粒腫.皮膚に発赤がみられる.3歳,男児.c:皮膚が自壊し,肉芽腫が露出した状態.6歳,男児.d:霰粒腫が瞼結膜側に破裂して生じたポリープ状の肉芽組織.(49)あたらしい眼科Vol.28,No.8,20111109(1)局麻下手術,(2)全身麻酔(以下,全麻)下手術,(3)ステロイド軟膏治療の3つのいずれかの治療を症例に応じ選択している3).局麻下で行う手術は,短時間で済むと考えられ,かつ抑制が可能な乳幼児に限られる.一方,多発例など手術に時間を要する場合,抑制が不可能と考えられる小児の場合などは全麻手術の適応となる.さらに,局麻手術はトラウマになる,全麻手術は全身的なリスクがあるなどの理由で,手術をしないで治す方法はないかと相談されることがある.このような場合,ステロイド軟膏による治療がある.具体的にはステロイドの眼軟膏(ネオメドロールEER軟膏,プレドニンR眼軟膏など)を1日2回眼瞼皮膚に塗布する(図4).この治療の短所は,縮小までに約1?3カ月と時間がかかること,眼圧上昇の懸念があることである.上記(1)?(3)のいずれにも迷う場合は経過観察をし,臨機応変に考える.f.麦粒腫と霰粒腫の鑑別霰粒腫と麦粒腫の大きな相違点は,前者は非感染症,後者は感染症という点である.この大前提があるものの両者の鑑別が困難な症例に遭遇することはしばしばである.その理由はいくつか考えられる.(1)霰粒腫が進行すると眼瞼皮膚が発赤し感染症のようにみえること,(2)霰粒腫は麦粒腫から生じることがある,(3)霰粒腫に2次的に細菌感染が起こることがある,などの理由である.(2)と(3)に関しては,まことしやかに信じられ発赤が目立つことは少ない.しかし,ときに瞼結膜側に破裂し,ポリープ状の肉芽組織を生じることがある(図3d).急性霰粒腫あるいは化膿性霰粒腫という病名があるが,この定義ははっきりしない.おそらく,細菌感染を伴ったと考えられる霰粒腫,あるいは,皮膚が発赤している霰粒腫を指していると思われる.急性霰粒腫と内麦粒腫を同義語のように捉える考え方もあり,混乱している用語である.d.治療―成人の場合治療は手術,すなわち,切開と掻爬(incision&curettage)が基本である.アプローチには経結膜法と経皮法がある.筆者は,瞼板内に限局していると考えられる場合は経結膜法で,眼瞼前葉に及ぶびまん型の場合は経皮法で行っている3).いずれのアプローチにしろ,鋭匙で十分に掻爬した後は,最後に,挟瞼器をはずし,触診で腫瘤の取り残しがないかを確認する.ステロイドの局所注射という治療法も知られているが,筆者は施行していない.なぜなら,注射をするのであれば,局所麻酔薬を注射し,切開・掻爬をするほうが早期に確実に治癒させることができると考えているからである.e.治療―小児の場合小児の霰粒腫の治療は,成人のような局所麻酔(以下,局麻)による手術がむずかしいため,しばしば治療方針に悩む.筆者は,家族あるいは本人とよく相談のうえ,ab図4ステロイド軟膏で治療した霰粒腫本人も家族も手術を希望せずネオメドロールEER軟膏で治療した7歳,女児.治療前,上眼瞼に2個多発していたが(a),治療後1カ月で著明に縮小した(b).1110あたらしい眼科Vol.28,No.8,2011(50)い.両者がオーバーラップするような状態を認めるにしても,その確定診断はむずかしい.たとえば,マイボーム腺開口部から白色膿汁が出て,瞼結膜も充血し,内麦粒腫のようであるが,固い腫瘤は霰粒腫のようでもある.膿汁の培養は陰性であった(図7).読者の方の診断は如何であろうか.麦粒腫と霰粒腫の鑑別がつかないときの治療方針は,両方の可能性を説明し,まず抗菌薬の点眼薬と内服薬を処方する.しこりが残るようであれば霰粒腫の可能性であることを説明し再来してもらい,手術治療の説明を行う.薬物治療→手術治療という順序を遵守する.3.マイボーム腺梗塞a.定義と診断マイボーム腺梗塞とは,瞼板内のマイボーム腺の走行と一致して固形物が生じるものである.マイボーム腺分泌物である脂質が固まったと考えられる透明なものや白色固形物状のものがある(図8).通常は無症状であるが,大きいものでは異物感や美容目的から除去を希望され来院することがある.b.病理・病因病因は不明であるが,脂質の性状変化や脱落した導管上皮細胞などにより導管が閉塞し,内容物が濃縮,固形化したものと考えられている4).以前,白色固形状のマイボーム腺梗塞の病理組織標本を作製したところ,角化ているが,確固たる証拠はない.鑑別のむずかしい例を提示する.眼瞼皮膚に発赤・腫脹・わずかな膿点があり麦粒腫のようにみえる(図5).皮膚切開をすると白濁した液体が勢いよく出たが,根底には典型的な霰粒腫の粥状物が存在しており,霰粒腫であった症例である.ちなみに,白濁液の培養は陰性であった.発赤,腫脹,膿点などは鑑別点にならないとすると,疼痛・圧痛の有無と抗菌薬に対する反応の有無という2点が鑑別点と考え,鑑別フローチャートを作成した(図6).g.迷った場合の治療方針麦粒腫と霰粒腫の鑑別は考えれば考えるほどむずかし図5麦粒腫のようであるが霰粒腫であった例皮膚切開をするとまず白濁した液体がでたが,根底には典型的な霰粒腫の粥状物が存在していた.麦粒腫疑い霰粒腫疑い切開・掻爬疼痛,圧痛反応あり反応なし麦粒腫確定抗菌薬投与粥状物の観察ありなし霰粒腫確定図6麦粒腫と霰粒腫の鑑別フローチャート図7麦粒腫か霰粒腫か鑑別困難な例マイボーム腺開口部に白色膿汁と瞼結膜の充血がみられる固い腫瘤.(51)あたらしい眼科Vol.28,No.8,20111111が多いということである(図9a).びまん性に浸潤して眼瞼炎のような所見を呈することもある(図9b).初期の小さい脂腺癌は診断がむずかしい(図9c).5年生存率は約90%であるが,霰粒腫の再発や眼瞼炎と誤診され病期が進行すると,まず所属リンパ節へ転移を生じる(図9d).50歳以上の霰粒腫様の病変は脂腺癌を疑うことも大切である.c.治療腫瘍を完全に取り切ることが基本である.放射線感受性は高くないが,高齢者で全身状態が悪い場合などは放射線治療も行われる.有効な化学療法は知られていない.早期発見と早期治療が大切である.d.霰粒腫と脂腺癌の鑑別点脂腺癌は古今東西,霰粒腫と誤診される.マイボーム腺という同じ組織から発生する腫瘤であるから所見が類似するのは確かである.鑑別点は,脂腺癌は,(1)黄色調を呈することが多い,(2)切開時に粘稠な黄色の粥状物が出ずに,黄白色のぼろぼろとした固形物が出る,(3)触診で脂腺癌のほうが固い,などである.霰粒腫として複数回手術を行ったあとの再発例では,腫瘍は白色,ろう様の外観を呈することがある(図10).2.脂腺腺腫脂腺腺腫(sebaceousadenoma)は,脂腺から発生する良性腫瘍である.白色で,桑の実状,毛糸玉状を呈することが多い(図11).確定診断は病理診断である.脂物が主であり,一部にグラム陽性球菌を認めた5).白色であることは必ずしも白血球の塊ではないことに留意すべきである.c.治療通常,瞼縁に近いところにできるため,眼瞼皮膚側から手指で圧迫するとマイボーム腺開口部より摘出される.これでも摘出しにくい場合は,27ゲージ針などを用いて瞼結膜側より摘出する.d.梗塞という病名は適切か病理の教科書によれば,梗塞とは血液の供給の途絶による虚血性壊死のことであり,マイボーム腺梗塞という病名は適当ではないかもしれない.英語で表現するのであれば,meibomianglandinfarctionではなく,結膜結石と同じで,meibomianglandconcretion(凝集物)が適当であると思われる.IIマイボーム腺を場とする腫瘍性疾患1.脂腺癌a.定義脂腺癌〔sebaceous(gland)carcinoma〕とは脂腺から発生する悪性腫瘍である.眼瞼にはマイボーム腺とZeis腺の2つの脂腺があるが,マイボーム腺癌やZeis腺癌というより眼瞼の脂腺癌とよばれることが多い.b.診断確定診断は病理検査であるが,見た目の特徴として重要なことは,脂腺癌は黄色あるいは黄白色を呈することab図8マイボーム腺梗塞の外眼部写真a:眼瞼縁に近い瞼結膜直下に黄色透明な固形物がみられる.b:眼瞼縁に近い瞼結膜直下に白色の固形物がみられる.1112あたらしい眼科Vol.28,No.8,2011(52)acbd図9眼瞼の脂腺癌a:脂腺癌は黄色調を呈することが多い.b:眼瞼炎と誤診されるような脂腺癌の例.表面不整で黄色の病変がびまん性に広がっている.c:脂腺癌の初期であるが,霰粒腫と鑑別がむずかしい.d:耳前や顎下の所属リンパ節へ転移した例.図11脂腺腺腫の外眼部写真白色で桑の実状を呈する.図10霰粒腫として3回手術をうけていた脂腺癌眼瞼縁に近い部分に白色,ろう様の固い腫瘍がみられる.あたらしい眼科Vol.28,No.8,20111113腺癌より頻度は低く,成長は一般に緩徐である.おわりに麦粒腫と霰粒腫は,失明する疾患ではなく,おおよそ治ってしまう疾患のため眼科のなかでは重要度が低く扱われる傾向にある.しかし,頻度の高い疾患であるものの,真の病因・病態は不明である.一度,話題を提供すると,侃々諤々の議論となるのも麦粒腫と霰粒腫ではないだろうか.一方,脂腺癌は高齢化社会の到来とともに症例が増加する可能性があり,看過しないように意識を高めておく必要がある.なお,近年報告のあるマイボーム腺のintratarsalkeratinouscystについては割愛した.文献1)HarryJ,MissonG:Chalazion(‘meibomiancyst’).In;ClinicalOphthalmicPathology.p46-49,Butterworth-Heinemann,Oxford,20012)小幡博人:霰粒腫の病理と臨床.眼科47:87-90,20053)小幡博人:霰粒腫・麦粒腫.大鹿哲郎(編):外眼部手術と処置.眼科プラクティス19,p30-36,文光堂,20084)上野脩幸:マイボーム腺梗塞.眼科学,p26,文光堂,20025)小幡博人:Meibom腺梗塞と霰粒腫.石橋達朗(編):いますぐ役立つ眼病理.眼科プラクティス8,p41-43,文光堂,2006(53)