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結膜腫瘍

2011年11月30日 水曜日

特集●目が赤いあたらしい眼科28(11):1555.1558,2011特集●目が赤いあたらしい眼科28(11):1555.1558,2011ConjunctivalTumors日野智之*外園千恵*はじめに目が赤いことを主訴に受診する患者のなかに,結膜腫瘍を認めることがある.充血を伴う結膜腫瘍について,良性・悪性に分類し,臨床所見を中心にまとめた.I良性腫瘍1.結膜乳頭腫若年から高齢までの幅広い年代に生じるが,特に20.30歳代の若年層に好発する(図1).発生要因としてヒトパピローマウイルス(humanpapillomavirus:HPV)の6型や11型の感染との関連が指摘されている1,2).小児では小型で多発する傾向があるのに対して,成人では孤発性でやや大きい傾向がある.図136歳,男性の結膜乳頭腫小型で球結膜,下眼瞼に多発している.乳頭腫は,重層扁平上皮が乳頭状に増殖した良性腫瘍で,皮膚,口腔内,喉頭,外陰部粘膜などに発生する.眼では下方球結膜または涙丘部に発生しやすく,ピンク色で表面に光沢があり,血管に富むカリフラワー状の特徴的な所見を呈する.大きなものでは結膜上に広がっているようにみえるが,有茎性で細い茎で結膜につながっているものが多い.生検もしくは切除により病理学的に確定診断を行う.2.翼状片翼状片は,結膜下組織の異常増殖による角膜への侵入を本体とする疾患である.三角形をなし,鼻側に生じることが多い(図2).発生原因は紫外線照射の関与が考え図272歳,男性の翼状片鼻側に発生し,瞳孔領までの結膜の伸展を認める.*TomoyukiHino&ChieSotozono:京都府立医科大学大学院医学研究科視覚機能再生外科学〔別刷請求先〕外園千恵:〒602-0841京都市上京区河原町通広小路上ル梶井町465京都府立医科大学大学院医学研究科視覚機能再生外科学0910-1810/11/\100/頁/JCOPY(43)1555 図380歳,男性の偽翼状片鼻側,耳側からの結膜の伸展を認める.られている.特に鼻側の瞼裂部結膜は,鼻による反射光が最も集光する部位であり,紫外線の作用により結膜下線維芽細胞の増殖性変化を生じるとの説が有力である.また,化学外傷,物理的外傷,角膜疾患に続発したものを偽翼状片(図3)といい,鼻側に限らず,幅広いものが多い.II悪性腫瘍1.結膜上皮内新形成(conjunctivalintraepithelialneoplasia:CIN)CINは結膜扁平上皮が異常増殖した状態であるが,病変は上皮内にとどまり,基底膜は保たれている.好発部位は瞼裂部の角膜輪部であるが,結膜円蓋部や,眼瞼結膜に出現することもある.転移はまれで,生命予後は良好である.CINの一部はHPV16型あるいは18型の感染と関連している3).瞼裂部の角膜輪部に生じるCINは,表面が膠様で凹凸のある比較的平坦な隆起性病変を呈することが多く(図4a),翼状片と見誤られることが少なくない.角膜輪部に沿って徐々に平面的に広がって,隣接する角膜表面や球結膜上に拡大していく.結膜扁平上皮癌(squamouscellcarcinomaoftheconjunctiva:SCC)との鑑別が困難であり,摘出した組織の病理所見により診断を確定する.一般的にSCCのほうが厚みを伴い隆起していることが多い.腫瘍が平坦に拡大するために健常部との境界部がわかりにくいことがあるが,フルオレセイン染色を1556あたらしい眼科Vol.28,No.11,2011ab図477歳,男性のCINa:輪部の約3/4周(6時から3時方向)が腫瘍に置き換わっている.b:フルオレセイン染色で腫瘍組織と正常組織の境界が明瞭になる.行うと境界が明瞭に判別できる(図4b).治療は腫瘍の完全切除が基本であるが,抗腫瘍薬(マイトマイシンC:MMC,5-フルオロウラシル:5-FU)やインターフェロンの点眼が有用とする報告もある4.6).2.結膜扁平上皮癌(squamouscellcarcinomaoftheconjunctiva:SCC)SCCは異型性を示し異常増殖した結膜扁平上皮細胞が基底膜を超えて浸潤する.60歳以上の高齢者に多く発症し,女性より男性にやや多い.発生要因として紫外線曝露,喫煙,HPV16型および18型の感染との関連が指摘されている.通常,瞼裂に一致した球結膜あるいは輪部に発生し,時に結膜円蓋部や眼瞼結膜に生じる.膠様の凹凸のある(44) 図564歳,男性のSCC特徴的な打ち上げ花火状の血管を認める.図682歳,男性のSCC腫瘍へ向かう太い血管を認める.白色隆起性病変が角膜表面に広がりCINに類似するものと結節状でカリフラワー状の特徴的な外観を呈するものがある.後者の場合,腫瘍内には打ち上げ花火状の特徴的な血管がみられることが多い(図5).腫瘍周辺には腫瘍に向かう太い流入血管がある(図6).腫瘍はCINと同様,平面方向に拡大し,進行すると眼表面全体を覆うようになる.治療はCINと同様であるが,SCCは抗腫瘍薬(MMC,5-FU)やインターフェロンの点眼では根治できないという指摘もある7).3.結膜悪性リンパ腫片眼あるいは両眼の球結膜あるいは結膜円蓋部にサー(45)ba図757歳,女性の結膜悪性リンパ腫結膜円蓋部にサーモンピンクの充実性腫瘍を認め,生検で悪性リンパ腫と診断された.a:上方結膜,b:下方結膜.モンピンク色の隆起性の充実性病変として認められる(図7a,b).異物感などの自覚症状を伴わないことが多く,慢性結膜炎やアレルギー性結膜炎などの病名で長く治療されていることがある.結膜悪性リンパ腫は良性の反応性リンパ過形成(図8)や結膜アミロイドーシス(図9)との鑑別が必要である.特に反応性リンパ過形成は前眼部所見が類似しており,診断の確定には病理組織学的検索が必須である.結膜悪性リンパ腫はほとんどがB細胞性リンパ腫であり,びまん性の小細胞型あるいは中細胞型を示し,核分裂像はみられないか乏しい.近年では粘膜由来のリンパ腫のうち低悪性度,B細胞性,発育緩徐粘膜局所に限局といった特徴を有するものをMALT(mucosal-assosiatedlymphoidtissue)lymphomaと名付け,他のリンパ腫とは性質や予後が異なるグループとして分類している.診あたらしい眼科Vol.28,No.11,20111557 図842歳,女性の反応性リンパ過形成図7の症例に類似する所見であるが,病理検査で上皮化に密なリンパ球の集簇を認めた.免疫組織学的検索(L26,CD3,CD5,CD10,cyclinD1)ではmonoclonalityはなかった.断確定後は全身検索を行い,血液内科などと連携して治療方針を決める.結膜アミロイドーシスは,全身異常を伴わずに眼局所のみ(結膜)にアミロイドの沈着を生ずる原因不明の疾患である.やや黄色みを帯びた腫瘍であり,生検により結膜下のアミロイド沈着を認めることで診断できる.反応性リンパ過形成,結膜アミロイドーシスとも進行は緩徐であり,経過観察が主体となる.文献1)SjoNC,HeegaardS,PrauseJUetal:Humanpapillomavirusinconjunctivalpapilloma.BrJOphthalmol85:785787,20012)ShieldsCL,ShieldsJA:Tumorsoftheconjunctivaand図977歳,女性の結膜アミロイドーシスやや黄色みを帯びた結膜腫瘍であり,生検にて結膜下にアミロイド沈着を認めた.cornea.SurvOphthalmol49:3-24,20043)ScottIU,KarpCL,NuovoGJ:Humanpapillomavirus16and18expressioninconjunctivalintraepithelialneoplasia.Ophthalmology109:542-547,20024)YeattsRP,EngelbrechtNE,CurryCDetal:5-Fluorouracilforthetreatmentofintraepithelialneoplasiaoftheconjunctivaandcornea.Ophthalmology107:2190-2195,20005)Frucht-PeryJ,SugarJ,BaumJetal:MitomycinCtreatmentforconjunctival-cornealintraepithelialneoplasiaamulticenterexperience.Ophthalmology104:2085-2093,19976)KarpCL,MooreJK,RosaRHJr:Treatmentofconjunctivalandcornealintraepithelialneoplasiawithtopicalinterferonalpha-2b.Ophthalmology108:1093-1098,20017)MuratTunc,DevronHChar,BrooksCrawfordetal:Intraepithelialandinvasivesquamouscellcarcinomaoftheconjunctiva:analysisof60cases.BrJOphthalmol83:98-103,19991558あたらしい眼科Vol.28,No.11,2011(46)

強膜炎

2011年11月30日 水曜日

特集●目が赤いあたらしい眼科28(11):1551.1554,2011特集●目が赤いあたらしい眼科28(11):1551.1554,2011Scleritis堀純子*はじめに強膜炎は,日常診療で遭遇する頻度が少なくなく,近年は自己免疫疾患の増加傾向に伴ってその患者数も増加していると推測される1).筆者らの施設における眼炎症疾患患者の10%以上は強膜炎である2).強膜炎の症状は「目が赤い」に加えて「強い眼痛」が特徴であり,診断自体はむずかしくない.しかし,重篤な強膜炎は強膜穿孔に至り眼球が温存できない場合もあり,非感染性か感染性かを早期に鑑別し,重症度に応じた治療選択をすることが重要である.強膜炎の治療方法の選択肢は近年格段に拡大している.非感染性強膜炎は膠原病などの全身性炎症疾患に随伴することが多い.筆者らの施設における全身性随伴疾患がある強膜炎患者の約70%は,強膜炎の原因精査がきっかけで全身疾患の診断に至っている3).強膜炎に遭遇した場合には,眼局所の治療のみでなく,潜在する全身性疾患の検索も眼科医師に要求されていることを念頭におかなければならない.本稿では,強膜炎の診断と分類,病態および治療をアップデイトする.I診断と分類1.症状と眼所見強膜炎に明確な診断基準はなく,症状と眼所見より診断する.強い眼痛と充血の他,顔面への放散痛,視力低下や眼球運動障害が症状である.強膜炎の特徴の一つである強い充血は,強膜血管炎による血管拡張と蛇行(図1A,B)である.強膜炎では,1,000倍希釈エピネフリン(ボスミンR)点眼による充血消退がないことで結膜BA図1前部強膜の著しい血管拡張と蛇行びまん性強膜炎.A:関節リウマチに随伴,B:骨髄異形成症候群に随伴.*JunkoHori:日本医科大学眼科学教室〔別刷請求先〕堀純子:〒113-8603東京都文京区千駄木1-1-5日本医科大学眼科学教室0910-1810/11/\100/頁/JCOPY(39)1551 図2暗赤色の結節関節リウマチに随伴した結節性強膜炎:強膜血管の拡張と蛇行に加えて,暗赤色の隆起病変が観察される.図4周辺部角膜の浸潤と潰瘍悪性関節リウマチに随伴した壊死性強膜炎:強膜は菲薄化し,周辺部角膜に浸潤と潰瘍を認める.充血や輪部充血と鑑別できる.また,強膜の暗赤色の結節(図2),菲薄化や壊死(図3),虹彩毛様体炎や角膜周辺部の浸潤や潰瘍(図4)を呈することもある.後部強膜炎では,滲出性網膜.離や乳頭浮腫,脈絡膜.離をみる.超音波Bモード,CT(コンピュータ断層撮影)MRI(磁気共鳴画像)で後部強膜の肥厚や輝度増強を呈(,)する.2.臨床所見による分類Watson分類が汎用されている4).部位別に,上強膜炎,前部強膜炎,後部強膜炎に分類する.さらにそれぞれを形状別に,びまん性,結節性,壊死性に分類する.上強膜炎は壊死性タイプを欠く.一方,前部強膜炎の壊1552あたらしい眼科Vol.28,No.11,2011図3強膜の菲薄化と壊死関節リウマチに随伴した壊死性強膜炎:強膜血管は著明に拡張し,強膜は菲薄化,結膜と壊死強膜は癒着し小潰瘍が散在している.死性タイプは,炎症性,非炎症性,穿孔性軟化症の3タイプに分類される.Watson分類は,部位と形状による分類であるため,炎症性や非炎症性という表現は,強膜血管の拡張による充血があるかどうかで判断され,全身や眼局所の免疫応答を含めた病態は考慮されていない.3.非感染性強膜炎と感染性強膜炎非感染性か感染性かの早期鑑別が予後を左右する.非感染性強膜炎のおもな随伴疾患を表1に示す.自己免疫疾患の他に,単純または水痘帯状ヘルペス,梅毒,ライム(Lyme)病,結核,らい病などの感染症の場合があるが,この場合も病原体に対する免疫応答による強膜炎である.原因検索のためには,自己免疫疾患,サルコイ表1強膜炎が随伴する全身疾患膠原病,炎症性全身疾患,血液疾患感染性全身疾患関節リウマチ単純ヘルペス血清反応陰性脊椎関節症水痘帯状ヘルペス炎症性腸疾患梅毒Wegener肉芽腫ライム(Lyme)病結節性多発性動脈炎結核Behcet病らい病側頭動脈炎,高安病,SLE再発性多発性軟骨炎サルコイドーシス白血病SLE:全身性エリテマトーデス.(40) ドーシス,および上記の病原体感染の精査が必要である.日本医科大学眼炎症外来では,強膜炎の臨床検査項目として,血算,生化学,血液像に加えて,免疫グロブリン(IgG,IgA,IgM)リウマチ因子(RF),CRP(C反応性蛋白),補体価,蛋白分画,抗好中球細胞質抗体(anti-neutrophilcytoplasmicantibodies:ANCA),抗核抗体(ANA),アンギオテンシン変換酵素(ACE),ツベルクリン反応,梅毒血清,胸部X線,を実施している.特にc-ANCAはWegener肉芽腫症の診断と活ドーシス,および上記の病原体感染の精査が必要である.日本医科大学眼炎症外来では,強膜炎の臨床検査項目として,血算,生化学,血液像に加えて,免疫グロブリン(IgG,IgA,IgM)リウマチ因子(RF),CRP(C反応性蛋白),補体価,蛋白分画,抗好中球細胞質抗体(anti-neutrophilcytoplasmicantibodies:ANCA),抗核抗体(ANA),アンギオテンシン変換酵素(ACE),ツベルクリン反応,梅毒血清,胸部X線,を実施している.特にc-ANCAはWegener肉芽腫症の診断と活眼手術歴,穿孔性眼外傷と植物や土壌の混入の既往がある場合は,細菌や真菌による感染性強膜炎を疑う.特にマイトマイシンCやb線照射を使用した翼状片手術,白内障や緑内障手術,強膜バックル(スポンジ)の既往,は危険因子である.初診時に眼脂を採取し,原因菌の分離培養と薬剤感受性を調べることが大切である.眼脂培養が陰性でも,ステロイドや免疫抑制剤の投与で増悪する場合は感染性であることを疑い,病巣部の表層強膜生検による病理学的な細菌と真菌の証明を検討する.II非感染性強膜炎の病態強膜炎を随伴する全身性免疫疾患の多くは,全身性抗原に対する免疫複合体が末梢血中を循環している.たとえば,関節リウマチでは抗シトルリン化蛋白抗体や抗核抗体,Wegener肉芽腫症ではANCA,などが,標的抗原と結合したものが免疫複合体である.免疫複合体はループ状やヘアピン状に屈曲した微細な血管内に沈着しやすいため,強膜血管は腎糸球体と同様に,沈着が起きやすいと考えられる.血管内に沈着した免疫複合体には補体が結合し,補体系活性化により炎症細胞浸潤が誘導され,強膜血管炎が発生すると考えられる.非感染性壊死性強膜炎の摘出眼球の病理像でも強膜血管の血管炎所見が報告されており,同領域への多彩な免疫担当細胞の浸潤,血管壁のフィブリノイド壊死と血管閉塞による虚血性強膜壊死,炎症細胞によるコラーゲン破壊,さらに蛋白分解酵素性のコラーゲン融解が,病理炎症細胞によるコラーゲン破壊強膜血管(ループ)に免疫複合体が沈着免疫複合体に補体が結合,補体系の活性化,炎症細胞浸潤全身性抗原に対する抗体の産生(ANCA,抗核抗体,抗シトルリン化蛋白抗体など)免疫複合体(抗原+抗体)の形成と末梢血内循環全身性病態強膜内病態強膜血管炎強膜血管壁のフィブリノイド壊死強膜血管の閉塞強膜血管外への炎症細胞浸潤と炎症性サイトカイン産生蛋白分解酵素の過剰発現コラーゲン融解強膜壊死図5非感染性壊死性強膜炎の発症機構全身性免疫応答の産物である免疫複合体が,強膜血管に沈着して血管炎が発生し,血管閉塞による虚血性壊死と,炎症および蛋白分解酵素性の強膜壊死をきたす.(41)あたらしい眼科Vol.28,No.11,20111553 像から考察される病態である像から考察される病態である(図2).III治療の多様化1.非感染性強膜炎の治療従来は,0.1%べタメタゾン点眼が無効であれば,プレドニゾロン内服を開始する治療方針が定番であった.しかし現在は,ステロイド剤の結膜下注射,非ステロイド系消炎剤の内服,ミコフェノール酸モフェチルやメソトレキセートなどの免疫抑制剤の内服,さらには,抗TNF(腫瘍壊死因子)-a抗体などの生物学的製剤,などが選択肢に加わり,重症度や全身随伴疾患により選択する1,9.13).びまん性強膜炎と軽症の結節性強膜炎は,0.1%ベタメタゾン点眼4.6回/日から開始し,効果が不十分の場合は,2%シクロスポリン点眼(院内製剤)の5回/日点眼を追加する.これでも不十分である場合は,強膜菲薄部を避けてデキサメタゾン0.3mlまたはトリアムシノロン0.1.0.2mlの結膜下注射を行う9).また,疼痛が強くなくても,炎症コントロール目的で非ステロイド系消炎剤の内服を用いる10).重篤な結節性強膜炎と壊死性強膜炎および後部強膜炎に対しては,プレドニゾロン内服0.5.1mg/kg/日から漸減する.ステロイド内服に反応の悪い例や再燃をくり返す例には,ミコフェノール酸モフェチル1g/日を内服する11).リウマチや膠原病に随伴する難治性強膜炎にはメソトレキセートを6.8mg/週12),ANCA陽性血管炎やWgener肉芽腫症に随伴する症例はシクロホスファミドを用いる13).シクロスポリンやアザチオプリンはステロイドとの併用療法やステロイド減量後の維持療法として用いられる.免疫抑制剤の全身投与は易感染,肝機能障害,腎障害,骨髄抑制,悪性腫瘍などの重篤な副作用を伴うため,リウマチ膠原病内科との連携が必須である.また,インフリキシマブ(抗TNF-a抗体),ダクリツマブ(抗CD25抗体),リツキシマブ(抗CD20抗体)といった生物学的製剤の輸液療法が強膜炎に有効であると欧米では報告されている1).なお,重篤な壊死性強膜炎で,特に穿孔性強膜軟化症には,壊死病巣除去と保存強膜,保存角膜または保存羊膜によるパッチを行う外科的治療を行う14).1554あたらしい眼科Vol.28,No.11,20112.感染性強膜炎の治療感染組織の外科的切除および原因菌に感受性のある抗生物質の全身投与と局所投与を行う.疼痛に対して非ステロイド系消炎剤を投与し,ステロイド使用は避ける.感染組織の不十分な除去は,再発の原因となり,ときに眼内炎に移行する場合がある.複数回の手術中に壊死部穿孔もある.文献1)SmithJR,MackensenF,RosenbaumJT:Therapyinsight:scleritisanditsrelationshiptosystemicautoimmunedisease.NatureClinicalPractice3:219-226,20072)伊藤由希子,堀純子,塚田玲子ほか:日本医科大学付属病院眼科における内眼炎患者の統計的観察.臨眼63:701705,20093)若山久仁子,堀純子,塚田玲子ほか:日本医科大学付属病院眼科における強膜炎患者の統計的観察.あたらしい眼科27:663-666,20104)WatsonPG,HayrehSS:Scleritisandepiscleritis.BrJOphthalmol60:163-191,19765)RionoWP,HidayatAA,RaoNAetal:Scleritis.Aclinicopathologicstudyof55cases.Ophthalmology106:13281333,19996)FongLP:Immunopathologyofscleritis.Ophthalmology98:472-479,19917)UsuiY,ParikhJ,GotoHetal:Immunopathologyofnecrotizingscleritis.BrJOphthalmol92:417-419,20088)GirolamoDi:Increasedexpressionofmatrixmetalloproteinasesinvivoinscleritistissueandinvitroincultureshumanscleralfibroblasts.AmJPathol150:653-666,19979)AlbiniTA,ZamirE,ReadRWetal:Evaluationofsub-conjunctivaltriamcinolonefornonnecrotizinganteriorscleritis.Ophthalmology112:1814-1820,200510)JobsDA,MudunA,DunnJPetal:Episcleritisandscleritis:clinicalfeaturesandtreatmentresults.AmJOphthalmol130:469-476,200011)DanielE,ThorneJE,NewcombCWetal:Mycophenolatemofetilforocularinflammation.AmJOphthalmol149:423-432,201012)GangaputraS,NewcombCW,LiesegangTLetal:Methotorexateforocularinflammatorydiseases.Ophthalmology116:2188-2198,200913)PujariSS,KempenJH,NewcombCWetal:Cycrophosphamideforocularinflammatorydiseases.Ophthalmology117:356-365,201014)SangwanVS,JianV,GuptaP:Structualandfunctionaloutcomeofscleralpatchgraft.Eye21:930-935,2007(42)

緑内障発作

2011年11月30日 水曜日

特集●目が赤いあたらしい眼科28(11):1545.1550,2011特集●目が赤いあたらしい眼科28(11):1545.1550,2011GlaucomatousAttac溝上志朗*はじめに緑内障発作は“目が赤い”疾患のうち,適切かつ速やかな処置を要する代表的な眼科救急疾患である.しかしながら頭痛や嘔気などの激しい全身症状を伴うことから脳神経疾患や消化器疾患などと誤認されやすく,結果として治療時期を逸してしまい重篤な視機能障害をきたすケースは今でも決して珍しくない.本稿では,閉塞隅角緑内障による緑内障発作の病態と対処法について概説する.I診断眼圧は通常40mmHgを上回り80mmHg近くまで達することもある.結膜には比較的強い毛様充血を認め,角膜浮腫を認める.周辺部前房深度はきわめて浅く,スリット光にて全周にわたる隅角閉塞を確認できる.対光反応は減弱もしくは消失している(図1).眼圧上昇が長期間に及ぶと,前房細胞,フィブリン析出などの前眼部炎症が増強し,虚血,低酸素による虹彩萎縮や水晶体前.下混濁(Glaukomflecken)などの所見が認められるようになる(図2).自覚症状としては,眼圧上昇に伴う角膜浮腫の増強により,虹視,霧視,視力低下をきたす.また,眼痛,頭痛,悪心・嘔吐などの全身症状が生じ,この原因としては三叉神経刺激症状と迷走神経反射によるものと考えられている.図1緑内障発作眼毛様充血,角膜浮腫を認める.中等度散瞳し,対光反応は減弱している.図2緑内障発作の寛解後虹彩萎縮を認める(矢印).*ShiroMizoue:愛媛大学大学院医学系研究科感覚機能医学講座視機能外科学(眼科学)〔別刷請求先〕溝上志朗:〒791-0295愛媛県東温市志津川愛媛大学大学院医学系研究科感覚機能医学講座視機能外科学(眼科学)0910-1810/11/\100/頁/JCOPY(33)1545 IIなぜ隅角は閉塞するのか?IIなぜ隅角は閉塞するのか?.1.瞳孔ブロック瞳孔ブロックは隅角閉塞機序のなかで最も主要なメカニズムである1).房水は後房から前房に流入するにあたり,水晶体前面と虹彩後面の接触により生じる流入抵抗を受ける.このときに生じる前後房間の生理的圧較差を相対的瞳孔ブロックと称している.この相対的瞳孔ブロックで生じる圧較差には水晶体前面と虹彩の接触の度瞳孔ブロックプラトー虹彩水晶体因子水晶体より後方因子図3隅角が閉塞するメカニズム(概念図)複数の因子がオーバーラップして作用すると考えられている.図4瞳孔ブロックによる隅角閉塞水晶体前面と虹彩の接触により生じる,前後房間の圧較差の増大が周辺部虹彩を前弯させる.1546あたらしい眼科Vol.28,No.11,20113.61.81.31.61.40.30.40.00.00.04.03.53.02.52.01.51.00.50.0有病率(%):男性:女性40~4950~5960~6970~7980以上年齢(歳)図5原発閉塞隅角緑内障の有病率(多治見スタディ)男性よりも女性に多い,加齢に伴い有病率は上昇する.(文献2より)合いが関与するとされ,この圧較差の増大は周辺部虹彩を前弯させる力として作用する結果,隅角閉塞をきたすと考えられている(図4).相対的瞳孔ブロックを伴う原発閉塞隅角緑内障は,基本的に眼軸長が短く前房が浅い遠視眼の発症頻度が高く,加齢による水晶体厚の増加は瞳孔ブロックの増強に作用する.多治見スタディでは原発閉塞隅角緑内障の有病率は0.6%であり,加齢に伴い有病率が上昇すること,男性よりも前房深度が浅い女性に多いことが示された(図5)2).相対的瞳孔ブロックは,瞳孔散大時に増強するため,暗所,感情的ストレスなどによる交感神経系緊張時,または副交感神経遮断作用,交感神経刺激作用を有する感冒薬や向精神薬などの服用が緑内障発作を誘発することがよく知られている.2.プラトー虹彩形状プラトー虹彩は,虹彩面が平坦で虹彩根部で後方へ屈曲した形状を呈する.この形状を有する虹彩は瞳孔ブロックが作用していない状態でも隅角閉塞をきたす可能性がある.しかし臨床上,レーザー虹彩切開術がなされていない状態では瞳孔ブロックによる隅角閉塞と厳密に区分できないことが多い.超音波生体顕微鏡(UBM)で観察すると,平坦な虹彩面と虹彩根部の屈曲,および前方偏位した毛様体突起などの所見が確認できる(図6).純粋なプラトー虹彩形状による閉塞隅角緑内障は,中央前房深度は正常であることが多いため,開放隅角緑内障(34) と誤認されることがある(図7).3.水晶体および水晶体より後方の因子水晶体因子は水晶体そのものが隅角閉塞の主因とみなされる場合であり,過熟白内障などにより水晶体厚が極図6プラトー虹彩症例のUBM所見平坦な虹彩面と虹彩根部の屈曲,および前方偏位した毛様体突起が確認できる.図7図6のプラトー虹彩症例の細隙灯顕微鏡所見本症例は散瞳検査により高度な眼圧上昇をきたし紹介された.純粋なプラトー虹彩形状による閉塞隅角緑内障は,中央前房深度は正常であるため開放隅角緑内障と誤認されることがある.端に増大した場合や,水晶体が亜脱臼した場合などで大きく前方に偏位をきたすと,虹彩が後方から線維柱帯に押しつけられる格好となり急性の隅角閉塞をきたす原因となる.このような場合でも隅角の閉塞機序に,瞳孔ブロックや,後述する水晶体より後方の因子が重複して作用している可能性がある(図8).治療は水晶体摘出,再建術が第一選択となる.水晶体より後方の因子としては,慢性毛様体ブロックメカニズム3)や毛様体脈絡膜.離4)の関与が注目されている.慢性毛様体ブロックメカニズムとは,従来,濾過手術後の合併症である悪性緑内障でみられる毛様体ブロックが,同様に慢性的に作用することで閉塞隅角をき図8水晶体亜脱臼による緑内障発作本症例の眼軸長は正常だが,中央前房深度は極端に浅い.水晶体の前方偏位により隅角閉塞をきたしていた.図9慢性毛様体ブロックによる隅角閉塞が疑われた症例人工水晶体の光学部が前方に偏位し,中央前房深度が浅い.UBMで毛様体突起の圧排(矢印)が確認された.(35)あたらしい眼科Vol.28,No.11,20111547 点眼前点眼前図10図9の症例のアトロピン点眼前後の前眼部写真とOCT所見人工水晶体光学部の偏位が改善し,中央前房深度は正常化している.たすと考えられている.病態としては,本来毛様体突起で産生された房水が何らかの原因により,本来のルートである後房から前房へ流出せず,硝子体腔内へと一方的に流入することで,水晶体よりも後方の圧が高まり,水晶体虹彩隔壁が前方移動することによる浅前房と隅角閉塞をきたすことが想定されている.本症の診断は人工水晶体眼では比較的容易であり,細隙灯顕微鏡で前方偏位した人工水晶体の光学部,UBMにより毛様体突起が後方からの圧排されている所見が確認できる(図9).対処法としては悪性緑内障と同様に,毛様体弛緩剤を点眼すると一時的に慢性毛様体ブロックを解除することが可能であるが,効果は一時的であることが多い(図10).本メカニズムの恒久的解除には,前部硝子体の切除による房水流路の是正が必要とされている.III治療と予防1.急性原発閉塞隅角症への対応急性原発閉塞隅角症は診断がつき次第,治療を開始する.初期治療の基本は,まず眼圧を下降させ,瞳孔ブロックの解除措置を速やかに行うことである1).眼圧下降には,主として高浸透圧薬の点滴静注が用いられるが,それ以外にアセタゾラミドの経静脈あるいは経口投与,b遮断薬点眼などが行われる.縮瞳による一時的な瞳孔ブロックの解除を目的に1.2%ピロカルピン点眼を1時間に2.3回点眼する.しかしピロカルピン点眼は前述した毛様体ブロックメカニズムに対しては逆効果となるため禁忌である.初期治療が奏効し眼圧下降が得られれば,瞳孔ブロックの恒久的な予防措置を考慮する.一方,初期治療によって瞳孔ブロックの解除が得られず眼圧下降が得られない場合は,状況に応じてレーザー虹彩切開術,手術的虹彩切除術,および水晶体摘出,再建術が選択される.2.原発閉塞隅角症の分類とスクリーニング法原発閉塞隅角症(緑内障)は病態の進行度に合わせて分類する方法が広く用いられている.狭隅角ではあるものの,まだ周辺部虹彩前癒着(PAS)の形成や,眼圧上昇ともに認めない段階を原発閉塞隅角疑い(primary1548あたらしい眼科Vol.28,No.11,2011(36) 表表のISGEO分類機能的隅角閉塞が起こりうる状態.隅角原発閉塞隅角疑い鏡検査により3象限以上にわたって線維柱帯色素帯が確認できない.眼圧上昇,緑内障性視神経症なし原発閉塞隅角症周辺部虹彩前癒着(PAS),眼圧上昇を認める原発閉塞隅角緑内障原発閉塞隅角症の所見に加え,緑内障性視神経症を認めるangle-closuresuspect:PACS),PASと眼圧上昇を認める原発閉塞隅角症(primaryangle-closure:PAC),そしてPACの所見に緑内障性視神経変化を伴う原発閉塞隅角緑内障(primaryangle-closureglaucoma:PACG)と分類されている5)(表1).vanHerick法による周辺部前房深度の観察は,閉塞隅角のスクリーニングに有用である.一般的に周辺部前房深度が角膜厚の厚さの1/4以下のGrade1.2では隅角閉塞をきたしている可能性が高い(表2).診察室を暗くした状態で観察することも有用で,UBMや前眼部光干渉断層計(OCT)を用いなくとも隅角の機能的閉塞を観察できることがある(図11).また最近では閉塞隅角のスクリーニングに特化した走査型周辺部前房深度計(scanningperipheralanteriorchamberdepthanalyzer:SPAC)6)や,高解像度の前眼部OCTが用いられつつある.表2vanHerick法Grade周辺前房深度Grade1角膜厚の1/4以下Grade2角膜厚の1/4Grade3角膜厚の1/4.1/2Grade4角膜厚以上3.予防措置をいつ,どうするか?急性閉塞隅角症に対する予防措置の適応判断であるが,一般的にPACSの段階であれば経過観察,PAC以降は予防的措置が必要とされている.しかしながら,PACSの状態からいきなり急性隅角閉塞に至る可能性も指摘されており,予防的措置の適応に対する臨床的に有用かつ明確な基準が打ち出されていないのが現状である.瞳孔ブロックに対する対応としては,虹彩切開術,もしくは虹彩切除術が根本的治療法であるが,わが国では,レーザー虹彩切開術後の不可逆性の角膜内皮障害より水疱性角膜症が多数報告されたため,その施行に対しては慎重になる傾向にある.その代替として,白内障が進行した高齢患者については,瞳孔ブロックの解消を目的とした白内障手術が積極的に行われる方向にある.しかしながら,まだ水晶体の混濁がないか軽度の若年者に対して瞳孔ブロックの解除目的で行う白内障手術の是非に関してはまだ議論の余地が残されている.上方隅角所見明所暗所図11暗所での周辺部前房深度の観察で隅角閉塞を認めた症例暗所下の散瞳により鼻側隅角に機能的閉塞が確認された.隅角鏡検査で上方にPAS(矢印)を認めた.(37)あたらしい眼科Vol.28,No.11,20111549 おわりにおわりに文献1)日本緑内障学会緑内障診療ガイドライン作成委員会:緑内障診療ガイドライン第2版.日眼会誌110:777-814,20062)YamamotoT,IwaseA,AraieMetal:TheTajimiStudyReport2:PrevalenceofprimaryangleclosureandsecondaryglaucomainaJapanesepopulation.Ophthalmology112:1661-1669,20053)桑山泰明:閉塞隅角緑内障の病態:慢性毛様体ブロック.あたらしい眼科22:1175-1176,20054)SakaiH,Morine-ShinjyoS,ShinzatoMetal:Uvealeffusioninprimaryangle-closureglaucoma.Ophthalmology112:413-419,20055)FosterPJ,BuhrmannR,QuigleyHAetal:Thedefinitionandclassificationofglaucomainprevalencesurveys.BrJOphthalmol86:238-242,20026)KashiwagiK,KashiwagiF,TodaYetal:Anewlydevelopedperipheralanteriorchamberdepthanalysissystem:principle,accuracy,andreproducibility.BrJOphthalmol88:1030-1035,20041550あたらしい眼科Vol.28,No.11,2011(38)

ぶどう膜炎

2011年11月30日 水曜日

特集●目が赤いあたらしい眼科28(11):1539.1543,2011特集●目が赤いあたらしい眼科28(11):1539.1543,2011Uveitis橋田徳康*大黒伸行**はじめに虹彩・毛様体・脈絡膜のいずれかもしくは,そのすべてを炎症の主座とするぶどう膜炎疾患において,その病態からすべての疾患で充血をきたす可能性がある.虹彩・毛様体を炎症の主座とする前部ぶどう膜炎だけでなく,脈絡膜が炎症の主座の後部ぶどう膜炎でも充血は起こりうる.ぶどう膜炎のなかでも強膜炎に関しては別の項で詳細に解説があるので,この項ではそれ以外に充血を起こすぶどう膜炎疾患について述べる.誌面の関係より鑑別疾患について触れるのみで,その治療法に関しては成書を参照していただきたい.ぶどう膜炎の原因疾患として大別して感染性と非感染性があり,それぞれについて代表的な疾患を提示する.目は心の窓であるという言葉がある.意味は異なるが眼は全身疾患の窓として,充血という眼症状から全身疾患の発見につながる症例も多く存在する.I非感染性ぶどう膜炎に伴って充血をきたす疾患1.虹彩炎・虹彩毛様体炎原因は何であれ,虹彩毛様体炎はほとんどのぶどう膜炎で必発である.症状は眼痛・充血・羞明感・軽度視力低下・流涙がある.Behcet病や強直性脊椎炎に合併して生じる急性前部ぶどう膜炎による充血の場合には,充血に加えて前房蓄膿がみられるのでわかるが,非典型的な症例で前房蓄膿がみられないような症例では,鑑別がむずかしく全身所見や全身検査の結果から診断していく必要がある.Behcet病やサルコイドーシスなどにおいては疾患の診断基準が確立されているので,眼所見と合わせて診断基準に準拠して診断を確定することも大切である.炎症には,血球のなかでも白血球が重要な役割を果たしているが,その表面には抗原であるHLA(humanleukocyteantigen)分子という蛋白質が発現している.すべての症例に当てはまるわけではないが,特定のHLAとの関連を指摘されている疾患群があるので(たとえば,HLA-B51とBehcet病など),HLAのタイピングも確定診断の助けになる.治療はステロイド薬点眼から始めてステロイド薬の結膜下注射や内服を行う.全身疾患を合併する場合には,原因疾患の治療が必要であり優先すべきなので内科的な精査を行う必要がある.2.前房蓄膿を形成する虹彩毛様体炎前房蓄膿を形成するぶどう膜炎にはBehcet病・急性前部ぶどう膜炎(AAU)・糖尿病性虹彩炎症などがあるが,その各々で充血をきたす.急性前部ぶどう膜炎では,充血や視力低下,ときに眼痛や羞明があり,強い毛様充血を認める(図1).前房内に多数の炎症細胞を認め(図2),線維素析出(図3)や虹彩後癒着(図4)をよく起こし前房蓄膿を認めることがある(図5).特にAAUではHLA分子のなかでもA,B,CといったclassI分子に属するHLA-B27との関連が有名である.臨床的には,AAUでみられる前房蓄膿はフィブリンを伴った粘*NoriyasuHashida:大阪大学大学院医学系研究科眼科学講座**NobuyukiOguro:大阪厚生年金病院眼科〔別刷請求先〕橋田徳康:〒565-0871吹田市山田丘2-2大阪大学大学院医学系研究科眼科学講座0910-1810/11/\100/頁/JCOPY(27)1539 図1急性前部ぶどう膜炎の症例図2図1と同一症例強い毛様充血を認める.前房内に多数の炎症細胞を認める.図3急性前部ぶどう膜炎の症例図4急性前部ぶどう膜炎の症例強い毛様充血と線維素析出を認める.ステロイド局所治療や瞳孔管理を積極的に行ったにもかかわらず,虹彩後癒着が残っている.図5急性前部ぶどう膜炎に伴って生じる前房蓄膿強い炎症により毛様充血とDescemet膜皺襞がみられる.図6Behcet病の症例毛様充血とさらさらとしたニボーを形成する前房蓄膿を認める.1540あたらしい眼科Vol.28,No.11,2011(28) 図7感染に伴って現れる前房蓄膿角膜上皮欠損部位より感染し強い炎症を伴った前房蓄膿を認める.前房蓄膿の可動性は体位変換で少しは動くものの悪い.性の強いものであり,さらさらとしてニボーを形成するBehcet病に伴う前房蓄膿(図6)とは異なる性質を有する.AAUは,前房を炎症の主座とする一つの臨床病型であるが,その原因には潰瘍性大腸炎やクローン病などの炎症性腸疾患に合併して生じるAAUや,Reiter症候群などHLA-B27関連ぶどう膜炎に伴って現れるAAUなどバリエーションが豊富である.もちろん,感染に伴って現れる前房蓄膿(図7)とは,十分鑑別がなされるべきである.白血球数やその分隔(リンパ球優位なのか好中球などの顆粒球優位なのか)をみるのは有用で,C反応性蛋白(CRP)の値で感染状態の有無をみることは大切である.局所,ときには全身的なステロイド薬の投与による十分な消炎が必要であり,虹彩後癒着を防止するために瞳孔管理も重要になってくる.II感染性ぶどう膜炎に伴って充血をきたす疾患一方,感染性のぶどう膜炎の代表的な疾患として,ヘルペス性虹彩毛様体炎があげられる.強い毛様充血と前房内炎症を認め,ときには虹彩後癒着を伴うこともあり(図8),眼圧上昇に伴って角膜が浮腫状になったり(図9),虹彩脱色素を伴うこともある(図10).原因ウイルスとして,単純ヘルペスウイルス(HSV)や水痘帯状疱疹ウイルス(VZV)があり,ウイルスの検索目的として図8ヘルペス性虹彩毛様体炎の症例強い毛様充血と虹彩後癒着を認めフレアも強い.図9ヘルペス性虹彩毛様体炎の症例Scleralscatter法にて眼圧上昇に伴って角膜が浮腫状になっていることがわかる.図10ヘルペス性虹彩毛様体炎の症例色素性の角膜後面沈着物と虹彩全面の脱色素を認める.前房水から帯状疱疹ウイルスが検出された.(29)あたらしい眼科Vol.28,No.11,20111541 図11真菌性眼内炎の症例前房内に強い大型の炎症細胞の浸潤を認める.図13図11と同一症例の眼底所見白色塊状の病変を認める.硝子体手術が施行され,得られた硝子体液を培養した結果Candidaarbicansが検出された.少し侵襲的であるが前房穿刺により採取した前房水中のウイルスゲノムをpolymerasechainreaction(PCR)法により検出することができ,診断に有用である.この検査は外注検査として検査会社に受託できるので,ぜひ覚えておきたい.術後眼内炎も充血を起こす疾患の代表であり,ぶどう膜炎の再燃か術後感染か迷う場面に遭遇することがある.術後感染は通常内眼手術後1週間以内に起こり,早いものでは術翌日には,顕在化することも多い.最初のフォーカスから次第に眼全体に広がる急速な拡大傾向を示すのが特徴で,急激な視力低下を伴う.多くの症例では感染は硝子体に波及し硝子体混濁を伴うこ1542あたらしい眼科Vol.28,No.11,2011図12図11と同一症例強い毛様充血と虹彩後癒着を認める.とが多いが,最初から硝子体の混濁を伴うことが少ないAAUとは鑑別がなされる必要がある.施設により多少の差はあるもののその頻度は約2,000分の1とされている.術後感染の場合は,手術という浸襲が加わったことからわかるが,内因性眼内炎は眼だけの所見にとらわれて全身的疾患の検索を怠ると診断に苦慮するので注意が必要である.特徴としては,発症が急で,特に細菌性眼内炎の場合,肝膿瘍・尿路感染症や糖尿病などが基礎疾患にあることが多く,必然的に高齢者に多くなる.早期より硝子体混濁があり,超音波Bモードでの膿瘍の有無の検索や網膜電図(ERG)でのb波消失も診断に有用である.内因性眼内炎の場合,原因菌が細菌だけでなく真菌性のものの場合もあるので,血液培養などの情報や■用語解説■HLA(humanleukocyteantigen):最も重要な組織適合性抗原の一つで白血球の型を決める蛋白質.HLAはclassI(HLA-A,B,C)とclassII(HLA-DR,DQ,DP)に分けられ,免疫応答の制御に関わる.Reiter症候群:関節炎・尿道炎・結膜炎の三徴候をきたす反応性関節炎.HLA-B27は80%前後の患者で陽性となる.b.d.グルカン:(1→3)-b-d-グルカンは真菌に特徴的な細胞膜を構成している多糖体で,菌糸型接合菌を除くすべての真菌に共通して認められる.菌の破壊により血中濃度が増加するため,深在性真菌症の診断,治療効果の判定や経過観察にも有用である.(30) 図14小児ぶどう膜炎の症例虹彩後癒着を伴う強い炎症があるにもかかわらず結膜の充血は軽度である.免疫抑制剤使用の有無,b-D-グルカンなどの検査項目も診断の助けになる(図11.13).III充血を伴うことが少ない小児のぶどう膜炎充血がなければぶどう膜炎が否定できるかというと逆で,小児のぶどう膜炎の場合whiteuveitisといわれるように,結膜の充血を伴わずに炎症がある場合もあるので注意が必要である(図14,15).おわりに以上述べてきたとおり,ぶどう膜炎には多種多彩な疾患がありその多くで,虹彩毛様体炎や強膜炎を起こすが,最終的には充血として患者は外来を受診するのでしっかり鑑別診断を行う必要がある.増悪・寛解をくり返す虹彩毛様体炎よりBehcet病の診断につながった症例図15小児ぶどう膜炎の症例強い前房炎症と肉芽腫性ぶどう膜炎に伴って生じた角膜後面沈着物を認める.強い炎症があるときでも結膜の充血は軽微である.や,強膜炎を初発症状として発症したサルコイドーシスの症例など,たかが充血と思って安易に経過観察のみで診療を行うのはよくない.毛様充血を伴った炎症の場合,後眼部に炎症が波及していなくても,再発性であったり,ステロイド薬点眼に対する反応が悪いような症例では,全身異常が隠れている場合があるので全身検査を行うことは重要である.文献1)GotoH,MochizukiM,YamakiKetal:EpidemiologicalstudyofintraocularinflammationinJapan.JpnJOphthalmol51:41-44,20072)秦野寛,井上克洋,的場博子ほか:日本の眼内炎の状況─発症動機と起因菌─.日眼会誌95:369-376,19913)丸山耕一:急性前部ぶどう膜炎.眼科プラクティス16,眼内炎症診療のこれから(岡田アナベルあやめ編),p136140,文光堂,2007(31)あたらしい眼科Vol.28,No.11,20111543

結膜下出血

2011年11月30日 水曜日

特集●目が赤いあたらしい眼科28(11):1533.1537,2011特集●目が赤いあたらしい眼科28(11):1533.1537,2011血SubconjunctivalHemorrhage山本康明*はじめに結膜下出血は,“目が赤い”ということが主訴になる本命的な疾患で,結膜下に斑状あるいはしみ状に出血が貯留した状態をいう.Fukuyamaらによると眼科外来患者の2.9%を占める高頻度な疾患である1).しかし,一般に特別な治療は必要ないにもかかわらず,不安がって受診する患者や他科医師,看護師からの要望によって,しばしば時間外対応を迫られることもあるやっかいな疾患である.出血の原因は多々あげられるが,実は原因不明例が全体の30.50%と最も多く1.3),いまだその出血メカニズムには不明な点が多い.最近では結膜弛緩などの年齢変化,ドライアイなどとのかかわりが着目されている.本稿では,筆者らが試みた疫学的調査の結果をもとに,結膜下出血の病態を整理して解説する.I臨床所見と見分け方臨床所見は結膜下への小さな点状やしみ状の出血から広範に広がるものまでさまざまで(図1),球結膜のどの部位にも起こりうる.細隙灯顕微鏡検査による診断は少なくとも眼科医にとっては容易である.眼科医以外の者にとっては充血か出血かを見きわめることが眼科医の診療要請を必要とするかどうかの判断をするうえで重要で,結膜血管の拡張像がなく赤い部位の結膜血管走行がみえないこと,さらには視力症状,痛みなどを伴っていないことなどが鑑別点になる.充血や眼脂を伴う場合では感染性結膜炎が,また結膜裂傷,前房出血,虹彩炎などの所見を伴う場合では外傷や眼球打撲に伴う出血が疑われ,原疾患の精査治療の必要から安易に判断を他者に任せて放置すべきではない.特に,出血に隠れた結膜裂傷は注意深く診ないと見逃すこともある.II原因出血の原因は,結膜血管を破綻させる作用を及ぼしている原因(出血メカニズム)と,血管を破綻しやすくしている原因(危険因子)とを分けて考える必要がある.原因は外傷性,手術などの医原性,エンテロウイルスによる急性出血性結膜炎などの炎症性,白血病や血液凝固異常など,いきみや嘔吐による(Valsalvamaneuver)静脈圧上昇,あるいは眼疾患を伴わない“原因不明”の結膜下出血(いわゆる特発性)に分類できる.さらに因果関係が定かではないケースも多いが,高血圧,糖尿病といった基礎疾患に伴うものも原因として考えられている(表1).これらのなかで,結膜血管を破綻させる作用になる外傷や手術などの直接原因がない特発性症例の出血メカニズムはなにか?ということが最も興味深いところであるが,現在までそのメカニズムを明らかにした報告はない.以下に筆者らがこの難問の解答を探るために行った特発性結膜下出血の多施設調査をもとに,出血メカニズムの一案を紹介する.*YasuakiYamamoto:松山赤十字病院眼科〔別刷請求先〕山本康明:〒790-0826松山市文京町1松山赤十字病院眼科0910-1810/11/\100/頁/JCOPY(21)1533 abcabcd表1結膜下出血の原因1外傷性結膜裂傷,眼球打撲,穿孔性眼外傷,眼球破裂,吹き抜け骨折による血管損傷など2医原性結膜下注射,硝子体注射,手術操作など3炎症性急性出血性結膜炎,流行性角結膜炎などをはじめとする感染性結膜炎4出血性血小板減少性紫斑病,白血病,ワーファリン内服などの血液疾患,凝固因子異常および出血傾向5Valsalvaいきみ,嘔吐など急激な静脈圧上昇maneuver6特発性原因不明,最近注目されている要因(結膜弛緩症,ドライアイ)基礎疾患に伴う高血圧,糖尿病,高脂血症などとされるものIII特発性結膜下出血の罹患率筆者らは愛媛大学の関連6施設に受診した特発性結膜下出血患者212例〔平均年齢56.6±14.6(SD)歳〕について,問診,アンケート,細隙灯顕微鏡検査を行った.対象からは,外傷,急性結膜炎など他の眼疾患による出1534あたらしい眼科Vol.28,No.11,2011図1出血所見a:点状の出血.b:しみ状の出血.c:瞼裂部への結膜下出血.d:瞼縁下方に広がる結膜下出血.:基礎疾患なし:基礎疾患あり:罹患率0.000350.00030.000250.00020.000150.00010.000050年代1102030405060708090症例数6050403020100罹患率図2特発性結膜下出血の年齢階級別症例数と罹患率血とコントロールされていない高血圧,糖尿病患者は除外している.図2に年代別症例数と罹患率を示す.症例数は30歳代以降に年齢とともに増加し,50歳代にピークとなる.(22) 60.70歳はやや減少するが多くの症例がみられている.ところが,80歳代以上になると極端に減ってしまう.年齢が進むにつれて頻度が上がるのであれば,加齢性変化により血管が弱くなり,出血を起こしやすくなることから容易に納得できる.しかし,80歳以上の症例が少なくなるのはなぜだろうか?人口構成の影響はあるかもしれないが,対象施設のある愛媛県の人口比率から算出した年齢階級別罹患率(図2の折れ線)でみても,70歳代までに比べて極端に80歳代の罹患率は低い.60.70歳はやや減少するが多くの症例がみられている.ところが,80歳代以上になると極端に減ってしまう.年齢が進むにつれて頻度が上がるのであれば,加齢性変化により血管が弱くなり,出血を起こしやすくなることから容易に納得できる.しかし,80歳以上の症例が少なくなるのはなぜだろうか?人口構成の影響はあるかもしれないが,対象施設のある愛媛県の人口比率から算出した年齢階級別罹患率(図2の折れ線)でみても,70歳代までに比べて極端に80歳代の罹患率は低い.これらの事実は加齢や高血圧などのagerelatedfactorのような危険因子だけではこの疾患のメカニズムが説明できないことを示している.つまり,特発性結膜下出血の原因として基礎疾患などよりも大きな主因として血管を破綻させた何らかのメカニズムがあることをうかがわせ,それは30歳代に始まり70歳代まで継続し,とりわけ50歳代で強く作用しているものであるはず,という推察がなりたつ.IV特発性結膜下出血の出血部位と年齢上記の調査による対象者の出血部位を,上眼瞼縁の位置より上側,上下の瞼縁の間,下眼瞼縁の位置より下側の3つの領域に分類し,それぞれ症例数と割合を図3に鼻側60例耳側80例5例:両側に広がる例症例数(%)瞼裂間145例(68.4%)下方瞼縁56例(26.4%)上方瞼縁11例(5.2%)上瞼縁下瞼縁図3212例の出血部位示した.瞼裂間が145例,68.4%(平均年齢±SD:55.7±13.7),下方瞼縁は56例,26.4%(58.6±15.4),上方瞼縁は11例,5.2%(57.5±20.6)で,瞼裂間での出血が突出して多いことがわかる.V結膜弛緩症と出血部位特発性結膜下出血と結膜弛緩症の関係については以前から大橋らを中心に着目されていた2,4)が,すでに1942年にHughesら5)が結膜弛緩症の特徴の一つとして結膜下出血を起こすことをあげている.最近,三村らは結膜下出血の出血部位と結膜弛緩の程度との相関を報告した6).しかし,結膜弛緩症は加齢に伴って進行するagerelatedfactorの一つである.したがって,単純に結膜弛緩が強いほど出血しやすいとすれば,80歳以上の高齢者の結膜下出血頻度が少ない点が矛盾する.では,結膜弛緩症と結膜下出血のかかわりはどのようなものだろうか?図4に先の多施設調査の対象症例の結膜弛緩スコアの頻度を出血部位別に示した.いずれにおいても結膜弛緩スコア2の中程度例が45%前後で最も多い.スコア1の軽症例も30.40%近くを占めている.一方,弛緩スコア3とシビアな症例は下方瞼縁への出血群には比較的多くみられるが,全体としてかなり少ないことがわかる.これらの結果は改めて,特発性結膜下出血が結膜弛緩が強い高齢者に多いものではなく,中程度あるいは初期の結膜弛緩症をもつ中高年の眼に多いものであることスコアの頻度(%)100908070600.045.545.59.15.539.346.29.010.730.442.916.1:350:2:140:03020100上眼瞼縁出血瞼裂間出血下眼瞼縁出血図4結膜弛緩スコアの頻度(23)あたらしい眼科Vol.28,No.11,20111535 を示している.を示している.以上示してきた特徴を説明しうる特発性結膜下出血の出血メカニズムとは何であろうか?以下に大橋が20年来提唱してきたメカニズムを紹介する.球結膜血管は表層側に瞼結膜からの末梢である後結膜動脈が分布し,深層に前毛様動脈が強膜に貫通する直前で分枝した前結膜動脈があり,輪部結膜で反回した後吻合を形成して角膜周囲血管網となっている.輪部側あるいは強膜側深層の血管は固着して動かないが,表層結膜の血管は結膜下組織の退行性変化である結膜弛緩症が始まると強膜との結合がルーズになり,瞬目に伴って瞼に引き上げられたり,押し下げられたりして動くようになる(図5).この様子はCCDカメラを装着した細隙灯顕微鏡でビデオ撮影すると容易に観察できる.大橋は,この瞬目時の結膜のズレ動きが出血を起こすのではないかと提唱している.この説を調べるため,筆者らは無作為に抽出したボランティア90人に対し結膜下出血を起こしたことがあるかないかを聴取し,瞬目に伴う血管のズレ動きの大きさを画像上で定量した.結膜血管のズレ動きの大きさを0.3mm以上(大)と以下(小)の2群に分け,結膜下出血既往率を算出した(図6).統計的な分析は出血例数が少ないことと,出血既往がない眼を対照にしても明日に出血既往の割合(%)or年齢(歳)8070605040:出血既往あり%:出血あり年齢3020100小群大群結膜ズレ動き眼数出血既往あり眼数出血既往あり%平均年齢出血既往あり平均年齢小群511019.668.171.8大群391538.459.156.0図6結膜血管のズレ動きと結膜下出血の既往も出血を起こすかもしれないという可能性があって難しいが,ある傾向はみてとれる.結膜血管のズレ動きが0.3mm以上の眼における出血既往率は38.4%と高く,これらの平均年齢は56歳であった.この結果は,先の調査において結膜弛緩スコア2で出血割合が高く,弛緩スコア3の症例が少なかった事実と年齢的によく一致する.すなわち,中年期に結膜弛緩が始まり,瞬目時の結膜表層血管が大きく動きやすくなる.それだけで瞬目のたびに出血するわけではないため,さらに何らかの要因でこの動きが増強し,結膜血管にその耐久性を超えるテ開瞼終了時開瞼開始後図5瞬目に伴う表層結膜血管の動き表層結膜血管のズレ1536あたらしい眼科Vol.28,No.11,2011(24) ンションが加わった瞬間に血管が破綻して出血していると考えられる.ンションが加わった瞬間に血管が破綻して出血していると考えられる.結膜下出血患者を問診していると,寝不足だったり,眼が疲れたりしているという話をよく聞く.先の特発性結膜下出血の多施設調査において,出血時あるいはその前の日などに何をしていたかというアンケートを行ったところ,種々の生活背景を得たなかで,約4割の患者が,出血の前日に夜更かし,あるいはVDT作業や読書など,長時間近業をしていたということがわかった.これらは実はドライアイの誘発因子と重なっていることに気づく.これは推察にすぎないが,特に全体の2/3以上を占める瞼裂間での出血メカニズムとして,眼表面の乾燥による瞬目時の摩擦増強が出血時点のメカニズムに大きな役割を果たしている可能性が考えられる.瞬目時の結膜のズレ動きは上瞼の動きによる瞼裂間のみに起こっているわけではない.下眼瞼は眼輪筋作用で瞬目時に鼻側方向へ動くが,これに伴って瞼縁下方の球結膜も引き動かされており,このことは下瞼縁での出血の一因かもしれない.さらに下方瞼縁での出血群は,瞼裂間の出血群よりもやや高年で,結膜弛緩が進行して結膜円蓋側に及ぶようになると,下眼瞼縁に弛緩結膜が重積するようになるが,これに含まれる結膜血管への瞼縁の動きによるストレスがより強くなることが予想される.加えて,結膜下組織がルーズで出血自体が重力によって下方に広がりやすいという要因も重なり,下方瞼縁での特発性結膜下出血を形成するものと考えられる.最初の疑問に戻り,80歳以上になると特発性結膜下出血の頻度が低くなる理由は,高齢者では眼瞼挙筋,眼輪筋あるいは瞼自体が衰え,瞼縁より下に重積した重度の弛緩結膜を持ち上げるほどのテンション(眼瞼圧)がなくなり,瞬目に伴う結膜のズレ動きが小さくなるためと考えれば説明がつく.結膜のズレ動きの調査において,結膜の動きが小さい群でも,19.6%には出血既往がみられているが,これらは平均年齢71.8歳と比較的高齢で,出血血管の脆弱性の要因が強いのかもしれない.VII新たな治療の可能性原因不明でくり返し再発する結膜下出血に対し,先に述べた理論によれば眼表面の摩擦を減らす目的でドライアイの有無を調べたり,ドライアイ治療薬を試みることには妥当性があるかもしれない.また,結膜弛緩症の手術で出血の再発や,出血の程度も軽減できることを横井らが報告(第62回日本臨床眼科学会)している.すなわち,弛緩した結膜を除去し,強膜との癒着を作ることが過剰な表層結膜の動きを止め,出血を減らす効果になると考えられる.おわりに以上,結膜下出血について,特に従来“原因不明”とされる症例の病態を中心に稿を進めてきた.紹介したメカニズムだけですべてを解説できるとはいえないが,特発性結膜下出血の出血メカニズムには結膜弛緩症と瞬目,ドライアイが密接にかかわる可能性を示した.“目が真っ赤になったんですが”と心配してくる患者にこれまで“何もなくても出血することがあります”“治療は様子をみるだけです”とあいまいに説明するしかなかった特発性症例に対して,再発予防の観点からドライアイ治療や結膜弛緩症治療を積極的に提示することは,患者の不安を取り除くという意味からも日常診療の新たな光明となるかもしれない.今後さらなる病態の解明と治療効果の評価が待たれる.文献1)FukuyamaJ,HayasakaS,YamadaKetal:Causesofsub-conjunctivalhemorrhage.Ophthalmologica200:63-67,19902)山本美佐子,平野直彦,春田恭照ほか:球結膜弛緩現象と特発性結膜下出血.あたらしい眼科11:1103-1106,19943)MimuraT,UsuiT,YamagamiSetal:Recentcausesofsubconjunctivalhemorrhage.Ophthalmologica224:133137,20104)大橋裕一:結膜下出血の発生機序について教えて下さい.あたらしい眼科10(臨増):156-158,19935)HughesWL:Conjunctivochalasis.AmJOphthalmol25:48-51,19426)MimuraT,UsuiT,YamagamiSetal:Subconjunctivalhemorrhageandconjunctivochalasis.Ophthalmology116:1880-1886,2009(25)あたらしい眼科Vol.28,No.11,20111537

コンタクトレンズ障害

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特集●目が赤いあたらしい眼科28(11):1527.1532,2011特集●目が赤いあたらしい眼科28(11):1527.1532,2011ContactLensProblems稲葉昌丸*はじめに重症角膜感染症による充血,コンタクトレンズ(CL)の着脱操作などによる結膜下出血,ドライアイや結膜炎が原因となった充血のCL装用による増悪などについてはここではふれず,日常診療で遭遇しやすい目の発赤を対象とする.ハードCL(HCL)装用時の発赤とソフトCL(SCL)装用時の発赤は,原因や対処法が異なることが多いので,HCLとSCLに分けて発赤の原因と対処法を考えるのが実用的である.IHCL,SCL共通の原因による充血1.CL下異物,CL後面の汚れホコリ,眼脂などがCL下に迷入し,あるいはCL後面に汚れが付着して角膜上皮障害が生ずると,眼痛,流涙とともに充血が起きる.SCLでは装着時に異物が入ることが多いが,HCLでは装用中にも異物が入る.放置すると角膜浸潤を生じ,毛様充血が悪化する.SCL下の異物は眼痛,流涙が明確でないことも多く,SCL下の微細な繊維などの異物は見逃しやすい.CL装用後,時間が経つにつれて悪化する充血は,CLを外してフルオレセイン染色を行い,角膜上皮障害の有無を確認する必要がある(図1,2).2.CLの欠け,亀裂角膜上皮障害を起こせば充血の原因となるが,SCL図11日使い捨てSCLの下に迷入した繊維様異物と,それによる角膜上皮障害図2HCL後面に付着した汚れによる角膜上皮障害*MasamaruInaba:稲葉眼科〔別刷請求先〕稲葉昌丸:〒530-0001大阪市北区梅田1-3-1大阪駅前第一ビル1F稲葉眼科0910-1810/11/\100/頁/JCOPY(15)1527 のエッジ部のみの欠けや,SCL後面に段差ができない程度の浅い亀裂は,通常充血にまで至らない.のエッジ部のみの欠けや,SCL後面に段差ができない程度の浅い亀裂は,通常充血にまで至らない.赤1.フィッティング不良によるものa.固着HCLの瞬目による引き上げが不十分になると,HCLが角膜,あるいは角結膜にまたがって固着した状態になる.特に遠近両用HCLは後面形状の性質から,単焦点HCLより固着しやすい.眼瞼越しに押し上げても容易には動かず,脱直後の角膜にHCLの圧痕が明瞭に観察される(図3).HCL下に角膜上皮.脱物や分泌物などのdebrisの貯留が観察されることもある.HCLの固着したエッジやdebrisによって眼表面が障害されると,角膜上皮障害,結膜上皮障害,充血,異物感や眼痛などが起きる.b.3時9時ステイニング角膜の水平方向,すなわち3時9時の方向に生じる角結膜上皮障害に伴って球結膜充血が発生する.原因はつぎのように分けられる.1)物理的干渉:角膜は直乱視が多く,弱主経線である水平方向の角膜とHCLエッジが物理的に干渉しやすく,角膜上皮障害や角膜の菲薄化,障害部位への血管や結膜上皮の侵入,充血が起きることがある.輪部結膜にHCLエッジが当たれば,結膜上皮障害とこれに伴う球結膜充血も発生する(図4).2)盗涙1):HCL下には涙液が貯留するが,特にエッジ部後面(エッジリフト部)には瞬目時のHCL動きに伴って,HCL周囲の涙液が取り込まれるため,HCL外側の角膜は乾燥し,角膜上下眼瞼にカバーされない3時9時方向に角膜上皮障害が生じる.3)瞬目減少:HCLは水を通さないため,HCL下の角膜中央部は乾燥せず,乾燥感が生じない代わりに,瞬目が減少する.このためHCLと上下眼瞼に覆われていない3時9時方向の眼表面が乾燥し,障害される.2.HCLの機械的刺激によるもの瞬目時のHCLと上眼瞼結膜の摩擦によって,眼瞼結膜炎を生じることがある.HCL表面が汚れや劣化で不整になっているときに起きやすい.乳頭増殖が生ずれ図3HCLの固着によって生じた,エッジ部の圧痕と角膜上皮障害図4HCLのエッジと眼表面の物理的干渉によって生じた,角結膜上皮障害と充血1528あたらしい眼科Vol.28,No.11,2011(16) ば,CL関連乳頭結膜炎(CLPC:contactlens-associatedpapillaryconjunctivitis)とよばれる.程度の強いものは巨大乳頭結膜炎(GPC)ともよばれる.眼脂や,HCLの汚れ,上方ずれが主症状であるが,重症化すれば球結膜充血を伴う.3.HCLの酸素透過性不良によるもの過去のポリメチルメタクリレート(PMMA)製のHCLでは,低酸素負荷のため,角膜上皮,実質の浮腫と,これに伴う朦視,毛様充血を生ずることがあった.現代のガス透過性HCLではこのような症状はほとんど認められない.IIISCL装用による発赤1.フィッティング不良によるものSCLのフィッティングがタイトな場合,エッジ部が球結膜を圧迫して球結膜充血の原因となる(図5).まぶた越しに押してもSCLがスムーズに上下しない,エッジ部で球結膜血管が屈曲している,といった状態があれば,タイトフィットを疑う.2.SCLの機械的刺激によるものHCL同様,瞬目時の摩擦によって,CLPCを生じることがある.素材が硬めの低含水率SCLや汚れたSCLに起きやすい.シリコーンハイドロゲルCLは低含水率で硬めのものが多いため,CLPCを起こしやすい傾向がある(図6).球結膜の充血に,SCLの汚れや上方ずれ,眼脂を伴う場合には,上眼瞼を翻転してCLPCの有無を確認する必要がある.3.SCLが原因となった眼表面の障害によるものa.スマイルマーク様点状表層角膜症(SPK)SCLの乾燥によって発生するSPK.ほとんどは無症状だが,程度が強ければ不快感や充血の原因となる.b.SEAL(superiorepithelialarcuatelesion)瞬目時のSCLと角膜との摩擦が原因となって発生すると考えられる,角膜上方周辺部に限局した角膜上皮障害.軽度であれば自覚症状,発赤は生じないが,程度が強ければ異物感,眼痛と同時に,SEALが発生した部位図5aタイトなフィッティングのSCLによって生じた球結膜充血図5b脱後染色するとエッジの圧痕が明瞭である.図6低含水率SCLによって生じた強度のCLPC(GPC)(17)あたらしい眼科Vol.28,No.11,20111529 に一致して充血が発生する(図7).SCLの硬さが大きな要因であり,そのため,素材が硬い低含水率SCLに発生しやすいと考えられる.に一致して充血が発生する(図7).SCLの硬さが大きな要因であり,そのため,素材が硬い低含水率SCLに発生しやすいと考えられる..SLK(superiorlimbickeratoconjunctivitis)SLKの病因は明確でないが,SCLによる機械的障害もSLKの原因あるいは悪化要因と考えられる.SEALと類似した状況で,球結膜を含むより周辺部の眼表面まで障害することが原因と考えられる.上方の毛様充血,球結膜充血を起こす.乾燥がSLKの原因と思われる場合はSEALとは逆に,低含水率SCLへの変更も考える.d.結膜上皮障害SCLのエッジ部に一致して認められる弧状の球結膜ステイニング(図8).SCLを長時間装用すれば,ほと図7シリコーンハイドロゲルCLによって生じたSEALと局所の充血んどの例に認められ,球結膜とSCLの擦れによって生ずると考えられる.SCLの乾燥,硬さ,エッジデザインなどによって程度は異なる.通常は無症状だが,程度が強ければ障害部位の球結膜充血が生ずることもある.4.SCLケア用品が原因となった眼表面の障害によるものa.角膜ステイニングSCL消毒剤とSCLの組み合わせによっては,軽度の角膜上皮障害が生じやすいことが知られている.ほとんどの場合は自覚症状もないが,程度が強ければ,しみるなどの自覚症状とともに充血を生じることがある.b.アレルギー酵素を含む蛋白除去剤を使用した場合,蛋白分解酵素や分解産物に対するアレルギーが生じ,球結膜,眼瞼結膜の充血,浮腫,濾胞生成などが起きることがある.c.中和忘れSCL消毒剤のうち,過酸化水素剤,ポビドンヨード剤は中和操作が必要である.特に過酸化水素剤を中和せずに装用すると眼表面を障害し,強い痛みとともに球結膜,眼瞼結膜の充血を起こす(図9).程度によっては角膜上皮,結膜上皮のステイニングも生じる.ただちに洗眼すれば後遺症はなく,充血も半日程度で軽減する.ポビドンヨード剤は中和せずに装用しても強い症状は出にくい.図8SCLのエッジによって生じた球結膜染色この程度では充血は起きない.図9過酸化水素剤の中和忘れによる充血1530あたらしい眼科Vol.28,No.11,2011(18) 5.5.のa.CLPU(contactlens.inducedperipheralulcer)角膜周辺部,中間周辺部に輪郭明瞭な直径0.1.2mm程度の点状潰瘍として発生する.異物感から疼痛,流涙とともに充血を生じる.ほとんどは連続装用例で発生し,SCL表面などに存在する黄色ブドウ球菌の毒素,あるいは分泌物などが,SCLの汚れなどによって発生した角膜上皮の欠損部を通過して免疫反応を起こすものと考えられている2).b.CLARE(contactlens.inducedacuteredeye)SCL装用者に急に発生する毛様充血,球結膜充血であり,疼痛,流涙,羞明などを伴う.角膜表層浸潤が点状に多発し,角膜上皮浮腫も白っぽい点状病巣として認められる.CLPU同様,SCLの連続装用に発生しやすい.SCLやSCLケース内液にPseudomonas,Serratia,インフルエンザ菌などのグラム陰性菌による汚染が認められることが多く,これらの病原菌の毒素,分泌物などに対する免疫反応が,炎症と充血の原因と考えられている3).c.消毒不良によると思われる結膜炎CLAREほど強い自覚症状はないが,発赤,不快感,羞明などを伴い(図10a),輪部結膜に1.数カ所の点状浮腫(図10b)と,当該部位の球結膜充血を認める.角図10a消毒力の弱い多目的用剤使用者に認められた急性結膜炎消毒不良が原因と考えられる.図10c多目的用剤使用者に認められた角膜上皮障害程度が強ければ,角膜上皮に点状病巣も認められる.図10b球結膜充血と結節様浮腫結膜輪部に結節様の浮腫とびらんを認めることもある(右図は左図のフルオレセイン染色).(19)あたらしい眼科Vol.28,No.11,20111531 膜病変はないか,軽度(図10c)である.CLAREの軽症とも考えられるが,終日装用の装用者がほとんどであり,CLAREとは病原菌,あるいは発症機序に違いがある可能性がある.消毒力が弱い(スタンドアローン基準に合致しない)タイプの多目的用剤使用者に,夏に発生しやすいことから,SCLケア不良によるSCLケース内液汚染が原因と推測される.膜病変はないか,軽度(図10c)である.CLAREの軽症とも考えられるが,終日装用の装用者がほとんどであり,CLAREとは病原菌,あるいは発症機序に違いがある可能性がある.消毒力が弱い(スタンドアローン基準に合致しない)タイプの多目的用剤使用者に,夏に発生しやすいことから,SCLケア不良によるSCLケース内液汚染が原因と推測される.酸素不足現在のSCLのほとんどは終日装用に十分なレベルの酸素透過率を有しているが,従来のHEMA(水酸化エチル・メタクリレート)などの素材のSCLからシリコーンハイドロゲル素材のSCLに変更すると,輪部球結膜の充血が減少することが知られている4).シリコーンハイドロゲルCLが乾燥しにくいこと,高い酸素透過性によって眼表面への低酸素負荷がなくなることが原因ともいわれている文献1)横井則彦,小室青:涙液動態.日コレ誌43:67-71,20012)WuP,StapletonF,WillcoxMD:Thecausesofandcuresforcontactlens-inducedperipheralulcer.EyeContactLens29(1Suppl):S63-S66,20033)HoldenBA,HoodDL,GrantTetal:Gram-negativebacteriacaninducecontactlensrelatedacuteredeye(CLARE)responses.CLAOJ22:47-52,19964)NillsonSEG:Seven-dayextendedwearand30-daycontinuouswearofhighoxygentransmissibilitysoftsiliconehydrogelcontactlenses:Arandomized1-yearstudyof504patients.CLAOJ27:125-136,20011532あたらしい眼科Vol.28,No.11,2011(20)

角結膜上皮障害に伴う充血

2011年11月30日 水曜日

特集●目が赤いあたらしい眼科28(11):1521.1526,2011特集●目が赤いあたらしい眼科28(11):1521.1526,2011HyperemiaDuetoKeratoconjunctivalEpithelialDisorders重安千花*山田昌和*はじめに角結膜上皮障害に伴う充血は結膜充血と毛様充血に大きく分けられる.結膜充血と毛様充血のどちらを呈するかは,病変の主座がオキュラーサーフェス(眼表面)なのか,眼球の一部とみなされる場所にあるのかによって決まってくるようである.本稿では角結膜上皮障害に伴う充血について概説する.I結膜充血?毛様充血?:InputとOutputの違い眼に感染,異物,外傷などのストレスが加わった場合に異常を感知し,Inputするおもなシステムとして三叉神経系と結膜リンパ系があり,炎症反応として眼動脈の分枝血管の拡張,すなわち充血としてOutputする.充血は「局所の血液流入量が増加し,血管が拡張した状態」と定義され,血管拡張作用物質である一酸化窒素,プロスタグランジン,ロイコトリエン,ヒスタミンなどが傷害された細胞から放出されることにより血流の増加を起こし,炎症に対する免疫反応の場を提供する1,2).病変の主座によりこのInputとOutputの機序に違いがあり,結膜上皮および角膜上皮表層はオキュラーサーフェスとみなされ,結膜充血となり,角膜上皮深層以降は眼球の一部とみなされ,毛様充血となることが多い3).1.結膜の炎症と結膜充血結膜のInputとしての神経系は,三叉神経第1枝の眼神経から分枝した涙腺神経,前頭神経,鼻毛様体神経,第2枝の上顎神経から分枝した眼窩下神経が分布する.涙腺神経は上下眼瞼の耳側,前頭神経は上眼瞼鼻側,鼻毛様体神経の分枝である長後毛様体神経は球結膜,眼窩下神経は下眼瞼鼻側を支配する.結膜のInputとしてのリンパ系組織としては円蓋部結膜のリンパ装置があり,免疫におもに関与している.結膜のOutputとしての血管系は,眼動脈より分枝した眼瞼動脈が眼瞼・円蓋部結膜・後方球結膜を経由した後,後結膜動脈として結膜の後方より分布し,輪部を除く球結膜全体を還流する.結膜の炎症の際には後結膜動脈系の血管拡張を起こすため,充血は結膜円蓋部に強く,輪部に近づくほど弱くなり,結膜の表層に生じるため,鮮紅色を呈する.図1は,結膜弛緩症でみられた結膜充血の典型例である.結膜の炎症に伴う充血は,関与する動脈により球結膜充血,瞼結膜充血またはその両者の混在などにさらに分類することができる.2.角膜の炎症と毛様充血角膜のInputとしての神経系は,三叉神経第1枝の眼神経より分枝した短後毛様体神経および長後毛様体神経の両者が角膜輪部付近で神経叢を作った後,角膜の表層と深層に分布する.短後毛様体神経はぶどう膜・強膜などの眼球組織を支配する神経,長後毛様体神経は球結膜を支配する神経であり,角膜は眼球および付属器の両*ChikaShigeyasu&MasakazuYamada:国立病院機構東京医療センター・感覚器センター・視覚研究部〔別刷請求先〕重安千花:〒152-8902東京都目黒区東が丘2-5-1国立病院機構東京医療センター・感覚器センター・視覚研究部0910-1810/11/\100/頁/JCOPY(9)1521 図1結膜弛緩症に伴う結膜充血瞬目に伴う弛緩結膜への機械的な刺激により周辺で充血が強く,瞼結膜も充血しやすい.者を支配する神経が通っているのが特徴である.角膜のInputとしてのリンパ系組織としては輪部球結膜に存在するリンパ装置がある.角膜のOutputとしては,眼動脈より分枝した前毛様動脈は強膜・虹彩・毛様体などを経由した後,前結膜動脈として角膜周辺に角膜輪部周囲血管網を形成する.角膜に炎症が生じた際には前結膜動脈系の血管拡張を起こすため,角膜輪部に近いほど強く,上強膜を中心とする深層に生じるため,紫紅色となる4).図2は,感染性角膜炎でみられた毛様充血の典型例である.角膜の炎症に伴う充血は,一般的には毛様充血が主体であるものの,角膜の病巣の深さにより,毛様充血が主体となる場合,結膜充血が主体となる場合,両者が混在する場合などさまざまな形を取る.点状表層角膜症など角膜上皮の表層に病変がとどまる場合であれば結膜充血を呈することが多く,角膜上皮びらんや角膜浸潤など角膜上皮全層から実質にまで病変が及ぶ場合は毛様充血を呈する.角膜上皮は眼表面の一部とみなされる一方で,角膜上皮深層からは眼球の一部とみなされるようである.II診断のポイント角結膜上皮障害をきたす原因,疾患は多彩であり,臨床の場では問診の情報に加えて,細隙灯顕微鏡を駆使して診断に必要な情報を収集しなければならない.疾患を1522あたらしい眼科Vol.28,No.11,2011図2感染性角膜炎に伴う毛様充血角膜に中央部病巣があり,周辺部角膜の浮腫状混濁を呈している.全周性の特に輪部に強い毛様充血を認め,前房内炎症も強い.図3再発性上皮びらん(発作時)の充血全周性に強い毛様充血がみられる.鑑別していく際に,把握しておきたい情報として以下のような点があげられる.1.経過:急性・慢性2.罹患眼:両眼性・片眼性3.充血の範囲:びまん性・限局性4.充血の位置:上方・下方・瞼裂部・全体5.充血の種類:結膜充血・毛様充血6.随伴症状:眼脂・疼痛・.痒感など角結膜疾患では,経過によっても充血の程度に差がみられるようである.図3は再発性上皮びらん(発作時)(10) 図4糸状角膜炎を伴う涙液減少症の充血瞼裂間に多数の糸状物がみられるが,毛様充血は軽度である.の例で,全周性に強い毛様充血がみられる.このように急性の角膜上皮びらんでは強い充血を伴うことが多い.一方,図4は糸状角膜炎を伴う涙液減少症の例で,瞼裂間に多数の糸状物がみられるが,毛様充血は軽度である.糸状角膜炎は角膜上皮の全層に及ぶ障害という意味では角膜上皮びらんと同じと考えられるが,充血の程度には大きな差がある.涙液減少症は経過が慢性であること,慢性の上皮障害により角膜知覚が低下する場合があり,神経系のInputが減少すること,などが要因として考えられる.III角結膜上皮障害に充血を伴う疾患1.涙液減少型ドライアイドライアイは慢性の眼表面疾患を包括する幅広い疾患概念であり,涙液減少型と涙液蒸発亢進型の2つに大別されている.角結膜上皮障害はドライアイの主要所見であり,特に涙液減少型の代表疾患であるSjogren症候群においては免疫の関与がみられるため,ある程度の結膜充血を伴うことが多い.ドライアイは慢性の経過をたどり,角結膜上皮障害は両眼性に,軽症例ではおもに下方.瞼裂部を中心に点状表層角膜症(superficialpunctuatekeratopathy:SPK)を示し,重症例ではびまん性ではあるものの,やはり下方優位であることが多い.涙液膜は瞼裂に沿った部分か(11)ら破綻しやすいため,下方を中心に病変が生じやすいと考えられている.涙液減少型ドライアイの特徴として結膜上皮障害のほうが角膜上皮障害よりも早くから出現し,後まで残るとされ,特にSjogren症候群では免疫学的な炎症による結膜上皮の障害が背景にあり,結膜上皮障害が強い.涙液減少型ドライアイの充血は角結膜表層の上皮障害による,オキュラーサーフェスの障害に伴う結膜充血である.上皮表層の障害で慢性の経過をたどるため,充血は軽度のことが多い.自覚症状としては乾燥感,上皮障害に伴う異物感が多く,.痒感を訴えることもあるが,糸状角膜炎を伴わなければ疼痛にまで至る例は少ない.上皮細胞の脱落に伴う粘液性の眼脂を伴うこともある.2.マイボーム腺機能不全(meibomianglanddysfunction:MGD)MGDに伴う角結膜上皮障害は,蒸発亢進型ドライアイの代表的疾患である.閉塞性MGDと脂漏性MGDに大きく分類されるが,臨床的頻度の高い閉塞性MGDはマイボーム腺開口部が閉塞し,マイボーム腺の萎縮をきたす疾患である.慢性・両眼性であり,涙液油層の障害により涙液膜が不安定となり,角膜下方にSPKを生じる.ただし,涙液量が保たれている場合には角結膜上皮障害は生じにくい.眼瞼縁の粘膜皮膚移行部がマイボーム腺開口部を越えて皮膚側に移行し,開口部の角化,血管侵入を伴うことがあり,瞼縁の充血がみられることがある(図5).脂漏性MGDでは,閉塞性MGDよりも炎症の関与が強い(図6).細菌の脂肪分解酵素(リパーゼ)により遊離脂肪酸の過剰産生,分泌が生じて,炎症や上皮障害の一因になると考えられている.充血は角結膜上皮障害に伴う充血というよりはむしろ眼瞼炎を中心に眼表面に広がる炎症に伴う結膜充血である.3.ブドウ球菌性眼瞼炎ブドウ球菌性眼瞼炎に伴う角結膜上皮障害は眼瞼縁の睫毛根部におけるブドウ球菌の増殖を原因とする,ブドウ球菌のもつ外毒素に対する上皮の反応である5).慢性に眼瞼縁の睫毛部にフィブリン様沈着物を生じ,あたらしい眼科Vol.28,No.11,20111523 図5閉塞性マイボーム腺機能不全に伴う結膜充血マイボーム腺開口部の角化,血管侵入を伴い,瞼縁の充血がみられる.図7ブドウ球菌性眼瞼炎に伴う充血眼瞼から眼表面全体に強い炎症が波及した症例である.眼瞼縁の皮膚と結膜に慢性的な充血を認める.collaretteとよばれる特徴的な所見を呈する(図7).炎症が角膜に波及すると,角膜下方1/3を中心にSPKを生じることがある.ブドウ球菌に対する感染アレルギーによるカタル性角膜浸潤や角膜フリクテンがみられることもある.充血は球結膜充血および軽度の乳頭増殖を伴った慢性結膜炎症による.随伴症状は眼瞼の熱感,疼痛,異物感などであり,視力障害は少ない.4.上輪部角結膜炎(superiorlimbickeratoconjunctivitis:SLK)SLKに伴う角結膜上皮障害は球結膜と上眼瞼との摩1524あたらしい眼科Vol.28,No.11,2011図6脂漏性マイボーム腺機能不全に伴う結膜充血角膜下方のfoamingに接する部分に点状表層角膜炎を生じており,瞼縁炎症から波及する結膜充血がみられる.図8上輪部角結膜炎に伴う結膜充血正面では全体に淡い球結膜充血がみられ,上方球結膜には限局した角結膜上皮障害,強い充血がみられる.擦が病因と考えられている慢性炎症性の角化性疾患である6).中高年女性に多く,慢性,両眼性の上方球結膜,輪部,角膜に限局した角結膜上皮障害を呈する(図8).病変部の角結膜上皮には,摩擦の亢進による糸状物がみられることも多い7).充血は,上方の球結膜に限局して強い充血がみられることが特徴である.重症例では上方輪部に肥厚性の充血を伴う.随伴症状は異物感,灼熱感である.(12) 5.5.結膜弛緩症に伴う角結膜上皮障害は弛緩結膜の上に生じる異所性メニスカスによる涙液の不安定性のために生じる.発症には機械的刺激と続発性の炎症性変化も関与しており,その病態により流涙,ドライアイ,結膜充血のおもに3つの症状を呈する.高齢者に多く,慢性,両眼性の下方角膜上皮障害がみられることもあるが,病態によりさまざまである.結膜充血が強いタイプでは瞬目に伴う弛緩結膜への機械的な刺激により結膜充血がみられ,周辺で充血が強く,瞼結膜も充血しやすい(図1を参照).随伴症状は異物感や間歇性流涙である.6.感染性角膜炎感染性角膜炎の起炎菌は細菌,真菌,ウイルス,原虫など多岐にわたり,症状の程度や臨床経過も異なる.何らかの角膜上皮障害や免疫能低下などの易感染性を契機に発症することが多く,現在ではコンタクトレンズを誘因とする例が最も多い.頻度の多い細菌性角膜炎は,急性,片眼性の経過をとり,比較的角膜中央の浸潤病巣に一致した上皮欠損を一般的に伴う.病変周囲の角膜は実質浮腫,Descemet膜皺襞を伴い,前房内炎症もみられる.充血は深層血管の全周性,びまん性の毛様充血であり,特に輪部付近で強い(図2を参照).随伴症状は強い痛み,眼脂,羞明などである.7.非感染性角膜炎非感染性角膜炎に伴う角膜上皮障害は免疫が強く関与しており,角膜周辺部に発症しやすい.重篤なMooren潰瘍(蚕食性角膜潰瘍)から治療に反応しやすい角膜フリクテンまで病態は幅広い.感染性角膜潰瘍との特徴の比較を述べる.感染性角膜潰瘍と比較すると経過はやや遅く,発症当初は片眼性のことが多いが,両眼性にも発症しうる.角膜周辺に多く,病変周囲に炎症細胞の浸潤はほとんどみられず,角膜浮腫もない.病巣は表在性であることが多く,前房内炎症もみられない.充血は角膜病巣部に限局した毛様充血であり,輪部付近で強いが,炎症所見は感染性角膜炎と比較すると弱い(図9).眼痛,眼脂も軽微である.8.薬剤起因性角膜症薬剤毒性による角結膜上皮障害はおもに点眼薬の細胞毒性により生じる.点眼アレルギーとは異なるが,薬剤起因性偽眼類天疱瘡など免疫反応が関与する場合もある.薬剤起因性角膜症は段階的に進行し,4段階に分類さ図9非感染性角膜炎(カタル性角膜潰瘍)に伴う毛様充血角膜の周辺部に病巣があり,病変周囲に炎症所見はほとんどみられない.病巣部に限局した毛様充血を認め,輪部付近に強い.図10薬剤毒性に伴う結膜充血上皮の流れに沿ったハリケーン角膜炎,epithelialcracklineを認める.角膜上皮障害の程度に比べ,結膜上皮障害は比較的軽微であり,結膜充血も少ない.(13)あたらしい眼科Vol.28,No.11,20111525 れている.角膜上皮のバリア機能が障害を受けた結果,上皮の脱落,透過性が亢進し,①点状表層角膜症,②渦状(ハリケーン)角膜炎,③epithelialcrackline,④遷延性上皮欠損に至るれている.角膜上皮のバリア機能が障害を受けた結果,上皮の脱落,透過性が亢進し,①点状表層角膜症,②渦状(ハリケーン)角膜炎,③epithelialcrackline,④遷延性上皮欠損に至る.角膜上皮障害のほうが結膜上皮障害よりも早くから出現し,後まで残るのが特徴であり,ドライアイとの鑑別に有用である.結膜上皮は角膜上皮と比較してバリア機能が低く,薬剤が上皮間をくぐりぬけるため,結膜上皮そのものは薬剤の直接的な影響を受けにくいためと考えられている9).充血はオキュラーサーフェスの障害に伴う結膜充血であるが,角膜上皮障害の程度の割には比較的軽度であることも特徴といえる(図10).輪部結膜の腫脹性充血,原因不明の濾胞,乳頭形成,マイボーム腺機能障害や涙点閉鎖などがみられることもある10).随伴症状は障害の程度により異物感から疼痛までさまざまであるが,強い疼痛を訴えることは少ない.おわりに神経系,リンパ系のInputの機序の違いにより,オキュラーサーフェスの障害時は結膜充血,眼球の一部としての障害時は毛様充血としてOutputすることを述べた.臨床の場においては両者の混在がみられることも多く,これらの機序を踏まえたうえで細隙灯顕微鏡検査の際に病態把握の参考になれば幸いである.文献1)PapasEB:Thelimbalvasculature.ContactLensandAnteriorEye26:71-76,20032)Sensoryinnervationoftheeye.In:LevinLA,NilssonSFE,VerHoeveSetaleds,Adler’sPhysiologyoftheEye,11thed,p374-375,Mosby,Missouri,20113)山田昌和,根木昭,田野保雄ほか:なぜ角膜の炎症では毛様充血がみられるのか?眼のサイエンス眼疾患の謎.p48-49,文光堂,20104)薄井紀夫:主訴からのdecisiontree(専門医への紹介のポイント)眼の充血.眼科46:909-916,20045)鈴木智:基本的な角膜上皮疾患の考え方と治療方法マイボーム腺・眼瞼関連角膜上皮疾患.あたらしい眼科23:297-302,20066)WrightP:Superiorlimbickeratoconjunctivitis.TransOphthalmolSocUK92:555-560,19727)横井則彦,西井正和:涙液異常(ドライアイ・マイボーム腺異常).眼科47:1619-1631,20058)大橋裕一:薬剤アレルギーの病態と治療(細胞毒性によるもの).眼科NewInsight第2巻,点眼薬─常識と非常識─.p78-85,メジカルビュー,19949)横井則彦:結膜と眼薬理.Q1角膜上皮と結膜上皮のバリアー機能の違いについて教えてください.あたらしい眼科10(臨増):203-206,199310)望月清文:薬剤性角結膜疾患.眼科47:1646-1656,200511)山田昌和:結膜と眼薬理.Q6結膜の薬剤毒性(防腐剤など)について教えてください.あたらしい眼科10(臨増):223225,19931526あたらしい眼科Vol.28,No.11,2011(14)

結膜炎

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特集●目が赤いあたらしい眼科28(11):1515.1520,2011特集●目が赤いあたらしい眼科28(11):1515.1520,2011Conjunctivitis中川尚*はじめに充血を主訴とする疾患のなかで,最も頻度が高いものは結膜炎である.結膜炎は急性結膜炎と慢性結膜炎に大別できる.本稿では,急性結膜炎の見分け方を中心に解説し,慢性結膜炎では,感染性疾患の代表例として涙小管炎のみを取り上げる.その他の薬剤性結膜炎,眼瞼疾患に関連した慢性結膜炎などについては,次項を参照していただきたい.結膜炎の原因を表1にまとめた.それぞれの疾患の各論的事項は成書に譲り,ここでは臨床現場における鑑別診断のポイントについて述べる.I臨床診断結膜炎診断の第一歩は臨床所見による鑑別診断である.1.結膜炎の基本病変すべての結膜炎に共通する所見は,充血と眼脂である.結膜炎でみられる充血は「結膜充血」であり,色は鮮紅色で角膜から遠ざかるに従って強くなる.表在性の血管の拡張であるため,指などで押すと結膜とともに移動する.瞼結膜にも充血がみられる.結膜充血は血管収縮剤の点眼によって消失する.結膜炎の基本病変は,瞼結膜にみられる濾胞,乳頭,偽膜で,そのほか球結膜には出血,浮腫,輪部腫脹などを伴うことがある.表1結膜炎の原因感染性細菌(インフルエンザ菌,肺炎球菌,ブドウ球菌,など)ウイルス(アデノウイルス,エンテロウイルス,単純ヘルペスウイルス,など)クラミジア非感染性アレルギー性(季節性,通年性,春季カタル,など)物理・化学的(光化学スモッグ,紫外線,など)図1濾胞円蓋部から瞼結膜にかけて濾胞形成がみられる(クラミジア結膜炎成人例).a.濾胞濾胞は瞼結膜から円蓋部にかけてみられる隆起性病変で(図1),種々の刺激によって結膜固有層に形成されたリンパ濾胞である.ウイルス感染,クラミジア感染など*HisashiNakagawa:徳島診療所〔別刷請求先〕中川尚:〒189-0024東京都東村山市富士見町1-2-14徳島診療所0910-1810/11/\100/頁/JCOPY(3)1515 でみられる.ウイルス性の濾胞は結膜の充血,混濁,浮腫のために明瞭に観察できないことも多い.これに比べ,クラミジア性の濾胞は大型,充実性で目立つ.慢性期には融合して堤防状を示す.生後8週未満の乳児は結膜下の腺様組織が未発達なため,濾胞形成が起こらない.でみられる.ウイルス性の濾胞は結膜の充血,混濁,浮腫のために明瞭に観察できないことも多い.これに比べ,クラミジア性の濾胞は大型,充実性で目立つ.慢性期には融合して堤防状を示す.生後8週未満の乳児は結膜下の腺様組織が未発達なため,濾胞形成が起こらない.結膜の炎症が長期に及ぶと粘膜の肥厚と上皮下組織の増殖が起こる.表面からみると中心に血管をもつ小さな顆粒状の所見を示す(図2).アレルギー炎症や,種々の結膜炎の慢性期に観察され,ときに著しい増殖で乳頭が融合し巨大乳頭がつくられることがある.c.偽膜分泌物中の線維素が白血球や細胞の残渣などとともに瞼結膜表面に膜を形成することがあり,これを偽膜とよぶ.軽度なものは半透明の薄い膜で,重症化すると白いゴム様になる(図3).ウイルス性,クラミジア性結膜炎でみられ,特に線維素析出能の高い小児に好発する.d.結膜下出血結膜炎に伴って球結膜下に出血がみられることがある.急性出血性結膜炎(AHC)(図4)やアデノウイルス結膜炎,細菌性では淋菌や肺炎球菌による結膜炎でも観察される.図2乳頭上瞼結膜にみられた乳頭増殖(クラミジア結膜炎の慢性期).図3偽膜白いゴム状の偽膜が上下の瞼結膜に認められる(アデノウイルス結膜炎).図4球結膜下出血図5球結膜浮腫エンテロウイルス70によるAHCの症例.エンテロウイルス70によるAHCでみられた著明な球結膜浮腫.1516あたらしい眼科Vol.28,No.11,2011(4) 図6輪部腫脹,浸潤眼球型春季カタルの輪部病変.膠様の白色浸潤がみられる.e.球結膜浮腫結膜の炎症により血管の透過性が亢進して,血管から水分の漏出が起こると浮腫を生じる.アレルギー性炎症やウイルス性結膜炎などで著明な浮腫をみることがある(図5).f.輪部腫脹輪部はアレルギー炎症の好発部位であり,春季カタルでは輪部の著しい腫脹と浸潤(増殖性炎症)が起こる(図6).クラミジア感染では上輪部に限局して浸潤が起こり,ときに角膜表層の血管侵入(micropannus)を伴う.アデノウイルス結膜炎との鑑別点の一つである.2.眼瞼,角膜,涙道,耳前リンパ節などの付随所見結膜炎では,結膜以外の周囲組織の変化に鑑別のヒントが隠されていることも少なくない1).a.眼瞼単純ヘルペスウイルス(HSV)による眼瞼結膜炎では,発赤を伴った小水疱が形成され中心部には臍窩とよばれる凹みがある.皮疹が瞼縁にできるとしばしば水疱が破れてびらん化し,フルオレセインで染色される.眼部帯状ヘルペスでは,皮疹が三叉神経の支配領域に沿って分布するのが特徴である.そのほか伝染性軟属腫では,濾胞性結膜炎と同時に眼瞼皮膚に臍窩をもつ小さな腫瘤が観察される.ヘルペスに似た皮疹は,顔面の伝染性膿痂疹でもみられることがある.皮疹が平坦で,臍窩がない点が異なる.(5)図7単純ヘルペスウイルス結膜炎の角結膜病変球結膜の地図状潰瘍と樹枝状角膜炎が認められる.b.角膜診察時にフルオレセインで必ず角結膜表面を観察することと,輪部,特に上輪部,上方角膜を観察することが大切である.ヘルペス性結膜炎では角膜に星状,樹枝状潰瘍を合併することがある.また輪部結膜や球結膜にも星状,地図状潰瘍を伴う場合もある(図7).アデノウイルス結膜炎に合併する角膜混濁は,多発性角膜上皮下浸潤(MSI)とよばれ,発症後1週間から10日以降にみられる.初期には浸潤病巣の表面が点状にフルオレセインに染色される.AHCの初期には点状表層角膜炎がみられる.春季カタルでは角膜上方を中心に強い表層角膜炎がみられ,高度になると上皮が.げて「落屑様」となる.さらに重症例では,シールド潰瘍,角膜プラークが形成される.c.涙道涙点からの膿の排出があれば涙道に感染が存在する可能性がある.涙点の拡大,涙点周囲の噴火口状の隆起性変化などは,涙小管炎を疑う.涙点からのポリープ様腫瘤,涙小管部の硬結なども涙小管炎を疑う所見である.涙道の通水検査を行い,涙道閉塞の有無,涙小管の状態を確認する.d.耳前リンパ節耳前リンパ節腫脹を示すのは,ウイルス性かクラミジア性である.正常でもリンパ節を触れることがあるので,正常にはない「圧痛」に注意する必要がある.ウイあたらしい眼科Vol.28,No.11,20111517 ルス性でもリンパ節腫脹を欠くことがある.ルス性でもリンパ節腫脹を欠くことがある.眼脂を見分ける結膜所見とならんで結膜炎の鑑別において重要なのは,眼脂の肉眼的性状を見分けることである2).眼脂の性状はそこに含まれる白血球の種類や割合を反映しており,これによって結膜炎の原因を推定することができる(表2).眼脂は好中球の割合が高いほど粘性が高く色調が黄色みを帯び,逆にリンパ球(単核球)の比率が高ければ,漿液性あるいは漿液線維素性眼脂となる.一般に以下の4つを区別する3).a.漿液線維素性眼脂水っぽく糸を引くような眼脂.患者はしばしば「涙が多い」と表現する.ウイルス性結膜炎でみられる.そのほか,物理化学的刺激による結膜炎でも漿液性眼脂がみられる.表2眼脂の肉眼的性状による鑑別診断眼脂の性状原因漿液性/漿液線維素性物理・化学的,アデノウイルス,エンテロウイルス粘液性アレルギー,乾性角結膜炎粘液膿性細菌,クラミジア,HSV,麻疹膿性淋菌,髄膜炎菌b.粘液性眼脂粘稠度の高い白色の眼脂.アレルギー疾患や乾性角結膜炎の際に観察される.c.粘液膿性眼脂やや黄色みを帯びた粘液性の眼脂.細菌性結膜炎でみられる.そのほか,クラミジア結膜炎やウイルス性ではHSV,麻疹,風疹,ムンプスなどでも同様の眼脂をみる.d.膿性眼脂膿のように黄色みを帯びた粘稠度の高い眼脂.多量の膿性眼脂をみたら,まず淋菌性結膜炎を考える.同じナイセリア属の髄膜炎菌の感染でも同様の眼脂がみられる.4.臨床病型今まで述べてきた結膜所見や眼脂の性状から臨床病型を決める.眼脂の肉眼的特徴を含めて,総合的に臨床診断を決定する(図8)a.カタル性カタル性炎とは「水っぽい炎症」という意味である.充血(結膜血管の拡張)があって結膜表面は水っぽく光沢があり,瞼結膜には濾胞も乳頭もみられないものをいう.これに粘液膿性眼脂がみられれば,典型的な細菌性原因眼脂の性状臨床病型結膜炎結膜炎カタル性漿液性物理・化学的粘液膿性細菌濾胞性漿液線維素性アデノウイルスエンテロウイルス粘液膿性クラミジアHSV乳頭性粘液性アレルギー粘液膿性細菌クラミジア(慢性感染)膿性淋菌化膿性偽膜性さまざまウイルスクラミジア図8臨床病型と眼脂の性状による鑑別診断1518あたらしい眼科Vol.28,No.11,2011(6) 表表おもな白血球付随所見考えるべき原因好中球細菌(球菌・桿菌)細菌封入体,形質細胞,封入体,リンパ球クラミジアリンパ球好中球の混在(1.2割)アデノウイルス,エンテロウイルス好中球の混在(4.5割),多核巨細胞単純ヘルペスウイルス好酸球好塩基球アレルギー結膜炎の臨床像である.b.濾胞性瞼結膜から円蓋部の濾胞形成を主要所見とする結膜炎.これには,種々のウイルス性,クラミジア性が含まれる.いずれも耳前リンパ節腫脹を伴うため鑑別に苦慮することが多いが,眼脂の性状の差である程度鑑別できる(表3).c.乳頭性乳頭増殖を主病変とするもの.慢性結膜炎の多くはこのタイプとなる.特殊なものに,コンタクトレンズ(CL)による巨大乳頭結膜炎,石垣状巨大乳頭を示す春季カタルなどのアレルギー性結膜炎がある.d.化膿性膿性眼脂を主要所見とする結膜炎.淋菌,髄膜炎菌による結膜炎のほか,新生児のクラミジア結膜炎も化膿性結膜炎を示す.e.偽膜性瞼結膜に偽膜形成がみられるもの.偽膜性結膜炎を示すのは,ウイルス性(アデノウイルス,HSV),新生児クラミジアなどである.II病因診断に必要な検査結膜炎の場合,臨床診断のみで経験的治療(エンピリック治療)を行う場合も多く,実際ほとんどの症例は問題なく治癒する.しかし,ときに誤診から治癒が遅れたり合併症をひき起こしたりする例に遭遇する.結膜炎診療のスキルアップの観点からは,病因検索を行うことをお勧めしたい.1.塗抹検鏡眼脂の肉眼的性状は,結膜炎の原因を考えるうえでの重要な情報源であると述べたが,その顕微鏡所見を知る(7)図9アデノウイルス結膜炎の眼脂塗抹標本(ディフ・クイック染色)90%近くがリンパ球(単核球)で占められている.ことにより,情報量は数倍にも増える4).細菌やクラミジアなど光学顕微鏡で観察できる微生物なら,その場で迅速病因診断が可能である.眼脂を検体として,ディフクイック染色などの簡易染色キットを用いれば,5分前後の所要時間で施行できる.検鏡のポイントを以下にまとめる.a.白血球の種類眼脂に含まれる白血球の種類の違いにより,結膜炎の原因を推定できる(表3).好中球優位であれば細菌性,クラミジア性を,リンパ球優位であれば,ウイルス性をまず考える(図9).類似の濾胞性結膜炎を示すアデノウイルス,HSV,クラミジアの鑑別診断にも役立つ.好酸球が観察されれば,アレルギーの診断が確定する.b.病原体の有無細菌,クラミジアは光学顕微鏡で観察することができる.これらの微生物を発見できれば,病因が確定できる.細菌では,形態的特徴とグラム染色性から菌種まであたらしい眼科Vol.28,No.11,20111519 図10細菌性結膜炎の眼脂塗抹標本(フェイバーG染色)好中球優位の白血球浸潤があり,ランセット型のグラム陽性の双球菌が多数みられる.肺炎球菌が分離された例.推定することも可能である(図10).培養のむずかしい放線菌(アクチノマイセスなど)感染症の診断では,塗抹検鏡が威力を発揮する.2.病原体の検出感染症診断のゴールド・スタンダードは原因微生物の分離・同定である.細菌感染を疑った場合は結膜ぬぐい液から細菌培養を行う.菌種によっては発育しにくいものもあるので,検査を依頼する際に目的菌種を伝えておき,適した条件で培養してもらうことが重要である.細菌分離培養には,起炎菌の薬剤感受性を知るという大きな利点がある.ウイルス分離は,細胞の準備や検査の所要時間などから,臨床現場での診断方法としては不向きである.抗原検出は,ウイルスやクラミジアの診断に用いられている.簡易キットが汎用されているが,感度や特異性などのキットの特徴を十分に理解して使用する必要がある.アデノウイルス抗原検出キットは感度が約80%程度なので,偽陰性に注意が必要である.より感度の高い微生物検出方法として遺伝子検出(polymerasechainreaction:PCR)があり,細菌,ウイルス,クラミジアなどに利用されている.これらの特異的検査は,特定の微生物をターゲットにした方法であり,陽性であれば病因診断の根拠となるが,陰性の場合に他のどのような原因を考えるべきか,その情報が何も残らないのが欠点である.このようなとき,塗抹所見から鑑別に関する重要な情報が得られることが多い.おわりに充血を起こす代表的疾患である結膜炎について,鑑別診断の実際を中心に述べた.最も基本的かつ重要なものは臨床所見である.臨床診断を下した後,できる限り病因検索を行って自分の診断が正しかったかどうか確認しよう.このような作業をくり返すことにより,結膜炎を見分ける臨床力が培われる.文献1)中川尚:結膜以外を観察する.眼科診療クオリファイ2,結膜炎オールラウンド(大橋裕一編),p31-35,中山書店,20102)秦野寛:眼脂を見分ける.眼科診療クオリファイ2,結膜炎オールラウンド(大橋裕一編),p6-9,中山書店,20103)内田幸男:結膜の症候学.眼科MOOK33,結膜疾患(田中直彦編),p16-24,金原出版,19874)中川尚:スメアを採る.眼科診療クオリファイ2,結膜炎オールラウンド(大橋裕一編),p25-30,中山書店,20101520あたらしい眼科Vol.28,No.11,2011(8)

序説:目が赤い

2011年11月30日 水曜日

●序説あたらしい眼科28(11):1513,2011●序説あたらしい眼科28(11):1513,2011いDisordersPresentingwithRedEye中尾雄三*大橋裕一**私たち眼科医の日常診療のなかで,「目が赤い」は最も頻繁に遭遇する基本的な症状の一つである.その発症機序はさまざまで,外的な刺激,反応性,炎症,外傷,眼圧上昇,循環障害,血液異常がある.病的な意味としては眼球自体に障害がある場合と背景に全身的な問題を抱えている場合があり,対応の仕方は比較的軽症で簡単な治療で予後良好なもの,視機能や全身状態に悪化をきたすため迅速で的確な検査や処置を必要とするもの,と大きく分けられる.診察の場で「目が赤い」を診たとき,どのように検査を進め,なにの疾患と診断し,いかに治療するか,について一度は頭の中で整理しておく必要がある.この特集「目が赤い」では実際の眼科診療の場で直面するいくつかのケースを想定してテーマをあげ,それぞれの部門のエキスパートに各疾患の特徴,検査,治療について詳しく,判りやすく解説していただいた.まず,眼科外来診療で最も頻度の高い「結膜炎」の基本病型と眼所見の見分け方を中川尚先生に,「特発性結膜下出血」はその疫学調査の結果と考察につき山本康明先生に,「角膜上皮障害」では結膜充血と毛様充血の違い,鑑別のポイント,角膜上皮障害をきたす疾患の解説を重安千花・山田昌和両先生に,「コンタクトレンズ障害」ではハードおよびソフトコンタクトレンズ装用時に発生する発赤とその対応を稲葉昌丸先生に,「緑内障発作」はその発生病態と緊急の対処法について溝上志朗先生に,それぞれ述べていただいた.全身疾患を背景とする疾患では,「ぶどう膜炎」にみられる充血は感染性と非感染性に分けて橋田徳康・大黒伸行両先生に,「強膜炎」については潜在する全身疾患の重要性と治療法選択を堀純子先生に,そして「結膜腫瘍」については充血を伴う結膜腫瘍につき良性と悪性の鑑別点とその治療法を日野智之・外園千恵両先生に解説していただいた.また,「循環障害」では静脈うっ血,血液過粘稠度症候群の詳細な解説を児玉俊夫先生に,「眼窩炎症性疾患」ではさまざまな眼窩疾患の特徴と鑑別法について前久保知行・中馬秀樹両先生にご執筆をお願いした.たかが「目が赤い」,されど「目が赤い」である.熟読していただければこの症状のもつ多様性に気づき,検査,診断,治療に際しての慎重な対応に思いを馳せられることであろう.今回の特集「目が赤い」が皆様の日々の眼科診療に大いに役立つことを期待してお届けする.*YuzoNakao:近畿大学医学部附属堺病院眼科**YuichiOhashi:愛媛大学大学院感覚機能医学講座視機能外科学分野(眼科学)0910-1810/11/\100/頁/JCOPY(1)1513

日本人での10 年間の長期観察例による水晶体透明度指数の予測

2011年10月31日 月曜日

0910-1810/11/\100/頁/JCOPY(135)1503《原著》あたらしい眼科28(10):1503?1507,2011cはじめに加齢に伴う水晶体の評価法として,前眼部解析装置(EAS-1000,ニデック)を用いた水晶体各層の後方散乱光強度(lightscatteringintensity:LSI)および水晶体厚測定の手法は再現性が高くこれまで多くの報告がある1~7).筆者らは水晶体全体の加齢変化を捉える指標として,水晶体の透〔別刷請求先〕三田哲大:〒920-0293石川県河北郡内灘町大学1-1金沢医科大学眼科学教室Reprintrequests:NorihiroMita,DepartmentofOphthalmology,KanazawaMedicalUniversity,1-1Daigaku,Uchinadamachi,Kahokugun,Ishikawa920-0293,JAPAN日本人での10年間の長期観察例による水晶体透明度指数の予測三田哲大*1初坂奈津子*1渋谷恵理*1坂本保夫*1,2,4長田ひろみ*1稲垣伸亮*1柴田奈央子*1矢口裕基*1,3佐々木一之*1,2,4佐々木洋*1,2*1金沢医科大学眼科学教室*2金沢医科大学総合医学研究所環境原性視覚病態研究部門*3穴水総合病院眼科*4東北文化学園大学医療福祉学部リハビリテーション学科視覚機能学専攻AssessingPredictiveAccuracyofLensTransparencyPropertyvia10-YearFollow-upinJapaneseNorihiroMita1),NatsukoHatsusaka1),EriShibuya1),YasuoSakamoto1,2,4),HiromiOsada1),ShinsukeInagaki1),NaokoShibata1),HiromotoYaguchi1,3),KazuyukiSasaki1,2,4)andHiroshiSasaki1,2)1)DepartmentofOphthalmology,KanazawaMedicalUniversity,2)DivisionofVisionResearchforEnvironmentalHealth,KanazawaMedicalUniversity,3)DepartmentofOphthalmology,AnamizuGeneralHospital,4)VisualScienceCourse,DepartmentofRehabilitation,FacultyofMedicalScienceandWelfare,TohokuBunkaGakuenUniversity目的:水晶体の透明度の正常加齢変化を捉えるために筆者らが考案した指数であるlenstransparencyproperty(LTP)は,lightscatteringintensity(LSI)の値から算出される.今回筆者らはLSIとLTPの予測精度を検証した.対象および方法:水晶体の透明性(WHO分類3主病型0以下)を10年間維持した74名の右眼から前眼部解析装置(EAS-1000,ニデック)を用いてLSIを計測しLTPを算出した.LSIとLTPの実測値を回帰式からの推計値と比較した.結果:初回計測時のLSIとLTPの平均値と10年後の実測値の平均値は,皮質最透明部を除き有意な相関関係にあった.前?,前成人核,前胎生核,中心間層におけるLSIの誤差率は6.9%,4.8%,3.8%,6.6%であり,LTPの誤差率は6.4%であった.結論:LSIおよびLTPは横断的な疫学データを使用することにより10年後を予測することが可能である.Purpose:Lenstransparencyproperty(LTP),anindexformulatedbytheauthor’sgrouptodescribenormalage-relatedlenschangesandtransparency,isobtainedfromvaluesoflightscatteringintensity(LSI).WeexaminedthepredictiveaccuracyofLSIandLTP.SubjectsandMethods:Intherighteyesof74Japaneseadultswhoselenseshadremainedtransparent(WHOGrade0orlessfor3maintypesofcataract)for10years,LSIwasmeasuredbyanteriorsegmentanalyzer(EAS-1000,NIDEK)andLTPwascalculated.TheactualvaluesofLSIandLTPwerecomparedwithcorrespondingvaluesestimatedusingaregressionformula.Result:MeanvaluesofLSIandLTPatbaselineand10yearslaterweresignificantlycorrelated,excludingthemosttransparentpartofthecortex.ErrorratesforLSIinanteriorcapsule,anterioradultcortex,anteriorembryonicnucleusandcentralinnerlayerwere6.9%,4.8%,3.8%and6.6%respectively.ErrorrateforLTPwas6.4%.Conclusion:LSIandLTPafter10yearsarepredictableusingcross-sectionalepidemiologicdata.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)28(10):1503?1507,2011〕Keywords:散乱光強度,水晶体透明度指数,水晶体加齢変化,EAS-1000.lightscatteringintensity,lenstransparencyproperty,agingchangeofcrystallinelens,EAS-1000.1504あたらしい眼科Vol.28,No.10,2011(136)明度を各層におけるLSIで定量化し,さらに水晶体厚を考慮した水晶体透明度指数(lenstransparencyproperty:LTP)の有用性を提唱してきた6).水晶体のLSIおよび水晶体厚は加齢に伴い増加することが報告されている1~7)が,これらの報告はすべて横断的な疫学調査をもとにしたものであり,縦断的疫学調査で検討したものはない.縦断的な調査により長期でのLSIおよびLTPの変化量の予測が可能となれば水晶体の正常加齢変化を知るうえで有用な指標となる可能性がある.日本人における10年間の長期観察例において,LSIおよびLTPの予測値と実測値との差から,これらの予測精度を検証した.I対象および方法石川県輪島市門前町で進行中のMonzenEyeStudyへの参加者で2009年までに10年間の経過観察が終了した186名を対象とした.このなかでEAS画像から屈折異常以外の眼疾患および,たとえば固視不良のような後方散乱光強度計測に影響を与えるような症例を除き,水晶体の透明性(WHO分類:程度0以下)を10年間維持していた74名74眼の右眼を対象とした.初回受診時年齢は59.2±5.2歳(49~71歳)であった.ミドリンRP(参天製薬)による極大散瞳下,前眼部解析装置(EAS-1000,ニデック)で視軸上の前?(A),皮質最透明部(B),前成人核(C),前胎生核(D),中心間層(E)のLSIおよびA-C間(Lac),C-E間(Lce),A-E間(Lae)の光学距離を求めた(図1).LTPは既報式に従い6),LTP=A+C×Lac+E×Laeより算出した.統計解析ソフトは「R」(version2.11.1オープンソース)を使用し,回帰式および一元配置分散分析(ANCOVA)について有意水準は5%とした.II結果初年度および10年目においてB層を除くA,C,D,Eの4層で年齢とLSIに有意な相関がみられた.初年度と10年後の近似式については前?と皮質最透明部を除き統計学的に同一近似式であった(図2,表1).初年度の近似式から予測した10年後予測LSI値と10年後の実測LSI値の差(誤差表1後方散乱光強度における近似式─前?と皮質最透明部を除き,初年度と10年後の回帰式は同じものであると言える.─近似式初年度10年後ANCOVA散乱光強度(cct)Ay=43.039e0.01xR2=0.075p=0.019y=0.922e0.0212xR2=0.315p<0.01傾き:p<0.05切片:NSBy=39.617e0.0026xR2=0.005p=0.565y=46.209e0.0001xR2=0.001p=0.984─Cy=22.164e0.0273xR2=0.316p<0.01y=30.055e0.022xR2=0.249p<0.01傾き:NS切片:NSDy=24.181e0.0171xR2=0.234p<0.01y=8.444e0.0213xR2=0.285p<0.01傾き:NS切片:NSEy=15.037e0.0208xR2=0.281p<0.01y=4.445e0.0221xR2=0.267p<0.01傾き:NS切片:NS図1A~Eの各点でのLSIおよびA?C間(Lac),A?E間(Lae)の光学距離からのLTPの算出年齢(歳)200150100500後方散乱光強度(cct)4555657585A(初年度)B(初年度)C(初年度)D(初年度)E(初年度)A(10年後)B(10年後)C(10年後)D(10年後)E(10年後)図2水晶体各層における年齢と後方散乱光強度の相関各年度とも皮質最透明部を除き有意な相関が認められた.(137)あたらしい眼科Vol.28,No.10,20111505率)は少なく,前?6.9%,前成人核4.8%,前胎生核3.8%,中心間層6.6%であった(図3).年齢と光学距離の相関を図4および表2に示す.初年度と10年後のLacの近似式は同一近似式であるとみなせた(ANCOVA,傾き:p=0.772,切片:p=0.254).初年度の近似式から予測した10年後予測値と10年後の実測値との誤差率はLac:5.3%,Lae:3.7%であり,予測精度はきわめて良好であった(図5).年齢とLTPの相関について初年度ではy=73.554e0.0243x(R2=0.4019,p<0.01),10年後ではy=62.536e0.0274x(R2=0.4258,p<0.01)であり,両者の指数関数は統計学的に同一であった(図6)(ANCOVA,傾き:p=0.553,切片:p=0.344).初年度の近似式から10年後を予測した予測値と10年後の実測値との誤差率は54歳以下:2.2%,55~59歳:10.3%,60歳以上:6.7%であった(図7).III考按日本人一般住民において,前?および皮質最透明部を除いたLSIおよびLTPでは横断的データから縦断的なデータを表2光学距離における近似式─Laeにおいて初年度と10年後の近似式は同じものであると言える.─近似式初年度10年後ANCOVA光学距離(㎜)Lacy=0.0094x+0.3967R2=0.066p=0.028y=0.0112x+0.3312R2=0.0734p=0.019傾き:NS切片:NSLcey=?0.0021x+1.5858R2=0.0138p=0.318y=0.0007x+1.4303R2=0.0004p=0.858─Laey=0.0073x+1.9825R2=0.0329p=0.122y=0.0119x+1.7615R2=0.0594p=0.036─0100200300400500600700800405060708090水晶体透明度指数(LTP)年齢(歳):初年度:10年後図6年齢とLTPの相関00.511.522.53455055606570758085光学距離(mm)年齢(歳)Lae(初年度)Lce(初年度)Lac(初年度)Lae(10年後)Lce(10年後)Lac(10年後)図4年齢と光学距離の相関初年度のLac,10年後のLacとLaeに有意な相関が認められた.020406080100120140160180200後方散乱光強度(cct)前?前成人核前胎生核中心間層■10年後実測値921418268■10年後予測値861487964誤差率6.9%4.8%3.8%6.6%図310年後における後方散乱光強度の実測値と予測値の比較皮質最透明部に関しては誤差率を求めることができなかった.0.000.501.001.502.002.503.00光学距離(mm)LacLae■10年後実測値1.1062.582■10年後予測値1.0472.488誤差率5.3%3.7%図510年後における光学距離の実測値と予測値の比較1506あたらしい眼科Vol.28,No.10,2011(138)予測することが可能であった.横断的データにおいてLSIおよびLTPが加齢に伴い増加するのは過去の報告と一致している1~6).LSIが加齢に伴い指数関数的に増加しているのは,日本人を対象とした藤澤らの報告2)と同様であった.LTPについては透明水晶体を有する健常者と糖尿病患者の比較で白内障発症率が高い糖尿病眼において高値を示すことが報告されている6).さらに,透明水晶体を有する日本人,アイスランド人,中国系シンガポール人の比較で,白内障有病率の高いシンガポール人でLTPは有意に高値を示すことを筆者らは報告している8).これらの結果からもLTPは水晶体透明度の加齢変化の指標として有用であると考えている.今回の結果から,日本人の透明水晶体眼では横断的調査で得られたLTPから10年後のLTPの予測がきわめて高い精度で可能であることが明らかになった.LTPはLSIと水晶体厚の両者から求める値であるが,LSIとしては前?部,皮質部,核部それぞれについて加齢との相関が最も高い3層の値を使用している.水晶体透明度の評価にこの3層のLSIのみを用いることが最良であるかについては今後さらに検討が必要であると考える.また,水晶体各層のLSIと発症混濁病型の関連についてもこれまでに報告がなく,今後検討が必要である.水晶体厚については厚い水晶体は核混濁のリスクが高く,薄い水晶体は皮質混濁のリスクが高いことが報告されている9).LTPの計算式では,LSIが水晶体深部ほど減衰することを考慮し,LSIに層間厚を補正因子として使用している.したがって,LTPはおもにLSI成分からの水晶体透明度の評価法であると考えてよい.厚い水晶体で発症リスクが上昇し,核部のLSIが著明に増加する核混濁の予測にLTPは有効である可能性が高い.薄い水晶体で発症リスクが高い可能性があることが報告9)されている皮質白内障は,水晶体周辺から混濁を生じることが多いためLTPの測定で用いているLSIとは関連が低い可能性がある.皮質混濁発症の予測性については,LSI以外の因子の関与も含め検討を要する課題であろう.近年,強度近視に対する屈折矯正手術の手段として有水晶体眼にphakicIOL(眼内レンズ)の有効性がいわれているが,神谷ら10)は平均37歳(21~59歳)の術後4年で12.5%,Lacknerら11)は術後1年で4.9%,術後3年で5.3%,Sanders12)のFDA(米国食品医薬品局)臨床試験では術後5年で5.9%に白内障(前?下混濁)が発症していることを報告している.同じ透明水晶体でも,正常加齢変化より水晶体の不透明化が進んだ症例にphakicIOLを挿入した場合,phakicIOL特有の合併症である前?下白内障以外にも術後早期に加齢白内障を発症する可能性がある.水晶体加齢変化を評価できるLTPの使用は本手術適応の判定にきわめて有用であり,phakicIOL手術におけるLTP有効性の前向き調査が望まれる.同様に硝子体手術においても,水晶体再建術併用の有無の評価は容易ではない.河村ら13)は50歳以上において術後4年以内に50%が核白内障を発症し手術が必要になることを報告しており,50歳以上の症例については透明水晶体でも水晶体再建術が併用されることが多い.しかし,同一年齢であっても水晶体透明度は異なり,白内障発症リスクは同じではないはずである.LTPにより術前の水晶体透明度を評価できれば,無用な水晶体再建術の併用を避けることができ,若年者でもLTPが高値であれば水晶体再建術を併用の判定ができるかもしれない.本研究の対象は10年間透明水晶体を維持した症例であるため,10年間で白内障を発症した症例は除外した.したがって,現段階においてLTPの予測が可能であるのは健常眼の加齢変化のみである点が本研究の欠点である.しかし,白内障発症眼では透明水晶体眼よりLSIの増加が大きいことが予想され,今回の10年での予測値を白内障が発症していない健常者における正常値とすることで,この値を有意に上回る場合は病的変化として判定できるかもしれない.今後は白内障発症眼および手術施行例も対象に含め,日本人におけるLTPの予測精度および白内障発症予測精度について検討したい.IV結論水晶体の透明度を示す指数であるLSIおよびLTPは,横断的なデータから10年後の予測が可能であることが明らかになった.文献1)FujisawaK,SasakiK:Changesinlightscatteringintensityofthetransparentlenesofsubjectsselectedfrompopulation-basedsurveysdependingonage:analysisthroughscheimpflugimages.OphthalmicRes27:89-101,0100200300400500600水晶体透明度指数(LTP)54歳以下55~59歳60歳以上全体■10年後実測値327417473426■10年後予測値334374442399誤差率2.2%10.3%6.7%6.4%図710年後におけるLTPの実測値と予測値の比較(139)あたらしい眼科Vol.28,No.10,2011150719952)HokwinO,DragomirescuV,LaserH:MeasurementsoflenstransparencyoritsdisturbancesbydensitometricimageanalysisofScheimpflugphotographs.GraefesArchClinExpOphthalmol219:255-262,19823)SasakiK,HiiragiM,SakamotoY:Changeofcrystallinelenstransparencywithinhealthyindividuals.LensRes3:239-251,19864)HockwinO,SasakiK,LeskeMC:Physiologicchangesoflenstransparencyduringageing:AScheimpflugphotographystudy.DevOphthalmol17:72-74,19895)DubbelmanM,HeijdeGL,WeeberHA:ThethicknessoftheaginghumanslensobtainedfromcorrectedScheimpflugimages.OptomVisSci78:411-416,20016)SasakiH,HokwinO,KasugaTetal:Anindexforhumanlenstransparencyrelatedtoageandlenslayer:comparisionbetweennormalvolunteersanddiabeticpatientswithstillclearlens.OphthalmicRes31:93-103,19997)SasakiH,KasugaT,OnoMetal:Agingchangesoflenstransparencyinsubjectswithnoncataractouseye.DevOphthalmol27:102-108,19978)SasakiK,SasakiH,FribertJetal:Racialdifferencesoflenstransparencypropertieswithagingandprevalenceofage-relatedcataractapplyingaWHOclassificationsystem.OphthalmicRes36:332-340,20049)KleinBE,KleinR,MossSE:Lensthicknessandfiveyearcumulativeincidenceofcataracts:TheBeaverDamEyeStudy.OphthalmicEpidemiol:7:243-248,200010)KamiyaK,ShimizuK,IgarashiAetal:Four-yearfollow-upofposteriorchamberphakicintraocularlensimplantationformoderatetohighmyopia.ArchOphthalmol127:845-850,200911)LancknerB,PiehS,SchmidingerGetal:Long-termresultsofimplantationofphakicposteriorchamberintraocularlenses.JCataractRefractSurgey30:2269-2276,200412)SandersDR:Anteriorsubcapsularopacitiesandcataracts5yearsaftersurgeryinthevisianimplantablecollamerlensFDAtrial.JRefractSurg24:566-570,200813)河村知英,佐藤幸裕,島田宏之:裂孔原性網膜?離に対する一次的硝子体手術.眼臨91:1528-1530,1997***