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LASIK 術後のドライアイに対するアテロコラーゲン涙点プラグの効果

2011年8月31日 水曜日

0910-1810/11/\100/頁/JCOPY(127)1187《原著》あたらしい眼科28(8):1187?1190,2011cはじめに代表的な角膜屈折矯正手術であるlaserinsitukeratomileusis(LASIK)は,術後早期から良好な裸眼視力が得られるという利点がある一方で,術後に一過性のドライアイが生じることが知られている1~6).その症状は術後3~6カ月程度で改善すると報告されている2,4,5)が,遷延,または重症化することもある.この一過性ドライアイに対して,人工涙液およびヒアルロン酸ナトリウム点眼により治療が行われ,改善しない症例には,シリコーン製の涙点プラグが有効な場合もある.しかし,シリコーン製涙点プラグは挿入時に疼痛を伴ううえに,術後,感染7~9)や脱落9,10),肉芽形成10,11),涙道内への迷入9)などの合併症が生じるため,積極的に使用しにくい面がある.アテロコラーゲン涙点プラグ「キープティアR」(高研)は,タイプIコラーゲンから抗原性の高いテロペプタイドの部分を除去したアテロコラーゲンが主成分で,この水溶液は4℃〔別刷請求先〕森洋斉:〒885-0051都城市蔵原町6-3宮田眼科病院Reprintrequests:YosaiMori,M.D.,MiyataEyeHospital,6-3Kurahara-cho,Miyakonojo,Miyazaki885-0051,JAPANLASIK術後のドライアイに対するアテロコラーゲン涙点プラグの効果森洋斉*1加藤貴保子*1南慶一郎*1宮田和典*1天野史郎*2*1宮田眼科病院*2東京大学大学院医学系外科学専攻感覚運動機能医学講座眼科学EfficacyofAtelocollagenPunctalOcclusionforDryEyeDuetoLaserInSituKeratomileusisYosaiMori1),KihokoKato1),KeiichiroMinami1),KazunoriMiyata1)andShiroAmano2)1)MiyataEyeHospital,2)DepartmentofOphthalmology,UniversityofTokyoGraduateSchoolofMedicine目的:Laserinsitukeratomileusis(LASIK)術後のドライアイに対するアテロコラーゲン涙点プラグの有効性と安全性を検討した.対象および方法:対象は,LASIK術後のドライアイ遷延例に対して,涙点プラグを挿入した16例29眼.評価項目は,涙液層破壊時間(BUT),点状表層角膜症(SPK),角結膜上皮障害(リサミングリーンスコア)とし,挿入前,挿入後1週,4週および8週で評価した.また,挿入前と挿入後8週でドライアイの自覚症状を比較した.結果:BUTは挿入前と比較して,挿入後1週(p<0.001;Wilcoxonの符号付順位和検定),4週(p<0.001)および8週(p<0.01)で有意に延長していた.SPK,リサミングリーンスコアは挿入前と比較して,挿入後1週,4週および8週(すべてp<0.001)でともに有意に改善していた.ドライアイの自覚症状は,16例中12例(75.0%)で改善していた.結論:アテロコラーゲン涙点プラグによる涙道閉鎖は,LASIK術後のドライアイに対して有用であった.Purpose:Toevaluatetheefficacyofpunctalocclusionwithatelocollagenfordryeyeafterlaserinsitukeratomileusis(LASIK).SubjectsandMethod:Subjectscomprised29eyesof16patientswhohaddryeyeover6monthsafterLASIKandreceivedatelocollageninjectionintothecanaliculi.Tearbreak-uptime(BUT),superficialpunctatekeratopathy(SPK)andkeratoconjunctivitissicca(lissaminegreenstainscore)wereexaminedbeforeandat1,4and8weeksaftertreatment.Thepatientswereaskedtoratetheirimprovementofsymptoms,usingselfassessment,beforeandat8weeksaftertreatment.Results:BUTsignificantlyincreasedat1,4and8weeksaftertreatments(p<0.001,p<0.001andp<0.01,respectively;Wilcoxonsigned-rankstest).SPKandlissaminegreenscorealsoimprovedafter1,4and8weeks(p<0.001).Improvementofsymptomswasreportedin12patients(75.0%).Conclusion:PunctalocclusionwithatellocollagenimprovesocularsurfacedisordersindryeyeafterLASIK.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)28(8):1187?1190,2011〕Keywords:涙点プラグ,ドライアイ,LASIK,アテロコラーゲン.punctalplug,dryeye,LASIK,atelocollagen.1188あたらしい眼科Vol.28,No.8,2011(128)以下では液状で,体温程度になるとゲル化する.涙液貯留効果の持続期間は数週間から数カ月と限られるが,シリコーン製涙点プラグでみられる重篤な合併症を起こさずに,同様の治療効果を得られると期待されている.濱野らはドライアイ症例69例135眼に対して有効性を検討し,涙液量の増加,角結膜上皮障害の軽減が8週間持続したと報告している12).また,Miyataらはドライアイ症例で,涙液層破壊時間(breakuptime:BUT)の延長,角結膜上皮障害の軽減,角膜上皮バリア機能の改善を認めたと報告している13).そこで本研究では,LASIK術後のドライアイが6カ月以上遷延した症例に対してアテロコラーゲン涙点プラグを挿入し,その有効性を検討した.I対象および方法対象は,2002年6月から2008年10月の間に宮田眼科病院でLASIKを受け,術後のドライアイが6カ月経過しても十分な寛解が得られず,アテロコラーゲン涙点プラグを挿入した16例29眼(男性2例4眼,女性14例25眼,平均年齢44.5±14.0歳).挿入時期は,LASIK後28.8±29.0カ月(6.1~81.9カ月)であった.挿入前のBUTは2.86±1.33秒で,全例2006年のドライアイの診断基準でドライアイ確定例であった.SchirmerI法変法は11.3±9.6mmであった.仰臥位にて,塩酸オキシブプロカイン点眼液(0.4%ベノキシールR点眼液)を点眼し,27ゲージ針でアテロコラーゲン涙点プラグを約150μlずつ上下涙小管に充?した.その後15分間温罨法を行い,確実にゲル化させ涙点を閉塞した.挿入前に行っていた点眼液(人工涙液およびヒアルロン酸ナトリウム)はそのまま継続とした.他覚的検査項目は,BUT,点状表層角膜症(superficialpunctuatekeratopathy:SPK),角結膜上皮障害である.BUTはストップウォッチにて3回測定し,その平均値を用いた.SPKは,フルオレセインの染色状態を染色面積(area),染色密度(density)の組み合わせで評価したMiyataらのAD分類を用い14,15),areaとdensityのスコアの和(6点満点)で評価した.角結膜上皮障害は,リサミングリーン染色を行い,鼻側球結膜,角膜,耳側球結膜の3象限に分けて,各々0~3点の4段階で判定し,合計した点数で評価した(リサミングリーンスコア)16,17).評価時期は挿入前,挿入1週後,4週後,8週後とした.自覚症状は,ドライアイの自覚症状13項目(眼の疲れ,乾燥感,異物感,眼が重い,痛い,痒い,不快感,かすみ,光がまぶしい,眼脂,眼を開けられない,流涙,充血)9)について,それぞれ5段階(悪化するほど高スコア)で挿入前と挿入後8週に患者へのアンケートを行い,比較した.さらに各症状の改善率〔改善した症例数/全体の症例数×100(%)〕を算出した.また,総合的なドライアイ症状の改善について,「とても良くなった」,「良くなった」,「かわらない」,「悪くなった」の4段階評価でアンケートを行った.各検査項目の統計解析は,挿入前を基準とするWilcoxonの符号付順位和検定を行い,有意水準は両側5%とした.II結果BUTは挿入前2.86±1.33秒であったのが,挿入後1週で4.35±1.65秒(p<0.001)と有意に改善し,4週で5.50±3.23秒(p<0.001),8週で4.72±3.14秒(p<0.01)と,その効果は8週間持続していた(図1).SPKはAD分類のスコア(A+D)にて挿入前3.00±0.80であったのが,挿入後1週で1.66±1.11(p<0.001),4週で1.52±1.21(p<0.001),8週で1.52±1.21(p<0.001)となり,挿入後1週で有意に改善し,その効果は8週間持続していた(図2).角結膜上皮障害はリサミングリーンスコアで挿入前3.41±1.57であったのが,挿入後1週で1.38±1.37(p<0.001),4週で1.48±1.33(p<0.001),8週で1.59±1.24(p<0.001)となり,挿入後1週で有意に改善し,その効果は8週間持続していた(図3).ドライアイの各自覚症状は,13項目中11項目が挿入前に比べて,挿入後で有意に改善していた(図4).各症状の改善***0123456挿入前1W後1M後2M後*p<0.001(Wilcoxonの符号付順位和検定)AreaとDensityのスコアの和図2点状表層角膜症〔areaとdensityのスコアの和(AD分類)〕の変化挿入前と比較して,挿入後1週,1カ月,2カ月において,点状表層角膜症は有意に軽減していた.0246810挿入前1W後1M後2M後*p<0.01(Wilcoxonの符号付順位和検定)涙液層破壊時間(秒)***図1涙液層破壊時間(BUT)の変化挿入前と比較して,挿入後1週,1カ月,2カ月において,BUTは有意に延長していた.(129)あたらしい眼科Vol.28,No.8,20111189率は,眼の疲れ56.3%,乾燥感75.0%,異物感37.5%,眼が重い37.5%,痛み25.0%,痒み37.5%,不快感43.75%,かすみ37.5%,光がまぶしい43.75%,眼脂37.5%,眼を開けられない31.25%,流涙25.0%,充血50.0%であった.自覚症状の総合的な評価は,16例中12例(75.0%)で「とても良くなった」あるいは「良くなった」であった(図5).また,16例中4例(25.0%)で「かわらない」という評価であったが,「悪くなった」という評価は1例もなかった.観察期間内に角結膜の炎症,発赤,かゆみなどアテロコラーゲンの抗原性によるアレルギー反応,あるいはコラーゲンに対する過敏症状が1症例2眼に発症した.しかし無処置にて軽快した.ほかに重篤な合併症は認めなかった.III考按今回の検討により,LASIK術後のドライアイ遷延例に対するアテロコラーゲン涙点プラグの挿入は,BUTの延長,SPK,角結膜上皮障害の軽減および自覚症状の改善において有効であり,その効果は8週間持続することが確認された.アテロコラーゲン涙点プラグ挿入により,涙液排出を抑制することで,角膜表面を覆う涙液が増加し,BUTの延長および角結膜上皮障害の改善が促されたと考えられる.自覚症状別では,流涙,眼が重い以外の症状は有意に改善しており,乾燥感の改善率が最も高かった.流涙に関しては,スコア上の改善は認めなかったが,これはドライアイに伴う症状ではなく,涙液の増加による流涙症状が主であり,ドライアイ症状の改善を示唆していると考えられる.LASIK術後のドライアイの病態は,マイクロケラトームやエキシマレーザーにより,角膜知覚神経が切断,切除されることによって生じる角膜知覚低下が関与していると報告されている2,5).角膜知覚が低下すると,反射性の涙液分泌の低下や瞬目の低下による涙液蒸発の増加を起こし,ドライアイ症状をきたすと考えられている.通常,LASIK術後のドライアイ症状は一過性であることが多いが,今回の対象のようにLASIK術後6カ月以上経ってもドライアイ症状が遷延化することもしばしば経験する.その理由として,角膜知覚の回復遅延が考えられる.これまでの報告では,角膜知覚はLASIK術後3~6カ月で術前レベルまで改善する4,18)としているものがある一方で,術後1年以上経っても術前レベルまで改善しないとしているものもあり19,20),症例によって角膜知覚の回復期間に差が生じる可能性が推測される.角膜知覚の回復遅延の危険因子として,BenitezらはLASIK術前のコンタクトレンズ(CL)装用をあげている21).長期のCL装用は,角膜への酸素供給の低下をきたし,神経終末が障害されるため,角膜知覚の低下をひき起こす.ゆえにCL装用者は,術前から角膜知覚低下を認めているため,正常レベルまで回復するのに時間を要すると推察される.本研究の対象をレトロスペクティブに調べてみると,LASIK術前のCL装用者が83%と多く,角膜知覚の回復遅延によるドライアイ症状の遷延化の一因となった可能性が示唆される.さらに,本研究では調べていないが,LASIK術前にドライアイがあ543210自覚症状のスコア***********眼の疲れ乾燥感異物感眼が重い痛い痒い不快感かすみ光がまぶしい眼脂眼を開けられない流涙充血*p<0.05(Wilcoxonの符号付順位和検定)図4アテロコラーゲン涙点プラグ挿入前後での各自覚症状の比較流涙,眼が重い以外のすべての自覚症状が有意に改善した.0123456*p<0.001(Wilcoxonの符号付順位和検定)挿入前1W後1M後2M後リサミングリーンスコア***図3角結膜上皮障害(リサミングリーンスコア)の変化挿入前と比較して,挿入後1週,1カ月,2カ月において,リサミングリーンスコアは有意に軽減していた.:とても良くなった:良くなった:かわらない43.8%31.3%25.0%図5アテロコラーゲン涙点プラグ挿入による改善度の自覚的評価16例中12例(75.0%)が,アテロコラーゲン涙点プラグ挿入後にドライアイの自覚症状が改善したと回答した.また,悪化したと回答した例はなかった.1190あたらしい眼科Vol.28,No.8,2011(130)る症例では,術後の角膜知覚の回復が遅延することが報告されている22).角膜知覚の回復遅延をきたしやすいと予想される症例では,術後のドライアイ症状が遷延化する可能性が高いため,術後早期からドライアイに対する治療を考慮したほうがよいと考えられる.点眼治療で十分改善が得られないドライアイに対して,アテロコラーゲン涙点プラグによる涙道閉鎖が有効であるとの報告は幾つかある12,13,23)が,いずれも挿入後2カ月までの評価であり,その後の治療効果については検討されていない.アテロコラーゲン水溶液は4℃以下では液体であるが,体温程度になるとゲル化する性質をもっており,涙小管内でゲル化して保持され,涙液排出抑制効果を発揮する.しかしながら,ゲルは時間とともに分解されて,最終的に鼻腔内へ排出されるため,その効果は永続的ではない.ゆえに,通常の涙液減少型のドライアイでは,数カ月ごとにアテロコラーゲン涙点プラグの挿入が必要になることが考えられる.一方,本研究の対象であるLASIK術後のドライアイは,角膜知覚が術前レベルまで回復すれば,症状が改善すると推測される.つまり,角膜知覚が改善するまでの間一時的に,涙液排出抑制効果が持続していればよいため,アテロコラーゲン涙点プラグは良い適応であると考えられる.今回の症例では,アテロコラーゲンの抗原性によるアレルギー反応,あるいはコラーゲンに対する過敏症状が1症例2眼に発症したが,無処置にて軽快した.ほかに重篤な合併症は認めなかった.この結果から,アテロコラーゲン涙点プラグの安全性も確認された.アテロコラーゲン涙点プラグによる涙道閉鎖は,LASIK術後のような一過性のドライアに対して,有効で安全な治療法であることが示唆された.文献1)ArasC,OzdamarA,BahceciogluHetal:Decreasedtearsecretionafterlaserinsitukeratomileusisforhighmyopia.JRefractSurg16:362-364,20002)StevenE,WilsonSE:Laserinsitukeratomileusisinducedneurotrophicepitheliopathy.Ophthalmology108:1082-1087,20013)MelkiSA,AzarDT:LASIKcomplications:Etiology,management,andprevention.SurvOphthalmol46:95-116,20014)TodaI,Asano-KatoN,Komai-HoriYetal:Dryeyeafterlaserinsitukeratomileusis.AmJOphthalmol132:1-7,20015)AmbrosioRJr,WilsonSE:Complicationsoflaserinsitukeratomileusis:etiology,prevention,andtreatment.JRefractSurg17:350-379,20016)SugarA,RapuanoCJ,CulbertsonWWetal:Laserinsitukeratomileusisformyopiaandastigmatism:safetyandefficacy:AreportbytheAmericanAcademyofOphthalmology.Ophthalmology109:175-187,20027)YokoiN,OkadaK,SugitaJetal:Acuteconjunctivitisassociatedwithbiofilmformationonapunctualplug.JpnJOphthalmol44:559-560,20008)SugitaJ,YokoiN,FullwoodNJetal:Thedetectionofbacteriaandbiofilmsinpunctualplugholes.Cornea20:362-365,20019)小嶋健太郎,横井則彦,中村葉ほか:重症ドライアイに対する涙点プラグの治療成績.日眼会誌106:360-364,200210)FayetB,AssoulineM,HanushSetal:Siliconepunctalplugextrusionresultingfromspontaneousdissectionofcanalicularmucosa:Aclinicalandistopathologicreport.Ophthalmology108:405-409,200111)那須直子,横井則彦,西井正和ほか:新しい涙点プラグ(スーパーフレックスプラグR)と従来のプラグの脱落率と合併症の検討.日眼会誌112:601-606,200812)濱野孝,林邦彦,宮田和典ほか:アテロコラーゲンによる涙道閉鎖-涙液減少69例における臨床試験.臨眼58:2289-2294,200413)MiyataK,OtaniS,MiyaiTetal:Atelocollagenpunctalocclusionindryeyepatients.Cornea25:47-50,200514)MiyataK,AmanoS,SawaMetal:Anovelgradingmethodforsuperficialpunctatekeratopathymagnitudeanditscorrelationwithcornealepithelialpermeability.ArchOphthalmol121:1537-1539,200315)宮田和典,澤充,西田輝夫ほか:びまん性表層角膜炎の重症度の分類.臨眼48:183-188,199416)vanBijsterveldOP:Diagnostictestsinsiccasyndrome.ArchOphthalmol82:10-14,196917)味木幸,尾形徹也,小西美奈子ほか:リサミングリーンBによる角結膜上皮障害の観察.眼紀50:536-539,199918)MichaeliA,SlomovicAR,SakhichandKetal:Effectoflaserinsitukeratomileusisontearsecretionandcornealsensitivity.JRefractSurg20:379-383,200419)NejimaR,MiyataK,TanabeTetal:Cornealbarrierfunction,tearfilmstability,andcornealsensationafterphotorefractivekeratectomyandlaserinsitukeratomileusis.AmJOphthalmol139:64-71,200520)BattatL,MacriA,DursunDetal:Effectsoflaserinsitukeratomileusisontearproduction,clearance,andtheocularsurface.Ophthalmology108:1230-1235,200121)BenitezdelCastilloJM,delRioT,IradierTetal:Decreaseintearsecretionandcornealsensitivityafterlaserinsitukeratomileusis.Cornea20:30-32,200122)TodaI,Asano-KatoN,Hori-KomaiYetal:Laser-assistedinsitukeratomileusisforpatientswithdryeye.ArchOphthalmol120:1024-1028,200223)平井香織,内尾英一,安藤展代ほか:新しいドライアイ治療・アテロコラーゲン液状プラグによる涙道閉鎖の治療効果.眼臨紀3:236-239,2010***

正常眼圧緑内障として長期経過した後にAlzheimer 病を発症した1症例

2011年8月31日 水曜日

1182(12あ2)たらしい眼科Vol.28,No.8,20110910-1810/11/\100/頁/JC(O0P0Y)《第21回日本緑内障学会原著》あたらしい眼科28(8):1182?1186,2011cはじめにこれまでにアルツハイマー病(Alzheimer’sdisease:AD)をはじめとする中枢性神経変性疾患と緑内障の関連性が示唆されている.たとえば,ADでは緑内障の合併率が23~26%と高いこと1,2),ADにおける緑内障性視神経症は進行しやすいこと3),ADの神経変性に関与するとされているapolipoproteinEpromoterの遺伝子多型が原発開放隅角緑内障(primaryopen-angleglaucoma:POAG)における視神経乳〔別刷請求先〕布谷健太郎:〒569-8686高槻市大学町2-7大阪医科大学眼科学教室Reprintrequests:KentaroNunotani,M.D.,DepartmentofOphthalmology,OsakaMedicalCollege,2-7Daigaku-cho,TakatsukiCity,Osaka569-8686,JAPAN正常眼圧緑内障として長期経過した後にAlzheimer病を発症した1症例布谷健太郎*1杉山哲也*1小嶌祥太*1植木麻理*1菅澤淳*1池田恒彦*1西田圭一郎*2宇都宮啓太*3*1大阪医科大学眼科学教室*2関西医科大学精神神経科学教室*3関西医科大学放射線科学教室ACaseofProgressiveNormal-TensionGlaucomaofLongDuration,FollowedbyAlzheimer’sDiseaseOnsetKentaroNunotani1),TetsuyaSugiyama1),ShotaKojima1),MariUeki1),JunSugasawa1),TsunehikoIkeda1),KeiichiroNishida2)andKeitaUtsunomiya3)1)DepartmentofOphthalmology,OsakaMedicalCollege,2)DepartmentofPsychology,KansaiMedicalCollege,3)DepartmentofNeuropsychiatry,KansaiMedicalCollege目的:近年,緑内障,特に正常眼圧緑内障(normal-tensionglaucoma:NTG)とアルツハイマー病(Alzheimer’sdisease:AD)の関連性を示す報告がみられるが,実際にNTGにADが合併した症例の報告はほとんどみられない.今回,筆者らは約16年間NTGとして加療してきた後,ADを発症した症例を経験した.症例:61歳,女性.平成5年12月両眼の視野異常が検出され,大阪医科大学眼科を紹介受診した.初診時,矯正視力は両眼(1.0),眼圧は両眼13mmHg.眼底所見,視野所見などからNTGと診断され,緑内障点眼薬による治療が開始された.約16年間にわたり眼圧はおおむね10mmHg前後で推移したが,視野障害は徐々に進行した.平成19年頃から健忘症状が出現し,平成21年精神科にて,認知機能検査,脳血流検査などの結果,ADと診断された.結論:長期間にわたる緑内障治療にかかわらずNTGとして視野障害が進行した後,ADを発症した症例を報告した.Purpose:Recentlyithasbeenreportedthatglaucoma,especiallynormal-tensionglaucoma(NTG),isassociatedwithAlzheimer’sdisease(AD).However,therearefewreportsoncasesinwhichADactuallyaccompaniedNTG.Inthisreport,wedescribeacaseofNTGthathadbeentreatedforabout16years,andwasfollowedbytheonsetofAD.Case:InDecember1993,a61-year-oldfemalewasreferredtousforvisualfielddefectsinbotheyes.Attheinitialmedicalexamination,botheyesshowedcorrectedvisualacuityof1.0andintraocularpressure(IOP)of13mmHg.ShewasdiagnosedasNTGbasedonocularfundusandvisualfieldfindings,andcommencedtreatmentwithmedicationforglaucoma.Forabout16years,herIOPhadalwaysbeenaround10mmHgineithereye,butvisualfielddefectshadgraduallyprogressed.Shedevelopedamnesiain2007,andin2009wasdiagnosedashavingADthroughcognitivefunctiontests,measurementofcerebralbloodflowandsoon.Conclusion:WereportedacaseofNTG,inwhichvisualfielddefectsprogresseddespiteglaucomatreatmentoflongduration,followedbytheonsetofAD.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)28(8):1182?1186,2011〕Keywords:正常眼圧緑内障,アルツハイマー病,脳血流,認知機能検査.normal-tensionglaucoma(NTG),Alzheimer’sdisease(AD),cerebralbloodflow,cognitivefunctiontests.(123)あたらしい眼科Vol.28,No.8,20111183頭障害や視野変化と相関すること4)が報告されている.一方,SPECT(singlephotonemissioncomputedtomography)を用いた脳血流解析で,正常眼圧緑内障(normal-tensionglaucoma:NTG)におけるAD型が約23%と多く,AD治療薬投与により視野改善を示すNTG症例があることを筆者らは以前に報告した5,6).しかし,実際にNTGにADを合併した症例の詳細な報告はこれまでにほとんどなく,逆にNTGやPOAGはAD発症のリスクを上げないという報告もある7,8).今回,筆者らは16年間NTGとして加療してきた後にADを発症した症例を経験したので報告する.I症例患者:61歳,女性.主訴:両眼視野異常.現病歴:平成5年9月頃より右眼光視症を自覚し,近医にて経過観察されていた.同年12月,両眼の緑内障性視神経乳頭異常と対応する視野異常が検出され,平成6年1月13日,精査加療目的で大阪医科大学眼科紹介受診となった.既往歴:特記すべきことはなし.家族歴:特記すべきことはなし.初診時所見:視力は右眼0.6(1.0×sph+0.5D(cyl?0.5DAx100°),左眼0.8(1.0×sph+1.0D(cyl?1.0DAx70°),眼圧は両眼13mmHgであった.前眼部・中間透光体に特記すべき異常は認めなかった.眼底は視神経陥凹乳頭(C/D:cup/disc)比が右眼0.7,左眼0.8であり,両眼乳頭下方と左眼上方の辺縁部菲薄化を認めた.視野検査では,両眼で傍中心暗点および鼻側階段を認めた(図1,2).頭蓋内病変除外のために施行した頭部MRI(磁気共鳴画像)では,右視神経が外側下方より,左視神経が下方より内頸動脈による圧迫を疑わせる所見を認めた以外,著変なかった(図3).経過:平成6年から点眼治療を開始し,眼圧はしばらくlow-teensであったが,平成11年頃からは両眼とも10mmHg前後で推移していた(図4).視野は両眼とも初診時より認めていた鼻側階段,外部および内部イソプターの沈下が徐々に進行していった(図1,2).平成21年9月再診時,視力は右眼0.7(1.0×sph+1.0D(cyl?1.25DAx100°),左眼0.9(1.0×sph+1.0D(cyl?1.25DAx90°),眼圧は右眼10mmHg,左眼9mmHgと著変なかったが,視野所見は,特に左眼で顕著な悪化を認めた(図1,2).眼底は視神経乳頭C/D比が右眼0.8,左眼0.9であり,両眼乳頭上方および下方の辺縁部菲薄化を認めた(図5).頭部MRIでは初診時と比べて,内頸動脈による視神経圧迫に明らかな変化はなく,また眼底所見は初診時と比較すると乳頭の陥凹,蒼白がやや進行していたが,大きな変化はみられなかった.初診時5年後10年後15年後図1右眼の視野経過1184あたらしい眼科Vol.28,No.8,2011(124)一方,平成19年頃から健忘症状が出現し,平成21年関西医科大学精神神経科を受診し,代表的な認知機能検査の一つであるMMSE(Mini-MentalStateExamination)で30点満点中23点,ADの評価尺度であるADAS-Jcog(Alzheimer’sDiseaseAssessmentScale-cognitivecomponent-Japaneseversion)で20点と,記銘力の低下を中心とした認知機能低下を認め,また頭部MRIで軽度の全般性脳萎縮,SPECTで頭頂葉,後部帯状回,楔前部の相対的血流低下(図6)を認めたことから,ADと診断された.5年後10年後15年後初診時図2左眼の視野経過RL黒矢印():視神経白矢印():内頸動脈図3初診時頭部MRI(125)あたらしい眼科Vol.28,No.8,20111185567891011121314H6.1H7.1H8.1H9.1H10.1H11.1H12.1H13.1H14.1H15.1H16.1H17.1H18.1H19.1H20.1H21.1:右眼:左眼ブナゾシンブナゾシン0.25%チモロール眼圧(mmHg)1%カルテオロールニプラジロール0.04%ジピベフリン図4眼圧と治療点眼薬の推移低下正常InferiorSuperiorR-lateralL-lateralPosteriorAnteriorL-medialR-medialRLLRRLLR62.0-5.0-4.0-3.0図6SPECT(脳血流)所見ab図5再診時眼底写真a:右眼,b:左眼.1186あたらしい眼科Vol.28,No.8,2011(126)II考按NTGの鑑別診断として,圧迫性視神経症,脳血管障害(脳梗塞・脳出血),鼻性視神経症,虚血性視神経症,遺伝性視神経症,中毒性視神経症があげられる.圧迫性視神経症については頭部MRI上,内頸動脈による視神経圧迫を疑わせる所見も認めたが,再診時の画像上,圧迫所見の変化はないにもかかわらず,著明に視野異常が進行していた点や視野異常の形式などから考えにくいと思われた.脳血管障害,鼻性視神経症は頭部MRIより否定的であった.虚血性視神経症では,視野障害は通常非進行性であることから考えにくく,またLeber遺伝性視神経症は時として乳頭陥凹を生じるが,通常視力低下・中心暗点を伴うこと,好発年齢・性別が10~20歳代,40~50歳代の男性であることなどから考えにくいと思われた.中毒性視神経症に関してはメチルアルコール,有機溶剤,抗結核薬(エタンブトール)などが原因としてあげられるが,それらの誤飲や摂取の既往はなく,また通常視力低下を伴うことから考えにくいと思われた.以上より,本例における視野狭窄の進行はNTGによるものと考えた.本症例は16年間にわたって眼圧下降治療を行い,眼圧はおおむね10mmHg前後にコントロールされたにもかかわらず,緑内障性視野障害が進行した.左眼で10年後から15年後にかけて右眼より急速に進行しているようにみえるが,この間にNTG,AD以外の疾患の合併は特になかった.したがって進行の左右差の明確な原因は不明であるが,眼圧の日内変動に左右差があった可能性,視神経の脆弱性や血流障害に左右差があった可能性,ADによる中枢性変化の影響が左眼視野で特に大きかった可能性などが考えられる.多少の左右差はあるものの,両眼とも10年後から15年後にかけての視野障害進行が最も顕著であった.またADの発症時期は不明であるが,ADが慢性進行性疾患であることより症状の出現し始めた時点(約2年前)より以前に病変が生じ始めた可能性が高く,緑内障性視野障害の顕著な進行とADの発症がほぼ同時期であったと推察される.筆者らは以前にNTGのうちAD型の脳血流分布を示す症例では眼圧が他の症例より低く,視野障害進行が比較的早いことを報告しており4),本例は合致している.また,AD型の脳血流分布を示しても,その時点で必ずしもADの症状を示すとは限らず,実際に筆者らの前報5,6)における症例はすべてADの症状を示していなかった.本報告はNTGの進行とADの発症が並行してみられた,筆者らが知る限り初めての症例報告である.偶然合併した可能性も完全には否定できないが,「はじめに」で述べたような両者の関連性についての報告1~6)を考え併せるとまったく偶然とは思えない.実際にはADが進行すると視野検査がむずかしくなるため,NTGであることが検出されていないものの合併している症例がもっと多く存在するのではないかと考える.近年,ADと緑内障の類似性に関しての報告が多くみられる9).さきに述べたapolipoproteinEpromoterの遺伝子多型に関する報告のほか,AD,緑内障ともに脳脊髄圧が低下しているという報告10,11)がみられ,脳脊髄圧低下のために相対的に眼圧が高くなり視神経障害をきたすという考え方も一部でなされている.また,ADの病態に関与しているアミロイドbの抗体投与によって緑内障モデルにおける網膜神経節細胞死が抑制される12)といった報告もあり,将来的にAD治療薬が緑内障治療に応用できる可能性があると考えられる.文献1)BayerAU,FerrariF,ErbC:HighoccurrencerateofglaucomaamongpatientswithAlzheimer’sdisease.EurNeurol47:165-168,20022)TamuraH,KawakamiH,KanamotoTetal:Highfrequencyofopen-angleglaucomainJapanesepatientswithAlzheimer’sdisease.JNeurolSci246:79-83,20063)BayerAU,FerrariF:SevereprogressionofglaucomatousopticneuropathyinpatientswithAlzheimer’sdisease.Eye16:209-212,20024)CopinB,BrezinAP,ValtotFetal:ApolipoproteinE-promotersingle-nucleotidepolymorphismsaffectthephenotypeofprimaryopen-angleglaucomaanddemonstrateinteractionwiththemyocilingene.AmJHumGenet70:1575-1581,20025)SugiyamaT,UtsunomiyaK,OtaHetal:Comparativestudyofcerebralbloodflowinpatientswithnormal-tensionglaucomaandcontrolsubjects.AmJOphthalmol141:394-396,20066)YoshidaY,SugiyamaT,UtsunomiyaKetal:Apilotstudyfortheeffectsofdonepeziltherapyoncerebralandopticnerveheadbloodflow,visualfielddefectinnormaltensionglaucoma.JOculPharmacolTher26:187-192,20107)Bach-HolmD,KessingSV,MogensenUetal:NormaltensionglaucomaandAlzheimerdisease:comorbidity?ActaOphthalmol2011Feb18.[Epubaheadofprint]8)KessingLV,LopezAG,AndersenPKetal:NoincreasedriskofdevelopingAlzheimerdiseaseinpatientswithglaucoma.JGlaucoma16:47-51,20079)WostynP,AudenaertK,DeDeynPP:Alzheimer’sdiseaseandglaucoma:isthereacausalrelationship?BrJOphthalmol93:1557-1559,200910)SilverbergG,MayoM,SaulTetal:ElevatedcerebrospinalfluidpressureinpatientswithAlzheimer’sdisease.CerebrospinalFluidRes3:7,200611)BerdahlJP,AllinghamRR,JohnsonDH:Cerebrospinalfluidpressureisdecreasedinprimaryopen-angleglaucoma.Ophthalmology115:763-768,200812)GuoL,SaltTE,LuongVetal:Targetingamyloid-betainglaucomatreatment.ProcNatlAcdSciUSA104:13444-13449,2007

プロスタグランジン関連薬の滴下可能期間と1 日薬剤費の比較

2011年8月31日 水曜日

0910-1810/11/\100/頁/JCOPY(119)1179《第21回日本緑内障学会原著》あたらしい眼科28(8):1179?1181,2011cはじめに近年,緑内障治療の主流となっているプロスタグランジン関連点眼薬に関し,新たな薬剤の登場,イソプロピルウノプロストン点眼薬の後発医薬品(後発品)の発売など,治療の選択肢が広がってきている.筆者らは,これまでに点眼薬の1滴量の品目間の違いを指摘し,薬剤費を評価するにあたっては,1瓶当たりの薬価のみを比較するのではなく,1瓶の点眼薬を実際に使用できる期間を含めて評価する必要があることを報告してきた1,2).後発品は先発医薬品(先発品)に比べ薬価が安いが,実際に1滴量や充?量を加味して比較すると,先発品と実際の費用がほとんど変わらない品目も存在している2).今回,プロスタグランジン関連点眼薬の先発品と後発品について,1瓶当たりの滴下可能期間および1日薬剤費の算出と比較を行った.I対象および方法2010年3月までに入手できたプロスタグランジン関連薬の先発品および後発品を対象とし,0.12%イソプロピルウノプロストン製剤の後発品を含む5品目,0.005%ラタノプ〔別刷請求先〕冨田隆志:〒734-8551広島市南区霞1-2-3広島大学病院薬剤部Reprintrequests:TakashiTomita,DepartmentofPharmaceuticalServices,HiroshimaUniversityHospital,1-2-3Kasumi,Minamiku,Hiroshima734-8551,JAPANプロスタグランジン関連薬の滴下可能期間と1日薬剤費の比較冨田隆志*1櫻下弘志*1池田博昭*1塚本秀利*2木平健治*1*1広島大学病院薬剤部*2高山眼科UsablePeriodandDailyCostofProstaglandin-likeAgentOphthalmicSolutionsTakashiTomita1),HiroshiSakurashita1),HiroakiIkeda1),HidetoshiTsukamoto2)andKenjiKihira1)1)DepartmentofPharmaceuticalServices,HiroshimaUniversityHospital,2)TakayamaEyeClinicプロスタグランジン関連薬の滴下可能期間と1日薬剤費の比較検討のため,0.12%イソプロピルウノプロストン製剤の後発医薬品を含む6品目(5mL),0.005%ラタノプロスト,0.004%トラボプロスト,0.0015%タフルプロスト,0.03%ビマトプロスト製剤各先発医薬品(2.5mL)の点眼薬の総滴数と滴下総容量を計測し,1日使用回数と薬価から両眼使用時の滴下可能期間,1日薬剤費を算出した.滴下可能期間,1日薬剤費はイソプロピルウノプロストン先発医薬品がそれぞれ33.3日,30.0円,同後発医薬品がそれぞれ35.7~53.9日,13.4~20.3円,その他の品目がそれぞれ38.8~49.5日,47.4~61.7円で,品目間の実際の費用の差は薬価差以上であった.滴下可能期間はいずれも4週間を超えており,特に長期間点眼が可能な品目の処方,交付の際には,4週間を目処に新しい製品を使用し始めるよう,指導することが重要と考えられる.Weexaminedtheusableperiodanddailycostofophthalmicsolutionsofprostaglandin-likeagents.Sixproductformulationsofisopropylunoprostoneandinnovatorproductformulationsoflatanoprost,travoprost,tafluprostandbimatoprostweremeasuredastototalvolumeanddropcountperbottle.Dailycostwascalculatedonthebasisofstandarddailydosageandofficialpriceofeachproduct.Theusableperiodanddailycostoftheunoprostoneinnovatorproductwere33.3daysand30.0yen,respectively;fortheunoprostonegenericformulationsthefiguresrangedfrom35.7to53.9daysand13.4to20.3yen;otherproductformulationsrangedfrom38.8to49.5daysand47.4to61.7yen.Differenceinactualpharmaceuticalcostwasgreaterthaninofficialprice.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)28(8):1179?1181,2011〕Keywords:プロスタグランジン関連薬,後発医薬品,滴下可能期間,薬剤費.prostaglandin-analogue,genericproducts,usableperiod,medicationcost.1180あたらしい眼科Vol.28,No.8,2011(120)ロスト,0.004%トラボプロスト,0.0015%タフルプロスト,0.03%ビマトプロスト製剤各先発品を用いた.各品目の容量などを表1に示した.前報2)と同様に,点眼薬は室温(23℃)で10mLメスシリンダー(スーパーグレード,許容誤差0.05mL,柴田科学器械工業,東京)に,専任者1名による滴下により,1瓶から滴下できた総滴数および総容量を計測し,総容量を総滴数で除して1滴量を求めた.滴下は手指による加圧により,1滴ずつ点眼瓶内に空気を戻しながら行った.点眼1回の滴下量を1滴とし,添付文書記載の用法で両眼に使用した場合の1日使用滴数で1瓶当たりの総滴数を除して1瓶の点眼薬の滴下可能期間を求め,2010年4月改訂の薬価基準価格(薬価)に基づく1瓶当たりの価格を滴下可能期間で除して1日薬剤費を算出した.各品目について3瓶の計測を行い,いずれも平均値をデータとした.なお,タフルプロスト製剤は添加物のベンザルコニウム塩化物濃度の変更があったため,変更前後の製剤の検討を行い,その差についてはWelch’sttestで評価した.II結果11品目の検討の結果を表1に示す.1滴量は25.0~38.2μLで,最大で約1.5倍の差が認められた.また,1瓶からの滴下総容量は表示容量の100~116%であった.イソプロピルウノプロストン製剤の滴下総容量,1滴量,滴下可能期間,1日薬剤費については,先発品がそれぞれ5.1mL,38.2μL,33日,68.2円,同後発品5品目がそれぞれ5.0~5.4mL,25.0~35.7μL,35~53日,29.5~44.5円であった.イソプロピルウノプロストン後発品の1滴量はいずれも先発品よりも少なかった.その他のプロスタグランジン関連薬各先発品の結果については,それぞれ2.65~2.91mL,27.6~35.6μL,37.8~49.5日,47.4~63.4円であった.また,タフルプロスト製剤の1表2各点眼薬の計測結果製品名総滴数(滴)滴下総容量(mL)1滴量(μL)滴下可能期間(日)1日薬剤費(円)キサラタンR点眼液0.005%91.3±0.92.91±0.0331.9±0.445.7±0.550.8±0.5トラバタンズR点眼液0.004%99.0±0.82.73±0.0327.6±0.149.5±0.449.6±0.4タプロスR点眼液0.0015%(旧処方)75.7±2.52.65±0.0435.1±1.137.8±1.263.4±2.1タプロスR点眼液0.0015%(新処方)77.7±2.52.77±0.0535.6±0.838.8±1.261.7±2.0ルミガンR点眼液0.03%98.7±0.92.81±0.0128.4±0.349.3±0.547.4±0.4レスキュラR点眼液0.12%133.0±2.95.08±0.0238.2±0.833.3±0.730.0±0.7イソプロピルウノプロストン点眼液0.12%「サワイ」142.7±4.15.09±0.0135.7±1.035.7±1.020.3±0.6イソプロピルウノプロストン点眼液0.12%「タイヨー」215.7±4.55.39±0.0125.0±0.553.9±1.113.4±0.3イソプロピルウノプロストン点眼液0.12%「TS」142.7±2.65.03±0.0335.3±0.935.7±0.720.3±0.4イソプロピルウノプロストン点眼液0.12%「ニッテン」181.0±2.65.11±0.0428.2±0.445.3±0.516.0±0.2イソプロピルウノプロストンPF点眼液0.12%「日点」171.7±1.25.02±0.0429.2±0.342.9±0.316.9±0.1点眼瓶から1滴ずつ滴下して滴下可能であった総滴数,総容量から1滴量を求め,1日使用滴数,薬価を基に滴下可能期間,1日薬剤費算出した.結果は各品目3瓶の計測結果の平均値(±SD).表1使用した点眼薬と薬価製品名一般名1瓶の表示容量(mL)薬価(円/mL)1瓶薬価(円)1日用量(滴/両眼)キサラタンR点眼液0.005%ラタノプロスト2.5928.52,321.252トラバタンズR点眼液0.004%トラボプロスト2.5981.82,454.502タプロスR点眼液0.0015%(旧処方)タフルプロスト2.5957.82,394.502タプロスR点眼液0.0015%(新処方)タフルプロスト2.5957.82,394.502ルミガンR点眼液0.03%ビマトプロスト2.5935.12,337.752レスキュラR点眼液0.12%イソプロピルウノプロストン5.0398.41,992.004イソプロピルウノプロストン点眼液0.12%「サワイ」イソプロピルウノプロストン5.0289.41,447.004イソプロピルウノプロストン点眼液0.12%「タイヨー」イソプロピルウノプロストン5.0289.41,447.004イソプロピルウノプロストン点眼液0.12%「TS」イソプロピルウノプロストン5.0289.41,447.004イソプロピルウノプロストン点眼液0.12%「ニッテン」イソプロピルウノプロストン5.0289.41,447.004イソプロピルウノプロストンPF点眼液0.12%「日点」イソプロピルウノプロストン5.0289.41,447.004薬価は2010年4月現在.(121)あたらしい眼科Vol.28,No.8,20111181滴量は旧製品が35.1±1.1μL,新製品が35.6±0.8μLであった(p=0.56).III考察現在の緑内障の薬物治療の中心は点眼による眼圧下降であり,緑内障患者は生涯にわたって点眼薬を使用する必要がある.長期にわたる疾患治療にかかる薬剤費の情報は,患者にとって大きな関心事であり,薬剤に関する説明を行う医療者にとっても重要である.治療に用いる薬剤費がコンプライアンスに影響を及ぼすとの報告もあり3),治療薬の選択のうえでは,点眼薬の種類によって異なる眼圧降下作用,保管条件や点眼使用感を加味したうえで,その経済性も考慮することが望まれる.点眼薬の滴下量は,薬剤の種類,点眼容器の形状,添加物の濃度などの影響を受けるため1,2),点眼薬の経済性比較を行う際には,1瓶当たりの薬価のみでなく,その1滴量を反映させた評価が必要である.本検討では,プロスタグランジン関連薬の1瓶当たりの総滴数と総容量を実際に計測し,滴下可能期間と1日薬剤費を算出し,その比較を行った.今回検討した点眼薬の1滴量は25.0~38.2μLで,結膜?に保持可能な容量が約30μL,眼表面に存在する涙液量が約7μLとされており4),いずれの品目でも1回の点眼で結膜?に保持可能な容量を1滴で確保しており,適正な範囲にあることが確認された.1日薬剤費については,イソプロピルウノプロストン製剤後発品の先発品に対する薬剤費は,1mL当たりの薬価比が0.70であるのに対し,1滴量を加味した1日薬剤費の比は,0.45~0.68と,その差がより大きく,品目間にも差が認められた.イソプロピルウノプロストン先発品から後発品へ変更を検討する場合,最大の薬剤費の差は3割負担で考えても1日5.1円となる.この費用差は患者に提供すべき情報の一つであり,品目を選択する際の判断に有益と思われる.その他の品目についても,品目間で1日薬剤費に1.33倍の差が認められ,その差は薬価の差である1.06倍よりも大きかった.先発品と後発品の比較と異なり,眼圧低下効果などの違いを考慮に入れる必要はあるが,薬価の差はほとんどないにもかかわらず,実際の薬剤費に比較的大きな違いがあることは,薬剤選択の際の重要な情報といえる.なお,添加物濃度の変更は1滴量に変化を生じることがある5,6)が,今回のベンザルコニウム塩化物濃度の変更はタフルプロスト製剤の1滴量に影響を及ぼしていなかった.一方,1瓶の点眼薬がいつまで使用できるのか,という情報も,患者のライフスタイル支援やコンプライアンス確認,処方量の決定を行ううえで重要になる.1滴量の違いにより,1瓶の点眼薬の使用可能期間にも違いが出ているため,滴下可能期間は先発品の33.3日から後発品の最長53.9日と,最大で1.62倍の違いがみられた.品目の切り替えにより,患者の来院頻度の変化や,併用薬剤の組み合わせにおいて,点眼薬の処方量を変更する必要が生じることも考えられる.また,1瓶の容器をくり返し使用する点眼薬では,使用開始から長期間経過すると細菌汚染などを受けやすくなる7).多くの品目の添付文書などでも,明確な根拠は示されていないものの,開封から4週間を使用期限とすることが求められており,長期間点眼が可能な品目の処方,交付の際には,4週間を目処に新しい製品を使用し始めるよう,指導することが特に必要と考えられる.なお,今回の検討結果は1回1滴を確実に滴下した場合の理論的な数値である.理想的条件で消費された場合,滴下可能期間はすべての製品で4週間を上回っているが,1回に2滴以上の滴下や,点眼の失敗によるさし直しなども多く発生しており,現実にはこの期間は短縮すると考えられ,今回検討した薬剤費や滴下可能期間の情報は,品目間の相対的な評価指標として利用すべきと考える.また,いずれの品目も総容量は表示の容量を超えていたが,一部では表示容量を10%以上超えて滴下可能であった.濃度が適正であれば,容量が多くても使用に問題はないが,過剰な充?量は4週間という使用期限を超えて使用を続ける要因となりうると考えられる.なお,今回検討に用いた点眼薬は,すべて各販売企業より提供を受けた.これを除き,筆者らは各販売企業より,研究費その他の提供は受けていない.文献1)IkedaH,SatoE,KitauraTetal:DailycostofophthalmicsolutionsfortreatingglaucomainJapan.JpnJOphthalmol45:99-102,20012)冨田隆志,池田博昭,櫻下弘志ほか:b遮断点眼薬の先発医薬品と後発医薬品における1日あたりの薬剤費の比較.臨眼63:717-720,20093)TsaiJC,McClureCA,RamosSEetal:Compliancebarriersinglaucoma:asystematicclassification.JGlaucoma12:393-398,20034)MishimaS,GassetA,KlyceDJretal:Determinationoftearvolumeandtearflow.InvestOphthalmol5:264-276,19665)VanSantvlietL,LudwigA:Determinantsofeyedropsize.SurvOphthalmol49:197-213,20046)冨田隆志,池田博昭,塚本秀利ほか:緑内障点眼薬の1滴容量と1日薬剤費用.臨眼60:817-820,20067)野村征敬,塚本秀利,池田博昭ほか:眼科外来患者が使用中の点眼瓶の汚染率の検討.眼臨99:779-782,2005***

Visual Field Index とStandard Automated Perimetry およびShort-Wavelength Automated Perimetry の中心視野との関連

2011年8月31日 水曜日

0910-1810/11/\100/頁/JCOPY(115)1175《第21回日本緑内障学会原著》あたらしい眼科28(8):1175?1178,2011c〔別刷請求先〕佐藤香:〒343-8555越谷市南越谷2-1-50獨協医科大学越谷病院眼科Reprintrequests:KaoriSato,M.D.,DepartmentofOphthalmology,KoshigayaHospital,DokkyoMedicalUniversity,MedicalSchool,2-1-50Minami-Koshigaya,Koshigaya,Saitama343-8555,JAPANVisualFieldIndexとStandardAutomatedPerimetryおよびShort-WavelengthAutomatedPerimetryの中心視野との関連佐藤香宇田川さち子忍田栄紀松本行弘獨協医科大学越谷病院眼科RelationshipbetweenVisualFieldIndexandStandardAutomatedPerimetryandShort-WavelengthAutomatedPerimetryCentralVisualFieldsKaoriSato,SachikoUdagawa,EikiOshidaandYukihiroMatsumotoDepartmentofOphthalmology,KoshigayaHospital,DokkyoMedicalUniversity,MedicalSchool目的:原発開放隅角緑内障眼におけるstandardautomatedperimetry(SAP)とshort-wavelengthautomatedperimetry(SWAP)の中心視野およびvisualfieldindex(VFI)との関連の検討.方法:対象は信頼性のあるHumphreyfieldanalizer(HFA)の24-2Swedishinteractivethresholdingalgorithm(SITA)-standard,SITA-SWAPを測定していた50例50眼で,検討項目はVFIとSAPおよびSWAPの中心4点のpatterndeviation(PD)平均値,PD確率プロット1%以下の測定点(異常点)の総数である.結果:VFIとSAPおよびSWAPのPD平均値は各々有意な正の相関があり(r=0.65,r=0.70,ともにp<0.001),PD平均値はSWAPが有意に不良であった(p<0.01).VFIとSAPおよびSWAPの異常点の総数は各々有意な負の相関があり(r=?0.54,r=?0.67,ともにp<0.001),異常点の数に有意差はなかった(p=0.70).結論:SWAPおよびSAPの中心4点とVFIは中心視野の評価に有用であることが示唆された.Objective:Toevaluatetherelationshipbetweenvisualfieldindex(VFI)andcentralvisualfieldsasdeterminedbystandardautomatedperimetry(SAP)andshort-wavelengthautomatedperimetry(SWAP)ineyeswithprimaryopen-angleglaucoma.Method:Thesubjectsofthisstudycomprised50eyesof50casesthathadundergonereliableHumphreyfieldanalizer(HFA)24-2Swedishinteractivethresholdingalgorithm(SITA)-standardandSITA-SWAPtesting.ItemsofevaluationincludedVFI,averagepatterndeviation(PD)ofthecentral4testpointsonSAPandSWAP,andtotalnumberofpointswithalevelofp≦1%onthepatterndeviationprobabilityplot(abnormalpoints).Results:SignificantpositivecorrelationwasseenbetweenVFIandaveragePDonbothSAPandSWAP(r=0.65andr=0.70,respectively,p<0.001);theaveragePDwassignificantlypooreronSWAP(p<0.01).SignificantnegativecorrelationwasobservedbetweenVFIandthetotalnumberofabnormalpointsonbothSAPandSWAP(r=?0.54andr=?0.67,respectively,p<0.001).Nosignificantdifferencewasnotedinthenumberofabnormalpoints(p=0.70).Conclusion:Itissuggestedthatthecentral4testpointsonSAP,SWAPandVFIareusefulforcomprehensivelyevaluatingthecentralvisualfield.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)28(8):1175?1178,2011〕Keywords:緑内障,中心視野,visualfieldindex(VFI),短波長自動視野測定,標準的自動視野測定.glaucoma,centralvisualfield,visualfieldindex,short-wavelengthautomatedperimetry,standardautomatedperimetry.1176あたらしい眼科Vol.28,No.8,2011(116)はじめに近年,さまざまな眼疾患におけるqualityofvision(QOV)やqualityoflife(QOL)の評価方法が検討されている1)が,緑内障眼においても中心視野障害がQOVやQOLに影響を与えることが知られている2).緑内障では中心視野は後期まで残存することが多く,中心視野の詳細な評価は不可欠である.早期の緑内障性視野変化の検出方法として,shortwavelengthautomatedperimetry(SWAP),frequencydoublingtechnology,flicker視野などがあげられる3).なかでも,SWAPは網膜神経節細胞のうち余剰性の少ないKoniocellular系を選択的に測定することで,緑内障性視野異常を早期に検出可能なことが報告4)されている.また,standardautomatedperimetry(SAP)のうちHumphreyfieldanalyzer(HFA,Carl-ZeissMeditec,Dublin,米国)では,guidedprogressionanalysis(GPA2)の導入に伴い,visualfieldindex(VFI)の算出が可能となった.VFIは,パターン偏差確率プロットによる感度から残存視機能をパーセント表示で算出するもので,大脳皮質拡大率や網膜神経節細胞の分布を考慮して,中心の測定点の比率配分を重く設定し,中心視野の重要度を加味している5).このことから,VFIはGPA2による視野進行のトレンド解析に用いられるとともに,QOVの指標として注目されている.今回,SAPおよびSwedishinteractivethresholdingalgorithm(SITA)-SWAPの中心視野とVFIの関連についてretrospectiveに検討した.I対象および方法対象は,獨協医科大学越谷病院眼科の緑内障外来に通院中で,3カ月以内に信頼性のあるHFAのSITA-standard24-2,SITA-SWAP24-2を測定していた原発開放隅角緑内障50例50眼〔男性16例,女性34例,平均年齢58.0±9.4歳(35~74歳)〕である.原発開放隅角緑内障の診断は,緑内障診療ガイドライン6)に従った.視力に影響を及ぼすと思われる中間透光体の混濁および緑内障以外の眼底疾患や,視機能に影響を及ぼす視覚路疾患,内眼手術既往がない症例を対象とした.HFAの信頼性は,固視不良が20%未満,偽陽性が15%未満,偽陰性が33%未満のすべてを満たす場合を対象とした.対象例のSAPとSITA-SWAPの平均MDは各々?6.8±5.6(?19.4~1.31)dB,?8.0±5.7(?19.7~3.12)dBであった.小数視力測定後に換算したlogMAR値では,?0.06±0.1(?0.18~0.10)で,全例が小数視力は0.8以上であった.対象例の背景を表1に示す.検討項目はVFIとSAP中心4点のpatterndeviation(PD)平均値の関係,VFIとSITA-SWAP中心4点のPD平均値の関係,PD確率プロット1%以下の測定点を異常点とし,VFIと中心4点の異常点総数との関係についてSAPとSITA-SWAPで各々検討した.統計学的検討にはSpearmanの順位相関係数,Mann-WhitneyのU検定,c2検定を使用し,危険率5%未満を有意とした.II結果全対象のVFI平均値は79.2±15.1%(44~98%),SAPの中心4点PD平均値は?6.5±5.6dB(?18.5~2.25dB)で,VFIとSAPの中心4点PD平均値の間には有意な正の相関関係があった(r=0.65,p<0.001,Spearmanの順位相関係数).SITA-SWAPの中心4点平均値は?8.0±4.9dB(?21.0~?0.75dB)で,VFIとSITA-SWAPの中心4点平均値の間には,有意な正の相関関係があった(r=0.70,p<0.001,Spearmanの順位相関係数).SAPの中心4点PD平均値に比して,SITA-SWAPの中心4点PD平均値は有意に不良であった(p<0.01,Mann-WhitneyのU検定).中心4点のPDを部位別に検討すると,SAPでは上耳側が?13.9±13.8dB(?36~?1.0dB),上鼻側が?6.4±10.8dB(?35~?2.0dB),下耳側が?4.5±9.7dB(?37~2.0dB),下鼻側が?4.5±1.8dB(?5.0~3.0dB)で上耳側が他に比べて有意にPDが不良であった(各々p<0.001).上鼻側と下鼻側では上鼻側が有意にPDは不良であった(p<0.05)が,上鼻側と下耳側および下鼻側と下耳側ではPDに有意差はなかった.SWAPでは,上耳側が?15.1±11.8dB(?33.0~0dB),上鼻側が?7.0±7.4dB(?31~2.0dB),下耳側が?6.6±8.3dB(?34~1.0dB),下鼻側が?2.7±3.0dB(?12~3.0dB)であった.上耳側は他の部位に比して有意にPD値は不良であった(各々p<0.01).下耳側に比して上鼻側が有意にPD値は不良で(p<0.05)あったが,上鼻側と下耳側お表1対象例の背景対象例50例50眼年齢58.0±9.4(35~74)歳性別男性16例,女性34例視力(logMAR)?0.06±0.1(0.1~?0.18)屈折(等価球面度数:D)?2.3±3.2(?9.9~+3.0)眼圧(mmHg)15.8±2.7SAPMD(dB)?6.8±5.6(?19.4~1.3)SAPVFI(%)79.2±15.1(44~98)SAPPSD(dB)9.4±4.5(1.8~17.0)SITA-SWAPMD(dB)?8.0±5.7(?19.7~3.1)SITA-SWAPPSD(dB)8.5±3.4(2.2~14.2)平均値±標準偏差(最小値~最大値)で示す.logMAR:小数視力を測定後にlogMAR(logarithmicminimumangleofresolution)値に換算.SITA-SWAP:Swedishinteractivethresholdingalgorithm-shortwavelengthautomatedperimetry,SAP:standardautomatedperimetry,VFI:visualfieldindex,MD:meandeviation,PSD:patternstandarddeviation.眼圧はGoldmann圧平式眼圧計で測定.(117)あたらしい眼科Vol.28,No.8,20111177よび下鼻側と下耳側では有意差はなかった.SAPとSITA-SWAPの中心4点の異常点総数は,SAPでは異常点が,50眼中34眼にみられ,1点が21眼,2点が10眼,3点が3眼,4点は0眼であった.VFI値とSAP異常点総数には有意な負の相関関係があった(r=?0.54,p<0.001).SITA-SWAPでは異常点が,50眼中34眼にみられ,1点が16眼,2点が14眼,3点が1眼で,4点は3眼であった.SAPとSITA-SWAPの中心4点の異常点総数に有意差はなかった(p=0.70,Mann-WhitneyのU検定).VFI値とSWAP異常点総数の間には有意な負の相関関係があった(r=?0.67,p<0.001).さらに,SAPとSWAPで異常点の分布に有意差はなかった(p=0.25,c2検定).SWAPで異常点が3点以上みられた4眼はSAPでは異常点は各々1点,2点,3点であり,一定ではなく,視力はいずれも小数視力1.0以上であった.III考按HFAで算出されるパラメータのうち,VFIは算出過程で中心から6°ずつ順に,3.29,1.28,0.79,0.57,0.45倍とより中心の測定点の比率配分を重く設定5)されている.さらに,本検討ではSAPの中心4点PD平均値のみではなく,VFIと測定条件の異なるSITA-SWAPの中心4点PD平均値とも有意な正の相関を示した.中心視野は,日本人には多いとされている近視眼の緑内障や正常眼圧緑内障では特に障害される可能性が高く8),QOLと視野障害の関係2)からも視野の評価において重要度は高いが,VFI値は視野全体の評価と同時に中心視野も評価できる可能性が示唆された.高眼圧症において5年以内に緑内障と診断されるうえでのSWAPの感度は100%,特異度は94%と報告12)され,SWAPはSAPよりも緑内障性視野障害を早期に検出可能な測定方法の一つとしての有用性はよく知られている.本検討でも,SAPの中心4点PD平均値に対してSITA-SWAPの中心4点PD平均値は有意に不良であった.SAP,SITASWAPともに4点の部位別の検討では,上耳側PD値が有意に不良であった.これは,緑内障では下半部黄斑と乳頭部の視野が保たれると考えられていることとも一致する13).本検討の対象例は全例矯正視力が0.8以上であり,中心4点のうち上耳側にp<0.1の異常点が検出された段階では,視力への影響は少ない可能性が示唆された.さらに,SWAPで異常点が3点以上みられた4眼はSAPでは異常点は各々1点,2点,3点であり,一定ではなく,視力はいずれも1.0以上であった.すなわち,SAPで異常点が1点のみであってもSWAPではすでに3点異常点が検出される例が存在した.このことから,視力に影響が及ぶ前から,SWAPでもHFAの結果の中心4点に注目し,視野検査を評価することが必要と考えられた.SWAPは,白内障などの中間透光体の混濁が検査結果に影響を及ぼすこと,加齢による青錐体系反応の低下10),閾値算出方法として以前から用いられてきた全点閾値測定法やFASTPACプログラムが,測定時間が長いため患者の負担や測定結果の変動が大きいことなどが問題点として認識されてきた9).そして現在,測定時間を短縮したSITAプログラムが導入され,その実用性が評価されつつあるとともに9),青錐体が網膜中心3°の部位に集中して存在することを考慮したSWAPの黄斑プログラムの有用性の報告もみられる11).本検討では,SAPとSITA-SWAPの中心4点の異常点総数に有意差はなかったが,これは対象例の中心視野の障害程度が多様であることや視力良好例が多いことによるのかもしれない.そして,早期視野異常検出の目的のみではなく,長期経過観察中における視野進行予測の観点14)からのさらなる検討も望ましいと考える.結論として,VFIは中心視野の評価に有用である可能性が示唆されるとともに,SWAPの適応判断や結果評価には今後もさらなる取り組みを要するが,SAPとSITA-SWAPの中心4点に着目し,視野進行のイベント解析の効果・観点から評価することが必要であると考えた.文献1)SuzukamoY,OshikaT,YuzawaMetal:Psychometricpropertiesofthe25-itemNationalEyeInstituteVisualFunctionQuestionnaire(NEIVFQ-25),Japaneseversion.HealthQualLifeOutcomes3:65,20052)SumiI,ShiratoS,MatsumotoSetal:Therelationshipbetweenvisualdisabilityandvisualfieldinpatientswithglaucoma.Ophthalmology110:332-339,20033)松本長太:緑内障の視野検査研究の最新情報は?あたらしい眼科25:194-196,20084)SamplePA,BosworthCF,WeinrebRN:Short-wavelengthautomatedperimetryandmotionautomatedperimetryinpatientswithglaucoma.ArchOphthalmol115:1129-1133,19975)BengtssonB,HeijlA:Avisualfieldindexforcalculationofglaucomarateofprogression.AmJOphthalmol145:343-353,20086)日本緑内障学会緑内障診療ガイドライン作成委員会:緑内障診療ガイドライン(第2版).日本緑内障学会,20067)AndersonDR,PattellaVM:AutomatedStaticPerimetry.2nded,p121-190,Mosby,StLouis,19998)新井麻里子,新家眞,鈴木康之ほか:正常眼圧緑内障における近視度と中心視野障害の関係.日眼会誌98:1121-1125,19949)BengtssonB,HeijlA,OlssonJ:Evaluationofanewthresholdvisualfieldstrategy,SITA,innormalsubjects.SwedishInteractiveThresholdingAlgorithm.ActaOphthalmolScand76:165-169,199810)前田秀高,田中佳秋,杉浦寅男ほか:高眼圧症におけるBlueonYellow視野計での網膜感度分布.日眼会誌102:1178あたらしい眼科Vol.28,No.8,2011(118)111-116,199811)辻典明,山崎芳夫:緑内障眼における短波長感度錐体視野と視神経乳頭陥凹との相関.臨眼53:667-670,199912)JohnsonCA,AdamsAJ,CassonEJetal:Blue-on-yellowperimetrycanpredictthedevelopmentofglaucomatousvisualfieldloss.ArchOphthalmol111:645-650,199313)SuzukiY,AraieM,OhashiY:Sectorizationofcentral30degreesvisualfieldinglaucoma.Ophthalmology100:69-75,199314)GirkinCA,EmdadiA,SamplePAetal:Short-wavelengthautomatedperimetryandstandardperimetryinthedetectionofprogressiveopticdisccupping.ArchOphthalmol118:1231-1236,2000***

降圧剤の内服で眼圧下降を認めた正常眼圧緑内障の1例

2011年8月31日 水曜日

1172(11あ2)たらしい眼科Vol.28,No.8,20110910-1810/11/\100/頁/JC(O0P0Y)《第21回日本緑内障学会原著》あたらしい眼科28(8):1172?1174,2011cはじめに高血圧症に対する治療薬のなかでa1受容体遮断薬やb受容体遮断薬は,眼局所に投与することで眼圧下降を認めることから緑内障治療薬として応用されている.一方,動物眼に対して,アンジオテンシンII受容体拮抗薬(ARB)点眼により眼圧下降効果を認めた報告がある1).また,アンジオテンシン変換酵素(ACE)阻害薬内服での眼圧下降2)や,ARB内服による眼圧下降3)の報告も認めるが,詳細な奏効機序は不明である.今回,正常眼圧緑内障(NTG)のベースライン眼圧測定中に降圧剤の内服により眼圧下降を認めた1例を経験したので報告する.I症例患者:49歳,男性.主訴:左眼飛蚊症.既往歴:高血圧症(受診時は未治療の状態であった).現病歴:2007年8月より他院で両眼緑内障にてラタノプロスト(キサラタンR)点眼薬を処方されていた.同年9月〔別刷請求先〕小林守:〒769-1695香川県観音寺市豊浜町姫浜708番地三豊総合病院眼科Reprintrequests:MamoruKobayashi,M.D.,DepartmentofOphthalmology,MitoyoGeneralHospital,708Himehama,Kanonji-shi,Kagawa769-1695,JAPAN降圧剤の内服で眼圧下降を認めた正常眼圧緑内障の1例小林守*1馬場哲也*2廣岡一行*2藤原篤之*2白神史雄*2*1三豊総合病院眼科*2香川大学医学部眼科学講座EffectofOralAntihypertensiveAgentsonIntraocularPressureinNormal-TensionGlaucomaMamoruKobayashi1),TetsuyaBaba2),KazuyukiHirooka2),AtsushiFujiwara2)andFumioShiraga2)1)DepartmentofOphthalmology,MitoyoGeneralHospital,2)DepartmentofOphthalmology,KagawaUniversityFacultyofMedicine降圧剤の内服で眼圧下降を認めた正常眼圧緑内障(NTG)の1例を経験したので報告する.症例は49歳,男性.両眼のNTGと診断し,ベースライン眼圧測定を開始した.以後眼圧は両眼17~19mmHgで経過したが,高血圧症に対してカンデサルタンとドキサゾシンの内服が開始されたところ,眼圧が両眼12~16mmHgに下降した.しかし,血圧下降不十分のためテルミサルタン内服に変更となったところ,血圧は下降したが眼圧は上昇した.その後,カンデサルタンとアムロジピンとエプレレノン内服に変更になったところ,再度眼圧下降を認め,ドキサゾシンを追加しても眼圧に著変がなかったことから,本症例における眼圧下降についてはカンデサルタンが最も関与したと考えた.降圧剤の内服で眼圧下降を認めたNTGの1例を経験した.関与した薬剤としてカンデサルタンが考えられ,緑内障治療薬に応用できる可能性がある.Wereporttheeffectoforalantihypertensiveagentsonintraocularpressure(IOP)ina49-year-oldmalewithnormal-tensionglaucoma(NTG).FollowingthediagnosisofNTGinbotheyes,baselineIOPmeasurementwasinitiated.IOPwas17~19mmHginbotheyesatbaseline.Afteroraladministrationofcandesartananddoxazosinfortreatmentofhypertension,IOPdecreasedto12~16mmHg.However,themedicationwasswitchedtotelmisartanbecausethebloodpressure(BP)-loweringeffectwaspoor.AlthoughBPdecreasedafteroraladministrationoftelmisartan,IOPincreased.Aftermedicationwasagainswitched,tocandesartan,amlodipineandeplerenone,IOPagaindecreased,anddidnotchangeaftertheadditionofdoxazosin.WeconcludedthatcandesartanwasinvolvedintheIOPreductioninthiscase.Candesartancouldbeappliedtoglaucomatreatment.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)28(8):1172?1174,2011〕Keywords:アンジオテンシンII受容体拮抗薬,正常眼圧緑内障,眼圧,高血圧,カンデサルタン.angiotensinIItype1receptorantagonist,normal-tensionglaucoma,intraocularpressure,hypertension,candesartan.(113)あたらしい眼科Vol.28,No.8,20111173より左眼飛蚊症を自覚し,9月26日香川大学医学部附属病院眼科を受診した.初診時所見:視力は右眼0.05(1.5×?6.0D(cyl?1.00DAx180°),左眼0.06(1.2×?5.5D(cyl?0.75DAx180°).眼圧は右眼14mmHg,左眼14mmHg.両眼部とも前眼部,中間透光体に特記すべき所見は認めなかった.隅角は両眼とも開放隅角で異常所見は認めなかった.眼底は両眼とも視神経陥凹乳頭径比0.9と拡大を認め,陥凹底にlaminardotsign,乳頭上網膜血管のbayonetingを認め,右眼は耳下側に,左眼は下方~耳下側にかけて網膜神経線維層欠損を認め,緑内障性変化と考えられた.黄斑部,網膜血管走行および周辺部網膜に異常所見を認めなかった.HeidelbergRetinaTomographIIでの視神経乳頭解析によるGlaucomaProbabilityScoreは両眼とも正常範囲外であった.静的量的視野検査では,両眼ともブエルム(Bjerrum)領域に弓状暗点を認め,右眼では鼻側階段が出現しており,眼底所見と一致していることから緑内障性視野変化と考えた.経過(図1):両眼のNTGと診断し,2007年10月16日からベースライン眼圧を把握するために点眼を中止した.眼圧測定時刻は15時から17時の間とした.その後,両眼とも眼圧は17~19mmHgで経過していたが,2008年4月より他院で高血圧症に対してARBのカンデサルタン(ブロプレスR)とa1受容体遮断薬のドキサゾシン(カルデナリンR)の内服治療が開始されたところ,眼圧が両眼12~16mmHgに下降した.しかし,血圧コントロール不良のため,11月より他のARBであるテルミサルタン(ミカルディスR)内服に変更となったところ,血圧下降は得られたが眼圧は右眼19mmHg,左眼18mmHgと上昇した.内服飲み忘れなどの問題があり,2009年1月よりカンデサルタン再投与およびCa拮抗薬のアムロジピン(アムロジンODR),アルドステロン阻害薬のエプレレノン(セララR)内服に変更となったところ両眼13~16mmHgとなり再度眼圧下降を認めた.2009年3月よりドキサゾシンの内服が追加されたが,眼圧に著変を認めず,その後も眼圧は下降したまま現在に至っている.また,経過中の降圧薬と血圧,脈拍数を表1に示すが,眼圧に影響を及ぼすほどの大きな変動を認めていない.II考按緑内障に対するベースライン眼圧測定においては,眼圧日内変動や季節変動などの生理的眼圧変動の影響を受ける可能性がある4).しかし,今回の症例では眼圧はいずれも午後から夕方に測定されており,日内変動の影響による変化の可能性は低いものと考えられる.また,季節変動による影響の可能性に関しては,2007年から2008年にかけては内服薬が投与変更されていた時期であること,2009年以降は秋,冬にも眼圧上昇を認めないまま経過したことから,季節変動による可能性も低く,本症例における眼圧変動は投薬などによる外的要因によって生じたものと考える.今回の経過から,本症例における眼圧下降についてはARBが関与したと考えられる.その機序として,レニン・アンジオテンシン系は一般的に副腎皮質におけるアルドステロン生成・分泌,血管収縮作用により生体の血圧調節,および,電解質バランスの維持に関与している.眼局所においてもレニン・アンジオテンシン系が存在すること5)や,レニン・アンジオテンシン系阻害薬の投与で眼圧下降が得られた表1降圧剤の内容と血圧,脈拍の経過期間内服内容収縮期血圧(mmHg)拡張期血圧(mmHg)脈拍2008年4月~10月カンデサルタン12mg,ドキサゾシン4mg140~150100~11080~902008年11月~12月テルミサルタン40mg130~14590~11080~902009年1月~2月カンデサルタン12mg,アムロジピン2.5mg,エプレレノン50mg130~14590~10080~902009年3月以降カンデサルタン12mg,ドキサゾシン4mg,アムロジピン2.5mg,エプレレノン50mg130~14090~9570~80②①ドキサゾシンカンデサルタンドキサゾシンカンデサルタン’079月’082月’091月’102月10月12月4月5月7月9月10月11月3月6月9月12月5月8月眼圧(mmHg):右眼:左眼エプレレノンアムロジピン222018161412108図1眼圧の経過と投薬内容グラフ内の①はラタノプロスト点眼,②はテルミサルタン内服.2008年4月の降圧剤内服開始に伴って眼圧が下降している.眼圧下降はカンデサルタン投与期間と一致しており,2009年3月にドキサゾシンを追加した以降も眼圧に著変を認めていない.1174あたらしい眼科Vol.28,No.8,2011(114)との報告もあり1~3),レニン・アンジオテンシン系が房水動態に関与している可能性が考えられる.ARBはアンジオテンシンII1型(AT1)受容体を選択的に阻害することで,アンジオテンシンIIの薬理作用を抑制することが知られているが,ARBの眼局所作用としてぶどう膜強膜流出路を介する房水流出を促進することにより眼圧が下降したことが報告されている1).また,CostagliolaらはARBにより毛様体自体の代謝活性と房水産生を抑制することで眼圧が下降するという考え方をしている6).他にもARBの作用で毛様体無色素上皮におけるCaの情報伝達系を抑制し,カリウムイオンチャネルの活性と細胞容積の減少,毛様体無色素上皮における分泌を抑制するとの報告がある7).Caは毛様体無色素上皮におけるClチャネルを活性化することが知られており,Caの抑制はClチャネルの抑制につながると考えられる.毛様体無色素上皮のClチャネルによる後房へのClイオンの排出が房水産生量を律速すると考えられており8),Clチャネルの抑制は房水産生抑制につながると考えられる.いずれも実際の機序については解明がされていないのが現状であるが,ぶどう膜強膜流出路での房水流出促進,毛様体での房水産生抑制の両面から眼圧下降が生じた可能性が考えられる.本症例では,ARBのなかでもカンデサルタンが最も眼圧下降に関与した薬剤と考えたが,カンデサルタンと同種であるARBのテルミサルタンとの間で眼圧下降効果に違いがみられた.両者の違いとして,まず構造式やそれに伴う分子量の違い,薬物感受性に個人差があるのではないかと考えられる.薬効においては,まず,ARB同士のなかでもAT1受容体への結合親和性の違いがあり,カンデサルタンはテルミサルタンより結合親和性が強いとされていて9),AT1受容体と結合している時間が長いと考えられている.つぎに,ARBのなかではカンデサルタンが最も血液-脳関門を通過しやすいことが報告されており10),血液-網膜関門もカンデサルタンのほうが通過しやすく,その結果眼内のカンデサルタンの濃度が高くなった可能性がある.さらに,ARBにおいて,アンジオテンシンIIがAT1受容体に結合しない状態でも存在するAT1受容体の自律活性までも阻害するインバースアゴニズムがARBの薬効の違いの一因でもあると考えられており9),カンデサルタンはテルミサルタンよりその作用が強いとされている11).これらにより眼局所におけるAT1受容体活性の阻害に差が生じ,眼圧下降の差を生じたことが推測される.今回の症例では,眼圧下降効果はカンデサルタンが強かったが,血圧下降効果はテルミサルタンのほうが強く,両者の効果に乖離を認めた.近年ARBの薬効である血圧下降作用に加えて臓器保護作用や抗炎症作用などが報告されているが,これらの作用の程度は各薬剤のわずかな化学構造の違いによって異なると考えられている9).また,各臓器への移行性・親和性も異なる可能性が考えられる.これらによって全身と眼内に対する作用がカンデサルタンとテルミサルタンの間で異なっていたために,眼圧への効果と血圧への効果に差を認めたのではないかと考えられる.以上,眼圧下降効果を生じた薬剤としてARBが考えられることから,緑内障患者の病状把握および治療に関しては降圧剤の内服の有無に留意する必要があると考える.ただし,今回の症例は1例であり薬剤の効果を判断するには症例が少ないと思われ,今後は症例を集め多症例で検討する必要があると考える.また,今後ARBが緑内障治療薬に応用できる可能性もあるが,今後さらなる作用機序の解明が必要であると思われる.文献1)InoueT,YokoyamaT,MoriYetal:TheeffectoftopicalCS-088,anangiotensinAT1receptorantagonist,onintraocularpressureandaqueoushumordynamicsinrabbits.CurrEyeRes23:133-138,20012)CostagliolaC,DiBenedettoR,DeCaprioLetal:Effectoforalcaptopril(SQ14225)onintraocularpressureinman.EurJOphthalmol5:19-25,19953)HashizumeK,MashimaY,FumayamaTetal:GlaucomaGeneResearchGroup;GeneticpolymorphismsintheangiotensinIIreceptorgeneandtheirassociationwithopen-angleglaucomainaJapanesepopulation.InvestOphthalmolVisSci46:1993-2001,20054)中元兼二,安田典子:眼圧に影響する諸因子.眼科プラクティス11,緑内障診療の進めかた(根木昭編),p136,文光堂,20065)SavaskanE,LofflerKU,MeierFetal:Immunohistochemicallocalizationofangiotensin-convertingenzyme,angiotensinIIandAT1recptorinhumanoculartissues.OphthalmicRes36:312-320,20046)CostagliolaC,VerolinoM,DeRosaMLetal:Effectoforallosartanpotassiumadministrationonintraocularpressureinnormotensiveandglaucomatoushumansubjects.ExpEyeRes71:167-171,20007)CullinaneAB,LeungPS,OrtegoJetal:Renin-angiotensinsystemexpressionandsecretoryfunctioninculturedhumanciliarybodynon-pigmentedepithelium.BrJOphthalmol86:676-683,20028)DoCW,CivanMM:Basisofchloridetransportinciliaryepithelium.JMembrBiol200:1-13,20049)木谷嘉博,三浦伸一郎:ARBのクラスエフェクトとドラッグエフェクト.血圧17:698-703,201010)UngerT:Inhibitingangiotensinreceptorsinthebrain:possibletherapeuticimplications.CurMedResOpin19:449-451,200311)中木原由佳:ARBにおけるインバースアゴニスト活性について.鹿児島市医報46:9,2007

緑内障点眼薬使用状況のアンケート調査“第一報”

2011年8月31日 水曜日

1166(10あ6)たらしい眼科Vol.28,No.8,20110910-1810/11/\100/頁/JC(O0P0Y)《第21回日本緑内障学会原著》あたらしい眼科28(8):1166?1171,2011cはじめに慢性疾患である緑内障治療において,点眼の継続性すなわちアドヒアランスの良否が治療効果に及ぼす影響は大きい1,2).一方,自覚症状に乏しく,長期的な点眼使用を余儀なくされる緑内障において良好なアドヒアランスを確保するには,医療側からの積極的対応が求められる.医療側からの対応はしかし,客観性に基づく必要があり,その第一段階としてアドヒアランスに関わる要因のデータ調査と収集が位置づけられる.アドヒアランスに関わるデータは,主としてインタビューやアンケートなどにより調査,収集されている3~9).一般的なデータ調査において,調査者が直接説明し回答を記録するインタビューは,質の高い調査を行うことができる利点があり,調査対象者に質問内容の理解を促すことで,回答の精度〔別刷請求先〕高橋真紀子:〒714-0043笠岡市横島1945笠岡第一病院眼科Reprintrequests:MakikoTakahashi,M.D.,DepartmentofOphthalmology,KasaokaDaiichiHospital,1945Yokoshima,Kasaoka,Okayama714-0043,JAPAN緑内障点眼薬使用状況のアンケート調査“第一報”高橋真紀子*1,2内藤知子*2溝上志朗*3菅野誠*4鈴村弘隆*5吉川啓司*6*1笠岡第一病院眼科*2岡山大学大学院医歯薬学総合研究科眼科学*3愛媛大学大学院医学系研究科医学専攻高次機能制御部門感覚機能医学講座視機能外科学*4山形大学医学部眼科学講座*5中野総合病院眼科*6吉川眼科クリニックQuestionnaireSurveyonUseofGlaucomaEyedrops:FirstReportMakikoTakahashi1,2),TomokoNaitou2),ShiroMizoue3),MakotoKanno4),HirotakaSuzumura5)andKeijiYoshikawa6)1)DepartmentofOphthalmology,KasaokaDaiichiHospital,2)DepartmentofOphthalmology,OkayamaUniversityGraduateSchoolofMedicine,DentistryandPharmaceuticalSciences,3)DepartmentofOphthalmology,MedicineofSensoryFunction,EhimeUniversityGraduateSchoolofMedicine,4)DepartmentofOphthalmologyandVisualSciences,YamagataUniversitySchoolofMedicine,5)DepartmentofOphthalmology,NakanoGeneralHospital,6)YoshikawaEyeClinic緑内障点眼治療のアドヒアランスに関連する要因について調査するために,緑内障点眼治療開始後3カ月以上を経過した広義原発開放隅角緑内障および高眼圧症を対象に,2010年3月から5カ月間に5施設でアンケートを実施した.同時に,年齢,性別,使用薬剤,眼圧,平均偏差(MD)などの背景因子も調べた.男性106例,女性130例,平均年齢65.1±13.0(22~90)歳が対象となった.202例(85.6%)が最近の眼圧を認知し,185例(78.4%)がほとんど指示通りに点眼できていると回答した.指示通りの点眼に関わる因子について検討したところ,女性より男性(p=0.0101),年齢が若いほど(p=0.0028),指示通りの点眼ができていなかった.また,65歳以上の男性は,眼圧を認知している症例ほど有意に指示通りの点眼を行っていた(p=0.0081).Toevaluatethefactorsrelatingtoregimenadherenceinglaucomatreatment,overaperiodoffivemonthsfromMarch2010weconductedaquestionnairesurveyofpatientswithprimaryopen-angleglaucomaorocularhypertension.Backgroundfactorssuchasage,sex,medicineused,intraocularpressure(IOP)andmeandeviation(MD)wereexaminedatthesametime.Thesubjectscomprised106malesand130females,averageage65.1±13.0years.Responsesindicatedthat202(85.6%)patientswereawareoftheirrecentIOP,andthat185(78.4%)patientsinstilledtheireyedropsinaccordancewithmostinstructions.Whenweexaminedfactorsrelatingtoeyedropinstillationinaccordancewithinstructions,malesmorethanfemales(p=0.0101),andpatientsofyoungerage(p=0.0028),couldnotadheretotheirregimen.Moreover,malesoverage65adheredbetterwhentheywereawareoftheirIOP(p=0.0081).〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)28(8):1166?1171,2011〕Keywords:緑内障,高眼圧症,アンケート調査,アドヒアランス,眼圧.glaucoma,ocularhypertension,questionnaire,adherence,intraocularpressure.(107)あたらしい眼科Vol.28,No.8,20111167や回答率,回収率の向上が期待できる10~13).反面,調査者の恣意的な回答の誘導や,その対応の回答への影響もありうる10,12,13).特に,アドヒアランス調査は医師やスタッフとの対面調査となるため,自己防衛反応から実質的な回答の引き出しが叶わない可能性が否定できない3,10).それに対し,アンケートに自己記入で回答を求める方法は,回答漏れや誤記入,回収率の低下が危惧されるものの,回答における自己開示度は高い12,13).インタビューやアンケートは,その信頼性や実行性から単独施設で施行されることが多い.筆者らもすでに,点眼容器の形状とアドヒアランスとの関連についてインタビュー調査を行い,点眼容器の形状がそのハンドリングを通じて使用性に関わり,アドヒアランスに影響する可能性があることを報告した9).しかし,単独施設における症例収集では偏りなく多数例を収集するのは困難である.そこで,今回,筆者らは緑内障点眼薬使用のアドヒアランスに関連する要因について多施設共同でアンケート調査を行いその結果を解析した.本報では,病状認知度とアドヒアランスの関連を中心に述べ,次報以後では薬剤数や視野障害との関連などについて報告する予定である.I対象および方法2010年3月から5カ月間に,笠岡第一病院,岡山大学病院,愛媛大学病院,山形大学病院,中野総合病院の5施設の外来を受診した広義原発開放隅角緑内障および高眼圧症患者のうち,年齢満20歳以上で,緑内障点眼治療開始後少なくとも3カ月以上を経過し,かつ,アンケート調査に書面での同意を得られた症例を対象とした.一方,1カ月以内に薬剤変更・追加あるいは緑内障手術・レーザーの予定がある患者,過去1年以内に内眼手術・レーザーの既往がある患者,圧平眼圧測定に支障をきたす患者は除外した.なお,本研究は笠岡第一病院,山形大学医学部の倫理委員会の承認を得たうえで実施した.アンケートはあらかじめ原案を作成したうえで,調査参加表1アンケート内容質問1)ご自分の最近の眼圧をご存じですか?(○は1つ)1.知っている2.聞いたが具体的な値は忘れた3.眼圧値は聞いていないと思う質問2)全部で何種類の目薬(メグスリ)をお使いですか?眼科で処方されたもの以外も含めた数を教えてください.(○は1つ)1.1種類2.2種類3.3種類4.4種類以上質問3)緑内障の目薬(メグスリ)は何種類お使いですか?(○は1つ)1.1種類2.2種類3.3種類4.4種類以上質問4)〔緑内障の目薬(メグスリ)を一度に2剤以上ご使用される方〕(一度に1剤のみご使用の方は質問4はとばしてください)緑内障の目薬(メグスリ)を一度に2種類以上点眼する時の間隔を教えてください.(○は1つ)1.すぐつける2.1分程度あける3.3分程度あける4.5分以上あける質問5)緑内障の目薬(メグスリ)を指示通りに点眼できないことがありますか?(○は1つ)1.ほとんどない2.時々ある3.しばしばある質問6)今の緑内障の目薬(メグスリ)の回数にご負担を感じますか?(○は1つ)1.負担を感じる2.どちらともいえない3.負担は感じない質問7)緑内障の目薬(メグスリ)を使っている印象を教えてください.(○は1つ)1.点眼には慣れた2.治療なので仕方ない3.目を守るために頑張っている質問8)緑内障の目薬(メグスリ)をさすのを忘れたことはありませんか?(○は1つ)1.忘れたことはない2.忘れたことがある忘れたことがある方質問8?付問)どの程度忘れられましたか?(○は1つ)1.3日に1度程度2.1週間に1度程度3.2週間に1度程度4.1か月に1度程度質問9)緑内障の目薬(メグスリ)をさす時刻がずれやすいのはどの時間帯でしょうか?(○はいくつでも)1.時刻がずれることはない2.朝3.昼4.夜5.寝る前6.その他()7.さす時刻は決めていない(だいたい夜とか,だいたい寝る前にさすなど)質問9?付問)目薬(メグスリ)をさす時刻がずれる理由を教えてください.(○はいくつでも)1.仕事2.外出3.家事の都合4.休日5.旅行6.外食・飲酒など7.その他質問10)今後,緑内障の目薬(メグスリ)を続けていくことについてどのように思われますか?(○は1つ)1.頑張ろうと思う2.仕方ないと思う3.特になんとも思わない4.その他質問11)もし,緑内障の目薬(メグスリ)が1剤増えるとすれば,これまでの目薬(メグスリ)と一緒に続けられますか?(○は1つ)1.大丈夫2.多分大丈夫3.ちょっと心配4.多分無理だと思う1168あたらしい眼科Vol.28,No.8,2011(108)全施設の担当者とともに質問・回答項目の設定およびアンケートの体裁について十分に検討し,内容を決定した.なお,回答方法は多肢選択法とし,該当する選択肢の番号を○で囲む方式とした.アンケート用紙(表1)は診察終了後に配布,無記名式で行い,回収は回収箱を使用した.原則的に,患者本人が記入する自記式としたが,視力不良により記入困難な場合は,付き添いの家族にアンケートへの記入を求めた.アンケート用紙にはあらかじめ番号を付けて配布し,年齢,性別,使用薬剤,眼圧,平均偏差(meandeviation:MD)などの背景因子は,アンケート回収後にカルテより調査した.なお,MDはアンケート調査日6カ月以内にHumphrey自動視野計のSITAStandardプログラム中心30-2あるいは24-2による視野検査を施行された症例(230例)の結果を調査データとした.回収されたアンケート用紙は各施設において確認し,記載内容に不備がある症例を除外したうえで,あらかじめ作成し各施設に配布されたデータ入力用のエクセルシートに,その結果を各施設において入力した.なお,質問ごとの回答内容が無回答のものは欠損値として扱った.入力結果は独立して収集し,JMP8.0(SAS東京)を用い,t検定,c2検定,Fisherの正確検定により解析した(YK).有意水準は5%未満とした.II結果1.対象および背景因子アンケートを施行し,回収し得たのは237例(回収率100%)だった.アンケート記載は237例中235例(99.2%)が自己記載,家族による記載は2例(0.8%)だった.一方,237例中1例(0.4%)は,後半分の回答欄が空白となっていたためアンケートは無効と判断され,236例の結果が解析対象となった(有効回答率:99.6%).解析対象の性別は男性106例,女性130例で,平均年齢65.1±13.0(22~90)歳だった.緑内障病型は正常眼圧緑内障115例(48.7%),原発開放隅角緑内障109例(46.2%),高眼圧症12例(5.1%)だった.平均眼圧は13.8±2.9(8.0~23.0)mmHg,平均緑内障点眼薬数1.7±0.8(1~4)剤,平均通院頻度8.4±3.5(2~20)回/年で,緑内障点眼治療歴は1年未満7.2%,2年以上3年未満20.3%,4年以上5年未満16.9%,5年以上55.5%だった.2.アンケート回答結果全設問の回答結果を表2に示す.表2アンケート回答結果質問1)回答数236例(回答率100%)1.202例(85.6%)2.25例(10.6%)3.9例(3.8%)質問2)回答数236例(回答率100%)1.72例(30.5%)2.77例(32.6%)3.65例(27.5%)4.22例(9.3%)質問3)回答数236例(回答率100%)1.124例(52.5%)2.56例(23.7%)3.50例(21.2%)4.6例(2.5%)質問4)回答数92例(回答率39.0%)1.4例(4.3%)2.8例(8.7%)3.16例(17.4%)4.64例(69.6%)質問5)回答数236例(回答率100%)1.185例(78.4%)2.47例(19.9%)3.4例(1.7%)質問6)回答数236例(回答率100%)1.12例(5.1%)2.28例(11.9%)3.196例(83.1%)質問7)回答数236例(回答率100%)1.96例(40.7%)2.31例(13.1%)3.109例(46.2%)質問8)回答数233例(回答率98.7%)1.127例(54.5%)2.106例(45.5%)質問8?付問)回答対象者106例中,回答数106例(回答率100%)1.8例(7.5%)2.22例(20.8%)3.26例(24.5%)4.50例(47.2%)質問9)回答数209例(回答率88.6%)1.72例(34.4%)2.16例(7.7%)3.6例(2.9%)4.50例(23.9%)5.35例(16.7%)6.3例(1.4%)7.28例(13.4%)質問9─付問)回答対象者137例中,回答数121例(回答率88.3%)1.14例(11.6%)2.23例(19.0%)3.27例(22.3%)4.6例(5.0%)5.11例(9.1%)6.14例(11.6%)7.29例(24.0%)質問10)回答数236例(回答率100%)1.142例(60.2%)2.58例(24.6%)3.35例(14.8%)4.1例(0.4%)質問11)回答数236例(回答率100%)1.112例(47.5%)2.96例(40.7%)3.27例(11.4%)4.1例(0.4%)(109)あたらしい眼科Vol.28,No.8,20111169質問1)「ご自分の最近の眼圧をご存じですか?」に対し,回答が得られたのは236例中236例(回答率100%)で,そのうち202例(85.6%)が「知っている」と回答した.一方,「聞いたが具体的な値は忘れた」25例(10.6%),「眼圧値は聞いていないと思う」9例(3.8%)を合わせた34例(14.4%)が眼圧値を認知していなかった(図1).質問3)「緑内障の目薬(メグスリ)は何種類お使いですか?」に対し,回答が得られたのは236例中236例(回答率100%)で,このうちカルテより調査した緑内障点眼薬数と一致したのは224例(94.9%)だった.質問5)「緑内障の目薬(メグスリ)を指示通りに点眼できないことがありますか?」に対し,回答が得られたのは236例中236例(回答率100%)で,そのうち185例(78.4%)が「ほとんどない」と回答した.一方,「時々ある」47例(19.9%),「しばしばある」4例(1.7%)を合わせた51例(21.6%)が指示通りに点眼できていなかった(図2).3.指示通りの点眼の有無と背景因子の関連質問5)において,指示通りに点眼できないことが「ほとんどない」と回答した群を「ほとんど指示通りに点眼できている」群,「時々ある」あるいは「しばしばある」と回答した群を「指示通りに点眼できないことがある」群とし,背景因子を比較した(表3).この結果,女性より男性(p=0.0101),年齢が若いほど(p=0.0028)指示通りの点眼ができていなかった.眼圧,MD,緑内障点眼薬数,通院頻度については,両群間に有意差はなかった.4.眼圧の認知と指示通りの点眼の関連質問1)において,自分の最近の眼圧を「知っている」と回答した群を「眼圧値を認知している」群,「聞いたが具体的な値は忘れた」あるいは「眼圧値は聞いていないと思う」と回答した群を「眼圧値を認知していない」群とし,指示通りの点眼との関連について検討したところ,統計学的に明らかな関連はなかったが,眼圧を認知している症例ほど指示通りの点眼を行っている可能性(p=0.0625)が推察された(図3a).さらに,性別・年齢層別に検討を行った結果,65歳以上の男性は眼圧を認知している症例ほど有意に(p=0.0081)指示通りの点眼を行っていた.一方,65歳未満の男性および女性では有意な関連は認めなかった(図3b).III考按緑内障点眼治療のアドヒアランスの良否に関連する要因について,多施設でアンケート調査を行った.アンケート内容が多岐にわたるため,今回は病状認知度のアドヒアランスへの影響について検討した.アドヒアランスの評価方法としては,インタビュー,アン表3指示通りの点眼の有無と背景因子の関連背景因子ほとんど指示通りに点眼できている指示通りに点眼できないことがあるp値性別男性75例(40.5%)女性110例(59.5%)男性31例(60.8%)女性20例(39.2%)0.0101*年齢66.4±12.1歳60.3±15.0歳0.0028**眼圧13.9±3.0mmHg13.3±2.6mmHg0.2158**MD?10.16±8.14dB?9.80±8.86dB0.7902**緑内障点眼薬数1.7±0.8剤1.8±0.8剤0.5593**通院頻度8.6±3.6回/年7.7±3.2回/年0.1193***:c2検定,**:t検定.眼圧値を知らない14.4%眼圧値は聞いていないと思う3.8%聞いたが具体的な値は忘れた10.6%眼圧値を知っている85.6%知っている85.6%図1質問1)回答結果時々ある19.9%ほとんど指示通りに点眼できている78.4%指示通りに点眼できないことがある21.6%ほとんどない78.4%しばしばある1.7%図2質問5)回答結果1170あたらしい眼科Vol.28,No.8,2011ケートにより患者から直接的に使用状況を調査する方法と,点眼モニター,血中・尿中薬剤濃度測定,薬剤使用量・残量調査,薬剤入手率調査などにより客観的に評価する方法がある.点眼モニターによる評価は信頼性が高い14~17)が,装置の大きさや費用,煩雑さなどの点があり調査対象が限定される.このため,主観的評価に留まるものの,インタビューやアンケート法が頻用されている3~7).同一施設のなかで,インタビューあるいはアンケートと点眼モニターの2種類の方法で点眼遵守率を調査した報告によると,Kassら16)はインタビュー97.1%,点眼モニター76.0%,Okekeら17)はアンケート95%,点眼モニター71%と,調査方法により結果にかなり差があることが示されている.今回,主観的評価による影響を最少化するため,調査方法やアンケート内容について事前に検討した.まず,単独施設での症例収集はデータの普遍化・標準化が達成しにくいと考え,多施設共同研究を選択した.また,調査方法は多施設研究においても調査者によるバイアスが生じない自記式アンケート法を採用した.自記式とすることで医師やスタッフの関与をできるだけ排除し,さらに,無記名式として少しでも薬剤使用状況の実態を引き出せるよう企図した.アンケートを○×の二者択一式で回答するclosedquestionで行った場合,その実態を引き出すことがむずかしく,他方,freequestionは自記式においては回答者の負担が大きく,多数例の解析を行ううえでも実行性に問題が残る.そこで,今回は短時間で少ない負担での回答が可能なように,網羅的に回答選択肢を設けた多肢選択法とし,原則的に該当する番号を○で囲んで回答する方式を採用した.これに加えて,アンケート項目の絞り込みと簡潔化にも努めた.質問内容および質問項目数は,回答率,回収率に大きく影響する10,13)からである.たとえば,病状認知は最近の眼圧を認知しているか否かに代表させ,また,点眼がされているか否かの質問もわかりやすさを重視して,今回は「指示通り」の言葉を使用した.この際,質問の言い回し(wording)にも注意した.回答者は一般に質問に対して,潜在的に「はい(Yes)」と答える傾向(yes-tendency)や,調査者の意向を推測し,無意識のうちにその方向に答えようとする傾向がある10,11).このため,「指示通りに点眼できていますか?」と質問するよりも,「指示通りに点眼できないことがありますか?」としたほうが,点眼ができていない場合でも円滑な回答が得られやすいと考えた.さらに,質問文は理解しやすいように要点に下線を引き,選択肢は分離して枠で囲みわかりやすくした.文字の大きさや用紙サイズ,余白の取り方などレイアウトにも配慮し,調査への協力が得られるよう工夫した.また,質問数も11問に絞り込んだ.アドヒアランスの良否に影響を及ぼす因子は多数あるが3~9,18~21),疾患理解度,病状認知度もその重要な要因の一つと考えられる.今回の調査では,眼圧の認知を病状把握の指標として位置づけ,これと指示通りの点眼の関連について検討した.その結果,指示通りの点眼については236例中236例から回答が得られ(回答率100%),そのうち21.6%が時々あるいはしばしば指示通りに点眼できないことがあると回答した.ここで,指示通りの点眼の有無と背景因子との関連を検討したところ,女性より男性,年齢が若いほど指示通りの点眼の実施率が低く,年齢,性別がアドヒアランスに影響する可能性が示された.このため,病状認知度と指示通りの点眼の関連については,性別,年齢層別に分けて検討を行った.なお,年齢は高齢者の公的定義22)を参考に,65歳を境とした2群に分けた.この結果,女性は眼圧の認知にかかわらず,約85%が指示通りの点眼を行っていたのに対し,男性のうち65歳未満では指示通りの点眼実施率は約60%に留まった.一方,65歳以上の男性においては,眼圧を認知している症例では指示通りの点眼の実施率が有意に高く,病状認知度が指示通りの点眼に影響を及ぼす可能性が示唆さ(110)図3眼圧の認知と指示通りの点眼質問5)「緑内障の目薬を指示通りに点眼できないことがありますか?」に対する回答■:ほとんどない■:時々ある■:しばしばあるa:全症例80.2%61.7%60.0%男性65歳未満眼圧値を知っている(n=202)眼圧値を知っている(n=47)眼圧値を知らない(n=5)眼圧値を知らない(n=13)眼圧値を知らない(n=2)眼圧値を知らない(n=14)87.8%*53.8%38.3%40.0%12.2%14.6%2.1%12.1%1.5%*p=0.0081(Fisherの正確検定)15.4%30.8%男性65歳以上眼圧値を知っている(n=41)83.3%100%女性65歳未満眼圧値を知っている(n=48)86.4%78.6%21.4%女性65歳以上眼圧値を知っている(n=66)18.8%眼圧値を知らない67.6%(n=34)26.5%5.9%1.0%b:性別・年齢層別解析あたらしい眼科Vol.28,No.8,20111171れた.今回,眼圧の認知を病状把握の指標として位置づけたが,年齢が若いほど眼圧値を知っていると回答した症例が多く,眼圧の認知が必ずしも病状認知を反映していない可能性も考えられた.しかし,65歳以上の男性で眼圧の認知と指示通りの点眼に有意な関連が認められたことは,少なくとも高齢者においては病状認知をある程度反映しており,眼圧の認知の有無が病状把握の程度を知るうえで一つの指標となりうると考えた.一方,65歳未満の男性は眼圧を認知していても指示通りの点眼実施率が低く,点眼治療継続の妨げとなる要因についてのさらなる検討が必要と思われた.アンケート調査結果の評価・解釈においては,バイアスの影響を十分考慮しておく必要がある.回収率が低い調査や,無回答者が多い質問では,質問に対する回答者と無回答者の傾向が異なることによって発生する無回答バイアスが生じ,アンケート調査の結果が真実を反映しない可能性がある13).このため,回収率,回答率を高めるべく調査方法やアンケート内容を工夫し,今回は高い回収率,回答率を得た.しかし,同意の得られた症例をアンケート調査対象としたことで,抽出バイアスが生じた可能性があり,結果の評価にも限界があることは否定できない.次報以後に予定している他要因の解析の際にも,バイアスによる影響を留意したうえでの評価を考慮したい.一方,今回の調査の第一段階で病状認知がアドヒアランスに関連することが示唆されたことは興味深い.自覚症状に乏しい慢性疾患である緑内障治療において,アドヒアランスは治療成功の鍵を握る要因である.今回の結果は眼圧の認知をはじめとする病状認知度を高めることが,アドヒアランス向上の第一歩として重要であることを示唆したため報告した.文献1)ChenPP:Blindnessinpatientswithtreatedopen-angleglaucoma.Ophthalmology110:726-733,20032)JuzychMS,RandhawaS,ShukairyAetal:Functionalhealthliteracyinpatientswithglaucomainurbansettings.ArchOphthalmol126:718-724,20083)阿部春樹:薬物療法─コンプライアンスを良くするには─.あたらしい眼科16:907-912,19994)平山容子,岩崎直樹,尾上晋吾ほか:アンケートによる緑内障患者の意識調査.あたらしい眼科17:857-859,20005)吉川啓司:開放隅角緑内障の点眼薬使用状況調査.臨眼57:35-40,20036)仲村優子,仲村佳巳,酒井寛ほか:緑内障患者の点眼薬に関する意識調査.あたらしい眼科20:701-704,20037)生島徹,森和彦,石橋健ほか:アンケート調査による緑内障患者のコンプライアンスと背景因子との関連性の検討.日眼会誌110:497-503,20068)兵頭涼子,溝上志朗,川﨑史朗ほか:高齢者が使いやすい緑内障点眼容器の検討.あたらしい眼科24:371-376,20079)高橋真紀子,内藤知子,大月洋ほか:点眼容器の形状のハンドリングに対する影響.あたらしい眼科27:1107-1111,201010)大谷信介,木下栄二,後藤範章ほか:社会調査へのアプローチ?論理と方法.p.89-119,ミネルヴァ書房,200511)盛山和夫:社会調査法入門.p.88-89,有斐閣,200812)鈴木淳子:調査的面接の技法.p.42-44,ナカニシヤ出版,200913)谷川琢海:第5回調査研究方法論~アンケート調査の実施方法~.日放技学誌66:1357-1361,201014)FriedmanDS,OkekeCO,JampelHDetal:Riskfactorsforpooradherencetoeyedropsinelectronicallymonitoredpatientswithglaucoma.Ophthalmology116:1097-1105,200915)佐々木隆弥,山林茂樹,塚原重雄ほか:緑内障薬物療法における点眼モニターの試作およびその応用.臨眼40:731-734,198616)KassMA,MeltzerDW,GordonMetal:Compliancewithtopicalpilocarpinetreatment.AmJOphthalmol101:515-523,198617)OkekeCO,QuigleyHA,JampelHDetal:Adherencewithtopicalglaucomamedicationmonitoredelectronically.Ophthalmology116:191-199,200918)NordstromBL,FriedmanDS,MozaffariEetal:Persistenceandadherencewithtopicalglaucomatherapy.AmJOphthalmol140:598-606,200519)TsaiJC:Medicationadherenceinglaucoma:approachesforoptimizingpatientcompliance.CurrOpinOphthalmol17:190-195,200620)RobinAL,NovackGD,CovertDWetal:Adherenceinglaucoma:objectivemeasurementsofonce-dailyandadjunctivemedicationuse.AmJOphthalmol144:533-540,200721)LaceyJ,CateH,BroadwayDC:Barrierstoadherencewithglaucomamedications:aqualitativeresearchstudy.Eye23:924-932,200922)伊藤雅治,曽我紘一,河原和夫ほか:国民衛生の動向.厚生の指標57:37-40,2010(111)***

正常眼圧緑内障患者におけるタフルプロスト点眼液の長期眼圧下降効果

2011年8月31日 水曜日

0910-1810/11/\100/頁/JCOPY(101)1161《第21回日本緑内障学会原著》あたらしい眼科28(8):1161?1165,2011cはじめに緑内障治療において眼圧下降は唯一高いエビデンスの示された視野維持効果のある治療法である1~3).近年,CollaborativeNormal-TensionGlaucomaStudy(CNTGS)の結果から正常眼圧緑内障(normal-tensionglaucoma:NTG)においても眼圧下降療法が視野障害,視神経障害の進行抑制に有効であることが明らかになっている4,5).しかしNTGにおいてはCNTGSで有効とされた眼圧下降30%を薬物療法のみで達成することはしばしば困難である.また,最近ではプロスタグランジン関連薬(以下,PG薬)がその眼圧下降効果の強さから薬物治療の第一選択となることが一般的であるが,NTGに対するPG薬の眼圧下降効果を長期に検討した報告は少ない6~9).タフルプロストはプロスタノイドFP受容体に対して高い親和性を有することがinvitroで確認された新しいプロスタグランジンF2a誘導体である10,11).タフルプロストはNTG〔別刷請求先〕中内正志:〒573-1191枚方市新町2-3-1関西医科大学附属枚方病院眼科Reprintrequests:TadashiNakauchi,M.D.,DepartmentofOphthalmology,KansaiMedicalUniversityHirakataHospital,2-3-1Shinmachi,Hirakata,Osaka573-1191,JAPAN正常眼圧緑内障患者におけるタフルプロスト点眼液の長期眼圧下降効果中内正志*1,2岡見豊一*1山岸和矢*3*1松下記念病院眼科*2関西医科大学附属枚方病院眼科*3ひらかた山岸眼科Long-TermIntraocularPressure-LoweringEffectofTafluprostinPatientswithNormal-TensionGlaucomaTadashiNakauchi1,2),ToyokazuOkami1)andKazuyaYamagishi3)1)DepartmentofOphthalmology,MatsushitaMemorialHospital,2)DepartmentofOphthalmology,KansaiMedicalUniversity,3)HirakataYamagishiEyeClinic目的:正常眼圧緑内障(NTG)患者におけるタフルプロスト点眼液の長期眼圧下降効果をプロスペクティブに検討した.対象および方法:対象は京阪緑内障研究会所属医療機関を受診した未治療のNTG患者57例57眼,平均年齢は66.7歳である.対象患者に対しタフルプロスト点眼液を1日1回,夕方から眠前に投与し試験開始後12週までは4週おきに,12週以降は12週おきに48週まで眼圧測定を実施し比較した.結果:全症例のベースライン眼圧(平均±標準偏差)は16.7±2.4mmHgであった.タフルプロスト点眼投与開始後4週以降,すべての測定点において平均眼圧は有意に下降し,48週経過時点での平均眼圧は13.0±2.4mmHgで眼圧下降率は21.9±14.0%であった.対象のうち内眼手術実施により中止となった4例を含め,中止・脱落となった症例が13眼存在した.結論:タフルプロスト点眼液はNTG患者に対し長期間にわたって安定した眼圧下降効果を示した.Weprospectivelyevaluatedthelong-termintraocularpressure(IOP)-loweringeffectoftopicaltafluprostinpatientswithnormal-tensionglaucoma(NTG).Subjectscomprised57patientswithnewlydiagnosedNTG.Theyweretreatedwith0.0015%tafluprostonceadayfor48weeks;IOPreductionfrombaselinewasassessedevery4weeks,until12weeksoffollow-upvisits,andevery12weeksthereafter.Ofthe57patients,13discontinuedtreatmentordroppedoutofthestudyhalfway.ThebaselineIOPwas16.7±2.4mmHg(mean±SD).ThemeanIOPatthe48thweekoffollow-upwas13.0±2.4mmHg,andtherelativeIOPreductionwas21.9±14.0%(mean±SD).SignificantdifferenceswereobservedinmeanIOPonallfollow-upvisits(p<0.01).TafluprostsignificantlyreducedIOPinNTGpatientsthroughoutlong-termfollow-up.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)28(8):1161?1165,2011〕Keywords:眼圧,正常眼圧緑内障,プロスタグランジンF2a,タフルプロスト.intraocularpressure,normaltensionglaucoma,prostglandinF2a,tafluprost.1162あたらしい眼科Vol.28,No.8,2011(102)患者を対象とした第III相臨床試験において短期的には有意な眼圧下降を示すことが報告されている12).しかし,これまでタフルプロストのNTG患者に対する長期の眼圧下降効果の検討は十分に行われていない.今回筆者らはタフルプロスト点眼液のNTGに対する長期の眼圧下降効果を多施設共同研究によりプロスペクティブに検討した.I対象および方法1.試験実施機関本試験は京阪緑内障研究会に所属する12の医療機関において,各機関の試験責任医師のもとに実施された(表1).なお,本研究は実施に先立ち,ヘルシンキ宣言の趣旨に基づき松下記念病院倫理審査委員会の承認を得て実施された(2009年2月13日承認取得,承認番号080211).2.対象対象は,新規にNTGと診断された未治療のNTG患者である.NTGの診断は日本緑内障学会による緑内障診療ガイドライン第2版に基づき無治療時の眼圧が21mmHg以下のものとした.症例の選択は,文書による同意を得ることができた20歳以上のものとし,評価眼の矯正視力が少数視力で0.5以上,両眼が選択基準を満たす患者は原則として視野の悪いほうの眼を対象眼とした.今回の研究ではHumphrey視野計(中心30-2SITASTANDARD,または30-2SITAFAST)の平均偏差が?12dB未満の高度の視野障害を有するものや,レーザー線維柱帯形成術を含む緑内障手術の既往を有するもの,Goldmann圧平眼圧計による正確な眼圧測定をはじめ,本研究を実施するうえで障害となりうる眼疾患を有する症例は除外した(表2).3.方法タフルプロスト点眼液を1日1回原則夕方から眠前に点眼し,試験開始時,4週目,8週目,12週目にGoldmann圧平眼圧計を用いて眼圧を測定した.12週以降は原則12週おきに眼圧測定を実施した.試験開始時のベースライン眼圧は可能な限り2日以上に分けて3回測定しその平均値とした.眼圧下降率は(投与前後の眼圧の変化量/投与前眼圧)×100(%)として算出し,投与後の眼圧下降はベースライン眼圧を基準としてpairedt-testにて検討した.対象患者はさらにベースライン眼圧が16mmHg以上の眼圧高値群と16mmHg未満の眼圧低値群に分けて眼圧下降,眼圧下降率の推移を検討した.副次評価項目として点状表層角膜炎(superficialpunctatekeratitis:SPK)のArea-Density分類(以下,AD分類)によるスコア13),球結膜充血,睫毛の伸び,多毛について観察し,安全性の評価を実施した.すべての有害事象発生頻度は0?48週の他覚所見データが揃っている症例を解析対象とした.SPKの悪化はA+Dのスコアが2以上悪化した場合をSPK悪化と判断した.球結膜充血は「なし」「軽度」「中等度」「高度」の4段階で評価し,「軽度」は数本の球結膜血管の拡張,「中等度」は多数の血管拡張,「高度」は球結膜全体の血管拡張と定義し,「なし」以外の症例を充血発現例とした.睫毛の伸びは試験開始前,各来院ごとに上睫毛,下睫毛の長さを中央の睫毛が一番長い部位で同一のメジャーを用いて測定し,上下どちらかの長さが2mm以上伸長した場合を睫毛伸長と判断した.多毛の程度は各担当医師が「なし」「少々」「明らかに」で判断し,「なし」以外の症例を多毛と判断した.II結果1.患者背景対象は前述の要件を満たした57例57眼である.平均年表2症例の主たる選択基準・除外基準選択基準①NTG(無治療時眼圧21mmHg以下)と診断され新規にNTGの診断を受けたもの②同意:試験内容について説明文書を用いて十分に説明した上で,文書で本人より同意を得ることができた20歳以上のもの③矯正視力:評価眼の矯正視力が0.5以上のもの④対象眼:両眼が選択基準を満たした場合,原則として視野の悪いほうの眼を対象眼とする.視野が同等である場合は右眼を対象眼とする.除外基準①高度の視野障害(Humphery視野計(中心30-2SITASTANDARD,または30-2SITA-FAST)の平均偏差が?12dB未満)を有するもの②レーザー線維柱帯形成術,濾過手術,線維柱帯切開術の既往を有するもの(合併症を伴わず行われた白内障手術を受けたものは術後6カ月以上経過していれば除外しない)③圧平眼圧計による正確な眼圧測定を妨げる可能性のある何らかの角膜の異常またはその他の疾患を有するもの(角膜屈折矯正手術歴・角膜白斑・角膜炎症・角膜変性症・円錐角膜など)④活動性の外眼部疾患,眼・眼瞼の炎症,感染症を有するもの,無水晶体眼,内眼炎(虹彩炎・ぶどう膜炎)のあるもの表1京阪緑内障研究会参加施設施設責任医師松下記念病院岡見豊一・中内正志ひらかた山岸眼科山岸和矢中島眼科クリニック中島正之森下眼科森下清文出口眼科医院出口順子保倉眼科保倉透竹内眼科医院竹内正光西川眼科医院西川睦彦板垣眼科医院板垣隆弓削眼科診療所弓削堅志上原眼科上原雅美木股眼科医院伊東良江(103)あたらしい眼科Vol.28,No.8,20111163齢は66.7±12.1歳,男性21眼,女性36眼であった.これらの対象患者をさらに試験開始時のベースライン眼圧が16mmHg以上の眼圧高値群と16mmHg未満の眼圧低値群に分けた.眼圧高値群は36眼で,そのうち男性は15眼,女性は21眼,平均年齢は65.4±13.0歳であった.眼圧低値群は21眼で,そのうち男性は6眼,女性は15眼,平均年齢は68.8±10.3歳であった.試験開始後に中止,脱落となった症例が13眼存在した(表3).試験開始後の手術実施により中止となった4症例の内訳は,白内障単独手術が1眼,白内障・緑内障同時手術が3眼で,手術の理由はいずれも白内障の進行であった.2.結果経過観察期間は4?48週,平均観察期間は42.1週であった.症例全体の試験開始時のベースライン眼圧は16.7±2.4mmHg(平均±標準偏差)であった.投与開始後4週以降,すべての時点において投与前に比べて眼圧は有意に下降し48週の平均眼圧は13.0±2.0mmHg,眼圧下降幅は3.8mmHgで,平均眼圧下降率は21.9%であった(p<0.01)(図1).眼圧下降率が30%以上でhigh-responderと思われる症例は12週目では25.5%で,48週目においても29.5%と良好な眼圧下降効果が維持された.しかし,48週目における眼圧下降率を12週目と比較してみると,20%以上の眼圧下降を達成した症例は12週目では72.3%であったが,48週目では47.9%にとどまった.眼圧下降率が10%未満のいわゆるnon-responderと考えられる症例は12.8%から18.2%と若干の増加傾向を認めた(図2).つぎに眼圧下降効果をベースライン眼圧の高値群と低値群に分けて比較検討した.眼圧高値群のベースライン眼圧は18.2±1.2mmHgであった.投与開始後4週目以降48週目に至るまでのすべての時点において眼圧は有意に下降し48週目時点での平均眼圧は13.6±2.3mmHg,眼圧下降幅は4.5mmHgで眼圧下降率は24.8%であった(p<0.01).眼圧低値群ではベースライン眼圧は14.1±1.3mmHgであった.投与開始後4週目以降,高値群同様にすべての時点において眼圧は有意に下降し48週目時点での平均眼圧は11.7±2.2mmHgで眼圧下降幅は2.3mmHg,眼圧下降率は16.3%であった(p<0.01)(図3).ベースライン眼圧の分布ごとにnon-responderの占める割合を検討したところ,ベースライン眼圧18mmHg以上の表3中止・脱落症例の内訳中止:6眼手術実施4眼点眼直後のしみる感じ,充血1眼他PGに変更1眼脱落:7眼来院せず7眼20181614121080週(n=57)4週(n=56)8週(n=47)12週(n=47)24週(n=53)36週(n=48)48週(n=44)眼圧(mmHg)******図1全症例におけるタフルプロスト点眼開始後の眼圧変化*:p<0.05(pairedt-test).46.818.214.934.112.818.225.529.502040眼圧下降率(%)6080100■30%以上■20%以上30%未満■10%以上20%未満■10%未満12週目48週目図2投与開始後12週目,48週目における眼圧下降率高値群低値群:高値群:低値群n=36n=21n=31n=16n=32n=15n=35n=17n=33n=15n=29n=15n=35n=210週4週8週12週24週36週48週************眼圧(mmHg)2018161412108図3眼圧高値群と眼圧低値群での眼圧変化の比較*:p<0.05(pairedt-test).□:48週時点で眼圧下降率10%未満であった症例108642010~11~12~13~14~15~16~17~18~19~20~ベースライン眼圧(mmHg)例数図4各ベースライン眼圧に占めるnon?responderの分布1164あたらしい眼科Vol.28,No.8,2011(104)症例ではnon-responderは存在しなかった(図4).しかし眼圧低値群,眼圧高値群でnon-responderの占める割合に有意差は認めなかった.3.安全性有害事象の発生頻度を12週,48週で比較検討した結果を表4に示す.長期投与によって生じた新たな有害事象は認めず,すべての有害事象は他のPG製剤ですでに報告されたものであった.長期投与により充血の頻度は明らかに減少し,48週で充血ありと判定された7眼は全例「軽度」の充血であった.III考按タフルプロストはラタノプロスト,トラボプラストについでわが国で発売されたプロスタグランジンF2a誘導体に属する眼圧下降薬であり,国産初のプロスト系薬剤である.その眼圧降下作用は他のPG薬同様プロスタノイドFP受容体に結合することで発揮されると考えられている.化学構造上15位の水酸基をフッ素で置換させてあるのが特徴で,invitroでは他のPG薬と比較してプロスタノイドFP受容体に高い親和性を有することが確認されている10,11).原発開放隅角緑内障および高眼圧症を対象とした第III相検証的試験においてタフルプロストはラタノプロストと同等以上の眼圧下降を示したと報告されており12),狭義の原発開放隅角緑内障においては従来のPG薬同様の眼圧下降が期待できる薬剤である.一方,NTG患者のみを対象とした第III相臨床試験においてもタフルプロストはプラセボ群に比較し,投与開始後4週まで有意な眼圧下降効果を示したと報告されている14).しかし本薬剤の長期における眼圧下降効果,特にNTG患者における眼圧下降効果を論じた報告は筆者らの知る限りでは存在しない.本試験は眼圧が16mmHg未満の症例も含めた全眼圧領域のNTG患者を対象としており,日本人における主要な緑内障病型であるNTGに対するタフルプロストの治療効果を検討した点でも意義がある研究と考えられる.従来NTGに対する緑内障治療薬単剤点眼での眼圧下降は眼圧下降幅1.7~3.6mmHg,眼圧下降率は11~24%程度と報告されており,その眼圧下降効果は概して狭義の原発開放隅角緑内障に比較して劣るとする報告が多い7,9,15~19).現在治療の第一選択となることが多いPG薬においても,従来から使用されてきたラタノプロストを筆頭にトラボプロスト,ラタノプロストより若干眼圧降下作用が強いとされるビマトプロストにおいてもCNTGSで有効とされた30%を超える眼圧下降率を単剤で達成できる症例は全体の10%程度であると報告されている20).比較的長期の経過観察を行ったPG製剤単剤のNTGにおける眼圧下降効果の報告を表5に示す6~9).本報告において,タフルプロストはすべての眼圧領域のNTGにおいて他のPG製剤と同等の眼圧下降率を長期に維持することが示された.今回のタフルプロストにおいての検討では投与開始12週目でほぼ全体の1/4症例において30%以上の眼圧下降を達成し,その割合は長期経過観察後も維持される傾向を認めた.12週と比較し48週目では眼圧下降達成率が20~30%の症例の割合が減少したため全体として20%以上の眼圧下降を達成した症例の数は減少傾向にあったものの,眼圧下降率が10%未満にとどまったnon-responderと考えられる症例は長期経過においても全体の20%未満であった.一般に既存のPG関連薬を含めすべての緑内障治療薬には一定の割合でnon-responderが存在することが知られている.過去の報告ではPG関連薬に対するnon-responderの割合はラタノプロストで20%程度とするものが多い22~24).特に緑内障病型に占めるNTGの比率が高い日本人では欧米人に比しnon-responderの比率が高いといわれている24).今回の検討では,タフルプロストは少なくとも既報の他のPG製剤と同等以下のnon-responder率を長期にわたって維持したことが示された.経過中に一時的な充血の出現や睫毛の伸長,眼瞼周囲の産表5プロスタグランジン製剤のNTGに対する眼圧下降効果薬剤ベースライン眼圧(mmHg)点眼期間眼圧下降率(%)本報告タフルプロスト(全体)16.748週間21.9タフルプロスト(眼圧高値群)18.248週間24.8タフルプロスト(眼圧低値群)14.148週間16.3既報ラタノプロスト6)15.03年14.0ラタノプロスト7)13.924カ月15.1トラボプロスト8)15.012カ月18.3トラボプロスト9)14.7912カ月18.3表4有害事象発生頻度12週目48週目SPK悪化15.9%(7/44)14.7%(5/34)充血26.1%(12/46)15.9%(7/44)睫毛伸長13.6%(6/44)16.7%(4/24)多毛32.6%(15/46)20.5%(9/44)(105)あたらしい眼科Vol.28,No.8,20111165毛の増加などの副作用を認めた患者が存在したが,これらはいずれも従来からPG関連薬に共通の副作用として知られているものである.また投与開始後みられることの多い結膜充血は長期間の経過観察後むしろ減少傾向にあることが示された.今回の結果からタフルプロストは安全性の面でも従来から存在するPG関連薬同様に安全に使用できる薬剤と考えられる.今回の結果では,タフルプロストは投与開始後48週の長期にわたってすべての眼圧領域のNTG患者において有意な眼圧下降を示した.本試験は眼圧の評価を主体としたものであり,本剤が真にNTG患者の治療に有効な薬剤であることを示すためには今後視野の維持効果など緑内障の進行阻止に有効であるかについての検討が必要であると思われるが,タフルプロストは今後NTG治療における第一選択薬となりうるものと思われる.文献1)MaoL,StewartW,ShieldsM:Correlationbetweenintraocularpressurecontrolandprogressiveglaucomatousdamageinprimaryopen-angleglaucoma.AmJOphthalmol111:51-55,19912)HeijlA,LeskeM,BengtssonBetal:Reductionofintraocularpressureandglaucomaprogression:resultsfromtheEarlyManifestGlaucomaTrial.ArchOphthalmol120:1268-1279,20023)TheAdvancedGlaucomaInterventionStudy(AGIS):7.Therelationshipbetweencontrolofintraocularpressureandvisualfielddeterioration.TheAGISInvestigators.AmJOphthalmol130:429-440,20004)CollaborativeNormal-TensionGlaucomaStudyGroup:Theeffectivenessofintraocularpressurereductioninthetreatmentofnormal-tensionglaucoma.AmJOphthalmol126:498-505,19985)CollaborativeNormal-TensionGlaucomaStudyGroup:Comparisonofglaucomatousprogressionbetweenuntreatedpatientswithnormal-tensionglaucomaandpatientswiththerapeuticallyreducedintraocularpressures.AmJOphthalmol126:487-497,19986)石田俊郎,山田祐司,片山壽夫ほか:正常眼圧緑内障に対する単独点眼治療効果視野維持効果に対する長期単独投与の比較.眼科47:1107-1112,20057)TomitaG,AraieM,KitazawaYetal:Athree-yearprospective,randomizedandopencomparisonbetweenlatanoprostandtimololinJapanesenormal-tensionglaucomapatients.Eye18:984-989,20048)AngGS,KerseyJP,ShepstoneLetal:Theeffectoftravoprostondaytimeintraocularpressureinnormaltensionglaucoma:arandomisedcontrolledtrial.BrJOphthalmol92:1129-1133,20089)SuhMH,ParkKH,KimDM:Effectoftravoprostonintraocularpressureduring12monthsoftreatmentfornormal-tensionglaucoma.JpnJOphthalmol53:1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インタビュー:木下茂本誌編集主幹のインタビュー

2011年8月31日 水曜日

(89)あたらしい眼科Vol.28,No.8,20111149た時に,将来像として,抽象的でもいいですけれども,リサーチ&ディベロップメントに関して方向性とかありますか.天野そうですね.一つ核にしたいと思っているのは,私自身がこれまでずっとやってきた角膜再生医療です.臨床は,木下先生の教室をはじめ,日本の角膜をリードしてこられた先生方のおかげだと思うんですけれども,私も再生医療に携わってきたもので,これは一つの柱にして,ただ角膜に限らず,網膜とかも,まだ臨床はすぐというわけにはいかないかもしれませんが,再生医療というのは,教室の一つの大きな柱として研究のメインテーマとしていきたいとは思っています.アンチエイジング(抗加齢医学)というのも一つ,すごく最近興味をもっていて,これと私の専門にしている角膜,結膜,あるいは,それだけに限らず,そういった切り口で何か新しい方向性で,研究をやっていくことができるのではないかというようなことを考えて今,少しずつ動かしをしているところではあります.あまり自分の専門だけに凝り固まらないで,眼科全域の指導というか,舵とりとしてやっていけるような形でいろいろ提案していきたいとは思っております.今後,徐々に方向性を打ち出していきたいと思っています.木下特に抗加齢医学というのは,ある意味で,当初は少しうさんくさいというか,そういう話のなかから出てきましたけれども,しかし基礎研究のほうから言うと,すごく新しい話が,NatureやScience誌に出ている,そういう一面があり,その一方で,民間療法的なものがありという,そんな混在しているところですよね.眼科からも面白い話が出てきていると思いますので,ぜひやっていただけるとありがたいなと思います.臨床はいかがですか.天野臨床は,まずは角膜手術,いろいろな角膜移植木下天野先生,東京大学眼科の教授,ご就任おめでとうございます.天野どうもありがとうございます.木下東大は非常に伝統があり,日本の眼科をつくってこられた教室ですね.教室には河本重次郎先生以来の歴代の教授の銅像がありますし重厚ですね.天野はい,教授室の前にあります.木下かつては国公立大学はみな,東大か京大の先生が教授として来られましたね,そういう伝統のある大学の教授というのは,いかがですか.天野本来は何か大局観をもって仕事,あるいは研究にじっくりあたるべきなのですが,残念ながらまだそういう雰囲気になっておりません.この頃ようやく日本の眼科の中でどういうふうにわれわれの教室をもっていくか,さらに日本の眼科全体がどういうふうに発展していったらいいのかといった,そういう大所高所からの考え方をもって少しずつやっていきたいと思っております.教室については今まで新家眞先生がトップでやっていたのが,今回から私がということで,トップの専門領域が緑内障から角膜に変わったわけですけれども,幸い東大はスタッフにもすごく恵まれていて,各領域のスペシャリストがそれぞれしっかりと外来でも手術でも研究でもすべて今までどおり取り組んできていますので,私としては,まず自分の専門として角膜の領域をしっかり引っ張っていって,それと共に,微力ながら,ほかの領域の,東大の今までの伝統としている緑内障とかぶどう膜炎とか,あるいは網膜・硝子体もそうなんですけれども,少しでも引っ張っていきたいと思っております.木下東大は,やはり日本のなかで,研究をリードする,もちろん教育も臨床もなんですけれども,そういうところが,すごく強いと思うんですけれど.先生の個人的のみならず教室のスコープも含めて考えインタビュー木下茂本誌編集主幹のインタビューに答えてShigeruKinoshita東京大学大学院教授(眼科学)天野史郎先生ShiroAmano1150あたらしい眼科Vol.28,No.8,2011(90)年ほど経つのですが,この10年間,本当に自分としてはハッピーな視生活というか,視る生活が送られてこられたので,私自身は屈折矯正手術は非常に肯定的に捉えております.ただ,屈折矯正手術も,本当にいろんな新しい手術が玉石混淆のように発表され,淘汰されて,例えば今のレーシックなり,あるいは有水晶体眼に対する眼内レンズとかも,いろんなものが提案され,淘汰されて,いいのが残ってきているという段階で,なんでも新しければいいというわけではなくて,やはりそれを,自分で見極める目をもって,これはいけるだろうというものに取り組んでいくというようなことは大切だと思います.患者さんは,自分の周りで,本当に見えるようになったという人がたくさんいると,例えばレーシックなんかも,それだったら自分も受けようかという気になってきていると思うのですけれども,どちらかというとドクターのほうがまだまだ慎重なように見受けられます.それは,医学的な意味もあるし,経済的な意味もあると思いますけれど,日本はリフラクティブサージェリーに関しては少し遅れているというのは,アジアの国と比べても感じられますけどね.木下リフラクティブサージェリーには,無謀と英知が混在していて,あるものはものすごく無謀だし,あるものはものすごく英知を使ったものであって,そこの見極めというのが,その人がもっている医学倫理感でどっちかに揺れるような気がするんですけどね.特に教育的なことで,若い人には少なくとも,屈折矯正手術というものについての現時点までの適切な知識,過去の歴史などをある程度教えてあげないといけないなと思うんですけどね.天野なるほど.最近だと老視に対する手術に関しても,先生のおっしゃるように,本当に効果は出ていないんじゃないかというようなものが発表されていたり,あるいは有効なものがあるのかもしれませんけれども,まだまだこれからいろいろ自分なりの目をもって評価していかないといけないんじゃないかなと思いますね.木下天野先生は高校の時からサッカーとかをかなりやっていて,大学でもクラブに入っていたというスポーツマンだから,多分すごくチームワークとか,そういうことも大事にされる人じゃないかなと思うんですけれども,そういうスポーツとか,趣味的なことというのはどうですか,何をしたらリラックスするというか.ですね.昔,僕が入ったころは角膜移植というともう全層移植と表層移植だけみたいな,ほとんど十年一日のごとく変わらない手術みたいな感じがあったんです.しかし,最近は,それこそラメラー・サージェリーになっているので,DSAEKとかDLEKとか,あるいは上皮の再建であるとか,いろんな手術が出ております.あと例えばボストンケープロ(BostonKeratoprosthesis)などの人工角膜もあれば,あるいはクロスリンキングといった,新しい手術が今,出つつあるところです.それらのすべてが今後生き残っていくかどうかはわかりませんけれども,これを見極めて,新しい人工角膜にしても,再生医療にしても,新しい自分なりの手術を提案していけるようにしたいと思っています.僕は角膜の専門家なので,臨床で何をやるのかと言われるとやはり,角結膜の診療になりますけれども,教室全体としては,もともと得意にしている緑内障であるとか,網膜硝子体も今後伸びていってほしいと思っています.木下天野先生だからあえてお聞きします.屈折矯正手術ということについて,日本は結構アレルギーがあるように思うのですが,それの臨床,あるいは教育的なところで,何か思っておられることはありますでしょうか.天野確かに日本はどちらかと言うと,ドクターも患者さんも,コンサーバティブなほうが主流で,同じアジアでも韓国とかほかの国々と比べても,かなり慎重という感じです.慎重というのはすごくいいとは思うのですが,本当はいい手術なのに,あまりにもそれをあえて受けないとか,あるいはしないというのは,僕はちょっとどうかなっていう気がしています.自分自身もレーシック(laserinsitukeratomileusis:LASIK)を受けて10木下茂先生天野史郎先生(91)あたらしい眼科Vol.28,No.8,20111151いる考えになるから.それを一言で表すような是というものが必要なんじゃないでしょうか.たぶん東大にもあるでしょうけれども,天野先生自身が思っておられることを,一言の言葉にして出すと,みんな,教室の中の人は,非常にわかりやすいのかなあと思います.私は堀場製作所の堀場雅夫さんと結構親しくさせていただいて話しをするんですけれども,堀場製作所の社是は,「おもしろおかしく」なんです.だからなんでもおもしろおかしくないと,うまいこといかん,それが社是や,といわれるんですね.もう一つ,東大を頂点として,日本眼科学会百周年の時に,増田寛次郎先生がされたように,日本の眼科をどのように引っ張っていくかについて何かお考えはありますか.天野それは日本の眼科,ほかの医学の世界の,ほかと比べてということですか.木下そうですね,ほかの科と比べてというか,そういうなかでですね.天野僕はまだちょっと経験不足で,自分の方針とか,いま打ち出せる考えは特にもっていませんけれども,ただ,眼科というのは医学界のなかで占める地位と言われると,なかなかまだ本来やっている仕事と言いますか,本来認められるべき分をまだ認められていないかなということは思いますね.木下医学部の学生を含めて,たくさんの人達に眼科へ興味をもっていただきたいのですが,学生,あるいは一般の人に対して,眼科をアピールして,ポジションをさらに上げていこうというふうに考えておられると思うんですけれども,抽象的でも具体的でもいいですが,何かお考えはありますか.天野最近の調査でいうと,昔は国内全体で年間に400人とか500人入局していたのが,今は300人を切っているというような状況で,スーパーローテートの導入以後,眼科の希望者が減っているというのは,やはり科全体としての勢いがどんどん低下していくというか,人数が減ることはよくないことだと僕は思っています.ですから,できるだけ若い人,特にスーパーローテートで回ってくるような人とか,あるいは学生とかに対して,授業なり臨床実習なりにおいて,教育に力を入れる.特に教育を楽しくやっているというか,あるいは教天野最近はさすがに,なかなか….例えばサッカーとか,人がたくさんいないとできないようなスポーツはちょっとできないですね.木下あと,世界と日本という観点から見た時に,特に東大の教授として,そして天野先生個人として,海外に対していろいろなメッセージを出していくという必要があると思うのですが,アジア等を含めて,いかがでしょうか.天野その点に関しては,僕は木下先生をお手本としたいと思っています.木下先生が教室を立ち上げる時に,BeInternationalというのを一つの方針で掲げられたと,昔からよくお聞きしているんですけれども,そのまま僕たちの教室にもそれをちょっと応用させていただいて,せっかく東大は角膜だけじゃなくて各領域ですごくレベルの高い研究をされている先生方がおりますので,その先生方にもっと国内の学会だけじゃなくて,自分も含めてですけど,ARVOとかAAOとか,アメリカ,ヨーロッパ,いろんなところの学会に自ら出ていって,あるいは向こうの先生方といろいろなコネクションを,いろんな人を通じてもてるようにして,論文のうえだけじゃなく自分たちが,国際的に認知されるようになってほしいと思っております.論文は結構,日本人は,僕たちの教室もそうなんですけど,それなりにたくさん出して,ある程度認められていると思うんですが,だからといって向こうの学会に行って例えばこの論文を書いた人間だといっても,なかなか向こうの人と面識がなかったり,コネクションがないとか,いろんなつながりがないと,やっぱり国際的にも認めてもらえないと思いますので,そういったところも大切にしたいと考えております.それこそ本当に木下先生を模範にして,インターナショナルにぜひいろいろなメッセージを発信していけるような教室にと思っております.もともと東大は,例えば三島濟一先生をはじめ,これまで各先生方は,そういうことにももちろん非常に神経を注がれてきたところだとは思うんですけれども,さらに少しでも国際的に認められるように,頑張っていきたいというふうに思っています.木下なるほど.今のBeInternationalではないですけれども,私は「社是」とか「国是」とか,「是」ってすごく大事だと思っています.それが,その組織のもって1152あたらしい眼科Vol.28,No.8,2011(92)育に本当に力を入れてくれる人とそうでもない人がどうしても分かれてしまうので,そういった教育熱心にやってくれる人を高く評価してあげる.もちろん研究実績とか臨床で手術を何件やったとか,そういったものも非常に重要ですが,それとは別に教育を熱心にやってくれる人を評価してあげるというようなシステムといいますか,あるいは自分のなかでの心づもりとか,そういったところで高く評価してあげるというようなことで,教室全体で,教育に目を向けさせるというようなことに取り組んでいきたいと思っています.木下はい.話が多少前後しましたけれども,本日は本当にありがとうございました.これからも大いにご活躍ください.天野どうもありがとうございました.天野史郎先生プロフィール1986年東京大学医学部卒業1986年東京大学医学部眼科入局1989年武蔵野赤十字病院眼科1995年ハーバード大学研究員1998年東京大学医学部眼科講師2002年東京大学角膜移植部助教授2010年東京大学大学院医学系研究科外科学専攻眼科学教授現在に至る専門:角膜,角膜移植,再生医学☆☆☆

眼科医にすすめる100冊の本‐8月の推薦図書

2011年8月31日 水曜日

あたらしい眼科Vol.28,No.8,201111470910-1810/11/\100/頁/JCOPYこの本が出版されたのは平成8年7月です.私の購入したのは初版第一刷発行の本ですから,多分,平成8年か9年頃に読んでいるのでしょう.昭和63年に京都府立医科大学勤務を辞して,城陽の地で開業した私は,医療訴訟を抱え込みながら少し医療漬けの人生に疑問をもつようになり,平成4年から,ある師のもとで仏教の教えを請うようになりました.いろいろと学ぶうちに仏教とは単なる宗教ではなく,科学,医学,芸術などすべての要素が盛り込まれたものだということに気が付いてきました.釈尊は宇宙の,というより自然の真理を悟られたのかもしれません.とはいえ,その教えは深遠すぎて,私などが容易に理解できるものではありませんし,別の方法で仏教にアプローチしようという思いもあって,「死と生」について書かれたエドガー・ケイシーやキュブラー・ロスなどの本も読み始めました.そうした過程のなかで,臨死体験について書かれているカール・ベッカー著の『死の体験』(法藏館)に出会うことになります.仏教の基本は六道輪廻であり,われわれは過去の行いによる業の深さによって来世の行き先が決まり,その六道輪廻を離れることが究極の悟りであり涅槃であるということになるのでしょう.ここで問題となるのは,死はすべての終わりか,単なる肉体の消滅で『魂』は不死の存在であるのか,という点です.なぜなら,死がすべての終わりなら,仏教のみならずすべての宗教は意味のないものになるからです.彼は著書のなかで,「臨死体験は非常に現実的であり,死後の存在の可能性をも強く感じさせてくれるのである」と書いています.この文章に意を強くした私は,どうしても彼に会いたくなり,浄土宗関係の知人を介してアポイントを取って頂きました.それが平成8年の5月になります.現京都大学大学院人間・環境学研究科教授(当時は京都大学総合人間学部助教授)のカール・ベッカー氏との会談の内容にはここでは触れませんが,とても興味深く,また,彼の仏教に関する造詣の深さには感心させられたものです.少し話が横道に逸れましたが,輪廻転生あるいは六道輪廻に興味が増してきていた私にとって,飯田史彦氏(当時は福島大学経済学部・経営学科助教授)の『生きがいの創造』との出会いはまさに「目からうろこ」というものでした.『第一章過去生の記憶』この章で彼は「退行催眠」という精神医学の治療法を通して明らかになった「過去生の記憶の存在」をさまざまな症例を紹介することによって示しています.どの症例もドラマチックでとても興味深く,私自身は素直に信じましたが,著者も述べているように「このような事例は証拠に値しない,と判断されるのも読者のみなさんのご自由です」ということになるのでしょう.『第二章「生まれ変わり」のしくみ』それでは,私たちはどのようにして「死」を迎え,どのようにして,また生まれてくるのでしょうか.この章では「生まれ変わりのしくみ」をさまざまな科学的研究の成果にもとづいて,整理・統合しています.この章のなかで興味を引く文章があります.『その魂の姿は,しばしば「光のようだ」と表現されます.私たちの本来の姿は「光」であり,正確な表現ではありませんが,わかりやすくいうと,波動あるいは波長の高さ(強さ)によって,そのまぶしさが異なるようです.そのため,臨死体験者の証言では,魂としてのレベルが高いほどまぶしく光り輝き,レベルが低いほど暗く沈んで見えるのだそうです.それでも,私たちはだれもが「光」であり,ただ,その波動によって,輝きの程度が異なるだけなのです.どのような人も,本来はみな「光」なのです.』と(87)■8月の推薦図書■生きがいの創造〝生まれ変わりの科学"が人生を変える飯田史彦著(PHP研究所)シリーズ─98◆小玉裕司小玉眼科医院1148あたらしい眼科Vol.28,No.8,2011いう一節ですが,この文章を目にした私は,『観無量寿経』のなかで釈尊が韋提希夫人(いだいけぶにん)に浄土を観ずる方法を教えるくだりがあり,その9番目の観法が説かれた部分との共通性に驚きました.9番目の観法は真身観と呼ばれ,無量寿仏の身相は光明だと説かれています.無量寿仏の全身の毛穴からは光明が放たれ,その一つひとつの光明の大きさは須弥山(すみせん)の如し,と書かれています.つまり,仏様は光明そのもので,仏の世界は光明に満ちあふれていることになるのでしょう.仏教では往生した人しか浄土には行くことができないので,上述した臨死体験者の証言とは矛盾しますが,死後の世界でわれわれはさまざまな旅をし続け,その魂のレベルの違いによって,明るさに差があるにしろ光の世界や暗闇の世界に入っていくのかもしれません.『輪回転生』の著でも知られるトロント大学精神科主任教授のホイットン博士は,数々の事例研究をもとにして,「中間生(あの世)に戻って終えてきた人生を見せられ,後悔を体験することは,一種の地獄を体験することと同じである.」と結論づけています.後悔の終わった魂は中間生において,自分で次の生まれ変わりの人生計画を立てるそうですが,この時,何度もの人生を通じて太いきずなを築き上げてきた,ほかの魂たち(ソウルメイト)と相談をし,グループ転生をすることもしばしばあるようですし,ソウルマスター(指導役の魂)と呼ばれる存在からいろいろとアドバイスを受けることもあるようです.そして,前生と次の人生の間には,仏教でもよく使われる言葉の「因果応報」の法則がしっかりと存在しているようです.また,ホイットン博士の被験者の場合,死んでから次の転生までの間は,最短で十カ月,最長で八百年以上とのことです.仏教では六道輪廻を経て次の人間に生まれ出るには三千年以上かかると言われていますので,ここにも矛盾がありますが,人間界以外の生を営んでいる間の記憶が消えているのだとすれば,あるいは人間界の時の長さとその他の界の時の長さの基準が異なるとすれば,矛盾はなくなるのかもしれません.『第三章死者とのコミュニケーション』『第四章「死後の生命」を科学する意味』『第五章「生まれ変わり」の生きがい論』第三章,第四章に続く第五章こそ著者がもっともこの本で伝えたかったことだと思います.「生きがい感」とは「自分は何者か」「自分はなぜ生きているのか」「自分は人生において何をすべきか」といった問題意識が明確であり,できればそれらに対して自分なりの解答をもっていることだとしています.そして,「死後の生命」や「生まれ変わり」の知識をもつことが,私たちに「生きがい感」を与えてくれたり,生きることの意味を見直させてくれるという考えは,本当に正しいのか,この章では,このような疑問に答えてくれる事例をいくつか紹介しています.また,かのアインシュタイン博士の『科学を真剣に追究している者は,誰であれ,宇宙の法則の中に,神の魂が明らかに存在していることを確信するようになる.神の魂は,人間の魂をはるかにしのいでおり,神の魂を前にして,人間は自らの力がいかに小さいかということを知り,謙虚にならざるを得ないのである』という言葉を引用しています.自分よりもはるかに大きな存在,それを神と呼ぶのか,仏と呼ぶのか,本書のようにソウルマスターと呼ぶのか,それは個人の自由だと思いますが,そのようなわれわれをはるかにしのぐ存在に導かれて,現世を修行の場として,ソウルメイトと呼ばれる仲間たちと切磋琢磨しながら魂を磨いているのが,今の人生であるとすれば,それはとても意味のあることだと思いますし,本書に接したときに,私はとても救われる思いがしたことは事実です.そして,著者が精神科医でも宗教家でも哲学者でもなく,経営学に携わる人だということに驚いたものです.『眼科医にすすめる100冊の本』ももう終盤に差し掛かりました.これまでにも何冊か図書を推薦したのですが,最後に1冊ということになると,本書しかないと思い,推薦させて頂きます.(88)☆☆☆

眼研究こぼれ話 20.冬眠動物の細膜 期間中は完全に‘盲目’

2011年8月31日 水曜日

(85)あたらしい眼科Vol.28,No.8,20111145冬眠動物の細膜期間中は完全に“盲目”立春の日はどの新聞も,ペンシルベニアの穴ネズミが穴から出て来て,自分の影におどろき,またまた穴の中にもぐり込み,あと2週間は出て来ない─春まで遠し─という記事が報道される.ラジオではその実況放送まであったりする.冬眠を終えた動物は自分の影が見えるだろうかという疑問をもった私は冬眠をする動物の視細胞を,色々の時季に調べて見た.眼の中で光を感ずる最も大切な細胞を視細胞と呼び,光を感受する先端部を外節と名付けている.非常に驚いたことに,この外節部が冬眠を始めると,段々小さくなり,1カ月あまり眠った動物では,完全に消失してしまうことが分かった.実験に都合のよい北米産の土地リス(木に登らない)を,換気の出来ている冷蔵庫に入れると,うまい具合に冬眠をしてくれる.丸くなって眠ったところで,体の上におがくずを一つまみ振りかけておくと,何時(いつ)までもそのままになっている.全く動いた形跡がなく,死んだようになって眠るのである.この動物の眼を調べると完全に盲目であり,外節は無くなっている.気温を上昇させると,約1週間で正常な外節に復帰することを突き止めることが出来た.この発見は眼の網膜を研究している人々にとって大きな驚きであり,色々な議論をかもしだした.昔から,視細胞のような高度に発達した神経系統の細胞は胎生時に出来上がると,宿主が死ぬまで,形態を変えることがないと信じられていた.ましてや冬眠の短時間で細胞の最重要部分が無くなってしまうなどとはだれも考えたことがなかったのである.人間を盲目にする病気のなかで,遺伝性であり,治療の見通しがなく,たいへん厄介なものに網膜色素変性症というのがある.この病気にかかった網膜を電子顕微鏡で調べると,外節部が完全に無くなっており,冬眠中の動物の網膜に似ている.また別項で述べたような強い光による網膜の変性にも,これに似た変化が見られる.冬眠そのものは生理的現象で,動物は春になれば完全な正常に返るけれども,病気を持っている人間の網膜はなにかのきっかけで,冬眠と同じような経緯が温度と関係なく,細胞の中に起こるのではないかと疑うことも出来る.そこで冬眠動物を詳しく調べれば,網膜色素変性症の原因究明,または治療のきっかけを見つけることに役立つかもしれないと,たくさんの学者たちが興奮したのである.現在,方々の研究所でこの問題に取り組んでいる.0910-1810/11/\100/頁/JCOPY眼研究こぼれ話桑原登一郎元米国立眼研究所実験病理部長●連載⑳▲冬眠中の土地リスの視細胞.星印の所には細長い外節がなくてはならない.右の小さい写真は夏期の土地リスの網膜,長い外節がついている.このような変化が人間の網膜色素変性症にも起こる.電子顕微鏡図(20,000倍).1146あたらしい眼科Vol.28,No.8,2011眼研究こぼれ話(86)また,そのころ,フランスのドローズ博士とカリフォルニア大学のヤング博士は,正常動物の視細胞の外節に,旺(おう)盛な再生能力のあることを観察して,この分野の人々にショックを与えた.非常にデリケートで今までは手に負えないと敬遠していた網膜の細胞の研究が,たいへん活気づいてきた.彼らの研究によると,約1,2週間の間で,正常動物の視細胞外節は更新するというのである.今まで,一度損傷を受けたら,再生不可能と思われていた考えが全く覆されたのである.このような新しい考えは,この十年以内に次々と発表され,網膜の研究は医学のなかで,最先端を行く花形題目ともなっている.(原文のまま.「日刊新愛媛」より転載)☆☆☆