特集●コンタクトレンズケアを見直すあたらしい眼科28(12):1691.1696,2011特集●コンタクトレンズケアを見直すあたらしい眼科28(12):1691.1696,2011レンズケースの汚染とその対策CurrentStatusandPreventionofContactLensContamination稲葉昌丸*ICLケース汚染の現状コンタクトレンズ(CL)関連角膜感染症においてはCLケースの病原菌汚染の関与が疑われる例が多い.CL関連角膜感染症全国調査1)においても,CLケース内から検出された病原菌と,実際に角膜病巣から得られた病原菌がよく一致することが報告されている.機序としては,不適切なCLケアによってCLケース内が汚染され,そのケースに保存したCLに病原菌が付着して眼表面に移動し,感染を起こすという経路が考えられる(図1).CLケースの汚染には,CLケース内のケア用剤に浮遊する病原菌と,菌体やバイオフィルムの付着によるCLケース壁汚染の双方が関与する.浮遊菌は消毒剤に対しCLケースCL病原菌病原菌図1CLケース汚染とCL関連角膜感染症CLケース内の病原菌がCLを介して眼表面に侵入し,感染が起きる.て比較的脆弱であるが,付着菌に対しては,特にバイオフィルムを形成した場合は消毒剤が効きにくく2),多目的用剤による殺菌は困難になる.このためケア用品をある程度正しく使用していても,CLケースの汚染はかなり高率に発生する.ソフトCL(SCL)ケース汚染に関する過去の調査結果についてSzczotka-Flynnらがまとめたもの3)を図2に示す.12の調査のうち,3/4で50%以上の病原菌検出が報告されており,SCLケースの汚染がごく日常的に発生していることがわかる.国民生活センターによるわが国の調査4)でも,60%と同様の汚染率が報告されている.実際の角膜感染症発生率ははるかに低いから,SCLケCallenderetal.1986Donzisetal.1987Larkinetal.1990Wilsonetal.1990Fleiszigetal.1992Clarketal.1994Grayetal.1995Mayetal.1995Midelfartetal.1996Valasco1996Pensetal.2008(%)020406080100図2CLケース病原菌汚染調査の既報発表者・発表年と汚染率.過半数が50%以上の汚染率を報告している.Szczotka-Flynnら3)のデータをグラフ化.調査対象CLケース■:SCLケース,またはほとんどがSCLケース.■:SCLケース・HCLケース混在,または種類不明.■:HCLケース.*MasamaruInaba:稲葉眼科〔別刷請求先〕稲葉昌丸:〒530-0001大阪市北区梅田1-3-1大阪駅前第一ビル1F稲葉眼科0910-1810/11/\100/頁/JCOPY(29)1691ースが汚染されていても,菌の濃度,病原性,眼表面の状態などの条件が揃わないと,簡単には感染が成立しないと考えられる.SCLケースに細菌などが常在し,さらにそれを栄養としてアカントアメーバや真菌が繁殖する状態になると,感染の危険性は高まる.そのようなケア不良の状況ではSCLにも汚れが生じ,角膜表面を傷害して感染の可能性を高めることにもなるであろう.角膜感染症につながる危険な状態を防ぐためには,SCLケースを清潔に保つことが必要である.かつては,SCLはすべて煮沸器によって消毒されていたため,SCLケースも同時に加熱消毒されていた.しかし,現在の化学消毒剤,特に最も多く使用されている多目的用剤の消毒力はあまり強くないため,SCLケース汚染が高率に発生すると考えられる.しかし,煮沸消毒時代の梶田らの報告5)においてもSCLケース内液の65%から細菌が検出されている.梶田らは,使用者の多くが毎日の煮沸消毒を励行しておらず,平均消毒間隔は9.5日に1回であったと報告している.煮沸消毒は,クリーナーによる洗浄,生理食塩水によるすすぎと,専用の煮沸器を使用する煩雑な操作であり,電源も必要であるため,励行されにくかったと考えられる.いかに強力な消毒手段であっても,簡単確実に行われる方法でない限り,CLケース汚染を防ぐことはできないのである.多目的用剤の場合,SCLに付着した液がそのまま眼表面に入るため,あまり強力な消毒剤は使用できない.多目的用剤には,こすり洗いと十分なすすぎを行った後に残存する,わずかな菌を消毒する程度の効果しか期待できず,脱後そのままSCLケースに入れるような使用方法では消毒効果が不足することになる.こすり洗い,すすぎの併用なしで消毒力試験をクリアした,スタンドアローン基準に適合するような強力な多目的用剤は,浮遊菌に対しては有効と考えられるが,それでも,菌量が多い場合,多目的用剤の保管が悪く薬効が低下した場合には,消毒不全になる可能性がある.また,こすり洗い,すすぎを行わず,SCLケア前の手洗いも不十分な状態があれば,SCLに付着した汚れや細菌がそのままSCLケース内に入り,ケース壁にバイオフィルムが形成される可能性があり,さらに消毒効果は落ちる.このような状態で,SCLケースのケアが不十分,あるいは多目的用剤の注ぎ足し使用などの条件が加わると,SCLケースの汚染は高度かつ常態化し,角膜感染症発生のおそれが生じる.IIコンプライアンス良好例におけるCLケース汚染では,CLおよびCLケースの管理が十分であれば,CLケースの汚染は生じないのであろうか.この点を明らかにするために,国内5処方施設において,2010年表1CLケース汚染調査参加施設の患者指導内容─下表の指導に従っていると考えられる患者のCLケースを調査対象とした─参加した調査施設における,CLおよびCLケースケアの指導内容CL種別SCLHCL過酸化用剤種別多目的用剤水素剤多目的用剤,過酸化水素剤共通CLを脱後CLを装用前装用前装用後の装用後のCL定期的に装用後の装用後の装用後のCL定期的にケア内容にこすり脱後ににCLをにCLをCLケースケースをCLケースCLケースCLケースケースをCLケース洗いするすすぐすすぐすすぐをすすぐ乾燥させるを交換するを空にするをすすぐ乾燥させるを交換する施設A○○○○○○○○○○△施設B○○○○○○○○○○○施設C○○○△○○○○○△△施設D○○○△○○○○○○○施設E○○○○○○○○○○○○:必ず指導している,△:時々指導している.1692あたらしい眼科Vol.28,No.12,2011(30)4003503002502001501005002591798092■:男性:女性5834全CLSCLHCL図3CLケース調査回収結果数字は例数(回収したCLケースの個数).6月から10月にかけてCLケース調査を行った.対象は,各施設でCLおよびCLケース管理について十分な指導(表1)を受け,それを守っていると考えられるSCL,ハードCL(HCL)使用者のなかで,定期検査に訪れた際に異常が認められなかった者,つまり模範的で順調なCL使用者のみとした.条件に当てはまる使用者が使用しているCLケース351個を,使用中の状態のまま回収し,細菌培養検査,アカントアメーバ培養検査などを行った.結果を図3,4に示す.国民生活センターによる一般使用者を対象とした調査4)では,CLおよびCLケース385検体中2例において,アカントアメーバが培養検出されたが,今回の調査では培養検出例は351例中ゼロであった.細菌検出率もSzczotka-Flynnら3)のまとめに比較して明らかに低い水準であった.特にSCLケースからの細菌検出率は医学生を対象としたMidelfartらの調査結果6)と比肩するレベルであり,適切な患者指導(表1)を行うことによってCLケースの汚染を減少させ,角膜感染症を予防することが可能であることが示された.1.HCLケースとSCLケースここで興味深いのは図4に示したHCLとSCLのケース汚染率の違いである.SCLケースの真菌または細菌による汚染率が28.7%であるのに対し,HCLケースの汚染率は50.9%に達し,その差は統計的にも有意であった(c2検定,p=0.000).SCLの消毒は現在ほとんどすべて多目的用剤や過酸化水素剤,ポビドンヨード剤による化学消毒で行われており,消毒剤には原則として(31)400350300250:検出なし200■:真菌のみ検出■:細菌検出*15010050012264584426116956全CLSCLHCL図4CLケース調査の培養検査結果アカントアメーバの培養検出はなかった.数字は例数.*:細菌と真菌の同時検出例を含む.SCLケースが同梱されている.このため,SCLケースについては,消毒剤購入のたびに自動的に新しいケースに交換されることが,この差の大きな原因と考えられる.また,今回対象としたSCL使用者の内訳は,237例中2週間交換SCL使用者が217例,1カ月交換SCL使用者が17例,3カ月交換使用者が3例であり,いずれも頻回,あるいは定期交換SCLの使用者であった.このため,定期的なSCL交換と同時に,SCL処方のための定期的な通院が行われ,指導も適切に行われやすかったと考えられる.HCL使用者の場合,来院は不定期なことが多く,診察間隔も空きやすい.特に問題なければ1つのHCLケースを長期間使い続け,装用後のHCLケースのすすぎと乾燥などの指導も不十分になりやすい.CLケースそのものも,SCLケースと違ってHCL保持用の爪などをもつ複雑な構造となっており,指導どおりすすいで蓋をせずに乾燥させても,なかなか完全には乾きにくく,不潔になりやすい.また,HCL保存液はSCLと違って消毒液として試験を受け,承認された製品ではない.これらが,今回のHCLケースにみられた高い汚染率の原因と考えられる.それでもなお,HCL装用者にCL関連重症角膜感染症が発症しにくい事実1)は,CLによる角膜感染症発症の機序を考えるうえでたいへん興味深い.SCLと違ってHCLは角膜の一部しか覆わないこと,HCL装用時の涙液交換率はSCL装用時に比べてはるかに大きいことなどがかかわっていると考えられる.とはいえ,HCLケースに細菌または真菌による汚染が多いこと自体は問あたらしい眼科Vol.28,No.12,20111693題であるから,HCLの保存にも消毒作用をもったケア用品を使用することが望ましい.すでに,SCLの消毒剤成分であるポビドンヨード剤や,塩酸ポリヘキサニド(PHMB)を含んだHCL保存液が市販されており,今後さらに普及するものと思われる.SCL消毒剤のように,保存液のパッケージに新品のHCLケースを同梱することが望ましいが,SCLケースと違って構造の複雑なHCLケースは製造原価が高く,保存液1本ごとに1個添付することはコスト的に困難かもしれない.しかし,HCL使用者の最大の問題は,トラブルが生ずるまで眼科を受診しない者が多いという点である.このため上記のような指導もなかなか徹底しにくい.HCL処方時やHCL装用者の受診時には,定期的な検査と指導を受けることの重要性を強調する必要がある.2.SCLの素材,消毒用剤による違いSCL素材は,シリコーンハイドロゲルと,hydroxyethylmethacrylate(HEMA)などの従来から使用されてきた素材の2つに分けることができる.シリコーンハイドロゲル素材のほうが細菌が付着しやすいという報告7)もあるが,今回の調査ではどちらの素材についても,SCLケース汚染率に有意な差は認められなかった(図5).SCLについては237例中211例が多目的用剤を使用しており,他に過酸化水素剤使用が18例,ケア用品の種別が不明なものが8例であった.使用している多目的用剤の内訳は,PHMBを成分とするものが112例,140:汚染なし■:汚染あり12010080604020040249380シリコーン従来素材ハイドロゲル(HEMAなど)図5SCL素材とCLケース汚染率SCL素材の違いによる汚染率の差は認められない.数字は例数.PolyquadRを成分とするものが85例,消毒成分が不明な多目的用剤が14例であったが,過酸化水素剤と多目的用剤,あるいは多目的用剤の消毒成分間で,SCLケースの細菌または真菌汚染度に差は認められなかった.今回のように,良好なCLおよびCLケースケアを指導されている使用者においては,どのSCL消毒剤も同様に有効であると考えられた.3.CLケースの乾燥と細菌・真菌汚染今回回収したCLケースは,その乾燥状態によって「完全に乾燥している」「液体は入っていないが不完全な乾燥状態であり,液滴が認められる」「液体が入っている」の3者に分類された.この分類による細菌または真菌による汚染率の違いを表2に示す.SCLケース,HCLケースともに液滴が認められる,不完全な乾燥状態のCLケースの汚染率が高く,HCLケースにおいては統計的にも有意であった.完全に乾燥させれば菌は死滅し,消毒液が満たされていればその部分では細菌,真菌が繁殖しにくいが,不完全な乾燥状態では乾燥による消毒,消毒液による消毒とも不完全になり,細菌,真菌が生存しやすいと考えられる.したがって,装用後のCLケースをすすいで空にし,蓋をせずに乾燥させるよう指示する際には,乾燥が完全に行われるよう,ティッシュペーパーなどで拭いてから乾燥させる,水の溜まりにくい高所や風通しの良い場所にCLケースを置く,CLケースを2個用意して交互に使用し,使用しないCLケースを十分に乾燥させるなどの指導,工夫が必要と考えられる.ティッシュペーパーなどで拭くことや蓋をせず置くことによって,逆に汚染が生ずる,落下細菌表2CLケースの乾燥状態による,細菌または真菌汚染率の違いCLケースのSCLケースHCLケース乾燥状態例数汚染率例数汚染率完全に乾燥している20827.9%6053.3%*不完全な乾燥(液滴を認める)1747.1%17,*76.5%**液体が入っている1216.7%3745.9%**不完全な乾燥状態のCLケースが最も汚染率が高い.*:分散分析にて有意差あり(p=0.002).**:分散分析にて有意差あり(p=0.004).1694あたらしい眼科Vol.28,No.12,2011(32)表3検出された菌種SCLケースではグラム陽性球菌のCNS,HCLケースではグラム陰性桿菌のS.marcescensが最多だった.SCLケース,HCLケースからの検出菌種と例数SCLHCL菌種例数菌種例数CNS27S.marcescens17Bacillussubtilis17CNS13Micrococcus8A.xylosoxidans10GNF-GNR7Bacillussubtilis10Acinetobactersp.7Chryseobacteriumsp.6Steno.maltophilia7Micrococcus6P.putida5GNF-GNR5S.paucimobilis5Alcaligenesdenitrificans4S.marcescens3E.cloacae3Chryseobacteriumsp.3K.pneumoniae3A.xylosoxidans2P.fluorescens3Moraxellasp.2P.putida3P.vesicularis2Steno.maltophilia3C.acidovorans2K.oxytoca2E.cloacae1Acinetobactersp.2K.oxytoca1C.acidovorans2P.fluorescens1Chryseo.meningosepticum2P.stutzeri1E.aerogenes2Alcaligenesdenitrificans1Bacilluscereus2Chryseo.meningosepticum1Flavimonasoryzihabitans1E.aerogenes1Ochrobacteriumanthropi1Bacilluscereus1Oligellaurethralis1P.aeruginosa1P.vesicularis1S.paucimobilis1B.cepacia1Bacillussp.1CNS:coagulase-negativeStaphylococcus.GNF-GNR:ブドウ糖非発酵グラム陰性桿菌.が入るというおそれもあるが,十分に乾燥させればそれらは死滅すると考えられるから,確実な乾燥を優先して指導すべきである.4.検出菌種CLケースから検出された細菌の菌種を図6および表3に示す.SCLケース,HCLケースともにグラム陰性桿菌が最も多く,コアグラーゼ陰性ブドウ球菌(CNS)やMicrococcusなどの常在菌も多く認められた.環境菌と常在菌の混入がCLケース汚染の主体となっていると考えられる.緑膿菌の検出はHCLケースの1例のみで66.7%13.5%19.8%*49.1%17.9%33.0%*SCLケースHCLケース図6CLケース調査:検出された菌種SCLケース,HCLケースともにグラム陰性桿菌が多いが,SCLケースにはグラム陽性球菌が目立つ.数字は検出例中の%.*:c2検定にて有意差あり(p=0.011).■:グラム陰性桿菌,■:グラム陽性桿菌,■:グラム陽性球菌.あった(表3).SCLケースとHCLケースの比較では,SCLケースにグラム陽性球菌の検出が目立った(図6).今後,SCL,HCLの消毒剤を開発する際にはこのような状況を考慮する必要がある.ただし,今回調査対象としたCLケースは,使用者から一旦調査施設に郵送され,冷蔵保存された後に,細菌検査施設に送られたものであるから,ここに示した検査結果と実際に使用中のCLケース内の状況が異なる可能性もある.IIIまとめ今回の調査結果は表4のようにまとめることができるが,CL関連角膜感染症予防のためには,眼鏡併用の必要性を追記すべきである.就寝直前までCLを装用すると,そのまま寝てしまう,外した後のCLケアがいい加減になるなどのおそれがある.入浴時には不潔な水からCLに病原菌が付着する可能性もあるから,入浴前,遅くとも入浴直後にはCLを外し,確実なCLケアを行って,就寝前は眼鏡で過ごさせるべきである.また,眼鏡に慣れていないと,不調時にもCLを装用して合併症を表4CLケースの汚染率と各因子の関係・SCL素材,消毒剤の違いによる汚染率の差はない・HCLケースの汚染率はSCLケースより高い・乾燥不十分なCLケースは汚染率が高い・正しいCLケア,CLケースケアによって汚染率を下げることができる(33)あたらしい眼科Vol.28,No.12,20111695悪化させるおそれがある.枕元に眼鏡を置いて寝れば,災害時にすばやく行動することもできる.CL,CLケースの正しいケアと同時に,日常生活に支障のない度数の眼鏡を持ち,毎日使用することがさまざまな意味でCL装用者には必要である.文献1)宇野敏彦,福田昌彦,大橋裕一ほか:重症コンタクトレンズ関連角膜感染症全国調査.日眼会誌115:107-115,20112)工藤昌彦:レンズケアと感染症(バイオフィルム感染症).日コレ誌47:224-226,20053)Szczotka-FlynnLB,PearlmanEetal:Microbialcontaminationofcontactlenses,lenscaresolutions,andtheiraccessories:aliteraturereview.EyeContactLens36:116-129,20104)独立行政法人国民生活センター:ソフトコンタクトレンズ用消毒剤のアカントアメーバに対する消毒性能─使用実態調査も踏まえて─.http://www.kokusen.go.jp/pdf/n-20091216_1.pdf,報道発表資料平成21年12月16日,20095)梶田雅義,加藤桂一郎,小峯輝男:コンタクトレンズ装用者の追跡調査─細菌汚染を中心に─.日コレ誌27:197203,19856)MidelfartJ,MidelfartA,BevangerL:Microbialcontaminationofcontactlenscasesamongmedicalstudents.CLAOJ22:21-24,19967)BeattieTK,TomlinsonA,SealDV:Surfacetreatmentormaterialcharacteristic:thereasonforthehighlevelofacanthamoebaattachmenttosiliconehydrogelcontactlenses.EyeContactLens29:S40-S43,20031696あたらしい眼科Vol.28,No.12,2011(34)