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正常と紛らわしい網膜・黄斑ジストロフィの診断

2011年7月31日 日曜日

0910-1810/11/\100/頁/JCOPYはじめに視機能低下の病因は,細隙灯検査や眼底検査で一見して診断できるものから,種々の検査を行うことにより初めて診断にたどり着くものまでさまざまである.眼底所見が正常な患者の視機能低下の原因は,表1に示すように角膜,水晶体,硝子体,網膜,視神経,頭蓋内までのさまざまな異常から生じる可能性があり,筆者らはさまざまな検査によりその診断を行っている.このなかでも,眼底が一見正常に見える網膜・黄斑ジストロフィは診断に苦慮する疾患群といえる.本稿では,眼底正常な網膜疾患をどのように診断していくかを,検査のポイントと症例をあげながら述べる.I網膜疾患を疑う前に原因不明の視力低下との訴えで受診する患者を診察した際,網膜疾患を鑑別する前に他の網膜疾患以外を鑑別することが大切である.名古屋大学病院(以下,当院)でしばしば経験する疾患としては,若年者での円錐角膜,意外に多いのがスリットで見落としがちな核白内障である.前?下白内障や後?下白内障は診断に苦慮することは少ないが,核白内障は見落とされることもあるので注意したい.当院では,角膜不正乱視の影響や白内障の影響を他覚的に評価するために,ウェーブフロントアナライザーを用いて角膜形状測定および波面収差測定を行っている.視神経疾患,頭蓋内疾患は,最も網膜疾患との鑑別が必要となっ(71)975*ShinjiUeno:名古屋大学大学院医学研究科頭頸部・感覚器外科学講座〔別刷請求先〕上野真治:〒466-0065名古屋市昭和区鶴舞町65名古屋大学大学院医学研究科頭頸部・感覚器外科学講座特集●遺伝性網膜・黄斑ジストロフィアップデートあたらしい眼科28(7):975?984,2011正常と紛らわしい網膜・黄斑ジストロフィの診断DiagnosisofRetinalandMacularDystrophywithNormalFundus上野真治*表1眼底正常で原因不明の視力低下の鑑別1.前眼部中間透光体の異常円錐角膜白内障2.網膜の異常眼底正常な錐体ジストロフィMiyake病(occultmaculardystrophy)無色素性網膜色素変性眼底正常な杆体ジストロフィ眼底変化の認められない初期のStargardt病ビタミンA欠乏症AZOOR(acutezonaloccultouterretinopathy)Cancerassociatedretinopathy(CAR:腫瘍関連網膜症)Melanomaassociatedretinopathy(MAR:メラノーマ関連網膜症)自己免疫網膜症杆体一色覚先天性停在性夜盲3.視神経疾患球後視神経炎虚血性視神経症常染色体優性視神経萎縮4.頭蓋内疾患,耳鼻科疾患下垂体腫瘍などの脳腫瘍脳梗塞鼻性視神経症5.その他弱視心因性視力障害詐盲976あたらしい眼科Vol.28,No.7,2011(72)し,黄斑部が障害されていなければ低下しない.すなわち視力が良い場合に網膜疾患が見落とされやすいことを考慮しておかなければいけない.視野検査は網膜障害の範囲を知るうえで重要な検査である.網膜変性が局所的な場合では,視野検査で障害部位を正確に知ることができる.障害が網膜全体にある場合は全体の感度低下をきたすが,Goldmann視野で評価する際,V-4のイソプターは比較的保たれていても,I-4のイソプターが狭くなることが多い.またGoldmann視野の検査条件では,錐体機能が正常な場合,杆体機能が障害されても異常が出にくい点にも注意しておきたい.色覚は錐体機能を評価する重要な検査法の一つであり,錐体ジストロフィや杆体一色覚などの疾患の鑑別に有用である.暗順応検査は杆体機能の経時変化を評価できるため,夜盲をきたす疾患の診断に有用である.3.造影検査,眼底自発蛍光蛍光眼底造影検査(FA)は網膜変性疾患では網膜色素上皮の萎縮をwindowdefectという形でとらえることが診断の根拠になるだけでなく,血流障害による網膜機能不全の鑑別にも役立つ.網脈絡膜の血流の充盈遅延や,網膜の無灌流領域がある糖尿病や動脈硬化性の全身疾患を有する患者において,眼動脈の閉塞などを鑑別できる.Stargardt病ではダークコロイドとよばれる脈絡膜の蛍光がブロックされる所見があり,初期のStargardt病にて眼底異常を示さない段階での診断に非常に有用となる(図1).最近,造影剤を使わない非侵襲的な検査として眼底自発蛍光を診断に利用する施設も増えてきている.この検査はおもに網膜色素上皮中のリポフスチンの発する蛍光の有無および多寡から網膜色素上皮の状態を推測するものである.通常の眼底検査ではとらえられない異常をとらえることができ,今後診断機器の一つとして有用なものになる可能性がある(図2).Adaptiveopticsを用いた視細胞形態の評価なども将来的に有用な検査となる可能性がある.4.OCTOCTは網膜・黄斑ジストロフィの診断には必須の検てくる.網膜疾患は診療機器の進歩により現在ではほとんどの場合において,光干渉断層計(opticalcoherencetomography:OCT)やERG(網膜電図)などを組み合わせて異常を検出することができるため,これらの検査を用いた除外診断と,瞳孔反応,視野,限界フリッカ値などの一般検査,MRI(磁気共鳴画像)などの画像所見,VEP(視覚誘発電位)を用いた電気生理検査,Leber病や優性視神経萎縮などでは遺伝子検査などを活用して視神経疾患,頭蓋内疾患の診断をしている.II網膜疾患診断のための検査1.問診患者を診察する前に問診を行うが,この問診でさまざまな重要な情報を得ることができる.まず問診では,視機能障害が停在性か進行性か,またその進行が急激なのか緩徐なのかを確実に聴取する.急激な発症の場合はAZOOR(acutezonaloccultouterretinopathy)やCAR(cancer-associatedretinopathy)などの疾患を考慮しなくてはいけない.発症の好発年齢が疾患によって異なるので発症時期がいつ頃からかということも診断の一つのポイントになる.遺伝性網膜疾患を疑う場合は,家族歴の聴取が大切である.たとえばoccultmaculardystrophy(Miyake病)などでは,症状が軽微な患者が家系にいることもあり,疑わしい症例は検査に来ていただくことも必要である.停在性夜盲などの伴性劣性遺伝の多い疾患では,家族歴などを聴取することにより診断がつきやすくなる.また,杆体系の異常がある場合は夜盲を訴え,錐体系の異常の場合には昼盲や色覚の異常を訴えるので,これらは問診の際の重要なポイントである.糖尿病や膠原病などの全身疾患の有無は,視機能障害の原因が虚血や炎症などのよるものか鑑別となりうる.消化管の手術を受けた患者はビタミンAの欠乏に注意しなければいけない.また,ジギタリスやクロロキンなど投薬によっても網膜機能障害を生じるため,どのような投薬を受けているかも把握しておく必要がある.2.視力,視野,色覚,暗順応検査網膜疾患において,視力は黄斑部が障害されれば低下(73)あたらしい眼科Vol.28,No.7,2011977できる.Occultmaculardystrophy(Miyake病)など,元来は眼底が正常で局所ERGでしか診断ができないといわれていた疾患も,最近のOCTではCOSTラインやIS/OSラインとよばれるレベルでほとんどの症例において異常が認められることが報告されている(図3B)1,2).中心窩のわずかな形態異常の場合,局所ERGでは異常をとらえられないが,OCTではとらえられるような疾患もみ査機器となっている.OCTの解像度が近年著しく改善され,わずかな構造の異常もとらえられるようになっている.図3AにZeiss社製のCirrusOCTで記録した正常者のOCT画像を示す.視細胞-色素上皮レベルでは,外境界膜(ELM),視細胞内節外節境界(IS/OS),錐体外節先端(coneoutersegmenttip:COST),網膜色素上皮(RPE)というような微細な構造物をとらえることがabcd図1Stargardt病の10歳,女児視力:右眼矯正0.6,左眼矯正0.4.a,b:眼底所見はわずかに黄斑部の反射の異常を認めるのみ.c,d:FAでは脈絡膜の蛍光がブロックされたdarkchoroidとよばれる所見がStargardt病の特徴である.また黄斑部には網膜色素上皮萎縮に伴うwindowdefectがみられる.ab図2視力低下にて受診した9歳,男児眼底自発蛍光検査にて黄斑部の異常がみられる.視力両眼矯正0.4.a:眼底はほぼ正常所見.b:萎縮した黄斑部に一致して,低蛍光領域の拡大と斑状の過蛍光がみられる.978あたらしい眼科Vol.28,No.7,2011(74)方法の他に,より精密に杆体系と錐体系の機能を分離して評価する方法がある3).局所ERGを記録する方法にはおもに2つの方法があり,三宅らによって開発された局所ERG4)と米国のSutterら5)が開発した多局所ERGのシステムがある.ERGは眼底に異常のない網膜,黄斑ジストロフィの診断のカギとなる検査なのでここでは,普通のERG,国際臨床視覚電気生理学会(ISCEV)プロトコールに従った杆体と錐体系を分離したERG,局所ERGにつき少し詳述させていただく.a.暗順応下の強いフラッシュ刺激によるERG最も重要で診断的価値の高いERGで,トーメー社製のフラッシュERGが一般的で多くの施設で利用されている.眼科臨床に最もよく用いられる応答であり,通常ERGといえばこの反応のことを意味する場合が多い.暗順応後に,カメラのストロボのような強いフラッシュ刺激もしくはLED(発光ダイオード)内蔵電極の場合はコンタクトレンズ自体が発光し,網膜の最大電気反応を記録するERGである.これによって得られる反応は錐体系と杆体系の混合反応である.ただ,網膜は杆体系の細胞が錐体系の細胞の数よりも圧倒的に多いので,正常の反応の場合,ほとんどが杆体系の記録である.この方法で記録されるERGでは,陰性波のa波,それに続く陽性波のb波,それにb波の上行脚にみられる律動用小波,の3つの成分が評価の対象となる.a波の起源は視細胞,b波の起源はおもに双極細胞であり,律動様小波の起源は網膜内網状層付近(アマクリン細胞など)と考えられている.この反応には網膜神経節細胞の電位はほとんど含まれていないので,視神経疾患ではこのERGでの異常は基本的に認められない.網膜色素変性のように視細胞レベルで障害が著しい場合は,ERGが著しく減弱したり,すべての成分が消失して消失型となる.遺伝性網膜疾患で覚えておくべき波形は,a波の振幅は正常だがb波の振幅がa波より小さくなる陰性型(negative-type)で,疾患には,先天停在性夜盲,先天網膜分離症などがある.欠点としては,局所的な異常はとらえられないこと,錐体にのみ異常がある場合にはこのERGでは異常がとらえきれない場合もあるということである.つかってきている.緑内障や視神経疾患において網膜視神経線維や網膜神経節細胞層の厚みが変化することが知られており,網膜疾患と視神経疾患の鑑別にも有用である.5.ERGERGは,眼科臨床においてさまざまな網膜疾患の診断に有用であるが,特に網膜ジストロフィの診断には必須の検査である.網膜ジストロフィには錐体ジストロフィや杆体ジストロフィなど錐体と杆体が分離して変性するもの,黄斑変性などの一部が変性するものなどがある.ERGは杆体や錐体の機能を区別して評価でき,局所ERGなどでは網膜の部位別の機能が評価をすることにより網膜ジストロフィの正しい診断が行える.ERGにはいくつかの記録法があるが,網膜全体から発生する電位を記録する,いわゆる全視野ERG(full-fieldERG)と,網膜の局所の電位を記録する局所ERGや多局所ERGに区別される.全視野ERGは,一般臨床でよく用いられている暗順応後にフラッシュ刺激にて記録されるabcdABef図3Zeiss社製のCirrusOCTで記録した正常者のOCT(A)とMiyake病の患者のOCT(B)a:ELM(外境界膜),b:IS/OS(視細胞内節外節境界),c:COST(coneoutersegmenttip,錐体外節先端),d:RPE(網膜色素上皮).e:Miyake病の患者では,ELMとIS/OSが中心で不明瞭となっている.f:COSTとRPEは一体化している.(75)あたらしい眼科Vol.28,No.7,2011979いような速い点滅光刺激を使用して記録した応答である.30Hz付近の刺激周波数が推奨されている.c.局所ERG全視野ERGで異常が認められない場合,黄斑などに限局した機能障害が存在するかを見きわめる大切な検査である.特にMiyake病やAZOORなどの眼底所見がほぼ正常の疾患で網膜の局所が障害される疾患の診断には不可欠である.OCTの結果と照らし合わせることで,機能と形態の両方を評価でき非常に有用な検査である.現在臨床では,局所ERGと多局所ERGの2つの記録法がある.1)局所ERG眼底を赤外線カメラで観察しながら目的とする部位を確実に刺激できるだけでなく,錐体ERGのa波,b波,律動揺小波などの全成分の記録ができる.固視不良の患者にもモニターを見ながら刺激部位を合わせることができ,信頼のおける反応が得られる6).局所ERGの反応は背景光をつけた状態で記録しており錐体の機能を評価している.2)多局所ERG多局所ERGの刺激には,TVモニターの多数の六角形が使われる(図5a).この六角形は検査中に,ランダb.錐体系と杆体系の分離記録網膜変性には杆体優位に異常が生じる場合,逆に錐体優位に異常が生じる場合がある.このような場合には,杆体系と錐体系の機能を分離して評価しなければならない.そのため,ISCEVでは,これらの反応を記録するための推奨刺激条件を定めている3)(ISCEVStandardERG).これらのERGは,トーメー社から現在発売されているERG装置で記録可能である(図4).1)杆体応答暗順応後に,弱い光刺激を用いて記録する応答である.錐体は反応せず,杆体系細胞のみが反応するために,この条件で杆体応答のみを分離することができる.2)杆体-錐体混合(最大)応答暗順応後に,強めの光刺激を網膜に照射して記録する応答である.この条件で記録されるERGは,上に述べた「強いフラッシュ刺激によるERG」と基本的に同じ波形をしている.3)錐体応答錐体の応答だけを記録するために背景光をつけて杆体を抑制して記録したERGである.4)30HzフリッカERG錐体の応答だけを記録するために,杆体が追従できな1342図4トーメー社製LE4000にて記録した杆体系と錐体系のERG1:杆体反応,2:50cd・s・m?2で記録した最大応答,3:錐体応答,4:30HzフリッカERG.980あたらしい眼科Vol.28,No.7,2011(76)主訴:両眼の視力低下.眼病歴:徐々に進行する両眼の視力障害のため近医眼科受診.強いフラッシュ刺激によるERGにて反応が減弱しており精査目的で当院受診.仕事は運転手だが,仕事,普段の生活でも大きな問題を感じてはいない.夜は少し苦手と以前から感じていた,昼盲はない.ビタミンAを含む採血データに異常は認められず,全身状態に問題はなかった.既往歴:家族歴に特記すべきものなし.視力:両眼矯正1.0.細隙灯所見:軽度の白内障を認めるのみ.眼底所見・蛍光眼底造影:明らかな異常を認めないムに白か黒のどちらかに変化する.各局所ERGは相互相関という数学的手法により抽出される.多局所ERGのメリットは,短時間に網膜の多数の部位の反応を記録できる点である.表示は各部位の個々のERG波形とトポグラフィが示され,振幅の異常をわかりやすくしてある.AZOORやMiyake病のような網膜の局所的な障害を呈する疾患の診断に適している(図5d,e).III眼底正常な網膜ジストロフィの症例最後に症例を2例提示する.〔症例1〕59歳,女性.右眼左眼100ms100ms200nV200nVabcde1μV100ms図5正常者とAZOOR患者の多局所ERGa:VERISによる103点の刺激条件.b:正常者の多局所ERGの波形.c:bのトポグラフィ.d:両眼の中心型のAZOORの患者の多局所ERGの波形.両眼の中心の振幅が減弱している.e:dのトポグラフィ.(77)あたらしい眼科Vol.28,No.7,2011981abcd図6症例1の所見a,b:右眼,左眼の眼底写真.c,d:蛍光眼底造影.眼底,蛍光眼底造影では大きな異常はない.e:網膜全体の菲薄化と周辺部でのIS-OSを含む視細胞レベルで異常所見を認めた(→).eILMRPE982あたらしい眼科Vol.28,No.7,2011(図6a?d).OCT:網膜全体の菲薄化と周辺部でのIS-OSを含む視細胞レベルで異常所見を認めた(図6e).Goldmann視野:ほぼ正常(図6f).ERG:ISCEVプロトコールのERG.杆体はほぼ消失,杆体-錐体混合(最大)応答では緩やかな陰性波が認められるのみで大幅に減弱していた.錐体機能を評価する錐体応答と30HzフリッカERGは振幅は低下しているものの杆体ERGに比較して残存していた(図6g).黄斑部局所ERG:黄斑部の局所ERGは正常下限であった(図6h).診断:視力や視野検査,眼底検査では異常をとらえることができない.OCTより視細胞の障害をきたしており,眼底に異常のない網膜変性疾患であることがわかる.ERGの結果より,杆体系が錐体系より優位に障害されている.黄斑部局所ERGは保たれており,黄斑部の視機能がよく視力が維持されている.杆体-錐体ジストロフィと診断し,現在も経過観察中である.(78)????????????????????????????????????????????????????????????f????????gh(図6つづき)f:Goldmann視野計では明らかな異常は認められない.g:杆体と錐体を分離したERG記録(トーメー社製LE2000).杆体系のERGである杆体反応(1),最大応答(2)振幅が著しく減弱しているのに対し,錐体系のERGである錐体応答(3)と30HzフリッカERG(4)は振幅が正常の半分ほどの減弱にとどまっている.h:黄斑部局所ERGの反応は正常範囲内であった.(79)あたらしい眼科Vol.28,No.7,2011983abcdea,b:右眼,左眼の眼底写真.c,d:蛍光眼底造影.眼底,蛍光眼底造影では大きな異常はない.e:COSTとRPEが一体化している.杆体応答30HzフリッカNormalPatient最大応答錐体応答100μV50ms200μV25ms100μV25ms25μV25msff:杆体と錐体を分離したERG記録(全視野ドームを使用).杆体系のERGである杆体反応,最大応答は,ほぼ正常.錐体系のERGである錐体応答と30Hzフリッカは振幅が大幅に減弱している.図7症例2の所見984あたらしい眼科Vol.28,No.7,2011〔症例2〕62歳,女性.主訴:視野異常,昼盲.現病歴:中心に近い視野が欠損しており,明所ではものが見にくいことを自覚し近医受診.ERGにて異常を認めたため当院紹介となる.視力:両眼矯正1.0.Humphrey視野にて全体的な感度低下.細隙灯所見:軽度の白内障を認めるのみ.眼底所見:正常で蛍光眼底造影検査も異常を認めなかった(図7a?d).OCT:COSTとRPEが一体化している(図7e).ERG:ISCEVプロトコールのERGでは杆体と,杆体-錐体混合(最大)応答は正常反応であった.錐体機能を評価する錐体応答と30HzフリッカERGは消失していた.局所ERGも平坦型であった(図7f).診断:眼底正常の錐体ジストロフィ.この疾患は杆体機能と錐体機能を分離して反応を記録することによって診断できる疾患である.通常,錐体ジストロフィは黄斑変性をきたし視力が低下するが,この症例のように眼底が正常で,中心窩の錐体細胞の形態が保たれていて視力が良好な症例もある.文献1)KondoM,ItoY,UenoSetal:Fovealthicknessinoccultmaculardystrophy.AmJOphthalmol135:725-728,20032)ParkSJ,WooSJ,ParkKHetal:Morphologicphotoreceptorabnormalityinoccultmaculardystrophyonspectraldomainopticalcoherencetomography.InvestOphthalmolVisSci51:3673-3679,20103)MarmorMF,FultonAB,HolderGEetal:ISCEVStandardforfull-fieldclinicalelectroretinography(2008update).DocOphthalmol118:69-77,20094)MiyakeY,ShiroyamaN,OtaIetal:Localmacularelectroretinographicresponsesinidiopathiccentralserouschorioretinopathy.AmJOphthalmol106:546-550,19885)SutterEE,TranD:ThefieldtopographyofERGcomponentsinman─I.Thephotopicluminanceresponse.VisionRes32:433-446,19926)三宅養三:黄斑部疾患の基礎と臨床.黄斑部局所ERGの研究.日眼会誌92:1419-1449,1988(80)

全色盲

2011年7月31日 日曜日

0910-1810/11/\100/頁/JCOPYをとり,欧米での頻度は3万人から5万人に1人である.わが国での頻度は不明であるが,弱視と診断されているケースをしばしば経験する.臨床症状として幼少時より低視力(0.1から0.2),振子眼振,羞明,昼盲がみられる3).眼底は正常で,蛍光眼底造影検査でも明らかな異常所見はみられないことが多い(図1)4,5).黄斑ジストロフィや錐体ジストロフィと同様に萎縮性黄斑変性がみられることもある(図2)4).Goldmann視野検査で中心暗点が検出されるが周辺視野は正常である5).石原色覚検査表国際版38表の第1表を判読できる一方,それ以外は判読不能である.パネルD-15検査をfailし,その混同軸が2型色覚(deutan)軸と3型色覚(tritan)はじめに本稿では,遺伝性の先天全色盲について解説したい.先天全色盲は1色覚ともよばれ,杆体1色覚と錐体1色覚がある.前者は完全型と不完全型に分類され,後者の大部分はS錐体1色覚である.いずれも単一の遺伝子異常による遺伝性網膜疾患の範疇に入る1,2).I杆体1色覚1.完全型網膜に存在する視細胞のうち,杆体の機能は正常であるが,先天的にすべての錐体(L錐体,M錐体,S錐体)の機能喪失が起こる疾患である.常染色体劣性遺伝形式(65)969*TakaakiHayashi:東京慈恵会医科大学眼科学教室〔別刷請求先〕林孝彰:〒105-8461東京都港区西新橋3-25-8東京慈恵会医科大学眼科学教室特集●遺伝性網膜・黄斑ジストロフィアップデートあたらしい眼科28(7):969?973,2011全色盲Achromatopsia林孝彰*右眼左眼図1完全型杆体1色覚症例の眼底写真黄斑部を含め明らかな異常所見はみられない.(文献5を一部改変)970あたらしい眼科Vol.28,No.7,2011(66)色覚正常者の暗所視比視感度(主として杆体視と同様に505nm付近をピークとする一峰性)に一致するため,プルキンエ移動(Purkinjeshift)はみられない4,5).確定診断に重要なGanzfeld刺激装置を用いた全視野刺激網膜電図(ERG)で,杆体ERGやフラッシュERG(杆体と錐体を含めた最大応答)が正常範囲内である一方,錐体ERGや30HzフリッカERGでは,反応がほとんど検出されない(図5)4,5).このERGの結果は,錐体ジストロフィに一致するが,視力良好であった時期がないこと,進行性の視力障害をきたしていないことを聴取でき軸の中間のscotopic軸に一致することが多い(図3)が,他のパターンをとることもある4,6).NagelアノマロスコープI型検査では,赤色光の感度が低く,黄色光を緑色光より暗く感じるため特徴的なパターンを示す.すなわち,混色目盛値73では単色目盛値が0付近でRayleigh等色し,混色目盛値40付近で単色目盛値の最大値に近づくため,先天赤緑色覚異常の1型2色覚に比べ極端に急峻な傾きとなる(図4)4,7).白色背景下分光感度は,右眼左眼図2完全型杆体1色覚症例の眼底写真黄斑部に萎縮性病変がみられる.(文献4を一部改変)図3完全型杆体1色覚症例のパネルD?15混同軸が2型色覚(deutan)軸と3型色覚(tritan)軸の中間のscotopic軸に一致している.(文献4を一部改変)0102030405060707380604020混色目盛値単色目盛値完全型杆体1色覚不完全型杆体1色覚1型2色覚2型2色覚正常等色図4NagelアノマロスコープI型検査所見正常等色,1型2色覚,2型2色覚,完全型・不完全型杆体1色覚のRayleigh等色を示す.(文献4を一部改変)(67)あたらしい眼科Vol.28,No.7,2011971伝子である.日本人の杆体1色覚症例においてはCNGA3とCNGB3遺伝子変異が報告されている5,17).2.不完全型不完全型も完全型と同様に常染色体劣性遺伝形式をとる.幼少時にみられる症状や臨床所見は,完全型に類似するが,錐体機能は残存している.視力は,しばしば(0.2~0.3)の範囲で残余色覚を認める.石原色覚検査表,パネルD-15,NagelアノマロスコープI型検査の結果は,完全型に類似する(図1)4).ERGは錐体ERGで減弱した反応が検出される4).白色背景下分光感度は,完全型と異なり一峰性にはならない4).原因として,完全型と同様にCNGA3,CNGB3,GNAT2の遺伝子変異が報告されている.IIS錐体1色覚X連鎖劣性遺伝形式をとり,罹病率10万人に1人以下のまれな疾患である.正常の杆体機能とS錐体機能をもつ一方,M錐体とL錐体の機能は欠損している18).臨床症状は,杆体1色覚のそれに類似するが程度は若干軽度である.矯正視力は0.1~0.3程度であることから,れば,錐体ジストロフィとの鑑別はそれほどむずかしくはない.光干渉断層計(OCT)所見の報告では,黄斑部の網膜厚は正常と比べ菲薄化し5),黄斑体積も減少していた8).補償光学装置(adaptiveoptics)を用いた黄斑部の網膜高解像度画像では,杆体の大きさや密度は維持されているものの錐体のモザイク構造が大きく破壊されていた9).杆体1色覚は,視力や視野所見は長年にわたり,変化しないため,先天赤緑色覚異常と同様に基本的には停止性疾患に分類されている.しかし,20年以上の観察期間で,中心暗点が拡大したり,黄斑部病巣が顕著になってくることもあり,緩徐に視機能が障害される場合もある.杆体1色覚の原因として,3錐体(S錐体,M錐体,L錐体)に特異的に発現している錐体サイクリックGMP(グアノシン一リン酸)依存性チャンネルaサブユニットとbサブユニットをコードしているCNGA3遺伝子とCNGB3遺伝子,錐体aトランスデューシンをコードするGNAT2遺伝子に加え,サイクリックGMPホスホジエステラーゼaサブユニットをコードしているPDE6C遺伝子の変異が報告されている10~16).いずれも錐体機能維持に重要な光電気変換に関与している遺正常者杆体1色覚症例杆体反応最大応答錐体反応30Hzフリッカ反応50ms200μV200μV100μV50μV図5Ganzfeld刺激装置を用いた全視野刺激網膜電図杆体反応や最大応答は正常範囲内である一方,錐体反応や30Hzフリッカ反応は検出されない.(文献5を一部改変)972あたらしい眼科Vol.28,No.7,2011(68)期での遺伝性網膜疾患の診断に役立つことが期待される.実際には,ERGの測定が困難な学童期であっても,臨床症状,色覚検査,Goldmann視野検査などからある程度疑うことは可能である.一方,S錐体1色覚はきわめてまれな疾患で,報告は少ない.杆体1色覚とS錐体1色覚の鑑別はむずかしいが,色刺激ERGによるS錐体の検出や,Farnsworth-Munsell100hueテストが有用である.また,S錐体1色覚はX連鎖劣性遺伝のため,近親者に罹患者が存在していることがあるため家系調査による家系図作成によって鑑別できる.罹患者が女児・女性であればS錐体1色覚の可能性はほとんどない.杆体1色覚の原因となるCNGA3,CNGB3,GNAT2,PDE6C遺伝子異常は,常染色体劣性遺伝の錐体ジストロフィの原因遺伝子としても報告されている.錐体ジストロフィ症例では,杆体反応が比較的正常に近い症例から高度に低下している(錐体杆体ジストロフィ)症例まで経験する.杆体機能の障害程度は病期によるだけかもしれないが,杆体機能が正常に近い時期が存在するタイプの錐体ジストロフィでは,杆体1色覚と同一の遺伝子異常が原因となっているのかもしれない.杆体1色覚や錐体ジストロフィの日本人症例に対する,CNGA3,CNGB3,GNAT2,PDE6C遺伝子解析と表現型の相関研究が期待される.文献1)林孝彰:錐体機能不全を伴う停在性網膜疾患.眼科48:1687-1698,20062)林孝彰:先天全色盲.日本色彩学会,新編色彩科学ハンドブック第3版.東京大学出版会,p384-385,20113)KrillAE,DeutmanAF,FishmanM:Theconedegenerations.DocOphthalmol35:1-80,19734)HayashiT,KozakiK,KitaharaKetal:ClinicalheterogeneitybetweentwoJapanesesiblingswithcongenitalachromatopsia.VisNeurosci21:413-420,20045)Goto-OmotoS,HayashiT,GekkaTetal:CompoundheterozygousCNGA3mutations(R436W,L633P)inaJapanesepatientwithcongenitalachromatopsia.VisNeurosci23:395-402,20066)林孝彰:色覚検査:パネルD-15,Farnsworth-Munsell100hueテスト,ランタンテスト,アノマロスコープ.今日の眼疾患治療指針(田野保雄,樋田哲夫編),p748-751,医学書院,2007中心窩下に存在しないS錐体が視力に関与していないことを裏付けている.石原色覚検査表やNagelアノマロスコープI型検査結果は,完全型杆体1色覚に類似する.パネルD-15は,典型例では,混同軸が1型色覚(protan)軸と2型色覚(deutan)軸の中間に存在する6).Farnsworth-Munsell100hueテストは,高い総偏差点(強度の色覚異常)を示すが,完全型杆体1色覚に比べ青黄軸ではエラーが少なく青錐体系の識別能が存在している18).ERG所見は,杆体1色覚に類似する.杆体1色覚とは異なり,正常なS錐体機能が色刺激ERGによって検出可能である19).白色背景下分光感度は,完全型杆体1色覚と異なり430nm付近にピークがみられる.杆体1色覚と同様に非進行性の疾患と考えられていたが,進行性の視力障害や黄斑変性をきたす症例も少なからず報告されている20).原因として,分子遺伝学的にX染色体長腕(Xq28)に位置するLオプシン(OPN1LW)遺伝子およびMオプシン(OPN1MW)遺伝子の不活化によることが証明されている21,22).OPN1LW遺伝子の上流約3.5kbに,OPN1LW/OPN1MW遺伝子発現を制御しているlocuscontrolregion(LCR)が,両者の遺伝子発現に必須の部位であることが明らかにされている23).S錐体1色覚の遺伝子異常には,3つのパターンが存在する.1つは,LCRの欠失によってOPN1LW/OPN1MW遺伝子発現が消失するもの(原因の約40%)で,2つめは,OPN-1LW/OPN1MW遺伝子内に機能喪失変異(Cys203Arg,Arg247stop,Pro307Leuなど)による場合(原因の約60%)で,3つめは,まれなケースでOPN1LW遺伝子内のエクソン欠失変異によるものが報告されている21,22,24).日本人のS錐体1色覚症例においては,LCRを含む広範囲の欠失変異が報告されている.まとめ自験例や多施設の報告から,杆体1色覚(完全型および不完全型)の罹患者は,予想より高い頻度で存在しているのではないかと思われる.しかし,診断には,杆体反応と錐体反応を分離して機能評価するERGが必須であるため,幼少時での診断は困難となることが多い.最近,皮膚電極を用いたERG測定が可能となり,乳幼児(69)あたらしい眼科Vol.28,No.7,2011973sialinkedtomutationsinthePDE6Cgene.ProcNatAcadSciUSA106:19581-19586,200916)ThiadensAA,denHollanderAI,RoosingSetal:HomozygositymappingrevealsPDE6Cmutationsinpatientswithearly-onsetconephotoreceptordisorders.AmJHumGenet85:240-247,200917)OkadaA,UeyamaH,ToyodaFetal:FunctionalroleofhCngb3inregulationofhumanconecngchannel:effectofrodmonochromacy-associatedmutationsinhCNGB3onchannelfunction.InvestOphthalmolVisSci45:2324-2332,200418)AlpernM,LeeGB,MaaseidvaagFetal:Colourvisioninblue-cone‘monochromacy’.JPhysiol212:211-233,197119)Ladekjaer-MikkelsenAS,RosenbergT,JorgensenAL:Anewmechanisminblueconemonochromatism.HumGenet98:403-408,199620)FleischmanJA,O’DonnellFEJr:CongenitalX-linkedincompleteachromatopsia.Evidenceforslowprogression,carrierfundusfindings,andpossiblegeneticlinkagewithglucose-6-phosphatedehydrogenaselocus.ArchOphthalmol99:468-472,198121)NathansJ,DavenportCM,MaumeneeIHetal:Moleculargeneticsofhumanblueconemonochromacy.Science245:831-838,198922)NathansJ,MaumeneeIH,ZrennerEetal:Geneticheterogeneityamongblue-conemonochromats.AmJHumGenet53:987-1000,199323)WangY,MackeJP,MerbsSLetal:Alocuscontrolregionadjacenttothehumanredandgreenvisualpigmentgenes.Neuron9:429-440,199224)GardnerJC,MichaelidesM,HolderGEetal:Blueconemonochromacy:causativemutationsandassociatedphenotypes.MolVis15:876-884,20097)PokornyJ,SmithVC,VerriestG:CongenitalColorDefects.In:PokornyJ,SmithVC,VerriestG,PinckersAJ(ed):CongenitalandAcquiredColorVisionDefects.p183-241,Grune&Stratton,NewYork,19798)VarsanyiB,SomfaiGM,LeschBetal:Opticalcoherencetomographyofthemaculaincongenitalachromatopsia.InvestOphthalmolVisSci48:2249-2253,20079)CarrollJ,ChoiSS,WilliamsDR:Invivoimagingofthephotoreceptormosaicofarodmonochromat.VisionRes48:2564-2568,200810)KohlS,MarxT,GiddingsIetal:Totalcolourblindnessiscausedbymutationsinthegeneencodingthealpha-subunitoftheconephotoreceptorcGMP-gatedcationchannel.NatGenet19:257-259,199811)SundinOH,YangJM,LiYetal:GeneticbasisoftotalcolourblindnessamongthePingelapeseislanders.NatGenet25:289-293,200012)KohlS,BaumannB,BroghammerMetal:MutationsintheCNGB3geneencodingthebeta-subunitoftheconephotoreceptorcGMP-gatedchannelareresponsibleforachromatopsia(ACHM3)linkedtochromosome8q21.HumMolGenet9:2107-2116,200013)AligianisIA,ForshewT,JohnsonSetal:Mappingofanovellocusforachromatopsia(ACHM4)to1pandidentificationofagermlinemutationinthealphasubunitofconetransducin(GNAT2).JMedGenet39:656-660,200214)KohlS,BaumannB,RosenbergTetal:MutationsintheconephotoreceptorG-proteinalpha-subunitgeneGNAT2inpatientswithachromatopsia.AmJHumGenet71:422-425,200215)ChangB,GrauT,DangelSetal:Ahomologousgeneticbasisofthemurinecpfl1mutantandhumanachromatop

家族性滲出性硝子体網膜症(FEVR)

2011年7月31日 日曜日

0910-1810/11/\100/頁/JCOPYIFEVRの臨床像:眼底所見の多様性と遺伝性1.FEVRの眼底所見の多様性FEVRの眼底所見は多様である.軽症の場合には自覚症状がなく,眼底の異常に気づかないことも多い.網膜血管の走行異常が特徴的であり,周辺部網膜血管の多分岐と直線化,周辺部網膜の無血管が典型的な所見である(図1右).無血管野やその境界付近の網膜変性,黄色または灰白色の線維組織を伴う網膜硝子体癒着を認めることがある.後極部には異常がみられないことも多いが,黄斑部や視神経乳頭の形成不全,牽引乳頭などの所見を呈することがある(図1左).一方,重症例では網膜?離などを併発すると視力障害の原因となるが,年齢により異なる所見を呈し,診断は必ずしも容易ではない(図2).乳幼児期に網膜症が進行はじめに家族性滲出性硝子体網膜症(familialexudativevitreoretinopathy:FEVR)は1969年にCriswickとSchepensによって報告され,わが国では1976年に,大塩と大島が報告した遺伝性の網膜疾患である1,2).眼底所見が未熟児網膜症に類似するものの低体重出生や酸素投与などの既往がないことで注目された.若年者の網膜?離の原因の一つとして注目され,乳幼児に鎌状網膜襞や白色瞳孔をきたす疾患としても重要である.このような重症化の過程で網膜新生血管が形成されるために,血管新生を起こす病態としても注目されている.FEVRの本態は遺伝的にプログラムされた網膜血管の形成異常であり,多様な臨床像が知られ,遺伝形式もさまざまである.本稿では,FEVRの遺伝性と,最近注目されているFEVRの発症メカニズムの一つであるWNT(ウィント)シグナルとの関連を中心に解説する.(59)963*HiroyukiKondo:産業医科大学医学部眼科学教室〔別刷請求先〕近藤寛之:〒807-8555北九州市八幡西区医生ヶ丘1-1産業医科大学医学部眼科学教室特集●遺伝性網膜・黄斑ジストロフィアップデートあたらしい眼科28(7):963?968,2011家族性滲出性硝子体網膜症(FEVR)FamilialExudativeVitreoretinopathy近藤寛之*図1FEVRの軽症例の眼底所見左:黄斑部や視神経乳頭の形成不全,牽引乳頭などの所見を呈することがあるが,後極部には異常がみられないことも多い.右:周辺部網膜血管の多分岐と直線化,周辺部網膜の無血管が典型的な所見である.964あたらしい眼科Vol.28,No.7,2011(60)体劣性や常染色体劣性遺伝では,通常両親には異常がなく,兄弟が少ない場合には孤発例となる.両親に遺伝子変異がなく,子供が新規に変異を生じると優性遺伝となる.このため,「孤発例イコール非遺伝性」との考え方は適切でない.特殊な例として,X染色体劣性FEVR家系のなかに女性の発症例の報告がある5).このような症例では誤って遺伝形式を推定する可能性があるので注意を要する.IIFEVRの遺伝子診断と病態生理1.WNTシグナルとFEVRヒトにはWNTとよばれる約20種類の蛋白質がある.WNTは一つの細胞から分泌されると,近隣にある細胞に結合し細胞内の特定の遺伝子に作用する.この経路がWNTシグナルとよばれ,個体の発生や癌化などのプロセスとして重要である〔図3,用語解説(1)〕.WNTシグナルに関わる遺伝子の異常は,いろいろな全身疾患を起こすが,FEVRはこのような遺伝病の一つと考えることができる(表1).FEVRの本態は網膜血管の形成異常であろうと推測されてきたが,その原因は不明であった.2002年に常染色体優性遺伝FEVRの原因遺伝子がWNT受容体Frizzled4(FZD4)であることが解明された7).この知見がきっかけとなり,WNTシグナルとFEVRとの関連するタイプでは未熟児網膜症に類似した増殖組織を形成し,網膜襞や白色瞳孔を形成する.網膜の牽引が高度な場合には,第一次硝子体過形成遺残と診断されることがある.就学前あるいは学童期以降にも裂孔原性や牽引性,滲出性のさまざまなタイプの網膜?離を呈する.特に滲出性網膜?離例ではCoats病と診断されることがある.FEVRの重症化は網膜血管の形成異常を基盤とする新生血管の形成や,網膜硝子体癒着などの病態が背景となっている.他の疾患と鑑別が必要な症例では原因遺伝子の同定(遺伝子診断)が診断に有用なこともある.2.FEVRの遺伝性FEVRは遺伝学的にも多様性の高い疾患である.家族例の多くは常染色体優性遺伝であり,かつてFEVRは常染色体優性遺伝の疾患と考えられてきた3).しかし,常染色体劣性遺伝やX染色体劣性遺伝のこともある1,4,5).また,FEVRの症例の多くは無症候であるので,家族の眼底検査を行わないと家族例を見逃す危険性がある.眼底所見が軽症である場合,眼底検査だけでFEVRと診断するのは容易ではない.フルオレセイン蛍光造影検査を行うと網膜血管の多分岐や走行異常が明瞭に描出されるので,診断に有用である.わが国のFEVRのうち約半数は孤発例であるが,このような症例の遺伝性には多様な背景がある6).X染色時期新生児期~乳児期小児(~成人)所見牽引性網膜?離(白色瞳孔,網膜襞)新生血管,硝子体出血滲出性網膜?離裂孔原性網膜?離,PVR背景となる病態網膜血管形成不全→網膜血管新生網膜血管形成不全・網膜硝子体癒着→網膜萎縮鑑別診断未熟児網膜症,PHPV,Norrie病未熟児網膜症,ぶどう膜炎Coats病,網膜血管腫Stickler症候群図2FEVRにみられる重症所見と鑑別診断重症例では年齢により異なる所見を呈する.FEVRの重症化は網膜血管の形成異常を基盤とする新生血管の形成や,網膜硝子体癒着などの病態が背景となっている.年齢に応じた所見の違いによって異なる疾患との鑑別が必要である.(61)あたらしい眼科Vol.28,No.7,2011965の原因遺伝子でもあり,X連鎖性FEVRの原因となる.LRP5は常染色体優性および劣性遺伝のFEVRの原因となる(表2).NDPはWNTの代わりにFZD4と結合する分泌型蛋白の遺伝子であり,LRP5はFZD4と結合する共受容体の遺伝子である.これまで見つかっているFEVRの遺伝子はすべてWNTシグナルと関連する8?10).FEVR症例でこれらの遺伝子の異常が見つかる頻度は50%程度である4,5,11).残りの症例のなかに家族例も多いことから,FEVRにはさらに未知の遺伝子が存在すると指摘されている.少なくとも11番染色体短腕には別の遺伝子の局在が報告されている12).このように,性がクローズアップされた.FZD4以外にはNDPとLRP5がFEVRの原因遺伝子として知られている.NDP(Norrinともよばれる)はNorrie病〔用語解説(2)〕標的遺伝子TCFNDPWNTLRP5/6FrizzledAXINGSK3APCb-CATPCK1DSHユビキチン仲介蛋白分解標的遺伝子TCFb-CATCBPb-CATb-CATb-CATb-CATNDPWNTFrizzledLRP5/6AXINDSHGBPGSK3APC図3WNTシグナルの模式図WNTシグナルでWNT(FEVRの場合はNDP)が標的となる遺伝子に作用する過程を示す.左:活性化されたWNT分子(あるいはNDP)がないと,b-カテニン(b-CAT)が分解され標的遺伝子の転写は休止(不活性化)する.右:活性化されたWNT分子(あるいはNDP)がLRP5(またはLRP6)とFrizzledに結合すると,b-カテニンの核内への移行を経て,T細胞因子(TCF)とともに下流の標的遺伝子を転写する.APC:家族性大腸ポリポージス,CBP:CREB結合蛋白,CK:カゼイン・キナーゼ,DSH:Dishevelled蛋白,GSK:GSK3受容体蛋白.表1WNTシグナル関連遺伝子が関与する代表的疾患遺伝子局在疾患WNT3細胞外無肢症WNT4腎症,多胞腎,半陰陽NDPFEVR,Norrie病LRP5細胞膜FEVR,骨粗鬆症網膜偽膠腫(骨粗鬆症),大理石骨病(骨増多症)FZD4FEVRDSH細胞質肺癌AXIN1癌AXIN2癌,歯形成不全APC家族性大腸ポリポージスb-Catenin細胞質~核癌,肺線維症,侵襲性線維症FEVRの原因遺伝子はグレイで示す.現在23のWNTシグナル遺伝子の異常による22種類の疾患が知られている.詳しくはWntgenehomepage(http://www.stanford.edu/~rnusse/diseases/Humangeneticdis.htm)を参照されたい.表2FEVRの原因遺伝子と遺伝形式遺伝子染色体での局在遺伝形式FZD411q14常染色体優性LRP511q13常染色体優性,常染色体劣性TSPAN127q31常染色体優性NDPXp11X染色体劣性966あたらしい眼科Vol.28,No.7,2011(62)られている(図4)3,13,18).遺伝子の種類の違いと眼底所見との間には明らかな関連性はない.常染色体劣性やX染色体劣性の症例では網膜症が重症化しやすい傾向があるが,眼底の所見をみてどの遺伝子の異常であるかを推定することは困難である4).ただし,LRP5変異では骨密度が低下する.LRP5は骨密度決定遺伝子ともよばれ,遺伝子変異によって骨密度の変化を起こす.この遺伝子の機能が失われるタイプの変異では網膜病変と骨密度の低下(骨粗鬆症)が合併する10).一方,機能獲得型変異とよばれるものでは大理石骨病を代表とする骨密度増多症候群を呈するが,眼所見は正常である.4.重症度の多様性FEVR家系のなかには家族内で重症度がはっきり異なることが多い.このような個人差の背景としてFEVRの遺伝子異常の併発がある.優性遺伝FEVR家系で同一の遺伝子異常が重複したり,異なる遺伝子の異常を合併したりすると重症例となりやすい4,19).ただし,FEVRでは眼所見の左右差がみられることが多く,これらの多様性は遺伝子重複によるものばかりではない.LRP5遺伝子には多型(一塩基多型,singlenucleotidepolymorphism:SNP)とよばれる遺伝子配列の変化が多くみられる.SNPは遺伝子変異と異なり,正常人に多数あるのでFEVRのような遺伝病の発症には関与しないと考えられてきた.しかし,LRP5遺伝子のFEVRは原因となる遺伝子の多様性の高い疾患である.2.新たにみつかったTSPAN12遺伝子最近,FEVRの新たな原因遺伝子としてTSPAN12遺伝子が同定された.2009年Jungeらはマウスを用いた研究によりTSPAN12遺伝子が網膜血管内皮細胞の表面に存在し,FZD4,LRP5とともにWNTシグナルを活性化することを明らかにした13).このことからTSPAN12遺伝子がFEVRの原因遺伝子である可能性が示され,その後TSPAN12変異を有するFEVRの家族例(常染色体優性遺伝)が報告された14.15).日本人89家系のFEVR症例を対象とした研究では,FEVR症例の約4%がTSPAN12変異症例であった16).この遺伝子の同定により,FEVRとWNTシグナルとの関連がますます注目されている.3.FEVRの成因これまで遺伝子異常から明らかとなったFEVRの病態は網膜におけるWNTシグナルの障害である.FZD4,LRP5,TSPAN12,NDPのいずれの遺伝子のノックアウトマウスでも網膜血管の発育不全が認められ,FEVRの臨床所見と一致する20).NDPは網膜のグリア細胞から分泌され,FZD4,LRP5,TSPAN12は網膜の血管内皮細胞の表面に発現する.すなわち,グリア細胞で分泌されたNDPがFZD4とLRP5,TSPAN12を介して網膜血管内皮細胞に作用して血管形成を促すものと考え図4FEVRの病態生理:WNTシグナルを介した網膜血管の形成左:網膜グリア細胞から分泌されたNDPは血管内皮細胞の表面にある分子(FZD4,LRP5,TSPAN12)と結合しWNTシグナルを活性化し,網膜血管の形成を促進する.右:4つの遺伝子のどれに異常が生じても,WNTシグナルが傷害され,網膜血管の形成不全(FEVR)を生じる.FEVRLRP5NDPTSPAN12FZD4LRP5NDPTSPAN12FZD4網膜血管内皮細胞血管形成網膜血管内皮細胞(63)あたらしい眼科Vol.28,No.7,2011967と頻度について.眼臨81:1805-1810,19874)QinM,HayashiH,OshimaKetal:Complexityofthegenotype-phenotypecorrelationinfamilialexudativevitreoretinopathywithmutationsintheLRP5and/orFZD4genes.HumMutat26:104-112,20055)KondoH,QinM,HayashiHetal:Genotype-phenotypecorrelationinfamilialexudativevitreoretinopathyorNorriediseasewithmutationsintheNorriediseasegene.InvestOphthalmolVisSci47:E-4606,20066)近藤寛之:特集遺伝性網膜疾患のトピックス.3.家族性滲出性硝子体網膜症.眼科48:1639-1651,20067)RobitailleJ,MacDonaldML,KaykasAetal:Mutantfrizzled-4disruptsretinalangiogenesisinfamilialexudativevitreoretinopathy.NatGenet32:326-330,20028)ChenZY,BattinelliEM,FielderAetal:AmutationintheNorriediseasegene(NDP)associatedwithX-linkedfamilialexudativevitreoretinopathy.NatGenet5:180-183,19939)XuQ,WangY,DabdoubAetal:Vasculardevelopmentintheretinaandinnerear:controlbyNorrinandFrizzled-4,ahigh-affinityligand-receptorpair.Cell116:883-SNPにはWNTシグナルに影響しうるものがある20).このようなSNPがFEVRの臨床所見にどれだけ影響するかはまだ明らかではない.IIIFEVRの関連疾患とWNTシグナル未熟児網膜症未熟児網膜症は低出生体重児にみられる非遺伝性の疾患である.しかし,緑内障などと同様に遺伝素因との関連性が指摘されている.これまで血管内皮成長因子(vascularendothelialgrowthfactor:VEGF)の遺伝子多型など,網膜症発症の危険因子の一つに遺伝子の関与が検討されてきた21).また,FEVRと未熟児網膜症の眼底所見が類似することから,これら2つの疾患の関連性が想定されてきた.未熟児網膜症症例に対して,NDP,FZD4,LRP5の遺伝子異常の有無を検査したところ,頻度が低いながらこれらの遺伝子異常がみられることが報告されている22,23).未熟児網膜症の発症メカニズムの一つとしてWNTシグナルの関与が注目されている.まとめFEVRは原因遺伝子の解明が進展し,より正確な診断や遺伝形式の推定が可能となっている.FEVRはこれまで考えられた以上に,遺伝的な多様性の高い疾患であることがわかってきた.いままでに解明された遺伝子はWNTシグナルを介して網膜血管の形成に働くものであり,網膜血管の形成不全がFEVRの本態であることが示されている.今後もFEVRの新たな遺伝子が解明されれば,FEVRの病態生理をさらに深く理解することができる.FEVRの病態生理の解明は,未熟児網膜症をはじめとして,糖尿病網膜症や加齢黄斑変性など網膜血管新生が関与する疾患の治療法につながる可能性もあり,さらなる研究の展開が期待される.文献1)CriswickVG,SchepensCL:Familialexudativevitreoretinopathy.AmJOphthalmol68:578-594,19692)大塩一幸,大島健司:網膜血管の発育異常をともなうVitreoretinopathyの一家系.眼紀27:138-144,19763)大久保好子,大久保彰,清水昊幸ほか:家族性滲出性硝子体網膜症(FEVR)と若年性裂孔原性網膜?離.診断基準■用語解説■(1)WNTシグナル:WNTという名称は,ショウジョウバエの胚発生に関与する遺伝子Wg(wingless)と,癌を起こす遺伝子として同定されたInt(integrated)が実は同一のものであることがわかったために,この2つの名前を合わせて名付けられたものである.WNTは,Frizzled受容体を介して細胞内にシグナルを伝達し,標的となる遺伝子に作用する.細胞内での伝達経路には,b-カテニンの転写活性化を介した伝達経路をはじめ,3つの伝達経路が知られている.FEVRに関連するのはこのb-カテニン経路と考えられている(図3).また,FEVRの成因である網膜血管の形成には,WNT蛋白の代わりとしてNDP〔Norrie病遺伝子,Norrin,用語解説(2)〕が働いているため,Norrin/FZD4/LRP5経路ともよばれている.(2)Norrie病:Norrie病は1927年Norrieが報告したX連鎖性遺伝を呈する網膜疾患である.網膜?離による先天盲が特徴である.白色瞳孔を呈する点がFEVRと共通するが,FEVRより重症な眼底所見を示す.症例の3割程度は精神発達遅滞や難聴を併発するため,FEVRとは異なる疾患と考えられてきた.1993年にはすでに,X染色体劣性遺伝FEVRの原因遺伝子はNorrie病の遺伝子(NDP)と同一であることが解明されていたが,この遺伝子の役割が不明であったためにFEVRの病因解明の手がかりとならなかった.現在,両疾患は類縁疾患とみなされている.968あたらしい眼科Vol.28,No.7,2011(64)tivevitreoretinopathy.AmJOphthalmol151:1095-1100,201117)YeX,WangY,NathansJ:TheNorrin/Frizzled4signalingpathwayinretinalvasculardevelopmentanddisease.TrendsMolMed16:417-425,201018)YeX,WangY,CahillHetal:Norrin,frizzled-4,andLrp5signalinginendothelialcellscontrolsageneticprogramforretinalvascularization.Cell139:285-298,200919)KondoH,HayashiH,OshimaKetal:Frizzled4gene(FZD4)mutationsinpatientswithfamilialexudativevitreoretinopathywithvariableexpressivity.BrJOphthalmol87:1291-1295,200320)QinM,KondoH,TahiraTetal:ModeratereductionofNorrinsignalingactivityassociatedwiththecausativemissensemutationsidentifiedinpatientswithfamilialexudativevitreoretinopathy.HumGenet122:615-623,200821)CookeRW,DruryJA,MountfordRetal:Geneticpolymorphismsandretinopathyofprematurity.InvestOphthalmolVisSci45:1712-1715,200422)EllsA,GuernseyDL,WallaceKetal:SevereretinopathyofprematurityassociatedwithFZD4mutations.OphthalmicGenet31:37-43,201023)HiraokaM,TakahashiH,OrimoHetal:GeneticscreeningofWntsignalingfactorsinadvancedretinopathyofprematurity.MolVis16:2572-2577,2010895,200410)ToomesC,BottomleyHM,JacksonRMetal:MutationsinLRP5orFZD4underliethecommonfamilialexudativevitreoretinopathylocusonchromosome11q.AmJHumGenet74:721-730,200411)BoonstraFN,vanNouhuysCE,SchuilJetal:Clinicalandmolecularevaluationofprobandsandfamilymemberswithfamilialexudativevitreoretinopathy.InvestOphthalmolVisSci50:4379-4385,200912)DowneyLM,KeenTJ,RobertsEetal:Anewlocusforautosomaldominantfamilialexudativevitreoretinopathymapstochromosome11p12-13.AmJHumGenet68:778-781,200113)JungeHJ,YangS,BurtonJBetal:TSPAN12regulatesretinalvasculardevelopmentbypromotingNorrin-butnotWnt-inducedFZD4/beta-cateninsignaling.Cell139:299-311,200914)PoulterJA,AliM,GilmourDFetal:MutationsinTSPAN12causeautosomal-dominantfamilialexudativevitreoretinopathy.AmJHumGenet86:248-253,201015)NikopoulosK,GilissenC,HoischenAetal:Next-generationsequencingofa40MblinkageintervalrevealsTSPAN12mutationsinpatientswithfamilialexudativevitreoretinopathy.AmJHumGenet86:240-247,201016)KondoH,KusakaS,YoshinagaAetal:MutationsintheTSPAN12geneinJapanesepatientswithfamilialexuda

オカルト黄斑ジストロフィ:三宅病

2011年7月31日 日曜日

0910-1810/11/\100/頁/JCOPYカメラの光路に光刺激(ハロゲン)と背景光(タングステン)を組み込み,網膜の局所刺激でERGと視覚誘発電位(VEP)を同時記録する装置を試作した.眼底は赤外光でモニターされるため,ボストンの装置と異なり被験者は検査中もまぶしくなく,安定した反応が記録された(図1).その後,さらに改良を加えたうえで正常被験者やさまざまな黄斑部疾患の患者から膨大な数の記録が行われ,そのデータの信頼性が確かめられた8~13).黄斑部局所ERGの大きな特長は,網膜上の測定したい部位に刺激光を移動でき,刺激サイズも変えられること.また,a波,b波,OP波,off波など,全視野ERGと同質の波形成分が得られ,各波形の変化によって疾患の病はじめにオカルト黄斑ジストロフィとは,1989年に名古屋大学の三宅養三によって「眼底所見に異常のみられない家族性黄斑症」として初めて紹介された疾患である1).その後,正常な眼底所見によって網膜の異常が隠されていることから,オカルト(occult=目に見えない)黄斑ジストロフィと命名された2).さらに発見からほぼ20年を経過した2010年には,本疾患の原因遺伝子として8番染色体短腕にRP1L1が特定された3).この疾患は黄斑部局所網膜電図(ERG)の開発からそれによる疾患概念の確立,そして原因遺伝子の解明までをすべて三宅の研究グループによって完結させた疾患であり,現在では「三宅病(Miyake’sdisease)」とよばれるようになってきている4,5).以下,本稿でも「三宅病」の呼称を用いることにする.I三宅病はどのようにして発見されたか?―黄斑部局所ERGの開発―三宅はボストンに留学中,Hiroseらとともに黄斑部局所からERGを記録する研究に従事していた.それまでにも同様の試みは世界で行われていたが,臨床でルーチンに利用されるには至っていなかった6,7).当時ボストンでは,細隙灯顕微鏡にレーザー光刺激を備え付けた装置を試作していたが,眼底を観察するための背景光が強くノイズも多く,結局実用化されなかった.三宅は名古屋大学に帰室後,キヤノンの協力を得て,赤外線眼底(49)953*KazushigeTsunoda:東京医療センター・臨床研究センター(感覚器センター)視覚生理学研究室〔別刷請求先〕角田和繁:〒152-8902東京都目黒区東が丘2丁目5-1東京医療センター・臨床研究センター(感覚器センター)視覚生理学研究室特集●遺伝性網膜・黄斑ジストロフィアップデートあたらしい眼科28(7):953?961,2011オカルト黄斑ジストロフィ:三宅病OccultMacularDystrophy:Miyake’sDisease角田和繁*図1名古屋大学で製作された黄斑部局所ERGの1号機手前のモニターに赤外光による眼底像と刺激部位が映し出されている(三宅養三教授のご厚意による).954あたらしい眼科Vol.28,No.7,2011(50)II三宅病にはどのような症状があり,どのような経過をたどるのか?黄斑部,特に中心窩の視細胞機能が局所的に低下するため,視力低下および中心比較暗点がおもな症状である.問診の際に羞明を訴える患者も多いが,印象としては錐体ジストロフィや杆体一色覚など錐体機能不全の患者が訴えるような強い羞明ではないようである.進行は非常にゆっくりであるため,自覚症状の出るかなり以前から黄斑部の機能低下は始まっていると考えられる.自覚症状を訴える時期は10歳頃から60歳以上までと非常に幅があり,両眼の視力がきわめてゆっくりと低下していく.発症には男女による違いはなく,また屈折にも特に傾向はない.両眼がほぼ同時に進行する例が多いが,自覚症状の出現や視力低下の進行が,左右眼で数年から10年近く異なるケースもある.ただし,自覚症状が片眼のみの患者でも,黄斑部におけるERGの振幅はすでに両眼で低下している.根本的な治療法はない.視力低下が進行すると当然識字困難となるが,ほとんどの患者は拡大鏡などを用いることにより十分に日常の読み書きをこなしている.個人的な見解ではあるが,この疾患の場合,同一視力を有する他の網膜疾患の患者に比べて見え方の「質」が良いという印象を受ける.また周辺視力は末期でも正常に保たれるため,歩行時にもそれほどの困難は生じない.常染色体優性遺伝の疾患であるため,典型的な症例では両親のどちらかに同様の症状をもつ者がいる.ただし,後述するように孤発例の報告も多い.以下に,典型例(28歳,男性)の症状経過を示す.<症例>28歳,男性.<経過>18歳時,左眼がぼやけていることに気付く.眼鏡店で眼科受診を勧められたが放置していた.23歳時,大学病院を受診.矯正視力は右眼1.2,左眼0.8.左眼視力不良の原因はわからないと言われた.26歳時,右眼にも同様の見えにくさを自覚した.ときに羞明を自覚する.態を把握することができるということである.当時三宅は外勤先の病院で原因不明の視力低下をきたしている29歳,女性を診察していた.その患者は過去に複数の大学病院を含む多くの施設で,心因性視力障害,視神経疾患,中枢性疾患等々の診断を受けていた.全視野ERGはすでに正常であるとわかっていたが,患者とさまざまな話をするうえで,三宅は直感的に網膜疾患を疑ったという.その根拠は,彼女が黒板よりも特に白板に書かれた文字を読みにくいと訴えており,これは網膜疾患に多くみられる訴えであること.彼女と接した雰囲気で心因性の可能性はないと感じられたこと,などだという.三宅はその患者をすぐに名古屋大に連れて行き,自身で黄斑部局所ERGを記録したところ,黄斑部の反応が選択的に低下していることを発見した.これには三宅自身も大変驚き,その家族を調べたところ常染色体優性遺伝と思われる疾患家系であることがわかった.これらの症例が「Hereditarymaculardystrophywithoutvisiblefundusabnormality(眼底所見に異常のみられない家族性黄斑ジストロフィ)」として1989年にAmericanJournalofOphthalmologyに発表された1).なお,この三宅病第一号ともいうべき患者からも,のちにRP1L1変異(p.Trp960Arg)が確認されている.この症例を契機に三宅らは,原因不明の視力低下を訴える患者にできるだけ黄斑部局所ERG記録を行ったところ,この範疇に入る疾患が少なくないことを知った2).他の既知の黄斑ジストロフィ(たとえばStargardt病,Best病等々)と比べても,少なくともわが国では本疾患の頻度は少なくないとの印象をもたれたとのことである.その後,Sutterらにより開発された多局所ERGが市販化され,1990年代半ば以降には国内でも多くの大学病院で採用されるようになっていった14).それに伴い三宅病の報告も国内外で多数みられるようになった15?24).なお,LED(発光ダイオード)を刺激光として用いた三宅型の黄斑部局所ERGが現在Kowa社から販売されており,大学病院などを中心に臨床や研究に広く使われるようになってきている.(51)あたらしい眼科Vol.28,No.7,2011955力検査と,手持ちの「字ひとつ視力」による検査で大きく差が出る場合がある.提示した患者も同様のケースである.このような患者では,単に視力表の背景光を消したり検査室の照明を暗くしたりするだけで,視力が数段階上がる場合がある.視野検査では中心比較暗点が検出される.ただしGoldmann動的視野計では,進行例を除いて異常を検出できないことが多い.さらにHumphrey自動視野計を用いた場合でも,「中心30-2」のプログラムでは中心比較暗点が明瞭に検出できず,「中心10-2」でようやく暗点が検出される例もある(図3).三宅病の進行をフォローするには,中心10°の視野と「中心窩閾値」を参考にするのが望ましい.なお,黄斑部以外の周辺視野は進行例でも正常に保たれている.2.他覚的検査検眼鏡的所見,フルオレセイン蛍光眼底造影,インドシアニングリーン蛍光眼底造影ともにすべて正常である.若年者では,中心窩反射も明瞭に認められる(図4A).高齢に至っても網膜色素上皮の変性が現れることはない.経過中に黄斑部の変性が出現した場合には,三宅病の診断から除外される.全視野ERGでは,杆体系,錐体系反応ともに正常に記録されるが,黄斑部局所ERGあるいは多局所ERGで黄斑部の反応が減弱しており,これが三宅病の確定診断となる(図5).中心窩のごく狭い領域の機能が残存している場合は視力が正常なこともあるが,その場合でも28歳時,次第に見えにくさが進行するため再び大学病院を受診.ERG,VEPなどの検査を行うも異常を指摘されなかった.その後東京医療センターを受診し,電気生理学的検査にて三宅病と診断された.さらに遺伝子検査によりRP1L1変異(p.Arg45Trp)が確認された.<家族歴>母に若い頃から同様の症状あり.父および二人の姉には症状なし.<検査所見>矯正視力:(電光表示の視力表)右眼(0.7),左眼(0.4)(字ひとつ視力)右眼(1.0),左眼(0.6)Humphrey自動視野計:図3.眼底写真,網膜自発蛍光,光干渉断層計(OCT):図4.全視野ERG,多局所ERG,黄斑部局所ERG:図5.III三宅病は,どのようにして診断されるのか?1.自覚的検査矯正視力については,通常は運転免許の取得に問題の生じる0.7未満に低下してから受診する場合が多いが,初期には1.2と良好なケースもある.視力障害は徐々に進行し,最終的に0.1から0.2程度にまで低下することがある.ただし,他の黄斑ジストロフィと異なり網膜色素上皮の萎縮をきたすことがないため,最終視力が0.1を下回るケースはない(図2).80歳の時点でも1.0の視力を維持している患者もおり,進行には大きな個体差がある.羞明を伴うケースでは,電光掲示板を使った通常の視AB図2三宅病患者(80歳,男性,RP1L1p.Arg45Trpheterozygous)の眼底(A)およびフルオレセイン眼底造影(B)矯正視力は両眼とも(0.2).発症後60年以上経過しているが,眼底黄斑部に異常所見はみられない.956あたらしい眼科Vol.28,No.7,2011(52)黄斑部局所ERGや多局所ERGでは明らかな異常が検出される.検眼鏡的所見は正常であるが,スペクトラルドメイン光干渉断層計(opticalcoherencetomography:OCT)で後極部を観察すると,比較的早い時期から網膜外層構造に異常をきたしていることがわかる22).初期の変化は,黄斑部における錐体視細胞外節先端部(coneoutersegmenttip:COST)ラインの消失,視細胞内節外節接合部(photoreceptorinnersegment/outersegmentjunction:IS/OS)ラインの不明瞭化などである(図4C).OCTの所見は発症から長期間経過するにつれて次第に変化していく.すなわち,初期には中心窩のCOSTラインの消失およびIS/OSラインの境界不明瞭化(厚く,膨潤したように見える)がみられるが,中心窩網膜厚はほぼ正常である.さらに長期間経過すると,中心窩でIS/OSラインの分断がみられるようになり,(中心10-2)(中心30-2)左眼右眼左眼右眼図3三宅病患者(28歳,男性,RP1L1p.Arg45Trpheterozygous)のHumphrey自動視野計所見(中心30-2および10-2)それぞれ実測閾値およびパターン偏差を示す.ACB三宅病(左眼)健常者(左眼)ELMIS/OSjunctionRPEELMIS/OSjunctionRPECOST図4図3と同一患者の画像所見眼底写真(A),網膜自発蛍光(B)はいずれも正常.光干渉断層計(OCT)(C)では,黄斑部における錐体視細胞外節先端部(coneoutersegmenttip:COST)ラインの消失,視細胞内節外節接合部(photoreceptorinnersegment/outersegmentjunction:IS/OS)ラインの不明瞭化がみられる.(53)あたらしい眼科Vol.28,No.7,2011957せず,精査を依頼されて見つかるケースである.いずれの場合も,黄斑部のERG反応が局所的に低下していることさえ証明できれば診断は容易である.頭部CT(コンピュータ断層撮影)やMRI(磁気共鳴画像)を用いる必要もない.なかなか正確な診断にたどり着かない一つの原因は,ひとたび視神経疾患や心因性視力障害を疑われてしまうと,その後に網膜専門医を受診する機会を失ってしまうことにあるようだ.網膜専門医以外にとって,多局所ERGや黄斑部局所ERGを施行するのはやや敷居が高いのかもしれない.ただし前述のように,スペクトラルドメインOCTを用いると黄斑部の異常を簡単にスクリーニングできるので,今後はより早く三宅病の診断に近づけるケースが増えていくことが期待される.後述するが,孤発例のなかには経過観察中に網膜色素上皮変性をきたす症例がまれにみられ,これは三宅病と外顆粒層は菲薄化していく(図6)17,22).正常視野領域に相当する黄斑部以外の視細胞構造は長期間経過しても正常であることが多いが,一部の症例ではIS/OSラインの不明瞭化がみられることもある.網膜自発蛍光は正常の場合が多い(図4B)が,ときに非特異的なごく弱い過蛍光が中心窩付近にみられることもある22).ただし,パターンジストロフィ,錐体・杆体ジストロフィ,Stargardt病に特徴的な強い過蛍光や低蛍光の所見,リング状の異常所見などはみられないため,鑑別は容易である.IV三宅病と鑑別すべき疾患は?眼底所見および全視野ERGが正常であるため,多くの患者が原因不明の視神経疾患,あるいは心因性視力障害などと診断されている.また比較的多いのが,白内障として眼内レンズ挿入術を施行されたあとに視力が改善杆体反応(Scotopic0.013)杆体-錐体反応(Scotopic30.0)錐体反応(Photopic2.7)錐体30Hzフリッカー反応(Photopic2.7,30Hz)三宅病(左眼)健常者100μV20ms100μV10ms2μV10ms50μV10ms50μV10ms100ms,500nV右眼左眼三宅病(左眼)健常者StimulusOn2μVStimulusOn10msABC図5図3と同一患者の電気生理学的検査所見全視野ERG(A)では,杆体系,錐体系ともに正常反応を示している.多局所ERG(B)では黄斑部における振幅低下がみられる(丸で囲まれた部分).黄斑部局所ERG(C)では5°,10°,15°の刺激に対する応答がいずれも減弱している.958あたらしい眼科Vol.28,No.7,2011(54)お,家系内には自覚症状がなく両眼の矯正視力が1.2という発症者も含まれており,連鎖解析にあたっては罹患者,非罹患者の鑑別が大変重要となった.このため調査にあたっては,症状のない家族も含めて全例で局所ERGおよびスペクトラルドメインOCTを施行し,かつ30歳以下の家族は正常サンプルに含めないなどの工夫を行った.ヒトにおけるRP1L1の機能はまだよく明らかにされていない.これまでの研究では,霊長類では錐体および杆体視細胞の特に内節に発現しており,視細胞内節・外節の構造維持,細胞内輸送に大きな役割を果たしていると考えられている25,26).は異なる黄斑症と考えられる.このような症例の場合,網膜自発蛍光を用いると網膜色素上皮の異常を早期にとらえることができる.V三宅病の原因遺伝子とは?2010年に東京医療センターの研究チームを中心とした研究グループにより,優性遺伝タイプのオカルト黄斑ジストロフィの原因遺伝子として8番短腕に位置するRP1L1(retinitispigmentosa1like-1)が同定された(図7)3).これは国内の大家系における連鎖解析によって明らかにされたものである.これまでに45番目のアルギニンをトリプトファン(p.Arg45Trp),および960番目のトリプトファンをアルギニン(p.Trp960Arg)に置き換える2つのミスセンス変異が見つかっている.なA健常者22歳,女性B三宅病p.Arg45Trp①自覚症状出現から10年(57歳,女性)②自覚症状出現から26年(81歳,女性)④自覚症状出現から63年(83歳,男性)③自覚症状出現から41年(69歳,男性)ELMIS/OSCOSTRPEELMIS/OS(-)COSTRPEELMIS/OS(-)COSTRPEELMIS/OS(-)COSTRPEELMIS/OS(-)COSTRPE図6健常者のOCT所見(A),および同一家系内の患者における推定罹患期間とOCT所見との関係(B)罹患期間が10年の症例も41年の症例も視細胞層のOCT所見に大きな違いはみられないが,中心窩網膜厚は次第に菲薄化していく(①~③).60年を超える症例では,視細胞層の萎縮が顕著である(④).*は正常網膜の中心窩で見られるIS/OSラインのドーム状部位(fovealbulge)を示す.あたらしい眼科Vol.28,No.7,2011959VI孤発例の三宅病とは?三宅らが1989年に最初に報告した症例は常染色体優性遺伝の家系であったが,その後は孤発例の報告もときおりみられるようになってきている.特に国外の報告の場合,そのほとんどが孤発例であることが多い.もともとオカルト黄斑ジストロフィという病名は,「眼底所見が正常で,全視野ERGが正常かつ黄斑部局所ERGが異常であるジストロフィ」という病態を指していた.このため,一見同じ臨床検査所見を呈していても異なる原因の疾患が幾つか含まれている可能性がある.今回の筆者らの発見により,優性遺伝型の三宅病がRP1L1変異(p.Arg45Trpあるいはp.Trp960Arg)による視細胞異常を原因とすることが明らかになった.ただしこれまでの調査では,優性遺伝の家系でも既知の変異が見つからない症例が多くみられ,それらの原因はRP1L1遺伝子のなかの別の変異によるものか,あるいはまったく別の遺伝子の変異によるものである可能性がある.特に孤発例でOCT所見を注意して観察すると,視細胞外節の萎縮が短期間で進行し,RP1L1変異の症例とは明らかに病態が異なると思われるケースがある.さらに,孤発例のなかには長期間の経過観察中に網膜色(55)(家系1)(家系2)(家系3)(家系4)Ⅰ.Ⅱ.Ⅲ.Ⅰ.Ⅱ.Ⅲ.Ⅳ.Ⅴ.p.Arg45Trpp.Trp960Arg罹患者健常者健常者罹患者AB●:健常者●:自覚的視力障害あり●:三宅病罹患者■:遺伝子変異あるも未発症■:死亡n*:遺伝子検査の対象者●図7遺伝子異常のみられた三宅病家系(A,罹患者のすべてにRP1L1の変異が認められた),および上記家系でみられた2種類のミスセンス変異(B)(文献3より改変)960あたらしい眼科Vol.28,No.7,2011素上皮変性をきたして三宅病の診断から除外される症例がまれにみられ,疾患の予後を説明するにあたっては注意が必要である.現在のところ,三宅病とは「両眼にゆっくりと進行する黄斑部に限局した視細胞障害で,血管や網膜色素上皮に異常のみられないもの」と定義される.この疾患の病態にはRP1L1以外にも複数の原因(たとえば劣性遺伝によるもの)が関与していると考えられ,今後の研究成果が待たれるところである.VII三宅病のミステリー優性遺伝型の三宅病にRP1L1の変異が関与していることが明らかになったが,同時に新たな疑問点も生じている.RP1L1は霊長類の錐体視細胞だけでなく杆体視細胞にも発現しているが,三宅病で視細胞機能が低下するのは黄斑部に限られている.スペクトラルドメインOCTで三宅病の視細胞層を観察すると,発症から30年以上経過しても黄斑部以外の視細胞構造が正常に保たれている例が多い(図6).なぜ,長期間経過しても杆体の機能が低下しないのか,黄斑部以外の錐体が障害を受けないのか.また,視細胞が変性,萎縮に陥っているにもかかわらず,なぜ網膜色素上皮は最後まで正常に保たれるのか.これらは錐体・杆体ジストロフィなど,他の網膜疾患では一般にみられない所見である.これらの疑問を解決するためには,ヒトにおけるRP1L1発現の正確な局在を明らかにするだけでなく,遺伝子変異から視細胞の構造異常および機能異常に至るまでの詳細なメカニズムを今後の研究によって解明する必要がある.おわりに三宅病の発見に至る経緯から疾患の特徴,診断法,あるいは今後の研究課題についてまとめた.今回の総説執筆にあたり,平素よりご指導いただいている愛知医科大学理事長・三宅養三先生に深謝いたします.文献1)MiyakeY,IchikawaK,ShioseYetal:Hereditarymaculardystrophywithoutvisiblefundusabnormality.AmJOphthalmol108:292-299,19892)MiyakeY,HoriguchiM,TomitaNetal:Occultmaculardystrophy.AmJOphthalmol122:644-653,19963)AkahoriM,TsunodaK,MiyakeYetal:DominantmutationsinRP1L1areresponsibleforoccultmaculardystrophy.AmJHumGenet87:424-429,20104)MiyakeY:ElectrodiagnosisofRetinalDiseases.Springer-VerlagTokyo,20065)藤波芳,角田和繁:黄斑ジストロフィの遺伝子異常.眼科53:239-255,20116)HiroseT,MiyakeY,HaraA:Simultaneousrecordingofelectroretinogramandvisualevokedresponse.Focalstimulationunderdirectobservation.ArchOphthalmol95:1205-1208,19777)ArdenGB,BankesJL:Fovealelectroretinogramasaclinicaltest.BrJOphthalmol50:740,19668)三宅養三:黄斑部局所ERGでなにが分かる?臨眼56:680-688,20029)MiyakeY,AwayaS:Stimulusdeprivationamblyopia.Simultaneousrecordingoflocalmacularelectroretinogramandvisualevokedresponse.ArchOphthalmol102:998-1003,198410)MiyakeY,ShiroyamaN,OtaIetal:Localmacularelectroretinographicresponsesinidiopathiccentralserouschorioretinopathy.AmJOphthalmol106:546-550,198811)MiyakeY,ShiroyamaN,OtaIetal:Oscillatorypotentialsinelectroretinogramsofthehumanmacularregion.InvestOphthalmolVisSci29:1631-1635,198812)MiyakeY,ShiroyamaN,HoriguchiMetal:AsymmetryoffocalERGinhumanmacularregion.InvestOphthalmolVisSci30:1743-1749,198913)Miyak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X 染色体劣性若年網膜分離症 (先天網膜分離症)

2011年7月31日 日曜日

0910-1810/11/\100/頁/JCOPY2.眼底所見黄斑部の分離はほぼ全例に,周辺部の分離(図1)は約半数にみられる.40歳以下では中心窩網膜分離が,それを過ぎると中心窩反射消失や色素を伴った黄斑変性が高頻度となる.中心窩網膜分離は微小?胞(microcyst)が多数集簇した車軸状の皺襞を伴う(図1).これは次第に融合・消失し,さらには網膜色素上皮(RPE)萎縮もみられる.蛍光眼底造影ではこの微小?胞は蛍光色素の貯留を呈さず,これは?胞様黄斑変性との鑑別点として重要である3).また,中心窩網膜分離は進行すると網膜およびRPEの萎縮を生じ,萎縮型加齢黄斑変性類似の外観を呈する.その際,周辺部網膜分離は本疾患を疑う一つのサインであるが,高齢者では本疾患と無関係にみられることがあるので注意を要する.病歴・家族歴などを参考に,xlRSを疑ったら後述する20J白色光刺激の網膜電図(electroretinogram:ERG)を記録するとよい.周辺部の網膜分離は下耳側に多く,胞状を呈することも多く,網膜?離との鑑別が重要である.分離網膜の内層は菲薄化して硝子体ベールともよばれ,これが破綻するとしばしば大きな網膜裂孔を伴う.網膜内層裂孔は外層裂孔より頻度が高く,大きいことが多い.内層の血管の破綻による分離腔内または硝子体出血や,外層裂孔の合併による網膜?離を生じることもある.また,しばしば周辺部に小口病様の光沢のある反射を認め,Miyakeらは硝子体手術によりこの色調が正常化したことから,I疾患概念若年男子の黄斑変性の原因としてよく知られている両眼性のX染色体劣性遺伝疾患である.性別はほとんど男性で,患者は学童期に視力不良を指摘され眼科を受診することが多い.男の兄弟で発症するなど,家族歴を有し,有病率は5,000人から25,000人に1人といわれている.その原因遺伝子はRS1遺伝子であることがわかっている.名の通り網膜分離を認め特に黄斑部の車軸状変化は特徴的であるが,これはある時期の所見であり全病期を通してさまざまな黄斑所見を呈する.軸性遠視が多い1).IIおもな臨床所見1.初発症状と経過X染色体劣性若年網膜分離症(X-linkedretinoschisis:xlRS)は先天性疾患と考えられているが,実際には就学時前後に健診などで,斜視,弱視(多くは遠視性)ないし原因不明の視力障害で発見されることが多い1,2).慶應義塾大学病院で臨床症状から本疾患が疑われ遺伝子変異を認めた症例について,その臨床所見を表1に示す.以下に示すようにその臨床像は多様で,視機能はおもに幼年,若年期に硝子体出血や網膜?離を起こす症例では一般に不良となることが多いが,青年期を過ぎるとこれらの合併症は多くはなく,長期にわたって0.1~0.2の視力を維持できることが多い.(41)945*KeiShinoda:帝京大学医学部眼科学講座〔別刷請求先〕篠田啓:〒173-8605東京都板橋区加賀2-11-1帝京大学医学部眼科学講座特集●遺伝性網膜・黄斑ジストロフィアップデートあたらしい眼科28(7):945?951,2011X染色体劣性若年網膜分離症(先天網膜分離症)X-LinkedJuvenileRetinoschisis(CongenitalRetinoschisis)篠田啓*946あたらしい眼科Vol.28,No.7,2011(42)その機序としてK+の硝子体腔へのoutflowの増加の可能性を推測している4).まれではあるが,周辺部にのみ網膜分離を有する症例や多発性白点を呈するxlRSも報告されている1).組織学的にはxlRSにみられる網膜分離は網膜内層であると考えられてきた5)が,近年,遺体眼の組織検索や光干渉断層計(opticalcoherencetomography:OCT)の開発によって生体眼でxlRSの網膜分離が網膜深層や中層,外層など,いろいろな層に存在しうる6)こと,特に中心窩および傍中心窩では外網状層と内顆粒層にあることが明らかとなった(図1).周辺の網膜分離領域では絶対暗点を示すので,網膜内のいずれかのレベルで視覚情報伝達は遮断されていることになる.検眼鏡,OCTでとらえうる形態学的な網膜分離は中心窩および周辺部に限局していても電気生理学的には,網膜全体に機能障害があると考えられる.3.電気生理学的所見一般には,20J白色光刺激によるERGでa波に比し表1慶應義塾大学病院でxlRSと診断された症例の臨床所見症例年齢(歳)性別発症年齢(歳)眼科受診のきっかけ視力屈折(等価球面度数)眼底所見周辺部網膜分離網膜分離6?8歳時最終経過観察時腔内裂孔125男2家族調査右左0.3光覚なし0.3光覚なし+1.0不明色素境界線不明+不明+不明228男6視力不良右左0.20.10.20.1?2.5?2.5中心窩反射消失中心窩反射消失++++325男5視力不良右左0.30.1?1.0?0.5車軸状網膜分離中心窩反射消失++?+413男6視力不良右左1.00.80.60.6+0.5+0.5車軸状網膜分離車軸状網膜分離??510男1斜視右左0.080.080.10.1+6.0+6.0網膜色素上皮萎縮網膜内層裂孔??617男6視力不良右左0.40.30.40.30.00.0車軸状網膜分離車軸状網膜分離??79男6視力不良右左0.20.40.10.40.0+0.5車軸状網膜分離車軸状網膜分離++?+816男6視力不良右左0.50.50.20.2+7.0+5.0色素境界線中心窩反射消失+++?941男6飛蚊症右左0.70.70.50.5?1.0?1.0中心窩反射消失中心窩反射消失++??1020男5視力不良右左0.50.40.40.30.0?0.75中心窩反射消失中心窩反射消失??1122男6視力不良右左0.50.060.80.1+0.5+8.0車軸状網膜分離中心窩反射消失?++1232男8カ月家族調査右左0.60.01?0.75+11.0中心窩反射消失網膜色素上皮萎縮?+?1322男4斜視右左0.3光覚弁0.3光覚なし+2.0不明車軸状網膜分離不明+不明+不明1418男6視力不良右左0.30.30.20.2+1.0+1.0車軸状網膜分離車軸状網膜分離??症例合併症,既往歴変異1分離腔内出血先天白内障,外傷性網膜?離delexon12網膜?離網膜?離delexon13硝子体ベールMet1Val4金箔様反射金箔様反射Splicedonor5内斜視del33bps6金箔様反射金箔様反射Glu72Lys7分離腔内出血分離腔内出血Gln88stop8Tyr89Cys9硝子体出血硝子体ベール,硝子体出血Gly109Glu10Cys142stop11不同視弱視,硝子体混濁Trp163stop12硝子体ベール,硝子体出血硝子体ベール,硝子体出血内斜視Arg182Cys13網膜?離,白内障,硝子体混濁外斜視Arg182Cys14Pro203Leu(43)あたらしい眼科Vol.28,No.7,2011947ABCDEFGHIJKL図1xlRS症例の眼底写真とOCTA?C:黄斑部は典型的なmicrocyst(A)から広範な網膜色素上皮萎縮(C)を呈するものまでさまざまである.D?J:周辺部には網膜分離腔内の出血(D)や,大きな内層裂孔(E,F),小口病にみられるいわゆる?げた金屏風様反射(ときに血管に沿ってその陰のような黒い反射がみられる)(I,J)がみられる.K,L:光干渉断層計(OCT)では分離腔はおもに外網状層から内顆粒層にかけて散在している.ScotopicMixedrod&conePhotopic30HzflickerOn-andoffresponses健常者症例(右)症例(左)25msec50μV25msec50μV25msec50μV25msec50μV25msec50μV図2典型例の電気生理学的所見国際臨床視覚電気生理学会のガイドラインに従ったERGシリーズと長時間刺激によるphotopicERG(on,off反応)を示す.Mixedrod&coneERGでは陰性型を,flickerERGは位相の遅れと振幅の減弱を呈する.off反応は比較的保たれているのに対しon反応は減弱している.948あたらしい眼科Vol.28,No.7,2011(44)な検討で,振幅低下より潜時延長のほうが著明,あるいはその逆であったとか,振幅はP1よりN1のほうが,周辺より中心のほうがより低下していたなど,いくつかの報告がある.網膜内層の障害が示唆されるものの,遺伝子変異によってコードされる異常蛋白の及ぼす影響を含め,本質的な病態はいまだ不明である.4.遺伝子変異1997年Sauerら18)によって本疾患の原因遺伝子であるXLRS1gene(X-linkedretinoschisis遺伝子:6つのexonを含み,蛋白質は224のアミノ酸からなる,図3,表2)が報告され19,20),その後多施設から多種類の遺伝子変異が報告されている11,20).この遺伝子はdiscoidinとよばれる,細胞相互作用に関与しているとされる膜蛋白と相同なcodonを含んでおり18,19),変異の多くはこの領域に存在する(図3).この遺伝子がコードする蛋白質retinoschisin(RS)は視細胞や双極細胞に発現・局在し,細胞接着やシナプス形成に関与すると考えられている21).てb波の顕著な低下を示すいわゆる陰性型(negativetype:振幅のb/a比<1)を呈することが特徴とされ7)(図2),Muller細胞の異常が考えられてきた5,7).その根拠として,b波の起源は双極細胞の興奮に伴って上昇した細胞外K+のMuller細胞によるre-uptakeである8)と考えられていることや,病理組織学的検討5),本疾患の眼底にみられる小口病様の剥げた金屏風様眼底反射4)は細胞外K+濃度の上昇によるもので,Muller細胞がその調節を担っていることなどがあげられる.また,flickerERGの異常(図2)9)や長時間刺激によるphotopicERGにおいてon反応が著明に低下している(図2)ことが報告されている1,10,11).これらは遺伝子異常とともに,非典型的な臨床所見を呈する症例などにおいても強い診断学的な意味をもつ所見である.On経路は錐体杆体系とともにシナプスを形成するが,off経路は錐体系のみとされる.この比較的選択的なon反応の低下は完全型の先天性停止性夜盲12)や,一部の錐体ジストロフィ13?16)でもみられることがある.したがって,on経路の障害は非特異的な所見であり,ある種の網膜の変性,黄斑の障害に伴って先に起こってくる現象なのかもしれない.また,xlRSでは強い青錐体ERGの異常(赤緑錐体系ERGに比して)を呈し17),青錐体がon型双極細胞とのみシナプスを形成することから,これもon経路がより強く障害されていることを支持する.ただし,Sievingらは,暗順応下そして錐体のa波の解析,長時間刺激によるphotopicERG,flickerERGの詳細な解析からon経路もoff経路も同等に障害されていると述べている.Miyake1)によると,黄斑局所ERGではa波に比較してb波の減弱が強く,b/a比は明らかに小さく,off型双極細胞よりon型双極細胞の障害のほうが強い可能性を述べている.さらに刺激面積が小さいほどb/a比は小さく,a波,b波,OP波すべてにおいて潜時が延長していた.多局所ERGも異常を示すが,1次核性分より2次核成分のほうが著明で,より内層の障害を示唆すると考えられる.周辺の網膜分離部は視野では絶対暗点を示すのに応答密度は正常範囲で,恐らく分離が最内層にあっても外層中層の機能は比較的保たれているものと考えられる.そのほか,多局所ERGの応答密度の詳細表2日本人X染色体伴性若年性網膜分離症患者にみられたRS1変異エキソン慶應義塾大学(家系数)欧米(家系数)delexon1114Met1Val11Splicedonorイントロン112del33bpsエキソン3/イントロン31del473bps41Glu72Lys4143(フィンランド人:70%)Gln88stop41Tyr89Cys412Trp92Cys4Trp96stop41Arg102Gln45Gly109Glu41Cys142stop51Glu146Asp51Gln154stop51Trp163stop51Arg182Cys622Pro193Leu64Pro203Leu613Arg213Gln61(45)あたらしい眼科Vol.28,No.7,20119495.Phenotype?genotypeの相関XLRS1遺伝子変異の種類と臨床型の関連に関しては多くの議論があり,同一遺伝子変異でも臨床病型がさまざまであることなどから,明らかなphenotype/genotypeの相関は不明である.筆者らは変異がdiscoidindomainの領域内外の症例についてERGの障害の程度を本疾患のモデルマウスであるXLrs1変異マウス(Rs1hノックアウトマウス)22)の検討から,網膜が形成される生後極早期には水平細胞を除くほぼすべての網膜神経細胞で合成されるとされ,治療法の新たな可能性を示した.表3XLRS1遺伝子変異部位とERGの関係FlickerERGPhotopicERG(長時間刺激)振幅(μV)潜時(msec)a波振幅(μV)b波振幅(μV)d波振幅(μV)Discoidin(+)群(n=6)38.6±9.5(29.0~51.8)21.9±4.7(13.75~25.0)35.7±7.1(28.6~45.7)8.8±5.9(2.9~20.0)50.7±11.0(32.9~62.9)Discoidin(?)群(n=5)39.3±15.3(22.1~54.3)17.3±4.4(12.5~22.5)32.3±10.9(21.4~50.0)12.6±9.7(4.3~27.1)54.6±10.5(44.3~70.0)健常群(n=14)66.1±14.6(15~22.5)18.8±2.3(15.0~22.5)40.4±10.3(20.0~62.9)46.4±10.2(28.6~71.4)44.7±6.3(31.4~54.2)数値はすべて平均値±標準偏差(最小値~最大値).Discoidin(+)群:XLRS1geneにおいてdiscoidinと相同性をもつ領域(codon101?203)の変異を有する患者.Discoidin(?)群:XLRS1geneにおいてcodon101?203以外の領域に変異を有する患者.xlRS症例は健常群に比してflickerERGと長時間刺激によるphotopicERGのb波の振幅が有意に小さかったが,discoidin(+)群とdiscoidin(?)群の比較では,flickerERGの振幅,潜時,および長時間刺激によるphotopicERGの各波の振幅のいずれも有意差を認めなかった.(文献9より)●:Splicesite○:Missense×:Prematurestop▼:Insertion△:Deletion-:Deletion12345exon6図3日本人と欧米人の変異の種類の比較慶應義塾大学病院でxlRSと診断された症例の変異の種類をオレンジ色で示す.Discoidindomainの領域(codon101?203の領域)が比較的多い.950あたらしい眼科Vol.28,No.7,2011(46)低下を認めることがあるなどの報告もある.遺伝子型との関連は不明で,今後は適応についての検討も待たれる.また,黄斑部網膜分離に対する硝子体手術治療が報告され30,31)注目されている.また,遺伝子治療の研究も進んでおり,動物実験では,negativetypeERGを示すRS蛋白欠損マウスに対し,遺伝子導入によって本蛋白質を補うことでERGb波の陽性化や組織所見の改善を認めており,成人動物でも治療効果が得られるなどの報告もある.そして,先述したミスセンス変異でも,多くの場合,導入遺伝子によるドミナントネガティブ効果は強くない,すなわち正常な蛋白質生成を阻害しないことがわかってきており24),本疾患患者の多くに正常な遺伝子導入により治療効果が期待できると考えられている.稿を終えるにあたり,ご指導を下さった真島行彦先生,大出尚郎先生に深謝いたします.文献1)MiyakeY:X-linkedRetinoschisis.In:ElectrodiagnosisofRetinalDiseases:p72-86,Springer-VerlagTokyo,20062)ShinodaK,IshidaS,OguchiYetal:Clinicalcharacteristicsof14JapanesepatientswithX-linkedjuvenileretinoschisisassociatedwithXLRS1mutation.OphthalmicGenet21:171-180,20003)DeutmenA,HoyndC,vanLith-VerhoevenJ:Maculardystrophies.In:RyanS,HintonD,SchachatA(eds).Retina,4thed,p1165,Elsevier/Mosby,Philadelphia,PA,20064)MiyakeY,TerasakiH:Goldentapetal-likefundusreflexandposteriorhyaloidinapatientwithX-linkedjuvenileretinoschisis.Retina19:84-86,19995)YanoffM,KerteszRahnE,ZimmermanLEetal:Histopathologyofjuvenileretinoschisis.ArchOphthalmol79:49-53,19686)岸章治:若年網膜分離症.OCT眼底診断学,岸章治(編),p262-268,エルゼビア・ジャパン,20107)HiroseT,WolfE,HaraA:ElectrophysiologicalandpsychophysicalstudiesincongenitalretinoschisisofX-linkedrecessiveinheritance.DocOphthalmolProcSer13:173-184,19778)SievingPA,MurayamaK,NaarendorpF:Push-pullmodeloftheprimatephotopicelectroretinogram:aroleforhyperpolarizingneuronsinshapingtheb-wave.VisNeurosci11:519-532,19949)篠田啓,大出尚郎,井上理香子ほか:網膜電図による若年性網膜分離症の網膜内層機能評価.眼紀52:777-781,比較したが有意差はなかった(表3)9).報告された症例の多くはこの領域の変異を有しているが,臨床病型との相関はないという報告が多い.一方,たとえばRPE65遺伝子変異を有する網膜変性でも報告されている23)ように,機能喪失突然変異(nullmutation:突然変異遺伝子が形質発現効果を示さない)がミスセンス変異(点突然変異で,異常だが蛋白質は産生される)よりも重篤な臨床病型をもたらす可能性が指摘されている24?26).表1に示した症例について,6?8歳時の視力を診療記録から検索して視力分布を表したものを示す(図4)2).筆者らは,遺伝子変異の位置がsplicingdonorsite,exon1,2といった上流のもの,大きな欠失を呈するものは特に臨床病型も重篤になるのではないか,という仮説をたてた27).同様の報告もある26)が,いまだ推測の域を出ない.III治療網膜分離に対する治療法は現在確立されていない.分離腔内ないし硝子体出血は自然消退することが多いが再発性・遷延性の場合,または網膜?離に対しては網膜硝子体手術の適応となる28).視力障害という観点からは進行が緩徐で,手術適応になる重傷病型とそれ以外といった臨床病型のタイプがある.近年,炭酸脱水酵素阻害薬の内服や点眼薬が黄斑部?胞の軽減や消失に有効であったという報告が相次いでいる29)が,視力改善には結びつかない,長期的には視力delex3/int3delex3/int3W163X#delexon1F72KR182CP203LP203LE72KQ88XW142Xdelex4delex4Y89CY89CW142XW163Xdelexon1*Q88Xdelex4delexon1*R182C*delex4G109EG109Edelexon1*IVS1IVS1(視力)(眼数)50光覚(-)光覚(+)<0.10.10.20.30.40.50.60.70.80.91.0図4XLRS症例における6~8歳時の矯正視力を元にした視力分布とxlRS遺伝子変異の関係下線はdiscoidinと相同性をもつ領域の変異(exon4?6).*は網膜?離発症眼,#は不同視弱視眼.あたらしい眼科Vol.28,No.7,2011951200110)ShinodaK,OhdeH,MashimaYetal:On-andoff-responsesofthephotopicelectroretinogramsinX-linkedjuvenileretinoschisis.AmJOphthalmol131:489-494,200111)ShinodaK,OhdeH,IshidaSetal:Novel473-bpdeletioninXLRS1geneinaJapanesefamilywithX-linkedjuvenileretinoschisis.GraefesArchClinExpOphthalmol242:561-565,200412)MiyakeY,HoriguchiM,SuzukiSetal:Completeandincompletetypecongenitalstationarynightblindness(CSNB)asamodelof“off-retina”and“on-retina”.In:DegenerativeRetinalDiseases,LaVailetal(eds),p31-41,PlenumPress,NewYork,199713)SievingPA:PhotopicON-andOFF-pathwayabnormalitiesinretinaldystrophies.TransAmOphthalmolSoc91:701-773,199314)若林謙二:原発性黄斑部変性症の電気生理学的特徴についての研究.金沢大学十全医学会雑誌95:399-439,198615)ShinodaK,OhdeH,InoueRetal:ON-pathwaydisturbanceintwosiblings.ActaOphthalmolScand80:219-223,200216)篠田啓,大出尚郎,井上理香子ほか:錐体ジストロフィの長時間刺激の網膜電図によるon反応とoff反応.臨眼56:173-178,200217)矢ヶ崎克哉,三宅養三:X染色体先天性網膜分離症の青錐体系ERG.眼紀34:1468-1475,198318)SauerCG,GehrigA,Warneke-WittstockRetal:PositionalcloningofthegeneassociatedwithX-linkedjuvenileretinoschisis.NatGenet17:164-170,199719)TheRetinoschisisConsortium:Functionalimplicationsofthespectrumofmutationsfoundin234caseswithX-linkedjuvenileretinoschisis.HumMolGenet7:1185-1192,199820)MashimaY,ShinodaK,IshidaSetal:IdentificationoffournovelmutationsoftheXLRS1geneinJapanesepatientswithX-linkedjuvenileretinoschisis.Mutationinbriefno.234.Online.HumMutat13:338,199921)ReidSN,YamashitaC,FarberDB:Retinoschisin,aphotoreceptor-secretedprotein,anditsinteractionwithbipolarandmullercells.JNeurosci23:6030-6040,200322)WeberBH,SchreweH,MoldayLLetal:InactivationofthemurineX-linkedjuvenileretinoschisisgene,Rs1h,suggestsaroleofretinoschisininretinalcelllayerorganizationandsynapticstructure.ProcNatlAcadSciUSA99:6222-6227,200223)LorenzB,PoliakovE,SchambeckMetal:AcomprehensiveclinicalandbiochemicalfunctionalstudyofanovelRPE65hypomorphicmutation.InvestOphthalmolVisSci49:5235-5242,200824)VijayasarathyC,SuiR,ZengYetal:Molecularmechanismsleadingtonull-proteinproductfromretinoschisin(RS1)signal-sequencemutantsinX-linkedretinoschisis(XLRS)disease.HumMutat31:1251-1260,201025)BradshawK,GeorgeN,MooreAetal:MutationsoftheXLRS1genecauseabnormalitiesofphotoreceptoraswellasinnerretinalresponsesoftheERG.DocOphthalmol98:153-173,199926)HiriyannaKT,BinghamEL,YasharBMetal:NovelmutationsinXLRS1causingretinoschisis,includingfirstevidenceofputativeleadersequencechange.HumMutat14:423-427,199927)ShinodaK,MashimaY,IshidaSetal:Severejuvenileretinoschisisassociatedwitha33-bpsdeletioninXLRS1gene.OphthalmicGenet20:57-61,199928)FerronePJ,TreseMT,LewisH:Vitreoretinalsurgeryforcomplicationsofcongenitalretinoschisis.AmJOphthalmol123:742-747,199729)KhandhadiaS,TrumpD,MenonGetal:X-linkedretinoschisismaculopathytreatedwithtopicaldorzolamide,andrelationshiptogenotype.Eye(Lond).2011Apr29.[Epubaheadofprint]30)AzzoliniC,PierroL,CodenottiMetal:OCTimagesandsurgeryofjuvenilemacularretinoschisis.EurJOphthalmol7:196-200,199731)IkedaF,IidaT,KishiS:ResolutionofretinoschisisaftervitreoussurgeryinX-linkedretinoschisis.Ophthalmology115:718-722,2008(47)

卵黄様黄斑ジストロフィ

2011年7月31日 日曜日

0910-1810/11/\100/頁/JCOPY視力は良好である.初期には片眼のみに出現することがある.まれではあるが,卵黄様病変が黄斑部外に多発することがあり,multiplevitelliformlesionsとよばれている.卵黄様病変は網膜下に沈着したリポフスチンである(図1B).本症ではリポフスチンが神経網膜下のマクロファージ内,網膜色素上皮細胞(RPE)内あるいはRPEと視細胞間に蓄積する.蓄積したリポフスチンが特徴的な眼底所見を呈する.リポフスチンは酸化された蛋白質と脂質から構成されており,細胞毒性がある.リポフスチンの主成分は,視物質に由来するN-retinylidene-Nretinylethanolamine(A2E)でライソゾーム系の機能低下をひき起こし,やがては細胞死につながる2).リポフスチンは自発蛍光を発するため,眼底自発蛍光(FAF:fundusautofluorescence)では,図2Cに示したように網膜下に沈着した卵黄様病変は過蛍光として描出できる.3)Psedohypopyonstage(偽蓄膿期):思春期頃になると,卵黄様の黄色病変が自壊して網膜下にニボーを作って蓄積する(図2A).60~90分間の頭位変化に伴って,偽蓄膿は移動する.4)Scrambled-eggstage(炒り卵期):さらに,黄色病変が自壊して,多発性の網膜下の黄色沈着物を呈する(図2B).この時期には視力が0.5前後に低下し,光干渉断層計(OCT)では網膜下沈着を伴った漿液性網膜?離を呈する(図2C).はじめに卵黄様黄斑ジストロフィ(vitelliformmaculardystrophy:VMD)は,1905年にBestが58名の家系のなかに8名の特徴的な眼底所見を呈する遺伝性黄斑変性症として報告した.VMDは,報告者の名にちなんでBest病ともよばれている.VMDは常染色体優性遺伝性疾患であるが,症状および所見の程度が症例ごとにばらつきがみられ,形質発現の頻度(浸透率)の低い疾患である.そのなかで電気生理学的検査の異常所見は浸透率が最も高く,ほとんどの症例でみられる重要な臨床所見である.VMDでは遺伝子異常が同定されており,遺伝子の機能と関連付けてVMDの臨床所見および病態を解説する.I臨床所見1.眼底所見典型的な眼底所見は特徴的で,黄斑部に卵黄様の円形病変を認める(図1A).眼底所見は年齢に伴って変化する.Gassは眼底所見の変化を以下のステージに分類している1).1)Previterlliformorcarrierstage(前卵黄期およびキャリア期):卵黄様病変がまだみられない時期である.キャリアの場合は眼底所見を呈することはなく,無症状である.2)Viterlliformstage(卵黄期):乳児期あるいは幼小児期に上記の典型的な眼底所見を呈する.この時点では(33)937*ShigekiMachida:岩手医科大学眼科学教室**MineoKondo:名古屋大学大学院医学系研究科頭頸部・感覚器外科学講座〔別刷請求先〕町田繁樹:〒020-0015盛岡市内丸19-1岩手医科大学眼科学教室特集●遺伝性網膜・黄斑ジストロフィアップデートあたらしい眼科28(7):937?943,2011卵黄様黄斑ジストロフィVitelliformMacularDystrophy町田繁樹*近藤峰生**938あたらしい眼科Vol.28,No.7,2011(34)2.電気生理学的所見VMDの電気生理学的所見を理解するためには,RPEから生じる電気応答を知らなければならない.図3Aに持続時間が長い刺激光(約10分)を用いた場合の網膜電図(ERG)所見を示した3).a,bおよびc波に続き,光刺激から約1分で陰性波が現れる.これをfastoscillationとよぶ.さらに,光刺激が続くと光刺激開始から5)Atrophicstage(萎縮期):黄色病変は消失し,非特異的な萎縮が黄斑部に生じる.視力は著しく障害される.6)Cicatricialandchoroidalnevascularizationstage(瘢痕および脈絡膜新生血管期):黄斑部下に白色の瘢痕組織が生じる.脈絡膜新生血管を伴うことがある.ABC図1卵黄期の眼底(A),OCT(B)および眼底自発蛍光(C)所見ABC図2偽蓄膿期(A)および炒り卵期(B)の眼底所見と,炒り卵期のOCT所見(C)(35)あたらしい眼科Vol.28,No.7,2011939図3BにRPEに由来する電気応答の発生メカニズムを図示した.視細胞が光刺激によって過分極すると,網膜下のカリウムイオン濃度が低下しRPEのapicalmembraneが過分極し,ERGc波を生じる.これに遅れてRPEのbasalmembraneが過分極しfastoscillationが記録される.LPについては,Steinbergによる仮説が有名である4).つまり,視細胞が光を吸収すると網膜下にlightpeaksubstance(LPS)が放出され,それがapicalmembrane側の受容体に結合する.RPE細胞内のセカンドメッセンジャーを介してbasalmembraneの塩素イオンチャンネルが開き,塩素イオンがRPE内から脈絡膜に向かって流出し脱分極する.VMDでは塩素イオンチャンネルの機能異常をきたすため,LPが低下あるいは消失する.3.眼球電図(electrooculogram:EOG)前述のように,VMDでの症状や眼底所見の浸透率は低い.しかし,LPの異常は,その浸透率が高くきわめて重要な臨床所見である.臨床では,ERGを用いてLPを記録することは非常に困難である.なぜなら,約10分の刺激時間中の瞬きや眼球運動は,LPの正確な記録の妨げとなるからである.したがって,臨床ではEOG約7分後にピークを有する大きな陽性波を記録することができる.これがlightpeak(LP)である.aおよびb波は神経網膜から発生する電気応答であるが,c波,fastoscillationおよびLPはRPEに由来する電気応答である.ApicalmembraneBasalmembrane過分極→c波過分極→fastoscillation脱分極→LPセカンドメッセンジャー視細胞外節網膜色素上皮ABLPSLightresp4mVc-wave“2ndc”“Fastoscill”Lightpeak10minutes図3刺激時間の長い刺激光を用いた場合の網膜電位の変化(A,文献3より)と,網膜色素上皮に由来する電気応答の発生メカニズム(B)LPS:lightpeaksubstance,LP:lightpeak.0510152025300200400600800時間(分)振幅(μV)室内光暗順応光照射LP暗極小:正常者:VMD鼻+-+A-B鼻-+-+図4眼球電図(EOG)の記録方法(A)と,正常者およびVMD患者から記録したEOG(B)VMD:卵黄様黄斑ジストロフィ,LP:lightpeak.940あたらしい眼科Vol.28,No.7,2011(36)その電極はプラスに,もう一方の電極は眼球の後極が近づくのでマイナスとなる(図4A).2つの電極間での電位差を記録する.暗順応を開始すると,EOG振幅は減少し10分程度で極小(darktrough)に達し,さらに暗順応を続けると再び上昇する(図4B).つぎに,明順応を開始すると,EOG振幅は徐々に増大し(明上昇),明順応開始6?9分でLPに達する.その後,明順応を続けるとEOG振幅は減少する.LPと暗極小の振幅比をL/D比とよび,を用いてLPを記録している.眼球の前極(角膜側)と後極の間には電位差が存在し,眼球の前極が後極よりも相対的にプラスになっている.この電位差を眼球の常存電位とよび,暗順応あるいは明順応によって大きく変化する.LPとは光照射(明順応)によって常存電位が上昇することである.記録方法の詳細は割愛するが,内・外眼角の皮膚上にそれぞれ平皿電極を設置する.眼球を1分ごとに1Hzの頻度で左右に約30o動かしてもらう.眼球の前極が電極に近づくと,N末端C末端RPE細胞膜??????図5ベストロフィンの蛋白構造と遺伝子変異部(文献9より)(37)あたらしい眼科Vol.28,No.7,2011941こる.これがLPの発生メカニズムである.2)カルシウムイオンチャンネル調節機能(Ca2+channelregulator)塩素イオンチャンネルは膜電位依存性カルシウムチャンネル(voltage-gatedCa2+channel)をコントロールしている.3)体積調節性塩素イオンチャンネル(volume-regulatedCl?channel)視細胞に光が当たると網膜下にグルタミン酸やタウリンなどのアミノ酸が蓄積する.これらのアミノ酸がRPE細胞内に取り込まれ細胞内の浸透圧が上昇し,H2Oが受動的に細胞内に流れ込む.体積が増大するとbasalmembraneの塩素イオンチャンネルが開き,塩素イオンがH2Oとともに脈絡側に流出する.これとは反対に,RPEの細胞体積が細胞外浸透圧の上昇などで減少すると,細胞壁からセラミドが発生し,PP2A(proteinphosphatase2)を活性化し塩素イオンチャンネルが閉鎖し,減少した細胞体積が元に戻る.RPEの細胞体積の変動は,RPEの視細胞外節の貪食機能と関連しているとの説がある(図7)10).暗所では視細胞外節とRPEとの間には間隙があって,直接は接していない(図7a).光が視細胞に当たると,上記のメカ正常ではL/D比は1.8以上になるが,視細胞あるいは網膜色素上皮に広範な障害が存在する場合は,L/D比は1.65未満となる.VMDではほとんどの症例でL/D比は異常となる5).眼底所見や自覚症状がないキャリア期でもL/D比は異常となる.II遺伝子異常とその機能本症は,染色体11q13のVMD2遺伝子がコードしているBest-1蛋白質の異常によって発症する6,7).Best-1はbestrophin(ベストロフィン)ともよばれており,そのmRNAはRPE,精巣,胎盤および脳でみられるが,蛋白質はRPEのみに発現している.ベストロフィンはイオンチャンネルでRPE細胞のbasalmembrane(基底膜)に発現している8).ベストロフィンは,RPEの細胞膜を6カ所で貫通する分子構造をしている(図5)9).これまで同定されている遺伝子変異の位置を矢印で示した.遺伝子変異には3つのホットスポットがある.まず,C末端の領域で(図5の①),ここに遺伝子変異があると,C末端とN末端との相互関係が失われて多量体を形成できなくなり,ベストロフィンの機能障害が生じる.もう一つのホットスポットは,細胞膜内の膜貫通領域にある(図5の②).この部位はチャンネルの孔構造(porestructure)を形成するうえで重要な領域である.遺伝子変異が6つ目の膜貫通領域のC末端側にも連続してみられる(図5の③).この部位はカルシウムイオンが接合するドメインである.カルシウムが接合し,ベストロフィンは塩素イオンチャンネルとしての機能を発揮する.ベストロフィンは下記に述べるように陰イオンチャンネルで,視細胞およびRPEの機能維持のための重要な役割を演じている(図6)10).1)カルシウム感受性塩素イオンチャンネル(Ca2+-activatedCl?channel)視細胞から放出されたLPS(ATPの可能性がある)はRPEのapicalmembraneのレセプターに結合し,リン酸化が起こる.これにより,細胞内のカルシウムイオン濃度とPKC(proteinkinaseC)活性が上昇し,basalmembraneの塩素イオンチャンネルが開き,塩素イオンが脈絡膜側に流出し,basalmembraneの脱分極が起ApicalmembraneBasalmembrane視細胞外節網膜色素上皮Ca2+↑PKC↑Cl-Cl-HCO3-体積↓セラミド↑H2OPP2A↑Ca2+?H2O,アミノ酸Cl-LPS図6ベストロフィンの網膜色素上皮での機能ベストロフィンは塩素イオンおよび重炭酸イオンチャンネルである.?は,塩素イオンチャンネルを閉鎖する作用を意味する.LPS:lightpeaksubstance,PKC:proteinkinaseC,PP2A:proteinphosphatase2.942あたらしい眼科Vol.28,No.7,2011(38)く蓄積すると考えられる.このメカニズムはRPE細胞死をひき起こし,視細胞がやがて変性すると考えられている.IIIベストロフィンの遺伝子異常で発症する疾患最近,VMDと同様にベストロフィンの遺伝子異常で発症するautosomaldominantvitreoreinalchoroidopathy(ADVIRC)11),autosomalrecessivebestrophinopathy(ARB)12)およびadult-onsetviterilliformdystrophy(AVMD)13)が報告されている.ADVIRCは常染色体優性遺伝性疾患で,眼底周辺360°に及ぶ色素沈着あるいは色素脱がみられる.硝子体の線維化および硝子体内細胞を伴う.また,眼底の中間周辺部から乳頭周囲に網脈絡膜萎縮が生じ,EOGおよびERGは異常を示す.ARBはVMDとは異なり常染色体劣性遺伝形式をとる.遠視眼が多く,閉塞隅角緑内障を合併することがある.黄斑部は,卵黄様病変を呈することはなく,黄斑浮腫あるいは黄斑下液を伴う.眼底全体のRPE異常がみられ,網膜下の白色斑を伴うことがある.この白色斑はFAFで容易に観察することができる.VMDと同様にEOGのLPが低下あるいは消失する.VMDでは全視野ニズムで細胞体積が上昇し,視細胞外節とRPEが接する(図7bおよびc).塩素イオンが開き,RPE細胞体積が減少するとともに外節の先端がRPE内に取り込まれる(図7dおよびe).このように,塩素イオンチャンネルは網膜下の水の移動や視細胞外節の貪食機能と関係している.したがって,塩素イオンチャンネルの機能低下は,VMDでみられる黄斑下の滲出液の貯留および沈着物と関連していると考えられる.4)重炭酸イオンチャンネル(HCO3?channel)ベストロフィンは,重炭酸イオンチャンネルとしてRPE細胞内のpH調節を行っている.視細胞は酸素消費量が高く,視細胞周囲に二酸化炭素が蓄積する.二酸化炭素は重炭酸イオンとしてRPE内に取り込まれる.Basalmembraneには重炭酸イオンチャンネルがあり,重炭酸イオンを脈絡側に放出し,RPE細胞内のpHを一定に保っている.RPEに貪食された視細胞外節はライソゾーム系によって消化される.RPE内のpHはライソゾーム系の機能を調節する役割を果たしている.したがって,VMDでは,重炭酸イオンチャンネルの機能障害によってRPE細胞内が酸性化し,RPE細胞内のライソゾーム系の機能に異常が生じ,その結果としてリポフスチンが多図7網膜色素上皮の体積の変化と視細胞外節の貪食との関連(文献10より)DarkLightClClH2OCaH2OH2OH2OlipidsOSRPENa,HCO3,aminoacidsNa,HCO3,aminoacidsabcdeあたらしい眼科Vol.28,No.7,2011943刺激ERGは正常であるが,ARBでは杆体および錐体系のERG振幅が低下する.AVMDは,30~40歳代で発症する.VMDの眼底所見に類似した病変を呈するが,EOGは正常であることが多い.したがって,AVMDはVMDとは異なる疾患と考えられてきたが,一部のAVMD症例ではベストロフィンの遺伝子異常が報告されている.まとめVMDは,RPEに特異的に発現しているベストロフィンの遺伝子異常で発症する.ベストロフィンの機能が明らかになるに従ってVMDの病態が解明されつつある.VMDの症状や眼底所見の浸透率は低いが,EOGの異常所見(L/D比の低下)の浸透率は非常に高い.VMDの診断にはEOGを用いた電気生理学的検査が必須であることを最後に明記したい.文献1)GassJD:Best’sdisease.Stereoscopicatlasofmaculardiseases.Diagnosisandtreatment(GassJD),p236-245,CVMosby,StLouis,19872)BakallB,RaduRA,SantonJBetal:EnhancedaccumulationofA2EinindividualshomozygousorheterozygousformutationsinBEST1(VMD2).ExpEyeRes85:34-43,20073)MarmorMF,LurieM:Light-inducedelectricalresponseofthepigmentepithelium:Physiologicalpropertiesandclinicalsignificanceofthec-wave,standingpotentialchanges(EOG)andmelaninresponse.Theretinalpigmentepithelium(ZinnK,MarmorMF),p226-246,HarvardUniversityPress,Cambridge,19794)SteinbergRH:Interactionsbetweentheretinalpigmentepitheliumandtheneuralretina.DocOphthalmol160:327-346,19855)ArdenGB:Alternationsofthestandingpotentialoftheeyeassociatedwithretinaldisease.TransOphthalmolSocUK82:63-72,19626)MarquardtA,StohrH,PassmoreLAetal:Mutationsinanovelgene,VMD2,encodingaproteinofunknownpropertiescausejuvenile-onsetvitelliformmaculardystrophy(Best’sdisease).HumMolGenet7:1517-1525,19987)PetrikinK,KoistiMJ,BakallBetal:IdentificationofthegeneresponsibleforBestmaculardystrophy.NatGenet19:241-247,19988)SunH,TsunenariT,YauK-Wetal:Thevitelliformmaculardystrophyproteindefinesanewfamilyofchloridechannels.ProcNatlAcadSciUSA99:4008-4013,20029)HartzellC,QuZ,PutzierIetal:Lookingchloridechannelsstraightintheeye:bestrophins,lipofuscinosis,andretinaldegeneration.Physiology20:292-302,200510)XiaoQ,HartzellHC,YuK:Bestrophinsandretinopathies.PflugersArch-EurJPhysiol460:559-569,201011)YardleyJ,LeroyBP,Hart-HoldenNetal:MutationsofVMD2splicingregulatorscausenanophthalmosandautosomaldominantvitreoretinochoroidopathy(ADVIRC).InvestOphthalmolVisSci45:3683-3689,200412)BurgressR,MillarID,LeroyBPetal:BiallelicmutationofBEST1causesadistinctretinopathyinhumans.AmJHumGenet82:19-32,200813)SeddonJM,AfshariMA,SharmaSetal:Assessmentofmutationsinthebestmaculardystrophy(VMD2)geneinpatientswithadult-onsetfoveomacularviterlliformdystrophy,age-relatedmaculopathy,andbull’s-eyemaculopathy.Ophthalmology108:2060-2067,2001(39)

Stargardt病

2011年7月31日 日曜日

0910-1810/11/\100/頁/JCOPYする傾向にある.議論の分かれる部分もあるが,ここででは病態生理に即した観点から,ABCA4異常に関連する網膜症を便宜上Stargardt病と呼称する.近年,臨床症例の集積と分子遺伝生物学の発展により,病態生理の解明が進んでおり,臨床像の理解に非常に有用である.本稿では,近未来に迫った治療導入への準備段階として正確な理解が必要となる最新の臨床的・分子遺伝生物学的特徴について述べていく.I病態生理1997年にAllikmetsらにより原因遺伝子として染色体1番短腕(1p21-p13)9)に局在するABCA4(かつてはABCRとよばれていた)が特定されて以来8),Stargardt病に関する病態生理の解明は飛躍的に進んでいる.ABCA4は視細胞の外節円板に局在する蛋白質であるABCA4をコードする.ABCA4は視サイクル(visualcycle)において外節円板における膜輸送蛋白質として機能しており,オールトランスレチナール(all-transretinal:transRAL)がフォスファチジルサノラミン(phosphatidylethanolamin:PE)と結合して合成される,N-レチニリジン-フォスファチジルサノラミン(N-retinylidene-PE)を,視細胞外板内から細胞質への輸送する役割を担っている14,15)(図1A,B).ABCA4が異常をきたした場合,すなわち疾患個体では,輸送機能が失活した結果,視細胞外節内にtransRALとN-retinyliはじめにStargardt病(Stargardt-fundusflavimaculatus)は1909年にStargardtが最初に報告した疾患で,若年者に発症し,両眼性,進行性の黄斑部感覚網膜,色素上皮(retinalpigmentepithelium:RPE)の萎縮病変,その周囲に散在する多発性黄色斑(fleck)を特徴とする1?5).常染色体劣性の遺伝形式をとり,遺伝性網膜疾患のなかでも頻度の高い疾患の一つに数えられている.特に欧米では約8,000?10,000人に1人の割合で発症するといわれている6).1962年のFranceschettの報告以降,黄斑萎縮が軽度でfleckが顕著に認められる黄色斑眼底(fundusflavimaculatus)とは異なる疾患と考えられていた7)が,後に両者とも原因遺伝子がATP-bindingcassette,sub-familyA,member4(ABCA4)8)であり,同一遺伝子に起因することが確認された結果9),現在では同一疾患と考えられている.ABCA4異常による疾患(ABCA4retinopathy)はきわめて多彩な表現型を呈する10?13).具体的には,黄斑部に病変が限局する黄斑ジストロフィ,錐体細胞全体が機能障害を有する錐体ジストロフィ,錐体細胞,杆体細胞両者が障害を有する錐体杆体ジストロフィ,加齢黄斑変性症などの表現型を示す.従来,眼底所見を中心に黄斑ジストロフィとして認識されてきたStargardt病の印象とはかけ離れた臨床像のものもあるが,欧米ではABCA4異常に関連する網膜症をすべてStargardt病と(23)927*KaoruFujinami:Genetics,MoorfieldsEyeHospital,UniversityCollegeLondon,UnitedKingdom/東京医療センター・臨床研究センター(感覚器センター)視覚生理学研究室〔別刷請求先〕KaoruFujinami,Genetics,MoorfieldsEyeHospital,UniversityCollegeLondon,CityRoad,London,EC1V2PD,UnitedKingdom特集●遺伝性網膜・黄斑ジストロフィアップデートあたらしい眼科28(7):927?936,2011Stargardt病Stargardt-FundusFlavimaculatus藤波芳*928あたらしい眼科Vol.28,No.7,2011(24)ABClipofuscin図1視サイクル(A),ABCA4輸送(B),および疾患個体における細胞障害(C)A:ABCA4蛋白の局在と視細胞外節と網膜色素上皮(RPE:retinalpigmentepithelium)における視サイクル(visualcycle)の模式図.cisRALは視細胞外節板でロドプシンが光反応による変化を受けた際にtransRALへと変化し,視細胞外節板細胞膜に存在するABCA4により外節板内(intradiscalspace)から細胞質(cytoplasma)へ輸送され,transROLの形でRPE細胞内へ運ばれる.transROLはtranseaterを経て,cisROLとなり,RDH5(11-cisレチノールデヒドロゲナーゼ)の働きでcisRALへと変化し最終的に視細胞外節へと輸送される.cisRAL:11シスレチナール(11-cisretinal),transRAL:オールトランスレチナール(all-transretinal),transROL:オールトランスレチノール(all-transretinol),transEster:オールトランスレチニルエスター(all-transretinylester),IRBP:細胞内レチノイド結合蛋白質(inter-photoreceptorretinoid-bindingprotein),CRALBP:細胞レチナール結合蛋白質(cellularretinaldehyde-bindingprotein),SER:滑面小胞体(smoothendoplasticreticulum).B:ABCA4輸送.ABCA4蛋白質はtransRALをPE(phosphatidylethanolamine)と結合した形で外節板内(intradiscalspace)から細胞質(cytoplasma)への輸送する機能を果たしている.C:ABCA4異常疾患個体におけるA2E蓄積.視細胞外節内(intradiscalspace)にN-retinylidene-PEが蓄積し,RPEによる貪食,リソソームによる分解を経て,自発蛍光物質であるリポフスチン(lipofuscin)のおもな要素であるジ・レチノイド・ピリディニアムエサノラミン(A2E:di-retinoid-pyridiniumethanolamine)がRPEにし細胞障害をひき起こす.(25)あたらしい眼科Vol.28,No.7,2011929一方で59%の患者が20/200以下の視力低下を呈することを示した18).また,検眼鏡的中心窩所見が温存されている25%程度の患者群(fovealsparingsubset)については視力が比較的良好であり,初診時年齢が20歳以上であれば視力予後が比較的良いことも示している18).検眼鏡的所見で特徴となる黄斑萎縮,fleckはすべての症例にみられるわけではなく,眼底所見はきわめて多彩である.一般に典型的な眼底と考えられるものを図2に示す.小児期において検眼鏡的異常所見が明確な症例やRPEの異常が顕著で動静脈の狭小化や色素沈着が強い症例など,経年変化や多彩な重症度を診断の際に考慮する必要がある(図3,4).また検眼鏡的に類似した黄斑萎縮や標的黄斑症(bull’seyemaculopathy)を呈する他疾患も存在し,PRPH2(RDS)retinopathy,PROM1retinopathy,ELOV4retinopathyとの眼底所見のみによる鑑別はむずかしい19)(図5).PRPH2(RDS),PROM1,ELOV4は常dene-PEが蓄積し,RPEによる貪食,リソソームによる分解を経て,自発蛍光物質であるリポフスチンのおもな要素であるジ・レチノイド・ピリディニアムエサノラミン(di-retinoid-pyridiniumethanolamine:A2E)がRPEに蓄積する.最終的にはこの物質が細胞障害をひき起こすと考えられている16)(図1C).II臨床的特徴Stargardt病患者は10代からの両眼の視力低下,中心暗点などを主訴に来院することが多いが,発症年齢は就学前後のものから壮年期以降のものまでさまざまである.壮年期発症の症例は比較的軽症であることが多いとされる17).本症は発症初期から視力不良をきたすことが知られており,Rotenstreichらは361名(平均年齢35.7歳)のStargardt病患者のbettereye視力に関する横断的研究報告を行い,23%の患者が20/40以上の視力を有する図2典型的Stargardt病(25歳,男性,ABCA4p.Val931Met/p.Arg1705Glu,網膜電図〔ERG:electroretinogram〕分類Group2)黄斑部感覚網膜,色素上皮の萎縮病変,その周囲に散在する多発性黄色斑(fleck)を認める.左:検眼鏡的所見,中:自発蛍光眼底所見(fundusautofluorescence:FAF)所見,右:光干渉断層計(opticalcoherencetomography:OCT)所見.図3小児Stargardt病(11歳,男児,BCA4p.Leu1108Cys/p.Leu2027Phe,ERG分類Group1)検眼鏡的には微細な変化を認めるのみだが(左),FAF所見では黄斑部低蛍光所見とその周囲の異常蛍光所見を呈し(中),OCT所見では顕著な黄斑部感覚網膜,RPEの萎縮所見を認める(右).930あたらしい眼科Vol.28,No.7,2011(26)angiography:FA)所見,電気生理学的所見,分子遺伝学的診断を含めた包括的なアプローチが確定診断には重要である.染色体優性遺伝疾患であり詳細な家族歴の聴取が大きなヒントとなる,加えて眼底自発蛍光(fundusautofluorescence:FAF)所見,蛍光眼底造影(fluorescein図4重症Stargardt病(48歳,男性,ABCA4c.6709insertiongflameshift/他方のアリルの異常は不明,ERG分類Group3)検眼鏡的には網膜周辺部まで広がる顕著な色素沈着,広範にわたるRPEの萎縮所見,網膜血管の狭小化,視神経萎縮を認める(左).FAF所見では萎縮部に一致した低蛍光所見,peripapillarysparingを認める(中).OCTにおいても黄斑部感覚網膜,RPEの萎縮所見が顕著である(右).図5標的黄斑症(Bull'seyemaculopathy)を示す他疾患(45歳,女性,PROM1p.Arg373Cyshomozygous)検眼鏡(左),FAF(中),OCT(右)ともに標的黄斑症の所見を呈する.図6Stargardt病の背景低蛍光所見(36歳,男性,ABCA4c.5222deletiontggtggtgggc/p.Gly1961Glu,ERG分類Group1)検眼鏡的には軽微な標的黄斑症(Bull’seyemaculopathy)所見を示している(左).FAF所見では黄斑部異常蛍光所見を示し(中),蛍光眼底造影検査(FA)では顕著な背景低蛍光所見(darkchoroid)と網膜萎縮部に一致したwindowdefectが認められる(右).(27)あたらしい眼科Vol.28,No.7,2011931い場合などには診断に有用である(図6).報告によってさまざまであるが,darkchoroidの所見は半数から最大では86%の症例20)にみられるとされているが,ABCA4遺伝子異常が確認された症例を集積した報告文献は限られていることもあり21),100%の確定診断はむFA所見では黄斑萎縮に一致したwindowdefectによる過蛍光,fleck部分での異常蛍光を呈する.背景低蛍光所見(darkchoroid)は特徴的であり,Bonninらの報告ではリポフスチンの蓄積により背景蛍光がブロックされた所見であるとされている.検眼鏡的所見が顕著でな図7Stargardt病の電気生理学的分類症例1(Pt1)Group1Stargardt病(59歳,女性,ABCA4p.Cys54Tyr/他方アリルの異常は不明).黄斑機能を反映するパターンERG(PERG)は顕著異常を示すが,全視野刺激ERGは正常であり,網膜機能異常が黄斑部に限局されている.10年の経過観察期間中に加齢によるERGの変化はあるものの,1998年,2009年とも全視野刺激ERGは正常である.症例2(Pt2)Group2Stargardt病(46歳,男性,ABCA4p.Cys54Tyr/他方アリルの異常は不明).1998年撮影時ERGではPERG顕著異常と網膜全体の錐体機能を反映する明順応下全視野刺激錐体系ERG(30HzフリッカERG:LA3.030Hz,錐体ERG:LA3.02Hz)に異常を認める.すなわち網膜機能異常が黄斑部だけでなく網膜全体の錐体細胞に広がっていることが示唆される.杆体細胞機能は正常であり,Group2に分類される.2009年撮影時には明順応下全視野刺激錐体系ERGの顕著異常に加えて,杆体細胞機能を反映する暗順応下全視野刺激杆体ERG,暗順応下全視野刺激錐体杆体混合ERG(杆体ERG:DA0.01,最大応答ERG:DA11.0)においても異常が認められ,10年の経過でGroup3への進行を認めた.症例3(Pt3)Group3Stargardt病(43歳,女性,ABCA4p.Cys2150Tyr/他方アリルの異常は不明).1998年には,PERG顕著異常,明順応下全視野刺激錐体系ERG(30HzフリッカERG:LA3.030Hz,錐体ERG:LA3.02Hz),杆体ERG(DA0.01),最大応答ERG(DA11.0)において顕著な減弱所見を呈する.網膜機能異常が黄斑部だけでなく網膜全体の錐体細胞・杆体細胞に広がっているGroup3と診断された.2009年撮影のERGではほぼすべての反応が消失しており,10年の経過で網膜機能が急激に失われたことを示している.932あたらしい眼科Vol.28,No.7,2011(28)群(黄斑部網膜電図〔electroretinogram:ERG〕のみで異常を呈し全視野刺激ERGは正常),Group2:網膜機能異常が黄斑部だけでなく網膜全体の錐体細胞に広がっている群(黄斑部ERG,全視野刺激錐体系ERGで異常,全視野刺激杆体ERGは正常),Group3:網膜機能異常が黄斑部だけでなく網膜全体の錐体細胞・杆体細胞に広がっている群(黄斑部ERG,全視野刺激錐体系ERG,全視野刺激杆体ERGすべて異常)の3群に分けられる.英国Moorfields眼科病院にて39名の10年間のコホート研究対象患者では,Group1患者のうち80%が経過観察中に網膜機能の明らかな低下を認めなかったのに対して,Group3患者の100%が有意な網膜機能低下を示した32).また,電気生理学的分類は病気の発症年齢,視力障害,FAF所見の重症度や進行にも関連しており,Group3患者は顕著な病状進行を示し,予後予測やインフォームド・コンセントに非常に有用な情報となる.III分子遺伝学的診断多彩な臨床像を呈する本疾患において分子遺伝学的確定診断はきわめて有効である.しかしながら,ABCA4の遺伝子検索もしくは分子遺伝学的確定診断は現時点では容易ではない.第一にABCA4は128Kbp(bp:basepair)を超える塩基対,50のエクソン,2,273個のアミノ酸情報に対応したコドンを有する巨大な遺伝子であり,量的な問題でシークエンスに多大な費用,時間,労力が必要となるからである.各エクソンをPCR(polymerasechainreaction)法で増幅し,その塩基配列を直接ダイレクトシークエンス法(Sanger法)を用いて解析する方法が現在においてもゴールドスタンダードであるが,ABCA4に関しては,成熟メセンジャーRNAを作成する過程(スプライシング)で削除されるイントロン部の異常が疾患発現に関与するとの報告33?35)もあるため,すべてのエクソンに加えて,過去に報告されたイントロン部位の異常もすべてカバーしてダイレクトシークエンスをする必要がある.比較的頻度の高いStargardt病患者,すべてにおいて前述のダイレクトシークエンスを行うのは周辺機器が進歩した現在でも時間,労力,費用の点から容易ではない.第二にABCA4は遺伝的多型性に富んでいて,発現蛋白質が失活するような無効対ずかしいといわれている.FAFは非侵襲的にRPEに蓄積されたポフスチン分布を捉えることが可能であり22),前述のようにリポフスチンのおもな要素であるA2EがRPEに蓄積する本疾患では病態を直接的に反映する有用な検査法である.Stargardt病においては背景過蛍光,黄斑萎縮部の低蛍光(初期病変では過蛍光),fleck部に一致した異常蛍光が特徴となる23,24).また,FAF所見で顕著となるperipapillarysparing所見も診断に有用である25).Peripapillarysparingとは視神経乳頭周囲部分の感覚網膜,RPEの構造,機能が著明に温存される所見をいい,後極部網膜全域に病変が広がった症例においてもperipapillarysparingはほぼ全例に認められる.FAFにおける黄斑萎縮部に一致した低蛍光部位における経時的拡大所見や電気生理学的機能評価との関連の報告もあり,一般に全視野刺激網膜電図において杆体細胞障害のある症例は低蛍光部位が広く,拡大速度も速いとされている26,27).英国Moorfields眼科病院での10年間のコホート研究対象患者32名に対しての調査においても,同様の結果が示唆された.光干渉断層計(opticalcoherencetomography:OCT)像は形態学的評価において非常に有用であり,黄斑萎縮部分における感覚網膜,RPEの菲薄化が顕著な所見となる24,28)(図7).特にspectraldomainOCT(SDOCT)においては詳細な観察が可能で,視細胞外節内節境界の構造異常が感覚網膜の菲薄化やFAFの異常部に対して先行する症例も示されている24).Fleckは高反射な隆起物としてRPEから大きいものでは外顆粒層まで貫くドーム状沈着物として観察される29).さらにアダプティブオプティクスイメージング(adaptiveopticsimaging)の技術進歩に伴い,2011年に初めて臨床現場におけるStargardt病患者の視細胞障害に関する微視的評価の報告がなされ30),治療評価への有効な手段となることが期待されている.電気生理学的機能評価はStargardt病の診断,病態評価,進行評価になくてはならない存在である.多彩な眼底所見を呈する本症においてLois,Holderらによる電気生理学的分類31)は非常に有用である(図7).具体的にはGroup1:網膜機能異常が黄斑部に限局されているあたらしい眼科Vol.28,No.7,2011933立遺伝子(nullallele)が確認できれば判断に困ることは少ないが,現実には一塩基置換によるミスセンス変異が確認された場合にその変異が発現蛋白質にどれだけの影響を与えるかの判断は非常に困難である11).比較的頻度が高くStargardt病との統計学的関連が示されている,p.Arg212Cys,p.Leu541Pro,p.Ala1038Val,p.Arg1108Cys,p.Pro1380Leu,IVS39+5g>a(splicingsite),p.Gly1961Glu,p.Leu2027Phe,p.Arg2107Hisなどのミスセンス変異もあるものの,現在報告されている500を超える遺伝子異常のすべてにおいて表現型との確実な関連付けがなされているわけではないのが現状である.近年ではABCA4に関する既知の遺伝子異常部位をDNAマイクロアレイを用いてスクリーニングする手法が,時間,労力,費用の点で比較的容易な手段と認識されている.日々更新される新規遺伝子異常に関する情報をいち早く取り入れている利点を考慮して,AsperBiotech社などの外部企業に委託する方法が主流となってきている.一方でDNAマイクロアレイを用いたスクリーニングで遺伝子異常が検出されなかった場合(遺伝子異常が否定されたことにはならない)や遺伝子異常が1つ検出された場合(常染色体劣性遺伝の場合は2本のアレル両者の異常が確定診断になる)などでは別の手法での確認が必要になるので,確実な方法ではないことへの留意が必要である.フランスInstituteofdelaVisionのAudoらは黄斑部に病変の異常が限局しているGroup1Stargardt病と診断され,常染色体劣性遺伝が疑われる125名の患者に対して,AsperBiotech社製のABCA4マイクロアレイを用いた遺伝子スクリーニングを行ったところ,66.4%の患者で1つ以上の遺伝子異常が検出され,さらにAsperchip陽性群の患者を対象にダイレクトシークエンス(Sanger法)を行った結果,77%にcompoundheterozygous(2本のアレともに遺伝子異常が確認されたもの)もしくはhomozygousの遺伝子異常が確認され,分子遺伝学的確定診断に至ったことを報告した.2010年よりRocheGenomeSequencerFLXSystem(FLX),IlluminaGenomeAnalyzer(GA),AppliedBiosystemsSOLiDSystem(SOLiD)などが広く商用化されたことで,ネクストジェネレーションシークエンス(NGS:NextGenerationSequence)36)テクニックが世界中に広がり,眼科領域の分子遺伝生物学分野にも多大なインパクトを与えている.詳しい解説は他稿に譲るが,これまで20年にわたりゴールドスタンダードとして分子遺伝学的確定診断を支えてきた自動サンガー法(automatedSangermethod)に比べ,NGSでは桁違いの数のシークエンス解析が可能となったことが大きな違いといえる.一度の解析で解読可能な全シークエンス領域の塩基対数はFLXでは約450Mbp,GAでは約18?35Gbp,SOLiDでは約30?50Gbpと報告されている36).2010年5月現在,眼科領域においても多くの疾患関連遺伝子を一度に包括的に検索する有効な手法として用いられはじめている37).ABCA4の遺伝子検索においてNGSはイントロン部を含めた遺伝子検索を行ううえで有効な手段であることは明白である.その一方でそれぞれ遺伝子異常によりひき起こされる機能異常が確認されていない現状にさらなる新規遺伝子異常が発見されれば,genotype-phenotypecorrelationの確立が現在以上にむずかしくなることが予想できる.今後数年内のNGS費用のコストダウンによる汎用化は確実であり,それらの科学技術の進歩に対応できる表現型に関する詳細な観察はさらに重要度を増すことと思われる.IV治療2011年5月現在臨床の現場で有効な治療法は確立されていないのが現状である.本稿では一般的に実現に近いと思われるinvivoの治療法である視サイクル阻害薬による薬物療法とレンチウイルスベクターを用いた遺伝子治療の進歩について紹介する.前述のようにStargardt病は視細胞外節内にtransRALとN-retinylidene-PEが蓄積し,A2EがRPEに蓄積することにより細胞障害をひき起こしていると考えられている16).すなわち視サイクルの活発化に比例してA2EがRPEに蓄積し,細胞障害が進行することが予想される.この悪循環に抑制をかけるため,A2Eの合成を阻害する薬理学的アプローチが試みられており,動物実験においてその有効性が立証されている38,39).ABCA4ノックアウト(abca4?/?)マウスモデルにおい(29)934あたらしい眼科Vol.28,No.7,2011てイソトレチノイン(isotretinoin:13-cis-retinoicacid)は11-cis-retinaldehyde(cisRAL)の合成を抑制し,視サイクル内でのロドプシン(rhodopsin)の再生を阻害する結果,細胞障害物質であるA2Eの合成を阻害する効果が示唆された(図1).イソトレチノインに代表される視サイクル抑制薬(VCM:visualcyclemodulators)の有効性はStargardt病に限らずA2Eの細胞障害に起因するELOVE4retinopathyや加齢黄斑変性症にも有効であると考えている.Acucela社によるACU-4429は経口摂取タイプのVCMの先駆的存在であり,動物実験での有効性,ヒトへの安全性が立証され40?42),現在米国で治験第二相において少数の患者に対する有効性・安全性などの検討がされている.2007年に英国Moorfields眼科病院にてRPE65retinopathy患者を対象に,アデノ関連ウイルスベクター(recombinantadeno-associatedvirusvectorserotype2)を用いた遺伝子治療の有効性が報告されたのは記憶に新しい43).Stargardt病に関する遺伝子治療についてもABCA4ノックアウト(abca4?/?)マウスを用いた報告があり,約7Kbpといわれる比較的大きなヒトABCA4cDNAの輸送が可能な馬伝染性貧血ウイルス由来レンチウイルスベクター(equineinfectiousanemiavirus-derivedlentiviralvectors)を用いた研究では網膜下注入による治療を受けたマウス眼においてA2Eの蓄積が優位に低いことが示された44).レンチウイルスベクターを用いた遺伝子治療がStargardt病の治療として臨床の現場に導入される日もそう遠くないかもしれない.治療のオプションが具体的に示される昨今,臨床現場において必要になることは適応患者の選別である.東京医療センターならびに英国Moorfields眼科病院では上記治療への候補となりうる,壮年期までFAFで中心窩所見が温存されている患者群(fovealsparingsubset)を同定した45,46).一般のStargardt病患者においては中心窩感覚網膜の異常が早期から起こるのに対し,この患者群においては中心窩以外の網膜障害が進行にもかかわらず,中心窩機能が病後期まで温存される独特な機序を有しており,中心窩機能維持のための治療が望まれる(図8).おわりにStargardt病の診断,病態評価には,詳細な病歴・家族歴,検眼鏡的所見,FA・FAF所見,OCT所見,電気生理学的所見,分子遺伝学的解析に関して包括的な知識が必要である.分子遺伝学的解析がいくら発展したとしても,臨床の現場における診断が正確になされなければ遺伝学的確定診断に至ることはなく,さらには病態生理に即した治療への距離も埋まらないように思われる.眼科医一人ひとりによる「正しい知識に基づく診断」が患者カウンセリングや近未来の治療への土台作りに必要不可欠である.謝辞本研究は厚生労働省科学研究費,鈴木謙三記念医学応用研究財団,三越厚生事業団,DaiwaAngro-JapanFoundation,Fight(30)図8Stargardt病fovealsparingsubset(65歳,男性,ABCA4IVS35-10t>c/p.Arg2030Gln,ERG分類Group1)検眼鏡(左),FAF所見で中心窩所見が温存されているのが認められ(中),OCT所見においても温存された中心窩構造が確認できる(右).あたらしい眼科Vol.28,No.7,2011935ForSight,SpecialTrusteesofMoorfieldsEyeHospital,MacularDiseaseSocietyによる研究助成を受けたものである.今回総説執筆にあたり,平素よりご指導いただいている愛知医科大学理事長・三宅養三教授,資料提供をいただいたMoorfieldsEyeHospital,UniversityCollegeLondonのGrahamE.Holder教授,AnthonyT.Moore教授,AndrewR.Webster教授,AnthonyG.Robson先生,MichelMichaelides先生に深謝いたします.文献1)三宅養三:黄斑ジストロフィー.日眼会誌107:229-241,20022)近藤峰生:黄斑ジストロフィの診断.あたらしい眼科22:573-380,20053)近藤寛之:黄斑ジストロフィ.臨眼62:374-382,20084)堀田喜裕:遺伝性眼疾患.日眼会誌110:545-559,20065)藤波芳,角田和繁:黄斑ジストロフィの遺伝子異常.眼科53:239-255,20116)BlacharskiPA:Fundusflavimaculatus.In:NewsomeDA,ed.RetinalDystrophiesandDegenerations.p135-159,NewYork,RavenPress,19887)FranceschettiA:Aspecialformoftapetoretinaldegeneration:fundusflavimaculatus.TransAmAcadOphthalmolOtolaryngol69:1048-1053,19658)AllikmetsR,SinghN,SunHetal:AphotoreceptorcellspecificATP-bindingtransportergene(ABCR)ismutatedinrecessiveStargardtmaculardystrophy.NatGenet15:236-246,19979)KaplanJ,GerberS,Larget-PietDetal:AgeneforStargardt’sdisease(fundusflavimaculatus)mapstotheshortarmofchromosome1.NatGenet5:308-311,199310)FishmanGA,StoneEM,GroverSetal:VariationofclinicalexpressioninpatientswithStargardtdystrophyandsequencevariationsintheABCRgene.ArchOphthalmol117:504-510,199911)WebsterAR,HeonE,LoteryAJetal:AnanalysisofallelicvariationintheABCA4gene.InvestOphthalmolVisSci42:1179-1189,200112)FukuiT,YamamotoS,NakanoKetal:ABCA4genemutationsinJapanesepatientswithStargardtdiseaseandretinitispigmentosa.InvestOphthalmolVisSci43:2819-2824,200213)FukuiT,FujikadoT,TsujikawaMetal:NullABCA4genemutationsfoundinJapanesepatientswithpanretinaldegeneration.JpnJOphthalmol50:179-181,200614)SunH,SmallwoodPM,NathansJ:BiochemicaldefectsinABCRproteinvariantsassociatedwithhumanretinopathies.NatGenet26:242-246,200015)SunH,NathansJ:MechanisticstudiesofABCR,theABCtransporterinphotoreceptoroutersegmentsresponsibleforautosomalrecessiveStargardtdisease.JBioenergBiomembr33:523-530,200116)MoldayRS,ZhongM,QuaziF:TheroleofthephotoreceptorABCtransporterABCA4inlipidtransportandStargardtmaculardegeneration.BiochimBiophysActa1791:573-583,200917)YatsenkoAN,ShroyerNF,LewisRAetal:Late-onsetStargardtdiseaseisassociatedwithmissensemutationsthatmapoutsideknownfunctionalregionsofABCR(ABCA4).HumGenet108:346-355,200118)RotenstreichY,FishmanGA,AndersonRJ:VisualacuitylossandclinicalobservationsinalargeseriesofpatientswithStargardtdisease.Ophthalmology110:1151-1158,200319)MichaelidesM,HuntDM,MooreAT:Thegeneticsofinheritedmaculardystrophies.JMedGenet40:641-650,200320)FishmanGA,FarberM,PatelBSetal:VisualacuitylossinpatientswithStargardt’smaculardystrophy.Ophthalmology94:809-814,198721)JayasunderaT,RhoadesW,BranhamKetal:PeripapillarydarkchoroidringasahelpfuldiagnosticsigninadvancedStargardtdisease.AmJOphthalmol149:656-660,201022)vonRuckmannA,FitzkeFW,BirdAC:Distributionoffundusautofluorescencewithascanninglaserophthalmoscope.BrJOphthalmol79:407-412,199523)LoisN,HalfyardAS,BirdACetal:FundusautofluorescenceinStargardtmaculardystrophy-fundusflavimaculatus.AmJOphthalmol138:55-63,200424)GomesNL,GreensteinVC,CarlsonJNetal:AcomparisonoffundusautofluorescenceandretinalstructureinpatientswithStargardtdisease.InvestOphthalmolVisSci50:3953-3959,200425)CideciyanAV,SwiderM,AlemanTSetal:ABCA4-associatedretinaldegenerationssparestructureandfunctionofthehumanparapapillaryretina.InvestOphthalmolVisSci46:4739-4746,200526)ChenB,ToshaC,GorinMBetal:Analysisofautofluor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Leber 先天盲(Leber 先天黒内障)

2011年7月31日 日曜日

0910-1810/11/\100/頁/JCOPYるもの(RDH12,LRAT,RPE65),視細胞の発生や構造に関連するもの(CRX1,CRB1),視細胞内の蛋白輸送(transportacrossthephotoreceptorconnectingcilium)に関連するもの(TULP1,RPGRIP1,CEP290,LCA5),その他(IMPDH1,MERTK,RD3,SPATA7)に分けられる(LCA9はまだ詳細がわかっていない).遺伝子変異の検索方法としては,AsperOphthalmics社(エストニア)のLCAmutationchipを使用したマイクロアレイ解析が最も汎用されている.I疾患概念レーバー先天黒内障(Leber’scongenitalamaurosis:LCA)は,1869年Leberによって報告された網膜色素変性(retinitispigmentosa:RP)の類縁疾患で,生後早期(多くは生後6カ月以内)より高度に視力が障害される1).これまでに16種類の原因遺伝子が同定されており,ほとんどが常染色体劣性遺伝の形式をとる2,3).80,000出生に1?2人の頻度で認められ,先天盲の約20%を占めるとされている4).近年,LCAの原因遺伝子の一つであるRPE65を欠損した患者に対する遺伝子治療が英国,ならびに米国の3つの施設において臨床応用(phaseI)され,安全性に大きな問題がなく,さらに一部の被験者で治療効果が認められたと報告された5~7).II病因:原因遺伝子LCAは遺伝的異質性をもつ疾患であるが,全患者の約70%がこれまでに同定された16種類の原因遺伝子(表1)のいずれかにより発症している2).原因遺伝子の中で最も頻度が高いのが,CEP290で全体の約15%を占める.報告により差があるものの,以下,GUCY2D(約12%),CRB1(約10%),RPE65,AIPL1,RPGRIP1などの頻度が高いとされている2,3).これらの遺伝子を機能で分類すると,phototransductionに関連するもの(AIPL1,GUCY2D),レチノイドサイクルに関連す(17)921*YasuhiroIkeda:九州大学大学院医学研究院眼科学分野〔別刷請求先〕池田康博:〒812-8582福岡市東区馬出3-1-1九州大学大学院医学研究院眼科学分野特集●遺伝性網膜・黄斑ジストロフィアップデートあたらしい眼科28(7):921?925,2011Leber先天盲(Leber先天黒内障)Leber’sCongenitalAmaurosis池田康博*表1LCAの原因遺伝子LCAtype遺伝子染色体部位遺伝形式LCA1GUCY2D17p13.1ARLCA2RPE651p31ARLCA3SPATA714q31.3ARLCA4AIPL117p13.1ARLCA5LCA56q14.1ARLCA6RPGRIP114q11ARLCA7CRX19q13.3ADLCA8CRB11q31-q32.1ARLCA9LCA91p36ARLCA10CEP29012q21.3ARLCA11IMPDH17q31.3-q32ADLCA12RD31q32.3ARLCA13RDH1214q23.3ARLCA14LRAT4q31ARMERTK2q14.1ARTULP16p21.3ARAR:常染色体劣性遺伝,AD:常染色体優性遺伝.922あたらしい眼科Vol.28,No.7,2011(18)ある.LCAでは,oculodigitalsign(指眼現象)という拳や指を眼球に繰り返し押しつける行動がよく観察される8)(図1).この行動は,盲児に認められる共通の行動(blindism)で,LCAだけに認められるものではないが特徴的である.視力は,ほとんどの症例が0.1以下である.しかしながら,原因遺伝子がRDH12,RPE65,CRB1である症例のなかには,視力が比較的良好なものも認められ,平均視力が他の原因遺伝子の症例よりも良いと報告されている9).また,まれではあるが視力が改善する症例があったことが報告されている10,11).一般に高度な遠視眼が多く,円錐角膜や白内障が高頻度に合併するため,視機能はさらに障害される.眼底所見は,症例によりさまざまであるが,血管狭小化,視神経萎縮,黄斑部の変性,骨小体様色素沈着,胡麻塩状網膜,などの所見が認められる2)(図2).一方で,視機能が高度に障害されている症例でも新生児期には検眼鏡的に眼底の変化がほとんどないものも認められる.網膜電図は,初期より消失型もしくは著しい減弱を示す.光干渉断層計(OCT)の所見は,原因遺伝子によりさまざまであるとされている.RPE65遺伝子異常により発症した幼少時期より視機能異常のある患者の所見は,視細胞の消失を一部は示しているものの比較的正常に近い構造であったと報告されている11).さらにこれまでの報告をまとめると,RPE65遺伝子異常の症例では,年齢が進むにつれて黄斑部の網膜構造が壊れていく傾向にあるようである11~15).GUCY2D遺伝子異常の場合,黄III診断:臨床的特徴,症状,検査所見LCAは遺伝的異質性のみでなく,臨床所見も多様性に富むが,つぎの4つの臨床的な特徴を有する.生後早期からある高度な視機能障害,感覚性眼振(sensorynystagmus),対光反応の欠如,もしくは高度障害(黒内障瞳孔:amauroticpupil),網膜電図の異常(消失型もしくは著しい減弱)である.鑑別疾患としては,幼少時発症の網膜色素変性,Alstrom症候群,Batten病などがある.LCAにはしばしば,精神発達遅滞,自閉症,てんかん,水頭症,難聴などの全身合併症を伴う場合が図1Oculodigitalsign(指眼現象)(文献8を改変)ABC図2LCAの眼底写真A:CEP290,B:GUCY2D,C:CRB1.(文献2を改変)AB図3GUCY2D遺伝子異常により発症した症例のOCT像黄斑部網膜の層構造は保たれており,正常眼と大きな違いがない.(文献15を改変)(19)あたらしい眼科Vol.28,No.7,2011923斑部網膜の層構造は保たれており,正常眼と大きな違いがないとされている15)(図3).また,CEP290遺伝子異常の症例では,黄斑部の層構造は乱れているものの,外顆粒層に相当する部分は保たれているとされている15).病理組織学的所見も症例によりさまざまであると報告されており,網膜変性が進行して瘢痕化しているものから,網膜の構造が保たれているものまである2).RPE65遺伝子異常のあるヒト胎児網膜(胎生33週)の病理組織学的検討では,同時期の胎児網膜と比較して網膜の菲薄化が生じおり,視細胞の変性のみでなく,網膜色素上皮細胞や脈絡膜血管の構造変化などがすでにあると報告されている16)(図4).IV治療:遺伝子治療RPE65(LCA2)は網膜色素上皮細胞に発現し11-cis-retinalの産生に関わるが,RPE65遺伝子に変異があると11-cis-retinalが産生されず,視細胞(杆体)が光に反応できなくなり,最終的に視細胞は死に至ってしまう.Aclandらは,このLCA2に対する遺伝子治療法として,AAV(アデノ随伴ウイルス)ベクターを用いた網膜色素上皮細胞(RPE)への正常RPE65遺伝子導入という方法を試み,イヌのLCA2モデルにおいて著明ONLONLAB図4胎生33週のヒト正常網膜(A)とRPE65遺伝子異常のあるヒト胎児網膜(B)の病理組織像網膜全体が菲薄化しており,特に外顆粒層(ONL)は薄くなっている.(文献16を改変)図5LCA2に対する遺伝子治療臨床研究の結果A:臨床研究のサマリー,B:症例3のマイクロペリメトリー検査.治療眼である右眼の網膜感度が上昇している.(文献5より)PatientNo.VisualAcuity(LogMAR)MicroperimetryVisualMobility(TravelTime)1StudyeyeControleye1.16→0.860.88→0.78変化なし42→50sec44→38sec2StudyeyeControleye1.52→1.521.62→1.58変化なし42→35sec37→35sec3StudyeyeControleye0.76→0.760.54→0.44投与部位の感度改善77→14sec37→13secABCopyrightc2008MassachusettsMedicalSociety.Allrightsreserved.924あたらしい眼科Vol.28,No.7,2011(20)おわりにLCAは非常にまれな疾患であり,筆者自身も1症例のみの経験しかない.しかしながら,上記のような新しい治療法により視機能の改善が望める疾患となりつつあるので,診断を誤らないように疾患の特徴をしっかりと把握する必要がある.文献1)LeberT:UberRetinitispigmentosaundangeboreneAmaurose.GraefesArchKlinOphthalmol15:1-25,18692)denHollanderAI,RoepmanR,KoenekoopRKetal:Lebercongenitalamaurosis:genes,proteinsanddiseasemechanisms.ProgRetinEyeRes27:391-419,20083)LiL,XiaoX,LiSetal:Detectionofvariantsin15genesin87unrelatedchinesepatientswithlebercongenitalamaurosis.PLoSOne6:e19458,20114)PerraultI,RozetJM,GerberSetal:Lebercongenitalamaurosis.MolGenetMetab68:200-208,19995)BainbridgeJW,SmithAJ,BarkerSSetal:EffectofgenetherapyonvisualfunctioninLeber’scongenitalamaurosis.NEnglJMed358:2231-2239,20086)MaguireAM,SimonelliF,PierceEAetal:SafetyandefficacyofgenetransferforLeber’scongenitalamaurosis.NEnglJMed358:2240-2248,20087)HauswirthW,AlemanTS,KaushalSetal:PhaseItrialofLebercongenitalamaurosisduetoRPE65mutationsbyocularsubretinalinjectionofadeno-associatedvirusgenevector:Short-termresults.HumGeneTher19:979-990,20088)安達惠美子(編著):網膜色素変性症,p64-65,医学書院,19989)WaliaS,FishmanGA,JacobsonSGetal:VisualacuityinpatientswithLeber’scongenitalamaurosisandearlychildhood-onsetretinitispigmentosa.Ophthalmology117:1190-1198,201010)KoenekoopRK,LoyerM,DembinskaOetal:VisualimprovementinLebercongenitalamaurosisandtheCRXgenotype.OphthalmicGenet23:49-59,200211)VanHooserJP,AlemanTS,HeYGetal:Rapidrestorationofvisualpigmentandfunctionwithoralretinoidinamousemodelofchildhoodblindness.ProcNatlAcadSciUSA97:8623-8628,200012)SimonelliF,ZivielloC,TestaFetal:ClinicalandmoleculargeneticsofLeber’scongenitalamaurosis:amulticenterstudyofItalianpatients.InvestOphthalmolVisSci48:4284-4290,200713)JacobsonSG,CideciyanAV,AlemanTSetal:RDH12andRPE65,visualcyclegenescausingLebercongenitalamaurosis,differindiseaseexpression.InvestOphthalmolVisSci48:332-338,2007な治療効果が得られることを報告した17).さらに,小型・中型動物を用いてAAVベクター網膜下投与の安全性を確認した18).2007年2月より英国のグループによって,また2007年9月より米国ペンシルバニア大学のグループによって,ヒトLCA2患者に対する遺伝子治療臨床研究が開始されており,その途中経過が報告された(図5)5~7,19,20).英国での臨床研究では,17?23歳のLCA2患者3名に対して,硝子体切除後に耳上側のアーケード血管周囲から黄斑部を含むよう遺伝子が網膜下投与された.その結果,1名(症例3)では,投与部位に一致した感度の改善を認め,さらに暗所下での行動の著しい改善を認めたと報告されている.米国の臨床研究でも同様に,19?26歳の3名の患者を対象に遺伝子治療が行われ,治療を受けた3名とも対光反応および視野に改善を認め,うち2名では視力の改善も認めたと報告されている5).米国ペンシルバニア大学のグループからの報告6,19)では,初期に低濃度のベクターを投与された3症例(19?26歳)の1.5年の長期経過観察の結果,投与後早期に軽度の免疫反応は生じた(血清中のAAV2に対する抗体が上昇したが,その後ベースラインまで低下した)ものの,重篤な副作用は認めなかったとされている(症例2では,術後14日目に黄斑円孔が生じたが,その形態は1.5年間変化していない.).視力はすべての症例で有意に改善したと報告されている.同様に,米国フロリダ大学とペンシルバニア大学の共同研究グループからの報告7,20)でも,1年間の経過観察期間に重篤な副作用がないこと,光に対する感度が上昇した症例があることが示されている.このように,LCA2に対する遺伝子治療は安全性と治療効果が複数の施設で確認され,症例も着実に積み重ねられているようだ.より若年の症例を適応とすることにより,さらに高い治療効果が期待されるようだ.同様のアプローチでRPE65以外の原因遺伝子により発症するLCAをターゲットした遺伝子治療臨床研究も計画されているようだ.LCA2に対する遺伝子治療の成功は,LCAのみでなく,難治性の網膜変性疾患に対する遺伝子治療の発展を十分に期待させる内容であった.(21)あたらしい眼科Vol.28,No.7,2011925NatGenet28:92-95,200118)AclandGM,AguirreGD,BennettJetal:Long-termrestorationofrodandconevisionbysingledoserAAVmediatedgenetransfertotheretinainacaninemodelofchildhoodblindness.MolTher12:1072-1082,200519)SimonelliF,MaguireAM,TestaFetal:GenetherapyforLeber’scongenitalamaurosisissafeandeffectivethrough1.5yearsaftervectoradministration.MolTher18:643-650,201020)CideciyanAV,HauswirthWW,AlemanTSetal:Vision1yearaftergenetherapyforLeber’scongenitalamaurosis.NEnglJMed361:725-727,200914)JacobsonSG,CideciyanAV,AlemanTSetal:PhotoreceptorlayertopographyinchildrenwithLebercongenitalamaurosiscausedbyRPE65mutations.InvestOphthalmolVisSci49:4573-4577,200815)PasadhikaS,FishmanGA,StoneEMetal:DifferentialmacularmorphologyinpatientswithRPE65-,CEP290-,GUCY2D-,andAIPL1-relatedLebercongenitalamaurosis.InvestOphthalmolVisSci51:2608-2614,201016)PortoFB,PerraultI,HicksDetal:PrenatalhumanoculardegenerationoccursinLeber’scongenitalamaurosis(LCA2).JGeneMed4:390-396,200217)AclandGM,AguirreGD,RayJetal:Genetherapyrestoresvisioninacaninemodelofchildhoodblindness.

錐体(杆体)ジストロフィ

2011年7月31日 日曜日

0910-1810/11/\100/頁/JCOPYな症状となる.錐体杆体ジストロフィではこれらに加えて杆体機能障害が進むと視野狭窄や暗順応障害をきたしうるが,黄斑機能の低下による中心視野の異常が前面に出るので暗順応障害や周辺視野異常などは晩期以外にはさほど自覚されず,したがって注目されないことが多い.静的視野検査では中心暗点に加えて周辺視野感度の低下が検出される.II色覚異常色覚異常については青黄異常,赤緑異常のいずれの異常も示されることがあるが,これらの混合した異常をきたすことも多い.石原式や東京医大式などの仮性同色表による色覚検査はいずれも先天色覚異常を検出するための検査であり,このような錐体ジストロフィや錐体杆体ジストロフィなどによる色覚異常に対してはうまく対応できずに全色盲のパターンをとることが多い.一方でパネルD-15による色相配列検査では正常パターンをとることも多い.III眼底所見眼底所見としては黄斑部の変性をきたす症例が多いため,黄斑ジストロフィに分類されることが多い.錐体ジストロフィにはかねてから標的病巣(bull’s-eyemaculopathy)という所見が代表的とされているが,この所見は錐体ジストロフィに特異的ではなく,網膜色素変性,クロロキン網膜症,他の黄斑ジストロフィや加齢黄斑変はじめに錐体ジストロフィ(conedystrophy)と錐体杆体ジストロフィ(cone-roddystrophy)は,いずれも錐体の遺伝性変性に伴う錐体機能の低下を初発とする進行性疾患であるという点が共通しているが,その障害が錐体機能に限局する病型を錐体ジストロフィと定義し,錐体障害が先行しやがて杆体が障害される病型を錐体杆体ジストロフィと一般にはよんでいる.前項で述べられた網膜色素変性ではまず杆体障害が先行してやがて錐体機能も障害される杆体錐体ジストロフィ(rod-conedystrophy)の病態をとることが定型的と理解されているが,錐体杆体ジストロフィではその逆の進行様式をきたす.しかし両者とも晩期まで進行した例では臨床所見上の区別がつかなくなることも多い.いずれにしてもこれらの疾患群は錐体ないし杆体視細胞を原発とする進行性疾患であり,その診断には錐体機能や杆体機能を別々に評価できる網膜電図(ERG)が必須である.錐体ジストロフィも錐体杆体ジストロフィもその定義上網膜全体に及ぶびまん性の錐体機能障害であることから,全視野刺激で記録した錐体系ERGや30HzフリッカERGの振幅は少なくとも進行期以降は必ず低下する.この点を理解することが診断のポイントとなる.I自覚症状錐体機能障害に伴う視力低下,色覚異常,羞明がおも(9)913*MitsuruNakazawa:弘前大学大学院医学研究科眼科学講座〔別刷請求先〕中澤満:〒036-8562弘前市在府町五番地弘前大学大学院医学研究科眼科学講座特集●遺伝性網膜・黄斑ジストロフィアップデートあたらしい眼科28(7):913?919,2011錐体(杆体)ジストロフィCone(-Rod)Dystrophy中澤満*914あたらしい眼科Vol.28,No.7,2011(10)IV黄斑ジストロフィと錐体ジストロフィの用語上の相違黄斑ジストロフィは遺伝性疾患で黄斑部に限局した変性をきたす疾患と定義され,Stargardt病や卵黄様黄斑ジストロフィなどを代表としてさまざまな疾患が含まれる.一方,錐体ジストロフィは網膜全体の錐体の変性ないし機能低下をきたす疾患であることが原則である.換言すれば,黄斑ジストロフィが眼底所見に基づく疾患概念であるのに対し,錐体ジストロフィはERG所見に基づく疾患概念である.確かに多くの錐体ジストロフィ症例で臨床的に黄斑変性をきたすため黄斑ジストロフィと性でもみられるものでいわば黄斑変性の一つの代表的眼底所見と捉えられるべきものである.また,錐体ジストロフィであってもまったく眼底所見に異常をきたさない例もときに存在する(図1).その他,多くの症例では非特異的あるいは非定型的な黄斑萎縮をきたす(図2).錐体杆体ジストロフィでは初期には黄斑部の変性のみが目立つ変化であったものが,長年の経過とともに次第に周辺部眼底の粗造化が進み黄斑変性に周辺部網膜変性が合併したような所見を呈してくる(図3).AB正常症例ononon図1眼底所見の正常な錐体ジストロフィ症例23歳,女性,矯正視力は「両眼とも0.6,徐々に進行しており羞明も自覚している.A:眼底所見.正常な眼底所見を呈している.左右差はない.B:全視野刺激による錐体杆体ERGではa波の振幅が保たれているが,30HzフリッカERGでは振幅が低下しており,この所見から杆体機能は正常であり,錐体機能のみが選択的に低下していることがわかる.RIGHTRLONLEFTAB図2黄斑萎縮を示す錐体ジストロフィ症例21歳,男性,矯正視力は両眼とも0.2,徐々に低下しており羞明も自覚している.A:眼底には黄斑部に非特異的な萎縮性変化を認める.左右差はない.B:全視野刺激による30HzフリッカERGでは振幅が非常に低下しておりほとんど検出できない.この所見から眼底所見は黄斑部に限局しているが,細胞レベルでは網膜全体の錐体視細胞の異常であることがわかる.(11)あたらしい眼科Vol.28,No.7,2011915BCNormalTyr184Ser35yoTyr184Ser65yoScotopicblueWhiteflashPhotopicred30Hzflicker20ms200μV10ms200μV20ms200μv10ms100μvonononA図3錐体杆体ジストロフィの蛍光眼底所見の1例ペリフェリン・RDS(PRPH2)遺伝子変異(Tyr184Ser)が確認されている家系の1症例(35歳,男性).黄斑部の萎縮性変化に加えて中間周辺部のびまん性の網膜色素上皮レベルの異常がみられる.A:眼底写真ではあまりはっきりしないが黄斑部の類円形の萎縮性変化と中間周辺部のびまん性萎縮がみられる.B:眼底写真の変化は蛍光眼底造影によってよりはっきりと観察される.C:網膜電図所見では本症例(35yo)は錐体系ERG(photoicredと30Hzflicker)の振幅が消失しているのに対し,杆体系ERG(scotopicblueとwhiteflash)の反応は保たれている.本症例の父親(65yo)は錐体系および杆体系ERGともに反応は消失している.916あたらしい眼科Vol.28,No.7,2011(12)たとしても全視野刺激による錐体系ERGの振幅の低下は高々10%でしかなく,見かけ上錐体機能は正常範囲にとどまると判定されてしまう.黄斑ジストロフィでも全視野刺激錐体系ERGで異常が検出できない症例があるのはこのような解剖学的な理由による.多局所ERGないし黄斑部局所ERGにて限局性の錐体障害を検出できるオカルト黄斑ジストロフィは局所的な錐体変性であり,その異常は光干渉断層像でもCOSTオーバーラップし,黄斑ジストロフィに分類することが可能であるが,基本的には錐体系ERGの振幅の低下を確認することなしには診断は不可能である.ここで注意したいことは,錐体は中心窩に高密度で存在するもののその分布は網膜全体に及ぶことからその面積効果が大きく,実際に中心窩に存在する錐体細胞の数は網膜全体の錐体細胞の約10%でしかない,したがって中心窩に限局した変性があってその部位の錐体細胞がすべて消失し表1これまでに判明している錐体ジストロフィ・錐体杆体ジストロフィの原因遺伝子常染色体優性錐体ジストロフィ・錐体杆体ジストロフィ遺伝子略号臨床病型コードされる蛋白質とその機能AIPL1CORD,RP,LCA杆体分子シャペロン,輸送蛋白CRXCORD,RPLCA錐体杆体の分化GUCA1ACD,CORD錐体グアニルシクラーゼ活性化蛋白GUCY2DCORD網膜グアニルシクラーゼPITPNM3CORDフォスファチジルイノシトール輸送膜蛋白PROM1CORD,MD,RP+MDプロミニン1,杆体外節膜陥入PRPH2CORD,RP,MDペリフェリン・RDS,錐体杆体外節円板膜構造維持RIMS1CORD網膜,脳のリボンシナプスに存在SEMA4ACORD,RPセマフォリン4A,T細胞活性化UNC119CORD視細胞リボンシナプスに存在常染色体劣性錐体ジストロフィ・錐体杆体ジストロフィABCA4CORD,RP,STGD全トランスレチナールの視細胞外節からの輸送ADAM9CORDインテグリン関連接着因子CACNA2D4CD電位依存性カルシウムチャネルa2サブユニットCDHR1CORD細胞接着因子,視細胞外節円板発生CEKLCORD,RP網膜神経節細胞特異的神経細胞保護と細胞死CNGB3杆体1色覚,CD錐体cGMP依存性陽イオンチャネルb3サブユニットKCNV2CD電位依存性カリウムチャネルサブユニットPDE6CCD錐体cGMPフォスフォジエステラーゼコンポーネントRAX2CORD網膜ホメオボックス2転写因子RDH5白点状眼底,CD網膜色素上皮細胞レチノールデヒドロゲナーゼGDGRIP1CORD,LCARPGTPaseregulator-interactingprotein1X染色体劣性錐体ジストロフィ・錐体杆体ジストロフィCACNA1FCSNB,CORD電位依存性カルシウムチャネルa1サブユニットRPGR(RP3)CD,RPRPGTPaseregulator〔臨床病型略語〕CORD:錐体杆体ジストロフィ(coneroddystrophy),CD:錐体ジストロフィ(conedystrophy),RP:網膜色素変性(retinitispigmentosa),LCA:レーバー先天盲(Leber’scongenitalamaurosis),STGD:Stargardt病(Stargardtdisease),CSNB:先天性停止性夜盲(congenitalstationarynightblindness).(13)あたらしい眼科Vol.28,No.7,2011917変化すればbull’s-eyemaculopathyを伴った網膜色素変性となることが筆者らにより報告されている5,6).このような例はこれらの家系にとどまらず,これまでに判明している錐体杆体ジストロフィ家系や錐体ジストロフィ家系の原因遺伝子もかなり網膜色素変性の原因遺伝子とオーバーラップしていることがわかる(表1).このようにかつては独立した疾患であると厳格に考えられてきた錐体杆体ジストロフィと網膜色素変性は実は遺伝子レベルではかなり共通の原因からなることが理解されてきている.つまりいずれも視細胞原発性の疾患であり,錐体が先か(より重症か)あるいは杆体が先か(より重症か)の別でしかなく,その両者の別は遺伝子レベルではきわめて微妙な差でしかない例が多いということである.その微妙な差についてはまだ筆者らは十分に説明できる段階にないのが現状ではある.VI錐体ジストロフィと先天色覚異常との異同錐体ジストロフィの原因遺伝子異常の検索によってこの疾患の原因は例外はあるにせよおもに錐体に特異的に発現する遺伝子の異常によって起こる進行性の疾患であることが明らかになってきている(表1).同様に先天色覚異常にも錐体に特異的に発現するいくつかの遺伝子異常が明らかになっている.両者の異同をどう考えるかについて筆者の私見を述べる.通常,高頻度でみられる異常3色覚と2色覚の先天色覚異常では長波長錐体オプシン(L-オプシン)や中波長錐体オプシン(M-オプシン)遺伝子の相同組換えによる異常錐体オプシンの発現によることが最も多いが,これらの変異錐体オプシン蛋白質は恐らく錐体細胞の構造に支障をきたさないものと推定され,錐体変性や視力低下,羞明の原因となることはなく,しかも非進行性であることには疑いがない.これに対して低頻度ではあるが1色覚の一つである杆体1色覚では非進行性の色覚異常と低視力が特徴とされ,原因遺伝子としてCNGA3(錐体サイクリックヌクレオチド関連イオンチャネルa3サブユニット,杆体1色覚の20?30%),CNGB3(錐体サイクリックヌクレオチド関連イオンチャネルb3サブユニット,同40?50%)およびGNAT2(錐体トランスデューシンaサブユニット,同少数)の3者が現在知ら(coneoutersegmenttip)ラインの消失やIS/OS(innersegment/outersegment)ラインの異常として検出可能(安田俊介ら,角田和繁ら,石龍鉄樹ら,第64回日本臨床眼科学会,2010)であるが,その分子レベルでの異常はRP1L1遺伝子の変異1)であり錐体全体に及ぶであろうことが近年証明された.しかし,臨床上本疾患では全視野刺激錐体系ERGでの異常は検出できない.この疾患を錐体ジストロフィの範疇に含めるか黄斑ジストロフィにとどめるかは今後の議論になると思われる.同様に黄斑ジストロフィの代表的疾患であるStargardt病でもその分子レベルでの異常はABCA4遺伝子変異(表1)であり視細胞全体に及ぶのであるから,その本態はびまん性視細胞原発疾患ともいうべきものである2).今後このような臨床病型上の疾患分類と遺伝子検索から明らかになった分子レベルからの疾患分類の使い分けが議論されてゆくものと思われる.V錐体杆体ジストロフィと網膜色素変性との異同錐体杆体ジストロフィについての疾患分類はかつて臨床所見である眼底像やERG所見のみからなされていた3,4).これらの臨床分類により錐体杆体ジストロフィとはいくつかの独立した疾患からなる疾患グループとして理解されていたが,その後の遺伝子検索により視細胞に関連して発現するいくつかの遺伝子異常が発見されるにつれ,同じ視細胞原発性疾患である網膜色素変性の原因遺伝子異常とかなりオーバーラップすることが明らかになった.これはたとえば錐体細胞と杆体細胞とに共通に発現する遺伝子に異常が存在する場合,どちらかというと錐体に障害をより強く及ぼす変異であれば錐体杆体ジストロフィの病型をとり,逆の場合には杆体錐体ジストロフィつまり網膜色素変性の病型をとると推測すればわかりやすい.実際にペリフェリン2(ペリフェリン・RDS,PRPH2)遺伝子のコドン244(AAC,Aはアデニン,Cはシトシン塩基の略)は正常ではペリフェリン・RDS蛋白質のN末端から244番目のアミノ酸であるアルギニンをコードするが,これが点変異でヒスチジン(CAC)に変化すれば錐体杆体ジストロフィとなり,同じ部位が別の点変異によってアスパラギン(AAA)に918あたらしい眼科Vol.28,No.7,2011(14)考えられていたものが,後に錐体外節円板膜にも存在することが明らかになった例もあり,このような新しい知見によって錐体杆体ジストロフィの分子病態を考えるうえで理にかなった説明が可能となった経験が筆者らにはある.したがって,必ずしも現在の知見のみを金科玉条のごとくに考える必要はないと思われる.また,表1にも示したように錐体ジストロフィや錐体杆体ジストロフィの原因遺伝子は一方では網膜色素変性などの他疾患の原因遺伝子となりうることが報告されており,臨床的な疾患概念がかなりのオーバーラップを示すことがわかる.これらの新しい知見を概観すると,これまで臨床所見のみから分類されていた遺伝性網膜変性に対して新たな視点ないし座標軸といったものが導入されつつあることが理解される.おわりに錐体ジストロフィや錐体杆体ジストロフィの臨床的所見を示すとともに,臨床医にしばしば混同される錐体ジストロフィと黄斑ジストロフィの用語上の使い分け,最近の分子遺伝学の進歩に伴う錐体杆体ジストロフィと網膜色素変性の新しい理解の仕方,ないし錐体ジストロフィと錐体杆体ジストロフィの原因遺伝子として現段階で判明しているものなどを筆者なりに整理して解説した.本拙文が少しでも臨床眼科医の参考になれば幸いである.文献1)AkahoriM,TsunodaK,MiyakeYetal:DominantmutationsinRP1L1areresponsibleforoccultmaculardystrophy.AmJHumGenet87:424-429,20102)AllikmetsR,SinghN,SunHetal:AphotoreceptorcellspecificATP-bindingtransportergene(ABCR)ismutatedinrecessiveStargardtmaculardystrophy.NatGenet15:236-246,19973)YagasakiK,JacobsonSG:Cone-roddystrophy:Phenotypicdiversitybyretinalfunctiontesting.ArchOphthalmol107:701-708,19894)SziylJP,FishmanGA,AlexanderKRetal:Clinicalsubtypesofcone-roddystrophy.ArchOphthalmol111:781-788,19935)NakazawaM,KikawaE,ChidaYetal:Autosomaldominantcone-roddystrophyassociatedwithmutationsincodon244(Asn244His)andcodon184(Tyr184Ser)oftheれている7).しかし,これまで報告されている対象家系の臨床所見からは症例によっては黄斑の萎縮性変性をきたしている例もみられ8),観察期間中は非進行性であっても長期間にはわずかな進行をきたしている例も存在しているものと考えられる.私見ではあるが,そのような例では広義の錐体ジストロフィや黄斑ジストロフィと理解してもよいのではないかと考えられる.実際に錐体ジストロフィの原因としてCNGB3遺伝子変異が発見された家系も報告9)されているのでそれらを総合すると杆体1色覚と錐体ジストロフィとは互いにオーバーラップした病気であると考えられる.ただ,現在のところ教科書的には,杆体1色覚とは非進行性の錐体異常であり,錐体ジストロフィや黄斑ジストロフィとは区別して考えられている.今後はこの点についての理解がさらに進むものと期待される.VII錐体ジストロフィおよび錐体杆体ジストロフィの分子遺伝学錐体ジストロフィおよび錐体杆体ジストロフィのうちこれまで原因が明らかになっているものについて表1にまとめた.この表はRetNet:GenesandMappedLociCausingRetinalDiseases(http://www.sph.uth.tmc.edu/retnet/disease.htm)のサイトからの引用であるので,興味のある方は参照して欲しい.これによると錐体ジストロフィについてはGUCA1A(グアニル酸シクラーゼ活性化蛋白1,GCAP1)遺伝子,PDE6C(錐体cGMPフォスフォジエステラーゼ)遺伝子,CACNA2D4(電位依存性カルシウムチャネルa2サブユニット)遺伝子,および前述の杆体1色覚の原因遺伝子でもあるCNGB3遺伝子など錐体に特異的に発現する遺伝子の異常が代表的である.錐体杆体ジストロフィについては数が多くなるためここには記さないので表1を参照していただきたい.原因遺伝子のなかにはAIPL1やPROM1のように現在のところ杆体にしかその存在が報告されていない蛋白質もあり,まだその遺伝子変異がどのような分子機構で錐体ジストロフィや錐体杆体ジストロフィを起こすのかは不明な点が多い.しかし,ペリフェリン・RDSのように当初は杆体外節円板膜に特異的に存在する蛋白質とあたらしい眼科Vol.28,No.7,2011919peripherin/RDSgene.ArchOphthalmol114:72-78,19966)NakazawaM,KikawaE,KamioKetal:Ocularfindingsinpatientswithautosomaldominantretinitispigmentosaandtransversionmutationincodon244(Asn244Lys)oftheperipherin/RDSgene.ArchOphthalmol112:1567-1573,19947)KohlS,BaumannB,RosenbergTetal:MutationsintheconephotoreceptorG-proteinalpha-subunitgeneGNAT2inpatientswithachromatopsia.AmJHumGenet71:422-425,20028)NishiguchiKM,SandbergMA,GorjiNetal:ConecGMP-gatedchannelmutationsandclinicalfindingsinpatientswithachromatopsia,maculardegeneration,andotherhereditaryconediseases.HumMutat25:248-258,20059)MichaelidesM,AligianisIA,AinsworthJRetal:ProgressiveconedystrophyassociatedwithmutationinCNGB3.InvestOphthalmolVisSci45:1975-1982,2004(15)

網膜色素変性とUsher症候群の遺伝子診断

2011年7月31日 日曜日

0910-1810/11/\100/頁/JCOPYで多く発現している遺伝子異常による網膜色素変性(Leber先天盲)に対して,欧米ではアデノ随伴ウイルスベクターによる遺伝子治療がヒトの患者に対して行われている.ごく最近では,新世代のシークエンサーを用いて,網膜色素変性患者のすべてのエクソンの塩基配列を決めることによって原因遺伝子DHDDSが発見された1).高度な技術により,網膜色素変性の原因遺伝子解明が加速している.膨大な遺伝子検索による知見の集積により,遺伝子異常や,原因遺伝子の世界的な共通点もわかると同時に,地域により,その原因遺伝子の比率はじめに網膜色素変性は言うまでもなく眼科領域では最も重篤で,失明に至ることが多い疾患なので,眼に関する研究機関では最重要課題として取り組むべきと考える.最近では,視細胞のiPS細胞のシートによる治療や,プロスタグランジン点眼薬による疾患の進行の予防効果が期待されているが,この20年間の原因遺伝子についての理解が急速に進んでいることはあまり話題にならない.表1に現時点で明らかにされている常染色体劣性網膜色素変性の原因遺伝子を示す.RPE65という網膜色素上皮(3)907*YoshihiroHotta:浜松医科大学眼科学講座**HiroshiNakanishi:浜松医科大学耳鼻咽喉科学講座〔別刷請求先〕堀田喜裕:〒431-3192浜松市東区半田山1-20-1浜松医科大学眼科学講座特集●遺伝性網膜・黄斑ジストロフィアップデートあたらしい眼科28(7):907?912,2011網膜色素変性とUsher症候群の遺伝子診断GeneticDiagnosisofRetinitisPigmentosaandUsherSyndrome堀田喜裕*中西啓**表1常染色体劣性網膜色素変性の原因遺伝子(症候群は除く)常染色体優性網膜色素変性常優BEST1CA4CRXFSCN2GUCA1BIMPDH1KLHL7NR2E3NRLPRPF3PRPF8PRPF31PRPH2RDH12RHOROM1RP1RP9SEMA4ASNRNP200TOPORS常染色体劣性網膜色素変性常劣ABCA4BEST1C2ORF71CERKLCLRN1CNGA1CNGB1CRB1DHDDSEYSFAM161AIDH3BIMPG2LRATMERTKNR2E3NRLPDE6APDE6BPDE6GPRCDPROM1RBP3RGRRHORLBP1RP1RPE65SAGSPATA7TTC8TULP1USH2AZNF513X連鎖性網膜色素変性XRP2RPGRLeber先天盲常優CRXIMPDH1OTX2Leber先天盲常劣AIPL1CABP4CEP290CRB1CRXGUCY2DIQCB1LCA5LRATRD3RDH12RPE65RPGRIP1SPATA7TULP1常優:常染色体優性遺伝,常劣:常染色体劣性遺伝,X連鎖性遺伝.(2011年5月現在)908あたらしい眼科Vol.28,No.7,2011(4)するUsher症候群の原因遺伝子についての報告は少ないのが現状である.「原因遺伝子を調べて何か意味があるのか」ということをいわれたことがある.本稿では,総花的なまとめ方を避け,網膜色素変性とUsher症候群の遺伝子診療の可能性に絞り,筆者の個人的見解を押し出して述べる.一般の眼科医に理解していただくためになるべく平易な言葉を使い,わかりやすい記述に努めるため,専門家にはもの足らないかもしれない.図1はよく使われる疾患に関わる遺伝性要因の割合を示した概念図である.網膜色素変性や,小口病などの遺伝性疾患は,たった一つの遺伝子の異常によってほぼ100%罹患する.一方で,加齢黄斑変性や,中等度の近視では,いくつかの遺伝性素因が重なって疾患をひき起こすと考えられている.後者の「多因子疾患」についての知見も増えているが,本稿では,前者の「単一遺伝子疾患」に絞って述べる.遺伝子異常の記載はややこしく,筆者もときどきわからなくなるほどなので,表5では,大まかに欠失,挿入,ミスセンス変異,ナンセンス変異,スプライス変異と述べ,その後の()内にHumanGenomeVariationSociety(http://www.hgvs.org/rec.html)による記載を入れた.本稿で述べる変異については,表2に説明したので参考にされたい.I網膜色素変性とUsher症候群の遺伝本稿を書いている現在,網膜色素変性について50以上の原因遺伝子が知られている(表1).優性遺伝する原因遺伝子が21個,劣性遺伝する原因遺伝子が34個,X連鎖性遺伝する原因遺伝子が2個である.このほかに難聴を伴うUsher症候群,Bardet-Biedl症候群,ミトコや,多い変異(ある特定の異常が多いときにはfoundereffect:創始者効果という)が明らかにされつつある.一方,インターネットで遺伝子検索会社のウェブサイトを見ると,たとえば米国のGeneDxという会社の常染色体劣性網膜色素変性の検索は,USH2A,EYS,PDE6A,PDE6B,RPE65,CRB1,ABCA4という7遺伝子の236エクソンを対象としている.新規患者の検索には約8週間,3,375ドルかかる.ARVO(TheAssociationforResearchinVisionandOphthalmology)などの海外の学会に行くと,網膜色素変性や関連疾患についての遺伝子検索の発表は多く,欧米はもちろんであるが,中国,韓国,シンガポールだけでなく,中南米や,東南アジアからの発表もあり,わが国だけが取り残されているのではと心配になる.わが国では,常染色体優性の網膜色素変性に対しての研究や,X連鎖性遺伝の網膜色素変性の症例報告2?5)はあるが,わが国の網膜色素変性の大半を占める孤発例を含めた常染色体劣性遺伝の網膜色素変性や,難聴も合併表2遺伝子異常の種類Iミスセンス変異点変異異なるアミノ酸に変化し,異常蛋白質が産生されるナンセンス変異点変異変異部位で終止コードとなり,短い蛋白質が産生されるか,まったく産生されなくなるフレームシフト変異欠失,挿入欠失や挿入により,変異部位から遺伝子暗号がずれる変異で,蛋白質の機能がほとんどなくなるスプライス変異点変異,欠失,挿入スプライシングの行われる部位の近くでの変異により正常なスプライシングが行われず,結果として異常蛋白質が産生されるか,まったく産生されなくなる環境的要因色覚異常中等度の近視斜視外傷網膜変性遺伝的要因遺伝子・ゲノム図1眼疾患の遺伝的素因についての概念図(5)あたらしい眼科Vol.28,No.7,2011909網膜色素変性が発症する.表3に示すように,難聴の程度と前庭機能障害の有無によって3型に分類するのが一般的である.表4に示すように,Usher症候群だけで12座位が知られ,このうち9個の遺伝子がすでに明らかにされている.浜松医科大学では,耳鼻咽喉科学教室と光量子医学研究センター(現メディカルホトニクス研究センター)が中心になり,眼科学教室が協力して,わが国のUsher症候群のタイプ1患者5人と,タイプ2患者10人に対してUSH2A(アッシャリン),CDH23,MYO7A遺伝子を検討し,表5,6に示すような原因遺伝子異常を明らかにした6~8).注目していただきたいのンドリア遺伝子異常によるKearns-Sayer症候群なども,その原因遺伝子の多くが明らかにされている.ここではUsher症候群を例にとって述べる.Usher症候群は,感音難聴に視覚障害を合併する常染色体劣性遺伝性疾患である.感音難聴が出現してから数年~10年後に表3Usher症候群の3型型聴覚障害前庭機能障害治療割合(%)1先天性欠損人工内耳25~442中等~高度正常補聴器56~753進行性さまざま経過観察0~2それぞれのタイプにより難聴に対する治療法が異なる.表5わが国のUsher症候群におけるUSH2A遺伝子異常患者年齢性別アレル1アレル2聴覚障害聴覚障害発症年齢夜盲発症年齢網膜色素変性発症年齢C71224F点変異ミスセンス変異(p.Ser180Pro)欠失(c.5158delC)高度31321C11640M欠失(c.3891delT)欠失(c.7883delC)中等度61325C15247F点変異スプライス変異(c.6485+5G>A)点変異スプライス変異(c.8559-2A>G)中等度61426C45232F点変異スプライス変異(c.8559-2A>G)点変異ミスセンス変異(p.Asp3515Gly)中等度61718C55750M点変異スプライス変異(c.8559-2A>G)点変異ミスセンス変異(p.Thr3571Met)中等度71628C23722M点変異スプライス変異;点変異ナンセンス変異(c.8559-2A>G;p.Trp3150X)高度31316C21233F点変異ミスセンス変異(p.Cys691Tyr;p.Gly2752Arg;p.Tyr3747Cys)中等度61226文献6のTable1の英語表記部分を和訳し,変異の種類を説明して掲載した.表4Usher症候群の遺伝子座位と原因遺伝子サブタイプ遺伝子座位遺伝子蛋白質1B11q13.5MYO7AMyosinVIIa1C11q15.1USH1CHarmonin1D10q22.1CDH23Cadherin231E21q21Unknown1F10q21.1PCDH15Protocadherin151G17q25.1USH1GUshersyndrometype-1Gprotein1H15q22-q23Unknown2A1q41USH2AUsherin2C5q14.3GPR98G-proteincoupledreceptor982D9q32DFNB31Whirlin3A3q25.1CLRN1Clarin13B20qUnknown910あたらしい眼科Vol.28,No.7,2011(6)は,血族結婚でない場合には,同じ遺伝子の異常でも,父方と,母方の異常が異なることが多いという点である.図2Cに示すように,これを複合ヘテロ接合体(compoundheterozygote)という.図3に示すように,わが国では前世紀の間に急速に近親結婚が減少した.近表6わが国のUsher症候群におけるその他の遺伝子異常患者年齢・性別アレル1アレル2聴覚障害診断年齢(歳)網膜色素変性診断年齢(歳)CDH23遺伝子異常C51726M欠失エクソン44-46欠失エクソン44-4623C72013Fナンセンス変異p.Arg2107Xナンセンス変異p.Arg2107X212MYO7A遺伝子異常C31236Fナンセンス変異p.Arg150Xミスセンス変異p.Arg1883Gln210文献8のTable1の英語表記部分を和訳し,変異の種類を説明して掲載した.1927~19521952~19571957~19621962~19671967~19721972~19771977~198311.525.444.212.852.612.310.965.712.261.230.790.870.8900.222468101214(%)(年)図3わが国における近親結婚実線:すべての血族結婚の比率,点線:いとこ結婚(1stcousin)の比率.??X染色体ABCD????????図2遺伝子異常の種類II○×は遺伝子変異を模式的に表す.A:ヘテロ接合体,B:ホモ接合体,C:複合ヘテロ接合体,D:ヘミ接合体.ⅠⅡⅢⅣⅤ図4大きな欠失を認めたUsher症候群の家系図(文献8より)図5大きな欠失を認めたUsher症候群患者の右眼眼底写真網膜血管は細く,びまん性の網膜萎縮,周辺部には骨小体様色素沈着を認める.(7)あたらしい眼科Vol.28,No.7,2011911III劣性遺伝病における遺伝子診療のストラテジー先ほど示したUsher症候群家系において,遺伝子検査のもたらすことを考えてみる.図4に示す家系の2人の子供は,先天聾であるのに加えて網膜色素変性に罹患している.親族からすると,遺伝を心配するのは当然のことであろう.近親婚を避けることは最も簡単な方法であるが,ほぼ100%予防できるとしたらどうであろうか.まずこの大きな欠失が遺伝しているかどうかを調べる.遺伝していなければ罹患する確率はほとんどなくなる.この欠失がある場合には,配偶者にUSH2A遺伝子の異常がないかを調べる.USH2A遺伝子に異常を認めなければ,100%近い確率(注:決して100ではない,denovo変異といって,親にはない異常が片方のアレルにひき起こされることがまれにある)で予防可能になる.現在のところ,障害になっているのは,遺伝子検査の費用である.特に,エクソンが72個もあるUSH2Aでは,遺伝子検査は容易ではない.しかし,遺伝子検索の技術の進歩は著しいので,こうした問題が克服されれば,患者や家族に重要な情報を与えることが可能となる.こうした遺伝情報の取り扱いにはカウンセリングが必要といわれており,これを「遺伝カウンセリング」とよんでいる.2011年2月,日本医学会から「医療における遺伝学的検査・診断に関するガイドライン」が出ている.遺伝子異常はすでに明らかにされていれば,新たな遺伝子解析のコストはそれほどでもないが,新規に探す場合には網膜色素変性の場合には表1に示すように原因となる可能性のある遺伝子が多いので悩ましい.リンパ球や,毛根にも発現している場合には,そのmRNAから目的となる遺伝子のcDNAを解析できるので,作業量を大きく減らすことができる7).しかし,網膜色素変性の原因遺伝子は,一部の例外を除いて眼組織にしか発現しておらず,眼の組織を取るわけにいかないので,DNAのエクソンをすべて検討するしかないことが多い.また,すでに明らかにされている遺伝子異常をすべてのせたマイクロアレイの応用も期待されている.しかし,こちらのほうも,結局は新たな異常の可能性は否定できないので,精度の高い遺伝子検索をするためには,結局親結婚をすると,同じ遺伝子の同じ異常が重なり,遺伝性疾患罹患の危険が増える.この場合には,図2Bのホモ接合体という状態になる.先天聾のUsher症候群タイプⅠの症例の家系を図4に示す.複雑な家系図であるが,近親婚が原因で兄妹が重篤な疾患に罹患したことは明らかである.このうち妹は,先天聾で,右眼視力0.1(0.2),左眼視力0.1(0.3),眼球振盪を認める.25歳時の右眼眼底写真を図5に示す.視野は,わずかな周辺視野と,右中心7°,左中心8°の残存視野しかない.この家系の患者は,CDH23遺伝子のエクソン44から46までの5078塩基の欠失をホモ接合体で認める.II網膜色素変性とEYS,USH2A(アッシャリン)遺伝子異常常染色体劣性網膜色素変性の原因遺伝子として最も多く注目されているのが,EYS遺伝子である.この遺伝子は2Mbと現在知られている眼で発現している遺伝子のなかでも最も大きい遺伝子の一つであり,ショウジョウバエのspacemaker(spam)として知られていた.2008年にヒトの遺伝子が明らかにされ,常染色体劣性患者における遺伝子異常が報告された9).現在に至るまでにフランス,イギリス,スペイン,オランダ,イスラエル,米国,中国,パキスタン,インドネシアなどの患者コホートに対しての報告がある.遺伝子の欠失,挿入,ナンセンス変異や,スプライス変異による産生蛋白質が切断されてしまうような変異が多いが,ミスセンス変異も少し報告されている.アレルの片側しか異常がみつからない症例も少なからず報告されており,これが片方のアレルの大きな欠失によるのか,他の遺伝子が関与しているのか,まだ明らかにされていないエクソンがあるのか現時点では不明である.報告によって異なるが,常染色体劣性網膜色素変性の5%~約2割という報告があり,わが国でも検討が必要である.USH2Aは前項でも述べたように,タイプ2のUsher症候群の原因遺伝子である.しかし,Usher症候群ではなく,聴覚障害の合併のない常染色体劣性網膜色素変性でもUSH2Aの異常の報告があり,その割合は米国では常染色体劣性網膜色素変性の約8%と比較的多いことが知られている10).912あたらしい眼科Vol.28,No.7,2011(8)優性網膜色素変性患者のロドプシン遺伝子の分子生物学的検討.日眼会誌96:237-242,19923)和田裕子,玉井信:カラーアトラス網膜の遺伝病─遺伝子解析と臨床像─.医学書院,20054)JinZB,MandaiM,YokotaTetal:Identifyingpathogenicgeneticbackgroundofsimplexormultiplexretinitispigmentosapatients:alargescalemutationscreeningstudy.JMedGenet45:465-472,20085)JinZB,LiuXQ,HayakawaMetal:MutationalanalysisofRPGRandRP2genesinJapanesepatientswithretinitispigmentosa:identificationoffourmutations.MolVis12:1167-1174,20066)NakanishiH,OhtsuboM,IwasakiSetal:Identificationof11novelmutationsinUSH2AamongJapanesepatientswithUshersyndrometype2.ClinGenet76:383-391,20097)NakanishiH,OhtsuboM,IwasakiSetal:HairrootsasanmRNAsourceformutationanalysisofUshersyndrome-causinggenes.JHumGenet55:701-703,20108)NakanishiH,OhtsuboM,IwasakiSetal:MutationanalysisoftheMYO7AandCDH23genesinJapanesepatientswithUshersyndrometype1.JHumGenet55:796-800,20109)AudoI,SahelJA,Mohand-SaidSetal:EYSisamajorgeneforrod-conedystrophiesinFrance.HumMutat31:E1406-1435,201010)HartongDT,BersonEL,DryjaTP:Retinitispigmentosa.Lancet368:1795-1809,2006すべてのエクソンの塩基配列を決めたほうが望ましいと考える.おわりにちょうど25年前に網膜変性疾患の最初の遺伝子異常が明らかにされたが,現在では遺伝子治療が行われている.ヒトゲノムに対する加速度的な理解,その検出方法の進歩は新たな医療の可能性を秘めている.筆者は,遺伝子治療に対しては,リスク,遺伝的異質性と,それによる臨床応用のためのコストの点からまだ懐疑的ではあるが,遺伝子診断,適切な遺伝カウンセリングによる網膜色素変性の予防については,一般臨床に応用される日は近いと考えている.メディカルホトニクス研究センター(旧光量子医学研究センター)長,蓑島伸生先生のご協力と,ご校閲に深謝いたします.文献1)ZuchnerS,DallmanJ,WenRetal:Whole-exomesequencinglinksavariantinDHDDStoretinitispigmentosa.AmJHumGenet88:201-206,20112)堀田喜裕,塩野貴,早川むつ子ほか:日本人の常染色体