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トリアムシノロンアセトニドTenon 囊下注射が奏効した妊婦の原田病の1例

2011年5月31日 火曜日

0910-1810/11/\100/頁/JCOPY(109)711《第44回日本眼炎症学会原著》あたらしい眼科28(5):711.714,2011cはじめに原田病に対しては副腎皮質ステロイド薬(ステロイド)の全身投与が一般的に行われているが,全身投与の副作用が問題となる症例も少なくない.ステロイドの全身投与による副作用は,易感染性,糖尿病,消化管潰瘍,精神障害,骨粗鬆症などがあり大きな問題となる.基礎疾患のない原田病の21歳の男性がステロイド大量漸減療法中に成人水痘により死亡した事例1)もある.さらに,妊婦に対してのステロイド投与は,母体のみならず胎児に対しても高い危険性を伴う.たとえば,妊娠初期では胎児の催奇形性,妊娠後期では胎児の副腎機能低下の可能性2)があるし,因果関係は不明とされているが妊娠中期でのステロイド大量漸減療法中の胎児の死亡事例の報告3)もある.そのため,妊婦の原田病の治療については,一般的な大量漸減療法のみならず,眼局所投与のみで治療した報告4.7)が散見される.今回,筆者らは原田病を発症した27歳,妊娠19週の妊婦に対しトリアムシノロンアセトニド(TA)Tenon.下注射が奏効した1例につき報告する.〔別刷請求先〕正木究岳:〒802-8555北九州市小倉北区貴船町1番1号社会保険小倉記念病院眼科Reprintrequests:NobutakeMasaki,M.D.,DepartmentofOphthalmology,KokuraMemorialHospital,1-1Kifunemachi,Kokurakitaku,Kitakyushucity802-8555,JAPANトリアムシノロンアセトニドTenon.下注射が奏効した妊婦の原田病の1例正木究岳林良達劉百良宮原晋介小倉記念病院眼科ACaseofVogt-Koyanagi-HaradaDiseaseduringPregnancyTreatedwithSub-TenonInjectionofTriamcinoloneAcetonideNobutakeMasaki,RyoutatsuHayashi,MomoyoshiLiuandShinsukeMiyaharaDepartmentofOphthalmology,KokuraMemorialHospital背景:原田病の治療は副腎皮質ステロイド薬の全身投与が一般的であるが,副作用が問題となる症例も少なくない.症例:27歳,妊娠19週の妊婦.両眼の視力低下を主訴に当科を初診した.初診時の矯正視力は両眼ともに0.5,著明な漿液性網膜.離を認め,産婦人科にて妊娠中毒症は否定されており原田病と診断し,両眼トリアムシノロンアセトニド(TA)Tenon.下注射を施行した.両眼改善傾向も左眼には漿液性網膜.離が残存し,初回注射後2週目に再度両眼TATenon.下注射を施行し,両眼とも漿液性網膜.離は消失して,視力も1.0以上へ回復した.以降7カ月間経過観察を行っているが,再発は認めていない.経過中に正常児を分娩し,母体にも全身的な合併症は認められなかった.結論:妊婦の原田病症例においてTATenon.下注射は大きな副作用もなく有効な治療法となる症例もあると考えられた.Background:PatientswithVogt-Koyanagi-Harada(VKH)diseasearegenerallytreatedwithsystemiccorticosteroid,whichsometimesleadstoseriouscomplications.Casereport:A27-year-oldfemale,inthenineteenthweekofpregnancyhadseriousretinaldetachmentinbotheyes.ShewasdiagnosedashavingVKHdiseaseandtreatedbysub-Tenoninjectionoftriamcinoloneacetonide(TA).TheretinaldetachmentdisappearedafterthesecondinjectionofTAinbotheyes.Thebest-correctedvisualacuityinbotheyesimprovedfrom0.5to1.0,andthepatientwasdeliveredofahealthychild.Conclusion:WesuccessfullytreatedapregnantwomanwithVKHdiseasebysub-TenoninjectionofTA.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)28(5):711.714,2011〕Keywords:原田病,妊婦,トリアムシノロンアセトニド,Tenon.下注射.Vogt-Koyanagi-Haradadisease,pregnantwoman,triamcinoloneacetonide,sub-Tenoninjection.712あたらしい眼科Vol.28,No.5,2011(110)I症例患者:27歳,女性.妊娠19週.主訴:両眼視力低下.既往歴・家族歴:19歳のとき甲状腺機能低下を指摘されたことがあったが,初診時には正常化していた.現病歴:4日前よりの視力低下を自覚し当院を初診した.頭痛,難聴,感冒様症状などの全身症状はなかった.初診時所見:両眼矯正視力0.5,眼圧は右眼8mmHg,左眼8mmHg.前眼部は両眼に前房細胞を認めた.隅角,虹彩には異常所見を認めなかった.眼底は両眼後極部を中心にした著明な漿液性網膜.離(図1,2)を認めた.妊娠中であり蛍光眼底造影検査および髄液検査は同意が得られず行わなかった.産婦人科にて妊娠中毒症は否定されており,採血その他の全身検査にて腎機能など正常値であったため,眼所見より原田病と診断した.ab図1初診時の眼底所見(a:右眼,b:左眼)両眼後極部に漿液性網膜.離を認める.VD=(1.0)VD=(1.0)VD=(0.5)右眼VS=(1.2)VS=(0.6)VS=(0.5)左眼初診日初回TA注射6日目2回目TA注射11日目図2光干渉断層計(OCT)所見・視力の経過初診時は両眼に漿液性網膜.離を認める.初回TA注射6日目には右眼は著明に改善したが,左眼には漿液性網膜.離が残存している.2回目TA注射11日目には両眼漿液性網膜.離は吸収され,視力も右眼1.0,左眼1.2まで改善している.(111)あたらしい眼科Vol.28,No.5,2011713経過:初診日よりベタメタゾン点眼液(両眼1日6回)にて治療を開始するも点眼開始10日後で矯正視力・眼底所見に改善がなく,その後の治療方針を検討することとなった.一般的には原田病に対しての治療はステロイドの全身投与であるが,局所投与のみでも治癒した症例の報告があること,当院産婦人科の見解はステロイドの一般的な副作用に加え,胎児の口蓋裂などの副作用の可能性があること,大量漸減療法で使用するステロイドは量としては多いが,母体の今後を考えるとやむをえないという判断であることを説明した.家人,本人の希望は,「点眼のみの経過観察ではなく,まずはステロイドの局所投与を行い,それで治癒しない場合は全身投与を考えたい」であった.そこで両眼TATenon.下注射(各20mg)を行った.TATenon.下注射後6日目で視力は右眼1.0,左眼0.6へと改善,右眼の漿液性網膜.離はほぼ消退するも,左眼には漿液性網膜.離は残存した(図2).右眼でのTATenon.下注射が奏効したので,初回注射後2週目に再度両眼TATenon.下注射(各20mg)を施行した.翌日より漿液性網膜.離は改善し始め2回目注射後11日目には視力は右眼1.0,左眼1.2へと改善,両眼漿液性網膜.離は消失した(図2).注射後4カ月目に2,468gの正常児を出産,注射後7カ月間経過観察を行っているが,再発は認めていない.両眼とも1.0以上の良好な視力を維持している(図3).TATenon.下注射後より眼圧が上昇し始め,注射後3カ月目には20mmHg台前半まで上昇,5カ月後より緑内障点眼開始,6カ月後よりベタメタゾン点眼液(両眼1日4回)をフルオロメトロン点眼液(両眼1日)に変更し眼圧は正常化した.II考察本症例では,本人の同意が得られず髄液検査や蛍光眼底造影検査は行っていない.妊婦に発症する漿液性網膜.離により原田病と鑑別を要するものとして,妊娠に伴う中心性漿液性脈絡網膜症,妊娠中毒に伴う妊娠中毒網膜症があげられる.前者は本症例では両眼ともぶどう膜炎所見を伴っていたこと,後者は本症例では全身的に高血圧・蛋白尿・浮腫は認められず,産婦人科で妊娠中毒症は否定されていること,眼底にも網膜細動脈の狭細化,口径不同,網膜出血,白斑などの高血圧性の眼底変化は伴っていなかったことで鑑別した.妊娠中期に発症した症例で2回のTATenon.下注射を要したが,局所投与のみで寛解を得られ全身的副作用は認められなかった.妊婦の原田病の過去の症例報告では,妊娠時に母体のステロイドホルモン分泌が増加している2)こともあってか,局所投与4.7)(点眼のみ1症例,点眼+結膜下注射1症例,TATenon.下注射1症例)・全身投与5,8,9)(大量漸減療法4症例)とも原田病の経過は良好である.しかしながら妊婦へのステロイド投与では妊娠初期では胎児の口蓋裂,発育阻害,妊娠後期では副腎皮質ホルモンが胎盤を通過し,胎児のACTH(副腎皮質刺激ホルモン)分泌を抑制し副腎機能低下をきたす可能性2)があるといわれている.また,因果関係は明らかではないとされているが妊娠後期での大量漸減療法中の胎児死亡の報告3)もある.過去に原田病に対しステロイドのTenon.下注射を施行した症例(デキサメタゾンTenon.下注射1症例,TATenon.下注射5症例)ではステロイドの全身的な副作用を発症することなく寛解している.これらを踏まえ,本人・家人の意向にて全身的な副作用の可能性を減らすために,まずはステロイド局所投与で治療を始め,ステロイド局所投与のみで寛解が得られない場合は,ステロイド全身投与を行う方針で治療を開始した.2回のTATenon.下注射を要したが,局所投与のみで寛解を得られた.今回の症例では,母体・胎児とも全身的副作用は認められなかった.母親については両眼の眼圧上昇を認めたものの,ベタメタゾン点眼をフルオロメトロン点眼に変更することで速やかに正常眼圧へ下降した.眼圧上昇に関してはステロイドの全身投与から点眼局所投与まで幅広い投与法で認められる合併症であり,TATenon.下注射であっても十分に注意が必要と思われた.原田病は全身疾患であり,ステロイドの全身投与が一般的な治療法であるが,今回の妊婦症例のように全身的副作用が危惧される症例では,全身的な合併症の可能性が少ないTATenon.下注射は有効な治療法となりうると考えられた.文献1)岩瀬光:原田病ステロイド治療中の成人水痘による死亡事例.臨眼55:1323-1325,20012)蜷川映己:副腎皮質ステロイド剤の使い方婦人科領域─適応と副作用.治療60:321-325,19783)太田浩一,後藤謙元,米澤博文ほか:Vogt-小柳-原田病を発症した妊婦に対する副腎皮質ステロイド薬治療中の胎児死亡例.日眼会誌111:959-964,20074)佐藤章子,江武瑛,田村博子:妊娠早期に発症し,ステロイド局所治療で軽快した原田病不全型の1例.眼紀37:図3視力経過2回目TA注射後は両眼とも1.0以上の良好な視力を維持している.←←0.11:右眼視力:左眼視力07日21日123457(カ月)0.5矯正視力6TA注射TA注射714あたらしい眼科Vol.28,No.5,2011(112)46-50,19865)MiyataN,SugitaM,NakamuraSetal:TreatmentofVogt-Koyanagi-Harada’sdiseaseduringpregnancy.JpnJOphthalmol45:177-180,20016)稲川智子,三浦敦,五十嵐美和ほか:妊娠9週目にVogt-小柳-原田病を発症した一例.日産婦関東連会誌38:241,20017)松本美保,中西秀雄,喜多美穂里:トリアムシノロンアセトニドテノン.下注射で治癒した妊婦の原田病の1例.眼紀57:614-617,20068)山上聡,望月學,安藤一彦:妊娠中に発症したVogt-小柳-原田病ステロイド投与法を中心として.眼臨85:52-55,19919)渡瀬誠良,河村佳世子,長野斗志克ほか:妊婦に発症しステロイド剤の全身投与を行った原田病の1例.眼紀46:1192-1195,1995***

診断に苦慮した結核性ぶどう膜炎の1 例

2011年5月31日 火曜日

706(10あ4)たらしい眼科Vol.28,No.5,20110910-1810/11/\100/頁/JC(O0P0Y)《第44回日本眼炎症学会原著》あたらしい眼科28(5):706.710,2011cはじめに結核は,過去と比較して患者数は減少しているものの,先進諸国のなかでは,わが国は依然罹患率が高く1),ぶどう膜炎など眼疾患の原因としても常に念頭におかなければならない.しかし,結核性の眼病変を強く疑ったとしても,眼外結核が認められない場合には,「結核性ぶどう膜炎」と確定診断することは今なお困難なことが多く,そのために治療方針に迷うことも少なくない.一方,QuantiFERONTB-2G(以下,クォンティフェロン検査)は,2006年1月に保険収載された比較的新しい検査であるが,結核感染の補助診断として有用な検査であり,結核診断の有力な根拠になったとの報告が各領域で散見される2.4).今回筆者らは,初回治療時に眼所見から結核性ぶどう膜炎を疑ったものの確定診断には至らず,初回治療から約3年後の再燃時に,ツベルクリン反応とクォンティフェロン検査の結果から結核性ぶどう膜炎と診断し,治療が奏効した1例を経験したので報告する.〔別刷請求先〕小林崇俊:〒569-8686高槻市大学町2-7大阪医科大学眼科学教室Reprintrequests:TakatoshiKobayashi,M.D.,DepartmentofOphthalmology,OsakaMedicalCollege,2-7Daigaku-machi,Takatsukishi569-8686,JAPAN診断に苦慮した結核性ぶどう膜炎の1例小林崇俊*1高井七重*1多田玲*2竹田清子*1勝村ちひろ*1丸山耕一*3池田恒彦*1*1大阪医科大学眼科学教室*2多田眼科*3川添丸山眼科DiagnosticDifficultiesinaCaseofTuberculousUveitisTakatoshiKobayashi1),NanaeTakai1),ReiTada2),SayakoTakeda1),ChihiroKatsumura1),KoichiMaruyama3)andTsunehikoIkeda1)1)DepartmentofOphthalmology,OsakaMedicalCollege,2)TadaEyeClinic,3)KawazoeMaruyamaEyeClinic診断に苦慮し,ツベルクリン反応,クォンティフェロン検査の結果から結核性ぶどう膜炎と診断することができた1例を報告する.症例は54歳,男性.両眼の飛蚊症を主訴に受診した.特徴的な眼所見より結核性ぶどう膜炎を疑ったが全身検査結果からは確定診断できず,ステロイド薬を処方した.眼所見は徐々に改善したが途中で受診を自己中断し,3年後に左眼の視力低下を主訴に受診し,おもに左眼に網膜血管炎を認めた.ツベルクリン反応は強陽性,クォンティフェロン検査は陽性であったため,抗結核薬とステロイド薬を処方し,左眼矯正視力は1.0に改善した.本症例は,初診時,再燃時とも眼所見が酷似しており,結核性ぶどう膜炎の再燃例と考えられた.WereportacaseoftuberculousuveitisthatwasdiagnosablefromtuberculinskintestandQuantiFERONTB-2G.Thepatient,a54-year-oldmale,consultedourhospitalwithbilateralfloaters.Wesuspectedtuberculousuveitis,basedoncharacteristicocularfindings,butcouldnotachieveadefinitivediagnosisbecausephysicalexaminationfindingswerenotspecific.Afterweprescribedcorticosteroidstheocularfindingsimproved,butthepatientdidnotreturntothehospitalforfurtherfollow-up.Threeyearslater,heconsultedourhospitalagainduetovisuallossinhislefteye.Retinalvasculitiswasobserved,mainlyinthelefteye.BecausebothtuberculinskintestandQuantiFERONTB-2Gwerepositive,antituberculosisdrugsandcorticosteroidswereprescribed.Hisleftcorrectedvisualacuityhassinceimprovedto1.0OS.Ocularfindingsontheinitialexaminationwereverysimilartothefindingsatrelapse,soweregardedthiscaseasarecurrenceoftuberculousuveitis.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)28(5):706.710,2011〕Keywords:結核性ぶどう膜炎,クォンティフェロン検査,抗結核薬,ステロイド薬.tuberculousuveitis,QuantiFERON,antituberculosisdrugs,corticosteroids.(105)あたらしい眼科Vol.28,No.5,2011707I症例患者:54歳,男性.初診:2005年2月23日.主訴:両眼の飛蚊症.現病歴:約1カ月前から両眼の飛蚊症を自覚したため近医眼科を受診.その際,両眼の硝子体混濁と右眼の網膜血管炎を指摘され,ぶどう膜炎と診断,内服薬を処方されるも徐々に悪化傾向を認めたため,精査加療目的にて大阪医科大学附属病院眼科(以下,当科)を紹介された.既往歴・家族歴:特記すべきことなし.初診時所見:視力は右眼0.4(1.2×sph+1.25D),左眼0.6(1.2×sph+1.25D(cyl.0.75DAx100°),眼圧は右眼12mmHg,左眼13mmHgであった.前眼部では両眼とも前房内に炎症細胞は認めず,角膜後面沈着物も認めなかった.中間透光体では両眼の硝子体に軽度のびまん性混濁を認め,眼底は右眼の後極部から周辺部にかけて網膜出血,白斑,網膜静脈の白鞘化を伴う網膜血管炎が認められた(図1).全身検査所見では,血球算定や生化学的検査,ウイルス検査を含めて血液検査では特に異常はなかった.前医で測定した血清アンギオテンシン変換酵素は11.7U/lと正常範囲内であった.ツベルクリン反応は10mm×8mmの弱陽性で,結核菌細胞壁に特徴的な糖脂質抗原に対する抗体である抗TBGL(tuberculousglycolipid)抗体検査も陰性であった.胸部X線写真でも異常陰影はみられず,発熱や咳漱,喀痰のなどの自覚症状も最近特にない,とのことであった.経過:眼所見より結核性ぶどう膜炎が疑われたが,全身検査所見では有意な所見を得られなかったため抗結核薬は投与せず,網膜血管炎と診断してプレドニゾロン25mg/日より漸減内服治療を開始した.開始後,右眼の硝子体混濁が若干悪化したため30mg/日まで増量した.その後網膜出血,網膜血管炎とも改善傾向を認めたため(図2),プレドニゾロンを漸減した.内服治療開始10カ月後のフルオレセイン蛍光眼底写真(以下,FA写真)で網膜周辺部に無灌流領域がみられたため,網膜光凝固を施行した.なお,プレドニゾロン漸減途中に行った全身検査でも,胸部X線写真を含めて異常所見を認めなかった.ところが,プレドニゾロンの漸減途中であった2006年6月13日を最後に当科への受診を自己判断で中断した.そして2009年7月30日に,1週間前からの左眼視力低下を主訴に当科を受診した.2006年の自己中断以降の約3年間は,近医を含めて眼科は受診していない,とのことであった.また,内科への通院歴もなかった.再来院時の所見は,視力は右眼0.8(1.2×sph+0.5D(cyl.0.5DAx90°),左眼0.15(矯正不能),眼圧は右眼13mmHg,左眼12mmHgであった.前眼部では両眼とも前房内に炎症細胞は認めず,角膜後面沈着物も認めなかった.中間透光体では右眼硝子体に軽度,左眼硝子体に中程度のびまん性混濁を認め,眼底は,図1初診時眼底写真右眼に網膜血管炎がみられる.RL図2ステロイド薬内服治療開始3週間後の眼底写真右眼に網膜出血,網膜血管炎を依然認め,左眼にも軽度の硝子体混濁がみられる.RL708あたらしい眼科Vol.28,No.5,2011(106)両眼ともに後極部から周辺部にかけて網膜出血,白斑,網膜静脈の白鞘化を伴う網膜血管炎を認めたが,右眼に比較して特に左眼に強く認められた(図3).再来院時の全身検査では,2005年と同じく血球算定や生化学的検査,ウイルス検査を含む血液検査で異常はなく,胸部X線写真も異常陰影はなかった.しかし,ツベルクリン反応では12mm×8mmの硬結を伴う70mm×55mmの強陽性であったため,クォンティフェロン検査を行ったところ図4最近の眼底写真(上)とFA写真(下)両眼の網膜血管炎とも著明に改善している.RRLL図3再来院時の眼底写真(上)とFA写真(下)両眼に網膜血管炎を認める.RRLL(107)あたらしい眼科Vol.28,No.5,2011709陽性であった.初回受診時と再来院時に認めた眼所見や,再来院時にツベルクリン反応強陽性とクォンティフェロン検査陽性の結果であったことを合わせて考えると,本症例は結核性ぶどう膜炎の再燃例である可能性がきわめて高いと判断し,結核の確定診断のために当院呼吸器内科を受診した.呼吸器内科で結核菌は検出されなかったものの,内科と相談のうえ,抗結核薬(イソニアジド,リファンピシン,エタンブトール,ピラジナミド)の投与を2009年8月9日より開始した.なお,抗結核薬は内科から処方し,当科からも消炎を目的としてプレドニゾロン30mg/日から投与を開始,以降漸減した.その後,両眼とも網膜出血,網膜血管炎とも著明な改善を認めたため,抗結核薬の投与は,開始から7カ月後の2010年3月に終了した.2010年7月現在,視力は右眼矯正1.2,左眼矯正1.0であり,炎症の再燃は認めていない(図4).II考按結核性ぶどう膜炎は,主として網膜血管炎,脈絡膜結核腫,脈絡膜粟粒結核の三つの病型に分類される.本症例のような網膜血管炎は,結核菌蛋白に対するアレルギー反応と考えられており,結節性またはびまん性の白鞘形成を伴う,網膜静脈周囲炎を特徴とする5).ただ,結核感染を直接証明することが実際には困難な症例が多く,肺結核など眼外の結核病巣が証明されれば診断は可能であるが,全身検査を行っても結核病巣が発見されない場合も多々あり,そのときは特徴的な眼底所見やツベルクリン反応,抗結核療法に対する明らかな治療効果などから診断することになる6).本症例においても,初回受診時の眼底所見は結核性ぶどう膜炎に特徴的であったものの,全身検査所見で有意な所見が得られず,結核性ぶどう膜炎と確定診断するには至らなかった.しかし,初回受診時と再来院時の眼所見が酷似していることと,ツベルクリン反応強陽性とクォンティフェロン検査陽性である結果から考え,本症例は結核性ぶどう膜炎の再燃例と診断した.本症例の再燃時に実施したクォンティフェロン検査は,結核菌にほぼ特異的な刺激抗原を,患者の全血に添加・培養し,血液中のTリンパ球が産生するインターフェロン-gを定量して細胞性免疫反応の有無を調べる検査で,結核感染の診断に有用とされている7).2006年1月に保険収載された比較的新しい検査であり,ツベルクリン反応と異なりBCG接種の影響を受けないなど画期的な検査であるが,あくまで結核感染の補助診断であり,ステロイド薬や免疫抑制薬を使用している場合,悪性腫瘍や糖尿病などを合併している場合,5歳未満の小児の場合などでは陽性率は下がるといわれているなど,いくつかの問題点が指摘されている7).眼科領域においても,本検査は結核性病変の診断に有効であったと報告されている4,8).特に,ぶどう膜炎の症例では眼所見から結核感染を疑ったり,ステロイド薬を長期間投与するにあたって結核感染を否定することは非常に重要であり,そのことが治療方針を左右する場合も珍しくはない.そのため,本症例のように結核性ぶどう膜炎を疑った場合では,クォンティフェロン検査は今後必要不可欠な検査であると考える.一方,初回受診時に行った抗TBGL抗体検査も結核感染の診断に有用とされているが,感度と特異度が不十分で,宿主の個体差や体内の結核菌量が陽性率に関係するとの報告もあるなど検査の問題点も指摘されている9).その点,クォンティフェロン検査は感度89.0%,特異度98.1%との報告もあり2),従来の検査と比較して結核診断において非常に有用な検査である.また,ツベルクリン反応は,本症例では初診時に弱陽性で,再来院時に強陽性であった.ツベルクリン反応は結核感染から陽転するまで約2カ月かかるといわれており,したがって初診時にツベルクリン反応が弱陽性であったのは,その時期はまだ結核感染初期であったためと考えることもできるし,結核感染からある程度経過していたが免疫を抑制する何らかの原因でたまたま反応しなかったため,と考えることもできる.一方,ツベルクリン反応には再検査時に反応が増大する回復現象(ブースター現象)を認める場合があり,初回検査から3年後に実施した再検査においても回復現象が認められたとする報告がある10).したがって,本症例の再来院時に強陽性となったのは,初診時から約3年の間にツベルクリン反応が陽転した可能性や,回復現象のために反応が増大しただけという可能性がある.つまり結核を診断する際にツベルクリン反応の結果だけを診断根拠とすることは,感染の有無を誤診する可能性すらあるため,避けるべきである.その点,クォンティフェロン検査では感染の判定に影響を与えることなく再検査も容易に行うことができるため,ツベルクリン反応の欠点を補完する意味からも非常に有用な検査であると思われる.本症例の診断や経過を振り返ってみると,議論すべき点が三点あると考えられる.まず一つ目は,初回受診時での眼底所見が特徴的であったものの,全身検査所見から結核性ぶどう膜炎と診断するに至らず,プレドニゾロンの投与のみで経過をみたことである.結核性ぶどう膜炎を疑うものの,全身検査から結核感染を示唆する所見が得られなかった場合に,抗結核薬を投与するか否かは議論のあるところであり,抗結核薬のみを投与して反応をみるべきであるとする意見11)もある.しかし今回は,初回受診時にツベルクリン反応を含むあらゆる全身検査所見で結核感染を示唆する結果が得られなかったことや,発熱や咳漱,喀痰はもとより全身的に結核感染を疑うような自覚症状がまったくなかったため,当科主導710あたらしい眼科Vol.28,No.5,2011(108)で抗結核薬を投与することを躊躇し,結局投与することはなかった.のちに炎症が再燃した結果から考えると,結核感染を強く疑った場合に眼科主導で抗結核薬の投与を積極的に行うことも,選択肢の一つとして今後検討しなければならない課題であることを痛感した.二つ目は,結核感染の全身検査を初回受診時に,より詳細に行う必要があったのではないか,ということである.たとえば,全身検査として胸部X線写真は行ったものの胸部CT(コンピュータ断層撮影)検査は行っておらず,また内科に依頼して喀痰検査や胃液検査などを実施して結核菌の検出に努めることのないまま,ステロイド薬の全身投与に踏み切った.ステロイド薬の不用意な投与は,たとえば粟粒結核の発症を招く可能性もあることから厳に慎むべきであり12),結果からみてもステロイド薬をもう少し慎重に投与すべきであったのではないかと反省しなければならない.しかし,肺結核はもとより肺外結核を発見することは実際は困難な症例が多く13),自覚症状がほとんどないような場合に,たとえば髄液検査などの侵襲の大きな検査は通常は行うことはないと思われる.本症例の再燃時にも結局眼外結核病巣を発見することができなかった点も合わせて,どこまで結核の全身的な検査を行うべきであるのかということも,今後の検討課題として捉えている.最後に三つ目として,抗結核薬の投与期間が適当であったのかどうか,という点があげられる.再来院時に眼外結核病変が認められなかったものの,内科主導で抗結核薬を投与し,投与期間は7カ月間に及んだ.眼所見は著明に改善しており,経過中に再燃を認めていないことから考えても問題はないと思われるが,結核の原発病巣が不明である場合の抗結核薬の投与期間についての明確な基準は示されていない.また,結核性ぶどう膜炎に対しての抗結核薬の投与期間についても明確な基準は示されていない6,14).AmericanThoracicSocietyのガイドラインでは,肺外結核の場合の投与期間はおおむね6カ月間であるが,脳結核や結核性髄膜炎などの中枢神経系の結核では9カ月から12カ月間の投与が推奨されている15).本症例も原発巣が不明である点から考えても,もう少し抗結核薬を長期間投与すべきであったのかもしれない.その点からも本症例の今後の経過は慎重にみていく必要があり,症例の積み重ねにより,将来的には結核性ぶどう膜炎に対しての抗結核薬の投与基準を決める必要性があるのではないかと考えている.文献1)豊田恵美子:結核の現状と課題.皮膚病診療32:236-242,20102)MoriT:Usefulnessofinterferon-gammareleaseassaysfordiagnosingTBinfectionandproblemswiththeseassays.JInfectChemother15:143-155,20093)久保和彦,桑野隆史:頸部リンパ節結核とクオンティフェロン.耳鼻と臨床55:130-133,20094)鎌田絵里子,中村曜祐,金高綾乃ほか:クォンティフェロンTB-2Gが早期診断に有用であった結核性ぶどう膜炎の1例.眼科52:945-949,20105)河原澄江:結核.眼科プラクティス16巻,p74-77,文光堂,20076)後藤浩:結核性ぶどう膜炎の現状と診断,治療上の問題点.眼紀52:461-467,20017)MazurekGH,JerebJ,LobuePetal:GuidelinesforusingtheQuantiFERON-TBGoldtestfordetectingMycobacteriumtuberculosisinfection,UnitedStates.MMWRRecommRep54:49-55,20058)BrogdenP,VarmaA,BackhouseO:Interferon-gammaassayintuberculousuveitis.BrJOphthalmol92:582-583,20089)高倉俊二,千田一嘉,一山智:結核症の診断における抗TBGL抗体測定の意義─結核の血清診断法の現状と問題点.検査と技術30:1265-1268,200210)重藤えり子,前田晃宏,大岩寛ほか:看護学生における繰り返しツベルクリン反応在学3年間の変動.結核77:659-664,200211)安積淳:抗結核薬による治療試験.眼科42:1721-1727,200012)高倉俊二,田中栄作,木本てるみほか:眼結核に続発し,脳結核を伴った粟粒結核の1例.結核73:591-597,199813)AmericanThoracicSociety:Diagnosticstandardsandclassificationoftuberculosisinadultsandchildren.AmJRespirCritCareMed161:1376-1395,200014)GuptaV,GuptaA,RaoNA:Intraoculartuberculosis─anupdate.SurvOphthalmol52:561-587,200715)BlumbergHM,BurmanWJ,ChaissonREetal:AmericanThoracicSociety/CentersforDiseaseControlandPrevention/InfectiousDiseasesSocietyofAmerica:Treatmentoftuberculosis.AmJRespirCritCareMed167:603-662,2003***

免疫正常者に発症したサイトメガロウイルス網膜炎の1 例

2011年5月31日 火曜日

702(10あ0)たらしい眼科Vol.28,No.5,20110910-1810/11/\100/頁/JC(O0P0Y)《第44回日本眼炎症学会原著》あたらしい眼科28(5):702.705,2011cはじめにサイトメガロウイルス(cytomegalovirus:CMV)網膜炎は通常免疫能の低下した患者に日和見感染として発症する.進行性の網膜壊死をきたし,免疫能の回復あるいは適切な治療が行われなければ,病変は拡大進展し,視神経や黄斑部が障害されたり,萎縮網膜に裂孔を生じて網膜.離をきたすこともある予後不良の疾患である.CMV網膜炎は特徴的な眼底所見に加え,眼局所や全身におけるCMV感染を証明し,また全身的に免疫不全状態であることを確認できれば,診断は確実なものとなる1).今回筆者らは免疫能が正常な状態と考えられるにもかかわらずCMV網膜炎が発症した1例を経験したので報告する.I症例患者:65歳,女性.主訴:右眼飛蚊症.現病歴:10日前より右眼飛蚊症を自覚し,近医受診したところ精査を勧められ当院紹介受診した.〔別刷請求先〕菅原道孝:〒101-0062東京都千代田区神田駿河台4-3井上眼科病院Reprintrequests:MichitakaSugahara,M.D.,InouyeEyeHospital,4-3Kanda-Surugadai,Chiyoda-ku,Tokyo101-0062,JAPAN免疫正常者に発症したサイトメガロウイルス網膜炎の1例菅原道孝本田明子井上賢治若倉雅登井上眼科病院ACaseofCytomegalovirusRetinitisinanImmunocompetentPatientMichitakaSugahara,AkikoHonda,KenjiInoueandMasatoWakakuraInouyeEyeHospital緒言:免疫能が正常と考えられる状態で発症したサイトメガロウイルス(CMV)網膜炎の1例を報告する.症例:65歳,女性.10日前からの飛蚊症を主訴に当院受診.初診時視力は右眼(1.2),左眼(0.8),眼圧は右眼37mmHg,左眼19mmHg,右眼前房内・前部硝子体中に炎症細胞を認めた.右眼眼底に雪玉状硝子体混濁および下鼻側に白色の滲出斑がみられた.全身検査を施行したが,特に異常はなかった.初診より1カ月後光視症を自覚し,滲出斑の拡大,網膜血管の白線化が出現したため,前房水を採取したところCMVDNAが検出され,CMV網膜炎と診断した.バルガンシクロビルの内服を開始し,免疫能異常や全身疾患の有無を再度精査したが,特に異常はなかった.内服開始3週間で滲出斑はほぼ消失した.内服中止後3カ月で網膜出血が一時増加したが,経過観察とした.以後再発はない.結論:健常者にもCMV網膜炎は発症することがあり,注意する必要がある.A65-year-oldfemalevisitedourclinicwithcomplaintoffloatersinherrighteye.Onadmission,herbestvisualacuitymeasured20/16ODand20/25OS,withrespectiveintraocularpressuresof37mmHgand19mmHg.Slitlampexaminationoftherighteyeshowedaqueouscellsandvitreouscells;funduscopicexaminationrevealedsnowballvitreousopacitiesandwhiteretinalexudatesintheinferonasalmidperiphery.Noabnormalitywasfoundsystemically.Onemonthlater,thepatientcomplainedofphotopsiainherrighteye;funduscopicexaminationrevealedenlargedwhiteretinalexudatesandarterialsheathing.Cytomegaloviruus(CMV)DNAwasdetectedintheaqueoushumor,resultinginadiagnosisofCMVretinitis.Thepatientwastreatedwithvalganciclovir.Laboratoryexaminationswereunremarkable,andshewasimmunocompetent.After3weeks,theretinalexudatesdisappeared.After3months,westoppedvalganciclovirandobservedanincreaseinretinalhemorrhage;sincethentherehasbeennorelapse.CMVretinitismayoccurinanindividualwhosegeneralconditionisgood,withnosystemicsymptomsorcomplications.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)28(5):702.705,2011〕Keywords:サイトメガロウイルス網膜炎,免疫能正常,バルガンシクロビル.cytomegalovirusretinitis,immunocompetent,valganciclovir.(101)あたらしい眼科Vol.28,No.5,2011703既往歴:胃炎,膝関節痛,不整脈.家族歴:特記すべきことなし.初診時所見:視力は右眼0.08(1.2×sph.2.75D(cyl.1.5DAx100°),左眼0.02(0.8×sph.12.0D(cyl.2.0DAx70°),眼圧は右眼39mmHg,左眼19mmHgであった.右眼前房内に1+~2+の炎症細胞,雪玉状硝子体混濁,左眼には核白内障がみられた.眼底は右眼の下鼻側の網膜静脈周囲に白色病変を認めた(図1)が,左眼には異常はなかった.蛍光眼底造影(FA)では右眼下鼻側の白色病変からの蛍光漏出はみられなかった(図2).血液検査では白血球4,100/μl(分葉好中球66%,リンパ球27%,単球5%,好酸球1%,好塩基球1%),血沈18mm/h,CRP(C反応性蛋白)0.2mg/dl,ACE(アンギオテンシン変換酵素)17.6U/lと正常であった.ツベルクリン反応は0mm×0mm/14mm×14mm硬結はなく弱陽性,HTLV(ヒトT細胞白血病ウイルス)-I抗体,HIV(ヒト免疫不全ウイルス)抗体は陰性であった.CMVIg(免疫グロブリン)G抗体は11.1(基準値2.0未満),IgM抗体は0.19(基準値0.80未満)であった.経過:右眼の原因不明の汎ぶどう膜炎と続発緑内障の診断でベタメタゾン点眼・ブリンゾラミド点眼処方し,経過観察とした.点眼治療で前房内炎症は軽減していたが,眼底は著変なかった.初診から1カ月後に右眼に光視症が出現した.光視症出現時視力は右眼(1.2),左眼(1.0),眼圧は右眼24mmHg,左眼22mmHgで,右眼は前房内および前部硝子体中に炎症細胞1+であった.眼底は,右眼の下鼻側の白色病変が拡大し,網膜動脈の白線化が3カ所みられた(図3).図1初診時眼底(下図:下鼻側拡大写真)右眼の下鼻側に,網膜静脈周囲に白色病変(黒矢印)を認めた.図2初診時FA右眼の下鼻側の白色病変からは特に蛍光漏出を認めなかった.図31カ月後眼底右眼の下鼻側の白色病変(黒矢印)が拡大し,網膜動脈の白線化(白矢頭)が3カ所みられた.704あたらしい眼科Vol.28,No.5,2011(102)FAでは右眼の下鼻側の白色病変から蛍光漏出を認めた(図4).眼底所見からウイルス性網膜炎を疑い,前房水0.2mlを採取してウイルスDNAをpolymerasechainreaction(PCR)法で検索した結果,CMVDNAが検出された.単純ヘルペスおよび帯状疱疹ウイルスDNAはいずれも確認されなかった.眼底所見とPCR法の結果からCMV網膜炎と診断し,内科に免疫能異常や全身疾患の検索を依頼した.内科での血液検査では白血球4,250/μl(分葉好中球67.5%,リンパ球27%,単球4%,好酸球0.5%,好塩基球1%),CD4陽性Tリンパ球501/μl,CD8陽性Tリンパ球409/μlと正常範囲であった.その他,全身状態に異常は認めず,内科では経過観察となった.当院ではバルガンシクロビル(バリキサR)1,800mg/日内服を開始した.1週間の内服で前房炎症,白色病変とも減少し,内服開始3週間で白色病変はほぼ消失したので,バルガンシクロビルを半量の900mg/日に減量した.さらに3週間内服を継続し再発がないのを確認して,内服を中止した.内服中止約3カ月後に右眼の下鼻側の白色病変は消失していたが,上耳側・下耳側に散在した出血斑を認めた(図5).再燃と考えたが,網膜病変が周辺部で活動性が低いことから経過観察とした.以後再燃はなく,経過している.II考按CMVはヘルペスウイルス科に属するDNAウイルスである.日本人のほとんどは,成人に達するまでに初感染を受ける.通常は終生にわたり不顕性に経過する.後天性免疫不全症候群(acquiredimmunodeficiencysyndrome:AIDS),白血病,悪性リンパ腫,自己免疫疾患など疾患そのものにより免疫能が低下した患者や悪性腫瘍または臓器移植後などで抗癌剤や免疫抑制薬を投与され医原性に免疫能が低下したりすると,潜伏していたCMVが再活性化され網膜炎などをひき起こす.臨床所見は後極部の網膜血管に沿って出血や血管炎を伴った黄白色病変として生じる劇症型と,眼底周辺部に白色の顆粒状混濁としてみられる顆粒型に大別される.萎縮網膜に裂孔が生じて網膜.離をきたしたり,病変が網膜全体や視神経に及んだりして,最終的には失明に至ることもある.診断は眼内液からCMVのゲノムを証明し,全身的に免疫不全状態にあることを確認できれば,確実である1).本症表1健常人に発症したCMV網膜炎の報告.9例11眼.年齢32~69歳(平均53.2歳).性別男性7例,女性2例.罹患眼片眼7例,両眼2例.高眼圧5例.虹彩炎7例.硝子体炎7例.CMVDNA7例.HIV(.)8例.免疫状態CD4陽性細胞低下3例CD8陽性細胞低下1例.治療ステロイド点眼のみ2例ガンシクロビル点滴4例硝子体注射3例内服1例硝子体手術3例過去に報告された症例2~9)について,特徴をまとめた.図41カ月後FA右眼の下鼻側の白色病変(黒矢印)より蛍光漏出を認めた.図5再燃時眼底右眼の下鼻側の白色病変は消失していたが,上耳側・下耳側に散在した出血斑(黒矢印)を認めた.(103)あたらしい眼科Vol.28,No.5,2011705例ではAIDSや悪性腫瘍などの基礎疾患やステロイドなどの免疫抑制薬の使用もなく,血液検査でもCD4陽性細胞数の減少など免疫能の低下を示唆する所見はなかった.眼底に白色滲出病変がみられ,前房水のPCRからCMVDNAが検出されたこと,抗CMV薬であるバルガンシクロビルの使用により眼底病変が沈静化したことから健常人に発症したCMV網膜炎と診断した.健常人にCMV網膜炎を発症した過去の報告をまとめたものを示す(表1)2~9).これまで9例11眼が報告されている.年齢は平均53.2歳,性別は男性,罹患眼は片眼が多い.本症例のように高眼圧,虹彩炎,硝子体中の炎症を認めたものが多い.診断についてはPCR法により前房水中のCMVDNAが検出されたのは7例,陰性は1例,未施行は1例であった.免疫状態はCD4陽性細胞もしくはCD8陽性細胞が低下していたものもあるが,本症例はどちらも認めなかった.治療はステロイド点眼のみで2例軽快しているが,ほとんどの症例でガンシクロビルを使用していた.吉永らは,免疫能正常者に発症したCMV網膜炎について,免疫能が低下した患者に発症する典型的なCMV網膜炎の臨床像とは異なり,前眼部や硝子体の炎症反応が強く,高眼圧を伴っており,免疫能が正常なために,いわゆるimmunerecoveryuveitis(IRU)のような反応が同時に起こり前房炎症や硝子体混濁が強く生じたものとしている2).IRUはCMV網膜炎の合併,あるいは既往のあるAIDS患者に抗ヒト免疫不全ウイルス多剤併用療法(highlyactiveantiretroviraltherapy:HAART)を導入後,免疫機構が回復する際に眼内の炎症反応が起こる病態を示す.その原因はいまだ解明されていないが,HAARTや抗CMV治療によりCMV網膜炎が沈静化し,回復した細胞性免疫機能により眼内に残存するCMV抗原あるいは何らかの自己抗原に対する免疫反応が起こることが発症機序として考えられている10,11).今回の筆者らの症例も前房内炎症や硝子体混濁もみられ,正常な免疫状態のために典型的なCMV網膜炎とは異なる様相を呈したと考えた.健常人でCMV網膜炎を発症した場合,非特異的な経過をとる場合があり,注意深い経過観察が必要と考えた.文献1)永田洋一:サイトメガロウイルス網膜炎.眼科診療プラクティス16,眼内炎症診療のこれから(岡田アナベルあやめ編),p120-125,文光堂,20072)吉永和歌子,水島由佳,棈松徳子ほか:免疫正常者に発症したサイトメガロウイルス網膜炎.日眼会誌112:684-687,20083)堀由紀子,望月清文:緑内障を伴って健常成人に発症したサイトメガロウイルス網膜炎の1例.あたらしい眼科25:1315-1318,20084)北善幸,藤野雄次郎,石田正弘ほか:健常人に発症した著明な高眼圧と前眼部炎症を伴ったサイトメガロウイルス網膜炎の1例.あたらしい眼科22:845-849,20055)MichaelWS,JamesPB,JulioCM:Cytomegalovirusretinitisinanimmunocompetentpatient.ArchOphthalmol123:572-574,20056)高橋健一郎,藤井清美,井上新ほか:健常人に発症したサイトメガロウイルス網膜炎の1例.臨眼52:615-617,19987)松永睦美,阿部徹,佐藤直樹ほか:糖尿病患者に発症したサイトメガロウイルス網膜炎の1例.あたらしい眼科15:1021-1024,19988)前谷悟,中西清二,松浦啓太ほか:健康な青年にみられたサイトメガロウイルス網膜炎の1例.眼紀45:429-432,19949)二宮久子,小林康彦,田中稔ほか:健常人に発症した著明な高眼圧と前眼部炎症を伴ったサイトメガロウイルス網膜炎の1例.あたらしい眼科10:2101-2104,199310)KaravellasMP,AzenSP,MacDonaldJCetal:ImmunerecoveryvitritisanduveitisinAIDS.Clinicalpredictors,sequelae,andtreatmentoutcomes.Retina21:1-9,200111)KaravellasMP,LowderCY,MacDonaldJCetal:Immunerecoveryvitritisassociatedwithinactivecytomegalovirusretinitis:anewsyndrome.ArchOphthalmol116:169-175,1998***

Behçet 病ぶどう膜炎に対するインフリキシマブ療法の中期成績とその安全性の検討

2011年5月31日 火曜日

696(94あ)たらしい眼科Vol.28,No.5,20110910-1810/11/\100/頁/JC(O0P0Y)《第44回日本眼炎症学会原著》あたらしい眼科28(5):696.701,2011cはじめにBehcet病は,口腔内再発性アフタ性潰瘍,外陰部潰瘍,結節性紅斑などの皮膚症状,眼症状を4主症状とする全身性炎症性疾患である1).本症は若年発症が多いこと,失明率が高いこと,それに一部のBehcet病にみられる中枢神経系,血管系,胃腸管系(消化器系)などの病変による死亡例もあることから厚生労働省の「特定疾患治療研究事業」の対象疾患とされている.Behcet病の眼症状は,虹彩毛様体炎と網膜ぶどう膜炎であり,眼発作をくり返すことにより眼組織の器質的障害が進行し,最終的には失明に至ることもある.眼症状の治療として,これまでにコルヒチンあるいはシクロスポリンの全身投与が行われてきた2)が眼発作を抑制できない〔別刷請求先〕岡村知世子:〒980-8574仙台市青葉区星陵町1-1東北大学大学院医学系研究科神経感覚器病態学講座・眼科視覚科学分野Reprintrequests:ChiyokoOkamura,M.D.,DepartmentofOphthalmologyandVisualScience,TohokuUniversityGraduateSchoolofMedicine,1-1Seiryou-chou,Aoba-ku,Sendai,Miyagi980-8574,JAPANBehcet病ぶどう膜炎に対するインフリキシマブ療法の中期成績とその安全性の検討岡村知世子*1大友孝昭*1布施昇男*1阿部俊明*2*1東北大学大学院医学系研究科神経感覚器病態学講座・眼科視覚科学分野*2同附属創生応用医学研究センター細胞治療開発分野Medium-TermEfficacyandSafetyofInfliximabinBehcet’sDiseasewithRefractoryUveitisChiyokoOkamura1),TakaakiOtomo1),NobuoFuse1),ToshiakiAbe2)1)DepartmentofOphthalmologyandVisualScience,2)DivisionofClinicalCellTherapy,TranslationalandAdvancedAnimalResearch,TohokuUniversityGraduateSchoolofMedicine目的:Behcet病による難治性網膜ぶどう膜炎に対するインフリキシマブ療法の中期成績とその安全性について検討した.対象および方法:東北大学病院眼科でインフリキシマブ療法を12カ月間以上継続できたBehcet病による難治性網膜ぶどう膜炎患者10例18眼を対象とし,導入前を含め6カ月間ごとの期間における眼発作回数,視力,副作用の有無を検討した.結果:眼発作回数は導入前6カ月間の平均3.1回に対し,導入後6カ月間は平均0.2回,7~12カ月までは平均0.6回,13~18カ月までの平均0.8回と有意に抑制され,19~24カ月までは0.6回であった.導入後の視力は向上・維持され,低下は認めなかった.有害事象として可能性があるものは17件認めたが,投与中断を迫られるような重篤なものはなかった.結論:Behcet病による難治性網膜ぶどう膜炎に対するインフリキシマブ療法の中期成績は良好であり,重篤な副作用は認められなかった.Purpose:Toevaluate,fromamedium-termstandpoint,theefficacyandsafetyofinfliximabadministrationinrefractoryuveoretinitisinBehcet’sdisease(BD).Methods:In18eyesof10BDpatientswithrefractoryuveoretinitistreatedwithinfliximab,withaminimumfollowupof12months,wedeterminedthenumberofocularattacks,sideeffectsandbest-correctedvisualacuitybeforeandevery6monthsaftertreatment,toevaluatetheefficacyandsafetyofinfliximab.Results:Ocularattacksoccurred3.1timesinthe6monthsbeforeinfliximabtreatment,whereastheincidencewas0.2,0.6and0.8at0-6months,7-12monthsand13-18monthsaftertreatment,respectively.Best-correctedvisualacuitywasimprovedandstableaftertreatment.Althoughvariousadverseeffectswereobservedin17patients,nonewereserious.Conclusions:InfliximabiseffectiveforthetreatmentofrefractoryuveitisinBDpatients,withoutserioussideeffects.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)28(5):696.701,2011〕Keywords:Behcet病,網膜ぶどう膜炎,インフリキシマブ,眼炎症発作.Behcet’sdisease,uveoretinitis,infliximab,ocularinflammatoryattack.(95)あたらしい眼科Vol.28,No.5,2011697症例も少なくはない.近年,分子生物学の進歩により眼炎症疾患に対しても種々の生物学的製剤が用いられるようになり3),2007年Behcet病による難治性網膜ぶどう膜炎患者に対して抗TNF(腫瘍壊死因子)a抗体製剤であるインフリキシマブ(レミケードR)の投与が日本で承認された.2007年1月の保険認可以降の使用成績調査(全例調査)の中間報告では,投与患者の約9割に効果を認めたとされ,短期的には有効であることが示された.しかし,これまで中期,長期の治療成績についての報告4~6)は少なく不明な点も多い.今回筆者らは,東北大学病院眼科においてインフリキシマブ療法を行ったBehcet病による難治性網膜ぶどう膜炎に対する中期成績とその安全性について検討したので報告する.I対象および方法対象は東北大学病院眼科において2007年9月から2009年2月までにインフリキシマブ療法を導入し,1年以上継続できた完全型または不全型Behcet病の症例10例18眼とした.方法は対象者の診療録を2010年6月まで調査する後ろ向き調査で行った.調査項目は眼発作回数,視力経過,副作用の3項目とした.視力は視力表を用いて得られた少数視力をlogMAR(logarithmicminimumangleofresolution)視力に変換して測定した.インフリキシマブ療法の適応,用法・用量は,インフリキシマブ治療プロトコールに従い行った.すなわち,適応はBehcet病による難治性網膜ぶどう膜炎と診断された患者で,従来の免疫抑制薬では効果が不十分,あるいは副作用で治療が困難な症例とした.インフリキシマブ療法導入するにあたり,すべての症例に感染症を含む血液検査(血算,血液像,総ビリルビン,アルカリホスファターゼ,トランスアミナーゼ,乳酸脱水素酵素,尿素窒素,クレアチニン,尿酸,総蛋白,アルブミン,ナトリウム,カリウム,クロール,中性脂肪,総コレステロール,C反応性蛋白定量,HBs(B型肝炎ウイルス)抗原,HCV(C型肝炎ウイルス)抗体価,梅毒定性,b-d-グルカン),ツベルクリン反応検査,胸部X線撮影,胸部単純CT撮影(コンピュータ断層撮影)を施行した.そして呼吸器内科専門医の診察を受け,活動性結核を含む重篤な感染症のリスクがある例,悪性腫瘍,脱髄疾患,うっ血性心不全,妊娠または授乳中の患者は除外した.神経Behcet病治療のために副腎皮質ステロイド薬を使用していた症例2を除き,インフリキシマブ療法導入前の内服治療薬は原則中止とし,副腎皮質ステロイド薬は漸減中止とした.副腎皮質ステロイド薬の点眼薬は継続とし,眼発作を認めた場合は必要に応じて副腎皮質ステロイド薬の結膜下注射を用いた.当院眼科では原則全例に前投薬として,投与の1週間前から抗ヒスタミン薬を内服,ならびに投与当日朝に非ステロイド系抗炎症薬の内服を行った.さらに投与当日に眼科検査,診察を行い最終的な投与の可否を判断した.用法・用量は,初回投与後,2週,6週,以後は原則8週間隔にて,体重1kg当たり5mgを1回の投与量とし2時間以上かけて点滴静注した.2007年9月から2009年4月までは眼科外来処置室にて眼科外来の医師,看護師の観察下で投与し,看護師が投与前,投与後15分,30分,1時間,2時間,投与終了後30分間経過観察を行った後の抜針時に血圧,脈拍,体温,酸素飽和度の測定を行い,投与時反応の有無を本人に確認した.2009年5月からは当院化学療法センターでの投与が可能となり,投与前後の血圧,脈拍,酸素飽和度の測定と投与時反応の有無の確認を行った.患者には帰宅後から次回外来受診時までに何らかの病的変化,些細な体調の変化など有害事象が疑われるものすべてを主治医に確認するように説明した.本研究は,ヘルシンキ宣言に従って行われ,インフォームド・コンセントの得られた患者に対して行われた.II結果1.患者背景対象となった全症例の背景(年齢,性別,罹病期間,導入前の内服治療薬,導入理由,観察期間,転帰)を表1にまとめた.平均年齢は39±5.8歳,男性9例,女性1例,罹病期間は平均98.1±76.6カ月であった.インフリキシマブ療法導入前の内服治療薬はシクロスポリン単独が2例,コルヒチン単独が3例,コルヒチンと副腎皮質ステロイド薬の併用が2例,シクロスポリンと副腎皮質ステロイド薬の併用が1例であった.症例4はシクロスポリン,コルヒチンともに副作用が出現したため導入直前の内服は行わず,発作に対しては副腎皮質ステロイド薬の結膜下注射を行った.症例1はCT検査で陳旧性肺結核を認めたため呼吸器内科受診後,症例7はツベルクリン反応強陽性であり結核感染歴を否定できないため抗結核薬の予防内服を行った.インフリキシマブ療法の導入された理由は,前治療無効と判断されたものが8例(80%)であった.前治療無効と判断されたもののうち1例(症例3)は前治療(シクロスポリン)の副作用も重なっていた.症例3・5・8はそれぞれシクロスポリンの副作用(神経症状,下痢,横紋筋融解症),コルヒチンの副作用(体調不良)が変更理由であった.期間は平均23.2±7.4カ月,期間内に投与中止となる症例はなかった.2.インフリキシマブの眼発作に対する効果インフリキシマブ導入前6カ月間の眼発作回数と導入後6カ月ごとの発作回数を症例ごとに比較すると,全例とも眼発作回数の減少を認めた(表2).全10症例の導入前6カ月間における眼発作回数は平均3.1±2.0回であり,導入後の各期間における症例を合わせた平均眼発作回数との比較(図1)698あたらしい眼科Vol.28,No.5,2011(96)では,導入後6カ月間は0.2±0.4回(対象数10例,投与前3.1±2.0回,p=0.001),7~12カ月の期間は0.6±0.9回(対象数10例,投与前3.1±2.0回,p=0.001),13~18カ月の期間は0.6±0.7回(対象数10例,投与前2.8±1.2回,p=0.0004),19~24カ月の期間は0.6±0.5回(対象数6例,投与前3±1.4回,p=0.0098)と有意に抑制された.25~30カ月の期間は0.3±0.5回(対象数4例,投与前3.6±1.5回),31~33カ月の期間は0回(対象数2例,投与前3.5±2.1回)であった.3.各症例の効果判定各症例の眼発作に対する効果を以下の3段階評価を用いて判定した(表2).評価は,著効:インフリキシマブ導入後に一度も眼発作が認められなかったもの.有効:以下のいずれかに該当するもの.(a)インフリキシマブ導入後にも眼発作は認めたが,その頻度が軽減したもの.(b)インフリキシマブの投与間隔を表1各症例の背景症例投与開始時年齢性別罹病期間投与開始年月日投与直前内服薬INH併用の有無1234567891049413452425145453839男性男性男性男性男性男性女性男性男性男性2年11カ月12年8カ月4年2カ月24年5カ月7年5カ月7年11カ月4年2カ月4年6カ月5年10カ月3年9カ月2007/9/192007/9/262007/12/122008/2/272008/7/302008/7/302008/11/192008/12/242009/1/92009/2/25CsA200mgCsA250mgCsA50mgCsA90mgCol1.0mgCol0.5mgCol1.0mgCol1.0mgCol1.0mgCol1.0mgPSL15mgPSL3mgPSL10mg有無無無無無有無無無平均±標準偏差39±5.8(歳)98.1±76.6(カ月)症例インフリキシマブ投与理由投与期間投与間隔の変更投与後の内服薬転帰12345678910前治療無効前治療無効前治療無効,CsAで神経症状前治療無効CsAで下痢,Colで体調不良前治療無効前治療無効CsAで横紋筋融解前治療無効前治療無効2年9カ月2年9カ月2年6カ月2年4カ月1年11カ月1年11カ月1年7カ月1年6カ月1年5カ月1年4カ月なし8カ月で7週に変更1年8カ月で7週に変更なしなしなしなしなしなしなし中止中止PSL3mgCol0.5mg継続中止中止中止中止中止中止中止継続継続継続継続継続継続継続継続継続継続平均±標準偏差23.2±7.4(カ月)CsA:シクロスポリン,PSL:副腎皮質ステロイド薬,Col:コルヒチン,INH:イソニアジド.表2インフリキシマブ投与前6カ月と投与開始後6カ月ごとの眼発作回数症例投与前6カ月インフリキシマブ開始後(カ月)投与開始後の6カ月当たりの平均発作回数有効性1~67~1213~1819~2425~3031~33121020100.8有効250201000.6有効32021101有効42000000著効5400110.5有効6310000.3有効720000著効810000著効960001有効1070200著効(97)あたらしい眼科Vol.28,No.5,2011699短縮することで眼発作が認められなくなったもの.無効:インフリキシマブ導入後も眼発作が以前と同様に生じたもの,の3段階を用いた.上記の眼発作に対する効果判定基準で著効は10例中4例,有効は6例,無効例はなかった.有効のうち2例(症例2・3)は,インフリキシマブの投与間隔が8週間隔では眼発作を抑制できず,7週間隔へ短縮したところ眼発作の抑制ができた症例である.なお,この2例においては投与間隔の短縮が眼発作の抑制に有効であると担当医師が判断し,かつリスクを十分に説明のうえ,文書と口頭による同意が得られた患者であった.4.インフリキシマブ療法の視力への効果インフリキシマブ療法導入後に白内障手術を施行した6眼を除く12眼を対象とした.導入前,導入6カ月後,期間終了時の各時期における寛解期矯正視力をlogMAR視力にて比較し,0.2以上の改善,0.2未満の不変,0.2以上の悪化として検討した.導入前と導入6カ月後との比較では,視力向上3眼,不変9眼,視力低下はなかった(図2).導入前と期間終了時との比較では,視力向上6眼,不変6眼,視力低下はなかった.視力向上の割合は導入後6カ月のよりも期間終了時のほうが高かった(図3).インフリキシマブ導入後,全12眼において硝子体混濁の軽快もしくは改善を認めた.12眼中,インフリキシマブ導入前に黄斑浮腫を認めたものは2眼,黄斑浮腫を認めなかったものは9眼,インフリキシマブ導入前は眼底透見不能であったが,インフリキシマブ導入6カ月後に硝子体混濁が軽快し,黄斑浮腫が確認されたものが1眼であった.全期間中に黄斑浮腫を認めた3眼中3眼において期間終了時に黄斑浮腫の軽快もしくは改善を認めた.5.インフリキシマブ療法の安全性今回の検討では期間内に認めたすべての病的変化やその疑いを含めて有害事象として報告する.したがって軽度の訴えや自覚症状を伴わない検査異常値なども含めて10例中9例に全17件認められた.いずれもインフリキシマブとの因果関係は不明であったが期間内に生じたものをすべて列挙すると,肝機能検査異常値3件,皮膚症状3件(両眼周囲の発赤・掻痒感・乾燥1件,大腿内側の爛れ1件,挫瘡1件),3.532.521.510.50投与前6カ月(n=10)投与後1~6カ月(n=10)7~12カ月(n=10)13~18カ月(n=10)19~24カ月(n=6)25~30カ月(n=4)31~33カ月(n=2)平均眼発作回数************図1インフリキシマブ投与前後の平均眼発作回数の比較インフリキシマブ治療開始後の期間を6カ月ごとに区切り,6カ月当たりの平均眼発作回数を投与前6カ月間と比較した.インフリキシマブ治療開始後の期間が長くなるとともに症例数(n)は減少するため,投与前の平均眼発作回数は調査期間により異なる.各調査期間における有意差をp値(Student’spairedt-test)で示した(****:p<0.0005,***:p<0.005,**:p<0.01).3210-1123456投与後6カ月後の矯正視力(logMAR)0インフリキシマブ投与前矯正視力(logMAR)図2インフリキシマブ投与前と治療開始6カ月後の寛解期視力の変化インフリキシマブ投与前と治療開始後6カ月の寛解期矯正視力を比較.◆:logMAR視力で0.2未満の変化(12眼中9眼),■:logMARで0.2以上の改善(12眼中3眼).3210-101234インフリキシマブ投与前矯正視力(logMAR)投与開始後最終矯正視力(logMAR)図3インフリキシマブ投与前と期間終了時の寛解期視力の変化インフリキシマブ投与前と期間終了時の寛解期視力の変化(12カ月後2例,18カ月後2例,24カ月後3例,30カ月後3例,33カ月後2例)の寛解期矯正視力を比較.◆:logMAR視力で0.2未満の変化(12眼中6眼),■:logMAR視力で0.2以上の改善(12眼中6眼).700あたらしい眼科Vol.28,No.5,2011(98)発熱2件,上気道症状2件,左手関節痛1件,左耳介部感染1件,その他に軽度の投与時反応が5件(血圧上昇2件,発汗1件,前腕の刺入部の血管炎様発赤1件,頭痛1件)であった.いずれも期間内に一時的に認められたものであり投与中断などを迫られるような重篤なものはなく,経過観察にて軽快した.III考按Behcet病による難治性網膜ぶどう膜炎患者に対してインフリキシマブの使用が国内で認可されて以降,本治療は多くのBehcet病患者に福音をもたらしている.疾患の特性上,長期にわたって有効であり,かつ安全であることが治療を継続するうえで必須条件となるが,その中期・長期成績に関しては報告が少なく不明な点もあった.今回,筆者らはBehcet病による難治性網膜ぶどう膜炎に対し,インフリキシマブ療法を導入し,1年以上継続できた10例18眼において,その治療成績を総括した.インフリキシマブ療法導入により眼発作が完全になくなった著効は4例,眼発作が著明に軽減,あるいはインフリキシマブ投与間隔を短縮することにより眼発作を抑えた有効も6例,とすべての症例において眼発作抑制効果を認めた.投与間隔を短縮した2例は,導入当初8週間隔で眼発作が抑制されていたが,徐々に7週過ぎに眼発作を認めるようになり,効果減弱つまり二次無効例7)と考えた.インフリキシマブに対する抗体産生の可能性8)もあり,二次無効例に対する対応は今後も議論を深めるべき事項であるが,たとえば免疫抑制薬や副腎皮質ステロイド薬などの併用治療薬の再開・増量,インフリキシマブ投与量の増量や投与間隔の短縮,インフリキシマブ投与直前に水溶性プレドニゾロン20~40mgを静注するなどの方法があり8),何らかの工夫が必要であろう.今回の2例に関しては投与後7週過ぎに規則的に認める眼発作であったため,投与間隔の短縮という方法をとり,結果が良好であった.今後症例数と調査期間を延ばし再度検討を要するが,2例とも良好な成績であり二次無効例に対する選択肢の一つになると思われた.視力の推移では,インフリキシマブ導入後にすべての症例で寛解期矯正視力は向上もしくは維持され,低下する症例はなかった.硝子体混濁や黄斑浮腫の改善9)が視力向上の一因になっていると考えられた.投与後6カ月での視力向上は3眼であったのに対し,期間終了時では6眼と増加しており,視力低下をひき起こす何らかの慢性炎症までをも抑制されたために,より長く導入されている期間終了時で視力向上が増加したと思われた.安全性については,期間内に認めたすべての病的変化やその疑いを含めて有害事象としたため10例中9例に全17件認められた.いずれも期間内に一時的に認められたものであり,経過観察にて速やかに軽快した.投与時反応を含め,同一患者に同様の有害事象をくり返すといった傾向は認められず,インフリキシマブとの因果関係も不明であった.したがって,当科における10例18眼を対象にしたインフリキシマブ療法では重篤な副作用はなく,比較的安全に行うことができた.しかしながら,使用成績調査(全例調査)の中間報告において,重篤な副作用は報告されており(発現率4.3%),その多くが感染症であったことからも,インフリキシマブ導入前に特に感染症のリスクを念頭においたスクリーニング検査ならびに導入後の慎重な経過観察が大切である.さらに,投与時反応への対応を確立することがより高い安全性につながると考え,筆者らはCheifetzら10)の投与時反応発現時の対応を基に救急マニュアルを作成し,クリニカルパスにて運用した.今回の検討結果からインフリキシマブ療法は中期においても眼発作抑制,視力向上・維持,安全性において非常に有効であると思われた.現時点でインフリキシマブ治療の適応は従来の治療法に抵抗性の難治例とされているが,他の疾患では初期から投与することで良好な予後が得られているとの報告もあり11,12),投与前の全身精査を的確に行い,有害事象発現時の体制を整え,用法・用量を工夫することで,インフリキシマブ療法のさらなる安全かつ有効利用を探求していく必要があると思われた.文献1)SakaneT,TakenoM,SuzukiNetal:Behcet’sdisease.NEnglJMed341:1284-1291,19992)MasudaK,NakajimaA,UrayamaAetal:DoublemaskedtrialofcyclosporinversuscolchicineandlongtermopenstudyofcyclosporininBehcet’sdisease.Lancet8647:1093-1095,19893)OhnoS,NakamuraS,HoriSetal:Efficacy,safety,andpharmacokineticsofmultipleadministrationofinfliximabinBehcet’sdiseasewithrefractoryuveoretinitis.JRheumatol31:1362-1368,20044)田中宏幸,杉田直,山田由季子ほか:Behcet病に伴う難治性網膜ぶどう膜炎に対するインフリキシマブ治療の有効性と安全性.日眼会誌114:87-95,20105)NiccoliL,NanniniC,BenucciMetal:Long-termefficacyofinfliximabinrefractoryposterioruveitisofBehcet’sdisease:a24-monthfollow-upstudy.Rheumatology(Oxford)46:1161-1164,20076)AbuEl-AsrarAM,AbuoudEB,AldibhiHetal:LongtermsafetyandefficacyofinfliximabtherapyinrefractoryuveitisduetoBehcet’sdisease.IntOphthalmol26:83-92,20057)関口直哉,奥山あゆみ,竹内勤ほか:二次無効に対する対処・効果減弱の機序と対処.ProgressinMedicine28:71-73,2008(99)あたらしい眼科Vol.28,No.5,20117018)堀純子:抗TNFa抗体製剤とベーチェット病.日本の眼科81:166-170,20109)IkewakiJ,KonoH,ShinodaKetal:Cystoidmacularedema:possiblecomplicationofinfliximabtherapyinBehcet’sdisease.CaseReportOphthalmol1:14-19,201010)CheifetzA,SmedleyM,MartinSetal:Theincidenceandmanagementofinfusionreactionstoinfliximab:alargecenterexperience.AmJGastroenterol98:1315-1324,200311)BreedveldFC,EmeryP,KeystoneEetal:Infliximabinactiveearlyrheumatoidarthritis.AnnRheumDis63:149-155,200412)EmeryP,SetoY:Roleofbiologicsinearlyarthritis.ClinExpRheumatol21(Suppl31):191-194,2003***

リファブチンに関連した前房蓄膿を伴うぶどう膜炎

2011年5月31日 火曜日

0910-1810/11/\100/頁/JCOPY(91)693《第44回日本眼炎症学会原著》あたらしい眼科28(5):693.695,2011cはじめに2008年に抗酸菌に対する治療薬として新たにリファブチンがリファマイシン系薬剤としてわが国で承認された.リファブチン特有の副作用の一つとしてぶどう膜炎があげられている.海外では1992年から承認されていたこともあり,リファブチンに関連したぶどう膜炎の症例報告が散見される.国内では呼吸器内科医からの報告1)と眼科医からの報告2)があるが,後者はフィリピン人の後天性免疫不全症候群(AIDS)患者の症例である.今回筆者らはリファブチン内服中に前房蓄膿を伴うぶどう膜炎を発症し,リファブチン内服中止と0.1%ベタメタゾンの点眼にて著明に改善した日本人症例を経験したので報告する.I症例患者:80歳,女性.主訴:右眼の霧視.既往歴:2003年10月に両眼PEA(水晶体乳化吸引術)+IOL(眼内レンズ)挿入術施行.心房細動にて塩酸ベラパミル,アスピリン内服中であった.2003年,肺非定型抗酸菌症に対して内科にてリファンピシン,クラリスロマイシン,エタンブトールによる治療を開始した.その後,排菌が持続し,投薬が長期化したため,〔別刷請求先〕飯島敬:〒252-0374相模原市南区北里1丁目15番1号北里大学医学部眼科学教室Reprintrequests:KeiIijima,M.D.,DepartmentofOphthalmology,SchoolofMedicine,KitasatoUniversity,1-15-1Kitasato,Minami-ku,Sagamihara,Kanagawa252-0374,JAPANリファブチンに関連した前房蓄膿を伴うぶどう膜炎飯島敬市邉義章清水公也北里大学医学部眼科学教室Rifabutin-associatedHypopyonUveitisKeiIijima,YoshiakiIchibeandKimiyaShimizuDepartmentofOphthalmology,SchoolofMedicine,KitasatoUniversity抗酸菌に対する治療薬として新たにリファブチン(RBT)がリファマイシン系薬剤としてわが国でも使用されている.本剤の副作用の一つにぶどう膜炎があり,海外からの報告は散見される.国内では呼吸器内科医からの報告と眼科医からの報告があるが,後者はフィリピン人の後天性免疫不全症候群(AIDS)患者の症例である.今回筆者らはリファブチン内服中に前房蓄膿を伴うぶどう膜炎を発症し,リファブチン内服中止と0.1%ベタメタゾンの点眼にて著明に改善した日本人症例を経験したので報告する.症例は80歳,女性.6年前に両眼PEA(水晶体乳化吸引術)+IOL(眼内レンズ)挿入術が施行されていた.肺非定型抗酸菌症に対してのRBT内服約2カ月後に右眼霧視を自覚.前房蓄膿を伴うぶどう膜炎を認め,ステロイドの点眼を開始したところ2日後に前房蓄膿は消失したが,右眼発症の10日後に左眼にも発症.RBTによる副作用も考え投与を中止した.中止後から視力は改善していき,発症40日目に前房の炎症はほぼ消失した.RBTの使用中は前房蓄膿を伴う両眼性非肉芽腫性ぶどう膜炎に注意する必要がある.Wereportacaseinwhichhypopyonuveitisappearedduringtreatmentwithrifabutin(RBT)andclarithromycinformycobacteriumaviumcomplex(MAC)pulmonaryinfection.Thepatient,an80-year-oldfemalewhohadbeentakingRBTfor2months,presentedwithblurringinherrighteye.Slit-lampexaminationoftheeyeatthattimeshowedmarkedhypopyon,whichresolvedwithin48hoursoftopicalsteroidadministration.Tendaysaftertheonsetofuveitisintherighteye,thepatientnotedblurringinherlefteye,andslit-lampexaminationshoweduveitisinthateye.ThevisualacuityanduveitisinbotheyesimprovedafterRBTwasdiscontinued.Therewerenoabnormalitiesineithertheopticnerveorretina.Cautionisnecessarywhentreatingbilateralnon-granulomatoushypopyonuveitiswithRBT.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)28(5):693.695,2011〕Keywords:リファブチン,前房蓄膿,ぶどう膜炎.rifabutin,hypopyon,uveitis.694あたらしい眼科Vol.28,No.5,2011(92)2008年8月,投薬をすべて中止した.しかし,2009年10月に肺病変の悪化を認め,投薬を再開した.このとき,抗菌力向上を目的として,リファンピシンからリファブチンに切り替えた.再治療開始約2カ月後,右眼の霧視を自覚し当院眼科初診となった.初診時,視力は右眼矯正(0.9),左眼矯正(1.0).眼圧は右眼12mmHg,左眼14mmHg.右眼に前房蓄膿を伴う非肉芽腫性の虹彩炎を認めた(図1).眼底は散瞳不良のため観察が困難であったが,Bモードエコー上,明らかな硝子体混濁はなかった.限界フリッカー値は両眼30Hz台前半,角膜内皮細胞密度も両眼2,400/mm2台後半と左右差なく,Humphreyの静的視野検査(HFA30-2)でも両眼左右差なく特記すべき所見はなかった.血液検査ではHSV(単純ヘルペスウイルス)のIg(免疫グロブリン)MとHLA(ヒト白血球抗原)でB51が陽性以外に特記すべき異常はなかった.初診時,感染性眼内炎も疑い右眼より前房水を採取しておいたが,培養では細菌,真菌ともに陰性であった.その他,頭部造影MRI(磁気共鳴画像)でも異常所見は認めず,眼外所見として皮疹や口内炎も認めなかった.II経過発症2日目から0.1%ベタメタゾンの点眼を開始した.開始2日目,角膜にDescemet膜の皺襞が出現し,右眼矯正視力は0.3に低下したが,前房蓄膿は急激に消失していた.右眼発症10日後に左眼の霧視を自覚.患者本人の自己判断で0.1%ベタメタゾンの点眼を開始し,左眼発症4日後に来院した.左眼矯正視力は0.15と低下し,前房蓄膿はないものの,前房の炎症とDescemet膜の皺襞を認めた.発症形式からリファブチンによるぶどう膜炎が考えられたため,初発の右眼発症23日目に内科医に相談し,肺非定型抗酸菌症の状態が安定していることを確認してリファブチン,クラリスロマイシン,エタンブトールの投与を中止した.その後,視力と炎症所見は改善し,リファブチン投与中止後40日目に右眼矯正は1.0,73日目に左眼矯正は0.9に改善した.両眼,Descemet膜の皺襞や前房の炎症はほぼ消失した.経過中,眼底,OCT(光干渉断層計)には異常を認めなかった.その後1カ月現在,再発は認めていない.III考按前房蓄膿をきたすぶどう膜炎としてBehcet病,HLA関連急性前部ぶどう膜炎,仮面症候群(悪性リンパ腫),そして眼内炎(内因性,外因性)などがあげられる.本例は発症6年前に白内障手術を受けているので遅発性眼内炎の可能性もあり,初診時,ただちに前房水培養を施行したが結果的には陰性であった.急激な発症や短期間での前房蓄膿消失からも否定的である.Behcet病,HLA関連急性前部ぶどう膜炎は年齢や性別,また前者に対しては皮疹や口内炎などの眼外症状がなく可能性は低いと思われるが,HLA-B51は陽性で完全に否定することはできない.仮面症候群(悪性リンパ腫)は頭部造影MRIなどより否定的であった.海外では1992年から承認されていたこともありリファブチンに関連したぶどう膜炎の症例報告が散見される.国内では呼吸器内科医からの報告が最初である1)が,眼科医からの詳細な報告は2報ある2,7).石口らの報告はフィリピン人の後天性免疫不全症表1過去の報告文献HIV症例(数)発症までの投与期間僚眼発症前房蓄膿前房蓄膿消失時間視力回復までの期間KelleherP(1996)陽性10平均2カ月4/10例あり3/10例あり不明平均8日DanielA(1998)陰性11.5カ月ありあり1日6週BhagatN(2001)陰性32週~9カ月ありあり1~2日1~3週FinemanSM(2001)陰性22週~2カ月なしあり数日4週~18カ月石口(2010)陽性12カ月ありあり1日3カ月福留(2010)陰性22~3カ月なしあり2日1カ月本症例陰性12カ月ありあり2日6週HIV:ヒト免疫不全ウイルス.図1右眼前眼部(リファブチン投与開始後2カ月)(93)あたらしい眼科Vol.28,No.5,2011695候群患者2)で,福留らの報告は日本人の後天性免疫不全症候群を合併していない2例である7).福留らの報告と本例は発症期間や経過はほぼ同様であるが,僚眼に発症していない点が異なっていた.他の報告と同様に僚眼発症にも注意する必要があると思われる.発症機序としては中毒性が考えられている.過去の症例報告をまとめると,片眼ずつ発症し,前房蓄膿を伴うが早期に消失して視力回復も早いことが特徴であり3~7)(表1),本症例でも同様であった.発症頻度は体重当たりの投与量に依存するとされている.過去の文献によると,リファブチンを1日600mg投与した場合のぶどう膜炎発症頻度は,体重65kg以上で14%,55kgから65kgの間で45%,55kg未満で64%と報告されている8).さらにクラリスロマイシンと併用した場合,血中濃度が1.5倍以上に上昇し9),発症頻度は高くなる6,10).過去の報告によると,クラリスロマイシン併用時のリファブチン初期投与量は150mg/日,6カ月以上の経過で副作用がない場合は300mgまで増量可としている11).本症例はリファブチン150mg/日と少量であったが,本症例患者の体重が30kgと少なくクラリスロマイシンを併用していたため,副作用が出現しやすい状況にあったと考えられる.また,本症は0.1%ベタメタゾンの点眼が有効で,視力や所見が改善した可能性もあるが,リファブチンの投与を中止してからの視力改善が著明であったことから薬剤性の要素が大きいと考える(図2).薬剤性の眼副作用は前述したように過量投与によるものをしばしば経験する.高齢者の場合,体重が低いことや,腎機能,肝機能低下によって血中濃度が上がり,副作用が起きやすい状況にある場合が想定される.今まで薬剤性の眼副作用といえば視神経や網膜に関する報告が多いが,今後はぶどう膜炎にも注目する必要があろう.IV結語リファブチン投与中に前房蓄膿を伴い片眼ずつ発症する両眼性急性非肉芽腫性ぶどう膜炎を経験した.リファブチンは特有の副作用としてぶどう膜炎があげられ注意が必要である.文献1)永井英明:ミコブティンRカプセル.呼吸28:151-155,20092)石口奈世里,上野久美子,原栁万里子ほか:リファブチンによる薬剤性ぶどう膜炎を生じた後天性免疫不全症候群患者の1例.日眼会誌114:683-686,20103)BhagatN,ReadRW,RaoNAetal:Rifabutin-associaterdhypopyonuveitisinhumanimmunodeficiencyvirus-negativeimmunocompetentindividuals.Ophthalmology108:750-752,20014)FinemanSM,VanderJ,RegilloCDetal:HypopyonuveitisinimmunocompetentpatientstreatedforMycobacteriumaviumcomplexpulmonaryinfectionwithrifabutin.Retina21:531-533,20015)JewlewiczDA,SchiffWM,BrownSetal:Rifabutin-associateduveitisinanimmunosuppressedpediatricpatientwithoutacquiredimmunodeficiencysyndrome.AmJOphthalmol125:872-873,19986)KelleherP,HelbertM,SweeneyJetal:UveitisassociatedwithrifabutinandmacrolidetherapyforMycobacteriumaviumintradellulareinfectioninAIDSpatients.GenitourinMed72:419-421,19967)福留みのり,佐々木香る,中村真樹ほか:リファブチン関連ぶどう膜炎の2例.臨眼64:1587-1592,20108)ShafranSD,ShingerJ,ZarownyDPetal:Determinantsofrifabutin-associateduveitisinpatientstreatedwithrifabutin,clarithromycin,andethambutolforMycobacteriumaviumcomplexbacteremia.Amultivariateanalysis.CanadianHIVTrialsNetworkProtocol010StudyGroup.JInfectDis177:252-525,19989)HafnerR,BethalJ,PowerMetal:Toleranceandpharmacokineticinteractionsofrifabutinandclarithromycininhumanimmunodeficiencyvirus-infectedvolunteers.AntimicrobAgentsChemother42:631-639,199810)BensonCA,WilliamsPL,CohnDLetal:ClarithromycinorrifabutinaloneorcombinationforprimaryprophylaxisofMycobacteriumaviumcomplexdiseaseinpatientswithAIDS.Arandomized,double-blind,placebo-controlledtrial.TheAIDSClinicalTrialsGroup196/TerryBeirnCommunityProgramsforClinicalRsearchonAIDS009ProtocolTeam.JInfectDis181:1289-1297,200011)日本結核病学会非結核性抗酸菌症対策委員会日本呼吸器学会感染症・結核学術部会:肺非結核性抗酸菌症化学療法に関する見解─2008暫定.結核83:731-733,2008小数視力初発0日2週4週6週8週10週12週14週16週経過期間0.11:VD:VS(0.2)(0.15)(1.0)(0.9)投与中止後から徐々に改善初発23日目RBT投与中止図2視力の経過***

眼科医療従事者におけるMRSA保菌の検討

2011年5月31日 火曜日

0910-1810/11/\100/頁/JCOPY(87)689《第47回日本眼感染症学会原著》あたらしい眼科28(5):689.692,2011cはじめに現在,エキシマレーザーによる角膜屈折矯正手術は世界中で幅広く行われている.特に,laserinsitukeratomileusis(LASIK)の有効性は非常に高い1).一方で,エキシマレーザーによる角膜屈折矯正手術後の合併症の一つである角膜感染症が問題となってきている.LASIK後の角膜感染症の頻度は0.03%から0.31%と報告されていて,頻度は少ないが,重篤な視力障害を後遺症とする感染症をひき起こすことがある2~6).特に,メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)角膜炎は治療に抵抗性であり,たとえ治療が奏効しても角膜混濁を残して視力低下を招くため7),患者のqualityofvisionは著しく低下する.Solomonらは屈折矯正手術後に生じたMRSA角膜炎の文献的検索を行い,12例中9例が医療従事者であることを指摘した7).また,わが国ではNomiらがepi-〔別刷請求先〕北澤耕司:〒606-8287京都市左京区北白川上池田町12バプテスト眼科クリニックReprintrequests:KojiKitazawa,M.D.,BaptistEyeClinic,12Kamiikeda-cho,Kitashirakawa,Sakyo-ku,Kyoto606-8287,JAPAN眼科医療従事者におけるMRSA保菌の検討北澤耕司*1,2外園千恵*2稗田牧*2星最智*2,3木村直子*2坂本雅子*4木下茂*2*1バプテスト眼科クリニック*2京都府立医科大学大学院医学研究科視覚機能再生外科学*3藤枝市立総合病院眼科*4一般財団法人阪大微生物病研究会Methicillin-resistantStaphylococcusaureusCarriersamongOphthalmicMedicalWorkersKojiKitazawa1,2),ChieSotozono2),OsamuHieda2),SaichiHoshi2),NaokoKimura2),MasakoSakamoto4)andShigeruKinoshita2)1)BaptistEyeClinic,2)DepartmentofOphthalmology,KyotoPrefecturalUniversityofMedicine,3)DepartmentofOphthalmology,FujiedaMuncipalGeneralHospital,4)ResearchFoundationforMicrobialDiseasesofOsakaUniversity目的:眼科医療従事者を対象に鼻前庭の培養検査を行い,メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)の保菌率について検討した.方法:対象は京都府立医科大学眼科(KPUM)およびバプテスト眼科クリニック(BEC)に勤務する医師およびコメディカルで,内訳はKPUMが医師38名とコメディカル4名,BECが医師6名,コメディカル30名の計78名である.培養用スワブを用いて鼻前庭より検体を採取し,BECではさらに片眼の結膜.培養を行った.結果:KPUMでは医師2名(4.8%),BECでは医師1名と看護師1名,合計2名(5.6%)の鼻前庭よりMRSAを検出した.両施設を合わせた眼科医療従事者では4名/78名(5.1%)の保菌率であった.結膜.にMRSAが検出された例はなかった.一般健常人と比較して,眼科医療従事者のMRSA保菌率は高かった.結論:大学病院,眼科専門クリニックのいずれもMRSA保菌者が存在した.保菌率は約5%であり,一般健常人より高かった.Weinvestigatedtherateofmethicillin-resistantStaphylococcusaureus(MRSA)carriersamongophthalmicmedicalworkers.Thesubjectscompriseddoctors(38)andmedicalstaff(4)atKyotoPrefecturalUniversityofMedicine(KPUM),anddoctors(6)andmedicalstaff(30)atBaptistEyeClinic(BEC).Samplescollectedfromthenasalcavitybyswab,aswellasfromthelateralconjunctivalsacintheBECgroup,werecultured.MRSAwasfoundinthenasalcavityin2doctors(4.8%)intheKPUMgroupand1doctorand1nurse(5.6%)intheBECgroup.MRSAwasnotfoundintheconjunctivalsacofanysubject.TherateofMRSAcarriersamongophthalmichealthcareworkerswassignificantlyhighincomparisonwithhealthypersons.MRSAcarrierswerefoundamongophthalmicmedicalworkersinboththeuniversityhospitalandtheophthalmicspecialclinic;therateofMRSAcarrierswasalmostthesameinbothgroups.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)28(5):689.692,2011〕Keywords:眼科医療従事者,MRSA,保菌率,鼻前庭,結膜.ophthalmicmedicalworkers,MRSA,rateofcarrier,nasalcavity,conjunctivita.690あたらしい眼科Vol.28,No.5,2011(88)LASIK後のMRSA角膜感染症の2症例中1症例が医療従事者であったと報告しており8),患者が医療従事者であることは屈折矯正手術後角膜感染症のリスクファクターであると考えられる.病院全職員9.11)や療養型病院12),耳鼻科病棟13)を対象とした医療従事者のMRSA保菌率の報告はあるが,眼科医療従事者を対象としてMRSA保菌率を調べた報告は,筆者らの知る限りない.そこで今回,眼科医療従事者を対象に鼻前庭と結膜.の培養検査を行い病院別,職種別に比較,さらに一般健常人の鼻前庭のMRSA保菌率を比較,検討したので報告する.I対象および方法対象は京都府立医科大学眼科(KPUM)およびバプテスト眼科クリニック(BEC)に勤務する医師またはコメディカルである.内訳はKPUMが医師38名とコメディカル4名(看護師3名,医療介助1名),BECが医師6名,コメディカル30名(看護師16名,視能訓練師8名,医療介助6名)の計78名であり,糖尿病やアトピーなど,基礎疾患を有するものはいなかった.KPUMは男性21名,女性21名,BECは男性5名,女性31名であった.平均年齢はKPUMが33.2±7.7歳,BECが34.2±7.8歳,KPUMとBECの両施設では33.7±7.7歳であった.十分なinformedconsentを行い,同意を得たうえで,KPUMでは2005年12月,BECでは2009年12月に検査を施行した.KPUMでは培養用スワブを用いて鼻前庭より検体を採取し,MRSAチェックR(ニッスイプレートMSO寒天培地)を用いて培養を行った.この培地では通常の培地と比べて,MRSAとメチシリン耐性コアグラーゼ陰性ブドウ球菌(MRCNS)以外の菌の発育を抑制するためコロニーが観察しやすく,48時間培養で菌の検出が可能であるといったメリットがある.MRSAチェックRにおいてコロニーを確認できた陽性者より,再度検体を採取して阪大微生物病研究会にて細菌培養を実施,オキサシリンの最小発育阻止濃度(MIC)を測定してMRSAの有無を判定した.BECでは培養用スワブを用いて鼻前庭と片眼の結膜.より検体を採取した.その検体を採取同日に京都微生物研究所に送付して細菌培養を行い,オキサシリンのディスク法でMRSAの有無を判定した.得られた結果をもとに,1)病院別にMRSA保菌率を比較,2)職種別にMRSA保菌率を比較,3)既報における一般健常人の鼻前庭のMRSA保菌率と比較,検討した.II結果KPUMでは医師2名(4.8%),BECでは医師1名と看護師1名,合計2名(4.1%)の鼻前庭よりMRSAを検出し,検出者はいずれも無症候性の保菌者であった.大学病院と眼科専門クリニックのMRSA保菌率は同程度であり(図1),また,BECとKPUMの両施設を合わせた眼科医療従事者では4名/78名(5.1%)の保菌率であった(図1).結膜.にMRSAが検出された例はなかった.さらに職種別の保菌率を検討したところ,医師3名/44名(6.8%),看護師1名/19名(5.3%),その他のコメディカル0名/15名(0.0%)であり,医師,看護師はその他の職種よりもMRSA保菌率が高い傾向にあった(図2).過去の文献によると,一般健常人のMRSA保菌率は1.1.1.98%14.16)である.これらの報告と今回の保菌率を比較したところ,どの報告と比較しても眼科医療従事者は一般健常人より保菌率は高かった.また,最もn数の多い小森ら14)の報告と比較して,眼科医療従事者のMRSA保菌率は一般健常人より有意に高かった(p=0.005)(表1).表1眼科医療従事者と一般健常人の鼻前庭MRSA保菌率の比較陽性陰性保菌率(%)今回(眼科医療従事者)4745.1小森ら(一般健常人)87151.1Abuduら(一般健常人)42741.4Kennerら(一般外来患者)84041.98眼科医療従事者は一般健常人と比較するとMRSA保菌率は高く,最もn数の多い小森らの報告と比較すると有意に眼科医療従事者でのMRSA保菌率が高かった(*p=0.005,c2検定).*n=42n=36医師3名看護師1名(5.1%)n=78医師1名看護師1名(5.6%)KPUMBEC両施設医師2名(4.8%)図1鼻前庭MRSA保菌率(KPUM,BEC)KPUMでは医師2名(4.8%),BECでは医師1名,看護師1名(5.6%)のMRSA保菌率であった.眼科医療従事者全体(KPUM+BEC)では5.1%の保菌率であった.医師n=443名(6.8%)その他1名(5.3%)n=15看護師n=190名(0%)図2眼科医療従事者の職種間別MRSA保菌率医師,看護師はその他の職種よりもMRSA保菌率が高い傾向にあった.(89)あたらしい眼科Vol.28,No.5,2011691III考按今回の検討により,大学病院,眼科専門クリニックのいずれもMRSA保菌者が存在し,保菌率は約5%でほぼ同程度であった.Abuduらはバイミンガル在住で16歳以上の健常人の鼻前庭培養を行い,MRSAの保菌率が1.5%(4名/274名)であったことを報告した15).Kennerらは健康な外来患者404名の鼻前庭培養を行い,MRSA保菌率が1.98%(8名)であったことを報告した16).小森らは医療従事者でない一般健常人723名の鼻前庭培養を行い,MRSA保菌者が8名(1.1%)であったと報告した14).したがって今回得られた保菌率は過去の一般健常人の報告(1.1.1.98%)と比較した場合,いずれの報告よりも高く,最もn数の多い小森らの報告14)と比較すると有意に眼科医療従事者でのMRSA保菌率が高かった(p=0.005,c2検定)(表1).一方,病院内全職員を対象としたMRSA保菌調査では7.7.9.4%9.11),療養型病院における医療スタッフのMRSA保菌率は7.9%12)という報告がある.今回得られた眼科医療従事者の鼻前庭MRSA保菌率は,他科領域の報告と比較して高くはないといえる.しかし,眼科は他の診療科と比較して悪性腫瘍や低栄養状態など,全身の免疫不全を伴う患者が少ないことを考慮すると眼科医療従事者のMRSA保菌率が4.1.4.8%であったことは,決して低い保菌率ではないと考えられた.職種別のMRSA保菌率は医師3名/44名(6.8%),看護師1名/19名(5.3%),その他のコメディカル0名/15名(0%)であり,医師,看護師はその他の職種よりもMRSA保菌率が高い傾向であった.伊藤らは病院職員547名に対して鼻前庭MRSA保菌率を調査しており,医師5名/81名(6.2%),看護師12名/337名(3.6%),その他のコメディカル1名/129名(0.8%)であり,患者との接触が多い職種ほど保菌率の高いことを指摘した10).MRSAは医療従事者を介する交差感染によって伝播していく.手洗いの適正な手技の習得ならびに院内感染の意識を高めることでMRSA患者検出率および新規MRSA患者の検出率を下げることができるため17,18),眼科医療従事者においても標準予防策を徹底し,MRSAの伝播を防ぐことが必須であると考える.今回の研究で示したように,眼科を含めた医療従事者ではMRSA保菌率が高い.過去の報告から,屈折矯正手術患者が医療従事者である場合は術後のMRSA感染に注意が必要である.また,標準予防策をとって眼科医療従事者におけるMRSA保菌率を下げることは,医療従事者自身の健康を守るためにも重要と思われる.今回検出したMRSAについて,抗菌薬の感受性試験や遺伝子型の検討はできていない.最近,市中獲得MRSAが報告され,これは病院獲得型に比べ毒素の産生性が強いと報告されている19).市中獲得型か病院獲得型かなどを含め,眼科医療従事者が保菌するMRSAの分子疫学的特徴について検討し,さらにDNA解析を行い,感染経路について検討することが今後の課題である.IV結論大学病院の眼科,眼科専門クリニックの医療従事者ではいずれもMRSA保菌者が存在し,保菌率は4.5%であった.一般健常人と比較すると,眼科医療従事者のMRSA保菌率は高く,標準予防策を徹底する必要がある.文献1)SchallhornSC,FarjoAA,HuangDHetal:WavefrontguidedLASIKforthecorrectionofprimarymyopiaandastigmatism.AreportbytheAmericanAcademyofOphthalmology.Ophthalmology115:1249-1261,20082)LlovetF,RojyasV,InterlandEetal:Infectiouskeratitisin204,586LASIKprocedures.Ophthalmology117:232-238,20103)MoshirfarM,WellingJD,FeizVetal:Infectiousandnoninfectiouskeratitisafterlaserinsitukeratomileusisoccurrence,management,andvisualoutcomes.JCataractRefractSurg33:474-483,20074)deOliveiraGC,SolariHP,CiolaFBetal:CornealinfiltratesafterexcimerlaserphotorefractivekeratectomyandLASIK.JRefractSurg22:159-165,20065)SolomonR,DonnenfeldED,AzarDTetal:Infectiouskeratitisafterlaserinsitukeratomileusis:resultsofanASCRSsurvey.JCataractRefractSurg29:2001-2006,20036)KarpCL,TuliSS,YooSHetal:InfectiouskeratitisafterLASIK.Ophthalmology110:503-510,20037)SolomonR,DonnenfeldED,PerryHDetal:MethicillinresistantStaphylococcusaureusinfectiouskeratitisfollowingrefractivesurgery.AmJOphthalmol143:629-634,20078)NomiN,MorishigeN,YamadaNetal:Twocasesofmethicillin-resistantStaphylococcusaureuskeratitisafterEpi-LASIK.JpnJOphthalmol52:440-443,20089)酒井道子,阿波順子,那須郁子ほか:一施設全職員を対象としたMRSA検出部位と職種間の相違についてDNA解析を用いた検討.ICUとCCU29:905-909,200510)伊藤重彦,大江宣春,草場恵子ほか:病院職員のMRSA鼻前庭内保菌率調査とムピロシンによる除菌.環境汚染17:285-288,200211)WarshawskyB,HussainZ,GregsonDBetal:Hospitalandcommunitybasedsurveilanceofmethicillin-resistantStaphylococcusaureus:previoushospitalizationisthemajorriskfactor.InfectControlHospEpidemiol21:724-727,200012)千葉直彦,久保裕義,横山宏:療養型病院におけるMRSA検出状況.山梨医学33:79-83,200513)土井まつ子,仲井美由紀,藤井洋子ほか:異なる病棟から分離されたMethicillin-resistantStaphylococcusaureus(MRSA)株の疫学的検討.環境感染15:207-212,2000692あたらしい眼科Vol.28,No.5,2011(90)14)小森由美子,二改俊章:市中におけるメチシリン耐性ブドウ球菌の鼻前庭内保菌者に関する調査.環境感染20:164-170,200515)AbuduL,BlairI,FraiseAetal:Methicillin-resistantStaphylococcusaureus(MRSA):acommunity-basedprevalencesurvey.EpidemiolInfect126:351-356,200116)KennerJ,O’ConnorT,PiantanidaNetal:Ratesofcarriageofmethicillin-resistantandmethicillin-susceptibleStaphylococcusaureusinanoutpatientpopulation.InfectControlHospEpidemiol24:439-444,200317)斉藤真一郎,高橋真菜美,澤井孝夫ほか:MRSA多発病棟における定期的な手指消毒トレーニングの効果に関する検討.医療の質・安全学会誌2:152-156,200718)PittetD,HugonnetSHarbarthSetal:Effectivenessofahospital-wideprogrammetoimprovecompliancewithhandhygiene.Lancet356:1307-1312,200019)伊藤輝代,桑原京子,久田研ほか:市中感染型MRSAの遺伝子構造と診断(最新の知見).感染症学雑誌78:459-469,2004***

細菌性結膜炎における検出菌・薬剤感受性に関する5年間の動向調査(多施設共同研究)

2011年5月31日 火曜日

0910-1810/11/\100/頁/JCOPY(77)679《第47回日本眼感染症学会原著》あたらしい眼科28(5):679.687,2011c細菌性結膜炎における検出菌・薬剤感受性に関する5年間の動向調査(多施設共同研究)小早川信一郎*1井上幸次*2大橋裕一*3下村嘉一*4臼井正彦*5COI細菌性結膜炎検出菌スタディグループ*1東邦大学医療センター大森病院眼科*2鳥取大学医学部視覚病態学*3愛媛大学大学院医学系研究科視機能外科学*4近畿大学医学部眼科学教室*5東京医科大学Five-YearTrendSurveyinJapan(MulticenterStudy)ofBacterialConjunctivitisIsolatesandTheirDrugSensitivityShinichiroKobayakawa1),YoshitsuguInoue2),YuichiOhashi3),YoshikazuShimomura4),MasahikoUsui5)andCore-NetworkofOcularInfectionStudyGroupofIsolatefromBacterialConjunctivitisinJapan1)DepartmentofOphthalmology,TohoUniversityOmoriMedicalCenter,2)DepartmentofOphthalmologyandVisualScience,FacultyofMedicine,TottoriUniversity,3)DepartmentofOphthalmology,EhimeUniversitySchoolofMedicine,4)DepartmentofOphthalmology,KinkiUniversityFacultyofMeidicine,5)TokyoMedicalUniversityわが国における細菌性結膜炎の検出菌と薬剤感受性の現状を把握するため,2004年11月から2009年12月までの5年間,全国27施設を受診し,その臨床所見から細菌性結膜炎と診断された症例615例を対象に,結膜から検体を採取後,阪大微生物病研究会に送付して培養を行い,症例背景(年齢,地域,受診施設など),検出菌種,薬剤感受性についてその経年変化を検討した.症例背景では,調査年による大きな差はみられず,年齢においては高齢者が多数を占めた(65歳以上45.9%).全被験者615例より検体採取が可能であり,1,156株の細菌が検出された.検出菌の内訳は,Staphylococcusepidermidis19.3%,Propionibacteriumacnes14.4%,Streptococcusspp.13.0%,Staphylococcusaureus10.8%などで,調査期間を通じてグラム陽性菌が約60%,グラム陰性菌が約20.25%,嫌気性菌が約15.20%検出され,地域にかかわらず同様の傾向を示した.薬剤感受性は累積発育阻止率曲線で比較した場合,全菌種を合わせるとレボフロキサシン(LVFX)と塩酸セフメノキシム(CMX)の感受性が高かった.菌種別のLVFXに対する薬剤感受性では,S.aureus(MSSA〔メチシリン感受性黄色ブドウ球菌〕)とP.acnesは高い感受性を示したが,Corynebacteriumspp.に対する感受性は低かった.薬剤感受性は5年間を通じて大きな変化を認めなかった.ToinvestigatethecurrenttendencyinJapanregardingbacterialconjunctivitiscasesandthedrugsensitivityoftheisolatedbacteria,conjunctivalswabsweretakenfrompatientswithsuspectedbacterialconjunctivitisat27institutionsnationwidebetweenNovember2004andDecember2009.TheswabbedsamplesweresenttotheResearchInstituteofMicrobialDiseasesatOsakaUniversity,whereweinvestigatedpatientbackground(e.g.,age,area,institution),isolatedbacterialstrainsanddrugsensitivityduringthatperiod.Therewerenosignificantchangesinbackgroundthroughoutthesurveyperiod.Agedpatientsaccountedforalargeportionofthecases(45.9%ofthepatientswereover65yearsold).Swabswerecollectedfrom615patients,and1,156bacterialstrainswerecollected.Ofthosestrains,19.3%wereStaphylococcusepidermidis,14.4%werePropionibacteriumacnes,13.0%wereStreptococcusspp.and10.8%wereStaphylococcusaureus.Ofthestrainsfoundduringthesurveyperiod,approximately60%weregram-positive,20-25%weregram-negativeand15-20%wereanaerobic,regardlessofarea.Whendrugsensitivitywascomparedusingcumulativegrowthinhibitioncurves,thosestrainsshowedhighsensitivitytolevofloxacin(LVFX)andcefmenoxime(CMX),overall.S.aureus(MSSA〔methicillinsensitiveStaphylococcusaureus〕)andP.acnesshowedhighsensitivitytoLVFX;however,Corynebacteriumspp.showedlowsensitivity.Therewerenosignificantchangesindrugsensitivitythroughoutthe5-yearperiod.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)28(5):679.687,2011〕〔別刷請求先〕小早川信一郎:〒143-8541東京都大田区大森西7-5-23東邦大学医療センター大森病院眼科Reprintrequests:ShinichiroKobayakawa,M.D.,DepartmentofOphthalmology,TohoUniversityOmoriMedicalCenter,7-5-23Omori-Nishi,Ota-ku,Tokyo143-8541,JAPAN680あたらしい眼科Vol.28,No.5,2011(78)はじめに細菌性結膜炎に対する抗菌薬の選択・投与方法は,起炎菌を検出したうえでその細菌に最も感受性のある薬剤を選択することである.しかし日常臨床では,患者の苦痛の早期軽減や社会生活への影響を考慮して,起炎菌の検出を待たずに治療を行う場合がほとんどであり,起炎菌の同定を行う前に汎用されている抗菌点眼薬を処方するのが現状である.一方,細菌の抗菌薬感受性には経年変化が認められること,近年メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)などの耐性菌による感染症の拡大に伴い,耐性菌対策が必須であることから,日常臨床における抗菌薬選択の重要性は高く,細菌性結膜炎の起炎菌の動向を把握しておくことは意義あることと思われる.そこで,筆者らCore-NetworkofOcularInfection(COI)のメンバーは,多施設における細菌性結膜炎の検出菌の動向と薬剤感受性の現状を把握し,今後の抗菌薬投与の指標となる有益な情報を得るために,新たな共同研究組織であるCOI細菌性結膜炎検出菌スタディグループを組織した.そして,2004年11月より2009年までの5年間,全国27施設を受診し,その臨床所見から細菌性結膜炎と診断された症例615例を対象に,結膜から検体を採取して同一施設で培養を実施し,症例背景(年齢,地域,受診施設),検出菌種,薬剤感受性について検討を行った.初年度の結果についてはすでに報告した1)が,今回,5年間の予定調査期間を終了したので,その結果を報告する.I対象および方法対象は,全国の約27施設(大橋眼科[北海道],くろさき眼科[新潟県],栃尾郷病院[新潟県],阿部眼科[秋田県],東京医科大学[東京都],東京医科大学八王子医療センター[東京都],東邦大学[東京都],とだ眼科[埼玉県],鹿嶋眼科クリニック[茨城県],いずみ記念病院[東京都],上沼田クリニック[東京都],ルミネはたの眼科[神奈川県],稲田登戸病院[神奈川県],いこま眼科医院[石川県],バプテスト眼科クリニック[京都府],大橋眼科[大阪府],岡本眼科クリニック[愛媛県],愛媛大学[愛媛県],鷹の子病院[愛媛県],町田病院[高知県],魚谷眼科医院[鳥取県],大分県立病院[大分県],新別府病院[大分県],NTT西日本九州病院[熊本県],熊本赤十字病院[熊本県],熊本大学[熊本県],中頭病院[沖縄県].ただし,研究参加年数が4年以下の施設も含む.)を,初年度(第1回:2004年11月,第2回:2005年2月,第3回:2005年5月,第4回:2005年8月),2年度(第5回:2006年2月,第6回:2006年11月),3年度(第7回:2007年11月),4年度(第8回:2008年11月,第9回:2009年2月),5年度(第10回:2009年11月.12月)の各調査期間に受診し,その臨床所見から細菌性結膜炎と診断された患者である.症例総数は615例(男性266例,女性344例,不明5例)で,年齢は生後0~99歳(平均年齢52.2歳)で,年齢不明を除き50.2%(309名)が60歳以上であった(図1).また,7.2%(44例)がコンタクトレンズ(CL)を装用していた.患者から同意を得た後,症状の重いほうの片眼の結膜を擦過して採取した検体を,輸送用培地「AMIESCARBON」を用いて阪大微生物病研究会(阪大微研)に送付し,好気・嫌気培養を行い,細菌の分離・同定を行った.そして,検出菌,地域別の検出菌,施設別の検出菌,年齢別の検出菌,季節別の検出菌,CL装用の有無による検出菌のそれぞれの内訳を検討した.また,検出菌に対して日本化学療法学会の標準法により,レボフロキサシン(LVFX),ミクロノマイシン(MCR),エリスロマイシン(EM),クロラムフェニコール(CP),スルベニシリンナトリウム(SBPC),塩酸セフメノキシム(CMX)の6剤の最小発育阻止濃度(MIC)を測定し,その結果を累積発育阻止率曲線で表した.なお,調査期間中,MCRの製造中止に伴い,4年度からはトブラマイシン(TOB)に変更した.さらに,今回の研究では,結膜炎以外の外眼部疾患を有する症例および参加施設の受診以前に抗菌薬が投与されていた症例は除外した.II結果1.細菌分離率全症例615例のなかで細菌が分離されたのは587例(細菌陽性率95.4%)であり,男性263例,女性319例で,年齢は生後0~99歳(平均年齢52.2歳)であった.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)28(5):000.000,2011〕Keywords:多施設共同研究,細菌性結膜炎,検出菌,薬剤感受性.multicenterstudy,bacterialconjunctivitis,bacterialisolates,drugsensitivity.20~29歳40~49歳10~19歳1390~99歳17不明141歳未満274230~39歳533360~69歳911~9歳80~89歳618070~79歳12150~59歳63図1症例の年齢分布(期間合計)(79)あたらしい眼科Vol.28,No.5,20116812.検出菌の種類と頻度細菌が分離された587例から1,156株の細菌が検出された(1症例当たり1~8株).初年度から5年度までのすべての検出菌のうち最も多かったのは,Staphylococcusepidermidis(S.epidermidis)223株(19.3%),ついでPropionibacteriumacnes(P.acnes)166株(14.4%),Streptococcusspp.150株(13.0%),Staphylococcusaureus(S.aureus)125株(10.8%),Corynebacteriumspp.122株(10.6%),Haemophilusinfluenzae53株(4.6%),Moraxellaspp.40株(3.5%)であった(図2).S.aureus125株中,メチシリン感受性黄色ブドウ球菌(MSSA)が99株,メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)が26株であった.嫌気性菌は178株で,そのうちの169株がPropionibacteriumspp.であった.グラム陽性菌が全体の63.6%を占めていた.経年変化では,初年度は,検体総数が429株でS.epidermidisが102株(23.7%)と最も高頻度に検出され,ついでS.aureus66株(15.4%),Streptococcusspp.59株(13.8%),P.acnes40株(9.3%)の順であった.2年度から5年度まではP.acnesが最も多く,次いでS.epidermidisの順であったが,5年間を通して大きな傾向の変化は認められなかった(図3).グラム染色別の検出菌の内訳・経年変化については,初年度,グラム陽性球菌が59.2%(254株)と最多であったが,2年度50.2%(87株),3年度47.9%(82株),4年度45.1%(84株),5年度42.6%(84株)と,初年度から5年度まで検出菌の約50%はグラム陽性球菌で占められていた(図4).グラム陽性球菌は5年間を通して最も多く検出されていたものの,経年的には検出比率が減少した.3.地域別の検出菌内訳・経年変化(グラム染色別)地域別(北海道・東北,関東,中部,関西,中国・四国,九州・沖縄)検出菌の内訳・経年変化は,グラム陽性球菌が地域・年度を問わず高頻度であった.初年度は,関西地域でグラム陰性菌が少なく,関西・関東で嫌気性菌の比率がやや高かった.しかし,2年度以降は地域間で参加施設の偏り(施設数,施設のタイプ)が生じたために,地域によってはばらつきがみられたものの,全体的な検出菌の頻度については,経年的,地域的に大きな差は認められなかった(図5).4.施設別の検出菌内訳・経年変化(グラム染色別)全症例615例の施設別内訳は,大学病院57例,総合病院127例,眼科クリニック431例であった.施設別の検出菌内訳・経年変化は,5年間を通じ,眼科クリニック,総合病院ではグラム陽性球菌の割合が突出していた.大学病院では,検体数が少ないため,各検出菌の頻度に大きなばらつきがみられ,一定の傾向を得ることはできなかった(図6).5.年齢別の検出菌内訳・経年変化(グラム染色別)全症例615例中の年齢別内訳をみると,65歳以上は282例(45.9%)であり,細菌性結膜炎の半数を高齢者が占めた.各年代(14歳以下,15~64歳,65歳以上)における検出菌の内訳・経年変化をみると,各年代を通じてグラム陽性球菌が最も高頻度であり,5年間を通してその傾向は変わらなかったものの,15歳以上の年代ではグラム陽性球菌の割合が経年的に減少しており,特に3年度以降ではその検出比率は半数を切っていた(図7).0%20%40%60%80%100%5年度4年度3年度2年度初年度3729271021110121650341216941113142822202134201820301091413186105102278441733182517662839302940052122859■:Staphylococcusepidermidis■:MSSA■:MRSA■:その他のStaphylococcusspp.■:Streptococcusspp.■:Corynebacteriumspp.■:その他の好気性グラム陽性菌■:Haemophilusinfluenzae■:Moraxellaspp.■:その他の好気性グラム陰性菌■:Propionibacteriumacnes■:その他の嫌気性菌図3検出菌の経年変化(主要菌種別)MSSA9%その他の好気性グラム陰性菌14%その他の嫌気性菌1%MRSA2%その他の好気性グラム陽性菌6%Staphylococcusepidermidis19%その他のStaphylococcusspp.4%Streptococcusspp.13%Propionibacteriumacnes14%Moraxellaspp.3%Haemophilusinfluenzae5%Corynebacteriumspp.10%図2検出菌の種類(期間合計)0%20%40%60%80%100%5年度4年度3年度2年度初年度84848287254392223253546363431962844323044■:好気性グラム陽性球菌■:好気性グラム陽性桿菌■:好気性グラム陰性菌■:嫌気性菌図4検出菌の内訳・経年変化(グラム染色別)682あたらしい眼科Vol.28,No.5,2011(80)6.季節別の検出菌内訳・経年変化初年度に季節を4回に分けて行った調査では,2月にグラム陽性桿菌が少なく,嫌気性菌が多かった.冬期に多いとされるHaemophilusinfluenzaeであるが,11月に6株,2月に6株,5月に6株,8月に4株検出されており,季節による大きな変化はみられなかった.なお,こうした初年度の結果1)を受け,2年度以降では季節別の比較は行わなかった(図8).7.CL装用の有無との関連性CLは88.5%が装用しておらず,装用者は7.2%にとどまった.CL装用の有無でグラム陽性菌と陰性菌の比率に大きな差はなかったが,CL装用者にグラム陽性桿菌が少なく,嫌気性菌が多い傾向を認めた(図9).8.薬剤感受性結膜炎由来臨床分類株である全検出菌1,156株(全菌種:初年度429株,2年度173株,3年度171株,4年度186株,5年度197株)に対するLVFX,MCR,TOB,EM,CP,SBPC,CMXの抗菌力を,累積発育阻止率曲線で示した(図10).全体としてのMIC80,MIC90はLVFX,CMXがその他の薬剤と比べて低い値となっており,結膜炎の主要な起炎菌に対する高い感受性が認められた.全検出菌に対する各薬剤の抗菌力の経年変化を,累積発育0%20%40%60%80%100%■:好気性グラム陽性球菌■:好気性グラム陽性桿菌■:好気性グラム陰性菌■:嫌気性菌5年度4年度3年度2年度初年度5年度4年度3年度2年度初年度5年度4年度3年度2年度初年度5年度4年度3年度2年度初年度5年度4年度3年度2年度初年度5年度4年度3年度2年度初年度九州・沖縄中国・四国関西中部関東北海道・東北51311631148112860117819542091024347231414627242892914315924881032510833106237139740362111472111030755789349145104017121494134341435795372513834622842148181176図5地域別検出菌の内訳・経年変化(グラム染色別)0%20%40%60%80%100%5年度4年度3年度2年度初年度5年度4年度3年度2年度初年度5年度4年度3年度2年度初年度65歳以上15~64歳14歳以下26411513216262025932832194729402110125247761810541932016198521276827131391517121213012132316628392244■:好気性グラム陽性球菌■:好気性グラム陽性桿菌■:好気性グラム陰性菌■:嫌気性菌図7年齢別の内訳・経年変化(グラム染色別)0%20%40%60%80%100%■:好気性グラム陽性球菌■:好気性グラム陽性桿菌■:好気性グラム陰性菌■:嫌気性菌5年度4年度3年度2年度初年度5年度4年度3年度2年度初年度5年度4年度3年度2年度初年度眼科クリニック総合病院大学病院78645867144612161986148124371816182114561100213383432284952234020072337232324435510044210図6施設別(眼科クリニック,総合病院,大学病院)検出菌の内訳・経年変化0%20%40%60%80%100%2004年11月2005年2月2005年5月2005年11月6942529115811130151239562211■:好気性グラム陽性球菌■:好気性グラム陽性桿菌■:好気性グラム陰性菌■:嫌気性菌図8季節別の検出菌内訳・経年変化(グラム染色別)(81)あたらしい眼科Vol.28,No.5,2011683阻止率曲線で示した(図11~17).LVFXは5年間の調査期間で大きな変化はなく,累積発育阻止率曲線はほぼ同じパターンを描いた(図11).MIC80,MIC90は低値を示しており,全検出菌に対する高い感受性が認められた.MCR(初年度~4年度)およびTOB(4~5年度)は5年間の調査期間で大きな変化はなく,累積発育阻止率曲線はほぼ同じパターンを描いた(図12~13).EM,CP,SBPCについても5年間の調査期間で大きな変化はなく,累積発育阻止率曲線はほぼ同じパターンであった(図14.16).CMXは5年間の調査期間で大きな変化はなく,累積発育阻止率曲線はほぼ同じパターンを描いた(図17).MIC80,MIC90は低値を示しており,全検出菌に対する高い感受性が認められた.つぎに,細菌性結膜炎に対して最も広く使用されているLVFXの主要検出菌に対する抗菌力について,累積発育阻止率曲線で示した(図18~22).S.epidermidis221株(初年度100株,2年度27株,3年度29株,4年度37株,5年度28株)では,年度間にて多少の変動は認められるものの,LVFXはS.epidermidisに対する高い感受性を5年間を通して維持していた(図18).P.acnes166株(初年度40株,2年度29株,3年度30株,4年度39株,5年度28株)およびS.aureus(MSSA)101株(初年度50株,2年度16株,3年度12株,4年度10株,0%20%40%60%80%100%なしあり■:好気性グラム陽性球菌■:好気性グラム陽性桿菌■:好気性グラム陰性菌■:嫌気性菌5年度4年度3年度2年度5年度4年度3年度2年度初年度初年度79807383227235416372217253300400443429298611027274127303613406図9CL装用の有無による検出菌内訳・経年変化(グラム染色別)100%90%80%70%60%50%40%30%20%10%0%≦0.060.130.250.51248163264128128<MIC(μg/ml):LVFX:EM:SBPC:TOB:MCR:CP:CMX累積発育阻止率RangeMIC80MIC90LVFX≦0.06~128<28MCR≦0.06~128<32128TOB≦0.06~128<64128EM≦0.06~128<128128<CP≦0.06~128816SBPC≦0.06~128<1632CMX≦0.06~128<28図10全検出菌1,156株に対する全薬剤の累積発育阻止率曲線100%90%80%70%60%50%40%30%20%10%0%≦0.060.130.250.51248163264128128<MIC(μg/ml)累積発育阻止率:初年度LVFX:2年度LVFX:3年度LVFX:4年度LVFX:5年度LVFXRangeMIC80MIC90初年度≦0.06~128<482年度≦0.06~128<283年度≦0.06~128<124年度≦0.06~128<285年度≦0.06~128<416図11全検出菌1,156株に対するLVFXの累積発育阻止率曲線(全菌種:初年度429株,2年度173株,3年度171株,4年度186株,5年度197株)100%90%80%70%60%50%40%30%20%10%0%≦0.060.130.250.51248163264128128<MIC(μg/ml)累積発育阻止率:初年度MCR:2年度MCR:3年度MCR:4年度MCRRangeMIC80MIC90初年度≦0.06~128<321282年度≦0.06~128<32643年度≦0.06~128<16644年度≦0.06~128<32128<図12全検出菌959株に対するMCRの累積発育阻止率曲線(全菌種:初年度429株,2年度173株,3年度171株,4年度186株)684あたらしい眼科Vol.28,No.5,2011(82)5年度11株)では,5年間を通して左に強くシフトした同様の曲線を描いており,P.acnesおよびMSSAに対するLVFXのきわめて高い感受性が示された(図19,20).Streptococcusspp.150株(初年度59株,2年度21株,3年度20株,4年度22株,5年度28株)は,曲線が左にシフトしており,Streptococcusspp.に対するLVFXの高い感受性が示された(図21).Corynebacteriumspp.118株(初年度30株,2年度20株,3年度18株,4年度20株,5年度30株)では,LVFXの感受性は低かったものの5年間の変化はほとんど認められず,LVFXに対する耐性化は進行していないと考えられた(図22).III考按細菌性結膜炎は,眼感染症のなかで最も高頻度に発症する疾患であるが,日常診療で結膜炎症例の起炎菌を確定することは困難である.今回のスタディは5年間にわたる全国多施設による細菌性結膜炎の細菌の検出状況と薬剤感受性の検討であり,2007年の本スタディグループの報告1)に引き続き,細菌性結膜炎の現状把握と今後の適切な治療薬選択につながる臨床上有用な情報と考えられる.眼感染症における多施設100%90%80%70%60%50%40%30%20%10%0%≦0.060.130.250.51248163264128128<MIC(μg/ml)累積発育阻止率:4年度TOB:5年度TOBRangeMIC80MIC904年度≦0.06~128<128128<5年度≦0.06~128<3264図13全検出菌383株に対するTOBの累積発育阻止率曲線(全菌種:4年度186株,5年度197株)100%90%80%70%60%50%40%30%20%10%0%≦0.060.130.250.51248163264128128<MIC(μg/ml)累積発育阻止率:初年度EM:2年度EM:3年度EM:4年度EM:5年度EMRangeMIC80MIC90初年度≦0.06~128<128<128<2年度≦0.06~128<1281283年度≦0.06~128<641284年度≦0.06~128<128<128<5年度≦0.06~128<64128図14全検出菌1,156株に対するEMの累積発育阻止率曲線(全菌種:初年度429株,2年度173株,3年度171株,4年度186株,5年度197株)100%90%80%70%60%50%40%30%20%10%0%≦0.060.130.250.51248163264128128<MIC(μg/ml)累積発育阻止率:初年度CP:2年度CP:3年度CP:4年度CP:5年度CPRangeMIC80MIC90初年度0.25~64882年度0.25~128883年度≦0.06~1288164年度≦0.06~1288325年度≦0.06~128832図15全検出菌1,156株に対するCPの累積発育阻止率曲線(全菌種:初年度429株,2年度173株,3年度171株,4年度186株,5年度197株)100%90%80%70%60%50%40%30%20%10%0%≦0.060.130.250.51248163264128128<MIC(μg/ml)累積発育阻止率:初年度SBPC:2年度SBPC:3年度SBPC:4年度SBPC:5年度SBPCRangeMIC80MIC90初年度≦0.06~128<16642年度≦0.06~128<8163年度≦0.06~128<161284年度≦0.06~128<16325年度≦0.06~128<1632図16全検出菌1,156株に対するSBPCの累積発育阻止率曲線(全菌種:初年度429株,2年度173株,3年度171株,4年度186株,5年度197株)(83)あたらしい眼科Vol.28,No.5,2011685スタディとしては,眼感染症学会による感染性角膜炎サーベイランス2,3)があり,感染性角膜炎診療ガイドライン4)の礎となった.本スタディは同一の全国多施設において5年間細菌性結膜炎の動向を観察した結果であり,意義深いものと考えられる.まず5年間にわたる細菌性結膜炎の細菌の検出状況についてであるが,起炎菌の累積頻度は,S.epidermidis(19.3%),P.acnes(14.5%),Streptococcusspp(.13.0%),S.aureus(10.8%),Corynebacteriumspp(.10.5%),Haemophilusinfluenzae(4.6%),Moraxellaspp.(2.7%)であり,S.aureusではMSSAが79%,MRSAが21%であった.西澤らは検出菌データの多いものから順に,S.epidermidis,S.aureus,Streptococcusspp.,Propionibacteriumspp.,Corynebacteriumspp.,Haemophilusinfluenzaeとレビューしている1,5~10)が,本スタディとほぼ同様の結果を示しており,わが国における細菌性結膜炎の検出菌はこれら7菌種が4分の3を占めているものと推測される.また,細菌性結膜炎は世代により検出菌と臨床経過が異なり,小児ではHaemophilus100%90%80%70%60%50%40%30%20%10%0%≦0.060.130.250.51248163264128128<MIC(μg/ml)累積発育阻止率:初年度CMX:2年度CMX:3年度CMX:4年度CMX:5年度CMXRangeMIC80MIC90初年度≦0.06~128<2162年度≦0.06~128<483年度≦0.06~128<2164年度≦0.06~128<145年度≦0.06~128<216図17全検出菌1,156株に対するCMXの累積発育阻止率曲線(全菌種:初年度429株,2年度173株,3年度171株,4年度186株,5年度197株)100%90%80%70%60%50%40%30%20%10%0%≦0.060.130.250.51248163264128128<MIC(μg/ml)累積発育阻止率:初年度:2年度:3年度:4年度:5年度RangeMIC80MIC90初年度0.13~40.50.52年度0.25~80.50.53年度≦0.06~20.50.54年度≦0.06~20.50.55年度≦0.06~10.50.5図19P.acnes166株に対するLVFXの累積発育阻止率曲線(初年度40株,2年度29株,3年度30株,4年度39株,5年度28株)100%90%80%70%60%50%40%30%20%10%0%≦0.060.130.250.51248163264128128<MIC(μg/ml)累積発育阻止率:初年度:2年度:3年度:4年度:5年度RangeMIC80MIC90初年度0.13~128<482年度0.13~8883年度0.13~128<444年度0.13~128485年度0.13~128<832図18S.epidermidis221株に対するLVFXの累積発育阻止率曲線(初年度100株,2年度27株,3年度29株,4年度37株,5年度28株)100%90%80%70%60%50%40%30%20%10%0%≦0.060.130.250.51248163264128128<MIC(μg/ml)累積発育阻止率:初年度:2年度:3年度:4年度:5年度RangeMIC80MIC90初年度≦0.06~128<0.5162年度0.13~160.583年度≦0.06~0.250.250.254年度0.13~0.50.50.55年度0.13~128<0.52図20S.aureus(MSSA)99株に対するLVFXの累積発育阻止率曲線(初年度50株,2年度16株,3年度12株,4年度10株,5年度11株)686あたらしい眼科Vol.28,No.5,2011(84)influenzaeや,S.pneumoniaeが多く,高齢者ではS.aureusやCorynebacteriumspp.が多いとされる5).本スタディでも,14歳以下では初年度にグラム陰性菌が32%を占め,その約半数がHaemophilusinfluenzaeであったが,その後経年的にグラム陰性菌の割合は減少した.また,各年代を通じてグラム陽性球菌が最も高頻度であり,5年間を通してその傾向はかわらなかったものの,15歳以上の年代ではグラム陽性球菌の割合が経年的に減少していた.つぎに検出菌における地域差については,経年変化や地域別に一定の傾向はみられなかった.施設別では,眼科クリニック,総合病院ではグラム陽性球菌の割合が多く,大学病院では嫌気性菌が多いものの,各検出菌の頻度に大きなばらつきがみられ,一定の傾向はなかった.CL装用の有無については,88.5%が装用しておらず,装用者は7.2%にとどまり,CL装用の有無でグラム陽性菌と陰性菌の比率に大きな差はなかった.以上より,2007年の報告と同様,今日の細菌性結膜炎の主要検出菌は,S.epidermidis,S.aureus,Streptococcusspp.,Corynebacteriumspp.,Haemophilusspp.と推察された.全検出菌に対する薬剤感受性(MIC80,MIC90)は,LVFX,CMXがその他の薬剤と比べて低い値となっており,結膜炎の主要な起炎菌に対する高い感受性が認められた.また,この5年間の調査期間中に,細菌性結膜炎の主要検出菌に対する薬剤感受性に大きな変化がみられなかったことから,急速な菌の変化,耐性化の進行は生じていないと考えられた.本来,細菌性結膜炎に対する抗菌薬の選択,投与方法は,起炎菌を検出したうえで検出された細菌に対する最も抗菌力の強い薬剤を選択し使用することに尽きるが,日常臨床では,患者苦痛の軽減,qualityoflife(QOL)低下の防止,感染拡大の阻止,病態の遷延化・難治化の阻止を治療の要点とし,起炎菌の検出を待たずに早期治療開始の必要性が迫られる.これらの事情を考慮すると,広域の抗菌スペクトルを示し,他の抗菌点眼薬と比較して高い感受性から,細菌性結膜炎の日常診療においてLVFX,CMXを第一選択としてよいと思われる.以上のように,今回の5年間にわたる調査により,細菌性結膜炎の検出菌の急速な変化や耐性化は進行していないことが明らかとなったが,初年度の報告の考按で示したごとく,多剤耐性菌の出現や菌交代現象の要因としてあげられている抗菌薬の過剰投与や広域スペクトルを有する薬剤の濫用の弊害を常に念頭に置き,上記のような広域抗菌点眼薬の投与は必要最低限にとどめるべきであると考える.COI細菌性結膜炎検出菌スタディグループ(50音順)注記:所属が眼科の場合は部門を省略,所属は調査参加当時のもの青木功喜(大橋眼科/札幌),浅利誠志(大阪大学医学部附属病院感染制御部),阿部達也(くろさき眼科),阿部徹(阿部眼科),有賀俊英(札幌社会保険総合病院),生駒尚秀(いこま眼科医院),稲森由美子(横浜市立大学),井上幸次(鳥取大学),魚谷純(魚谷眼科医院),薄井紀夫(総合新川橋病院),臼井正彦(東京医科大学),内尾英一(福岡大学),宇野敏彦(愛媛大学),卜部公章(町田病院),大橋勉(大橋眼科/札幌),大.秀行(大橋眼科/大阪),大橋裕一(愛媛大学),岡本茂樹(岡本眼科クリニック),奥村直毅(京都府立医科大学),亀井里実(バプテスト眼科クリニック),亀井裕子(東京女子医科大学東医療センター),川崎尚美(岡本眼科100%90%80%70%60%50%40%30%20%10%0%≦0.060.130.250.51248163264128128<MIC(μg/ml)累積発育阻止率:初年度:2年度:3年度:4年度:5年度RangeMIC80MIC90初年度≦0.06~128442年度0.5~64223年度0.5~2114年度0.5~2225年度0.5~6412図21Streptococcusspp.150株に対するLVFXの累積発育阻止率曲線(初年度59株,2年度21株,3年度20株,4年度22株,5年度28株)100%90%80%70%60%50%40%30%20%10%0%≦0.060.130.250.51248163264128128<MIC(μg/ml)累積発育阻止率:初年度:3年度:5年度:2年度:4年度RangeMIC80MIC90初年度0.13~128<641282年度≦0.06~128<32643年度≦0.06~128<32644年度≦0.06~128<641285年度≦0.06~128<64128図22Corynebacteriumspp.118株に対するLVFXの累積発育阻止率曲線(初年度30株,2年度20株,3年度18株,4年度20株,5年度30株)(85)あたらしい眼科Vol.28,No.5,2011687クリニック),岸本里栄子(大橋眼科/札幌),北川和子(金沢医科大学),木村格(岡本眼科クリニック),久志雅和(中頭病院),小鹿聡美(東京医科大学),小嶋健太郎(京都府立医科大学),古城美奈(バプテスト眼科クリニック),小早川信一郎(東邦大学医療センター大森病院),坂本雅子(阪大微生物病研究会),渋谷翠(東京医科大学),島袋あゆみ(琉球大学),下村嘉一(近畿大学),白石敦(愛媛大学),鈴木崇(愛媛大学),外園千恵(京都府立医科大学),瀧田忠介(大分県立病院),田中康一郎(鹿嶋眼科クリニック),田中裕子(愛媛大学),中井義典(バプテスト眼科クリニック),中川尚(徳島診療所),中村行宏(NTT西日本九州病院),西崎暁子(バプテスト眼科クリニック),橋田正継(町田病院),橋本直子(岡本眼科クリニック),秦野寛(ルミネはたの眼科),原祐子(愛媛大学),檜垣史郎(近畿大学),東原尚代(京都府立医科大学),平野澄江(岡本眼科クリニック),福田正道(金沢医科大学),松本光希(NTT西日本九州病院),松本治恵(松本眼科),箕田宏(とだ眼科),宮嶋聖也(熊本赤十字病院),宮本仁志(愛媛大学医学部附属病院診療支援部),山口昌彦(愛媛大学),山崎哲哉(町田病院),横井克俊(東京医科大学)文献1)松本治恵,井上幸次,大橋裕一ほか:多施設共同による細菌性結膜炎における検出菌動向調査.あたらしい眼科24:647-654,20072)感染性角膜炎全国サーベイランス・スタディグループ:感染性角膜炎全国サーベイランス.日眼会誌110:961-972,20063)砂田淳子,上田安希子,井上幸次ほか:感染性角膜炎全国サーベイランス分離菌における薬剤感受性と市販点眼薬のpostantibioticeffectの比較.日眼会誌110:973-983,20064)井上幸次,大橋裕一,浅利誠志ほか:感染性角膜炎診療ガイドライン作成委員会:感染性角膜炎診療ガイドライン.日眼会誌111:769-809,20075)西澤きよみ,秦野寛:わが国の細菌性結膜炎の起炎菌は?あたらしい眼科26(臨増):65-68,20096)宮尾益也,本山まり子,坂上富士男ほか:新潟大学眼感染症クリニックでの10年間の検出菌.臨眼45:969-973,19917)松井法子,松井孝治,尾上聡ほか:細菌性結膜炎の検出菌についての検討.臨眼59:559-563,20058)堀武志,秦野寛:急性細菌性結膜炎の疫学.あたらしい眼科6:81-84,19899)西原勝,井上慎三,松村香代子:細菌性結膜炎における検出菌の年齢分布.あたらしい眼科7:1039-1042,199010)秋葉真理子,秋葉純:乳幼児細菌性結膜炎の検出菌と薬剤感受性の検討.あたらしい眼科18:929-931,2001***

インタビュー:西田 幸二先生

2011年5月31日 火曜日

(71)あたらしい眼科Vol.28,No.5,2011673さまざまなご指導を受けました.それから斉藤喜博先生には網膜の勉強を,さらに,岡本茂樹先生には白内障とか角膜の勉強をと,総合的にいろいろな勉強をさせていただきました.木下すごくいいメンバーですね.西田そうですね,非常にお世話になって,本当に臨床の能力はその時にかなり培われたと思います.そのあと木下先生が京都府立医科大学眼科の教授になられたときに,一緒に連れて行っていただいて,角膜の専門家になりたいという思いで,鍛えていただきました.本当にその時のおかげで今があると思っています.それから1998年にアメリカに留学をしました.それまでの京都府立医科大学での5年間が非常に面白く,充実しておりましたのでなかなか留学する気になれなくて,ついつい遅くなってしまったんですけれども,アメリカ,サンディエゴのソーク研究所という基礎の研究所で神経幹細胞(stemcell,ステムセル)の研究をしておりました.1年半の留学を終えから京都府立医科大学で半年間お世話になり,そのあと田野先生に声をかけていただいて大阪大学に戻り,2006年までご指導を受けました.その当時,大阪大学では再生医学の研究を始めたいという思いでした.木下先生から以前に,角膜上皮のステムセルの研究についていろいろ教えていただいたのですが,そのステムセルの研究が非常に面白く,それを臨床に役立てるという思いと,留学したときの「神経幹細胞の研究」のおかげでより深くステムセル研究を掘り下げることができたので,大阪大学に戻って再生医学の研究を始めたわけです.それから2006年に東北大学に教授として赴任し,そして今回,大阪大学に戻ってきたというような経緯です.木下西田先生,この度は大阪大学眼科学教室教授にご就任,おめでとうございます.西田どうもありがとうございます.木下大阪大学の眼科は非常に歴史のある教室ですが,われわれの知っているところでは眞鍋禮三先生の頃からということになります.最初に,大阪大学眼科についての,歴史と言うかバックグラウンドと言うか,そういうことを簡単にご紹介いただけますか.西田私が知っているのは眞鍋先生の時代からです.私が入局した1988年当時の教授が眞鍋先生で,1991年に眞鍋先生が退官された後を田野保雄先生が引き継がれ,昨年4月1日付で私が9代目の教授に就任いたしました.木下(西田)先生の1988年からこれまでのなかで,特に自分として頑張ってやってこられたというような事についての足跡を教えてもらえますか.西田はい,いま申しあげたとおり私は1988年に眼科に入局しました.当時のポリクリという制度の中で,何科を選んだらよいのかよくわからない状況でしたが,眼科をまわった時の硝子体手術のマイクロサージェリーが魅力的に見えまして,そういったマイクロサージェリーのプロフェッショナルになりたいという思いで眼科の門を叩きました.その当時,丁度,木下先生が医局長として大阪労災病院から帰ってこられて,眞鍋教授の下,大阪大学は角膜の全盛時代というような時期で,当初は硝子体手術をしたいと思って入局したのですが,自然に角膜の疾患に興味を持ち,角膜を専門としたいと思うようになりました.大阪大学に1年間在籍した後,大阪厚生年金病院で3年間お世話になりましたが,その間,部長が3人変わりました.中谷一先生,清水芳樹先生,そして桑山泰明先生と,いずれも緑内障の専門の先生で,緑内障についてインタビュー木下茂本誌編集主幹のインタビューに答えてShigeruKinoshita大阪大学大学院教授(眼科学)西田幸二先生KoujiNishida674あたらしい眼科Vol.28,No.5,2011(72)連携が難しい時代になっていますが,教育という観点からみると大学と関連病院が連携して広い視野をもった医師,地域医療を支える医師を育てていかなければならないと思いますし,そのための何か良いシステムを作りたいということ,それと同時にサブスペシャルティを育てるということが大学の一つの大きな使命だと考えています.研究指導に関しては,臨床教室では大学院を指導する良いシステムがなかなかないので,それをわれわれMDが,臨床に携わりながら行うという非常に難しい役割を担っているわけです.だから,研究指導する良いシステムを考えていかなければならないと思っています.少し抽象的ですけど.木下先生は東北大学で相当に経験を積んできて,今度,母校の馴染んだ環境でそれを応用することになりますので,東北大学の経験が生きるだろうなぁと,思っています.西田自分でも,5年近く前に東北大学に赴任してホントに沢山のことを勉強させていただきました.だからその経験を生かしたいと思います.木下それでは,自分のモットーを含めて,抽象的といわれた面を少し補足して説明してもらえませんか.西田先生ご存じのように大阪大学は角膜・網膜・緑内障とか,領域に関係なく非常に臨床が強く,それぞれのサブスペシャリティが非常に優秀で,臨床的に有能な人材が揃っているというように思いますので,こういう総合的な臨床医学を継続し伸ばしていきたいと考えております.研究面では臨床に役立つ研究ですね.それを進めていきたいなぁと思っています.臨床に役立つ研究,特に今木下西田先生はとにかく昔からあんまり寝なくて,夜中まで研究をして,それで朝眠たい顔をして出てくるというか.ともかく,ハードワーカーでしたよね.西田そうですねぇ.とにかく面白かったので自分としては夜中でも継続できたと思っています.木下特に細胞工学センターと共同研究をしていた時は,夜遅くにでも大阪大学と行ったり来たりでしたね.西田細胞工学センターに行っていたのは1992年.1994年にかけてだったと思います.その時に基礎研究の教室を初めて見たのですが,大変なカルチャーショックで,いかに基礎研究の教室が進んでいるかということにホントにびっくりしました.特にその当時はまだインターネットが今みたいに一般的ではなかったのが,細胞工学センターではインターネットがすでに非常に発達していて,データのやり取りがアメリカと即座にできるという環境を目のあたりにして,是非これを自分の教室に持って帰りたいという思いもあって通っていたんです.そこで勉強するというのもあったんですけど….木下次に,これからのこととして教育・臨床・研究についての自分の思っている理念もあるでしょうし,方針もあると思うんですけど,それはいかがですか?西田自分の立場としてやっぱり教育というものに力を入れないといけないと思っています.人を育てるというのが非常に大事で,われわれの教室,臨床の教室では医師を育てるということと,それから眼科学を発展させることができるリーダーとなるべき人を育てるという,2本の柱があると思います.良い医師を育て,地域医療を維持するというのは非常に大切ですので,そのためには関連病院を含めた研修医の“研修医教育システム”をさらに充実,確立していきたいと思っています.スーパーローテイトが導入されて,なかなか病院との西田幸二先生プロフィール1988年大阪大学医学部卒業1989年大阪厚生年金病院眼科医員1992年京都府立医科大学眼科助手1998年ソーク研究所(米国,サンディエゴ)研究員2000年大阪大学大学院医学系研究科眼科助手2001年大阪大学大学院医学系研究科眼科講師2004年大阪大学大学院医学系研究科眼科助教授2006年東北大学大学院医学系研究科眼科教授2010年大阪大学大学院医学系研究科眼科教授現在に至る専門:角膜,角膜移植,再生医学,幹細胞生物学木下茂先生西田幸二先生(73)あたらしい眼科Vol.28,No.5,2011675何かあれば….今も趣味はゴルフですか?西田いえ,ゴルフは全然やっていないです.木下ゴルフはすごく上手だったのに,もうやってないのですか?西田やっていないです.非常に個人的な事になりますが,子供が小さいので,今は子供と遊ぶことが,一番癒される感じです.それが趣味ですね.木下なるほどね,わかりました.本当にありがとうございました.これからも大いにご活躍ください.西田どうもありがとうございました.は治すことのできないような病気を治す,イノベーティブな独創的な研究に挑戦していきたいと思っています.木下自分のモットーといいますか,こういう事を大切にしているというのがあれば教えていただけますか?西田急に言われてもなかなか難しいですけれども.やっぱり新しいものを生み出すことができるということ,そのために一つ大切なこととして,過去の歴史をよく学ぶ,先人の偉業をしっかり学ぶことで,初めて何が新しいのかがわかってくるのではないか,と思っています.木下あと,もう一つ趣味とかですね,家族のことで☆☆☆お申込方法:おとりつけの書店,また,その便宜のない場合は直接弊社あてご注文ください.メディカル葵出版年間予約購読ご案内眼における現在から未来への情報を提供!あたらしい眼科2011Vol.28月刊/毎月30日発行A4変形判総140頁定価/通常号2,415円(本体2,300円+税)(送料140円)増刊号6,300円(本体6,000円+税)(送料204円)年間予約購読料32,382円(増刊1冊含13冊)(本体30,840円+税)(送料弊社負担)最新情報を,整理された総説として提供!眼科手術2011Vol.24■毎号の構成■季刊/1・4・7・10月発行A4変形判総140頁定価2,520円(本体2,400円+税)(送料160円)年間予約購読料10,080円(本体9,600円+税)日本眼科手術学会誌(4冊)(送料弊社負担)【特集】毎号特集テーマと編集者を定め,基本的事項と境界領域についての解説記事を掲載.【原著】眼科の未来を切り開く原著論文を医学・薬学・理学・工学など多方面から募って掲載.【連載】セミナー(写真・コンタクトレンズ・眼内レンズ・屈折矯正手術・緑内障など)/新しい治療と検査/眼科医のための先端医療/インターネットの眼科応用他【その他】トピックス・ニュース他■毎号の構成■【特集】あらゆる眼科手術のそれぞれの時点における最も新しい考え方を総説の形で読者に伝達.【原著】査読に合格した質の高い原著論文を掲載.【その他】トピックス・ニューインストルメント他株式会社〒113.0033東京都文京区本郷2.39.5片岡ビル5F振替00100.5.69315電話(03)3811.0544http://www.medical-aoi.co.jp

眼研究こぼれ話 17.網膜の構造<下> 黄斑部に頼る視力

2011年5月31日 火曜日

(69)あたらしい眼科Vol.28,No.5,2011671網膜の構造㊦黄斑部に頼る視力網膜には,特別に視力の鋭利な場所がある.この場所は眼球後極部の光学的な中心に一致しているのが普通である.この場所では,視細胞以外の細胞は,周りに押しやられ深い凹(くぼ)みを作っていて,中心窩(か)と呼ばれている.また,この部位一帯が黄色く見えることから,黄斑(はん)部とも言う.読書とか,テレビを見る場合に必要な視力はこの黄斑部の機能に頼っている.高空を飛びながら地上の小動物をねらうワシの眼の網膜を見ると,たいへんに深い中心窩があって,その周りの視細胞は桿(かん)状細胞からなっている.このような構造は,するどい視覚を持っていることを示している.最近,日本がグラマン社から購入した飛行機の名前,「ホーカイ」はタカの鋭い眼からもじったアイオワ人のニックネームでもある.一方,中心窩のない犬の眼はあまり鋭くないと言われている.最近流行のフリスビーをうまくキャッチする犬もいるが,私の犬はあまり物がはっきりと見えるふうはない.視覚よりも臭覚とか,接触に頼っているらしい.犬,または他の中心窩のない網膜を持った動物は,鋭利な注視点がないかわり,物体の運動によって,はっきりと物を見る能力がある.私のなまけ犬も日なたぼっこをしながら,眼の前を走るアリをじっと眼で追いかけるのを楽しみにしている.同様にカエルは静止しているものは見えない.非常にゆっくりと近よるヘビをカエルはのみ込まれる前に見つけることができないのである.また,動かないえさを与えると,カエルは見つけることができないので餓死する.面白いことは,水面すれすれを泳いでいるある種の魚は空中を飛んでいる虫と,水中を泳いでいる小魚,プランクトンを同時に見つけるため中心窩が二つある.空中用,水中用の二つである.また,鳥類のように眼が両側を向いている動物では,黄斑部が後極部になく,横にはずれている.ちなみにこのような鳥は,近い前方の遠近感を作るために,頭を前後に動かせている.鶏やハトが盛んに首を前後に振りながら,えさをとっているのは見馴(な)れた景色である.この黄斑部がどうして黄色いのか,いまだにはっきりした答えが出ていない.下等動物では,黄色の色素を抽出した報告はあるが,人間ではこのような実験は行われていない.ちなみに,下等動物の眼に黄斑部は存在しない.役目としては,網膜に入って来る紫外線を吸収するフィルターのためだと言われている.ある細胞学者はこの部にある神経細胞が含んでいる一種の脂肪が黄色であろうと考えている.ところが,緑内障で神経細胞がなくなった患者の網膜でも,黄斑部の色が残っているのはおかしい.最近この不思議を解決してみたいと思って,たくさん0910-1810/11/\100/頁/JCOPY眼研究こぼれ話桑原登一郎元米国立眼研究所実験病理部長●連載⑰▲人間網膜の中心窩部の横断.約300倍に拡大.下方の黒い線は色素細胞層.672あたらしい眼科Vol.28,No.5,2011眼研究こぼれ話(70)の人間の眼を,ちょうど黄斑部側面の切り口が見えるようにし,拡大して調べてみた.面白いことに,神経細胞のはるか(といっても0.1ミリ位)下方にある視細胞から出ている線維の層が黄色であることがわかった.ところが,この層には黄色である細胞学的理由が一つもない.もしかすると,密集している細い線維の束が光の干渉で,黄色く見えるのではないかと思われるようになった.この部位が何故(なぜ)黄色いかと,眼を黄色くして調べている人も,そんなことには一つも関心のない人も,同様に健全な視力を楽しんでいるのである.このような一見役に立ちそうもない,まどろこしい研究も,やはりいつかは,なにかのお役に立つことがあると願っている.(原文のまま.「日刊新愛媛」より転載)☆☆☆むずかしい統計がよくわかる!眼科での新薬開発の臨床治験データを例に解説!統計学米虫節夫(近畿大学農学部教授)【編著】寺嶋達雄(参天製薬株式会社臨床開発本部)・榊秀之(千寿製薬株式会社前臨床グループ)【著】A4変型総172頁図表243点定価(本体6,000円+税)Ⅰ序説1.症例報告から法則性の発見へ/2.臨床試験実施時のポイント/3.統計解析ソフトについてⅡデータのまとめ方1データの4尺度/2誤差の4条件/3中心的傾向の示し方/4ばらつきの数量的示し方/5ヒストグラムと分布Ⅲ検定と推定の考え方1計量値の分布:正規分布/2検定と推定の考え方/3母平均に関する検定と推定Ⅳ2つの平均値の比較12つの平均値に関する検定と推定(パラメトリック法)/22つの平均値に関する検定(ノンパラメトリック法)Ⅴ3つ以上の平均値の比較13つ以上の平均値に関する検定(パラメトリック法)/23つ以上の平均値に関する検定(ノンパラメトリック法)Ⅵ計数値1計数値の分布/2計数値に関する検定と推定Ⅶ多重比較13つ以上の平均値に関する多重比較-多重比較の考え方-/23つ以上の平均値に関する多重比較(パラメトリック法)-分散分析後の検討-/33つ以上の平均値に関する多重比較(ノンパラメトリック法)-KruskalーWallis検定後の検討-Ⅷ2つの変量間の関係1相関分析/2単回帰分析Ⅸ練習問題(問題1~11)【付録】統計的方法に関するJISとISOの動向■内容■医学におけるわかりやすい〒113-0033東京都文京区本郷2-39-5片岡ビル5F振替00100-0-69315電話(03)3811-0544株式メディカル葵出版会社

インターネットの眼科応用 28.ソーシャルメディアと医療

2011年5月31日 火曜日

あたらしい眼科Vol.28,No.5,20116690910-1810/11/\100/頁/JCOPYソーシャルメディアの光と影インターネットがもたらす情報革命のなかで,情報発信源が企業から個人に移行した大きなパラダイムシフトをWeb2.0と表現します.インターネットは繋ぐ達人です.地域を越えて,個人と個人を無限の組み合わせで双方向性に繋ぎます.パソコンや携帯端末からブログや動画,写真などをインターネット上で共有し,コミュニケーションすることが可能になりました.インターネット上で情報が共有され,経験が共有され,時間が共有されます.インターネット上での情報交流が,世の中の現実世界を動かす力をもつようになりました.中東の政変や,震災での情報収集の際に,FacebookやTwitterといったソーシャルメディアが活躍しました.アラブ世界で独裁者を放逐したのは,間違いなくソーシャルメディアの力でした.震災後の被災地の情報不足を補ったのも,間違いなくソーシャルメディアでした.テレビや電話などの情報インフラが遮断されると,人間社会は村で完結されますが,インターネットはその壁を越えます.本章では,ソーシャルメディアの光と影の部分から,医療への応用の可能性について紹介したいと思います.ソーシャルメディアとは,「インターネット上に発信された映像,音声,文字情報などのコンテンツを,当該コミュニティサービスに所属している個人や組織に伝えることによって,多数の人々や組織が参加する双方向的な会話へと作り替え,実社会への影響をもつメディア」と定義されます.ソーシャルメディアは知識や情報を大衆化し,大衆をコンテンツ消費者側からコンテンツ生産者の側に変えます1).ソーシャルメディアが活性化するには,誰でも議論に参加できる共通テーマと,参加したいというモチベーション,そして参加するための場所が揃っていることが重要です.そのことは,中東の政変と震災によって示されました.ソーシャルメディアを建設的な言論空間として育てていくためにはどうすれば良いか,私たちは実体験から学んでいます.新しく生まれた,ソーシャルメディアは,社会のさまざまな問題に解決策を見出す可能性をもちます.ウィキリークスやフェイスブックなどのウェブサービスによって,個人の情報発信から体制側に不都合な出来事が発生し,極端な事例では政権崩壊までひき起こします.日本でも“sengoku38”氏によって,中国漁船衝突映像がYouTubeに公開されました.ソーシャルメディアは政府の不正に対抗するツールとなります.ソーシャルメディアは,中東の政変や震災での情報共有のように,実社会に建設的な影響力をもちました.これは,ソーシャルメディアの光の部分と言えます.一方,ソーシャルメディアは影ともなりえます.ソーシャルメディアは反体制活動の強力なツールになりえますが,逆に体制側が活動家を取り締まり,抗議運動を弱めるための強力なツールにもなります.チュニジア・エジプトでの革命を反面教師として,反体制派を攪乱するツールとして,ソーシャルメディアを利用する国家が登場しています.そのような国では,国家がソーシャルメディアを監視しています.政府側の人間が反体制側の人間であるかのように情報を発信し,反体制側の人間に接触し,彼らを摘発します.情報統制がなされている中国では,政府に批判的な意見を書き込めば,それがリアルタイムで察知されて,監視,逮捕されてしまうようなシステムが構築されており,市民の側が「監視されているかもしれない」という恐怖から言論活動を控えてしまいます2,3).通常の民主主義国家にもソーシャルメディアの影があります.IT・セキュリティ系研究者にTwitterのボットを製作してもらい,優劣を競うという,“WebEcologyProject”というプロジェクトがあります.そのボットは「人間であるかのようにふるまい,他のユーザーに影響を与える」という行動をします.ソーシャルメディアを通じて多くの人々に影響力を行使できるかどうかの社会実験です.仮に,全自動で動くプロパガンダ・ボットのようなプログラムができたとして,それが(実在の(67)インターネットの眼科応用第28章ソーシャルメディアと医療武蔵国弘(KunihiroMusashi)むさしドリーム眼科シリーズ670あたらしい眼科Vol.28,No.5,2011言論家のように)人々の思想や行動に影響を与えられれば,ごく少ない資源で社会を意のままに操ることができる,ということです.実際に上記の実験では,開発されたボットを実在する人間だと誤解して,フォローしただけでなく会話までしてしまうユーザーがいました.政府に批判的な人々に対して影響力を行使するために,彼らの仲間を装ったアカウント(もしくはボット)をソーシャルメディア上に作成して,世論を形成することが理論上,可能になります2).ソーシャルメディアは,一部の人間が大衆を管理・操作するツールとして使われる可能性をもちます.ソーシャルメディアの影の部分,といえます.ソーシャルメディアと医療世界を席巻するソーシャルメディアは,医療とどのように融合するでしょう.この二つの相違点は,情報の正確性に対する考え方です.ソーシャルメディアは,情報の信頼性より即時性を重視します.それに対し,医療情報の流通は,即時性よりも信頼性を重視します.共通点もあります.ソーシャルメディアの情報発信源は,人です.企業や放送局ではありません.医療の情報伝達は,教科書,耳学問,セミナーなど,形態はさまざまですが,DoctortoDoctorの情報伝達が一番信頼性をもちます.人を介する,という点では,ソーシャルメディアと医療の親和性は高いと考えます.ただ,ソーシャルメディアが医療に活用された例はほとんどありません.私が有志と運営しているMVC-onlineという,医師限定の会員制のサイトは,数少ない医療系のソーシャルメディアといえます.海外での事例を紹介します.メイヨー・クリニック(MayoClinic)は,19世紀に設立された,ミネソタ州ロチェスター市に本部を置く,常に全米で最も優れた病院の一つに数えられている総合病院です4).彼らはソーシャルメディアをうまく医療に活用している先駆者です.インターネットを,病院の告知媒体として利用するのではなく,医師から患者へ医療情報を伝える執筆媒体,さらには,医師と患者,患者同士の双方向性のある媒体として位置づけています.ソーシャルメディアが活性化するには,共通のテーマが必要です.このソーシャルメディアからは,「健康を保ちたい」「病状を良くしたい」「病気を理解し,受け入れるにはどうすれば良いか」という,医師,患者が共同して病気に向き合うメッセー(68)ジを感じます.MayoClinicのソーシャルメディアの取り組みは多岐にわたり,ブログ・YouTube・Twiiter・Facebookなどを活用しています.①Blog:「MayoClinicNewsBlog」は,医学・科学分野の研究結果を紹介しています.心臓疾患の予兆を調べるテストなども掲載されています.②YouTube:医師の自己紹介を中心に500件を超える動画が掲載されています.患者の体験談や,禁煙がもたらす健康への影響を説明したビデオなども投稿されています.③Twiiter:@mayoclinicアカウントを用意しています.フォローワーは9,000名.④Facebook:公式ページが用意されています.ファンは1万人を超えています.投稿には,退院患者からの感謝や質問などがあり,これに対して実名の医師・スタッフが回答しています.またFacebook内で,スタッフの募集などのリクルーティング活動もしています.MayoClinicは,インターネットを巧みに医療に応用しています.上記以外にもその試みは多岐にわたり,次章で改めて紹介します.【追記】これからの医療者には,インターネットリテラシーが求められます.情報を検索するだけでなく,発信することが必要です.医療情報が蓄積され,更新されることにより,医療水準全体が向上します.私が有志と主宰します,NPO法人MVC(http://mvc-japan.org)では,医療というアナログな行為を,インターネットでどう補完するか,さまざまな試みを実践中です.MVCの活動に興味をもっていただきましたら,k.musashi@mvc-japan.orgまでご連絡ください.MVConlineからの招待メールを送らせていただきます.先生方とシェアされた情報が日本の医療水準の向上に寄与する,と信じています.文献1)http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%BD%E3%83%BC%E3%82%B7%E3%83%A3%E3%83%AB%E3%83%A1%E3%83%87%E3%82%A3%E3%82%A22)http://blogs.itmedia.co.jp/akihito/2011/04/post-1966.html3)EvgenyMorozov,AllenLane“TheNetDelusion:HowNottoLiberateTheWorld”4)http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A1%E3%82%A4%E3%83%A8%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%82%AF%E3%83%AA%E3%83%8B%E3%83%83%E3%82%AF