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降圧剤の内服で眼圧下降を認めた正常眼圧緑内障の1例

2011年8月31日 水曜日

1172(11あ2)たらしい眼科Vol.28,No.8,20110910-1810/11/\100/頁/JC(O0P0Y)《第21回日本緑内障学会原著》あたらしい眼科28(8):1172?1174,2011cはじめに高血圧症に対する治療薬のなかでa1受容体遮断薬やb受容体遮断薬は,眼局所に投与することで眼圧下降を認めることから緑内障治療薬として応用されている.一方,動物眼に対して,アンジオテンシンII受容体拮抗薬(ARB)点眼により眼圧下降効果を認めた報告がある1).また,アンジオテンシン変換酵素(ACE)阻害薬内服での眼圧下降2)や,ARB内服による眼圧下降3)の報告も認めるが,詳細な奏効機序は不明である.今回,正常眼圧緑内障(NTG)のベースライン眼圧測定中に降圧剤の内服により眼圧下降を認めた1例を経験したので報告する.I症例患者:49歳,男性.主訴:左眼飛蚊症.既往歴:高血圧症(受診時は未治療の状態であった).現病歴:2007年8月より他院で両眼緑内障にてラタノプロスト(キサラタンR)点眼薬を処方されていた.同年9月〔別刷請求先〕小林守:〒769-1695香川県観音寺市豊浜町姫浜708番地三豊総合病院眼科Reprintrequests:MamoruKobayashi,M.D.,DepartmentofOphthalmology,MitoyoGeneralHospital,708Himehama,Kanonji-shi,Kagawa769-1695,JAPAN降圧剤の内服で眼圧下降を認めた正常眼圧緑内障の1例小林守*1馬場哲也*2廣岡一行*2藤原篤之*2白神史雄*2*1三豊総合病院眼科*2香川大学医学部眼科学講座EffectofOralAntihypertensiveAgentsonIntraocularPressureinNormal-TensionGlaucomaMamoruKobayashi1),TetsuyaBaba2),KazuyukiHirooka2),AtsushiFujiwara2)andFumioShiraga2)1)DepartmentofOphthalmology,MitoyoGeneralHospital,2)DepartmentofOphthalmology,KagawaUniversityFacultyofMedicine降圧剤の内服で眼圧下降を認めた正常眼圧緑内障(NTG)の1例を経験したので報告する.症例は49歳,男性.両眼のNTGと診断し,ベースライン眼圧測定を開始した.以後眼圧は両眼17~19mmHgで経過したが,高血圧症に対してカンデサルタンとドキサゾシンの内服が開始されたところ,眼圧が両眼12~16mmHgに下降した.しかし,血圧下降不十分のためテルミサルタン内服に変更となったところ,血圧は下降したが眼圧は上昇した.その後,カンデサルタンとアムロジピンとエプレレノン内服に変更になったところ,再度眼圧下降を認め,ドキサゾシンを追加しても眼圧に著変がなかったことから,本症例における眼圧下降についてはカンデサルタンが最も関与したと考えた.降圧剤の内服で眼圧下降を認めたNTGの1例を経験した.関与した薬剤としてカンデサルタンが考えられ,緑内障治療薬に応用できる可能性がある.Wereporttheeffectoforalantihypertensiveagentsonintraocularpressure(IOP)ina49-year-oldmalewithnormal-tensionglaucoma(NTG).FollowingthediagnosisofNTGinbotheyes,baselineIOPmeasurementwasinitiated.IOPwas17~19mmHginbotheyesatbaseline.Afteroraladministrationofcandesartananddoxazosinfortreatmentofhypertension,IOPdecreasedto12~16mmHg.However,themedicationwasswitchedtotelmisartanbecausethebloodpressure(BP)-loweringeffectwaspoor.AlthoughBPdecreasedafteroraladministrationoftelmisartan,IOPincreased.Aftermedicationwasagainswitched,tocandesartan,amlodipineandeplerenone,IOPagaindecreased,anddidnotchangeaftertheadditionofdoxazosin.WeconcludedthatcandesartanwasinvolvedintheIOPreductioninthiscase.Candesartancouldbeappliedtoglaucomatreatment.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)28(8):1172?1174,2011〕Keywords:アンジオテンシンII受容体拮抗薬,正常眼圧緑内障,眼圧,高血圧,カンデサルタン.angiotensinIItype1receptorantagonist,normal-tensionglaucoma,intraocularpressure,hypertension,candesartan.(113)あたらしい眼科Vol.28,No.8,20111173より左眼飛蚊症を自覚し,9月26日香川大学医学部附属病院眼科を受診した.初診時所見:視力は右眼0.05(1.5×?6.0D(cyl?1.00DAx180°),左眼0.06(1.2×?5.5D(cyl?0.75DAx180°).眼圧は右眼14mmHg,左眼14mmHg.両眼部とも前眼部,中間透光体に特記すべき所見は認めなかった.隅角は両眼とも開放隅角で異常所見は認めなかった.眼底は両眼とも視神経陥凹乳頭径比0.9と拡大を認め,陥凹底にlaminardotsign,乳頭上網膜血管のbayonetingを認め,右眼は耳下側に,左眼は下方~耳下側にかけて網膜神経線維層欠損を認め,緑内障性変化と考えられた.黄斑部,網膜血管走行および周辺部網膜に異常所見を認めなかった.HeidelbergRetinaTomographIIでの視神経乳頭解析によるGlaucomaProbabilityScoreは両眼とも正常範囲外であった.静的量的視野検査では,両眼ともブエルム(Bjerrum)領域に弓状暗点を認め,右眼では鼻側階段が出現しており,眼底所見と一致していることから緑内障性視野変化と考えた.経過(図1):両眼のNTGと診断し,2007年10月16日からベースライン眼圧を把握するために点眼を中止した.眼圧測定時刻は15時から17時の間とした.その後,両眼とも眼圧は17~19mmHgで経過していたが,2008年4月より他院で高血圧症に対してARBのカンデサルタン(ブロプレスR)とa1受容体遮断薬のドキサゾシン(カルデナリンR)の内服治療が開始されたところ,眼圧が両眼12~16mmHgに下降した.しかし,血圧コントロール不良のため,11月より他のARBであるテルミサルタン(ミカルディスR)内服に変更となったところ,血圧下降は得られたが眼圧は右眼19mmHg,左眼18mmHgと上昇した.内服飲み忘れなどの問題があり,2009年1月よりカンデサルタン再投与およびCa拮抗薬のアムロジピン(アムロジンODR),アルドステロン阻害薬のエプレレノン(セララR)内服に変更となったところ両眼13~16mmHgとなり再度眼圧下降を認めた.2009年3月よりドキサゾシンの内服が追加されたが,眼圧に著変を認めず,その後も眼圧は下降したまま現在に至っている.また,経過中の降圧薬と血圧,脈拍数を表1に示すが,眼圧に影響を及ぼすほどの大きな変動を認めていない.II考按緑内障に対するベースライン眼圧測定においては,眼圧日内変動や季節変動などの生理的眼圧変動の影響を受ける可能性がある4).しかし,今回の症例では眼圧はいずれも午後から夕方に測定されており,日内変動の影響による変化の可能性は低いものと考えられる.また,季節変動による影響の可能性に関しては,2007年から2008年にかけては内服薬が投与変更されていた時期であること,2009年以降は秋,冬にも眼圧上昇を認めないまま経過したことから,季節変動による可能性も低く,本症例における眼圧変動は投薬などによる外的要因によって生じたものと考える.今回の経過から,本症例における眼圧下降についてはARBが関与したと考えられる.その機序として,レニン・アンジオテンシン系は一般的に副腎皮質におけるアルドステロン生成・分泌,血管収縮作用により生体の血圧調節,および,電解質バランスの維持に関与している.眼局所においてもレニン・アンジオテンシン系が存在すること5)や,レニン・アンジオテンシン系阻害薬の投与で眼圧下降が得られた表1降圧剤の内容と血圧,脈拍の経過期間内服内容収縮期血圧(mmHg)拡張期血圧(mmHg)脈拍2008年4月~10月カンデサルタン12mg,ドキサゾシン4mg140~150100~11080~902008年11月~12月テルミサルタン40mg130~14590~11080~902009年1月~2月カンデサルタン12mg,アムロジピン2.5mg,エプレレノン50mg130~14590~10080~902009年3月以降カンデサルタン12mg,ドキサゾシン4mg,アムロジピン2.5mg,エプレレノン50mg130~14090~9570~80②①ドキサゾシンカンデサルタンドキサゾシンカンデサルタン’079月’082月’091月’102月10月12月4月5月7月9月10月11月3月6月9月12月5月8月眼圧(mmHg):右眼:左眼エプレレノンアムロジピン222018161412108図1眼圧の経過と投薬内容グラフ内の①はラタノプロスト点眼,②はテルミサルタン内服.2008年4月の降圧剤内服開始に伴って眼圧が下降している.眼圧下降はカンデサルタン投与期間と一致しており,2009年3月にドキサゾシンを追加した以降も眼圧に著変を認めていない.1174あたらしい眼科Vol.28,No.8,2011(114)との報告もあり1~3),レニン・アンジオテンシン系が房水動態に関与している可能性が考えられる.ARBはアンジオテンシンII1型(AT1)受容体を選択的に阻害することで,アンジオテンシンIIの薬理作用を抑制することが知られているが,ARBの眼局所作用としてぶどう膜強膜流出路を介する房水流出を促進することにより眼圧が下降したことが報告されている1).また,CostagliolaらはARBにより毛様体自体の代謝活性と房水産生を抑制することで眼圧が下降するという考え方をしている6).他にもARBの作用で毛様体無色素上皮におけるCaの情報伝達系を抑制し,カリウムイオンチャネルの活性と細胞容積の減少,毛様体無色素上皮における分泌を抑制するとの報告がある7).Caは毛様体無色素上皮におけるClチャネルを活性化することが知られており,Caの抑制はClチャネルの抑制につながると考えられる.毛様体無色素上皮のClチャネルによる後房へのClイオンの排出が房水産生量を律速すると考えられており8),Clチャネルの抑制は房水産生抑制につながると考えられる.いずれも実際の機序については解明がされていないのが現状であるが,ぶどう膜強膜流出路での房水流出促進,毛様体での房水産生抑制の両面から眼圧下降が生じた可能性が考えられる.本症例では,ARBのなかでもカンデサルタンが最も眼圧下降に関与した薬剤と考えたが,カンデサルタンと同種であるARBのテルミサルタンとの間で眼圧下降効果に違いがみられた.両者の違いとして,まず構造式やそれに伴う分子量の違い,薬物感受性に個人差があるのではないかと考えられる.薬効においては,まず,ARB同士のなかでもAT1受容体への結合親和性の違いがあり,カンデサルタンはテルミサルタンより結合親和性が強いとされていて9),AT1受容体と結合している時間が長いと考えられている.つぎに,ARBのなかではカンデサルタンが最も血液-脳関門を通過しやすいことが報告されており10),血液-網膜関門もカンデサルタンのほうが通過しやすく,その結果眼内のカンデサルタンの濃度が高くなった可能性がある.さらに,ARBにおいて,アンジオテンシンIIがAT1受容体に結合しない状態でも存在するAT1受容体の自律活性までも阻害するインバースアゴニズムがARBの薬効の違いの一因でもあると考えられており9),カンデサルタンはテルミサルタンよりその作用が強いとされている11).これらにより眼局所におけるAT1受容体活性の阻害に差が生じ,眼圧下降の差を生じたことが推測される.今回の症例では,眼圧下降効果はカンデサルタンが強かったが,血圧下降効果はテルミサルタンのほうが強く,両者の効果に乖離を認めた.近年ARBの薬効である血圧下降作用に加えて臓器保護作用や抗炎症作用などが報告されているが,これらの作用の程度は各薬剤のわずかな化学構造の違いによって異なると考えられている9).また,各臓器への移行性・親和性も異なる可能性が考えられる.これらによって全身と眼内に対する作用がカンデサルタンとテルミサルタンの間で異なっていたために,眼圧への効果と血圧への効果に差を認めたのではないかと考えられる.以上,眼圧下降効果を生じた薬剤としてARBが考えられることから,緑内障患者の病状把握および治療に関しては降圧剤の内服の有無に留意する必要があると考える.ただし,今回の症例は1例であり薬剤の効果を判断するには症例が少ないと思われ,今後は症例を集め多症例で検討する必要があると考える.また,今後ARBが緑内障治療薬に応用できる可能性もあるが,今後さらなる作用機序の解明が必要であると思われる.文献1)InoueT,YokoyamaT,MoriYetal:TheeffectoftopicalCS-088,anangiotensinAT1receptorantagonist,onintraocularpressureandaqueoushumordynamicsinrabbits.CurrEyeRes23:133-138,20012)CostagliolaC,DiBenedettoR,DeCaprioLetal:Effectoforalcaptopril(SQ14225)onintraocularpressureinman.EurJOphthalmol5:19-25,19953)HashizumeK,MashimaY,FumayamaTetal:GlaucomaGeneResearchGroup;GeneticpolymorphismsintheangiotensinIIreceptorgeneandtheirassociationwithopen-angleglaucomainaJapanesepopulation.InvestOphthalmolVisSci46:1993-2001,20054)中元兼二,安田典子:眼圧に影響する諸因子.眼科プラクティス11,緑内障診療の進めかた(根木昭編),p136,文光堂,20065)SavaskanE,LofflerKU,MeierFetal:Immunohistochemicallocalizationofangiotensin-convertingenzyme,angiotensinIIandAT1recptorinhumanoculartissues.OphthalmicRes36:312-320,20046)CostagliolaC,VerolinoM,DeRosaMLetal:Effectoforallosartanpotassiumadministrationonintraocularpressureinnormotensiveandglaucomatoushumansubjects.ExpEyeRes71:167-171,20007)CullinaneAB,LeungPS,OrtegoJetal:Renin-angiotensinsystemexpressionandsecretoryfunctioninculturedhumanciliarybodynon-pigmentedepithelium.BrJOphthalmol86:676-683,20028)DoCW,CivanMM:Basisofchloridetransportinciliaryepithelium.JMembrBiol200:1-13,20049)木谷嘉博,三浦伸一郎:ARBのクラスエフェクトとドラッグエフェクト.血圧17:698-703,201010)UngerT:Inhibitingangiotensinreceptorsinthebrain:possibletherapeuticimplications.CurMedResOpin19:449-451,200311)中木原由佳:ARBにおけるインバースアゴニスト活性について.鹿児島市医報46:9,2007

緑内障点眼薬使用状況のアンケート調査“第一報”

2011年8月31日 水曜日

1166(10あ6)たらしい眼科Vol.28,No.8,20110910-1810/11/\100/頁/JC(O0P0Y)《第21回日本緑内障学会原著》あたらしい眼科28(8):1166?1171,2011cはじめに慢性疾患である緑内障治療において,点眼の継続性すなわちアドヒアランスの良否が治療効果に及ぼす影響は大きい1,2).一方,自覚症状に乏しく,長期的な点眼使用を余儀なくされる緑内障において良好なアドヒアランスを確保するには,医療側からの積極的対応が求められる.医療側からの対応はしかし,客観性に基づく必要があり,その第一段階としてアドヒアランスに関わる要因のデータ調査と収集が位置づけられる.アドヒアランスに関わるデータは,主としてインタビューやアンケートなどにより調査,収集されている3~9).一般的なデータ調査において,調査者が直接説明し回答を記録するインタビューは,質の高い調査を行うことができる利点があり,調査対象者に質問内容の理解を促すことで,回答の精度〔別刷請求先〕高橋真紀子:〒714-0043笠岡市横島1945笠岡第一病院眼科Reprintrequests:MakikoTakahashi,M.D.,DepartmentofOphthalmology,KasaokaDaiichiHospital,1945Yokoshima,Kasaoka,Okayama714-0043,JAPAN緑内障点眼薬使用状況のアンケート調査“第一報”高橋真紀子*1,2内藤知子*2溝上志朗*3菅野誠*4鈴村弘隆*5吉川啓司*6*1笠岡第一病院眼科*2岡山大学大学院医歯薬学総合研究科眼科学*3愛媛大学大学院医学系研究科医学専攻高次機能制御部門感覚機能医学講座視機能外科学*4山形大学医学部眼科学講座*5中野総合病院眼科*6吉川眼科クリニックQuestionnaireSurveyonUseofGlaucomaEyedrops:FirstReportMakikoTakahashi1,2),TomokoNaitou2),ShiroMizoue3),MakotoKanno4),HirotakaSuzumura5)andKeijiYoshikawa6)1)DepartmentofOphthalmology,KasaokaDaiichiHospital,2)DepartmentofOphthalmology,OkayamaUniversityGraduateSchoolofMedicine,DentistryandPharmaceuticalSciences,3)DepartmentofOphthalmology,MedicineofSensoryFunction,EhimeUniversityGraduateSchoolofMedicine,4)DepartmentofOphthalmologyandVisualSciences,YamagataUniversitySchoolofMedicine,5)DepartmentofOphthalmology,NakanoGeneralHospital,6)YoshikawaEyeClinic緑内障点眼治療のアドヒアランスに関連する要因について調査するために,緑内障点眼治療開始後3カ月以上を経過した広義原発開放隅角緑内障および高眼圧症を対象に,2010年3月から5カ月間に5施設でアンケートを実施した.同時に,年齢,性別,使用薬剤,眼圧,平均偏差(MD)などの背景因子も調べた.男性106例,女性130例,平均年齢65.1±13.0(22~90)歳が対象となった.202例(85.6%)が最近の眼圧を認知し,185例(78.4%)がほとんど指示通りに点眼できていると回答した.指示通りの点眼に関わる因子について検討したところ,女性より男性(p=0.0101),年齢が若いほど(p=0.0028),指示通りの点眼ができていなかった.また,65歳以上の男性は,眼圧を認知している症例ほど有意に指示通りの点眼を行っていた(p=0.0081).Toevaluatethefactorsrelatingtoregimenadherenceinglaucomatreatment,overaperiodoffivemonthsfromMarch2010weconductedaquestionnairesurveyofpatientswithprimaryopen-angleglaucomaorocularhypertension.Backgroundfactorssuchasage,sex,medicineused,intraocularpressure(IOP)andmeandeviation(MD)wereexaminedatthesametime.Thesubjectscomprised106malesand130females,averageage65.1±13.0years.Responsesindicatedthat202(85.6%)patientswereawareoftheirrecentIOP,andthat185(78.4%)patientsinstilledtheireyedropsinaccordancewithmostinstructions.Whenweexaminedfactorsrelatingtoeyedropinstillationinaccordancewithinstructions,malesmorethanfemales(p=0.0101),andpatientsofyoungerage(p=0.0028),couldnotadheretotheirregimen.Moreover,malesoverage65adheredbetterwhentheywereawareoftheirIOP(p=0.0081).〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)28(8):1166?1171,2011〕Keywords:緑内障,高眼圧症,アンケート調査,アドヒアランス,眼圧.glaucoma,ocularhypertension,questionnaire,adherence,intraocularpressure.(107)あたらしい眼科Vol.28,No.8,20111167や回答率,回収率の向上が期待できる10~13).反面,調査者の恣意的な回答の誘導や,その対応の回答への影響もありうる10,12,13).特に,アドヒアランス調査は医師やスタッフとの対面調査となるため,自己防衛反応から実質的な回答の引き出しが叶わない可能性が否定できない3,10).それに対し,アンケートに自己記入で回答を求める方法は,回答漏れや誤記入,回収率の低下が危惧されるものの,回答における自己開示度は高い12,13).インタビューやアンケートは,その信頼性や実行性から単独施設で施行されることが多い.筆者らもすでに,点眼容器の形状とアドヒアランスとの関連についてインタビュー調査を行い,点眼容器の形状がそのハンドリングを通じて使用性に関わり,アドヒアランスに影響する可能性があることを報告した9).しかし,単独施設における症例収集では偏りなく多数例を収集するのは困難である.そこで,今回,筆者らは緑内障点眼薬使用のアドヒアランスに関連する要因について多施設共同でアンケート調査を行いその結果を解析した.本報では,病状認知度とアドヒアランスの関連を中心に述べ,次報以後では薬剤数や視野障害との関連などについて報告する予定である.I対象および方法2010年3月から5カ月間に,笠岡第一病院,岡山大学病院,愛媛大学病院,山形大学病院,中野総合病院の5施設の外来を受診した広義原発開放隅角緑内障および高眼圧症患者のうち,年齢満20歳以上で,緑内障点眼治療開始後少なくとも3カ月以上を経過し,かつ,アンケート調査に書面での同意を得られた症例を対象とした.一方,1カ月以内に薬剤変更・追加あるいは緑内障手術・レーザーの予定がある患者,過去1年以内に内眼手術・レーザーの既往がある患者,圧平眼圧測定に支障をきたす患者は除外した.なお,本研究は笠岡第一病院,山形大学医学部の倫理委員会の承認を得たうえで実施した.アンケートはあらかじめ原案を作成したうえで,調査参加表1アンケート内容質問1)ご自分の最近の眼圧をご存じですか?(○は1つ)1.知っている2.聞いたが具体的な値は忘れた3.眼圧値は聞いていないと思う質問2)全部で何種類の目薬(メグスリ)をお使いですか?眼科で処方されたもの以外も含めた数を教えてください.(○は1つ)1.1種類2.2種類3.3種類4.4種類以上質問3)緑内障の目薬(メグスリ)は何種類お使いですか?(○は1つ)1.1種類2.2種類3.3種類4.4種類以上質問4)〔緑内障の目薬(メグスリ)を一度に2剤以上ご使用される方〕(一度に1剤のみご使用の方は質問4はとばしてください)緑内障の目薬(メグスリ)を一度に2種類以上点眼する時の間隔を教えてください.(○は1つ)1.すぐつける2.1分程度あける3.3分程度あける4.5分以上あける質問5)緑内障の目薬(メグスリ)を指示通りに点眼できないことがありますか?(○は1つ)1.ほとんどない2.時々ある3.しばしばある質問6)今の緑内障の目薬(メグスリ)の回数にご負担を感じますか?(○は1つ)1.負担を感じる2.どちらともいえない3.負担は感じない質問7)緑内障の目薬(メグスリ)を使っている印象を教えてください.(○は1つ)1.点眼には慣れた2.治療なので仕方ない3.目を守るために頑張っている質問8)緑内障の目薬(メグスリ)をさすのを忘れたことはありませんか?(○は1つ)1.忘れたことはない2.忘れたことがある忘れたことがある方質問8?付問)どの程度忘れられましたか?(○は1つ)1.3日に1度程度2.1週間に1度程度3.2週間に1度程度4.1か月に1度程度質問9)緑内障の目薬(メグスリ)をさす時刻がずれやすいのはどの時間帯でしょうか?(○はいくつでも)1.時刻がずれることはない2.朝3.昼4.夜5.寝る前6.その他()7.さす時刻は決めていない(だいたい夜とか,だいたい寝る前にさすなど)質問9?付問)目薬(メグスリ)をさす時刻がずれる理由を教えてください.(○はいくつでも)1.仕事2.外出3.家事の都合4.休日5.旅行6.外食・飲酒など7.その他質問10)今後,緑内障の目薬(メグスリ)を続けていくことについてどのように思われますか?(○は1つ)1.頑張ろうと思う2.仕方ないと思う3.特になんとも思わない4.その他質問11)もし,緑内障の目薬(メグスリ)が1剤増えるとすれば,これまでの目薬(メグスリ)と一緒に続けられますか?(○は1つ)1.大丈夫2.多分大丈夫3.ちょっと心配4.多分無理だと思う1168あたらしい眼科Vol.28,No.8,2011(108)全施設の担当者とともに質問・回答項目の設定およびアンケートの体裁について十分に検討し,内容を決定した.なお,回答方法は多肢選択法とし,該当する選択肢の番号を○で囲む方式とした.アンケート用紙(表1)は診察終了後に配布,無記名式で行い,回収は回収箱を使用した.原則的に,患者本人が記入する自記式としたが,視力不良により記入困難な場合は,付き添いの家族にアンケートへの記入を求めた.アンケート用紙にはあらかじめ番号を付けて配布し,年齢,性別,使用薬剤,眼圧,平均偏差(meandeviation:MD)などの背景因子は,アンケート回収後にカルテより調査した.なお,MDはアンケート調査日6カ月以内にHumphrey自動視野計のSITAStandardプログラム中心30-2あるいは24-2による視野検査を施行された症例(230例)の結果を調査データとした.回収されたアンケート用紙は各施設において確認し,記載内容に不備がある症例を除外したうえで,あらかじめ作成し各施設に配布されたデータ入力用のエクセルシートに,その結果を各施設において入力した.なお,質問ごとの回答内容が無回答のものは欠損値として扱った.入力結果は独立して収集し,JMP8.0(SAS東京)を用い,t検定,c2検定,Fisherの正確検定により解析した(YK).有意水準は5%未満とした.II結果1.対象および背景因子アンケートを施行し,回収し得たのは237例(回収率100%)だった.アンケート記載は237例中235例(99.2%)が自己記載,家族による記載は2例(0.8%)だった.一方,237例中1例(0.4%)は,後半分の回答欄が空白となっていたためアンケートは無効と判断され,236例の結果が解析対象となった(有効回答率:99.6%).解析対象の性別は男性106例,女性130例で,平均年齢65.1±13.0(22~90)歳だった.緑内障病型は正常眼圧緑内障115例(48.7%),原発開放隅角緑内障109例(46.2%),高眼圧症12例(5.1%)だった.平均眼圧は13.8±2.9(8.0~23.0)mmHg,平均緑内障点眼薬数1.7±0.8(1~4)剤,平均通院頻度8.4±3.5(2~20)回/年で,緑内障点眼治療歴は1年未満7.2%,2年以上3年未満20.3%,4年以上5年未満16.9%,5年以上55.5%だった.2.アンケート回答結果全設問の回答結果を表2に示す.表2アンケート回答結果質問1)回答数236例(回答率100%)1.202例(85.6%)2.25例(10.6%)3.9例(3.8%)質問2)回答数236例(回答率100%)1.72例(30.5%)2.77例(32.6%)3.65例(27.5%)4.22例(9.3%)質問3)回答数236例(回答率100%)1.124例(52.5%)2.56例(23.7%)3.50例(21.2%)4.6例(2.5%)質問4)回答数92例(回答率39.0%)1.4例(4.3%)2.8例(8.7%)3.16例(17.4%)4.64例(69.6%)質問5)回答数236例(回答率100%)1.185例(78.4%)2.47例(19.9%)3.4例(1.7%)質問6)回答数236例(回答率100%)1.12例(5.1%)2.28例(11.9%)3.196例(83.1%)質問7)回答数236例(回答率100%)1.96例(40.7%)2.31例(13.1%)3.109例(46.2%)質問8)回答数233例(回答率98.7%)1.127例(54.5%)2.106例(45.5%)質問8?付問)回答対象者106例中,回答数106例(回答率100%)1.8例(7.5%)2.22例(20.8%)3.26例(24.5%)4.50例(47.2%)質問9)回答数209例(回答率88.6%)1.72例(34.4%)2.16例(7.7%)3.6例(2.9%)4.50例(23.9%)5.35例(16.7%)6.3例(1.4%)7.28例(13.4%)質問9─付問)回答対象者137例中,回答数121例(回答率88.3%)1.14例(11.6%)2.23例(19.0%)3.27例(22.3%)4.6例(5.0%)5.11例(9.1%)6.14例(11.6%)7.29例(24.0%)質問10)回答数236例(回答率100%)1.142例(60.2%)2.58例(24.6%)3.35例(14.8%)4.1例(0.4%)質問11)回答数236例(回答率100%)1.112例(47.5%)2.96例(40.7%)3.27例(11.4%)4.1例(0.4%)(109)あたらしい眼科Vol.28,No.8,20111169質問1)「ご自分の最近の眼圧をご存じですか?」に対し,回答が得られたのは236例中236例(回答率100%)で,そのうち202例(85.6%)が「知っている」と回答した.一方,「聞いたが具体的な値は忘れた」25例(10.6%),「眼圧値は聞いていないと思う」9例(3.8%)を合わせた34例(14.4%)が眼圧値を認知していなかった(図1).質問3)「緑内障の目薬(メグスリ)は何種類お使いですか?」に対し,回答が得られたのは236例中236例(回答率100%)で,このうちカルテより調査した緑内障点眼薬数と一致したのは224例(94.9%)だった.質問5)「緑内障の目薬(メグスリ)を指示通りに点眼できないことがありますか?」に対し,回答が得られたのは236例中236例(回答率100%)で,そのうち185例(78.4%)が「ほとんどない」と回答した.一方,「時々ある」47例(19.9%),「しばしばある」4例(1.7%)を合わせた51例(21.6%)が指示通りに点眼できていなかった(図2).3.指示通りの点眼の有無と背景因子の関連質問5)において,指示通りに点眼できないことが「ほとんどない」と回答した群を「ほとんど指示通りに点眼できている」群,「時々ある」あるいは「しばしばある」と回答した群を「指示通りに点眼できないことがある」群とし,背景因子を比較した(表3).この結果,女性より男性(p=0.0101),年齢が若いほど(p=0.0028)指示通りの点眼ができていなかった.眼圧,MD,緑内障点眼薬数,通院頻度については,両群間に有意差はなかった.4.眼圧の認知と指示通りの点眼の関連質問1)において,自分の最近の眼圧を「知っている」と回答した群を「眼圧値を認知している」群,「聞いたが具体的な値は忘れた」あるいは「眼圧値は聞いていないと思う」と回答した群を「眼圧値を認知していない」群とし,指示通りの点眼との関連について検討したところ,統計学的に明らかな関連はなかったが,眼圧を認知している症例ほど指示通りの点眼を行っている可能性(p=0.0625)が推察された(図3a).さらに,性別・年齢層別に検討を行った結果,65歳以上の男性は眼圧を認知している症例ほど有意に(p=0.0081)指示通りの点眼を行っていた.一方,65歳未満の男性および女性では有意な関連は認めなかった(図3b).III考按緑内障点眼治療のアドヒアランスの良否に関連する要因について,多施設でアンケート調査を行った.アンケート内容が多岐にわたるため,今回は病状認知度のアドヒアランスへの影響について検討した.アドヒアランスの評価方法としては,インタビュー,アン表3指示通りの点眼の有無と背景因子の関連背景因子ほとんど指示通りに点眼できている指示通りに点眼できないことがあるp値性別男性75例(40.5%)女性110例(59.5%)男性31例(60.8%)女性20例(39.2%)0.0101*年齢66.4±12.1歳60.3±15.0歳0.0028**眼圧13.9±3.0mmHg13.3±2.6mmHg0.2158**MD?10.16±8.14dB?9.80±8.86dB0.7902**緑内障点眼薬数1.7±0.8剤1.8±0.8剤0.5593**通院頻度8.6±3.6回/年7.7±3.2回/年0.1193***:c2検定,**:t検定.眼圧値を知らない14.4%眼圧値は聞いていないと思う3.8%聞いたが具体的な値は忘れた10.6%眼圧値を知っている85.6%知っている85.6%図1質問1)回答結果時々ある19.9%ほとんど指示通りに点眼できている78.4%指示通りに点眼できないことがある21.6%ほとんどない78.4%しばしばある1.7%図2質問5)回答結果1170あたらしい眼科Vol.28,No.8,2011ケートにより患者から直接的に使用状況を調査する方法と,点眼モニター,血中・尿中薬剤濃度測定,薬剤使用量・残量調査,薬剤入手率調査などにより客観的に評価する方法がある.点眼モニターによる評価は信頼性が高い14~17)が,装置の大きさや費用,煩雑さなどの点があり調査対象が限定される.このため,主観的評価に留まるものの,インタビューやアンケート法が頻用されている3~7).同一施設のなかで,インタビューあるいはアンケートと点眼モニターの2種類の方法で点眼遵守率を調査した報告によると,Kassら16)はインタビュー97.1%,点眼モニター76.0%,Okekeら17)はアンケート95%,点眼モニター71%と,調査方法により結果にかなり差があることが示されている.今回,主観的評価による影響を最少化するため,調査方法やアンケート内容について事前に検討した.まず,単独施設での症例収集はデータの普遍化・標準化が達成しにくいと考え,多施設共同研究を選択した.また,調査方法は多施設研究においても調査者によるバイアスが生じない自記式アンケート法を採用した.自記式とすることで医師やスタッフの関与をできるだけ排除し,さらに,無記名式として少しでも薬剤使用状況の実態を引き出せるよう企図した.アンケートを○×の二者択一式で回答するclosedquestionで行った場合,その実態を引き出すことがむずかしく,他方,freequestionは自記式においては回答者の負担が大きく,多数例の解析を行ううえでも実行性に問題が残る.そこで,今回は短時間で少ない負担での回答が可能なように,網羅的に回答選択肢を設けた多肢選択法とし,原則的に該当する番号を○で囲んで回答する方式を採用した.これに加えて,アンケート項目の絞り込みと簡潔化にも努めた.質問内容および質問項目数は,回答率,回収率に大きく影響する10,13)からである.たとえば,病状認知は最近の眼圧を認知しているか否かに代表させ,また,点眼がされているか否かの質問もわかりやすさを重視して,今回は「指示通り」の言葉を使用した.この際,質問の言い回し(wording)にも注意した.回答者は一般に質問に対して,潜在的に「はい(Yes)」と答える傾向(yes-tendency)や,調査者の意向を推測し,無意識のうちにその方向に答えようとする傾向がある10,11).このため,「指示通りに点眼できていますか?」と質問するよりも,「指示通りに点眼できないことがありますか?」としたほうが,点眼ができていない場合でも円滑な回答が得られやすいと考えた.さらに,質問文は理解しやすいように要点に下線を引き,選択肢は分離して枠で囲みわかりやすくした.文字の大きさや用紙サイズ,余白の取り方などレイアウトにも配慮し,調査への協力が得られるよう工夫した.また,質問数も11問に絞り込んだ.アドヒアランスの良否に影響を及ぼす因子は多数あるが3~9,18~21),疾患理解度,病状認知度もその重要な要因の一つと考えられる.今回の調査では,眼圧の認知を病状把握の指標として位置づけ,これと指示通りの点眼の関連について検討した.その結果,指示通りの点眼については236例中236例から回答が得られ(回答率100%),そのうち21.6%が時々あるいはしばしば指示通りに点眼できないことがあると回答した.ここで,指示通りの点眼の有無と背景因子との関連を検討したところ,女性より男性,年齢が若いほど指示通りの点眼の実施率が低く,年齢,性別がアドヒアランスに影響する可能性が示された.このため,病状認知度と指示通りの点眼の関連については,性別,年齢層別に分けて検討を行った.なお,年齢は高齢者の公的定義22)を参考に,65歳を境とした2群に分けた.この結果,女性は眼圧の認知にかかわらず,約85%が指示通りの点眼を行っていたのに対し,男性のうち65歳未満では指示通りの点眼実施率は約60%に留まった.一方,65歳以上の男性においては,眼圧を認知している症例では指示通りの点眼の実施率が有意に高く,病状認知度が指示通りの点眼に影響を及ぼす可能性が示唆さ(110)図3眼圧の認知と指示通りの点眼質問5)「緑内障の目薬を指示通りに点眼できないことがありますか?」に対する回答■:ほとんどない■:時々ある■:しばしばあるa:全症例80.2%61.7%60.0%男性65歳未満眼圧値を知っている(n=202)眼圧値を知っている(n=47)眼圧値を知らない(n=5)眼圧値を知らない(n=13)眼圧値を知らない(n=2)眼圧値を知らない(n=14)87.8%*53.8%38.3%40.0%12.2%14.6%2.1%12.1%1.5%*p=0.0081(Fisherの正確検定)15.4%30.8%男性65歳以上眼圧値を知っている(n=41)83.3%100%女性65歳未満眼圧値を知っている(n=48)86.4%78.6%21.4%女性65歳以上眼圧値を知っている(n=66)18.8%眼圧値を知らない67.6%(n=34)26.5%5.9%1.0%b:性別・年齢層別解析あたらしい眼科Vol.28,No.8,20111171れた.今回,眼圧の認知を病状把握の指標として位置づけたが,年齢が若いほど眼圧値を知っていると回答した症例が多く,眼圧の認知が必ずしも病状認知を反映していない可能性も考えられた.しかし,65歳以上の男性で眼圧の認知と指示通りの点眼に有意な関連が認められたことは,少なくとも高齢者においては病状認知をある程度反映しており,眼圧の認知の有無が病状把握の程度を知るうえで一つの指標となりうると考えた.一方,65歳未満の男性は眼圧を認知していても指示通りの点眼実施率が低く,点眼治療継続の妨げとなる要因についてのさらなる検討が必要と思われた.アンケート調査結果の評価・解釈においては,バイアスの影響を十分考慮しておく必要がある.回収率が低い調査や,無回答者が多い質問では,質問に対する回答者と無回答者の傾向が異なることによって発生する無回答バイアスが生じ,アンケート調査の結果が真実を反映しない可能性がある13).このため,回収率,回答率を高めるべく調査方法やアンケート内容を工夫し,今回は高い回収率,回答率を得た.しかし,同意の得られた症例をアンケート調査対象としたことで,抽出バイアスが生じた可能性があり,結果の評価にも限界があることは否定できない.次報以後に予定している他要因の解析の際にも,バイアスによる影響を留意したうえでの評価を考慮したい.一方,今回の調査の第一段階で病状認知がアドヒアランスに関連することが示唆されたことは興味深い.自覚症状に乏しい慢性疾患である緑内障治療において,アドヒアランスは治療成功の鍵を握る要因である.今回の結果は眼圧の認知をはじめとする病状認知度を高めることが,アドヒアランス向上の第一歩として重要であることを示唆したため報告した.文献1)ChenPP:Blindnessinpatientswithtreatedopen-angleglaucoma.Ophthalmology110:726-733,20032)JuzychMS,RandhawaS,ShukairyAetal:Functionalhealthliteracyinpatientswithglaucomainurbansettings.ArchOphthalmol126:718-724,20083)阿部春樹:薬物療法─コンプライアンスを良くするには─.あたらしい眼科16:907-912,19994)平山容子,岩崎直樹,尾上晋吾ほか:アンケートによる緑内障患者の意識調査.あたらしい眼科17:857-859,20005)吉川啓司:開放隅角緑内障の点眼薬使用状況調査.臨眼57:35-40,20036)仲村優子,仲村佳巳,酒井寛ほか:緑内障患者の点眼薬に関する意識調査.あたらしい眼科20:701-704,20037)生島徹,森和彦,石橋健ほか:アンケート調査による緑内障患者のコンプライアンスと背景因子との関連性の検討.日眼会誌110:497-503,20068)兵頭涼子,溝上志朗,川﨑史朗ほか:高齢者が使いやすい緑内障点眼容器の検討.あたらしい眼科24:371-376,20079)高橋真紀子,内藤知子,大月洋ほか:点眼容器の形状のハンドリングに対する影響.あたらしい眼科27:1107-1111,201010)大谷信介,木下栄二,後藤範章ほか:社会調査へのアプローチ?論理と方法.p.89-119,ミネルヴァ書房,200511)盛山和夫:社会調査法入門.p.88-89,有斐閣,200812)鈴木淳子:調査的面接の技法.p.42-44,ナカニシヤ出版,200913)谷川琢海:第5回調査研究方法論~アンケート調査の実施方法~.日放技学誌66:1357-1361,201014)FriedmanDS,OkekeCO,JampelHDetal:Riskfactorsforpooradherencetoeyedropsinelectronicallymonitoredpatientswithglaucoma.Ophthalmology116:1097-1105,200915)佐々木隆弥,山林茂樹,塚原重雄ほか:緑内障薬物療法における点眼モニターの試作およびその応用.臨眼40:731-734,198616)KassMA,MeltzerDW,GordonMetal:Compliancewithtopicalpilocarpinetreatment.AmJOphthalmol101:515-523,198617)OkekeCO,QuigleyHA,JampelHDetal:Adherencewithtopicalglaucomamedicationmonitoredelectronically.Ophthalmology116:191-199,200918)NordstromBL,FriedmanDS,MozaffariEetal:Persistenceandadherencewithtopicalglaucomatherapy.AmJOphthalmol140:598-606,200519)TsaiJC:Medicationadherenceinglaucoma:approachesforoptimizingpatientcompliance.CurrOpinOphthalmol17:190-195,200620)RobinAL,NovackGD,CovertDWetal:Adherenceinglaucoma:objectivemeasurementsofonce-dailyandadjunctivemedicationuse.AmJOphthalmol144:533-540,200721)LaceyJ,CateH,BroadwayDC:Barrierstoadherencewithglaucomamedications:aqualitativeresearchstudy.Eye23:924-932,200922)伊藤雅治,曽我紘一,河原和夫ほか:国民衛生の動向.厚生の指標57:37-40,2010(111)***

正常眼圧緑内障患者におけるタフルプロスト点眼液の長期眼圧下降効果

2011年8月31日 水曜日

0910-1810/11/\100/頁/JCOPY(101)1161《第21回日本緑内障学会原著》あたらしい眼科28(8):1161?1165,2011cはじめに緑内障治療において眼圧下降は唯一高いエビデンスの示された視野維持効果のある治療法である1~3).近年,CollaborativeNormal-TensionGlaucomaStudy(CNTGS)の結果から正常眼圧緑内障(normal-tensionglaucoma:NTG)においても眼圧下降療法が視野障害,視神経障害の進行抑制に有効であることが明らかになっている4,5).しかしNTGにおいてはCNTGSで有効とされた眼圧下降30%を薬物療法のみで達成することはしばしば困難である.また,最近ではプロスタグランジン関連薬(以下,PG薬)がその眼圧下降効果の強さから薬物治療の第一選択となることが一般的であるが,NTGに対するPG薬の眼圧下降効果を長期に検討した報告は少ない6~9).タフルプロストはプロスタノイドFP受容体に対して高い親和性を有することがinvitroで確認された新しいプロスタグランジンF2a誘導体である10,11).タフルプロストはNTG〔別刷請求先〕中内正志:〒573-1191枚方市新町2-3-1関西医科大学附属枚方病院眼科Reprintrequests:TadashiNakauchi,M.D.,DepartmentofOphthalmology,KansaiMedicalUniversityHirakataHospital,2-3-1Shinmachi,Hirakata,Osaka573-1191,JAPAN正常眼圧緑内障患者におけるタフルプロスト点眼液の長期眼圧下降効果中内正志*1,2岡見豊一*1山岸和矢*3*1松下記念病院眼科*2関西医科大学附属枚方病院眼科*3ひらかた山岸眼科Long-TermIntraocularPressure-LoweringEffectofTafluprostinPatientswithNormal-TensionGlaucomaTadashiNakauchi1,2),ToyokazuOkami1)andKazuyaYamagishi3)1)DepartmentofOphthalmology,MatsushitaMemorialHospital,2)DepartmentofOphthalmology,KansaiMedicalUniversity,3)HirakataYamagishiEyeClinic目的:正常眼圧緑内障(NTG)患者におけるタフルプロスト点眼液の長期眼圧下降効果をプロスペクティブに検討した.対象および方法:対象は京阪緑内障研究会所属医療機関を受診した未治療のNTG患者57例57眼,平均年齢は66.7歳である.対象患者に対しタフルプロスト点眼液を1日1回,夕方から眠前に投与し試験開始後12週までは4週おきに,12週以降は12週おきに48週まで眼圧測定を実施し比較した.結果:全症例のベースライン眼圧(平均±標準偏差)は16.7±2.4mmHgであった.タフルプロスト点眼投与開始後4週以降,すべての測定点において平均眼圧は有意に下降し,48週経過時点での平均眼圧は13.0±2.4mmHgで眼圧下降率は21.9±14.0%であった.対象のうち内眼手術実施により中止となった4例を含め,中止・脱落となった症例が13眼存在した.結論:タフルプロスト点眼液はNTG患者に対し長期間にわたって安定した眼圧下降効果を示した.Weprospectivelyevaluatedthelong-termintraocularpressure(IOP)-loweringeffectoftopicaltafluprostinpatientswithnormal-tensionglaucoma(NTG).Subjectscomprised57patientswithnewlydiagnosedNTG.Theyweretreatedwith0.0015%tafluprostonceadayfor48weeks;IOPreductionfrombaselinewasassessedevery4weeks,until12weeksoffollow-upvisits,andevery12weeksthereafter.Ofthe57patients,13discontinuedtreatmentordroppedoutofthestudyhalfway.ThebaselineIOPwas16.7±2.4mmHg(mean±SD).ThemeanIOPatthe48thweekoffollow-upwas13.0±2.4mmHg,andtherelativeIOPreductionwas21.9±14.0%(mean±SD).SignificantdifferenceswereobservedinmeanIOPonallfollow-upvisits(p<0.01).TafluprostsignificantlyreducedIOPinNTGpatientsthroughoutlong-termfollow-up.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)28(8):1161?1165,2011〕Keywords:眼圧,正常眼圧緑内障,プロスタグランジンF2a,タフルプロスト.intraocularpressure,normaltensionglaucoma,prostglandinF2a,tafluprost.1162あたらしい眼科Vol.28,No.8,2011(102)患者を対象とした第III相臨床試験において短期的には有意な眼圧下降を示すことが報告されている12).しかし,これまでタフルプロストのNTG患者に対する長期の眼圧下降効果の検討は十分に行われていない.今回筆者らはタフルプロスト点眼液のNTGに対する長期の眼圧下降効果を多施設共同研究によりプロスペクティブに検討した.I対象および方法1.試験実施機関本試験は京阪緑内障研究会に所属する12の医療機関において,各機関の試験責任医師のもとに実施された(表1).なお,本研究は実施に先立ち,ヘルシンキ宣言の趣旨に基づき松下記念病院倫理審査委員会の承認を得て実施された(2009年2月13日承認取得,承認番号080211).2.対象対象は,新規にNTGと診断された未治療のNTG患者である.NTGの診断は日本緑内障学会による緑内障診療ガイドライン第2版に基づき無治療時の眼圧が21mmHg以下のものとした.症例の選択は,文書による同意を得ることができた20歳以上のものとし,評価眼の矯正視力が少数視力で0.5以上,両眼が選択基準を満たす患者は原則として視野の悪いほうの眼を対象眼とした.今回の研究ではHumphrey視野計(中心30-2SITASTANDARD,または30-2SITAFAST)の平均偏差が?12dB未満の高度の視野障害を有するものや,レーザー線維柱帯形成術を含む緑内障手術の既往を有するもの,Goldmann圧平眼圧計による正確な眼圧測定をはじめ,本研究を実施するうえで障害となりうる眼疾患を有する症例は除外した(表2).3.方法タフルプロスト点眼液を1日1回原則夕方から眠前に点眼し,試験開始時,4週目,8週目,12週目にGoldmann圧平眼圧計を用いて眼圧を測定した.12週以降は原則12週おきに眼圧測定を実施した.試験開始時のベースライン眼圧は可能な限り2日以上に分けて3回測定しその平均値とした.眼圧下降率は(投与前後の眼圧の変化量/投与前眼圧)×100(%)として算出し,投与後の眼圧下降はベースライン眼圧を基準としてpairedt-testにて検討した.対象患者はさらにベースライン眼圧が16mmHg以上の眼圧高値群と16mmHg未満の眼圧低値群に分けて眼圧下降,眼圧下降率の推移を検討した.副次評価項目として点状表層角膜炎(superficialpunctatekeratitis:SPK)のArea-Density分類(以下,AD分類)によるスコア13),球結膜充血,睫毛の伸び,多毛について観察し,安全性の評価を実施した.すべての有害事象発生頻度は0?48週の他覚所見データが揃っている症例を解析対象とした.SPKの悪化はA+Dのスコアが2以上悪化した場合をSPK悪化と判断した.球結膜充血は「なし」「軽度」「中等度」「高度」の4段階で評価し,「軽度」は数本の球結膜血管の拡張,「中等度」は多数の血管拡張,「高度」は球結膜全体の血管拡張と定義し,「なし」以外の症例を充血発現例とした.睫毛の伸びは試験開始前,各来院ごとに上睫毛,下睫毛の長さを中央の睫毛が一番長い部位で同一のメジャーを用いて測定し,上下どちらかの長さが2mm以上伸長した場合を睫毛伸長と判断した.多毛の程度は各担当医師が「なし」「少々」「明らかに」で判断し,「なし」以外の症例を多毛と判断した.II結果1.患者背景対象は前述の要件を満たした57例57眼である.平均年表2症例の主たる選択基準・除外基準選択基準①NTG(無治療時眼圧21mmHg以下)と診断され新規にNTGの診断を受けたもの②同意:試験内容について説明文書を用いて十分に説明した上で,文書で本人より同意を得ることができた20歳以上のもの③矯正視力:評価眼の矯正視力が0.5以上のもの④対象眼:両眼が選択基準を満たした場合,原則として視野の悪いほうの眼を対象眼とする.視野が同等である場合は右眼を対象眼とする.除外基準①高度の視野障害(Humphery視野計(中心30-2SITASTANDARD,または30-2SITA-FAST)の平均偏差が?12dB未満)を有するもの②レーザー線維柱帯形成術,濾過手術,線維柱帯切開術の既往を有するもの(合併症を伴わず行われた白内障手術を受けたものは術後6カ月以上経過していれば除外しない)③圧平眼圧計による正確な眼圧測定を妨げる可能性のある何らかの角膜の異常またはその他の疾患を有するもの(角膜屈折矯正手術歴・角膜白斑・角膜炎症・角膜変性症・円錐角膜など)④活動性の外眼部疾患,眼・眼瞼の炎症,感染症を有するもの,無水晶体眼,内眼炎(虹彩炎・ぶどう膜炎)のあるもの表1京阪緑内障研究会参加施設施設責任医師松下記念病院岡見豊一・中内正志ひらかた山岸眼科山岸和矢中島眼科クリニック中島正之森下眼科森下清文出口眼科医院出口順子保倉眼科保倉透竹内眼科医院竹内正光西川眼科医院西川睦彦板垣眼科医院板垣隆弓削眼科診療所弓削堅志上原眼科上原雅美木股眼科医院伊東良江(103)あたらしい眼科Vol.28,No.8,20111163齢は66.7±12.1歳,男性21眼,女性36眼であった.これらの対象患者をさらに試験開始時のベースライン眼圧が16mmHg以上の眼圧高値群と16mmHg未満の眼圧低値群に分けた.眼圧高値群は36眼で,そのうち男性は15眼,女性は21眼,平均年齢は65.4±13.0歳であった.眼圧低値群は21眼で,そのうち男性は6眼,女性は15眼,平均年齢は68.8±10.3歳であった.試験開始後に中止,脱落となった症例が13眼存在した(表3).試験開始後の手術実施により中止となった4症例の内訳は,白内障単独手術が1眼,白内障・緑内障同時手術が3眼で,手術の理由はいずれも白内障の進行であった.2.結果経過観察期間は4?48週,平均観察期間は42.1週であった.症例全体の試験開始時のベースライン眼圧は16.7±2.4mmHg(平均±標準偏差)であった.投与開始後4週以降,すべての時点において投与前に比べて眼圧は有意に下降し48週の平均眼圧は13.0±2.0mmHg,眼圧下降幅は3.8mmHgで,平均眼圧下降率は21.9%であった(p<0.01)(図1).眼圧下降率が30%以上でhigh-responderと思われる症例は12週目では25.5%で,48週目においても29.5%と良好な眼圧下降効果が維持された.しかし,48週目における眼圧下降率を12週目と比較してみると,20%以上の眼圧下降を達成した症例は12週目では72.3%であったが,48週目では47.9%にとどまった.眼圧下降率が10%未満のいわゆるnon-responderと考えられる症例は12.8%から18.2%と若干の増加傾向を認めた(図2).つぎに眼圧下降効果をベースライン眼圧の高値群と低値群に分けて比較検討した.眼圧高値群のベースライン眼圧は18.2±1.2mmHgであった.投与開始後4週目以降48週目に至るまでのすべての時点において眼圧は有意に下降し48週目時点での平均眼圧は13.6±2.3mmHg,眼圧下降幅は4.5mmHgで眼圧下降率は24.8%であった(p<0.01).眼圧低値群ではベースライン眼圧は14.1±1.3mmHgであった.投与開始後4週目以降,高値群同様にすべての時点において眼圧は有意に下降し48週目時点での平均眼圧は11.7±2.2mmHgで眼圧下降幅は2.3mmHg,眼圧下降率は16.3%であった(p<0.01)(図3).ベースライン眼圧の分布ごとにnon-responderの占める割合を検討したところ,ベースライン眼圧18mmHg以上の表3中止・脱落症例の内訳中止:6眼手術実施4眼点眼直後のしみる感じ,充血1眼他PGに変更1眼脱落:7眼来院せず7眼20181614121080週(n=57)4週(n=56)8週(n=47)12週(n=47)24週(n=53)36週(n=48)48週(n=44)眼圧(mmHg)******図1全症例におけるタフルプロスト点眼開始後の眼圧変化*:p<0.05(pairedt-test).46.818.214.934.112.818.225.529.502040眼圧下降率(%)6080100■30%以上■20%以上30%未満■10%以上20%未満■10%未満12週目48週目図2投与開始後12週目,48週目における眼圧下降率高値群低値群:高値群:低値群n=36n=21n=31n=16n=32n=15n=35n=17n=33n=15n=29n=15n=35n=210週4週8週12週24週36週48週************眼圧(mmHg)2018161412108図3眼圧高値群と眼圧低値群での眼圧変化の比較*:p<0.05(pairedt-test).□:48週時点で眼圧下降率10%未満であった症例108642010~11~12~13~14~15~16~17~18~19~20~ベースライン眼圧(mmHg)例数図4各ベースライン眼圧に占めるnon?responderの分布1164あたらしい眼科Vol.28,No.8,2011(104)症例ではnon-responderは存在しなかった(図4).しかし眼圧低値群,眼圧高値群でnon-responderの占める割合に有意差は認めなかった.3.安全性有害事象の発生頻度を12週,48週で比較検討した結果を表4に示す.長期投与によって生じた新たな有害事象は認めず,すべての有害事象は他のPG製剤ですでに報告されたものであった.長期投与により充血の頻度は明らかに減少し,48週で充血ありと判定された7眼は全例「軽度」の充血であった.III考按タフルプロストはラタノプロスト,トラボプラストについでわが国で発売されたプロスタグランジンF2a誘導体に属する眼圧下降薬であり,国産初のプロスト系薬剤である.その眼圧降下作用は他のPG薬同様プロスタノイドFP受容体に結合することで発揮されると考えられている.化学構造上15位の水酸基をフッ素で置換させてあるのが特徴で,invitroでは他のPG薬と比較してプロスタノイドFP受容体に高い親和性を有することが確認されている10,11).原発開放隅角緑内障および高眼圧症を対象とした第III相検証的試験においてタフルプロストはラタノプロストと同等以上の眼圧下降を示したと報告されており12),狭義の原発開放隅角緑内障においては従来のPG薬同様の眼圧下降が期待できる薬剤である.一方,NTG患者のみを対象とした第III相臨床試験においてもタフルプロストはプラセボ群に比較し,投与開始後4週まで有意な眼圧下降効果を示したと報告されている14).しかし本薬剤の長期における眼圧下降効果,特にNTG患者における眼圧下降効果を論じた報告は筆者らの知る限りでは存在しない.本試験は眼圧が16mmHg未満の症例も含めた全眼圧領域のNTG患者を対象としており,日本人における主要な緑内障病型であるNTGに対するタフルプロストの治療効果を検討した点でも意義がある研究と考えられる.従来NTGに対する緑内障治療薬単剤点眼での眼圧下降は眼圧下降幅1.7~3.6mmHg,眼圧下降率は11~24%程度と報告されており,その眼圧下降効果は概して狭義の原発開放隅角緑内障に比較して劣るとする報告が多い7,9,15~19).現在治療の第一選択となることが多いPG薬においても,従来から使用されてきたラタノプロストを筆頭にトラボプロスト,ラタノプロストより若干眼圧降下作用が強いとされるビマトプロストにおいてもCNTGSで有効とされた30%を超える眼圧下降率を単剤で達成できる症例は全体の10%程度であると報告されている20).比較的長期の経過観察を行ったPG製剤単剤のNTGにおける眼圧下降効果の報告を表5に示す6~9).本報告において,タフルプロストはすべての眼圧領域のNTGにおいて他のPG製剤と同等の眼圧下降率を長期に維持することが示された.今回のタフルプロストにおいての検討では投与開始12週目でほぼ全体の1/4症例において30%以上の眼圧下降を達成し,その割合は長期経過観察後も維持される傾向を認めた.12週と比較し48週目では眼圧下降達成率が20~30%の症例の割合が減少したため全体として20%以上の眼圧下降を達成した症例の数は減少傾向にあったものの,眼圧下降率が10%未満にとどまったnon-responderと考えられる症例は長期経過においても全体の20%未満であった.一般に既存のPG関連薬を含めすべての緑内障治療薬には一定の割合でnon-responderが存在することが知られている.過去の報告ではPG関連薬に対するnon-responderの割合はラタノプロストで20%程度とするものが多い22~24).特に緑内障病型に占めるNTGの比率が高い日本人では欧米人に比しnon-responderの比率が高いといわれている24).今回の検討では,タフルプロストは少なくとも既報の他のPG製剤と同等以下のnon-responder率を長期にわたって維持したことが示された.経過中に一時的な充血の出現や睫毛の伸長,眼瞼周囲の産表5プロスタグランジン製剤のNTGに対する眼圧下降効果薬剤ベースライン眼圧(mmHg)点眼期間眼圧下降率(%)本報告タフルプロスト(全体)16.748週間21.9タフルプロスト(眼圧高値群)18.248週間24.8タフルプロスト(眼圧低値群)14.148週間16.3既報ラタノプロスト6)15.03年14.0ラタノプロスト7)13.924カ月15.1トラボプロスト8)15.012カ月18.3トラボプロスト9)14.7912カ月18.3表4有害事象発生頻度12週目48週目SPK悪化15.9%(7/44)14.7%(5/34)充血26.1%(12/46)15.9%(7/44)睫毛伸長13.6%(6/44)16.7%(4/24)多毛32.6%(15/46)20.5%(9/44)(105)あたらしい眼科Vol.28,No.8,20111165毛の増加などの副作用を認めた患者が存在したが,これらはいずれも従来からPG関連薬に共通の副作用として知られているものである.また投与開始後みられることの多い結膜充血は長期間の経過観察後むしろ減少傾向にあることが示された.今回の結果からタフルプロストは安全性の面でも従来から存在するPG関連薬同様に安全に使用できる薬剤と考えられる.今回の結果では,タフルプロストは投与開始後48週の長期にわたってすべての眼圧領域のNTG患者において有意な眼圧下降を示した.本試験は眼圧の評価を主体としたものであり,本剤が真にNTG患者の治療に有効な薬剤であることを示すためには今後視野の維持効果など緑内障の進行阻止に有効であるかについての検討が必要であると思われるが,タフルプロストは今後NTG治療における第一選択薬となりうるものと思われる.文献1)MaoL,StewartW,ShieldsM:Correlationbetweenintraocularpressurecontrolandprogressiveglaucomatousdamageinprimaryopen-angleglaucoma.AmJOphthalmol111:51-55,19912)HeijlA,LeskeM,BengtssonBetal:Reductionofintraocularpressureandglaucomaprogression:resultsfromtheEarlyManifestGlaucomaTrial.ArchOphthalmol120:1268-1279,20023)TheAdvancedGlaucomaInterventionStudy(AGIS):7.Therelationshipbetweencontrolofintraocularpressureandvisualfielddeterioration.TheAGISInvestigators.AmJOphthalmol130:429-440,20004)CollaborativeNormal-TensionGlaucomaStudyGroup:Theeffectivenessofintraocularpressurereductioninthetreatmentofnormal-tensionglaucoma.AmJOphthalmol126:498-505,19985)CollaborativeNormal-TensionGlaucomaStudyGroup:Comparisonofglaucomatousprogressionbetweenuntreatedpatientswithnormal-tensionglaucomaandpatientswiththerapeuticallyreducedintraocularpressures.AmJOphthalmol126:487-497,19986)石田俊郎,山田祐司,片山壽夫ほか:正常眼圧緑内障に対する単独点眼治療効果視野維持効果に対する長期単独投与の比較.眼科47:1107-1112,20057)TomitaG,AraieM,KitazawaYetal:Athree-yearprospective,randomizedandopencomparisonbetweenlatanoprostandtimololinJapanesenormal-tensionglaucomapatients.Eye18:984-989,20048)AngGS,KerseyJP,ShepstoneLetal:Theeffectoftravoprostondaytimeintraocularpressureinnormaltensionglaucoma:arandomisedcontrolledtrial.BrJOphthalmol92:1129-1133,20089)SuhMH,ParkKH,KimDM:Effectoftravoprostonintraocularpressureduring12monthsoftreatmentfornormal-tensionglaucoma.JpnJOphthalmol53:1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インタビュー:木下茂本誌編集主幹のインタビュー

2011年8月31日 水曜日

(89)あたらしい眼科Vol.28,No.8,20111149た時に,将来像として,抽象的でもいいですけれども,リサーチ&ディベロップメントに関して方向性とかありますか.天野そうですね.一つ核にしたいと思っているのは,私自身がこれまでずっとやってきた角膜再生医療です.臨床は,木下先生の教室をはじめ,日本の角膜をリードしてこられた先生方のおかげだと思うんですけれども,私も再生医療に携わってきたもので,これは一つの柱にして,ただ角膜に限らず,網膜とかも,まだ臨床はすぐというわけにはいかないかもしれませんが,再生医療というのは,教室の一つの大きな柱として研究のメインテーマとしていきたいとは思っています.アンチエイジング(抗加齢医学)というのも一つ,すごく最近興味をもっていて,これと私の専門にしている角膜,結膜,あるいは,それだけに限らず,そういった切り口で何か新しい方向性で,研究をやっていくことができるのではないかというようなことを考えて今,少しずつ動かしをしているところではあります.あまり自分の専門だけに凝り固まらないで,眼科全域の指導というか,舵とりとしてやっていけるような形でいろいろ提案していきたいとは思っております.今後,徐々に方向性を打ち出していきたいと思っています.木下特に抗加齢医学というのは,ある意味で,当初は少しうさんくさいというか,そういう話のなかから出てきましたけれども,しかし基礎研究のほうから言うと,すごく新しい話が,NatureやScience誌に出ている,そういう一面があり,その一方で,民間療法的なものがありという,そんな混在しているところですよね.眼科からも面白い話が出てきていると思いますので,ぜひやっていただけるとありがたいなと思います.臨床はいかがですか.天野臨床は,まずは角膜手術,いろいろな角膜移植木下天野先生,東京大学眼科の教授,ご就任おめでとうございます.天野どうもありがとうございます.木下東大は非常に伝統があり,日本の眼科をつくってこられた教室ですね.教室には河本重次郎先生以来の歴代の教授の銅像がありますし重厚ですね.天野はい,教授室の前にあります.木下かつては国公立大学はみな,東大か京大の先生が教授として来られましたね,そういう伝統のある大学の教授というのは,いかがですか.天野本来は何か大局観をもって仕事,あるいは研究にじっくりあたるべきなのですが,残念ながらまだそういう雰囲気になっておりません.この頃ようやく日本の眼科の中でどういうふうにわれわれの教室をもっていくか,さらに日本の眼科全体がどういうふうに発展していったらいいのかといった,そういう大所高所からの考え方をもって少しずつやっていきたいと思っております.教室については今まで新家眞先生がトップでやっていたのが,今回から私がということで,トップの専門領域が緑内障から角膜に変わったわけですけれども,幸い東大はスタッフにもすごく恵まれていて,各領域のスペシャリストがそれぞれしっかりと外来でも手術でも研究でもすべて今までどおり取り組んできていますので,私としては,まず自分の専門として角膜の領域をしっかり引っ張っていって,それと共に,微力ながら,ほかの領域の,東大の今までの伝統としている緑内障とかぶどう膜炎とか,あるいは網膜・硝子体もそうなんですけれども,少しでも引っ張っていきたいと思っております.木下東大は,やはり日本のなかで,研究をリードする,もちろん教育も臨床もなんですけれども,そういうところが,すごく強いと思うんですけれど.先生の個人的のみならず教室のスコープも含めて考えインタビュー木下茂本誌編集主幹のインタビューに答えてShigeruKinoshita東京大学大学院教授(眼科学)天野史郎先生ShiroAmano1150あたらしい眼科Vol.28,No.8,2011(90)年ほど経つのですが,この10年間,本当に自分としてはハッピーな視生活というか,視る生活が送られてこられたので,私自身は屈折矯正手術は非常に肯定的に捉えております.ただ,屈折矯正手術も,本当にいろんな新しい手術が玉石混淆のように発表され,淘汰されて,例えば今のレーシックなり,あるいは有水晶体眼に対する眼内レンズとかも,いろんなものが提案され,淘汰されて,いいのが残ってきているという段階で,なんでも新しければいいというわけではなくて,やはりそれを,自分で見極める目をもって,これはいけるだろうというものに取り組んでいくというようなことは大切だと思います.患者さんは,自分の周りで,本当に見えるようになったという人がたくさんいると,例えばレーシックなんかも,それだったら自分も受けようかという気になってきていると思うのですけれども,どちらかというとドクターのほうがまだまだ慎重なように見受けられます.それは,医学的な意味もあるし,経済的な意味もあると思いますけれど,日本はリフラクティブサージェリーに関しては少し遅れているというのは,アジアの国と比べても感じられますけどね.木下リフラクティブサージェリーには,無謀と英知が混在していて,あるものはものすごく無謀だし,あるものはものすごく英知を使ったものであって,そこの見極めというのが,その人がもっている医学倫理感でどっちかに揺れるような気がするんですけどね.特に教育的なことで,若い人には少なくとも,屈折矯正手術というものについての現時点までの適切な知識,過去の歴史などをある程度教えてあげないといけないなと思うんですけどね.天野なるほど.最近だと老視に対する手術に関しても,先生のおっしゃるように,本当に効果は出ていないんじゃないかというようなものが発表されていたり,あるいは有効なものがあるのかもしれませんけれども,まだまだこれからいろいろ自分なりの目をもって評価していかないといけないんじゃないかなと思いますね.木下天野先生は高校の時からサッカーとかをかなりやっていて,大学でもクラブに入っていたというスポーツマンだから,多分すごくチームワークとか,そういうことも大事にされる人じゃないかなと思うんですけれども,そういうスポーツとか,趣味的なことというのはどうですか,何をしたらリラックスするというか.ですね.昔,僕が入ったころは角膜移植というともう全層移植と表層移植だけみたいな,ほとんど十年一日のごとく変わらない手術みたいな感じがあったんです.しかし,最近は,それこそラメラー・サージェリーになっているので,DSAEKとかDLEKとか,あるいは上皮の再建であるとか,いろんな手術が出ております.あと例えばボストンケープロ(BostonKeratoprosthesis)などの人工角膜もあれば,あるいはクロスリンキングといった,新しい手術が今,出つつあるところです.それらのすべてが今後生き残っていくかどうかはわかりませんけれども,これを見極めて,新しい人工角膜にしても,再生医療にしても,新しい自分なりの手術を提案していけるようにしたいと思っています.僕は角膜の専門家なので,臨床で何をやるのかと言われるとやはり,角結膜の診療になりますけれども,教室全体としては,もともと得意にしている緑内障であるとか,網膜硝子体も今後伸びていってほしいと思っています.木下天野先生だからあえてお聞きします.屈折矯正手術ということについて,日本は結構アレルギーがあるように思うのですが,それの臨床,あるいは教育的なところで,何か思っておられることはありますでしょうか.天野確かに日本はどちらかと言うと,ドクターも患者さんも,コンサーバティブなほうが主流で,同じアジアでも韓国とかほかの国々と比べても,かなり慎重という感じです.慎重というのはすごくいいとは思うのですが,本当はいい手術なのに,あまりにもそれをあえて受けないとか,あるいはしないというのは,僕はちょっとどうかなっていう気がしています.自分自身もレーシック(laserinsitukeratomileusis:LASIK)を受けて10木下茂先生天野史郎先生(91)あたらしい眼科Vol.28,No.8,20111151いる考えになるから.それを一言で表すような是というものが必要なんじゃないでしょうか.たぶん東大にもあるでしょうけれども,天野先生自身が思っておられることを,一言の言葉にして出すと,みんな,教室の中の人は,非常にわかりやすいのかなあと思います.私は堀場製作所の堀場雅夫さんと結構親しくさせていただいて話しをするんですけれども,堀場製作所の社是は,「おもしろおかしく」なんです.だからなんでもおもしろおかしくないと,うまいこといかん,それが社是や,といわれるんですね.もう一つ,東大を頂点として,日本眼科学会百周年の時に,増田寛次郎先生がされたように,日本の眼科をどのように引っ張っていくかについて何かお考えはありますか.天野それは日本の眼科,ほかの医学の世界の,ほかと比べてということですか.木下そうですね,ほかの科と比べてというか,そういうなかでですね.天野僕はまだちょっと経験不足で,自分の方針とか,いま打ち出せる考えは特にもっていませんけれども,ただ,眼科というのは医学界のなかで占める地位と言われると,なかなかまだ本来やっている仕事と言いますか,本来認められるべき分をまだ認められていないかなということは思いますね.木下医学部の学生を含めて,たくさんの人達に眼科へ興味をもっていただきたいのですが,学生,あるいは一般の人に対して,眼科をアピールして,ポジションをさらに上げていこうというふうに考えておられると思うんですけれども,抽象的でも具体的でもいいですが,何かお考えはありますか.天野最近の調査でいうと,昔は国内全体で年間に400人とか500人入局していたのが,今は300人を切っているというような状況で,スーパーローテートの導入以後,眼科の希望者が減っているというのは,やはり科全体としての勢いがどんどん低下していくというか,人数が減ることはよくないことだと僕は思っています.ですから,できるだけ若い人,特にスーパーローテートで回ってくるような人とか,あるいは学生とかに対して,授業なり臨床実習なりにおいて,教育に力を入れる.特に教育を楽しくやっているというか,あるいは教天野最近はさすがに,なかなか….例えばサッカーとか,人がたくさんいないとできないようなスポーツはちょっとできないですね.木下あと,世界と日本という観点から見た時に,特に東大の教授として,そして天野先生個人として,海外に対していろいろなメッセージを出していくという必要があると思うのですが,アジア等を含めて,いかがでしょうか.天野その点に関しては,僕は木下先生をお手本としたいと思っています.木下先生が教室を立ち上げる時に,BeInternationalというのを一つの方針で掲げられたと,昔からよくお聞きしているんですけれども,そのまま僕たちの教室にもそれをちょっと応用させていただいて,せっかく東大は角膜だけじゃなくて各領域ですごくレベルの高い研究をされている先生方がおりますので,その先生方にもっと国内の学会だけじゃなくて,自分も含めてですけど,ARVOとかAAOとか,アメリカ,ヨーロッパ,いろんなところの学会に自ら出ていって,あるいは向こうの先生方といろいろなコネクションを,いろんな人を通じてもてるようにして,論文のうえだけじゃなく自分たちが,国際的に認知されるようになってほしいと思っております.論文は結構,日本人は,僕たちの教室もそうなんですけど,それなりにたくさん出して,ある程度認められていると思うんですが,だからといって向こうの学会に行って例えばこの論文を書いた人間だといっても,なかなか向こうの人と面識がなかったり,コネクションがないとか,いろんなつながりがないと,やっぱり国際的にも認めてもらえないと思いますので,そういったところも大切にしたいと考えております.それこそ本当に木下先生を模範にして,インターナショナルにぜひいろいろなメッセージを発信していけるような教室にと思っております.もともと東大は,例えば三島濟一先生をはじめ,これまで各先生方は,そういうことにももちろん非常に神経を注がれてきたところだとは思うんですけれども,さらに少しでも国際的に認められるように,頑張っていきたいというふうに思っています.木下なるほど.今のBeInternationalではないですけれども,私は「社是」とか「国是」とか,「是」ってすごく大事だと思っています.それが,その組織のもって1152あたらしい眼科Vol.28,No.8,2011(92)育に本当に力を入れてくれる人とそうでもない人がどうしても分かれてしまうので,そういった教育熱心にやってくれる人を高く評価してあげる.もちろん研究実績とか臨床で手術を何件やったとか,そういったものも非常に重要ですが,それとは別に教育を熱心にやってくれる人を評価してあげるというようなシステムといいますか,あるいは自分のなかでの心づもりとか,そういったところで高く評価してあげるというようなことで,教室全体で,教育に目を向けさせるというようなことに取り組んでいきたいと思っています.木下はい.話が多少前後しましたけれども,本日は本当にありがとうございました.これからも大いにご活躍ください.天野どうもありがとうございました.天野史郎先生プロフィール1986年東京大学医学部卒業1986年東京大学医学部眼科入局1989年武蔵野赤十字病院眼科1995年ハーバード大学研究員1998年東京大学医学部眼科講師2002年東京大学角膜移植部助教授2010年東京大学大学院医学系研究科外科学専攻眼科学教授現在に至る専門:角膜,角膜移植,再生医学☆☆☆

眼科医にすすめる100冊の本‐8月の推薦図書

2011年8月31日 水曜日

あたらしい眼科Vol.28,No.8,201111470910-1810/11/\100/頁/JCOPYこの本が出版されたのは平成8年7月です.私の購入したのは初版第一刷発行の本ですから,多分,平成8年か9年頃に読んでいるのでしょう.昭和63年に京都府立医科大学勤務を辞して,城陽の地で開業した私は,医療訴訟を抱え込みながら少し医療漬けの人生に疑問をもつようになり,平成4年から,ある師のもとで仏教の教えを請うようになりました.いろいろと学ぶうちに仏教とは単なる宗教ではなく,科学,医学,芸術などすべての要素が盛り込まれたものだということに気が付いてきました.釈尊は宇宙の,というより自然の真理を悟られたのかもしれません.とはいえ,その教えは深遠すぎて,私などが容易に理解できるものではありませんし,別の方法で仏教にアプローチしようという思いもあって,「死と生」について書かれたエドガー・ケイシーやキュブラー・ロスなどの本も読み始めました.そうした過程のなかで,臨死体験について書かれているカール・ベッカー著の『死の体験』(法藏館)に出会うことになります.仏教の基本は六道輪廻であり,われわれは過去の行いによる業の深さによって来世の行き先が決まり,その六道輪廻を離れることが究極の悟りであり涅槃であるということになるのでしょう.ここで問題となるのは,死はすべての終わりか,単なる肉体の消滅で『魂』は不死の存在であるのか,という点です.なぜなら,死がすべての終わりなら,仏教のみならずすべての宗教は意味のないものになるからです.彼は著書のなかで,「臨死体験は非常に現実的であり,死後の存在の可能性をも強く感じさせてくれるのである」と書いています.この文章に意を強くした私は,どうしても彼に会いたくなり,浄土宗関係の知人を介してアポイントを取って頂きました.それが平成8年の5月になります.現京都大学大学院人間・環境学研究科教授(当時は京都大学総合人間学部助教授)のカール・ベッカー氏との会談の内容にはここでは触れませんが,とても興味深く,また,彼の仏教に関する造詣の深さには感心させられたものです.少し話が横道に逸れましたが,輪廻転生あるいは六道輪廻に興味が増してきていた私にとって,飯田史彦氏(当時は福島大学経済学部・経営学科助教授)の『生きがいの創造』との出会いはまさに「目からうろこ」というものでした.『第一章過去生の記憶』この章で彼は「退行催眠」という精神医学の治療法を通して明らかになった「過去生の記憶の存在」をさまざまな症例を紹介することによって示しています.どの症例もドラマチックでとても興味深く,私自身は素直に信じましたが,著者も述べているように「このような事例は証拠に値しない,と判断されるのも読者のみなさんのご自由です」ということになるのでしょう.『第二章「生まれ変わり」のしくみ』それでは,私たちはどのようにして「死」を迎え,どのようにして,また生まれてくるのでしょうか.この章では「生まれ変わりのしくみ」をさまざまな科学的研究の成果にもとづいて,整理・統合しています.この章のなかで興味を引く文章があります.『その魂の姿は,しばしば「光のようだ」と表現されます.私たちの本来の姿は「光」であり,正確な表現ではありませんが,わかりやすくいうと,波動あるいは波長の高さ(強さ)によって,そのまぶしさが異なるようです.そのため,臨死体験者の証言では,魂としてのレベルが高いほどまぶしく光り輝き,レベルが低いほど暗く沈んで見えるのだそうです.それでも,私たちはだれもが「光」であり,ただ,その波動によって,輝きの程度が異なるだけなのです.どのような人も,本来はみな「光」なのです.』と(87)■8月の推薦図書■生きがいの創造〝生まれ変わりの科学"が人生を変える飯田史彦著(PHP研究所)シリーズ─98◆小玉裕司小玉眼科医院1148あたらしい眼科Vol.28,No.8,2011いう一節ですが,この文章を目にした私は,『観無量寿経』のなかで釈尊が韋提希夫人(いだいけぶにん)に浄土を観ずる方法を教えるくだりがあり,その9番目の観法が説かれた部分との共通性に驚きました.9番目の観法は真身観と呼ばれ,無量寿仏の身相は光明だと説かれています.無量寿仏の全身の毛穴からは光明が放たれ,その一つひとつの光明の大きさは須弥山(すみせん)の如し,と書かれています.つまり,仏様は光明そのもので,仏の世界は光明に満ちあふれていることになるのでしょう.仏教では往生した人しか浄土には行くことができないので,上述した臨死体験者の証言とは矛盾しますが,死後の世界でわれわれはさまざまな旅をし続け,その魂のレベルの違いによって,明るさに差があるにしろ光の世界や暗闇の世界に入っていくのかもしれません.『輪回転生』の著でも知られるトロント大学精神科主任教授のホイットン博士は,数々の事例研究をもとにして,「中間生(あの世)に戻って終えてきた人生を見せられ,後悔を体験することは,一種の地獄を体験することと同じである.」と結論づけています.後悔の終わった魂は中間生において,自分で次の生まれ変わりの人生計画を立てるそうですが,この時,何度もの人生を通じて太いきずなを築き上げてきた,ほかの魂たち(ソウルメイト)と相談をし,グループ転生をすることもしばしばあるようですし,ソウルマスター(指導役の魂)と呼ばれる存在からいろいろとアドバイスを受けることもあるようです.そして,前生と次の人生の間には,仏教でもよく使われる言葉の「因果応報」の法則がしっかりと存在しているようです.また,ホイットン博士の被験者の場合,死んでから次の転生までの間は,最短で十カ月,最長で八百年以上とのことです.仏教では六道輪廻を経て次の人間に生まれ出るには三千年以上かかると言われていますので,ここにも矛盾がありますが,人間界以外の生を営んでいる間の記憶が消えているのだとすれば,あるいは人間界の時の長さとその他の界の時の長さの基準が異なるとすれば,矛盾はなくなるのかもしれません.『第三章死者とのコミュニケーション』『第四章「死後の生命」を科学する意味』『第五章「生まれ変わり」の生きがい論』第三章,第四章に続く第五章こそ著者がもっともこの本で伝えたかったことだと思います.「生きがい感」とは「自分は何者か」「自分はなぜ生きているのか」「自分は人生において何をすべきか」といった問題意識が明確であり,できればそれらに対して自分なりの解答をもっていることだとしています.そして,「死後の生命」や「生まれ変わり」の知識をもつことが,私たちに「生きがい感」を与えてくれたり,生きることの意味を見直させてくれるという考えは,本当に正しいのか,この章では,このような疑問に答えてくれる事例をいくつか紹介しています.また,かのアインシュタイン博士の『科学を真剣に追究している者は,誰であれ,宇宙の法則の中に,神の魂が明らかに存在していることを確信するようになる.神の魂は,人間の魂をはるかにしのいでおり,神の魂を前にして,人間は自らの力がいかに小さいかということを知り,謙虚にならざるを得ないのである』という言葉を引用しています.自分よりもはるかに大きな存在,それを神と呼ぶのか,仏と呼ぶのか,本書のようにソウルマスターと呼ぶのか,それは個人の自由だと思いますが,そのようなわれわれをはるかにしのぐ存在に導かれて,現世を修行の場として,ソウルメイトと呼ばれる仲間たちと切磋琢磨しながら魂を磨いているのが,今の人生であるとすれば,それはとても意味のあることだと思いますし,本書に接したときに,私はとても救われる思いがしたことは事実です.そして,著者が精神科医でも宗教家でも哲学者でもなく,経営学に携わる人だということに驚いたものです.『眼科医にすすめる100冊の本』ももう終盤に差し掛かりました.これまでにも何冊か図書を推薦したのですが,最後に1冊ということになると,本書しかないと思い,推薦させて頂きます.(88)☆☆☆

眼研究こぼれ話 20.冬眠動物の細膜 期間中は完全に‘盲目’

2011年8月31日 水曜日

(85)あたらしい眼科Vol.28,No.8,20111145冬眠動物の細膜期間中は完全に“盲目”立春の日はどの新聞も,ペンシルベニアの穴ネズミが穴から出て来て,自分の影におどろき,またまた穴の中にもぐり込み,あと2週間は出て来ない─春まで遠し─という記事が報道される.ラジオではその実況放送まであったりする.冬眠を終えた動物は自分の影が見えるだろうかという疑問をもった私は冬眠をする動物の視細胞を,色々の時季に調べて見た.眼の中で光を感ずる最も大切な細胞を視細胞と呼び,光を感受する先端部を外節と名付けている.非常に驚いたことに,この外節部が冬眠を始めると,段々小さくなり,1カ月あまり眠った動物では,完全に消失してしまうことが分かった.実験に都合のよい北米産の土地リス(木に登らない)を,換気の出来ている冷蔵庫に入れると,うまい具合に冬眠をしてくれる.丸くなって眠ったところで,体の上におがくずを一つまみ振りかけておくと,何時(いつ)までもそのままになっている.全く動いた形跡がなく,死んだようになって眠るのである.この動物の眼を調べると完全に盲目であり,外節は無くなっている.気温を上昇させると,約1週間で正常な外節に復帰することを突き止めることが出来た.この発見は眼の網膜を研究している人々にとって大きな驚きであり,色々な議論をかもしだした.昔から,視細胞のような高度に発達した神経系統の細胞は胎生時に出来上がると,宿主が死ぬまで,形態を変えることがないと信じられていた.ましてや冬眠の短時間で細胞の最重要部分が無くなってしまうなどとはだれも考えたことがなかったのである.人間を盲目にする病気のなかで,遺伝性であり,治療の見通しがなく,たいへん厄介なものに網膜色素変性症というのがある.この病気にかかった網膜を電子顕微鏡で調べると,外節部が完全に無くなっており,冬眠中の動物の網膜に似ている.また別項で述べたような強い光による網膜の変性にも,これに似た変化が見られる.冬眠そのものは生理的現象で,動物は春になれば完全な正常に返るけれども,病気を持っている人間の網膜はなにかのきっかけで,冬眠と同じような経緯が温度と関係なく,細胞の中に起こるのではないかと疑うことも出来る.そこで冬眠動物を詳しく調べれば,網膜色素変性症の原因究明,または治療のきっかけを見つけることに役立つかもしれないと,たくさんの学者たちが興奮したのである.現在,方々の研究所でこの問題に取り組んでいる.0910-1810/11/\100/頁/JCOPY眼研究こぼれ話桑原登一郎元米国立眼研究所実験病理部長●連載⑳▲冬眠中の土地リスの視細胞.星印の所には細長い外節がなくてはならない.右の小さい写真は夏期の土地リスの網膜,長い外節がついている.このような変化が人間の網膜色素変性症にも起こる.電子顕微鏡図(20,000倍).1146あたらしい眼科Vol.28,No.8,2011眼研究こぼれ話(86)また,そのころ,フランスのドローズ博士とカリフォルニア大学のヤング博士は,正常動物の視細胞の外節に,旺(おう)盛な再生能力のあることを観察して,この分野の人々にショックを与えた.非常にデリケートで今までは手に負えないと敬遠していた網膜の細胞の研究が,たいへん活気づいてきた.彼らの研究によると,約1,2週間の間で,正常動物の視細胞外節は更新するというのである.今まで,一度損傷を受けたら,再生不可能と思われていた考えが全く覆されたのである.このような新しい考えは,この十年以内に次々と発表され,網膜の研究は医学のなかで,最先端を行く花形題目ともなっている.(原文のまま.「日刊新愛媛」より転載)☆☆☆

インターネットの眼科応用 31.医療のIT化で可能になること(1)-医療費に関して-

2011年8月31日 水曜日

あたらしい眼科Vol.28,No.8,201111430910-1810/11/\100/頁/JCOPY医療のIT化は誰のため?「インターネットの眼科応用」の連載を始めて2年半が経ちました.読んでいただいた先生方から度々激励をいただきます.ありがとうございます.この場を借りて御礼申し上げます.当連載もあと6稿で終了させていただきます.残りの連載は,「医療のIT化で可能になること」と題して,現在の潮流から将来的な展望について,分野別に紹介したいと思います.どうぞ最後までお付き合いください.本章では,医療のIT化によって本当に医療費が削減できるか,というテーマに取り組みます.医療のIT化が声高に叫ばれてから,何年経ったでしょうか.医療を効率化する名目のもと,電子カルテの導入やレセプト請求のオンライン化といった,医療情報のデジタル化が進みました.現状のシステムでは,電子カルテを導入しても,医師の仕事が増えるばかり,患者との会話の時間が削られるなどの弊害がしばし起こります.ですが,負の10年というべきこの時代を経て,ようやっとインターネット本来の力が医療に発揮される土台ができた,と考えます.日本政府が2009年12月に閣議決定した「新成長戦略(基本方針)」では,「医療・介護・健康関連産業」を重要分野として位置づけています.同分野の産業育成と雇用創出の施策に取り組むことで「2020年までに新規市場約45兆円,新規雇用者数約280万人を達成する」という目標を掲げました1).国の施策としては,医療を成長産業と位置づけてはいますが,医療費をどんどん増やしてよい,とは述べていません.医療費を拡大せずに,新しい産業を作る,ということは可能でしょうか?おそらく,つぎのような解釈が必要です.医療は,医療の担い手である医師から発信されます.われわれ医師の診療行為が,保険診療の枠内であれば医療費の拡大に繋がるでしょう.われわれのアイデアが薬や医療機器などのモノに向かえば,製薬企業や医療機器メーカーにとって,新規事業の創出になります.国は,本気で「2020年までに新規市場約45兆円,新規雇用者数約280万人」を実現しようと目指すのなら,創薬ベンチャーが育ちやすい土壌を作る義務があります.われわれ医師は,日本発の創薬ベンチャーを育てるために積極的に関与すべきでしょう.また,われわれの医療知識が予防医学に向かえば,ヘルスケア産業を創出するでしょう.さまざまな可能性があり,国の方向性はあながち間違っているとはいえません.ですが,「医療のIT化が医療を効率化して医療費を削減する」という文言は,後述するように「正しい」のですが,電子カルテの導入を声高に推奨するだけでは,手法があまりに稚拙です.医療のIT化は誰のためでしょう.患者のため.医療機関のため.医師のため.地域のため.現状では,この4者の誰のためにもなっていません.患者にとっては,無駄な検査を受けずに済む,という希望に応えていません.医療機関にとっては,業務の効率化を生むわけでなく,新しくITコストという費用が発生しました.医師にとっては,患者との対話の時間が削られました.地域にとっては,医療費の削減に繋がるわけでなく,医療機関がITコストを回収しようと,頑張って医療を行うことによって,国民皆保険制度が維持しにくいものとなりました.電子カルテは唯一,電子カルテ関連企業を成長させ,そこで働く人達の雇用を創出しました.これは,バランスの取れた成長曲線でしょうか.それでもIT化は医療費を削減できる医療のIT化によって,医療費を削減する方法は二つあります.その方法を紹介する前に,インターネットの特性について,簡単に紹介します.インターネットの特徴は,動詞二つに集約することができます.「繋ぐ」と「共有する」の二つです.インターネットがもたらす情報革命のなかで,情報発信源が企業から個人に移行しました.地域を越えて,個人と個人を無限の組み合わせで(83)インターネットの眼科応用第31章医療のIT化で可能になること①─医療費に関して─武蔵国弘(KunihiroMusashi)むさしドリーム眼科シリーズ1144あたらしい眼科Vol.28,No.8,2011双方向性に繋ぎます.インターネットは繋ぐ達人です.また,パソコンや携帯端末からブログや動画,写真などをインターネット上で共有し,コミュニケーションすることが可能になりました.インターネット上で情報が共有され,経験が共有され,時間が共有されます.医療情報も,文書や動画などのさまざまな形態で,インターネット上に氾濫するようになりました.このような時代になって,インターネットは本来の力を医療に発揮できるようになります.総務省は2010年5月,光ファイバー回線やクラウドコンピューティングを駆使して,日本のつぎの成長戦略を考える「光の道」構想を打ち出しました.これが実現した場合,2015年までに全世帯でブロードバンドサービスの利用が可能になります.ソフトバンクの代表取締役社長,孫正義氏はこの構想を受けて,無料電子カルテや無料電子教科書といった,電子化促進による利便性の向上やコスト削減などを提言しています.クラウドコンピューティングという新しいインターネットサービスを使えば,電子カルテや会計ソフトは購入するものではなく,インターネットを通じてレンタルするものになります.孫正義氏の構想が実現すれば,今までの医療機関が抱えるITコストは,ほぼゼロになります2).パソコンとネット接続ツールさえあれば,電子カルテを更新する必要もなく,常に最新のソフトを利用することができます.このクラウドコンピューティングを用いたインターネットサービスは徐々に市場を拡大させており,今後注目されます.近い将来,電子カルテのソフト販売は相対的に低迷するでしょう.クラウドコンピューティングのもう一つの利点は,複数の医療機関が共同でカルテ情報を共有し,地域の病診連携や診診連携がスムーズになることです.すでにそのようなクラウドサービスが商品化されています.医療のIT化で医療費を削減する,もう一つの方法は,医療物資の流通改革を行うことです.インターネットの特徴の一つは,「繋ぐ」という行為です.医療機関と製薬企業を繋ぐ卸業者の役割をインターネットで代替すると,驚くような試算が可能です.われわれはアスクルやアマゾンといったネット通販業者を通じてさまざまな事務用品などの物資をインターネット上で購入することが可能です.即日,もしくは翌日の購入が可能です.彼らのようなインターネット通販を主事業とする企業が医療(84)業界に参入してくると,どのようなことが起こるでしょう.医療機関が,すべての薬をインターネット上で購入できるようになりますと,「卸業者」という橋渡し役が不要になります3).医療用医薬品卸企業の年間売上高は業界全体で約10兆円です.粗利が1割として,年間1兆円の医療費を机上の論理では削減できます.卸業者自身が自らの流通改革に乗り出さない限り,異業種からの新規参入者に飲み込まれるでしょう.流通改革による医療のIT化は,雇用創出とはまったく逆に,雇用喪失を生み出しますが,医療界を大きな一つの事業体と考えますと,スリム化すべき支出です.残念ながら時代の流れです.医療界にIT化つまり,情報革命がどの程度起こったかどうかの指標は,電子カルテやレセプトオンライン化がどれだけ現場に導入されたかではなく,医療機器や薬剤流通の産業構造の変化や,患者データの共有化の程度で考えるべきでしょう.真にIT化が浸透すれば,医療機器や薬剤,特に電子カルテなどの価格が大幅に低下します.そうすれば,医療機関が,余裕をもって医療を国民に伝える環境が整い,結果として国が負担する医療費は削減できるでしょう.【追記】これからの医療者には,インターネットリテラシーが求められます.情報を検索するだけでなく,発信することが必要です.医療情報が蓄積され,更新されることにより,医療水準全体が向上します.この現象をMedical2.0とよびます.私が有志と主宰します,NPO法人MVC(http://mvc-japan.org)では,医療というアナログな行為を,インターネットでどう補完するか,さまざまな試みを実践中です.MVCの活動に興味をもっていただきましたら,k.musashi@mvcjapan.orgまでご連絡ください.MVC-onlineからの招待メールを送らせていただきます.先生方とシェアされた情報が日本の医療水準の向上に寄与する,と信じています.文献1)http://techtarget.itmedia.co.jp/tt/news/1002/15/news02.html2)武蔵国弘:インターネットの眼科応用第17章クラウドコンピューティングと医療①.あたらしい眼科27:797-798,20103)武蔵国弘:インターネットの眼科応用第16章医療材料の流通とインターネット.あたらしい眼科27:653-654,2010☆☆☆

硝子体手術のワンポイントアドバイス 99.眼内悪性リンパ腫に対する硝子体手術(初級編)

2011年8月31日 水曜日

(81)あたらしい眼科Vol.28,No.8,201111410910-1810/11/\100/頁/JCOPY●はじめに眼内原発の悪性リンパ腫は中高年の両眼に硝子体混濁をきたし,ステロイド治療に抵抗する原因不明のぶどう膜炎と診断されることが多い.本疾患は他の眼組織(結膜,眼瞼,眼窩など)に生じる悪性リンパ腫と比較して高率に脳内病変を併発し,生命予後も不良であることより,早期発見,早期治療が重要である.●眼内悪性リンパ腫の臨床像眼内悪性リンパ腫はいわゆる仮面症候群の代表であり,非典型的な慢性ぶどう膜炎との鑑別がしばしば問題となる.眼内悪性リンパ腫は網膜下に黄色調の斑状病巣をきたすタイプと硝子体混濁を主徴とするタイプに分けられる1)が,両者が混在することも多い2)(図1,2).網膜下斑状病巣は癒合,拡大傾向があり,軽度の隆起を伴う.硝子体混濁は腫瘍細胞が小塊を形成したり,索状で異様に白い混濁を呈することが多い.●眼内悪性リンパ腫に対する硝子体手術硝子体混濁を併発している眼内悪性リンパ腫では,硝子体混濁を除去して視力を改善させるだけでなく,術中に採取した硝子体サンプルを用い細胞診やサイトカインの定量を行うことで,診断に有用な情報を得ることができる.硝子体手術自体は単純硝子体切除のみのことが多く,手術の難易度自体はさほど高くないが,他の慢性ぶどう膜炎と同様に一見後部硝子体?離が生じているように見えても,トリアムシノロン塗布後に薄い硝子体膜が網膜面と付着していることが多く,ダイアモンドダストイレーサーなどで適宜?離除去する.●硝子体サンプルを用いた診断硝子体採取時には,灌流をオフにした状態で,硝子体カッターの回転数を落として純粋な硝子体液を可能な限り多く採取する.筆者らは採取した硝子体を半量ずつに分け,細胞診およびインターロイキン(IL)-6,10の定量を行っている.通常IL-10がIL-6よりもはるかに高値を呈する.採取した細胞診用の細胞を良好な状態に保持するためには硝子体サンプルを速やかにサイトスピンにかけ,病理医にプレパラートを作製してもらう必要がある.通常,硝子体の粘性が低いほど,良好な状態で細胞を観察できることが多い.●その他の治療法診断が確定したら,放射線科医と相談のうえ,眼部あるいは中枢神経系への放射線治療を考慮する.再発例に対してはメトトレキサートの硝子体注射を行うこともある.文献1)後藤浩:眼内悪性リンパ腫.眼科50:161-170,20082)宮尾洋子,多田玲,小泉範子ほか:放射線療法中に一過性の著しい視力低下をきたした眼原発の悪性リンパ腫の1例.臨眼54:929-932,2000硝子体手術のワンポイントアドバイス●連載99眼内悪性リンパ腫に対する硝子体手術(初級編)池田恒彦大阪医科大学眼科図1硝子体手術前の眼底写真ステロイド治療に抵抗する原因不明のぶどう膜炎の診断で紹介された.硝子体混濁を通して網膜下斑状病巣が透見できる.図2硝子体手術後の眼底写真黄斑部の上方に黄白色調の網膜下斑状病巣を認める.

眼科医のための先端医療 128.眼表面再生医療と幹細胞

2011年8月31日 水曜日

あたらしい眼科Vol.28,No.8,201111370910-1810/11/\100/頁/JCOPY難治性角膜上皮障害角膜上皮細胞は常に角膜輪部より供給されています.角膜輪部上皮が完全に破壊されると角膜上皮は二度と供給されません.眼表面全体に及ぶ上皮障害は大抵強力な炎症を伴いますので,血管も侵入し瘢痕化して視力を失わせます.この難治性角膜上皮障害に対する治療としては歯根部利用人工角膜移植といった手法のほかに,瘢痕化した結膜上皮を取り除き,なくなってしまった角膜上皮幹細胞を移植するという手段があります.片眼性の難治性角膜上皮障害ならば,健康な片方の眼から輪部組織を採取できます.ただし,残った健康な眼に,それなりの侵襲を覚悟しなければなりません.両眼とも障害されていれば,他家のドナー角膜輪部移植といった手法もありますが,拒絶反応に対する術後管理が必要です.眼表面再生医療本人の組織を低侵襲で採取し,組織培養を行い細胞シートまで大きくしてから移植することで難治性角膜上皮障害を克服しようというのが眼表面の再生医療です.培養法は多くの場合マウス3T3フィーダー細胞と動物血清を使用した培地で作製されます.細胞シートは脆弱で回収しようとしても用手的あるいは蛋白分解酵素を使用しては細胞シートの形状を保てません.2000年に帝王切開時に得られた羊膜の基底膜の上に細胞シートを作製し,羊膜ごと移植する手法が開発されました.この方法なら羊膜ごと持ち運べますし,羊膜ごと縫合することで細胞シートを移植することができます.2004年には羊膜も蛋白分解酵素も使わず,温度を下げることで培養皿表面から細胞シートが?がれてくる温度応答性培養皿を用いた方法が現れました1).この方法では縫合も必要なくなりました.両眼とも障害を受けた患者に対しては本人の角膜上皮幹細胞が存在しないため適応できません.そこで角膜輪部組織の代わりに口腔粘膜を用いて難治性角膜上皮障害を克服する手法が現れました2).このように眼科の再生医療は実現と発展が他の分野と比較して古く,現在も進歩が進んでいます.眼表面再生医療の課題と取り組み眼表面再生医療は保険適用という形で実用化されていません.今までは医師と患者の責任の下,臨床研究が行われてきました.そのため治療費は研究費で賄うか患者の全額自己負担しかありません.普及のためには患者の経済的負担を軽減しないといけません.それには企業が細胞シートを医療用具として治験を通すか,先進医療を経て医師の医療技術として認めてもらう必要があります.これらの道を開くために「ヒト幹細胞を用いた臨床研究に関する指針(平成22年厚生労働省告示第380号)」が整備されました.この指針に沿った臨床研究を行うことで保険適用へ向けた努力が可能になりました.指針の中身をみますと,実施には厚生労働大臣の許可が必要で,多様な専門家で構成された倫理委員会が必要です.細胞シートの作製の際には治験薬を製造する施設で行います.細胞シートの安全性と有効性を移植前に検証する必要もあります.マウス3T3フィーダー細胞や動物血清を使っていれば,それらの検査も必要です.患者自身の細胞を使うため,大量生産される医療用具と違って毎回検査する必要があります.そのためきわめて多額の費用がかかります.普及を図るため指針を遵守した臨床研究を行い保険適用が実現した結果,患者が負担する医療費が保険適用以前より重くなり普及を妨げれば本末転倒です.とは言え自由診療の枠組みで無秩序に再生医療が普及しても,患者にとって治療が真に効果を見込めるかの見きわめはむずかしくなりますし,現に眼科以外の再生医療の試みでは死亡例もあります3).普及に向けた努力安全性と有効性を確立すれば費用がかかる検査は省略できるかもしれません.眼表面再生医療では角膜上皮を供給する幹細胞が肝心ですが,幹細胞の特徴や性質は不明な点が多いです.幹細胞マーカーや未分化マーカーが特定されれば,術前の細胞シートが有効性を発揮する細胞シートか見きわめがつきます.従来はFACSなどの高価な研究機器が必要でしたが,幹細胞の高付着能を利用して浮遊培養用の培養皿に付着させる単離法が報告され安価で研究できるようになりました4).上皮シートの(77)◆シリーズ第128回◆眼科医のための先端医療監修=坂本泰二山下英俊横尾誠一山上聡(東京大学大学院医学系研究科外科学専攻眼科学)眼表面再生医療と幹細胞1138あたらしい眼科Vol.28,No.8,2011作製に必須な因子などが不明なため,異種のマウス3T3フィーダー細胞が放出していると推測される未知の因子に頼っています.異種感染症リスクがあるため煩雑な検査と管理が必要です.そこで異種のマウス3T3フィーダー細胞の代わりに同種のヒト骨髄間葉系幹細胞に置き換えてこの問題を解決する研究がなされています.さらに細胞シートの作製に必須な因子も少しずつ判明し始めており,レチノールを添加することでフィーダー細胞や血清を取り除く報告もあります5).未来の幹細胞技術と眼表面再生医療また現在iPS細胞(人工多能性幹細胞)の研究が進んでいます.ES細胞(胚性幹細胞)に発現している数種類の遺伝子を体細胞に導入してES細胞の特徴をもったiPS細胞に作り替えることができます6).iPS細胞から角膜上皮幹細胞へ分化できれば消失した角膜上皮幹細胞も新たに作りだし移植できます.大きな可能性をもつiPS細胞ですがES細胞様の細胞なので奇形腫などのリスクもあります.そこで,分化した安全な細胞のみを厳密に分離する方法や完全に分化させる技術などの安全性を確保する研究が続いています.iPS細胞は体細胞に遺伝子を導入することでES様細胞という別の細胞を作り出せるという点が重要で,角膜上皮幹細胞のような体性幹細胞を,iPS細胞を経由せず直接作りだすことも可能と考えられます.神経細胞ではすでにiPS細胞を経ずに作製することに成功しています(iNcell:inducedneuronalcell)7).また遺伝子導入により特定の遺伝子を働かせるという手法以外にも,元々すべての細胞は全遺伝情報を予めもっているわけですから,遺伝子導入によってDNAという一次情報を変えてしまうのではなく,遺伝子発現を制御することで体細胞からさまざまな細胞を作り出せる可能性があります.この学問分野がエピジェネティクス(epigenetics)で,DNAの配列は変化がなく,DNAやDNAに結合しているヒストン蛋白質のメチル基などの修飾により遺伝子発現の制御がなされていることがわかり始めています.これらの機構が解明され,制御できるようになれば患者自身の皮膚の細胞から安全性が確保された角膜上皮幹細胞へと変化させ,有効性が発揮できる細胞シートの移植も可能になると思われます.文献1)NishidaK,YamatoM,HayashidaYetal:Cornealreconstructionwithtissue-engineeredcellsheetscomposedofautologousoralmucosalepithelium.NEnglJMed351:1187-1196,20042)NakamuraT,EndoK,CooperLJetal:Thesuccessfulcultureandautologoustransplantationofrabbitoralmucosalepithelialcellsonamnioticmembrane.InvestOphthalmolVisSci44:106-116,20033)CyranoskiD:Koreandeathssparkinquiry.Nature468:485,20104)YokooS,YamagamiS,ShimadaTetal:Anovelisolationtechniqueofprogenitorcellsinhumancornealepitheliumusingnon-tissueculturedishes.StemCells26:1743-1748,20085)YokooS,YamagamiS,UsuiTetal:Humancornealepithelialequivalentsforocularsurfacereconstructioninacompleteserum-freeculturesystemwithoutunknownfactors.InvestOphthalmolVisSci49:2438-2443,20086)TakahashiK,YamanakaS:Inductionofpluripotentstemcellsfrommouseembryonicandadultfibroblastculturesbydefinedfactors.Cell126:663-676,20067)VierbuchenT,OstermeierA,PangZPetal:Directconversionoffibroblaststofunctionalneuronsbydefinedfactors.Nature463:1035-1041,2010(78)図1人工的な幹細胞作製技術ES細胞特異的に発現する遺伝子を導入することで体細胞からES細胞様のiPS細胞を作製できる.ここから全細胞種の分化が可能.目的の体細胞特異的に発現する遺伝子導入で直接別種の体細胞を作製することもできる.iPS■「眼表面再生医療と幹細胞」を読んで■今回は,横尾誠一先生,山上聡先生による眼科の再生医療の解説です.特に眼surface再生はこれまでの日本の多くの研究者の素晴らしい業績により世界をリードしている分野でもあります.実用化されている(79)あたらしい眼科Vol.28,No.8,20111139温度応答性培養皿を用いた角膜上皮幹細胞の再生については,高額な医療費の問題を解決する必要があることがよくわかりました.また,マスコミでも連日のように取り上げられるiPS細胞を用いた角膜上皮幹細胞の再生プロジェクト,さらには体細胞から直接に幹細胞を分化させるプロジェクトなど,今後の医療のパラダイムを大きく変える可能性のある医療がこの分野には多くあります.最先端の生命科学がヒトを治すための技術として使われるという医療技術の進歩と同時に,現在,ドナー不足が指摘されている移植医療の問題の解決にもつながります.今後の高齢化社会をにらんで再生医療を発展させていくためにはいろいろなアイデアがでてくるでしょう.たとえば,若くて元気な時点での自分の細胞を採取し保存することで,そのあとのいろいろな疾病あるいは外傷に備えることができるかもしれません.また,このような技術は産業として日本の経済を支えるようになることも考えられます.それに加えていろいろな課題もでてくるでしょう.最大の課題は,基礎医学研究者および基礎的な研究のマインドをもった臨床医,いわゆるClinicianScientistの育成です.今回ご紹介いただいた,最先端の生命科学を臨床医学に応用するためには多くの問題をすべて解決しなければなりません.それには多くの英知を結集する必要があります.知の拠点としての大学の大きな使命と考えられますが,日本の社会もこのような医療,そして産業を社会全体として育成していくという戦略が今後大変大切になると考えます.山形大学医学部眼科山下英俊☆☆☆

緑内障:房水流出路と細胞骨格

2011年8月31日 水曜日

あたらしい眼科Vol.28,No.8,201111350910-1810/11/\100/頁/JCOPY●房水流出路の構造緑内障の古典的危険因子である眼圧を規定する要素は房水流入と流出のバランスであり,緑内障においては流出抵抗の上昇が指摘されている.房水流出経路には2つあり,1つは線維柱帯からSchlemm管,集合管を介して上強膜静脈へと至る古典的経路(図1).もう1つは虹彩根部から毛様体筋を経て上脈絡膜腔へと至るぶどう膜経路である.ヒトにおいては前者が流出量の80%を占める主経路であり,緑内障における流出抵抗の上昇もこの経路,特に線維柱帯のうち最奥部に位置する傍Schlemm管部(JCTエリア)とSchlemm管内皮が原因であることが示唆されている1).線維柱帯はその名のとおり網目状の構造物から成っており,その構成要素は線維柱帯細胞と細胞外マトリックスである.房水はその間隙(emptyspace)を流れるが,JCTエリアにおいてはその間隙が狭く,細胞と細胞外マトリックスの密度が高い.このことが物理的に抵抗を高めているとともに,房水流出の制御にも動的に関与していると考えられている.そのつぎに房水が接するSchlemm管内皮は一層の連続する内皮細胞と基底膜からなり,巨大空胞(giantvacuole)とよばれる特徴的な組織所見を示す.走査型電子顕微鏡における観察では,細胞間接着および細胞膜の両方に小孔(pore)が認められることが報告されている2).房水がSchlemm管内皮から内腔へ到達する機序はいまだ明らかではなく,巨大空胞が関与した内皮細胞内の房水移動か,細胞間隙からの移動か,もしくはその両方と考えられている2,3)が,いずれにしてもJCTエリアとSchlemm管内皮が房水流出のカギであることはコンセンサスが得られている.また,古典的経路は圧感受性を有することが示唆されており,積極的な房水流出制御に関わるとも考えられている.●房水流出路における細胞骨格アクチン・ミオシンが関わる組織の収縮は筋肉でよく(75)●連載134緑内障セミナー監修=岩田和雄山本哲也134.房水流出路と細胞骨格井上俊洋熊本大学大学院生命科学研究部視機能病態学(眼科)房水流出路は古典的経路とぶどう膜経路がある.ヒトにおいて主である古典的経路においては組織の細胞骨格が房水流出量に関わっており,緑内障病態とも関連すると推測されている.ROCK阻害薬は線維柱帯のアクチン細胞骨格を脱重合化することで眼圧下降効果を示すユニークな作用機序をもつ薬剤である.図2線維柱帯(TM)細胞と毛様体筋(CM)細胞の細胞骨格プロファイルの比較細胞骨格分画を分離,電気泳動し,染色した.両者で発現蛋白に大きな差はない.(文献4より改変)TMcellsCMcells250(kDa)13010070553527MyosinICMyosinICVimentinVimentinY-actinY-actinAnnexinA2Stomatin角膜虹彩水晶体毛様体Schlemm管線維柱帯図1房水流出路の模式図線維柱帯,Schlemm管を介する古典的経路がヒトにおいては主である.1136あたらしい眼科Vol.28,No.8,2011知られているが,線維柱帯細胞も平滑筋細胞と類似した細胞骨格に関わる因子の発現プロファイルをもっており(図2)4),細胞内で重合アクチンとミオシンが共在している(図3)5).また,組織としての収縮力も摘出線維柱帯片を用いて測定されており,カルバコール刺激に対して摘出毛様体筋と同等の反応が記録されている.組織切片を用いた観察においてもJCTエリアおよびSchlemm管内皮細胞が平滑筋細胞並みにアクチンフィラメントに富んでいることが示されており,このことから流出路が収縮・弛緩によって調節されていることが推測されている.流出路におけるアクチン細胞骨格は緑内障患者やステロイド投与眼において乱れることが報告されており,アクチン細胞骨格の制御異常が房水流出抵抗を上昇させ,結果として高眼圧の緑内障の病態に関与している可能性も考えられる.また,自験例では圧負荷によって線維柱帯細胞のアクチンが脱重合化することがわかっており,房水流出路における細胞骨格が生理的な房水流出量調節にも関わっていることが示唆される.●細胞骨格制御薬と房水流出細胞骨格制御薬が房水流出に影響を及ぼすことは1970年代より報告があるが,選択的ROCK阻害薬に眼圧下降効果があることを示したのは本庄,谷原らの報告が初めてである6).ROCKはアクチン重合を制御する重要な因子であり,その阻害によってアクチンの脱重合化が誘導される.これまでの眼圧下降薬の作用機序をみると,そのおもな作用は房水産生の抑制(交感神経刺激薬,交感神経b遮断薬,炭酸脱水酵素阻害薬)か,経強膜ぶどう膜の流出促進(プロスタグランジン関連薬)であり,唯一ピロカルピンなどの副交感神経刺激薬のみが経線維(76)柱帯・Schlemm管の流出促進である.ただし,副交感神経刺激薬の作用点は毛様体筋であり,毛様体筋の収縮によって主経路組織が引き伸ばされた結果による主経路に対する,間接的な作用である.したがって,房水流出の主経路であり緑内障の病態に強く関与している線維柱帯・Schlemm管に直接作用し,流出を促進する薬剤はこれまでなかったといえる.ROCK阻害薬はその意味でこれまでになかった新しい薬剤となる可能性がある.ROCK阻害薬が臨床応用となるか現時点では不透明であるが,房水流出路における細胞骨格の役割は生理的なものから緑内障病態に関わるものまで幅広いことが明らかになりつつあり,その詳細な解明は今後の課題である.文献1)MaepeaO,BillA:PressuresinthejuxtacanaliculartissueandSchlemm’scanalinmonkeys.ExpEyeRes54:879-883,19922)EpsteinDL,RohenJW:Morphologyofthetrabecularmeshworkandinner-wallendotheliumaftercationizedferritinperfusioninthemonkeyeye.InvestOphthalmolVisSci32:160-171,19913)TripathiRC:Thefunctionalmorphologyoftheoutflowsystemsofocularandcerebrospinalfluids.ExpEyeRes25(Suppl):65-116,19774)InoueT,PecenP,MaddalaRetal:Characterizationofcytoskeletonsenrichedproteinfractionofthetrabecularmeshworkandciliarymusclecells.InvestOphthalmolVisSci52:6467-6471,20105)InoueT,PattabiramanPP,EpsteinDLetal:EffectsofchemicalinhibitionofN-WASP,acriticalregulatorofactinpolymerizationonaqueoushumoroutflowthroughtheconventionalpathway.ExpEyeRes90:360-367,20106)HonjoM,TaniharaH,InataniMetal:EffectsofrhoassociatedproteinkinaseinhibitorY-27632onintraocularpressureandoutflowfacility.InvestOphthalmolVisSci42:137-144,2001PhalloidinMyosinIIAMergeabc図3線維柱帯細胞におけるアクチンとミオシン培養線維柱帯細胞を固定し,染色した.Phalloidinを用いて重合アクチンを染色し(a),抗MyosinIIA抗体を用いて重合ミオシンを染色した(b).両者の細胞内局在は重なり合う(c).(文献5より改変)