‘記事’ カテゴリーのアーカイブ

回折型多焦点眼内レンズのピギーバック挿入

2011年4月30日 土曜日

0910-1810/11/\100/頁/JCOPY(121)577《原著》あたらしい眼科28(4):577.581,2011cはじめにわが国において,白内障手術における多焦点眼内レンズ(IOL)挿入術が,2008年に先進医療として承認され,眼科医のみでなく一般の人にも,診療機関,挿入術を受けた家族や知人,メディアを通して多焦点IOLに関する情報が伝わりつつある.この影響で,すでに単焦点IOLが挿入されている症例で,多焦点IOLへの交換を希望する例があり,その場合の対処法として,多焦点IOLへの交換と多焦点機能をもつIOLのピギーバック挿入という2つの選択肢がある.IOL交換は,粘弾性物質を十分に使うことで,IOL摘出時の角膜内皮障害や後.破.の危険性を減らすことができるが,前.および後.癒着の程度,IOL支持部周囲の癒着状況によっては,予想以上にIOL摘出が困難なことがある.もう1つの方法として,単焦点IOLを摘出せずに,多焦点機能をもったIOLを追加挿入するピギーバック法がある.ピギーバック法は,もともと高度遠視例で1枚のIOLでは度数が足りない場合やIOL挿入後の屈折ずれの矯正として用いられてきた1)が,2枚のIOL間に水晶体上皮細胞が増殖する〔別刷請求先〕ビッセン宮島弘子:〒101-0061東京都千代田区三崎町2-9-18東京歯科大学水道橋病院眼科Reprintrequests:HirokoBissen-Miyajima,M.D.,DepartmentofOphthalmology,TokyoDentalCollegeSuidobashiHospital,2-9-18Misaki-cho,Chiyoda-ku,Tokyo101-0061,JAPAN回折型多焦点眼内レンズのピギーバック挿入ビッセン宮島弘子大木伸一野中亮子東京歯科大学水道橋病院眼科PiggybackImplantationofDiffractiveMultifocalIntraocularLensHirokoBissen-Miyajima,ShinichiOkiandRyokoNonakaDepartmentofOphthalmology,TokyoDentalCollegeSuidobashiHospital単焦点眼内レンズ(IOL)挿入後に,東京歯科大水道橋病院眼科にて多焦点IOLへの交換を希望した3例4眼に,ピギーバック用Add-Onレンズ(Diff-sPB:HumanOptics社)を挿入する機会を得たので臨床成績を報告する.本IOL挿入は大学倫理委員会の承認を得,患者に十分な説明をした後に同意を得て行った.症例1は58歳,女性,8年前に近視矯正手術,5年前に左眼白内障手術後,症例2は62歳,女性,1年前に両眼手術を受け片眼のみ交換希望,症例3は73歳,女性,1年前に両眼手術後.3dipoter(D)の近視で両眼交換希望であった.症例1,2は球面度数0D,症例3は両眼に球面度数.6.0DのIOLを毛様溝に挿入した.術後3~12カ月において,前房内炎症,眼圧上昇,IOL間の水晶体上皮細胞増殖はなく,裸眼視力は遠方0.8以上,近方0.6以上と良好であったが,一部コントラスト感度の低下が認められた.遠方,近方の見え方への満足度は高く,眼鏡装用例はなかった.単焦点IOL挿入後に多焦点IOLを希望する場合,症例によって多焦点IOLのピギーバック挿入の選択が可能と思われた.Piggybackimplantationofdiffractivemultifocalintraocularlens(IOL)wasperformedin4eyesof3patientswhohadreceivedmonofocalIOLandwishedtochangetomultifocalIOL.Case1wasa58-year-oldfemalewhohadreceivedamonofocalIOLinherlefteye5yearspreviously;Case2wasa62-year-oldfemalewhohadreceivedmonofocalIOLinbotheyes1yearpreviously,andcase3wasa73-year-oldfemalewhohadreceivedmonofocalIOLinbotheyes1yearpreviously,aimingforpostoperativerefractionof.3.0diopters.AfterpiggybackmultifocalIOLimplantation,noneofthecasesshowedincreasedintraocularpressure,chronicinflammationorinterlenticularopacification.Althoughthepatientsexperiencedaslightdecreaseincontrastsensitivity,theyachieveduncorrecteddistancevisualacuityof≧0.8andnearvisualacuityof≧0.6,andallweresatisfiedwiththeirvisualoutcomes.ThepiggybackIOLcanbeconsideredinpatientswhowishtochangefrommonofocalIOLtomultifocalIOL.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)28(4):577.581,2011〕Keywords:多焦点レンズ,回折,ピギーバック,近方視力,毛様溝固定.multifocallens,diffraction,piggyback,nearvision,sulcusfixation.578あたらしい眼科Vol.28,No.4,2011(122)interlenticularopacification(ILO)が報告され2,3),2枚とも水晶体.内に挿入するのではなく,追加IOLを毛様溝固定する方法が選択されるようになった.近年,ピギーバック用にデザインされたIOLが開発され,高度遠視例のみでなく,単焦点IOLにトーリックや多焦点といった付加機能を追加する目的でも挿入されている4,5).今回,海外で使用されている多焦点機能をもつピギーバック用IOLを3例4眼に挿入する機会を得たので,臨床成績を報告する.I症例症例は3例4眼で,2例は東京歯科大学水道橋病院にて,1例は他医にて単焦点IOLが挿入され,その後,多焦点IOLの情報を得て,IOL交換を希望した.全例,IOLは水晶体.内固定されており,術後経過期間および前後.の癒着状態から,IOLの摘出操作を行わずに,多焦点機能をもつIOLのピギーバック挿入を選択した.ピギーバック用IOL使用したIOLは,ドイツHumanOptics社のAdd-Onレンズ(モデル名Diff-sPB)で,EU加盟国の基準を満たすCE(CommunauteEuropeenne)マークを取得している.しかし,わが国では未承認のため,大学倫理委員会の承認を受け,患者に,未承認IOLであること,海外での臨床成績,起こりうる問題点を十分説明し同意を得て挿入した.IOLの特徴であるが,光学部はシリコーン素材,光学径は虹彩捕獲を予防する目的で7.0mm,有効光学径は6.0mm,前面が球面で中央3.6mmが近方加入度3.5Dの回折デザイン,後面は凹型で,もう1枚のIOLと約0.5mmの距離を保てるようになっている.全長は,毛様溝固定用に14.0mm,支持部の素材はPMMA(ポリメチルメタグリレート)で角度は10°のCループデザインである(図1).球面度数は0D以外に.6.0から+6.0Dの間で0.5D間隔で注文可能である.〔症例1〕58歳,女性.2002年10月に近視矯正目的で当院を受診,視力は右眼0.06(1.5×.5.50D),左眼0.08(1.5×.6.0D(cyl.0.50DAx95°)で,同年12月,両眼にlaserinsitukeratomileusis(LASIK)が施行された.老視年齢のため,術後の遠方視と近方視を考慮し,非優位眼である左眼の術後屈折を.1.5Dとしたモノビジョン設定とし,術後視力は,右眼1.5(矯正不能),左眼0.6(2.0×.1.5D(cyl.0.25DAx105°)と経過良好であった.2004年7月に左眼視力低下を自覚し,視力測定にて0.6(0.8×+0.25D(cyl.1.00DAx105°),細隙灯顕微鏡検査にて皮質白内障を認め,日常生活が不自由になったため,白内障手術を施行した.IOL度数は,LASIK前の角膜曲率半径,およびLASIK前後の屈折値の変化から計算した値を用い,術後屈折値を.0.75Dに設定して計算したアクリル製マルチピース(MA60BM:アルコン社)+20.0Dを水晶体.内固定した.術後視力は0.8(1.0×.0.75D(cyl.1.00DAx120°)に改善したが,2009年6月,後発白内障により視力が0.4(0.7×.0.75D(cyl.0.75DAx100°)に低下したため,YAGレーザー後.切開術を行い,視力は0.8(1.5×.1.0D(cyl.0.50DAx120°)に改善した.YAGレーザー後の経過観察のため来院した際,眼科外来に掲示された多焦点IOLに関する記事を読み,すでに挿入されている単焦点から多焦点IOLへの交換を強く希望した.しかし,YAGレーザー施行後のため,IOL交換による硝子体脱出の危険性を考慮し,多焦点機能をもったピギーバックIOL挿入の可能性について説明し同意が得られたことから手術となった.球面度数補正は,LASIK後のためピギーバックIOL挿入後に必要あれば追加矯正を予定し,球面度数0DのAdd-Onレンズを選択した.手術は点眼麻酔下,角膜耳側3.0mm切開から,前房を粘弾性物質で保ちつつ,IOLを前房内に鑷子で挿入し,両支持部を毛様溝に挿入した.術翌日,遠方視力図1Add.Onレンズ(Diff-sPB)全長14mm,光学径7.0mm,中央3.6mmが回折デザインとなっている.図2Add.Onレンズ挿入後細隙灯顕微鏡写真水晶体.内に単焦点IOL,回折リングは毛様溝に挿入されたピギーバックIOL(Add-Onレンズ)のものである.一見して,回折型多焦点IOLが.内挿入されているかのように見える.(123)あたらしい眼科Vol.28,No.4,20115790.9(1.5×.0.75D(cyl.0.5DAx180°),近方視力0.8(矯正不能),1年の経過観察を終えているが視力に変化なく,近方視力が向上し,非常に満足している.経過観察期間中,細隙灯顕微鏡検査にて,Add-Onレンズの位置は安定しており(図2),前房内炎症,眼圧上昇はなく,2枚のIOL間にILOは認められない.前眼部光干渉断層撮影(VisanteTM:CarlZeissMeditec)にても,水晶体.内固定されたIOLとAdd-Onレンズ間に空間が保たれ,混濁は認められない(図3).コントラスト感度は,Add-Onレンズ挿入前は年齢の正常域下限であったが,3カ月後の測定では3,12,18cycleperdegree(CPD)で低下していた(図4).自覚的な見え方の低下,夜間のグレア,ハローはなく,術前より近視のため,0DのAdd-Onレンズ挿入後も同程度の近視であるが,両眼での見え方に満足しており,残余近視に対する矯正は希望していない.〔症例2〕62歳,女性.2009年1月に両眼の視力低下で当院を初診,視力は右眼0.7(0.9×+2.5D(cyl.1.5DAx70°),左眼0.3(0.8×+1.00D(cyl.0.5DAx20°),両眼に白内障による視力低下のため,白内障手術が施行された.眼内レンズは,右眼にZCB00(AbbottMedicalOptics)19.0D,左眼に19.5Dが水晶体.内に挿入された.術後視力は,右眼1.0(1.2×+0.5D),左眼0.7(1.2×+0.5D(cyl.0.5DAx180°)に改善したが,近方視に眼鏡が必要なため,片眼のみ多焦点IOLヘの交換を希望した.術後4カ月経過しており,交換は可能図32枚のIOLが挿入された前眼部光干渉断層計撮影写真下側のIOLは.内固定された単焦点IOLで両端に前.が観察できる.上側のIOLがAdd-Onレンズで,後面が凹型,下側のIOLとの隙間が十分にある.両IOL間の混濁は観察されない.36SpatialFrequency-(CyclesPerDegree)CSV-1000ContrastSensitivity1218:挿入前:挿入後■Ages20~59図4症例1のAdd.Onレンズ挿入前後のコントラスト感度58歳で挿入前は20.59歳の正常域下限で,挿入後は全体的にわずかな低下を認める.36SpatialFrequency-(CyclesPerDegree)CSV-1000ContrastSensitivity1218■Ages60~69□Ages70~80:挿入前:挿入後図5症例2のAdd.Onレンズ挿入前後のコントラスト感度挿入前はすべての周波数領域で非常に高いコントラスト感度である.挿入後,6,18CPDは60.69歳の正常範囲より低下している.580あたらしい眼科Vol.28,No.4,2011(124)だが,ピギーバックIOL挿入の可能性を説明し,非優位眼である左眼に球面度数0DのAdd-Onレンズ挿入を予定した.術式は症例1と同様の方法で行い,術中合併症はなかった.術後,左眼の遠方視力は1.0(1.5×+0.5D(cyl.0.5DAx170°),近方視力は0.8(矯正不能)で,1年の経過観察期間中,日常生活で眼鏡を必要とせず満足度は高い.コントラスト感度はAdd-Onレンズ挿入前は各周波数領域で良好な値で,挿入1カ月後も正常範囲内だが,6,12CPDで低下していた(図5).〔症例3〕73歳,女性.2009年1月に,他医にて両眼の白内障手術を受けたが,近見に合わせた度数のIOLが選択されたため,遠方が見えにくく,新聞記事で多焦点IOLのことを知り,IOLの交換を希望して来院した.初診時の視力は,右眼0.4(1.2×.4.5D(cyl.0.75DAx30°),左眼0.4(1.0×.4.00D(cyl.1.0DAx100°),IOLはAR40eが挿入されたというメモを持参していたが度数は不明であった.IOL交換およびピギーバックIOL挿入両者の利点と問題点を説明し,ピギーバック挿入予定となった.術後屈折が近視になっているため,角膜曲率半径,前房深度,術後屈折値をHumanOptics社に送り,推奨された球面度数.6.0DのAdd-Onレンズをまず右眼に挿入,術後遠方および近方視力が良好なことを確認して,1週間後に左眼にも同じ.6.0DのAdd-Onレンズを挿入した.術後の遠方視力は右眼0.8(1.2×+0.25D(cyl.1.0DAx70°),左眼0.8(1.0×+0.25D(cyl.1.0DAx145°),近方視力は右眼0.6(0.7×+0.25D(cyl.1.0DAx70°),左眼0.4(矯正不能)で,遠方のため術後3カ月までの経過観察であったが,他2例と同様,Add-Onレンズの位置は良好で,最終経過観察時に前房内炎症は認めなかった.その後,近医にて経過観察しているため,詳細は不明であるが,術6カ月後に電話により見え方に変化がなく満足していることが確認できている.II考按IOLのピギーバック挿入は,強度遠視例,術後の乱視矯正,多焦点機能追加の目的で行われているが,毛様溝固定用にデザインされたIOLの報告は少なく4.5),わが国では筆者が知る範囲では,最初の症例報告である.多焦点IOLが先進医療として認められ,一般の人への認知度が上がるにつれ,今後,単焦点IOLが挿入されている症例で多焦点IOLの利点,すなわち眼鏡に依存せず遠方および近方が見えることに魅力を感じ,IOLの交換を希望する例がでてくることが予想される.このような場合の選択肢として,大きく分けてIOL交換とピギーバック挿入の2種類がある.患者自身は,IOL交換を非常に簡単な技術ととらえ,安易に交換を希望する傾向にあるが,実際には,水晶体.内に挿入され,しばらく経過したIOLの摘出は,IOL挿入よりも高度な技術を要する.具体的には,IOL支持部のまわりを前後.が癒着してトンネルのように包みこんでいるので,そこからうまく摘出するには,光学部から支持部を切断する場合が多い.Zinn小帯がもともと脆弱な症例,あるいは初回手術時に何らかの影響で一部断裂している例では,IOL支持部を引き出す際に水晶体.も一緒に出てしまう危険性がある.一方,光学部を水晶体.から.離することは比較的容易だが,折りたたんで挿入したものを小さな切開から摘出するには工夫が必要である.眼内で再びたたむか,一部切断して直径を小さくする方法があるが,どちらもある程度の経験を要する.近年,空間保持能力の高い粘弾性物質が使えるようになり,眼内におけるIOL切断や一連の操作を行う際,角膜内皮,水晶体.,虹彩などの眼組織への侵襲をかなり減らせるようになったが,IOLを摘出する理由が,多焦点機能を追加するためとなると,合併症は許されない.ピギーバック法は挿入されたIOLをそのまま温存し,虹彩と水晶体.の間にIOLを挿入する操作のみなので,IOL挿入を経験している術者には,摘出より操作は安全かつ確実である.癒着を.離したりIOL切断などの眼内操作が必要ないため,眼内組織への侵襲が少ないことが期待できる.IOLのピギーバック挿入に関する合併症は,2枚のIOL間のILO,色素性緑内障,閉塞隅角が代表的である.ILOは,水晶体赤道部で水晶体線維の再生が進み,閉ざされた2枚のIOLの間に入ってくるのが原因とされ,前.切開を大きくすること,IOLの1枚は水晶体.内,もう1枚は毛様溝固定することで予防できる2,3,6).また,実際に混濁が生じた場合の処置についても報告がある7).これ以降,ピギーバック挿入は毛様溝固定というのが一般的になり,ILOの問題は少なくなっている.近年,調節機能をもたせる目的で2枚の光学部をもつIOLが臨床使用され,再びILOの問題が注目されているが,素材の面でアクリルよりシリコーンのほうが生じにくいことも報告されている8).つぎにIOLを毛様溝固定するため,IOLのエッジ部分が虹彩を慢性的に刺激するために生じる色素性緑内障の問題がある9~12).この合併症はピギーバック挿入に限らず,IOLを毛様溝挿入する場合の一般的な問題としてとりあげられており,特に近年挿入数が増えているシングルピースのアクリル素材で,かつ後発白内障予防目的で光学部縁がシャープなIOLで注意すべきとされている.さらに,虹彩色素の面では,人種による差がある可能性がある.また,虹彩捕獲による瞳孔ブロックによる眼圧上昇の症例報告がある13,14).これもピギーバックのみでなく毛様溝固定した場合に起こりうる合併症であるが,通常の.内固定用IOLを毛様溝固定した場合の報告である.このように,ピギ(125)あたらしい眼科Vol.28,No.4,2011581ーバック挿入そのものというより,IOLを毛様溝固定するための問題点,2枚IOLがあるための問題点が今まで報告されてきている.そしてこれらの報告の多くはアクリル素材で.内固定を前提としたIOLのシャープエッジデザインである.今回使用したピギーバック用IOLであるAdd-Onレンズは,これらの合併症を予防すべく,シリコーン素材,後発白内障予防目的のIOLエッジデザインではなく,光学径も7mmである.まだ,開発されて年数がたっていないため,長期の合併症については,引き続き経過観察が必要だが,以前の報告の頻度で発生する可能性は低いと思われる.しかし,新しいIOLで,わが国で未承認であるので,患者への十分な説明と長期の経過観察は必須と思われる.症例数が少ないが,1年以上経過観察できている症例においては,眼圧上昇はなく,IOL上への虹彩色素は認めていない.今後,さらに隅角所見についても追加観察していく予定である.最後に視機能についてであるが,症例1および2では,術前に比べ近方視力が向上,症例3では,近方に加え遠方も見えるようになり,Add-Onレンズ挿入目的が達成され満足度が高かった.しかし,回折型デザインのAdd-Onレンズ挿入前に測定したコントラスト感度と比較して,挿入後に一部で低下傾向が認められた.回折型多焦点IOLは,その光学特性からコントラスト感度低下が危惧されているが,実際に挿入した症例において単焦点IOLと比べて差がない,あるいは低下傾向を認めるが有意差がないという報告が多い15~17).今回は3例4眼という限られた症例数であるが,各症例において,自覚的に見えにくさを訴える例はなかった.視力は良好だが,コントラスト感度測定ができた2例2眼で挿入前後に明らかに差があり,この点については,術前に十分な説明が必要で,かつ適応判断の際,もともとコントラスト感度が低下している症例では挿入を控えることも考慮すべきと思われた.多焦点IOLは眼鏡への依存度を減らすことが可能なことからqualityoflifeの向上が期待されている.すでに単焦点IOL挿入を受けた症例で,眼鏡依存度を減らしたい希望が強い場合,ピギーバック挿入用にデザインされたIOLを挿入することは,比較的新しい方法である.以前のピギーバックIOL挿入で問題となったILOを予防するために,本来理想的なIOLの挿入場所とされている水晶体.内ではなく毛様溝に挿入することによる影響は長期にわたって観察する必要がある.しかし,手術時の侵襲の面では,単焦点IOLを摘出し,再び水晶体.内に多焦点IOLを挿入する方法に比べ,ピギーバック挿入は短時間かつ技術的に容易な利点があり,今後,付加機能をもったIOLの有用な使用方法の一つとして普及する可能性が示唆された.文献1)MasketS:Piggybackintraocularlensimplantation.JCataractRefractSurg24:569-570,19982)GuytonJL,AppleDJ,PengQetal:Interlenticularopacification:Clinicopathologicalcorrelationofacomplicationofposteriorchamberpiggybackintraocularlenses.JCataractRefaractSurg26:330-336,20003)ShugarJK,KeelerS:Interpseudophakosintraocularlenssurfaceopacificationasalatecomplicationofpiggybackacrylicposteriorchamberlensimplantation.JCataractRefractSurg26:448-455,20004)GertenG,KermaniO,SchmiedtKetal:Dualintraocularlensimplantation:Monofocallensinthebagandadditionaldiffractivemultifocallensinthesulcus.JCataractRefractSurg35:2136-2143,20095)JinH,LimbergerIJ,BorkensteinAFMetal:Pseudophakiceyewithobliquelycrossedpiggybacktoricintraocularlenses.JCataractRefractSurg36:497-502,20106)JacksonDW,KochDD:Interlenticularopacificationassociatedwithasymmetrichapticsfixationoftheanteriorintraocularlens.AmJOphthalmol135:106-108,20037)EleftheriadisH,MarcantonioJ,DuncanGetal:InterlenticularopacificationinpiggybackAcrySofintraocularlenses:explantationtechniqueandlaboratoryinvestigation.BrJOphthalmol85:830-836,20018)WernerL,MamalisN,StevensSetal:Interlenticularopacification:dual-opticversuspiggybackintraocularlenses.JCataractRefractSurg32:655-661,20069)ChangWH,WernerL,FryLLetal:Pigmentarydispersionsyndromewithasecondarypiggyback3-piecehydrophobicacryliclens.Casereportwithclinicopathologicalcorrelation.JCataractRefractSurg33:1106-1109,200710)ChangSHL,LimG:Secondarypigmentaryglaucomaassociatedwithpiggybackintraocularlensimplantation.JCataractRefractSurg30:2219-2222,200411)MicheliT,CheungLM,SharmaSetal:AcutehapticinducedpigmentaryglaucomawithanAcrySofintraocularlens.JCataractRefractSurg28:1869-1872,200212)LeBoyerRM,WernerL,SnyderMEetal:AcutehapticinducedciliarysulcusirritationassociatedwithsinglepieceAcrySofintraocularlenses.JCataractRefractSurg31:1421-1427,200513)IwaseT,TanakaN:Elevatedintraocularpressureinsecondarypiggybackintraocularlensimplantation.JCataractRefractSurg31:1821-1823,200514)KimSK,LancianoRCJr,SulewskiME:Pupillaryblockglaucomaassociatedwithasecondarypiggybackintraocularlens.JCataractRefractSurg33:1813-1814,200715)ビッセン宮島弘子,林研,平容子:アクリソフRAppodized回折型多焦点眼内レンズと単焦点眼内レンズ挿入成績の比較.あたらしい眼科24:1099-1103,200716)山村陽,稗田牧,中井義典ほか:多焦点眼内レンズ挿入眼の高次収差.あたらしい眼科27:1449-1453,201017)YoshinoM,Bissen-MiyajimaH,OkiSetal:Two-yearfollow-upafterimplantationofdiffractiveasphericsiliconemultifocalintraocularlenses.ActaOphthalmol,2010,inpress***

プロスタグランジン関連眼圧下降薬で惹起された前部ぶどう膜炎

2011年4月30日 土曜日

0910-1810/11/\100/頁/JCOPY(115)571《原著》あたらしい眼科28(4):571.575,2011cはじめに緑内障に対する唯一のエビデンスのある治療は眼圧下降である1,2).プロスタグランジン関連眼圧下降薬(以下,PGA点眼薬)は,プロスタグランジンF2a誘導体の刺激により,ぶどう膜強膜経路を介して房水流出を促し,1日1回で優れた眼圧下降効果を示し,ファーストラインの抗緑内障治療薬としての地位を固めている3,4).現在,国内では,イソプロピルウノプロストン,ラタノプロスト,トラボプロスト,タフルプロストに加えて,2009年10月よりビマトプロスト点眼薬が臨床上使用可能な点眼薬となり,計5種類のPGA点眼薬が使用されている.PGA点眼薬の副作用は,体内代謝が速く血中半減期が短いため,全身的には少ないとされる.眼局所の副作用としては,結膜充血,眼瞼・虹彩色素沈着,多毛,角膜上皮障害などがよく知られている5).また,低頻度ではあるが,深刻な副作用としてぶどう膜炎,.胞様黄斑浮腫などが報告されている6,7).近年,ぶどう膜炎の既往がないにもかかわらず,PGA点眼薬により,前部ぶどう膜炎を生じたとする症例の〔別刷請求先〕山本聡一郎:〒849-8501佐賀市鍋島5-1-1佐賀大学医学部眼科学講座Reprintrequests:SoichiroYamamoto,M.D.,DepartmentofOphthalmology,SagaUniversityFacultyofMedicine,5-1-1Nabeshima,Saga849-8501,JAPANプロスタグランジン関連眼圧下降薬で惹起された前部ぶどう膜炎山本聡一郎岩尾圭一郎平田憲沖波聡佐賀大学医学部眼科学講座AnteriorUveitisAssociatedwithProstaglandinAnalogsSoichiroYamamoto,KeiichiroIwao,AkiraHirataandSatoshiOkinamiDepartmentofOphthalmology,SagaUniversityFacultyofMedicineぶどう膜炎の既往のない患者において,プロスタグランジン関連眼圧下降薬(以下,PGA点眼薬)で惹起された前部ぶどう膜炎の臨床的特徴について検討した.佐賀大学眼科で経験した症例5例6眼に,過去に症例報告されている21例28眼を加え,そのぶどう膜炎の特徴について検討した.ラタノプロスト,トラボプロスト,ビマトプロストで前部ぶどう膜炎を発症した.炎症惹起までの期間は1~1,851日(平均149.4±338.8日)であった.前房炎症の程度は大多数の症例ではごく軽度で,炎症惹起前後での眼圧較差は.10~14mmHg(平均.0.78±5.3mmHg)であった.治療は全症例でPGA点眼薬の中止がなされ,22眼(64.7%)ではステロイド点眼治療が施行され,平均18.4±14.8日で消炎された.緑内障診療にあたり,PGA点眼薬の使用で炎症が惹起される可能性を常に念頭に置く必要がある.Weevaluatedtheclinicalcharacteristicsofanterioruveitiscausedbytheinstillationofprostaglandinanalogs(PGA)inpatientswithnopreviousmedicalhistoryofuveitis.Weretrospectivelyinvestigatedtheclinicalrecordsof5patients(6eyes)whohadconsultedourdepartment,andreviewed21reportedpatients(28eyes).Theanterioruveitiswastriggeredbylatanoprost,travoprostandbimatoprost,andoccurredwithin1-1,851days(average,149.4±338.8days).PGA-relateduveitisshowedmildinflammationsintheanteriorchamberinmostcases,andtheintraocularpressurechangesafterinflammationbeing.10to14mmHg(average,.0.78±5.3mmHg).Fortreatment,PGAwaswithheldinallcasesandtopicalcorticosteroidswereinstilledin22eyes(64.7%).ThePGA-relateduveitisimprovedin18.4±14.8days.OurfindingsindicatethatinflammationmustbecarefullymonitoredaftertheadministrationofanyPGA.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)28(4):571.575,2011〕Keywords:眼炎症,眼圧上昇,緑内障,抗緑内障点眼薬.intraocularinflammation,intraocularpressure,glaucoma,antiglaucomaeyedrop.572あたらしい眼科Vol.28,No.4,2011(116)報告が散見される8~17).しかしながら,いずれの報告も少数の症例報告に留まっており,その臨床的特徴などに関しての詳細は不明である.そこで筆者らは,当院で経験した症例と過去に症例報告されているPGA点眼薬により惹起された前部ぶどう膜炎の臨床的特徴について検討した.I対象および方法対象は佐賀大学医学部附属病院眼科において,1999年5月から2009年5月の期間に,ぶどう膜炎の既往のない緑内障症例のうち,PGA点眼薬開始後に前部ぶどう膜炎を発症した症例について,カルテ記載に基づきレトロスペクティブに調査した.調査項目として,性別,年齢,緑内障病型,手術歴,術後経過期間,PGA点眼以外の点眼数,発症までの期間について調査した.発症時の診察所見として,炎症前後での眼圧変化,角膜浮腫・角膜後面沈着物・前房炎症・虹彩結節・.胞様黄斑浮腫の有無,治療方法,消炎までの期間について調査し,炎症の形態を評価した.眼圧はGoldmann圧平式眼圧計を用いて計測し,前房炎症はaqueouscellulargradingscale18)により評価した.また,過去に論文報告されているPGA点眼薬に起因する前部ぶどう膜炎症例について,PubMedを用いてprostaglandin,latanoprost,travoprost,bimatoprost,tafluprost,uveitisでキーワード検索を行い,該当する文献検索を行った.上記と同じ項目について調査し,当院症例と合わせて前部ぶどう膜炎の臨床的特徴についてさらに検討した.II結果当院での症例は5例6眼であり,その内訳は男性4眼,女性2眼,年齢は52~86歳(平均74.3±11.7歳)であった(表1).全身性ぶどう膜炎との鑑別に必要と考えられる採血など一般的な全身検索において,異常所見は認めなかった.緑内障病型は,原発開放隅角緑内障3眼,落屑緑内障2眼,発達緑内障1眼であった.手術の既往歴のない症例は2眼であり,2眼で緑内障手術のみ,2眼で緑内障手術および白内障手術が施行されており,すべての症例で手術後半年以上(8.3~38.0カ月)経過していた.PGA点眼薬の種類はすべての症例でラタノプロスト点眼を使用しており,ラタノプロスト点眼以外の併用されていた抗緑内障点眼数は,1~3剤(平均1.7±0.81剤)であった.ぶどう膜炎発症までの期間は138~表1患者背景症例AB-RB-LCDE平均±標準偏差年齢(歳)79757579865274.3±11.7性別男性女性女性男性男性男性緑内障病型POAGPOAGPOAGEGEGDEV緑内障手術既往─LOTLOT─VISCOLOT+SINTLE白内障手術既往─IOLIOL───術後経過期間(月)─8.322.0─32.638.0PGA以外の抗緑内障点眼(剤)2113121.7±0.81発症までの期間(日)2192281381,851312837597.5±663.5EG:落屑緑内障,DEV:発達緑内障,IOL:超音波白内障手術+眼内レンズ挿入術,LOT:線維柱帯切開術,PGA:PGA点眼薬,POAG:原発開放隅角緑内障,SIN:サイヌソトミー,TLE:線維柱帯切除術,VISCO:ピスコカナロストミー.表2診察所見と治療AB-RB-LCDE平均±標準偏差炎症前の眼圧(mmHg)16131421133618.8±14.5炎症時の眼圧(mmHg)18121221155021.3±14.5炎症前後の眼圧較差(mmHg)2.1.202142.5±5.9角膜浮腫──────前房炎症*1+2+2+1+1+1+角膜後面沈着物─+────隅角結節・虹彩結節─++───眼底:.胞様黄斑浮腫──────消炎期間(日)54141108718.7±17.4ステロイド点眼治療+++──+*:aqueouscellulargradingscaleにより分類18).(117)あたらしい眼科Vol.28,No.4,20115731,851日(平均597.5±663.5日)であった.ぶどう膜炎発症前の眼圧は13~36mmHg(平均18.8±14.5mmHg),炎症時の眼圧は12~50mmHg(平均21.3±14.5mmHg)であり,炎症惹起前後での眼圧較差では.2~14mmHg(平均2.5±5.9mmHg)で,うち1眼では14mmHgの著明な眼圧上昇を認めた(表2).前房炎症はaqueouscellulargradingscale18)2+が2眼,1+が4眼で,角膜後面沈着物を生じた症例は1眼であった.すべての症例で前部硝子体に炎症細胞を認めず,また.胞様黄斑浮腫など眼底異常所見も認めず,前眼部に限局した炎症であった.治療は,全症例ともラタノプロスト点眼が中止され,4眼でステロイド点眼薬で抗炎症加療が施行された.ステロイド点眼薬の内訳は0.1%リン酸ベタメタゾンが2眼,0.1%フルオロメトロン点眼後に0.1%リン酸ベタメタゾンに変更したのが2眼,2眼はラタノプロスト点眼中止のみで消炎がみられた.消炎までの平均期間は5~41日(平均18.7±17.4日)であった.PGA点眼中止後の眼圧コントロールに使用した抗緑内障薬の内訳は,マレイン酸チモロール,ブリンゾラミド,ジピベフリン塩酸塩,塩酸ブナゾシンでもともと併用していた点眼を続行し,消炎後の眼圧コントロールはおおむね良好であった.しかし,炎症惹起前より眼圧ベースラインが20mmHgを越えていた症例Eは,消炎後も眼圧高値のため,最終的にマイトマイシンC併用線維柱帯切除術を施行した.つぎにPubMedを用いて文献検索し,PGA点眼薬で前部ぶどう膜炎を惹起した過去の論文報告を10報抽出した.この既報症例21例28眼に当院症例を加えて,計26例34眼でさらに検討を加えた.既報のPGA点眼薬の内訳は,ラタノプロスト点眼の症例が計16例20眼8~12),トラボプロスト点眼の症例が計4例6眼13~16),ビマトプロスト点眼の症例が1例2眼17)であった.26例34眼の内訳は,男性13眼,女性21眼,年齢は46~86歳(平均71.7±8.2歳)であった(表3).緑内障病型は原発開放隅角緑内障19眼,落屑緑内障6眼,発達緑内障1眼,病型不詳8眼であった.手術の既往歴は,7眼で緑内障手術,15眼で白内障手術が施行されていた.PGA点眼薬以外の併用抗緑内障点眼数は0~3剤(平均0.97±0.90剤)であった.ぶどう膜炎発症までの平均期間は1~1,851日(平均149.4±338.8日)で,そのうち点眼開始後14日以内では12眼(35.3%),60日以内では21眼(61.8%)の発症がみられた.炎症惹起前後での眼圧較差は.10~14mmHg(平均.0.78±5.3mmHg)で,5mmHg以上の眼圧上昇を認めた症例は3眼(8.8%)のみであった(表4).前房炎症はaqueouscellulargradingscale18)1+以下のものが22眼(64.7%)で,角膜後面沈着物を生じた症例は5眼(14.7%)であった..胞様黄斑浮腫など眼底異常所見を認める症例はみられなかった.治療は,全症例でPGA点眼薬を中止し,22眼(64.7%)でステロイド点眼薬で抗炎症治療が施行された.消炎までの期間は,5~56日(平均18.4±14.8日)であった.表3患者背景(当院症例および既報)平均±標準偏差性別(眼)男性13(38.0%),女性21(62.0%)発症年齢(歳)46~8671.7±8.2緑内障病型(眼)POAG19EG6DEV1病型不詳8手術既往(眼)緑内障手術7白内障手術15PGA以外の眼圧下降点眼数(剤)0~30.97±0.90発症までの期間(日)1~1,851149.4±338.8EG:落屑緑内障,DEV:発達緑内障,POAG:原発開放隅角緑内障.表4診察所見と治療(当院症例および既報)発症前眼圧(mmHg)21.3±5.9発症時眼圧(mmHg)20.7±8.5炎症前後の眼圧較差(mmHg).0.78±5.3角膜浮腫(眼)3(8.8%)前房炎症*(眼)3+2+1+trace2(5.9%)10(29.4%)10(29.4%)12(35.3%)角膜後面沈着物(眼)5(14.7%.豚脂様2,詳細不明3)隅角・虹彩結節(眼)2(5.9%).胞様黄斑浮腫(眼)0ステロイド点眼(眼)22(64.7%)消炎までの期間(日)18.4±14.8*aqueouscellulargradingscaleにより分類18).574あたらしい眼科Vol.28,No.4,2011(118)III考按PGA点眼薬は,眼炎症を惹起する可能性があり,特にぶどう膜炎症例における使用の際には慎重投与が必要とされている19).過去の報告では1990年代後半に,炎症の既往のない緑内障眼に対するPGA点眼薬で惹起された前部ぶどう膜炎の報告があり,その発症頻度は,Warwarら8)はラタノプロスト点眼で163眼中4.9%に,Smithら9)はラタノプロスト点眼で505例中1%と報告しており低頻度である.そのためいずれの報告も少数の症例報告に留まっており,その臨床的特徴などに関しての詳細は不明である.そこで今回,筆者らはこれまでにPGA点眼薬で前部ぶどう膜炎を惹起した報告を集め,その臨床的特徴について検討した.プロスタグランジン(PG)が眼炎症のメディエータとしての役割を担うことはよく知られている.発症のメカニズムは思索的ではあるが,PGF2aにより虹彩毛様体においてPGE2が放出され20),ホスホリパーゼA2の活性化によって細胞膜のリン脂質からアラキドン酸の放出が刺激され21),結果的にアラキドン酸が炎症誘発性エイコサノイドの産生を増加することにより,眼炎症をひき起こすと考えられている.動物実験においても,高濃度のPGにより眼血液房水関門が破綻し,眼炎症が惹起される22).臨床においては,健常眼で眼炎症のリスクのない28人のボランティアに対しラタノプロストの1日4回2週間点眼を施行し,そのうち15人で軽度の前房細胞の上昇を認めたとする報告23)や,60人の慢性開放隅角緑内障患者におけるラタノプロスト,トラボプロスト,ビマトプロスト点眼による6カ月間のフレアセルメータで,点眼開始前と比較しラタノプロスト群では60.4%,トラボプロスト群では45.5%,ビマトプロスト群では38.5%の前房細胞フレア値が増加したとする報告もある24).今回の検討における臨床所見の特徴として,前房炎症の程度はaqueouscellulargradingscale18)1+以下のものが22眼(64.7%)で,角膜後面沈着物を生じたのは5眼(14.7%)と,炎症の程度は軽度なものが多いと考えられた.炎症惹起前後での眼圧較差は,.10~14mmHg(平均.0.78±5.3mmHg)と,多くの症例では炎症惹起後での眼圧上昇を認めなかった.治療としては,PGA点眼薬中止のみで消炎がみられたものが12眼(35.3%)で,22眼(64.7%)でステロイド点眼薬が施行されており,消炎までの平均期間は,18.4±14.8日といずれも比較的速やかに消炎がみられていた.発症頻度は低いものと考えられるが,ラタノプロスト,トラボプロスト,ビマトプロスト点眼において前部ぶどう膜炎の発症を認める.PGA点眼薬によりぶどう膜炎が惹起される症例報告があるなか,その優れた眼圧下降作用から,ぶどう膜炎続発緑内障においても炎症がコントロールされている症例に関しては,注意深い経過観察のもと使用するという報告も,2000年代後半から徐々に認められている25~27).しかし,炎症の既往がないにもかかわらずPGA点眼薬により炎症を惹起する症例が少なからず存在することは確かなことであり,使用の際にはやはり注意深い経過観察が必要である.今後の検討課題としては,いまだ報告のないタフルプロスト点眼に起因するぶどう膜炎症例に関してや,ぶどう膜炎眼でのPGA点眼薬使用に際しての炎症・眼圧応答に関する検討があげられる.治療に関しても,PGA点眼薬中止のみで軽快するものもあり,ステロイド点眼加療まで必要かどうかについては,今後さらなる検証が必要と考える.以上,眼炎症の既往がないにもかかわらずPGA点眼薬で惹起された前部ぶどう膜炎の特徴について検討した.炎症の程度や眼圧上昇は軽度なものが多く,PGA点眼薬中止とステロイド点眼加療により比較的容易に消炎できるという特徴を認めた.PGA点眼薬使用の際には,前部ぶどう膜炎の発症についても念頭に置いて,緑内障診療にあたる必要がある.文献1)CollaborativeNormal-tensionGlaucomaStudy-Group:Theeffectivenessofintraocularpressurereductioninthetreatmentofnormal-tensionglaucoma.AmJOphthalmol126:498-505,19982)日本緑内障学会緑内障診療ガイドライン作成委員会:緑内障診療ガイドライン(第2版).日眼会誌110:777-814,20063)MishimaHK,MasudaK,KitazawaYetal:Acomparisonoflatanoprostandtimololinprimaryopen-angleglaucomaandocularhypertension.A12-weekstudy.ArchOphthalmol114:929-932,19964)VanderValkR,WebersCA,SchoutenJSetal:Intraocularpressure-loweringeffectsofallcommonlyusedglaucomadrugs:ameta-analysisofrandomizedclinicaltrials.Ophthalmology112:1177-1185,20055)佐伯忠賜朗,相原一:プロスタグランジン関連薬の特徴─増える選択肢.あたらしい眼科25:755-763,20086)SchumerRA,CamrasCB,MandahlAK:Putativesideeffectsofprostaglandinanalogs.SurvOphthalmol47:219-230,20027)AlmA,GriersonI,ShieldsMB:Sideeffectsassociatedwithprostaglandinanalogtherapy.SurvOphthalmol53:93-105,20088)WarwarRE,BullockJD,BallalD:Cystoidmacularedemaandanterioruveitisassociatedwithlatanoprostuse.Ophthalmology105:263-268,19989)SmithSL,PruittCA,SineCSetal:Latanoprost0.005%andanteriorsegmentuveitis.ActaOphthalmolScand77:668-672,199910)FechtnerRD,KhouriAS,ZimmermanTJetal:Anterioruveitisassociatedwithlatanoprost.AmJOphthalmol126:37-41,199811)WaheedK,LaganowskiH:Bilateralpoliosisandgranu(119)あたらしい眼科Vol.28,No.4,2011575lomatousanterioruveitisassociatedwithlatanoprostuseandapparenthypotrichosisonitswithdrawal.Eye15:347-349,200112)OrnekK,OnaranZ,TurgutY:Anterioruveitisassociatedwithfixed-combinationlatanoprostandtimolol.CanJOphthalmol43:727-728,200813)FaulknerWJ,BurkSE:Acuteanterioruveitisandcornealedemaassociatedwithtravoprost.ArchOphthalmol121:1054-1055,200314)SuominenS,ValimakiJ:Bilateralanterioruveitisassociatedwithtravoprost.ActaOphthalmolScand84:275-276,200615)AydinS,OzcuraF:Cornealoedemaandacuteanterioruveitisaftertwodosesoftravoprost.ActaOphthalmolScand85:693-694,200716)KumarasamyM,DesaiSP:Anterioruveitisisassociatedwithtravoprost.BMJ329:205,200417)PackerM,FineIH,HoffmanRS:Bilateralnongranulomatousanterioruveitisassociatedwithbimatoprost.JCataractRefractSurg29:2242-2243,200318)NussenblattRB,WhitcupSM,PalestineAG:Uveitis:FundamentalandClinicalPractice,2nded,p58-68,Mosby,St.Louis,199619)沖波聡:ぶどう膜炎.眼科44:1632-1638,200220)YousufzaiSY,Abdel-LatifAA:ProstaglandinF2alphaanditsanalogsinducereleaseofendogenousprostaglandinsinirisandciliarymusclesisolatedfromcatandothermammalianspecies.ExpEyeRes63:305-310,199621)KozawaO,TokudaH,MiwaMetal:MechanismofprostaglandinE2-inducedarachidonicacidreleaseinosteoblast-likecells:independencefromphosphoinositidehydrolysis.ProstaglandinsLeukotEssentFattyAcids46:219-295,199222)EakinsKE:Prostaglandinandnon-prostaglandinmediatedbreakdownoftheblood-aqueousbarrier.ExpEyeRes25:483-498,197723)LindenC,AlmA:Theeffectonintraocularpressureoflatanoprostonceorfourtimesdaily.BrJOphthalmol85:1163-1166,200124)CelliniM,CaramazzaR,BonsantoDetal:Prostaglandinanalogsandblood-aqueousbarrierintegrity:Aflarecellmeterstudy.Ophthalmologica218:312-317,200425)ChangJH,McCluskeyP,MissottenTetal:Useofocularhypotensiveprostaglandinanaloguesinpatientswithuveitis:doestheiruseincreaseanterioruveitisandcystoidmacularoedema?BrJOphthalmol92:916-921,200826)小林かおり,岩切亮,吉貴弘佳ほか:ぶどう膜炎続発緑内障におけるラタノプロスト点眼の前部ぶどう膜炎への影響.あたらしい眼科23:804-806,200627)MarkomichelakisNN,KostakouA,HalkiadakisIetal:Efficacyandsafetyoflatanoprostineyeswithuveiticglaucoma.GraefesArchClinExpOphthalmol247:775-780,2009***

正常眼圧緑内障に対するタフルプロスト点眼液の眼圧下降効果・安全性に関する検討

2011年4月30日 土曜日

568(11あ2)たらしい眼科Vol.28,No.4,20110910-1810/11/\100/頁/JC(O0P0Y)《原著》あたらしい眼科28(4):568.570,2011cはじめに緑内障治療薬の主流を占めるプロスタグランジン(PG)製剤は長らくラタノプロスト0.005%であったが,最近はトラボプロスト0.004%,タフルプロスト0.0015%,ビマトプロスト0.03%なども順次処方が可能となった.それぞれすでに日常の臨床で使用され有効性を発揮しているが,まだ国内での使用実績の報告は十分とはいえず,その位置づけも確立されているとはいえない.唯一国内で開発されたタフルプロストは,第III相比較試験でラタノプロストに劣らない有効性と安全性をもつことが原発開放隅角緑内障(POAG)と高眼圧症(OH)において検証され1)2008年末より処方が可能となった.日本人に多い正常眼圧緑内障(NTG)においても治療に使用され高い効果をもつ2)が,報告はまだ多くなく,他のPG製剤に比較した特性ははっきりしていない.そこで今回筆者らは5つの施設共同で,NTGを対象として探索的臨床研究を行い,タフルプロストの眼圧下降効果と安全性を検討したのでここに報告する.なお,本研究は臨床研究に関する倫理指針およびヘルシンキ宣言を遵守して実施した.I対象および方法選択基準と除外基準(表1)を満たし研究に登録したもののうち,投薬後も通院したNTGの患者53例53眼(男性15〔別刷請求先〕曽根聡:〒004-0041札幌市厚別区大谷地東5-1-38大谷地共立眼科Reprintrequests:AkiraSone,M.D.,OoyachiKyouritsuEyeClinic,5-1-38Ooyachihigashi,Atsubetsu-ku,Sapporo004-0041,JAPAN正常眼圧緑内障に対するタフルプロスト点眼液の眼圧下降効果・安全性に関する検討曽根聡*1勝島晴美*2舟橋謙二*3西野和明*4竹田明*5*1大谷地共立眼科*2かつしま眼科*3真駒内みどり眼科*4回明堂眼科歯科*5中の島たけだ眼科EfficacyandSafetyof0.0015%TafluprostOphthalmicSolutioninNormal-TensionGlaucomaAkiraSone1),HarumiKatsushima2),KenjiFunahashi3),KazuakiNishino4)andAkiraTakeda5)1)OoyachiKyouritsuEyeClinic,2)KatsushimaEyeClinic,3)MakomanaiMidoriEyeClinic,4)KaimeidouEyeandDentalClinic,5)NakanoshimaTakedaEyeClinic正常眼圧緑内障に対するタフルプロストの眼圧下降効果と安全性について,探索的臨床研究を多施設共同で行った.対象は眼圧18mmHg以下の正常眼圧緑内障53例53眼で,投与後12週間調査した.12週後の眼圧下降値は.2.7±1.5mmHg(平均±標準偏差)で,眼圧下降率10%未満が18%,10%以上20%未満が45%,20%以上30%未満が26%,30%以上が11%であった.副作用も軽度で,正常眼圧緑内障の治療薬として有効であった.Weexaminedtheefficacyandsafetyof0.0015%tafluprostophthalmicsolutioninpatientswithnormal-tensionglaucoma.Subjectscomprised53eyesof53caseswhowereenrolledinthismulticenterprospectivestudyfor12weeks.At12weeksoftreatment,intraocularpressure(IOP)differencefrombaselinewas.2.7±1.5mmHg(mean±SD).Ofthe53eyes,7(18%)hadlessthan10%oftheIOPreductionrate,17(45%)hadmorethan10%andlessthan20%oftheIOPreductionrate,10(26%)hadmorethan20%andlessthan30%oftheIOPreductionrateand4(11%)hadmorethan30%oftheIOPreductionrate.Sideeffectswereslight.Itisconcludedthattafluprostmaybeaneffectiveandsafetreatmentfornormal-tensionglaucoma.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)28(4):568.570,2011〕Keywords:タフルプロスト,眼圧下降効果,正常眼圧緑内障,多施設共同,探索的臨床研究.tafluprost,reductionofintraocularpressure,normal-tensionglaucoma,multicentertrial,prospectiveclinicalstudy.(113)あたらしい眼科Vol.28,No.4,2011569例,女性38例)を対象とした.年齢は36.95歳で平均63±13歳(標準偏差)であった.点眼投与開始後に安全性に問題が生じたり,試験中止の申し出があった場合は中止とした.タフルプロスト点眼開始時をベースライン(0週)とし,点眼開始後は4週ごとに12週にわたり定期的に眼圧をGoldmann圧平眼圧計で測定し,副作用の有無を診察した.眼圧測定は同時間帯(ベースライン眼圧測定時刻の前後1時間以内)に測定した.ベースラインの眼圧を4週後・8週後・12週後の眼圧と比較し,統計学的解析として対応のあるt-検定を行った.有意水準はp<0.01とした.眼圧下降率は(投与前後の眼圧の変化量)÷(ベースラインの眼圧)×100(%)と算出し検討した.眼圧下降率から眼圧下降効果の判定を行った.さらにベースラインの眼圧が16mmHg以上の群と16mmHg未満の群に分けて12週後の眼圧下降率を比較し,対応のないt-検定を行った.有意水準はp<0.01とした.なお,評価眼は眼圧の高いほうとし,同じ場合は右眼を評価眼とした.II結果ベースライン(0週)の眼圧は15.3±1.9mmHg(平均±標準偏差)で,4週目・8週目・12週目には各々12.2±2.1mmHg・12.9±1.9mmHg・12.4±1.6mmHgと有意な眼圧下降を認めた(図1).眼圧の下降幅は4週目・8週目・12週目で各々2.9±1.3mmHg・2.2±1.4mmHg・2.7±1.5mmHgであった.眼圧の下降率は4週目・8週目・12週目で各々19.3±8.2%・14.4±9.1%・17.4±8.8%であった.12週後の眼圧下降効果を眼圧下降率から判定すると,下降率10%未満のいわゆるnon-responderが7例(18%),10%以上20%未満の軽度の眼圧下降が17例(45%),20%以上30%未満の中等度の眼圧下降が10例(26%),30%以上の著明な眼圧下降が4例(11%)であった(図2).ベースラインの眼圧が16mmHgで2群に分けて12週後の眼圧下降率を比較した場合,16mmHg以上の群(n=19)では21.7±8.4%で,16mmHg未満の群(n=19)では13.7±7.6%と有意差があった.有害事象は延べ16例(30.2%)にみられ点眼中止例は7例あった.結膜充血6例(11.3%),眼瞼色素沈着4例(7.5%),眼の痒み2例(3.8%),以下1例(1.9%)ずつ眼瞼縁の刺激感・のどの痛み・軟便・転倒がみられた.重篤なものはなく,中止例は全例回復した.なお,症例によっては治療継続中に定期通院ができず診察のない週もあり,各週間で症例数にばらつきがあった.表1選択基準と除外基準1)選択基準(1)4週間の抗緑内障薬のウォッシュアウト終了時眼圧が18mmHg以下のNTG患者(2)新患の場合,過去3カ月以内に測定した3ポイント以上の眼圧が18mmHg以下(3)年齢は20歳以上(4)評価眼の視力が0.7以上(5)文書によって説明と同意を得られた患者*評価眼:眼圧の高いほうを評価眼とする.両眼の眼圧が同じときは右眼を評価眼とする.2)除外基準(1)本薬剤に過敏症の既往のある患者(2)妊婦または妊娠の可能性のある患者および授乳中の患者(3)MD値.12dB未満の患者(4)眼圧測定に支障をきたす角膜異常がある患者(5)活動性の外眼部疾患,眼・眼瞼の炎症,感染症を有する患者(6)角膜屈折矯正手術の既往を有する患者(7)レーザー線維柱帯形成術,濾過手術,線維柱帯切開術などの既往がある患者(8)6カ月以内の白内障手術の既往のある患者(9)ステロイド投与中の患者(10)コンタクトレンズ使用中の患者(11)その他医師が不適応と判断したもの15.3±1.912.2±2.112.9±1.912.4±1.6181716151413121110眼圧(mmHg)Mean±SD*:p<0.01(t検定)***0週(n=53)4週(n=43)8週(n=40)12週(n=38)図1眼圧の経過18%(7例)10%未満眼圧下降率50454035302520151050症例数(%)45%(17例)10%以上20%未満26%(10例)20%以上30%未満11%(4例)30%以上図212週後の眼圧下降効果570あたらしい眼科Vol.28,No.4,2011(114)III考按タフルプロストの第III相比較試験(期間は4週)はPOAGとOHを対象とした試験で,4週後に下降値が6.6±2.5mmHg,下降率が27.6±9.6%となり,ラタノプロストに劣らない効果が検証されている1).桑山ら2)は,タフルプロストのNTG(平均眼圧17.7mmHg)を対象とし,プラセボを対照とした第III相臨床試験で,4週後に下降値が4.0±1.7mmHg,下降率が22.4±9.9%と報告している.本研究では眼圧が18mmHg以下のNTG(平均眼圧15.3±1.9mmHg)を対象とし,4週で下降値2.9±1.3mmHg,下降率19.3±8.2%であった.第III相比較試験の眼圧下降率とは大きな差がみられ,これらのことからPOAGに比べてNTGではタフルプロストの眼圧下降効果は弱く,同じNTGでも眼圧がより低いNTGでは眼圧下降効果はさらに弱いと考えられる.さらに対象を16mmHg以上の群と16mmHg未満の群に分けると,眼圧が低い群ほど眼圧下降作用は弱く,眼圧は上強膜静脈圧以下には下がらないことを反映する結果であると考えられた.同様のことはラタノプロストでもみられている3).一方,ラタノプロストと比較してみると,NTGに対する眼圧下降率の報告では,椿井ら3)は13.9%(1カ月後)と11.2%(3カ月後)(n=35,投与前平均眼圧16.3mmHg),Tomitaら4)は13.15%(156週中,n=31,投与前平均眼圧15.0mmHg),小川ら5)は18.4%(3年後,n=90,投与前平均眼圧14.1mmHg),木村ら6)は24.4%(3カ月後,n=43,投与前平均眼圧16.4mmHg)と報告している.今回の結果の19.3%(1カ月後)と17.4%(3カ月後)(n=53,投与前平均眼圧15.3mmHg)はラタノプロストの成績の範囲内にあり,同等の眼圧下降効果が出ていた.一方,眼圧下降率の達成例数(%)は,10%未満,10%以上20%未満,20%以上30%未満,30%以上に分けると,小川ら5)はそれぞれ8.9%,40%,45.5%,5.6%(3年後),木村ら6)はそれぞれ12%,16%,40%,32%(3カ月後)と報告している.筆者らの結果ではそれぞれ18%,45%,26%,11%(3カ月後)であったことから,ラタノプロストに比べて20%以上眼圧が下がる症例はやや少なく,10%未満のnon-responderがやや多く,眼圧下降効果は少し弱い可能性があった.タフルプロストの第II相試験では0.0003%,0.0015%および0.0025%が用いられ,眼圧下降作用に用量依存性がみられたが,0.0025%は副作用による中止例がみられ,安全性と効果のバランスから0.0015%が選定されている.ラタノプロストの0.005%に比べると0.3倍の低濃度であり,このために眼圧下降作用がやや弱いのかもしれない.点眼の副作用に関して問題はなかったが,ラタノプロストから切り替えた例も含まれ,充血や眼瞼の色素沈着は過小に評価されている可能性があった.今後多くの症例で使用されることでPG製剤としての位置付けが明確になっていくと思われる.本論文の要旨は第20回日本緑内障学会(2009年11月,沖縄県)において発表した.文献1)桑山泰明,米虫節夫:0.0015%DE-85(タフルプロスト)の原発開放隅角緑内障または高眼圧症を対象とした0.005%ラタノプロストとの第III相検証的試験.あたらしい眼科25:1595-1602,20082)桑山泰明,米虫節夫;タフルプロスト共同試験グループ:正常眼圧緑内障を対象とした0.0015%タフルプロストの眼圧下降効果に関するプラセボを対照とした多施設共同無作為化二重盲検第III相臨床試験.日眼会誌114:436-443,20103)椿井尚子,安藤彰,福井智恵子ほか:投与前眼圧16mmHg以上と15mmHg以下の正常眼圧緑内障に対するラタノプロストの眼圧下降効果の比較.あたらしい眼科20:813-815,20034)TomitaG,AraieM,KitazawaYetal:Athree-yearprospective,randomizedandopencomparisonbetweenlatanoprostandtimololinJapanesenormal-tensionglaucomapatients.Eye18:984-989,20045)小川一郎,今井一美:ラタノプロストによる正常眼圧緑内障の3年後視野.あたらしい眼科20:1167-1172,20036)木村英也,野崎実穂,小椋祐一郎ほか:未治療緑内障眼におけるラタノプロスト単剤投与による眼圧下降効果.臨眼57:700-704,2003***

塩化ベンザルコニウム非含有トラボプロスト点眼薬の球結膜充血

2011年4月30日 土曜日

0910-1810/11/\100/頁/JCOPY(107)563《原著》あたらしい眼科28(4):563.567,2011cはじめに現在,緑内障の第一選択薬であるプロスタグランジン(PG)関連薬は,強力な眼圧下降効果を示し,かつ全身副作用が少ない1).しかし,結膜充血,虹彩・眼瞼色素沈着,睫毛異常などのPG関連薬特有の眼局所副作用2)が懸念される.トラボプロスト点眼薬は,PG関連薬の一つであり,眼圧下降効果に密接に関連していると考えられるFP受容体に選択的なフルアゴニストである3).日本で承認されたトラボプラスト点眼薬は,ベンザルコニウム塩化物(benzalkoniumchloride:BAC)を含まず,防腐剤としてsofZiaTMを含有し〔別刷請求先〕比嘉利沙子:〒101-0062東京都千代田区神田駿河台4-3井上眼科病院Reprintrequests:RisakoHiga,M.D.,InouyeEyeHospital,4-3Kanda-Surugadai,Chiyoda-ku,Tokyo101-0062,JAPAN塩化ベンザルコニウム非含有トラボプロスト点眼薬の球結膜充血比嘉利沙子*1井上賢治*1塩川美菜子*1菅原道孝*1増本美枝子*1若倉雅登*1相原一*2富田剛司*3*1井上眼科病院*2東京大学大学院医学系研究科外科学専攻眼科学*3東邦大学医学部眼科学第二講座ConjunctivalHyperemiaafterTreatmentwithBAC-FreeTravoprostOphthalmicSolutionRisakoHiga1),KenjiInoue1),MinakoShiokawa1),MichitakaSugahara1),MiekoMasumoto1),MasatoWakakura1),MakotoAihara2)andGojiTomita3)1)InouyeEyeHospital,2)DepartmentofOphthalmology,TokyoUniversityGraduateSchoolofMedicine,3)2ndDepartmentofOphthalmology,TohoUniversitySchoolofMedicine2008年4月から2009年2月に,井上眼科病院でベンザルコニウム塩化物(benzalkoniumchloride:BAC)非含有トラボプラスト点眼薬を新規処方した正常眼圧緑内障患者60例60眼を対象とした.BAC非含有トラボプロスト点眼薬による結膜充血について調査した.BAC非含有トラボプロスト点眼薬は,1日1回点眼し,点眼開始前と点眼1カ月後に撮影した耳側球結膜のスリット写真より,結膜充血の発現率と程度を評価した.結膜充血の程度は,独自に作成した基準写真の6段階グレード分類で,変化なし18例(30%),1段階変化31例(51%),2段階変化10例(17%),3段階変化1例(2%)であり,2段階以上の顕著な充血増強は全体の19%であった.自記式質問調査による自覚的評価では,2週間まで29例(49%)が結膜充血を自覚したが,最終的には19例(32%)が持続して自覚した.6段階評価によるBAC非含有トラボプロスト点眼薬の結膜充血増強は42例(70%)に認めたが,増強例の74%は1段階の軽微な変化であり,点眼継続に支障をきたすことはなかった.Thisstudyinvolved60eyesof60Japanesenormal-tensionglaucomapatientstreatedwithtravoprostwithoutbenzalkoniumchloride(BAC)atInouyeEyeHospitalbetweenApril2008andFebruary2009.Theconjunctivalhyperemiaofeachpatientwasgradedandassessedfromphotographsofthetemporalconjunctivatakenbothbeforeandat1monthaftertreatment.Findingsshowedconjunctivalhyperemiainvariousdegreesofchangebetweenpre-andpost-treatment.Hyperemiawithnochangewasseenin18cases(30%),onedegreeofchangein31cases(51%),twodegreesofchangein10cases(17%)andthreedegreesofchangein1case(2%).Patients’self-assessmentfoundconjunctivalhyperemiain29cases(49%).Althoughconjunctivalhyperemiaincreasewasfoundin42cases(70%),mostofsuchincreasesweremild;nocasesrequireddiscontinuationoftreatmentbytravoprostwithoutBAC.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)28(4):563.567,2011〕Keywords:トラボプロスト点眼薬,副作用,結膜充血,正常眼圧緑内障,プロスタグランジン関連薬.travoprost,adversereaction,conjunctivalhyperemia,normal-tensionglaucoma,prostaglandinanalogs.564あたらしい眼科Vol.28,No.4,2011(108)ている.結膜充血は,トラボプロスト点眼薬の最も頻度の高い眼局所副作用であり4~10),アドヒアランスを左右する要素である.しかし,これまで,日本人を対象としたBAC非含有トラボプロスト点眼薬の結膜充血の発現率や程度については,十分な検証は行われていない.そこで,筆者らは眼局所作用のなかでも結膜充血に着眼し,BAC非含有トラボプロスト点眼薬による結膜充血の客観的評価を試みた.I対象および方法2008年4月から2009年2月に,井上眼科病院でBAC非含有トラボプロスト点眼薬(トラバタンズR0.004%点眼液,日本アルコン)を新規に処方した正常眼圧緑内障患者60例60眼(男性23例,女性37例)を対象とした.年齢(平均値±標準偏差値)は55.1±13.2歳(28~83歳),観察期間は31.8±5.8日(22~48日)であった.正常眼圧緑内障の診断基準は,①日内変動を含む複数回の眼圧測定で眼圧が21mmHg以下であり,②視神経乳頭と網膜神経線維層に緑内障に特有な形態的特徴(視神経乳頭辺縁部の菲薄化,網膜神経線維層欠損)を有し,③それに対応する視野異常が高い信頼性と再現性をもって検出され,④視野異常の原因となりうる他の眼疾患や先天異常がなく,⑤さらに隅角鏡検査で両眼正常開放隅角を示すものとした.両眼点眼例では,右眼を解析眼とした.緑内障患者60名に,BAC非含有トラボプロスト点眼薬を,1日1回,夕方以降就寝前の同一時間帯に点眼し,1カ月後の来院まで継続使用することを指示した.他覚的評価は写真判定とし,点眼開始前に140万画素CCD(KD-140C,興和)を搭載したフォトスリットランプ(SC-1200,興和)で,耳側球結膜を一定照度,30°方向からのスリット照明下で撮影した.1カ月後は,点眼開始前の写真と比較をせずに条件のみを統一し撮影した.写真撮影は,熟練した写真撮影技師3名が行った.写真判定に際しては,点眼前後のペア写真を提示して行った.その際,点眼した事実が認識されるため点眼後の充血スコアが高く評価されるというバイアスがかかることが十分考えられる.そのため,意図的に未点眼群の1カ月おいて撮影した写真2枚をコントロールとして緑内障患者群の点眼前後の写真に混在させることで,点眼の有無にかかわらず充血スコアを正当に評価できるよう努めた.そのためのコントロール群は,井上眼科病院職員よりコンタクトレンズ未使用,点眼薬未使用,眼疾患および眼合併症の可能性のある全身疾患の既往がないことを条件に有志を募り,屈折異常以外に器質的眼疾患がないことが確認された5名5眼(男性2例,女性3例)とした.年齢は40.1±15.1歳(24~64歳),右眼を解析眼とした.結膜充血スコア分類および判定方法結膜充血を評価するために独自に6段階のグレード分類基準写真を作成した(図1).眼疾患を有しない健常人ボランティア30名に対し,BAC非含有トラボプロスト点眼薬を1回点眼することにより惹起される耳側結膜充血をスリットランプにより撮影した.耳側30°方向からの撮影を,9時点眼充血なしグレード1グレード2グレード3グレード4グレード5グレード0図1結膜充血のグレード分類独自に作成した6段階のグレード分類を基準写真として用いた.(109)あたらしい眼科Vol.28,No.4,2011565直前,および点眼後1,2,3,6,12時間にわたり6回撮影し,最も充血が顕著であった症例を基準として採用し,充血スコア0から5までの6段階にスコア化した.この基準写真を元に,写真判定は,該当患者を診察したことのない3名の眼科専門医が個別に行った.判定医には,画像ファイリングシステム(VK-2,興和)より印刷した写真に,症例別に点眼前後のみを表記したペア写真で提示した.さらに判定には,未点眼のコントロール群の1カ月おいて撮影したペア写真をランダムに混入させた.結膜充血の程度は,基準写真を用いたグレード分類によるスコア差(1カ月後.点眼前)が,判定医2名が一致した評価を採用し,一致しなかった場合,第3の判定医の判断により評価を決定した.自記式質問調査方法点眼開始から1カ月後の再来院時に,アドヒアランスに問題がなかったことを問診で確認のうえ,検査員より自記式質問調査表(表1)を患者に配布した.問1の設問に対しては,1時間単位で記載し,問2から4の設問に対しては,回答肢より選択した結果を自己記入後,診察前に検査員が回収した.判定医間のスコア値はKruskal-Wallis検定およびk係数,点眼前と1カ月後のスコア値はWilcoxon符号付順位検定を用い,統計学的解析を行った.有意水準をp<0.05とした.本臨床研究は,井上眼科病院倫理審査委員会で承認後,文書による同意を得て実施した.II結果緑内障患者60名に1カ月間BAC非含有トラボプロスト点眼薬を点眼したところ,副作用や未来院による脱落症例はなかった.1.他覚的評価緑内障患者60名に対する判定医3名の合計充血スコア値は,点眼前は57,51,51(スコア平均値53),点眼1カ月後は合計103,121,105(スコア平均値110)であり,判定医間に有意差を認めなかった(Kruskal-Wallis検定p=0.57,0.21).k係数は,点眼前0.51,点眼1カ月後0.51であった.点眼前と1カ月後のスコア値は,それぞれ有意差を認めた(p<0.0001,Wilcoxon符号付順位検定).結膜充血の程度は,基準写真のグレード分類で変化なし18例(30%),1段階変化31例(51%),2段階変化10例(17%),3段階変化1例(2%)であった.変化のあった42例中31例(74%)は,基準写真を用いたグレード分類で,1段階変化と軽微な変化であった(図2).程度分類については,判定医2名とも不一致な症例はなかった.コントロール症例の結膜充血の変化はなかった.2.自覚的評価点眼薬のアドヒアランスは全例良好で,自記式質問調査の回収率は100%であった.点眼時間は,20時前が10例(17%),20時以降22時前が13例(22%),22時以降24時前が33例(55%),24時以降が4例(6%)であった.表1自記式質問調査表問1:毎日,何時ごろに点眼をしましたか?問2:点眼をはじめてから,今までに充血が気になることはありましたか?①気になることはなかった②はじめは気になったが,今は気にならない③少し気になる④気になる⑤かなり気になる問3:問2の②を選択した方にお伺いします.充血が気になっていた期間は,どれくらいですか?①3日目まで②1週間目まで③2週間まで④1カ月まで問4:問2の③④⑤を選択した方にお伺いします.充血が気になった時間は,点眼後どれくらいですか?①約2時間②翌朝まで③それ以上点眼後の充血について10例(17%)10例(17%)気になる時間2時間まで2例翌朝まで10例それ以上7例気になっていた期間3日まで6例1週間まで2例2週間まで2例気にならない31例(51%)はじめだけ気になったかなり気になる4例(7%)気になる5例(8%)少し気になる図3結膜充血の自覚的評価変化なし30%(18例)1段階変化51%(31例)2段階変化17%(10例)3段階変化2%(1例)図2結膜充血の程度基準写真を用いたグレード分類を基に評価した.566あたらしい眼科Vol.28,No.4,2011(110)自記式質問調査では,結膜充血について,31例(51%)は「気にならない」と回答した(図3).つぎに「はじめだけ気になった」症例が10例(17%)を占めたが,全例2週間までに気にならなくなった.したがって,期間終了時では41例(68%)が「気にならない」と評価した.一方,観察期間終了時点でも「気になる」症例は19例(32%)であった.内訳は図3のとおり,半数以上が「少し気になる」10例(全体の17%)であり,明らかに「気になる」症例は9例(15%)であった.結膜充血の自覚と他覚的評価の対応を表2に示す.自覚的に「気にならない」と回答した31例中6例は他覚的評価では基準写真によるグレード分類で2段階以上の変化であり,「気になる」,「かなり気になる」と回答した9例中5例は他覚的には変化なしであり,自覚と他覚的評価には解離があった(表2).III考按本試験では,BAC非含有トラボプロスト点眼液により1カ月の連続点眼後70%の症例で充血が増強したが,そのうち74%(全体の51%)は1段階の軽微な増強であった.全体の19%で2段階以上の充血スコアの増強を認めた.自覚的には51%が充血を気にならないと評価したが,約半数は充血を気にしていることになった.本調査では,結膜充血を客観的に評価するため,①写真判定,②複数医師による同時判定,③基準スケールには画像採用,④患者背景は非公開,⑤判定には非点眼の正常眼を含むなどの工夫を行った.しかし,最終点眼から写真撮影時間が統一されていないことや,同一眼で異なった日時で評価の再現性を確認していないこと,など評価方法の課題が残ることは否めない.PG関連薬の副作用の大部分は充血である.特に,ラタノプロスト以降発売されたPG関連薬,トラボプロスト,ビマトプロスト,タフルプロストのほうが,充血が強いと報告されている11,12).ところが,結膜表面に及ぼす副作用のメカニズムについては,これまで明らかにされていない.しかも点眼薬製剤では主剤と基剤の両面から副作用を考える必要がある.主剤であるPG関連薬はFP受容体刺激により眼圧下降効果を惹起する13)が,そのFP受容体に対する直接刺激が血管拡張を起こす可能性と,FP受容体刺激により内因性のPGが産生されることで二次的に血管拡張を起こす可能性がある14).眼表面ではPG関連薬は基本的にプロドラッグであるはずであるが,プロドラッグのままのトラボプロストとその代謝されて活性型となったトラボプロスト酸型が,どの程度結膜血管に作用するかは,今後の検討を要する課題である.また,今回BAC非含有トラボプロスト点眼薬(トラバタンズR0.004%点眼液)を用いたが,他のPG関連薬についても,同判定方法で結膜充血の発現率を評価し比較検討する必要がある.一方,点眼薬は基剤としてさまざまな薬剤が混入されている.特に防腐剤であるBACは,易水溶性,室温での長期安定性,広域な抗菌性,強力な抗菌力を有することなどから,点眼薬に広く用いられているが,一方では,細胞毒性による角膜上皮障害やアレルギー反応など眼表面にさまざまな障害をひき起こすことが問題視されてきた15).この主剤と基剤の面からみると,過去の文献ではBAC含有量が等しい0.0015%と0.004%のトラボプロスト点眼薬の結膜充血の発現率は38.0%と49.5%であった4).Lewisら10)は,BAC含有とBAC非含有トラボプロスト点眼薬を比較し,結膜充血は9.0%と6.4%,角膜上皮障害は1.2%と0.3%にみられたことを報告している.安全性については,同等であったと結論付けているが,BAC非含有トラボプロスト点眼薬が結膜充血,角膜上皮障害ともに発現率が少ない傾向にあった.このことから,過去のBAC含有トラボプロスト点眼薬の結膜充血発現率は,主剤のトラボプロスト濃度依存性とともにBACの影響と捉えられることができる.トラボプロスト点眼薬の結膜充血発現率は6.3~58.0%と報告4~10)され(表3),対象(人種差,年齢)や研究デザイン(BAC含有の有無,判定方法)などの違いにより単純に比較することはできないが,本試験はBAC非含有トラボプロストにもかかわらず,70%で充血表3トラボプロスト点眼薬による結膜充血の発現率報告者報告年濃度(%)防腐剤(BAC)症例数(眼)発現率(%)Netland4)20010.0015+20538.00.004+20049.5Parrish5)20030.004+13858.0Parmaksiz6)20060.004+1838.9Chen7)20060.004+3713.5Garcia-Feijoo8)20060.004+326.3Konstas9)20070.004+4038.0Lewis10)20070.004+3399.00.004.3226.4表2結膜充血の自覚と他覚的評価の比較自覚的評価他覚的評価変化計なし1段階変化2段階変化3段階変化気にならない9165131はじめのみ280010少し気になる262010気になる40105かなり気になる11204計183110160他覚的評価は基準写真を用いたグレード分類からの変化を示す.(111)あたらしい眼科Vol.28,No.4,2011567スコアが増加した.しかし不変であった例も含めた全体の51%が1段階の変化であり,臨床的に問題となる変化ではないと考える.19%は2段階以上の変化であり,これは明らかな充血増強と捉えることができる.この充血スコア変化と過去の充血の出現率の直接の比較は困難であるが,少なくともBAC非含有トラボプロスト点眼薬であるため,純粋にトラボプロストの副作用として評価できよう.本試験での充血変化が高かった理由としては,基準となるグレード分類を6段階とかなり詳細なものを用いたため,微細な変化も捉えた結果と考えた.他覚的評価と自覚的評価が一致しなかったことについては,処方時に結膜充血を含む眼局所副作用について統一した説明を行ったが,説明を受けたため気にならなかった患者と逆に意識的に自己チェックした患者の個性が反映された結果と考えた.このような臨床試験への参加は患者の意識を過剰にさせる可能性があり,通常臨床投与の際はこの副作用頻度より少ない可能性もある.本試験では1カ月点眼であったが,長期投与での変化については今後の検討を要する.本試験中は,副作用による脱落はなかったが,臨床的には約半数が自覚的に充血を気にすることを考えると,トラボプロストに限らず,PG関連薬の共通の副作用である充血に対して,投与の際には十分留意させるとともに眼圧下降の重要性を指導することで脱落を防ぎ,アドヒアランスを保つことが重要である.本論文の要旨は,第113回日本眼科学会総会で報告した.文献1)WatsonP,StjernschantzJ,theLatanoprostStudyGroup:Asix-month,randomized,double-maskedstudycomparinglatanoprostwithtimololinopen-angleglaucomaandocularhypertension.Ophthalmology103:126-137,19962)井上賢治,若倉雅登,井上治郎ほか:ラタノプロスト使用患者の眼局所副作用.日眼会誌110:581-587,20063)HellbergMR,SalleeVL,McLaughlinMAetal:Preclinicalefficacyoftravoprost,apotentandselectiveFPprostaglandinreceptoragonist.JOclPharmcolTher17:421-432,20014)NetlandPA,LandryT,SullivanEKetal:Travoprostcomparedwithlatanoprostandtimololinpatientswithopen-angleglaucomaorhypertension.AmJOphthalmol132:472-484,20015)ParrishRK,PalmbergP,SheuWPetal:Acomparisonoflatanoprost,bimatoprost,andtravoprostinpatientswithelevatedintraocularpressure:A12-week,randomized,masked-evaluatormulticenterstudy.AmJOphthalmol135:688-703,20036)ParmaksizS,YukselN,KarabasVLetal:Acomparisonoftravoprost,latanoprost,andthefixedcombinationofdorzolamideandtimololinpatientswithpseudoexfoliationglaucoma.EurJOphthalmol16:73-80,20067)ChenMJ,ChenYC,ChouCKetal:Comparisonoftheeffectsoflatanoprostandtravoprostonintraocularpressureinchronicangle-glaucoma.JOculPharmacolTher22:449-454,20068)Garcia-FeijooJ,delaCasaJM,CastilloAetal:CircatianIOP-loweringefficacyoftravoprost0.004%ophthalmicsolutioncomparedtolatanoprost0.005%.CurrMedResOpin22:1689-1697,20069)KonstasAG,KozobolisVP,KatsimprisIEetal:Efficacyandsafetyoflatanoprostversustravoprostinexfoliativeglaucomapatients.Ophthalmology114:653-657,200710)LewisRA,KatzGL,WeissMJetal:Travoprost0.004%withandwithoutbenzalkoniumchloride:acomparisonofsafetyandefficacy.JGlaucoma16:98-103,200711)StewartWC,KolkerAE,StewartJAetal:Conjunctivalhyperemiainhealthysubjectsaftershort-termdosingwithlatanoprost,bimatoprost,andtravoprost.AmJOphthalmol135:314-320,200312)HonrubiaF,Garcia-Sanchez,PoloVetal:Conjunctivalhyperaemiawiththeuseoflatanoprostversusotherprostaglandinanaloguesinpatientswithocularhypertensionorglaucoma:ameta-analysisofrandomisedclinicaltrials.BrJOphthalmol93:316-321,200813)OtaT,AiharaM,NarumiyaSetal:TheeffectsofprostaglandinanaloguesonIOPinprostanoidFP-receptordeficientmice.InvestOphthalmolVisSci46:4159-4163,200514)HinzB,RoschS,RamerRetal:Latanoprostinducesmatrixmetalloproteinase-1expressioninhumannonpigmentedciliaryepithelialcellsthroughacyclooxygenase-2-dependentmechanism.FASEBJ19:1929-1931,200515)相良健:オキュラーサーフェスへの影響─防腐剤の功罪.あたらしい眼科25:789-794,2008***

チモロール点眼の防腐剤有無による眼表面と涙液機能への影響

2011年4月30日 土曜日

0910-1810/11/\100/頁/JCOPY(103)559《原著》あたらしい眼科28(4):559.562,2011cはじめに抗緑内障点眼薬は長期にわたって使用するため,慢性的な副作用が問題となることが多い.bブロッカー点眼による眼表面への悪影響の報告は,角膜知覚の低下1),涙液層の不安定化2~5),涙液の産生低下2,4),結膜の杯細胞数の減少4)などさまざまなものがある.これらの変化は,点眼薬に含まれる防腐剤によってもひき起こされうるが,bブロッカーそのものによる変化との区別ははっきりしない.先に筆者らは,bブロッカーであるチモロール点眼の防腐剤を含むものと含まないものを比較し,防腐剤含有群で角膜上皮障害がみられたことを報告した7)が,今回症例数を増やし,防腐剤の有無によるbブロッカー点眼の眼表面と涙液に対する影響をプロスペクティブに検討したので報告する.I方法対象は,東京歯科大学市川総合病院眼科外来および両国眼科クリニックにて,高眼圧症,正常眼圧緑内障,原発開放隅角緑内障の診断を受け,抗緑内障点眼薬の初回投与をうける〔別刷請求先〕石岡みさき:〒151-0064東京都渋谷区上原1-22-6みさき眼科クリニックReprintrequests:MisakiIshioka,M.D.,MisakiEyeClinic,1-22-6Uehara,Shibuya-ku,Tokyo151-0064,JAPANチモロール点眼の防腐剤有無による眼表面と涙液機能への影響石岡みさき*1,2,4島.潤*2,3八木幸子*2坪田一男*2,3*1みさき眼科クリニック*2東京歯科大学市川総合病院眼科*3慶應義塾大学医学部眼科学教室*4両国眼科クリニックProspectiveComparisonofTimololEyedropswithandwithoutPreservatives:EffectonOcularSurfaceandTearDynamicsMisakiIshioka1,2,4),JunShimazaki2,3),YukikoYagi2)andKazuoTsubota2,3)1)MisakiEyeClinic,2)DepartmentofOphthalmology,TokyoDentalCollege,IchikawaGeneralHospital,3)DepartmentofOphthalmology,KeioUniversitySchoolofMedicine,4)RyogokuEyeClinic抗緑内障点眼薬の初回投与を受ける39名を,防腐剤(塩化ベンザルコニウム)含有チモロール点眼を使用する群と,防腐剤非含有のチモロール点眼を使用する群に無作為に割り付け,眼表面と涙液機能への影響を前向きに3カ月にわたり観察した.両群とも点眼開始1カ月後より有意に眼圧の低下を認めた.涙液機能,角膜知覚は点眼前後と治療群間に差を認めなかった.角膜のフルオレセイン染色は,防腐剤含有群に増加傾向を認め,涙液層破壊時間は防腐剤含有群にて有意に短縮し,非含有群にて有意に延長していた.今回の結果より,チモロール点眼使用にあたっては,眼表面や涙液への防腐剤の影響を考慮する必要があると考えられた.Weconductedarandomized,prospectivecomparativestudyof39patientswhousedantiglaucomamedicationforthefirsttimeduringaperiodof3months.Patientswererandomlyassignedeither0.5%timololeyedropswithbenzalkoniumchlorideaspreservative(TIM+BAK)or0.5%timololwithoutpreservative(TIM-BAK).Intraocularpressurereducedsignificantlyinbothgroupsateveryexaminationpoint.Nodifferenceswerenotedincornealsensitivityorteardynamicsbetweenpre-andpost-treatmentineithergroup.Eyesusingtimololwithpreservativesshowedslightlyhighercornealfluoresceinscoresthandideyesusingtimololwithoutpreservative.Tearbreak-uptimedecreasedintheeyeswithtimololwithpreservativeandincreasedintheeyeswithtimololwithoutpreservative.Whencornealcytotoxicityisobservedinpatientsundertopicalmedication,theadverseeffectsofpreservativesshouldbeconsidered.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)28(4):559.562,2011〕Keywords:チモロール,点眼,塩化ベンザルコニウム,防腐剤,緑内障.timololmaleate,eyedrops,benzalkoniumchloride,presservatives,glaucoma.560あたらしい眼科Vol.28,No.4,2011(104)患者とし,すでに抗緑内障点眼薬を使用している者,人工涙液以外の点眼を使用している者,コンタクトレンズを使用している者は対象から除外した.試験実施に先立ち,東京歯科大学市川総合病院倫理委員会,および両国眼科クリニック治験審査委員会において,試験の倫理的および科学的妥当性が審査され承認を得た.すべての被験者に対して試験開始前に試験の内容および予想される副作用などを十分に説明し理解を得たうえで,文書による同意を取得した.なお,本試験はヘルシンキ宣言に基づく原則に従い実施された.防腐剤として塩化ベンザルコニウム(BAC)を含む0.5%チモロール(チモプトールR,参天製薬,万有製薬)〔以下,BAC(+)〕と防腐剤を含まない0.5%チモロール(チマバックR,日本点眼薬研究所,現在製造中止)〔以下,BAC(.)〕のいずれかを封筒法にて無作為に割り付け,検査は表1のスケジュールに従い行った.チマバックRはミリポアフィルターRつきの点眼であり,チモプトールRとは防腐剤の有無の点のみ異なり,他の添加物,pH,浸透圧などは同じである.眼圧測定は非接触型眼圧計を用いた.視野検査はGoldmann視野計,あるいはHumphrey視野計を用い,投与前と3カ月後の検査には同種器械を使用した.視野の評価は,Goldmann視野計においては暗点の出現あるいは拡大により判定し,Humphrey視野計ではMD(平均偏差)値の変化により判定した.生体染色は1%フルオレセイン2μlを結膜.に滴下し,角膜を上部,中央,下部の3カ所をそれぞれ0から3点と評価し,その合計をスコアとした(最低0点,最高9点).涙液層破壊時間(tearbreak-uptime:BUT)は3回測った平均をとり,Schirmerテストは5%フルオレセインを1μl結膜.に滴下した5分後に麻酔なしで施行した.涙液クリアランステストはSchirmer試験後の試験紙のフルオレセイン濃度で判定し8),Schirmer値に涙液クリアランステストのlog値をかけた値tearfunctionindex9)も評価の対象とした.角膜知覚はCochetBonnet角膜知覚計にて角膜中央部を測定し,換算表にてg/mm2に換算し比較した.投与前のSchirmerテスト値が多い片眼を評価対象とし,3カ月の観察期間を終了した39名(男性17名,女性22名,平均年齢59.7±11.5)について解析を行った.内訳を表2に示す.結果は平均値(±標準偏差)で表した.統計学的検定は,眼圧,BUTのグループ間,グループ内の比較にはANOVA(analysisofvariance),フルオレセイン染色スコアについては群間比較にWilcoxon’sranksumtestを,群内比較にはWilcoxon’smatchedpairessingned-rankstestを用いた.Schirmerテスト,クリアランステスト,tearfunctionindex,角膜知覚の群間,群内比較はStudentt-testを用いた.II結果眼圧はBAC(+)群では18.1±4.7mmHg(投与前),15.5±3.4mmHg(1カ月),15.3±2.9mmHg(2カ月),15.4±3.7mmHg(3カ月)と有意に低下し(p<0.001,p<0.01,p<0.001),同様にBAC(.)群でも17.6±3.9mmHg(投与前),13.7±2.6mmHg(1カ月),14.6±2.8mmHg(2カ月),15.0±3.1mmHg(3カ月)と有意に低下した(p<0.001,p<0.001,p<0.01).両群間に差は認められなかった(図1).投与前後で視力,C/D(陥凹乳頭)比,視野の変化はみら表1検査スケジュール開始前1カ月2カ月3カ月視力○○眼圧○○○○眼底検査○○視野検査○○Schirmerテスト○○涙液クリアランステスト○○フルオレセイン染色○○○○Tearbreak-uptime○○○○角膜知覚○○表2症例の内訳BAC(+)(n=19)BAC(.)(n=20)平均年齢(標準偏差)62.9(9.5)56.7(12.7)性別(男性:女性)4:1513:7原疾患高眼圧症30正常眼圧緑内障1217開放隅角緑内障430123投与期間(カ月)眼圧(mmHg)**********4035302520151050:BAC(+):BAC(-)図1治療前後の眼圧の変化両群とも治療開始前より眼圧は有意に低下した(*:p<0.01,**:p<0.001).両群間に差はみられなかった.(105)あたらしい眼科Vol.28,No.4,2011561れなかった.涙液検査(Schirmerテスト,クリアランステスト,tearfunctionindex),角膜知覚検査は投与3カ月後において両治療群間に差を認めず,また各治療群の治療前後での差も認めなかった(表3).フルオレセインスコアはBAC(.)群では0.30±0.73(投与前),0.45±0.94(1カ月),0.21±0.42(2カ月),0.30±0.66(3カ月)と変化を認めなかった.BAC(+)群では0.53±0.96(投与前),0.79±1.13(1カ月),0.95±0.91(2カ月),1.11±1.45(3カ月)と,やや増加傾向がみられたが有意差は認められなかった.また,両群間に有意差は認められなかった(図2).投与3カ月後の時点でスコアが2以上,あるいは3以上の症例数を両群間で比較したが,差は認められなかった.BUTはBAC(.)群では6.4±3.8秒(投与前),7.4±4.1秒(1カ月),7.3±3.3秒(2カ月),8.7±3.0秒(3カ月)と延長がみられ,3カ月の時点で有意差を認めた(p<0.01).BAC(+)群では,5.6±2.7秒(投与前),3.9±2.3秒(1カ月),3.8±2.1秒(2カ月),4.5±2.7秒(3カ月)と短縮傾向にあり,投与開始1,2カ月の時点で有意差を認めた(p<0.01,p<0.01).治療群間においては,1,2,3カ月のそれぞれの時点で有意差を認めた(p<0.01,p<0.001,p<0.001)(図3).III考察前回の筆者らの報告7)では,投与3カ月後にBAC(+)群において角膜のフルオレセインスコアがBAC(.)群より増加し,BUTは投与1カ月後より3カ月後までBAC(.)群がBAC(+)群に比べ有意に延長していた.今回有意差はなかったが,BAC(+)群で角膜上皮障害が出やすい傾向が同様にみられ,BUTはBAC(+)群で短縮,BAC(.)群で延長という前回の報告と同じ結果となった.これまでbブロッカー点眼を使用すると,角膜知覚が低下することにより瞬目回数の減少と涙液分泌減少が生じ,その結果角膜上皮障害が起きると考えられてきた1,2,4)が,今回の報告では防腐剤の有無にかかわらず角膜知覚,涙液分泌量ともに投与前後で変化していなかった.角膜知覚に関してはいろいろな報告があるが,Weissmanらは綿花ではなく角膜知覚計を用いれば年齢が高いグループにおいてbブロッカー点眼使用後に知覚が低下すると報告している1).彼らの報告では平均年齢49歳のグループで知覚低下がみられているが,今回の筆者らの報告は平均年齢が60歳近いが知覚低下はみられていない.Weissmanの報告は点眼10分後の調査であり,bブロッカー点眼による角膜知覚低下は一過性である可能性もある.涙液分泌に関しては,今回は点眼開始前に涙液分泌量がSchirmer値で平均10mm以上という涙液分泌が多いグループのため,点眼による涙液分泌減少がみられなかったとも考えられるが,涙液分泌が十分にあり点眼による減少が起きなくとも,また角膜知覚が低下しなくても,BACによりBUT短縮は起きるという結果になった.表3涙液検査,角膜知覚検査月BAC(+)BAC(.)p値Schirmerテスト(mm/5分)013.7(11.2)14.9(12.2)0.76313.1(12.7)17.1(10.6)0.29涙液クリアランステスト(log2)05.1(1.7)5.0(1.5)0.8435.2(1.6)4.9(1.4)0.67Tearfunctionindex074.9(73.7)78.1(69.8)0.89375.5(81.2)89.0(66.9)0.58角膜知覚(g/mm2)00.48(0.15)0.59(0.57)0.4330.46(0.15)0.49(0.24)0.690123投与期間(カ月)涙液層破壊時間(秒):BAC(+):BAC(-)151050***♯♯♯♯♯図3治療前後のtearbreak.uptime(BUT)の変化BAC(+)群では治療開始1,2カ月においてBUTの短縮がみられ,BAC(.)群では治療開始3カ月においてBUTの延長がみられた(*:p<0.01).治療開始1,2,3カ月の時点で両群間に差を認めた(#:p<0.01,##:p<0.001).01投与期間(カ月)フルオレセインスコア2332.521.510.50-0.5-1:BAC(+):BAC(-)図2治療前後のフルオレセインスコアの変化両群内での治療前後,両群間でのスコアに有意差は認められなかった.562あたらしい眼科Vol.28,No.4,2011(106)BACによる細胞障害は以前より知られ10),BUTの短縮,涙液層の不安定化,角膜上皮バリアの破壊はBACが界面活性剤として作用し,涙液層の脂質を変化させるためと考えられている3,5).これらの変化は1回の点眼によっても起きると報告されている3,5).BACによって生じたBUTの短縮は,BACを含まない点眼に変更しても戻りにくいという報告がある6).今回は,3カ月という比較的短期間の投与であり,しかもチモロール単剤投与であったため,防腐剤の有無による差異が明確に出なかった可能性もある.実際の臨床でしばしばみられる,長期間にわたる点眼薬の使用時,点眼の多剤併用時,そしてもともと角膜上皮障害やドライアイがある症例には,点眼剤に含まれる防腐剤による悪影響に留意すべきと考えられる.今回もBAC(.)群でBUT延長がみられた.角膜上皮障害の有無によりBUTのデータに影響が出る可能性も考えたが関連は認められず,その原因は不明である.今回防腐剤を含まないチモロール点眼を使用しても眼表面への悪影響は認めなかった.投与期間が3カ月と短期間であるため,チモロール点眼剤そのものの角膜上皮や涙液層への悪影響はないと断定はできないが,今回の結果から,防腐剤含有のbブロッカー点眼使用中に角膜上皮障害を認めた場合には,防腐剤の影響も考えたほうがよいことが示唆された.文献1)WeissmanSS,AsbellPA:Effectsoftopicaltimolol(0.5%)andbetaxolol(0.5%)oncornealsensitivity.BrJOphthalmol74:409-412,19902)ShimazakiJ,HanadaK,YagiYetal:Changesinocularsurfacecausedbyantiglaucomatouseyedrops:prospective,randomisedstudyforthecomparisonof0.5%timololv0.12%unoprostone.BrJOphthalmol84:1250-1254,20003)IshibashiT,YokoiN,KinoshitaS:Comparisonoftheshort-termeffectsonthehumancornealsurfaceoftopicaltimololmaleatewithandwithoutbenzalkoniumchloride.JGlaucoma12:486-490,20034)HerrerasJM,PastorJC,CalongeMetal:Ocularsurfacealterationafterlong-termtreatmentwithanantiglaucomatousdrug.Ophthalmology99:1082-1088,19925)BaudouinC,deLunardoC:Shorttermcomparativestudyoftopical2%carteololwithandwithoutbenzalkoniumchlorideinhealthyvolunteers.BrJOphthalmol82:39-42,19986)KuppensEVMJ,deJongCA,StolwijkTRetal:Effectoftimololwithandwithoutpreservativeonthebasaltearturnoveringlaucoma.BrJOphthalmol79:339-342,19957)石岡みさき,島崎潤,八木幸子ほか:bブロッカー点眼と防腐剤が涙液・眼表面に及ぼす影響.臨眼58:1437-1440,20048)小野真史,坪田一男,吉野健一ほか:涙液のクリアランステスト.臨眼45:1143-1149,19919)XuKP,YagiY,TodaIetal:Tearfunctionindex:Anewmeasureofdryeye.ArchOphthalmol113:84-88,199510)BursteinNL:Cornealcytotoxiciyoftopicallyapplieddrugs,vehiclesandpreservatives.SurvOphthalmol25:15-30,1980***

レーザー虹彩切開術が角膜内皮細胞密度に与える長期的影響

2011年4月30日 土曜日

0910-1810/11/\100/頁/JCOPY(97)553《原著》あたらしい眼科28(4):553.557,2011cはじめにレーザー虹彩切開術(laseriridotomy:LI)は原発閉塞隅角緑内障や緑内障発作(急性原発閉塞隅角症または急性原発閉塞隅角緑内障)の治療として長年にわたり施行されてきた1).しかし,わが国ではLI後に水疱性角膜症(bullouskeratopathy:BK)を発症することが近年話題となっており2),その発症メカニズムについてさまざまな説が唱えられている3)が,推測の域を出ていない.多くの説でさまざまなメカニズムによりLI後に角膜内皮細胞が慢性的に減少するとされており,これを証明するには多数の患者を対象としてLI前後の角膜内皮細胞の変化を長期間にわたって調べる必要がある.しかし,このような研究を行うことは非常に困難であるため,今回はおもにLI後の経過年数と角膜内皮細胞密度(cornealendotherialcelldensity:CD)の間に相関があるかについて調査した.I対象および方法2009年7月から12月までの6カ月間に当科を受診し,過去にLIを受けた82例150眼について,LI後の経過年数とCDの相関,緑内障発作の既往の有無,白内障手術の既往の有無とその前後のCDを調査した.対象となった82例の内訳は,男性21例,女性61例,年齢は19~88歳で,平均年〔別刷請求先〕宇高靖:〒286-8523成田市飯田町90-1成田赤十字病院眼科Reprintrequests:YasushiUtaka,M.D.,DepartmentofOphthalmology,NaritaRedCrossHospital,90-1Iidacho,Narita,Chiba286-8523,JAPANレーザー虹彩切開術が角膜内皮細胞密度に与える長期的影響宇高靖横内裕敬木本龍太渡部美博成田赤十字病院眼科Long-TermInfluenceofLaserIridotomyontheCornealEndothelialCellDensityYasushiUtaka,HirotakaYokouchi,RyutaKimotoandYoshihiroWatanabeDepartmentofOphthalmology,NaritaRedCrossHospital2009年7月から12月までの6カ月間に当科を受診した患者のうち,過去にレーザー虹彩切開術(LI)を受けた82例150眼について,LI後の角膜内皮細胞密度(CD)の経時的変化を調べた.緑内障発作(急性原発閉塞隅角症または急性原発閉塞隅角緑内障)や白内障手術の既往がない140眼において,予防的LI後CDの有意な減少はなかった.このうちLI前のCDが測定されていた35眼では,CDの年平均減少率は1%であり,加齢性変化に比べてやや高かった.緑内障発作時にLIを施行した10眼でもLI後CDの有意な減少はなかったが,LI後に白内障手術を受けた26眼では,術後CDは有意に減少した.レーザーの総照射エネルギーはLI後のCDの経年変化と相関がなかった.Weretrospectivelyinvestigatedcornealendothelialcelldensity(CD)changeafterlaseriridotomy(LI)in150eyesof82patientsseenatourdepartmentfromJulytoDecember2009.Oftheseeyes,140thathadnopasthistoryofacuteangle-closure(AAC)orcataractsurgeryunderwentprophylacticLI.TheseeyessubsequentlyshowednostatisticallysignificantreductioninCD;in35ofthem,CDwasmeasuredbeforeLI;theyshowedanaverageCDreductionperyearof1%,whichisslightlyhigherthanreductionduetonormalaging.Intheother10eyes,LIwasperformedtotreatAAC;intheseeyesalso,CDdidnotchangeafterward.However,in26eyesthatunderwentcataractsurgeryafterLI,CDreducedsignificantly.NocorrelationwasfoundbetweenlasertotalenergyandCDchange.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)28(4):553.557,2011〕Keywords:レーザー虹彩切開術,角膜内皮細胞密度,閉塞隅角緑内障,白内障手術.laseriridotomy,cornealendothelialcelldensity,angle-closureglaucoma,cataractsurgery.554あたらしい眼科Vol.28,No.4,2011(98)齢は74歳であった.LIを受けた時期は25年前から6カ月前であった.他院でLIを受けたなどの事情でLI前のCDが不明な症例は65例113眼あった.当院でLIを受け施行条件の記録があった症例はLIの総照射エネルギー(J)を計算した.当院ではすべてアルゴンレーザーかマルチカラーレーザー(半導体レーザー)を使用しており,YAGレーザーを使用した例はなかった.白内障手術はすべて超音波白内障手術と眼内レンズ挿入術であった.CDの測定にはKONANSPECULARMICROSCOPE(MODEL:NSP-9900およびSP-8000)を用いた.糖尿病の有無についても調査したところ,82例中26例が糖尿病に罹患していた.白内障手術以外の内眼手術既往のある患者は除外した.また,LI後に白内障手術を施行した症例のうち白内障手術前のCDが不明な症例は,LIと白内障手術の影響を区別できないので除外した.症例の詳細を緑内障発作と白内障手術の既往の有無で分類して,表1に示した.II結果1.LI後のCDの経年変化緑内障発作の既往がなく,白内障手術未施行(ただし,施行済みであっても施行前のCDが記録されている症例を含めた)の140眼において,LI後の経過年数とCDの間に統計学的に有意な相関を認めなかった(Spearmanの相関係数rs=.0.050,p=0.558)(図1).2.LI前後のCDの変化図1の140眼のうち,LI前のCDが記録されていた35眼に対して,LI前とLI後のCDの経年変化を症例ごとの対応を保って図2に示した.これらの症例について,LI前のCDを1としたときのLI後のCD(LI前後のCD比=LI後のCD/LI前のCD)を図3に示した.単回帰分析により,LI後の経過年数とLI前後のCD比には弱い相関があり(相関係数r=.0.341,p=0.045),回帰直線はy=.0.010x+1.02であった.表1対象の詳細LI施行時の緑内障発作の既往なしあり合計LI後の白内障手術の既往なしありなしあり該当数114眼26眼9眼1眼150眼82例のうち男性21例,女性61例.年齢19~88歳,平均年齢74歳.0510152025LI後の経過年数(年)n=1404,0003,5003,0002,5002,0001,5001,0005000LI後の角膜内皮細胞密度(cells/mm2)図1レーザー虹彩切開術(LI)後の角膜内皮細胞密度(CD)の経年変化LI後の経過年数とCDの間に統計学的に有意な相関を認めなかった.Spearmanの相関係数rs=.0.050,p=0.558.02468101214LI前後の角膜内皮細胞密度(cells/mm2)LI後の経過年数(年)n=354,0003,5003,0002,5002,0001,5001,0005000図2レーザー虹彩切開術(LI)前後の角膜内皮細胞密度(CD)の変化緑内障発作の既往がなく白内障手術未施行の症例のうち,LI前にも角膜内皮細胞密度を計測した症例ごとにその変化を示した.1.41.210.80.60.40.2002468101214LI前後の角膜内皮細胞密度の相対的変化LI後の経過年数(年)n=35図3レーザー虹彩切開術(LI)前後の角膜内皮細胞密度(CD)の変化(相対値)症例ごとにLI前のCDを1として,LI後のCDを相対値として求めた.単回帰分析でp=0.05,回帰直線y=.0.010x+1.02(図中点線)であった.(99)あたらしい眼科Vol.28,No.4,20115553.緑内障発作がCDに与える影響緑内障発作時に治療としてLIを施行した10眼(A群)について,予防的LIを施行した140眼(B群)とともに,LI後のCDの経年変化を図4に示した.A群において,LI後の経過年数とCDの間に統計学的に有意な相関を認めなかった(Spearmanの相関係数rs=.0.245,p=0.462).またA群とB群について,LI後のCDの平均値に統計学的に有意な差を認めなかった(Student’st-test,p=0.124)(図5).4.白内障手術がCDに与える影響LI後に白内障手術を施行した26眼に対して,白内障手術前と手術後のCDの平均値はpairedt-testで有意な差を認めた(p=0.0002)(図6).LI後の白内障手術によってCDの平均値は2,416cells/mm2から2,125cells/mm2に変化し,12%の減少を認めた.5.LIの総照射エネルギーがCDに与える影響図3に示したLI前後のCD比を求めた35眼について,LIの総照射エネルギーとLI前後のCD比の関係を図7に示した.LIの総照射エネルギーとLI前後のCD比に有意な相関は認めなかった(Pearsonの相関係数r=0.194,p=0.265).6.糖尿病がCDの減少に及ぼす影響図1に示した140眼について糖尿病の有無で分けると,糖尿病なしが92眼でLI後のCDの平均値2,613(標準偏差356)cells/mm2,糖尿病ありが48眼でLI後のCDの平均値2,567(標準偏差377)cells/mm2であった.Studentt-testで両者に有意な差は認めなかった(p=0.481).0510152025LI後の角膜内皮細胞密度(cells/mm2)LI後の経過年数(年)A群:緑内障発作時にLI施行(n=10)B群:予防的LI施行(n=140)4,0003,5003,0002,5002,0001,5001,0005000図4緑内障発作時にレーザー虹彩切開術(LI)を施行した症例での角膜内皮細胞密度(CD)の経年変化緑内障発作時にLIを施行した症例において,LI後の経過年数とCDの間に統計学的に有意な相関を認めなかった.Spearmanの相関係数rs=.0.245,p=0.462.3,0002,5002,0001,5001,000角膜内皮細胞密度(cells/mm2)LI後の白内障手術前対応する白内障手術後平均値±標準偏差n=262,1252,416**図6レーザー虹彩切開術(LI)後の白内障手術による角膜内皮細胞密度(CD)の変化LI後の白内障手術前後のCDは統計学的に有意な差があった.**Pairedt-testp=0.0002.3,5003,0002,5002,0001,5001,0005000角膜内皮細胞密度(cells/mm2)n=140B群:予防的LI施行緑内障発作既往なし白内障手術既往なしNS平均値±標準偏差n=10白内障手術既往なしA群:緑内障発作時にLI施行2,7552,598図5緑内障発作時のレーザー虹彩切開術(LI)と予防的LIにおけるLI後の角膜内皮細胞密度(CD)の比較緑内障発作時にLIを施行した場合と予防的LIを施行した場合で,LI後のCDに統計学的に有意な差を認めなかった.Student’st-testp=0.124.1.41.210.80.60.40.2005101520LI前後の角膜内皮細胞密度の相対的変化レーザー総照射エネルギー(J)n=35図7レーザー虹彩切開術(LI)におけるアルゴンレーザーまたはマルチカラーレーザー(半導体レーザー)の総照射エネルギーとLI前後の角膜内皮細胞密度の相対的変化LIにおけるレーザー総照射エネルギーとLI前後の角膜内皮細胞密度の相対的変化に有意な相関を認めなかった.Pearsonの相関係数r=0.194,p=0.265.556あたらしい眼科Vol.28,No.4,2011(100)7.LI後にBKを発症した症例LI後にBKを発症した症例として,両眼の予防的LI後に左眼のみBKを発症した症例が1例あった.しかしLI前に一度もCDを測定しておらず,BK発症後は左眼のCDが測定不能となりデータが得られなかったため,今回の症例には右眼のデータしか含まれていない.同時期のLIによって角膜内皮細胞の障害に顕著な左右差がでた症例として紹介する.症例:74歳,男性.1989年6月,糖尿病にて当院内科に入院中,眼脂を主訴に当科初診.視力は右眼0.3(矯正1.2),左眼0.3(矯正1.0).同年9月に狭隅角眼に対して両眼の予防的LIを受けた.LIはアルゴンレーザーで施行され,総照射エネルギーは右眼18.9J,左眼12.7Jであった.糖尿病に対する定期的な眼底検査が必要であり,1994年から単純糖尿病網膜症を認めていたが,通院は中断しがちであり血糖コントロールも不良であった.2006年7月,左眼の視力低下を主訴に4年ぶりに受診し,左眼にBKを認めた.視力は右眼0.2(矯正0.6),左眼0.04(矯正不能).CDは右眼2,092cells/mm2,左眼は測定不能であった.その後他院で左眼の全層角膜移植術を受けた.2009年10月,右眼の角膜は滴状角膜などの異常はなく,CDは2,114cells/mm2であった.III考按1.LI後のCDの減少率LI後のCDの変化について,YAGレーザーによるLI後の1年間でCDの平均値が1,800cells/mm2から1,670cells/mm2に有意に減少したとの報告4)やLI前後の1年間で角膜内皮細胞の面積が19%増加したとの報告5)があるが,本報告のように長期的な変化を追った報告は少ない.図1.3に示したとおり,ほとんどの症例でLI後10年以上CDの大きな減少を認めていない.加齢によるCDの減少率は1年で0.3~0.7%と報告されている6).本報告ではLI後のCDの減少率は1年で1.0%(図3)であり,加齢のみでの減少よりやや大きくなっている.しかし今後もこの減少率が維持されると仮定すると,LI前のCDが2,000cells/mm2以上あれば,50年経過してもCDは1,200cells/mm2程度あり,BKが発症することはない.このようにLI後のCDの減少率はBKを発症させるほど高くなく,LI後の症例の多くに共通した角膜内皮細胞を障害するメカニズムがあるとは考えにくい.したがって,LI後のBKは何らかの特定の要因をもった症例に限定して発症すると考えられる.2.緑内障発作時のLIと予防的LIでのCDの変化緑内障発作後のCDの変化については,緑内障発作眼の僚眼との比較で11.6.33%の有意な減少があると報告されており7~9),LIの有無にかかわらず緑内障発作眼のCDは減少すると考えられる.しかし,今回の結果では緑内障発作時に治療としてLIを施行した群と予防的LIを施行した群において,LI後のCDに有意な差はなかった.これまでの報告と一致しなかった原因として,今回の症例では緑内障発作時に早期に治療が開始され,高眼圧の持続時間が短かったことが推測される.3.白内障手術によるCDの変化LI後の白内障手術によってCDは有意に減少した.白内障手術によるCDの減少は周知の事実であるが,LI施行例は浅前房,Zinn小帯脆弱などのため通常の白内障手術より合併症のリスクが高いと考えられる.近年,緑内障発作の治療として一次的に超音波白内障手術と眼内レンズ挿入術を行うべきとする意見もある10)が,今回の調査の結果から少なくとも短期的には白内障手術のほうがCDの減少率は高く,また白内障手術には眼内炎や駆逐性出血などの重篤な合併症が起こりうる.したがって緑内障発作の治療もしくは予防としてLIを行うか白内障手術を行うかは,白内障の程度や視力,年齢などを考慮して症例ごとに慎重に検討すべきである.4.LIの総照射エネルギーがCDに及ぼす影響LIを施行するにあたってはより少ない総照射エネルギーが望ましいとされ,アルゴンレーザーの場合10~20Jに収めるべきとされている3).図7に示した症例はすべてアルゴンレーザーまたはマルチカラーレーザー(半導体レーザー)によるLIで総照射エネルギーは20J未満であり,いわゆる過剰凝固はなかった.適正な総照射エネルギーの範囲内であれば角膜内皮細胞の障害に大差はないと考えられる.5.LI後にBKを発症した症例についてこの血糖コントロール不良な糖尿病患者は同時期に予防的LIを受け,レーザーの総照射エネルギーに大差がないにもかかわらず,LI後17年目に左眼のみBKを発症しており,右眼のCDはLI後20年を経ても正常範囲内である.このような症例の存在は,LI後のBKがLIの施行条件や糖尿病の罹患の有無に必ずしも依存していないことを示していると考えられ,本報告の結果とも合致している.文献1)AngLP,AngLP:Currentunderstandingofthetreatmentandoutcomeofacuteprimaryangle-closureglaucoma:anAsianperspective.AnnAcadMedSingapore37:210-214,20082)ShimazakiJ,AmanoS,UnoTetal:NationalsurveyonbullouskeratopathyinJapan.Cornea26:274-278,20073)大橋裕一,島.潤,近藤雄司ほか:特集レーザー虹彩切開術後水疱性角膜症を解剖する!.あたらしい眼科24:849-900,20074)WuSC,JengS,HuangSCetal:Cornealendothelialdam(101)あたらしい眼科Vol.28,No.4,2011557ageafterneodymium:YAGlaseriridotomy.OphthalmicSurgLasers31:411-416,20005)HongC,KitazawaY,TanishimaT:Influenceofargonlasertreatmentofglaucomaoncornealendothelium.JpnJOphthalmol27:567-574,19836)天野史郎:正常者の角膜内皮細胞.あたらしい眼科26:147-152,20097)BigarF,WitmerR:Cornealendothelialchangesinprimaryacuteangle-closureglaucoma.Ophthalmology89:596-599,19828)Malaise-StalsJ,Collignon-BrachJ,WeekersFJ:Cornealendothelialcelldensityinacuteangle-closureglaucoma.Ophthalmologica189:104-109,19849)ThamCC,KwongYY,LaiJSetal:Effectofapreviousacuteangleclosureattackonthecornealendothelialcelldensityinchronicangleclosureglaucomapatients.JGlaucoma15:482-485,200610)JacobiPC,DietleinTS,LuekeCetal:Primaryphacoemulsificationandintraocularlensimplantationforacuteangle-closureglaucoma.Ophthalmology109:1597-1603,2002***

ヒアルロン酸ナトリウム点眼液の角膜細胞に対する影響の検討

2011年4月30日 土曜日

0910-1810/11/\100/頁/JCOPY(93)549《原著》あたらしい眼科28(4):549.552,2011c〔別刷請求先〕福田正道:〒920-0293石川県河北郡内灘町大学1-1金沢医科大学眼科学Reprintrequests:MasamichiFukuda,Ph.D.,DepartmentofOphthalmology,KanazawaMedicalUniversity,1-1Daigaku,Uchinadamachi,Kahoku-gun,Ishikawa920-0293,JAPANヒアルロン酸ナトリウム点眼液の角膜細胞に対する影響の検討福田正道矢口裕基藤田信之稲垣伸亮長田ひろみ柴田奈央子佐々木洋金沢医科大学眼科学EffectofSodiumHyaluronateEyedropsonCornealCellsMasamichiFukuda,HiromotoYaguchi,NobuyukiFujita,ShinsukeInagaki,HiromiOsada,NaokoShibataandHiroshiSasakiDepartmentofOphthalmology,KanazawaMedicalUniversity目的:市販のヒアルロン酸ナトリウム点眼液0.1%の角膜上皮細胞に対する安全性を従来の培養家兎由来角膜細胞株(SIRC)による評価法(invitro)および角膜抵抗測定装置を用いた評価法(invivo)により評価した.方法:SIRCにヒアレインR点眼液0.1%(以下,ヒアレイン),アイケアR点眼液0.1%(以下,アイケア),ティアバランスR点眼液0.1%(以下,ティアバランス)およびベンザルコニウム塩化物0.02%溶液(以下,BAK)を0,5,10,15,30および60分接触した際の細胞数を測定し,各測定時点の細胞数から細胞生存率(%)を算出した.また,角膜抵抗測定法では家兎の結膜.内に各点眼液およびBAKを5分ごと5回点眼し,点眼終了2分後の角膜抵抗(CR)を測定した.結果:Invitroによる評価ではヒアレインは接触時間の増加に伴い,生存率は徐々に減少し,接触60分後では64.3%まで減少した.一方,アイケアでは接触60分後で89.2%,ティアバランスでは92.7%とほぼ同程度の生存率を示し,細胞障害性はほとんど認められなかった.なお,BAKでは接触8分後で24.2%まで生存率は減少した.Invivoで一般的に汎用されている角膜染色による障害性評価ではBAK以外のいずれの製剤にも障害性は認められなかった.角膜抵抗測定法(CR比)による評価においても点眼前に対するCR比はヒアレインでは105.4±5.0%,アイケアでは110.8±16.4%,ティアバランスでは110.8±2.1%,BAKでは67.0±10.3%であった.結論:今回,従来から汎用されている角膜染色による障害性評価およびCR比によるinvivoでの評価においてはBAK以外のヒアルロン酸点眼液で角膜障害性は認められなかったものの,invitro試験の結果から,ティアバランスとアイケアの角膜障害性はほとんどなく,角膜障害はBAK>ヒアレイン>ティアバランス=アイケアの順であった.Purpose:Theeffectofcommerciallyavailableeyedropscontaining0.1%sodiumhyaluronateoncornealepithelialcellswasevaluatedinvitrobyaconventionalmethodusingculturedstatensseruminstitutrabbitcornea(SIRC)cells,andinvivobycornealresistance(CR)measurement.Methods:CulturedSIRCcellswereincubatedwithHyaleinR0.1%eyedrops(Hyalein),EyecareR0.1%eyedrops(Eyecare),TearbalanceR0.1%eyedrops(Tearbalance)or0.2%benzalkoniumchloridesolution(BAK)for0,5,10,15,30and60min;thecellswerethencountedateachtimepointtocalculatethecellsurvivalrate(%).TomeasureCR,eachoftheeyedropsandBAKwereadministeredtotheconjunctivalsacsoftherabbits5timesevery5min;CRwasmeasured2minafteradministration.Results:TheinvitroevaluationshowedthatcellsurvivalratesgraduallydecreasedascellcontacttimewithHyaleinincreased.After60minofcellcontactwithHyalein,theratedecreasedto64.3%.Ontheotherhand,cellsurvivalratesafter60minofcontactwithEyecareandTearbalancewere89.2%and92.7%,respectively,almostcomparablerates;almostnocelldamagewasobservedaftercontactwithEyecareandTearbalance.Incontrast,BAKdecreasedthecellsurvivalrateto24.2%after8minofcontactwiththecells.Thecornealstainingexaminationwidelyusedforinvivoassessmentofcornealinjuriesdisclosednodifferencesbetweentheeyedrops,exceptingBAK.CRratio,asdeterminedbyCRmeasurementbeforeandaftereyedropadministration,was105.4±5.0%forHyalein,110.8±16.4%forEyecare,110.8±2.1%forTearbalanceand67.0±10.3%forBAK.Conclusion:Inthisstudy,cornealinjuryinvivoevaluationbywidelyusedconventionalcornealstainingandCRratiomeasurementdisclosednocornealinjuriescausedbysodiumhyaluronateeyedrops,exceptingBAK.TheresultsofinvitroexaminationindicatedthatTearbalanceandEyecaredidnotcausecornealcelldamage.Resultsshowedthatthe550あたらしい眼科Vol.28,No.4,2011(94)はじめにヒアルロン酸ナトリウム点眼液はSjogren症候群,Stevens-Johnson症候群,眼球乾燥症候群(ドライアイ)などの内因性疾患および術後,薬剤性,外傷,コンタクトレンズ(CL)装用などによる外因性疾患に伴う角膜上皮障害治療用点眼薬として,わが国では1995年から発売されている.その作用機序はヒアルロン酸ナトリウムが自身の保水性とともに,フィブロネクチンと結合し,その作用を介して上皮細胞の接着,伸展を促進するといわれている1~4).本剤の眼科臨床での貢献度は大きく,先発品のヒアレインRに加えて後発品が多数開発され市販されている.筆者らは先にヒアレインRおよび各後発品について培養家兎由来角膜細胞(SIRC)株による評価法(invitro)を用いて角膜上皮細胞に対する安全性を評価し,各点眼液に含まれる添加物の違いにより角膜上皮細胞に対する影響が異なることを確認している5).今回,SIRCによる評価法(invitro)に加え,角膜抵抗測定装置による評価法(invivo)を用いて,各ヒアルロン酸ナトリウム点眼液の角膜上皮への影響を検討した.I実験材料1.試験薬剤(表1)ヒアルロン酸ナトリウム点眼液0.1%にはヒアレインR点眼液0.1%(以下,ヒアレイン)〔参天製薬(株)〕,アイケアR点眼液0.1%(以下,アイケア)〔科研製薬(株)〕,ティアバランスR点眼液0.1%(以下,ティアバランス)〔千寿製薬(株)〕および,ベンザルコニウム塩化物0.02%溶液(以下,BAK)〔東京化成(株)〕を使用した.2.使用動物ニュージーランド成熟白色家兎(NZW;体重3.0~3.5kg,雄性,16羽)を本実験に使用した.動物の使用にあたり,金沢医科大学動物使用倫理委員会の使用基準に従うとともにARVO(TheAssociationforResearchinVisionandOphthalmology)のガイドラインに従い,動物への負担配慮を十分に行い施行した.3.使用細胞株使用細胞株はSIRC(ATCCCCL60),10%fetalbovineserum(FBS)添加Dulbecco’smodifiedEagle’smedium(DME)培地で37℃,5%CO2下で培養した.4.角膜抵抗測定装置角膜電極は弯曲凹面に関電極および不関電極を同心円状に配設し,両電極が測定時に家兎の角膜表面に接するようにした.電気抵抗計装置から関電極および不関電極間に電流を通電し,その電気抵抗を測定することで角膜の電気抵抗を測定した6).角膜抵抗値(CR)の測定にはつぎのような筆者らが開発した角膜抵抗測定装置〔CRD(Cornealresistancedevice)Fukudamodel2007〕を用いた6).角膜CL電極(メイヨー製)とファンクション・ジェネレータ(Dagatron,Seoul,Korea),アイソレーター(BSI-2;BAKElectronics,INC.USA)およびPowerLabシステム(ADInstruments,Australia)を使用した.角膜CL電極はアクリル樹脂製でウサギ角膜形状に対応すcornealepithelialdamageobservedwas,intheorderofdecreasingseverity,BAK>Hyalein>Tearbalance=Eyecare.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)28(4):549.552,2011〕Keywords:角膜抵抗,培養家兎由来角膜細胞株,ヒアルロン酸ナトリウム点眼液,角膜上皮障害,生体眼.cornealresistance,culturedstatensseruminstitutrabbitcorneacells,sodiumhyaluronateeyedrops,cornealepithelialdamage,livingeyes.表1試験製剤とその添加物製品名ヒアレインティアバランスアイケア(処方変更前)アイケア(処方変更後)添加物防腐剤ベンザルコニウム塩化物クロルヘキシジングルコン酸塩ベンゼトニウム塩化物クロルヘキシジングルコン酸塩液その他イプシロン-アミノカプロン酸,エデト酸ナトリウム,塩化カリウム,塩化ナトリウム,pH調節剤ホウ酸,ホウ砂,塩化ナトリウム,塩化カリウムリン酸二水素カリウム,リン酸水素ナトリウム水和物,塩化ナトリウム,エデト酸ナトリウム水和物,ポリソルベート80トロメタモール,pH調節剤,等張化剤pH6.0~7.06.5~7.56.0~7.06.8~7.8浸透圧比0.9~1.10.9~1.10.9~1.10.9~1.1製造販売元参天製薬㈱千寿製薬㈱科研製薬㈱科研製薬㈱(95)あたらしい眼科Vol.28,No.4,2011551る直径とベースカーブを有している.弯曲凹面に設けられた関電極および不関電極の材質はいずれも金で,その外径(直径)は,それぞれ12mm,4.8mm,幅が0.8mm,0.6mmである.測定条件は,交流周波数:1,000Hz,波形:duration,矩形波:5ms,電流:±50μAで設定した.II実験方法1.SIRCによる評価(invitro)SIRC(2×105cells)を35mmdishで10%FBS添加DME培地37℃,5%CO2下でコンフルエント状態になるまで5日間培養後,各点眼液(1,000μl)あるいはBAKを0~60分間接触後,細胞数をコールターカウンター法で測定した.薬剤非接触細胞での細胞数を100として,細胞生存率(%)を算出した.2.角膜抵抗測定法による評価(invivo)(図1)成熟白色家兎の結膜.内に各点眼液あるいはBAKを5分ごと5回(1回50μl)点眼し,点眼終了2分後の角膜抵抗(CR)を測定した.1群に家兎4眼を使用した.CRの測定法には角膜抵抗測定装置を用い,CR値(W)とCR比(%)の算出はつぎのように行った.CR(W)=電圧(V)/電流(A)=(mV×10.3)/(100μA×10.6)CR比(%)=点眼後のCR×100/点眼前のCR3.フルオレセイン染色法による角膜障害の評価各点眼薬による角膜上皮障害の有無は点眼終了2分,30分,60分後に1%フルオレセインナトリウム溶液2μlを結膜.内に点眼し,細隙灯顕微鏡下で観察した.4.統計学的処理検定法はStudent’st-testで行い,有意水準は0.05未満とした.III結果1.SIRCによる評価(invitro)ヒアレインでは接触時間の経過とともに,徐々に生存率は減少し,接触60分後では64.3%まで減少した.一方,アイケアでは接触60分後で89.2%,ティアバランスでは92.7%とほぼ同程度の生存率を示し,細胞障害性はほとんどみられなかった.薬剤と培養細胞の接触時間が30分以上経過するとヒアレインと2種点眼液の細胞障害の程度に有意な差が生じた(p<0.05).BAKの接触8分後では24.2%まで生存率は減少した(図2).2.角膜抵抗測定法による評価(invivo)角膜抵抗測定法によるCR比は,ヒアレインが105.4±5.0%(平均±標準偏差)であったのに対して,アイケアでは110.8±16.4%,ティアバランスでは110.8±2.1%であった.3種点眼液間には有意差はなく,いずれも角膜抵抗測定法によるCR比の低下はなかった.BAKでは67.0±10.3%まで低下した(表2).3.フルオレセイン染色法による角膜障害の評価(invivo)フルオレセイン染色によるAD分類では,どの点眼薬においても,A0D0であった.BAKでは溶液接触2分後ではA2D2程度の障害がみられた.IV考按ヒアルロン酸ナトリウム点眼液は1995年にヒアレインが発売になり,その後後発品が多数発売されている.いずれの後発品も先発品のヒアレインとの生物学的同等性試験により表2角膜抵抗測定法による評価(invivo)試験製剤角膜抵抗(CR)比(%)アイケアR点眼液0.1%110.8±16.4ティアバランスR点眼液0.1%110.8±2.1ヒアレインR点眼液0.1%105.4±5.0ベンザルコニウム塩化物0.02%溶液67.0±10.3図1角膜抵抗測定装置(Current=±50μA,Frequency=1,000Hz)IsolatorPowerLabTrigger(Functiongenerator)ContactlenselectrodesComputer+-図2培養家兎由来角膜細胞による評価(invitro)100120806040200020406080生存率(%)時間(分)**:アイケア(0.1%):ヒアレイン(0.1%):ティアバランス(0.1%):BAK(0.02%)*:p<0.05%552あたらしい眼科Vol.28,No.4,2011(96)効果に差がないことは認められているが,主成分であるヒアルロン酸ナトリウム以外の添加物(防腐剤,溶解補助剤,界面活性剤,他)が異なるために,安全性,特に点眼液で重要な角膜障害性については同一とはいえない.そこで,すでに筆者らはSIRCに対する影響に関する検討を行い,先発品ヒアレインおよびヒアレインミニ,後発品(アイケア,ヒアール,ヒアロンサン,ティアバランス)のヒアルロン酸ナトリウム点眼液0.1%の安全性を評価した結果,配合されている防腐剤の影響が大きく,ベンザルコニウム塩化物とベンゼトニウム塩化物は角膜障害性が大きく,エデト酸ナトリウムの関与が考えられ,クロルヘキシジングルコン酸塩やパラベン類の角膜への影響は比較的小さいものと考えられた5,8,9).今回使用したアイケアは前回使用のアイケア中の防腐剤であるベンゼトニウム塩化物をクロルヘキシジングルコン酸塩液に変更した.変更理由としては,アイケアが角膜上皮障害の治療薬であるため,点眼液に必要な保存効力を維持しながら,さらに,細胞障害性を軽減させることである.対照点眼液としてティアバランス,ヒアレインを用いて比較検討した.その結果,処方変更後のアイケアを接触させたときの細胞生存率はティアバランスとほぼ同等で,角膜上皮障害はほとんどみられなかった.処方変更後のアイケアとリン酸緩衝液を比較検討したところ,ほぼ同等の結果が得られた.さらにこの結果を,すでに筆者らが報告したベンゼトニウム塩化物を含む処方変更前のアイケアの結果と比較すると,有意に角膜障害性が軽減されていた.先発品であるヒアレインでは既報とほぼ一致する細胞障害性を示したことは,ベンゼトニウム塩化物やベンザルコニウム塩化物はクロルヘキシジングルコン酸塩に比べ細胞障害性が強いことを示すものであった5).Invivoの実験ではいずれの点眼液においても生体眼でのCR値の低下はみられず,フルオレセイン染色においても角膜上皮障害は確認されなかった.この点はinvitroの成績とは大きく異なり,invivoでは細胞障害を生じにくい傾向がみられたが,この原因は涙液や角膜上皮細胞の生理的条件が異なるためと推測している.しかし,ヒアルロン酸ナトリウム点眼液はドライアイなどすでに角膜に障害がある患者に使用される薬剤であり,本実験で行った正常家兎眼での結果をそのまま適応して考えることはできない.ドライアイ患者などのハイリスク群では,添加剤の角膜障害性の影響はより大きくなることが予想されるため,十分注意が必要である.今回,市販の各種ヒアルロン酸ナトリウム点眼液の角膜障害性をSIRC細胞で評価した結果,薬剤と培養細胞の接触時間が30分以上経過すると各点眼液の細胞障害の程度に有意な差が生じた.検討した点眼液の角膜障害性はクロモグリク酸ナトリウム点眼液やジクロフェナクナトリウム点眼液あるいはマレイン酸チモロール点眼液に比べて少なかった7,8)が,治療の対象となる疾患が角膜障害を有する点でこれらの薬剤での結果と同一レベルの安全基準で評価することはできない.ヒアルロン酸ナトリウム点眼液の障害性は配合されている添加物,特にベンザルコニウム塩化物やベンゼトニウム塩化物などの第四アンモニウム塩による影響が大きいと考えられた.正常な生理的条件下であれば,これらの防腐剤を含むヒアルロン酸ナトリウム点眼液であっても角膜障害は発症しにくいと考えるが,涙液量が少なく角膜上皮の状態が悪い症例においては,より角膜障害を生じにくい薬剤の選択が重要であると考える.文献1)LaurentTC:Biochemistryofhyaluronan.ActaOtolaryngolSuppl442:7-24,19872)GoaKL,BenfieldP:Hyaluronicacid.Areviewofitspharmacologyanduseasasurgicalaidinophthalmology,anditstherapeuticpotentialinjointdiseaseandwoundhealing.Drugs47:536-566,19943)北野周作,大鳥利文,増田寛次郎:0.3%ヒアルロン酸ナトリウム点眼液の重症角結膜上皮障害に対する効果.あたらしい眼科10:603-610,19934)NishidaT:Extracellularmatrixandgrowthfactorsincornealwoundhealing.CurrOpinOphthalmol4:4-13,19935)福田正道,山本佳代,佐々木洋:ヒアルロン酸ナトリウム点眼液の培養家兎角膜細胞に対する障害性.医学と薬学56:385-388,20066)福田正道,山本佳代,高橋信夫ほか:角膜抵抗測定装置による角膜障害の定量化の検討.あたらしい眼科24:521-525,20077)福田正道,佐々木洋:オフロキサシン点眼薬とマレイン酸チモロール点眼薬の培養角膜細胞に対する影響と家兎眼内移行動態.あたらしい眼科26:977-981,20098)福田正道,佐々木洋:ニューキノロン系抗菌点眼薬と非ステロイド抗炎症点眼薬の培養家兎由来角膜細胞に対する影響.あたらしい眼科26:399-403,20099)福田正道,村野秀和,山代陽子ほか:グルコン酸クロルヘキシジン液の培養角膜上皮細胞に対する影響.眼紀56:754-759,2005***

ジクアホソルナトリウムのウサギ結膜組織からのムチン様糖蛋白質分泌促進作用

2011年4月30日 土曜日

0910-1810/11/\100/頁/JCOPY(87)543《原著》あたらしい眼科28(4):543.548,2011c〔別刷請求先〕七條優子:〒630-0101生駒市高山町8916-16参天製薬株式会社研究開発センターReprintrequests:YukoTakaoka-Shichijo,Research&DevelopmentCenter,SantenPharmaceuticalCo.,Ltd.,8916-16Takayamacho,Ikoma,Nara630-0101,JAPANジクアホソルナトリウムのウサギ結膜組織からのムチン様糖蛋白質分泌促進作用七條優子篠宮克彦勝田修中村雅胤参天製薬株式会社研究開発センターStimulatoryActionofDiquafosolTetrasodiumonMucin-likeGlycoproteinSecretioninRabbitConjunctivalTissuesYukoTakaoka-Shichijo,KatsuhikoShinomiya,OsamuKatsutaandMasatsuguNakamuraResearch&DevelopmentCenter,SantenPharmaceuticalCo.,Ltd.ジクアホソルナトリウムの眼表面からのムチン分泌促進機序についてコムギ胚芽由来(WGA)レクチンを用いた酵素免疫法(enzymelinked-lectinassay:ELLA)にて検討した.WGAレクチンは,ウサギ結膜組織上皮層の杯細胞内の粘液に結合し,ウサギ結膜培養上清液中の200kDa以上の分子と高い親和性を示し,ムチン様糖蛋白質に対して高い特異性を有することが示唆された.WGAレクチンを用いたELLAにおいて,ジクアホソルナトリウムは,ウサギ結膜組織からのムチン様糖蛋白質分泌を濃度依存的に上昇させた.また,ジクアホソルナトリウムは,ウサギ培養結膜上皮細胞内のカルシウムイオン濃度を濃度依存的に上昇させ,カルシウムイオン濃度の上昇作用を抑制する濃度のカルシウムキレート剤は,ウサギ結膜組織からのジクアホソルナトリウムによるムチン様糖蛋白質の分泌促進作用を抑制した.したがって,ジクアホソルナトリウムは,結膜杯細胞膜上のP2Y2受容体に結合し,細胞内カルシウムイオン濃度の上昇を介して,ムチン様糖蛋白質分泌を促進すると考えられた.Thisstudyinvestigatedthestimulatoryactionofdiquafosoltetrasodium(P2Y2receptoragonist)onmucin-likeglycoproteinsecretioninrabbitconjunctivaltissues,usingenzyme-linkedlectinassay(ELLA)withwheatgermagglutinin(WGA)lectin.Inhistochemicalanalysis,mucusinthegobletcellsshowedpositivereactivitytostainingwithWGAlectin.Lectin-blotanalysisshowedthatthemolecularweightsofmostWGA-bindingglycoproteinsinculturedsupernatantsofconjunctivaltissueswerelargerthan200kDa.TheseresultssuggestedthatWGAlectinmightbehighlyspecifictomucin-likeglycoproteinsinconjunctiva.Theadditionofdiquafosoltetrasodiumtoculturedrabbitconjunctivaltissuesresultedinaconcentration-andtime-dependentincreaseinthesecretionofmucin-likeglycoproteins.Diquafosoltetrasodiumincreasedtheintracellularcalciumconcentrationintheconjunctivalepithelialcellsinaconcentration-dependentmanner.Inaddition,thisstimulatoryactionofdiquafosoltetrasodiumonmucin-likeglycoproteinsecretionwasinhibitedbypretreatmentwiththecalciumchelatingagent,atthesamedosethatdecreasedtheintracellularcalciumconcentrationincreasebydiquafosoltetrasodium.Theseresultssuggestthatdiquafosoltetrasodiumstimulatesthesecretionofmucin-likeglycoproteinsfromrabbitconjunctivaltissueviatheintracellularcalciumpathway,afterbindingtoP2Y2receptorsontheconjunctivalgobletcells.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)28(4):543.548,2011〕Keywords:ジクアホソルナトリウム,P2Y2受容体作動薬,ムチン様糖蛋白質分泌,細胞内カルシウム,ウサギ結膜組織.diquafosoltetrasodium,P2Y2receptoragonist,mucin-likeglycoproteinsecretion,intracellularcalcium,rabbitconjunctivaltissues.544あたらしい眼科Vol.28,No.4,2011(88)はじめにムチンとは,多数のO-グリカンと結合した20万以上の分子量を示す高分子糖蛋白質の総称である.眼表面におけるムチンには,角結膜上皮細胞膜に存在している膜結合型ムチンと,結膜杯細胞から分泌される分泌型ムチンの2つに大別される.分泌型ムチンは,涙液3層(油層,水層,ムチン層)のうち,ムチン層の主成分であり,膜結合型ムチンと協働し,眼表面の保湿・保水作用,非接着分子として閉瞼時の眼瞼結膜上皮と角膜上皮の癒着防止作用,感染防御および拡散障壁作用など,重要な役割を果たしている1).渡辺2)は,涙液が眼表面上で広がるためには,分子量が大きく粘性の高い分泌型ムチンの存在が必要であり,分泌型ムチンの減少は,眼表面上皮層のどこかにムチン層でカバーしきれない部分を生じさせ,水層の表面張力の低下による涙液の安定化が損なわれ,涙液層破壊時間の短縮,ひいては角結膜上皮障害を誘導すると報告している.また,角結膜上皮障害を伴うSjogren症候群患者では,健常人に比して結膜上皮における分泌型ムチン(MUC5AC)の発現量が減少していることも報告されている3).さらに,ドライアイ患者に精製ムチン溶液を点眼することで,角結膜上皮障害が改善することも報告されている4).したがって,ドライアイ治療には,分泌型ムチンを涙液のムチン層へ補充することが効果的であると考えられる.ジクアホソルナトリウムは,P2Y2受容体に対してアゴニスト作用を有するジヌクレオチド誘導体である5).アカゲザルにおいて,P2Y2受容体は,結膜上皮細胞(杯細胞を含む)での発現が確認されており6),Fujiharaら7,8)は,invivoにてジクアホソルナトリウムが正常ウサギおよび正常ラットの結膜組織から糖蛋白質(ムチン)の分泌を促進することを報告している.本研究では,ウサギ結膜組織から分泌された糖蛋白質を定量的に評価できる系,enzyme-linkedlectinassay(ELLA)を用いてジクアホソルナトリウムの結膜組織からの糖蛋白質分泌促進作用およびその機序について検討した.I実験方法1.ジクアホソルナトリウム溶液の調製ヤマサ醤油にて製造されたジクアホソルナトリム(ジクアホソル)は,各試験に用いる溶媒,normalbicarbonatedRinger’ssolution(BR;111.5mMNaCl,4.8mMKCl,0.75mMNaH2PO4,29.2mMNaHCO3,1.04mMCaCl・2H2O,0.74mMMgCl2・6H2O,5.0mMd-glucose)およびMaullem’sbuffer(140mMNaCl,5mMKCl,10mMTrisbase,10mMHEPES,1.5mMCaCl2・2H2O,1mMMgCl2・6H2O,5mMd-glucose,5mMpyruvicacid,0.1%ウシ血清アルブミン)にて溶解した.2.ウサギ結膜摘出日本白色ウサギにネンブタール注射液(大日本住友製薬)を静脈注射にて全身麻酔し,腹部大動脈からの脱血により安楽殺した.ケイセイ替刃メスを用いて眼窩周囲に切り込みを入れ,眼窩との結合組織を.離させ,ハサミを用いて外眼筋および視神経を切断し,眼球が付いた状態で結膜を分離・摘出した.なお,本研究は,「動物実験倫理規程」,「動物実験における倫理の原則」,「動物の苦痛に関する基準」などの参天製薬株式会社社内規程を遵守し実施した.3.ウサギ結膜組織片作製眼瞼周囲の皮膚組織をハサミで切除し,結膜組織を広げ,4mm径トレパン(貝印)で打ち抜いて結膜組織片を作製した.BR中に,結膜組織片を入れ,5%CO2,37℃にて30分間安定化させた後,ムチン様糖蛋白質の解析あるいは定量に用いた.4.コムギ胚芽由来(WGA)レクチンの特異性a.組織学的検討WGAレクチンと結合する糖蛋白質の結膜上皮層での局在について組織学的に検討した.周囲の余分な脂肪,筋組織を除去した結膜組織を10%中性緩衝ホルマリン(pH7.2.7.4)にて室温で浸漬固定した.パラフィン包埋を行った後,約3μmの連続切片を薄切した.定法に従って過ヨウ素酸シッフ(PAS)染色およびビオチン化標識WGAレクチン(Vector)とホースラディッシュペルオキシダーゼ(HRP)標識アビジン(DAKO)を用いたWGAレクチン染色を行った.陰性対照には,WGAの特異的結合糖であるChitin(WAKO)の飽和溶液でWGAを吸収させた溶液を用いた.b.レクチンブロットWGAレクチンと結合する糖蛋白質の分子量を検討する目的で,ウサギ結膜組織培養上清液をSDS(sodiumdodecylsulfate)ゲルにて電気泳動し,レクチンブロットを実施した.すなわち,安定化させた結膜組織片を新たなBR中に入れ,5%CO2,37℃の条件で24時間培養した.セントリコン(Millipore)にて濃縮したサンプルをLaemmliSampleBuffer(BioRad)と混合し,95℃,5分間加熱処理した後,電気泳動し,PVDF(ポリビリニデンジフルオライド)膜にブロッティングした.洗浄液〔TBS(Tris-bufferedsaline)含有0.1%Tween20〕,ブロッキング液(1%ウシ血清アルブミン含有洗浄液)処理後,ビオチン化標識WGAレクチンおよびHRP標識アビジンを反応させた.最後に,ECL(enhancedchemiluminescent)westernblotdetectionreagent(Amersham)に浸して反応させ,Filmに感光して現像した.なお,陽性対照としてウシ顎下腺ムチン(Sigma)を用いた.(89)あたらしい眼科Vol.28,No.4,20115455.Enzymelinked.lectinassay(ELLA)によるムチン様糖蛋白質濃度測定安定化させた結膜組織片を各濃度の被験薬中に入れ,5%CO2,37℃の条件で所定の時間培養した.96穴マイクロプレートに検量線用のムチン(ウシ顎下腺ムチン)溶液および組織片培養上清液を添加し,固相化した.ビオチン化標識WGAレクチン,HRP標識アビジンに続き,tetramethylbenzidine溶液(Sigma)と反応させた後,マイクロプレートリーダーにて波長450nmの吸光度を測定した.カルシウムキレート剤の影響を検討する際は,1,2-bis-(o-aminophenoxy)ethane-N,N,N¢,N¢-tetraaceticacidtetra-(acetoxymethyl)ester:(BAPTA-AM:Calbiochem)をジクアホソルの添加前に60分間反応させ,培養上清液の回収は,ジクアホソル添加90分後に行った.6.結膜上皮細胞の単離結膜上皮細胞内のカルシウム濃度を測定する目的で,ウサギ結膜組織を摘出し,上皮細胞を単離した.すなわち摘出したウサギ結膜組織を約5mm四方に細切した後,1.2U/mLディスパーゼIIにて処理をした.結膜上皮層をコリブリ鑷子で回収し,トリプシン/EDTA(エチレンジアミン四酢酸)処理をした後,培養培地(15%FBS,5μg/mLinsulin,10ng/mLhumanEGF,40μg/mLgentamicininDMEM/F-12)にて,37℃,5%CO2の条件下で培養した.7.細胞内カルシウムイオン濃度測定単離2.4日後の結膜上皮細胞の培養培地をMaullem’sbufferに置換し,Kageyamaら9)の方法に従い,細胞内のカルシウムイオン濃度を測定した.すなわち,結膜上皮細胞は,5μMFura-2AM(WAKO)溶液にて30分間以上,37℃,5%CO2にて培養した.その後,再びMaullem’sbufferに置換し,被験薬を添加した後のFura-2の蛍光(340nmおよび380nm)強度を測定し,MetaFlourver.6.0.1を用いて,340nm/380nmの比を指標に細胞内のカルシウムイオン濃度を算出した.カルシウムキレート剤の影響を検討する際は,ジクアホソルの添加前にBAPTA-AMを60分間反応させた.8.統計解析EXSAS(アーム)を用いて,5%を有意水準として解析した.2群比較の場合は,薬剤無添加群に対するStudentのt検定,3群以上の比較には,薬剤無添加群に対するDunnettの多重比較検定を実施した.II結果1.WGAレクチンの特異性WGAレクチンと特異的に結合する糖蛋白質の局在を知る目的で,ウサギの結膜組織を用いて,WGAレクチンと反応する部位を組織学的に検討した.図1に示すように,PAS(図1a)およびWGA(図1b)陽性部位が,結膜の杯細胞中の粘液に認められた.また,WGAの反応は,特異的結合糖(N-acetyl-glucosamine)のポリマーであるChitinによって阻害された(図1c).したがって,WGAレクチンは,結膜杯細胞中の糖蛋白質と特異的に反応することが明らかになった.ウサギの結膜組織を培養した上清液に含まれるWGAレクチンと結合する糖蛋白質の分子量を明らかにする目的で,WGAレクチンによるレクチンブロットにて解析した.図2に示すように,陽性対照であるウシ顎下腺ムチンと同様,結膜組織培養上清液においても大部分が200kDa以上であった.したがって,WGAレクチンは高分子糖蛋白質,すなわちムチン様糖蛋白質に特異的に結合することが示唆された.2.摘出結膜組織からのムチン様糖蛋白質分泌促進作用ムチン様糖蛋白質濃度を測定できるWGAレクチンを用いたELLAで,ジクアホソルの結膜組織からのムチン様糖蛋白質分泌促進作用について検討した.図3に示すように,ジabc図1ウサギ結膜組織のPASおよびWGAレクチン染色像a:PAS染色,b:WGA染色,c:Chitin処理後のWGA染色.546あたらしい眼科Vol.28,No.4,2011(90)クアホソルの添加により,作用時間に依存して,培養上清中のムチン様糖蛋白質濃度は上昇した.また,その上昇作用は,いずれの培養時間においても薬剤無添加群に比し有意であった(図3a).濃度依存性の検討では,培養時間90分間の条件で,ジクアホソルによるムチン様糖蛋白質分泌は,濃度依存的に促進された(図3b).その効果は,ジクアホソル無添加群に比し10μM以上で有意であった.3.結膜上皮細胞内のカルシウムイオン濃度上昇作用ジクアホソルの結膜上皮細胞内のカルシウムイオン濃度に及ぼす影響について検討した.図4aに示すように,1.1,000μMジクアホソル溶液は,結膜上皮細胞の細胞内カルシウムイオン濃度を濃度依存的に上昇させ,100μMでほぼ最大反応であった.また,その上昇作用は,10μM以上の濃度でジクアホソル無添加群に比して有意であった.一方,図4bに示すように,100μMジクアホソル溶液による細胞内カルシウムイオン濃度の上昇作用は,3,10あるいは30μMBAPTA-AMの前処理により,濃度依存的に抑制された.また,その抑制作用は,10μM以上のBAPTA-AMの処理(kDa)12250150100755037図2ウサギ結膜組織培養上清中のWGAレクチン結合糖蛋白質の分子量分布レーン1:ウシ顎下腺ムチン.レーン2:ウサギ結膜組織培養上清液.培養時間(分)3001101001,0004.03.02.01.00.03.02.01.00.06090120ムチン様糖蛋白質濃度(μg/mL)ムチン様糖蛋白質濃度(μg/mL)ジクアホソル(μM)ab######□:薬剤無添加■:100μMジクアホソル******図3ウサギ結膜組織におけるジクアホソルのムチン様糖蛋白質分泌促進作用―作用時間(a)および濃度依存性(b)a:各値は3あるいは4例の平均値±標準誤差を示す.*:p<0.05,**:p<0.01,薬剤無添加群との比較(Studentのt検定).b:各値は4例の平均値±標準誤差を示す.ジクアホソルは,90分間反応させた.##:p<0.01,ジクアホソル無添加群との比較(Dunnettの多重比較検定).ジクアホソル(μM)細胞内カルシウムイオン濃度(nM)細胞内カルシウムイオン濃度(nM)BAPTA-AM(μM)00310301101001,0001,00080060040020001,0008006004002000####******ab図4ウサギ培養結膜上皮細胞におけるジクアホソルによる細胞内カルシウムイオン濃度上昇作用(a)およびカルシウムキレート剤の影響(b)a:各値は4例の平均値±標準誤差を示す.**:p<0.01,ジクアホソル無添加群との比較(Dunnettの多重比較検定)b:各値は4例の平均値±標準誤差を示す.BAPTA-AMは,100μMジクアホソル添加前に60分間反応させた.##:p<0.01,BAPTA-AM無添加群との比較(Dunnettの多重比較検定)(91)あたらしい眼科Vol.28,No.4,2011547により,BAPTA-AM無添加群に比して有意であった.4.ムチン様糖蛋白質分泌促進作用に及ぼすカルシウムキレート剤の影響ジクアホソルによる摘出結膜組織からのムチン様糖蛋白質分泌促進作用の機序を解明する目的で,カルシウムキレート剤の影響について検討した.表1に示す変化率は,各濃度のBAPTA-AM群において,100μMジクアホソル添加群によるムチン様糖蛋白質濃度をジクアホソル無添加群によるムチン様糖蛋白質濃度で除した値である.ジクアホソルの添加により,上清中のムチン様糖蛋白質濃度は約2.7倍上昇した.また,その上昇作用は,BAPTA-AMの前処理により濃度依存的に抑制され,その抑制作用は,10μMBAPTA-AM以上でBAPTA-AM無処理群に比して有意であった.III考按これまでに,Fujiharaら7,8)は,ウサギあるいはラットにジクアホソルを点眼することで,結膜上皮組織からのPAS陽性糖蛋白質(ムチン)の分泌が促進されることを組織学的な検討により報告している.しかし,その評価系は,invivoの試験であり,かつ手順が煩雑であるため,ジクアホソルのムチン分泌促進作用機序の検討を困難にしていた.Jumblattら10)は,ヒト結膜組織から分泌されたムチン量をレクチンによるドットブロットにて定量的に測定することを可能にした.そこで,Jumblattらの方法を参考に,今回筆者らは,被験サンプルをマイクロプレートに固相化させ,O-グリカン(N-acetyl-glucosamine)と特異的に結合するWGAレクチンを用いたELLA法で被験サンプル中のWGAレクチン結合性糖蛋白質濃度を定量的に測定する系を用いた.また,本ELLAの特異性を検討する目的で,WGAレクチンによるELLAにて検出される糖蛋白質の解析を行った.組織学的検討結果により,WGAレクチンと結合する糖蛋白質の局在は,結膜上皮組織中の杯細胞内であり,PAS陽性部位に一致していることが示された.また,レクチンブロットの結果,WGAレクチンと結合する蛋白質の分子量は,陽性対照の顎下腺ムチンと同様200kDa以上であった.したがって,WGAレクチンは,結膜杯細胞内の200kD以上の糖蛋白質,すなわちムチン様糖蛋白質に特異性が高いことが示された.つぎに,本ELLAを用いてジクアホソルのムチン分泌促進作用について検討した.ウサギ結膜組織からのムチン様糖蛋白質は,ジクアホソルの添加により,濃度依存的かつ時間依存的に増加した.Darttら11)は,ラット結膜組織からのムチン分泌は,細胞内のカルシウムイオン濃度に依存することを報告している.また,ヒト鼻腔粘膜上皮細胞において,P2Y2受容体作動薬により上昇した分泌型ムチン量は,カルシウムキレート剤により抑制することが報告されている12).そこで,ジクアホソルの結膜上皮細胞における細胞内カルシウムイオン濃度に及ぼす影響を検討した.その結果,10μM以上のジクアホソルにより,細胞内カルシウムイオン濃度は濃度依存的に上昇した.つぎに,ジクアホソルによるウサギ結膜上皮組織からのムチン様糖蛋白質分泌促進作用への細胞内カルシウムイオン濃度の関与について検討した.その結果,ジクアホソルにより上昇した細胞内カルシウムイオン濃度を抑制できる濃度のBAPTA-AM処理により,ジクアホソルによるムチン様糖蛋白質濃度の上昇は抑制された.以上より,ジクアホソルの結膜組織からのムチン様糖蛋白質分泌促進作用にも,細胞内のカルシウムイオン濃度の上昇が関与していることが明らかとなった.これまでに報告されているヒト線維芽細胞におけるP2Y2受容体を介した細胞内カルシウムイオン濃度の上昇説13)を基に結膜組織からのムチン様糖蛋白質の促進機序を考察すると,ジクアホソルが,結膜上皮細胞(杯細胞)上のP2Y2受容体に結合し,G蛋白を介してホスホリパーゼCを活性化し,イノシトール3リン酸を生成した結果,細胞内小胞体からのカルシウムイオンの放出を誘導し,分泌顆粒内に貯蔵されているムチンを分泌すると考えられた.ドライアイに伴う角結膜上皮障害に対する治療には,現在日本では,おもにヒアルロン酸ナトリウム点眼液が使用されている.ヒアルロン酸ナトリウム点眼液の薬理作用は,角膜上皮伸展促進作用および保水作用である.今回,ジクアホソルは,結膜杯細胞上のP2Y2受容体を介して細胞内カルシウムイオン濃度を上昇させることにより,ムチン様糖蛋白質の分泌を促進することが明らかになった.この作用機序は,ヒアルロン酸ナトリウム点眼液には認められないものであり,ジクアホソル点眼液は,新規作用機序を有するドライアイ治療薬としてヒアルロン酸ナトリウム点眼液では効果不十分であった病態に対しても治療効果を示すことが期待される.謝辞:本研究に協力いただきました村上忠弘博士,堂田敦義博士に深謝いたします.表1ウサギ摘出結膜組織におけるジクアホソルによるムチンン様糖蛋白質分泌促進作用に及ぼすカルシウムキレート剤の影響BAPTA-AM(μM)変化率(%)031030272.8±12.5242.7±9.9153.3±2.6**123.6±3.0**各値は4例の平均値±標準誤差を示す.BAPTA-AMは,ジクアホソル添加前に60分間反応させた.培養上清液は,ジクアホソル添加90分後に回収した.**p<0.01,BAPTA-AM無添加群との比較(Dunnettの多重比較検定).548あたらしい眼科Vol.28,No.4,2011文献1)GovindarajanB,GipsonIK:Membrane-tetheredmucinshavemultiplefunctionsontheocularsurface.ExpEyeRes90:655-663,20102)渡辺仁:ムチン層の障害とその治療.あたらしい眼科14:1647-1633,19973)ArguesoP,BalaramM,Spurr-MichaudSetal:DecreasedlevelsofthegobletcellmucinMUC5ACintearsofpatientswithSjogrensyndrome.InvestOphthalmolVisSci43:1004-1011,20024)ShigemitsuT,ShimizuY,IshiguroK:Mucinophthalmicsolutiontreatmentofdryeye.AdvExpMedBiol506:359-362,20025)PendergastW,YerxaBR,DouglassJG3rdetal:SynthesisandP2Yreceptoractivityofaseriesofuridinedinucleoside5¢-polyphosphates.BioorgMedChemLett11:157-160,20016)KompellaU,KimK,LeeVL:Activechloridetransportinthepigmentedrabbitconjunctiva.CurrEyeRes12:1041-1048,19937)FujiharaT,MurakamiT,NaganoTetal:INS365suppresseslossofcornealepithelialintegritybysecretionofmucin-likeglycoproteininarabbitshort-termdryeyemodel.JOculPharmacolTher18:363-370,20028)FujiharaT,MurakamiT,FujitaHetal:ImprovementofcornealbarrierfunctionbytheP2Y(2)agonistINS365inaratdryeyemodel.InvestOphthalmolVisSci42:96-100,20019)KageyamaM,FujitaM,ShirasawaE:Endothelin-1mediatedCa2+influxdosenotoccurthroughL-typevoltagedependentCa2+channelsinculturedbovinetrabecularmeshworkcells.JOcularPharmacol12:433-440,199610)JumblattMM,McKenzieRW,JumblattJE:MUC5ACmucinisacomponentofthehumanprecornealtearfilm.InvestOphthalmolVisSci40:43-49,199911)DarttDA,RiosJD,KannoHetal:RegulationofconjunctivalgobletcellsecretionbyCa2+andproteinkinaseC.ExpEyeRes71:619-628,200012)ChoiJY,NamkungW,ShinJHetal:Uridine-5¢-triphosphateandadenosinetriphosphategammaSinducemucinsecretionviaCa2+-dependentpathwaysinhumannasalepithelialcells.ActaOtolaryngol123:1080-1086,200313)FineJ,ColeP,DavidsonJS:Extracellularnucleotidesstimulatereceptor-mediatedcalciummobilizationandinositolphosphateproductioninhumanfibroblasts.BiochemJ263:371-376,1989(92)***

眼瞼に生じた皮膚粘膜クリプトコッカス症の1 例

2011年4月30日 土曜日

0910-1810/11/\100/頁/JCOPY(83)539《原著》あたらしい眼科28(4):539.541,2011cはじめに皮膚粘膜クリプトコッカス症は,Cryptococcusneoformansによる皮膚,皮下,粘膜の感染症で,原発巣の肺などから経血行性に散布される続発性のものと,外傷後などから感染する原発性のものとがある1).本症は,クリプトコッカス症の10.15%に生じ,特に顔面,頸部に多く,ついで四肢,体幹にもみられる1)が,眼瞼の発症の報告はまれである.今回,筆者らは,クリプトコッカスによる眼内炎から眼球癆に至り,2年後に同側の上下眼瞼に皮膚粘膜クリプトコッカス症を発症した症例を経験したので報告する.I症例患者:68歳,女性.既往歴:63歳から自己免疫性溶血性貧血(autoimmunehemolyticanemia:AIHA)にて,プレドニゾロンを2004年7月から2007年10月まで内服(30mgより漸減).サイクロフォスファミド(EndoxanPR)を2004年10月から2006年11月まで内服(100mgより漸減).飼育歴:文鳥,イヌ.現病歴:2005年12月8日左眼の霧視と痛みを訴え長岡赤十字病院眼科を受診した.矯正視力は右眼1.2,左眼0.6,眼圧は右眼18mmHg,左眼37mmHgと左眼の視力低下と眼圧の上昇を認めた.左眼の角膜は混濁し,前房内に細胞を認め,隅角検査では周辺虹彩前癒着を一部に認めた.右眼には異常を認めなかった.12月17日の胸部computedtomography(CT)にて右胸膜下に結節を認めたが,サルコイドーシスに特異的な所見ではなく,呼吸器症状もないことから内科にて経過観察となった.〔別刷請求先〕佐々木藍季子:〒940-2085長岡市千秋2-297-1長岡赤十字病院眼科Reprintrequests:AkikoSasaki,M.D.,DivisionofOphthalmology,NagaokaRedCrossHospital,2-297-1Sensyu,Nagaoka-shi,Niigata940-2085,JAPAN眼瞼に生じた皮膚粘膜クリプトコッカス症の1例佐々木藍季子*1,2橋本薫*1,2田中玲子*1,2武田啓治*1*1長岡赤十字病院眼科*2新潟大学医歯学総合研究科生体機能調節医学専攻感覚統合医学講座視覚病態学分野ACaseofEyelidCutaneousandMucocutaneousCryptococcosisAkikoSasaki1,2),KaoruHashimoto1,2),ReikoTanaka1,2)andKeijiTakeda1)1)DivisionofOphthalmology,NagaokaRedCrossHospital,2)DivisionofOphthalmologyandVisualScience,GraduateSchoolofMedicalandDentalSciences,NiigataUniversity眼瞼の皮膚粘膜クリプトコッカス症を経験したので報告する.68歳,女性,既往歴に自己免疫性溶血性貧血(AIHA)がある.クリプトコッカスによる左眼の眼内炎にて眼球癆に至ったが,その2年後に左眼瞼に腫瘍状の硬結を認めた.切除後の病理診断はクリプトコッカス症であった.イトラコナゾールの内服にて再発なく経過している.免疫抑制患者,基礎疾患を有する患者,真菌症の既往を有する患者に,腫瘍様の皮膚病変を認めたときは,常に真菌症を念頭に置いておく必要がある.Wereportacaseofcutaneousandmucocutaneouscryptococcosisintheeyelid.Thepatientwasa68-year-oldfemalewithautoimmunehemolyticanemia(AIHA)whohadbeentreatedforendophthalmitisinherlefteye,causedbyCryptococcus,butitresultedinphthisis.Twoyearslater,somethingresemblingatumorapearedinherleftverticaleyelid.Weresectedpartoftheeyelidandfoundcryptococcosisuponpathologicalanalysis.Sincetreatmentwithitraconazolethepatienthasbeenwell,withoutrelapses.Weshouldkeepmycosisinmindwhentreatingpatientsinimmunosuppressedcondition,patientswithunderlyingdisordersorpatientswhohaveahistoryoffungalinfection.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)28(4):539.541,2011〕Keywords:皮膚粘膜クリプトコッカス症,眼瞼,自己免疫性溶血性貧血,イトラコナゾール.cutaneousandmucocutaneouscryptococcosis,eyelid,autoimmunehemolyticanemia(AIHA),itraconazole.540あたらしい眼科Vol.28,No.4,2011(84)左眼のぶどう膜炎として,ステロイド,眼圧降下剤と散瞳薬の点眼治療を行い,眼圧は低下したが,2006年2月1日左眼に前房蓄膿を認めた.前房水培養で酵母菌を認め,血液検査にて血中クリプトコッカス抗原も陽性であったことより,クリプトコッカスによる眼内炎と診断した.イトラコナゾール200mg/日の内服を開始し前房蓄膿は消失したが,2カ月後再び出現したため,4月25日超音波白内障手術,硝子体手術を施行した.左眼の術後矯正視力は0.06となった.7月14日再び前房内に白色菌塊を認めたため,ボリコナゾール400mg/日の内服と硝子体手術を施行した.前房水培養にてクリプトコッカス抗原は陰性となったものの,9月より左眼球癆となり,その後経過観察となった.2008年6月頃から左上眼瞼が発赤し,痛みが出ることがあった.11月14日再診日に,左上眼瞼に結節状の硬結を認め,腫瘍を考え生検した.病理学検査では,hematoxilineosin染色(HE染色)にて組織球に類似した細胞の増生が認められ(図1),免疫染色CD68では陽性であったため,線維性組織球腫の疑いと診断された.10週間後,下眼瞼にも同様の硬結とびらんが出現したため(図2),2009年2月17日左上下眼瞼の部分切除術を施行した.切除標本では,HE染色によく染まる球体を多数認めたため,periodicacid-Schiff染色(PAS染色)を施行し,PAS染色陽性の菌体を認め(図3),クリプトコッカス症と診断した.血液検査にて,血中クリプトコッカス抗原陽性であったため,イトラコナゾール200mgの内服を開始した.5月29日血中クリプトコッカス抗原陰性となり,下肢の浮腫などの副作用も認めていたため,イトラコナゾールの内服を中止した.6カ月後の血中クリプトコッカス抗原は陰性であり,眼瞼部にも硬結など認図1生検時の病理組織像(HE染色,×200)多数の組織球を認める.薄いがエオジンに染まった菌体と考えられる球体も認められる(矢印).図3切除標本の病理組織像(PAS染色,×100)多数の球体を認める.菌体の表面(矢頭)がPAS染色陽性に染まるが,周囲の莢膜(矢印)は染色されず白く抜けてみえる.図2術前の左眼左上下眼瞼に著しい結節状の硬結とびらんを認める.図4術後の左眼術後6カ月後.術前にみられた硬結は切除され眼瞼の形状は保たれているが,睫毛は一部を除いて消失している.(85)あたらしい眼科Vol.28,No.4,2011541めなかった(図4).以後,再発せず経過している.II考按クリプトコッカス症はCryptococcusneoformansによる感染症で,ハトの糞や土壌に多く存在する.悪性腫瘍,膠原病,血液疾患,ステロイド長期内服歴のある患者で,日和見感染として発症することが多い.原発巣は経気道的に肺が多く,血行性に全身に散布されうる.皮膚,皮下,粘膜に病変をきたすものが皮膚粘膜クリプトコッカス症であり,多くが血行性に播種される続発性であるが,まれに,傷などから経皮的に菌体が接種され病変を生じる原発性のものもある1).本症例は,血中クリプトコッカス抗原が陽性であったことから血行性散布による続発性と考えられるが,同側のクリプトコッカスによる眼内炎後に発症しており,患側の眼瞼と眼内炎後の眼球とが長期間接触していたことによる経結膜的な接種も否定できない.2005年12月17日の胸部CTにて認められた肺の結節も,内服治療後である2009年4月30日には縮小しており,クリプトカコッカスであった可能性があり,このことより眼内炎も肺からの血行性で生じたと考えられる.さらに本患者は文鳥の飼育歴があり,断定はできないがペットからの感染であった可能性が高い.本症の臨床像は,丘疹,膿疱,皮下結節,蜂窩織炎様,潰瘍など多彩であり,診断が困難なことが多く,生検,培養で菌体を同定することで確定する.生検ではPAS染色やGrocott染色が有用である.治療は,病変が小さく局所的な原発性のものでは外科的切除のみで十分なこともある2).続発性では,抗真菌薬の全身投与が必要であり,血中クリプトコッカス抗原が陰性になるまで継続する.抗真菌薬はアゾール系であるフルコナゾール,ホスフルコナゾール,イトラコナゾール,ボリコナゾール,ポリエン系であるアムホテリシンB,リポゾーマルアムホテリシンBなどが使用される3).ただし,カンジダ属やアスペルギルス属の細胞壁に豊富な1,3-b-dグルカンの合成阻害薬であるキャンディン系は,1,6-b-dグルカンが主体の細胞壁をもつクリプトコッカス属には抗真菌活性を有さない4,5).眼科領域では,真菌による眼内炎,網脈絡膜炎,視神経炎,髄膜炎に伴う脳圧亢進による乳頭浮腫,乳頭萎縮,外眼筋麻痺の報告例はみられる6,7)が,皮膚粘膜クリプトコッカス症の報告は少ない.調べた限りでは,わが国では北条らの瞼結膜に発症した1例のみで2),国外では眼瞼部に発症した2例8,9)と,眼周囲の壊死性筋膜炎として発症した1例10)のみである.北条らの報告では,外科的切除のみで治癒しており,眼瞼部に発症した2例は,生検と抗真菌薬の全身投与にて良好な経過をたどっている.壊死性筋膜炎の症例では,3回にわたる全身麻酔下のデブリドマンと,抗真菌薬の全身投与で治癒している.これに対し,眼科領域以外での皮膚粘膜クリプトコッカス症の報告では,基礎疾患を有する患者の予後は,髄膜炎,敗血症,肺炎などの併発や基礎疾患の増悪により死亡例が多い3,11,12).筆者らは,皮膚粘膜クリプトコッカス症の診断経験がなく,クリプトコッカスによる眼内炎の既往があったにもかかわらず,同側眼瞼に発症した腫瘍様病変がクリプトコッカス由来であるとは想定できなかった.そのため生検時もクリプトコッカスを想定した特殊染色をせず,診断は線維性組織球腫の疑いとなった.しかし,生検時の標本中の多数の組織球は,実際はクリプトコッカスに反応し,浸潤したものと考えられる.適切な染色がされなければ,一度の病理学検査では診断困難なこともあるため,免疫抑制患者,基礎疾患を有する患者,真菌症の既往を有する患者に生じた原因不明の皮膚の腫瘍様病変では,真菌症を念頭に置いておく必要がある.また,免疫抑制患者では,ペットから感染が起こる危険性もあり,医療者として感染症の知識を教示することや,ペットとの関わりを指導することも感染症予防にとって重要であると考えられる.文献1)松田哲男,松本忠彦:細菌・真菌性疾患.最新皮膚科学大系14,p281-284,中山書店,20032)北条昌芳,阿部俊明,鹿野哲哉ほか:眼瞼結膜に限局したクリプトコッカス症の1例.臨眼57:1254-1255,20033)齊藤聖子,松田理恵,浦野芳夫ほか:皮膚クリプトコッカス症─成人T細胞白血病リンパ腫に合併した例─.皮膚病診療31:451-454,20094)時松一成:深在性真菌症に対する抗真菌薬療法─薬剤の特性を考えて─.JpnJMedMycol49:137-141,20085)青山久美,山中正義,門松賢:皮膚クリプトコッカスの1例.臨皮59:915-917,20056)岩波美陽,沖理通子,大原國俊:薬物療法が著効した進行性真菌性眼内炎の1例.臨眼54:1787-1790,20007)安達真由美,松井久未子,中林容子ほか:自己免疫性溶血性貧血に対して副腎皮質ステロイド投与中に全盲,難聴を伴うクリプトコッカス髄膜炎を発症した一症例.山口医学57:9-14,20088)CocciaL,CalistaD,BoschiniA:Eyelidnodule:asentinellesionofdisseminatedcryptococcosisinapatientwithacquiredimmunodeficiencysyndrome.ArchOphthalmol117:271-272,19999)SouzaMB,MeloCS,SilvaCSetal:Palpebralcryptococcosis:casereport.ArqBrasOftalmol69:265-267,200610)Doorenbos-BotAC,HooymansJM,BlanksmaLJ:PerorbitalnecrotizingfasciitisduetoCryptococcusneoformansinahealthyyoungman.DocOphthalmol75:315-320,199011)三浦貴子,川上佳夫,大塚幹夫ほか:クリプトコッカス症─肝硬変患者に蜂窩織炎で発症し,不幸な転機をとった例.皮膚病診療31:455-458,200912)小寺華子,田中達朗,成澤寛:悪性関節リウマチに合併し,再燃を認めた皮膚クリプトコッカス症.臨皮56:23-25,2002

両眼性弦月型先天性水晶体欠損の1 例

2011年4月30日 土曜日

536(80あ)たらしい眼科Vol.28,No.4,20110910-1810/11/\100/頁/JC(O0P0Y)《第49回日本白内障学会原著》あたらしい眼科28(4):536.538,2011cはじめに水晶体欠損は,胎生期の眼杯裂閉鎖不全やZinn小帯自体の発育不全などが原因で生じるまれな疾患である.水晶体に付着するZinn小帯線維が分節的に欠損あるいは疎になることで,水晶体線維細胞の赤道部における伸長・造形あるいは形態維持に異常をきたし,Zinn小帯欠損に対応する部分の水晶体赤道部にくぼみが生じると考えられている1).今回筆者らは,全身症状を伴う先天性水晶体欠損の1例を経験したので報告する.I症例患者:41歳,男性.主訴:両眼視力低下.家族歴:特記すべきことなし.全身所見:精神発達遅滞,肥満,難聴を認める.現病歴:生来両眼とも視力不良であった.近医で両眼の水晶体異常を指摘され,当科へ紹介となった.当科初診時の右眼視力は0.05(矯正不能),左眼視力は0.15(矯正不能)であった.眼圧は右眼17mmHg,左眼17mmHgであった.眼位は外斜視を呈していた.前眼部に明らかな異常所見は認めなかったが,中間透光体では両眼とも水晶体の耳側,および同部位のZinn小帯の欠損を認めた(図1,2).水晶体の動揺はなく,瞳孔膜遺残,隅角形成不全,明らかな水晶体偏位など認めず,眼底もぶどう膜欠損,視神経乳頭異常,網膜.離などの異常所見を認めなかった.水晶体切除術の適応も考えられたが,生来弱視であったため,現在も日常生活にあまり不自由を感じておらず,家族の希望もあり経過観察することとしたが,初診時より2年以上経過した時点でも,初診時の所見と比較して明らかな変化を認めず経過中である.〔別刷請求先〕森下清太:〒569-8686高槻市大学町2-7大阪医科大学眼科学教室Reprintrequests:SeitaMorishita,M.D.,DepartmentofOphthalmology,OsakaMedicalCollege,2-7Daigaku-cho,Takatsuki-shi,Osaka569-8686,JAPAN両眼性弦月型先天性水晶体欠損の1例森下清太佐藤孝樹鈴木浩之石崎英介植木麻理菅澤淳池田恒彦大阪医科大学眼科学教室ACaseofBilateralSickleTypeofCongenitalLensColobomaSeitaMorishita,TakakiSato,HiroyukiSuzuki,EisukeIshizaki,MariUeki,JunSugasawaandTsunehikoIkedaDepartmentofOphthalmology,OsakaMedicalCollege目的:先天性水晶体欠損は胎生期の眼杯裂閉鎖不全,Zinn小帯の発育不全などが原因で水晶体線維細胞の赤道部での伸長・造形あるいは形態維持に異常をきたす疾患である.今回,筆者らは全身症状を伴う両眼性弦月型先天性水晶体欠損の1例を経験したので報告する.症例:41歳,男性.生来両眼とも視力不良.近医で両眼の水晶体異常を指摘され,当科へ紹介.両眼とも水晶体の耳側およびZinn小帯の欠損を認めた.右眼矯正視力0.05,左眼矯正視力0.15.右眼は外斜視.眼圧は正常,前眼部および眼底に異常所見は認めず.精神発達遅滞,難聴および肥満があった.家族歴に特記すべきことはない.結論:全身疾患を伴った両眼性弦月型先天性水晶体欠損の1例を経験した.Purpose:Toreportacaseofbirlateralsickletypeofcongenitallenscolobomaassociatedwithsystemicsymptoms.Case:A41-year-oldmalewasreferredtoourhospitalforexaminationofhisbirth-defect-relatedbilateralvisualdisturbance.ThepatientexhibitedbilaterallenscolobomaanddeficiencyofthezonuleofZinnattheidenticalpositioninbotheyes.Hisbest-correctedvisualacuitywas0.05intherighteyeand0.15inthelefteye.Noabnormalfindingwasdetectedinthepatient’santeriorsegmentsandocularfunduswithoutexotropia.Hehadsystemicsymptomsofmentalretardation,hearingloss,andobesity,withnoreportedfamilyhistory.Conclusions:Weexperiencedacaseofbilateralsickletypeofcongenitallenscolobomawithsystemicsymptoms.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)28(4):536.538,2011〕Keywords:水晶体欠損,Zinn小体欠損,全身症状.lenscoloboma,defectofZinn’szonule,systemicsymptoms.(81)あたらしい眼科Vol.28,No.4,2011537II考按水晶体欠損はZinn小帯自体の発育異常や胎生期の眼杯の閉鎖不全などによって起こる.過去には1899年にKaempfferが132例の症例をまとめて報告し,分類している2)が,その後の報告例は少なく,まれな疾患である.その報告によると,片眼性であることが多く,欠損は下方に起こりやすく,水晶体欠損部位にZinn小帯を欠くことが多い,とされている.また,欠損の形態により5つのタイプに分類され,切り込み型(Einkerbung),三角型(Dreieck),楕円型(Ellipse),切断型(Segment),弦月型(Sickle)があるとしている.本症例は両眼とも弦月型の欠損をきたしていた.また,Kaempfferは水晶体欠損の成因も6つの仮説をまとめている.①Oettingenの胎生期Zinn小帯発育不全説,②Manz,Hessらの中胚葉組織による水晶体の受動的圧迫説,③Cisselの水晶体成分中に障害があり,発育不全をきたすとする説,④Deutschmannの炎症説,⑤Bachの過大水晶体による圧迫説,⑥Heylの硝子体動脈などの血管の発育不良説である.本症例では水晶体欠損部でZinn小帯も完全に欠損しており,水晶体の辺縁の形状は円形のカーブではなく,やや直線的な形状であったため,水晶体偏位ではなく水晶体欠損と判断した.確認できる範囲では水晶体の混濁はなく,水晶体の動揺はみられなかった.水晶体以外の眼組織には胎生期の遺残なども含め,明らかな異常を認めなかった.これらのことより,本症例ではZinn小帯の発育不全により弦月型の水晶体欠損が生じたと考えられた.眼合併症としては屈折異常,白内障,水晶体偏位,瞳孔膜遺残,ぶどう膜欠損,毛様体.胞,隅角形成不全,緑内障などがある1,3,4).まず無散瞳下にて,水晶体のある部分,水晶体のない部分のどちらで視力を得ているかを判断し,屈折矯正で視力の向上が望めないなら手術療法を行う5).屈折矯正にて視力の改善がない場合,小学校就学前後に手術適応を決めるほうがよいとされている.手術は経毛様体扁平部水晶体吸引術や水晶体乳化吸引術にて水晶体の切除を行う.眼内レンズの偏位の可能性も考慮し,眼内レンズ毛様溝縫着術が好ましいと考えられるが,.内に挿入した報告もある6).本症例では水晶体乱視や高次収差の増加により視機能が低下している可能性も考えられるが,生来の水晶体欠損であり,屈折性弱視をきたしており,良好な視力予後は期待できないと考えた.さらに,日常生活に不自由を感じておらず,合併症を考慮し手術加療は選択しなかった.しかし,水晶体欠損はいったん欠損が形成されたあと徐々に拡大していく可能性があるという報告もあり7),注意深い経過観察が必要と考えられた.水晶体形態異常をきたす遺伝性疾患はいくつかあげられる.Marfan症候群は痩せ型,長身,くも状指などの外観を呈する疾患であり,水晶体偏位は50~80%に認められ,上耳側への偏位が多くみられる.ホモシスチン尿症は,50%以上に精神発達遅滞を認める.水晶体偏位をきたすが,偏位は3~10歳のあいだに起こり,Marfan症候群とは逆で,下方への偏位を多く認める.また,水晶体の硝子体腔への落下もMarfan症候群の約2倍の頻度といわれている.Weil-Marchesani症候群はMarfan症候群とは反対の身体症状を呈し,短躯,短指が特徴である.遺伝性腎炎8),特にAlport症候群では感音性難聴をきたす遺伝性疾患で,腎不全をきたす疾患である.50%以下で水晶体異常などの眼合併症を認める.その他にも,先にあげた成因より,中胚葉性の先天異常を水晶体のある部分水晶体のない部分図1右眼,耳側の水晶体欠損欠損部はZinn小帯も欠損している.水晶体のある部分水晶体のない部分図2左眼,耳側の水晶体欠損右眼と同様,耳側に水晶体およびZinn小帯の欠損を認める.538あたらしい眼科Vol.28,No.4,2011(82)きたす疾患においては水晶体欠損を合併している可能性があると考えられ,これらの疾患をもつ患者においては眼科的精査も十分に行われるべきである.本症例では全身所見として精神発達遅滞,肥満,難聴を認め,何らかの全身疾患の合併が疑われた.あてはまるような疾患は調べた限り見あたらなかったが,遺伝子診断などは施行しておらず,今後,小児科とも精査を進めていく予定である.文献1)山名隆幸,池田華子:水晶体水晶体欠損.眼科プラクティス18,p411,文光堂,20072)KaempfferR:Colobalentiscongenitum.AlbrechtvGraefe’sArchklinexpOphtal48:558-637,18993)杉浦毅,加藤雄一,国松志保ほか:水晶体欠損症に合併した毛様体.胞によって眼内レンズ偏位を生じたと推測される1症例.眼科43:823-829,20014)大久保潔,竹内晴子,並木真理:水晶体欠損の父子例に見られたPigmentaryGlaucomaと隅角形成不全.眼紀39:586-591,19885)田淵昭雄:水晶体偏位.眼科診療プラクティス27.小児視力障害の診療,p94-96,文光堂,19976)長尾泰子,高須逸平,岡信宏隆ほか:両眼先天性水晶体欠損に対して水晶体乳化吸引術および眼内レンズ挿入術を施行した1例.臨眼60:197-200,20067)今裕,徐魁.,櫻木章三:先天性水晶体欠損の1例.眼紀49:262-264,19988)甘利富士夫,戸塚清一,鷲沢一彦:遺伝性腎炎に合併した水晶体欠損.眼紀42:1369-1373,1991***