0910-1810/11/\100/頁/JCOPY(75)531《第49回日本白内障学会原著》あたらしい眼科28(4):531.535,2011cはじめに2006年にアルコン社で発売されたハンドピースOZilでは左右への首振り回転(torsional)動作による水晶体乳化吸引(phacoemulsificationandaspiration:PEA)が可能となった.従来のlongitudinalPEAでは縦振動で水晶体核をはじいてしまうのに対して,torsionalPEAは,核の破砕力が強い,核を蹴らない,熱が発生しない,静かといった利点がある1).しかし,torsionalPEAでは器具の接触によらない虹彩色素脱出(dispersionofirispigments:DI)を生じることがある2).ハンドピースOZilでは先端の曲がったケルマン(Kelman)チップを用いる.今回筆者らは,ケルマンチップの曲り20°と12°でのDIの発生頻度を調べたうえ,12°曲りチップを用いた症例で,どのような要素がDIの発生と関係があるか調べ,その発生原因を検討し,若干の対策を考察した.I対象および方法対象は2009年1月から7月までの間に京都博愛会病院でアルコン社製インフィニティRビジョンシステムでtorsionalPEAを使用して白内障手術を行った180例245眼である.〔別刷請求先〕辰巳郁子:〒603-8041京都市北区上賀茂ケシ山1京都博愛会病院眼科Reprintrequests:IkukoTatsumi,M.D.,DepartmentofOphthalmology,KyotoHakuaikaiHospital,1Keshiyama-Kamigamo,Kita-ku,KyotoCity,Kyoto603-8041,JAPANTorsionalPhacoemulsificationと虹彩色素脱出の関係辰巳郁子*1上田直子*1西山佳寿子*2板谷正紀*3*1京都博愛会病院眼科*2大阪市立総合医療センター眼科*3京都大学大学院医学研究科感覚運動系外科学講座眼科学RelationshipbetweenTorsionalPhacoemulsificationandIrisPigmentDispersionIkukoTatsumi1),NaokoUeda1),KazukoNishiyama2)andMasanoriHangai3)1)DepartmentofOphthalmology,KyotoHakuaikaiHospital,2)DepartmentofOphthalmology,OsakaCityGeneralHospital,3)DepartmentofOphthalmologyandVisualSciences,KyotoUniversityGraduateSchoolofMedicineOZiltorsionalphacoemulsification(torsionalPEA)による,虹彩色素脱出(dispersionofirispigments:DI)の発生原因について検討した.対象はtorsionalPEAを使用して行った白内障手術の連続症例180例245眼で,DIの程度で2段階に分けた.DIの発生はチップ先端部の曲り角度12°のほうが,20°を用いた場合より少なかった.12°チップでDIの発生との関係が考えられる要素を調べた.DIは,核硬度がEmery-Little分類の2度以下より3度以上の群で発生頻度が高く,程度も強かった.前房深度とは有意差はなかった.DIの程度が強い群では有意に累積使用エネルギー値(cumulativedissipatedenergy:CDE)は大きくなった.角膜切開は23眼のみであったが,角膜切開ではDIは認めなかった.核が硬くエネルギーを多く使ったほうがDIは生じやすいことがわかったが,軟らかい核でもDIを認めることがあり,その原因は不明であった.ハンドピースOZilの設定条件の変更でDIを減らせる可能性がある.Weinvestigatedirispigmentdispersion(DI)asacomplicationaftercataractsurgerywithtorsionalphacoemulsification,usingOZil.Thesubjectscomprised245eyesof180consecutivepatients.WeclassifiedDIinto2degreesaccordingtotheirseverity.DIoccurredlessoftenwiththe12°tipthanwiththe20°tip.WeevaluatedthefactorsproducingDIwiththe12°tip.DIoccurredmorefrequentlyineyeswithhighergradesofnucleusdensity,accordingtotheEmery-Littleclassification.Noassociationwasfoundwithanteriorchamberdepth.Cumulativedissipatedenergy(CDE)significantlyincreasedaccordingtothedegreeofDI.DIwasnotfoundincaseswithcornealincision,thoughthiswasperformedinonly23eyes.AlthoughthecauseofDIisunkown,thereisapossibilityofreducingitsoccurrencebychangingInfinitiR’smodeorparameterstolowerultrasoundenergyduringsurgery.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)28(4):531.535,2011〕Keywords:torsionalphacoemulsification,虹彩色素脱出,累積使用エネルギー値.torsionalphacoemulsification,dispersionofirispigments,cumulativedissipatedenergy(CDE).532あたらしい眼科Vol.28,No.4,2011(76)そのうち,2009年1月に施行した28例34眼はケルマンチップの曲り20°(0.9mmマイクロテーパーABSRチップ30°の20°曲りチップ:以下,20°チップ)を用い,2009年2月から7月までの間に施行した152例211眼はケルマンチップの曲り12°(0.9mmミニフレアーABSRチップ30°OZill12の12°曲りチップ:以下,12°チップ)を用いた.前者の平均年齢は76.1歳(58~91歳),後者の平均年齢は76.2歳(56~99歳)で,術者は3名である.手術条件は,OZilcustompulse〔longitudinalphacopower20%(リニアモード),ontime50ms(リニアモード),offtime10ms(フィックスモード)〕,〔torsionalphacopower50%(フィックスモード),ontime500ms(リニアモード),offtime0ms〕の設定を基準とし,核硬度によりパワーを上げた.吸引圧は250mmHg,吸引流量25ml/min,ボトル高70cm,使用スリーブは0.9mmマイクロスリーブである.12°チップを使用した211眼のうち,2.75~2.8mmの強角膜切開は188眼,2.75mmの角膜切開は23眼であった.DIの程度を2段階に分け,明らかなDIを認めその大きさが虹彩幅の1/2以下のものを「プラス:以下,+」群,DIの大きさが虹彩幅の1/2を超えるものを「ツープラス:以下,++」群とした(図1).12°チップを使用した症例で,Emery-Littleの分類で核硬度2度以下の群と3度以上の群でのDIの発生頻度を調べ,DIの程度と前房深度,眼軸長,累積使用エネルギー値(cumulativedissipatedenergy:CDE)に関係があるか調べた.また,強角膜切開と角膜切開とでDIの発生や角膜内皮細胞の減少に差があるか調べた.さらに,ヒアロン酸ナトリウム(ヒーロンVR)とヒアロン酸ナトリウム・コンドロイチン硫酸エステルナトリウム(ビスコートR)の使用がDIの発生予防に効果があったか検討した.統計学的有意差は,Mann-Whitney検定を用い,p<0.05を有意とした.II結果1.USチップの角度での比較今回検討期間の2009年1月の20°チップを使用した34眼と,2009年2月から7月までの12°チップを使用した211眼でDIの発生頻度に差があるか調べた(表1).20°チップでは64.7%にDIを認めたのに対し,12°チップでは36.5%の発生率と,曲り角度を小さくすることでDIの発生率は減少した.DIが虹彩幅の1/2を越える「++」群の発生頻度は20°チップと12°チップで同じであったが,20°チップでは虹彩表層が.ぎとられたような強いDIを認めることもあったのに対し,12°チップではそのような強いDIを認めることはなかった.2.核硬度での比較核硬度2度以下と3度以上で分けると,硬い群のほうがDIの発生頻度・程度は強くなる傾向を認めた(図2).3.前房深度での比較前房深度とDIの関係は,「++」群で前房が浅い傾向を認めたが,各々の群で有意差は認めなかった(図3).今回の症例での平均前房深度±1SD(標準偏差)は2.96±0.43mmであった.前房深度がmean.1SD以下の浅い群と,mean+1SD以上の深い群でDIの発生頻度をみると,浅い群のほうがDIを生じやすい傾向を認めた(図4).図1虹彩色素脱出の分類左:DIが虹彩幅の1/2以下のものを「+」群,右:DIが虹彩幅の1/2を超えるものを「++」群とした.2度以下(126眼)3度以上(85眼)0%20%40%60%80%100%虹彩色素脱出□:0■:+■:++図2核硬度とDIの関係核硬度3度以上の群は2度以下の群に比し,DIの発生頻度・程度は強くなった.表120°チップ,12°チップでのDIの発生頻度虹彩色素脱出20°チップ2009年1月(34眼)12°チップ2009年2月~7月(211眼)012眼(35.3%)134眼(63.5%)+20眼(58.8%)64眼(30.3%)++2眼(5.9%)13眼(6.2%)20°チップでは64.7%にDIを認めたのに対し,12°チップでは36.5%の発生率で,曲がり角度を小さくすることでDIの発生率は減少した.(77)あたらしい眼科Vol.28,No.4,20115334.眼軸長での比較眼軸長とDIの関係は,各々の群で有意差は認めなかった(図5).5.CDEでの比較CDEとDIでは各々の群で有意差を認め(0と+間でp<0.05,+と++間でp<0.01,0と++間でp<0.01),DIが強くなるほど有意にCDEも大きくなった(図6).6.切開場所での比較通常は11時の位置で2.75~2.8mmの強角膜切開を用いたが,緑内障による視野変化を認める症例では11時の位置で角膜切開を施行した.角膜切開を行った症例は23眼であったが,この23眼すべてでDIは認めなかった.術前後の角膜内皮細胞密度は,術後1カ月の時点で強角膜切開では2.9%の減少,角膜切開では1.6%の減少で,両者に有意差は認めなかった(図7).7.ヒアロン酸ナトリウム(ヒーロンVR)とヒアロン酸ナトリウム・コンドロイチン硫酸エステルナトリウム(ビスコートR)使用での比較ヒアロン酸ナトリウムは前房の浅い症例(18眼),ヒアロン酸ナトリウム・コンドロイチン硫酸エステルナトリウムは角膜内皮細胞密度の少ない症例と非常に硬い核の症例(7眼)0+++3.53.43.33.23.132.92.82.7前房深度(mm)虹彩色素脱出の程度図3前房深度とDIの関係DI「++」群で前房は浅い傾向を認めたが,有意差はなかった.025.52524.52423.52322.5+虹彩色素脱出の程度眼軸長(mm)++図5眼軸長とDIの関係眼軸長とDIとの間には有意差は認められなかった.0%20%40%60%80%100%2.53mm以下(36眼)3.39mm以上(33眼)虹彩色素脱出□:0■:+■:++図4前房深度が浅い群と深い群でのDIの発生頻度前房深度がmean.1SDの2.53mm以下の群ではmean+1SDの3.39mm以上の群に比し,DIの発生頻度は高くまた程度の強い症例も多くなった.表2ヒーロンVRとビスコートR使用例でのDIの発生頻度虹彩色素脱出全体(211眼)ヒーロンVR(18眼)ビスコートR(7眼)0134眼(63.5%)12眼(66.7%)5眼(71.4%)+64眼(30.3%)4眼(22.2%)2眼(28.6%)++13眼(6.2%)2眼(11.1%)0眼(0%)前房の浅い症例でヒーロンVRを,角膜内皮細胞密度の少ない症例と硬い核でビスコートRを使用したが,それぞれの使用症例で明らかなDIの減少は認めなかった.0CDE50403020100*****+虹彩色素脱出の程度++図6CDE(累積使用エネルギー値)とDIの関係*p<0.05,**p<0.01.DIが強い群ほど有意にCDEの値も大きくなった.強角膜切開(183眼)3,0502,9502,8502,7502,6502,5502,4502,3502,250□:術前■:術後1カ月角膜内皮細胞密度(cells/mm2)角膜切開(22眼)図7強角膜切開と角膜切開での手術前後の角膜内皮細胞密度の変化角膜切開の23例ではDIを認めなかったが,術後1カ月の時点で角膜内皮細胞密度は,強角膜切開では2.9%の減少,角膜切開では1.6%の減少で両者の間に有意差は認められなかった.534あたらしい眼科Vol.28,No.4,2011(78)に使用したが,それぞれの使用症例でのDIの発生頻度と全体の症例でのDIの発生頻度で差は認められなかった(表2).III考按ハンドピースOZilは超音波チップの前後運動のほかに,左右への高速(32,000Hz)の首振り回転(torsional)動作によるPEAが可能になったハンドピースである.前後運動であるlongitudinalPEAとtorsionalPEAは術者の好みで種々の組み合わせをすることができる.TorsionalPEAのみを使用すると吸引が核破砕のスピードに間に合わず,チップの詰まった経験があり,核の詰まりを予防するため今回はlongitudinalPEAも少し併用する設定で手術を施行した.ハンドピースOZilを用いると,核を蹴らず,核の破砕力が強く,静かで1),熱の発生が少なく3,4),torsionalphacopowerを100%にしても創口のburnを生じない4)など,侵襲の少ない手術を行うことができる.TorsionalPEAとlongitudinalPEAの比較で,前者を用いたほうがCDEも少なく5),手術時間も短く5,6),術中灌流量も少なく6),角膜内皮細胞に対する影響も少ない5~7)といった多くの報告がある.Castroら8)は,灌流液にビーズを流した実験でtorsionalPEAとlongitudinalPEAのビーズの流れ差を示し,ビーズがクリアランスされる時間は,torsionalのほうがlongitudinalより50%速いと述べている.しかし,torsionalPEAでは原因不明のDIを生じることが知られている2).今回の筆者らの症例でも,術中のトラブルもなく,術後の炎症も少ない症例に,おもに創口に近い虹彩にDIを認めた.DIは虹彩根部,虹彩中腹,瞳孔縁近くのいずれの場所にも生じることがあり,虹彩幅の2/3以上に及ぶ大きいものもあった.注意深く見てやっとわかるわずかな色素脱出を認める程度から,強く,虹彩表層が.ぎ取られているような明らかなものもあった(図1).DIは前房が浅い症例で生じやすい傾向にあったが,DIの程度と前房深度の間には有意差はなかった.核が2度以下の軟らかい核より3度以上の硬い核で発生頻度が高く,その程度も強かった.虹彩萎縮の程度が強くなるほど有意にCDEは大きくなった.すなわち,核が硬くエネルギーを多く使ったほうがDIは生じやすいことがわかった.しかし,軟らかい核でもDIを認めることがあり,その原因は不明であった.ハンドピースOZilを使用したときのDIについての報告が少ないが,杉浦ら2)は,角膜切開でのPEAで8.5%にDIを生じたと述べている.今回の12°チップを使用した211眼の検討では36.5%にDIを生じており,杉浦らの報告より明らかに多い.筆者らは原則強角膜切開で手術を施行しているが,緑内障症例で施行した角膜切開の23眼ではDIを認めなかったことより,杉浦らとの違いは切開部位の差によるものと考える.すなわち,強角膜切開では角膜切開よりチップが虹彩に近く,DIを生じやすいと考える.一方,角膜切開では強角膜切開より角膜に近く,角膜内皮細胞密度に影響を与えないか心配であるが,術前後の角膜内皮細胞密度は,術後1カ月の時点で強角膜切開では2.9%の減少,角膜切開では1.6%の減少で,両者に有意差は認めなかった.また,torsionalPEAはlongitudinalPEAより角膜内皮細胞密度減少への影響が少ないとの報告もあり5~7),DIを生じる原因は角膜内皮細胞密度へ影響するほどのものではない可能性がある.ハンドピースOZilで用いるケルマンチップは先端が曲がっているため,その重心が回転軸からずれており,高速回転振動をすると,重心を中心にねじれ振動を生じると考えられている2).杉浦らは,このねじれ振動が切開創を激しく振動させ,DIを生じる原因と考え,その対策として重心を回転軸に近づけること,すなわちケルマンチップの先端の曲り角度を20°から12°に減らすことを提案している.筆者らも20°チップでのDIの発生率に比し,12°チップでの発生率は明らかに減少を認め,ねじれ振動がDIの一つの原因となり,杉浦らの述べる切開創上の水の振動も生じていたのではないかと考える.ねじれ振動は,縦振動に比し核乳化吸引のための大きな武器であるが,多くの症例はより小さなねじれ振動でも十分乳化吸引されると考えられる.今回の検討期間では,custommodeを用い,torsionalphacopowerは最初から50%のパワーが出るフィックスモードで施行したが,フットスイッチの踏み込みで徐々にパワーが上がるリニアモードにしたほうが,より少ないパワーで手術ができると考える.ハンドピースOZilは術者の好みで条件をいろいろ変更でき,超音波の発振サイクルをより短く設定することが可能である.今回はtorsionalのontimeを500msで行ったが,ontimeも核の硬さにより100ms,200msと短くすることにより,DIをより少なくすることができると考える.実際に2010年3月以降,条件をリニアモードとし,サイクルを短くすることで明らかにDIの発生頻度は少なくなってきている(未発表データ).さらに最近OZilにIP(intelligentphaco)機能が加わった.IPを作動させると,torsionalで核片を保持,破砕するとき,吸引圧が設定した閾値に達すると自動的にlongitudinalが発振される.ContinuousmodeやburstmodeにIPをつけることで,条件の設定もよりシンプルになり,モード変更や条件変更がDIの減少にもつながることが期待される.TorsionalPEAはlongitudinalPEAに比し,熱の発生もなく,静かで,強力な核の破砕力がある.TorsionalPEAの利点を失うことなく,DIも減らすため,どのようなモード,条件の設定が良いか,今後も検討していきたい.(79)あたらしい眼科Vol.28,No.4,2011535文献1)大鹿哲郎:Torsionalフェイコシステム─Ozil.眼科手術20:45-48,20072)杉浦毅,下分章裕:新しい超音波水晶体乳化吸引方式:OzilTorsionalPEAの合併症検討.眼科手術21:513-517,20083)HanYK,MillerKM:Heatproductionversustorsionalphacoemulsification.JCataractRefractSurg35:1799-1805,20094)JunB,BerdahlJP,KimT:Thermalstudyoflongitudinalandtorsionalultrasoundphacoemulsification:trackingthetemperatureofthecornealsurface,incision,andhandpiece.JCataractRefractSurg36:832-837,20105)ZengM,LiuX,LiuYetal:Torsionalultrasoundmodalityforhardnucleusphacoemulsificationcataractextraction.BrJOphthalmol92:1092-1096,20086)VasavadaAR,RajSM,PatelUetal:Comparisonoftorsionalandmicroburstlongitudinalphacoemulsification:aprospective,randomized,maskedclinicaltrial.OphthalmicSurgLasersImaging41:109-114,20107)BozkurtE,BayraktarS,YazganSetal:Comparisonofconventionalandtorsionalmode(OZil)phacoemulsification:randomizedprospectiveclinicalstudy.EurJOphthalmol19:984-989,20098)DeCastroLE,DimalantaRC,SolomonKD:Bead-flowpattern:Quantitationoffluidmovementduringtorsionalandlongitudinalphacoemulsification.JCataractRefractSurg36:1018-1023,2010***