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Torsional Phacoemulsification と虹彩色素脱出の関係

2011年4月30日 土曜日

0910-1810/11/\100/頁/JCOPY(75)531《第49回日本白内障学会原著》あたらしい眼科28(4):531.535,2011cはじめに2006年にアルコン社で発売されたハンドピースOZilでは左右への首振り回転(torsional)動作による水晶体乳化吸引(phacoemulsificationandaspiration:PEA)が可能となった.従来のlongitudinalPEAでは縦振動で水晶体核をはじいてしまうのに対して,torsionalPEAは,核の破砕力が強い,核を蹴らない,熱が発生しない,静かといった利点がある1).しかし,torsionalPEAでは器具の接触によらない虹彩色素脱出(dispersionofirispigments:DI)を生じることがある2).ハンドピースOZilでは先端の曲がったケルマン(Kelman)チップを用いる.今回筆者らは,ケルマンチップの曲り20°と12°でのDIの発生頻度を調べたうえ,12°曲りチップを用いた症例で,どのような要素がDIの発生と関係があるか調べ,その発生原因を検討し,若干の対策を考察した.I対象および方法対象は2009年1月から7月までの間に京都博愛会病院でアルコン社製インフィニティRビジョンシステムでtorsionalPEAを使用して白内障手術を行った180例245眼である.〔別刷請求先〕辰巳郁子:〒603-8041京都市北区上賀茂ケシ山1京都博愛会病院眼科Reprintrequests:IkukoTatsumi,M.D.,DepartmentofOphthalmology,KyotoHakuaikaiHospital,1Keshiyama-Kamigamo,Kita-ku,KyotoCity,Kyoto603-8041,JAPANTorsionalPhacoemulsificationと虹彩色素脱出の関係辰巳郁子*1上田直子*1西山佳寿子*2板谷正紀*3*1京都博愛会病院眼科*2大阪市立総合医療センター眼科*3京都大学大学院医学研究科感覚運動系外科学講座眼科学RelationshipbetweenTorsionalPhacoemulsificationandIrisPigmentDispersionIkukoTatsumi1),NaokoUeda1),KazukoNishiyama2)andMasanoriHangai3)1)DepartmentofOphthalmology,KyotoHakuaikaiHospital,2)DepartmentofOphthalmology,OsakaCityGeneralHospital,3)DepartmentofOphthalmologyandVisualSciences,KyotoUniversityGraduateSchoolofMedicineOZiltorsionalphacoemulsification(torsionalPEA)による,虹彩色素脱出(dispersionofirispigments:DI)の発生原因について検討した.対象はtorsionalPEAを使用して行った白内障手術の連続症例180例245眼で,DIの程度で2段階に分けた.DIの発生はチップ先端部の曲り角度12°のほうが,20°を用いた場合より少なかった.12°チップでDIの発生との関係が考えられる要素を調べた.DIは,核硬度がEmery-Little分類の2度以下より3度以上の群で発生頻度が高く,程度も強かった.前房深度とは有意差はなかった.DIの程度が強い群では有意に累積使用エネルギー値(cumulativedissipatedenergy:CDE)は大きくなった.角膜切開は23眼のみであったが,角膜切開ではDIは認めなかった.核が硬くエネルギーを多く使ったほうがDIは生じやすいことがわかったが,軟らかい核でもDIを認めることがあり,その原因は不明であった.ハンドピースOZilの設定条件の変更でDIを減らせる可能性がある.Weinvestigatedirispigmentdispersion(DI)asacomplicationaftercataractsurgerywithtorsionalphacoemulsification,usingOZil.Thesubjectscomprised245eyesof180consecutivepatients.WeclassifiedDIinto2degreesaccordingtotheirseverity.DIoccurredlessoftenwiththe12°tipthanwiththe20°tip.WeevaluatedthefactorsproducingDIwiththe12°tip.DIoccurredmorefrequentlyineyeswithhighergradesofnucleusdensity,accordingtotheEmery-Littleclassification.Noassociationwasfoundwithanteriorchamberdepth.Cumulativedissipatedenergy(CDE)significantlyincreasedaccordingtothedegreeofDI.DIwasnotfoundincaseswithcornealincision,thoughthiswasperformedinonly23eyes.AlthoughthecauseofDIisunkown,thereisapossibilityofreducingitsoccurrencebychangingInfinitiR’smodeorparameterstolowerultrasoundenergyduringsurgery.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)28(4):531.535,2011〕Keywords:torsionalphacoemulsification,虹彩色素脱出,累積使用エネルギー値.torsionalphacoemulsification,dispersionofirispigments,cumulativedissipatedenergy(CDE).532あたらしい眼科Vol.28,No.4,2011(76)そのうち,2009年1月に施行した28例34眼はケルマンチップの曲り20°(0.9mmマイクロテーパーABSRチップ30°の20°曲りチップ:以下,20°チップ)を用い,2009年2月から7月までの間に施行した152例211眼はケルマンチップの曲り12°(0.9mmミニフレアーABSRチップ30°OZill12の12°曲りチップ:以下,12°チップ)を用いた.前者の平均年齢は76.1歳(58~91歳),後者の平均年齢は76.2歳(56~99歳)で,術者は3名である.手術条件は,OZilcustompulse〔longitudinalphacopower20%(リニアモード),ontime50ms(リニアモード),offtime10ms(フィックスモード)〕,〔torsionalphacopower50%(フィックスモード),ontime500ms(リニアモード),offtime0ms〕の設定を基準とし,核硬度によりパワーを上げた.吸引圧は250mmHg,吸引流量25ml/min,ボトル高70cm,使用スリーブは0.9mmマイクロスリーブである.12°チップを使用した211眼のうち,2.75~2.8mmの強角膜切開は188眼,2.75mmの角膜切開は23眼であった.DIの程度を2段階に分け,明らかなDIを認めその大きさが虹彩幅の1/2以下のものを「プラス:以下,+」群,DIの大きさが虹彩幅の1/2を超えるものを「ツープラス:以下,++」群とした(図1).12°チップを使用した症例で,Emery-Littleの分類で核硬度2度以下の群と3度以上の群でのDIの発生頻度を調べ,DIの程度と前房深度,眼軸長,累積使用エネルギー値(cumulativedissipatedenergy:CDE)に関係があるか調べた.また,強角膜切開と角膜切開とでDIの発生や角膜内皮細胞の減少に差があるか調べた.さらに,ヒアロン酸ナトリウム(ヒーロンVR)とヒアロン酸ナトリウム・コンドロイチン硫酸エステルナトリウム(ビスコートR)の使用がDIの発生予防に効果があったか検討した.統計学的有意差は,Mann-Whitney検定を用い,p<0.05を有意とした.II結果1.USチップの角度での比較今回検討期間の2009年1月の20°チップを使用した34眼と,2009年2月から7月までの12°チップを使用した211眼でDIの発生頻度に差があるか調べた(表1).20°チップでは64.7%にDIを認めたのに対し,12°チップでは36.5%の発生率と,曲り角度を小さくすることでDIの発生率は減少した.DIが虹彩幅の1/2を越える「++」群の発生頻度は20°チップと12°チップで同じであったが,20°チップでは虹彩表層が.ぎとられたような強いDIを認めることもあったのに対し,12°チップではそのような強いDIを認めることはなかった.2.核硬度での比較核硬度2度以下と3度以上で分けると,硬い群のほうがDIの発生頻度・程度は強くなる傾向を認めた(図2).3.前房深度での比較前房深度とDIの関係は,「++」群で前房が浅い傾向を認めたが,各々の群で有意差は認めなかった(図3).今回の症例での平均前房深度±1SD(標準偏差)は2.96±0.43mmであった.前房深度がmean.1SD以下の浅い群と,mean+1SD以上の深い群でDIの発生頻度をみると,浅い群のほうがDIを生じやすい傾向を認めた(図4).図1虹彩色素脱出の分類左:DIが虹彩幅の1/2以下のものを「+」群,右:DIが虹彩幅の1/2を超えるものを「++」群とした.2度以下(126眼)3度以上(85眼)0%20%40%60%80%100%虹彩色素脱出□:0■:+■:++図2核硬度とDIの関係核硬度3度以上の群は2度以下の群に比し,DIの発生頻度・程度は強くなった.表120°チップ,12°チップでのDIの発生頻度虹彩色素脱出20°チップ2009年1月(34眼)12°チップ2009年2月~7月(211眼)012眼(35.3%)134眼(63.5%)+20眼(58.8%)64眼(30.3%)++2眼(5.9%)13眼(6.2%)20°チップでは64.7%にDIを認めたのに対し,12°チップでは36.5%の発生率で,曲がり角度を小さくすることでDIの発生率は減少した.(77)あたらしい眼科Vol.28,No.4,20115334.眼軸長での比較眼軸長とDIの関係は,各々の群で有意差は認めなかった(図5).5.CDEでの比較CDEとDIでは各々の群で有意差を認め(0と+間でp<0.05,+と++間でp<0.01,0と++間でp<0.01),DIが強くなるほど有意にCDEも大きくなった(図6).6.切開場所での比較通常は11時の位置で2.75~2.8mmの強角膜切開を用いたが,緑内障による視野変化を認める症例では11時の位置で角膜切開を施行した.角膜切開を行った症例は23眼であったが,この23眼すべてでDIは認めなかった.術前後の角膜内皮細胞密度は,術後1カ月の時点で強角膜切開では2.9%の減少,角膜切開では1.6%の減少で,両者に有意差は認めなかった(図7).7.ヒアロン酸ナトリウム(ヒーロンVR)とヒアロン酸ナトリウム・コンドロイチン硫酸エステルナトリウム(ビスコートR)使用での比較ヒアロン酸ナトリウムは前房の浅い症例(18眼),ヒアロン酸ナトリウム・コンドロイチン硫酸エステルナトリウムは角膜内皮細胞密度の少ない症例と非常に硬い核の症例(7眼)0+++3.53.43.33.23.132.92.82.7前房深度(mm)虹彩色素脱出の程度図3前房深度とDIの関係DI「++」群で前房は浅い傾向を認めたが,有意差はなかった.025.52524.52423.52322.5+虹彩色素脱出の程度眼軸長(mm)++図5眼軸長とDIの関係眼軸長とDIとの間には有意差は認められなかった.0%20%40%60%80%100%2.53mm以下(36眼)3.39mm以上(33眼)虹彩色素脱出□:0■:+■:++図4前房深度が浅い群と深い群でのDIの発生頻度前房深度がmean.1SDの2.53mm以下の群ではmean+1SDの3.39mm以上の群に比し,DIの発生頻度は高くまた程度の強い症例も多くなった.表2ヒーロンVRとビスコートR使用例でのDIの発生頻度虹彩色素脱出全体(211眼)ヒーロンVR(18眼)ビスコートR(7眼)0134眼(63.5%)12眼(66.7%)5眼(71.4%)+64眼(30.3%)4眼(22.2%)2眼(28.6%)++13眼(6.2%)2眼(11.1%)0眼(0%)前房の浅い症例でヒーロンVRを,角膜内皮細胞密度の少ない症例と硬い核でビスコートRを使用したが,それぞれの使用症例で明らかなDIの減少は認めなかった.0CDE50403020100*****+虹彩色素脱出の程度++図6CDE(累積使用エネルギー値)とDIの関係*p<0.05,**p<0.01.DIが強い群ほど有意にCDEの値も大きくなった.強角膜切開(183眼)3,0502,9502,8502,7502,6502,5502,4502,3502,250□:術前■:術後1カ月角膜内皮細胞密度(cells/mm2)角膜切開(22眼)図7強角膜切開と角膜切開での手術前後の角膜内皮細胞密度の変化角膜切開の23例ではDIを認めなかったが,術後1カ月の時点で角膜内皮細胞密度は,強角膜切開では2.9%の減少,角膜切開では1.6%の減少で両者の間に有意差は認められなかった.534あたらしい眼科Vol.28,No.4,2011(78)に使用したが,それぞれの使用症例でのDIの発生頻度と全体の症例でのDIの発生頻度で差は認められなかった(表2).III考按ハンドピースOZilは超音波チップの前後運動のほかに,左右への高速(32,000Hz)の首振り回転(torsional)動作によるPEAが可能になったハンドピースである.前後運動であるlongitudinalPEAとtorsionalPEAは術者の好みで種々の組み合わせをすることができる.TorsionalPEAのみを使用すると吸引が核破砕のスピードに間に合わず,チップの詰まった経験があり,核の詰まりを予防するため今回はlongitudinalPEAも少し併用する設定で手術を施行した.ハンドピースOZilを用いると,核を蹴らず,核の破砕力が強く,静かで1),熱の発生が少なく3,4),torsionalphacopowerを100%にしても創口のburnを生じない4)など,侵襲の少ない手術を行うことができる.TorsionalPEAとlongitudinalPEAの比較で,前者を用いたほうがCDEも少なく5),手術時間も短く5,6),術中灌流量も少なく6),角膜内皮細胞に対する影響も少ない5~7)といった多くの報告がある.Castroら8)は,灌流液にビーズを流した実験でtorsionalPEAとlongitudinalPEAのビーズの流れ差を示し,ビーズがクリアランスされる時間は,torsionalのほうがlongitudinalより50%速いと述べている.しかし,torsionalPEAでは原因不明のDIを生じることが知られている2).今回の筆者らの症例でも,術中のトラブルもなく,術後の炎症も少ない症例に,おもに創口に近い虹彩にDIを認めた.DIは虹彩根部,虹彩中腹,瞳孔縁近くのいずれの場所にも生じることがあり,虹彩幅の2/3以上に及ぶ大きいものもあった.注意深く見てやっとわかるわずかな色素脱出を認める程度から,強く,虹彩表層が.ぎ取られているような明らかなものもあった(図1).DIは前房が浅い症例で生じやすい傾向にあったが,DIの程度と前房深度の間には有意差はなかった.核が2度以下の軟らかい核より3度以上の硬い核で発生頻度が高く,その程度も強かった.虹彩萎縮の程度が強くなるほど有意にCDEは大きくなった.すなわち,核が硬くエネルギーを多く使ったほうがDIは生じやすいことがわかった.しかし,軟らかい核でもDIを認めることがあり,その原因は不明であった.ハンドピースOZilを使用したときのDIについての報告が少ないが,杉浦ら2)は,角膜切開でのPEAで8.5%にDIを生じたと述べている.今回の12°チップを使用した211眼の検討では36.5%にDIを生じており,杉浦らの報告より明らかに多い.筆者らは原則強角膜切開で手術を施行しているが,緑内障症例で施行した角膜切開の23眼ではDIを認めなかったことより,杉浦らとの違いは切開部位の差によるものと考える.すなわち,強角膜切開では角膜切開よりチップが虹彩に近く,DIを生じやすいと考える.一方,角膜切開では強角膜切開より角膜に近く,角膜内皮細胞密度に影響を与えないか心配であるが,術前後の角膜内皮細胞密度は,術後1カ月の時点で強角膜切開では2.9%の減少,角膜切開では1.6%の減少で,両者に有意差は認めなかった.また,torsionalPEAはlongitudinalPEAより角膜内皮細胞密度減少への影響が少ないとの報告もあり5~7),DIを生じる原因は角膜内皮細胞密度へ影響するほどのものではない可能性がある.ハンドピースOZilで用いるケルマンチップは先端が曲がっているため,その重心が回転軸からずれており,高速回転振動をすると,重心を中心にねじれ振動を生じると考えられている2).杉浦らは,このねじれ振動が切開創を激しく振動させ,DIを生じる原因と考え,その対策として重心を回転軸に近づけること,すなわちケルマンチップの先端の曲り角度を20°から12°に減らすことを提案している.筆者らも20°チップでのDIの発生率に比し,12°チップでの発生率は明らかに減少を認め,ねじれ振動がDIの一つの原因となり,杉浦らの述べる切開創上の水の振動も生じていたのではないかと考える.ねじれ振動は,縦振動に比し核乳化吸引のための大きな武器であるが,多くの症例はより小さなねじれ振動でも十分乳化吸引されると考えられる.今回の検討期間では,custommodeを用い,torsionalphacopowerは最初から50%のパワーが出るフィックスモードで施行したが,フットスイッチの踏み込みで徐々にパワーが上がるリニアモードにしたほうが,より少ないパワーで手術ができると考える.ハンドピースOZilは術者の好みで条件をいろいろ変更でき,超音波の発振サイクルをより短く設定することが可能である.今回はtorsionalのontimeを500msで行ったが,ontimeも核の硬さにより100ms,200msと短くすることにより,DIをより少なくすることができると考える.実際に2010年3月以降,条件をリニアモードとし,サイクルを短くすることで明らかにDIの発生頻度は少なくなってきている(未発表データ).さらに最近OZilにIP(intelligentphaco)機能が加わった.IPを作動させると,torsionalで核片を保持,破砕するとき,吸引圧が設定した閾値に達すると自動的にlongitudinalが発振される.ContinuousmodeやburstmodeにIPをつけることで,条件の設定もよりシンプルになり,モード変更や条件変更がDIの減少にもつながることが期待される.TorsionalPEAはlongitudinalPEAに比し,熱の発生もなく,静かで,強力な核の破砕力がある.TorsionalPEAの利点を失うことなく,DIも減らすため,どのようなモード,条件の設定が良いか,今後も検討していきたい.(79)あたらしい眼科Vol.28,No.4,2011535文献1)大鹿哲郎:Torsionalフェイコシステム─Ozil.眼科手術20:45-48,20072)杉浦毅,下分章裕:新しい超音波水晶体乳化吸引方式:OzilTorsionalPEAの合併症検討.眼科手術21:513-517,20083)HanYK,MillerKM:Heatproductionversustorsionalphacoemulsification.JCataractRefractSurg35:1799-1805,20094)JunB,BerdahlJP,KimT:Thermalstudyoflongitudinalandtorsionalultrasoundphacoemulsification:trackingthetemperatureofthecornealsurface,incision,andhandpiece.JCataractRefractSurg36:832-837,20105)ZengM,LiuX,LiuYetal:Torsionalultrasoundmodalityforhardnucleusphacoemulsificationcataractextraction.BrJOphthalmol92:1092-1096,20086)VasavadaAR,RajSM,PatelUetal:Comparisonoftorsionalandmicroburstlongitudinalphacoemulsification:aprospective,randomized,maskedclinicaltrial.OphthalmicSurgLasersImaging41:109-114,20107)BozkurtE,BayraktarS,YazganSetal:Comparisonofconventionalandtorsionalmode(OZil)phacoemulsification:randomizedprospectiveclinicalstudy.EurJOphthalmol19:984-989,20098)DeCastroLE,DimalantaRC,SolomonKD:Bead-flowpattern:Quantitationoffluidmovementduringtorsionalandlongitudinalphacoemulsification.JCataractRefractSurg36:1018-1023,2010***

遺伝性白内障ICR/f ラット水晶体への過酸化水素処理による脂質過酸化とCa2+-ATPase 活性の関連性

2011年4月30日 土曜日

0910-1810/11/\100/頁/JCOPY(71)527《第49回日本白内障学会原著》あたらしい眼科28(4):527.530,2011cはじめに一般に白内障はその混濁過程が比較的長期であり,種々の発症危険因子,たとえば,水晶体上皮細胞から線維細胞への分化過程での障害,加齢,喫煙,糖尿病,外傷,マッサージ,電撃,ガラス加工時の熱,超音波,薬物,栄養障害,さらに紫外線などによる放射エネルギーの関与が報告されている1~3).近年,白内障のなかで最も発症頻度の高い加齢白内障の成因として,太陽光中に含まれる紫外線などによる水晶体細胞への酸化ストレス〔活性酸素種(reactiveoxygenspecies:ROS)など〕が注目されている.この機構として,酸化的傷害により水晶体上皮細胞,特に細胞膜が傷害を受け細胞内恒常性が破綻をきたし電解質バランスなどが崩れ,上昇した細胞内カルシウムイオン(Ca2+)がCa2+依存性蛋白分解酵素であるカルパインを活性化し,最終的にクリスタリン蛋白質が分解・凝集され水晶体混濁がひき起こされるという仮説が提唱されている1).これら酸化ストレスに関わる代表的なROSは,スーパーオキシド(O2・),過酸化水素(H2O2),ヒドロキシラジカル(・OH),一酸化窒素(NO)などがあげられ,いずれも蛋白質や核酸からROSと反応しやすい脂質の水素を引き抜くことで連鎖的脂質過酸化反応をひき起こし,〔別刷請求先〕伊藤吉將:〒577-8502東大阪市小若江3-4-1近畿大学薬学部製剤学研究室Reprintrequests:YoshimasaIto,Ph.D.,SchoolofPharmacy,KinkiUniversity,3-4-1Kowakae,Higashi-Osaka,Osaka577-8502,JAPAN遺伝性白内障ICR/fラット水晶体への過酸化水素処理による脂質過酸化とCa2+-ATPase活性の関連性長井紀章*1村尾卓俊*1小仲陽子*1伊藤吉將*1,2竹内典子*3*1近畿大学薬学部製剤学研究室*2同薬学総合研究所*3名城大学薬学部生理学研究室RelationshipbetweenLipidPeroxidationandCa2+-ATPaseActivityinICR/fRatLensesStimulatedbyHydrogenPeroxideNoriakiNagai1),TakatoshiMurao1),YokoKonaka1),YoshimasaIto1,2)andNorikoTakeuchi3)1)SchoolofPharmacy,2)PharmaceuticalResearchandTechnologyInstitute,KinkiUniversity,3)SectionofBiochemistry,FacultyofPharmacy,MeijoUniversity本研究では,正常およびIharacataractrat(ICR/fラット)水晶体を用い,白内障発症要因の一種である過酸化水素(H2O2)処理が水晶体中過酸化脂質(LPO)産生やCa2+-ATPase活性へ与える影響について比較検討を行った.正常およびICR/fラットともにH2O2処理によりLPOの上昇が認められ,ICR/fラットでは正常ラットと比較し,低濃度のH2O2処理でLPO産生量増加が確認された.また正常およびICR/fラットともに,LPO値が6.7pmol/mgproteinに達した際に急速なCa2+-ATPase活性低下が認められた.以上の結果から,ICR/fラットは正常ラットと比較し,水晶体でのH2O2に対する防御能が脆弱であることが明らかとなった.ThisstudyevaluatedtherelationshipbetweenlipidperoxidationandCa2+-ATPaseactivityinthelensesofnormalratsandIharacataractrats(ICR/frat:arecessivehereditarycataractstrain),followingstimulationbyhydrogenperoxide(H2O2).Lipidperoxide(LPO)levelsinnormalandICR/fratlenseswereincreasedbytreatmentwithH2O2,andthelevelsintheLPOlensesbeingsignificantlyincreasedincomparisonwiththatinnormalratlenses.Inaddition,therapiddecreaseinCa2+-ATPaseactivitywasobservedbyproductionofhighLPO(6-7pmol/mgprotein)inthelensesofnormalandICR/frats.TheresultssuggestedthattheICR/fratlensesaremoresensitivitytoH2O2thanarenormalratlenses.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)28(4):527.530,2011〕Keywords:白内障,過酸化脂質,Ca2+-ATPase,ジエチルジチオカルバミン酸,ICR/fラット.cataract,lipidperoxide,Ca2+-ATPase,diethyldithiocarbamate,Iharacataractrat.528あたらしい眼科Vol.28,No.4,2011(72)この反応で多くの過酸化脂質(LPO)を生ずる.筆者らは,遺伝性白内障モデル動物Iharacataractrat(ICR/fラット)を用い,水晶体混濁前におけるROSによるLPOの増加を明らかとするとともに,水晶体でのLPO増加はICR/fラット白内障の主因であり,最終的に細胞内Ca2+の増加を介した水晶体混濁をひき起こすことを報告した4).したがって,ICR/fラット水晶体におけるROSによるLPOの増加と細胞内Ca2+の制御機構であるCa2+-ATPaseの関係を詳細にすることは白内障発症機構の解明および抗白内障薬開発を目指すうえで非常に重要と考えられる.本研究では,正常および遺伝性白内障モデル動物ICR/fラット水晶体を用い,ROSの一種であるH2O2処理による酸化ストレスが水晶体中LPO産生量やCa2+-ATPase活性へ与える影響について比較検討を行った.また,活性酸素捕捉能を有するラジカルスカベンジャーであるジエチルジチオカルバミン酸(DDC)の影響についても検討した.I対象および方法1.実験動物実験には22日齢の遺伝性白内障ICR/fラットとWistarラット(正常ラット)を用いた.ICR/fラットは名城大学薬学部生理学研究室から供与された.正常ラットは清水実験材料から購入した.すべてのラットは室温25℃,湿度60%に保たれた環境下で飼育し,飼料(飼育繁殖固形飼料CE-2,日本クレア)および水は自由に摂取させた.2.水晶体中過酸化脂質量の測定LPOの測定は,正常およびICR/fラットから摘出した水晶体を0.100mMH2O2含有生理食塩水に加え60分間処理後,氷中でホモジナイズし,遠心分離(5,800rpm,10min,4℃)を行い,その上清をLPO測定試料とした.LPO測定はLPOAssayKit(BIOXYTECHRLPO-586TM)を用いてマロンジアルデヒドおよび4-ヒドロキシアルケンを分析することにより測定した.DDC処理時には,摘出した水晶体をH2O2含有生理食塩水処理前に,100μMDDC含有生理食塩水にて15分間処理を行った.得られた結果は総蛋白質量当りの量として表した.総蛋白質量はBio-RadProteinAssayKit(バイオ・ラッドラボラトリーズ社製)を用いて測定した.3.水晶体中Ca2+-ATPase酵素活性の測定Ca2+-ATPase酵素活性の測定は,正常およびICR/fラットから摘出した水晶体を0.100mMH2O2含有生理食塩水に加え60分間処理後,氷中でホモジナイズし,このホモジネートをCa2+-ATPase酵素活性測定試料とした.Ca2+-ATPase酵素活性の測定法はWangらの方法5)に従った.すなわち,上記ホモジネートを125μlずつ2本に分け,一方には2MKCl25μl,1M4-(2-hydroxyethyl)-1-piperazineethanesulfonicacid(HEPES,pH7.4)25μl,100mMMgCl225μl,20mMEGTA(グリコールエーテルジアミン四酢酸)25μl,4mMATP112.5μl,精製水12.5μlを加え,他方には2MKCl25μl,1MHEPES(pH7.4)25μl,100mMMgCl225μl,20mMEGTA25μl,4mMATP112.5μl,22mMCaCl212.5μlを加え,37℃で1時間インキュベーションした.酵素反応は25μlの氷冷50%トリクロロ酢酸を加えることにより停止させた.その後,遠心分離(5,000rpm,10min,4℃)し,上清200μlにモリブデン硫酸液(2.7mM七モリブデン酸六アンモニウム,205mM硫酸)600μl,Fiske-Subarow液(10.4mM1-アミノ-2-ナフトール-4-スルホン酸,1.4M亜硫酸水素ナトリウム,40.7mM亜硫酸ナトリウム)20μl加え,室温で10分間放置し,660nmにおける吸光度を分光光度計CL-770(島津製作所製)にて比色定量した.Ca2+-ATPase酵素活性は0.1mMCaCl2存在下または非存在下でのATP分解により放出される無機リン酸(Pi)量の差により算出した.DDC処理時には,摘出した水晶体をH2O2含有生理食塩水処理前に,100μMDDC含有生理食塩水にて15分間処理を行い,同様に酵素活性を測定した.得られた結果は総蛋白質量当りの量として表した.II結果1.H2O2処理によるICR/fラット水晶体中LPO産生量およびCa2+-ATPase活性の変化図1,2には正常(図1)とICR/fラット(図2)水晶体へのH2O2処理によるLPO産生量およびCa2+-ATPase活性の変化を示した.正常およびICR/fラットともにH2O2処理濃度の増加に従いLPO産生量の増加が認められ,そのLPO産生量の最大値は約9pmol/mgproteinであり,正常とICR/fラットでほぼ同じであった.一方,Ca2+-ATPase活性においては,正常およびICR/fラットともにH2O2処理濃度の増加に従いCa2+-ATPase活性の低下がみられた.これら正常とICR/fラット水晶体におけるCa2+-ATPase活性は,LPO産生量が6.7pmol/mgprotein付近で急速に低下した.また,LPO産生量の増加およびCa2+-ATPase活性の低下は,正常ラットでは60mMH2O2処理で認められたが,ICR/fラット水晶体ではより低濃度の20mMH2O2処理でみられた.2.ラジカルスカベンジャーDDC処理がH2O2処理誘発水晶体中LPO産生量およびCa2+-ATPase活性変化へ与える影響図3に100μMDDC前処理後30mMH2O2にて刺激した際の,正常およびICR/fラット水晶体中LPO産生量の変化を示した.正常およびICR/fラットともに,H2O2処理により増加した水晶体LPO産生量は,DDCを前処理することで有意に減少した.図4には100μMDDC前処理後30mM(73)あたらしい眼科Vol.28,No.4,2011529H2O2にて刺激した際の,正常およびICR/fラット水晶体中Ca2+-ATPase活性の変化を示した.水晶体中Ca2+-ATPase活性においても,DDCを前処理することでH2O2処理により低下した水晶体Ca2+-ATPase活性は,正常およびICR/fラットともにH2O2未処理水晶体と同程度まで回復した.III考按加齢白内障の成因とされる酸化ストレスはおもにROSによりひき起こされる1,4).このROSの一つであるH2O2はFe2+やハロゲンと反応して活性酸素のなかでも最も反応性が高く酸化力の強い・OHを生じ,・OHは脂質の水素を引き抜くことで連鎖的脂質過酸化反応を誘発し,大量のLPO産生に関わることが知られている6).筆者らはこれまで遺伝性白内障モデル動物ICR/fラットを用い,水晶体中での大量のLPO産生は細胞内Ca2+の増加をひき起こし,最終的に水晶体混濁につながることを明らかとしてきた4).そこで本研究では,正常およびICR/fラット水晶体を用いH2O2処理による酸化ストレスが水晶体中LPO産生量および細胞内Ca2+調節を担うCa2+-ATPase活性へ与える影響について比較検討を行った.以前に筆者らは前眼部画像解析装置EAS-1000を使い,動物を殺傷せずに水晶体混濁を測定した4).その結果22.63日齢のICR/fラット水晶体は透明性を維持しており,混濁は認められなかったが,77日齢では混濁開始が認められ,91日齢のICR/fラット水晶体は成熟白内障であった.さらに,水晶体中Ca2+上昇および水晶体混濁の要因とされる,加齢に伴う水晶体中LPO量およびCa2+-ATPase活性についても,22.49日齢のICR/fラットでは変化が認められないことを確認した4).これらの結果から本研究では22日齢のICR/fラット水晶体(透明時の水晶体)を研究に使用した.2.52.01.51.00.50.01086420Lipidperoxide(pmol/mgprotein)Lipidperoxide(pmol/mgprotein)Normalrat*ControlDDC*ControlDDCICR/frat図3ジエチルジチオカルバミン酸(DDC)が過酸化水素(H2O2)処理による過酸化脂質(LPO)上昇へ与える影響Control:30mMH2O2処理,DDC:100μMDDCおよび30mMH2O2処理(n=3.4).*p<0.05vs.Control.121086420020406080100Lipidperoxide(pmol/mgprotein)H2O2concentration(mM)43210Ca2+-ATPaseactivity(μmol/mgprotein/hr)○:LPO●:Ca2+-ATPase図1過酸化水素(H2O2)処理による正常ラット水晶体中過酸化脂質(LPO)およびCa2+-ATPase活性の変化(n=3.4)121086420020406080100Lipidperoxide(pmol/mgprotein)H2O2concentration(mM)43210Ca2+-ATPaseactivity(μmol/mgprotein/hr)○:LPO●:Ca2+-ATPase図2過酸化水素(H2O2)処理によるICR/fラット水晶体中過酸化脂質(LPO)およびCa2+-ATPase活性の変化(n=3.4)43210Ca2+-ATPaseactivity(μmol/mgprotein/hr)43210Ca2+-ATPaseactivity(μmol/mgprotein/hr)*NormalratICR/fratControlDDC*ControlDDC図4ジエチルジチオカルバミン酸(DDC)が過酸化水素(H2O2)処理によるCa2+-ATPase活性低下へ与える影響Control:30mMH2O2処理,DDC:100μMDDCおよび30mMH2O2処理(n=3.4).*p<0.05vs.Control.530あたらしい眼科Vol.28,No.4,2011(74)H2O2を用いラット水晶体に酸化ストレスを施したところ,正常およびICR/fラットともにH2O2によるLPO産生量の増加が認められた(図1,2).これらH2O2によるLPO産生量の増加は,活性酸素捕捉能を有するDDC処理により抑制された(図3)ことから,H2O2処理による水晶体内LPO産生量の増加はラジカルを介した連鎖的脂質過酸化反応によるものであると示唆された.一方,正常ラットと比較しICR/fラット水晶体では低濃度のH2O2処理によるLPO産生量の増加がみられた.したがって,ICR/fラット水晶体では正常ラット水晶体と比較し,低濃度のH2O2処理においても連鎖的脂質過酸化反応が誘発されることが明らかとなった.したがって,ICR/fラットでは正常ラットと比較し,ROSに対する防御機構が脆弱であるものと示唆された.本結果において,正常およびICR/fラットともにH2O2処理濃度の増加に従い,Ca2+-ATPase活性の低下がみられた.このCa2+-ATPase活性の低下もまた,DDC処理により抑制された.筆者らの遺伝性白内障動物を用いた以前のinvivo実験の結果4,7)において,水晶体でのLPO産生量の増加に従い,Ca2+-ATPaseの構造変化を介したCa2+ポンプくみ出し機能の低下がみられることから,水晶体におけるROSによるLPOの増加はCa2+-ATPase活性の低下をひき起こすことが明らかとなった.さらに,正常ラット水晶体において,50と60mMおよび60と70mMH2O2処理群間におけるLPOの増加差はそれぞれ2.33,2.27pmol/mgproteinと同程度であったが,Ca2+-ATPase活性低下の差は0.49,1.57μmol/mgprotein/hrと60と70mMH2O2処理群間で急速な低下が認められた.ICR/fラット水晶体においても未処理群と20mMおよび20と30mMH2O2処理群間におけるLPOの増加差はそれぞれ2.87,2.24pmol/mgproteinであり,未処理群と20mMH2O2処理群間のLPO産生量差のほうが大きな増加が認められたが,Ca2+-ATPase活性低下は0.81,1.45μmol/mgprotein/hrと20と30mMH2O2処理群間で急速な低下が認められた.これら正常とICR/fラット水晶体におけるCa2+-ATPase活性の急速な低下は,ともにLPO産生量が6.7pmol/mgprotein付近に達した際に認められたことから,LPO増加に伴うCa2+-ATPase活性の低下には最低値が存在することが示唆された.筆者らが以前に測定したICR/fラットのinvivo実験の報告4,7)においても,Ca2+-ATPase活性低下はLPO値が約7pmol/mgprotein付近に達した際に認められたことから,ある一定値までのROSによるLPO産生量増大は,Ca2+-ATPase活性に与える影響は弱いが,一定値(ラット水晶体においては7pmol/mgprotein付近)を超えるとCa2+-ATPase活性の低下が急速に進行し,重度な白内障進行へとつながる可能性が示唆された.細胞内において上昇した細胞内Ca2+濃度は,細胞内カルシウムストアへ取り込まれるか細胞外へ排出されることで調節されている.このカルシウムストアへの取り込みは,小胞体膜に存在するsarcoplasmicreticulumCa2+-ATPase(SERCA)によって行われ,細胞外への排出は細胞膜に存在するplasmamembraneCa2+-ATPase(PMCA)によって行われる.今回測定したCa2+-ATPase活性はSERCAとPMCA両方の活性を含むものであるため,今回の結果から得られたLPO増加による急速なCa2+-ATPase活性の低下は,SERCAとPMCAのどちらに強く起因するのかを明らかとすることは白内障発症機構解明研究において非常に重要でありさらなる研究が必要である.したがって,現在筆者らはLPO産生がSERCAとPMCAへ与える影響について検討しているところである.以上,本研究ではICR/fラットは正常ラットと比較し,水晶体における酸化ストレスに対する防御能が脆弱であることを明らかとした.また,ラット水晶体中における一定以上の脂質過酸化により急速なCa2+-ATPase活性低下がみられ,その際のLPO値はラットにおいて6.7pmol/mgproteinであることが判明した.さらに,DDCがH2O2刺激によるLPO上昇においても効果的に働くことを確認した.これらの報告は今後の抗白内障薬開発研究の確立に有用であるものと考える.文献1)SpecterA:Oxidativestress-inducedcataract:mechanismofaction.FASEBJ9:1173-1182,19952)佐々木一之:白内障.医学と薬学33:1271-1277,19953)ShearerTR,DavidLL,AndersonRSetal:Reviewofselenitecataract.CurrEyeRes11:357-369,19924)NagaiN,ItoY,TakeuchiN:InhibitiveeffectsofenhancedlipidperoxidationonCa(2+)-ATPaseinlensesofhereditarycataractICR/frats.Toxicology247:139-144,20085)WangZ,BunceGE,HessJL:SeleniteandCa2+homeostasisintheratlens:effectonCa-ATPaseandpassiveCa2+transport.CurrEyeRes12:213-218,19936)大柳善彦:SODと活性酸素調節剤─その薬理作用と臨床応用.p3-4,日本医学館,19897)NagaiN,ItoY,TakeuchiNetal:ComparisonofthemechanismsofcataractdevelopmentinvolvingdifferencesinCa(2+)regulationinlensesamongthreehereditarycataractmodelrats.BiolPharmBull31:1990-1995,2008***

眼研究こぼれ話 16.網膜の構造<上> コンピュータ配線のよう

2011年4月30日 土曜日

(65)あたらしい眼科Vol.28,No.4,2011521網膜の構造㊤コンピューター配線のよう医学部に入学した当初の解剖学の講義ぐらい面白くないものはない.骨の名前ぐらいなら我慢出来るが,一つの骨に数十の突起,溝(みぞ),孔(あな),窪(くぼ)みなどがあって,それについているラテン語の名前を全部覚えねばならないのである.仕方なく一生懸命やっている2,3週間はいいとしても,次々と,数百の筋肉,血管,神経の名前を細部について覚えねばならなくなると,全くうんざりする.なんとか数カ月たって,少し興味が出て来たところで,眼の構造を教わるのであるが,それが概して面白くない.眼の講義が面白くないことは,私が眼のことを教える段になって分かった.主な原因は教えている先生が眼の構造をご存じないのである.私が眼,特に網膜の構造を知りたいと思い始めた1950年代には,教科書に載っている常識的なこと以上はだれも知らなかったと言っても過言でない.1960年代から始まった急速な進歩によって,網膜の本体が今ごろになってやっと分かりつつある.眼の中で最も大切な部位は網膜である.ほんの0.5ミリ位の厚さしかない組織であるが,驚くばかりたくさんの神経細胞がつまっている.これらの細胞は三つの層─第一層は光を感受する視細胞,第二,第三は夫々(それぞれ)刺激伝導のための神経細胞─からなっている.光を感ずる外節と呼ばれる視細胞の先端部に光が当たると(つまり物を見ると),そこにある感光化学物質の変化が起こって,細胞内の刺激が惹(じゃっ)起される.それが,第二,第三の細胞を経て,4分の数秒の短時間で脳に達し,視覚となる.一つの神経細胞から次の細胞に情報を伝えるためのコネクションをシナプスと呼ぶが,網膜の中には無数のシナプスが,2カ所,すなわち視細胞と第二段階の細胞との間,および第二,第三の細胞の間に,きれいな層となって存在している.これらのシナプスをよく調べると,コネクションは,細胞と細胞の先端が,2本の電線をつないだように結合しているのではなく,他の水平方向に突起を出している細胞が,ちょうどコンピューターの配線のように複雑に絡まり合っていることが分かって来た.細胞突起のお互いにふれ合っている部位を詳しく分析すると,刺激が一つの細胞にひんぱんに出たり入ったりしていると思われるコネクションが見られる.この様子はコンピューターのフィードバックの配線と似ているのである.このような配線によって,数億とある視細胞が光によって興奮すると,他の神経細胞,特に横に広がった広い範囲の細胞群と一緒になって,高度の情報処理をしていることが分かって来た.このような神経的な機能を取り扱っている細胞群0910-1810/11/\100/頁/JCOPY眼研究こぼれ話桑原登一郎元米国立眼研究所実験病理部長●連載⑯▲シナプス部位の電子顕微鏡図.3万倍拡大視細胞の先端(写真左下半分)から刺激を右半分にある細胞群に伝えている.たくさんの細胞末端が入りみだれている.522あたらしい眼科Vol.28,No.4,2011眼研究こぼれ話(66)のほかに,網膜の中には栄養をつかさどる細胞群がある.この細胞は構造上の支柱の役目もしているが,主な任務はグリコーゲンの貯蔵と,エネルギーの発生とにあるらしい.この細胞をミューラー細胞というが,14,5年前,私がこの細胞の機能について新しい説を述べるまでは,ミューラーによって発見されて以来,100年ばかりの間,だれも問題にしなかったのである.私とコーガン教授が,この細胞の組織化学的な所見を発見したことが実は,網膜の近代的研究の始まりでもあった.近代の医学部学生諸君はきっとこのダイナミックな網膜についての講義を楽しんでいるにちがいないと思う.(原文のまま.「日刊新愛媛」より転載)☆☆☆

インターネットの眼科応用 27.医療とインターネットの距離

2011年4月30日 土曜日

あたらしい眼科Vol.28,No.4,20115190910-1810/11/\100/頁/JCOPYインターフェースの重要性インターネットがもたらす情報革命のなかで,情報発信源が企業から個人に移行した大きなパラダイムシフトをWeb2.0と表現します.インターネットは繋ぐ達人です.地域を越えて,個人と個人を無限の組み合わせで双方向性に繋ぎます.パソコンや携帯端末からブログや動画,写真などをインターネット上で共有し,コミュニケーションすることが可能になりました.インターネット上で情報が共有され,経験が共有され,時間が共有されます.手術,セミナーなどの医療情報は動画として共有することが可能になりました.医療行為はアナログです.複雑で情報量の多い医療情報は動画で伝えるのが最も効果的です.今後,手術やセミナーなどの医療動画がインターネット上にあふれ,整理されていくことでしょう.21世紀の医療者は,そのあふれる医療情報から適切な情報を選別するインターネットリテラシーが求められます.本来はアナログである医療と,デジタルであるインターネットの間には,いくつかのハードルがあります.このハードルが少なくなればなるほど,医療とインターネットの距離は近くなり,共存が可能です.本章では,医療とインターネットを近づけるインターフェースについて最新の事例を紹介しながら考察します.インターネットの普及を考える際,インターフェースの進化はきわめて重要です.インターフェースが改善されればされるほど,インターネットの利用者が増え,発信者が増え,情報量が爆発的に増加します.その一方でいまだインターネットが普及していない集団とは,どのような集団でしょうか.過疎地・老人が第一にあげられます.業種別に考えると,医療・教育・農業という規制の多い業界があげられます.過疎地には,インフラの整備によりインターネットは普及します.老人はどうでしょう.Wiiなどの遊具・携帯型健康器具の登場によって,インターネットに参加しやすくなりましたが,まだ不十分です.では,医療はどうでしょう.医療情報のデジタル化まず,医療情報の流れは,3つに分類されます.この3つを正確に捉えることによって,ツールが誰を対象にし,何を扱うのかが明確になります.1.医師-医師間(医療従事者間)のコミュニケーション(例:症例検討,カルテ)2.医師(医療従事者)-患者のコミュニケーション(例:待合,検査,ムンテラ)3.患者自身の健康管理・生活管理(例:家庭用健康器具,患者会)本章では,医師-医師間のコミュニケーションにおける,情報の流通を取り上げます.医療行為は,大別して検査・診察・手術に分けられますが,通信技術と情報圧縮技術の進歩が,動画をインターネットのコンテンツの一つとしました.動画というインターフェースの登場により,手術はデジタルコンテンツとして扱われます.医療とインターネットの間のハードルが一つ減りました.手術に代表される医療行為は容易にデジタル化され,インターネット上に投稿されます.一人の医師の頭の中にある医療情報が,インターネットを通じて他の医師に至るまでの過程を分解すると,以下のようになります.①術者が手術の流れを思考します.②①が医療行為となって患者に伝わります.③②を第三者もしくは録画機器が撮影します(アナログからデジタルへの変換).④③がインターネットに投稿されます(データベースに保存).⑤他の医療者が動画を視聴します(デジタルからアナログへの再変換).これらの流れをスムーズにすることが,きわめて重要です.一例を示しますと,撮影と投稿を同時に行うような,Webカメラを用いれば,手術のライブ放送を世界同時放送することが可能です.Ustreamに代表される,ライブ放送の技術を使えば,手術という医療行為は即時(63)インターネットの眼科応用第27章医療とインターネットの距離武蔵国弘(KunihiroMusashi)むさしドリーム眼科シリーズ520あたらしい眼科Vol.28,No.4,2011にデジタル化されインターネット上のコンテンツとなります.誰もがインターネット放送局を持てる時代です.診察や検査はどうしょう.医療行為は,電子カルテに入力されデジタルデータとして保存されます.この「入力」という行為が,スケッチの多い科である眼科医としては,非常に大きなハードルとなります.手術は撮影という行為でデジタル化が完了しましたが,診察・検査は単純ではありません.電子カルテのデータの入力は,おもにキーボードによって行われますが,キーボード操作の得意不得意によって,患者とのコミュニケーション量が左右される状況がしばしば起こります.電子カルテへの入力をスムーズにする方策は4つあります.①専門の医療秘書が電子カルテに医師の代わりに入力する.②音声認識ソフトを使用し,発言内容を入力する.③タッチパネルの画面でペン入力する.④紙に記載した情報をスキャンして入力する.それぞれに長所短所がありますが,タッチパネルは情報を視覚的,直感的に扱うため,電子カルテのような複雑な情報の扱いに適しています.最新の音声認識ソフトは,医療用語専用にカスタマイズされたものもあり,認識率も高いようです(図1).これらのインターフェースの長所を採りいれた,眼科の診察風景を考察してみました.診察室の机は,ペン入力が可能なディスプレイが埋め込まれています.患者の名前を呼ぶことで当該患者の画面が立ち上がります.めくるような動きで画面をなぞって,前ページの検査・診察結果を確認します.シェーマを指の動きで指定し,色鉛筆の質感に近い専用ペンで所見を入力します.所見を口頭で追加することも可能です.眼底写真や視野検査を確認したい場合は,口頭もし(64)くは指で検査名を指示します.サマリーや症例検討に使うデータは電子スタンプなどで目印を付けます.直感的に扱えるよう補助するツールが増えるほど,電子カルテは眼科医にとって,より身近になります.どうしても紙で運用しなければならない部分は,スキャナーで画像情報として入力します.これらの電子カルテ関連ソフトを,購入せずに使えるクラウドコンピューティングが普及すれば,医療機関としても経済的に入手しやすくなります.手術は動画というインターフェースを用いることで,検査・診察はタッチパネルや音声認識ソフトといったインターフェースを用いることで,医療とインターネットの距離は近くなりました.学会というインターフェース動画サイトや,電子カルテにおける情報流通の進歩をインターフェースという観点から紹介しましたが,インターネットと医療との,最も自然なインターフェースは,学会というリアルな媒体を共有すること,と考えます.インターネット上で学会が開催され,その利便性が理解されれば,われわれの意識は大きく変容し,その変化を受け入れるでしょう.一般的には,デジタル化されたものは容易にインターネットに搭載されます.手術動画のインターネット化をみれば明らかです.われわれが参加する学会は,デジタルプレゼンテーションが主流になりました.学会のデジタル化はすでに完成していますので,インターネット化されるのは目前です.学会がインターネット化された時点で,医療とインターネットの距離は,ぐっと近くなります.電子カルテは,インターネットの医療応用の一部ですが,インターネット学会は,医療界全体の人,情報の流通に大きな変化をもたらす,革命的な出来事となるでしょう.【追記】これからの医療者には,インターネットリテラシーが求められます.情報を検索するだけでなく,発信することが必要です.医療情報が蓄積され,更新されることにより,医療水準全体が向上します.私が有志と主宰します,NPO法人MVC(http://mvc-japan.org)では,医療というアナログな行為を,インターネットでどう補完するか,さまざまな試みを実践中です.MVCの活動に興味をもっていただきましたら,k.musashi@mvc-japan.orgまでご連絡ください.MVConlineからの招待メールを送らせていただきます.先生方とシェアされた情報が日本の医療水準の向上に寄与する,と信じています.図1熊本赤十字病院放射線科での音声認識ソフトの導入事例

硝子体手術のワンポイントアドバイス 95.全身麻酔下における笑気による眼圧変動(初級編)

2011年4月30日 土曜日

あたらしい眼科Vol.28,No.4,20115170910-1810/11/\100/頁/JCOPYはじめに全身麻酔下で硝子体手術を施行する際,眼内液-空気同時置換術を施行した後の硝子体腔は閉鎖腔となる.インフュージョンポートから一定の圧の空気を送り込んでいる間は問題にならないが,ポートを抜去した後は完全な閉鎖腔となり,笑気使用下では,笑気によって眼圧が変動する(図1)1).これは,気胸やイレウスなど閉鎖腔を生じる他科の手術の際にも同様である.●笑気の硝子体腔への流入と流出笑気を止めないで全身麻酔を続行した場合,硝子体が閉鎖腔となった時点から,笑気が硝子体腔内に流入して眼圧が上昇する.一般に,笑気による眼圧上昇は10.20分で20mmHg以上である.これは硝子体腔内が100%空気であっても,20%SF6(六フッ化硫黄)あるいは14%C3F8(八フッ化プロパン)であっても同様である.注意すべきなのは,SF6やC3F8などの膨張性ガスを注入した場合のみ,笑気による眼圧上昇が生じると誤解している術者が結構いるということである.これらのガスの膨張速度は緩徐で,手術終了間際の短時間でこの膨張の影響を受けることはほとんどない.100%空気であろうと,要するに眼内が閉鎖腔になっていれば,一様に笑気流入による眼圧上昇は生じる.一方,笑気中止後,硝(61)子体腔内に笑気が残存する場合には,逆に硝子体腔内から笑気が流出して眼圧は低下する.この変動幅は硝子体腔内の笑気の残存量やそのときの眼圧に依存するが,通常は10mmHg以上の低下が生じる.●全身麻酔下での手術終了時の眼圧補正全身麻酔時に笑気を止めた場合,通常20分後には血中の笑気は激減するとされている.よって,ポート抜去の20分前に笑気を止めれば,その後の眼圧変動は少なくなるものと考えられる.しかし,実際にはこのタイミングが遅れ,ポート抜去前後に笑気を止めることが多い.この場合,ポート抜去後は血中の笑気が残存しているので,一旦眼圧上昇した後に下降するといった複雑な変動をきたす.よって,手術終了時の眼圧を補正するためには,笑気を止めた20分後の眼圧をチェックし,高眼圧の場合には空気を抜去,低眼圧の場合には空気を追加すればよい.このときに膨張性のガスを注入しても,最終的に硝子体腔内が非膨張性の濃度であれば問題はない.20ゲージ硝子体手術の場合にはポート抜去後に強膜や結膜縫合する時間が余分にかかるため,眼圧補正を行う時間的余裕があったが,近年普及しているスモールゲージ小切開硝子体手術では,ポート抜去後にすぐに手術を終了することができるので,眼圧チェックが甘くなる危険がある.最近は,麻酔科医に依頼すれば,最初から笑気なしの麻酔をかけてもらうことも可能なので,ガスタンポナーデを行う硝子体手術ではそのほうが無難である.文献1)氏家彰子,二宮修也,田澤豊ほか:全身麻酔下の硝子体腔内期待注入の眼圧.眼科手術5:521-525,1992硝子体手術のワンポイントアドバイス●連載95全身麻酔下における笑気による眼圧変動(初級編)池田恒彦大阪医科大学眼科図1笑気による眼圧変動眼圧一定眼圧インフュージョン抜去空気空気空気笑気笑気眼圧笑気中止

眼科医のための先端医療 124.知られていない盲点の性質:視覚潜時の空間分布

2011年4月30日 土曜日

あたらしい眼科Vol.28,No.4,20115130910-1810/11/\100/頁/JCOPY多局所視覚誘発電位を蘇らせた発見1999年,コロンビア大学のZhangは多局所視覚誘発電位(multifocalvisualevokedresponse:mfVEP)を多数の被検者から記録するうちに,あることを発見しました(Hoodetal,20001)).この発見によって,それまで臨床では使えない2)と考えられてきたmfVEPに注目が集まるようになりました.mfVEP(図1)は,多局所網膜電図(mfERG)の発明者Sutterによって記録されていました(Baseleretal,19942)).視角半径20°の刺激図形は,中心に近づくと急激に小さくなる60個の弧に,擬ランダムに反転する市松模様が描かれています.視野の複数の領域から,同時に視覚誘発電位を記録できるため,他覚的な視野検査として応用されることが期待されたのですが,大きな欠点がありました.正常な視覚をもった被検者のmfVEPでも,反応が大きな領域,ごく小さな領域ができて,異常の有無すら判定できないのです(図1B).その原因は,網膜部位再現(retinotopic)マップである一次視覚野が脳回によって深く不規則に折りたたまれていることにあります2).一次視覚野に発生するダイポールが,頭皮に置かれた電極に電位変化として反映する程度は,折りたたみによって場所ごとにまちまちになってしまいます.脳回には個人差があり,また頭皮の電極の位置によってもmfVEPは変化してしまうので,結果の再現性も乏しいのです.Zhangが気づいたのは,こんなmfVEPが,健常者では左右眼でほとんど同一であることでした(図1B).ヒトなどの一次視覚野は,左右の2つの網膜のdominancebandが,細かく織り込まれて1枚のretinotopicマップを構成します3).視野上のある領域の刺激は,左右どちらの網膜を介しても,一次視覚野の同じ領域で知覚されることから,左右眼のmfVEPはほぼ同一になるのです.左右眼のmfVEPを比較することにより,僚眼を対照に使える片眼性の視野異常では,mfVEPによる他覚視野計測が実現しました1).緑内障では両眼性に視野欠損が進行することも多いのですが,初期では鼻側階段など,左右対称の変化であり,やはりmfVEPによる他覚視野計測で高感度に検出されます1).左右眼の潜時の違いを生じる,網膜内伝導ほとんど同一でありながら,mfVEPには左右眼でほんの僅かな潜時の違いがあります1,4).数msの違いが,ノイズで修飾されていますので内積法など数学的な処理をしなければ定量できません4).左右眼の潜時の違いは,視野の中心の垂直経線上にはなく,左右に離れるほど大きくなり,左視野では左眼の,右視野では右眼の潜時が短くなっていました1,4).左視野は,左眼では耳側視野(57)◆シリーズ第124回◆眼科医のための先端医療監修=坂本泰二山下英俊島田佳明(藤田保健衛生大学坂文種報德會病院眼科)知られていない盲点の性質:視覚潜時の空間分布:右眼:左眼AB図1多局所視覚誘発電位(mfVEP)A:刺激図形(右上)と大きさ(左下).B:健常者のmfVEPの波形一覧の例.右眼を青,左眼を赤で表記.部位により反応の大きさはまちまちであるが,左右眼のmfVEPはほぼ同一である.514あたらしい眼科Vol.28,No.4,2011であり,鼻側網膜に投影し,視交叉で交叉して右の一次視覚野に至るのに対して,右眼からの視路はそれぞれ鼻側視野・耳側網膜・非交叉になっています.左右眼からの視路は,途中でシナプスをつくる,右外側膝状体の層も異なります.交叉性の視路は非交叉性視路よりも速く伝導している,ともいえます.この左右眼の視覚潜時の違いを生じているのは,網膜局所の網膜神経節細胞(RGC)から視神経乳頭までの網膜内伝導の距離であることが明らかになっています4).RGCの軸索は,視神経乳頭を過ぎますと髄鞘をもち,跳躍伝導を開始しますが,網膜の神経線維層では無髄であり,伝導はきわめて低速です5).耳側視野・鼻側網膜は視神経乳頭が近く,網膜内伝導距離が短いのに対して,鼻側視野・耳側網膜では視神経乳頭が遠く,網膜内伝導距離が長いため,視覚潜時が延長してしまうのです.視覚潜時の空間分布mfVEP潜時と網膜神経線維層の軸索の推定長との比によって,ヒトのRGC軸索の網膜内伝導速度が,中心から0.5.1.4°で0.29m/s,8.12°で1.39m/sと計算されました4).これらは動物での実測値や,ヒトのmfERGの視神経乳頭成分6)による推定値と矛盾しません.伝導速度の推定によって網膜内で生じる視覚潜時の空間分布が明らかになりました(図2).中心窩の周辺はとりわけ潜時が長く,乳頭黄斑束を構成する細い軸索の低速の伝導が反映していると考えられています.視覚潜時は視神経乳頭に近づくほど短縮するので,耳側視野は視覚潜時が短い利点が生じています.眼底に視神経乳頭が存在することによって,耳側視野には盲点ができます.一次視覚野では盲点の領域は僚眼のdominancebandが補.し3),暗点として自覚することはないのですが,これまでは,盲点の存在が視覚的に有利になる要素は指摘されてきませんでした.対面法や動的視野の計測では,耳側視野は鼻側視野よりも周辺に広がりをもっています.盲点はその中心近くに存在し,視覚伝導の高速化に寄与しています.僚眼を対照にすることで他覚視野計として発達したmfVEPには,こんな情報も含まれていて,臨床応用を待っています.文献1)HoodDC,ZhangX,GreensteinVCetal:AninterocularcomparisonofthemultifocalVEP:apossibletechniquefordetectinglocaldamagetotheopticnerve.InvestOphthalmolVisSci41:1580-1587,20002)BaselerHA,SutterEE,KleinSAetal:Thetopographyofvisualevokedresponsepropertiesacrossthevisualfield.ElectroencephalogrClinNeurophysiol90:65-81,19943)FlorenceSL,KaasJH:Oculardominancecolumnsinarea17ofOldWorldmacaqueandtalapoinmonkeys:completereconstructionsandquantitativeanalyses.VisNeurosci8:449-462,19924)ShimadaY,HoriguchiM,NakamuraA:Spatialandtemporalpropertiesofinteroculartimingdifferencesinmultifocalvisualevokedpotentials.VisionRes45:365-371,20055)StanfordLR:X-cellsinthecatretina:relationshipsbetweenthemorphologyandphysiologyofaclassofcatretinalganglioncells.JNeurophysiol58:940-964,19876)SutterEE,BearseMA:TheopticnerveheadcomponentofthehumanERG.VisionRes39:419-436,1999(58)図2視覚潜時の空間分布(右眼)視神経乳頭に近づくほど視覚潜時は短縮する.中心窩近傍では周辺よりも特に視覚潜時が長い.■「知られていない盲点の性質:視覚潜時の空間分布」を読んで■今回は島田佳明先生による“多局所視覚誘発電位(mfVEP)による研究の成果”の紹介です.島田先生が本当に読者の興味を引きつつその臨床的意義を上手に解説しておられます.mfVEP潜時と網膜神経線維層の軸索の推定長との比によって,ヒトの網膜神経節細胞(RGC)軸索の網膜内伝導速度が,中心から0.5(59)あたらしい眼科Vol.28,No.4,2011515.1.4°で0.29m/s,8~12°で1.39m/sとの計算結果に至る推論の論理的な発展は推理小説にも匹敵する面白さです.このような神経生理学的な基本データが臨床的に計算することができるというのは本当に驚きです.さらに盲点が視覚伝導の高速化に寄与しているとは!盲点の「機能」について考えたこともなかったです.まだまだ眼,視覚,視機能には多くの謎が潜んでいて,われわれは知らずに使っていることがわかりました.RGCの神経伝導速度が疾患により低下するかもしれません.それを検査により検出して疾患の病態,神経保護薬の効果の他覚的判定などに使えないでしょうか?わくわくしながら,いろいろなことが考えられるサイエンスとしての夢を感じる解説,ありがとうございました.山形大学医学部眼科山下英俊☆☆☆

緑内障:プロスタグランジン関連薬の比較

2011年4月30日 土曜日

あたらしい眼科Vol.28,No.4,20115110910-1810/11/\100/頁/JCOPY●プロスタグランジン(PG)関連薬PG関連薬は,内因性生理活性物質であるPGF2aから眼局所副作用を分離した誘導体で,プロストン系とプロスト系に大別される.プロスト系には,プロスタノイド誘導体とプロスタマイド誘導体がある(図1).プロストン系(ウノプロストン):代謝型誘導体でPGF2a活性が消失している.最近の報告では主経路からの房水流出促進も示唆されている.プロスタノイド誘導体(ラタノプロスト,トラボプロスト,タフルプロスト):おもにFP受容体を介した細胞外マトリックスのリモデリングにより,ぶどう膜強膜流出経路からの房水流出を促進するとされる.製剤はプロドラッグ型で,角膜で代謝され眼内へ移行する.タフルプロストとトラボプロストはフッ素を導入し,ラタノプロストよりFP受容体親和性が強い.プロスタマイド誘導体(ビマトプロスト):一部はプロスタノイド誘導体と同様の作用を示すが,アミド結合を有し,角膜代謝率は低い.大部分は未変化体のまま,プロスタマイド受容体(FP受容体バリアント複合体)に作用し,ぶどう膜強膜流出経路からの房水流出を促進する.●眼圧下降効果プロストン系の眼圧下降はプロスト系に劣る.プロスト系薬剤は,1日1回点眼で終日持続する強力な眼圧下降・日内変動抑制効果を有し,連用による減弱や全身副作用がない.プロスト系4剤すべてを直接比較した報告はまだない.海外のメタ解析1,2)では,眼圧下降効果はラタノプロスト≒トラボプロスト≦ビマトプロ(55)●連載130緑内障セミナー監修=岩田和雄山本哲也130.プロスタグランジン関連薬の比較中野聡子久保田敏昭大分大学医学部眼科プロスト系プロスタグランジン関連薬は,1日1回点眼で終日持続する強力な眼圧下降・日内変動抑制効果を有し,連用による減弱や全身副作用がない優れた薬剤である.わが国では4種の薬剤が使用可能で,それぞれの特徴を踏まえ,患者ごとに有効性,安全性,アドヒアランス,経済性を見きわめながら選択することが重要である.プロストン系系統プロスタノイドプロスタグランジン(PG)関連薬プロスタマイドプロスト系一般名ウノプロストンラタノプロストトラボプロストタフルプロストビマトプロスト主な国内製剤レスキュラR0.12%キサラタンR0.005%トラバタンズR0.004%タプロスR0.0015%ルミガンR0.03%点眼回数1日2回1日1回1日1回1日1回1日1回pH5.0~6.56.5~6.9約5.75.7~6.36.9~7.5防腐剤BAC0.005%BAC0.02%sofZiaTMBAC0.001%BAC0.005%貯法遮光,室温遮光,2~8℃1~25℃室温室温国内発売1994年1999年2007年2008年2009年ジェネリック医薬品ありありその他ディンプルボトルRBAC:塩化ベンザルコニウム,sofZiaTM:イオン緩衝系防腐剤.図1プロスタグランジン(PG)関連薬の特徴(2010年12月現在)PG関連薬はプロストン系(ウノプロストン)とプロスト系に大別される.プロスト系は,プロスタノイド誘導体(ラタノプロスト・トラボプロスト・タフルプロスト)と,プロスタマイド誘導体(ビマトプロスト)がある.512あたらしい眼科Vol.28,No.4,2011ストの傾向にあるとされる.ラタノプロスト,タフルプロスト,ビマトプロストの3剤を比較した自験例では,ビマトプロストが最も眼圧下降が良好であった(図2).プロスタノイド誘導体3剤の効果はほぼ同等で,プロスタマイド誘導体であるビマトプロストはやや効果が強い可能性がある.海外製剤のトラボプロスト(トラバタンR)は防腐剤として塩化ベンザルコニウム(BAC)を含有し,国内製剤(トラバタンズR)はホウ酸と亜鉛によるイオン緩衝系システム(sofZiaTM)を用いているが,同等の眼圧下降効果を示す.タフルプロストは,正常眼圧緑内障に対する強いエビデンス3)を有する.機序は不明であるが,各プロスト系薬剤への反応には個人差があり,ノンレスポンダーが10.40%存在する4).これまでは他系統の薬剤への変更・併用を要したが,別のプロスト系製剤を試みることで,プロスト系製剤1剤による治療が継続できる可能性がある.●その他の特徴各製剤の特徴を図1に示す.副作用には眼瞼・虹彩色素沈着,睫毛成長,眼周囲皮膚の多毛,結膜充血,角膜上皮障害,deepuppereyelidsulcus(DUES)などがある.結膜充血はラタノプロスト<トラボプロスト≒ビマトプロストの傾向1,5)とされ,自験例ではラタノプロスト≒タフルプロスト<ビマトプロストであった(図3).なお,プロスト系製剤間の切り替えでは充血が目立たないことが多く,継続使用で軽減することもある.角膜上皮障害は基剤やBAC濃度に影響され6),多剤併用例や(56)ドライアイや糖尿病を基礎疾患にもつ症例では考慮を要する.まとめプロスト系薬剤は,他系統の薬剤と比較して優れた点が多い.各製剤の特徴を踏まえ,患者ごとに有効性,安全性,アドヒアランス,経済性を見きわめながら選択する.文献1)AptelF,CucheratM,DenisP:Efficacyandtolerabilityofprostaglandinanalogs:ameta-analysisofrandomizedcontrolledclinicaltrials.JGlaucoma17:667-673,20082)vanderValkR,WebersCA,SchoutenJSetal:Intraocularpressure-loweringeffectsofallcommonlyusedglaucomadrugs:ameta-analysisofrandomizedclinicaltrials.Ophthalmology112:1177-1185,20053)桑山泰明,米虫節夫,タフルプロスト共同試験グループほか:正常眼圧緑内障を対象とした0.0015%タフルプロストの眼圧下降効果に関するプラセボを対照とした多施設共同無作為化二重盲検第III相臨床試験.日眼会誌114:436-443,20104)NoeckerRS,DirksMS,ChoplinNTetal:Asix-monthrandomizedclinicaltrialcomparingtheintraocularpressure-loweringefficacyofbimatoprostandlatanoprostinpatientswithocularhypertensionorglaucoma.AmJOphthalmol135:55-63,20035)HonrubiaF,Garcia-SanchezJ,PoloVetal:Conjunctivalhyperaemiawiththeuseoflatanoprostversusotherprostaglandinanaloguesinpatientswithocularhypertensionorglaucoma:ameta-analysisofrandomisedclinicaltrials.BrJOphthalmol93:316-321,20096)KahookMY,NoeckerRJ:ComparisonofcornealandconjunctivalchangesafterdosingoftravoprostpreservedwithsofZia,latanoprostwith0.02%benzalkoniumchloride,andpreservative-freeartificialtears.Cornea27:339-343,2008患者数(%)平均眼圧下降率<20%20~30%≧30%806040200****■:ラタノプロスト■:タフルプロスト■:ビマトプロスト図2眼圧下降率正常眼圧緑内障を含む原発開放隅角緑内障,高眼圧症を対象とした自験例では,ビマトプロストは眼圧下降率30%以上の眼圧下降良好例が多く,20%以下の眼圧下降不良例が少なかった(n=27,12週間,**:p<0.01,*:p<0.05).平均球結膜充血スコア3210ラタノプロストタフルプロストビマトプロスト***図3結膜充血スコアプロスト系単剤治療群の球結膜充血の程度を4段階(なし,軽度,中等度,重度)で評価した.ラタノプロストとタフルプロストと比較して,ビマトプロストで有意に充血が強かった(n=27,12週間,**p<0.01,*:p<0.05).

屈折矯正手術:フェムトセカンドレーザーフラップの特徴

2011年4月30日 土曜日

あたらしい眼科Vol.28,No.4,20115090910-1810/11/\100/頁/JCOPYフェムトセカンド(FS)レーザーは波長1,053nmの近赤外線レーザーで,角膜実質内で焦点を結ぶと球形のプラズマ爆発(直径1.3μm)が発生する.これが周囲組織に熱変性や衝撃を与えることなく分子レベルで組織を分離し,この小さな点を連続させることで面としての間隙を作り角膜フラップを作製する.手術手技は,サクションリングを強膜に吸着させた後,アプラネーションコーンをサクションリング内に下降させドッキングさせる.角膜を圧平したらレーザーを照射する.最初にポケット(フラップ作製時に発生する気泡を切除面から放出するための場所)が作製され,つぎに設定した深さでのベッド面が切開され,最後にサイドカットが切開されフラップが完成する(図1).フラップ作製時間は,当院で使用しているiFSTMAdvancedFemtosecondlaser(iFSTM,150kHz,AMO社)で約10秒である.●FSレーザーフラップの特徴1.フラップ作製に関する特徴マイクロケラトーム(MK)によるフラップ作製は数種のヘッドとサクションリングの組み合わせで形状が決まるが,個々の角膜に十分に合わせることはできない.角膜屈折力K<40D,K>46Dの場合にボタンホールやフリーフラップなど合併症のリスクも高くフラップ作製が困難である.FSレーザーによるフラップ作製はフラップ厚(90.400μm),フラップ直径(5.0.9.5mm),サイドカットアングル(30.150°),ヒンジ位置などの各種パラメータを任意に設定することができ,術者が計画した形状のフラップを精密かつ安全に作製することができる.作製されたフラップ厚の誤差は±10μm以内とMKの±25μmと比べて精密である.フラップ作製途中にサクションブレイクが起こるとMKの場合は手術が中止となるが,FSレーザーは再現性に優れており,同じアプラネーションコーンを使用すれば手術を続行することもできる.MKの機械的トラブルやサクションリングによる急激な高眼圧などのリスクも減少した.つぎに,FSレーザー特有の現象に不透過性気泡層(53)屈折矯正手術セミナー─スキルアップ講座─●連載131監修=木下茂大橋裕一坪田一男131.フェムトセカンドレーザーフラップの特徴福岡佐知子多根記念眼科病院フェムトセカンドレーザーは光切断とよばれるプロセスにより組織を精密に分離する近赤外線光である.このレーザーによるLASIK(laserinsitukeratomileusis)のフラップ作製は,全過程をコンピュータ制御で,術者が計画したとおりの形状のフラップを安全で高精度に作製することができる.SidecutFlapbedHingePocketSidecutangleSuctionringApplanationconeCorneaSidecutFlapbed図1FSレーザーによるフラップ作製の模式図Pocket→Flapbed→Sidecutの順に作製される.SidecutangleはiFSTMで最大150°のシャープエッジを作製できる.図2不透過性気泡層(OBL)切除面上下の層内に発生する強く白い気泡.510あたらしい眼科Vol.28,No.4,2011(opaquebubblelayer:OBL)がある(図2).これは切除面上下の層内に発生する強く白い気泡で,角膜含水率が高い場合やFSレーザーの設定,フラップ作製位置が適切でない場合に発生する.過度のOBLはレーザー照射を妨げ,フラップとベッド間の分離が十分にできず,フラップのリフトが困難になったり,アイトラッキングの妨げとなることもある.これはレーザー設定の調整により軽減でき,過度に発生しても慎重に手術を行えばトラブルになるものではない.2.フラップの形態学的特徴MKで作製されるフラップの形状は中心が薄く周辺が厚いメニスカスフラップであるが,FSレーザーは角膜を圧平してフラップを作製するので角膜形状や厚さに影響されず,均一な厚みのプラナーフラップができる.これはフラップ作製による惹起収差が少なくカスタム照射に適している1).また,MKのように広範囲に深部角膜神経を断絶しないのでドライアイの訴えが少ない2).フラップのエッジはiFSTMの場合,最大150°の「bevelin」フラップを作製することが可能で,フラップを戻した際のずれが少なくフラップの皺や角膜上皮迷入が起こりにくい(図1,図3の右上→).iFSTMに搭載されたもう一つの新しい機能に楕円フラップがある.これは拡大したヒンジ角度を維持し,フラップの安定性を改善しながら照射面を大きく確保できるという利点があり,パンヌスのある眼に適している.つぎに豚眼角膜で作製したフラップの走査電子顕微鏡像を示す(図3).MKはブレードで組織を切離しているため断面はスムーズであるが,FSレーザーは光切断法で組織を分離しているため,電子顕微鏡でみると毛羽立っている.過度の粗い断面はカスタム照射に影響するが,このような適度な性状の断面は摩擦抵抗が大きく外力に強いと推察され,さらにシャープエッジも加わり,フラップの生体力学的強度,接着力,フラップの安定性が優れていると考えられる.おわりに屈折異常に対し,オーダーメイドであるカスタム照射が早くから施術されていたが,フラップ作製に関しては遅れていた.FSレーザーの登場でようやく個々に合わせた形状のフラップ作製が可能となった.術中コンピュータ制御で精密かつ安全に作製できる安心感,術後のフラップの安定感は,LASIKの適応の拡大と,術者のストレスを軽減させた.今後さらなるFSレーザーの進歩を期待している.文献1)DurrieDS,KezirianGM:Femtosecondlaserversusmechanicalkeratomeflapsinwavefront-guidedlaserinsitukeratomileusis:prospectivecontralateraleyestudy.JCataractRefractSurg31:120-126,20052)NordanLT,SladeSG,BakerRNetal:Femtosecondlaserflapcreationforlaserinsitukeratomileusis:six-monthfollowupofinitialU.S.clinicalseries.JRefractSurg19:8-14,2003(54)….左上:MK(MoriaM2)×50倍右上:FSレーザー(iFSTM)×50倍左下:MK(MoriaM2)×1,000倍右下:FSレーザー(iFSTM)×1,000倍図3豚眼角膜で作製したフラップ断面の走査電子顕微鏡写真※:フラップのベッド面.下図はベッド面の1,000倍拡大画像.ベッド面の性状はMKは作製過程が切離のためスムーズで,FSレーザーは分離のためやや粗い.→:フラップのエッジ.MKはメニスカスフラップでエッジはなだらかな曲線.FSレーザーはシャープエッジ.

多焦点眼内レンズ:回折型でなく屈折型がいい症例

2011年4月30日 土曜日

あたらしい眼科Vol.28,No.4,20115070910-1810/11/\100/頁/JCOPY2005年頃より新世代の多焦点眼内レンズ(IOL)を用いた白内障手術が欧米を中心に開始され,わが国でも2007年より順次使用可能になった.現在では大きく分類して屈折型,回折型から選択することが可能である.これらは光学特性が異なるために,その特徴を考慮して選択する必要がある.本稿では,この2種類の多焦点IOLのうち,屈折型を選択することが望ましい場合について考察する.ReZoomR2007年よりわが国でも使用可能になった屈折型多焦点IOLは疎水性アクリル製,光学径6.0mm,全長13.0mmのAMO社製のReZoomRである.本レンズは,同社の屈折型多焦点IOLであるArrayRの後継モデルである.ArrayRと同様に,光学部中心より遠用,近用,遠用,近用,遠用の5つの光学ゾーンが配置されているが,ArrayRで問題とされていた夜間のグレア・ハロー現象の軽減と,中間視へのエネルギー配分の増加を目的としてその配分が変更されている(図1).中心から3番目の遠用部がArrayRに比べて80%増加しているのに対して,その外側の近用部は55%減少していることによって,暗所視および薄暮視では,遠用部を通過する光配分が増加するために,遠方視力が向上するとともにグレア・ハロー現象の軽減が期待される.本IOLは回折型多焦点IOLと異なり,回折現象によって失われる光学的エネルギーがないため,理論上はコントラスト感度の低下を生じにくい.しかし,光学的エネルギー配分が瞳孔径に左右され,瞳孔径が小さくなると近方視力が低下する(表1).また,近用加入度数は+3.5D(眼鏡面では約+2.0D)であるため,回折型多焦点IOLと比べると近方視力が劣ってしまう.白内障手術を受ける症例のほとんどは,若年者に比べて瞳孔径が小さい高齢者であるため,実際に使用されている多焦点IOLの数では回折型が屈折型を大きく上回っている.屈折型多焦点IOLが適している症例前述した事柄を踏まえながら,回折型よりも屈折型多(51)●連載⑯多焦点眼内レンズセミナー監修=ビッセン宮島弘子16.回折型でなく屈折型がいい症例柴琢也東京慈恵会医科大学眼科屈折型多焦点眼内レンズ(IOL)は,回折型多焦点IOLに比べて近方視力が不良であると考えられていることより,あまり使用されなくなっている.しかし遠方および中間距離の視機能が良好であるため,若年症例に対しては,回折型多焦点IOLでは獲得しえない利点を提供することが可能である.Zone….ReZoomRArrayR……5..6.0mm6.0mm4..4.6mm4.6mm-55%3..4.3mm3.9mm+80%2..3.45mm3.4mm+5%1..2.1mm2.1mm図1ReZoomRとArrayRの光学部デザインの比較ReZoomR,ArrayRともに,光学部中心より遠用,近用,遠用,近用,遠用の5つの光学ゾーンが配置されているが,その配分が異なる.表1ReZoomRの光学的エネルギー配分瞳孔径エネルギー配分(%)近距離中間距離遠距離光の損失2mm0%17%83%0%5mm30%10%60%0%ReZoomRは回折現象によって失われる光学的エネルギーがないが,光学的エネルギー配分が瞳孔径に左右され,瞳孔径が小さくなると近方視力が低下する.508あたらしい眼科Vol.28,No.4,2011焦点IOLが適している症例について,その利点と問題点を基に考按する.1.利点(遠方視機能が良好)屈折型多焦点IOLの回折型多焦点IOLに対する優位点の一つに,遠方の視機能が単焦点IOLと同様に良好であることがあげられる.遠方視力が良好であることだけでなく,コントラスト感度も同様に良好である.したがって,僚眼に白内障を認めない片眼性の白内障症例に対して用いても,遜色のない遠方視機能を得ることが可能である.図2は当院で手術を施行した症例の全距離視力であるが,他の回折型多焦点IOLと比べて遠方視力は有意に良好であった.つぎに当院の症例を提示する.症例は23歳,男性,大学4年生であるが,右眼の前.下白内障および後.下白内障を認めた.術前視力はVD=0.03(0.07×.3.00D),VS=0.03(1.5×.5.50D(cyl.0.50DAx160°)であった.十分なインフォームド・コンセントの下で右眼に対して水晶体再建術,多焦点IOL挿入術(ReZoomR)を遠方を正視狙いで施行し,白内障のない両眼に対してはエキシマレーザー屈折矯正手術(LASIK:laserinsitukeratomileusis)を施行した.術後遠方視力は,VD=1.2×IOL(1.5×+0.50D(cyl.1.00DAx170°),VS=1.5(1.5cyl.0.75DAx55°),近方視力は,VD=0.9×IOL(1.0×+0.75D(cyl.1.00DAx170°),VS=0.9(1.0cyl.0.75DAx55°)であった.術後視機能を聴取したところ「遠方はIOL挿入眼のほうが見やすく,近方はLASIK眼のほうが見やすい.大満足している.」とのことであった.2.利点(中間距離の視機能が良好)前述のごとく,近方加入度数が眼鏡面で+2.0Dであ(52)るため,中間距離視力は回折型に比べて良好であるとされている.このことはVDT(visualdisplayterminal)作業が多い現代のオフィスワークに適している.3.問題点(近方視力に限界がある)その一方,近方視力は回折型に比べると限界があり,必要度によっては近用眼鏡が必要になる場合がある.全距離視力であるが,他の回折型多焦点IOLと比べて.3.5Dよりもマイナスのレンズを負荷した場合に有意に視力が低下していた.したがって職業上の理由などで,30cm未満の近方を裸眼でよく見える必要がなければReZoomRを挿入したとしても,近方視で不満を自覚することは少ないであろう.再び当院の症例を提示する.症例は46歳,男性,会社員である.右眼の前.下白内障,後.下白内障を認めた.術前視力はVD=0.1(0.2×.2.00D(cyl.2.25DAx85°),VS=0.4(1.5×.1.50D(cyl.1.00DA×50°)であった.本症例は日常は遠用の眼鏡装用を行っており,右眼に対して水晶体再建術,多焦点IOL挿入術(ReZoomR)を,遠方を.1.50Dに合わせて施行した.術後の遠方視力は,VD=0.4×IOL(1.5×.1.75D(cyl.0.50DAx170°),近方視力はVD=1.0×IOL(1.5×.1.75D(cyl.0.50DAx170°)であった.術後視機能については「Glareについては,言われれば感じるが,日常生活では気にならない.近方も十分に見えており非常に満足している.」とのことであった.まとめ以上のように本レンズは良好な視機能を有するため,おもに20~40歳代の症例に対して使用しても遠方視力で不満がでる可能性は少ない.この年代であれば屈折型多焦点IOLの機能を引き出すのに十分な瞳孔径を有しており,中間~近方にかけても実用的な視力を得ることは可能である.しかし,ある程度の年齢になり瞳孔径が小さくなってくると,中間~近方にかけては若年~壮年時に比べると低下するであろう.しかし,その頃は手術を受けていない僚眼も老視の問題がでており,必要に応じて眼鏡装用を行う必要があろう.また,その僚眼が白内障になれば,年齢に合わせて回折型多焦点IOL挿入を行えば,mixandmutchを行うことが可能である.回折型に比べて多いといわれているグレア・ハロー現象といわれる見え方については,皆無ではないがこのことについて強く不満を訴える症例を筆者は経験していない.2.01.00.1+2.00+1.000-1.00-2.00-3.00-4.00-5.00ReZoomRReSTORRTECNISMultifocalRp<0.01,unpairedt-test図3多焦点IOL挿入眼の全距離視力ReZoomR挿入眼は,回折型多焦点IOL挿入眼に比べて遠方視力は有意に良好である.

眼内レンズ:先天性水晶体欠損症

2011年4月30日 土曜日

あたらしい眼科Vol.28,No.4,20115050910-1810/11/\100/頁/JCOPY先天性水晶体欠損症は,水晶体赤道部辺縁の一部が欠損する形態異常である1).本症はしばしば白内障を併発し,視力低下をきたすことが知られており,これまでに超音波水晶体乳化吸引術(PEA)+眼内レンズ(IOL)挿入術2)や,IOL毛様溝縫着術3)を行って視力を改善したという報告がある.一方,白内障の併発を認めない場合においても,水晶体欠損による水晶体形状異常により高次収差が生じて,視機能に悪影響を及ぼすことがある.(49)●症例患者は12歳,男性,左眼の視力低下を主訴に来院.初診時,VD=(1.0×.2.75D),VS=(0.1×(cyl.6.0D星崇仁大鹿哲郎筑波大学臨床医学系眼科眼内レンズセミナー監修/大鹿哲郎296.先天性水晶体欠損症先天性水晶体欠損症は,Zinn小帯の一部が欠損,または疎になっているために,水晶体の形態異常をきたす病態である.そのため,著しい高次収差を生じ,視機能障害をきたすことがある.本症に対して水晶体.拡張リングを用いた手術を行うことにより高次収差を解消し,視機能を回復することが可能であった.図1水晶体欠損症例の細隙灯顕微鏡所見上方の水晶体欠損を認め,欠損部ではZinn小帯が疎になっている.図3術前の角膜形状解析軽度の正乱視(直乱視)を認めるのみで,角膜由来の高次収差は認められない.図4術前の高次収差角膜(上段)の収差は正常範囲内だが,眼球(下段)の収差が著しく増大し,Landolt環シミュレーション(右)でも像のぼけが強い.図2EAS.1000による徹照像Ax20°)と左眼の視力低下を認めた.上方の水晶体欠損を認め,欠損部のZinn小帯は疎であった(図1,2).上方やや中央寄りに限局性の混濁を認めるものの,水晶体は全体的に透明で,明らかな白内障の状態ではなかった.角膜形状解析では軽度の正乱視を認めるのみで,強い角膜乱視および不正乱視はみられなかった(図3).波面センサーによる解析では,角膜の低次および高次収差は正常範囲であるものの,眼球全体の収差が著しく増えており,すなわち水晶体の変形による非対称性収差(コマ収差)の増大が視機能障害の原因と考えられた(図4).Landolt環シミュレーションでも,網膜像のぼけが非常に強いことから,手術による治療を行うこととした.手術中,10時~12時のZinn小帯が伸びきっている状態が観察されたものの,その他の部位のZinn小帯に脆弱性はなく,通常の前.切開,PEA,皮質吸引を行うことができた.その後,水晶体.拡張リング(capsulartensionring:CTR)を角膜サイドポートから.内に挿入し(図5),欠損部を押し広げたのち,IOLを.内に挿入した.欠損部のCTRが瞳孔領に見られるため,まだ完全に水晶体.は拡張されていないと思われるが,IOLの位置はおおむね良好と判断された(図6).術後,波面センサーによる解析では,術前の強い高次収差がほぼ解消され(図7),Landolt環シミュレーション像もはっきりするとともに,自覚症状の著明な改善が得られた.文献1)KaempfferR:Colobomalentiscongenitum.GraefesArchOphthalmol48:558-637,18992)長尾泰子,高須逸平,岡信宏隆ほか:両眼先天性水晶体欠損に対して水晶体乳化吸引術および眼内レンズ挿入術を施行した1例.臨眼60:197-200,20063)隅田亜希,池田華子,松川みうほか:両眼性水晶体欠損に対して水晶体乳化吸引および眼内レンズ毛様溝縫着を施行した1例.眼科手術22:389-393,2009図5水晶体.拡張リング(CTR)の挿入皮質を除去した後にCTRを角膜サイドポートから.内に挿入し,水晶体.を拡張した.図6IOL.内固定CTRの一部がまだ見えているが,IOLの位置はおおむね良好であった.図7術後の高次収差収差は著明に改善し,Landolt環シミュレーション像もはっきりしている.