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リネゾリドによる視神経症の1 例

2010年4月30日 金曜日

———————————————————————-Page1564あたらしい眼科Vol.27,No.4,2010(00)564(148)0910-1810/10/\100/頁/JCOPYあたらしい眼科27(4):564567,2010cはじめにリネゾリド(ザイボックスR)は,メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)感染症やバンコマイシン耐性腸球菌に適応のある薬剤である.臨床の場では関節炎や骨髄炎,皮膚感染症,肺炎などに使われるが,副作用として骨髄抑制や視神経症などが知られている.特に長期投与で副作用が多く報告され,眼科領域では視神経症の報告がこれまでに散見される14).視神経障害の機序としてはニューロン内に豊富とされるミトコンドリアの障害が原因と推定されている1,5).今回筆者らはリネゾリドによる視神経症の1例を経験したので,これまでの報告例と比較検討して報告する.I症例患者:61歳,男性.初診日:平成19年4月11日.主訴:霧視.現病歴:平成16年より慢性関節リウマチにて治療中であった.平成17年6月,MRSAによる股関節炎・膝関節症・頸椎炎にて某大学整形外科でバンコマイシンによる治療を開始したが,直後より骨髄抑制による汎血球減少が生じたため中止して硫酸アルベカシン(ハベカシンR)とトシル酸スルタミシリン(ユナシンR)に変更した.洗浄や骨移植術などの治療も併用された.平成18年6月リハビリテーション目的にて当科関連病院の整形外科に転院となった.その後,関〔別刷請求先〕椎葉義人:〒343-8555越谷市南越谷2-1-50獨協医科大学越谷病院眼科Reprintrequests:YoshitoShiiba,M.D.,DepartmentofOphthalmology,DokkyoMedicalUniversityKoshigayaHospital,2-1-50Minami-Koshigaya,Koshigaya-shi,Saitama343-8555,JAPANリネゾリドによる視神経症の1例椎葉義人門屋講司鈴木利根筑田眞獨協医科大学越谷病院眼科ACaseofLinezolid-inducedOpticNeuropathyYoshitoShiiba,KojiKadoya,ToneSuzukiandMakotoChikudaDepartmentofOphthalmology,DokkyoMedicalUniversityKoshigayaHospitalリネゾリドの長期投与後に視神経症をきたした61歳,男性例を経験した.本患者はメチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)による膝関節炎,股関節炎などにてバンコマイシンなどの薬剤投与を開始したが,副作用発現や効果不十分のため中止となり,平成18年12月にリネゾリドの投与を開始した.その後増減をくり返しながら持続投与となり,平成19年4月に霧視感を主訴に当科を紹介受診となったが,両眼視力は1.0であった.同年6月には右眼0.3,左眼0.03に低下した.当初は視力低下の原因が白内障進行によるものと診断したが,白内障手術後にも視力回復がみられず,さらに右眼0.1,左眼0.04となり,リネゾリドによる視神経症が疑われた.投与中止後9日目に視機能の改善がみられたが,股関節炎などは悪化した.1年後には両眼1.2に回復した.Weexperienceda61-year-oldmalewithlinezolid-inducedopticneuropathyafterprolongeduseoftheantibi-otic.Vancomycinandothermedicationshadbeeninitiatedforthetreatmentofmethecillin-resistantStaphylococcusaureus(MRSA)infectionsofhiskneeandhipjoints,butwerenoteective.LinezolidtreatmentwasinitiatedinJuly2005.By23monthslater,visualacuityhaddecreasedto0.3ODand0.03OS,fromthe1.0OUnoted2monthsearlier.Routineocularexaminationrevealedonlycataracts;cataractsurgerywasperformedonbotheyes.However,visualacuitydidnotimprove(0.1OD,0.04OS),solinezolid-inducedopticneuropathywassuspected.Linezolidwasdiscontinuedandvisualacuityimproved9dayslater,whileinfectionofthejointsworsened.Visualacuityrecoveredfully(1.2OU)afteroneyearwithouttheantibiotic.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)27(4):564567,2010〕Keywords:リネゾリド,視神経症,副作用.linezolid,opticneuropathy,sideeect.———————————————————————-Page2あたらしい眼科Vol.27,No.4,2010565(149)節炎などが悪化したため平成18年12月9日よりリネゾリドの投与が開始され,平成19年8月18日まで継続された.投与量は1日600mgを標準とし,総量159g(600mg錠換算で265錠)であった.この間平成18年12月31日より平成19年1月26日まで一時休薬し,4月14日より5月13日まで3001,200mgの増減があった.この間の併用薬はプレドニゾロン(プレドニンR)1日5mg内服と糖尿病経口薬であった.平成19年4月に軽度の霧視感があったため,眼科的精査目的で当科を紹介された.既往歴:平成16年より糖尿病.初診時所見:視力は右眼0.15(1.0×2.5D(cyl0.75DAx95°),左眼0.08(1.0×3.0D(cyl1.0DAx65°),眼圧は右眼15mmHg,左眼17mmHgであった.前眼部および眼底に異常はないが,中間透光体は白内障を認め,Emery分類で核硬度度,後下に軽度の混濁を認めた.白内障および糖尿病のため定期的検査を続けることとした.経過:初診2カ月後の平成19年6月に視力低下を訴え,視力は右眼0.06(0.3),左眼0.02(0.03)と低下,グレアは測定不能であった.前眼部,眼底に異常を認めないものの,白内障が核度,後下の混濁が進行していた.これらより白内障進行による視力低下と判断し,白内障手術を施行した.術中・術後合併症は認めなかった.しかし,術後の視力改善はわずかで,2週間後の所見は,視力は右眼0.08(0.4),左眼0.07(n.c.)であった.眼底その他に異常はみられず視力不良の原因は不明であった.さらに,術後1カ月に視力低下の進行と視野狭窄を自覚した.このときの視力は右眼0.08(0.1),左眼0.04(n.c.),眼圧は右眼17mmHg,左眼15mmHgで,限界フリッカ値は両眼とも19Hzであった.前眼部,中間透光体は異常なかった.眼底は検眼鏡でも異常なくフラッシュERG(網膜電図)も正常で,蛍光眼底造影でも図1症例の蛍光眼底造影写真(左:右眼,右:左眼)両眼とも視神経乳頭に過蛍光などはみられなかった.図2症例のGoldmann視野検査(左:左眼,右:右眼)右眼の中心暗点と左眼のラケット状暗点を認めた.———————————————————————-Page3566あたらしい眼科Vol.27,No.4,2010(150)視神経に過蛍光などの異常を認めなかった(図1).Gold-mann視野検査では右眼は中心暗点,左眼はラケット状暗点を認めた(図2).これらより,視神経症と診断し,リネゾリドの長期投与との関連が疑われた.そのため,整形外科主治医および患者,家族と相談のうえ,リネゾリド投与を中止することとなった.投与中止9日後には,視力は右眼0.1(0.6),左眼0.04(0.05)と改善したが,限界フリッカ値は19Hzと不変であった.視野検査の結果も中心暗点の改善を認めた(図3).しかし,股関節炎,膝関節炎などの原疾患が再発し,手術目的にて某大学整形外科に転院となった.このため当院での経過観察がその後一時中止となった.約1年後の平成20年8月11日の再診時には,リネゾリドは投与されておらず,視力は右眼1.0(1.2),左眼0.8(1.2)に回復していた.II考按リネゾリドはMRSA感染症などに非常に有用な薬剤で2000年4月に米国FDA(食品医薬品局)の承認を受けていて3),28日間以内の安全性は十分に確かめられている.しかし,骨髄炎などの疾患に長期投与を余儀なくされる場合に副作用が報告されている.本例ではリネゾリドの長期投与があり,しかも本剤の投与中止により視機能が回復したことから本剤の副作用による視神経症と診断した.他の報告例の診断も,リネゾリドの長期使用および臨床症状,投与中止による回復が決め手となっている.本例では2年間の投与期間があり,これまでのJavaheriらのまとめでも,13症例の平均投薬期間が280日間となっている1).Ruckerらも511カ月(平均9カ月)としている4).今回の症例のように他の薬剤が無効で,増減しながらもリネゾリドの長期投与を避けられない場合は,特に副作用の発現に注意すべきである.本剤の抗菌作用はリボゾームRNAに結合することによるとされる3).視神経の障害の機序としてはニューロン内のミトコンドリアリボゾームの障害が推定されている1,5).ミトコンドリア障害による視神経症としてはLeber視神経萎縮がよく知られているが,ある種の中毒性視神経症や,タバコ・アルコール視神経症,薬物による視神経障害や近年は正常眼圧緑内障との関連が推定されている5).臨床症状に注目すると,発症は本症例も含め数週数カ月間かけて視力障害が進行する亜急性が多い.視力障害の程度は重度で0.1以下が多く,ほとんどが両眼性である.視野障害の種類は本症例でも呈していた中心暗点あるいはMariotte盲点の拡大が多く,他の視神経疾患との差異はない.既報では視神経乳頭は浮腫所見を示すことは少なく1),本例のように正常あるいは軽度の蒼白のみを示す場合が多い.ミトコンドリアの分布は視神経乳頭板より前方に多いことからすると,浮腫所見を示すことが多いはずであるが,実際の報告例ではさまざまであった.蛍光眼底写真ではLeber視神経萎縮と同様に正常なことが多い1).中尾は,視神経乳頭に異常がない“球後視神経炎”類似の所見で,眼球運動時の球後部痛がないことなどが薬剤の副作用による視神経症の特徴としている6).治療については,診断がつき次第に投薬を中止することで視機能は短期間で回復の兆しがみられ1,2),本例でも9日目で回復がはじまった.その後は数カ月間かけて回復することが多い可逆性である.視力回復の程度は本例では1.2まで完全に回復したが,他の報告でも39カ月の経過観察での最終視力は全例0.5以上と比較的良好である1).本例で視力が完全回復した理由として,発症からリネゾリド中止までの期間が80日と短かったことが考えられる.既報でも150200日で中止した場合は1.0以上に回復しており,中止まで300日以上を要した症例では視力障害が残った1).したがって本剤の投与患者では視覚症状に十分注意して,発症した場合は早期に中止することで良好な視力回復が期待できる.また,図3リネゾリド投与中止後9日目のGoldmann視野検査(左:左眼,右:右眼)両眼とも中心暗点の改善を認めた.———————————————————————-Page4あたらしい眼科Vol.27,No.4,2010567(151)副腎皮質ステロイド薬投与は無効であり,むしろ悪化の危険も指摘されていて現時点では勧められていない1,2).文献1)JavaheriM,KhuranaRN,O’HearnTMetal:Linezolid-inducedopticneuropathy:amitochondrialdisorderBrJOphthalmol91:111-115,20072)SaijoT,HayashiK,YamadaHetal:Linezolid-inducedopticneuropathy.AmJOphthalmol139:1114-1116,20053)McKinleySH,ForoozanR:Opticneuropathyassociatedwithlinezolidtreatment.JNeuro-Ophthalmol25:18-21,20054)RuckerJC,HamiltonSR,BardensteinDetal:Linezolid-associatedtoxicopticneuropathy.Neurology66:595-598,20065)CarelliV,Ross-CisnerosFN,SadunAA:Mitochondrialdysfunctionasacauseofopticneuropathies.ProgRetinEyeRes23:53-89,20046)中尾雄三:視路障害をきたす全身薬.あたらしい眼科25:455-460,2008***

片眼の虚血性視神経症で発症した再発性多発性軟骨炎

2010年4月30日 金曜日

———————————————————————-Page1558あたらしい眼科Vol.27,No.4,2010(00)558(142)0910-1810/10/\100/頁/JCOPYあたらしい眼科27(4):558563,2010cはじめに再発性多発性軟骨炎は比較的まれな疾患であるが,多彩な眼症状をきたす.眼症状の合併は約5060%と高率とされているが,虚血性視神経症の報告は少ない1,2).今回,筆者らは片眼の虚血性視神経症で発症した再発性多発性軟骨炎を経験したので報告する.I症例患者:56歳,男性.主訴:左眼霧視.現病歴:2005年6月17日夕方より左眼霧視を自覚し近医眼科受診し,左眼視神経乳頭腫脹を指摘され,近医脳外科でMRI(磁気共鳴画像)などの精査を受けるも異常所見なく,6月27日金沢大学附属病院(以下,当院)眼科受診.眼症状出現前後から微熱,顎関節痛・両肩関節痛および両膝関節痛を認め,近医内科でリウマチと診断されていた.眼症状出現以降,眼痛は認めなかった.家族歴:特記すべきことなし.〔別刷請求先〕大久保真司:〒920-8641金沢市宝町13-1金沢大学医薬保健学域医学類視覚科学(眼科学)Reprintrequests:ShinjiOhkubo,M.D.,Ph.D.,DepartmentofOphthalmology&VisualSciences,KanazawaUniversityGraduateSchoolofMedicine,13-1Takara-machi,Kanazawa920-8641,JAPAN片眼の虚血性視神経症で発症した再発性多発性軟骨炎中野愛*1大久保真司*1東出朋巳*1杉山和久*1川野充弘*2*1金沢大学医薬保健学域医学類視覚科学(眼科学)*2金沢大学附属病院リウマチ・膠原病内科RelapsingPolychondritiswithUnilateralAnteriorIschemicOpticNeuropathyAiNakano1),ShinjiOhkubo1),TomomiHigashide1),KazuhisaSugiyama1)andMitsuhiroKawano2)1)DepartmentofOphthalmology&VisualSciences,KanazawaUniversityGraduateSchoolofMedicalScience,2)DivisionofRheumatology,DepartmentofInternalMedicine,KanazawaUniversityGraduateSchoolofMedicalScience片眼の虚血性視神経症で発症した再発性多発性軟骨炎を経験したので報告する.症例は56歳,男性で,左眼乳頭の発赤・腫脹,フルオレセイン蛍光造影で視野に対応する乳頭の楔状充盈欠損を認め前部虚血性視神経症と診断,その後に耳介の発赤・腫脹が出現し,耳介軟骨炎と関節炎と眼炎症の所見を認めたことから再発性多発性軟骨炎と診断した.ステロイド治療で視神経乳頭浮腫および全身状態は改善し,現時点で再燃は認めていない.左眼の視神経乳頭浮腫が消退後に視神経乳頭陥凹拡大を認めた.再発性多発性軟骨炎は血管炎を伴うこと,視神経乳頭陥凹を認めたことや非動脈炎性虚血性視神経症のリスクファクターを有しないことから,動脈炎による前部虚血性視神経症と考えられた.動脈炎性前部虚血性視神経症の原因の大部分は巨細胞性動脈炎であるが,比較的若い年齢で動脈炎性虚血性視神経症を認めた場合は再発性多発性軟骨炎も鑑別疾患として考慮する必要がある.Weobservedacaseofrelapsingpolychondritiswithunilateralanteriorischemicopticneuropathy(AION).Thepatient,a56-year-oldmale,haddevelopedAIONinthelefteyeandsubsequentlyexperiencedbilateralswell-ingandrednessinhisauricles.Healsoshowedchondritisoftheauricles,inammatorypolyarthritisandocularinammation,resultinginadiagnosisofrelapsingpolychondritis.Steroidtherapyinducedimprovementintheopticdiscedemaandconstitutionalcondition;thedisorderhasnotrecurred.Fluoresceinangiographydisclosedseg-mentsofabsentllingofthedisc.Whentheopticdiscedemaresolved,opticdisccuppingenlargementwasnoted.Vasculitiscanoccurinrelapsingpolychondritis.Inthiscase,thoughopticdisccuppingenlargementwasobserved,noriskfactorsfordevelopmentofnon-arteriticAIONwerenoted.Wethereforefeelthatthiscasecouldbearterit-icAION.However,arteriticAIONisalmostalwaysduetogiantcellarteritis,weshoweddierentiaterelapsingpolychondritisincasesofrelativelyyoungindividualswithAION.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)27(4):558563,2010〕Keywords:再発性多発性軟骨炎,虚血性視神経症,視神経乳頭陥凹拡大,動脈炎,ステロイド治療.relapsingpolychondritis,ischemicopticneuropathy,opticdisccuppingenlargement,arteritis,steroidtherapy.———————————————————————-Page2あたらしい眼科Vol.27,No.4,2010559(143)既往歴:2002年3月心筋梗塞.初診時所見:視力は右眼0.2(1.5×2.75D(cyl1.5DAx70°),左眼0.1p(1.2×2.0D(cyl1.75DAx90°)で,眼圧は右眼18mmHg,左眼14mmHg.対光反射は右眼正常,左眼減弱,相対的入力瞳孔反応(relativeaerentpupil-larydefect:RAPD)は左眼で陽性,中心フリッカ値は右眼42Hz,左眼30Hz.前眼部は両眼の浅在性の上強膜血管の拡張と蛇行を認め,拡張と蛇行した血管は可動性がみられたため上強膜炎と判断した.中間透光体は異常なし.眼底は右眼正常で,左眼は乳頭発赤を認め,視神経乳頭の境界不明瞭であった(図1A,B).蛍光眼底造影:インドシアニングリーン蛍光造影では両眼の視神経乳頭周囲に脈絡膜循環不全および充盈欠損が認められ,フルオレセイン蛍光造影では左眼の早期で乳頭周囲の脈絡膜の充盈遅延(図1C)および乳頭上下での楔状充盈欠損がみられ(図1D),後期では視神経乳頭の他の部分が過蛍光を図1初診時の眼底写真とフルオレセイン蛍光造影A:眼底写真(右眼).特に異常所見なし.B:眼底写真(左眼).視神経乳頭発赤認め,境界不明瞭.C:左眼フルオレセイン蛍光造影(注入19秒後).乳頭周囲の脈絡膜の充盈遅延(矢頭で囲まれた部位)を認めた.D:左眼フルオレセイン蛍光造影(注入1分10秒後).乳頭上下での楔状充盈欠損(点線で囲まれた部位)を認めた.図2Goldmann視野検査A:初診時(2005年6月27日)左眼.求心性視野狭窄および水平半盲様の下方の視野欠損を認めた.B:2005年10月3日左眼.初診時と比較して下方の視野は広がり改善しているが,初診時に検出されていない上方の弓状暗点(矢印)が認められた.AB———————————————————————-Page3560あたらしい眼科Vol.27,No.4,2010(144)示した.視野検査:Humphrey視野検査では左眼は全体的な感度低下を認め,Goldmann視野検査では左眼は求心性視野狭窄および水平半盲様の下方の視野欠損を認めた(図2A).右眼では異常は認められなかった.Bモード,UBM(超音波生体顕微鏡):強膜肥厚など異常所見なし.造影MRI(2005/7/11施行):視神経および強膜の信号強度の異常および造影効果を認めず,視神経炎や強膜炎は否定的であった(図3A,B).本症例では以上のように初診時検査で,眼底所見で左眼乳頭の発赤,腫脹がみられ,フルオレセイン蛍光造影早期で左眼乳頭周囲の脈絡膜の充盈遅延および乳頭の楔状充盈欠損,後期で左眼乳頭の楔状充盈欠損部以外の部位の過蛍光を認め,左眼視野に上方の楔状充盈欠損部に対応する下方の水平半盲様の視野欠損を認めたため,左眼の前部虚血性視神経症と診断した.(またMRI,Bモード,UBMの所見から強膜炎や視神経炎の存在は否定的であった.)臨床検査結果:WBC(白血球)11,800/μl(正常値3,3008,800/μl),RBC(赤血球)399×104/μl(4.35.5×104/μl),Hb(ヘモグロビン)12.4g/dl(13.517.0g/dl),Ht(ヘマトクリット)37.5%(39.751.0%),Plts(血小板)36.1×104(1335×104/μl),血沈114mm/1時間(10mm以下),CRP(C反応性蛋白)9.1mg/dl(<0.3mg/dl),抗核抗体<20倍(20倍未満),抗SS-A抗体<10倍(10倍未満),抗SS-B抗体<15倍(15倍未満),抗カルジオリピン抗体<10.0U/ml(10.0U/ml未満),MPO-ANCA(抗好中球細胞質抗体)<10EU(10EU未満),リウマチ因子134IU/ml(<20IU/ml),Na(ナトリウム)139mEq/l(138146mEq/l),K(カリウム)4.8mEq/l(3.65.0mEq/l),Cl(塩素)101mEq/l(99108mEq/l),UA(尿酸)8.2mg/dl(3.47.9mg/dl),Cr(クレアチニン)1.49mg/dl(0.501.30mg/dl),g-GTP(gグルタミル・トランスペプチターゼ)171IU/l(1148IU/l),AST(アスパラギン酸アミノトランスフェラーゼ)44IU/l(1048IU/l),ALT(アラニンアミノトランスフェラーゼ)100IU/l(350IU/l).治療および経過:7月4日全身精査目的に当院リウマチ内科入院.7月7日から左耳介に疼痛を伴う発赤・腫脹・疼痛が出現し(図4),7月9日からは右耳介にも同様の症状が出現した.両耳介軟骨炎,炎症性多発関節炎,眼症状から再発性多発性軟骨炎と診断し,全身の炎症と左眼の虚血性視神経症の治療のため7月14日からメチルプレドニゾロン500mg点滴静注を3日間施行,7月17日からはプレドニゾロンを30mg内服として,プレドニゾロン漸減投与している(図5).ステロイド投与後,炎症反応(CRPや血沈)は低下し,AB3MRI(2005年7月11日施行)A:造影脂肪抑制T1強調像.アーチファクトにより左眼窩内の脂肪が抑制されていないが,視神経腫大や強膜肥厚はみられない.また,視神経および強膜に造影効果はみられない.B:脂肪抑制T2強調像.アーチファクトにより左眼窩内の脂肪が抑制されていないが,視神経には高信号はみられない.図4耳介の写真左耳介の発赤,腫脹を認めた.耳介下端で軟骨組織のない部位(耳垂)には発赤や腫脹の所見は認めていない.———————————————————————-Page4あたらしい眼科Vol.27,No.4,2010561(145)7月19日には耳介の発赤や上強膜炎は消失した.左眼視神経乳頭の発赤・腫脹も7月21日には消失したが,乳頭蒼白となった(図6).10月3日の視野検査では初診時と比較して改善しているが,下方視野欠損と初診時に検出されていない上方の弓状暗点が認められた(図2B).これらの視野変化は初診時のフルオレセイン蛍光造影での視神経乳頭の上下の楔状充盈欠損とほぼ対応している(図1C).ステロイド内服漸減で炎症の再燃なくコントロールされているが,その後の視野検査では改善なく,左眼の下方視野欠損と上方の弓状暗点は残存している.II考按再発性多発性軟骨炎は全身の軟骨組織と軟骨と共通の成分を有する眼や心弁膜などに慢性・再発性の炎症および破壊を特徴とする疾患である.再発性多発性軟骨炎の診断基準はMcAdamら2)が提唱したものをDamianiら3)が適応を拡大解釈したものを用いる場合が多い(表1).本症例では軟骨生検は実施していないが,耳介軟骨炎,関節炎と眼炎症の所見を認めていることからDamianiらの基準を満たし再発性多発性軟骨炎と診断した.再発性多発性軟骨炎は比較的まれな疾患であるが,多彩な眼症状をきたす.再発性多発性軟骨炎の眼症状の合併は約5060%と高率とされている1,2).強膜炎・上強膜炎の合併の頻度が最も高く,ほかに結膜炎や虹彩炎の割合も高いが視神経症の報告は少なく1,2),視神経炎は12例,虚血性視神経は4症例のみである4).再発性多発性軟骨炎の病因は不明だが,軟骨組織に対する表1再発性多発性軟骨炎の診断基準McAdamの診断基準1)両耳介の再発性軟骨炎2)非びらん性血清反応陰性多発性関節炎3)鼻軟骨炎4)眼の炎症5)気道における軟骨炎6)蝸牛あるいは前庭障害,聴力障害,耳鳴り,めまいこのうち3項目以上満たし軟骨生検で組織学的所見を認める.Damiani&Levineの改正基準1)McAdamの基準を少なくとも3項目あるいは2)少なくとも1項目の基準項目と軟骨炎症を示す病理組織像3)少なくとも解剖学的に隔たった2カ所に軟骨炎があり,ステロイドに反応すること図62005年7月21日の左眼底写真2005年7月21日には左眼視神経乳頭の発赤,腫脹は消失したが,乳頭蒼白化を認めた.図7HRTIIA:2005年7月12日左眼.視神経乳頭面積は1.76mm2,視神経乳頭陥凹面積は0.68mm2.B:2006年9月19日左眼.視神経乳頭陥凹面積は0.75mm2.cuparea0.75mm22006/9/19discarea1.76mm2cuparea0.68mm2cup/discarearatio0.382005/7/12BANHByNNIS$31NHE%0図5入院後の経過2005年7月14日16日にステロイドパルス(メチルプレドニゾロン500mg点滴静注×3日間)施行後,7月17日からプレドニゾロン内服を漸減投与.ステロイド投与後,血沈,CRPは低下し,現在まで再燃は認めていない.———————————————————————-Page5562あたらしい眼科Vol.27,No.4,2010(146)系統的疾患であり,ステロイドが有効であることなどから自己免疫疾患と考えられている.再発性多発性軟骨炎では,血清中に抗II型コラーゲン抗体あるいは抗IX,XI型コラーゲン抗体が存在することが認められている5).その他,軟骨成分のmatrilin-1に対する免疫応答が認めるとの報告もある6).したがって,II型あるいはIX,XI型コラーゲン,matrilin-1に対する自己免疫応答が病因に関与していると思われる.II型コラーゲンは硝子体や関節軟骨などを構成する硝子軟骨に局在し,IX型コラーゲンは硝子体,角膜,硝子軟骨に存在し,XI型コラーゲンは硝子軟骨に分布する7).また,matrilin-1は成人では耳介,鼻,気管,肋軟骨に限って認められる抗原である6).II型コラーゲンやXI型コラーゲンは眼組織の硝子体や角膜にも存在することから,再発性多発性軟骨炎における眼球組織の障害に関与している可能性が考えられる.本症例のように再発性多発性軟骨炎に虚血性視神経症を合併した症例の報告は,海外でのHermanら8)とKillianら9)による報告での2症例と国内での竹内ら10)と三国ら11)による症例報告の2例の合計4例のみである.そのなかでフルオレセイン蛍光造影の記載があるのは竹内らの症例報告の1例のみである.虚血性視神経症は視神経の梗塞であり,動脈炎性虚血性視神経症と非動脈炎性虚血性視神経症に大別される.動脈炎性虚血性視神経症は,巨細胞性動脈炎(側頭動脈炎)などで眼動脈およびその分枝である後毛様体動脈,網膜中心動脈に動脈炎が起き,血管内腔の炎症性閉塞の結果,循環障害から視神経の梗塞に至る病態である12).非動脈炎性虚血性視神経症は小乳頭などの視神経乳頭の解剖学的危険因子および高血圧や糖尿病などの視神経の循環障害を起こしうるさまざまな因子が複合的に関与し,発症するものである13).本症例ではHeidelbergRetinaTomograph-II(HRT-II)で測定した左眼視神経乳頭面積が1.76mm3(正常範囲1.632.43mm3)(図7A)と小乳頭ではなく,糖尿病や高血圧の既往はなく,非動脈炎性虚血性視神経症をきたすリスクは低いと思われる.非動脈炎性虚血性視神経症では視神経乳頭浮腫消退後の視神経乳頭陥凹拡大は程度も軽くて頻度も13%と報告されている14)が,動脈炎性前部虚血性視神経症では大部分の症例で視神経乳頭浮腫が消退後,緑内障と類似した視神経乳頭陥凹拡大を認めることを特徴としている13).本症例でもステロイド治療前の2005年7月12日にHRT-IIで測定した左眼視神経乳頭陥凹面積は0.68mm2,視神経乳頭浮腫消退後の2006年9月19日では0.75mm2と乳頭陥凹面積の拡大を認めており(図7A,B),また再発性多発性軟骨炎の約1割の症例に全身性血管炎の合併を認めるとされている15)こと,血沈が114mm/1時間と高値を示したことから,本症例では動脈炎により前部虚血性視神経症となった可能性が考えられる.本症例では糖尿病や高血圧などの基礎疾患はないが,眼症状出現以前に心筋梗塞をきたしており,全身性血管炎の関与も疑われる.強膜炎が後部に及ぶ場合,視神経周囲炎をきたし,二次的血流障害をきたすことも考えうる16,17)が,本症例ではBモードやMRIにて強膜炎は否定的であり考えにくい.本症例や過去の報告における再発性多発性軟骨炎での前部虚血性視神経症と巨細胞性動脈炎での前部虚血性視神経症と比較すると,発症時に血沈亢進,CRP上昇を認めることが多いことは共通するが,好発年齢は,巨細胞性動脈炎が7080歳代と高齢である18)のに対して,再発性多発性軟骨炎での前部虚血性視神経症は本症例が発症時56歳で過去の報告でも4163歳と比較的若い点が異なる(非動脈炎性虚血性視神経症の好発年齢は5070歳代である).また,予後については,巨細胞性動脈炎での前部虚血性視神経症は視力障害が重篤な場合が多く,0.01以下の症例が少なくないが,再発性多発性軟骨炎での前部虚血性視神経症は,本症例のように軽度のものから失明に至る重篤な場合とさまざまである.筆者らは虚血性視神経症を合併した再発性多発性軟骨炎を経験した.原因としては,動脈炎性虚血性視神経症と考えられる.再発性多発性軟骨炎は比較的まれな疾患であり,日本では動脈炎性虚血性視神経症もまれであるが,比較的若い年齢の虚血性視神経症を認めた場合は再発性多発性軟骨炎も鑑別疾患として考慮する必要がある.文献1)IssakBL,LiesegangTJ,MichetCJJr:Ocularandsys-temicndinginrelapsingpolychondritis.Ophthalmology93:681-689,19862)McAdamLP,O’HanlanMA,BluestoneRetal:Relapsingpolychondritis:prospectivestudyof23patientsandareviewoftheliterature.Medicine55:193-215,19763)DamianiJM,LevineHL:Relapsingpolychondritis-reportoftencases.Laryngoscope89:929-946,19794)HirunwiwatkulP,TrobeJD:Opticneuropathyassociatedwithperiostitisinrelapsingpolychondritis.JNeurooph-thalmol27:16-21,20075)AlsalamehS,MollenhauerJ,ScheupleinFetal:Preferen-tialcellularandhumoralimmunereactivitiestonativeanddenaturedcollagentypesIXandXIinapatientwithfatalrelapsingpolychondritis.JRheumatol20:1419-1424,19936)BucknerJH,WuJJ,ReifeRAetal:Autoreactivityagainstmatrilin-1inapatientwithrelapsingpolychondri-tis.ArthritisRheum43:939-943,20007)塩沢俊一:コラーゲン.膠原病学改訂2版,p211-231,丸善株式会社,20058)HermanJH,DennisMV:Immunopathologicstudiesinrelapsingpolychondritis.JClinInvest52:549-558,1973———————————————————————-Page6あたらしい眼科Vol.27,No.4,2010563(147)9)KillianPJ,SusacJ,LawlessOJ:Opticneuropathyinrelapsingpolychondritis.JAMA239:49-50,197810)竹内文友,大原孝和,宇治幸隆:虚血性視神経症を伴った反復性多発軟骨炎の1例.眼臨75:1383-1386,198111)三国信啓,戸田裕隆,愛川裕子ほか:再発性多発性軟骨炎に発症した急性閉塞隅角緑内障及び虚血性視神経症の1例.眼臨84:1671,199012)HenkindP,CharlesNC,PearsonJ:Histopathologyofischemicopticneuropathy.AmJOphthalmol69:78-90,197013)HayrehSS:Ischemicopticneuropathy.ProgRetinEyeRes28:34-62,200914)TrobeJB,GlaserJS,CassadyJC:Opticatrophy.Dieren-tialdiagnosisbyfundusobservationalone.ArchOphthal-mol98:1040-1045,198015)TrenthamDE,LeCH:Relapsingpolychondritis.AnnInternMed129:114-122,199816)林恵子,藤江和貴,善本三和子ほか:後部強膜炎に合併したと考えられた視神経周囲炎の4例.臨眼60:279-284,200617)OhtsukaK,HashimotoM,MiuraMetal:Posteriorscleri-tiswithopticperineuritisandinternalophthalmoplegia.BrJOphthalmol81:514,199718)HayrehSS,PodhajskyPA,ZimmermanB:Ocularmani-festationsofgiantcellarteritis.AmJOphthalmol125:509-520,1998***

経過観察で症状改善した網膜色素上皮腺腫の1 例

2010年4月30日 金曜日

———————————————————————-Page1554あたらしい眼科Vol.27,No.4,2010(00)554(138)0910-1810/10/\100/頁/JCOPYあたらしい眼科27(4):554557,2010cはじめに網膜色素上皮腺腫は網膜色素上皮(RPE)原発の色素性良性腫瘍である.網膜色素上皮に原発する腫瘍はまれであり,1972年にFrontら1)が報告して以来,網膜色素上皮原発の網膜色素上皮腺腫はアジアからの報告はほとんどなく,わが国では2006年に中村ら2)が日本眼科学会で報告した1例のみであった.まれな腫瘍であるが,色素性腫瘍であるため,脈絡膜悪性黒色腫と黒色細胞腫との鑑別を要する.その他の鑑別として,網膜色素上皮過誤腫,転移性脈絡膜腫瘍,炎症,外傷,レーザー,手術などにより網膜色素上皮の反応性過形成などがあげられる.今回筆者らは,外傷や眼疾患の既往のない健常人の黄斑部に網膜色素上皮腺腫が生じた1例を経験し,従来の画像検査に加え,眼底自発蛍光所見を観察したので報告する.I症例20歳の中国人男性.3カ月前からの左眼視力低下と中心暗点を主訴に当科を初診した.外傷歴,眼科および内科既往歴,生肉を食する習慣など特記すべき事項はなかった.初診〔別刷請求先〕野地裕樹:〒960-1295福島市光が丘1番地福島県立医科大学医学部眼科学講座Reprintrequests:HirokiNoji,M.D.,DepartmentofOphthalmology,FukushimaMedicalUniversitySchoolofMedicine,1Hikarigaoka,Fukushima-shi960-1295,JAPAN経過観察で症状改善した網膜色素上皮腺腫の1例野地裕樹古田実石龍鉄樹飯田知弘福島県立医科大学医学部眼科学講座ACaseofRetinalPigmentEpitheliumAdenomaImprovedinVisualAcuitywithObservationHirokiNoji,MinoruFuruta,TetsujuSekiryuandTomohiroIidaDepartmentofOphthalmology,FukushimaMedicalUniversitySchoolofMedicine網膜色素上皮腺腫は,周辺部網膜に好発するまれな色素性良性腫瘍であり,脈絡膜悪性黒色腫との鑑別を要する.今回,黄斑部に網膜流入血管を伴う色素性腫瘤を伴った症例を経験した.症例は20歳,中国人男性,3カ月前からの左眼視力低下を主訴に受診.矯正視力0.2であった.左眼黄斑部耳側に4乳頭径大の褐色の腫瘤を認めた.腫瘤は網膜表面に浸潤し,硝子体内に色素性細胞が散在していた.腫瘤周囲には滲出性網膜離と網膜皺襞,硝子体の牽引がみられた.フルオレセイン蛍光眼底造影で,拡張した網膜血管が腫瘤に流入しており,腫瘤は造影早期に低蛍光と後期組織染を示した.超音波所見からも網膜原性の色素性腫瘤で,腫瘤への網膜流入血管,滲出性網膜離という特徴的な所見から網膜色素上皮腺腫と診断した.腫瘤は青色眼底自発蛍光で低蛍光,赤外眼底自発蛍光では過蛍光を示した.1年6カ月間経過観察し,滲出の減少により視力は0.5に改善した.Wereportacaseoftheretinalpigmentepithelium(RPE)adenoma.Thepatient,a20-year-oldChinesemale,hadexperienceddecreasedvisualacuityofthelefteyefor3months.Oninitialpresentation,hisleftvisualacuitywas0.2;fundusexaminationrevealedapigmentedmasswithretinalfeedervesselsandexudativeretinaldetach-mentinthetemporalmacula.Fluoresceinangiographydiscloseddilatedretinalfeedervesselsandearlyhypo-uorescenceofthemassinarterialphase,withlatestaininganddyeleakage.Short-wavelengthautouorescencerevealedhypouorescence,andinfra-redautouorescenceshowedhyperuorescenceofthemass,suggestingoflackofnormalRPEmetabolismwiththemelaninpigment.TheseimagingswerecharacteristicofRPEadenoma.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)27(4):554557,2010〕Keywords:網膜色素上皮腺腫,脈絡膜悪性黒色腫,眼底自発蛍光,アジア人.retinalpigmentepitheliumadeno-ma,malignantmelanoma,fundusautouorescence,Asian.———————————————————————-Page2あたらしい眼科Vol.27,No.4,2010555(139)時左眼矯正視力は(0.2),左眼黄斑部耳側に色素性腫瘤とその周囲に滲出性網膜離と網膜皺襞,硝子体が癒着し牽引を形成していた(図1a).フルオレセイン蛍光眼底造影では拡張した網膜血管が腫瘤に流入しており,腫瘤は造影早期に低蛍光と後期組織染を示した(図1b).インドシアニングリーン蛍光眼底造影では造影早期から一貫して腫瘤は低蛍光であった(図1c).超音波断層検査では高反射腫瘤と脈絡膜は分離可能で,網膜起源の腫瘍が考えられた(図1d).光干渉断層計では高反射の腫瘤と硝子体内に大小多数の高反射塊がみられ,周囲には網膜離がみられた(図1e,f).青色光による眼底自発蛍光では腫瘤は低蛍光を示した(図1g).赤外光による眼底自発蛍光では腫瘤と色素に一致する過蛍光を示した(図1h).血液,生化学検査では特に異常はなく,ツベルクリン反応は陰性であった.陽電子放射断層撮影(posittronemissiontomogra-phy:PET)でも特に異常はなかった.僚眼には異常はなかった.以上の検査所見から,網膜色素上皮腺腫と臨床的に診断し,定期経過観察を行った.1年6カ月後には滲出性変化は減少し,視力は(0.5)へと改善した(図2).II考按本症例は,黄斑耳側に網膜流入血管を伴った網膜原性の色図1初診時眼底画像所見a:眼底写真.色素性腫瘤とその周囲に漿液性網膜離と網膜の牽引および硝子体中の色素細胞散布.b:フルオレセイン蛍光眼底造影検査(造影中期).病巣中心部は低蛍光,周囲の網膜血管から腫瘤への流入血管,周辺部網膜血管から漏出.c:インドシアニングリーン蛍光眼底造影検査(造影中期).腫瘤は低蛍光で組織染なし.d:超音波断層検査.高反射腫瘤と脈絡膜は分離可能.e:光干渉断層計.高反射の腫瘤と硝子体内の高反射粒.f:光干渉断層計.腫瘤周囲に網膜離.g:眼底自発蛍光.腫瘤は低蛍光.h:眼底自発蛍光.腫瘤は過蛍光,色素塊も過蛍光.adghefbc———————————————————————-Page3556あたらしい眼科Vol.27,No.4,2010(140)素性腫瘤で,滲出性網膜離を伴っていた.この特徴的所見から,網膜色素上皮腺腫と診断した.網膜色素上皮腺腫の症例報告は海外からのものを含め少数である.Shieldsら3)の報告では,13症例の年齢は2878歳と幅広く,発生部位は周辺部,中間周辺部,視神経乳頭近傍,黄斑部とさまざまである.眼底周辺部が約半数で最も多く,視神経乳頭近傍や黄斑部には少ない.視力は光覚なしから1.0に保たれているものまで幅広い.黄斑部に発生したものは視力不良だが,周辺部に発生したものでも滲出性網膜離や増殖性病変のために指数弁になることもあり,発生部位と視力との関連は低い.治療は腫瘍が小さい場合は経過観察されているものが多いが,大きくなると眼球摘出,経強膜的腫瘍切除術,小線源放射線治療が施行されることもある.基本的には腫瘍の増大は緩徐とされており,急速な増大を認めた場合は腺癌との鑑別を要する.脈絡膜悪性黒色腫との鑑別が重要で,Shieldsら4)の報告によると,悪性黒色腫として紹介された1,739例中13例(約1%)が網膜色素上皮腺腫であり,まれな疾患であるが誤診率が高いといえる.鑑別点として最も参考になる臨床所見は網膜色素上皮腺腫では腫瘍の急峻な隆起,網膜流入血管,滲出性離の存在である3).黒色細胞腫は視神経乳頭に好発するが,まれに脈絡膜にも発生する.14%に滲出性網膜離を伴うことが報告されている4)が,増大した例でなければ網膜栄養血管を伴わないことで,網膜色素上皮腺腫とは異なる.本症例の場合,超音波断層検査で脈絡膜と腫瘤が明瞭に分離されており,脈絡膜悪性黒色腫との鑑別は可能であった.鑑別を要する腫瘍との特徴的な鑑別点を表1に示す.近年,眼底自発蛍光は非侵襲的な検査として臨床応用されている.青色光による眼底自発蛍光でRPE中に多く含まれるリポフスチンの発する蛍光物質が過蛍光を示し,RPEや網膜外層の生理活性や機能評価に有用であること5),赤外光による眼底自発蛍光ではメラニンが過蛍光を示すことが報告されている6).本症例では青色眼底自発蛍光で腫瘤と周囲の網膜離部分に一致した低蛍光を示した.赤外眼底自発蛍光では過蛍光を示した.正常RPEでは青色眼底自発蛍光,赤外眼底自発蛍光ともに自発蛍光の増強がみられることから,病変部のRPEは機能異常をきたしていると考えられる.腫瘤にメラニンが存在すること,および硝子体中に散布された色素塊もメラニンが主成分であり過蛍光を示したと考えられた.脈絡膜悪性黒色腫の青色眼底自発蛍光所見は,随伴するオレンジ色素やドルーゼンで過蛍光,RPE離や網膜下液領域では弱い過蛍光を示すことが報告されている7).本症例では,腫瘍自体だけでなく,網膜離の範囲にも過蛍光を認めず,脈絡膜悪性黒色腫との有用な鑑別点になりうると考えられた.また,脈絡膜悪性黒色腫の赤外眼底自発蛍光での報告は検索した範囲ではみられなかった.本症例では発生部位は黄斑耳側で,観察した1年6カ月間に腫瘍の増大はなく,滲出性網膜離の減少に伴い視力は0.5へと改善した.アジア人で報告が少ない網膜色素上皮腺腫の1例を経験し,おもに眼底画像検査の結果について報告した.近年注目されている眼底自発蛍光検査は網膜色素上皮腺腫が小さいうちから特徴的所見を示すと考えられ,今後症例を蓄積し,検表1網膜色素上皮腺腫とその他の腫瘍の特徴網膜色素上皮腺腫脈絡膜悪性黒色腫網膜色素上皮過誤腫脈絡膜転移性腫瘍好発年齢2080歳60歳代2045歳原発巣による(男性は肺,女性は乳房が多い)形態黒色急峻な隆起茶褐-黒色ドーム状隆起マッシュルーム状隆起Orangepigment黒色隆起は小さい境界不明瞭灰白色扁平-ドーム状隆起栄養血管網膜血管脈絡膜血管網膜血管脈絡膜血管網膜離の併発滲出性離漿液性離なし漿液性離図2初診時から1年6カ月後の眼底所見腫瘤径は変化なく,腫瘤周囲の滲出性変化は減少.———————————————————————-Page4あたらしい眼科Vol.27,No.4,2010557(141)討する必要がある.文献1)FrontRL,ZimmermanLE,FineBS:Adenomaofthereti-nalpigmentepithelium.AmJOphthalmol73:544-554,19722)中村宗平,末田順,疋田直文ほか:網膜色素上皮腺腫の診断がついた一例.日眼会誌110(臨増):222,20063)ShieldsJA,MashayekhiA,SeongRAetal:Pseudomela-nomasoftheposterioruvealtract.Retina25:767-771,20054)ShieldsJA,ShieldsCL,GunduzKetal:Neoplasmasoftheretinalpigmentepithelium.ArchOphthalmol117:601-607,19995)SekiryuT,IidaT,MarukoIetal:Clinicalapplicationofautouorescencedensitometorywithascanninglaserophthalmoscope.InvestOphthalmolVisSci50:994-3002,20096)KeilbauerCN,DeloriFC:Near-infraredautouorescenceimagingoffundus:visualizationofocularmelanin.InvestOphthalmolVisSci47:3556-3564,20067)ShieldsCL,BianciottoC,PirondiniCetal:Autouores-cenceofchoroidalmelanomain51cases.BrJOphthalmol92:617-622,2008***

角膜内皮細胞が減少している原発閉塞隅角症および原発閉塞 隅角緑内障に対する白内障手術後の角膜内皮細胞の変化

2010年4月30日 金曜日

———————————————————————-Page1(133)5490910-1810/10/\100/頁/JCOPYあたらしい眼科27(4):549553,2010cはじめに原発閉塞隅角症(primaryangle-closure:PAC)および原発閉塞隅角緑内障(primaryangle-closureglaucoma:PACG)に対する治療としては,薬物治療ではなく手術治療が第一選択とされる1).外来にて短時間で簡便に施行可能で,合併症が少ないレーザー虹彩切開術(laseriridotomy:LI)はPAC(G)の治療の中心として位置づけられている.しかしながらLI後の眼圧コントロールは中長期的には不良であることが報告されている2).またLIの晩期合併症として,近年わが国において水疱性角膜症(bullouskeratopathy:BK)の発症が注目されている3).一方,PAC(G)の発症には水晶体が大きく関与することが知られており,白内障手術もPAC(G)症例において隅角開大効果,眼圧コントロールの両面において有効であることが報告されている46).しか〔別刷請求先〕江夏亮:〒903-0125沖縄県中頭郡西原町字上原207琉球大学医学部高次機能医科学講座視覚機能制御学分野Reprintrequests:RyoEnatsu,M.D.,DepartmentofOphthalmology,UniversityofRyukyusFacultyofMedicine,207Uehara,Nishihara-cho,Nakagami-gun,Okinawa903-0125,JAPAN角膜内皮細胞が減少している原発閉塞隅角症および原発閉塞隅角緑内障に対する白内障手術後の角膜内皮細胞の変化江夏亮*1酒井寛*2與那原理子*2平安山市子*2新垣淑邦*2早川和久*2澤口昭一*2*1江口眼科病院*2琉球大学医学部高次機能医科学講座視覚機能制御学分野PhacoemulsicationandAspirationforPrimaryAngle-ClosureandPrimaryAngle-ClosureGlaucomawithCornealEndothelialCellLossRyoEnatsu1),HiroshiSakai2),MichikoYonahara2),IchikoHenzan2),YoshikuniArakaki2),KazuhisaHayakawa2)andShoichiSawaguchi2)1)EguchiEyeHospital,2)DepartmentofOphthalmology,UniversityofRyukyusFacultyofMedicine超音波水晶体乳化吸引術(phacoemulsicationandaspiration:PEA)と眼内レンズ(intraocularlens:IOL)挿入術を行った原発閉塞隅角症(primaryangle-closure:PAC)および原発閉塞隅角緑内障(primaryangle-closureglau-coma:PACG)の症例のうち,術前の角膜内皮細胞密度が1,000cells/mm2以下まで減少していた11例15眼の術後角膜内皮細胞密度および術後経過について検討し,症例を呈示する.術後1カ月に1眼が水疱性角膜症(bullousker-atopathy:BK)を発症した.術後2,6,12カ月の平均角膜内皮細胞減少率は11.4%,13.0%,および15.4%であった.角膜内皮細胞密度1,000cells/mm2以下のPACおよびPACG症例に対する白内障手術は,術後のBK発症を考慮して行うことが求められる.Weevaluatedcornealendothelialcelllossafterphacoemulsicationcataractsurgeryin15primaryangle-clo-sure(PAC)andprimaryangle-closureglaucoma(PACG)eyesthatalreadyhadcornealendothelialcelldecreasetolessthan1,000cells/mm2.At1monthafterthesurgery,oneeyedevelopedbulluskeratopathy.Averagecornealendothelialcellreductionof11.4%,13.0%and15.4%wereobservedat2,6,and12monthsaftersurgery,respectively.InPACandPACGeyeswithcornealendothelialcelldecreasetolessthan1,000cells/mm2,bullouskeratopathyshouldbepreoperativelyconsideredasapossiblecomplicationfollowingpost-phacoemulsicationsur-gery.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)27(4):549553,2010〕Keywords:角膜内皮細胞,原発閉塞隅角症,超音波水晶体乳化吸引術,レーザー虹彩切開術,水疱性角膜症.cornealendotheliumcell,primaryangle-closure,phacoemulsicationandaspiration,laseriridotomy,bulluskeratopathy.———————————————————————-Page2550あたらしい眼科Vol.27,No.4,2010(134)し白内障手術の合併症として角膜内皮細胞減少が考えられており,白内障手術後の角膜内皮細胞減少率は過去の検討において平均7%前後と報告されている7,8).BKの原因としては手術に関連する医原性のものが過半数を占めており,その内訳として第1位に白内障手術,第2位にLIがあげられている9).そのため,角膜内皮障害を有するPAC(G)に対する治療としてはLI,白内障手術のどちらもBK発症を念頭に置く必要があると考えられる.今回筆者らは術前の角膜内皮細胞密度が1,000cells/mm2以下と強度の角膜内皮障害を有するPACおよびPACGの症例に対して超音波水晶体乳化吸引術(phacoemulsicationandaspiration:PEA)と眼内レンズ(intraocularlens:IOL)挿入術を施行し,術後の角膜内皮細胞密度について検討したので報告する.I対象および方法対象は2004年12月から2005年11月までに琉球大学医学部附属病院眼科において熟練した同一術者により耳側角膜切開の単独手術でPEA+IOLを行ったPACおよびPACG症例のうち,術前の角膜内皮細胞密度が1,000cells/mm2以下であった11例15眼である.術後に通院を自己中断したことにより,術後6カ月以上経過観察できなかった症例は今回の検討から除外した.PAC(G)の診断はISGEO(Inter-nationalSocietyofGeographicalandEpidemiologicalOph-thalmology)分類に準拠し,2名の緑内障専門医により隅角鏡検査および超音波生体顕微鏡検査(ultrasoundbiomicro-scope:UBM)を施行し診断した.対象の内訳は男性2例,女性9例,年齢は6684歳(平均76.5歳)であった.急性緑内障発作の既往があるものが3眼〔発作後LI施行1眼,周辺虹彩切除術(peripheraliridectomy:PI)施行1眼,未処置1眼〕,予防的LI施行後5眼,未治療7眼であった.眼軸長は21.0522.94mm(平均21.90mm),前房深度は1.282.48mm(平均1.72mm),水晶体核硬度はEmery-Little分類にてGrade1が5眼,Grade2が7眼,Grade3が3眼であった.術後観察期間は最短6カ月,最長52カ月で平均25.7カ月であった.白内障手術を選択した理由として,①緑内障発作眼およびその僚眼(3眼)や,②UBM上機能的隅角閉塞が全周性にあり(2眼),緑内障発作の危険が高いと判断された,③LI施行後,抗緑内障薬使用にても眼圧コントロールが不良であった(1眼)といった閉塞隅角治療を目的とした例,④進行性の角膜内皮細胞減少を認めており(3眼),角膜内皮減少の進行を抑えることを目的とした,もしくは角膜内皮細胞減少の進行により今後いっそう白内障手術が困難になっていくと予測された例,⑤白内障による視力低下のため手術希望が強く(6眼),視力改善を目的とした例があった.術前にBK発症の可能性,治療としての角膜移植術の必要性について十分に説明し同意を得て手術を施行した.手術は点眼麻酔下に耳側透明角膜3.2mm切開で行った.灌流液はエピネフリンを0.2ml/500ml添加したBSSプラスR(日本アルコン)を使用し,粘弾性物質としてオペガンハイR(参天製薬)+ビスコートR(日本アルコン)を用いたソフトシェルテクニック10)を用いた.前切開は27ゲージ針チストトームにて行った.アルコン社製インフィニティRにてPEA施行した後,折り畳み式アクリル眼内レンズを,インジェクターを用いて挿入した.角膜切開創には手術終了時ハイドレーションを用い,縫合は行わなかった.術中合併症は認めなかった.術前,術後の診察時に非接触性角膜内皮細胞測定装置(TOPCONMicroscope,SP2000PR)を用いて角膜中央部を撮影し角膜内皮細胞密度を測定した.II結果15眼中1眼で術後1カ月にBKを発症した.他の14眼は経過観察中,角膜は透明性を維持していた.術前角膜内皮細胞密度483968cells/mm2(平均730.3±152.5)に対して術後2カ月の角膜内皮細胞密度は433927cells/mm2(平均639.9±136.4),術後6カ月の角膜内皮細胞密度は348927cells/mm2(平均642.3±178.2),術後12カ月の角膜内皮細胞密度は416822cells/mm2(平均620.8±144.2)であった.術前に比べて,術後2カ月,術後6カ月,術後12カ月の角膜内皮細胞密度は有意に減少していた(p<0.05,Wil-coxon符号付順位和検定).術後2カ月,術後6カ月,術後12カ月の角膜内皮細胞密度の間に有意差はなかった(図1).術後2カ月の角膜内皮細胞減少率は最高51.2%で平均11.4%,術後6カ月の角膜内皮細胞減少率は最高40.0%で平均13.0%,術後12カ月の角膜内皮細胞減少率は最高手術前(n=15)2カ月後(n=14)6カ月後(n=14)12カ月後(n=10)1,000900800700600500400角膜内皮細胞密度(cells/mm2)***図1術前後の角膜内皮細胞密度の平均値術前に比べて術後2カ月,術後6カ月,術後12カ月の角膜内皮細胞密度は有意に減少していた(*p<0.05,Wilcoxon符号付順位和検定).術後2カ月,術後6カ月,術後12カ月の角膜内皮細胞密度の間に有意差はなかった.———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.27,No.4,2010551(135)45.3%で平均15.4%であった.LogMAR視力にて2段階以上改善した例が8眼,不変が6眼,2段階以上悪化した例が1眼であった(図2).眼圧は全体としては術前後で有意な変化を認めなかったが,眼圧33mmHgの1眼において眼圧は14mmHgに低下した(図3).今回の検討した症例の一覧を示し(表1),BK発症例(症例1)および角膜内皮細胞減少率が特に高かった3症例(症例2,3,4),そして緑内障発作に対してアルゴンレーザーおよびYAGレーザーによるLIを施行した後より進行性の角膜内皮細胞減少を認めていた症例(症例5)を呈示する.〔症例1.BK発症〕緑内障発作に対してPIを施行されていた.他眼はLI後にBKを発症していた.前房深度は1.48mmであった.隅角鏡検査では全周性の周辺虹彩前癒着(peripheralanteriorsyn-echia:PAS)があった.眼圧コントロールは30mmHg以上と不良であったうえ,白内障による視力低下が進行したため手術を施行した.術後1カ月でBKを発症し,角膜内皮細胞密度は測定不能であった(図4).本人の希望により角膜移植術は施行せずに経過観察となった.術後の眼圧は14mmHgまで低下した.〔症例2.角膜内皮細胞減少率-40.0%〕他眼も角膜内皮細胞密度700cells/mm2台であった.前房深度は1.79mmであった.UBMおよび隅角鏡検査にて4/4周の機能的隅角閉塞があった(図5).緑内障発作の危険が高いと判断し手術を施行した.角膜内皮細胞減少率は術後2,6カ月で24.1%,40.0%であった.経過観察中角膜は透明性を維持していた.表1対象の詳細症例年齢(歳)核硬度眼軸長(mm)前房深度(mm)角膜内皮細胞密度角膜内皮細胞減少率(%)視力備考術前6カ月後術前術後173G222.521.48558BKBK0.40.3LI(),PI(+),glaattack(+),guttata()284G121.801.7979047440.00.40.5LI(),PI(),glaattack(),guttata()366G221.942.1650634831.20.50.8LI(),PI(),glaattack(),guttata(+)472G322.301.5788857535.20.20.6LI(+),PI(),glaattack(),guttata(+)564G222.481.39633726+14.60.91.0LI(+),PI(),glaattack(+),guttata()676G321.621.5473965211.80.41.2LI(+),PI(),glaattack(),guttata()774G222.781.6760647321.90.51.0LI(),PI(),glaattack(+),guttata()881G323.041.52483488+1.00.31.2LI(+),PI(),glaattack(),guttata()973G320.541.5792274719.00.30.8LI(+),PI(),glaattack(),guttata()1066G221.882.04722927+28.40.70.7LI(),PI(),glaattack(),guttata(+)1174G222.821.8969155919.10.81.0LI(),PI(),glaattack(),guttata()1284G221.631.9072050929.30.30.5LI(),PI(),glaattack(),guttata()1373G220.021.8896880017.40.060.04LI(+),PI(),glaattack(),guttata()1458G221.051.288758493.00.91.0LI(),PI(),glaattack(),guttata()1568G222.122.48853865+1.40.71.0LI(),PI(),glaattack(),guttata()BK:水疱性角膜症,LI:レーザー虹彩切開術,PI:周辺虹彩切除術,glaattack:急性緑内障発作,guttata:滴状角膜.00.20.40.60.8術前視力(LogMAR視力)術後視力(LogMAR視力)11.21.41.41.210.80.60.40.20-0.2図2術前視力と術後視力(n=15眼)改善した例が8眼,不変が6眼,悪化した例が1眼であった.3530252015105005101520術前眼圧(mmHg)術後眼圧(mmHg)253035図3術前眼圧と術後眼圧(n=15眼)術前後の眼圧は統計学的に有意な変化は認めなかった.術前に33mmHgであった1眼では14mmHgまで低下した.———————————————————————-Page4552あたらしい眼科Vol.27,No.4,2010(136)〔症例3.角膜内皮細胞減少率-31.2%〕両眼に滴状角膜を認め,他眼の角膜内皮細胞密度も500cells/mm2台であった.この症例の子供も両眼とも角膜内皮細胞密度800cells/mm2台であった.上記よりFuchs角膜内皮ジストロフィが疑われた.前房深度は2.16mmであった.角膜内皮細胞密度の減少が進行性であり,白内障による視力低下もあったため手術を施行した.術後2カ月では角膜内皮細胞は減少していなかったが,術後6カ月の角膜内皮減少率は31.2%であった.経過観察中角膜は透明性を維持していた.〔症例4.角膜内皮細胞減少率-35.2%〕緑内障発作に対してLI施行されていた.前房深度は1.57mmであった.隅角鏡検査では3/4周にPASがあり,眼圧は2022mmHgであった.白内障による視力低下が進行し,本人の手術希望が強く手術を施行した.術後2,6,12カ月の角膜内皮細胞減少率は51.2,35.2,30.0%であったが,経過観察中角膜は透明性を維持していた.術後眼圧は2022mmHgであった.〔症例5.角膜内皮細胞減少率+14.6%〕LI前2,397cells/mm2であった角膜内皮細胞密度は進行性に減少し,白内障手術前は633cells/mm2であった.術後2,6,12カ月の角膜内皮細胞減少率は+11.4,+14.7,+29.9%であった.術後30カ月までの期間,角膜内皮細胞は減少していなかった.III考按PEA+IOLの術後,約0.3%の症例にBKを発症するとの報告がある11).角膜内皮細胞密度の低い症例において,PEA+IOLはさらなる細胞密度の低下をもたらしBK発症の可能性があり,手術は困難であった.しかし近年の白内障手術機器の革新や,角膜内皮保護に有用とされるソフトシェル法の開発などの技術の進歩により,角膜内皮細胞数の少ない症例に対してもより積極的に手術が行われるようになってきた.白内障手術後の角膜内皮細胞減少率は過去の検討において平均7%前後と報告されている7,8).今回の検討では術後6カ月の角膜内皮細胞減少率は平均13.0%であり,過去の報告に比べて高い結果であった.理由としては,全例が浅前房の症例で前房深度2mm以下の例を15眼中12眼含んでいたこと,緑内障発作の既往がある例や両眼性もしくは進行性に角膜内皮細胞が減少していた例のように,術前より角膜内皮細胞の脆弱性が予測される例を含んでいたことが考えられた.今回の検討では手術前より進行性に角膜内皮細胞が減少していた例を3眼含んでいた.症例5のLI施行後の1眼では白内障手術後より角膜内皮細胞減少の進行が停止していた.過去に白内障手術により進行が停止したLI後の角膜内皮減少症の1例が報告されている12).LI後の房水灌流異常が白内障手術によって除去されたことにより角膜内皮細胞減少が図5症例2の超音波生体顕微鏡(UBM)写真4/4周に機能的隅角閉塞があった.図4症例1の術前後の細隙灯顕微鏡写真A:術前の細隙灯顕微鏡写真.B:術後の細隙灯顕微鏡写真.術後1カ月で水疱性角膜症を発症した.———————————————————————-Page5あたらしい眼科Vol.27,No.4,2010553(137)停止したと仮説づけられているが,今回筆者らが経験した症例もこの仮説を支持するものと考えた.症例3のFuchs角膜内皮ジストロフィが疑われた症例では,片眼は角膜内皮細胞の減少は進行し,片眼は経過観察中角膜内皮細胞の減少は進行しなかった.進行性の角膜内皮減少症に対する白内障手術の影響については報告が少なく,今後検討していく必要があると思われた.高度の角膜内皮障害を認める例における白内障手術は,リスクは高いものの良好な視力の維持や長期的な眼圧コントロールを得るためには必要な治療法である.最も適切な手術時期を決定するためにも今回の検討結果は有用な情報を与えると思われた.まとめ今回の検討では15眼中1眼でBKを発症し,術後6カ月の角膜内皮細胞減少率は最高40.0%,平均13.0%であった.高度の角膜内皮障害を有する症例においても白内障手術は視力の維持や良好な眼圧コントロールを得るためには必要な治療法であるが,術後のBK発症を考慮して行うことが求められると考えた.文献1)阿部春樹,桑山泰明,白柏基宏ほか:緑内障診療ガイドライン(第2版).日眼会誌110:779-814,20062)AlsaqoZ,AungT,AnqLPetal:Long-termclinicalcourseofprimaryangle-closureglaucomainanAsianpopulation.Ophthalmology107:2300-2304,20003)AngLP,HigashiharaH,SotozonoCetal:Argonlaseriri-dotomy-inducedbullouskeratopathyagrowingprobleminJapan.BrJOphthalmol91:1613-1615,20074)JacobiPC,PietleinTS,LukeCetal:Primaryphacoe-mulsicationandintraocularlensimplantationforacuteangle-closureglaucoma.Ophthalmology109:1597-1603,20025)NonakaA,KondoT,KikuchiMetal:Cataractsurgeryforresidualangleclosureafterperipherallaseriridotomy.Ophthalmology112:974-979,20056)NonakaA,KondoT,KikuchiMetal:Anglewideningandalterationofciliaryprocesscongurationaftercata-ractsurgeryforprimaryangleclosure.Ophthalmology113:437-441,20067)佐古博恒,清水公也:眼内レンズ移植眼における角膜内皮細胞の変化.IOL4:102-106,19908)池田芳良,三方修,内田強ほか:IOL挿入眼の角膜内皮細胞長期経過観察.IOL6:247-253,19929)ShimazakiJ,AmanoS,UnoTetal:NationalsurveyonbullouskeratopathyinJapan.Cornea26:274-277,200710)MiyataK,NagamotoT,MaruokaSetal:Ecacyandsafetyofthesoft-shelltechniqueincaseswithahardlensnucleus.JCataractRefractSurg28:1546-1550,200211)PoweNS,ScheinOD,GieserSCetal:Synthesisoftheliteratureonvisualacuityandcomplicationsfollowingcat-aractextractionwithintraocularlensimplantation.Cata-ractPatientOutcomeResearchTeam.ArchOphthalmol112:239-252,199412)園田日出男,中枝智子,根本大志:白内障手術により進行が停止したレーザー虹彩切開術後の角膜内皮減少症の1例.臨眼58:325-328,2004***

久留米大学眼科におけるぶどう膜炎患者の臨床統計

2010年4月30日 金曜日

———————————————————————-Page1544あたらしい眼科Vol.27,No.4,2010(00)544(128)0910-1810/10/\100/頁/JCOPY43回日本眼炎症学会原著》あたらしい眼科27(4):544548,2010cはじめにぶどう膜炎の病因は環境や地域性,診断技術の確立などの諸因子の影響により,年次的に変化している.今回,久留米大学眼科(以下,当科)における,最近7年間のぶどう膜炎患者の統計調査を行い,過去の当科での統計結果1993年1),2004年2)の報告をまとめて12年間と比較検討し,最近のぶどう膜炎の傾向について報告する.I対象および方法対象は,2002年1月1日2008年12月31日までの7年間に当科を受診したぶどう膜炎新患患者637例である.1990年1月1日2001年12月31日まで12年間のぶどう膜炎新患患者1,443例について,患者数,性別,年齢,病因などを比較検討した.統計学的検定にはc2検定を使用した.さらに,ぶどう膜炎の三大疾患であるサルコイドーシス,Behcet病,原田病について,過去の当科での報告1,2)に基づ〔別刷請求先〕田口千香子:〒830-0011久留米市旭町67久留米大学医学部眼科学教室Reprintrequests:ChikakoTaguchi,M.D.,DepartmentofOphthalmology,KurumeUniversitySchoolofMedicine,67Asahi-machi,Kurume-city,Fukuoka830-0011,JAPAN久留米大学眼科におけるぶどう膜炎患者の臨床統計梅野有美田口千香子浦野哲河原澄枝山川良治久留米大学医学部眼科学教室IncidenceofUveitisatKurumeUniversityHospitalYumiUmeno,ChikakoTaguchi,ToruUrano,SumieKawaharaandRyojiYamakawaDepartmentofOphthalmology,KurumeUniversitySchoolofMedicine久留米大学眼科における最近7年間のぶどう膜炎患者の統計調査を行い,過去の統計結果12年間と比較検討する.2002年から2008年に初診したぶどう膜炎患者637例(男性269例,女性378例)を対象として,ぶどう膜炎の病因と病型について以前報告した1990年から2001年までの12年間の統計結果(1,443例)と比較した.病因はサルコイドーシス78例(12.1%)が最も多く,ついで原田病77例(11.9%),ヘルペス性ぶどう膜炎25例(3.9%),Behcet病23例(3.6%),humanT-lymphotropicvirustypeI(HTLV-I)ぶどう膜炎19例(2.9%),humanleukocyteantigen(HLA)-B27関連ぶどう膜炎16例(2.5%)で,分類不能のものは292例(45.1%)であった.原田病,ヘルペス性ぶどう膜炎,糖尿病虹彩炎,サイトメガロウイルス網膜炎,眼内悪性リンパ腫が有意に増加し,Behcet病,HTLV-Iぶどう膜炎,真菌性眼内炎が有意に減少していた.Thepurposeofthisstudywastocomparethestatisticalresultsofasurveyofuveitispatientsseenoverthepast7yearswiththeresultsofaprevioussurvey.Thesurveyresultsfor637patients(269males,378females)whorstvisitedtheuveitisclinicofKurumeUniversityHospitalbetween2002and2008werecomparedwiththeresultsofaprevioussurveyperformedon1,443uveitispatientsseenbetween1990and2001.Inthepast7years,themostcommonetiologywassarcoidosis(78patients,12.1%),followedbyHarada’sdisease(77patients,11.9%),herpeticuveitis(25patients,3.9%),Behcet’sdisease(23patients,3.6%),humanT-lymphotropicvirustypeI(HTLV-I)uveitis(19patients,2.9%)andhumanleukocyteantigen(HLA)-B27-associateduveitis(16patients,2.5%).Theetiologyof292patients(45.1%)wasunknown.Incomparisontotheprevioussurvey,therewasasignicantincreaseintheincidenceofHarada’sdisease,herpeticuveitis,diabeticuveitis,cytomegalovirusretinitisandintraocularmalignantlymphoma,andasignicantdecreaseintheincidenceofBehcet’sdisease,HTLV-Iuveitisandfungalendophthalmitis.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)27(4):544548,2010〕Keywords:ぶどう膜炎,臨床統計,サルコイドーシス,原田病,Behcet病.uveitis,clinicalstatistics,sarcoidosis,Vogt-Koyanagi-Haradadisease,Behcet’sdisease.———————————————————————-Page2あたらしい眼科Vol.27,No.4,2010545(129)いて,19901994年,19952001年,20022008年の3期間に分けて検討した.診断と分類は,既報1,2)と同様にした.Behcet病は,特定疾患診断基準に基づき完全型と不全型に属するもの,サルコイドーシスは,旧診断基準に基づき組織診断もしくは臨床診断を満たしたものとし,疑い症例は分類不能とした.急性前部ぶどう膜炎は,humanleukocyteantigen(HLA)-B27陽性をHLA-B27関連ぶどう膜炎とし,HLAが陰性,未検,原因不明のものは分類不能とした.ヘルペス性ぶどう膜炎は,典型的な角膜病変や眼部帯状疱疹に随伴したもので,臨床的に特有の眼所見があり抗ウイルス薬に対する反応性がみられ,血清抗体価の上昇がみられたものとした.外傷や術後眼内炎などの外因性による二次性の炎症や陳旧性ぶどう膜炎などは除外した.なお,転移性眼内炎(細菌性,真菌性)は対象に含まれている.II結果1.患者数,性別,年齢分布外来総新患数に占めるぶどう膜炎新患数の割合は,20022008年(以下,今回)は23,897例中647例(2.7%)であり,19902001年(以下,前回)の40,048例中1,443例(3.6%)と比較し減少していた(p<0.01).男性269例,女性378例と女性が多く,男女比は1:1.4で,前回の男女比1:1.3とほぼ同じであった.今回の初診時年齢は688歳で,平均51.1歳であり,前回の45.6歳と比べやや高くなっていた.今回の年齢分布は50歳代(20.9%)にピークがあり,ついで60歳代(18.4%)が多く,前回と比べるとピークは40歳代から50歳代へシフトし,70歳代が8.3%から13.4%へ,80歳代以上の患者が1.5%から4.3%と増加していた(図1).2.ぶどう膜炎の病因別分類ぶどう膜炎の病因別の内訳は図2に示したとおりである.最も多いのはサルコイドーシス,ついで原田病,ヘルペス性ぶどう膜炎,Behcet病の順であった.これら疾患別頻度について,前回の統計結果との比較をすると,ともに一番多いのはサルコイドーシスであった.前回2位であったBehcet病は今回4位と減少し,前回5位であった真菌性眼内炎は10位以下となっていた(表1).ヘルペス性ぶどう膜炎患者25例のうち帯状疱疹を伴ったものは10例で,そのうち9例が60歳以上であった.原田病は7.8%から11.9%,ヘルペス性ぶどう膜炎は1.2%から3.9%,糖尿病虹彩炎は0.6%から1.7%,サイトメガロウイルス網膜炎は0.6%から1.5%,眼内悪性リンパ腫は0.3%から1.4%へ有意に増加していた.Behcet病は8.2%から3.9%へ,humanT-lymphotropicvirustypeI(HTLV-I):男性:女性020406080100120140160807060504030201009年齢(歳)患者数(例)050100150200250300患者数(例)19902001年20022008年図1ぶどう膜炎患者の性別・年齢分布症炎症性疾患サイイルス膜炎膜炎ぶどう膜炎ルス性ぶどう膜炎原田病サルコイドーシスぶどう膜炎その性膜病症病性炎眼性分類症数性性症数図2ぶどう膜炎の疾患別患者数とその割合(20022008年)HTLV-I:humanT-lymphotropicvirustypeI,HLA:humanleukocyteantigen.———————————————————————-Page3546あたらしい眼科Vol.27,No.4,2010(130)ぶどう膜炎は5.3%から2.9%へ,真菌性眼内炎は2.6%から0.6%へ有意に減少していた.3.ぶどう膜炎の三大疾患について既報の19901994年1),19952001年2),今回の20022008年と3期間に分けて検討した.a.サルコイドーシス患者数はそれぞれの期間で70例から80例で,それぞれの期間の平均は,15.4例/年,12.4例/年,11.1例/年で,19952001年と20022008年ではほぼ横ばいであった(図3a).年齢別にみると,19901994年では20歳代と50歳代,60歳代が多かったのに比べ,19952001年では50歳代と60歳代に,20022008年では50歳代と60歳代さらに70歳代が増加していた.サルコイドーシス患者の高齢化がみられた(図3b).今回の診断の内訳は,組織診断群38例,臨床診断群40例で,組織診断群の割合は,19901994年は36.4%,19952001年は65.5%,20022008年は48.7%であった.表1ぶどう膜炎の疾患別患者数とその割合19902001年(%)20022008年(%)サルコイドーシス11.4サルコイドーシス12.1Behcet病8.2原田病11.9原田病7.8ヘルペス性ぶどう膜炎3.9HTLV-Iぶどう膜炎5.3Behcet病3.6真菌性眼内炎2.6HTLV-Iぶどう膜炎2.9HLA-B27関連ぶどう膜炎2.1HLA-B27関連ぶどう膜炎2.5トキソカラ症1.9トキソプラズマ症1.9トキソプラズマ症1.9強膜炎1.7急性網膜壊死1.8糖尿病虹彩炎1.7ヘルペス性ぶどう膜炎1.2サイトメガロウイルス網膜炎1.5HTLV-I:humanT-lymphotropicvirustypeI,HLA:humanleukocyteantigen.199019942002200819952001患者数(例/年)(年):男性:女性181614121086420図3aサルコイドーシスの年平均患者数年年年年齢患者数図3bサルコイドーシス患者の年代別推移患者数年年性性図4aBehcet病の年平均患者数年年年患者数年齢図4bBehcet病患者の年代別推移———————————————————————-Page4あたらしい眼科Vol.27,No.4,2010547(131)b.Behcet病患者数は,19901994年は82例(11.7%),19952001年は36例(4.9%),20022008年は23例(3.6%)で,それぞれの期間では16.4例/年,5.1例/年,3.3例/年と減少していた(図4a).19952001年と20022008年を比べると,女性患者数が減少し,年齢別にみると特に30歳代と40歳代の減少が著明であった(図4b).c.原田病患者数は,それぞれの期間で平均すると10例/年,7.6例/年,11.1例/年で(図5a),年齢別にみると20022008年で50歳代の患者の増加がみられた(図5b).III考按当科におけるぶどう膜炎の傾向を解析するため,20022008年(今回)と19902001年(前回)の結果1,2)を比較した.ぶどう膜炎新患数の割合は前回の3.6%から今回2.7%へ減少していたが,他施設での報告37)13%程度と同様であった.男女比は変化なく,平均年齢は高くなり,特に70歳代以上の高齢患者が増加していた.社会の高齢化率上昇に伴い当科においてもぶどう膜炎患者の高齢化がみられた.サルコイドーシスは他施設でも頻度が最も多く37),今回の結果でも原因疾患の1位であったが,前回と比べると症例数は横ばいであった.年齢別にみると,70歳代患者は倍増し80歳代患者もみられ,サルコイドーシスは,高齢患者が増加しているという他施設との報告5,8)と同様であった.組織診断群は,19952001年の65.5%と比し,今回は48.7%と減少していた.眼所見からサルコイドーシスが疑われた場合,胸部X線単純撮影や胸部CTで胸部病変が疑われる際には呼吸器内科に紹介している.呼吸器内科では,積極的に気管支鏡検査を行っているが,呼吸器症状がない患者は気管支鏡検査を躊躇することも多く,さらに高齢患者では検査自体のリスクも大きくなり,高齢患者の増加が組織診断率の低下につながった可能性もある.1990年代からBehcet病のぶどう膜炎患者の減少が指摘され,他施設でも多数の報告がある5,7,8).当科でも既報で患者数の減少を報告した2)が,3期間に分けてみると,11.7%から4.9%へ,さらに今回は3.6%と減少していた.当科では女性患者の減少がみられたが,男性患者が減少している報告もある7).Behcet病の総患者数の減少に伴いぶどう膜炎を有する患者も減少しているのか,ぶどう膜炎を有する患者のみ減少しているのか,全国的な疫学調査が必要と考えられる.原田病については前回と同様に従来の臨床診断に基づいており,有病率はほぼ一定していると考えていたが他施設では減少している報告もある5,6).今回,50歳代の患者が増加していたがその原因は不明であり,さらに検討していきたい.そのほか,ヘルペス性虹彩炎,糖尿病虹彩炎,サイトメガロウイルス網膜炎,眼内悪性リンパ腫が増加していた.ヘルペス性虹彩炎は,60歳以上で帯状疱疹に伴うものが1/3を占めており,帯状疱疹の発症は高齢者に多いため今後の増加が予測される.同様に,糖尿病患者の増加に伴い今後も糖尿病虹彩炎の増加も予測される.サイトメガロウイルス網膜炎の原因疾患として以前は後天性免疫不全症候群が多かったが,多剤併用療法の効果によりサイトメガロウイルス網膜炎は一旦減少していたが,今回は増加していた.原因疾患としては血液悪性腫瘍患者が多く,血液悪性腫瘍の治療の進歩により増加したと思われ,今後も増加する可能性がある.眼内悪性リンパ腫では診断に硝子体手術が積極的に行われ,病理組織学的検索だけでなく硝子体液のインターロイキンの測定が診断率上昇の一因と考えられた.一方,HTLV-Iぶどう膜炎と真菌性眼内炎が減少していた.元来,HTLV-Iキャリアが多い地域であるが,おもな感染経路である母乳感染や献血時のスクリーニングなど感染予防対策が行われ,九州地方ではHTLV-Iキャリアが減少したためと考えられる.減少はしているものの,病因別の第5位と依然として上位の疾患である.また,真菌性眼内炎は中心静脈カテーテル留置症例における真菌性眼内炎の発症が199019942002200819952001患者数(例/年)(年):男性:女性121086420図5a原田病の年平均患者数年年年患者数年齢図5b原田病患者の年代別推移———————————————————————-Page5548あたらしい眼科Vol.27,No.4,2010(132)眼科医以外にも十分に認知され,早期に中心静脈カテーテルの抜去や抗真菌薬の投与が行われているため減少したと思われた.ぶどう膜炎の病因の増減はあるが,分類不能例は40%程度と変わらず存在する.新たな診断技術や疾患概念の導入により確定診断可能な症例が増える一方で,時代背景とともに病因も変化している.今後もさらなる診断技術や診断基準の確立,その時代にあった診断基準の見直しが必要であると考えられる.文献1)池田英子,和田都子,吉村浩一ほか:九州北部と南部のぶどう膜炎の臨床統計.臨眼47:1267-1270,19932)吉田ゆみ子,浦野哲,田口千香子ほか:久留米大学におけるぶどう膜炎の臨床統計.眼紀55:809-814,20043)伊藤由紀子,堀純子,塚田玲子ほか:日本医科大学付属病院眼科における内眼炎患者の統計的観察.臨眼63:701-705,20094)GotoH,MochizukiM,YamakiKetal:EpidemiologicalsurveyofintraocularinammationinJapan.JpnJOph-thalmol51:41-44,20075)秋山友紀子,島川眞知子,豊口光子ほか:東京女子医科大学眼科ぶどう膜炎の臨床統計(20022003年).眼紀56:410-415,20056)小池生夫,園田康平,有山章子ほか:九州大学における内因性ぶどう膜炎の統計.日眼会誌108:694-699,20047)藤村茂人,蕪城俊克,秋山和英ほか:東京大学病院眼科における内眼炎患者の統計的観察.臨眼59:1521-1525,20058)中川やよい,多田玲,藤田節子ほか:過去22年間におけるぶどう膜炎外来受診者の変遷.臨眼47:1257-1261,19939)橋本夏子,大黒伸行,中川やよいほか:大阪大学眼炎症外来における初診患者統計─20年前との比較─.眼紀55:804-808,200410)糸井恭子,高井七重,竹田清子ほか:大阪医科大学におけるぶどう膜炎患者の臨床統計.眼紀57:90-94,2006***

急性網膜壊死患者における網膜神経線維層厚と乳頭形状の検討

2010年4月30日 金曜日

———————————————————————-Page1(123)5390910-1810/10/\100/頁/JCOPY43回日本眼炎症学会原著》あたらしい眼科27(4):539543,2010c〔別刷請求先〕臼井嘉彦:〒160-0023東京都新宿区西新宿6-7-1東京医科大学病院眼科Reprintrequests:YoshihikoUsui,M.D.,DepartmentofOphthalmology,TokyoMedicalUniversityHospital,6-7-1Nishishinjuku,Shinjuku-ku,Tokyo160-0023,JAPAN急性網膜壊死患者における網膜神経線維層厚と乳頭形状の検討臼井嘉彦毛塚剛司竹内大奥貫陽子後藤浩東京医科大学眼科学教室RetinalNerveFiberLayerThicknessandOpticNerveHeadMorphometryinAcuteRetinalNecrosisYoshihikoUsui,TakeshiKezuka,MasaruTakeuchi,YoukoOkunukiandHiroshiGotoDepartmentofOphthalmology,TokyoMedicalUniversitySchoolofMedicine目的:急性網膜壊死(acuteretinalnecrosis:ARN)症例の乳頭周囲網膜神経線維層厚(retinalnerveberlayerthickness:RNFLT)と視神経乳頭形状の特徴について検討する.対象および方法:対象は東京医科大学病院眼科でARNと診断され,治療の結果寛解期となった15例15眼(男性9例,女性6例),平均年齢52.3歳である.光干渉断層計(OCT3000,CarlZeiss社)のFastRNFLthickness(3.4)ならびにFastOpticNerveHeadで走査を行い,RNFLthicknessaverageanalysisならびにOpticNerveHeadAnalysisを用いてRNFLTと乳頭形状を解析した.僚眼をコントロールとした.なお,6D以上の強度近視眼は除外した.結果:ARN罹患眼では僚眼と比較してRNFLTが有意に減少していた(94.0vs105.6μm,p<0.05).また,ARN罹患眼では僚眼と比較して視神経乳頭辺縁部におけるverticalintegratedrimareaの有意な減少と視神経乳頭陥凹の拡大がみられた.一方,硝子体手術が回避された経過良好なARN症例のみでは,僚眼と比較してRNFLTおよび視神経乳頭の形状に有意な差異はみられなかった.結論:ARNではRNFLTの減少と視神経乳頭辺縁部の形態異常を生じることが判明し,視力予後不良なことが多い本症の原因の一つと考えられた.ただし,これらの変化については硝子体手術や眼内充物質などの影響も関与している可能性があり,さらに検討を要する.Purpose:Toconductretinalnerveberlayerthickness(RNFLT)measurementandopticnerveheadmor-phometryusingopticalcoherencetomography(OCT3000,Zeiss-HumphreyInstruments)inpatientswithacuteretinalnecrosis(ARN).Methods:Westudied15eyesof15patients(9male,6female;meanage:52.3years)whohadbeendiagnosedwithARNattheDepartmentofOphthalmology,TokyoMedicalUniversityandhadachievedremissionasaresultoftreatment.RNFLTaverageanalysisandopticnerveheadanalysiswereconduct-edusingtheOCT3000byscanningtheaectedeyewiththeFastRNFLT(3.4)andFastOpticNerveHeadproto-cols,respectively.Thefelloweyeservedascontrol.Patientswithhigh-degreemyopia(6Dorabove)wereexcludedfromthisstudy.Results:RNFLTwassignicantlyreducedintheaectedeyesascomparedtothefel-loweyes(94.0vs.105.6μm,p<0.05).Signicantdecreaseinverticalintegratedrimareaattheopticaldiscmar-ginandexpansionofthecupwereobservedintheaectedeyes,ascomparedtothefelloweyes.Ontheotherhand,inpatientswhoweresparedvitrectomyandhadafavorableclinicalcourse,nodierenceswereseeninRNFLTandopticdiscmorphologyincomparisontothefelloweyes.AtthetimeofOCTexamination,weobservedsignicantpositivecorrelationbetweenlogvisualacuityandRNFLthickness,andsignicantnegativecorrelationbetweenRNFLTanddisc-to-cuparearatio.Conclusions:ThepresentstudydemonstratedreductioninRNFLTandmorphologicalabnormalityattheopticdiscmargininARN,whichcouldbeacauseofthepoorvisualoutcomecharacteristicofthisdisease.However,itisalsopossiblethatthesechangesareassociatedwithvitrectomyandintraoculartamponade;furtherinvestigationisnecessary.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)27(4):539543,2010〕Keywords:急性網膜壊死,乳頭周囲網膜神経線維層厚,視神経乳頭形状,光干渉断層計(OCT).acuteretinalnecrosis,retinalnerveberlayerthickness,morphometryoftheopticnervehead,opticalcoherenttomography.———————————————————————-Page2540あたらしい眼科Vol.27,No.4,2010(124)はじめに桐沢型ぶどう膜炎(急性網膜壊死;acuteretinalnecro-sis;ARN)は,単純ヘルペスウイルス(herpessimplexvirus:HSV),または水痘帯状疱疹ウイルス(varicellazostervirus:VZV)の眼内感染により生じるきわめて視力予後不良な疾患である13).視力予後不良な原因として,網膜壊死によって高率に生じる網膜離や増殖硝子体網膜症のほかに,視神経障害の存在が考えられる1,3).近年,光干渉断層計(opticalcoherencetomography:OCT)は黄斑疾患の形態変化や網膜厚の測定に加え,緑内障47),視神経炎8,9),網膜色素変性10)や硝子体手術後1113)の視神経乳頭評価,視神経乳頭形状解析や乳頭周囲網膜神経線維層厚(retinalnerveberlayerthickness:RNFLT)の評価など,多くの疾患で臨床応用されている.今回筆者らは,ARN症例のRNFLTと視神経乳頭形状の特徴について,OCT3000(CarlZeissMeditecInc,Dublin,USA)を用いて検討したので報告する.I対象および方法1995年11月から2007年10月に東京医科大学病院眼科ぶどう膜炎外来でARNと診断され,治療の後に寛解期となった15例15眼(男性9例,女性6例)を対象とした.いずれも原則として1994年にAmericanUveitisSocietyが定めたARN診断基準14)を満たしている症例で,平均年齢52.3図1OCTによる急性網膜壊死の平均網膜神経線維層厚右眼(罹患眼)は,左眼(僚眼)と比較して全体的に網膜神経線維層厚が薄くなっていた.———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.27,No.4,2010541(125)歳,観察期間は22169カ月(平均66カ月)であった.病因ウイルスはHSVが2例,VZVが13例であった.15例中8例に経毛様体扁平部硝子体手術が施行された.これらの症例はアシクロビルと副腎皮質ステロイド薬による点滴治療後,経過中に網膜離を生じた症例のほか,網膜離は未発生ながら後部硝子体離を生じ,網膜への牽引が顕著となった段階で硝子体切除術が行われた症例であった.初回硝子体手術の術式の内訳は,4眼は硝子体切除術+水晶体摘出術+輪状締結術+シリコーンオイルタンポナーデ,3眼は硝子体切除術+水晶体摘出術+輪状締結術+ガスタンポナーデ(SF6ガス),1眼は硝子体切除術+輪状締結術+シリコーンオイルタンポナーデであった.OCT3000の測定は経験豊富な検者によって施行され,すべてトロピカミドとフェニレフリンによる散瞳の後に測定を行った.検者はARNの病状や硝子体手術の有無についてはあらかじめ知ることなく測定した.視神経乳頭周囲のRNFLTと視神経乳頭形状を測定する内蔵のFastRNFLthickness(3.4)ならびにFastOpticNerveHeadのスキャンパターンを使用し,測定結果はRNFLthicknessaverageanalysisならびにOpticNerveHeadAnalysisを用いて解析した.僚眼をコントロールとし,Signalstrengthが6以下および6D以上の強度近視眼と固視不良眼は除外した.Wilcoxon符号付順位和検定およびPearsonの相関係数を統計解析ソフトであるJMPversion7を用い,p<0.05を統計学的に有意差ありとした.II結果ARN15例の罹患眼と僚眼RNFLT値は,それぞれ94.0±23.9μm,105.6±15.1μmで,罹患眼では有意にRNFLT値が減少していた(p<0.05)(図2).硝子体手術を施行した群と経過が良好であったため硝子体手術が回避された群で比較検討したところ,硝子体手術施行8例の罹患眼と僚眼RNFLT値は,それぞれ87.2±26.2μm,108.8±14.8μmで,罹患眼では有意にRNFLT値が減少していた(p<0.05)(図3a).一方,硝子体手術が行われなかった経過良好なARN7症例では,罹患眼と僚眼RNFLT値は,それぞれ101.7±15.5μm,101.9±14.5μmで有意な差異はみられなかった(図3b).乳頭面積は罹患眼で平均2.4±0.7mm2,正常眼で平均2.3±0.4mm2,陥凹面積は罹患眼で平均1.1±0.9mm2,正常眼で平均1.0±0.7mm2であり,統計学的に有意な差は認められなかった.乳頭陥凹面積比は罹患眼で平均0.50±0.27,正常眼で平均0.35±0.16であり,統計学的に有意差を認めた(図4).Verticalintegratedrimarea(VIRA)は罹患眼で平均0.3±0.3mm3,正常眼で平均0.5±0.6mm3と統計学的に有意差を認めた(図5a).また,horizontalintegratedrimarea(HIRA)は,罹患眼で平均1.4±0.4mm2,正常眼で1.7±0.4mm2と統計学的有意差は認めなかった(p=0.064)(図5b).硝子体手術が回避された経過良好なARN7症例では,僚眼と比較して乳頭陥凹面積比,VIRAおよびHIRAともに統計学的に有意差を認めなかった.罹患眼対数視力,RNFLT,乳頭陥凹面積比の相関関係の検討では,OCT施行時における罹患眼の対数視力とRNFLTとの間には有意な正の相関が認められた(Pearsonの相関係数;R2=0.32,p<0.05)(図6a).また,RNFLTは120100806040200罹患眼平均:94.0μm僚眼平均:105.6μm平均RNFLT(μm)*図2急性網膜壊死罹患眼と僚眼の平均網膜神経線維層厚の比較罹患眼では有意な平均網膜神経線維層厚の減少がみられた.*:p<0.05.120100806040200罹患眼平均:87.2μm僚眼平均:108.8μm罹患眼平均:101.7μm僚眼平均:101.9μm平均RNFLT(μm)120100806040200平均RNFLT(μm)*ab図3硝子体手術施行の有無による急性網膜壊死罹患眼と僚眼の平均網膜神経線維層厚の比較a:硝子体手術施行後の急性網膜壊死罹患眼では有意な平均網膜神経線維層厚の減少がみられた.*:p<0.05.b:硝子体手術を施行していない急性網膜壊死罹患眼では平均網膜神経線維層厚の減少はみられなかった.———————————————————————-Page4542あたらしい眼科Vol.27,No.4,2010(126)乳頭陥凹面積比との間には有意な負の相関が認められた(Pearsonの相関係数;R2=0.32,p<0.05)(図6b).しかし,OCT施行時における罹患眼の対数視力は乳頭陥凹面積比との間に相関はみられなかった(p=0.49)(図6c).III考按ARNは症例によってはきわめて視力予後不良な疾患であり,過去の筆者らの報告ではさまざまな薬物および外科的治療にもかかわらず,最終的に42.9%の患者は0.1未満の視力であった.最終的に視力予後不良となったおもな原因は,増殖硝子体網膜症と視神経障害であった3).硝子体手術により網膜の復位が得られても,視神経萎縮により視力不良となる症例が少なからず存在することから,今回筆者らはOCT3000を利用してARNにおける乳頭周囲RNFLT値と視神経乳頭形状を定量化し,ARNの病態および硝子体手術の影響が視神経乳頭に与える影響を検討した.緑内障患者においては,視野障害の程度とOCTによって測定された平均RNFLTが視野障害の進行に伴って有意に減少することはすでに報告されている46).隈上ら7)は,緑内障患者を対象にOCTで測定した乳頭陥凹面積比が視野変化と相関がみられたと報告している.今回の検討では,ARNの平均RNFLTが最終受診時の視力の悪化や乳頭陥凹面積比に伴って緑内障と同様に有意な相関を示したことは興味深い.一方,硝子体手術とRNFLTに関する報告はさまざまで,Yamashitaら15)は黄斑円孔に対する硝子体手術後にRNFLTが減少すると報告し,築城ら11,12)は硝子体手術後早期では術後炎症により乳頭周囲RNFLTは増加すると報告している.今回の検討では,ARN罹患眼では硝子体手術施行などの経過に伴い視神経乳頭辺縁部の減少や視神経乳頭陥凹の拡大がみられた.大橋ら13)は硝子体手術前後の視神経乳頭形状の変化を解析し,硝子体手術時間が長く,液-ガス置換を行うと視神経乳頭に長期間持続する変化を生じると報告していることから,ARN罹患眼の視神経乳頭は硝子体手術0.70.60.50.40.30.20.10罹患眼僚眼C/Dratio*図4急性網膜壊死罹患眼と僚眼の乳頭陥凹面積比の比較罹患眼では有意な乳頭陥凹面積比の増加がみられた.*:p<0.05.罹患眼Verticalintegratedrimarea(mm3)Horizontalintegratedrimarea(mm2)僚眼罹患眼僚眼*0.70.60.50.40.30.20.1021.81.61.41.210.80.60.40.20ab図5急性網膜壊死罹患眼と僚眼のverticalintegratedrimarea(a)とhorizontalintegratedrimarea(b)の比較Verticalintegratedrimarea(mm3)は罹患眼で有意な減少がみられた.*:p<0.05.130120110100908070605040対数視力CDratio対数視力a1301201101009080706050400.1-3-2.5-2-1.5-1-0.500.5-3-2.5-2-1.5-1-0.500.50.20.30.40.50.60.70.80.911.1b1.110.90.80.70.60.50.40.30.20.1c平均RNFLT(?m)平均RNFLT(?m)C/Dratio図6急性網膜壊死罹患眼における対数視力,平均網膜神経線維層厚値,乳頭陥凹面積比の相関a:対数視力と平均網膜神経線維層厚との間には有意な正の相関がみられた(Pearsonの相関係数;R2=0.32,p<0.05).b:平均網膜神経線維層厚と乳頭陥凹面積比との間には有意な負の相関がみられた(Pearsonの相関係数;R2=0.32,p<0.05).c:対数視力と乳頭陥凹面積比との間には相関はみられなかった.———————————————————————-Page5あたらしい眼科Vol.27,No.4,2010543(127)や,シリコーンオイルタンポナーデならびにガスタンポナーデの影響を受けることが推測された.このように硝子体手術による眼内操作,輪状締結術による脈絡膜循環,シリコーンオイルやガス置換など手術時の眼への侵襲がRNFLT値や視神経乳頭形状になんらかの影響を及ぼしている可能性は否定できない.一方,硝子体手術が回避された経過良好なARN7症例では,僚眼と比較してRNFLT値や視神経乳頭辺縁部の減少や視神経乳頭陥凹の拡大に有意な差異はみられなかったことから,硝子体手術を施行しなかった経過良好なARNに関してはRNFLT値や視神経乳頭形状には影響を及ぼさないという結果も得られた.しかしながら,硝子体手術が回避された経過良好なARN7症例のうち3症例では,僚眼と比較して罹患眼のRNFLTは差がないものの,視神経乳頭の一部にRNFLTの菲薄化がみられ,視野異常をきたしていた.今回の検討では統計学的有意差はみられなかったが,硝子体手術を施行しなかった経過良好なARNの症例の一部であっても,視神経障害をきたす可能性があることを示している.今回,固視不良眼は除外して検討を行った.筆者らの施設では全ARN症例の35%は最終視力手動弁以下のため,固視不良によりOCTの測定が困難であった.緑内障末期症例においても,OCT測定時における固視には差がみられ,再現性に問題があることから,視力の極端に悪い症例の評価には十分な注意が必要である16).また,今後は乳頭周囲RNFLT値や乳頭形状のより正確な定量化,高い再現性が期待されるスペクトラルドメインOCTなどにより,さらに詳細なデータを蓄積し,検討を重ねる必要があると考えられる.文献1)UsuiY,GotoH:Overviewanddiagnosisofacuteretinalnecrosissyndrome.SeminOphthalmol23:275-283,20082)薄井紀夫:急性網膜壊死.あたらしい眼科20:309-320,20033)臼井嘉彦,竹内大,後藤浩ほか:東京医科大学における急性網膜壊死(桐沢型ぶどう膜炎)の統計的観察.眼臨101:297-300,20074)尾﨏雅博,立花和也,後藤比奈子ほか:光干渉断層計による網膜神経線維層厚と緑内障性視野障害の関係.臨眼53:1132-1138,19995)朝岡亮,尾﨏雅博,高田真智子ほか:緑内障における網膜神経線維層厚と静的視野の関係.臨眼54:769-774,20006)大友孝昭,布施昇男,清宮基彦ほか:緑内障眼における網膜神経線維層厚測定値と視野障害との相関.臨眼62:723-726,20087)隈上武志,齋藤了一,木下明夫ほか:光干渉断層計を用いた緑内障眼における視神経乳頭形状の解析.臨眼56:321-324,20028)RebolledaG,NovalS,ContrerasIetal:Opticdisccup-pingafteropticneuritisevaluatedwithopticcoherencetomography.Eye23:890-894,20099)ProMJ,PonsME,LiebmannJMetal:Imagingoftheopticdiscandretinalnerveberlayerinacuteopticneu-ritis.JNeurolSci250:114-119,200610)OishiA,OtaniA,SasaharaMetal:Retinalnerveberlayerthicknessinpatientswithretinitispigmentosa.Eye23:561-566,200911)築城英子,草野真央,岸川泰宏ほか:硝子体手術による乳頭周囲網膜神経線維層厚の変化.臨眼62:347-350,200812)築城英子,古賀美智子,北岡隆:硝子体手術前後の乳頭周囲網膜神経線維層厚の変化の検討.臨眼61:357-360,200713)大橋啓一,春日勇三,羽田成彦ほか:硝子体手術前後の視神経乳頭形状の変化.臨眼53:1229-1232,199914)HollandGNandtheExecutiveCommitteeoftheAmeri-canUveitisSociety:Standarddiagnosticcriteriafortheacuteretinalnecrosissyndrome.AmJOphthalmol117:663-667,199415)YamashitaT,UemuraA,KitaHetal:Analysisoftheretinalnerveberlayerafterindocyaninegreen-assistedvitrectomyforidiopathicmacularholes.Ophthalmology113:280-284,200616)岩切亮,小林かおり,岩尾圭一郎ほか:光干渉断層計およびHeidelbergRetinaTomographによる緑内障眼の視神経乳頭形状測定の比較.臨眼58:2175-2179,2004***

若年性特発性関節炎症状で発症した若年発症サルコイドー シスの1 例

2010年4月30日 金曜日

———————————————————————-Page1(119)5350910-1810/10/\100/頁/JCOPY43回日本眼炎症学会原著》あたらしい眼科27(4):535538,2010cはじめにサルコイドーシスは両側肺門部リンパ節腫脹を特徴とし,組織学的には非乾酪性類上皮肉芽腫からなる全身性炎症性疾患である.小児例のなかに4歳以下の乳幼児期に発症し,胸部病変を伴わず,関節炎・ぶどう膜炎・皮膚炎を3主徴とする特殊なタイプがあることが知られ13),若年発症サルコイドーシス(early-onsetsarcoidosis:EOS)とよばれていた4,5).一方,EOSと臨床的に酷似し,常染色体優性に遺伝する家系が報告され6),Blau症候群(BS)とよばれた.両者は現在,同じ原因遺伝子による同一疾患と考えられている.今回筆者らは7歳時に関節炎で発症し,サルコイドーシス様のぶどう膜炎症状を呈した後,遺伝子診断にてBlau症候群/若年発症サルコイドーシス(BS/EOS)と判明した1例を経験したので報告する.〔別刷請求先〕相馬実穂:〒849-8501佐賀市鍋島5丁目1番1号佐賀大学医学部眼科学講座Reprintrequests:MihoSoma,M.D.,DepartmentofOphthalmology,SagaUniversityFacultyofMedicine,5-1-1Nabeshima,Saga849-8501,JAPAN若年性特発性関節炎症状で発症した若年発症サルコイドーシスの1例相馬実穂*1清武良子*1今吉美代子*2平田憲*1浜崎雄平*2沖波聡*1*1佐賀大学医学部眼科学講座*2同小児科学講座ACaseofEarly-OnsetSarcoidosisDiagnosedasJuvenileIdiopathicArthritisMihoSoma1),RyokoKiyotake1),MiyokoImayoshi2),AkiraHirata1),YuheiHamasaki2)andSatoshiOkinami1)1)DepartmentofOphthalmology,2)DepartmentofPediatrics,SagaUniversityFacultyofMedicine緒言:Blau症候群/若年発症サルコイドーシス(BS/EOS)の1例を報告する.症例:12歳,女性.7歳より右足関節外顆腫脹があり,関節液の穿刺排液をくり返していた.11歳より全身性関節炎を発症.2002年3月当院小児科で若年性特発性関節炎と診断された.近視以外には眼病変はなかった.関節炎は寛解・再燃をくり返し,ステロイド薬と免疫抑制薬が投与された.2007年(17歳)再診時に両眼に豚脂様角膜後面沈着物と隅角結節を伴う前部ぶどう膜炎を認め,眼底に光凝固斑様の網脈絡膜萎縮巣,網膜静脈周囲炎と雪玉状硝子体混濁がみられた.サルコイドーシスを疑い全身検査を行ったが,診断基準を満たす所見はなかった.遺伝子解析を追加し,CARD15/NOD2の新規遺伝子変異(R587C)が確認され,BS/EOSと診断された.2009年5月より関節変形・眼合併症の予防としてインフリキシマブ投与が開始された.結論:BS/EOS診断において遺伝子解析が有用であった.Purpose:Wereportacaseofearly-onsetsarcoidosis/Blausyndrome(BS/EOS).Patient:A12-year-oldfemaleconsultedusforocularchecking.Shehadbeentreatedforswellingofherrightanklejointsince7yearsofage,andhadbeendiagnosedwithjuvenileidiopathicarthritisinMarch2002.Hereyesshowednoabnormalndingsotherthanmyopia.Shereceivedsystemicsteroidsandimmunosuppressantforrepeatedremissionandexacerbationofarthritis.Fiveyearslater,botheyesshowedanterioruveitiswithmuttonfatkeraticprecipitatesandtrabecularnodules.Chorioretinalatrophymimickinglaserphotocoagulationscars,retinalperiphlebitisandsnowball-likevitreousopacitywerealsonoted.Wesuspectedsarcoidosis,butcouldndnosystemicabnormalndings.Geneticinvestigationrevealedanovelgenemutation(R587CintheCARD15/NOD2gene);nallyshewasdiagnosedwithBS/EOS.SinceMay2009shehasreceivediniximabtopreventarticulardeformityandoph-thalmicinammation.Conclusion:GeneticinvestigationisusefulinthediagnosisofBS/EOS.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)27(4):535538,2010〕Keywords:Blau症候群/若年発症サルコイドーシス(BS/EOS),CARD15/NOD2遺伝子変異,インフリキシマブ.early-onsetsarcoidosis/Blausyndrome(BS/EOS),CARD15/NOD2genemutation,iniximab.———————————————————————-Page2536あたらしい眼科Vol.27,No.4,2010(120)I症例患者:12歳,女性.主訴:関節痛.現病歴:1997年(7歳時)より右足関節外顆腫脹があり関節液の穿刺排液をくり返していた.2001年(11歳時)より全身性に関節炎が多発,近医整形外科にて両膝・足関節水腫を認め,血液検査にて若年性特発性関節炎(JIA)が疑われ,2002年3月19日に当院小児科へ紹介となった.既往歴・家族歴:特記すべき事項なし.現症(小児科初診時):体温36.1℃.肝脾腫・皮疹なし.関節は腫脹していなかった.検査所見:血算,血液生化学に異常なし.CRP(C反応性蛋白)5.89mg/dl,Ig(免疫グロブリン)G2,569mg/dl,IgA729mg/dl,補体C3169mg/dl,と上昇していたがRA(関節リウマチ)テストは陰性,各種抗体価も上昇していなかった.胸部・膝関節・足関節X線写真では異常を指摘されなかった.経過:JIAが疑われアスピリン30mg/kg/日投与が開始された.3月23日より発熱,炎症所見も悪化したため,3月26日よりステロイド薬パルス療法が開始となった.3月29日ぶどう膜炎の有無についての精査目的で眼科紹介となった.眼科初診時所見(2002年3月29日):視力は右眼0.2(1.0×1.5D(cyl0.25DAx70°),左眼0.1(1.0×2.0D).眼圧は右眼16mmHg,左眼17mmHg.眼位,眼球運動,対光反応は異常なく,前眼部,中間透光体,眼底にも異常所見は認めなかった.経過:その後も関節炎は寛解・再燃をくり返したため,炎症所見にあわせてステロイド薬投与量が増減され,免疫抑制薬も追加された.2003年(13歳時)1月頬部の紅斑,全身性の小丘疹が出現したが抗アレルギー薬内服にて消退し,再燃はしていない.長期にわたる両足関節炎にもかかわらず,MRI(磁気共鳴画像)では少量の液体貯留を認めるほかは滑膜の増殖や骨変形は認めず,リウマチで高値を示すMMP3(マトリックスメタロプロテアーゼ3)は軽度上昇,抗CCP(シトルリン化ペプチド)抗体は正常であった.2007年(17歳時)2月23日,1週間前から続く右眼霧視を主訴に当科を再受診した.このとき小児科ではNSAID(非ステロイド系抗炎症薬),免疫抑制薬,プレドニゾロン13mgにて内服加療中であった.眼科再診時所見(2007年2月23日):視力は右眼0.03(1.0×5.0D),左眼0.05(1.2×5.0D(cyl0.5DAx160°).眼圧は右眼10mmHg,左眼10mmHg.両眼とも白色顆粒状豚脂様の角膜後面沈着物を認めた.前房は右眼cell(+),are(+),左眼cell(±),are(+).両眼とも隅角図12009年1月30日の右眼前眼部写真下方に虹彩後癒着を認める.ab図22009年1月30日の両眼眼底写真a:右眼,b:左眼.周辺部に光凝固斑様の網脈絡膜萎縮巣を認める.———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.27,No.4,2010537(121)結節を認めた.水晶体は両眼とも異常なく,眼底検査では右眼に網膜静脈周囲炎,雪玉状硝子体混濁,光凝固斑様の網脈絡膜萎縮巣,左眼は光凝固斑様の網脈絡膜萎縮巣を認めた.眼所見からサルコイドーシスを疑い,全身検索を行った.血液検査では抗核抗体160倍,IgA459mg/dl,IgE404mg/dlと上昇していたが,ACE(アンジオテンシン変換酵素)9.2U/l,血清Ca(カルシウム)9.5mg/dl,胸部X線写真は異常なく,ツベルクリン反応は陽性でサルコイドーシスの全身的診断基準を満たす所見は認めなかった.関節・眼所見,経過からBS/EOSを疑い,遺伝子解析を行った結果,CARD15/NOD2の新規遺伝子変異(R587C)が確認され,2008年(18歳時)3月にBS/EOSと診断された.家族に対する遺伝子検索も検討したが,これまでに家系内に関節炎・視力障害をきたしたものは患者以外におらず,同意も得られなかったため行っていない.その後もぶどう膜炎の寛解・再燃をくり返したが,ステロイド薬と免疫抑制薬投与中のため,ステロイド薬などの点眼治療で経過観察を行った.2009年1月30日の時点で右眼矯正視力は0.7,左眼矯正視力は1.0であり,右眼には虹彩後癒着,両眼底に光凝固斑様の網脈絡膜萎縮巣が認められた(図1,2).両眼とも白内障は生じておらず,右眼は薄い黄斑上膜を認めることから,これが視力低下の原因と思われた.2009年5月13日,小児科では関節変形・眼合併症の予防としてインフリキシマブ(レミケードR)4mg/kg投与が開始された.現在全身的副作用もなく,関節炎,ぶどう膜炎はともに寛解している.II考按サルコイドーシスは,組織学的に非乾酪性類上皮肉芽腫からなる病変を多臓器に認める原因不明の全身性炎症性疾患で,小児のサルコイドーシスは比較的まれである.多くは9歳以降の年長児にみられるが,4歳以下の幼小児期にも小さいピークがみられ1,2),この2群は大きく異なる.年長児においては成人と同じく胸部X線検査で発見されることが多く,肺門部リンパ節腫脹,肺病変の頻度が高いのに対し,就学前の幼小児においては,約半数は乳幼児期に発症し,肺・リンパ節病変を伴わず,皮膚・関節・眼病変を3主徴とする特異的な臨床像を呈する2,3).後者は特に若年発症サルコイドーシス(early-onsetsarcoidosis)とよばれ4),進行性で失明や関節拘縮,内臓浸潤に至る例がまれではなく,組織学的には良性ながら臨床的には予後不良とされる5).一方,1985年のBlauによる4世代にわたる家系の報告に始まり6),若年発症サルコイドーシスとよく似た臨床,組織像を呈し常染色体優性の遺伝性疾患の存在が知られるようになり,Blau症候群(Blausyndrome)と命名された.家系の遺伝子解析から,Crohn病と同じく16番染色体上のIBD(inammatoryboweldisease)1ローカスの近くに存在するCARD15/NOD2遺伝子がBlau症候群の原因遺伝子であることが判明している7).さらに金澤・岡藤らはわが国の報告例の遺伝子解析の結果,孤発性の若年発症サルコイドーシスもBlau症候群と同じく,CARD15/NOD2遺伝子変異による遺伝性疾患であることを明らかにしており8,9),現在家族性のBlau症候群と孤発性の若年発症サルコイドーシスを合わせた新たな疾患名が模索されている10,11).BS/EOSの報告はわが国の眼科領域からはまれであり12),本症例はBS/EOSの孤発例と思われる.岡藤らは,わが国においてBS/EOSと診断された17例について検討し,そのうち7例が今回の症例と同じく当初はJIAとして経過観察されていたと報告している9).両疾患ともに小児期の発症で,皮膚・関節・眼に病変を生じることから,診断においてはその異同が重要になるが,両疾患の鑑別点として表1の点をあげている.今回の症例は発症が7歳時であり,BS/EOS症例としては発症時期がやや遅い.また,右足関節外顆腫脹で発症し,全身性に関節炎が多発,発熱・炎症所見を認めたことから,当初はJIAと診断されていた.しかし関節腫脹をきたしていたにもかかわらず,病初期のX線検査では異常を認めなかった.また,長期の経過にもかかわらず滑膜の増殖や骨変形は認めず,リウマチで高値を示すMMP3は軽度上昇,抗CCP抗体は正常であった.表1Blau症候群若年発症サルコイドーシス(BS/EOS)と若年性特発性関節炎(JIA)の鑑別点BS/EOSJIA・発熱や血液検査所見がマイルド・初発症状は皮疹であることが多い・発熱や血液検査所見が強い・発熱で初発皮膚・皮疹は苔癬様や魚鱗癬様・皮疹は特徴的な淡色の紅斑性斑点状関節・病初期は腫脹が著しいにもかかわらず,関節痛や可動域制限がない・骨粗鬆症や骨びらんの所見がない・進行によりJIA関節症状と類似・可動域制限・こわばり・指趾腫脹を認める・骨粗鬆症,骨びらんの所見を認める眼・眼症状は前部および後部に生じ,成人型のサルコイドーシスに類似・治療不十分例では緩徐に進行し失明や歩行障害をきたす・眼症状は前部のみがほとんど・結節形成はまれ———————————————————————-Page4538あたらしい眼科Vol.27,No.4,2010(122)13歳時には頬部の紅斑と全身性の小丘疹が出現したが,投薬内容の変更直後であったことから薬剤アレルギーが疑われ,抗アレルギー薬の投与により速やかに消退したため,生検するまでには至らなかった.17歳時にはサルコイドーシス様の肉芽腫性ぶどう膜炎を認め,病変は前眼部だけでなく後眼部にも認めた.これらの経過からJIAの診断が再検討され,BS/EOSを疑い遺伝子解析を行ったことにより,BS/EOSと最終診断された.金澤らはわが国でEOSと診断された10例のNOD2遺伝子検索を行い,9例でNOD領域に変異をもつことを明らかにした.これらの症例の遺伝子変異は全部で7種見つかっており,それらをHEK(ヒト胎児腎)293細胞に導入した結果,6種において正常NOD2と比べNF(核内因子)-kBの基礎活性が上昇していたと報告している8,13).国外からも同様な報告があり14),EOSとNOD2遺伝子変異の関連はわが国に限らないことが示された.また,金澤らの報告と国外での報告をまとめた結果,EOSとBSのいずれにおいても80%前後の症例においてNOD2遺伝子変異をもつことが明らかになるとともに,BS/EOSタイプのNOD2遺伝子変異は患者以外には見つかっておらず,変異のあるものは皆発症していることから,変異の存在は病気の発症に必須かつ十分なものであるといえることがわかった13).Finkらは長期観察ができたBS/EOSの6症例を検討し,4例が失明,3例が成長障害,1例が腎不全に至っており,BS/EOSは臨床的には予後不良な疾患であると述べている5).今回の症例では長期の経過にもかかわらず,成長障害はなく関節・眼症状ともにステロイド薬と免疫抑制薬の治療により比較的良好な経過をたどっていた.しかしながら投薬量を減量するたびに炎症の再燃をきたしており,減量・中止が困難な状況であった.また,免疫抑制薬とステロイド薬を内服中にもかかわらずぶどう膜炎を発症したこと,これまでの報告からBS/EOSは重症のぶどう膜炎発作を起こした場合,視力予後が大変不良であること5)などから,12年後(19歳時)に関節変形・眼合併症の予防としてインフリキシマブ投与が開始された.インフリキシマブについては近年小児のぶどう膜炎についても良好な経過が報告されており15,16),このなかには少数ながらBS/EOSも含まれている.しかし有効性が報告されている一方で,抗TNF(腫瘍壊死因子)a薬(インフリキシマブ,エタネルセプト)を使用した30例中15例(50%)に有害事象を認め,エタネルセプト使用の2例,インフリキシマブ使用の7例(うち1例が菌血症にて死亡)で感染症が発症したとの報告もあり17),全身的な合併症に十分注意して使用していく必要があると思われる.7歳時に関節炎で発症,JIAとして治療を行っていたが,17歳時にサルコイドーシス様のぶどう膜炎症状を呈したため,遺伝子解析を行いBS/EOSと判明した1例を経験した.眼病変の出現がBS/EOSを鑑別するきっかけともなりうるため,今回の症例のように発症初期に眼病変を認めないJIA症例においても注意深い経過観察を行うとともに,本疾患を疑った場合には積極的に遺伝子解析を検討する必要があると思われた.文献1)McGovernJP,MerrittDH:Sarcoidosisinchildren.AdvPediatr8:97-135,19562)HetheringtonSV:Sarcoidosisinchildren.AmJDisChild136:13-15,19823)ClarkSK:Sarcoidosisinchildren.PediatrDermatol4:291-299,19874)金澤伸雄:若年発症サルコイドーシス.玉置邦彦総編集,最新皮膚科学大系2006-2007,p205-209,中山書店,20065)FinkCW,CimazR:Earlyonsetsarcoidosis:notabenigndisease.JRheumatol24:174-177,19976)BlauEB:Familialgranulomatousarthritis,iritisandrash.JPediatr107:689-693,19857)Miceli-RichardC,LesageS,RybojadMetal:CADR15mutationsinBlausyndrome.NatGenet29:19-20,20018)KanazawaN,OkafujiI,KambeNetal:Early-onsetsar-coidosisandCARD15mutationswithconstitutivenuclearfactor-kBactivation:commongeneticetiologywithBlausyndrome.Blood105:1195-1197,20059)岡藤郁夫,西小森隆太:若年性サルコイドーシスの臨床像と遺伝子解析.小児科48:45-51,200710)MillerJJ:Early-onset“sarcoidosis”and“familialgranu-lomatousarthritis(arteritis)”:thesamedisease.JPediatr109:387,198611)金澤伸雄:Blau症候群の分子病態.炎症と免疫16:158-163,200812)KurokawaT,KikuchiT,OhtaKetal:Ocularmanifesta-tionsinBlausyndromeassociatedwithaCARD15/Nod2mutation.Ophthalmology110:2040-2044,200313)金澤伸雄:若年発症サルコイドーシスとNOD2遺伝子変異.日小皮会誌25:47-51,200614)RoseCD,DoyleTM,Mcllvain-SimpsonGetal:Blausyn-dromemutationofCARD15/NOD2insporadicearlyonsetgranulomatousarthritis.JReumatol32:373-375,200515)ArdoinSP,KredichD,RabinovichEetal:Iniximabtotreatchronicnoninfectiousuveitisinchildren:retrospec-tivecaseserieswithlong-termfollow-up.AmJOphthal-mol144:844-849,200716)MilmanN,AndersenCB,HansenAetal:FavourableeectofTNF-ainhibitor(iniximab)onBlausyndromeinmonozygotictwinswithadenovoCARD15mutation.APMIS114:912-919,200617)deOliveiraSK,deAlmeidaRG,FonsecaARetal:Indica-tionsandadverseeventswiththeuseofanti-TNFalphaagentsinpediatricrheumatology:experienceofasinglecenter.ActaReumatolPort32:139-150,2007

ボリコナゾール眼局所投与の使用経験

2010年4月30日 金曜日

———————————————————————-Page1(115)5310910-1810/10/\100/頁/JCOPY46回日本眼感染症学会原著》あたらしい眼科27(4):531534,2010cはじめに抗真菌化学療法剤の開発には,種々の転機があった.1960年代にアンホテリシンBが初めて臨床導入され,Fusa-rium属やAspergillus属など重症眼感染症に有効な抗真菌薬として汎用された.しかし,その強い副作用から眼科医には扱いにくい薬剤であった.さらに主として酵母を対象としてフルシトシンが開発されたが,長期使用に伴い高頻度で耐性株が出現した.つぎに第一世代のアゾール系(イミダゾール)〔別刷請求先〕佐々木香る:〒860-0027熊本市西唐人町39番地出田眼科病院Reprintrequests:KaoruAraki-Sasaki,M.D.,Ph.D.,IdetaEyeHospital,39Nishi-Tohjinmachi,KumamotoCity860-0027,JAPANボリコナゾール眼局所投与の使用経験佐々木香る*1砂田淳子*2浅利誠志*2園山裕子*1子島良平*3宮井尊史*3宮田和典*3出田隆一*1*1出田眼科病院*2大阪大学附属病院感染制御部*3宮田眼科病院EcacyandSafetyof1%VoriconazolEyedropsKaoruAraki-Sasaki1),AtsukoSunada2),SeishiAsari2),HirokoSonoyama1),RyoheiNejima3),TakashiMiyai3),KazunoriMiyata3)andRyuichiIdeta1)1)IdetaEyeHospital,2)DepartmentofInfecionControlandPrevention,OsakaUniversityHospital,3)MiyataEyeHospital目的:角膜真菌症に対するボリコナゾール(VRCZ)の眼局所への使用経験において,有用性,安全性,保存性に関する知見を報告する.方法:出田眼科病院,宮田眼科病院にてVRCZ点眼液(生理食塩水を用いて1%の点眼液に調整)を処方した角膜真菌症8例(平均年齢74歳)における臨床的効果を検討するとともに,うち4例において分離株に対する各種抗真菌薬の感受性を比較した.また,レトロスペクテイブに薬剤毒性による臨床所見の有無を調べた.さらに,調整後のVRCZ点眼液の安定性について滴下法を用いて確認した.結果:VRCZは,水溶性で容易に溶解可能であり,結晶の析出は認められなかった.さらに冷凍冷蔵保存にて固形物の析出は認めなかった.分離された株はFusariumsolani3株,Beauveriabassiana2株,Aspergillusavus1株,Penicillium1株,Scedosporium1株であり,臨床的にはVRCZ点眼液は全例で有用であった.VRCZを含む感受性試験を施行できた4株に対してVRCZは高度感受性を有していた.VRCZ点眼液の使用期間は平均6カ月であったが,この間薬剤毒性による臨床所見は認められなかった.点眼液調整後3週間冷蔵保存したVRCZ点眼液の薬剤感受性を検討したところ,抗真菌活性の低下は認めず,5週間冷凍保存した点眼液についても良好な抗真菌活性を示した.結論:VRCZ点眼液は種々の糸状真菌に対し良好な感受性を示し,薬剤毒性を認めず,調整後も長期にわたりその抗真菌活性を持続することから角膜真菌症の治療に有用であると考えられる.Purpose:Toreportontheecacy,safetyandstoragestabilityof1%voriconazoleyedrops(VRCZ-ed)inthetreatmentofkeratomycosis.Methods:EightpatientswithkeratomycosisweretreatedwithVRCZ-edatIdetaEyeHospitalandMiyataEyeHospital.Ecacywasobservedclinicallyandsensitivitytotheisolatedfungi(Fusari-umsolani,Beauveriabassiana,Aspergillusavus,PenicilliumandScedosporium)wastestedbyE-testTMandAstyTM.Drugtoxicitywascheckedbyslit-lampexamination.Results:VRCZ-edwasclear,withnoprecipitationafterfreezingandthawing.VRCZ-edwaseectiveinallcasesandsensitivetoallisolatedfungi.Notoxickeratopa-thywasobservedduring6months’treatmentwithVRCZ-ed.VRCZ-edmaintaineditsecacyfor3weeksafterdilutionand5weeksafterfreezing.Conclusion:VRCZ-edisusefulforitsecacy,safetyandstoragestability.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)27(4):531534,2010〕Keywords:ボリコナゾール,角膜真菌症,感受性,抗真菌薬.voriconazol,cornealmycosis,sensitivity,antimy-coticdrug.———————————————————————-Page2532あたらしい眼科Vol.27,No.4,2010(116)抗真菌薬であるミコナゾールが開発され,さらに安定性を目指して第二世代アゾール系であるトリアゾール系化合物,フルコナゾールおよびイトラコナゾールが開発された.ボリコナゾール(以下,VRCZ)は第三世代アゾール系のトリアゾール化合物として,これらアゾール系抗真菌薬の弱点を改良し開発された1).すでに,VRCZの全身投与は各種糸状菌による角膜炎,眼内炎の分離株33株に対して良好な感受性を有することが報告されている2,3).また,1%に調整したVRCZ点眼液は,従来治療に難渋していたFusarium属やAspergillus属による角膜炎に対して良好な効果を示したという報告が散見される47).そこで,VRCZ点眼液の効果に関するデータを集積する意味で,筆者らの施設における使用経験を報告するとともに,1%VRCZ点眼液の有効性,安全性および安定性に関する検討を行った.I方法対象は宮田眼科病院,出田眼科病院においてVRCZ点眼液にて加療した角膜真菌症8例8眼,男性4例,女性4例,平均年齢74歳であった.VRCZ点眼液はブイフェンドTM200mg静注用製剤を無菌的に生理食塩水で1%溶液に調整して作製した.検討項目は1%VRCZ点眼液の有効性,安全性,保存性である.VRCZ点眼液の有効性については,臨床的効果および分離株を用いた薬剤感受性測定および点眼濃度に基づく薬剤感受性試験にて判定した.薬剤感受性測定は,E-testTMおよびAstyTMを用い,VRCZおよびその他の抗真菌薬:アンホテリシンB(AMPH-B),フルシトシン(5-FC),フルコナゾール(FLCZ),イトラコナゾール(ITCZ),ミコナゾール(MCZ),ミカファンギン(MCFG)の測定を行った.また,点眼濃度に基づく薬剤感受性測定は,RPMI培地上に菌を塗布し,実際に臨床で点眼として使用されている薬剤濃度液を滴下し,25℃および35℃で4日間培養して観察した.VRCZに関しては1%溶液の阻止円が大きすぎるため,希釈して検討した.VRCZ点眼液の安全性については,臨床経過上の薬剤毒性による表層性角膜炎の有無について記載した.さらにVRCZ点眼液の安定性については,1%に調整したVRCZ点眼液を冷蔵(4℃)下にて1,2,3週間,冷凍(20℃)下にて5週間保存したものを材料とし,滴下法にて眼科臨床症例より分離されたScedosporium株を用いて感受性の変化を検討した.なお,全症例においてVRCZの点滴投与を3日から1週間併用した.II結果1.代表症例(症例1)57歳,女性.つき目による角膜真菌症でScedosporiumが分離された.前眼部所見を図1に示す.角膜中央に表層性の羽毛状病巣を示し,前房蓄膿を認めた.1%VRCZ点眼×1時間毎,0.1%MCZ点眼1日6回,ピマリシン(PMR)軟膏1日1回,加えてVRCZ点滴を1週間施行したところ病巣は改善したが,翼状片の術後瘢痕部位が菲薄化したため,治療的角膜移植を施行した.移植後も含め6カ月間にわたりVRCZ点眼液を続行したが,図2のように薬剤毒性による表層性角膜炎および充血は認めなかった.この分離菌に対するE-testTMを図3に,点眼濃度に基づく感受性試験結果を図4に示す.いずれもVRCZに良好な感受性を示した.2.VRCZの各種真菌株に対する感受性分離された8株の内訳は,Penicillium1例,Beauveria2例,Scedosporium1例,Aspergillus1例,Fusarium3例で図1症例1の前眼部所見57歳,女性.Scedosporiumが分離された.角膜中央に表層性の羽毛状病巣を示し,前房蓄膿を認めた.図2症例1のVRCZ点眼6カ月後の所見治療的角膜移植施行後も含め,6カ月間にわたりVRCZ点眼を続行した.薬剤毒性による表層性角膜炎および充血は認めなかった.———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.27,No.4,2010533(117)あった.このうち,感受性試験を施行できた6株(VRCZに対しては4株)のE-testTM,AstyTMによる最小発育阻止濃度(MIC)を表1に示す.比較的表在性で比較的進行が遅いグループ(Penicillium,Beauveria,Scedosporium)と,進行が非常に速く重篤な角膜深在性真菌症を生じるグループ(Aspergillus,Fusarium)に分けると,AMPH-Bは後者,MCZ,MCFGは前者に低いMICを示した.FLCZはいずれに対しても高いMICを示した.一方,VRCZは4株すべてに対して,低いMICを呈した.点眼濃度に基づく感受性試験では,すべて症例1と同様に希釈したVRCZ溶液に一番大きな阻止円を認めた.3.VRCZ点眼液の臨床的有効性,安全性VRCZ点眼液短期間投与で治療的角膜移植に至った1例を除いた7例では,全例で病巣の縮小を認め,VRCZ点眼液は臨床的に有効であることが確認された.治療的角膜移植に至った5例を含む全例において,平均投与期間6カ月の間,VRCZ点眼液による薬剤毒性表層性角膜炎や遷延性上皮欠損は認められなかった.4.VRCZ点眼液の保存性1,2,3週間冷蔵保存,5週間冷凍保存したVRCZ点眼液は,図5のようにScedosporiumに対して,阻止円形成は良好であり,薬剤効力の劣化は認められなかった.III考按VRCZは,FLCZの一つのトリアゾール分子を4-フルオロピリジン基で置換しaメチル基を添加した構造となっている.そのため,脂溶性を獲得し,広いスペクトラムを有する.すでにFusarium,Aspergillusに対して,VRCZ点眼が有効である報告がなされている17)が,今回さらに種々の病原性をもつ糸状菌8株に対し,良好なMICを呈することがVRCZITCZFLCZ5-FCAMPH-B図3Scedosporiumに対する各抗真菌薬によるEtestTMVRCZに大きな阻止円を認める.PMRMCZMCFCVRCZ0.05%FLCZAMPH-B図4各種抗真菌薬の点眼濃度に基づく感受性試験結果株はScedosporium,接種薬液量50μl,RPMI培地,25℃,4日間培養.コントロール冷蔵保存3週間冷蔵保存2週間冷蔵保存1週間冷凍保存5週間図5VRCZ点眼液の劣化試験1,2,3週間冷蔵保存,5週間冷凍保存したVRCZ点眼液は,同程度の阻止円を認めた.抗真菌薬20μl,RPMI培地,4日間培養.0.05%VRCZ周囲に大きな阻止円を認める.表1抗真菌薬に対する分離6株の感受性のまとめ分離菌AMPHFLCZITCZMCZMCFGVRCZPenicillium>32>256>32>220.125Scedosporium1664>80.25>160.047Beauberia82560.250.50.50.5Aspergillus0.5>640.062<0.03Fusarium0.5>64>8>32>16Fusarium1>64>8>16>164(E-testTM,AstyTMによるMIC)(μg/ml)———————————————————————-Page4534あたらしい眼科Vol.27,No.4,2010(118)明らかとなった.E-testTMとAstyTMを合わせて評価することには問題はあるが,MCFGおよびMCZはE-testTMが存在せず,一定の傾向をみるために2法による結果を合わせて評価した.さらに,点眼濃度に基づく感受性試験を施行した4株において,希釈したVRCZ点眼液が,最も大きな阻止円を認めたことは,その有用性を裏付けるものと思われる.平均6カ月という長期投与にもかかわらず,全例で薬剤毒性による表層性角膜炎を認めなかったことは眼科臨床において非常に使いやすい点眼液であるといえる.角膜移植後という上皮が不安定な状態においても,副作用を認めなかったことは特記すべきと思われた.VRCZ点眼液投与後24分経過時点におけるVRCZの前房内濃度,硝子体内濃度は各々6.49μg/ml,0.16μg/mlであり,良好な浸透度を有していることが報告されている8).深部へ進みやすい糸状真菌角膜炎においては,一定の前房内濃度を維持できることは大きな長所であるといえる.今回,8例全例においてVRCA点眼とともに,VRCZの静脈内投与を施行したが,全身投与における血中濃度と比して点眼濃度が明らかに高いことを考慮すると,点眼投与が主として奏効したと考えられる.VRCZ点眼液は適応外使用であり,各々の施設における倫理委員会での承認を得て使用する必要はあるが,眼という特殊性,血管欠如という角膜の特殊性を考えると,有効であり副作用の少ないVRCZ点眼液は安心して点眼として使用できる薬剤であると示唆された.薬剤が高価であることが臨床使用において一つの問題点であるが,今回の検討から点眼に調整後,冷蔵保存で3週間,冷凍保存で5週間劣化することなく良好な感受性を有することが明らかとなり,コストの面からも使用しやすくなったと考えられる.VRCZの欠点をあげるとすれば,無効である菌種の存在と全身投与による副作用である.文献的にはVRCZによる効果の認めにくい菌としてMucorがあげられる.しかし,現在の日本における角膜真菌症においてMucorはまれであり,VRCZ点眼液は難治性角膜真菌症の第一選択薬といってよいと考えられた.真菌は通常自然耐性であるが,近年FLCZ耐性Candidaが増加しており,CDR1,MDR1,ERG11などの遺伝子異常が注目されている913).VRCZに対しても耐性を獲得しない保障はないが,現在のところはまだ報告がない.ただし,CandidaにおいてFLCZに対するMICが高いものほど,VRCZに対するMICも高い傾向にあり注意を要する14).また,全身投与による副作用としては,内服投与の20%において視覚異常が報告されている.これは原因不明だが,60分ほどの一過性の羞明で出現するといわれている.今回の点眼液投与においては,もともと真菌症による視力低下もあり,視覚異常の訴えは認められなかった.しかし,その他腎毒性,催奇形性などがあるため,点眼液といえども重度の腎障害を有する患者および妊婦への投与は慎重にすべきである.1%VRCZ点眼液は各種糸状菌に有効であり,薬剤毒性も少なく,調整後長期保存が可能であり,角膜真菌症に非常に有用である.文献1)宮崎泰可,宮崎義継,河野茂:特集:真菌症治療薬の新しい展開.ボリコナゾール.化学療法の領域19:231-235,20032)MarangonFB,MillerD,GiaconiJAetal:Invitroinvesti-gationofvoriconazolesusceptibilityforkeratitisandendophthalmitisfungalpathogens.AmJOphthalmol137:820-825,20043)中村彰宏,河野久,岩崎瑞穂ほか:天理よろづ相談所病院で分離された酵母様真菌に対する抗真菌薬の抗菌力について─新規トリアゾール系抗真菌薬ボリコナゾールと既存抗真菌薬の比較─.化学療法の領域23:1613-1617,20074)松永次郎,山本昇伯,熊谷直樹ほか:従来の抗真菌薬に抵抗を示した角膜真菌症に対しボリコナゾールが有効であった1例.臨眼61:1705-1709,20075)竹澤美貴子,小幡博人,石崎こずえほか:ボリコナゾールが奏功した角膜真菌症の1例.臨眼61:1267-1270,20076)JhanjiV,SharmaN,MannanRetal:Managementoftunnelfungalinfectionwithvoricoanzole.JCataractRefractSurg33:915-917,20077)JonesA,MuhtasebM:Useofvoriconazoleinfungalker-atitis.JCataractRefractSurg34:183-184,20088)VemulakondaGA,HariprasadSM,MielerWFetal:Aqueousandvitreousconcentrationsfollowingtopicaladministrationof1%voriconazoleinhumans.ArchOph-thalmol126:18-22,20089)田辺公一,新見京子,新見昌一:病原真菌の薬剤耐性に関する新しい分子機構.日本臨牀66:2273-2278,200810)掛屋弘,宮崎泰可,宮崎義継ほか:カンジダ属の抗真菌薬剤耐性を中心に.日本医真菌学会雑誌44:87-92,200311)山口英世:病原真菌における抗真菌薬耐性.医学のあゆみ209:556-563,200412)CitakS,OzcelikB,CesurSetal:InvitrosusceptibilityofCandidaspeciesisolatedfrombloodculturetosomeanti-fungalagents.JpnJInfectDis58:44-46,200513)藤田信一:各種抗真菌薬の血液由来Candida属に対する抗真菌活性.日本化学療法学会雑誌55:257-267,200714)RuhnkeM,Schumidt-WesthausenA,TrautmannM:Invitroactivitiesofvoriconazoleaganistuconazole-susceptibleand-resistantCandidaalbicansisolatesfromoralcavitiesofpatientswithhumanimmunodeciencyvirusinfection.AntimicrobAgentsChemother41:575-577,1997***

Colletotrichum 属による角膜真菌症の2 症例

2010年4月30日 金曜日

———————————————————————-Page1(107)5230910-1810/10/\100/頁/JCOPY46回日本眼感染症学会原著》あたらしい眼科27(4):523526,2010cはじめに1987年にオフロキサシン(OFLX)点眼液(タリビッドR点眼液)が上市されて以来,フルオロキノロン系点眼薬はその強力な殺菌作用と広い抗菌スペクトルから,感染症治療のみならず,周術期の感染予防目的でも日常的に使用されている.他方,臨床の場でキノロン耐性菌の出現も問題になりつつあり,2000年に発売された,いわゆる第3世代キノロン製剤であるレボフロキサシン(LVFX)点眼液にも耐性菌がみられるようになってきた1).2004年に発売されたガチフロキサシン(GFLX)点眼液はdualinhibitionを特徴とする第4世代キノロンで,耐性菌が出現しにくいとされている.今回筆者らは,周術期の感染予防目的で使用した場合,LVFXとGFLXの有効性に差があるかについて,一般の中核市中病院に通院する患者を対象に一般病院で通常施行されている結膜細菌培養と薬剤感受性試験を行い,検討したので報告する.〔別刷請求先〕末吉理恵:〒673-8501明石市鷹匠町1-33明石市立市民病院眼科Reprintrequests:MasaeSueyoshi,M.D.,DepartmentofOphthalmology,AkashiMunicipalHospital,1-33Takashomachi,AkashiCity,Hyogo673-8501,JAPAN術前抗生物質投与におけるレボフロキサシン点眼液とガチフロキサシン点眼液の比較検討末吉理恵辻村まり明石市立市民病院眼科ComparisonofLevoloxacinandGatiloxacinasPreoperativeTopicalAntibioticAgentsMasaeSueyoshiandMariTsujimuraDepartmentofOphthalmology,AkashiMunicipalHospital2005年4月から2007年3月までに内眼手術予定の1,217眼を対象とし,一般病院で通常施行されている結膜細菌培養と薬剤感受性試験を行った.分離培養された菌に対してレボフロキサシン(LVFX)とガチフロキサシン(GFLX)の最小発育阻止濃度(minimuminhibitoryconcentration:MIC)を測定し,薬剤感受性を比較検討した.1,217眼中39眼(3.2%)から42株の菌が検出された.グラム陽性菌が21株であり,その15株がStaphylococcusaureus(うちメチシリン耐性黄色ブドウ球菌:MRSAが5株)であった.グラム陰性菌が21株で,その7株がHaemophilusinuenzaeであった.MICからはLVFXとGFLXの感受性に明らかな差はなく,耐性菌は両剤ともに低感受性を示した.グラム陽性菌Staphylococcusaureus(そのうち特にMRSA)およびStaphylococcusepidermidisについては両剤ともに耐性菌が認められており,注意が必要と考えられた.FromApril2005toMarch2007,wepreoperativelyinvestigatedthebacterialoraintheconjunctivalsacsof1,217eyesofpatientswhoweretoundergosurgery.Wecomparedlevooxacin(LVFX)withgatioxacin(GFLX)onthebasisofminimuminhibitoryconcentration(MIC).Atotalof42strainswereisolatedfrom39eyes(3.2%)bydirectisolation.Ofthe42strains,21weregram-negativecocci;ofthose,15strainswereStaphylococcusaureus,including5strainsofmethicillin-resistantStaphylococcusaureus(MRSA).Theother21strainsweregram-nega-tiverods;ofthose,7strainswereHaemophilusinuenzae.RegardingMICdistribution,nosignicantdierencewasnotedbetweenLVFXandGFLX.Theuoroquinolone-resistantstrainswerefoundinthegram-positivebacte-ria.WemustpayattentiontoMRSAandStaphylococcusepidermidis.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)27(4):523526,2010〕Keywords:結膜内細菌叢,薬剤感受性,レボフロキサシン,ガチフロキサシン,最小発育阻止濃度.bacterialoraintheconjunctivalsacs,drugsensitivity,levooxacin,gatioxacin,minimuminhibitoryconcentration(MIC).———————————————————————-Page2524あたらしい眼科Vol.27,No.4,2010(108)I対象および方法術前に明らかな急性結膜炎の所見を認めず,2005年4月1日から2007年3月31日の期間に当科で内眼手術を施行した27101歳の症例1,217眼(男性447眼;平均年齢72.04歳,女性770眼;平均年齢74.89歳,合計1,217眼;平均年齢73.84歳)を対象とした.手術の約1カ月前に外来で,術前検査の一環として,結膜擦過物の細菌学的検査を行った.具体的には,カルチャースワブプラスR(日本ベクトン・ディッキンソン株式会社)を用い,眼科医師が結膜を擦過して検体採取し検体保存輸送用培地に入れ,当院(市立病院)の細菌検査室に提出した.5%ヒツジ血液寒天培地とチョコレート寒天培地で35℃48時間の好気条件,直接分離培養を行った.検出された菌は,院内でも薬剤感受性検査を行うとともに,(株)三菱化学メディエンスに提出し,すべての菌株に対してLVFXとGFLXの最小発育阻止濃度(minimuminhibitoryconcentration:MIC)を微量液体希釈法にて測定し,比較検討した.結果について,下記の項目を検討した.(1)直接分離培養で検出された細菌検出株数,検出頻度,性別および年齢(2)MICの観点からみた検出された菌に対するLVFXとGFLXの抗菌力MIC値が4μg/ml以上のものを耐性菌とみなした(院内での薬剤感受性検査で耐性と判定された株のMIC値を採用した).検出された株数が少なかったため,統計学的解析は行っていない.II結果1,217眼中39眼(3.2%)から菌が検出された.男性19眼:平均年齢74.58歳,女性20眼:平均年齢75.10歳,合計39眼:平均年齢74.85歳であった.39眼中37眼において検出された菌は1種類であったが,2種類の菌を検出したものが1眼(76歳,男性),3種類の菌を検出したものが1眼(76歳,女性)あった.菌が検出された症例については術前に適切な抗生物質点眼を行い,減菌した後に手術を施行した.術後眼内炎を発症した症例は認めなかった.菌が検出された症例の性別および各年代別の検出率は,図1に示すとおりで,高齢者に多いというような一定の傾向は認めなかった.検出された菌は,グラム陽性菌が21株であり,その15株がStaphylococcusaureus(うちメチシリン耐性黄色ブドウ球菌:MRSAが5株)であった.グラム陰性菌が21株で,Haemophilusinuenzaeが最も多く7株,ついでCitrobacterkoseriが4株認められた.検出されたグラム陽性菌の内訳と各MICは表1に,グラム陰性菌の内訳と各MICは表2に示すとおりで,耐性菌はLVFXとGFLXの両剤ともに低感受性であった.全分離株に対する両剤の累積発育阻止率曲線は図2に示すとおりである.Staphylococcusaureusに対する両剤の累積発育阻止率曲線を図3に示した.なお,LVFXとGFLXの両剤ともに低感受性であった菌はすべて,院内の薬剤感受性検査でアルベカシン(ABK)およびバンコマイシン(VCM)に感受性があり,これらを用いて手術前に減菌した.III考察結膜内常在菌の菌検出率は,これまでに53.185%との報告がある28).当院の検査室において通常施行している病原菌を対象とした培養検査の検出率は3.2%であった.専門的施設で結膜症例数05010015020025030035040020代男性20代女性30代男性30代女性40代男性40代女性50代男性50代女性60代男性60代女性70代男性70代女性80代男性80代女性90代男性90代女性100代男性100代女性:検出:検出5%7.9%2.8%0.7%4%3%5.9%2.1%8.3%100%図1菌が検出された症例の性別および各年代別の検出率———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.27,No.4,2010525(109)表2グラム陰性菌の内訳と各MIC(μg/ml)およびAQCmaxMIC菌株平均年齢(歳)MICAQCmax/MICLVFXGFLXLVFXGFLXPseudomonasaeruginosa(1例)690.50.56.784.6Serratiamarcescens(1例)580.120.2528.259.2Haemophilusinuenzae(7例)76.71≦0.06≦0.06≧56.5≧38.3Proteusmirabilis(2例中1例)84≦0.06≦0.06≧56.5≧38.3Proteusmirabilis(2例中1例)70≦0.060.25≧56.59.2Citrobacterkoseri(4例)78.75≦0.06≦0.06≧56.5≧38.3Citrobacterfreundii(1例)700.120.2528.259.2Enterobactercloacae(1例)82≦0.06≦0.06≧56.5≧38.3Escherichiacoli(1例)86≦0.06≦0.06≧56.5≧38.3Morganellamorganii(2例)73.5≦0.06≦0.06≧56.5≧38.3Moraxellacatarrhalis(1例)82≦0.06≦0.06≧56.5≧38.3表1グラム陽性菌の内訳と各MIC(μg/ml)およびAQCmaxMIC菌株平均年齢(歳)MICAQCmax/MICLVFXGFLXLVFXGFLXStaphylococcusaureus(15例中8例)74.250.12≦0.0628.25≧38.3Staphylococcusaureus(15例中1例)700.250.1213.5619.17Staphylococcusaureus(15例中1例)70211.6952.3Staphylococcusaureus(15例中2例)MRSA71.5420.84751.15Staphylococcusaureus(15例中1例)MRSA57>12832<0.0030.071875Staphylococcusaureus(15例中2例)MRSA78>12864<0.0030.036Staphylococcusepidermidis(2例中1例)760.12≦0.0628.25≧38.3Staphylococcusepidermidis(2例中1例)69820.423751.15Streptococcuspneumoniae(2例中1例)7610.253.399.2Streptococcuspneumoniae(2例中1例)8010.53.394.6GroupGStreptococcus(1例)800.250.1213.5619.17Enterococcusfaecalis(1例)760.50.256.789.2MIC(μg/ml)0累積発育阻止率(%)102030405060708090100:LVFX:GFLX≦0.060.120.250.51248163264>128図2全分離株に対する累積発育阻止率曲線累積発育阻止率図3S.aureusに対する累積発育阻止率曲線———————————————————————-Page4526あたらしい眼科Vol.27,No.4,2010(110)内常在菌を調査するのではなく,一般病院で通常施行されている培養検査の検出率については,これまでにあまり多数の報告がないが,臨床の場で通常行われている方法であると思われ,今回これについて報告する.遅発性眼内炎の起炎菌として同定されているPropionibac-teriumacnesなどは今回の検討例では検出されていないが,検出された菌は術後早期の眼内炎の起炎菌として報告されている菌種9,10)と類似しており,今回はこれに対して検討した.GFLXは,キノロン骨格1位のシクロプロピル基に加えて,キノロン骨格8位にメトキシ基をもつことで,細菌の標的酵素であるDNAジャイレースとトポイソメレースⅣの両酵素を強力に同程度阻害(dualinhibition)する特徴がある.そこで,LVFXに低感受性であっても,GFLXに感受性の高い菌が多数ある可能性があると考えた.今回の検討で,すべてのグラム陽性菌においてGFLXのMICがLVFXより低かったが,LVFXに耐性をもつ菌株ではGFLXの感受性も低くこれらの菌に対してGFLXによる減菌効果は少ないと考えられた.グラム陰性菌においてはLVFXとGFLXのMICは同じであるものが多く,GFLXのMICがLVFXより高い菌株も認められた.また,術後眼内炎を予防するためには,前眼部へ効率よく移行する点眼薬が求められる.薬動力学的パラメータとして,房水内最高濃度(AQCmax)とMICを組み合わせたAQCmax/MICが臨床での有効性を反映するとの概念が提唱されており,この値が大きいほど有効性が高いと考えられている11).0.5%LVFX点眼液および0.3%GFLX点眼液のAQCmaxは,それぞれ3.39μg/mlおよび2.30μg/mlと報告されている12).検出された菌のAQCmax/MICは,表1(グラム陽性菌),表2(グラム陰性菌)に示すとおりである.グラム陽性菌に対しては,すべての菌株においてGFLXが勝っている.グラム陰性菌に対しては,すべての菌株においてLVFXが勝っている.両剤の有用性について差は少ないと考えられた.近年,細菌の薬剤耐性化が進んでおり,特にニューキノロン薬に対する耐性化が報告されている13).GFLXは新たに開発され,まだあまり使用されていないが,すでに交差耐性となっている菌株も認められている.今回の全分離株のうち,MIC値が4μg/ml以上の株を耐性菌とみなすと,LVFXで6株(約14.3%),GFLXで3株(約7.1%)のみが耐性と判断され,両剤は今のところ周術期の感染予防に有効であると思われた.しかしながら,これまでの報告とも一致するが,術後眼内炎の主要な起炎菌であるグラム陽性菌Staphylococcusaureus(そのうち特にMRSA)およびStaphylococcusepidermidisについては,両剤ともに低感受性を示す株があり,特に注意が必要であると考えられた.文献1)櫻井美晴,林康司,尾羽澤実ほか:内眼手術術前患者の結膜細菌叢のレボフロキサシン耐性率.あたらしい眼科22:97-100,20052)白井美惠子,西垣士朗,荻野誠周ほか:術後感染予防対策としての術前結膜内常在菌培養検査.臨眼61:1189-1194,20073)片岡康志,佐々木香る,矢口智恵美ほか:白内障手術予定患者の結膜内常在菌に対するガチフロキサシンおよびレボフロキサシンの抗菌力.あたらしい眼科23:1062-1066,20064)岩﨑雄二,小山忍:白内障術前患者における結膜内細菌叢と薬剤感受性.あたらしい眼科23:541-545,20065)志熊徹也,臼井正彦:白内障術前患者の結膜内常在菌と3種抗菌点眼薬の効果.臨眼60:1433-1438,20066)丸山勝彦,藤田聡,熊倉重人ほか:手術前の外来患者における結膜内常在菌.あたらしい眼科18:646-650,20017)秋葉真理子,坂上晃一,秋葉純:高齢者の結膜内常在菌と薬剤耐性.臨眼53:773-776,19998)大秀行,福田昌彦,大鳥利文:高齢者1,000眼の結膜内常在菌.あたらしい眼科15:105-108,19989)秦野寛:白内障術後眼内炎:起炎菌と臨床病型.あたらしい眼科22:875-879,200510)原二郎:眼科手術と術後眼内炎─起炎菌の変遷と術前消毒の効果.眼科手術11:159-164,199811)佐々木一之,三井幸彦,福田正道ほか:点眼用抗菌薬の眼内薬動力学的パラメーターとしてのAQCmaxの測定.あたらしい眼科12:787-790,199512)福田正道,高橋信夫:ガチフロキサシン点眼薬の家兎眼内移行動態─房水内最高濃度値(AQCmax)の測定─.あたらしい眼科21:1109-1112,200413)松尾洋子,柿丸晶子,宮崎大ほか:鳥取大学眼科における分離菌の薬剤感受性・患者背景に関する検討.臨眼59:886-890,2005***

術前抗生物質投与におけるレボフロキサシン点眼液と ガチフロキサシン点眼液の比較検討

2010年4月30日 金曜日

———————————————————————-Page1(107)5230910-1810/10/\100/頁/JCOPY46回日本眼感染症学会原著》あたらしい眼科27(4):523526,2010cはじめに1987年にオフロキサシン(OFLX)点眼液(タリビッドR点眼液)が上市されて以来,フルオロキノロン系点眼薬はその強力な殺菌作用と広い抗菌スペクトルから,感染症治療のみならず,周術期の感染予防目的でも日常的に使用されている.他方,臨床の場でキノロン耐性菌の出現も問題になりつつあり,2000年に発売された,いわゆる第3世代キノロン製剤であるレボフロキサシン(LVFX)点眼液にも耐性菌がみられるようになってきた1).2004年に発売されたガチフロキサシン(GFLX)点眼液はdualinhibitionを特徴とする第4世代キノロンで,耐性菌が出現しにくいとされている.今回筆者らは,周術期の感染予防目的で使用した場合,LVFXとGFLXの有効性に差があるかについて,一般の中核市中病院に通院する患者を対象に一般病院で通常施行されている結膜細菌培養と薬剤感受性試験を行い,検討したので報告する.〔別刷請求先〕末吉理恵:〒673-8501明石市鷹匠町1-33明石市立市民病院眼科Reprintrequests:MasaeSueyoshi,M.D.,DepartmentofOphthalmology,AkashiMunicipalHospital,1-33Takashomachi,AkashiCity,Hyogo673-8501,JAPAN術前抗生物質投与におけるレボフロキサシン点眼液とガチフロキサシン点眼液の比較検討末吉理恵辻村まり明石市立市民病院眼科ComparisonofLevoloxacinandGatiloxacinasPreoperativeTopicalAntibioticAgentsMasaeSueyoshiandMariTsujimuraDepartmentofOphthalmology,AkashiMunicipalHospital2005年4月から2007年3月までに内眼手術予定の1,217眼を対象とし,一般病院で通常施行されている結膜細菌培養と薬剤感受性試験を行った.分離培養された菌に対してレボフロキサシン(LVFX)とガチフロキサシン(GFLX)の最小発育阻止濃度(minimuminhibitoryconcentration:MIC)を測定し,薬剤感受性を比較検討した.1,217眼中39眼(3.2%)から42株の菌が検出された.グラム陽性菌が21株であり,その15株がStaphylococcusaureus(うちメチシリン耐性黄色ブドウ球菌:MRSAが5株)であった.グラム陰性菌が21株で,その7株がHaemophilusinuenzaeであった.MICからはLVFXとGFLXの感受性に明らかな差はなく,耐性菌は両剤ともに低感受性を示した.グラム陽性菌Staphylococcusaureus(そのうち特にMRSA)およびStaphylococcusepidermidisについては両剤ともに耐性菌が認められており,注意が必要と考えられた.FromApril2005toMarch2007,wepreoperativelyinvestigatedthebacterialoraintheconjunctivalsacsof1,217eyesofpatientswhoweretoundergosurgery.Wecomparedlevooxacin(LVFX)withgatioxacin(GFLX)onthebasisofminimuminhibitoryconcentration(MIC).Atotalof42strainswereisolatedfrom39eyes(3.2%)bydirectisolation.Ofthe42strains,21weregram-negativecocci;ofthose,15strainswereStaphylococcusaureus,including5strainsofmethicillin-resistantStaphylococcusaureus(MRSA).Theother21strainsweregram-nega-tiverods;ofthose,7strainswereHaemophilusinuenzae.RegardingMICdistribution,nosignicantdierencewasnotedbetweenLVFXandGFLX.Theuoroquinolone-resistantstrainswerefoundinthegram-positivebacte-ria.WemustpayattentiontoMRSAandStaphylococcusepidermidis.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)27(4):523526,2010〕Keywords:結膜内細菌叢,薬剤感受性,レボフロキサシン,ガチフロキサシン,最小発育阻止濃度.bacterialoraintheconjunctivalsacs,drugsensitivity,levooxacin,gatioxacin,minimuminhibitoryconcentration(MIC).———————————————————————-Page2524あたらしい眼科Vol.27,No.4,2010(108)I対象および方法術前に明らかな急性結膜炎の所見を認めず,2005年4月1日から2007年3月31日の期間に当科で内眼手術を施行した27101歳の症例1,217眼(男性447眼;平均年齢72.04歳,女性770眼;平均年齢74.89歳,合計1,217眼;平均年齢73.84歳)を対象とした.手術の約1カ月前に外来で,術前検査の一環として,結膜擦過物の細菌学的検査を行った.具体的には,カルチャースワブプラスR(日本ベクトン・ディッキンソン株式会社)を用い,眼科医師が結膜を擦過して検体採取し検体保存輸送用培地に入れ,当院(市立病院)の細菌検査室に提出した.5%ヒツジ血液寒天培地とチョコレート寒天培地で35℃48時間の好気条件,直接分離培養を行った.検出された菌は,院内でも薬剤感受性検査を行うとともに,(株)三菱化学メディエンスに提出し,すべての菌株に対してLVFXとGFLXの最小発育阻止濃度(minimuminhibitoryconcentration:MIC)を微量液体希釈法にて測定し,比較検討した.結果について,下記の項目を検討した.(1)直接分離培養で検出された細菌検出株数,検出頻度,性別および年齢(2)MICの観点からみた検出された菌に対するLVFXとGFLXの抗菌力MIC値が4μg/ml以上のものを耐性菌とみなした(院内での薬剤感受性検査で耐性と判定された株のMIC値を採用した).検出された株数が少なかったため,統計学的解析は行っていない.II結果1,217眼中39眼(3.2%)から菌が検出された.男性19眼:平均年齢74.58歳,女性20眼:平均年齢75.10歳,合計39眼:平均年齢74.85歳であった.39眼中37眼において検出された菌は1種類であったが,2種類の菌を検出したものが1眼(76歳,男性),3種類の菌を検出したものが1眼(76歳,女性)あった.菌が検出された症例については術前に適切な抗生物質点眼を行い,減菌した後に手術を施行した.術後眼内炎を発症した症例は認めなかった.菌が検出された症例の性別および各年代別の検出率は,図1に示すとおりで,高齢者に多いというような一定の傾向は認めなかった.検出された菌は,グラム陽性菌が21株であり,その15株がStaphylococcusaureus(うちメチシリン耐性黄色ブドウ球菌:MRSAが5株)であった.グラム陰性菌が21株で,Haemophilusinuenzaeが最も多く7株,ついでCitrobacterkoseriが4株認められた.検出されたグラム陽性菌の内訳と各MICは表1に,グラム陰性菌の内訳と各MICは表2に示すとおりで,耐性菌はLVFXとGFLXの両剤ともに低感受性であった.全分離株に対する両剤の累積発育阻止率曲線は図2に示すとおりである.Staphylococcusaureusに対する両剤の累積発育阻止率曲線を図3に示した.なお,LVFXとGFLXの両剤ともに低感受性であった菌はすべて,院内の薬剤感受性検査でアルベカシン(ABK)およびバンコマイシン(VCM)に感受性があり,これらを用いて手術前に減菌した.III考察結膜内常在菌の菌検出率は,これまでに53.185%との報告がある28).当院の検査室において通常施行している病原菌を対象とした培養検査の検出率は3.2%であった.専門的施設で結膜症例数05010015020025030035040020代男性20代女性30代男性30代女性40代男性40代女性50代男性50代女性60代男性60代女性70代男性70代女性80代男性80代女性90代男性90代女性100代男性100代女性:検出:検出5%7.9%2.8%0.7%4%3%5.9%2.1%8.3%100%図1菌が検出された症例の性別および各年代別の検出率———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.27,No.4,2010525(109)表2グラム陰性菌の内訳と各MIC(μg/ml)およびAQCmaxMIC菌株平均年齢(歳)MICAQCmax/MICLVFXGFLXLVFXGFLXPseudomonasaeruginosa(1例)690.50.56.784.6Serratiamarcescens(1例)580.120.2528.259.2Haemophilusinuenzae(7例)76.71≦0.06≦0.06≧56.5≧38.3Proteusmirabilis(2例中1例)84≦0.06≦0.06≧56.5≧38.3Proteusmirabilis(2例中1例)70≦0.060.25≧56.59.2Citrobacterkoseri(4例)78.75≦0.06≦0.06≧56.5≧38.3Citrobacterfreundii(1例)700.120.2528.259.2Enterobactercloacae(1例)82≦0.06≦0.06≧56.5≧38.3Escherichiacoli(1例)86≦0.06≦0.06≧56.5≧38.3Morganellamorganii(2例)73.5≦0.06≦0.06≧56.5≧38.3Moraxellacatarrhalis(1例)82≦0.06≦0.06≧56.5≧38.3表1グラム陽性菌の内訳と各MIC(μg/ml)およびAQCmaxMIC菌株平均年齢(歳)MICAQCmax/MICLVFXGFLXLVFXGFLXStaphylococcusaureus(15例中8例)74.250.12≦0.0628.25≧38.3Staphylococcusaureus(15例中1例)700.250.1213.5619.17Staphylococcusaureus(15例中1例)70211.6952.3Staphylococcusaureus(15例中2例)MRSA71.5420.84751.15Staphylococcusaureus(15例中1例)MRSA57>12832<0.0030.071875Staphylococcusaureus(15例中2例)MRSA78>12864<0.0030.036Staphylococcusepidermidis(2例中1例)760.12≦0.0628.25≧38.3Staphylococcusepidermidis(2例中1例)69820.423751.15Streptococcuspneumoniae(2例中1例)7610.253.399.2Streptococcuspneumoniae(2例中1例)8010.53.394.6GroupGStreptococcus(1例)800.250.1213.5619.17Enterococcusfaecalis(1例)760.50.256.789.2MIC(μg/ml)0累積発育阻止率(%)102030405060708090100:LVFX:GFLX≦0.060.120.250.51248163264>128図2全分離株に対する累積発育阻止率曲線累積発育阻止率図3S.aureusに対する累積発育阻止率曲線———————————————————————-Page4526あたらしい眼科Vol.27,No.4,2010(110)内常在菌を調査するのではなく,一般病院で通常施行されている培養検査の検出率については,これまでにあまり多数の報告がないが,臨床の場で通常行われている方法であると思われ,今回これについて報告する.遅発性眼内炎の起炎菌として同定されているPropionibac-teriumacnesなどは今回の検討例では検出されていないが,検出された菌は術後早期の眼内炎の起炎菌として報告されている菌種9,10)と類似しており,今回はこれに対して検討した.GFLXは,キノロン骨格1位のシクロプロピル基に加えて,キノロン骨格8位にメトキシ基をもつことで,細菌の標的酵素であるDNAジャイレースとトポイソメレースⅣの両酵素を強力に同程度阻害(dualinhibition)する特徴がある.そこで,LVFXに低感受性であっても,GFLXに感受性の高い菌が多数ある可能性があると考えた.今回の検討で,すべてのグラム陽性菌においてGFLXのMICがLVFXより低かったが,LVFXに耐性をもつ菌株ではGFLXの感受性も低くこれらの菌に対してGFLXによる減菌効果は少ないと考えられた.グラム陰性菌においてはLVFXとGFLXのMICは同じであるものが多く,GFLXのMICがLVFXより高い菌株も認められた.また,術後眼内炎を予防するためには,前眼部へ効率よく移行する点眼薬が求められる.薬動力学的パラメータとして,房水内最高濃度(AQCmax)とMICを組み合わせたAQCmax/MICが臨床での有効性を反映するとの概念が提唱されており,この値が大きいほど有効性が高いと考えられている11).0.5%LVFX点眼液および0.3%GFLX点眼液のAQCmaxは,それぞれ3.39μg/mlおよび2.30μg/mlと報告されている12).検出された菌のAQCmax/MICは,表1(グラム陽性菌),表2(グラム陰性菌)に示すとおりである.グラム陽性菌に対しては,すべての菌株においてGFLXが勝っている.グラム陰性菌に対しては,すべての菌株においてLVFXが勝っている.両剤の有用性について差は少ないと考えられた.近年,細菌の薬剤耐性化が進んでおり,特にニューキノロン薬に対する耐性化が報告されている13).GFLXは新たに開発され,まだあまり使用されていないが,すでに交差耐性となっている菌株も認められている.今回の全分離株のうち,MIC値が4μg/ml以上の株を耐性菌とみなすと,LVFXで6株(約14.3%),GFLXで3株(約7.1%)のみが耐性と判断され,両剤は今のところ周術期の感染予防に有効であると思われた.しかしながら,これまでの報告とも一致するが,術後眼内炎の主要な起炎菌であるグラム陽性菌Staphylococcusaureus(そのうち特にMRSA)およびStaphylococcusepidermidisについては,両剤ともに低感受性を示す株があり,特に注意が必要であると考えられた.文献1)櫻井美晴,林康司,尾羽澤実ほか:内眼手術術前患者の結膜細菌叢のレボフロキサシン耐性率.あたらしい眼科22:97-100,20052)白井美惠子,西垣士朗,荻野誠周ほか:術後感染予防対策としての術前結膜内常在菌培養検査.臨眼61:1189-1194,20073)片岡康志,佐々木香る,矢口智恵美ほか:白内障手術予定患者の結膜内常在菌に対するガチフロキサシンおよびレボフロキサシンの抗菌力.あたらしい眼科23:1062-1066,20064)岩﨑雄二,小山忍:白内障術前患者における結膜内細菌叢と薬剤感受性.あたらしい眼科23:541-545,20065)志熊徹也,臼井正彦:白内障術前患者の結膜内常在菌と3種抗菌点眼薬の効果.臨眼60:1433-1438,20066)丸山勝彦,藤田聡,熊倉重人ほか:手術前の外来患者における結膜内常在菌.あたらしい眼科18:646-650,20017)秋葉真理子,坂上晃一,秋葉純:高齢者の結膜内常在菌と薬剤耐性.臨眼53:773-776,19998)大秀行,福田昌彦,大鳥利文:高齢者1,000眼の結膜内常在菌.あたらしい眼科15:105-108,19989)秦野寛:白内障術後眼内炎:起炎菌と臨床病型.あたらしい眼科22:875-879,200510)原二郎:眼科手術と術後眼内炎─起炎菌の変遷と術前消毒の効果.眼科手術11:159-164,199811)佐々木一之,三井幸彦,福田正道ほか:点眼用抗菌薬の眼内薬動力学的パラメーターとしてのAQCmaxの測定.あたらしい眼科12:787-790,199512)福田正道,高橋信夫:ガチフロキサシン点眼薬の家兎眼内移行動態─房水内最高濃度値(AQCmax)の測定─.あたらしい眼科21:1109-1112,200413)松尾洋子,柿丸晶子,宮崎大ほか:鳥取大学眼科における分離菌の薬剤感受性・患者背景に関する検討.臨眼59:886-890,2005***