0910-1810/11/\100/頁/JCOPY子体混濁がみられる(図1).白内障手術後6週間以内の発症の術後眼内炎を米国で検討した大規模多施設研究であるEndophthalmitisVitrectomyStudy(EVS)1)によると,急性術後眼内炎の起因菌検出率は62%であり,その90%がグラム陽性菌で,グラム陰性菌が7%であった.グラム陽性菌の70%はコアグラーゼ陰性ブドウ球菌(CNS)であり,その内訳は表皮ブドウ球菌,黄色ブドウ球菌,レンサ球菌,腸球菌などであった.わが国での忍足ら2)の報告によると,白内障術後感染性眼内炎22眼中17眼(77%)で起因菌が検出され,その内訳はメチシリン耐性表皮ブドウ球菌(MRSE),a-溶血性レンサ球菌,メチシリン耐性黄色はじめに術後眼内炎は眼内手術,眼内注射において最も重篤な合併症の一つである.以前の術後眼内炎は白内障術後におけるものが主であったが,最近では術後眼内炎の原因が小切開硝子体手術(microincisionvitrectomysurgery:MIVS)後や抗血管内皮増殖因子(vascularendothelialgrowthfactor:VEGF)薬の眼内注射後の眼内炎など,治療手技の移り変わりに伴い,その誘因が変遷している.術後眼内炎は白内障手術などの前眼部手術が起因となっていれば前眼部の術創から後眼部に向かって進展することが多い.しかし,硝子体手術後や硝子体内注射に続発する眼内炎では硝子体中から前眼部に波及するので,その進展形式の差を考慮して対処する必要性がある.I白内障術後水晶体.外摘出術から超音波乳化吸引術の時代になり,さらに近年は小切開白内障手術が広まっている.術式は低侵襲手術に格段に進歩しているが,白内障術後眼内炎は撲滅してはいない.白内障は予後良好な疾患であり,患者の術後視力回復への期待感も大きい.そこで失明の危険がある眼内炎が起こってしまうと患者の失望も大きい.症状の多くは白内障手術後の早期に,毛様充血や結膜充血,眼痛を伴う霧視が出現する.前房にはやや大きめの前房内セルと虹彩毛様体炎,白色の大きめの角膜後面沈着物,前房蓄膿,フィブリン塊,角膜混濁,硝(35)343*MakotoInoue:杏林アイセンター〔別刷請求先〕井上真:〒181-0004三鷹市新川6-20-2杏林アイセンター特集●眼感染症治療戦略アップデート2011あたらしい眼科28(3):343.349,2011術後眼内炎PostoperativeEndophthalmitis井上真*図1白内障術後眼内炎の症例にみられた前房蓄膿角膜浮腫を生じ,前房蓄膿がみられる.344あたらしい眼科Vol.28,No.3,2011(36)にたるエビデンス)に該当したものはなかった(表2).術後の抗生物質の結膜下注射,術前の睫毛切除,術前の生理食塩水洗浄,術前の抗生物質点眼,抗生物質を混入させた眼内灌流液の術中使用,術中ヘパリンの使用の有用性などの多数の報告は臨床的推奨レベルでCランク(臨床的に推奨されるだけの根拠が明確でない),エビデンスレベルはIIIランク(エビデンスが低く推奨にはあたらない)であった.唯一術前のポビドンヨード消毒のみが臨床的推奨レベルでBランク(臨床的に中程度重要であり推奨される),エビデンスレベルでIIランク(エビデンスはあるが不確実な検討)に入っており,Ciullaらの論文は白内障術後眼内炎の発症予防に対して術前にポビドンヨードを用いて結膜.洗浄を行うことが最もエビデンスがあるという結果であった.ESCRS(EuropeanSocietyofCataractandRefractiveSurgery)studyとは2003年から2006年までヨーロッパの24施設が超音波水晶体乳化吸引術による白内障術後眼内炎の予防処置や危険因子を検討した多施設前向き無作為化臨床研究(multicenterprospectiverandomizedclinicaltrial)である6,7).治療グループを術前抗生物質点眼の有無,術終了時の抗生物質前房内投与の有無から4つのグループに分けて検討を行った(表3).術前の抗生物質点眼としてはレボフロキサシンを術前1時間,30分,術直前5分前の3回行い,前房内投与にはセフロキシム(オラセフR)1mg/0.1mlを術終了時に注入した.術後は全例でレボフロキサシンの点眼を1日4回,少なくとも6日間は使用していた.眼内炎を発症したと考えられる症例からは前房水または硝子体液を採ブドウ球菌(MRSA)などであった.眼内炎の発症時期による起因菌種の検討では,術後1~2日目では緑膿菌,セラチア,腸球菌が多く,黄色ブドウ球菌やCNSなどのグラム陽性球菌は術後4~7日目の発症が多かった3).一方,1カ月以上経過してから発症する遅発性の眼内炎はPropionibacteriumacnesなどの弱毒菌によるものが多かった.薄井ら4)は白内障術後眼内炎の全国調査で,視力予後の悪い起炎菌としてMRSAと腸球菌を指摘している.Ciullaら5)は白内障術後眼内炎に予防に関して1966年から2000年までの文献を検索し88編の文献が科学的根拠に基づいて検討されているかを臨床的推奨レベル(ClinicalRecommendation)とエビデンスレベル(GroupedEvidenceRating)の2項目でそれぞれ3段階(それぞれA~CとI~III)に分類して評価を行った(表1).それらの検討では臨床的推奨レベルでAランク(臨床的にきわめて重要であり推奨される)に該当した予防項目はなく,エビデンスレベルでもIランク(推奨する表1エビデンスの評価項目臨床的推奨レベル(ClinicalRecommendation)A臨床的にきわめて重要であり推奨されるB臨床成績に中程度重要であり推奨されるC臨床成績に影響する根拠が明確でないエビデンスレベル(GroupedEvidenceRating)I推奨するにたるしっかりしたエビデンス(前向きランダム化比較試験)IIエビデンスはあるか不完全な検討(非ランダム化比較試験,コントロール群がない,フォローアップが不十分,統計的にあまり有意でないなど)IIIエビデンスが低く推奨にはあたらない(コントロール群がない後ろ向き検定,小数例の比較がない症例検討,個人の意見など)表2眼内炎の予防に用いられた検討項目予防的介入項目臨床的推奨レベルエビデンスレベル術後の抗生物質結膜下注射CIII術前の睫毛切除CIII術前の生理食塩水洗浄CIII術前のポビドンヨード消毒BII術前の抗生物質点眼CIII抗生物質を混入させた眼内灌流液CIII術中ヘパリンCIII表3各群での眼内炎発症率前房内抗生物質(セフロキシム)投与術前点眼(レボフロキサシン)なし(プラシボ点眼)ありなし眼内炎全例0.345%(14/4,054例)眼内炎全例0.247%(10/4,049例)眼内炎確定0.247%(10/3,990例)眼内炎確定0.173%(7/3,984例)あり眼内炎全例0.074%(3/4,058例)眼内炎全例0.049%(2/4,052例)眼内炎確定0.049%(2/4,000例)眼内炎確定0.025%(1/4,052例)(37)あたらしい眼科Vol.28,No.3,2011345に角膜切開で白内障手術が行われる米国から批判が高かった.ESCRSstudyでは強角膜切開の症例が全体の2割で24施設のなかで2施設のみであった点などが指摘された.この研究で用いられた術前の抗生物質点眼は3回のみであり,わが国などで術1~3日前に開始される一般的な術前点眼と異なって点眼回数が少ない.そこで手術開始時に抗生物質の有効前房内濃度に至っていなかったため,術前点眼の有用性が示されなかったのではとも指摘されている.ESCRSstudyで用いられたセフロキシムは第二世代セフェム系抗菌薬で通常のグラム陽性菌に対して強い抗菌力を示すが,より重篤となりやすい腸球菌,MRSAや緑膿菌に対しては抗菌力が低い.ESCRSstudyで検出された眼内炎の起因菌はいずれの群でもブドウ球菌やレンサ球菌が主体で,その他はPropionibacteriumacnesが一部含まれているのみであった.これらの眼内炎の起因菌の多くはセフロキシムに感受性に高い菌種であったことが前房内投与の有効性をより高めに評価した可能性がある.セフロキシムはMRSA,腸球菌や緑膿菌などの予後不良な起因菌に対しては効果が低く,その地域に応じた薬剤選択を行わないとESCRSstudyと同様の効果が得られない可能性がある.わが国での調査8)によると,角膜切開での眼内炎発症率は0.043%,強角膜切開では0.049%であり,切開創による差はみられなかった.年間手術件数が300件を超すボリュームサージャンにおける眼内炎の発症率は0.044%とそれ以外の0.066%より有意に低かった.ESCRSstudyでは角膜切開での眼内炎の発症率が高取してグラム染色,培養検査,PCR(polymerasechainreaction)検査を行い,いずれかの検査で陽性と判断されれば眼内炎確定症例,臨床所見のみでどれも陽性ではなかった場合を眼内炎(疑い)症例と判別した.すべての群を合わせた白内障術後眼内炎の発症率は0.18%(29/16,211例)で,確定症例は0.12%(20例)であった.術前抗生物質点眼なし(プラシボ点眼使用),術終了時抗生物質前房内投与なしの群での眼内炎発症率は0.35%(14/4,054例)ときわめて高く,眼内炎確定症例も10例であった.術前抗生物質投与を行い抗生物質前房内投与は行わなかった群では眼内炎の発症率は0.25%(10/4,049例),確定7例と高かった.一方で前房内投与を行い術前抗生物質点眼は行わなかった群での眼内炎発症率は0.07%(3/4,058例),確定2例で,術前抗生物質点眼と前房内投与の両方を行った群では0.05%(2/4,052例),確定1例と眼内炎の発症が有意に抑制されていた.そこでセフロキシムの前房内投与は非投与群に比べて有意に白内障術後眼内炎を予防し,そのオッズ比は4.92に達していた.術前のレボフロキサシン点眼の使用に関しては,その有用性は示されなかった.このESCRSstudyはエビデンスの高い研究であり,前房内抗生物質投与についてわが国でも今後何らかの対応がなされると考えられる.一方で研究そのものに対する批判も多かった.ESCRSstudyで批判があったのは,まず術前抗生物質点眼や術終了時に抗生物質前房内投与を行っていない群での白内障術後眼内炎の発症率が0.35%と高かったことである.術中合併症が多いと眼内炎の発症が高いことが過去の報告と一致していたが,経験症例が多ければ眼内炎の発症率が高かったこととプラシボ群での眼内炎発症率が高かったことが相まって,このスタディが行われた手術環境自体が疑問視されていた.わが国での2003年度の日本眼内レンズ屈折手術学会が行ったアンケート調査8)では2003年の1年間の白内障手術総件数は100,539件で,術後眼内炎は52件で発症し,その発症率は0.052%であり,前房内抗生物質投与を行った群と遜色ない結果であった.また,ESCRSstudyでは術後眼内炎の危険因子として角膜切開をあげ,強角膜切開と比べてオッズ比が5.88であった(表4).これはおも表4有意差があった白内障術後眼内炎発症の危険因子危険因子オッズ比p値眼内炎全例角膜切開5.880.019術中合併症4.950.004前房内投与なし4.920.001シリコーンIOL4.950.004経験症例多い2.010.046眼内炎確定例角膜切開7.430.054前房内投与なし5.860.005シリコーンIOL4.100.002経験症例多い2.860.053男性2.700.035346あたらしい眼科Vol.28,No.3,2011(38)創の作製に垂直刺入を行っていた時期が含まれ,現在行われている斜め切開に比べると垂直刺入は術後の創口閉鎖が不良であったと考えられる.垂直刺入と斜め刺入を個別に検討したShimadaら15)の報告では眼内炎の発生率に20G手術(眼内炎発生率:0.0278%)と25G手術(同発生率:0.0299%)では有意差がなく,斜め切開のほうが眼内炎の発生が少なかった.同報告では切開の作製方法だけでなく眼内炎の発生率を低下させる工夫として結膜の洗浄と確実な創の閉鎖,周辺部の硝子体郭清が重要と述べられている.この報告での眼内炎を発症した症例は垂直刺入を用いた症例であった.Oshimaら16)による日本MIVS研究会の多施設研究では20G手術での眼内炎の発生率は0.034%(10/29,030例)でMIVS術後には0.054%(8/14,838例)と有意差がなかった.MIVSでの眼内炎の発生率に有意差はなかった.23G硝子体手術後には0.030%(2/6,600例),25G手術後には0.073%(6/8,238例)と25G手術後のほうが若干,発生率が高かったが有意差はなかった.既報を含めた7報告からメタアナリシスを行ったところ77,956例のなかでMIVSでの眼内炎の発症率は0.08%(0.030~0.164%),20G手術での発生率は0.030%(0.012~0.048%)で有意差がなかった.Scottら17)はより最近の症例をレビューして追加報告をしている.2005年から2006年までの眼内炎の発生率がMIVSで高かったのに対し,2007年から2008年の眼内炎の発生率は20G手術で0.02%(1/4,403例),23G手術で0.03%(1/3,362例),25G手術で0.13%(1/789例)であり,それぞれ有意差がなかった.これは,2005年から2006年までの検討と同一施設同一術者群での比較であったが,2005年から2006年の25G硝子体手術後の眼内炎の発生率,0.84%(11/1,307例)に比べてより最近の症例での眼内炎の発生率が有意に低下していた.眼表面を完全に無菌化することは困難である.Tominagaら18)の報告では20G手術と25G手術で,モキシフロキサシン(ベガモックスR)の術前抗生物質点眼使用前,点眼使用後に結膜.の擦過培養を,硝子体手術開始直後,手術終了時に硝子体のサンプルを抽出して細菌培養検査を行った.術前抗生物質点眼で両群とも有意に細菌培養陽性率は減少したが,硝子体手術開始直後でかった.角膜切開のほうが強角膜切開に比べ感染の危険性が高いことは以前から報告されていた9,10).一方で小切開手術が広がったためか,角膜切開と強角膜切開では眼内炎の発症に差がないとの報告もある8,11).しかし,井上ら11)は耳側角膜切開白内障手術後に眼内炎を生じた理由として糖尿病や悪性疾患の既往などの背景因子の存在を指摘している.悪性腫瘍,糖尿病,副腎皮質ステロイド薬内服,膠原病,涙.炎,閉瞼不全などの背景因子を有した白内障術後眼内炎は視力予後不良であるとの報告がある12).a-溶血性レンサ球菌などの感染が術創の閉鎖不全を起こすとの指摘もあり12),不確実な白内障手術創が感染に関与している可能性は高い.そこで背景因子をもったハイリスク症例に対しての白内障手術については,不確実な角膜切開であれば縫合を追加する,もしくは強角膜切開で結膜を確実に被覆させるなどの配慮が必要と思われる.II小切開硝子体手術後20ゲージ(gauge:G)硝子体手術後の眼内炎の発生率は0.05%前後とされ,白内障手術とほぼ同等の発生率であることが報告されていた.MIVSは経結膜的に小切開,無縫合で手術が行えるため前眼部に対しては侵襲が少ないことが知られている.しかし,経結膜的に眼内に侵入するため眼内炎の発症が増加することが危惧されていた.Kunimotoら13)は8,600眼の硝子体手術をレトロスペクティブに検討し,術後眼内炎の発生率を20G手術と25G手術で比較したところ,20G手術では眼内炎の発生が5,498眼中1眼の0.018%であったのに対し25G手術では3,103眼中7眼の0.23%で有意に多かったと報告した.また,Scottら14)は同様の検討を行い,20G手術(眼内炎発生率:0.03%)と比べて25G手術(同発生率:0.84%)のほうが眼内炎の発生が有意に多かったと報告した.術直後の低眼圧が眼内炎の発症に関与している可能性が推測されたが,25G手術で眼内炎を発症した11眼の術翌日の平均眼圧は13mmHg(5.27mmHg)であり,必ずしも低眼圧の症例ではなかった.硝子体手術から眼内炎発症までの平均期間は3日(1.15日)であった.起炎菌が同定できた7眼中6眼はCNSで1眼は腸球菌であった.これらの報告では強膜(39)あたらしい眼科Vol.28,No.3,2011347質の迷入などで生じると考えられている.近年白内障手術などの手術以外でベバシズマブの硝子体注入によってもTASSの原因が起こりうることが報告されている.Satoら20)は同じロット番号から調合したベバシズマブの硝子体注射を行った後に急性眼内炎症を発症した5例を報告した.すべての症例で前房蓄膿を伴った前房主体の眼内炎が起こり,培養検査は陰性で臨床所見はTASSと類似していた.今後硝子体注射の頻度が増加するに従って著しくTASSが急増するのではと危惧されている.TASSは除外診断であり,感染性眼内炎との鑑別が重要である.IV硝子体手術の適応白内障術後眼内炎においてEVSでは,視力が光覚弁にまで低下すれば硝子体手術と抗生物質であるバンコマイシンとアミカシンの硝子体内注射とバイコマイシンとセフタジジム(モダシンR)の結膜下注射が有効であると報告している1).この報告では視力が手動弁以上であると硝子体手術をしてもしなくても抗生物質の硝子体内投与を行えば予後に影響せず,硝子体手術の有効性を否定しかねる結果であった.しかしEVSでの光覚弁とは一般的な診療で用いられる手動弁と同等であり,硝子体手術はcorevitrectomy(硝子体切除50%以上)のことを意味しているため,周辺硝子体の郭清は規定に入っていない.周辺硝子体もさらに郭清することは,病変部位の郭清や薬剤移行を向上させる意味でも有効と考えられる.そこで実際にはEVSのエビデンスより硝子体手術が積極的に行われていると考えられる.強毒菌感染では網膜電図(ERG)でb波が低下すると報告されている21).そこで,急性発症でERGのb波が低下していれば強毒菌を強く疑い積極的な治療を行う.弱毒菌が疑われ,炎症が軽度であれば抗生物質やステロイド薬の点眼や結膜下注射で沈静化する場合も多い.しかし,少しでも眼内炎を疑えばまず前房水と硝子体からのタップによる培養検査とバンコマイシン1mg/0.1mlとセフタジジム2.0mg/0.1mlの硝子体内投与を即座に行うべきである22).起炎菌の病巣が水晶体.内にある場合や硝子体中に播種した場合には水晶体.内を洗浄する前房洗浄や硝子体手術を早急に施行せねばならない.硝20Gからは2.4%の培養陽性率であったのに対し,25G手術では22.5%と有意に高率に細菌の眼内迷入がみられた.手術終了時には両群とも細菌陽性率は0%となり,25G手術では経結膜的に強膜創を作製する手術の開始時に眼内に細菌を迷入させていることが明らかとなった.白内障手術でも術中感染が問題となっているが,超音波水晶体乳化吸引術では眼表面と眼内を眼内灌流液でよく洗浄しているため,結果として眼内の細菌量を減少させているのではと考えられている.硝子体手術においても眼内灌流と硝子体カッターの吸引によって眼内を灌流することで同様の滅菌操作を行っている可能性がある.すると25G手術の初期に推奨されていた周辺部の硝子体を残して強膜創に硝子体を嵌頓させて創を閉鎖させる方法は,眼内洗浄という点では眼内炎の発症率を上昇させていた可能性がある.この観点からも細菌増殖の温床となりうる周辺部硝子体を郭清したほうがよいと考えられる.MIVSでは結膜の外側に眼内から硝子体が脱出するvitreouswickがしばしばみられる.眼内と眼外がつながった硝子体線維が存在すると眼内へ細菌迷入を起こす可能性がある.Vitreouswickがないか術終了時にMQA(MedicalQuickAbsorber)などで創口をよく確認する.MIVSでは眼内に0.5ml程度の空気を注入すると,その表面張力によって強膜創の内側が閉鎖するのを助けると考えられている.少量の空気を注入すると眼内炎の予防になるといった報告もあるが,創口の閉鎖に不安を感じたら,迷わず縫合を追加することが眼内炎を予防するうえでも重要である.IIIToxicAnteriorSegmentSyndromeToxicAnteriorSegmentSyndrome(TASS)は術後の無菌性炎症である19).非感染性の物質が前房内に注入されたときに生じ,眼内の組織を損傷する.この反応は白内障手術や前眼部手術を行った12.48時間後に起こる.前眼部に限局しグラム染色に陰性,培養検査も陰性でステロイド治療によく反応する.感染性の眼内炎との鑑別が重要である.TASSの原因は濃度,pHや浸透圧が不適合な化学物質の注入,防腐剤や変性した粘弾性物質,酵素洗剤,細菌外毒素,酸化した金属粒子の迷入,眼内レンズの滅菌に用いられた物質やそれを研磨する物348あたらしい眼科Vol.28,No.3,2011(40)ざるをえない症例も存在する.眼内レンズを摘出すると前眼部への炎症も増加するため,適時判断することが要求される.術前の細隙灯検査で視認性が不良であっても,実際の手術で眼内照明を用いると意外と視認性が得られる場合もある.角膜浸潤がある症例ではフローティングコンタクトレンズより広角観察システムを用いたほうが眼内を観察しやすい.術中に医原性裂孔が生じた場合には網膜が脆弱化しているためシリコーンオイルの注入が必至となる.シリコーンオイルを用いた場合には硝子体腔の液性体積が減少するため,抗生物質の眼内濃度調整が困難となる.抗生物質の眼内灌流に切り替えるか,抗生物質の結膜下注射に変更せざるをえない.レンサ球菌などの眼内炎では硝子体中にびっしりフィブリン塊が充満し,白色の硝子体と浮腫を起こした網膜との鑑別が困難となっている.硝子体混濁を除去しようとすると周辺部硝子体切除の際にまったく気づかずに網膜を切除している場合がある.このようなときには硝子体中に組織プラスミノーゲンアクチベーターであるモンテプラーゼ(クリアクターR)かアルテプラーゼ(アクチバシンR)を注入して30分ほど待って硝子体切除を再開すると,フィブリン塊と網膜との癒着が軽減するので手技が安全となる23).硝子体内に投与する抗生物質はEVSの結果からバン子体手術を行うタイミングとしては,前眼部手術後であれば超音波検査で硝子体混濁が前方から後方に播種しそうになれば早期に硝子体手術に踏み切る.後眼部手術であれば超音波検査で網膜近傍に混濁がみられるか何らかの網膜病変があれば硝子体手術を考慮する.眼内炎の手術治療を考慮する前にその炎症が術後炎症によるものではなく,眼内感染であるかどうかの鑑別が必要である.硝子体手術後であれば硝子体を可視化するためにトリアムシノロンが注入され,その眼内炎がトリアムシノロンによる無菌性眼内炎(偽眼内炎)であることもあり,TASSとの鑑別も必要である.トリアムシノロンによる無菌性眼内炎は硝子体中だけでなく前房にもセルが出現し,しばしば偽前房蓄膿も形成する.しかし角膜後面沈着物がみられないことが鑑別点となる.発生頻度は高くないが全身状態が不良であれば,身体の他の感染巣から血行転移によって眼内に播種した内因性眼内炎との鑑別も必要である.多くの場合は眼内レンズを温存しても治療可能である.眼内レンズそのものが混濁していなければ十分な前房洗浄を行えば眼内の視認性は得られる(図2).眼内レンズを温存した場合には後.を切開して水晶体.内への薬剤移行を向上させる(図3).一方で眼内レンズを温存したために炎症が再燃して再手術で眼内レンズを摘出せ図2白内障術後眼内炎症例での前房洗浄バイマニュアルI/A(irrigationandaspiration)で前房内を洗浄し,眼内レンズの前面のフィブリン膜を除去し,水晶体.内もよく洗浄すると眼底の視認性が向上する.図3白内障術後眼内炎症例での後.切開硝子体手術後に眼内に注入した抗生物質の水晶体.内への浸透をよくするために一部分の水晶体後.を切除する.あたらしい眼科Vol.28,No.3,2011349コマイシンとセフタジジムが用いられているが,近年バンコマイシン耐性腸球菌(VRE)やバンコマイシン耐性ブドウ球菌(VRS)などのバンコマイシン耐性の菌が多く報告され,院内感染の原因となっている24).選択肢としてこの薬剤は第一選択であるが,今後耐性菌の出現に伴い第二選択,第三選択などの必要性が出てくる可能性は高い.文献1)EndophthalmitisVitrectomyStudyGroup:Resultsoftheendophthalmitisvitrectomystudy.Arandomizedtrialofimmediatevitrectomyandofintravenousantibioticsforthetreatmentofpostoperativebacterialendophthalmitis.ArchOphthalmol113:1479-1496,19952)忍足和浩,平形明人,岡田アナベルあやめほか:白内障術後感染性眼内炎の硝子体手術成績.日眼会誌107:590-596,20033)嘉村由美:術後眼内炎.眼科43:1329-1340,20014)薄井紀夫,宇野敏彦,大木孝太郎ほか;日本眼科手術学会術後眼内炎スタディグループ:白内障に関連する術後眼内炎全国症例調査.眼科手術19:73-79,20065)CiullaTA,StarrMB,MasketS:Bacterialendophthalmitisprophylaxisforcataractsurgery:anevidence-basedupdate.Ophthalmology109:13-24,20026)BarryP,SealDV,GettinbyGetal;ESCRSEndophthalmitisStudyGroup:ESCRSstudyofprophylaxisofpostoperativeendophthalmitisaftercataractsurgery:PreliminaryreportofprincipalresultsfromaEuropeanmulticenterstudy.JCataractRefractSurg32:407-410,20067)EndophthalmitisStudyGroup,EuropeanSocietyofCataract&RefractiveSurgeons:Prophylaxisofpostoperativeendophthalmitisfollowingcataractsurgery:resultsoftheESCRSmulticenterstudyandidentificationofriskfactors.JCataractRefractSurg33:978-988,20078)OshikaT,HatanoH,KuwayamaYetal:IncidenceofendophthalmitisaftercataractsurgeryinJapan.ActaOphthalmolScand85:848-851,20079)CooperBA,HolekampNM,BohigianGetal:Case-controlstudyofendophthalmitisaftercataractsurgerycomparingscleraltunnelandclearcornealwounds.AmJOphthalmol136:300-305,200310)NagakiY,HayasakaS,KadoiCetal:Bacterialendophthalmitisaftersmall-incisioncataractsurgery.effectofincisionplacementandintraocularlenstype.JCataractRefractSurg29:20-26,200311)井上康,三好輝行,藤田善史ほか:耳側角膜切開白内障手術における術後眼内炎の発症頻度について.眼科47:1853-1857,200512)二宮夕子,平形明人,平岡智之ほか:白内障術後眼内炎における背景因子からみた臨床像の検討.日眼会誌112:525-530,200813)KunimotoDY,KaiserRS;WillsEyeRetinaService:Incidenceofendophthalmitisafter20-and25-gaugevitrectomy.Ophthalmology114:2133-2137,200714)ScottIU,FlynnHWJr,DevSetal:Endophthalmitisafter25-gaugeand20-gaugeparsplanavitrectomy:incidenceandoutcomes.Retina28:138-142,200815)ShimadaH,NakashizukaH,HattoriTetal:Incidenceofendophthalmitisafter20-and25-gaugevitrectomycausesandprevention.Ophthalmology115:2215-2220,200816)OshimaY,KadonosonoK,YamajiHetal;JapanMicroincisionVitrectomySurgeryStudyGroup:Multicentersurveywithasystematicoverviewofacute-onsetendophthalmitisaftertransconjunctivalmicroincisionvitrectomysurgery.AmJOphthalmol150:716-725,201017)ScottIU,FlynnHWJr,AcarNetal:Incidenceofendophthalmitisafter20-gaugevs23-gaugevs25-gaugeparsplanavitrectomy.GraefesArchClinExpOphthalmol,2010Sep18.[Epubaheadofprint]18)TominagaA,OshimaY,WakabayashiTetal:Bacterialcontaminationofthevitreouscavityassociatedwithtransconjunctival25-gaugemicroincisionvitrectomysurgery.Ophthalmology117:811-817,201019)MamalisN,EdelhauserHF,DawsonDG,ChewJetal:Toxicanteriorsegmentsyndrome.JCataractRefractSurg32:324-333,200620)SatoT,EmiK,IkedaTetal:Severeintraocularinflammationafterintravitrealinjectionofbevacizumab.Ophthalmology117:512-516,516,201021)HorioN,TerasakiH,YamamotoEetal:Electroretinograminthediagnosisofendophthalmitisafterintraocularlensimplantation.AmJOphthalmol132:258-259,200122)薄井紀夫:治療戦略1─緊急対応プロトコール,白内障術後眼内炎アップデート2005.あたらしい眼科22:909-911,200523)WuTT,WangHH:Intracameralrecombinanttissueplasminogenactivatorforthetreatmentofseverefibrinreactioninendophthalmitis.Eye(Lond)23:101-107,200924)SharmaS,DesaiRU,PassABetal:Vancomycin-resistantenterococcalendophthalmitis.ArchOphthalmol128:794-795,2010(41)