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硝子体手術のワンポイントアドバイス 97.硝子体再出血例に対する一時的絶対安静(初級編)

2011年6月30日 木曜日

あたらしい眼科Vol.28,No.6,20118370910-1810/11/\100/頁/JCOPYはじめに増殖糖尿病網膜症などに対する硝子体手術では,術後にしばしば再出血をきたし眼底透見が困難となることがある.早期出血の原因としては,術中の不十分な増殖膜処理や止血など,晩期出血の原因としては,新生血管を含んだ再増殖膜形成などの頻度が高い.再出血例に対しては,眼底の状態をなんらかの方法で推測し,再手術を早期に施行すべきか否かの判断が求められる.●再手術の適応再出血量が多く早期の自然吸収が期待できない例,眼底に再増殖や網膜.離が生じている例では,早期に再手術を施行すべきである.通常は超音波Bモード検査で眼底の状態をチェックする.再出血量は眼底反射や細隙灯顕微鏡所見で,ある程度推測することができるが定量性はない.明らかな網膜.離や網膜上の凝血塊などが存在する場合は,超音波Bモードで十分に捉えられるが,網膜面上の再増殖膜や眼底周辺部の限局性網膜.離は検出が困難なことが多い.虹彩ルベオーシスが増悪している例では,通常再増殖や網膜.離が生じている可能性が高いと考えられるが,網膜虚血の程度に左右される.●診断を目的とした一時的絶対安静硝子体手術後の再出血例に対して,一時的絶対安静は出血を下方に沈殿させ,眼底の状態を把握するのにきわめて有用な方法である1).あくまでも入院患者を対象とした方法であるが,semi-fowler位で患者の頭部を砂.で固定し,消灯から翌朝までの絶対安静を保持する.硝子体手術後は硝子体ゲルが存在しないので,出血量が多くても絶対安静を保持していれば,必ず出血は下方に沈殿し,出血の貯留した部分以外は眼底透見が可能となる(85)(図1).Semi-fowler位では出血は通常やや下耳側に貯留し,黄斑部の状態も確認可能となる.患者の体動により下方に沈殿していた出血は容易に舞い上がるので,診察は必ず翌朝ベッドサイドで行う必要がある.●一時的絶対安静でわかること出血が沈殿している部位以外は眼底透見が可能なので,再増殖,網膜.離を的確に検出できるだけでなく,近見視力検査を行うことで,視力予後を大まかに予測できる.また,沈殿している出血の範囲で,出血量をある程度定量できる.新たな再出血が生じないと仮定した場合に,出血が自然吸収するのに要する期間は,出血範囲が3乳頭径大で約1週間,6乳頭径大で約3週間である.眼底の状態と出血量から,再手術の適応を的確に決定することができる.文献1)坂上憲史,田野保雄,春田恭照ほか:硝子体手術後再出血に対する診断を目的とした一時的絶対安静.眼紀42:1051-1054,1991硝子体手術のワンポイントアドバイス●連載97硝子体再出血例に対する一時的絶対安静(初級編)池田恒彦大阪医科大学眼科図1一時的絶対安静後の眼底出血量が多くても本法により眼底は必ず透見可能となる.この症例の出血量は6×4乳頭径大で,上方に再増殖を認めたため,後日再手術を施行した.

眼科医のための先端医療 126.緑内障における網膜神経節細胞アポトーシスにTNF-αはどう関わっているのか?

2011年6月30日 木曜日

あたらしい眼科Vol.28,No.6,20118330910-1810/11/\100/頁/JCOPYはじめに近年,眼科では抗VEGF(vascularendothelialgrowthfactor)療法をはじめとして,本稿のテーマでもあるTNF-a(腫瘍壊死因子a;tumornecrosisfactora)などを標的とした分子レベルでの治療が行われるようになってきました.TNF-aはBehcet病など,ぶどう膜炎の患者の血液中,および前房水中での濃度上昇がみられることが知られていて1),そのモノクローナル抗体であるインフリキシマブ(レミケードR)はBehcet病の治療としてすでに使用されています.このTNF-aが発見されたのは1975年ですが,当時BCGなどで処置したマウスにエンドトキシンを注射すると腫瘍壊死作用をもつ物質が産生されることが見いだされ,TNF-aと名付けられて発表されました2).TNF-aはおもにマクロファージから産生され,細胞毒性,血管内皮への障害作用などを有しています.生体の炎症やストレス反応などに関わっており,眼内では眼圧上昇,手術後やぶどう膜炎などの炎症によって濃度上昇をきたすと考えられています.緑内障とTNF-aとの関わり緑内障では,網膜神経節細胞が選択的に障害されることが知られていますが,これは眼圧によって網膜神経線維が障害され,軸索輸送障害をきたした網膜神経節細胞がアポトーシスを起こすというのが一連のメカニズムと考えられています(図1).このアポトーシスをきたすメカニズムを,分子レベルで研究した結果が近年では多く発表されています.ヒトのドナー眼における研究では,緑内障眼は網膜内でのTNF-a発現が正常眼と比較すると増加していたことがTezelら4)のグループによって報告されています.さらに,同グループはグリア細胞と網膜神経節細胞を同時培養し,虚血や圧負荷のストレスを与えると,グリア細胞がTNF-aなどのサイトカインを産生し,それに続いて網膜神経節細胞のアポトーシスが生じることを突き止めました3).この報告では,さらに抗TNF-a抗体の投与で中和するとアポトーシスが減じることも明らかにされています.この一連の研究結果から,圧負荷後のTNF-aが網膜神経節細胞のアポトーシスに深く関わっていることが示唆されますが,これを支持する研究もすでに報告されています.これはマウスを用いた研究で,非常に興味深い結果です.Nakazawaらは,眼圧上昇の負荷を与えなくても,TNF-aの注入のみで網膜神経節細胞のアポトーシスを生じさせることができることを明らかにし,さらにはこの変化が,TNF-aの注入と同時にTNF-a抗体の注入やTNF-a遺伝子欠損を生じさせることで,抑制できると発表しました5).これらの研究から,緑内障眼でみられる神経節細胞のアポトーシスをきたす一連の反応にTNF-aが大きな鍵となる役割を果たしており,この反応をブロックすることで新たに緑内障の治療の道が開ける可能性が示されました.さて,このTNF-aですが,正常眼圧緑内障(NTG)や開放隅角緑内障(POAG)などすべての緑内障で同じようにアポトーシスに関わっているのだろうかという疑問があります.過去の報告をみると,視神経乳頭におけるTNF-aとその受容体TNF-areceptor-1の発現を免疫染色で調べた研究があります.その結果では,POAGとNTGではコントロール群より多い発現を認めていましたが,POAGとNTGとでは発現はむしろ平均眼圧の低いNTGで多く認められました6).この結果からは,眼圧だけがTNF-aの発現に関わっているのではない可能性が示唆されます.以前,筆者らがPOAG,NTG,落屑緑内障(ExG)患者(81)◆シリーズ第126回◆眼科医のための先端医療監修=坂本泰二山下英俊澤田英子(ほしあい眼科)緑内障における網膜神経節細胞アポトーシスにTNF-aはどう関わっているのか?…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………….図1緑内障性視神経障害のメカニズム834あたらしい眼科Vol.28,No.6,2011の前房水を採取してTNF-aの濃度を測定した結果7)では,平均眼圧の高い落屑緑内障で高い検出率がみられ,POAGとNTGでは同等の検出率でした.この前房採取はスポットで1回のみ施行したものですから,落屑緑内障のように眼圧に大きな変動がみられ,比較的急速な経過をとるタイプの緑内障と,POAGやNTGのように慢性の経過をとるタイプを比較して,どの病型でTNF-aがより関係しているのかを比較することはむずかしいと思われます.また,落屑緑内障のようなタイプでは,急な眼圧上昇に伴ってスパイク状にときどきTNF-aの発現が高まっていることが考えられますが,特にNTGのように慢性の経過で,虚血などの他のストレス因子の関与も考えられるケースでは,TNF-aは低濃度で持続的に高まっていることも考えられます.その場合にはスポットの検査では検出がむずかしいケースもあるでしょう.新たな治療戦略へ向けて日々の臨床では,非常に眼圧コントロールが良好であるにもかかわらず,視野障害の進行を食い止めることができないNTG症例をしばしば経験します.患者の将来を案ずる一方で,今後の治療戦略に行き詰まりを感じています.現時点で,エビデンスに基づいた治療は眼圧下降ですが,眼圧を下げても病期の進行がみられる症例に対し,なす術はありません.しかし,たとえばNTGの症例のなかで,眼圧上昇以外のストレス因子も大きく関係している場合,神経細胞のアポトーシスを食い止めるためにTNF-aのブロックが有効な治療法の一つであるとすれば,そのような悩ましい症例に対しても希望の光がみえてきます.緑内障の病型や,症例のタイプによってどの程度TNF-aが関わっているのか,神経保護に有効であるのかについてさらに解明がなされ,神経保護への新たな治療への道が開けることを願ってやみません.文献1)AhnJK,YuHG,ChungHetal:IntraocularcytokineenvironmentinactiveBehcetuveitis.AmJOphthalmol142:429-434,20062)CarswellEA,OldLJ,KasselRLetal:Anendotoxininducedserumfactorthatcausesnecrosisoftumors.ProcNatAcadSciUSA72:3666-3670,19753)TezelG,WaxMB:Increasedproductionoftumornecrosisfactor-abyglialcellsexposedtosimulatedischemiaorelevatedhydrostaticpressureinducedapoptosisincoculturedretinalganglioncells.JNeurosci20:8693-8700,20004)TezelG,LiLY,PatilRVetal:TNF-aandTNF-areceptor-1intheretinaofnormalandglaucomatouseyes.InvestOphthalmolVisSci42:1787-1794,20015)NakazawaT,NakazawaC,MatsubaraAetal:Tumornecrosisfactor-amediatesoligodendrocytedeathanddelayedretinalganglioncelllossinamousemodelofglaucoma.JNeurosci26:12633-12641,20066)YanX,TezelG,WaxMBetal:Matrixmetalloproteinasesandtumornecrosisfactoralphainglaucomatousopticnervehead.ArchOphthalmol118:666-673,20007)SawadaH,FukuchiT,AbeH:Tumor-necrosisfactor-aconcentrationsintheaqueoushumorofpatientswithglaucoma.InvestOphthalmolVisSci51:903-906,2010(82)■「緑内障における網膜神経節細胞アポトーシスにTNF-aはどう関わっているのか?」を読んで■最近の緑内障研究は,眼圧を単に機械的なものと捉えるものではなく,眼圧により影響される生理活性物質に焦点を当てたものが中心になっています.緑内障に関連する生理活性物質としては2000年以後に報告されたものに絞っても,インターフェロンg,インターロイキン(interleukin:IL)-1,2,6,17,27,腫瘍壊死因子a(tumornecrosisfactor:TNF-a)などさまざまなものがあります.ただし,それらは動物実験や培養細胞実験で確認されたものであり,緑内障の実態を反映していないという批判があります.また,生理活性物質はそれぞれが互いにネットワークを形成して非常に複雑に働くので,いくつかの生理活性物質を研究しても,病気の本態の解明や治療にはつながらないという悲観論も聞かれます.事実TNF-aに関しては,網膜に障害を与えるという報告が多い反面,神経保護的に働くという報告もあるのです.ところが,それに対する答えが意外なところから現れました.それが分子標的薬による介入免疫学です.たとえば,網膜静脈閉塞症による網膜浮腫は,さまざまな要因により形成されており,血流動態,血圧,硝子体中サイトカイン構成などが重要であると考えられていました.しかし,本疾患に抗血管内皮増殖因子(VEGF)薬が著効することから,この病態形成には予想よりはるかにVEGFが重要であることがわかり(83)あたらしい眼科Vol.28,No.6,2011835ました.以前に重要とされた要因は,VEGFによってひき起こされた副次的なもの,あるいはほとんど関係のないものであったようです.本文で澤田英子先生が述べられた緑内障におけるTNF-aも,これと同じ可能性があります.今後,抗TNF-a薬で緑内障の視神経障害が効果的に抑制されたとしたら,従来考えられているよりも緑内障の視神経障害はずっとシンプルであることになります.介入免疫学を行うには,介入を正当化するための十分な臨床データが必要です.今回の研究は,そのための重要な基礎になりうるといえます.鹿児島大学医学部眼科坂本泰二☆☆☆

新しい治療と検査シリーズ 200.非侵襲的モバイルペン型マイボグラフィーの開発

2011年6月30日 木曜日

あたらしい眼科Vol.28,No.6,20118290910-1810/11/\100/頁/JCOPY.使用方法(治療,検査法の実際のやり方)(図2~4)検査は以下の手順で行う.①モニター(市販のテレビやモニター,もしくはコンピュータの画面など)と本体をコード(コンポジットケーブル,もしくはパソコン用USB接続コ新しい治療と検査シリーズ(77).バックグラウンドマイボーム腺は皮脂腺の一種であり,涙液の油層を形成し,過剰な涙液の蒸発を防ぐ役割をしている.マイボグラフィーとは,マイボーム腺を皮膚側から透過することによりマイボーム腺構造を生体内で形態学的に観察する唯一の方法である.マイボーム腺の形態を赤外光を用いて観察することは1977年,Tapieら1)が提唱して以来改良が加えられ2.5),2008年には筆者ら6)が細隙灯顕微鏡で非侵襲的に結膜側からocularsurface観察の流れのなかでマイボーム腺を観察できるノンコンタクトマイボグラフィーを開発した.さらに筆者は,新たに,非侵襲的に検査できるだけでなく,持ち運ぶことのできる,CMOSセンサーカメラと赤外線LED光源を用いたモバイルペン型マイボグラフィーを開発したので報告する..新しい治療法または検査法(原理)新しいモバイルペン型マイボグラフィーは,400.1,200nmと赤外光も含む幅広い波長帯域に感度をもつ高感度CMOSセンサーカメラと専用赤外線LED光源を用いて結膜側から赤外線による反射光で非侵襲的にマイボーム腺を観察できる機器である(図1).観察用の光が可視光線である場合,散乱が大きくマイボーム腺を観察することはできない.それに対して,赤外光のみの光源を用いて観察を行うと,散乱の問題は生じず,良好にマイボーム腺を観察することができる.可視光は瞼板によって光が反射されるので奥にあるマイボーム腺は見えないが,赤外光は深部到達度が高く,瞼板を透過し,マイボーム腺によって反射される.マイボーム腺で赤外光が反射される理由はわからないが脂の性状によるものと考えている.200.非侵襲的モバイルペン型マイボグラフィーの開発プレゼンテーション:有田玲子伊藤医院コメント:白石敦愛媛大学大学院感覚機能医学講座視機能外科学分野(眼科学)図1モバイルペン型マイボグラフィーの写真(試作器)長さ176mm,幅29mm,高さ34mmとペン型で,重さは120g.モバイルペン型マイボグラフィー市販テレビをモニターとして用いる図2モバイルペン型マイボグラフィーを用いた往診の様子モバイルペン型マイボグラフィーを入院中の患者の病室に持ち込み,端子を病室のテレビモニターにつなぐ.上下眼瞼のマイボーム腺を簡単に病室で診察することができる.830あたらしい眼科Vol.28,No.6,2011ンバータ)でつないで,本体スイッチを入れる.②まず,可視光LEDモード(ピーク波長:470nm,560nm)で眼瞼縁の血管拡張,開口部の閉塞,瞼縁の不整などをモニター上で観察する.マイボーム腺分泌脂の観察も行う.③つぎに専用赤外光LEDモード(ピーク波長:980nm)にスイッチを切り替えて,上,または下の眼瞼を反転し,瞼結膜に本体を近づける.眼瞼全体のマイボーム腺がモニターに描出される.④観察するのみであれば,ここで終了する.⑤記録する場合には,付属のフットスイッチ(パソコン用USB接続フットスイッチ)で静止画,動画とも記録できる.ここまでで通常1分以内で終了する..本方法の良い点本方法の最も良い点は持ち運べること,非侵襲的なことである.120gと軽量であるため,持ち運び,取り扱いが容易で,通常の外来診察室において,新たな機器の設置といったような大掛かりなスペースが必要なく,高齢者におけるマイボーム腺の加齢性の変化の観察,コン(78)表1マイボグラフィーの比較細隙灯顕微鏡組み込み型モバイルペン型非侵襲的細隙灯顕微鏡に固定非侵襲的持ち運び可能座位だけでなく仰臥位での診察も可能スリットランプの光源赤外線透過フィルター赤外線CCDカメラ赤外線LED光源CMOSセンサーカメラ倍率の変更も自由倍率の変更はできないOcularsurface観察の流れのなかでマイボーム腺関連疾患を総合的に診断できる可視光LED,フルオレセインブルーLEDモードも搭載されているが,スリット機能はない図3実際の症例(6歳,女児,正常眼)上:可視光モードで眼瞼縁と角膜を観察.中:上眼瞼の正常なマイボーム腺.下:下眼瞼の正常なマイボーム腺.図4実際の症例:長期コンタクトレンズ装用に合併したアレルギー性結膜炎患者(28歳,男性)上:可視光モードで瞼結膜を観察,乳頭増殖と充血を認める.中:上眼瞼のマイボーム腺,屈曲をしている.下:下眼瞼のマイボーム腺,短縮をしている.(79)あたらしい眼科Vol.28,No.6,2011831タクトレンズ装用者やアレルギー性結膜炎,長期に抗緑内障薬の点眼をしていてドライアイ症状を訴える患者などのマイボーム腺をすぐに観察でき,スムーズに一般診療に導入することができる.上下左右のマイボーム腺を観察するのに要する時間は平均1分以内なので,検者にも被検者にもほとんど負担がない.さらに,座位だけでなく仰臥位でもマイボーム腺を観察することができるため,入院中の慢性移植片対宿主病患者(GVHD)やStevens-Johnson症候群(SJS)に合併する重症ドライアイ症例などの往診にも適している.また,3歳以下の幼児など細隙灯顕微鏡の顎台に顔を固定することができない症例においても,マイボーム腺の観察が容易にできるので,今まではむずかしかった幼児のくり返す慢性結膜炎患者や小児の先天性眼疾患(先天性無痛無汗症,先天性外胚葉形成不全症など)に伴うマイボーム腺病変などを観察できる.ただし,本方法は倍率の変更はできず,詳細な角結膜上皮障害の検出はむずかしい.一方で,筆者らが以前開発した細隙灯顕微鏡組み込み型のノンコンタクトマイボグラフィー6)では,ocularsurface観察の一連の流れの一部として角結膜上皮障害の有無や程度,涙液の安定性などと対応させながらマイボーム腺を観察できる.このように細隙灯顕微鏡組み込み型とモバイルペン型の2種類の非侵襲的なマイボグラフィーの特性を理解したうえで,症例や診療用途によって使い分けることで(表1),マイボーム腺の形態観察がより多くの眼科医に普及することを期待する.文献1)TapieR:BiomicroscopialstudyofMeibomianglands(inFrench).AnnOcul(Paris)210:637-648,19772)RobinJB,JesterJV,NobeJetal:Invivotransilluminationbiomicroscopyandphotographyofmeibomianglanddysfunction.Ophthalmology92:1423-1426,19853)MathersWD,ShieldsWJ,SachdevMSetal:Meibomianglanddysfunctioninchronicblepharitis.Cornea10:277-285,19914)MathersWD,DaleyT,VerdickR:Videoimagingofthemeibomiangland.ArchOphthalmol112:448-449,19945)YokoiN,KomuroA,YamadaHetal:Anewlydevelopedvideo-meibographysystemfeaturinganewlydesignedprobe.JpnJOphthalmol51:53-56,20076)AritaR,ItohK,InoueKetal:Noncontactinfraredmeibographytodocumentage-relatedchangesofthemeibomianglandsinanormalpopulation.Ophthalmology115:911-915,2008フィーはほぼ同様にマイボーム腺が観察可能と考えられるが,その汎用範囲は,スリット(接触型マイボグラフィー)で観察できない往診患者,乳幼児,寝たきりの患者に限られる.本機器が普及するには,まずマイボグラフィーの診断機器としての有用性が高まることが必要であろう.眼表面疾患とマイボーム腺異常の関係はまだ十分に解明されたとはいえず,さらなる検討を期待したい.従来のマイボグラフィーは,翻転させた眼瞼の皮膚側から光をあてて,マイボーム腺を透過させて観察していたため,観察領域が限られていた.また,低侵襲とはいえ,光源を直接皮膚にあてるため,手技的には簡単ではあるが,普及するには至らなかった.一方,非接触型マイボグラフィーはより非侵襲的に広範囲のマイボーム腺を比較的詳細に観察することが可能となったため,一般外来においても簡便に検査できるようになった.今回開発されたモバイル型マイボグラ.本方法に対するコメント.☆☆☆

緑内障:羊膜移植併用緑内障手術

2011年6月30日 木曜日

あたらしい眼科Vol.28,No.6,20118270910-1810/11/\100/頁/JCOPYマイトマイシンC(MMC)併用線維柱帯切除術での濾過胞壁の菲薄化による晩期濾過胞漏出や感染,瘢痕形成による濾過胞不全への対応として,羊膜のもつ結膜上皮の分化促進,線維組織増生の抑制,抗炎症作用や基底膜としての働きを生かした羊膜移植が用いられている(図1).羊膜移植は,瘢痕結膜症例での濾過胞漏出や線維柱帯切除術/濾過胞再建術に対して長期的にも有効な選択肢になると考えられる.●晩期濾過胞漏出に対する羊膜移植晩期濾過胞漏出に対する外科的治療には,自己結膜遊離弁移植や結膜前方移動術,羊膜移植による修復といった方法がある.当教室で羊膜移植による修復を行った11例11眼では,8眼で再漏出なく経過,うち5年以上の長期観察が行えた6眼でいずれも再漏出なく良好な眼圧コントロールが得られた1).ただし,羊膜移植と結膜前方移動術とのランダム化臨床試験では,最終的な眼圧や点眼数,Kaplan-Meier法による術後成績のいずれにも有意差は認めなかったとする報告もある2).羊膜移植を用いる利点として,過去の手術既往により伸展性が失われた結膜において瘻孔の閉鎖が困難な場合,その裏面を羊膜で裏打ちして再漏出を防ぎ,結膜上皮の正常な増殖・分化を促せる点や,将来の手術に影響する近接する結膜,Tenon.への侵襲を抑え濾過胞を維持できる点があげられる3).●羊膜移植併用線維柱帯切除術線維柱帯切除術・瘢痕濾過胞再建術における羊膜併用の手術成績について,Shehaら4)の前向きランダム化研究では羊膜移植併用のほうが合併症も少なく,低い眼圧が得られたとする一方で,Kiuchiら5)は,通常のMMC併用濾過胞再建術と比べて差はなかったとしており一定しないが,いずれも1年程度での検討である.当教室で過去に内眼手術歴のある結膜瘢痕症例に対してMMC併用線柱帯切除術/濾過胞再建術を行い,少なくとも1年以上,平均5年の経過観察を行った例で検討したとこ(75)●連載132緑内障セミナー監修=岩田和雄山本哲也132.羊膜移植併用緑内障手術山田裕子神戸大学大学院医学研究科外科系講座眼科学晩期濾過胞漏出や瘢痕濾過胞,難治緑内障への対応として,羊膜のもつ結膜上皮の分化促進,線維組織増生の抑制,抗炎症作用や基底膜としての働きを生かした羊膜移植が用いられている.羊膜移植併用は,生涯にわたって複数回の手術が必要となる緑内障眼に対して,長期予後からも有効な選択肢になる可能性があると考えられる.図1羊膜移植併用濾過胞再建術のシェーマと実際a,b:羊膜移植併用濾過胞再建術のシェーマ(文献1より).結膜後面を羊膜(AM)で裏打ちすることで,濾過胞の菲薄化,漏出を防ぎ,かつ結膜,Tenon.の強膜への瘢痕癒着を抑制する.c:羊膜移植併用濾過胞再建術の実際.点線で囲まれた部分が羊膜,▼:強膜と羊膜を縫合,▼:Tenon.と羊膜を縫合.abcAMAMConjunctivalincisionsiteTenon’scapsuleConjunctiva828あたらしい眼科Vol.28,No.6,2011ろ,羊膜移植併用群で,最終的に眼圧コントロールが得られた例が有意に多く,結膜瘢痕症例において羊膜移植併用は長期の予後を改善すると考えられた(表1).また,羊膜移植併用例では濾過胞の菲薄化が少なく,晩期濾過胞感染のリスクを少なくする可能性がある(図2).ただし,晩期の合併症に,虹彩炎の再燃や水疱性角膜症,濾過胞漏出,低眼圧黄斑症や脈絡膜.離の再発があり,羊膜併用に特異的とはいえないが,術後経過観察において配慮を要する.●羊膜移植併用緑内障手術の問題点と今後羊膜の入手や保存の問題に関して,乾燥羊膜(Hyperdry羊膜)を用いた濾過胞修復について短期的には良好な成績が報告されており,今後の応用が期待される6).また,ドナー間の個体差や採取時の取り扱いの影響については,胎児週数,母体年齢,ドナーや取り扱いによってtransforminggrowthfactor(TGF)bなどの局在や発現量に関して報告があり7),今後濾過胞の形成や維持にかかわる因子が定量され,良い状態の羊膜,あるいは人工羊膜といった形で均質な手術が行えることが望まれる.文献1)Nagai-KusuharaA,NakamuraM,FujiokaMetal:Longtermresultsofamnioticmembranetransplantation-assist-(76)edblebrevisionforleakingblebs.GraefesArchClinExpOphthalmol246:567-571,20082)RauscherFM,BartonK,BudenzDLetal:Long-termoutcomesofamnioticmembranetransplantationforrepairofleakingglaucomafilteringblebs.AmJOphthalmol143:1052-1054,20073)中村誠:【緑内障診療の進めかた】羊膜を用いた修復.眼科プラクティス11巻,p333,文光堂,20064)ShehaH,KheirkhahA,TahaH:AmnioticmembranetransplantationintrabeculectomywithmitomycinCforrefractoryglaucoma.JGlaucoma17:303-307,20085)KiuchiY,YanagiM,NakamuraT:Efficacyofamnioticmembrane-assistedblebrevisionforelevatedintraocularpressureafterfilteringsurgery.ClinOphthalmol30:839-843,20106)KitagawaK,YanagisawaS,WatanabeKetal:Ahyperdryamnioticmembranepatchusingatissueadhesiveforcornealperforationsandblebleaks.AmJOphthalmol148:383-389,20097)HopkinsonA,McIntoshRS,TighePJetal:Amnioticmembraneforocularsurfacereconstruction:donorvariationsandtheeffectofhandlingonTGF-betacontent.InvestOphthalmolVisSci47:4316-4322,2006表1結膜瘢痕症例でのMMC併用線維柱帯切除術.濾過胞再建術―羊膜移植併用の有無での術後成績の比較成功不成功点眼なし点眼あり眼圧コントロール不良水疱性角膜症計羊膜あり11(21%)19(36%)18(34%)5(9%)5330(57%)23(43%)羊膜なし3(13%)3(13%)14(61%)3(13%)236(26%)17(74%)p<0.05成功vs不成功,羊膜あり,なしで比較,c2検定.羊膜あり:結膜瘢痕症例にMMC併用線維柱帯切除術・濾過胞再建術を行う際,羊膜移植を併用したもの.羊膜なし:結膜瘢痕症例に通常のMMC併用線維柱帯切除術・濾過胞再建術を行ったもの.成功:IOP≦21mmHg.不成功;眼圧コントロール不良;点眼にても,IOP>21mmHg,あるいはアセタゾラミド内服あるいは再手術に至ったもの,水疱性角膜症;経過中に水疱性角膜症に至ったもの.ab図2線維柱帯切除術後の濾過胞:羊膜移植併用有無での違いa:羊膜移植あり,b:羊膜移植なし.羊膜移植併用を行った場合,濾過胞壁の菲薄化が少ない.

屈折矯正手術:フェムトセカンドレーザーによる白内障手術

2011年6月30日 木曜日

あたらしい眼科Vol.28,No.6,20118250910-1810/11/\100/頁/JCOPYフェムトセカンドレーザーによる白内障手術は,2011年現在,白内障や屈折矯正手術関連の国際学会で,この手術に関する発表やシンポジウム会場は満席というより立ち見状態になるほど注目度が高い.レーザー装置に加え,症例ごとにかかる費用が高価なため,すぐに普及するとは思えないが,学術的には白内障手術に超音波水晶体乳化吸引術が紹介されたときのような新しい時代への動きが感じられる.今までLASIK(laserinsitukeratomileusis)の角膜フラップ作製,角膜移植術,角膜リング挿入術といった角膜手術に用いられてきたレーザーが水晶体手術にも応用され,適応がさらに広がった.●実際のレーザー室フェムトセカンドレーザーといってもイメージがつきにくいと思うので,どのような環境で行う手術か説明する.白内障手術用のフェムトセカンドレーザーは日本に導入されていないので,2011年2月にこの手術を最初に行い,最も症例経験があるハンガリーSemmelweis(73)屈折矯正手術セミナー─スキルアップ講座─●連載133監修=木下茂大橋裕一坪田一男133.フェムトセカンドレーザーによる白内障手術ビッセン宮島弘子東京歯科大学水道橋病院眼科フェムトセカンドレーザーは,屈折矯正手術や角膜移植手術といった角膜への手術に加え,白内障手術における角膜切開,前.切開,水晶体分割と角膜のみならず水晶体への手術が可能となった.すでに白内障手術の完成度は高いが,精度および安全性において次世代の手術として期待されている.図2フェムトセカンドレーザー右上:前眼部解析モニター.右下:手術眼にレーザー装置のコーンを合わせる.図1Semmelweis大学のレーザー室(左より,筆者とZoltanNagy医師)826あたらしい眼科Vol.28,No.6,2011大学のZoltanNagy医師を訪ねた(図1).レーザー室の様子および患者の位置,モニター画面を図2に示す.レーザー装置につけられたコーンを手術眼に接触させ,まず前眼部解析装置で角膜厚,水晶体厚などを測定する.その後,角膜,水晶体前.,水晶体への照射パターンを確認し,レーザー照射を開始する.水晶体照射パターンは核硬度によってらせん状または分割を選択する.●レーザー以外の操作フェムトセカンドレーザーが終了すると,つぎに通常の眼科手術顕微鏡下で残りの操作が行われる.多くの施設ではレーザーと手術顕微鏡が同じ部屋にないため,患者の移動が必要である.すでにレーザーで角膜切開および前.切開が終了しているので,最初から水晶体の超音波乳化吸引となる.軟らかい核では超音波を使わず吸引可能なため,皮質吸引用灌流・吸引チップで操作可能である.硬い核は,すでにレーザーで分割ラインが入っているので,フックで完全に分割し超音波チップで乳化吸引する.このため通常の超音波操作時間より短時間ですむ.続いて皮質吸引,眼内レンズを挿入して手術終了となる.切開創はブレードによる切開に比べ閉鎖状態が良好なため,切開部角膜実質へのハイドレーションはほとんど必要ない.●利点と問題点角膜切開や前.切開は従来の方法で臨床的に問題になるようなばらつきはないが,レーザーで作製する場合の精度は非常に高い.前.切開においては,レーザーを用いた症例のほうが前.切開の位置が中央かつ眼内レンズ光学部を理想的にカバーする大きさで作製されているため1),術後の眼内レンズのずれや傾きが少なく,結果として屈折や収差の面で優れているという臨床成績が報告されはじめている.角膜切開や水晶体分割も,術者の感覚に頼らず,前眼部解析装置による測定結果をもとに施行されるので,今までの手術概念が変わる.レーザー操作に必要な時間だが,前眼部解析およびレーザーに習熟した術者であれば,5分ほどである.今までの技術がデジタル化され,精度が上がることは確かだが,問題はレーザー装置購入費用,メンテナンス,各症例に必要な使用料といった経済面である.すでにディスポーザブル製品を多く使う白内障手術において収支が合わないことが指摘されているなか,さらに支出が増えることは,今の日本の保険システムでは不可能である.海外では,フェムトセカンドレーザーと多焦点眼内レンズに代表されるプレミアム眼内レンズの組み合わせを自費手術として行っている.日本と同じく保険制度のもとでの導入はむずかしいからだ.臨床面で,今のところ角膜形状に問題がある例,前房が浅い例,散瞳不良例が適応とならないこと,レーザー照射時の眼球固定による球結膜下出血が問題で,今後の解決が望まれる.文献1)NagyZ,TakacsA,FilkornTetal:Initialclinicalevaluationofanintraocularfemtosecondlaserincataractsurgery.JRefractSurg25:1053-1060,2009(74)☆☆☆

多焦点眼内レンズ:術後不満例への対処法

2011年6月30日 木曜日

あたらしい眼科Vol.28,No.6,20118230910-1810/11/\100/頁/JCOPY近年の白内障手術は,手術手技と眼内レンズ(IOL)の進歩によって,非常に安全でかつ良好な術後結果が得られることが多くの人に知られている.反面,結果が良くて当然ということになり,術後視機能に対する患者の期待はますます高くなる.単焦点IOL挿入眼でも不満を訴える例があるが,原因がわかりやすい症例が多い.一方,多焦点IOLを挿入した症例では,自費や先進医療を選択したという患者側の意識もあってか,術後経過に問題なく,良好な遠方および近方の裸眼視力が得られても,いつまでも不満を訴える症例があり,またその内容が多岐にわたり,対処に悩むことがある.ここでは,症例数の多い回折型多焦点IOLの不満例について述べる.アンケート調査による不満例の割合東京歯科大学水道橋病院眼科において回折型多焦点IOLを挿入した500眼近くに満足度を5段階(1:非常に不満,2:不満,3:普通,4:満足,5:大変満足)でアンケート調査したところ,不満(自己評価1または2)は約7%で,その理由は,“膜がかかってみえる,全体にかすむ”が半数以上であった.不満例と満足例を比較したところ,術前では女性,遠方矯正視力が良好な例,術後ではコントラスト感度の低下している例に不満を訴える例が多かった.術後遠方および近方視力,Nd:YAGレーザー後.切開術施行率,追加屈折矯正手術施行率には有意差を認めなかった.IOL機能の特徴からみた不満の原因不満を解消するには原因を解明しなければならない.そのためには検査が必要であるが,患者の心情的な面も理解し,必要なことを要領よく行う(表1).多焦点IOL挿入後の代表的な不満は,何となく見えにくい,水の中で見ている感じ,膜がかかった感じという見え方の質に対する意見である.多焦点IOLはその光学特性により,コントラスト感度が単焦点IOLに比べて低下しやすく,術前に白内障が軽度でコントラスト感度が良好な例には注意すべきである.+4.0D近方加入の場合,中間視力が遠方,近方視力よりやや劣る.昨年12月に+3.0D近方加入の回折型多(71)●連載⑱多焦点眼内レンズセミナー監修=ビッセン宮島弘子18.術後不満例への対処法吉野真未東京歯科大学水道橋病院眼科多焦点眼内レンズ(IOL)挿入例が増えるにつれて,術後に良好な遠近裸眼視力が得られても不満を訴える症例に遭遇する.診療する側には1例でもストレスとなるため,防ぐためには術前説明が重要なポイントとなる.それでも術後に不満を訴える症例では,原因を解明できるよう,患者の訴えをよく聞き,問題点を整理する.表1不満例の診察と検査のポイントポイント問診具体例な見えにくさ:全体的に白い,水の中にいるよう見えにくい距離:遠方,中間,近方のどこか見えにくい時間帯:常時,作業中,起きた時,夕方など視力検査遠方,中間,近方の裸眼および矯正視力屈折誤差を改善することで不満が解消されるか検査に協力的かコントラスト感度測定正常範囲内か両眼測定で改善するか細隙灯検査ドライアイはないか視力に影響する後発白内障の有無眼底検査黄斑浮腫や前膜の確認(後眼部OCT)視神経乳頭陥凹で緑内障が疑わしい場合は視野検査図1ReSTORRの焦点深度曲線:SN6AD1,+3D近方加入.:SN6AD3,+4D近方加入.新しい+3D加入レンズでは,+4D加入のときに低下がみられた.2..1D(50cm.1m)での視力が向上している.21.510.50-0.5-1-1.5-2-2.5-3-3.5-4-4.5-51.00.50.20.81.2小数視力(D):+3.0D近方加入:+4.0D近方加入824あたらしい眼科Vol.28,No.6,2011焦点IOL(ReSTORRSN6AD1,Alcon社製)が承認され,+4.0D加入よりも加入度数が少ないため,中間距離での視力低下がなだらかである(図1).これにより各症例のライフスタイルに合わせて,近方加入度数を選択することが可能となった.具体的には,パソコンを長時間使う症例や楽器を演奏するために楽譜を見る症例は,+3D加入の良い適応である.ハローやグレアは,屈折型に比べると不満の原因となることは少なく,日常生活で不自由を訴える例は非常に少ない.しかし夜間に運転する場合には自覚する機会が多いため,術直後には不満を訴える例がある.不満の訴えをよく聞く一番悩むのが,予測できなかった不満,原因がわからない不満を訴える症例の対処である.不満の原因を探ろうと検査を行ったが明らかな異常がない,不満な気持ちで検査に臨むため正確な結果が出ない,検査に疲れてますます不快な気持ちになるなど,患者にとっても担当医にとっても悪循環になりやすい.そのようなとき,まず患者の訴えをよく聞き,問題点を整理することが重要で,丁寧に聞くことで不満の本質がみえてくることもある.たとえば,本が読みにくいという訴えも,実は薄暗いベットサイドで読んでいるような場合には,スポット(72)ライトの使用を勧めるだけで改善することがある.不満例を増やさないために眼科受診前にインターネットで多焦点IOLの情報を検索し,自ら希望する症例が増えている.多焦点IOLへの期待度が高すぎると,手術後に,“思ったのと見え方が違う”という不満だけが残る.IOLの選択肢が増えた現在は,白内障手術に関する説明のみならず,各IOLの特徴を説明し,患者のニーズやライフスタイル,術後の見え方に対する希望を聞いたうえで,推奨できるIOLを選んで提案し,患者の意見とすり合わせて,最終的なレンズを決めることが大事である.症例によっては納得がいくまでに時間がかかる場合もあるが,術後不満例を増やさないために術前の説明は重要なポイントである.術後に起こりうる多焦点IOLの不都合な見え方については,術前に十分に説明することで,もし,術後に自覚しても,説明を受けていたことであれば,不満につながりにくく,むしろ“聞いていた通り”と納得しやすい.文献1)ビッセン宮島弘子:第9章術後不満例の対処.多焦点眼内レンズ,p121.126,エルゼビアジャパン,2008☆☆☆

眼内レンズ:Siepser Slipknot Techniqueによる瞳孔形成

2011年6月30日 木曜日

あたらしい眼科Vol.28,No.6,20118210910-1810/11/\100/頁/JCOPY虹彩離断や麻痺性散瞳は,外傷による衝撃や手術の合併症として,隅角部や瞳孔括約筋が強く傷害されることにより発症し,羞明,近見障害,コントラスト感度の低下や,眼内レンズ挿入眼においてはグレア,ハローなどにより視機能を障害する.虹彩欠損症でも同様の症状をきたすことがあり,このような場合には,瞳孔形成術が適応となる.瞳孔形成術は,瞳孔の形を整えたり,縫い縮めたりする手術であり,単独で行われることもあるが,白内障手術と同時に行われることが多い.麻痺性散瞳症例では,虹彩が萎縮して伸展性を失っていれば,人工瞳孔の適応となるが,術中に虹彩を牽引してみて伸展することが確(69)認できれば,瞳孔形成術を行うことができる.Siepserslipknottechniqueは大きな角膜創を必要とせず,角膜サイドポートのみで瞳孔を形成できる比較的安全な手術手技であり,その方法について紹介する1,2).星崇仁大鹿哲郎筑波大学臨床医学系眼科眼内レンズセミナー監修/大鹿哲郎298.SiepserSlipknotTechniqueによる瞳孔形成虹彩離断や麻痺性散瞳,虹彩欠損は,羞明や視機能障害を生じるため,場合により外科的な瞳孔形成が必要となる.Siepserslipknottechniqueは大きな角膜創を必要とせず,角膜サイドポートのみで瞳孔を形成できる比較的安全な手術手技であり,その方法について紹介する.図1虹彩欠損症の症例6時方向の虹彩が大きく欠損している.図2虹彩の縫合を行う2点の延長線上,角膜輪部にサイドポートを作製し,粘弾性物質を眼内に充.する.長めの針がついた9-0プロリン糸をサイドポートから挿入し,欠損部虹彩縁の近位端に通糸する.図3遠位端を通糸し,続けて周辺部角膜に通糸する.このとき,左手に鑷子を持ちカウンタープレッシャをあてるようにする.針を前房内から引き出し,そのまま糸を数センチ前房の外へ引き出す.図4マイクロフックをサイドポートから挿入し,虹彩縁遠位端と角膜通糸部の間の糸を拾う.図5プロリン糸を,サイドポートを通して眼外に引き出す.図6サイドポートから引き出したループにプロリン糸の末端を2回通す.図7プロリン糸の末端を引くと,結び目が眼内に入ってゆく(Slipknottechnique).図8プロリン糸の両端を引き,虹彩を縫合する.図9前房内に剪刀を挿入し,プロリン糸を切る.プロリン糸は劣化しづらいので,縫い合わせ効果はほぼ永続的に得られる.図10虹彩欠損部が縫合され,瞳孔はほぼ正円となっている.文献1)SiepserSB:Theclosedchamberslippingsuturetechniqueforirisrepair.AnnOphthalmol26:71-72,19942)ChangDF:SiepserslipknotforMcCanneliris-suturefixationofsubluxatedintraocularlenses.JCataractRefractSurg30:1170-1176,2004

コンタクトレンズ:コンタクトレンズ基礎講座【ハードコンタクトレンズ編】 コンタクトレンズ処方前検査―角膜内皮検査はここまで必要20

2011年6月30日 木曜日

あたらしい眼科Vol.28,No.6,20118190910-1810/11/\100/頁/JCOPYコンタクトレンズ(CL)装用によって角膜内皮細胞の形状変化や細胞密度低下が生じる可能性があるため,CL装用開始時,経過観察中には角膜内皮検査が必要である.実際にはPMMA(ポリメチルメタクリレート)製ハードCL(HCL)でも,有意な角膜内皮細胞密度低下が生ずるには10年単位の時間が必要であり,ソフトCL(SCL)の連続装用例でも細胞密度の減少率は年1%程度であったと報告されている1).現在の主流である中酸素透過性以上のHCLや,酸素透過率の高いSCLの場合,終日装用によって細胞密度低下が起きる可能性は少ない.とはいえ,分娩時の障害や先天異常,後天的な疾患,外傷によって細胞密度が減少している可能性もあるため,装用開始時には角膜内皮検査を行う必要がある.このとき,CL装用の20.30分後に再検査を行うと,内皮細胞1個.数個大の暗点,すなわちbleb発生の有無を確認することができる(図1).Blebは低酸素負荷のサインと考えられるので2),認めた際には,より酸素透過性の高いCLへの変更や,装用時間の制限などを考える必要がある.細胞密度が少なかった場合,どの程度ならCL装用を可とするかが問題となる.多くのCL装用者はいずれ白内障手術を受ける可能性がある.白内障手術による細胞密度低下は通常5%に達さないが,術者,術式,合併症によっては,大きな細胞密度低下が生ずることもある.そこで,60歳で白内障手術を受け,術中術後に50%のcelllossが生じたと仮定する.この場合,術前細胞密度が1,200cells/mm2以上あれば,加齢による減少を考慮しても角膜の透明度を保つのに必要な500cells/mm2以上を,110歳まで維持できる(図2).仮に16歳でCL装用を開始した際に細胞密度が1,400cells/mm2しかなかったとしても,CL装用による余分な細胞密度減少が起きなければ,60歳時の細胞密度は1,200cells/mm2以上となる.したがって,CL装用開始時の細胞密度は2,000cells/mm2あれば十分で,1,500cells/mm2でも一(67)応は可能と考えられる.もちろん,厳重な経過観察とリスク説明が必要である.問題は急激な減少が起きる可能性である.植田ら3)は,特別な理由がないにもかかわらず,細胞密度が1,000cells/mm2前後と低かったSCL装用者を報告している.装用歴は19年であり,平均年6%の細胞密度減少が生じたことになるが,装用前から細胞密度が少なかった可能性もある.また,荻原ら4)はCL未経験者のみを対象とした際,CL装用開始後の最初の1年に5%(HCL)から8%(SCL)の細胞密度の低下が生じ,つぎの1年に稲葉昌丸稲葉眼科コンタクトレンズセミナー監修/小玉裕司渡邉潔糸井素純コンタクトレンズ基礎講座【ハードコンタクトレンズ編】324.コンタクトレンズ処方前検査─角膜内皮検査はここまで必要図1CL装用による低酸素負荷が原因と考えられる角膜内皮bleb(暗点)角膜内皮細胞密度(cells/mm2)年齢(歳)1,5001,4001,3001,2001,1001,000900800700600500162030405060(術前)60(術後)708090100110図2角膜内皮細胞密度変化のシミュレーション16歳時に1,400cells/mm2でCL装用を開始し,60歳時の白内障手術で50%のcelllossが発生したと仮定した場合に,加齢による自然減少を加味して予想される角膜内皮細胞密度変化.110歳時にも角膜の透明性が保たれている可能性は高い.820あたらしい眼科Vol.28,No.6,2011(00)は有意な密度低下がみられなくなることを報告している.CLに適応していく最初期の過程では,比較的大きな変化が生じる例もあるのかも知れない.仮に細胞密度3,500cells/mm2で装用を開始し,毎年8%の細胞密度減少が継続すると,5年後の密度は2,264cells/mm2であり,ただちに装用を中止すれば,のちの白内障手術も十分受けることができる.また,毎年8%の細胞密度減少が続くことは大変考えにくい.したがって,初診時と1年後に角膜内皮検査を行い,著明な減少が認められた場合にはさらに半年.1年後に再検査すると同時に,角膜内皮炎や向精神薬内服,糖尿病,溶接業など強い紫外線への慢性的曝露など,他の病因も考慮する必要がある.問題がなければ3.5年間隔程度の角膜内皮検査で十分と考えられる.ただし,連続装用を行っている場合は1年ごとに検査するほうが安全であろう.角膜内皮検査には測定誤差がつきものであり,画像が悪いと小さな細胞が認識できなくなるため,細胞密度が過小評価されることがある(図3).再検時に異常な減少が認められた際には,測定誤差を疑って再検査により確認する必要がある.文献1)糸井素純,百瀬隆行,伊東延子ほか:10年以上のソフトコンタクトレンズ連続装用者の角膜内皮細胞の経時変化.日コレ誌35:42-47,19932)HoldenBA,WilliamsL,ZantosSG:Theetiologyoftransientendothelialchangesinthehumancornea.InvestOphthalmolVisSci26:1354-1359,19853)植田喜一,属佑二:コンタクトレンズ装用により顕著な角膜内皮細胞密度の減少をきたし白内障手術を施行した1症例.あたらしい眼科25:95-98,20084)荻原香,山口洋:コンタクトレンズ装用早期における角膜内皮細胞の形態変化.日コレ誌37:118-122,1995図3角膜内皮細胞検査の誤差本来は左右眼で細胞密度に差がない症例であったが,右眼(左側)は画像が悪いために解析細胞数が22と少なく,左眼の2,741cells/mm2に対して右眼は1,890cells/mm2と,大きく誤差を示す結果となった.

写真:ヘルペスによる角膜穿孔

2011年6月30日 木曜日

あたらしい眼科Vol.28,No.6,20118170910-1810/11/\100/頁/JCOPY(65)写真セミナー監修/島﨑潤横井則彦325.ヘルペスによる角膜穿孔清水一弘大阪医科大学眼科図1ヘルペスによる角膜穿孔(45歳,男性)右眼瞳孔領の下方で角膜穿孔が生じ虹彩が嵌頓し前房は消失している.アトピー性皮膚炎の既往があり,角膜ヘルペス穿孔のリスクファクターとされている.①②③④図2図1のシェーマ①:穿孔部位に虹彩が嵌頓している.②:菲薄化した角膜.③:瞳孔(眼球は下転している).④:角膜.図3地図状角膜炎図1の症例の初診時前眼部写真.フルオレセインに染色された病巣の上方に樹枝状病変がみられ,中央部は角膜が菲薄化している.図4図1の症例の2週間後の前眼部写真バラシクロビル内服にて角膜ヘルペスが沈静化するとともに,穿孔部に上皮化が生じ前房が形成された.818あたらしい眼科Vol.28,No.6,2011(00)角膜穿孔は外傷やリウマチなどの膠原病,緑膿菌などの細菌性角膜潰瘍,角膜真菌症,Mooren潰瘍などで生じることがあるが,ときとしてヘルペスでも角膜穿孔をきたすことがある.症例は45歳の男性.近医にて右眼角膜感染症の診断にてニューキノロン点眼液およびステロイド点眼液で治療されていたが,改善しないため当院受診となった.初診時,広範囲にフルオレセインに染色される角膜上皮障害に加え一部に樹枝状病変がみられ,ヘルペスによる地図状病変を呈していた(図3).角膜中央から下方にかけて角膜の菲薄化がみられた.症例にはアトピー性皮膚炎の既往があり,顔面にも重度の所見がみられた.白内障,緑内障,網膜疾患には罹患していなかった.ニューキノロン点眼液に加えアシクロビル眼軟膏およびバラシクロビル内服処方したが,治療開始後まもなく角膜菲薄部に穿孔が生じ,前房消失にて光覚となった(図1).結膜被覆や羊膜パッチ,角膜移植などの手術も考慮したが,治療用ソフトコンタクトレンズを装用のうえ,アシクロビル眼軟膏を中止し,バラシクロビルの内服投与を行ったところ虹彩が穿孔部に嵌頓し,いわゆる虹彩による裏打ちの状態となって前房がわずかながら形成されたため,さらに内服薬を継続したところ14日目に前房水の漏出は消失しSeidel現象が陰性化した(図4).地図状病変の消失とともに角膜穿孔が改善された点からバラシクロビルの内服が有効であったと考えられた.アシクロビルが臨床で使われ始めてから角膜ヘルペスの重症化は減少し,日常的にヘルペスで角膜穿孔に至る例はあまり多くはみかけないが,重症化の原因としてアトピー性皮膚炎の合併例やステロイドの使用が誘引となっていることが報告されており1),本症例でも同様の原因で角膜穿孔に至ったと考えられた.アトピー性皮膚炎患者は細菌や真菌などの感染症を併発しやすいとされており,単純ヘルペスウイルス(HSV)に対しても易感染性があることはよく知られているが,角膜穿孔する例では爆発的にHSVが増えているといわれている.皮膚症状を治療することによって眼症状も軽減したという報告もある2).治療において角膜上皮障害が著しいときや角膜穿孔例では疎水性のアシクロビル眼軟膏の使用は控えるよういわれており,代用として眼移行性の良いバラシクロビルの内服が推奨されている.投与量に関しては,今回は単純疱疹の基本量である1,000mg/日を使用したが,症例によっては3,000mg/日が必要なこともあり,今後の検討課題である.文献1)井上幸次:角膜ヘルペスが難治になるとき.眼紀54:769-774,20032)池田欣史,稲田耕大,郭權慧ほか:角膜穿孔をきたしたヘルペス性角膜炎に対して塩酸バラシクロビル内服が奏効した1例.あたらしい眼科25:365-369,2008

RS-3000を用いた緑内障診療

2011年6月30日 木曜日

0910-1810/11/\100/頁/JCOPY乳頭ラジアルの3パターンの撮影モードが搭載されており,コンボ撮影モードを使用すれば,撮影モードのセットを組んでおくと順次スキャンパターンが切り替わるので,撮影漏れがない.⑤OCTの画像とSLO画像の重ね合わせ:OCTの画像がSLO画像に重ね合わせて表示されることによって,眼底に対応した各層の厚みのマップをみることが可能である.(眼底と対応して理解しやすい)⑥6本のセグメンテーションライン:6本のセグメンテーションラインが表示可能で,その間の任意の層の厚みマップが表示可能である(図2).⑦3D画像:3D画像の表示も可能であり,任意の断面をみることも可能である.はじめに:RS-3000の特徴(株)トプコン社から世界発の市販型スペクトラルドメイン(spectral-domain:SD)光干渉断層計(opticalcoherencetomography:OCT)が発売されて以後,多くのSD-OCTが市販されてきている.そのなかで2009年7月に(株)ニデック社(NIDEK社)から発売されたRS-3000(図1)は,高速でより広い範囲が撮影可能である.また,NIDEK社のタイムドメイン(timedomain:TD)OCTと同じく共焦点走査型レーザー検眼鏡(scanninglaserophthalmoscope:SLO)画像を用いていることもRS-3000の特徴である.RS-3000の特徴と利点を整理すると,以下のようになる.①最大9×9mmの三次元ワイドスキャン.②高速スキャン:撮影速度は一般的なTD-OCTが512A-scan/secに対して,100倍以上高速な53,000A-scan/sec.高速化により,加算平均処理も容易になった.③撮影が容易:従来,OCTの撮影に際して眼底にフォーカスを合わせかつ最適な信号が得られるように調整が必要であったが,RS-3000は自動的に調整してくれるので,撮影の初心者でも非常に簡単に撮影が可能である(眼底オートフォーカス,OCTオート位置合わせ).④多彩なスキャンパターン:黄斑撮影の黄斑ライン,黄斑クロス,黄斑マップ,黄斑マルチ,黄斑ラジアルの5パターンと,乳頭撮影の乳頭サークル,乳頭マップ,(57)809*ShinjiOhkubo:金沢大学医薬保健研究域医学系視覚科学(眼科学)〔別刷請求先〕大久保真司:〒920-8641金沢市宝町13-1金沢大学医薬保健研究域医学系視覚科学(眼科学)特集●光干渉断層計(OCT)の緑内障への応用あたらしい眼科28(6):809.816,2011RS-3000を用いた緑内障診療GlaucomaClinicalPracticeUsingRS-3000大久保真司*図1NIDEKRS-3000の外観810あたらしい眼科Vol.28,No.6,2011(58)未満1%以上は黄色,正常の1%未満は赤色の領域として表示され,乳頭周囲の網膜神経線維層厚の全体平均,上部および下部の平均が表示され,この値も正常眼データベースと比較される.2.乳頭マップ(図4C)マップは3×3mm.9×9mmの範囲で撮影可能であり,当科での乳頭マップは乳頭周囲6×6mmの範囲を512×128で撮影している.従来からある乳頭周囲の直径3.45mmの網膜神経線維層厚を切り出し,TSNITグラフを表示(図4CのG)したり,乳頭周囲の網膜神経線維層厚の全体平均,上部および下部の平均,4分割および12分割(clockhour)した平均網膜神経線維層厚を表示し,正常眼データベースと比較される.乳頭マップでは4.5×4.5mm.6×6mmの範囲で正常眼データベースと比較が可能で網膜神経線維層マップおよびデータベースと比較されたマップが表示される.正常範囲が緑色,正常の5%未満1%以上は黄色,正常の1%未満は赤色の領域として表示される.GDxやCarlZeissMeditec社のSD-OCTであるCirrusHD-OCTのデビエーションマップと同様な表示方法で,通常網膜神経線維層欠損に対応する部位が赤色に表示される(図4CのD).さらに,RTVue-100の撮影モードの一つであるONH同様,視神経乳頭のパラメータ{陥凹乳頭径比(C/D比)I緑内障のスキャンパターン緑内障の各スキャンパターンを症例提示しながら,解説したい(図3.5).1.乳頭サークル(図3E)TD-OCTのStratusOCTの時代から最も緑内障診断に用いられてきた直径3.45mmの乳頭周囲円周の網膜神経線維層厚を測定するモードである.StratusOCTでは,3回測定した値の平均値が使用されていたが,高速化の利点を生かしてRS-3000では,最大50回(1回,5回,10回,20回,50回)撮影した加算平均の画像の測定値が表示される.画像を加算平均することによってスペックルノイズが除去され画像の解像力が向上することが報告されている1,2).当科では20回加算を用いているが,実際にTD-OCT時代のStratusOCTの画像と比較すると格段に向上している(図3DのIおよび図3EのI).画像上で網膜神経線維層欠損を認識できることも多い.画像の向上により,TD-OCTでは細い網膜神経線維層欠損は検出困難であった3)が,細い網膜神経線維層欠損でも検出可能になった(図3E).円周の網膜神経線維層厚を耳側→上方→鼻側→下方→耳側で表示したTSNITグラフが表示される(図3EのG).他社と同様にグラフに正常範囲が緑色,正常の5%図2NIDEKRS-3000による正常眼網膜垂直断層像(黄斑ライン)NIDEKRS-3000では,最大6本のセグメンテーションラインが表示可能である.赤線:内境界膜,オレンジ線:神経線維層/神経節細胞層,黄線:内網状層/内顆粒層,緑線:外網状層/外顆粒層,青線:視細胞内節外節境界部(IS/OS),ピンク線:網膜色素上皮/Bruch膜の境界線.赤線とオレンジ線の間が神経線維層,オレンジ線と黄色線の間は網膜神経節細胞層+内網状層である.その両者を合わせた赤線と黄色線の間が網膜神経線維層+網膜神経節細胞層+内網状層(内境界膜から,内網状層と内顆粒層の境界線まで)はRTVue-100(Optovue社)のganglioncellcomplex(GCC)に対応するものである.赤線とピンク線の間(内境界膜縁から,色素上皮とBruch膜の境界線まで)が網膜全層厚として測定される.(59)あたらしい眼科Vol.28,No.6,2011811+内網状層は,厚みマップとともに,正常眼データベースと比較して正常範囲が緑色,正常の5%未満1%以上は黄色,正常の1%未満は赤色の領域として表示される(正常眼データベース).正常眼データベースを基にした厚みの偏差を表示するデビエーションマップが表示される.初期緑内障に対しては,正常眼データベースは異常がわかりやすく有用であるが,1%未満の異常は程度に関係なくすべて赤色に表示されるため,ある程度進行した緑内障になるとほとんどの範囲が赤色に表示されてしまい,それ以上の評価は困難である.それに対してデビエーションマップは,統計学的な有意性は示されないが,正常眼からの違いの程度を知ることができるので,症例に合わせて両方をみる必要がある.正常眼データベースマップで,異常の部位と範囲を把握し,デビエーションマップでその障害部位の程度を知ることができる.進行の判定に用いるには正常眼データベースは,赤色の範囲が拡大すれば進行を確認できるが,正常眼データベースではすでに赤色の範囲がさらに薄くなっても変化をとらえることができないので,デビエーションマップや他のパラメータで進行を判定しなければならない.網膜全層厚では,9セクターの平均の厚みと,平均の体積が表示される.網膜神経線維層+網膜神経節細胞層+内網状層では,上下の平均の厚みとG-Chartという,上下左右8エリアの平均の厚みが表示される.G-Chartのセクター分けは,従来の網膜全層厚での9セクターと異なり中心窩を中心に上下,および水平を分割するものであり,緑内障では,上下の神経線維走行が別であることを考慮すると有用性が期待される.これらの値も正常範囲が緑色,正常の5%未満1%以上は黄色,正常の1%未満は赤色として色分けして表示される.5.黄斑ラジアル(図4D)黄斑部を放射状にスキャンするモードである.乳頭ラジアル同様6ライン(30°間隔)と,12ライン(15°間隔)が選択可能である.選択した黄斑部の断層像をみることができる(図4DのI).選択したスキャンラインの対象ライン厚み解析の対称性グラフも表示される(図4DのG).視野において上下を比較することによって早期の(水平),C/D比(垂直),最少リム乳頭径比(R/D比),R/D比が最少となる角度,disc面積,cup面積}が表示される(図4CのP).3.乳頭ラジアル(図5)視神経乳頭を放射状にスキャンするモードである.StratusOCTと同様な6ライン(30°間隔)と,12ライン(15°間隔)が選択可能である.選択した乳頭断層像をみることができる.選択したスキャンラインの厚みおよび上下対称のラインの厚みも表示される対称性グラフも表示される.設定された(任意の)厚みのカラーマップを表示し,カーソルで指定した任意の位置の厚みを表示可能であり,知りたい部位の厚みをピンポイントに知ることができる.マップの外周にはその領域の平均の厚さが表示される.4.黄斑マップ(図3F)黄斑マップは3×3mm.9×9mmまで,自由に測定範囲を設定することができる.黄斑マップは6×6mm.9×9mmの範囲では正常眼データベースと比較が可能であり,この機械の特徴であるワイドスキャンのメリットを享受するため当科では,9×9mmの範囲を512×128で撮影している.従来までの6×6mmの範囲の撮影では,黄斑マップの解析は限られた範囲の黄斑部の解析であったが,9×9mmでは乳頭の一部を同時に撮影することが可能であり,緑内障に重要な視神経乳頭との関係を確認することができる.黄斑部の異常が視神経乳頭につながる異常なのかどうかは緑内障性か否かを判断する材料の一つになるので,非常に有用である.黄斑部にある異常が乳頭のどの位置に対応するかを確認することが可能である.黄斑マップは網膜全層厚(内境界膜縁から,色素上皮とBruch膜の境界線まで)(図3FのT)と網膜神経線維層+網膜神経節細胞層+内網状層(内境界膜から,内網状層と内顆粒層の境界線まで)(図3FのG)が表示される.網膜神経線維層+網膜神経節細胞層+内網状層は,RTVue-100(Optovue社)のganglioncellcomplex(GCC)に対応するものである.網膜全層厚および網膜神経線維層+網膜神経節細胞層812あたらしい眼科Vol.28,No.6,2011(60)ABC図3症例1:57歳,男性,右緑内障眼A:眼底写真,B:無赤色眼底写真(Aの写真の緑成分のみ抽出).やや小乳頭で乳頭の評価はややむずかしいが,無赤色眼底写真では,乳頭の7時方向から黄斑に向かう細い網膜神経線維層欠損がみられる(白矢印).C:Humphrey10-2SITAstandardのプリントアウト.Humphrey30-2SITAstandard(データ呈示せず)はAndersonandPatellaの分類の判定基準4)は満たさなかったが,10-2では下方の網膜神経線維層欠損に対応する感度低下がみられる(赤丸).D:StratusOCT(タイムドメインOCT)のRNFLThicknessAverageAnalysisReportの一部.TSNITグラフ(G:赤枠内)は,正常人データベースが内蔵されていて,正常(緑色),境界域(黄色),異常(赤色)に色分けされている.下耳側に網膜神経線維層欠損に対応すると思われる凹みがみられる(青点線矢印)が,正常範囲内である.12分割や,4分割した平均網膜神経線維層厚(T:青枠内)もすべて正常範囲内であり,タイムドメインOCTでは,細い網膜神経線維層欠損の検出は困難である.断層像(I)は,やや粗い画像である.ビデオイメージ画像(V:緑枠内)は,OCT撮影部位の目安となる.E:RS-3000による乳頭サークルのプリントアウト.TSNITグラフ(G:赤枠内)は,StratusOCT同様,正常人データベースが内蔵されていて,正常(緑色),境界域(黄色),異常(赤色)に色分けされている.下耳側に網膜神経線維層欠損に対応すると思われる凹みがみられ,この部位は異常と判定されている(赤矢印).断層像(I)は,20回加算した画像で,Dの画像と比較して,スペックルノイズが少なく解像度がよい.また,眼底写真の網膜神経線維層欠損に対応する部位の網膜神経線維層が明らかに局所的に菲薄化していることがわかる(白矢印).極早期の局所的な変化なので,乳頭周囲の網膜神経線維層厚の全体平均,上部および下部の平均は正常範囲内(緑色)である.F:RS-3000の黄斑マップ(9×9mmの範囲を512×128で撮影)の総合プリントアウト.左側に網膜全層厚マップ(T:青枠内),右側に網膜内層厚マップ(内境界膜から内網状層と内顆粒層の境界まで=網膜神経線維層+網膜神経節細胞層+内網状層:ganglioncellcomplexに相当)(G:赤枠内)が表示される.それぞれに厚みマップ,正常眼データベース,デビエーションマップが表示される.網膜内層厚マップでは,いずれにおいても無赤色眼底写真(B)の網膜神経線維層欠損に対応する乳頭につながる異常が認識可能である(白矢印).網膜全層厚マップでは,正常眼データベース,デビエーションマップで異常が認識できるがわかりにくい(黒点線矢印).網膜全層厚の厚みマップのみで異常を指摘するのは困難と思われる.また,ETDRS(EarlyTreatmentDiabeticRetinopathyStudy)9セクターの平均値はすべて正常範囲内であるが,G-Chartでは下方に1カ所異常(赤色)がみられる.(61)あたらしい眼科Vol.28,No.6,2011813……..D….E….F図3つづき(図説明は前頁参照)814あたらしい眼科Vol.28,No.6,2011(62)いる(中野紀子ほか:第21回日本緑内障学会抄録集,p85,2010)ので,対称性グラフを用いて,上下を比較することにより上下の差を検出できる可能性がある.また,選択した厚み(網膜全層厚,網膜神経線維層厚,網膜神経線維層+網膜神経節細胞層+内網状層の厚)のカラーマップを表示し,カーソルで指定した任意の位置の厚みを表示可能である.マップの外周にはその領域の平均の厚さが表示される(図4DのM).緑内障性変化を検出する有用性が認識され,Humphrey視野計でもGlaucomaHemifieldTest(GHT)として採用されている.画像解析でも,正常眼データベースを基にした解析では,正常眼のデータにもある程度幅があり,正常眼データベースとの比較だけでは初期の緑内障性変化は検出できないこともありうる.網膜神経節細胞層の解析において上下を比較することによって,微妙な変化(極早期緑内障)を検出できる可能性が指摘されてAB図4症例2:58歳,女性,左緑内障眼A:眼底写真.耳下側(5時の位置)に網膜神経線維層欠損(白矢印)がみられる.それに対応する視神経乳頭にノッチングがみられる.B:Humphrey30-2SITAstandardのプリントアウト.Humphrey30-2SITAstandardでは,下方の網膜神経線維層欠損に対応する上方の視野異常がみられる.緑内障半視野テスト(GlaucomaHemifieldTest:GHT)も正常範囲外である.C:RS-3000による乳頭マップ(乳頭周囲6×6mmの範囲を512×128で撮影)のプリントアウト.乳頭サークル同様TSNITグラフ(G:赤枠内)が表示され,内蔵正常人データベースと比較され,正常(緑色),境界域(黄色),異常(赤色)に色分けされている.下耳側に網膜神経線維層欠損に対応する菲薄化部位がみられる(赤矢印).網膜神経線維厚および乳頭パラメータが表示される(P:青枠内).正常眼データベースと比較されたマップ(D:緑枠内)では,眼底写真の網膜神経線維層欠損に対応する網膜神経線維層の菲薄化がみられる(白矢印).D:RS-3000の黄斑ラジアル(12本のラインスキャン)のプリントアウト.SLO画像(S:緑枠内)はOCT撮影部位の目安を示す.黄斑部を中心に12本のラインスキャンを撮影し,ラインスキャンの断層像の解析とスキャンエリア内の各層の網膜厚が解析可能である.断層像(I:青枠内)は,SLO画像の赤線のラインの10回加算した画像が表示されている.12本のラインの任意のラインの画像を解析することが可能である.網膜神経線維層を含めた網膜内層が菲薄化していることがわかる(赤矢印).各層の厚みの対称グラフも表示可能である.厚みグラフ(G:オレンジ枠内)は,網膜内層厚(内境界膜から内網状層と内顆粒層の境界まで=網膜神経線維層+網膜神経節細胞層+内網状層:ganglioncellcomplexに相当)のグラフ.SLO画像の赤のラインおよびオレンジラインの厚みグラフはそれぞれ緑およびオレンジの線のグラフである.上下の厚みに差があり,非対称になっていることがわかる(白両端矢印).マップ(M:赤枠内)は網膜内層厚(網膜神経線維層+網膜神経節細胞層+内網状層)のマップが表示されている.眼底写真の網膜神経線維欠損に対応した網膜内層の菲薄化がわかる(黒矢印).(63)あたらしい眼科Vol.28,No.6,2011815II経過観察フォローアップ撮影画像解析は定量が可能であることから,緑内障診療において画像解析には経過観察での有用性が期待される.しかし,同じ部位を撮影することができなければ,その再現性が低下して,微細な変化の進行判定を行うことはできない.RS-3000には高コントラストのSLO画像を参照画像とした調整方向リングとターゲットマーカーが表示され,撮影の位置ずれを色で知らせてフォローアッ……..D……C図4つづき(図説明は前頁参照)816あたらしい眼科Vol.28,No.6,2011(64)プ撮影を補助してくれる機能がある.ただし,この機能は回旋や三次元的な前後の補正は考慮されていない.その点が,経過観察にどの程度影響を及ぼすか今後検証が必要と思われる.おわりにRS-3000は,Spectralis(HeidelbergEngineering社)のような三次元眼球運動追尾を装備されないが,後発の利点をいかして,可能なかぎりの解析ができる.しかし,この機械の最も魅力的な点は,9×9mmで撮影し,そのマップをSLO眼底画像に合わせて表示可能な点と思われる.そのマップがきれいで見やすい点も利点と思われる.われわれ眼科医の診断の助けになるだけではなく,患者さんの理解を助けてくれる.実際筆者らの施設の外来でも,患者さんから自分の異常部位がわかりやすいと好評である.ワイドスキャンを用いた黄斑部解析は,今後緑内障診療の重要な位置を占めるようになると思われる.撮影方法が非常にわかりやすく簡単でかつ,短時間に撮影できるユーザーフレンドリーな点も,この機械の魅力と思われる.今後よりいっそう緑内障診療に応用されることが期待される.文献1)SanderB,LarsenM,ThraneLetal:Enhancedopticalcoherencetomographyimagingbymultiplescanaveraging.BrJOphthalmol89:207-212,20052)SakamotoA,HangaiM,YoshimuraNetal:SpectraldomainopticalcoherencetomographywithmultipleB-scanaveragingforenhancedimagingofretinaldiseases.Ophthalmology115:1071-1078,20083)JeoungJW,ParkKH,KimTWetal:Diagnosticabilityofopticalcoherencetomographywithanormativedatabasetodetectlocalizedretinalnervefiberlayerdefects.Ophthalmology112:2157-2163,20054)AndersonDR,PatellaVM:AutomatedStaticPerimetry.2ndedition,p121-190,Mosby,StLouis,1999….図5症例3:62歳,女性,左緑内障眼RS-3000の乳頭ラジアル(12本のラインスキャン)のプリントアウト.SLO画像(S:緑枠内)はOCT撮影部位の目安を示す.乳頭中心を中心に12本のラインスキャンを撮影し,ラインスキャンの断層像の解析が可能である.断層像(I:青枠内)は,SLO画像の赤線のラインの10回加算した画像が表示されている.12本のラインの任意のラインの画像を解析することが可能である.