あたらしい眼科Vol.28,No.6,20118330910-1810/11/\100/頁/JCOPYはじめに近年,眼科では抗VEGF(vascularendothelialgrowthfactor)療法をはじめとして,本稿のテーマでもあるTNF-a(腫瘍壊死因子a;tumornecrosisfactora)などを標的とした分子レベルでの治療が行われるようになってきました.TNF-aはBehcet病など,ぶどう膜炎の患者の血液中,および前房水中での濃度上昇がみられることが知られていて1),そのモノクローナル抗体であるインフリキシマブ(レミケードR)はBehcet病の治療としてすでに使用されています.このTNF-aが発見されたのは1975年ですが,当時BCGなどで処置したマウスにエンドトキシンを注射すると腫瘍壊死作用をもつ物質が産生されることが見いだされ,TNF-aと名付けられて発表されました2).TNF-aはおもにマクロファージから産生され,細胞毒性,血管内皮への障害作用などを有しています.生体の炎症やストレス反応などに関わっており,眼内では眼圧上昇,手術後やぶどう膜炎などの炎症によって濃度上昇をきたすと考えられています.緑内障とTNF-aとの関わり緑内障では,網膜神経節細胞が選択的に障害されることが知られていますが,これは眼圧によって網膜神経線維が障害され,軸索輸送障害をきたした網膜神経節細胞がアポトーシスを起こすというのが一連のメカニズムと考えられています(図1).このアポトーシスをきたすメカニズムを,分子レベルで研究した結果が近年では多く発表されています.ヒトのドナー眼における研究では,緑内障眼は網膜内でのTNF-a発現が正常眼と比較すると増加していたことがTezelら4)のグループによって報告されています.さらに,同グループはグリア細胞と網膜神経節細胞を同時培養し,虚血や圧負荷のストレスを与えると,グリア細胞がTNF-aなどのサイトカインを産生し,それに続いて網膜神経節細胞のアポトーシスが生じることを突き止めました3).この報告では,さらに抗TNF-a抗体の投与で中和するとアポトーシスが減じることも明らかにされています.この一連の研究結果から,圧負荷後のTNF-aが網膜神経節細胞のアポトーシスに深く関わっていることが示唆されますが,これを支持する研究もすでに報告されています.これはマウスを用いた研究で,非常に興味深い結果です.Nakazawaらは,眼圧上昇の負荷を与えなくても,TNF-aの注入のみで網膜神経節細胞のアポトーシスを生じさせることができることを明らかにし,さらにはこの変化が,TNF-aの注入と同時にTNF-a抗体の注入やTNF-a遺伝子欠損を生じさせることで,抑制できると発表しました5).これらの研究から,緑内障眼でみられる神経節細胞のアポトーシスをきたす一連の反応にTNF-aが大きな鍵となる役割を果たしており,この反応をブロックすることで新たに緑内障の治療の道が開ける可能性が示されました.さて,このTNF-aですが,正常眼圧緑内障(NTG)や開放隅角緑内障(POAG)などすべての緑内障で同じようにアポトーシスに関わっているのだろうかという疑問があります.過去の報告をみると,視神経乳頭におけるTNF-aとその受容体TNF-areceptor-1の発現を免疫染色で調べた研究があります.その結果では,POAGとNTGではコントロール群より多い発現を認めていましたが,POAGとNTGとでは発現はむしろ平均眼圧の低いNTGで多く認められました6).この結果からは,眼圧だけがTNF-aの発現に関わっているのではない可能性が示唆されます.以前,筆者らがPOAG,NTG,落屑緑内障(ExG)患者(81)◆シリーズ第126回◆眼科医のための先端医療監修=坂本泰二山下英俊澤田英子(ほしあい眼科)緑内障における網膜神経節細胞アポトーシスにTNF-aはどう関わっているのか?…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………….図1緑内障性視神経障害のメカニズム834あたらしい眼科Vol.28,No.6,2011の前房水を採取してTNF-aの濃度を測定した結果7)では,平均眼圧の高い落屑緑内障で高い検出率がみられ,POAGとNTGでは同等の検出率でした.この前房採取はスポットで1回のみ施行したものですから,落屑緑内障のように眼圧に大きな変動がみられ,比較的急速な経過をとるタイプの緑内障と,POAGやNTGのように慢性の経過をとるタイプを比較して,どの病型でTNF-aがより関係しているのかを比較することはむずかしいと思われます.また,落屑緑内障のようなタイプでは,急な眼圧上昇に伴ってスパイク状にときどきTNF-aの発現が高まっていることが考えられますが,特にNTGのように慢性の経過で,虚血などの他のストレス因子の関与も考えられるケースでは,TNF-aは低濃度で持続的に高まっていることも考えられます.その場合にはスポットの検査では検出がむずかしいケースもあるでしょう.新たな治療戦略へ向けて日々の臨床では,非常に眼圧コントロールが良好であるにもかかわらず,視野障害の進行を食い止めることができないNTG症例をしばしば経験します.患者の将来を案ずる一方で,今後の治療戦略に行き詰まりを感じています.現時点で,エビデンスに基づいた治療は眼圧下降ですが,眼圧を下げても病期の進行がみられる症例に対し,なす術はありません.しかし,たとえばNTGの症例のなかで,眼圧上昇以外のストレス因子も大きく関係している場合,神経細胞のアポトーシスを食い止めるためにTNF-aのブロックが有効な治療法の一つであるとすれば,そのような悩ましい症例に対しても希望の光がみえてきます.緑内障の病型や,症例のタイプによってどの程度TNF-aが関わっているのか,神経保護に有効であるのかについてさらに解明がなされ,神経保護への新たな治療への道が開けることを願ってやみません.文献1)AhnJK,YuHG,ChungHetal:IntraocularcytokineenvironmentinactiveBehcetuveitis.AmJOphthalmol142:429-434,20062)CarswellEA,OldLJ,KasselRLetal:Anendotoxininducedserumfactorthatcausesnecrosisoftumors.ProcNatAcadSciUSA72:3666-3670,19753)TezelG,WaxMB:Increasedproductionoftumornecrosisfactor-abyglialcellsexposedtosimulatedischemiaorelevatedhydrostaticpressureinducedapoptosisincoculturedretinalganglioncells.JNeurosci20:8693-8700,20004)TezelG,LiLY,PatilRVetal:TNF-aandTNF-areceptor-1intheretinaofnormalandglaucomatouseyes.InvestOphthalmolVisSci42:1787-1794,20015)NakazawaT,NakazawaC,MatsubaraAetal:Tumornecrosisfactor-amediatesoligodendrocytedeathanddelayedretinalganglioncelllossinamousemodelofglaucoma.JNeurosci26:12633-12641,20066)YanX,TezelG,WaxMBetal:Matrixmetalloproteinasesandtumornecrosisfactoralphainglaucomatousopticnervehead.ArchOphthalmol118:666-673,20007)SawadaH,FukuchiT,AbeH:Tumor-necrosisfactor-aconcentrationsintheaqueoushumorofpatientswithglaucoma.InvestOphthalmolVisSci51:903-906,2010(82)■「緑内障における網膜神経節細胞アポトーシスにTNF-aはどう関わっているのか?」を読んで■最近の緑内障研究は,眼圧を単に機械的なものと捉えるものではなく,眼圧により影響される生理活性物質に焦点を当てたものが中心になっています.緑内障に関連する生理活性物質としては2000年以後に報告されたものに絞っても,インターフェロンg,インターロイキン(interleukin:IL)-1,2,6,17,27,腫瘍壊死因子a(tumornecrosisfactor:TNF-a)などさまざまなものがあります.ただし,それらは動物実験や培養細胞実験で確認されたものであり,緑内障の実態を反映していないという批判があります.また,生理活性物質はそれぞれが互いにネットワークを形成して非常に複雑に働くので,いくつかの生理活性物質を研究しても,病気の本態の解明や治療にはつながらないという悲観論も聞かれます.事実TNF-aに関しては,網膜に障害を与えるという報告が多い反面,神経保護的に働くという報告もあるのです.ところが,それに対する答えが意外なところから現れました.それが分子標的薬による介入免疫学です.たとえば,網膜静脈閉塞症による網膜浮腫は,さまざまな要因により形成されており,血流動態,血圧,硝子体中サイトカイン構成などが重要であると考えられていました.しかし,本疾患に抗血管内皮増殖因子(VEGF)薬が著効することから,この病態形成には予想よりはるかにVEGFが重要であることがわかり(83)あたらしい眼科Vol.28,No.6,2011835ました.以前に重要とされた要因は,VEGFによってひき起こされた副次的なもの,あるいはほとんど関係のないものであったようです.本文で澤田英子先生が述べられた緑内障におけるTNF-aも,これと同じ可能性があります.今後,抗TNF-a薬で緑内障の視神経障害が効果的に抑制されたとしたら,従来考えられているよりも緑内障の視神経障害はずっとシンプルであることになります.介入免疫学を行うには,介入を正当化するための十分な臨床データが必要です.今回の研究は,そのための重要な基礎になりうるといえます.鹿児島大学医学部眼科坂本泰二☆☆☆