あたらしい眼科Vol.28,No.2,20112450910-1810/11/\100/頁/JCOPY眼内血管新生性疾患と白血球糖尿病網膜症(DR)の病態メカニズムというと血糖値との関連に目が行きがちですが,近年白血球や炎症が関与している可能性が注目されています.たとえば,単純期の代表的な眼底所見の一つ,毛細血管瘤の内部には単球や多核白血球が集積していることがDR患者の剖検眼を用いた検討によって示されています1).また,糖尿病を自然発症したアカゲサルを用いた検討では,網膜における血管異常(venousloop),毛細血管瘤,そして血管内皮細胞の変性が生じた部分に,好中球が存在していると報告されています2).白血球は,DRにおける増殖膜の形成にも関与しています.硝子体手術で得られた増殖膜組織を用いた検討では,同組織内にリンパ球やマクロファージなどの白血球浸潤が生じていることはよく知られています3,4)が,その量が視力予後と相関する場合があると報告されています4).眼科以外の領域でも白血球と血管新生の関連はよく検討されており,たとえばある種の悪性腫瘍では組織に浸潤した白血球が蛋白分解酵素(MMPs)と血管内皮増殖因子(VEGF)を発現して血管新生を誘導することがわかっています5).これらのことは,白血球が病初期よりDRの発症にかかわっていること,DRにおける眼内血管新生を促進していること,そしてその白血球浸潤の抑制が本疾患の治療につながることを示唆しています.白血球遊走のメカニズムそれでは,白血球は糖尿病網膜における病変部にどのようにして集まるのでしょうか.白血球は血管内を高速で移動しています.そのため,たとえば炎症が生じた部位や病変部に遊走するためには,その速度を減じて血管壁に付着し,さらに血管外に移動するというプロセスが必要となります.その一連の過程はleukocyterecruitmentcascade(図1)とよばれ,いくつかのステップ,おおまかに述べますと①ローリング(rolling),②接着(adhesion),③血管外遊走(extravasation)の3部構成になっています.ローリングは,血管内腔を裏打ちしている血管内皮細胞上に白血球が取り付き,その上を転がる現象です.ローリングを行うことによって白血球は徐々に減速し,ついには血管内皮細胞上で静止します.この状態を接着とよんでいます.つぎに,白血球は血管外への経路を探すために血管内皮細胞上を文字通り「這い回り」,血管内皮細胞間にある接合部に到達すると考えられています.そして,遊走に適した部位を探し当てた白血球は血管外に移動する過程に入ります.この現象は血管外遊走とよばれています.誤解をおそれずにたとえるならば,高速道路を移動しているクルマが一般道に下りるために,側道で減速し(ローリング),料金所の前でいったん停車し(接着),一番空いていて早く出られそうなブースを探して,支払いをすませて一般道に出る(血管外遊走)のに似ているかと思います.前述のDRにおける毛細血管瘤内部の白血球集積は何らかのトラブルで料金所に渋滞したクルマ,増殖膜に存在する白血球は一般道に出たクルマを観察しているなどと考えると,わかりにくいこのleukocyterecruitmentcascadeのDRにおける関与を少し親しみやすくとらえていただけるかと思います.(91)◆シリーズ第122回◆眼科医のための先端医療監修=坂本泰二山下英俊野田航介(北海道大学大学院医学研究科眼科学分野)糖尿病網膜症と白血球接着分子PSGL-1LFA-1Mac-1VLA-4Siglec-10E-selectinP-selectinICAM-1VCAM-1VAP-1白血球上の接着分子血管内皮細胞上の接着分子サイトカインや血管新生因子の産生ローリング接着血管外遊走図1白血球遊走白血球遊走は血管内皮細胞と白血球表面の双方に発現する接着分子の相互作用の結果であり,ローリング,接着,血管外遊走などのいくつかのステップに分かれている.246あたらしい眼科Vol.28,No.2,2011白血球接着分子とその分子標的治療さて,このleukocyterecruitmentcascadeにおける一連のステップは白血球だけの要素で生じるのでなはく,血管内皮細胞と白血球表面の双方に発現する接着分子の相互作用によって生じています.たとえば,ローリングは血管内皮細胞上に存在するP-selectinなどのselectinfamilyとよばれる接着分子と白血球上に存在するPSGL-1とよばれるムチン様糖鎖提示分子が,接着は白血球上のインテグリン分子(LFA-1やVLA-4)と,血管内皮細胞上の免疫グロブリンスーパーファミリーに属する接着分子(ICAM-1やVCAM-1)が結合することによって生じます.個々の分子の名称はさておき,重要なことはそれらの分子を阻害すればそれ以降の白血球の遊走は抑制されるということです.つまり,それらの接着分子は先に述べた白血球が関与するDRの治療標的となる可能性があるということになります.現在,この白血球接着分子をターゲットとしたDRに対する分子標的治療は存在しません.実験動物を用いた基礎研究レベルの検討結果があるのみです6~8).しかしながら,眼科以外の領域では白血球接着分子に対する阻害薬は徐々にその臨床応用が行われつつあります.たとえば,selectinfamilyを阻害することによってローリングを抑制する効果が認められているbimosiamoseは喘息や尋常性乾癬の治療薬として臨床治験が行われていますし,VLA-4をターゲットとした生物学的製剤でadhesionを阻害するnatalizumabは多発性硬化症やクローン病の治療薬として臨床の場で用いられています.これらの疾患は炎症性疾患です.冒頭で述べたように,DRにおける白血球や炎症の病態関与が徐々に明らかとなってきている現在,本症においても白血球接着分子阻害薬の有用性が検討される日は近いかもしれません.文献1)StittAW,GardinerTA,ArcherDB:Histologicalandultrastructuralinvestigationofretinalmicroaneurysmdevelopmentindiabeticpatients.BrJOphthalmol79:362-367,19952)KimSY,JohnsonMA,McLeodDSetal:Neutrophilsareassociatedwithcapillaryclosureinspontaneouslydiabeticmonkeyretinas.Diabetes54:1534-1542,20053)KakehashiA,InodaS,MameudaCetal:RelationshipamongVEGF,VEGFreceptor,AGEs,andmacrophagesinproliferativediabeticretinopathy.DiabetesResClinPract79:438-445,20084)KaseS,SaitoW,OhnoSetal:Proliferativediabeticretinopathywithlymphocyte-richepiretinalmembraneassociatedwithpoorvisualprognosis.InvestOphthalmolVisSci50:5909-5912,20095)NoonanDM,DeLermaBarbaroA,VanniniNetal:Inflammation,inflammatorycellsandangiogenesis:decisionsandindecisions.CancerMetastasisRev27:31-40,20086)IliakiE,PoulakiV,MitsiadesNetal:Roleofalpha4integrin(CD49d)inthepathogenesisofdiabeticretinopathy.InvestOphthalmolVisSci50:4898-4904,20097)KociokN,RadetzkyS,KrohneTUetal:ICAM-1depletiondoesnotalterretinalvasculardevelopmentinamodelofoxygen-mediatedneovascularization.ExpEyeRes89:503-510,20098)NodaK,NakaoS,ZandiSetal:Vascularadhesionprotein-1regulatesleukocytetransmigrationrateintheretinaduringdiabetes.ExpEyeRes89:774-781,2009(92)■「糖尿病網膜症と白血球接着分子」を読んで■炎症は,組織破壊や感染症における必須の生体反応ですが,それだけでなくほとんどすべての疾患の病態形成に重要な働きをしています.たとえば,多発性硬化症,クローン病はその代表です.網膜疾患でも同様であり,糖尿病網膜症,加齢黄斑変性の病態形成には,炎症が決定的役割を果たしています.現在,加齢黄斑変性における脈絡膜血管新生に対して,抗血管内皮増殖因子(VEGF)薬治療が著効しています.脈絡膜血管新生は,ある種の急性病変なので,血管新生抑制だけで病勢を沈静化させることが可能です.しかし,糖尿病網膜症は長期間の病的反応が集積した結果であり,血管透過性亢進,血管新生,線維化など多くの組織反応により構成されています.ですから,血管新生といった単一事象を抑えるだけでは,治療効果を得ることは不可能でしょう.そこで,それらのすべてに共通する「炎症細胞浸潤抑制」により糖尿病網膜症を抑制しようというのがこのコンセプトです.炎症細胞の組織進入には,細胞が血管内皮に接着し血管を通り抜けて組織に出てゆくことが必要ですが,その分子機構は野田航介先生が本文に書かれたとおりです.そして,このうち細胞接着分子を抑制することで白血球の進入を制御する治療です.(93)あたらしい眼科Vol.28,No.2,2011247お申込方法:おとりつけの書店,また,その便宜のない場合は直接弊社あてご注文ください.メディカル葵出版年間予約購読ご案内眼における現在から未来への情報を提供!あたらしい眼科2011Vol.28月刊/毎月30日発行A4変形判総140頁定価/通常号2,415円(本体2,300円+税)(送料140円)増刊号6,300円(本体6,000円+税)(送料204円)年間予約購読料32,382円(増刊1冊含13冊)(本体30,840円+税)(送料弊社負担)最新情報を,整理された総説として提供!眼科手術2011Vol.24■毎号の構成■季刊/1・4・7・10月発行A4変形判総140頁定価2,520円(本体2,400円+税)(送料160円)年間予約購読料10,080円(本体9,600円+税)日本眼科手術学会誌(4冊)(送料弊社負担)【特集】毎号特集テーマと編集者を定め,基本的事項と境界領域についての解説記事を掲載.【原著】眼科の未来を切り開く原著論文を医学・薬学・理学・工学など多方面から募って掲載.【連載】セミナー(写真・コンタクトレンズ・眼内レンズ・屈折矯正手術・緑内障など)/新しい治療と検査/眼科医のための先端医療/インターネットの眼科応用他【その他】トピックス・ニュース他■毎号の構成■【特集】あらゆる眼科手術のそれぞれの時点における最も新しい考え方を総説の形で読者に伝達.【原著】査読に合格した質の高い原著論文を掲載.【その他】トピックス・ニューインストルメント他株式会社〒113.0033東京都文京区本郷2.39.5片岡ビル5F振替00100.5.69315電話(03)3811.0544http://www.medical-aoi.co.jp果たして効果はあるのでしょうか.多発性硬化症は,糖尿病網膜症と同じように長期間くり返す炎症によって増悪する疾患で,すでに白血球接着分子抑制薬natalizumabが臨床応用されています.その結果,再発率を有意に低下させ,その効果は2年間持続しました.これは,多発性硬化症に新しい治療の道を開いたとして大いに歓迎されましたが,一方,進行性多病巣性白質脳症という合併症を誘発するという予想外の事象も報告されました.糖尿病網膜症に対する接着分子抑制治療は新しいコンセプトであり,大きな可能性を秘めています.合併症の発生などが克服されれば,新しい治療の一つとなるでしょう.鹿児島大学医学部眼科坂本泰二☆☆☆