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分娩時に発症した両眼性のValsalva 網膜症の1例

2011年5月31日 火曜日

734(13あ2)たらしい眼科Vol.28,No.5,20110910-1810/11/\100/頁/JC(O0P0Y)《原著》あたらしい眼科28(5):734.737,2011cはじめにValsalva網膜症は1972年にDuaneらが報告した疾患で,咳・嘔吐・いきみに代表されるValsalva手技による急激な静脈圧の上昇を誘因として発症する突発性の出血性網膜症である1~7).後極や視神経乳頭周囲の内境界膜下出血あるいは網膜前出血が主体となる1~4)が,硝子体出血4)や網膜内出血・網膜下出血5,6)が認められることもある.発症の原因として嘔吐・重いものを持ち上げる・歯科におけるインプラント手術6)など,さまざまなものがこれまで報告されている.今回筆者らは経腟分娩直後に両眼性に発症したValsalva網膜症の1例を経験したのでここに報告する.〔別刷請求先〕高木健一:〒812-8582福岡市東区馬出3-1-1九州大学大学院医学研究院眼科学分野Reprintrequests:KenichiTakaki,M.D.,DepartmentofOphthalmology,KyushuUniversityGraduateSchoolofMedicine,3-1-1Maidashi,Higashi-ku,Fukuoka812-8582,JAPAN分娩時に発症した両眼性のValsalva網膜症の1例高木健一*1今木裕幸*1貴福香織*1園田康平*2上野暁史*3蜂須賀正紘*4藤田恭之*4石橋達朗*1*1九州大学大学院医学研究院眼科学分野*2山口大学大学院医学研究科眼科学*3大島眼科病院*4九州大学大学院医学研究院生殖発達医学専攻生殖常態病態学講座生殖病態生理学ACaseofBilateralValsalvaRetinopathyCausedduringVaginalDeliveryKenichiTakaki1),HiroyukiImaki1),KaoriKifuku1),KouheiSonoda2),AkifumiUeno3),MasahiroHachisuka4),YasuyukiFujita4)andTatsurouIshibashi1)1)DepartmentofOphthalmology,KyushuUniversityGraduateSchoolofMedicine,2)DepartmentofOphthalmology,YamaguchiUniversityGraduateSchoolofMedicine,3)OhshimaEyeHospital,4)DepartmentofGynecologyandObstetrics,KyushuUniversityGraduateSchoolofMedicine症例は37歳,女性.妊娠41週1日で子宮内胎児死亡の診断後,経腟分娩施行した.分娩直後より両眼の視野異常を自覚し翌日当科紹介受診,両眼底に内境界膜下・網膜下出血を認めValsalva網膜症の診断に至った.発症後5日目,両眼にNd:YAGレーザーによる内境界膜切開術を施行した.右眼黄斑部に網膜下出血が及んでいたため,発症後7日目に硝子体切除術および液-空気置換術を施行した.両眼ともに出血は吸収され,視力は改善傾向であった.本症例が重症化した原因として貧血による網膜細小血管壁の脆弱性の存在や子宮内胎児死亡による凝固線溶系の異常亢進から惹起された凝固因子の欠乏が考えられている.Valsalva網膜症は保存的に経過観察されたりNd:YAGレーザーによる内境界膜切開のみで加療されたりすることの多い疾患だが,本症例のように重症化し早期の硝子体手術を要する場合もあると考えられた.WereportacaseofbilateralValsalvaretinopathycausedbystrainingduringvaginaldelivery.Thepatient,a37-year-oldfemale,tookvaginaldeliveryforintrauterinefetaldeath.Immediatelyafterdelivery,shecomplainedaboutbilateralvisualfieldloss.Fundusexaminationshowedbilateralsubmembrenousandsubretinalhemorrhagethroughoutthepostpole.Initially,shewastreatedbybilateralmembranotomywithneodymium-YAGlaser,andexaminedastothesubretinalhemorrhage.Shethenunderwentvitrectomyandfluid-airexchangeintherighteye,thesubretinalhemorrhagebeingonthemacula.Hervisualactuivitygraduallyimprovedpostopratively.Increasedretinalvesselpermeabilitycausedbyanemia,andcoagulationandfibrinolyticsystemactivitycausedbyintrauterinefetaldeathhadworsenedhercondition.ThiscasedemonstratesthepossibleeffectivenessofvitrectomyinsuchaseverecaseofValsalvaretinopathy.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)28(5):734.737,2011〕Keywords:Valsalva網膜症,分娩,硝子体手術,内境界膜下出血,網膜下出血.Valsalvaretinopathy,delivery,vitrectomy,submembranoushemorrhage,subretinalhemorrhage.(133)あたらしい眼科Vol.28,No.5,2011735I症例患者:37歳,女性.主訴:両眼視野異常.既往歴:特記事項なし.現病歴:妊娠経過良好で,妊娠糖尿病・妊娠高血圧症の合併も認めなかった.2007年12月18日(妊娠41週1日)陣痛発来するも胎児心拍認められず,子宮内胎児死亡の診断に至った.同日九州大学病院周産母子センターへ入院し,経腟分娩施行した.分娩直後より両眼視野異常を自覚し,改善傾向ないため12月19日九州大学病院眼科(以下,当科)初診となった.分娩前所見(2007年12月18日):赤血球4.08×106/μl,ヘモグロビン12.7g/dl,血小板13.9万/μl,プロトロンビン時間11.6sec,PT-INR(プロトロンビン時間国際標準比)0.99,APTT(活性化部分トロンボプラスチン)時間34.9sec,フィブリノーゲン344mg/dl(正常値150~400),AT(アンチトロンビン)-III活性76%(正常値80~120),血清フィブリン分解産物(fibrindegradationproducts:FDP)33.4μg/ml(正常値0~5.0),トロンビンアンチトロンビン複合体80.0ng/ml以上(正常値0~3.0),D-ダイマー9.6μg/ml(正常値0~0.5).分娩時所見:分娩中血圧170/100mmHg程度で推移し,分娩後100/65mmHg程度へ低下.分娩中の出血は1,340mlで弛緩出血が遷延した.初診時検査所見:視力は右眼0.03(0.04×sph+11.0D(cyl.1.5DAx180°),左眼0.02(0.03×sph+10.0D(cyl.1.0DAx180°),眼圧は右眼5mmHg,左眼8mmHg,両眼ともにRL図1初診時眼底所見R:右眼,L:左眼,両眼ともにニボーを伴う大量の内境界膜下出血を認め,網膜下出血,網膜出血を認める.複数の軟性白斑を認め,動脈は白線化している.図2a右眼YAGレーザー内境界膜切開術後眼底所見内境界膜下出血が減少したことで,黄斑部に網膜下出血が及んでいることが確認された.図2b右眼硝子体手術後(術後19日目)眼底所見出血は著明に吸収され,黄斑直下の網膜下出血が移動した.736あたらしい眼科Vol.28,No.5,2011(134)前眼部中間透光体に著変なく,両眼底にニボーを形成する内境界膜下出血および網膜下出血が認められた(図1).両眼とも後部硝子体.離は認められなかった.採血にて赤血球2.39×106/μl,ヘモグロビン7.4g/dlと貧血が認められた.経過:分娩直後に発症したという病歴,ニボーを形成する特徴的な内境界膜下出血がみられたことからValsalva網膜症の診断に至った.2007年12月23日(発症後5日目)両眼にNd:YAGレーザーによる内境界膜切開術を施行した.左眼は内境界膜下出血が拡散し,黄斑部が透見可能となった.右眼は内境界膜下出血の拡散後黄斑部に網膜下出血が及んでいた(図2a)ため,2007年12月25日(発症後7日目)組織プラスミノーゲン活性化因子(tissueplasminogenactivator:t-PA)を硝子体腔内投与後(クリアクターR4,000単位/200μlを200μl術前6時間に投与),硝子体切除術+液-空気置換術を施行し,網膜下出血を黄斑直下より移動させた.これら処置・手術後に出血は両眼ともに吸収され(図2b,図3),視力も術後徐々に改善傾向を示した.2009年11月時点で右眼視力(0.9),左眼視力(0.8)である.II考按本症例は,Valsalva網膜症のなかでも両眼性に大量に出血した重症例である.Valsalva網膜症は,咳や嘔吐などのValsalva手技による急激な胸腔内圧・腹腔内圧の上昇が惹起する急激な静脈圧の上昇を誘因として発生する網膜毛細血管の破綻による比較的まれな出血性網膜症である1~7).黄斑部に出血が存在せず比較的視力が良好な症例もある4)が,黄斑部に出血が及んだ場合は急激な視力低下をきたす1~3,5~7).誘因となるValsalva手技は,嘔吐1)・重いものを持ち上げる2)・歯科におけるインプラント手術6)などさまざまなものが報告されている.周産期における発症はわが国では他に松本が悪阻による嘔吐を誘因とした例を報告している7).本症例においては病歴から分娩時の怒責が発症の起点と考えられている.Valsalva網膜症は内境界膜下出血が主体となることが多い2,3,7)ため,保存的経過観察1,4,7),あるいは黄斑部に出血が及んでいる場合にNd:YAGレーザーによる内境界膜切開術で加療することが多い2).また,内境界膜下出血が遷延化した場合などで硝子体手術を施行されることもある3).いずれの場合も視力予後はおおむね良好で,出血前の視力とほぼ同等まで回復することが多いとされている1~7).子宮内胎児死亡は死亡胎児由来の組織トロンボプラスチンが母体血中に侵入することで凝固異常をひき起こすことがある8).本症例でもFDPやトロンビンアンチトロンビン複合体の上昇など凝固線溶系の亢進が認められ,凝固因子が消費性に欠乏した状況であった.本症例ではさらに分娩後に弛緩出血が遷延したことにより貧血も発症しており,網膜細小血管壁の脆弱性が存在していた9)と考えられる.こうした凝固因子欠乏および網膜細小血管壁の脆弱性により,本症例はこれまでの報告にあるValsalva網膜症の症例よりも易出血性を呈しており,両眼に大量の出血をきたすという重篤な結果を招いたと思われる.本症例は両眼の内境界膜下出血に対してNd:YAGレーザーによる内境界膜切開術でドレナージを行ったところ,右眼黄斑部に網膜下出血が確認され,視力予後が悪いことが予想された.このため右眼に対してt-PA併用下の硝子体切除術および液-空気置換術を施行し,良好な視力温存を得ていRL図3治療後約17カ月目,2009年07月22日の眼底所見R:右眼,L:左眼,出血はほぼ吸収された.黄斑部付近に変性を認める.(135)あたらしい眼科Vol.28,No.5,2011737る.前述のとおりValsalva網膜症は通常視力予後の良好な疾患であるが,本症例の場合は早期の硝子体手術による黄斑部網膜下出血の移動を行わなかった場合,良好な視力温存はむずかしかったと思われる.本症例の経過から子宮内胎児死亡および分娩後の貧血はValsalva網膜症が重症化しやすい要素であること,Valsalva網膜症にも早期の硝子体手術が必要な例があることが考えられた.文献1)DuaneTD:Valsalvahemorrhagicretinopathy.TransAmOphthalmolSoc70:298-313,19722)KhanMT,SaeedMU,ShehzadMSetal:Nd:YAGlasertreatmentforValsalvapremacularhemorrhages:6monthfollowup:alternativemanagementoptionsforpreretinalpremacularhemorrhagesinValsalvaretinopathy.IntOphthalmol28:325-327,20083)大原真紀,本合幹,池田恒彦:Valsalva洞刺激によると考えられる網膜前出血に硝子体手術を施行した1例.あたらしい眼科19:1633-1636,20024)雑賀司珠也,宮本香,田村学ほか:Valsalvamaneuverによると考えられる網膜前および硝子体出血の1例.臨眼45:1789-1791,19915)HoLY,AbdelghaniWM:Valsalvaretinopathyassociatedwiththechokinggame.SeminOphthalmol22:63-65,20076)KreokerK,WedrichA,SchranzR:Intraocularhemorrhageassociatedwithdentalimplantsurgery.AmJOphthalmol122:745-746,19967)松本行弘:妊娠期における眼合併症としてのValsalva網膜症.眼臨101:666-670,20078)山本樹生:産科疾患の診断・治療・管理異常妊娠子宮内胎児死亡.日産婦誌59:N-670-N-671,20079)野村菜穂子,前田朝子,河本道次ほか:貧血に両眼性網膜出血を合併した1症例について.眼紀41:355-359,1990***

先天性ヘルペスウイルス感染に合併した壊死性網膜炎

2011年5月31日 火曜日

730(12あ8)たらしい眼科Vol.28,No.5,20110910-1810/11/\100/頁/JC(O0P0Y)《原著》あたらしい眼科28(5):730.733,2011cはじめに先天性ヘルペス感染症は,分娩時の産道感染が85%を占め,経胎盤感染は5%とまれである.Herpessimplexvirus(HSV)-2による感染が70.85%と多く,HSV-1による感染は15.30%程度である1).典型的なヘルペス感染症の症状で発症せず,小児科においても診断に苦慮することが多いといわれている2,3).今回,新生児集中治療室(NICU)入院中に,角膜炎および壊死性網膜炎を生じ,その眼所見から先天性ヘルペス脳炎の診断に至った,HSV-1の経胎盤感染と診断された極低出生体重児の1例を経験したので報告する.I症例患者:在胎週数30週5日,出生体重1,408g,男児.〔別刷請求先〕内村英子:〒162-8666東京都新宿区河田町8-1東京女子医科大学眼科学教室Reprintrequests:EikoUchimura,M.D.,DepartmentofOphthalmology,TokyoWomen’sMedicalUniversity,8-1Kawada-cho,Shinjyuku-ku,Tokyo162-8666,JAPAN先天性ヘルペスウイルス感染に合併した壊死性網膜炎内村英子*1豊口光子*1笠置晶子*1稲用和也*2堀貞夫*1小保内俊雅*3内山温*3楠田聡*3仁志田博司*3*1東京女子医科大学眼科学教室*2総合病院国保旭中央病院眼科*3東京女子医科大学母子総合医療センター新生児部門NecrotizingRetinitisAssociatedwithCongenitalHerpesSimplexVirusInfectionEikoUchimura1),MitsukoToyoguchi1),AkikoKasagi1),KazuyaInamochi2),SadaoHori1),ToshimasaObonai3),AtsushiUchiyama3),SatoshiKusuda3)andHiroshiNishida3)1)DepartmentofOphthalmology,TokyoWomen’sMedicalUniversity,2)DepartmentofOphthalmology,KokuhoAsahiCentralHospital,3)MatemalandPerinatalCenter,TokyoWomen’sMedicalUniversity壊死性網膜炎様の眼所見を呈し,先天性ヘルペス脳炎の診断に至った極低出生体重児の1例を経験した.症例は在胎週数30週5日,出生体重1,408gの男児であった.生後23日に異常運動と無呼吸発作が出現した.生後26日に精査のため眼科を受診し,両眼の角膜に混濁と浮腫を認め,耳側網膜に黄白色の滲出斑と網脈絡膜萎縮を認めた.壊死性網膜炎を疑い,前房水のポリメラーゼ連鎖反応を施行したが単純ヘルペスウイルス(HSV)と帯状疱疹ウイルスは陰性であった.小児科にて静脈血と髄液中のヘルペス抗体価を検索し,HSV-Ig(免疫グロブリン)Mが検出され先天性ヘルペス脳炎と診断された.母体が妊娠中にHSVに初感染していたことが判明し,胎盤病理の免疫染色からHSV-1が検出され,HSVの経胎盤感染と確定診断された.母親が初感染のため,母親由来のHSV-IgGが存在せず,患児は角膜炎と壊死性網膜炎の眼合併症を発症し,重篤となったと考えられた.Wereportacaseofcongenitalherpesencephalitisinamaleinfantwithverylowbirthweightbasedonocularfindings.Hewasdeliveredvaginallyat30weeksand5daysofgestation,weighing1,408ganddevelopedabnormalmovementandattacksofapnea23daysafterbirth.Onday26,theinitialophthalmologicexaminationrevealedbilateralcornealopacity/edemaandyellowish-whiteexudatessuggestingnecrotizingretinitisinthetemporalfundi.Neitherherpessimplexvirus(HSV)norvaricella-zosterviruswasdetectedinaqueoushumorviapolymerasechainreaction,butHSV-IgMwasdetectedincerebrospinalfluid,leadingtothediagnosisofcongenitalherpesencephalitis.ThemotheracquiredprimaryHSVinfectionduringpregnancy.PathologicexaminationoftheplacentaconfirmedtransplacentaltransmissionofHSV-1.SincecongenitalherpesinfectionrarelyoccursduetotransplacentaltransmissionofHSV-1,theabsenceofmaternallyderivedHSV-IgGmighthavecausedthesubsequentseriousmedicalconsequencesintheinfant.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)28(5):730.733,2011〕Keywords:壊死性網膜炎,先天性ヘルペス脳炎,単純ヘルペスウイルス.necrotizingretinitis,congenitalherpesencephalitis,herpessimplexvirus.(129)あたらしい眼科Vol.28,No.5,2011731初診:2006年10月3日(生後26日).家族歴:特記すべきことなし.現病歴:2006年9月6日,在胎30週5日で出生し,Apgarscoreは7/7と正常であった.生後NICUに入院となり,約1週間の人工呼吸管理を施行された.生後10日に,前額部,後頸部,背部に皮疹が出現したが,擦過物の培養にて細菌は検出されず,特に重篤な全身合併症はなかった.生後14日には全身状態が安定したため酸素投与が中止された.生後19日,突然嘔吐が出現し,呼吸状態が不安定となり,生後23日より,ミオクロニー様の異常運動と,無呼吸発作が頻発したため,再び人工呼吸管理となった.生後26日に原因精査および未熟児網膜症のスクリーニング目的で当科初診となった.初診時所見:生後26日の初診時,修正在胎週数34週3日,体重1,380gであった.前眼部に軽度の球結膜充血と両眼にすりガラス状の角膜混濁と角膜浮腫を認めた.中間透光体には白内障はなく,びまん性硝子体混濁がみられた.視神経乳頭は境界不鮮明であり,血管は耳側にわずかに認めるのみで,両眼の耳側網膜の周辺部に黄白色の滲出斑および網脈絡膜萎縮を認めた.眼所見から代謝性疾患やヘルペスウイルスなどの感染が疑われたため,新生児科に全身検索を依頼した.全身検査所見:血液生化学所見は白血球:9,400/μl,赤血球:341万/μl,ヘモグロビン:12.3g/dl,ヘマトクリット:32.3%,血小板:27.7万/μl,総蛋白:5.5g/dl,AST(アスパラギン酸アミノトランスフェラーゼ):26U/l,ALT(アラニンアミノトランスフェラーゼ):8U/l,血中尿素窒素:12.8mg/dl,クレアチニン:0.81mg/dl,CRP(C反応性蛋白)<0.3mg/dlであり,感染症を疑わせる異常値は認めなかった.髄液検査にて細胞数,蛋白値の増加を認めたが,髄液と静脈血の微生物培養検査では細菌は検出されなかった.染色体検査では46XYで異常なく,代謝性疾患スクリーニング検査でも異常を認めなかった.頭部エコーにて中大脳動脈領域の大脳白質内に脳質周辺部まで多発する.胞を認め,脳炎が疑われた.脳炎に合併した眼底所見から,ヘルペスウイルス感染症が疑われたため,静脈血のウイルス検査を依頼した.サイトメガロウイルス,トキソプラズマのIg(免疫グロブリン)Mは陰性であったが,HSVのIgMが5.1MI(IgMindex)と陽性であったため,患児はHSVの初感染と診断された.その際,HSV-IgGは22.0GI(IgGindex)であったが,生後48日の静脈血のウイルス検査ではHSVIgGは9.0GIと減少していた.その後,髄液のHSV-IgMも3.3MIと陽性であることが判明し,ヘルペス脳炎と確定診断された(表1).経過:初診時,壊死性網膜炎が考えられたため前房水を採取し,polymerasechainreaction(PCR)によりHSV,varicella-zostervirus(VZV)のPCR-DNAを検索したが結果はすべて陰性であった.前眼部所見と眼底所見を総合的に判断して細菌性角膜炎を疑い,トブラマイシン,レボフロキサシンを両眼に4回/日点眼で治療を開始した.その後,眼脂と角膜擦過物の培養からメチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)が検出されたため,バンコマイシンを追加した.2週間後には角膜浮腫は改善し,MRSAが陰性化したため,バンコマイシンは中止した.また,角膜混濁を改善させるため,0.1%フルオロメトロン点眼を2回/日から開始した.角膜混濁が改善傾向を認めたため,2週間で0.1%フルオロメトロン点眼を中止した.新生児科に依頼した静脈血と髄液の検査にて,HSVの初感染によるヘルペス脳炎と確定診断された後,網膜炎の進行表1母児の検査所見<児の検査所見>静脈血(生後26日)→(生後48日)髄液(生後48日)・HSV-IgM(+)5.1MI(+)4.6MI・HSV-IgM(+)3.3MI・HSV-IgG(+)22.0GI(+)9.0GI・風疹-IgM(±)1.6MI・CMV-IgM(.)0.2MI・風疹-IgM(+)5.2MI・トキソプラズマIgM(.)0.1COI染色体:46XY異常なし代謝性疾患スクリーニング:異常なし<母の検査所見>24歳,女性,全身疾患なし静脈血(産後26日)→(産後56日)HSV-IgM(±)1.0MI(.)0.6MIHSV-IgG(+)97.0GI(+)390.0GIVZV-IgM(±)1.5MI(±)1.3MIVZV-IgG(+)32.0GI(+)33.0GI風疹IgM(.)0.7MI風疹IgG(+)27.0GI図1左眼前眼部写真(生後69日)角膜の9時-12時に上皮下混濁がみられる(矢印)が,生後26日に比べると角膜炎は改善している.732あたらしい眼科Vol.28,No.5,2011(130)がみられたため,新生児科にて生後62日にアシクロビルの全身投与を開始した.しかし全身状態が重篤で脳炎および眼病変の改善が望めないことから1週間で中止となった.初診より1カ月後,角膜周辺部に上皮下混濁を認めるが,角膜浮腫は初診時(生後26日)に比べると改善した(図1).眼底は,網膜血管が狭細化し広範囲に閉塞しており,視神経の周辺を除いて網脈絡膜の強い萎縮と瘢痕形成を認めた(図2).眼科的には,前房水からHSVは検出されなかったが,眼底所見より周辺部から始まる黄色の滲出斑が,その後色素沈着を伴う瘢痕病巣に変化し,進行性の壊死性網膜炎の臨床像を呈していた.全身ではHSV初感染でありヘルペス脳炎に罹患していたことから,眼底病変はHSVによる壊死性網膜炎が最も考えられる病態であった.母親は24歳の女性で,全身疾患の既往歴はなかった.産後にウイルス検査を施行し,産後26日と56日のペア血清にて,HSV-IgMのみが(±)1.0MIから(.)0.6MIへと変化し,HSV-IgGが(+)97.0GIから(+)390.0GIへと上昇していたことから,母親は妊娠中,出産直前にHSVに初感染していたことが判明した(表1).ヘルペスの感染経路の検索のため,分娩時に保存した胎盤の標本を染色した.病理検査の結果,炎症細胞浸潤を認める部位の胎盤に封入体をもった巨細胞を認め,抗HSV-1の免疫染色にてジアミノベンジジン(DAB)発色で核内に褐色のウイルス顆粒を認めた(図3).この結果より,HSV-1の経胎盤感染による先天性ヘルペス感染と確定診断された.II考察先天性ヘルペス感染症は,子宮内,分娩時,生直後にHSVに感染し,感染源としては母親が最も多いと報告されている.感染経路は分娩時の産道感染が85%を占め,経胎盤感染は5%とまれである1).経胎盤感染は妊娠初期の20週間に多く,流産,死産,先天性奇形につながり1),周産期死亡率は50%である4).HSV-1による感染が15.30%,HSV-2による感染が70.85%であり1),HSV-2による感染が多いとされており,HSV-2の感染のほうが重篤な予後を伴うと報告されている5,6).ただし,患者の約半数にしか典型的な皮膚症状が出現しないため,多くの症例が検死でしか診断されない2,3).本症例は胎盤病理組織所見にて,HSV-1による経胎盤感染と確定診断された.経胎盤感染が病理から確定診断されることはまれであり,HSV-1による感染例がさらに少ないことから,わが国での報告はみられず貴重な先天性ヘルペス感染の症例と考えられる.先天性ヘルペス感染症の臨床所見は,皮膚症状のみの限局型が5.10%,皮膚症状と眼病変の合併が15%,本症例のように脳炎に眼病変もしくは皮膚病変を合併するものが50図2眼底写真(生後69日)左:右眼,右:左眼.両眼とも硝子体混濁にて眼底透見不良だが,網脈絡膜の強い萎縮と瘢痕を認める(矢印).網膜血管は狭細化し閉塞していた.D:視神経乳頭と思われる部位.図3胎盤の病理組織所見左:胎盤の炎症細胞浸潤を認める部位に,封入体をもった巨細胞がみられる(矢印).HE染色.右:巨細胞が,抗HSV-1免疫染色に陽性である(矢印).抗HSV-1免疫染色.(131)あたらしい眼科Vol.28,No.5,2011733%にみられる.HSV感染症の乳児の20%に眼病変があるものと推定されている2,3).眼病変には結膜炎,角膜炎,白内障,網脈絡膜炎などがある.網膜炎は晩期にみられる合併症であることが多い7).先天性ヘルペス感染症の眼所見は,1977年Yanoffらが,HSV-2による眼内炎として最初に報告している.32週の低出生体重児の報告であり,角膜炎,虹彩炎,壊死性網膜炎があり,剖検時の網膜からHSV-2が検出された8).本症例では,角膜炎と壊死性網膜炎を合併しており,Yanoffらの報告と類似した所見を呈し,全身的にHSV以外の感染症が認められないことから,先天性へルペス感染による眼内炎と考えられた.先天性ヘルペス感染症の胎内感染の場合,免疫が未熟であることから,角膜炎と網膜炎の両方を合併し重篤になりやすいと考えられた.本症は脳炎発症前の生後10日に皮膚病変が出現していたが,細菌検査のみ施行しており,皮疹はヘルペス感染が関与していた可能性も考えられる.皮疹出現の約10日後に神経症状が出現し脳炎を発症し,その1週間後の眼底検査では,すでに眼底は壊死性網膜炎に,また一部瘢痕病巣が混在する病態となっていた.皮疹出現から約2.3週の間に網膜病変はかなり進行しており網膜炎の進行が速かったことが推測される.本症例では母体が初感染であったため,患児が出生前に胎内で感染したときに母体由来のHSVIgGが存在せず,患児の免疫もまだ未熟であったことから重篤となったと考えられた.先天性ヘルペス感染症の臨床像は,非典型的な症状で発症することが多く,無症状の母体から感染することもあり,診断に苦慮することが多い.本症例は極低出生体重児であり,採血量が制限されるため検査項目も限られる状況下で,眼所見が診断の手掛かりとなった.本論文の要旨は第42回日本眼炎症学会で発表した.文献1)SauerbreiA,WutzlerP:Herpessimplexandvaricellazostervirusinfectionduringpregnancy:currentconceptsofprevention,diagnosisandtherapy.Part1:Herpessimplexvirusinfections.MedMicrobiolImmunol196:89-94,20072)NahmiasAJ,HaglerW:Ocularmanifestationsofherpessimplexinthenewborn.IntOphthalmolClin12:191-213,19723)NahmiasAJ,VisintineAM,CaldwellDRetal:Eyeinfectionswithherpessimplexvirusinneonates.SurvOphthalmol21:100-105,19764)DesselbergerU:Herpessimplexvirusinfectioninpregnancy:diagnosisandsignificance.Intervirology41:185-190,19985)KriebsJM:Understandingherpessimplexvirus:transmission,diagnosis,andconsiderationsinpregnancymanagement.JMidwiferyWomensHealth53:202-208,20086)MeerbachA,SauerbreiA,MeerbachWetal:Fataloutcomeofherpessimplexvirustype1-inducednecrotichepatitisinaneonate.MedMicrobiolImmunol195:101-105,20067)KurtzJ,AnslowP:Infantileherpessimplexencephalitis:Diagnosticfeaturesanddifferentiationfromnon-accidentalinjury.JInfect46:12-16,20038)YanoffM,AllmanMI,FineBS:Congenitalherpessimplexvirustype2,bilateralendophthalmitis.TransAmOphthalmol75:325-338,1977***

抗VEGF 抗体の硝子体注射における硝子体脱出の頻度

2011年5月31日 火曜日

0910-1810/11/\100/頁/JCOPY(125)727《原著》あたらしい眼科28(5):727.729,2011cはじめに硝子体注射は眼科治療法の一つであり,近年特に抗VEGF(vascularendothelialgrowthfactor)抗体の硝子体注射の有効性が認知され,今後ますます盛んに行われると考えられる.硝子体注射に伴う重篤な合併症の一つに感染性眼内炎がある.過去の報告によると,硝子体注射症例の0.019~0.052%の頻度で眼内炎が生じたとしている1~4).眼内炎の危険因子の一つとしては,硝子体注射に伴う硝子体脱出を指摘する報告がある5)が,わが国において硝子体脱出の頻度を詳細に調査した報告はない.今回筆者らは,硝子体注射に伴う硝子体脱出の頻度(以下,硝子体脱出率)をプロスペクティブに調査し,さらに患者背景因子との関連について検討したので報告する.I対象および方法対象は当院にて2009年3月から12月の間に加齢黄斑変性に対してranibizumab(0.5mg/0.05ml)の硝子体注射を行った症例である.複数回投与を行っている症例は,症例ごとの何らかの因子が硝子体脱出率に影響する可能性があるため,初回投与のみを対象とした.硝子体手術の既往がある症〔別刷請求先〕大塚斎史:〒780-0935高知市旭町1丁目104番地町田病院Reprintrequests:YoshifumiOhtsuka,M.D.,MachidaHospital,104-1Asahimachi,Kochicity,Kochi780-0935,JAPAN抗VEGF抗体の硝子体注射における硝子体脱出の頻度大塚斎史橋田正継山本恭三星最智卜部公章町田病院FrequencyofVitreousRefluxinIntravitrealInjectionofAnti-VEGFAntibodyYoshifumiOhtsuka,MasatsuguHashida,TakamiYamamoto,SaichiHoshiandKimiakiUrabeMachidaHospital目的:抗VEGF(vascularendothelialgrowthfactor)抗体の硝子体注射に伴う硝子体脱出の頻度(以下,硝子体脱出率)を検討した.対象および方法:2009年3月から12月の間にranibizumab(0.5mg/0.05ml)の硝子体注射を行った52症例のうち初回投与のみを対象とした.30ゲージ針で硝子体注射を行い,吸収スポンジを用いて硝子体脱出の有無を確認し硝子体脱出率を検討した.また,硝子体脱出率と患者背景因子(性別,年齢,水晶体の状態,眼圧,屈折値)との関連について解析した.結果:全症例での硝子体脱出率は23.1%であった.有水晶体眼(29眼)の硝子体脱出率は34.5%であり,偽水晶体眼(23眼)の8.7%よりも有意に高かった(p=0.03).結論:硝子体注射後の硝子体脱出率は特に有水晶体眼で高かった.Objectives:Toinvestigatethefrequencyofvitreousrefluxfollowingtheintravitrealinjectionofanti-vascularendothelialgrowthfactor(anti-VEGF).SubjectsandMethods:Fifty-twocasesofpatientswhoreceivedafirstintravitrealinjectionofanti-VEGF(ranibizumab,0.5mg/0.05ml)betweenMarchandDecember2009wereenrolledinthisstudy.Anintravitrealinjectionusinga30-gaugeneedlewasperformedineachpatientandthevitreousrefluxwastheninvestigatedusinganabsorbingsponge.Therelationbetweeneachpatient’sfactorssuchasgender,age,eitherphakicorpseudophakiceye,intraocularpressure,refractiveindex,andthevitreousrefluxratewasthendetermined.Results:Thevitreousrefluxratewasobservedin23.1%ofthetotaleyes.Therewasasignificantdifference(p=0.03)inthevitreousrefluxratebetweenthephakiceyes(29eyes,34.5%)andthepseudophakiceyes(23eyes,8.7%).Conclusion:Thevitreousrefluxrateinphakiceyeswassignificantlyhigherthanthatinpseudophakiceyes.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)28(5):727.729,2011〕Keywords:硝子体注射,硝子体脱出,眼内炎,抗VEGF抗体.intravitrealinjection,vitreousreflux,endophthalmitis,anti-VEGFantibody.728あたらしい眼科Vol.28,No.5,2011(126)例は除外した.硝子体注射は手術顕微鏡下に30ゲージ針を用いて経結膜的に毛様体扁平部から行った.30ゲージ針の刺入方法は,強膜に対して垂直に刺入するだけであり,その他の特別な手技は用いていなかった.抜針後は速やかに綿棒または鑷子で強膜創を圧迫した後,吸収スポンジを用いて刺入部位からの硝子体脱出の有無を確認した.硝子体脱出を認めた場合は,吸収スポンジにて脱出した硝子体を持ち上げながらスプリング剪刀で切除した(図1).術前および術後3日間は0.5%モキシフロキサシン点眼液(ベガモックスR点眼液0.5%)の点眼を行った.検討項目として,全症例における硝子体脱出率を検討した.さらに,硝子体脱出率に影響を与えている因子を検討するため,硝子体脱出率と患者背景因子(性別,年齢,水晶体の状態,眼圧,屈折値)との関連について解析した.水晶体の状態は有水晶体眼と偽水晶体眼とに分類し,眼圧は硝子体注射前にノンコンタクト眼圧計を用いて測定した.屈折値は有水晶体眼では硝子体注射前の値を,偽水晶体眼では白内障手術前の屈折値を使用し,等価球面度数として検討した.偽水晶体眼の症例でカルテ上,以前の屈折値がわからないものは,屈折値に関する検討から省いた.統計学的処理は,性別,水晶体の状態についてはMann-WhitneyUtestを,年齢,眼圧,屈折値についてはFisher’sexacttestを用い,p<0.05を有意と判定した.II結果症例は52例52眼(男性35例35眼,女性17例17眼)で,平均年齢は74.5±9.6歳(47~93歳),眼圧の平均値は12.2±2.9mmHg(9~19mmHg)であった.症例全体の硝子体脱出率は23.1%(52眼中12眼)であった.患者背景因子として屈折値を含めて検討を行ったのは52眼中35眼で,平均の等価球面度数は.0.4±2.0D(+3~.7.75D)であった.硝子体脱出率と患者背景因子との関連を検討したところ,性別(p=0.60),年齢(p=0.92),眼圧(p=1.00),屈折値(p=0.38)であり,いずれも有意な関連は認めなかった.しかしながら,水晶体の状態ごとの硝子体脱出率に関しては,偽水晶体眼では8.7%(23眼中2眼)であるのに対し,有水晶体眼で34.5%(29眼中10眼)と有意に高かった(p=0.03)(図2).加えて,有水晶体群と偽水晶体群で,性別,年齢,眼圧,屈折値を比較すると,表1のような結果となった.2群間の比較で有意差があったのは平均年齢のみで,偽水晶体群では平均年齢が高かった.年齢が交絡因子となっている可能性も否定できないため,年齢と水晶体の状態を説明変数,硝子体脱出の有無を目的変数として多重ロジスティック回帰分析を行ったところ,年齢〔オッズ比1.1,95%信頼区間(95%CI):0.98~1.23,p=0.09〕,水晶体の状態(オッズ比18.3,95%CI:1.97~169.5,p=0.01)であり,年齢の影響を除いても,有水晶体眼で有意に硝子体脱出率が高かった.なお,今回の調査中に眼内炎や網膜.離などの眼合併症は認めなかった.II考按抗VEGF抗体の硝子体注射に伴う重大な合併症の一つに感染性眼内炎がある.硝子体注射の直後に吸収スポンジなどを用いて刺入部を詳細に観察すると,創口に嵌頓した硝子体を認めることがある.Chenらはこれをvitreouswicksyn表1有水晶体群と偽水晶体群の比較有水晶体群(n=29)偽水晶体群(n=23)p値性別(男:女)18:1117:60.27年齢(歳)69.2±8.481.1±6.4<0.0001眼圧(mmHg)12.2±3.112.2±2.80.96屈折値(D)0.12±2.2.0.79±1.00.10図1硝子体注射直後の硝子体脱出吸収スポンジにて硝子体脱出の有無を確認した(矢印).4035302520151050有水晶体眼偽水晶体眼硝子体脱出率(%)**p=0.03図2水晶体の状態ごとの硝子体脱出率有水晶体眼では,偽水晶体眼と比べ有意に硝子体脱出率が高かった.(127)あたらしい眼科Vol.28,No.5,2011729dromeとよび,硝子体注射後の感染性眼内炎の一因となっている可能性があると指摘している5).これまでの硝子体脱出の頻度に関する報告として,Benzらは38眼に対し0.1mlのトリアムシノロンを27ゲージ針にて硝子体注射したところ,硝子体脱出率が21.1%であったと報告している6).今回の筆者らの検討では硝子体脱出率は23.1%であり,Benzらの報告と比べて硝子体注射をした薬剤の体積が少ないという違いはあるものの,硝子体脱出率は近似した結果となった.このことは,抗VEGF抗体とトリアムシノロンという使用薬剤の相違以外に硝子体脱出のリスク因子が存在し,さらに,筆者らの結果が注射手技の熟練度などの技術的な問題のみで生じた結果ではないことを示唆している.そこで,硝子体脱出率と患者背景との関連を検討したところ,性別,年齢,眼圧,屈折値では有意な相違があるとはいえなかった.しかしながら,水晶体の状態に関しては,有水晶体眼と偽水晶体眼の硝子体脱出率はそれぞれ34.5%,8.7%となり,有水晶体眼で有意に高い結果となった.偽水晶体眼で硝子体脱出率が低下した原因として,白内障手術を契機に眼内の環境が変化したことが推察される.一つの仮説として,水晶体の占めていた容積が眼内レンズとなったことで硝子体腔の体積が相対的に増加し,硝子体注射による圧変動が減少する可能性が考えられるが,詳細は不明である.硝子体注射に伴う硝子体脱出の頻度について,わが国では今回の筆者らの報告以外に調査した報告はなく,発生すること自体に認識が十分でない可能性がある.今後は硝子体注射を行う際,注射直後に吸引スポンジなどを用いて硝子体脱出の有無を注意深く確認することが重要と考えられた.硝子体注射の際に硝子体脱出を生じにくくするための試みは過去に報告がある.Rodriguesらは,強膜に対して30°の角度で針の先端を1.5mm程度強膜半層まで進めて,その後硝子体腔の中心に向かって針を垂直に立てて穿刺するというtunneledscleralincisionによって,硝子体脱出の量が減少したと報告している7).小切開硝子体手術の際に結膜をずらしてカニューラの設置を行うことがある8)が,硝子体注射においても同様の手技で行うことにより,結膜からの硝子体の露出を防ぐことができるかもしれない.今後は,硝子体脱出が起こりにくくするための標準的な硝子体注射手技について検証していく必要がある.筆者らの検討における問題点として,まず,硝子体注射後の眼圧が硝子体脱出率に与える影響を調査していないことがあげられる.硝子体注射の直後に眼圧が上昇することがあり,Benzらの報告ではトリアムシノロン0.1mlの硝子体注射直後の平均眼圧が,硝子体脱出がなかった群では45.9mmHg,硝子体脱出があった群では12.6mmHgであったとしている.抗VEGF抗体の投与量は0.05mlであり,Benzらの報告よりも少量ではあるが,今後は硝子体注射後の眼圧上昇の頻度や硝子体脱出との関連を検討する必要がある.つぎに,今回の検討項目で屈折率では有意な関連がなかったものの,眼軸長を患者背景因子に加えた検討が望ましいと考えられる.また,硝子体脱出の確認方法について,吸収スポンジにて硝子体の検出を行っているが,その手技によるバイアスも考えられ今後の検討を要する.以上,まとめとして,検討では硝子体脱出率は23.1%と比較的高く,有水晶体眼では偽水晶体眼より硝子体脱出率が高かった.硝子体注射を行った直後には,吸引スポンジなどを用いて硝子体脱出の有無を注意深く確認することが重要であり,硝子体脱出を認めた場合は脱出硝子体を適切に処理すべきであると考えられた.文献1)JonasJB,SpandauUH,RenschFetal:Infectiousandnoninfectiousendophthalmitisafterintravitrealbevacizmab.JOculPharmacolTher23:240-242,20072)MasonJO3rd,WhiteMF,FeistRMetal:Incidenceofacuteonsetendophthalmitisfollowingintravitrealbevacizumab(Avastin)injection.Retina28:564-567,20083)PilliS,KotsolisA,SpaideRFetal:Endophthalmitisassociatedwithintravitrealanti-vascularendothelialgrowthfactortherapyinjectionsinanofficesetting.AmJOphthalmol145:879-882,20084)FintakDR,ShahGK,BlinderKJetal:Incidenceofendophthalmitisrelatedtointravitrealinjectionofbevacizumabandranibizumab.Retina28:1395-1399,20085)ChenSD,MohammedQ,BowlingBetal:Vitreouswicksyndrome─apotentialcauseofendophthalmitisafterintravitrealinjectionoftriamcinolonethroughtheparsplana.AmJOphthalmol137:1159-1160,20046)BenzMS,AlbiniTA,HolzERetal:Short-termcourseofintraocularpressureafterintravitrealinjectionoftriamcinoloneacetonide.Ophthalmology113:1174-1178,20067)RodriguesEB,MeyerCH,GrumannAetal:Tunneledscleralincisiontopreventvitrealrefluxafterintravitrealinjection.AmJOphthalmol143:1035-1037,20078)野田徹,寺内直毅:硝子体手術の道具立て.眼科プラクティス17巻,みんなの硝子体手術(田野保雄編),p53-61,文光堂,2007***

新しい光干渉式眼軸長測定装置(OA-1000)における眼軸長測定と術後屈折誤差の検討

2011年5月31日 火曜日

0910-1810/11/\100/頁/JCOPY(121)723《原著》あたらしい眼科28(5):723.726,2011cはじめに白内障手術の際に挿入する眼内レンズ(IOL)度数を計算するためには,術前検査として眼軸長・角膜屈折力の測定が必須である.白内障手術において,術後屈折値の大きなズレは患者のqualityofvision(QOV)を低下させる.術後屈折誤差の多くは眼軸長測定誤差に由来し1),術前検査において眼軸長を正確に測定することは正しいIOL度数計算を行うために必要不可欠である.超音波Aモード眼軸長測定は,①プローブを角膜に接触させて測定する接触法では,角膜を圧迫して眼軸長を短く測定する,②眼軸長の測定は視軸に一致した測定が理想であるが,後部ぶどう腫のある長眼軸長眼では軸ずれを起こしやすく不正確となりやすい,③測定操作に熟練を要するために検者間で測定値にばらつきがみられる,などの問題点がある2,3).近年,超音波Aモード眼軸長測定装置とは測定原理の異なる光干渉法を利用したIOLマスターTM(CarlZeiss)が登〔別刷請求先〕外山琢:〒040-0053函館市末広町7-13江口眼科病院Reprintrequests:TakuToyama,M.D.,EguchiEyeHospital,7-13Suehirocho,Hakodate-shi,Hokkaido040-0053,JAPAN新しい光干渉式眼軸長測定装置(OA-1000)における眼軸長測定と術後屈折誤差の検討外山琢昌原英隆北直史佐々木博司冨山浩志小島正裕江口まゆみ森文彦江口秀一郎江口眼科病院EvaluationofAxialLengthMeasurementandPostoperativeRefractiveErrorwithNewPartialCoherenceInterferometryTakuToyama,HidetakaMasahara,NaofumiKita,HiroshiSasaki,HiroshiTomiyama,MasahiroKojima,MayumiEguchi,FumihikoMoriandSyuichiroEguchiEguchiEyeHospital目的:光干渉式眼軸長測定装置OA-1000と超音波Aモード眼軸長測定装置AL-3000の測定精度の比較.対象および方法:対象は白内障手術前に,OA-1000,AL-3000にて眼軸長測定が可能であった50例50眼.眼内レンズ度数計算は,メーカー推奨A定数(118.4)および,surgeonfactor(SF)(1.45)を用いてSRK/T式,SRKII式,Holladay式にて行った.結果:いずれの眼内レンズ度数計算式においても眼軸長と術後屈折誤差に両機器の間に有意差は認めなかった.OA-1000のパーソナルA定数は118.5(SRK/T式),118.7(SRKII式),SFは1.54(Holladay式)であった.考按:OA-1000の眼軸長測定精度と術後屈折誤差は,AL-3000と同程度であり,臨床的に有用である.パーソナルA定数,SFを求めることでより精度の高い術後屈折値予測が可能と考えられる.Purpose:Tocomparepartialcoherenceinterferometry(OA-1000)withultrasoundbiometry(AL-3000)forintraocularlens(IOL)powercalculations.SubjectsandMethods:In50eyesof50patientswithcataracts,axiallength(AL)waspreoperativelymeasuredusingtheOA-1000andtheAL-3000.TheimplantedIOLpowerwascalculatedusingtheSRK/T,SRK/IIandHolladayformulas.AL,andmeanabsolutepostoperativerefractiveerror(MAE)werecomparedbetweenthetwodevices.Results:TherewasnosignificantdifferenceinALorMAEbetweenthetwodevices.Conclusion:ThemeasurementaccuracyoftheOA-1000wascomparabletothatoftheAL-3000.OptimizationofA-constantandsurgeonfactorimprovesMAEaccuracy.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)28(5):723.726,2011〕Keywords:光干渉式眼軸長測定,OA-1000,術後屈折誤差,超音波眼軸長測定,AL-3000.partialcoherenceinterferometry,OA-1000,postoperativerefractiveerror,ultrasoundbiometry,AL-3000.724あたらしい眼科Vol.28,No.5,2011(122)場した.IOLマスターTMの利点としては①角膜と非接触で眼軸長を測定できる,②視軸と一致した眼軸長の測定が可能である,③測定操作が容易で習熟を要する超音波Aモード眼軸長測定に比べて検者間での測定値のばらつきが少ない,などがあげられる4,5).これにより高精度な眼軸長測定が可能となり,術後屈折誤差の減少に貢献している6,7).IOLマスターTMに次いで2008年に同様の光干渉法を測定原理とするOA-1000(トーメーコーポレーション)が発売された.OA-1000は発売されて間もないこともあり,OA-1000を使用した眼軸長測定および白内障術後屈折誤差を検討した論文は少ない8.10).今回筆者らは光干渉式眼軸長測定装置OA-1000と超音波Aモード眼軸長測定装置AL-3000の眼軸長および白内障術後屈折誤差を比較検討したので報告する.I対象および方法対象は2008年9月から2009年2月までに,当院にて白内障術前検査として光干渉式眼軸長測定装置OA-1000(Contactモードを使用),超音波Aモード眼軸長測定装置AL-3000の2機種にて眼軸長が測定可能であった50例50眼(平均年齢:75.2±7.8歳,平均屈折値:.0.26±1.87D)である.条件として①角膜屈折力はmanualkeratometer(Bausch&Lomb,角膜中心から3.0mmの部位を測定)にて測定(平均角膜屈折力:44.75±1.58D),②OA-1000,AL-3000ともに検査は熟練者4名が施行,③同一術者が超音波水晶体乳化吸引術およびIOL挿入術を施行,④アクリル製IOLであるSA60AT(Alcon)を完全.内固定,⑤術後3カ月の経過観察にて矯正視力0.7以上,これらを満たした患者を対象とした.術後屈折誤差を計算するためのIOL度数計算式は,SRK/T式,SRKII式,Holladay式を使用した.SRK/T式,SRKII式のA定数は,メーカー推奨A定数である118.4を,Holladay式では,surgeonfactor(SF)=(A定数×0.5663).65.60の計算式11)で算出したSF=1.45を使用した.術後屈折誤差は,術後屈折誤差={術後3カ月(94.7±16.9日)の自覚等価球面度数.術前予測屈折値}の式より算出した.OA-1000のパーソナルA定数,SFは眼軸長,角膜屈折力,挿入したIOL度数,術後自覚的屈折値を元に算出した.検討項目は,①OA-1000とAL-3000の眼軸長の比較,②SRK/T式,SRKII式,Holladay式でのOA-1000とAL-3000の術後屈折誤差の比較,③SRK/T式,SRKII式,Holladay式のOA-1000におけるパーソナルA定数およびSFの算出である.眼軸長・術後屈折誤差の比較に関しては,対応のあるt検定を,術後屈折誤差の±0.5D以内・±1.0D以内の割合については,Fisherの直接確率計算法にて有意水準5%にて統計学的解析を行った.II結果1.OA-1000とAL-3000の眼軸長の比較眼軸長の平均はOA-1000で23.17±1.12mm,AL-3000で23.18±1.11mmであり,両者で有意差を認めなかった(対応のあるt検定,p=0.24)(表1).2.SRK/T式,SRKII式,Holladay式でのOA-1000とAL-3000の術後3カ月の屈折誤差の比較a.SRK/T式でのOA-1000とAL-3000の術後3カ月の屈折誤差の比較術後屈折誤差は,OA-1000で0.02±0.42D,AL-3000で0.06±0.40Dであり,両者で有意差を認めなかった(対応のあるt検定,p=0.18).術後絶対屈折誤差はOA-1000で0.35±0.23D,AL-3000で0.33±0.24Dであり,こちらも両者に有意差を認めなかった(対応のあるt検定,p=0.19).術後屈折誤差が±0.5D以内の割合はOA-1000,AL-3000ともに76%であり,両者に有意差を認めなかった(Fisherの直接確率計算,p=0.95).±1.0D以内の割合はOA-1000,AL-3000ともに100%であった(表2a).b.SRKII式でのOA-1000とAL-3000の術後3カ月の屈折誤差の比較術後屈折誤差は,OA-1000で0.22±0.50D,AL-3000で0.24±0.50Dであり,両者で有意差を認めなかった(対応のあるt検定,p=0.31).術後絶対屈折誤差はOA-1000で0.45±0.29D,AL-3000で0.44±0.33Dであり,こちらも両者に有意差を認めなかった(対応のあるt検定,p=0.53).術後屈折誤差が±0.5D以内の割合はOA-1000,AL-3000ともに60%であり,両者に有意差を認めなかった(Fisherの直接確率計算,p=0.58).また,±1.0D以内の割合はOA-1000,AL-3000ともに94%であり両者に有意差を認めなかった(Fisherの直接確率計算,p=0.66)(表2b).c.Holladay式でのOA-1000とAL-3000の術後3カ月の屈折誤差の比較術後屈折誤差は,OA-1000で0.11±0.47D,AL-3000で0.14±0.45Dであり,両者で有意差を認めなかった(対応のあるt検定,p=0.24).術後絶対屈折誤差はOA-1000で0.40±0.25D,AL-3000で0.38±0.28Dであり,こちらも両者に有意差を認めなかった(対応のあるt検定,p=0.10).表1OA-1000とAL-3000の眼軸長の比較眼軸長(mm)OA-100023.17±1.12AL-300023.18±1.11眼軸長はOA-1000で23.17±1.12mm,AL-3000で23.18±1.11mmであり,OA-1000とAL-3000の間で有意差を認めなかった.(123)あたらしい眼科Vol.28,No.5,2011725術後屈折誤差が±0.5D以内の割合はOA-1000で64%,AL-3000で68%であり,両者に有意差を認めなかった(Fisherの直接確率計算,p=0.42).±1.0D以内の割合はOA-1000が98%,AL-3000が96%であり,両者に有意差を認めなかった(Fisherの直接確率計算,p=0.50)(表2c).3.OA-1000のパーソナルA定数およびSF眼軸長,角膜曲率半径,挿入したIOL度数,術後屈折値を用いて算出した結果,OA-1000のパーソナルA定数は118.5(SRK/T式),118.7(SRKII式),SFは1.54(Holladay式)であった.III考按白内障手術に対する患者の期待が高まっている現在では,術後屈折誤差の少ない最適なIOL度数を選択することは患者のQOVを左右する.最適なIOL度数計算のためには正確な眼軸長を測定する必要がある.近年,従来の超音波Aモードとは測定原理の異なる光干渉法を使用したIOLマスターTMが開発された.2008年にはIOLマスターTMと同様の光干渉法を測定原理とするOA-1000が臨床使用可能となった.今回,筆者らはOA-1000を用いて眼軸長測定精度と術後屈折誤差について検討した.OA-1000では,3つの測定モードが搭載されており,①涙液表面から網膜色素上皮までの距離の実測値を測定する「Opticalモード」,②IOLマスターTMと同様に網膜の厚さを補正した「Immersionモード」,③超音波Aモードと同じ角膜表面から内境界膜までを測定した値に補正した「Contactモード」がある.測定前に測定モードを選択する必要があり,「Contactモード」では,超音波Aモード用のメーカー推奨A定数が使用可能と報告されている8).また,OA-1000では眼軸長・角膜厚・前房深度は測定できるが,角膜屈折力は測定できないため,オートケラトメータの値を代入して計算する必要がある12).今回,OA-1000(Contactモード)と超音波Aモード眼軸長測定装置AL-3000を比較したところ,測定した眼軸長には両者に有意差を認めなかった.術後屈折誤差については,SRK/T式,SRKII式,Holladay式の3つの式を用いて比較したが,いずれの式においても術後屈折誤差,術後絶対屈折誤差,±0.5D以内の割合,±1.0D以内の割合に両者に有意差を認めなかった.以上より,OA-1000は,従来から汎用されている超音波Aモード眼軸長測定装置AL-3000と遜色ない眼軸長測定・術後屈折予測精度をもち,臨床的に有用であると考えられる.OA-1000でのパーソナルA定数,SFを算出したところSRK/T式118.5,SRKII式118.7,Holladay式1.54となり,メーカー推奨値とは異なる値が得られた.このことより,検者ごとのパーソナルA定数,SFを求めることで術後屈折誤差の精度をさらに向上させることが可能と考えられる.今回は,どのIOL度数計算式においてもOA-1000とAL-3000に有意差を認めなかった.OA-1000と超音波Aモードによる術後屈折誤差を比較した過去の論文8.10)と比べると,①OA-1000(Contactモード)は,超音波Aモード表2aSRK/T式でのOA-1000とAL-3000の術後3カ月の屈折誤差の比較術後屈折誤差(D)術後絶対屈折誤差(D)±0.5D以内の割合(%)±1.0D以内の割合(%)OA-10000.02±0.420.35±0.2376100AL-30000.06±0.400.33±0.2476100術後屈折誤差,術後屈折誤差の絶対値,術後屈折誤差が±0.5D,±1.0D以内の割合にOA-1000とAL-3000の間で有意差を認めなかった.表2bSRKII式でのOA-1000とAL-3000の術後3カ月の屈折誤差の比較術後屈折誤差(D)術後絶対屈折誤差(D)±0.5D以内の割合(%)±1.0D以内の割合(%)OA-10000.22±0.500.45±0.296094AL-30000.24±0.500.44±0.336094術後屈折誤差,術後屈折誤差の絶対値,術後屈折誤差が±0.5D,±1.0D以内の割合にOA-1000とAL-3000の間で有意差を認めなかった.表2cHolladay式でのOA-1000とAL-3000の術後3カ月の屈折誤差の比較術後屈折誤差(D)術後絶対屈折誤差(D)±0.5D以内の割合(%)±1.0D以内の割合(%)OA-10000.11±0.470.40±0.256498AL-30000.14±0.450.38±0.286896術後屈折誤差,術後屈折誤差の絶対値,術後屈折誤差が±0.5D,±1.0D以内の割合にOA-1000とAL-3000の間で有意差を認めなかった.726あたらしい眼科Vol.28,No.5,2011(124)と同様に良好な術後屈折予測が可能である,②最適化A定数を算出することでより精度の高い術後屈折予測が可能である,という点で同様の結果となった.OA-1000と測定原理が同じであるIOLマスターTMを用いて光干渉式眼軸長測定装置と超音波Aモードを比較した論文のなかには,IOLマスターTMのほうが有用であるとの報告がある13,14).それらの報告と比べると,今回の結果は,AL-3000での術後屈折誤差が良好であり,そのために両者に有意差がなかった可能性がある.本研究においてAL-3000での屈折誤差が良好であった理由としては,①対象患者に長眼軸眼が少なかったこと(OA-1000において24.5mm以上の眼軸長の割合12%,26.0mm以上の割合2%),②OA-1000で測定不能症例を除外したため,超音波Aモードにて測定誤差の出やすい核硬化度の高い白内障の患者が対象から除外された可能性があること,③検者4人が全員熟練者であったこと,などが考えられる.以上により,光干渉式眼軸長測定装置OA-1000と超音波Aモード眼軸長測定装置AL-3000の眼軸長,術後絶対屈折誤差に有意差はなく,臨床的には両機器とも有用であると考えられた.利便性という面では,OA-1000は簡単な操作で眼軸長測定が可能である.ただし,OA-1000では,視軸上に強い混濁のある症例(後.下白内障・成熟白内障・角膜混濁・硝子体出血)や固視不良の症例は測定困難であるため12),両者の特徴をうまく生かし,臨床利用していくことが望ましいと考えられる.文献1)OlsenT:Sourcesoferrorinintraocularlenspowercalculation.JCataractRefractSurg18:125-129,19922)嶺井利沙子,清水公也,魚里博ほか:レーザー干渉による非接触型眼軸長測定の検討.あたらしい眼科19:121-124,20023)福山誠:眼内レンズ度数決定における眼軸長測定の重要性と問題点.日本の眼科69:339-343,19984)嶺井利沙子,清水公也,魚里博:IOLMasterTM.眼科手術15:49-51,20025)深井寛信,土屋陽子,野田敏雄ほか:光干渉式眼軸長測定器(IOLマスターTM)の眼軸長測定精度の検討.IOL&RS17:295-298,20036)VogelA,DickHB,KrummenauerF:Reproducibilityofopticalbiometryusingpartialcoherenceinterferometry:Intraobserverandinterobserverreliability.JCataractRefractSurg27:1961-1968,20017)勝木加香,福山会里子:レーザー光干渉と超音波Aモードによる眼軸長測定の検討.眼科手術17:401-404,20048)須藤史子,島村恵美子,大鹿哲郎ほか:新しい光干渉眼軸長測定装置OA-1000の測定精度と最適化A定数.IOL&RS23:568-572,20099)水島由紀子,川名啓介,須藤史子ほか:新しい光干渉式眼軸長測定装置による眼軸長測定の検討.眼科手術23:453-457,201010)氣田明香,須藤史子,島村恵美子ほか:光干渉式眼軸長測定装置OA-1000とIOLマスターRの比較.日本視能訓練士協会誌38:227-234,200911)ShammasHJ:ModernFormulasForIntraocularLensPowerCalculations.IntraocularLensPowerCalculations,p16-17,SLACKIncorporated,Thorotare,NJ,200412)須藤史子:光干渉眼軸長測定装置.眼科手術22:197-202,200913)FindlO,DrexlerW,MenapaceRetal:Improvedpredictionofintraocularlenspowerusingpartialcoherenceinterferometry.JCataractRefractSurg27:861-867,200114)ConnorsR3rd,BosemanP3rd,OlsonRJ:Accuracyandreproducibilityofbiometryusingpartialcoherenceinterferometry.JCataractRefractSurg28:235-238,2002***

Reverse Pupillary Block を合併した中心前房深度が深い閉塞隅角緑内障眼の1例

2011年5月31日 火曜日

0910-1810/11/\100/頁/JCOPY(117)719《原著》あたらしい眼科28(5):719.722,2011cはじめにReversepupillaryblockとは瞳孔領を介する前房から後房に流れる房水抵抗が増加し虹彩が後方に突出し,周辺で虹彩がZinn小帯,毛様体を圧迫して閉塞隅角の状態を形成したものである.Karickhoff1)により仮説が提唱され,近年超音波生体顕微鏡(ultrasoundbiomicroscope:UBM)により画像上でも立証されてきている2,3).色素性緑内障にみられることがあり,色素性緑内障の発症原因とも考えられている4,5)が,わが国での報告は少ない.治療法としてはレーザー周辺虹彩切開術(LPI)や濾過手術が報告されている.今回筆者らは,中心前房が深いために当初開放隅角緑内障と考えられ治療を受けていたreversepupillaryblockを合〔別刷請求先〕小倉拓:〒409-3898中央市下河東1110山梨大学医学部眼科学講座Reprintrequests:TakuOgura,M.D.,DepartmentofOphthalmology,FacultyofMedicine,UniversityofYamanashi,1110Shimokato,Chuo,Yamanashi409-3898,JAPANReversePupillaryBlockを合併した中心前房深度が深い閉塞隅角緑内障眼の1例小倉拓*1間渕文彦*2柏木賢治*2*1飯田病院眼科*2山梨大学大学院医学工学総合研究部眼科学講座ACaseofAngle-ClosureGlaucomawithDeepAnteriorChamberComplicatedwithReversePupillaryBlockTakuOgura1),FumihikoMabuchi2)andKenjiKashiwagi2)1)DepartmentofOphthalmology,IidaHospital,2)DepartmentofOphthalmology,InterdisciplinaryGraduateSchoolofMedicineandEngineering,UniversityofYamanashi目的:中心前房深度が深いために当初開放隅角緑内障と考えていたがreversepupillaryblockを合併した閉塞隅角緑内障が原因と思われた1例を報告する.症例:63歳,男性.近医より右眼眼圧上昇に対する点眼治療の反応が不安定なため紹介となった.中心前房深度は両眼とも3.0mmと深く,transilluminationsign,Krukenbergspindle,前房内炎症は認めなかった.超音波生体顕微鏡検査にて,両眼とも上方隅角の周辺虹彩前癒着(PAS)と他部位の狭窄を認めた.PASの範囲は右眼のほうが広かった.虹彩は菲薄化し,特に右眼の虹彩は強い陥凹形状を示し水晶体と虹彩は広範囲で接し毛様体は前方に圧排されていた.レーザー周辺虹彩切開術は無効で水晶体摘出と隅角解離術を施行した結果,眼圧は正常化した.結論:Reversepupillaryblockを合併した閉塞隅角緑内障を経験した.水晶体摘出術ならびに隅角解離術も治療法として検討する必要がある.Purpose:Toreportacaseofangle-closureglaucomafirstthoughttobeopen-angleglaucomabecauseofthedeepanteriorchambercomplicatedreversepupillaryblock.Case:A63-year-old-malewasreferredtousforinstabilityofintraocularpressureinhisrighteye,despiteinstillationtherapy.Centralanteriorchamberdepthwas3mminbotheyes.Therewasnotransilluminationsign,noKrukenbergspindleandnoanteriorchamberinflammation.Ultrasoundbiomicroscopyconfirmedthepresenceofperipheralanteriorsynechiaintheupwardangleandstrictureoftheotherangle.Theiriswasthinand,intherighteye,shapedconvexitybelow.Theciliarybodywasnoteffective;intraocularpressurewasnormalizedbylensextractionandgoniosynechialysis.Conclusion:Weexperiencedacaseofangle-closureglaucomawithdeepanteriorchambercomplicatedwithreversepupillaryblock.Itisnecessaryconsiderlensextractionandgoniosynechialysisastreatmentinsuchcases.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)28(5):719.722,2011〕Keywords:reversepupillaryblock,中心前房深度,レーザー周辺虹彩切開術,周辺虹彩切除術,超音波生体顕微鏡.reversepupillaryblock,centralanteriorchamberdepth,laserperipheraliridotomy,peripheraliridectomy,ultrasoundbiomicroscope.720あたらしい眼科Vol.28,No.5,2011(118)併した閉塞隅角緑内障眼の1例を報告する.I症例63歳,男性.2008年6月右眼のかすみを自覚し近医を受診した.右眼の眼圧上昇を指摘され点眼薬による眼圧下降治療が行われたが,眼圧コントロールが不安定のため同年10月山梨大学附属病院へ紹介となった.現病歴,既往歴に特記すべきことはなく,ステロイドや塩酸タムスロシンの投薬歴はなく外傷の既往もなかった.初診時眼圧はトラボプロストを両眼1日1回,ニプラジロールを右眼1日2回使用して,両眼とも9mmHgであった.視力はVD=0.7(n.c.),VS=0.6(0.9×+1.5D)であった.右眼は軽度の緑内障性視神経障害を認めた(図1).両眼とも老人性白内障を認め,黄斑部に異常所見はなく,矯正視力の低下は白内障によるものと考えられた.TransilluminationsignとKrukenbergspindleは陰性で眼内炎症所見は認めなかった.瞳孔はroundで中心前房深度は両眼とも3.0mmと深かったが,上方の隅角にはSchlemm’scanalの高さに連続する周辺虹彩前癒着(PAS)左眼右眼図1両眼Humphrey30.2グレースケール右眼に緑内障性の視野変化を認める.左眼は正常範囲内.耳側上方下方鼻側図2右眼UBM所見右眼の虹彩が平坦か下に凸であることがわかる.また耳側から下方にかけて水晶体と虹彩が広く接触している.耳側上方下方鼻側図3左眼UBM所見上方隅角の閉塞を認める.他には大きな異常は認められない.(119)あたらしい眼科Vol.28,No.5,2011721が右眼9時から1時,左眼11時から1時に認められた.他の部位の隅角の開放度はShaffer2程度で線維柱帯の色素沈着は中等度であった.閉塞隅角緑内障が疑われたために後日負荷試験を施行した.11月に施行されたうつ伏せ負荷試験では右眼28mmHgから35mmHg,左眼16mmHgから23mmHgと右眼で境界程度の眼圧上昇であった.12月に施行された散瞳負荷試験では右眼20mmHgから23mmHg,左眼17mmHgから16mmHgと陰性であった.その間も右眼の眼圧は安定せず10mmHgから30mmHgの間で変動を認めた.UBMにての観察では両眼とも上方隅角の器質的閉塞が疑われた.虹彩は菲薄化し,特に右眼の虹彩は陥凹を強く示し水晶体と虹彩は広く接触していた(図2,3).その後も経過中の右眼眼圧は変動が大きく時に40mmHgを超えた.閉塞隅角緑内障による眼圧上昇機序を考え,2009年3月LPIを右眼に対し施行した.角膜内皮細胞密度は右眼2,347/mm3,左眼2,445/mm3であった.六角形細胞比率は右眼44%,左眼48%で一部にdarkareaを認めた.UBMではLPI後の虹彩と水晶体の広い接触は軽度改善し,一旦眼圧は下降したが再度上昇した.LI孔の大きさ,位置ともに問題はなく,外科的治療が必要と判断したが,視神経障害が軽度であること,白内障による視力低下があることから,8月27日右眼超音波水晶体乳化吸引術+眼内レンズ挿入術+隅角解離術+周辺虹彩切除術(PEA+IOL+GSL+PI)を施行した.術後炎症がやや強く軽度の眼圧上昇を認めたものの,退院前には右眼眼圧は10mmHg前半となった.虹彩の後方への突出程度は軽減し眼内レンズと虹彩の広範囲な接触は認められていない.その後外来にて2010年12月24日まで経過観察を続けているが,眼圧は12~16mmHgにてコントロールされている.II考按今回筆者らが経験した症例はUBMの所見や,一旦閉塞が解除されるとしばらく正常眼圧が維持された経過などから,reversepupillaryblockを合併した閉塞隅角による眼圧上昇をきたしたと考えられた.Reversepupillaryblockは正常眼でも調節時にみられるほか,色素性緑内障に発症すると報告されている1,5)が,本症例では色素性緑内障に認められるtransilluminationsign,Krukenbergspindle,線維柱帯の強い色素沈着などの三主徴のうち,少なくともtransilluminationsignとKrukenbergspindleは認められず色素性緑内障とは確定できない.色素性緑内障はreversepupillaryblockに伴う虹彩裏面とZinn小帯の接触(irido-zonularcontact)や虹彩裏面と毛様体突起の接触(irido-ciliarycontact)による続発開放隅角緑内障であるとされている.Reversepupillaryblockでは一般的にPASは起こらないとされているが,今回の症例では他に続発性にPASを形成する因子は認められなかった.虹彩も薄く,薬剤歴はないものの,もともとfloppyirissyndrome様の所見があり,虹彩と水晶体の形状からreversepupillaryblockと診断されたものの眼圧上昇機序の中心は閉塞隅角によるものと思われた.これまでわが国ではreversepupillaryblockに閉塞隅角緑内障を合併した報告はみられない.Reversepupillaryblockの治療としてはLPIが選択されることが多いが,本症例では一過性に眼圧が改善したものの再上昇をすぐにきたしたためLPIの有用性に関しては疑問がある.実際reversepupillaryblockに対するLPIの長期有用性に関しては最近否定的な論文も散見される6).これはおそらく隅角閉塞機序による眼圧上昇だけではなく線維柱帯の流出障害もあるためと考えられる.しかしながら本症例ではLPIによっても水晶体と虹彩の接触が広く残っていたために閉塞隅角の解消には至らず眼圧が再上昇したものと考えられる.今回reversepupillaryblockの要因が考えられ虹彩形状が容易に変形する可能性もあったため,手術の際にPIを追加した.手術後は虹彩の陥凹形状が平坦化し,虹彩と水晶体の接触面が減少し,術後眼圧が安定した.本症例と鑑別を要する疾患としてはPosner-Schlossman症候群や他の続発緑内障があげられるが,既往や経過を通して角膜,隅角を含めた炎症性の変化など他の続発緑内障の存在を示す証拠を認めないことから否定的である.また,UBM所見よりプラトー虹彩症候群とも異なり,隅角所見は両眼とも同様であり外傷などによるものも考えにくい.さらに63歳と高齢で視神経障害も軽度のことから発達緑内障などの可能性は低いと考えられる.Reversepupillaryblockに対する治療としてはLPIや濾過手術の報告がある6~8).水晶体摘出術やGSLはみられないが,本症例ではreversepupillaryblockに対する治療法の一つとして水晶体摘出により濾過手術を行わずに眼圧コントロールを得ることができた.PAS範囲が少ないことから今回のGSLの有効性に関しては不明であるが,reversepupillaryblockが疑われる症例ではUBMなどを使用し,十分に眼圧上昇機序を検討した後,LPIや濾過手術のほかに水晶体摘出術も選択肢として検討する必要があると思われた.文献1)KarickhoffJR:Pigmentarydispersionsyndromeandpigmentaryglaucoma:anewmechanismconcept,anewtreatment,andanewtechnique.OphthalmicSurg23:269-277,19922)PotashSD,TelloC,LiebmannJetal:Ultrasoundbiomicroscopyinpigmentdispersionsyndrome.Ophthalmology101:332-339,19943)上田潤,沢口昭一,渡辺穣爾ほか:調節に伴う虹彩の後方湾曲色素散乱症候群の病態解明に向けて.日眼会誌722あたらしい眼科Vol.28,No.5,2011(120)101:187-191,19974)LaemmerR,MardinCY,JuenemannAG:Visualizationofchangesoftheirisconfigurationafterperipherallaseriridotomyinprimarymelanindispersionsyndromeusingopticalcoherencetomography.JGlaucoma17:569-570,20085)CampbellDG:Pigmentarydispersionandglaucoma.Anewtheory.ArchOphthalmol97:1667-1672,19796)ReistadCE,ShieldsMB,CampbellDGetal:Theinfluenceofperipheraliridotomyontheintraocularpressurecourseinpatientswithpigmentaryglaucoma.JGlaucoma14:255-259,20057)若林卓,東出朋巳,杉山和久:薬物療法,レーザー治療および線維柱帯切開術を要した色素緑内障の1例.日眼会誌111:95-101,20078)MigliazzoCV,ShafferRN,NykinRetal:Long-termanalysisofpigmentarydispersionsyndromeandpigmentaryglaucoma.Ophthalmology93:1528-1536,1986***

Descemet’s Stripping Automated Endothelial Keratoplasty 術後における角膜内皮細胞密度の変化と影響因子の検討

2011年5月31日 火曜日

0910-1810/11/\100/頁/JCOPY(113)715《原著》あたらしい眼科28(5):715.718,2011c〔別刷請求先〕中川紘子:〒602-0841京都市上京区河原町通広小路上ル梶井町465京都府立医科大学大学院医学研究科視覚機能再生外科学Reprintrequests:HirokoNakagawa,M.D.,DepartmentofOphthalmology,KyotoPrefecturalUniversityofMedicine,465Kajiicho,Hirokouji-agaru,Kawaramachi-dori,Kamigyou-ku,Kyoto602-0841,JAPANDescemet’sStrippingAutomatedEndothelialKeratoplasty術後における角膜内皮細胞密度の変化と影響因子の検討中川紘子*1,2稲富勉*2稗田牧*2外園千恵*2横井則彦*2木下茂*2*1バプテスト眼科クリニック*2京都府立医科大学大学院医学研究科視覚機能再生外科学CornealEndothelialCellLossandInfluencingFactorsafterDescemet’sStrippingAutomatedEndothelialKeratoplastyHirokoNakagawa1,2),TsutomuInatomi2),OsamuHieda2),ChieSotozono2),NorihikoYokoi2)andShigeruKinoshita2)1)BaptistEyeClinic,2)DepartmentofOphthalmology,KyotoPrefecturalUniversityofMedicine目的:Descemet’sstrippingautomatedendothelialkeratoplasty(DSAEK)術後の角膜内皮細胞密度(ECD)の変化と影響因子についてレトロスペクティブに検討した.対象:対象は水疱性角膜症に対して海外プレカットドナー角膜を用いてDSAEKを施行した100例104眼,平均年齢は72.9±10.6歳,平均経過観察期間は18.1±9.3カ月.結果:プレカット前の平均ドナーECDは2,946±313cells/mm2であり,プレカット処理によるECD減少率は5.1%であった.術後6,12,24カ月でのECDは,2,039±478cells/mm2,1,919±550cells/mm2,1,598±596cells/mm2であり,減少率は30.4%,34.6%,44.3%であった.ドナー年齢,ドナー摘出条件,白内障同時手術の有無はECDの経過に影響を与えなかったが,空気再注入症例ではECD減少率が有意に大きかった.結論:プレカットドナー角膜を用いたDSAEKは良好な角膜内皮細胞の生着を示した.Purpose:ToinvestigatecornealendothelialcelllossandinfluencingfactorsinpatientswhounderwentDescemet’sstrippingautomatedendothelialkeratoplasty(DSAEK).Subjects:Thisstudyinvolvedtheretrospectiveanalysisofcornealendothelialcelllossandinfluencingfactorsin104eyesof100patientswhounderwentDSAEKforbullouskeratopathyusingprecutdonorcorneasobtainedfromanoverseaseyebank.Theaverageageofthepatientswas72.9±10.6yearsandthemeanfollow-uptimewas18.1±9.3months.Results:Themeanendothelialcelldensity(ECD)ofthedonorcorneasbeforetheprecutwas2,946±313cells/mm2,andrepresentinga5.1%celllossaftertheprecut.ThemeanECDat6,12,and24monthsafterDSAEKwas2,039±478,1,919±550,and1,598±596cells/mm2,respectively,thusindicatingarespective30.4%,34.6%,and44.3%ECDlosscomparedwiththatofbeforetheprecut.Theendothelialcelllosswasnotinfluencedbythedonorage,thedonorcorneaextractionmethod,orbywithorwithoutsimultaneouscataractsurgery.PatientswhounderwentrebubblingafterDSAEKshowedgreatercelllossthanpatientswhodidnot.Conclusions:ThefindingsofthisstudyshowthatDSAEKusingaprecutdonorcorneaobtainedfromanoverseaseyebankisasafeandeffectivetreatmentforbullouskeratopathy.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)28(5):715.718,2011〕Keywords:DSAEK,角膜内皮移植術,角膜内皮細胞密度,プレカットドナー,水疱性角膜症.DSAEK,endothelialkeratoplasty,cornealendothelialcelldensity,precutdonor,bullouskeratopathy.716あたらしい眼科Vol.28,No.5,2011(114)はじめに水疱性角膜症に対する外科治療としては全層角膜移植術(penetratingkeratoplasty:PKP)が適応であったが,近年は角膜内皮移植術(Descemet’sstrippingautomatedendothelialkeratoplasty:DSAEK)が第一選択となる症例が増えてきている.DSAEKはPKPと比較して,早期より視力改善効果が得られ,不正乱視も少なく視機能回復面からも優れ,眼球の強度も保たれるため外傷にも強いというメリットがある1~4).しかし角膜の透明性の維持には角膜内皮細胞の長期的な生着が必須であり,欧米においては長期経過も報告されているが,わが国では短期成績の報告しかなく5),長期経過については明らかではない.わが国では水疱性角膜症の主要原因疾患としてレーザー虹彩切開術後が多くを占めており6),対象疾患の比率や前眼部形態が異なることにより角膜内皮細胞密度(ECD)の長期経過も異なる可能性がある.海外プレカットドナー角膜を用いたDSAEK術後100例104眼の中期間での検討を行ったので報告する.I対象および方法対象は,2007年8月から2010年7月の間にバプテスト眼科クリニックで水疱性角膜症に対してDSAEKを施行し,術後に拒絶反応や,空気再注入以外の内眼手術の追加処置なく経過観察が可能であった100例104眼である.性別は男性が50眼,女性が54眼であり,手術施行時の平均年齢は72.9±10.6歳(平均値±標準偏差),平均経過観察期間は術後18.1±9.3カ月(4~38カ月)であった.レトロスペクティブにECDの経時変化,術式との関連性,ドナー角膜の条件および,原疾患との関係について検討した.水疱性角膜症の原因疾患の内訳は,レーザー虹彩切開術後水疱性角膜症(LIBK)が40眼(39%),偽水晶体性水疱性角膜症(PBK)が19眼(18%),多重緑内障手術後が15眼(14%),Fuchs角膜内皮ジストロフィが14眼(13%),PKP後再移植例が3眼(3%),無水晶体性水疱性角膜症が2眼(2%),その他が11眼(11%)であった.術式の内訳は偽水晶体眼に対するDSAEK単独施行例が65眼(63%)で,DSAEKと白内障手術の同時施行例が39眼(37%)であった.移植グラフトは米国アイバンク(SightLifeTM,Seattle,WA,USA)からのプレカットドナー角膜を用いた.DSAEK術式はすべての症例に対して前房メインテナーにより前房深度を維持しながら逆Sinskeyフック(DSAEKPriceHookTM,モリア・ジャパン,東京)を用いてDescemet膜を.離した後,約4~5mmの耳側角膜切開創よりDSAEKBusinGlideSpatulaTM(モリア・ジャパン,東京)を用いてグラフトを挿入した.グラフト内皮面はヒアルロン酸ナトリウムにより保護し,前房内に空気を注入し眼圧を正常化させて手術を終了した.ECDの測定は,ドナーの値についてはプレカット前後に米国アイバンクにて測定された値を用いた.術後の値については,非接触型スペキュラーマイクロスコープ(EM3000TM,TOMEY)にて測定した.統計学的解析に関しては,2群の差の検討にはMann-Whitney’sUtest,相関の検討にはSpearman’scorrelationcoefficientbyranktest,原疾患別の検討にはKruskal-Walistestを用いた.すべての検定でp<0.05を統計学的に有意とした.II結果1.プレカット処理および術後期間によるECDの推移海外プレカットドナー角膜のプレカット前の平均ECDは2,946±313cells/mm2,プレカット後は2,787±343cells/mm2であり,プレカット処理によるECD減少率は5.1%であった.術後1,6,12,18,24カ月での平均ECDは,2,220±396cells/mm2(96眼),2,039±478cells/mm2(90眼),1,919±550cells/mm2(62眼),1,805±604cells/mm2(37眼),1,598±596cells/mm2(31眼)であり(図1),プレカット前のECDと比較した術後1,6,12,18,24カ月でのECD減少率はそれぞれ24.4%,30.4%,34.6%,38.1%,44.3%であった.2.手術によるECD減少率手術によるECD減少率は,プレカット後と術後1カ月の間の減少率とし,平均減少率は19.9%(96眼)であった.グラフトの接着不良のため,9眼(9%)で初回手術以降に再度空気注入術を必要とし,これらの症例でのECD減少率は31.7%であり,再注入を行わなかった例と比べると有意に高かった(p=0.01).空気再注入術を行った症例のうち7眼は1回の再注入のみでグラフトの良好な接着が得られたが,こ角膜内皮細胞密度(cells/mm2)3,5003,0002,5002,0001,5001,0005000前後1カ月6カ月12カ月18カ月24カ月30カ月プレカット術後経過期間図1平均角膜内皮細胞密度の変化プレカット前後のECDは2,946cells/mm2,2,787cells/mm2であり,減少率は5.1%であった.術後1,6,12,24カ月でのプレカット前ECDからの減少率はそれぞれ24.4%,30.4%,34.6%,44.3%であった.(115)あたらしい眼科Vol.28,No.5,2011717れらでの手術によるECD減少率は26.7%であり,非再注入群との間に有意差は認めなかった(p=0.13).3.術式とECD減少の関連性DSAEK単独手術群と白内障同時手術群でECDの減少について比較した.プレカット後の平均ECDは,単独手術群で2,734±318cells/mm2(66眼),白内障同時手術群で2,847±359cells/mm2(48眼)で両群間に有意差は認めず(p=0.15),術後1カ月でのECDも単独手術群で2,195±397cells/mm2(53眼),白内障同時手術群で2,269±361cells/mm2(33眼)であり,両群間に有意差は認めなかった(p=0.48)(図2).4.ドナー角膜条件とECD減少の関連性本検討のドナー角膜の条件は,平均年齢59.4±12.2歳(17~75歳),平均死亡~強角膜片作製時間は532±256分,平均死亡~手術日数は5.1±1.0日,グラフトサイズは,7.5mmが5眼,7.75mmが13眼,8mmが77眼,8.25mmが5眼,8.5mmが4眼であった.ドナー年齢とプレカット前のECDには相関は認めず,術後12カ月と術後24カ月のECDにおいてもドナー年齢との相関は認めなかった.死亡~強角膜片作製時間および,死亡~手術日数とECDの間にも同様に相関は認めなかった.各グラフトサイズにおける術後24カ月の内皮細胞密度は7.5mmが1,470cells/mm2(2眼),7.75mmが1,006cells/mm2(5眼),8mmが1,688cells/mm2(20眼),8.25mmが1,741cells/mm2(2眼),8.5mmが2,235cells/mm2(2眼)であり有意な相関を認め,グラフトサイズが大きいほど内皮細胞密度が高い傾向にあった(相関係数=0.52,p=0.003).5.原疾患とECD減少の関連性術後6カ月での主要な原疾患別のECDは,LIBKが2,144±401cells/mm2(37眼),PBKが1,911±508cells/mm2(17眼),多重緑内障手術後が1,828±609cells/mm2(12眼),Fuchs角膜内皮ジストロフィが2,240±299cells/mm2(10眼)であった.多重緑内障手術後は他の群に比べてECDが低い傾向にあったが,統計学的な有意差は認めなかった.術後12カ月での原疾患別のECDはLIBKで2,098±393cells/mm2(24眼),PBKが1,898±659cells/mm2(10眼),多重緑内障手術後が1,538±776cells/mm2(8眼),Fuchs角膜内皮ジストロフィが2,247±444cells/mm2(10眼)であり,同様の傾向であった(図3).III考察今回筆者らは,DSAEK術後の中期的なECDの変化と,それに影響を与えていると考えられるドナー条件,ホストの臨床背景および術式に関連する因子について検討を行った.欧米での既報では,ECDおよび減少率についてPriceらは263眼において術後6カ月では2,000±540cells/mm2で減少率は34%,12カ月では1,900±480cells/mm2で減少率は36%(192眼),24カ月では1,800±490cells/mm2で減少率は41%(65眼)と報告しており7),Terryらは80眼において術後6カ月では1,908±354cells/mm2で減少率は34%,12カ月では1,856±371cells/mm2で減少率は35%であると報告している8).本検討での結果では術後6,12,24カ月での減少率は30.4%,34.6%,44.3%であり,既報と同程度のECDが維持できていた.ドナー角膜は全例米国アイバンクでプレカットされたもので,プレカット処理によるECD減少率は5.1%,プレカット後の平均ECDは2,787cells/mm2であった.ドナー平均年齢は60歳,平均死亡~強角膜片作製時間は532分,平均死亡~手術日数は5日間であり,安全なドナー角膜が提供さ角膜内皮細胞密度(cells/mm2)3,5003,0002,5002,0001,5001,0005000■:プレカット後■:術後1カ月単独手術白内障同時手術図2単独手術と白内障同時手術の比較術後1カ月でのECDは単独手術群で2,195cells/mm2,白内障同時手術群で2,270cells/mm2であり,術式により減少率に差は認めなかった.角膜内皮細胞密度(cells/mm2)3,5003,0002,5002,0001,5001,0005000LIBKPBKGlaucomarelatedFuchs図3原疾患別の術後12カ月でのECDの比較術後12カ月でのECDには原疾患による有意な違いは認めなかったが,緑内障群で低い傾向を認めた.LIBK:レーザー虹彩切開術後水疱性角膜症,PBK:偽水晶体性水疱性角膜症,Glaucomarelated:多重緑内障手術後,Fuchs:Fuchs角膜内皮ジストロフィ.718あたらしい眼科Vol.28,No.5,2011(116)れていた.ドナー年齢,死亡~強角膜片作製時間,死亡~手術日数によって術後のECDの経時変化に差を認めなかったが,グラフトサイズでの検討ではサイズの大きさと術後1年および2年でのECDには相関を認め,サイズを決める際には角膜径や前房深度に合わせてできるだけ大きめのサイズを選択するのが望ましいと考えられた.今回筆者らは白内障手術の同時施行の有無および空気再注入の有無のECDへの影響を検討したが,DSAEK単独手術の場合と白内障手術を同時に行った場合とでの両術式によるECD減少の違いは認めなかった.術後早期合併症としてグラフトの接着不良が散見されたが,Priceらは,263眼中17眼(6.5%)にグラフトの接着不良を認め空気の再注入が必要であり,これらの群では術後6カ月でのECD減少率は45±20%で,良好例と比較して減少率が有意に高かったと報告している5).今回の検討でも空気再注入例では,再注入を要しなかった例と比較してECDの減少率が有意に高いが,1回のみの再注入に関しては統計学的な有意差は認められなかった.グラフトの接着不良による空気の再注入はECD減少の危険因子となるが,複数回に及ばなければ影響は少ないと考えられた.ホストの臨床背景とECD減少との関連性について,欧米の既報では原疾患としてFuchs角膜内皮ジストロフィが最も多く7,8),PriceらはFuchs角膜内皮ジストロフィとPBKにおける術後12カ月での内皮減少率はそれぞれ37%,41%で,原疾患による減少率の間に有意差を認めなかったと報告している9).今回の検討では同様にFuchs角膜内皮ジストロフィとPBKでは有意差は認めず,多重緑内障手術後群でECDが低い傾向を認めたが有意差は認めず,疾患群間でのECD変化の差異については多数例での検討が必要である.移植術後のECDの長期経過では角膜内皮細胞の創傷治癒が関連するが,PKPでは長期経過が多数報告されているものの,DSAEKでの長期経過の報告はまだ少ない.DSAEKではPKPと比較しホストグラフトジャンクションの形状が異なるため創傷治癒においても内皮細胞動態が異なる可能性が高い.Priceらは術後1年ではDSAEKでのECD減少率が38%とPKPでの20%に比較して高いことを報告している9).IngらによるPKPの長期経過の報告では術後1,3,5年の内皮細胞密度が1,958cells/mm2,1,376cells/mm2,1,191cells/mm2と1年以降も減少し10),一方DSAEKの術後6カ月以降のECD減少は比較的ゆるやかに変化しており,術後6カ月から2年の間の中期的な減少率は6~7%程度であると報告されている7,11).このように長期的なECDの経時変化はDSAEKとPKPで異なると推測されている.DSAEKの有効性を検討するうえでは今後長期的な多数例でのECDの変化を検討するとともに,広視野の接触型スペキュラマイクロスコープを用いたホストグラフトジャンクションを含む広範囲での角膜内皮細胞動態を検討することが重要である.文献1)GorovoyMS:Descemet-strippingautomatedendothelialkeratoplasty.Cornea25:886-889,20062)PriceMO,PriceFW:Descemet’sstrippingendothelialkeratoplasty.CurrOpinOphthalmol18:290-294,20073)MellesGR:Posteriorlamellarkeratoplasty:DLEKtoDSEKtoDMEK.Cornea25:879-881,20064)PriceFW,PriceMO:Descemet’sstrippingwithendothelialkeratoplastyin50eyes:arefractiveneuralcornealtransplant.JRefractSurg21:339-345,20055)市橋慶之,冨田真智子,島.潤:角膜内皮移植術の短期治療成績.日眼会誌113:721-726,20096)ShimazakiJ,AmanoS,UnoTetal:NationalsurveyonbullouskeratopathyinJapan.Cornea26:274-278,20077)PriceMO,PriceFW:EndothelialcelllossafterDescemetstrippingwithendothelialkeratoplastyinfluencingfactorsand2-yeartrend.Ophthalmology115:857-865,20088)TerryMA,ChenES,ShamieNetal:EndothelialcelllossafterDescemet’sstrippingendothelialkeratoplastyinalargeprospectiveseries.Ophthalmology115:488-496,20089)PriceMO,GrovoyM,BenetzBAetal:Descemet’sstrippingautomatedendothelialkeratoplastyoutcomescomparedwithpenetratingkeratoplastyfromtheCorneaDonorStudy.Ophthalmology117:438-444,201010)IngJJ,IngHH,NelsonLRetal:Ten-yearpostoperativeresultsofpenetratingkeratoplasty.Ophthalmology105:1855-1865,199811)BusinM,BhattPR,ScorciaVetal:AmodifiedtechniqueforDescemetmembranestrippingautomatedendothelialkeratoplastytominimizeendothelialcellloss.ArchOphthalmol126:1133-1137,2008***

トリアムシノロンアセトニドTenon 囊下注射が奏効した妊婦の原田病の1例

2011年5月31日 火曜日

0910-1810/11/\100/頁/JCOPY(109)711《第44回日本眼炎症学会原著》あたらしい眼科28(5):711.714,2011cはじめに原田病に対しては副腎皮質ステロイド薬(ステロイド)の全身投与が一般的に行われているが,全身投与の副作用が問題となる症例も少なくない.ステロイドの全身投与による副作用は,易感染性,糖尿病,消化管潰瘍,精神障害,骨粗鬆症などがあり大きな問題となる.基礎疾患のない原田病の21歳の男性がステロイド大量漸減療法中に成人水痘により死亡した事例1)もある.さらに,妊婦に対してのステロイド投与は,母体のみならず胎児に対しても高い危険性を伴う.たとえば,妊娠初期では胎児の催奇形性,妊娠後期では胎児の副腎機能低下の可能性2)があるし,因果関係は不明とされているが妊娠中期でのステロイド大量漸減療法中の胎児の死亡事例の報告3)もある.そのため,妊婦の原田病の治療については,一般的な大量漸減療法のみならず,眼局所投与のみで治療した報告4.7)が散見される.今回,筆者らは原田病を発症した27歳,妊娠19週の妊婦に対しトリアムシノロンアセトニド(TA)Tenon.下注射が奏効した1例につき報告する.〔別刷請求先〕正木究岳:〒802-8555北九州市小倉北区貴船町1番1号社会保険小倉記念病院眼科Reprintrequests:NobutakeMasaki,M.D.,DepartmentofOphthalmology,KokuraMemorialHospital,1-1Kifunemachi,Kokurakitaku,Kitakyushucity802-8555,JAPANトリアムシノロンアセトニドTenon.下注射が奏効した妊婦の原田病の1例正木究岳林良達劉百良宮原晋介小倉記念病院眼科ACaseofVogt-Koyanagi-HaradaDiseaseduringPregnancyTreatedwithSub-TenonInjectionofTriamcinoloneAcetonideNobutakeMasaki,RyoutatsuHayashi,MomoyoshiLiuandShinsukeMiyaharaDepartmentofOphthalmology,KokuraMemorialHospital背景:原田病の治療は副腎皮質ステロイド薬の全身投与が一般的であるが,副作用が問題となる症例も少なくない.症例:27歳,妊娠19週の妊婦.両眼の視力低下を主訴に当科を初診した.初診時の矯正視力は両眼ともに0.5,著明な漿液性網膜.離を認め,産婦人科にて妊娠中毒症は否定されており原田病と診断し,両眼トリアムシノロンアセトニド(TA)Tenon.下注射を施行した.両眼改善傾向も左眼には漿液性網膜.離が残存し,初回注射後2週目に再度両眼TATenon.下注射を施行し,両眼とも漿液性網膜.離は消失して,視力も1.0以上へ回復した.以降7カ月間経過観察を行っているが,再発は認めていない.経過中に正常児を分娩し,母体にも全身的な合併症は認められなかった.結論:妊婦の原田病症例においてTATenon.下注射は大きな副作用もなく有効な治療法となる症例もあると考えられた.Background:PatientswithVogt-Koyanagi-Harada(VKH)diseasearegenerallytreatedwithsystemiccorticosteroid,whichsometimesleadstoseriouscomplications.Casereport:A27-year-oldfemale,inthenineteenthweekofpregnancyhadseriousretinaldetachmentinbotheyes.ShewasdiagnosedashavingVKHdiseaseandtreatedbysub-Tenoninjectionoftriamcinoloneacetonide(TA).TheretinaldetachmentdisappearedafterthesecondinjectionofTAinbotheyes.Thebest-correctedvisualacuityinbotheyesimprovedfrom0.5to1.0,andthepatientwasdeliveredofahealthychild.Conclusion:WesuccessfullytreatedapregnantwomanwithVKHdiseasebysub-TenoninjectionofTA.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)28(5):711.714,2011〕Keywords:原田病,妊婦,トリアムシノロンアセトニド,Tenon.下注射.Vogt-Koyanagi-Haradadisease,pregnantwoman,triamcinoloneacetonide,sub-Tenoninjection.712あたらしい眼科Vol.28,No.5,2011(110)I症例患者:27歳,女性.妊娠19週.主訴:両眼視力低下.既往歴・家族歴:19歳のとき甲状腺機能低下を指摘されたことがあったが,初診時には正常化していた.現病歴:4日前よりの視力低下を自覚し当院を初診した.頭痛,難聴,感冒様症状などの全身症状はなかった.初診時所見:両眼矯正視力0.5,眼圧は右眼8mmHg,左眼8mmHg.前眼部は両眼に前房細胞を認めた.隅角,虹彩には異常所見を認めなかった.眼底は両眼後極部を中心にした著明な漿液性網膜.離(図1,2)を認めた.妊娠中であり蛍光眼底造影検査および髄液検査は同意が得られず行わなかった.産婦人科にて妊娠中毒症は否定されており,採血その他の全身検査にて腎機能など正常値であったため,眼所見より原田病と診断した.ab図1初診時の眼底所見(a:右眼,b:左眼)両眼後極部に漿液性網膜.離を認める.VD=(1.0)VD=(1.0)VD=(0.5)右眼VS=(1.2)VS=(0.6)VS=(0.5)左眼初診日初回TA注射6日目2回目TA注射11日目図2光干渉断層計(OCT)所見・視力の経過初診時は両眼に漿液性網膜.離を認める.初回TA注射6日目には右眼は著明に改善したが,左眼には漿液性網膜.離が残存している.2回目TA注射11日目には両眼漿液性網膜.離は吸収され,視力も右眼1.0,左眼1.2まで改善している.(111)あたらしい眼科Vol.28,No.5,2011713経過:初診日よりベタメタゾン点眼液(両眼1日6回)にて治療を開始するも点眼開始10日後で矯正視力・眼底所見に改善がなく,その後の治療方針を検討することとなった.一般的には原田病に対しての治療はステロイドの全身投与であるが,局所投与のみでも治癒した症例の報告があること,当院産婦人科の見解はステロイドの一般的な副作用に加え,胎児の口蓋裂などの副作用の可能性があること,大量漸減療法で使用するステロイドは量としては多いが,母体の今後を考えるとやむをえないという判断であることを説明した.家人,本人の希望は,「点眼のみの経過観察ではなく,まずはステロイドの局所投与を行い,それで治癒しない場合は全身投与を考えたい」であった.そこで両眼TATenon.下注射(各20mg)を行った.TATenon.下注射後6日目で視力は右眼1.0,左眼0.6へと改善,右眼の漿液性網膜.離はほぼ消退するも,左眼には漿液性網膜.離は残存した(図2).右眼でのTATenon.下注射が奏効したので,初回注射後2週目に再度両眼TATenon.下注射(各20mg)を施行した.翌日より漿液性網膜.離は改善し始め2回目注射後11日目には視力は右眼1.0,左眼1.2へと改善,両眼漿液性網膜.離は消失した(図2).注射後4カ月目に2,468gの正常児を出産,注射後7カ月間経過観察を行っているが,再発は認めていない.両眼とも1.0以上の良好な視力を維持している(図3).TATenon.下注射後より眼圧が上昇し始め,注射後3カ月目には20mmHg台前半まで上昇,5カ月後より緑内障点眼開始,6カ月後よりベタメタゾン点眼液(両眼1日4回)をフルオロメトロン点眼液(両眼1日)に変更し眼圧は正常化した.II考察本症例では,本人の同意が得られず髄液検査や蛍光眼底造影検査は行っていない.妊婦に発症する漿液性網膜.離により原田病と鑑別を要するものとして,妊娠に伴う中心性漿液性脈絡網膜症,妊娠中毒に伴う妊娠中毒網膜症があげられる.前者は本症例では両眼ともぶどう膜炎所見を伴っていたこと,後者は本症例では全身的に高血圧・蛋白尿・浮腫は認められず,産婦人科で妊娠中毒症は否定されていること,眼底にも網膜細動脈の狭細化,口径不同,網膜出血,白斑などの高血圧性の眼底変化は伴っていなかったことで鑑別した.妊娠中期に発症した症例で2回のTATenon.下注射を要したが,局所投与のみで寛解を得られ全身的副作用は認められなかった.妊婦の原田病の過去の症例報告では,妊娠時に母体のステロイドホルモン分泌が増加している2)こともあってか,局所投与4.7)(点眼のみ1症例,点眼+結膜下注射1症例,TATenon.下注射1症例)・全身投与5,8,9)(大量漸減療法4症例)とも原田病の経過は良好である.しかしながら妊婦へのステロイド投与では妊娠初期では胎児の口蓋裂,発育阻害,妊娠後期では副腎皮質ホルモンが胎盤を通過し,胎児のACTH(副腎皮質刺激ホルモン)分泌を抑制し副腎機能低下をきたす可能性2)があるといわれている.また,因果関係は明らかではないとされているが妊娠後期での大量漸減療法中の胎児死亡の報告3)もある.過去に原田病に対しステロイドのTenon.下注射を施行した症例(デキサメタゾンTenon.下注射1症例,TATenon.下注射5症例)ではステロイドの全身的な副作用を発症することなく寛解している.これらを踏まえ,本人・家人の意向にて全身的な副作用の可能性を減らすために,まずはステロイド局所投与で治療を始め,ステロイド局所投与のみで寛解が得られない場合は,ステロイド全身投与を行う方針で治療を開始した.2回のTATenon.下注射を要したが,局所投与のみで寛解を得られた.今回の症例では,母体・胎児とも全身的副作用は認められなかった.母親については両眼の眼圧上昇を認めたものの,ベタメタゾン点眼をフルオロメトロン点眼に変更することで速やかに正常眼圧へ下降した.眼圧上昇に関してはステロイドの全身投与から点眼局所投与まで幅広い投与法で認められる合併症であり,TATenon.下注射であっても十分に注意が必要と思われた.原田病は全身疾患であり,ステロイドの全身投与が一般的な治療法であるが,今回の妊婦症例のように全身的副作用が危惧される症例では,全身的な合併症の可能性が少ないTATenon.下注射は有効な治療法となりうると考えられた.文献1)岩瀬光:原田病ステロイド治療中の成人水痘による死亡事例.臨眼55:1323-1325,20012)蜷川映己:副腎皮質ステロイド剤の使い方婦人科領域─適応と副作用.治療60:321-325,19783)太田浩一,後藤謙元,米澤博文ほか:Vogt-小柳-原田病を発症した妊婦に対する副腎皮質ステロイド薬治療中の胎児死亡例.日眼会誌111:959-964,20074)佐藤章子,江武瑛,田村博子:妊娠早期に発症し,ステロイド局所治療で軽快した原田病不全型の1例.眼紀37:図3視力経過2回目TA注射後は両眼とも1.0以上の良好な視力を維持している.←←0.11:右眼視力:左眼視力07日21日123457(カ月)0.5矯正視力6TA注射TA注射714あたらしい眼科Vol.28,No.5,2011(112)46-50,19865)MiyataN,SugitaM,NakamuraSetal:TreatmentofVogt-Koyanagi-Harada’sdiseaseduringpregnancy.JpnJOphthalmol45:177-180,20016)稲川智子,三浦敦,五十嵐美和ほか:妊娠9週目にVogt-小柳-原田病を発症した一例.日産婦関東連会誌38:241,20017)松本美保,中西秀雄,喜多美穂里:トリアムシノロンアセトニドテノン.下注射で治癒した妊婦の原田病の1例.眼紀57:614-617,20068)山上聡,望月學,安藤一彦:妊娠中に発症したVogt-小柳-原田病ステロイド投与法を中心として.眼臨85:52-55,19919)渡瀬誠良,河村佳世子,長野斗志克ほか:妊婦に発症しステロイド剤の全身投与を行った原田病の1例.眼紀46:1192-1195,1995***

診断に苦慮した結核性ぶどう膜炎の1 例

2011年5月31日 火曜日

706(10あ4)たらしい眼科Vol.28,No.5,20110910-1810/11/\100/頁/JC(O0P0Y)《第44回日本眼炎症学会原著》あたらしい眼科28(5):706.710,2011cはじめに結核は,過去と比較して患者数は減少しているものの,先進諸国のなかでは,わが国は依然罹患率が高く1),ぶどう膜炎など眼疾患の原因としても常に念頭におかなければならない.しかし,結核性の眼病変を強く疑ったとしても,眼外結核が認められない場合には,「結核性ぶどう膜炎」と確定診断することは今なお困難なことが多く,そのために治療方針に迷うことも少なくない.一方,QuantiFERONTB-2G(以下,クォンティフェロン検査)は,2006年1月に保険収載された比較的新しい検査であるが,結核感染の補助診断として有用な検査であり,結核診断の有力な根拠になったとの報告が各領域で散見される2.4).今回筆者らは,初回治療時に眼所見から結核性ぶどう膜炎を疑ったものの確定診断には至らず,初回治療から約3年後の再燃時に,ツベルクリン反応とクォンティフェロン検査の結果から結核性ぶどう膜炎と診断し,治療が奏効した1例を経験したので報告する.〔別刷請求先〕小林崇俊:〒569-8686高槻市大学町2-7大阪医科大学眼科学教室Reprintrequests:TakatoshiKobayashi,M.D.,DepartmentofOphthalmology,OsakaMedicalCollege,2-7Daigaku-machi,Takatsukishi569-8686,JAPAN診断に苦慮した結核性ぶどう膜炎の1例小林崇俊*1高井七重*1多田玲*2竹田清子*1勝村ちひろ*1丸山耕一*3池田恒彦*1*1大阪医科大学眼科学教室*2多田眼科*3川添丸山眼科DiagnosticDifficultiesinaCaseofTuberculousUveitisTakatoshiKobayashi1),NanaeTakai1),ReiTada2),SayakoTakeda1),ChihiroKatsumura1),KoichiMaruyama3)andTsunehikoIkeda1)1)DepartmentofOphthalmology,OsakaMedicalCollege,2)TadaEyeClinic,3)KawazoeMaruyamaEyeClinic診断に苦慮し,ツベルクリン反応,クォンティフェロン検査の結果から結核性ぶどう膜炎と診断することができた1例を報告する.症例は54歳,男性.両眼の飛蚊症を主訴に受診した.特徴的な眼所見より結核性ぶどう膜炎を疑ったが全身検査結果からは確定診断できず,ステロイド薬を処方した.眼所見は徐々に改善したが途中で受診を自己中断し,3年後に左眼の視力低下を主訴に受診し,おもに左眼に網膜血管炎を認めた.ツベルクリン反応は強陽性,クォンティフェロン検査は陽性であったため,抗結核薬とステロイド薬を処方し,左眼矯正視力は1.0に改善した.本症例は,初診時,再燃時とも眼所見が酷似しており,結核性ぶどう膜炎の再燃例と考えられた.WereportacaseoftuberculousuveitisthatwasdiagnosablefromtuberculinskintestandQuantiFERONTB-2G.Thepatient,a54-year-oldmale,consultedourhospitalwithbilateralfloaters.Wesuspectedtuberculousuveitis,basedoncharacteristicocularfindings,butcouldnotachieveadefinitivediagnosisbecausephysicalexaminationfindingswerenotspecific.Afterweprescribedcorticosteroidstheocularfindingsimproved,butthepatientdidnotreturntothehospitalforfurtherfollow-up.Threeyearslater,heconsultedourhospitalagainduetovisuallossinhislefteye.Retinalvasculitiswasobserved,mainlyinthelefteye.BecausebothtuberculinskintestandQuantiFERONTB-2Gwerepositive,antituberculosisdrugsandcorticosteroidswereprescribed.Hisleftcorrectedvisualacuityhassinceimprovedto1.0OS.Ocularfindingsontheinitialexaminationwereverysimilartothefindingsatrelapse,soweregardedthiscaseasarecurrenceoftuberculousuveitis.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)28(5):706.710,2011〕Keywords:結核性ぶどう膜炎,クォンティフェロン検査,抗結核薬,ステロイド薬.tuberculousuveitis,QuantiFERON,antituberculosisdrugs,corticosteroids.(105)あたらしい眼科Vol.28,No.5,2011707I症例患者:54歳,男性.初診:2005年2月23日.主訴:両眼の飛蚊症.現病歴:約1カ月前から両眼の飛蚊症を自覚したため近医眼科を受診.その際,両眼の硝子体混濁と右眼の網膜血管炎を指摘され,ぶどう膜炎と診断,内服薬を処方されるも徐々に悪化傾向を認めたため,精査加療目的にて大阪医科大学附属病院眼科(以下,当科)を紹介された.既往歴・家族歴:特記すべきことなし.初診時所見:視力は右眼0.4(1.2×sph+1.25D),左眼0.6(1.2×sph+1.25D(cyl.0.75DAx100°),眼圧は右眼12mmHg,左眼13mmHgであった.前眼部では両眼とも前房内に炎症細胞は認めず,角膜後面沈着物も認めなかった.中間透光体では両眼の硝子体に軽度のびまん性混濁を認め,眼底は右眼の後極部から周辺部にかけて網膜出血,白斑,網膜静脈の白鞘化を伴う網膜血管炎が認められた(図1).全身検査所見では,血球算定や生化学的検査,ウイルス検査を含めて血液検査では特に異常はなかった.前医で測定した血清アンギオテンシン変換酵素は11.7U/lと正常範囲内であった.ツベルクリン反応は10mm×8mmの弱陽性で,結核菌細胞壁に特徴的な糖脂質抗原に対する抗体である抗TBGL(tuberculousglycolipid)抗体検査も陰性であった.胸部X線写真でも異常陰影はみられず,発熱や咳漱,喀痰のなどの自覚症状も最近特にない,とのことであった.経過:眼所見より結核性ぶどう膜炎が疑われたが,全身検査所見では有意な所見を得られなかったため抗結核薬は投与せず,網膜血管炎と診断してプレドニゾロン25mg/日より漸減内服治療を開始した.開始後,右眼の硝子体混濁が若干悪化したため30mg/日まで増量した.その後網膜出血,網膜血管炎とも改善傾向を認めたため(図2),プレドニゾロンを漸減した.内服治療開始10カ月後のフルオレセイン蛍光眼底写真(以下,FA写真)で網膜周辺部に無灌流領域がみられたため,網膜光凝固を施行した.なお,プレドニゾロン漸減途中に行った全身検査でも,胸部X線写真を含めて異常所見を認めなかった.ところが,プレドニゾロンの漸減途中であった2006年6月13日を最後に当科への受診を自己判断で中断した.そして2009年7月30日に,1週間前からの左眼視力低下を主訴に当科を受診した.2006年の自己中断以降の約3年間は,近医を含めて眼科は受診していない,とのことであった.また,内科への通院歴もなかった.再来院時の所見は,視力は右眼0.8(1.2×sph+0.5D(cyl.0.5DAx90°),左眼0.15(矯正不能),眼圧は右眼13mmHg,左眼12mmHgであった.前眼部では両眼とも前房内に炎症細胞は認めず,角膜後面沈着物も認めなかった.中間透光体では右眼硝子体に軽度,左眼硝子体に中程度のびまん性混濁を認め,眼底は,図1初診時眼底写真右眼に網膜血管炎がみられる.RL図2ステロイド薬内服治療開始3週間後の眼底写真右眼に網膜出血,網膜血管炎を依然認め,左眼にも軽度の硝子体混濁がみられる.RL708あたらしい眼科Vol.28,No.5,2011(106)両眼ともに後極部から周辺部にかけて網膜出血,白斑,網膜静脈の白鞘化を伴う網膜血管炎を認めたが,右眼に比較して特に左眼に強く認められた(図3).再来院時の全身検査では,2005年と同じく血球算定や生化学的検査,ウイルス検査を含む血液検査で異常はなく,胸部X線写真も異常陰影はなかった.しかし,ツベルクリン反応では12mm×8mmの硬結を伴う70mm×55mmの強陽性であったため,クォンティフェロン検査を行ったところ図4最近の眼底写真(上)とFA写真(下)両眼の網膜血管炎とも著明に改善している.RRLL図3再来院時の眼底写真(上)とFA写真(下)両眼に網膜血管炎を認める.RRLL(107)あたらしい眼科Vol.28,No.5,2011709陽性であった.初回受診時と再来院時に認めた眼所見や,再来院時にツベルクリン反応強陽性とクォンティフェロン検査陽性の結果であったことを合わせて考えると,本症例は結核性ぶどう膜炎の再燃例である可能性がきわめて高いと判断し,結核の確定診断のために当院呼吸器内科を受診した.呼吸器内科で結核菌は検出されなかったものの,内科と相談のうえ,抗結核薬(イソニアジド,リファンピシン,エタンブトール,ピラジナミド)の投与を2009年8月9日より開始した.なお,抗結核薬は内科から処方し,当科からも消炎を目的としてプレドニゾロン30mg/日から投与を開始,以降漸減した.その後,両眼とも網膜出血,網膜血管炎とも著明な改善を認めたため,抗結核薬の投与は,開始から7カ月後の2010年3月に終了した.2010年7月現在,視力は右眼矯正1.2,左眼矯正1.0であり,炎症の再燃は認めていない(図4).II考按結核性ぶどう膜炎は,主として網膜血管炎,脈絡膜結核腫,脈絡膜粟粒結核の三つの病型に分類される.本症例のような網膜血管炎は,結核菌蛋白に対するアレルギー反応と考えられており,結節性またはびまん性の白鞘形成を伴う,網膜静脈周囲炎を特徴とする5).ただ,結核感染を直接証明することが実際には困難な症例が多く,肺結核など眼外の結核病巣が証明されれば診断は可能であるが,全身検査を行っても結核病巣が発見されない場合も多々あり,そのときは特徴的な眼底所見やツベルクリン反応,抗結核療法に対する明らかな治療効果などから診断することになる6).本症例においても,初回受診時の眼底所見は結核性ぶどう膜炎に特徴的であったものの,全身検査所見で有意な所見が得られず,結核性ぶどう膜炎と確定診断するには至らなかった.しかし,初回受診時と再来院時の眼所見が酷似していることと,ツベルクリン反応強陽性とクォンティフェロン検査陽性である結果から考え,本症例は結核性ぶどう膜炎の再燃例と診断した.本症例の再燃時に実施したクォンティフェロン検査は,結核菌にほぼ特異的な刺激抗原を,患者の全血に添加・培養し,血液中のTリンパ球が産生するインターフェロン-gを定量して細胞性免疫反応の有無を調べる検査で,結核感染の診断に有用とされている7).2006年1月に保険収載された比較的新しい検査であり,ツベルクリン反応と異なりBCG接種の影響を受けないなど画期的な検査であるが,あくまで結核感染の補助診断であり,ステロイド薬や免疫抑制薬を使用している場合,悪性腫瘍や糖尿病などを合併している場合,5歳未満の小児の場合などでは陽性率は下がるといわれているなど,いくつかの問題点が指摘されている7).眼科領域においても,本検査は結核性病変の診断に有効であったと報告されている4,8).特に,ぶどう膜炎の症例では眼所見から結核感染を疑ったり,ステロイド薬を長期間投与するにあたって結核感染を否定することは非常に重要であり,そのことが治療方針を左右する場合も珍しくはない.そのため,本症例のように結核性ぶどう膜炎を疑った場合では,クォンティフェロン検査は今後必要不可欠な検査であると考える.一方,初回受診時に行った抗TBGL抗体検査も結核感染の診断に有用とされているが,感度と特異度が不十分で,宿主の個体差や体内の結核菌量が陽性率に関係するとの報告もあるなど検査の問題点も指摘されている9).その点,クォンティフェロン検査は感度89.0%,特異度98.1%との報告もあり2),従来の検査と比較して結核診断において非常に有用な検査である.また,ツベルクリン反応は,本症例では初診時に弱陽性で,再来院時に強陽性であった.ツベルクリン反応は結核感染から陽転するまで約2カ月かかるといわれており,したがって初診時にツベルクリン反応が弱陽性であったのは,その時期はまだ結核感染初期であったためと考えることもできるし,結核感染からある程度経過していたが免疫を抑制する何らかの原因でたまたま反応しなかったため,と考えることもできる.一方,ツベルクリン反応には再検査時に反応が増大する回復現象(ブースター現象)を認める場合があり,初回検査から3年後に実施した再検査においても回復現象が認められたとする報告がある10).したがって,本症例の再来院時に強陽性となったのは,初診時から約3年の間にツベルクリン反応が陽転した可能性や,回復現象のために反応が増大しただけという可能性がある.つまり結核を診断する際にツベルクリン反応の結果だけを診断根拠とすることは,感染の有無を誤診する可能性すらあるため,避けるべきである.その点,クォンティフェロン検査では感染の判定に影響を与えることなく再検査も容易に行うことができるため,ツベルクリン反応の欠点を補完する意味からも非常に有用な検査であると思われる.本症例の診断や経過を振り返ってみると,議論すべき点が三点あると考えられる.まず一つ目は,初回受診時での眼底所見が特徴的であったものの,全身検査所見から結核性ぶどう膜炎と診断するに至らず,プレドニゾロンの投与のみで経過をみたことである.結核性ぶどう膜炎を疑うものの,全身検査から結核感染を示唆する所見が得られなかった場合に,抗結核薬を投与するか否かは議論のあるところであり,抗結核薬のみを投与して反応をみるべきであるとする意見11)もある.しかし今回は,初回受診時にツベルクリン反応を含むあらゆる全身検査所見で結核感染を示唆する結果が得られなかったことや,発熱や咳漱,喀痰はもとより全身的に結核感染を疑うような自覚症状がまったくなかったため,当科主導710あたらしい眼科Vol.28,No.5,2011(108)で抗結核薬を投与することを躊躇し,結局投与することはなかった.のちに炎症が再燃した結果から考えると,結核感染を強く疑った場合に眼科主導で抗結核薬の投与を積極的に行うことも,選択肢の一つとして今後検討しなければならない課題であることを痛感した.二つ目は,結核感染の全身検査を初回受診時に,より詳細に行う必要があったのではないか,ということである.たとえば,全身検査として胸部X線写真は行ったものの胸部CT(コンピュータ断層撮影)検査は行っておらず,また内科に依頼して喀痰検査や胃液検査などを実施して結核菌の検出に努めることのないまま,ステロイド薬の全身投与に踏み切った.ステロイド薬の不用意な投与は,たとえば粟粒結核の発症を招く可能性もあることから厳に慎むべきであり12),結果からみてもステロイド薬をもう少し慎重に投与すべきであったのではないかと反省しなければならない.しかし,肺結核はもとより肺外結核を発見することは実際は困難な症例が多く13),自覚症状がほとんどないような場合に,たとえば髄液検査などの侵襲の大きな検査は通常は行うことはないと思われる.本症例の再燃時にも結局眼外結核病巣を発見することができなかった点も合わせて,どこまで結核の全身的な検査を行うべきであるのかということも,今後の検討課題として捉えている.最後に三つ目として,抗結核薬の投与期間が適当であったのかどうか,という点があげられる.再来院時に眼外結核病変が認められなかったものの,内科主導で抗結核薬を投与し,投与期間は7カ月間に及んだ.眼所見は著明に改善しており,経過中に再燃を認めていないことから考えても問題はないと思われるが,結核の原発病巣が不明である場合の抗結核薬の投与期間についての明確な基準は示されていない.また,結核性ぶどう膜炎に対しての抗結核薬の投与期間についても明確な基準は示されていない6,14).AmericanThoracicSocietyのガイドラインでは,肺外結核の場合の投与期間はおおむね6カ月間であるが,脳結核や結核性髄膜炎などの中枢神経系の結核では9カ月から12カ月間の投与が推奨されている15).本症例も原発巣が不明である点から考えても,もう少し抗結核薬を長期間投与すべきであったのかもしれない.その点からも本症例の今後の経過は慎重にみていく必要があり,症例の積み重ねにより,将来的には結核性ぶどう膜炎に対しての抗結核薬の投与基準を決める必要性があるのではないかと考えている.文献1)豊田恵美子:結核の現状と課題.皮膚病診療32:236-242,20102)MoriT:Usefulnessofinterferon-gammareleaseassaysfordiagnosingTBinfectionandproblemswiththeseassays.JInfectChemother15:143-155,20093)久保和彦,桑野隆史:頸部リンパ節結核とクオンティフェロン.耳鼻と臨床55:130-133,20094)鎌田絵里子,中村曜祐,金高綾乃ほか:クォンティフェロンTB-2Gが早期診断に有用であった結核性ぶどう膜炎の1例.眼科52:945-949,20105)河原澄江:結核.眼科プラクティス16巻,p74-77,文光堂,20076)後藤浩:結核性ぶどう膜炎の現状と診断,治療上の問題点.眼紀52:461-467,20017)MazurekGH,JerebJ,LobuePetal:GuidelinesforusingtheQuantiFERON-TBGoldtestfordetectingMycobacteriumtuberculosisinfection,UnitedStates.MMWRRecommRep54:49-55,20058)BrogdenP,VarmaA,BackhouseO:Interferon-gammaassayintuberculousuveitis.BrJOphthalmol92:582-583,20089)高倉俊二,千田一嘉,一山智:結核症の診断における抗TBGL抗体測定の意義─結核の血清診断法の現状と問題点.検査と技術30:1265-1268,200210)重藤えり子,前田晃宏,大岩寛ほか:看護学生における繰り返しツベルクリン反応在学3年間の変動.結核77:659-664,200211)安積淳:抗結核薬による治療試験.眼科42:1721-1727,200012)高倉俊二,田中栄作,木本てるみほか:眼結核に続発し,脳結核を伴った粟粒結核の1例.結核73:591-597,199813)AmericanThoracicSociety:Diagnosticstandardsandclassificationoftuberculosisinadultsandchildren.AmJRespirCritCareMed161:1376-1395,200014)GuptaV,GuptaA,RaoNA:Intraoculartuberculosis─anupdate.SurvOphthalmol52:561-587,200715)BlumbergHM,BurmanWJ,ChaissonREetal:AmericanThoracicSociety/CentersforDiseaseControlandPrevention/InfectiousDiseasesSocietyofAmerica:Treatmentoftuberculosis.AmJRespirCritCareMed167:603-662,2003***

免疫正常者に発症したサイトメガロウイルス網膜炎の1 例

2011年5月31日 火曜日

702(10あ0)たらしい眼科Vol.28,No.5,20110910-1810/11/\100/頁/JC(O0P0Y)《第44回日本眼炎症学会原著》あたらしい眼科28(5):702.705,2011cはじめにサイトメガロウイルス(cytomegalovirus:CMV)網膜炎は通常免疫能の低下した患者に日和見感染として発症する.進行性の網膜壊死をきたし,免疫能の回復あるいは適切な治療が行われなければ,病変は拡大進展し,視神経や黄斑部が障害されたり,萎縮網膜に裂孔を生じて網膜.離をきたすこともある予後不良の疾患である.CMV網膜炎は特徴的な眼底所見に加え,眼局所や全身におけるCMV感染を証明し,また全身的に免疫不全状態であることを確認できれば,診断は確実なものとなる1).今回筆者らは免疫能が正常な状態と考えられるにもかかわらずCMV網膜炎が発症した1例を経験したので報告する.I症例患者:65歳,女性.主訴:右眼飛蚊症.現病歴:10日前より右眼飛蚊症を自覚し,近医受診したところ精査を勧められ当院紹介受診した.〔別刷請求先〕菅原道孝:〒101-0062東京都千代田区神田駿河台4-3井上眼科病院Reprintrequests:MichitakaSugahara,M.D.,InouyeEyeHospital,4-3Kanda-Surugadai,Chiyoda-ku,Tokyo101-0062,JAPAN免疫正常者に発症したサイトメガロウイルス網膜炎の1例菅原道孝本田明子井上賢治若倉雅登井上眼科病院ACaseofCytomegalovirusRetinitisinanImmunocompetentPatientMichitakaSugahara,AkikoHonda,KenjiInoueandMasatoWakakuraInouyeEyeHospital緒言:免疫能が正常と考えられる状態で発症したサイトメガロウイルス(CMV)網膜炎の1例を報告する.症例:65歳,女性.10日前からの飛蚊症を主訴に当院受診.初診時視力は右眼(1.2),左眼(0.8),眼圧は右眼37mmHg,左眼19mmHg,右眼前房内・前部硝子体中に炎症細胞を認めた.右眼眼底に雪玉状硝子体混濁および下鼻側に白色の滲出斑がみられた.全身検査を施行したが,特に異常はなかった.初診より1カ月後光視症を自覚し,滲出斑の拡大,網膜血管の白線化が出現したため,前房水を採取したところCMVDNAが検出され,CMV網膜炎と診断した.バルガンシクロビルの内服を開始し,免疫能異常や全身疾患の有無を再度精査したが,特に異常はなかった.内服開始3週間で滲出斑はほぼ消失した.内服中止後3カ月で網膜出血が一時増加したが,経過観察とした.以後再発はない.結論:健常者にもCMV網膜炎は発症することがあり,注意する必要がある.A65-year-oldfemalevisitedourclinicwithcomplaintoffloatersinherrighteye.Onadmission,herbestvisualacuitymeasured20/16ODand20/25OS,withrespectiveintraocularpressuresof37mmHgand19mmHg.Slitlampexaminationoftherighteyeshowedaqueouscellsandvitreouscells;funduscopicexaminationrevealedsnowballvitreousopacitiesandwhiteretinalexudatesintheinferonasalmidperiphery.Noabnormalitywasfoundsystemically.Onemonthlater,thepatientcomplainedofphotopsiainherrighteye;funduscopicexaminationrevealedenlargedwhiteretinalexudatesandarterialsheathing.Cytomegaloviruus(CMV)DNAwasdetectedintheaqueoushumor,resultinginadiagnosisofCMVretinitis.Thepatientwastreatedwithvalganciclovir.Laboratoryexaminationswereunremarkable,andshewasimmunocompetent.After3weeks,theretinalexudatesdisappeared.After3months,westoppedvalganciclovirandobservedanincreaseinretinalhemorrhage;sincethentherehasbeennorelapse.CMVretinitismayoccurinanindividualwhosegeneralconditionisgood,withnosystemicsymptomsorcomplications.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)28(5):702.705,2011〕Keywords:サイトメガロウイルス網膜炎,免疫能正常,バルガンシクロビル.cytomegalovirusretinitis,immunocompetent,valganciclovir.(101)あたらしい眼科Vol.28,No.5,2011703既往歴:胃炎,膝関節痛,不整脈.家族歴:特記すべきことなし.初診時所見:視力は右眼0.08(1.2×sph.2.75D(cyl.1.5DAx100°),左眼0.02(0.8×sph.12.0D(cyl.2.0DAx70°),眼圧は右眼39mmHg,左眼19mmHgであった.右眼前房内に1+~2+の炎症細胞,雪玉状硝子体混濁,左眼には核白内障がみられた.眼底は右眼の下鼻側の網膜静脈周囲に白色病変を認めた(図1)が,左眼には異常はなかった.蛍光眼底造影(FA)では右眼下鼻側の白色病変からの蛍光漏出はみられなかった(図2).血液検査では白血球4,100/μl(分葉好中球66%,リンパ球27%,単球5%,好酸球1%,好塩基球1%),血沈18mm/h,CRP(C反応性蛋白)0.2mg/dl,ACE(アンギオテンシン変換酵素)17.6U/lと正常であった.ツベルクリン反応は0mm×0mm/14mm×14mm硬結はなく弱陽性,HTLV(ヒトT細胞白血病ウイルス)-I抗体,HIV(ヒト免疫不全ウイルス)抗体は陰性であった.CMVIg(免疫グロブリン)G抗体は11.1(基準値2.0未満),IgM抗体は0.19(基準値0.80未満)であった.経過:右眼の原因不明の汎ぶどう膜炎と続発緑内障の診断でベタメタゾン点眼・ブリンゾラミド点眼処方し,経過観察とした.点眼治療で前房内炎症は軽減していたが,眼底は著変なかった.初診から1カ月後に右眼に光視症が出現した.光視症出現時視力は右眼(1.2),左眼(1.0),眼圧は右眼24mmHg,左眼22mmHgで,右眼は前房内および前部硝子体中に炎症細胞1+であった.眼底は,右眼の下鼻側の白色病変が拡大し,網膜動脈の白線化が3カ所みられた(図3).図1初診時眼底(下図:下鼻側拡大写真)右眼の下鼻側に,網膜静脈周囲に白色病変(黒矢印)を認めた.図2初診時FA右眼の下鼻側の白色病変からは特に蛍光漏出を認めなかった.図31カ月後眼底右眼の下鼻側の白色病変(黒矢印)が拡大し,網膜動脈の白線化(白矢頭)が3カ所みられた.704あたらしい眼科Vol.28,No.5,2011(102)FAでは右眼の下鼻側の白色病変から蛍光漏出を認めた(図4).眼底所見からウイルス性網膜炎を疑い,前房水0.2mlを採取してウイルスDNAをpolymerasechainreaction(PCR)法で検索した結果,CMVDNAが検出された.単純ヘルペスおよび帯状疱疹ウイルスDNAはいずれも確認されなかった.眼底所見とPCR法の結果からCMV網膜炎と診断し,内科に免疫能異常や全身疾患の検索を依頼した.内科での血液検査では白血球4,250/μl(分葉好中球67.5%,リンパ球27%,単球4%,好酸球0.5%,好塩基球1%),CD4陽性Tリンパ球501/μl,CD8陽性Tリンパ球409/μlと正常範囲であった.その他,全身状態に異常は認めず,内科では経過観察となった.当院ではバルガンシクロビル(バリキサR)1,800mg/日内服を開始した.1週間の内服で前房炎症,白色病変とも減少し,内服開始3週間で白色病変はほぼ消失したので,バルガンシクロビルを半量の900mg/日に減量した.さらに3週間内服を継続し再発がないのを確認して,内服を中止した.内服中止約3カ月後に右眼の下鼻側の白色病変は消失していたが,上耳側・下耳側に散在した出血斑を認めた(図5).再燃と考えたが,網膜病変が周辺部で活動性が低いことから経過観察とした.以後再燃はなく,経過している.II考按CMVはヘルペスウイルス科に属するDNAウイルスである.日本人のほとんどは,成人に達するまでに初感染を受ける.通常は終生にわたり不顕性に経過する.後天性免疫不全症候群(acquiredimmunodeficiencysyndrome:AIDS),白血病,悪性リンパ腫,自己免疫疾患など疾患そのものにより免疫能が低下した患者や悪性腫瘍または臓器移植後などで抗癌剤や免疫抑制薬を投与され医原性に免疫能が低下したりすると,潜伏していたCMVが再活性化され網膜炎などをひき起こす.臨床所見は後極部の網膜血管に沿って出血や血管炎を伴った黄白色病変として生じる劇症型と,眼底周辺部に白色の顆粒状混濁としてみられる顆粒型に大別される.萎縮網膜に裂孔が生じて網膜.離をきたしたり,病変が網膜全体や視神経に及んだりして,最終的には失明に至ることもある.診断は眼内液からCMVのゲノムを証明し,全身的に免疫不全状態にあることを確認できれば,確実である1).本症表1健常人に発症したCMV網膜炎の報告.9例11眼.年齢32~69歳(平均53.2歳).性別男性7例,女性2例.罹患眼片眼7例,両眼2例.高眼圧5例.虹彩炎7例.硝子体炎7例.CMVDNA7例.HIV(.)8例.免疫状態CD4陽性細胞低下3例CD8陽性細胞低下1例.治療ステロイド点眼のみ2例ガンシクロビル点滴4例硝子体注射3例内服1例硝子体手術3例過去に報告された症例2~9)について,特徴をまとめた.図41カ月後FA右眼の下鼻側の白色病変(黒矢印)より蛍光漏出を認めた.図5再燃時眼底右眼の下鼻側の白色病変は消失していたが,上耳側・下耳側に散在した出血斑(黒矢印)を認めた.(103)あたらしい眼科Vol.28,No.5,2011705例ではAIDSや悪性腫瘍などの基礎疾患やステロイドなどの免疫抑制薬の使用もなく,血液検査でもCD4陽性細胞数の減少など免疫能の低下を示唆する所見はなかった.眼底に白色滲出病変がみられ,前房水のPCRからCMVDNAが検出されたこと,抗CMV薬であるバルガンシクロビルの使用により眼底病変が沈静化したことから健常人に発症したCMV網膜炎と診断した.健常人にCMV網膜炎を発症した過去の報告をまとめたものを示す(表1)2~9).これまで9例11眼が報告されている.年齢は平均53.2歳,性別は男性,罹患眼は片眼が多い.本症例のように高眼圧,虹彩炎,硝子体中の炎症を認めたものが多い.診断についてはPCR法により前房水中のCMVDNAが検出されたのは7例,陰性は1例,未施行は1例であった.免疫状態はCD4陽性細胞もしくはCD8陽性細胞が低下していたものもあるが,本症例はどちらも認めなかった.治療はステロイド点眼のみで2例軽快しているが,ほとんどの症例でガンシクロビルを使用していた.吉永らは,免疫能正常者に発症したCMV網膜炎について,免疫能が低下した患者に発症する典型的なCMV網膜炎の臨床像とは異なり,前眼部や硝子体の炎症反応が強く,高眼圧を伴っており,免疫能が正常なために,いわゆるimmunerecoveryuveitis(IRU)のような反応が同時に起こり前房炎症や硝子体混濁が強く生じたものとしている2).IRUはCMV網膜炎の合併,あるいは既往のあるAIDS患者に抗ヒト免疫不全ウイルス多剤併用療法(highlyactiveantiretroviraltherapy:HAART)を導入後,免疫機構が回復する際に眼内の炎症反応が起こる病態を示す.その原因はいまだ解明されていないが,HAARTや抗CMV治療によりCMV網膜炎が沈静化し,回復した細胞性免疫機能により眼内に残存するCMV抗原あるいは何らかの自己抗原に対する免疫反応が起こることが発症機序として考えられている10,11).今回の筆者らの症例も前房内炎症や硝子体混濁もみられ,正常な免疫状態のために典型的なCMV網膜炎とは異なる様相を呈したと考えた.健常人でCMV網膜炎を発症した場合,非特異的な経過をとる場合があり,注意深い経過観察が必要と考えた.文献1)永田洋一:サイトメガロウイルス網膜炎.眼科診療プラクティス16,眼内炎症診療のこれから(岡田アナベルあやめ編),p120-125,文光堂,20072)吉永和歌子,水島由佳,棈松徳子ほか:免疫正常者に発症したサイトメガロウイルス網膜炎.日眼会誌112:684-687,20083)堀由紀子,望月清文:緑内障を伴って健常成人に発症したサイトメガロウイルス網膜炎の1例.あたらしい眼科25:1315-1318,20084)北善幸,藤野雄次郎,石田正弘ほか:健常人に発症した著明な高眼圧と前眼部炎症を伴ったサイトメガロウイルス網膜炎の1例.あたらしい眼科22:845-849,20055)MichaelWS,JamesPB,JulioCM:Cytomegalovirusretinitisinanimmunocompetentpatient.ArchOphthalmol123:572-574,20056)高橋健一郎,藤井清美,井上新ほか:健常人に発症したサイトメガロウイルス網膜炎の1例.臨眼52:615-617,19987)松永睦美,阿部徹,佐藤直樹ほか:糖尿病患者に発症したサイトメガロウイルス網膜炎の1例.あたらしい眼科15:1021-1024,19988)前谷悟,中西清二,松浦啓太ほか:健康な青年にみられたサイトメガロウイルス網膜炎の1例.眼紀45:429-432,19949)二宮久子,小林康彦,田中稔ほか:健常人に発症した著明な高眼圧と前眼部炎症を伴ったサイトメガロウイルス網膜炎の1例.あたらしい眼科10:2101-2104,199310)KaravellasMP,AzenSP,MacDonaldJCetal:ImmunerecoveryvitritisanduveitisinAIDS.Clinicalpredictors,sequelae,andtreatmentoutcomes.Retina21:1-9,200111)KaravellasMP,LowderCY,MacDonaldJCetal:Immunerecoveryvitritisassociatedwithinactivecytomegalovirusretinitis:anewsyndrome.ArchOphthalmol116:169-175,1998***

Behçet 病ぶどう膜炎に対するインフリキシマブ療法の中期成績とその安全性の検討

2011年5月31日 火曜日

696(94あ)たらしい眼科Vol.28,No.5,20110910-1810/11/\100/頁/JC(O0P0Y)《第44回日本眼炎症学会原著》あたらしい眼科28(5):696.701,2011cはじめにBehcet病は,口腔内再発性アフタ性潰瘍,外陰部潰瘍,結節性紅斑などの皮膚症状,眼症状を4主症状とする全身性炎症性疾患である1).本症は若年発症が多いこと,失明率が高いこと,それに一部のBehcet病にみられる中枢神経系,血管系,胃腸管系(消化器系)などの病変による死亡例もあることから厚生労働省の「特定疾患治療研究事業」の対象疾患とされている.Behcet病の眼症状は,虹彩毛様体炎と網膜ぶどう膜炎であり,眼発作をくり返すことにより眼組織の器質的障害が進行し,最終的には失明に至ることもある.眼症状の治療として,これまでにコルヒチンあるいはシクロスポリンの全身投与が行われてきた2)が眼発作を抑制できない〔別刷請求先〕岡村知世子:〒980-8574仙台市青葉区星陵町1-1東北大学大学院医学系研究科神経感覚器病態学講座・眼科視覚科学分野Reprintrequests:ChiyokoOkamura,M.D.,DepartmentofOphthalmologyandVisualScience,TohokuUniversityGraduateSchoolofMedicine,1-1Seiryou-chou,Aoba-ku,Sendai,Miyagi980-8574,JAPANBehcet病ぶどう膜炎に対するインフリキシマブ療法の中期成績とその安全性の検討岡村知世子*1大友孝昭*1布施昇男*1阿部俊明*2*1東北大学大学院医学系研究科神経感覚器病態学講座・眼科視覚科学分野*2同附属創生応用医学研究センター細胞治療開発分野Medium-TermEfficacyandSafetyofInfliximabinBehcet’sDiseasewithRefractoryUveitisChiyokoOkamura1),TakaakiOtomo1),NobuoFuse1),ToshiakiAbe2)1)DepartmentofOphthalmologyandVisualScience,2)DivisionofClinicalCellTherapy,TranslationalandAdvancedAnimalResearch,TohokuUniversityGraduateSchoolofMedicine目的:Behcet病による難治性網膜ぶどう膜炎に対するインフリキシマブ療法の中期成績とその安全性について検討した.対象および方法:東北大学病院眼科でインフリキシマブ療法を12カ月間以上継続できたBehcet病による難治性網膜ぶどう膜炎患者10例18眼を対象とし,導入前を含め6カ月間ごとの期間における眼発作回数,視力,副作用の有無を検討した.結果:眼発作回数は導入前6カ月間の平均3.1回に対し,導入後6カ月間は平均0.2回,7~12カ月までは平均0.6回,13~18カ月までの平均0.8回と有意に抑制され,19~24カ月までは0.6回であった.導入後の視力は向上・維持され,低下は認めなかった.有害事象として可能性があるものは17件認めたが,投与中断を迫られるような重篤なものはなかった.結論:Behcet病による難治性網膜ぶどう膜炎に対するインフリキシマブ療法の中期成績は良好であり,重篤な副作用は認められなかった.Purpose:Toevaluate,fromamedium-termstandpoint,theefficacyandsafetyofinfliximabadministrationinrefractoryuveoretinitisinBehcet’sdisease(BD).Methods:In18eyesof10BDpatientswithrefractoryuveoretinitistreatedwithinfliximab,withaminimumfollowupof12months,wedeterminedthenumberofocularattacks,sideeffectsandbest-correctedvisualacuitybeforeandevery6monthsaftertreatment,toevaluatetheefficacyandsafetyofinfliximab.Results:Ocularattacksoccurred3.1timesinthe6monthsbeforeinfliximabtreatment,whereastheincidencewas0.2,0.6and0.8at0-6months,7-12monthsand13-18monthsaftertreatment,respectively.Best-correctedvisualacuitywasimprovedandstableaftertreatment.Althoughvariousadverseeffectswereobservedin17patients,nonewereserious.Conclusions:InfliximabiseffectiveforthetreatmentofrefractoryuveitisinBDpatients,withoutserioussideeffects.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)28(5):696.701,2011〕Keywords:Behcet病,網膜ぶどう膜炎,インフリキシマブ,眼炎症発作.Behcet’sdisease,uveoretinitis,infliximab,ocularinflammatoryattack.(95)あたらしい眼科Vol.28,No.5,2011697症例も少なくはない.近年,分子生物学の進歩により眼炎症疾患に対しても種々の生物学的製剤が用いられるようになり3),2007年Behcet病による難治性網膜ぶどう膜炎患者に対して抗TNF(腫瘍壊死因子)a抗体製剤であるインフリキシマブ(レミケードR)の投与が日本で承認された.2007年1月の保険認可以降の使用成績調査(全例調査)の中間報告では,投与患者の約9割に効果を認めたとされ,短期的には有効であることが示された.しかし,これまで中期,長期の治療成績についての報告4~6)は少なく不明な点も多い.今回筆者らは,東北大学病院眼科においてインフリキシマブ療法を行ったBehcet病による難治性網膜ぶどう膜炎に対する中期成績とその安全性について検討したので報告する.I対象および方法対象は東北大学病院眼科において2007年9月から2009年2月までにインフリキシマブ療法を導入し,1年以上継続できた完全型または不全型Behcet病の症例10例18眼とした.方法は対象者の診療録を2010年6月まで調査する後ろ向き調査で行った.調査項目は眼発作回数,視力経過,副作用の3項目とした.視力は視力表を用いて得られた少数視力をlogMAR(logarithmicminimumangleofresolution)視力に変換して測定した.インフリキシマブ療法の適応,用法・用量は,インフリキシマブ治療プロトコールに従い行った.すなわち,適応はBehcet病による難治性網膜ぶどう膜炎と診断された患者で,従来の免疫抑制薬では効果が不十分,あるいは副作用で治療が困難な症例とした.インフリキシマブ療法導入するにあたり,すべての症例に感染症を含む血液検査(血算,血液像,総ビリルビン,アルカリホスファターゼ,トランスアミナーゼ,乳酸脱水素酵素,尿素窒素,クレアチニン,尿酸,総蛋白,アルブミン,ナトリウム,カリウム,クロール,中性脂肪,総コレステロール,C反応性蛋白定量,HBs(B型肝炎ウイルス)抗原,HCV(C型肝炎ウイルス)抗体価,梅毒定性,b-d-グルカン),ツベルクリン反応検査,胸部X線撮影,胸部単純CT撮影(コンピュータ断層撮影)を施行した.そして呼吸器内科専門医の診察を受け,活動性結核を含む重篤な感染症のリスクがある例,悪性腫瘍,脱髄疾患,うっ血性心不全,妊娠または授乳中の患者は除外した.神経Behcet病治療のために副腎皮質ステロイド薬を使用していた症例2を除き,インフリキシマブ療法導入前の内服治療薬は原則中止とし,副腎皮質ステロイド薬は漸減中止とした.副腎皮質ステロイド薬の点眼薬は継続とし,眼発作を認めた場合は必要に応じて副腎皮質ステロイド薬の結膜下注射を用いた.当院眼科では原則全例に前投薬として,投与の1週間前から抗ヒスタミン薬を内服,ならびに投与当日朝に非ステロイド系抗炎症薬の内服を行った.さらに投与当日に眼科検査,診察を行い最終的な投与の可否を判断した.用法・用量は,初回投与後,2週,6週,以後は原則8週間隔にて,体重1kg当たり5mgを1回の投与量とし2時間以上かけて点滴静注した.2007年9月から2009年4月までは眼科外来処置室にて眼科外来の医師,看護師の観察下で投与し,看護師が投与前,投与後15分,30分,1時間,2時間,投与終了後30分間経過観察を行った後の抜針時に血圧,脈拍,体温,酸素飽和度の測定を行い,投与時反応の有無を本人に確認した.2009年5月からは当院化学療法センターでの投与が可能となり,投与前後の血圧,脈拍,酸素飽和度の測定と投与時反応の有無の確認を行った.患者には帰宅後から次回外来受診時までに何らかの病的変化,些細な体調の変化など有害事象が疑われるものすべてを主治医に確認するように説明した.本研究は,ヘルシンキ宣言に従って行われ,インフォームド・コンセントの得られた患者に対して行われた.II結果1.患者背景対象となった全症例の背景(年齢,性別,罹病期間,導入前の内服治療薬,導入理由,観察期間,転帰)を表1にまとめた.平均年齢は39±5.8歳,男性9例,女性1例,罹病期間は平均98.1±76.6カ月であった.インフリキシマブ療法導入前の内服治療薬はシクロスポリン単独が2例,コルヒチン単独が3例,コルヒチンと副腎皮質ステロイド薬の併用が2例,シクロスポリンと副腎皮質ステロイド薬の併用が1例であった.症例4はシクロスポリン,コルヒチンともに副作用が出現したため導入直前の内服は行わず,発作に対しては副腎皮質ステロイド薬の結膜下注射を行った.症例1はCT検査で陳旧性肺結核を認めたため呼吸器内科受診後,症例7はツベルクリン反応強陽性であり結核感染歴を否定できないため抗結核薬の予防内服を行った.インフリキシマブ療法の導入された理由は,前治療無効と判断されたものが8例(80%)であった.前治療無効と判断されたもののうち1例(症例3)は前治療(シクロスポリン)の副作用も重なっていた.症例3・5・8はそれぞれシクロスポリンの副作用(神経症状,下痢,横紋筋融解症),コルヒチンの副作用(体調不良)が変更理由であった.期間は平均23.2±7.4カ月,期間内に投与中止となる症例はなかった.2.インフリキシマブの眼発作に対する効果インフリキシマブ導入前6カ月間の眼発作回数と導入後6カ月ごとの発作回数を症例ごとに比較すると,全例とも眼発作回数の減少を認めた(表2).全10症例の導入前6カ月間における眼発作回数は平均3.1±2.0回であり,導入後の各期間における症例を合わせた平均眼発作回数との比較(図1)698あたらしい眼科Vol.28,No.5,2011(96)では,導入後6カ月間は0.2±0.4回(対象数10例,投与前3.1±2.0回,p=0.001),7~12カ月の期間は0.6±0.9回(対象数10例,投与前3.1±2.0回,p=0.001),13~18カ月の期間は0.6±0.7回(対象数10例,投与前2.8±1.2回,p=0.0004),19~24カ月の期間は0.6±0.5回(対象数6例,投与前3±1.4回,p=0.0098)と有意に抑制された.25~30カ月の期間は0.3±0.5回(対象数4例,投与前3.6±1.5回),31~33カ月の期間は0回(対象数2例,投与前3.5±2.1回)であった.3.各症例の効果判定各症例の眼発作に対する効果を以下の3段階評価を用いて判定した(表2).評価は,著効:インフリキシマブ導入後に一度も眼発作が認められなかったもの.有効:以下のいずれかに該当するもの.(a)インフリキシマブ導入後にも眼発作は認めたが,その頻度が軽減したもの.(b)インフリキシマブの投与間隔を表1各症例の背景症例投与開始時年齢性別罹病期間投与開始年月日投与直前内服薬INH併用の有無1234567891049413452425145453839男性男性男性男性男性男性女性男性男性男性2年11カ月12年8カ月4年2カ月24年5カ月7年5カ月7年11カ月4年2カ月4年6カ月5年10カ月3年9カ月2007/9/192007/9/262007/12/122008/2/272008/7/302008/7/302008/11/192008/12/242009/1/92009/2/25CsA200mgCsA250mgCsA50mgCsA90mgCol1.0mgCol0.5mgCol1.0mgCol1.0mgCol1.0mgCol1.0mgPSL15mgPSL3mgPSL10mg有無無無無無有無無無平均±標準偏差39±5.8(歳)98.1±76.6(カ月)症例インフリキシマブ投与理由投与期間投与間隔の変更投与後の内服薬転帰12345678910前治療無効前治療無効前治療無効,CsAで神経症状前治療無効CsAで下痢,Colで体調不良前治療無効前治療無効CsAで横紋筋融解前治療無効前治療無効2年9カ月2年9カ月2年6カ月2年4カ月1年11カ月1年11カ月1年7カ月1年6カ月1年5カ月1年4カ月なし8カ月で7週に変更1年8カ月で7週に変更なしなしなしなしなしなしなし中止中止PSL3mgCol0.5mg継続中止中止中止中止中止中止中止継続継続継続継続継続継続継続継続継続継続平均±標準偏差23.2±7.4(カ月)CsA:シクロスポリン,PSL:副腎皮質ステロイド薬,Col:コルヒチン,INH:イソニアジド.表2インフリキシマブ投与前6カ月と投与開始後6カ月ごとの眼発作回数症例投与前6カ月インフリキシマブ開始後(カ月)投与開始後の6カ月当たりの平均発作回数有効性1~67~1213~1819~2425~3031~33121020100.8有効250201000.6有効32021101有効42000000著効5400110.5有効6310000.3有効720000著効810000著効960001有効1070200著効(97)あたらしい眼科Vol.28,No.5,2011699短縮することで眼発作が認められなくなったもの.無効:インフリキシマブ導入後も眼発作が以前と同様に生じたもの,の3段階を用いた.上記の眼発作に対する効果判定基準で著効は10例中4例,有効は6例,無効例はなかった.有効のうち2例(症例2・3)は,インフリキシマブの投与間隔が8週間隔では眼発作を抑制できず,7週間隔へ短縮したところ眼発作の抑制ができた症例である.なお,この2例においては投与間隔の短縮が眼発作の抑制に有効であると担当医師が判断し,かつリスクを十分に説明のうえ,文書と口頭による同意が得られた患者であった.4.インフリキシマブ療法の視力への効果インフリキシマブ療法導入後に白内障手術を施行した6眼を除く12眼を対象とした.導入前,導入6カ月後,期間終了時の各時期における寛解期矯正視力をlogMAR視力にて比較し,0.2以上の改善,0.2未満の不変,0.2以上の悪化として検討した.導入前と導入6カ月後との比較では,視力向上3眼,不変9眼,視力低下はなかった(図2).導入前と期間終了時との比較では,視力向上6眼,不変6眼,視力低下はなかった.視力向上の割合は導入後6カ月のよりも期間終了時のほうが高かった(図3).インフリキシマブ導入後,全12眼において硝子体混濁の軽快もしくは改善を認めた.12眼中,インフリキシマブ導入前に黄斑浮腫を認めたものは2眼,黄斑浮腫を認めなかったものは9眼,インフリキシマブ導入前は眼底透見不能であったが,インフリキシマブ導入6カ月後に硝子体混濁が軽快し,黄斑浮腫が確認されたものが1眼であった.全期間中に黄斑浮腫を認めた3眼中3眼において期間終了時に黄斑浮腫の軽快もしくは改善を認めた.5.インフリキシマブ療法の安全性今回の検討では期間内に認めたすべての病的変化やその疑いを含めて有害事象として報告する.したがって軽度の訴えや自覚症状を伴わない検査異常値なども含めて10例中9例に全17件認められた.いずれもインフリキシマブとの因果関係は不明であったが期間内に生じたものをすべて列挙すると,肝機能検査異常値3件,皮膚症状3件(両眼周囲の発赤・掻痒感・乾燥1件,大腿内側の爛れ1件,挫瘡1件),3.532.521.510.50投与前6カ月(n=10)投与後1~6カ月(n=10)7~12カ月(n=10)13~18カ月(n=10)19~24カ月(n=6)25~30カ月(n=4)31~33カ月(n=2)平均眼発作回数************図1インフリキシマブ投与前後の平均眼発作回数の比較インフリキシマブ治療開始後の期間を6カ月ごとに区切り,6カ月当たりの平均眼発作回数を投与前6カ月間と比較した.インフリキシマブ治療開始後の期間が長くなるとともに症例数(n)は減少するため,投与前の平均眼発作回数は調査期間により異なる.各調査期間における有意差をp値(Student’spairedt-test)で示した(****:p<0.0005,***:p<0.005,**:p<0.01).3210-1123456投与後6カ月後の矯正視力(logMAR)0インフリキシマブ投与前矯正視力(logMAR)図2インフリキシマブ投与前と治療開始6カ月後の寛解期視力の変化インフリキシマブ投与前と治療開始後6カ月の寛解期矯正視力を比較.◆:logMAR視力で0.2未満の変化(12眼中9眼),■:logMARで0.2以上の改善(12眼中3眼).3210-101234インフリキシマブ投与前矯正視力(logMAR)投与開始後最終矯正視力(logMAR)図3インフリキシマブ投与前と期間終了時の寛解期視力の変化インフリキシマブ投与前と期間終了時の寛解期視力の変化(12カ月後2例,18カ月後2例,24カ月後3例,30カ月後3例,33カ月後2例)の寛解期矯正視力を比較.◆:logMAR視力で0.2未満の変化(12眼中6眼),■:logMAR視力で0.2以上の改善(12眼中6眼).700あたらしい眼科Vol.28,No.5,2011(98)発熱2件,上気道症状2件,左手関節痛1件,左耳介部感染1件,その他に軽度の投与時反応が5件(血圧上昇2件,発汗1件,前腕の刺入部の血管炎様発赤1件,頭痛1件)であった.いずれも期間内に一時的に認められたものであり投与中断などを迫られるような重篤なものはなく,経過観察にて軽快した.III考按Behcet病による難治性網膜ぶどう膜炎患者に対してインフリキシマブの使用が国内で認可されて以降,本治療は多くのBehcet病患者に福音をもたらしている.疾患の特性上,長期にわたって有効であり,かつ安全であることが治療を継続するうえで必須条件となるが,その中期・長期成績に関しては報告が少なく不明な点もあった.今回,筆者らはBehcet病による難治性網膜ぶどう膜炎に対し,インフリキシマブ療法を導入し,1年以上継続できた10例18眼において,その治療成績を総括した.インフリキシマブ療法導入により眼発作が完全になくなった著効は4例,眼発作が著明に軽減,あるいはインフリキシマブ投与間隔を短縮することにより眼発作を抑えた有効も6例,とすべての症例において眼発作抑制効果を認めた.投与間隔を短縮した2例は,導入当初8週間隔で眼発作が抑制されていたが,徐々に7週過ぎに眼発作を認めるようになり,効果減弱つまり二次無効例7)と考えた.インフリキシマブに対する抗体産生の可能性8)もあり,二次無効例に対する対応は今後も議論を深めるべき事項であるが,たとえば免疫抑制薬や副腎皮質ステロイド薬などの併用治療薬の再開・増量,インフリキシマブ投与量の増量や投与間隔の短縮,インフリキシマブ投与直前に水溶性プレドニゾロン20~40mgを静注するなどの方法があり8),何らかの工夫が必要であろう.今回の2例に関しては投与後7週過ぎに規則的に認める眼発作であったため,投与間隔の短縮という方法をとり,結果が良好であった.今後症例数と調査期間を延ばし再度検討を要するが,2例とも良好な成績であり二次無効例に対する選択肢の一つになると思われた.視力の推移では,インフリキシマブ導入後にすべての症例で寛解期矯正視力は向上もしくは維持され,低下する症例はなかった.硝子体混濁や黄斑浮腫の改善9)が視力向上の一因になっていると考えられた.投与後6カ月での視力向上は3眼であったのに対し,期間終了時では6眼と増加しており,視力低下をひき起こす何らかの慢性炎症までをも抑制されたために,より長く導入されている期間終了時で視力向上が増加したと思われた.安全性については,期間内に認めたすべての病的変化やその疑いを含めて有害事象としたため10例中9例に全17件認められた.いずれも期間内に一時的に認められたものであり,経過観察にて速やかに軽快した.投与時反応を含め,同一患者に同様の有害事象をくり返すといった傾向は認められず,インフリキシマブとの因果関係も不明であった.したがって,当科における10例18眼を対象にしたインフリキシマブ療法では重篤な副作用はなく,比較的安全に行うことができた.しかしながら,使用成績調査(全例調査)の中間報告において,重篤な副作用は報告されており(発現率4.3%),その多くが感染症であったことからも,インフリキシマブ導入前に特に感染症のリスクを念頭においたスクリーニング検査ならびに導入後の慎重な経過観察が大切である.さらに,投与時反応への対応を確立することがより高い安全性につながると考え,筆者らはCheifetzら10)の投与時反応発現時の対応を基に救急マニュアルを作成し,クリニカルパスにて運用した.今回の検討結果からインフリキシマブ療法は中期においても眼発作抑制,視力向上・維持,安全性において非常に有効であると思われた.現時点でインフリキシマブ治療の適応は従来の治療法に抵抗性の難治例とされているが,他の疾患では初期から投与することで良好な予後が得られているとの報告もあり11,12),投与前の全身精査を的確に行い,有害事象発現時の体制を整え,用法・用量を工夫することで,インフリキシマブ療法のさらなる安全かつ有効利用を探求していく必要があると思われた.文献1)SakaneT,TakenoM,SuzukiNetal:Behcet’sdisease.NEnglJMed341:1284-1291,19992)MasudaK,NakajimaA,UrayamaAetal:DoublemaskedtrialofcyclosporinversuscolchicineandlongtermopenstudyofcyclosporininBehcet’sdisease.Lancet8647:1093-1095,19893)OhnoS,NakamuraS,HoriSetal:Efficacy,safety,andpharmacokineticsofmultipleadministrationofinfliximabinBehcet’sdiseasewithrefractoryuveoretinitis.JRheumatol31:1362-1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