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調節の測定方法

2011年5月31日 火曜日

0910-1810/11/\100/頁/JCOPYなるはずであるが,ときに30cm以上となることもあり,過矯正レンズ処方の発見に有用である(眼鏡処方時も有用).調節力とは,遠点と近点における屈折の差をいい,一般的(眼前を正の値として扱う方法)には以下の式で算出され,単位はジオプトリー(diopter:D)で表記される.調節力(D)=1/近点(m).1/遠点(m)遠点は無調節状態にて明視している点であり,近点は最大調節時に明視できる最も近い点と定義される.屈折はある物体が網膜に鮮明に結像しているとき,物体までの距離の逆数をいう.すなわち遠点の逆数が屈折(屈折値),近点の逆数が調節(調節力)と考えることができる.調節力は眼の主点(角膜後方1.5mm)からの計算が理想であるが,臨床的には角膜頂点が基準とされることもある.なお,正視眼や完全屈折矯正にて遠方矯正された眼では,理論的に遠点が無限遠(∞)であるため,1/近点(m)でのみ算出される.下記の近点計の測定範囲には限界があるため,視標を40cmの位置で見せても明視できない場合は+4.0Dを付加し,遠点を眼前25cmとして測定するとよいが,調節力の計算時には1/遠点(m)にて算出された値から+4.0Dを減じることに注意する.文献1),2)には調節力の算出方法とともに下記の近点計による測定方法が詳細に記載されており,一読を勧める.はじめに調節とは,種々異なる距離にある物体を,網膜に鮮明に結像させる眼の機能である.おもな作用部位は「毛様体筋の収縮と水晶体の弾性による屈折変化」というHelmholtzの機序からもわかるように毛様体筋と水晶体である.そのため調節の測定方法は毛様体筋と水晶体を評価することになるが,大別して調節近点と調節遠点による調節力(調節幅),調節が誘発されるまでの調節速度(調節緊張時間・調節弛緩時間)をそれぞれ測定する自覚的検査と,眼に赤外線を入射して網膜の反射光から調節反応を測定する他覚的検査に分類される.以下に調節の代表的な測定機器を自覚的検査と他覚的検査に分類し,その概要と筆者らが実際に行っている測定方法について述べる.I自覚的検査調節は屈折とも関連していることから,特に自覚的検査では正確な完全屈折矯正のもとで測定を行う.逆の発想からすると,不適切な矯正状態では年齢不相応の調節近点距離や調節速度が検出される.近点距離測定は簡便であり,日常臨床において調節異常をきたす種々の疾患や近見障害,眼精疲労や老視などの対象患者のみならずルーチンとしたい検査法である.筆者らは患者自身の眼鏡やコンタクトレンズを装用させて(完全矯正と仮定),その上から+4.0Dを付加して遠点距離も併せて測定している.理論的には25cm(多少のずれは誤差範囲)と(7)609*KenAsakawa&HitoshiIshikawa:北里大学医療衛生学部リハビリテーション学科視覚機能療法学専攻〔別刷請求先〕浅川賢:〒252-0373相模原市南区北里1-15-1北里大学医療衛生学部リハビリテーション学科視覚機能療法学専攻特集●老視アップデートあたらしい眼科28(5):609.613,2011調節の測定方法MethodsandInstrumentsforMeasuringAccommodation浅川賢*石川均*610あたらしい眼科Vol.28,No.5,2011(8)特性,視標の動きに対する屈折変化を測定する動的特性がある.いずれも得られる波形や結果が異なり,患者個人の症状や状態に適した特性による測定が重要となる.1.アコモドメータAA.2000アコモドメータAA-2000(ニデック,図1)は赤外線オプトメータにより,調節安静位,調節微動,調節ラグを含めた調節反応の測定が可能である5,6).調節安静位とは被検者の屈折値(調節遠点)に対して約1.5D近方に位置しており,眼自律神経系の平衡状態と定義される.本機器における調節安静位は,暗室にて内部視標を消灯するdarkfocus,または明室にて調節遠点に+8.0Dを付加(雲霧)するemptyfieldにて測定を行う(下記の基準位置を参照).調節ラグとは調節刺激と調節反応のズレのことであり,網膜の約1.0D後方に位置するが,焦点深度の量に対応する.そのため瞳孔径に依存するが,視標が近方に近づくほど,調節ラグは大きく,調節刺激に対する調節反応(量)は小さくなる.測定モードには動的特性を測定するステップ(Step)制御と準静的特性を測定する等速度(Linear)制御とがある(図2).視標はBadal光学系による内部視標を用いており,任意の位置に呈示することが可能である.他覚的な調節反応の全般が測定可能であるが,光学的な内部視標とともに1.石原式近点計,VDT近点計,定屈折近点計(D'ACOMO)石原式近点計(はんだや)は最も代表的な測定機器である.完全屈折矯正下にて被検者の主点を近点計に備わっている目盛の0mm(角膜頂点を目盛1.5mm)に合わせる.外部視標を明視可能な位置から,検者が手動にて徐々に眼に近付けていき,ぼやけて見えた点をcm単位にて読み取り,調節近点とする.VDT近点計(トーメーコーポレーション),D’ACOMO(ワック)とも測定原理は石原式近点計と同様であるが,VDT近点計は等速度(cm/秒)にて,D’ACOMOは定屈折(D/秒)にて視標が移動する.定屈折の最適な速度は報告により異なるが,筆者は0.2D/秒(middle:MID)の視標速度を使用している.2.アコモドポリレコーダHS.9GアコモドポリレコーダHS-9G(コーワ)は等速度(低速:2.5cm/秒,高速:5.0cm/秒)による調節近点,調節遠点に加えて調節速度,すなわち調節緊張時間,調節弛緩時間を測定することができる.調節緊張(弛緩)時間とは遠方(近方)の視標を注視している状態から近方(遠方)の視標が明視されるまでの時間である.すなわち焦点が合うまでの時間を計測することになるが,正常値は調節緊張時間では約1秒,調節弛緩時間では約0.6秒とされ,不適切な矯正状態のみならず加齢でもこれらの時間は延長する.測定モードには近点モード,遠点モード,アコモドモードがあり,調節速度を測定する際にはアコモドモードを用いる.測定原理は任意の位置に呈示可能な遠方視標(光学的無限遠~40cm)と近方視標(40cm~5cm)とが,同一光軸上に5秒間隔にて交代に呈示され,交代した直後にぼやけて見える視標が鮮明に見えた点を求める.II他覚的検査他覚的検査では調節の特性を考慮することが正確な評価につながる4).特性には視標を眼前一定の距離に呈示して,静止している視標を注視するときの屈折変化を測定する静的特性,静的特性が損なわれない速度(0.2D/秒)での視標の動きに対する屈折変化を測定する準静的図1アコモドメータAA.2000(川守田拓志,魚里博:調節力の測定.専門医のための眼科診療クオリファイ,中山書店,2009より)(9)あたらしい眼科Vol.28,No.5,2011611際の他覚的屈折値を,高速Fourier変換により分析することで調節微動高周波成分出現頻度(highfrequencycomponent:HFC)を測定し,FK-map(fluctuationofkineticrefraction-map)として評価する.FK-mapは横軸に視標位置,縦軸に調節反応量,さらに縦軸の色はHFCの頻度(緑は低く,赤は高い)を示す三次元グラフとして表示される(図4).毛様体筋の活動状態を示すHFCは毛様体筋の疲労を捉えられることから,慢性疲単眼視での測定であるため,調節しにくく日常視から遠い.筆者は基準位置(測定開始時の視標の呈示位置)として,ステップ制御ではレンズ交換法により得られた等価球面屈折値に.0.5Dを付加した値,等速度制御では+2.0D(基礎研究の場合)もしくは+8.0D(臨床評価の場合)を付加(雲霧)した値に設定している.また,同機器に赤外線電子瞳孔計を組み合わせ,調節刺激時の調節反応と瞳孔反応の同時記録を行っている.2.Speedy.iKmodel,AA.1静止している視標を注視している際にも調節は一定値とはならず,調節微動と称される振幅0.3D程度の微細な揺れがみられる.調節微動は1.0~2.3Hzの高周波成分と0.6Hz未満の低周波成分とに大別される.高周波成分は水晶体やZinn小帯などの振動,毛様体筋の活動状態を示し,ぼやけの検出など調節制御系に対する補助的な役割をもつとされている.一方,低周波成分は調節自体により生じた単なる生体のノイズと考えられているものの,最近では発生源を含めたさまざまな検討がなされている7,8).調節微動はSpeedy-iKmodel(ライト製作所,図3)やAA-1(ニデック)により測定されるが,その原理は他覚的等価球面屈折値に+0.5Dを付加(雲霧)し,その値から0.5D間隔で内部視標を移動させた瞳孔反応1D調節反応調節微動調節ラグ視標(-)dptr↑→t10700調節反応瞳孔反応視標調節安静位調節ラグ(-)dptr↑→t700ab図2アコモドメータAA.2000による測定波形(いずれも正常者例)横軸に時間(秒),縦軸の左側に他覚的屈折値(D),縦軸の右側に瞳孔面積(mm2)としている.a:ステップ制御の測定波形では基準位置に呈示されていた視標(黒)が5秒後に眼前10cmまでステップ状(瞬間的)に移動し,短い時間(潜伏時間)を経て,屈折値がマイナス側へ移行している.10Dの調節負荷に対して調節微動(点線内)がみられ,実際の調節反応(青)は少なく,調節ラグ(矢印)が大きくなっており,瞳孔面積(赤)は縮小している.b:等速度制御の測定波形では基準位置から調節反応の実測波形の交点までは調節安静位(点線内)の状態であり,4D負荷に対して調節ラグ(矢印)とともに,縮瞳がみられる.図3Speedy.iKmodel(川守田拓志,魚里博:調節力の測定.専門医のための眼科診療クオリファイ,中山書店,2009より)612あたらしい眼科Vol.28,No.5,2011(10)3.両眼開放型オートレフラクトメータWAM.5500&WCS.1両眼開放型オートレフラクトメータWAM-5500&WCS-1(グランド精工,図5)は両眼開放での屈折値測定機能に加え,瞳孔径の同時測定が可能な機器である.測定モードのA.M.MODEは,他覚的等価球面屈折値とともに瞳孔径が0.1mm間隔にて2~8mmまで評価でき,オプションソフトのWCS-1を使用することで,連続高速測定であるHISPEEDMODEとなり,0.2秒ごとの値が評価可能となる.外部視標を任意の位置に呈示することができ,ハーフミラーによる両眼開放の日常視に近い測定条件である.III測定の注意点調節を評価する際には,検査室の環境照度(明室・暗室),視標の特性(図形か文字か・大きさ・線の幅・輝度・コントラスト),視標の呈示方法,測定条件が両眼視(両眼開放)か単眼視かの違い,周辺視野の手掛かりなど,さまざまな要因により値が変化することを把握しておく必要がある10).すなわち調節を測定する方法や機労症候群(chronicfatiguesyndrome:CFS)や眼精疲労,IT眼症の診断,評価に有用9)とされる.AccommodationAccommodationL.csvDistanceoftargetsDistanceoftargetsab図4FK.mapFK-mapは横軸に視標位置,縦軸に調節反応量を示し,縦軸の色はHFCの頻度を示す三次元グラフとして表示される.a:正常者(25歳,男性)の供覧例では他覚的等価球面屈折値が.4.93Dであり,0.5Dごとの調節負荷に伴い調節ラグを認め,正確な調節反応を示している.また最大の3D負荷時(map上の.7.93D)では調節反応量が増加し,HFCの頻度が高く暖色系に変化している.b:調節けいれん(27歳,女性)の供覧例では視標呈示位置に関係なく屈折値が不安定であり,HFCは著しい高値を示している.図5両眼開放型オートレフラクトメータWAM.5500&WCS.1(11)あたらしい眼科Vol.28,No.5,2011613おわりにこれまで調節の測定方法について測定機器およびその注意点を述べてきたが,検査において最も重要な“視標のぼやけ”に関しては,その感覚が個人個人で異なり,先述した視標の特性を踏まえ測定条件の最適化には議論の余地がある.調節は自律神経系のみならず高次レベルによっても支配されていることから,検査に対する被検者の努力や集中力(協力性),検査日の心身状態なども結果に反映され,変動や個体差が大きい.そのため結果の正確性や再現性を向上させるには,明視努力を促す検者の声かけが非常に重要である.また,練習効果も明らかであり,実測値に影響しない程度の検査練習もときに必要である.さらに調節は独立した系としてフィードバック制御であると同時に近見反応のプログラム制御として輻湊や瞳孔反応(縮瞳)とも互いに関連している.この密接な関連により,調節の評価は単純に処理できないことが多い.すなわち輻湊や開散,ひいては眼位や両眼視機能に関しても考慮せねばならず,臨床的意義や研究価値は大きいが,診断や評価には慎重を要する.文献1)内海隆:調節検査法─そのトピックスといくつかの留意点について─.日視会誌17:189-194,19892)松田育子,小島ともゑ,不二門尚:老視に対する新しいアプローチ─調節検査の基本と実際─.あたらしい眼科22:1029-1034,20053)鈴村昭弘:調節検査.眼科19:861,19774)鵜飼一彦,石川哲:調節の準静的特性.日眼会誌87:1428-1434,19835)渥美一成:アコモドメーター.神眼7:241-244,19906)近江源次郎,木下茂:赤外線オプトメーターによる調節障害のパターン分類─調節障害の準静的特性による臨床的分類.眼紀41:2062-2063,19907)梶田雅義:眼位異常と調節異常.あたらしい眼科21:1173-1178,20048)中山奈々美,川守田拓志,魚里博:調節微動と外斜位の偏位量との関係.視覚の科学26:110-113,20059)岩崎常人:眼精疲労の測定方法と評価CFFとAA-1.眼科51:387-395,200910)浅川賢,石川均,吉冨健志:近見反応─測定機器と方法─.神眼21:286-292,2004器にはさまざまな利点,欠点があり,原理や測定条件を把握しておかなければ,思わぬ間違いを生じる.検査室の照度は報告によって100~500lxと異なるが,筆者は約300lxの明室としている.照度計を常備しておき,測定時には計測調整するとよい.視標は*のような図形や“ひらがな”が良いとされるが,調節量(力)は視標(視角)が大きく,視標の線の幅が狭くなるほど増加し,視標が低輝度,高コントラストであるほど減少(低下)するとされている.筆者はコントラスト90%以上の*図形と小数視力0.4のLandolt環を用いている.視標の呈示方法には実空間での外部視標(実視標)とBadal光学系による内部視標があるが,内部視標では近方負荷時も視標の大きさや照度が変化しないため,近接感が得られず調節しにくい.両眼視(両眼開放)での測定では単眼視よりも輻湊による影響(輻湊性調節)により容易となり,調節量(力)は見かけ上増加する.すなわち外部視標を用いた両眼視(両眼開放)の測定条件では,視標の接近に伴い両眼視差を生じ,実空間において視標の大きさが変化することで遠近感や立体感が得られる.一方,単眼視の内部視標では,立体感のみならず融像を含めた両眼視機能や輻湊の関与が消失すること,瞳孔径も単眼視にてより散大し,網膜照度や結像特性が変化することから,日常視を踏まえた調節の評価に関しては今後も検討が必要である.なお,瞳孔径は小さくなると焦点深度が深くなり,自覚的な調節力は大きくなるため,測定開始時の瞳孔径も明記しておくとよい.その他にも近視眼ではコンタクトレンズ,遠視眼では検眼レンズ(眼鏡)のほうが調節力を多く必要とするように,コンタクトレンズと検眼レンズでは理論的に必要調節量が異なるが,検査時の完全屈折矯正ではいずれかに統一すればよい.筆者は検眼レンズにて統一し,乱視は明視域を拡大させる可能性から完全矯正とするが,.0.75D以下の乱視は収差の影響を考慮して等価球面値に補正している.

老視とは何か:定義と考え方

2011年5月31日 火曜日

0910-1810/11/\100/頁/JCOPY調節は,眼の焦点を遠くの物体から近くの物体に合わせる能力と定義される.調節時には,毛様体筋の収縮によりZinn小帯が弛緩し,水晶体前後面の曲率半径が小さくなると同時に,水晶体の前面は前方に移動し後面は後方に移動して水晶体は厚くなる1).これらの効果の総和として眼球の屈折力が増加する(図2).Helmholtzはこれを,調節前後の水晶体の反射像(Purkinje像)を用いて示した.調節力(amplitudeofaccommodation)は,他覚的には開放型のオートレフラクトメータを用いれば測定可能であるが,臨床的には自覚的な調節検査装置を用いて測定することになる.遠点の位置から少しずつ視標を近づけて,最大の調節努力をしたときの近点から計算されI老視の定義1.老視の定義老視(presbyopia)は,加齢による調節力の低下として定義される.調節の機構に関する今日的な概念の確立は,Helmholtz自身の研究,および過去の研究をまとめた教科書に負うところが大きい1).老視の初期には,遠くから近くに,あるいは近くから遠くに視線を移すと焦点が合うまでに時間がかかるという症状が出る.読書時に目がかすむ症状が出て,眼鏡が必要になる調節力になるのはおおむね45歳頃である(図1).これと並行して長時間読書をすると,眼が疲れる症状が出る.(3)605*TakeshiIde:南青山アイクリニック東京**TakashiFujikado:大阪大学大学院医学系研究科感覚機能形成学〔別刷請求先〕不二門尚:〒565-0871吹田市山田丘2-2大阪大学大学院医学系研究科感覚機能形成学特集●老視アップデートあたらしい眼科28(5):605.608,2011老視とは何か:定義と考え方WhatisPresbyopia?DefinitionandApproach井出武*不二門尚**1614121086420調節力(D)年齢(歳)010203040506070平均図1調節力と年齢の関係水晶体a:調節弛緩時b:調節時Zinn小帯毛様体筋図2調節のメカニズム606あたらしい眼科Vol.28,No.5,2011(4)される要因となる.近年波面センサーを用いて,調節時に負の球面収差が生じることが明らかになった6).これを用いると,調節努力が行われていることが示される.両眼開放型の波面センサーを用いると,自然視の状態で水晶体の調節を測定できるので,調節努力をしていることを負の球面収差で確かめながら,他覚的に調節を測定できる.る.ボケの自覚には,視力,コントラスト感度などが関係する点に留意が必要である.2.老視の原因加齢による調節力の低下は,水晶体の硬化に起因する.毛様体筋が収縮しても水晶体が膨らまず,前.の曲率半径が小さくならない.実際Glasserらの研究によると,摘出した水晶体の硬度は45歳ぐらいから指数関数的に増大することが示されている2)(図3).3.自覚的調節力と他覚的調節力の差Duane3)は,自覚的な調節力は50歳以上でも1diopter(D)程度残ると報告している.一方,水晶体の他覚的調節力は50歳でほぼゼロになる4).この差は,焦点深度に起因する.自覚的な調節検査はボケの認識を基準にしているので,ボケを認識しない範囲(焦点深度分)だけ真の調節力より大きい値となる5)(図4).逆に,水晶体の調節が,近くを見るのに必要な調節力より焦点深度分だけ少なくなることを,調節ラグという(図5).近くを見るときには瞳孔が小さくなるので,焦点深度は深くなる(図6).また加齢によって,瞳孔径が小さくなることも知られた事実である.この縮瞳による焦点深度の増加で,50歳を過ぎて水晶体の調節力がなくなっても,自覚的な調節力は1D程度残存することになる.乱視や高次収差も,自覚的調節力が真の調節力より大きく評価020406080100年齢(歳)水晶体の硬度43210図3水晶体の硬さと年齢の関係真の調節力臨床的調節力遠点DepthoffieldDepthoffield焦点深度∞近点図4焦点深度と調節力の関係1:1Toniclevel0調節刺激(D)調節反応量(D)調節ラグ図5調節刺激に対する水晶体の調節反応量と調節ラグcpfDepthoffield焦点深度遠点近点網膜面o図6瞳孔の大きさと焦点深度の関係(5)あたらしい眼科Vol.28,No.5,2011607くことが望ましく,今後の老視研究の進展によって閾値や基準は見直していく必要は当然出てくるが,本稿では現時点で合意の得られた定義・診断基準について述べる.2.老視の定義(診断基準作成に当たっての留意点)(1)将来的に本研究会の定義が国際的にも受け入れられることを視野に入れた.従来,わが国では近見視力は30cmの距離で測定されることが多かったが,欧米では16インチで近見距離を規定しており,これをcm換算すると40.6cmであることから,40cmとした.これも国際的に受け入れられることを目的としたものである.(2)老視の検査法としては,水晶体の調節力を直接計測する方法7),前眼部の断面を長波長の光干渉断層計で測定する方法8)などがあるが,一般の眼科施設に普及している,あるいは入手可能な検査機器で行える検査法を用いることとした.さらに簡便法を追加して,広く一般の眼科施設において特殊機器を用いることなく診断できるように配慮した.これは,いかに定義や診断基準が素晴らしいものでも,特殊な機器を有する少数の施設でしか診断ができないのであれば,結局は世界的にも受け入れられないことになりかねない.したがって,将来新たな検査法が一般的になった場合には診断基準の見直しが必要になる.III老視の定義と診断基準老視の定義を,「加齢による調節力の減退(age-relatedlossofaccommodation)」とした.眼科医の間ではこれで問題はないが,一般社会に向けた定義として,「老視とは見える範囲が狭くなった状態」と定めた.診断基準は,加齢以外で調節が減退する疾患を有さず,矯正視力1.0以上を有する者において,通常の視力検査の照明条件下,片眼完全矯正下で調節力が2.5D未満.もしくはアコモドメータなどを保有していない施設を考慮し,簡便法として片眼完全矯正下で40cm視力が0.4未満の条件を満たすものとした.しかし,調節力については絶えず考慮する必要がある.この診断基準のポイントは,医学的老視の診断には調節力を測定する必要があることを明確にし,簡便法として近見視力を採用II老視の21世紀的考え方(老眼研究会での老視の定義とその背景)1.背景眼科領域の手術手技の向上,医療器具の改良などにより,疾患を治療すると同時にQOV(qualityofvision)の向上も同時に成し遂げることが可能になってきている.その代表例として,白内障手術があげられる.混濁の除去のみを目的とする水晶体.内摘出術(ICCE),水晶体.を残す.外摘出術(ECCE),foldable眼内レンズ(IOL)の開発,極小切開白内障手術の隆盛,眼のバイオメトリー検査の精度向上,IOL計算の精度向上,多焦点・調節性レンズの開発という歴史を経て,白内障手術は疾患治療という領域を超え,LASIK(laserinsitukeratomileusis)などと同じ屈折矯正手術の領域に入りつつある.これは日本でも日本白内障・屈折矯正手術学会が設立されていることでも示されている.社会的にも,寿命の伸長とともに中高年齢者の良好な視力保持への期待も高まっている.情報化により社会の医療に対する要求や期待もより高いものとなりつつある.従来,老視は近用眼鏡,二重焦点眼鏡,累進屈折力眼鏡,二重焦点コンタクトレンズなどで対処されてきた.現在では,それらに加えて多焦点眼内レンズ,角膜内ピンホールリング,フェムトセカンドレーザーにより角膜実質内に切開を入れるなど,さまざまな手術が開発され,新しい老視治療への取り組みが始まり,老視は注目を浴びている分野になっている.このような新しい屈折矯正の手段の出現により,老視の年齢になっても近見障害の自覚がないということが起こりうる.新しい屈折矯正の方法が次々導入されているなかで,診断・治療・研究が行われている現状では,老視の定義と診断基準が確立されない限り,治療の有効性を客観的に評価することはできない.また,眼科として統一見解がない状態では,施設や眼科医ごとに対応が異なり,患者に不安や不満を生じさせてしまう危惧さえある.このような経緯から,2007年に老眼研究会が設立され,老視の定義・診断基準について議論を行った.定義・診断基準については,新たな検査法が進歩・普及すれば,診断基準における検査法の変更も随時検討してい608あたらしい眼科Vol.28,No.5,2011(6)節力が狭い場合には医学的老視と診断する.たとえば,老眼患者に多焦点眼内レンズを挿入して遠・近視力ともに満足しており,遠見矯正下での近見視力が0.8だとする.まず自覚症状を有しない時点で臨床的老視ではない.アコモドメータを有しない施設で医学的老視を診察する場合,簡便法で測ることになるが0.8だと医学的老視でもないと判断をされるかもしれないが,これは理論的に調節力を向上させているわけではないので,いくら近見視力が良好でも医学的老視になる.老視治療は今後急速に進み,普及していくものと予測される.臨床的老視と医学的老視の2つの診断基準,および医学的老視の診断基準における簡便法が,今後の老視研究の活性化に有意義なものとなることを期待する.文献1)vonHermholtzHH:HandbuchderPhysiologischenOptic,p122-124,Dover,NewYork,19092)GlasserA:Accomodationandpresbyopia.InAdler’sPhysiologyoftheEye.10thed,p197-220,Mosby,StLouis,20033)DuaneA:Normalvalueoftheaccommodationatallages.JAMA59:1010-1015,19124)KoretzJF:Accommodationandpresbyopiainthehumaneye:agingoftheanteriorsegment.VisionRes29:1685-1690,19895)CiuffredaKJ:Accommodation,thepupil,andpresbyopia.InBorish’sClinicalRefraction,edbyBenjaminWJ,p93-144,ButterworthHeineman,20066)NinomiyaS,FujikadoT,KurodaTetal:Changesofocularaberrationwithaccommodation.AmJOphthalmol134:924-926,20027)Win-HallDM,GlasserA:Objectiveaccommodationmeasurementsinprepresbyopiceyesusinganautorefractorandanaberrometer.JCataractRefractSurg34:774-784,20088)FurukawaH,Hiro-OkaH,SatohNetal:Full-rangeimagingofeyeaccommodationbyhigh-speedlong-depthrangeopticalfrequencydomainimaging.BiomedOptExpress1:1491-1501,2010した点である.なお,測定距離は40cmを用いることとした.しかし,旧来の30cm近見視力表でも対応できるように換算表も提示することとした.しかし,片眼完全矯正下で調節力が減退しても,老視の自覚症状をもたない人もいる.そのような人に対して「あなたは困っていなくても老視だ」と診断するのは現実的でないとの見地から,「臨床的老視」の診断基準を別に設けることとした.医学的老視は「完全矯正下の検査で,自覚症状の有無に関係なく調節力の減退を示す」,臨床的老視は「遠見に関して問題なく生活できる条件において,近見視力の低下(両眼視時)を自覚症状として有する」ということである.このような,両眼視時に遠見に関して問題なく生活できる状態を,日常視と定義した.これは,たとえば近視でやや低矯正の単焦点眼鏡をかけて,遠方視に不自由を感じていない状態,あるいは単焦点の眼鏡やコンタクトレンズでモノビジョン法を行っている場合などである.遠近両用の眼鏡やコンタクトレンズを装用した場合は含まない.医学的老視には調節力の測定が必要であるが,アコモドメータなどを保有していない施設を考慮し,簡便法として近見視力を設定した.しかし,医学的老視の診断基準には調節力で判断するという根底が存在するので,簡便法で近見視力が基準を満たされていても,理論的に調表1医学的老視と臨床的老視医学的老視臨床的老視視力測定条件片眼完全矯正下日常視自覚症状有無は問わない近見視力障害あり診断基準調節力2.5D未満*40cm視力0.4未満***医学的老視は,基本は片眼の調節力が2.5D未満であるが,アコモドメータなどを有さない場合に簡便法として40cm視力0.4未満を用いてもよい.**両眼視下で測定.

序説:老視アップデート

2011年5月31日 火曜日

0910-1810/11/\100/頁/JCOPYり低下していることは間違いがない.このような状態も2つの提唱された概念を用いれば,この方は医学的老視はあるが,臨床的老視はないという大変わかりやすい説明ができる.まだ新しく提唱されたばかりの老視の定義であるが,広くわが国そして世界で使われることを望んでいる.さて実際の測定方法,眼鏡による矯正,コンタクトレンズによる矯正についてはそれぞれ現在日本のトップの研究者である,浅川賢先生,石川均先生,梶田雅義先生,植田喜一先生に担当していただいた.現在まさに行われている老視への対応についてここで十分学びたい.新しい手術的アプローチについては角膜アプローチと水晶体アプローチの2つに分けてそれぞれ荒井宏幸先生,ビッセン宮島弘子先生に担当していただいた.角膜アプローチは老視LASIKから始まって,conductivekeratoplasty(CK)などアメリカFDA(食品医薬品局)の認可がすでにとれている治療法から,まだ治験中のAcuFocusInlayまでさまざまな方法が出てきており大きく進歩している領域である.特にAcuFocusInlayはピンホール効果によって焦点深度(depthoffocus)を増やすことによる視力の改善という従来あまり臨床に応用されていなかった古くて新しいテクノロジーとなっている.焦点超高齢化社会を迎えて加齢に関連する疾患が増大している.なかでも老視は45歳以上のほとんどすべての方に発症する病態である.従来は眼鏡やコンタクトレンズが唯一の矯正方法であったが,最近になってさまざまな手術的介入が可能となり注目が集まっている.これを受け2007年にわが国においても“老眼研究会”が設立され,世界に先駆けて“老視”の定義が提唱された.本特集ではこれらの流れを踏まえ,現在の老視の考え方,検査方法,矯正手術療法についてまさにアップデートを執筆いただいた.まず定義と考え方について井手武先生と不二門が老眼研究会におけるディスカッションも踏まえて執筆した.特筆すべきことは医学的老視として“加齢による調節力の低下”を定義し,さらに臨床的老視として“生活視力下において近方視力が困難になる”としている点である.この2つの老視の概念が提唱されたことにより,病態の考え方が大変クリアーになってきた.たとえば,もともとモノビジョンがあり,両眼開放下においては遠方視力も,近方視力もよい方は老視と言えるのだろうか?人生のなかで一度も老視で困ったことがないという方に“あなたは老眼ですよ”と言っても納得してくれない.困っていないと言っても水晶体の調節力は加齢によ(1)603*KazuoTsubota:慶應義塾大学医学部眼科学教室**TakashiFujikado:大阪大学大学院医学系研究科感覚機能形成学●序説あたらしい眼科28(5):603.604,2011老視アップデートRecentAdvancesinDiagnosisandTreatmentofPresbyopia坪田一男*不二門尚**604あたらしい眼科Vol.28,No.5,2011(2)深度を増やす方法についてピンホール以外にも最近新しいアイデアも提唱されつつあり,これからさらに進歩していく可能性のある分野だ.水晶体アプローチは現在すでにマルチフォーカル眼内レンズが先進医療としてわが国でも認可されて幅広く使われている.また調節力付眼内レンズも第一世代からレンズを複数枚使った第二世代の開発に移行しつつあり将来が期待されている.さらにその先の将来には日本でも夢のレンズとして大阪の西起史先生や宇都宮の原孜先生が開発されていた水晶体カプセルの中身だけ入れ替えるという手術も技術革新によって具現化するかもしれない.最後には老視に対するアンチエイジングアプローチを定義も担当していただいた井手武先生にお願いした.現在加齢のサイエンスが進歩し加齢のメカニズムが少しずつ解明されつつあり,さまざまな加齢に対する仮説が提唱されつつある.そのなかでも活性酸素仮説とカロリーリストリクション仮説が臨床応用できるという観点から注目されている.活性酸素仮説は,活性酸素によって蛋白質,DNA,脂質が酸化することによって加齢が起きる,よって酸化を食い止めることがアンチエイジングという考え方だ.一方,カロリーリストリクション仮説ではカロリーを制限することによって加齢を食い止めることができるという考え方である.厚生労働省が撲滅を目標としているメタボリックシンドロームはまさにこの逆であり,肥満によって糖尿病,高血圧,癌など加齢に関連する疾患確率が増大する,太ると早く老けるということだ.老視は加齢によって起こるため,アンチエイジング的アプローチによって老視をある程度予防できないかという考え方がだんだんと出てきている.体全体のアンチエイジングが眼のアンチエイジングにもつながるという考え方である.実際老視の先にある白内障の予防についてはサングラスによる紫外線防御や,ビタミンCなど抗酸化物質の摂取などによりある程度予防できることが疫学調査でわかってきており,将来老視の予防についてもエビデンスの蓄積に期待したい.水晶体をとりまく房水は体の中でも最もビタミンCの濃度が高く,また酸素濃度は低く抑えられ酸化ストレスが入らないような工夫がされている.これらの環境から考えても酸化ストレスが水晶体の加齢に関連することは間違いないと思われ,新しいアンチエイジングアプローチも将来開発されていくものと思われる.日本人の平均寿命は90歳となり人生の半分は老視で過ごすという従来では考えられない時代が実際やってきている.この長い老視時代に対して快適な視力を提供していくことはこれからの眼科にとって大切な領域になっていくことは間違いない.本特集が老視アップデートのご理解に少しでも貢献できれば編者としてこれほど嬉しいことはない.

硝子体黄斑牽引症候群を合併した網膜色素変性の1 例

2011年4月30日 土曜日

0910-1810/11/\100/頁/JCOPY(137)593《原著》あたらしい眼科28(4):593.596,2011cはじめに網膜色素変性は「視細胞と網膜色素上皮細胞の機能を原発性,びまん性に障害する遺伝性かつ進行性の疾患群」と定義され1),視細胞と網膜色素上皮細胞の疾患であるが,硝子体変性と硝子体牽引を伴い,.胞様黄斑浮腫,網膜前膜,黄斑円孔などの黄斑病変を合併する2.12).網膜硝子体変性に合併した黄斑疾患の手術症例報告が散見されるが,硝子体手術による変性網膜への影響や長期予後は不明な点が多く12),今回筆者らは,網膜色素変性に硝子体黄斑牽引症候群を合併した手術症例の1例を経験したので報告する.I症例症例は57歳,女性.右眼の視力低下のため2007年1月8日に近医を受診し,両眼の網膜色素変性と右眼の網膜前膜と診断された.同年1月15日,手術加療目的にて当院へ紹介受診された.既往歴,家族歴には特記すべき事項は認めなかった.初診時,視力は右眼0.2(0.3×sph+0.75D(cyl.1.25DAx150°),左眼0.3(0.4×sph+0.50D(cyl.0.75DAx30°)〔別刷請求先〕平原修一郎:〒467-8601名古屋市瑞穂区瑞穂町字川澄1名古屋市立大学大学院医学研究科視覚科学Reprintrequests:ShuichiroHirahara,M.D.,DepartmentofOphthalmologyandVisualScience,NagoyaCityUniversityGraduateSchoolofMedicalSciences,1-Kawasumi,Mizuho-cho,Mizuho-ku,Nagoya-shi,Aichi467-8601,JAPAN硝子体黄斑牽引症候群を合併した網膜色素変性の1例平原修一郎平野佳男安川力吉田宗徳小椋祐一郎名古屋市立大学大学院医学研究科視覚科学ACaseofVitreomacularTractionSyndromeAssociatedwithRetinitisPigmentosaShuichiroHirahara,YoshioHirano,TsutomuYasukawa,MunenoriYoshidaandYuichiroOguraDepartmentofOphthalmologyandVisualScience,NagoyaCityUniversityGraduateSchoolofMedicalSciences目的:網膜色素変性に硝子体黄斑牽引症候群を合併した症例を経験したので報告する.症例:症例は57歳,女性で,右眼視力低下を主訴で近医を受診し,両眼網膜色素変性および右眼網膜前膜を指摘された.初診時視力は右眼(0.3),左眼(0.4)で,右眼には網膜前膜,硝子体黄斑牽引症候群を認めた.白内障手術併用25ゲージ硝子体手術を行い,網膜前膜を.離した.術後,黄斑部の牽引は解除され,網膜前膜の再発は認められず,術後最高視力は右眼(0.5)であった.結論:網膜色素変性にはさまざまな黄斑病変を伴うが,硝子体黄斑牽引症候群を合併することはまれである.本症例では,小切開硝子体手術により良好な術後経過を得ているが,硝子体手術後の再増殖や視野狭窄の進展などの報告もあるため,今後の長期的な経過観察が必要である.Background:Acaseofvitreoretinaltractionsyndromeinaneyewithretinitispigmentosaisreported.Casereport:A57-year-oldfemalewhoconsultedaneyedoctorforvisualacuitylossinherrighteyewasdiagnosedwithretinitispigmentosainbotheyesandvitreomaculartractionassociatedwithepiretinalmembraneintherighteye.Best-correctedvisualacuitywas0.3and0.4intherightandlefteyes,respectively.Cataractsurgery-combined25-gaugetransconjunctivalsuturelessvitrectomywasperfomedtoremovetheepiretinalmembranefromtherighteye.Vitreomaculartractionwasreleasedandnorecurrencewasobservedthroughouttheobservationperiod.Visualacuityoftherighteyeimprovedto0.5.Conclusion:Weexperiencedararecaseofvitreomaculartractionsyndromeineyeswithretinitispigmentosa.Inthiscase,25-gaugevitrectomysurgerysuccessfullyrepairedthevitreomaculartractionbyremovingtheepiretinalmembrane,withnorecurrenceandnoworseningofvisualfielddefectpostoperatively.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)28(4):593.596,2011〕Keywords:網膜色素変性,硝子体黄斑牽引症候群,小切開硝子体手術,網膜前膜,硝子体変性.retinitispigmentosa,vitreomaculartractionsyndrome,smallincisionvitrectomy,epiretinalmembrane,vitreousdegeneration.594あたらしい眼科Vol.28,No.4,2011(138)で,眼圧は右眼15mmHg,左眼13mmHgであった.角膜は両眼とも角膜後面沈着物を認め,前房は透明かつ浮遊細胞を認めず,水晶体は両眼とも核白内障および後.下白内障を認めた.両眼底には,網膜血管の狭細化,および周辺部網膜に骨小体様色素沈着を認め,右眼には網膜前膜に関連して硝子体黄斑牽引症候群を認めた.光干渉断層計(opticalcoherencetomography:OCT)では右眼の網膜上に厚い膜状組織があり癒着した硝子体による黄斑部の牽引を認めた(図1).蛍光眼底造影検査では右眼に網膜色素上皮の萎縮による過蛍光と,網脈絡膜萎縮による低蛍光,黄斑部にはpoolingによる過蛍光が認められた.静的量的視野検査にて,両眼とも求心性視野狭窄を認めた.右眼左眼図1初診時の光干渉断層計所見光干渉断層計では右眼の網膜上に厚い膜状組織があり硝子体が癒着しており,網膜の浮腫や.離は明らかでない.図2術後1カ月の眼底所見と光干渉断層計所見網膜前膜は.離され,網膜皺襞がやや残存している.光干渉断層計では網膜上膜と後部硝子体皮質は消失しているが,網膜内の.胞様腔が残存している.術前術後1カ月術後2カ月断層写真Retinalmap図3光干渉断層計所見の経時変化黄斑厚マップにおいて中心窩網膜厚は術前(上段)396μm,術後1カ月(中段)303μm,2カ月(下段)が267μmと減少しており,術後経過とともに肥厚した部分の面積が縮小している(マップの赤と白表示部位).(139)あたらしい眼科Vol.28,No.4,2011595入院後,白内障手術併用による硝子体手術を施行した.極小切開白内障手術を行い,眼内レンズは着色レンズであるHOYA社のYA60BBRを挿入した.その後,アルコン社製アキュラス25ゲージシステムによる小切開硝子体手術で施行した.硝子体切除を行った後,エッカード(Eckerd)マイクロ鉗子で網膜前膜を.離した.黄斑部に広く強く膜状組織が癒着していた.網膜色素変性に関連して変性した後部硝子体皮質の取り残しを避けるために,トリアムシノロンアセトニド懸濁液(筋注用ケナコルト-AR:ブリストル・マイヤーズをオペガードMARにて溶媒を置換・希釈したもの)で硝子体皮質を可視化し,バックブラッシュニードルで可能な限り除去した.術後,網膜前膜はなくなり,OCTでは,右眼の中心窩網膜厚は術前の396μmから,術後1カ月が303μm,2カ月が267μmと減少の経過をたどった(図2,3).術後の網膜前膜の再発は認めていない.術後の視力は術後3カ月で最高視力0.5(矯正不能)が得られ,術後36カ月以上が経過した現在も同様の視力を維持されている.視野狭窄の悪化も認めていない.II考察今回,網膜色素変性に合併した網膜前膜関連の硝子体黄斑牽引症候群に対して,白内障手術および硝子体手術を施行し,術後の経過も良好で視力や視野の悪化を認めていない症例を経験した.網膜色素変性の黄斑病変には,網膜色素上皮や脈絡膜毛細血管の変性萎縮,色素増殖と脱失,.胞様黄斑浮腫,網膜前膜,黄斑円孔などの報告がある2.12).網膜前膜は網膜色素変性には高頻度(10眼中10眼)にみられたという報告がある4).最近ではHagiwaraらによると黄斑疾患の合併率は7.4%と既報に比べると少ないとも述べている12).Wiseらによると網膜前膜は網膜色素変性のうち,特に進行した症例に多くみられる合併症であると指摘されている5).網膜色素変性では早期に後部硝子体.離が起こるという報告がある13)が,実際に網膜色素変性の患者の硝子体手術を行うと,後部硝子体膜が網膜上に残存し,強固に網膜に付着し,後部硝子体.離を作製するのが困難なことが多いと高橋は報告している3).本症例も黄斑部に広く強く膜状組織が癒着しており,トリアムシノロンを使用し,硝子体を可視化させ,残存硝子体を可能な限り除去しており,網膜前膜の再発を認めていない.網膜色素変性に合併した裂孔原性網膜.離に対し,硝子体手術を行った症例報告があり,術中にトリアムシノロンを併用し,残存硝子体ゲルの観察や網膜硝子体癒着の.離に有用であったとの報告をしている14).中村らは,網膜色素変性に合併した網膜前膜に対し,硝子体手術を施行し,術前矯正視力0.3が術後矯正視力0.9と改善し,興味深いことに,術前記録されなかった網膜電図(ERG)の反応に術後変化を認めたと報告している6).南條ら7)は,網膜前膜と牽引性網膜.離が伴った症例への硝子体手術報告をしており,網膜前膜の併発頻度の高い網膜色素変性では牽引性網膜.離を発症する頻度が高いことが予想されると述べており,牽引性網膜.離が中心窩に進行した場合の硝子体手術の有効性を報告している.このように,網膜色素変性で視機能に影響していると考えられる網膜前膜を合併した症例では手術療法を積極的に選択してもいいかもしれない.しかし,手術後の合併症に関する報告も認められる.鈴木ら8)は,網膜色素変性に伴う黄斑部の牽引性網膜.離に対し硝子体手術で後部硝子体.離の完成と網膜前膜.離を施行したが,術後4カ月目に網膜前膜の再発を認め,7カ月後に網膜.離を伴う増殖硝子体網膜症に進行したと報告している.竹田ら9)は,硝子体手術後に周辺視野の悪化を報告している.当時は,トリアムシノロンによる硝子体を可視化する技術がなかったため,薄い後部硝子体皮質が残存して,再増殖をきたしたものと思われる.最近の小切開硝子体手術に比較して手術侵襲が大きかった可能性も示唆される.ただ,今回の症例では現在のところ経過良好であるが,長期的な硝子体手術の影響については今後の評価が必要である.古田ら10)は,網膜前膜による黄斑部牽引性網膜.離をきたした症例を報告しており,その長期的予後についても言及している.術後視力の改善は認めたものの,約7年間の経過中,瞭眼に対して明らかに術眼の中心視野が悪化し,視力が低下したと報告しており,術後の硝子体腔酸素分圧の上昇による酸化反応の増強など眼内環境変化の影響も否定できないとしている.また,硝子体手術により網膜色素変性が進行し,網膜光凝固をした部位に網膜色素上皮が過剰反応を示し網膜色素上皮細胞の増殖がみられ,これは継続的に起こる反応と考えられ長期的な経過観察が必要であると述べている.中村ら11)の報告では,網膜色素変性の患者の黄斑円孔に対する硝子体術後に,輪状暗点の内方への拡大と視力の悪化が認められ,内境界膜を.離する際の機械的侵襲,眼内照明による光傷害,インドシアニンングリーンによる網膜色素上皮障害の可能性について指摘している.このように,網膜色素変性の眼に対する硝子体手術の長期予後は不明な点があり,手術適応は慎重に検討し,施行する場合,低侵襲な術式を選択する必要があると考えられる.文献1)MarmorMF,AguirreG,ArdenGetal:Retinitispigmentosa,asymposiumonterminologyandmethodsofexamination.Ophthalmology90:126-131,19832)FishmanGA,FishmanM,MaggianoJetal:Macular596あたらしい眼科Vol.28,No.4,2011(140)lesionsassociatedwithretinitispigmentosa.ArchOphthalmol95:798-803,19773)高橋政代:[網膜色素変性症の診療アップデート]網膜色素変性の黄斑病変.眼科44:65-70,20024)HansenRI,FriedmanAH,GartnerS:Theassociationofretinitispigmentosawithpreretinalmaculargliosis.BrJOphthalmol61:597-600,19775)WiseGN,BellhornMB,FriedmanAHetal:Clinicalfeaturesofidiopathicpreretinalmacularfibrosis.AmJOphthalmol79:349-357,19756)中村誠,丹羽敬,朴昌華ほか:硝子体手術により網膜前膜を除去した網膜色素変性症の1例.眼臨97:1017,20037)南條由佳子,池田恒彦,森和彦:網膜色素変性症に黄斑部牽引性網膜.離を合併した1症例.臨眼53:483-487,19998)鈴木幸彦,三上尚子,中沢満ほか:網膜前膜により牽引性網膜.離に至った網膜色素変性症の1例.眼臨95:944-947,20019)竹田洋子,堀田一樹,平形明人ほか:網膜色素変性症に合併した黄斑円孔に対する硝子体手術の経験.眼臨92:286-290,199810)古田実,石龍鉄樹,加藤桂一郎:黄斑部牽引性網膜.離を合併した網膜色素変性症の1例.眼臨96:234-238,200211)中村秀夫,早川和久,我謝猛ほか:網膜色素変性症に合併した黄斑円孔に対する硝子体手術.臨眼59:1367-1369,200512)HagiwaraA,YamamotoS,OgataKetal:Macularabnormalitiesinpatientswithretinitispigmentosa:prevalenceonOCTexaminationandoutcomesofvitreoretinalsurgery.ActaOphthalmol2010Mar8〔Epudaheadofprint〕13)HikichiT,AkibaJ,TrempeCL:Prevalenceofposteriorvitreousdetachmentinretinitispigmentosa.OphthalmicSurg26:34-38,199514)上笹貫太郎,山切啓太,土居範仁:網膜色素変性症の網膜.離に硝子体手術を行った2症例.あたらしい眼科23:1625-1627,2006***

滲出性網膜剝離に対してベバシズマブ硝子体内投与が奏効した転移性脈絡膜腫瘍の1 例

2011年4月30日 土曜日

0910-1810/11/\100/頁/JCOPY(131)587《原著》あたらしい眼科28(4):587.592,2011cはじめに転移性脈絡膜腫瘍は眼内腫瘍で最も頻度が高く,悪性腫瘍患者の平均生存期間の延長により症例に遭遇する機会が増えてきている1).原発巣としては,男性の肺癌,女性の乳癌を合わせると約8割に及ぶ.眼底検査では後極部から中間周辺部までに黄白色で扁平な隆起性病変として認めることが多く,随伴所見である腫瘍周囲の滲出性網膜.離が黄斑部に及ぶと変視や視力低下をきたす.ベバシズマブ(AvastinR,Genentech,USA)は,血管内皮増殖因子(vascularendothelialgrowthfactor:VEGF)に対するヒト化モノクローナル抗体で,すべてのVEGFアイソフォームを阻害し,血管内皮細胞の増殖や遊走および血管透〔別刷請求先〕稲垣絵海:〒160-8582東京都新宿区信濃町35慶應義塾大学医学部眼科学教室Reprintrequests:EmiInagaki,M.D.,DepartmentofOphthalmology,KeioUniversitySchoolofMedicine,35Shinanomachi,Shinjuku-ku,Tokyo160-8582,JAPAN滲出性網膜.離に対してベバシズマブ硝子体内投与が奏効した転移性脈絡膜腫瘍の1例稲垣絵海*1篠田肇*1内田敦郎*1川村亮介*2鈴木浩太郎*2野田航介*3石田晋*3坪田一男*1小沢洋子*1*1慶應義塾大学医学部眼科学教室*2けいゆう病院眼科*3北海道大学大学院医学研究科眼科学分野EffectofIntravitrealInjectionofBevacizumabforExudativeRetinalDetachmentSecondarytoMetastaticChoroidalTumor:CaseReportEmiInagaki1),HajimeShinoda1),AtsuroUchida1),RyosukeKawamura2),KotaroSuzuki2),KosukeNoda3),SusumuIshida3),KazuoTsubota1)andYokoOzawa1)1)DepartmentofOphthalmology,KeioUniversitySchoolofMedicine,2)DepartmentofOphthalmology,KeiyuHospital,3)DepartmentofOphthalmology,HokkaidoUniversityGraduateSchoolofMedicine滲出性網膜.離に対してベバシズマブ硝子体内投与が奏効した転移性脈絡膜腫瘍の1症例を経験したので報告する.症例は53歳,男性で,左眼の視力低下を主訴に受診した.肺腺癌(臨床病期T2N0M1,stageIV)と診断されていた.初診時矯正視力は右眼1.2,左眼0.4,左眼眼底に2乳頭径大の脈絡膜腫瘍を認め,黄斑部に滲出性網膜.離を伴っていた.肺癌原発の転移性脈絡膜腫瘍と診断し,ベバシズマブ1.25mg硝子体内投与を計2回施行した.初回の投与で漿液性網膜.離は減少し,死亡するまで矯正視力0.8を維持した.ベバシズマブ硝子体内投与は転移性脈絡膜腫瘍の寛解を必ずしも期待できる治療ではないものの,末期癌患者の残されたqualityoflifeの改善に寄与する可能性がある.Wereportacaseofexudativeretinaldetachmentsecondarytometastaticchoroidaltumorthatwastreatedsuccessfullywithintravitrealinjectionofbevacizumab.Thepatient,a53-year-oldmalewhohadbeendiagnosedwithadenocarcinomaofthelung,T2N0M1,stageIV,noticedlossofvisioninhislefteye.Atthefirstvisit,hisbest-correctedvisualacuitywas1.2OD,0.4OS.Fundusexaminationofthelefteyerevealedachoroidaltumor2discdiametersinsize,locatedinthesuperotemporalquadrant,andserousretinaldetachmentthathadspreadtoincludethemacula.Theclinicaldiagnosiswaschoroidalmetastasissecondarytolungcancer;intravitrealinjectionofbevacizumab1.25mgwasgiventwice.Theserousretinaldetachmentdecreased;best-correctedvisualacuityrecoveredtoandremainedat0.8OSuntilthepatientdied.Althoughintravitrealinjectionofbevacizumabmaynotleadtocompleteregressionofmetastaticchoroidaltumor,itmayimprovequalityoflifeforterminalcancerpatients.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)28(4):587.592,2011〕Keywords:脈絡膜腫瘍,滲出性網膜.離,ベバシズマブ.choroidaltumor,exudativeretinaldetachment,bevacizumab.588あたらしい眼科Vol.28,No.4,2011(132)過性亢進を抑制する.ベバシズマブはアメリカ食品医薬品局(FDA)により2004年に転移性直結腸癌に対する,また2006年に転移性肺癌(非扁平上皮癌かつ非小細胞癌)に対する治療薬として認可された.眼科領域においてベバシズマブ硝子体内投与は適応外(offlabel)使用であるが,糖尿病網膜症2),網膜静脈閉塞症3),未熟児網膜症4),Coats病5)など,その病態に血管新生や血管透過性亢進が関与する疾患に対しての有効性が報告されている.従来,転移性脈絡膜腫瘍の治療は放射線照射や光凝固術,冷凍凝固術などが行われてきた.近年,海外では,ベバシズマブ硝子体内投与の有用性が報告された6.10)が,国内ではまだ報告例がない.今回筆者らは,肺癌を原発とする転移性脈絡膜腫瘍と随伴する滲出性網膜.離に対してベバシズマブ硝子体内投与を施行し,早期に滲出性網膜.離の減少および矯正視力の改善を得た症例を経験したので報告する.I症例患者:53歳,男性.主訴:左眼の視力低下.家族歴:父は脊髄小脳変性症,母は大腸癌.既往歴:高尿酸血症.現病歴:2005年6月29日検診にて肺野の異常陰影を指摘ABEDC図1初診時の眼底所見A:眼底写真.後極アーケードの耳上側に,2乳頭径大の境界不明瞭な黄白色の隆起性病変を認める.B:OCT.黄斑部に漿液性網膜.離を伴っている.C:フルオレセイン蛍光眼底造影写真(早期).腫瘍部に一致して低蛍光で縁取られた多発点状の過蛍光を認める.D:インドシアニングリーン蛍光眼底造影写真.早期から後期にかけて腫瘍部に一致した低蛍光を認める.E:Bモード超音波断層検査.ドーム状に隆起した表面平滑な腫瘍を認める(画面下方).(133)あたらしい眼科Vol.28,No.4,2011589され,近医を受診した.右肺上葉に35mm大の腫瘤および両肺野に多発する小結節を認め,気管支鏡による細胞診ではclassV(adenocarcinoma)であったことから肺癌(臨床病期T2N1M1,stageIV)と診断され,精査加療目的で慶應義塾大学病院呼吸器外科を紹介受診した.2005年8月10日より全身化学療法(カルボプラチン,ドセタキセル)を開始し,計8コース施行したところ腫瘍はわずかに縮小した.2006年5月8日より癌性リンパ管症に対しドセタキセルの隔週投与を計18コース追加した.その後,腫瘍が増大したため2007年2月19日より全身化学療法をTS-1に変更し,計10コース施行したが治療効果は低く,2007年4月の胸部CTでは腫瘍のさらなる増大を認めた.2007年8月より左眼の視力低下と変視症を自覚した.近医にて左眼の転移性脈絡膜腫瘍および滲出性網膜.離を指摘され,2007年9月に精査加療目的で慶應義塾大学病院眼科を紹介受診した.初診時所見:視力は右眼0.4(1.2×.1.00D(cyl.2.00DAx105°),左眼0.4(矯正不能)で,眼圧は右眼14mmHg,左眼11mmHgであった.前房内に炎症細胞は認めず,また中間透光体に異常は認めなかった.左眼眼底には約2乳頭径大の黄白色の隆起性病変を認め(図1A),光干渉断層計(opticalcoherencetomography:OCT)では黄斑部に及ぶ漿液性網膜.離を伴っていた(図1B).前医で施行されたフルオレセイン蛍光眼底造影写真(FA)では,早期に腫瘍部に一致して低蛍光で縁取られた多発点状の過蛍光を認め(図1C),また中期から後期にかけて多発点状過蛍光の増強と漿液性網膜.離の範囲に蛍光色素の貯留を認めた.インドシアニングリーン蛍光眼底造影検査(IA)では早期から後期にかけて腫瘍部に一致した低蛍光を認めた(図1D).Bモード超音波断層検査では表面平滑で内部信号が均一なドーム状の腫瘍を認めた(図1E).MRI(磁気共鳴画像)所見では左眼眼底にT1強調画像でhighintensityを示す腫瘍を認めた.右眼には異常を認めなかった.以上の所見より,肺癌を原発とする転移性脈絡膜腫瘍および滲出性網膜.離と診断した.臨床経過:肺癌に対して全身化学療法(TS-1)を継続した.眼局所に対する放射線療法は患者が希望せず施行しなかった.視力低下の主因は漿液性網膜.離と考えられたため,インフォームド・コンセントを得たのち,2007年9月2日にベバシズマブ1.25mg硝子体内投与を施行した.9月13日(投与から11日目)診察時には滲出性網膜.離は減少し(図2A,B),左眼の矯正視力は0.8に改善した.10月17日の眼底写真では腫瘍範囲の拡大を認めたものの,FAでは腫瘍からの蛍光漏出の減少を認めた(図2C).滲出性網膜.離のさらなる改善を目指して11月2日に2回目のベバシズマブ硝子体内投与を施行した.11月12日,矯正視力は0.8を維持したが,滲出性網膜.離の増加および腫瘍範囲の拡大を認めた(図3).2008年1月,3回目のベバシズマブ硝子体内注射予定であったが,全身状態不良のため延期となった.2月6日,呼吸苦増悪し当院外科に緊急入院され,2月13日全身状態の悪化により永眠された.ABC図2ベバシズマブ硝子体内投与(1回目)後の眼底所見A:OCT.腫瘍による網膜色素上皮の隆起を認める.少量の網膜下液を残して中心窩はほぼ復位が得られている.B:眼底写真.腫瘍範囲は中心窩まで拡大している.C:フルオレセイン蛍光眼底造影写真(早期).蛍光漏出の減少を認める.590あたらしい眼科Vol.28,No.4,2011(134)なお,本研究は慶應義塾大学医学部倫理委員会の承認のもとに行われた.II考按本症例では,ベバシズマブ硝子体内投与により転移性脈絡膜腫瘍に続発した滲出性網膜.離の減少と視力の回復がみられ,死亡に至るまでの数カ月間の視力維持を得た.転移性脈絡膜腫瘍の鑑別疾患として,脈絡膜悪性黒色腫,脈絡膜骨腫,脈絡膜血管腫,後部強膜炎などを考慮する必要がある.本症例は検眼鏡で黄白色のドーム状の隆起性腫瘍であったことから,脈絡膜悪性黒色腫の茶.黒褐色のマッシュルーム状でIA後期に腫瘍内血管が明瞭となる所見とは一致しない.また,脈絡膜骨腫のようにBモード超音波断層検査にて石灰化による高信号は認めず,脈絡膜血管腫のようにIA後期に腫瘍全体が過蛍光となる所見は認めなかった.以上から,肺癌による治療歴の背景を考慮して,本症例を転移性脈絡膜腫瘍と診断した.悪性腫瘍の脈絡膜転移は原疾患の予後が不良で,原発巣が肺癌の余命は1.9カ月(0.2.5.9カ月)とされている11).他臓器への転移の有無や平均余命を慎重に検討したうえで,余命が短い患者に対して行う眼科治療の目標は,qualityoflife(QOL)を維持して生きる意欲を高めるための視機能維持・改善であると考えられる.比較的低侵襲で,短期間で治療が終わる可能性の高い治療法が望ましい.従来,肺癌の転移性脈絡膜腫瘍の治療法として,腫瘍の直径が3乳頭径以内であれば光凝固術や冷凍凝固が,そして4乳頭径以上で漿液性網膜.離を伴っていれば放射線治療や化学療法が行われてきた.光凝固術は黄斑部を回避した2乳頭径以内の転移性脈絡膜腫瘍であれば早い治療効果を期待でき,全身への影響が少ない.放射線治療は原発巣が肺癌や乳癌であれば感受性が高く有効な治療法であるが,デメリットとして総量30.35Gyを照射するのに3週間を費やし,皮膚炎,涙液減少によるドライアイ,結膜炎などの急性期副作用を伴う.また,網膜に対する広範囲の組織障害をひき起こしうる.全身化学療法は原発巣や他の臓器の転移巣に対する治療効果も期待でき12),腫瘍の完全寛解が得られたとの報告がABCD図3ベバシズマブ硝子体内投与(2回目)後の眼底所見A:眼底写真.腫瘍範囲は後極部アーケードの全域まで拡大している.B:OCT.網膜色素上皮の不整な隆起と,漿液性網膜.離の再燃を認める.C:フルオレセイン蛍光眼底造影写真(早期).病変部内に多数の顆粒状の過蛍光を認める.D:インドシアニングリーン蛍光眼底造影写真.早期から後期まで強い低蛍光を示す.腫瘍内血管を認める.(135)あたらしい眼科Vol.28,No.4,2011591ある13,14)ものの,約30%にしか奏効しないため確実性に乏しく,胃腸障害や疲労感,心毒性などの副作用が生じた場合にはQOLの低下につながる.本症例では治療法の選択にあたり,漿液性網膜.離を伴っていたことから光凝固術は選択しなかった.また,原発巣の根治は困難なことから視力低下の主因となっていた漿液性網膜.離の治療を重視し,全身への負担が比較的少なく治療にかかる時間が短いベバシズマブ硝子体内投与を選択した.転移性脈絡膜腫瘍に対するベバシズマブ硝子体内投与は2007年にAmselemら6)によって初めて報告された.彼らは,乳癌原発の転移性脈絡膜腫瘍に対しベバシズマブ4mg硝子体内投与を行ったところ,腫瘍サイズは15.9×11.8mmから6.4×2.3mmまで縮小し,黄斑部の滲出性網膜.離の減少により矯正視力は10/200から20/60まで改善したと報告している.またKuoら8)は,8×8mm大のS状結腸癌原発の転移性脈絡膜腫瘍に対しベバシズマブ1.25mg硝子体内投与を1カ月ごとに計3回行ったところ,初回投与から2カ月後に腫瘍は黄白色の瘢痕を残してほぼ消失,矯正視力は手動弁から20/30まで回復し,初回投与から5カ月後の最終観察時までその視力を維持したと報告している.同様にYaoら10)は,直径10mm大の乳癌原発の転移性脈絡膜腫瘍に対してベバシズマブ2.5mg硝子体内投与を行ったところ,腫瘍は著明に縮小し,その後少なくとも24カ月間再発を認めなかったと報告している.転移性脈絡膜腫瘍に対するベバシズマブ硝子体内投与の効果の機序としては,転移病巣の血管組織に対するベバシズマブの抗VEGF作用による効果が考えやすい.抗VEGF作用には,血管増殖抑制の他に血管透過性の抑制があり,本症例では後者が漿液性網膜.離の改善に関与したと考えられた.また,ベバシズマブを静脈内投与した場合,腫瘍内の局所灌流の低下,血管容積の減少,毛細血管密度の低下をもたらす15).硝子体内に投与された抗VEGF抗体の濃度は静脈内投与された場合より低濃度であるものの,血中に移行する16)ことが知られているため,硝子体内投与されたベバシズマブが原発の腫瘍に作用した可能性も否定はできない.全身化学療法と抗VEGF抗体の併用をしたKimら7)は,肺非小細胞癌が原発の漿液性網膜.離を伴った転移性脈絡膜腫瘍に対してエリオチニブ内服とベバシズマブ2.5mg硝子体内投与を1カ月ごとに計3回行ったところ,網膜下に認めた2つの腫瘍は完全に消失し,矯正視力は20/200から20/40まで改善したと報告している.抗VEGF抗体により腫瘍の血管内皮細胞と血管周皮細胞の増殖が抑制されると局所組織の灌流圧が下がり,抗がん剤が腫瘍組織に到達しやすくなるため,両者の併用は相乗効果をもたらすとする報告17)がある.ベバシズマブ硝子体内投与が効果的でなかった症例としてLinら9)は,直腸癌原発の両眼性の転移性脈絡膜腫瘍に対してベバシズマブ4mg硝子体内投与を行い,進行眼には計4回投与するも腫瘍の増大を抑えられず,2つの小さな腫瘍を認めた片眼は1回投与だけで腫瘍の縮小と沈静化が得られたと報告している.原発巣とその組織型だけでなく,腫瘍の大きさもベバシズマブ硝子体内投与の治療を左右する可能性がある.もしベバシズマブ硝子体内投与を行っても十分な治療効果が得られない場合は,速やかに局所の放射線治療や全身化学療法の併用を検討する必要がある.また,ベバシズマブ硝子体内投与の単独治療は,原発巣の根治を目指す治療ではないことを患者に十分に説明し,同意を得る必要がある.短期間に滲出性網膜.離の減少を期待しうるベバシズマブ硝子体内投与は,転移性脈絡膜腫瘍の寛解を必ずしも期待できる治療ではないものの,末期癌患者の残されたQOLの改善に寄与する可能性がある.今後,転移性脈絡膜腫瘍に伴う滲出性網膜.離に対する治療の選択肢としてさらに検討する必要がある.文献1)矢部比呂夫:[悪性疾患と眼]転移性脈絡膜腫瘍.眼科42:153-158,20002)SpaideRF,FisherYL:Intravitrealbevacizumab(Avastin)treatmentofproliferativediabeticretinopathycomplicatedbyvitreoushemorrhage.Retina26:275-278,20063)RosenfeldPJ,FungAE,PuliafitoCA:Opticalcoherencetomographyfindingsafteranintravitrealinjectionofbevacizumab(avastin)formacularedemafromcentralretinalveinocclusion.OphthalmicSurgLasersImaging36:336-339,20054)TravassosA,TeixeiraS,FerreiraPetal:Intravitrealbevacizumabinaggressiveposteriorretinopathyofprematurity.OphthalmicSurgLasersImaging38:233-237,20075)VenkateshP,MandalS,GargS:ManagementofCoatsdiseasewithbevacizumabin2patients.CanJOphthalmol43:245-246,20086)AmselemL,CerveraE,Diaz-LlopisMetal:Intravitrealbevacizumab(Avastin)forchoroidalmetastasissecondarytobreastcarcinoma:short-termfollow-up.Eye(Lond)21:566-567,20077)KimSW,KimMJ,HuhKetal:Completeregressionofchoroidalmetastasissecondarytonon-small-celllungcancerwithintravitrealbevacizumabandoralerlotinibcombinationtherapy.Ophthalmologica223:411-413,20098)KuoIC,HallerJA,MaffrandRetal:Regressionofasubfovealchoroidalmetastasisofcolorectalcarcinomaafterintravitreousbevacizumabtreatment.ArchOphthalmol126:1311-1313,20089)LinCJ,LiKH,HwangJFetal:Theeffectofintravitrealbevacizumabtreatmentonchoroidalmetastasisofcolonadenocarcinoma─casereport.Eye(Lond)24:1102-592あたらしい眼科Vol.28,No.4,20111103,201010)YaoHY,HorngCT,ChenJTetal:Regressionofchoroidalmetastasissecondarytobreastcarcinomawithadjuvantintravitrealinjectionofbevacizumab.ActaOphthalmol88:e282-283,201011)KreuselKM,WiegelT,StangeMetal:Choroidalmetastasisindisseminatedlungcancer:frequencyandriskfactors.AmJOphthalmol134:445-447,200212)LetsonAD,DavidorfFH,BruceRAJr:Chemotherapyfortreatmentofchoroidalmetastasesfrombreastcarcinoma.AmJOphthalmol93:102-106,198213)ChristosPJ,OliveriaSA,BerwickMetal:Signsandsymptomsofmelanomainolderpopulations.JClinEpidemiol53:1044-1053,200014)SinghA,SinghP,SahniKetal:Non-smallcelllungcancerpresentingwithchoroidalmetastasisasfirstsignandshowinggoodresponsetochemotherapyalone:acasereport.JMedCaseReports4:185,201015)WillettCG,BoucherY,diTomasoEetal:DirectevidencethattheVEGF-specificantibodybevacizumabhasantivasculareffectsinhumanrectalcancer.NatMed10:145-147,200416)EnseleitF,MichelsS,RuschitzkaF:Anti-VEGFtherapiesandbloodpressure:morethanmeetstheeye.CurrHypertensRep12:33-38,201017)JainRK:Normalizingtumorvasculaturewithanti-angiogenictherapy:anewparadigmforcombinationtherapy.NatMed7:987-989,2001(136)***

若年健常成人の黄斑部網膜厚と黄斑部網膜神経線維層厚の部位別検討

2011年4月30日 土曜日

582(12あ6)たらしい眼科Vol.28,No.4,20110910-1810/11/\100/頁/JC(O0P0Y)《原著》あたらしい眼科28(4):582.586,2011c〔別刷請求先〕山下力:〒701-0193倉敷市松島288川崎医療福祉大学医療技術学部感覚矯正学科Reprintrequests:TsutomuYamashita,DepartmentofSensoryScience,FacultyofHealthScienceandTechnology,KawasakiUniversityofMedicalWelfare,288Matsushima,Kurashiki701-0193,JAPAN若年健常成人の黄斑部網膜厚と黄斑部網膜神経線維層厚の部位別検討山下力*1,2岡真由美*1,2田淵昭雄*1桐生純一*2*1川崎医療福祉大学医療技術学部感覚矯正学科*2川崎医科大学眼科学教室EvaluationbyRegionofMaculaRetinalThicknessandMaculaNerveFiberLayerRetinalThicknessinYoungHealthyAdultsTsutomuYamashita1,2),MayumiOka1,2),AkioTabuchi1)andJunichiKiryu2)1)DepartmentofSensoryScience,FacultyofHealthScienceandTechnology,KawasakiUniversityofMedicalWelfare,2)DepartmentofOphthalmology,KawasakiMedicalSchool目的:スペクトラルドメイン光干渉断層計を用い,健常眼の黄斑部網膜厚(mRT)と黄斑部網膜神経線維層厚(mNFLT)を計測し,部位別および象限別に比較検討した.対象および方法:19~22歳の女性75例75眼を対象とした.屈折異常は+2.0~.2.0D(平均.0.7D)であった.測定方法は,SPOCT-HR(OptopolTechnology)を用い,黄斑部7×7mmを三次元用ラスタスキャンにて撮影した.EarlyTreatmentDiabeticRetinopathyStudy(ETDRS)で定義された部位別と象限別の平均mRTと平均mNFLTを求めた.結果:mRT(μm)はfovea(1mm)で206.1,averageinner(1~3mm)で286.2,averageouter(3~6mm)で246.5であった.mRTのinnerにおいて,temporal275.2,superior292.3,nasal292.2,inferior284.9であり,outerではnasalが最も厚く,temporalが最も薄かった.mNFLT(μm)はfoveaで7.6,averageinnerで24.0,averageouterで40.6であった.mNFLTのinnerにおいて,temporal18.7,superior28.1,nasal24.6,inferior24.7であり,outerではnasal,inferior,superior,temporalの順で薄かった.結論:mRT,mNFLTは部位や象限によって異なっていた.mRT,mNFLTのinnerではinferiorよりsuperiorが厚く,mNFLTのouterではsuperiorよりinferiorが厚く,部位によって上下の対称性が異なっていた.mNFLTの部位や象限における差の検討は,網膜疾患や緑内障などの視機能評価において重要な指標となることが考えられた.Purpose:Toevaluatemacularretinalthickness(mRT)andmacularretinalnervefiberlayerthickness(mNFLT)inhealthyeyes,usingspectraldomainopticalcoherencetomography(SD-OCT)ofdifferentregionsandquadrants.SubjectsandMethods:Thisstudyinvolved75eyesof75femaleparticipants,ranginginagefrom19to21years.Refractionrangedfrom+2.0to.2.0diopters,withanaverageof.0.7diopters.Retinalthicknesswasmeasuredinthemaculaarea(7×7mm)witha3DrasterscanforusingSPOCT-HR(OptopolTechnology).WedeterminedthemeanmRTaccordingtoregiondistinctionandquadrant,asdefinedintheEarlyTreatmentDiabeticRetinopathyStudy(ETDRS),andthemeanmNFLT.Results:Thefovea(1mm)inmRTwas206.1μm,withanaverageinnermRT(1~3mm)of286.2μmandanaverageoutermRT(3~6mm)of246.5μm.IntheinnermRT,measurementswere:temporal275.2μm,superior292.3μm,nasal292.2μmandinferior284.9μm.ThenasalwasthethickestoftheoutermRTs,andthetemporalwasthethinnest.ThefoveainmNFLTwas7.6μm,theaverageinnermNFLT(1~3mm)was24.0μmandtheaverageouter(3~6mm)was40.6μm.IntheinnermNFLT,measurementswere:temporal18.7μm,superior28.1μm,nasal24.6μmandinferior24.7μm.TheoutermNFLTbecamethinnerinthefollowingorder:nasal,inferior,superiorandtemporal.Conclusion:BoththemRTandthemNFLTdifferedbyregionandquadrant.ThesuperiorwasthickerthantheinferiorintheinnermRTandmNFLT,andtheinferiorwasthickerthanthesuperiorintheoutermNFLT,thesymmetryofthesuperiorandinferiordifferingbyregion.AstostudyofmNFLTvariancebyregionandquadrant,retinaldiseaseandthe(127)あたらしい眼科Vol.28,No.4,2011583はじめに光干渉断層計は(opticalcoherencetomography:OCT),タイムドメイン方式(timedomainOCT:TD-OCT)からスペクトラルドメイン方式(spectraldomainOCT:SD-OCT)に進化し,測定速度と空間解像度の向上により精密な眼底組織の構造を描写可能となった.さらに,深さ分解能の向上により,今まで計測の対象にならなかった網膜層の自動計測を可能にした.近年,SD-OCTを用いた正常黄斑部網膜厚(totalmacularretinalthickness:mRT)についての検討は多く,日本人では性差を認め,男性では加齢により中心窩以外のmRTが減少することが示された1).屈折や眼軸,人種が網膜厚に影響を及ぼしているという報告2)もみられる.しかし,正常黄斑部網膜神経線維層厚(macularnervefiberlayerthickness:mNFLT)に関する報告は少ない.今回,筆者らはSD-OCTを用いて年齢,性別,屈折の影響を考慮して対象を限定し,mRTとmNFLTを部位別および象限別に比較検討した.I対象および方法対象は,女性75例75眼で年齢は19~22歳;20.0±1.3歳(平均±標準偏差)であった.対象者の条件は,屈折異常+2.0~.2.0D(.0.7±1.1D),乱視2.0D未満とし,屈折異常以外に眼疾患を有さないものとした.網膜厚の測定は,SPOCT-HR(OptopolTechnology,Depew,NY)を用い,3Dスキャンプログラムで撮影した.Aスキャンは512×128本で,撮影時間は1.3秒であった.測定領域は黄斑部7×7mmであり,網膜厚はmRTとmNFLTを求めた.mRTは内境界膜から網膜色素上皮の前縁までの厚みとした.mRT,mNFLTの測定部位は,中心部の直径1mm(以下,fovea),直径1~3mmの傍中心窩(以下,inner),直径3~6mmの外中心窩(以下,outer)である.Innerとouterは,EarlyTreatmentDiabeticRetinopathyStudy(ETDRS)に従いtemporal,superior,nasal,inferiorの4象限に分け検討した(図1).統計学的検討は,Friedman検定を用いて4象限の比較を行った.そこで有意差が得られた場合は,Scheffe多重比較法を行った.II結果1.黄斑部網膜厚各部位での平均mRTは,fovea206.1±14.1μmであり,inner(4象限の平均)286.2±13.1μm,outer(4象限の平均)246.5±12.8μmであり,どの部位間においても有意差を示した(いずれも,p=0.0001)(表1).Innerの象限別では,temporal275.2±12.9μm,superior292.3±13.8μm,nasal292.2±13.3μm,inferior284.9±14.3μmであり,superiorとnasalを除く象限間(superiorとinferior,superiorとtemporal,nasalとinferior,nasalとtemporal,inferiorとtemporal)で有意差を示した(いずれもp=0.0001)(図2).Outerの象限別では,temporal228.7±13.6μm,superior246.7±14.4μm,nasal270.3±15.0μm,inferior240.4±importanceasanindexinvisualfunctionevaluations,suchasinglaucoma,wereconsidered.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)28(4):582.586,2011〕Keywords:黄斑部網膜厚,黄斑部網膜神経線維層厚,部位,象限.macularretinalthickness,macularretinalnervefiberlayerthickness,region,quadrant.表1黄斑各部位における網膜厚(mRT)と網膜神経線維層厚(mNFLT)AreamRT(μm)mNFLT(μm)Fovea(1mm)206.1±14.17.6±3.9Inner(1~3mm)286.2±13.124.0±2.0Outer(3~6mm)246.5±12.840.6±3.7mRTおよびmNFLTのinnerとouterは4象限の平均を示す.mRTとmNFLTのどの部位間においても有意差を示した(いずれもp=0.0001).黄斑部網膜厚マップ黄斑部網膜神経線維層厚マップ……………………………………………………………………………………………………..図1mRTマップとmNFLTマップ(右眼)中心部の直径1mm部位をfovea,直径1~3mm部位の傍中心窩をinner,直径3~6mm部位の外中心窩をouterとした.F:fovea,TI:temporalinner,SI:superiorinner,NI:nasalinner,II:inferiorinner,TO:temporalouter,SO:superiorouter,NO:nasalouter,IO:inferiorouter.584あたらしい眼科Vol.28,No.4,2011(128)13.0μmであり,すべての象限間(superiorとnasal,superiorとtemporal,nasalとinferior,nasalとtemporal,inferiorとtemporal)で有意差を示した(superiorとinferiorはp=0.0183,他はp=0.0001)(図3).屈折と各部位での象限ごとのmRTは,いずれも相関はなかった.2.黄斑部網膜神経線維層厚各部位での平均mNFLTは,fovea7.6±3.9μm,inner(4象限の平均)24.0±2.0μm,outer(4象限の平均)40.6±3.7μmであり,どの部位間においても有意差を示した(いずれもp=0.0001)(表1).Innerの象限別では,temporal18.7±1.5μm,superior28.1±3.4μm,nasal24.6±2.5μm,inferior24.7±3.8μmであり,nasalとinferiorを除く象限間(superiorとnasal,superiorとinferior,superiorとtemporal,nasalとtemporal,inferiorとtemporal)で有意差を示した(いずれもp=0.0001)(図4).Outerの象限別では,temporal21.2±1.2μm,superior41.3±5.3μm,nasal55.3±6.6μm,inferior44.6±5.6μmであり,すべての象限間で有意差を示した(superiorとinferiorはp=0.0066,他はp=0.0001)(図5).屈折と各部位での象限ごとのmNFLTは,いずれも相関はなかった.III考按SD-OCTを用いてmRTおよびmNFLTを部位および象限別に比較検討し,屈折3),性差1)や年齢4)による影響を除くため,軽度屈折異常の若年健常成人女性に対象を限定した.今回測定に用いたSPOCT-HRは,深さ方向の解像度が3μmで1秒間に取得できるAスキャンが52,000本であった.SD-OCTは精度向上によりセグメンテーションエラーが減り,より正確な網膜厚の計測が可能となった.また,層抽出コントラストが向上し,TD-OCTでは不可能であった層のセグメンテーションによりmNFLTの定量化が可能となった.***********6040200SuperiorNasalInferiorTemporal41.355.344.621.2mNFLT(μm)図5mNFLTのouterにおける象限別比較すべての象限間で有意差を示した(*:p=0.0066,**:p=0.0001).28.1*****604020024.624.718.7SuperiorNasalInferiorTemporalmNFLT(μm)図4mNFLTのinnerにおける象限別比較Nasalとinferiorを除く象限間で有意差を示した(*:p=0.0001).292.3292.23503002500284.9275.2SuperiorNasalInferiorTemporalmRT(μm)*****図2mRTのinnerにおける象限別比較Superiorとnasalを除く象限間で有意差を示した(*:p=0.0001).246.73503002500270.3240.4228.7SuperiorNasal***********InferiorTemporalmRT(μm)図3mRTのouterにおける象限別比較すべての象限間で有意差を示した(*:p=0.0183,**:p=0.0001).(129)あたらしい眼科Vol.28,No.4,2011585mRTは,fovea206.1μmで最も薄く,直径1~3mm部位のinner286.2μmと厚くなり,直径3~6mm部位のouterにかけて薄く246.5μmであった.これは,わが国においてTD-OCTで測定したmRTの結果と同様であった5,6).各象限の比較において,outerではnasal270.3μmが最も厚く,temporal228.7μmが最も薄い結果であった.これらの部位別,象限別の結果は,TD-OCTとSD-OCTを用いた他の報告と同様であった1,7).しかし,網膜厚の定義については測定方式による相違がある.TD-OCTであるStratusOCTは,内境界膜から視細胞内節外節接合部(photoreceptorinnersegmentandoutersegmentjunction:以下,IS/OS)の前縁までを計測しているため,網膜厚は外節分だけ短い.本研究で使用したSPOCT-HRは測定層を選択可能であり,内境界膜から網膜色素上皮の前縁までが真の神経網膜と考えられるので,内境界膜から網膜色素上皮の前縁までを計測した数値を採用した.OCTの測定方式や機種ごとに,網膜厚の正常値を把握することは重要である.OCTによる網膜神経線維層厚の計測は,疾患の診断や病期,進行などの評価に非常に重要である.緑内障では網膜神経線維層の菲薄化が,乳頭陥凹の拡大や視野障害に先行するとされている8,9).また,視神経の炎症性疾患や虚血性疾患の急性期では乳頭周囲の網膜神経線維が肥厚化する.網膜神経線維層に関して視神経乳頭周囲の研究は多いが,黄斑部における報告は少ない.StratusOCTにおける報告では,mRTは視神経乳頭周囲の網膜神経線維層厚に比べて緑内障診断力が劣るとされている10).視神経乳頭周囲の網膜神経線維を計測することは,眼底の網膜神経線維がすべて放射状に視神経乳頭に集まってくるため理に適った方法であるが,視神経乳頭に近づくと厚みを増すため固視微動などで計測誤差の原因となることが報告されている11).mNFLTはfovea,inner,outerの順で厚く,摘出ヒト眼による網膜神経節細胞の分布の結果に一致した12).また,innerとouterともtemporal領域が最も薄かった.これの理由としては,rapheの影響やヒト網膜伸展標本による網膜神経節細胞の分布密度が耳側より鼻側のほうが多いこと13)が考えられる.Outerではnasal領域が最も厚く乳頭黄斑線維束の影響と考えられた.網膜神経線維の配列は解剖学的に視神経乳頭に収束し,網膜の領域によって乳頭黄斑線維束,弓状神経線維,鼻側放射状線維の3つに分類される.乳頭黄斑線維束は網膜神経線維全体の60~70%を占め,黄斑部から水平に走行して視神経乳頭耳側に入るとされており,本研究はこれらを反映した結果であると考えられた.過去のmNFLTの研究では,OCT2000TMにより測定部位を手動で任意に設定して測定し,年齢による影響14)や,緑内障眼の網膜断層像を解析し網膜各層のセグメンテーションを行い,緑内障診断用の黄斑部パラメータを検討した報告がある15,16).しかし,SD-OCTを用いinner,outerを4象限に分け,黄斑部網膜部位の三次元画像解析による定量は行われていない.本研究でSD-OCTを用いmNFLTの部位や象限を検討した意義は大きい.OCTの測定光は,網膜神経線維層は線維の方向に対し直角であるために高反射になり,網膜神経線維層は水平断では非対称となる.黄斑鼻側には乳頭黄斑線維束が存在し,厚い網膜神経線維層を示すのに対し,中心窩の耳側はrapheに相当し,網膜神経線維層がない領域となる.これに対し垂直断では対称な厚みとなるとされている.本研究においてmNFLTの上下差を検討すると,innerではsuperiorのほうが厚く,outerではinferiorのほうが厚く,上下対称ではなかった.視野と視神経乳頭周囲の網膜神経線維層との関連において,Kanamoriら17)は上半視野に対応する網膜神経線維層は下半視野に比べ,垂直方向に近い走行であると指摘しており,上下半視野で解剖学的に異なる走行を示唆するものであるとしている.Ferrerasら18)は,Humphrey自動視野計の各検査点の網膜感度と網膜神経線維層の相関を検討し,視野の検査点は相関の強い5つの領域に分割されたが,上下対称ではなかったとしている.これらの報告や本研究の結果からも,mNFLTは上下対称ではなく網膜神経線維の走行は異なっていることが示唆された.今回,mNFLTの部位や象限における差の検討は,網膜疾患や緑内障などの視機能評価において重要な指標となることが考えられる.文献1)OotoS,HangaiM,SakamotoAetal:Three-dimensionalprofileofmacularretinalthicknessinnormalJapaneseeyes.InvestOphthalmolVisSci51:465-473,20102)BudenzDL,AndersonDR,VarmaRetal:DeterminantsofnormalretinalnervefiberlayerthicknessmeasuredbyStratusOCT.Ophthalmology114:1046-1052,20073)LamDS,LeungKS,MohamedSetal:Regionalvariationsintherelationshipbetweenmacularthicknessmeasurementsandmyopia.InvestOphthalmolVisSci48:376-382,20074)SungKR,WollsteinG,BilonickRAetal:Effectsofageonopticalcoherencetomographymeasurementsofhealthyretinalnervefiberlayer,macula,andopticnervehead.Ophthalmology116:1119-1124,20095)金井要,阿部友厚,村山耕一郎ほか:正常眼における黄斑部網膜厚と加齢性変化.日眼会誌106:162-165,20026)高橋慶子,清水公也,柳田智彦ほか:光干渉断層計による黄斑部網膜厚─部位別,年齢の影響.あたらしい眼科27:265-269,20107)ChanA,DukerJS,KoTHetal:Normalmacularthick586あたらしい眼科Vol.28,No.4,2011(130)nessmeasurementsinhealthyeyesusingStratusopticalcoherencetomography.ArchOphthalmol124:193-198,20068)QuigleyHA,MillerNR,GeorgeT:Clinicalevaluationofnervefiberlayeratrophyasanindicatorofglaucomatousopticnervedamage.ArchOphthalmol98:1564-1571,19809)SommerA,KatzJ,QuigleyHAetal:Clinicallydetectablenervefiberatrophyprecedestheonsetofglaucomatousfieldloss.ArchOphthalmol109:77-83,199110)LeungCK,ChanWM,YungWHetal:Comparisonofmacularandperipapillarymeasurementsforthedetectionofglaucoma:anopticalcoherencetomographystudy.Ophthalmology112:391-400,200511)BudenzDL,ChangRT,HuangXetal:ReproducibilityofretinalnervefiberthicknessmeasurementsusingthestratusOCTinnormalandglaucomatouseyes.InvestOphthalmolVisSci46:2440-2443,200512)CurcioCA,AllenKA:Topographyofganglioncellsinhumanretina.JCompNeurol300:5-25,199013)亀井亜理:ヒト網膜神経節細胞の形態に関する研究.日眼会誌92:818-827,198814)VarmaR,BazzazS,LaiM:Opticaltomography-measuredretinalnervefiberlayerthicknessinnormallatinos.InvestOphthalmolVisSci44:3369-3373,200315)IshikawaH,SteinDM,WollsteinGetal:Macularsegmentationwithopticalcoherencetomography.InvestOphthalmolVisSci46:2012-2017,200516)TanO,LiG,LuATetal,AdvancedImagingforGlaucomaStudyGroup:Mappingofmacularsubstructureswithopticalcoherencetomographyforglaucomadiagnosis.Ophthalmology115:949-956,200817)KanamoriA,NakaM,NagaiAetal:Regionalrelationshipbetweenretinalnervefiberlayerthicknessandcorrespondingvisualfieldsensitivityinglaucomatouseyes.ArchOphthalmol126:1500-1506,200818)FerrerasA,PabloLE,Garway-HeathDFetal:Mappingstandardautomatedperimetrytotheperipapillaryretinalnervefiberlayeringlaucoma.InvestOphthalmolVisSci49:3018-3025,2008***

回折型多焦点眼内レンズのピギーバック挿入

2011年4月30日 土曜日

0910-1810/11/\100/頁/JCOPY(121)577《原著》あたらしい眼科28(4):577.581,2011cはじめにわが国において,白内障手術における多焦点眼内レンズ(IOL)挿入術が,2008年に先進医療として承認され,眼科医のみでなく一般の人にも,診療機関,挿入術を受けた家族や知人,メディアを通して多焦点IOLに関する情報が伝わりつつある.この影響で,すでに単焦点IOLが挿入されている症例で,多焦点IOLへの交換を希望する例があり,その場合の対処法として,多焦点IOLへの交換と多焦点機能をもつIOLのピギーバック挿入という2つの選択肢がある.IOL交換は,粘弾性物質を十分に使うことで,IOL摘出時の角膜内皮障害や後.破.の危険性を減らすことができるが,前.および後.癒着の程度,IOL支持部周囲の癒着状況によっては,予想以上にIOL摘出が困難なことがある.もう1つの方法として,単焦点IOLを摘出せずに,多焦点機能をもったIOLを追加挿入するピギーバック法がある.ピギーバック法は,もともと高度遠視例で1枚のIOLでは度数が足りない場合やIOL挿入後の屈折ずれの矯正として用いられてきた1)が,2枚のIOL間に水晶体上皮細胞が増殖する〔別刷請求先〕ビッセン宮島弘子:〒101-0061東京都千代田区三崎町2-9-18東京歯科大学水道橋病院眼科Reprintrequests:HirokoBissen-Miyajima,M.D.,DepartmentofOphthalmology,TokyoDentalCollegeSuidobashiHospital,2-9-18Misaki-cho,Chiyoda-ku,Tokyo101-0061,JAPAN回折型多焦点眼内レンズのピギーバック挿入ビッセン宮島弘子大木伸一野中亮子東京歯科大学水道橋病院眼科PiggybackImplantationofDiffractiveMultifocalIntraocularLensHirokoBissen-Miyajima,ShinichiOkiandRyokoNonakaDepartmentofOphthalmology,TokyoDentalCollegeSuidobashiHospital単焦点眼内レンズ(IOL)挿入後に,東京歯科大水道橋病院眼科にて多焦点IOLへの交換を希望した3例4眼に,ピギーバック用Add-Onレンズ(Diff-sPB:HumanOptics社)を挿入する機会を得たので臨床成績を報告する.本IOL挿入は大学倫理委員会の承認を得,患者に十分な説明をした後に同意を得て行った.症例1は58歳,女性,8年前に近視矯正手術,5年前に左眼白内障手術後,症例2は62歳,女性,1年前に両眼手術を受け片眼のみ交換希望,症例3は73歳,女性,1年前に両眼手術後.3dipoter(D)の近視で両眼交換希望であった.症例1,2は球面度数0D,症例3は両眼に球面度数.6.0DのIOLを毛様溝に挿入した.術後3~12カ月において,前房内炎症,眼圧上昇,IOL間の水晶体上皮細胞増殖はなく,裸眼視力は遠方0.8以上,近方0.6以上と良好であったが,一部コントラスト感度の低下が認められた.遠方,近方の見え方への満足度は高く,眼鏡装用例はなかった.単焦点IOL挿入後に多焦点IOLを希望する場合,症例によって多焦点IOLのピギーバック挿入の選択が可能と思われた.Piggybackimplantationofdiffractivemultifocalintraocularlens(IOL)wasperformedin4eyesof3patientswhohadreceivedmonofocalIOLandwishedtochangetomultifocalIOL.Case1wasa58-year-oldfemalewhohadreceivedamonofocalIOLinherlefteye5yearspreviously;Case2wasa62-year-oldfemalewhohadreceivedmonofocalIOLinbotheyes1yearpreviously,andcase3wasa73-year-oldfemalewhohadreceivedmonofocalIOLinbotheyes1yearpreviously,aimingforpostoperativerefractionof.3.0diopters.AfterpiggybackmultifocalIOLimplantation,noneofthecasesshowedincreasedintraocularpressure,chronicinflammationorinterlenticularopacification.Althoughthepatientsexperiencedaslightdecreaseincontrastsensitivity,theyachieveduncorrecteddistancevisualacuityof≧0.8andnearvisualacuityof≧0.6,andallweresatisfiedwiththeirvisualoutcomes.ThepiggybackIOLcanbeconsideredinpatientswhowishtochangefrommonofocalIOLtomultifocalIOL.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)28(4):577.581,2011〕Keywords:多焦点レンズ,回折,ピギーバック,近方視力,毛様溝固定.multifocallens,diffraction,piggyback,nearvision,sulcusfixation.578あたらしい眼科Vol.28,No.4,2011(122)interlenticularopacification(ILO)が報告され2,3),2枚とも水晶体.内に挿入するのではなく,追加IOLを毛様溝固定する方法が選択されるようになった.近年,ピギーバック用にデザインされたIOLが開発され,高度遠視例のみでなく,単焦点IOLにトーリックや多焦点といった付加機能を追加する目的でも挿入されている4,5).今回,海外で使用されている多焦点機能をもつピギーバック用IOLを3例4眼に挿入する機会を得たので,臨床成績を報告する.I症例症例は3例4眼で,2例は東京歯科大学水道橋病院にて,1例は他医にて単焦点IOLが挿入され,その後,多焦点IOLの情報を得て,IOL交換を希望した.全例,IOLは水晶体.内固定されており,術後経過期間および前後.の癒着状態から,IOLの摘出操作を行わずに,多焦点機能をもつIOLのピギーバック挿入を選択した.ピギーバック用IOL使用したIOLは,ドイツHumanOptics社のAdd-Onレンズ(モデル名Diff-sPB)で,EU加盟国の基準を満たすCE(CommunauteEuropeenne)マークを取得している.しかし,わが国では未承認のため,大学倫理委員会の承認を受け,患者に,未承認IOLであること,海外での臨床成績,起こりうる問題点を十分説明し同意を得て挿入した.IOLの特徴であるが,光学部はシリコーン素材,光学径は虹彩捕獲を予防する目的で7.0mm,有効光学径は6.0mm,前面が球面で中央3.6mmが近方加入度3.5Dの回折デザイン,後面は凹型で,もう1枚のIOLと約0.5mmの距離を保てるようになっている.全長は,毛様溝固定用に14.0mm,支持部の素材はPMMA(ポリメチルメタグリレート)で角度は10°のCループデザインである(図1).球面度数は0D以外に.6.0から+6.0Dの間で0.5D間隔で注文可能である.〔症例1〕58歳,女性.2002年10月に近視矯正目的で当院を受診,視力は右眼0.06(1.5×.5.50D),左眼0.08(1.5×.6.0D(cyl.0.50DAx95°)で,同年12月,両眼にlaserinsitukeratomileusis(LASIK)が施行された.老視年齢のため,術後の遠方視と近方視を考慮し,非優位眼である左眼の術後屈折を.1.5Dとしたモノビジョン設定とし,術後視力は,右眼1.5(矯正不能),左眼0.6(2.0×.1.5D(cyl.0.25DAx105°)と経過良好であった.2004年7月に左眼視力低下を自覚し,視力測定にて0.6(0.8×+0.25D(cyl.1.00DAx105°),細隙灯顕微鏡検査にて皮質白内障を認め,日常生活が不自由になったため,白内障手術を施行した.IOL度数は,LASIK前の角膜曲率半径,およびLASIK前後の屈折値の変化から計算した値を用い,術後屈折値を.0.75Dに設定して計算したアクリル製マルチピース(MA60BM:アルコン社)+20.0Dを水晶体.内固定した.術後視力は0.8(1.0×.0.75D(cyl.1.00DAx120°)に改善したが,2009年6月,後発白内障により視力が0.4(0.7×.0.75D(cyl.0.75DAx100°)に低下したため,YAGレーザー後.切開術を行い,視力は0.8(1.5×.1.0D(cyl.0.50DAx120°)に改善した.YAGレーザー後の経過観察のため来院した際,眼科外来に掲示された多焦点IOLに関する記事を読み,すでに挿入されている単焦点から多焦点IOLへの交換を強く希望した.しかし,YAGレーザー施行後のため,IOL交換による硝子体脱出の危険性を考慮し,多焦点機能をもったピギーバックIOL挿入の可能性について説明し同意が得られたことから手術となった.球面度数補正は,LASIK後のためピギーバックIOL挿入後に必要あれば追加矯正を予定し,球面度数0DのAdd-Onレンズを選択した.手術は点眼麻酔下,角膜耳側3.0mm切開から,前房を粘弾性物質で保ちつつ,IOLを前房内に鑷子で挿入し,両支持部を毛様溝に挿入した.術翌日,遠方視力図1Add.Onレンズ(Diff-sPB)全長14mm,光学径7.0mm,中央3.6mmが回折デザインとなっている.図2Add.Onレンズ挿入後細隙灯顕微鏡写真水晶体.内に単焦点IOL,回折リングは毛様溝に挿入されたピギーバックIOL(Add-Onレンズ)のものである.一見して,回折型多焦点IOLが.内挿入されているかのように見える.(123)あたらしい眼科Vol.28,No.4,20115790.9(1.5×.0.75D(cyl.0.5DAx180°),近方視力0.8(矯正不能),1年の経過観察を終えているが視力に変化なく,近方視力が向上し,非常に満足している.経過観察期間中,細隙灯顕微鏡検査にて,Add-Onレンズの位置は安定しており(図2),前房内炎症,眼圧上昇はなく,2枚のIOL間にILOは認められない.前眼部光干渉断層撮影(VisanteTM:CarlZeissMeditec)にても,水晶体.内固定されたIOLとAdd-Onレンズ間に空間が保たれ,混濁は認められない(図3).コントラスト感度は,Add-Onレンズ挿入前は年齢の正常域下限であったが,3カ月後の測定では3,12,18cycleperdegree(CPD)で低下していた(図4).自覚的な見え方の低下,夜間のグレア,ハローはなく,術前より近視のため,0DのAdd-Onレンズ挿入後も同程度の近視であるが,両眼での見え方に満足しており,残余近視に対する矯正は希望していない.〔症例2〕62歳,女性.2009年1月に両眼の視力低下で当院を初診,視力は右眼0.7(0.9×+2.5D(cyl.1.5DAx70°),左眼0.3(0.8×+1.00D(cyl.0.5DAx20°),両眼に白内障による視力低下のため,白内障手術が施行された.眼内レンズは,右眼にZCB00(AbbottMedicalOptics)19.0D,左眼に19.5Dが水晶体.内に挿入された.術後視力は,右眼1.0(1.2×+0.5D),左眼0.7(1.2×+0.5D(cyl.0.5DAx180°)に改善したが,近方視に眼鏡が必要なため,片眼のみ多焦点IOLヘの交換を希望した.術後4カ月経過しており,交換は可能図32枚のIOLが挿入された前眼部光干渉断層計撮影写真下側のIOLは.内固定された単焦点IOLで両端に前.が観察できる.上側のIOLがAdd-Onレンズで,後面が凹型,下側のIOLとの隙間が十分にある.両IOL間の混濁は観察されない.36SpatialFrequency-(CyclesPerDegree)CSV-1000ContrastSensitivity1218:挿入前:挿入後■Ages20~59図4症例1のAdd.Onレンズ挿入前後のコントラスト感度58歳で挿入前は20.59歳の正常域下限で,挿入後は全体的にわずかな低下を認める.36SpatialFrequency-(CyclesPerDegree)CSV-1000ContrastSensitivity1218■Ages60~69□Ages70~80:挿入前:挿入後図5症例2のAdd.Onレンズ挿入前後のコントラスト感度挿入前はすべての周波数領域で非常に高いコントラスト感度である.挿入後,6,18CPDは60.69歳の正常範囲より低下している.580あたらしい眼科Vol.28,No.4,2011(124)だが,ピギーバックIOL挿入の可能性を説明し,非優位眼である左眼に球面度数0DのAdd-Onレンズ挿入を予定した.術式は症例1と同様の方法で行い,術中合併症はなかった.術後,左眼の遠方視力は1.0(1.5×+0.5D(cyl.0.5DAx170°),近方視力は0.8(矯正不能)で,1年の経過観察期間中,日常生活で眼鏡を必要とせず満足度は高い.コントラスト感度はAdd-Onレンズ挿入前は各周波数領域で良好な値で,挿入1カ月後も正常範囲内だが,6,12CPDで低下していた(図5).〔症例3〕73歳,女性.2009年1月に,他医にて両眼の白内障手術を受けたが,近見に合わせた度数のIOLが選択されたため,遠方が見えにくく,新聞記事で多焦点IOLのことを知り,IOLの交換を希望して来院した.初診時の視力は,右眼0.4(1.2×.4.5D(cyl.0.75DAx30°),左眼0.4(1.0×.4.00D(cyl.1.0DAx100°),IOLはAR40eが挿入されたというメモを持参していたが度数は不明であった.IOL交換およびピギーバックIOL挿入両者の利点と問題点を説明し,ピギーバック挿入予定となった.術後屈折が近視になっているため,角膜曲率半径,前房深度,術後屈折値をHumanOptics社に送り,推奨された球面度数.6.0DのAdd-Onレンズをまず右眼に挿入,術後遠方および近方視力が良好なことを確認して,1週間後に左眼にも同じ.6.0DのAdd-Onレンズを挿入した.術後の遠方視力は右眼0.8(1.2×+0.25D(cyl.1.0DAx70°),左眼0.8(1.0×+0.25D(cyl.1.0DAx145°),近方視力は右眼0.6(0.7×+0.25D(cyl.1.0DAx70°),左眼0.4(矯正不能)で,遠方のため術後3カ月までの経過観察であったが,他2例と同様,Add-Onレンズの位置は良好で,最終経過観察時に前房内炎症は認めなかった.その後,近医にて経過観察しているため,詳細は不明であるが,術6カ月後に電話により見え方に変化がなく満足していることが確認できている.II考按IOLのピギーバック挿入は,強度遠視例,術後の乱視矯正,多焦点機能追加の目的で行われているが,毛様溝固定用にデザインされたIOLの報告は少なく4.5),わが国では筆者が知る範囲では,最初の症例報告である.多焦点IOLが先進医療として認められ,一般の人への認知度が上がるにつれ,今後,単焦点IOLが挿入されている症例で多焦点IOLの利点,すなわち眼鏡に依存せず遠方および近方が見えることに魅力を感じ,IOLの交換を希望する例がでてくることが予想される.このような場合の選択肢として,大きく分けてIOL交換とピギーバック挿入の2種類がある.患者自身は,IOL交換を非常に簡単な技術ととらえ,安易に交換を希望する傾向にあるが,実際には,水晶体.内に挿入され,しばらく経過したIOLの摘出は,IOL挿入よりも高度な技術を要する.具体的には,IOL支持部のまわりを前後.が癒着してトンネルのように包みこんでいるので,そこからうまく摘出するには,光学部から支持部を切断する場合が多い.Zinn小帯がもともと脆弱な症例,あるいは初回手術時に何らかの影響で一部断裂している例では,IOL支持部を引き出す際に水晶体.も一緒に出てしまう危険性がある.一方,光学部を水晶体.から.離することは比較的容易だが,折りたたんで挿入したものを小さな切開から摘出するには工夫が必要である.眼内で再びたたむか,一部切断して直径を小さくする方法があるが,どちらもある程度の経験を要する.近年,空間保持能力の高い粘弾性物質が使えるようになり,眼内におけるIOL切断や一連の操作を行う際,角膜内皮,水晶体.,虹彩などの眼組織への侵襲をかなり減らせるようになったが,IOLを摘出する理由が,多焦点機能を追加するためとなると,合併症は許されない.ピギーバック法は挿入されたIOLをそのまま温存し,虹彩と水晶体.の間にIOLを挿入する操作のみなので,IOL挿入を経験している術者には,摘出より操作は安全かつ確実である.癒着を.離したりIOL切断などの眼内操作が必要ないため,眼内組織への侵襲が少ないことが期待できる.IOLのピギーバック挿入に関する合併症は,2枚のIOL間のILO,色素性緑内障,閉塞隅角が代表的である.ILOは,水晶体赤道部で水晶体線維の再生が進み,閉ざされた2枚のIOLの間に入ってくるのが原因とされ,前.切開を大きくすること,IOLの1枚は水晶体.内,もう1枚は毛様溝固定することで予防できる2,3,6).また,実際に混濁が生じた場合の処置についても報告がある7).これ以降,ピギーバック挿入は毛様溝固定というのが一般的になり,ILOの問題は少なくなっている.近年,調節機能をもたせる目的で2枚の光学部をもつIOLが臨床使用され,再びILOの問題が注目されているが,素材の面でアクリルよりシリコーンのほうが生じにくいことも報告されている8).つぎにIOLを毛様溝固定するため,IOLのエッジ部分が虹彩を慢性的に刺激するために生じる色素性緑内障の問題がある9~12).この合併症はピギーバック挿入に限らず,IOLを毛様溝挿入する場合の一般的な問題としてとりあげられており,特に近年挿入数が増えているシングルピースのアクリル素材で,かつ後発白内障予防目的で光学部縁がシャープなIOLで注意すべきとされている.さらに,虹彩色素の面では,人種による差がある可能性がある.また,虹彩捕獲による瞳孔ブロックによる眼圧上昇の症例報告がある13,14).これもピギーバックのみでなく毛様溝固定した場合に起こりうる合併症であるが,通常の.内固定用IOLを毛様溝固定した場合の報告である.このように,ピギ(125)あたらしい眼科Vol.28,No.4,2011581ーバック挿入そのものというより,IOLを毛様溝固定するための問題点,2枚IOLがあるための問題点が今まで報告されてきている.そしてこれらの報告の多くはアクリル素材で.内固定を前提としたIOLのシャープエッジデザインである.今回使用したピギーバック用IOLであるAdd-Onレンズは,これらの合併症を予防すべく,シリコーン素材,後発白内障予防目的のIOLエッジデザインではなく,光学径も7mmである.まだ,開発されて年数がたっていないため,長期の合併症については,引き続き経過観察が必要だが,以前の報告の頻度で発生する可能性は低いと思われる.しかし,新しいIOLで,わが国で未承認であるので,患者への十分な説明と長期の経過観察は必須と思われる.症例数が少ないが,1年以上経過観察できている症例においては,眼圧上昇はなく,IOL上への虹彩色素は認めていない.今後,さらに隅角所見についても追加観察していく予定である.最後に視機能についてであるが,症例1および2では,術前に比べ近方視力が向上,症例3では,近方に加え遠方も見えるようになり,Add-Onレンズ挿入目的が達成され満足度が高かった.しかし,回折型デザインのAdd-Onレンズ挿入前に測定したコントラスト感度と比較して,挿入後に一部で低下傾向が認められた.回折型多焦点IOLは,その光学特性からコントラスト感度低下が危惧されているが,実際に挿入した症例において単焦点IOLと比べて差がない,あるいは低下傾向を認めるが有意差がないという報告が多い15~17).今回は3例4眼という限られた症例数であるが,各症例において,自覚的に見えにくさを訴える例はなかった.視力は良好だが,コントラスト感度測定ができた2例2眼で挿入前後に明らかに差があり,この点については,術前に十分な説明が必要で,かつ適応判断の際,もともとコントラスト感度が低下している症例では挿入を控えることも考慮すべきと思われた.多焦点IOLは眼鏡への依存度を減らすことが可能なことからqualityoflifeの向上が期待されている.すでに単焦点IOL挿入を受けた症例で,眼鏡依存度を減らしたい希望が強い場合,ピギーバック挿入用にデザインされたIOLを挿入することは,比較的新しい方法である.以前のピギーバックIOL挿入で問題となったILOを予防するために,本来理想的なIOLの挿入場所とされている水晶体.内ではなく毛様溝に挿入することによる影響は長期にわたって観察する必要がある.しかし,手術時の侵襲の面では,単焦点IOLを摘出し,再び水晶体.内に多焦点IOLを挿入する方法に比べ,ピギーバック挿入は短時間かつ技術的に容易な利点があり,今後,付加機能をもったIOLの有用な使用方法の一つとして普及する可能性が示唆された.文献1)MasketS:Piggybackintraocularlensimplantation.JCataractRefractSurg24:569-570,19982)GuytonJL,AppleDJ,PengQetal:Interlenticularopacification:Clinicopathologicalcorrelationofacomplicationofposteriorchamberpiggybackintraocularlenses.JCataractRefaractSurg26:330-336,20003)ShugarJK,KeelerS:Interpseudophakosintraocularlenssurfaceopacificationasalatecomplicationofpiggybackacrylicposteriorchamberlensimplantation.JCataractRefractSurg26:448-455,20004)GertenG,KermaniO,SchmiedtKetal:Dualintraocularlensimplantation:Monofocallensinthebagandadditionaldiffractivemultifocallensinthesulcus.JCataractRefractSurg35:2136-2143,20095)JinH,LimbergerIJ,BorkensteinAFMetal:Pseudophakiceyewithobliquelycrossedpiggybacktoricintraocularlenses.JCataractRefractSurg36:497-502,20106)JacksonDW,KochDD:Interlenticularopacificationassociatedwithasymmetrichapticsfixationoftheanteriorintraocularlens.AmJOphthalmol135:106-108,20037)EleftheriadisH,MarcantonioJ,DuncanGetal:InterlenticularopacificationinpiggybackAcrySofintraocularlenses:explantationtechniqueandlaboratoryinvestigation.BrJOphthalmol85:830-836,20018)WernerL,MamalisN,StevensSetal:Interlenticularopacification:dual-opticversuspiggybackintraocularlenses.JCataractRefractSurg32:655-661,20069)ChangWH,WernerL,FryLLetal:Pigmentarydispersionsyndromewithasecondarypiggyback3-piecehydrophobicacryliclens.Casereportwithclinicopathologicalcorrelation.JCataractRefractSurg33:1106-1109,200710)ChangSHL,LimG:Secondarypigmentaryglaucomaassociatedwithpiggybackintraocularlensimplantation.JCataractRefractSurg30:2219-2222,200411)MicheliT,CheungLM,SharmaSetal:AcutehapticinducedpigmentaryglaucomawithanAcrySofintraocularlens.JCataractRefractSurg28:1869-1872,200212)LeBoyerRM,WernerL,SnyderMEetal:AcutehapticinducedciliarysulcusirritationassociatedwithsinglepieceAcrySofintraocularlenses.JCataractRefractSurg31:1421-1427,200513)IwaseT,TanakaN:Elevatedintraocularpressureinsecondarypiggybackintraocularlensimplantation.JCataractRefractSurg31:1821-1823,200514)KimSK,LancianoRCJr,SulewskiME:Pupillaryblockglaucomaassociatedwithasecondarypiggybackintraocularlens.JCataractRefractSurg33:1813-1814,200715)ビッセン宮島弘子,林研,平容子:アクリソフRAppodized回折型多焦点眼内レンズと単焦点眼内レンズ挿入成績の比較.あたらしい眼科24:1099-1103,200716)山村陽,稗田牧,中井義典ほか:多焦点眼内レンズ挿入眼の高次収差.あたらしい眼科27:1449-1453,201017)YoshinoM,Bissen-MiyajimaH,OkiSetal:Two-yearfollow-upafterimplantationofdiffractiveasphericsiliconemultifocalintraocularlenses.ActaOphthalmol,2010,inpress***

プロスタグランジン関連眼圧下降薬で惹起された前部ぶどう膜炎

2011年4月30日 土曜日

0910-1810/11/\100/頁/JCOPY(115)571《原著》あたらしい眼科28(4):571.575,2011cはじめに緑内障に対する唯一のエビデンスのある治療は眼圧下降である1,2).プロスタグランジン関連眼圧下降薬(以下,PGA点眼薬)は,プロスタグランジンF2a誘導体の刺激により,ぶどう膜強膜経路を介して房水流出を促し,1日1回で優れた眼圧下降効果を示し,ファーストラインの抗緑内障治療薬としての地位を固めている3,4).現在,国内では,イソプロピルウノプロストン,ラタノプロスト,トラボプロスト,タフルプロストに加えて,2009年10月よりビマトプロスト点眼薬が臨床上使用可能な点眼薬となり,計5種類のPGA点眼薬が使用されている.PGA点眼薬の副作用は,体内代謝が速く血中半減期が短いため,全身的には少ないとされる.眼局所の副作用としては,結膜充血,眼瞼・虹彩色素沈着,多毛,角膜上皮障害などがよく知られている5).また,低頻度ではあるが,深刻な副作用としてぶどう膜炎,.胞様黄斑浮腫などが報告されている6,7).近年,ぶどう膜炎の既往がないにもかかわらず,PGA点眼薬により,前部ぶどう膜炎を生じたとする症例の〔別刷請求先〕山本聡一郎:〒849-8501佐賀市鍋島5-1-1佐賀大学医学部眼科学講座Reprintrequests:SoichiroYamamoto,M.D.,DepartmentofOphthalmology,SagaUniversityFacultyofMedicine,5-1-1Nabeshima,Saga849-8501,JAPANプロスタグランジン関連眼圧下降薬で惹起された前部ぶどう膜炎山本聡一郎岩尾圭一郎平田憲沖波聡佐賀大学医学部眼科学講座AnteriorUveitisAssociatedwithProstaglandinAnalogsSoichiroYamamoto,KeiichiroIwao,AkiraHirataandSatoshiOkinamiDepartmentofOphthalmology,SagaUniversityFacultyofMedicineぶどう膜炎の既往のない患者において,プロスタグランジン関連眼圧下降薬(以下,PGA点眼薬)で惹起された前部ぶどう膜炎の臨床的特徴について検討した.佐賀大学眼科で経験した症例5例6眼に,過去に症例報告されている21例28眼を加え,そのぶどう膜炎の特徴について検討した.ラタノプロスト,トラボプロスト,ビマトプロストで前部ぶどう膜炎を発症した.炎症惹起までの期間は1~1,851日(平均149.4±338.8日)であった.前房炎症の程度は大多数の症例ではごく軽度で,炎症惹起前後での眼圧較差は.10~14mmHg(平均.0.78±5.3mmHg)であった.治療は全症例でPGA点眼薬の中止がなされ,22眼(64.7%)ではステロイド点眼治療が施行され,平均18.4±14.8日で消炎された.緑内障診療にあたり,PGA点眼薬の使用で炎症が惹起される可能性を常に念頭に置く必要がある.Weevaluatedtheclinicalcharacteristicsofanterioruveitiscausedbytheinstillationofprostaglandinanalogs(PGA)inpatientswithnopreviousmedicalhistoryofuveitis.Weretrospectivelyinvestigatedtheclinicalrecordsof5patients(6eyes)whohadconsultedourdepartment,andreviewed21reportedpatients(28eyes).Theanterioruveitiswastriggeredbylatanoprost,travoprostandbimatoprost,andoccurredwithin1-1,851days(average,149.4±338.8days).PGA-relateduveitisshowedmildinflammationsintheanteriorchamberinmostcases,andtheintraocularpressurechangesafterinflammationbeing.10to14mmHg(average,.0.78±5.3mmHg).Fortreatment,PGAwaswithheldinallcasesandtopicalcorticosteroidswereinstilledin22eyes(64.7%).ThePGA-relateduveitisimprovedin18.4±14.8days.OurfindingsindicatethatinflammationmustbecarefullymonitoredaftertheadministrationofanyPGA.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)28(4):571.575,2011〕Keywords:眼炎症,眼圧上昇,緑内障,抗緑内障点眼薬.intraocularinflammation,intraocularpressure,glaucoma,antiglaucomaeyedrop.572あたらしい眼科Vol.28,No.4,2011(116)報告が散見される8~17).しかしながら,いずれの報告も少数の症例報告に留まっており,その臨床的特徴などに関しての詳細は不明である.そこで筆者らは,当院で経験した症例と過去に症例報告されているPGA点眼薬により惹起された前部ぶどう膜炎の臨床的特徴について検討した.I対象および方法対象は佐賀大学医学部附属病院眼科において,1999年5月から2009年5月の期間に,ぶどう膜炎の既往のない緑内障症例のうち,PGA点眼薬開始後に前部ぶどう膜炎を発症した症例について,カルテ記載に基づきレトロスペクティブに調査した.調査項目として,性別,年齢,緑内障病型,手術歴,術後経過期間,PGA点眼以外の点眼数,発症までの期間について調査した.発症時の診察所見として,炎症前後での眼圧変化,角膜浮腫・角膜後面沈着物・前房炎症・虹彩結節・.胞様黄斑浮腫の有無,治療方法,消炎までの期間について調査し,炎症の形態を評価した.眼圧はGoldmann圧平式眼圧計を用いて計測し,前房炎症はaqueouscellulargradingscale18)により評価した.また,過去に論文報告されているPGA点眼薬に起因する前部ぶどう膜炎症例について,PubMedを用いてprostaglandin,latanoprost,travoprost,bimatoprost,tafluprost,uveitisでキーワード検索を行い,該当する文献検索を行った.上記と同じ項目について調査し,当院症例と合わせて前部ぶどう膜炎の臨床的特徴についてさらに検討した.II結果当院での症例は5例6眼であり,その内訳は男性4眼,女性2眼,年齢は52~86歳(平均74.3±11.7歳)であった(表1).全身性ぶどう膜炎との鑑別に必要と考えられる採血など一般的な全身検索において,異常所見は認めなかった.緑内障病型は,原発開放隅角緑内障3眼,落屑緑内障2眼,発達緑内障1眼であった.手術の既往歴のない症例は2眼であり,2眼で緑内障手術のみ,2眼で緑内障手術および白内障手術が施行されており,すべての症例で手術後半年以上(8.3~38.0カ月)経過していた.PGA点眼薬の種類はすべての症例でラタノプロスト点眼を使用しており,ラタノプロスト点眼以外の併用されていた抗緑内障点眼数は,1~3剤(平均1.7±0.81剤)であった.ぶどう膜炎発症までの期間は138~表1患者背景症例AB-RB-LCDE平均±標準偏差年齢(歳)79757579865274.3±11.7性別男性女性女性男性男性男性緑内障病型POAGPOAGPOAGEGEGDEV緑内障手術既往─LOTLOT─VISCOLOT+SINTLE白内障手術既往─IOLIOL───術後経過期間(月)─8.322.0─32.638.0PGA以外の抗緑内障点眼(剤)2113121.7±0.81発症までの期間(日)2192281381,851312837597.5±663.5EG:落屑緑内障,DEV:発達緑内障,IOL:超音波白内障手術+眼内レンズ挿入術,LOT:線維柱帯切開術,PGA:PGA点眼薬,POAG:原発開放隅角緑内障,SIN:サイヌソトミー,TLE:線維柱帯切除術,VISCO:ピスコカナロストミー.表2診察所見と治療AB-RB-LCDE平均±標準偏差炎症前の眼圧(mmHg)16131421133618.8±14.5炎症時の眼圧(mmHg)18121221155021.3±14.5炎症前後の眼圧較差(mmHg)2.1.202142.5±5.9角膜浮腫──────前房炎症*1+2+2+1+1+1+角膜後面沈着物─+────隅角結節・虹彩結節─++───眼底:.胞様黄斑浮腫──────消炎期間(日)54141108718.7±17.4ステロイド点眼治療+++──+*:aqueouscellulargradingscaleにより分類18).(117)あたらしい眼科Vol.28,No.4,20115731,851日(平均597.5±663.5日)であった.ぶどう膜炎発症前の眼圧は13~36mmHg(平均18.8±14.5mmHg),炎症時の眼圧は12~50mmHg(平均21.3±14.5mmHg)であり,炎症惹起前後での眼圧較差では.2~14mmHg(平均2.5±5.9mmHg)で,うち1眼では14mmHgの著明な眼圧上昇を認めた(表2).前房炎症はaqueouscellulargradingscale18)2+が2眼,1+が4眼で,角膜後面沈着物を生じた症例は1眼であった.すべての症例で前部硝子体に炎症細胞を認めず,また.胞様黄斑浮腫など眼底異常所見も認めず,前眼部に限局した炎症であった.治療は,全症例ともラタノプロスト点眼が中止され,4眼でステロイド点眼薬で抗炎症加療が施行された.ステロイド点眼薬の内訳は0.1%リン酸ベタメタゾンが2眼,0.1%フルオロメトロン点眼後に0.1%リン酸ベタメタゾンに変更したのが2眼,2眼はラタノプロスト点眼中止のみで消炎がみられた.消炎までの平均期間は5~41日(平均18.7±17.4日)であった.PGA点眼中止後の眼圧コントロールに使用した抗緑内障薬の内訳は,マレイン酸チモロール,ブリンゾラミド,ジピベフリン塩酸塩,塩酸ブナゾシンでもともと併用していた点眼を続行し,消炎後の眼圧コントロールはおおむね良好であった.しかし,炎症惹起前より眼圧ベースラインが20mmHgを越えていた症例Eは,消炎後も眼圧高値のため,最終的にマイトマイシンC併用線維柱帯切除術を施行した.つぎにPubMedを用いて文献検索し,PGA点眼薬で前部ぶどう膜炎を惹起した過去の論文報告を10報抽出した.この既報症例21例28眼に当院症例を加えて,計26例34眼でさらに検討を加えた.既報のPGA点眼薬の内訳は,ラタノプロスト点眼の症例が計16例20眼8~12),トラボプロスト点眼の症例が計4例6眼13~16),ビマトプロスト点眼の症例が1例2眼17)であった.26例34眼の内訳は,男性13眼,女性21眼,年齢は46~86歳(平均71.7±8.2歳)であった(表3).緑内障病型は原発開放隅角緑内障19眼,落屑緑内障6眼,発達緑内障1眼,病型不詳8眼であった.手術の既往歴は,7眼で緑内障手術,15眼で白内障手術が施行されていた.PGA点眼薬以外の併用抗緑内障点眼数は0~3剤(平均0.97±0.90剤)であった.ぶどう膜炎発症までの平均期間は1~1,851日(平均149.4±338.8日)で,そのうち点眼開始後14日以内では12眼(35.3%),60日以内では21眼(61.8%)の発症がみられた.炎症惹起前後での眼圧較差は.10~14mmHg(平均.0.78±5.3mmHg)で,5mmHg以上の眼圧上昇を認めた症例は3眼(8.8%)のみであった(表4).前房炎症はaqueouscellulargradingscale18)1+以下のものが22眼(64.7%)で,角膜後面沈着物を生じた症例は5眼(14.7%)であった..胞様黄斑浮腫など眼底異常所見を認める症例はみられなかった.治療は,全症例でPGA点眼薬を中止し,22眼(64.7%)でステロイド点眼薬で抗炎症治療が施行された.消炎までの期間は,5~56日(平均18.4±14.8日)であった.表3患者背景(当院症例および既報)平均±標準偏差性別(眼)男性13(38.0%),女性21(62.0%)発症年齢(歳)46~8671.7±8.2緑内障病型(眼)POAG19EG6DEV1病型不詳8手術既往(眼)緑内障手術7白内障手術15PGA以外の眼圧下降点眼数(剤)0~30.97±0.90発症までの期間(日)1~1,851149.4±338.8EG:落屑緑内障,DEV:発達緑内障,POAG:原発開放隅角緑内障.表4診察所見と治療(当院症例および既報)発症前眼圧(mmHg)21.3±5.9発症時眼圧(mmHg)20.7±8.5炎症前後の眼圧較差(mmHg).0.78±5.3角膜浮腫(眼)3(8.8%)前房炎症*(眼)3+2+1+trace2(5.9%)10(29.4%)10(29.4%)12(35.3%)角膜後面沈着物(眼)5(14.7%.豚脂様2,詳細不明3)隅角・虹彩結節(眼)2(5.9%).胞様黄斑浮腫(眼)0ステロイド点眼(眼)22(64.7%)消炎までの期間(日)18.4±14.8*aqueouscellulargradingscaleにより分類18).574あたらしい眼科Vol.28,No.4,2011(118)III考按PGA点眼薬は,眼炎症を惹起する可能性があり,特にぶどう膜炎症例における使用の際には慎重投与が必要とされている19).過去の報告では1990年代後半に,炎症の既往のない緑内障眼に対するPGA点眼薬で惹起された前部ぶどう膜炎の報告があり,その発症頻度は,Warwarら8)はラタノプロスト点眼で163眼中4.9%に,Smithら9)はラタノプロスト点眼で505例中1%と報告しており低頻度である.そのためいずれの報告も少数の症例報告に留まっており,その臨床的特徴などに関しての詳細は不明である.そこで今回,筆者らはこれまでにPGA点眼薬で前部ぶどう膜炎を惹起した報告を集め,その臨床的特徴について検討した.プロスタグランジン(PG)が眼炎症のメディエータとしての役割を担うことはよく知られている.発症のメカニズムは思索的ではあるが,PGF2aにより虹彩毛様体においてPGE2が放出され20),ホスホリパーゼA2の活性化によって細胞膜のリン脂質からアラキドン酸の放出が刺激され21),結果的にアラキドン酸が炎症誘発性エイコサノイドの産生を増加することにより,眼炎症をひき起こすと考えられている.動物実験においても,高濃度のPGにより眼血液房水関門が破綻し,眼炎症が惹起される22).臨床においては,健常眼で眼炎症のリスクのない28人のボランティアに対しラタノプロストの1日4回2週間点眼を施行し,そのうち15人で軽度の前房細胞の上昇を認めたとする報告23)や,60人の慢性開放隅角緑内障患者におけるラタノプロスト,トラボプロスト,ビマトプロスト点眼による6カ月間のフレアセルメータで,点眼開始前と比較しラタノプロスト群では60.4%,トラボプロスト群では45.5%,ビマトプロスト群では38.5%の前房細胞フレア値が増加したとする報告もある24).今回の検討における臨床所見の特徴として,前房炎症の程度はaqueouscellulargradingscale18)1+以下のものが22眼(64.7%)で,角膜後面沈着物を生じたのは5眼(14.7%)と,炎症の程度は軽度なものが多いと考えられた.炎症惹起前後での眼圧較差は,.10~14mmHg(平均.0.78±5.3mmHg)と,多くの症例では炎症惹起後での眼圧上昇を認めなかった.治療としては,PGA点眼薬中止のみで消炎がみられたものが12眼(35.3%)で,22眼(64.7%)でステロイド点眼薬が施行されており,消炎までの平均期間は,18.4±14.8日といずれも比較的速やかに消炎がみられていた.発症頻度は低いものと考えられるが,ラタノプロスト,トラボプロスト,ビマトプロスト点眼において前部ぶどう膜炎の発症を認める.PGA点眼薬によりぶどう膜炎が惹起される症例報告があるなか,その優れた眼圧下降作用から,ぶどう膜炎続発緑内障においても炎症がコントロールされている症例に関しては,注意深い経過観察のもと使用するという報告も,2000年代後半から徐々に認められている25~27).しかし,炎症の既往がないにもかかわらずPGA点眼薬により炎症を惹起する症例が少なからず存在することは確かなことであり,使用の際にはやはり注意深い経過観察が必要である.今後の検討課題としては,いまだ報告のないタフルプロスト点眼に起因するぶどう膜炎症例に関してや,ぶどう膜炎眼でのPGA点眼薬使用に際しての炎症・眼圧応答に関する検討があげられる.治療に関しても,PGA点眼薬中止のみで軽快するものもあり,ステロイド点眼加療まで必要かどうかについては,今後さらなる検証が必要と考える.以上,眼炎症の既往がないにもかかわらずPGA点眼薬で惹起された前部ぶどう膜炎の特徴について検討した.炎症の程度や眼圧上昇は軽度なものが多く,PGA点眼薬中止とステロイド点眼加療により比較的容易に消炎できるという特徴を認めた.PGA点眼薬使用の際には,前部ぶどう膜炎の発症についても念頭に置いて,緑内障診療にあたる必要がある.文献1)CollaborativeNormal-tensionGlaucomaStudy-Group:Theeffectivenessofintraocularpressurereductioninthetreatmentofnormal-tensionglaucoma.AmJOphthalmol126:498-505,19982)日本緑内障学会緑内障診療ガイドライン作成委員会:緑内障診療ガイドライン(第2版).日眼会誌110:777-814,20063)MishimaHK,MasudaK,KitazawaYetal:Acomparisonoflatanoprostandtimololinprimaryopen-angleglaucomaandocularhypertension.A12-weekstudy.ArchOphthalmol114:929-932,19964)VanderValkR,WebersCA,SchoutenJSetal:Intraocularpressure-loweringeffectsofallcommonlyusedglaucomadrugs:ameta-analysisofrandomizedclinicaltrials.Ophthalmology112:1177-1185,20055)佐伯忠賜朗,相原一:プロスタグランジン関連薬の特徴─増える選択肢.あたらしい眼科25:755-763,20086)SchumerRA,CamrasCB,MandahlAK:Putativesideeffectsofprostaglandinanalogs.SurvOphthalmol47:219-230,20027)AlmA,GriersonI,ShieldsMB:Sideeffectsassociatedwithprostaglandinanalogtherapy.SurvOphthalmol53:93-105,20088)WarwarRE,BullockJD,BallalD:Cystoidmacularedemaandanterioruveitisassociatedwithlatanoprostuse.Ophthalmology105:263-268,19989)SmithSL,PruittCA,SineCSetal:Latanoprost0.005%andanteriorsegmentuveitis.ActaOphthalmolScand77:668-672,199910)FechtnerRD,KhouriAS,ZimmermanTJetal:Anterioruveitisassociatedwithlatanoprost.AmJOphthalmol126:37-41,199811)WaheedK,LaganowskiH:Bilateralpoliosisandgranu(119)あたらしい眼科Vol.28,No.4,2011575lomatousanterioruveitisassociatedwithlatanoprostuseandapparenthypotrichosisonitswithdrawal.Eye15:347-349,200112)OrnekK,OnaranZ,TurgutY:Anterioruveitisassociatedwithfixed-combinationlatanoprostandtimolol.CanJOphthalmol43:727-728,200813)FaulknerWJ,BurkSE:Acuteanterioruveitisandcornealedemaassociatedwithtravoprost.ArchOphthalmol121:1054-1055,200314)SuominenS,ValimakiJ:Bilateralanterioruveitisassociatedwithtravoprost.ActaOphthalmolScand84:275-276,200615)AydinS,OzcuraF:Cornealoedemaandacuteanterioruveitisaftertwodosesoftravoprost.ActaOphthalmolScand85:693-694,200716)KumarasamyM,DesaiSP:Anterioruveitisisassociatedwithtravoprost.BMJ329:205,200417)PackerM,FineIH,HoffmanRS:Bilateralnongranulomatousanterioruveitisassociatedwithbimatoprost.JCataractRefractSurg29:2242-2243,200318)NussenblattRB,WhitcupSM,PalestineAG:Uveitis:FundamentalandClinicalPractice,2nded,p58-68,Mosby,St.Louis,199619)沖波聡:ぶどう膜炎.眼科44:1632-1638,200220)YousufzaiSY,Abdel-LatifAA:ProstaglandinF2alphaanditsanalogsinducereleaseofendogenousprostaglandinsinirisandciliarymusclesisolatedfromcatandothermammalianspecies.ExpEyeRes63:305-310,199621)KozawaO,TokudaH,MiwaMetal:MechanismofprostaglandinE2-inducedarachidonicacidreleaseinosteoblast-likecells:independence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正常眼圧緑内障に対するタフルプロスト点眼液の眼圧下降効果・安全性に関する検討

2011年4月30日 土曜日

568(11あ2)たらしい眼科Vol.28,No.4,20110910-1810/11/\100/頁/JC(O0P0Y)《原著》あたらしい眼科28(4):568.570,2011cはじめに緑内障治療薬の主流を占めるプロスタグランジン(PG)製剤は長らくラタノプロスト0.005%であったが,最近はトラボプロスト0.004%,タフルプロスト0.0015%,ビマトプロスト0.03%なども順次処方が可能となった.それぞれすでに日常の臨床で使用され有効性を発揮しているが,まだ国内での使用実績の報告は十分とはいえず,その位置づけも確立されているとはいえない.唯一国内で開発されたタフルプロストは,第III相比較試験でラタノプロストに劣らない有効性と安全性をもつことが原発開放隅角緑内障(POAG)と高眼圧症(OH)において検証され1)2008年末より処方が可能となった.日本人に多い正常眼圧緑内障(NTG)においても治療に使用され高い効果をもつ2)が,報告はまだ多くなく,他のPG製剤に比較した特性ははっきりしていない.そこで今回筆者らは5つの施設共同で,NTGを対象として探索的臨床研究を行い,タフルプロストの眼圧下降効果と安全性を検討したのでここに報告する.なお,本研究は臨床研究に関する倫理指針およびヘルシンキ宣言を遵守して実施した.I対象および方法選択基準と除外基準(表1)を満たし研究に登録したもののうち,投薬後も通院したNTGの患者53例53眼(男性15〔別刷請求先〕曽根聡:〒004-0041札幌市厚別区大谷地東5-1-38大谷地共立眼科Reprintrequests:AkiraSone,M.D.,OoyachiKyouritsuEyeClinic,5-1-38Ooyachihigashi,Atsubetsu-ku,Sapporo004-0041,JAPAN正常眼圧緑内障に対するタフルプロスト点眼液の眼圧下降効果・安全性に関する検討曽根聡*1勝島晴美*2舟橋謙二*3西野和明*4竹田明*5*1大谷地共立眼科*2かつしま眼科*3真駒内みどり眼科*4回明堂眼科歯科*5中の島たけだ眼科EfficacyandSafetyof0.0015%TafluprostOphthalmicSolutioninNormal-TensionGlaucomaAkiraSone1),HarumiKatsushima2),KenjiFunahashi3),KazuakiNishino4)andAkiraTakeda5)1)OoyachiKyouritsuEyeClinic,2)KatsushimaEyeClinic,3)MakomanaiMidoriEyeClinic,4)KaimeidouEyeandDentalClinic,5)NakanoshimaTakedaEyeClinic正常眼圧緑内障に対するタフルプロストの眼圧下降効果と安全性について,探索的臨床研究を多施設共同で行った.対象は眼圧18mmHg以下の正常眼圧緑内障53例53眼で,投与後12週間調査した.12週後の眼圧下降値は.2.7±1.5mmHg(平均±標準偏差)で,眼圧下降率10%未満が18%,10%以上20%未満が45%,20%以上30%未満が26%,30%以上が11%であった.副作用も軽度で,正常眼圧緑内障の治療薬として有効であった.Weexaminedtheefficacyandsafetyof0.0015%tafluprostophthalmicsolutioninpatientswithnormal-tensionglaucoma.Subjectscomprised53eyesof53caseswhowereenrolledinthismulticenterprospectivestudyfor12weeks.At12weeksoftreatment,intraocularpressure(IOP)differencefrombaselinewas.2.7±1.5mmHg(mean±SD).Ofthe53eyes,7(18%)hadlessthan10%oftheIOPreductionrate,17(45%)hadmorethan10%andlessthan20%oftheIOPreductionrate,10(26%)hadmorethan20%andlessthan30%oftheIOPreductionrateand4(11%)hadmorethan30%oftheIOPreductionrate.Sideeffectswereslight.Itisconcludedthattafluprostmaybeaneffectiveandsafetreatmentfornormal-tensionglaucoma.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)28(4):568.570,2011〕Keywords:タフルプロスト,眼圧下降効果,正常眼圧緑内障,多施設共同,探索的臨床研究.tafluprost,reductionofintraocularpressure,normal-tensionglaucoma,multicentertrial,prospectiveclinicalstudy.(113)あたらしい眼科Vol.28,No.4,2011569例,女性38例)を対象とした.年齢は36.95歳で平均63±13歳(標準偏差)であった.点眼投与開始後に安全性に問題が生じたり,試験中止の申し出があった場合は中止とした.タフルプロスト点眼開始時をベースライン(0週)とし,点眼開始後は4週ごとに12週にわたり定期的に眼圧をGoldmann圧平眼圧計で測定し,副作用の有無を診察した.眼圧測定は同時間帯(ベースライン眼圧測定時刻の前後1時間以内)に測定した.ベースラインの眼圧を4週後・8週後・12週後の眼圧と比較し,統計学的解析として対応のあるt-検定を行った.有意水準はp<0.01とした.眼圧下降率は(投与前後の眼圧の変化量)÷(ベースラインの眼圧)×100(%)と算出し検討した.眼圧下降率から眼圧下降効果の判定を行った.さらにベースラインの眼圧が16mmHg以上の群と16mmHg未満の群に分けて12週後の眼圧下降率を比較し,対応のないt-検定を行った.有意水準はp<0.01とした.なお,評価眼は眼圧の高いほうとし,同じ場合は右眼を評価眼とした.II結果ベースライン(0週)の眼圧は15.3±1.9mmHg(平均±標準偏差)で,4週目・8週目・12週目には各々12.2±2.1mmHg・12.9±1.9mmHg・12.4±1.6mmHgと有意な眼圧下降を認めた(図1).眼圧の下降幅は4週目・8週目・12週目で各々2.9±1.3mmHg・2.2±1.4mmHg・2.7±1.5mmHgであった.眼圧の下降率は4週目・8週目・12週目で各々19.3±8.2%・14.4±9.1%・17.4±8.8%であった.12週後の眼圧下降効果を眼圧下降率から判定すると,下降率10%未満のいわゆるnon-responderが7例(18%),10%以上20%未満の軽度の眼圧下降が17例(45%),20%以上30%未満の中等度の眼圧下降が10例(26%),30%以上の著明な眼圧下降が4例(11%)であった(図2).ベースラインの眼圧が16mmHgで2群に分けて12週後の眼圧下降率を比較した場合,16mmHg以上の群(n=19)では21.7±8.4%で,16mmHg未満の群(n=19)では13.7±7.6%と有意差があった.有害事象は延べ16例(30.2%)にみられ点眼中止例は7例あった.結膜充血6例(11.3%),眼瞼色素沈着4例(7.5%),眼の痒み2例(3.8%),以下1例(1.9%)ずつ眼瞼縁の刺激感・のどの痛み・軟便・転倒がみられた.重篤なものはなく,中止例は全例回復した.なお,症例によっては治療継続中に定期通院ができず診察のない週もあり,各週間で症例数にばらつきがあった.表1選択基準と除外基準1)選択基準(1)4週間の抗緑内障薬のウォッシュアウト終了時眼圧が18mmHg以下のNTG患者(2)新患の場合,過去3カ月以内に測定した3ポイント以上の眼圧が18mmHg以下(3)年齢は20歳以上(4)評価眼の視力が0.7以上(5)文書によって説明と同意を得られた患者*評価眼:眼圧の高いほうを評価眼とする.両眼の眼圧が同じときは右眼を評価眼とする.2)除外基準(1)本薬剤に過敏症の既往のある患者(2)妊婦または妊娠の可能性のある患者および授乳中の患者(3)MD値.12dB未満の患者(4)眼圧測定に支障をきたす角膜異常がある患者(5)活動性の外眼部疾患,眼・眼瞼の炎症,感染症を有する患者(6)角膜屈折矯正手術の既往を有する患者(7)レーザー線維柱帯形成術,濾過手術,線維柱帯切開術などの既往がある患者(8)6カ月以内の白内障手術の既往のある患者(9)ステロイド投与中の患者(10)コンタクトレンズ使用中の患者(11)その他医師が不適応と判断したもの15.3±1.912.2±2.112.9±1.912.4±1.6181716151413121110眼圧(mmHg)Mean±SD*:p<0.01(t検定)***0週(n=53)4週(n=43)8週(n=40)12週(n=38)図1眼圧の経過18%(7例)10%未満眼圧下降率50454035302520151050症例数(%)45%(17例)10%以上20%未満26%(10例)20%以上30%未満11%(4例)30%以上図212週後の眼圧下降効果570あたらしい眼科Vol.28,No.4,2011(114)III考按タフルプロストの第III相比較試験(期間は4週)はPOAGとOHを対象とした試験で,4週後に下降値が6.6±2.5mmHg,下降率が27.6±9.6%となり,ラタノプロストに劣らない効果が検証されている1).桑山ら2)は,タフルプロストのNTG(平均眼圧17.7mmHg)を対象とし,プラセボを対照とした第III相臨床試験で,4週後に下降値が4.0±1.7mmHg,下降率が22.4±9.9%と報告している.本研究では眼圧が18mmHg以下のNTG(平均眼圧15.3±1.9mmHg)を対象とし,4週で下降値2.9±1.3mmHg,下降率19.3±8.2%であった.第III相比較試験の眼圧下降率とは大きな差がみられ,これらのことからPOAGに比べてNTGではタフルプロストの眼圧下降効果は弱く,同じNTGでも眼圧がより低いNTGでは眼圧下降効果はさらに弱いと考えられる.さらに対象を16mmHg以上の群と16mmHg未満の群に分けると,眼圧が低い群ほど眼圧下降作用は弱く,眼圧は上強膜静脈圧以下には下がらないことを反映する結果であると考えられた.同様のことはラタノプロストでもみられている3).一方,ラタノプロストと比較してみると,NTGに対する眼圧下降率の報告では,椿井ら3)は13.9%(1カ月後)と11.2%(3カ月後)(n=35,投与前平均眼圧16.3mmHg),Tomitaら4)は13.15%(156週中,n=31,投与前平均眼圧15.0mmHg),小川ら5)は18.4%(3年後,n=90,投与前平均眼圧14.1mmHg),木村ら6)は24.4%(3カ月後,n=43,投与前平均眼圧16.4mmHg)と報告している.今回の結果の19.3%(1カ月後)と17.4%(3カ月後)(n=53,投与前平均眼圧15.3mmHg)はラタノプロストの成績の範囲内にあり,同等の眼圧下降効果が出ていた.一方,眼圧下降率の達成例数(%)は,10%未満,10%以上20%未満,20%以上30%未満,30%以上に分けると,小川ら5)はそれぞれ8.9%,40%,45.5%,5.6%(3年後),木村ら6)はそれぞれ12%,16%,40%,32%(3カ月後)と報告している.筆者らの結果ではそれぞれ18%,45%,26%,11%(3カ月後)であったことから,ラタノプロストに比べて20%以上眼圧が下がる症例はやや少なく,10%未満のnon-responderがやや多く,眼圧下降効果は少し弱い可能性があった.タフルプロストの第II相試験では0.0003%,0.0015%および0.0025%が用いられ,眼圧下降作用に用量依存性がみられたが,0.0025%は副作用による中止例がみられ,安全性と効果のバランスから0.0015%が選定されている.ラタノプロストの0.005%に比べると0.3倍の低濃度であり,このために眼圧下降作用がやや弱いのかもしれない.点眼の副作用に関して問題はなかったが,ラタノプロストから切り替えた例も含まれ,充血や眼瞼の色素沈着は過小に評価されている可能性があった.今後多くの症例で使用されることでPG製剤としての位置付けが明確になっていくと思われる.本論文の要旨は第20回日本緑内障学会(2009年11月,沖縄県)において発表した.文献1)桑山泰明,米虫節夫:0.0015%DE-85(タフルプロスト)の原発開放隅角緑内障または高眼圧症を対象とした0.005%ラタノプロストとの第III相検証的試験.あたらしい眼科25:1595-1602,20082)桑山泰明,米虫節夫;タフルプロスト共同試験グループ:正常眼圧緑内障を対象とした0.0015%タフルプロストの眼圧下降効果に関するプラセボを対照とした多施設共同無作為化二重盲検第III相臨床試験.日眼会誌114:436-443,20103)椿井尚子,安藤彰,福井智恵子ほか:投与前眼圧16mmHg以上と15mmHg以下の正常眼圧緑内障に対するラタノプロストの眼圧下降効果の比較.あたらしい眼科20:813-815,20034)TomitaG,AraieM,KitazawaYetal:Athree-yearprospective,randomizedandopencomparisonbetweenlatanoprostandtimololinJapanesenormal-tensionglaucomapatients.Eye18:984-989,20045)小川一郎,今井一美:ラタノプロストによる正常眼圧緑内障の3年後視野.あたらしい眼科20:1167-1172,20036)木村英也,野崎実穂,小椋祐一郎ほか:未治療緑内障眼におけるラタノプロスト単剤投与による眼圧下降効果.臨眼57:700-704,2003***

塩化ベンザルコニウム非含有トラボプロスト点眼薬の球結膜充血

2011年4月30日 土曜日

0910-1810/11/\100/頁/JCOPY(107)563《原著》あたらしい眼科28(4):563.567,2011cはじめに現在,緑内障の第一選択薬であるプロスタグランジン(PG)関連薬は,強力な眼圧下降効果を示し,かつ全身副作用が少ない1).しかし,結膜充血,虹彩・眼瞼色素沈着,睫毛異常などのPG関連薬特有の眼局所副作用2)が懸念される.トラボプロスト点眼薬は,PG関連薬の一つであり,眼圧下降効果に密接に関連していると考えられるFP受容体に選択的なフルアゴニストである3).日本で承認されたトラボプラスト点眼薬は,ベンザルコニウム塩化物(benzalkoniumchloride:BAC)を含まず,防腐剤としてsofZiaTMを含有し〔別刷請求先〕比嘉利沙子:〒101-0062東京都千代田区神田駿河台4-3井上眼科病院Reprintrequests:RisakoHiga,M.D.,InouyeEyeHospital,4-3Kanda-Surugadai,Chiyoda-ku,Tokyo101-0062,JAPAN塩化ベンザルコニウム非含有トラボプロスト点眼薬の球結膜充血比嘉利沙子*1井上賢治*1塩川美菜子*1菅原道孝*1増本美枝子*1若倉雅登*1相原一*2富田剛司*3*1井上眼科病院*2東京大学大学院医学系研究科外科学専攻眼科学*3東邦大学医学部眼科学第二講座ConjunctivalHyperemiaafterTreatmentwithBAC-FreeTravoprostOphthalmicSolutionRisakoHiga1),KenjiInoue1),MinakoShiokawa1),MichitakaSugahara1),MiekoMasumoto1),MasatoWakakura1),MakotoAihara2)andGojiTomita3)1)InouyeEyeHospital,2)DepartmentofOphthalmology,TokyoUniversityGraduateSchoolofMedicine,3)2ndDepartmentofOphthalmology,TohoUniversitySchoolofMedicine2008年4月から2009年2月に,井上眼科病院でベンザルコニウム塩化物(benzalkoniumchloride:BAC)非含有トラボプラスト点眼薬を新規処方した正常眼圧緑内障患者60例60眼を対象とした.BAC非含有トラボプロスト点眼薬による結膜充血について調査した.BAC非含有トラボプロスト点眼薬は,1日1回点眼し,点眼開始前と点眼1カ月後に撮影した耳側球結膜のスリット写真より,結膜充血の発現率と程度を評価した.結膜充血の程度は,独自に作成した基準写真の6段階グレード分類で,変化なし18例(30%),1段階変化31例(51%),2段階変化10例(17%),3段階変化1例(2%)であり,2段階以上の顕著な充血増強は全体の19%であった.自記式質問調査による自覚的評価では,2週間まで29例(49%)が結膜充血を自覚したが,最終的には19例(32%)が持続して自覚した.6段階評価によるBAC非含有トラボプロスト点眼薬の結膜充血増強は42例(70%)に認めたが,増強例の74%は1段階の軽微な変化であり,点眼継続に支障をきたすことはなかった.Thisstudyinvolved60eyesof60Japanesenormal-tensionglaucomapatientstreatedwithtravoprostwithoutbenzalkoniumchloride(BAC)atInouyeEyeHospitalbetweenApril2008andFebruary2009.Theconjunctivalhyperemiaofeachpatientwasgradedandassessedfromphotographsofthetemporalconjunctivatakenbothbeforeandat1monthaftertreatment.Findingsshowedconjunctivalhyperemiainvariousdegreesofchangebetweenpre-andpost-treatment.Hyperemiawithnochangewasseenin18cases(30%),onedegreeofchangein31cases(51%),twodegreesofchangein10cases(17%)andthreedegreesofchangein1case(2%).Patients’self-assessmentfoundconjunctivalhyperemiain29cases(49%).Althoughconjunctivalhyperemiaincreasewasfoundin42cases(70%),mostofsuchincreasesweremild;nocasesrequireddiscontinuationoftreatmentbytravoprostwithoutBAC.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)28(4):563.567,2011〕Keywords:トラボプロスト点眼薬,副作用,結膜充血,正常眼圧緑内障,プロスタグランジン関連薬.travoprost,adversereaction,conjunctivalhyperemia,normal-tensionglaucoma,prostaglandinanalogs.564あたらしい眼科Vol.28,No.4,2011(108)ている.結膜充血は,トラボプロスト点眼薬の最も頻度の高い眼局所副作用であり4~10),アドヒアランスを左右する要素である.しかし,これまで,日本人を対象としたBAC非含有トラボプロスト点眼薬の結膜充血の発現率や程度については,十分な検証は行われていない.そこで,筆者らは眼局所作用のなかでも結膜充血に着眼し,BAC非含有トラボプロスト点眼薬による結膜充血の客観的評価を試みた.I対象および方法2008年4月から2009年2月に,井上眼科病院でBAC非含有トラボプロスト点眼薬(トラバタンズR0.004%点眼液,日本アルコン)を新規に処方した正常眼圧緑内障患者60例60眼(男性23例,女性37例)を対象とした.年齢(平均値±標準偏差値)は55.1±13.2歳(28~83歳),観察期間は31.8±5.8日(22~48日)であった.正常眼圧緑内障の診断基準は,①日内変動を含む複数回の眼圧測定で眼圧が21mmHg以下であり,②視神経乳頭と網膜神経線維層に緑内障に特有な形態的特徴(視神経乳頭辺縁部の菲薄化,網膜神経線維層欠損)を有し,③それに対応する視野異常が高い信頼性と再現性をもって検出され,④視野異常の原因となりうる他の眼疾患や先天異常がなく,⑤さらに隅角鏡検査で両眼正常開放隅角を示すものとした.両眼点眼例では,右眼を解析眼とした.緑内障患者60名に,BAC非含有トラボプロスト点眼薬を,1日1回,夕方以降就寝前の同一時間帯に点眼し,1カ月後の来院まで継続使用することを指示した.他覚的評価は写真判定とし,点眼開始前に140万画素CCD(KD-140C,興和)を搭載したフォトスリットランプ(SC-1200,興和)で,耳側球結膜を一定照度,30°方向からのスリット照明下で撮影した.1カ月後は,点眼開始前の写真と比較をせずに条件のみを統一し撮影した.写真撮影は,熟練した写真撮影技師3名が行った.写真判定に際しては,点眼前後のペア写真を提示して行った.その際,点眼した事実が認識されるため点眼後の充血スコアが高く評価されるというバイアスがかかることが十分考えられる.そのため,意図的に未点眼群の1カ月おいて撮影した写真2枚をコントロールとして緑内障患者群の点眼前後の写真に混在させることで,点眼の有無にかかわらず充血スコアを正当に評価できるよう努めた.そのためのコントロール群は,井上眼科病院職員よりコンタクトレンズ未使用,点眼薬未使用,眼疾患および眼合併症の可能性のある全身疾患の既往がないことを条件に有志を募り,屈折異常以外に器質的眼疾患がないことが確認された5名5眼(男性2例,女性3例)とした.年齢は40.1±15.1歳(24~64歳),右眼を解析眼とした.結膜充血スコア分類および判定方法結膜充血を評価するために独自に6段階のグレード分類基準写真を作成した(図1).眼疾患を有しない健常人ボランティア30名に対し,BAC非含有トラボプロスト点眼薬を1回点眼することにより惹起される耳側結膜充血をスリットランプにより撮影した.耳側30°方向からの撮影を,9時点眼充血なしグレード1グレード2グレード3グレード4グレード5グレード0図1結膜充血のグレード分類独自に作成した6段階のグレード分類を基準写真として用いた.(109)あたらしい眼科Vol.28,No.4,2011565直前,および点眼後1,2,3,6,12時間にわたり6回撮影し,最も充血が顕著であった症例を基準として採用し,充血スコア0から5までの6段階にスコア化した.この基準写真を元に,写真判定は,該当患者を診察したことのない3名の眼科専門医が個別に行った.判定医には,画像ファイリングシステム(VK-2,興和)より印刷した写真に,症例別に点眼前後のみを表記したペア写真で提示した.さらに判定には,未点眼のコントロール群の1カ月おいて撮影したペア写真をランダムに混入させた.結膜充血の程度は,基準写真を用いたグレード分類によるスコア差(1カ月後.点眼前)が,判定医2名が一致した評価を採用し,一致しなかった場合,第3の判定医の判断により評価を決定した.自記式質問調査方法点眼開始から1カ月後の再来院時に,アドヒアランスに問題がなかったことを問診で確認のうえ,検査員より自記式質問調査表(表1)を患者に配布した.問1の設問に対しては,1時間単位で記載し,問2から4の設問に対しては,回答肢より選択した結果を自己記入後,診察前に検査員が回収した.判定医間のスコア値はKruskal-Wallis検定およびk係数,点眼前と1カ月後のスコア値はWilcoxon符号付順位検定を用い,統計学的解析を行った.有意水準をp<0.05とした.本臨床研究は,井上眼科病院倫理審査委員会で承認後,文書による同意を得て実施した.II結果緑内障患者60名に1カ月間BAC非含有トラボプロスト点眼薬を点眼したところ,副作用や未来院による脱落症例はなかった.1.他覚的評価緑内障患者60名に対する判定医3名の合計充血スコア値は,点眼前は57,51,51(スコア平均値53),点眼1カ月後は合計103,121,105(スコア平均値110)であり,判定医間に有意差を認めなかった(Kruskal-Wallis検定p=0.57,0.21).k係数は,点眼前0.51,点眼1カ月後0.51であった.点眼前と1カ月後のスコア値は,それぞれ有意差を認めた(p<0.0001,Wilcoxon符号付順位検定).結膜充血の程度は,基準写真のグレード分類で変化なし18例(30%),1段階変化31例(51%),2段階変化10例(17%),3段階変化1例(2%)であった.変化のあった42例中31例(74%)は,基準写真を用いたグレード分類で,1段階変化と軽微な変化であった(図2).程度分類については,判定医2名とも不一致な症例はなかった.コントロール症例の結膜充血の変化はなかった.2.自覚的評価点眼薬のアドヒアランスは全例良好で,自記式質問調査の回収率は100%であった.点眼時間は,20時前が10例(17%),20時以降22時前が13例(22%),22時以降24時前が33例(55%),24時以降が4例(6%)であった.表1自記式質問調査表問1:毎日,何時ごろに点眼をしましたか?問2:点眼をはじめてから,今までに充血が気になることはありましたか?①気になることはなかった②はじめは気になったが,今は気にならない③少し気になる④気になる⑤かなり気になる問3:問2の②を選択した方にお伺いします.充血が気になっていた期間は,どれくらいですか?①3日目まで②1週間目まで③2週間まで④1カ月まで問4:問2の③④⑤を選択した方にお伺いします.充血が気になった時間は,点眼後どれくらいですか?①約2時間②翌朝まで③それ以上点眼後の充血について10例(17%)10例(17%)気になる時間2時間まで2例翌朝まで10例それ以上7例気になっていた期間3日まで6例1週間まで2例2週間まで2例気にならない31例(51%)はじめだけ気になったかなり気になる4例(7%)気になる5例(8%)少し気になる図3結膜充血の自覚的評価変化なし30%(18例)1段階変化51%(31例)2段階変化17%(10例)3段階変化2%(1例)図2結膜充血の程度基準写真を用いたグレード分類を基に評価した.566あたらしい眼科Vol.28,No.4,2011(110)自記式質問調査では,結膜充血について,31例(51%)は「気にならない」と回答した(図3).つぎに「はじめだけ気になった」症例が10例(17%)を占めたが,全例2週間までに気にならなくなった.したがって,期間終了時では41例(68%)が「気にならない」と評価した.一方,観察期間終了時点でも「気になる」症例は19例(32%)であった.内訳は図3のとおり,半数以上が「少し気になる」10例(全体の17%)であり,明らかに「気になる」症例は9例(15%)であった.結膜充血の自覚と他覚的評価の対応を表2に示す.自覚的に「気にならない」と回答した31例中6例は他覚的評価では基準写真によるグレード分類で2段階以上の変化であり,「気になる」,「かなり気になる」と回答した9例中5例は他覚的には変化なしであり,自覚と他覚的評価には解離があった(表2).III考按本試験では,BAC非含有トラボプロスト点眼液により1カ月の連続点眼後70%の症例で充血が増強したが,そのうち74%(全体の51%)は1段階の軽微な増強であった.全体の19%で2段階以上の充血スコアの増強を認めた.自覚的には51%が充血を気にならないと評価したが,約半数は充血を気にしていることになった.本調査では,結膜充血を客観的に評価するため,①写真判定,②複数医師による同時判定,③基準スケールには画像採用,④患者背景は非公開,⑤判定には非点眼の正常眼を含むなどの工夫を行った.しかし,最終点眼から写真撮影時間が統一されていないことや,同一眼で異なった日時で評価の再現性を確認していないこと,など評価方法の課題が残ることは否めない.PG関連薬の副作用の大部分は充血である.特に,ラタノプロスト以降発売されたPG関連薬,トラボプロスト,ビマトプロスト,タフルプロストのほうが,充血が強いと報告されている11,12).ところが,結膜表面に及ぼす副作用のメカニズムについては,これまで明らかにされていない.しかも点眼薬製剤では主剤と基剤の両面から副作用を考える必要がある.主剤であるPG関連薬はFP受容体刺激により眼圧下降効果を惹起する13)が,そのFP受容体に対する直接刺激が血管拡張を起こす可能性と,FP受容体刺激により内因性のPGが産生されることで二次的に血管拡張を起こす可能性がある14).眼表面ではPG関連薬は基本的にプロドラッグであるはずであるが,プロドラッグのままのトラボプロストとその代謝されて活性型となったトラボプロスト酸型が,どの程度結膜血管に作用するかは,今後の検討を要する課題である.また,今回BAC非含有トラボプロスト点眼薬(トラバタンズR0.004%点眼液)を用いたが,他のPG関連薬についても,同判定方法で結膜充血の発現率を評価し比較検討する必要がある.一方,点眼薬は基剤としてさまざまな薬剤が混入されている.特に防腐剤であるBACは,易水溶性,室温での長期安定性,広域な抗菌性,強力な抗菌力を有することなどから,点眼薬に広く用いられているが,一方では,細胞毒性による角膜上皮障害やアレルギー反応など眼表面にさまざまな障害をひき起こすことが問題視されてきた15).この主剤と基剤の面からみると,過去の文献ではBAC含有量が等しい0.0015%と0.004%のトラボプロスト点眼薬の結膜充血の発現率は38.0%と49.5%であった4).Lewisら10)は,BAC含有とBAC非含有トラボプロスト点眼薬を比較し,結膜充血は9.0%と6.4%,角膜上皮障害は1.2%と0.3%にみられたことを報告している.安全性については,同等であったと結論付けているが,BAC非含有トラボプロスト点眼薬が結膜充血,角膜上皮障害ともに発現率が少ない傾向にあった.このことから,過去のBAC含有トラボプロスト点眼薬の結膜充血発現率は,主剤のトラボプロスト濃度依存性とともにBACの影響と捉えられることができる.トラボプロスト点眼薬の結膜充血発現率は6.3~58.0%と報告4~10)され(表3),対象(人種差,年齢)や研究デザイン(BAC含有の有無,判定方法)などの違いにより単純に比較することはできないが,本試験はBAC非含有トラボプロストにもかかわらず,70%で充血表3トラボプロスト点眼薬による結膜充血の発現率報告者報告年濃度(%)防腐剤(BAC)症例数(眼)発現率(%)Netland4)20010.0015+20538.00.004+20049.5Parrish5)20030.004+13858.0Parmaksiz6)20060.004+1838.9Chen7)20060.004+3713.5Garcia-Feijoo8)20060.004+326.3Konstas9)20070.004+4038.0Lewis10)20070.004+3399.00.004.3226.4表2結膜充血の自覚と他覚的評価の比較自覚的評価他覚的評価変化計なし1段階変化2段階変化3段階変化気にならない9165131はじめのみ280010少し気になる262010気になる40105かなり気になる11204計183110160他覚的評価は基準写真を用いたグレード分類からの変化を示す.(111)あたらしい眼科Vol.28,No.4,2011567スコアが増加した.しかし不変であった例も含めた全体の51%が1段階の変化であり,臨床的に問題となる変化ではないと考える.19%は2段階以上の変化であり,これは明らかな充血増強と捉えることができる.この充血スコア変化と過去の充血の出現率の直接の比較は困難であるが,少なくともBAC非含有トラボプロスト点眼薬であるため,純粋にトラボプロストの副作用として評価できよう.本試験での充血変化が高かった理由としては,基準となるグレード分類を6段階とかなり詳細なものを用いたため,微細な変化も捉えた結果と考えた.他覚的評価と自覚的評価が一致しなかったことについては,処方時に結膜充血を含む眼局所副作用について統一した説明を行ったが,説明を受けたため気にならなかった患者と逆に意識的に自己チェックした患者の個性が反映された結果と考えた.このような臨床試験への参加は患者の意識を過剰にさせる可能性があり,通常臨床投与の際はこの副作用頻度より少ない可能性もある.本試験では1カ月点眼であったが,長期投与での変化については今後の検討を要する.本試験中は,副作用による脱落はなかったが,臨床的には約半数が自覚的に充血を気にすることを考えると,トラボプロストに限らず,PG関連薬の共通の副作用である充血に対して,投与の際には十分留意させるとともに眼圧下降の重要性を指導することで脱落を防ぎ,アドヒアランスを保つことが重要である.本論文の要旨は,第113回日本眼科学会総会で報告した.文献1)WatsonP,StjernschantzJ,theLatanoprostStudyGroup:Asix-month,randomized,double-maskedstudycomparinglatanoprostwithtimololinopen-angleglaucomaandocularhypertension.Ophthalmology103:126-137,19962)井上賢治,若倉雅登,井上治郎ほか:ラタノプロスト使用患者の眼局所副作用.日眼会誌110:581-587,20063)HellbergMR,SalleeVL,McLaughlinMAetal:Preclinicalefficacyoftravoprost,apotentandselectiveFPprostaglandinreceptoragonist.JOclPharmcolTher17:421-432,20014)NetlandPA,LandryT,SullivanEKetal:Travoprostcomparedwithlatanoprostandtimololinpatientswithopen-angleglaucomaorhypertension.AmJOphthalmol132:472-484,20015)ParrishRK,PalmbergP,SheuWPetal:Acomparisonoflatanoprost,bimatoprost,andtravoprostinpatientswithelevatedintraocularpressure:A12-week,randomized,masked-evaluatormulticenterstudy.AmJOphthalmol135:688-703,20036)ParmaksizS,YukselN,KarabasVLetal:Acomparisonoftravoprost,latanoprost,andthefixedcombinationofdorzolamideandtimololinpatientswithpseudoexfoliationglaucoma.EurJOphthalmol16:73-80,20067)ChenMJ,ChenYC,ChouCKetal:Comparisonoftheeffectsoflatanoprostandtravoprostonintraocularpressureinchronicangle-glaucoma.JOculPharmacolTher22:449-454,20068)Garcia-FeijooJ,delaCasaJM,CastilloAetal:CircatianIOP-loweringefficacyoftravoprost0.004%ophthalmicsolutioncomparedtolatanoprost0.005%.CurrMedResOpin22:1689-1697,20069)KonstasAG,KozobolisVP,KatsimprisIEetal:Efficacyandsafetyoflatanoprostversustravoprostinexfoliativeglaucomapatients.Ophthalmology114:653-657,200710)LewisRA,KatzGL,WeissMJetal:Travoprost0.004%withandwithoutbenzalkoniumchloride:acomparisonofsafetyandefficacy.JGlaucoma16:98-103,200711)StewartWC,KolkerAE,StewartJAetal:Conjunctivalhyperemiainhealthysubjectsaftershort-termdosingwithlatanoprost,bimatoprost,andtravoprost.AmJOphth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