あたらしい眼科Vol.28,No.1,2011850910-1810/11/\100/頁/JCOPYはじめに中心性漿液性脈絡網膜症(CSC)は従来から予後良好な疾患と位置づけられており,実際に多くの症例において数カ月で網膜.離が消失します.しかし,なかには網膜.離が吸収せず慢性化し,視機能が低下する症例も少なくありません.CSCは自覚症状発現から数カ月間は無治療で経過観察し,網膜.離が吸収しなければフルオレセイン蛍光眼底造影でみられる蛍光漏出点に対しレーザー光凝固を行いますが,蛍光漏出点が中心窩の近くにある場合,蛍光漏出点が特定できない場合,蛍光漏出点が多数存在する場合,網膜色素上皮からびまん性に蛍光漏出がみられる場合には経過観察を余儀なくされます.しかし近年,このような症例に対し光線力学的療法(PDT)が行われるようになり,その有用性については多数の報告があります1~3).本症は脈絡膜血管障害が本態で,二次的に網膜色素上皮が障害されバリア機能が破綻し網膜.離が生じることを考えると,脈絡膜のうっ血を解除するPDTは理にかなった治療といえます.CSCに対するPDTPDTは眼科領域では加齢黄斑変性に対して行われる治療であり,本症に対しては保険適用がなく,PDT施行に際しては各施設の倫理委員会の承認を得ることと患者への十分なインフォームド・コンセントが必要です.筆者らはそれらの手続きを経て,現在おもに慢性CSCに対しPDTを行っています.加齢黄斑変性で用いる通常量(6mg/m2)の光感受性物質を用いて行うPDTでは,照射部に一致して脈絡膜血管の閉塞がみられます4).この閉塞により,血管内皮増殖因子およびその受容体の産生が促され,脈絡膜新生血管が発生する可能性があります.実際CSCに対して通常量でのPDTを行い,脈絡膜新生血管が発生した報告があります5).そこで低侵襲のPDTが模索され始め,Laiらは光感受性物質を半量の3mg/m2にしたPDTを行い良好な成績が得られたことを報告1),さらにChanらは通常量と半量PDTのランダム化比較試験を行い,半量でも十分効果が得られることを報告2)しました.これらの結果から,現在は低侵襲のPDTが主流になってきており,当科でも半量PDTを行っております.しかし,いくら低侵襲とはいえ実際に良好な視力を有する症例の黄斑部にレーザー照射することには抵抗があり,常に不安がつきまといます.そこで視機能面での安全性をさらに検証する目的で,PDT前後での網膜.離部およびPDT照射野の網膜感度を検討しました.その結果,網膜.離は1カ月後16眼中14眼で消失し,網膜.離が持続した2眼も含めてPDT1カ月後,3カ月後にPDT照射野および網膜.離部の感度低下はみられませんでした.また,網膜.離消失眼ではPDT後に網膜感度の有意な改善が認められました6)(図1).PDT12カ月後も網膜.離部,PDT照射野ともに網膜感度の低下は認められませんでした.(85)◆シリーズ第121回◆眼科医のための先端医療監修=坂本泰二山下英俊藤田京子(駿河台日本大学病院眼科)中心性漿液性脈絡網膜症に対する光線力学的療法の有用性と課題図1PDT前,3カ月後の光干渉断層計(OCT)所見と網膜感度左上:PDT前のOCT.左下:PDT3カ月後のOCT.網膜.離は消失している.右上:PDT前の網膜感度.網膜.離部に一致して感度の低下がみられる.右下:PDT3カ月後の網膜感度.網膜.離消失に伴い,感度は改善.86あたらしい眼科Vol.28,No.1,2011治療のタイミングでは,どの時点でPDTを考えればよいのでしょうか?これにはまだ明確な答えがないのが現状です.本症は網膜.離が持続していても視力が保たれることや自然軽快の可能性があることから,治療のタイミングを決めることが困難です.PDT後に網膜.離が消失し網膜感度の改善は得られても,改善幅が少なく,正常値まで回復しない例も経験します.これは遷延化した網膜.離により網膜色素上皮,視細胞に不可逆性の障害が生じた結果と考えられます.Ojimaらは網膜.離吸収後の網膜感度と光干渉断層計(OCT)所見を検討し,網膜色素上皮の不整,IS/OS(視細胞内節外節接合部)lineの欠損などと網膜感度低下との関連を報告しています7).OCTから微細な形態の変化を捉え,さらに視機能との関連づけができるようになってきたことで,網膜に不可逆性の変化が起こる前の段階がつかめるようになるのもそう遠くないと思われます.おわりにCSCに対してPDTを行えるようになり,遷延する網膜.離に手をこまねくことはなくなりましたが,PDT後に良好な視機能が得られなければ意味がありません.前述のように治療のタイミングをはかる指標の確立は急務です.CSCが真の意味で予後良好な疾患といえるように今後も知見の集積が必要と考えます.文献1)LaiTY,ChanWM,LiHetal:Saftyenhancedphotodynamictherapywithhalfdoseverteporfinforchroniccentralserouschorioretinopathy:ashorttermpilotstudy.BrJOphthalmol90:869-874,20062)ChanWM,LaiTY,LaiRYetal:Half-doseverteporfinphotodynamictherapyforacutecentralserouschorioretinopathy:one-yearresultsofarandomizedcontrolledtrial.Ophthalmology115:1756-1765,20083)CardilloPiccolinoF,EandiCM,VentreLetal:Photodynamictherapyforchroniccentralserouschorioretinopathy.Retina23:752-763,20034)Schmidt-ErfurthU,MichelsS,BarbazettoIetal:Photodynamiceffectsonchoroidalneovascularizationandphysiologicalchoroid.InvestOphthalmolVisSci43:830-841,20025)ChanWM,LamDS,LaiTYetal:Choroidalvascularremodellingincentralserouschorioretinopathyafterindocyaninegreenguidedphotodynamictherapywithverteporfin:anoveltreatmentattheprimarydiseaselevel.BrJOphthalmol87:1453-1458,20036)FujitaK,YuzawaM,MoriR:Retinalsensitivityafterphotodynamictherapywithhalf-doseverteporfinforchroniccentralserouschorioretinopathy:shorttermresults.Retina,2010Sep30[.Epubaheadofprint]7)OjimaY,TsujikawaA,HangaiMetal:Retinalsensitivitymeasuredwiththemicroperimeter1afterresolutionofcentralserouschorioretinopathy.AmJOphthalmol146:77-84,2008(86)■「中心性漿液性脈絡網膜症に対する光線力学的療法の有用性と課題」を読んで■今回は藤田京子先生(日本大学駿河台病院)に,中心性漿液性脈絡網膜症(CSC),特に慢性のCSCの治療法として光線力学的療法(PDT)の有用性についてわかりやすく解説していただきました.CSCは,その急性期の臨床的な研究から網膜色素上皮の疾患というイメージが強いが,実は脈絡膜血管障害が本態で,二次的に網膜色素上皮が障害されバリア機能が破綻し網膜.離が生じることを考えると,脈絡膜のうっ血を解除するPDTは理にかなった治療といえることを解説していただきました.疾患の本態を考えるうえで動物実験モデルについての研究は大変重要な役割を果たしています.しかし,最後まで消えないジレンマは,「本当にこのモデルはヒトにみられる疾患と同じものなのか?」という疑問です.ヘルシンキ宣言を待つまでもなく患者さんに実験的な治療を試みることは厳に慎む必要がありますが,慢性のCSCにPDTが治療効果があるとの発想は,本当に素晴らしいものです.有意な効果がみられたことから,逆に慢性のCSCの病態の主座が脈絡膜血管である可能性を強く支持することになります.同じように,糖尿病黄斑浮腫にステロイド治療で有効な例が多くみられることから,糖尿病黄斑浮腫には炎症の分子メカニズムが作用していることがわかりました.また,加齢黄斑変性に抗VEGF(血管内皮増殖因子)薬が有効であることから,加齢黄斑変性の病態にVEGFが主たる因子として関与していることが明らかになりました.臨床医の業績が基礎医学の研究成果を利用しつつ,病態の基礎研究に重要な情報をfeedbackするというとても大切で魅(87)あたらしい眼科Vol.28,No.1,201187力的な研究のシステムです.これは第一に患者さんの治療を優先するという,精密な臨床研究からしか導き出せないものです.新しい治療薬を開発する臨床医,基礎研究者などは「本当に有効で安全な治療法であるか」ということをその基礎研究により十分に詰めてから新薬を治験します.それに加えて,臨床医が新たな発想で新しい治療対象を生み出した成果をお示しいただいた今回の解説から,臨床医が病態,病像を丁寧にきちんと観察し,勉強して新しい治療法を開発していく際のとても大切な役割を果たしていることがわかります.新しい治療法を日本からたくさん生み出し,世界に貢献するためには,われわれ臨床医のたゆまぬ努力と,有能な臨床医であり基礎研究にも造詣の深いclinicianscientistの育成を眼科領域でも精力的に行う必要があると考えます.山形大学医学部眼科山下英俊☆☆☆