‘記事’ カテゴリーのアーカイブ

診断に苦慮したLeber 遺伝性視神経症の1 例

2011年1月31日 月曜日

0910-1810/11/\100/頁/JCOPY(139)139《原著》あたらしい眼科28(1):139.143,2011cはじめにLeber遺伝性視神経症(Leber’shereditaryopticneuropathy)は1871年にLeberによってはじめて報告された遺伝性視神経疾患である1).おもに10歳代から30歳代にかけての男性に多く,両眼性の急性または亜急性の視力低下で発症し,左右発症時期の差はあっても最終的には両眼の視神経萎縮へと進行する2).以前は臨床所見と家族歴によって診断され,確定診断は容易ではなかったが,1988年Wallaceら3)によりNADH(ジハイドロニコチンアミド・アデニン・ジヌクレオチド)デヒドロゲナーゼのサブユニット4領域にあるミトコンドリアDNA(mtDNA)の塩基配列11778番目に位置するグアニンのアデニンへの変換(以下,11778番変異)〔別刷請求先〕南野桂三:〒570-8507守口市文園町10-15関西医科大学附属滝井病院眼科Reprintrequests:KeizoMinamino,M.D.,DepartmentofOphthalmology,KansaiMedicalUniversity,TakiiHospital,10-15Fumizono-cho,Moriguchi,Osaka570-8507,JAPAN診断に苦慮したLeber遺伝性視神経症の1例南野桂三*1安藤彰*1竹内正光*2髙橋寛二*3小池直子*1小林かおる*1秋岡真砂子*1河合江実*1白紙靖之*4森秀夫*5西村哲哉*1*1関西医科大学附属滝井病院眼科*2竹内眼科医院*3関西医科大学附属枚方病院眼科*4しらかみ眼科*5大阪市立総合医療センター眼科AnAtypicalCaseofLeber’sHereditaryOpticNeuropathyKeizoMinamino1),AkiraAndo1),MasamitsuTakeuchi2),KanjiTakahashi3),NaokoKoike1),KaoruKobayashi1),MasakoAkioka1),EmiKawai1),YasuyukiShirakami4),HideoMori5)andTetsuyaNishimura1)1)DepartmentofOphthalmology,KansaiMedicalUniversity,TakiiHospital,2)TakeuchiEyeClinic,3)DepartmentofOphthalmology,KansaiMedicalUniversity,HirakataHospital,4)ShirakamiEyeClinic,5)DepartmentofOphthalmology,OsakaCityGeneralHospitalLeber遺伝性視神経症はミトコンドリアDNAの異常により発症する遺伝性視神経疾患で,若年男性に多く最終的に両眼の視神経萎縮に至る.筆者らは56歳の男性で家族歴がなく副鼻腔炎の手術既往があるため鑑別に苦慮したが,最終的に遺伝子検査によってLeber遺伝性視神経症と判明した1例を経験した.本症例は両眼の緑内障で治療を受けるも比較的急速に視野障害が進行し,視神経炎を疑われて紹介された.診断に苦慮した原因として,56歳とLeber遺伝性視神経症の好発年齢よりも高齢であったこと,8人兄弟であるが本人のみ異母兄弟であることが後ほど判明したこと,緑内障性視神経萎縮のため乳頭発赤などLeber遺伝性視神経症の初期変化が明瞭に認められなかったことなどが考えられた.視神経炎症状を呈し,診断がつかない症例ではLeber遺伝性視神経症を考慮する必要がある.A56-year-oldmalewasreferredtoourhospitalforsuspectedopticneuritis.Hehadbeentreatedforglaucoma,withnohistoryofsinusitisorfamilyhistory.Best-correctedvisualacuity(BCVA)was0.02and0.08inhisrightandlefteye,respectively.Visualfieldexaminationdisclosedcentralscotomaintherighteyeandsuperonasalvisualfielddefectintheleft.MitochondrialDNAanalysisrevealedpointmutationat11778,leadingtoadiagnosisofLeber’shereditaryopticneuropathy(LHON).Thepresentcasewasdifficulttodiagnosebecauseoftheelderlyage(56years)ascomparedtothepredominantonsetageofLHON,ahalf-brotherin8brothers,andthefactthathyperemiaoftheopticdisc,acharacteristicinitialchangeofLHON,hadnotbeenobservedduetoglaucomatousopticatrophy.LeftBCVArecoveredto0.5morethanoneyearlater,perhapsasaresultofcomparativeconservationofthemacularnervefibers.Whenapatientwithblurredvisionofuncertainetiologyisexamined,itisimportanttoruleoutLHONregardlessofpatientageandhyperemiaoftheopticdisc.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)28(1):139.143,2011〕Keywords:Leber遺伝性視神経症,緑内障,遺伝子診断,視力回復,黄斑線維束.Leber’shereditaryopticneuropathy,glaucoma,analysisofmitochondrialDNA,recoveryofbestcorrectedvisualacuity,macularnervefivers.140あたらしい眼科Vol.28,No.1,2011(140)がLeber遺伝性視神経症と特異的に関連する事例が報告され診断に応用されるようになった.現在までに11778番塩基変異以外にもLeber遺伝性視神経症の発症に強く関与する,いわゆるprimarymutationはmtDNAの6カ所以上報告されている4~6).そのうちの3460番変異,11778番変異,14484番変異の3つの変異でLeber遺伝性視神経症の90%近くを占め7,8),わが国では90%が11778番変異を有する9).今回筆者らは56歳の男性で,初診時に他院で両眼の緑内障の診断がついており家族歴がないことや副鼻腔炎の手術の既往があることから臨床診断に苦慮したが,最終的に遺伝子検査で11778番変異がみられLeber遺伝性視神経症と診断した1例を経験した.I症例患者:56歳,男性.主訴:両眼視力低下.現病歴:平成20年6月頃から両眼の視力低下を自覚して近医(内科)を受診,視野欠損を疑われ,平成20年6月6日に総合病院眼科を紹介となる.そこでの初診時視力は両眼とも矯正視力1.0以上あり,初診時眼圧は両眼とも24mmHgであった.眼底所見では両眼とも視神経乳頭の高度な陥凹拡大(両眼ともC/D比〔陥凹乳頭比〕0.8~0.9)と右眼に黄斑部を含む神経線維層欠損(NFLD),左眼に上下のNFLDを認めた.視野検査では両眼ともNFLDに一致した視野欠損を認めたことから,両眼原発開放隅角緑内障と診断され,緑内障点眼(ラタノプロスト点眼を両眼に1回/日)を処方され,6月24日の再診時に眼圧が右眼16mmHg,左眼15mmHgであった.十分に眼圧下降が得られたと判断され,定期的な経過観察のため近医を紹介された.この近医で平成20年の7月に2回定期診察されたが,両眼とも矯正視力は1.0以上あり,眼圧も右眼は17~19mmHg,左眼は16mmHgであった.しかし,視力低下の自覚が強くなり,患者本人が別の近医を平成20年8月1日に受診した.その近医での初診時視力は右眼矯正0.1,左眼矯正0.9,眼圧は前医の緑内障点眼使用下で右眼17mmHg,左眼16mmHgであった.ここでも両眼の視神経乳頭の陥凹拡大(両眼ともC/D比0.9)とNFLD以外の異常所見は認められず,両眼原発開放隅角緑内障と診断された.以後経過観察中に緑内障点眼を追加された(ブリンゾラミド点眼を両眼に2回/日)が,さらに自覚症状が悪化し(視力は9月3日では右眼矯正0.08,左眼矯正0.6,10月24日では右眼矯正0.02,左眼矯正0.2,10月31日では右眼矯正0.03,左眼矯正0.06),急速な視野の進行と視力低下を認めたため11月1日に関西医科大学附属滝井病院を紹介受診となる.既往歴:19歳時に副鼻腔炎に対して手術加療.生活歴:喫煙歴,飲酒歴なし.嗜好に特記すべきことなし.家族歴:両親,8人兄弟(男性3人,女性5人)に眼科疾患なし.初診時所見:視力はVD=0.02(0.02×sph+1.0D(cyl.2.0DAx80°),VS=0.08(0.08×sph.0.5D(cyl.0.5DAx90°),眼圧はラタノプロスト点眼およびブリンゾラミド点眼を両眼に使用して右眼14mmHg,左眼12mmHgであった.中心フリッカー値は右眼10.6Hz,左眼17.8Hzと低下していたが,瞳孔反応は正常で相対的入力瞳孔反射異常(RAPD)はみられなかった.両眼とも前眼部および中間透光体に異常なく隅角はShaffer分類Grade3~4であった.眼底は両眼とも視神経に高度な視神経乳頭の陥凹拡大(両眼ab図1初診時眼底写真a:右眼,b:左眼.両眼とも高度な視神経乳頭陥凹拡大と右眼には黄斑線維束を含むNFLD,左眼には上下にNFLDがみられる.(141)あたらしい眼科Vol.28,No.1,2011141ともC/D比0.9)とNFLDが認められた(図1).視野検査で右眼の中心暗点と左眼の鼻上側の視野欠損が認められた(図2).経過:頭部コンピュータ断層撮影(CT)では占拠性の頭蓋内病変や副鼻腔炎所見はみられず,磁気共鳴画像(MRI)〔STIR(shortinversiontimeinversion-recovery)法〕では視神経の高信号は認められなかった.視覚誘発反応画像システム(VERIS)では右眼に軽度の感度低下を認めたが,急性帯状潜在性網膜外層症(AZOOR)やoccultmaculardystrophyなどを疑う所見は認められなかった(図3).血液検査では白血球8,000/μl,赤血球417×104/μl,赤沈13mm/hr,C反応性蛋白(CRP)0.02mg/dl,抗核抗体陰性,リウマチ因子3IU/ml,TP(トレポネマ・パリズム)抗体陰性,ACE(アンギオテンシン変換酵素)19.9IU/l,ビタミンB14.5μg/dl,ビタミンB212.7μg/dl,ビタミンB12590pg/mlと正常で炎症性疾患や栄養障害性視神経症は否定的であった.フルオレセイン蛍光眼底造影所見では,両眼とも血流障害や視神経の過蛍光などの所見は認められなかった(図4).臨床経過ab図3VERIS(平成20年11月6日)a:右眼,正常.b:左眼,軽度の感度低下.ab図2Goldmann視野(初診時)a:左眼.上下のビエルム領域の暗点がつながり,内部イソプターが穿破したために生じたような鼻上側の視野欠損がみられる.b:右眼.中心暗点がみられる.142あたらしい眼科Vol.28,No.1,2011(142)や臨床所見から球後視神経炎が示唆されたため,11月27日に入院のうえステロイドパルス療法を施行したが効果は認められなかった.入院中に再度家族歴を問診しなおしたところ,8人兄弟であるが本症例のみ異母兄弟であることが判明したため,ミトコンドリア遺伝子検査を行い,mtDNA11778番塩基対に点突然変異が認められLeber病と診断した.コエンザイムQ10とビタミンB12の内服およびラタノプロスト点眼とブリンゾラミド点眼を続け,平成21年12月8日の視力は右眼矯正0.05,左眼矯正0.2,平成22年2月9日の視力は右眼矯正0.05,左眼矯正0.5,平成22年5月11日の視力は右眼矯正0.09,左眼矯正0.8,平成22年7月6日の視力は右眼矯正0.06,左眼矯正1.0と左眼視力は経時的に回復した.II考按Leber遺伝性視神経症はおもに10歳代から30歳代にかけての男性に両眼性に急性または亜急性の視力低下で発症する2)が,今回筆者らは56歳で発症した1例を経験した.本症例では当初視神経炎,虚血性視神経症,遺伝性視神経症,中毒性視神経症,栄養障害性視神経症,鼻性視神経症,AZOORなどを疑ったが生活歴や家族歴から遺伝性視神経症,中毒性視神経症は考えづらく,虚血性視神経症,栄養障害性視神経症,鼻性視神経症,AZOORなどの鑑別のためにCT,MRI,VERIS,血液検査,フルオレセイン蛍光造影(FA)を施行したが確定診断には至らなかった.最終的に遺伝子検査により診断が確定したが,好発年齢から外れていることや,視神経乳頭陥凹拡大が高度でLeber遺伝性視神経症で特徴的とされる視神経乳頭発赤と乳頭周囲の毛細血管拡張などの所見が検眼所見やFA所見でも明らかではなく,8人兄弟で本人が異母兄弟であることがわからなかったため診断に苦慮した.総合病院眼科初診時では視力は両眼とも矯正1.0,眼圧は右眼24mmHg,左眼24mmHgと高く視神経乳頭陥凹拡大もC/D比0.8~0.9と高度で,視野も右眼中心暗点と左眼鼻上側の視野欠損がみられ,両眼ともNFLDの部位と一致することから緑内障があったことは間違いないと思われる.このためLeber遺伝性視神経症の初期変化を捉えられなかった可能性が高い.自覚症状がでてからすぐに眼科を受診してacbd図4フルオレセイン蛍光眼底造影写真(初診時)a:右眼早期(50秒),b:左眼早期(56秒),c:右眼後期(5分57秒),d:左眼後期(5分50秒).両眼とも視神経乳頭からの蛍光漏出や網膜血管,網膜に異常を認めない.(143)あたらしい眼科Vol.28,No.1,2011143視力が良好であったことからも眼科初診時がLeber遺伝性視神経症の萎縮期であった可能性は低い.現在までにわが国でのLeber遺伝性視神経症を伴うmtDNAの点変異と緑内障の相関を調べた報告では両疾患が合併する可能性はまれであり10),本症例は緑内障にmtDNAの点変異を伴い,Leber遺伝性視神経症を発祥していることから疫学的にまれな症例と思われる.しかしLeber遺伝性視神経症の萎縮期には視神経乳頭の陥凹が認められHeidelbergretinaltomography(HRT)の緑内障判定プログラムで73%が緑内障と判断されるという報告があり11),本症例のように緑内障にLeber遺伝性視神経症が合併している場合は慎重な判断が必要である.Leber遺伝性視神経症の特徴として黄斑線維束のNFLDがあげられるが,本症例では右眼には黄斑線維束を含む高度なNFLDが存在し,左眼には視神経乳頭の上下の高度なNFLDが存在するが黄斑線維束には明らかなNFLDは認められなかった.Leber遺伝性視神経症における視力回復は,Mariotte盲点につながる傍中心暗点の一部に感度のよい領域が出現して,ごく狭い限られた部分で感度が回復する.このような中心暗点はfenestratedcentralscotomaとよばれている12).本症例では,確定診断後に1年以上経過してから左眼の視力が矯正1.0まで改善している.これは左眼には黄斑線維束に高度なNFLDが存在しないことから,黄斑部の神経線維層が比較的保たれ,左右でNFLDの部位と程度に差があり視力予後に影響したと考えられた.11778番変異に伴うLeber遺伝性視神経症の視力回復はきわめてまれであり9),本症例は予後良好であったといえる.今回,現病歴,既往歴,生活歴,家族歴,臨床所見から鑑別診断が困難であった11778番変異によるLeber遺伝性視神経症の症例を経験した.Leber遺伝性視神経症の好発年齢は若年であるが,Mashimaらはわが国におけるLeber遺伝性視神経症について11778番変異である69人の年齢分布では4~50歳(平均24.6歳)であったと報告している9).本症例のように56歳のLeber遺伝性視神経症発症はまれなものと考えられるが,視神経炎症状を呈し確定診断がつかない場合はLeber遺伝性視神経症を考慮する必要があると思われた.文献1)LeberT:Ueberhereditareundcongenital-angelegteSehnervenleiden.GraefesArchClinExpOpthalmol2:249-291,18712)HottaY,FujikiK,HayakawaMetal:ClinicalfeaturesofJapaneseLeber’shereditaryopticneuropathywith11778mutationofmitochondrialDNA.JpnJOphthalmol39:96-108,19953)WallaceDC,SinghG,LottMTetal:MitochondrialDNAmutationassociatedwithLeber’shereditaryopticneuropathy.Science242:1427-1430,19884)BrownMD,WallaceDC:SpecutrumofmitochondrialDNAmutationsinLeber’shereditaryopticneuropathy.ClinNeurosci2:138-145,19945)LamminenT,MajanderA,JuvonenVetal:Amitochondrialmutationat9101intheATPsynthase6geneassociatedwithdeficientoxidativephosphorylationinafamilywithLeberhereditaryopticneuropathy.AmJHumGenet56:1238-1240,19956)DeVriesDD,WentLN,BruynGWetal:GeneticandbiochemicalimpairmentofmitochondrialcomplexIactivityinafamilywithLeberhereditaryopticneuropathyandhereditaryspasticdystonia.AmJHumGenet58:703-711,19967)HowellN:PrimaryLHONmutations:Tryingtoseparate“fruyt”from“chaf”.ClinNeurosci2:130-137,19948)MackeyDA,OostraRJ,RosenbergTetal:PrimarypathogenicmtDNAmutationsinmultigenerationpedigreswithLeberhereditaryopticneuropathy.AmJHumGenet59:481-485,19969)MashimaY,YamadaK,WakakuraMetal:SpectrumofpathogenicmitochondrialDNAmutationsandclinicalfeaturesinJapanesefamilieswithLeber’shereditaryopticneuropathy.CurrEyeRes17:403-408,199810)InagakiY,MashimaY,FuseNetal:MitochondrialDNAmutationswithLeber’shereditaryopticneuropathyinJapanesepatientswithopen-angleglaucoma.JpnJOphthalmol50:128-134,200611)MashimaY,KimuraI,YamamotoYetal:OpticdiscexcavationintheatrophicstageofLeber’shereditaryopyicneuropathy:comparisonwithnormaltensionglaucoma.GraefesArchClinExpOphthalmol241:75-80,200312)StoneEM,NewmanNJ,MillerNRetal:VisualrecoveryinpatientswithLeber’shereditaryopticneuropathyandthe11778mutation.JClinNeuro-opthalmol12:10-14,1992***

非球面眼内レンズ(Nex-Acri AA Aktis N4-18YG)挿入眼の視機能

2011年1月31日 月曜日

0910-1810/11/\100/頁/JCOPY(135)135《原著》あたらしい眼科28(1):135.138,2011cはじめに現在,水晶体再建術は視力の改善のみでなく,より優れた視機能を得られることが望まれている.そのためにより安全で迅速な手術実績とともに,従来の眼内レンズ(IOL)から付加価値を有したIOLも開発されている.近年,他覚的評価方法として波面解析が導入されたことにより,屈折異常を波面収差という概念で捉えることが可能になった.すなわち,波面収差成分が視機能へ与える影響が着目されるようになり,特に高次収差の補正に関する重要性が認識されるようになった.諸家の報告によれば,正常な若年者の角膜は正の球面収差を有し,水晶体は負の球面収差をもつ.加齢により角膜の球面収差はほとんど変わらないが,水晶体の球面収差は正方向へ増加するため眼球全体の球面収差は増加し,その結果,視機能は低下していくことが示唆されている1,2).従来の球面IOLではその形状から加齢した水晶体同様,正の球面収差を有するため,埋植により眼球全体の球面収差を増加させる.このように従来の球面IOLでは高次収差を補正することは不十分であったが,波面収差を考慮して開発され〔別刷請求先〕太田一郎:〒462-0825名古屋市北区大曽根三丁目15-68眼科三宅病院Reprintrequests:IchiroOta,M.D.,MiyakeEyeHospital,3-15-68Ozone,Kita-ku,Nagoya-shi462-0825,JAPAN非球面眼内レンズ(Nex-AcriAAAktisN4-18YG)挿入眼の視機能太田一郎三宅謙作三宅三平武田純子眼科三宅病院VisualFunctionafterImplantationofNex-AcriAAAktisN4-18YGAsphericalIntraocularLensIchiroOta,KensakuMiyake,SampeiMiyakeandJunkoTakedaMiyakeEyeHospital目的:非球面眼内レンズ(IOL)挿入眼と球面IOL挿入眼の視機能について比較した.方法:白内障手術に続き片眼に非球面IOL(N4-18YG),僚眼に球面IOL(N4-11YB)を無作為に挿入した.術後6カ月で裸眼視力,矯正視力,高次収差〔解析領域5mmf,ゼルニケ(Zernike)6次〕,コントラスト感度,後発白内障,IOLの位置異常(偏位,傾斜)について観察した.結果:対象とした21名42眼では,非球面IOLにおける球面収差は球面IOLに比較して有意に少なかった(p<0.05).暗所でのコントラスト感度は非球面IOLが高かった(p<0.05).結語:非球面IOL(N4-18YG)は球面IOLに比較し,より高い光学性能および視機能を供する.Purpose:Tocomparethevisualfunctionofeyesthatunderwentasphericalorsphericalintraocularlens(IOL)implantation.Methods:Inthisprospective,randomizedstudy,patientsscheduledtoundergocataractsurgeryreceivedtheNex-AcriAAAktis(N4-18YG)asphericalIOLinoneeyeandtheN4-11YBsphericalIOLinthefelloweye.At6monthspostoperatively,uncorrectedvision,best-correctedvisualacuity,higherorderaberration(5mmzone,6thZernikeorder),contrastsensitivity,posteriorlenscapsuleopacity,IOLtiltanddecentrationwerecompared.Results:Enrolledinthisstudywere42eyesof21subjects.Postoperativery,sphericalaberrationwassignificantlylowerineyeswithasphericalIOLthanineyeswithsphericalIOL(p<0.05).TheeyeswithasphericalIOLhadsignificantlyhighercontrastsensitivityunderlow-mesopicconditions(p<0.05).Conclusion:TheNex-AcriAAAktisasphericalIOLprovidesbetteropticalandvisualqualitythandoesthesphericalIOL.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)28(1):135.138,2011〕Keywords:非球面眼内レンズ,視機能,収差,コントラスト感度,偏位.asphericalintraocularlens,visualfunction,aberration,contrastsensitivity,tiltanddecentration.136あたらしい眼科Vol.28,No.1,2011(136)た非球面IOLNex-AcriAAAktisN4-18YG(NIDEK社)(以下,Aktis)は角膜の球面収差を補正し,眼球全体での球面収差を減少させるように設計されている.また,Aktisは従来の非球面IOLの光軸上での球面収差補正ではなく視軸上での補正という新しいコンセプトで開発され,従来の非球面IOLで危惧されていた偏位した場合の結像力の低下をより軽減するように設計されている.今回筆者らは,Aktisを使用し,非球面IOLによる波面収差とコントラスト感度,および偏位と視機能の関係について検討した.I対象および方法対象は2008年12月から2009年3月の間に眼科三宅病院にて白内障以外に視力低下の原因がない症例で,超音波乳化吸引術(PEA)および眼内レンズ挿入術を施行し,術後6カ月以上の経過観察が行いえた21名42眼である.性別は男性7名14眼,女性14名28眼で平均年齢は71.5±5.6歳であった.対象患者には術前に十分なインフォームド・コンセントを行い,同一患者の片眼に非球面IOLAktis(以下,非球面群),僚眼に球面IOLNex-AcriAAN4-11YB(NIDEK社)(以下,球面群)を左右ランダムに振り分けて挿入した.手術は全例CCC(continuouscurvilinearcapsulorrhexis)を完成させ,2.8mmの上方強角膜切開創よりPEAを施行後,専用インジェクターによりIOLを.内固定した.術中にIOLの中心固定性,前.によるcompletecoverを確認した.術後6カ月における裸眼視力,矯正視力,術後屈折度数誤差量(術後等価球面度数.目標等価球面度数),波面収差,コントラスト感度,後.混濁濃度および術後偏位量を測定し両群を比較した.波面収差の測定,解析は波面センサーOPD-Scan(NIDEK社)を用いて行った.解析領域は3mm,5mmとし,角膜成分,全眼球成分についてそれぞれ4次の球面収差(C04)を測定した.コントラスト感度はVCTS6500(Vistech社)を用いて測定した.測定時の照度条件を150lux(明室),50lux(中間),10lux(暗室)となるように調整し,完全矯正下で測定した.コントラスト感度の比較は,各空間周波数におけるコントラスト感度の対数値と,AULCSF(areaunderthelogcontrastsensitivityfunction)の値を算出して用いた3).後.混濁濃度および術後偏位の測定は,前眼部画像解析装置EAS-1000(NIDEK社)を用いて行った.後.混濁濃度は撮影条件をスリット長10mm,光源を200Wとし,散瞳下でスリットモードを使い,0°,45°,90°,135°の4方向のScheimpflug像を撮影した.解析は3×0.25mmのエリアの後.混濁値(単位CCT:computercompatibletaps)を定量し,4方向の平均値を後.混濁濃度とした.術後偏位の測定は,IOLモードを使い解析した.統計解析にはWilcoxonの符号付順位和検定を用い,有意水準(p)は0.05未満とした.II結果術後,非球面群と球面群間で裸眼視力,矯正視力で有意差を認めなかった.屈折誤差は等価球面度数で表すと,非球面群が.0.21±0.52D,球面群が.0.92±0.55Dで非球面群が有意に少なかった(表1).収差は,角膜成分における球面収差において非球面群と球面群間で有意差を認めなかった.全眼球成分では解析領域3mmにおいて球面収差で非球面群が0.01±0.01μm,球面群が0.02±0.01μmで非球面群のほうが有意に少なかった(p表1術後視力および術後屈折度数誤差量の比較非球面群(n=21)球面群(n=21)p値裸眼視力0.65(0.40,1.05)*0.54(0.27,1.07)*p=0.090矯正視力1.09(0.85,1.39)*1.03(0.79,1.33)*p=0.074屈折誤差量(D).0.21±0.52.0.92±0.55p<0.001*:()は散布度を表す.非球面群と球面群間で術後の裸眼視力,矯正視力,屈折誤差を比較した.屈折誤差において非球面群が球面群に対して有意に少なかった.*角膜収差(μm)全眼球*3.0mm(n=10)5.0mm(n=8)3.0mm(n=10)5.0mm(n=10)□:球面群■:非球面群*p<0.010.40.30.20.10図1術後球面収差量非球面群と球面群の術後の球面収差を比較した.角膜成分は球面群,非球面群に有意差はないが,全眼球成分においては非球面群が球面群に対して有意に少ない.高照度(150lux)(n=21)中照度(50lux)(n=21)低照度(10lux)(n=21)2.001.501.000.500.001.53612181.536空間周波数(c/d)対数コントラスト感度**12181.5361218*p<0.05:球面群:非球面群図2術後のコントラスト感度の比較照度別に非球面群と球面群のコントラスト感度を比較した.低照度において非球面群が球面群に対して有意に良好な値を示した.(137)あたらしい眼科Vol.28,No.1,2011137<0.01).解析領域5mmにおいて非球面群が0.01±0.07μm,球面群が0.17±0.17μmで非球面群が有意に少なかった(p<0.01)(図1).コントラスト感度は,明室(150lux),中間(50lux)においてすべての空間周波数帯で非球面群,球面群間の有意差を認めなかったが,暗室(10lux)では,3,12cycles/degreeにて非球面群が有意に高値を示した(p<0.05)(図2).AULCSF値を比較すると,明所,中間では非球面群と球面群間で有意差を認めなかったが,暗所では非球面群が有意に高い値を示した(p<0.01)(図3).後.混濁濃度,術後偏位量は非球面群と球面群間に有意差を認められなかった(表2).III考按今回の結果では,球面収差において角膜成分では非球面群と球面群間で有意差を認めなかったのに対し,全眼球成分では非球面群のほうが球面群に比べて有意に少ない結果となった.その傾向は解析領域が3mmの場合よりも5mmで顕著にみられた.また,暗所におけるコントラスト感度において非球面群が球面群に対して有意に良好な値を示した.非球面IOLの収差補正効果は瞳孔径に依存し,瞳孔径が大きいほど非球面IOLの効果が大きくなることがいわれている4)が,今回の結果においても同様の結果が得られ,Aktisのもつ非球面性によるものと考えられた.偏位(decentration)や傾斜(tilt)を起こした場合,IOLの空間周波数特性(modulationtransferfunction:MTF)は低下するが,非球面IOLはその影響を大きく受け,偏位や傾斜の値が一定以上になれば球面IOLよりもMTFが低下するといわれ5),HolladayはTecnisRZ9000(AMO社)を用いたシミュレーションの結果として,0.4mm以上の偏位,もしくは7°以上の傾斜で非球面IOLのMTFは球面IOLよりも低下すると報告している6).今回偏位量については,平均で非球面群が0.25±0.19mm,球面群が0.24±0.15mmであったが,対象のなかに非球面IOLと球面IOLのMTFが逆転するとされる0.4mm以上のIOL偏位を認めた症例を3例経験したので別に検討を行った.当該例の平均偏位量は,非球面群が0.58±0.18mm,球面群が0.48±0.09mmであったが,視力,コントラスト感度とも非球面群が球面群に比べて明らかに低下するようなことはなく(表3),視軸上での球面収差補正というAktisの設計によりMTFの低下が抑えられた可能性がある.前眼部画像解析装置を用いた調査によると,.内固定されたIOLは一般的に0.2~0.4mmの偏位が生じるといわれており7~9),これら偏位が種々の術後不定愁訴の原因となっている可能性がある10).Aktisは,0.5mm以上の偏位を示した症例においても視力,コントラスト感度の低下はみられなかった.当該症例において観察期間中,特筆すべき不定愁訴もなかった.以上を総括し,Aktisは臨床上有用性があると考えられた.文献1)AmanoS,AmanoY,YamagamiS:Age-relatedchanges高照度(150lux)(n=21)中照度(50lux)(n=21)低照度(10lux)(n=21)*p<0.01*□:球面群■:非球面群2.001.501.000.500.00AULCSF図3AULCSF(areaunderthelogcontrastsensitivityfunction)照度別に非球面群と球面群のコントラスト感度のAULCSFを比較した.低照度において非球面群が球面群に対して有意に良好な値を示した.表3偏位を認めた症例の視力およびAULCSFの比較非球面群(n=3)球面群(n=3)視力裸眼0.77(0.71,0.83)*0.80(0.80,0.80)*矯正1.20(1.20,1.20)*1.13(1.02,1.25)*AULCSF高照度1.81±0.261.73±0.20中照度1.82±0.241.61±0.16低照度1.56±0.261.52±0.21*:()は散布度を表す.非球面群と球面群について術後0.4mm以上偏位を認めた症例の視力およびAULCSFを比較した.両群間に有意差はみられなかった.表2後.混濁濃度および偏位量の比較非球面群球面群p値後.混濁濃度(CCT)17.24±7.8(n=20)16.80±4.8(n=19)p=0.728Tilt量(°)2.70±1.70(n=19)2.08±1.51(n=20)p=0.244Decentration量(mm)0.25±0.19(n=19)0.24±0.15(n=20)p=0.989非球面群と球面群について術後の後.混濁および偏位量を比較した.両群間に有意差はみられなかった.138あたらしい眼科Vol.28,No.1,2011(138)incornealandocularhigher-orderwavefrontaberrations.AmJOphthalmol137:988-992,20042)FujikadoT,KurodaT,NinomiyaSetal:Aged-relatedchangesinocularandcornealaberrations.AmJOphthalmol138:143-146,20043)ApplegateRA,HowlandHCetal:Cornealaberrationsandvisualperformanceafterradialkeratotomy.JRefractSurg14:397-407,19984)大谷伸一郎,宮田和典:非球面眼内レンズ.眼科手術21:303-307,20085)大谷伸一郎,宮田和典:非球面眼内レンズ.IOL&RS22:460-466,20086)HolladayJT,PiersPA,KoranyiGetal:Anewintraocularlensdesigntoreducesphericalaberrationofpseudophakiceyes.JRefractSurg18:683-691,20027)HayashiK,HaradaM,HayashiH:Decentrationandtiltofpolymethylmethacrylate,silicone,andacrylicsoftintraocularlenses.Ophthalmology104:793-798,19978)吉田伸一郎,西尾正哉,小原喜隆ほか:Foldable眼内レンズの術後成績.臨眼50:831-835,19969)麻生宏樹,林研,林英之:同一デザインのアクリルレンズとシリコーン眼内レンズの固定状態の比較.臨眼61:237-242,200710)佐藤昭一:foldable眼内レンズの術後合併症と対策─偏位.眼科診療プラクティス40,foldable眼内レンズを用いる白内障手術(臼井正彦編),p68-71,文光堂,1998***

角膜形状データと光線追跡に基づいた度数計算法OKULIX®とSRK/T 法の比較

2011年1月31日 月曜日

0910-1810/11/\100/頁/JCOPY(131)131《原著》あたらしい眼科28(1):131.134,2011cはじめに近年,球面収差を低減する非球面眼内レンズ(IOL)1),遠近視力が得られる多焦点IOL2),術後乱視を減らすトーリックIOL3)といった高機能IOLが広く使用されている.これらの高機能IOLの効果を得るには,術後裸眼視力が良好であることが必要である.そのため,高い精度のIOL度数計算が求められている.IOL度数計算の誤差を生じるおもな要因は,術後前房深度の予想(35%)と術前眼軸長測定(17%)と考えられている4).眼軸長に関しては,光干渉法を用いた測定が開発され,簡便に高精度を得られるようになってい〔別刷請求先〕宮田和典:〒885-0051都城市蔵原町6-3宮田眼科病院Reprintrequests:KazunoriMiyata,M.D.,MiyataEyeHospital,6-3Kurahara-cho,Miyakonojo,Miyazaki885-0051,JAPAN角膜形状データと光線追跡に基づいた度数計算法OKULIXRとSRK/T法の比較三根慶子大谷伸一郎森洋斉加賀谷文絵本坊正人南慶一郎宮田和典宮田眼科病院ComparisonofIntraocularLensPowerCalculationbyOKULIXR,UsingTopographicDataandRayTracingMethod,withSRK/TFormulaKeikoMine,ShinichiroOtani,YosaiMori,FumieKagaya,NaotoHonbou,KeiichiroMinamiandKazunoriMiyataMiyataEyeHospital目的:角膜形状データと光線追跡に基づいた眼内レンズ(IOL)の度数計算法OKULIXRとSRK/T式を前向きに比較検討した.対象および方法:対象は,白内障手術でIOLFY-60AD(HOYA)を挿入した65例108眼(年齢:71.3±8.2歳).挿入IOLの度数はSRK/T式で求め,同時に,角膜形状解析装置TMS-4A(TOMEY)で角膜形状データを測定し,OKULIXRで挿入IOL度数における予想術後屈折値を計算した.術後1カ月の自覚等価球面度数と両方法で得られた予想屈折値との誤差を比較した.また,眼軸長および角膜形状の離心率の影響も検討した.結果:屈折誤差では,OKULIXRは.0.002±0.46DとSRK/T式の.0.11±0.50Dに比べ有意に小さかった(p=0.014).SRK/T式は離心率により屈折誤差が有意に変化した(p=0.0075)が,OKULIXRは変化しなかった.結論:OKULIXRによる度数計算は,角膜の非球面性に依存せず,より高精度の度数計算が可能であると考えられた.Purpose:Toprospectivelycompareintraocularlens(IOL)powercalculationbyOKULIXR,usingtopographicdataandraytracingmethod,withtheSRK/Tformula.Subjectandmethod:Subjectscomprised108eyesof65patientswhounderwentcataractsurgerywithimplantationofIOLFY-60AD(HOYA).Subjectmeanagewas71.3±8.2(SD)years.ThepoweroftheIOLforimplantationwascalculatedusingtheSRK/Tformula.Simultaneously,topographicdatawasmeasuredwiththeTMS-4A(TOMEY);predictedpostoperativerefractionfortheimplantedIOLpowerwasthencalculatedusingOKULIXR.Errorsbetweenmanifestrefractionat1monthpostoperativelyandtherefractionpredictionsobtainedbybothmethodswerecompared.Effectsofaxiallengthandcornealsurfaceeccentricitywerealsoevaluated.Results:RefractionerrorofOKULIXRwas.0.002±0.46D,significantlysmallerthanthe.0.11±0.05DofSRK/T(p=0.014).WiththeSRK/Tformula,refractionerrorvariedwitheccentricity(p=0.0075),althoughwithOKULIXRitdidnotchange.Conclusion:IOLpowerascalculatedwithOKULIXRwasinvariantwithcornealasphericity;OKULIXRcouldprovidemoreaccurateIOLpowercalculation.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)28(1):131.134,2011〕Keywords:眼内レンズ度数計算,光線追跡,離心率.intraocularlenspowercalculation,raytracing,eccentricity.132あたらしい眼科Vol.28,No.1,2011(132)る.また,術後屈折値をもとにA定数も修正することで,SRK/T式5)でも単焦点IOLに十分な精度は得ることが可能になった.しかし,長眼軸あるいは短眼軸の症例では屈折誤差が大きくなる6,7).また,これまでのIOL度数計算法では,角膜形状のデータは十分に加味されず,円錐角膜やレーザー屈折矯正術後の症例8)では良好な裸眼視力を得ることはむずかしい.正確なIOL度数を求めるには,症例ごとに光線追跡を行い計算する9)のが理想的である.しかし,光線追跡を行うには特別なソフト処理が必要なうえに,IOLの形状および特性のデータの入手が必要であるためほとんど普及しなかった.Preussnerは,角膜形状データと光線追跡に基づいた度数計算を行うソフトOKULIXRを開発した10).度数計算ソフトOKULIXRは,角膜形状解析装置で測定した角膜形状データと眼軸長のデータから,IOLの特性データを用いて,光線追跡を行う.このため,屈折誤差がより小さい度数計算が可能と考えられる.筆者らは,通常の白内障手術に対しても光線追跡を用いたIOL度数計算法の効果を評価するために,手術歴のない白内障症例に挿入したIOLに対して,光線追跡を用いた度数計算ソフトOKULIXRとSRK/T式とを前向きに比較検討した.I対象および方法対象は,2008年11月から2009年2月に宮田眼科病院にて,同一術者(KM)により超音波白内障手術を行い,IOLFY-60AD(HOYA)を挿入した65例108眼(男性27名,女性38名)である.本研究は,宮田眼科病院倫理審査委員会にて承認され,患者からインフォームド・コンセントを得て実施した.手術歴がある症例,および白内障以外に眼疾患をもっている症例は除外した.平均年齢は71.3±8.2(SD)歳,眼軸長は23.46±1.29mm,角膜曲率半径はK1が44.80±1.54diopter(D),K2が44.08±1.53Dであった.術前に,角膜曲率半径をオートケラトメータ(ARK-730A,NIDEK)にて,眼軸長を超音波法(AL-2000,TOMEY)および光干渉法(IOLMaster,Zeiss)にて測定し,IOL度数をSRK/T式を用いて計算した.さらに,角膜形状解析装置(TMS-4A,TOMEY)で角膜形状データを測定し,同機に組み込まれている度数計算ソフトOKULIXRで挿入度数に対する術後屈折値を計算した.度数計算ソフトOKULIXRは,角膜前面屈折力,眼軸長の測定データから,IOLの特性(前後面の曲率,厚さ,屈折率)データを用いて,IOL度数を求める10).図1に示したように,屈折面は角膜の前後面,IOLの前後面の4面とし,網膜中心窩から角膜方向へ,角膜中心から,(瞳孔半径/2)1/2離れた位置をベストフォーカスとして1本の光線追跡を行う.角膜前面からの射出角qよりIOL挿入眼の眼屈折力を求め,IOL度数を決定する.角膜前面の曲率半径は,角膜形状データの直径6mm内の前面曲率を円錐曲線に近似し,角膜中心部の値を算出する.予想前房深度(ACD)は,SRK/T式では角膜曲率半径より算出するが,OKULIXRでは眼軸長(mm)より下式から求める11).予想ACD(mm)=4.6×(眼軸長/23.6)0.7術後1カ月時の自覚屈折値を測定し,屈折誤差を比較した.屈折誤差は,術後等価球面度数から予想屈折度数への差とした.さらに,屈折誤差と眼軸長,あるいは角膜前面の離心率との関係も検討した.離心率は非球面性の指標で,球面では0,楕円面では0から1の間の値になる.視軸が楕円面の長軸か短軸かで正負の符号をつけ,角膜前面形状がoblateの場合は.1<離心率<0,prolateの場合は0<離心率<1となる(図2).非球面性の指標Q値とは,Q=.(離心率)2で変換できる10,12).健常人の角膜形状は,平均離心率が約0.5(Q値で.0.26)のprolateである13).離心率は,OKULIXRt:角膜厚,ACD:予想前房深度,AXL:眼軸長,d:IOL厚.n,Rは各境界面での屈折値と曲率半径.角膜IOL網膜tqn1R1R2R3R4n2n3n4n5ACDAXLd図1光線追跡による眼内レンズの度数計算の原理球面形状(離心率=0)非球面:prolate(0<離心率<1)非球面:oblate(-1<離心率<0)図2角膜の前面形状の非球面性と離心率(133)あたらしい眼科Vol.28,No.1,2011133内で計算された値を用いた.屈折誤差の比較は対応のあるt検定で検定し,眼軸長と離心率の影響は回帰分析を行った.p値が0.05以下を統計学的に有意差ありとした.II結果SRK/T式,OKURIXRにおける屈折誤差を図3に示す.屈折誤差はSRK/T式では.0.11±0.50D,OKULIXRで.0.002±0.46Dとなり,OKURIXRは有意に屈折誤差が小さかった(p=0.014).屈折誤差が1D以下の症例数は,SRK/Tで94.4%,OKULIXRで97.2%,屈折誤差が0.5D以下は,それぞれ74.1%,73.2%で,計算方法による有意差はなかった(c2検定).眼軸長の屈折誤差への影響を図4に示す.両方法において有意な相関はなかった.角膜前面形状の非球面性を示す離心率の分布を図5に示す.平均は0.32±0.28で,0.5を超える高度なprolate形状と,oblate形状が24%,14%存在した.離心率による屈折誤差への影響を図6に示す.SRK/T式では,離心率により屈折誤差は変化し,有意な相関を認めた(p=0.0075).回帰曲線の傾きは.0.45で,oblateであると遠視化し,高度にprolateな場合は近視化する傾向を示した.OKULIXRでは,屈折誤差は離心率によって変化しなかった.III考按角膜形状データと光線追跡を用いた度数計算OKULIXRと,従来のSRK/T式を比較すると,術後の屈折誤差および眼軸長の影響は同等であったが,SRK/T式では角膜の非球面性が強くなると度数の精度が低下した.角膜の非球面性がSRK/T式へ影響した要因として,角膜曲率の測定位置,予想ACDの算出が考えられる.角膜曲率の測定位置では,SRK/T式で用いる角膜曲率は,通常,オートケラトメータで測定された値を用いる.この曲率半径は,角膜中心から約3mm径の傍中心で測定されたもので,角膜中心の値ではない14).角膜前面が球面であれば,角膜中心と傍中心との曲率半径は変化しないが,非球面性がある場合は,離心率の絶対値が大きくなると角膜中心と傍中心との差が大きくなる.SRK/T式では,角膜曲率は予想ACDの算出に用いられるため,角膜曲率の誤差の影響は大きいと考えられる.一方,OKULIXRでは,角膜形状データより角膜中心の曲率半径が得られるので,非球面性に影響されにくいと考えられる.予想ACDの算出には,SRK/T式を含め,Holladay-I式,Hoffer-Q式などの第3世代の度数計算では,角膜形状が球面であると想定し,角膜曲率半径からACDを算出する5~7).角膜矯正手術を受けていない眼にも高度なprolate形状が14SRK/TOKULIXR眼軸長1.51.00.50-0.5-1.0-1.5202530(D)(mm)眼軸長1.51.00.50-0.5-1.0-1.5202530(D)(mm)屈折誤差図4術後1カ月時のSRK/T式とOKULIXRによる屈折誤差への眼軸長の影響-3.0-2.0-1.001.02.03.0(D)-0.11±0.50SRK/T屈折誤差-3.0-2.0-1.001.02.03.0-0.002±0.46OKULIXR(D)50403020100p=0.014pairedt-test50403020100眼数眼数図3術後1カ月時のSRK/T式とOKULIXRによる屈折誤差の比較0510152025-0.6-0.4-0.20.00.20.40.60.8離心率眼数(眼)図5対象眼の離心率分布離心率y=0.05x-0.011.51.00.5-0.5-1.0-1.5-2.0-0.50.5(D)離心率1.01.51.00.5-0.5-1.0-1.5-2.0-0.50.5(D)1.0y=-0.45x+0.04p=0.0075SRK/TOKULIXR屈折誤差図6術後1カ月時のSRK/T式とOKULIXRによる屈折誤差への離心率の影響134あたらしい眼科Vol.28,No.1,2011(134)%含まれていた.このような角膜に対しては,曲率半径から求めた予想ACDは,本来の値より大きく見積もられてしまい,度数誤差(近視化)の原因となると考えられる.OKULIXRでは,予想ACDを眼軸長より経験的な式から求めるため,角膜形状の非球面性の影響を受けない.このことは,非球面性が強い,軽度な円錐角膜症例や,角膜屈折矯正術後15)に対しても有効であると示唆される.今回の検討から,角膜手術歴がない白内障症例でも,角膜の非球面性が高度なprolate,あるいはoblateであるものが38%含まれていることが確認された.これらの症例では,角膜形状のデータが十分に加味されないため,SRK/T式では度数誤差が大きくなるという問題が示唆された.角膜形状データと光線追跡に基づいた度数計算法OKULIXRでは,角膜の非球面性に影響を受けにくく,より高精度の度数計算が可能であり,通常の白内障症例に対しても一般的に使用する意義があると考えられた.文献1)OhtaniS,MiyataK,SamejimaTetal:Intraindividualcomparisonofasphericalandsphericalintraocularlensesofsamematerialandplatform.Ophthalmology116:896-901,20092)片岡康志,大谷伸一郎,加賀谷文絵ほか:回折型多焦点非球面眼内レンズ挿入眼の視機能に対する検討.眼科手術23:277-181,20103)BauerNJ,deVriesNE,WebersCAetal:AstigmatismmanagementincataractsurgerywiththeAcrySoftoricintraocularlens.JCataractRefractSurg34:1483-1488,20084)NorrbyS:Sourcesoferrorinintraocularlenspowercalculation.JCataractRefractSurg34:368-376,20085)RetzlaffJA,SandersDR,KraffMC:DevelopmentoftheSRK/Tintraocularlensimplantpowercalculationformula.JCataractRefractSurg16:333-340,19906)ShammasH:IntraocularLensPowerCalculations.p15-24,SLACK,Thorofare,NJ,20047)禰津直久:眼内レンズの術後屈折誤差予測.あたらしい眼科15:1651-1656,19988)GimbelHV,SunR:Accuracyandpredictabilityofintraocularlenspowercalculationafterlaserinsitukeratomileusis.JCataractRefractSurg27:571-576,20019)石川隆,平野東,村井恵子ほか:光線追跡法による光学的角膜表層切除術術後眼の眼内レンズパワー決定法の考案.日眼会誌104:165-169,200010)PreussnerP,WahlJ,WeitzelD:Topography-basedintraocularlenspowerselection.JCataractRefractSurg31:525-533,200511)PreussnerP,OlsenT,HoffmannPetal:Intraocularlenscalculationaccuracylimitsinnormaleyes.JCataractRefractSurg34:802-808,200812)大鹿哲郎:LASIKにおける眼光学.あたらしい眼科17:1507-1513,200013)EdmundC,SjentoltE:Thecentral-peripheralradiusofthenormalcornealcurvature.Aphotokeratoscopicstudy.ActaOphthalmol(Copenh)63:670-677,198514)橋本行弘:オートレフラクトメータとフォトケラトスコープ機種の比較.前田直之,大鹿哲郎,不二門尚編:角膜トポグラファーと波面センサー,メジカルビュー,200215)RabsilberTM,ReulandAJ,HolzerMPetal:Intraocularlenspowercalculationusingraytracingfollowingexcimerlasersurgery.Eye21:697-701,2006***

角膜鉄粉異物摘出痕腔内に起こる現象の組織学的研究および細隙灯顕微鏡による摘出痕混濁の摘出直後と10 年後との比較

2011年1月31日 月曜日

0910-1810/11/\100/頁/JCOPY(123)123《原著》あたらしい眼科28(1):123.130,2011c〔別刷請求先〕松原稔:〒675-1332小野市中町275-1松原眼科医院Reprintrequests:MinoruMatsubara,M.D.,MatsubaraEyeClinic,275-1Naka-cho,Ono-shi,Hyogo-ken675-1332,JAPAN角膜鉄粉異物摘出痕腔内に起こる現象の組織学的研究および細隙灯顕微鏡による摘出痕混濁の摘出直後と10年後との比較松原稔松原眼科医院HistologicalStudyofPhenomenainPitsafterCornealIronForeignBodyExtraction,andSlit-lampMicroscopicStudyofOpacitiesRemainingSoonAfterExtraction,asComparedwith10YearsAfterMinoruMatsubaraMatsubaraEyeClinic目的:角膜鉄粉異物摘出痕腔内に起こる現象を組織学的に研究した.そして摘出直後の痕の形態変化と10年後の摘出痕(片雲)の状態とを比較して,両者の類似性を統計的に検証し,摘出痕にみられた摘出直後の現象が10年後の片雲に至る過程を組織学的に推測した.対象と方法:短期観察群として161名の鉄粉異物の長短径,摘出後4年間観察した5名の摘出痕の長短径と深さの推移,および60名の摘出鉄粉異物の長短径と高さを計測し,31名の摘出鉄粉異物の病理切片を検鏡した.長期観察群として摘出後10年以上経過した159名を細隙灯で観察後131個の摘出痕の長短径と138個の摘出痕の深さを計測した.結果:鉄粉異物は外傷後72時間で錆輪周囲が溶解しフィブリンに包まれて健常角膜から隔離された.72時間以内の摘出では摘出腔壁と腔内に錆が残った.腔内残存錆を覆う上皮細胞塊では線維芽細胞様細胞やコラーゲンを溶解し錆を貪食する細胞がみられ,アポトーシス小体と細胞分裂中の細胞が多くみられた.細胞がバラバラになって水疱内に積み重なっていた.摘出腔壁の残存錆は実質に増殖した線維芽細胞が貪食した.短,長期観察群間で摘出痕の径と深さに差はなかった.結論:錆を覆う上皮細胞に上皮中葉系移行(EMT)に似た変化がみられた.これは裸の二価鉄イオンと涙の溶存酸素がつくる活性酸素が上皮細胞に接触したためと考えられた.実質では錆を貪食した線維芽細胞は周囲の実質細胞ネットワークから摘出痕を孤立させた.錆の拡散を防ぐためと考えられた.Purpose:Thephenomenaoccurringinpitsfollowingcornealironforeignbodyextractionwerestudiedhistologically,andtheconfigurationofopacitiessoonafterextractionwasslit-lampmicroscopicallycomparedwiththeconfigurationatmorethan10yearsafter.CasesandMethods:Theshort-termobservationgroup,comprising161patientswithironforeignbodyand5ironforeignbodypatientswhohadundergoneserialobservationfor4yearsafterextraction,wereexaminedandmeasuredbothastoforeignbodydiameteranddepth,andthepost-extractiveopacities.Rustringsextractedfrom60patientsweremeasuredastobothdiameteranddepth.Specimensof31patientsextractedrustringswereexaminedbylightmicroscopyafterstainingbyhematoxylin-eosin,Perls’andTUNEL(TdT-mediateddUTP-biotinnickendlabeling)stain.Inthelong-termobservationgroup,comprising159patientsatmorethan10yearsafterextraction,131post-extractiveopacitiesweremeasuredastodiameterand138astodepth.Results:Rustringsurroundingsweredissolvedatmorethan72hoursafterinjury,therustringbeingwrappedinfibrinisolatingitfromthenormalcornea.Ifextractionwasperformedwithin72hoursafterinjury,somerustremainedinthepost-extractivepitandwascoveredwithepithelialcells.Thesecellsexhibitfibroblasticshape,dissolvethecollagenofthelamellaewithrustdepositionandphagocytizetherust.Manyapoptoticbodiesandmitoseswereseen,andmanycellsthathadlostthecell-celljunctionaccumulatedinthevacuole.Therustremaininginthestoromawasphagocytizedbyfibroblasts.Therewerenodifferencesbetweenthetwo124あたらしい眼科Vol.28,No.1,2011(124)はじめに鉄はヘモグロビン合成,細胞内の酸化還元反応,細胞増殖およびアポトーシスにとって必須の元素である.一方,過剰な鉄は活性酸素を発生させ細胞毒として作用するため,体内の鉄は蛋白質に包まれて厳重に管理されている1,2).鉄は酸素と水があれば腐食する.角膜表面は瞬目によって新鮮な涙が絶え間なく供給されるため,角膜鉄粉異物(以下,鉄粉異物)の腐食は自然界の数倍の速さで進行し,大量の裸の鉄イオンが角膜に直接接触する.そのため鉄粉異物では感染症の発生がない,外傷後72時間で錆輪周囲が溶解して鉄粉が隔離される,錆輪を覆う上皮が錆を貪食する,錆に触れた上皮細胞にアポトーシスが多発するなどの特異な現象が観察されている3,4).鉄粉異物を摘出術後から長期間観察すると,摘出の時期によって摘出痕腔(以下,腔)内に起こる現象が異なることや,摘出直後の痕と10年後の片雲の形に差のないことがわかった.そこで症例数を増やし観察を続けた結果,錆に接触した上皮細胞が中葉系に移行した可能性と,鉄粉摘出痕が周囲の角膜から孤立して錆の拡散を防いでいる可能性について2,3の知見を得たので報告する.I実験方法短期観察群として,鉄粉異物摘出前後から1~4年間を経時的に細隙灯顕微鏡(以下,細隙灯)で観察した5例の細隙灯写真,実質層錆輪を形成した鉄粉異物161例の細隙灯写真,損傷なく摘出できた鉄粉異物60例の実体顕微鏡写真を用いて鉄粉異物と摘出後4年間の摘出痕の長短径と深さを計測した.31例の摘出鉄粉異物の連続切片の光学顕微鏡所見を分析した.切片はすべてにヘマトキシリン・エオジン染色(以下,HE染色)を施し,そのうち6例には鉄を染めるPerls染色と3例にはアポトーシスを検出するTUNEL(TdT-mediateddUTP-biotinnickendlabeling)染色も施した.鉄粉異物は外傷後72時間を経過すると実質層錆輪周囲が溶解して健常角膜から隔離され,病態が変化するので短期観察群は外傷後72時間を境に前後に分類した3).鉄粉異物の細隙灯写真と摘出鉄粉異物の実体顕微鏡写真は前著3)と同じスライド写真を用い計測法もそれに準じた.長期観察群として,鉄粉異物摘出後10年以上経過したことを問診と診療録で確認した36~92歳の159名(男性145名,女性14名)の角膜を角膜鉄線撮影法5)で撮影し,131個の摘出痕の長短径と138個の摘出痕の深さを計測した.深さの計測には細隙灯のスリット幅可変つまみを1mm幅から徐々に絞り込みながら動画を撮影し角膜断面が認識できる最小幅の写真を使った.幅の広い写真では幅を補正した.長短期観察両群にみられた所見の類似性を統計的に検証し,鉄粉異物摘出痕が片雲に至る過程を組織学的に推測した.文中で使用する鉄粉異物は鉄粉とその下に生成される6種の錆輪6)を総括する言葉とした.各々の錆輪は,表層錆輪,上皮層錆輪,基底膜錆輪,Bowman層錆輪,実質層錆輪,穿孔錆輪と記述し,錆輪は錆の沈殿したラメラ(実質層錆輪)を意味する言葉として使った.錆は緑色の水酸化第一鉄,茶色の水酸化第二鉄,黒色の四酸化三鉄がいろいろな割合で混合したものを指す言葉として使い,必要なときは各水酸化鉄の名称で記述した.細隙灯撮影,鉄粉異物摘出術および摘出鉄粉異物の病理切片作製に際しては十分なインフォームド・コンセントを行った.II結果1.鉄粉異物の成長と摘出痕経過の模式図および対応する細隙灯写真(図1)直径が0.4mm程度の大きな鉄粉は角膜表面に付着後30分で上皮層に錆を沈殿させた.12時間経過すると錆の沈殿はBowman層に達し(図1a),24~72時間で鉄粉の大きさに比例した構成で鉄粉の下に6種の錆輪が完成した(図1b).72時間を経過すると実質層錆輪の周囲が溶解して鉄粉異物はフィブリンに包まれて周囲の角膜から隔離された(図1c).鉄粉と上皮層錆輪が落下してBowman層錆輪と実質層錆輪だけが残存した場合は,上皮が残存錆輪を覆った後72時間よりも遅れて錆輪周囲が溶解して錆輪はフィブリンに包まれて隔離された(図1d).実質層に錆輪をつくった鉄粉異物を72時間以内に摘出を行った場合は実質層錆輪の成長に応じて,細隙灯では発見しにくい緑色の水酸化第一鉄が腔壁groupsintermsofpost-extractiveopacitydiameterordepth.Conclusion:Theepithelialcellsthatcoveredtheresidualrustwellexpressedfunctionandformresemblingepithelial-mesenchymaltransition(EMT).Ferrousionintherustactivateoxygeninthetearstoreactiveoxygenspecies(ROS),exposingepithelialcellstoROSandchangingthemintoEMT.Inthepost-extractiveopacities,themultipliedfibroblastsphagocytizedtheresidualrustinthestromaandstoodalonefromneighboringcornealcellnetworkstopreventrustdiffusion.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)28(1):123.130,2011〕Keywords:上皮中葉系移行,アポトーシス小体,活性酸素,角膜鉄粉異物,錆輪.epitherial-mesenchymaltransition(EMT),apoptoticbody,reactiveoxygenspecies(ROS),cornealironforeignbody,rustring.(125)あたらしい眼科Vol.28,No.1,2011125と腔内に残った.摘出に難渋した症例は再来時に腔を覆う上皮に水酸化第二鉄の茶色の錆を認めることが多かった(図1e).錆を含む上皮は1~2週で腔壁から遊離した(図1f).遊離した上皮は容易に摘出できたことから放置しても自然に脱落することが推測できた.1~1.5カ月で腔内の混濁が消えたが腔壁と腔底に混濁が残った(図1g).この混濁は徐々に濃度を減らしながら長期にわたって存在した.Hudson-Stahli線発生領域8)に存在した摘出痕には摘出後2年で鉄線30分・12時間・24時間での錆輪の成長.24~72時間で実質層錆輪完成.72時間以上経過で実質層錆輪周囲が溶解.残存錆輪を上皮被覆後錆輪周囲が溶解.表層錆輪の下方で上皮層錆輪はB層に達す.腔壁,腔底,腔内の残存錆輪を上皮が被覆.腔内の増殖上皮が上皮中葉系移行(EMT).腔壁から増殖した上皮が腔内に充満.錆貪食線維芽細胞が腔内孤立で錆拡散阻止.茶色の残存錆輪を含む増殖上皮.EMT細胞塊を腔内増殖上皮が挙上.増殖したEMT細胞塊を摘出後の腔内面.摘出術後2年で片雲の下端に角膜鉄線発生.バー=0.5mm.実質層錆輪周囲に細胞浸潤著明.実質層錆輪周囲の溶解(矢印は溶解線).鉄粉と上皮層錆輪が落下すると周囲の溶解は遅れる(矢印).abcdefgh凡例:共通構造は角膜上皮層,Bowman層および実質.輪郭線を除いて黒色は鉄,錆,フェリチン,水酸化第二鉄.鉄粉異物周囲の白色はフィブリン.実質の丸い細胞は白血球.上皮層錆輪内外の細胞はネクローシスを起こした細胞.実質層錆輪外側灰色は水酸化第二鉄,内側白色は水酸化第一鉄.錆輪内部の上方は実質細胞,下方は増殖した線維芽細胞.摘出痕腔内の細胞塊は上皮中葉系移行細胞(EMT)でアポトーシス,細胞分裂,接着機能喪失細胞,線維芽細胞を含む.摘出痕は異コラーゲン繊維の中に錆を残余小体として保有する線維芽細胞.72時間以上経過72時間以内摘出図1鉄粉異物の成長と摘出痕経過の模式図および対応する細隙灯写真126あたらしい眼科Vol.28,No.1,2011(126)が発生した(図1h).2.72時間以内鉄粉異物摘出症例の術後10カ月間の正面と断面の細隙灯写真(図2)夜間救急外来受診症例(37歳,男性)で鉄粉を摘出したが錆輪が瞳孔領で角膜深層に達していたため一部を残し当院へ紹介された.2日後に再摘出して以後588日(供覧写真は10カ月まで)定期的に観察した.術後6カ月間は霧視を訴えた.再摘出術後588日の視力は1.2であった.再摘出後1カ月まで摘出痕を覆う上皮がフルオレセインに染まった.腔内の混濁は再摘出後1.5カ月まで認められた.腔は底を眼球中心に向けた半円形をなし健常角膜との境に強い混濁がみられた.時間の経過とともに腔壁の混濁の程度は変化したが,腔の深さは観察期間中不変であった.3.72時間以内の鉄粉異物摘出で残存した錆輪を包む増殖細胞塊の組織所見(図3)初回の鉄粉異物摘出時に錆輪の一部が残った症例(46歳,男性)で14日後に腔内の残留錆輪を包む増殖上皮を摘出した(図1f).組織切片では基底膜やコラーゲン繊維などの足場のない空間に延びる細胞(図3a),ラメラ内に線維芽細胞様形態の細胞が侵入(図3b),ラメラのコラーゲンが溶解している(図3c),錆を貪食した細胞(図3d)がみられた.細胞が連結能を失って水疱内にバラバラになって積み重なっていた(図3e).この水疱を連続切片で追跡すると管状になっていて末端は外界に解放されていた(図3f).アポトーシス小体,アポトーシス細胞と細胞分裂像が同一画面で多数みられた(図3g).4.実質層錆輪を残して72時間以上経過した症例の摘出錆輪の組織所見(図4)鉄粉と上皮層錆輪が落下した症例(57歳,男性,図1d)ではBowman層錆輪と実質層錆輪が残りその上を増殖上皮層が覆っていた.組織切片では錆輪を覆う増殖上皮に錆の貪食やアポトーシス小体はみられなかった(4a,b).5.72時間以上経過した実質層錆輪の水平断面連続切片の組織所見(図5)周囲をフィブリンで包まれた実質層錆輪(図1c)のHE染色水平断の連続切片を約30~50μm間隔で並べた.錆の沈殿したラメラの幅は表層で厚く(図5a),深層では薄く3~4葉であった(図5d).上部錆輪の中央部では渦巻き模様をしたラメラの間に変形した角膜実質細胞(以後,実質細胞)がみられた(図5e).錆輪深層ではラメラに沿って線維芽細胞の過増殖がみられた(図5f).錆輪の周囲を線維芽細胞,多核白血球,フィブリンが取り囲んでいた(図5g).6.鉄粉異物摘出後10年以上経過した摘出痕の細隙灯写真,72時間以上経過した鉄粉異物の細隙灯写真および摘出した鉄粉異物の実体顕微鏡写真による長短径計測値の比較(表1)摘出後10年以上経過した摘出痕の短径平均値は0.45mm,長径平均値は0.49mm,摘出前の鉄粉異物の短径平均値は0.37mm,長径平均値は0.47mm,摘出した鉄粉異物の短径平均値は0.37mm,長径平均値は0.44mmであった.細隙灯写真で周囲に溶解線の見える鉄粉異物では内径を計測した(図1c,dの矢印).これらでは外径から内径を引いた値は内径の約20%であった.摘出痕が鉄粉異物よりも短径で0.08mm,長径で0.05mm大きいことから摘出痕が溶解線外径で形成されていることが推測できた.細隙灯鉄粉異物と摘出鉄粉異物の長短径各々の摘出痕の長短径に対するPearson積率相関係数は0.95から0.99であった.7.摘出鉄粉異物の実質層錆輪高と鉄粉異物摘出後10年以上経過した摘出痕の深さの比較(表2)摘出後10年以上経過した摘出痕の細隙灯写真での計測で摘出痕の深さを角膜厚で除した値の平均値は0.37であった.摘出した鉄粉異物の実質層錆輪の高さに上皮層厚0.05mmを加えた値を角膜厚0.5mmで除した値の平均値は0.37であった.数字は術後日月数バー=1.0mm初診日10日1カ月1.5カ月3カ月5カ月8カ月10カ月図272時間以内鉄粉異物摘出症例の術後10カ月間の正面と断面の細隙灯写真(127)あたらしい眼科Vol.28,No.1,2011127cbfgdea図372時間以内の鉄粉異物摘出で残存した遊離錆輪を包む増殖細胞塊の病理切片の光学顕微鏡写真a:腔内に延びる細胞.HE染色.バー=20μm.b:錆輪に進入する線維芽細胞様の細胞(矢印).HE染色.バー=10μm.c:ラメラが溶けた状態.HE染色.バー=20μm.d:錆を貪食した細胞.黒矢印は細胞内の錆,白矢印は水疱内の錆.Perls染色.バー=10μm.e:バラバラになった細胞が水疱内に積み重なる.Perls染色.バー=10μm.f:腔内に遊離した残存錆輪を包む細胞群.細胞の積み重なった水疱.矢印は細胞の詰まった水疱内容物排出痕.Perls染色.バー=100μm.g:アポトーシス細胞,アポトーシス小体,細胞分裂.HE染色,バー=10μm.ab図4実質層錆輪を残して72時間以上経過した症例から摘出した錆輪の病理切片の光学顕微鏡写真a:錆輪の上に伸展した細胞群にアポトーシス小体の出現はない.HE染色.バー=20μm.b:錆輪に載った細胞群に錆の貪食はみられない.Perls染色.バー=20μm.128あたらしい眼科Vol.28,No.1,2011(128)表1鉄粉異物摘出後10年以上経過した摘出痕,72時間以上経過した鉄粉異物および摘出した鉄粉異物の長短径計測値鉄粉異物と摘出痕の面積(mm2)摘出痕の細隙灯写真鉄粉異物の細隙灯写真摘出鉄粉異物の実体顕微鏡写真数短径長径数短径長径数短径長径~0.0550.180.2080.190.2430.190.23~0.10230.290.30370.260.32150.270.31~0.1580.300.43320.320.39110.310.40~0.20300.400.44350.370.47150.390.47~0.25290.490.51160.420.5370.440.54~0.3070.500.6080.500.5640.490.56~0.3510.500.7050.520.6410.530.60~0.40110.600.6070.530.72~0.4560.600.7040.590.7210.600.75~0.5050.680.7220.630.7610.650.70~0.5510.600.9010.540.95~0.6010.700.8010.700.8610.700.80~0.6510.800.8020.611.04~0.7010.701.0010.701.00~0.8010.810.95~0.8510.701.22~0.9510.811.16~1.0021.001.00平均131個0.450.49161個0.370.4760個0.370.44摘出痕の長短径に対するPearson積率相関係数0.950.950.990.98aefgbcd図572時間以上経過した実質層錆輪の病理切片の光学顕微鏡写真(すべてHE染色)a~d:実質層錆輪の水平断面の連続切片弱拡大.左は実質層錆輪表層,右は深層.各切片の間隔は30~50μm.バー=100μm.eはaの枠内拡大図,錆輪中央部にみられる実質細胞.fはd中央部の枠内の拡大図,錆輪中央部ラメラの間に過剰に増殖した線維芽細胞.gはd下方の枠内の拡大図,錆輪外周を包むフィブリンと多核白血球と線維芽細胞.バー=10μm.(129)あたらしい眼科Vol.28,No.1,2011129III考按鉄は酸素運搬や酵素活性に必須の元素であるが,過剰鉄は活性酸素などのラジカルを発生させて生体を傷害するため細胞への鉄の出入りは分子レベルで制御されている.鉄粉異物が発生する裸の鉄である錆の取り込み機構と鉄の運搬を担う蛋白質に包まれたトランスフェリンの取り込み機構とはまったく異なる(図6).トランスフェリンの取り込みはどの細胞でも常時行われている機能であるが,錆のような裸の鉄の取り込みは細胞にとっては危険である.錆がリソソームに取り込まれた後,内部のpHが変化すると二価鉄イオンが外に漏れて活性酸素を発生させてアポトーシスをひき起こす可能性があるからである.二価鉄が触媒として活性酸素を発生させることはFenton反応としてよく知られているが,最近二価鉄と酸素が接触するだけで活性酸素が発生することが報告されている7).このことから鉄粉異物は受傷後72時間を経過すると錆輪の周囲が溶けてフィブリンに包まれて健常角膜から隔離されるが,これは活性酸素に対する生体防御反応と考えられる3).アスベスト吸入に伴う肺疾患はアスベストに含まれる鉄が活性酸素を発生させ肺胞細胞にアポトーシスを起こしたり上皮中葉系移行(epitherial-mesenchymaltransition:EMT)を起こすためである8).また,細胞内自由鉄の動向がEMT発生に影響を与えること9)など鉄イオンとEMTの関係について報告されている.EMTは胎生期の成長,癌の転移,組織修復の過程で主要な役割を演じる.形態的には上皮細胞が六角形状を失い線維芽細胞様になり,上皮細胞の主要機能である細胞同士の接着性を失い,中胚葉系細胞機能を獲得し移動能力が活性化する10).EMTの判定には免疫染色が用いられる.たとえば,上皮細胞の細胞骨格であるサイトケラチンと線維芽細胞の細胞骨格であるビメンチンをモノクローナル抗体を使って免疫染色をして両者を鑑別するなどである10).角膜では角膜上皮基底細胞のEMTが翼状片発生に重要な役割を果たしている表2摘出鉄粉異物の実質層錆輪の高さと鉄粉異物摘出後10年以上経過した摘出痕の深さ鉄粉異物と摘出痕の面積(mm2)摘出痕混濁の深さ鉄粉異物の実質層錆輪の高さ個数深さの角膜厚に対する割合個数実質層錆輪高角膜厚に対する割合~0.0580.3830.070.24~0.1080.36150.090.28~0.15170.35110.100.30~0.20170.30150.160.42~0.25150.3870.140.38~0.30210.3640.210.52~0.35110.3710.220.54~0.4050.38~0.4550.3810.210.52~0.5060.3510.220.54~0.5530.38~0.60100.3910.20.5~0.6530.43~0.7020.4210.20.5~1.0070.41総数と平均値138個0.3760個0.13mm0.37核FerritinEndocytosisEndosomeLysosomeTfR1DMT1残余小体pH:apo-transferrin:transferrin:錆○:Fe2+●:Fe3+●:Fe3O4TfR1:transferrinreceptor1DMT1:divalentmetaltransporter1図6トランスフェリンの取り込みと錆の取り込みの機構(文献2から改変して引用)130あたらしい眼科Vol.28,No.1,2011(130)ことが報告されている11).腔内残存錆輪を包む組織の切片では線維芽細胞様に細長くなった細胞が錆の沈殿したラメラ内に侵入し,コラーゲンを溶かし,錆を貪食し,細胞分裂とアポトーシスが多発し,細胞がバラバラになって水疱内に積み重なるなどの現象がみられた.これは免疫染色を行っていないが増殖上皮細胞が中葉系に移行した可能性が示唆された.二価鉄イオンと涙の含有酸素が反応して発生した活性酸素が増殖上皮細胞に触れたことが原因と考える.72時間以内摘出鉄粉異物をTUNEL染色すると上皮細胞と実質細胞の核の約半数が陽性に染まった.しかしアポトーシス小体は観察できなかった.TUNEL染色陽性はDNA断裂の証明になるがネクローシスでもDNAは断裂するのでアポトーシスの確定診断にはならない.そのため実質層錆輪表層では実質細胞に変形がみられたがアポトーシスと断定できない.しかし,深層にみられる線維芽細胞は輪部から遊走してきた線維芽細胞ではなくて実質細胞の過増殖である可能性が家兎角膜の実験12)から推測できるので,鉄粉異物摘出後短期間の時系列的観察で摘出痕の混濁が淡くなるのは,過増殖した細胞にアポトーシスが起こり数を減らしたと推測できる.鉄粉異物摘出痕の径と深さは10年以上経過しても変化はみられなかった.細胞内に貪食した錆を残余小体として保有する線維芽細胞が周囲の健常な実質細胞ネットワークに参加しないで,孤立して摘出痕内で集団になった結果と考える.鉄粉異物摘出痕にみられるこれらの現象は錆の拡散と錆の再活性化による活性酸素発生を防ぐための角膜での生体防御反応と考える.錆輪内部の線維芽細胞過増殖や摘出痕の10年間以上の不変はウサギの角膜に墨汁を注入した実験13)で示された現象に類似する.本論文の要旨は第34回角膜カンファランスで発表した.文献1)AisenP,EnnsC,Wessling-ResnickM:Chemistryandbiologyofeukaryoticmetabolism.IntJBiochemCellBiol33:940-959,20012)高橋裕,生田克哉:鉄代謝の分子機構.IronOverloadと鉄キレート療法(堀田知光,押味和夫監修),p25-35,メディカルレビュー社,20073)松原稔:角膜錆輪に起こる化学反応とその生成物・角膜の生体防御機構と鉄の細菌感染阻止機序.あたらしい眼科25:389-398,20084)松原稔:角膜錆輪を覆う上皮にみられる細胞死の組織学的研究.あたらしい眼科26:379-385,20095)松原稔:日本人角膜鉄線の形と分布にみる角膜鉄線発生機序の細隙灯顕微鏡写真による研究.臨眼63:725-730,20096)松原稔,吉田宗儀,増子昇:角膜錆輪の組織学的研究.臨眼58:1957-1960,20047)HuangX:Ironoverloadanditsassociationwithcancerriskinhumans:evidensforironasacarcinogenicmetal.MutatRes533:153-171,20038)KampDW:Asbestos-inducedlungdiseases:anupdate.TranslRes153:143-152,20099)ZhangKH,TianHY,GaoXetal:Ferritinheavychainmediatedironhomeostasisandsubsequentincreasedreactiveoxygenspeciesproductionareessentialforepithelialmesenchymaltransition.CancerRes69:5340-5348,200910)ThieryJP,SleemanJP:Complexnetworksorchestrateepithelial-mesenchymaltransitions.NatRevMolCellBiol7:131-142,200611)KatoN,ShimmuraS,KawakitaTetal:b-Cateninactivationandepithelial-mesenchymaltransitioninthepathogenesisofpterygium.InvestOphthalmolVisSci48:1511-1517,200712)WolterJR,ShapiroI:Morphologyofthefixedcellsofthecorneaoftherabbitfollowingincision.AmJOphthalmol40:24-28,195513)上田淳子:墨汁およびラテックス粒子を投与したウサギ角膜実質の電子顕微鏡的研究.近畿大医誌12:11-22,1987***

眼類天疱瘡の急性期臨床所見としての膜様物質とそのムチン発現

2011年1月31日 月曜日

0910-1810/11/\100/頁/JCOPY(119)119《原著》あたらしい眼科28(1):119.122,2011cはじめに眼類天疱瘡(ocularcicatricialpemphigoid:OCP)はII型アレルギー反応により角結膜上皮の瘢痕化をきたす疾患で,粘膜上皮基底膜に対する自己抗体産生によるとされている1~3).一般的にOCPの診断は,臨床経過,結膜生検による免疫学的,組織学的診断をもってなされる4~6).臨床所見としては,後期には瞼球癒着,涙点閉鎖,瘢痕期においては杯細胞の消失によるドライアイがよく知られている1,2).しかし,慢性に経過することも多く,急性増悪期には充血や上皮欠損といった非特徴的なものが主体であり,診断がつきにくいこともある1,3).今回,ミドリンPR点眼液の頻回点眼を契機に急性増悪し,膜様物の出現という特徴的な臨床所見が〔別刷請求先〕佐々木香る:〒860-0027熊本市西唐人町39出田眼科病院Reprintrequests:KaoruAraki-Sasaki,M.D.,IdetaEyeHospital,39Nishi-tojincyo,Kumamoto860-0027,JAPAN眼類天疱瘡の急性期臨床所見としての膜様物質とそのムチン発現横山真介*1佐々木香る*1齋藤禎子*2堀裕一*3渡辺仁*4出田隆一*1*1出田眼科病院*2大阪大学大学院医学系研究科眼科学講座*3東邦大学佐倉病院眼科*4関西労災病院眼科MembranousMaterialandItsMucinExpressionasClinicalSignofAcuteProgressioninOcularCicatricialPemphigoidShinsukeYokoyama1),KaoruAraki-Sasaki1),TeikoSaitoh2),YuichiHori3),HitoshiWatanabe4)andRyuichiIdeta1)1)IdetaEyeHospital,2)DepartmentofOphthalmology,OsakaUniversityMedicalSchool,3)DepartmentofOphthalmology,TohoUniversitySakuraMedicalCenter,4)DepartmentofOphthalmology,KansaiRosaiHospital目的:眼類天疱瘡(ocularcicatricalpemphigoid:OCP)の急性期臨床所見について興味ある知見を得たので報告する.症例:85歳,女性.両眼軽度の角膜白斑および瞼球癒着を認めていた.白内障の進行に伴い,自己判断にてミドリンPR点眼液の頻回投与を行ったところ,毛様充血と広範囲の角膜上皮欠損が出現した.瞼球癒着が進行するため,OCPの急性悪化と判断し,現行点眼の中止とともに,ステロイドの全身,局所投与を開始した.翌日,9時方向輪部から泡状粘性物質が生じ,膜状に角膜欠損部全面を覆った.羊膜被覆を施行したところ,羊膜上にも泡状膜様物質が広がった.この膜様物質は蛍光抗体法にてMucin-5AC(MUC5AC)陽性,Mucin-16(MUC16)陰性であった.さらにシクロスポリン内服,点眼を追加し,1.5カ月後に完全な消炎を得て羊膜を外すと,泡状膜様物質の発生部位(9時方向輪部)で強い羊膜の癒着を認めた.その後,角結膜上皮欠損と瞼球癒着の再燃に対し羊膜被覆を2回施行して消炎を得た.考按:OCP急性増悪時の急性期臨床所見として,角膜上皮欠損に続くMUC5AC発現を伴う泡状膜様物質を提案する.Case:An85-year-oldfemalesufferedfrommildfornixshortening.Toresolveblurredvisionresultingfromcataract,sheelectedtousetropicamideeyedrops.Largecornealerosionwithciliaryinjectionthenoccurredinherrighteye.Underadiagnosisofocularcicatricialpemphigoid(OCP)progression,alleyedropswerestoppedandsteroidwasapplied,orallyandfocally.Thefollowingday,foamingmucousmaterialwasproducedfromthelimbusat9o’clockthatcoveredtheentirecornealerosionlikeasheetofmembrane.Thismembranousmaterial,immunohistochemicallyshowntobeMUC5AC-positiveandMUC16-negative,alsospreadoverthetransplantedamnioticmembrane.Additionalcyclosporinesettledtheinflammationin1.5months.Thetransplantedamnioticmembraneattachedtightlytothelimbusat9o’clock.Conclusion:Weproposethatcornealerosionwithfoamingmucousmembranousmaterial,withMUC5ACproduction,isaclinicalsignofacuteprogressioninOCP.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)28(1):119.122,2011〕Keywords:眼類天疱瘡,ムチン,MUC-5AC,ドライアイ,羊膜.ocularcicatrialpemphigoid,mucin,MUC-5AC,dryeye,amnioticmembrane.120あたらしい眼科Vol.28,No.1,2011(120)みられたOCPの1例を経験したので報告する.I症例患者は85歳,女性.眼既往として両眼の陳旧性角膜実質炎,両眼の人工無水晶体眼および高度近視による網脈絡膜萎縮があり近医にて経過観察をしていた.視力の改善目的に自己判断で散瞳剤(ミドリンPR点眼液)を頻回に点眼したところ,右眼の充血,疼痛が生じ出田眼科病院を受診した.2007年11月6日初診時,右眼の6時から12時方向にかけて,耳側輪部および結膜を含む広い範囲の角結膜上皮欠損,高度の結膜充血,瞼球癒着を認めた(図1a,b).僚眼には軽度の瞼球癒着を認めた.視力はVD=眼前手動弁(矯正不能),VS=0.01(矯正不能),眼圧は非接触型にて測定不能であった.眼底は両眼網脈絡膜萎縮を認めた.なお,全身的には高血圧を認めるものの,口腔内および皮膚所見は認められなかった.初診時所見から自己免疫疾患を疑い,プレドニゾロン眼軟膏,オフロキサシン眼軟膏それぞれ1日4回,プレドニゾロン20mg内服を開始した.11月9日には6時から12時方向の輪部を含む上皮欠損の拡大と瞼球癒着の進行を認めたため,OCPの急性増悪と判断し,内服治療継続のうえ,点眼治療(リン酸ベタメタゾン,レボフロキサシン,シクロスポリン点眼各1日5回)に変更した.11月13日,広範の上皮欠損を覆うように,9時方向輪部から泡状粘性物質が出現し(図1c),その後,上皮欠損を覆うように角膜全体へと広がった.泡状粘性物質は一塊として採取可能であった.さらに輪部を含む角膜上皮欠損を覆うように上皮面を上にして保存羊膜被覆を施行したところ,移植した羊膜上にも泡状膜様物質が出現し(図1d),採取,組織解析を施行した.採取時に泡状膜様物質が眼瞼結膜を架橋する形で癒着が生じていることが確認された.高度の炎症に伴う瞼球癒着が進行するためプレドニゾロン内服を30mgに増量し,11月23日よりシクロスポリン10mg内服も加えて投与した.羊膜下の状況把握,視認性向上を目的に,羊膜被覆の中央部を開窓した.羊膜下組織の採取,観察にて羊膜下に上皮細胞を確認できたため,12月21日に一旦羊膜を除去した.泡状膜様物質が最初に出現した耳側輪部は羊膜と羊膜下組織に強い癒着が生じており,除去が困難であったため残存した(図1e).その後もステロイド点眼,内服を継続して行ったにもかかわらず,12月25日には耳側結膜と輪部および角膜中央部に孤立性に再び大きな上皮欠損が出現した.羊膜被覆の再施行,脱落,再燃,再々施行をくり返した後,徐々に消炎した.以降,再燃時には増悪期にみられた泡状膜様物質の出現は認められなかった.3回目の羊膜被覆が3カ月持続して自adbec図1泡状膜様物質発症前後の前眼部所見a:眼類天疱瘡急性増悪時の前眼部所見.高度の結膜充血と広範囲の角結膜上皮欠損,円蓋部短縮(矢印)を認める.b:眼類天疱瘡急性増悪時のフルオレセイン所見.輪部を含む広範囲の角結膜上皮欠損を認める.c:泡状膜様物質発生時の前眼部所見.泡状粘性物質が耳側輪部から出現し,その後上皮欠損を覆うように拡がった.d:羊膜被覆上に発症した泡状膜様物質所見.羊膜被覆上にも泡状膜様物質が出現した.e:羊膜被覆除去時の前眼部所見.泡状膜様物質が発生した耳側輪部(矢印)で羊膜が強い癒着を認め,解離困難であった.(121)あたらしい眼科Vol.28,No.1,2011121然脱落した後は,高度の血管侵入,瞼球癒着と角膜耳側輪部の角化様所見を残し,鎮静化した.II泡状膜様物質の組織解析羊膜被覆時に採取された泡状膜様物質をホルマリン固定して,薄切切片を作製し,ヘマトキシリン染色および抗ムチン抗体(MUC5AC:791抗体,MUC16:CA125,DACO社)を用いた免疫染色を施行した7,8).HE(ヘマトキシリン・エオジン)染色では滲出物と思われる無構造均一な組織と少量の好中球を認めた.また,免疫染色法によるムチン解析では,無構造均一組織の表層がMUC5AC陽性,MUC16陰性であった(図2a,b,c).III考按OCPの急性増悪像についての詳細な記載は,筆者らの知る限り少ない.その理由として,眼類天疱瘡は充血,流涙,灼熱感,視力低下,異物感を訴えて受診することが多く,急性期においては結膜炎と診断されやすいことがあげられる.したがって,後期あるいは瘢痕期の臨床像が多く報告されている1~3,6).今回,OCPの急性増悪期に角膜結膜上皮欠損と同時に粘性をもつ泡状膜様物質の出現を認めた.①除去したにもかかわらず,膜様物質が羊膜被覆後にも出現したこと,②田ら9)がOCPの初期に偽膜様粘性眼脂が出現すると指摘していること,③他施設における同様の症例(図3:NTT九州病院松本光希先生のご厚意による)においても,注意深く観察すると泡状膜様物質の出現を認めることの3点から角膜上皮欠損と泡状膜様物質の出現がOCPの急性期所見として特徴的である可能性が示唆された.OCPのごく初期に角膜上皮欠損が先行することはSgrullettaらにより2007年に報告されているとおりである10)が,角膜上皮欠損だけでは非特異的であり,今回観察された泡状膜様物質出現を伴うことがより診断の補助につながるのではないかと考えた.眼表面および涙腺に存在するムチンとしてはMUC1,MUC4,MUC16,MUC5ACが知られている11,12).このうち,MUC5ACは杯細胞から分泌されるムチンであり,ゲル化作用をもつとされる.今回観察された泡状膜様物質は,線維素と思われる均一組織の表層にゲル化作用のあるMUC5AC陽性であった.術中所見として瞼結膜との間に架橋がみられたことや,泡状膜様物質の最初の発生部位である輪部で羊膜の強い癒着が生じたことなどから,この物質がOCPにおける瞼球癒着の形成にかかわっている可能性も推察される.さらに,Souchierらは緑内障治療薬点眼中の患者にMUC5ACの発現上昇を認めると指摘し,特に塩化ベンザルコニウム添加製剤において発現率が高く,ブレブの線維化をきたすことで濾過手術成功率に影響を与えうるとしている13).このような知見からもMUC5ACの発現は,OCPにおける急性増悪期の病態において何らかの関与を示すものと思われる.その発生意義については,不明であるが,急性の広範囲の上皮欠損直後に出現したことから,炎症に伴う線維素組織の析出と同時に何らかの代償的機構により杯細胞の活動が亢進した可abc図2泡状膜様物質の組織学的解析a:HE染色.無構造均一な組織と少量の好中球を認める.Bar:200μm.b:抗MUC5AC抗体,c:抗MUC16抗体による免疫染色.無構造均一の組織の表層はMUC5AC陽性であり,MUC16陰性であった.Bar:50μm.図382歳,女性:眼類天疱瘡矢印の部分に泡状粘性物質を認める.(NTT九州病院松本光希先生ご提供)122あたらしい眼科Vol.28,No.1,2011(122)能性あるいは杯細胞の破壊に伴う一過性の亢進などが推測される.本症例の2回目以降の再燃時には,この泡状膜様物質の出現は認めなかった.ステロイドがすでに投与されていたため,あるいは杯細胞を含む産生物質の枯渇などが推測される.OCPの確定診断は,basementmembranezone(BMZ)への免疫グロブリンの沈着を証明することである4~6).ただし,OCP患者の結膜生検サンプルからBMZへの免疫グロブリン沈着が観察される頻度は20.67%とされ4),BMZに免疫グロブリンの沈着が認められないことがOCPを除外する根拠とはならない.本症例は,BMZへの免疫グロブリン沈着を確認しておらず,鑑別疾患として偽類天疱瘡や薬剤毒性,輪部疲弊症なども否定できない.特に眼類天疱瘡と薬剤性偽眼類天疱瘡とは,薬剤使用の有無以外は本質的に同じ病態であり,両者とも免疫反応に起因するという考え方が支配的であり,本症例においては鑑別がむずかしい.ただ本症例では,1)元来,両眼に軽度の瞼球癒着を認めていたこと,2)薬剤性偽眼類天疱瘡で最も多くみられる原因薬剤である緑内障治療薬やアミノグリコシド系抗菌薬などの使用歴がないこと,3)薬剤(散瞳剤点眼)が契機とはなっているが,この点眼中止ののち,ステロイド減量中にも再燃したこと,4)さらに再燃した際,角膜上皮欠損と結膜上皮欠損が比較的大きな範囲で孤立して不整な円形で生じ,臨床的に明らかに薬剤毒性や輪部疲弊とは異なる所見を呈したこと,5)経過中,継続的に瞼球癒着が進行したことから,薬剤性偽眼類天疱瘡の病態も含めて,薬剤が契機となった眼類天疱瘡と判断した.角膜上皮欠損に伴うMUC5AC陽性泡状膜様物質の出現は,OCPの急性期に関わる臨床所見と思われた.文献1)FosterCS,AhmedAR:Intravenousimmunoglobulintherapyforocularcicatricialpemphigoid:apreliminarystudy.Ophthalmology106:2136-2143,19992)MondinoBJ,BrownSI:Ocularcicatricialpemphigoid.Ophthalmology88:95-100,19813)GazalaJR:Ocularpemphigus.AmJOphthalmol48:355-362,19594)BeanSF,FureyN,WestCEetal:Ocularcicatricialpemphigoidimmunologicstudies.TransSectOphthalmolAmAcadOphthalmolOtolaryngol81:806-812,19765)LeonardJN,HobdayCM,HaffendenGP:Immunofluorescentstudiesinocularcicatricialpemphigoid.BrJOphthalmol118:209-217,19886)AhmedM,ZeinG,KhawajaFetal:Ocularcicatricialpemphigoid:pathogenesis,diagnosisandtreatment.ProgrRetinEyeRes23:579-592,20047)ArguesoP,BalaramM,Spurr-MichaudSetal:DecreasedlevelsofthegobletcellmucinMUC5ACintearsofpatientswithSjogren’ssyndrome.InvestOphthalmolVisSci43:1004-1011,20028)HoriY,Spurr-MichaudS,RussoCetal:Differentialregulationofmembrane-associatedmucinsinthehumanocularsurfaceepithelium.InvestOphthalmolVisSci45:114-122,20049)田聖花,島.潤:眼類天疱瘡.眼科プラクティス18巻,前眼部アトラス(大鹿哲郎編),p59-60,文光堂,200710)SgrullettaR,LambiaseA,MiceraAetal:Cornealulcerasanatypicalpresentationofocularcicatricialpemphigoid.EurJOphthalmol17:121-123,200711)GipsonIK:Distributionofmucinsattheocularsurface.ExpEyeRes78:379-388,200412)GipsonIK,Spurr-MichaudS,ArguesoP:Roleofmucinsinthefunctionofthecornealandconjunctivalepithelia.IntRevCyt231:1-49,200313)SouchierM,BurnN,LafontainePOetal:Trefoilfactorfamily1,MUC5ACandhumanleucocyteantigen-DRexpressionbyconjunctivalcellsinpatientswithglaucomatreatedwithchronicdrugs:couldthesemarkerspredictthesuccessofglaucomasurgery?BrJOphthalmol90:1366-1369,2006***

患者の意識改革を目指す糖尿病教育の方向性について ─患者アンケート調査から─

2011年1月31日 月曜日

0910-1810/11/\100/頁/JCOPY(113)113《第15回日本糖尿病眼学会原著》あたらしい眼科28(1):113.117,2011c〔別刷請求先〕中泉知子:〒153-8934東京都目黒区中目黒2-3-8東京共済病院眼科Reprintrequests:TomokoNakaizumi,M.D.,DepartmentofOphthalmology,TokyoKyosaiHospital,2-3-8Nakameguro,Meguro-ku,Tokyo153-8934,JAPAN患者の意識改革を目指す糖尿病教育の方向性について─患者アンケート調査から─中泉知子*1善本三和子*2加藤聡*3*1東京共済病院眼科*2東京逓信病院眼科*3東京大学大学院医学系研究科外科学専攻眼科学DirectionofDiabetesMellitusEducationIntendedtoChangePatientAttitudes:BasedonPatientSurveyTomokoNakaizumi1),MiwakoYoshimoto2)andSatoshiKato3)1)DepartmentofOphthalmology,TokyoKyosaiHospital,2)DepartmentofOphthalmology,TokyoTeishinHospital,3)DepartmentofOphthalmology,TokyoUniversityGraduateSchoolofMedicine目的:内科主導の糖尿病教室において,糖尿病患者教育に必要なことをアンケート調査にて調べた.対象および方法:三郷中央総合病院通院中の糖尿病(DM)患者のうち,DM教室出席者185名(教室群)と,眼科外来受診患者170名(外来群)を対象に,病識に関するアンケート調査(計25項目)を筆記にて行った.結果:教室群では外来群に比較して年齢が若く,DM罹病期間が短いものが多かった.DM発見契機は,両群ともDM以外の疾患の発見を契機にDMが発見された患者が半数以上を占め,最も多かった.教室群患者のDM内科以外の他科受診状況では,循環器内科を受診している患者が全体の44%を占めていた.教室群では,自分の血糖コントロール状態や,食事への配慮などDMに関する病識が乏しく,眼合併症に関する認知度も低かった.さらに,教室群の67%が眼科未受診で,そのうち18%が眼科的自覚症状(+)でも未受診であった.患者の疾病に対する意識としては,DM治療に対して,教室群のほうが積極的な関わりをもちたいと考える者が多かった.結論:教室群患者は,DMに対して危機感をもち積極的に関わろうとしているにもかかわらず,通常の入院および通院治療における関与だけでは,教育が不十分であることがわかった.合併症予防のためには,より密接な連携に基づく教育システムの構築が必要であると考えられた.Aquestionnairesurveyexaminedthenecessarycomponentsofdiabetesmellitus(DM)patienteducationwithregardtoacourseonDM.OfDMpatientswhowerevisitingMisatoCentralGeneralHospital,surveysubjectscomprised185attendeesofaDMcourse(course-attendinggroup)and170outpatientsseenbyOphthalmology(outpatientgroup).Subjectscompletedaquestionnairesurveyregardingdiseaseawareness(totalof25items).Thecourse-attendinggroupwasoftenyoungerandhadsufferedfromDMforashorterperiodoftime.RegardingtheimpetusforDM’sdetection,inmostpatientsinbothgroupstheirDMwasfoundbecauseaconditionotherthanDMhadbeendetected.OftheDMcourse-attendingpatientswhowereseenbyadepartmentotherthantheDepartmentofDiabeticMedicine,44%wereseenbyCardiovascularMedicine.Thecourse-attendinggrouphadlimitedawarenessofdealingwithDMintermsofsuchaspectsasbloodglucosecontrolanddietaryconsiderations,andhadlittleawarenessoftheocularcomplicationsassociatedwithDM.Moreover,67%ofthecourse-attendinggrouphadnotbeenseenbyOphthalmology.Ofthese,18%hadnotbeenseenbythatdepartmentdespitehavingsubjectiveophthalmicsymptoms(+).Asasignofpatients’awarenessoftheirillness,manyinthecourse-attendinggroupwishedtoplayanactiveroleintheirownDMtherapy.DespitetheiralarmathavingDM,andtheirdesiretobeactivelyinvolvedinitstreatment,patientsinthecourse-attendinggroupwerefoundtohavereceivedinadequateeducationthroughregularadmissionsandoutpatientcarealone.Sucheducationmustbebasedonclosertiesbetweendepartments,inordertoavoidcomplicationsassociatedwithDM.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)28(1):113.117,2011〕Keywords:糖尿病教室,アンケート調査,病識.diabetesmellituscourse,questionnairesurvey,diseaseawareness.114あたらしい眼科Vol.28,No.1,2011(114)はじめに近年,糖尿病(diabetesmellitus:DM)患者における大血管障害の重要性が論じられている1~3).それには,循環器疾患を契機とする眼科受診患者に多くの糖尿病内科未受診患者が含まれていること2)や,増殖糖尿病網膜症患者のなかに無症候性心筋虚血患者が多く存在することなどがある3,4).そこで今回循環器救急患者,なかでも虚血性心疾患患者を多く受け入れている地域循環器疾患中核病院である三郷中央総合病院において,糖尿病患者教育に何が必要であるのかを知ることを目的として,内科主導の糖尿病教室受講患者と眼科外来通院患者に対して,患者背景,糖尿病についての基礎知識などの患者アンケート調査を行ったので,その結果を報告する.I対象および方法三郷中央総合病院の通院患者のなかで自主的に内科主催の糖尿病教室に参加した患者185名(以下,教室群),眼科外来に糖尿病および糖尿病網膜症の診断で通院している患者170名(以下,外来群)を対象とした.教室群,外来群ともに無記名でアンケート〔質問項目:25項目(表1)〕用紙に回答を依頼した.アンケート内容は,性別,年齢,罹病期間などの背景因子と,糖尿病についての理解・イメージ,内科および眼科治療に対する理解などである.なお,教室群は教室終了時に回答を依頼,その後回収し,外来群は眼科外来を受診した再診患者のうち,DMの診断が明らかな患者に対し,無作為に看護師から調査票を渡して回答を依頼し,診察時に回収した.なお,複数回受診の者は1回目を採用した.アンケート実施期間は平成19年11月から平成21年3月までとし,教室参加患者の特徴を知るためにアンケート質問項目のなかの19項目(表1の*印)について,回答結果を教室群と外来群とに分けて統計学的に検討を行った.検定方法はc2検定およびt検定を用いた.表1アンケート調査用紙アンケート調査の設問を内容別に3つのグループに分け,1~9を背景因子,10~22を病識,そして設問23および24は別枠として23については統計処理上①~④を危機感あり,⑤~⑧を危機感なしに分け,設問24については①~③を積極的回答,④~⑧を消極的回答に分けた.………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………*:統計的に検討を行った項目.(115)あたらしい眼科Vol.28,No.1,2011115II結果アンケートの回収率は教室群で63%,外来群で91%であった.アンケート調査結果を表2a~cに示した.1.対象の背景因子(表2a)教室群は外来群より年齢が若く,DM罹病期間も短い者が多かった.DM発見契機は両群ともDM以外の主訴での受診が半数を超えて最も多かった.教室群のなかで糖尿病内科以外の受診状況では,循環器・心臓血管外科受診,および循環器内科を含む複数科受診が最も多く(44%)(図1),当院の循環器救急病院という特徴から,虚血性心疾患などを発見契機とするDM患者が対象患者のなかに多く含まれていることが考えられた.表2a背景因子教室群(n=185)外来群(n=170)p値1.年齢(歳)60.6±9.863.9±8.30.01*2.性別(男性/女性)(人)88/73(不明24)82/880.24**3.DM罹病期間(年)8±4.413±6.5<0.01*4.DM治療内容(複数回答可)(人)食事・運動内服インスリン63242411479580.09**5.DM発見契機〔人(%)〕健診・ドックDM以外の主訴その他46(28)102(61)18(11)57(35)84(52)21(13)0.21**8.DM内科以外の他科受診〔人(%)〕あるない103(61)66(39)111(69)51(31)0.15**9.眼の自覚症状〔人(%)〕あるない41(43)54(57)86(53)76(47)0.1**(*はt検定,**はc2検定.斜体は有意差を認めた項目.)表2b病識教室群(n=185)外来群(n=170)p値10.他科受診図1に記載11.レーザー既往既治療未治療不明19(22)64(72)5(6)65(40)92(58)4(2)0.01**12.糖尿病眼手帳持っている持っていない8(9)82(91)53(32)111(68)0.00003**13.血糖値・HbA1C知っている知らない120(71)48(29)140(85)25(15)0.003**14.食事に…気をつけている気をつけていない144(85)26(15)157(94)10(6)0.006**15.DM合併症知っている知らない134(76)43(24)152(90)17(10)0.0005**16.糖尿病眼手帳知っている知らない17(18)77(82)69(42)96(58)0.00001**18.糖尿病網膜症知っている知らないわからない67(74)19(21)5(5)121(77)27(17)9(6)0.8**19.糖尿病網膜症(設問15で『知っている』の人)失明する失明しないわからない56(89)4(6)3(5)107(91)5(4)6(5)0.8**〔人(%)〕(**はc2検定.斜体は有意差を認めた項目.)116あたらしい眼科Vol.28,No.1,2011(116)2.教室群患者の眼科受診状況と病識(表2b)教室群患者のうちの67%が眼科未受診で,そのうち18%の患者は眼科的自覚症状があるにもかかわらず眼科未受診であった(図2).循環器・心臓血管外科を受診している教室群患者には,レーザー既治療者が多く(p=0.0008)(表3),糖尿病網膜症の重症度と虚血性心疾患などの大血管障害との関連が示唆された.一方,自分の血糖コントロール状態や,食事への配慮,DM合併症,糖尿病眼手帳の認知度などはいずれも外来群よりも低い者が多く,教育の必要性を痛感した(表2b,設問13~16).3.糖尿病との関わり方とイメージ(表2c)表1にあるアンケート質問項目の設問23および24のDMという病気のイメージ,およびDM治療に対する考え方を問うものについて設問23は①~④を危機感あり,⑤~⑧を危機感なしの2つに分け,設問24は①~③を積極的回答,④~⑧を消極的回答に分けて統計学的に検討した.教室群では外来群に比べてDMという病気に対し危機感をもち(p=0.01),積極的にDM治療に関与しようとする回答が多かった(p=0.04).図2眼科未受診者のなかの自覚症状の有無教室群の67.0%が眼科未受診で,そのうち自覚症状があるにもかかわらず眼科未受診者は18%であった.眼科受診者33%眼科未受診者67%自覚症状あり18%自覚症状なし36%不明46%循環器科44%脳外科10%眼科34%腎臓・透析0%整形外科6%その他3%耳鼻科2%皮膚科1%眼科のみ30%眼科+脳外科4%循環器のみ18%循環器+眼科17%循環器+脳外科2%循環器+脳外科+眼科5%循環器+透析+眼科1%循環器+脳内科1%図1教室群でのDM患者の内科以外の他科受診状況教室群では循環器内科を含む複数科受診が最も多かった.表2cDMとの関わり方とイメージ教室群(n=185)外来群(n=170)p値23.DMという病気のイメージ(複数回答可)(人)危機感あり怖い病気治療が難しい家族の協力が必要わかりにくい病気14683885913390102610.01**危機感なしそんなに怖くない簡単な病気なんとも思わないその他41071724624.DMに対して自分では(複数回答可)(人)積極的治したい家族の協力が必要病気を知りたい123403714058360.04**(p<0.05)消極的放置で治る治らなくても食べたい現状維持できれば通院で治るその他04197501138124(**はc2検定.斜体は有意差を認めた項目.)表3循環器・心臓血管外科受診の有無と背景因子教室群(n=185)循環器p値受診循環器未受診9.レーザー既往(人)既治療未治療不明794125510.0008**(p<0.01)(**はc2検定.斜体は有意差を認めた項目.)(117)あたらしい眼科Vol.28,No.1,2011117III考按今回の調査対象病院は地域の循環器中核病院であり,その特徴としては虚血性心疾患をはじめとする循環器救急患者を多く受け入れているため,重症の循環器疾患を抱えるDM患者が多いという点があげられる.このような背景をもつ患者に対するアンケート調査である本調査は,過去の報告5~8)と比べて以下のような特徴があると思われた.まず第一に,内科主導のDM教室受講患者は,年齢が若く,DM罹病期間が短い患者が多かったが,そのなかの半数近くを占める循環器・心臓血管外科受診者では,眼科レーザー既治療患者が多かったということである.これらの患者では,虚血性心疾患などの疾患が発見されるまでDM発見が遅れ,知りえた罹病期間よりも実際の罹病期間が長いために網膜症が重症である可能性が考えられた.つぎに,教室群患者では,眼科的自覚症状があるにもかかわらず眼科未受診者が多く,さらにDM合併症,糖尿病眼手帳などに対する認知度が低い者が多かった.これは,DM発見契機が他科疾患である場合,他疾患の治療が優先されるために,DM,DM合併症,特に眼合併症に対する知識が少ない可能性を示していると考えられた.DMはDM内科のみではなく,循環器内科,眼科,腎臓内科など複数の科にまたがる疾患であり,患者教育を担う担当科相互のDMに対する認識を共有し,院内の連携をスムーズに行い,かつ患者に対して十分な教育を行う必要があると考えられた.過去の報告のなかには,眼科医と内科医の間で網膜症の管理に対する認識の差を認めるもの9)もあり,DM教室がたとえ内科主導で行われていても,眼科医が積極的に介入していく必要性があると考えられた.三郷中央総合病院でのDM教室では,眼科医も参加して糖尿病眼合併症についての講義を担当していたが,教室受講患者や家族の態度からも,病気について学び理解し,積極的に病気にかかわろうという姿勢がみられた.このように前向きに病気と向き合い,積極的に治療にかかわろうとするときこそが,DMという病気や合併症を正しく知る最も良いチャンスであると思われた.地域循環器中核病院に通院するDM患者のなかには,虚血性心疾患などの他の疾患の受診を契機にDMが発見された患者が多く,それを契機にDMに対し危機感をもつ患者が多いことがわかった.しかし糖尿病網膜症を含むDM合併症に関する教育は十分とはいえない結果であり,DMが発見された段階から各科との院内連携により合併症検索,DM教室受講という一連の流れをチーム医療としてやり遂げていく必要があると思われた.今後は院内だけでなく院外での病診連携をさらに密にし,DM教室を早期に,そしてくり返し受講することにより,医療者側と患者・家族側がしっかりと向き合って病気に取り組み,DM合併症発症予防を目指すシステムを構築していくことが非常に重要であると考えられた.文献1)大野貴之,小野稔,本村昇ほか:糖尿病網膜症患者におけるCABGの生命予後改善効果.日心臓血管外会誌35(Supple):251,20062)OnoT,TakamotoS:Diabeticretinopathyasaguidefortreatmentstrategyincoronaryrevascularization:Fromtheperspectiveofcardiacsurgeons.JCardiol49:259-266,20073)木下修,大野貴之,益澤明広ほか:東大病院における糖尿病網膜症患者を対象とした冠動脈専門外来─糖尿病網膜症患者には無症状の重症冠動脈疾患が多数潜んでいる─.糖尿病51(Supple):S255,20084)木下修,大野貴之,益澤明広ほか:周術期危険因子としての糖尿病網膜症─糖尿病網膜症患者には無症状の重症冠動脈疾患が多数潜んでいる─.日外会誌110:353,20095)菅原岳史,金子能人:岩手糖尿病合併症研究会のトライアル2─糖尿病網膜症教室におけるアンケート結果─.眼紀55:197-201,20046)菊池美知代,沢野昌子,藤川美穂:糖尿病で治療を受けている患者の眼科の定期受診行動の実態調査─受診率に影響する要因とは─.日本看護学会論文集:成人看護II(38):317-319,20087)大野敦,旭暢照,佐藤知也ほか:糖尿病指摘時からの眼科フォロー状況についてのアンケート調査.眼紀47:1372-1375,19968)飯野矢住代,井上浩義:糖尿病診断後の網膜症治療状況の実態調査─糖尿病網膜症患者の受診行動に影響を及ぼす要因.日本糖尿病教育・看護学会誌11:150-156,20079)大野敦,植木彬夫,住友秀孝ほか:糖尿病網膜症の管理に関するアンケート調査─眼科医と内科医の調査結果の比較─.眼紀58:616-621,2007***

黄斑浮腫に対するベバシズマブ硝子体注入 ─糖尿病網膜症と網膜静脈分枝閉塞症─

2011年1月31日 月曜日

108(10あ8)たらしい眼科Vol.28,No.1,20110910-1810/11/\100/頁/JC(O0P0Y)《第15回日本糖尿病眼学会原著》あたらしい眼科28(1):108.112,2011cはじめに糖尿病網膜症(DR)や網膜静脈分枝閉塞症(BRVO)に伴う黄斑浮腫に対する治療として,硝子体手術1,2),網膜光凝固術3),不溶性副腎皮質ホルモン懸濁液であるトリアムシノロンアセトニド(TA)硝子体注入3)またはTenon.下注入2)などが行われてきた.近年は抗血管内皮増殖因子(VEGF)〔別刷請求先〕坂本英之:〒162-8666東京都新宿区河田町8-1東京女子医科大学眼科学教室Reprintrequests:HideyukiSakamoto,M.D.,DepartmentofOphthalmology,SchoolofMedicine,TokyoWomen’sMedicalUniversity,8-1Kawada-cho,Shinjuku-ku,Tokyo162-8666,JAPAN黄斑浮腫に対するベバシズマブ硝子体注入─糖尿病網膜症と網膜静脈分枝閉塞症─坂本英之山本香織堀貞夫東京女子医科大学眼科学教室IntravitrealBevacizumabforTreatmentofMacularEdema:DiabeticMacularEdemaandBranchRetinalVeinOcclusionHideyukiSakamoto,KaoriYamamotoandSadaoHoriDepartmentofOphthalmology,SchoolofMedicine,TokyoWomen’sMedicalUniversity目的:黄斑浮腫を伴う糖尿病網膜症(DR)と網膜静脈分枝閉塞症(BRVO)に対するベバシズマブ硝子体注入(IVB)の効果を検討した.対象および方法:対象は経過観察期間中における最終治療がIVBであり,その後6カ月間黄斑浮腫の再発がなく追加治療をせずに経過観察できた32眼(DR18眼,BRVO14眼)であった.Logarithmicminimalangleofresolution〔以下,視力(logMAR値)〕,光干渉断層計で測定したfovealthickness(FT),totalmacularvolume(TMV)を術前と術後6カ月で比較した.視力(logMAR値),FT,TMVをDRとBRVOで比較し,また,術後視力改善の有無によっても比較した.結果:術後視力は術前視力に比べてBRVOで有意に改善し,FTとTMVはDRとBRVOで術前に比べて術後有意に改善した.DRにおける視力改善ありは術後視力改善なしと比べてTMVは有意に小さく,BRVOにおける視力改善ありは視力改善なしと比べて術前後視力は有意に不良であった.結論:DRとBRVOにIVB施行後6カ月間追加治療をせずに観察できた症例において,黄斑浮腫に対するIVB施行は,DRに比べBRVOにおいて効果が高い可能性が示唆された.Purpose:Tocomparetheeffectsofintravitrealbevacizumab(IVB)injectionformacularedemaindiabeticretinopathy(DR)withbranchretinalveinocclusion(BRVO).CaseandMethod:Thisstudyinvolved32eyes(DR18eyes,BRVO14eyes)thatunderwentIVBasfinaltreatmentduringtheinvestigationperiod,anddidnotrequireadditionaltreatmentforrecurrenceofmacularedemaduringthe6-monthfollow-up.Weexaminedlogarithmicminimalangleofresolution(logMAR)visualacuity,fovealthickness(FT)andtotalmacularvolume(TMV)viaopticalcoherencetomography,beforeandat6monthsafterinjection,andcomparedtheresultsbetweenDRandBRVO.Patientsweredividedinto2groupsbasedonvisualacuityimprovement,andtheresultswereanalyzed.Results:ImprovementinvisualacuitywasfoundonlyintheBRVOgroup,thoughimprovementsinFTandTMVwerefoundinbothgroups.IntheDRpatients,TMVinthegroupthatimprovedinvisualacuitywassignificantlylessthaninthegroupthatdidnotimprove.IntheBRVOpatients,visualacuityinthegroupthatimprovedinvisualacuitywasworsethaninthegroupthatdidnotimprove,bothbeforeandaftertreatment.Conclusion:ItissuggestedthatIVBformacularedemaismoreeffectiveforBRVOthanforDR,withouttheneedforadditionaltreatmentduringthe6-monthfollow-upperiod.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)28(1):108.112,2011〕Keywords:糖尿病網膜症,網膜静脈分枝閉塞症,黄斑浮腫,ベバシズマブ,光干渉断層計(OCT).diabeticretinopathy,branchretinalveinocclusion,macularedema,bevacizumab,opticalcoherencetomography(OCT).(109)あたらしい眼科Vol.28,No.1,2011109抗体であるベバシズマブ硝子体注入(IVB)の効果が報告されている4~7).黄斑浮腫を伴うDRやBRVOに対してIVBを施行し,その治療効果を検討した報告は術後3カ月程度の短期成績が主である4,6,7).IVB後の視力改善や黄斑浮腫の改善の程度,黄斑浮腫の改善から再燃までの期間などに関しても報告によって結果にばらつきがある4~7).IVB後に黄斑浮腫が再燃し,IVB再施行の必要な例や,すでに他の治療歴があるものにIVBを施行する例を経験する.また,対象の症例によって効果が異なることも経験するが,IVB後のDRとBRVOにおける効果を比較した報告は,検索した限りではない.今回,黄斑浮腫を伴うDRとBRVOに対して経過観察中における最終的な治療がIVBであり,その後6カ月間追加治療をせずに経過観察ができた症例についてその結果や背景を検討することを目的に,視力や黄斑浮腫につき比較,検討したので報告する.I対象および方法対象は,2007年11月から2008年12月に黄斑浮腫に対してベバシズマブ1.25mg/0.05ml硝子体注入を施行した症例48例50眼(DR:32例34眼,BRVO:16例16眼)のうち,最終IVBから追加治療をせずに6カ月以上経過観察できた30例32眼である(50眼中32眼:64%).IVBにあたっては,本学倫理委員会の承認を得て,患者への十分な説明と同意のもとに施行した.男性18例20眼,女性12例12眼,年齢は68.0±6.0(平均±標準偏差)歳であった.DR:16例18眼,BRVO:14例14眼であった.治療歴があったものはDRでは11眼,BRVOでは11眼で,その内訳は硝子体手術,網膜光凝固術,TATenon.下注入,IVBであった.対象となった症例のIVB施行回数は,DRにおいては1回が12眼,2回が5眼,3回が1眼であった.BRVOにおいては1回が5眼,2回が6眼,3回が3眼であった.治療追加の基準は,原則としてlogarithmicminimalangleofresolution〔以下,視力(logMAR値)〕で0.2以上増加,または経過観察中に最も軽度であった黄斑浮腫が光干渉断層計(opticalcoherencetomography:Zeiss社製,OCT3000,以下OCT)による後述の計測で30%以上の増悪を認めた場合とした.視力(logMAR値)はlogMAR視力表(Neitz社製)で測定した.黄斑浮腫はOCTで測定した.測定にはfastmacularthicknessMAPを用い,fovealminimumとtotalmacularvolume(TMV)を測定した.Fovealminimumをfovealthickness(FT)とした.最終IVB直前とその6カ月後の視力(logMAR値),FT,TMVをカルテベースに調査し,術前と術後で比較した.同様にDRとBRVOで比較した.さらに,視力改善に共通する術前因子を検討することを目的に,術後6カ月でのDRとBRVOそれぞれにおける視力改善の有無に分けて視力(logMAR値),FT,TMVを比較した.視力改善ありは視力(logMAR値)が0.2以上減少したものとし,視力改善なしは視力(logMAR値)が0.2未満の改善,不変および悪化を含めた.検討はレトロスペクティブに行った.統計処理にはt検定を用い,有意水準をp<0.05とした.II結果1.DRとBRVOにおける術前と術後6カ月の視力(logMAR値),FT,TMV視力(logMAR値)は,DRで術前0.54±0.30,術後0.51±0.33,BRVOで術前0.43±0.33,術後0.22±0.17であった.術後視力はDRでは有意な改善を認めず,BRVOのみで有意に改善した(p=0.026)(表1).FTは,DRで術前481±115μm,術後366±163μm,BRVOで術前348±112μm,術後243±90.5μmであり,FTはDRとBRVO両者で術前より術後有意に減少した(DR:p=0.0022,BRVO:p=0.022)(表1).FTの術後の減少率はDRでは23%,BRVOでは29%であった.TMVは,DRで術前10.2±1.53mm3,術後9.00±2.09mm3,BRVOで術前8.83±2.56mm3,術後7.55±1.48mm3であった.TMVはDRとBRVOの両者で術前より術後有意に減少した(DR:p=0.0012,BRVO:p=0.038)(表1).TMVの術後の減少率はDRでは12%,BRVOでは14%であった.2.視力(logMAR値),FTおよびTMVのDRとBRVOにおける比較術前視力(logMAR値)はDRで0.54±0.30,BRVOで0.43±0.33で,両者間に有意差はなかった(p=0.27).術後表1DRとBRVOにおけるベバシズマブ注入術前後の視力(logMAR値),FT,TMV視力(logMAR値)FT(μm)TMV(mm3)DRBRVODRBRVODRBRVO術前0.54±0.300.43±0.33481±115348±11210.2±1.538.83±2.56術後6カ月0.51±0.330.22±0.17366±163243±90.59.00±2.097.55±1.48p値0.570.0260.00220.0220.00120.038t検定:術前と術後6カ月の比較.110あたらしい眼科Vol.28,No.1,2011(110)視力(logMAR値)はDRで0.51±0.33,BRVOで0.22±0.17で,DRと比較しBRVOで有意に良好であった(p=0.0026)(表2).術前FTは,DRで481±115μm,BRVOで348±112μmで,DRと比較しBRVOで有意に薄かった(p=0.0028).術後FTはDRで366±163μm,BRVOで243±90.5μmで,DRと比較しBRVOで有意に薄かった(p=0.022)(表2).術前TMVはDRで10.2±1.53mm3,BRVOで8.83±2.56mm3で,両者間に有意差はなかった(p=0.096).術後TMVはDRで9.00±2.09mm3で,BRVOで7.75±1.48mm3で,DRと比較しBRVOで有意に小さかった(p=0.038)(表2).3.DRとBRVOにおける術後6カ月での視力改善の有無による視力(logMAR値),FTおよびTMVの比較DRでは18眼中,術後6カ月での視力改善ありは7眼,視力改善なしは11眼であった.BRVOでは14眼中,術後6カ月での視力改善ありは6眼,視力改善なしは8眼であった.DRにおける術後6カ月での視力改善の有無により視力(logMAR値),FTおよびTMVを比較すると,術前視力(logMAR値)は視力改善ありでは0.63±0.35,視力改善なしでは0.48±0.27で,有意差はなかった(p=0.37).術前FTは視力改善ありでは430±108μm,視力改善なしでは514±112μmで有意差はなかった(p=0.14).術前TMVは視力改善ありでは9.46±1.62mm3,視力改善なしでは10.6±1.35mm3で有意差はなかった(p=0.14)(表3).術後6カ月での視力(logMAR値)は視力改善ありでは0.34±0.34,視力改善なしでは0.61±0.29で有意差はなかった(p=0.11).術後FTは視力改善ありでは293±92.6μm,視力改善なしでは412±184μmで,視力改善ありは視力改善なしに比べ術後FTは有意に薄かった(p=0.088).術後TMVは視力改善ありでは7.92±1.02mm3,視力改善なしでは9.69±2.35mm3で,視力改善ありは視力改善なしに比べ術後TMVは有意に小さかった(p=0.044)(表3).BRVOにおける術後6カ月での視力改善の有無による視力(logMAR値),FTおよびTMVを比較すると,術前視力(logMAR値)は視力改善ありでは0.72±0.21,視力改善なしでは0.18±0.04で,視力改善ありは視力改善なしに比べ術前視力(logMAR値)は有意に不良であった(p=0.00079).術前FTは視力改善ありでは404±140μm,視力改善なしでは307±67.8μmで有意差はなかった(p=0.16).術前TMVは視力改善ありでは10.5±3.02mm3,視表2DRとBRVOにおける視力(logMAR値),FT,TMVの比較術前術後6カ月視力(logMAR値)FT(μm)TMV(mm3)視力(logMAR値)FT(μm)TMV(mm3)DR0.54±0.30481±11510.2±1.530.51±0.33366±1639.00±2.09BRVO0.43±0.33348±1128.83±2.560.22±0.17243±90.57.55±1.48p値0.270.00280.0960.00260.0220.038t検定:DRとBRVOの比較.表3DRにおける視力改善の有無によるベバシズマブ注入術前後の視力(logMAR値),FT,TMVの比較(n=18)視力術前術後6カ月視力(logMAR値)FT(μm)TMV(mm3)視力(logMAR値)FT(μm)TMV(mm3)改善あり(n=7)0.63±0.35430±1089.46±1.620.34±0.34293±92.67.92±1.02改善なし(n=11)0.48±0.27514±11210.6±1.350.61±0.29412±1849.69±2.35p値0.370.140.140.110.0880.044t検定:視力改善「あり」と「なし」の比較.表4BRVOにおける視力改善の有無によるベバシズマブ注入術前後の視力(logMAR値),FT,TMVの比較(n=14)視力術前術後6カ月視力(logMAR値)FT(μm)TMV(mm3)視力(logMAR値)FT(μm)TMV(mm3)改善あり(n=6)0.72±0.21404±14010.5±3.020.38±0.13216±88.68.01±2.16改善なし(n=8)0.18±0.04307±67.87.54±1.090.10±0.05264±92.27.21±0.62p値0.000790.160.0590.00280.350.41t検定:視力改善「あり」と「なし」の比較.(111)あたらしい眼科Vol.28,No.1,2011111力改善なしでは7.54±1.09mm3で有意差はなかった(p=0.059)(表4).術後6カ月での視力(logMAR値)は視力改善ありでは0.38±0.13,視力改善なしでは0.10±0.05で視力改善ありは視力改善なしに比べ術後視力は有意に不良であった(p=0.0028).術後FTは視力改善ありでは216±88.6μm,視力改善なしでは264±92.2μmで有意差はなかった(p=0.35).術後TMVは視力改善ありでは8.01±2.16mm3,視力改善なしでは7.21±0.62mm3で有意差はなかった(p=0.41)(表4).III考按今回,過去に治療歴のあるものを含む,黄斑浮腫を伴うDRとBRVOに対し,経過観察期間中の最終的な治療がIVBであった症例について検討した.DRにおいてはIVB施行6カ月後の黄斑浮腫(FTとTMV)は有意に改善したことがわかった.しかし術後6カ月の視力は術前に比べ改善傾向は認めたが,有意差はなかった.DRにおいて術後視力改善ありと視力改善なしを比較すると,視力改善ありにおいてFTとTMVは有意に改善しており,浮腫が改善すれば視力が改善することが確認できた.一方,術前視力や術前の黄斑浮腫の程度は術後視力の改善に関与する因子ではなかった.BRVOにおける術後6カ月での視力改善の有無により比較すると,術後視力改善ありは視力改善なしと比較して,術前後の視力が有意に不良であった.DRとBRVOの比較から,今回の検討の対象においてBRVOはDRに比べて術前ではFTは有意に薄く,術後では視力は有意に良好でFTは薄く,TMVは小さい結果が得られた.このことからDRでは術前の黄斑浮腫は高度であり,DRではFT,TMVは術後に改善したがBRVOに比べると黄斑浮腫の残存の程度が大きいことがわかった.FTの術後減少率はDRでは23%,BRVOでは29%,TMVの術後減少率はDRでは12%,BRVOでは14%であり,BRVOにおいてのみ術後有意に視力が改善した結果との関連が考えられた.今回の検討では,視力改善の点ではDRよりもBRVOにおいてIVBの効果は高いという結果であった.BRVOでは黄斑浮腫発症にあたりVEGFとinterleukin-6(IL-6)が関与するといわれている8).一方,DRでは黄斑浮腫発症の病態にVEGF以外にIL-6,intercellularadhesionmolecule1(ICAM-1)などの因子が関連するといわれている9,10).さらに,monocytechemoattractantprotein-1(MCP-1),pigmentepithelium-derivedfactor(PEDF)がDRに伴う黄斑浮腫おける黄斑部の網膜厚に関連する11)との報告がある.DRにおける黄斑浮腫の再燃にあたって,硝子体内のVEGFよりも,IL-6やMCP-1の関連が強く,黄斑浮腫の病因となる可能性が指摘されている12).以上のように,BRVOに比べDRでは黄斑浮腫発症の機序に,炎症に関連する数多くのサイトカインが関与するといわれている.BRVOでは黄斑浮腫発症の主因としてVEGFがあげられる一方で,糖尿病網膜症では病理組織学的に網膜毛細血管における周皮細胞・内皮細胞の変性,基底膜の肥厚があり,特に周皮細胞の変化と血管透過性亢進との関連がいわれている13,14).これらのことは,VEGFのみを標的とした抗VEGF抗体(ベバシズマブ)硝子体注入の治療効果をみた今回の検討において,BRVOのほうがDRに比べ効果が高いという結果になったことの要因と考えられる.Shimuraらの検討でもDRに伴う黄斑浮腫の治療としてIVBに比べ,抗炎症作用を併せ持つ副腎皮質ステロイド薬(TA)硝子体注入のほうが有効であり,ベバシズマブの効果はTAと比較して弱く,短いとしている15).黄斑浮腫に対する治療として,硝子体手術は長期間にわたり黄斑浮腫改善を維持できるとの報告1,2)やTA硝子体注入に比べ,局所/grid光凝固のほうがDRの黄斑浮腫における視力の長期予後が良好であるとする報告がある3).DRやBRVOに伴う黄斑浮腫発症機転に関してはいまだ明らかでない点が多い.その治療にあたり,硝子体手術,IVB,TAのTenon.下注入または硝子体注入,網膜光凝固などの選択肢のなかから,治療の侵襲,副作用,期待できる効果の程度や持続期間を考慮し,かつ患者の社会的背景も踏まえ適切な治療選択をすることが求められる.今回,過去に治療歴のあるものを含む,黄斑浮腫を伴うDRとBRVOに対し,経過観察期間中の最終的な治療がIVBであった症例において,DRに比べてBRVOでは術後視力は有意に良好で,術後FTとTMVは有意に小さく,術後減少率も高かった.黄斑浮腫に対するIVB施行は,DRに比べBRVOにおいて効果が高い可能性が示唆された.文献1)武末佳子,山名時子,向野利寛ほか:糖尿病黄斑浮腫に対する硝子体手術の術後成績.臨眼62:1457-1460,20082)八木文彦,佐藤幸裕,山地英孝ほか:網膜静脈分枝閉塞症の黄斑浮腫に対する硝子体手術.眼臨100:608-611,20063)DiabeticRetinopathyClinicalResearchNetwork:Arandomizedtrialcomparingintravitrealtriamcinoloneacetonideandfocal/gridphotocoagulationfordiabeticmacularedema.Ophthalmology115:1447-1459,20084)DiabeticRetinopathyClinicalResearchNetwork:Aphase2randomizedclinicaltrialofintravitrealbevacizumabfordiabeticmacularedema.Ophthalmology114:1860-1867,20075)大野尚登,森山涼,菅原通孝ほか:糖尿病黄斑浮腫に対するベバシズマブとトリアムシノロンアセトニドの治療効果.臨眼63:307-309,2009112あたらしい眼科Vol.28,No.1,2011(112)6)澤田浩作,池田俊英,大八木智仁ほか:網膜静脈分枝閉塞症の黄斑浮腫に対するベバシズマブ硝子体内投与の効果.臨眼62:875-878,20087)原信哉,桜庭知己,片岡英樹ほか:網膜静脈分枝閉塞症による黄斑浮腫に対するベバシズマブの治療成績.眼臨紀1:796-801,20088)NomaH,FunatsuH,YamasakiMetal:Pathogenesisofmacularedemawithbranchretinalveinocclusionandintraocularlevelsofvascularendothelialgrowthfactorandinterleukin-6.AmJOphthalmol140:256-261,20059)NomaH,FunatsuH,MimuraTetal:Vitreouslevelsofinterleukin-6andvascularendothelialgrowthfactorarerelatedtodiabeticmacularedema.Ophthalmology110:1690-1696,200310)FunatsuH,YamashitaH,SakataKetal:Vitreouslevelsofvascularendothelialgrowthfactorandintercellularadhesionmolecule1arerelatedtodiabeticmacularedema.Ophthalmology112:806-816,200511)FunatsuH,NomaH,MiuraTetal:Associationofvitreousinflammatoryfactorswithdiabeticmacularedema.Ophthalmology116:73-79,200912)RohMI,KimHS,SongJHetal:Effectofintravitrealbevacizumabinjectiononaqueoushumorcytokinelevelsinclinicallysignificantmacularedema.Ophthalmology116:80-85,200913)WuL,ArevaloJF,BerrocalMHetal:Comparisonoftwodosesofintravitrealbevacizumabasprimarytreatmentformacularedemasecondarytobranchretinalveinocclusions:resultsofthePanAmericanCollaborativeRetinaStudyGroupat24months.Retina29:1396-1403,200914)高木均,本田孔士,吉村長久ほか:眼と加齢加齢と網膜血管障害.日眼会誌111:207-231,200715)ShimuraM,NakazawaT,YasudaKetal:Comparativetherapyevaluationofintravitrealbevacizumabandtriamcinoloneacetonideonpersistentdiffusediabeticmacularedema.AmJOphthalmol154:856-861,2008***

糖尿病患者における網膜神経節細胞の機能変化

2011年1月31日 月曜日

0910-1810/11/\100/頁/JCOPY(103)103《第15回日本糖尿病眼学会原著》あたらしい眼科28(1):103.107,2011cはじめに糖尿病による網膜機能の変化については,ヒト1)や動物モデル2)を用いた多くの研究がある.糖尿病では長期間の高血糖状態が持続し,ポリオール経路3,4)を代表とする糖代謝異常をきたすため,網膜内では神経伝達物質の過剰な蓄積がみられ5),網膜細胞レベルで起こるアポトーシスにより網膜機能障害が発症する6).糖尿病患者の網膜機能を評価するため,Yonemuraら7)やShiraoとKawasaki8)は糖尿病網膜症患者から網膜電図(electroretinogram:ERG)を記録し,律動様小波(oscillatorypotential,以下OP波)の異常を報告した.その後,網膜症のみられない糖尿病患者においても,初期の網膜機能変化の指標としてOP波の変化が検討されている9~11).一方,実験的な糖尿病モデルラットにおいては,OP波の異常に加え網膜神経節細胞(retinalganglioncell:RGC)由来と考えられる暗所閾値電位(scotopicthresholdresponse:STR)の異常もみられる12~14).Buiら14)は,ストレプトゾトシン(streptozotocin:STZ)糖尿病ラットのSTR陽性成分(以下p-STR)の振幅低下からRGC機能障害を報告し,筆者ら15)もまた,STZラットを用いてp-STRがOP波より先に低下し,これを糖尿病によるRGCの脆弱性を示唆する変化として報告した.RGCを由来とする他のERG成分として,1999年Viswa〔別刷請求先〕神前賢一:〒105-8461東京都港区西新橋3-25-8東京慈恵会医科大学眼科学講座Reprintrequests:KenichiKohzaki,M.D.,DepartmentofOphthalmology,JikeiUniversitySchoolofMedicine,3-25-8Nishi-Shimbashi,Minato-ku,Tokyo105-8461,JAPAN糖尿病患者における網膜神経節細胞の機能変化神前賢一竹内智一常岡寛東京慈恵会医科大学眼科学講座AlterationofRetinalGanglionCellFunctioninDiabetesPatientsKenichiKohzaki,TomoichiTakeuchiandHiroshiTsuneokaDepartmentofOphthalmology,JikeiUniversitySchoolofMedicine目的:網膜症を認めないか単純網膜症を有する糖尿病患者において,網膜神経節細胞の機能を電気生理学的に検討した.対象:網膜症を認めないか単純網膜症を有する糖尿病患者7例13眼に対して網膜電図を記録し,photopicnegativeresponse(PhNR)の振幅と潜時を計測し,ヘモグロビンA1C値,網膜症の程度,糖尿病罹病期間との関係を評価した.結果:糖尿病患者におけるPhNRの平均振幅は36.6±3.8μVであり,正常者の42.2±2.5μVと比較して減少傾向がみられた.潜時は,正常者の69.8±0.9msと比較して糖尿病患者では75.7±0.9msと有意に延長がみられた(p<0.0001).また,罹病期間とPhNR振幅において負の相関を認めた(p=0.044).結論:糖尿病では,罹病期間に比例して網膜神経節細胞の機能障害が起きている可能性が示唆された.Purpose:Weevaluatedtheretinalganglioncellfunctionindiabetespatientswithnoretinopathyandwithnon-preproliferativeretinopathy.Methods:Werecoredelectroretinogramsin13eyesof7diabetespatients.Wemeasuredthephotopicnegativeresponse(PhNR)amplitudeandimplicittime;wealsoevaluatedtherelationbetweenPhNRandhemoglobinA1Cvalue,stageofretinopathyanddurationofdiabetes.Results:ThemeanPhNRamplitudeinthesediabetespatientswas36.6±3.8μV,whichtendedtodecreaseincomparisonwithcontrols(42.2±2.5μV).Theimplicittimewassignificantlyprolongedinthediabetespatients(75.7±0.9ms)ascomparedwiththecontrols(69.8±0.9ms,p<0.0001).Inaddition,therelationbetweendurationofdiabetesandthePhNRamplitudeshowednegativecorrelation(p=0.044).Conclusion:Itissuggestedthat,regardingretinalfunctionindiabetes,theoccurrenceofretinalganglioncelldysfunctionisproportionaltothedurationofdiabetes.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)28(1):103.107,2011〕Keywords:糖尿病,網膜電図,神経節細胞,錐体陰性反応,罹病期間.diabetesmellitus,electroretinogram,retinalganglioncell,photopicnegativeresponse,durationofdiabetes.104あたらしい眼科Vol.28,No.1,2011(104)nathanら16)は,photopicnegativeresponse(PhNR)を緑内障患者で測定し,その機能評価を検討している.PhNRは錐体b波に続く陰性波であり,その低下が緑内障患者のHumphrey静的視野検査の結果と相関することが近年報告された17).糖尿病は,緑内障のリスクファクターでもあり18~20),糖尿病患者に対する共焦点レーザー走査眼底観察装置(scanninglaserpolarimetry,GDxVCC:以下GDx)21,22)や光干渉断層計(opticalcoherencetomography:OCT)23,24)を用いた研究から網膜神経線維層の欠損や菲薄化が報告されている.筆者らは,糖尿病によるRGCの機能障害を評価するため,検眼鏡的に網膜症を認めないか単純網膜症を有する糖尿病患者のERGを記録し,PhNRと糖尿病の罹病期間を中心に,ヘモグロビンA1C(HbA1C)値や網膜症の程度との関係,さらに錐体a波,b波,OP波の変化も検討したので報告する.I対象および方法東京慈恵会医科大学附属病院眼科において,検眼鏡的に網膜症を認めないか単純網膜症(福田分類A1~A2)の糖尿病患者7例13眼(A0:10眼,A1:2眼,A2:1眼)を対象とした(表1).男性は6例11眼,女性は1例2眼,平均年齢は59±3歳(52~74歳)であった.糖尿病の状態は,平均HbA1C値が8.2±0.4%(6.2~9.5%),平均糖尿病罹病期間は5.9±1.4年(2~13年)であった.比較対照は,全身疾患および眼疾患を認めない正常者12例21眼とした.男性は6例12眼,女性は6例9眼,平均年齢53±3歳(38~68歳)であった.ERGは,ガンツフェルド全視野刺激装置を使用し,30cd/m2の白色背景光下で10分間の明順応の後,Burian-Allenコンタクトレンズ電極を挿入し,3.93cd・s/m2の白色刺激で錐体ERGを記録した.得られた波形から,錐体a波,錐体b波,OP波,PhNRの振幅および潜時を計測し,糖尿病罹病期間,HbA1C値,網膜症の程度との関係を評価した.錐体a波は,基線から最初の陰性波の頂点までをa波振幅とし,刺激開始後からその頂点までを潜時と計測した(図1A).錐体b波は,a波頂点から最初の陽性波頂点までをb波振幅とし,a波同様にその潜時も計測した(図1B).OP波は,得られた錐体ERGの波形を100~200Hzのバンドパスフィルタで処理し,3番目の小波の振幅および刺激開始からその頂点までの時間を潜時として計測した(図1C).PhNRは,錐体b波に続く陰性波のうち,2番目の陰性波の頂点を基線から計測し振幅とした.また,刺激開始からその頂点までの時間を潜時とした(図1D).II統計学的解析糖尿病患者と正常者の振幅および潜時の比較検討については,unpairedt-test(Prism,ver.5.01,GraphPadSoftwareInc.,SanDiego,CA)を行い,p<0.05を有意差ありとした.同様に,糖尿病患者の各振幅および潜時とパラメータとの相関については,その相関係数を算出し,p<0.05を有意差ありとした.III結果1.錐体a波糖尿病患者の平均振幅は,43.5±3.3μVであり,正常者の48.5±3.1μVと比較して低下傾向がみられたものの有意差は認めなかった.糖尿病患者の平均潜時については,正常者と比較して有意な延長がみられた(糖尿病:16.4±0.5,正常者:14.8±0.3ms,p=0.0106).糖尿病患者の錐体a波とHbA1C値,網膜症の程度,糖尿病罹病期間との関係は,その振幅において罹病期間と負の相関(p=0.0155,r2=0.4265)を認めたが,その他に有意な相関はみられなかった(図2A,B).表1糖尿病患者の背景症例性別年齢(歳)分類(型)罹病期間(年)HbA1C(%)網膜症(右・左)視力(右・左)1女性662138.0A0・A00.9・0.62男性56238.1A0・A01.5・1.53男性52289.5A2・A11.2・1.24男性52268.9A0・A01.2・1.25男性54226.2A1・─1.5・─6男性74248.8A0・A00.7・1.07男性62257.9A0・A01.5・1.5HbA1C:ヘモグロビンA1C値,網膜症:福田分類で評価,視力:ERG記録時の矯正視力.症例5の左眼は,外傷により失明.a波b波OP波ABPhNRCD図1ERG波形の計測方法縦矢印は各波形の振幅,横矢印は各波形の潜時の計測方法を示す.A:錐体a波,B:錐体b波,C:OP波,D:PhNR.(105)あたらしい眼科Vol.28,No.1,20111052.錐体b波糖尿病患者の平均振幅は,89.0±6.3μVであり,正常者の103.9±6.1μVと比較して減少傾向がみられたが有意ではなかった.平均潜時においては,正常者の33.2±0.5msと比較して糖尿病患者では35.5±0.7msと有意に延長がみられた(p=0.0084).糖尿病患者の錐体b波とHbA1C値,網膜症の程度,糖尿病罹病期間との関係は,潜時において罹病期間と負の相関(p=0.0099,r2=0.4684)を認めたが,その他に有意な相関はみられなかった(図2C,D).3.OP波糖尿病患者の平均振幅は,16.7±3.1μVであり,正常者の24.4±2.3μVと比較して有意に減少がみられた(p=0.0484).平均潜時においては,正常者の32.6±0.4msと比較して糖尿病患者では34.4±0.6msと有意な延長がみられた(p=0.012).糖尿病患者のOP波とHbA1C値,網膜症の程度,糖尿病罹病期間との関係は,潜時において罹病期間と負の相関(p=0.0191,r2=0.4062)を認めたが,その他に有意な相関はみられなかった(図3A,B).4.PhNR糖尿病患者の平均振幅は,36.6±3.8μVであり,正常者の42.2±2.5μVと比較して減少傾向がみられたが有意ではなかった.平均潜時においては,正常者の69.8±0.9msと比較して糖尿病患者では75.7±0.9msと有意に延長がみられた(p<0.0001).糖尿病患者のPhNRとHbA1C値,網膜症の程度,糖尿病罹病期間との関係は,振幅において罹病期間と負の相関(p=0.044,r2=0.5654)を認めたが,その他に有意な相関はみられなかった(図3C,D).IV考按糖尿病の網膜におけるRGCの脆弱性は,1998年にBarberら6)により報告されている.この報告でSTZ糖尿病ラットにおけるRGCは,糖尿病発症後7.5カ月で約10%減少し,TUNEL(TdT-mediateddUTP-biotinnickendlabeling)染色によるアポトーシス細胞の検出は,糖尿病発症後4週目から有意な増加を認めている.さらに,ヒトドナー眼の網膜の検討において,糖尿病患者のTUNEL陽性細胞数は,非糖尿病患者の約2.5倍認められる.このように糖尿病によるRGC障害は,ヒトにおいても比較的早期から起きている可能性が考えられる.しかし,ヒトでは糖尿病の発症時期を特定することがむずかしく,長期的な変化に注意を置くべきと考え今回の検討を試みた.今回の検討で糖尿病患者のPhNRは,振幅低下や潜時延長がみられ(図4),罹病期間とPhNR振幅との間に負の相関(図3C)がみられた.このことから,長期間の高血糖や不安定な血糖の状態がRGCの機能障害をひき起こしている可能性が示唆された.GDx21,22)やOCT23,24)を用いた網膜神経線維層の解析でも,網膜症を認めない糖尿病患者の神経線維層は正常者と比較して菲薄化を示し,網膜症の進行に伴い有意に菲薄化することが報告されておりRGCの減少が推察される.PhNRの潜時については,罹病期間との明らかな相関がみられなかったが,平均潜時に有意な延長がみられた.これはb波による影響,つまりb波の潜時延長やb波と罹病024681012146040200504030201000246810121485807570654540353025CDABPhNR潜時(ms)OP波潜時(ms)PhNR振幅(μV)OP波振幅(μV)糖尿病罹病期間(年)図3OPおよびPhNRと糖尿病罹病期間の関係A:OP振幅は正常者と比較して全体的に低下がみられるが,罹病期間との関係はみられない.B:OP潜時は正常者と比較して変化はみられない.C:PhNR振幅は罹病期間に対して負の相関がみられる.D:PhNR潜時は正常者と比較して延長傾向がみられるが,罹病期間との関係はみられない.横軸:糖尿病罹病期間,縦軸:振幅または潜時,点線:正常者の平均値.糖尿病罹病期間(年)80604020024681012141501209060301817161502468101214403836343230ABCDb波潜時(ms)a波潜時(ms)b波振幅(μV)a波振幅(μV)図2錐体a波およびb波と糖尿病罹病期間との関係A:a波振幅は罹病期間に対して負の相関がみられる.B:a波潜時は罹病期間に対して短縮傾向がみられる.C:b波振幅は罹病期間に対して軽度の減少がみられる.D:b波潜時は罹病期間に対して負の相関がみられる.横軸:糖尿病罹病期間,縦軸:振幅または潜時,点線:正常者の平均値.106あたらしい眼科Vol.28,No.1,2011(106)期間との間の負の相関がみられ,糖尿病25)や血糖状態26)による双極細胞の障害を考慮する必要があり,PhNRの潜時延長はb波の変化による影響8)も否定できない.また,過去の報告10,27)でも網膜症のない糖尿病患者で,PhNR潜時の有意な延長は報告されていない.しかし,正常者の平均潜時と比較すると,b波潜時は6.9%であるのに対しPhNRは8.4%の延長がみられ,RGC機能の障害が存在する可能性が考えられる.以上のことから,糖尿病患者の網膜機能は,網膜症を認めないか初期の網膜症であっても,罹病期間に比例してRGCの機能障害が起きている可能性が示唆された.糖尿病患者のERG変化として広く知られている成分にOP波があげられる8,10,28,29).このOP波とRGCとの関係について,パターンERGを用いた研究がされている.パターンERGはPhNRと同様にRGC機能を反映し,OP波に比べ糖尿病罹病期間に対してより鋭敏29)で,有用な指標30)である.同様にOP波とPhNRを比較した研究で,Chenら27)はPhNRの鋭敏性を報告している.一方で,Kizawaら10)はOP波の鋭敏性を報告し,PhNRの低下はシグナル入力の減少であるとしている.今回の検討では,すべてのERG成分に平均潜時の延長がみられることから,視細胞へのシグナル伝達である光伝達経路の障害15,31)や長期間の糖尿病状態による視細胞の障害32)および網膜脈絡膜の循環障害による低酸素状態33)も関与し,全体の潜時延長を招いた可能性が考えられる.正確な糖尿病罹病期間を把握することは困難であり,糖尿病の診断基準を満たさない場合でも網膜症が発症する34)ことが知られているため,PhNRを用いた網膜機能の評価は,糖尿病の早期発見につながる可能性があり,今後さらに症例数を増やし,GDxやOCTによる神経線維層の評価を加えて糖尿病とRGCとの関係を検討したいと考える.文献1)TzekovR,ArdenGB:Theelectroretinogramindiabeticretinopathy.SurvOphthalmol44:53-60,19992)PhippsJA,FletcherEL,VingrysAJ:Paired-flashidentificationofrodandconedysfunctioninthediabeticrat.InvestOphthalmolVisSci45:4592-4600,20043)Ino-UeM,ZhangL,NakaHetal:Polyolmetabolismofretrogradeaxonaltransportindiabeticratlargeopticnervefiber.InvestOphthalmolVisSci41:4055-4058,20004)LorenziM:Thepolyolpathwayasamechanismfordiabeticretinopathy:attractive,elusive,andresilient.ExpDiabetesRes2007:61038,20075)LiethE,LaNoueKF,AntonettiDAetal:Diabetesreducesglutamateoxidationandglutaminesynthesisintheretina.ThePennStateRetinaResearchGroup.ExpEyeRes70:723-730,20006)BarberAJ,LiethE,KhinSAetal:Neuralapoptosisintheretinaduringexperimentalandhumandiabetes.Earlyonsetandeffectofinsulin.JClinInvest102:783-791,19987)YonemuraD,AokiT,TsuzukiK:Electroretinogramindiabeticretinopathy.ArchOphthalmol68:19-24,19628)ShiraoY,KawasakiK:Electricalresponsesfromdiabeticretina.ProgRetinEyeRes17:59-76,19989)金子宗義:HbA1C値が良好で検眼鏡的眼底所見が正常なインスリン非依存性糖尿病患者の暗所閾値電位.日眼会誌105:463-469,200110)KizawaJ,MachidaS,KobayashiTetal:Changesofoscillatorypotentialsandphotopicnegativeresponseinpatientswithearlydiabeticretinopathy.JpnJOphthalmol50:367-373,200611)LuuCD,SzentalJA,LeeSYetal:Correlationbetweenretinaloscillatorypotentialsandretinalvascularcaliberintype2diabetes.InvestOphthalmolVisSci51:482-486,201012)AylwardGW:Thescotopicthresholdresponseindiabeticretinopathy.Eye3(Pt5):626-637,198913)金子宗義,菅原岳史,田澤豊:ストレプトゾトシン誘発初期糖尿病ラットの網膜内層電位.日眼会誌104:775-778,200014)BuiBV,LoeligerM,ThomasMetal:Investigatingstructuralandbiochemicalcorrelatesofganglioncelldysfunctioninstreptozotocin-induceddiabeticrats.ExpEyeRes88:1076-1083,200915)KohzakiK,VingrysAJ,BuiBV:Earlyinnerretinaldysfunctioninstreptozotocin-induceddiabeticrats.Invest図4糖尿病患者のPhNR代表的な糖尿病患者のERG波形を示す.正常波形と比較して小さい症例(A)や潜時の延長症例(B)がみられる.横軸:潜時,縦軸:振幅,点線は基線,太線は糖尿病患者の錐体ERG波形,細線は正常者の錐体ERG波形.0255075100025507510012080400-40-80潜時(ms)振幅(μV)A:正常者B:糖尿病PhNRPhNR(107)あたらしい眼科Vol.28,No.1,2011107OphthalmolVisSci49:3595-3604,200816)ViswanathanS,FrishmanLJ,RobsonJGetal:Thephotopicnegativeresponseofthemacaqueelectroretinogram:reductionbyexperimentalglaucoma.InvestOphthalmolVisSci40:1124-1136,199917)MachidaS,GotohY,TobaYetal:Correlationbetweenphotopicnegativeresponseandretinalnervefiberlayerthicknessandopticdisctopographyinglaucomatouseyes.InvestOphthalmolVisSci49:2201-2207,200818)NakamuraM,KanamoriA,NegiA:Diabetesmellitusasariskfactorforglaucomatousopticneuropathy.Ophthalmologica219:1-10,200519)ChopraV,VarmaR,FrancisBAetal:Type2diabetesmellitusandtheriskofopen-angleglaucomatheLosAngelesLatinoEyeStudy.Ophthalmology115:227-232e1,200820)ColemanAL,MigliorS:Riskfactorsforglaucomaonsetandprogression.SurvOphthalmol53(Suppl1):S3-10,200821)LopesdeFariaJM,RussH,CostaVP:Retinalnervefibrelayerlossinpatientswithtype1diabetesmellituswithoutretinopathy.BrJOphthalmol86:725-728,200222)TakahashiH,GotoT,ShojiTetal:Diabetes-associatedretinalnervefiberdamageevaluatedwithscanninglaserpolarimetry.AmJOphthalmol142:88-94,200623)SugimotoM,SasohM,IdoMetal:Detectionofearlydiabeticchangewithopticalcoherencetomographyintype2diabetesmellituspatientswithoutretinopathy.Ophthalmologica219:379-385,200524)PengPH,LinHS,LinS:Nervefibrelayerthinninginpatientswithpreclinicalretinopathy.CanJOphthalmol44:417-422,200925)KlempK,SanderB,BrockhoffPBetal:ThemultifocalERGindiabeticpatientswithoutretinopathyduringeuglycemicclamping.InvestOphthalmolVisSci46:2620-2626,200526)DawsonWW,HazariwalaK,KargesS:Humanphotopicresponsetocirculatingglucose.DocOphthalmol101:155-163,200027)ChenH,ZhangM,HuangSetal:ThephotopicnegativeresponseofflashERGinnonproliferativediabeticretinopathy.DocOphthalmol117:129-135,200828)HolopigianK,SeipleW,LorenzoMetal:Acomparisonofphotopicandscotopicelectroretinographicchangesinearlydiabeticretinopathy.InvestOphthalmolVisSci33:2773-2780,199229)ParisiV,UccioliL,MonticoneGetal:ElectrophysiologicalassessmentofvisualfunctioninIDDMpatients.ElectroencephalogrClinNeurophysiol104:171-179,199730)ArdenGB,HamiltonAM,Wilson-HoltJetal:Patternelectroretinogramsbecomeabnormalwhenbackgrounddiabeticretinopathydeterioratestoapreproliferativestage:possibleuseasascreeningtest.BrJOphthalmol70:330-335,198631)HolopigianK,GreensteinVC,SeipleWetal:Evidenceforphotoreceptorchangesinpatientswithdiabeticretinopathy.InvestOphthalmolVisSci38:2355-2365,199732)AizuY,OyanagiK,HuJetal:Degenerationofretinalneuronalprocessesandpigmentepitheliumintheearlystageofthestreptozotocin-diabeticrats.Neuropathology22:161-170,200233)LinsenmeierRA,MinesAH,SteinbergRH:Effectsofhypoxiaandhypercapniaonthelightpeakandelectroretinogramofthecat.InvestOphthalmolVisSci24:37-46,198334)WongTY,LiewG,TappRJetal:Relationbetweenfastingglucoseandretinopathyfordiagnosisofdiabetes:threepopulation-basedcross-sectionalstudies.Lancet371:736-743,2008***

多摩地域の眼科医における糖尿病眼手帳に対するアンケート調査結果の推移

2011年1月31日 月曜日

0910-1810/11/\100/頁/JCOPY(97)97《第15回日本糖尿病眼学会原著》あたらしい眼科28(1):97.102,2011cはじめに糖尿病診療の地域医療連携を考える際に重要なポイントの一つが,内科と眼科の連携である.多摩地域では,1997年に内科医と眼科医が世話人となり糖尿病治療多摩懇話会を設立させ,内科と眼科の連携を強化するために両科の連携専用の「糖尿病診療情報提供書」を作成し地域での普及を図った1).〔別刷請求先〕大野敦:〒193-0998八王子市館町1163番地東京医科大学八王子医療センター糖尿病・内分泌・代謝内科Reprintrequests:AtsushiOhno,M.D.,DepartmentofDiabetology,EndocrinologyandMetabolism,HachiojiMedicalCenterofTokyoMedicalUniversity,1163Tate-machi,Hachioji,Tokyo193-0998,JAPAN多摩地域の眼科医における糖尿病眼手帳に対するアンケート調査結果の推移大野敦梶邦成臼井崇裕田口彩子松下隆哉植木彬夫東京医科大学八王子医療センター糖尿病・内分泌・代謝内科ChangesinQuestionnaireSurveyResultsamongTamaAreaOphthalmologistsRegardingtheOphthalmologicalNotebookofDiabeticsAtsushiOhno,KuniakiKaji,TakahiroUsui,SaikoTaguchi,TakayaMatsushitaandAkioUekiDepartmentofDiabetology,EndocrinologyandMetabolism,HachiojiMedicalCenterofTokyoMedicalUniversity目的:2002年に発行された糖尿病眼手帳(以下,眼手帳)に対する眼科医の意識調査を発行7年目に施行し,発行半年目と2年目の調査結果と比較した.方法:多摩地域の眼科医に対し,1)眼手帳の配布状況,2)眼手帳配布に対する抵抗感,3)「精密眼底検査の目安」の記載があることの臨床上の適正度,4)受診の記録で記入しにくい項目,5)受診の記録に追加したい項目,6)眼手帳を配布したい範囲,7)文書料が保険請求できないことが眼手帳の普及の妨げになるか,8)眼手帳は眼科医から患者に渡す方が望ましいと考えるか,9)内科主治医を含めて他院で発行された眼手帳をみる機会,10)眼手帳の広まりについて調査し,各結果を3群間で比較した.結果・結論:眼手帳の配布率はこの5年間で10%上昇し,配布に対する抵抗感は有意に減少し,眼手帳を配布したい範囲は広がる傾向を認め,他院発行の眼手帳を見る機会は有意に増えているが,眼手帳の広まりに対する評価は厳しかった.Purpose:TheOphthalmologicalNotebookofDiabeticswasfirstissuedin2002;sevenyearshavepassedsincethen.Inthisstudy,weexaminedophthalmologistsregardingtheirawarenessoftheNotebook,andcomparedtheresultstothoseofsimilarsurveysconductedsixmonthsandtwoyearsaftertheNotebook’sfirstissuance.Methods:ThesubjectswereophthalmologistsintheTamaarea.Thesurveyitemswere:1)currentstatusofNotebookdistribution,2)senseofresistancetoprovidingtheNotebook,3)clinicalappropriatenessofthedescriptionof“guidelinesforthoroughfunduscopicexamination”,4)fieldsintheNotebookthataredifficulttocomplete,5)itemsthatshouldbeaddedtotheclinicalfindingsfield,6)areainwhichtheNotebookshouldbedistributed,7)whetherornottheNotebookcostnotcoveredbymedicalinsuranceisanobstacletoitspromotion,8)whetherornottheNotebookshouldbeprovidedtopatientsbyophthalmologists,9)frequencyofseeingtheNotebookissuedbyotherhospitals(includingattendingphysicians),and10)promotionoftheNotebook.Wecomparedtheresultsamongthethreegroups.ResultsandConclusion:TherateofNotebookdistributionhasincreasedby10%overthepastfiveyears,andthelevelofresistancetoprovidingithasmarkedlydecreased.ThemajorityofophthalmologistscommentedthattheNotebookshouldbedistributedoverawiderarea,andthefrequencyoftheirseeingitissuedbyotherhospitalshasincreased.Ontheotherhand,theyviewedthepromotionoftheNotebookasbeinginsufficient.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)28(1):97.102,2011〕Keywords:糖尿病眼手帳,アンケート調査,糖尿病網膜症,眼科・内科連携.OphthalmologicalNotebookofDiabetics,questionnairesurvey,diabeticretinopathy,cooperationbetweenophthalmologistandinternist.98あたらしい眼科Vol.28,No.1,2011(98)またこの活動をベースに,筆者は2001年の第7回日本糖尿病眼学会での教育セミナー「糖尿病網膜症の医療連携─放置中断をなくすために」に演者として参加した2)が,ここでの協議を経て糖尿病眼手帳(以下,眼手帳)の発行に至っている3).眼手帳は,2002年6月に日本糖尿病眼学会より発行されてから7年が経過し,その利用状況についての報告が散見される4~7)が,多摩地域では,眼手帳に対する眼科医の意識調査を発行半年目,2年目,7年目に施行したので,本稿では発行7年目の結果を半年目8),2年目9)の結果と比較した.I対象および方法アンケートの対象は,多摩地域の病院・診療所に勤務している眼科医で,発行半年目96名〔男性56名,女性24名,不明16名,眼科経験年数19.0±11.6(M±SD)年〕,2年目71名(男性43名,女性28名,眼科経験年数20.3±12.9年),7年目68名(男性38名,女性22名,不明8名,眼科経験年数20.6±8.5年)である.なおアンケート調査は,眼手帳の協賛企業の医薬情報担当者が面接方式で行ったため,回収率はほぼ100%であった.またアンケート用紙の冒頭に,「集計結果は,今後学会等で発表し機会があれば論文化したいと考えておりますので,御了承のほどお願い申し上げます.」との文章を記載し,集計結果の学会での発表ならびに論文化に対する了承を得た.回答者のプロフィールを表1に示すが,年齢は40歳代が最も多く,3群間に有意差を認めなかった(c2検定:p=0.27).勤務施設は診療所がいずれも70%台で,3群間に有意差を認めなかった(c2検定:p=0.64).定期受診中の糖尿病患者数は,半年目に比べて2年目,7年目の患者数が増加していたが,有意差は認めなかった(c2検定:p=0.13).以上の背景ももつ対象において,問1.眼手帳の利用状況についてお聞かせ下さい問2.眼手帳を糖尿病患者に渡すことに抵抗がありますか問3.眼手帳の1ページの「精密眼底検査の目安」の記載があることは,臨床上適当とお考えですか問4.眼手帳の4ページ目からの受診の記録で,記入しにくい項目はどれですか問5.眼手帳の4ページ目からの受診の記録に追加したい項目はありますか問6.眼手帳を今後どのような糖尿病患者に渡したいですか問7.情報提供書と異なり文書料が保険請求できないことは,手帳の普及の妨げになりますか問8.眼手帳は眼科医から患者に渡す方が望ましいとお考えですか問9.内科主治医を含めて他院で発行された眼手帳を御覧になる機会がありますか問10.【半年目・2年目】眼手帳は広まると思いますか【7年目】眼手帳は広まっていると思いますか上記の問1~10に関するアンケート調査を行い,各問のアンケート結果の推移を検討した.3群間の回答結果の比較にはc2検定を用い,統計学的有意水準は5%とした.II結果1.眼手帳の利用状況(図1)発行半年目の調査時は質問項目として未採用のため,発行2年目と7年目で比較した.その結果,眼手帳の利用状況に有意差はなかったが,7年目の回答において,「積極的または時々配布している」を合わせると63.2%を認め,発行2年目より約10%増加していた.2.眼手帳を糖尿病患者に渡すことへの抵抗感(図1)眼手帳配布に対する抵抗感は,「全くない」がこの5年間表1回答者のプロフィール回答者年齢構成年齢半年目(96)2年目(71)7年目(68)20歳代3.1%(3)5.6%(4)1.5%(1)30歳代28.1%(27)21.1%(15)14.7%(10)40歳代33.3%(32)38.0%(27)38.2%(26)50歳代17.7%(17)16.9%(12)29.4%(20)60歳代11.5%(11)9.9%(7)11.8%(8)70歳代3.1%(3)8.5%(6)2.9%(2)未回答3.1%(3)1.5%(1)回答者勤務施設施設半年目(96)2年目(71)7年目(68)開業医75.0%(72)71.8%(51)76.5%(52)大学病院9.4%(9)9.9%(7)10.3%(7)総合病院7.3%(7)11.3%(8)5.9%(4)一般病院7.3%(7)5.6%(4)2.9%(2)その他2.9%(2)未回答1.0%(1)1.4%(1)1.5%(1)糖尿病患者数患者数半年目(96)2年目(71)7年目(68)10名未満8.3%(8)11.3%(8)8.8%(6)10~29名31.3%(30)16.9%(12)19.1%(13)30~49名19.8%(19)19.7%(14)23.5%(16)50~99名14.6%(14)14.1%(10)14.7%(10)100名以上10.4%(10)29.6%(21)23.5%(16)未回答15.6%(15)8.5%(6)10.3%(7)(99)あたらしい眼科Vol.28,No.1,201199で14%増加し,「ほとんどない」と合わせて約9割に達し,3群間で有意差を認めた(c2検定:p<0.05).3.眼手帳に「精密眼底検査の目安」の記載があることの臨床上の適正度(図1)目安があることおよび記載内容ともに適当との回答が3群とも80%前後を占め,目安の記載自体混乱の元で不必要との回答は4~10%台,目安はあったほうがよいが記載内容の修正は必要との回答は4~7%台にとどまり,3群間に有意差を認めなかった.7年目の回答者において,修正点として「目安としてはこう書くしかないと思うが,増殖前と増殖に関しては参考にならない」「コントロール状態と眼のステージで決めている」「黄斑症についての記載が必要だと思う」の記載があった.4.受診の記録の中で記入しにくい項目(図2)記入しにくい項目を選択した回答者の割合は,半年目47.9%,2年目42.3%,7年目51.5%で,3群間に有意差を認めなかった.7年目の回答者が選択した記入しにくい項目としては,福田分類,変化,白内障が10%を超えており,福田分類は増加傾向を認めた.一方,次回受診予定日,糖尿病網膜症,黄斑症は減少していた.問1.眼手帳の利用状況問2.眼手帳を糖尿病患者へ渡すことへの抵抗感問3.眼手帳に「精密眼底検査の目安」の記載があることの臨床上の適正度0%20%40%60%80%100%0%20%40%60%80%100%0%20%40%60%80%100%□積極的に配布している■時々配布している■必要とは思うが配布していない■必要性を感じず配布していない■眼手帳を今回はじめて知った■その他の配布状況■未回答□全くない■ほとんどない■多少ある■かなりある■未回答□適当■不必要■修正が必要■未回答2年目7年目半年目2年目7年目半年目2年目7年目c2検定:p<0.05c2検定:p値0.86c2検定:p値0.55図1問1~3の回答結果問4.受診の記録の中で記入しにくい項目■特にない■ある■未回答■半年目■2年目■7年目0%0%5%10%15%20%25%20%40%60%80%100%半年目2年目7年目問5.受診の記録の中で追加したい項目の有無c2検定:p値0.46(未回答を除く)糖尿病黄斑症福田分類変化糖尿病網膜症白内障眼圧矯正視力次回受信予定日図2問4,5の回答結果100あたらしい眼科Vol.28,No.1,2011(100)5.受診の記録の中で追加したい項目の有無(図2)追加したい項目は「特にない」が3群とも大多数を占め,「ある」は半年目7.3%,2年目9.9%,7年目14.7%にとどまり,3群間に有意差を認めなかった.追加したい項目があると回答した者において,具体的にはHb(ヘモグロビン)A1Cを記載したものが最も多かった.6.眼手帳を渡したい範囲(図3)発行7年目において眼手帳を渡したい範囲は,すべての糖尿病患者との回答が半年目より18.5%,2年目より5%増加傾向,一方,網膜症の出現してきた患者との回答は,半年目の6割台が2年目と7年目では4割台に減少傾向を認めた.7.情報提供書と異なり文書料が保険請求できないことが眼手帳の普及の妨げになるか(図3)全くならないが半年目28.1%,2年目21.1%,7年目33.8%,あまりならないが38.5%,43.7%,33.8%,多少なるが19.8%,22.5%,23.5%,かなりなるが5.2%,8.5%,8.8%で,3群間に有意差は認めなかった.8.眼手帳は眼科医から患者に渡す方が望ましいと考えるか(図3)眼科医が渡すべきであるが半年目40.6%,2年目36.6%,問6.眼手帳を渡したい範囲問7.文書料が保険請求できないことが眼手帳の普及の妨げになるか問8.眼手帳は眼科医から患者に渡す方が望ましいと考えるか0%20%40%60%80%100%半年目2年目7年目■全ての糖尿病患者■網膜症が出現してきた患者■正直あまり渡したくない■その他■未回答■全くならない■あまりならない■多少なる■かなりなる■未回答■眼科医が渡すべき■内科医でも良い■どちらでも良い■未回答c2検定:p<0.10%20%40%60%80%100%半年目2年目7年目c2検定:p値0.260%20%40%60%80%100%半年目2年目7年目c2検定:p値0.51図3問6~8の回答結果問9.内科主治医を含めて他院で発行された眼手帳をみる機会問10.眼手帳の広まり■かなりある■多少ある■ほとんどない■全くない■未回答■【半年・2年目】かなり広まると思う【7年目】かなり広まっていると思う■【半年・2年目】なかなか広まらないと思う【7年目】あまり広まっていないと思う■どちらともいえない■未回答c2検定:p<0.052年目7年目c2検定:p<0.0050%20%40%60%80%100%0%20%40%60%80%100%2年目半年目7年目図4問9,10の回答結果(101)あたらしい眼科Vol.28,No.1,20111017年目36.8%,内科医が渡してもかまわないが30.2%,28.2%,23.5%,どちらでも良いが26.0%,32.4%,39.7%で,3群間に有意差は認めなかった.9.内科主治医を含めて他院で発行された眼手帳をみる機会(図4)半年目は質問項目として未採用のため,2年目と7年目で比較した.その結果,他院で発行された眼手帳をみる機会は,かなりあると多少あるが増加し,ほとんどないと全くないが減少して,2年目より7年目においてみる機会が有意に増えていた(c2検定:p<0.05).10.眼手帳の広まり(図4)この設問において,半年目と2年目は眼手帳の広まりに対する予想を,一方,7年目は現在の広まりに対する評価を質問した.その結果,眼手帳はかなり広まる・広まっているとの回答は20%台で推移しているが,あまり広まらない・広まっていないが倍増し,一方,どちらともいえないが減少して,3群間に有意差を認めた(c2検定:p<0.005).III考按1.眼手帳の利用状況眼手帳の存在自体を今回はじめて知ったとの回答は2年目4.2%,7年目4.4%にとどまり,眼手帳の認知度は約95%であった.船津らにより行われた全国9地域,10道県の眼科医を対象にした,発行1年目の調査5)における認知度は88.6%,6年目の調査7)では95.3%であり,ほぼ同等の結果と思われる.一方,眼手帳の活用度は,積極的と時々配布を合わせて63.2%で,2年目より10%増加していたが,先の発行1年目5)と6年目7)の調査における活用度60.5%,71.6%と比べると,かなり低かった.診療が忙しくてほとんど配布していないとの回答が15~20%,あまり必要性を感じないので配布していないとの回答が10%前後認めており,今後活用度を上げるには「記入すべき項目数の限定」「コメディカルによる記入の協力」など,より利用しやすい方法を考える必要がある.2.眼手帳を糖尿病患者に渡すことへの抵抗感配布に対する抵抗感は,「全くない」がこの5年間で14%増加し,ほとんどないと合わせて約9割に達しており,時間的余裕と配布の必要性が確保されれば,配布率の上昇が期待できる結果であった.3.眼手帳に「精密眼底検査の目安」の記載があることの臨床上の適正度「精密眼底検査の目安」の記載が臨床上適当であるとの回答は,3群とも8割前後の高い回答率であったが,一方,目安の記載自体混乱の元で不必要との回答も4~10%台認めた.この結果は,糖尿病の罹病期間や血糖コントロール状況を加味せずに,検査間隔を決めるむずかしさを示唆しており,受診時期は主治医に従うように十分説明してから手帳を渡すことの必要性を改めて示している.4.受診の記録の中で記入しにくい項目7年目の回答において,福田分類,変化,白内障が10%を超えており,特に福田分類は増加傾向を示した.眼手帳とほぼ同じ項目で作成された「内科医と眼科医の連携のための糖尿病診療情報提供書」の改良点に関する調査においても,削除希望項目として福田分類の希望が多かった1).また筆者が,非常勤医師として診療に携わっている病院における眼手帳の記入状況において,福田分類は最も記載率が低かった10).福田分類は,内科医にとっては網膜症の活動性をある程度知ることのできる分類であるためぜひ記入していただきたい項目であるが,その記入のためには蛍光眼底検査が必要な症例も少なくなく,眼科医にとっては埋めにくい項目と思われる1).一方,次回受診予定日は,記入しにくいと回答する者が減少していたが,眼科受診放置を防ぐためには,まず次回の受診時期を患者本人および内科主治医に知らせることが重要であり,今回の結果は望ましい方向に進んでいることを示している.5.受診の記録の中で追加したい項目の有無追加したい項目は特にないとの回答が約80~90%であったが,追加希望の項目としてはHbA1Cが多かった.HbA1Cが併記されれば,血糖コントロール状況と網膜症や黄斑症の推移との関連がみやすくなる,眼底検査の間隔が決めやすくなるなどのメリットが考えられ,今後の導入が期待される.6.眼手帳を渡したい範囲すべての糖尿病患者との回答は,半年目で27.1%にとどまり,船津らの発行1年目の調査5)での24.8%との回答結果に近似していた.しかし2年目40.8%,7年目45.6%と増加傾向を示し,6年目の調査7)での31.8%を上回っていた.一方,網膜症の出現してきた患者との回答は,半年目の60%が2年目と7年目は40%強に減少傾向を認めたが,6年目の調査7)での39.6%と近似した結果を示した.眼手帳は,糖尿病患者全員の眼合併症に対する理解を向上させる目的で作成されているため,今後すべての糖尿病患者に手渡されることが望まれる5).7.情報提供書と異なり文書料が保険請求できないことが眼手帳の普及の妨げになるか普及の妨げに全く・あまりならないとの回答が計67.6%で,有意差は認めなかったが前者の比率がやや増えていた.従来連携に用いてきた情報提供書は,医師側には文書料が保険請求できるメリットがあるものの,患者側からみると記載内容を直接見ることができないデメリットもある.今回の結果は,「患者さんに糖尿病眼合併症の状態や治療内容を正しく理解してもらう」という眼手帳の目的を考えると,望まし102あたらしい眼科Vol.28,No.1,2011(102)い方向性を示している.8.眼手帳は眼科医から患者に渡す方が望ましいと考えるか眼科医が渡すべきは比較的横ばいであったのに対し,有意差は認めなかったものの,内科医から渡してもかまわないが減少し,一方,どちらでも良いは増加していた.先に触れたように,精密眼底検査の受診間隔や眼手帳を渡す範囲などには眼科医によって差異があり,その点からも内科医からの配布には慎重な姿勢がみられたと思われる.9.内科主治医を含めて他院で発行された眼手帳をみる機会かなりあると多少あるが増加し,ほとんどないと全くないが減少していたが,眼手帳配布の協賛企業から日本糖尿病眼学会事務局への報告資料によると,東京都における眼手帳の医療機関への配布部数は2003年末で43,833部,2008年末で137,232部,眼手帳の申し込み件数は2003年末で656件,2008年末で2,099件と増加しており,この結果を支持していた.10.眼手帳の広まり眼手帳はあまり広まらない・広まっていないが倍増し,どちらともいえないが著減しており,前項の眼手帳をみる機会の増加と矛盾する結果であった.眼手帳の医療機関への配布部数ならびに眼手帳の申し込み件数は,先に示したように2003年末に比べて2008年末はそれぞれ3.1倍,3.2倍の増加を示しているが,同じく日本糖尿病眼学会事務局資料で東京都の眼科施設における配布率の推移をみると,病院の配布率が2003年末38%,2008年末62%で1.6倍,開業医の配布率が2003年末22%,2008年末30%で1.4倍の増加にとどまっている.すなわち,すでに利用している医療機関での各配布数の伸びが全体の配布部数の増加を支えており,利用施設数はパラレルに増加していないことになり,これが今回の眼手帳の広まりに対する実感につながっている可能性が考えられる.以上のアンケート結果の推移により,眼手帳の配布率はこの5年間で10%上昇し,配布に対する抵抗感は有意に減少し,眼手帳を配布したい範囲は広がる傾向を認め,他院発行の眼手帳をみる機会は有意に増えているが,眼手帳の広まりに対する評価は厳しかった.今後は,さらに多くの医療機関で眼手帳を利用してもらうために,眼手帳の目的を理解してもらうための啓蒙活動ならびに眼手帳のより利用しやすい方法の提案が必要と思われる.謝辞:アンケート調査にご協力頂きました多摩地域の眼科医師の方々に厚く御礼申し上げます.文献1)大野敦,植木彬夫,馬詰良比古ほか:内科医と眼科医の連携のための糖尿病診療情報提供書の利用状況と改良点.日本糖尿病眼学会誌7:139-143,20022)大野敦:糖尿病診療情報提供書作成までの経過と利用上の問題点・改善点.眼紀53:12-15,20023)大野敦:クリニックでできる内科・眼科連携─「日本糖尿病眼学会編:糖尿病眼手帳」を活用しよう.糖尿病診療マスター1:143-149,20034)善本三和子,加藤聡,松本俊:糖尿病眼手帳についてのアンケート調査.眼紀55:275-280,20045)糖尿病眼手帳作成小委員会:船津英陽,福田敏雅,宮川高一ほか:糖尿病眼手帳.眼紀56:242-246,20056)船津英陽:糖尿病眼手帳と眼科内科連携.プラクティス23:301-305,20067)船津英陽,堀貞夫,福田敏雅ほか:糖尿病眼手帳の5年間推移.日眼会誌114:96-104,20108)大野敦,植木彬夫,住友秀孝ほか:多摩地域の眼科医における糖尿病眼手帳の利用状況と意識調査.日本糖尿病眼学会誌9:140,20049)大野敦,粂川真理,臼井崇裕ほか:多摩地域の眼科医における発行2年目の糖尿病眼手帳に対する意識調査.日本糖尿病眼学会誌11:76,200610)大野敦,林泰博,川邉祐子ほか:当院における糖尿病眼手帳の記入状況.川崎医師会医会誌22:48-53,2005***

眼科医にすすめる100冊の本-1月の推薦図書-

2011年1月31日 月曜日

あたらしい眼科Vol.28,No.1,2011950910-1810/11/\100/頁/JCOPY2010年に読んだ本のなかで一番の本である.超おすすめ.マイブームになっている.何かあると“スマナサーラ”と唱えている自分がいる.みんなそれぞれ自分が好きな言葉があると思う.その言葉で元気づけられる.僕が一番好きな言葉は“ごきげんだからうまくいく”というフレーズだ.これは自分で作った.このフレーズをタイトルにした本もサンマーク出版から出した.この言葉によって何回勇気づけられたことか.言葉はそれ自体がエネルギーをもつ.自分の作った言葉に励まされるっておかしいと思うかもしれないが真実だ.子供から学ぶのと似たような感覚といえばよいだろうか.スマナサーラ(著者で僧侶の名前ですが)は同じく自分が“怒る”ことから永遠に別れをつげた象徴となった.思いもよらなかったことを教えてくれた本である.自分はだいぶ前に怒ることはやめた.正しくは長い間そう思ってきた.怒っても何もいいことがない.だからやめる.単純な理論である.まず怒ったらその怒る気持ちと声を真っ先に聞くのは自分だ.怒られるのはいやだから,怒るのもいやだ.なにしろ1秒単位でごきげんでいたいとチャレンジしている自分にとっては,怒りは無用である.ここまでは皆さんも同意してくれるだろう.ところが話はそんなに簡単じゃない.この本でまず驚いたのは,“後悔すること”“笑わないこと”“心の底から楽しいと思わないこと”も怒りであると指摘していることだった.えっ,そんなことも怒りなの?っていう感じである.ここのところを僕の言葉で語るのはまだむずかしいので,ぜひ本書を読んでいただきたい.人生は本当はとっても楽しく,ごきげん,笑いに満ちている.という前提がまず存在する.もしそうでなかったら,それはあなたの心の中に怒りがあるからだ.という考え方だ.だから永遠に怒りから決別しよう!とこの本は諭す.怒りがなくなったとたんに笑顔が自然に浮かんでくる.怒っていたら笑うことができない.これは真実だ.笑って人生を過ごすためには“怒らないこと”が大前提になる.この本はなにが起きても怒らないことを提唱する.怒ることはまったく必要のないことだと断言する.でも,たとえば誰かに足を思い切り踏まれたら怒りたくなるんじゃないか.と当然思う.でも怒らないほうが得だとこの本はいうのだ.もし怒ったら足を踏まれた時間は笑顔でいることができない.怒ってしまったらその時間は怒りの時間になってしまう.だから足を踏まれても自動的に怒る必要はないという.足を踏まれたら痛いと感じるのは自然である.でもその後に怒るか,“いいんですよ.間違いは誰にもあることです.怪我しなくてよかった.自分が踏む側じゃなくてよかった.あー,もう痛くなくなったし,本当によかった”と考える自由を人間はもっているというのだ.これはすばらしい考え方だと心から思う.お金を貸して返ってこなくても怒る必要はまったくない.“あー,ちょっと損したな”と思う.っていうか,それが数字上は真実なんだけど,それでも怒る必要はない.“お金が返ってこなくても普通に生活できる.自分がお金を踏み倒す側じゃなくてよかった.もし返ってきたらお祝いしちゃおう”くらいの気持ちで臨む.そうすると笑顔でいられる.それでも世の中には,人を脅したり,傷つけたりする人がいる.そのような場合はどうするのか.この本はそのような場合の対処の仕方,考え方も提示している.まずは無視すること.そういう感覚の人とは無縁だと自分で決めることだ.それでも自分に危害が及びそうだったら“毅然とした態度で,もしこれ以上悪いことをするならそれ以上の力で対抗します”と伝える.まれには実行もする.それでもその間,怒る必要はない.笑顔で“ま(95)■1月の推薦図書■怒らないことアルボムッレ・スマナサーラ著(サンガ)シリーズ─97◆坪田一男慶應義塾大学医学部眼科96あたらしい眼科Vol.28,No.1,2011あ,こういうこともまれにはありますね”と対処する.でもあくまで基本は笑顔.怒らないことである.そんなわけで,最近は日常生活のなかでちょっとネガティブなことを感じたら“スナマサーラ”と唱えている.大型研究費の申請が落ちた!スマナサーラ.残念がることさえ怒りだ.自信の論文がジャーナルからリジェクトをくらった!スマナサーラ.そんなことで心を乱されたらだめだ.年収が半減した!スマナサーラ.別に給料が減ったってごきげんに生きているのだから笑顔で過ごしてまったく問題ない!という具合である.こうなってくると,つぎはどんなときにスマナサーラと叫ぶのかが楽しみになってくる.早く問題が来ないかなと思えるようになった自分がおかしい.何が来ても“スマナサーラ”があるから大丈夫!ぜんぜんへっちゃらなのだ.(96)☆☆☆