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眼科医にすすめる100冊の本-9月の推薦図書-

2010年9月30日 木曜日

あたらしい眼科Vol.27,No.9,201012530910-1810/10/\100/頁/JCOPYこの本“TheBrainThatChangesItself”は今年の誕生日会にアメリカの友達からもらった(ちなみに訳書は『脳は奇跡を起こす』として講談社インターナショナルから刊行されている).昔は英語の本をもらっても読むのに時間がかかったが,最近は速い.英語でも速読ができるようになってきてとっても満足.しかもこの本は,内容がとんでもなくおもしろかった.前庭器官が壊れてしまった患者様の奇跡のリカバリーの物語だ.最初に出てくるエピソードから驚きである.ゲンタマイシンなどの抗生物質で前庭器官が壊れてしまうと,一生普通の生活を送ることはできない.いつも目がまわっていて,一人では立てないし,すぐに転んでしまう.そこで,この患者様に平衡感覚を電気刺激で与える器械を試してみた.するとその器械を装着している間はうまく立つことができるようになった.これだけでも驚きである.大がかりな器械なので大変だが,それでもはじめて自分で立つことができたのだ.本当の驚きはその後に起きた.なんとこの大掛かりな器械をはずしても患者様が少しずつ立つことができるようになってきたのだ.前庭器官は壊れているはずなのに,どうしてそんなことが可能になったのか?脳の中にバランスをつかさどる新しい回路ができたのか?どうもそうらしいという.この患者様はその後どんどんと良くなって,最終的には器械がなくても目が回らなくなってきた.前庭器官が壊れてしまい必要な情報を提供できなくなってしまったが,それでも少しの細胞は生きている.今回平衡感覚をサポートする器械を使ったために,こういうパターンのときはこういう情報というように,リハビリができた可能性があるという.すなわち,赤ちゃんのときから学んできた前庭器官と脳との関係は壊れてしまったが,それをもう1回構築する学習のチャンスがあったということだ.そして脳はそれをやりとげた.そんなすばらしい能力が脳には備わっている.脳のすばらしい能力の話の一方で,マイナス面についても画期的なことが書いてあったので紹介したい.それは“痛みを学ぶ”という脳の側面だ.たとえば,人はケガをしたときなどは,なるべくその部分を動かさないようにする.うっかり動かせば,痛みを感じるだけでなく,傷を悪化させてしまいかねないからだ.本の中に登場する米カリフォルニア大学のラマチャンドラン博士はこれについて,「脳が学習し,動かそうと思っただけで,痛みが生じるようにしたとしたら……」と考えた.そうすれば,痛みを生じる動きを寸前で阻止でき,少なくとも傷の悪化を防ぐことができる.博士はさらに,慢性的な痛みをもつ人は,このように脳の運動中枢の出す命令が,痛みの神経系につながっている状態なのではないかと考えた.だから,ケガが治っても,脳が「動かせ」と命令を出すだけで,痛みを感じてしまうのではないか,というのである.博士はこれを,「学習された痛み」と名付け,ある実験を試みた.慢性痛をもつ患者様に,もう傷は治っている,動かしても安全だと脳に思いこませるイメージトレーニングを1カ月ほど試してもらったのだ.すると,痛みを感じていた期間が短い人ほど,痛みが和らいだりすっかり消えたりしたという.この実験が示しているのは,「脳が学習した痛み」は,再び脳を学習させることによって軽減・解消できる可能性があるということだ.長い間ずっと消えなかった痛みを,何の薬品も,鍼やメスも使わず,ただ想像するだけで,和らげたり解消できるなら,こんなにすばらしいことはない.そこで,僕もさっそく試してみた.今年の2月にスキ(87)■9月の推薦図書■TheBrainThatChangesItselfNormanDoidge著(Penguin)シリーズ─94◆坪田一男慶應義塾大学医学部眼科1254あたらしい眼科Vol.27,No.9,2010ーで痛めた肩である.とっても痛い.そこで腕を動かすときは,自分の肩に向かって「大丈夫だよ,もう治ってるよ,痛くないよ」と何度も呪文のように語りかけることにした.すると,痛みで上がらなかった腕が,徐々にすっと真上に上がるようになったのだ!自分の肩に話しかけるなんて,まるで独りコントのような滑稽な光景だろうが,これは,ジョークでも魔術でもない.「脳のリプログラミング」なのだ.すべての痛みが「大丈夫だよ」という呪文で軽減・解消できるわけではないが,脳の学習能力を知り,うまく使いこなさないと解消されない痛みもあることはぜひとも覚えておきたい.それほど脳の力はすごいのだ.眼科のなかでも,なかなかとれない目の痛み,目の疲れなどなど,もしかしたら脳による学習プログラムが大きな影響をもっているものもあるかもしれない.「もう治っていますよ.よくなっていますよ」の一言が,大きな力になるかもしれない,と思った次第である.(88)☆☆☆

眼研究こぼれ話 9.医学研究の実情 小さな蓄積の上に

2010年9月30日 木曜日

(85)あたらしい眼科Vol.27,No.9,20101251医学研究の実情小さな蓄積の上に最近号のイギリスの科学週刊誌,ネイチャーに,かぶと虫の角の効果についての論文が載っている.角は戦うためについているとの結論である.これを書いた動物学者にとっては,真剣に行った研究発表である.しかし,専門外のものが見ると,わかり切ったようなことで,何か,茶化されたような気もする.研究とは,こんなものである.一見つまらないような事柄であっても,専門家がコツコツと創りあげた尊い知識は蓄積しておかねばならない.いつか必ず役に立つからである.似た話は私の研究室員の一人ロビソン博士についてもいえる.彼は小さい蠅の精子の尾,それも先端2分の1ばかりの所を研究して博士になっている.彼はしっぽの本体を作っている小チューブの配列が完全に規則正しくなっていないということを発見したのである.ところが,この構造は,精子がしっぽを振って泳ぐことに役立っているとわかったばかりでなく,他の臓器の説明にも利用されている.以前に蚤の何とかを研究して博士になった人が居ると聞いたことがある.奇しくもそれは私の研究員ロビソン君であった.彼は私の研究室で働くようになってから,彼の得意とする電子顕微鏡の技術を生かして,ビタミンAと,ビタミンEの欠乏症が網膜にどのような変化を起こすかについて奮闘している.終日,コツコツと,ネズミのように働いているが,なかなか成果が上がらない.これよりはいささかスケールが大きいが,血管造成因子の研究というのがある.この因子は癌研究につながると信じられ,一躍有名となった.この問題の主研究者の人柄によるのか,時代の要求がそうさせたのか,一流の学者たちが参加し,因子の実体を明らかにしようと頑張った.たいへんな高額の研究費が用いられたが,それに比較して成果があまり上がらないのである.この研究も,あまり役に立たないものだという人もあるが,実に膨大な知識が積み重ねられている.ところが,積み重ねられた知識はうまく利用されないまま,陳腐となってしまうこともあるし,また新しい考えで見直すと,すっかり間違っていることもある.このような堂々めぐりが医学研究にはつきものであって,本当の前進は難しい.特に,眼の研究となると,度々述べたように,構造そのものを始めとして,失明を起こすような個々の病気の基本的な知識がまだまだ十分に理解されていないのである.0910-1810/10/\100/頁/JCOPY眼研究こぼれ話桑原登一郎元米国立眼研究所実験病理部長●連載⑨.▲顕微鏡にとりくむロビソン博士1252あたらしい眼科Vol.27,No.9,2010眼研究こぼれ話(86)もちろん,知識の積み立ては早急に出来るものではない.一見,役に立たなく見えることでも,せっせとためることこそ学問である.研究の成功は個人の頭脳に依存していると,このシリーズのどこかに書いたことがある.しかし,大発見をするようなことは,ほんの一部の幸運な学者に,それも時たま起こることであって,期待することは難しい.多数の研究者のコツコツと蓄える小さい業績を,陳腐にならないうちに,自分の作り出した定規に合わせて何とかうまく,積み重ねていると,求めている結論に通ずる路が突然に開けるのである.しかし,この路は永遠には使えない.すぐ隣に,4車線高速道路が,一夜のうちに出来上がることも,しばしばあるのである.(原文のまま.「日刊新愛媛」より転載)☆☆☆お申込方法:おとりつけの書店,また,その便宜のない場合は直接弊社あてご注文ください.メディカル葵出版年間予約購読ご案内眼における現在から未来への情報を提供!あたらしい眼科2010Vol.27月刊/毎月30日発行A4変形判総140頁定価/通常号2,415円(本体2,300円+税)(送料140円)増刊号6,300円(本体6,000円+税)(送料204円)年間予約購読料32,382円(増刊1冊含13冊)(本体30,840円+税)(送料弊社負担)最新情報を,整理された総説として提供!眼科手術2010Vol.23■毎号の構成■季刊/1・4・7・10月発行A4変形判総140頁定価2,520円(本体2,400円+税)(送料160円)年間予約購読料10,080円(本体9,600円+税)日本眼科手術学会誌(4冊)(送料弊社負担)【特集】毎号特集テーマと編集者を定め,基本的事項と境界領域についての解説記事を掲載.【原著】眼科の未来を切り開く原著論文を医学・薬学・理学・工学など多方面から募って掲載.【連載】セミナー(写真・コンタクトレンズ・眼内レンズ・屈折矯正手術・緑内障・眼感染アレルギーなど)/新しい治療と検査/眼科医のための先端医療他【その他】トピックス・ニュース他■毎号の構成■【特集】あらゆる眼科手術のそれぞれの時点における最も新しい考え方を総説の形で読者に伝達.【原著】査読に合格した質の高い原著論文を掲載.【その他】トピックス・ニューインストルメント他株式会社〒113.0033東京都文京区本郷2.39.5片岡ビル5F電話(03)3811.0544http://www.medical-aoi.co.jp※現在このサービスは,直送の年間定期購読者様のみ対象です.「あたらしい眼科」特設サイトOPEN!オンラインジャーナルをリニューアルしました.http://www.atagan.jpへアクセス!!

私が思うこと 23.師匠ニ不似ヲ好也

2010年9月30日 木曜日

あたらしい眼科Vol.27,No.9,20101249シリーズ私が思うこと(83)和菓子の色は,小豆のくすんだ色の餡をベースに,白は洋菓子のクリームとは異なる生成りの白,緑も黄色も何種類もある.緑と黒で松を,白と紅で梅や桜を,紅と黄で紅葉をという具合に,色の組み合わせだけで自然の風物をイメージする.色から季節を読みとる美意識は,王朝文学に出てくる「かさねの色」から連綿とつながっているのだろう.王朝貴族は,何枚も重ねる衣服の色合わせを季節ごとにさまざま考えだし,いろいろな名前をつけた.当時の衣服は簡単で,極端にいえば,肩にかけて前を合わせていただけだったようだ.何枚も重ねて襟元に出る色の縞と,うすものがふわりと重なって透ける身ごろの色合いを楽しんだのである.袷仕立ての場合は,表が青で裏が紫を「松重(まつがさね)」,表が紅で裏が紫を「紅梅重(こうばいがさね)」というように配色にちなんだ名前がついている.衣を数枚重ねる場合の襟元,袖口に出る色あわせには「裏山吹」「杜若」など,さまざまな季節と複合的な色をイメージする名前である.源氏物語の二十二帖「玉葛」に,年末に源氏と紫の上が,女房たちに配る新年の晴れ着を準備する有名な場面があり,源氏が女君達に選んだ「かさねの色」で,紫の上が女君達の性格や姿を想像する心理描写がたくみに書かれている.明石の君に紫の重ね,明石の姫君に桜重ね,玉葛には山吹重ね,末摘花には柳重ね,という具合に.このような美意識を多くの日本人が好んだからこそ長年受け継がれ,和菓子の色合いの発展につながったのだろうと思う.和菓子の色あいとつけられている名前を味わうと何倍もおいしく楽しくなる.私は大の和菓子党で,味も色合いも楽しむ.自然の木々や草花の色の移り変わりを感じるのも大好きで,四季の色合い美しい日本に生まれてよかったとしみじみ思う.ではきれいな色を駆使して味わい深い絵を描くかというとまったくそういうことはなく,絵をかくのは大の苦手だ.学生のとき,眼科のカルテに書かれている美しい眼底スケッチをみて眼科にいくのを躊躇したくらい.まあいいやと目をつぶって眼科に入局したが,やはりついに美しいスケッチは描けずじまいである.一般には文章もスケッチも師匠に似る.なにしろ眼科的ゼロ歳児のときからくっついて教わるのだからよほど生来独創的な人でなければ似るのは当然だろう.われわれの書く文章は一応科学的なことがらを扱うので,ほぼ形は決まっているものの,それでも人によって特徴がある.導入の書き方,方法・結果の記述,文献の引き方,論理的に考察を進める道筋など,書くたびに添削を受けるので,同じ師匠に教わると同じ文体になる.同じ師匠0910-1810/10/\100/頁/JCOPY松村美代(MiyoMatsumura)関西医科大学名誉教授/誠明会永田眼科京都大学を卒業後,もしかしたら楽かなあと思って眼科に入局.希望的予想ははずれて大変な忙しさとはすぐわかったが,眼科のおもしろさに魅せられて今日まできた.子供のころから一つに集中するというのが苦手で,同時進行でもう一つはやりたいという習性がある.絵も字も音楽もものにならずお菓子を食べてお茶を点てることだけどうにか続いた.(松村)師匠ニ不似ヲ好也▲狭い空間に雰囲気だけ工夫して季節の花1250あたらしい眼科Vol.27,No.9,2010に教わった人達で分担執筆すると全ページ違和感なく,まるで一人の著者が書いたような感じになる.一文の長さ,句読点の打ち方までまねして書いているうちに,「型」が身につくのだ.文章,手術,芸事,スポーツ等々何でも,型をしっかり身につけて初めてその後の独創と豊穣なる展開が生まれるのだと思う.最近川上不白(江戸時代中期の茶匠)の書いたものに「師匠ニ不似ヲ好也」という文言があるのを知った.不白は幼少の家元を後見して千家茶道を支えた人で,大変に厳しい指導ぶりであったことが伝えられている.その人にして「師匠ニ不似ヲ好也」というのはなかなか深いものがあると思う.いったんは徹底的に模倣して深く深く学ぶことが,結局は「師匠ニ不似ヲ好也」に到達し個性の豊かな開花を生む理なのだろう.万事に通じると思う.さて,元に戻って恥ずかしながら我が身を振り返る.文章はちょっとだけは似た気がする(本人がそう思っているだけかもしれない).スケッチは皆目だめで,色鉛筆だけであんなに雰囲気も科学的情報も伝える図を描くなんてとても真似ることができなかった.やっぱり相当才能がなかったのだなあ….色合いの微妙さが好きでも,お菓子好きと描くとは大違いということかと納得した次第.「いったんは徹底的に模倣して深く学ぶ」ということも,そもそも向かないことは無理かもしれない.でもやってみないとわからないので少なくとも努力はしてみよう,まあ思わぬ開花もあるかもしれない.そいう不確実要素が人生の妙味でもあると,楽天主義の私は考える.松村美代(まつむら・みよ)1974年京都大学医学部卒業,同眼科入局1975年天理よろづ相談所病院眼科医員1981年京都大学医学部助手(1983.84年コロラド大学眼科)1987年兵庫県立尼崎病院眼科医長1991年京都大学医学部講師1993年倉敷中央病院眼科部長1994年誠明会永田眼科副院長1998年京都大学大学院医学研究科視覚病態学助教授1999年関西医科大学眼科教授2008年関西医科大学名誉教授,誠明会永田眼科勤務(84)☆☆☆

インターネットの眼科応用 20.遠隔医療を進めるイノベーションI

2010年9月30日 木曜日

あたらしい眼科Vol.27,No.9,201012470910-1810/10/\100/頁/JCOPY自動診断ソフトの歴史インターネットがもたらす情報革命のなかで,情報発信源が企業から個人に移行した大きなパラダイムシフトをWeb2.0と表現します.インターネットは繋ぐ達人です.地域を越えて,個人と個人を無限の組み合わせで双方向性に繋ぎます.パソコンや携帯端末からブログや動画,写真などをインターネット上で共有し,コミュニケーションすることが可能になりました.インターネット上で情報が共有され,経験が共有され,時間が共有されます.前章までに,医療知識・情報がインターネット上で共有される事例を数多く紹介してきました.医師同士がインターネット上で情報を共有することは,医療水準の底上げに繋がる非常に有意義な試みです.それでは,医師の知識を医師の手を介さずに患者間で共有することは可能でしょうか?具体的には,インターネット上に存在する自動診断ソフトによって,患者が自己診断することは可能でしょうか.今回の章では,自動診断ソフトの可能性について紹介したいと思います.もし,真に有用な自動診断ソフトが普及すれば,医療費は削減されますが,われわれ医師の仕事は激減するでしょう.さらに,薬をインターネットで購買できる時代・環境になれば,遠隔医療が医師の手を介さずに実現することになります.きわめて革新的な出来事になります.自動診断ソフトの歴史はスタンフォード大学から始まりました.1970年代のことです.初めて誕生したソフトは「MYCIN」といいます.抗生剤の語尾がその名前の由来です.MYCINは,スタンフォード大学で1973年から開発が進められた,診断コンサルテーションシステムです.感染症の診断と抗生物質の選択を助言します.その診断は,問診結果と患者から採取した培養結果を基にしてなされます.問診,つまりMYCINとの会話は名前や年齢の質問から始まり,次第に症状について具体的にたずねていきます.この人工知能システムと本物の専門家(医師)が腕を競いました.感染症の患者10人に対し,MYCIN,スタンフォード大学の7人の医師,学生(1人)が治療方針を立てました.その9組の診断(治療方針)に加え,実際にこの患者を診療した病院を加えた10組に対し,大学外部の専門家8人が評価をしました.当然ながら,8人の採点者には,どれがMYCINの治療方針であるかは,知らされませんでした.評価の結果,最高点は80点で,MYCINは52点でした.残りの専門家の得点は34点から50点で学生は24点でした.そして,病院が実際に施した治療は46点と採点されました.MYCINは,細菌感染の専門でない医師よりは良い結果だが,専門医の診断結果よりは悪い,とまとめられました.MYCINがなかなか有能である,とまとめられています.しかし,MYCINは臨床の現場では使われませんでした.これは性能が悪かったせいではありません.むしろ,スタンフォード大学の医学部で試用されたときには優れた性能を示しましたが,倫理や法律の面で,コンピュータを医療に使って間違った診断を下した場合,誰が責任を取るのかという別の問題がありました.また,人間の専門家(つまり医師)がそのような人工知能を受け入れることへの抵抗もありました1.4).MYCINの開発にあたり,専門家の知識を引き出して規則にすることの困難さが明らかになりました.後にこれが知識工学を生むこととなります.知識工学とは,人の持つさまざまな知識を工学的に取り扱うことを目的にした学問です.従来の人工知能システムでは,専門知識をプログラムのなかに直接組み込んでいたために,修正・拡張が困難でした.知識工学の手法では,知識とプログラムを分離・独立させることにより,柔軟にシステム構築が可能となります.知識工学は,MYCINに代表される人工知能システムが一応の成功をおさめたことに(81)インターネットの眼科応用第20章遠隔医療を進めるイノベーション1武蔵国弘(KunihiroMusashi)むさしドリーム眼科シリーズ⑳1248あたらしい眼科Vol.27,No.9,2010より,脚光を浴びるようになりましたが,新規知識の獲得方法や知識の無矛盾性の確保など,まだむずかしい問題が残されています.医療への人工知能システムの応用事例を紹介します.株式会社ビー・エム・エルが新井達潤教授(愛媛大学医学部医学科麻酔・蘇生学科)らと開発し2004年に公開した,「diagnosis─病名思い出しプログラム」というシステムがあります.インターネット上で自覚症状,他覚症状,検査所見を選択(複数可能)すると,考え得る病名をその確度とともに表示します.コンピュータに診断のすべてをまかせるのではなく,病名を思い出す補助システムとして活用します.この診断補助ソフトによって,内・外の雑誌に報告された約300例の症例に適用してみたところ,82.6%の的中率を得ました5).海外にも多くの自動診断ソフトが公開されています.ニューヨーク州に本社を置くWebMDが運営する,http://symptoms.webmd.com/default.htmは,自覚症状の組み合わせから,考えられる疾患を表示しますが,確定診断まで導くものではありません.メイヨークリニックが運営するhttp://www.mayoclinic.com/health/symptom-checker/DS00671は,詳細な問診が特徴的です.自覚症状,他覚的な変化の有無,随伴症状,増悪因子を問診で入力します.自分が霰粒腫である,と仮定して入力を進めると,確かに正解にたどりつきますが,問診内容だけで,霰粒腫と悪性腫瘍の鑑別ができるはずもなく,大きなリスクを抱えています.問診(つまり文書入力)だけでは,診断能力に限界があるようです.自動診断ソフトの可能性医療を受ける側の生活者の立場からしますと,日常生活のなかにおける,医療の位置付けは,「nicetohave」で「musthave」ではありません.一般的に,新しいサービスは,「musthave」から発生し,「nicetohave」に広がります.医療における「musthave」なサービスとは何でしょう.悪性腫瘍に関わることは「musthave」の一つです.眼科領域や予防医療に関する領域は「nicetohave」です.近年,悪性腫瘍に関する自動診断ソフトが商用化され,インターネット上に公開され(82)ているものがあります.横浜国立大学大学院環境情報研究院の有沢博教授らのチームは,陽電子放射断層撮影装置(PET)とコンピュータ断層撮影装置(CT)の画像を組み合わせて,99.3%の精度で癌細胞を発見できる自動診断システムを開発しました.画像を読み取る読影医の診断ノウハウをデータベース化し,独自開発のプログラム言語とアルゴリズムを用いてシステムを構築しました6).2009年11月法政大学理工学部応用情報工学科の彌冨仁氏は,悪性黒色腫の診断を自動化する技術を確立しました.疑わしい皮膚組織の写真データをインターネット上のソフトを用いて診断するシステムで,約85%程度の高い診断精度を実証しています.今後は,経験の浅い皮膚科医や専門外の医師が使えるシステムに更新していくそうです.つまり,霰粒腫と断定しにくい腫瘍の補助診断に役立つ可能性をもちます7).自動診断ソフトはこれから,さまざまなものが誕生し,インターネット上に公開される時代が来ます.われわれが臨床の現場で悪性腫瘍と疑わしい眼周囲の腫瘍を発見したら,携帯電話で撮影します.その画像を自動診断ソフトに転送し,診断を仰ぐことが,近い将来可能になります.患者自身が直接,画像相談することも可能でしょう.眼底写真を患者自身が携帯電話で撮影し,インターネット自動診断ソフトで検診を受ける,そんな時代が来るかもしれません.遠隔自動診断の発達は,われわれ眼科医が,より高度な医療のみを担えるようにするイノベーションとも考えられます.文献1)http://ja.wikipedia.org/wiki/Mycin2)YuVL,BuchananBG,ShortliffeEHetal:Evaluatingtheperformanceofacomputer-basedconsultant.ComputProgramsBiomed9:95-102,19793)SotosJG:MYCINandNEOMYCIN:twoapproachestogeneratingexplanationsinrule-basedexpertsystems.AviatSpaceEnvironMed61:950-954,19904)http://riko.s281.xrea.com/Expert/expert01-0202.htm5)http://mach.bml.co.jp/diagnosis/paper.html6)http://www.dogaiken.com/2/post_225.html7)http://www.diginfo.tv/2009/11/13/09-0283-r-jp.php☆☆☆

硝子体手術のワンポイントアドバイス 87.シリコーンオイル抜去後のトラブル(中級編)

2010年9月30日 木曜日

あたらしい眼科Vol.27,No.9,201012450910-1810/10/\100/頁/JCOPYはじめに硝子体手術のタンポナーデ物質としてシリコーンオイルは現在も頻用されているが,シリコーンオイル抜去後のトラブルは予想以上に多い.シリコーンオイル抜去に際しては,術前にポイントとなる眼所見を把握することで抜去後の合併症を予測し,その可能性を患者に伝えておく必要がある.●毛様体機能不全の有無無水晶体眼で下方の虹彩切除が確実に施行されているにもかかわらずシリコーンオイルが前房内に充満(図1)あるいは脱出(図2)し,しかも眼圧上昇をきたしてい(79)ない症例をときに経験する.このような例では硝子体手術後の前部増殖性変化などに起因する毛様体機能不全が生じており,房水産生が極端に低下している可能性を考える必要がある.シリコーンオイル抜去後に,しばしば低眼圧が生じ(図3),極端な場合には眼球癆に至ることがあるので,患者にはシリコーンオイル再注入の可能性を伝えておく必要がある.●角膜内皮障害の有無シリコーンオイル注入眼では,角膜内皮細胞数が激減していることが多い.特に複数回の手術を受けた症例や,前房内にシリコーンオイルが充満あるいは脱出している症例では,その傾向が強い.シリコーンオイルが前房内に充満している症例では水疱性角膜症を発症するだけの房水の供給がないため比較的角膜の透明性が保たれていることが多いが,抜去後に急激に水疱性角膜症を発症することがある(図4)ので注意が必要である.術前にスペキュラーマイクロスコピーで内皮の状態を確認する必要があるが,正確な細胞数が把握できないことも多い.患者には水疱性角膜症発症の可能性と角膜移植の必要性を説明しておく必要がある.文献1)池田恒彦:「網膜硝子体疾患治療のDON’T」硝子体手術.眼臨紀2:820-823,2009硝子体手術のワンポイントアドバイス●連載88シリコーンオイル抜去後のトラブル(中級編)池田恒彦大阪医科大学眼科図2前房内シリコーンオイル脱出例シリコーンオイルが前房内に脱出している.この症例ではシリコーンオイル抜去後に低眼圧をきたした.図3シリコーンオイル抜去後の低眼圧硝子体手術後の前部増殖性変化により房水産生が低下し,シリコーンオイル抜去後に低眼圧をきたした.その後,この症例は眼球癆に移行した.図4シリコーンオイル抜去後に発症した水疱性角膜症前房内にシリコーンオイルが充満し,角膜の透明性が保持されていたが,抜去後に急速に水疱性角膜症が発症した.図1前房内シリコーンオイル充満例無水晶体眼で下方の虹彩切除が確実に施行されているにもかかわらず前房内にシリコーンオイルが充満している.眼圧は正常.虹彩表面にはシリコーンオイルのギラギラした反射がみられる.

眼科医のための先端医療 117.脈絡膜血管新生に対する新たな分子標的

2010年9月30日 木曜日

あたらしい眼科Vol.27,No.9,201012410910-1810/10/\100/頁/JCOPY脈絡膜血管新生(CNV)に対する新たな分子標的加齢黄斑変性(age-relatedmaculardegeneration:AMD)は欧米において中途失明原因第1位の疾患であり,わが国でも高齢者人口の急激な増加とともに罹患者数も増加の一途をたどっています.AMDにおける視力低下の多くが脈絡膜血管新生(choroidalneovascularization:CNV)に起因しており,以前はCNVに対するレーザー光凝固以外に治療法はありませんでしたが,現在は光線力学的療法や血管内皮増殖因子(vascularendothelialgrowthfactorA:VEGFA)を標的とした薬剤の眼内投与など,治療にもいくつかの選択肢が生まれてきました.このうち,抗VEGF薬投与は一定の効果をみせていますが,VEGFAは脈絡膜毛細血管板などの正常網脈絡膜血管の恒常性維持1)や,網膜神経細胞の栄養因子として働く2)などのさまざまな作用があり,長期的には眼組織に対し悪影響を及ぼす可能性を否定できません.抗VEGF薬の副作用として,網膜血管が狭細化したという報告3)や,網膜中心静脈閉塞症の網膜虚血性変化が悪化したという症例も報告4)されてきています.そのため,VEGFA以外の分子を標的とし,かつ選択的にCNVに効果がある治療法の開発が課題の一つです.さらに,CNVが完成し,すでに線維瘢痕化による組織破壊が始まっている段階で治療を開始しても,CNVに対する治療は可能としても,視機能改善効果は低いと考えられます.そのため,組織破壊が始まる前にCNVを検出できるようなCNVに特異的なマーカーがあれば,CNVの早期発見・早期治療が可能となり,視機能改善につながる可能性があります.CCR3はCNVに関与し,治療の標的となる筆者らのグループはCNVに関与するケモカインのスクリーニング過程で,ケモカイン受容体CCR3に着目しました.CCR3は好酸球やマスト細胞の遊走・増殖を促進し,喘息やアレルギー疾患に関与することが報告されており,治療のターゲットとしても注目されています5).筆者らはヒトAMD由来脈絡膜新生血管板にCCR3がCNVに特異的に発現していることを発見しました6).さらにヒト脈絡膜血管内皮細胞を用いた実験ではCCR3(75)◆シリーズ第117回◆眼科医のための先端医療監修=坂本泰二山下英俊武田篤信(国立病院機構九州医療センター眼科)脈絡膜血管新生に対する新たな分子標的図1抗CCR3抗体によるCNVの検出CNVを自然発症するマウス(Ccl2./.Ccr2./.マウス)の蛍光眼底写真.上段:フルオレセイン造影.CNVがある部位(白三角).中段:コントロール抗体による造影.下段:抗CCR3抗体による造影.CNV(白矢印).左下枠内はCNV部の拡大写真(赤色部分がCNV).(文献6より改変)フルオレセインControl抗CCR3抗体(時間)014121242あたらしい眼科Vol.27,No.9,2010の活性化により増殖,遊走が促進され,AMDの動物モデルであるマウス実験的CNVモデルでもCCR3の活性化はCNV促進に関与していることがわかりました.この動物モデルで,抗CCR3中和抗体やCCR3の活性化を特異的に抑える阻害薬を治療薬として投与するとCNVが抑制され,その治療効果はVEGFAを標的とした場合とほぼ同等でした.CNVが促進されるときにはVEGFAの発現が上昇することが知られています7).そのため,CCR3の活性化を抑制するとVEGFAの発現量が減少することが予想されましたが,予想に反してVAGFAの発現はかわらず維持されていました.このことはCCR3がVEGFA非依存的に作用していることを意味しており,CCR3を標的にすると正常血管や神経細胞に影響を与えずにCNVを抑制できる可能性が考えられました.実際,抗CCR3中和抗体またはCCR3特異的阻害薬投与眼では網膜電図(ERG)にて網膜の機能異常は検出されませんでした.CCR3はCNV発症早期のマーカーとなる可能性があるさらに,CCR3がCNVに特異的に発現しているので,これをマーカーとしてCNV検出に利用できるかどうかを,蛍光強度の強い色素を標識したCCR3抗体を作製し,CNVを自然発症するマウス8)を用いて蛍光眼底検査してみました.すると,フルオレセイン蛍光眼底造影で検出できなかったCNVをこのCCR3抗体は検出しました(図1).このCCR3抗体により染色されたCNVは網膜にまだ浸潤しておらず,組織破壊もまだ進んでいませんでした.CCR3はCNV発症早期から発現しており,CNVを早期から検出するマーカーとして利用できる可能性があります.おわりに筆者らはCNVにおいてCCR3を標的とすることで,発症早期のCNVを検出すると同時にCNVを治療できる可能性を示しました.網膜色素上皮細胞層の色素沈着や網膜下のドルーゼンといったAMD初期病変からのCNV発症を検出することはむずかしいですが,CCR3を利用することで検出可能となり,早期発見早期治療につながるかもしれません.また,CNVを治療する分子標的が増えれば,既存の薬剤との組み合わせなど,治療の選択肢が広がりCNVも治癒可能な疾患となる日がくるかもしれません.文献1)Saint-GeniezM,KuriharaT,SekiyamaEetal:AnessentialroleforRPE-derivedsolubleVEGFinthemaintenanceofthechoriocapillaris.ProcNatlAcadSci106:18751-18756,20092)NishijimaK,NgYS,ZhongLetal:Vascularendothelialgrowthfactor-Aisasurvivalfactorforretinalneuronsandacriticalneuroprotectantduringtheadaptiveresponsetoischemicinjury.AmJPathol171:53-67,20073)PapadopoulouDN,MendrinosE,MangiorisGetal:Intravitrealranibizumabmayinduceretinalanteriorvasoconstrictioninpatientswithneovascularage-relatedmaculardegeneration.Ophthalmology116:1755-1761,20094)PieramiciDJ,RabenaM,CastellarinAAetal:Ranibizumabforthetreatmentofmacularedemaassociatedwithperfusedcentralretinalveinocculasions.Ophthalmology115:e47-e54,20085)RothenbergM,HoganS:Theeosinophil.AnnRevImmunol24:147-174,20066)Takeda,A,BaffiJZ,KleinmanMEetal:CCR3isatargetforage-relatedmaculardegenerationdiagnosisandtherapy.Nature460:225-230,20097)IshibashiT,HataY,YoshikawaHetal:Expressionofvascularendothelialgrowthfactorinexperimentalchoroidalneovascularization.GraefesArchClinExpOphthalmol235:159-167,19978)AmbatiJ,AnandA,FernandezSetal:Ananimalmodelofage-relatedmaculardegenerationinsenescentCcl-2orCcr-2-deficientmice.NatureMed9:1390-1397,2003(76)■「脈絡膜血管新生に対する新たな分子標的」を読んで■今回は武田篤信先生による脈絡膜血管新生(CNV)の新しい治療法開発についてのわくわくするようなお話です.武田先生たちはCNVにおいてケモカインの受容体CCR3を分子標的とする研究で,CNVの早期発見,CNVの治療の可能性をわかりやすくお示しになっています.現在のわれわれのもっているCNVの治療薬の分子標的はVEGFAです.抗VEGF薬に対して網膜浮腫は非常によく治療に反応しますが,CNVそのものの治療効果はまだ十分ではありません.今回の新たな分子標的が設定され,ヒト臨床例においてCNVの検出,治療に役立つこと,そしてヒトに投与した場合の安全性が確認された後にわれわれ眼科医(77)あたらしい眼科Vol.27,No.9,20101243が使えるようになる日が待ち遠しい限りです.このような新たな分子標的治療薬が多様に臨床で使える意義は,治療効果を期待できるだけではありません.作用機序として対象となる分子がはっきりと特定できること,ヒトの臨床例での治療成績の詳細な検討がなされることにより,われわれの病態に対する理解が深まるという大きな恩恵があります.ヒトの臨床例ではいろいろな因子がきわめて複雑に絡み合っており,必ずしもモデル動物での効果と同じように治療効果が実証されません.これを乗り越える戦略策定にとても重要です.これは抗VEGF薬の導入により,CNVとそれに伴う網膜の病態にVEGFが関与すること,しかし万能ではないことからVEGF以外にも関与する因子があること,武田先生がお示しになった通りです.今後もいろいろな分子標的治療が多様に開発される必要があります.もう一つの側面から考えますと,高度な治療薬開発の国際的な競争も激しい分野で日本からこのような研究成果が発信され,臨床応用される薬物を開発できるようにする必要があります.いわゆる日本での開発能力が,今後の日本の国際貢献度を高め,さらに海外の高い薬物を導入するのみでなく日本人に適正な価格で最新の治療薬を提供できることにつながります.本総説で示されたような研究には個々の研究者の努力に加えて国家的な規模での体制整備に基づく戦略的な研究が要求されるでしょう.必要なのは,高い臨床能力,研究能力をもつ多くの臨床医を擁するきちんとした学会の存在と,研究を長期にわたって促進する産官学の連携研究の機能的な枠組みです.前者については日本眼科学会は多くの実績,人材を擁していますので大丈夫です.後者の整備が今後の大きな課題となってきます.今回の武田先生の素晴らしい研究成果が臨床応用されると同時に,今後,日本から発信される新しい研究体制整備につながることを心から望んでいます.山形大学医学部眼科山下英俊☆☆☆

緑内障:緑内障と外側膝状体の障害

2010年9月30日 木曜日

あたらしい眼科Vol.27,No.9,201012390910-1810/10/\100/頁/JCOPY緑内障の病態を明らかにするためには,その視覚のプロセスにおける障害の機序を解明する必要がある.緑内障において網膜神経節細胞はアポトーシス性に細胞死を誘導することが知られているが,網膜-外側膝状体(lateralgeniculatenucleus:LGN)経路の変性機序についてはほとんど明らかにされていない.そこで本稿は,視路(特に二次ニューロン終末が投射するLGN)に焦点を当てて,緑内障におけるLGNの変性について検討した結果を紹介する.実験的緑内障において視神経軸索障害は網膜神経節細胞死が惹起されるよりも早期に遠位部の軸索にWaller変性を誘導する.自然発症緑内障モデルマウス(DBA/2J)において遠位部の視神経軸索は網膜神経節細胞の細胞体や近位部の軸索よりも脆弱である1).筆者らも視神経乳頭陥凹などの眼底変化が起こる前の緑内障の前段階にあるサルおよび早期の緑内障サルにおいて遠位部の視神経軸索に異常が認められるが,網膜神経節細胞には明らかな異常が認められないことを確認している.これらの結果は,緑内障において軸索障害が網膜神経節細胞死に先行して起こることを示唆している.近年,実験的緑内障サル2)のみならず緑内障患者3)においてもLGNに萎縮が惹起されることが明らかにされた.筆者らは眼圧上昇の早期にすでにLGNに神経萎縮が起こることを報告した(図1)4).サル慢性高眼圧緑内障モデルにおいて眼圧上昇後の早期(2.4週)にLGNに神経萎縮が観察され,LGNの神経細胞が視神経軸索よりも眼圧上昇に脆弱であり,網膜からLGNへの入力の減少が視神経の機能低下または変性により惹起されていることを示唆している.さらに,ミクログリアおよびアストロサイトの活性化が高眼圧にした眼から投射を受けている両側のLGNの各層において観察され,その活性化は眼底所見において異常がまだ検出されないごく早期の高眼圧サルにおいても観察された.図2にはサル高眼圧緑内障モデル(レーザー照射15週後)の眼底写真および同側のLGN第2層においてミクログリアおよびアストロサイトが活性化されていることを示している.これらの結果は,グリア線維性酸性蛋白質(GFAP)およびCR3/43(活性化ミクログリア特異抗原)の免疫活性が慢性高眼圧サルの(73)●連載123緑内障セミナー監修=東郁郎岩田和雄山本哲也123.緑内障と外側膝状体の障害原英彰嶋澤雅光伊藤保志岐阜薬科大学薬効解析学外側膝状体(lateralgeniculatenucleus:LGN)は,脳の視床の一部であり,網膜から情報を受け取り,視覚情報(視野)の処理を行う重要な場所である.近年,実験的緑内障サルのみならず緑内障患者においてもLGNに萎縮が認められており,緑内障の病態におけるLGNの関与が注目されるようになってきた.Normal2weeks12weeks48weeks30μmABC123456LGN………………………………図1サル慢性高眼圧緑内障モデルにおけるLGN神経細胞の経時的変化A:網膜-LGN経路.B:CresylViolet染色によるサルLGN.C:眼圧上昇眼とは同側のLGN第2層の神経細胞の経時的変化(Normal:正常,2,12,48weeks:レーザー照射誘発眼圧上昇2,12,48週後).1240あたらしい眼科Vol.27,No.9,2010LGNにおいて同様に増加した成績と一致する4,5).筆者らは,網膜障害モデルマウスを用いて網膜障害が及ぼすLGNおよび上丘の影響ならびにそれら障害に対する各種神経保護薬(NMDA受容体拮抗薬メマンチンおよびカルシウムチャネル遮断薬ロメリジン)について薬理作用を検討した.これまでに報告されていたヒト,サル,ラットの結果と同様に,マウス網膜障害後に時間依存的な神経変性が観察され,その変化は,網膜,視索およびLGNの順に経時的に進行していた.また,LGNにおける神経変性は部位依存的であり,その神経変性機構にGFAP陽性アストロサイトおよびBDNF(brainderivedneurotrophicfactor)が関与していることを示唆する結果が得られた.これらの障害はメマンチンおよびロメリジンの経口投与によって抑制された6,7).さらにサル緑内障モデルを用いて,そのLGNの障害を末梢型ベンゾジアゼピン受容体のPET(positronemissiontomography)リガンド[11C]PK11195を用いて検討した.末梢型ベンゾジアゼピン受容体は正常脳ではミクログリアやアストロサイトは活性化していないことからほとんど発現していないが,それらが何らかの障害で活性化することによって発現が増加する.すなわち,細胞障(74)害のマーカーになりうる.今回,レーザー照射誘発眼圧上昇4カ月後のLGNにおいて活性化ミクログリアの非侵襲的なPETイメージングを検出することができた(図3)4).これらの知見は,LGN内に投射している視神経前シナプス終末の早期における変性の存在を示唆し,LGNにおけるグリア細胞の活性化が病態解明の糸口になる可能性や緑内障の早期診断および進行度の指標になる可能性が期待できる.文献1)HowellGR,LibbyRT,JakobsTCetal:AxonsofretinalganglioncellsareinsultedintheopticnerveearlyinDBA/2Jglaucoma.JCellBiol179:1523-1537,20072)ItoY,ShimazawaM,ChenYNetal:MorphologicalchangesinthevisualpathwayinducedbyexperimentalglaucomainJapanesemonkeys.ExpEyeRes89:246-255,20093)GuptaN,GreenbergG,deTillyLNetal:Atrophyofthelateralgeniculatenucleusinhumanglaucomadetectedbymagneticresonanceimaging.BrJOphthalmol93:56-60,20094)ImamuraK,OnoeH,ShimazawaMetal:Molecularimagingrevealsuniquedegenerativechangesinexperimentalglaucoma.Neuroreport20:139-144,20095)SasaokaM,NakamuraK,ShimazawaMetal:Changesinvisualfieldsandlateralgeniculatenucleusinmonkeylaser-inducedhighintraocularpressuremodel.ExpEyeRes86:770-782,20086)ItoY,NakamuraS,TanakaHetal:Memantineprotectsagainstsecondaryneuronaldegenerationinlateralgeniculatenucleusandsuperiorcolliculusafterretinaldamageinmice.CNSNeuroscienceandTherapeutics14:192-202,20087)ItoY,NakamuraS,TanakaHetal:Lomerizine,Ca2+-channelblocker,protectsagainstneuronaldegenerationwithinthevisualcenterofthebrainafterretinaldamageinmice.CNSNeuroscienceandTherapeutics16:103-114,2010眼底Iba-1GFAP対照高眼圧LGN図3[11C]PK11195PETイメージ(文献4より改変)図2サル高眼圧緑内障モデル(レーザー照射15週後)眼底写真およびLGN(同側のLGN第2層)におけるミクログリアおよびアストロサイトの活性化対照:対照眼の眼底および投射を受けているLGN第2層.高眼圧:高眼圧眼の眼底および投射を受けているLGN第2層.Iba-1:ミクログリアのマーカー,GFAP:アストロサイトのマーカー.

屈折矯正手術:後房型有水晶体眼内レンズの症例選択

2010年9月30日 木曜日

あたらしい眼科Vol.27,No.9,201012370910-1810/10/\100/頁/JCOPY後房型有水晶体眼内レンズ(phakicIOL;VisianICLTM:STAARSurgical社)は,2010年2月2日に厚生労働省より正式に認可を受けた.これまで屈折矯正手術のスタンダードであるlaserinsitukeratomileusis(LASIK)に比較して,高い安全性・有効性だけでなく術後視機能の優位性が報告されている1,2)(図1).理由としては,第一にLASIKは角膜中央部の切除により,prolateからoblateへの角膜形状変化に伴い球面収差が増加することやフラップ作製や照射ずれによりコマ収差が増加すること,第二にphakicIOLでは瞳孔面上で矯正を行うため,網膜像の倍率変化を生じにくいことが考えられる.角膜創傷治癒反応も受けにくいため,予測精度・安定性もきわめて良好であり3),もちろん調節力も温存可能である4).当初高度近視における屈折矯正方法として注目されていたが,中等度近視まで適応が拡大しつつある.また,新たな治療法として非進行性円錐角膜5)・ペルーシド角膜変性症6)やLASIK・RK(radialkeratotomy)後の屈折異常7,8)に対する有用性も報告されている(ただし,現在円錐角膜や他の屈折矯正手術歴のある患者は適応外とされている).その一方,術後合併症としては,白内障,眼圧上昇(瞳孔ブロックを含む),角膜内皮細胞密度低下,網膜.離などが報告されており,この手術を成功に導くポイントとして,やはり症例選択が非常に重要となる.本手術の適応を表1に示す.まず,年齢については,21~45歳までが適応とされている.高齢者(特に50歳以上)に本レンズを挿入すると,術後白内障の発生頻度が高まることが報告されている(図2).つぎに,前房深度(角膜内皮~水晶体前面)は2.8mm以上必要となる(図3).それ以下の場合は,眼内で手術操作を行ううえで困難となり,角膜内皮や水晶体を損傷する可能性が高まる.術前屈折(等価球面)度数については,一般的に.6.0D以上の高度近視を適応としており,.15.0D以上は慎重適応となる.自験例による検討では,3.0mm耳側角膜切開は角膜生体力学特性への影響はなく,通常LASIKで問題となる角膜厚の制限を受けない.したがって薄い角膜厚の症例でも手術適応となる.術前乱視度数に関しては,すでに認可を受けた球面ICLTMであれば自覚円柱度数が2.5D以下を適応としている.しかしながら,3mmの耳側角膜切開により約0.5D直乱視化(71)屈折矯正手術セミナー─スキルアップ講座─●連載124監修=木下茂大橋裕一坪田一男124.後房型有水晶体眼内レンズの症例選択神谷和孝北里大学医学部眼科後房型有水晶体眼内レンズはLASIKに比較して高い安全性・有効性のみならず,術後視機能に有利であることが知られている.本レンズの症例選択を考えるうえで,年齢は20~45歳,前房深度は2.8mm以上,術前屈折度数.6.0D以上の高度近視が適応となり,LASIKで問題となる角膜厚の制限を受けない.図1高度近視眼におけるphakicIOLとLASIKのコントラスト感度の比較PhakicIOLでは術後コントラスト感度が有意に上昇するのに対し,LASIKでは有意に低下する.………………………………….PhakicIOLLASIK●:術後空間周波数(c/d)●:術前コントラスト感度空間周波数(c/d)1.53612181.53612183002001005020105230020010050201052.33.5125102050.33.5125102050表1後房型有水晶体眼内レンズ(VisianICLTM)の手術適応年齢21~45歳前房深度(角膜内皮~水晶体前面)2.8mm以上術前屈折度数.6.0~.15.0D(.15.0D以上は慎重適応)1238あたらしい眼科Vol.27,No.9,2010し,手術を施行する症例のほとんどがもともと直乱視であることを考慮する9)と,球面ICLTMは自覚円柱度数1D以内が望ましい.また,角膜内皮細胞密度は明確な基準はなく年齢も考慮する必要があるが,2,200~2,800cells/mm2以上あることが望ましい.STAARSurgical社では,手術時年齢による内皮細胞密度最低値をそれぞれ設定している(表2).これは手術時における角膜内皮細胞密度減少率を10%,年平均減少率を2%と仮定した場合,72歳で最低1,000cells/mm2以上確保する観点から算出されたものである.Sandersら10,11)は,中等度・軽度近視においても,LASIKに比較して後房型phakicIOLは,安全性・有効性・予測精度・安定性において良好な結果が得られたと報告している.自験例による検討においても,.3.0~.6.0Dの中等度近視症例の比較において,高度近視ほどではないものの,phakicIOLはLASIKより有効性・安全性が高かった.費用対効果について検討の余地があるものの,今後さらに適応が拡大する可能性があり,視力予後や合併症について多数例における長期的な検討が必要であろう.文献1)KamiyaK,ShimizuK,AizawaDetal:One-yearfollowupofposteriorchambertoricphakicintraocularlensimplantationformoderatetohighmyopicastigmatism.Ophthalmology2010Jul1.[Epubaheadofprint]2)KamiyaK,ShimizuK,IgarashiAetal:Four-yearfollowupofposteriorchamberphakicintraocularlensimplantationformoderatetohighmyopia.ArchOphthalmol127:845-850,20093)IgarashiA,KamiyaK,ShimizuKetal:Visualperformanceafterimplantablecollamerlensimplantationandwavefront-guidedlaserinsitukeratomileusisforhighmyopia.AmJOphthalmol148:164-170,20094)KamiyaK,ShimizuK,AizawaDetal:Timecourseofaccommodationafterimplantablecollamerlensimplantation.AmJOphthalmol146:674-678,20085)KamiyaK,ShimizuK,AndoWetal:Phakictoricimplantablecollamerlensimplantationforthecorrectionofhighmyopicastigmatismineyeswithkeratoconus.JRefractSurg24:840-842,20086)KamiyaK,ShimizuK,HikitaFetal:Posteriorchambertoricphakicintraocularlensimplantationforhighmyopicastigmatismineyeswithpellucidmarginaldegeneration.JCataractRefractSurg36:164-166,20107)KamiyaK,ShimizuK,KomatsuM:Implantablecollamerlensimplantationandlimbalrelaxingincisionsforthecorrectionofhyperopicastigmatismafterlaserinsitukeratomileusis.Cornea29:99-101,20108)KamiyaK,ShimizuK:Implantablecollamerlensforhyperopiaafterradialkeratotomy.JCataractRefractSurg34:1403-1404,20089)KamiyaK,ShimizuK,AizawaDetal:Surgicallyinducedastigmatismafterposteriorchamberphakicintraocularlensimplantation.BrJOphthalmol93:1648-1651,200910)SandersD,VukichJA:Comparisonofimplantablecollamerlens(ICL)andlaser-assistedinsitukeratomileusis(LASIK)forlowmyopia.Cornea25:1139-1146,200611)SandersDR:MatchedpopulationcomparisonoftheVisianimplantablecollamerlensandstandardLASIKformyopiaof.3.00to.7.88diopters.JRefractSurg23:537-553,2007(72)表2年齢による角膜内皮細胞密度最低値年齢(歳)角膜内皮細胞密度最低値(cells/mm2)21~252,80026~302,65031~352,40036~452,200図2後房型phakicIOL術後に白内障を生じた症例高齢者(特に50歳以上)では発症リスクが高くなる.図3前房深度(角膜内皮~水晶体前面)の評価手術の安全性を確保するうえで,前房深度が2.8mm以上必要である.前房深度2.8mm

多焦点眼内レンズ:多焦点眼内レンズ挿入後の長期成績

2010年9月30日 木曜日

あたらしい眼科Vol.27,No.9,201012350910-1810/10/\100/頁/JCOPY多焦点眼内レンズ挿入後,すでに良好な裸眼遠方および近方視力が得られ,日常生活における眼鏡依存度が減っている.しかし,挿入後長期にわたって屈折が安定しているのか,裸眼視力に変化がないのか,後発白内障や加齢に伴う瞳孔径の変化で視力やコントラスト感度低下がないのかといった不安がある.この問題は,若年例での挿入が増えれば,なおさら気になる点である.今回,回折型多焦点眼内レンズを挿入し6年後に経過観察ができた症例の結果を紹介する.術後1年までの経過加齢白内障68例132眼にアポダイズ回折型多焦点眼内レンズSA60D3を挿入し,術後1年までの経過観察結果を報告した1).当時,角膜乱視が1.5D以内で,白内障以外の眼疾患を伴わないなど適応を厳しくしたこともあり,術後の遠方および近方視力,コントラスト感度は良好で,眼鏡への依存度は非常に少なかった.また,術後のqualityoflifeを知るために行ったアンケート調査においても,術後の見え方に対する満足度は非常に高かった2).高齢化の問題限られた症例では,1年後も引き続き経過観察のために来院しているが,多くの症例は経過観察がとぎれた状態で,今回,電話連絡により協力依頼を行った.術後6年となると,手術当時の平均年齢が70歳で,70歳の症例は76歳,75歳は81歳,すでに亡くなった例,入院中,認知症が進行して施設に入っている例,歩行困難な例などが確認された.本人または家族が電話応答できる例では,現在の状況を見え方への満足度を含めて確認したところ,問題となる例はなかった.今回,来院による経過観察が可能であった10例20眼は,比較的,健康状態が良い症例である.臨床成績20眼における視力測定結果であるが,遠方視力の平均は裸眼0.9,矯正1.2,近方視力は裸眼0.9,遠方矯正下1.1,矯正1.1と非常に良好で,両眼におけるコントラスト感度測定では全周波数領域で正常範囲内であった.眼鏡装用について10例中8例はまったく使用していず,2例は裁縫など必要時に使用していた.後発白内障について20眼中1眼のみYAGレーザーが施行されていたが,その他の症例は細隙灯顕微鏡検査にて視力に影響する後発白内障を認めなかった(図1).(69)●連載⑨多焦点眼内レンズセミナー監修=ビッセン宮島弘子9.多焦点眼内レンズ挿入後の長期成績平容子眼科龍雲堂医院回折型多焦点眼内レンズは,挿入後,眼鏡に依存しない良好な遠方および近方裸眼視力が報告されているが,気になるのは長期経過である.今回,挿入6年後に来院可能であった症例の視機能を検討したところ,良好な裸眼遠方および近方視力,コントラスト感度が確認され,眼鏡装用状況,患者の満足度も変化していなかった.図1アポダイズ回折型多焦点眼内レンズ挿入後6年の細隙灯顕微鏡写真1236あたらしい眼科Vol.27,No.9,20106年後の印象多焦点眼内レンズ挿入6年後に,経過観察のために来院してくれた患者に非常に感謝している.実際に来院可能であった症例数は少なくなっていたが,手術当時と比べて,外見的には加齢による変化が明らかなものの,眼科領域においては,瞳孔径が小さくなることによるコントラスト感度への影響,角膜乱視が変化することによる裸眼視力の変化はなく,視力測定結果は遠方および近方とも非常に良好で驚いた.これは,近年の眼内レンズの進歩で挿入後の位置が安定しており,後発白内障が少ないことも影響していると思われる.この多焦点眼内レンズと同じ素材における眼内レンズ表面輝度の変化で,視機能への影響が危惧されている.細隙灯顕微鏡による観(70)察で,挿入後1年より明らかに表面輝度が増していたが,視力検査結果,コントラスト感度,患者の満足度から視機能への明らかな影響は認められなかった.今回の結果から,多焦点眼内レンズ挿入後6年間における視機能の安定性は確認でき,今後,若年例を含めた,さらに長期の経過観察が期待される.文献1)ビッセン宮島弘子,林研,平容子:アクリソフRApodized回折型多焦点眼内レンズと単焦点眼内レンズ挿入成績の比較.あたらしい眼科24:1099-1103,20072)平容子,ビッセン宮島弘子,小野政祐:アクリソフRApodized回折型多焦点眼内レンズ挿入例におけるアンケート調査による視機能評価.あたらしい眼科24:1105-1108,2007☆☆☆眼内レンズを科学する【編集】小原喜隆(獨協医科大学教授)西起史(西眼科病院院長)松島博之(獨協医科大学講師)B5判総140頁写真・図・表多数収録定価9,450円(本体9,000円+税)「眼内レンズ」に関する最新の情報を網羅したエンサイクロペディアofIOL!Ⅰ眼内レンズの歴史Ⅱ眼内レンズの視機能上の役割・利点Ⅲ眼内レンズのデザイン,材質と特性Ⅳ眼内レンズと生体適合性Ⅴ眼内レンズ作製法Ⅵ眼内レンズ滅菌法Ⅶ眼内レンズと視機能Ⅷ各種眼内レンズの特徴Ⅸ眼内レンズと挿入法Ⅹ眼内レンズと後発白内障ⅩⅠ屈折手術用眼内レンズⅩⅠⅠ多重手術と眼内レンズ■内容目次■株式会社メディカル葵出版〒113─0033東京都文京区本郷2─39─5片岡ビル5F振替口座東京00100─5─69315電話(03)3811─0544(代)FAX(03)3811─0637

眼内レンズ:一過性糖尿病白内障

2010年9月30日 木曜日

あたらしい眼科Vol.27,No.9,201012330910-1810/10/\100/頁/JCOPY糖尿病患者に白内障が合併しやすいことはよく知られている.そのなかで,一過性の白内障が生じることが,Nettleshipにより1885年報告され,以後も海外で同様の報告が散見される1~4)が,わが国での報告はまれであり,それらのなかでもくり返し白内障が出現した症例は報告がない.今回,水晶体混濁が可逆性であった糖尿病白内障を経験したので報告する.●症例患者:31歳,女性.17歳時より両眼増殖糖尿病網膜症に対し汎網膜光凝固術を施行後,外来で経過観察を行っていた.経過中に両眼霧視を訴え受診した.矯正視力は両眼とも1.0を保持していたものの,両眼特に左眼の水晶体前.および後.下皮質に粟粒状の多数の混濁を楔状に認めた(図1).前眼部に特記すべき異常所見はなく,網膜症は汎網膜光凝固後で鎮静化していた.その後,外来で経過観察をしたが,約2カ月後には自覚症状(67)は改善し両眼とも白内障は完全に消失した(図2).しかし,約2カ月後に,再度両眼霧視が出現し,両眼の水晶体前.および後.下皮質に前回と同様の混濁を認めた(図3).その後,白内障は再び消失し以後は出現してい高山圭池田恒彦大阪医科大学眼科眼内レンズセミナー監修/大鹿哲郎289.一過性糖尿病白内障糖尿病患者に白内障が合併することはよく知られているが,血糖コントロールが不良な糖尿病患者に生じる白内障は,血糖値管理を厳格にすることで改善・消失することがある.血糖コントロールが不良の糖尿病白内障に対する手術適応は慎重に決定する必要がある.図1初回の一過性白内障出現時の左眼細隙灯顕微鏡所見水晶体前.および後.下皮質に粟粒状の多数の混濁を楔状に認めた.図3さらに2カ月後の左眼細隙灯顕微鏡所見再度両眼霧視が出現し,前回と同様の水晶体混濁を認めた.図22カ月後の左眼細隙灯顕微鏡所見自覚症状は改善し両眼とも白内障は完全に消失した.ない.屈折値については,両眼とも経過中に著変はなかった.血糖値管理については,白内障出現時のヘモグロビン(Hb)A1Cは12%に上昇しており,血糖コントロールは不良であったが,その後は8~9%前後を保持している.●考按糖尿病白内障の発症機序としては,①終末糖化物質蓄積説,②ポリオール代謝説,③酸化ストレス説,などが提示されている5).①終末糖化物質蓄積説高血糖状態では糖が蛋白質と非酵素的に結合し,さらにアマドリ化合物,中間反応性生物形成,脱水・重合を経て蛍光物質である終末糖化物質に変化する.この終末糖化物質が水晶体に蓄積することにより混濁が生じるとされている.②ポリオール代謝説水晶体線維細胞はグルコースを取り込みエネルギーとしているが,高血糖状態ではグルコースがアルドース還元酵素によりソルビトールに,さらにソルビトールがフルクトースに変換され,それらは透過性が悪いため水晶体線維細胞に蓄積する.その結果,水晶体の浸透圧を上昇させ,浮腫を起こし白内障を生じると考えられている.アルドース還元酵素は前.および後.下の表層皮質に多く分布する.③酸化ストレス説水晶体が酸化ストレスを受け,グルコースが自動酸化し活性酸素を生成する.これらが水晶体中のクリスタリンの変性を惹起し水晶体が混濁する.過去の報告によると,一過性糖尿病白内障は後.下に雪片状混濁および楔状混濁1)として認められることが多いとされており,今回の症例でも同様に後.下に楔状混濁および粟粒状の多数の混濁を認めた.一過性糖尿病白内障の発症機序としては,以下のようなことが考えられる.すなわち,まず高血糖状態から血糖値が急激に減少することにより眼内液のグルコース濃度も減少し,グルコース・ソルビトールなどが蓄積した水晶体組織との間に浸透圧の不均衡が生じ,浸透圧差から水晶体が浮腫を起こし白内障が出現する1,2).その後,水晶体細胞の代謝などでそのグルコースが減少することで浸透圧差が是正され,浮腫が消失し白内障が消失する3,4).過去の報告では血糖値是正後に発症したものが多い2.4)が,血糖値の変動や高血糖の持続期間についてはいまだ詳細な報告がない.本症例では白内障出現時のHbA1Cはきわめて高値であり,血糖値の変動が大きかったことが一過性白内障を生じた要因と考える.今回のように,血糖コントロールが不良な糖尿病患者に見られる皮質白内障は一過性である可能性も念頭においたうえで,手術適応を慎重に決定する必要があると考えられる.文献1)DickeyJB,DailyMJ:Transientposteriorsubcapsularlensopacitiesindiabetesmellitus.AmJOphthalmol115:234-238,19932)ButlerPA:Reversiblecataractsindiabeticmellitus.JAmOptomAssoc65:559-563,19943)SaitoY,OhmiG,KinoshitaSetal:Transienthyperopiawithlensswellingatinitialtherapyindiabetes.BrJOphthalmol77:145-148,19934)TrindadeF:Transientcataractandhypermetropizationindiabetesmellitus:casereport.ArqBrasOftalmol70:1037-1039,20075)太田好次:糖尿病白内障の発症・進展機序─基礎的検討からのアプローチ─.日本白内障学会誌14:15-18,2002