あたらしい眼科Vol.27,No.9,201012530910-1810/10/\100/頁/JCOPYこの本“TheBrainThatChangesItself”は今年の誕生日会にアメリカの友達からもらった(ちなみに訳書は『脳は奇跡を起こす』として講談社インターナショナルから刊行されている).昔は英語の本をもらっても読むのに時間がかかったが,最近は速い.英語でも速読ができるようになってきてとっても満足.しかもこの本は,内容がとんでもなくおもしろかった.前庭器官が壊れてしまった患者様の奇跡のリカバリーの物語だ.最初に出てくるエピソードから驚きである.ゲンタマイシンなどの抗生物質で前庭器官が壊れてしまうと,一生普通の生活を送ることはできない.いつも目がまわっていて,一人では立てないし,すぐに転んでしまう.そこで,この患者様に平衡感覚を電気刺激で与える器械を試してみた.するとその器械を装着している間はうまく立つことができるようになった.これだけでも驚きである.大がかりな器械なので大変だが,それでもはじめて自分で立つことができたのだ.本当の驚きはその後に起きた.なんとこの大掛かりな器械をはずしても患者様が少しずつ立つことができるようになってきたのだ.前庭器官は壊れているはずなのに,どうしてそんなことが可能になったのか?脳の中にバランスをつかさどる新しい回路ができたのか?どうもそうらしいという.この患者様はその後どんどんと良くなって,最終的には器械がなくても目が回らなくなってきた.前庭器官が壊れてしまい必要な情報を提供できなくなってしまったが,それでも少しの細胞は生きている.今回平衡感覚をサポートする器械を使ったために,こういうパターンのときはこういう情報というように,リハビリができた可能性があるという.すなわち,赤ちゃんのときから学んできた前庭器官と脳との関係は壊れてしまったが,それをもう1回構築する学習のチャンスがあったということだ.そして脳はそれをやりとげた.そんなすばらしい能力が脳には備わっている.脳のすばらしい能力の話の一方で,マイナス面についても画期的なことが書いてあったので紹介したい.それは“痛みを学ぶ”という脳の側面だ.たとえば,人はケガをしたときなどは,なるべくその部分を動かさないようにする.うっかり動かせば,痛みを感じるだけでなく,傷を悪化させてしまいかねないからだ.本の中に登場する米カリフォルニア大学のラマチャンドラン博士はこれについて,「脳が学習し,動かそうと思っただけで,痛みが生じるようにしたとしたら……」と考えた.そうすれば,痛みを生じる動きを寸前で阻止でき,少なくとも傷の悪化を防ぐことができる.博士はさらに,慢性的な痛みをもつ人は,このように脳の運動中枢の出す命令が,痛みの神経系につながっている状態なのではないかと考えた.だから,ケガが治っても,脳が「動かせ」と命令を出すだけで,痛みを感じてしまうのではないか,というのである.博士はこれを,「学習された痛み」と名付け,ある実験を試みた.慢性痛をもつ患者様に,もう傷は治っている,動かしても安全だと脳に思いこませるイメージトレーニングを1カ月ほど試してもらったのだ.すると,痛みを感じていた期間が短い人ほど,痛みが和らいだりすっかり消えたりしたという.この実験が示しているのは,「脳が学習した痛み」は,再び脳を学習させることによって軽減・解消できる可能性があるということだ.長い間ずっと消えなかった痛みを,何の薬品も,鍼やメスも使わず,ただ想像するだけで,和らげたり解消できるなら,こんなにすばらしいことはない.そこで,僕もさっそく試してみた.今年の2月にスキ(87)■9月の推薦図書■TheBrainThatChangesItselfNormanDoidge著(Penguin)シリーズ─94◆坪田一男慶應義塾大学医学部眼科1254あたらしい眼科Vol.27,No.9,2010ーで痛めた肩である.とっても痛い.そこで腕を動かすときは,自分の肩に向かって「大丈夫だよ,もう治ってるよ,痛くないよ」と何度も呪文のように語りかけることにした.すると,痛みで上がらなかった腕が,徐々にすっと真上に上がるようになったのだ!自分の肩に話しかけるなんて,まるで独りコントのような滑稽な光景だろうが,これは,ジョークでも魔術でもない.「脳のリプログラミング」なのだ.すべての痛みが「大丈夫だよ」という呪文で軽減・解消できるわけではないが,脳の学習能力を知り,うまく使いこなさないと解消されない痛みもあることはぜひとも覚えておきたい.それほど脳の力はすごいのだ.眼科のなかでも,なかなかとれない目の痛み,目の疲れなどなど,もしかしたら脳による学習プログラムが大きな影響をもっているものもあるかもしれない.「もう治っていますよ.よくなっていますよ」の一言が,大きな力になるかもしれない,と思った次第である.(88)☆☆☆