0910-1810/11/\100/頁/JCOPY調節は,眼の焦点を遠くの物体から近くの物体に合わせる能力と定義される.調節時には,毛様体筋の収縮によりZinn小帯が弛緩し,水晶体前後面の曲率半径が小さくなると同時に,水晶体の前面は前方に移動し後面は後方に移動して水晶体は厚くなる1).これらの効果の総和として眼球の屈折力が増加する(図2).Helmholtzはこれを,調節前後の水晶体の反射像(Purkinje像)を用いて示した.調節力(amplitudeofaccommodation)は,他覚的には開放型のオートレフラクトメータを用いれば測定可能であるが,臨床的には自覚的な調節検査装置を用いて測定することになる.遠点の位置から少しずつ視標を近づけて,最大の調節努力をしたときの近点から計算されI老視の定義1.老視の定義老視(presbyopia)は,加齢による調節力の低下として定義される.調節の機構に関する今日的な概念の確立は,Helmholtz自身の研究,および過去の研究をまとめた教科書に負うところが大きい1).老視の初期には,遠くから近くに,あるいは近くから遠くに視線を移すと焦点が合うまでに時間がかかるという症状が出る.読書時に目がかすむ症状が出て,眼鏡が必要になる調節力になるのはおおむね45歳頃である(図1).これと並行して長時間読書をすると,眼が疲れる症状が出る.(3)605*TakeshiIde:南青山アイクリニック東京**TakashiFujikado:大阪大学大学院医学系研究科感覚機能形成学〔別刷請求先〕不二門尚:〒565-0871吹田市山田丘2-2大阪大学大学院医学系研究科感覚機能形成学特集●老視アップデートあたらしい眼科28(5):605.608,2011老視とは何か:定義と考え方WhatisPresbyopia?DefinitionandApproach井出武*不二門尚**1614121086420調節力(D)年齢(歳)010203040506070平均図1調節力と年齢の関係水晶体a:調節弛緩時b:調節時Zinn小帯毛様体筋図2調節のメカニズム606あたらしい眼科Vol.28,No.5,2011(4)される要因となる.近年波面センサーを用いて,調節時に負の球面収差が生じることが明らかになった6).これを用いると,調節努力が行われていることが示される.両眼開放型の波面センサーを用いると,自然視の状態で水晶体の調節を測定できるので,調節努力をしていることを負の球面収差で確かめながら,他覚的に調節を測定できる.る.ボケの自覚には,視力,コントラスト感度などが関係する点に留意が必要である.2.老視の原因加齢による調節力の低下は,水晶体の硬化に起因する.毛様体筋が収縮しても水晶体が膨らまず,前.の曲率半径が小さくならない.実際Glasserらの研究によると,摘出した水晶体の硬度は45歳ぐらいから指数関数的に増大することが示されている2)(図3).3.自覚的調節力と他覚的調節力の差Duane3)は,自覚的な調節力は50歳以上でも1diopter(D)程度残ると報告している.一方,水晶体の他覚的調節力は50歳でほぼゼロになる4).この差は,焦点深度に起因する.自覚的な調節検査はボケの認識を基準にしているので,ボケを認識しない範囲(焦点深度分)だけ真の調節力より大きい値となる5)(図4).逆に,水晶体の調節が,近くを見るのに必要な調節力より焦点深度分だけ少なくなることを,調節ラグという(図5).近くを見るときには瞳孔が小さくなるので,焦点深度は深くなる(図6).また加齢によって,瞳孔径が小さくなることも知られた事実である.この縮瞳による焦点深度の増加で,50歳を過ぎて水晶体の調節力がなくなっても,自覚的な調節力は1D程度残存することになる.乱視や高次収差も,自覚的調節力が真の調節力より大きく評価020406080100年齢(歳)水晶体の硬度43210図3水晶体の硬さと年齢の関係真の調節力臨床的調節力遠点DepthoffieldDepthoffield焦点深度∞近点図4焦点深度と調節力の関係1:1Toniclevel0調節刺激(D)調節反応量(D)調節ラグ図5調節刺激に対する水晶体の調節反応量と調節ラグcpfDepthoffield焦点深度遠点近点網膜面o図6瞳孔の大きさと焦点深度の関係(5)あたらしい眼科Vol.28,No.5,2011607くことが望ましく,今後の老視研究の進展によって閾値や基準は見直していく必要は当然出てくるが,本稿では現時点で合意の得られた定義・診断基準について述べる.2.老視の定義(診断基準作成に当たっての留意点)(1)将来的に本研究会の定義が国際的にも受け入れられることを視野に入れた.従来,わが国では近見視力は30cmの距離で測定されることが多かったが,欧米では16インチで近見距離を規定しており,これをcm換算すると40.6cmであることから,40cmとした.これも国際的に受け入れられることを目的としたものである.(2)老視の検査法としては,水晶体の調節力を直接計測する方法7),前眼部の断面を長波長の光干渉断層計で測定する方法8)などがあるが,一般の眼科施設に普及している,あるいは入手可能な検査機器で行える検査法を用いることとした.さらに簡便法を追加して,広く一般の眼科施設において特殊機器を用いることなく診断できるように配慮した.これは,いかに定義や診断基準が素晴らしいものでも,特殊な機器を有する少数の施設でしか診断ができないのであれば,結局は世界的にも受け入れられないことになりかねない.したがって,将来新たな検査法が一般的になった場合には診断基準の見直しが必要になる.III老視の定義と診断基準老視の定義を,「加齢による調節力の減退(age-relatedlossofaccommodation)」とした.眼科医の間ではこれで問題はないが,一般社会に向けた定義として,「老視とは見える範囲が狭くなった状態」と定めた.診断基準は,加齢以外で調節が減退する疾患を有さず,矯正視力1.0以上を有する者において,通常の視力検査の照明条件下,片眼完全矯正下で調節力が2.5D未満.もしくはアコモドメータなどを保有していない施設を考慮し,簡便法として片眼完全矯正下で40cm視力が0.4未満の条件を満たすものとした.しかし,調節力については絶えず考慮する必要がある.この診断基準のポイントは,医学的老視の診断には調節力を測定する必要があることを明確にし,簡便法として近見視力を採用II老視の21世紀的考え方(老眼研究会での老視の定義とその背景)1.背景眼科領域の手術手技の向上,医療器具の改良などにより,疾患を治療すると同時にQOV(qualityofvision)の向上も同時に成し遂げることが可能になってきている.その代表例として,白内障手術があげられる.混濁の除去のみを目的とする水晶体.内摘出術(ICCE),水晶体.を残す.外摘出術(ECCE),foldable眼内レンズ(IOL)の開発,極小切開白内障手術の隆盛,眼のバイオメトリー検査の精度向上,IOL計算の精度向上,多焦点・調節性レンズの開発という歴史を経て,白内障手術は疾患治療という領域を超え,LASIK(laserinsitukeratomileusis)などと同じ屈折矯正手術の領域に入りつつある.これは日本でも日本白内障・屈折矯正手術学会が設立されていることでも示されている.社会的にも,寿命の伸長とともに中高年齢者の良好な視力保持への期待も高まっている.情報化により社会の医療に対する要求や期待もより高いものとなりつつある.従来,老視は近用眼鏡,二重焦点眼鏡,累進屈折力眼鏡,二重焦点コンタクトレンズなどで対処されてきた.現在では,それらに加えて多焦点眼内レンズ,角膜内ピンホールリング,フェムトセカンドレーザーにより角膜実質内に切開を入れるなど,さまざまな手術が開発され,新しい老視治療への取り組みが始まり,老視は注目を浴びている分野になっている.このような新しい屈折矯正の手段の出現により,老視の年齢になっても近見障害の自覚がないということが起こりうる.新しい屈折矯正の方法が次々導入されているなかで,診断・治療・研究が行われている現状では,老視の定義と診断基準が確立されない限り,治療の有効性を客観的に評価することはできない.また,眼科として統一見解がない状態では,施設や眼科医ごとに対応が異なり,患者に不安や不満を生じさせてしまう危惧さえある.このような経緯から,2007年に老眼研究会が設立され,老視の定義・診断基準について議論を行った.定義・診断基準については,新たな検査法が進歩・普及すれば,診断基準における検査法の変更も随時検討してい608あたらしい眼科Vol.28,No.5,2011(6)節力が狭い場合には医学的老視と診断する.たとえば,老眼患者に多焦点眼内レンズを挿入して遠・近視力ともに満足しており,遠見矯正下での近見視力が0.8だとする.まず自覚症状を有しない時点で臨床的老視ではない.アコモドメータを有しない施設で医学的老視を診察する場合,簡便法で測ることになるが0.8だと医学的老視でもないと判断をされるかもしれないが,これは理論的に調節力を向上させているわけではないので,いくら近見視力が良好でも医学的老視になる.老視治療は今後急速に進み,普及していくものと予測される.臨床的老視と医学的老視の2つの診断基準,および医学的老視の診断基準における簡便法が,今後の老視研究の活性化に有意義なものとなることを期待する.文献1)vonHermholtzHH:HandbuchderPhysiologischenOptic,p122-124,Dover,NewYork,19092)GlasserA:Accomodationandpresbyopia.InAdler’sPhysiologyoftheEye.10thed,p197-220,Mosby,StLouis,20033)DuaneA:Normalvalueoftheaccommodationatallages.JAMA59:1010-1015,19124)KoretzJF:Accommodationandpresbyopiainthehumaneye:agingoftheanteriorsegment.VisionRes29:1685-1690,19895)CiuffredaKJ:Accommodation,thepupil,andpresbyopia.InBorish’sClinicalRefraction,edbyBenjaminWJ,p93-144,ButterworthHeineman,20066)NinomiyaS,FujikadoT,KurodaTetal:Changesofocularaberrationwithaccommodation.AmJOphthalmol134:924-926,20027)Win-HallDM,GlasserA:Objectiveaccommodationmeasurementsinprepresbyopiceyesusinganautorefractorandanaberrometer.JCataractRefractSurg34:774-784,20088)FurukawaH,Hiro-OkaH,SatohNetal:Full-rangeimagingofeyeaccommodationbyhigh-speedlong-depthrangeopticalfrequencydomainimaging.BiomedOptExpress1:1491-1501,2010した点である.なお,測定距離は40cmを用いることとした.しかし,旧来の30cm近見視力表でも対応できるように換算表も提示することとした.しかし,片眼完全矯正下で調節力が減退しても,老視の自覚症状をもたない人もいる.そのような人に対して「あなたは困っていなくても老視だ」と診断するのは現実的でないとの見地から,「臨床的老視」の診断基準を別に設けることとした.医学的老視は「完全矯正下の検査で,自覚症状の有無に関係なく調節力の減退を示す」,臨床的老視は「遠見に関して問題なく生活できる条件において,近見視力の低下(両眼視時)を自覚症状として有する」ということである.このような,両眼視時に遠見に関して問題なく生活できる状態を,日常視と定義した.これは,たとえば近視でやや低矯正の単焦点眼鏡をかけて,遠方視に不自由を感じていない状態,あるいは単焦点の眼鏡やコンタクトレンズでモノビジョン法を行っている場合などである.遠近両用の眼鏡やコンタクトレンズを装用した場合は含まない.医学的老視には調節力の測定が必要であるが,アコモドメータなどを保有していない施設を考慮し,簡便法として近見視力を設定した.しかし,医学的老視の診断基準には調節力で判断するという根底が存在するので,簡便法で近見視力が基準を満たされていても,理論的に調表1医学的老視と臨床的老視医学的老視臨床的老視視力測定条件片眼完全矯正下日常視自覚症状有無は問わない近見視力障害あり診断基準調節力2.5D未満*40cm視力0.4未満***医学的老視は,基本は片眼の調節力が2.5D未満であるが,アコモドメータなどを有さない場合に簡便法として40cm視力0.4未満を用いてもよい.**両眼視下で測定.