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眼の表面:ドライアイ,結膜炎,角膜炎

2010年5月31日 月曜日

0910-1810/10/\100/頁/JCOPY2.角膜上皮障害が原因となる場合光に対する感受性は正常であるが,角膜上皮障害による角膜表面の小さな凹凸が光の散乱を生じ,過度な光刺激が眼内に及んで羞明を生じる場合がある.この原因として,点状表層角膜症や角膜びらんの原因疾患をあげることができる.たとえば,春季カタルやアトピー性角結膜炎などの重症のアレルギー性結膜疾患において,増悪期に落屑様の角膜上皮障害やシールド潰瘍を伴うと眩しさが出現しうる.特に,これらの疾患を生じうる若年層では,角膜知覚が鋭敏であるため,小さな傷でも痛みや異物感を生じ,それによる反射性の流涙も上乗せされて,光の散乱が増強して,羞明を生じやすいと考えられる.また,再発性角膜びらんでは,上皮の接着不良を伴うため,角膜表層の三叉神経第一枝が強く刺激されて,強い痛みに加えて,強い羞明を伴いうる.3.角膜混濁が原因となる場合角膜の混濁には,角膜の変性やジストロフィにみられるような何らかの物質の沈着,炎症性の細胞浸潤,角膜の浮腫などが関係し,結果として,光の散乱を生じて羞明がひき起こされることがある.特に,膠様滴状角膜ジストロフィでは,特徴的な強い羞明を訴える.4.角膜炎が原因となる場合感染性,あるいは,非感染性の角膜炎において,強い羞明を訴えることがある.これには,体のなかで最も密はじめに「眼の羞明」は日常診療における患者の訴えのなかで頻度の高い症状の一つである.眼の羞明を訴える場合,眼の障害部位は,眼瞼・角結膜といった外眼部から水晶体・硝子体・網脈絡膜さらに視神経経路と幅広く,加えて眼球以外の異常が原因になることもありうる.また,原因となる疾患により,眩しさが主訴になる場合と随伴症状の一つになる場合があり,さらには原因により羞明の程度もさまざまである.本稿では,羞明の原因となりうる眼疾患のうち,代表的な眼表面疾患をとりあげて解説する.I眼表面疾患における羞明の発症機序羞明を生じる疾患の診断を進めるには,原因が多岐にわたるがゆえに発症機序を考えて検査を行う必要がある.以下に,眼表面疾患で生じうる羞明の発症機序について考えてみる.1.涙液の異常が原因となる場合近年,眼球の高次収差が波面センサーによって解析できるようになり,角膜前に形成される涙液層の破綻や,瞬目時の涙液の厚みの変化によって視機能に影響が及ぶことがわかってきた1,2).このような涙液の異常に伴う視機能異常の一つとして,羞明を生じることがあり,原因として,ドライアイや流涙症,結膜弛緩症などがあげられる.(9)581*HisayoHigashibara&NorihikoYokoi:京都府立医科大学大学院視覚機能再生外科学〔別刷請求先〕東原尚代:〒602-0841京都市上京区河原町通広小路上ル梶井町465京都府立医科大学大学院視覚機能再生外科学特集●眼が眩しいあたらしい眼科27(5):581.587,2010眼の表面:ドライアイ,結膜炎,角膜炎OcularSurface:DryEye,Conjunctivitis,Keratitis東原尚代*横井則彦*582あたらしい眼科Vol.27,No.5,2010(10)もあるため,外出時などで光をいやがっていないかどうかなど家族から情報を聴取することも大切である.さらに,眼疾患の手術既往歴,薬物治療,精神神経学疾患などの既往症の有無を確認する.III基本的眼科検査と鑑別診断に必要な補助検査眩しさを訴える患者の診断に至るまでの検査の流れを図1に示す.まず,眼瞼や睫毛の異常,結膜充血の有無,顔面皮膚の状態を視診する.診察室の照明やペンライトの光に対する患者の反応を観察し,参考にする.その際,swingingflashlighttestを行い,視神経疾患の鑑別診断に必要な相対的入力瞳孔反応異常(relativeafferentpapillarydefect:RAPD)や瞳孔不同の有無を調べる.つぎに,眼科検査の基本として,視力・屈折検査を行う.眼表面疾患が羞明の原因となる場合,問診である程度の病態を見きわめ,細隙灯顕微鏡検査を行って確定診断を進める.細隙灯顕微鏡検査では,まず,眼瞼内反や睫毛乱生で睫毛が角膜に接していないか,眼瞼外反や兎眼で眼表面の露出がないか弱い白色光で観察する.角膜混濁の有無やその混濁の原因の鑑別,結膜充血や強膜の充血を観察する.順を追って,前房深度や炎症性細胞の有無,虹彩・瞳孔の不整の有無,白内障の有無,眼内レンズ挿入眼では偏位についても観察する.つぎにフルオレセイン染色を用いて涙液メニスカスの高さ,涙液層破綻時間(breakuptime:BUT)の計測,角膜上皮障害の位置・範囲・程度を観察する.このとき,フルオレセインの量に過不足があると涙液の正確な性状を確認できないため,フルオレセインの染色の仕方に注意する.筆者らは,フルオレセイン試験紙に水分を2滴たらした後,よく振って余分な液をとり,下方の涙液メニスカスに過度に色素を流し込むようなイメージで,下眼瞼縁を刺激しないよう優しく接触させて染色している.また,過剰な光や眼瞼への強い刺激は反射性涙液分泌を促すため,光量についても過剰にならないよう調整する.眼瞼の反転やSchirmer試験などの刺激を伴う検査は最後に行う.その他,補助検査として,緑内障や網膜疾患の鑑別のために,眼圧検査,眼底検査を行う.さらに,色覚検査度が高い角膜の知覚神経に対して,炎症性に刺激が加わるだけでなく,炎症細胞による角膜混濁も上乗せされることが,その理由になっていると考えられる.特に,病変が表層性で,かつ広範に及ぶときに,その影響が大きいと考えられる.ヘルペス性角膜炎やアカントアメーバ角膜炎が代表的である.また,コンタクトレンズ装用による酸素欠乏においても,同様に強い角膜の炎症や細胞浸潤が生じて,強い痛みとともに開瞼不能となる.一般に,「眼の羞明」に関係する眼表面疾患は,1..4.の病態を合併してもつことも多く,目をあけていられない理由が,眩しさによるものか痛みによるものかを明確に区別できないこともありうる.したがって,涙液から角膜まで,病態にかかわる異常所見を的確に診断して,病態を整理し,鑑別診断を行うことが重要である.以下には鑑別診断に必要な診断ステップを述べる.II問診羞明は日常生活において,たとえ健常眼であっても,天候,目をとりまく環境からの光量や,日中,夜間といった時刻による違いなどの影響を受けながら,出現しうる.一方,病的な羞明は,健常者には苦痛を感じない程度の日常の光で誘発されるため,まず問診で患者の訴えが病的か否かを判断することが大切である.特に,眼表面疾患で生じる羞明の場合,眼痛,流涙,充血,眼乾燥感,視力低下など他の症状に随伴して,羞明が生じる場合も多い.発症の様式が急性か,亜急性か,慢性かといった点も鑑別診断のポイントになる.急性の羞明の原因としては,角膜異物や外傷による角膜上皮障害,感染性,あるいは非感染性の角膜炎,急性緑内障発作などによる角膜上皮浮腫などがある.一方,慢性の羞明には,ドライアイや結膜弛緩症,角膜ジストロフィによる角膜混濁などが関係しうる.両眼性か片眼性か,年齢や性別も参考になる.眼表面疾患としては,小児では眼瞼内反による角膜上皮障害や春季カタル,中高年ではドライアイや結膜弛緩症などが羞明の原因になりやすい.特に小児では症状を上手く訴えることができず,目が閉じ気味にしているだけの場合(11)あたらしい眼科Vol.27,No.5,2010583………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………….LASIK…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………….CT..MRI……………………………………………………BUT……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………図1診断に至る検査の流れ584あたらしい眼科Vol.27,No.5,2010(12)10回/日点眼を行い,自覚症状の改善がない場合はヒアルロン酸点眼薬6回/日を追加する.眼精疲労の症状が強い症例では自家調整希釈サイプレジン点眼液(0.025%)を眠前1回併用する.以上で改善がなければ上下涙点プラグ挿入を考慮する.涙点プラグ挿入により,流涙症状を認めることもあるが,角膜上の涙液層が安定すれば他の愁訴とともに,羞明は軽減もしくは消失する.b.結膜弛緩症結膜弛緩症とは,加齢に関連した結膜の皺襞状の構造変化であり,ドライアイや流涙症のリスクファクターとなるため,いずれによっても羞明に関係する3).しかし,強い結膜弛緩は,下方の涙液メニスカスを占拠する形でや網膜電位図,視野検査を必要に応じて行う.以上の検査で眼球に異常が認められない場合は,頭蓋内病変や副鼻腔病変の検索のためX線撮影,CT(コンピュータ断層撮影),MRI(磁気共鳴画像法)を施行する.もしも,視器に何らかの異常が認められない場合は,改めて,生活環境,患者の疲労の有無などを含め,精神神経疾患の関与についても考えてみる必要がある.IV羞明を生じる代表的な眼表面疾患とその治療つぎに,羞明をきたす代表的な眼表面疾患を示しながら,その治療のポイントを解説する.1.涙液異常で生じる場合a.ドライアイドライアイは,涙液減少型と蒸発亢進型の2つに大別され,いずれのタイプも上皮障害を伴うと,羞明を訴えることがあり,涙液減少型ドライアイの重症例では,涙液破綻が早く,上皮障害も強いために,羞明を生じやすい.現在,一般にドライアイの診断基準を満たすわけではないが,涙液破綻が非常に顕著で,強い症状を訴えるBUT短縮型ドライアイ(図2)とよばれる病型がある.本疾患は,まだ,世界的に認識されているわけではないものの,涙液の破綻をドライアイの中心メカニズムに置くわが国においては,難治性のドライアイの一型として知られている.本疾患は,一般に反射性涙液分泌やメニスカスの涙液量は正常であるが,BUTの著明な短縮を特徴とし,それに基づくと考えられる多彩な不定愁訴を生じ,乾燥感だけでなく,眼精疲労などの視機能に関係する視覚に症状を強く訴えることも多い.角膜上皮障害を伴いにくいにもかかわらず,羞明が生じる理由として,本疾患では,reflexloopが保たれているため,涙液の破綻とそれに伴う眼表面の刺激で反射性涙液分泌が生じ,涙液層に動揺が生じることや,涙液の表面形状の変動を補正するための調節過多によって眼精疲労を伴いやすく,それにより眩しさを自覚する可能性があると考えられる.典型的には,開瞼直後から,円形の涙液破綻がみられる.比較的若い年代の男性や,中高年女性にみられる場合がある.治療は,防腐剤フリーの人工涙液の図2BUT短縮型ドライアイ開瞼直後から円形の涙液破綻を認める.図3結膜弛緩症弛緩した結膜と少し離れた角膜面に点状表層角膜症を認める.(13)あたらしい眼科Vol.27,No.5,2010585る.顔面神経麻痺で兎眼を生じている場合は,まず点眼,眼軟膏などで保存的に管理し,必要に応じて眼瞼の手術を行う.急性や亜急性に発症する羞明で,角膜に機械的な擦過傷がある場合は,まず,角結膜異物を疑うが,美容外科のプチ整形に関連した二重瞼後の糸の刺激による可能性もあるため,注意が必要である.b.角膜びらん角膜びらん,あるいは,再発角膜びらんでは,強い眼痛,流涙とともに羞明を訴えうる.遷延性角膜上皮欠損では,刺激症状を伴わず,羞明だけが生じることもありうる.特に,瞳孔領に角膜びらんが及んでいると眩しさ出現し,その表面で光の散乱を生むため,強い光の状況下で,羞明を生じやすい.フルオレセイン染色では,弛緩した結膜が下方涙液メニスカスを占拠する形で存在する様子が観察され,瞬目により増強する.しばしば合併するドライアイや弛緩した結膜と角膜表面との摩擦により点状表層角膜症を伴う(図3).本症は中高年以上でみられるため,初期の老視や白内障,ドライアイなど他の眼疾患が羞明を修飾している場合もある.したがって,基本となる眼科検査を進めながら,症状の主たる原因が何であるかを見きわめる必要がある.一般に,本症では羞明よりも異物感や間欠性流涙が主症状となっていることも多いが,いわゆる眼不定愁訴の原因疾患の代表疾患ともいえるものであるため,その主症状を見きわめ,必要に応じて手術を考慮する必要がある4).2.角膜上皮障害で生じる場合a.点状表層角膜症点状表層角膜症(superficialpunctuatekeratopathy:SPK)を伴う代表的疾患がドライアイである.なかでも涙液減少型ドライアイは,慢性のSPKを伴いやすく,自己抗体が陽性でドライマウスを伴うSjogren症候群とSjogren症候群以外に分けられる.軽症.中等症では,SPKは角膜下方に集積するため羞明を生じることは比較的少ないが,重症になると瞳孔領を含む角膜全体にSPKが及んだり(図4),mucusplaqueを伴うと光の散乱が生じやすくなり,異物感・乾燥感とともに羞明を訴えることがある.治療は,軽症.中等症では,塩化ベンザルコニウムフリーの人工涙液点眼を7.10回/日に,症状改善に応じて,低濃度ステロイド点眼を2回/日程度併用する.さらなる改善をめざして,ヒアルロン酸点眼6回/日の併用を行うこともある.重症例では,上下の涙点プラグ挿入を行う.SPKが消失,もしくは角膜下方へシフトして軽症化すると他の症状とともに羞明は軽減する.その他,睫毛乱生や内反症・兎眼などの眼瞼異常や,角結膜異物でもSPKを生じる.小児で羞明を主訴に受診した症例のなかに内反症を認めることがあり,外科手術で内反症を治癒せしめると,目の開瞼状態がよくなることで術前の羞明の強さがわかり,驚かされることもあ図4涙液減少型ドライアイ重症例では瞳孔領に及ぶ点状表層角膜症を生じる.図5再発性角膜びらんフルオレセイン染色で染色性の異なる少し盛り上がった領域を認める.586あたらしい眼科Vol.27,No.5,2010(14)斑状角膜ジストロフィ,格子状角膜ジストロフィ,顆粒状角膜ジストロフィでも角膜混濁のために視力低下と眩しさを訴える.特に,格子状角膜ジストロフィでは再発角膜びらんを生じやすく,羞明のほかに眼痛,充血を訴えやすい.4.結膜炎で生じる場合アレルギー性結膜疾患のうち,アトピー性角結膜炎や春季カタルは急性増悪期に強い角膜上皮障害を伴い,羞明を生じることがある.a.春季カタル春季カタルは学童期の男児に好発し,眼瞼結膜に増殖性変化を伴うアレルギー性結膜疾患である.慢性期の症状は,眼脂,掻痒感,結膜充血を主体とするものであるが,急性増悪時には,本疾患に特徴的な落屑様のSPK,シールド潰瘍,角膜プラークを生じて,開瞼が困難になるほどの強い羞明を訴えることがある.上眼瞼結膜を翻転し巨大乳頭の有無とフルオレセイン染色にて角膜上皮障害の有無を観察する(図7).治療は,慢性期には,抗アレルギー点眼薬を主体とする治療を行うが,急性増悪時には,ステロイドの内服を必要とする場合もある.しかし,最近では,急性増悪期をステロイドの局所あるいは内服投与(たとえば,ベタメタゾン1.2mgを4日間程度)で乗り切りながら,免疫抑制薬点眼を併用することで,急性増悪を予防することができるようになり,かなり,治療しやすくなってきた.学を伴いやすい(図5).外傷による急性の角膜びらんは,抗菌点眼液や抗菌眼軟膏を点入しながら,必要に応じてアイパッチを併用し,保存的に安静を保つ.再発角膜びらんは,爪や紙などの鋭利なものによる外傷の既往があり,受傷後数カ月から数年して起床時の眼痛で発症するのが特徴的である.これは外傷により,基底膜に対する上皮基底細胞の接着障害を生じることが原因とされる.細隙灯顕微鏡検査では,結膜充血とともに,角膜に上皮の接着不良を示唆するフルオレセインの上皮下への貯留や慢性期には,SPKとは異なる上皮のフルオレセイン染色像とともに同領域に微小.胞を認める.強い炎症を伴うため,低力価ステロイドと抗菌薬の点眼を数回/日程度併用しながら回復を待つ.角膜びらんが治癒すると強い刺激症状が消失するため,自己判断で治療が中断されることが多いが,上皮の接着が回復するまで少なくとも1カ月半程度は眠前の眼軟膏点入を継続することが再発予防に重要である.3.角膜混濁で生じる場合角膜ジストロフィ角膜ジストロフィでは,さまざまな外観の角膜混濁がみられるが,強い羞明と関係する疾患として,膠様滴状角膜症がある.幼少時からの両眼性の羞明と眼異物感,視力低下,流涙を訴え,ときに開瞼困難になるほどに症状は強い.本疾患の羞明には,角膜混濁に加えて角膜表面の凹凸に伴う散乱光の影響が考えられる.初期には角膜上皮下に乳白色のびまん性混濁を認め,進行すると黄色みを帯びた膠様隆起物が出現する(図6).フルオレセイン染色では上皮の異常な透過性亢進がみられるのが特徴である.本症では,角膜上皮の透過性が著しく亢進しているために,角膜上皮,実質にアミロイドの沈着をきたすことが病因と考えられている.治療は,抗菌薬と低濃度ステロイド点眼を行いながら,ソフトコンタクトレンズ(SCL)の連続装用を行う.進行例では角膜表面の不整のためにSCLの装用が困難となるため,可能であれば,エキシマレーザーによる治療的角膜切除術を考慮する.角膜表面が滑らかになるとSCL装用が容易になり,羞明が軽減して,視力改善にもつながる.その他,図6膠様滴状角膜変性角膜に乳白色の粒状隆起物を認める.あたらしい眼科Vol.27,No.5,2010587童期の児童が治療対象になることもあるため,ステロイドの局所投与による眼圧上昇には特に注意する必要がある.上眼瞼結膜の乳頭切除は角膜上皮病変に対して即効性があるが,術後の管理を免疫抑制薬点眼を用いてうまく行わないと,再発を招きうる.b.アトピー性角結膜炎アトピー性角結膜炎はアトピー性皮膚炎に合併して生じるアレルギー性結膜疾患である.特に,顔面に皮疹が及ぶと,重症になりやすい.重症の眼表面疾患としての性格も併せ持ち,角膜への血管侵入や,角膜混濁,表面の不整をきたして視機能の低下につながることもある.それらの眼表面の異常に関連して羞明を訴える.さらに,本疾患そのものの合併症として,あるいは,全身あるいは眼局所のステロイド治療により白内障を合併することもあり,これが羞明の原因になっていることもある.治療は,抗アレルギー薬とステロイド点眼を中心に行い,急性増悪期の治療は,春季カタルに準ずる.いずれにしても,皮膚科医と連携が重要である.5.角膜炎で生じる場合アカントアメーバ角膜炎近年,増加しているコンタクトレンズ装用者にみられる角膜感染症で,強い眼痛と視力低下,羞明,流涙を症状とする.強い羞明は,開瞼を不能にするほどであり,角膜の炎症性混濁と三叉神経刺激によるものと考えられる.病型により多彩な所見を呈し,初期では多発性の角膜上皮下の細胞浸潤,偽樹枝状病変,放射状角膜神経炎を認める.移行期には実質浮腫,細胞浸潤が角膜中央部に生じ実質型ヘルペスに類似した所見を呈する.さらに進行すると,輪状の角膜浸潤を認める.治療は診断を兼ねて病巣部の広い掻爬を行い,抗菌点眼薬(4回/日)とともに,抗真菌治療に準じてフルコナゾール原液もしくは10倍希釈のミコナゾール点眼を6回/日点眼,ピマリシン眼軟膏6回/日,イトラコナゾール内服(150.200mg[3.4錠]を1日1回朝食後30分)あるいは,フルコナゾール(1回200.400mgを1日1回)かミコナゾール点滴(1回200.400mgを1日2.3回)の全身投与を行う.可能であれば,自家調整の0.02%polyhexamethylenebiganaid(PHMB)の1時間毎点眼やグルコン酸クロルヘキシジン(0.02%,6回/日)の点眼を行う.早期診断・早期治療で角膜は透明性を回復できるが,角膜瘢痕が残れば視力不良とともに羞明が残るため,角膜移植を必要とすることもある.V眩しさへの対策眼表面疾患が原因で羞明を生じる場合,眼痛,流涙,視力低下などの他の症状が主体で,羞明はむしろ随伴症状としてみられることが多い.しかし,羞明を訴える疾患のなかに重篤な視機能障害に至る可能性のあるものも含まれるため,系統だてて検査を行い,原因を特定し,その原因となる眼疾患に対する治療を行うことが重要である.羞明の原因となりうる眼疾患が特定され,それに対して適切な治療を行えば症状は軽減もしくは消失する.完全に羞明が消失しない例には,対症療法として羞明を軽減させるべく短波長成分を選択的に遮断するサングラスの装用などを併用すると良い.文献1)島.潤:2006年ドライアイ診断基準.あたらしい眼科24:181-184,20072)高静花:涙液と高次収差.あたらしい眼科24:181-184,20073)横井則彦:眼の不定愁訴と結膜弛緩症.臨眼61:1985-1992,20074)YokoiN,InatomiT,KinoshitaS:Surgeryoftheconjunctiva.DevOphthalmol41:138-158,2008(15)図7春季カタルによる角膜病変落屑様の点状表層角膜症(角膜最上方)とその下方にシールド潰瘍を認める.

原因究明のコツ

2010年5月31日 月曜日

0910-1810/10/\100/頁/JCOPY度)によっても異なり,視角が小さいほどグレア光源の影響は大きい.たとえば,日常生活で眩しさを感じるような状態について考えてみると,夜間に自動車の運転中に対向車のヘッドライトが視界に入るような場合には,自分の進行方向の近くにある光源からの強い光が眼に入ることで眩しさを感じ,見たい対象物(この場合,自分の進行方向)が見えづらくなる.この場合には,昼間であればあまり気にならないような対向車のヘッドライトが夜間で周囲が暗いために強い光に感じられ,さらに視標とグレア光源が狭い視角の中に入ってくるためにグレアを強く生じやすい状況にある.また,映画館から外に出た直後のように暗いところから明るいところへ出た場合には,それまで暗順応状態にあって光感受性が高まっており,かつ瞳孔も散大している状態で相対的に強い光を受け取ることになるため,眩しさを感じる.これは光環境の変化と眼の明順応のタイムラグによるものといえる.一方,十分に明順応していても,屋外の直射日光の下で本を読もうとするような場合には,周囲が明るい状況で,さらに強い太陽光線が紙の表面で反射して適切な明るさ以上の光が眼に入るために眩しさを感じる.この場合は,瞳孔反応の限界と網膜の明順応の限界を超えた光が入るために,眼が感覚器として飽和状態となり,文字と周囲のコントラストが減退している状況にある.上記のような事例は健常者でも認められる生理的な不能グレアともいえるものであるが,光を受け取る眼の病I「眩しさ」とは「眼が眩しい」という症状は過剰な光によって物の見えづらさや,不快感が生じている状態である.医学的にはグレア(glare)あるいは羞明(photophobia)という用語が使われるが,いずれも症状としては「眩しさ」として訴えられる.不適切な光によって物の見えづらさが生じ視機能の低下をきたしている状態を不能(あるいは減能)グレア(disabilityglare)とよび,視機能の低下はなくとも光によって不快感を生じている状態を不快グレア(discomfortglare)とよぶ1).さらに,光への感受性が異常に高い状態をdazzlingglareと区別してよぶ場合もあり,これは狭義の羞明にあたる2).ただし,これらの分類は明確に区分することはできず,互いに重なり合い,影響し合っている.たとえば,不能グレアは不快グレアにもつながり,不快グレアや羞明があれば眼を閉じたり視線をそらせたりする回避的行動をひき起こし,結果的に不能グレアを生ずる.グレアは健常者でも普通に起こる現象であり,ヒトの眼が光学器として不完全であることに由来する.実際に眩しさを感じるかどうかには,さまざまな条件が関係している.見ようとする対象(視標)の明るさに比べて強い光(グレア光源)が視界に入ってくるときに眩しさが生じるが,その際の光の主観的な強さは周囲の明るさとの対比(コントラスト)に左右され,また,グレア光源と視標とがなす視角(2つの視標に対する視線がなす角(3)575*YasuhikoHirami&YasuoKurimoto:神戸市立医療センター中央市民病院眼科,先端医療センター病院眼科〔別刷請求先〕平見恭彦:〒650-0046神戸市中央区港島中町4-6神戸市立医療センター中央市民病院眼科特集●眼が眩しいあたらしい眼科27(5):575.580,2010原因究明のコツTipsonFindingtheCauseoftheGlare平見恭彦*栗本康夫*576あたらしい眼科Vol.27,No.5,2010(4)ざるえない場合もある.通常,グレアはいくつかの原因が絡み合って発生するものである.眩しさを訴える患者の診察においては,先にあげたような複数の要素が関与していることを念頭において,眩しさの原因を慎重に吟味していかなければならない.II眼の疾患と「眩しさ」の原因眩しさの原因と疾患の存在する部位は,ある程度関連づけて考えることができる.①眼内での光の散乱が原因となっている場合は,前眼部および中間透光体における混濁,あるいは表面の不整な凹凸により生じている状態であり,すなわち角膜の疾患による,涙液層や角膜上皮の障害,角膜実質の混濁や,白内障による水晶体の混濁,ぶどう膜炎などによる硝子体混濁によってひき起こされたものと考えられる.また,②瞳孔の異常が原因となっている場合は,薬剤性,あるいは中枢性その他の原因で散瞳をひき起こす病態や,虹彩の先天性疾患によるものである.そして③網膜の問題による場合は,網膜疾患による錐体の減少が考えられる.また,羞明は,髄膜炎など眼より後方の疾患による場合もある.表1にあげたように,角膜,前房,水晶体,網膜など眼球全体から中枢性まで幅広い疾患が眩しさの原因となりうる3).「眩しい」という患者の訴えはいろいろな症状を含んでおり,その症状もいろいろな原因で起こっている.患者に,どういう状況で眩しさを感じるのか,たとえば,明るいところでは眼を開けていられない,暗いところにいるほうが楽であるとか,あるいは,見えないことはないが,白くかすんだような,膜がはったような見え方であるといった,眩しさの性質についてよく聞いてみると原因を診断するうえで参考になる.先に述べたように,的な状態によって眩しさ程度は変化する.眼に入ってくる光は,角膜,前房,水晶体,硝子体を通過して網膜に到達する.また,瞳孔運動によりその光の量は調節されているが,こうした光の通路あるいは調節のしくみに異常がある場合に,眩しさの症状は生理的には問題とならないような状況でも強く出現してくる.眼の病的状態によって眩しさを感じる場合,多くは視機能の低下を伴い,不能グレアを生じる.その原因として,①眼表面および中間透光体の光路の問題のために眼に入ってくる光が強く散乱している場合,②瞳孔の問題により眼に入ってくる光量が適切に調節できない場合,③網膜の問題によりコントラスト感度が低下する場合,などが考えられる(図1).また,視機能の低下にまでは至らず,不快感のみを生じているような不快グレアとしては,明暗の落差の大きい環境で頻繁な光順応や瞳孔反応を強いられる場合や,高輝度のディスプレイを長時間見続けた場合に,眼精疲労を起こすような状態が考えられる.これらの不快グレアは健常者においても認められるが,不能グレアと同様に,瞳孔や網膜の問題により,健常者では問題とならないような条件下でも症状が出たり増強したりする.また,光の感受性が異常に亢進しているような場合には羞明ないしdazzlingglareを生じ,光を見ることをつらく感じたり,ときには痛みすら感じられ,患者は眩しさを訴える.羞明には,症状を説明できるような明らかな器質的障害が認められない場合も存在し,心因性と結論せ混濁表面の凹凸不整混濁加齢による変化散瞳・先天異常錐体の障害混濁眼内での光の散乱角膜水晶体硝子体虹彩眼内への過剰な入射光網膜光受容体の問題図1眼の部位と眩しさの原因表1部位別「眩しさ」を訴える原因となる疾患角膜,結膜,涙液:ドライアイ,結膜炎,角膜炎,角膜変性,角膜混濁前房,虹彩:瞳孔緊張症,外傷・薬剤などによる散瞳,無虹彩症,白子症,虹彩毛様体炎水晶体:白内障網膜:錐体ジストロフィ,網膜色素変性,杆体一色覚視神経,中枢性:視神経炎,片頭痛,髄膜炎,くも膜下出血(5)あたらしい眼科Vol.27,No.5,2010577の症例でみられる角膜上皮下の混濁(diffuselamellarkeratitis:DLK)では眼痛を伴うことは少ないが,同様に眼に入る光が散乱することで,眩しさの原因となることがある.白内障による水晶体の混濁は比較的初期から光の散乱を生じて眩しさの原因となることが多い.また,強い混濁を生じていなくても,加齢により水晶体の厚みは増加し,核は硬化が進む.こうした変化は加齢による眼球の高次収差の増加に関連して,散乱光の増加から眩しさを生じることもあると考えられる4).瞳孔異常(散瞳)をきたしている場合では,瞳孔緊張症(Adie症候群)のほか,外傷や急性閉塞隅角症による瞳孔括約筋の障害や,抗コリン作用をもつ薬剤の使用による影響,アトロピンやトロピカミドといった散瞳薬の点眼などが原因として考えられる.動眼神経麻痺と散瞳を伴っている場合には,脳動脈瘤が原因となっていることがあり,脳神経外科への紹介が必要となる.また,まれな疾患ではあるが,虹彩の先天性異常で,無虹彩症や白子症では,乳児の眩しがるようなしぐさがみられる.網膜に原因がある場合は,錐体ジストロフィや杆体一色覚のような錐体視細胞が障害される疾患によって眩しさが生じる.こうした場合には色覚の異常を伴うことが多い.網膜色素変性でも,進行すると錐体の障害が生じて,視力低下や色覚の異常とともに眩しさを生じることも多い.また,薬剤性の網膜障害をひき起こす原因としては,フェノチアジン系の抗精神病薬やクロロキン誘導体,塩酸キニーネ,タモキシフェンなどがあり,これらの薬剤では不可逆性の網膜変性に至ることがある.虹彩毛様体炎の場合も眼痛や充血を伴うことが多いが,毛様体筋,虹彩括約筋の攣縮による痛みを生じ,光を見ると痛みが増悪するといった特徴がみられる.また,片頭痛や髄膜炎,くも膜下出血などの頭蓋内疾患では,頭痛とともに眩しさを訴える場合があり,専門科への紹介が必要となる.III眼内レンズと眩しさ大気中や液体中での光の散乱の強さは,波長の4乗に反比例し,短波長の光ほど散乱しやすい.眼内での光の散乱もこれと同様であり,波長の短い青色光は散乱しや眼内での光の散乱や網膜における錐体の障害では,瞳孔での眼内への入射光量の調節が働いており,コントラストの低下により白くかすんだような見え方をしていると考えられる.一方で瞳孔運動の障害では,網膜全体に過剰な光が照射されるため,明るい場所では眼を開けていられないといった症状が強く出やすいと考えられる.診察にあたっては,患者は「眩しい」といってきているのであるから,いきなりスリットランプや倒像鏡の光を浴びせるよりも,丁寧に問診をとってみるのも良いだろう.患者の話に耳を傾けることで,その後の診察にも協力が得られやすくなると思われる.実際に原因疾患を鑑別していくときには,「眩しい」症状に伴ってどういった症状があるのか,また症状の誘因になったものがあるかどうかも参考になる(表2).ドライアイや結膜炎,角膜炎などの眼表面の疾患では,眼痛,異物感,乾燥感や充血を伴うことが多く,むしろそうした症状が主体であることも多い.ただし,患者の訴える眩しさその他の症状の程度と,角膜障害の程度は,比例するとは限らない.軽度の角膜上皮障害や涙液層破壊時間(BUT)の短縮程度の障害であっても症状が強いこともあり,実際に治療により症状の改善がみられることもある.角膜障害の誘因になるものはさまざまであるが,たとえば異物や薬品の飛入,外傷による場合やコンタクトレンズの不適切な使用によって生じる場合,あるいは雪山へ行ったり,長時間の溶接作業による紫外線への曝露といったことも原因としてあげられる.また,多種類の点眼を処方されている患者では点眼薬による角膜障害の可能性も考えられる.陳旧性の瘢痕による角膜混濁や,角膜ジストロフィ,あるいはエキシマレーザーによる屈折矯正手術後に一部表2問診のポイント主訴:いつごろから,どのくらいの期間続いているか,症状の強さ,どういう条件下でどんな症状があるのか随伴症状:眼痛,充血,霧視,異物感,乾燥感,かゆみ,頭痛,吐気コンタクトレンズ使用歴異物や薬品が入ったか外傷,手術の既往内服などの薬の服用眼科受診(散瞳検査)の有無578あたらしい眼科Vol.27,No.5,2010(6)る原因となる.IVコントラスト感度,グレアテスト眩しさによって見えづらいという状態は,通常の矯正視力検査では検出されにくい.矯正視力検査は,室内の一定の照度条件のもとで高コントラストの視標を用いて行われるので,日常のさまざまな見え方を必ずしも反映していない部分がある.グレア評価のゴールドスタンダードは確立されていないが,視力に現れない視機能の評価方法の一つとして,コントラスト感度測定があり,矯正視力が良好でも不能グレアなどの視機能障害が疑われる症例について有用な場合がある.コントラストとは,明暗の対比のことであり,白黒の縞模様を見たときに,どれくらいの細かさの縞模様について,どのくらいの明暗の差まで区別ができるか,という評価方法で検査する.このときの縞模様の細かさを空間周波数といい,cycles/degree(cpd)という単位で表される.また,明暗の差については,縞の明るいほうの輝度をLmax,縞の暗いほうの輝度をLminとした場合に,MichaelsonコントラストC=(Lmax.Lmin)/(Lmax+Lmin)として表され,見分けられる最小のコントラストの値がすく,眩しさの原因となりやすい.遮光眼鏡などで短波長光をカットすることはコントラスト感度の改善につながる.白内障手術後に眩しさを訴える例をしばしば経験する.これは,水晶体混濁の除去により眼内に入る光の総量が増えることもあるが,術前は水晶体の加齢変化により青緑系の短波長光の透過率が低くなっているのに対し,術後,眼内レンズ挿入により短波長光が眼内に入射するようになった結果,散乱光が術前よりも増加して眩しさの原因になっていることも考えられる.最近では短波長光をカットする着色眼内レンズが使用されることも多くなっており,高齢者にとって自然な見え方になり,眩しさを抑える効果も期待できる.眼球の高次収差もグレアの原因となることがある.眼球の高次収差のうち,球面収差とは,レンズの中心を通過する光と周辺を通過する光の結像する位置がずれることで生じるもので,特に瞳孔径が大きい場合に問題となる.角膜は正の球面収差を有しており,若年者では水晶体が負の球面収差を有することで眼球全体の球面収差をなくすように保たれている.しかし,加齢に伴い,水晶体の厚みが増して核硬化が進行すると,水晶体の球面収差も増加し,眼球全体の球面収差も増加する.また,球面眼内レンズも正の球面収差を有しており,術後も眼球の球面収差は減少しない.これに対して,眼内レンズに負の球面収差を付与して眼球全体の球面収差を減少させ,視機能を改善することを目的としているのが非球面眼内レンズである.最近,白内障手術後に眼鏡依存度を減らす目的で多焦点眼内レンズが使用される例も増加している.多焦点眼内レンズには遠方焦点部分と近方焦点部分を同心円状に配置した屈折型と,回折現象を応用することにより眼内への入射光を遠方と近方の2つの焦点に振り分ける回折型の2種類がおもに用いられている.しかし,どちらの方式の場合も単焦点眼内レンズに比べて散乱光が増加し,さらに,遠方と近方の2カ所の像が常に中心窩に焦点を結んでいることになり,これがグレアを生じる可能性がある.その他,病的な状態として,眼内レンズの偏心,傾斜,亜脱臼なども散乱光の増大をきたし,グレアが生じ図2コントラストグレアテスター(CSV-1000HGT,VectorVision社)4種類の空間周波数での視標についてそれぞれ8段階のコントラスト感度を測定し,コントラスト感度曲線が描ける.視標パネルの両側のハロゲンライトを点灯することにより,グレア負荷の状態を測定する.(7)あたらしい眼科Vol.27,No.5,2010579ヘッドライトのようなグレア負荷の状態でのコントラスト感度の測定が可能である.実際に測定した結果の一例をあげる.図3に示すのは,55歳の患者のCSV-1000HGTの測定結果で,左眼への回折型多焦点眼内レンズ挿入後である.右眼の眩しさを訴えるようになり,水晶体に軽度の前.下の混濁を認め,視力は右眼矯正0.9であった.グレア負荷あり,なしの両方の状態でそれぞれコントラスト感度を測定した結果,コントラスト感度の低下がみられたが,グレア負荷時にはさらに低下がみられた.このように,グレア負荷によるコントラスト感度測定は,視力測定に現れにくい,眩しさによる視機能の低下を他覚的および定量的に評価するのに有用である.コントラスト閾値,その逆数がコントラスト感度として用いられる.横軸に空間周波数,縦軸にコントラスト閾値またはコントラスト感度を対数表示することでコントラスト感度曲線が描かれる.こうしたコントラスト感度の測定装置に,グレアをひき起こすような光源を付加し,光源の点灯時と消灯時でコントラスト感度を測定することで,グレアによる影響を評価することができるようになっているものがある.VectorVision社のCSV-1000HGT(図2)は,3,6,12,18cpdの4種類の空間周波数の視標について,それぞれ8段階のコントラストで検査する.また,視標のパネルの両脇にハロゲンライトがついており,ライトを点灯した状態では夜間に前方から向かってくる自動車のab図3グレアの有無とコントラスト感度CSV-1000HGTを使用しての測定結果.a:左眼で回折型多焦点眼内レンズ挿入眼(矯正視力1.2),b:右眼で軽度の水晶体前.下混濁を認めた(矯正視力0.9).右眼では高周波数でのコントラスト感度低下を認め,グレア負荷でさらに低下していた.左眼はグレア負荷時でも低下は認められなかった.580あたらしい眼科Vol.27,No.5,2010(8)3)臼井正彦:症状からの診断羞明.眼科学(丸尾敏夫,本田孔士,臼井正彦ほか編),p824,文光堂,20024)FujikadoT,KurodaT,NinomiyaSetal:Age-relatedchangesinocularandcornealaberrations.AmJOphthalmol138:143-146,2004文献1)vandenBergTJ:Ontherelationbetweenglareandstraylight.DocOphthalmol78:177-181,19912)LudtR:Threetypesofglare:lowvisionO&Massessmentandremediation.Review29:101-113,1997

序説:眼が眩しい

2010年5月31日 月曜日

0910-1810/10/\100/頁/JCOPYく見えるせいで仕事に差しつかえたり,あるいは眩しく見えているために室内でも帽子を被ったりするように,見えてはいても,ビジョンのクオリティの低下をきたすことがある.このように,医師は「病気を治療している」のではなく,「患者を治療している」点を常に忘れてはいけない.本特集では,疾患よりも症状に焦点を合わせた.「眼が眩しい」という主訴において最もむずかしい考え方のプロセスを平見恭彦・栗本康夫両先生にお願いした.プロセスの確認に続き,各論として,原因のなかで多いものについてそれぞれ専門の先生に執筆していただいた.まずは,比較的よくある問題として,眼表面関係を東原尚代・横井則彦両先生,前部ぶどう膜炎を北市伸義先生,そして後.下白内障を中村邦彦先生に解説していただいた.さらにその後に,特殊な問題を取り上げた.乳幼児については平岡美依奈先生,網脈絡膜疾患は田中伸茂先生,中枢性の羞明は気賀沢一輝先生,薬剤性関連などは若倉雅登先生が,それぞれの原因を細かい鑑別診断,補助検査をもとに述べ,それらの疾患別治療および眩しさへの対策法に関して説明していただいた.今回の特集は,眼科にて頻繁に遭遇する主訴のひとつである「眼が眩しい」に注目する.日常診療では,このような訴えがあるとあまり深く考えずに自然に問題を鑑別しているのではないか.しかし,すべての可能性をきちんとリストアップするとなると,原因は眼科のあらゆる領域に立ち至る.筆者のように眼炎症を専門にしている者にとっては,前房や硝子体に炎症性細胞があれば,すぐに患者に説明できるので安心する.一方,明らかな炎症がない場合は,現病歴あるいは眼所見をもう一度確認する必要に迫られる.「何か見落としているのでは」,あるいは「ぶどう膜炎が原因と思い込んだが,実は他の問題かもしれない」などと心配する.後者は,特に専門家のアキレス腱といって良いであろう.やはり,どの眼科医でも,まずゼネラリストの姿勢をもって,問題を検討するのが重要であると思われる.また,「眼が眩しい」は,忙しいわれわれにとっては軽視しがちな事象である.それというのも,視力低下や視野欠損,眼の機能を障害する問題でないからである.しかし,患者にとっては,そうとばかりはいえない.生活上,眩しく見えることを負担に感じることは多い.たとえば,パソコン画面が眩し(1)573*AnnabelleAyameOkada:杏林大学医学部眼科学教室●序説あたらしい眼科27(5):573,2010眼が眩しいGlare岡田アナベルあやめ*

リネゾリドによる視神経症の1 例

2010年4月30日 金曜日

———————————————————————-Page1564あたらしい眼科Vol.27,No.4,2010(00)564(148)0910-1810/10/\100/頁/JCOPYあたらしい眼科27(4):564567,2010cはじめにリネゾリド(ザイボックスR)は,メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)感染症やバンコマイシン耐性腸球菌に適応のある薬剤である.臨床の場では関節炎や骨髄炎,皮膚感染症,肺炎などに使われるが,副作用として骨髄抑制や視神経症などが知られている.特に長期投与で副作用が多く報告され,眼科領域では視神経症の報告がこれまでに散見される14).視神経障害の機序としてはニューロン内に豊富とされるミトコンドリアの障害が原因と推定されている1,5).今回筆者らはリネゾリドによる視神経症の1例を経験したので,これまでの報告例と比較検討して報告する.I症例患者:61歳,男性.初診日:平成19年4月11日.主訴:霧視.現病歴:平成16年より慢性関節リウマチにて治療中であった.平成17年6月,MRSAによる股関節炎・膝関節症・頸椎炎にて某大学整形外科でバンコマイシンによる治療を開始したが,直後より骨髄抑制による汎血球減少が生じたため中止して硫酸アルベカシン(ハベカシンR)とトシル酸スルタミシリン(ユナシンR)に変更した.洗浄や骨移植術などの治療も併用された.平成18年6月リハビリテーション目的にて当科関連病院の整形外科に転院となった.その後,関〔別刷請求先〕椎葉義人:〒343-8555越谷市南越谷2-1-50獨協医科大学越谷病院眼科Reprintrequests:YoshitoShiiba,M.D.,DepartmentofOphthalmology,DokkyoMedicalUniversityKoshigayaHospital,2-1-50Minami-Koshigaya,Koshigaya-shi,Saitama343-8555,JAPANリネゾリドによる視神経症の1例椎葉義人門屋講司鈴木利根筑田眞獨協医科大学越谷病院眼科ACaseofLinezolid-inducedOpticNeuropathyYoshitoShiiba,KojiKadoya,ToneSuzukiandMakotoChikudaDepartmentofOphthalmology,DokkyoMedicalUniversityKoshigayaHospitalリネゾリドの長期投与後に視神経症をきたした61歳,男性例を経験した.本患者はメチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)による膝関節炎,股関節炎などにてバンコマイシンなどの薬剤投与を開始したが,副作用発現や効果不十分のため中止となり,平成18年12月にリネゾリドの投与を開始した.その後増減をくり返しながら持続投与となり,平成19年4月に霧視感を主訴に当科を紹介受診となったが,両眼視力は1.0であった.同年6月には右眼0.3,左眼0.03に低下した.当初は視力低下の原因が白内障進行によるものと診断したが,白内障手術後にも視力回復がみられず,さらに右眼0.1,左眼0.04となり,リネゾリドによる視神経症が疑われた.投与中止後9日目に視機能の改善がみられたが,股関節炎などは悪化した.1年後には両眼1.2に回復した.Weexperienceda61-year-oldmalewithlinezolid-inducedopticneuropathyafterprolongeduseoftheantibi-otic.Vancomycinandothermedicationshadbeeninitiatedforthetreatmentofmethecillin-resistantStaphylococcusaureus(MRSA)infectionsofhiskneeandhipjoints,butwerenoteective.LinezolidtreatmentwasinitiatedinJuly2005.By23monthslater,visualacuityhaddecreasedto0.3ODand0.03OS,fromthe1.0OUnoted2monthsearlier.Routineocularexaminationrevealedonlycataracts;cataractsurgerywasperformedonbotheyes.However,visualacuitydidnotimprove(0.1OD,0.04OS),solinezolid-inducedopticneuropathywassuspected.Linezolidwasdiscontinuedandvisualacuityimproved9dayslater,whileinfectionofthejointsworsened.Visualacuityrecoveredfully(1.2OU)afteroneyearwithouttheantibiotic.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)27(4):564567,2010〕Keywords:リネゾリド,視神経症,副作用.linezolid,opticneuropathy,sideeect.———————————————————————-Page2あたらしい眼科Vol.27,No.4,2010565(149)節炎などが悪化したため平成18年12月9日よりリネゾリドの投与が開始され,平成19年8月18日まで継続された.投与量は1日600mgを標準とし,総量159g(600mg錠換算で265錠)であった.この間平成18年12月31日より平成19年1月26日まで一時休薬し,4月14日より5月13日まで3001,200mgの増減があった.この間の併用薬はプレドニゾロン(プレドニンR)1日5mg内服と糖尿病経口薬であった.平成19年4月に軽度の霧視感があったため,眼科的精査目的で当科を紹介された.既往歴:平成16年より糖尿病.初診時所見:視力は右眼0.15(1.0×2.5D(cyl0.75DAx95°),左眼0.08(1.0×3.0D(cyl1.0DAx65°),眼圧は右眼15mmHg,左眼17mmHgであった.前眼部および眼底に異常はないが,中間透光体は白内障を認め,Emery分類で核硬度度,後下に軽度の混濁を認めた.白内障および糖尿病のため定期的検査を続けることとした.経過:初診2カ月後の平成19年6月に視力低下を訴え,視力は右眼0.06(0.3),左眼0.02(0.03)と低下,グレアは測定不能であった.前眼部,眼底に異常を認めないものの,白内障が核度,後下の混濁が進行していた.これらより白内障進行による視力低下と判断し,白内障手術を施行した.術中・術後合併症は認めなかった.しかし,術後の視力改善はわずかで,2週間後の所見は,視力は右眼0.08(0.4),左眼0.07(n.c.)であった.眼底その他に異常はみられず視力不良の原因は不明であった.さらに,術後1カ月に視力低下の進行と視野狭窄を自覚した.このときの視力は右眼0.08(0.1),左眼0.04(n.c.),眼圧は右眼17mmHg,左眼15mmHgで,限界フリッカ値は両眼とも19Hzであった.前眼部,中間透光体は異常なかった.眼底は検眼鏡でも異常なくフラッシュERG(網膜電図)も正常で,蛍光眼底造影でも図1症例の蛍光眼底造影写真(左:右眼,右:左眼)両眼とも視神経乳頭に過蛍光などはみられなかった.図2症例のGoldmann視野検査(左:左眼,右:右眼)右眼の中心暗点と左眼のラケット状暗点を認めた.———————————————————————-Page3566あたらしい眼科Vol.27,No.4,2010(150)視神経に過蛍光などの異常を認めなかった(図1).Gold-mann視野検査では右眼は中心暗点,左眼はラケット状暗点を認めた(図2).これらより,視神経症と診断し,リネゾリドの長期投与との関連が疑われた.そのため,整形外科主治医および患者,家族と相談のうえ,リネゾリド投与を中止することとなった.投与中止9日後には,視力は右眼0.1(0.6),左眼0.04(0.05)と改善したが,限界フリッカ値は19Hzと不変であった.視野検査の結果も中心暗点の改善を認めた(図3).しかし,股関節炎,膝関節炎などの原疾患が再発し,手術目的にて某大学整形外科に転院となった.このため当院での経過観察がその後一時中止となった.約1年後の平成20年8月11日の再診時には,リネゾリドは投与されておらず,視力は右眼1.0(1.2),左眼0.8(1.2)に回復していた.II考按リネゾリドはMRSA感染症などに非常に有用な薬剤で2000年4月に米国FDA(食品医薬品局)の承認を受けていて3),28日間以内の安全性は十分に確かめられている.しかし,骨髄炎などの疾患に長期投与を余儀なくされる場合に副作用が報告されている.本例ではリネゾリドの長期投与があり,しかも本剤の投与中止により視機能が回復したことから本剤の副作用による視神経症と診断した.他の報告例の診断も,リネゾリドの長期使用および臨床症状,投与中止による回復が決め手となっている.本例では2年間の投与期間があり,これまでのJavaheriらのまとめでも,13症例の平均投薬期間が280日間となっている1).Ruckerらも511カ月(平均9カ月)としている4).今回の症例のように他の薬剤が無効で,増減しながらもリネゾリドの長期投与を避けられない場合は,特に副作用の発現に注意すべきである.本剤の抗菌作用はリボゾームRNAに結合することによるとされる3).視神経の障害の機序としてはニューロン内のミトコンドリアリボゾームの障害が推定されている1,5).ミトコンドリア障害による視神経症としてはLeber視神経萎縮がよく知られているが,ある種の中毒性視神経症や,タバコ・アルコール視神経症,薬物による視神経障害や近年は正常眼圧緑内障との関連が推定されている5).臨床症状に注目すると,発症は本症例も含め数週数カ月間かけて視力障害が進行する亜急性が多い.視力障害の程度は重度で0.1以下が多く,ほとんどが両眼性である.視野障害の種類は本症例でも呈していた中心暗点あるいはMariotte盲点の拡大が多く,他の視神経疾患との差異はない.既報では視神経乳頭は浮腫所見を示すことは少なく1),本例のように正常あるいは軽度の蒼白のみを示す場合が多い.ミトコンドリアの分布は視神経乳頭板より前方に多いことからすると,浮腫所見を示すことが多いはずであるが,実際の報告例ではさまざまであった.蛍光眼底写真ではLeber視神経萎縮と同様に正常なことが多い1).中尾は,視神経乳頭に異常がない“球後視神経炎”類似の所見で,眼球運動時の球後部痛がないことなどが薬剤の副作用による視神経症の特徴としている6).治療については,診断がつき次第に投薬を中止することで視機能は短期間で回復の兆しがみられ1,2),本例でも9日目で回復がはじまった.その後は数カ月間かけて回復することが多い可逆性である.視力回復の程度は本例では1.2まで完全に回復したが,他の報告でも39カ月の経過観察での最終視力は全例0.5以上と比較的良好である1).本例で視力が完全回復した理由として,発症からリネゾリド中止までの期間が80日と短かったことが考えられる.既報でも150200日で中止した場合は1.0以上に回復しており,中止まで300日以上を要した症例では視力障害が残った1).したがって本剤の投与患者では視覚症状に十分注意して,発症した場合は早期に中止することで良好な視力回復が期待できる.また,図3リネゾリド投与中止後9日目のGoldmann視野検査(左:左眼,右:右眼)両眼とも中心暗点の改善を認めた.———————————————————————-Page4あたらしい眼科Vol.27,No.4,2010567(151)副腎皮質ステロイド薬投与は無効であり,むしろ悪化の危険も指摘されていて現時点では勧められていない1,2).文献1)JavaheriM,KhuranaRN,O’HearnTMetal:Linezolid-inducedopticneuropathy:amitochondrialdisorderBrJOphthalmol91:111-115,20072)SaijoT,HayashiK,YamadaHetal:Linezolid-inducedopticneuropathy.AmJOphthalmol139:1114-1116,20053)McKinleySH,ForoozanR:Opticneuropathyassociatedwithlinezolidtreatment.JNeuro-Ophthalmol25:18-21,20054)RuckerJC,HamiltonSR,BardensteinDetal:Linezolid-associatedtoxicopticneuropathy.Neurology66:595-598,20065)CarelliV,Ross-CisnerosFN,SadunAA:Mitochondrialdysfunctionasacauseofopticneuropathies.ProgRetinEyeRes23:53-89,20046)中尾雄三:視路障害をきたす全身薬.あたらしい眼科25:455-460,2008***

片眼の虚血性視神経症で発症した再発性多発性軟骨炎

2010年4月30日 金曜日

———————————————————————-Page1558あたらしい眼科Vol.27,No.4,2010(00)558(142)0910-1810/10/\100/頁/JCOPYあたらしい眼科27(4):558563,2010cはじめに再発性多発性軟骨炎は比較的まれな疾患であるが,多彩な眼症状をきたす.眼症状の合併は約5060%と高率とされているが,虚血性視神経症の報告は少ない1,2).今回,筆者らは片眼の虚血性視神経症で発症した再発性多発性軟骨炎を経験したので報告する.I症例患者:56歳,男性.主訴:左眼霧視.現病歴:2005年6月17日夕方より左眼霧視を自覚し近医眼科受診し,左眼視神経乳頭腫脹を指摘され,近医脳外科でMRI(磁気共鳴画像)などの精査を受けるも異常所見なく,6月27日金沢大学附属病院(以下,当院)眼科受診.眼症状出現前後から微熱,顎関節痛・両肩関節痛および両膝関節痛を認め,近医内科でリウマチと診断されていた.眼症状出現以降,眼痛は認めなかった.家族歴:特記すべきことなし.〔別刷請求先〕大久保真司:〒920-8641金沢市宝町13-1金沢大学医薬保健学域医学類視覚科学(眼科学)Reprintrequests:ShinjiOhkubo,M.D.,Ph.D.,DepartmentofOphthalmology&VisualSciences,KanazawaUniversityGraduateSchoolofMedicine,13-1Takara-machi,Kanazawa920-8641,JAPAN片眼の虚血性視神経症で発症した再発性多発性軟骨炎中野愛*1大久保真司*1東出朋巳*1杉山和久*1川野充弘*2*1金沢大学医薬保健学域医学類視覚科学(眼科学)*2金沢大学附属病院リウマチ・膠原病内科RelapsingPolychondritiswithUnilateralAnteriorIschemicOpticNeuropathyAiNakano1),ShinjiOhkubo1),TomomiHigashide1),KazuhisaSugiyama1)andMitsuhiroKawano2)1)DepartmentofOphthalmology&VisualSciences,KanazawaUniversityGraduateSchoolofMedicalScience,2)DivisionofRheumatology,DepartmentofInternalMedicine,KanazawaUniversityGraduateSchoolofMedicalScience片眼の虚血性視神経症で発症した再発性多発性軟骨炎を経験したので報告する.症例は56歳,男性で,左眼乳頭の発赤・腫脹,フルオレセイン蛍光造影で視野に対応する乳頭の楔状充盈欠損を認め前部虚血性視神経症と診断,その後に耳介の発赤・腫脹が出現し,耳介軟骨炎と関節炎と眼炎症の所見を認めたことから再発性多発性軟骨炎と診断した.ステロイド治療で視神経乳頭浮腫および全身状態は改善し,現時点で再燃は認めていない.左眼の視神経乳頭浮腫が消退後に視神経乳頭陥凹拡大を認めた.再発性多発性軟骨炎は血管炎を伴うこと,視神経乳頭陥凹を認めたことや非動脈炎性虚血性視神経症のリスクファクターを有しないことから,動脈炎による前部虚血性視神経症と考えられた.動脈炎性前部虚血性視神経症の原因の大部分は巨細胞性動脈炎であるが,比較的若い年齢で動脈炎性虚血性視神経症を認めた場合は再発性多発性軟骨炎も鑑別疾患として考慮する必要がある.Weobservedacaseofrelapsingpolychondritiswithunilateralanteriorischemicopticneuropathy(AION).Thepatient,a56-year-oldmale,haddevelopedAIONinthelefteyeandsubsequentlyexperiencedbilateralswell-ingandrednessinhisauricles.Healsoshowedchondritisoftheauricles,inammatorypolyarthritisandocularinammation,resultinginadiagnosisofrelapsingpolychondritis.Steroidtherapyinducedimprovementintheopticdiscedemaandconstitutionalcondition;thedisorderhasnotrecurred.Fluoresceinangiographydisclosedseg-mentsofabsentllingofthedisc.Whentheopticdiscedemaresolved,opticdisccuppingenlargementwasnoted.Vasculitiscanoccurinrelapsingpolychondritis.Inthiscase,thoughopticdisccuppingenlargementwasobserved,noriskfactorsfordevelopmentofnon-arteriticAIONwerenoted.Wethereforefeelthatthiscasecouldbearterit-icAION.However,arteriticAIONisalmostalwaysduetogiantcellarteritis,weshoweddierentiaterelapsingpolychondritisincasesofrelativelyyoungindividualswithAION.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)27(4):558563,2010〕Keywords:再発性多発性軟骨炎,虚血性視神経症,視神経乳頭陥凹拡大,動脈炎,ステロイド治療.relapsingpolychondritis,ischemicopticneuropathy,opticdisccuppingenlargement,arteritis,steroidtherapy.———————————————————————-Page2あたらしい眼科Vol.27,No.4,2010559(143)既往歴:2002年3月心筋梗塞.初診時所見:視力は右眼0.2(1.5×2.75D(cyl1.5DAx70°),左眼0.1p(1.2×2.0D(cyl1.75DAx90°)で,眼圧は右眼18mmHg,左眼14mmHg.対光反射は右眼正常,左眼減弱,相対的入力瞳孔反応(relativeaerentpupil-larydefect:RAPD)は左眼で陽性,中心フリッカ値は右眼42Hz,左眼30Hz.前眼部は両眼の浅在性の上強膜血管の拡張と蛇行を認め,拡張と蛇行した血管は可動性がみられたため上強膜炎と判断した.中間透光体は異常なし.眼底は右眼正常で,左眼は乳頭発赤を認め,視神経乳頭の境界不明瞭であった(図1A,B).蛍光眼底造影:インドシアニングリーン蛍光造影では両眼の視神経乳頭周囲に脈絡膜循環不全および充盈欠損が認められ,フルオレセイン蛍光造影では左眼の早期で乳頭周囲の脈絡膜の充盈遅延(図1C)および乳頭上下での楔状充盈欠損がみられ(図1D),後期では視神経乳頭の他の部分が過蛍光を図1初診時の眼底写真とフルオレセイン蛍光造影A:眼底写真(右眼).特に異常所見なし.B:眼底写真(左眼).視神経乳頭発赤認め,境界不明瞭.C:左眼フルオレセイン蛍光造影(注入19秒後).乳頭周囲の脈絡膜の充盈遅延(矢頭で囲まれた部位)を認めた.D:左眼フルオレセイン蛍光造影(注入1分10秒後).乳頭上下での楔状充盈欠損(点線で囲まれた部位)を認めた.図2Goldmann視野検査A:初診時(2005年6月27日)左眼.求心性視野狭窄および水平半盲様の下方の視野欠損を認めた.B:2005年10月3日左眼.初診時と比較して下方の視野は広がり改善しているが,初診時に検出されていない上方の弓状暗点(矢印)が認められた.AB———————————————————————-Page3560あたらしい眼科Vol.27,No.4,2010(144)示した.視野検査:Humphrey視野検査では左眼は全体的な感度低下を認め,Goldmann視野検査では左眼は求心性視野狭窄および水平半盲様の下方の視野欠損を認めた(図2A).右眼では異常は認められなかった.Bモード,UBM(超音波生体顕微鏡):強膜肥厚など異常所見なし.造影MRI(2005/7/11施行):視神経および強膜の信号強度の異常および造影効果を認めず,視神経炎や強膜炎は否定的であった(図3A,B).本症例では以上のように初診時検査で,眼底所見で左眼乳頭の発赤,腫脹がみられ,フルオレセイン蛍光造影早期で左眼乳頭周囲の脈絡膜の充盈遅延および乳頭の楔状充盈欠損,後期で左眼乳頭の楔状充盈欠損部以外の部位の過蛍光を認め,左眼視野に上方の楔状充盈欠損部に対応する下方の水平半盲様の視野欠損を認めたため,左眼の前部虚血性視神経症と診断した.(またMRI,Bモード,UBMの所見から強膜炎や視神経炎の存在は否定的であった.)臨床検査結果:WBC(白血球)11,800/μl(正常値3,3008,800/μl),RBC(赤血球)399×104/μl(4.35.5×104/μl),Hb(ヘモグロビン)12.4g/dl(13.517.0g/dl),Ht(ヘマトクリット)37.5%(39.751.0%),Plts(血小板)36.1×104(1335×104/μl),血沈114mm/1時間(10mm以下),CRP(C反応性蛋白)9.1mg/dl(<0.3mg/dl),抗核抗体<20倍(20倍未満),抗SS-A抗体<10倍(10倍未満),抗SS-B抗体<15倍(15倍未満),抗カルジオリピン抗体<10.0U/ml(10.0U/ml未満),MPO-ANCA(抗好中球細胞質抗体)<10EU(10EU未満),リウマチ因子134IU/ml(<20IU/ml),Na(ナトリウム)139mEq/l(138146mEq/l),K(カリウム)4.8mEq/l(3.65.0mEq/l),Cl(塩素)101mEq/l(99108mEq/l),UA(尿酸)8.2mg/dl(3.47.9mg/dl),Cr(クレアチニン)1.49mg/dl(0.501.30mg/dl),g-GTP(gグルタミル・トランスペプチターゼ)171IU/l(1148IU/l),AST(アスパラギン酸アミノトランスフェラーゼ)44IU/l(1048IU/l),ALT(アラニンアミノトランスフェラーゼ)100IU/l(350IU/l).治療および経過:7月4日全身精査目的に当院リウマチ内科入院.7月7日から左耳介に疼痛を伴う発赤・腫脹・疼痛が出現し(図4),7月9日からは右耳介にも同様の症状が出現した.両耳介軟骨炎,炎症性多発関節炎,眼症状から再発性多発性軟骨炎と診断し,全身の炎症と左眼の虚血性視神経症の治療のため7月14日からメチルプレドニゾロン500mg点滴静注を3日間施行,7月17日からはプレドニゾロンを30mg内服として,プレドニゾロン漸減投与している(図5).ステロイド投与後,炎症反応(CRPや血沈)は低下し,AB3MRI(2005年7月11日施行)A:造影脂肪抑制T1強調像.アーチファクトにより左眼窩内の脂肪が抑制されていないが,視神経腫大や強膜肥厚はみられない.また,視神経および強膜に造影効果はみられない.B:脂肪抑制T2強調像.アーチファクトにより左眼窩内の脂肪が抑制されていないが,視神経には高信号はみられない.図4耳介の写真左耳介の発赤,腫脹を認めた.耳介下端で軟骨組織のない部位(耳垂)には発赤や腫脹の所見は認めていない.———————————————————————-Page4あたらしい眼科Vol.27,No.4,2010561(145)7月19日には耳介の発赤や上強膜炎は消失した.左眼視神経乳頭の発赤・腫脹も7月21日には消失したが,乳頭蒼白となった(図6).10月3日の視野検査では初診時と比較して改善しているが,下方視野欠損と初診時に検出されていない上方の弓状暗点が認められた(図2B).これらの視野変化は初診時のフルオレセイン蛍光造影での視神経乳頭の上下の楔状充盈欠損とほぼ対応している(図1C).ステロイド内服漸減で炎症の再燃なくコントロールされているが,その後の視野検査では改善なく,左眼の下方視野欠損と上方の弓状暗点は残存している.II考按再発性多発性軟骨炎は全身の軟骨組織と軟骨と共通の成分を有する眼や心弁膜などに慢性・再発性の炎症および破壊を特徴とする疾患である.再発性多発性軟骨炎の診断基準はMcAdamら2)が提唱したものをDamianiら3)が適応を拡大解釈したものを用いる場合が多い(表1).本症例では軟骨生検は実施していないが,耳介軟骨炎,関節炎と眼炎症の所見を認めていることからDamianiらの基準を満たし再発性多発性軟骨炎と診断した.再発性多発性軟骨炎は比較的まれな疾患であるが,多彩な眼症状をきたす.再発性多発性軟骨炎の眼症状の合併は約5060%と高率とされている1,2).強膜炎・上強膜炎の合併の頻度が最も高く,ほかに結膜炎や虹彩炎の割合も高いが視神経症の報告は少なく1,2),視神経炎は12例,虚血性視神経は4症例のみである4).再発性多発性軟骨炎の病因は不明だが,軟骨組織に対する表1再発性多発性軟骨炎の診断基準McAdamの診断基準1)両耳介の再発性軟骨炎2)非びらん性血清反応陰性多発性関節炎3)鼻軟骨炎4)眼の炎症5)気道における軟骨炎6)蝸牛あるいは前庭障害,聴力障害,耳鳴り,めまいこのうち3項目以上満たし軟骨生検で組織学的所見を認める.Damiani&Levineの改正基準1)McAdamの基準を少なくとも3項目あるいは2)少なくとも1項目の基準項目と軟骨炎症を示す病理組織像3)少なくとも解剖学的に隔たった2カ所に軟骨炎があり,ステロイドに反応すること図62005年7月21日の左眼底写真2005年7月21日には左眼視神経乳頭の発赤,腫脹は消失したが,乳頭蒼白化を認めた.図7HRTIIA:2005年7月12日左眼.視神経乳頭面積は1.76mm2,視神経乳頭陥凹面積は0.68mm2.B:2006年9月19日左眼.視神経乳頭陥凹面積は0.75mm2.cuparea0.75mm22006/9/19discarea1.76mm2cuparea0.68mm2cup/discarearatio0.382005/7/12BANHByNNIS$31NHE%0図5入院後の経過2005年7月14日16日にステロイドパルス(メチルプレドニゾロン500mg点滴静注×3日間)施行後,7月17日からプレドニゾロン内服を漸減投与.ステロイド投与後,血沈,CRPは低下し,現在まで再燃は認めていない.———————————————————————-Page5562あたらしい眼科Vol.27,No.4,2010(146)系統的疾患であり,ステロイドが有効であることなどから自己免疫疾患と考えられている.再発性多発性軟骨炎では,血清中に抗II型コラーゲン抗体あるいは抗IX,XI型コラーゲン抗体が存在することが認められている5).その他,軟骨成分のmatrilin-1に対する免疫応答が認めるとの報告もある6).したがって,II型あるいはIX,XI型コラーゲン,matrilin-1に対する自己免疫応答が病因に関与していると思われる.II型コラーゲンは硝子体や関節軟骨などを構成する硝子軟骨に局在し,IX型コラーゲンは硝子体,角膜,硝子軟骨に存在し,XI型コラーゲンは硝子軟骨に分布する7).また,matrilin-1は成人では耳介,鼻,気管,肋軟骨に限って認められる抗原である6).II型コラーゲンやXI型コラーゲンは眼組織の硝子体や角膜にも存在することから,再発性多発性軟骨炎における眼球組織の障害に関与している可能性が考えられる.本症例のように再発性多発性軟骨炎に虚血性視神経症を合併した症例の報告は,海外でのHermanら8)とKillianら9)による報告での2症例と国内での竹内ら10)と三国ら11)による症例報告の2例の合計4例のみである.そのなかでフルオレセイン蛍光造影の記載があるのは竹内らの症例報告の1例のみである.虚血性視神経症は視神経の梗塞であり,動脈炎性虚血性視神経症と非動脈炎性虚血性視神経症に大別される.動脈炎性虚血性視神経症は,巨細胞性動脈炎(側頭動脈炎)などで眼動脈およびその分枝である後毛様体動脈,網膜中心動脈に動脈炎が起き,血管内腔の炎症性閉塞の結果,循環障害から視神経の梗塞に至る病態である12).非動脈炎性虚血性視神経症は小乳頭などの視神経乳頭の解剖学的危険因子および高血圧や糖尿病などの視神経の循環障害を起こしうるさまざまな因子が複合的に関与し,発症するものである13).本症例ではHeidelbergRetinaTomograph-II(HRT-II)で測定した左眼視神経乳頭面積が1.76mm3(正常範囲1.632.43mm3)(図7A)と小乳頭ではなく,糖尿病や高血圧の既往はなく,非動脈炎性虚血性視神経症をきたすリスクは低いと思われる.非動脈炎性虚血性視神経症では視神経乳頭浮腫消退後の視神経乳頭陥凹拡大は程度も軽くて頻度も13%と報告されている14)が,動脈炎性前部虚血性視神経症では大部分の症例で視神経乳頭浮腫が消退後,緑内障と類似した視神経乳頭陥凹拡大を認めることを特徴としている13).本症例でもステロイド治療前の2005年7月12日にHRT-IIで測定した左眼視神経乳頭陥凹面積は0.68mm2,視神経乳頭浮腫消退後の2006年9月19日では0.75mm2と乳頭陥凹面積の拡大を認めており(図7A,B),また再発性多発性軟骨炎の約1割の症例に全身性血管炎の合併を認めるとされている15)こと,血沈が114mm/1時間と高値を示したことから,本症例では動脈炎により前部虚血性視神経症となった可能性が考えられる.本症例では糖尿病や高血圧などの基礎疾患はないが,眼症状出現以前に心筋梗塞をきたしており,全身性血管炎の関与も疑われる.強膜炎が後部に及ぶ場合,視神経周囲炎をきたし,二次的血流障害をきたすことも考えうる16,17)が,本症例ではBモードやMRIにて強膜炎は否定的であり考えにくい.本症例や過去の報告における再発性多発性軟骨炎での前部虚血性視神経症と巨細胞性動脈炎での前部虚血性視神経症と比較すると,発症時に血沈亢進,CRP上昇を認めることが多いことは共通するが,好発年齢は,巨細胞性動脈炎が7080歳代と高齢である18)のに対して,再発性多発性軟骨炎での前部虚血性視神経症は本症例が発症時56歳で過去の報告でも4163歳と比較的若い点が異なる(非動脈炎性虚血性視神経症の好発年齢は5070歳代である).また,予後については,巨細胞性動脈炎での前部虚血性視神経症は視力障害が重篤な場合が多く,0.01以下の症例が少なくないが,再発性多発性軟骨炎での前部虚血性視神経症は,本症例のように軽度のものから失明に至る重篤な場合とさまざまである.筆者らは虚血性視神経症を合併した再発性多発性軟骨炎を経験した.原因としては,動脈炎性虚血性視神経症と考えられる.再発性多発性軟骨炎は比較的まれな疾患であり,日本では動脈炎性虚血性視神経症もまれであるが,比較的若い年齢の虚血性視神経症を認めた場合は再発性多発性軟骨炎も鑑別疾患として考慮する必要がある.文献1)IssakBL,LiesegangTJ,MichetCJJr:Ocularandsys-temicndinginrelapsingpolychondritis.Ophthalmology93:681-689,19862)McAdamLP,O’HanlanMA,BluestoneRetal:Relapsingpolychondritis:prospectivestudyof23patientsandareviewoftheliterature.Medicine55:193-215,19763)DamianiJM,LevineHL:Relapsingpolychondritis-reportoftencases.Laryngoscope89:929-946,19794)HirunwiwatkulP,TrobeJD:Opticneuropathyassociatedwithperiostitisinrelapsingpolychondritis.JNeurooph-thalmol27:16-21,20075)AlsalamehS,MollenhauerJ,ScheupleinFetal:Preferen-tialcellularandhumoralimmunereactivitiestonativeanddenaturedcollagentypesIXandXIinapatientwithfatalrelapsingpolychondritis.JRheumatol20:1419-1424,19936)BucknerJH,WuJJ,ReifeRAetal:Autoreactivityagainstmatrilin-1inapatientwithrelapsingpolychondri-tis.ArthritisRheum43:939-943,20007)塩沢俊一:コラーゲン.膠原病学改訂2版,p211-231,丸善株式会社,20058)HermanJH,DennisMV:Immunopathologicstudiesinrelapsingpolychondritis.JClinInvest52:549-558,1973———————————————————————-Page6あたらしい眼科Vol.27,No.4,2010563(147)9)KillianPJ,SusacJ,LawlessOJ:Opticneuropathyinrelapsingpolychondritis.JAMA239:49-50,197810)竹内文友,大原孝和,宇治幸隆:虚血性視神経症を伴った反復性多発軟骨炎の1例.眼臨75:1383-1386,198111)三国信啓,戸田裕隆,愛川裕子ほか:再発性多発性軟骨炎に発症した急性閉塞隅角緑内障及び虚血性視神経症の1例.眼臨84:1671,199012)HenkindP,CharlesNC,PearsonJ:Histopathologyofischemicopticneuropathy.AmJOphthalmol69:78-90,197013)HayrehSS:Ischemicopticneuropathy.ProgRetinEyeRes28:34-62,200914)TrobeJB,GlaserJS,CassadyJC:Opticatrophy.Dieren-tialdiagnosisbyfundusobservationalone.ArchOphthal-mol98:1040-1045,198015)TrenthamDE,LeCH:Relapsingpolychondritis.AnnInternMed129:114-122,199816)林恵子,藤江和貴,善本三和子ほか:後部強膜炎に合併したと考えられた視神経周囲炎の4例.臨眼60:279-284,200617)OhtsukaK,HashimotoM,MiuraMetal:Posteriorscleri-tiswithopticperineuritisandinternalophthalmoplegia.BrJOphthalmol81:514,199718)HayrehSS,PodhajskyPA,ZimmermanB:Ocularmani-festationsofgiantcellarteritis.AmJOphthalmol125:509-520,1998***

経過観察で症状改善した網膜色素上皮腺腫の1 例

2010年4月30日 金曜日

———————————————————————-Page1554あたらしい眼科Vol.27,No.4,2010(00)554(138)0910-1810/10/\100/頁/JCOPYあたらしい眼科27(4):554557,2010cはじめに網膜色素上皮腺腫は網膜色素上皮(RPE)原発の色素性良性腫瘍である.網膜色素上皮に原発する腫瘍はまれであり,1972年にFrontら1)が報告して以来,網膜色素上皮原発の網膜色素上皮腺腫はアジアからの報告はほとんどなく,わが国では2006年に中村ら2)が日本眼科学会で報告した1例のみであった.まれな腫瘍であるが,色素性腫瘍であるため,脈絡膜悪性黒色腫と黒色細胞腫との鑑別を要する.その他の鑑別として,網膜色素上皮過誤腫,転移性脈絡膜腫瘍,炎症,外傷,レーザー,手術などにより網膜色素上皮の反応性過形成などがあげられる.今回筆者らは,外傷や眼疾患の既往のない健常人の黄斑部に網膜色素上皮腺腫が生じた1例を経験し,従来の画像検査に加え,眼底自発蛍光所見を観察したので報告する.I症例20歳の中国人男性.3カ月前からの左眼視力低下と中心暗点を主訴に当科を初診した.外傷歴,眼科および内科既往歴,生肉を食する習慣など特記すべき事項はなかった.初診〔別刷請求先〕野地裕樹:〒960-1295福島市光が丘1番地福島県立医科大学医学部眼科学講座Reprintrequests:HirokiNoji,M.D.,DepartmentofOphthalmology,FukushimaMedicalUniversitySchoolofMedicine,1Hikarigaoka,Fukushima-shi960-1295,JAPAN経過観察で症状改善した網膜色素上皮腺腫の1例野地裕樹古田実石龍鉄樹飯田知弘福島県立医科大学医学部眼科学講座ACaseofRetinalPigmentEpitheliumAdenomaImprovedinVisualAcuitywithObservationHirokiNoji,MinoruFuruta,TetsujuSekiryuandTomohiroIidaDepartmentofOphthalmology,FukushimaMedicalUniversitySchoolofMedicine網膜色素上皮腺腫は,周辺部網膜に好発するまれな色素性良性腫瘍であり,脈絡膜悪性黒色腫との鑑別を要する.今回,黄斑部に網膜流入血管を伴う色素性腫瘤を伴った症例を経験した.症例は20歳,中国人男性,3カ月前からの左眼視力低下を主訴に受診.矯正視力0.2であった.左眼黄斑部耳側に4乳頭径大の褐色の腫瘤を認めた.腫瘤は網膜表面に浸潤し,硝子体内に色素性細胞が散在していた.腫瘤周囲には滲出性網膜離と網膜皺襞,硝子体の牽引がみられた.フルオレセイン蛍光眼底造影で,拡張した網膜血管が腫瘤に流入しており,腫瘤は造影早期に低蛍光と後期組織染を示した.超音波所見からも網膜原性の色素性腫瘤で,腫瘤への網膜流入血管,滲出性網膜離という特徴的な所見から網膜色素上皮腺腫と診断した.腫瘤は青色眼底自発蛍光で低蛍光,赤外眼底自発蛍光では過蛍光を示した.1年6カ月間経過観察し,滲出の減少により視力は0.5に改善した.Wereportacaseoftheretinalpigmentepithelium(RPE)adenoma.Thepatient,a20-year-oldChinesemale,hadexperienceddecreasedvisualacuityofthelefteyefor3months.Oninitialpresentation,hisleftvisualacuitywas0.2;fundusexaminationrevealedapigmentedmasswithretinalfeedervesselsandexudativeretinaldetach-mentinthetemporalmacula.Fluoresceinangiographydiscloseddilatedretinalfeedervesselsandearlyhypo-uorescenceofthemassinarterialphase,withlatestaininganddyeleakage.Short-wavelengthautouorescencerevealedhypouorescence,andinfra-redautouorescenceshowedhyperuorescenceofthemass,suggestingoflackofnormalRPEmetabolismwiththemelaninpigment.TheseimagingswerecharacteristicofRPEadenoma.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)27(4):554557,2010〕Keywords:網膜色素上皮腺腫,脈絡膜悪性黒色腫,眼底自発蛍光,アジア人.retinalpigmentepitheliumadeno-ma,malignantmelanoma,fundusautouorescence,Asian.———————————————————————-Page2あたらしい眼科Vol.27,No.4,2010555(139)時左眼矯正視力は(0.2),左眼黄斑部耳側に色素性腫瘤とその周囲に滲出性網膜離と網膜皺襞,硝子体が癒着し牽引を形成していた(図1a).フルオレセイン蛍光眼底造影では拡張した網膜血管が腫瘤に流入しており,腫瘤は造影早期に低蛍光と後期組織染を示した(図1b).インドシアニングリーン蛍光眼底造影では造影早期から一貫して腫瘤は低蛍光であった(図1c).超音波断層検査では高反射腫瘤と脈絡膜は分離可能で,網膜起源の腫瘍が考えられた(図1d).光干渉断層計では高反射の腫瘤と硝子体内に大小多数の高反射塊がみられ,周囲には網膜離がみられた(図1e,f).青色光による眼底自発蛍光では腫瘤は低蛍光を示した(図1g).赤外光による眼底自発蛍光では腫瘤と色素に一致する過蛍光を示した(図1h).血液,生化学検査では特に異常はなく,ツベルクリン反応は陰性であった.陽電子放射断層撮影(posittronemissiontomogra-phy:PET)でも特に異常はなかった.僚眼には異常はなかった.以上の検査所見から,網膜色素上皮腺腫と臨床的に診断し,定期経過観察を行った.1年6カ月後には滲出性変化は減少し,視力は(0.5)へと改善した(図2).II考按本症例は,黄斑耳側に網膜流入血管を伴った網膜原性の色図1初診時眼底画像所見a:眼底写真.色素性腫瘤とその周囲に漿液性網膜離と網膜の牽引および硝子体中の色素細胞散布.b:フルオレセイン蛍光眼底造影検査(造影中期).病巣中心部は低蛍光,周囲の網膜血管から腫瘤への流入血管,周辺部網膜血管から漏出.c:インドシアニングリーン蛍光眼底造影検査(造影中期).腫瘤は低蛍光で組織染なし.d:超音波断層検査.高反射腫瘤と脈絡膜は分離可能.e:光干渉断層計.高反射の腫瘤と硝子体内の高反射粒.f:光干渉断層計.腫瘤周囲に網膜離.g:眼底自発蛍光.腫瘤は低蛍光.h:眼底自発蛍光.腫瘤は過蛍光,色素塊も過蛍光.adghefbc———————————————————————-Page3556あたらしい眼科Vol.27,No.4,2010(140)素性腫瘤で,滲出性網膜離を伴っていた.この特徴的所見から,網膜色素上皮腺腫と診断した.網膜色素上皮腺腫の症例報告は海外からのものを含め少数である.Shieldsら3)の報告では,13症例の年齢は2878歳と幅広く,発生部位は周辺部,中間周辺部,視神経乳頭近傍,黄斑部とさまざまである.眼底周辺部が約半数で最も多く,視神経乳頭近傍や黄斑部には少ない.視力は光覚なしから1.0に保たれているものまで幅広い.黄斑部に発生したものは視力不良だが,周辺部に発生したものでも滲出性網膜離や増殖性病変のために指数弁になることもあり,発生部位と視力との関連は低い.治療は腫瘍が小さい場合は経過観察されているものが多いが,大きくなると眼球摘出,経強膜的腫瘍切除術,小線源放射線治療が施行されることもある.基本的には腫瘍の増大は緩徐とされており,急速な増大を認めた場合は腺癌との鑑別を要する.脈絡膜悪性黒色腫との鑑別が重要で,Shieldsら4)の報告によると,悪性黒色腫として紹介された1,739例中13例(約1%)が網膜色素上皮腺腫であり,まれな疾患であるが誤診率が高いといえる.鑑別点として最も参考になる臨床所見は網膜色素上皮腺腫では腫瘍の急峻な隆起,網膜流入血管,滲出性離の存在である3).黒色細胞腫は視神経乳頭に好発するが,まれに脈絡膜にも発生する.14%に滲出性網膜離を伴うことが報告されている4)が,増大した例でなければ網膜栄養血管を伴わないことで,網膜色素上皮腺腫とは異なる.本症例の場合,超音波断層検査で脈絡膜と腫瘤が明瞭に分離されており,脈絡膜悪性黒色腫との鑑別は可能であった.鑑別を要する腫瘍との特徴的な鑑別点を表1に示す.近年,眼底自発蛍光は非侵襲的な検査として臨床応用されている.青色光による眼底自発蛍光でRPE中に多く含まれるリポフスチンの発する蛍光物質が過蛍光を示し,RPEや網膜外層の生理活性や機能評価に有用であること5),赤外光による眼底自発蛍光ではメラニンが過蛍光を示すことが報告されている6).本症例では青色眼底自発蛍光で腫瘤と周囲の網膜離部分に一致した低蛍光を示した.赤外眼底自発蛍光では過蛍光を示した.正常RPEでは青色眼底自発蛍光,赤外眼底自発蛍光ともに自発蛍光の増強がみられることから,病変部のRPEは機能異常をきたしていると考えられる.腫瘤にメラニンが存在すること,および硝子体中に散布された色素塊もメラニンが主成分であり過蛍光を示したと考えられた.脈絡膜悪性黒色腫の青色眼底自発蛍光所見は,随伴するオレンジ色素やドルーゼンで過蛍光,RPE離や網膜下液領域では弱い過蛍光を示すことが報告されている7).本症例では,腫瘍自体だけでなく,網膜離の範囲にも過蛍光を認めず,脈絡膜悪性黒色腫との有用な鑑別点になりうると考えられた.また,脈絡膜悪性黒色腫の赤外眼底自発蛍光での報告は検索した範囲ではみられなかった.本症例では発生部位は黄斑耳側で,観察した1年6カ月間に腫瘍の増大はなく,滲出性網膜離の減少に伴い視力は0.5へと改善した.アジア人で報告が少ない網膜色素上皮腺腫の1例を経験し,おもに眼底画像検査の結果について報告した.近年注目されている眼底自発蛍光検査は網膜色素上皮腺腫が小さいうちから特徴的所見を示すと考えられ,今後症例を蓄積し,検表1網膜色素上皮腺腫とその他の腫瘍の特徴網膜色素上皮腺腫脈絡膜悪性黒色腫網膜色素上皮過誤腫脈絡膜転移性腫瘍好発年齢2080歳60歳代2045歳原発巣による(男性は肺,女性は乳房が多い)形態黒色急峻な隆起茶褐-黒色ドーム状隆起マッシュルーム状隆起Orangepigment黒色隆起は小さい境界不明瞭灰白色扁平-ドーム状隆起栄養血管網膜血管脈絡膜血管網膜血管脈絡膜血管網膜離の併発滲出性離漿液性離なし漿液性離図2初診時から1年6カ月後の眼底所見腫瘤径は変化なく,腫瘤周囲の滲出性変化は減少.———————————————————————-Page4あたらしい眼科Vol.27,No.4,2010557(141)討する必要がある.文献1)FrontRL,ZimmermanLE,FineBS:Adenomaofthereti-nalpigmentepithelium.AmJOphthalmol73:544-554,19722)中村宗平,末田順,疋田直文ほか:網膜色素上皮腺腫の診断がついた一例.日眼会誌110(臨増):222,20063)ShieldsJA,MashayekhiA,SeongRAetal:Pseudomela-nomasoftheposterioruvealtract.Retina25:767-771,20054)ShieldsJA,ShieldsCL,GunduzKetal:Neoplasmasoftheretinalpigmentepithelium.ArchOphthalmol117:601-607,19995)SekiryuT,IidaT,MarukoIetal:Clinicalapplicationofautouorescencedensitometorywithascanninglaserophthalmoscope.InvestOphthalmolVisSci50:994-3002,20096)KeilbauerCN,DeloriFC:Near-infraredautouorescenceimagingoffundus:visualizationofocularmelanin.InvestOphthalmolVisSci47:3556-3564,20067)ShieldsCL,BianciottoC,PirondiniCetal:Autouores-cenceofchoroidalmelanomain51cases.BrJOphthalmol92:617-622,2008***

角膜内皮細胞が減少している原発閉塞隅角症および原発閉塞 隅角緑内障に対する白内障手術後の角膜内皮細胞の変化

2010年4月30日 金曜日

———————————————————————-Page1(133)5490910-1810/10/\100/頁/JCOPYあたらしい眼科27(4):549553,2010cはじめに原発閉塞隅角症(primaryangle-closure:PAC)および原発閉塞隅角緑内障(primaryangle-closureglaucoma:PACG)に対する治療としては,薬物治療ではなく手術治療が第一選択とされる1).外来にて短時間で簡便に施行可能で,合併症が少ないレーザー虹彩切開術(laseriridotomy:LI)はPAC(G)の治療の中心として位置づけられている.しかしながらLI後の眼圧コントロールは中長期的には不良であることが報告されている2).またLIの晩期合併症として,近年わが国において水疱性角膜症(bullouskeratopathy:BK)の発症が注目されている3).一方,PAC(G)の発症には水晶体が大きく関与することが知られており,白内障手術もPAC(G)症例において隅角開大効果,眼圧コントロールの両面において有効であることが報告されている46).しか〔別刷請求先〕江夏亮:〒903-0125沖縄県中頭郡西原町字上原207琉球大学医学部高次機能医科学講座視覚機能制御学分野Reprintrequests:RyoEnatsu,M.D.,DepartmentofOphthalmology,UniversityofRyukyusFacultyofMedicine,207Uehara,Nishihara-cho,Nakagami-gun,Okinawa903-0125,JAPAN角膜内皮細胞が減少している原発閉塞隅角症および原発閉塞隅角緑内障に対する白内障手術後の角膜内皮細胞の変化江夏亮*1酒井寛*2與那原理子*2平安山市子*2新垣淑邦*2早川和久*2澤口昭一*2*1江口眼科病院*2琉球大学医学部高次機能医科学講座視覚機能制御学分野PhacoemulsicationandAspirationforPrimaryAngle-ClosureandPrimaryAngle-ClosureGlaucomawithCornealEndothelialCellLossRyoEnatsu1),HiroshiSakai2),MichikoYonahara2),IchikoHenzan2),YoshikuniArakaki2),KazuhisaHayakawa2)andShoichiSawaguchi2)1)EguchiEyeHospital,2)DepartmentofOphthalmology,UniversityofRyukyusFacultyofMedicine超音波水晶体乳化吸引術(phacoemulsicationandaspiration:PEA)と眼内レンズ(intraocularlens:IOL)挿入術を行った原発閉塞隅角症(primaryangle-closure:PAC)および原発閉塞隅角緑内障(primaryangle-closureglau-coma:PACG)の症例のうち,術前の角膜内皮細胞密度が1,000cells/mm2以下まで減少していた11例15眼の術後角膜内皮細胞密度および術後経過について検討し,症例を呈示する.術後1カ月に1眼が水疱性角膜症(bullousker-atopathy:BK)を発症した.術後2,6,12カ月の平均角膜内皮細胞減少率は11.4%,13.0%,および15.4%であった.角膜内皮細胞密度1,000cells/mm2以下のPACおよびPACG症例に対する白内障手術は,術後のBK発症を考慮して行うことが求められる.Weevaluatedcornealendothelialcelllossafterphacoemulsicationcataractsurgeryin15primaryangle-clo-sure(PAC)andprimaryangle-closureglaucoma(PACG)eyesthatalreadyhadcornealendothelialcelldecreasetolessthan1,000cells/mm2.At1monthafterthesurgery,oneeyedevelopedbulluskeratopathy.Averagecornealendothelialcellreductionof11.4%,13.0%and15.4%wereobservedat2,6,and12monthsaftersurgery,respectively.InPACandPACGeyeswithcornealendothelialcelldecreasetolessthan1,000cells/mm2,bullouskeratopathyshouldbepreoperativelyconsideredasapossiblecomplicationfollowingpost-phacoemulsicationsur-gery.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)27(4):549553,2010〕Keywords:角膜内皮細胞,原発閉塞隅角症,超音波水晶体乳化吸引術,レーザー虹彩切開術,水疱性角膜症.cornealendotheliumcell,primaryangle-closure,phacoemulsicationandaspiration,laseriridotomy,bulluskeratopathy.———————————————————————-Page2550あたらしい眼科Vol.27,No.4,2010(134)し白内障手術の合併症として角膜内皮細胞減少が考えられており,白内障手術後の角膜内皮細胞減少率は過去の検討において平均7%前後と報告されている7,8).BKの原因としては手術に関連する医原性のものが過半数を占めており,その内訳として第1位に白内障手術,第2位にLIがあげられている9).そのため,角膜内皮障害を有するPAC(G)に対する治療としてはLI,白内障手術のどちらもBK発症を念頭に置く必要があると考えられる.今回筆者らは術前の角膜内皮細胞密度が1,000cells/mm2以下と強度の角膜内皮障害を有するPACおよびPACGの症例に対して超音波水晶体乳化吸引術(phacoemulsicationandaspiration:PEA)と眼内レンズ(intraocularlens:IOL)挿入術を施行し,術後の角膜内皮細胞密度について検討したので報告する.I対象および方法対象は2004年12月から2005年11月までに琉球大学医学部附属病院眼科において熟練した同一術者により耳側角膜切開の単独手術でPEA+IOLを行ったPACおよびPACG症例のうち,術前の角膜内皮細胞密度が1,000cells/mm2以下であった11例15眼である.術後に通院を自己中断したことにより,術後6カ月以上経過観察できなかった症例は今回の検討から除外した.PAC(G)の診断はISGEO(Inter-nationalSocietyofGeographicalandEpidemiologicalOph-thalmology)分類に準拠し,2名の緑内障専門医により隅角鏡検査および超音波生体顕微鏡検査(ultrasoundbiomicro-scope:UBM)を施行し診断した.対象の内訳は男性2例,女性9例,年齢は6684歳(平均76.5歳)であった.急性緑内障発作の既往があるものが3眼〔発作後LI施行1眼,周辺虹彩切除術(peripheraliridectomy:PI)施行1眼,未処置1眼〕,予防的LI施行後5眼,未治療7眼であった.眼軸長は21.0522.94mm(平均21.90mm),前房深度は1.282.48mm(平均1.72mm),水晶体核硬度はEmery-Little分類にてGrade1が5眼,Grade2が7眼,Grade3が3眼であった.術後観察期間は最短6カ月,最長52カ月で平均25.7カ月であった.白内障手術を選択した理由として,①緑内障発作眼およびその僚眼(3眼)や,②UBM上機能的隅角閉塞が全周性にあり(2眼),緑内障発作の危険が高いと判断された,③LI施行後,抗緑内障薬使用にても眼圧コントロールが不良であった(1眼)といった閉塞隅角治療を目的とした例,④進行性の角膜内皮細胞減少を認めており(3眼),角膜内皮減少の進行を抑えることを目的とした,もしくは角膜内皮細胞減少の進行により今後いっそう白内障手術が困難になっていくと予測された例,⑤白内障による視力低下のため手術希望が強く(6眼),視力改善を目的とした例があった.術前にBK発症の可能性,治療としての角膜移植術の必要性について十分に説明し同意を得て手術を施行した.手術は点眼麻酔下に耳側透明角膜3.2mm切開で行った.灌流液はエピネフリンを0.2ml/500ml添加したBSSプラスR(日本アルコン)を使用し,粘弾性物質としてオペガンハイR(参天製薬)+ビスコートR(日本アルコン)を用いたソフトシェルテクニック10)を用いた.前切開は27ゲージ針チストトームにて行った.アルコン社製インフィニティRにてPEA施行した後,折り畳み式アクリル眼内レンズを,インジェクターを用いて挿入した.角膜切開創には手術終了時ハイドレーションを用い,縫合は行わなかった.術中合併症は認めなかった.術前,術後の診察時に非接触性角膜内皮細胞測定装置(TOPCONMicroscope,SP2000PR)を用いて角膜中央部を撮影し角膜内皮細胞密度を測定した.II結果15眼中1眼で術後1カ月にBKを発症した.他の14眼は経過観察中,角膜は透明性を維持していた.術前角膜内皮細胞密度483968cells/mm2(平均730.3±152.5)に対して術後2カ月の角膜内皮細胞密度は433927cells/mm2(平均639.9±136.4),術後6カ月の角膜内皮細胞密度は348927cells/mm2(平均642.3±178.2),術後12カ月の角膜内皮細胞密度は416822cells/mm2(平均620.8±144.2)であった.術前に比べて,術後2カ月,術後6カ月,術後12カ月の角膜内皮細胞密度は有意に減少していた(p<0.05,Wil-coxon符号付順位和検定).術後2カ月,術後6カ月,術後12カ月の角膜内皮細胞密度の間に有意差はなかった(図1).術後2カ月の角膜内皮細胞減少率は最高51.2%で平均11.4%,術後6カ月の角膜内皮細胞減少率は最高40.0%で平均13.0%,術後12カ月の角膜内皮細胞減少率は最高手術前(n=15)2カ月後(n=14)6カ月後(n=14)12カ月後(n=10)1,000900800700600500400角膜内皮細胞密度(cells/mm2)***図1術前後の角膜内皮細胞密度の平均値術前に比べて術後2カ月,術後6カ月,術後12カ月の角膜内皮細胞密度は有意に減少していた(*p<0.05,Wilcoxon符号付順位和検定).術後2カ月,術後6カ月,術後12カ月の角膜内皮細胞密度の間に有意差はなかった.———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.27,No.4,2010551(135)45.3%で平均15.4%であった.LogMAR視力にて2段階以上改善した例が8眼,不変が6眼,2段階以上悪化した例が1眼であった(図2).眼圧は全体としては術前後で有意な変化を認めなかったが,眼圧33mmHgの1眼において眼圧は14mmHgに低下した(図3).今回の検討した症例の一覧を示し(表1),BK発症例(症例1)および角膜内皮細胞減少率が特に高かった3症例(症例2,3,4),そして緑内障発作に対してアルゴンレーザーおよびYAGレーザーによるLIを施行した後より進行性の角膜内皮細胞減少を認めていた症例(症例5)を呈示する.〔症例1.BK発症〕緑内障発作に対してPIを施行されていた.他眼はLI後にBKを発症していた.前房深度は1.48mmであった.隅角鏡検査では全周性の周辺虹彩前癒着(peripheralanteriorsyn-echia:PAS)があった.眼圧コントロールは30mmHg以上と不良であったうえ,白内障による視力低下が進行したため手術を施行した.術後1カ月でBKを発症し,角膜内皮細胞密度は測定不能であった(図4).本人の希望により角膜移植術は施行せずに経過観察となった.術後の眼圧は14mmHgまで低下した.〔症例2.角膜内皮細胞減少率-40.0%〕他眼も角膜内皮細胞密度700cells/mm2台であった.前房深度は1.79mmであった.UBMおよび隅角鏡検査にて4/4周の機能的隅角閉塞があった(図5).緑内障発作の危険が高いと判断し手術を施行した.角膜内皮細胞減少率は術後2,6カ月で24.1%,40.0%であった.経過観察中角膜は透明性を維持していた.表1対象の詳細症例年齢(歳)核硬度眼軸長(mm)前房深度(mm)角膜内皮細胞密度角膜内皮細胞減少率(%)視力備考術前6カ月後術前術後173G222.521.48558BKBK0.40.3LI(),PI(+),glaattack(+),guttata()284G121.801.7979047440.00.40.5LI(),PI(),glaattack(),guttata()366G221.942.1650634831.20.50.8LI(),PI(),glaattack(),guttata(+)472G322.301.5788857535.20.20.6LI(+),PI(),glaattack(),guttata(+)564G222.481.39633726+14.60.91.0LI(+),PI(),glaattack(+),guttata()676G321.621.5473965211.80.41.2LI(+),PI(),glaattack(),guttata()774G222.781.6760647321.90.51.0LI(),PI(),glaattack(+),guttata()881G323.041.52483488+1.00.31.2LI(+),PI(),glaattack(),guttata()973G320.541.5792274719.00.30.8LI(+),PI(),glaattack(),guttata()1066G221.882.04722927+28.40.70.7LI(),PI(),glaattack(),guttata(+)1174G222.821.8969155919.10.81.0LI(),PI(),glaattack(),guttata()1284G221.631.9072050929.30.30.5LI(),PI(),glaattack(),guttata()1373G220.021.8896880017.40.060.04LI(+),PI(),glaattack(),guttata()1458G221.051.288758493.00.91.0LI(),PI(),glaattack(),guttata()1568G222.122.48853865+1.40.71.0LI(),PI(),glaattack(),guttata()BK:水疱性角膜症,LI:レーザー虹彩切開術,PI:周辺虹彩切除術,glaattack:急性緑内障発作,guttata:滴状角膜.00.20.40.60.8術前視力(LogMAR視力)術後視力(LogMAR視力)11.21.41.41.210.80.60.40.20-0.2図2術前視力と術後視力(n=15眼)改善した例が8眼,不変が6眼,悪化した例が1眼であった.3530252015105005101520術前眼圧(mmHg)術後眼圧(mmHg)253035図3術前眼圧と術後眼圧(n=15眼)術前後の眼圧は統計学的に有意な変化は認めなかった.術前に33mmHgであった1眼では14mmHgまで低下した.———————————————————————-Page4552あたらしい眼科Vol.27,No.4,2010(136)〔症例3.角膜内皮細胞減少率-31.2%〕両眼に滴状角膜を認め,他眼の角膜内皮細胞密度も500cells/mm2台であった.この症例の子供も両眼とも角膜内皮細胞密度800cells/mm2台であった.上記よりFuchs角膜内皮ジストロフィが疑われた.前房深度は2.16mmであった.角膜内皮細胞密度の減少が進行性であり,白内障による視力低下もあったため手術を施行した.術後2カ月では角膜内皮細胞は減少していなかったが,術後6カ月の角膜内皮減少率は31.2%であった.経過観察中角膜は透明性を維持していた.〔症例4.角膜内皮細胞減少率-35.2%〕緑内障発作に対してLI施行されていた.前房深度は1.57mmであった.隅角鏡検査では3/4周にPASがあり,眼圧は2022mmHgであった.白内障による視力低下が進行し,本人の手術希望が強く手術を施行した.術後2,6,12カ月の角膜内皮細胞減少率は51.2,35.2,30.0%であったが,経過観察中角膜は透明性を維持していた.術後眼圧は2022mmHgであった.〔症例5.角膜内皮細胞減少率+14.6%〕LI前2,397cells/mm2であった角膜内皮細胞密度は進行性に減少し,白内障手術前は633cells/mm2であった.術後2,6,12カ月の角膜内皮細胞減少率は+11.4,+14.7,+29.9%であった.術後30カ月までの期間,角膜内皮細胞は減少していなかった.III考按PEA+IOLの術後,約0.3%の症例にBKを発症するとの報告がある11).角膜内皮細胞密度の低い症例において,PEA+IOLはさらなる細胞密度の低下をもたらしBK発症の可能性があり,手術は困難であった.しかし近年の白内障手術機器の革新や,角膜内皮保護に有用とされるソフトシェル法の開発などの技術の進歩により,角膜内皮細胞数の少ない症例に対してもより積極的に手術が行われるようになってきた.白内障手術後の角膜内皮細胞減少率は過去の検討において平均7%前後と報告されている7,8).今回の検討では術後6カ月の角膜内皮細胞減少率は平均13.0%であり,過去の報告に比べて高い結果であった.理由としては,全例が浅前房の症例で前房深度2mm以下の例を15眼中12眼含んでいたこと,緑内障発作の既往がある例や両眼性もしくは進行性に角膜内皮細胞が減少していた例のように,術前より角膜内皮細胞の脆弱性が予測される例を含んでいたことが考えられた.今回の検討では手術前より進行性に角膜内皮細胞が減少していた例を3眼含んでいた.症例5のLI施行後の1眼では白内障手術後より角膜内皮細胞減少の進行が停止していた.過去に白内障手術により進行が停止したLI後の角膜内皮減少症の1例が報告されている12).LI後の房水灌流異常が白内障手術によって除去されたことにより角膜内皮細胞減少が図5症例2の超音波生体顕微鏡(UBM)写真4/4周に機能的隅角閉塞があった.図4症例1の術前後の細隙灯顕微鏡写真A:術前の細隙灯顕微鏡写真.B:術後の細隙灯顕微鏡写真.術後1カ月で水疱性角膜症を発症した.———————————————————————-Page5あたらしい眼科Vol.27,No.4,2010553(137)停止したと仮説づけられているが,今回筆者らが経験した症例もこの仮説を支持するものと考えた.症例3のFuchs角膜内皮ジストロフィが疑われた症例では,片眼は角膜内皮細胞の減少は進行し,片眼は経過観察中角膜内皮細胞の減少は進行しなかった.進行性の角膜内皮減少症に対する白内障手術の影響については報告が少なく,今後検討していく必要があると思われた.高度の角膜内皮障害を認める例における白内障手術は,リスクは高いものの良好な視力の維持や長期的な眼圧コントロールを得るためには必要な治療法である.最も適切な手術時期を決定するためにも今回の検討結果は有用な情報を与えると思われた.まとめ今回の検討では15眼中1眼でBKを発症し,術後6カ月の角膜内皮細胞減少率は最高40.0%,平均13.0%であった.高度の角膜内皮障害を有する症例においても白内障手術は視力の維持や良好な眼圧コントロールを得るためには必要な治療法であるが,術後のBK発症を考慮して行うことが求められると考えた.文献1)阿部春樹,桑山泰明,白柏基宏ほか:緑内障診療ガイドライン(第2版).日眼会誌110:779-814,20062)AlsaqoZ,AungT,AnqLPetal:Long-termclinicalcourseofprimaryangle-closureglaucomainanAsianpopulation.Ophthalmology107:2300-2304,20003)AngLP,HigashiharaH,SotozonoCetal:Argonlaseriri-dotomy-inducedbullouskeratopathyagrowingprobleminJapan.BrJOphthalmol91:1613-1615,20074)JacobiPC,PietleinTS,LukeCetal:Primaryphacoe-mulsicationandintraocularlensimplantationforacuteangle-closureglaucoma.Ophthalmology109:1597-1603,20025)NonakaA,KondoT,KikuchiMetal:Cataractsurgeryforresidualangleclosureafterperipherallaseriridotomy.Ophthalmology112:974-979,20056)NonakaA,KondoT,KikuchiMetal:Anglewideningandalterationofciliaryprocesscongurationaftercata-ractsurgeryforprimaryangleclosure.Ophthalmology113:437-441,20067)佐古博恒,清水公也:眼内レンズ移植眼における角膜内皮細胞の変化.IOL4:102-106,19908)池田芳良,三方修,内田強ほか:IOL挿入眼の角膜内皮細胞長期経過観察.IOL6:247-253,19929)ShimazakiJ,AmanoS,UnoTetal:NationalsurveyonbullouskeratopathyinJapan.Cornea26:274-277,200710)MiyataK,NagamotoT,MaruokaSetal:Ecacyandsafetyofthesoft-shelltechniqueincaseswithahardlensnucleus.JCataractRefractSurg28:1546-1550,200211)PoweNS,ScheinOD,GieserSCetal:Synthesisoftheliteratureonvisualacuityandcomplicationsfollowingcat-aractextractionwithintraocularlensimplantation.Cata-ractPatientOutcomeResearchTeam.ArchOphthalmol112:239-252,199412)園田日出男,中枝智子,根本大志:白内障手術により進行が停止したレーザー虹彩切開術後の角膜内皮減少症の1例.臨眼58:325-328,2004***

久留米大学眼科におけるぶどう膜炎患者の臨床統計

2010年4月30日 金曜日

———————————————————————-Page1544あたらしい眼科Vol.27,No.4,2010(00)544(128)0910-1810/10/\100/頁/JCOPY43回日本眼炎症学会原著》あたらしい眼科27(4):544548,2010cはじめにぶどう膜炎の病因は環境や地域性,診断技術の確立などの諸因子の影響により,年次的に変化している.今回,久留米大学眼科(以下,当科)における,最近7年間のぶどう膜炎患者の統計調査を行い,過去の当科での統計結果1993年1),2004年2)の報告をまとめて12年間と比較検討し,最近のぶどう膜炎の傾向について報告する.I対象および方法対象は,2002年1月1日2008年12月31日までの7年間に当科を受診したぶどう膜炎新患患者637例である.1990年1月1日2001年12月31日まで12年間のぶどう膜炎新患患者1,443例について,患者数,性別,年齢,病因などを比較検討した.統計学的検定にはc2検定を使用した.さらに,ぶどう膜炎の三大疾患であるサルコイドーシス,Behcet病,原田病について,過去の当科での報告1,2)に基づ〔別刷請求先〕田口千香子:〒830-0011久留米市旭町67久留米大学医学部眼科学教室Reprintrequests:ChikakoTaguchi,M.D.,DepartmentofOphthalmology,KurumeUniversitySchoolofMedicine,67Asahi-machi,Kurume-city,Fukuoka830-0011,JAPAN久留米大学眼科におけるぶどう膜炎患者の臨床統計梅野有美田口千香子浦野哲河原澄枝山川良治久留米大学医学部眼科学教室IncidenceofUveitisatKurumeUniversityHospitalYumiUmeno,ChikakoTaguchi,ToruUrano,SumieKawaharaandRyojiYamakawaDepartmentofOphthalmology,KurumeUniversitySchoolofMedicine久留米大学眼科における最近7年間のぶどう膜炎患者の統計調査を行い,過去の統計結果12年間と比較検討する.2002年から2008年に初診したぶどう膜炎患者637例(男性269例,女性378例)を対象として,ぶどう膜炎の病因と病型について以前報告した1990年から2001年までの12年間の統計結果(1,443例)と比較した.病因はサルコイドーシス78例(12.1%)が最も多く,ついで原田病77例(11.9%),ヘルペス性ぶどう膜炎25例(3.9%),Behcet病23例(3.6%),humanT-lymphotropicvirustypeI(HTLV-I)ぶどう膜炎19例(2.9%),humanleukocyteantigen(HLA)-B27関連ぶどう膜炎16例(2.5%)で,分類不能のものは292例(45.1%)であった.原田病,ヘルペス性ぶどう膜炎,糖尿病虹彩炎,サイトメガロウイルス網膜炎,眼内悪性リンパ腫が有意に増加し,Behcet病,HTLV-Iぶどう膜炎,真菌性眼内炎が有意に減少していた.Thepurposeofthisstudywastocomparethestatisticalresultsofasurveyofuveitispatientsseenoverthepast7yearswiththeresultsofaprevioussurvey.Thesurveyresultsfor637patients(269males,378females)whorstvisitedtheuveitisclinicofKurumeUniversityHospitalbetween2002and2008werecomparedwiththeresultsofaprevioussurveyperformedon1,443uveitispatientsseenbetween1990and2001.Inthepast7years,themostcommonetiologywassarcoidosis(78patients,12.1%),followedbyHarada’sdisease(77patients,11.9%),herpeticuveitis(25patients,3.9%),Behcet’sdisease(23patients,3.6%),humanT-lymphotropicvirustypeI(HTLV-I)uveitis(19patients,2.9%)andhumanleukocyteantigen(HLA)-B27-associateduveitis(16patients,2.5%).Theetiologyof292patients(45.1%)wasunknown.Incomparisontotheprevioussurvey,therewasasignicantincreaseintheincidenceofHarada’sdisease,herpeticuveitis,diabeticuveitis,cytomegalovirusretinitisandintraocularmalignantlymphoma,andasignicantdecreaseintheincidenceofBehcet’sdisease,HTLV-Iuveitisandfungalendophthalmitis.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)27(4):544548,2010〕Keywords:ぶどう膜炎,臨床統計,サルコイドーシス,原田病,Behcet病.uveitis,clinicalstatistics,sarcoidosis,Vogt-Koyanagi-Haradadisease,Behcet’sdisease.———————————————————————-Page2あたらしい眼科Vol.27,No.4,2010545(129)いて,19901994年,19952001年,20022008年の3期間に分けて検討した.診断と分類は,既報1,2)と同様にした.Behcet病は,特定疾患診断基準に基づき完全型と不全型に属するもの,サルコイドーシスは,旧診断基準に基づき組織診断もしくは臨床診断を満たしたものとし,疑い症例は分類不能とした.急性前部ぶどう膜炎は,humanleukocyteantigen(HLA)-B27陽性をHLA-B27関連ぶどう膜炎とし,HLAが陰性,未検,原因不明のものは分類不能とした.ヘルペス性ぶどう膜炎は,典型的な角膜病変や眼部帯状疱疹に随伴したもので,臨床的に特有の眼所見があり抗ウイルス薬に対する反応性がみられ,血清抗体価の上昇がみられたものとした.外傷や術後眼内炎などの外因性による二次性の炎症や陳旧性ぶどう膜炎などは除外した.なお,転移性眼内炎(細菌性,真菌性)は対象に含まれている.II結果1.患者数,性別,年齢分布外来総新患数に占めるぶどう膜炎新患数の割合は,20022008年(以下,今回)は23,897例中647例(2.7%)であり,19902001年(以下,前回)の40,048例中1,443例(3.6%)と比較し減少していた(p<0.01).男性269例,女性378例と女性が多く,男女比は1:1.4で,前回の男女比1:1.3とほぼ同じであった.今回の初診時年齢は688歳で,平均51.1歳であり,前回の45.6歳と比べやや高くなっていた.今回の年齢分布は50歳代(20.9%)にピークがあり,ついで60歳代(18.4%)が多く,前回と比べるとピークは40歳代から50歳代へシフトし,70歳代が8.3%から13.4%へ,80歳代以上の患者が1.5%から4.3%と増加していた(図1).2.ぶどう膜炎の病因別分類ぶどう膜炎の病因別の内訳は図2に示したとおりである.最も多いのはサルコイドーシス,ついで原田病,ヘルペス性ぶどう膜炎,Behcet病の順であった.これら疾患別頻度について,前回の統計結果との比較をすると,ともに一番多いのはサルコイドーシスであった.前回2位であったBehcet病は今回4位と減少し,前回5位であった真菌性眼内炎は10位以下となっていた(表1).ヘルペス性ぶどう膜炎患者25例のうち帯状疱疹を伴ったものは10例で,そのうち9例が60歳以上であった.原田病は7.8%から11.9%,ヘルペス性ぶどう膜炎は1.2%から3.9%,糖尿病虹彩炎は0.6%から1.7%,サイトメガロウイルス網膜炎は0.6%から1.5%,眼内悪性リンパ腫は0.3%から1.4%へ有意に増加していた.Behcet病は8.2%から3.9%へ,humanT-lymphotropicvirustypeI(HTLV-I):男性:女性020406080100120140160807060504030201009年齢(歳)患者数(例)050100150200250300患者数(例)19902001年20022008年図1ぶどう膜炎患者の性別・年齢分布症炎症性疾患サイイルス膜炎膜炎ぶどう膜炎ルス性ぶどう膜炎原田病サルコイドーシスぶどう膜炎その性膜病症病性炎眼性分類症数性性症数図2ぶどう膜炎の疾患別患者数とその割合(20022008年)HTLV-I:humanT-lymphotropicvirustypeI,HLA:humanleukocyteantigen.———————————————————————-Page3546あたらしい眼科Vol.27,No.4,2010(130)ぶどう膜炎は5.3%から2.9%へ,真菌性眼内炎は2.6%から0.6%へ有意に減少していた.3.ぶどう膜炎の三大疾患について既報の19901994年1),19952001年2),今回の20022008年と3期間に分けて検討した.a.サルコイドーシス患者数はそれぞれの期間で70例から80例で,それぞれの期間の平均は,15.4例/年,12.4例/年,11.1例/年で,19952001年と20022008年ではほぼ横ばいであった(図3a).年齢別にみると,19901994年では20歳代と50歳代,60歳代が多かったのに比べ,19952001年では50歳代と60歳代に,20022008年では50歳代と60歳代さらに70歳代が増加していた.サルコイドーシス患者の高齢化がみられた(図3b).今回の診断の内訳は,組織診断群38例,臨床診断群40例で,組織診断群の割合は,19901994年は36.4%,19952001年は65.5%,20022008年は48.7%であった.表1ぶどう膜炎の疾患別患者数とその割合19902001年(%)20022008年(%)サルコイドーシス11.4サルコイドーシス12.1Behcet病8.2原田病11.9原田病7.8ヘルペス性ぶどう膜炎3.9HTLV-Iぶどう膜炎5.3Behcet病3.6真菌性眼内炎2.6HTLV-Iぶどう膜炎2.9HLA-B27関連ぶどう膜炎2.1HLA-B27関連ぶどう膜炎2.5トキソカラ症1.9トキソプラズマ症1.9トキソプラズマ症1.9強膜炎1.7急性網膜壊死1.8糖尿病虹彩炎1.7ヘルペス性ぶどう膜炎1.2サイトメガロウイルス網膜炎1.5HTLV-I:humanT-lymphotropicvirustypeI,HLA:humanleukocyteantigen.199019942002200819952001患者数(例/年)(年):男性:女性181614121086420図3aサルコイドーシスの年平均患者数年年年年齢患者数図3bサルコイドーシス患者の年代別推移患者数年年性性図4aBehcet病の年平均患者数年年年患者数年齢図4bBehcet病患者の年代別推移———————————————————————-Page4あたらしい眼科Vol.27,No.4,2010547(131)b.Behcet病患者数は,19901994年は82例(11.7%),19952001年は36例(4.9%),20022008年は23例(3.6%)で,それぞれの期間では16.4例/年,5.1例/年,3.3例/年と減少していた(図4a).19952001年と20022008年を比べると,女性患者数が減少し,年齢別にみると特に30歳代と40歳代の減少が著明であった(図4b).c.原田病患者数は,それぞれの期間で平均すると10例/年,7.6例/年,11.1例/年で(図5a),年齢別にみると20022008年で50歳代の患者の増加がみられた(図5b).III考按当科におけるぶどう膜炎の傾向を解析するため,20022008年(今回)と19902001年(前回)の結果1,2)を比較した.ぶどう膜炎新患数の割合は前回の3.6%から今回2.7%へ減少していたが,他施設での報告37)13%程度と同様であった.男女比は変化なく,平均年齢は高くなり,特に70歳代以上の高齢患者が増加していた.社会の高齢化率上昇に伴い当科においてもぶどう膜炎患者の高齢化がみられた.サルコイドーシスは他施設でも頻度が最も多く37),今回の結果でも原因疾患の1位であったが,前回と比べると症例数は横ばいであった.年齢別にみると,70歳代患者は倍増し80歳代患者もみられ,サルコイドーシスは,高齢患者が増加しているという他施設との報告5,8)と同様であった.組織診断群は,19952001年の65.5%と比し,今回は48.7%と減少していた.眼所見からサルコイドーシスが疑われた場合,胸部X線単純撮影や胸部CTで胸部病変が疑われる際には呼吸器内科に紹介している.呼吸器内科では,積極的に気管支鏡検査を行っているが,呼吸器症状がない患者は気管支鏡検査を躊躇することも多く,さらに高齢患者では検査自体のリスクも大きくなり,高齢患者の増加が組織診断率の低下につながった可能性もある.1990年代からBehcet病のぶどう膜炎患者の減少が指摘され,他施設でも多数の報告がある5,7,8).当科でも既報で患者数の減少を報告した2)が,3期間に分けてみると,11.7%から4.9%へ,さらに今回は3.6%と減少していた.当科では女性患者の減少がみられたが,男性患者が減少している報告もある7).Behcet病の総患者数の減少に伴いぶどう膜炎を有する患者も減少しているのか,ぶどう膜炎を有する患者のみ減少しているのか,全国的な疫学調査が必要と考えられる.原田病については前回と同様に従来の臨床診断に基づいており,有病率はほぼ一定していると考えていたが他施設では減少している報告もある5,6).今回,50歳代の患者が増加していたがその原因は不明であり,さらに検討していきたい.そのほか,ヘルペス性虹彩炎,糖尿病虹彩炎,サイトメガロウイルス網膜炎,眼内悪性リンパ腫が増加していた.ヘルペス性虹彩炎は,60歳以上で帯状疱疹に伴うものが1/3を占めており,帯状疱疹の発症は高齢者に多いため今後の増加が予測される.同様に,糖尿病患者の増加に伴い今後も糖尿病虹彩炎の増加も予測される.サイトメガロウイルス網膜炎の原因疾患として以前は後天性免疫不全症候群が多かったが,多剤併用療法の効果によりサイトメガロウイルス網膜炎は一旦減少していたが,今回は増加していた.原因疾患としては血液悪性腫瘍患者が多く,血液悪性腫瘍の治療の進歩により増加したと思われ,今後も増加する可能性がある.眼内悪性リンパ腫では診断に硝子体手術が積極的に行われ,病理組織学的検索だけでなく硝子体液のインターロイキンの測定が診断率上昇の一因と考えられた.一方,HTLV-Iぶどう膜炎と真菌性眼内炎が減少していた.元来,HTLV-Iキャリアが多い地域であるが,おもな感染経路である母乳感染や献血時のスクリーニングなど感染予防対策が行われ,九州地方ではHTLV-Iキャリアが減少したためと考えられる.減少はしているものの,病因別の第5位と依然として上位の疾患である.また,真菌性眼内炎は中心静脈カテーテル留置症例における真菌性眼内炎の発症が199019942002200819952001患者数(例/年)(年):男性:女性121086420図5a原田病の年平均患者数年年年患者数年齢図5b原田病患者の年代別推移———————————————————————-Page5548あたらしい眼科Vol.27,No.4,2010(132)眼科医以外にも十分に認知され,早期に中心静脈カテーテルの抜去や抗真菌薬の投与が行われているため減少したと思われた.ぶどう膜炎の病因の増減はあるが,分類不能例は40%程度と変わらず存在する.新たな診断技術や疾患概念の導入により確定診断可能な症例が増える一方で,時代背景とともに病因も変化している.今後もさらなる診断技術や診断基準の確立,その時代にあった診断基準の見直しが必要であると考えられる.文献1)池田英子,和田都子,吉村浩一ほか:九州北部と南部のぶどう膜炎の臨床統計.臨眼47:1267-1270,19932)吉田ゆみ子,浦野哲,田口千香子ほか:久留米大学におけるぶどう膜炎の臨床統計.眼紀55:809-814,20043)伊藤由紀子,堀純子,塚田玲子ほか:日本医科大学付属病院眼科における内眼炎患者の統計的観察.臨眼63:701-705,20094)GotoH,MochizukiM,YamakiKetal:EpidemiologicalsurveyofintraocularinammationinJapan.JpnJOph-thalmol51:41-44,20075)秋山友紀子,島川眞知子,豊口光子ほか:東京女子医科大学眼科ぶどう膜炎の臨床統計(20022003年).眼紀56:410-415,20056)小池生夫,園田康平,有山章子ほか:九州大学における内因性ぶどう膜炎の統計.日眼会誌108:694-699,20047)藤村茂人,蕪城俊克,秋山和英ほか:東京大学病院眼科における内眼炎患者の統計的観察.臨眼59:1521-1525,20058)中川やよい,多田玲,藤田節子ほか:過去22年間におけるぶどう膜炎外来受診者の変遷.臨眼47:1257-1261,19939)橋本夏子,大黒伸行,中川やよいほか:大阪大学眼炎症外来における初診患者統計─20年前との比較─.眼紀55:804-808,200410)糸井恭子,高井七重,竹田清子ほか:大阪医科大学におけるぶどう膜炎患者の臨床統計.眼紀57:90-94,2006***

急性網膜壊死患者における網膜神経線維層厚と乳頭形状の検討

2010年4月30日 金曜日

———————————————————————-Page1(123)5390910-1810/10/\100/頁/JCOPY43回日本眼炎症学会原著》あたらしい眼科27(4):539543,2010c〔別刷請求先〕臼井嘉彦:〒160-0023東京都新宿区西新宿6-7-1東京医科大学病院眼科Reprintrequests:YoshihikoUsui,M.D.,DepartmentofOphthalmology,TokyoMedicalUniversityHospital,6-7-1Nishishinjuku,Shinjuku-ku,Tokyo160-0023,JAPAN急性網膜壊死患者における網膜神経線維層厚と乳頭形状の検討臼井嘉彦毛塚剛司竹内大奥貫陽子後藤浩東京医科大学眼科学教室RetinalNerveFiberLayerThicknessandOpticNerveHeadMorphometryinAcuteRetinalNecrosisYoshihikoUsui,TakeshiKezuka,MasaruTakeuchi,YoukoOkunukiandHiroshiGotoDepartmentofOphthalmology,TokyoMedicalUniversitySchoolofMedicine目的:急性網膜壊死(acuteretinalnecrosis:ARN)症例の乳頭周囲網膜神経線維層厚(retinalnerveberlayerthickness:RNFLT)と視神経乳頭形状の特徴について検討する.対象および方法:対象は東京医科大学病院眼科でARNと診断され,治療の結果寛解期となった15例15眼(男性9例,女性6例),平均年齢52.3歳である.光干渉断層計(OCT3000,CarlZeiss社)のFastRNFLthickness(3.4)ならびにFastOpticNerveHeadで走査を行い,RNFLthicknessaverageanalysisならびにOpticNerveHeadAnalysisを用いてRNFLTと乳頭形状を解析した.僚眼をコントロールとした.なお,6D以上の強度近視眼は除外した.結果:ARN罹患眼では僚眼と比較してRNFLTが有意に減少していた(94.0vs105.6μm,p<0.05).また,ARN罹患眼では僚眼と比較して視神経乳頭辺縁部におけるverticalintegratedrimareaの有意な減少と視神経乳頭陥凹の拡大がみられた.一方,硝子体手術が回避された経過良好なARN症例のみでは,僚眼と比較してRNFLTおよび視神経乳頭の形状に有意な差異はみられなかった.結論:ARNではRNFLTの減少と視神経乳頭辺縁部の形態異常を生じることが判明し,視力予後不良なことが多い本症の原因の一つと考えられた.ただし,これらの変化については硝子体手術や眼内充物質などの影響も関与している可能性があり,さらに検討を要する.Purpose:Toconductretinalnerveberlayerthickness(RNFLT)measurementandopticnerveheadmor-phometryusingopticalcoherencetomography(OCT3000,Zeiss-HumphreyInstruments)inpatientswithacuteretinalnecrosis(ARN).Methods:Westudied15eyesof15patients(9male,6female;meanage:52.3years)whohadbeendiagnosedwithARNattheDepartmentofOphthalmology,TokyoMedicalUniversityandhadachievedremissionasaresultoftreatment.RNFLTaverageanalysisandopticnerveheadanalysiswereconduct-edusingtheOCT3000byscanningtheaectedeyewiththeFastRNFLT(3.4)andFastOpticNerveHeadproto-cols,respectively.Thefelloweyeservedascontrol.Patientswithhigh-degreemyopia(6Dorabove)wereexcludedfromthisstudy.Results:RNFLTwassignicantlyreducedintheaectedeyesascomparedtothefel-loweyes(94.0vs.105.6μm,p<0.05).Signicantdecreaseinverticalintegratedrimareaattheopticaldiscmar-ginandexpansionofthecupwereobservedintheaectedeyes,ascomparedtothefelloweyes.Ontheotherhand,inpatientswhoweresparedvitrectomyandhadafavorableclinicalcourse,nodierenceswereseeninRNFLTandopticdiscmorphologyincomparisontothefelloweyes.AtthetimeofOCTexamination,weobservedsignicantpositivecorrelationbetweenlogvisualacuityandRNFLthickness,andsignicantnegativecorrelationbetweenRNFLTanddisc-to-cuparearatio.Conclusions:ThepresentstudydemonstratedreductioninRNFLTandmorphologicalabnormalityattheopticdiscmargininARN,whichcouldbeacauseofthepoorvisualoutcomecharacteristicofthisdisease.However,itisalsopossiblethatthesechangesareassociatedwithvitrectomyandintraoculartamponade;furtherinvestigationisnecessary.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)27(4):539543,2010〕Keywords:急性網膜壊死,乳頭周囲網膜神経線維層厚,視神経乳頭形状,光干渉断層計(OCT).acuteretinalnecrosis,retinalnerveberlayerthickness,morphometryoftheopticnervehead,opticalcoherenttomography.———————————————————————-Page2540あたらしい眼科Vol.27,No.4,2010(124)はじめに桐沢型ぶどう膜炎(急性網膜壊死;acuteretinalnecro-sis;ARN)は,単純ヘルペスウイルス(herpessimplexvirus:HSV),または水痘帯状疱疹ウイルス(varicellazostervirus:VZV)の眼内感染により生じるきわめて視力予後不良な疾患である13).視力予後不良な原因として,網膜壊死によって高率に生じる網膜離や増殖硝子体網膜症のほかに,視神経障害の存在が考えられる1,3).近年,光干渉断層計(opticalcoherencetomography:OCT)は黄斑疾患の形態変化や網膜厚の測定に加え,緑内障47),視神経炎8,9),網膜色素変性10)や硝子体手術後1113)の視神経乳頭評価,視神経乳頭形状解析や乳頭周囲網膜神経線維層厚(retinalnerveberlayerthickness:RNFLT)の評価など,多くの疾患で臨床応用されている.今回筆者らは,ARN症例のRNFLTと視神経乳頭形状の特徴について,OCT3000(CarlZeissMeditecInc,Dublin,USA)を用いて検討したので報告する.I対象および方法1995年11月から2007年10月に東京医科大学病院眼科ぶどう膜炎外来でARNと診断され,治療の後に寛解期となった15例15眼(男性9例,女性6例)を対象とした.いずれも原則として1994年にAmericanUveitisSocietyが定めたARN診断基準14)を満たしている症例で,平均年齢52.3図1OCTによる急性網膜壊死の平均網膜神経線維層厚右眼(罹患眼)は,左眼(僚眼)と比較して全体的に網膜神経線維層厚が薄くなっていた.———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.27,No.4,2010541(125)歳,観察期間は22169カ月(平均66カ月)であった.病因ウイルスはHSVが2例,VZVが13例であった.15例中8例に経毛様体扁平部硝子体手術が施行された.これらの症例はアシクロビルと副腎皮質ステロイド薬による点滴治療後,経過中に網膜離を生じた症例のほか,網膜離は未発生ながら後部硝子体離を生じ,網膜への牽引が顕著となった段階で硝子体切除術が行われた症例であった.初回硝子体手術の術式の内訳は,4眼は硝子体切除術+水晶体摘出術+輪状締結術+シリコーンオイルタンポナーデ,3眼は硝子体切除術+水晶体摘出術+輪状締結術+ガスタンポナーデ(SF6ガス),1眼は硝子体切除術+輪状締結術+シリコーンオイルタンポナーデであった.OCT3000の測定は経験豊富な検者によって施行され,すべてトロピカミドとフェニレフリンによる散瞳の後に測定を行った.検者はARNの病状や硝子体手術の有無についてはあらかじめ知ることなく測定した.視神経乳頭周囲のRNFLTと視神経乳頭形状を測定する内蔵のFastRNFLthickness(3.4)ならびにFastOpticNerveHeadのスキャンパターンを使用し,測定結果はRNFLthicknessaverageanalysisならびにOpticNerveHeadAnalysisを用いて解析した.僚眼をコントロールとし,Signalstrengthが6以下および6D以上の強度近視眼と固視不良眼は除外した.Wilcoxon符号付順位和検定およびPearsonの相関係数を統計解析ソフトであるJMPversion7を用い,p<0.05を統計学的に有意差ありとした.II結果ARN15例の罹患眼と僚眼RNFLT値は,それぞれ94.0±23.9μm,105.6±15.1μmで,罹患眼では有意にRNFLT値が減少していた(p<0.05)(図2).硝子体手術を施行した群と経過が良好であったため硝子体手術が回避された群で比較検討したところ,硝子体手術施行8例の罹患眼と僚眼RNFLT値は,それぞれ87.2±26.2μm,108.8±14.8μmで,罹患眼では有意にRNFLT値が減少していた(p<0.05)(図3a).一方,硝子体手術が行われなかった経過良好なARN7症例では,罹患眼と僚眼RNFLT値は,それぞれ101.7±15.5μm,101.9±14.5μmで有意な差異はみられなかった(図3b).乳頭面積は罹患眼で平均2.4±0.7mm2,正常眼で平均2.3±0.4mm2,陥凹面積は罹患眼で平均1.1±0.9mm2,正常眼で平均1.0±0.7mm2であり,統計学的に有意な差は認められなかった.乳頭陥凹面積比は罹患眼で平均0.50±0.27,正常眼で平均0.35±0.16であり,統計学的に有意差を認めた(図4).Verticalintegratedrimarea(VIRA)は罹患眼で平均0.3±0.3mm3,正常眼で平均0.5±0.6mm3と統計学的に有意差を認めた(図5a).また,horizontalintegratedrimarea(HIRA)は,罹患眼で平均1.4±0.4mm2,正常眼で1.7±0.4mm2と統計学的有意差は認めなかった(p=0.064)(図5b).硝子体手術が回避された経過良好なARN7症例では,僚眼と比較して乳頭陥凹面積比,VIRAおよびHIRAともに統計学的に有意差を認めなかった.罹患眼対数視力,RNFLT,乳頭陥凹面積比の相関関係の検討では,OCT施行時における罹患眼の対数視力とRNFLTとの間には有意な正の相関が認められた(Pearsonの相関係数;R2=0.32,p<0.05)(図6a).また,RNFLTは120100806040200罹患眼平均:94.0μm僚眼平均:105.6μm平均RNFLT(μm)*図2急性網膜壊死罹患眼と僚眼の平均網膜神経線維層厚の比較罹患眼では有意な平均網膜神経線維層厚の減少がみられた.*:p<0.05.120100806040200罹患眼平均:87.2μm僚眼平均:108.8μm罹患眼平均:101.7μm僚眼平均:101.9μm平均RNFLT(μm)120100806040200平均RNFLT(μm)*ab図3硝子体手術施行の有無による急性網膜壊死罹患眼と僚眼の平均網膜神経線維層厚の比較a:硝子体手術施行後の急性網膜壊死罹患眼では有意な平均網膜神経線維層厚の減少がみられた.*:p<0.05.b:硝子体手術を施行していない急性網膜壊死罹患眼では平均網膜神経線維層厚の減少はみられなかった.———————————————————————-Page4542あたらしい眼科Vol.27,No.4,2010(126)乳頭陥凹面積比との間には有意な負の相関が認められた(Pearsonの相関係数;R2=0.32,p<0.05)(図6b).しかし,OCT施行時における罹患眼の対数視力は乳頭陥凹面積比との間に相関はみられなかった(p=0.49)(図6c).III考按ARNは症例によってはきわめて視力予後不良な疾患であり,過去の筆者らの報告ではさまざまな薬物および外科的治療にもかかわらず,最終的に42.9%の患者は0.1未満の視力であった.最終的に視力予後不良となったおもな原因は,増殖硝子体網膜症と視神経障害であった3).硝子体手術により網膜の復位が得られても,視神経萎縮により視力不良となる症例が少なからず存在することから,今回筆者らはOCT3000を利用してARNにおける乳頭周囲RNFLT値と視神経乳頭形状を定量化し,ARNの病態および硝子体手術の影響が視神経乳頭に与える影響を検討した.緑内障患者においては,視野障害の程度とOCTによって測定された平均RNFLTが視野障害の進行に伴って有意に減少することはすでに報告されている46).隈上ら7)は,緑内障患者を対象にOCTで測定した乳頭陥凹面積比が視野変化と相関がみられたと報告している.今回の検討では,ARNの平均RNFLTが最終受診時の視力の悪化や乳頭陥凹面積比に伴って緑内障と同様に有意な相関を示したことは興味深い.一方,硝子体手術とRNFLTに関する報告はさまざまで,Yamashitaら15)は黄斑円孔に対する硝子体手術後にRNFLTが減少すると報告し,築城ら11,12)は硝子体手術後早期では術後炎症により乳頭周囲RNFLTは増加すると報告している.今回の検討では,ARN罹患眼では硝子体手術施行などの経過に伴い視神経乳頭辺縁部の減少や視神経乳頭陥凹の拡大がみられた.大橋ら13)は硝子体手術前後の視神経乳頭形状の変化を解析し,硝子体手術時間が長く,液-ガス置換を行うと視神経乳頭に長期間持続する変化を生じると報告していることから,ARN罹患眼の視神経乳頭は硝子体手術0.70.60.50.40.30.20.10罹患眼僚眼C/Dratio*図4急性網膜壊死罹患眼と僚眼の乳頭陥凹面積比の比較罹患眼では有意な乳頭陥凹面積比の増加がみられた.*:p<0.05.罹患眼Verticalintegratedrimarea(mm3)Horizontalintegratedrimarea(mm2)僚眼罹患眼僚眼*0.70.60.50.40.30.20.1021.81.61.41.210.80.60.40.20ab図5急性網膜壊死罹患眼と僚眼のverticalintegratedrimarea(a)とhorizontalintegratedrimarea(b)の比較Verticalintegratedrimarea(mm3)は罹患眼で有意な減少がみられた.*:p<0.05.130120110100908070605040対数視力CDratio対数視力a1301201101009080706050400.1-3-2.5-2-1.5-1-0.500.5-3-2.5-2-1.5-1-0.500.50.20.30.40.50.60.70.80.911.1b1.110.90.80.70.60.50.40.30.20.1c平均RNFLT(?m)平均RNFLT(?m)C/Dratio図6急性網膜壊死罹患眼における対数視力,平均網膜神経線維層厚値,乳頭陥凹面積比の相関a:対数視力と平均網膜神経線維層厚との間には有意な正の相関がみられた(Pearsonの相関係数;R2=0.32,p<0.05).b:平均網膜神経線維層厚と乳頭陥凹面積比との間には有意な負の相関がみられた(Pearsonの相関係数;R2=0.32,p<0.05).c:対数視力と乳頭陥凹面積比との間には相関はみられなかった.———————————————————————-Page5あたらしい眼科Vol.27,No.4,2010543(127)や,シリコーンオイルタンポナーデならびにガスタンポナーデの影響を受けることが推測された.このように硝子体手術による眼内操作,輪状締結術による脈絡膜循環,シリコーンオイルやガス置換など手術時の眼への侵襲がRNFLT値や視神経乳頭形状になんらかの影響を及ぼしている可能性は否定できない.一方,硝子体手術が回避された経過良好なARN7症例では,僚眼と比較してRNFLT値や視神経乳頭辺縁部の減少や視神経乳頭陥凹の拡大に有意な差異はみられなかったことから,硝子体手術を施行しなかった経過良好なARNに関してはRNFLT値や視神経乳頭形状には影響を及ぼさないという結果も得られた.しかしながら,硝子体手術が回避された経過良好なARN7症例のうち3症例では,僚眼と比較して罹患眼のRNFLTは差がないものの,視神経乳頭の一部にRNFLTの菲薄化がみられ,視野異常をきたしていた.今回の検討では統計学的有意差はみられなかったが,硝子体手術を施行しなかった経過良好なARNの症例の一部であっても,視神経障害をきたす可能性があることを示している.今回,固視不良眼は除外して検討を行った.筆者らの施設では全ARN症例の35%は最終視力手動弁以下のため,固視不良によりOCTの測定が困難であった.緑内障末期症例においても,OCT測定時における固視には差がみられ,再現性に問題があることから,視力の極端に悪い症例の評価には十分な注意が必要である16).また,今後は乳頭周囲RNFLT値や乳頭形状のより正確な定量化,高い再現性が期待されるスペクトラルドメインOCTなどにより,さらに詳細なデータを蓄積し,検討を重ねる必要があると考えられる.文献1)UsuiY,GotoH:Overviewanddiagnosisofacuteretinalnecrosissyndrome.SeminOphthalmol23:275-283,20082)薄井紀夫:急性網膜壊死.あたらしい眼科20:309-320,20033)臼井嘉彦,竹内大,後藤浩ほか:東京医科大学における急性網膜壊死(桐沢型ぶどう膜炎)の統計的観察.眼臨101:297-300,20074)尾﨏雅博,立花和也,後藤比奈子ほか:光干渉断層計による網膜神経線維層厚と緑内障性視野障害の関係.臨眼53:1132-1138,19995)朝岡亮,尾﨏雅博,高田真智子ほか:緑内障における網膜神経線維層厚と静的視野の関係.臨眼54:769-774,20006)大友孝昭,布施昇男,清宮基彦ほか:緑内障眼における網膜神経線維層厚測定値と視野障害との相関.臨眼62:723-726,20087)隈上武志,齋藤了一,木下明夫ほか:光干渉断層計を用いた緑内障眼における視神経乳頭形状の解析.臨眼56:321-324,20028)RebolledaG,NovalS,ContrerasIetal:Opticdisccup-pingafteropticneuritisevaluatedwithopticcoherencetomography.Eye23:890-894,20099)ProMJ,PonsME,LiebmannJMetal:Imagingoftheopticdiscandretinalnerveberlayerinacuteopticneu-ritis.JNeurolSci250:114-119,200610)OishiA,OtaniA,SasaharaMetal:Retinalnerveberlayerthicknessinpatientswithretinitispigmentosa.Eye23:561-566,200911)築城英子,草野真央,岸川泰宏ほか:硝子体手術による乳頭周囲網膜神経線維層厚の変化.臨眼62:347-350,200812)築城英子,古賀美智子,北岡隆:硝子体手術前後の乳頭周囲網膜神経線維層厚の変化の検討.臨眼61:357-360,200713)大橋啓一,春日勇三,羽田成彦ほか:硝子体手術前後の視神経乳頭形状の変化.臨眼53:1229-1232,199914)HollandGNandtheExecutiveCommitteeoftheAmeri-canUveitisSociety:Standarddiagnosticcriteriafortheacuteretinalnecrosissyndrome.AmJOphthalmol117:663-667,199415)YamashitaT,UemuraA,KitaHetal:Analysisoftheretinalnerveberlayerafterindocyaninegreen-assistedvitrectomyforidiopathicmacularholes.Ophthalmology113:280-284,200616)岩切亮,小林かおり,岩尾圭一郎ほか:光干渉断層計およびHeidelbergRetinaTomographによる緑内障眼の視神経乳頭形状測定の比較.臨眼58:2175-2179,2004***

若年性特発性関節炎症状で発症した若年発症サルコイドー シスの1 例

2010年4月30日 金曜日

———————————————————————-Page1(119)5350910-1810/10/\100/頁/JCOPY43回日本眼炎症学会原著》あたらしい眼科27(4):535538,2010cはじめにサルコイドーシスは両側肺門部リンパ節腫脹を特徴とし,組織学的には非乾酪性類上皮肉芽腫からなる全身性炎症性疾患である.小児例のなかに4歳以下の乳幼児期に発症し,胸部病変を伴わず,関節炎・ぶどう膜炎・皮膚炎を3主徴とする特殊なタイプがあることが知られ13),若年発症サルコイドーシス(early-onsetsarcoidosis:EOS)とよばれていた4,5).一方,EOSと臨床的に酷似し,常染色体優性に遺伝する家系が報告され6),Blau症候群(BS)とよばれた.両者は現在,同じ原因遺伝子による同一疾患と考えられている.今回筆者らは7歳時に関節炎で発症し,サルコイドーシス様のぶどう膜炎症状を呈した後,遺伝子診断にてBlau症候群/若年発症サルコイドーシス(BS/EOS)と判明した1例を経験したので報告する.〔別刷請求先〕相馬実穂:〒849-8501佐賀市鍋島5丁目1番1号佐賀大学医学部眼科学講座Reprintrequests:MihoSoma,M.D.,DepartmentofOphthalmology,SagaUniversityFacultyofMedicine,5-1-1Nabeshima,Saga849-8501,JAPAN若年性特発性関節炎症状で発症した若年発症サルコイドーシスの1例相馬実穂*1清武良子*1今吉美代子*2平田憲*1浜崎雄平*2沖波聡*1*1佐賀大学医学部眼科学講座*2同小児科学講座ACaseofEarly-OnsetSarcoidosisDiagnosedasJuvenileIdiopathicArthritisMihoSoma1),RyokoKiyotake1),MiyokoImayoshi2),AkiraHirata1),YuheiHamasaki2)andSatoshiOkinami1)1)DepartmentofOphthalmology,2)DepartmentofPediatrics,SagaUniversityFacultyofMedicine緒言:Blau症候群/若年発症サルコイドーシス(BS/EOS)の1例を報告する.症例:12歳,女性.7歳より右足関節外顆腫脹があり,関節液の穿刺排液をくり返していた.11歳より全身性関節炎を発症.2002年3月当院小児科で若年性特発性関節炎と診断された.近視以外には眼病変はなかった.関節炎は寛解・再燃をくり返し,ステロイド薬と免疫抑制薬が投与された.2007年(17歳)再診時に両眼に豚脂様角膜後面沈着物と隅角結節を伴う前部ぶどう膜炎を認め,眼底に光凝固斑様の網脈絡膜萎縮巣,網膜静脈周囲炎と雪玉状硝子体混濁がみられた.サルコイドーシスを疑い全身検査を行ったが,診断基準を満たす所見はなかった.遺伝子解析を追加し,CARD15/NOD2の新規遺伝子変異(R587C)が確認され,BS/EOSと診断された.2009年5月より関節変形・眼合併症の予防としてインフリキシマブ投与が開始された.結論:BS/EOS診断において遺伝子解析が有用であった.Purpose:Wereportacaseofearly-onsetsarcoidosis/Blausyndrome(BS/EOS).Patient:A12-year-oldfemaleconsultedusforocularchecking.Shehadbeentreatedforswellingofherrightanklejointsince7yearsofage,andhadbeendiagnosedwithjuvenileidiopathicarthritisinMarch2002.Hereyesshowednoabnormalndingsotherthanmyopia.Shereceivedsystemicsteroidsandimmunosuppressantforrepeatedremissionandexacerbationofarthritis.Fiveyearslater,botheyesshowedanterioruveitiswithmuttonfatkeraticprecipitatesandtrabecularnodules.Chorioretinalatrophymimickinglaserphotocoagulationscars,retinalperiphlebitisandsnowball-likevitreousopacitywerealsonoted.Wesuspectedsarcoidosis,butcouldndnosystemicabnormalndings.Geneticinvestigationrevealedanovelgenemutation(R587CintheCARD15/NOD2gene);nallyshewasdiagnosedwithBS/EOS.SinceMay2009shehasreceivediniximabtopreventarticulardeformityandoph-thalmicinammation.Conclusion:GeneticinvestigationisusefulinthediagnosisofBS/EOS.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)27(4):535538,2010〕Keywords:Blau症候群/若年発症サルコイドーシス(BS/EOS),CARD15/NOD2遺伝子変異,インフリキシマブ.early-onsetsarcoidosis/Blausyndrome(BS/EOS),CARD15/NOD2genemutation,iniximab.———————————————————————-Page2536あたらしい眼科Vol.27,No.4,2010(120)I症例患者:12歳,女性.主訴:関節痛.現病歴:1997年(7歳時)より右足関節外顆腫脹があり関節液の穿刺排液をくり返していた.2001年(11歳時)より全身性に関節炎が多発,近医整形外科にて両膝・足関節水腫を認め,血液検査にて若年性特発性関節炎(JIA)が疑われ,2002年3月19日に当院小児科へ紹介となった.既往歴・家族歴:特記すべき事項なし.現症(小児科初診時):体温36.1℃.肝脾腫・皮疹なし.関節は腫脹していなかった.検査所見:血算,血液生化学に異常なし.CRP(C反応性蛋白)5.89mg/dl,Ig(免疫グロブリン)G2,569mg/dl,IgA729mg/dl,補体C3169mg/dl,と上昇していたがRA(関節リウマチ)テストは陰性,各種抗体価も上昇していなかった.胸部・膝関節・足関節X線写真では異常を指摘されなかった.経過:JIAが疑われアスピリン30mg/kg/日投与が開始された.3月23日より発熱,炎症所見も悪化したため,3月26日よりステロイド薬パルス療法が開始となった.3月29日ぶどう膜炎の有無についての精査目的で眼科紹介となった.眼科初診時所見(2002年3月29日):視力は右眼0.2(1.0×1.5D(cyl0.25DAx70°),左眼0.1(1.0×2.0D).眼圧は右眼16mmHg,左眼17mmHg.眼位,眼球運動,対光反応は異常なく,前眼部,中間透光体,眼底にも異常所見は認めなかった.経過:その後も関節炎は寛解・再燃をくり返したため,炎症所見にあわせてステロイド薬投与量が増減され,免疫抑制薬も追加された.2003年(13歳時)1月頬部の紅斑,全身性の小丘疹が出現したが抗アレルギー薬内服にて消退し,再燃はしていない.長期にわたる両足関節炎にもかかわらず,MRI(磁気共鳴画像)では少量の液体貯留を認めるほかは滑膜の増殖や骨変形は認めず,リウマチで高値を示すMMP3(マトリックスメタロプロテアーゼ3)は軽度上昇,抗CCP(シトルリン化ペプチド)抗体は正常であった.2007年(17歳時)2月23日,1週間前から続く右眼霧視を主訴に当科を再受診した.このとき小児科ではNSAID(非ステロイド系抗炎症薬),免疫抑制薬,プレドニゾロン13mgにて内服加療中であった.眼科再診時所見(2007年2月23日):視力は右眼0.03(1.0×5.0D),左眼0.05(1.2×5.0D(cyl0.5DAx160°).眼圧は右眼10mmHg,左眼10mmHg.両眼とも白色顆粒状豚脂様の角膜後面沈着物を認めた.前房は右眼cell(+),are(+),左眼cell(±),are(+).両眼とも隅角図12009年1月30日の右眼前眼部写真下方に虹彩後癒着を認める.ab図22009年1月30日の両眼眼底写真a:右眼,b:左眼.周辺部に光凝固斑様の網脈絡膜萎縮巣を認める.———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.27,No.4,2010537(121)結節を認めた.水晶体は両眼とも異常なく,眼底検査では右眼に網膜静脈周囲炎,雪玉状硝子体混濁,光凝固斑様の網脈絡膜萎縮巣,左眼は光凝固斑様の網脈絡膜萎縮巣を認めた.眼所見からサルコイドーシスを疑い,全身検索を行った.血液検査では抗核抗体160倍,IgA459mg/dl,IgE404mg/dlと上昇していたが,ACE(アンジオテンシン変換酵素)9.2U/l,血清Ca(カルシウム)9.5mg/dl,胸部X線写真は異常なく,ツベルクリン反応は陽性でサルコイドーシスの全身的診断基準を満たす所見は認めなかった.関節・眼所見,経過からBS/EOSを疑い,遺伝子解析を行った結果,CARD15/NOD2の新規遺伝子変異(R587C)が確認され,2008年(18歳時)3月にBS/EOSと診断された.家族に対する遺伝子検索も検討したが,これまでに家系内に関節炎・視力障害をきたしたものは患者以外におらず,同意も得られなかったため行っていない.その後もぶどう膜炎の寛解・再燃をくり返したが,ステロイド薬と免疫抑制薬投与中のため,ステロイド薬などの点眼治療で経過観察を行った.2009年1月30日の時点で右眼矯正視力は0.7,左眼矯正視力は1.0であり,右眼には虹彩後癒着,両眼底に光凝固斑様の網脈絡膜萎縮巣が認められた(図1,2).両眼とも白内障は生じておらず,右眼は薄い黄斑上膜を認めることから,これが視力低下の原因と思われた.2009年5月13日,小児科では関節変形・眼合併症の予防としてインフリキシマブ(レミケードR)4mg/kg投与が開始された.現在全身的副作用もなく,関節炎,ぶどう膜炎はともに寛解している.II考按サルコイドーシスは,組織学的に非乾酪性類上皮肉芽腫からなる病変を多臓器に認める原因不明の全身性炎症性疾患で,小児のサルコイドーシスは比較的まれである.多くは9歳以降の年長児にみられるが,4歳以下の幼小児期にも小さいピークがみられ1,2),この2群は大きく異なる.年長児においては成人と同じく胸部X線検査で発見されることが多く,肺門部リンパ節腫脹,肺病変の頻度が高いのに対し,就学前の幼小児においては,約半数は乳幼児期に発症し,肺・リンパ節病変を伴わず,皮膚・関節・眼病変を3主徴とする特異的な臨床像を呈する2,3).後者は特に若年発症サルコイドーシス(early-onsetsarcoidosis)とよばれ4),進行性で失明や関節拘縮,内臓浸潤に至る例がまれではなく,組織学的には良性ながら臨床的には予後不良とされる5).一方,1985年のBlauによる4世代にわたる家系の報告に始まり6),若年発症サルコイドーシスとよく似た臨床,組織像を呈し常染色体優性の遺伝性疾患の存在が知られるようになり,Blau症候群(Blausyndrome)と命名された.家系の遺伝子解析から,Crohn病と同じく16番染色体上のIBD(inammatoryboweldisease)1ローカスの近くに存在するCARD15/NOD2遺伝子がBlau症候群の原因遺伝子であることが判明している7).さらに金澤・岡藤らはわが国の報告例の遺伝子解析の結果,孤発性の若年発症サルコイドーシスもBlau症候群と同じく,CARD15/NOD2遺伝子変異による遺伝性疾患であることを明らかにしており8,9),現在家族性のBlau症候群と孤発性の若年発症サルコイドーシスを合わせた新たな疾患名が模索されている10,11).BS/EOSの報告はわが国の眼科領域からはまれであり12),本症例はBS/EOSの孤発例と思われる.岡藤らは,わが国においてBS/EOSと診断された17例について検討し,そのうち7例が今回の症例と同じく当初はJIAとして経過観察されていたと報告している9).両疾患ともに小児期の発症で,皮膚・関節・眼に病変を生じることから,診断においてはその異同が重要になるが,両疾患の鑑別点として表1の点をあげている.今回の症例は発症が7歳時であり,BS/EOS症例としては発症時期がやや遅い.また,右足関節外顆腫脹で発症し,全身性に関節炎が多発,発熱・炎症所見を認めたことから,当初はJIAと診断されていた.しかし関節腫脹をきたしていたにもかかわらず,病初期のX線検査では異常を認めなかった.また,長期の経過にもかかわらず滑膜の増殖や骨変形は認めず,リウマチで高値を示すMMP3は軽度上昇,抗CCP抗体は正常であった.表1Blau症候群若年発症サルコイドーシス(BS/EOS)と若年性特発性関節炎(JIA)の鑑別点BS/EOSJIA・発熱や血液検査所見がマイルド・初発症状は皮疹であることが多い・発熱や血液検査所見が強い・発熱で初発皮膚・皮疹は苔癬様や魚鱗癬様・皮疹は特徴的な淡色の紅斑性斑点状関節・病初期は腫脹が著しいにもかかわらず,関節痛や可動域制限がない・骨粗鬆症や骨びらんの所見がない・進行によりJIA関節症状と類似・可動域制限・こわばり・指趾腫脹を認める・骨粗鬆症,骨びらんの所見を認める眼・眼症状は前部および後部に生じ,成人型のサルコイドーシスに類似・治療不十分例では緩徐に進行し失明や歩行障害をきたす・眼症状は前部のみがほとんど・結節形成はまれ———————————————————————-Page4538あたらしい眼科Vol.27,No.4,2010(122)13歳時には頬部の紅斑と全身性の小丘疹が出現したが,投薬内容の変更直後であったことから薬剤アレルギーが疑われ,抗アレルギー薬の投与により速やかに消退したため,生検するまでには至らなかった.17歳時にはサルコイドーシス様の肉芽腫性ぶどう膜炎を認め,病変は前眼部だけでなく後眼部にも認めた.これらの経過からJIAの診断が再検討され,BS/EOSを疑い遺伝子解析を行ったことにより,BS/EOSと最終診断された.金澤らはわが国でEOSと診断された10例のNOD2遺伝子検索を行い,9例でNOD領域に変異をもつことを明らかにした.これらの症例の遺伝子変異は全部で7種見つかっており,それらをHEK(ヒト胎児腎)293細胞に導入した結果,6種において正常NOD2と比べNF(核内因子)-kBの基礎活性が上昇していたと報告している8,13).国外からも同様な報告があり14),EOSとNOD2遺伝子変異の関連はわが国に限らないことが示された.また,金澤らの報告と国外での報告をまとめた結果,EOSとBSのいずれにおいても80%前後の症例においてNOD2遺伝子変異をもつことが明らかになるとともに,BS/EOSタイプのNOD2遺伝子変異は患者以外には見つかっておらず,変異のあるものは皆発症していることから,変異の存在は病気の発症に必須かつ十分なものであるといえることがわかった13).Finkらは長期観察ができたBS/EOSの6症例を検討し,4例が失明,3例が成長障害,1例が腎不全に至っており,BS/EOSは臨床的には予後不良な疾患であると述べている5).今回の症例では長期の経過にもかかわらず,成長障害はなく関節・眼症状ともにステロイド薬と免疫抑制薬の治療により比較的良好な経過をたどっていた.しかしながら投薬量を減量するたびに炎症の再燃をきたしており,減量・中止が困難な状況であった.また,免疫抑制薬とステロイド薬を内服中にもかかわらずぶどう膜炎を発症したこと,これまでの報告からBS/EOSは重症のぶどう膜炎発作を起こした場合,視力予後が大変不良であること5)などから,12年後(19歳時)に関節変形・眼合併症の予防としてインフリキシマブ投与が開始された.インフリキシマブについては近年小児のぶどう膜炎についても良好な経過が報告されており15,16),このなかには少数ながらBS/EOSも含まれている.しかし有効性が報告されている一方で,抗TNF(腫瘍壊死因子)a薬(インフリキシマブ,エタネルセプト)を使用した30例中15例(50%)に有害事象を認め,エタネルセプト使用の2例,インフリキシマブ使用の7例(うち1例が菌血症にて死亡)で感染症が発症したとの報告もあり17),全身的な合併症に十分注意して使用していく必要があると思われる.7歳時に関節炎で発症,JIAとして治療を行っていたが,17歳時にサルコイドーシス様のぶどう膜炎症状を呈したため,遺伝子解析を行いBS/EOSと判明した1例を経験した.眼病変の出現がBS/EOSを鑑別するきっかけともなりうるため,今回の症例のように発症初期に眼病変を認めないJIA症例においても注意深い経過観察を行うとともに,本疾患を疑った場合には積極的に遺伝子解析を検討する必要があると思われた.文献1)McGovernJP,MerrittDH:Sarcoidosisinchildren.AdvPediatr8:97-135,19562)HetheringtonSV:Sarcoidosisinchildren.AmJDisChild136:13-15,19823)ClarkSK:Sarcoidosisinchildren.PediatrDermatol4:291-299,19874)金澤伸雄:若年発症サルコイドーシス.玉置邦彦総編集,最新皮膚科学大系2006-2007,p205-209,中山書店,20065)FinkCW,CimazR:Earlyonsetsarcoidosis:notabenigndisease.JRheumatol24:174-177,19976)BlauEB:Familialgranulomatousarthritis,iritisandrash.JPediatr107:689-693,19857)Miceli-RichardC,LesageS,RybojadMetal:CADR15mutationsinBlausyndrome.NatGenet29:19-20,20018)KanazawaN,OkafujiI,KambeNetal:Early-onsetsar-coidosisandCARD15mutationswithconstitutivenuclearfactor-kBactivation:commongeneticetiologywithBlausyndrome.Blood105:1195-1197,20059)岡藤郁夫,西小森隆太:若年性サルコイドーシスの臨床像と遺伝子解析.小児科48:45-51,200710)MillerJJ:Early-onset“sarcoidosis”and“familialgranu-lomatousarthritis(arteritis)”:thesamedisease.JPediatr109:387,198611)金澤伸雄:Blau症候群の分子病態.炎症と免疫16:158-163,200812)KurokawaT,KikuchiT,OhtaKetal:Ocularmanifesta-tionsinBlausyndromeassociatedwithaCARD15/Nod2mutation.Ophthalmology110:2040-2044,200313)金澤伸雄:若年発症サルコイドーシスとNOD2遺伝子変異.日小皮会誌25:47-51,200614)RoseCD,DoyleTM,Mcllvain-SimpsonGetal:Blausyn-dromemutationofCARD15/NOD2insporadicearlyonsetgranulomatousarthritis.JReumatol32:373-375,200515)ArdoinSP,KredichD,RabinovichEetal:Iniximabtotreatchronicnoninfectiousuveitisinchildren:retrospec-tivecaseserieswithlong-termfollow-up.AmJOphthal-mol144:844-849,200716)MilmanN,AndersenCB,HansenAetal:FavourableeectofTNF-ainhibitor(iniximab)onBlausyndromeinmonozygotictwinswithadenovoCARD15mutation.APMIS114:912-919,200617)deOliveiraSK,deAlmeidaRG,FonsecaARetal:Indica-tionsandadverseeventswiththeuseofanti-TNFalphaagentsinpediatricrheumatology:experienceofasinglecenter.ActaReumatolPort32:139-150,2007