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多焦点眼内レンズ:多焦点眼内レンズの全距離視力

2010年6月30日 水曜日

あたらしい眼科Vol.27,No.6,20107830910-1810/10/\100/頁/JCOPY遠見から近見までの各距離の視力を調べる器械として,全距離視力計(KOWAAS-15)がある.あくまでもシミュレーションする器械であるが,いろいろな多焦点レンズを挿入した場合の各距離の視力曲線を表すことができるので,その特徴が理解しやすい.また,一定の照度条件下で測定できるという利点もある.しかも,片眼と両眼視力の双方を測ることができるので便利である.図1は,Alconの回折型レンズであるReSTORR+4D(透明のSA60D3と着色のSN6AD3)の遠方矯正下の全距離視力を,単焦点レンズ(SA60AT)と比較した図である.このレンズの近見加入度数は4ジオプトリー(D)で,眼鏡面に換算すると約3.2Dなので,近見は0.3mの読書距離に焦点を合わせている.全距離視力曲線をみると,予想どおり0.3mにおける視力の平均が,単焦点レンズに比べて,有意に良好であることがわかる1).その他の距離では,単焦点レンズと差はなく,0.5mの中間距離における視力が悪い.そのため,コンピュータや家事など中間距離で行う作業がむずかしいことは容易に想像できる.また,透明レンズと着色レンズでは,すべての距離の視力に差がない.中間距離が見やすいように,近見加入度数を3Dと低くしたのが,ReSTORR+3D(SN6AD1)である.このレンズの加入度数は眼鏡面では2.4Dになるので,0.4.0.5mに焦点が合うようになっている.全距離視力でみると,ReSTORR+3Dは,やはり0.5mにおける視力が,ReSTORR+4Dに比べて有意に良い(図2).一方,0.3mの近見視力は,ReSTORR+4Dのほうが有意に良好である.そして遠見から0.7m程度の中間距離の視力には差がない.このように,2つのレンズは近見視力の最適距離が異なるので,これらを挿入する場合には,その患者の生活パターンによって使い分ける必要がある.たとえば,コンピュータなどの中間距離作業をする比較的若年の患者にはReSTORR+3Dが向いているし,高齢者にはかなり細かいものまで見えるReSTORR+4Dのほうが適している.あるいは,2つのレンズをそれぞれ片眼ずつに入れる選択肢もある.屈折型レンズも,最近は加入度数を軽くして,中間距離視力を改善しようという傾向である.HOYAの新しい屈折型レンズであるSFXMV1は,加入度数が2.25D(69)●連載⑥多焦点眼内レンズセミナー監修=ビッセン宮島弘子6.多焦点眼内レンズの全距離視力林研林眼科病院遠見から近見の視力をシミュレーションして調べる器械として,全距離視力計(KOWAAS-15)がある.この器械を用いると,多焦点レンズ挿入眼の各距離の視力曲線が描ける.そのため,さまざまな多焦点レンズの特徴が理解しやすい.また,それぞれの患者がどのように見えているかもわかるので,臨床でも便利な器械である.距離(m)0.31.2510.80.60.40.200.50.71.02.03.05.0∞小数視力*有意差あり†有意差なしp<0.0001*p=0.1518†p=0.1244†p=0.3422†p=0.6394†p=0.8504†p=0.1559†p=0.0646†:透明レンズ(SA60D3):着色レンズ(SN60D3):単焦点レンズ(SA60AT)図1回折型多焦点レンズ(AlconReSTORR+4D)と単焦点レンズの遠方矯正下の全距離視力の比較ReSTORR+4D挿入眼の近見視力は,単焦点レンズに比べて有意に良好である.784あたらしい眼科Vol.27,No.6,2010であり,眼鏡面に換算すると1.8Dである.理論上0.56mに焦点を合わせており,完全に中間距離用のレンズと考えられる.実際に,このレンズの全距離視力をみると,多焦点レンズ特有の遠・近の二峰性の視力曲線をとらず,遠見からなだらかに近見へと視力が低下する(図3)2).0.3mの近見視力の平均は0.4程度であり,新聞の字がようやく見えるぐらいである.ただし,0.5.1.0mにかけての中間距離の視力は良好で,中間距離作業に適している.単焦点レンズと比べると,近見から中間距離の視力を改善したような感じであり,通常の多焦点レンズとはかなり異なったものであることがわかる.多焦点レンズというより,中間から近見を改善した付加価値レンズとみなしたほうがよいかもしれない.ただし,コントラスト感度の低下も軽いので,広く誰にでも使いやす(70)いレンズではないかという印象である.このように,全距離視力計で視力曲線を調べると,そのレンズの特徴が一見してわかりやすい.全距離視力計は現在市販されていないが,今後多焦点レンズが普及すれば,有用な検査器械と思われる.文献1)HayashiK,MasumotoM,HayashiH:All-distancevisualacuityineyeswithanontintedorayellow-tinteddiffractivemultifocalintraocularlens.JpnJOphthalmol53:100-106,20092)HayashiK,YoshidaM,HayashiH:All-distancevisualacuityandcontrastvisualacuityineyeswitharefractivemultifocalintraocularlenswithminimaladdedpower.Ophthalmology116:401-408,2009☆☆☆図2ReSTORR+4DとReSTORR+3Dの遠方矯正下の全距離視力の比較ReSTORR+3Dは,0.5mにおける視力が,ReSTORR+4Dに比べて有意に良いが,0.3mの近見視力は,ReSTORR+4Dのほうが有意に良好である.距離(m)0.31.21.00.80.60.40.200.50.71.02.03.05.0∞小数視力*有意差ありp<0.0004*p<0.0001*p=0.1939p=0.4785p=0.4859p=0.3328p=0.6282p=0.2487:ReSTORR3DIOL(SN6AD1):ReSTORR4DIOL(SA60D3andSN60D3)図3加入度数の低い屈折型多焦点レンズ(HOYASFXMV1)と単焦点レンズの遠方矯正下の全距離視力の比較HOYASFXMV1挿入眼の全距離視力は,多焦点レンズ特有の遠・近の二峰性の視力曲線をとらず,遠見からなだらかに近見へと視力が低下する.0.3mの近見と0.5mの中間距離視力は,SFXMV1のほうが,単焦点レンズに比べて有意に良好である.距離(m)0.31.21.11.00.80.70.90.60.50.40.30.20.100.50.71.02.03.05.0小数視力*有意差あり†有意差なしp<0.0001*p=0.0015*p=0.7799†p=0.1661†p=0.1848†p=0.3242†p=0.3559†p=0.8419†:多焦点レンズ(SFXMV1-C,SFXMV1-Y):単焦点(VA60BBR,YA60BBR)

眼内レンズ:スパイラルカット法による眼内レンズ摘出法

2010年6月30日 水曜日

あたらしい眼科Vol.27,No.6,20107810910-1810/10/\100/頁/JCOPY眼内レンズ(IOL)挿入の切開創は年々縮小の傾向にあり,乱視を極力惹起しないような白内障手術が浸透しつつある.一方,小切開からの挿入に伴いIOLが破損したまま挿入されてしまう場合や,破.時やCCC(continuouscurvilinearcapsulorrhexis)が不完全な症例にIOLが挿入され,後に著しく偏位したり硝子体内に落下しかける症例などではIOLの摘出・交換が余儀なくされることがある.このようなIOLの摘出や交換時に現在行われている標準的な摘出法は,1)IOLを前房内で折り曲げる方法,2)IOLを半分に切断し摘出する方法,3)中央まで切断が済んだらIOLを回転させ90°離れた位置で同様にIOLを中央まで切断し,扇型の断片と残りの3/4片を回転させながら摘出する方法,などであるが,これらの方法では摘出に必要な創口は3mm強となり,現在広く普及している2.4mmの創口からは摘出不能である1).本稿で紹介する方法は,IOLをらせん状に連続的に切(67)断する方法で,2.4mmから摘出可能である.今回この切断法を「スパイラルカット法」と名づけた.IOL摘出のための切断手技は以下のとおりである.1).内に固定されているIOLに対しては,粘弾性物質を用いて完全に.外に脱臼させる.すでに.外にあるIOLに対しては,粘弾性物質内で前房内に浮かせた状態にする.2)ハプティクスが両側とも残っているIOLでは片方のハプティクスを創口から眼外に引き出し,光学部との接合部で切り落とす(図1).3)つぎに前房内でIOLを180°回転させ,反対側のハプティクスを同じように創口から引き出し,鑷子で軽く引っ張りながらVannas剪刀,前.剪刀など先端の細い剪刀で創口よりわずかに内側でIOLの光学部を外周に沿うようにらせん状に切断する(図2,3).ここで使用する剪刀は先端が細く弯曲しているものが推奨される.4)最初に把持したハプティクスを徐々に斜め右手前郡司久人東京慈恵会医科大学眼科眼内レンズセミナー監修/大鹿哲郎286.スパイラルカット法による眼内レンズ摘出法現在,白内障手術で最も使用されているフォーダブル眼内レンズ(IOL)は2.4mm前後の切開創から挿入されるが,やむを得ない理由で摘出する際には4mm近い切開から摘出されている.スパイラルカット法は光学径6mm以上のIOLでも2.4mm切開から無理なく摘出できる小切開手術に有用なテクニックである.図1スパイラルカット法のイメージ(1).内から前房内にIOLを導き,IOLの片方のハプティクスを光学部ぎりぎりで切断する.図2スパイラルカット法のイメージ(2)反対側のハプティクスを眼外より引き出しながらIOLを外周に沿ったらせん状に連続的に切断する.方向に引き出しながら,眼内でハサミを左奥方向に向け,光学部を少しずつらせん状に切断するとIOLは蚊取線香のような渦巻き形状となって最終的に眼外に摘出される(図4).本法で最も多い失敗は,切断中のひも状になったIOL片が光学部から分離してしまうことである.これを避けるためのコツは極端に細い幅での切断を避けることと,眼外からIOLを引き出す際に強く引き過ぎないことである.ゆっくりとIOLを眼内で回転させ,切断の際にハサミをこまめに動かし切断を進めると,IOLは蚊取線香状に一塊となって眼外に摘出される.本法は,従来の方法に比べ切断ストロークが小さく,創口の近くでの作業になるため手技そのものは単純である.外周かららせん状に切断するため中心部の切断を避けることになり,従来の切断法に比してレンズの挙動は安定する.さらに切断の幅を調整することで2.4mm以下の創からの摘出も可能であり,しかも連続的に摘出することで破.例でも切断中のIOLの破片の落下の心配をせずに摘出が可能であるという点でも優れた方法であると思われる.本法は現在国内で販売されているすべてのアクリル製IOLに応用可能であるが,3ピース構造をもつIOLでは多少の工夫が必要である.文献1)黒坂大二郎:IOL交換.術中,術直後,数年後.眼科インストラクションコースNo.18眼科診療のスキルアップ,白内障・小児・ぶどう膜炎編,p63-68,メジカルビュー社,2009図3IOL摘出法の実例(1)実際の症例でIOLを引き出しながららせん状に切断している.切断には先端の曲がった前.剪刀を使用.図4IOL摘出法の実例(2)中心部まで切断を続けるとIOLは2.4mmの創口から一塊になって摘出され,切断されたIOLはらせん状の形状となる.

コンタクトレンズ:私のコンタクトレンズ選択法 ボシュロム・ジャパン株式会社 ボシュロム メダリスト プレミア<乱視用>

2010年6月30日 水曜日

あたらしい眼科Vol.27,No.6,20107790910-1810/10/\100/頁/JCOPYコンタクトレンズ装用による酸素不足を改善するため,製造メーカーは酸素透過係数(Dk)の高い素材を研究,開発してきた.従来素材のソフトコンタクトレンズ(SCL)に比べてシリコーンを含有したシリコーンハイドロゲルコンタクトレンズ(SHCL)のDk値は飛躍的に向上したことで,眼に対する安全性の面から,多くの眼科医がSHCLを処方するようになった.通常の球面SHCLの装用では乱視のために良好な矯正視力が得られていない場合があったが,トーリックSHCLが提供されて,多くの乱視の患者がその恩恵を受けるようになった.ボシュロムメダリストプレミア<乱視用>の製品概要を表1に示す1).本レンズは終日装用を目的とした2週間頻回交換タイプである.本レンズの素材はbalafilconAであるが,SHCLのなかではやや硬めである(図1).軟らかい従来素材のSCLを装用している者が本レンズを使用すると違和感を訴えることがあり,装用に慣れを必要とする場合がある.一方,軟らかいSCLやSHCLの装用者ではレンズに破損や傷,変形があったり,レンズ下に小さな異物が迷入していてもそれらに気づかない場合や,角膜障害を生じていてもそれを自覚しない場合がある.本レンズのようにやや硬めのSHCLではこうした所見に気づくことが多くなると考える.レンズの装着や装脱などのハンドリングはよく,こすり洗いをしやすい,レンズが破損しにくいというメリットもある.シリコーンは疎水性(親油性)であるため,SHCLは脂質が付着しやすい.本レンズはプラズマ加工を施しているため,脂質を含めた汚れが付着しにくいだけでなく,レンズ表面の水濡れ性がよいという特徴をもつ.化粧品などの脂質がレンズに付着しやすい患者や,乾燥感を訴える患者に本レンズを試してみるとよい.従来素材のSCLには蛋白質の付着が問題であったが,SHCLは蛋白質がほとんど付着しない3).軽度のアレルギー性結(65)膜炎の患者では,SHCLを選択してもよいと考える.本レンズのトーリック面は後面にあり,回転を制御する方法としてレンズ下方にプリズムを加えたプリズムバラストを採用している.従来素材のトーリックSCLとして高い評価を得ているボシュロムメダリスト66トーリックと同じデザインである1)(図2).本レンズの円柱軸の安定はよく,乱視の矯正効果が高いと考える.本レンズの適応として,特によいと考えられる患者を以下に植田喜一ウエダ眼科コンタクトレンズセミナー監修/小玉裕司渡邉潔糸井素純私のコンタクトレンズ選択法312.ボシュロム・ジャパン株式会社ボシュロムメダリストプレミア<乱視用>表1ボシュロムメダリストプレミア<乱視用>の製品概要材質balafilconA含水率36%酸素透過係数(Dk値)91*酸素透過率(Dk/l値)91**(.3.00Dの場合)中心厚0.10mm(.3.00Dの場合)ベースカーブ8.7mm直径14.0mm球面度数±0.00~.5.00D(0.25Dステップ).5.50~.9.00D(0.50Dステップ)円柱度数.0.75D,.1.25D,.1.75D,.2.25D円柱軸180°/10°/20°,170°/160°,90°/80°/100°レンズカラークリア*:×10-11(cm2/sec)・(mlO2/ml・mmHg)測定条件35℃.**:×10-9(cm・mlO2/sec・ml・mmHg)測定条件35℃.O2オプティクスエアオプティクスTMメダリストプレミア2ウィークプレミオ1.4*(含水率24%)1.2*(含水率33%)1.1*(含水率36%)1.06**(含水率40%)0.6*(含水率38%)0.4*(含水率47%)アキュビュー.オアシスTMアキュビュー.アドバンスTM*EricpapaPhD,McOptom,DCLP,ElasticModulusandSiliconehydrogelContactLensFitting,www.siliconehydrogels.org,Editorial.**What’sNewinTechnologiesContactLens,S.BarryEiden,OD,FAAO.00.511.5(MPa)図1SHCLの硬度(Modulus)780あたらしい眼科Vol.27,No.6,2010(00)示す.1.円柱レンズによる全乱視の矯正を必要とする眼で,はじめてSHCLの装用を希望する者2.矯正を必要とする乱視があるにもかかわらず,球面SCLあるいは球面SHCLを装用している者3.ハードコンタクトレンズ(HCL)からSHCLへ変更を希望する者4.従来素材のトーリックSCL装用者で,角膜内皮細胞形態異常,角膜新生血管,pigmentedsideなどの酸素不足による所見を認める者5.軽度のドライアイやアレルギー性結膜炎のある者6.長時間装用する者や長期間装用する者HCLから球面SCLあるいは球面SHCLに変更した直後では,これらのレンズで良好な視力が得られても,しだいに角膜形状の変化により見え方が変化することがある4).こうした場合にはトーリックSCLあるいはトーリックSHCLによる対応が求められる(図3).販売名:ボシュロムメダリストプレミア医療機器承認番号:22000BZX00896000文献1)村岡卓:「ボシュロムメダリストRプレミア」の紹介.日コレ誌51:72-78,20092).元卓,野入輝美,宮本裕子ほか:シリコーンハイドロゲルソフトコンタクトレンズ(RD-677)長期連続装用の臨床報告.日コレ誌47:6-21,20053)植田喜一,中道綾子,稲垣恭子:シリコーンハイドロゲルレンズの臨床における汚れの定量分析.日コレ誌,2010,印刷中4)植田喜一:コンタクトレンズによる屈折矯正の基本.あたらしい眼科27:723-735,2010度数や軸の違いによる左右のレンズ厚や形状を均一にし,どのレンズでもプリズムバラスト効果を最大限かつ安定的に発揮,レンズの回転を防止する.レンズ周辺部(特に下方部)を可能な限り薄く調整.下眼瞼との接触をスムーズにし,軸の安定とともに快適な装用感をもたらす.360°コンフォートチャンファーリファインドオプティカルゾーンHCL→SCL変更時変更後2週間〔症例〕初診:他眼科で処方された球面HCLを2年間装用SCLを希望VD=(1.2×SCL)VS=(1.2×SCL)2週間後:両眼かすみ,像のにじみVD=(0.8×SCL)VS=(0.8×SCL)トーリックSCLVD=(1.2×トーリックSCL)VS=(1.2×トーリックSCL)図3球面ハードコンタクトレンズ(HCL)から球面SCLへの変更例図2ボシュロムメダリストプレミア<乱視用>のデザイン〔提供:ボシュロム・ジャパン㈱〕

植田 喜一

写真:角膜移植後MRSA感染

2010年6月30日 水曜日

あたらしい眼科Vol.27,No.6,20107770910-1810/10/\100/頁/JCOPY(63)写真セミナー監修/島﨑潤横井則彦313.角膜移植後MRSA感染清水一弘大阪医科大学眼科図1角膜潰瘍(68歳,男性)ドナー角膜全体に及ぶ角膜膿瘍がみられる.角膜周辺からは血管侵入が生じている.角膜掻爬後の鏡検にてMRSA(methicillin-resistantStaphylococcusaureus)を検出した.図3図1症例の初発時の前眼部写真ドナー角膜の10時および2時方向にフルオレセインに染色された病巣がみられる.図4図1症例の4日前の前眼部写真病巣が中央にも及び始め角膜浸潤となっている.ニューキノロンなどの抗菌薬や抗真菌薬にも反応せず悪化傾向にある.①②③④図2図1のシェーマ①:ドナー角膜,②:角膜膿瘍,③:血管浸入,④:縫合糸.778あたらしい眼科Vol.27,No.6,2010(00)全層角膜移植後の感染症の発症は白内障術後感染に比較して高率で,起因菌としてMRSA(methicillin-resistantStaphylococcusaureus)と真菌感染が重要である1).その背景として長期にわたりニューキノロンやステロイド点眼が継続投与されていること,縫合糸の存在に起因することがあげられる.症例は68歳の男性.両眼に原田病の既往があり,白内障手術や複数回の緑内障手術後の角膜内皮障害によって右眼は水疱性角膜症となった.2000年に全層角膜移植術を施行.以後拒絶反応予防のためステロイド点眼が継続され経過良好で(0.8)の視力が得られていた.2009年9月,ドナー角膜の2カ所にフルオレセインに染色される角膜炎が生じた(図3).病巣掻爬し鏡検・培養を行った.ガチフロキサシンの頻回点眼および抗真菌薬の全身投与を行ったが,2日後には角膜中央部にも混濁が生じ(図4),さらに3日後には角膜膿瘍となった(図1).病巣よりMRSAを検出したため入院にてクロラムフェニコール点眼,バンコマイシンの局所および全身投与を行い鎮静化がみられたが,瘢痕を生じ視力回復は得られなかった.角膜移植後の感染の背景として拒絶反応抑制のためのステロイド点眼の長期使用が原因の一つとされており,本症例も同様の機序で発症したものと考えられる.起因菌としてはグラム陽性球菌が多く真菌感染もあるといわれている1,2).全層角膜移植後に特有な感染として縫合糸感染がある.多数の縫合が長期存在し,特に縫合糸が緩むことによって眼脂や異物・微生物の付着が感染の原因となることがある.また,Stevens-Johnson症候群や眼類天疱瘡などの角膜上皮幹細胞疲弊症では,免疫機能の異常や高齢者が多いことからMRSA感染症が発症しやすいとされている3).その他,糖尿病やアトピー性皮膚炎などの全身疾患,コンタクトレンズ装用による局所易感染状態,長期入院などの環境が危険因子とされている4).治療としては,クロラムフェニコール点眼液を第一選択とする.つぎに薬剤感受性の結果を踏まえて感受性があれば投与を試みる4).改善が得られなければアルベカシン点眼やバンコマイシン点眼または眼軟膏の自家調整を行う5).最近日東メディック社よりバンコマイシン眼軟膏1%が発売されたことは朗報だが,適応はMRSA結膜炎や眼瞼炎などに限定されている.文献1)井上幸次:角膜外科のエッセンスIV.角膜外科の術後合併症とその対策5.角膜移植後の感染症.眼科プラクティス13,p206-210,文光堂,20072)井上幸次:感染性角膜炎診療ガイドライン感染症角膜炎の診断.日眼会誌111:774-809,20073)小泉範子:角膜外科のエッセンスIV.角膜外科の術後合併症とその対策6.角膜輪部移植後の上皮欠損.眼科プラクティス13,p211-215,文光堂,20074)星最智:眼感染症の謎を解くII.眼感染症事典3.強角膜炎7)黄色ブドウ球菌角膜炎(MRSAを含む).眼科プラクティス28,p122-124,文光堂,20095)外園千恵:MRSA,MRCNSによる眼感染症.日本の眼科77:1413.1414,2006

有水晶体眼内レンズ(Phakic IOL)の将来ビジョン

2010年6月30日 水曜日

0910-1810/10/\100/頁/JCOPYどのように考えているのか,日本眼内レンズ屈折手術学会が毎年行う会員へのアンケート調査結果から推察できる1).この調査に回答している眼科医は,日本眼内レンズ屈折手術学会の会員であることから屈折矯正手術への関心が高いグループといえ,日本全体の眼科医の関心度は,さらに低くなるであろう.アンケート調査のなかからphakicIOLとLASIKに関する部分を抜粋し,状況が一目でわかるようグラフにまとめた(図1.3).2010年に,後房型phakicIOLの一つであるVisianICLTMが厚生労働省の承認を得た.PhakicIOLが急速に普及することはないと予想されるが,臨床治験を終了し,その結果から承認を受けたという事実は,わが国で使用するにあたり問題ないと判断されたと認識すべきである.治験症例のみでなく,医師個人による輸入によって海外で使用可能なphakicIOLが使用されているが,承認を受けたVisianICLTMを積極的に導入し,臨床成績を数多く報告しているグループもある2.5).このレンズで乱視矯正が可能なトーリック機能をもったものが臨床使用されており,良好な結果が得られている.近い将来,このタイプも承認を受けると,さらに適応が広がるであろう.PhakicIOLは,後房型のみでなく,前房型の臨床治験が開始されており,今後,phakicIOLの種類が増えることでも適応範囲が広がり,現在よりも眼科医の関心が高まるであろう.はじめに2010年に,わが国で有水晶体眼内レンズ(phakicintraocularlens:phakicIOL)のなかでも後房型であるVisianICLTM(implantablecollamerlens:STAARSurgical社)が承認を受け,今後,屈折矯正手術の適応範囲が広がることが期待される.屈折矯正手術を施行している眼科施設は限られるが,エキシマレーザーによるlaserinsitukeratomileusis(LASIK)の症例が増えれば増えるほど,phakicIOLの必要性が認識される.また,LASIKはエキシマレーザーそのものが高価な装置で,維持費もかかるため,眼科施設への普及が妨げられていたともいえる.PhakicIOLは,白内障手術設備で導入できるので,非常に魅力的な屈折矯正方法である.しかし,世界的な不況の影響で各国のLASIK件数が減っており,わが国においても同様の現象が起こっているなかで,phakicIOLの将来はどうなっていくのだろうか?まず,眼科医に受け入れられるのか?実際の臨床成績は良好なのか?適応が広がり,LASIK症例の一部がphakicIOLの適応になるのだろうか?本稿では,現在得られている臨床成績から,phakicIOLは今後,どのように受け入れられていきそうなのかという将来ビジョンについて述べる.Iわが国における受け入れ状況PhakicIOLが,わが国でそれほど普及していないのは想像がつくが,実際に眼科医がphakicIOLについて(57)771*HirokoBissen-Miyajima:東京歯科大学水道橋病院眼科〔別刷請求先〕ビッセン宮島弘子:〒101-0061東京都千代田区三崎町2-9-18東京歯科大学水道橋病院眼科特集●屈折矯正における基本あたらしい眼科27(6):771.776,2010有水晶体眼内レンズ(PhakicIOL)の将来ビジョンVisionofPhakicIntraocularLens(PhakicIOL)ビッセン宮島弘子*772あたらしい眼科Vol.27,No.6,2010(58)II出揃ったphakicIOL今までヨーロッパを中心に,いろいろなphakicIOLが開発され臨床使用されてきた.大きく分けて前房型と後房型になり,前房型のなかに隅角支持型と虹彩把持型がある(図4).白内障におけるIOLは後房型が理想的で,挿入例のほぼ100%が後房型といってもよいであろう.今のところ,理想的なphakicIOLの挿入場所については,後房型と前房型でそれぞれ一長一短があり,術者および症例によって使用するタイプが異なっている.現在,海外でおもに使用されているphakicIOLを表1に示す.これらは,今まで数多く開発されてきたIOLのなかで,良好かつ安定した臨床成績が確認され残ったものといってもよいであろう.開発当初に使われたものから材質や形状に改良が重ねられ,さらに安定した結果が得られるものになっており,近い将来,まったく異なった概念のphakicIOLが登場する確率は低いと思われる.ここでは,将来ビジョンということだが,それぞれのphakicIOLについて,挿入後の視力は非常に良好で詳細は多くの論文に報告されているので,レンズそのものの特徴を中心に述べる.1.前房型隅角支持型は,ポリメチルメタクリレート(PMMA)素材のNu-Vita,アクリル素材のI-CAREがヨーロッパを中心に使用されていたが,角膜内皮障害などの合併症から,現在は製造中止で使用されていない.このように白内障手術における前房型レンズと同じような問題を816928420406080100(%)PhakicIOLLASIK■:行っていない■:行っている0図1PhakicIOLおよびLASIKを行っている割合PhakicIOLを行っているのは8%のみ.しかし,LASIKを施行している施設の半数が導入している.〔佐藤正樹ほか:2008年日本眼内レンズ屈折手術学会会員アンケート.IOL&RS23:578-601,2009より抜粋〕3655020406080100(%)PhakicIOLLASIK図2今後有用と思う手技LASIKに比べて有用と思う率は低い.〔佐藤正樹ほか:2008年日本眼内レンズ屈折手術学会会員アンケート.IOL&RS23:578-601,2009より抜粋〕71954020406080100(%)PhakicIOLLASIK受けない図3自分で近視矯正手術を受けるとした場合の手技PhakicIOLが7%と評価は高くない.〔佐藤正樹ほか:2008年日本眼内レンズ屈折手術学会会員アンケート.IOL&RS23:578-601,2009より抜粋〕…………………………….PhakicIOL……….図4PhakicIOLの挿入位置挿入位置によって,前房型と後房型に分類される.(59)あたらしい眼科Vol.27,No.6,2010773から,手術中に乱視軸を合わせるトーリックレンズとして現在のデザインは向かない.この点について,何らかの改良が進めば,さらに有用なレンズとなるであろう.2.虹彩把持型このタイプが最も長期の経過観察がなされている7,8).前房型の隅角支持型より角膜内皮への距離があり,後房型より水晶体への距離がある点から,挿入位置としては起こしたphakicIOLだが,アルコン社のアクリソフR隅角支持レンズはヨーロッパ多施設における良好な臨床成績が報告され6),EU加盟国の基準を満たすCE(CommunauteEuropeenne)マークを獲得している.米国およびわが国において臨床治験中で,申請が承認されれば,ICLTMに続いて使用可能なphakicIOLとなる.素材は非常に薄いアクリルで,分類からは隅角支持型であるが,実際に隅角に接触する部分の面積は小さく,かつ軟らかいアクリル素材で,今までのレンズとは異なる良好な結果が期待されている(図5).すでにヨーロッパにおける190眼の臨床試験において,以前の前房型レンズで問題になった支持部と隅角近くの虹彩癒着,瞳孔変形はなく,角膜内皮細胞減少率が1年で4.77%という結果が報告されている.また,phakicIOLそのものがどんなに優れていても,挿入法が困難であると角膜内皮や水晶体に接して,角膜内皮細胞の著明な減少や白内障を生じる危険性がある.白内障手術で数多く使用されているアクリソフRレンズのカートリッジとインジェクターの技術が応用され,挿入法の完成度は高い.このタイプの将来性については,挿入方法,臨床成績から期待度が高い.問題点は,レンズ挿入後,最も安定する位置まで回転(リロケーション)する例があること表1おもに使用されているphakicIOLタイプ支持部IOL名製造材質レンズ形状挿入後写真前房隅角AcrySofRAC-PIOLアルコンアクリル虹彩ArtisanArtiflexOphtecBVPMMAシリコーン後房毛様溝VisianICLTMSTAARSurgicalHydrogel-collagenpolymer図5前房型phakicIOL挿入後PhakicIOLが前房内に挿入されている.レンズの位置は良好である.774あたらしい眼科Vol.27,No.6,2010(60)トロールに熟練を要する.虹彩を把持する位置が予定の場所からずれると,レンズ中心がずれてグレア,ハローなどの視機能に問題が出やすくなる.また,虹彩を把持する際,フックなどで直接虹彩に接触してかつクリップ部分に虹彩の一部をはめ込む操作をするので,虹彩色素脱落やそれに伴う隅角,レンズ表面の色素沈着の問題がある.他の2種類に比べ,挿入操作への画期的な改良が望まれるレンズである.3.後房型VisianICLTMが代表的なphakicIOLで,欧米に続いてわが国でも承認を受けている.このレンズは虹彩と水晶体の間という限られたスペースに挿入され,レンズのサイズ決めが良好な結果を得るための重要な要素とされている(図7).今までは角膜輪部間,whitetowhiteを測定しサイズを決定していたが,前眼部解析装置が開発され毛様溝間をいろいろな角度で測定可能である.レンズが大きすぎると,レンズが前方突出しやすく,虹彩を後ろから押す形になり,狭隅角となる.逆に小さすぎると眼内で回転しやすい.また,水晶体への距離が近くなり白内障併発の危険性が増すことにもなる.角膜内皮からレンズまで十分な距離があり,角膜内皮細胞への影響が前房型phakicIOLより少なく,外見的に前房型で起こりうるレンズ表面の反射がない点が優れている.挿入理想的である.しかし,固定方法がphakicIOL支持部にあるクリップのようなもので虹彩を挟むため(図6),操作に熟練を要するのと,挿入後の虹彩への慢性的な刺激による眼内炎症,それに伴う角膜内皮への影響が危惧されている9,10).近年,シリコーン製で折り畳んで挿入可能なものが登場し,以前のPMMA製より小さい切開から挿入可能になった.虹彩を把持しているため,眼内でレンズが回転することがなく,乱視矯正が可能なトーリックタイプに適したレンズともいえる.このレンズの将来について,まず,挿入法の開発が望まれる.虹彩を把持する操作,把持する量と位置のコン図7VisianICLTM挿入後散瞳すると,レンズが水晶体と虹彩の間にあり,かつ水晶体から離れた位置に挿入されているのが観察できる.図6虹彩把持型phakicIOL挿入後支持部の虹彩を把持する部分.把持する虹彩の量と位置が重要.支持部の把持部分に虹彩脱色素が観察される.図8VisianICLTM挿入後の白内障ICL挿入時,挿入後1年は水晶体混濁なし.2年後から前.下混濁を認めた.(61)あたらしい眼科Vol.27,No.6,2010775近年の波面収差解析を用いたwavefront-guidedLASIKにより,術後の収差を軽減できることで,良好な視機能が得られるようになった.しかし,近視度数が増すにつれ,切除する角膜の量は増えるので,phakicIOLのほうが視機能の面で有利な結果をもたらす11).実際に同じ程度の強度近視2例(表2)に,1例はwavefront-guidedLASIK,もう1例はphakicIOLを挿入し,両者とも術後裸眼視力が1.5まで改善しているが,網膜シミュレーション画像でみると,同じ視力であっても視力の質が異なることがわかる.実際の見え方はシミュレーション画像より良好と思われるが,視力検査における答え方および自覚的な見え方をきくと,phakicIOL挿入後が非常に良いことを実感する.LASIKは術後長期の屈折において,リグレッションといわれる屈折の戻りがあり,強度近視例や遠視例に多い.PhakicIOL挿入例では,術後屈折が非常に安定し方法も専用のカートリッジ,インジェクターがあり,眼内にスムーズに挿入できる.このタイプの将来性について,小切開から挿入可能で,かつトーリックタイプがあり,レンズ機能として完成度が高い.問題は,以前のモデルに比べて白内障の発症が非常に減ったというものの,特徴的な前.下混濁を起こす例がある(図8).白内障発症が限りなくゼロに近づくことが望まれる.サイズ決定について,さらに簡便かつ確実な方法により,レンズ交換を必要とする例がなくなることが望まれる.III今後の発展PhakicIOLの適応は,屈折矯正手術のなかでエキシマレーザーを用いたPRK(photorefractivekeratectomy)やLASIKが適応にならない例という考えが一般的である.したがって強度近視および遠視,角膜疾患合併例が適応とされていた.近視の度数に関しては,.10D以上とされていたが,近年,さらに度数の低い.6D以上というのが標準になりつつある(図9).PhakicIOL挿入経験の多い術者のなかには,phakicIOLの適応がさらに低い度数の近視例に広がり,最終的にLASIKと症例数が逆転するだろうと予想している人もいる.その理由は,phakicIOLの完成度が高くなり,挿入方法が改良されたこと,角膜を温存することによる良好な視機能であろう.LASIKは角膜形状を変えることで屈折矯正を行う.表2Wavefront.guidedLASIKとphakicIOLの比較症例21歳,女性27歳,女性術前視力(1.2×.10.0D(cyl.2.75DAx7°)(1.2×.10.0D(cyl.1.0DAx5°)屈折矯正手術Wavefront-guidedLASIKPhakicIOL術後視力1.5(矯正不能)1.5(矯正不能)網膜シミュレーション画像術後,同じ裸眼視力1.5でも,網膜シミュレーション画像から見え方の違いが予想できる.図9PhakicIOLの適応-1.0D-10.0D-20.0DPRKPhakicIOLLASIK+1.0DPRKPhakicIOLLASIK+6.0D近視遠視776あたらしい眼科Vol.27,No.6,2010(62)よる眼科治療,さらに屈折矯正も同時にする画期的な治療法になる可能性は誰も否定できないであろう.眼科技術が進歩し,新しい話題が少ないと言われているなか,phakicIOLはいろいろな可能性をもつ魅力的な手術として発展していくことが期待される.文献1)佐藤正樹,大鹿哲郎:2008年日本眼内レンズ屈折手術学会会員アンケート.IOL&RS23:578-601,20092)神谷和孝,清水公也,川守田拓志ほか:眼鏡,laserinsitukeratomileusis,有水晶体眼内レンズが空間周波数特性および網膜像倍率に及ぼす影響.日眼会誌112:519-524,20083)KamiyaK,ShimizuK,IgarashiAetal:Four-yearfollowupofposteirorchamberphakicintraocularlensimplantationformoderatetohighmyopia.ArchOphthalmol127:845-850,20094)KamiyaK,ShimizuK,AndoWetal:Phakictoricimplantablecollamerlensimplantationforthecorrectionofhighmyopicastigmatismineyeswithkeratoconus.JRefractSurg24:840-842,20085)神谷和孝:有水晶体眼内レンズ(phakicIOL)による屈折矯正.あたらしい眼科27:459-464,20106)KohnenT,KnorzMC,CochenerBetal:AcrySofphakicangle-supportedintraocularlensforthecorrectionofmoderate-to-highmyopia:One-yearresultsofamulticentereuropeanstudy.Ophthalmology116:1314-1321,20097)LandeszM,WorstJG,vanRijG:Long-termresultsofcorrectionofhighmyopiawithanirisclawphakicintraoularlens.JRefractSurg16:310-316,20008)SaxenaR,BoekhoornSS,MulderPGetal:Long-termfollow-upofendothelialcellchangeafterArtisanphakicintraocularlensimplantation.Ophthalmology115:608-613,20089)Perez-SantonjaJJ,IradierMT,MenitesdelCastilloJMetal:Chronicsubclinicalinflammationinphakiceyeswithintraocularlensestocorrectmyopia.JCataractRefractSurg22:183-187,199610)AlioJL,delaHozF,IsmalMM:Sublclinicalinflammatoryreactioninducedbyphakicanteriorchamberlensesforthecorrectionofhighmyopia.OcularImmunolandInflam1:219-223,199311)IgarashiA,KamiyaK,ShimizuKetal:Visualperformanceafterimplantablecollamerlensimplantationandwavefront-guidedlaserinsitukeratomieusisforhighmyopia.AmJOphthalmol148:164-170,200912)AlfonsoJF,PalaciosA,Montes-MicoR:MyopicphakicSTAARcollamerposteriorchamberintraocularlensesforkeratoconus.JRefractSurg24:867-874,200813)中村友昭:特殊例へのphakicIOLの応用.IOL&RS22:312-316,2008ている利点がある.一方,phakicIOLは内眼手術であるため,白内障同様,起こりうる合併症は避けられない.特に視力予後に影響する眼内炎は100%予防することは不可能である.また,多くのphakicIOLでは眼圧上昇を防ぐために,前房深度が十分ある症例でも予防的な虹彩切開が行われる.アルゴンレーザーによる周辺虹彩切開術後の角膜内皮障害が注目されるなか,phakicIOL挿入例における,これら一連の操作による侵襲は無視できない.最後に,phakicIOLのなかで前房型と後房型があり,どちらに将来性があるかということが議論されている.術後合併症が危惧されるタイプは,すでに製造中止となり,今後は,ここで論じた3つのphakicIOLが中心になるであろう.前房と後房といった異なる部位への挿入で,どちらか1つに統括されるというより,両者の適応がさらに明らかになってくると思われる.1つの例が,近年注目されている円錐角膜例へのphakicIOL挿入である.後房型で角膜から距離があり,レンズ回転が少なくトーリック機能が活用できるICLTMが挿入され,良好な結果が得られている12,13).特殊例ではあるが,このように,症例によってレンズの選択が異なる可能性があり,術者が各レンズの特性を理解して選択していくことになるだろう.おわりにPhakicIOLは,屈折矯正手術に欠かせない手技である.将来ビジョンとして,わが国においては,ゆっくり慎重に導入されていくであろう.ただし,1例でも重篤な合併症が報告されると,多くの眼科医がphakicIOLに否定的なイメージをもち,適応,適応外にかかわらず挿入を断念することが予想される.欧米主導の屈折矯正手術について,そのままわが国に取り入れる必要はないが,間違いなく将来の眼科手術において重要なポジションを占めるであろう.この技術が,単なる屈折矯正のみでなく,他の眼疾患の治療法になる可能性は否定できない.すでに白内障手術症例における球面度数や乱視矯正として,phakicIOLが偽水晶体眼(pseudophakia)に挿入されているが,前房,後房にレンズを挿入することに

眼精疲労に対する対処法

2010年6月30日 水曜日

0910-1810/10/\100/頁/JCOPYむ,涙が出る,まぶしい,眼が乾く,充血する,頭が重い,肩がこるなどを示す1).眼精疲労で起きる症状を部位別に検討すると,眼痛,頭痛,鼻根部の圧迫感などの症状は,主として毛様体筋を持続的に長期間緊張させることによる毛様痛(三叉神経第1枝に由来する)に起因し,その放散痛として前頭神経の分布する前頭部痛,鼻根部の圧迫感が生じると考えられている.眼が乾く症状は眼表面に起因し,そのほか中枢神経系の疲労も眼精疲労に関係すると考えられる(図1).眼精疲労を要因別に検討すると,環境要因(不適切な照明,換気など),眼科的要因(屈折異常,斜位,調節・輻湊の異常など),全身的要因(睡眠不足など)に分けられる.外的な視覚負荷が同じでも,環境要因や眼の要因が悪いと,疲労を起こす内的な視覚負荷は大きくなり,急速が十分とれないと眼疲労が蓄積し,回復しにくい眼精疲労が生じると考えられる.個人により,疲労への耐性は異なる2)(図2).II眼精疲労の評価視覚的な負荷の視機能に対する影響としては,中心フリッカー値の低下3),調節反応量の減少4),調節ラグの増加5),調節のゆらぎの高周波成分の増加3),瞳孔径の減少4),輻湊パターンの変化6)などが報告されている.しかしながら,眼精疲労は自覚的症状であり,個人差が大きいので,明確な基準を設定することは困難である.はじめに近年コンピュータや携帯電話などの電子機器が,世代を問わず生活の必需品になりつつある.これら高輝度,高精細のdisplayを見る場合の視覚負荷は,通常の紙媒体のものを見る作業と比較して大きく,長時間見ていると眼精疲労をきたしやすい.一方昨年から3D(立体)映像が再びブームとなっている.アバターのような映画館で見るものだけではなく,家庭用の立体テレビも発売され始めている.立体映像は,後に述べるように,輻湊と調節の関係が日常視と異なるため,眼精疲労を特にきたしやすい.このような時代背景を踏まえ,屈折矯正の専門家である眼科医は,個人の社会的背景を踏まえて,眼精疲労をきたしにくい屈折矯正を目指す必要がある.本稿では,眼精疲労に関して概説した後,外斜位など眼精疲労をきたしやすい状況に対する対処法について述べる.I眼精疲労とは視作業を行った結果生じる疲労状態を表す言葉として,眼疲労(eyestrain)と眼精疲労(asthenopia)がある.両者を厳密に区別することは困難であるが,一般に,眼疲労は眼が疲れる,眼が重いなどの症状が休息により回復し,翌日まで残ることはない生理的な眼の疲労を表す.眼精疲労は,逆に休息により回復しにくい病的な眼の疲労ということができる.眼精疲労の症状としては,ものがぼやける,眼が痛(49)763*TakashiFujikado:大阪大学大学院医学系研究科医用工学講座感覚機能形成学〔別刷請求先〕不二門尚:〒565-0871吹田市山田丘2-2大阪大学大学院医学系研究科医用工学講座感覚機能形成学特集●屈折矯正における基本あたらしい眼科27(6):763.769,2010眼精疲労に対する対処法TherapeuticStrategyforAsthenopia不二門尚*764あたらしい眼科Vol.27,No.6,2010(50)に調節が働くのに対して輻湊を通常より多く働かせる必要がある(図3A).立体映像を見た場合のシミュレーションとして,プリズムを基底外方に負荷したときの輻湊角と屈折度の関係について考察した(図3B).プリズムを基底外方に負荷すると光路は基底のほうに曲げられるため,輻湊が余計に誘起され,この関係は飛び出しの立体映像を見た場合に類似している.軽度の屈折異常以外に異常のない健常の被検者17名に対して,半暗室で小児用赤外線オプトメータ(PR-1100,Topcon社)を用いて非優位眼にプリズムを基底外方に負荷し,両眼視した状態で優位眼の屈折値を求めた.結果は図4に示すように,軽度のプリズム負荷では屈折度の近視化は軽度であったが,負荷量視覚的負荷の強い3D映像視聴を例にあげて,眼精疲労時の視機能の変化について述べる3).3D映像は液晶シャッターや偏光フィルターを用いて左右の眼に入る画像を分離し,視差がついた2つの画像を大脳皮質で処理して1つの像として認識することにより立体感を得る方法をとっている.この方法では現実空間と比較して調節と幅湊の関係が異なっており,このことが立体映像を見たときに眼精疲労を感じる一つの要因になると考えられる.現実空間では一定距離にある対象物を見るとき,対象物が両眼で1つに見えるように輻湊運動が起こると同時に対象にピントが合うように調節が働く.一方,飛び出した立体映像を見る場合は,画面上にピントが合うよう眼表面中枢神経系ドライアイ毛様体筋調節不全調節けいれん外斜位不等像視上下斜位3D映像視聴図1眼精疲労の起こる部位厳密な分類はむずかしいが,眼表面に起因するドライアイ,毛様筋の疲労に起因する調節不全,調節けいれん,外斜位など,中枢神経系に関係する不等像視,上下斜位,3D映像視聴などに分けられる.環境要因(照明など)視覚負荷眼疲労眼精疲労(水源)流入量調整バルブ(樽の底面積)流入量調整バルブ放水量疲労回復要因調整バルブ(休息,睡眠など)心的要因(個人の耐える力)水位(疲労レベル)眼科的要因(老視,斜位など)全身的要因(睡眠不足など)図2眼精疲労が起きるメカニズムのシェーマ環境要因,眼科的および全身的要因,疲労回復要因,心的要因が総合的に関係して眼精疲労が起きる.(文献2より改変)(51)あたらしい眼科Vol.27,No.6,2010765負荷直後,負荷30分後,負荷60分後の瞳孔径および屈折値,調節反応量を,赤外線オプトメータAA-2200(NIDEK)を用いて測定した.が増加するに従い近視化の程度が増加し,個人差が大きくなる傾向があり,眼精疲労の原因となることが推察された.つぎに実際に立体映像を視聴した場合の視覚系のパラメータ変化を検討した.3D映像は2D-3D変換方式で一般のテレビ放送を立体映像としたもの(SANYO)を視聴させた.対象は屈折異常以外は正常の成人118名(平均27歳)で,視聴時間は4時間(間に10分休憩)とし,負荷前,同側性視差AB交差性視差図33D映像における調節と輻湊の関係A:自然視時には調節と輻湊は連動するが,3D映像視聴時には,調節はスクリーン上に固定されるのに対して,引っ込みの映像では輻湊は少なく,飛び出しの映像では輻湊は多く必要になる.B:プリズムを基底外方に付加すると,調節の輻湊の関係が,3D映像の飛び出し映像を見たときと類似の関係になる.-2.502.557.51012.5プリズム負荷(MA)屈折変化Openloop1517.52022.543.532.521.51.50-.5-1図4プリズムを基底外方付加時の,調節の輻湊の関係付加するプリズム値が小さいときには,調節は一定であるが,付加するプリズム値が増加すると,調節が働き,屈折は近視化する.瞳孔径(mm)負荷前負荷直後*負荷30分後*:p<0.0001負荷60分後876543210図53D映像視聴後の瞳孔径の変化視聴前と比較して,視聴直後に瞳孔径は有意に縮小するが,30分後には元に戻る.766あたらしい眼科Vol.27,No.6,2010(52)III眼科的要因による眼精疲労および対策1.老視加齢とともに調節力が低下するが,それに応じて近見用の眼鏡処方をする必要がある.その際重要なことは,残余調節力を有効に使う必要がある点である.調節力の低下し始めた年齢(45.50歳)の近視の人に対しては,遠見視力が両眼で1.0程度に保てる範囲で度数を下げた眼鏡をまず処方すると違和感が少ない.さらに調節力が低下した場合は,遠近両用の眼鏡が必要になるが,コンピュータを見る時間が長い人に対しては,中近の眼鏡処方が有効である8)(図8).2.外斜視間欠性外斜視で角度が大きい場合は,近くを見る場合アンケート調査では,立体映像視覚直後には「眼が疲れる」のスコアが最も高く(5段階評価で平均3.0点),ついで眼が重い(2.0点),「眼がしょぼしょぼする」(1.9点)であった.一方,瞳孔径は視聴直後,有意(p<0.01)に低下したが,30分後には回復した(図5).屈折度は視聴直後,軽度(0.2D)ではあるが有意(p<0.001)に近視化した.変化は視聴30分後には認められなくなった.また,調節反応量も視聴直後,有意(p<0.05)に低下したが30分後には回復した(図6).これらの結果から,立体映像を見ると眼疲労を生じ,統計学的に有意に屈折系は近視化し,調節系は調節反応量の低下,瞳孔系は縮瞳という形で視覚系に影響が出ることが示された.これらの視覚系の変化は,眼球に対する自律神経系の支配が副交感神経系優位になっていることを示唆しており(図7),以前の報告7)も併せて考えると,立体映像視聴に伴う疲労の他覚的所見と考えられた.p<0.001p<0.05平均±標準誤差-3.4-3.2-3-2.8-2.6-2.4-2.2-25.45.254.84.64.4屈折値(D)調節幅(D)負荷前負荷直後30分後60分後平均±標準誤差負荷前負荷直後30分後60分後AB図63D映像視聴後の屈折値,調節幅の変化A:視聴前と比較して,視聴直後に屈折は有意に近視化するが,30分後には元に戻る.B:視聴前と比較して,視聴直後に調節幅は有意に減少するが,30分後には元に戻る.調節反応量(D)調節安静位調節幅副交感神経作働領域交感神経作働領域調節刺激(D)調節安静位(D)012301.51.50交感SSSPPP副交感図7眼精疲労と交感および副交感神経系屈折の近視化は,調節安静位が近視化することを示しており,これは交感神経系および副交感神経系のバランスが,副交感神経系優位に変化することを示唆している.(53)あたらしい眼科Vol.27,No.6,2010767遠・近型中・近型調節力1.00D加入度または近用度数2.50DF-EPCenter加入度測定位置020406080100120140160180200Center加入度測定位置遠用度数測定位置+8mm+4mm-4mm-8mm-12mm020406080100120140160180200図8累進多焦点眼鏡と明視の距離調節力1.0Dの老視で,加入度数+2.5Dの眼鏡を装用した場合,遠近両用の眼鏡の場合は,明視の距離は正面視で1m.∞,下方視で20.40cmとなる(上図).これに対して中近両用の眼鏡を装用した場合,明視の距離は正面視で50cm.1m,下方視で20.40cmとなる(下図)のでコンピュータ作業に適している.ABCD図9斜位近視の症例の術前後の瞳孔および屈折A:間欠性外斜視の状態で,右眼の瞳孔6mm,屈折.3.5D.B:正位の状態では,右眼の瞳孔4mm,屈折.4.25Dと斜位近視の状態.C:斜視手術の術後,右眼の瞳孔6.5mm,屈折.3.5Dと斜位近視の状態は改善.D:両眼の瞳孔径と屈折を同時に測定できる装置(PowerRefII).768あたらしい眼科Vol.27,No.6,2010(54)6.調節けいれん毛様体筋の疲労による調節けいれんは,オートレフラクトメータによる屈折値の変動が一つの目安になる.調節麻痺剤の点眼後に1D以上近視度が軽減すれば,調節けいれんと考えられる.この場合,眠前のミドリンMRの点眼が一般に有効であるが,これが効かない強い調節けいれんの場合は1%サイプレジンTMを20倍に希釈したものや,1%アトロピンTMの点眼を20倍に希釈したものを処方すると有効な場合がある.IV環境要因による眼精疲労および対策長時間コンピュータ作業を行う場合には,照明が重要になる.特に画面に照明光が映り込む状態は,眼精疲労を起こしやすいので避けるべきである.また,コンピュータ作業中は瞬目数が減るので,生理的なドライアイをきたしやすい.したがって空調の吹き出し口からの気流が直接目に当たるような状況は避けるべきである.文献1)厚生労働省安全衛生部労働衛生課編:VDT作業の労働衛生実務:厚生労働省ガイドラインに基づくVDT作業指導者用テキスト.中央労働災害防止協会,平成15年に正位の人に比べて近見時に輻湊努力をする必要がある.両眼視時に近視化する斜位近視の状態になる場合もある.このような場合は斜視手術が有効である(図9).3.輻湊不全近見のみ外斜視になる輻湊不全の症例では,プリズム眼鏡を検討する必要がある.プリズム眼鏡の度数はあまり大きな値にすると,違和感が生じる.通常両眼で4.5プリズム基底外方程度までの処方は可能である.4.上斜位代償不全の上斜位は,融像努力を続けると眼精疲労をきたす.この場合も2.3プリズム程度のプリズム眼鏡の処方が有効な場合がある.プリズムで対応できなければ手術が必要になる.5.不等像視左右眼の不等像視の融像限界は,4.7%であるが,3%程度でも眼精疲労をきたす.特に屈折性の後天性不同視(LASIK[laserinsitukeratomileusis]術後など)で眼精疲労を訴える場合が多い.この場合はコンタクトレンズで,不等像の程度を軽減させる必要がある.10-1-2-3-4-5AB波面センサー波面センサーAccommodation「D]/Vergence[MA]00.511.52Time[sec]2.533.54調節L調節R輻湊図10正常者の屈折の連続測定A:波面センサーによる両眼開放屈折測定のシエーマ.B:正視の被検者が50cmの位置に置かれた指標を注視した場合の屈折.両眼とも1.3D程度の調節を行い,調節ラグは約0.7Dである.赤の波線:右眼の屈折,青の波線:左眼の屈折,緑の波線:輻湊(MA)あたらしい眼科Vol.27,No.6,20107692)中村芳子:VDT作業による眼精疲労.日本の眼科74:863-866,20033)岩崎常人:眼精疲労の測定方法と評価:CFFとAA1.眼科51:387-395,20094)不二門尚:視覚情報処理機構からみた眼精疲労─3D映像視聴の影響を中心に─.あたらしい眼科14:1295-1299,19975)ChaseC,ToshaC,BorstingEetal:VisualdiscomfortandobjectivemeasuresofstaticaccommodationOptomVisSci86:883-889,20096)浅川賢,石川均:調節力障害と眼精疲労.眼科51:409-413,20097)木下茂:第98回日本眼科学会総会宿題報告屈折・調節の基礎と臨床調節障害の病態と治療.日眼会誌98:1256-1268,19948)簗島謙次:中近・近近眼鏡.あたらしい眼科24:1157-1162,2007(55)ABC0-1-2-3-4-5Accommodation「D]/Vergence[MA]Accommodation「D]/Vergence[MA]00.511.52Time[sec]2.533.54調節L調節R輻湊00.511.52Time[sec]2.533.54図11調節けいれんの症例の屈折の連続測定A:40cmの位置に置かれた指標を注視した場合の屈折.2.3Hzの調節の揺らぎが存在し,調節も最大3Dまで行われている.B:オートレフラクトメータによる屈折検査.両眼とも屈折値のばらつきがみられる.C:0.1%のアトロピン点眼治療後の屈折.調節の揺らぎは軽減し,調節も約1.0D(右),1.2D(左)に減弱している.

小児の近視予防

2010年6月30日 水曜日

0910-1810/10/\100/頁/JCOPY膜上に止まり,正視は維持される.しかし,屈折系の成長に比べて眼軸長の成長が過剰になると(excessiveaxialelongation),焦点は網膜より前方に偏位し,近視が進行する.すなわち,小児の近視進行はおもに軸性近視であり,調節系の病的緊張や一過性の順応による屈折力の変動は,一時的に視力に影響を与える可能性があるが,近視進行に本質的に関与するものではないと思われる.眼軸長の伸展速度は網膜に与えられた像のぼけ(または後方への焦点ずれ)によって促進されること(眼軸長の視覚制御)が複数の動物実験により明らかになっており1),世界の近視研究者の多くは現在,いかに眼軸長の伸展を抑制するかの一点を目標に研究を重ねているといっても過言でない.はじめにEarlSmithは1990年代にサルを用いた一連の動物実験を行い,眼軸長の視覚制御(visualregulationofaxiallength)のしくみを発見した1).その結果,近視進行のメカニズムや予防法に関する研究は急速に進歩している.今世紀になるとevidencebasedmedicine(EBM)の理念がすべての医療分野に普及し,近視予防研究においても,科学的エビデンスの創造という視点から研究形態はより精密かつ大規模なものに様変わりしている.また最近では,CarlZeissVision社が,こうした研究結果に基づいて,近視予防を目的とする累進屈折力レンズ(MyovisionTMLens)を発売するなど,医療産業においても変化の兆しがみられる.本稿では,近視予防法のパラダイム・シフトについて,過去10年間に報告された臨床研究を基に解説したい.I学童期の近視はなぜ進むのか?約40年前には国内でも,小児期に近視が進む原因として,水晶体の屈折力増大による屈折説と,眼軸長の伸展による眼軸説の間で,盛んな議論がみられた.しかしその後,眼軸長計測をはじめとする眼球のバイオメトリー技術が進歩した結果,現在では近視進行の原因はつぎのように考えられている(図1).新生児から成人に至るまで,眼球は徐々に成長していく.もし角膜や水晶体などの屈折系と眼軸長が調和を保って成長すれば(proportionaldevelopment),焦点は網(43)757*SatoshiHasebe:岡山大学大学院医歯薬学総合研究科眼科学〔別刷請求先〕長谷部聡:〒700-0914岡山市北区鹿田町2-5-1岡山大学大学院医歯薬学総合研究科眼科学特集●屈折矯正における基本あたらしい眼科27(6):757.761,2010小児の近視予防ControlofMyopiaProgressioninClildren長谷部聡*Proportionaldevelopment正視近視化Excessiveaxialelongation図1小児期に近視が進むしくみ758あたらしい眼科Vol.27,No.6,2010(44)に対し,数年.数十年の経過観察を行い,疾患の発症または進行にかかわる危険因子を探る研究である.最も有名なコホート研究は虚血性心疾患の危険因子を解明したFramingham研究であろう.研究費用が莫大になるが,前向き研究であるため信頼性が高く,エビデンスのレベルでは第3位にランクされる.小児の近視進行に関するコホート研究としては,1)OrindaStudy(米国)4,5),2)SingaporeCohortStudyoftheRiskFactorsforMyopia(シンガポール)6),3)SydneyMyopiaStudy(オーストラリア)7,8)が代表である(表2).ここでは,小児期の近視進行は1)遺伝の影響が強く,2)都市部で速く,3)近業の程度が強いほど速く,4)戸外活動(outdooractivity)により抑制され,5)I.Q.や学歴が高いほど速いことなどが明らかになっている.コホート研究の結論は,従来の経験則(たとえば1939年に政府が通達した近視予防法)の一部を裏付けII近視予防研究とエビデンスのレベル近視予防法については150年以上の研究の歴史がある(表1).しかし科学的エビデンスのレベル(図2)からみれば,2000年以前に報告された臨床試験のほとんどは比較対照試験以下のレベルに止まっている.現在も多くの診療施設で実施されているであろうトロピカミド点眼や調節緩和訓練などは,エビデンスのレベルとしては低位である.ところが21世紀になると,近視予防研究においてもおもに海外を中心として,より信頼性の高いエビデンスであるコホート研究やランダム化比較試験(RCT:randomizedcontrolledtrial)が続々と報告されるようになり,さらに近年では複数のRCTに基づいたメタ解析(システマティック・レビュー)が報告されている2,3).III近視予防のコホート研究コホート研究とは,ある地区の住民(数千.数万人)表2小児の近視進行に関するおもなコホート研究名称実施国n(人)期間(年)OrindaStudyII米国3,8891989.2001SingaporeCohortStudyoftheRiskFactorsforMyopiaシンガポール5,0941999.2002SydneyMyopiaStudyオーストラリア2,3532003.2005表1英文で報告されたおもな近視予防法(.2000年)訓練Ewalt(1849)Kin(1988)BiofeedbackBalliet(1982)Berman(1978)Gallaway(1987)Koslowe(1991)Angi(1996)低周波刺激超音波刺激低矯正眼鏡Tokoro(1965)Robert(1963)過矯正眼鏡Goss(1984)二重焦点眼鏡Mandell(1959)Miles(1969)Robert(1967)Oakley(1975)Neetens(1985)Goss(1986)Grosvenor(1987)Parsinnen(1989)Jansen(1991)TropicamideTokoro(1965)Abraham(1966)Schwaltz(1981)AtropineGimbel(1973)Gruber(1979)Bedrossian(1979)Brodstein(1984)LavetrolHosaka(1988)TimololHosaka(1988)Jensen(1991)2000年までの近視予防研究2000年からの近視予防研究……………………………………………………………………………………..図2科学的エビデンスのレベル(MAHolmes,2008)と近視予防研究(45)あたらしい眼科Vol.27,No.6,2010759ン眼軟膏は,アトロピンに比べると散瞳や調節麻痺など副作用が少ない.2つのRCT18,19)は,いずれも統計学的に有意な近視抑制効果を報告している(図4).しかし報告された抑制効果はアトロピン点眼液の約50%であり,また現時点では市販される予定はない.V光学的予防法とメタ解析EarlSmithの研究1)をはじめ複数の動物実験が,眼鏡処方矯正のやり方は,少なくともある程度は将来の屈折異常を左右することを示唆している.小児の屈折矯正を行う際には,この点について認識しておくべきである.累進屈折力レンズの作用機序は,眼軸長の制御機転のトリガー信号と考えられる近業時にみられる網膜後方への焦点ずれ(調節ラグ)を軽減し,眼軸長の過伸展を抑制することにある22).問題となる副作用の報告はこれまで皆無であり,またレンズの外観は単焦点レンズとほとんど差がないことから,臨床応用しやすい.しかしメタ解析によって明らかとなった近視抑制効果は,統計学的には有意であるものの,平均0.14D/年(単焦点眼鏡にる科学的エビデンスとみることができる.たとえば,両親とも近視の子供は,両親いずれも近視でない子供に比べて,近視になるリスクが8倍高く,片親のみが近視の子供は,両親いずれも近視でない子供に比べて,近視になるリスクは2倍高いことが明らかになった5).戸外活動による近視抑制効果は,従来予想されてきたような調節の緩和のみによるものではなく,強力な太陽光線を浴びることによりドパミン分泌が増えること,縮瞳により高次収差が減り,よりクリアな網膜像が得られることによって,眼軸長の伸展が抑制された結果であろうと推定されている9,10).IV薬物的予防法とメタ解析メタ解析とは,すでに実施された複数のRCTをまとめ,標本数やデータのばらつきから重み付けを行い,それらを統合することによりただ一つの結論を得ようとする研究である.エビデンスのレベルにおいては最高位にランクされ,メタ解析の結果を基に診療上のガイドラインが作られることが多い.メタ解析により近視抑制効果や眼軸長伸展抑制効果が確認された(確認される予定の)方法論としては,アトロピン点眼11.17),ピレンゼピン眼軟膏18,19),累進屈折力レンズ20.25)の三者があげられる.図3が示すように,ムスカリン受容体拮抗薬であるアトロピン点眼液(0.05.1%,1回/日点眼)の近視抑制効果は平均0.65D/年と強力である(筆者らのRCT23)における対照群でみられた平均近視進行速度0.7D/年と比較).治療機転としては,従来考えられてきたような調節系を介するものではなく,網膜,脈絡膜,強膜に分布するムスカリン受容体に直接作用し,眼軸の伸展を抑制するものと考えられている26).しかしアトロピン点眼液には局所的,全身的な副作用の問題があり,適用には慎重論が多い.散瞳作用による羞明には調光眼鏡を,調節麻痺による近見障害には累進屈折力レンズや二重焦点レンズ眼鏡が必要となる.これに加えて,報告されているRCTの経過観察期間は1.2年と限られており,長期的な予後について十分検証されていない.M1選択的ムスカリン受容体拮抗薬であるピレンゼピ統合平均値差屈折度(D/年)Yen(1989)Shih(1999)Shih(2001)Syniuta(2001)Chua(2006)Lee(2006)-1.50-1.00-0.500.00-0.65眼軸長(mm/年)-0.50-0.250.000.25-0.21対照群に対する平均抑制効果NANANANA図30.05~1%アトロピン点眼による臨床試験(メタ解析)平均値とその95%信頼区間を示す.左側に行くほど抑制効果が強い.NA:データなし.屈折度(D/年)-1.50-1.00-0.500.00眼軸長(mm/年)-0.50-0.250.000.25対照群に対する平均抑制効果統合平均値差-0.31-0.073Tan(2005)Siatkowski(2004)図42%ピレンゼピン眼軟膏による臨床試験(メタ解析)760あたらしい眼科Vol.27,No.6,2010(46)果が期待されている.おわりに結論として,複数のコホート研究は,近視進行は遺伝的に定められたものであるにせよ,生活習慣について適切な指導を与えること(環境因子の制御)により,一定範囲で進行速度をコントロールできることを示している.一方,複数のRCTに基づくメタ解析は,アトロピン点眼や累進屈折力レンズは確かに近視進行を抑制するものの,臨床応用するにはなお解決すべき問題が残されていることを示している.こうした臨床研究の進歩と同時進行で,新しいコンセプトに基づく近視予防法が,医療として積極的に取り入れられつつあるのが現状である.文献1)SmithER3rd:Environmentallyinducedrefractiveerrorsinanimal.In:Myopiaandnearworked:RosenfieldM,GilmartinB,p57-90,ButtweworthHeinemenn,Oxford,19982)SawSM,Shih-YenEC,KohAetal:Interventionstoretardmyopiaprogressioninchildren:anevidence-basedupdate.Ophthalmology109:415-421,20023)長谷部聡:今月の話題近視進行予防のEBM.臨眼60:1873-1877,20084)MuttiDO,MitchellGL,JonesLAetal:Parentalmyopia,nearwork,schoolachievement,andchildren’srefractiveerror.InvestOphthalmolVisSci43:3633-3640,20025)JonesLA,SinnottLT,MuttiDOetal:Parentalhistoryofmyopia,sportsandoutdooractivities,andfuturemyopia.InvestOphthalmolVisSci48:3524-3532,20076)SawSM,ShankarA,TanSBetal:AcohortstudyofincidentmyopiainSingaporeanchildren.InvestOphthalmolVisSci47:1839-1844,2006対する抑制率:12%)にすぎず(図5),近視予防法として推奨するには不十分であるというのが一般的な見方である.しかし他に科学的エビデンスのある方法論がない現状を考えたとき,インフォームド・コンセントを前提に累進屈折力レンズを処方することが,道義的に問題となるとは思えない.事実,近視予防用の累進屈折力レンズ(MC-lensTM,Sola社)の需要は増大しており,現在中国では月に1万枚が販売されているという.1965年Tokoroらは,低矯正眼鏡を装用した群と(過矯正眼鏡を含めた)完全矯正眼鏡を装用した群を比較して,前者では近視進行や眼軸長の伸展が遅くなることを報告した27).しかし最新のRCTによれば,予想とは逆に,低矯正眼鏡の装用群で近視進行や眼軸長の伸展が速くなる傾向が示された28,29).メタ解析で統合すると,両群間に有意差はみられず(図6),低矯正眼鏡を処方する(あるいは軽度近視を眼鏡矯正せずに経過をみる)ことには,少なくとも近視抑制効果は期待できないと考えられる.近年,眼軸長の視覚制御機点のトリガー信号として,近業時にみられる調節ラグとともに,周辺部網膜における後方への焦点ずれ(relativehyperopicdefocus)の存在が注目されている.従来の矯正(単焦点)レンズが軸上での(つまり中心窩における)屈折矯正を意図していたのに対し,同時に周辺部網膜における屈折矯正を意図する眼鏡レンズが発売された(MyovisionTMLens,CarlZeissVision).現在,こうした新世代の累進屈折力レンズを用いたRCTが進んでおり,より強力な近視抑制効屈折度(D/年)-1.50-1.00-0.500.00-0.14眼軸長(mm/年)-0.50-0.250.000.25-0.054対照群(単焦点レンズ)に対する平均抑制効果NALeung(1999)Shih(2001)Edwards(2002)COMET(2004)Hasebe(2008)Yang(2009)Cheng(2010)*統合平均値差図5累進屈折力レンズによる臨床試験(メタ解析)*二重焦点眼鏡による報告.NA:データなし.Tokoro(1965)Chung(2002)Adler(2006)統合平均値差屈折度(D/年)-1.50-1.00-0.500.00+0.11眼軸長(mm/年)-0.50-0.250.000.25対照群(完全矯正)に対する平均抑制効果NANA図6低矯正眼鏡による臨床試験(メタ解析)NA:データなし.(47)あたらしい眼科Vol.27,No.6,2010761double-masked,placebo-controlled,parallelsafetyandefficacystudyof2%pirenzepineophthalmicgelinchildrenwithmyopia.Ophthalmology112:84-91,200520)LeungJT,BrownB:ProgressionofmyopiainHongKongChineseschoolchildrenisslowedbywearingprogressivelenses.OptomVisSci76:346-354,199921)EdwardsMH,LiRW,LamCSetal:TheHongKongprogressivelensmyopiacontrolstudy:studydesignandmainfindings.InvestOphthalmolVisSci43:2852-2858,200222)GwiazdaJ,HymanL,HusseinMetal:Arandomizedclinicaltrialofprogressiveadditionlensesversussinglevisionlensesontheprogressionofmyopiainchildren.InvestOphthalmolVisSci44:1492-1500,200323)HasebeS,OhtsukiH,NonakaTetal:EffectofprogressiveadditionlensesonmyopiaprogressioninJapanesechildren:aprospective,randomized,double-masked,crossovertrial.InvestOphthalmolVisSci49:2781-2789,200824)YangZ,LanW,GeJetal:TheeffectivenessofprogressiveadditionlensesontheprogressionofmyopiainChinesechildren.OphthalmicPhysiolOpt29:41-48,200925)ChengD,SchmidKL,WooJCetal:Randomizedtrialofeffectofbifocalandprismaticbifocalspectaclesonmyopicprogression:two-yearresults.ArchOphthalmol128:12-19,201026)McBrienNA,MoghaddamHO,ReederAP:Atropinereducesexperimentalmyopiaandeyeenlargementviaanonaccommodativemechanism.InvestOphthalmolVisSci34:205-215,199327)TokoroT,KabeS:Treatmentofthemyopiaandthechangesinopticalcomponents.ReportII.Full-orundercorrectionofmyopiabyglasses.NipponGankaGakkaiZasshi69:140-144,196528)ChungK,MohidinN,O’LearyDJ:Undercorrectionofmyopiaenhancesratherthaninhibitsmyopiaprogression.VisionRes42:2555-2559,200229)AdlerD,MillodotM:Thepossibleeffectofundercorrectiononmyopicprogressioninchildren.ClinExpOptom89:315-321,20067)IpJM,SawSM,RoseKAetal:Roleofnearworkinmyopia:findingsinasampleofAustralianschoolchildren.InvestOphthalmolVisSci49:2903-2910,20088)RoseKA,MorganIG,IpJetal:Outdooractivityreducestheprevalenceofmyopiainchildren.Ophthalmology115:1279-1285,20089)RoseKA,MorganIG,SmithWetal:Myopia,lifestyle,andschoolinginstudentsofChineseethnicityinSingaporeandSydney.ArchOphthalmol126:527-530,200810)DiraniM,TongL,GazzardGetal:OutdooractivityandmyopiainSingaporeteenagechildren.BrJOphthalmol93:997-1000,200911)YenMY,LiuJH,KaoSCetal:Comparisonoftheeffectofatropineandcyclopentolateonmyopia.AnnOphthalmol21:180-182,198912)ShihYF,ChenCH,ChouACetal:Effectsofdifferentconcentrationsofatropineoncontrollingmyopiainmyopicchildren.JOculPharmacolTher15:85-90,199913)ShihYF,HsiaoCK,ChenCJetal:Aninterventiontrialonefficacyofatropineandmulti-focalglassesincontrollingmyopicprogression.ActaOphthalmolScand79:233-236,200114)SyniutaLA,IsenbergSJ:Atropineandbifocalscanslowtheprogressionofmyopiainchildren.BinoculVisStrabismusQ16:203-208,200115)LeeJJ,FangPC,YangIHetal:Preventionofmyopiaprogressionwith0.05%atropinesolution.JOculPharmacolTher22:41-46,200616)ChuaWH,BalakrishnanV,ChanYHetal:Atropineforthetreatmentofchildhoodmyopia.Ophthalmology113:2285-2291,200617)FanDS,LamDS,ChanCKetal:Topicalatropineinretardingmyopicprogressionandaxiallengthgrowthinchildrenwithmoderatetoseveremyopia:apilotstudy.JpnJOphthalmol51:27-33,200718)SiatkowskiRM,CotterS,MillerJMetal:Safetyandefficacyof2%pirenzepineophthalmicgelinchildrenwithmyopia:a1-year,multicenter,double-masked,placebocontrolledparallelstudy.ArchOphthalmol122:1667-1674,200419)TanDT,LamDS,ChuaWHetal:One-yearmulticenter,

老視に対する対処法

2010年6月30日 水曜日

0910-1810/10/\100/頁/JCOPY感じるという症状である3).さらに老視が進行すると明所でも近方視に障害を感じるようになる.II老視矯正において考慮すべき因子老視への対処法は,年齢や調節力および患者の希望だけで決定されるべきではなく,種々の医学的因子と患者のライフスタイルを合わせて考慮して症例ごとに対応する必要がある.以下に考慮すべき点をあげる.はじめに老視とは,加齢により調節力が減少した状態のことであり,一般には完全矯正した状態で近方視に困難が生じた状態のことを指す.総務省の統計局のホームページ(http://www.stat.go.jp/data/jinsui/tsuki/index.htm)によれば,平成21年11月1日現在の総人口に占める老視年齢(40歳以上)の割合は56.3%であり,日本の屈折矯正において老視への対処がいかに重要であるかを物語っている.本稿では,老視矯正法の種類と適応について,基本的な考え方を述べる.I老視の原因と症状最近の研究では毛様体筋の機能は高齢者でもある程度保たれていると報告されており,老視の原因としては水晶体の弾性の低下によるところが大きく,50歳代以降ではそれに毛様体筋の機能低下が加わると考えられている1,2).年齢と調節力の関係は図1のごとくであり,調節力は加齢に伴って減少する.ただし,調節力は被験者が最大限に努力したときに明視できる距離の逆数を示すものであって,実用的に長時間維持できる値ではない.老視への対処としては,長時間維持できる調節力の範囲で,近方が明視できるような矯正を探しあてなければならない.老視の初発症状として最も多いのは,近方作業後に遠方視が低下する,すなわち,調節弛緩速度の低下や遠方がよく見える矯正状態で薄暗い場所での近方視に支障を(37)751*KazunoNegishi:慶應義塾大学医学部眼科学教室〔別刷請求先〕根岸一乃:〒160-8582東京都新宿区信濃町35慶應義塾大学医学部眼科学教室特集●屈折矯正における基本あたらしい眼科27(6):751.756,2010老視に対する対処法TherapeuticStrategiesforPresbyopia根岸一乃*0246810121401020304050607080年齢(歳)調節力(D)図1年齢調節力曲線諸家の報告した年齢調節力曲線を平均して示す.(梶田雅義:あたらしい眼科22:1035-1040,2005より)752あたらしい眼科Vol.27,No.6,2010(38)ントラインがはっきりしているため,整容的な問題で患者が受け入れない場合も多く,最近ではつぎに示す累進屈折多焦点眼鏡のほうが主流であるが,矯正視力不良例では累進多焦点眼鏡よりも使用しやすい.遠用部を大玉,近用部を小玉またはセグメントという.小玉の型は基本的にはアイデアル型とエグゼクティブ型に分かれる(図2).小玉の上部に中間距離度数が入った三重焦点レンズもあるが,あまり使われていない.二重焦点レンズは遠用部と近用部との境界で,視線が遠見から近見に移るとき,または近見から遠見に移るとき,像が連続しないで像の飛躍が起こるが,三重焦点レンズは,像の飛躍が少ない.下方視は近用部分となるため,慣れるまでは階段の昇降などで足元をみるときに不安を訴えることがある.c.累進多焦点眼鏡(図3)遠方視から近方視までの遠近累進,遠近両用で中間距離用のレンズ面積を広くとった中近累進,近方視での焦点位置に幅をもたせた近々累進,の3つのタイプがある.遠近累進タイプはレンズ上部が遠方視用,下部が近方視用,その中間が中間視用となっているが,周辺部視野には歪みを生じる.加入屈折度数が大きいほど歪みは大きくなる.老視症状が進んだ患者で,いきなり加入度1.乱視乱視眼には前焦線,後焦線が存在する.また,瞳孔径が大きいほど乱視の視機能への影響は大きくなる.乱視を適切に矯正していない眼では,もともと網膜像が鮮明ではないため,前焦線と後焦線の間に網膜があれば自覚的に不自由を感じない場合がある3).すなわち,前焦線と後焦線の幅を調節域として代用できているかのような状態である.加入度数決定の際には,乱視矯正の程度を考慮する必要がある.2.眼位・両眼視機能眼位や両眼視機能の状態により,老視への対策は異なる.眼位異常がプリズム眼鏡で矯正可能範囲で,両眼視良好であれば,両眼視を損なわない矯正法(両眼の焦点位置を同じにする)が望ましい.両眼視機能が不良であれば,モノビジョン交代視による矯正が奏効することがある.3.不同視・不等像視不等像視を小さくするためには,屈折性不同視はコンタクトレンズ矯正,軸性不同視は眼鏡矯正がよいとされる3)が,実際の臨床では明確に分けられないため,トライアルが必要である.4.現在の矯正状態現状での乱視矯正の程度や近用加入度数とかけ離れた処方には順応しにくい.現状の矯正度数を参考にしながら,場合によっては段階的な処方変更が必要となる場合がある.III矯正方法の種類1.眼鏡矯正a.単焦点眼鏡安定した近方視力が必要な場合には,専用の単焦点眼鏡がよい.眼鏡の掛け替えに抵抗があり,生来屈折に左右差がある場合はモノビジョンが奏効することもある.b.二重焦点眼鏡遠近ともに安定した視力および両眼視が必要な場合は作業距離に応じた二重焦点眼鏡がよい.レンズのセグメa:アイデアル型b:エグゼクティブ型図2二重焦点眼鏡のデザイン通常遠用重視近中用近々用図3累進屈折力レンズデザインの概略左右の曲線の外側は歪みが生じ,ボケを感じる.(梶田雅義:あたらしい眼科22:1035-1040,2005より)(39)あたらしい眼科Vol.27,No.6,20107532.コンタクトレンズによる矯正a.単焦点コンタクトレンズ単焦点コンタクトレンズを用いている患者が老視による近見障害を訴えた場合は,近用眼鏡を併用する,近視寄りに度数を変更する,モノビジョンなどの対策が考えられる.初期老視の場合は,近方が少し見やすい度数に処方変更することによってほとんど問題ない.老視が進行し,かつ,遠方または近方で精密な視力を要する場合は単焦点の処方変更のみでは満足が得られない.なんらかの理由で眼鏡装用ができない患者の場合,眼位異常がなく,眼優位性が弱い例ではモノビジョンが奏効することがある.b.遠近両用(二重焦点または累進屈折力)コンタクトレンズ遠近両用コンタクトレンズにはハードレンズとソフトレンズがあり,その種類は表1のごとくである.デザインを大別すると,セグメント型,同心円型があり,セグメント型はレンズ光学部において,レンズ上方部が遠用数が大きい累進多焦点眼鏡を装用させようとしても,歪みのために違和感を生じ装用困難となる可能性がある.初期老視段階から徐々に加入度数を上げていくとトラブルが少ない.横方向に対して非球面カーブを使用した全面非球面レンズでは像の歪みは改善される.遠用重視の遠近タイプと中間視重視の中近タイプはそれぞれ,遠方視用,中間視用のレンズ面積を多くとっている.中近タイプでは遠用領域は汎用よりも上方の位置であり,長い累進帯をもつため,累進特有の揺れや歪みが少ないが,遠方視はそれほどはっきりせず,遠方側方視で歪みを生じるので,車の運転などの遠方視には適さない.一方で家事やデスクワークには適する.近々タイプは事務作業などに適する.遠方は見えない.処方時には近方視に必要なレンズ下部の屈折力を先に決定してから,正面視に必要な度数を凹レンズを加えて調整する.表1老視矯正コンタクトレンズの種類と特徴種類原理デザイン焦点数特徴ハード交代視型(視軸移動型)セグメント型二重焦点・遠見・近見とも鮮明だが,中間距離は見にくい.・下方視時に,適切なコンタクトレンズの移動が必要.・レンズの回転を防ぐため,プリズムバラストなどの加工が必要.・像のジャンプを生じる.・視線の移動など,慣れが必要である.足元がみにくい.・処方がむずかしい.同心円型二重焦点・中心部の遠用光学部が瞳孔領より大きい.・正面視で遠方視,下方視で近方視.・遠見・近見とも鮮明だが,中間距離はみにくい.・像のジャンプがない.・レンズの回転に影響されない.・セグメント型より処方が容易.同時視型(同時視+交代視型)同心円型累進多焦点・レンズの前面と後面を非球面形状として,レンズの中心から周辺にかけて連続的に度数を変化させている.中心部に遠用,周辺部に近用,その間に中間距離用が配置.・像コントラストが低下する.・性能が瞳孔径に依存する.ソフト同時視型同心円型二重焦点累進多焦点・中心が遠用,周辺が近用のものと,その逆のものがある.遠見と近見が同一視線上で行われるため,視線の移動を必要としない.・フィッティングによる見え方への影響が少ないため,処方が容易.・コントラスト感度の低下.・性能が瞳孔径に依存.・近方加入度数の変更により遠方視力も影響される.754あたらしい眼科Vol.27,No.6,2010(40)視軸がレンズ周辺部の近用光学部を通ることもあり,原理としては同時視型と交代視型の複合型であると考えられている4).老視矯正用のソフトコンタクトレンズはすべて視線の移動を必要としない同時視型である.中心部を遠用,周辺部を近用とするデザインと中心部を近用,周辺部を遠用とするデザインの両方がある.効果が瞳孔径に依存するため,瞳孔の小さい高齢者には推奨されない.また,同一人でも照度や近見反応による瞳孔径の変化のために,選択するレンズデザインによって遠近の見え方が大きく変化する可能性がある4).何種類かを試して,患者本人が最も満足するコンタクトレンズを処方すべきである.老視矯正ソフトコンタクトレンズは眼鏡や単焦点ソフトコンタクトレンズと比較してコントラスト感度が低下するため,要求度の高い人,長時間の近業を部,下方部が近用部になっている.同心円型はレンズ光学部において,中心部が近用部で周辺部が遠用部というデザイン(遠用部と近用部が逆のデザインもある)になっている.ハードコンタクトレンズにはセグメント型,同心円型の両方があり,ソフトコンタクトレンズは同心円型のみである.セグメント型は,遠用部と近用部がはっきり分かれたデザインとなっているため,近いところを見たい場合は下方視をするというふうに,視線の移動を行う交代視型である.レンズが回転すると遠用部と近用部の位置が変化してしまうため,プリズムバラスト法などによって回転を抑えるデザインが必要である.同心円型のハードコンタクトレンズは,角膜上でのレンズの動きが大きいため,レンズと瞳孔の中心がいつも一致しているとは限らない.このため,近方視の場合にa:老視矯正エキシマレーザー角膜屈折矯正手術のプロファイル近方視用遠方視用BeforeAfter遠方用近方・中間用遠方用b:Conductivekeratoplasty角膜周辺部に高周波を照射し,中央部を急峻化(近視化)させる.角膜の切除直径と矯正量を何段階かに分けて,角膜形状を遠近両用のコンタクトレンズ類似の形状にする.c:角膜インプラント(AcuFocuscornealinlay)材質はフッ化ポリビニリデン製で,カーボンブラックで黒く染色した直径の3.8mmの多孔性リング.ピンフォール効果による焦点深度の増加が可能.通常は非優位眼に挿入する.(写真提供:坪田一男先生)図4角膜老視矯正手術(41)あたらしい眼科Vol.27,No.6,2010755ことにより,調節力が得られるというコンセプトの眼内レンズである6).臨床成績は報告によりまちまちであり,一定の評価は得られていない.多焦点眼内レンズと異なり,基本的にコントラスト感度低下は生じないが,他覚的調節幅が十分でない場合が多い.c.モノビジョン白内障手術やエキシマレーザー屈折矯正手術時に屈折の左右差をつけて,モノビジョンで老視対策を行うことがある.白内障術後のモノビジョンに関しては,白内障以外の器質的眼疾患がなく,角膜乱視が1.5D未満,斜視がない,両眼視機能100秒以下で眼優位性が弱いことが適応基準としてあげられている7)が,最終的にはコする人には向かない.また,夜間の運転時の見えにくさが問題になることがある.c.モノビジョン単焦点コンタクトレンズのみ,または単焦点コンタクトレンズと多焦点コンタクトレンズを組み合わせ,屈折の左右差をつけて,近見視を可能とするモノビジョンが有効なことがある.影響する因子として,眼優位性や両眼視機能などがあげられる.優位眼の検査法には覗き孔法や指差し法がある5).優位眼に対して遠近のどちらに重点を置いた矯正が適するのかは症例により異なる5)ので,装用テストにより決定する.3.屈折矯正手術による矯正屈折矯正手術は,老視眼において補装具なしに遠近とも実用的な視力が得られることが利点であるが,多くは不可逆性の変化を伴い,視覚の質(qualityofvision)の面からみると,問題が多く残されている.眼鏡およびコンタクトレンズによる保存的矯正が奏効しない場合にのみ考慮すべき方法である.a.角膜老視矯正手術大きく分けて,エキシマレーザー角膜屈折矯正手術〔同心円上の遠近ゾーンで角膜に多焦点性をもたせる,角膜切除を伴わない角膜形成術(conductivekeratoplasty,laserthermalkeratoplastyなどの遠視矯正手術〕,角膜インプラントがある(図4).これらの手術は,遠近とも実用的な視力が得られる症例が多いものの,コントラスト感度低下(特に薄暮視,暗所視),グレア,ハロー,矯正効果の戻り,など視機能面での問題点があると報告されている.b.老視矯正眼内レンズ(図5)白内障術後の老視症状の矯正法として一部の多焦点眼内レンズが厚生労働省で承認されている.これらの眼内レンズが,白内障のない老視眼に対する治療として,透明水晶体摘出後に使用されることがある.一般に視力成績および満足度は良好であるが,コントラスト感度低下,グレア,ハローなどの視機能低下が問題となることがあるので,老視矯正目的のみでの適応決定は慎重にすべきである.調節眼内レンズは,眼内レンズ光学部が前後移動するa:多焦点眼内レンズ①②③b:調節眼内レンズ(光学部が1枚タイプ)c:調節眼内レンズ(光学部が2枚タイプ)Crystalens(Bausch&Lomb社)Synchrony(AMO社)①屈折型多焦点眼内レンズ(リズーム,AMO社),②回折型多焦点眼内レンズ(レストア,アルコン社),③回折型多焦点眼内レンズ(テクニスマルチフォーカル,AMO社).透明水晶体に対して手術が行われる場合はrefractivelensexchangeともいわれる.図5老視矯正眼内レンズ756あたらしい眼科Vol.27,No.6,2010(42)presbyopia.ClinExpOptom91:207-225,20082)CroftMA,KaufmanPL:Accommodationandpresbyopia:theciliaryneuromuscularview.OphthalmolClinNorthAm19:13-24,20063)梶田雅義:老視の矯正方法の選び方─総論─.眼科プラクティス9,屈折矯正完全版,p100-104,文光堂,20064)植田喜一:マルチフォーカルコンタクトレンズによる老視矯正.眼科プラクティス9,屈折矯正完全版.p109-114,文光堂,20065)不二門尚:調節機能,偽調節モノビジョン.IOL&RS17:91-97,20036)BuznegoC,TratterWB:Presbyopia-correctingintraocularlenses.CurrOpinOphthalmol20:13-18,20097)清水公也:モノビジョン白内障手術による老視治療.あたらしい眼科22:1067-1072,2005ンタクトレンズなどで術後シミュレーションを行って適応を決定する必要がある.エキシマレーザー屈折矯正手術前には,コンタクトレンズ装着などにより術後の見え方のシミュレーションが可能であるが,すでに視力の低下している白内障眼では,優位眼の決定や術後のシミュレーションが困難であるため,適応判断がむずかしいこともある.また,眼内レンズによるモノビジョンを行う場合は眼内レンズ度数計算の精度も重要であるため,適応や患者説明は慎重に行う必要がある.文献1)CharmanWN:Theeyeinfocus:accommodationand

オルソケラトロジーの基本

2010年6月30日 水曜日

0910-1810/10/\100/頁/JCOPYすることとする.I特徴的なレンズ設計オルソケラトロジーに用いるレンズは,リバースジオメトリーレンズという特殊な形状で,中央が周辺部よりもフラットにデザインされている.レンズの詳細は図1aのとおりで,角膜中央に接する光学系部分はベースカーブとよばれ,一般的な光学領の直径は6mmである.そこからは,リバースカーブとよばれるスティープにデザインされた部分が幅1mmで続いており,ここには涙液が貯留する.つぎに施されているのがアライメントカーブとよばれる部分で,レンズのセンタリングなどに深く関わっており,フルオレセイン染色では暗く写る.その周辺にあるのがペリフェラルカーブで,幅は0.3.0.5mm,エッジリフトの部分にあたり,レンズを縁取るように明るくフルオレセイン染色がみられる.オはじめにオルソケラトロジー(orthokeratology)とは,特殊デザインの酸素透過性ハードコンタクトレンズの装用により角膜形状を変化させ,近視などの屈折異常を治療する手技である.オルソケラトロジーの歴史は,約50年前,ハードコンタクトレンズの装用後に生じる「スペクタクル・ブラー」という現象の発見に端を発するとされる.これは,レンズ装用により角膜表面が押さえつけられ,角膜曲率がフラット化したために生じたものであるが,1989年,Woldygaはこの概念を応用し1),オルソケラトロジー効果を有するレンズを初めて開発した.初期には,レンズ素材や精度の問題から理論どおりの安定した施術には至らなかったが,近年の視機能関連検査機器の長足の進歩,コンタクトレンズ素材の進化,製造法の改良などから,角膜組織あるいは形状の詳細な分析が可能となったほか,かなり自由度の高いレンズ設計が行えるようになったため,オルソケラトロジーに再び光があたるようになった.特に,レンズの中央部が周辺部よりもフラットにデザインされたリバースジオメトリーレンズ(図1a)の出現によって,安定度の高いオルソケラトロジーが実現したといってよい.わが国でも,昨年春,一社のオルソケラトロジーレンズが承認され,日本コンタクトレンズ学会からはオルソケラトロジーガイドラインも公表されるなか,普及に向けた流れが起こりつつある.このような背景のもと,本稿では,オルソケラトロジーの奏効メカニズムについて,基礎的な見地から概説(29)743*TomokoGoto:鷹の子病院眼科**YuichiOhashi:愛媛大学大学院感覚機能医学講座視覚機能外科学分野(眼科学)〔別刷請求先〕五藤智子:〒790-0925松山市鷹子町525-1鷹の子病院眼科特集●屈折矯正における基本あたらしい眼科27(6):743.750,2010オルソケラトロジーの基本PrinciplesofOrthokeratology五藤智子*大橋裕一**ペリフェラルカーブ(PC)アライメントカーブ(AC)リバースカーブ(RC)ベースカーブ(BC)BCACPCRC図1aリバースジオメトリーレンズ744あたらしい眼科Vol.27,No.6,2010(30)ツ状パターンを呈しているのがわかる.II角膜への影響では,オルソケラトロジーレンズの装用は,角膜にどのような変化をもたらしているのであろうか?今のところ,角膜の形状変化は,角膜上皮の再分配によって起こると考えられており,角膜中央部の上皮層が薄くなるという報告が圧倒的に多い.サルにおける角膜の組織学的変化をみた最近の報告でも,やはり角膜中央部の上皮層に扁平化や基底細胞の形状変化などがひき起こされている(図2a,b)2).しかしながら,その一方で,細胞層ルソケラトロジーのコンタクトレンズ形状は以上のようにきわめて特殊ではあるが,レンズ自体は,従来どおりの高酸素透過係数(Dk)値素材のガス透過性(RGP)ハードコンタクトレンズである.実際にオルソケラトロジーレンズを装用した状態を図1bに示す.フルオレセイン(涙液)がリバースカーブに貯留し,特徴的なドーナ図1bリバースカーブに涙液貯留図2bオルソケラトロジーによる組織学的変化(2)A.Basalcells.コントロール:Clumnarshape.B.中央角膜の薄くなった部分:Rounded,squat.BC:basalcell,bl:basallamina.(文献2より)AB図2aオルソケラトロジーによる組織学的変化(1)A.コントロール,B.中央角膜:細胞は扁平化も層や数に変化なし.C.中間部:厚くなった部分細胞の層,数に変化なし,squamouscellが大きい.(文献2より)ABC(31)あたらしい眼科Vol.27,No.6,2010745しているのか,あるいは角膜実質にも起因しているのかは今後解決すべきポイントであろう.今ひとつ注意しておきたいのは,オルソケラトロジーレンズによる生理学的な影響であり,特に長期装用に伴って低酸素に基づくさまざまな変化が生じてくる可能性がある.オルソケラトロジーを5年間施術されたグループの角膜の変化を,一晩だけレンズ装用したグループを対照にconfocalmicroscopyを用いて比較検討した報告があるが,そのなかで,上皮基底細胞の密度低下とケラトサイトの減少を認めたと記載されている6).今後,長期的な装用のなかで,角膜にどのような影響が及んでいるのかを厳密に比較する意味でも,測定精度を含めた検査法の標準化は必須であり,レンズ装着時間,オルソケラトロジー施術年数などによる組織学的変化を,システマティックに追跡していく必要がある.レンズ素材に対する安全性は確保されているとはいえ,最も気になるのは,角膜上皮の菲薄化と就寝時装着との兼ね合いである.細胞接着やバリア機能に異常はないとの報告もあるが,はたしてそのとおりであろうか,上皮バリア機能の破綻は感染症のリスク増大につながる恐れがあるため,今後とも注意深く観察していくべきである.また,これまでの報告では角膜内皮細胞への影響はまったく認められていない6).筆者らの施設においても,1年の施術のなかでは内皮細胞に形態学的変化は認めていない(図3)が,この点においても引き続き長期データの集積が必要である.わが国ではオルソケラトロジーを眼科専門医が行う機会が大部分と想定されるが,その利点を十分に生かし,それぞれの施設で綿密な経過観察を行っていただきたいところである.の数には変化はなく,デスモゾームなどの細胞接着構造にも変化はみられなかったとしており(図2c),明らかな機能的異常を認めなかったと結論している.ヒトの眼について,Nguyenらはオーブスキャンを用いて角膜厚の変化を検討しているが,オルソケラトロジーレンズ装用により,起床時に角膜厚は17.7μm減少し,その12時間後には14.7μmへと変化したと報告している3).また,SwarbrickとAlharbiは,中央角膜上皮の菲薄化と中間周辺部角膜実質の肥厚を確認しており,彼らの報告によると,角膜上皮の厚さの変化は平均で17.0μm(30%)減少,中間周辺部の角膜厚は逆に11.0μm(2%)増加しており,後者は実質の変化であるとしている4,5).回帰解析によると,屈折値を1.0D変化させるためには上皮厚を8μm変化させることが必要であり,最大20μmまで変化させることが可能とされている.このように,オルソケラトロジーによる屈折変化は,そのほとんどが中央部の角膜上皮の菲薄化に基づくものであるとされているが,本当に角膜上皮にのみ起因角膜内皮細胞密度(cells/mm2)4,0003,0002,0001,000施工前施工後1年p=0.45図3オルソケラトロジー施行前・後の角膜内皮細胞密度ABC図2cオルソケラトロジーによる組織学的変化(3)A.コントロール,B.中央角膜の薄い部分:正常デスモゾーム,C.デスモゾーム拡大.(文献2より)BC:basalcellD:desmosomesN:nucleusSC:squamouscellT:tonofilamentsWC:wingcell746あたらしい眼科Vol.27,No.6,2010(32)矯正度数を引き,さらにcompressionfactorとよばれる定数0.75Dを引いたものが,オルソケラトロジーレIIIレンズ処方の実際実際の臨床におけるオルソケラトロジーレンズの選択は非常にシンプルで,レンズの決定はフラットKとターゲットパワーの2つの要素により行われる.フラットKとは角膜弱主経線のことであり,レフケラトメータあるいは角膜トポグラフィなどで得られた数値を参考に求める.実際の数式は図4aのとおりで,フラットKから……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………..図4b換算表例:弱主経線42.46D換算表より近似のフラットK=42.5D近視矯正量=.3D換算表よりベースカーブ=8.71図4aオルソケラトロジーレンズの選択に際しての計算(33)あたらしい眼科Vol.27,No.6,2010747れば,それに最も近いフラットK42.50Dを選択することになる.ターゲットパワーは文字どおり矯正値で,患者の矯正目標値が.3Dであれば,ターゲットパワーも.3Dとする.このように,フラットKとターゲットパワーが決定すれば,換算表から8.71というベースカーブを求めることができる(図4a,b).IV視機能―LASIK(laserinsitukeratomileusis)との比較代表的な症例を紹介する.31歳,女性で看護師,中等度の近視と乱視がある.コンタクトレンズとメガネを併用していたが,仕事上,できれば何も着けずに見たいという願望を強くもっていたため,オルソケラトロジーを行った.実際の矯正量は図5aのとおりである.オルソケラトロジー施術前および施術後1週間目のトポグラフィを示す(図5a,b).施術前と比べて角膜中央部が扁平化していることが一目でわかる.実際施術後の視力は右眼1.2,左眼1.2と良好であり,非常に満足度の高かった症例である.では,オルソケラトロジーとLASIKで視機能はどう違うのか?矯正量が軽度から中等度近視のオルソケラトロジー12例24眼,LASIK12例24眼の自験例を対象に比較してみた(図6).第一に,裸眼視力の立ち上がりはLASIKのほうが明らかに早い.オルソケラトロジーは視力が向上するのに少し時間はかかるが,1カ月程度で安定するとその後は効率よく維持できる.しかし,LASIKとの大きな違いは裸眼視力のばらつきであり,オルソケラトロジーの場合,思ったほどの視力を得られていない症例もときにみられるのが難点である(図7).その原因としてはセンタリングをはじめとしたレンズフィッティングに問題があることが考えられる.また,軽度から中等度の近視矯正において高次収差を比較するンズのベースカーブとなる.Compressionfactorとは,リバースジオメトリーレンズによる膨大な近視矯正データをもとに,矯正量を近似させる値として経験的に用いられているものである.実際には,個々に数式で計算する必要はなく,図4bのような換算表をみてベースカーブを決めることとなる.オルソケラトロジーレンズのベースカーブ決定換算表のフラットKは0.25D刻みとなっているため,もし患者の角膜弱主経線が42.46Dであ…………………………………………(図4bのつづき)〔症例〕31歳,女性,看護師.視力:R)0.05(1.0×S.2.0D(C.2.25DAx180°)L)0.06(1.2×S.2.25D(C.2.5DAx180°)メガネ,ハードCL使用,ドライアイ,充血に悩む図5a症例748あたらしい眼科Vol.27,No.6,2010(34)と,LASIKでは施術前後で特に有意差がみられないのに対し,opticalzone面積が狭い(レンズ上のopticalzoneは直径6mmであるが,形状上均一なのは4mmオルソケラトロジーLASIK裸眼視力(D)前1w1m3m6m9m12m1.00.1前1w1m3m6m9m12m1.00.1図7裸眼視力の推移(LASIKとの比較)■:施行後6カ月■:施行前オルソケラトロジー(p<0.05)LASIK(p=0.67)瞳孔6mm高次収差(μm)1.61.20.80.40図8オルソケラトロジーとLASIKによる高次収差の変化の比較〔オルソケラトロジー〕年齢:24.0±9.98歳性別:男性4例/女性8例(24眼)術前屈折値:.2.93±2.10D〔LASIK〕26.9±7.91歳男性5例/女性7例(24眼).3.38±1.73D図6オルソケラトロジーとLASIKの比較図5b図5aの症例の術前トポグラフィ(左:右眼,右:左眼)図5c図5a,bの症例の術後1週間目におけるトポグラフィ(左:右眼,右:左眼)視力:R)1.2(betterC.1.0DAx180°)L)1.2p(1.2C.0.75DAx180°)あたらしい眼科Vol.27,No.6,2010749程度でその周辺は多段カーブになっている)こともあってオルソケラトロジーでは明らかに高次収差が増えている(図8).このような結果からいえるのは,オルソケラトロジーが高度な視機能が要求される場面,あるいは職種には適していない点である.たとえば,パイロットや運転手などで,薄暮視など条件の悪い状況では,視機能にかなりの影響がでることを十分認識させ,処方を進めていただきたいと思う.Vレンズケア海外,特に中国や台湾などにおいて,オルソケラトロジーレンズは,わが国とは比べ物にならないほど普及している.と同時に,重大な眼感染症の報告も散見され7,8),従来のコンタクトレンズ使用に比べて感染リスクが高いのではないかとの懸念もある9,10).レンズ素材はこれまで長年われわれが処方してきたガス透過性ハードコンタクトレンズと同じであり,その意味での安全性は担保されているといえるが,就寝中,つまり閉瞼下での使用という点が決定的に異なっているため,より安全にオルソケラトロジーを継続していくためには,定期的な経過観察と患者への適切なケア指導が必要不可欠である.レンズの取り扱いの基本は従来のレンズと同様だが,ケアのスケジュールは昼夜が逆転する.オルソケラトロジーレンズの場合,夜間に装着するので,就寝中にレンズケース内を空にして確実に乾燥させ,起床時,使用したレンズを丁寧に擦り洗いをしてケースに戻す必要がある.ここで注意して欲しいのはレンズの汚れ方の違いである(図9a,b).すなわち,従来のハードコンタクトレンズはレンズ周囲に汚れが付着しやすいのに対し,オルソケラトロジーレンズは涙液貯留部位であるリバースカーブの部分に汚れが付着しやすい傾向がある.実際に使用したレンズを見ても通常の擦り洗いだけでは汚れが残留しており,この部が菌の温床となり角膜上皮に接触しているのだと思うと,これは気持ちのいいものではない.このような特殊なレンズ形状を使用者にも十分理解させ,たとえば細めの綿棒を用いて洗浄するなどの工夫が必要と思われる.つぎに,レンズケースの汚染について考えたい.図10aは通常のハードコンタクトレンズ使用者,図10bが(35)図9a通常ハードコンタクトレンズ(HCL)レンズ周辺に汚れが付着しやすい.図9bオルソケラトロジーレンズリバースカーブに汚れが付着しやすい.NegativeCNSSerratia■:Negative■:CNS(コアグラーゼ陰性菌)■:Serratia■:Klebsiella■:PseudomonasKlebsiellaPseudomonas図10aHCLケースの汚染状況(自検例)■:Negative■:CandidaCandidaNegative図10bオルソケラトロジーレンズケースの汚染状況(自検例)750あたらしい眼科Vol.27,No.6,2010オルソケラトロジー使用者のレンズケースの汚染状況である.このグラフからは,オルソケラトロジーレンズ使用者のほうが菌の検出が圧倒的に少ないといえる.この理由としては,オルソケラトロジーレンズの使用者がすべて当院で処方され管理されている症例である点があげられる.レンズケースの汚染は使用者の性格などによって個人差があり,長期使用に伴ってケアがおざなりになりやすい.筆者らのクリニックでは,処方時のケア指導はもちろんのこと,その後も定期的にケアのチェックと再教育を継続している.今後,オルソケラトロジー人口の増加が予想されるが,これが重大な角膜感染症の発生につながらないように,努力していく必要がある.おわりにオルソケラトロジーは近視矯正法のオプションの一つであり,軽度から中等度までの近視が良い適応である.長期的視点からの角膜への悪影響,角膜感染症のリスクなど,課題は少なくないが,非観血的なアプローチを望む患者にとっては有力な選択肢であり,ケア指導を中心とした健全な普及のなかで,多くの国民が恩恵を受けることを期待している.文献1)WlodygaRJ,BrylaC:Cornealmolding;theeasyway.ContactLensSpectrum4(58):14-16,19892)CheahPS,NorhaniM,BariahMAetal:Histomorphometricpro.leofthecornealresponsetoshort-termreversegeometryorthokeratologylenswearinprimatecorneas.Cornea27:461-470,20083)NguyenT,SoniS,CarterDetal:Cornealchangesassociatedwithovernightorthokeratology.ARVOabstract3092.InvestOphthalmolVisSci,20024)SwarbrickHA,WongG,O’LearyDJ:Cornealresponsetoorthokeratology.OptometVisSci75:791-799,19985)AlharbiA,SwarbrickHA:Theeffectsofovernightorthokeratologylenswearoncornealthickness.InvestOphthalmolVisSci44:2518-2523,20036)ZhongX,ChenX,XieRZetal:Differencesbetweenovernightandlong-termwearoforthokeratologycontactlensesincornealcontour,thickness,andcelldensity.Cornea28:271-279,20097)KimEC,KimMS:Bilateralacanthamoebakeratitisafterorthokeratology.Cornea29:680-682,20108)WattK,SwarbrickHA:Microbialkeratitisinovernightorthokeratology:reviewofthe.rst50cases.EyeContactLens31:201-208,20059)ChooJD,HoldenBA:AdhesionofPseudomonasaeruginosatoorthokeratologyandalignmentlenses.OptomVisSci86:93-97,200910)LadagePM,YamamotoN,RoberetsonDMetal:Psudomonasaeruginosacornealbindingafter24-hourorthokeratologylenswear.EyeContactLens30:173-178,2004(36)

エキシマレーザー屈折矯正手術における基本

2010年6月30日 水曜日

0910-1810/10/\100/頁/JCOPY2.PRKPRKは角膜上皮をゴルフメスやブラシで除去し,Bowman膜と角膜実質をレーザー切除することで角膜屈折力を変化させて屈折矯正を行う(図2).PRKは,高い矯正精度をもつ初めての屈折矯正手術として1990年代前半から盛んになり,1995年には米国のFDA(食品・医薬品局)に承認された.しかし,角膜上皮.離を広範囲に作ることから術後に疼痛があることや,視力安定に時間を要すること,ときとして術後角膜上皮下混濁(haze:ヘイズ,図3)が発生することなどの短所ももちあわせていた2).ヘイズは角膜上皮細胞の障害により放出されたIL(イはじめに2000年にエキシマレーザー装置によるPRK(photorefractivekeratectomy)手術が承認されてから10年が経過した.この間に術式や手技や機器のさまざまな進歩があり,2010年に入っても,強度近視に対する有水晶体眼内レンズが2月に,LASIK(laserinsitukeratomileusis)のフラップ作製と角膜移植に使用するフェムトセカンドレーザーが6月に厚生労働省から承認され,現在でも屈折矯正手術の技術は日進月歩である.進歩を続けながらではあるが,エキシマレーザーによる屈折矯正手術の累積手術件数はわが国で100万眼を突破しており,屈折矯正手術を行わない眼科医師にとってもめずらしい手術ではなくなりつつある.本稿では,エキシマレーザー屈折矯正手術を理解するための基本的な事項を述べる.Iエキシマレーザー屈折矯正手術1.エキシマレーザーArF(フッ化アルゴン)エキシマレーザーは193nmの紫外線レーザーであり,高い光エネルギーにより分子間結合を解離させる光切除によって,角膜をサブミクロン単位で平滑に切除することができる.1980年代にTrokelが角膜にエキシマレーザーを照射することで,精確な角膜切開が可能なことを報告し1),角膜手術への応用が試行されはじめた.現在わが国で4機種のエキシマレーザーが承認されている(図1).(23)737*OsamuHieda:京都府立医科大学大学院視覚機能再生外科学〔別刷請求先〕稗田牧:〒602-0841京都市上京区河原町広小路上ル梶井町465京都府立医科大学大学院視覚機能再生外科学特集●屈折矯正における基本あたらしい眼科27(6):737.742,2010エキシマレーザー屈折矯正手術における基本FundamentalsofLaserVisionCorrection稗田牧*EC-5000S4IRMel-80T-217z図1厚生労働省の承認を得ているエキシマレーザーの機種738あたらしい眼科Vol.27,No.6,2010(24)疼痛が少ない.また,角膜上皮が保たれるため早期に視力回復が得られ,角膜上皮下混濁の問題もない.エキシマレーザーを使用することで手術の精度も高い.米国では近視手術の件数が飛躍的に増加するのと時を同じくして,PRKからLASIKへ術式の変換が劇的に進み,年間100万件を超えるLASIKがなされるようになった.わが国でも,年間数十万件の角膜屈折矯正手術のほとんどがLASIKで行われている.4.SurfaceablationBowman膜からレーザー照射を行う術式の総称がSurfaceablationである.PRKはSurfaceablationの原型といえる.PRKで問題となったヘイズを防ぐため,上皮.離の際になるべく上皮細胞を障害しないような方法が提唱されている.TransepithelialPRK(T-PRK)はレーザーにより必要最小限の外傷で上皮を除去する方法である.Laserepithelialkeratomileusis(LASEK)は20%程度のアルコールで上皮の接着を弱めてからシート状に.離する方法である.Epi-LASIKはエピケラトームを用いメカニカルに角膜上皮をフラップ状に.離する方法である.フラップ状に.離した上皮に基底膜が保存されると,上皮は再び実質層に接着可能であり,サイトカインの放出も抑えられ,術後のヘイズが抑えられるのみならず,上皮欠損が起こらないことになる.現時点では上皮フラップすべてが生細胞で構成されていない5)ので,痛みが少なく視力回復が早い症例ばかりではない.術中にmitomycinC(MMC)の使用がヘイズの抑制には有効ではある6).しかし,長期的な副作用や内皮への影響など不明な点もあり,慎重に使用する.ンターロイキン)-1,TNF(腫瘍壊死因子)-aなどのサイトカインが,角膜実質細胞のアポトーシスを起こし,それに引き続く実質細胞の増殖・遊走にTGF(トランスフォーミング増殖因子)-bなどの因子が関連し,実質細胞に変性が起こることで発生すると考えられている3).3.LASIKの広がりLamellarrefractivesurgeryは1960年代にコロンビアのBarraquerにより開始された.マイクロケラトームとよばれる表層角膜を円形に切除する手術器具を開発し,切除した角膜片を凍結加工したうえで再度自己の角膜に縫着する屈折矯正手術(keratomileusis)を試みたが普及しなかった.ギリシャのPallikarisはマイクロケラトームでフラップを作製したあとにエキシマレーザーを使用する術式を発表しLASIK(図4)が生まれた4).LASIKはフラップを作製することで,角膜上皮細胞層に神経終末をもつ知覚神経への影響が少ないため術後図2PRKのイメージ角膜上皮を.離したのちBowman膜からレーザー照射する.図4LASIKの模式図フラップを作製し翻転したのち,角膜実質をレーザー照射する.図3PRK術後の角膜上皮下混濁レーザー照射領域に一致した淡い混濁を認める.(25)あたらしい眼科Vol.27,No.6,2010739せ,フラップを作製し,フラップを翻転して,矯正用のレーザー照射を行い,フラップを元の場所に戻す.フラップは角膜内皮細胞のポンプ作用による陰圧で術直後から接着する.ケラトームにより切開された上皮は,術後数日で治癒する.角膜上皮に欠損を起こさないため,感染のリスクも低く,両眼同時に手術をすることが通常である.Surfaceablationは,角膜上皮.離を行い,レーザー照射を行ったのち,ソフトコンタクトレンズを角膜上皮欠損がなくなるまで3日から5日装用する.この間は疼痛があるだけでなく感染のリスクも高いので点眼の重要性をよく理解してもらう.2.術後成績Surfaceablationでは約1週間で日常生活が問題なく送れる視力となるが,LASIKであればほぼ術翌日から日常生活に支障がない見え方となる.エキシマレーザー手術により,6Dまでの中程度近視ならほぼ1.0以上になるといってよい精度があり,10Dまでの強度近視の場合では1.0以上の視力が出る確率は80%ほどである.精度は目標の±1.0D以内に矯正できるのが95%程度であり,±0.5D以内がほぼ90%である.また,LASIKでは術後数カ月経過後にフラップを再.離してレーザー照射を追加することも可能である.Surfaceablationの追加矯正はヘイズのリスクを考慮する必要がある.3.術中合併症非常にまれではあるが,LASIKで作製したフラップが照射領域を確保できない不完全フラップの場合は,レーザー照射を延期したほうが安全である.屈折度数が3カ月以上経過して安定している場合には,マイクロケラトームで新たなフラップを作製しレーザー照射が可能である.不完全フラップの多くは作動中に吸引が外れることで起きる.Epi-LASIKの場合に上皮フラップが一部不完全で上皮が残存していれば,ゴルフメスなどで除去しレーザー照射はほとんどの場合可能である.II適応適応となるのは18歳以上の眼鏡またはコンタクトレンズ装用に支障があり,本手術の問題点,合併症を含めた説明を受けたうえで納得し,かつ一般眼科検査にて屈折異常以外の疾患が認められないものである7).術前の検査時にハードコンタクトレンズは最低3週間,ソフトコンタクトレンズは2週間程度の装用中止として,角膜形状に与える影響を取り除くことが必要である.円錐角膜など角膜形状異常は適応にならないので,角膜形状解析装置のデータから慎重な適応決定がなされるべきである8).LASIKではフラップを作製し,レーザー照射後の残存角膜厚は250μmより多く残す必要がある..10Dを超す最強度近視(150μm以上の切除が必要)の場合には,角膜での矯正限界を超えていると考えられ,有水晶体眼内レンズ(phakicIOL)による矯正手術がなされるようになっている.SurfaceablationではBowman膜を切除するので,筆者らの施設では残存角膜厚を250μmよりは多く300μm(上皮を含め全角膜厚350μm)は残すようにしている.それでも強度近視,乱視に対してはLASIKよりSurfaceablationで適応範囲が広い.また,ボクシングはLASIKフラップに対する影響が危惧されるのでSurfaceablationを行っている.LASIK術後のケラテクタジアとよばれる円錐角膜の進行はこれまでの報告例ではSurfaceablationで少ない9).したがって,LASIKより少しは適応範囲を広くしてもいいものと考えられる.そこで,角膜後面のみの異常や,きわめて軽度の「円錐角膜疑い」症例は,Surfaceablationの適応としていいのかもしれない.III実際1.手術点眼麻酔下で行う.わが国においては,ドレーピングして完全な清潔操作で手術を行うことが一般的である.手術時間は両眼で30分程度であり,外来手術で行われる.LASIKの場合,マイクロケラトームを吸引・吸着さ740あたらしい眼科Vol.27,No.6,2010(26)する.c.ストリエ,Flapdislocationフラップの位置ずれで起こるマクロストリエと,Bowman膜の細かい皺であるマイクロストリエがある.マイクロストリエは所見としては散見されるが,視機能への影響はほとんどなく治療の対象にならない.マクロストリエは,フラップの位置を整復することで治療できる.d.Epithelialingrowth(図6)フラップ下で角膜上皮が増殖して混濁をきたした状態である.術後1カ月までの間で徐々に増殖してくるものがほとんどで,頻度は2%である.フラップの辺縁にあ涙液や出血がレーザー照射を阻害して不正乱視を惹起することがあるので,レーザー照射中は角膜が適度に乾いた状態に保たれていることを注意深く観察する.4.術後ケア術直後は30分程度仮眠椅子で休んでもらい,状態をチェックした後帰宅してもらう.術後点眼麻酔が切れると軽い痛みや流涙があるが,数時間で軽快することを伝え,眼を擦ったり,掻いたりすることは厳禁であることを説明しておく.LASIKでは術後1週間程度のフルオロメトロンおよび抗生物質の点眼を行う.Surfaceablationはヘイズを避けるため,4カ月程度漸減しながら点眼を行う.角膜知覚神経の切断による角膜知覚の低下に伴い涙液分泌量が低下するので,一時的なドライアイとなることがある.術後1カ月程度は人工涙液とヒアルロン酸点眼の併用で対処し,その後は必要に応じて増減する.5.術後合併症a.ヘイズ(haze)(図3)Surfaceablation後に起こり,上皮が修復した1週間から1カ月で発症し,適切なステロイド点眼がされなければ3カ月にかけて増悪する.混濁が強いと近視化も併発することが多い.点眼コンプライアンスに問題がある例がほとんどなので,定期的に通院させ数カ月にわたり点眼を行う.経過とともに混濁が軽減する例がほとんどである.b.DLK(diffuselamellarkeratitis)LASIK術後にみられる層間の炎症細胞浸潤.発生頻度は5%でまれなものではない.早期に発見でき,フラップの一部分にしか起きていないものはフルオロメトロンの頻回点眼で治癒する.炎症細胞が広い範囲にあれば,ベタメタゾン点眼に切り替え,内服も処方する.術後4日で炎症が増悪し,見えにくさを訴えるようであれば,フラップ下の洗浄を行う.DLKは術直後だけでなく,外傷によりフラップが.離したり,角膜上皮.離が起こったりした場合に発症する(図5).この場合感染の可能性も考えられるので,積極的に創間洗浄を行い,適切なステロイド投与で治癒図5DLKとフラップ下異物術後6カ月で就眠中にイヌにかまれて,フラップの乖離とそれに続発する激しいDLKを認める.洗浄により治癒した.図6Epithelialingrowth術後7年でリフトエンハンス後に発生した.再度フラップをリフトして除去することで軽快した.(27)あたらしい眼科Vol.27,No.6,2010741ら,高次収差を矯正しSupervisionを達成することが眼光学における新しいトピックスとなっている.近視・乱視のみを矯正しようとする従来の屈折矯正方法に対して,高次収差まで矯正しようとするのがカスタム(wavefront-guidedもしくはtopography-guided)照射(ablation:アブレーション)である.角膜を切除することによる誘発高次収差が大きく,現時点では高次収差を減少させることはできないが,コマ収差の増大は抑えることができる.稀であるが高次収差の増大により,術後に夜間視機能の低下,ハロー・グレアが問題となることがある.カスタムアブレーションで,夜間視機能の問題をより起きにくくする効果が期待できる.2.フェムトセカンドレーザーフェムトセカンドレーザーは近赤外線のレーザーで,焦点外の角膜組織は通過し,超短パルス(約500.800フェムト秒パルス,フェムト秒=10.15seconds)の特性から瞬間ピーク出力が大きく,焦点の合った照射組織のみを光ディスラプション(photodisruption)させて,気泡の発生とともに数ミクロンの空隙を作ることができる.これを一定の間隔で数多く照射することで,周辺組織に熱拡散の影響を及ぼさずに,透明角膜を切開することができる.LASIKのフラップを作ることでフェムトセカンドレーザーは進歩してきた(図7).レーザーケラトームでは角膜内の一定の深さに焦点を合わせレーザー照射していり島状のものは自然治癒するので経過観察のみでよい.視軸にかかるようになれば,フラップを開けて除去する.e.感染性角膜炎感染性角膜炎は視力障害をひき起こしうる重篤な合併症である.これまでの報告ではLASIKで0.1.0.025%,PRKでは0.1%の頻度とされている10).LASIKでフラップ下の層間に感染を起こす場合には,非定型抗酸菌や多剤耐性菌などの日和見感染の起炎菌で薬剤が効きにくいことを想定しなくてはならない.メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)やメチシリン耐性表皮ブドウ球菌(MRSE)は眼表面の常在菌としても存在しており,これらの保菌者に手術で角膜上皮障害をつくることが発症の契機となりうる.Surfaceablationでは上皮欠損が広いので注意が必要である.f.ケラテクタジアケラテクタジア(keratectasiaもしくはcornealectasa;角膜拡張症)は,エキシマレーザー角膜屈折矯正手術後に起こる,角膜の進行性急峻(steep)化と進行性菲薄化であり,その変化は下方角膜に起こることが多い.稀な合併症であり,約1/2,500以下の頻度(0.04%)と見積もられている8).円錐角膜疑い症例を厳密に適応から除外することで発症を予防することが重要である.進行を止めるために角膜にリボフラビンを浸透させ紫外線を照射するクロスリンキングが使われるようになりつつある.g.緑内障近視は緑内障のリスクファクターとして知られているが,エキシマレーザーで角膜を切除すると,見かけ上眼圧が低下する.術後眼を診療する場合には約5mmHg眼圧を上乗せして考え,視神経乳頭を丁寧に観察することで緑内障の早期発見に努めている.IVエキシマレーザー手術の現在1.カスタムアブレーションヒトの眼には,近視や乱視の低次収差以外に高次収差とよばれる細かな屈折異常が存在し,高次収差を矯正すると,眼底を高解像度で観察できるのみならず,自覚的なコントラスト感度が改善するという報告がなされてか図7フェムトセカンドレーザーの外観2010年6月に承認されたFS-60(AMO社製).742あたらしい眼科Vol.27,No.6,2010(28)もしEpi-LASIKのフラップが100%生着するならば,角膜の剛性の面からいっても,バイオメカニクスの点からいっても最も優れた手術といえる.今後重要になる点としてもう一つあげるとするならば,現時点では一度正視になっても,その後の生活で自然経過として近視が進行することは防ぐことができない.成人の近視進行予防について,今一度真剣に考える時期が来ているように思われる.文献1)TrokelSL,SrinivasanR,BrarenB:Excimerlasersurgeryofthecornea.AmJOphthalmol96:710-715,19832)AmericanAcademyofOphthalmology:Excimerlaserphotorefractivekeratectomy(PRK)formyopiaandastigmatism.Ophthalmology106:422-437,19993)WilsonSE,MohanRR,HongJWetal:Thewoundhealingresponseafterlaserinsitukeratomileusisandphotorefractivekeratectomy:elusivecontrolofbiologicalvariabilityandeffectoncustomlaservisioncorrection.ArchOphthalmol119:889-896,20014)PallikarisIG,PapatzanakiME,StathiEZetal:Laserinsitukeratomileusis.LasersSurgMed10:463-468,19905)TaniokaH,HiedaO,KawasakiSetal:Assessmentofepithelialintegrityandcellviabilityinepithelialflapspreparedwiththeepi-LASIKprocedure.JCataractRefractSurg33:1195-1200,20076)RavivT,MajmudarPA,DennisRFetal:Mitomycin-Cforpost-PRKcornealhaze.JCataractRefractSurg26:1105-1106,20007)日本眼科学会エキシマレーザー屈折矯正手術ガイドライン委員会:エキシマレーザー屈折矯正手術のガイドライン.日眼会誌113:741-742,20098)稗田牧:ケラテクタジアの疫学.IOL&RS22:146-151,20089)RandlemanJB,RussellB,WardMAetal:RiskfactorsandprognosisforcornealectasiaafterLASIK.Ophthalmology110:267-275,200310)稗田牧:エキシマレーザー屈折矯正手術に伴う感染性角膜炎について教えてください.あたらしい眼科26(臨増眼感染症Now!):109-111,2010るので,厚みが均一なフラップが作製されることが特徴である.このフラップ厚みの均一性に由来して,誘発高次収差がメカニカルケラトームより少ない.メカニカルケラトームでは吸引不全による不完全フラップができると,エキシマレーザー照射を延期する必要があったが,レーザーであれば同じセッテイングでほぼ同じ深さを切開できるので,当日再フラップ作製を行うことができる.より薄いフラップがレーザーケラトームでは作製可能であるが,実質と上皮を含むフラップとしては100.110μmが限界であろう.3.さまざまなLASIKホームページを検索するとプレミアムレーシックやスーパーレーシックなど学術名では聞いたことのないさまざまなLASIKが存在しているようであるが,その差異は少なく,特異な名称ほどの付加価値はない.そのなかでiLASIKは米国NASA(航空宇宙局)の宇宙飛行士にも承認されていることでブランド化が図られている.その実態は照射径拡大(径8mm)とwavefront-guidedablationとフェムトセカンドレーザーによるフラップ作製である.V今後の展望エキシマレーザー屈折矯正手術のカスタムアブレーションは発展途上にある.コンセプトとしてのwavefront-guidedablationは間違っていないが,角膜バイオメカニクス予測のアルゴリズムとハードの技術が追いついていないのである.今後スーパービジョンとまでいかずとも,術後夜間視機能が改善する程度には発展すると思われる.フラップが最終的にレーザーケラトームで落ち着くか,上皮フラップ(Epi-LASIK)になるかはわからない.