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ボリコナゾール眼局所投与の使用経験

2010年4月30日 金曜日

———————————————————————-Page1(115)5310910-1810/10/\100/頁/JCOPY46回日本眼感染症学会原著》あたらしい眼科27(4):531534,2010cはじめに抗真菌化学療法剤の開発には,種々の転機があった.1960年代にアンホテリシンBが初めて臨床導入され,Fusa-rium属やAspergillus属など重症眼感染症に有効な抗真菌薬として汎用された.しかし,その強い副作用から眼科医には扱いにくい薬剤であった.さらに主として酵母を対象としてフルシトシンが開発されたが,長期使用に伴い高頻度で耐性株が出現した.つぎに第一世代のアゾール系(イミダゾール)〔別刷請求先〕佐々木香る:〒860-0027熊本市西唐人町39番地出田眼科病院Reprintrequests:KaoruAraki-Sasaki,M.D.,Ph.D.,IdetaEyeHospital,39Nishi-Tohjinmachi,KumamotoCity860-0027,JAPANボリコナゾール眼局所投与の使用経験佐々木香る*1砂田淳子*2浅利誠志*2園山裕子*1子島良平*3宮井尊史*3宮田和典*3出田隆一*1*1出田眼科病院*2大阪大学附属病院感染制御部*3宮田眼科病院EcacyandSafetyof1%VoriconazolEyedropsKaoruAraki-Sasaki1),AtsukoSunada2),SeishiAsari2),HirokoSonoyama1),RyoheiNejima3),TakashiMiyai3),KazunoriMiyata3)andRyuichiIdeta1)1)IdetaEyeHospital,2)DepartmentofInfecionControlandPrevention,OsakaUniversityHospital,3)MiyataEyeHospital目的:角膜真菌症に対するボリコナゾール(VRCZ)の眼局所への使用経験において,有用性,安全性,保存性に関する知見を報告する.方法:出田眼科病院,宮田眼科病院にてVRCZ点眼液(生理食塩水を用いて1%の点眼液に調整)を処方した角膜真菌症8例(平均年齢74歳)における臨床的効果を検討するとともに,うち4例において分離株に対する各種抗真菌薬の感受性を比較した.また,レトロスペクテイブに薬剤毒性による臨床所見の有無を調べた.さらに,調整後のVRCZ点眼液の安定性について滴下法を用いて確認した.結果:VRCZは,水溶性で容易に溶解可能であり,結晶の析出は認められなかった.さらに冷凍冷蔵保存にて固形物の析出は認めなかった.分離された株はFusariumsolani3株,Beauveriabassiana2株,Aspergillusavus1株,Penicillium1株,Scedosporium1株であり,臨床的にはVRCZ点眼液は全例で有用であった.VRCZを含む感受性試験を施行できた4株に対してVRCZは高度感受性を有していた.VRCZ点眼液の使用期間は平均6カ月であったが,この間薬剤毒性による臨床所見は認められなかった.点眼液調整後3週間冷蔵保存したVRCZ点眼液の薬剤感受性を検討したところ,抗真菌活性の低下は認めず,5週間冷凍保存した点眼液についても良好な抗真菌活性を示した.結論:VRCZ点眼液は種々の糸状真菌に対し良好な感受性を示し,薬剤毒性を認めず,調整後も長期にわたりその抗真菌活性を持続することから角膜真菌症の治療に有用であると考えられる.Purpose:Toreportontheecacy,safetyandstoragestabilityof1%voriconazoleyedrops(VRCZ-ed)inthetreatmentofkeratomycosis.Methods:EightpatientswithkeratomycosisweretreatedwithVRCZ-edatIdetaEyeHospitalandMiyataEyeHospital.Ecacywasobservedclinicallyandsensitivitytotheisolatedfungi(Fusari-umsolani,Beauveriabassiana,Aspergillusavus,PenicilliumandScedosporium)wastestedbyE-testTMandAstyTM.Drugtoxicitywascheckedbyslit-lampexamination.Results:VRCZ-edwasclear,withnoprecipitationafterfreezingandthawing.VRCZ-edwaseectiveinallcasesandsensitivetoallisolatedfungi.Notoxickeratopa-thywasobservedduring6months’treatmentwithVRCZ-ed.VRCZ-edmaintaineditsecacyfor3weeksafterdilutionand5weeksafterfreezing.Conclusion:VRCZ-edisusefulforitsecacy,safetyandstoragestability.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)27(4):531534,2010〕Keywords:ボリコナゾール,角膜真菌症,感受性,抗真菌薬.voriconazol,cornealmycosis,sensitivity,antimy-coticdrug.———————————————————————-Page2532あたらしい眼科Vol.27,No.4,2010(116)抗真菌薬であるミコナゾールが開発され,さらに安定性を目指して第二世代アゾール系であるトリアゾール系化合物,フルコナゾールおよびイトラコナゾールが開発された.ボリコナゾール(以下,VRCZ)は第三世代アゾール系のトリアゾール化合物として,これらアゾール系抗真菌薬の弱点を改良し開発された1).すでに,VRCZの全身投与は各種糸状菌による角膜炎,眼内炎の分離株33株に対して良好な感受性を有することが報告されている2,3).また,1%に調整したVRCZ点眼液は,従来治療に難渋していたFusarium属やAspergillus属による角膜炎に対して良好な効果を示したという報告が散見される47).そこで,VRCZ点眼液の効果に関するデータを集積する意味で,筆者らの施設における使用経験を報告するとともに,1%VRCZ点眼液の有効性,安全性および安定性に関する検討を行った.I方法対象は宮田眼科病院,出田眼科病院においてVRCZ点眼液にて加療した角膜真菌症8例8眼,男性4例,女性4例,平均年齢74歳であった.VRCZ点眼液はブイフェンドTM200mg静注用製剤を無菌的に生理食塩水で1%溶液に調整して作製した.検討項目は1%VRCZ点眼液の有効性,安全性,保存性である.VRCZ点眼液の有効性については,臨床的効果および分離株を用いた薬剤感受性測定および点眼濃度に基づく薬剤感受性試験にて判定した.薬剤感受性測定は,E-testTMおよびAstyTMを用い,VRCZおよびその他の抗真菌薬:アンホテリシンB(AMPH-B),フルシトシン(5-FC),フルコナゾール(FLCZ),イトラコナゾール(ITCZ),ミコナゾール(MCZ),ミカファンギン(MCFG)の測定を行った.また,点眼濃度に基づく薬剤感受性測定は,RPMI培地上に菌を塗布し,実際に臨床で点眼として使用されている薬剤濃度液を滴下し,25℃および35℃で4日間培養して観察した.VRCZに関しては1%溶液の阻止円が大きすぎるため,希釈して検討した.VRCZ点眼液の安全性については,臨床経過上の薬剤毒性による表層性角膜炎の有無について記載した.さらにVRCZ点眼液の安定性については,1%に調整したVRCZ点眼液を冷蔵(4℃)下にて1,2,3週間,冷凍(20℃)下にて5週間保存したものを材料とし,滴下法にて眼科臨床症例より分離されたScedosporium株を用いて感受性の変化を検討した.なお,全症例においてVRCZの点滴投与を3日から1週間併用した.II結果1.代表症例(症例1)57歳,女性.つき目による角膜真菌症でScedosporiumが分離された.前眼部所見を図1に示す.角膜中央に表層性の羽毛状病巣を示し,前房蓄膿を認めた.1%VRCZ点眼×1時間毎,0.1%MCZ点眼1日6回,ピマリシン(PMR)軟膏1日1回,加えてVRCZ点滴を1週間施行したところ病巣は改善したが,翼状片の術後瘢痕部位が菲薄化したため,治療的角膜移植を施行した.移植後も含め6カ月間にわたりVRCZ点眼液を続行したが,図2のように薬剤毒性による表層性角膜炎および充血は認めなかった.この分離菌に対するE-testTMを図3に,点眼濃度に基づく感受性試験結果を図4に示す.いずれもVRCZに良好な感受性を示した.2.VRCZの各種真菌株に対する感受性分離された8株の内訳は,Penicillium1例,Beauveria2例,Scedosporium1例,Aspergillus1例,Fusarium3例で図1症例1の前眼部所見57歳,女性.Scedosporiumが分離された.角膜中央に表層性の羽毛状病巣を示し,前房蓄膿を認めた.図2症例1のVRCZ点眼6カ月後の所見治療的角膜移植施行後も含め,6カ月間にわたりVRCZ点眼を続行した.薬剤毒性による表層性角膜炎および充血は認めなかった.———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.27,No.4,2010533(117)あった.このうち,感受性試験を施行できた6株(VRCZに対しては4株)のE-testTM,AstyTMによる最小発育阻止濃度(MIC)を表1に示す.比較的表在性で比較的進行が遅いグループ(Penicillium,Beauveria,Scedosporium)と,進行が非常に速く重篤な角膜深在性真菌症を生じるグループ(Aspergillus,Fusarium)に分けると,AMPH-Bは後者,MCZ,MCFGは前者に低いMICを示した.FLCZはいずれに対しても高いMICを示した.一方,VRCZは4株すべてに対して,低いMICを呈した.点眼濃度に基づく感受性試験では,すべて症例1と同様に希釈したVRCZ溶液に一番大きな阻止円を認めた.3.VRCZ点眼液の臨床的有効性,安全性VRCZ点眼液短期間投与で治療的角膜移植に至った1例を除いた7例では,全例で病巣の縮小を認め,VRCZ点眼液は臨床的に有効であることが確認された.治療的角膜移植に至った5例を含む全例において,平均投与期間6カ月の間,VRCZ点眼液による薬剤毒性表層性角膜炎や遷延性上皮欠損は認められなかった.4.VRCZ点眼液の保存性1,2,3週間冷蔵保存,5週間冷凍保存したVRCZ点眼液は,図5のようにScedosporiumに対して,阻止円形成は良好であり,薬剤効力の劣化は認められなかった.III考按VRCZは,FLCZの一つのトリアゾール分子を4-フルオロピリジン基で置換しaメチル基を添加した構造となっている.そのため,脂溶性を獲得し,広いスペクトラムを有する.すでにFusarium,Aspergillusに対して,VRCZ点眼が有効である報告がなされている17)が,今回さらに種々の病原性をもつ糸状菌8株に対し,良好なMICを呈することがVRCZITCZFLCZ5-FCAMPH-B図3Scedosporiumに対する各抗真菌薬によるEtestTMVRCZに大きな阻止円を認める.PMRMCZMCFCVRCZ0.05%FLCZAMPH-B図4各種抗真菌薬の点眼濃度に基づく感受性試験結果株はScedosporium,接種薬液量50μl,RPMI培地,25℃,4日間培養.コントロール冷蔵保存3週間冷蔵保存2週間冷蔵保存1週間冷凍保存5週間図5VRCZ点眼液の劣化試験1,2,3週間冷蔵保存,5週間冷凍保存したVRCZ点眼液は,同程度の阻止円を認めた.抗真菌薬20μl,RPMI培地,4日間培養.0.05%VRCZ周囲に大きな阻止円を認める.表1抗真菌薬に対する分離6株の感受性のまとめ分離菌AMPHFLCZITCZMCZMCFGVRCZPenicillium>32>256>32>220.125Scedosporium1664>80.25>160.047Beauberia82560.250.50.50.5Aspergillus0.5>640.062<0.03Fusarium0.5>64>8>32>16Fusarium1>64>8>16>164(E-testTM,AstyTMによるMIC)(μg/ml)———————————————————————-Page4534あたらしい眼科Vol.27,No.4,2010(118)明らかとなった.E-testTMとAstyTMを合わせて評価することには問題はあるが,MCFGおよびMCZはE-testTMが存在せず,一定の傾向をみるために2法による結果を合わせて評価した.さらに,点眼濃度に基づく感受性試験を施行した4株において,希釈したVRCZ点眼液が,最も大きな阻止円を認めたことは,その有用性を裏付けるものと思われる.平均6カ月という長期投与にもかかわらず,全例で薬剤毒性による表層性角膜炎を認めなかったことは眼科臨床において非常に使いやすい点眼液であるといえる.角膜移植後という上皮が不安定な状態においても,副作用を認めなかったことは特記すべきと思われた.VRCZ点眼液投与後24分経過時点におけるVRCZの前房内濃度,硝子体内濃度は各々6.49μg/ml,0.16μg/mlであり,良好な浸透度を有していることが報告されている8).深部へ進みやすい糸状真菌角膜炎においては,一定の前房内濃度を維持できることは大きな長所であるといえる.今回,8例全例においてVRCA点眼とともに,VRCZの静脈内投与を施行したが,全身投与における血中濃度と比して点眼濃度が明らかに高いことを考慮すると,点眼投与が主として奏効したと考えられる.VRCZ点眼液は適応外使用であり,各々の施設における倫理委員会での承認を得て使用する必要はあるが,眼という特殊性,血管欠如という角膜の特殊性を考えると,有効であり副作用の少ないVRCZ点眼液は安心して点眼として使用できる薬剤であると示唆された.薬剤が高価であることが臨床使用において一つの問題点であるが,今回の検討から点眼に調整後,冷蔵保存で3週間,冷凍保存で5週間劣化することなく良好な感受性を有することが明らかとなり,コストの面からも使用しやすくなったと考えられる.VRCZの欠点をあげるとすれば,無効である菌種の存在と全身投与による副作用である.文献的にはVRCZによる効果の認めにくい菌としてMucorがあげられる.しかし,現在の日本における角膜真菌症においてMucorはまれであり,VRCZ点眼液は難治性角膜真菌症の第一選択薬といってよいと考えられた.真菌は通常自然耐性であるが,近年FLCZ耐性Candidaが増加しており,CDR1,MDR1,ERG11などの遺伝子異常が注目されている913).VRCZに対しても耐性を獲得しない保障はないが,現在のところはまだ報告がない.ただし,CandidaにおいてFLCZに対するMICが高いものほど,VRCZに対するMICも高い傾向にあり注意を要する14).また,全身投与による副作用としては,内服投与の20%において視覚異常が報告されている.これは原因不明だが,60分ほどの一過性の羞明で出現するといわれている.今回の点眼液投与においては,もともと真菌症による視力低下もあり,視覚異常の訴えは認められなかった.しかし,その他腎毒性,催奇形性などがあるため,点眼液といえども重度の腎障害を有する患者および妊婦への投与は慎重にすべきである.1%VRCZ点眼液は各種糸状菌に有効であり,薬剤毒性も少なく,調整後長期保存が可能であり,角膜真菌症に非常に有用である.文献1)宮崎泰可,宮崎義継,河野茂:特集:真菌症治療薬の新しい展開.ボリコナゾール.化学療法の領域19:231-235,20032)MarangonFB,MillerD,GiaconiJAetal:Invitroinvesti-gationofvoriconazolesusceptibilityforkeratitisandendophthalmitisfungalpathogens.AmJOphthalmol137:820-825,20043)中村彰宏,河野久,岩崎瑞穂ほか:天理よろづ相談所病院で分離された酵母様真菌に対する抗真菌薬の抗菌力について─新規トリアゾール系抗真菌薬ボリコナゾールと既存抗真菌薬の比較─.化学療法の領域23:1613-1617,20074)松永次郎,山本昇伯,熊谷直樹ほか:従来の抗真菌薬に抵抗を示した角膜真菌症に対しボリコナゾールが有効であった1例.臨眼61:1705-1709,20075)竹澤美貴子,小幡博人,石崎こずえほか:ボリコナゾールが奏功した角膜真菌症の1例.臨眼61:1267-1270,20076)JhanjiV,SharmaN,MannanRetal:Managementoftunnelfungalinfectionwithvoricoanzole.JCataractRefractSurg33:915-917,20077)JonesA,MuhtasebM:Useofvoriconazoleinfungalker-atitis.JCataractRefractSurg34:183-184,20088)VemulakondaGA,HariprasadSM,MielerWFetal:Aqueousandvitreousconcentrationsfollowingtopicaladministrationof1%voriconazoleinhumans.ArchOph-thalmol126:18-22,20089)田辺公一,新見京子,新見昌一:病原真菌の薬剤耐性に関する新しい分子機構.日本臨牀66:2273-2278,200810)掛屋弘,宮崎泰可,宮崎義継ほか:カンジダ属の抗真菌薬剤耐性を中心に.日本医真菌学会雑誌44:87-92,200311)山口英世:病原真菌における抗真菌薬耐性.医学のあゆみ209:556-563,200412)CitakS,OzcelikB,CesurSetal:InvitrosusceptibilityofCandidaspeciesisolatedfrombloodculturetosomeanti-fungalagents.JpnJInfectDis58:44-46,200513)藤田信一:各種抗真菌薬の血液由来Candida属に対する抗真菌活性.日本化学療法学会雑誌55:257-267,200714)RuhnkeM,Schumidt-WesthausenA,TrautmannM:Invitroactivitiesofvoriconazoleaganistuconazole-susceptibleand-resistantCandidaalbicansisolatesfromoralcavitiesofpatientswithhumanimmunodeciencyvirusinfection.AntimicrobAgentsChemother41:575-577,1997***

Colletotrichum 属による角膜真菌症の2 症例

2010年4月30日 金曜日

———————————————————————-Page1(107)5230910-1810/10/\100/頁/JCOPY46回日本眼感染症学会原著》あたらしい眼科27(4):523526,2010cはじめに1987年にオフロキサシン(OFLX)点眼液(タリビッドR点眼液)が上市されて以来,フルオロキノロン系点眼薬はその強力な殺菌作用と広い抗菌スペクトルから,感染症治療のみならず,周術期の感染予防目的でも日常的に使用されている.他方,臨床の場でキノロン耐性菌の出現も問題になりつつあり,2000年に発売された,いわゆる第3世代キノロン製剤であるレボフロキサシン(LVFX)点眼液にも耐性菌がみられるようになってきた1).2004年に発売されたガチフロキサシン(GFLX)点眼液はdualinhibitionを特徴とする第4世代キノロンで,耐性菌が出現しにくいとされている.今回筆者らは,周術期の感染予防目的で使用した場合,LVFXとGFLXの有効性に差があるかについて,一般の中核市中病院に通院する患者を対象に一般病院で通常施行されている結膜細菌培養と薬剤感受性試験を行い,検討したので報告する.〔別刷請求先〕末吉理恵:〒673-8501明石市鷹匠町1-33明石市立市民病院眼科Reprintrequests:MasaeSueyoshi,M.D.,DepartmentofOphthalmology,AkashiMunicipalHospital,1-33Takashomachi,AkashiCity,Hyogo673-8501,JAPAN術前抗生物質投与におけるレボフロキサシン点眼液とガチフロキサシン点眼液の比較検討末吉理恵辻村まり明石市立市民病院眼科ComparisonofLevoloxacinandGatiloxacinasPreoperativeTopicalAntibioticAgentsMasaeSueyoshiandMariTsujimuraDepartmentofOphthalmology,AkashiMunicipalHospital2005年4月から2007年3月までに内眼手術予定の1,217眼を対象とし,一般病院で通常施行されている結膜細菌培養と薬剤感受性試験を行った.分離培養された菌に対してレボフロキサシン(LVFX)とガチフロキサシン(GFLX)の最小発育阻止濃度(minimuminhibitoryconcentration:MIC)を測定し,薬剤感受性を比較検討した.1,217眼中39眼(3.2%)から42株の菌が検出された.グラム陽性菌が21株であり,その15株がStaphylococcusaureus(うちメチシリン耐性黄色ブドウ球菌:MRSAが5株)であった.グラム陰性菌が21株で,その7株がHaemophilusinuenzaeであった.MICからはLVFXとGFLXの感受性に明らかな差はなく,耐性菌は両剤ともに低感受性を示した.グラム陽性菌Staphylococcusaureus(そのうち特にMRSA)およびStaphylococcusepidermidisについては両剤ともに耐性菌が認められており,注意が必要と考えられた.FromApril2005toMarch2007,wepreoperativelyinvestigatedthebacterialoraintheconjunctivalsacsof1,217eyesofpatientswhoweretoundergosurgery.Wecomparedlevooxacin(LVFX)withgatioxacin(GFLX)onthebasisofminimuminhibitoryconcentration(MIC).Atotalof42strainswereisolatedfrom39eyes(3.2%)bydirectisolation.Ofthe42strains,21weregram-negativecocci;ofthose,15strainswereStaphylococcusaureus,including5strainsofmethicillin-resistantStaphylococcusaureus(MRSA).Theother21strainsweregram-nega-tiverods;ofthose,7strainswereHaemophilusinuenzae.RegardingMICdistribution,nosignicantdierencewasnotedbetweenLVFXandGFLX.Theuoroquinolone-resistantstrainswerefoundinthegram-positivebacte-ria.WemustpayattentiontoMRSAandStaphylococcusepidermidis.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)27(4):523526,2010〕Keywords:結膜内細菌叢,薬剤感受性,レボフロキサシン,ガチフロキサシン,最小発育阻止濃度.bacterialoraintheconjunctivalsacs,drugsensitivity,levooxacin,gatioxacin,minimuminhibitoryconcentration(MIC).———————————————————————-Page2524あたらしい眼科Vol.27,No.4,2010(108)I対象および方法術前に明らかな急性結膜炎の所見を認めず,2005年4月1日から2007年3月31日の期間に当科で内眼手術を施行した27101歳の症例1,217眼(男性447眼;平均年齢72.04歳,女性770眼;平均年齢74.89歳,合計1,217眼;平均年齢73.84歳)を対象とした.手術の約1カ月前に外来で,術前検査の一環として,結膜擦過物の細菌学的検査を行った.具体的には,カルチャースワブプラスR(日本ベクトン・ディッキンソン株式会社)を用い,眼科医師が結膜を擦過して検体採取し検体保存輸送用培地に入れ,当院(市立病院)の細菌検査室に提出した.5%ヒツジ血液寒天培地とチョコレート寒天培地で35℃48時間の好気条件,直接分離培養を行った.検出された菌は,院内でも薬剤感受性検査を行うとともに,(株)三菱化学メディエンスに提出し,すべての菌株に対してLVFXとGFLXの最小発育阻止濃度(minimuminhibitoryconcentration:MIC)を微量液体希釈法にて測定し,比較検討した.結果について,下記の項目を検討した.(1)直接分離培養で検出された細菌検出株数,検出頻度,性別および年齢(2)MICの観点からみた検出された菌に対するLVFXとGFLXの抗菌力MIC値が4μg/ml以上のものを耐性菌とみなした(院内での薬剤感受性検査で耐性と判定された株のMIC値を採用した).検出された株数が少なかったため,統計学的解析は行っていない.II結果1,217眼中39眼(3.2%)から菌が検出された.男性19眼:平均年齢74.58歳,女性20眼:平均年齢75.10歳,合計39眼:平均年齢74.85歳であった.39眼中37眼において検出された菌は1種類であったが,2種類の菌を検出したものが1眼(76歳,男性),3種類の菌を検出したものが1眼(76歳,女性)あった.菌が検出された症例については術前に適切な抗生物質点眼を行い,減菌した後に手術を施行した.術後眼内炎を発症した症例は認めなかった.菌が検出された症例の性別および各年代別の検出率は,図1に示すとおりで,高齢者に多いというような一定の傾向は認めなかった.検出された菌は,グラム陽性菌が21株であり,その15株がStaphylococcusaureus(うちメチシリン耐性黄色ブドウ球菌:MRSAが5株)であった.グラム陰性菌が21株で,Haemophilusinuenzaeが最も多く7株,ついでCitrobacterkoseriが4株認められた.検出されたグラム陽性菌の内訳と各MICは表1に,グラム陰性菌の内訳と各MICは表2に示すとおりで,耐性菌はLVFXとGFLXの両剤ともに低感受性であった.全分離株に対する両剤の累積発育阻止率曲線は図2に示すとおりである.Staphylococcusaureusに対する両剤の累積発育阻止率曲線を図3に示した.なお,LVFXとGFLXの両剤ともに低感受性であった菌はすべて,院内の薬剤感受性検査でアルベカシン(ABK)およびバンコマイシン(VCM)に感受性があり,これらを用いて手術前に減菌した.III考察結膜内常在菌の菌検出率は,これまでに53.185%との報告がある28).当院の検査室において通常施行している病原菌を対象とした培養検査の検出率は3.2%であった.専門的施設で結膜症例数05010015020025030035040020代男性20代女性30代男性30代女性40代男性40代女性50代男性50代女性60代男性60代女性70代男性70代女性80代男性80代女性90代男性90代女性100代男性100代女性:検出:検出5%7.9%2.8%0.7%4%3%5.9%2.1%8.3%100%図1菌が検出された症例の性別および各年代別の検出率———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.27,No.4,2010525(109)表2グラム陰性菌の内訳と各MIC(μg/ml)およびAQCmaxMIC菌株平均年齢(歳)MICAQCmax/MICLVFXGFLXLVFXGFLXPseudomonasaeruginosa(1例)690.50.56.784.6Serratiamarcescens(1例)580.120.2528.259.2Haemophilusinuenzae(7例)76.71≦0.06≦0.06≧56.5≧38.3Proteusmirabilis(2例中1例)84≦0.06≦0.06≧56.5≧38.3Proteusmirabilis(2例中1例)70≦0.060.25≧56.59.2Citrobacterkoseri(4例)78.75≦0.06≦0.06≧56.5≧38.3Citrobacterfreundii(1例)700.120.2528.259.2Enterobactercloacae(1例)82≦0.06≦0.06≧56.5≧38.3Escherichiacoli(1例)86≦0.06≦0.06≧56.5≧38.3Morganellamorganii(2例)73.5≦0.06≦0.06≧56.5≧38.3Moraxellacatarrhalis(1例)82≦0.06≦0.06≧56.5≧38.3表1グラム陽性菌の内訳と各MIC(μg/ml)およびAQCmaxMIC菌株平均年齢(歳)MICAQCmax/MICLVFXGFLXLVFXGFLXStaphylococcusaureus(15例中8例)74.250.12≦0.0628.25≧38.3Staphylococcusaureus(15例中1例)700.250.1213.5619.17Staphylococcusaureus(15例中1例)70211.6952.3Staphylococcusaureus(15例中2例)MRSA71.5420.84751.15Staphylococcusaureus(15例中1例)MRSA57>12832<0.0030.071875Staphylococcusaureus(15例中2例)MRSA78>12864<0.0030.036Staphylococcusepidermidis(2例中1例)760.12≦0.0628.25≧38.3Staphylococcusepidermidis(2例中1例)69820.423751.15Streptococcuspneumoniae(2例中1例)7610.253.399.2Streptococcuspneumoniae(2例中1例)8010.53.394.6GroupGStreptococcus(1例)800.250.1213.5619.17Enterococcusfaecalis(1例)760.50.256.789.2MIC(μg/ml)0累積発育阻止率(%)102030405060708090100:LVFX:GFLX≦0.060.120.250.51248163264>128図2全分離株に対する累積発育阻止率曲線累積発育阻止率図3S.aureusに対する累積発育阻止率曲線———————————————————————-Page4526あたらしい眼科Vol.27,No.4,2010(110)内常在菌を調査するのではなく,一般病院で通常施行されている培養検査の検出率については,これまでにあまり多数の報告がないが,臨床の場で通常行われている方法であると思われ,今回これについて報告する.遅発性眼内炎の起炎菌として同定されているPropionibac-teriumacnesなどは今回の検討例では検出されていないが,検出された菌は術後早期の眼内炎の起炎菌として報告されている菌種9,10)と類似しており,今回はこれに対して検討した.GFLXは,キノロン骨格1位のシクロプロピル基に加えて,キノロン骨格8位にメトキシ基をもつことで,細菌の標的酵素であるDNAジャイレースとトポイソメレースⅣの両酵素を強力に同程度阻害(dualinhibition)する特徴がある.そこで,LVFXに低感受性であっても,GFLXに感受性の高い菌が多数ある可能性があると考えた.今回の検討で,すべてのグラム陽性菌においてGFLXのMICがLVFXより低かったが,LVFXに耐性をもつ菌株ではGFLXの感受性も低くこれらの菌に対してGFLXによる減菌効果は少ないと考えられた.グラム陰性菌においてはLVFXとGFLXのMICは同じであるものが多く,GFLXのMICがLVFXより高い菌株も認められた.また,術後眼内炎を予防するためには,前眼部へ効率よく移行する点眼薬が求められる.薬動力学的パラメータとして,房水内最高濃度(AQCmax)とMICを組み合わせたAQCmax/MICが臨床での有効性を反映するとの概念が提唱されており,この値が大きいほど有効性が高いと考えられている11).0.5%LVFX点眼液および0.3%GFLX点眼液のAQCmaxは,それぞれ3.39μg/mlおよび2.30μg/mlと報告されている12).検出された菌のAQCmax/MICは,表1(グラム陽性菌),表2(グラム陰性菌)に示すとおりである.グラム陽性菌に対しては,すべての菌株においてGFLXが勝っている.グラム陰性菌に対しては,すべての菌株においてLVFXが勝っている.両剤の有用性について差は少ないと考えられた.近年,細菌の薬剤耐性化が進んでおり,特にニューキノロン薬に対する耐性化が報告されている13).GFLXは新たに開発され,まだあまり使用されていないが,すでに交差耐性となっている菌株も認められている.今回の全分離株のうち,MIC値が4μg/ml以上の株を耐性菌とみなすと,LVFXで6株(約14.3%),GFLXで3株(約7.1%)のみが耐性と判断され,両剤は今のところ周術期の感染予防に有効であると思われた.しかしながら,これまでの報告とも一致するが,術後眼内炎の主要な起炎菌であるグラム陽性菌Staphylococcusaureus(そのうち特にMRSA)およびStaphylococcusepidermidisについては,両剤ともに低感受性を示す株があり,特に注意が必要であると考えられた.文献1)櫻井美晴,林康司,尾羽澤実ほか:内眼手術術前患者の結膜細菌叢のレボフロキサシン耐性率.あたらしい眼科22:97-100,20052)白井美惠子,西垣士朗,荻野誠周ほか:術後感染予防対策としての術前結膜内常在菌培養検査.臨眼61:1189-1194,20073)片岡康志,佐々木香る,矢口智恵美ほか:白内障手術予定患者の結膜内常在菌に対するガチフロキサシンおよびレボフロキサシンの抗菌力.あたらしい眼科23:1062-1066,20064)岩﨑雄二,小山忍:白内障術前患者における結膜内細菌叢と薬剤感受性.あたらしい眼科23:541-545,20065)志熊徹也,臼井正彦:白内障術前患者の結膜内常在菌と3種抗菌点眼薬の効果.臨眼60:1433-1438,20066)丸山勝彦,藤田聡,熊倉重人ほか:手術前の外来患者における結膜内常在菌.あたらしい眼科18:646-650,20017)秋葉真理子,坂上晃一,秋葉純:高齢者の結膜内常在菌と薬剤耐性.臨眼53:773-776,19998)大秀行,福田昌彦,大鳥利文:高齢者1,000眼の結膜内常在菌.あたらしい眼科15:105-108,19989)秦野寛:白内障術後眼内炎:起炎菌と臨床病型.あたらしい眼科22:875-879,200510)原二郎:眼科手術と術後眼内炎─起炎菌の変遷と術前消毒の効果.眼科手術11:159-164,199811)佐々木一之,三井幸彦,福田正道ほか:点眼用抗菌薬の眼内薬動力学的パラメーターとしてのAQCmaxの測定.あたらしい眼科12:787-790,199512)福田正道,高橋信夫:ガチフロキサシン点眼薬の家兎眼内移行動態─房水内最高濃度値(AQCmax)の測定─.あたらしい眼科21:1109-1112,200413)松尾洋子,柿丸晶子,宮崎大ほか:鳥取大学眼科における分離菌の薬剤感受性・患者背景に関する検討.臨眼59:886-890,2005***

術前抗生物質投与におけるレボフロキサシン点眼液と ガチフロキサシン点眼液の比較検討

2010年4月30日 金曜日

———————————————————————-Page1(107)5230910-1810/10/\100/頁/JCOPY46回日本眼感染症学会原著》あたらしい眼科27(4):523526,2010cはじめに1987年にオフロキサシン(OFLX)点眼液(タリビッドR点眼液)が上市されて以来,フルオロキノロン系点眼薬はその強力な殺菌作用と広い抗菌スペクトルから,感染症治療のみならず,周術期の感染予防目的でも日常的に使用されている.他方,臨床の場でキノロン耐性菌の出現も問題になりつつあり,2000年に発売された,いわゆる第3世代キノロン製剤であるレボフロキサシン(LVFX)点眼液にも耐性菌がみられるようになってきた1).2004年に発売されたガチフロキサシン(GFLX)点眼液はdualinhibitionを特徴とする第4世代キノロンで,耐性菌が出現しにくいとされている.今回筆者らは,周術期の感染予防目的で使用した場合,LVFXとGFLXの有効性に差があるかについて,一般の中核市中病院に通院する患者を対象に一般病院で通常施行されている結膜細菌培養と薬剤感受性試験を行い,検討したので報告する.〔別刷請求先〕末吉理恵:〒673-8501明石市鷹匠町1-33明石市立市民病院眼科Reprintrequests:MasaeSueyoshi,M.D.,DepartmentofOphthalmology,AkashiMunicipalHospital,1-33Takashomachi,AkashiCity,Hyogo673-8501,JAPAN術前抗生物質投与におけるレボフロキサシン点眼液とガチフロキサシン点眼液の比較検討末吉理恵辻村まり明石市立市民病院眼科ComparisonofLevoloxacinandGatiloxacinasPreoperativeTopicalAntibioticAgentsMasaeSueyoshiandMariTsujimuraDepartmentofOphthalmology,AkashiMunicipalHospital2005年4月から2007年3月までに内眼手術予定の1,217眼を対象とし,一般病院で通常施行されている結膜細菌培養と薬剤感受性試験を行った.分離培養された菌に対してレボフロキサシン(LVFX)とガチフロキサシン(GFLX)の最小発育阻止濃度(minimuminhibitoryconcentration:MIC)を測定し,薬剤感受性を比較検討した.1,217眼中39眼(3.2%)から42株の菌が検出された.グラム陽性菌が21株であり,その15株がStaphylococcusaureus(うちメチシリン耐性黄色ブドウ球菌:MRSAが5株)であった.グラム陰性菌が21株で,その7株がHaemophilusinuenzaeであった.MICからはLVFXとGFLXの感受性に明らかな差はなく,耐性菌は両剤ともに低感受性を示した.グラム陽性菌Staphylococcusaureus(そのうち特にMRSA)およびStaphylococcusepidermidisについては両剤ともに耐性菌が認められており,注意が必要と考えられた.FromApril2005toMarch2007,wepreoperativelyinvestigatedthebacterialoraintheconjunctivalsacsof1,217eyesofpatientswhoweretoundergosurgery.Wecomparedlevooxacin(LVFX)withgatioxacin(GFLX)onthebasisofminimuminhibitoryconcentration(MIC).Atotalof42strainswereisolatedfrom39eyes(3.2%)bydirectisolation.Ofthe42strains,21weregram-negativecocci;ofthose,15strainswereStaphylococcusaureus,including5strainsofmethicillin-resistantStaphylococcusaureus(MRSA).Theother21strainsweregram-nega-tiverods;ofthose,7strainswereHaemophilusinuenzae.RegardingMICdistribution,nosignicantdierencewasnotedbetweenLVFXandGFLX.Theuoroquinolone-resistantstrainswerefoundinthegram-positivebacte-ria.WemustpayattentiontoMRSAandStaphylococcusepidermidis.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)27(4):523526,2010〕Keywords:結膜内細菌叢,薬剤感受性,レボフロキサシン,ガチフロキサシン,最小発育阻止濃度.bacterialoraintheconjunctivalsacs,drugsensitivity,levooxacin,gatioxacin,minimuminhibitoryconcentration(MIC).———————————————————————-Page2524あたらしい眼科Vol.27,No.4,2010(108)I対象および方法術前に明らかな急性結膜炎の所見を認めず,2005年4月1日から2007年3月31日の期間に当科で内眼手術を施行した27101歳の症例1,217眼(男性447眼;平均年齢72.04歳,女性770眼;平均年齢74.89歳,合計1,217眼;平均年齢73.84歳)を対象とした.手術の約1カ月前に外来で,術前検査の一環として,結膜擦過物の細菌学的検査を行った.具体的には,カルチャースワブプラスR(日本ベクトン・ディッキンソン株式会社)を用い,眼科医師が結膜を擦過して検体採取し検体保存輸送用培地に入れ,当院(市立病院)の細菌検査室に提出した.5%ヒツジ血液寒天培地とチョコレート寒天培地で35℃48時間の好気条件,直接分離培養を行った.検出された菌は,院内でも薬剤感受性検査を行うとともに,(株)三菱化学メディエンスに提出し,すべての菌株に対してLVFXとGFLXの最小発育阻止濃度(minimuminhibitoryconcentration:MIC)を微量液体希釈法にて測定し,比較検討した.結果について,下記の項目を検討した.(1)直接分離培養で検出された細菌検出株数,検出頻度,性別および年齢(2)MICの観点からみた検出された菌に対するLVFXとGFLXの抗菌力MIC値が4μg/ml以上のものを耐性菌とみなした(院内での薬剤感受性検査で耐性と判定された株のMIC値を採用した).検出された株数が少なかったため,統計学的解析は行っていない.II結果1,217眼中39眼(3.2%)から菌が検出された.男性19眼:平均年齢74.58歳,女性20眼:平均年齢75.10歳,合計39眼:平均年齢74.85歳であった.39眼中37眼において検出された菌は1種類であったが,2種類の菌を検出したものが1眼(76歳,男性),3種類の菌を検出したものが1眼(76歳,女性)あった.菌が検出された症例については術前に適切な抗生物質点眼を行い,減菌した後に手術を施行した.術後眼内炎を発症した症例は認めなかった.菌が検出された症例の性別および各年代別の検出率は,図1に示すとおりで,高齢者に多いというような一定の傾向は認めなかった.検出された菌は,グラム陽性菌が21株であり,その15株がStaphylococcusaureus(うちメチシリン耐性黄色ブドウ球菌:MRSAが5株)であった.グラム陰性菌が21株で,Haemophilusinuenzaeが最も多く7株,ついでCitrobacterkoseriが4株認められた.検出されたグラム陽性菌の内訳と各MICは表1に,グラム陰性菌の内訳と各MICは表2に示すとおりで,耐性菌はLVFXとGFLXの両剤ともに低感受性であった.全分離株に対する両剤の累積発育阻止率曲線は図2に示すとおりである.Staphylococcusaureusに対する両剤の累積発育阻止率曲線を図3に示した.なお,LVFXとGFLXの両剤ともに低感受性であった菌はすべて,院内の薬剤感受性検査でアルベカシン(ABK)およびバンコマイシン(VCM)に感受性があり,これらを用いて手術前に減菌した.III考察結膜内常在菌の菌検出率は,これまでに53.185%との報告がある28).当院の検査室において通常施行している病原菌を対象とした培養検査の検出率は3.2%であった.専門的施設で結膜症例数05010015020025030035040020代男性20代女性30代男性30代女性40代男性40代女性50代男性50代女性60代男性60代女性70代男性70代女性80代男性80代女性90代男性90代女性100代男性100代女性:検出:検出5%7.9%2.8%0.7%4%3%5.9%2.1%8.3%100%図1菌が検出された症例の性別および各年代別の検出率———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.27,No.4,2010525(109)表2グラム陰性菌の内訳と各MIC(μg/ml)およびAQCmaxMIC菌株平均年齢(歳)MICAQCmax/MICLVFXGFLXLVFXGFLXPseudomonasaeruginosa(1例)690.50.56.784.6Serratiamarcescens(1例)580.120.2528.259.2Haemophilusinuenzae(7例)76.71≦0.06≦0.06≧56.5≧38.3Proteusmirabilis(2例中1例)84≦0.06≦0.06≧56.5≧38.3Proteusmirabilis(2例中1例)70≦0.060.25≧56.59.2Citrobacterkoseri(4例)78.75≦0.06≦0.06≧56.5≧38.3Citrobacterfreundii(1例)700.120.2528.259.2Enterobactercloacae(1例)82≦0.06≦0.06≧56.5≧38.3Escherichiacoli(1例)86≦0.06≦0.06≧56.5≧38.3Morganellamorganii(2例)73.5≦0.06≦0.06≧56.5≧38.3Moraxellacatarrhalis(1例)82≦0.06≦0.06≧56.5≧38.3表1グラム陽性菌の内訳と各MIC(μg/ml)およびAQCmaxMIC菌株平均年齢(歳)MICAQCmax/MICLVFXGFLXLVFXGFLXStaphylococcusaureus(15例中8例)74.250.12≦0.0628.25≧38.3Staphylococcusaureus(15例中1例)700.250.1213.5619.17Staphylococcusaureus(15例中1例)70211.6952.3Staphylococcusaureus(15例中2例)MRSA71.5420.84751.15Staphylococcusaureus(15例中1例)MRSA57>12832<0.0030.071875Staphylococcusaureus(15例中2例)MRSA78>12864<0.0030.036Staphylococcusepidermidis(2例中1例)760.12≦0.0628.25≧38.3Staphylococcusepidermidis(2例中1例)69820.423751.15Streptococcuspneumoniae(2例中1例)7610.253.399.2Streptococcuspneumoniae(2例中1例)8010.53.394.6GroupGStreptococcus(1例)800.250.1213.5619.17Enterococcusfaecalis(1例)760.50.256.789.2MIC(μg/ml)0累積発育阻止率(%)102030405060708090100:LVFX:GFLX≦0.060.120.250.51248163264>128図2全分離株に対する累積発育阻止率曲線累積発育阻止率図3S.aureusに対する累積発育阻止率曲線———————————————————————-Page4526あたらしい眼科Vol.27,No.4,2010(110)内常在菌を調査するのではなく,一般病院で通常施行されている培養検査の検出率については,これまでにあまり多数の報告がないが,臨床の場で通常行われている方法であると思われ,今回これについて報告する.遅発性眼内炎の起炎菌として同定されているPropionibac-teriumacnesなどは今回の検討例では検出されていないが,検出された菌は術後早期の眼内炎の起炎菌として報告されている菌種9,10)と類似しており,今回はこれに対して検討した.GFLXは,キノロン骨格1位のシクロプロピル基に加えて,キノロン骨格8位にメトキシ基をもつことで,細菌の標的酵素であるDNAジャイレースとトポイソメレースⅣの両酵素を強力に同程度阻害(dualinhibition)する特徴がある.そこで,LVFXに低感受性であっても,GFLXに感受性の高い菌が多数ある可能性があると考えた.今回の検討で,すべてのグラム陽性菌においてGFLXのMICがLVFXより低かったが,LVFXに耐性をもつ菌株ではGFLXの感受性も低くこれらの菌に対してGFLXによる減菌効果は少ないと考えられた.グラム陰性菌においてはLVFXとGFLXのMICは同じであるものが多く,GFLXのMICがLVFXより高い菌株も認められた.また,術後眼内炎を予防するためには,前眼部へ効率よく移行する点眼薬が求められる.薬動力学的パラメータとして,房水内最高濃度(AQCmax)とMICを組み合わせたAQCmax/MICが臨床での有効性を反映するとの概念が提唱されており,この値が大きいほど有効性が高いと考えられている11).0.5%LVFX点眼液および0.3%GFLX点眼液のAQCmaxは,それぞれ3.39μg/mlおよび2.30μg/mlと報告されている12).検出された菌のAQCmax/MICは,表1(グラム陽性菌),表2(グラム陰性菌)に示すとおりである.グラム陽性菌に対しては,すべての菌株においてGFLXが勝っている.グラム陰性菌に対しては,すべての菌株においてLVFXが勝っている.両剤の有用性について差は少ないと考えられた.近年,細菌の薬剤耐性化が進んでおり,特にニューキノロン薬に対する耐性化が報告されている13).GFLXは新たに開発され,まだあまり使用されていないが,すでに交差耐性となっている菌株も認められている.今回の全分離株のうち,MIC値が4μg/ml以上の株を耐性菌とみなすと,LVFXで6株(約14.3%),GFLXで3株(約7.1%)のみが耐性と判断され,両剤は今のところ周術期の感染予防に有効であると思われた.しかしながら,これまでの報告とも一致するが,術後眼内炎の主要な起炎菌であるグラム陽性菌Staphylococcusaureus(そのうち特にMRSA)およびStaphylococcusepidermidisについては,両剤ともに低感受性を示す株があり,特に注意が必要であると考えられた.文献1)櫻井美晴,林康司,尾羽澤実ほか:内眼手術術前患者の結膜細菌叢のレボフロキサシン耐性率.あたらしい眼科22:97-100,20052)白井美惠子,西垣士朗,荻野誠周ほか:術後感染予防対策としての術前結膜内常在菌培養検査.臨眼61:1189-1194,20073)片岡康志,佐々木香る,矢口智恵美ほか:白内障手術予定患者の結膜内常在菌に対するガチフロキサシンおよびレボフロキサシンの抗菌力.あたらしい眼科23:1062-1066,20064)岩﨑雄二,小山忍:白内障術前患者における結膜内細菌叢と薬剤感受性.あたらしい眼科23:541-545,20065)志熊徹也,臼井正彦:白内障術前患者の結膜内常在菌と3種抗菌点眼薬の効果.臨眼60:1433-1438,20066)丸山勝彦,藤田聡,熊倉重人ほか:手術前の外来患者における結膜内常在菌.あたらしい眼科18:646-650,20017)秋葉真理子,坂上晃一,秋葉純:高齢者の結膜内常在菌と薬剤耐性.臨眼53:773-776,19998)大秀行,福田昌彦,大鳥利文:高齢者1,000眼の結膜内常在菌.あたらしい眼科15:105-108,19989)秦野寛:白内障術後眼内炎:起炎菌と臨床病型.あたらしい眼科22:875-879,200510)原二郎:眼科手術と術後眼内炎─起炎菌の変遷と術前消毒の効果.眼科手術11:159-164,199811)佐々木一之,三井幸彦,福田正道ほか:点眼用抗菌薬の眼内薬動力学的パラメーターとしてのAQCmaxの測定.あたらしい眼科12:787-790,199512)福田正道,高橋信夫:ガチフロキサシン点眼薬の家兎眼内移行動態─房水内最高濃度値(AQCmax)の測定─.あたらしい眼科21:1109-1112,200413)松尾洋子,柿丸晶子,宮崎大ほか:鳥取大学眼科における分離菌の薬剤感受性・患者背景に関する検討.臨眼59:886-890,2005***

ホウ酸含有点眼剤組成の抗菌メカニズム

2010年4月30日 金曜日

———————————————————————-Page1518あたらしい眼科Vol.27,No.4,2010(00)518(102)0910-1810/10/\100/頁/JCOPY46回日本眼感染症学会原著》あたらしい眼科27(4):518522,2010cはじめに防腐剤は,製剤の無菌性維持や開封後の微生物の二次汚染防止を目的として広く用いられている.一般用点眼剤では,塩化ベンザルコニウムやグルコン酸クロルヘキシジン,パラベンなどの抗菌剤が防腐剤として用いられている.これら防腐剤のうち,塩化ベンザルコニウムは,正常な涙液動態を示す場合,通常の用法・用量の範囲ではほとんど影響を与えないが,頻回点眼や長期点眼により,角膜・結膜へのダメージや涙液動態の悪化を生じる可能性が指摘されている13).これらの課題を解決するため,筆者らは,塩化ベンザルコニウムなどの防腐剤を使用しなくても,保存効力を発揮する技術を確保するため,抗菌剤やキレート剤,緩衝剤,安定剤などの点眼剤に配合可能な成分の抗菌効果を検討した.その結果,緩衝剤であるトロメタモール,ホウ酸およびキレート剤〔別刷請求先〕片岡伸介:〒256-0811小田原市田島100ライオン株式会社研究開発本部生命科学研究所Reprintrequests:ShinsukeKataoka,LionCorporation,LifeScienceResearchLaboratories,ResearchandDevelopmentHeadquarters,100Tajima,Odawara,Kanagawa256-0811,JAPANホウ酸含有点眼剤組成の抗菌メカニズム瀧沢岳*1片岡伸介*1小高明人*1小池大介*1服部学*1海老原伸行*2村上晶*2*1ライオン株式会社研究開発本部*2順天堂大学医学部眼科学教室AntimicrobialActivitiesandMechanismsofNewCompositionforEyedropsContainingBorateTakeshiTakizawa1),ShinsukeKataoka1),AkitoOdaka1),DaisukeKoike1),ManabuHattori1),NobuyukiEbihara2)andAkiraMurakami2)1)LionCorporation,ResearchandDevelopmentHeadquarters,2)DepartmentofOphthalmology,JuntendoUniversitySchoolofMedicine一般用点眼剤において防腐剤として使用されている塩化ベンザルコニウムは,頻回点眼・長期点眼により,角膜にダメージを与える可能性が指摘されている.筆者らは,既存の防腐剤を含まなくても保存効力を発揮する点眼剤組成を検討したところ,緩衝剤や安定剤として用いられるトロメタモール(トリス)・ホウ酸・EDTA(エチレンジアミン四酢酸)を一定比率で混合した組成が優れた抗菌効果を示すことを見出した.この抗菌効果の作用機序について解析したところ,本組成は,細菌・真菌に対して相乗的な増殖抑制効果(静菌効果)を示すこと,また,細菌の遺伝子合成や蛋白質合成に必須となるアミノアシルtRNA合成酵素を阻害していることを明らかにした.本組成が有する細菌および真菌に対する幅広い静菌効果は,点眼剤の保存効力組成としてだけでなく,近年問題視されているコンタクトレンズに対するカチオン性殺菌剤の吸着と,それにより生じる角膜障害に対して有用な手段の一つになると考えている.Benzalkoniumchloride(BAC),usedasanophthalmicpreservativeineyedrops,hasbeenshowntocausedam-agetothecorneaandconjunctivawithlong-termorfrequentuse.Wefoundthataneyedropcompositioncontain-ingtris-hydroxylmethyl-aminomethane(Tris),borateandethylendiaminetetraaceticacid(TBE)hadbroad-spec-trumantimicrobialactivitywithoutpreservatives.Analysisoftheactivitydemonstratedthatthroughthecombinationofthevariousingredients,TBEhadsynergisticactivitiesagainstbacteriaandfungi.Moreover,TBEsuppressedDNAbiosynthesisandaminoacyl-tRNAsynthetaseactivity,whichplaycentralrolesinproteinbiosyn-thesisinbacteria.TheseresultssuggestthatTBEwouldbeausefulcompositionnotonlyforeyedropswithoutpreservatives,butalsoasapreventiveagentforcornealdisordercausedbycontactlensadsorptionofcationicsur-factant.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)27(4):518522,2010〕Keywords:防腐剤,抗菌効果,トロメタモール,ホウ酸,EDTA.preservative,antimicrobialactivity,tris-hydroxylmethyl-aminomethane(Tris),borate,EDTA.———————————————————————-Page2あたらしい眼科Vol.27,No.4,2010519(103)(安定剤)であるEDTA(エチレンジアミン四酢酸)を一定比率で混合することによって高い抗菌作用を発揮することを新たに見出した.今回,筆者らは,本組成の抗菌作用機序を検討したので報告する.I実験材料および方法1.試験菌日本薬局方の点眼剤保存効力試験に指定される試験菌種であるEscherichiacoliNBRC3972,PseudomonasaeruginosaNBRC13725,StaphylococcusaureusNBRC13276,CandidaalbicansNBRC1594,AspergillusnigerNBRC9455を(独)製品評価技術基盤機構より入手し,本研究の試験菌として用いた.2.方法薬剤の抗菌力を評価するために,各試験菌の生存曲線の作成,最小発育阻止濃度(MIC)測定および顕微鏡による形態観察を行った.評価薬剤は,トロメタモール(1.0mg/ml)・ホウ酸(10mg/ml)・EDTA(1.0mg/ml)の混合組成(以下,TBE),点眼剤の防腐剤として用いられている塩化ベンザルコニウム,グルコン酸クロルへキシジンおよび保存剤であるソルビン酸カリウム(ともに和光純薬)を用いた.なお,生存曲線の検討においては,各薬剤の抗菌・殺菌活性を比較するため,塩化ベンザルコニウム,グルコン酸クロルへキシジンおよびソルビン酸カリウムの濃度を,点眼剤で使用される510倍である500ppmに設定して実験に用いた.生菌数測定は,寒天平板法により行った.培地はソイビーン・カゼインダイジェスト(SCD)培地(細菌用)およびグルコース・ペプトン(GP)培地(真菌用)を使用した(ともに日本製薬).試験菌の前培養液を接種後32.5℃で静置培養し(A.nigerのみ22.5℃で培養),経時的に菌液を採取し,生菌数(colonyformationunit:CFU)を測定した.MIC測定は,日本化学療法学会標準法である微量液体希釈法4)に準拠した.各試験菌を,TBEを含むMuller-Hinton培地(DIFCO),またはGP培地にて35℃で24時間静置培養後,試験菌の発育を阻止する最小薬剤濃度を算出した.発育陽性の判定基準は肉眼的に混濁または1mm以上の沈殿が認められた場合とし,発育阻止の判定基準は,肉眼的に混濁または沈殿が認められない場合とした.また,発育阻止が認められた薬剤濃度において,寒天平板法にて生菌の有無から最小殺菌濃度の判定を行った.TBE含有培地中の試験菌の形態は,TBE処理24時間後,菌体を2.5%グルタールアルデヒドにより固定化し,エタノール脱水および臨界点乾燥(日立)を行い,走査型電子顕微鏡(SEM,日立)により観察した〔A.nigerのみ光学顕微鏡(オリンパス)で観察した〕.菌体内のホウ酸濃度測定は,10mg/mlホウ酸を含む生理食塩水(大塚製薬)に試験菌をOD660=1.0となるように加え,一定時間薬剤曝露後,煮沸によって菌体細胞質画分を調製し,誘導結合プラズマ質量分析装置(ICP-MS,アプライドバイオシステムズ)を用いて,画分中のホウ酸を定量した.DNA生合成能評価は,[3H]-チミジン(アマシャム)を添加した薬剤含有培地にて,試験菌を32.5℃で静置培養し,経時的に採取した菌液の放射活性をシンチレーションカウン0127024681012Log10CFU/ml培養日数(day)培養日数(day)培養日数(day)培養日数(day)培養日数(day)0127024681012Log10CFU/ml0127024681012Log10CFU/ml0127024681012Log10CFU/ml0127024681012Log10CFU/mlacebd図1薬剤存在下における試験菌の生存曲線a:E.coli,b:P.aeruginosa,c:S.aureus,d:C.albicans,e:A.niger.:control:ソルビン酸:TBE:塩化ベンザルコニウム:グルコン酸クロルへキシジン———————————————————————-Page3520あたらしい眼科Vol.27,No.4,2010(104)ター(アロカ)により測定し,被検菌の[3H]-チミジン取り込み量を測定した.アミノアシルtRNA合成活性評価は,E.coli由来アミノアシルtRNA合成酵素(Sigma),[14C]-リシン(アマシャム)およびtRNA(Sigma)を評価薬剤存在下で反応させ,合成される[14C]-リシン-tRNA複合体量についてシンチレーションカウンターを用いて測定した.3.統計解析菌体内のホウ酸濃度の解析は,Tukey-Kramertest(Yukms,StatLight)により行った.II結果1.薬剤存在下における試験菌の生存曲線TBE,塩化ベンザルコニウム(500ppm),グルコン酸クロルヘキシジン(500ppm)を各々添加した栄養培地で試験菌を培養した.その結果,殺菌剤の塩化ベンザルコニウムおよびグルコン酸クロルヘキシジン存在下では,培養開始24時間後にすべての菌が検出限界以下となった.これに対しTBE存在下では,E.coli,P.aeruginosa,S.aureus,C.albicans,の4菌の生菌数は24時間後に初発菌数の10%,1週間後に0.10.01%まで減少し,A.nigerの生菌数は1週間後に約10%に減少した(図1).2.薬剤の最小発育阻止濃度(MIC)比較TBE各成分のうち,ホウ酸は単独でも試験菌5菌に対し,弱い発育阻害効果が認められた.また,EDTAは細菌に対し弱い発育阻害効果を示した.トロメタモールの発育阻害効果は5菌種ともに認められなかった.これに対し,TBE混合系では,試験菌5菌に対し,TBE各成分単独の場合よりも低い濃度で発育阻害効果を示し,抗菌力の向上が認められ表1薬剤の各試験菌発育に対する最小阻害濃度(MIC)試験菌MIC(mg/ml)単成分系混合系(トロメタモール:ホウ酸:EDTA=1:10:1)トロメタモールホウ酸EDTAトロメタモールホウ酸EDTAE.coli>3220160.55.00.5P.aeruginosa>3220160.55.00.5S.aureus>3210160.55.00.5C.albicans>325>320.0630.630.063A.niger>322.5>320.0320.320.032abcdeTBEなしTBEあり図2薬剤存在下における試験菌の顕微鏡写真a:E.coli,b:P.aeruginosa,c:S.aureus(SEM×10,000),d:C.albicans(SEM×5,000),e:A.niger(microscopy×600).———————————————————————-Page4あたらしい眼科Vol.27,No.4,2010521(105)た(表1).また,TBEの最小殺菌濃度(MBC)を測定した結果,ホウ酸の飽和濃度付近(50mg/ml)まで上昇させても,試験菌5菌の死滅は認められなかった.3.薬剤存在下での菌体形態TBE存在下において,各細菌ともに増殖および凝集能の低下が認められ,P.aeruginosaでは伸長抑制が観察された.また,C.albicansは菌糸形で病原性を示す5)が,TBEはこの菌糸形成を抑制し,また,A.nigerでは胞子の発芽が抑制されていた(図2).4.ホウ酸の菌体内流入量E.coli,P.aeruginosaおよびS.aureusの3菌種ともに,細胞質画分からホウ酸が検出された.また,ホウ酸の流入速度はトロメタモール・EDTAを併用した場合,3菌種ともホウ酸単独条件あるいは2成分混合条件下よりも細胞質内ホウ酸量の有意な増加が認められた(p<0.01)(図3).5.細菌遺伝子合成能に対する薬剤の影響DNA生合成能を評価したところ,指標とした[3H]-チミジンの取り込み量は,TBE存在下では,3菌種ともにDNA合成阻害剤であるシプロフロキサシン塩酸塩(和光純薬)と同レベルまで低下し,培養開始36時間後には[3H]-チミジンの取り込みが停止していた(図4).6.アミノアシルtRNA合成酵素に対する薬剤の影響E.coli由来アミノアシルtRNA合成酵素活性に対する放散の影響を検討したところ,本酵素活性は,ホウ酸濃度依存的に低下することが確認された(図5).III考察今回検討したトロメタモール・ホウ酸・EDTAの混合組成(TBE)の各成分は,一般用点眼剤においては,通常,緩衝剤や安定剤として用いられているが,その配合量を調整することにより,細菌および真菌の増殖を抑制することが明らかとなった.増殖曲線の解析から,TBEは一般用点眼剤の防0.00.51.01.52.02.5B****************B+ET+BTBEホウ酸量(pg/CFU)0.00.20.40.60.81.01.2BB+ET+BTBEホウ酸量(pg/CFU)0.00.20.40.60.81.01.2BB+ET+BTBEホウ酸量(pg/CFU)abc図3薬剤処理15分後の菌体内ホウ酸濃度a:E.coli,b:P.aeruginosa,c:S.aureus.T:0.1%トロメタモール,B:1.0%ホウ酸,E:0.1%EDTA.*:p<0.05,**:p<0.01(Tukey-Kramer)05010015020025030035000.511.52ホウ酸濃度()Lysyl-tRNA合成酵素活性(units/mgprotein)図5ホウ酸のアミノアシルtRNA合成酵素阻害活性3H×1,000dpm)[3H]-チミジン取込量(×1,000dpm)[3H]-チミジン取込量(×1,000dpm)培養時間(hr)02040608010004812162024培養時間(hr)04812162024培養時間(hr)04812162024abc010203040020406080100120図4薬剤存在下における細菌の[3H]チミジン取込量a:E.coli,b:P.aeruginosa,c:S.aureus.◇:control,□:TBE,△:シプロフロキサシン(10ppm).———————————————————————-Page5522あたらしい眼科Vol.27,No.4,2010(106)腐剤として使用される塩化ベンザルコニウムのように速やかに菌を死滅させるのではなく,菌の生菌数を徐々に減少させる特徴を示すことが明らかとなった(図1).また,TBE各成分濃度をホウ酸の飽和濃度である5倍濃度まで高めた場合において同様の検討を行ったが,増殖抑制効果は高まるものの菌を死滅させるには至らないことが明らかとなった(Datanotshown).これらの結果から,TBEは,殺菌剤が示す殺菌作用ではなく,静菌作用によって細菌および真菌の増殖を抑制していると考えられた.つぎに,TBE各成分の細菌および真菌増殖に対する影響を明らかにするため,各成分のMICを検討した.各成分単独の場合と比較して,TBEでは,細菌および真菌の発育抑制効果が相乗的に高まること,特に真菌に対してその傾向が顕著になることを明らかにした(表1).TBE各成分のうち,ホウ酸は細菌および真菌に対して,また,EDTAは細菌に対してそれぞれ発育抑制効果を有することが確認されたが,その効果は弱いものであった.これらの結果から,TBEにおける静菌作用の主たる効果はホウ酸が担っており,トロメタモールやEDTAは,ホウ酸の発育抑制作用を何らかの形で高めていると考えられた.殺菌剤である塩化ベンザルコニウムは,菌体表層を破壊し,それに伴い細胞同士が凝集することが報告されている6).これに対し,試験菌の顕微鏡観察結果からは,TBE存在下での明確な菌体の変形や外膜損傷は認められなかった(図2).これらの結果から,塩化ベンザルコニウムとは異なり,TBEは菌体表層の破壊を起こさずに増殖抑制効果を発揮していると考えられる.ICP-MSによる細菌内ホウ酸濃度の測定結果から,E.coli,P.aeruginosaおよびS.aureusの3菌種において,ホウ酸の菌体内への流入が確認され(図3),また,ホウ酸流入量はトロメタモールおよびEDTAの共存下において増加することが明らかとなった(図3).EDTAについては,グラム陰性菌体表層を形成するリポ多糖(LPS)分子間に存在する2価金属イオンをキレートすることによって,また,トロメタモールについては,LPSの金属イオン結合サイトに結合することによって,菌体表層構造に変化を与える可能性が指摘されている7).これらのことからTBEは,EDTAとトロメタモールの菌体への直接作用によってホウ酸の菌体内への透過性が向上していると考えられる.グラム陽性菌や真菌のホウ酸流入経路やトロメタモールおよびEDTA共存下での透過性作用機序は不明な点が多いため,抗菌活性との関連を含めて,今後,詳細を検討する予定である.細菌遺伝子生合成,蛋白質生合成に対するTBEの影響を検討したところ,TBE存在下では,遺伝子生合成が抑制され,アミノアシルtRNA合成酵素活性も阻害されることが明らかになった(図4,5).遺伝子合成能評価指標であるチミジンはDNAを構成する塩基の一つであり,この塩基の菌体内への取り込みが抑制され,菌体の遺伝子生合成が抑制,または停止したと考えられる.また,アミノアシルtRNA合成酵素は,蛋白質合成の翻訳過程において必須の酵素であり,本酵素の阻害は蛋白質合成に大きく影響すると考えられる8).また,アミノアシルtRNAは細菌のペプチドグリカン形成にも関与しており9),本酵素の阻害により菌体表層構造の形成も影響を受ける可能性が考えられる.これらの結果から,TBE存在下では,菌体の増殖や生存に必要な遺伝子生合成および蛋白質生合成が低下し,菌体の増殖が抑制されると考えられた.以上の結果から筆者らは,緩衝剤や安定剤として配合されているトロメタモール,ホウ酸,EDTAの3成分を一定比率で配合した組成,すなわち,TBEの細菌および真菌に対する増殖抑制効果と作用機序の一部を明らかにした.TBEが有する細菌および真菌に対する幅広い抗菌作用は,点眼剤の防腐剤フリー組成としてだけでなく,近年問題視されているコンタクトレンズに対する塩化ベンザルコニウムなどのカチオン性殺菌剤の吸着とそれにより生じる角膜障害に対して有効な手段の一つになると考えている.文献1)BursteinNL:Preservativecytotoxicthresholdforben-zalkoniumchlorideandchlorhexidinedigluconateincatandrabbitcorneas.InvestOphthalmolVisSci19:308-313,19802)植田喜一,柳井亮二:シリコーンハイドロゲルコンタクトレンズとマルチパーパスソリューション,点眼薬.あたらしい眼科25:923-930,20083)CuijuX,DongC,JingboLetal:Arabbitdryeyemodelinducedbytopicalmedicationofapreservativebenzalko-niumchloride.InvestOphthalmolVisSci49:1850-1856,20084)高鳥浩介:抗菌剤の効力評価.誰でもわかる抗菌の基礎知識(高麗寛紀,芝崎勲,高鳥浩介ほか編),p99-108,テクノシステム,19995)西川朱實:カンジダの菌学.真菌誌48:126-128,20076)SakagamiY,YokoyamaH,NishimuraHetal:MechanismofresistancetobenzalkoniumchloridebyPseudomonasaeruginosa.ApplEnvironMicrobiol55:2036-2040,19897)MarttiV:Agentsthatincreasethepermeabilityoftheoutermembrane.MicrobiolRev56:395-411,19928)RockFL,MaoW,YaremchukAetal:Anantifungalagentinhibitsanaminoacyl-tRNAsynthetasebytrappingtRNAintheeditingsite.Science316:1759-1761,20079)RajBhandraryUL,SollD:Aminoacyl-tRNAs,thebacteri-alcellenvelope,andantibiotics.ProcNatlAcadSciUSA105:5285-5286,2008

正常結膜蝗鰍ゥら分離されたメチシリン耐性コアグラーゼ陰性 ブドウ球菌におけるフルオロキノロン耐性の多様性

2010年4月30日 金曜日

———————————————————————-Page1512あたらしい眼科Vol.27,No.4,2010(00)512(96)0910-1810/10/\100/頁/JCOPY46回日本眼感染症学会原著》あたらしい眼科27(4):512517,2010cはじめに術後眼内炎の起炎菌が眼瞼からの分離菌と分子疫学的に同一であったとする報告があるように,結膜常在細菌叢は術後眼内炎の起炎菌となりうる1).白内障術後眼内炎の分離菌で最も多いのは,コアグラーゼ陰性ブドウ球菌(coagulase-negativestaphylococci:CNS)であり,最近の報告では分離菌の約6割を占めるといわれている2,3).一般にCNSによる術後眼内炎は,治療によく反応すると考えられている.しかしながら近年,術後眼内炎から分離されたCNSのメチシリン耐性やフルオロキノロン耐性を指摘する報告もあり,CNSによる眼内炎発症頻度や治療予後への影響が危惧されるようになってきた4,5).特にメチシリン耐性コアグラーゼ陰性ブドウ球菌(methicillin-resistantcoagulase-negativestaphy-lococci:MR-CNS)の場合は,bラクタム薬に耐性であるため,フルオロキノロン耐性化は重大な問題となる.日本において,今までも結膜常在細菌の検討は多くなされているが,MR-CNSについて大規模かつ詳細に検討した報告は少ない611).今回筆者らは,外来患者における白内障術前の結膜培養から分離されたグラム陽性菌に対して,眼科で使用頻度の高いフルオロキノロン系抗菌薬4剤の感受性を調査し〔別刷請求先〕星最智:〒780-0935高知市旭町1-104町田病院Reprintrequests:SaichiHoshi,M.D.,Ph.D.,MachidaHospital,1-104Asahimachi,Kochi-shi780-0935,JAPAN正常結膜から分離されたメチシリン耐性コアグラーゼ陰性ブドウ球菌におけるフルオロキノロン耐性の多様性星最智町田病院DiversityofFluoroquinoloneResistanceamongMethicillin-resistantCoagulase-negativeStaphylococciIsolatedfromNormalConjunctivaSaichiHoshiMachidaHospital2007年8月からの1年間に白内障術前の結膜から分離されたグラム陽性菌に対し,フルオロキノロン系抗菌薬4剤(オフロキサシン,レボフロキサシン,ガチフロキサシン,モキシフロキサシン)の薬剤感受性を評価した.メチシリン感受性コアグラーゼ陰性ブドウ球菌(MS-CNS)では4剤とも85%以上の感受性を示したが,メチシリン耐性コアグラーゼ陰性ブドウ球菌(MR-CNS)では27.249.3%の感受性であり,MS-CNSに比べて有意に感受性率が低かった(p<0.01).また,MR-CNSは他菌種と比べてフルオロキノロン耐性度に多様性が認められ,第4世代フルオロキノロンに感受性であっても,オフロキサシンまたはレボフロキサシンに耐性を示す株が43.4%含まれていた.Antimicrobialsusceptibilityto4uoroquinoloneantibiotics(ooxacin,levooxacin,gatioxacin,moxioxacin)wasevaluatedforgram-positivecocciisolatedfromnormalconjunctivaofpreoparativecataractpatientsduringaone-yearperiodfromAugust2007.Over85%ofthemethicillin-sensitivecoagulase-negativestaphylococci(MS-CNS)weresensitivetothe4uoroquinoloneantibiotics.However,theuoroquinolonesensitivityofmethicillin-resistantcoagulase-negativestaphylococci(MR-CNS)was27.249.3%,signicantlylowerthanthatoftheMS-CNS(p<0.01).TherewasdiversityofuoroquinoloneresistanceamongMR-CNSstrains;43.4%oftheMR-CNS,apartfromthe23.5%fourth-generationuoroquinolone-resistantstrains,wasooxacinorlevooxacinresistant.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)27(4):512517,2010〕Keywords:メチシリン耐性コアグラーゼ陰性ブドウ球菌,フルオロキノロン,結膜常在細菌叢,耐性菌,眼内炎.methicillin-resistantcoagulase-negativestaphylococci,uoroquinolone,conjunctivalnormalora,antibiotics-resistance,endophthalmitis.———————————————————————-Page2あたらしい眼科Vol.27,No.4,2010513(97)た.そのなかで菌種ごとにフルオロキノロン感受性の相違が認められたが,特にMR-CNSに関して注目すべき知見が得られたので,他菌種のフルオロキノロン耐性化状況と比較しながら報告する.I対象および方法対象者は,2007年8月から2008年7月の1年間に,当院で白内障術前検査として結膜培養検査を施行した外来患者990名990眼である.被験者の構成は女性594名,男性396名であり,平均年齢は73.9±10.1歳であった.検体は,下眼瞼結膜を滅菌綿棒にて擦過して輸送培地に接種した後,衛生検査所に送付して培養と薬剤感受性検査を依頼した.嫌気培養は行っていない.検査対象菌種はコリネバクテリウム属,CNS,黄色ブドウ球菌,腸球菌(Enterococcusfaecalis),a溶血性レンサ球菌の5菌種であり,ブドウ球菌属に関してはメチシリン耐性の有無で区別し,メチシリン感受性コアグラーゼ陰性ブドウ球菌(methicillin-sensitivecoagulase-negativestapylococci:MS-CNS),MR-CNS,メチシリン感受性黄色ブドウ球菌(methicillin-sensitiveStaph-ylococcusaureus:MSSA)およびメチシリン耐性黄色ブドウ球菌(methicillin-resistantStaphylococcusaureus:MRSA)のそれぞれについて薬剤感受性を評価した.CNSに対するメチシリン耐性の判定法は,2009年のClinicalandLaboratoryStandardsInstitute(CLSI)基準の改訂により,オキサシリンのディスク法による判定が除外され,オキサシリンの最小発育阻止濃度(MIC)の測定あるいはセフォキシチンのディスク法による判定のみとなった.本検討では,オキサシリンのディスク法による判定であり,2009年の改訂は加味されていない.薬剤感受性検査はKBディスク法で行い,オフロキサシン(OFLX),レボフロキサシン(LVFX),ガチフロキサシン(GFLX),モキシフロキサシン(MFLX)に対する感受性をCLSIの判定基準に従って感受性(S),中間耐性(I),耐性(R)の3つに分類した.腸球菌とa溶血性レンサ球菌に対するオフロキサシンの感受性検査は行っていない.また,コリネバクテリウム属に対するフルオロキノロン4剤,腸球菌に対するMFLX,a溶血性レンサ球菌に対するLVFX,GFLXおよびMFLXに関しては,CLSIの判定基準が設定されていないため,昭和ディスク法の判定結果を参考にして衛生検査所が判定した結果を用いた.統計学的検討に関してはFisherの直接確率検定を用い,有意水準は5%とした.II結果990名990眼から全1,032株の細菌が分離された.培養陽性率は72.8%であった.コリネバクテリウム属が44.8%,CNSが35.5%であり,この2菌種で全体の80.3%を占めた.また,本検討の調査対象菌種である黄色ブドウ球菌,腸球菌とa溶血性レンサ球菌も含めると,全体の91.6%を占めた(表1).菌種ごとのフルオロキノロン感受性を表2に示す.a溶血性レンサ球菌ではLVFX,GFLX,MFLXの感受性率はそれぞれ83.9%,93.5%,93.5%と良好であり,薬剤間で感受性に有意差を認めなかった.腸球菌ではLVFX,GFLX,MFLXの感受性率はそれぞれ91.7%,94.4%,94.4%と良好であり,薬剤間で感受性に有意差を認めなかった.コリネバクテリウム属ではOFLX,LVFX,GFLX,MFLXの感受性率はそれぞれ57.1%,59.7%,63.0%,62.8%と低い傾向があったが,薬剤間で感受性に有意差を認めなかった.黄色ブドウ球菌に関しては,MSSAではOFLX,LVFX,GFLX,MFLXの感受性率はすべて88.6%と良好であった.一方,MRSAではOFLX,LVFX,GFLX,MFLXの感受性率はすべて0%とMSSAに比べて不良であった.CNSに関しては,MS-CNSではOFLX,LVFX,GFLX,MFLXの感受性率はそれぞれ85.7%,87.0%,89.6%,90.0%と良好であった.薬剤間の感受性の比較では,OFLXとLVFX間では有意差を認めなかったが,LVFXとGFLXまたはMFLX間で有意差を認めた(p<0.05).GFLXとMFLX間では有意差を認めなかった.一方,MR-CNSではOFLX,LVFX,GFLX,MFLXの感受性率は27.2%,29.4%,46.3%,49.3%と低く,特にOFLXとLVFXについては耐性率のほうが高かった.そこでMS-CNSとMR-CNSの2群間でフルオロキノロン感受性の違いを比較したところ,4剤すべてにおいて有意差を認めた(すべてp<0.01).また,薬剤間の感受性の比較では,MS-CNSと同様,OFLXとLVFX間では有意差を認めず,LVFXとGFLXまたはMFLX間で有意差を認めた(p<0.01).GFLXとMFLX間では有意差を認めなかった.MR-CNSのその他の特徴として,他菌種と比較して中間耐性を示す株の割合がOFLX,LVFX,GFLX,MFLXでそれぞれ5.9%,20.6%,31.6%,29.4%と多く認表1分離菌の内訳菌種株数割合(%)コリネバクテリウム属46244.8メチシリン感受性コアグラーゼ陰性ブドウ球菌23022.3メチシリン耐性コアグラーゼ陰性ブドウ球菌13613.2メチシリン感受性黄色ブドウ球菌444.3メチシリン耐性黄色ブドウ球菌60.6腸球菌363.5a溶血性レンサ球菌313.0その他のグラム陽性球菌282.7グラム陰性桿菌555.3グラム陰性球菌40.4合計1,032100———————————————————————-Page3514あたらしい眼科Vol.27,No.4,2010(98)めた.中間耐性株の割合が多いことから,MR-CNSのフルオロキノロン耐性度に多様性があることが示唆された.そこでMR-CNSを(1)フルオロキノロン4剤すべてに感受性,(2)OFLXのみ耐性,(3)OFLXとLVFXに耐性,(4)4剤すべてに耐性という4群に分けたところ,図1に示すようにそれぞれ33.1%,16.9%,26.5%,23.5%となり,眼科で使用するフルオロキノロンに対して耐性度が異なる株で構成されていた.III考按結膜常在細菌の疫学調査においては,被験者の選択条件が重要となる.今回の検討では,白内障手術対象者の多くを占める高齢者の結膜常在細菌に注目した.選択基準としては,なるべくバイアスがかからないように外来患者を対象とした.また,総合病院における眼科では,院内の他科受診者が占める割合が高くなる可能性があるが,当院は眼科のみを表2菌種ごとのフルオロキノロン感受性菌種株数感受性割合(%)OFLXLVFXGFLXMFLXコリネバクテリウム属462S57.159.763.062.8I3.91.70.90.9R39.038.536.136.4MS-CNS230S85.787.089.690.0I1.72.66.55.2R12.610.43.94.8MR-CNS136S27.229.446.349.3I5.920.631.629.4R66.950.022.121.3MSSA44S88.688.688.688.6I0000R11.411.411.411.4MRSA6S0000I0000R100100100100腸球菌36SNT91.794.494.4INT2.800RNT5.65.65.6a溶血性レンサ球菌31SNT83.993.593.5INT6.500RNT9.76.56.5MS-CNS:メチシリン感受性コアグラーゼ陰性ブドウ球菌,MR-CNS:メチシリン耐性コアグラーゼ陰性ブドウ球菌,MSSA:メチシリン感受性黄色ブドウ球菌,MRSA:メチシリン耐性黄色ブドウ球菌.OFLX:オフロキサシン,LVFX:レボフロキサシン,GFLX:ガチフロキサシン,MFLX:モキシフロキサシン.NT:未検査.S:感受性,I:中間耐性,R:耐性.020406080100④23.5%③26.5%②16.9%①33.1%図1異なるフルオロキノロン耐性度で構成されるMRCNS①:OFLX,LVFX,GFLX,MFLXに感受性な株,②:OFLXのみに耐性な株,③:OFLXとLVFXに耐性な株,④:OFLX,LVFX,GFLX,MFLXに耐性な株.OFLX:オフロキサシン,LVFX:レボフロキサシン,GFLX:ガチフロキサシン,MFLX:モキシフロキサシン.———————————————————————-Page4あたらしい眼科Vol.27,No.4,2010515(99)標榜する病院であるため,高知県内の広い地域からの受診者を対象とすることができた.したがって本検討では,市中の一般的な高齢者の結膜常在細菌を反映しているといえる.今回の検討では,コストの関係上,ディスク法を用いて薬剤感受性を評価しているが,中間耐性と耐性を区別することで感受性の相違をなるべく明瞭化するよう配慮した.また,OFLXからMFLXまでグラム陽性菌への抗菌力が異なる4剤のフルオロキノロンについて調査することで,各フルオロキノロン間での感受性の相違が確認できるように工夫した.その結果,菌種ごとにフルオロキノロンの感受性の特徴を明らかにすることができた.MSSA,MS-CNS,腸球菌とa溶血性レンサ球菌の4菌種では,すべてのフルオロキノロンに対して83%以上の良好な感受性を示した.一方,コリネバクテリウム属では,すべてのフルオロキノロンに対して約40%が耐性を示した.今回の検討では最小発育阻止濃度を測定していないため単純な比較はできないが,結膜由来コリネバクテリウムの約半数がフルオロキノロン耐性とする過去の報告と同様の結果であった12).MRSAに関しては,分離株数が6株と少なく,感受性を検討するうえでは十分とはいえないものの,すべての株がフルオロキノロン耐性であった.これは,日本のMRSAの80%以上がフルオロキノロン耐性とする過去の報告とほぼ同様の結果であった13).最後にCNSでは,他の菌種よりも複雑な耐性化状況を有していた.一番注目すべきは,黄色ブドウ球菌と同様にメチシリン耐性の有無でフルオロキノロン耐性化率が異なっていたことである.つまり,MS-CNSにおいてはフルオロキノロンについて良好な感受性を示す一方,MR-CNSではフルオロキノロンの耐性化率が有意に高かった.この結果から,CNSにおいて術後感染症で特に注意すべきなのはMR-CNSの結膜保菌であることが示唆された.また他の特徴として,MR-CNSではOFLXからMFLXへとグラム陽性菌への抗菌力が強い薬剤になるにつれて,段階的に感受性率が高くなり,特にLVFXと第4世代フルオロキノロンであるGFLXやMFLXの間で感受性に有意差を認めた.この傾向は,耐性株は少ないながらもMS-CNSでも認められた.しかしながら,MR-CNSにおいてGFLXやMFLXなどの第4世代フルオロキノロン感受性株は76.5%存在するものの,そのなかにはOFLXまたはLVFXに耐性の株が43.4%も含まれていたことには注意すべきである.これは,第4世代フルオロキノロン耐性化への予備群が相当数存在していることを示しており,将来的に第4世代フルオロキノロン耐性株の蔓延が懸念される.過去に健常者の結膜常在細菌についての検討は多くなされているが,MS-CNSとMR-CNSを区別し,さらにフルオロキノロン耐性も含めて調査した報告は少ない.過去の報告を表3にまとめた.このなかで,堀らの検討では嫌気性培養も施行しているため,アクネ菌などの嫌気性菌を除外した場合のMR-CNSの分離割合に換算している.また,櫻井ら9)の報告では,MR-CNSの分離頻度が0.78%と他の報告と比べて極端に低い.ブドウ球菌のメチシリン耐性の有無はオキ表3結膜常在MRCNSのフルオロキノロン耐性に関する過去の報告報告年報告者対象平均年齢(歳)全分離株中の割合(%)メチシリン耐性率(%)OFLX耐性率(%)LVFX耐性率(%)1998年大ら65歳以上の入院患者81.6MSSEMRSE43.514.424.8SE全体MSSEMRSE34─362003年関ら66歳以上の通所介護施設利用者81.5MS-CNSMR-CNS29.122.844CNS全体MS-CNSMR-CNS29.3─66.7CNS全体MS-CNSMR-CNS19.5─44.42005年櫻井ら内眼手術前患者70MSSEMRSE42.30.781.7SE全体MSSEMRSE24.8──2006年岩ら白内障術前患者76MSSEMRSE2420.546.2MSSEMRSE2050MSSEMRSE5.7102007年宮本ら内眼手術前患者─MS-CNSMR-CNS38.433.246MS-CNSMR-CNS14.2762009年堀ら眼科術前患者66.3MS-CNSMR-CNS30.318.538MS-CNSMR-CNS13.981.8SE:表皮ブドウ球菌,MSSE:メチシリン感受性表皮ブドウ球菌,MRSE:メチシリン耐性表皮ブドウ球菌,CNS:コアグラーゼ陰性ブドウ球菌,MS-CNS:メチシリン感受性コアグラーゼ陰性ブドウ球菌,MR-CNS:メチシリン耐性コアグラーゼ陰性ブドウ球菌.OFLX:オフロキサシン,LVFX:レボフロキサシン.———————————————————————-Page5516あたらしい眼科Vol.27,No.4,2010(100)サシリンの耐性度で判定することが多いが,黄色ブドウ球菌ではMICが4μg/ml以上であるのに対し,CNSでは0.5μg/ml以上と同じブドウ球菌属でも基準が異なる.櫻井らの報告ではCNSのメチシリン耐性の判定方法の記載がないため何ともいえないが,他の報告とは異なった判定基準を用いたためにMR-CNSの検出率が低く評価されている可能性も否定できない.櫻井らの報告を除いて個々の報告を比較してみると,MR-CNSの分離菌に占める割合は14.433.2%とある程度幅があるものの,本検討の13.2%と類似しており,保菌率が経年的に増加している傾向はみられないようである.また,フルオロキノロン耐性化率に関しても経年的に増加しているとはいいにくい.むしろ,MR-CNSの保菌率やフルオロキノロン耐性化率は,年齢や入院の有無などの検査対象者の条件によって異なる可能性が考えられる.今回の検討では,菌種ごとにフルオロキノロンの耐性化率や耐性度に相違がみられた.その理由としては,菌の遺伝型の多様性,フルオロキノロン耐性メカニズム,宿主への保菌リスクなどが菌種ごとに異なることが考えられる.つまり,MSSA,MS-CNS,a溶血性レンサ球菌や腸球菌では,市中の健常者の皮膚,口腔や腸管に広く分布する常在細菌であり,分離菌株ごとの遺伝型には幅広い多様性があると考えられる.この場合,フルオロキノロンを使用することで染色体遺伝子に突然変異が生じ,耐性菌は生じるであろうが,遺伝型の多様性に埋もれてしまい耐性化率としては低く評価されると考えられる.一方,コリネバクテリウム属は,MS-CNSと同様に皮膚や結膜の主たる常在細菌であり,市中の健常者に広く分布している細菌であるにもかかわらず,フルオロキノロンの耐性化率が高い.その理由の一つに,ブドウ球菌やレンサ球菌よりもフルオロキノロンへの高度耐性化が起こりやすいという点があげられる.ブドウ球菌やレンサ球菌では,gyrAとparCというDNA合成に関わる2つの遺伝子が突然変異を積み重ねていくことによってフルオロキノロンに段階的に耐性となっていく14).一方,コリネバクテリウム属はparCに相当するホモログが存在せず,gyrAの変異のみでフルオロキノロンに高度耐性化することができるといわれている15).またその他の理由として,コリネバクテリウム属のなかでフルオロキノロンに耐性であるのはCorynebacteri-ummacginleyiといわれており,この菌種が皮膚よりも眼への親和性が強いことにより,フルオロキノロン点眼の影響を受けやすい可能性も考えられる12).最後に,MRSAやMR-CNSでは他の菌種とはまったく異なった機序が考えられる(図2).ブドウ球菌属は,ブドウ球菌カセット染色体mec(Staphylococcalcassettechromosomemec:SCCmec)とよばれる数十Kbpの巨大な遺伝子断片が,染色体の特定の部位に挿入されることでメチシリン耐性を獲得する.その際,必然的にメチシリン耐性ブドウ球菌は遺伝型に制限を受けながら,メチシリン感受性菌とは異なった進化をたどることとなる.また,MR-CNSやMRSAは入院患者など種々の保菌リスクを有する宿主のなかで蔓延する.このような宿主は抗菌薬の使用頻度が高いこともあり,抗菌薬の選択圧により,限られたクローンに由来する株が蔓延することとなる.MRSAでは特にこの現象が顕著であり,日本で分離される病院型MRSAは分子疫学的に互いに近縁で,薬剤感受性傾向も類似している13).MR-CNSにおいても,MRSAと同様の機序で薬剤耐性化が進んでいると考えられ,将来的にフルオロキノロン耐性の蔓延化と高度耐性化しやすい状況にあると推察される.今後のフルオロキノロン耐性化傾向を注意深く観察するためには,CNSにおいてもメチシリン感受性のSCCmecの挿入度耐性高度耐性度耐性抗菌薬強い抗菌薬種々の保菌リスク限定された遺伝型とMS-CNS/MSSAMS-CNS/MSSAの生MSSAMRSASCCmec多様な遺伝型gyrAとparCの変異図2ブドウ球菌属におけるフルオロキノロン耐性蔓延化の模式図MSSA:メチシリン感受性黄色ブドウ球菌,MRSA:メチシリン耐性黄色ブドウ球菌,MS-CNS:メチシリン感受性コアグラーゼ陰性ブドウ球菌,MR-CNS:メチシリン耐性コアグラーゼ陰性ブドウ球菌,SCCmec:ブドウ球菌カセット染色体mec.———————————————————————-Page6あたらしい眼科Vol.27,No.4,2010517(101)有無で区別して薬剤感受性を評価すべきであろう.文献1)BannermanTL,RhodenDL,McAllisterSKetal:Thesourceofcoagulase-negativestaphylococciintheEndoph-thalmitisVitrectomyStudy.Acomparisonofeyelidandintraocularisolatesusingpulsed-eldgelelectrophoresis.ArchOphthalmol115:357-361,19972)MollanSP,GaoA,LockwoodAetal:Postcataractendophthalmitis:incidenceandmicrobialisolatesinaUnitedKingdomregionfrom1996through2004.JCata-ractRefractSurg33:265-268,20073)LalwaniGA,FlynnHWJr,ScottIUetal:Acute-onsetendophthalmitisafterclearcornealcataractsurgery(1996-2005).Clinicalfeatures,causativeorganisms,andvisualacuityoutcomes.Ophthalmology115:473-476,20074)RecchiaFM,BusbeeBG,PearlmanRBetal:Changingtrendsinthemicrobiologicaspectsofpostcataractendo-phthalmitis.ArchOphthalmol123:341-346,20055)HerperT,MillerD,FlynnHWJr:Invitroecacyandpharmacodynamicindicesforantibioticsagainstcoagu-lase-negativestaphylococcusendophthalmitisisolates.Ophthalmology114:871-875,20076)大秀行,福田昌彦,大鳥利文:高齢者1,000眼の結膜内常在菌.あたらしい眼科15:105-108,19987)関奈央子,亀井裕子,松原正男:高齢者の結膜内コアグラーゼ陰性ブドウ球菌の検出率と薬剤感受性.あたらしい眼科20:677-680,20038)岩﨑雄二,小山忍:白内障術前患者における結膜内細菌叢と薬剤感受性.あたらしい眼科23:541-545,20069)櫻井美晴,林康司,尾羽澤実ほか:内眼手術前患者の結膜常在細菌叢のレボフロキサシン耐性率.あたらしい眼科22:97-100,200510)宮本龍郎,大木弥栄子,香留崇ほか:当院における眼科手術術前患者の結膜内細菌叢と薬剤感受性.徳島赤十字病院医学雑誌12:25-30,200711)HoriY,NakazawaT,MaedaNetal:Susceptibilitycom-parisonsofnormalpreoperativeconjunctivcalbacteriatouoroquinolones.JCataractRefractSurg35:475-479,200912)EguchiH,KuwaharaT,MiyamotoTetal:High-leveluoroquinoloneresistanceinophthalmicclinicalisolatesbelongingtothespeciesCorynebacteriummacginleyi.JClinMicrobiol46:527-532,200813)PiaoC,KarasawaT,TotsukaKetal:Prospectivesur-veillanceofcommunity-onsetandhealthcare-associatedmethicillin-resistantStaphylococcusaureusisolatedfromauniversity-aliatedhospitalinJapan.MicrobiolImmunol49:959-970,200514)HooperDC:FluoroquinoloneresistanceamongGram-positivecocci.LancetInfectDis2:530-538,200215)SierraJM,Martinez-MartinezL,VazquezFetal:Rela-tionshipbetweenmutationsinthegyrAgeneandqui-noloneresistanceinclinicalisolatesofCorynebacteriumstriatumandCorynebacteriumamycolatum.AntimicrobAgentsChemother49:1714-1719,2005***

眼研究こぼれ話 4.テニュア 米の医学研究システム

2010年4月30日 金曜日

———————————————————————-Page1あたらしい眼科Vol.27,No.4,2010499(83)テニュア米の医学研究システムニューヨークのアインシュタイン大学の友人から,半年でもいいから何とか研究費を捻(ねん)出してくれという電話がかかって来た.私にはその力はないが,このような依頼はしょっちゅうである.当地の医学研究者の大多数を占めているのは,彼のように,これといった大業績はないが,大学の研究室に居ついて何とかやっているPDの連中である.一見のんきそうだが,彼らの生存競争は容易ではない.州立大学のハード・マネー(予算できめられた堅実な資金)で雇われている数少ない幸運な連中を除いて,大部分の研究職員は,ソフト・マネー(本人の努力で集めてくる予測の出来ない資金)で賄われている.私立名門校では,学校は教授とか助教授という名前こそ提供するが,月給を含めて,研究室経営費はびた一文も出さず,研究者自身で,診療の収入の一部とか,政府の補助金等で,金額を作らねばならないのが普通である.ここでテニュアという言葉が出て来る.テニュアとは,給料の保証のある終身任命である.ところがこれを得るには,血の出るような競争に勝つか,大変に運が強くなくてはならない.先述のテニュアのない友人は,国費からもらっていた研究費の打ち切りを言い渡されたのである.それは彼の給料も無くなった事を意味している.私の居たハーバード大学ではこの制度がとくに厳しく,有名な11年システムとして知られている.簡単に説明すると,以下のような具合である.ハーバードに採用された最初の3年間は1年更新の助手の席がもらえる.しかし,この席は三度以上は繰りかえす事が出来ず,助教授に昇進しないときは職から去らねばならない.また,3年任期の助教授は,二度以上繰りかえせない.すなわち,助教授は6年以上出来ない.次は準教授または正教授にしてもらうのだが,大学に最初に採用されてから,11年目にテニュアになれないときは,理由の如何(いかん)に関せず,ハーバードを去らねばならないことになっている.実際には,10年間,ハーバードに居られた学者は仕事の上で第一人者となっているから,他の大学からひっぱりだこになるので,職を見つける事に心配はない.テニュアを勝ち取るためには,先任者をけとばすか,または運よく先任者に停年退職してもらったり,死んでいただくかしなければならない.こんなときによく,他で名をなした一流教授が,ポコッと上に入って来ることもあるのである.最も確実な一つの方法は,だれか大富豪に大金の寄付をお願いして,その寄贈者の名前のついた研究室と,一つのテニュアを誕生させてもらうのである.1970年ころ,一つのテニュアを作るには約50万ドルの寄付を基0910-1810/10/\100/頁/JCOPY眼研究こぼれ話桑原登一郎元米国立眼研究所実験病理部長●連載④▲ハーバード大学構内古いキャンパスの中で中央にジョーン・ハーバードの座像が見える.———————————————————————-Page2500あたらしい眼科Vol.27,No.4,2010眼研究こぼれ話(84)として,同額を他の財源から加えるようなしきたりであった.既存のテニュアの椅(い)子も,教育必須(─す)の教室(基礎医学教室)を除いては,大部分このようにして作られたものである.しかし,やっとテニュア教授になっても安心は出来ない.自分自身の給料はこの基金の利子から出るけれども,活発な研究のための大きな運営費は自分でかせがねばならない.私の場合を述べると,私がテニュア教授になった後,毎年約20万ドルの研究費を政府資金からもらっていた.大学にはこの金額の40%の頭金を別に払ってくれるので,研究室として使っている建物の家賃を払い,10人近くの技術員と,数人の助教授をかかえることが出来た.人材と費用を確保すれば,次々と成績を出すことが出来るから,次年度の研究費を申請するための材料にはこと欠かない.一度うまく軌道に乗れば,後はしめたものである.しかし,のんびりしたり,病気になったりすると,大変な事になる.テニュア教授なら,手下を首にすれば(と言っても,やめさせられた若い人々は途方にくれるが),自分の家族の生活に困ることはないが,テニュアのない連中は,研究費の切れたその瞬間から給料が止まるのである.資金と人材を失うと,次回の費用申請が困難となり,大変な悪循環が生じてくる.このような繁雑さにかかわらないように,助教授も技術員もおかないで,ただ一個人の研究者として,そっと一生を送っているような人も居る.華やかに聞こえる学者生活も,他の職業よりも厳しいと思えるような試練を受けているのである.(原文のまま.「日刊新愛媛」より転載)☆☆☆

私が思うこと 21.理想の病院を描き,目指して

2010年4月30日 金曜日

———————————————————————-Page1あたらしい眼科Vol.27,No.4,2010495私が思うことシリーズ(79)新たな展開2006年12月8日東京女子医科大学八千代医療センター(以下,八千代医療センター)は千葉県八千代市に開院しました.八千代医療センターは,「地域社会に信頼される病院としての心温まる医療と急性期・高機能・先進医療との調和」を理念にかかげ,千葉県医療ネットワークにおける地域の中核病院として,救急医療,小児医療,周産期医療などを中心に急性期医療を行っています.私は2004年8月から八千代医療センター開設準備室委員の一人として,新病院開設にかかわってきました.病院全体の構想やシステムについて,医師,看護師,薬剤師,臨床検査技師や事務など多職種が一丸となって斬新なアイデアを出し,「理想の病院」の構想,構築,発展を目指しています.私自身これまでは,眼科に関する臨床,教育や研究を中心に考えることが多かったのですが,2009年に副院長に就任後,病院の発展並びにそこで働く医療スタッフの幸福を第一に考えるようになりました.現在,病院経営,労働環境整備,医療安全,患者サービス,医療支援,医療連携など多数の職務に携わっています(図1).これらの職務は自分自身の成長の機会でもあり,毎日ワクワクしながら働いています.理想の病院を描き,目指す病院理念の追求とともに,「理想の病院」というゴールを具体的に設定することで,常に現状に満足せず,より良い医療,システム,サービスを提供でき,それらを生み出す創造的な風土や文化を創出することが可能だと思います.皆がワクワクするような理想を掲げるほど,現実化する可能性は高くなります.また,医療スタッフと,そのスタッフを支えている家族の幸福の追求と実現が重要だと思います.病院に対する満足感,帰属意識,働きがいや感動などを持ち合わせなければ,患者さんに対して心をこめた医療や,創造的な提案をすることはできません.病院が成長,発展するとスタッフが幸せになるのではなく,スタッフが幸せになるほど病院が発展していくと思います.また,その病院が成長,発展することを,多くの人達が喜んでくださるのが「理想の病院」のあり方です.そのためには,今までの病院の常識や風習に制約されない,目先の利益のみに振り回されず,未来へ繋がる大きな価値を大切にする,諦めずに皆で知恵とアイデアを出し続ける,ことが大切です.医療安全への取り組み医療安全は病院経営と同様,またそれ以上に重要だと思います.患者さんに対して害を与えようとして医療を行っているスタッフはいないと思います.しかし,医療0910-1810/10/\100/頁/JCOPY船津英陽(HideharuFunatsu)東京女子医科大学八千代医療センター2006年に東京女子医科大学八千代医療センターに赴任し,2007年に教授,2009年に副院長に就任.地域の中核病院として急性期医療に貢献するとともに,すべての医療スタッフの働き方の多様性に応じた,また働きがいのある労働環境を整備するために,最善を尽くしたいと思っています.理想の病院を描き,目指して図1病院経営者会議向かって左から高萩事務長,筆者,寺井院長,佐藤副院長.———————————————————————-Page2496あたらしい眼科Vol.27,No.4,2010安全に関する意識が不足し,安全管理システムに問題や不具合があると,起こってはならないインシデントやアクシデントが発生することも事実です.当院では,医師,看護師,薬剤師,臨床検査技師などが協力して,「医療安全支援チーム(MedicalSafetySupportTeam:MSST)」を結成し,私はそのゼネラルマネージャー(GRM)を務めさせていただいています.病院全体の医療安全に関する問題点を横断的にチームで共有して,問題発見・解決策について検討し,結果や成果について検証するというものです.また,医療スタッフ全員の医療安全に対する意識の向上や認識の改善を目的としています.毎週,院内ラウンドを行い,入院棟や外来棟の各部署を回り,医療安全策を徹底しています.医療安全委員会,医療安全講習会やM&Mカンファランス(morbidityandmortalityconference)の開催,手術バリアンスの検討なども定期的に行っています.医療安全が当院の強みの一つになるように,発展させていきたいと考えています.患者サービス開院以来,看護師やコメデイカルばかりでなく,医師に対する接遇研修を行ってきました.患者さんのクレームのなかで最も多いのが,医師や看護師に対するクレームです.「多くの患者さんの要望に応え,ハード面およびソフト面で質の高い医療を提供する」,これがわれわれの使命であると考えています.病院の施設面に関するクレームに関しても,予算の許す限り積極的に改善策を講じています.挨拶,傾聴,わかりやすい説明,誠意のある対応,これらは当たり前のことのようですが,意見書やクレームを拝読すると,多くの医師が十分に行っていないのが現実です.クレームを通じて異なった観点からの気付きも多く,医師は技量ばかりでなく,人間力が常に問われていることを痛感しています.患者さんからの要望を真摯に受け止め,多くの人達に最善の医療を提供できる病院を目指していきたいと考えています.八千代健康フェスタ市民とのつながりを密にするため,夏と冬の2回,「八千代健康フェスタ」を開催しています.本フェスタは2007年に「日本イベント大賞,特別賞」を受賞しました.フェスタの目的は,健康促進の啓発による継続的な地域への交流と貢献をすること,市民への最新医療情報を提供することです.オープンホスピタルとして,病気の公開セミナー,からだ情報コーナー,各種ミニ講座,健康相談などを行っています.また,ワークショップとして,小中学生を対象としたキャリア教育やもの作り,その他市民によるミニコンサートも開催しています.2010年2月14日には,「目の老化・生活習慣病の話,あなたは大丈夫ですか?」と題して,150名以上の市民に参加していただき,眼科の講演を開催しました(図2,3).多くの市民から「目の病気に関する質問」をいただき,病気への関心や不安を痛感しました.今後,健康フェスタを介して,地域への交流をさらに深め,多くの人々への社会貢献を行っていきたいと考えています.大切なこと大切なことは今まで何をしてきたのかではなく,これ(80)図2八千代健康フェスタ・健康セミナー150名以上の市民が参加し,活発な討論,質問がありました.図3八千代健康フェスタ・関係スタッフ多くのスタッフが健康フェスタの運営に携わっています.———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.27,No.4,2010497(81)から何をするかだと思います.今日は過去の結果ですが,未来は今日の結果です.「今日という一日を人生で最高の一日にする」ことを自分のミッションステートメントとして,患者さんのみならず医療スタッフにとっても「理想の病院」を目指して,常に思いの火を絶やさず燃やし続けていきたいと考えています.八千代医療センターに興味のある方は,私(hfunatsu@tymc.twmu.ac.jp)にご連絡くだされば幸いです.船津英陽(ふなつ・ひではる)1983年北里大学医学部卒業1985年東京大学医学部眼科助手1993年東京女子医科大学糖尿病センター眼科講師1993年米国テキサス大学客員講師2004年東京女子医科大学糖尿病センター眼科助教授2007年東京女子医科大学八千代医療センター眼科教授2009年東京女子医科大学八千代医療センター副院長☆☆☆お申込方法:おとりつけの書店,また,その便宜のない場合は直接弊社あてご注文ください.メディカル葵出版年間予約購読ご案内あたらしい眼科Vol.27月刊/毎月30日発行A4変形判総140頁定価/通常号2,415円(本体2,300円+税)(送料140円)増刊号6,300円(本体6,000円+税)(送料204円)年間予約購読料32,382円(増刊1冊含13冊)(本体30,840円+税)(送料弊社負担)最新情報を,整理された総説として提供!眼科手術Vol.23(本体2,400円+税)(送料160円)年間予約購読料10,080円(本体9,600円+税)(4冊)(送料弊社負担)日本眼科手術学会誌特集】毎号特集テーマと編集者を定め,基本的事項と境界領域についての解説記事を掲載.【原著】眼科の未来を切り開く原著論文を医学・薬学・理学・工学など多方面から募って掲載.【連載】セミナー(写真・コンタクトレンズ・眼内レンズ・屈折矯正手術・緑内障・眼感染アレルギーなど)/新しい治療と検査/眼科医のための先端医療他【その他】トピックス・ニュース他毎号の【特集】あらゆる眼科手術のそれぞれの時点における最も新しい考え方を総説の形で読者に伝達.【原著】査読に合格した質の高い原著論文を掲載.【その他】トピックス・ニューインストルメント他株式会社〒1130033東京都文京区本郷2395片岡ビル5F振替00100569315電話(03)38110544http://www.medical-aoi.co.jp

インターネットの眼科応用 15.医師の知的財産とインターネット

2010年4月30日 金曜日

———————————————————————-Page1あたらしい眼科Vol.27,No.4,20104930910-1810/10/\100/頁/JCOPY情報の秘匿性インターネットがもたらす情報革命のなかで,情報発信源が企業から個人に移行した大きなパラダイムシフトをWeb2.0と表現します.Web2.0の文化が浸透することにより,インターネット上には莫大な情報量が蓄積されました.ただ,医療情報の数量は,他の分野の情報量からみると非常に限定的です.それは,Wikipediaの単語数から推察することができます.2010年3月26日時点で,Wikipediaの総単語数は,664,335に対し,医療・ヘルスケアに関連する単語数は約8,000にすぎません1,2).その背景には,情報発信者である医療者が,新鮮な医療情報を主に学会や論文に持ち寄ることが理由にあげられます3).ただ,医療情報も徐々にではありますがその量を増やしています.それは,今までに紹介してきたさまざまなサイトの登場からも明らかです.これは,インターネットによる情報革命が医療界に寄せる影響と考えられます.最近のインターネットの潮流には,莫大な情報を属性によって分類し,検索しやすくする動きがあります.これは,利用者の立場からすれば当然の流れといえます.インターネット上の情報は,法律,医療,美容,健康,経営などに分類され,図書館や本屋での陳列棚のように細分化されます.以前に紹介した,患者が体験情報を持ち寄るTOBYO(http://www.tobyo.jp/)や,健康情報に特化した検索エンジンをもつ,画期的なイスラエルの健康相談ポータルサイトiMedix(http://www.imedix.com/)は,その潮流にある先駆的なサイトです.この流れはウェブ情報の専門店化と表現できます.医療情報以外に,インターネット上に載りにくい,つまり,情報革命の影響が限定的な情報はほかにもあります.その例として,「研究開発情報」「知的財産」があげられます.各企業・研究機関の研究開発情報は,そのグループ内でのみ共有される特徴があるため,インターネット上には,ごく一部,おそらくプレスリリースされたものしか掲載されません.その秘匿性は,医療情報との共通点といえそうです.研究開発情報や知的財産がインターネットで応用されている事例は,インターネットと医療情報との融合にさまざまな可能性をもたらすことを示唆します.インターネットは,人と人を繋ぎます.人と情報を繋ぎます.開発情報や知的財産という秘匿性の高い情報が,どのようにインターネット上で流通しているのでしょう.他業種でのインターネットの活用方法は,必ず医療界に形を変えて応用されます.臨床レベルでも活用される時代がくるでしょう.知的財産の共有工業所有権情報・研修館という,経済産業省所管の独立行政法人では,知的財産促進事業を行っています.中小企業や大学などの研究機関がもつ特許を大企業が採用する,大企業で眠っている特許を中小の企業が活用する,という知的財産の流通を知的財産流通アドバイザーという専門家が担っています.その知的財産の流通促進に一役買っているのが,特許電子図書館というインターネット上で,誰でもがアクセスできる知的財産のデータベースです.たとえば,「眼科」というキーワードで検索すれば3,776件の特許と実用新案がヒットします.「硝子体」で検索すると581件ヒットします(2010年3月26日現在).パソコンとネット環境さえ整えば,容易に特許情報を検索することができます.この利便性は臨床現場に応用できるはずです.疾患情報,薬剤の副作用情報,疾患の処方ノウハウなどのデータベースができれば,どれだけ臨床の助けになることでしょうか.インターネットに繋がる端末さえあれば,稀な疾患への対処法が,多忙な外来の合間に検索すること(77)インターネットの眼科応用第15章 医師の知的財産とインターネット武蔵国弘(KunihiroMusashi)むさしドリーム眼科シリーズ⑮———————————————————————-Page2494あたらしい眼科Vol.27,No.4,2010ができます.産業界には,特許情報をインターネット上で共有する情報基盤があります.医療界にも,医療情報を共有する情報基盤の登場が待たれます.研究開発のマッチング研究開発に関する情報は,医療情報と同じくグループ内の「秘伝」として伝承されがちです.しかし,その「秘伝」をインターネット上にオープンにして共有することで,自社内で解決できない問題を解決することができます.アメリカのMassachusetts州に本社を置くInnoCentive社が運営する,InnoCentiveというきわめてユニークなサイトがあります(図1).このサイト内には,「Solver」とよばれる研究者が175カ国12万人所属しており,「Seeker」とよばれる企業が出題する「問題」を解決すれば,懸賞金を手にすることができます.成功報酬型の研究費といえるでしょうか.Solverには懸賞金目的の研究者もいますが,腕試しにチャレンジする研究者が多いようです.積み重ねた研究内容あるいはノウハウが,ある企業の問題を解決して産業的価値を生み出す,というきわめて社会的価値の高い「出会い系」サイトです.実例を紹介します.P&Gという食品会社では,2005年より米国で1枚1枚のポテトチップスに,スポーツや音楽などに関するクイズや豆知識などを印刷した「プリングルズ・プリンツ」を販売しています.ですが,ポテトチップスの1枚1枚に絵や文章を印刷する技術は当初,P&G社内には存在していませんでした.食用のインクなどの基礎技術から研究開発に着手すると,相当な投資と時間が必要となります.そこで,彼らはInno-Centiveという社外の群衆ネットワークに答えを求めたのです.その結果,イタリアの大学教授が経営する小さなパン屋の技術を利用して,すみやかに食用色素や印刷技術を会得して製品改良を行い,ヒット商品を生み出しました.一方でSolverは,問題を解決すると,数千ドルから10万ドルの懸賞金を受け取ります.InnoCentiveで眼科に関する問題を検索しましたが,2010年3月26日時点では,残念ながら1件もヒットしませんでした.InnoCentiveはそもそも,2001年に製薬企業内で始まったプロジェクトですので,ライフサイエンスに関するテーマが多いようです.いずれ,眼科疾患に関する問題が出題されるかもしれません.(78)企業と研究者のマッチングだけでなく,研究者同士のマッチングも大きな社会的価値をもちます.研究者同士でノウハウを共有できれば,お互いの研究の効率性が向上します.研究に従事する医師は,臨床業務を兼任することが多く,時間の制約を受けるため,効率性はきわめて重要です.研究室内だけでなく,同一学内や,学外のネットワークで,お互いの問題を解決する場があれば,きわめて有用です.このようなネットワーク作りにインターネットは最適です.Web2.0のキーワードは「共有」です.情報,経験,時間の共有ができるインターネット空間は,臨床研究医にとって魅力的です.「この実験系の最も効率の良い抗体は何でしょう?ご存知ですか?」きっと,その問いの答えは,インターネットの向こうにあります.【追記】NPO法人MVC(http://mvc-japan.org)では,医療というアナログな行為と眼科という職人的な業を,インターネットでどう補完するか,さまざまな試みを実践中です.MVCの活動に興味をもっていただきましたら,k.musashi@mvc-japan.orgまでご連絡ください.MVC-onlineからの招待メールを送らせていただきます.先生方とシェアされた情報が日本の医療水準の向上に寄与する,と信じています.文献1)http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%89%B9%E5%88%A5:%E7%B5%B1%E8%A8%882)中尾彰宏:第3回日本遠隔医療学会WEB医療分科会「遠隔医療におけるWEBの役割」,20093)武蔵国弘:「インターネットの眼科応用」第13章医師の,医師による,医師のための,インターネット会議.27:217-218,20104)http://japio.or.jp/00yearbook/les/2009book/09_1_09.pdf図1InnoCentiveのホームページ

硝子体手術のワンポイントアドバイス 83.超音波白内障手術時の核落下例に対する硝子体手術(中級編)

2010年4月30日 金曜日

———————————————————————-Page1あたらしい眼科Vol.27,No.4,20104910910-1810/10/\100/頁/JCOPYはじめに超音波水晶体乳化吸引術は安全かつ迅速に施行できるようになってきたが,核硬化の強い症例やZinn小帯脆弱例では,術中に後破損をきたし,硝子体腔内核落下に至ることがありうる.落下水晶体核が前部硝子体腔に留まっている場合には,前方からのアプローチで処理できることもあるが,後部硝子体腔まで落下した例では硝子体手術が必要となる.筆者らも以前に白内障手術時の硝子体腔内核落下に対して硝子体手術を施行した7症例をretrospectiveに検討し報告したことがある1).子体手術のタング筆者らの報告では,白内障手術から硝子体手術までの期間は151日で,その間に残留水晶体皮質の多かった5眼で,水晶体起因性眼内炎症状と眼圧上昇を認めた.核落下後3日以内に硝子体手術を施行した症例では術後合併症が少なく,術後矯正視力も良好であった(図1)のに対して,10日以上経過した後に硝子体手術を施行した症例では,角膜内皮障害や眼圧上昇が遷延する例が多かった.今では,もう少し早い時期に硝子体手術を施行することが多いと思われるが,硝子体手術はできるだけ3日以内に施行したほうが良さそうである.下水晶体核の処理法筆者は20ゲージ硝子体手術に慣れているので,通常このような場合には,硝子体カッターで硝子体を切除した後にフラグマトームTMを用いて落下水晶体核を乳化吸引除去している.しかし,この器具は現在ではあまり使用されていないため,通常の硝子体カッターで処理する術者も多いと考えられる.この場合にはスモールゲージの硝子体カッターは不利で20ゲージカッターを使用するほうが効率的である.軟らかい核の場合には,硝子(75)体カッターの吸引圧を上げ,回転数を少なくすることで切除できる場合もあるが,硬い核の場合には苦戦する.眼内での処理が困難な場合には,強角膜創から核片を除去するほうが良好な結果が得られることもある.液体パーフルオロカーボンで核片を前方に浮上させ,通常の超音波水晶体乳化吸引術で処理する方法もあるが,核の把持が困難で手術の難易度は高い.膜離の発に筆者は過去に硝子体手術の依頼を受けた症例のうちで,すでに初回手術で高度の角膜内皮障害をきたしていたり,網膜離を発症していた症例を経験したことがある.核落下をきたしたときは前部硝子体切除など手術操作が多くなり,硝子体を過度に牽引することで網膜裂孔を形成し,術後に網膜離を発症することがある.硝子体手術時には硝子体を周辺部まで確実に切除し,眼底を詳細にチェックする必要がある.核落下をきたした場合,眼内操作が長くなるようであれば,一旦手術を終了し,速やかに硝子体術者に紹介するほうが,最終的に良好な結果が得られることが多い.文献1)野洲美代子,池田恒彦,小泉閑ほか:超音波白内障手術時の核落下例に対する処置法.あたらしい眼科16:985-988,1999硝子体手術のワンポイントアドバイス●連載83超音波白内障手術時の核落下例に対する硝子体手術(中級編)池田恒彦大阪医科大学眼科図1硝子体手術の術中所見残存皮質の多い落下水晶体核を認める.この症例では核硬化が強かったためフラグマトームTMを用いて水晶体核を乳化吸引除去した.白内障手術2日後に硝子体手術を施行したので,良好な結果が得られた.

眼科医のための先端医療 112.最新の網膜光凝固装置

2010年4月30日 金曜日

———————————————————————-Page1あたらしい眼科Vol.27,No.4,20104870910-1810/10/\100/頁/JCOPYはじめに網膜光凝固装置は古くは1957年にキセノン光凝固装置が市販され,1960年代にはMeyer-Schwickerathらにより糖尿病網膜症に対する治療法として臨床的に使用されてきました1).その後,1971年にはアルゴンレーザーが市販されるようになり,周辺部網膜への間接的な凝固による新生血管の退縮が報告され,汎網膜光凝固の有用性が示されてきました2).1973年にはわが国でも導入する施設が誕生してから,糖尿病網膜症による失明を阻止する治療として現在では日常診療に広く用いられるようになってきています.その間,網膜光凝固装置の発展は,アルゴン/クリプトン光凝固,アルゴン/ダイ光凝固,グリーンYAG光凝固,マルチカラー光凝固と波長の違いこそあれ,白内障や硝子体手術装置に比較して,劇的な変化は少ないものでした.しかし,PASCALR(ThePatternScanningLaser.OptiMedica社,カリフォルニア,米国)が2005年に米国食品医薬品局(FDA)の許可を取得後,網膜光凝固装置の開発は慌しくなってきました.パターンスキャンレーザー網膜光凝固装置3,4)と凝固条件での網膜光凝固装置は照射ののりんでが新はじめパターンで複数のス照射がの光凝固装置に照射がのーパスでりでな光凝固をとがでとのがで網膜に網膜光凝固は照射がののと凝固がのとのに網膜に網膜光凝固をとの下は体のはとのがり)パターンスキャンレーザー網膜光凝固装置とはなりの照射をのとのとでのをではのがにがなとの)がな照射のがとがの網膜光凝固装置ではの照射にのを照射とはで最新のの網膜光凝固装置でのな条件で照射が可能にな照射ではにとがの凝固りがめに凝固数はに加を凝固にがなとをめににパターンで複数の凝固をとがでパターンスキャンレーザー網膜光凝固装置はのでになのとのにの網膜光凝固装置とをでがのののめ網膜の凝固がな凝固がとでがーンのになのがりののがVISULAS532sVITEとSUPRASCANVISULAS532sVITEEISS図1)はすでにわが国でも発売されているグリーンレーザーのVISULAS532に後付でパターン化された複数照射が可能になる機種です.従来型の機種であるため,付属の細隙灯顕微鏡は使い慣れた形式のもので周辺部の観察も容易となります.複数照射を行うときの凝固径はPASCALRと同様に50,100,200,300μmと限定され,波長もグリーンの532nmに限られてしまいますが,後付で購入できることが魅力的です.パターン化された複数照射装置が後付で着けられるかが,今後の従来型の機種の選定基準になってくるであろうと考えます.一方,SUPRASCAN(QuantalMedical社)はグリーン波長の532nmに加え,イエロー波長である577nmを用いてパターン化された複数照射が可能なことが画期的です.マルチカラーレーザーの発売以来,程度の差は(71)◆シリーズ第112回◆眼科医のための先端医療=坂本泰二山下英俊加藤聡(東京大学大学院医学系研究科外科学専攻眼科学)最新の網膜光凝固装置———————————————————————-Page2488あたらしい眼科Vol.27,No.4,2010あれ白内障の合併など中間透光体の混濁を合併する症例が多い糖尿病網膜症症例には好んでイエローの波長が使用されてきた経緯からしますと,577nmの波長での複数照射可能機種は待ち望んでいたものであります.超短時間,高出力照射を要するパターンスキャンレーザーでレッドの波長のものをつくるのが困難なことが予想されますから,グリーンとイエローの波長が使用できるパターンスキャン網膜光凝固装置のわが国での発売が待ち遠しく思います.NAVILASR7)パターン複数照射がでのはんのと()はの網膜光凝固装置にーン能をがでにはの可網膜のーーでのとな網膜の()の凝固には光をに置ながをに光凝固をとがりをの網膜のの網膜光凝固ははじめにーとレン光をの装置でりのをにに光凝固をのをのに光凝固をはなととを装置にとにを光凝固(網膜の)ののにに置にのをなが凝固網膜光凝固装置でんの装置の能がでのはがににとが網膜のながおわりに最新の網膜光凝固装置について紹介しました.数年後には汎網膜光凝固を行う際に,複数照射で行うことが選択肢の一つになることと思います.しかし,どんなに装置が最新式なものになっても,その適応や凝固方法の正しい知識が不可欠なことには変わりはないということは心に留めておいて欲しいものです.文献1)Meyer-SchwickerathG,SchottK:Diabeticretinopathyandphotocoagulation.AmJOphthalmol66:597-603,19682)L’EsperanceFAJr:Clinicalhistoryofophthalmiclaser.Ophthalmiclaser(2ndedition),p3-7,CVMosby,StLouis,19833)BlumenkranzMS,YellachichD,AndersenDEetal:Semiautomatedpatternedscanninglaserforretinalphoto-coagulation.Retina26:370-376,20064)SanghviC,McLauchlanR,DelgadoCetal:Initialexperi-encewiththePascalphotocoagulator:apilotstudyof75procedures.BrJOphthalmol92:1061-1064,20085)WadeEC,BlankenshipGW:Theeectofshortversuslongexposuretimesofargonlaserpanretinalphotocoagu-lationonproliferativediabeticretinopathy.GraefesArchClinExperimentOphthalmol228:226-231,19906)Al-HussainyS,DodsonPM,GibsonJM:Painresponseandfollow-upofpatientsundergoingpanretinallaserpho-tocoagulationwithreducedexposuretimes.Eye22:96-99,20087)HariorasadSM,OberMD:Newapproachestoretinallasertherapy.RetinalPhysician:58-61,September2009(72)1VISULAS532sVITEの本体(左)と複数照射が可能なパターン(右)———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.27,No.4,2010489(73)☆☆☆最新の網膜光凝固装置を読んでは最新の網膜光凝固装置のを加藤聡()にわりののでのがで光凝固装置はレーザーの射のががのとのににのでのなにでがが加藤のでになりのなののはにのでにのにとののでのをににがにわがではにおンスレーーのがおりがをにおでののののがん本ののはわめとはなとが本におでののはのにのになとはんでのととなでをののながでのはと本のののととをのににがりとはのので新ンでのをにわとと能をがりりにでをにりととでのめにはのがににりのをにャンスをが可でのとをとスをとがにでをとになとのにはでにわと加藤の光凝固装置のなでをわわがのにとでのな新ンで光凝固装置にりはにと山山下英俊