———————————————————————-Page1(115)5310910-1810/10/\100/頁/JCOPY46回日本眼感染症学会原著》あたらしい眼科27(4):531534,2010cはじめに抗真菌化学療法剤の開発には,種々の転機があった.1960年代にアンホテリシンBが初めて臨床導入され,Fusa-rium属やAspergillus属など重症眼感染症に有効な抗真菌薬として汎用された.しかし,その強い副作用から眼科医には扱いにくい薬剤であった.さらに主として酵母を対象としてフルシトシンが開発されたが,長期使用に伴い高頻度で耐性株が出現した.つぎに第一世代のアゾール系(イミダゾール)〔別刷請求先〕佐々木香る:〒860-0027熊本市西唐人町39番地出田眼科病院Reprintrequests:KaoruAraki-Sasaki,M.D.,Ph.D.,IdetaEyeHospital,39Nishi-Tohjinmachi,KumamotoCity860-0027,JAPANボリコナゾール眼局所投与の使用経験佐々木香る*1砂田淳子*2浅利誠志*2園山裕子*1子島良平*3宮井尊史*3宮田和典*3出田隆一*1*1出田眼科病院*2大阪大学附属病院感染制御部*3宮田眼科病院EcacyandSafetyof1%VoriconazolEyedropsKaoruAraki-Sasaki1),AtsukoSunada2),SeishiAsari2),HirokoSonoyama1),RyoheiNejima3),TakashiMiyai3),KazunoriMiyata3)andRyuichiIdeta1)1)IdetaEyeHospital,2)DepartmentofInfecionControlandPrevention,OsakaUniversityHospital,3)MiyataEyeHospital目的:角膜真菌症に対するボリコナゾール(VRCZ)の眼局所への使用経験において,有用性,安全性,保存性に関する知見を報告する.方法:出田眼科病院,宮田眼科病院にてVRCZ点眼液(生理食塩水を用いて1%の点眼液に調整)を処方した角膜真菌症8例(平均年齢74歳)における臨床的効果を検討するとともに,うち4例において分離株に対する各種抗真菌薬の感受性を比較した.また,レトロスペクテイブに薬剤毒性による臨床所見の有無を調べた.さらに,調整後のVRCZ点眼液の安定性について滴下法を用いて確認した.結果:VRCZは,水溶性で容易に溶解可能であり,結晶の析出は認められなかった.さらに冷凍冷蔵保存にて固形物の析出は認めなかった.分離された株はFusariumsolani3株,Beauveriabassiana2株,Aspergillusavus1株,Penicillium1株,Scedosporium1株であり,臨床的にはVRCZ点眼液は全例で有用であった.VRCZを含む感受性試験を施行できた4株に対してVRCZは高度感受性を有していた.VRCZ点眼液の使用期間は平均6カ月であったが,この間薬剤毒性による臨床所見は認められなかった.点眼液調整後3週間冷蔵保存したVRCZ点眼液の薬剤感受性を検討したところ,抗真菌活性の低下は認めず,5週間冷凍保存した点眼液についても良好な抗真菌活性を示した.結論:VRCZ点眼液は種々の糸状真菌に対し良好な感受性を示し,薬剤毒性を認めず,調整後も長期にわたりその抗真菌活性を持続することから角膜真菌症の治療に有用であると考えられる.Purpose:Toreportontheecacy,safetyandstoragestabilityof1%voriconazoleyedrops(VRCZ-ed)inthetreatmentofkeratomycosis.Methods:EightpatientswithkeratomycosisweretreatedwithVRCZ-edatIdetaEyeHospitalandMiyataEyeHospital.Ecacywasobservedclinicallyandsensitivitytotheisolatedfungi(Fusari-umsolani,Beauveriabassiana,Aspergillusavus,PenicilliumandScedosporium)wastestedbyE-testTMandAstyTM.Drugtoxicitywascheckedbyslit-lampexamination.Results:VRCZ-edwasclear,withnoprecipitationafterfreezingandthawing.VRCZ-edwaseectiveinallcasesandsensitivetoallisolatedfungi.Notoxickeratopa-thywasobservedduring6months’treatmentwithVRCZ-ed.VRCZ-edmaintaineditsecacyfor3weeksafterdilutionand5weeksafterfreezing.Conclusion:VRCZ-edisusefulforitsecacy,safetyandstoragestability.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)27(4):531534,2010〕Keywords:ボリコナゾール,角膜真菌症,感受性,抗真菌薬.voriconazol,cornealmycosis,sensitivity,antimy-coticdrug.———————————————————————-Page2532あたらしい眼科Vol.27,No.4,2010(116)抗真菌薬であるミコナゾールが開発され,さらに安定性を目指して第二世代アゾール系であるトリアゾール系化合物,フルコナゾールおよびイトラコナゾールが開発された.ボリコナゾール(以下,VRCZ)は第三世代アゾール系のトリアゾール化合物として,これらアゾール系抗真菌薬の弱点を改良し開発された1).すでに,VRCZの全身投与は各種糸状菌による角膜炎,眼内炎の分離株33株に対して良好な感受性を有することが報告されている2,3).また,1%に調整したVRCZ点眼液は,従来治療に難渋していたFusarium属やAspergillus属による角膜炎に対して良好な効果を示したという報告が散見される47).そこで,VRCZ点眼液の効果に関するデータを集積する意味で,筆者らの施設における使用経験を報告するとともに,1%VRCZ点眼液の有効性,安全性および安定性に関する検討を行った.I方法対象は宮田眼科病院,出田眼科病院においてVRCZ点眼液にて加療した角膜真菌症8例8眼,男性4例,女性4例,平均年齢74歳であった.VRCZ点眼液はブイフェンドTM200mg静注用製剤を無菌的に生理食塩水で1%溶液に調整して作製した.検討項目は1%VRCZ点眼液の有効性,安全性,保存性である.VRCZ点眼液の有効性については,臨床的効果および分離株を用いた薬剤感受性測定および点眼濃度に基づく薬剤感受性試験にて判定した.薬剤感受性測定は,E-testTMおよびAstyTMを用い,VRCZおよびその他の抗真菌薬:アンホテリシンB(AMPH-B),フルシトシン(5-FC),フルコナゾール(FLCZ),イトラコナゾール(ITCZ),ミコナゾール(MCZ),ミカファンギン(MCFG)の測定を行った.また,点眼濃度に基づく薬剤感受性測定は,RPMI培地上に菌を塗布し,実際に臨床で点眼として使用されている薬剤濃度液を滴下し,25℃および35℃で4日間培養して観察した.VRCZに関しては1%溶液の阻止円が大きすぎるため,希釈して検討した.VRCZ点眼液の安全性については,臨床経過上の薬剤毒性による表層性角膜炎の有無について記載した.さらにVRCZ点眼液の安定性については,1%に調整したVRCZ点眼液を冷蔵(4℃)下にて1,2,3週間,冷凍(20℃)下にて5週間保存したものを材料とし,滴下法にて眼科臨床症例より分離されたScedosporium株を用いて感受性の変化を検討した.なお,全症例においてVRCZの点滴投与を3日から1週間併用した.II結果1.代表症例(症例1)57歳,女性.つき目による角膜真菌症でScedosporiumが分離された.前眼部所見を図1に示す.角膜中央に表層性の羽毛状病巣を示し,前房蓄膿を認めた.1%VRCZ点眼×1時間毎,0.1%MCZ点眼1日6回,ピマリシン(PMR)軟膏1日1回,加えてVRCZ点滴を1週間施行したところ病巣は改善したが,翼状片の術後瘢痕部位が菲薄化したため,治療的角膜移植を施行した.移植後も含め6カ月間にわたりVRCZ点眼液を続行したが,図2のように薬剤毒性による表層性角膜炎および充血は認めなかった.この分離菌に対するE-testTMを図3に,点眼濃度に基づく感受性試験結果を図4に示す.いずれもVRCZに良好な感受性を示した.2.VRCZの各種真菌株に対する感受性分離された8株の内訳は,Penicillium1例,Beauveria2例,Scedosporium1例,Aspergillus1例,Fusarium3例で図1症例1の前眼部所見57歳,女性.Scedosporiumが分離された.角膜中央に表層性の羽毛状病巣を示し,前房蓄膿を認めた.図2症例1のVRCZ点眼6カ月後の所見治療的角膜移植施行後も含め,6カ月間にわたりVRCZ点眼を続行した.薬剤毒性による表層性角膜炎および充血は認めなかった.———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.27,No.4,2010533(117)あった.このうち,感受性試験を施行できた6株(VRCZに対しては4株)のE-testTM,AstyTMによる最小発育阻止濃度(MIC)を表1に示す.比較的表在性で比較的進行が遅いグループ(Penicillium,Beauveria,Scedosporium)と,進行が非常に速く重篤な角膜深在性真菌症を生じるグループ(Aspergillus,Fusarium)に分けると,AMPH-Bは後者,MCZ,MCFGは前者に低いMICを示した.FLCZはいずれに対しても高いMICを示した.一方,VRCZは4株すべてに対して,低いMICを呈した.点眼濃度に基づく感受性試験では,すべて症例1と同様に希釈したVRCZ溶液に一番大きな阻止円を認めた.3.VRCZ点眼液の臨床的有効性,安全性VRCZ点眼液短期間投与で治療的角膜移植に至った1例を除いた7例では,全例で病巣の縮小を認め,VRCZ点眼液は臨床的に有効であることが確認された.治療的角膜移植に至った5例を含む全例において,平均投与期間6カ月の間,VRCZ点眼液による薬剤毒性表層性角膜炎や遷延性上皮欠損は認められなかった.4.VRCZ点眼液の保存性1,2,3週間冷蔵保存,5週間冷凍保存したVRCZ点眼液は,図5のようにScedosporiumに対して,阻止円形成は良好であり,薬剤効力の劣化は認められなかった.III考按VRCZは,FLCZの一つのトリアゾール分子を4-フルオロピリジン基で置換しaメチル基を添加した構造となっている.そのため,脂溶性を獲得し,広いスペクトラムを有する.すでにFusarium,Aspergillusに対して,VRCZ点眼が有効である報告がなされている17)が,今回さらに種々の病原性をもつ糸状菌8株に対し,良好なMICを呈することがVRCZITCZFLCZ5-FCAMPH-B図3Scedosporiumに対する各抗真菌薬によるEtestTMVRCZに大きな阻止円を認める.PMRMCZMCFCVRCZ0.05%FLCZAMPH-B図4各種抗真菌薬の点眼濃度に基づく感受性試験結果株はScedosporium,接種薬液量50μl,RPMI培地,25℃,4日間培養.コントロール冷蔵保存3週間冷蔵保存2週間冷蔵保存1週間冷凍保存5週間図5VRCZ点眼液の劣化試験1,2,3週間冷蔵保存,5週間冷凍保存したVRCZ点眼液は,同程度の阻止円を認めた.抗真菌薬20μl,RPMI培地,4日間培養.0.05%VRCZ周囲に大きな阻止円を認める.表1抗真菌薬に対する分離6株の感受性のまとめ分離菌AMPHFLCZITCZMCZMCFGVRCZPenicillium>32>256>32>220.125Scedosporium1664>80.25>160.047Beauberia82560.250.50.50.5Aspergillus0.5>640.062<0.03Fusarium0.5>64>8>32>16Fusarium1>64>8>16>164(E-testTM,AstyTMによるMIC)(μg/ml)———————————————————————-Page4534あたらしい眼科Vol.27,No.4,2010(118)明らかとなった.E-testTMとAstyTMを合わせて評価することには問題はあるが,MCFGおよびMCZはE-testTMが存在せず,一定の傾向をみるために2法による結果を合わせて評価した.さらに,点眼濃度に基づく感受性試験を施行した4株において,希釈したVRCZ点眼液が,最も大きな阻止円を認めたことは,その有用性を裏付けるものと思われる.平均6カ月という長期投与にもかかわらず,全例で薬剤毒性による表層性角膜炎を認めなかったことは眼科臨床において非常に使いやすい点眼液であるといえる.角膜移植後という上皮が不安定な状態においても,副作用を認めなかったことは特記すべきと思われた.VRCZ点眼液投与後24分経過時点におけるVRCZの前房内濃度,硝子体内濃度は各々6.49μg/ml,0.16μg/mlであり,良好な浸透度を有していることが報告されている8).深部へ進みやすい糸状真菌角膜炎においては,一定の前房内濃度を維持できることは大きな長所であるといえる.今回,8例全例においてVRCA点眼とともに,VRCZの静脈内投与を施行したが,全身投与における血中濃度と比して点眼濃度が明らかに高いことを考慮すると,点眼投与が主として奏効したと考えられる.VRCZ点眼液は適応外使用であり,各々の施設における倫理委員会での承認を得て使用する必要はあるが,眼という特殊性,血管欠如という角膜の特殊性を考えると,有効であり副作用の少ないVRCZ点眼液は安心して点眼として使用できる薬剤であると示唆された.薬剤が高価であることが臨床使用において一つの問題点であるが,今回の検討から点眼に調整後,冷蔵保存で3週間,冷凍保存で5週間劣化することなく良好な感受性を有することが明らかとなり,コストの面からも使用しやすくなったと考えられる.VRCZの欠点をあげるとすれば,無効である菌種の存在と全身投与による副作用である.文献的にはVRCZによる効果の認めにくい菌としてMucorがあげられる.しかし,現在の日本における角膜真菌症においてMucorはまれであり,VRCZ点眼液は難治性角膜真菌症の第一選択薬といってよいと考えられた.真菌は通常自然耐性であるが,近年FLCZ耐性Candidaが増加しており,CDR1,MDR1,ERG11などの遺伝子異常が注目されている913).VRCZに対しても耐性を獲得しない保障はないが,現在のところはまだ報告がない.ただし,CandidaにおいてFLCZに対するMICが高いものほど,VRCZに対するMICも高い傾向にあり注意を要する14).また,全身投与による副作用としては,内服投与の20%において視覚異常が報告されている.これは原因不明だが,60分ほどの一過性の羞明で出現するといわれている.今回の点眼液投与においては,もともと真菌症による視力低下もあり,視覚異常の訴えは認められなかった.しかし,その他腎毒性,催奇形性などがあるため,点眼液といえども重度の腎障害を有する患者および妊婦への投与は慎重にすべきである.1%VRCZ点眼液は各種糸状菌に有効であり,薬剤毒性も少なく,調整後長期保存が可能であり,角膜真菌症に非常に有用である.文献1)宮崎泰可,宮崎義継,河野茂:特集:真菌症治療薬の新しい展開.ボリコナゾール.化学療法の領域19:231-235,20032)MarangonFB,MillerD,GiaconiJAetal:Invitroinvesti-gationofvoriconazolesusceptibilityforkeratitisandendophthalmitisfungalpathogens.AmJOphthalmol137:820-825,20043)中村彰宏,河野久,岩崎瑞穂ほか:天理よろづ相談所病院で分離された酵母様真菌に対する抗真菌薬の抗菌力について─新規トリアゾール系抗真菌薬ボリコナゾールと既存抗真菌薬の比較─.化学療法の領域23:1613-1617,20074)松永次郎,山本昇伯,熊谷直樹ほか:従来の抗真菌薬に抵抗を示した角膜真菌症に対しボリコナゾールが有効であった1例.臨眼61:1705-1709,20075)竹澤美貴子,小幡博人,石崎こずえほか:ボリコナゾールが奏功した角膜真菌症の1例.臨眼61:1267-1270,20076)JhanjiV,SharmaN,MannanRetal:Managementoftunnelfungalinfectionwithvoricoanzole.JCataractRefractSurg33:915-917,20077)JonesA,MuhtasebM:Useofvoriconazoleinfungalker-atitis.JCataractRefractSurg34:183-184,20088)VemulakondaGA,HariprasadSM,MielerWFetal:Aqueousandvitreousconcentrationsfollowingtopicaladministrationof1%voriconazoleinhumans.ArchOph-thalmol126:18-22,20089)田辺公一,新見京子,新見昌一:病原真菌の薬剤耐性に関する新しい分子機構.日本臨牀66:2273-2278,200810)掛屋弘,宮崎泰可,宮崎義継ほか:カンジダ属の抗真菌薬剤耐性を中心に.日本医真菌学会雑誌44:87-92,200311)山口英世:病原真菌における抗真菌薬耐性.医学のあゆみ209:556-563,200412)CitakS,OzcelikB,CesurSetal:InvitrosusceptibilityofCandidaspeciesisolatedfrombloodculturetosomeanti-fungalagents.JpnJInfectDis58:44-46,200513)藤田信一:各種抗真菌薬の血液由来Candida属に対する抗真菌活性.日本化学療法学会雑誌55:257-267,200714)RuhnkeM,Schumidt-WesthausenA,TrautmannM:Invitroactivitiesofvoriconazoleaganistuconazole-susceptibleand-resistantCandidaalbicansisolatesfromoralcavitiesofpatientswithhumanimmunodeciencyvirusinfection.AntimicrobAgentsChemother41:575-577,1997***