0910-1810/10/\100/頁/JCOPY2.涙液レンズの矯正効果CLを角膜上に装着すると,CL後面と角膜前面の間隙が涙液で満たされ,これがレンズの役割を果たす(涙液レンズという)が,眼鏡ではこの効果はない.SCLでは涙液レンズの効果は弱いが,HCLでは涙液レンズが有効に働く.a.HCLのベースカーブ(BC)と涙液レンズHCLを角膜上に装着すると,涙液レンズによって角膜前面の乱視が矯正される.円錐角膜などの不正乱視や強度角膜乱視の矯正にはHCLの処方が第一選択となる.HCLの屈折率は素材によって異なる(1.416.1.490のものが多い)が,角膜(1.376)および涙液(1.336)の屈折率に近いため,HCLを装用するとHCLと涙液,角膜はまとまった一つのレンズとして働く6)(図3).はじめにコンタクトレンズ(CL)は近視,遠視,乱視などの屈折異常や老視を矯正する医療機器であるが,眼表面と接するため眼鏡レンズとは異なる光学特性を有している1.4).CLには素材の面からハードコンタクトレンズ(HCL)とソフトコンタクトレンズ(SCL)に分けられるが,矯正効果が異なる場合がある.本稿では,屈折異常に対するCLによる矯正について,知っておきたい基本を述べる.ICLの光学的特性1.CLによる矯正効果眼の屈折値はレンズ後面から角膜までの距離(角膜頂点間距離)が12mmの位置に眼鏡レンズが置かれたときに,正視眼と同じ屈折状態になるレンズ屈折力で表示される5).CLは角膜頂点間距離がほぼ0mmなので,眼鏡レンズとCLとでは眼に対する矯正効果が異なる.これは屈折異常眼を矯正するために必要とするレンズの屈折力(度数)が異なることを意味する(図1).同じ矯正効果を得るために,眼鏡レンズとCLで度数の換算を必要とする(角膜頂点間距離補正).臨床の現場では換算表(表1)が利用される.角膜頂点間距離補正は,眼鏡の球面レンズの度数が±4.00D以上のときだけではなく,球面レンズと円柱レンズの和が±4.00D以上のときも行う.強主経線方向と弱主経線方向のそれぞれについて補正を行う(図2).(9)723*KiichiUeda:ウエダ眼科〔別刷請求先〕植田喜一:〒751-0872下関市秋根南町1-1-15ウエダ眼科特集●屈折矯正における基本あたらしい眼科27(6):723.735,2010コンタクトレンズによる屈折矯正の基本PrinciplesofRefractioninContactLens植田喜一*DspDsp:眼鏡レンズの屈折力(D)DCL:CLの屈折力(D)d:角膜頂点間距離(m)換算式:DCL=1-dDsp例:眼鏡レンズ度数が-10.00Dの場合例:眼鏡レンズ度数が+10.00Dの場合-10.001-0.012×(-10.00)CL度数==-8.93D+10.001-0.012×(+10.00)CL度数==+11.36D図1眼に対するレンズの矯正効果近視眼では眼鏡レンズよりもCLのほうが軽い度数に,遠視眼では眼鏡レンズよりもCLのほうが強い度数になる.724あたらしい眼科Vol.27,No.6,2010(10)のHCLを装用した場合の弱主経線方向および強主経線方向の涙液レンズの作用を考えてみる.BC8.00mmを装用したとき,涙液レンズは弱主経線方向が0Dとして,強主経線方向が.0.50Dとして働く.同様にBC7.95mmのHCLを装用したときには,涙液レンズは弱主経線方向が+0.25D,強主経線方向が.0.25Dとして働き,BC7.90mmのHCLを装用したときには,涙液レンズは弱主経線方向が+0.50D,強主経線方向が0Dとして働く(図5,表2).このように角膜乱視の症例において角膜形状に対してパラレルにフィットした場合には涙液レンズは±0Dであるが,0.05mm(1段階)フラットなBCのHCLを選択すると,涙液レンズは.0.25Dの球面レンズとして,0.05mm(1段階)スティープなBCのHCLを選択すると+0.25Dの球面レンズとして働く(図4).これらはある経線方向についてのことであるが,あらゆる経線方向についても考える必要がある.角膜曲率半径の弱主経線値が8.00mm,強主経線値が7.90mmの角膜に,BCが8.00mm,7.95mm,7.90mm表1角膜頂点間距離補正眼鏡レンズ度数(眼前12mm)CL度数(.)CL度数(+)4.004.254.504.755.005.255.505.756.006.256.506.757.007.257.507.758.008.258.508.759.009.259.509.7510.0010.5011.0011.5012.0012.5013.0013.5014.0014.5015.003.754.004.254.504.755.005.005.255.505.756.006.256.506.506.757.007.257.507.758.008.008.258.508.759.009.259.7510.0010.5010.7511.2511.5012.0012.2512.754.254.504.755.005.255.505.756.256.506.757.007.257.758.008.258.508.759.259.509.7510.0010.5010.7511.0011.2512.0012.7513.2514.0014.7515.5016.0016.7518.2518.75(D)sph-6.00Dcyl-2.00DAx180°()sph-5.50Dcyl-1.75DAx180°となる()sph-5.50Dcyl-2.00DAx180°ではない()強主経線方向と弱主経線方向のそれぞれで補正を行うsph-3.00Dcyl-1.50DAx90°となる()()sph-3.00Dcyl-1.75DAx90°-4.75D-3.00D球面度数と円柱度数の和が±4.00D以上のときは強主経線方向と弱主経線方向のそれぞれについて補正を行う-4.50D-3.00D-6.00D-8.00D-5.50D-7.25D図2角膜頂点間距離補正涙液レンズ屈折率空気:1CL:1.416~1.490涙液:1.336角膜:1.376角膜前面の乱視を涙液レンズが矯正強度角膜乱視,不正乱視の矯正にはHCLが最適図3HCLによる角膜乱視の矯正(11)あたらしい眼科Vol.27,No.6,2010725得られることになる..3.00Dの近視眼に対しては0.25Dの過矯正になるので,HCLの度数は.2.75Dに変える必要がある.一方,BCを7.95mm(1段階スティープ)に変更すると,涙液レンズは+0.25Dとなるため,このHCLの装用で.3.00D+0.25D=.2.75Dの矯正(0.25Dの低矯正)となるので,HCLの度数は.3.25Dは涙液レンズは円柱レンズとして機能している6).b.HCLのBCの変更に伴うレンズ度数の変更HCLのBCを変更すると,レンズ度数を変える必要がある..3.00Dの近視眼を例として角膜曲率半径8.00mmに対して,HCLの度数が.3.00D,BCが8.00mmで良好な矯正ができているとする.フィッティング不良でBCを8.05mm(1段階フラット)に変更すると,涙液レンズは.0.25Dとなるため,HCLの度数が.3.00Dのままだと,このHCLの装用で.3.25Dの矯正効果が表2強主経線方向と弱主経線方向における涙液レンズBC8.00mmBC7.95mmBC7.90mm強主経線方向(曲率半径7.90mm)角膜曲率とBCの関係フィッティング0.10mm(2段階)フラット0.05mm(1段階)フラットパラレル涙液レンズ.0.50D.0.25D±0.00D弱主経線方向(曲率半径8.00mm)角膜曲率とBCの関係フィッティングパラレル0.05mm(1段階)スティープ0.10mm(2段階)スティープ涙液レンズ±0.00D+0.25D+0.50D0.05mm(1段階)0.05mm(1段階)涙液レンズ-0.25D(1段階)0D+0.25D(1段階)フラットパラレルスティープ図4HCLのBCと涙液レンズHCL後面(BC=8.00mm,7.95mm,7.90mm)角膜前面(角膜曲率半径:8.00mm/7.90mm)BC=8.00mmBC=7.95mmBC=7.90mm涙液レンズは円柱レンズとして働くCLのBCを角膜曲率半径の弱主経線値に一致CLのBCを角膜曲率半径の中間値に一致CLのBCを角膜曲率半径の強主経線値に一致弱主経線:8.00mm強主経線:7.90mm図5HCLのBCと角膜前面との関係による涙液レンズ726あたらしい眼科Vol.27,No.6,2010(12)1.50Dの近視過矯正であった.処方時のBCは角膜形状に対してパラレルな7.85mmを選択したが,計測すると8.15mmと0.30mm(6段階)扁平化していた.角膜形状はほとんど変化していなかったため,このHCLを装用すると涙液レンズは.0.25D×6=.1.50Dとして働き,結果的に1.50Dの過矯正になっていた.このようにHCLの形状変化にも注意を要する7).に変える必要がある(図6).HCLの装用では,そのレンズ度数だけでなく,涙液レンズの度数がどのように影響するかを考えることが大切である.c.HCLの形状変化に伴う涙液レンズの変化HCLを長時間装用するとレンズの形状が変化することがある.図7はHCLを処方して1年後に眼精疲労を訴えて来院した近視眼の患者である.右眼のHCLは例:-3.00Dの近視眼BC=8.00mmBC=7.95mmBC=8.05mm角膜曲率半径:8.00mm角膜曲率半径:8.00mm角膜曲率半径:8.00mm涙液レンズ:0D涙液レンズ:-0.25D涙液レンズ:+0.25DCLの度数:-3.00D必要とするCLの度数:-2.75D必要とするCLの度数:-3.25D図6HCLのBCの変更に伴うレンズ度数の変更BCをフラットにすると,必要とするレンズ度数はプラス寄りになる〔0.05mm(1段階)フラット→0.25D(1段階)プラス〕.BCをスティープにすると,必要とするレンズ度数はマイナス寄りになる〔0.05mm(1段階)スティープ→0.25D(1段階)マイナス〕.初診:HCLの装用を希望VD=(1.0×HCL)(BC)7.85mm/(レンズ度数)-6.25D/(サイズ)8.8mmVS=(1.0×HCL)(BC)7.85mm/(レンズ度数)-5.50D/(サイズ)8.8mm1年後:眼精疲労VD=(1.2×HCL)(1.2×HCL+1.50D)(BC)8.15mm/(レンズ度数)-6.25D/(サイズ)8.8mmVS=(1.0×HCL)(BC)7.85mm/(レンズ度数)-5.50D/(サイズ)8.8mm()パラレル0DHCLのBCが0.30mm(6段階)フラット.-0.25×6=-1.50Dの涙液レンズ図7HCLの形状変化に伴う涙液レンズの変化HCLのBCが7.85mmから8.15mmに扁平化したことにより,涙液レンズが.1.50Dに変化し,その結果1.50Dの近視過矯正となった.(13)あたらしい眼科Vol.27,No.6,2010727d.角膜の形状変化に伴う涙液レンズの変化CLの装用によって角膜形状が変化することがある.したがって,オートレフラクトメータで屈折値をみるだけでなく,オートケラトメータで角膜曲率半径や角膜乱視の変化をみることも大切である.角膜形状の変化はビデオケラトスコープで観察すると詳細な情報を得ることができる(図8).角膜形状の変化に伴って涙液レンズが変化した結果,HCLによる視力が変動することがある7)(図9).HCL装用前HCL装用24日後図8HCLの装用による角膜形状変化パラレル0D角膜が0.10mm(2段階)フラット.+0.25×2=+0.50Dの涙液レンズ図9角膜形状変化に伴う涙液レンズの変化HCLと角膜がパラレルな関係であるときは涙液レンズは0Dとして働くが,角膜曲率半径が0.10mm(2段階)扁平化すると,涙液レンズは+0.50D(2段階)として働く.ハイマイナスのHCL(レンズ度数-9.00D/サイズ8.8mm)-8.50-8.75-9.00-9.25-9.50-9.75-10.00-10.250.01.02.03.04.05.06.07.0-8.50-9.00-9.50-10.00-10.50-11.00-11.50-12.00-12.50-13.00-13.508.0(mm)(D)(D)図10HCLの屈折力分布レンズの中心の屈折力はほぼ.9.00Dであるが,中心から離れるにつれて屈折力は強くなる.HCLが瞳孔の中心に位置すると網膜上に結像する.HCLが瞳孔の中心からずれるとレンズの屈折力が変化するため網膜上に結像しない.図11CLの静止位置と矯正効果728あたらしい眼科Vol.27,No.6,2010(14)CL装用により出現する乱視を持ち込み乱視という).球面HCLを選択する際には,全乱視と角膜乱視の関係から残余乱視を推測することが大切である9).CLを選択する際は,あらかじめ残余乱視を計算しておくとよい.球面HCLを装用した場合は角膜乱視が完全に矯正されたと仮定し,また球面SCLを装用した場合はほとんど角膜乱視が矯正されないと仮定して考えると,おおよそではあるが簡単に残余乱視を計算することができる9).残余乱視=全乱視.角膜乱視全乱視:完全矯正値を測定することで得られる乱視3.CLの静止位置と矯正効果CLのセンタリングが悪いと良好な安定した視力が得られない.特に,ハイマイナス,ハイプラスのCLではレンズの中心部と周辺部では屈折力の差が大きい(図10)ため,レンズの中心と瞳孔の中心が大きくずれることは好ましくない8)(図11).IICLの選択通常,CLは球面の単焦点レンズであるが,レンズの内面または外面がトーリック面あるいは非球面のものや,二重焦点レンズ,累進屈折力レンズのものがある.トーリック面のレンズは乱視矯正用のレンズ(トーリックレンズ)として,二重焦点レンズ,累進屈折力レンズは老視矯正用のレンズ(遠近両用レンズ)として使用される.その他に着色レンズ(カラーレンズ)やオルソケラトロジーレンズなど多種多様のレンズが市販されている.これらのCLのなかから,より効果的で安全で快適な装用感が得られるものを選択する.乱視(全乱視)は主として角膜乱視と水晶体乱視で合成されている.角膜乱視は正乱視と不正乱視に分けられる.残余乱視は全乱視と角膜乱視の差であるが,CLを装用した状態で生じる乱視を呼ぶことが多い.角膜乱視については,円錐角膜や角膜外傷後,角膜移植後などの不正乱視に対しては球面HCLが第一選択である.正乱視についても軽度.中等度であれば通常の球面HCLで対応できるが,強度の角膜乱視で球面HCLを装用してもフィッティングが不良である,良好な安定した視力が得られない,装用感が悪い,角膜上皮障害や角膜の変形が生じるなどの場合には,後面トーリックHCLや両面トーリックHCLの処方を考える.全乱視に対しては軽度であれば球面HCL,球面SCLで対応できるが,中等度.強度でこれらのレンズを使用しても残余乱視が問題になる場合には,前面トーリックHCL,トーリックSCLで対応する9)(表3,4).乱視があれば球面HCLで矯正すればよいと考えがちであるが,球面HCLを装用すると,かえって乱視が強くなることがある(図12).これは球面HCL下の涙液レンズにより角膜乱視が矯正され,これを補正していた水晶体乱視が顕在化したことが原因である(このように表3乱視矯正を目的とするCLの選択角膜乱視・不正乱視.球面HCL・軽度~中等度の正乱視.球面HCL・強度の正乱視.後面トーリックHCL,両面トーリックHCL全乱視・軽度.球面HCL,球面SCL・中等度以上.前面トーリックHCL,トーリックSCL表4トーリックCLの選択2.強度角膜乱視のために球面HCLがフィッティング不良後面トーリックHCL球面HCL→↓両面トーリックHCL1.球面CLでフィッティング良好球面HCL→前面トーリックHCL残余乱視が問題球面SCL→トーリックSCL残余乱視が問題+=角膜乱視水晶体乱視全乱視cyl-1.00D180°cyl+1.00D180°(=sph+1.00Dcyl-1.00DAx90°)cyl±0D()図12HCL装用による持ち込み乱視全乱視は0Dであるが,HCLを装用すると角膜乱視(cyl.1.00DAx180°)は涙液レンズで矯正されるため,水晶体乱視(cyl+1.00DAx180°)が顕在化して,残余乱視はcyl+1.00DAx180°となる.あたらしい眼科Vol.27,No.6,2010729角膜乱視:ケラトメータで測定することによって得られる乱視残余乱視:全乱視から角膜乱視を差し引いた理論上の乱視球面HCLおよび球面SCLを装用した状態での残余乱視を考えると以下のようになる.球面HCL装用時の残余乱視≒全乱視.角膜乱視≒水晶体乱視球面SCL装用時の残余乱視≒全乱視円柱レンズの合成は倍角座標上のベクトル計算が必要で単純な加減算では対処できないが,軸が同じあるいは直交した場合には加減算でよい.実例を表5に示す.球面HCLと球面SCLを装用したときに,どちらのレンズのほうが残余乱視が少なくなるかを予測してレンズを選択する.症例によってはトーリックHCLやトーリックSCLの処方を検討する必要がある.1.特殊なデザインのHCLによる円錐角膜の矯正HCLによる角膜乱視の矯正について考えると,角膜前面の乱視を涙液レンズが矯正するため,不正乱視の矯正にはHCLが最適である.不正乱視の代表である円錐角膜に対しては,球面HCLによる3点接触法,あるいは2点接触法で処方することが多い(図13)が,高度の円錐角膜では球面HCLでは対応できない症例が生じてくる.このような場合に,非球面HCL,多段階カーブHCL,ピギーバック法(HCLの上にSCLを重ねる方法)などを検討する必要がある.円錐角膜の頂点部は前方に突出しているが,円錐角膜であっても周辺部は通常の角膜と同様の形状をしていることが多いため,光学部と周辺部にそれぞれ離心率の異なる非球面デザインを設計したHCLや多段階カーブにしたHCLが円錐角膜用として開発されている.こうしたHCLでは,円錐頂点部および周辺部のフルオレセインパターンが改善し,良好なセンタリングと動きが得られる(図14,15).そのためHCLのずれや脱落が少なくなり,異物感も軽減し,装用時間が延長する.これまで角膜移植術の適応と考えられた症例であっても,これらのHCLを処方してレンズの装用が可能になった症例は数多くある10).(15)表5球面HCL,球面SCLを装用した場合の残余乱視の算出〔症例1〕全乱視cyl.1.50DAx180°角膜乱視cyl.1.00DAx180°.cyl.0.50DAx180°(1)球面HCLを装用した場合予想される残余乱視≒cyl.0.50DAx180°2)球面SCLを装用した場合予想される残余乱視≒cyl.1.50DAx180°第一選択するCL:球面HCL,トーリックSCL〔症例2〕全乱視cyl0D角膜乱視cyl.1.25DAx180°.cyl+1.25DAx180°((sph+1.25D(cyl.1.25DAx90°)1)球面HCLを装用した場合予想される残余乱視≒cyl+1.25DAx180°(sph+1.25D(cyl.1.25DAx90°)持ち込み乱視2)球面SCLを装用した場合予想される残余乱視≒0D第一選択するCL:球面SCL〔症例3〕全乱視cyl.0.50DAx90°角膜乱視cyl.1.00DAx180°(sph.1.00D(cyl+1.00DAx90°).sph+1.00D(cyl.1.50DAx90°(1)球面HCLを装用した場合予想される残余乱視≒cyl.1.50DAx90°2)球面SCLを装用した場合予想される残余乱視≒cyl.0.50DAx90°第一選択するCL:球面SCL730あたらしい眼科Vol.27,No.6,20102.トーリックHCLによる乱視矯正a.前面トーリックHCL前面トーリックHCLは,前面にトーリック面を有し,レンズの回転防止法としてプリズムバラスト法やトランケーション法を採用している.球面HCLを装用して良好なフィッティングや装用感が得られるものの,残余乱視のために視力補正が不十分である症例が適応となるが,トーリックSCLの普及に伴って前面トーリックHCLを処方する機会は少なくなった.b.後面トーリックHCL後面トーリックHCLは,レンズ前面が通常の単一な球面カーブで,後面が弱主経線と強主経線で異なった2つのBCを有しており,球面HCLのフィッティング不良の解消と残余乱視の軽減を目的としている.角膜乱視の症例に内面が単一のBCの球面HCLを装用した場合,弱主経線の周辺部では球面HCLが強く角膜に接し,逆(16)3点接触法2点接触法図13球面HCLによる3点接触法,2点接触法球面HCL非球面HCL(AphexKC)非球面HCL(AphexKC)周辺部周辺カーブ(非球面:e2)ベースカーブ(非球面:e1)離心率e1≠e2e1e2周辺部光学部図14円錐角膜用HCL(非球面HCL)あたらしい眼科Vol.27,No.6,2010731に強主経線方向では球面HCLが浮き上がった状態になるため球面HCLは角膜上に安定しない.このため,視力不良や視力不安定,装用感不良,角膜上皮障害や角膜の変形といった問題が起こることがある.これに対して後面トーリックHCLの場合,内面に2つのBCを有するため,角膜前面とレンズ後面が広い領域で接触するようになり,良好なセンタリングが得られる.したがって,球面HCLでは良好なフィッティングが得られず,自覚的に異物感があるため長時間の装用ができない症例や,結膜充血,3時-9時染色などの角結膜障害が軽減しない症例が適応となる.後面トーリックHCLが回転しないためには角膜曲率半径の強弱主経線値の差が0.4mm以上必要であるが,角膜乱視が全乱視よりも大きい症例は適応外である9,10).一般に角膜曲率半径の弱主経線値と中間値の中間に近い値をBC1,強主経線値と中間値の中間に近い値をBC2として選択する.図16の症例の角膜曲率半径の弱主経線値(K1)は8.19mm,強主経線値(K2)は7.51mm,中間値は7.85mmなので,BC1は8.05mm,BC2は7.65mmを選択した.通常の球面HCLではレンズの下方にエッジの浮き上がりがあり,時間の経過とともにレンズは角膜中央ではなく下方に偏位したが,後面トーリックHCLではレンズは角膜中央に安定した9,10).c.両面トーリックHCLによる乱視矯正両面トーリックHCLは,レンズの両面(前面と後面)にトーリック面を有するHCLで,後面トーリックHCLと同様にレンズ後面に異なる2つのBCを有し,さらに前面にも異なる2つのカーブを有し,フィッティング不良の解消と残余乱視の矯正を行う.レンズ後面の2つのBCをそれぞれ角膜の弱主経線値と強主経線値に近づけて角膜乱視を矯正し,残った乱視を2つのフロントカーブで矯正する.適応は後面トーリックHCLとほぼ同様であるが,角膜乱視の軸と全乱視の軸が大きく隔たっている場合は適応外である9,10).強度角膜乱視の症例に球面HCL,後面トーリックHCL,両面トーリックHCLを装着した状態を図17に示す.球面HCLを使用するよりも後面トーリックHCLを,さらに両面トーリックHCLを使用することでフルオレセインパターンはよりパラレルになり,レンズのフィッティングは良好になった9,10).(17)球面HCL多段階カーブHCL(ROSEKTM)多段階カーブHCL(ROSEKTM)周辺部周辺カーブ(多段階カーブ)ベースカーブ周辺部光学部右上方視上方視左上方視右方視正面視左方視右上方視上方視左上方視右方視正面視左方視図15円錐角膜用HCL(多段階カーブHCL)732あたらしい眼科Vol.27,No.6,20103.トーリックSCLによる乱視矯正トーリックSCLを使用する目的は全乱視の矯正である.適応は,球面SCLでは残余乱視のため良好な視力が得られない症例である.ただし,3.00Dを超える全乱視の矯正はむずかしく,不正乱視,特に円錐角膜についてはHCLが第一選択である.a.円柱軸のずれと矯正効果トーリックSCLの軸ずれによる乱視の矯正効果の変化を考えてみる.完全矯正値と実際に使用したレンズの度数の差を残留屈折値とする.球面度数の場合,たとえば完全矯正球面度数が.3.00D,すなわち目標とする球面度数を.3.00Dとして.2.50Dのレンズを装用した場合,残留屈折値は.0.50D,すなわち0.50Dの近視の未矯正ということになる.同様に乱視の場合も完全矯正値と実際に装用したレンズの度数の差を残留屈折値と考え,これらを計算すると一般的には表6に示すような式で表すことができる.たとえば,cyl.1.00Dの直乱視のcyl.1.00DAx180°の円柱レンズを装用して,qだけずれた場合,表6(18)表6残留屈折値完全矯正値Df=sphS1(cylC1Axq1装用レンズD=sphS2(cylC2Axq2.残留屈折値DR=sphS(cylCAxqtan2q=C1sin2q1+C2sin2q2C1cos2q1+C2cos2q2,C=C1sin2q1+C2sin2q2sin2q,S=S1+S2+C1+C2.C2〔症例〕VD=(1.2×後面トーリックHCL)8.05mm/7.65mm/-5.00D/8.9mm7.51mm7.68mm8.02mm8.19mm7.85mmBC1≒==8.02mm→8.05mmK1+中間値28.19+7.852通常の球面HCL(7.85mm)後面トーリックHCL(8.05mm/7.65mm)エッジの浮き上がりHCLが角膜中央に安定HCLが下方に偏位BC2≒==7.68mm→7.65mmK2+中間値27.51+7.852自覚的屈折検査VD=(1.0×sph-5.00Dcyl-4.75DAx165°)角膜乱視cyl-3.73DAx171°角膜曲率半径()図16後面トーリックHCLの処方例〔症例〕VD=(1.2×両面トーリックHCL)8.20mm/7.50mm/+0.25D/9.0mm球面HCL7.90mm後面トーリックHCL8.05mm/7.65mm両面トーリックHCL8.20mm/7.50mm角膜乱視cyl-4.20DAx169°角膜曲率半径8.20mm7.44mm自覚的屈折検査VD=(0.5×sph-0.25Dcyl-4.00DAx170°)()図17両面トーリックHCLの処方例あたらしい眼科Vol.27,No.6,2010733の式にそれぞれ軸ずれした角度qを代入すると,表7のような結果が得られる.また,この結果は,円柱レンズを2枚重ねてレンズメータで計測しても同じ値を得ることができる.軸が同じ(すなわちq=0)であれば乱視は完全に矯正されるが,±30°ずれると同じcyl.1.00Dの乱視が残り,乱視に関してはまったく矯正できていないことがわかる.±30°以上ずれるともっと強い乱視が残り,±90°でcyl.2.00Dと最大になる9,11).図18の症例は,cyl.2.00Dの直乱視の症例で,円柱度数がcyl.1.75D,円柱軸が180°のトーリックSCLを装用し,残余乱視はほとんどなく,処方時1.2の視力が得られたが,その後の検査において矯正視力は0.8となっており,cyl.1.75DAx150°の残余乱視を認めた.トーリックSCLの軸を確認すると反時計回りに30°ずれており,トーリックSCLを処方した意味がなくなった.このように,±30°以内のずれは乱視の矯正効果があるが,それを超えるとかえって乱視は強くなり,乱視の矯正のために円柱レンズを使用したことにならない.したがって,±15°以内,できれば±10°以内にしないと,十分な矯正効果は得られない.このように乱視の矯正においては円柱軸による影響が大きいことを理解し,トーリックSCLの処方においてはいかに瞬目や体位でレンズが回転しないようにするか,また適切な円柱軸を選ぶかということが成功の鍵を握る9,11).b.乱視矯正における円柱度数と軸角度誤差の影響乱視矯正における円柱度数と軸角度誤差の影響について考えてみる.cyl.2.00Dの乱視をcyl.0.50D,cyl.0.75D,cyl.1.00D,cyl.1.25D,cyl.1.50D,cyl.2.00Dの円柱度数で,それぞれ矯正した場合を例にあげる.図19は円柱軸が0.30°までの範囲で軸がずれた場合の残余屈折値(残余乱視)を表6の式を用いて計算し(19)表7cyl-1.00Dの乱視眼に装用した円柱レンズ(.1.00D)がずれた場合の残余屈折値残留屈折値q(°)S(D)C(D)Ax(°)0510152025303540455055606570758085909510010511011512012513013514014515015516016517017500.0870.1740.2590.3420.4230.5000.5740.6430.7070.7660.8190.8660.9060.9400.9660.9850.9961.0000.9960.9850.9660.9400.9060.8660.8190.7660.7070.6430.5740.5000.4230.3420.2590.1740.0870.0.174.0.347.0.518.0.684.0.845.1.000.1.147.1.286.1.414.1.532.1.638.1.732.1.813.1.879.1.932.1.970.1.992.2.000.1.992.1.970.1.932.1.879.1.813.1.732.1.638.1.532.1.414.1.286.1.147.1.000.0.845.0.684.0.518.0.347.0.174─42.54037.53532.53027.52522.52017.51512.5107.552.5180177.5175172.5170167.5165162.5160157.5155152.5150147.5145142.5140137.5VD=(1.2×トーリックSCL)VD=(0.8×トーリックSCL)(1.2×トーリックSCLcyl-1.75DAx150°)レンズの上からのオートレフラクトメータ値R)sph±0Dcyl-0.25DAx3°R)sph+0.75Dcyl-1.75DAx153°〔症例〕自覚的屈折検査VD=(1.2×sph-6.25Dcyl-2.00DAx180°)トライアルレンズsph-5.50Dcyl-1.75DAx180°()()()()()処方時1週間後-30°(150°)回転図18トーリックSCLの軸ずれの症例734あたらしい眼科Vol.27,No.6,2010てグラフにプロットしたものである.このグラフより,まず円柱度数の弱いレンズは乱視の矯正効果は弱いが,軸がずれてもあまり残余乱視が変わっていないことがわかる.一方,円柱度数が強いレンズの場合は乱視の矯正効果は強くなるが,少しでも軸がずれると残余乱視が大きく変化することがわかる.したがって,トーリックSCLを処方する際,瞬目や体位でレンズがほとんど回転しない場合は強い円柱度数を入れることができるが,レンズが大きく回転する場合には残余乱視も大きく変化するため,あまり回転しない他のレンズに変更したほうが賢明である.どうしても他のレンズに変更できない場合は,乱視の矯正効果は弱くても円柱度数を弱めにしないと視力は安定しない11).4.HCLからSCLへの処方変更ディスポーザブルSCLや2週間頻回交換SCLの普及(20)円柱レンズ完全屈折矯正値cyl-0.50D,cyl-0.75D,cyl-1.00D,cyl-1.25D,cyl-1.50D,cyl-2.00Dsph±0Dcyl-2.00DAx180°()軸角度誤差q残留屈折値(残余乱視)0-0.5-1-1.5-201020軸角度誤差(°)円柱度数cyl-0.50D残余乱視(D)300-0.5-1-1.5-201020軸角度誤差(°)円柱度数cyl-0.75D残余乱視(D)300-0.5-1-1.5-201020軸角度誤差(°)円柱度数cyl-1.00D残余乱視(D)300-0.5-1-1.5-201020軸角度誤差(°)円柱度数cyl-1.25D残余乱視(D)300-0.5-1-1.5-201020軸角度誤差(°)円柱度数cyl-1.50D残余乱視(D)300-0.5-1-1.5-201020軸角度誤差(°)円柱度数cyl-2.00D残余乱視(D)30図19cyl-2.00Dの乱視眼に軸ずれした円柱レンズを装用した場合の残余乱視〔症例〕初診:他眼科で処方された球面HCLを2年間装用したが,今回は球面SCLを希望するVD=(1.2×球面SCL)VS=(1.2×球面SCL)2週間後:両眼かすみ,像のにじみVD=(0.8×球面SCL)VS=(0.8×球面SCL)トーリックSCLVD=(1.2×トーリックSCL)VS=(1.2×トーリックSCL)球面HCL→球面SCL変更時変更後2週間図20球面HCLから球面SCLへの変更例あたらしい眼科Vol.27,No.6,2010735とともに,球面HCL装用者がこれらの球面SCLに変更したいという希望が増えてきた.図20の症例は,球面SCLを処方して,当初はよく見えていたのに次第に見え方が悪くなってきたということを経験した例である.球面HCLでの矯正視力は1.2であり,球面SCL変更時の矯正視力も1.2であったが,2週間後の定期検査では矯正視力は0.8に下がっていた.角膜形状をビデオケラトスコープで観察すると,角膜が直乱視化していた.これは,球面HCLを装用することで角膜形状が球面HCLの後面のBCに近い形状をとっていたのが,球面SCLに変更したことで元の角膜形状に戻ろうとしたことが原因であると考えられる.この場合は,球面SCLでの矯正視力は不十分なため,トーリックSCLにするとよい.球面HCLの経験者の球面SCLへの変更時は,角膜の経過観察が必要である11).おわりに屈折矯正の基本は眼鏡であるが,CLを用いたほうが効果的なことがある.CLは眼鏡とは異なる光学特性があるので,眼鏡でうまくいったことがそのままCLにはあてはまらない場合や,予想もしていないことが起こる場合もある.CLによる屈折異常の矯正には,眼光学的な知識をしっかり習得して臨んでほしい.また,CLによる矯正に変化がみられた場合には,その原因を明らかにして対処することが求められる.文献1)所敬:眼鏡・コンタクトレンズの屈折と調節.日コレ誌48:S13-S19,20062)魚里博:コンタクトレンズ(CL)処方に必要な眼光学:理論編.日コレ誌48:108-116,20063)梶田雅義:コンタクトレンズ(CL)処方に必要な眼光学:実技編.日コレ誌48:181-185,20064)梶田雅義:コンタクトレンズ処方に必要な眼光学.眼科51:1743-1749,20095)西信元嗣:眼鏡処方に必要な眼光学の基礎知識.丸尾敏夫,本田孔士,臼井正彦,田野保雄編,眼科診療プラクティス49,眼鏡処方,p68-70,文光堂,19996)植田喜一:ハードコンタクトレンズ装用による乱視矯正.あたらしい眼科24:319-320,20077)植田喜一:コンタクトレンズによる視力補正(3)─定期検査時における視力補正─.あたらしい眼科23:185-186,20068)植田喜一:コンタクトレンズによる視力補正(2)─コンタクトレンズの度数決定─.あたらしい眼科23:49-50,20069)植田喜一:トーリックレンズ.日コレ誌40:179-188,199810)植田喜一:コンタクトレンズの最近のトレンド.視覚の科学24:104-116,200311)植田喜一:トーリックソフトコンタクトレンズの処方のコツ─失敗しない処方のノウハウ─.日コレ誌44:S34-S39,2002(21)