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円錐角膜に対するICR(Intracorneal Ring)

2010年4月30日 金曜日

———————————————————————-Page10910-1810/10/\100/頁/JCOPY及することはなかった.円錐角膜やエクタジアに対しての効果が確認されて以降,少しずつ普及し,フェムトセカンドレーザーの出現により,多くの屈折矯正手術施設にて導入されはじめている.IntacsRは従来からのモデルで,素材はPMMA(ポリメチルメタクリレート)であり,2つのセグメントの内径(オプティカルゾーン)は6.8mmである.2006年より進行性の円錐角膜およびエクタジアに対して使用するIntacsRSKが開発された.PMMAの断面形状を改良し,セグメントの内径は6.0mmであるため,より強い角膜の扁平化が期待できる(表1).角膜のK値がおおむね55D以上であれば,IntacsRSKを使用するケースが多いが,事前に角膜のはじめに円錐角膜は基本的に,両眼性・進行性・非炎症性であり,角膜曲率の縮小と角膜の菲薄化を特徴とする疾患である.軽度から中等度の進行例までは,ハードコンタクトレンズ(HCL)の装用によって対応することが可能であるが,高度の進行例ではHCLの装用が困難なばかりでなく,菲薄部のDescemet膜破裂やHCLとの擦過による瘢痕形成により,矯正視力は著しく不良となる.最近までは,進行した円錐角膜に対する外科的な治療としては,角膜移植(Epi-keratoplastyを含む)が唯一の方法であった.ところが,2000年にColinらによって,それまで軽度近視に対する手術に用いられていたICR(intracornealring,IntacsR)(図1)を円錐角膜眼に応用した報告があり,それ以降多くの臨床報告がなされるようになった1,2).本稿では,筆者らの自験例をもとに,手術の方法や結果なども含めて述べてみたい.IICRの種類1.IntacsRおよびIntacsRSK(AdditionTechnology社製)本来,軽度近視に対する視力矯正手術用に開発された.角膜中心部に侵襲を加えないため,LASIK(laserinsitukeratomileusis)やPRK(photorefractivekeratectomy)におけるグレアなどの合併症が少ないことが利点として考えられていたが,マニュアルによる手術操作が煩雑なことと,乱視矯正ができないことなどにより普(33)449Hiroirai2262235C特集●円錐角膜あたらしい眼科27(4):449452,2010円錐角膜に対するICR(IntracornealRing)IntracornealRingsforKeratoconus荒井宏幸*図1ICR術後3カ月の前眼部写真———————————————————————-Page2450あたらしい眼科Vol.27,No.4,2010(34)が約7秒という圧倒的な速さで作製可能である(図2).挿入部位の深さは,角膜中心から6mm部における角膜厚の7580%に設定する.より深い部位に留置するほうが,角膜扁平化に対する効果が大きい.フェムトセカンドレーザーの操作方法は,LASIKにおけるフラップ作製と同様の手順であるため,今回は詳述はしない.瞳孔中心へのセンタリングは,LASIKフラップを作製する際よりも,より正確性が必要であり,この方法にてICRを行う場合には,フェムトセカンドレーザーの操作にも習熟していなければならない.グルーブを作製した後,ICRを挿入して,創を縫合して手術は終了である.筆者らは,疼痛予防のため,保護用のコンタクトレンズをのせている.この方法の注意点は,フェムトセカンドレーザーでは,角膜表面から均一な深さでグルーブを作製するため,ペルーシド角膜変性のような角膜厚が不均一で,最薄点が中心部にない場合には適応にならない.特にセグメントを挿入する角膜中心から6mm部付近に最薄点が存在する場合には,効果的な深さを確保することができない.そうしたケースでは,後述するマニュアルによる方法で行わなければならない.筆者らの経験では,ICR手術適応例の8090%はフェムトセカンドレーザーが使用できるため,今後のICR手術はこの方法が主流になると思われる.三次元解析データをAdditionTechnology社に送れば,適切なセグメントの種類と挿入方向をアドバイスしてもらうことが可能である.2.KerarigR(Mediphacos社製)進行性の円錐角膜に対する角膜扁平化を目的として開発されたICRである.セグメントの長さ,内径の角度にさまざまなバリエーションがある.頻用されるのは,内径が5mmのタイプであり,強力な角膜扁平化効果が期待できる一方,セグメントの留置部位が瞳孔中心に近いため,センタリングや暗所時瞳孔径の判定などを慎重に行わないと,強いグレアを起こす可能性がある.II手術方法筆者らは主としてIntacsRおよびIntacsRSKを使用しているため,以下にその手術方法を述べる.どちらのセグメントも手順は同様である.1.フェムトセカンドレーザーを使用する方法筆者らが使用しているフェムトセカンドレーザーはIntraLase社製iFSRであるが,このレーザーにはあらかじめICRを留置するグルーブ(トンネル状の切開)用のプログラムが組み込まれている.後述するマニュアルによる方法で,約1015分かかっていたグルーブ作製表1IntacsRおよびIntacsRSKの規格IntacsRIntacsRSK材質PMMAPMMAリング内径の角度150°150°断面形状八角形楕円リング外周径8.1mm7.3mmリング内周径6.8mm6.0mmリング直径0.65mm0.65mmリング厚の製作範囲0.210.45mm0.02mm刻み0.21mm,0.250.45mm0.05mm刻み全世界での挿入実績約90,000眼約10,000眼日本国内での挿入実績約500眼約60眼挿入実績はAdditionTecknology社調べ.図2フェムトセカンドレーザーによるICR挿入のためのグルーブ作製の様子青のラインは挿入方向のマーキングである.———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.27,No.4,2010451(35)よる.さらにICRを挿入することにより,円錐角膜の進行を予防する効果も期待されている.ICRにより角膜自体の強度を増し,突出を押さえるためである.この結果,角膜移植を回避できるか,時間的な猶予を得ることができる3).IV手術結果筆者らが行った症例を呈示する.図3のような円錐角膜に対して,ICRを行い術後1カ月のトポグラフィが図4のごとくである.角膜中央部は扁平化し,角膜乱視も軽減している.この症例では,球面ソフトコンタクトレ2.マニュアルによる方法点眼麻酔後,専用のマーカーにてマーキングを行う.挿入部の角膜厚を測定し,3分の2の厚さにダイアモンドメスのマイクロゲージをセットする.切開後,吸引をかけて角膜を硬化させた後,専用の器具にてグルーブを作製する.マニュアルの場合,グルーブは角膜実質の層間を裂くように作ることができるため,角膜中心から6mm部の厚さが不均一な場合でも,それぞれの位置で同じ3分の2の深さを保つことが可能である.セグメント挿入後,切開創を縫合し手術を終了する.慣れてくると,約2025分程度の手術時間である.III手術目的および適応現在は明確な適応はない.基本的にICR手術を行う際に,目的には2種類あり,①裸眼視力の向上も期待するもの,②HCL装用が可能になることを期待するもの,に分けられる.1.裸眼視力の向上目的の場合LASIK希望にて来院された患者のなかで,角膜形状解析にて円錐角膜が疑われた場合に,第2の選択肢として行われることがほとんどである.しかし,本来ICRの近視矯正限界は4.0D程度であること,乱視矯正の効果はないことなどが,適応範囲を狭くしている.2.HCL装用を目的とする場合中等度以上の進行例で,HCLにより円錐頂点部が擦過され,コンタクトレンズ装用が困難な場合に行う.最も良好なケースは,toricSCL(ソフトコンタクトレンズ)にて矯正が可能になることもあるが,術前にそれを予測するのはむずかしい.多くの場合,残余角膜乱視のためにHCL装用が必要になる.術後には円錐角膜用HCLや多段階ベースカーブのHCLによって,良好なフィッティングを得られるケースが多い.手術適応としての絶対的な基準は,挿入部の角膜厚が400μm以上あることである.最近はOrbscanRやPen-tacumRのように角膜周辺部の厚さ分布を計測できる機器もあり,この点での適応決定は比較的容易である.相対的な基準としては,ICR手術に何を期待しているかに図3自験例の術前トポグラフィ下方に特徴的な急峻部を認める.図4図3の症例の術後1カ月のトポグラフィ瞳孔領は扁平化しており,下方の急峻部は消失している.———————————————————————-Page4452あたらしい眼科Vol.27,No.4,2010(36)において,今後の研究の結果を待たねばならない点も多くあるが,角膜強度の増加による進行予防と角膜中央部の扁平化によるコンタクトレンズ装用の容易化という大きなメリットがあることも事実である.この点はLASIK後のエクタジアにも応用されている.また,さらに進んで,ICR挿入により眼鏡矯正視力が良好になれば,phakicIOL(有水晶体眼内レンズ)を挿入して日常生活に十分な裸眼視力を得る可能性もあり,実際に筆者らの施設では,ICR手術を受けた患者の50%以上がphakicIOLを希望する.さらに,最近では角膜コラーゲンのクロスリンキング法が確立されつつあり,進行した円錐角膜やエクタジアに対して,ICRと組み合わせて行うことによって,より安定した術後経過が得られるという報告もされている4).屈折矯正手術を行う者にとって,円錐角膜やエクタジアは避けて通れないものであって,ICRは外科的なアプローチの一つとして必要な手技であると思われる.文献1)ColinJ,CochenerB,SavaryGetal:Correctingkeratoco-nuswithintracornealrings.JCataractRefractSurg26:1117-1122,20002)SiganosCS,KymionisGD,KartakisNetal:ManagementofkeratoconuswithIntacs.AmJOphthalmol135:64-70,20033)HellstedtT,MakelaJ,UusitaloRetal:Treatingkerato-conuswithintacscornealringsegments.JRefractSurg21:236-246,20054)CoskunsevenE,JankovMR2nd,HafeziFetal:Eectoftreatmentsequenceincombinedintrastromalcornealringsandcornealcollagencrosslinkingforkeratoconus.JCataractRefractSurg35:2084-2091,2009ンズの装用が可能になり,満足度も良好であった.この症例に対しては,図1と同様に左右対称にICRを挿入したが,下方の突出がさらに進んでいるケースでは,上下もしくは弱主経線方向に挿入する場合もある(図5).V考按と今後の展望円錐角膜およびその類似疾患に対しては,エキシマレーザーは禁忌である.HCL装用にて問題がなければよいが,コンタクトレンズ不耐などによって矯正視力が不良な場合,何らかの外科的な手段があれば,角膜移植を選択する前に試してみる価値は十分にあると思われる.現在の角膜移植は非常に安定した手術となったが,感染や拒絶反応などの避けられない合併症も存在する.今回紹介したICRは,術後の視力や角膜形状などの予測性図5突出度に応じて,弱主経線方向に挿入されたICR上下でリングのサイズは異なるものが選択されている.

コンタクトレンズによる治療

2010年4月30日 金曜日

———————————————————————-Page10910-1810/10/\100/頁/JCOPY以上が約50%,0.7以上が約80%,0.5以上が9095%であり,すべての症例で1.0以上のCL矯正視力が得られるわけではない.CL矯正視力が0.4未満であれば,角膜移植術の適応となる.ただし,HCL処方時の最初のCL矯正視力が0.2であっても,角膜白斑が顕著な症例でなければ,まずはHCLを処方し,経過観察後に手術適応を決定することをお奨めしたい.処方交換を重ねることによって,CL矯正視力が飛躍的に向上する症例も存在するので,1回限りの検査で角膜移植術の適応を決定するのは危険である.角膜移植術後でも,抜糸後,良好な視力を得るためには,HCL装用を必要とすることが多い.手術後にHCL装用が必要な状態にもかかわらず,装用ができない症例も少なくない.その多くは術前にHCLの装用をしていなかった症例である.手術前にHCL装用をならしておくということが必要であり,後述する外斜視を予防するという目的を考え合わせて,筆者は原則として術前にHCLを装用しておくことを指導している.2.円錐角膜の進行抑制円錐角膜に対してHCLを3点接触法(図1),あるいは,2点接触法(図2)で処方することにより,角膜頂点の円錐状の突出を抑制し,その結果として,円錐角膜の進行を予防できると考えられている.しかし,実際にHCLの円錐角膜の進行予防効果を定量的に評価することは困難である.これまでの報告では定性的にHCL装はじめに円錐角膜に対してハードコンタクトレンズ(HCL)のみならず,角膜移植術,ICR(intracornealring),TGCK(topography-guidedconductivekeratoplasty),phakicIOL(有水晶体眼内レンズ)などさまざまな治療方法が報告されているが,いまだにHCLによる治療が第一選択であると考える.HCLによる治療で満足した結果が得られない症例に限定して,他の治療方法を検討するべきである.治療方法によっては,治療前よりも治療後のHCL処方がより困難となることがある.Iハードコンタクトレンズ処方の目的円錐角膜に対してのHCL処方には3つの治療目的がある.第1に視力矯正,第2に円錐角膜の進行抑制,第3に外斜視の予防である.この3つの治療目的を考えたうえで,HCL処方の可否を決定する.ソフトコンタクトレンズ(SCL)で矯正が可能という理由だけで,安易にSCLを処方すると,円錐角膜の急激な進行を招くことがある.片眼の裸眼視力が良好で,HCLを装用したくないという理由で,もう片方の眼を視力不良のままで放置しておくと廃用性外斜視を招くこともある.1.視力矯正的確なHCLの処方技術があれば,95%以上の円錐角膜に対してHCLを処方するのは可能である.ただし,当院の成績でも,コンタクトレンズ(CL)矯正視力は1.0(23)439MtmiIti1500043110191特集●円錐角膜あたらしい眼科27(4):439448,2010コンタクトレンズによる治療TreatmentofKeratoconuswithContactLens糸井素純*———————————————————————-Page2440あたらしい眼科Vol.27,No.4,2010(24)のグループ(7名11眼)では年平均0.029mmのスティープ化,CLを装用していなかった30歳未満のグループ(6名7眼)では年平均0.177mmのスティープ化がみられた.これに対し,HCLを装用していた30歳以上のグループ(8名10眼)では年平均0.045mmのフラット化,HCLを装用していた30歳未満のグループ(16名25眼)では年平均0.056mmのフラット化がみられた.円錐角膜の進行にかかわる因子は,年齢だけではなく,角膜の厚さ,眼瞼の状態,目をこする動作などさまざまだが,この調査結果から,これまで考えられているように,HCL装用が円錐角膜の進行予防に寄与していることが示唆された.3.外斜視の予防円錐角膜と外斜視の合併を論じた報告は見あたらない.しかし,臨床で円錐角膜患者を診察していると,多くの外斜視の合併をみる.特に片眼性円錐角膜,あるいは,両眼性でも左右の円錐角膜の程度が異なる症例で,片眼の視力が良好なために,長期にわたってHCLを装用していなかった症例に外斜視の合併が多い.円錐角膜に合併する外斜視の多くは廃用性外斜視と考えられる.この外斜視を予防するにはHCLによる矯正が必要となる.たとえ悪いほうの眼のCL矯正視力が0.2であっても,HCL装用は外斜視の発症,悪化の予防となる.II円錐角膜に対する代表的なフィッティング手法1.3点接触法円錐角膜に対してHCLを処方する場合のフィッティ用による円錐角膜の角膜形状の経時的変化を報告している1,2).角膜曲率半径,角膜屈折力,角膜厚,角膜の後面突出度などが円錐角膜の進行度を定量的に表す数値として有用であるが,どの数値もHCLを装用することによって,大きく数値が変動する.HCL装用による円錐角膜の進行予防効果を検討するためには,HCL装用による短期的な角膜形状への影響を最小限におさえる必要がある.道玄坂糸井眼科医院において,経過観察期間1年以上の円錐角膜患者を対象に,初診時にHCLを装用していなかった症例で,かつ,定期検査時にHCLを装用できない,あるいは,紛失などの理由でHCLを装用していない状態で来院した症例のsimK(角膜トポグラフィのインデックス)の値で円錐角膜の進行の程度を評価した3).対象は経過観察期間中,CLを装用していなかった13名18眼(初診時平均年齢27.0±7.1歳)と,ほぼ毎日,HCLを装用していた24名35眼(初診時平均年齢30.5±17.4歳)である.CLを装用していなかったグループではsimKが年平均0.120mmスティープになっていたのに対し,HCLを装用していたグループでは年平均0.053mmフラットになっていた.simKが年平均0.03mm以上スティープになった症例を進行例,スティープ化,フラット化が年平均0.03mm未満の症例を不変例,年平均0.03mm以上フラットになった症例を改善例とすると,CLを装用していなかったグループでは,進行例が61.1%,不変例が38.9%であったのに対し,HCLを装用していたグループでは進行例が14.3%,不変例が45.7%,改善例が40%であった.初診時年齢でさらに30歳以上と30歳未満の2つのグループに分けると,CLを装用していなかった30歳以上図13点接触法図22点接触法———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.27,No.4,2010441(25)円錐角膜が高度の症例では,スティープなベースカーブ(BC)のSCLを使用しても,SCLにしわを生じ,PBSの適応とならないこともある.レンズの組み合わせとしては,HCLとして中高酸素透過性のものを,SCLとしては,使い捨てSCL(2週間交換SCLを含む)を用いた報告が増えている6).屈折度の配分は,SCLに8Dのhighminuslensを用い,残りをHCLで矯正する方法と,SCLに00.5Dのものを用い,おもにHCLで矯正をする方法がある6,7).筆者は,HCLは,HCL単独で処方したものをそのまま利用し,SCLは00.5Dの1日使い捨てSCLを選択している.III円錐角膜に対するハードコンタクトレンズの選択1.ハードコンタクトレンズの材質以前は,円錐角膜に対しては,PMMA(ポリメチルメタクリレート)素材のHCL(PMMACL)が変形も少なく,乱視矯正効果が優れているため使われてきたが,近年,角膜への酸素供給が不十分なことから,ガス透過性ハードコンタクトレンズ(RGPCL)が一般に使われるようになってきた.その反面,RGPCLはPMMACLに比べて,破損,変形しやすく,蛋白が付着しやすい.特に高酸素透過性のRGPCLはその傾向が強く,円錐角膜には不向きである.筆者は,HCL単独の場合は低酸素透過性,PBS用としては中酸素透過性のRGPCLを選択ング手法の一つで,レンズ後面が角膜の円錐頂点部と角膜周辺部(2点)の計3点で接触し,支持されるように処方する方法をいう(図1).ただし,3点接触法における中心と周辺部での角膜とレンズ後面の接触程度については,さまざまであり,同じ3点接触法でも,スティープな場合も,フラットな場合もある.涙液交換が十分確保され,レンズ保持性が優れている3点接触法が,理想的な3点接触法である.3点接触法には,一般に多段階カーブHCL,非球面HCLを処方する際に用いられるが,比較的軽度の円錐角膜の場合には,通常の球面HCLでも3点接触法の処方が可能である.2.2点接触法3点接触法と同様,円錐角膜に対してHCLを処方する場合のフィッティング手法の一つで,HCLを上方角膜と円錐頂点部の2点で保持し,下眼瞼で下方のレンズエッジを支える(図2).一般に,球面レンズを用いるが,多段階カーブHCL,非球面HCLでも,2点接触法で処方することは可能である.このフィッティング手法で,CLを処方すると,涙液交換が十分確保されるために,かなり進行した円錐角膜でも,長期間の装用が可能となる.レンズ後面で円錐頂点部を押さえつけることで,角膜形状が改善されるともいわれている(オルソケラトロジー効果)4).ただし,2点接触法では,レンズの動きが非常に大きく,レンズの安定性も,3点接触法に比べて劣るので,眼球を急に動かしたり,流涙が多いと,レンズがずれたり,落下したりする.レンズの汚れが顕著である症例では,レンズ後面による角膜円錐頂点部のこすれが原因となって,角膜上皮びらん,角膜白斑,角膜上皮過形成などを生じるともいわれている5).3.PiggybacklenssystemPiggybacklenssystem(PBS)は,HCLをSCLの上に処方する方法である(図3).この処方方法により,HCLにより生じていた角膜頂点部でのこすれが解消され,角膜上皮障害が抑制される.SCLのバンデージ効果により,装用感も改善される.その反面,コスト・手間の増大,レンズへの蛋白付着・汚染の増加,角膜浮腫,角膜新生血管などの頻度増大などの問題点もある.図3Piggybacklenssystemハードコンタクトレンズをソフトコンタクトレンズの上に処方する方法.———————————————————————-Page4442あたらしい眼科Vol.27,No.4,2010(26)レンズ下方の浮きが顕著な症例では,安定したセンタリングを得ようとしてレンズ径を大きくすると,下方の浮きはむしろ顕著となる.この場合はレンズ径を小さくすると,下方の浮きが減少し,かつ,上方のレンズエッジによる角結膜の圧迫を減少することができる.b.リフトエッジ,ベベル(図4)円錐角膜にHCL処方した場合,中央部中間周辺部のフルオレセインパターンが良好に見えても,最周辺部のレンズエッジで角結膜を圧迫していることが多い.たとえ良好なフルオレセインパターンが得られたとしても,レンズが上方に移動した際に,上方のレンズエッジによる角結膜の圧迫が生じ,長時間の装用ができないことがある.これは,円錐角膜における周辺部の角膜カーブが,中央部よりも,正常角膜に比べて,よりフラットになっているためである.円錐角膜にHCLを処方する場合には,レンズエッジによる周辺部の圧迫を最小限にするためにベベル幅,リフトエッジともに十分に確保され,良好にブレンドされているものを選択する(図5).ベベルデザインが不適切な場合は,後述するベベル修正が必要となる.IV円錐角膜用の特殊コンタクトレンズ1.多段階カーブハードコンタクトレンズ(図6)円錐角膜の角膜カーブは,円錐の相応する中心部ではスティープで,周辺部に向かうに従って徐々にフラットになり,周辺部の角膜カーブは,ほぼ正常角膜と変わらない.多段階カーブHCLを用いると,そのような円錐角膜の角膜カーブの変化に合わせてCLを処方することが可能となり,HCLと円錐頂点部の過度のこすれ,レンズエッジによる圧迫を軽減することができ,装用感も改善される(図7).代表的なレンズとして,RoseK(日本コンタクトレンズ),メニコンE-1(メニコン),KCレンズ(シード),Mカーブ(サンコンタクトレンズ)がある.ただし,多段階カーブHCLといっても,レンズの種類ごとにレンズデザインは異なり,同一眼に同一BCのものを処方しても,レンズの種類(レンズデザイン)が異なれば,レンズフィッティングはまったく異なる.多段階カーブHCLの種類ごとに適切なBCは異なり,その都度,適切なBCを選択していく必要がある.している.2.ハードコンタクトレンズのデザインa.レンズ径HCL経験者に対しては,原則として以前のものと同じ大きさのレンズ径を最初に選択する.それで問題がある場合は,レンズ径の変更を考慮する.HCL未経験者ではレンズ径を大きめのもの(9.4mm以上)を選択するとHCL特有の異物感を軽減できる.円錐角膜では通常のレンズ直径(8.59.0mm)のHCLを処方すると,レンズのセンタリングが非常に不安定となり,眼球の動きに伴いレンズのずれ,落下を生じることがある.このような場合,レンズ径を大きめのもの(9.4mm以上)を選択すると良好なセンタリングと安定した動きが得られやすい.レンズ径ベベルフロントベベルリフトエッジベースカーブオプティカルーンリフトエッジPCIC図4ハードコンタクトレンズのレンズデザインIC:intermediatecurve,PC:peripheralcurve.図5ベベル部分が良好なフルオレセインパターンベベル幅,リフトエッジともに十分に確保され,良好にブレンドされている.———————————————————————-Page5あたらしい眼科Vol.27,No.4,2010443(27)V円錐角膜に対するハードコンタクトレンズ処方のコツ1.トライアルレンズのベースカーブの選択円錐角膜ではトライアルレンズのBC選択にケラトメータの中央値は参考にしてはならない.ただし,片眼性の初期円錐角膜では健常眼(反対眼)のケラトメータの中央値を参考にしてもよい.それ以外の円錐角膜では,角膜トポグラフィ付属のHCL処方プログラム10)などがあれば,それを利用するが,そのようなものがなければ,円錐角膜の程度に応じ,BCを選択して(例:球面HCLの場合,グレード1:790mm,グレード2:750mm,グレード3:700mm,グレード4:650mm)(図8),フルオレセインパターンを目安にトライアルを24回入れ替えてBCを決定する.最初に選択したトライアルレンズのBCはあくまで目安であり,顕著にスティープ,あるいは,顕著にフラットであれば,2回目のトライアルはBCを0.30.5mm変更する.自分が目標としているフルオレセインパターンに近づけば,あとは微調整する.どのようなケースにおいても,最終的に処方するHCLのBCはフルオレセインパターンを最重視して決定する.最近の角膜形状解析装置〔OrbscanIIz(Bausch&Lomb,米国),Pentacam(Oculus,ドイツ),CASIA(トーメー,日本)など〕では角膜前面のbesttsphere2.非球面ハードコンタクトレンズ角膜カーブは,中心部から周辺部に向かうに従って,徐々にフラットになる8,9).特に円錐角膜ではその変化の割合は大きく,球面HCLを中心部の角膜カーブに合わせて処方すると,中間周辺部,周辺部で非常にタイトになる.非球面HCLは,周辺に向かうに従って,レンズカーブがフラットになり,このような周辺部のレンズ圧迫を理論上,軽減することができる.しかし,実際の円錐角膜の角膜カーブは円錐に相当する中央部と角膜周辺部では離心率が異なるために,単純な非球面曲線に当てはめることができない.このため,円錐角膜の進行例において周辺部で十分な涙液交換を得るためには,非球面HCLの種類(デザイン)によっては,通常の球面レンズと同様,中心部の角膜カーブよりも,かなりフラットに処方する必要がある.第1周辺カーブ第2周辺カーブベースカーブベベルオプティカルーン図6多段階カーブハードコンタクトレンズのレンズデザイン図7多段階カーブハードコンタクトレンズのフルオレセインパターングレードグレードグレードグレード図8円錐角膜の重症度グレード1:ビデオケラトスコープのカラーコードマップでは円錐角膜のパターンを示すが,プラチドリングには若干の歪みしか認められないもの.グレード2:局所でプラチドリングの間隔が明らかに狭くなっているが,極端なプラチドリングの崩れがないもの.グレード3:プラチドリングの崩れが顕著だが,外側のプラチドリング像が周辺部の正常な角膜に投影されるもの.グレード4:すべてのプラチドリングが円錐突出部分に投影されるもの.———————————————————————-Page6444あたらしい眼科Vol.27,No.4,2010(28)のフルオレセインパターンの評価が重要となる.筆者はフルオレスセインパターンにおいて領域ごとに重視する割合を中央部:中間周辺部:最周辺部(ベベル部分)=20:40:40と考えている.a.中央部HCL中央部でCL後面と角膜中央部との関係を評価する.アピカルタッチ(頂点接触)はレンズ後面中央部が角膜中央部に接触した状態,アライメントはレンズ後面中央部のカーブが角膜中央部の形状にほぼ沿った(パラレルの)状態,アピカルクリアランスはレンズ後面中央部が角膜中央部に接触していない状態である.円錐角膜では原則としてアピカルタッチで処方する.円錐頂点部の角膜上皮障害が強い場合は多段階カーブHCLを選択して,パラレルで処方する.アピカルタッチで処方することにより,良好な矯正視力が得られ,オルソケラトロジー効果による円錐角膜の進行予防効果が期待できる.CL矯正視力が出にくい症例では,少し強めのアピカルタッチで処方すると視力向上が得られることがある.b.中間周辺部中間周辺部の評価は中央部の評価よりも重要で,フルオレセインパターン全体の評価を左右する.レンズ後面のカーブが角膜の形状よりも緩やかなことをフラット,ほぼ平行に沿った状態をパラレル,急峻なことをスティープと表現する.円錐角膜では原則として中間周辺部はフラット,あるいは,パラレルで処方する.中間周辺部の評価の際に,前述したように,レンズ下方の浮きは重要視しない.円錐角膜のフィッティング評価になれていない場合は,下方の浮きは無視したほうがよい(図10).どうしても下方の浮きが大きいために,ずれやすい,外れやすいなど臨床上問題がある場合は,レンズ径を小さくし,それでも下方の浮きが問題となるときにBCをスティープにする.c.最周辺部(ベベル部分)最周辺部(ベベル部分)の評価は中間周辺部の評価とともに重要である.レンズエッジと角膜との距離(リフトエッジ),ベベル部分の幅,ベベル部分とBCの移行部のブレンド状態を判定する(図11).円錐角膜ではレンズ上方の4分の1に相当する部分の最周辺部(ベベル(BFS)の値を表示してくれるものがある.すべての円錐角膜でBFSの値と最終処方のHCLのBCが一致するのではないが,最初のトライアルレンズのBCの選択の参考値としては有用である.2.フルオレセインパターンの見方円錐角膜においても瞬目とともにHCLが円滑に動き,適正な涙液交換が行われるようなレンズフィッティングを心掛ける.円錐角膜と正常角膜で基本的に求めるフルオレセインパターンは大きく変わらない.正常角膜と異なるのは,トライアルレンズのBC選択にケラトメータの中央値がまったく参考にならないこと,レンズ下方の浮きをあまり重要視しないこと,上方のレンズエッジによる角結膜の圧迫に特に注意を払わなければならないことである.ここでは円錐角膜におけるフルオレセインパターンの評価方法について述べる.1)フルオレセインパターンの評価は必ずHCLが角膜中央部の位置で行うHCLの静止位置が必ずしも角膜中央部とは限らない.フルオレセインパターンはHCLを角膜中央部に位置するように誘導して角膜中央部で評価する.2)HCLの中央部,中間周辺部,最周辺部(ベベル部分)に分けて評価するフルオレセインパターンは中央部,中間周辺部,最周辺部(ベベル部分)に分けて部位別に評価する(図9).円錐角膜では特に中間周辺部,最周辺部(ベベル部分)図9フルオレセインパターンの部位別判定中央部,中間周辺部,最周辺部(ベベル部分)に分けて判定する.———————————————————————-Page7あたらしい眼科Vol.27,No.4,2010445(29)部分)の評価が特に重要となる(図12).この部分のレンズエッジによる角結膜への圧迫が強いと,HCLは円滑に動かず,装用感が悪化し,長時間装用ができなくなる(図13).ベベル部分のデザインはメーカーによって大きく異なるために処方するHCLのデザインを十分に把握し,適正でない場合は後述するレンズ修正が必要となる.3)その他の確認事項a.レンズの動きに伴う涙液交換HCLの移動により,HCL下の涙液が交換される.フィッティング状態にもよるが,HCLの移動に伴うフルオレセインパターンの変化により,この涙液交換を確認することができる.b.ハードコンタクトレンズの静止位置でのフルオレセインパターン必ずしも角膜中央部がレンズの静止位置とは限らない.レンズの偏位を生じているときは,何が原因であるかを確認するために,静止位置でのフルオレセインパターンも確認する.c.ハードコンタクトレンズが移動する際のレンズエッジと周辺部角膜,結膜との関係HCLが移動する際のレンズエッジと周辺部角膜,結膜との関係を確認することも重要である.瞬目や眼球運動とともに,HCLが上下左右に移動したときに,レンズエッジが周辺部角膜や結膜に圧迫やこすれなどの機械的障害が生じていないかを確認する(図14).3.ベベル修正,MZ加工既製のHCLのベベルデザインでは,すべての円錐角膜に対して最良なHCL処方をすることは不可能である.多くの症例でベベルデザインの変更を要する.円錐角膜に対してはベベル幅を広く,リフトエッジを高く修正す図10円錐角膜のフルオレセインパターンの部位別判定円錐角膜に対するCL処方経験の浅い人は下方の浮きは無視をしたほうがよい.ベベルリフトエッジベースカーブIC:intermediatecurvePC:peripheralcurvePCIC図11ハードコンタクトレンズのベベル部分のデザイン図12円錐角膜のフルオレセインパターンレンズ上方の4分の1に相当する部分の最周辺部(ベベル部分)の評価(矢印部分)が特に重要となる.図13円錐角膜のフルオレセインパターンレンズエッジによる上方の角膜への圧迫が強い.図14円錐角膜のフルオレセインパターンレンズエッジによる周辺部角膜(9時方向)に対する機械的障害(こすれ)がみられる.———————————————————————-Page8446あたらしい眼科Vol.27,No.4,2010ることが多い(図1517).円錐角膜では上眼瞼によるHCLの引き上げが弱いと,レンズセンタリングは下方変位となり,良好なCL矯正視力が得られないことがある.そのようなときはMZ加工といって,レンズ前面の周辺部に溝を掘ると,そこの部分に貯留した涙液により,上眼瞼によるHCLに引き上げ効果が強くなり,レンズセンタリングが改善する(図18,19).VI簡単にあきらめてはいけない円錐角膜のハードコンタクトレンズによる治療他院でHCLの装用ができないと診断された多くの円錐角膜が,実際にはCL装用が可能な症例である.2点接触法,3点接触法,多段階カーブHCL,PBSなどさまざまな円錐角膜に対するHCLの処方方法を前述したが,これらを症例ごとに取捨選択し,場合によっては,これらを組み合わせることによって,処方困難例にもHCLの処方が可能となることがある.重度の円錐角膜においても,決して最初からHCLによる治療をあきらめてはいけない.1.症例1:26歳,男性T.I.両眼ともに重度の円錐角膜(図20)で,多くの病院を受診したが,処方されたHCLは両眼ともにすべてずれたり,はずれたりしてしまった.眼鏡では矯正良好な視力が得られず,自宅にほぼ閉じこもり状態であった.多くの病院で角膜移植術を薦められたが,本人,家族ともに手術を受けたくないということであった.VD=0.15(n.c.),VS=0.01(0.04).当院にて4段階カーブHCL(右眼5.10/29.25/9.0,左眼4.90/32.25/9.0)を処方した結果,軽度のスティ(30)図15ハードコンタクトレンズの修正レンズ修正マシーンにて実際にRGPCLのベベル修正を行っているところ.図16円錐角膜のフルオレセインパターン(レンズ修正前)ベベル部分が狭く,リフトエッジも低い.図17円錐角膜のフルオレセインパターン図16のレンズ修正後.ベベル幅を広く,リフトエッジを高く修正した.図18ハードコンタクトレンズの断面MZ加工(黒い矢印部分).図19円錐角膜のフルオレセインパターンMZ加工.———————————————————————-Page9あたらしい眼科Vol.27,No.4,2010447ープフィッティングであったが,右眼0.9p,左眼0.8pのCL矯正視力が得られ,単独での外出も可能となり,運動もできるようになった(図21).2.症例2:65歳,女性H.K.両眼ともに顕著な角膜上皮過形成を伴う円錐角膜(図22)で,大学病院を複数受診したが,すべて処方されたHCLを装用すると眼痛が出現するという理由のために1日4時間以上の装用ができなかった.当院にて4段階カーブHCL(右眼6.00/10.25/9.0,左眼6.40/7.75/9.0)を両眼ともにPBS(8.5/0.5/14.21日使い捨てSCL)で処方した結果,1日8時間の装用が可能となった(図23).おわりに円錐角膜のHCLによる治療の適応範囲は軽症から重症まで幅広い.ただし,HCLの処方技術が乏しいと,その適応範囲は狭いものとなってしまう.円錐角膜にHCLを処方する際には,100%処方が可能であると信じ,前述したさまざまな処方技術を駆使して,チャレンジしていただきたい.万が一,処方ができなかった場合は,他の治療法を選択する前に,円錐角膜に対するCL処方の専門家に相談していただきたい.文献1)茨木信博,池部均,小玉裕司:円錐角膜の角膜形状の経時的変化について,あたらしい眼科1:380-382,19842)茨木信博,高嶋和恵,池部均:ハードコンタクトレンズ装用に伴う円錐角膜の経時的変化,日コレ誌27:28-31,19853)糸井素純:円錐角膜のコンタクトレンズ装用による予防効果.標準コンタクトレンズ診療(坪田一男編),眼科プラクティス27,p168-169,文光堂,20094)岩崎直樹,松田司,須田秩史ほか:Large-sizedハードコ(31)図20円錐角膜の細隙灯顕微鏡写真(重症例)重度の角膜菲薄化と顕著な突出がみられる.図22円錐角膜の細隙灯顕微鏡写真顕著な角膜上皮過形成を伴う.図21多段階カーブハードコンタクトレンズのフルオレセインパターン図20に対するコンタクトレンズ処方.図23多段階カーブハードコンタクトレンズを使用したPiggybacklenssystem図22に対するコンタクトレンズ処方.———————————————————————-Page10448あたらしい眼科Vol.27,No.4,2010ンタクトレンズ装用による円錐角膜の角膜形状の改善効果について.日コレ誌33:81-86,19915)KorbDR,FinnemoreVM,HermanJP:Apicalchangesandscarringasrelatedtocontactlensttingtechniques.JAmOptomAssoc53:199-205,19826)佐野研二:円錐角膜に対するディスポーザブルSCLとHCLの組み合わせ処方.眼科36:1613-1620,19947)MooreJW:Dicultkeratoconuscasesneedspeciallydesignedcontactlenses.OphthalmologyTimesSeptember,1990,p278)AmesKS,JonesWF:Sphericalversusasphericdesigns:AclinicaldierencesContactLensForumMay,1988,p18-229)GoldbergJB:BasicPrinciplesofasphericcorneallenses.ContactLensForumMay,1988,p35-3810)KokJHC,WagemansMAJ,RosenbrandRMetal:Com-puterassistanceinkeratoconuslensdesign.CLAOJ16:262-265,1990(32)

LASIKと円錐角膜

2010年4月30日 金曜日

———————————————————————-Page10910-1810/10/\100/頁/JCOPYて5D以上(図2)2.裸眼視力の2段階以上低下3.近視もしくは乱視が2D以上増加IIケラテクタジアの頻度・発症時期まれな合併症であり,約1/2,500以下の頻度(0.04%)と見積もられている1).1998年にSeilerらが最初の報告を行い4),200以上の症例が報告されている.このうち95%はLASIKの術後であり,残り5%ほどがPRK(photorefractivekeratectomy)などサーフェイスアブレーションの術後であった3).LASIKの適応がサーフェイスアブレーションより狭い範囲に限定なされねばならないのは確かのようであるが,サーフェイスアブレーはじめにLaserinsitukeratomileusis(LASIK)と円錐角膜の関係は,二つの側面がある.LASIKをはじめとする,角膜を切除するエキシマレーザー角膜屈折矯正手術の適応決定において,円錐角膜を除外することは最も重要なポイントである.もう一つの面は,LASIK術後に発生するケラテクタジアとよばれる医原性とも思われる円錐角膜の進行があり,これはLASIK術後における最も深刻な合併症の一つである.本稿ではケラテクタジアについてまず解説し,その後現時点でLASIKの非適応となる「円錐角膜疑い」の鑑別方法について述べる.Iケラテクタジアの定義ここ数年Stultingらのグループが,多数例のケラテクタジア症例をレトロスペクティブに検討し,そのリスクファクターを絞り込み,いくつか報告しているのでその内容を踏まえて解説する13).ケラテクタジア(keratectasiaもしくはcornealecta-sia;角膜拡張症)は,エキシマレーザー角膜屈折矯正手術後に起こる,角膜の進行性急峻(steep)化と進行性菲薄化であり,その変化は下方角膜に起こることが多い(図1).ケラテクタジアの発症により,近視と乱視および不正乱視が起こることで裸眼視力は低下し,しばしば矯正視力の低下が起こる.Stultingらのグループでは,ケラテクタジアの定義を以下のごとくしている3).1.角膜形状解析で(下方の)急峻化が術直後に比較し(17)433Osamuiea6020841465特集●円錐角膜あたらしい眼科27(4):433438,2010LASIKと円錐角膜LaserInSituKeratomileusisandKeratoconus稗田牧*図1ケラテクタジアの角膜形状(トーメー社製TMSR)LASIK術後2年以上経過して,下方の突出が明らかになった.———————————————————————-Page2434あたらしい眼科Vol.27,No.4,2010(18)ジアの直接的な原因であると断言するにたる根拠を,われわれはいまだもっていないという意味である.さらに,このなかには「ケラテクタジアの発症は必ずしも,手術の適応における間違いを意味しない」とも述べてある.したがって,ケラテクタジア症例を診察するようなことがあっても,医療過誤の産物であると断言することには慎重であるべきかもしれない.IVケラテクタジアのリスクファクター1.Formfrustkeratoconusケラテクタジア発症の最も重要なリスクファクターは,手術前における角膜の形状異常である.Stultingらは,円錐角膜,ペルーシド角膜変性,そしてformfrustkeratoconus(フォームフラストケラトコーヌス,以下FFK,「円錐角膜疑い」の同義語)を角膜形状異常としている.FFKの定義は各論文で異なっているが,共通しているのはRabinowitzら6)が最初に提唱した角膜形状解析における診断基準で,中央のケラト値が47.2Dションでどこまで適応を広げられるかはまだ定まったラインはない.今回述べるリスクファクターも,あくまでLASIKを行う場合についてである.報告されているなかでは2001年以前に手術を受けた症例に頻度が多く,その後減少傾向となってはいる.これは,適応が2000年ごろから変化したこともあるが,まだ発症していないケラテクタジアも含まれている結果かもしれない.ケラテクタジアの平均発生期間は手術を受けてから15.3カ月で,術後3カ月以内の発症は25%にすぎず,術後1年以内も50%である.最長の発症期間は62カ月と5年以上してから発症した例もある3).IIIケラテクタジアの考え方2005年に米国屈折矯正術者らが作成したケラテクタジアに関するコンセンサスのletters5)において,「LASIKは必ずしもケラテクタジア発症の原因ではない」と記述してある.円錐角膜などの角膜形状異常はLASIK術後のみに起こるものではないので,LASIKがケラテクタ図2ケラテクタジア症例の術直後との差分マップ術後1カ月時点と術後2年を比較すると,中央部に6Dの急峻化が認められる.———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.27,No.4,2010435(19)あることは,論文中にも考察されており,最近の報告では以下のような形状分類を行っている3).1)正常/対称;円形,卵型,対称な蝶ネクタイパターンを含む2)疑い;下記の非対称パターンを含むa)非対称な蝶ネクタイパターンi)あらゆる方向で非対称が1.0D以下ii)軸がねじれていない(角膜屈折力の大きい二つの領域が,多くの場合のように直線上に位置せず,予想される直線から30°以上離れていることをねじれていると定義)b)下方の急峻化/軸のねじれi)下方の急峻化がなくて軸がねじれているii)下方の急峻化が1.0D以上であるが,I-Svalueが1.4D以下3)異常;円錐角膜,ペルーシド角膜変性,I-Svalueが1.4D以上のFFK3つに分類しているが,論文中のリスクスコアでは2)-a)の「非対称蝶ネクタイパターン」はあまり高いリスクをおかれず,2)-b)の「下方の急峻化/軸のねじれ」には高いリスクがあるとしている.米国ではinferiorsteepening(IS)もしくは,asymmetricbowtiewithskewedsteepradialaxes(AB/SRAX)は円錐角膜の初期兆候として認識されているようである5).以上,I-S(InferiorSuperior)value(角膜上方と下方もしくは中央の屈折力の差で大きいもの)が1.4D以上であって,臨床上明らかな円錐角膜でないものについてFFKとしている.臨床上明らかな円錐角膜とは,角膜の突出と菲薄化が明瞭であり,フライッシャー(Fleischer)リング(鉄色素の沈着)やフォークト(Vogt)線条(Descemet膜のしわ)などの所見がとれ,検影法を行うとハサミで切るような不正な光の反射がある場合である.また,円錐角膜をはじめとする非炎症性の角膜変形疾患は多くの場合,程度の差はあれ両眼性であり,片眼でも異常が診断されれば,両眼とも異常と判断しなければならない.2.角膜形状による評価方法円錐角膜,ペルーシド角膜変性を適応から除外するのは可能であるが,FFKを除外するには限界がある.そもそもFFKとは,角膜形状解析では円錐角膜と考えられるが,臨床上明らかな円錐角膜の特徴を有しない,グレーゾーンに位置する角膜形状の総称であって,特定の疾患概念ではない.しかもFFKの角膜形状における判定基準は統一されていないので,FFKの診断に迷う症例が必ず存在してしまうからである.上述した初期RabinowitzのFFK定義では不十分で図3TMSRの円錐角膜自動診断プログラムKlyce/MaedaのKCIは最も特異度が高い円錐角膜自動診断である.———————————————————————-Page4436あたらしい眼科Vol.27,No.4,2010(20)ある.5.残余角膜厚つぎに重要なリスクファクターとしては残余角膜厚(ベッド厚)があげられる.ベッド厚とは,術前の中央部角膜厚から,設定により決められる予想フラップ厚を差し引き,これから矯正に必要な切除深度を差し引いた残りの角膜厚である.2000年ころにLASIKのインストラクションコースを聴講したところ,それまでベッド厚は200μmで十分とされていたらしく,200の文字に×がつけられ,250μm残すようにと書き直されたスライドを見たことがある.そのころから急速に「ベッド厚は250μm残す」が世界標準化されていった.ベッド厚250μmの根拠は特にないようなものだが,2001年以降ケラテクタジアの発症が減っているということが,根拠の一つになるのかもしれない.フラップ厚には誤差があるため,予想外に分厚いフラップが作製されれば実際には250μm残せていない可能性が指摘されている.論文やletters中においても,フラップ作製後に,実際の角膜の厚みを術中パキメータ3.自動診断システムKlyceらが,複数の角膜形状指数から多変量判別解析で円錐角膜を自動的に診断する方法を報告している7,8).わが国では前田直之先生が作られたKlyce/MaedaのKeratoconusIndex(KCI)が,角膜形状解析装置TMSR(トーメー社製)シリーズに早くから導入され,多くの施設で使用されている(図3).KCIは円錐角膜診断の特異度が高いので,この自動診断で円錐角膜が少しでも疑われれば,筆者らの施設ではLASIKをはじめ角膜屈折矯正手術は行わないようにしている.CornealNavigatorはOPD-ScanR(ニデック社製)用に開発された,角膜形状の自動診断ソフトである.このソフトではNRM(Normal),AST(Astigmatic),KCS(KeratoconusSuspect),KC(Keratoconus),PMD(PellucidMarginalDegeneration),MRS(MyopicRefractiveSurgery),HRS(HyperopicRefractiveSur-gery),PKP(PenetratingKeratoplasty)とそれ以外の9つのカテゴリーに角膜形状を分類する.感度は非常に高く,わずかな形状異常も見逃さない.筆者らの施設ではKCSの可能性が少しでもあれば,LASIKは行わないようにしている(図4).4.角膜後面などによる評価角膜後面形状についてOrbscanR(ボシュロム社製)で角膜後面中央部のelevationが50μm以上をFFKの定義として含んでいる論文もある2)が,あまり重要なリスクと認識されていない.大鹿哲郎先生らが作られた,後面は20μmスケールで表示して,中心3mm以内のカラーコード3色以内が正常,4色は異常という判定基準(図5)もある9).クリアカットな判定方法で臨床的に有用であり,筆者らの施設では4色であれば,LASIKは行わないようにしている.PentacamR(Oculus社製)は角膜前面形状,後面形状とも角膜中央部を除外したbesttsphereと中央部を含んだbesttsphereによる形状の差で評価するという独自の方法を提唱している.この前面・後面評価に加えて,角膜頂点の厚み,最薄点の偏位,中央から周辺角膜への厚み分布,の5つの項目を考慮して正常・異常を判断するBelin-AmbrosioenhancedEctasiaDisplayが図4二デック社製OPDStaionRの角膜形状自動診断プログラム9つのカテゴリーに自動診断される,特にKCS(円錐角膜疑い)は感度が高い.———————————————————————-Page5あたらしい眼科Vol.27,No.4,2010437(21)は,正常からFFKへの変化は比較的若年時に起こるということである.論文中のリスクスコアでは21歳以下であれば比較的高いリスクと認識されている3).7.リスクスコアエクタジアリスクファクタースコア(表1)3)にまとめられているように,他のリスクファクターとしては角膜厚と矯正量があげられている.角膜厚が薄い場合(510μm以下)にはリスクありと考えられ,矯正量も8D以上はリスクありと考えられている.だたし,角膜厚480μm以下や,矯正量も12D以上でなければ高いリスクとは考えられていない.これらのリスクスコアを累積することで,リスクを3段階にカテゴリー化し,総合的にLASIKの適応を決定するという方法はより合理的である(表2)3).しかし,角膜厚は米国と日本では平均が違い,平均的な近視の程度も異なり,何と言っても角膜形状解析の診で測定することが推奨されている13,5).また,論文中のリスクスコアではベッド厚300μm以下の場合にも,低いながらもリスクありとしている3).6.年齢術前に角膜形状や角膜厚,矯正量にリスクがない症例で,術後ケラテクタジアを起こした症例と,コントロール症例との差は年齢のみである.年齢が若ければケラテクタジアが起こるリスクがあるということである.現在の米国におけるFFKの判定基準や角膜後面の見方に問題はあるものの,FFKが正常と異常の境界に存在する疾患概念であるから,正常から少しずつ変化する時間の要素を考えに入れると,正常からFFKになる直前にはどう見ても正常な時期がありうる.つまり,FFKが顕在化する前の角膜であれば,術前リスクがなく,術後にケラテクタジアが起こってきてもおかしくはない.ケラテクタジア症例がより年齢が若いということ図5ボシュロム社製OrbscanRの角膜後面異常角膜後面の形状を評価する方法として,4色は簡便で有用である(赤枠).———————————————————————-Page6438あたらしい眼科Vol.27,No.4,2010(22)文献1)RandlemanJB,RussellB,WardMAetal:RiskfactorsandprognosisforcornealectasiaafterLASIK.Ophthal-mology110:267-275,20032)KleinSR,EpsteinRJ,RandlemanJBetal:Cornealectasiaafterlaserinsitukeratomileusisinpatientswithoutapparentpreoperativeriskfactors.Cornea25:388-403,20063)RandlemanJB,WoodwardM,LynnMJetal:Riskassess-mentforectasiaaftercornealrefractivesurgery.Ophthal-mology115:37-50,2008Epub2007Jul124)SeilerT,KoufalaK,RichterG:Iatrogenickeratectasiaafterlaserinsitukeratomileusis.JRefractSurg14:312-317,19985)BinderPS,LindstromRL,StultingRDetal:KeratoconusandcornealectasiaafterLASIK.JCataractRefractSurg31:2035-2038,20056)RabinowitzYS,McDonnellPJ:Computer-assistedcornealtopographyinkeratoconus.RefractCornealSurg5:400-408,19897)MaedaN,KlyceSD,SmolekMKetal:Automatedkerato-conusscreeningwithcornealtopographyanalysis.InvestOphthalmolVisSci35:2749-2757,19948)SmolekMK,KlyceSD:Currentkeratoconusdetectionmethodscomparedwithaneuralnetworkapproach.InvestOphthalmolVisSci38:2290-2299,19979)TanabeT,OshikaT,TomidokoroAetal:Standardizedcolor-codedscalesforanteriorandposteriorelevationmapsofscanningslitcornealtopography.Ophthalmology109:1298-1302,2002断基準が異なるので,この判定方法がわが国に完全に当てはまるとは限らない.Vケラテクタジアの予防は可能か?以前に発生したケラテクタジアの多くがFFKへの手術によりひき起こされているようである.したがって,ケラテクタジアのリスクファクターをよく理解し,慎重に適応を決定すれば,ほとんどの場合発症は防げていたかもしれない.つまり,よほど若年者を手術するのでなければ,ケラテクタジアが起こる角膜には術前に何らかのサインがあるはずなので,今回紹介したような検査を複数用いて適応を決定することにより,その発生を抑えることは可能ではないかと考えている.表1ケラテクタジアリスクファクタースコアシステムパラメータスコア43210角膜形状パターン異常下方の急峻化/軸のねじれ非対称蝶ネクタイ正常対称蝶ネクタイベッド厚<240μm240259μm260279μm280299μm300μm年齢1821歳2225歳2629歳30歳術前角膜厚<450μm451480μm481510μm510μm等価球面度数>14D>12D14D>10D12D>8D10D>8Dまたはそれ以下表2ケラテクタジアリスクファクタースコアのカテゴリー累積リスクスコアカテゴリー提案02低リスクLASIKもしくはPRK3中リスク注意しながら行う.格別なインフォームド・コンセント.PRKに関しては未定4またはそれ以上高リスクLASIKは行わない,PRKに関しては未定

アレルギーと円錐角膜

2010年4月30日 金曜日

———————————————————————-Page10910-1810/10/\100/頁/JCOPY疾患5)あるいは気管支喘息が18%,枯草熱が36%にみられた6).わが国でも円錐角膜患者におけるアレルギー疾患併発率が26%に対し,正常角膜者では12%と同様の傾向であり,円錐角膜におけるアレルギー素因が高率であることが指摘されている7).ADにはさまざまな眼合併症がある(表1)が,円錐角膜におけるADの頻度を角膜移植対象例でみると14%であり8),他のアレルギー疾患に比して特に高いというわけではない.ADを対象としての円錐角膜の頻度は種々の研究があり,0.5%から3.3%の合併率がそれぞれ報告されている7,911).診断方法については,通常の臨床診断やそれ以外の検査機器を用いた場合も含まれており,若干のばらつきがあるが,Down症候群に比較すると約5分の1程度の頻度である.ADにおける他の眼合併症が,角結膜炎は約25%,白内障は約20%,網膜離の約5%などよりは少はじめに円錐角膜(keratoconus)は角膜中央部付近が進行性に変形し,円錐様に突出することによって,角膜の菲薄化が生じ,強度の角膜乱視によって視力低下をきたす疾患であるが,種々のアレルギー疾患,とりわけ後述するようにアトピー性皮膚炎(atopicdermatitis:AD)に合併しやすいことが知られている.その発症機序はまだ十分明らかになってはいないが,比較的重症なアレルギー疾患の合併が多いこのタイプの円錐角膜は,治療,管理のうえで特殊な臨床像を呈することがあり,取り扱いには十分な注意が必要な面が少なくない.本稿では,アレルギー疾患に合併する円錐角膜について解説したい.I疫学的側面円錐角膜を合併する全身疾患では,Down症候群がよく知られているが,未成年についての疫学調査では合併例がないといういくつかの報告1,2)がある一方で,角膜形状解析装置を使用した検査では,小児例でも39%に明らかな角膜形状の異常があるという報告もあり3),検査方法の進歩によって,発症前の症例が多く存在することが示唆される.成人のDown症候群では円錐角膜は15.8%にみられるとされ4),視力障害の大きな原因の一つである.アレルギー疾患全体における円錐角膜の頻度に関しては報告がないが,円錐角膜症例のなかでみると,正常角膜者の112%5,6)に比して35%に何らかのアレルギー(11)42781401807451特集●円錐角膜あたらしい眼科27(4):427431,2010アレルギーと円錐角膜KeratoconusinRelationtoAllergy内尾英一*表1アトピー性皮膚炎に合併するおもな眼病変外眼部アトピー眼瞼皮膚炎化膿性眼瞼炎Kaposi水痘様発疹症前眼部アトピー性角結膜炎春季カタル感染性角結膜炎円錐角膜中間透光体アトピー白内障眼底網膜離網膜裂孔———————————————————————-Page2428あたらしい眼科Vol.27,No.4,2010(12)学的背景と密接に関連して,円錐角膜が発症するというエビデンスが得られつつある.一方,種々の増殖因子やサイトカインの角膜における組織学的な発現については特異的な増減は認められないとする報告もあり21),現時点では円錐角膜の発症に慢性炎症が関与していることが示唆されるものの,まだ確定的なエビデンスはない.円錐角膜の病因として,サウジアラビアでは高率にアレルギー疾患を合併し,初発年齢や進行が速い症例が多い地域の研究から,遺伝的な要因や高地居住による紫外線曝露の関与が報告されている22).また,慢性的な外傷としての目をこする(eyerubbing)ことや叩くことに求める「外傷説」は従来から指摘されている.AD合併円錐角膜では目をこする頻度が高いとされる6)が,アレルギー合併と関係なく目をこする頻度は円錐角膜で高いという報告もある23).Down症候群などの知的障害例では,目をこする症例がこすらない症例よりも角膜移植に至る頻度が有意に高く,視力予後も不良であるなど,精神学的背景から目をこする行動を説明する報告もある24).従来,円錐角膜の角膜移植手術後の経過は良好とされており,移植後のレシピエント角膜上皮に円錐角膜が生じないことが角膜上皮原因説を否定する根拠とされているが,アレルギー性結膜炎を有し,目こすり行動を角膜移植後にも継続していた症例に,3年後に円錐角膜が再発したことが最近報告された25).これは目をこすることにアレルギー学的な何らかの機序が重なることで円錐角膜に至るという眼アレルギー合併円錐角膜の特異的な病態なく,網膜裂孔の0.83.9%11,12)にほぼ匹敵する頻度と考えられる.網膜裂孔と同程度の合併率であるということは円錐角膜の成因について,外傷を起因とする仮説を考えるうえで興味深いといえる.春季カタル(vernalkeratoconjunctivitis:VKC)はいわゆる増殖型の最も重症なアレルギー性結膜疾患であるが,VKCと円錐角膜の合併頻度についてはいくつかの報告がある.臨床診断レベルではVKCの518%1315)に円錐角膜が合併しているが,角膜トポグラフィを使用した場合,角膜曲率半径の異常は22.5%に上昇する16).非アレルギー合併者との比較で,成人だけでなく15),従来発症していないとされる小児例でもVKC症例では角膜形状の異常が有意に多い17)と最近報告された.眼アレルギー症例における円錐角膜の成因については後述するが,VKCにおける高い合併頻度は注目すべきである.II病因におけるアレルギーの関与わが国においては円錐角膜のおよそ4分の1がアレルギー疾患を有し,それ以外の約4分の3はアレルギー疾患の既往はないと考えられる7)が,円錐角膜そのものの病因については,前項にも記載されているように,まだ定説はない.円錐角膜の病変の部位である角膜の構造から,その病因を角膜上皮と角膜実質のいずれかにあるとすると理解しやすい18).その詳細についてはここでは述べないが,上皮に関してはセリンプロテアーゼインヒビター,マトリックスメタロプロテアーゼなど,実質においてはコラーゲンや最近はアミロイドーシス19)に注目して,それぞれの構造の脆弱化を示唆する多数の報告に基づいている.今まではアレルギー学的な機序に着目して円錐角膜を研究した報告はなかったが,最近円錐角膜症例の涙液におけるインターロイキン(interleukin:IL)-6および腫瘍壊死因子(tumornecrosisfactor:TNF)-a濃度が正常角膜よりも有意に上昇していると報告された20).ただ,この研究ではアレルギー疾患合併例の割合や合併の有無に関しては言及がなく,どの程度アレルギー学的な機序が関与するかは明らかではない.われわれのVKC合併円錐角膜の免疫組織学的検索ではCD83陽性の樹状細胞が実質にみられ,免疫学的に何らかの活性化を生じていることが示唆される(図1).免疫図1春季カタル合併円錐角膜の免疫組織学的所見CD83陽性樹状細胞が実質に多数みられた(ビオチン-アビジン染色).———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.27,No.4,2010429(13)型反応の関与も考えられるという.ただ,これが拒絶反応なのかどうかは臨床的にははっきりせず,術後炎症としての病態とも考えられる.しかし細菌など感染の併発は否定されている.PKASKの危険因子としては,アトピー眼瞼皮膚炎,角膜新生血管の存在,連続縫合などがある.PKASKへの対処は,ゆるんだ縫合糸の除去,ステロイド薬ないし免疫抑制薬の全身投与を行うが,再移植に至ることも少なくない.予防としては,眼瞼皮膚炎や角結膜炎が消炎した後に手術を行い,免疫抑制薬内服を手術後に行うことなどである.筆者らも同様の症例を経験している.AD合併のVKCで,原因不明の角膜穿孔(図2)に対して,角膜全層移植を行ったが,術後完全な上皮化が得られず,次第に上皮欠損部が菲薄化から(図3),穿孔したため,再移植を行い,シクロスポリン内服投与下で,移植片の生着に至った(図4).このようなPKASKはADとVKCという眼局所と全身ともに強いアレルギー学的背景をもつ症例にみられる合併症である.顔面に皮疹が顕著な成人例の増加によって,今後増加することも考えられるので,角膜移植に際しては十分な管理が必要である.VKC自体は根治しているわけでを示唆するものと考えられる.ADの動物モデルであるNC/Ngaマウスは自然経過で眼球引っ掻き行動があり,眼瞼結膜炎の重症な動物では角膜の菲薄化,上皮,実質の変性や血管新生など円錐角膜類似の組織像を示すことをEbiharaらが述べている26).これもアレルギー合併円錐角膜には特有の病態形成機序が関与することの一つの根拠といえる.III臨床面の特徴と管理通常はハードコンタクトレンズの装用によって,本症の進行を抑制すると考えられているが,VKC合併例ではコンタクトレンズの装用がより困難である14).VKCにおいては円錐角膜の前段階というべき角膜拡張症(cornealectasia)が多く,特に目をこする例に著しい27).小児のVKC合併例は成人の円錐角膜と異なり,角膜水腫(cornealhydrops)を伴って急激な発症がみられることが多いと報告されている28).これらのことから,VKCおよびこれに合併することの多いADでは特に眼周囲をこすることを減少させるために,掻痒感を低減させることが治療・管理上重要である.具体的には抗ヒスタミン内服薬や免疫抑制軟膏を使用することが必要と考えられる.IV角膜移植に関する問題点円錐角膜の角膜移植の成績は通常良好とされているが,VKC合併の円錐角膜に対する角膜移植手術成績も拒絶反応が13%,移植片機能不全が4%など通常の円錐角膜と比較して変わらないという29).しかし,アレルギーを合併する円錐角膜の膜移植に関する合併症,いわゆるpostkeratoplastyatopicsclerokeratitis(アトピー性角膜移植後強角膜炎;PKASK)8)が最近問題となっている.Tomitaらによると,ADの既往がある円錐角膜に全層角膜移植を行った症例のなかで,21%に術後早期の平均26日後に強角膜炎を生じ,さらに縫合の緩みや創離開(50%),遷延性角膜上皮欠損(50%),移植片融解(33%)および角膜穿孔(17%)などがみられる一連の急激な術後合併症をPKASKとして報告した8).これは通常の拒絶反応よりも早期に発症しているが,除去角膜の病理組織像からは上皮型拒絶反応に加えて,内皮解説春季カタル:現在のアレルギー性結膜疾患診療ガイドライン(2006年)では,春季カタルは「結膜に増殖性変化がみられるアレルギー性結膜疾患」として定義されており,いわゆる石垣状巨大乳頭や輪部腫脹などがその病変とされ,アトピー性皮膚炎の合併については問わない.一方,アトピー性角結膜炎は「顔面に皮疹があるアトピー性皮膚炎にみられる慢性結膜炎であり,巨大乳頭などの増殖性変化を伴うこともある」とされた.つまり,結膜に巨大乳頭がありアトピー性皮膚炎を合併する症例は春季カタルとしてもよく,アトピー性角結膜炎としてもよいことになる.欧米では春季カタルは男児にみられ,アトピー性皮膚炎を合併せず,思春期に自然軽快するものというのが一般的な認識である.しかし本論文中で述べているように,円錐角膜を合併する春季カタルは大部分がアトピー性皮膚炎を有している報告がほとんどである.これらはインド,中近東,南米など熱帯付近の地域であり,欧米型の病態だけではアレルギー性結膜疾患の説明がつかない一つの例である.———————————————————————-Page4430あたらしい眼科Vol.27,No.4,2010(14)らにはVKCを有していること,そしてアレルギー合併円錐角膜は若年発症の可能性や角膜移植率が高いことなど,全体として円錐角膜のなかで重症な位置を占める病型にあたることがわかってきた.ハードコンタクトレンズやレーザー治療をはじめとする屈折矯正面での治療管理だけでなく,アレルギー病態に関する治療も必要なことについて,免疫学的な理解に基づく臨床上の注意を払うことが望まれる.文献1)FimianiF,IovineA,CarelliRetal:IncidenceofocularpathologiesinItalianchildrenwithDownsyndrome.EurJOphthalmol17:817-822,20072)KimJH,HwangJM,KimHJetal:CharacteristicocularndingsinAsianchildrenwithDownsyndrome.Eye(Lond)16:710-714,20023)VincentAL,WeiserBA,CuprynMetal:ComputerizedcornealtopographyinapaediatricpopulationwithDownsyndrome.ClinExperimentOphthalmol33:47-52,20054)vanAllenMI,FungJ,JurenkaSB:HealthcareconcernsandguidelinesforadultswithDownsyndrome.AmJMedGenet89:100-110,19995)DaviesPD,LobascherD,MenonJAetal:Immunologicalstudiesinkeratoconus.TransOphthalmolSocUK96:173-178,19766)GassetAR,HinsonWA,FriasJL:Keratoconusandatopicdiseases.AnnOphthalmol10:991-994,19787)森本厚子,金井淳,中島章:円錐角膜とアトピー性疾はないので,円錐角膜への角膜移植後にまれではあるが,シールド角膜潰瘍などの特異的な角膜病変をきたすこともある30).ただ,このような症例は術6カ月以上経過後にみられており,臨床的にはPKASKとは異なるので,基本的には免疫抑制点眼薬などのVKCに対する治療を行えばよい.おわりに以上述べてきたように,円錐角膜はおよそ4分の1の症例がアレルギーを合併しており,その多くはADさ図2春季カタル合併円錐角膜症例の角膜所見(術前)原因不明の角膜穿孔をきたしていた.図3春季カタル合併円錐角膜症例の角膜所見(術後)遷延性上皮欠損を生じ,再び角膜穿孔となった.図4春季カタル合併円錐角膜症例の角膜所見(再移植後)免疫抑制内服薬投与により,角膜上皮化と移植片の生着に至った.———————————————————————-Page5あたらしい眼科Vol.27,No.4,2010431(15)mol93:820-824,200921)SaghizadehM,ChwaM,AokiAetal:Alteredexpressionofgrowthfactorsandcytokinesinkeratoconus,bullouskeratopathyanddiabetichumancorneas.ExpEyeRes73:179-189,200122)AssiriAA,YousufBI,QuantockAJetal:IncidenceandseverityofkeratoconusinAsirprovince,SaudiArabia.BrJOphthalmol89:1403-1406,200523)SharmaR,TitiyalJS,PrakashGetal:ClinicalproleandriskfactorsforkeratoplastyanddevelopmentofhydropsinnorthIndianpatientswithkeratoconus.Cornea28:367-370,200924)GarciaGarciaGP,MartinezJB:Outcomesofpenetratingkeratoplastyinmentallyretardedpatientswithkeratoco-nus.Cornea27:980-987,200825)YeniadB,AlparslanN,AkarcayK:Eyerubbingasanapparentcauseofrecurrentkeratoconus.Cornea28:477-479,200926)EbiharaN,FunakiT,MatsudaHetal:Cornealabnormal-itiesintheNC/Ngamouse:anatopicdermatitismodel.Cornea27:923-929,200827)CameronJA,Al-RajhiAA,BadrIA:Cornealectasiainvernalkeratoconjunctivitis.Ophthalmology96:1615-1623,198928)RehanyU,RumeltS:Cornealhydropsassociatedwithvernalconjunctivitisasapresentingsignofkeratoconusinchildren.Ophthalmology102:2046-2049,199529)MahmoodMA,WagonerMD:Penetratingkeratoplastyineyeswithkeratoconusandvernalkeratoconjunctivitis.Cornea19:468-470,200030)GargP,BansalAK,SangwanVS:Recurrentshieldulcerfollowingpenetratingkeratoplastyforkeratoconusassoci-atedwithvernalkeratoconjunctivitis.IndianJOphthalmol51:79-80,2003患および血中IgEに関する検索.眼紀37:469-472,19868)TomitaM,ShimmuraS,TsubotaKetal:Postkerato-plastyatopicsclerokeratitisinkeratoconuspatients.Oph-thalmology115:851-856,20089)DogruM,NakagawaN,TetsumotoKetal:Ocularsur-facediseaseinatopicdermatitis.JpnJOphthalmol43:53-57,199910)臼井正彦,岩崎琢也,後藤浩ほか:アトピー性皮膚炎における眼合併症と諸問題.臨眼60:442-455,200611)大間知典子,宮崎幾代,関根伸子ほか:アトピー性皮膚炎の眼合併症.アレルギー43:796-799,199412)中野栄子,岩崎琢也,小山内卓哉ほか:アトピー性皮膚炎の眼合併症.日眼会誌101:64-68,199713)TabbaraKF:Ocularcomplicationsofvernalkeratocon-junctivitis.CanJOphthalmol34:88-92,199914)KhanMD,KundiN,SaeedNetal:Incidenceofkeratoco-nusinspringcatarrh.BrJOphthalmol72:41-43,198815)BarretoJJr,NettoMV,SantoRMetal:Slit-scanningtopographyinvernalkeratoconjunctivitis.AmJOphthal-mol143:250-254,200716)DantasPE,AlvesMR,Nishiwaki-DantasMC:Topo-graphiccornealchangesinpatientswithvernalkerato-conjunctivitis.ArqBrasOftalmol68:593-598,200517)Lapid-GortzakR,RosenS,WeitzmanSetal:Videoker-atographyndingsinchildrenwithvernalkeratoconjunc-tivitisversusthoseofhealthychildren.Ophthalmology109:2018-2023,200218)海老原伸行,金井淳:その他の眼病変,アトピー性皮膚炎と眼(山本節,大野重昭編),p141-150,中山書店,199719)TaiTY,DamaniMR,VoRetal:KeratoconusassociatedwithcornealstromalamyloiddepositioncontainingTGF-BIp.Cornea28:589-593,200920)LemaI,SobrinoT,DuranJAetal:Subclinicalkeratoco-nusandinammatorymoleculesfromtears.BrJOphthal-

円錐角膜疾患総論

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———————————————————————-Page10910-1810/10/\100/頁/JCOPYたり50200人くらいである1).人種差や性差はないとされているが,わが国では明らかに男性患者が多い傾向があると考えられる.はじめに円錐角膜(図1)は非炎症性角膜拡張症の一つであり,表1のような疾患とともに論じられることが多い.これらの疾患は角膜が菲薄化することが特徴である.円錐角膜は文字どおり,角膜が不規則な円錐形を呈する疾患として古くからよく知られているが,近年の眼科領域での測定機器の進歩,特にビデオケラトグラフィに代表される角膜形状解析装置によって早期からの診断が可能となり,これに伴い有病率が以前より上昇していると考えられる.円錐角膜疑い群まで含めるとその傾向は明らかであろう.本稿では,まず円錐角膜総論として疫学や病因・病態から診断・治療に至るまでを簡潔に述べる.I定義これまで円錐角膜は臨床的に明らかな特徴,つまり角膜の菲薄化とこれに伴う前方偏位により角膜が円錐形を示すものに対し用いられてきた.ほとんどが両側性であり,非炎症性疾患であるため細胞浸潤や血管侵入などは伴わない.円錐の頂点は視軸よりやや下方であることが多いが,この角膜形状の変化により近視や不正乱視が生じて視力障害をきたす.II疫学円錐角膜の有病率はさまざまである.角膜形状解析装置によりこれまでより早期発見が可能となったために今後は上昇する可能性がある.文献的にみると10万人当(3)419KeniKonoiunSiaai総272851351113総特集●円錐角膜あたらしい眼科27(4):419425,2010円錐角膜疾患総論ReviewofKeratoconus許斐健二*島潤*図1円錐角膜表1非炎症性角膜拡張症円錐角膜ペルーシド角膜変性症球状角膜発症時期思春期2040代生下時片眼両眼両両両頻度よく認める時に認めるまれ菲薄化部位傍中心下方が多い角膜下方12mm幅全体だが特に周辺部———————————————————————-Page2420あたらしい眼科Vol.27,No.4,2010(4)であるとの考え方や関節過可動や骨形成不全,Ehlers-Danlosなどとの関連から中胚葉性疾患との見方もされる2,3).また,前述のごとく,目をこすることやコンタクトレンズによる微小な外傷がその病因としてあげられている.目をこするのは春季カタルやアトピーあるいはアレルギー疾患の患者でもその掻痒感のためにみられる行為であり,これらの疾患と円錐角膜との関係は病因として外傷が関連している裏づけとも考えられる.1.遺伝的側面双子の円錐角膜例や角膜変性疾患が通常は両側性で円錐角膜もおもに両眼性であること,家族発症例があること46)などから円錐角膜に何らかの遺伝子レベルでの関与があると考えられている.このため遺伝子レベルでの解析が行われているが,現時点で円錐角膜の原因遺伝子といったものは見つかっていない.また,遺伝形式は不完全な浸透度の常染色体優性遺伝と考えられている.2.生化学的変化生化学的あるいは免疫学的な研究もされており,実質蛋白の減少などがいわれており,分解酵素の増加や酵素阻害物質の減少などの報告がある710).一方,病因と異なるが,近年円錐角膜の進行が停止する理由としてコラーゲン間の架橋の増加が関与しているという報告がある11).加齢に伴うさまざまな物質への曝露によりコラーゲン間の架橋が増加するとされており,これを利用した治療法も出てきている.円錐角膜と喫煙あるいは糖尿病との関連,さらに性ホルモンとの関連なども注目されており,今後の研究結果が待たれる.VI病理組織学上皮層:実質だけでなく,角膜中央部での菲薄化を認めることもある.基底膜の断裂と同部位を介して上皮細胞のBowman膜側への伸展が生じることもある.Fleischerringとしてみられる鉄の沈着はおもに基底層に認める.Bowman膜:断裂が生じることもあり,同部位に瘢痕組織を認めることもある.上皮下および実質浅層部のIII発症時期思春期頃に発症する場合が多い.通常は両眼性であるが,同時発症・進行するわけではないためビデオケラトグラフィ以前は診断時に片眼性とされることもあった.進行の程度はさまざまでありその期間も異なるが,一般的には緩徐な進行で1020年くらいとされる.したがって10代に発症した場合は3040代までには進行が停止すると考えられるが,症例によってその程度も異なるために予測はむずかしい.IV関連疾患外来でよくみる疾患としてはアトピーとDown症候群がおもにあげられる.全身疾患としては表2のような疾患が知られている.眼関連疾患としては春季カタルやLeber先天黒内障,網膜色素変性症など表3のようなものがあげられている.ハードコンタクトレンズの装用や目をこするなどの行為や外傷の既往も素因とされている.V病因全身疾患や眼疾患との関係からいろいろな病因論が考えられているが,これまでのところ明快な回答は得られていない.その理由は円錐角膜がさまざまな因子と関連する疾患であるからである.これは円錐角膜が前述のような疾患と関連する場合としない場合があることからも明らかである.たとえばアトピーなどの皮膚疾患から外胚葉性の疾患表2関連全身疾患アトピーDown症候群Ehlers-Danlos症候群Marfan症候群骨形成不全僧帽弁逸脱症表3眼関連疾患アレルギー疾患春季カタルFloppyeyelid症候群青色強膜無虹彩症Leber先天黒内障網膜色素変性症ハードコンタクトレンズ装用———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.27,No.4,2010421(5)ラトグラフィなどの角膜形状解析装置が円錐角膜の診断に重要であるが,これについては後述する.VIII病期分類円錐角膜は前述のごとく細隙灯顕微鏡では診断がつかない程度から肉眼でも円錐形が明らかなものまでその程度はさまざまである.このため臨床的な病期(重症度)分類は治療方針の検討や治療効果を判定するうえで重要と考えられ,表4のような分類がある13).このほかに形態学的分類もある.乳頭状円錐(nipplecone):急峻な突出を呈する.楕円状円錐(ovalcone):楕円形で乳頭状より大きい.混濁(瘢痕)との関連が考えられている.実質:進行した円錐角膜では細隙灯顕微鏡でも実質の菲薄化が明らかである.円錐角膜の円錐部分ではその他の部位と比較し,コラーゲン層が減少している.Descemet膜:多くの場合影響を受けないが,急性水腫が生じた症例では断裂が認められる.この断裂部位は角膜内皮細胞で覆われ修復されるが,34カ月の期間が必要である.角膜内皮細胞:大きな変化をきたすことは少ないが,コンタクトレンズ装用などとの関係もあり,pleomor-phismやpolymegatismを認めることもある12).VII症状と徴候症状は円錐角膜の病期によって異なってくる.初期にはほとんど特徴的な症状はなく,近視や乱視からくる視力低下を訴えるが,眼鏡による視力矯正が可能である.進行例では屈折値が変化していくため,処方変更が頻繁となり,不正乱視が増大すると眼鏡では十分に矯正視力が出なくなる.このためコンタクトレンズ装用が必要となるが,さらに進行すると装用感の不良や矯正視力が不十分であることを訴える.その他,羞明,グレア,単眼複視や不快感などの症状もある.臨床徴候は同様に病期によってさまざまである.初期は通常の細隙灯顕微鏡による観察では円錐角膜の診断は困難である.進行例では以下の所見が得られる.1.角膜の円錐形の突出.2.角膜実質の菲薄化.3.実質深部の線条(Vogt’sstraieorkeratoconusline):眼球の圧迫により消失する(図2).4.Fleischerring:円錐の基底部に認める角膜上皮の鉄の沈着.ブルーフィルターで観察しやすい.5.角膜実質浅層の瘢痕.6.Munson徴候:下方視時の下眼瞼縁の下方への突出.7.急性水腫:Descemet膜の断裂により角膜内に房水が急激に流入することによって生じる.急激な視力低下と不快感,流涙,充血などを伴う(図3).近年,この細隙灯顕微鏡で認める徴候以外にビデオケ図2Keratoconusline3急性水腫———————————————————————-Page4422あたらしい眼科Vol.27,No.4,2010(6)型を用いて角膜形状解析が可能である.これらにより初期の円錐角膜の診断やその変化を観察することが容易となった.Slitscan型以降は角膜前面形状だけでなく,後面形状や角膜厚を同時に計測することも可能である.円錐角膜の特徴的な形状所見としては局所の急峻化で,その形は非対称を示す(図4).初期の乱視の蝶ネクタイパターンもやはり非対称である.円錐角膜の自動スクリーニング機能が備わっているものもあり活用できる.角膜前面形状の解析だけでなく,角膜厚やFourier解析もその診断に有用である.細隙灯顕微鏡:前述のごとく,初期の円錐角膜を細隙灯顕微鏡のみで診断することはきわめてむずかしく,角膜形状解析装置を用いることが重要である.進行例では診断に迷うことはない.FleischerringやVogt’sstraie(keratoconusline)の有無,頂点の位置,混濁の有無と深さ,菲薄化の進行具合などをよく観察する必要がある.菲薄部において混濁を角膜深層から認める場合は急性水腫の既往を確認する.これは後に外科的治療が必要になった場合,術式を検討するうえで有用な情報となる.2.鑑別疾患冒頭に述べた非炎症性角膜拡張症との鑑別は重要である.ペルーシド角膜変性症(図5),球状角膜などがそれらにあたり,その他にもテリエン(Terrien)角膜変性症などもある.ペルーシド角膜変性症は角膜下方に菲薄化球状円錐(globuscone):楕円状より大きいもので角膜の75%以上が病変部.IX診断円錐角膜の診断には患者の主訴・経過・年齢や性別・既往症の聴取も重要であり,これに加えて種々の計測機器を用いて行う.1020代で前述のような症状を訴えて外来受診してくるような場合,基礎疾患・アトピーやアレルギー疾患の有無,コンタクトレンズや外傷の既往などを確認することも必要である.1.屈折および視力検査初期には屈折異常は軽度であり,視力検査でも矯正視力が十分保たれている.進行例では不正乱視を伴う近視性の変化を認め,眼鏡による矯正視力も低下してくる.ケラトメータ:ケラトメータで測定する範囲は角膜の中央部約3mmであるため,このデータのみで円錐角膜を診断することは困難である.Placidokeratoscopy:現在のビデオケラトグラフィ以前は円錐角膜の診断に特に有用であった.角膜形状解析装置:Placido型のビデオケラトグラフィ以外に,現在はslitscan型・OCT(光干渉断層計)図4円錐角膜のTMS表4病期分類StageCharacteristicsIEccentriccornealsteepeningInducedmyopiaand/orastigmatismof≦5.00DK-reading≦48.00DVogt’sstraie,noscars,typicalcornealtopographyIIInducedmyopiaand/orastigmatism>5.00to≦8.00DK-reading≦53.00DNocentralscarsPachymetry≧400μmIIIInducedmyopiaand/orastigmatism>8.00to≦10.00DK-reading>53.00DNocentralscarsPachymetry200to400μmIVRefractionnotmeasurableK-reading>55.00DCentralscars,perforationPachymetry≦200μm———————————————————————-Page5あたらしい眼科Vol.27,No.4,2010423(7)X治療円錐角膜の治療は基本的に病期に合ったものを選択する.具体的には角膜形状解析装置を用いないと診断できない初期のものは眼鏡で矯正視力が十分得られれば,眼鏡処方となる.進行に伴い,眼鏡での矯正が不良となった場合はコンタクトレンズによる治療を行う.近視や乱視の程度にもよるが,ソフトコンタクトレンズ・ハードコンタクトレンズ,いずれも使用される.進行例ではソフトコンタクトレンズによる矯正は不十分な場合が多いため,この場合にはハードコンタクトレンズが選択される.通常の球面レンズ以外に非球面レンズや多段階カーブレンズなどさまざまな選択肢があるが,患者の矯正視力と装用感を上手に両立させる必要がある.さらに強膜レンズといった選択肢もある.円錐角膜の治療の基本といえるコンタクトレンズであるが,装用によって円錐角膜の進行を予防できるといった確証はまだ得られていないが,効果があるとする報告はある.コンタクトレンズによる視力矯正が不良,あるいは装用がむずかしくなった場合には外科的治療を検討すべきである.以前はepikeratoplastyといった術式も選択された14)が,現在おもに行われる術式は,全層角膜移植術と深層表層角膜移植術(図6)である.特に急性水腫の既往のない症例では深層表層角膜移植術が可能であれば内皮細胞が温存され,長期的な予後を考えた場合は望ましい.を認める.通常,菲薄部は輪部から連続しておらず,その間に非菲薄部が存在する.円錐角膜と異なり角膜中央部に菲薄化は認めない.細隙灯顕微鏡の観察でも病変部が角膜下方に限局している場合には鑑別は容易である.進行したペルーシド角膜変性症では菲薄化した部分が拡大するために円錐角膜との鑑別がむずかしくなる場合がある.この場合,角膜形状解析は鑑別に有用である.典型例では倒乱視やcrabclawappearanceを呈する.通常,菲薄部位に上皮欠損や混濁,血管侵入などは認めない.球状角膜はまれな疾患であり,角膜全体に菲薄化を生じ,かつ輪部付近の菲薄化が著明である.円錐角膜では輪部付近の角膜の菲薄化をきたすことは通常はない.球状角膜では菲薄化が顕著であるため,角膜は球状を示す.高度に進行した円錐角膜では角膜の広範囲の菲薄化が進行し,あたかも球状を呈することがあるが,上方角膜に角膜厚が保たれている部位が存在していることが多い.球状角膜は外傷により穿孔あるいは破裂の可能性があり,コンタクトレンズ装用は基本的には禁忌となる点も円錐角膜と大きく異なる.その他,円錐角膜との鑑別疾患として重要なものは,コンタクトレンズ装用に伴う変化である.ハードおよびソフトコンタクトレンズ装用により,角膜下方が急峻となり,円錐角膜の初期と似た像を角膜形状解析で示すことがある.この変化はコンタクトレンズの装用を中止して時間が経過すると改善するので鑑別は可能である.図5ペルーシド角膜変性症図6深層表層角膜移植術後———————————————————————-Page6424あたらしい眼科Vol.27,No.4,2010(8)として期待される.この治療ではUVA照射に対する角膜内皮細胞保護のため,ある程度以上の角膜厚(治療開始時に400μm)が必要であり,すでに円錐角膜が進行し角膜が著しく菲薄した症例には適応がない.一方,早期に診断がついたがその後コンタクトレンズを装用しても徐々に進行する症例などは良い適応であり,早期発見・早期治療につながる.このほか,conductivekeratoplastyを用いた方法も報告されている17).これらの治療法については後述されているのでそちらを参照されたい.円錐角膜は通常穿孔することはなく,角膜内皮細胞にも大きな異常をきたすことが少ない.また,進行しなければ角膜混濁をきたすこともないため,早期発見・早期治療が確実にできれば角膜移植術は不要となり,移植件数を減らすことも可能であろう.文献1)KrachmerJH,FederRS,BelinMW:Keratoconusandrelatednoninammatorycornealthinningdisorders.SurvOphthalmol28:293-322,19842)TengCC:Electronmicroscopestudyofthepathologyofkeratoconus:I.AmJOphthalmol55:18-47,19633)SabistonDW:Theassociationofkeratoconus,dermatitisandasthma.TransOphthalmolSocNZ18:66-71,19664)EdwardsM,McGheeCN,DeanS:Thegeneticsofkerato-conus.ClinExperimentOphthalmol29:345-351,20015)RabinowitzYS,GarbusJ,McDonnellPJ:Computer-assistedcornealtopographyinfamilymembersofpatientswithkeratoconus.ArchOphthalmol108:365-371,19906)TyynismaaH,SistonenP,TuupanenSetal:Alocusforautosomaldominantkeratoconus:linkageto16q22.3-q23.1inFinnishfamilies.InvestOphthalmolVisSci43:3160-3164,20027)CritcheldJW,CalandraAJ,NesburnABetal:Keratoco-nus:I.Biochemicalstudies.ExpEyeRes46:953-963,19888)FukuchiT,YueBY,SugarJetal:Lysosomalenzymeactivitiesinconjunctivaltissuesofpatientswithkeratoco-nus.ArchOphthalmol112:1368-1374,19949)SawaguchiS,YueBY,SugarJetal:Lysosomalenzymeabnormalitiesinkeratoconus.ArchOphthalmol107:1507-1510,198910)SawaguchiS,TwiningSS,YueBYetal:Alpha2-macro-globulinlevelsinnormalhumanandkeratoconuscorneas.InvestOphthalmolVisSci35:4008-4014,199411)MalikNS,MossSJ,AhmedNetal:Ageingofthehuman急性水腫後の症例では同術式ではむずかしく,全層角膜移植術が選択される.このほか,アトピーやDown症候群などの症例では目をこするあるいは外傷の可能性が高いため,可能であれば全層角膜移植術を避けたい.エキシマレーザーによる治療は基本的には禁忌である.円錐角膜初期の症例などにLASIK(laserinsitukeratomileusis)などが施行されることのないよう,十分な注意が必要である.近年,コンタクトレンズによる治療や角膜移植術以外にも治療法の選択肢が広がりつつある.コンタクトレンズ不耐症で矯正視力が良好な症例では角膜内リング(図7)による治療も可能である15).リングの挿入もこれまでの手動によるものだけでなく,フェムトセカンドレーザーを用いた方法も開発され,リングを入れるためのトンネルをより確実に目標とする深度に作製可能となった.これにより不正乱視と近視の改善が期待できる.また,欧州を中心として行われている治療として角膜クロスリンキングがある16).これはリボフラビン点眼とUVA(ultravioletA)照射により角膜実質のコラーゲン架橋を増やし,角膜の強度を上げて円錐角膜の進行を抑止する治療法である.まだ臨床での観察期間が短いが,その効果が長期的(円錐角膜の進行が自然に停止するまでの期間)に持続し合併症が生じない,あるいはきわめて少ないようであれば,新しい治療法の一つ図7角膜内リング挿入術後———————————————————————-Page7あたらしい眼科Vol.27,No.4,2010425cornealstroma:structuralandbiochemicalchanges.Bio-chimBiophysActa1138:222-228,199212)HalabisJA:Analysisofthecornealendotheliuminkera-toconus.AmJOptomPhysiolOpt64:51-53,198713)KrumeichJH,DanielJ,KnulleA:Live-epikeratophakiaforkeratoconus.JCataractRefractSurg24:456-463,199814)KaufmanHE,WerblinTP:Epikeratophakiaforthetreat-mentofkeratoconus.AmJOphthalmol93:342-347,198215)ColinJ,CochenerB,SavaryGetal:Correctingkeratoco-nuswithintracornealrings.JCataractRefractSurg26:1117-1122,200016)WollensakG,SpoerlE,SeilerT:Riboavin/ultraviolet-a-inducedcollagencrosslinkingforthetreatmentofkerato-conus.AmJOphthalmol135:620-627,200317)AlioJL,ClaramontePJ,CalizAetal:Cornealmodelingofkeratoconusbyconductivekeratoplasty.JCataractRefractSurg31:190-197,2005(9)

序説:円錐角膜

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———————————————————————-Page10910-1810/10/\100/頁/JCOPYあった.円錐角膜に対する角膜移植の成績は満足のいくものである.術後の乱視コントロールもシングルランニングスーチャーを用いたアジャストメントやLASIK(laserinsitukeratomileusis)を用いることによって改善している.しかしながらアトピーに伴う円錐角膜では,術後に急性の炎症が起きたり,長期間のフォローでは拒絶反応を起こすなど問題点も数多く存在する.そこで角膜移植以外の方法の開発が期待されていた.最近になって新しい角膜手術が開発されている.角膜内にPMMA(ポリメタクリル酸メチル)製のリングを埋め込む角膜リング手術や,リボフラビンと紫外線を組み合わせて角膜の硬さをコントロールする方法,そして新たにわが国で開発されたコンダクティブケラトプラスティ(TGCK)である.そこで今回の特集では,円錐角膜の総論,病因論からコンタクトレンズによる基本治療,新しい角膜治療,そして最終的な角膜移植まで,最先端の治療法を企画してみた.まずは円錐角膜疾患総論を東京歯科大学・眼科の許斐健二・島﨑潤両先生にお願いした.これによって円錐角膜の全貌が見渡せるであろう.そして近年注目されているアレルギーとの関連を内尾英一先生(福岡大学・眼科)にお願いしている.また,円錐角膜はLASIKの最も重要な禁円錐角膜は,角膜実質の恒常性が保てずに角膜が薄くなり突出してゆく進行性の疾患である.原因ははっきりしていないが,角膜実質細胞によるコラーゲン蛋白の分解と生成のバランスが悪くなることが一因と推測されている.最近はアレルギー性結膜炎やアトピー性結膜炎の関与や活性酸素を除去するスーパーオキサイドデスムターゼ(SOD)酵素の異常が病態をひき起こしているという説も有力視されており,炎症や活性酸素が病態に関わっている可能性が考えられている.初期の乱視は気づかれずに進行することも多く,眼鏡でも矯正可能である.しかしさらに進行するとコンタクトレンズによる矯正がおもな治療法となる.角膜の突出度が悪化すると通常のコンタクトレンズでは装用が悪くなり,特殊な処方が必要になる.これによって涙液の安定性が悪くなり,いわゆるBUT(涙液層破壊時間)短縮型のドライアイを合併していることも多い.このような場合は涙点プラグなどを用いて涙液の安定性を改善してコンタクトレンズ処方を行う.しかしながら,突出がひどくなると,いかに工夫しても痛みや装用感の悪さのためにコンタクトレンズが装用不可能となる.従来はこのステージになると,深層表層角膜移植または全層角膜移植の適応で(1)417●序説あたらしい眼科27(4):417418,2010円錐角膜Keratoconus坪田一男*村上晶**———————————————————————-Page2418あたらしい眼科Vol.27,No.4,2010(2)忌となっており,それを見逃して手術されると医原性の重大問題になる.この部分を実際の診断のコツも含めて,京都府立医科大学・眼科の稗田牧先生にお願いした.さて,治療の基本はあくまでコンタクトレンズである.円錐角膜のコンタクトレンズ装用では日本屈指の糸井素純先生(道玄坂糸井眼科医院)に,現在の考え方と方法を解説していただいた.新しい手術としては,IntracornealRingを荒井宏幸先生(みなとみらいアイクリニック)に,TGCK(topography-guidedconductivekeratoplasty)と角膜クロスリンキングの併用療法を加藤直子先生と坪田(慶應義塾大学・眼科)で,そしてPhakicIOLについては神谷和孝・清水公也両先生(北里大学・眼科)に概説していただいた.そして円錐角膜の最後の治療となる角膜移植については戸田良太郎・前田直之両先生(大阪大学・眼科)にカバーしていただいた.円錐角膜は,その発症のメカニズムについてもこれからさらに研究が進むと思われ,ちょうど厚生労働省の「円錐角膜の実態調査の班研究」(班長:島﨑潤,東京歯科大学眼科教授)がスタートしたところである.新しい角膜手術法もたくさん開発されつつあり,原因究明,予防法の確立に加えて,治療方法もさらなる進歩が期待されている.

ビマトプロスト点眼剤の原発開放隅角緑内障または高眼圧症を対象とする0.005%ラタノプロスト点眼剤との無作為化単盲検群間比較試験

2010年3月31日 水曜日

———————————————————————-Page1(123)4010910-1810/10/\100/頁/JCOPYあたらしい眼科27(3):401410,2010c〔別刷請求先〕北澤克明:〒145-0071東京都大田区田園調布4-37-19Reprintrequests:YoshiakiKitazawa,M.D.,Ph.D.,4-37-19Denenchofu,Ohta-ku,Tokyo145-0071,JAPANビマトプロスト点眼剤の原発開放隅角緑内障または高眼圧症を対象とする0.005%ラタノプロスト点眼剤との無作為化単盲検群間比較試験北澤克明*1米虫節夫*2*1赤坂北澤眼科*2大阪市立大学大学院工学研究科Single-Masked,Randomized,Parallel-GroupComparisonofBimatoprostOphthalmicSolutionandLatanoprostOphthalmicSolutioninPatientswithPrimaryOpen-AngleGlaucomaorOcularHypertensionYoshiakiKitazawa1)andSadaoKomemushi2)1)AkasakaKitazawaEyeClinic,2)GraduateSchoolofEngineering,OsakaCityUniversity原発開放隅角緑内障または高眼圧症を対象として,0.03%ビマトプロスト点眼剤(0.03%)を12週間点眼したときの有効性および安全性を無作為化単盲検群間比較試験により0.005%ラタノプロスト点眼剤(LAT)と比較した.また,0.01%ビマトプロスト点眼剤(0.01%)と0.03%を比較し,本剤の至適濃度を確認した.治療期終了時の投与開始日からの眼圧変化値を主要評価として比較した結果,LATに対する0.03%の非劣性が検証された.0.03%の眼圧変化値はすべての時点でLATより大きく,投与2週間後においては両群間に有意な差が認められた.また,眼圧値,眼圧変化率および目標眼圧達成率の比較により,0.03%の眼圧下降効果はLATよりも高いことが確認できた.0.03%の副作用発現率はLATより高いものの臨床的に問題となるものではなかったことから,0.03%はLATに劣らず臨床的に有用な薬剤であると考えられた.また,0.03%の眼圧下降効果は0.01%より強く,同程度の安全性を有することから,0.03%が至適用量であることが確認できた.Intermsofecacyandsafety,0.03%bimatoprostophthalmicsolution(0.03%)wascomparedwith0.005%latanoprostophthalmicsolution(LAT)inpatientswithprimaryopen-angleglaucoma(POAG)orocularhyperten-sion(OH),afteronce-dailyinstillationfor12weeksinasingle-masked,randomized,parallel-groupcomparisonstudy.Ecacyandsafetywerealsocomparedbetween0.01%and0.03%bimatoprost,inordertoconrmtheoptimalconcentration.Thenon-inferiorityof0.03%toLATwasdemonstratedwithregardtointraocularpressure(IOP)-loweringecacyasaprimaryendpoint.TheIOPreductionfrombaselinewith0.03%wasgreaterthanthatwithLATandthedierencewasstatisticallysignicantbetween0.03%andLATat2weeks;moreover,0.03%wasmorepotentthanLATintermsofIOPvalue,%reductionofIOPand%ofpatientsreachingtargetIOP.Althoughtheadversedrugreaction(ADR)incidenceratewashigherwith0.03%thanwithLAT,noneoftheADRswith0.03%wereclinicallyproblematic.Theseresultsshowthat0.03%isclinicallyusefulinthetherapyforpatientswithPOAGandOHandhasaprolethatisnotinferiortoLAT.TheIOP-loweringecacyof0.01%waslessthanthatof0.03%,buttheincidencerateofADRwith0.01%wasthesameasthatwith0.03%.Theoptimalconcentrationofbimatoprostwasthereforeconrmedtobe0.03%.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)27(3):401410,2010〕Keywords:ビマトプロスト,ラタノプロスト,緑内障,眼圧,臨床試験.bimatoprost,latanoprost,glaucoma,intraocularpressure,clinicaltrial.———————————————————————-Page2402あたらしい眼科Vol.27,No.3,2010(124)はじめに現在,日本国内の眼科一般臨床で最も汎用されている緑内障治療薬は,プロスタグランジン関連薬の0.005%ラタノプロスト点眼剤(キサラタンR,以下,ラタノプロスト点眼剤)である.ラタノプロスト点眼剤は,結膜充血,睫毛の成長,眼瞼や虹彩の色素沈着などの美容上の副作用が発現するものの,その強力な眼圧下降効果により最も汎用されている1,2).しかしながら,一方でラタノプロスト点眼剤のノンレスポンダーが1040%存在することが報告37)されており,すべての患者に有効な治療薬とはなりえていない.近年販売開始となったトラボプロスト点眼剤(トラバタンズR)やタフルプロスト点眼剤(タプロスR)はラタノプロスト同様プロスタノイドFP受容体(以下,FP受容体)のアゴニストであり,ラタノプロストと同程度あるいはそれ以上の眼圧下降効果を有すると報告されている8,9).ビマトプロスト(図1)は,米国アラガン社において新規に合成された眼圧下降薬である.ビマトプロストは,内因性の生理活性物質であるプロスタマイドF2aと類似した構造を有する.このプロスタマイドF2aは,内因性カンナビノイドの一つであるアナンダマイドよりシクロオキシゲナーゼ2を介して生成されることが知られている10,11).また,プロスタマイドF2aは既存のプロスタグランジン関連薬のターゲットであるFP受容体をはじめ既知のプロスタノイド受容体には作用しないことが明らかとなっている12).近年FP受容体バリアント複合体が同定され,ビマトプロストはFP受容体に作用せずFP受容体バリアント複合体,すなわちプロスタマイド受容体に作用すること,また,眼圧下降効果を発揮するまでのシグナル伝達経路の一部も違いがあることが明らかとなった13,14).この新規の作用機序により,海外の臨床試験においてラタノプロスト点眼剤に対する無効例や効果不十分例に対して,ビマトプロスト点眼剤が有意な眼圧下降効果を示したと報告されている1517).緑内障の治療において,眼圧を下降させる薬物療法は欠かせないものであるが,国内の眼科一般臨床で使用されている緑内障治療薬にはそれぞれに問題点があり,さらには現時点では既存のプロスタグランジン関連薬と同程度あるいはそれ以上の効力を有し,作用機序の異なる薬剤は国内の臨床現場には存在しない.これらのことから,既存のプロスタグランジン関連薬で目標眼圧に達しない場合,薬理作用の異なる薬剤に変更するか,併用療法を選択することを余儀なくされており,このような背景から,新規の作用機序を有し,強力な眼圧下降効果をもつ緑内障治療薬の開発が望まれている.当該試験では,原発開放隅角緑内障または高眼圧症患者における0.03%ビマトプロスト点眼剤を12週間点眼したときの眼圧下降効果が0.005%ラタノプロスト点眼剤と比べ劣らないことを,無作為化単盲検群間比較試験により検証し,このときの安全性を検討した.また,0.01%ビマトプロスト点眼剤と0.03%ビマトプロスト点眼剤の眼圧下降効果を比較し,本剤の至適濃度を確認した.なお,本治験は,ヘルシンキ宣言に基づく倫理的原則,薬事法第14条第3項及び第80条の2に規定する基準並びに「医薬品の臨床試験の実施の基準(GCP)に関する省令」などの関連規制法規を遵守して実施した.I方法1.治験実施期間および治験実施施設2005年7月から2006年6月までに,表1に示した54施設で実施した.実施に先立ち,治験実施計画について,各実施医療機関の治験審査委員会の承認を受けた.2.対象両眼ともに原発開放隅角緑内障または高眼圧症と診断され,点眼薬による治療のみで眼圧のコントロールが可能であり,投与開始日の眼圧が両眼とも34mmHg以下かつ有効性評価対象眼の眼圧が22mmHg以上,かつ満20歳以上の外来患者を対象とした.治験参加に先立ち,同意取得用の説明文書および同意文書を患者に手渡して十分説明したうえで,治験参加について自由意思による同意を文書で得た.なお,性別は不問としたが,つぎの患者は対象より除外した.1)緑内障,高眼圧症以外の活動性の眼科疾患を有する者2)治験期間中に病状が進行する恐れのある網膜疾患を有する者3)有効性評価対象眼において,角膜屈折矯正手術,濾過手術および線維柱帯切開術の既往を有する者4)同意取得時から過去3カ月以内に内眼手術(緑内障に対するレーザー療法を含む)の既往を有する者5)投与開始1週間前から治療期間中を通じてコンタクトレンズの装用が必要な者6)治験薬の類薬に対し,アレルギーあるいは重大な副作用の既往のある者7)妊娠,授乳中の者または妊娠している可能性のある者および妊娠を希望している者8)高度の視野障害がある者9)投与開始日から治療期間中を通じて併用禁止薬を使用する予定がある者HOHOHHHHHHNOHCH3O図1ビマトプロストの構造———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.27,No.3,2010403(125)10)圧平眼圧計による正確な眼圧の測定に支障をきたすと思われる角膜異常のある者11)同意取得時から過去3カ月内に他の臨床試験(医療用具を含む)に参加した者および他の治験に参加する予定の者12)その他,治験責任医師または治験分担医師が本治験に適切でないと判断した者3.治験薬および投与方法被験薬は1ml中にビマトプロストとして0.1mgまたは0.3mgを含むビマトプロスト点眼剤を,対照薬として1ml中にラタノプロストとして0.05mgを含むラタノプロスト点眼剤(ファイザー株式会社提供)を用いた.治験薬は1日1回午後8時10時の間に,片眼または両眼に1滴ずつ12週間点眼した.4.盲検性の維持および薬剤の割付本治験は,治験依頼者,治験責任医師および治験分担医師に対する盲検化により実施した.被験薬および対照薬は識別が可能であるが,点眼瓶を1本ずつ同一のラベルが表示された小箱(外観からは識別不能)に厳封し,そのまま被験者に処方した.治験薬はコントローラー(米虫節夫)により,小箱での外観上の識別不能性を確認した後,3症例分(0.01%および0.03%ビマトプロスト点眼剤:各1例,ラタノプロスト点眼剤:1例)を1組として無作為割付を行った.5.Washout眼圧下降薬,抗ヒスタミン作用を有する点眼薬,ステロイ表1治験実施医療機関医療機関治験責任医師*医療機関治験責任医師*花川眼科田辺裕子大阪府立急性期・総合医療センター内堀恭孝石丸眼科石丸裕晃労働者健康福祉機構大阪労災病院恵美和幸秋田大学医学部附属病院吉冨健志神戸大学医学部附属病院中村誠山形大学医学部附属病院山下英俊広島大学病院三嶋弘,塚本秀利,草薙聖新潟大学医歯学総合病院福地健郎さいたま赤十字病院川島秀俊広島県厚生農業協同組合連合会廣島総合病院二井宏紀東京大学医学部附属病院相原一宇部興産株式会社中央病院鈴木克佳,井形岳郎東京都老人医療センター大橋正明広田眼科広田篤東京逓信病院松元俊愛媛県立中央病院立松良之,松田久美子済安堂お茶の水・井上眼科クリニック(旧:済安堂井上眼科病院付属お茶の水・眼科クリニック)井上賢治旦龍会町田病院卜部公章久留米大学病院山川良治聖愛会中込眼科中込豊平成紫川会社会保険小倉記念病院小林博湘南谷野会谷野医院谷野富彦佐賀大学医学部附属病院沖波聡山梨大学医学部附属病院柏木賢治熊本大学医学部附属病院稲谷大むらまつ眼科医院村松知幸明和会宮田眼科病院宮田和典富士青陵会中島眼科クリニック中島徹陽幸会うのき眼科鵜木一彦杉浦眼科杉浦毅琉球大学医学部附属病院澤口昭一金沢大学医学部附属病院杉山和久オリンピア会オリンピア眼科病院井上洋一労働者健康福祉機構中部労災病院丹羽英康京都府立医科大学附属病院森和彦碧樹会山林眼科山林茂樹近畿大学医学部附属病院松本長太岐阜大学医学部附属病院川瀬和秀,近藤雄司全国社会保険協会連合会星ヶ丘厚生年金病院坂上憲史京都大学医学部附属病院田辺晶代,板谷正紀神戸市立中央市民病院栗本康夫北川眼科医院北川厚子山口大学医学部附属病院相良健千照会千原眼科医院千原悦夫北海道大学病院陳進輝大阪医科大学附属病院杉山哲也春日部市立病院水木健二大阪大学医学部附属病院大島安正日本大学医学部附属板橋病院山崎芳夫市立池田病院張國中自警会東京警察病院安田典子大阪厚生年金病院狩野廉多治見市民病院岩瀬愛子*治験期間中の治験責任医師をすべて記載した.(順不同)表2Washout期間薬剤および処置Washout期間眼圧下降薬副交感神経作動薬2週間以上炭酸脱水酵素阻害薬2週間以上交感神経作動薬2週間以上交感神経遮断薬4週間以上プロスタグランジン関連薬4週間以上2剤以上の併用4週間以上その他抗ヒスタミン作用を有する点眼薬1週間以上ステロイド薬(全身投与,結膜下投与,眼軟膏を含む点眼投与,眼瞼への塗布).ただし,皮膚局所投与は可とする.1週間以上コンタクトレンズ装用1週間以上———————————————————————-Page4404あたらしい眼科Vol.27,No.3,2010(126)ド薬およびコンタクトレンズを使用している被験者に対しては,表2に示したWashout期間を設定した.6.検査・観察項目投与2,4,8および12週間後に,眼圧検査および細隙灯顕微鏡などを用いた他覚所見の観察(眼瞼,結膜,角膜,虹彩,水晶体および前房)を行った.眼圧は午前8時11時の間に測定した.投与開始日,4および12週間後に睫毛,眼瞼および虹彩の写真撮影を行った.また,スクリーニング時および投与12週間後に視力,眼底および視野検査を行った.7.併用薬および併用処置治験期間中は,他の緑内障・高眼圧症に対する治療薬,抗ヒスタミン作用を有する点眼薬,およびステロイド薬(皮膚局所投与を除く)の使用を禁止した.併用禁止薬以外で眼圧に影響を及ぼすことが添付文書上に記載されている薬剤については,投与開始4週間以上前から用法用量が変更されていない,または治験終了時まで継続使用予定の場合には併用可能とするが,原則として新たな処方や治験期間中の用法用量の変更は行わないものとした.治験期間中,緑内障手術およびその他の内眼手術,コンタクトレンズ装用など,治験薬の評価に影響を及ぼす療法(除外基準に該当する手術などを含む)を禁止とした.8.評価方法および統計手法本治験の統計解析には下記の3つのデータセットを用いた.有効性の評価は治験実施計画書に適合した解析対象集団をおもに用い,安全性の評価は安全性解析対象集団を用いた.a.有効性解析対象集団1)最大の解析対象集団(FullAnalysisSet:FAS)登録されたすべての被験者から,治験薬による治療を一度も受けていない被験者,選択基準を満たしていない被験者,除外基準に抵触する被験者,初診時以降の再来院がない被験者などを除外した集団.2)治験実施計画書に適合した解析対象集団(PerProtocolSet:PPS)重大なGCP違反症例,治験薬をまったく投与しなかった症例,選択および除外基準違反症例,診断名が対象外の症例,併用禁止薬を使用した症例,Washout期間設定の違反症例,治療期間を通じて点眼状況が75%未満または101%以上の症例を除く集団.b.安全性解析対象集団治験薬による治療を一度でも受けた被験者から,初診時以降の再来院がないなどの理由により安全性が評価できなかった被験者を除外した集団.治療期終了時における眼圧変化値を有効性の主要評価とし,ラタノプロスト点眼剤に対する0.03%ビマトプロスト点眼剤の非劣性の検証を,PPSを用いて行った.非劣性の検証は,治療期終了時における投与開始日からの眼圧変化値の薬剤群間の差について95%両側信頼区間を算出し,その上限が1.5mmHgを超えなければ0.03%ビマトプロスト点眼剤はラタノプロスト点眼剤に劣らないこととした.副次評価として,眼圧値,投与開始日からの各観察時の眼圧変化値および眼圧変化率を用いて,1標本t検定により各群の投与前後の比較を,また,2標本t検定により薬剤群間の比較を行った.治療期の各観察時において,20%または30%以上の眼圧変化率を達成した症例の割合(目標眼圧達成率;眼圧変化率)を求め,c2検定により薬剤群間の比較を行った.眼圧値,眼圧変化値および眼圧変化率について経時的分散分析を行い,2群ごとの最小二乗平均による薬剤群間の比較を行った.安全性の評価として,治験薬投与期間中の有害事象(副作用を含む)の程度,発現率を比較した.有効性の評価は投与開始日の眼圧値が高いほうの眼を採用した.ただし,投与開始日の左右の眼圧値が同じ場合は,右眼を採用した.なお,安全性の評価は両眼を対象とした.II結果1.症例の構成表3に症例の構成を示した.無作為化された222例のうち,未投与の2例を除く220例が治験薬を投与された.投与された220例のうち,不適格8例,中止11例および逸脱3例を除く198例を有効性解析対象症例(PPS)とした.投与した220例はすべて安全性解析に用いられた.表4に有効性解析対象症例198例の患者背景を示す.各項目について,薬剤群間の分布の均衡性を検討した結果,性別および合併症(眼局所)において不均衡が認められた.2.有効性a.主要評価:ラタノプロスト点眼剤に対する0.03%ビマトプロスト点眼剤の非劣性の検証(治療期終了時)0.03%ビマトプロスト点眼剤とラタノプロスト点眼剤の治表3症例の構成0.03%BIM0.01%BIMLAT組み入れ症例777273未投与症例020投与症例777073不適格症例224中止症例344逸脱症例102有効性解析対象症例716463BIM:ビマトプロスト点眼剤,LAT:ラタノプロスト点眼剤.———————————————————————-Page5あたらしい眼科Vol.27,No.3,2010405(127)療期終了時における眼圧変化値はそれぞれ8.0±2.7mmHgおよび7.4±2.8mmHgであった.眼圧変化値の差の95%信頼区間は1.50.3で,上限値はΔ(=1.5)を下回ることから0.03%ビマトプロスト点眼剤の非劣性が検証された.なお,薬剤群間で性別および合併症(眼局所)に不均衡が認められたため,それらの不均衡を調整したところ,調整前と同様に非劣性が検証された.以上の結果から,治療期終了時の眼圧変化値に対する性別および合併症(眼局所)の影響はないと考えられた.b.副次評価治療期の各観察時における眼圧変化値の平均値の推移および薬剤群間比較を表5および図2に,眼圧値の平均値の推移および薬剤群間比較を表6に,眼圧変化率の平均値の推移および薬剤群間比較を表7に示した.すべての薬剤群で投与開始日と比較して各観察時点において有意な眼圧下降が認められた(p<0.05).0.03%ビマトプロスト点眼剤とラタノプロ表4患者背景(有効性解析対象症例;PPS)項目分類0.03%BIM0.01%BIMLAT検定性別男性女性353640242637p1=0.0535*年齢(歳)20293039404950596069702511181817235152118124202610p2=0.32816465452636284122平均年齢(歳)58.661.560.1緑内障診断名(有効性評価対象眼)原発開放隅角緑内障高眼圧症274421432340─合併症(眼局所)無有314025391746p1=0.1234*合併症(眼局所以外)無有234818461845p1=0.8354既往歴(眼局所)無有656568558─治療前投薬歴無有8639551251p1=0.4400治験薬投与前に行った処置無有710631630p3=0.6414BIM:ビマトプロスト点眼剤,LAT:ラタノプロスト点眼剤.1:c2検定,2:Kruskal-Wallis検定,3:FisherExact検定.*:p<0.15.表5眼圧変化値の平均値の推移および薬剤群間比較観察日眼圧変化値(mmHg)差の平均値薬剤群間比較0.03%BIM0.01%BIMLAT0.03%BIMvs.LAT0.03%BIMvs.0.01%BIM0.01%BIMvs.LAT0.03%BIMvs.LAT0.03%BIMvs.0.01%BIM0.01%BIMvs.LAT2週間後(68)7.4±2.8#(61)6.5±2.6#(62)6.0±2.7#1.30.90.5p=0.0061*p=0.0663p=0.34214週間後(70)7.8±3.2#(61)7.1±2.7#(63)7.0±2.6#0.80.70.1p=0.1134p=0.1663p=0.86178週間後(69)7.9±2.9#(62)7.2±2.7#(62)7.0±2.8#0.80.70.2p=0.1017p=0.1817p=0.730612週間後(71)8.0±2.7#(64)7.4±2.7#(62)7.5±2.7#0.50.60.1p=0.2862p=0.2003p=0.8469治療期終了時(71)8.0±2.7#(64)7.4±2.7#(63)7.4±2.8#0.60.60.0p=0.2192p=0.2003p=0.9766BIM:ビマトプロスト点眼剤,LAT:ラタノプロスト点眼剤,平均値±標準偏差,()は例数.#:投与前後の比較(1標本t検定),p<0.05,*:薬剤群間比較(2標本t検定),p<0.05.———————————————————————-Page6406あたらしい眼科Vol.27,No.3,2010(128)スト点眼剤の2群間で比較した結果,0.03%ビマトプロスト点眼剤の眼圧変化値はすべての時点でラタノプロスト点眼剤よりも0.51.3mmHg大きく,2週間後において両群間に有意な差が認められた(p=0.0061).眼圧値および眼圧変化率に関しても2週間後に0.03%ビマトプロスト点眼剤とラタノプロスト点眼剤との間に有意な差が認められた.図3に目標眼圧達成率(目標眼圧変化率を達成した症例の割合)の薬剤群間比較を示した.2週間後の眼圧変化率20%および30%を達成した症例の割合において,0.03%ビマトプロスト点眼剤とラタノプロスト点眼剤との間に有意な差が認められた(p=0.0266,p=0.0135).また,12週間後の眼圧変化率30%を達成した症例の割合は,0.03%ビマトプロスト点眼剤で70.4%であったのに対して,ラタノプロスト点眼剤では50.0%であり,0.03%ビマトプロスト点眼剤のほうが有意に高かった(p=0.0160).さらに,眼圧の経時的な変化と薬剤との関係を評価するために眼圧値,眼圧変化値および眼圧変化率のそれぞれについて,経時分散分析および最小二乗平均により薬剤群間比較を行った.その結果,いずれの眼圧評価においても0.03%ビマトプロスト点眼剤はラタノプロスト点眼剤に対して有意な差が認められた(p<0.05).続いて0.03%ビマトプロスト点眼剤と0.01%ビマトプロスト点眼剤,0.01%ビマトプロスト点眼剤とラタノプロスト点眼剤の眼圧下降効果についても同様に比較した.0.03%ビマトプロスト点眼剤と0.01%ビマトプロスト点眼剤の比較では,眼圧変化値,眼圧値および眼圧変化率に関して群間に有意な差は認められなかった.しかし,0.03%ビマトプロスト点眼剤の眼圧変化値はすべての時点で0.01%ビマトプロ02*48観察日(週)眼圧変化値(mmHg)12:0.03%ビマトプロスト点眼剤:0.01%ビマトプロスト点眼剤:ラタノプロスト点眼剤0-2-4-6-8-10-12図2眼圧変化値の推移*p<0.05(0.03%ビマトプロスト点眼剤vs.ラタノプロスト点眼剤,2標本t検定).表6眼圧値の平均値の推移および薬剤群間比較観察日眼圧値(mmHg)差の平均値薬剤群間比較0.03%BIM0.01%BIMLAT0.03%BIMvs.LAT0.03%BIMvs.0.01%BIM0.01%BIMvs.LAT0.03%BIMvs.LAT0.03%BIMvs.0.01%BIM0.01%BIMvs.LAT投与開始日(71)24.2±2.4(64)23.8±2.0(63)24.1±2.60.10.40.3p=0.7919p=0.2787p=0.46532週間後(68)16.9±2.2(61)17.3±2.7(62)18.0±2.51.10.30.8p=0.0074*p=0.4447p=0.09114週間後(70)16.4±2.5(61)16.7±2.4(63)17.1±2.90.70.30.4p=0.1388p=0.4873p=0.41668週間後(69)16.3±2.0(62)16.6±2.4(62)17.1±2.70.80.30.5p=0.0635p=0.4173p=0.306712週間後(71)16.2±2.3(64)16.4±2.5(62)16.5±2.60.30.20.1p=0.4775p=0.6595p=0.7921治療期終了時(71)16.2±2.3(64)16.4±2.5(63)16.7±2.90.50.20.3p=0.2988p=0.6595p=0.5502BIM:ビマトプロスト点眼剤,LAT:ラタノプロスト点眼剤,平均値±標準偏差,()は例数.*:薬剤群間比較(2標本t検定),p<0.05.表7眼圧変化率の平均値の推移および薬剤群間比較観察日眼圧変化率(%)差の平均値薬剤群間比較0.03%BIM0.01%BIMLAT0.03%BIMvs.LAT0.03%BIMvs.0.01%BIM0.01%BIMvs.LAT0.03%BIMvs.LAT0.03%BIMvs.0.01%BIM0.01%BIMvs.LAT2週間後(68)30.0±9.4(61)27.2±10.5(62)24.8±9.85.22.82.4p=0.0023*p=0.1110p=0.18464週間後(70)31.8±10.8(61)29.5±10.2(63)28.9±10.12.92.30.6p=0.1195p=0.2228p=0.74738週間後(69)32.1±9.6(62)30.0±10.2(62)28.9±10.63.22.01.1p=0.0747p=0.2385p=0.547912週間後(71)32.7±9.3(64)30.9±10.2(62)30.9±10.21.81.90.1p=0.2925p=0.2690p=0.9661治療期終了時(71)32.7±9.3(64)30.9±10.2(63)30.6±10.52.11.90.3p=0.2125p=0.2690p=0.8797BIM:ビマトプロスト点眼剤,LAT:ラタノプロスト点眼剤,平均値±標準偏差,()は例数.*:薬剤群間比較(2標本t検定),p<0.05.———————————————————————-Page7あたらしい眼科Vol.27,No.3,2010407(129)スト点眼剤よりも0.60.9mmHg大きく,眼圧変化率30%を達成した症例の割合では,12週間後で0.01%ビマトプロスト点眼剤に比べ0.03%ビマトプロスト点眼剤が有意に高かった(p<0.05).0.01%ビマトプロスト点眼剤とラタノプロスト点眼剤の比較では,眼圧変化値,眼圧値,眼圧変化率および目標眼圧達成率はほぼ同程度で群間に有意な差は認められなかった.なお,FASを対象とした場合においても,PPSと同じく非劣性が検証され,副次評価の各項目の結果も大きな違いはなかった.3.安全性有害事象および副作用の発現例数および発現率を表8に,比較的頻度の高かった(5%以上)有害事象を表9に示した.†2週間後86.877.171.088.685.377.888.482.380.785.984.485.548.544.327.455.750.847.659.450.046.870.453.150.0***4週間後8週間後目標眼圧変化率:-20%12週間後1008060402001008060402002週間後4週間後8週間後12週間後目標眼圧変化率:-30%■:0.03%ビマトプロスト点眼剤■:0.01%ビマトプロスト点眼剤■:ラタノプロスト点眼剤目標眼圧達成率(%)図3目標眼圧達成率(眼圧変化率)の薬剤群間比較各観察時において20%(左図)または30%(右図)以下の眼圧変化率を達成した症例の割合を示す.*p<0.05(0.03%ビマトプロスト点眼剤vs.ラタノプロスト点眼剤,c2検定).†p<0.05(0.03%ビマトプロスト点眼剤vs.0.01%ビマトプロスト点眼剤,c2検定).表8有害事象および副作用の発現例数および発現率0.03%BIM0.01%BIMLAT安全性解析対象症例数777073有害事象発現例数(発現率)58(75.3%)52(74.3%)48(65.8%)副作用発現例数(発現率)51(66.2%)46(65.7%)36(49.3%)BIM:ビマトプロスト点眼剤,LAT:ラタノプロスト点眼剤.表9比較的頻度の高かった(5%以上)有害事象薬剤との関連有害事象名#0.03%BIM0.01%BIMLAT関連が否定できない*関連なし合計関連が否定できない*関連なし合計関連が否定できない*関連なし合計<眼障害>結膜充血31(40.3%)1(1.3%)3229(41.4%)1(1.4%)3014(19.2%)1(1.4%)15睫毛の成長24(31.2%)02419(27.1%)01912(16.4%)012眼瞼色素沈着8(10.4%)089(12.9%)094(5.5%)04眼の異常感4(5.2%)043(4.3%)1(1.4%)401(1.4%)1アレルギー性結膜炎0001(1.4%)011(1.4%)4(5.5%)5結膜浮腫4(5.2%)043(4.3%)03000<全身障害および投与局所様態>滴下投与部位そう痒感6(7.8%)064(5.7%)2(2.9%)64(5.5%)04<感染症および寄生虫症>鼻咽頭炎011(14.3%)11010(14.3%)1002(2.7%)2<皮膚および皮下組織障害>多毛症3(3.9%)032(2.9%)025(6.8%)05BIM:ビマトプロスト点眼剤,LAT:ラタノプロスト点眼剤.[%:発現例数/安全性解析対象症例数(0.03%群:77例,0.01%群:70例,ラタノプロスト群:73例)×100]*関連が否定できない:明らかに関連あり,多分関連あり,関連あるかもしれない.#:MedDRA(Ver.9.0)PT(基本語),SOC(器官別大分類).———————————————————————-Page8408あたらしい眼科Vol.27,No.3,2010治験薬を投与した220例について,本治験薬の安全性を検討した結果,有害事象は0.03%ビマトプロスト点眼剤で77例中58例(75.3%),0.01%ビマトプロスト点眼剤で70例中52例(74.3%),ラタノプロスト点眼剤で73例中48例(65.8%)発現した.このうち,副作用は0.03%ビマトプロスト点眼剤で77例中51例(66.2%),0.01%ビマトプロスト点眼剤で70例中46例(65.7%),ラタノプロスト点眼剤で73例中36例(49.3%)であった.0.03%および0.01%ビマトプロスト点眼剤の副作用発現率はラタノプロスト点眼剤よりも高かったが,ビマトプロスト点眼剤の濃度間では副作用の発現率は同程度であった.最も高頻度で発現した副作用は結膜充血であり,0.03%ビマトプロスト点眼剤で40.3%,0.01%ビマトプロスト点眼剤で41.4%に発現したのに対して,ラタノプロスト点眼剤では19.2%であり,ビマトプロスト点眼剤の濃度間では差は認められなかったが,ビマトプロスト点眼剤のほうがラタノプロスト点眼剤と比較して発現率は高かった.その他,高頻度で発現した副作用は,睫毛の成長および眼瞼色素沈着であり,結膜充血と同様にビマトプロスト点眼剤の濃度間では発現率に差はなかったが,ビマトプロスト点眼剤のほうがラタノプロスト点眼剤と比較して発現率は高かった.なお,発現した副作用のほとんどは軽度であった.ラタノプロスト点眼剤で2例の重篤な有害事象(糖尿病,てんかん)が発現した.いずれの事象も薬剤との因果関係は否定され,回復が確認された.なお,本治験では死亡に至る有害事象は発現しなかった.副作用による中止例は0.03%ビマトプロスト点眼剤で3例,0.01%ビマトプロスト点眼剤で3例,ラタノプロスト点眼剤で1例であり,薬剤群間に差はなかった.0.03%ビマトプロスト点眼剤における3例の中止理由は,患者からの申し出によるもの2例(眼瞼色素沈着,浮動性めまい),医学的な理由によるもの1例(眼瞼紅斑,滴下投与部位刺激感,結膜充血),0.01%ビマトプロスト点眼剤における3例の中止理由は,患者からの申し出によるもの1例(眼瞼色素沈着),医学的な理由によるもの2例〔結膜充血:1例,眼刺激(ひりひり感,熱感)・結膜充血・滴下投与部位そう痒感:1例〕,ならびにラタノプロスト点眼剤における1例の中止理由は,医学的な理由によるもの(水晶体障害)であった.III考按本治験では,原発開放隅角緑内障または高眼圧症を対象として,0.03%ビマトプロスト点眼剤を12週間点眼したときの有効性および安全性を無作為化単盲検群間比較試験により0.005%ラタノプロスト点眼剤と比較した.また,0.01%ビマトプロスト点眼剤と0.03%ビマトプロスト点眼剤を比較し,至適濃度を確認した.有効性の主要評価項目である治療期終了時の眼圧変化値において,ラタノプロスト点眼剤に対する0.03%ビマトプロスト点眼剤の非劣性が検証された.0.03%ビマトプロスト点眼剤の眼圧変化値はすべての観察時点でラタノプロスト点眼剤よりも大きく,2週間後には両薬剤間で有意な差が認められた.同様に眼圧値,眼圧変化率に関しても2週間後にラタノプロスト点眼剤と0.03%ビマトプロスト点眼剤との間に有意な差が認められた.さらに,眼圧値,眼圧変化値および眼圧変化率を用いた経時的分散分析および最小二乗平均による解析で,0.03%ビマトプロスト点眼剤とラタノプロスト点眼剤との間に有意な差が認められ,0.03%ビマトプロスト点眼剤がラタノプロスト点眼剤を上回る眼圧下降を示すことが確認された.海外で実施された無作為化比較試験であるEarlyManifestGlaucomaTrial(EMGT)では,眼圧が1mmHg下降すると視野障害の進行リスクを約10%減少することが証明され,少しでも眼圧を下降させることで視野障害の進行を抑制できることが明らかとなっている18).また,各種の無作為化比較試験1921)において,無治療時眼圧から20%および30%眼圧を下降させることで緑内障性の視野障害の進行リスクが減少することが証明されており,それらの結果を基に,緑内障診療ガイドライン22)では無治療時眼圧からの眼圧下降率20%および30%を目標の一つとして設定することが推奨されている.本治験において,12週間後の眼圧変化率20%を達成した症例の割合は,0.03%ビマトプロスト点眼剤およびラタノプロスト点眼剤で約86%であり,0.03%ビマトプロスト点眼剤はラタノプロスト点眼剤に劣らない結果であった.一方,眼圧変化率30%を達成した症例の割合は,0.03%ビマトプロスト点眼剤では2週間後で約50%,12週間後で約70%であったのに対して,ラタノプロスト点眼剤ではそれぞれ約27%,約50%であり,0.03%ビマトプロスト点眼剤のほうが有意に高かった.当該結果は,ラタノプロスト点眼剤と比べて0.03%ビマトプロスト点眼剤では,推奨される眼圧変化率を達成できる症例が多いことを示している.0.03%ビマトプロスト点眼剤の副作用発現率は66.2%であり,ラタノプロスト点眼剤の発現率49.3%に比べ高いことが確認されたが,重篤なものは認められなかった.また,副作用のほとんどが軽度で眼局所のものであり,全身への影響は少ないことが確認された.最も高頻度で認められた副作用は結膜充血であり,0.03%ビマトプロスト点眼剤で40.3%にみられたが,いずれも点眼を継続しても悪化するものではなく,炎症を伴うものではなかった.そのほか,高頻度に発現した副作用は睫毛の成長であり,点眼の中止(終了)により,ほとんどの症例で軽快した.睫毛の異常や眼瞼色素沈着などの副作用は眼周囲に点眼剤がこぼれることにより発現すると考えられるが,これら(130)———————————————————————-Page9あたらしい眼科Vol.27,No.3,2010409の副作用は点眼後濡れタオルの使用または洗顔などにより発現率が下がることが報告されており23),点眼剤使用時に処置を施すことにより発現を回避できると考えられる.結膜充血,睫毛の成長および眼瞼色素沈着などの副作用はいずれも美容的なものであり,視機能に影響を及ぼすような重大なものではなく,疾患の重要性,治療方針や副作用について十分な説明を行うことにより,治療コンプライアンスに及ぼす影響を低減させうると考えられる.0.03%ビマトプロスト点眼剤と0.01%ビマトプロスト点眼剤の眼圧下降効果の比較では,眼圧変化値,眼圧値および眼圧変化率に関して0.03%ビマトプロスト点眼剤と0.01%ビマトプロスト点眼剤の間に有意な差は認められなかった.しかし,0.03%ビマトプロスト点眼剤の眼圧変化値はすべての時点で0.01%ビマトプロスト点眼剤よりも大きく,眼圧変化率30%を達成した症例の割合は12週間後に0.03%ビマトプロスト点眼剤のほうが有意に高く,0.01%ビマトプロスト点眼剤の眼圧下降効果は,0.03%用量に比べて弱いことが示された.また,0.03%ビマトプロスト点眼剤と0.01%ビマトプロスト点眼剤の安全性プロファイルに大きな違いは認められなかった.これらのことから,0.03%用量がビマトプロスト点眼剤の至適用量であることが確認された.本治験により,0.03%ビマトプロスト点眼剤はラタノプロスト点眼剤よりも早期に眼圧を下降させ,すべての時点で0.03%ビマトプロスト点眼剤のほうが眼圧変化値が大きく,眼圧変化率30%を達成できる症例の割合も高いことが示された.また,副作用は臨床使用上大きな問題となるものではなかったことから,0.03%ビマトプロスト点眼剤は,現在第一選択薬として臨床使用されているラタノプロスト点眼剤に劣らず,臨床的に有用な薬剤であると考えられた.また,0.03%ビマトプロスト点眼剤は,ラタノプロスト点眼剤に対する無効例や効果不十分例に対して効果を示したとの報告1517)があり,また,0.03%ビマトプロスト点眼剤は,ラタノプロスト点眼剤と0.5%チモロールゲル製剤との併用療法による眼圧下降効果と同程度であったとの報告24)もあることから,単剤による治療範囲が広がる可能性が期待できる有用な薬剤であると考えられた.文献1)塚本秀利:薬物治療の進めかた.眼科プラクティス11,緑内障診療の進めかた(根木昭編),p248-251,文光堂,20062)金本尚志:プロスタグランジン関連薬.眼科プラクティス11,緑内障診療の進めかた(根木昭編),p254-256,文光堂,20063)池田陽子,森和彦,石橋健ほか:ラタノプロストのNon-responderの検討.あたらしい眼科19:779-781,20024)木村英也,野崎実穂,小椋祐一郎ほか:未治療緑内障眼におけるラタノプロスト単剤投与による眼圧下降効果.臨眼57:700-704,20035)井上賢治,泉雅子,若倉雅登ほか:ラタノプロストの無効率とその関連因子.臨眼59:553-557,20056)美馬彩,秦裕子,村尾史子ほか:眼圧測定時刻に留意した,正常眼圧緑内障に対するラタノプロストの眼圧下降効果の検討.臨眼60:1613-1616,20067)湯川英一,新田進人,竹谷太ほか:開放隅角緑内障におけるb-遮断薬からラタノプロストへの切り替えによる眼圧下降効果.眼紀57:195-198,20068)NetlandPA,LandryT,SullivanEKetal:ThetravoprostStudyGroup:Travoprostcomparedwithlatanoprostandtimololinpatientswithopen-angleglaucomaorocularhypertension.AmJOphthalmol132:472-484,20019)桑山泰明,米虫節夫:0.0015%DE-085(タフルプロスト)の原発開放隅角緑内障または高眼圧症を対象とした0.005%ラタノプロストとの第III相検証的試験.あたらしい眼科25:1595-1602,200810)YuM,IvesD,RameshaCS:SynthesisofprostaglandinE2ethanolamidefromanandamidebycyclooxygenase-2.JBiolChem272:21181-21186,199711)KozakKR,CrewsBC,MorrowJDetal:Metabolismoftheendocannabinoids,2-arachidonylglycerolandanand-amide,intoprostaglandin,thromboxane,andprostacyclinglycerolestersandethanolamides.JBiolChem277:44877-44885,200212)WoodwardDF,LiangY,KraussAH:Prostamides(prosta-glandin-ethanolamides)andtheirpharmacology.BrJPharmacol153:410-419,200813)LiangY,WoodwardDF,GuzmanVMetal:IdenticationandpharmacologicalcharacterizationoftheprostaglandinFPreceptorandFPreceptorvariantcomplexes.BrJPharmacol154:1079-1093,200814)LiangY,LiC,GuzmanVMetal:Comparisonofprosta-glandinF2a,bimatoprost(prostamide),andbutaprost(EP2agonist)onCyr61andconnectivetissuegrowthfactorgeneexpression.JBiolChem278:27267-27277,200315)WilliamsRD:Ecacyofbimatoprostinglaucomaandocularhypertensionunresponsivetolatanoprost.AdvTher19:275-281,200216)GandolSA,CiminoL:Eectofbimatoprostonpatientswithprimaryopen-angleglaucomaorocularhypertensionwhoarenonresponderstolatanoprost.Ophthalmology110:609-614,200317)SontyS,DonthamsettiV,VangipuramGetal:Long-termIOPloweringwithbimatoprostinopen-angleglau-comapatientspoorlyresponsivetolatanoprost.JOculPharmacolTher24:517-520,200818)LeskeMC,HeijlA,HusseinMetal:TheEarlyManifestGlaucomaTrialGroup:Factorsforglaucomaprogressionandtheeectoftreatment:theearlymanifestglaucomatrial.ArchOphthalmol121:48-56,200319)KassMA,HeuerDK,HigginbothamEJetal:TheOcularHypertensionTreatmentStudy:arandomizedtrialdeterminesthattopicalocularhypotensivemedicationdelaysorpreventstheonsetofprimaryopen-angleglau-(131)———————————————————————-Page10410あたらしい眼科Vol.27,No.3,2010coma.ArchOphthalmol120:701-713;discussion829-830,200220)CollaborativeNormal-TensionGlaucomaStudyGroup:Comparisonofglaucomatousprogressionbetweenuntreatedpatientswithnormal-tensionglaucomaandpatientswiththerapeuticallyreducedintraocularpres-sures.AmJOphthalmol126:487-497,199821)CollaborativeNormal-TensionGlaucomaStudyGroup:Theeectivenessofintraocularpressurereductioninthetreatmentofnormal-tensionglaucoma.AmJOphthalmol126:498-505,199822)日本緑内障学会緑内障診療ガイドライン作成委員会:緑内障診療ガイドライン第2版.日眼会誌110:777-814,200623)小川一郎,今井一美:ラタノプロストによる正常眼圧緑内障の長期視野─5年後の成績─.眼紀56:342-348,200524)ManniG,CentofantiM,ParravanoMetal:A6-monthrandomizedclinicaltrialofbimatoprost0.03%versustheassociationinglaucomatouspatients.GraefesArchClinExpOphthalmol242:767-770,2004(132)***

点眼治療アドヒアランス向上を目指した意識調査

2010年3月31日 水曜日

———————————————————————-Page1(117)3950910-1810/10/\100/頁/JCOPYあたらしい眼科27(3):395399,2010cはじめに点眼薬治療は眼科治療の基本であり,その成否は治療効果に直結する.手術後の細菌性眼内炎予防や緑内障の眼圧コントロール,角膜感染症の治療など,処方箋どおりに点眼されることが治療上不可欠であることが多い.そのため患者教育や,点眼指導については看護師を中心とした研究会では度々,議論となってきた.ところが,その指導方法は各医療機関によってばらつきがあり,すべての職種にコンセンサスの得られる指導法はいまだ確立されていないのが現状である.しかも従来,患者が点眼治療を決められたとおりにできないことを,医療側の教育不足や患者側のコンプライアンスの問題として捉えられることが多かった.しかし最近筆者らが行った緑内障患者を対象とした聞き取り調査1)においては,点眼薬そのものが点眼を困難としている可能性があるという結果が得られている.そこで今回,日本眼科看護研究会に加入する眼科施設の協力のもと,点眼指導の重点項目や製薬メーカー〔別刷請求先〕兵頭涼子:〒791-0952松山市朝生田町1-3-10南松山病院眼科Reprintrequests:RyokoHyodo,DepartmentofOphthalmology,MinamimatsuyamaHospital,1-3-10Asoda-cho,Matsuyama,Ehime790-8534,JAPAN点眼治療アドヒアランス向上を目指した意識調査兵頭涼子*1山嵜淳*2大音清香*3*1南松山病院眼科*2熊本眼科*3西葛西・井上眼科病院OpinionforDevelopmentofEyedropTherapyAdherenceRyokoHyodo1),JunYamasaki2)andKiyokaOhne3)1)DepartmentofOphthalmology,MinamimatsuyamaHospital,2)KumamotoOphthalmologyClinic,3)NishikasaiInouyeEyeHospital緑内障点眼薬,感染症に対する点眼薬や抗炎症作用を有する点眼薬の眼疾患に対する有効性を示す数多くの報告がなされているが,処方薬が適切に使用されなければ,良い結果は期待できない.したがって,点眼治療アドヒアランスは眼科治療において最も重要であると考えられる.そこで点眼指導の重要な点についてのコンセンサスを形成するため,日本の眼科医療機関の医師,看護師,視能訓練士,薬剤師などにアンケート調査を行った.その結果「毎日の点眼を忘れない」が最も重要であると考えられていることがわかった.そこで同じ医療従事者に対して,2回目のアンケート調査を行い,「毎日の点眼を忘れない」が最も重要であると考える理由と,「毎日の点眼を忘れない」ための患者指導について尋ねた.その結果,153名中75名が,点眼薬の効果を期待しており,64名が点眼治療をしているという患者の意識や病識を重視していることがわかった.また,172名中65名が患者のライフスタイルに合わせた点眼指導を行っていると回答した.今回のアンケート調査の結果,点眼指導の重点項目が明らかとなった.Numerousstudieshavedemonstratedtheecacyofglaucomaeyedrops,anti-infectiouseyedropsandanti-inammatoryeyedropsforeyediseases.However,goodresultscannotbeexpectedwhenpatientsdonotusetheprescribeddrugproperly.Eyedroptherapyadherenceisthereforeconsideredthecriticalpointofeyetreatment.Toarriveataconsensusregardingtheimportantpointsofteachingeyedropcaretothepatients,questionnairesweresenttoeyedoctors,nurses,orthoptists,pharmacistsetc.AtJapaneseeyeclinics.“Nottoforgeteyedropseveryday”becameessentialitemofinstruction.Wethensentasecondquestionnairetothesamemedicalsta,todeterminewhy“nottoforgeteyedropseveryday”issoimportant,andhowtoinstructpatients“nottoforgeteyedropseveryday.”Of153respondents,75consideredtheeectoftheeyedropsand64respectedtheconsciousofthediseases.Of172sta,65instructpatientstottheireyedropadministrationtimestotheirlifestylesched-ules.Theresultsofourquestionnairesclariedthemostimportantpointinteachingeyedropcare.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)27(3):395399,2010〕Keywords:点眼指導,アンケート調査,アドヒアランス,要望,製薬メーカー.eyedroptraining,questionnaires,adherence,requests,pharmaceuticalindustry.———————————————————————-Page2396あたらしい眼科Vol.27,No.3,2010(118)に対する要望などを抽出するためのアンケート調査を医療従事者に対して実施し,有益な結果を得たので報告する.I対象および方法日本眼科看護研究会会員が所属する10の医療機関の医師,看護師,視能訓練士,検査補助員,薬剤師などを対象とし,職種や経験年数などの基礎データに加え,表1に示す項目でアンケート調査を行った.アンケートは各医療機関のなかでアンケート用紙を個人(323名)に手渡しをして,個人が内容を読んで回答をする方式を採用した.質問1として筆者らがあらかじめ用意した点眼指導内容の重要項目を選択する方式を使用し,さらにそのなかで最も重要であるものを1つ選択してもらった.質問2として製品,冊子への要望事項を,質問3では製薬会社への要望事項を文章で記入する方法を採用した.さらに1回目のアンケート調査の結果を踏まえ,追加のアンケート調査(表5)を同じ医療機関の医師,看護師,視能訓練士,検査補助員,薬剤師などを対象として施行した.II結果1回目のアンケートの回答は10医療機関の308名より得られた.1回目のアンケートの回収率は95.4%であった.その職種および職業の経験年数を表2に示す.看護師(142名)と視能訓練士(99名)は十分なサンプル数が得られたが,医師は15名,薬剤師は11名と少なかった.質問1の結果を図1に示す.点眼指導の内容については複数選択可(図1a)で最も多かったのは「毎日の点眼を忘れない」で,職種別(図1b)でも医師,看護師,検査補助員,薬剤師の50%以上が最も重要な項目として選択していた.さ表1第1回目のアンケートの項目質問1:点眼指導内容患者さんの自己点眼を指導される上で重要と考えておられる項目に○印を入れてください.(複数回答可)①毎日の点眼を忘れないこと②正確に眼の中に点眼すること③眼や手指に点眼容器のノズルが触れないこと④1日の点眼回数⑤1日のうちで点眼する時間帯⑥複数の点眼薬を点眼する時の点眼順序⑦複数の点眼薬を点眼する時の点眼間隔⑧1回で点眼する滴数⑨その他:具体的にお書きください☆更にこれらの中で最も重要な項目は?質問2:製品,冊子への要望事項点眼薬を開発,販売している製薬会社に対して特に点眼指導を確実に行うため,例えば点眼容器やラベル,種々の情報冊子に関してご要望される点をご記入ください.表2第1回目のアンケートの回答者の職種別経験年数内訳03年35年510年10年以上不明合計医師1149015看護師423033352142視能訓練士35232218199検査補助員67169341薬剤師0225211合計846377768308100500()a.複数選択の結果b.最も重要であると考える項目(職業別)c.最も重要であると考える項目(眼科経験年数別)500(%)500(%)■:医師■:看護師■:視能訓練士■:検査補助員□:薬剤師■:0~3年未満■:3~5年未満■:5~10年未満□:10年以上毎日の点眼正確な点眼衛生管理点眼回数点眼時間帯点眼順序点眼間隔滴数その他毎日の点眼正確な点眼衛生管理点眼回数点眼時間帯点眼順序点眼間隔滴数その他毎日の点眼正確な点眼衛生管理点眼回数点眼時間帯点眼順序点眼間隔滴数その他図1患者さんの自己点眼を指導する上で重要と考えている項目———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.27,No.3,2010397(119)らに経験年数別(図1c)では経験年数が増すほど選択する割合が増加している.そのほか,複数回答可の場合,自己点眼を指導するうえで重要と考えている項目として「正確に眼の中に点眼すること」,「眼や手指に点眼容器のノズルが触れないこと」,「1日の点眼回数」,「複数の点眼薬を点眼する時の点眼間隔」の4つが50%以上の回答者により選択された.質問2(製品,冊子への要望事項)の回答は,点眼容器への要望,点眼キャップへの要望,ラベル類への要望,投薬袋への要望,情報への要望,その他の要望の6つに分類した.その内容を表3に示す.点眼容器への要望として多かったのは,容器硬度(硬さ)を統一する(55名),識別しやすい容器にする(53名),点眼しやすい容器にする(35名)の3点.点眼キャップへの要望では識別しやすいキャップにする(34名),上向きに置いて倒れないキャップ(14名),開閉しやすいキャップにする(12名)が多かった.ラベル類への要望としては見やすい,判りやすいラベルにする(60名)が多数あった.質問3(製薬会社への要望事項)の回答を表4に示す.製品開発の要望では製品開発に対する要望として患者の負担を減らすためのアイデアや工夫が寄せられた.後発品に対しては情報の不足に対する不満があった.また,ロービジョン表4製薬会社へのその他の要望事項の回答(1)製品開発①患者さんが複数の点眼薬を点眼する困難さより,可能な組み合わせの配合点眼薬②高齢の患者さんが多いことより,1日の点眼回数のできるだけ少ない点眼薬③術後や長期点眼が必要な点眼薬の添加剤を減らして,シンプルにして欲しい④いつも,患者さんの視点での製品開発を望みたい(2)先発品vs後発品(ジェネリック品)①先発品,後発品に関する情報(同じところと異なるところ)が記載されている冊子を提供して欲しい②後発品の有効性が判らない.患者さんにとってメリット,デメリットを解りやすく説明して欲しい③後発品の普及に力を入れて欲しい(3)ロービジョン(LV)の患者さんへの対応①LV患者用の用品をいろいろな視点で考え,開発して欲しい②LV患者への点眼時の留意点などがあれば,冊子に追加し,広く行き渡るようにして欲しい③LV患者が少しでも確認できるように,文字や色,コントラストに工夫して欲しい④耳の不自由な患者さんへの適切な指導に関する情報提供も考えて欲しい(4)勉強会,説明会開催①薬や点眼指導などに関する勉強会を看護師や医療スタッフメンバーにも開催して欲しい②新しい情報は,医師,薬剤師だけでなく,看護師にも提供して欲しい③オペ室担当の看護師にとっては,点眼指導に関わる機会も少なく,勉強会の開催を④点眼薬の開発や製造工程に関する内容の勉強会も時には開催して欲しい(5)販売名(製品名)などの情報①医療事故を避けるため,紛らわしい販売名,似ている販売名は避けて欲しい②覚えやすい販売名を付けて欲しい(6)その他①フリーの点眼確認表があると,外来の患者さんにも提供できる.使いやすさとデザイン性は必要②点眼に興味を持ってもらえるような掲示物の提供表3製薬メーカーに対する製品,冊子への要望事項の回答1.点眼容器への要望①容器硬度(硬さ)を統一する(55名)②識別しやすい容器にする(53名)③点眼しやすい容器にする(35名)④容器形状を統一する(21名)⑤ノズル先端に色を付ける(11名)⑥容器全体を遮光にする(6名)⑦ミニ点容器製品を増やす(6名)⑧1回1滴しか出ない容器(6名)⑨キャップ一体型の容器(5名)⑩用時溶解型容器の改良(1名)2.点眼キャップへの要望①識別しやすいキャップにする(34名)②上向きに置いて倒れないキャップ(14名)③開閉しやすいキャップにする(12名)④キャップ形状を統一する(2名)⑤キャップに脱着可能な点眼補助具(1名)3.ラベル類への要望①見やすい,判りやすいラベルにする(60名)(色,文字の大きさ,識別性など)②特定の表示を大きく,分りやすく(14名)(保存条件,使用期限)③ラベルへの記載項目の追加(11名)(開封後の使用期限,点眼間隔など)④残液量が見やすいラベルにする(10名)4.投薬袋への要望①開けやすく,点眼薬の出し入れがしやすい投薬袋(8名)②点眼ケース(遮光も含めて)の販売(4名)③記載項目の充実化(記載欄の大きさも含めて)(3名)④袋の中が見やすい透明な投薬袋(2名)5.情報への要望①パンフレット類の充実化(小児に対する点眼法,点眼指導全般,副作用,開封後の使用期限など)(41名)②見やすい,解りやすいパンフレット(箇条書き,大きな文字,図・絵・写真を多用)(20名)③販売名(製品名)が紛らわしい(4名)④いろいろな種類の点眼確認表の提供(3名)6.その他の要望①製品に対する要望(用時溶解型,冷所保存品はなくす)(7名)②点眼補助具,識別性向上治具の開発(3名)———————————————————————-Page4398あたらしい眼科Vol.27,No.3,2010(120)(LV)の患者への対応が不十分であることや,勉強会,説明会開催や販売名(製品名)などの情報提供が医師以外のスタッフに対して十分に行われていないことへの不満が多く寄せられた.さらに,1回目のアンケート調査の結果より,「毎日の点眼を忘れない」を選択した理由と「毎日の点眼を忘れない」ための患者指導について記入方式により,同じ医療機関の個人にアンケート用紙を手渡し,即時に回収した.その結果,医師6名,看護師119名,薬剤師20名,視能訓練士8名より回答を得ることができた.1回目,2回目とも無記名での調査であり,2回目の回答者が1回目にすべて含まれるかは不明であった.「毎日の点眼を忘れない」を選択した理由については,効果を期待しているという内容が最も多く,75名いた.次いで点眼治療をしているという患者の意識や病識を重視しているという内容が64名いた.それ以外に,毎日の点眼が大前提であるという内容の回答が14名あった(表6).「毎日の点眼を忘れない」で行うための患者指導については,説明を工夫し充実させる内容が121名と最も多く,配布物を作成する(34名)ことや,周りの人の協力を得る(17名)という回答が寄せられた(表7).III考按今回のアンケート調査は日本眼科看護研究会の主導で行ったため,看護師と視能訓練士は十分なサンプル数が得られたが,実際に点眼指導を行う可能性がある薬剤師と医師のサンプル数は十分ではなかった.点眼治療が成功するためには患者への指導を十分に行う必要があるが,すべての職種において重要と考えている項目が一致する傾向がみられた.「毎日の点眼を忘れない」,「正確に眼の中に点眼する」,「眼や手指に点眼容器のノズルが触れない」,「1日の点眼回数」,「複数の点眼薬を点眼する時の点眼間隔」の5つの項目は点眼指導の際に必要不可欠であり,今回調査を依頼した医療機関においては点眼指導が適切になされていることを窺い知ることができる.なかでも,「毎日の点眼を忘れない」はどの職種においても最も重要であると考えられている.その理由として「効果を期待している」や,「毎日点眼をすることが大前提である」ということで選択している以外に,「点眼治療をしているという患者の意識や病識を重視している」という回答が多かったことは特筆すべきである(表6).また「毎日の点眼を忘れない」ための患者指導については「説明を工夫し充実させる」が最も多く,なかでも「患者の食事や入浴など生活スタイルに合わせて説明する」というものは,医療を中心に考える「コンプライアンス」とは様式が根本的に異なり,患者のライフスタイルに合わせた点眼治療を患者とともに模索するもので「アドヒアランス」に視点をおいた考えと言える.今回調査した多くの医療機関では「アドヒアランス」とういう概念が広く知られる以前より,点眼治療の「アドヒアランス」を高める取り組みがなされていたことを窺い知ることができた(表7).また,今回同時に施行した製薬メーカーへの要望の調査結果をみると,点眼指導を通して,われわれ医療の側が患者側に無理を強いていると痛切に感じていることがわかる2,3).そのなかには製薬メーカーに対して情報を発信することにより改善できる可能性があるものが存在し,製品に関連したも表7「毎日の点眼を忘れない」で行うための患者指導1.説明を工夫し充実させる121名・食事や入浴など生活スタイルに合わせて説明65名・病気を自覚して,点眼する必要性を理解するまで説明32名・時間を決めて説明10名・他14名2.配布物を作成34名・Check表を作成24名・パンフレットを作成10名3.家人の協力を得る17名表6「毎日の点眼を忘れない」が重要と考えて指導している理由1.効果を期待75名・不規則な点眼では治療効果が期待できない33名・点眼忘れは感染リスクが高くなる24名・有効濃度を維持して薬効を期待しているから13名・緑内障では点眼忘れで病状進行するため5名2.点眼治療をしているという意識や病識を重視64名・眼科の治療上点眼薬が重要なため51名・毎日の点眼を忘れず行うことで病識を維持できる11名・他2名3.毎日の点眼が大前提14名・点眼操作が確実でも,毎日の点眼行為が前提にあるので12名・毎日の点眼が前提にあり,医師が治療法を決めているため2名表5追加のアンケート調査の項目○あなたの職種は?【看護師・視能訓練士・薬剤師・医師・その他()】1.「毎日の点眼を忘れないこと」が多く回答あり,最も重要な項目とされていました.その理由は何でしょうか?自由記載でお願いします.2.毎日の点眼を忘れないためには,患者さんにどのような指導をされていますか?具体的に記入してください.———————————————————————-Page5あたらしい眼科Vol.27,No.3,2010399(121)のでは,「点眼をより容易にできるようにして欲しい」という要望と「製品を識別しやすくして欲しい」という要望の2つに大別できる.点眼を容易にするための要望としては,容器の硬さや形状の統一があげられる.すなわち,複数の点眼が必要な患者では1滴を確実に眼に落とすことを困難にしている原因と考えられているようである.その他,「袋からの出し入れが困難である」,「キャップの開閉が困難である」,「キャップが転がる」という不満もある.製品の識別に関連した要望をみると,「視覚障害者や高齢者を意識した製品設計がなされていない」と医療従事者が感じていることがわかる.視覚障害者はラベルの文字で製品を判別することが不可能であることは言うまでもないが,高齢者の多くは点眼薬の名前では製品を認識していない.このことに対する製薬メーカーの配慮が不足していると考えている医療従事者が,ラベルやキャップの色に言及したものと考えられる.さらに残量がわかりにくいなど製薬メーカーが改善すべき点を数多く指摘される結果となった.今回のアンケート調査を通じて,より良い点眼薬開発のためのアイデアが数多く得られたが,これらの情報を積極的に医療の側より製薬メーカーに伝えていくことにより,点眼治療の困難さを最小限にすることができると考えられる.今後看護師からも患者の生活環境を考慮した点眼指導について,積極的に製薬メーカーに情報発信していきたい.われわれ眼科医療従事者が点眼治療アドヒアランス向上を目指すとき,診療のさまざまな場面から患者との信頼関係を築き,点眼治療の重要性を認識できるように支援し,患者の生活に合った無理のない点眼方法を提案することが重要である.IV結論眼科領域では点眼は治療上不可欠である.そのためには医療従事者が患者に点眼の重要性について理解できるように説明することが必要である.その基盤には患者との信頼関係を深め,点眼に対するアドヒアランス向上を目指すことが重要である.患者に点眼の重要性が理解できても,点眼行為時に問題を生じている容器の硬さの統一や識別しやすい容器などに関しては医療現場では改善できないため,製薬メーカーへの情報発信の必要性が示唆された.謝辞:今回のアンケート調査に参加して下さいました日本眼科看護研究会会員の方々に心より感謝します.文献1)兵頭涼子,溝上志朗,川崎史朗ほか:高齢者が使いやすい緑内障点眼容器の検討.あたらしい眼科24:371-376,20072)青山裕美子:教育講座緑内障の点眼指導とコメディカルへの期待緑内障と失明の重み.看護学雑誌68:998-1003,20043)沖田登美子,加治木京子:看護技術の宝箱高齢者の自立点眼をめざした点眼補助具の作り方.看護学雑誌69:366-368,2005***

眼内レンズ脱臼の原因と臨床所見

2010年3月31日 水曜日

———————————————————————-Page1(113)3910910-1810/10/\100/頁/JCOPYあたらしい眼科27(3):391394,2010cはじめに近年の白内障手術は手術器械や手技が大きく進歩しており,手術中の合併症頻度は以前よりも減少しているものと考えられる.しかしながら,現在においても術中術後合併症は一定の頻度で発生しており,なかでも重篤な合併症の一つである眼内レンズ脱臼は白内障術後症例の0.23.0%に発症するとされる1).眼内レンズ脱臼は術中合併症を伴う症例に頻度が高いとされているが,一方で,熟練した術者による合併症のない白内障手術の後でも認められ,それらの原因不明例の報告も少なくない2).今回筆者らは,鹿児島市立病院にて手術加療を行った眼内レンズ脱臼症例を対象に,その原因,臨床所見および手術成績について調査検討を行ったので報告する.I対象および方法対象は平成12年4月から平成20年8月の間に,眼内レ〔別刷請求先〕田中最高:〒892-8580鹿児島市加治屋町20-17鹿児島市立病院眼科Reprintrequests:YoshitakaTanaka,M.D.,DepartmentofOphthalmology,KagoshimaCityHospital,20-17Kajiya-cho,Kagoshima892-8580,JAPAN眼内レンズ脱臼の原因と臨床所見田中最高吉永和歌子喜井裕哉中野哲郎北葉月上村昭典鹿児島市立病院眼科CharacteristicsandTendenciesofIntraocularLensDislocationYoshitakaTanaka,WakakoYoshinaga,YuyaKii,TetsurouNakano,HazukiKitaandAkinoriUemuraDepartmentofOphthalmology,KagoshimaCityHospital目的:眼内レンズ脱臼症例の原因と臨床所見について検討を行う.対象および方法:平成12年4月平成20年8月の約8年間に当院で手術加療を行った眼内レンズ(IOL)脱臼症例22例22眼の臨床所見について,カルテを参照に後ろ向きに調査した.結果:脱臼に関連すると思われる因子として,初回白内障手術時に破・Zinn小帯断裂などの合併症があったものが8眼,水晶体落屑症候群が5眼,外傷4眼,アトピー性皮膚炎2眼,網膜色素変性症1眼があったが,不明のものも6眼あった.IOL脱臼時の状況は,水晶体に包まれたままの脱臼が9眼,水晶体外への脱臼が13眼あった.白内障手術からIOL脱臼までの期間は平均5.2年(中間値2.8年)であった.22眼中19眼では初回手術後10年以内での発症であったが,残りの3眼では16年以上経過していた.全例に対して眼内レンズの縫着または整復を行った.結論:眼内レンズ脱臼症例では,初回白内障手術時の合併症,水晶体落屑症候群,外傷の既往が高率にみられた.一方で,特に明らかな原因もなく術後長期たってからの脱臼例もみられたことから,眼内レンズ脱臼症例は超音波乳化吸引術の普及を経て今後増加してくると推測された.Purpose:Todescribethepresentingcharacteristicsandtendenciesofposteriorchamberintraocularlens(IOL)dislocation.Design:Observationalcaseseries.Methods:Wereviewedtherecordsof22consecutivepatients(22eyes)whohadexperiencedIOLdislocationbetween2000and2008.Theircharacteristicswererecord-ed.Results:ConditionsassociatedwithIOLdislocationincludedcomplicatedoriginalsurgery(8eyes),pseudoexfo-liationsyndrome(5eyes),trauma(4eyes),andatopicdermatitis(2eyes).Therewasnoidentiablecausein28%ofeyes.In-the-bagIOLdislocationoccurredin9ofthe22eyes.MeantimefromIOLimplantationtodislocationwasapproximately5.2years.Dislocationhadoccurredwithin10yearsaftersurgeryin19of22eyes,andover16yearsaftersurgeryintheremaining3eyes.AllpatientsunderwentIOLrepositioningwithorwithoutscleralsuturexation.Conclusions:AlthoughIOLdislocationsareassociatedwithcomplicatedoriginalsurgery,pseudo-exfoliationsyndrome,andoculartrauma,someeyesofthepresentcaseshadnoidentiablecauses.Itisnecessarytoremainawareoflong-termcomplicationsevenafteruncomplicatedcataractsurgery.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)27(3):391394,2010〕Keywords:眼内レンズ脱臼,白内障手術.intraocularlensdislocation,cataractsurgery.———————————————————————-Page2392あたらしい眼科Vol.27,No.3,2010(114)ンズの位置異常とそれに伴う自覚症状をもち,かつ眼内レンズの位置の矯正を目的として鹿児島市立病院で手術加療を行った連続症例22例22眼(男性14例,女性8例)である.対象の年齢は3185歳(平均66.4歳)であった.なお,白内障手術中の眼内レンズ脱臼・落下および眼内レンズ縫着術後脱臼の症例は除外した.これらの症例に対し,初回眼内レンズ挿入時の手術内容,脱臼した眼内レンズと水晶体の状態および関連病態について,診療録を基にレトロスペクティブに調査した.白内障手術を他院にて行われた症例については,他院からの診療情報を基に調査を行った.ここでは眼内レンズ脱臼を,水晶体の状態に基づき,水晶体に包まれたままの脱臼と,水晶体外への脱臼の二つに分類した(図1,2).II結果表1および表2に対象症例のデータを示す.1.白内障手術白内障手術の術式は,水晶体超音波乳化吸引術(PEA)16眼,外摘出術(ECCE)4眼,不明2眼であった.ECCE4眼中2眼は術中の破のためにPEAから術式を変更した症例であった.眼内レンズが内固定されたものが13眼,外固定が8眼あり,1眼は不明であった.術中の合併症について調査できた19眼中,破が6眼,Zinn小帯断裂が2眼あった.図1水晶体に包まれたままの脱臼所見眼内レンズは水晶体に包まれたまま大きく傾斜しており,支持部と光学部の一部は,前房内に脱臼している.図2水晶体外への脱臼所見眼内レンズのエッジが瞳孔領のほぼ中央にあり,大きく偏位している.水晶体は一部破れているが,Zinn小帯の断裂は認められない.表1水晶体内のまま眼内レンズ脱臼を起こした症例一覧症例年齢(歳)性別白内障手術術式白内障手術合併症眼内レンズ脱臼の状態白内障手術からの経過期間原因176女性PEA内固定なし亜脱臼内60カ月不明284男性PEA内固定なし亜脱臼,下方偏位内60カ月外傷,PE377女性PEA内固定なし完全脱臼,落下内84カ月外傷,RP467男性ECCE内固定なし亜脱臼,下方偏位内240カ月PE563男性PEA内固定なし亜脱臼,耳側前房内内24カ月不明680男性PEA内固定なし亜脱臼,上方前房内内60カ月不明731男性PEA内固定なし完全脱臼,落下内42カ月アトピー868女性PEA内固定なし完全脱臼,落下内105カ月不明958男性PEA内固定Zinn小帯断裂亜脱臼,鼻側偏位内26カ月手術PEA:超音波乳化吸引術,ECCE:外摘出術,PE:偽落屑症候群,RP:網膜色素変性症.———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.27,No.3,2010393(115)2.眼内レンズ脱臼の要因眼内レンズ脱臼に直接関係すると思われる要因として,白内障術中合併症が8眼,患眼への外傷が4眼に確認された.Zinn小帯脆弱に影響すると思われる要因として,水晶体落屑症候群が5眼,アトピー性皮膚炎が2眼,網膜色素変性症が1眼あった.その他,明らかな要因が見当たらない例が6眼あった.3.水晶体と眼内レンズの関係および脱臼の程度水晶体に包まれた状態での脱臼が9眼,それ以外が13眼あった.水晶体に包まれた状態での脱臼9眼のうち,硝子体内に完全に落下したものが3眼,瞳孔領に眼内レンズが一部確認できる亜脱臼例が6眼みられた.水晶体外への脱臼13眼のうち,完全に落下しているものは6眼,亜脱臼は7眼であった.4.白内障手術からの眼内レンズ脱臼までの経過期間白内障手術から眼内レンズ脱臼までの期間は平均5.2年(中間値2.8年)であった,22眼中19眼では術後10年以内での脱臼であったが,残りの3眼では18年以上経過した後の脱臼であった.脱臼レンズと水晶体との関係で分けると,水晶体ごとの脱臼では平均6.5年(中間値5.0年)であるのに対し,水晶体外への脱臼では,平均4.2年(中間値0.8年)と短い傾向にあった.5.眼内レンズ脱臼治療の術式脱臼眼内レンズに対する治療として,18眼に硝子体手術と眼内レンズ縫着術の併用を行った.このうち17眼では脱臼した眼内レンズの摘出を行い,1眼では脱臼した眼内レンズを再利用し縫着術を行った.残りの4眼では水晶体が残存していたため,脱臼した眼内レンズをそのまま外に固定し,うち2眼には硝子体手術を追加した.III考按白内障手術の技術・機器は近年,格段の進歩を遂げてきた.眼内レンズの固定についても,内に固定するだけではなく,前切開縁が眼内レンズの光学部全周を覆う,いわゆるコンプリートカバーによる確実な固定が一般的になっている3).その一方で,capsulartensionringやcapsuleexpand-erといった白内障手術用特殊器具の登場により,Zinn小帯脆弱例に対してもPEA施行後眼内レンズを挿入することが可能になってきている4).また,白内障手術は,平易かつ効果的な手術であると社会的に認識されるようになり,患者のqualityofvisionに対する要求も高まっているため,破やZinn小帯断裂などの合併症があっても眼内レンズを挿入することが必至となりつつある1,5).白内障術後合併症における眼内レンズ脱臼の重要性は依然として高いことから,その頻度を減らすために原因や背景を探る必要があるが,いまだ十分に解明されているとはいえない.今回の症例における初回白内障の術式では,計画的ECCEが2例で施行され,術後20年以上を経過していた.他は不明のものを除くとすべてPEAであり,術式そのものに明らかな偏りがあるとは考えられず,白内障術式と眼内レンズ脱臼との関連は認められなかった.術後早期の眼内レンズ脱臼には,破やZinn小帯断裂などの術中合併症が大きく影響するとされる6).今回,術後1週間以内に発症した早期眼内レンズ脱臼症例5眼すべてに,白内障手術中の合併症(破)が確認できた.これらは白内障手術時合併症が確認できた症例全体の過半数を占めていた.表2水晶体外へ眼内レンズ脱臼を起こした症例一覧症例年齢(歳)性別白内障手術術式白内障手術合併症眼内レンズ脱臼の状態白内障手術からの経過期間原因177女性PEA外固定破完全脱臼,落下外1日手術259男性PEA内固定なし完全脱臼外96カ月不明359男性ECCE外固定破完全脱臼外5日手術485女性ECCE外固定破亜脱臼,後方に傾斜外3日手術582男性PEA外固定Zinn小帯断裂亜脱臼,下方偏位外9カ月手術,PE641男性PEA内固定なし亜脱臼,耳側下方偏位外192カ月アトピー785女性PEA内固定破亜脱臼,下方偏位外1日手術,PE884男性不明外固定不明亜脱臼,下方偏位外24カ月PE955男性不明不明不明完全脱臼,落下外6カ月外傷1045男性PEA内固定破亜脱臼,下方偏位外1日手術1154女性PEA外固定なし亜脱臼,下方前房内外72カ月外傷1274男性ECCE外固定不明完全脱臼,下方偏位外240カ月不明1356女性PEA外固定破完全脱臼,落下外22カ月手術———————————————————————-Page4394あたらしい眼科Vol.27,No.3,2010(116)いずれも水晶体外へ眼内レンズが脱臼しており,水晶体が眼内レンズに癒着し安定化する前の不安定な段階で,支持が不十分であったために,脱臼をひき起こした可能性がある.前の亀裂が赤道部より後方に回った状態,CCC(continuouscurvilinearcapsulorrhexis)が未完な状態での後破損,Zinn小帯断裂例では,眼内レンズ縫着術を選択すべきとされている7).今回の結果からも白内障術中に合併症を起こした際には,安易に眼内レンズを挿入するのではなく,縫着を行うべきかどうか慎重に検討を行う必要があったと考えられる.術後中期から後期にかけての眼内レンズ脱臼の原因としては,術中の合併症に加え,進行性のZinn小帯脆弱や突発的な外傷などがある2).初回白内障術後から24カ月以上経過した後に眼内レンズ脱臼を起こした症例14例では,その原因として偽落屑症候群,外傷,アトピー性皮膚炎などがみられ,これらは過去の報告に一致する5,8)が,一方で原因不明例が6例と最も多かった.明らかな外傷歴や基礎疾患のない進行性のZinn小帯脆弱は,その病態が不明であり,他院での手術例においては,脱臼する以前の情報が限られていたことも原因不明例が多い理由と考えられた.Capsularcon-strictionsyndromeによるZinn小帯に対する牽引が影響している可能性もある9)が,前の著しい収縮が確認できた症例はなかった.眼内レンズ脱臼の形態では,水晶体に包まれた状態での脱臼の報告が,近年増加傾向にある8,11).今回の検討において,対象期間を前後半に二等分すると,水晶体ごとの脱臼は,前半で9眼中3眼(33%)であったのに対し,後半では13眼中6眼(46%)であり,症例数が少ないという問題点はあるが,増加がみられている.初回手術後経過期間では,水晶体ごとの脱臼症例が,水晶体外への脱臼症例に比べ,平均値・中間値ともに長い傾向にあった.内のままの脱臼が,比較的晩期に起きるのであれば,術後に長期間経過した症例が蓄積されるに従って,その頻度が増加する可能性がある.今回の症例のうち3眼では,初回手術後18年以上経過して眼内レンズ脱臼を起こしており,長期間経過後も眼内レンズ脱臼の危険があることが再確認できた.3眼のうち2眼が外への脱臼であったが,これらの症例の初回手術が行われた当時は,外摘出術が主流であり,現在ほどに適切なCCCと内固定が普及していなかったことを考慮しなくてはならない.一般的にPEAとCCCが普及した後の眼内レンズの固定が良好な症例が,これから続々と20年以上の術後晩期を迎えることになる.過去の報告においては,白内障手術から20年以上経過後に眼内レンズ脱臼を起こした症例はわずかである12)が,今後このような晩期合併症,とりわけ内固定のままの脱臼が増加することが予想される.眼内レンズ脱臼に対する治療では,水晶体とZinn小帯の強度が十分であれば,再度外に固定し直すことは可能である.しかし一般的には確実性の点から眼内レンズ縫着術が広く選択されている13).一方,前房眼内レンズという選択もあるが,わが国では認可が1種類のレンズに限られている.また,角膜内皮障害を起こしやすい印象があり,広く普及しているとはいえない.今後眼内レンズ脱臼が増加するとなれば,眼内レンズ縫着術の重要性はさらに増すこととなり,術式やデバイスなどのさらなる進歩が期待される.今後は,水晶体ごとの脱臼,初回手術から長期間経過後の発症という傾向が強まると考えられる.近年,前収縮や偏心の程度により眼内レンズの固定状態を定量的に評価することが可能になっている3)が,ひとたび眼内レンズ脱臼を起こしたのちに原因を特定することは困難である.原因不明例は増加すると考えられ,そのメカニズムを解明し,位置異常を起こしにくい手術に結びつけるために,長期的な経過観察が必要である.文献1)GimbelHV,CondonGP,KohnenTetal:Latein-the-bagintraocularlensdislocation:incidence,prevention,andmanagement.JCataractRefractSurg31:2193-2204,20052)DavisD,BrubakerJ,EspandarLetal:Latein-the-bagspontaneousintraocularlensdislocation:evaluationof86consecutivecases.Ophthalmology116:664-670,20093)永田万由美,松島博之:収縮と眼内レンズの偏位.IOL&RS22:3-9,20084)TakimotoM,HayashiK,HayashiH:Eectofacapsulartensionringonpreventionofintraocularlensdecentrationandtiltandonanteriorcapsulecontractionaftercataractsurgery.JpnJOphthalmol52:363-367,20085)SchererM,BertelmannE,RieckP:Latespontaneousin-the-bagintraocularlensandcapsulartensionringdisloca-tioninpseudoexfoliationsyndrome.JCataractRefractSurg32:672-675,20066)BokeWR,KrugerHC:Causesandmanagementofposte-riorchamberlensdisplacement.JAmIntraocularImplantSoc11:179-184,19857)西村栄一:眼内レンズ内・外固定および毛様溝縫着術の適応.IOL&RS22:10-15,20088)HayashiK,HirataA,HayashiHetal:Possiblepredispos-ingfactorsforin-the-bagandout-of-the-bagintraocularlensdislocationandoutcomesofintraocularlensexchangesurgery.Ophthalmology114:969-975,20079)DavisionJA:Capsulecontractionsyndrome.JCataractRefractSurg19:582-589,199310)GrossJG,KokameGT,WeinbergDVetal:In-the-bagintraocularlensdislocation.AmJOphthalmol137:630-635,200411)加藤桃子,木村亮二,加藤整ほか:眼内レンズ位置異常をきたした症例の検討.眼科手術20:103-107,200712)KimSS,SmiddyWE,FeuerWetal:Managementofdis-locatedintraocularlenses.Ophthalmology115:1699-1704,2008

白内障手術における着色ディスコビスクRの臨床使用

2010年3月31日 水曜日

———————————————————————-Page1(109)3870910-1810/10/\100/頁/JCOPYあたらしい眼科27(3):387390,2010cはじめに白内障手術において,水晶体超音波乳化吸引術が標準的な術式となり,装置や手術手技の進歩により眼組織への侵襲が非常に少なくなった.これらの進歩に加え,粘弾性物質が空間を維持することで手術の操作性を向上させ,さらに,前房内に滞留することで器具と眼内組織,あるいは超音波乳化吸引術で破砕された水晶体核片と角膜内皮の接触を軽減することが期待されている.近年,粘弾性物質の英語名称は“vis-coelasticmaterial”から“ophthalmicviscosurgicaldevic-es”に標準化され1),よりいっそう,術中の道具としての役割が注目されている.粘弾性物質は,凝集型と分散型に分類され,それぞれの特性を生かしたソフトシェル法が術中に角膜内皮保護する面から広く使われている2).新しく開発されたディスコビスクRは,分散型のビスコートRと同じヒアルロン酸ナトリウムとコンドロイチン硫酸エステルナトリウムの配合剤であるが,コンドロイチン硫酸は4%のままで,ヒアルロン酸ナトリウムの分子量を高くし,濃度を1.65%と低くすることで,分散型の眼内滞留性を保ちつつ,手術終了時の吸引除去が容易な凝集型の利点が加わることが期待されている.〔別刷請求先〕ビッセン宮島弘子:〒101-0061東京都千代田区三崎町2-9-18東京歯科大学水道橋病院眼科Reprintrequests:HirokoBissen-Miyajima,M.D.,DepartmentofOphthalmology,TokyoDentalCollegeSuidobashiHospital,2-9-18Misaki-cho,Chiyoda-ku,Tokyo101-0061,JAPAN白内障手術における着色ディスコビスクRの臨床使用ビッセン宮島弘子吉野真未東京歯科大学水道橋病院眼科ClinicalUseofStainedDisCoViscRinCataractSurgeryHirokoBissen-MiyajimaandMamiYoshinoDepartmentofOphthalmology,TokyoDentalCollegeSuidobashiHospital凝集型と分散型の特徴を有する新しい粘弾性物質であるディスコビスクRをフルオレセインで着色し,白内障手術時の眼内動態を観察した.本臨床治験の目的を説明し同意の得られた加齢白内障11例11眼,男性6例,女性5例,平均年齢70.9歳を対象とし,ディスコビスクRを前房内注入して前切開後,水晶体超音波乳化吸引時における眼内滞留状況を術者が4段階評価し,灌流・吸引チップによる除去時間も測定した.安全性の確認として術前から術30日後に矯正視力,眼圧,角膜厚,角膜内皮細胞を観察した.ディスコビスクRは水晶体核超音波乳化吸引術直後,全例において眼内滞留が確認され,27.7%は十分,72.7%はかなり残ったという評価で,除去に要した時間は4.2±2.6秒であった.臨床上問題になる眼圧,角膜厚,角膜内皮細胞数への影響はなかった.着色ディスコビスクRにより超音波乳化吸引時の滞留状態が確認され,角膜内皮保護の面で有用な手術補助剤であることが示唆された.TheDisCoViscR,anewlydevelopedophthalmicviscosurgicaldevice(OVD)thathasbothcohesiveanddisper-sivecharacteristics,wasstainedwithuoresceinanditsbehaviorinsidetheeyewasobservedunderanoperatingmicroscope.Informedconsentwasobtainedfromthe11cataractpatients(11eyes)takingpartinthisclinicaltrial.FollowingtheinjectionofDisCoViscRintotheanteriorchamberandanteriorcapsulorrhexis,residualDisCoViscRafterphacoemulsicationandthedurationofaspirationusingtheirrigation/aspirationtipwereevaluated.Inallcases,DisCoViscRremainedintheeyeuntilthenuclearfragmentshadbeenaspirated,theaveragetimeofremovalbeing4.2±2.6seconds.Noneofthecasesshowedanyadverseeectonvisualacuity,intraocularpressure,cornealthicknessorendothelialcellcount,upto1monthpostoperatively.StainingwasusefulinevaluatingDisCoViscRbehaviorinsidetheeye;possibleprotectionofthecornealendotheliumduringphacoemulsicationwassuggested.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)27(3):387390,2010〕Keywords:粘弾性物質,ヒアルロン酸ナトリウム,白内障手術,眼内滞留能,角膜内皮保護.ophthalmicvisco-surgicaldevice,sodiumhyaluronate,cataractsurgery,intraocularretentionability,endotheliumprotection.———————————————————————-Page2388あたらしい眼科Vol.27,No.3,2010(110)筆者らは摘出豚眼を用いて,実験的に着色したディスコビスクRの眼内滞留能を観察した3,4)が,実際の白内障手術においては,眼球の大きさ,すなわち前房容積が異なり,さらに,混濁した水晶体を操作する際,超音波チップの向きや動きに差があり,滞留能が異なる可能性は否定できない.今回,着色したディスコビスクRを用いた白内障手術における臨床治験の機会を得たので,その成績を報告する.I対象および方法1.対象本臨床治験は,日本人白内障患者を対象に実施した眼内滞留能試験で,選択基準は超音波水晶体乳化吸引術による白内障摘出および眼内レンズ挿入術を必要とする40歳以上の加齢白内障例で,核硬度2以下(Emery-Little分類),緑内障,角膜疾患など視力に影響する眼疾患を合併していない11例11眼を対象とした.本研究は施設の治験審査委員会にて審議された後,ヘルシンキ宣言に則り,患者から治験参加前にインフォームド・コンセントを取得し,術前検査,手術,術後経過観察が行われた.2.術式および術中評価方法点眼麻酔下,2.4mmの耳側角膜切開後,着色ディスコビスクRを前房内に注入し,チストトームにて直径5.05.5mmの前切開,ハイドロダイセクションを行い,その後,混濁した水晶体を超音波水晶体乳化吸引術にて除去した.使用した超音波乳化吸引装置はアルコン社INFINITIRで,灌流ボトルの高さは85cm,流量は毎分23ml,最大吸引圧は390mmHg,OZilTMtorsionalハンドピースに0.9mmフレア・ケルマンタイプの超音波チップとウルトラスリーブをセットし,全例torsional振動のみで出力70%設定を用いた.術式はPhacoChopによる二手法で,水晶体核吸引除去までに着色ディスコビスクRの残留状況を①十分残った(角膜内皮は十分に保護されていたと考えられる),②かなり残った(角膜内皮は保護されていたと考えられる),③少し残った(角膜内皮保護は不十分であったと考えられる),④残らなかった(角膜内皮保護はなかったと考えられる)の4段階で術者自身が術中所見および録画ビデオ画像から総合評価した.さらに超音波乳化吸引後に前房内に残留した着色ディスコビスクRを定量的に評価するために,皮質吸引に用いる灌流・吸引(irrigation/aspiration:I/A)チップで残留した着色ディスコビスクRの吸引除去に要する時間を,I/Aチップによる着色ディスコビスクR吸引開始から完全消失するまでに要した時間を録画画像から測定した5).その後,残った皮質をI/Aチップで除去し,再度着色ディスコビスクRで前房および水晶体を満たし,アルコン社製アクリソフRシングルピースSN60ATをCカートリッジにセットし,インジェクターを用いて水晶体内挿入した.1例ごとのディスコビスクR使用量の平均は,前切開前の眼内注入0.25±0.05ml,眼内レンズセット用カートリッジ内0.10±0.04ml,眼内レンズ挿入前の水晶体形成0.13±0.04ml,計0.48±0.05mlであった.3.術後評価項目着色ディスコビスコR使用の安全性を確認する目的で,白内障手術後1,7,30日後に矯正視力,Goldmann圧平式眼圧計にて眼圧,スペキュラーマイクロスコピー(ノンコンロボ:コーナン社)にて角膜厚,角膜内皮細胞数を測定した.II結果全例,着色ディスコビスクRを手術顕微鏡下で十分に観察可能であった.着色ディスコビスクRを前房内に注入した際の顕微鏡下画像と,無着色凝集型粘弾性物質(アルコン社プロビスクR)を注入した同顕微鏡下画像を図1に示す.着色ディスコビスクR使用下,前切開,水晶体超音波乳化吸引図1a着色ディスコビスクR注入角膜切開後,前切開前に前房内に注入された着色ディスコビスクRは緑がかった色で確認できる.図1b無着色プロビスクR注入無着色プロビスクRは透明なため,前房内で観察することは困難である.———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.27,No.3,2010389(111)術といった白内障手術手技に影響はなく,術中合併症はなかった.水晶体核の超音波水晶体乳化吸引直後における着色ディスコビスクRの眼内滞留能の評価は十分に残ったが27.3%(3/11例),かなり残ったが72.7%(8/11例)で,角膜内皮保護作用がないと考えられる少し残った,残らなかったという評価を得た症例はなかった.水晶体超音波乳化吸引直後のサイドビューで撮影したビデオからの静止画像を図2に示す.眼内がやや緑色に見えるが,これが残留した着色ディスコビスクRである.つぎに,超音波チップによる水晶体核およびエピヌクレウス除去後に,I/Aチップを眼内に挿入し,残留着色ディスコビスクRを完全に吸引除去するのに要した時間は,4.2±2.6秒(08秒)であった.0秒であった2例は,超音波チップにて水晶体核の乳化吸引除去まで着色ディスコビスクRが確認されたため,術者評価はかなり残ったとされたが,エピヌクレウスをI/Aチップでなく超音波チップで吸引除去する際,エピヌクレウスと一緒に着色ディスコビスクRが吸引されたため,I/Aチップでの吸引除去が必要なかった例である.術後矯正視力は,術前より低下した例はなく,術後30日における平均1.2,11例中10例が1.2以上と良好な結果であった.1例のみ矯正視力0.7で,年齢は86歳,術前は水晶体混濁のため,眼底の詳細な観察が困難であった.術後,加齢黄斑変性症が認められ,これが視力0.7の原因と考えられたが,所見から手術による影響ではなく術前から存在するものと考えられた.その他,安全性評価として眼圧,角膜厚,角膜内皮細胞数の術前から術後30日までの変化を図3,4に示す.眼圧は術後1日,角膜厚は術後7日でピークを示したが,臨床上問題となる変化はなかった.角膜内皮細胞数は術前が2,610.1±300.4/mm2,術後30日が2,613.8±362.5/mm2で,術後30日の変化率は0.1±7.7%と,ほとんど変動が認められなかった.III考按現在,臨床使用可能な着色粘弾性物質はなく,近年の水晶体超音波乳化吸引装置を用い臨床治験目的で作製された着色ディスコビスクRによる今回の術中観察結果,および術後成績は,粘弾性物質の特徴を理解するうえで有用と思われる.今回の症例数は臨床治験のため限られているが,1992年に着色粘弾性物質を眼内レンズ挿入術に用いた臨床成績がわが国および海外から報告されている6,7).当時の着色目的も眼内挙動をみることで,手術手技や術後炎症への影響がないことが確認され,ヒーロンイエローRという名称で販売された.しかし,現在のように眼内滞留して眼組織を保護するという面での関心度は低く,広く普及するには至らず製造中止となっている.眼内への毒性については,1mlヒアルロン酸ナトリウム10mgにフルオレセインナトリウム0.005mg含有の凝集型粘弾性物質を家兎眼の前房内に注入し,眼圧,角膜および全身性に影響がないことが報告されている8).今回は,術後30日までの結果で着色による問題は認められなかった.図2超音波乳化吸引直後に残った着色ディスコビスクRサイドビュービデオカメラで撮影した眼内の様子.水晶体超音波乳化吸引後,超音波チップを眼外に出したところで,角膜裏側に緑色の着色ディスコビスクRの存在が確認できる.05101520術前術後24時間術後7日術後30日眼圧(mmHg)測定時期n=11図3術前から術後30日までの眼圧変化術前から術後1,7,30日の各検査日の眼圧は20mmHg以下,標準偏差(縦線)は2.9mmHg以内であった.00.20.40.6角膜厚(mm)術前術後7日術後30日測定時期n=11図4術前から術後30日までの角膜厚の変化術前と比較して術後7日でやや角膜厚の平均値は増えているが,標準偏差(縦線)は0.03mm以内で,臨床的に問題になるような変化はなかった.———————————————————————-Page4390あたらしい眼科Vol.27,No.3,2010(112)また,本治験期間以降,11例中7例は1921カ月後に経過観察が可能であった.矯正視力が低下した例はなく,角膜内皮細胞数は平均2,600±370.8/mm2,変化率は治験期間である術後30日では術前の0.1±7.7%に比べて2.4±9.8%と増加していたが,通常の白内障手術後と比較して問題になる例はなかった.水晶体核の超音波乳化吸引術中の前房内滞留能について,通常使用している粘弾性物質は透明なため,存在を確認することは困難である.今回使用した着色ディスコビスクRは,手術顕微鏡下で術者が確認でき,録画画像でも色の違いで観察可能であった.フルオレセイン染色した粘弾性物質は,実際の手術に使用できるものが承認されていないため,各施設で粘弾性物質をフルオレセイン染色し,摘出豚眼や家兎眼を用いた実験環境で用いられている.眼内挙動について,各種粘弾性物質を用いた報告がわが国および海外であり911),眼内滞留能をみるため,共焦点顕微鏡や前眼部解析装置が用いられている.これらの報告で,分散型ビスコートRが量的に残りやすいとされているが,新しく開発されたディスコビスクRは従来の凝集型と比べ残留が良好なことが,すでに確認されている4,12,13).着色ディスコビスクRは手術顕微鏡下で術者が確認でき,録画画像からも色の違いで観察可能である.十分残ったあるいはかなり残ったという評価は,従来の実験結果と同様で,水晶体核の乳化吸引時に角膜内皮と直接接触することを予防できる可能性が高い.ほかに定量的に比較する方法として,眼内に残留した粘弾性物質を吸引除去するのに必要な時間を測定する方法がある5).今回,術中に残留した粘弾性物質を確認するために,この方法を用い,I/Aチップで吸引除去に要した時間は平均約4秒であった.豚眼の実験では,眼内に注入したディスコビスクRの量が多く,かつ吸引除去する空間が広いため,より長時間要したと考えられる.また,ディスコビスクRを直接吸引除去する目的で,I/Aチップの吸引孔を近づけて吸引すると,短時間で除去でき,凝集型の特性がでていた.このことは,除去が容易という実験結果と同様であるが,水晶体超音波乳化吸引術中,超音波チップをディスコビスクRに近い位置で操作すると眼内から吸引除去される可能性がある.今回の症例のうち2例はエピヌクレウスを吸引除去する目的で超音波チップをやや前房の浅い部分に向けた際にエピヌクレウスと一緒に着色ディスコビスクRの消失が観察されている.今後,ディスコビスクRの眼内滞留能の特性を生かすには,超音波チップの向き,灌流条件の設定を考慮する必要があると思われた.ディスコビスクRは海外ですでに臨床使用されており,角膜内皮保護の面で良好な結果が報告されているソフトシェル法と比較し,術後内皮細胞の面で同等の結果であったという報告がある14).今回の臨床治験より,超音波乳化吸引時に眼内に滞留し角膜内皮保護する可能性が示唆されたが,先に述べた超音波チップや装置の設定に加え,核硬度,前房深度が影響すると思われるので,今後,さらに症例を増やして評価されることが望まれる.文献1)LaneSS:OphthalmicViscosurgicalDevices:PhysicalCharacteristics,ClinicalApplications,andComplications.InSteinertRF(ed):CataractSurgeryTechniqueCom-plicationsManagement.p43-50,Saunders,Philadelphia,20042)ArshinoSA:Dispersive-cohesiveviscoelasticsoftshelltechnique.JCataractRefractSurg25:167-173,19993)Bissen-MiyajimaH:Invitrobehaviorofophthalmicvis-cosurgicaldevicesduringphacoemulsication.JCataractRefractSurg32:1026-1031,20064)YoshinoM,Bissen-MiyajimaH:Residualamountofoph-thalmicviscosurgicaldevicesonthecornealendotheliumfollowingphacoemulsication.JpnJOphthalmol53:62-64,20095)OshikaT,OkamotoF,KajiYetal:Retentionandremov-alofanewviscousdispersiveophthalmicviscosurgicaldeviceduringcataractsurgeryinanimaleyes.BrJOph-thalmol90:485-487,20066)SmithKD,BurtWL:Fluorescentviscoelasticenhance-ment.JCataractRefractSurg18:572-576,19927)増田寛次郎,今泉信一郎,坂上達志ほか:フルオレセイン-Na添加ヒアルロン酸ナトリウム製剤PHY-89の眼内レンズ挿入術に対する臨床試験成績.眼臨86:80-88,19928)西田輝夫,大鳥利文,勝山巌:PHY-89の家兎前房内注入による影響.眼紀43:73-79,19929)枝美奈子,松島博之,小原喜隆:異なる超音波乳化吸引設定による粘弾性物質の前房内動態.あたらしい眼科22:1567-1571,200510)井口俊太郎,谷口重雄,西村栄一ほか:ビスコアダプティブ粘弾性物質の前房内動態に関する実験的検討.IOL&RS18:294-298,200411)Bissen-MiyajimaH:Ophthalmicviscosurgicaldevices.CurrOpinOphthalmol19:50-54,200812)枝美奈子,松島博之,寺内渉ほか:各種粘弾性物質の前房内滞留性と角膜内皮保護作用.日眼会誌110:31-36,200613)PetrollWM,JafariM,LaneSSetal:Quantitativeassess-mentofviscoelasticretentionusinginvivoconfocalmicroscopy.JCataractRefractSurg31:2363-2368,200514)PraveenMR,KoulA,VasavadaRetal:DisCoViscversusthesoft-shelltechniqueusingViscoatandProviscinphacoemulsication:Randomizedclinicaltrial.JCataractRefractSurg34:1145-1151,2008***