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緑内障:プロスタグランジン製剤の併用療法

2010年5月31日 月曜日

あたらしい眼科Vol.27,No.5,20106430910-1810/10/\100/頁/JCOPY●緑内障における多剤併用治療強力な眼圧下降作用をもつプロスト系のプロスタグランジン製剤(以下,PG製剤)の単独投与で目標眼圧に到達しない場合,薬剤切り替えないし併用投与が行われる.当初PG製剤単独で治療を開始した緑内障患者でも,1年以内に20%以上の患者が多剤併用治療を必要としたとの報告1)がある.眼圧の上昇・下降は緑内障進行のリスクに直結する.もしPG製剤単独で良好な眼圧コントロールが得られなかった場合,PG製剤と併用するセカンド・ラインの薬剤の選択が重要となる.PG製剤の併用薬としては,bブロッカー,コリン作動薬,炭酸脱水酵素阻害薬(CAI),およびaアゴニストがある.近年,全身性副作用や眼局所の副作用を考慮し,CAIやaアゴニストをPG製剤と併用した報告が多い.本稿では,CAIとPG製剤の併用効果に絞って解説する.●プロスタグランジン製剤と炭酸脱水酵素阻害薬の併用療法現在市販されているCAIは,ブリンゾラミドとドルゾラミドである.ブリンゾラミド(CAI)はラタノプロストあるいはトラボプロストと併用した場合,有意に眼圧を下降することが報告されている2.4).同じくドルゾラミド(CAI)とラタノプロストを併用した場合も,有意な眼圧下降を示すとされてる5).最近筆者らは,CAIとPG製剤,およびbブロッカーとPG製剤の併用効果を比較するため,以下の臨床試験を行ったので報告する6).対象は3カ月以上ラタノプロスト単剤投与を行った30名の開放隅角緑内障(POAG)患者である.これらPOAG患者は当初チモロールとラタノプロストの併用治療を3カ月間行い,1回目の眼圧日内変動を測定した.その後,ブリンゾラミドとラタノプロストの併用治療に切り替え,3カ月経過した時点で(71)●連載119緑内障セミナー監修=東郁郎岩田和雄山本哲也119.プロスタグランジン製剤の併用療法石川誠秋田大学大学院医学研究系医学専攻病態制御医学系眼科学講座プロスト系のプロスタグランジン製剤は1日1回の点眼で有意に眼圧が下降するため,緑内障および高眼圧症の治療におけるファースト・ラインの薬剤の一つである.しかし単剤で十分な眼圧下降を得られない場合,薬剤併用療法が必要となる.本稿では,プロスタグランジン製剤と炭酸脱水酵素阻害薬の併用療法について概説する.246810121416186AM9AM12PM3PM6PM9PM12AM3AM時刻眼圧(mmHg):Timolol+latanoprost:Brinzolamide+latanoprost************図1チモロール併用群(Timolol+latanoprost)とブリンゾラミド併用群(Brinzolamide+latanoprost)の眼圧日内変動の比較(文献6より)*p<0.05,**p<0.01,***p<0.001,mean±SE(pairedt-test).68101214161824時間平均日中夜間眼圧(mmHg):Timolol+latanoprost:Brinzolamide+latanoprost******図2チモロール併用群(Timolol+latanoprost)とブリンゾラミド併用群(Brinzolamide+latanoprost)の24時間平均眼圧,日中眼圧,夜間眼圧の比較(文献6より)*p<0.05,**p<0.01,***p<0.001,mean±SE(pairedt-test).644あたらしい眼科Vol.27,No.5,20102回目の眼圧日内変動を測定した.1回目と2回目の眼圧日内変動を比較した結果,ブリンゾラミドとラタノプロスト併用群(ブリンゾラミド併用群)がチモロールとラタノプロスト併用群(チモロール併用群)と比較して眼圧下降効果が有意に優れていることが明らかになった(図1).ブリンゾラミド併用群はチモロール併用群と比較して特に夜間眼圧の下降効果が高く(図2),脈拍抑制など全身的副作用も少なかった.以上から,ブリンゾラミドとラタノプロストの併用治療は,チモロールとラタノプロストの併用治療と比較して,眼圧下降効果と安全性に優れていると考えられた.文献1)CovertD,RobinAL:Adjunctiveglaucomatherapyuseassociatedwithtravoprost,bimatoprost,andlatanoprost.CurrMedResOpin22:971-976,2006(72)2)ShojiN,OgataH,SuyamaHetal:Intraocularpressureloweringeffectofbrinzolamide1.0%asadjunctivetherapytolatanoprost0.005%inpatientswithopenangleglaucomaorocularhypertension:anuncontrolled,openlabelstudy.CurrMedResOpin21:503-508,20053)NakamotoK,YasudaN:Effectofconcomitantuseoflatanoprostandbrinzolamideon24-hourvariationofIOPinnormal-tensionglaucoma.JGlaucoma16:352-357,20074)AbeK,KashiwagiK:Additiveeffectofbrinzolamideondiurnalchangesinintraocularpressureinlatanoprosttreatedeyes.OpenOphthalmolJ2:160-164,20085)MaruyamaK,ShiratoS:Additiveeffectofdorzolamideorcarteololtolatanoprostinprimaryopen-angleglaucoma:aprospectiverandomizedcrossovertrial.JGlaucoma15:341-345,20066)IshikawaM,YoshitomiT:Effectsofbrinzolamidevstimololasanadjunctivemedicationtolatanoprostoncircadianintraocularpressurecontrolinprimaryopen-angleglaucomaJapanesepatients.ClinOphthalmol3:493-500,2009☆☆☆お申込方法:おとりつけの書店,また,その便宜のない場合は直接弊社あてご注文ください.メディカル葵出版年間予約購読ご案内眼における現在から未来への情報を提供!あたらしい眼科2010Vol.27月刊/毎月30日発行A4変形判総140頁定価/通常号2,415円(本体2,300円+税)(送料140円)増刊号6,300円(本体6,000円+税)(送料204円)年間予約購読料32,382円(増刊1冊含13冊)(本体30,840円+税)(送料弊社負担)最新情報を,整理された総説として提供!眼科手術2010Vol.23■毎号の構成■季刊/1・4・7・10月発行A4変形判総140頁定価2,520円(本体2,400円+税)(送料160円)年間予約購読料10,080円(本体9,600円+税)日本眼科手術学会誌(4冊)(送料弊社負担)【特集】毎号特集テーマと編集者を定め,基本的事項と境界領域についての解説記事を掲載.【原著】眼科の未来を切り開く原著論文を医学・薬学・理学・工学など多方面から募って掲載.【連載】セミナー(写真・コンタクトレンズ・眼内レンズ・屈折矯正手術・緑内障・眼感染アレルギーなど)/新しい治療と検査/眼科医のための先端医療他【その他】トピックス・ニュース他■毎号の構成■【特集】あらゆる眼科手術のそれぞれの時点における最も新しい考え方を総説の形で読者に伝達.【原著】査読に合格した質の高い原著論文を掲載.【その他】トピックス・ニューインストルメント他株式会社〒113.0033東京都文京区本郷2.39.5片岡ビル5F振替00100.5.69315電話(03)3811.0544http://www.medical-aoi.co.jp

屈折矯正手術:フェムトセカンドレーザーVisuMaxによる近視矯正手術:FLEx

2010年5月31日 月曜日

あたらしい眼科Vol.27,No.5,20106410910-1810/10/\100/頁/JCOPY●VisuMaxについてフェムトセカンドレーザー(以下,FSレーザー)は1,000兆分の1秒の超短パルスを発生する波長1,053nmの近赤外線レーザーである.光切断(photo-disruption)した点を連続させて間隙を作ることにより,組織内での精度の高い切削が可能である.組織の障害もきわめて少ない.その性質を利用して,眼科領域では,LASIK(laserinsitukeratomileusis)において,フラップを作製する際にマイクロケラトームに代わり用いられるようになった.より精密に,少ない誤差で設定した厚みのフラップが作製できることにより,近年導入する施設が増加している.CarlZeissMeditec社(以下,CZM社)は2007年にFSレーザーVisuMaxを開発した.その特長として,①レーザー発振部はファイバーであり,安定している,②従来のFSレーザーに比べ,照射のスポットサイズが小さく,1パルス当たりのエネルギー量が少なく,照射スピードが速い(200.500KHz),③光学系を大きく取ることにより,深部に至るまでフォーカスが正確,④角膜との接触部位であるコンタクトレンズが,角膜のカーブに合わせて作られているので,正確な三次元的切除が可能,などがあげられる.●FLEx(FemtosecondLenticuleExtraction)について前述の性質を利用して,角膜実質をエキシマレーザーによって蒸散させて切除するのではなく,FSレーザーによってレンチクルとして切除することによる屈折矯正技術がCZM社によって開発され,すでに臨床応用が始まっている(図1).FemtosecondLenticuleExtractionの頭文字をとってFLExとよばれている.その利点として,①FSレーザーのみでLASIKが行える(経済性),②エキシマレーザーに比べて温度・湿度など環境による影響を受けにくく(キャリブレーション不要)常に安定した矯正が行える,③一度にフラップ作製と実質切除が行われるため手術が短時間で終了する,④狙いどおりの三次元的形状で切除できるため,角膜のProlate形状を保つことが可能となり,術後の収差に優位である,⑤1μm単位の精度での切削が可能なことより高精度なCustom矯正へ発展が期待できる,などがあげられる.また,昨年にはさらに切開創を3mmまで小さくするSmallIncisionFemtosecondLenticuleExtraction(SMILE)も発表された.SMILEでは,傷が小さいため,⑥視力回復がより速い,⑦角膜のバイオメカニカルな安定性が保たれるので,さらに強度な近視への対応も期待できる,⑧知覚神経を温存できることからドライアイになりにくい,などの利点もあげられる.●FLExの術式(図2~4)①まず最深部であるレンチクル後面を切断.②レンチクル前面に続けてフラップ面の切断.③FLExは全体のサイドカット,SMILEは下方80°のみのサイドカット.④レンチクルをスパーテルで分離した後,鑷子にて除去.⑤フラップを戻して終了.(69)屈折矯正手術セミナー─スキルアップ講座─●連載120監修=木下茂大橋裕一坪田一男120.フェムトセカンドレーザーVisuMaxによる近視矯正手術:FLEx中村友昭名古屋アイクリニックFLExはフェムトセカンドレーザーのみでLASIK(laserinsitukeratomileusis)を行う新技術である.角膜実質をエキシマレーザーによって蒸散させて切除するのではなく,フェムトセカンドレーザーによってレンチクルとして切除することにより屈折矯正を行う.切開創のほとんどない,より安全なLASIKに発展する可能性もある.図1FLEx(FemtosecondLenticuleExtraction)642あたらしい眼科Vol.27,No.5,2010●手術結果当院ではまだ施行実績はないので,2006年よりVisuMaxを使用しFLExを行っているドイツのSekundoらによる報告1)を示す.6カ月以上経過の追えた10眼.平均等価球面度数.4.73±1.48D.術後は.0.33±0.61D.90%が±1.0D以内に,40%が±0.5D以内.2段階以上の矯正視力の低下はなし.術中合併症はなし.術後合併症としてはフラップ周辺のストリエが2例,一過性の層間のヘイズを6例に認めるもその後改善.DLK(diffuselamellarkeratitis)はなく,光過敏症などの症状を訴えるものはなかった.初期の成績で矯正精度は決して高くはないが,その安全性は確認できる.その後の多施設での短期報告であるが,症例数は164眼と増え,平均等価球面度数.4.62±2.03Dから術後は.0.04±0.42D.矯正精度は±0.5D以内に収まったものは86%(図5).裸眼視力20/32以上が94%,矯正視力は95%が不変か向上と,良好な成績を得ている.Shahによる2010年のASCRS(米国白内障・屈折手術会議)でのSMILEの発表では,術後6カ月追えた423眼.平均等価球面度数.4.56±2.04Dが,術後は.0.00±0.26D.矯正視力は92%が不変か向上,と報告している.おわりにFSレーザーは今後多くの眼科手術に応用されるようになってくると思われるが,LASIKへの応用としての一つの形であるFLEx.さらなる進化により,究極のLASIKとして,切開創のない組織内切除が可能になる日が訪れることは,それほど遠くはないかもしれない.文献1)SekundoW,KunertK,RussmannCetal:Firstefficacyandsafetystudyoffemtosecondlenticuleextractionforthecorrectionofmyopia:six-monthresults.JCataractRefractSurg34:1513-1520,2008(70)レンチクル後面作製のための深い切開を行うレンチクル前面とフラップの作製を行うフラップのサイドカットを行うフラップを起こし,レンチクルを取るヒンジレンチクル1.3.2.4.Fslaser80°の切開のみ01234567891011120123456789101112AttempteddeltaSRequiv.(D)Achieved(D)OvercorrectedUndercorrected(n=164)y=1.03x-0.01R2=0.97図2FLExの手術シェーマエキシマレーザーを用いず,角膜実質をフェムトセカンドレーザーによりレンチクルとして切除することにより,屈折矯正を行う.図3レンチクル切除屈折矯正を行うため切除する角膜実質は一体(レンチクル)として.がすことができる.図4SMILEフラップのサイドカットを下部の80°(約3mm)のみ行い,そこから光切断した角膜実質(レンチクル)を引き出す.図5FLExの術後矯正精度軽度から高度に至るまで,ほとんどの症例が±1.0Dに収まり,±0.5D以内は86%と,良好な矯正精度といえる.(Sekundoらによる多施設の臨床研究より)

多焦点眼内レンズ:回折型多焦点眼内レンズとコントラスト感度

2010年5月31日 月曜日

あたらしい眼科Vol.27,No.5,20106390910-1810/10/\100/頁/JCOPY多焦点眼内レンズ(IOL)挿入例では,良好な遠方および近方の裸眼視力が得られても,コントラスト感度低下による見え方への不満が危惧されている.約20年前に多焦点IOLが登場した際,乱視のコントロールやIOL度数決定の精度が劣っていたことに加え,コントラスト感度という視力以外の視機能への眼科医の理解が不十分であったため,多焦点IOLが順調に普及しなかったといえる.近年,先進医療として承認された多焦点IOLはさらに普及すると思われるが,適応や術後成績の判断においてコントラスト感度の影響を十分に把握しておくことが重要と思われる.回折型多焦点IOLにおけるコントラスト感度回折型多焦点IOL挿入眼でコントラスト感度が理論どおり低下しているかは,VectorVision社製CSV-1000のような市販されているコントラスト測定装置で確認できる.回折型多焦点IOLでは,IOL光学部を通った光線を遠方と近方の2つの焦点に分けることで,遠方のみならず近方が見えるが,その分,コントラスト感度が低下しやすい.単焦点IOLと比較して,どのくらいコントラスト感度が低下しているかを確認するため,テクニスマルチフォーカル(ZM900,AbbotMedicalOptics社製)挿入眼と同素材の単焦点IOL(Z9000,AbbotMedicalOptics社製)挿入眼で比較したところ,多焦点IOL挿入例では中.高周波領域で低下していた.しかし,両眼挿入によりコントラスト感度は上昇し,全周波数領域において正常範囲内であった(図1).コントラスト感度低下と実際の見え方多焦点IOL挿入後に,何となく見えにくい,水の中で見ている感じ,膜がかかった感じというのが不満症例の代表的な問題である.このような場合,視力に加えコントラスト感度検査を行っておくと,見えにくさの原因がわかりやすい.コントラスト感度は,各周波数領域での値以外に,コンピュータを用いて画像のコントラストを変えることで実際の見え方への影響が実感できる.たとえば,図2に示すように30%コントラストを落とすと全体の見え方が劣る.視力検査では,100%に近い高コントラスト視標を用いているため,コントラスト感度が低下していても良好な結果が得られる.(67)●連載⑤多焦点眼内レンズセミナー監修=ビッセン宮島弘子5.回折型多焦点眼内レンズとコントラスト感度吉野真未東京歯科大学水道橋病院眼科回折型多焦点眼内レンズ(IOL)挿入において,術後のコントラスト感度について理解しておくことが重要である.回折型多焦点IOL挿入眼では,回折デザインにより単焦点IOL挿入眼よりもコントラスト感度低下が起こりやすく,特に高周波数領域に多い.視力検査結果が良好であっても見えにくさを訴える例ではコントラスト感度低下に留意する.このコントラスト感度は,両眼挿入すると片眼ずつよりも向上し,ほとんどの症例で年齢層の正常範囲内に入る.:多焦点(ZM900):単焦点(Z9000)低周波数高周波数SpatialFrequency―(CyclesPerDegree)CSV-1000ContrastSensitivity図1多焦点IOL挿入眼と単焦点IOL挿入眼のコントラスト感度の比較多焦点IOL挿入眼のコントラスト感度は,中~高周波数領域では低下していたが正常範囲内であった.640あたらしい眼科Vol.27,No.5,2010コントラスト感度の経時的変化多焦点IOL挿入後のコントラスト感度は,時間経過によって変化するのだろうか?術後早期にコントラスト感度低下がみられた症例でも,時間経過とともにコントラスト感度が改善されるのだろうか?あるいは,コントラスト感度が良好な症例でも長期の経過において低下するのだろうか?術翌日から1カ月後のコントラスト感度を比較したところ,高周波数領域でのみ術翌日と1カ月後に有意差を認めたが,それ以外は統計学的有意差を認めず,術後早期からコントラスト感度は安定していた(図3).さらに,術3カ月後と2年後で比較すると,2年後も有意な低下はなく,視機能は保たれていた(図4).多焦点IOL挿入眼においては,軽度の後発白内障でも視機能への影響を受けやすく,視力低下よりも先にコントラスト感度が低下しやすいので,経過観察において留意すべきである.適応への注意事項コントラスト感度低下の可能性があるため,適応に注意する.視力同様,片眼より両眼挿入においてコントラスト感度が上がるので,片眼挿入後,見え方に不満がある例でも両眼挿入により改善されることを考慮すべきである.もともとコントラスト感度が低下している可能性がある緑内障例や眼疾患合併例に注意する.すでに低下(68)しているコントラストがさらに低下すると非常に見えにくくなる可能性が高い.瞳孔径が非常に小さい症例では,眼内に入る光量が制限されており,回折型の欠点といえるコントラスト感度低下が著明になり,日常生活に影響がでることがある.図2画像のコントラストコントラストを30%落とすと,物の輪郭や色がぼやけて全体的な見え方が劣る.オリジナル画像.30%コントラスト画像..SpatialFrequency―(CyclesPerDegree)CSV-1000ContrastSensitivity:術翌日:術1週後:術1カ月後図3多焦点IOL挿入後早期のコントラスト感度高周波領域で術翌日と術1カ月後に有意差を認めた(*)が,それ以外の周波数では有意差はなく,術後早期より安定していた.SpatialFrequency―(CyclesPerDegree)CSV-1000ContrastSensitivity:術3カ月後:術2年後図4多焦点IOL挿入後長期におけるコントラスト感度術2年後において,術3カ月後と比較してコントラスト感度の低下は認めなかった.

眼内レンズ:眼内レンズ表面におけるアルブミン膜形成

2010年5月31日 月曜日

あたらしい眼科Vol.27,No.5,20106370910-1810/10/\100/頁/JCOPY後房型眼内レンズ(IOL)がわが国で普及し始めた1980年代前半から,IOL前面(前房側)の付着物については,さまざまな検討がなされてきた1.6).広川らはIOL表面の細胞性付着物の有無は前眼部炎症所見の多寡に左右されると述べている3)が,白内障手術機器や術式が洗練された現在,術後のIOL表面に著明な付着物を観察する機会は減少している.付着物は多核巨細胞が主であるが,出現頻度は約5.10%であり高いものではない7,8).さらに膜状付着物の出現は,緑内障手術併施例や狭隅角緑内障,ぶどう膜炎の症例など手術侵襲が通常症例よりも大きい症例に限定される9.11).今回,加齢黄斑変性症に合併した硝子体・脈絡膜下出血の症例に硝子体手術・IOL挿入術施行後,著明な前房出血の滞留が生じ,術後17日目に摘出したIOLの表面にアルブミンと考えられる膜状付着物が観察された症例を経験したので供覧する.●症例:59歳,女性.経過:加齢黄斑変性症の診断にて,抗VEGF(血管内皮増殖因子)薬の硝子体内投与を予定したが,硝子体出血が出現,2009年1月9日右眼硝子体切除術+水晶体乳化吸引術+IOL(エタニティーTMX-70,参天製薬)を施行した.術中高度の脈絡膜下出血が認められたため,シリコーンオイルを術終了時に注入した.術翌日より前房出血を認め前房洗浄にて消退がみられなかった.術後17日目,硝子体切除術施行,術中に眼底視認性の改善が得られなかったため,IOLの摘出を行った.●摘出IOLの観察・付着物の解析摘出したIOLを実体顕微鏡にて観察すると,前.切開窓に相当する部分に付着物が認められた(図1).この付着物は膜状であり膜の下にはIOLの透明な光学部が確認された(図2).さらに付着物を強拡大で観察すると(65)血球成分と膜状の血漿成分が確認された(図3).また,付着物を採取し,IR(赤外線)スペクトルを測定した結果,付着物のスペクトルは,ウシ血清アルブミンのスペクトルとピーク位置がほぼ一致していた(図4).ウシ血清アルブミンとヒト血清アルブミンのIRスペクトルは類似するため,付着物は血清アルブミンである可能性が高いと結論した.●ハイドロジェルIOLの光学部混濁(カルシウム沈着による白濁)との差異IOLへの異物沈着や付着により,眼底観察が困難な程度にまでレンズ光学部が混濁する原因として,親水性小早川信一郎熊代俊東邦大学医療センター大森病院眼科眼内レンズセミナー監修/大鹿哲郎285.眼内レンズ表面におけるアルブミン膜形成17日間滞留した前房出血の症例から摘出した眼内レンズ(IOL)表面に膜状付着物が観察された症例を経験した.IOL表面には膜状物が強固に付着しており,光学部の混濁はなかった.付着物のIR(赤外線)スペクトル解析により,アルブミンによる膜形成である可能性が高いと思われた.図2付着物と眼内レンズ光学部(走査型電子顕微鏡)図1摘出眼内レンズ(実体顕微鏡)IOLへのカルシウム沈着12)や星状硝子体症の症例におけるシリコーンIOLの石灰化が報告されている13).本症例にみられたのは膜状の付着物で,付着物を.離すると光学部は透明であり,カルシウム沈着による白濁とはまったく異なる.現時点でアルブミン膜形成の原因は遷延化した前房出血によるものと考えられるが,今後,アルブミン付着(膜形成)という観点においてもIOL素材を検討する必要があると思われた.文献1)大原国俊:Foreignbodygiantcellを思わせる眼内レンズ前面の付着物.臨眼38:928-929,19842)上総良三,山中昭夫,森野以知朗ほか:眼内レンズの生体適合性に関するレンズ上付着物の意義.あたらしい眼科4:265-269,19873)広川仁則,野川秀利,馬嶋慶直:摘出人工水晶体付着物の顕微鏡的観察.IOL1:107-112,19874)上野脩幸,玉井嗣彦,目代康子ほか:有色家兎眼移植人工水晶体表面付着細胞の電顕的観察移植後早期例について.日眼会誌92:1335-1348,19885)菅井滋,石橋達朗,久保田敏昭ほか:眼内レンズ表面付着物の細胞同定.日眼会誌94:937-940,19906)松下恵理子,小浦裕治,西野耕司ほか:眼内レンズの交換が必要であったぶどう膜炎の1例.臨眼61:1715-1718,20077)VasavadaAR,ShastriLR,RajSMetal:CellresponsetoAcrySofintraocularlensesinanIndianpopulation.JCataractRefractSurg28:1173-1181,20028)Mullner-EidenbockA,AmonM,SchauersbergerJetal:Cellularreactionontheanteriorsurfaceof4typesofintraocularlenses.JCataractRefractSurg27:734-740,20019)ChoiJ,KimTW:Pigmented-membraneformationonacrylicintraocularlensesafterphacoemulsification.AmJOphthalmol139:912-914,200510)ChangBY,LohR,SavidesRetal:Incidenceofanteriorlensprecipitatesaftercombinedphacotrabeculectomy.JCataractRefractSurg26:398-401,200011)FriedrichY,RanielY,LubovskyEetal:Latepigmentedmembraneformationonsiliconeintraocularlensesafterphacoemulsificationwithorwithouttrabeculectomy.JCataractRefractSurg25:1220-1225,199912)小早川信一郎,大井真愛,丸山貴大ほか:白色混濁を呈したハイドロジェル眼内レンズ.眼科手術16:419-426,2003図3付着物(走査型電子顕微鏡)矢印が好中球,矢頭はリンパ球.10.750.50.2500.6000.550.500.450.400.350.300.250.200.150.100.050.00AbsAbs4,0004,0003,6003,2002,8003,3002,9612,4002,0001,8001,6001,4001,2001,000800700.03,0002,0001,5001,000(1/cm)(1/cm)3,299.301,654.951,539.221,394.561,240.251,6561,3921,528図4IR吸光度上:ウシ血清アルブミン,下:膜状付着物.

コンタクトレンズ:私のコンタクトレンズ選択法 ベベルトーリックハードコンタクトレンズ(サンコンタクトレンズ)

2010年5月31日 月曜日

あたらしい眼科Vol.27,No.5,20106350910-1810/10/\100/頁/JCOPY●中程度・強度乱視眼へのコンタクトレンズ処方3ジオプトリー(D)を超える乱視眼は,例外的に乱視用トーリックソフトコンタクトレンズで対応できる場合もあるが,基本的にはハードコンタクトレンズ(HCL)の適応ということになる.これまでの経験では,中程度以上の乱視眼においてはラージサイズの球面HCLが有効であったり,後面トーリックHCLが有効であることが多かったが,いずれのレンズを用いても良好な装用感が得られなかった症例もあった.その理由は,本セミナー297(Vol.26,No.3,p341-342)で示したように,角膜乱視の及ぶ範囲によって角膜乱視は周辺部型(図1),(63)中央部型(図2),混合型(図3)の3タイプに分類され,ラージサイズHCLは中央部型には対応できるが周辺部型や混合型には対応できず,後面トーリックHCLは周辺部型には対応できない場合があるからである.そして,この分類は倒乱視眼にも適用することができる.サンコンマイルドIIツインベルタイプのダブルベベル部位をトーリック状に作製したベベルトーリックHCL(図4)は,3つのタイプの角膜乱視に対応することができる画期的なデザインを有したレンズであり,中程度以上の角膜乱視眼にはファーストチョイスのレンズということができる.小玉裕司小玉眼科医院コンタクトレンズセミナー監修/小玉裕司渡邉潔糸井素純私のコンタクトレンズ選択法311.ベベルトーリックハードコンタクトレンズ(サンコンタクトレンズ)図1周辺部型(タイプI)角膜乱視が周辺部にまで及んでいる.図2中央部型(タイプII)角膜乱視が中央部に限局している.図3混合型(タイプIII)角膜乱視が一方は周辺部まで及び,直交する他方は中央部に限局している.図4ベベルトーリックHCLのイメージ図サンコンマイルドIIツインベルタイプのレンズのダブルベベル部位がトーリック差を付けてデザインされている.PCIC2IC1IC3フロントベベルIC1BCIC3IC2PCIC:IntermediatecurvePC:Peripheralcurve図5ベベルトーリックHCL断面のイメージ図たとえば,ベースカーブ(BC)8.0mmでトーリック差を0.4にすると,垂直方向はツインベルタイプのBCより0.4mm小さい7.60mmのBCのときのゲタの高さ(赤い部分)になる.636あたらしい眼科Vol.27,No.5,2010(00)●ベベルトーリックHCLの特徴サンコンマイルドIIツインベルタイプのダブルベベル部位をトーリック状に作製したベベルトーリックHCL(図5)は,レンズ全周におけるベベル幅を均一にすることによってレンズの装用感改善を目論んでいる(図6).また,この目論みはHCLの3時・9時ステイニングおよびそのステイニングが影響を及ぼすことで悪化した瞼裂斑炎の改善という目的にも応用できる(図7,8).ベベルトーリックHCLのサイズは8.5mm,8.8mm,9.0mm,9.3mm,10.0mmの5種類が用意されており,ダブルベベル部位のトーリック差の指定も可能であり,すべてのタイプおよび,あらゆる程度の角膜乱視眼に処方することができる.●具体的な症例患者:18歳,女性.良好な視力を希望.左眼視力:0.3p(1.2p×S.4.00D(C.2.50DAx180°)左眼角膜曲率:8.08mm(41.80D)178°7.18mm(47.00D)88°左眼角膜乱視タイプ:周辺部型.最終処方レンズ:8.25/.4.50/9.0トーリック差0.3この症例ではラージサイズHCLでは装用感が強く,後面トーリックHCLで装用感は改善したものの,ベベルトーリックHCLではじめて装用可能になった(図6).図7中程度乱視眼における球面HCL装用による3時・9時ステイニングと瞼裂斑炎2.68Dの角膜乱視眼に対して7.80/-2.5/8.8の球面HCLを処方し,経過観察中,3時・9時ステイニングと瞼裂斑炎の悪化を認めたため,800/.1.25/9.0(トーリック差0.2)のベベルトーリックHCLを処方した.図8図7の症例の1カ月後3時・9時ステイニングはほぼ消滅し,瞼裂斑炎もかなり改善した.図6症例1:タイプIに対するベベルトーリックHCLの処方8.25/-4.5/9.0(トーリック差0.3)のベベルトーリックHCLを処方した.全周のベベル幅がほぼ均一となり異物感は大幅に減少した.

写真:結膜封入囊胞

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あたらしい眼科Vol.27,No.5,20106330910-1810/10/\100/頁/JCOPY(61)写真セミナー監修/島﨑潤横井則彦312.結膜封入.胞加藤弘明*1横井則彦*2*1国立長寿医療研究センター眼科*2京都府立医科大学大学院視覚機能再生外科学図1結膜封入.胞(71歳,女性)左眼の下方球結膜に半透明なドーム状の隆起病変を2つ認める.図3摘出された結膜封入.胞.壁は薄く,内腔はやや混濁した液体で満たされている.図4前眼部光干渉断層計(ASOCT)による観察所見2つの.壁の全体像を明確に追うことができ,.胞内腔は不均一な高輝度の像として観察される.**図2図1のシェーマ*:隆起病変.634あたらしい眼科Vol.27,No.5,2010(00)結膜封入.胞は球結膜にみられる半透明なドーム状の隆起性病変であり,外傷や手術を契機として結膜上皮が上皮下の粘膜固有層に迷入することによって生じるとされるが,原因不明であることも多い1)..胞壁は平滑で薄く,組織学的には結膜上皮に由来すると考えられる1.2層から数層の非角化上皮によって構成され,PAS(periodicacidSchiff)染色で陽性を示す杯細胞(gobletcell)がみられることもある..胞内容物は透明もしくはやや混濁した液体で,ケラチン,ムチン,上皮のdebrisなどが含まれており,debrisが溜まって.内で沈殿するとpseudohypopionを形成することもある2).結膜封入.胞は日常的によくみられる疾患であり,鑑別診断としてリンパ管拡張症・リンパ.胞,貯留.胞があげられる.リンパ管拡張症は文字通り結膜のリンパ管が拡張するものであるが,.胞状の形態をとるとリンパ.胞とよばれる.しかし,両者の区別はむずかしいところもある.これらは原因が明確でない特発性のものと,眼窩内占拠性病変によるリンパ液の流れのうっ滞が原因で生じる続発性のものとに分けられる3).また,拡張したリンパ管内に出血を伴うことがあり,その場合は出血性リンパ管拡張症とよばれる.貯留.胞は副涙腺の導管の閉塞が原因で涙液が貯留し.胞を形成するもので,しばしば炎症性結膜疾患に合併してみられる4).結膜封入.胞の確定診断は病理組織学的に行われるため,細隙灯顕微鏡による観察のみではその診断は容易ではないが,筆者らの最近の検討では,前眼部光干渉断層計(ASOCT)を用いれば,顆粒状の高輝度を示す.胞の内腔像やその輪郭を追うことのできる.壁の全体像が得られることを見出しており,これらの所見が鑑別診断に役立つ可能性を示唆している5).上記のいずれの.胞性疾患も臨床的には“結膜.胞”という診断で,鑑別されずに経過観察されるか,穿刺がくり返されることが多いと推察されるが,結膜封入.胞は穿刺を行っても被膜が残存するため,再発をくり返す可能性が高い.そのため症状がなければ経過観察でよいと思われるが,患者が異物感や整容上の問題を訴える場合は外科治療の適応となる.治療方法としてはインドシアニングリーンを用いて.胞を可視化させて摘出する方法6)や,結膜に小切開を入れてマイクロスポンジで.胞を押し出す方法5)などが報告されている.本症例では,ASOCT(VisanteTM)による観察で,.壁の輪郭を追うことができ,かつ,.胞内の高輝度所見を認めたため,結膜封入.胞と診断して全摘出を行った.ベノキシールRにて点眼麻酔後,出血予防のためにボスミンR点眼を行い,スプリング剪刀で結膜に小切開を加えて,無鈎鑷子で.胞壁をつかんで全摘出した..胞はASOCTで観察された2個ともうまく摘出することができた.摘出された.胞は,いずれも病理組織学的にも結膜封入.胞と診断された.文献1)ShieldsJA,ShieldsCL:Conjunctivalepithelialinclusioncyst.Eyelid,ConjunctivalandOrbitalTumors,AnAtlasandTextbooksecondedition,p406-407,LippincottWilliamsandWilkins,aWoltersKluwerbusiness,Philadelphia,20082)WilliamsBJ,DurcanFJ,MamalisNetal:Conjunctivalepithelialinclusioncyst.ArchOphthalmol115:816-817,19973)ShieldsJA,ShieldsCL:Conjunctivallymphangiectagiaandlymphangioma.Eyelid,ConjunctivalandOrbitalTumors,AnAtlasandTextbooksecondedition,p354-357,LippincottWilliamsandWilkins,aWoltersKluwerbusiness,Philadelphia,20084)DuranJA,CuevasJ:Cystofaccessorylacrimalgland.BrJOphthalmol67:485-486,19835)寺尾信宏,横井則彦,丸山和一ほか:前眼部光干渉断層計を用いた結膜封入.胞の観察と治療.あたらしい眼科27:353-356,20106)KobayashiA,SaekiA,NishimuraAetal:Visualizationofconjunctivalcystbyindocyaninegreen.AmJOphthalmol133:827-828,2002

マイボーム腺機能不全の定義と診断基準

2010年5月31日 月曜日

0910-1810/10/\100/頁/JCOPY発の抑制,涙液安定性の促進,涙液の眼表面への伸展の促進,眼瞼縁における涙液の皮膚への流出の抑制,などの働きをしている(表1)1).マイボーム腺機能不全(meibomianglanddysfunction:MGD)という言葉は,1982年にGutgeselによりI背景マイボーム腺は瞼板内にあり上下の眼瞼縁に開口部を持つ脂腺である.マイボーム腺から分泌される脂質(meibum)は,眼瞼縁や涙液最表層に分布して,涙液蒸(55)627*ShiroAmano:マイボーム腺機能不全ワーキンググループ,東京大学大学院医学系研究科外科学専攻眼科学〔別刷請求先〕天野史郎:〒113-8655東京都文京区本郷7-3-1東京大学大学院医学系研究科外科学専攻眼科学あたらしい眼科27(5):627.631,2010c総説マイボーム腺機能不全の定義と診断基準DefinitionandDiagnosticCriteriaforMeibomianGlandDysfunction天野史郎*(マイボーム腺機能不全ワーキンググループ**)**マイボーム腺機能不全ワーキンググループ:天野史郎・有田玲子(東京大学),木下茂・横井則彦・外園千恵・小室青・鈴木智(京都府立医科大学)・島.潤・田聖花(東京歯科大学),前田直之・高静花(大阪大学),堀裕一(東邦大学),西田幸二・久保田久世(東北大学),後藤英樹(鶴見大学),山口昌彦(愛媛大学),小幡博人(自治医科大学),山田昌和(東京医療センター),村戸ドール・小川葉子・松本幸裕・坪田一男(慶應義塾大学)(順不同)〔本研究は,ドライアイ研究会の下に作られたMGDワーキンググループによる研究成果である.〕マイボーム腺機能不全(meibomianglanddysfunction:MGD)は重要な疾患であるが,定義や診断基準が定められていない.今回,MGDの定義,分類,診断基準を作成した.MGDの定義は,「さまざまな原因によってマイボーム腺の機能が瀰漫性に異常をきたした状態であり,慢性の眼不快感を伴う」である.MGDの分類としては,分泌減少型と分泌増加型がある.①自覚症状,②マイボーム腺開口部周囲異常所見,③マイボーム腺開口部閉塞所見,の3項目すべてを満たす場合に,分泌減少型MGDと診断する.②は血管拡張,粘膜皮膚移行部の前方または後方移動,眼瞼縁不整のうち少なくとも1つがある場合に陽性とする.③は,マイボーム腺開口部閉塞所見(plugging,pouting,ridge)があり,かつ拇指による眼瞼の中等度圧迫でマイボーム腺から油脂の圧出が低下している場合に陽性とする.Althoughmeibomianglanddysfunction(MGD)isanimportantdisease,itsdefinitionanddiagnosticcriteriaarenotdefinedasyet.JapanesespecialistsinMGDhavedeterminedthedefinition,classificationanddiagnosticcriteriaofMGD,thedefinitionbeingasfollows:Meibomianglanddysfunctionisadiseaseinwhichmeibomianglandfunctionisdiffuselyabnormal,duetovariouscauses,withaccompanyingchronicoculardiscomfort.MGDisclassifiedintohypo-secretoryandhyper-secretorytypes.Hypo-secretoryMGDshouldbediagnosedwhenallofthreecriteria(symptoms,abnormalfindingsaroundtheorificesandfindingsindicatingorificeobstruction)arepositive.Abnormalfindingsaroundtheorificesshouldbejudgedpositivewhenatleastoneofthreefindings(irregularlidmargin,vascularengorgementandanteriororposteriorreplacementofthemucocutaneousjunction)isrecognized.Findingsindicatingorificeobstructionshouldbejudgedpositivewhenbothfindingsindicatingmeibomianglandorificeobstruction(plugging,poutingandridging)anddecreasedmeibomiansecretionarerecognized.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)27(5):627.631,2010〕Keywords:マイボーム腺機能不全,定義,診断基準,ドライアイ.meibomianglanddysfunction,definition,diagnosticcriteria,dryeye.628あたらしい眼科Vol.27,No.5,2010(56)初めて使われて以来2),マイボーム腺機能に異常をきたした状態を呼称する際に臨床で使用されるようになっている.実際に眼不快感などの症状を主訴に眼科を訪れる患者のうちのかなりの割合でMGDがその原因となっており,多くの患者でqualityoflifeの低下をひき起こしていると考えられる.このようにMGDは臨床的に重要な疾患であるにもかかわらず,①炎症や常在細菌の関与を伴う場合と伴わない場合があり臨床像が多様である,②軽症例から重症例まで重症度が広範囲にわたる,③これまで定義や診断基準がなかった,④効果的な治療が少ない,などの理由で,眼科一般臨床においてあまり大きな注意を払われてこなかった.こうした背景をもとにMGDの定義や診断基準を作成しようという動きが国内に生まれ,2008年からドライアイ研究会(世話人代表:坪田一男)のもとにMGDワーキンググループ(代表:天野史郎)が作られた.MGDワーキンググループはこれまでに数回にわたる全体会議を行い,以下に示すMGDの定義,分類,診断基準を作成した.IIMGDの定義MGDの定義を表2に示す.MGDは原発性のものと,アトピー,Stevens-Johnson症候群,移植片対宿主病,眼感染症などに続発する場合がある.マイボーム腺に発生する疾患としては,霰粒腫,内麦粒腫などがある.これらが局所的な疾患であるのに対して,MGDはマイボーム腺機能が瀰漫性に障害されている.そして,MGDは眼不快感,乾燥感などの自覚症状を伴う.IIIMGDの分類MGDの分類を表3に示す.MGDは大きく分泌減少型と分泌増加型に分けられる.臨床における頻度は分泌減少型のほうが分泌増加型よりもはるかに高い.分泌減少型MGDは閉塞性,萎縮性,先天性などの原発性のものと,アトピー,Stevens-Johnson症候群,移植片対宿主病,トラコーマなどに続発するものがある.分泌減少型MGDでは,原発性のなかの閉塞性のものが最も頻度が高い.原発性のなかの閉塞性ではマイボーム腺導管内に過剰角化物が蓄積し,マイボーム腺脂の分泌が低下し,マイボーム腺の腺房の萎縮が徐々に進行する3).原発性のなかの萎縮性というのは導管の閉塞から続発するのではなく,腺房が原発性に萎縮するものを指す.続発性ではさまざまな原因によってマイボーム腺開口部の閉塞が起き,マイボーム腺脂の分泌が減少する.分泌増加型MGDも同様に,原発性のものと,眼感染症や脂漏性皮膚炎などに続発するものに分けられる.分泌増加型MGDではマイボーム腺からの油脂分泌が過剰になっているが,これを分泌減少型MGDの前段階と捉える考え方と,分泌減少型MGDとは別の疾患と捉える考え方があり,病態の理解に幅がある1).また,臨床の場においては,分泌減少型MGDのほうが,分泌増加型MGDよりも圧倒的に症例数が多い.こうした理由から,今回の提案のなかでは,分泌減少型MGDの診断基準のみを提案する.今後,分泌増加型MGDの病態の理解に関するコンセンサスがある程度固まってきた段階で,分泌増加型MGDの診断基準を提案することを予定している.IV分泌減少型MGDの診断基準分泌減少型MGDの診断基準を表4に示す.一般の眼科外来で施行可能な検査項目のみを診断基準に組み込んだ.分泌減少型MGDの診断に必要な項目は大きく分けて3つあり,1.自覚症状,2.マイボーム腺開口部周囲異常所見,3.マイボーム腺開口部閉塞所見である.これら3項目すべてを満たす場合に,分泌減少型MGDと診断する.分泌減少型MGDの自覚症状としては,眼不表1マイボーム腺分泌脂の働き1.涙液の蒸発を抑制する.2.涙液の安定性を促進する.3.涙液の眼表面への伸展を助ける.4.眼瞼縁における涙液の皮膚への流出を抑制する.5.平滑な涙液表面の形成を助ける.6.潤滑油としてまばたきの摩擦を減らす.表2マイボーム腺機能不全の定義さまざまな原因によってマイボーム腺の機能が瀰漫性に異常をきたした状態であり,慢性の眼不快感を伴う.表3マイボーム腺機能不全の分類1.分泌減少型①原発性(閉塞性,萎縮性,先天性)②続発性(アトピー,Stevens-Johnson症候群,移植片対宿主病,トラコーマ,などに続発する)2.分泌増加型①原発性②続発性(眼感染症,脂漏性皮膚炎,などに続発する)(57)あたらしい眼科Vol.27,No.5,2010629表4分泌減少型マイボーム腺機能不全の診断基準以下の3項目(自覚症状,マイボーム腺開口部周囲異常所見,マイボーム腺開口部閉塞所見)が陽性のものを分泌減少性MGDと診断する.1.自覚症状眼不快感,異物感,乾燥感,圧迫感などの自覚症状がある.2.マイボーム腺開口部周囲異常所見①血管拡張②粘膜皮膚移行部の前方または後方移動③眼瞼縁不整①.③のうち1項目以上あるものを陽性とする.3.マイボーム腺開口部閉塞所見①マイボーム腺開口部閉塞所見(plugging,pouting,ridgeなど)②拇指による眼瞼の中等度圧迫でマイボーム腺から油脂の圧出が低下している.①,②の両方を満たすものを陽性とする.図1マイボーム腺開口部周囲の血管拡張図5マイボーム腺開口部のridgepluggingの間を橋渡しするような分泌物の所見がある.図3眼瞼縁の不整下眼瞼の角膜と接触するラインが所々へこんだ不整なラインとなっている.図2粘膜皮膚移行部の前方移動リサミングリーンで染色される結膜が上眼瞼鼻側で前方移動している.図4マイボーム腺開口部のpluggingマイボーム腺開口部の閉塞所見.630あたらしい眼科Vol.27,No.5,2010(58)快感,異物感,乾燥感,圧迫感などが多い.分泌減少型MGDのマイボーム腺開口部周囲異常所見は血管拡張(図1),粘膜皮膚移行部の前方4)または後方移動5)(図2),眼瞼縁不整(図3)があり,これら3つの所見のうち少なくとも1つがある場合,マイボーム腺開口部周囲異常所見陽性とする.マイボーム腺開口部閉塞所見の判定においては,まず細隙灯顕微鏡でマイボーム腺開口部閉塞所見(plugging,pouting,ridgeなど.図4,5)があることを確認し,さらに拇指による眼瞼の中等度圧迫でマイボーム腺から油脂の圧出が低下していることを確認する.この2つの所見が両者ともあるときにマイボーム腺開口部閉塞所見が陽性であると判定する.眼瞼を圧迫して出てくるマイボーム腺脂の量や性状に関しては,半定量的な判定法が提案されてきた5.7).たとえば島.分類では,上眼瞼を拇指で圧迫して出るmeibumを,grade0:透明なmeibumが容易に出る,grade1:軽い圧迫で混濁したmeibumが出る,grade2:中等度以上の強さの圧迫で混濁したmeibumが出る,grade3:強い圧迫でもmeibumが出ない,の4段階に評価し,grade2以上を異常と考える.拇指による眼瞼の中等度圧迫でマイボーム腺から油脂の圧出が低下していること,という今回提案している判定を正しく行うためには,普段から正常者やMGD疑い患者などでの,圧迫時のマイボーム腺脂の分泌のされ方を観察し,マイボーム腺脂の分泌の程度を判定する目を養う必要がある.また,正常者や分泌減少型MGDでの眼瞼圧迫時のマイボーム腺脂の分泌のされ方を提示するビデオを,ドライアイ研究会のホームページ内に掲載したので,参考のためにご覧いただきたい.V分泌減少型MGDの診断に関する他の参考所見分泌減少型MGDの診断に必要な項目として,自覚症状,マイボーム腺開口部周囲異常所見,マイボーム腺開口部閉塞所見の3項目をあげたが,これ以外にも分泌減少型MGDの診断の参考となる検査所見があり,それらを表5に示した.マイボグラフィーは,翻転した瞼の裏から光を透過させたり,赤外線カメラや赤外線フィルターを用いて眼瞼を観察したりして,マイボーム腺の形態を観察する装置である8.12).分泌減少型MGDではマイボーム腺の脱落や短縮が観察され,分泌減少型MGDの診断に有用な検査である.涙液スペキュラーは涙液油層の分布や伸展動態を評価できる13,14).マイボメトリーは眼瞼縁にある貯留した油脂の量を定量的に評価できる15).涙液蒸発率測定は眼を密閉されたゴーグルで覆い,涙液の蒸発量を測定する検査で,分泌減少型MGDでは涙液油層の減少から涙液蒸発量の増加がみられる16.18).コンフォーカルマイクロスコープによる観察では,分泌減少型MGDでマイボーム腺房の拡大,密度減少がみられる19).以上の5項目の検査は,分泌減少型MGDの診断に有用な検査であるが,通常の眼科外来には置かれていない特殊な検査機器が必要であるため,今回の診断基準には含めなかった.今後これらの検査機器のうち一般の眼科外来に広まるものが現れれば,診断基準に組み込まれていく可能性がある.分泌減少型MGDは涙液油層の減少から蒸発亢進型ドライアイになる.その結果として現れる角膜中央より下方の上皮障害や涙液層破壊時間の短縮といった蒸発亢進型ドライアイとしての所見も分泌減少型MGDの診断の参考となる.診断基準に含まれる自覚症状,細隙灯顕微鏡検査に加えて,この項で述べた各種検査のMGD診断における有効性を検討したこれまでの研究に関して,本ワークショップの参加者が各項目を担当して調査を行った.その結果は,本稿に含めるには量が大部なため,ドライアイ研究会のホームページに掲載した.VIMGDと他疾患概念との関係MGDには,涙液油層減少から生じる蒸発亢進型ドライアイとしての側面20)と,マイボーム腺開口部周囲の炎症や導管内脂質過剰蓄積などの側面がある.ただし,涙液量や病期や重症度によってドライアイあるいは炎症を伴わない場合もある.MGDと後部眼瞼炎とは互いに重なり合う部分が大きい.一方ドライアイは,蒸発亢進型と涙液分泌減少型がありMGDは主として蒸発亢進型の原因となるのでドライアイのうちの半分も重ならないであろう.したがってMGD,ドライアイ,後部眼瞼炎の関表5分泌低下型MGDの診断に関する他の参考所見1.マイボグラフィーでマイボーム腺が脱落,短縮.2.涙液スペキュラー油層所見が欠損.3.マイボメトリーで貯留油脂量が減少.4.涙液蒸発率測定で蒸発量亢進.5.コンフォーカルマイクロスコープで腺房拡大,腺房密度減少.6.角膜中央より下方の上皮障害.7.涙液層破壊時間が減少.(59)あたらしい眼科Vol.27,No.5,2010631係を概念図として表すと図6のようになる.一方,マイボーム腺炎(meibomitis)という呼称もある.この呼称の指す内容は研究者によって違っており,たとえば海外の一部の研究者はほぼmeibomitis=MGDと考えているのに対して,国内の研究者の一部は,マイボーム腺炎を,マイボーム腺での細菌増殖を基盤としフリクテンやマイボーム腺炎角膜上皮症に結びつく概念と捉えている21.23).VII今後の展望今回,MGDの定義・分類,分泌減少型MGDの診断基準について提案した.これらはevidenceを提供する臨床研究の結果ならびにこれまでの臨床経験に基づくものである.ただ今回の提案が必ずしも不変のものとは考えていない.今回提案の内容を広く眼科一般臨床で使用していただき,そのフィードバックをうけて改定すべき点が発生した場合は改定していきたいと考えている.また,本ワーキンググループでは今回の診断基準に基づいてMGDの診断を行い,一般人口でのMGDの罹病率の調査やMGD患者とドライアイ患者の関係の調査などを予定している.さらなる活動として,MGDの病態に応じた治療法の提案,分泌増加型MGDの診断基準の提案などを近い将来行っていく予定である.文献1)FoulksGN,BronAJ:Meibomianglanddysfunction:Aclinicalschemefordescription,diagnosis,classification,andgrading.OculSurf1:107-126,20032)GutgesellVJ,SternGA,HoodCI:Histopathologyofmeibomianglanddysfunction.AmJOphthalmol94:383-387,19823)小幡博人,堀内啓,宮田和典ほか:剖検例72例におけるマイボーム腺の病理組織学的検討.日眼会誌98:765-771,19944)YamaguchiM,KutsunaM,UnoTetal:Marxline:fluoresceinstaininglineontheinnerlidasindicatorofmeibomianglandfunction.AmJOphthalmol141:669-675,20065)BronAJ,BenjaminL,SnibsonGR:Meibomianglanddisease.Classificationandgradingoflidchanges.Eye5:395-411,19916)MathersWD,ShieldsWJ,SachdevMSetal:Meibomianglanddysfunctioninchronicblepharitis.Cornea10:277-285,19917)ShimazakiJ,GotoE,OnoMetal:MeibomianglanddysfunctioninpatientswithSjogrensyndrome.Ophthalmology105:1485-1488,19988)TapieR:BiomicroscopialstudyofMeibomianglands[inFrench].AnnOcul(Paris)210:637-648,19779)RobinJB,JesterJV,NobeJetal:Invivotransilluminationbiomicroscopyandphotographyofmeibomianglanddysfunction:aclinicalstudy.Ophthalmology92:1423-1426,198510)MathersWD,DaleyT,VerdickR:Videoimagingofthemeibomiangland[letter].ArchOphthalmol112:448-449,199411)YokoiN,KomuroA,YamadaHetal:Anewlydevelopedvideo-meibographysystemfeaturinganewlydesignedprobe.JpnJOphthalmol51:53-56,200712)AritaR,ItohK,InoueKetal:Non-contactinfraredmeibographytodocumentage-relatedchangesofthemeibomianglandsinanormalpopulation.Ophthalmology115:911-915,200813)GotoE,DogruM,KojimaTetal:Computer-synthesisofaninterferencecolorchartofhumantearlipidlayer,byacolorimetricapproach.InvestOphthalmolVisSci44:4693-4697,200314)YokoiN,KomuroA:Non-invasivemethodsofassessingthetearfilm.ExpEyeRes78:399-407,200415)YokoiN,MossaF,TiffanyJMetal:Assessmentofmeibomianglandfunctionindryeyebymeibometry.ArchOphthalmol117:723-729,199916)MathersWD:Ocularevaporationinmeibomianglanddysfunctionanddryeye.Ophthalmology100:347-351,199317)TsubotaK,YamadaM:Tearevaporationfromtheocularsurface.InvestOphthalmolVisSci33:2942-2950,199218)GotoE,EndoK,SuzukiAetal:Tearevaporationdynamicsinnormalsubjectsandsubjectswithobstructivemeibomianglanddysfunction.InvestOphthalmolVisSci44:533-539,200319)MatsumotoY,SatoEA,IbrahimOMetal:Theapplicationofinvivolaserconfocalmicroscopytothediagnosisandevaluationofmeibomianglanddysfunction.MolVis14:1263-1271,200820)BronAJ,TiffanyJM:Thecontributionofmeibomiandiseasetodryeye.OculSurf2:149-164,200421)横井則彦:眼瞼縁,マイボーム腺における細菌の増殖と眼疾患─細菌学から─.日本の眼科74:565-568,200322)鈴木智,横井則彦,佐野洋一郎ほか:マイボーム腺炎に関連した角膜上皮障害(マイボーム腺炎角膜上皮症)の検討.あたらしい眼科17:423-427,200023)鈴木智,横井則彦,佐野洋一郎ほか:角膜フリクテンの起因菌に関する検討.あたらしい眼科15:1151-1153,1998ドライアイMGD後部眼瞼炎図6マイボーム腺機能不全(MGD)と後部眼瞼炎,ドライアイとの関係図

以外な原因:混乱視,薬剤性,精神病性と眼瞼けいれん

2010年5月31日 月曜日

0910-1810/10/\100/頁/JCOPYII混乱視混乱視が生ずる可能性のあるおもな病態を表1に掲げた.一眼のみ明視が困難な場合にみられるものであり,病眼からの不適切な入力信号がうまく無視(抑制)できる場合はよいが,その不適切な入力信号のボリュームが大の場合,無視できなくなって混乱視になる.表1の5や6によるものは,筆者の外来では比較的よくみられる.具体例を各1例ずつ示してみよう.〔症例1〕67歳,男性.以前から強度近視があり,見え方が悪く,特に左眼が「眩しい」と感ずるようになった.某医で両眼の白内障を指摘され,左眼の白内障手術を受けた.術後右眼(0.8×.7.0D(cyl.1.50DAx90°),左眼(1.2×IOL(.2.5D(cyl.1.25DAx125°)となった.手術は成功と言われているが,縦ずれの複視を自覚し,左眼の眩しさの程度は増強して左眼を閉じていないと生活ができないとの訴えで当院を受診した.I「眩しい」という日本語について眩しいは,弱い光を強く感じて目を開けていられない状態を指すのが原義である.しかし,自覚症状,訴えとしての「眩しい」は必ずしも「弱い光を強く感ずる」ということではなさそうである.たとえば,片眼の上斜筋麻痺がある小児において,天気のよい日などに外に出ると,病眼を閉瞼したり,細める行動をとる例は臨床上よく経験する.その場合「眩しい」という表現がしばしば使われる.これは決して「弱い光を強く感じた結果」ではなく,左右眼の外界からの入力に差異が生じたために,両眼からの入力の統合がうまくできなくなった結果である.左右眼の入力差があると,脳は混乱視を生じ,これを「眩しい」と読むものと推定できる.そのほか,精神疾患,眼瞼けいれんや,失明眼で生じる羞明は,未知の中枢性機作が働いていると考えられ,羞明の原義に必ずしも合わず,不快感(unpleasantness)1),嫌光感,嫌視感,視覚ノイズといった表現のほうが適切と思われる感覚が含まれるのではないかと筆者は考えている.これらは,中枢性または内在性の視覚信号の異常発火(過剰発火)現象に基づくものと推定する.なお,MRI(磁気共鳴画像)機能画像を用いた羞明の症例研究では,羞明と三叉神経の刺激症状との関連が示唆され,三叉神経節,三叉神経尾状核,視床,前部帯状核の活動が活発になる1).(49)621*MasatoWakakura:井上眼科病院〔別刷請求先〕若倉雅登:〒101-0062東京都千代田区神田駿河台4-3井上眼科病院特集●眼が眩しいあたらしい眼科27(5):621.625,2010意外な原因:混乱視,薬剤性,精神病性と眼瞼けいれんPhotophobiaandUnpleasantnessduetoBinocular,Drug-related,PsychiatricandBlephrospasmicDisorders若倉雅登*表1羞明につながる混乱視の原因1.小児斜視(上斜筋麻痺,下斜筋過動に多い)2.斜位の退行3.麻痺性斜視4.不同視/不等像視5.強度近視による眼位変化6.左右眼からの入力信号の差または片眼からの入力信号の歪み622あたらしい眼科Vol.27,No.5,2010(50)が左右眼に起こっていると考えれば,右眼を閉じたくなる理由はわかるでしょう.しかし,右眼のノイズをこれ以上手術などで減らせることは考えにくい」と説明した.このように,黄斑疾患や視神経疾患で片眼からの入力信号にノイズが発生し,かつそのボリュームが大きく,混乱視を余儀なくされる場合,脳はしばしばこれを「羞明」と読み,「眩しい」という自覚症状を与えるものと考えられる.どうしても適応が得られない場合の究極の対策は,単眼視することで,このために病眼を遮閉する.眼鏡につけるオクルーダー,ブラックコンタクトレンズなどの応用が考えられるが,オクルーダーでも周辺から光が入ることできれいな単眼視を妨げることが少なくない.その右眼軽度核白内障,左眼偽水晶体眼では,眼内レンズは.内に固定され,合併症なし.眼位は,遠見時6ΔX18ΔL/R斜視,近見時6ΔX¢18ΔL/R斜視で,Hessスクリーンテストは図1のとおりであった.眼軸は右26.2,左27.0mmであった.筆者らは近年,眼軸性眼位変化を報告しており2),本例もこれに相当するもので,「術後不適応症候群」3)を示しているものと考察した.〔症例2〕68歳,男性.3年前から右眼が歪んで見え,黄斑上膜と診断された.両眼を開けていると眩しく,気がつくと右眼を閉じて仕事をしていることに気づいた.某医で内境界膜を切除する硝子体手術を受けたが,羞明や片眼を閉じてしまう症状はまったく改善しない.某医では手術はうまくいっており,眩しい原因もわからず,これ以上の治療はないと終診になってしまったが,納得がいかず当院神経眼科外来を受診した.視力は両眼とも1.0で,眼位は正常.しかし,右眼の歪視があり,OCT(光干渉断層計)では図2のように黄斑部の細かい凹凸と中心窩肥厚がみられたが,手術は拒んでいる.左眼は正常であった.本例では,左眼は明視できるのに対し,おそらく利き目であった右眼の視覚信号は歪んでノイズ信号を多く含むため,視覚野以降で統合する際に混乱が生じてしまうと推定した.患者には「左耳から美しい音楽が,右耳からはガーガーとノイズの入る音楽が聞こえてくるのと同様の状態図1症例1のHessスクリーンテストの結果V型の類斜変位の眼位異常がみられる.図2症例2のOCT黄斑部中心窩を通る縦断面図(51)あたらしい眼科Vol.27,No.5,2010623考えられる羞明感との異同も不明である.睡眠導入薬の中止で羞明が改善した例を確かに数例経験しているので,原因薬として記銘しておくべきと考える.なお,臨床上は,大半の例で常時羞明が持続するわけではないので,薬物やその代謝物の組織濃度,血中濃度との関連を検証すべきであろう.ただ,実際には,これらの薬物における視覚異常や,羞明については注目されていないため,研究は皆無で,添付書類にある「かすみ」とか「眼の症状」などといった記載のなかに埋もれてしまっていると考えられる.IV精神病性筆者は,眼科および神経眼科の臨床を行うなかで,視覚症状や眼痛などが,必ずしも眼部の器質的異常によら場合,眼帯が理論的にはよいのであるが,一時的な使用ならともかく,継続的に使用することに医師も,患者も抵抗がある.図3は,外傷による麻痺性斜視で眼位異常と混乱視のため片眼帯をしている女性例であるが,自身でデザイン眼帯を作製して用いている(耳掛け式だと皮膚がこすれて継続使用がしにくいため,本眼帯では頭部に紐を掛ける方式となっている).当院では,本例の協力を得て(URL:http://kanaek.blogspot.com/),このデザイン眼帯を上記のような症例に用いての成功例が増えている4).III薬剤性散瞳薬の点眼で羞明が発現するのは説明の必要はないと考えるが,アトロピン製剤や,交感神経作動薬,抗コリン薬の全身投与でも,同様に羞明が出現する可能性がある.抗精神病薬,抗不安薬,睡眠導入剤を使用している症例のなかに,羞明感を訴えて来院する例をときに経験する.ぼやけて見えたり,眩しく見えたり,と視覚異常感を訴える.抗コリン作用を有する主たる精神科関連薬を表2に掲げる.これらのいずれもが,薬理学的には羞明の原因になってもよいと考えられるが,それが抗コリン作用に随伴する虹彩括約筋や毛様体筋の弛緩によるかどうかの検証は,ほとんどデータがないので不明である.また,後述の精神疾患や眼瞼けいれんにおける中枢性と図3製作者自身が着用しているデザイン眼帯表2抗コリン作用を有する主な精神科関連用剤1.三環系抗うつ剤アモキサピン(アモキサン),アミトリプチリン(トリプタノール),イミプラミン(トフラニール),クロミプラミン(アナフラニール),ドスレビン(プロチアデン)2.四環系抗うつ剤マプロチリン(ルジオミール)3.精神賦活剤メチフェニデート(リタリン)4.ベンゾジアゼピン・チエノジアゼピン系トリアゾラム(ハルシオン),ニトラゼパム(ベンザリン,ネルボン),フルニトラゼパム(サイレース,ロヒプノール),フルラゼパム(ダルメート,ベノジール),プロチゾラム(レンドルミン),リルマザホン(リスミー),ロルメタゼパム(エバミール,ロラメット)アルプラゾラム(コンスタン,ソラナックス),エチゾラム(デパス),クロチアゼパム(リーゼ),クロナゼパム(リボトリール,ランドセン),クロルジアゼポキシド(コントール,バランス),ジアゼパム(セルシン,ホリゾン),フルタゾラム(コレミナール),ブロマゼパム(レキソタン),ロフラゼプ酸エチル(メイラックス)5.SSRIパロキセチン(パキシル),フルボキサミン(デプロメール,ルボックス),セルトラリン(ジェイゾロフト)6.その他ゾピクロン(アモバン),トリヘキシフェニディール(アーテン),ピペリデン(アキネトン),プロフェナミン(パーキン),レボドパ製剤(ドパール,メネシットなど)()内は製品名.624あたらしい眼科Vol.27,No.5,2010(52)うに一気に発現して10分以内に頂点に達するはっきり他と区別できる期間をパニック発作という.パニック障害とは,これがくり返し生じたり,発作から1カ月以上予期不安(発作が起こるのではないかという心配)や発作に関連した行動の大きな変化が伴うものを指す9).DMS-IV-TRでは不安障害の一つに分類され,100人に2,3人が発症する決してまれな疾患ではないとされる.パニック障害には広場恐怖(agoraphobia,広々とした場所や,戸外に独りでいるとき,あるいは,雑踏のなかに入るときに生じる恐怖)やうつ病が併発することもある.なお,Kellnerらによると,パニック障害+広場恐怖の患者の6.9%で羞明を感ずるという7).V眼瞼けいれんと羞明眼瞼けいれん患者の90%以上で羞明を自覚し,しばしば主訴になる5).Adamsら10)のハロゲン光を用いた光抵抗性に関する前向き試験の結果でも,眼瞼けいれんは明らかに感受性が高かった.また,眼瞼けいれんで羞明を感ずる群と感じていない群および対照群に対するポジトロンCTにてグルコース代謝を調べた筆者らのグループで行われた研究では,視床における活動上昇および上丘における活動低下が証明された11).眼瞼けいれんでみられる愁訴としての羞明が,本来の意味の羞明のみならず,嫌光感や痛みに近い刺激感もしくは不快感も含まれていると筆者は考えているが,こうした症状の軽減にはある種の遮光レンズが特に役立つ10,12,13)ことは,このような中枢性羞明は難治なだけに特記すべきことと考える.筆者らも,眼瞼けいれんに対し,遮光レンズ+クラッチ眼鏡の処方を積極的に勧めている.副作用がないこの対処法は,普及されるべきだと考えている.〔詳細は本特集中「中枢性の羞明」II眼瞼けいれんと羞明(p.615)の項を参照〕おわりに以上,本稿では「眼が眩しい」との訴えには通常の羞明には当てはまりにくい,激しく頑固な異常感覚が含まれていること,また,「眼が眩しい」といっても,その機序には眼ではなく,かなりの程度中枢神経系が関与しず,薬物作用や,中枢性高次機能障害や精神医学的異常に基づく場合があることを体験し,心療眼科の観点をも有した眼科臨床を行うべきことを強調してきた5).しかし,前項でも述べたように,薬物による視覚や眼の副作用による患者の苦しみは軽視され,「かすみ」「眼の症状」といった通り一遍の理解で深く探求することなく過ぎてきた.それは眼に関しては,「視力がよければいいではないか」程度の理解しか医師や医学者がもたなかったからに相違ない.事実,精神科医の大半は,精神医学と眼科の結びつきはきわめて希薄で,せいぜい「幻視」か「視線が漏れる」といった精神症状しか思いつかないようである.うつ病や統合失調症患者のなかには,薬物の副作用なのか,現疾患のメカニズムに含まれているのかは不詳であるが,羞明,違和感,眼疲労を強く訴える症例がかなりあることを筆者は臨床経験のなかで実感している.しかし,各種文献を調べても,羞明と精神疾患の関連を述べたものはほとんどない.セロトニン(5-HT)の低下とうつ病の関連は常識的事実となっているが,セロトニンと光曝露時間との関係は,うつ病患者では特に深いとされるので6),本症における羞明発現のメカニズムとつながるかもしれない.そうしたなかで,パニック障害については羞明(もしくは光恐怖)および嗜光性(photophilia)に関する文献が若干みられた7,8).死ぬのではないかと思うほどの強い恐怖または不快を生じ,突然動悸,呼吸困難,眩暈など(表3)が嵐のよ表3パニック発作で発現する可能性のある症状.胸痛,不快感.息苦しさ.めまい,ふらつき,気が遠くなる.死への恐怖.「気が狂う」ことや自制心を失うことへの恐れ.非現実感,違和感,外部との分離感.顔や身体の紅潮,または悪寒.嘔気,腹痛,下痢.しびれ,ピリピリ感.動悸,心拍数増加.息切れ感,窒息感.発汗.身体の震え(53)あたらしい眼科Vol.27,No.5,2010625depressionandschizophrenia.JPhotochemPhotobiol89:63-69,20077)KellnerM,WiedemannK,ZihlJ:Illuminationperceptioninphotophobicpatientssufferingfrompanicdisorderwithagoraphobia.ActaPsychiatrScand96:72-74,19978)BossiniL,FagioliniA,ValdagnoMetal:Photosensitivityinpanicdisorder.DepressAnxiety26:E34-36,20099)SadockBJ,SadockVA:カプラン臨床精神医学ハンドブック(融道男ほか監訳)第2版,11.不安障害.p155-170,MEDSi,200310)AdamsWH,DigreKB,PatelBCetal:Theevaluationoflightsensitivityinbenignessentialblepharospasm.AmJOphthalmol142:82-87,200611)EmotoH,SuzukiY,WakakuraMetal:Photophobiainessentialblepharospasm.Apositronemissiontomographicstudy.MovDisord25:433-439,201012)HerzNL,YenMT:Modulationofsensoryphotophobiainessentialblepahrospasmwithchromaticlenses.Ophthalmology112:2208-2211,200513)BlackburnMK,LambRD,DigreKBetal:FL-41tintimprovesblinkfrequency,lightsensitivity,andfunctionallimitationsinpatientswitbenignessentialblepharospasm.Ophthalmology116:997-1001,2009ている場合があることを述べた.こうした異常感覚は,それほどまれでなくみられる愁訴でもあり,しかも生活の質(QOL)を著しく低下させる.その一部は適切な指導,対処で軽減させられることからも,眼科医としては必ず知っておかなければならない.文献1)MoultonEA,BecerraL,BorsookD:AnfMRIcasereportofphotophobia:activationofthetrigeminalnociceptivepathway.Pain145:358-363,20092)河本ひろ美,塩川美菜子,若倉雅登:解剖学的制限が原因と考えられた開散不全.第63回日本臨床眼科学会抄録集,p61,20093)塩川美菜子,若倉雅登:眼科手術後の不適応.解決!目と視覚の不定愁訴・不明愁訴(若倉雅登ほか編),p84-86,金原出版,20064)若倉雅登:片眼生活を快適に!眼科ケア11:84-85,20095)若倉雅登:眼科における心身医学は黎明期.心身医学50:37-42,20106)LjubicicD,StipevicT,PivacNetal:Theinfluenceofdaylightexposureonplatelet5-HTlevelsinpatientswith

中枢性の羞明

2010年5月31日 月曜日

0910-1810/10/\100/頁/JCOPY「人の顔が半分見えなくなった」,「視野が欠けた」,「一部分が見えなくなり,だんだんその範囲が広がっていった」などと表現される.特殊な場合を除きいずれも一過性で,持続時間は通常は5.20分で,60分未満がほとんどである.実際の見え方の例を図1に示す.3.片頭痛発作の随伴症状として羞明が生じる片頭痛の患者は,前兆である閃輝暗点が消失した後も,眩しいと訴える.それは,片頭痛が光に対する過敏はじめに羞明(photophobia)とは,明るさに対する不快感のことである.「眩しい」と訴える患者のうち,原因が中枢性のもので頻度が多いのは,閃輝暗点,眼瞼けいれん,身体表現性障害(いわゆる神経症)である.本稿ではその3疾患について概説する.I閃輝暗点と片頭痛による羞明1.閃輝暗点は片頭痛の前兆である片頭痛(migraine)は人口の8.4%にみられ,男女比では女性に多く,20代から30代の発症が多い.前兆を伴うものと,伴わないものとに分けられ,全体の3割程度に前兆がみられ,その90%は閃輝暗点(scintillatingscotoma)である1).眼科には閃輝暗点だけを自覚し,頭痛を伴わない患者も少なからず受診し,これは片頭痛の不完全型と考えられる.閃輝暗点を有する患者が来院したら,頭痛の有無を問診することが大切である.2.閃輝暗点には陽性症状と陰性症状があり,陽性症状を眩しいと訴える閃輝暗点は文字通り,閃輝という陽性症状と,暗点という陰性症状をもつ.陽性症状は,「眩しい」,「キラキラした光が見えた」,「ギザギザの光が見えた」,「歯車のような光が見えた」,「稲妻のような光が見えた」,「目がチカチカした」などと表現される.陰性症状は視野欠損として出現し,「見ようとするところが見えなくなった」,(41)613*KazuteruKigasawa:杏林大学医学部眼科学教室〔別刷請求先〕気賀沢一輝:〒181-8611三鷹市新川6-20-2杏林大学医学部眼科学教室特集●眼が眩しいあたらしい眼科27(5):613.619,2010中枢性の羞明PhotophobiaofCentralNervousSystem気賀沢一輝*図1閃輝暗点の見え方視界に歯車状の光が出現し,その内部の視野が欠損し,その範囲が次第に広がっていく.614あたらしい眼科Vol.27,No.5,2010(42)片頭痛におけるうつ病の生涯有病率は20.40%とされており,片頭痛をもたない人の3.4倍といわれている.不安と頭痛をやわらげるために,鎮痛薬を過剰に内服し,薬物乱用頭痛の原因となっている場合もある.眼科医は片頭痛患者の背後に潜む不安を聞き出し,それに共感し,適切な情報を与え,QOLの低下が明らかな場合は,頭痛専門家につなげてあげることも大切である.8.閃輝暗点,片頭痛の鑑別診断光視症:光源がない暗い部屋にいても,視野の周辺部にキラキラした光が走る,という訴えで眼科を受診する患者はまれではない.これは,硝子体が加齢により液化して流動性を増し,網膜硝子体境界部で牽引力が生じ,網膜が機械的な刺激を受けて発生する現象である.閃輝暗点のように,それに続く一過性の視野欠損を生じないので,鑑別は容易である.緊張型頭痛:緊張型頭痛でも光過敏性があり,羞明を訴える場合がある.ただし,片頭痛とは以下の点で異なるので鑑別は可能である.片頭痛は片側性,拍動性,中等度から重度,動作による増悪,前兆を有するなどの特徴があるが,緊張型頭痛は両側性,非拍動性,軽度から中等度,動作による増悪はなく,前兆もない.〔症例1:前兆のある片頭痛〕16歳,女性.授業中,急にチカチカした光が見え,見ようとするところが見えなくなり,保健室で休んでいたところ,ズキンズキンと頭痛がしてきて,嘔吐してしまった.とても不安になったため,帰宅後,家族とともに眼科を受診した.視力,視野異常はすでに消失していたが,羞明と頭痛は残っていた.前兆を伴う片頭痛であることを説明したが,不安が強く,MRI検査を希望したので,神経内科に依頼状を書いた.返事は異常なしであった.〔症例2:閃輝暗点のみ〕63歳,男性.40歳頃から,疲れたときなどに,急にギザギザした稲妻のような光が視野の中に出現し,見ようとするところが見づらくなり,その範囲が徐々に広がり,数十分で元に戻るという発作が,月に1度くらい出性を誘発するからである.約80%の片頭痛患者が頭痛とともに羞明を訴えるといわれている.そのような場合は,薄暗く,静かな場所での休息をすすめる.4.閃輝暗点,片頭痛の原因はいまだ不明である片頭痛の原因については,血管説,三叉神経説,神経血管説などがある.原因はまだ確定していないが,三叉神経血管系の異常な活性化に伴い,脳血管や脳硬膜が刺激され,閃輝暗点や頭痛が生じると考えられている.5.閃輝暗点の対処法患者はかなりの不安を訴えて来院するので,わかりやすく病態を解説し,器質的な異常はほとんどみられないこと,一定時間が経過すれば後遺症なく元に戻ることを説明する.それでも不安を訴える患者には,念のためMRI(磁気共鳴画像)検査で頭蓋内疾患の有無を精査する選択肢もあることを告げ,希望すれば神経内科か脳外科に依頼状を書く.まれに血管閉塞による視野欠損を残す症例もあるが,これをあまり強調すると不安が増強するので,軽く触れておく程度が無難である.頭痛を伴う場合は薬物療法も考慮する.6.片頭痛の薬物療法まずはアスピリン,アセトアミノフェノン,メフェナム酸などの非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)を投与する.それで不十分なときは,スマトリプタン,ゾルミトリプタン,臭化水素酸エレトリプタンなどのトリプタン製剤を投与する.トリプタン製剤は,虚血性心疾患,脳梗塞などの既往がある場合は禁忌なので,高齢者の場合は内科に依頼するのが無難である.片頭痛の予防には,塩酸ロメリジンなどのカルシウム拮抗薬を用いる.7.閃輝暗点,片頭痛に対する心身医学的対応閃輝暗点と片頭痛は突然起こり,発作中は作業を継続することがむずかしくなる.この経験は,また不意に発作に襲われるのではないか,という予期不安を抱かせる.そのため,長時間の外出を控えたり,抑うつ的になったりして,QOL(qualityoflife,生活の質)の低下をきたしている患者がいることを忘れないようにしたい.(43)あたらしい眼科Vol.27,No.5,20106154.本態性眼瞼けいれんの患者はしばしば羞明を主訴とする眼瞼けいれんの95%の患者が「眩しい」と訴える.本疾患の患者は光に対する感受性が高まっており,視床との関連が指摘されている.よって,眩しいと訴えて来院した患者には,目の前で眼瞼けいれんがみられなくても,それを疑って以下の検査を試みることが大切である2).眼瞼けいれんのその他の訴えとしては,「まばたきが多い」,「目があけにくい」,「目がしょぼしょぼする」などがある.5.眩しいと訴える患者には,瞬目試験(眼瞼けいれんの検査)を試みる軽瞬テスト:眉毛が動かないようにして,軽いまばたきをくり返すことができるかどうかをみる.軽やかにできれば問題ないが,眉間にしわがよるほど力が入るようなら異常である.速瞬テスト:できるだけ速く軽いまばたきを10秒間してもらう.30回以上できたら問題ないが,それができずに途中で眉間にしわがよったり,リズムが乱れたり,強いまばたきが混入したりしたら,眼瞼けいれんの疑いがある.強瞬テスト:目を強く閉じ,すばやく目をあけてもらうことをくり返す.これができない場合は,開瞼失行型の眼瞼けいれんを疑う.6.眼瞼けいれんと診断したら日常でどのくらい不都合を感じているか問診する治療を必要とする眼瞼けいれんかどうかは,つぎのような日常生活における不都合の有無で判断する.眩しいので外出が苦痛,まばたきが多いことを指摘されるため人と会うのが苦痛,まぶたがあかないので自転車や自動車の運転ができない,人ごみで他人にぶつかりやすい,電柱などにぶつかりけがをしたことがある,階段の上り下りがこわい,指を使わないと目をあけられないときがある,など.これらによってQOLが明らかに低下している場合は治療の対象となる.現するようになった.頭痛は一度も伴っていない.本人はこの症状に慣れており,閃輝暗点という病態を受容している.〔症例3:重症例〕58歳,女性.若い頃からときどき頭痛を経験していたが,最近は週に3回ほど片頭痛発作がある.まず閃輝暗点が出現し,その後拍動性の頭痛が始まる.出先で発作が起こることに対する予期不安が強いため,外出,旅行を控えがちになった.この状態がずっと続くと思うと,ひどく憂うつになるとのこと.また,少しでも頭痛があると,それが増強するのが恐いため,ほとんど毎日鎮痛薬を内服するようになった.専門家の介入が必要と判断し,頭痛専門外来がある総合病院に紹介した.生活上の注意,予防薬,発作時の薬の内服方法などの指導を受け,QOLは向上してきた.II眼瞼けいれんと羞明1.眼瞼けいれんとは何か眼瞼けいれん(blepharospasm)とは,眼瞼に不要な力が加わり,自然な瞬目,まぶたの開閉に不具合が生じている病態のことである.神経学的には,眼輪筋の反復的な不随意運動であり,局所ジストニアに属する.原因による分類では,本態性,症候性,薬剤性に分けられるが,本稿では最も多い本態性眼瞼けいれんについて述べる.2.本態性眼瞼けいれんの原因本態性眼瞼けいれんとは,眼輪筋の不随意運動以外,他の神経学的,眼科的異常を示さないものである.基底核,脳幹の異常に加え,前頭葉の関与も指摘されている.瞬目を制御する神経回路の伝達障害と考えられるが,その詳細はいまだ不明である.心理的な緊張で症状が悪化する傾向がある.3.本態性眼瞼けいれんの疫学40.50歳以上の女性に多く,日本には30万人くらいの患者がいると推定されている.616あたらしい眼科Vol.27,No.5,2010(44)じるもので,神経が血管によって圧迫されて起こる場合が多い.A型ボツリヌス毒素の注射が有効である.眼輪筋ミオキミア:眼瞼の筋肉の一部がピクピク動くもので,健康な人でも疲労時に起こりやすい.瞬目テストは正常である.ほとんどが数日から数週で自然治癒する.重症筋無力症:眼瞼下垂はまばたきをくり返すことによって増強する.血中抗アセチルコリンリセプター抗体の測定,テンシロンテストなどで鑑別できる.チック:心理的要因で起こる瞬目過多である.小児に多い.周囲がそのことを話題にせず,コミュニケーションを密にすることによって,数週から数カ月で治癒するものが多い.〔症例4:A型ボツリヌス毒素の注射療法が奏効した例〕41歳,男性.営業職.数年前から顧客の前で緊張すると眼瞼けいれんが顕著となり,気にすれば気にするほど増悪するので,A型ボツリヌス毒素の注射療法を受けた.3カ月に一度の注射を続けているうちに,症状は明らかに改善し,注射の間隔をのばしていき,寛解に持ち込むことができた.〔症例5:クラッチ眼鏡を処方した例〕63歳,女性.40歳頃から羞明を自覚し,目をあけていられない時間が多くなっていった.外出時はサングラスをかけ,まばたきのことが気になり,人と会うのが苦痛になった.眼科をいくつか受診したが,異常なし,ドライアイ,神経症という診断が多く,理解されないことで孤独感を覚え,抑うつ状態となった.ある眼科専門病院でやっと本態性眼瞼けいれんと診断され,A型ボツリヌス毒素の注射をすすめられたが,定期的な注射が必要といわれ,踏み切れなかった.他の治療方法を尋ねたところ,クラッチ眼鏡を提案され,実際に装用してみたところ,自分の指で開瞼する必要がなくなり,視野が広がって生活しやすくなり,気分的にも楽になった.7.眼瞼けいれんの心身医学的対応眼瞼けいれんは心理的な緊張で増悪するが,その根本原因を心理的なものであると説明したり,ベンゾジアゼピン系の抗不安薬を処方するのは適切ではない.患者は原因不明の疾患に長い間,周囲から理解されずに悩んでいて,抑うつ状態に陥っている者も少なくない3).そのことに共感を示すことで,患者はやっとわかってもらえたと安堵する.そのうえで,以下の治療法を提案する.8.眼瞼けいれんの治療第一選択はA型ボツリヌス毒素の注射である.眼周囲の眼輪筋部に注射すると,過剰な眼輪筋の収縮が緩和される.約80%の患者に著効するといわれている.効果の持続時間は数カ月であるが,これをきっかけに寛解に持ち込める症例もある.注射を希望しない患者には,クラッチ眼鏡が有効な場合がある.眼鏡にとり付けたアーム型のアタッチメントで開瞼補助を行うことができる(図2).羞明に対してはサングラスが有効である.眼表面の違和感に対してはヒアルロン酸の点眼薬を処方する.9.眼瞼けいれんの鑑別診断片側顔面けいれん:片側の眼瞼から顔面にかけて,ピクピクとけいれんし,顔の半分がひきつれを起こしたような,特有な表情を呈する.顔面神経が過敏になって生図2クラッチ眼鏡シリコーンカバーが付いたアームが開瞼を補助している.(45)あたらしい眼科Vol.27,No.5,2010617B.(1)か(2)のどちらか.(1)適切な検査を行っても,その症状は,既知の一般的身体疾患または物質(例:乱用薬物,投薬)の直接作用によって十分説明できない.(2)関連する一般身体疾患がある場合,身体的愁訴または結果として生じている社会的,職業的障害が,既往歴,身体診察所見,または臨床検査所見から予測されるものをはるかに超えている.C.症状が,臨床的に著しい苦痛,または社会的,職業的,または他の重要な領域における機能の障害をひき起こしている.D.障害の持続期間は,少なくとも6カ月である.E.その疾患は他の精神疾患ではうまく説明されない.F.症状は(詐病のように)意図的に作り出されたり捏造されたものではない.4.心気症の診断基準DSM-IVの診断基準を引用すると以下のようになる.A.身体症状に対するその人の誤った解釈に基づき,自分が重篤な病気にかかる恐怖,または病気にかかっているという観念へのとらわれ.B.そのとらわれは,適切な医学的評価または保証にもかかわらず持続する.C.基準Aの確信は妄想的強固さがない.D.そのとらわれは,臨床的に著しい苦痛,または社会的,職業的,または他の重要な領域における機能の障害を引き起こしている.D.障害の持続期間は,少なくとも6カ月である.E.そのとらわれは他の精神疾患ではうまく説明されない.5.非器質的羞明の治療(1):カウンセリング的対応非器質的羞明に対する特効的な薬剤の報告はまだない.まずとるべき態度は傾聴であり,つぎに眼科医という専門家の立場から検査所見などの情報提供を行い,現時点では明らかな器質的異常がないことを告げる.傾聴は,単に聴くだけではなく,感情部分,思考部分に分けて,それぞれを受け取り,理解したことを,言葉と態度でフィードバックする.これによって,患者は理解されIII身体表現性障害(いわゆる神経症)による羞明1.器質的異常がみられない羞明を訴える患者にはどのように対応したらよいか眩しいと訴えて眼科を受診し,一般的な検査で異常が見出されない場合,どのように対応したらよいだろうか.このような問題については,臨床研修の現場ではあまり教育されていないのが現状である.自覚と他覚のギャップが大きい場合,そこに心理的な要因が介在している可能性が高い,と考えるのは妥当である.検査上異常がないことを告げた後,患者が安心していない様子がうかがわれたら,そこから一歩踏み込んで,心身医学的対応をとる必要がある.2.非器質的な羞明は身体表現性障害(いわゆる神経症)の可能性があるある身体的愁訴に対して,適切な検査を行っても,既知の身体疾患では説明できない,あるいはすでに身体疾患がある場合,そこから生じる訴えが予測される範囲をはるかに超えている場合,これまでは不定愁訴あるいは神経症と診断されることが多かった.ただし,精神科において神経症という病名は,1980年のDSM-(米国精神医学会疾患分類第3版)から正式には使用されなくなり,身体的愁訴をもつ神経症の多くは身体表現性障害(somatoformdisorders)という項目に分類された.精神科では病因よりも,症状群から診断を下す,操作的診断法が主流となっており,DSM-4)も,ICD10(国際疾病分類第10版)も,代表的な操作的診断マニュアルである.DSM-によれば,身体表現性障害には身体化障害,鑑別不能型身体表現性障害,転換性障害,疼痛性障害,心気症,身体醜形障害,特定不能型身体表現性障害という下位分類がある.眩しいと訴えて,器質的異常がみられない場合,鑑別不能型身体表現性障害あるいは心気症の可能性が高い.3.鑑別不能型身体表現性障害の診断基準DSM-IVの診断基準を引用すると以下のようになる.A.1つまたはそれ以上の身体的愁訴.618あたらしい眼科Vol.27,No.5,2010(46)において,やるべきことをやっていこう,というものである.すなわち,焦点を症状から行動に移すのである.患者の多くは,この症状さえなければいろいろなことができる,だから早く症状を消してもらいたいと訴えるが,症状はそのままにしておいて,やりたいこと,やるべきことをやってみてください,それで眼科的異常が出てくるかはこちらで慎重に診ていきます,今後は症状の記録をとってくるのではなく,行動の記録を持ってきてください,と応じるのである.〔症例6:眩しくて読書,テレビ,外出が苦痛になった例〕28歳,女性.2年前,テレビゲームを大画面で夢中になってやりすぎてから,光に対して過敏になり,羞明に悩まされるようになった.書物,テレビ,パソコンなどを集中して見ることができなくなり,電車の外の景色を見ているのもつらくなった.外出が苦痛となり,退職に至った.光を見ると,めまいと吐き気がするので,耳鼻科にも通うようになった.本人は何らかの器質的異常が背景にあると考え,さまざまな医療機関を受診したが,明らかな異常は検出されなかった.このまま一生治らなかったらどうしようという不安にとりつかれ,早く羞明から解放されたいと訴えた.操作的診断マニュアルと心理テストでうつ病はほぼ否定できたので,鑑別不能型身体表現性障害と診断した.心療内科にも診察を依頼したところ,同じ診断であった.そこで,「症状を一気に排除しようとはせず,これからは行動に焦点を当てましょう.テレビ,パソコン,読書,外出など,持続時間を少しずつ増やしていき,その記録を診察時に聞かせて下さい.それで,目に異常が出るかどうかは,こちらが判定しますから」,と森田療法的に対応した.これによって1年後には,アルバイトができるまで回復し,「症状と共存できそうだ」,という受容的態度がみられるようになった.7.身体表現性障害の鑑別診断うつ病:非器質的な身体症状を訴える患者で見落としてはならないのはうつ病である.器質的な異常がみられない訴えに出会ったら,まずうつ病を疑い,つぎに身体たという安堵感で,ある程度苦痛が軽減する.これだけで解決する場合は,病的レベルに達していないものと判断する.医学的保証にもかかわらず,愁訴が長期間持続する場合は,身体表現性障害の可能性がある.この場合は,カウンセリング的対応のみでは,患者の満足は得られず,外来診療が渋滞する場合も少なくない.その際は,以下のように森田療法のエッセンスを生かすのも一法である.根拠が明らかではないのに,見込みで病名を伝えることは,患者が長期間その病名に固執することがあるので,避けるべきである.6.非器質的羞明の治療(2):森田療法のエッセンスを生かす森田療法は,森田正馬(1874.1938年)によって創始された,神経症に対する精神療法である.森田は身体症状にとらわれる機制を,精神交互作用の説を用いて解説した(図3).まず,何かのきっかけで自身の身体的変調に気づく.つぎに,その変調に注意を集中する.すると,感覚が鋭敏になり,意識も狭窄してくる.意識が狭窄すると,さらに注意の集中が起こり,感覚もさらに鋭敏になり,意識もさらに狭窄する.この悪循環から逃れられなくなった状態が神経症である,と考える.眼科を訪れ,眩しいと訴える患者のなかには,眩しいという感覚にとらわれ,そこから抜け出せなくなっている者がいる.その際には,森田療法のエッセンスを用いて対応するのも一法である.森田療法は,あるがまま療法ともよばれており,その要点は,症状はあるがままにいじらず目の変調への気づき注意の集中感覚の鋭敏化意識の狭窄とらわれ図3とらわれの機制(精神交互作用)ある身体症状への注意の集中が感覚の鋭敏化,意識の狭窄を誘導し,内向きの悪循環が形成される.あたらしい眼科Vol.27,No.5,2010619表現性障害を疑う5).うつ病においても,心気的傾向は出現しやすく,その顕著なものが心気妄想である.眩しいといった身体的な不快感が,何か重大な病気にかかってしまったという悲観的な認知を誘導し,そこから抜け出せなくなり,焦燥感にかられ,眼科を受診することもありうる.眼科においてもうつ病の診断能力を問われる時代である.まず,うつ病の一般的な身体症状と精神症状を知り,それを聞き出すことである.最も重要な身体症状は不眠と,体重減少である.最もよくみられる精神症状は興味・喜びの消失であり,重症になると自責傾向が強まり,自殺念慮が生じる.身体表現性障害の場合は,体重減少,興味・喜びの消失,自責傾向はそれほど一般的ではない.DSM-などの操作的診断マニュアル,CES-D(合衆国国立精神保健研究所疫学的抑うつ尺度)などの心理テストを用いれば,より確かな情報が得られる.もし,うつ病を強く疑ったら,説得して精神医療専門家へ紹介すべきである.文献1)坪井康次,端詰勝敬:片頭痛.心身症診断・治療ガイドライン2006(小牧元ほか編),p226.248,協和企画,20062)若倉雅登:眼瞼けいれんと顔面けいれん(総説).日眼会誌109:667-684,20053)若倉雅登:眼科における心身医学は黎明期.心身医50:37-42,20104)高橋三郎,大野裕他(監訳):DSM-IV-TR─精神疾患の分類と診断の手引き(新訂版)─.医学書院,20035)気賀沢一輝:視覚と目の異常感への心療眼科的アプローチ.神経眼科25:11-17,2008(47)

網脈絡膜疾患

2010年5月31日 月曜日

0910-1810/10/\100/頁/JCOPY数が減少すると網膜外顆粒層は菲薄化する(図2).杆体による物理的な支えがなくなる状況は,同じ網膜外顆粒層に存在する錐体にとって好ましくないと容易に想像ではじめに晴れた日に雪上に立つと誰もが眩しいと感じる.つまり,ある一定以上の強い光が網膜に到達すると眼に異常がなくても眩しくなるわけである.このとき,網膜ではどのような現象が起きているのだろうか.視細胞には錐体と杆体がある.強い光のもとでは杆体はほとんど機能しない(飽和状態)が,錐体は光が強くなるほど過分極し,神経伝達物質の放出量を減少させる(図1).この変化は,双極細胞により感知され,網膜神経節細胞を介して最終的に脳へ伝わり眩しさという感覚になる.双極細胞以降のシグナル伝達が正常という前提で,錐体からの神経伝達物質の放出量が何らかの原因で極端に減ると眩しく感じるようになるといえる.網脈絡膜疾患では,一次的または二次的に錐体が障害される.錐体の機能的異常は,ほとんどの場合その細胞死に繋がる.このような質的および量的な変化は,錐体からの神経伝達物質の放出量を減少させることで羞明の原因となろう.また,錐体障害の有無にかかわらず,無虹彩症のように網膜に到達する光が増えることでも眩しく感じる.本稿では,羞明をきたす網脈絡膜疾患を,1)二次的に錐体が障害されるもの,2)一次的に錐体が障害されるもの,3)錐体障害の有無にかかわらず眼への入光量が増えるものに分け,それぞれの代表的な疾患について述べる.I二次的に錐体が障害されるもの視細胞の約97%を占める杆体が障害され,その細胞(35)607*NobushigeTanaka:杏林大学医学部眼科学教室〔別刷請求先〕田中伸茂:〒181-8611三鷹市新川6-20-2杏林大学医学部眼科学教室特集●眼が眩しいあたらしい眼科27(5):607.612,2010網脈絡膜疾患ChorioretinalDisorders田中伸茂*神経伝達物質放出量膜電位光量時間図1光刺激に伴う神経伝達物質放出量の変化視細胞にあたる光量が増えると膜電位は過分極し,神経伝達物質の放出量は減少する.逆に,光量が減ると脱分極し,放出量は増加する.608あたらしい眼科Vol.27,No.5,2010(36)に動脈)の狭小化,骨小体様の色素沈着を認める(図4上).粗.胡麻塩状や白点状網膜を呈することもある.診断には網膜電図(ERG)と視野検査が欠かせない.ERGの異常(平坦化)は,病初期で視野・視力が良好な時期にもすでに認められる.視野障害は,輪状暗点や地図状暗点にはじまり,求心性視野狭窄に至る.蛍光血管造影検査では,網膜色素上皮萎縮による過蛍光(windowdefect)を認め,ときに.胞状黄斑浮腫もみられる..胞状黄斑浮腫の経時変化は,光干渉断層像(OCT)で観察するとよい.眼底自発蛍光検査は,網膜色素上皮の生体反応を間接的にみることができる.網膜色素上皮が萎縮した部位の自発蛍光は減弱する(図4下).非侵襲的検査であり病気の進行程度を把握するのに視野検査とならんで有用である.c.治療法特定の遺伝子異常に起因する網膜色素変性症の遺伝子治療が米国ですでにはじまっている2).しかしながら,研究段階の域である感は否めない.ビタミンAや循環改善薬の内服が一般的であるが,明らかな効果を望めるものではない..胞状黄斑浮腫に対して,炭酸脱水酵素阻害薬の内服が奏効することがある(図5).きよう.杆体からのシグナルは双極細胞,アマクリン細胞を経由して錐体からのシグナルを調整している(図3)し,杆体から錐体の生存に必要な物質が放出されているとの報告もある1).また,網膜色素上皮は視細胞の新陳代謝(視細胞外節を貪食し,再利用する物質を視細胞に戻す)に必須であり,脈絡膜は視細胞(網膜外顆粒層)を栄養している.このように,杆体・網膜色素上皮・脈絡膜の障害は,二次的に錐体の機能不全をきたす.1.杆体障害に続発するもの―網膜色素変性症杆体の光感知から双極細胞へのシグナル伝達系(phototransductioncascade)に関わるものや,視細胞の細胞構造を維持する遺伝子変異が知られている.種々の遺伝子異常により起きる杆体の変性が優位の進行性網脈絡膜変性である.a.自覚症状初期(10歳頃)より夜盲があり,病気が進行するにつれ(進行速度は症例ごとに大きく異なる),視野狭窄を自覚するようになる.錐体も障害されはじめると視力低下や羞明を感じる.網膜色素上皮も二次的に障害されるため,外血液網膜関門の破綻による.胞状黄斑浮腫をきたし,視力低下のほか歪視を自覚することもある.b.検査所見眼底検査では,視神経乳頭の.状萎縮,網膜血管(特アマクリン細胞ON型双極細胞OFF型双極細胞錐体錐体杆体図3杆体による錐体経路への影響杆体からのシグナルは双極細胞へ伝わる.双極細胞からのシグナルは神経節細胞とアマクリン細胞へ伝わる.アマクリン細胞は,錐体からシグナルを受けている双極細胞の調整をしている.正常ONLINLONLINL網膜色素変性症図2正常眼と網膜色素変性症眼の網膜組織切片像杆体が障害される網膜色素変性症では,その細胞数の減少に伴い外顆粒層は菲薄化する.内顆粒層は比較的保たれている.INL:innernuclearlayer(内顆粒層),ONL:outernuclearlayer(外顆粒層).(37)あたらしい眼科Vol.27,No.5,2010609必要なチャンネル(トランスポーター)が存在する.このトランスポーターの機能障害によって網膜色素上皮に多くの老廃物(リポフスチン)が蓄積されStargardt病の原因となる.黄色斑眼底は,Stargardt病と同じ遺伝子異常により生じるが,発症は遅く,症状も比較的軽微である.a.自覚症状10.20歳代頃より視力低下を自覚しはじめ,まれに羞明や色覚異常を訴えることがある.最終視力は0.1前後で落ち着くことが多い.夜盲や周辺部視野欠損を認めることはほとんどない.b.検査所見眼底検査で黄斑部に黄色斑を認める.蛍光血管造影検査で脈絡膜からの蛍光が網膜色素上皮に蓄積したリポフスチンにより遮断されることでいわゆるdarkchoroid(網膜色素上皮による遮断効果で脈絡膜充盈がみられない)を呈することが多い.網膜色素上皮層を挟んで硝子体側と脈絡膜側とには電位差がある.硝子体側陽性の電位差は,暗くなると小さくなり,明るくなると大きくなる.この反応を間接的に捉えたものが眼電図(EOG)である.網膜色素上皮の機能異常は,EOGの反応低下として現れる.網膜色素上皮障害が原発であるStargardt病の診断にEOGは有用ではあるが,早期診断には不十分である.d.鑑別疾患梅毒・トキソプラズマ感染などの炎症性のもの,薬剤などによる中毒性のもの,また他の網脈絡膜変性疾患を鑑別する必要がある.2.網膜色素上皮障害に続発するもの―Stargardt病網膜色素上皮には視細胞の老廃物(ビタミンA誘導体)を取り込み,再利用するものを視細胞に戻すために図4網膜色素変性症眼の眼底写真と眼底自発蛍光写真上:眼底写真.視神経乳頭の.状萎縮,網膜血管の狭小化,弓状血管より周辺網膜に骨小体様の色素沈着を認める.下:眼底自発蛍光写真.網膜色素上皮が萎縮した部位の自発蛍光は減弱している.黄斑色素により網膜色素上皮の自発蛍光は遮断されるため,黄斑部は低蛍光となる.図5網膜色素変性に続発する.胞状黄斑浮腫と炭酸脱水酵素阻害薬の効果網膜色素変性症患者に.胞状黄斑浮腫を認めることがある(上).炭酸脱水酵素阻害薬の内服により浮腫は軽減し歪視の訴えが消失した(下).610あたらしい眼科Vol.27,No.5,2010(38)ない.c.治療法根治療法はないが経過観察を行う必要がある.進行速度を視野検査や眼底自発蛍光検査で評価し,患者に還元することは有意義であろう.d.鑑別疾患Stargardt病と同様,黄斑変性をきたす疾患群(加齢黄斑変性症など)はすべて鑑別の対象となる.眼底所見は特異的なものではないため確定診断に戸惑うことは否c.治療法根治療法はないが経過観察が合併症の早期発見のために大切である.二次的に脈絡膜新生血管盤をきたすことを否定できず,その場合は加齢黄斑変性症に準じた治療が必要となろう.d.鑑別疾患黄斑変性をきたす疾患群(加齢黄斑変性症など)はすべて鑑別の対象となる.しかし,近年の科学技術の進歩に伴い,臨床診断が異なる疾患であっても遺伝子レベルでは同根と判明するようになってきたことも知っておくべきであろう.3.脈絡膜障害に続発するもの―中心性輪紋状脈絡膜ジストロフィ視細胞や網膜色素上皮に先んじて脈絡膜毛細血管の異常がみられたからといって脈絡膜が一次的に障害されているとは断定できない.しかしながら,脈絡膜毛細血管床の消失が病初期からみられる疾患を脈絡膜ジストロフィに分類している.この疾患群のなかで黄斑部に限局したものを中心性輪紋状脈絡膜ジストロフィという.原因遺伝子の一つであるペリフェリンは視細胞外節の構造維持に必要な蛋白質であり,脈絡膜組織には存在しない3).脈絡膜の障害が一次的なものか二次的なものかはいまだ議論の余地が残るが,この事実は二次的であることを示唆している.a.自覚症状40.50歳代頃より視力低下を自覚するようになる.錐体障害が顕著になると羞明を感じることがある.中心比較暗点は徐々に拡大するが,夜盲や周辺部視野欠損を認めることはほとんどない.b.検査所見眼底検査で病初期には黄斑部に軽度の顆粒状変化を認めるのみである.病期の進行に伴い,境界明瞭な輪状病変となる(図6上)4).蛍光血管造影検査で病変部の脈絡膜毛細血管の消失を検出できる.脈絡膜血管造影に適したインドシアニングリーン蛍光血管造影検査がより有用である.眼底自発蛍光検査で網膜色素上皮の萎縮している範囲が明瞭に描出される(図6下).病変は黄斑部に限局しているためERGやEOGに明らかな異常を認め図6中心性輪紋状脈絡膜ジストロフィ眼の眼底写真と眼底自発蛍光写真上:眼底写真.境界明瞭な黄斑部の輪状病変を認める.下:眼底自発蛍光写真.網膜色素上皮の萎縮している範囲が低蛍光として明瞭に描出される.また,低蛍光部を取り囲むように輪状の過蛍光領域を認める.(39)あたらしい眼科Vol.27,No.5,2010611d.鑑別疾患眼底に所見がなく,視力低下をきたしている場合はoccultmaculardystrophyを鑑別する.黄斑部病変を伴う場合は黄斑変性をきたす疾患群(加齢黄斑変性症など)はすべて鑑別の対象であろう.III錐体障害の有無にかかわらず入光量が増えるもの1.無虹彩症眼の発達(発生)段階において,細胞は分裂と分化をくり返している.細胞内では,虹彩組織を形づくるために必要な遺伝子の発現調節が行われている.この過程で転写調節因子が働いており,その異常により虹彩の形成が阻害され無虹彩症となる.a.自覚症状虹彩がないため眼に入る光の量を調節できず羞明感が強い.視力低下は後述する眼合併症に起因することが多い.合併症が軽度でも焦点深度が浅くなるため軽度の遠視でも弱視になりやすい.弱視を伴う場合は眼振が顕在化する.b.検査所見細隙灯顕微鏡にて虹彩の欠損を認める.隅角鏡にて虹彩根部を認めるものが多く完全に虹彩が欠損していることは少ない.残存する虹彩が萎縮収縮することで周辺虹彩前癒着が起こり緑内障を続発することが多い.前述の転写調節因子は虹彩の発生だけに関わるものではなく,他の眼内組織の発生にも大切な働きをしている.そのため,無虹彩症以外の異常(小角膜・白内障・黄斑低形成・脈絡膜コロボーマなど)を随伴することはまれではない.約1割の患者に腎臓のWilms腫瘍および精神発達遅滞を伴うことも忘れてはならない.c.治療法眼合併症が無虹彩症のみであれば虹彩付きコンタクトレンズでかなり症状は軽減される.併発白内障に対しては外科的治療が有効だがZinn小帯が脆弱であることが多く難易度が高い.Zinn小帯に問題がなければ虹彩付き眼内レンズを.内固定できる.弱いようなら虹彩付き水晶体.拡張リングを使用するとよい..内摘出となった場合は虹彩付き眼内レンズの縫着術が必要である.続めない.II一次的に錐体が障害されるもの前述のように,杆体が障害されると二次的に錐体も障害されるが,逆はどうであろうか.視細胞の2.3%ほどでしかない錐体の障害だけで二次的に杆体障害をきたすとは考えにくい.したがって,錐体杆体ジストロフィは,錐体と杆体の双方に原因をもつ疾患と考えるべきである.たとえば,原因遺伝子の一つである前述のペリフェリンは視細胞外節の構造維持に必要な蛋白質であり,この変異により錐体も杆体も障害される3).これも一次的に錐体が障害されているといえるが,錐体のみの障害である錐体ジストロフィと異なることは明白である.錐体ジストロフィ錐体の光感知から双極細胞へのシグナル伝達系に関わるものの遺伝子変異が知られている.これらの遺伝子は錐体に特異的に存在している.色覚異常も錐体ジストロフィの範疇に入ろうが,ここでは進行性の錐体ジストロフィについて述べる.a.自覚症状10歳を過ぎる頃になって,はじめて視力低下を自覚する(すなわち,それ以前にはまったく視覚障害がなく,眼底所見も乏しいため正しく診断するのは困難であろう).視力は緩徐に低下するが0.1前後で落ち着くことが多い.他の自覚症状として,羞明・色覚異常・昼盲がある.b.検査所見眼底検査で黄斑部に標的状病変を認めることがある.この所見は錐体ジストロフィに特異的とまではいえない.非典型的な黄斑部の病変であったり,明らかな所見がなかったりすることもある.そこで診断にはERGが必須となる.通常のERGでほぼ正常な応答が得られるにもかかわらず,錐体機能を反映するフリッカーERGが平坦化する.c.治療法遺伝子治療などが盛んに試みられているが,現在のところ確立した治療法はない.612あたらしい眼科Vol.27,No.5,2010(40)い.何より問診で先天性のものか後天性のものかを容易に判断できるであろう.おわりに羞明をきたす網脈絡膜疾患を錐体が一次的または二次的に障害されるもの,および錐体障害の有無にかかわらず眼への入光量が増えるものに分け,それぞれの代表的な疾患について自覚症状・検査所見・治療法・鑑別診断を順に述べた.根治療法は確立しておらず今後の医学の進歩に委ねざるをえない.眩しさの対策法は,無虹彩症以外の疾患ではほぼ共通している.眩しさの原因となる短波長光だけを効果的に遮断する遮光眼鏡が有効である.最適な遮光眼鏡の処方は,患者の自覚的な感覚によるためレンズカラーの選択には十分な時間をかける必要がある.最後に,網膜色素上皮細胞に存在するトランスポーター遺伝子の異常は,Stargardt病と加齢黄斑変性症に関連し,ペリフェリン遺伝子の異常は,錐体杆体ジストロフィだけではなく,網膜色素変性症や中心性輪紋状脈絡膜ジストロフィの原因になることが明らかになってきた.網脈絡膜疾患を診るうえで,臨床診断だけでなく遺伝子診断も大切になってきていることを痛感する.文献1)LeveillardT,Mohand-SaidS,LorentzOetal:Identificationandcharacterizationofrod-derivedconeviabilityfactor.NatGenet36:755-759,20042)MaguireAM,HighKA,AuricchioAetal:Age-dependenteffectsofRPE65genetherapyforLeber’scongenitalamaurosis:aphase1dose-escalationtrial.Lancet374:1597-1605,20093)RennerAB,FiebigBS,WeberBHFetal:Phenotypicvariabilityandlong-termfollow-upofpatientswithknownandnovelprph2/rdsgenemutations.AmJOphthalmol147:518-530,20094)BoonCJ,KleveringBJ,CremersFPetal:Centralareolarchoroidaldystrophy.Ophthalmology116:771-782,2009発緑内障に対しては,まず薬物療法となるが周辺虹彩前癒着が広汎に発生すると外科的治療が必須となる.d.鑑別疾患無虹彩症,Axenfeld-Rieger症候群およびPeters奇形は,虹彩角膜発育異常症に属する先天性の疾患である.後二者が鑑別の対象となろう.非典型例を除けば鑑別が困難なことは少ない.2.白子症チロシナーゼは,チロシンを酸化してメラニンの前駆物質であるドパに変える酵素である.白子症では,このチロシナーゼ遺伝子の異常により,ぶどう膜(虹彩・毛様体・脈絡膜)の色素細胞や網膜色素上皮細胞が先天的にメラニン顆粒を欠くか,きわめて少ない状態となる.a.自覚症状入射する光を虹彩で調節できないため羞明を強く訴える.脈絡膜と網膜色素上皮が光の通過を遮ることで,視細胞は効率よく光を受容できる.白子症ではそれができなくなり視力は不良となる.多くの場合,眼振を認める.b.検査所見徹照法で前眼部を観察すると虹彩からも眼底反射が透見できる.眼底検査では全体的に明るく,脈絡膜の血管がくっきりみえ,黄斑部の同定は困難である.眼に限局する眼白子症では皮膚や髪の脱色素は明らかではないが,眼皮膚白子症では皮膚や髪の色は蒼白となる.c.治療法根治療法は現在のところない.メラニンが不足しているため紫外線による影響(皮膚癌など)を受けやすくなる.このため,紫外線対策は大変重要となる.d.鑑別疾患特徴的な疾患であり通常,診断に苦慮することはない.原田病の夕焼け状眼底は白子症の眼底所見に類似するが,前者には周辺部に白色の斑点が散在することが多