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硝子体手術のワンポイントアドバイス 82.未熟児網膜症V期に対する硝子体手術(上級編)

2010年3月31日 水曜日

———————————————————————-Page1あたらしい眼科Vol.27,No.3,20103410910-1810/10/\100/頁/JCOPYはじめに未熟児網膜症Ⅴ期の網膜全離例は難治であり,硝子体手術による網膜復位率は一般の網膜離に比較して著しく低い.本疾患における水晶体後面の増殖膜処理は難易度が高く,網膜の伸展性が著明に低下しているため,術中に医原性裂孔を形成すると復位が得られないことが多い.特に増殖膜の周辺部では視認性が不良であることに加えて,硝子体剪刀では往々にして網膜を求心的に牽引してしまうため,医原性の鋸状縁断裂や後極部裂孔を形成しやすい.筆者らは2本の硝子体鑷子を用いて,周辺部の増殖膜を円周方向に引っ張ることで比較的安全かつ確実に増殖膜処理を行う方法を行っている.殖膜の処理法インフュージョンポートは角膜輪部から挿入する術者が多いが,筆者らは角膜内皮障害を最小限にするため,角膜輪部から1.01.5mmの部位より水晶体内に強膜切開刃を刺入し,インフュージョンポートを設置している.その後,経強膜水晶体切除術を行い,引き続き水晶体後面の増殖膜の中央部に硝子体剪刀にて切開窓を形成する(図1).その後,リング状に残存した増殖膜を2本の硝子体鑷子で把持し,鋸状縁部および網膜後極部に子午線方向の牽引がかからないように処理している(図2)1).膜処理が修了し,漏斗がある程度開大するのを確認し,今度は眼内照明と硝子体手術用コンタクトレンズを用いて漏斗内の状態を観察する(図3).通常,漏斗内に硝子体ゲルはほとんど認めず,増殖膜も少ないが,漏斗の開大の障害となる増殖膜は除去する必要がある.最後に,粘弾性物質を漏斗内に注入し手術を終了する.膜の復位率未熟児網膜症Ⅴ期に対する硝子体手術後の復位率は3060%と概して不良である.不成功の原因として,①(63)網膜に対する牽引の解除が不十分なため,②医原性裂孔形成のため,③術後の再増殖により網膜が牽引されるため,などが考えられる.未熟児網膜症の牽引性網膜離では網膜の伸展性が極度に低下しているので,その場で気圧伸展網膜復位術を施行できることはまれであり,術中の医原性裂孔形成は通常の網膜離に対する硝子体手術とは異なり致命的となることが多い.たとえ網膜の復位が得られたとしても,術後視力は光覚弁眼前手動弁に留まることが多く,東らの提唱する早期硝子体手術2)が効果的と考えられるが,筆者にはその経験がない.文献1)石崎英介,中泉敦子,佐藤孝樹ほか:2本の硝子体鑷子を用いた未熟児網膜症における増殖膜処理.眼科手術20:545-548,20072)AzumaN,IshikawaK,HamaYetal:Earlyvitreoussur-geryforaggressiveposteriorretinopathyofprematurity.AmJOphthalmol142:636-643,2006硝子体手術のワンポイントアドバイス●連載82未熟児網膜症V期に対する硝子体手術(上級編)池田恒彦大阪医科大学眼科図1術中所見(1)経強膜水晶体切除術に引き続き,水晶体後面の増殖膜の中央部に硝子体剪刀にて切開窓を形成する.図2術中所見(2)リング状に残存した周辺部増殖膜を2本の硝子体鑷子で把持し,鋸状縁部および網膜後極部に子午線方向の牽引がかからないように処理する.図3術中所見(3)眼内照明と硝子体手術用コンタクトレンズを用いて漏斗内の状態を観察する.

眼科医のための先端医療 111.シュナイダー角膜ジストロフィの原因遺伝子UBIADI

2010年3月31日 水曜日

———————————————————————-Page1あたらしい眼科Vol.27,No.3,20103370910-1810/10/\100/頁/JCOPYはじめに角膜ジストロフィの遺伝子解析の分野では,これまでに多くの日本人の眼科医師が活躍され,原因遺伝子の発見を含む素晴らしい業績をあげてこられました.近年は再生医学の分野での発展に注目が集まりますが,角膜ジストロフィの分野でも着実に進展がみられていますので,本稿ではその一端を紹介したいと思います.シュナイダー角膜ジストロフィとはシュナイダー角膜ジストロフィ:は角膜へののにる角膜とを体遺伝疾患で眼の角膜部にらる角膜はたはを角膜部にをめるいとい図1).シュナイダー角膜ジストロフィの原因遺伝子にらとらのーはたのの原因遺伝子は体にる遺伝子でるとをめたののでとのる遺伝子変本疾患の原因遺伝子とたかで変のとらい◆シリーズ第111回◆眼科医のための先端医療=坂本泰二山下英俊小林顕(金沢大学医薬保健研究域医学系視覚科学)シュナイダー角膜ジストロフィの原因遺伝子UBIAD1図1シュナイダー角膜ジストロフィ患者(59歳,男性,UBIAD1遺伝子N233Hへテロ変異)の前眼部写真角膜実質の高度の混濁と実質浅層の結晶様物質の沈着が観察された.図2UBIAD1蛋白の細胞膜における構造の模式図黒塗りのアミノ酸はこれまでに報告のみられた変異部位です.アミノ酸の変異は細胞膜表面と細胞外部位に集中しており,クラスター(Loop13)を形成している.矢印で示すアミノ酸はわが国におけるシュナイダー角膜ジストロフィ患者にみられた変異の位置を示す(Y174C,K181R,N233H,文献3参照).(文献4より許可を得て改変し引用)———————————————————————-Page2338あたらしい眼科Vol.27,No.3,2010ます.筆者らはわが国におけるSCCDの3家系の遺伝子解析を初めて行い,これまでに報告のない変異(Y174C,K181R,N233H)がUBIAD1遺伝子上にそれぞれみつかり3),本疾患の遺伝的異質性(異なる遺伝子変異から類似の表現型が生じること)が確認されました.UBIAD1蛋白の機能はUBIAD1のののののののUBIAD1の図2)により,apoEを介したコレステロールの細胞内濃度の安定化や細胞内からの除去に異常をきたし,結果としてコレステロールなどの脂質が沈着する可能性が示唆されています4).生体共焦点顕微鏡を用いた生体解析レーザー生体共焦点顕微鏡ロスト角膜ジューイイを用い本疾患の生体解析をたと角膜にた図3)3).細隙灯顕微鏡にて無結晶沈着タイプと診断されていた1例では,共焦点顕微鏡でも沈着物が確認できませんでした.疾患名称の変更を提唱:SCCDからSCDへでは本疾患における角膜への所見とたイのをらはとんでたかののイ本疾患のにるとらかにのをいといい名称でるとらは提唱い文献1)OrrA,DubeM-P,MarcadierJetal:MutationsintheUBIAD1gene,encodingapotentialprenyltransferase,arecausalforSchnydercrystallinecornealdystrophy.PloSONEIssue8:e685,1-10,20072)WeissJS,KruthHS,KuivaniemiHetal:MutationsintheUBIAD1geneonchromosomeshortarm1,region36,causeSchnydercrystallinecornealdystrophy.InvestOph-thalmolVisSci48:5007-5012,20073)KobayashiA,FujikiK,MurakamiAetal:InvivolaserconfocalmicroscopyndingsandmutationalanalysisforSchnyder’scrystallinecornealdystrophy.Ophthalmology116:1029-1037,20094)WeissJS,KruthHS,KuivaniemiHetal:Geneticanalysisof14familieswithSchnydercrystallinecornealdystrophyrevealscluestoUBIAD1Proteinfunction.AmJMedGenetPartA146A:952-964,20085)WeissJS:Schnydercrystallinedystrophysinecrystals.Recommendationforarevisionofnomenclature.Ophthal-mology103:465-473,1996(60)図3シュナイダー角膜ジストロフィ(図1と同一患者)のレーザー生体共焦点顕微鏡所見角膜実質浅層に結晶様の高輝度陰影が認められた.共焦点画像サイズ400×400μm.「シュナイダー角膜ジストロフィの原因遺伝子UBIAD1」を読んで眼疾患は遺伝子変においのとおでた遺伝子疾患のは眼疾患といるでのおかででたの眼疾患の本解たたとらた角膜ジストロフィにい前はためジストロフィジストロフィジストロフィはる疾患———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.27,No.3,2010339(61)とされていましたが,遺伝子研究によりこれらは同一遺伝子BIGH3の変異をもつことがわかりました.これは,同じ遺伝子変異をもつ疾患の病態形成・表現型に関して,外的要因が重要であることを示すもので,近年大きな広がりをみせている学問領域「エピジェネティクス」の先駆けとなる重要な発見でした.さて,本稿では,このエピジェネティクスという学問領域に,新たな方向からのアプローチを試みて成功した結果が紹介されています.現在,エピジェネティクス研究で,環境因子が遺伝子発現にどのような影響を与えるかを探るために,多くの研究者は遺伝子そのものを対象にしています.しかしながら,遺伝子の表現型からのアプローチはあまり行われていません.近年,眼科画像解析装置が大きく進歩しており,疾患の病態解明に大きな威力を発揮しています.ですから,従来同一疾患(表現型)と思われていたものも,新しい画像解析装置で解析すると,別の疾患であることがわかる場合が増えてきました.同一疾患とされていたものが,異なる疾患であることがわかれば,その原因遺伝子変異およびその解釈も,変化せざるを得ません.遺伝子自身の研究と表現型の研究の双方が進歩することが,エピジェネティクス研究には必要であり,ここで紹介された結果はその双方からの研究がなされた優れたものです.平凡な研究者でしたら,新しい画像解析装置を病態解析に用いることを考えるだけでしょうが,小林顕先生はその結果と遺伝子研究を結び付けることで,遺伝子と表現型の関係について新しい局面を開いたといえます.私は,その斬新なアイデアと深い洞察に感銘を受けました.眼は生体を非侵襲的に解析できるユニークな組織であり,新しいアイデアを使うことで,医学全体にインパクトを与える大きな研究ができる可能性があることを示した好例です.鹿児島大学医学部眼科坂本泰二☆☆☆

眼感染アレルギー:小児視神経炎

2010年3月31日 水曜日

———————————————————————-Page1あたらしい眼科Vol.27,No.3,20103350910-1810/10/\100/頁/JCOPY視神経の疾患(成人)の原因には炎症,遺伝,虚血,中毒,栄養欠乏,外傷,腫瘍,圧迫がある.小児期にみられる視神経疾患としては炎症,すなわち視神経炎が最も多いのが特徴である.視神経炎はその発生機序,臨床所見と経過からつぎのように分類される.1.特発性視神経炎:原因が不明で,多くは風邪や感冒症状の後,脳炎や髄膜炎の回復期,またはまったく先行する症状のないまま発症する.ウイルスなどの感染が原因と想定されるが確実な証明はできないことが多い.ステロイドパルス治療が有効であるが,治療トライアルの結果ではステロイドのパルス,内服,偽薬のいずれも長期間観察すると良好な視機能回復が得られ,差がないと報告されている.すべての年齢に発症する.2.多発性硬化症の視神経炎:炎症性脱髄を示す細胞性免疫機序が主体で,視神経以外に他の中枢神経にも障害が生じ,再発と寛解をくり返す.急性発症期にはステロイド治療が有効で,慢性寛解期には再発予防にインターフェロンbが使用される.若年から中年の女性に多く発症する.3.抗アクアポリン4抗体陽性視神経炎:視神経脊髄炎(またはDevic病)の視神経炎で,アストロサイトの細胞膜にあるアクアポリン(aquaporin:AQP)4を標的とする自己抗体(抗AQP4抗体)が明らかとなり,液性免疫が主体と考えられている.3椎体以上の長い脊髄炎と両眼性の重篤な視神経炎を生じ,ステロイド治療に低反応または無効で,四肢麻痺や失明となる例が多い.中年から老年の女性に多く発症する.児の視神経炎の特徴13)(表1)初診時には特発性視神経炎,多発性硬化症の視神経炎,抗AQP4抗体陽性視神経炎が混在し,実際には早期の鑑別は困難である.小児の視神経炎の発生頻度は圧倒的に特発性視神経炎が高いので,今まで「小児の視神経炎の特徴」は特発性視神経炎を中心に語られることが多かった.1.特発性視神経炎①発生:視神経炎のうち小児(15歳以下)に発生する割合は,すべての視神経炎例(成人+小児)の約5%である.②両側性:成人例に比べて,小児例では明らかに両側性の視神経炎が多い.炎症性病変が急速に広範囲に悪化進行するため両側の視神経がほぼ同時に発症するか,または発症が片側からの場合には幼いため片眼の視力低下に気づきにくく,親や周りの人々も両眼に障害が及び見えにくそうな行動をするまで気づかないことが理由と思われる.このためか5歳未満の低い年齢群は5歳以上群よりも両側性の発症頻度はさらに高い.③視神経乳頭の浮腫(図1):小児の視神経炎例では成人例よりも視神経乳頭の浮腫が高率に認められる.一般に視神経炎で乳頭浮腫を示すものは病変が視神経の前方の乳頭付近に限局して存在する「視神経乳頭炎」とよばれ,乳頭浮腫がなく視神経の後方に病変があるのは「球後視神経炎」とよばれている.小児の視神経炎で乳頭浮腫を示す例ではMRI(shortTIinversionrecov-ery:STIR法)所見で詳細に検討すると乳頭付近だけで(57)眼感染アレルギーセミナー─感染症と生体防御─●連載監修=木下茂大橋裕一27.小児視神経炎中尾雄三近畿大学医学部堺病院眼科小児の視神経炎の特徴は両側性(特に幼少期発症例に多い)で,重篤な視機能障害を示し,眼底には視神経乳頭の浮腫を呈する例が多い.ウイルスの感染後やワクチン予防接種後に発症する例が多く,ステロイド治療が有効で視機能の回復は良好である.頻度は少ないが,多発性硬化症や抗アクアポリン4抗体陽性視神経炎が経過中に判明する例もある.表1CharacteristicsofopticneuritisinchildrenA:AnteriorpartswellingofopticnerveB:BilateralopticneuritisC:ComplicationofviralinfectionD:DevelopmenttomultiplesclerosisE:Eectivenessofsteroidtherapy(Y.Nakao,2010)———————————————————————-Page2336あたらしい眼科Vol.27,No.3,2010なく,視神経の全長にわたって著しく腫大し,高信号(炎症病変)を示すのが特徴である4)(図2).このため,多発性硬化症の視神経炎で乳頭局所に限局した病変を示唆する「視神経乳頭炎」と同じようによぶのは正しくない.④先行する感染症:視神経炎発症の12週間前に風邪症状や感冒様症状,またはワクチン予防接種を経験しているケースが多い(ウイルス感染後=postinfec-tious?).血清中または髄液中に麻疹,風疹,帯状疱疹ウイルスの抗体価の上昇を認めた報告もある.急性散在性脳脊髄炎(acutedisseminatedencephalomyelitis:ADEM)の発症は小児に多く,急速に広範囲の中枢神経障害を生じる炎症性脱髄疾患である.ADEMの発生機序の背景,臨床症状,予後は小児の視神経炎に共通する点が多く,小児の視神経炎は「ADEM類似の病変が両側の視神経に進展したもの」とイメージすることもできる.⑤ステロイド治療:一般に小児の視神経炎はステロイド治療によく反応し,その視機能は良好に改善する.しかし感染症との関係が疑われるため,ステロイド治療前に小児科へ紹介し,全身状態の把握をしておくことが重要である.2.多発性硬化症の視神経炎小児視神経炎の発症から後に多発性硬化症が明らかになる率は成人に比べて低い(特にアジア)との報告が多(58)い.初診時にMRIで脳内に脱髄斑があれば,後で多発性硬化症と診断される確率が高いのは成人と同じである.長い期間の慎重なフォローが要る.3.抗AQP4抗体陽性視神経炎5)小児でも抗AQP4抗体陽性で視神経脊髄炎の報告例があるので,初診時に抗AQP4抗体の有無を検査し,治療方針の決定に役立てる必要がある.別すべき他の視神経疾患小児期に好発し,視神経炎と鑑別を要する視神経疾患としてLeber病,イヌ回虫症とネコ引っ掻き病の視神経網膜炎に注意が要る.文献1)中尾雄三,大本達也,下村嘉一:小児視神経炎について.眼紀34:496-498,19832)MillerNR:Opticneuritisinchildren.Walsh&Hoyt’sClinicalNeuro-ophthalmology.6thed,p331-332,Williams&Wilkins,Baltimore,20053)MizotaA,NiimuraM,Adachi-UsamiEetal:ClinicalcharacteristicsofJapanesechildrenwithopticneuritis.PedNeurol31:42-45,20044)中尾雄三:視神経疾患の画像診断.臨眼61:1624-1633,20075)中尾雄三,山本肇,有村英子ほか:抗アクアポリン4抗体陽性視神経炎の臨床的特徴.神経眼科25:327-342,2008図2図1の症例のMRI(STIR法)上:冠状断面,下:軸位断面.視神経(両側)の炎症による肥大と高信号(⇒)を認める.15歳女児の視神経炎(両眼)10日前に発熱と頭痛があり,3日前から両眼が見えにくい.視神経乳頭の浮腫(両眼)がある.

緑内障:緑内障検診(2)

2010年3月31日 水曜日

———————————————————————-Page1あたらしい眼科Vol.27,No.3,20103330910-1810/10/\100/頁/JCOPY緑内障検診では,検査項目の選定が重要となる.日本人の緑内障患者の大多数は眼圧上昇を伴わない正常眼圧緑内障であり,眼圧検査のみによるスクリーニングでは緑内障の発見が困難である.したがって,緑内障性視神経乳頭の判定が重要となる.緑内障専門医による視神経乳頭の立体観察は理想的な方法であるが,結果が評価者の経験に依存することになる.したがって,検診においては視神経乳頭の客観的,定量的な測定法の導入が望まれる.HeidelbergRetinaTomograph(HRT)IIは無散瞳下で迅速な視神経乳頭の立体解析を可能にする.今回,視神経乳頭の評価にHRTIIを導入したことは,補助診断として有用であるばかりでなく,客観的評価を可能にした.HRTIIに搭載されている緑内障自動診断アルゴリズム(GlaucomaProbabiliScoreTM:GPS)は,オペレーターが視神経乳頭縁(contourline)を入力する従来のmooreldregressionanalysis(MRA)視神経乳頭解析と異なり,contourline入力の必要がない.そのため検診に有効と期待され,今回の健診でも導入された.しかし,GPSとMRAで異なる解析結果を示した症例もあり(図1),最終的には肉眼による視神経乳頭立体観察を上回る感度・特異度を得られなかった1).今後は新型(Fourier-domain)光干渉断層計(OCT)を用いた視神経乳頭形状や網膜神経線維層厚の解析を検診の検査項目に組み入れることによって,検診効率がさらに改善されることが期待される(図2).今回の検診で用いた緑内障の診断基準(2次検診受診基準)を表1と表2に示す.内障危険因子行政主導の大規模な緑内障スクリーニングは莫大な費用がかさむため,現在どの国でも採用されていない2).(55)●連載117緑内障セミナー監修=東郁郎岩田和雄山本哲也117.緑内障検診(2)石川誠秋田大学大学院医学研究系医学専攻病態制御医学系眼科学講座緑内障の早期発見には,効率が良く,既存の検診業務に組み入れて実施可能なスクリーニング・システムの構築が重要である.「無散瞳」,「非接触」,「非医師」で行う緑内障検診を人間ドックや住民検診に組み込み,正常眼圧緑内障の早期発見体制を全国的に普及させることは,緑内障失明率の低下に寄与できる可能性がある.図1今回の検診で発見された緑内障症例(60歳,男性)のHRTII解析結果上は視神経乳頭縁(contourline)を決定後,乳頭パラメータの解析を行っている.下はGPS自動解析による緑内障判定である.本症例では,MRAとGPSの解析結果が一致しなかった.MRA視神経乳頭解析GPS自動解析———————————————————————-Page2334あたらしい眼科Vol.27,No.3,2010疾病スクリーニングにおいて,費用対効果を決定するのは有病率であり,危険因子をもつ集団(ハイリスクグループ)を対象として検診を行うことが重要となる.近年の疫学研究で,年齢,眼圧,近視3),低い眼灌流圧4)などが緑内障危険因子であることが明らかになった.今後はこれら危険因子をもつ集団を選択して,たとえ規模は小さくなるにしろ,効率的にスクリーニングを行うことが重要であると考えられる.後の緑内障検診今回の緑内障検診において行った検査方法は,いずれも「無散瞳」,「非接触」で,「非医師」が実行可能なものである.「無散瞳」検査は,受診者の緑内障発作誘発の危険性をなくし,「非接触」検査は感染の危険性を軽減させる.また,「非医師」でも行えることで,ある程度の検診コスト引き下げが可能となる.緑内障検診を人(56)間ドックや住民検診に組み込み,正常眼圧緑内障の早期発見体制を全国的に普及させることは,住民がより多くの緑内障早期発見の機会を得ることにつながり,ひいては緑内障失明率の低下に寄与できる可能性がある.文献1)澤田有,石川誠,佐藤徳子,吉冨健志:緑内障検診におけるHeidelbergRetinaTomograph(version3.0)GPSの有用性.臨眼63:293-296,20092)RabindranathHR,FraserK,ValeLetal:Screeningforopenangleglaucoma:systemicreviewofcost-eective-nessstudies.JGlaucoma17:159-168,20083)SuzukiY,IwaseA,AraieMetal:Riskfactorsforopen-angleglaucomainaJapanesepopulation:TheTajimiStudy.Ophthalmology113:1613-1617,20064)LeskeMC,WuSY,HennisAetal:Riskfactorsforinci-dentopen-angleglaucoma:TheBarbadosEyeStudy.Ophthalmology115:85-93,2008表12次検診受診基準眼圧21mmHgを超えるSPACで正常以外の判定(SかP,grade5以下)乳頭ステレオ撮影で異常HRT3で正常以外の判定判定不能の場合SPAC:ScanningPeripheralAnteriorDepthAnalyzer,HRT3:HeidelbergRetinaTomograph.表2視神経乳頭の異常所見垂直C/D(陥凹乳頭)比が0.7以上上下方rimの幅が乳頭経の0.1以下垂直C/D比の左右差が0.2以上乳頭出血神経線維層欠損(NFLD)が陽性図2今回の検診で発見された緑内障症例(65歳,女性)のCirrusOCT解析結果左眼耳下側に神経線維束欠損が認められた.

屈折矯正手術:調節性内斜視に対する角膜屈折矯正手術

2010年3月31日 水曜日

———————————————————————-Page1あたらしい眼科Vol.27,No.3,20103310910-1810/10/\100/頁/JCOPY斜視は「屈折異常が原因の斜視」と「屈折異常が合併している斜視」との場合がある.いずれの場合も,斜視の治療には正しい屈折矯正が重要である.調節性内斜視は,屈折異常を原因とする代表的な斜視で,治療の第一選択として精密屈折検査で処方される眼鏡装用が幼少期から開始される.その後,長期にわたる屈折異常のコントロール管理が重要となる疾患である.しかし思春期(青年期)には眼鏡に美容的な抵抗を感じるため,屈折矯正方法をコンタクトレンズに変更する症例も少なくない.さらに昨今のさまざまな屈折矯正法の登場により,その選択肢は広がっているのが現状である.本稿では,調節性内斜視に対する角膜屈折矯正手術(laserinsitukeratomileusis:LASIK)について自験例をもとに紹介する1).視と屈折異常1.調節性内斜視屈折性と非屈折性調節性内斜視に分けられる.屈折性調節性内斜視は遠視があって調節の過剰に伴って内斜視となるもので,屈折矯正で斜視角度は改善し,調節性内斜視の大部分を占めている.一方,非屈折性調節性内斜視はAC/A比(遠見から近見への一定の調節と,これに伴って働く調節性輻湊の程度の比率)が大きく,屈折矯正後の遠見では正位または小角度の内斜視であるが,近見では明らかな内斜視となり凸レンズ装用よって正位または内斜位となるものである.いずれも両眼視機能は比較的良好である.2.部分調節性内斜視調節性内斜視と非調節性内斜視の混合型であり,屈折矯正によって斜視角度が軽減するが,完全には矯正できず残余斜角に対して手術の適応となる場合がある.周辺融像はなく,片眼抑制のある内斜視である.屈折矯正後の残余斜視角が小さい場合には,純粋な調節性内斜視との鑑別が困難な場合がある.1)1.症例屈折矯正が内斜視角度の軽減に有効と考えられた広義の調節性内斜視4例(男性1名,女性3名;平均年齢25±3.6歳)に対して遠視矯正LASIKを施行した.術前には調節麻痺薬(サイプレジンR)点眼による精密屈折検査を行い,手術による矯正量を判断した.斜視角度は交代プリズム遮閉試験により定量し,固視,両眼視,網膜対応などの検査結果も考慮して内斜視の診断分類を行った.また,全症例が幼少期より眼鏡装用による屈折矯正治療を受けており,手術前の屈折矯正手段としては女性1例がコンタクトレンズで,他3例が近見視時のみ眼鏡を使用し,外出時の眼鏡装用には消極的であった.眼(53)屈折矯正手術セミナー─スキルアップ講座─●連載118監修=木下茂大橋裕一坪田一男118.調節性内斜視に対する角膜屈折矯正手術清水公也伊藤美沙絵北里大学医学部眼科眼位改善も考慮した屈折矯正手術は,術前に斜視の原因と現状をくり返し確認し,手術による屈折矯正量と斜視角度の変動量を把握することが重要である.a.右眼b.左眼図1遠視矯正LASIK後の角膜形状解析(症例4)25歳,女性.遠視矯正LASIKは角膜周辺部をレーザー照射にて切除するため中央が急峻で,周辺部が平坦な角膜形状に変化する.本症例はレーザーの照射ズレもなく良好な術後経過を示している.———————————————————————-Page2332あたらしい眼科Vol.27,No.3,2010精疲労は全例に認められた.2.角膜屈折矯正手術エキシマレーザー装置VISXSTARSmoothScanS2TMを用いて,当院の標準的方法で施行した(図1)2,3).当機種での遠視矯正限界は約+5.00+6.00Dであるため,+6.00D以上の高度遠視を有する症例の場合は,残余遠視による視力と眼位を予測する目的で+5.00のソフトコンタクトレンズ装用による検査を行い,残余遠視や残余斜視角の可能性や将来的な老視の問題を含め十分に説明し同意を得ている.今回,いずれの症例も乱視量は1.00D以下であり矯正量に加味していない.果1.視力と屈折度術前,平均裸眼視力は遠見0.91(小数視力換算値),近見0.26,平均球面度数は+5.65±1.53D,平均円柱度数0.59±0.42Dであった.術後,平均裸眼視力は遠見0.96,近見0.95,平均球面度数は+0.44±1.18D,平均円柱度数は0.38±0.35Dとなり,遠視の軽減とともに近見視力の向上が認められた(表1).2.斜視角度術前,裸眼の内斜視角度は近見時1045Δ,遠見時1050Δ,下斜筋過動が原因と考えられる上下斜視を2例に認めた.術後,内斜視角度は近見時08Δ,遠見時26Δと軽減したが,1例は6Δの外斜視を呈した.この外斜視症例は術前から上下斜視も合併しており,術後に複視は認められず,整容的な改善と眼精疲労が軽減されて満足している.いずれの症例も内斜視角度は軽減したが上下斜視は残存し,上下斜視については他の外科的治療(観血的治療)の併用が必要であると考えられる(表1,図2).3.両眼視機能大型弱視鏡検査では眼位補正も可能であることから,全症例に若干の改善が認められた.一方,眼位補正なしのTitmusstereotestにおいては上下斜視のない症例にのみ改善を認めた(表1).文献1)伊藤美沙絵,大野晃司,清水公也ほか:調節性内斜視に対する遠視矯正LASIKの効果.臨眼57:357-362,20032)清水公也:LASIKの現状と術後管理.日本の眼科71:961-964,20003)大野晃司:LASIKの現況.眼科手術14:451-456,2001(54)表1遠視矯正LASIK前後の視機能No.年齢,性別Ope裸眼視力*屈折度**斜視角度(裸眼)**斜視角度(遠見屈折矯正下)**立体視近見遠見SE(D)近見(Δ)遠見(Δ)近見(Δ)遠見(Δ)TST(sec)大型弱視鏡122歳,女性前0.3/0.41.2/1.2+5.25/+4.5045ET50ET8E4E200+++後1.0/0.91.5/1.20/+1.008E(T)4E140+++230歳,男性前0.15/0.70.7/1.0+6.00/+3.7510E(T)10E(T)24E(T)4ET200++後1.0/1.00.7/0.91.00/0.5002E(T)100+++323歳,女性前0.3/0.60.5/1.5+4.75/+4.0018ET3LHT20ET4LHT6ET4LHT6E(T)4LHT3,000+後1.0/1.00.7/1.00.50/0.756ET4LHT6XT4LHT3,000+425歳,女性前0.1/0.10.8/0.8+7.25/+7.5016ET8LHT16ET8LHT6XT7LHT10XT8LHT3,000後0.9/0.80.9/1.0+1.00/+2.506ET8LHT6ET8LHT3,000+*右眼/左眼.**SE:sphericalequivalent,ET:esotropia,E(T):esophoria-tropia,E:esophoria,XT:exotropia,LHT:lefthypertropia.TST:Titmusstereotest.立体視は,術前は遠見屈折矯正下,術後は裸眼で測定した.大型弱視鏡の立体視は,3種類の相似図形(Clement-ClerkTM)を用いて評価し,Allpass(+++),2種類pass(++),1種類pass(+),なし()と表示した.図2遠視矯正LASIK前後の遠見眼位(症例4)25歳,女性.a:術前の裸眼(16ΔET8ΔLHT),b:遠見屈折矯正下(10ΔXT8ΔLHT),c:術後の裸眼(6ΔET8ΔLHT)の眼位を示す.術後は眼鏡装用の煩わしさから解放され,上下斜視は残存したが,明らかな水平眼位の改善も認められて整容的に高い満足度が得られた.a.術前;裸眼c.術後;裸眼b.術前;遠見屈折矯正下

多焦点眼内レンズ:日本で承認を受けた多焦点眼内レンズ

2010年3月31日 水曜日

———————————————————————-Page1あたらしい眼科Vol.27,No.3,20103290910-1810/10/\100/頁/JCOPY多焦点眼内レンズは,約20年前に今のデザインと同じ屈折型,回折型が日本でも承認されていた.残念ながら,当時は折り畳み式の素材ではなく,切開幅が6mmで,かつ縫合をしていたため,医原性乱視が生じていたこと,眼内レンズ度数計算が今ほど正確ではなく,術後の球面度数ずれが多かったことから,良好な裸眼視力が要求される多焦点眼内レンズの特性を生かすには,受け入れ側の準備が未熟であった.また,視機能という概念が眼科医に広く普及していず,術後の見え方は視力のみの判断で,コントラスト感度を検討する施設は非常に限られていた.2007年に,これらの問題点の多くが解決され,多焦点眼内レンズが再スタートをきったともいえる.屈折型,回折型の多焦点眼内レンズが複数承認され,年内に承認予定のレンズも含めて,この機会にまとめてみたい(表1).屈折型多焦点眼内レンズ屈折型は,リズーム(Abbott社)がわが国で承認を受けた唯一の屈折型多焦点眼内レンズであったが,ヨーロッパでCEマークをとったHOYA社のiSiiがディスポーザブルのインジェクターに入ったプリセット型として承認される予定である.リズームは5ゾーンで中央2.1mm径が遠用,2.13.4mm径が近用,iSiiは3ゾーンで中央2.3mm径が遠用,2.33.24mm径が近用で(図1),多焦点機能を発揮するには,近用ゾーンを十分使える瞳孔径が必要である.加齢とともに瞳孔径が小さくなるため,高齢者では適応にならない場合が多い.加入度数は回折型より少ない+3.0+3.5Dのため近方視(51)●連載③多焦点眼内レンズセミナー監修=ビッセン宮島弘子3.日本で承認を受けた多焦点眼内レンズビッセン宮島弘子東京歯科大学水道橋病院眼科2007年に屈折型,回折型多焦点眼内レンズが承認された後,2010年までの約3年間に,基本的な多焦点機能は変わらないが,付加機能がついたもの,材質の異なるものが次々に承認を受けた.現在,わが国で承認を受けたもの,治験を終了し,年内に承認予定の多焦点眼内レンズについて,それぞれの種類と特徴をまとめる.表1多焦点眼内レンズの種類と特徴屈折型回折型販売名リズームAF-1(UY)iSiiテクニスマルチフォーカルレストアRシングルピースレストアRマルチピースモデル名NXG1PY-60MVZM900ZMA00SN6AD3SN6AD1MN60D3販売元AbbottHOYAAbbottAlcon光学部材質アクリルアクリルシリコーンアクリルアクリル球面・非球面非球面非球面非球面非球面非球面非球面球面着色・無着色無着色着色・無着色無着色無着色着色着色着色加入度数(D)+3.5+3.0+4.0+4.0+4.0+3.0+4.0度数範囲(D)+6.0+30.0+4.0+40.0+6.0+30.0+6.0+30.0+6.0+30.0A定数Aモード118.4117.9119.0119.1118.9118.9118.3IOLマスター118.8118.4119.8119.5119.0119.0118.6承認2007年5月2010年予定2008年8月2009年2月2008年7月2010年予定2008年11月———————————————————————-Page2330あたらしい眼科Vol.27,No.3,2010の最適距離が4050cmとなる.回折型多焦点眼内レンズ回折型は光学部全体が回折デザインのテクニスマルチフォーカルと周辺が単焦点デザインになっているレストアRに大きく分かれる(図2).テクニスマルチフォーカルは光学部材質がシリコーン製のものが最初に承認されたが,昨年,アクリル製のものが承認され,今後アクリル製シングルピースへと移行していくようである.レストアRは光学部が球面,無着色のSA60D3が最初に承認を受けたが,すでに製造は中止されており,今後は非球面,着色タイプのSN6AD3のみとなる.今までの回折型多焦点眼内レンズは近方加入度数が+4.0D,眼鏡面で+3.0Dのため近方30cmで良好な視力が得られていた.今後,加入度を+3.0Dに減らしたSN6AD1が承認される予定で,これにより近方4050cmで良好な視力を望む症例への適応が広がるであろう.また,マル(52)チピースタイプは光学部が球面,着色で,シングルピースデザインが適さない症例,すなわち水晶体内固定が困難な症例に挿入可能である.回折型デザインは瞳孔径に影響されにくいので,適応年齢層が広い.遠方裸眼視力が良好であれば,高い確率で良好な近方裸眼視力が得られるため,遠近両用レンズとして使いやすいが,回折構造の宿命ともいえるコントラスト感度低下があっても,レンズとして使いやすい.しかし,回折デザインの宿命ともいえるコントラスト感度低下が,症例によっては見えにくさとして自覚されるので,レンズの利点と限界を術前に十分説明する必要がある.多焦点眼内レンズの種類が増えたことにより,患者のライフスタイルに合ったレンズの選択,あるいは組み合わせが可能になった.本セミナーで,使用可能な多焦点レンズの種類と特徴を再確認し,今後の診療に役立てていただければ幸いである.☆☆☆リズームiSii2.1mm3.4mm2.3mm3.24mm5ゾーンで中央2.1mmおよび第3,第5ゾーンが遠用.着色部分の第2,第4ゾーンが近用度数3ゾーンで中央2.3mmおよび第3ゾーンが遠用.着色部分の第2ゾーンが近用度数テクニスマルチフォーカル光学部全体が回折デザインレストア?光学部中央3.6mmが回折デザイン.周囲は単焦点3.6mm3.6mm図1屈折型多焦点眼内レンズ図2回折型多焦点眼内レンズ

眼内レンズ:効率よく染色できる前嚢染色針

2010年3月31日 水曜日

———————————————————————-Page1あたらしい眼科Vol.27,No.3,20103270910-1810/10/\100/頁/JCOPY4-0糸や6-0糸の針を把持するような少し大きめのマイクロ持針器を用いて27ゲージ注入針(いわゆるヒーロン針)を先端部のほうから巻いていく(図1,2).作製時の注意点としては以下のことがあげられる.①注入針の先端を最初に90°曲げる際に過度に強く把持すると注入針の先端がつぶれて染色液が出なくなるので,つぶれない程度にほどほどの力で把持しなくてはならない.ただし,その後の注入針の曲げた部分を把持する場合は,曲げた部分はつぶれにくいので,ある程度強く把持しても問題ない.②可能な限り細巻きにして横幅が(49)3mm以内(術創の幅以内)になるようにしないと創から挿入できなくなる.③同一平面内で巻くようにしないと出し入れのときに創口に引っ掛かる.用方(図3~6)前房内にビスコートTMとオペガンハイTMなどを用いたソフトシェルを構築もしくはヒーロンVTMを注入後,試作した前染色針を用いて染色液を前上に1滴注入する.注入した染色液を前上にまんべんなく塗り広げるようにいきわたらせて前を染色する.染まり方が足りなければもう1,2滴追加注入してもよい.染色後,染色針を抜去するが,この際,針の巻きの部分が創の内渡辺久櫻井真彦埼玉医科大学総合医療センター眼内レンズセミナー監修/大鹿哲郎283.効率よく染色できる前染色針白内障手術に際し,成熟白内障などの例ではトリパンブルーなどによる前染色が行われている1).この際,通常の注入針を用いて染色液を注入すると,染色液が前表面のみならず,虹彩,角膜内皮,後房,前部硝子体など,眼内の他の部位にも飛散し,後の染色液の除去に手間取ることがある.今回,通常使用している注入針を加工し,染色液が余計なところに飛散せず前染色が効率よく行える前染色針を考案,作製した.(a)(b)(c)(d)(e)(f)(g)(h)(i)(j)(k)(l)(m)(n)(o)(p)図1染色針の作製方法(その1)持針器で注入針の先端(a斜線部)を把持し,まず先端を90°曲げる.つぎに先端の曲げた部分(b斜線部)を持針器でしっかり把持し,先端をさらに90°曲げる(c,d).e斜線部を持針器の把持部の根元寄りの部分でしっかり把持した状態で,注入針の根元寄りの部分を持針器把持部の先端側の間を通すようにして注入針の先端部を180°曲げる(f,g).持針器把持部の根元で注入針を把持していると持針器先端側は根元よりもわずかに広がっていることを利用し,そこに注入針を通すようにして,可能な限り同一平面内で細巻きになるように巻いていく.図2染色針の作製方法(その2)h斜線部に持ち替え,同様に180°曲げる(i,j).k斜線部に持ち替え,さらに90°曲げる(l,m).n斜線部を把持して反対方向に90°曲げて(o),完成(p).———————————————————————-Page2方弁に引っかかり抜けない場合がある.このような場合には,別の曲げていない注入針を同じ創から挿入しガイドすると抜去できる.最後に通常の注入針を用いて粘弾性物質を注入し,前房内の余分な染色液を排除する.ント今回,筆者らが試作した前染色針を用いると,染色液が前房内に拡散せず少量の染色液で効率よく染色できる.染色後に前房内の余分な染色液を排除するのに要する粘弾性物質も少量で済む.これらのことから前染色を要する白内障手術において有用と考えられる.ただし,作製には手間や慣れを要するのが難点である.このため,可能であれば製品化が望まれる.文献1)MellesGRJ,deWaardPWT,PameyerJHetal:Trypanbluecapsulestainingtovisualizethecapsulorhexisincat-aractsurgery.JRefractSurg25:7-9,1999図3染色液の滴下確認作製した染色針の先から染色液がスムーズに出るかを眼外で確認する.染色液を勢いよく出そうとしても,この針の形状のため液はゆっくり真下にしか滴下されない.図6余分な染色液の排出染色針を抜去後,通常の注入針を用いて6時方向の前房内に粘弾性物質を注入しつつ,針の根元で創を押し下げることで,眼内の余分な染色液を粘弾性物質ごと排除する.図5前表面の染色染色針で前表面を撫でるように円を描くように動かしながら注入した少量の染色液を塗り広げ,前全体にいきわたらせる.図4染色液の注入前房内に粘弾性物質を注入後,染色針を前房内に挿入し,まず前上の中央で少量の染色液を出してみる.

コンタクトレンズ:私のコンタクトレンズ選択法(ボシュロム メダリスト マルチフォーカル(1)-Low add処方のケース-

2010年3月31日 水曜日

———————————————————————-Page1あたらしい眼科Vol.27,No.3,20103250910-1810/10/\100/頁/JCOPY遠近両用ソフトコンタクトレンズ(SCL)の処方では,レンズのデザインや実効加入度数の違いから,装用者の条件によって適応となるレンズの種類が限られる場合がある.本稿では,第一選択した遠近両用SCLの処方がうまくいかず,ボシュロムのメダリストマルチフォーカル(以下,MD-MF)に変更して処方が成功した典型的なケースについて解説する.MD-MFには2種類の加入度数(LowaddタイプとHighaddタイプ)があり,度数分布が異なっており,適応も異なる.今回はLowadd処方のケースを取り上げ,次回にHighadd処方のケースを解説する.ース1:累進屈折力型遠近両用SCLで遠くが二重に見える症例:55歳,女性.事務職.主訴:使用中のコンタクトレンズ(CL)でパソコンのモニターが見づらく,疲れを感じるようになったため,遠近両用CLの処方を希望して受診した.CL経験:SCL,17年.使用中のCL:1年前より1日交換SCLを使用.レンズ規格:R)9.0/7.00/14.2L)9.0/6.50/14.2遠方:RVA=0.7×CL(1.0×0.50D)LVA=0.7×CL(1.0×0.50D)BVA=0.8近方:BVA=0.4検査所見:利き目は右眼,近方矯正加入度数+2.25D.遠方:RVA=0.03(0.9×8.75D)LVA=0.04(1.0×8.25D(C1.00DAx20°)近方:RVA=0.1以下(0.7×6.50D)LVA=0.1以下(0.7×6.00D(C1.00DAx20°)遠近両用SCL処方経過:ケアが面倒なので1日交換SCLタイプのCLの処方を希望したため,1日交換遠近両用SCL(累進屈折力型,中心光学部近用)を第一選択した.テストレンズ:R)8.60/6.00/13.8L)8.60/5.50/13.8遠方:RVA=0.5×CL(1.0×1.50D)(47)LVA=0.5×CL(1.0×1.50D)BVA=0.7近方:BVA=0.8遠方と近方の自覚的な見え方に患者の満足が得られたため,1週間のテスト装用を行った.近方は見やすく仕事の生活は改善したが,遠方は二重に見えたり,ぼやけたりし,疲労感の訴えがあった.そこでレンズのタイプをMD-MFに変更してテスト装用させた.テストレンズ:R)9.0/7.00/Lowadd/14.5L)9.0/6.00/Lowadd/14.5遠方:RVA=0.6×CL(1.0×0.50D)LVA=0.7×CL(1.0×0.50D)BVA=0.8近方:BVA=0.61週間のテスト装用の結果,近方は最初にテストしたレンズとほぼ同じ見え方で,遠方は二重に見えず,見やすくなり,仕事での不自由はなかった.MD-MFを処方し,患者は問題なく装用を継続している.考察:近方視を重視する患者には,中心光学部が近用の累進屈折力型遠近両用SCLが適応となることが多い.ケース1では,このタイプの1日交換遠近両用塩谷浩しおや眼科コンタクトレンズセミナー監修/小玉裕司渡邉潔糸井素純私のコンタクトレンズ選択法309.ボシュロムメダリストマルチフォーカル(1)─Lowadd処方のケース─近用度数遠用度数Lowadd(加入度数:~+1.50D)Highadd(加入度数:~+2.50D)図1メダリストマルチフォーカルの光学部度数分布Lowaddは光学部全体がなだらかな累進構造で度数の急激な変化がなく,遠用球面度数の変更の影響が少ない.Highaddは光学部の中心付近に大きな度数変化がある.———————————————————————-Page2326あたらしい眼科Vol.27,No.3,2010(00)SCLを第一選択したが,遠方の見え方には患者の満足が得られなかった.このレンズの光学部のデザインから判断して,近方の見え方を変えずに遠方の見え方の要求を満たすことはむずかしいと考えられたため,MD-MFに変更した.累進屈折力型遠近両用SCLが適応となるケースでは,加入度数がLowaddのMD-MFは,遠用の球面度数を変更しても近方の見え方への影響が比較的少ない光学部の度数分布(図1)により,処方が成功することが多い.ース2:二重焦点型遠近両用SCLで遠くが見づらい症例:49歳,女性,主婦.主訴:使用中のハードCLで近くが見づらいため,CLの処方を希望して受診した.CL経験:ハードCL25年.使用中のCL:他医にて処方されたハードCLを使用.レンズ規格:R)8.10/4.00/8.8L)8.05/4.00/8.8遠方:RVA=0.7×CL(1.2×C1.50DAx70°)LVA=0.6×CL(1.2×C1.50DAx100°)近方:BVA=0.4検査所見:利き目は右眼,近方矯正加入度数+2.00D.遠方:RVA=0.05(1.2×4.50D(C0.75DAx70°)LVA=0.04(1.2×4.75D(C0.75DAx110°)近方:RVA=0.1以下(1.5×2.50D(C0.75DAx70°)LVA=0.1以下(1.5×2.75D(C0.75DAx110°)角膜曲率半径:R)8.26mm/8.13mm/C0.75DAx10°L)8.21mm/8.10mm/C0.75DAx170°遠近両用SCL処方経過:球面ハードCLでは残余乱視により視力補正効果は不良となることが予想され,SCLタイプの適応と考えられたため,頻回交換遠近両用SCL(累進屈折力型,中心光学部遠用Dtype)を第一選択した.処方レンズ:R)8.70/4.25add+1.50/14.4DtypeL)8.70/4.25add+1.50/14.4Dtype遠方:RVA=0.9×CL(1.0×0.50D)LVA=0.9×CL(1.2×0.50D)BVA=1.0近方:RVA=0.8×CL(1.5×+0.75D)LVA=0.9×CL(1.5×+0.50D)BVA=0.9遠方,近方の見え方に自覚的な満足が得られたため処方に至った.しかし装用3カ月後に遠方視力がBVA=0.6と低下しており,遠方の見え方に不満の訴えがあったため,単焦点の頻回交換SCLに変更して処方した.処方レンズ:R)8.70/4.25/14.4L)8.70/4.25/14.4遠方:RVA=0.9×CL(1.0×0.75D)LVA=0.9×CL(1.2×0.50D)BVA=1.2近方:RVA=0.4×CLLVA=0.6×CLBVA=0.6装用6カ月後に近方の見え方に不満が出てきたため,最初に処方した遠近両用SCLとはタイプを変更し,MD-MFをテスト装用させた.テストレンズ:R)9.0/5.00/Lowadd/14.5L)9.0/4.75/Lowadd/14.5遠方:RVA=1.0×CL(1.2×0.25D)LVA=1.0×CL(1.2×0.25D)BVA=1.2近方:BVA=0.91週間のテスト装用の結果,遠方が少しだけ見づらいが,使用に支障はなかったためMD-MFを処方した.その後不満の訴えはなく順調に装用を継続している.考察:比較的初期の老視や遠方視を重視する患者には中心光学部が遠用の二重焦点型遠近両用SCLが適応となることが多い.ケース2では,中心光学部が遠用累進屈折力型の頻回交換遠近両用SCLを第一選択した.このケースは,ハードCLの見え方に慣れていたため,SCLでの見え方の質的な違いや,遠近両用SCLの遠用光学部の狭さなどに順応できず,遠方の見え方に不満が出たものと考えられる.このように特に遠方視を重視する場合には,加入度数がLowaddのMD-MFは,近用光学部の遠方の見え方への影響が少ない光学部の度数分布(図1)により処方が成功することが多い.

写真:角膜内皮移植術後合併症

2010年3月31日 水曜日

———————————————————————-Page1あたらしい眼科Vol.27,No.3,20103230910-1810/10/\100/頁/JCOPY(45)写真セミナー監修/島﨑潤横井則彦310.角膜内皮移植術後合併症①②③④図5図4のシェーマ①:上皮浮腫.②:わずかに後面沈着物.③:上皮bullaおよび実質浮腫.④:毛様充血は弱い.佐々木香る*1天野史郎*2*1出田眼科病院*2東京大学医学部眼科図1角膜内皮移植後のグラフト脱落挿入したグラフトと母角膜の間にはっきりとした間隙を認める.図3角膜内皮移植後の瞳孔ブロック瞳孔領では一見,前房深度が正常にみえるが,周辺部では全周性に前房が消失している.後房にまわった空気が確認される.図4角膜内皮移植後拒絶反応移植角膜内皮にわずかに後面沈着物(矢印)を認め,同部に浮腫を認める.毛様充血は軽度である.周辺母角膜には,もともと強い浮腫を認める.図2角膜内皮移植後のグラフト接着不全5時方向周辺部に接着不全を認める.このまま進行は認めない.———————————————————————-Page2324あたらしい眼科Vol.27,No.3,2010(00)急速に広まりつつある角膜内皮移植術について,本稿では,術後に生じる代表的な合併症を紹介する.術者としての術中注意点は他書に譲るとして,今回は術後管理を任された術日当直医および長期経過観察を任された主治医を想定して対処法をあげる.1.ドナーの接着不良エアータンポナーデで接着を得る本術式では,ドナーの接着不良によるgraftdislocationが生じうる.術後数時間のち,あるいは翌日に図1のようにグラフト-ホスト間に明瞭な間隙として確認される.広い範囲にわたって接着不良が生じている場合には空気再注入となる.術後数時間であれば,当日施行するが,夜間に生じた場合急ぐ必要はない.空気がまだ多く存在しているので,患者に仰臥位安静を命じて翌日の処置を待つ.大部分のドナーが接着を得ており,周辺部にわずかに接着不良部が認められるだけであれば,そのまま経過観察も可能である(図2).術後経過観察の間に,少しずつ接着不良の範囲が小さくなることもある.2.瞳孔ブロック術当日夕方から夜間にかけて,患者が強い頭痛を訴えたときが注意である.細隙灯顕微鏡で観察すると,周辺部のホスト角膜部において全周性に前房が消失している.周辺虹彩は前方(角膜側)に向けて膨隆する.仰臥位では瞳孔よりやや大きめに空気が存在しており,瞳孔部にのみ,前房が存在する.通常の瞳孔ブロックと違うのは,瞳孔縁とレンズの間には間隙が存在することである.また,虹彩後面に空気がまわっている場合もある(図3).これは夜間であれ,すぐに対処すべき状態である.サイドポート部から鈍針あるいはハイドロ針で空気に触れるようであれば,これを少し押して空気を抜けばよいが,全周前房消失のため,針が挿入困難の場合が多い.まず,グラフトを挿入した縫合部からの漏出がないかを確かめ,必要があれば縫合を追加する.そのうえでBSSPLUSRを注入して前房を確保しつつ,針を進めていき,空気に達すればこれを抜くようにする.一旦解除されれば,眼圧はすぐに正常化し,頭痛も鎮静化する.グラフトは高眼圧のため,かえってしっかり接着していることが多く,この時点で空気を抜いても問題がないことが多い.ただし,内皮細胞の多少のダメージはまぬがれない.3.拒絶反応基本的に角膜内皮移植の拒絶反応は軽いとされている.視力の低下,充血の増強に気をつけて疑いの目で観察しないと,見逃すことが多い.図4は術後3カ月後に生じた拒絶反応で,軽度の角膜後面沈着物,わずかな浮腫を認める.デキサメタゾン頻回点眼,ステロイド内服にて回復した.全層移植に比べて非常にわかりづらいので,疑わしいと思ったときには,感染が否定できればまずはステロイド点眼を増強して様子をみる.4.胞様黄斑浮腫空気を出し入れする手術であるので,術中の眼圧変動が大きい.したがって術後移植片が透明であるにもかかわらず良好な視力が得にくい場合には,胞様黄斑浮腫を疑い黄斑部OCT(光干渉断層計)を施行する.図6は角膜内皮移植術後,後部硝子体牽引によって生じた胞様変化である.図6角膜内皮移植後の黄斑部OCT胞様変化を認める.術前には存在しなかった.

眼鏡と眼の疲れ

2010年3月31日 水曜日

———————————————————————-Page10910-1810/10/\100/頁/JCOPY一様に進むため,遠視眼において最も早く,代償不全を生じて,近業時の視力障害や眼精疲労が発症する.正視眼であれば調節近点が30cm(図1,破線)を下回り,近見障害が発症するのは50歳前後と考えられる.これに対して,たとえば+3Dの遠視眼(図1,+3D)では,症状発症が約10歳早まり,40歳頃から近見障害が現れることになる.40歳を過ぎると調節近点は急速に遠方化するため,日常生活に及ぼす老視の問題は,遠視眼で最も深刻であると予想される.さらに50歳を超すと,調節近点は2mを超え,早晩,遠方も眼鏡なしにははっきり見えない状況になる.こうした代償不全症状は,瞳孔径が増大し,眼球の光学的な焦点深度(一度にはじめに眼鏡装用に関する眼精疲労の原因は多岐にわたる.しかしいずれの場合も,異なる因子の間で何らかの競合・衝突関係(コンフリクト)が発生した場合に,眼精疲労が発症するという点では変わりはない.これらのコンフリクトに対し中枢神経系は,感覚的順応力(sensoryadaptation)や,眼球運動系の適応能力(vergenceadaptation,ocularmotoradaptation)により眼位や眼球運動を調整することで,問題解決を図ろうとする.このため眼精疲労の多くは,眼鏡を続けて装用するうちに自然に消失する.「優れた眼鏡視力を獲得するためには,眼に眼鏡を合わせるだけでなく,眼鏡に眼を合わせる過程も必要である」といわれる所以である.しかし,一旦コンフリクトの程度が中枢神経系の適応力の限界を超えると,眼精疲労が持続し,日常生活の妨げとなる.本稿では,眼精疲労が起こるメカニズムと対処法について,眼鏡矯正における因子間のコンフリクトという観点から考察してみたい.I遠視眼にみられる眼精疲労遠視眼では,網膜の焦点ずれとこれを補正するための調節努力の間でコンフリクトが生じることによって,眼精疲労が発症する.軽度の遠視眼であれば,特に小児期においては豊富な調節力によって代償され,視力障害や眼精疲労を自覚することはない(潜伏遠視).しかし,加齢による調節力の低下は遠視,正視,近視眼を問わず(39)317aab眼7914251眼特集●眼の疲れあたらしい眼科27(3):317321,2010眼鏡と眼の疲れOcularFatigueAssociatedwithSpectacleCorrection長谷部聡*年齢調節近点+3D-3D正視眼図1年齢と裸眼での調節近点の関係(遠視,正視,近視眼の比較)遠視眼(+3D)では近見視力障害の発症が早く,しかも急激.破線は読書距離30cmを示す.近視眼(3D)では矯正眼鏡を外すと,近見は明視できる.———————————————————————-Page2318あたらしい眼科Vol.27,No.3,2010(40)このような調節誤差は通常,眼の焦点深度内に止まるため,像のボケを自覚することは少ない.しかし近視の過矯正眼鏡や遠視の低矯正眼鏡では,一定の視距離にある対象物を見る場合でも,正視眼に比べてより大きな調節を必要とする.このため近業での調節必要量が増大し,調節ラグが大きくなる傾向がある(図3-C)1,2).一旦,調節誤差が眼の焦点深度を超えると,調節努力と像のボケの間にコンフリクトが生じ,眼精疲労が発症する可能性がある.これらのコンフリクトを解決するためには,合理的なクリアな像が得られる距離範囲)が狭くなる夕方から夜間にかけて増悪するのが特徴である.成人に遠視眼鏡を処方するときには,眼鏡に対する心理的な抵抗感にも配慮すべきであろう.患者の多くは,小児期には裸眼視力が良好で,眼鏡装用の経験がない.自分の眼には自信をもつ者が多い.このため,せっかく矯正眼鏡を処方しても,それを使用せず,眼精疲労に対する点眼液を漫然と続ける患者は少なくない.このような,いわば心理的コンフリクトを解決するために,眼精疲労のしくみを説明するとともに,心理的な抵抗感を和らげるカウンセリングが必要かもしれない.II低矯正眼鏡や過矯正眼鏡にみられる眼精疲労近視の低矯正眼鏡や遠視の過矯正眼鏡では共通して,焦点が網膜前方へ偏位する.このため,遠見での視力障害が起こる.視覚の質における需要と供給の間にコンフリクトが生じる結果,眼精疲労が発症する.症状は,高い空間周波数を含む像や低いコントラストの像を詳しく見ようと努力するとき,つまり視覚の質に対する需要の増したときに増悪するのが特徴である.また,瞳孔径に応じて眼球の焦点深度が変動するため,眼鏡視力が変動しやすいという問題がみられる.たとえ昼間明所では不自由がなくても,夜間や雨天など暗所で瞳孔が広がると,眼鏡視力が低下し,眼精疲労を自覚する場合がある.逆に近視の過矯正眼鏡や遠視の低矯正眼鏡では,焦点は網膜後方へ偏位する.これに対しては調節反応が起こり,焦点ずれは補正される.このため調節力が豊富な小児期や青年期にあっては,遠見での眼鏡視力は良好に保たれることが多い.調節系を制御工学的な視点からみると,視距離(またはdioptricpower)の変動という外乱に対して,網膜像をクリアに保つためのフィードバック回路とみなせる(図2).しかし,これは生物学的なフィードバック回路であるため,健常者であっても調節反応には一定の誤差がみられることが知られている(図3-B).つまり視距離が短くなり,調節必要量が増大すると,調節反応が鈍り,焦点はわずかに網膜後方へ偏位することになる(調節ラグ:lagofaccommodation).663322131.53.04.56.0視距離(cm)レンズを含む総合的な調節量(D)0.0ABC図3眼鏡の低・過矯正に伴う調節誤差の概念図完全矯正または正視眼(B),近視低矯正または遠視過矯正(A),近視過矯正または遠視低矯正(C)の視距離と調節量の関係を示す.斜めの破線は100%反応直線.破線と曲線との垂直距離が調節誤差の大きさを示す.調節ラグは,近視の低矯正眼鏡または遠視の過矯正眼鏡では減少し,近視の過矯正眼鏡または遠視の低矯正眼鏡では逆に増大する.高速積分器調節運動輻湊運動調節制御ループ像のボケ視差ずれ輻湊制御ループ低速積分器低速積分器高速積分器++++++++++--CA/CAC/AD図2調節と輻湊のフィードバック制御系(CliftonSchor)3,4)フィードバック回路内では,低速神経積分器が調節または輻湊の順応を司っている.D:眼鏡レンズで矯正しきれない残余の屈折異常.———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.27,No.3,2010319(41)査で得られた値をもとに完全矯正すべきある.つぎに問題となるのは,第2,第3眼位におけるプリズム効果である.眼鏡レンズの度数に左右差があると,水平方向の眼球運動に伴って水平方向の視差(binoculardisparity)が,上下方向の眼球運動に伴って垂直方向の視差が生ずる.水平方向では融像幅(fusionalrange)が広く,さらに輻湊制御系の輻湊順応(vergenceadapta-tion)の作用により,視差は短時間で代償されることが報告されている5).しかし,垂直方向では融像幅が狭く,特に順応力の低下した高齢者では,下方視で上下複視が自覚されることがある(図4).IV乱視矯正にみられる眼精疲労円柱レンズで乱視を矯正する場合には,乱視性の不等像視により,空間感覚の異常(distortionofspatiallocalization)が知覚されることがある6).両眼視に由来するこの異常感覚は,片眼性の奥行き情報(monoculardepthcue)─たとえば遠近法,テキスチャーの勾配,陰線効果から得られる空間感覚との間にコンフリクトをもたらすため,眼精疲労の原因となる.空間感覚の異常には,回転ドア感覚とスラント感覚の2種類があり(図5),前者は約1週間の眼鏡装用により感覚的順応が成立するのに対し,後者は成人では順応が期待しにくいと考えられている.従来この種の眼精疲労理由がない限り,屈折異常は完全矯正すべきであろう.III不同視矯正にみられる眼精疲労眼鏡レンズは角膜頂点から約12mm離れたところに置かれるため(頂間距離),レンズを通して見た像は,その度数に比例して(約1.25%/D)拡大(凸レンズ)または縮小(凹レンズ)される.もし左右に度数差がある眼(不同視)を完全矯正しようとすると,レンズを通して見た像の大きさは両眼間で異なるものになる(不等像視).一般に,45%を超える不等像視は,感覚的順応が及ばず,両眼単一視が妨げられる結果,眼精疲労の原因になる.レンズの度数差に換算すれば約3Dに相当する.したがって不同視に眼鏡矯正する場合には,レンズ度数差がこれを超えないように,度数調整が必要になる(モノビジョン眼鏡).ただし不等像の程度(%)は,必ずしもレンズの度数差のみに依存するわけではなく,不同視の原因が軸性であるか屈折性であるかによっても異なる(Knappの原理).粟屋のNewAnisekoniaTestなどを用いて,不等像視の程度を実際に測定することも参考になる.一方小児では,大きな不同視であっても,強力な感覚的順応力などにより,多くの場合完全矯正眼鏡を処方できる.特に不同視弱視の症例では,調節麻痺下の屈折検R)0DL)-3DL)-3DR)0D図4不同視矯正眼鏡による下方視での上下複視の例ント感覚qA左眼右眼左眼右眼BAABB回転ドア感覚fAB図5乱視矯正眼鏡にみられる2種類の空間感覚異常円柱レンズによる経線拡大・縮小効果により,点AやBに剪断性視差が生ずると(左),前額面に置かれた平面図形は奥行き方向に傾斜して見える(右).———————————————————————-Page4320あたらしい眼科Vol.27,No.3,2010(42)融像性開散運動によって両眼単一視を保とうとするが,その際,調節と輻湊系の間でコンフリクトが生じ,眼精疲労の原因となる.臨床的には,コンフリクトは調節ラグや固視ずれ(xationdisparity)の増加となって観察される.健常者では,神経的な順応機転(vergence&accom-modationadaptation)が作用して,このようなコンフリクトは時間とともに緩和される場合が多い.しかし残余の遠視が大きいと,代償不全を起こして,持続する眼精疲労の原因となりうる.一般に融像幅は,輻湊方向に広く,開散方向に狭い.近視の過矯正眼鏡が低矯正眼鏡に比べて,しばしば眼精疲労をひき起こす理由かもしれない.VI読書用眼鏡にみられる眼精疲労読書用眼鏡では,調節力の低下とともに加入(プラス)度数を増やす必要がある.また視距離が近い人ほど,必要となる加入度数は大きい.しかし加入度数を増やすへの対策として,円柱度数については低(控えめの)矯正にすることが推奨されてきた.しかし2種類の空間感覚異常に対する感覚的な順応力の違いを考慮すると,この方針が常に正しいとは言いきれない(詳しくは拙稿7)を参照のこと).〔ポイント〕球面,円柱レンズにかかわらず,眼鏡の不等像視による眼精疲労の鑑別法として,片眼遮閉があげられる.眼帯または遮閉シール(メンディングテープ,3M)で片眼を遮閉すると,不等像のコンフリクトが解消されるため,症状が消失する.V輻湊と調節運動の不均衡による眼精疲労先に(II)述べたように,近視の過矯正眼鏡や遠視の低矯正眼鏡では,一定の視距離に置かれた物体を明視するために必要な調節量は正視眼に比べて大きくなる.その結果,調節努力は調節・輻湊系の相互クロスリンク(図2)を介して,調節性輻湊をひき起こし,内斜位が発生する(図6a)4).この変化に対して輻湊の制御系は,1乱視性不等像視による異常空間感覚の臨床的特徴種類原因例感覚的順応*回転ドア感覚水平経線での不等像視R)1.00D(cyl3.00DAx180°L)3.00D(cyl1.00DAx180°約1週間スラント感覚交差する斜めの不等像視R)1.00D(cyl3.00DAx45°L)1.00D(cyl3.00DAx135°成立しにくい*成人の場合.OOLabOcLL図6眼鏡の矯正状況に依存する眼位Lは矯正レンズ,Oは遮閉を示す.a:近視の過矯正や遠視の低矯正では,対象を明視するためには過剰な調節反応が必要であるため,内斜位が生じる.b:完全矯正では偏位が生じない.c:近視の低矯正や遠視の過矯正では調節反応が少なくて済むため,外斜位が生ずる.輻湊制御系は融像性開散運動(a)または輻湊運動(b)により両眼単一視を保つ必要がある.———————————————————————-Page5あたらしい眼科Vol.27,No.3,2010321(43)疲労の原因となる因子間のコンフリクトの多くは,感覚的な順応力や,眼球運動系の適応力によって,時間とともに解消される.しかしコンフリクトの程度が適応能力の限界を超えると,眼精疲労が持続し,日常生活の妨げとなる.一般的に,屈折異常以外に眼疾患をもたない患者ではコンフリクトの程度は小さく,角膜疾患や眼科手術後の患者ではより大きなものになると予想される.眼鏡処方者は良好な眼鏡視力を提供すると同時に,眼精疲労の原因となるコンフリクトを発見し,その調整と解決に努める必要がある.文献1)NakatsukaC,HasebeS,NonakaF,OhtsukiH:Accommo-dativelagunderhabitualseeingconditions:comparisonbetweenadultmyopesandemmetropes.JpnJOphthalmol47:291-298,20032)NakatsukaC,HasebeS,NonakaFetal:Accommodativelagunderhabitualseeingconditions:comparisonbetweenmyopicandemmetropicchildren.JpnJOphthalmol49:189-194,20053)HasebeS,GrafEW,SchorCM:Fatiguereducestonicaccommodation.OphthalmicPhysiolOpt21:151-160,20014)HasebeS,NonakaF,OhtsukiH:Accuracyofaccommo-dationinheterophoricpatients:testinganinteractionmodelinalargeclinicalsample.OphthalmicPhysiolOpt25:582-591,20055)OohiraA,ZeeDS,GuytonDL:Disconjugateadaptationtolong-standing,large-amplitude,spectacle-correctedani-sometropia.InvestOphthalmolVisSci32:1693-1703,19916)GuytonDL:Prescribingcylinders:Theproblemofdis-tortion.SurvOphthalmol22:177-188,19777)長谷部聡:眼鏡レンズによる乱視矯正とスラント感─より優れた眼鏡視力を提供するために─.あたらしい眼科24:1145-1150,2007と,それに反比例して眼鏡装用下の明視域が狭くなるというコンフリクトに注意が必要である(図7).明視域が狭い(加入度数が大きい)眼鏡では,小さな視距離の変化であっても視力の変動を起こすため,眼精疲労の原因になる.近業時に視距離の変動がどの程度あるのか,加入度数を決めるうえで,年齢とともに考慮すべき点であろう.もし加入度数が大きい読書用眼鏡を処方する場合には,なるべく視距離を一定に保つような工夫(書見台の使用など)を患者にアドバイスすべきかもしれない.まとめ眼鏡装用に伴う眼精疲労の原因は多岐にわたる.眼精00.10.20.30.40.50.60.70.80.91012345600.10.20.30.40.50123456読書用眼鏡の加入度数(D)明視域(m)明視域の幅(m)図7調節力1Dの老視眼における明視域(遠,近点距離)と明視域の幅加入度数を増やすに従って,読書用眼鏡の明視域は狭くなる.明視域の幅は,加入度数+1Dで50cmであるが,+3Dで8cmになる.