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点眼治療アドヒアランス向上を目指した意識調査

2010年3月31日 水曜日

———————————————————————-Page1(117)3950910-1810/10/\100/頁/JCOPYあたらしい眼科27(3):395399,2010cはじめに点眼薬治療は眼科治療の基本であり,その成否は治療効果に直結する.手術後の細菌性眼内炎予防や緑内障の眼圧コントロール,角膜感染症の治療など,処方箋どおりに点眼されることが治療上不可欠であることが多い.そのため患者教育や,点眼指導については看護師を中心とした研究会では度々,議論となってきた.ところが,その指導方法は各医療機関によってばらつきがあり,すべての職種にコンセンサスの得られる指導法はいまだ確立されていないのが現状である.しかも従来,患者が点眼治療を決められたとおりにできないことを,医療側の教育不足や患者側のコンプライアンスの問題として捉えられることが多かった.しかし最近筆者らが行った緑内障患者を対象とした聞き取り調査1)においては,点眼薬そのものが点眼を困難としている可能性があるという結果が得られている.そこで今回,日本眼科看護研究会に加入する眼科施設の協力のもと,点眼指導の重点項目や製薬メーカー〔別刷請求先〕兵頭涼子:〒791-0952松山市朝生田町1-3-10南松山病院眼科Reprintrequests:RyokoHyodo,DepartmentofOphthalmology,MinamimatsuyamaHospital,1-3-10Asoda-cho,Matsuyama,Ehime790-8534,JAPAN点眼治療アドヒアランス向上を目指した意識調査兵頭涼子*1山嵜淳*2大音清香*3*1南松山病院眼科*2熊本眼科*3西葛西・井上眼科病院OpinionforDevelopmentofEyedropTherapyAdherenceRyokoHyodo1),JunYamasaki2)andKiyokaOhne3)1)DepartmentofOphthalmology,MinamimatsuyamaHospital,2)KumamotoOphthalmologyClinic,3)NishikasaiInouyeEyeHospital緑内障点眼薬,感染症に対する点眼薬や抗炎症作用を有する点眼薬の眼疾患に対する有効性を示す数多くの報告がなされているが,処方薬が適切に使用されなければ,良い結果は期待できない.したがって,点眼治療アドヒアランスは眼科治療において最も重要であると考えられる.そこで点眼指導の重要な点についてのコンセンサスを形成するため,日本の眼科医療機関の医師,看護師,視能訓練士,薬剤師などにアンケート調査を行った.その結果「毎日の点眼を忘れない」が最も重要であると考えられていることがわかった.そこで同じ医療従事者に対して,2回目のアンケート調査を行い,「毎日の点眼を忘れない」が最も重要であると考える理由と,「毎日の点眼を忘れない」ための患者指導について尋ねた.その結果,153名中75名が,点眼薬の効果を期待しており,64名が点眼治療をしているという患者の意識や病識を重視していることがわかった.また,172名中65名が患者のライフスタイルに合わせた点眼指導を行っていると回答した.今回のアンケート調査の結果,点眼指導の重点項目が明らかとなった.Numerousstudieshavedemonstratedtheecacyofglaucomaeyedrops,anti-infectiouseyedropsandanti-inammatoryeyedropsforeyediseases.However,goodresultscannotbeexpectedwhenpatientsdonotusetheprescribeddrugproperly.Eyedroptherapyadherenceisthereforeconsideredthecriticalpointofeyetreatment.Toarriveataconsensusregardingtheimportantpointsofteachingeyedropcaretothepatients,questionnairesweresenttoeyedoctors,nurses,orthoptists,pharmacistsetc.AtJapaneseeyeclinics.“Nottoforgeteyedropseveryday”becameessentialitemofinstruction.Wethensentasecondquestionnairetothesamemedicalsta,todeterminewhy“nottoforgeteyedropseveryday”issoimportant,andhowtoinstructpatients“nottoforgeteyedropseveryday.”Of153respondents,75consideredtheeectoftheeyedropsand64respectedtheconsciousofthediseases.Of172sta,65instructpatientstottheireyedropadministrationtimestotheirlifestylesched-ules.Theresultsofourquestionnairesclariedthemostimportantpointinteachingeyedropcare.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)27(3):395399,2010〕Keywords:点眼指導,アンケート調査,アドヒアランス,要望,製薬メーカー.eyedroptraining,questionnaires,adherence,requests,pharmaceuticalindustry.———————————————————————-Page2396あたらしい眼科Vol.27,No.3,2010(118)に対する要望などを抽出するためのアンケート調査を医療従事者に対して実施し,有益な結果を得たので報告する.I対象および方法日本眼科看護研究会会員が所属する10の医療機関の医師,看護師,視能訓練士,検査補助員,薬剤師などを対象とし,職種や経験年数などの基礎データに加え,表1に示す項目でアンケート調査を行った.アンケートは各医療機関のなかでアンケート用紙を個人(323名)に手渡しをして,個人が内容を読んで回答をする方式を採用した.質問1として筆者らがあらかじめ用意した点眼指導内容の重要項目を選択する方式を使用し,さらにそのなかで最も重要であるものを1つ選択してもらった.質問2として製品,冊子への要望事項を,質問3では製薬会社への要望事項を文章で記入する方法を採用した.さらに1回目のアンケート調査の結果を踏まえ,追加のアンケート調査(表5)を同じ医療機関の医師,看護師,視能訓練士,検査補助員,薬剤師などを対象として施行した.II結果1回目のアンケートの回答は10医療機関の308名より得られた.1回目のアンケートの回収率は95.4%であった.その職種および職業の経験年数を表2に示す.看護師(142名)と視能訓練士(99名)は十分なサンプル数が得られたが,医師は15名,薬剤師は11名と少なかった.質問1の結果を図1に示す.点眼指導の内容については複数選択可(図1a)で最も多かったのは「毎日の点眼を忘れない」で,職種別(図1b)でも医師,看護師,検査補助員,薬剤師の50%以上が最も重要な項目として選択していた.さ表1第1回目のアンケートの項目質問1:点眼指導内容患者さんの自己点眼を指導される上で重要と考えておられる項目に○印を入れてください.(複数回答可)①毎日の点眼を忘れないこと②正確に眼の中に点眼すること③眼や手指に点眼容器のノズルが触れないこと④1日の点眼回数⑤1日のうちで点眼する時間帯⑥複数の点眼薬を点眼する時の点眼順序⑦複数の点眼薬を点眼する時の点眼間隔⑧1回で点眼する滴数⑨その他:具体的にお書きください☆更にこれらの中で最も重要な項目は?質問2:製品,冊子への要望事項点眼薬を開発,販売している製薬会社に対して特に点眼指導を確実に行うため,例えば点眼容器やラベル,種々の情報冊子に関してご要望される点をご記入ください.表2第1回目のアンケートの回答者の職種別経験年数内訳03年35年510年10年以上不明合計医師1149015看護師423033352142視能訓練士35232218199検査補助員67169341薬剤師0225211合計846377768308100500()a.複数選択の結果b.最も重要であると考える項目(職業別)c.最も重要であると考える項目(眼科経験年数別)500(%)500(%)■:医師■:看護師■:視能訓練士■:検査補助員□:薬剤師■:0~3年未満■:3~5年未満■:5~10年未満□:10年以上毎日の点眼正確な点眼衛生管理点眼回数点眼時間帯点眼順序点眼間隔滴数その他毎日の点眼正確な点眼衛生管理点眼回数点眼時間帯点眼順序点眼間隔滴数その他毎日の点眼正確な点眼衛生管理点眼回数点眼時間帯点眼順序点眼間隔滴数その他図1患者さんの自己点眼を指導する上で重要と考えている項目———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.27,No.3,2010397(119)らに経験年数別(図1c)では経験年数が増すほど選択する割合が増加している.そのほか,複数回答可の場合,自己点眼を指導するうえで重要と考えている項目として「正確に眼の中に点眼すること」,「眼や手指に点眼容器のノズルが触れないこと」,「1日の点眼回数」,「複数の点眼薬を点眼する時の点眼間隔」の4つが50%以上の回答者により選択された.質問2(製品,冊子への要望事項)の回答は,点眼容器への要望,点眼キャップへの要望,ラベル類への要望,投薬袋への要望,情報への要望,その他の要望の6つに分類した.その内容を表3に示す.点眼容器への要望として多かったのは,容器硬度(硬さ)を統一する(55名),識別しやすい容器にする(53名),点眼しやすい容器にする(35名)の3点.点眼キャップへの要望では識別しやすいキャップにする(34名),上向きに置いて倒れないキャップ(14名),開閉しやすいキャップにする(12名)が多かった.ラベル類への要望としては見やすい,判りやすいラベルにする(60名)が多数あった.質問3(製薬会社への要望事項)の回答を表4に示す.製品開発の要望では製品開発に対する要望として患者の負担を減らすためのアイデアや工夫が寄せられた.後発品に対しては情報の不足に対する不満があった.また,ロービジョン表4製薬会社へのその他の要望事項の回答(1)製品開発①患者さんが複数の点眼薬を点眼する困難さより,可能な組み合わせの配合点眼薬②高齢の患者さんが多いことより,1日の点眼回数のできるだけ少ない点眼薬③術後や長期点眼が必要な点眼薬の添加剤を減らして,シンプルにして欲しい④いつも,患者さんの視点での製品開発を望みたい(2)先発品vs後発品(ジェネリック品)①先発品,後発品に関する情報(同じところと異なるところ)が記載されている冊子を提供して欲しい②後発品の有効性が判らない.患者さんにとってメリット,デメリットを解りやすく説明して欲しい③後発品の普及に力を入れて欲しい(3)ロービジョン(LV)の患者さんへの対応①LV患者用の用品をいろいろな視点で考え,開発して欲しい②LV患者への点眼時の留意点などがあれば,冊子に追加し,広く行き渡るようにして欲しい③LV患者が少しでも確認できるように,文字や色,コントラストに工夫して欲しい④耳の不自由な患者さんへの適切な指導に関する情報提供も考えて欲しい(4)勉強会,説明会開催①薬や点眼指導などに関する勉強会を看護師や医療スタッフメンバーにも開催して欲しい②新しい情報は,医師,薬剤師だけでなく,看護師にも提供して欲しい③オペ室担当の看護師にとっては,点眼指導に関わる機会も少なく,勉強会の開催を④点眼薬の開発や製造工程に関する内容の勉強会も時には開催して欲しい(5)販売名(製品名)などの情報①医療事故を避けるため,紛らわしい販売名,似ている販売名は避けて欲しい②覚えやすい販売名を付けて欲しい(6)その他①フリーの点眼確認表があると,外来の患者さんにも提供できる.使いやすさとデザイン性は必要②点眼に興味を持ってもらえるような掲示物の提供表3製薬メーカーに対する製品,冊子への要望事項の回答1.点眼容器への要望①容器硬度(硬さ)を統一する(55名)②識別しやすい容器にする(53名)③点眼しやすい容器にする(35名)④容器形状を統一する(21名)⑤ノズル先端に色を付ける(11名)⑥容器全体を遮光にする(6名)⑦ミニ点容器製品を増やす(6名)⑧1回1滴しか出ない容器(6名)⑨キャップ一体型の容器(5名)⑩用時溶解型容器の改良(1名)2.点眼キャップへの要望①識別しやすいキャップにする(34名)②上向きに置いて倒れないキャップ(14名)③開閉しやすいキャップにする(12名)④キャップ形状を統一する(2名)⑤キャップに脱着可能な点眼補助具(1名)3.ラベル類への要望①見やすい,判りやすいラベルにする(60名)(色,文字の大きさ,識別性など)②特定の表示を大きく,分りやすく(14名)(保存条件,使用期限)③ラベルへの記載項目の追加(11名)(開封後の使用期限,点眼間隔など)④残液量が見やすいラベルにする(10名)4.投薬袋への要望①開けやすく,点眼薬の出し入れがしやすい投薬袋(8名)②点眼ケース(遮光も含めて)の販売(4名)③記載項目の充実化(記載欄の大きさも含めて)(3名)④袋の中が見やすい透明な投薬袋(2名)5.情報への要望①パンフレット類の充実化(小児に対する点眼法,点眼指導全般,副作用,開封後の使用期限など)(41名)②見やすい,解りやすいパンフレット(箇条書き,大きな文字,図・絵・写真を多用)(20名)③販売名(製品名)が紛らわしい(4名)④いろいろな種類の点眼確認表の提供(3名)6.その他の要望①製品に対する要望(用時溶解型,冷所保存品はなくす)(7名)②点眼補助具,識別性向上治具の開発(3名)———————————————————————-Page4398あたらしい眼科Vol.27,No.3,2010(120)(LV)の患者への対応が不十分であることや,勉強会,説明会開催や販売名(製品名)などの情報提供が医師以外のスタッフに対して十分に行われていないことへの不満が多く寄せられた.さらに,1回目のアンケート調査の結果より,「毎日の点眼を忘れない」を選択した理由と「毎日の点眼を忘れない」ための患者指導について記入方式により,同じ医療機関の個人にアンケート用紙を手渡し,即時に回収した.その結果,医師6名,看護師119名,薬剤師20名,視能訓練士8名より回答を得ることができた.1回目,2回目とも無記名での調査であり,2回目の回答者が1回目にすべて含まれるかは不明であった.「毎日の点眼を忘れない」を選択した理由については,効果を期待しているという内容が最も多く,75名いた.次いで点眼治療をしているという患者の意識や病識を重視しているという内容が64名いた.それ以外に,毎日の点眼が大前提であるという内容の回答が14名あった(表6).「毎日の点眼を忘れない」で行うための患者指導については,説明を工夫し充実させる内容が121名と最も多く,配布物を作成する(34名)ことや,周りの人の協力を得る(17名)という回答が寄せられた(表7).III考按今回のアンケート調査は日本眼科看護研究会の主導で行ったため,看護師と視能訓練士は十分なサンプル数が得られたが,実際に点眼指導を行う可能性がある薬剤師と医師のサンプル数は十分ではなかった.点眼治療が成功するためには患者への指導を十分に行う必要があるが,すべての職種において重要と考えている項目が一致する傾向がみられた.「毎日の点眼を忘れない」,「正確に眼の中に点眼する」,「眼や手指に点眼容器のノズルが触れない」,「1日の点眼回数」,「複数の点眼薬を点眼する時の点眼間隔」の5つの項目は点眼指導の際に必要不可欠であり,今回調査を依頼した医療機関においては点眼指導が適切になされていることを窺い知ることができる.なかでも,「毎日の点眼を忘れない」はどの職種においても最も重要であると考えられている.その理由として「効果を期待している」や,「毎日点眼をすることが大前提である」ということで選択している以外に,「点眼治療をしているという患者の意識や病識を重視している」という回答が多かったことは特筆すべきである(表6).また「毎日の点眼を忘れない」ための患者指導については「説明を工夫し充実させる」が最も多く,なかでも「患者の食事や入浴など生活スタイルに合わせて説明する」というものは,医療を中心に考える「コンプライアンス」とは様式が根本的に異なり,患者のライフスタイルに合わせた点眼治療を患者とともに模索するもので「アドヒアランス」に視点をおいた考えと言える.今回調査した多くの医療機関では「アドヒアランス」とういう概念が広く知られる以前より,点眼治療の「アドヒアランス」を高める取り組みがなされていたことを窺い知ることができた(表7).また,今回同時に施行した製薬メーカーへの要望の調査結果をみると,点眼指導を通して,われわれ医療の側が患者側に無理を強いていると痛切に感じていることがわかる2,3).そのなかには製薬メーカーに対して情報を発信することにより改善できる可能性があるものが存在し,製品に関連したも表7「毎日の点眼を忘れない」で行うための患者指導1.説明を工夫し充実させる121名・食事や入浴など生活スタイルに合わせて説明65名・病気を自覚して,点眼する必要性を理解するまで説明32名・時間を決めて説明10名・他14名2.配布物を作成34名・Check表を作成24名・パンフレットを作成10名3.家人の協力を得る17名表6「毎日の点眼を忘れない」が重要と考えて指導している理由1.効果を期待75名・不規則な点眼では治療効果が期待できない33名・点眼忘れは感染リスクが高くなる24名・有効濃度を維持して薬効を期待しているから13名・緑内障では点眼忘れで病状進行するため5名2.点眼治療をしているという意識や病識を重視64名・眼科の治療上点眼薬が重要なため51名・毎日の点眼を忘れず行うことで病識を維持できる11名・他2名3.毎日の点眼が大前提14名・点眼操作が確実でも,毎日の点眼行為が前提にあるので12名・毎日の点眼が前提にあり,医師が治療法を決めているため2名表5追加のアンケート調査の項目○あなたの職種は?【看護師・視能訓練士・薬剤師・医師・その他()】1.「毎日の点眼を忘れないこと」が多く回答あり,最も重要な項目とされていました.その理由は何でしょうか?自由記載でお願いします.2.毎日の点眼を忘れないためには,患者さんにどのような指導をされていますか?具体的に記入してください.———————————————————————-Page5あたらしい眼科Vol.27,No.3,2010399(121)のでは,「点眼をより容易にできるようにして欲しい」という要望と「製品を識別しやすくして欲しい」という要望の2つに大別できる.点眼を容易にするための要望としては,容器の硬さや形状の統一があげられる.すなわち,複数の点眼が必要な患者では1滴を確実に眼に落とすことを困難にしている原因と考えられているようである.その他,「袋からの出し入れが困難である」,「キャップの開閉が困難である」,「キャップが転がる」という不満もある.製品の識別に関連した要望をみると,「視覚障害者や高齢者を意識した製品設計がなされていない」と医療従事者が感じていることがわかる.視覚障害者はラベルの文字で製品を判別することが不可能であることは言うまでもないが,高齢者の多くは点眼薬の名前では製品を認識していない.このことに対する製薬メーカーの配慮が不足していると考えている医療従事者が,ラベルやキャップの色に言及したものと考えられる.さらに残量がわかりにくいなど製薬メーカーが改善すべき点を数多く指摘される結果となった.今回のアンケート調査を通じて,より良い点眼薬開発のためのアイデアが数多く得られたが,これらの情報を積極的に医療の側より製薬メーカーに伝えていくことにより,点眼治療の困難さを最小限にすることができると考えられる.今後看護師からも患者の生活環境を考慮した点眼指導について,積極的に製薬メーカーに情報発信していきたい.われわれ眼科医療従事者が点眼治療アドヒアランス向上を目指すとき,診療のさまざまな場面から患者との信頼関係を築き,点眼治療の重要性を認識できるように支援し,患者の生活に合った無理のない点眼方法を提案することが重要である.IV結論眼科領域では点眼は治療上不可欠である.そのためには医療従事者が患者に点眼の重要性について理解できるように説明することが必要である.その基盤には患者との信頼関係を深め,点眼に対するアドヒアランス向上を目指すことが重要である.患者に点眼の重要性が理解できても,点眼行為時に問題を生じている容器の硬さの統一や識別しやすい容器などに関しては医療現場では改善できないため,製薬メーカーへの情報発信の必要性が示唆された.謝辞:今回のアンケート調査に参加して下さいました日本眼科看護研究会会員の方々に心より感謝します.文献1)兵頭涼子,溝上志朗,川崎史朗ほか:高齢者が使いやすい緑内障点眼容器の検討.あたらしい眼科24:371-376,20072)青山裕美子:教育講座緑内障の点眼指導とコメディカルへの期待緑内障と失明の重み.看護学雑誌68:998-1003,20043)沖田登美子,加治木京子:看護技術の宝箱高齢者の自立点眼をめざした点眼補助具の作り方.看護学雑誌69:366-368,2005***

眼内レンズ脱臼の原因と臨床所見

2010年3月31日 水曜日

———————————————————————-Page1(113)3910910-1810/10/\100/頁/JCOPYあたらしい眼科27(3):391394,2010cはじめに近年の白内障手術は手術器械や手技が大きく進歩しており,手術中の合併症頻度は以前よりも減少しているものと考えられる.しかしながら,現在においても術中術後合併症は一定の頻度で発生しており,なかでも重篤な合併症の一つである眼内レンズ脱臼は白内障術後症例の0.23.0%に発症するとされる1).眼内レンズ脱臼は術中合併症を伴う症例に頻度が高いとされているが,一方で,熟練した術者による合併症のない白内障手術の後でも認められ,それらの原因不明例の報告も少なくない2).今回筆者らは,鹿児島市立病院にて手術加療を行った眼内レンズ脱臼症例を対象に,その原因,臨床所見および手術成績について調査検討を行ったので報告する.I対象および方法対象は平成12年4月から平成20年8月の間に,眼内レ〔別刷請求先〕田中最高:〒892-8580鹿児島市加治屋町20-17鹿児島市立病院眼科Reprintrequests:YoshitakaTanaka,M.D.,DepartmentofOphthalmology,KagoshimaCityHospital,20-17Kajiya-cho,Kagoshima892-8580,JAPAN眼内レンズ脱臼の原因と臨床所見田中最高吉永和歌子喜井裕哉中野哲郎北葉月上村昭典鹿児島市立病院眼科CharacteristicsandTendenciesofIntraocularLensDislocationYoshitakaTanaka,WakakoYoshinaga,YuyaKii,TetsurouNakano,HazukiKitaandAkinoriUemuraDepartmentofOphthalmology,KagoshimaCityHospital目的:眼内レンズ脱臼症例の原因と臨床所見について検討を行う.対象および方法:平成12年4月平成20年8月の約8年間に当院で手術加療を行った眼内レンズ(IOL)脱臼症例22例22眼の臨床所見について,カルテを参照に後ろ向きに調査した.結果:脱臼に関連すると思われる因子として,初回白内障手術時に破・Zinn小帯断裂などの合併症があったものが8眼,水晶体落屑症候群が5眼,外傷4眼,アトピー性皮膚炎2眼,網膜色素変性症1眼があったが,不明のものも6眼あった.IOL脱臼時の状況は,水晶体に包まれたままの脱臼が9眼,水晶体外への脱臼が13眼あった.白内障手術からIOL脱臼までの期間は平均5.2年(中間値2.8年)であった.22眼中19眼では初回手術後10年以内での発症であったが,残りの3眼では16年以上経過していた.全例に対して眼内レンズの縫着または整復を行った.結論:眼内レンズ脱臼症例では,初回白内障手術時の合併症,水晶体落屑症候群,外傷の既往が高率にみられた.一方で,特に明らかな原因もなく術後長期たってからの脱臼例もみられたことから,眼内レンズ脱臼症例は超音波乳化吸引術の普及を経て今後増加してくると推測された.Purpose:Todescribethepresentingcharacteristicsandtendenciesofposteriorchamberintraocularlens(IOL)dislocation.Design:Observationalcaseseries.Methods:Wereviewedtherecordsof22consecutivepatients(22eyes)whohadexperiencedIOLdislocationbetween2000and2008.Theircharacteristicswererecord-ed.Results:ConditionsassociatedwithIOLdislocationincludedcomplicatedoriginalsurgery(8eyes),pseudoexfo-liationsyndrome(5eyes),trauma(4eyes),andatopicdermatitis(2eyes).Therewasnoidentiablecausein28%ofeyes.In-the-bagIOLdislocationoccurredin9ofthe22eyes.MeantimefromIOLimplantationtodislocationwasapproximately5.2years.Dislocationhadoccurredwithin10yearsaftersurgeryin19of22eyes,andover16yearsaftersurgeryintheremaining3eyes.AllpatientsunderwentIOLrepositioningwithorwithoutscleralsuturexation.Conclusions:AlthoughIOLdislocationsareassociatedwithcomplicatedoriginalsurgery,pseudo-exfoliationsyndrome,andoculartrauma,someeyesofthepresentcaseshadnoidentiablecauses.Itisnecessarytoremainawareoflong-termcomplicationsevenafteruncomplicatedcataractsurgery.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)27(3):391394,2010〕Keywords:眼内レンズ脱臼,白内障手術.intraocularlensdislocation,cataractsurgery.———————————————————————-Page2392あたらしい眼科Vol.27,No.3,2010(114)ンズの位置異常とそれに伴う自覚症状をもち,かつ眼内レンズの位置の矯正を目的として鹿児島市立病院で手術加療を行った連続症例22例22眼(男性14例,女性8例)である.対象の年齢は3185歳(平均66.4歳)であった.なお,白内障手術中の眼内レンズ脱臼・落下および眼内レンズ縫着術後脱臼の症例は除外した.これらの症例に対し,初回眼内レンズ挿入時の手術内容,脱臼した眼内レンズと水晶体の状態および関連病態について,診療録を基にレトロスペクティブに調査した.白内障手術を他院にて行われた症例については,他院からの診療情報を基に調査を行った.ここでは眼内レンズ脱臼を,水晶体の状態に基づき,水晶体に包まれたままの脱臼と,水晶体外への脱臼の二つに分類した(図1,2).II結果表1および表2に対象症例のデータを示す.1.白内障手術白内障手術の術式は,水晶体超音波乳化吸引術(PEA)16眼,外摘出術(ECCE)4眼,不明2眼であった.ECCE4眼中2眼は術中の破のためにPEAから術式を変更した症例であった.眼内レンズが内固定されたものが13眼,外固定が8眼あり,1眼は不明であった.術中の合併症について調査できた19眼中,破が6眼,Zinn小帯断裂が2眼あった.図1水晶体に包まれたままの脱臼所見眼内レンズは水晶体に包まれたまま大きく傾斜しており,支持部と光学部の一部は,前房内に脱臼している.図2水晶体外への脱臼所見眼内レンズのエッジが瞳孔領のほぼ中央にあり,大きく偏位している.水晶体は一部破れているが,Zinn小帯の断裂は認められない.表1水晶体内のまま眼内レンズ脱臼を起こした症例一覧症例年齢(歳)性別白内障手術術式白内障手術合併症眼内レンズ脱臼の状態白内障手術からの経過期間原因176女性PEA内固定なし亜脱臼内60カ月不明284男性PEA内固定なし亜脱臼,下方偏位内60カ月外傷,PE377女性PEA内固定なし完全脱臼,落下内84カ月外傷,RP467男性ECCE内固定なし亜脱臼,下方偏位内240カ月PE563男性PEA内固定なし亜脱臼,耳側前房内内24カ月不明680男性PEA内固定なし亜脱臼,上方前房内内60カ月不明731男性PEA内固定なし完全脱臼,落下内42カ月アトピー868女性PEA内固定なし完全脱臼,落下内105カ月不明958男性PEA内固定Zinn小帯断裂亜脱臼,鼻側偏位内26カ月手術PEA:超音波乳化吸引術,ECCE:外摘出術,PE:偽落屑症候群,RP:網膜色素変性症.———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.27,No.3,2010393(115)2.眼内レンズ脱臼の要因眼内レンズ脱臼に直接関係すると思われる要因として,白内障術中合併症が8眼,患眼への外傷が4眼に確認された.Zinn小帯脆弱に影響すると思われる要因として,水晶体落屑症候群が5眼,アトピー性皮膚炎が2眼,網膜色素変性症が1眼あった.その他,明らかな要因が見当たらない例が6眼あった.3.水晶体と眼内レンズの関係および脱臼の程度水晶体に包まれた状態での脱臼が9眼,それ以外が13眼あった.水晶体に包まれた状態での脱臼9眼のうち,硝子体内に完全に落下したものが3眼,瞳孔領に眼内レンズが一部確認できる亜脱臼例が6眼みられた.水晶体外への脱臼13眼のうち,完全に落下しているものは6眼,亜脱臼は7眼であった.4.白内障手術からの眼内レンズ脱臼までの経過期間白内障手術から眼内レンズ脱臼までの期間は平均5.2年(中間値2.8年)であった,22眼中19眼では術後10年以内での脱臼であったが,残りの3眼では18年以上経過した後の脱臼であった.脱臼レンズと水晶体との関係で分けると,水晶体ごとの脱臼では平均6.5年(中間値5.0年)であるのに対し,水晶体外への脱臼では,平均4.2年(中間値0.8年)と短い傾向にあった.5.眼内レンズ脱臼治療の術式脱臼眼内レンズに対する治療として,18眼に硝子体手術と眼内レンズ縫着術の併用を行った.このうち17眼では脱臼した眼内レンズの摘出を行い,1眼では脱臼した眼内レンズを再利用し縫着術を行った.残りの4眼では水晶体が残存していたため,脱臼した眼内レンズをそのまま外に固定し,うち2眼には硝子体手術を追加した.III考按白内障手術の技術・機器は近年,格段の進歩を遂げてきた.眼内レンズの固定についても,内に固定するだけではなく,前切開縁が眼内レンズの光学部全周を覆う,いわゆるコンプリートカバーによる確実な固定が一般的になっている3).その一方で,capsulartensionringやcapsuleexpand-erといった白内障手術用特殊器具の登場により,Zinn小帯脆弱例に対してもPEA施行後眼内レンズを挿入することが可能になってきている4).また,白内障手術は,平易かつ効果的な手術であると社会的に認識されるようになり,患者のqualityofvisionに対する要求も高まっているため,破やZinn小帯断裂などの合併症があっても眼内レンズを挿入することが必至となりつつある1,5).白内障術後合併症における眼内レンズ脱臼の重要性は依然として高いことから,その頻度を減らすために原因や背景を探る必要があるが,いまだ十分に解明されているとはいえない.今回の症例における初回白内障の術式では,計画的ECCEが2例で施行され,術後20年以上を経過していた.他は不明のものを除くとすべてPEAであり,術式そのものに明らかな偏りがあるとは考えられず,白内障術式と眼内レンズ脱臼との関連は認められなかった.術後早期の眼内レンズ脱臼には,破やZinn小帯断裂などの術中合併症が大きく影響するとされる6).今回,術後1週間以内に発症した早期眼内レンズ脱臼症例5眼すべてに,白内障手術中の合併症(破)が確認できた.これらは白内障手術時合併症が確認できた症例全体の過半数を占めていた.表2水晶体外へ眼内レンズ脱臼を起こした症例一覧症例年齢(歳)性別白内障手術術式白内障手術合併症眼内レンズ脱臼の状態白内障手術からの経過期間原因177女性PEA外固定破完全脱臼,落下外1日手術259男性PEA内固定なし完全脱臼外96カ月不明359男性ECCE外固定破完全脱臼外5日手術485女性ECCE外固定破亜脱臼,後方に傾斜外3日手術582男性PEA外固定Zinn小帯断裂亜脱臼,下方偏位外9カ月手術,PE641男性PEA内固定なし亜脱臼,耳側下方偏位外192カ月アトピー785女性PEA内固定破亜脱臼,下方偏位外1日手術,PE884男性不明外固定不明亜脱臼,下方偏位外24カ月PE955男性不明不明不明完全脱臼,落下外6カ月外傷1045男性PEA内固定破亜脱臼,下方偏位外1日手術1154女性PEA外固定なし亜脱臼,下方前房内外72カ月外傷1274男性ECCE外固定不明完全脱臼,下方偏位外240カ月不明1356女性PEA外固定破完全脱臼,落下外22カ月手術———————————————————————-Page4394あたらしい眼科Vol.27,No.3,2010(116)いずれも水晶体外へ眼内レンズが脱臼しており,水晶体が眼内レンズに癒着し安定化する前の不安定な段階で,支持が不十分であったために,脱臼をひき起こした可能性がある.前の亀裂が赤道部より後方に回った状態,CCC(continuouscurvilinearcapsulorrhexis)が未完な状態での後破損,Zinn小帯断裂例では,眼内レンズ縫着術を選択すべきとされている7).今回の結果からも白内障術中に合併症を起こした際には,安易に眼内レンズを挿入するのではなく,縫着を行うべきかどうか慎重に検討を行う必要があったと考えられる.術後中期から後期にかけての眼内レンズ脱臼の原因としては,術中の合併症に加え,進行性のZinn小帯脆弱や突発的な外傷などがある2).初回白内障術後から24カ月以上経過した後に眼内レンズ脱臼を起こした症例14例では,その原因として偽落屑症候群,外傷,アトピー性皮膚炎などがみられ,これらは過去の報告に一致する5,8)が,一方で原因不明例が6例と最も多かった.明らかな外傷歴や基礎疾患のない進行性のZinn小帯脆弱は,その病態が不明であり,他院での手術例においては,脱臼する以前の情報が限られていたことも原因不明例が多い理由と考えられた.Capsularcon-strictionsyndromeによるZinn小帯に対する牽引が影響している可能性もある9)が,前の著しい収縮が確認できた症例はなかった.眼内レンズ脱臼の形態では,水晶体に包まれた状態での脱臼の報告が,近年増加傾向にある8,11).今回の検討において,対象期間を前後半に二等分すると,水晶体ごとの脱臼は,前半で9眼中3眼(33%)であったのに対し,後半では13眼中6眼(46%)であり,症例数が少ないという問題点はあるが,増加がみられている.初回手術後経過期間では,水晶体ごとの脱臼症例が,水晶体外への脱臼症例に比べ,平均値・中間値ともに長い傾向にあった.内のままの脱臼が,比較的晩期に起きるのであれば,術後に長期間経過した症例が蓄積されるに従って,その頻度が増加する可能性がある.今回の症例のうち3眼では,初回手術後18年以上経過して眼内レンズ脱臼を起こしており,長期間経過後も眼内レンズ脱臼の危険があることが再確認できた.3眼のうち2眼が外への脱臼であったが,これらの症例の初回手術が行われた当時は,外摘出術が主流であり,現在ほどに適切なCCCと内固定が普及していなかったことを考慮しなくてはならない.一般的にPEAとCCCが普及した後の眼内レンズの固定が良好な症例が,これから続々と20年以上の術後晩期を迎えることになる.過去の報告においては,白内障手術から20年以上経過後に眼内レンズ脱臼を起こした症例はわずかである12)が,今後このような晩期合併症,とりわけ内固定のままの脱臼が増加することが予想される.眼内レンズ脱臼に対する治療では,水晶体とZinn小帯の強度が十分であれば,再度外に固定し直すことは可能である.しかし一般的には確実性の点から眼内レンズ縫着術が広く選択されている13).一方,前房眼内レンズという選択もあるが,わが国では認可が1種類のレンズに限られている.また,角膜内皮障害を起こしやすい印象があり,広く普及しているとはいえない.今後眼内レンズ脱臼が増加するとなれば,眼内レンズ縫着術の重要性はさらに増すこととなり,術式やデバイスなどのさらなる進歩が期待される.今後は,水晶体ごとの脱臼,初回手術から長期間経過後の発症という傾向が強まると考えられる.近年,前収縮や偏心の程度により眼内レンズの固定状態を定量的に評価することが可能になっている3)が,ひとたび眼内レンズ脱臼を起こしたのちに原因を特定することは困難である.原因不明例は増加すると考えられ,そのメカニズムを解明し,位置異常を起こしにくい手術に結びつけるために,長期的な経過観察が必要である.文献1)GimbelHV,CondonGP,KohnenTetal:Latein-the-bagintraocularlensdislocation:incidence,prevention,andmanagement.JCataractRefractSurg31:2193-2204,20052)DavisD,BrubakerJ,EspandarLetal:Latein-the-bagspontaneousintraocularlensdislocation:evaluationof86consecutivecases.Ophthalmology116:664-670,20093)永田万由美,松島博之:収縮と眼内レンズの偏位.IOL&RS22:3-9,20084)TakimotoM,HayashiK,HayashiH:Eectofacapsulartensionringonpreventionofintraocularlensdecentrationandtiltandonanteriorcapsulecontractionaftercataractsurgery.JpnJOphthalmol52:363-367,20085)SchererM,BertelmannE,RieckP:Latespontaneousin-the-bagintraocularlensandcapsulartensionringdisloca-tioninpseudoexfoliationsyndrome.JCataractRefractSurg32:672-675,20066)BokeWR,KrugerHC:Causesandmanagementofposte-riorchamberlensdisplacement.JAmIntraocularImplantSoc11:179-184,19857)西村栄一:眼内レンズ内・外固定および毛様溝縫着術の適応.IOL&RS22:10-15,20088)HayashiK,HirataA,HayashiHetal:Possiblepredispos-ingfactorsforin-the-bagandout-of-the-bagintraocularlensdislocationandoutcomesofintraocularlensexchangesurgery.Ophthalmology114:969-975,20079)DavisionJA:Capsulecontractionsyndrome.JCataractRefractSurg19:582-589,199310)GrossJG,KokameGT,WeinbergDVetal:In-the-bagintraocularlensdislocation.AmJOphthalmol137:630-635,200411)加藤桃子,木村亮二,加藤整ほか:眼内レンズ位置異常をきたした症例の検討.眼科手術20:103-107,200712)KimSS,SmiddyWE,FeuerWetal:Managementofdis-locatedintraocularlenses.Ophthalmology115:1699-1704,2008

白内障手術における着色ディスコビスクRの臨床使用

2010年3月31日 水曜日

———————————————————————-Page1(109)3870910-1810/10/\100/頁/JCOPYあたらしい眼科27(3):387390,2010cはじめに白内障手術において,水晶体超音波乳化吸引術が標準的な術式となり,装置や手術手技の進歩により眼組織への侵襲が非常に少なくなった.これらの進歩に加え,粘弾性物質が空間を維持することで手術の操作性を向上させ,さらに,前房内に滞留することで器具と眼内組織,あるいは超音波乳化吸引術で破砕された水晶体核片と角膜内皮の接触を軽減することが期待されている.近年,粘弾性物質の英語名称は“vis-coelasticmaterial”から“ophthalmicviscosurgicaldevic-es”に標準化され1),よりいっそう,術中の道具としての役割が注目されている.粘弾性物質は,凝集型と分散型に分類され,それぞれの特性を生かしたソフトシェル法が術中に角膜内皮保護する面から広く使われている2).新しく開発されたディスコビスクRは,分散型のビスコートRと同じヒアルロン酸ナトリウムとコンドロイチン硫酸エステルナトリウムの配合剤であるが,コンドロイチン硫酸は4%のままで,ヒアルロン酸ナトリウムの分子量を高くし,濃度を1.65%と低くすることで,分散型の眼内滞留性を保ちつつ,手術終了時の吸引除去が容易な凝集型の利点が加わることが期待されている.〔別刷請求先〕ビッセン宮島弘子:〒101-0061東京都千代田区三崎町2-9-18東京歯科大学水道橋病院眼科Reprintrequests:HirokoBissen-Miyajima,M.D.,DepartmentofOphthalmology,TokyoDentalCollegeSuidobashiHospital,2-9-18Misaki-cho,Chiyoda-ku,Tokyo101-0061,JAPAN白内障手術における着色ディスコビスクRの臨床使用ビッセン宮島弘子吉野真未東京歯科大学水道橋病院眼科ClinicalUseofStainedDisCoViscRinCataractSurgeryHirokoBissen-MiyajimaandMamiYoshinoDepartmentofOphthalmology,TokyoDentalCollegeSuidobashiHospital凝集型と分散型の特徴を有する新しい粘弾性物質であるディスコビスクRをフルオレセインで着色し,白内障手術時の眼内動態を観察した.本臨床治験の目的を説明し同意の得られた加齢白内障11例11眼,男性6例,女性5例,平均年齢70.9歳を対象とし,ディスコビスクRを前房内注入して前切開後,水晶体超音波乳化吸引時における眼内滞留状況を術者が4段階評価し,灌流・吸引チップによる除去時間も測定した.安全性の確認として術前から術30日後に矯正視力,眼圧,角膜厚,角膜内皮細胞を観察した.ディスコビスクRは水晶体核超音波乳化吸引術直後,全例において眼内滞留が確認され,27.7%は十分,72.7%はかなり残ったという評価で,除去に要した時間は4.2±2.6秒であった.臨床上問題になる眼圧,角膜厚,角膜内皮細胞数への影響はなかった.着色ディスコビスクRにより超音波乳化吸引時の滞留状態が確認され,角膜内皮保護の面で有用な手術補助剤であることが示唆された.TheDisCoViscR,anewlydevelopedophthalmicviscosurgicaldevice(OVD)thathasbothcohesiveanddisper-sivecharacteristics,wasstainedwithuoresceinanditsbehaviorinsidetheeyewasobservedunderanoperatingmicroscope.Informedconsentwasobtainedfromthe11cataractpatients(11eyes)takingpartinthisclinicaltrial.FollowingtheinjectionofDisCoViscRintotheanteriorchamberandanteriorcapsulorrhexis,residualDisCoViscRafterphacoemulsicationandthedurationofaspirationusingtheirrigation/aspirationtipwereevaluated.Inallcases,DisCoViscRremainedintheeyeuntilthenuclearfragmentshadbeenaspirated,theaveragetimeofremovalbeing4.2±2.6seconds.Noneofthecasesshowedanyadverseeectonvisualacuity,intraocularpressure,cornealthicknessorendothelialcellcount,upto1monthpostoperatively.StainingwasusefulinevaluatingDisCoViscRbehaviorinsidetheeye;possibleprotectionofthecornealendotheliumduringphacoemulsicationwassuggested.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)27(3):387390,2010〕Keywords:粘弾性物質,ヒアルロン酸ナトリウム,白内障手術,眼内滞留能,角膜内皮保護.ophthalmicvisco-surgicaldevice,sodiumhyaluronate,cataractsurgery,intraocularretentionability,endotheliumprotection.———————————————————————-Page2388あたらしい眼科Vol.27,No.3,2010(110)筆者らは摘出豚眼を用いて,実験的に着色したディスコビスクRの眼内滞留能を観察した3,4)が,実際の白内障手術においては,眼球の大きさ,すなわち前房容積が異なり,さらに,混濁した水晶体を操作する際,超音波チップの向きや動きに差があり,滞留能が異なる可能性は否定できない.今回,着色したディスコビスクRを用いた白内障手術における臨床治験の機会を得たので,その成績を報告する.I対象および方法1.対象本臨床治験は,日本人白内障患者を対象に実施した眼内滞留能試験で,選択基準は超音波水晶体乳化吸引術による白内障摘出および眼内レンズ挿入術を必要とする40歳以上の加齢白内障例で,核硬度2以下(Emery-Little分類),緑内障,角膜疾患など視力に影響する眼疾患を合併していない11例11眼を対象とした.本研究は施設の治験審査委員会にて審議された後,ヘルシンキ宣言に則り,患者から治験参加前にインフォームド・コンセントを取得し,術前検査,手術,術後経過観察が行われた.2.術式および術中評価方法点眼麻酔下,2.4mmの耳側角膜切開後,着色ディスコビスクRを前房内に注入し,チストトームにて直径5.05.5mmの前切開,ハイドロダイセクションを行い,その後,混濁した水晶体を超音波水晶体乳化吸引術にて除去した.使用した超音波乳化吸引装置はアルコン社INFINITIRで,灌流ボトルの高さは85cm,流量は毎分23ml,最大吸引圧は390mmHg,OZilTMtorsionalハンドピースに0.9mmフレア・ケルマンタイプの超音波チップとウルトラスリーブをセットし,全例torsional振動のみで出力70%設定を用いた.術式はPhacoChopによる二手法で,水晶体核吸引除去までに着色ディスコビスクRの残留状況を①十分残った(角膜内皮は十分に保護されていたと考えられる),②かなり残った(角膜内皮は保護されていたと考えられる),③少し残った(角膜内皮保護は不十分であったと考えられる),④残らなかった(角膜内皮保護はなかったと考えられる)の4段階で術者自身が術中所見および録画ビデオ画像から総合評価した.さらに超音波乳化吸引後に前房内に残留した着色ディスコビスクRを定量的に評価するために,皮質吸引に用いる灌流・吸引(irrigation/aspiration:I/A)チップで残留した着色ディスコビスクRの吸引除去に要する時間を,I/Aチップによる着色ディスコビスクR吸引開始から完全消失するまでに要した時間を録画画像から測定した5).その後,残った皮質をI/Aチップで除去し,再度着色ディスコビスクRで前房および水晶体を満たし,アルコン社製アクリソフRシングルピースSN60ATをCカートリッジにセットし,インジェクターを用いて水晶体内挿入した.1例ごとのディスコビスクR使用量の平均は,前切開前の眼内注入0.25±0.05ml,眼内レンズセット用カートリッジ内0.10±0.04ml,眼内レンズ挿入前の水晶体形成0.13±0.04ml,計0.48±0.05mlであった.3.術後評価項目着色ディスコビスコR使用の安全性を確認する目的で,白内障手術後1,7,30日後に矯正視力,Goldmann圧平式眼圧計にて眼圧,スペキュラーマイクロスコピー(ノンコンロボ:コーナン社)にて角膜厚,角膜内皮細胞数を測定した.II結果全例,着色ディスコビスクRを手術顕微鏡下で十分に観察可能であった.着色ディスコビスクRを前房内に注入した際の顕微鏡下画像と,無着色凝集型粘弾性物質(アルコン社プロビスクR)を注入した同顕微鏡下画像を図1に示す.着色ディスコビスクR使用下,前切開,水晶体超音波乳化吸引図1a着色ディスコビスクR注入角膜切開後,前切開前に前房内に注入された着色ディスコビスクRは緑がかった色で確認できる.図1b無着色プロビスクR注入無着色プロビスクRは透明なため,前房内で観察することは困難である.———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.27,No.3,2010389(111)術といった白内障手術手技に影響はなく,術中合併症はなかった.水晶体核の超音波水晶体乳化吸引直後における着色ディスコビスクRの眼内滞留能の評価は十分に残ったが27.3%(3/11例),かなり残ったが72.7%(8/11例)で,角膜内皮保護作用がないと考えられる少し残った,残らなかったという評価を得た症例はなかった.水晶体超音波乳化吸引直後のサイドビューで撮影したビデオからの静止画像を図2に示す.眼内がやや緑色に見えるが,これが残留した着色ディスコビスクRである.つぎに,超音波チップによる水晶体核およびエピヌクレウス除去後に,I/Aチップを眼内に挿入し,残留着色ディスコビスクRを完全に吸引除去するのに要した時間は,4.2±2.6秒(08秒)であった.0秒であった2例は,超音波チップにて水晶体核の乳化吸引除去まで着色ディスコビスクRが確認されたため,術者評価はかなり残ったとされたが,エピヌクレウスをI/Aチップでなく超音波チップで吸引除去する際,エピヌクレウスと一緒に着色ディスコビスクRが吸引されたため,I/Aチップでの吸引除去が必要なかった例である.術後矯正視力は,術前より低下した例はなく,術後30日における平均1.2,11例中10例が1.2以上と良好な結果であった.1例のみ矯正視力0.7で,年齢は86歳,術前は水晶体混濁のため,眼底の詳細な観察が困難であった.術後,加齢黄斑変性症が認められ,これが視力0.7の原因と考えられたが,所見から手術による影響ではなく術前から存在するものと考えられた.その他,安全性評価として眼圧,角膜厚,角膜内皮細胞数の術前から術後30日までの変化を図3,4に示す.眼圧は術後1日,角膜厚は術後7日でピークを示したが,臨床上問題となる変化はなかった.角膜内皮細胞数は術前が2,610.1±300.4/mm2,術後30日が2,613.8±362.5/mm2で,術後30日の変化率は0.1±7.7%と,ほとんど変動が認められなかった.III考按現在,臨床使用可能な着色粘弾性物質はなく,近年の水晶体超音波乳化吸引装置を用い臨床治験目的で作製された着色ディスコビスクRによる今回の術中観察結果,および術後成績は,粘弾性物質の特徴を理解するうえで有用と思われる.今回の症例数は臨床治験のため限られているが,1992年に着色粘弾性物質を眼内レンズ挿入術に用いた臨床成績がわが国および海外から報告されている6,7).当時の着色目的も眼内挙動をみることで,手術手技や術後炎症への影響がないことが確認され,ヒーロンイエローRという名称で販売された.しかし,現在のように眼内滞留して眼組織を保護するという面での関心度は低く,広く普及するには至らず製造中止となっている.眼内への毒性については,1mlヒアルロン酸ナトリウム10mgにフルオレセインナトリウム0.005mg含有の凝集型粘弾性物質を家兎眼の前房内に注入し,眼圧,角膜および全身性に影響がないことが報告されている8).今回は,術後30日までの結果で着色による問題は認められなかった.図2超音波乳化吸引直後に残った着色ディスコビスクRサイドビュービデオカメラで撮影した眼内の様子.水晶体超音波乳化吸引後,超音波チップを眼外に出したところで,角膜裏側に緑色の着色ディスコビスクRの存在が確認できる.05101520術前術後24時間術後7日術後30日眼圧(mmHg)測定時期n=11図3術前から術後30日までの眼圧変化術前から術後1,7,30日の各検査日の眼圧は20mmHg以下,標準偏差(縦線)は2.9mmHg以内であった.00.20.40.6角膜厚(mm)術前術後7日術後30日測定時期n=11図4術前から術後30日までの角膜厚の変化術前と比較して術後7日でやや角膜厚の平均値は増えているが,標準偏差(縦線)は0.03mm以内で,臨床的に問題になるような変化はなかった.———————————————————————-Page4390あたらしい眼科Vol.27,No.3,2010(112)また,本治験期間以降,11例中7例は1921カ月後に経過観察が可能であった.矯正視力が低下した例はなく,角膜内皮細胞数は平均2,600±370.8/mm2,変化率は治験期間である術後30日では術前の0.1±7.7%に比べて2.4±9.8%と増加していたが,通常の白内障手術後と比較して問題になる例はなかった.水晶体核の超音波乳化吸引術中の前房内滞留能について,通常使用している粘弾性物質は透明なため,存在を確認することは困難である.今回使用した着色ディスコビスクRは,手術顕微鏡下で術者が確認でき,録画画像でも色の違いで観察可能であった.フルオレセイン染色した粘弾性物質は,実際の手術に使用できるものが承認されていないため,各施設で粘弾性物質をフルオレセイン染色し,摘出豚眼や家兎眼を用いた実験環境で用いられている.眼内挙動について,各種粘弾性物質を用いた報告がわが国および海外であり911),眼内滞留能をみるため,共焦点顕微鏡や前眼部解析装置が用いられている.これらの報告で,分散型ビスコートRが量的に残りやすいとされているが,新しく開発されたディスコビスクRは従来の凝集型と比べ残留が良好なことが,すでに確認されている4,12,13).着色ディスコビスクRは手術顕微鏡下で術者が確認でき,録画画像からも色の違いで観察可能である.十分残ったあるいはかなり残ったという評価は,従来の実験結果と同様で,水晶体核の乳化吸引時に角膜内皮と直接接触することを予防できる可能性が高い.ほかに定量的に比較する方法として,眼内に残留した粘弾性物質を吸引除去するのに必要な時間を測定する方法がある5).今回,術中に残留した粘弾性物質を確認するために,この方法を用い,I/Aチップで吸引除去に要した時間は平均約4秒であった.豚眼の実験では,眼内に注入したディスコビスクRの量が多く,かつ吸引除去する空間が広いため,より長時間要したと考えられる.また,ディスコビスクRを直接吸引除去する目的で,I/Aチップの吸引孔を近づけて吸引すると,短時間で除去でき,凝集型の特性がでていた.このことは,除去が容易という実験結果と同様であるが,水晶体超音波乳化吸引術中,超音波チップをディスコビスクRに近い位置で操作すると眼内から吸引除去される可能性がある.今回の症例のうち2例はエピヌクレウスを吸引除去する目的で超音波チップをやや前房の浅い部分に向けた際にエピヌクレウスと一緒に着色ディスコビスクRの消失が観察されている.今後,ディスコビスクRの眼内滞留能の特性を生かすには,超音波チップの向き,灌流条件の設定を考慮する必要があると思われた.ディスコビスクRは海外ですでに臨床使用されており,角膜内皮保護の面で良好な結果が報告されているソフトシェル法と比較し,術後内皮細胞の面で同等の結果であったという報告がある14).今回の臨床治験より,超音波乳化吸引時に眼内に滞留し角膜内皮保護する可能性が示唆されたが,先に述べた超音波チップや装置の設定に加え,核硬度,前房深度が影響すると思われるので,今後,さらに症例を増やして評価されることが望まれる.文献1)LaneSS:OphthalmicViscosurgicalDevices:PhysicalCharacteristics,ClinicalApplications,andComplications.InSteinertRF(ed):CataractSurgeryTechniqueCom-plicationsManagement.p43-50,Saunders,Philadelphia,20042)ArshinoSA:Dispersive-cohesiveviscoelasticsoftshelltechnique.JCataractRefractSurg25:167-173,19993)Bissen-MiyajimaH:Invitrobehaviorofophthalmicvis-cosurgicaldevicesduringphacoemulsication.JCataractRefractSurg32:1026-1031,20064)YoshinoM,Bissen-MiyajimaH:Residualamountofoph-thalmicviscosurgicaldevicesonthecornealendotheliumfollowingphacoemulsication.JpnJOphthalmol53:62-64,20095)OshikaT,OkamotoF,KajiYetal:Retentionandremov-alofanewviscousdispersiveophthalmicviscosurgicaldeviceduringcataractsurgeryinanimaleyes.BrJOph-thalmol90:485-487,20066)SmithKD,BurtWL:Fluorescentviscoelasticenhance-ment.JCataractRefractSurg18:572-576,19927)増田寛次郎,今泉信一郎,坂上達志ほか:フルオレセイン-Na添加ヒアルロン酸ナトリウム製剤PHY-89の眼内レンズ挿入術に対する臨床試験成績.眼臨86:80-88,19928)西田輝夫,大鳥利文,勝山巌:PHY-89の家兎前房内注入による影響.眼紀43:73-79,19929)枝美奈子,松島博之,小原喜隆:異なる超音波乳化吸引設定による粘弾性物質の前房内動態.あたらしい眼科22:1567-1571,200510)井口俊太郎,谷口重雄,西村栄一ほか:ビスコアダプティブ粘弾性物質の前房内動態に関する実験的検討.IOL&RS18:294-298,200411)Bissen-MiyajimaH:Ophthalmicviscosurgicaldevices.CurrOpinOphthalmol19:50-54,200812)枝美奈子,松島博之,寺内渉ほか:各種粘弾性物質の前房内滞留性と角膜内皮保護作用.日眼会誌110:31-36,200613)PetrollWM,JafariM,LaneSSetal:Quantitativeassess-mentofviscoelasticretentionusinginvivoconfocalmicroscopy.JCataractRefractSurg31:2363-2368,200514)PraveenMR,KoulA,VasavadaRetal:DisCoViscversusthesoft-shelltechniqueusingViscoatandProviscinphacoemulsication:Randomizedclinicaltrial.JCataractRefractSurg34:1145-1151,2008***

ラタノプロスト,トラボプロスト,タフルプロストの眼圧下降効果

2010年3月31日 水曜日

———————————————————————-Page1(105)3830910-1810/10/\100/頁/JCOPYあたらしい眼科27(3):383386,2010cはじめに緑内障は慢性に視野障害が進行する疾患である.視野障害進行抑制のエビデンスが得られている唯一の治療が眼圧下降療法である1,2).眼圧下降のために通常点眼薬治療がまず行われる.眼圧下降効果の点からファーストチョイスはプロスタグランジン関連薬が用いられることが多い.わが国におけるプロスタグランジン関連薬は1994年にイソプロピルウノプロストン点眼薬,1999年にラタノプロスト点眼薬,2007年にトラボプロスト点眼薬,2008年にタフルプロスト点眼薬が発売された.このなかでプロスト系の点眼薬(ラタノプロスト点眼薬,トラボプロスト点眼薬,タフルプロスト点眼薬)は特に眼圧下降効果が強力である.これらの薬剤の単剤投与における眼圧下降効果は,原発開放隅角緑内障,高眼圧症,性緑内障,色素緑内障に対して投与期間はさまざまであるが多数報告されている311).その眼圧下降率はラタノプロスト点眼薬が25.132%39),トラボプロスト点眼薬が26.131.1%10,11),タフルプロスト点眼薬が25.927.5%3)である.しかしこれら3剤を互いに比較した報告はまだない.〔別刷請求先〕井上賢治:〒101-0062東京都千代田区神田駿河台4-3井上眼科病院Reprintrequests:KenjiInoue,M.D.,InouyeEyeHospital,4-3Kanda-Surugadai,Chiyoda-ku,Tokyo101-0062,JAPANラタノプロスト,トラボプロスト,タフルプロストの眼圧下降効果井上賢治*1増本美枝子*1若倉雅登*1富田剛司*2*1井上眼科病院*2東邦大学医学部眼科学第二講座OcularHypotensiveEfectsofLatanoprost,TravoprostandTaluprostKenjiInoue1),MiekoMasumoto1),MasatoWakakura1)andGojiTomita2)1)InouyeEyeHospital,2)2ndDepartmentofOphthalmology,UniversityofToho目的:ラタノプロスト点眼薬,トラボプロスト点眼薬,タフルプロスト点眼薬の単剤投与における眼圧下降効果と安全性をレトロスペクティブに検討した.方法:ラタノプロスト点眼薬,トラボプロスト点眼薬,タフルプロスト点眼薬のいずれかを新規に単剤投与された原発開放隅角緑内障あるいは高眼圧症患者128例128眼を対象とした.投与前と投与1,3カ月後の眼圧を比較した.投与1,3カ月後の眼圧下降幅と眼圧下降率を算出し,各薬剤間で比較した.さらに副作用の出現を調査した.結果:眼圧は3剤ともに投与1,3カ月後に有意に下降した.眼圧下降幅,眼圧下降率は投与1,3カ月後で3剤間に差はなかった.副作用による中止症例の頻度は3剤間で同等であった.結論:原発開放隅角緑内障および高眼圧症患者に対してラタノプロスト点眼薬,トラボプロスト点眼薬,タフルプロスト点眼薬は短期的には同等の眼圧下降効果と安全性を有する.Purpose:Toinvestigatetheocularhypotensiveeectsandsafetyoflatanoprost,travoprostandtauprostinpatientswithopen-angleglaucomaorocularhypertension.Methods:Latanoprost,travoprostortauprostwasadministeredto128patientswithopen-angleglaucomaorocularhypertension.Intraocularpressure(IOP),dierenceinIOPreduction,IOPreductionrateandadversereactionswereretrospectivelycheckedmonthlyfor3months.Results:Thelatanoprost,travoprostandtauprostgroupsallshowedsignicantlydecreasedIOPat1and3monthsaftertherapy.DierencesinIOPreductionandreductionrateweresimilaramongthe3groups.Therateofadversereactionswasalsosimilaramongthe3groups.Conclusion:Inpatientswithopen-angleglaucomaorocularhypertension,latanoprost,travoprostandtauprosthavealmostthesameocularhypotensiveeectsanddegreeofsafety.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)27(3):383386,2010〕Keywords:ラタノプロスト,トラボプロスト,タフルプロスト,眼圧,副作用.latanoprost,travoprost,tauprost,intraocularpressure,adversereaction.———————————————————————-Page2384あたらしい眼科Vol.27,No.3,2010(106)今回,ラタノプロスト点眼薬,トラボプロスト点眼薬,タフルプロスト点眼薬を単剤で投与された症例の短期的な眼圧下降効果と安全性をレトロスペクティブに検討した.I対象および方法2009年1月から4月までの間に井上眼科病院に通院中の患者で,ラタノプロスト点眼薬,トラボプロスト点眼薬,タフルプロスト点眼薬のいずれかを新規に単剤で投与された原発開放隅角緑内障および高眼圧症患者128例128眼を対象とした.緑内障病型は原発開放隅角緑内障(狭義)24例,正常眼圧緑内障102例,高眼圧症2例であった.手術既往のある症例は除外した.レトロスペクティブに調査したところ,ラタノプロスト点眼薬群は62例で,平均年齢は60.6±14.6歳(平均±標準偏差)(3183歳),緑内障病型は原発開放隅角緑内障(狭義)11例,正常眼圧緑内障49例,高眼圧症2例であった(表1).トラボプロスト点眼薬群は52例で,平均年齢は55.8±13.7歳(2883歳),緑内障病型は原発開放隅角緑内障(狭義)9例,正常眼圧緑内障43例であった.タフルプロスト点眼薬群は14例で,平均年齢は60.8±11.9歳(3679歳),緑内障病型は原発開放隅角緑内障(狭義)4例,正常眼圧緑内障10例であった.投与前の眼圧は,ラタノプロスト点眼薬群は17.4±4.5mmHg(1032mmHg),トラボプロスト点眼薬群は17.0±2.7mmHg(1224mmHg),タフルプロスト点眼薬群は18.3±4.6mmHg(1330mmHg)であった.Hum-phrey視野プログラム中心30-2のmeandeviation(MD)値は,ラタノプロスト点眼薬群は6.8±6.0dB(24.20.4dB),トラボプロスト点眼薬群は5.3±3.8dB(14.50.3dB),タフルプロスト点眼薬群は4.7±7.5dB(25.51.3dB)であった.各群の年齢,緑内障病型,投与前眼圧,Hum-phrey視野のMD値に有意差を認めなかった(ANOVA;analysisofvariance,分散分析).眼圧の測定はGoldmann圧平眼圧計を用いて基本的には1カ月ごとに行った.両眼に投与した症例では眼圧の高いほうの眼を,眼圧が同値の場合は右眼を対象眼とした.各群で投与前と投与1,3カ月後の眼圧を対応のあるt検定を用いて比較した.投与1,3カ月後の眼圧下降幅および眼圧下降率を算出し,3群間でANOVA(Bonferroni/Dunnet法)を用いて比較した.副作用の出現を診療録から抽出した.副作用により点眼薬が中止になった症例の頻度を,3群間でc2検定を用いて比較した.副作用により点眼薬が中止になった症例は眼圧の解析からは除外した.有意水準(危険率)を5%以下とした.II結果眼圧は,ラタノプロスト点眼薬群では投与1カ月後は14.4±3.3mmHg,投与3カ月後は13.8±2.9mmHgで投与前(17.4±4.5mmHg)に比べて有意に下降した(p<0.0001)(図1).トラボプロスト点眼薬群では投与1カ月後は13.7±2.4mmHg,投与3カ月後は13.5±2.0mmHgで投与前(17.0±2.7mmHg)に比べて有意に下降した(p<0.0001).タフルプロスト点眼薬群では投与1カ月後は14.3±2.9mmHg,投与3カ月後は14.0±3.4mmHgで投与前(18.3±4.6mmHg)に比べて有意に下降した(p<0.0001).眼圧下降幅は,ラタノプロスト点眼薬群では投与1カ月後は3.5±2.7mmHg,投与3カ月後は3.6±3.3mmHg,トラ表1患者背景ラタノプロストトラボプロストタフルプロストp値症例(例)625214NS平均年齢(歳)60.6±14.655.8±13.760.8±11.9NS病型(例)NS原発開放隅角緑内障(狭義)1194正常眼圧緑内障494310高眼圧症200投与前眼圧(mmHg)17.4±4.517.0±2.718.3±4.6NSHumphrey視野MD値(dB)6.8±6.05.3±3.84.7±7.5NSNS:notsignicant.08101214161820222426投与前******投与1カ月後眼圧(mmHg)投与3カ月後図1ラタノプロスト点眼薬群,トラボプロスト点眼薬群,タフルプロスト点眼薬群の眼圧(*:p<0.0001,対応のあるt検定):ラタノプロスト点眼薬群,:トラボプロスト点眼薬群,:タフルプロスト点眼薬群.———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.27,No.3,2010385(107)ボプロスト点眼薬群では投与1カ月後は3.4±1.9mmHg,投与3カ月後は3.5±2.3mmHg,タフルプロスト点眼薬群では投与1カ月後は4.2±3.1mmHg,投与3カ月後は4.3±2.5mmHgであった(図2).3群ともに眼圧下降幅は,投与1,3カ月後で同等であった.3群の比較では投与1,3カ月後ともに眼圧下降幅は同等であった.眼圧下降率は,ラタノプロスト点眼薬群では投与1カ月後は18.3±10.1%,投与3カ月後は18.3±14.0%,トラボプロスト点眼薬群では投与1カ月後は19.4±9.8%,投与3カ月後は19.6±11.2%,タフルプロスト点眼薬群では投与1カ月後は21.4±10.2%,投与3カ月後は22.8±9.9%であった(図3).3群ともに眼圧下降率は,投与1,3カ月後で同等であった.3群の比較では投与1,3カ月後ともに眼圧下降率は同等であった.副作用による投与中止例は,ラタノプロスト点眼薬群で6.5%(4例/62例),トラボプロスト点眼薬群で3.8%(2例/52例),タフルプロスト点眼薬群で14.3%(2例/14例)で,頻度は同等であった(p=0.36).ラタノプロスト点眼薬群では投与2週間後に充血,投与1カ月後にかすみ,投与2カ月後に違和感,投与3カ月後に眼瞼腫脹で各1例が中止になった.トラボプロスト点眼薬群では投与3週間後に眼瞼色素沈着,投与1カ月後に充血で各1例が中止になった.タフルプロスト点眼薬群では投与2カ月後に眼精疲労,投与2カ月後に違和感で各1例が中止になった.III考按ラタノプロスト点眼薬は発売から10年以上が経過しており,眼圧下降効果と安全性について多数の報告が行われている39,1215).原発開放隅角緑内障,高眼圧症,性緑内障,色素緑内障に対する眼圧下降率は,4週間投与で27.6%3),6週間投与で26.2%4),60日間投与で28.0%5),12週間投与で26.8%6,7),3カ月間投与で29.3%8),12カ月間投与で32%9)と今回の3カ月間投与(18.3%)よりは良好である.今回は正常眼圧緑内障が多数(79.0%)を占め,投与前眼圧(17.4±4.5mmHg)がこれらの報告(22.625.3mmHg)39)より低値であったためと考えられる.一方,正常眼圧緑内障に対する眼圧下降率は,3週間投与で21.3%12),4週間投与で16.9%13),8週間以上投与で16.3%14),3カ月間投与で24.4%8),8年間投与で14.6%15)と今回の3カ月間投与(18.3%)とほぼ同等である.トラボプロスト点眼薬は防腐剤として塩化ベンザルコニウムが使用されている点眼薬が海外で先行発売された.わが国で発売されたトラボプロスト点眼薬は防腐剤として塩化ベンザルコニウムは使用せず,sofZiaRを使用しており,これはホウ酸・ソルビトール・塩化亜鉛などを含み,塩化亜鉛がホウ酸・ソルビトール存在下で陽イオン化して発揮する殺菌効果を利用している.塩化ベンザルコニウムが含有されていないトラボプロスト点眼薬の原発開放隅角緑内障,高眼圧症,性緑内障,色素緑内障に対する眼圧下降率は,2週間投与で26.130.4%10),3カ月間投与で29.831.1%11)で,塩化ベンザルコニウムが含有されているトラボプロスト点眼薬と同等であった.今回の3カ月間投与の眼圧下降率(19.6%)はこれらの報告10,11)より低値であったが,正常眼圧緑内障が多数(82.6%)を占め,投与前眼圧(17.0±2.7mmHg)が過去の報告(23.627.1mmHg)10,11)に比べ低かったことによると考えられる.一方,メタアナリシスの報告ではラタノプロスト点眼薬と(塩化ベンザルコニウム含有)トラボプロスト点眼薬の眼圧下降効果は同等であった16,17).また,ラタノプロスト点眼薬,(塩化ベンザルコニウム含有)トラボプロスト点眼薬,ビマトプロスト点眼薬を12週間投与した際の眼圧下降幅は,各々5.98.6mmHg,5.77.9mmHg,6.58.7mmHgで同等と報告されている18).投与1カ月後8.07.06.05.04.03.02.01.00.0眼圧(mmHg)投与3カ月後図2ラタノプロスト点眼薬群,トラボプロスト点眼薬群,タフルプロスト点眼薬群の眼圧下降幅(ANOVA検定)■:ラタノプロスト点眼薬群,□:トラボプロスト点眼薬群,■投与1カ月後35.030.025.020.015.010.05.00.0眼圧下降率(%)投与3カ月後図3ラタノプロスト点眼薬群,トラボプロスト点眼薬群,タフルプロスト点眼薬群の眼圧下降率(ANOVA検定)■:ラタノプロスト点眼薬群,□:トラボプロスト点眼薬群,■———————————————————————-Page4386あたらしい眼科Vol.27,No.3,2010(108)タフルプロスト点眼薬の原発開放隅角緑内障,高眼圧症に対する眼圧下降率は,わが国における第III相検証的試験の結果3)しかないが,4週間投与で25.927.5%であった.今回の3カ月間投与の眼圧下降率(22.8%)はこの報告に比べてやや低値であるが,正常眼圧緑内障が多数(71.4%)を占め,投与前眼圧(18.3±2.4mmHg)がこの報告(23.8±2.3mmHg)3)に比べ低かったことによると考えられる.副作用が出現して点眼薬が中止になった症例は,ラタノプロスト点眼薬では0%35,7,8,12,13),2.5%6),11%9),トラボプロスト点眼薬では0%10),1.5%11),タフルプロストでは5.4%3)と報告されている.今回のラタノプロスト点眼薬群6.5%,トラボプロスト点眼薬群3.8%,タフルプロスト点眼薬群14.3%はやや高値であったが,点眼薬を中止する基準がなく,薬剤との因果関係は不明であるが患者の訴えにより中止となった症例が含まれている可能性がある.しかし点眼薬が中止になった症例においても副作用として重篤な症例はなく,後遺症もなかった.今回はレトロスペクティブな調査であり,プロスペクティブな調査とは結果が異なる可能性がある.レトロスペクティブな調査の問題点として,眼圧測定が行われていた経過観察期間中の来院日に一貫性がないこと,対照群がおかれていないこと,盲検化されていないこと,コンプライアンスが評価できなかったことなどがあげられる.また,ラタノプロスト点眼薬,トラボプロスト点眼薬,タフルプロスト点眼薬の3剤のなかからどの薬剤を選択するかの明確な基準がなかったために症例に偏りがあった可能性が考えられる.以上,結論として,今回のレトロスペクティブの調査結果においては,原発開放隅角緑内障および高眼圧症患者に対してラタノプロスト点眼薬,トラボプロスト点眼薬,タフルプロスト点眼薬は短期的には同等の眼圧下降効果と安全性を有すると思われる.文献1)CollaborativeNormal-TensionGlaucomaStudy-Group:Comparisonofglaucomatousprogressionbetweenuntreatedpatientswithnormal-tensionglaucomaandpatientswiththerapeuticallyreducedintraocularpres-sure.AmJOphthalmol126:487-497,19982)CollaborativeNormal-TensionGlaucomaStudy-Group:Theeectivenessofintraocularpressurereductioninthetreatmentofnormal-tensionglaucoma.AmJOphthalmol126:498-505,19983)桑山泰明,米虫節夫:0.0015%DE-085(タフルプロスト)の原発開放隅角緑内障または高眼圧症を対象とした0.005%ラタノプロストとの第III相検証的試験.あたらしい眼科25:1595-1602,20084)SaitoM,TakanoR,ShiratoS:Eectsoflatanoprostandunoprostonewhenusedaloneorincombinationforopen-angleglaucoma.AmJOphthalmol132:485-489,20015)PavanJ,tambukN,urkoviTetal:Eectivenessoflatanoprost(XalatanTM)monotherapyinnewlydiscoveredandpreviouslymedicamentouslytreatedprimaryopenangleglaucomapatients.CollAntropol29:315-319,20056)三嶋弘,増田寛次郎,新家真ほか:原発開放隅角緑内障および高眼圧症を対象とするPhXA41点眼液の臨床第III相試験─0.5%マレイン酸チモロールとの多施設二重盲検試験─.眼臨90:607-615,19967)MishimaHK,MasudaK,KitazawaYetal:Acomparisonoflatanoprostandtimololinprimaryopen-angleglauco-maandocularhypertension.A12-weekstudy.ArchOph-thalmol114:929-932,19968)木村英也,野崎美穂,小椋祐一郎ほか:未治療緑内障眼におけるラタノプロスト単剤投与による眼圧下降効果.臨眼57:700-704,20039)CamrasCB,AlmA,WatsonPetal:Latanoprost,apros-taglandinanalog,forglaucomatherapy.Ecacyandsafe-tyafter1yearoftreatmentin198patients.Ophthalomol-ogy103:1916-1924,199610)GrossRL,PeaceJH,SmithSEetal:DurationofIOPreductionwithtravoprostBAK-freesolution.JGlaucoma17:217-222,200811)LewisRA,KatzGJ,WeissMJetal:Travoprost0.004%withandwithoutbenzalkoniumchloride:acomparisonofsafetyandecacy.JGlaucoma16:98-103,200712)RuloAH,GreveEL,GeijssenHCetal:Reductionofintraocularpressurewithtreatmentoflatanoprostoncedailyinpatientswithnormal-pressureglaucoma.Ophthal-mology103:1276-1282,199613)橋本尚子,原岳,高橋康子ほか:正常眼圧緑内障に対するチモロール・ゲル,ラタノプロスト点眼の短期使用と長期眼圧下降効果.日眼会誌108:477-481,200414)中元兼二,安田典子,南野麻美ほか:正常眼圧緑内障におけるラタノプロストの眼圧日内変動に及ぼす効果.日眼会誌109:530-534,200315)小川一郎,今井一美:正常眼圧緑内障のラタノプロストによる長期視野─3,5,6,8年群の比較─.あたらしい眼科25:1295-1300,200816)AptelF,CucheratM,DenisP:Ecacyandtolerabilityofprostaglandinanalogs:ametaanalysisofrandomizedcontrolledclinicaltrials.JGlaucoma17:667-673,200817)EyawoO,NachegaJ,LefebvrePetal:Ecacyandsafe-tyofprostaglandinanaloguesinpatientswithpredomi-nantlyprimaryopen-angleglaucomaorocularhyperten-sion:ameta-analysis.ClinOphthalmol3:447-456,200918)ParrishRK,PalmbergP,SheuWPetal:Acomparisonoflatanoprost,bimatoprost,andtravoprostinpatientswithelevatedintraocularpressure:a12-week,randomized,masked-evaluatormulticenterstudy.AmJOphthalmol135:688-703,2003***

正常眼におけるTendency-Oriented Perimetry の信頼性と再現性

2010年3月31日 水曜日

———————————————————————-Page1(97)3750910-1810/10/\100/頁/JCOPYあたらしい眼科27(3):375381,2010c〔別刷請求先〕平澤一法:〒228-8555相模原市北里1丁目15番地1号北里大学大学院医療系研究科眼科学Reprintrequests:KazunoriHirasawa,C.O.,DepartmentofOphthalmology,GraduateSchoolofMedicalScience,KitasatoUniversity,1-15-1Kitasato,Sagamihara-shi,Kanagawa228-8555,JAPAN正常眼におけるTendency-OrientedPerimetryの信頼性と再現性平澤一法*1庄司信行*1,2遠藤美奈*2黒沢優佳*2郡司舞*2*1北里大学大学院医療系研究科眼科学*2北里大学医療衛生学部視覚機能療法学Tendency-OrientedPerimetryTest-RetestVariabilityandReproducibilityinNormalSubjectsKazunoriHirasawa1),NobuyukiShoji1,2),MinaEndo2),YukaKurosawa2)andMaiGunji2)1)DepartmentofOphthalmology,GraduateSchoolofMedicalScience,KitasatoUniversity,2)DepartmentofOrthopticsandVisualScience,SchoolofAlliedHealthScience,KitasatoUniversity目的:正常者においてTendency-OrientedPerimetry(TOP)をStandardAutomatedPerimetry(SAP),Short-WavelengthAutomatedPerimetry(SWAP),FlickerPerimetry(FP)の測定に用いて得られた結果から信頼性と再現性を検討すること.対象および方法:対象は正常者50名50眼である.視野測定にはOCTOPUS311のTOPを使用した.信頼性の検討はSAP,SWAP,FPの結果より特異度を算出し比較した.再現性は50名50眼のうち20名20眼に対しSAP,SWAP,FPを各3回ずつ施行し,meansensitivity(MS),meandefect(MD),lossvariance(LV)の級内相関係数を比較した.さらに各測定点の網膜感度の再現性を個人内変動係数と個人間変動係数に分けて比較した.結果:SAP,SWAP,FPの特異度はそれぞれ97.9%,75.0%,81.3%であった.MS,MD,LVの級内相関係数はSAP(0.97,0.97,0.77),SWAP(0.85,0.87,0.71),FP(0.93,0.93,0.86)であった.測定点ごとの個人内変動係数と個人間変動係数はSAP(4.6±1.1%,10.4±1.4%),SWAP(8.2±1.9%,12.1±2.8%),FP(7.4±2.1%,11.2±2.1%)であった.結論:TOPをSAPに用いる場合は良好な信頼性と再現性を示すので有用である.SWAPとFPは個人内では良好な再現性を示すため有用であるが,個人間でのばらつきが大きいため特異度がやや低くなり,診断の目的で用いるよりも経時的な変化を検討するために用いるほうが適当ではないかと考えた.In50normalvolunteers,weevaluatedthereliabilityandtest-retestvariabilityofTendency-OrientedPerime-try(TOP)employingOCTOPUS311inStandardAutomatedPerimetry(SAP),Short-WavelengthAutomatedPerimetry(SWAP)andFlickerPerimetry(FP).Weevaluatedreliabilitybycalculatingthespecicitywhen50subjectsunderwentSAP,SWAPandFP.Wecomparedtest-retestvariabilitybycalculatingtheintra-classcorrela-tionformeansensitivity(MS),meandefect(MD),andlossvariance(LV),andbycalculatingtheintra-andinter-individualcoecientforeachtestpointatwhich20subjectshadundergoneSAP,SWAPandFP3timeseach.ThespecicitiesofSAP,SWAPandFPwere97.9%,75.0%and81.3%,respectively.Therespectiveintra-classcorrelationsofMS,MDandLVwere:forSAP:0.97,0.97,0.77;forSWAP:0.85,0.87,0.71,andforFP:0.93,0.93,0.86.Therespectiveintra-andinter-individualcoecientsforeachtestpointwere:forSAP:4.6±1.1%and10.4±1.4%;forSWAP:8.2±1.9%and12.1±2.8%,andforFP:7.4±2.1%and11.2±2.1%.TOPisusefulinSAPforshowinggoodreliabilityandtest-retestvariability.AlthoughTOPisusefulinSWAPandFPforshowinggoodtest-retestvariabilityintra-individually,itindicateslowspecicitybecauseofhighinter-individualvariability.TOPmaybemoresuitableforfollow-upthanfordiagnosis.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)27(3):375381,2010〕Keywords:SAP,SWAP,Flicker視野,TOP,視野.StandardAutomatedPerimetry(SAP),Short-WavelengthAutomatedPerimetry(SWAP),FlickerPerimetry,Tendency-OrientedPerimetry(TOP),visualeld.———————————————————————-Page2376あたらしい眼科Vol.27,No.3,2010(98)はじめにOCTOPUS視野計に搭載されているTendency-OrientedPerimetry(TOP)は,各測定点を4つのstageに分けて統計学的に予想される視標を1回ずつ呈示し,その反応の有無からstageごとに測定点とその隣接点の網膜感度を補間しながら視野計測を行う方法である1).stage1では正常網膜感度の4/16,stage2では3/16,stage3では2/16,stage4では1/16が補間される(図1).TOPは視標呈示回数が少なく時間が短縮されるが,各測定点の網膜感度を測定するstaircase法とは違い,隣接点の網膜感度を補間する測定原理のため,ある測定点での反応の違いがその測定点と隣接点の網膜感度を変動させ結果がばらつくことや,反対に測定時間が短くなることで疲労が軽減され結果のばらつきが小さくなることも予想される.一方,OCTOPUS視野計には白色背景に白色視標を呈示するStandardAutomatedPerimetry(SAP)のほかに,黄色背景に青色視標を呈示するShort-WavelengthAutomatedPerimetry(SWAP)やフリッカー融合頻度を視野測定に応(dB)2928303028282827273029302828272827262624262426272725272627272628282828272829293030283029272628262525242524262727282929282726252626272728272628272626(dB)1514151514141414141515151414141414131312131213141413141314141314141414141415151515141515141314131313121312131414141515141413131313141414141314141313(dB)15201502828292628302929292826282622232426222620282628262827262829282726151051029293029272627262324222322261618202928272522110152527272727251224312142323412341243214312312434312324312341234124321431414141414213412323EuEuEuEuEu?YEuEuEuEu?YEuEu?Y?Y?YEuEu11443333344444343333031-3033343334433-4-2-400424434333-3-30-2-3-3-2-40433-10-1-1-4-4-13-1333EuEuEu?Y?YEu?Y?Y?YEu?Y?YEu?YEu?YEu?YEu0212202202020-2-2-2-2-2-2222212222-2-2-2-2-1-2-2-2-2-2002020-2-2-2-2-2-2222200-2020-2-220-2-2002221-2-1?YEuEuEuEuEuEuEu?YEuEuEuEu?YEuEu?Y?YEu-1-1-8-837777-17-1777777767677777777777777-4-1-8-807-17777777626707-7-70777-7-7-7-7-7-707077-7(dB)141377172121212114221421212121212020182018202121202120212120212121212110147715211422212021202020181518201421781521212066677714201421206(dB)NV?4/16D+???2/16NV?1/16D+??+???????????????????????3/16D+?(dB)(dB)(dB)(dB)(dB)(dB)(dB)(dB)(dB)151414141214131415151312141514131314131417211421202020212110152120157142019181312222626262620282026262626262525232523252626252625262625262626262615191313212720282625262525252320232519261213212626251111111212121925192625111326282623262625262613272523191226112019171625292929292432243030293029282826252626232628292830292829303029291117913213122323028302828282017232316231092130292810111011881828182928141929243028262929172230282310212910101820211818272931312926322630282728272626282728282428303130282726272928272791591323312432282628262626221925251623892330272612118988203020302613年齢別正常値normalvalue:NVNV×8/16(①)実際の閾値Stage別測定点Stage1視標呈示Stage1応答Stage1補間(②)Stage1推定閾値(③)Stage2視標呈示Stage2応答Stage2補間(④)Stage2推定閾値(⑤)Stage3視標呈示Stage3応答Stage3補間(⑥)Stage3推定閾値(⑦)Stage4視標呈示Stage4応答Stage4補間(⑧)最終推定閾値図1TOPの測定原理TOPストラテジーの測定原理をstage1からstage4まで表現した.実測閾値は実際の緑内障患者の閾値を再現したもので,正常値は内蔵されている50歳の正常値である.Gonzalezらによって公開されたstage配置とOCTOPUSに内蔵されているstage配置は異なるが,測定原理は同じである.本図はOCTOPUSに内蔵されているstage配置で表現した.———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.27,No.3,2010377(99)用したFlickerPerimetry(FP)など,おもに早期視野異常の検出を目的とする測定方法が搭載されている.これらの測定方法がスクリーニング目的で用いられるとすると,短時間で測定可能なTOPが用いられる頻度も多いと考えられる.そこで今回筆者らは,正常者において,SAP,SWAPおよびFPに対しTOPを用いて測定したときに得られた結果から信頼性と再現性を検討した.I対象および方法対象は緑内障専門医の眼底検査により屈折異常以外に眼科的疾患を認めなかった正常者50名50眼(男性10名,女性40名),平均屈折値3.39±3.20D(+3.009.00D),平均年齢21.1±2.0歳(1829歳)である.視野測定にはOCTOPUS311(HAAG-STREIT)を使用し,同一被験者に対しSAP,SWAP,FPの順番に視野測定を施行した.測定間の休憩は10分以上とって同日に行った.キャッチトライアルの偽陽性・偽陰性に対し2回以上反応した被験者は除外した.測定プログラムは32,ストラテジーはTOP,視標サイズはSAPとFPはGoldmannIII,SWAPはGoldmannVを使用し,測定中の視標呈示間隔はadaptive,固視感度はautoで行った.これらの測定によって得られた結果から信頼性と再現性を以下の内容で検討した.本研究はヘルシンキ宣言を遵守し,被験者には本研究の主旨を口頭により十分説明し,口頭により同意を得て行った.1.信頼性対象は50名50眼である.信頼性は,以下の3つの基準によって判定される特異度から検討した.1つ目はグローバルインデックスから比較する方法(①),2つ目は年齢別正常値からの偏差であるcomparisonから比較する方法(②),3つ目はcomparisonにおける全体的な網膜感度の偏差を修正したcorrectedcomparisonから比較する方法(③)である.詳細は以下に示す.①MeanDefect(MD)が2dBより悪いか,LossVriance(LV)が6dBより悪いである2).②Comparisonにて5dB以上の感度低下が7個以上存在し,そのうち3つは連続している3).③Correctedcomparisonの確率プロットにて有意水準5%未満の異常点が連続して3つ以上存在し,1つは1%未満である4).①と②はOCTOPUS視野計のSAPにおける判定基準で,③はHumphrey視野計で使用されるAnderson-Patellaの判定基準を応用したものである.これらの基準をSWAP,FPにも使用して検討した.さらに③の判定基準に当てはまらなかった被験者を正常者として,SAP,SWAP,FPのグローバルインデックスであるmeansensitivity(MS),MD,LVの5%,25%,中央値,75%,95%信頼区間を求めた.2.再現性対象は50名50眼中20名20眼で,平均屈折値3.38±3.29D(+3.008.75D),平均年齢22.0±1.5歳(2127歳)である.再現性は,同一被験者に対しSAP,SWAP,FPを3回ずつ施行して得られたMS,MD,LVの相関(級内相関係数)と測定点ごとの網膜感度の個人内変動係数と個人間変動係数を算出して検討した.さらに変動係数はstageごとにも分けて算出した.変動係数は,測定点ごとの平均網膜感度とその標準偏差から,変動係数%=平均網膜感度の標準偏差/平均網膜感度×100で算出した.個人内変動係数は,3回の測定によってどれか1回が異常と判定されていても除外せずにそのまま検討した.個人間変動係数は,50名50眼のうち③の基準に当てはまる被験者は除外した.II結果1.信頼性50名中2名は偽陽性・偽陰性反応が2回を超えたため,48名48眼で検討した.全結果は表1に示す.グローバルインデックスから比較する方法(①)と年齢別正常値からの偏差であるcomparisonから比較する方法(②)では特異度が低かった.しかし,comparisonの網膜感度の偏差を修正したcorrectedcomparisonで検討すると特異度は高くなった.③の判定基準に当てはまり異常と判定された被験者を除外し,SAPは47名47眼,平均屈折値3.38±3.26D(+3.009.00D),SWAPは36名36眼,平均屈折値3.23±3.26D(+3.008.75D),FPは38名38眼平均屈折値3.05±3.25D(+3.008.75D)で検討した.SAP,SWAP,FPにおけるMD,MS,LVの5%から95%信頼区間を表2に示す.SAP,SWAP,FPにおいて全体的にやや幅が広かった.表1各検討項目における特異度の結果検討項目特異度n=48SAPSWAPFP①MD>2dBorLV>6dB50.0%18.8%25.0%②Comparisonにて5dB以上の感度低下が7つ以上,そのなかで最低3つは連続37.5%12.5%35.4%③Correctedcomparisonの確率プロットにて5%未満が連続して3つ以上,かつ1つは1%未満97.9%75.0%81.3%特異度の結果を判定項目別に表した.SAP:StandardAutomatedPerimetry,SWAP:Short-WavelengthAutomatedPerimetry,FP:FlickerPerimetry,MD:meandefect,LV:lossvariance.———————————————————————-Page4378あたらしい眼科Vol.27,No.3,2010(100)2.再現性再現性を検討した被験者は除外基準に当てはまらなかったため,20名20眼すべてが対象となった.MS,MD,LVの級内相関係数はSAPでそれぞれ0.97,0.97,0.77,同様にSWAPで0.85,0.87,0.71,FPで0.93,0.93,0.86であった.相関関係の信頼区間の結果は表3に示す.SAP,SWAP,FPのLVは信頼区間の幅が広くばらつきがやや大きかった.ばらつきが大きかったLVの結果を散布図で示す(図2).個人間変動係数の検討では信頼性の検討で正常と判定された被験者で検討した.SAPは47名47眼,SWAPは36名36眼,FPは38名38眼である.各測定点を平均した個人内変動係数と個人間変動係数はSAPで4.6±1.1%,10.4±1.4%,SWAPで8.2±1.9%,12.1±2.8%,FPで7.4±2.1%,11.2±2.1%であった(図3).測定点ごとにおける個人内・個人間変動係数は図4に示す.個人内変動係数はSAP,SWAP,FPともに10%未満と良好であったが,個人間変動係数は10%を超え,特にSWAPとFPはばらつきが大きかった.また,stageごとの変動係数は個人内,個人間においてもstgae3がやや高かった.III考按再現性の検討では,グローバルインデックスであるMS,MD,LVの相関と測定点ごとの網膜感度の変動係数を検討した.MS,MD,LVは良好な相関を示したが,LVに関しては信頼区間の幅が広くばらつきがみられた.個人内変動係数は10%未満と良好であったが,個人間変動係数は10%を超える結果であった.SAPにおいても個人間変動係数が大きくなった原因は年齢別正常値を基準とするTOPの測定原理が影響していると考えられる.各測定点に視標を何回か呈示して網膜感度を測定するstaircase法とは異なり,TOPは図1のように各測定点を4つのstageに分けて1回だけ視標を呈示して測定を行う1).すべての視標呈示に対し反応があったと仮定すると,stage1,2,3,4に呈示される視標輝度はそれぞれ年齢別正常値の8/16(50%),12/16(75%),15/16(94%),17/16(106%)であり,補間される網膜感度は年齢別正常値の4/16,3/16,2/16,1/16である.stage3の視標輝度は年齢別正常値の94%の視標輝度であり,正表2グローバルインデックスの信頼区間5%25%中央値75%95%MeansensitivitySAP(dB)22.825.126.828.229.5SWAP(dB)20.722.523.724.926.6FP(Hz)36.038.942.044.846.4MeandefectSAP(dB)0.50.92.03.96.3SWAP(dB)0.31.83.44.46.3FP(Hz)5.13.50.82.45.3LossvarianceSAP(dB)0.81.72.94.15.3SWAP(dB)2.53.74.84.46.3FP(Hz)0.94.010.214.421.0正常と判定した被験者でSAP,SWAP,FPにおけるMS,MD,LVの5%,25%,中央値,75%,95%の信頼区間を算出した.SAP:n=47,SWAP:n=36,FP:n=38.SAP:StandardAutomatedPerimetry.SWAP:Short-WavelengthAutomatedPerimetry.FP:FlickerPerimetry.dB:Decibel,Hz:Hertz.表3グローバルインデックスの級内相関係数1回目2回目3回目級内相関係数信頼区間下限上限MeansensitivitySAP(dB)26.5±2.226.9±1.926.6±1.80.970.930.99SWAP(dB)23.7±2.223.7±2.323.6±2.10.850.680.94FP(Hz)41.0±4.440.7±4.240.9±3.90.930.840.97MeandefectSAP(dB)2.5±2.32.1±2.42.4±1.80.970.940.99SWAP(dB)3.2±2.33.1±2.43.2±2.20.870.730.95FP(Hz)0.2±4.50.7±4.20.3±4.00.930.840.97LossvarianceSAP(dB)2.7±1.33.3±1.53.1±1.20.770.520.90SWAP(dB)5.8±2.95.8±2.75.4±2.50.710.390.88FP(Hz)13.1±11.314.7±11.915.5±11.10.860.710.94SAP,SWAP,FPを3回ずつ施行して得られたMS,MD,LVの級内相関係数とその信頼区間を表している.n=20.平均±標準偏差.SAP:StandardAutomatedPerimetry,SWAP:Short-WavelengthAutomatedPerimetry,FP:FlickerPerimetry,dB:Decibel.Hz:Hertz.———————————————————————-Page5あたらしい眼科Vol.27,No.3,2010379(101)0510150510150246802468SAP2回目LV(dB)SWAP2回目LV(dB)FP2回目LV(Hz)SAP1回目LV(dB)SWAP1回目LV(dB)FP1回目LV(Hz)051015051015SWAP3回目LV(dB)SWAP1回目LV(dB)051015051015SWAP3回目LV(dB)SWAP2回目LV(dB)0246802468SAP3回目LV(dB)SAP1回目LV(dB)0246802468SAP3回目LV(dB)SAP2回目LV(dB)010203040010203040FP3回目LV(Hz)FP1回目LV(Hz)010203040010203040FP3回目LV(Hz)FP2回目LV(Hz)010203040010203040図2SAP(上段),SWAP(中段),FP(下段)におけるLVの散布図ばらつきが大きかったSAP,SWAP,FPにおけるLVの結果を散布図で示した.0510152025変動係数(%)個人内個人間個人内個人間個人内個人間SAPSWAPFP8.35.34.34.02.613.511.410.19.37.713.49.47.96.94.922.613.712.09.88.114.08.77.15.84.420.412.211.19.88.1最大値最小値中央値7525図3各測定点を平均した変動係数SAP,SWAP,FPにおける測定点ごとの個人内変動係数と個人間変動係数を平均した値をboxplotで表した.———————————————————————-Page6380あたらしい眼科Vol.27,No.3,2010(102)常者の視覚確率は閾値の50%や75%の視標輝度に対しては100%の反応を示すが,閾値の94%の視標輝度に対しては100%ではない5).図4の測定点ごとの個人内・個人間変動係数からstage3の測定点は個人内・個人間の変動がやや高く,閾値に近い視標輝度が呈示されるstage3は個人内でも個人間でも変動が大きいことがわかる.stage3に呈示される視標に対する反応の有無により年齢別正常値の±2/16が補間されるためstage3の反応は網膜感度を左右しやすい.たとえば,stage3の測定点であればおよそ±4dB補間されるため,最終的にはstage4での反応にもよるが,stage3での反応の有無で46dB差を生じることが計算上予想できる.網膜感度は正常範囲内であっても,全体的にやや感度が低い場合はstage3で反応できず網膜感度が低くなり,年齢別正常値と同じくらいの網膜感度を有する被験者はstage3で反応できるため網膜感度が高くなる.そのため個人間変動係数が高くなったと思われ,さらに個人間で網膜感度の差が大きいSWAP,FPはSAPに比べ個人間変動係数が高くなったと考えられる.過去の報告によると,個人間変動係数はFullThresholdとFASTPACを用いた場合SAPでそれぞれ6.0%,8.1%,SWAPでそれぞれ20.4%,26.0%6),Dynamicを用いた場合FPでは6.4%である7).しかし,同一被験者に対してTOPを用いた場合,つまり個人内変動係数を検討した結果は,SAPやFPは10%未満と良好な再現性を維持し,SWAPでは大幅に小さくなる(8.2%)ことからも,同一被験者に対するTOPの使用は有用であると思われるグローバルインデックスであるMSは全体の網膜感度を平均した値であり,MDは年齢別正常値との偏差を平均した値である.MSやMDは,網膜感度が良いところと悪いところがあったとしても平均されるため,大きな網膜感度差が生じない限り変動を受けにくい.しかし,年齢別正常値からの偏差をさらにMDで修正し視野の凹凸を表したLVは,MDに変化がなくても測定点によって網膜感度の変動があるとLVは変化しやすい.個人内変動係数の検討からもstage3の反応のばらつきがLVに影響して3回の結果の信頼区間が広くなったと考えられる.信頼性の検討では全体的な視野指標になるグローバルインデックス,年齢別正常値からの偏差であるcomparisonおよびcomparisonにおける全体的な網膜感度の偏差を修正したcorrectedcomparisonの3つの項目から検討したが,検討する項目によって特異度に差を生じた.①のグローバルインデックスのMDと②のcomparisonは年齢別正常値からの偏差を表しているため,個人間での網膜感度差が生じやすいTOPでは局所的な異常がなくても全体的に網膜感度が低い被験者は異常の基準に当てはまりやすい.また,TOPは隣接する測定点の網膜感度を補間する原理のため,網膜感度の沈下は浅くなり広くなる.そのため,グローバルインデックスやcomparisonの判定基準では異常と判定され特異度が低くなったと思われる.SWAPとFPはグローバルインデックスやcomparisonで特異度を検討すると低くなるが,これはSAPの基準と比較したからである.NormalストラテジーではあるがSAPとSWAPにおけるMS,MD,LVの信頼区間を求めた報告8)と比較するため,今回は参考までに若年者におけるグローバルインデックスの信頼区間を求めた.ストラテジーや被験者の年齢が違うため単純には比較できな(%)(%)(%)Stage1Stage2Stage3Stage4個人内4.04.06.04.4個人間9.69.912.110.1Stage1Stage2Stage3Stage4個人内7.18.99.47.2個人間12.111.813.611.1Stage1Stage2Stage3Stage4個人内6.38.18.66.9個人間10.210.812.711.2(%)(%)(%)SAP上段:個人内変動係数下段:個人間変動係数SWAP上段:個人内変動係数下段:個人間変動係数FP上段:個人内変動係数下段:個人間変動係数図4各測定点の変動係数(上)と各stageの変動係数(下)SAP,SWAP,FPにおける測定点ごとの個人内・個人間変動係数とstageごとの変動係数を表した.———————————————————————-Page7あたらしい眼科Vol.27,No.3,2010381いが結果はやや異なり(表4),今後は軽度緑内障患者と正常者を比較してSWAPやFPの異常基準も検討する必要がある.以上をまとめると,SAP,SWAP,FPにTOPを用いることは良好な信頼性と再現性を示すため有用である.しかし,個人間での網膜感度に差を生じやすいためTOPが適切ではない被験者も存在する.特に個人間で網膜感度に差が大きいSWAPやFPは年齢別正常値を基準に測定するTOPの原理が影響して特異度がやや低くなりやすい.グローバルインデックスやcomparisonで網膜感度が低くなる場合は,測定原理上生じた感度の低下なのか,真の感度の低下なのかを確かめるために測定点ごとの網膜感度を測定するNormal,Dynamicストラテジーによる確認も必要と考えられる.今回は正常若年者の検討であったが,早期緑内障の検出に有用であるSWAPやFPは使用される頻度も今以上に多くなることが予想される.短時間で精度が高いTOPにおける異常判定基準の検討が今後必要と考えられるが,現時点でSWAPやFPにおいてTOPを用いる場合は,診断の目的で用いるよりも経時的な変化を検討するために用いるほうが適当ではないかと考えた.文献1)GonzalezdelaRosaM,MartinezA,SanchezMetal:Accuracyoftendency-orientedperimetrywiththeOCTOPUS1-2-3perimeter.InWallM,HeijlAed:PerimetryUpdate1996/1997,p119-123,Kugler,Amster-dum/NewYork,19972)Octopus1-2-3perimeterdigest.Schlieren,Switzerland:InterzeagAG,19913)MoralesJ,WeitzmanML,GonzalezdelaRosaM:Com-parisonbetweenTendency-OrientedPerimetry(TOP)andoctopusthresholdperimetry.Ophthalmology107:134-142,20004)AndersonDR,PatellaVM:Automatedstaticperimetry.2ndedition.Mosby,StLouis,19995)ChauhanBC,TompkinsJD,LeBlancRPetal:Character-isticsoffrequency-of-seeingcurvesinnormalsubjects,patientswithsuspectedglaucoma,andpatientswithglau-coma.InvestOphthalmolVisSci34:3534-3540,19936)BlumenthalEZ,SamplePA,BerryCCetal:EvaluatingseveralsourcesofvariabilityforstandardandSWAPvisualeldsinglaucomapatients,suspects,andnormal.Ophthalmology110:1895-1902,20037)BernardiL,CostaVP,ShiromaLO:Flickerperimetryinhealthysubjects:inuenceofageandgender,learningeectandshort-termuctuation.ArqBrasOftalmol70:91-99,20078)MojonDS,ZulaufM:Normalvalueofshort-wavelengthautomatedperimetry.Ophthalmologica217:260-264,2003(103)表4過去の報告との比較Mojonetal今回の検討5%中央95%5%中央95%MeansensitivitySAP(dB)23.427.128.922.826.829.5SWAP(dB)17.825.429.820.723.726.6FP(Hz)36.042.046.4MeandefectSAP(dB)2.00.03.10.52.06.3SWAP(dB)4.20.45.30.53.46.3FP(Hz)5.10.85.3LossvarianceSAP(dB)2.03.612.30.82.95.3SWAP(dB)2.96.821.22.54.86.3FP(Hz)0.910.221.0過去の報告によって算出されたOCTOPUS視野計のSAP,SWAP(NormalStrategy)のMS,MD,LVの5%,25%,中央値,75%,95%の信頼区間と今回の結果と比較した.SAP:StandardAutomatedPerimetry,SWAP:Short-WavelengthAutomatedPerimetry,FP:FlickerPerimetry,dB:Decibel,Hz:Hertz.***

Humphrey 視野計のVisual Field Index の有用性

2010年3月31日 水曜日

———————————————————————-Page1(93)3710910-1810/10/\100/頁/JCOPYあたらしい眼科27(3):371374,2010c〔別刷請求先〕郷右近博康:〒228-8555相模原市北里1丁目15番地1号北里大学病院眼科Reprintrequests:HiroyasuGoukon,C.O.,DepartmentofOphthalmology,KitasatoUniversityHospital,1-15-1Kitasato,Sagamihara-shi,Kanagawa228-8555,JAPANHumphrey視野計のVisualFieldIndexの有用性郷右近博康*1田中久美*1庄司信行*1,2清水公也*1*1北里大学病院眼科*2北里大学医療衛生学部視覚機能療法学UsefulnessofVisualFieldIndexinHumphreyFieldAnalyzerHiroyasuGoukon1),KumiTanaka1),NobuyukiShoji1,2)andKimiyaShimizu1)1)DepartmentofOphthalmology,KitasatoUniversityHospital,2)DepartmentofOrthopticsandVisualScience,SchoolofAlliedHealthSciences,KitasatoUniversity目的:Humphrey視野計に内蔵された新しい視機能評価の指標であるvisualeldindex(VFI)とmeandeviation(MD)の関連を検討する.対象および方法:対象は100例200眼(男性57名,女性43名),年齢2383歳(平均62.0±15.0歳)であり,Humphrey視野計を用いて中心視野障害の有無,視野障害の病期別に分け,VFIとMDの相関をそれぞれ比較検討した.結果:VFIとMDは有意に相関した(p<0.0001).MDが同程度でも,中心10°以内に視野障害が存在すると,存在しない場合に比べてVFIはより悪く算出された.病期別にみると,初期に比べ,中期の回帰直線の傾きが大きくなった.中心10°以内に視野障害がある症例での病期別検討では,初期,中期とも有意に相関した(p<0.0001,p<0.001)が,全症例での回帰直線に比べて,初期では傾きがやや急に,中期ではやや緩やかになった.中心10°以内に視野障害がない症例での病期別検討では,初期においては有意に相関した(p<0.0001)が,中期では有意な相関を示さなかった(p=0.0595).回帰直線の傾きも,中心10°に視野障害が及んでいる群と比べると緩やかな結果となった.結論:全症例,各病期ともVFIとMDの間には高い相関が認められたが,病期が進んだ症例ほど,また中心視野障害が存在する症例ほどVFIの変化は大きかった.VFIは新しい視機能評価の方法として,特に進行例で有用である可能性が示唆された.Weinvestigatedtherelationshipbetweenvisualeldindex(VFI)andmeandeviation(MD)inHumphreyeldanalyzerinpatientswithglaucoma.Enrolledinthisstudywere100patients(200eyes;57male,43female).Meanagewas62.0±15.0years(range:23to83years).Thepatientsweredividedintotwogroupsbasedonthepres-enceorabsenceofvisualelddefectwithinthecentral10degreesofthevisualeld,oraccordingtoglaucomastage.TherelationshipbetweenVFIandMDwasinvestigatedineachgroup;signicantcorrelationwasfound(p<0.0001).Whenthevisualelddefectwaswithinthecentral10degreeofthevisualeld,VFIwasworsethanincaseswithoutcentralelddefect,eveniftheMDwassimilar.Theslopeoflinearregressioninmiddle-stageglau-comaissteeperthanintheearlystage.SignicantcorrelationwasfoundbetweenVFIandMDinearlyandmid-dle-stageglaucomawithdefectwithinthecentral10degreesofthevisualeld(p<0.0001,p<0.001).However,theslopeoflinearregressionofVFIwasslightlysteepinearlystageglaucomaandslightlymildmiddle-stageglaucoma,incomparisonwithallpatients.Inthegroupwithnodefectwithinthecentral10degreesofthevisualeld,signicantcorrelationwasfoundbetweenVFIandMDinearlystageglaucoma(p<0.0001);however,nosignicantcorrelationwasfoundinthemiddle-stagegroup.Theslopeoflinearregressioninthegroupwithoutcentralvisualelddefectwasmildcomparedwiththatinthegroupwithcentralvisualelddefect.StatisticallysignicantcorrelationwasfoundbetweenVFIandMD;however,theworsetheglaucomastage-andincaseswithdefectwithin10degreesofthecentralvisualeld-thegreaterthechangeintheVFI.TheseresultssuggestthattheVFIisusefulinassessingnewvisualfunction,especiallyinprogressivecases.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)27(3):371374,2010〕Keywords:視機能率,平均網膜感度,緑内障,Humphrey視野計.visualeldindex(VFI),meandeviation(MD),glaucoma,Humphreyeldanalyzer.———————————————————————-Page2372あたらしい眼科Vol.27,No.3,2010(94)はじめに緑内障診療において視野進行の評価は治療方針を決定するうえで最も重要な要素といえる14).現在,視野障害進行の評価方法は,トレンド解析とイベント解析に大きく分けられている2,46).トレンド解析は経過中の検査結果を時系列に並べてパラメータの,回帰直線の傾きに注目するもので,おもに平均偏差(meandeviation:MD)やパターン標準偏差(patternstandarddeviation:PSD)を用いるMDslope5),PSDslope7)がある.イベント解析は設定したベースライン視野と選択したフォローアップ視野とを比較するもので,2004年からHumphrey視野計に搭載されたGlaucomaPro-gressionAnalysis(GPA)が一般化されつつある1,2,4,810).GPAはSITAプログラムを用い,パターン偏差を基にした視野変化解析プログラムであり,2008年GuidedProgres-sionAnalysis(GPA2)としてバージョンアップされ,SITAと全点閾値が混在していても解析ができるようになった11).このGPA2において,visualeldindex(VFI)とよばれる新しい視野指標が提唱された1).VFIは,Humphrey視野計のプログラムSITAを使用し,パターン偏差確率プロットによる感度から残存視機能を算出し,正常視野を100%,視野消失で0%となるように%表示され,視機能率ともよばれる.臨床上最も重要な視野中心部に重みづけを加えている1,12).しかし,従来から視機能評価に用いられてきたMDとどのような関連があるか,あるいは違いがあるかに関しては,まだあまり調べられていない.そこで今回筆者らは,緑内障患者において,新しいパラメータであるVFIとMDの相関を,病期や視野障害部位の違いに分けて検討した.I対象および方法対象は北里大学病院眼科緑内障外来にて経過観察中の緑内障患者100名200眼(男性57名,女性43名),年齢2383歳(平均62.0±15.0歳),屈折値11.00D+2.00D(平均2.00±2.91D)であり,中心10°以内の視野欠損の有無と病期で分けた眼数,平均年齢,平均屈折度の内訳を表1に示す.視野測定にはHumphrey視野計(カール・ツァイス社)の中心30-2または24-2の2つのプログラムを用い,SITA-Standardまたは全点閾値のどちらかのストラテジーを用い,視野測定2回目以降の信頼性の高い結果,すなわち固視不良20%未満,偽陽性33%未満(SITAでは15%未満),偽陰性33%未満の結果を検討に用いた.検討においては,全症例,中心視野障害別,視野障害の病期別に分けVFIとMDの相関をそれぞれ比較した.今回,中心視野障害の定義は視野の最中心4点(中心より上下左右それぞれ3°離れた点)に1点でもトータル偏差確率プロットの5%未満のシンボルマークが存在するものを中心視野10°以内に視野障害ありとした.また視野障害の病期については,病期分類にAnderson-Patellaの基準13,14)に準じ,初期をMD値6dBより良好なもの,中期を6dBより悪く,12dBより良いもの,後期を12dBより悪いものに分けた.両者の相関にはSpearman’srankcorrelationcoecientを用い,有意水準5%未満を有意な相関ありと判断した.II結果まず,全症例におけるVFIとMDは高い相関を示し(r2=0.886p<0.0001),MDの悪化に伴ってVFIは悪く評価される結果となった(図1).中心10°以内の視野障害の有無で分けた場合も,ともに高い相関を示した(r2=0.894p<0.0001,r2=0.826p<0.0001)が,中心10°以内に視野障害がある群のほうがない群よりも,回帰直線の傾きが急峻であった(図2).緑内障の病期別においては,今回症例数の関係から,初期49眼と中期24眼についてのみ検討した(図3).各病期とも高い相関が認められた(r2=0.442p<0.0001,r2=0.283p<0.0001)が,初期の傾きに比べ,中期の回帰直線の傾きが大きく,中期には,初期に比べてMDの変化に対するVFIの変化が大きいという結果となった.中心10°以内に視野障害がある症例に限った病期別検討では,各病期とも高い相関が認められた(r2=0.500p<0.0001,r2=0.283p<0.001)が,図3の全症例での検討結果3に比べて,初期では傾きがやや急に,中期ではやや緩やかになるという結果表1対象緑内障病期Anderson-Patellaの基準改変初期(MD>6dB)中期(6dB≧MD≧12dB)後期(12dB>MD)中心10°以内視野欠損あり眼数(眼)平均年齢(歳)平均屈折度(D)4967.1±11.92.00±2.442465.7±12.81.80±2.802857.6±15.93.67±3.02中心10°以内視野欠損なし眼数(眼)平均年齢(歳)平均屈折度(D)8258.9±15.11.54±2.781267.6±9.681.82±3.50558.0±15.63.78±4.86———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.27,No.3,2010373(95)となった(図4).中心10°以内に視野障害がない症例に限った病期別検討では,初期においては有意な相関が認められた(r2=0.459p<0.0001)が,中期では有意な相関を示さなかった(r2=0.485p=0.0595).回帰直線の傾きも,中心10°に視野障害が及んでいる群と比べると緩やかな結果となった(図5).III考按VFIは従来用いられてきたMDと同様に視野障害の程度を表すパラメータであるが,VFIとMDの間には表2に示すような単位,中心加重のかけ方,算出式による違いなどがある.特に,MDはTD値から算出されるため中間透光体の混濁の影響を受けるが,VFIではPD確率プロットから算出しているため影響が少ないと報告されている12).以上のよう表2VFIとMDの相違点VFIMD指標意義残存視機能の指標視野のびまん性障害を表す指標単位%dB中心加重各ポイントごと中心から5°ずつ同心円状算出式= 100〔(totaldeviation/age-correctednormalthreshold)×100〕実測値年齢補正した正常平均閾値測定点の数1009080706050403020100-21-18-15-12-9-6-303VFI(%)6n=200y=2.8157x+101.4r2=0.8858MD(dB)図1VFIとMDの相関(全症例での検討)p<0.0001,Spearmanの順位相関係数の検定.1009080706050403020100-15-12-9-6-303VFI(%)6MD(dB)●:初期n=132y=1.6148x+99.222r2=0.4415○:中期n=35y=3.7842x+111.94r2=0.4019図3VFIとMDの相関(病期別検討)p<0.0001,Spearmanの順位相関係数の検定.1009080706050403020100-15-12-9-6-303VFI(%)6MD(dB)●:初期n=82y=0.9854x+99.641r2=0.4585○:中期n=12***NS図5VFIとMDの相関(中心10°以内の視野障害のない症例による病期別検討)NS:notsignicantly.p<0.0001,Spearmanの順位相関係数の検定.1009080706050403020100-21-18-15-12-9-6-303VFI(%)6MD(dB)●:中心視野障害ありn=101y=2.8895x+100.14r2=0.8943○:中心視野障害なしn=99y=2.1539x+101.16r2=0.8257図2VFIとMDの相関(中心10°以内の視野障害の有無による検討)p<0.0001,Spearmanの順位相関係数の検定.1009080706050403020100-15-12-9-6-303VFI(%)6MD(dB)●:初期n=49y=2.1032x+98.13r2=0.4998○:中期n=24y=2.8945x+101.87r2=0.2833*****図4VFIとMDの相関(中心10°以内の視野障害のある症例による病期別検討)**p<0.001,***p<0.0001,Spearmanの順位相関係数の検定.———————————————————————-Page4374あたらしい眼科Vol.27,No.3,2010(96)な違いがあるものの,VFIが臨床的にMDと異なる意味をもつのか,それともほとんど同じように変化し,特別な意味合いをもたないのかなどに関しては,いまだ明らかにされていない.今回の筆者らの結果から,両者の間には有意な相関を認め,VFIはMDとほとんど同様の変化を示したことから,VFIを新たに用いる特別な意味はないようにみえるが,病期別に分類した場合,病期によってVFIの変化が異なる結果が得られ,MDと異なった解釈が必要ではないかと考えられる.たとえば,視野進行の判定基準の一つとして,MD値が3dB減少したら悪化と考えるイベントタイプの判定基準を用いることがあるが,今回の結果では,MDが同じだけ変化したとしてもVFIでは病期の進行した例ほど変化(悪化)しやすく,中心10°以内に視野障害が存在する症例ほど変化(悪化)しやすいため,こうした症例ほど,VFIに注目して経過を観察すると,より鋭敏に悪化を検出できる可能性が考えられる.病期によって進行の判定基準を変える必要があるのかもしれないが,VFIで何%の変化が生じた場合に悪化とするかなどの基準に関しては,今後の検討が必要と考える.国松は,緑内障性視野障害の進行を評価するということは,患者のqualityoflife(QOL)を維持することにもつながると指摘している15).藤田らは,緑内障患者において中心3°以内の2象限以上に絶対暗点が連続した場合に読書困難がみられると報告している16).このように,患者の日常生活上の視機能障害を評価するうえで,中心視野障害を評価することは,今後大きな課題になると考えられる.今回検討したVFIは,このような中心視野障害を評価するうえで重要な新たなパラメータになる可能性があるが,臨床的に中心視野障害の評価に適した指標かどうかは,今後,後期視野障害例での検討や患者の不自由度との対応を調べる必要があると考えられる.文献1)松本長太:緑内障の視野検査研究の最新情報はあたらしい眼科25(臨増):194-196,20082)中野匡:GlaucomaProgressionAnalysis(GPA)による視野進行判定.日眼会誌110(臨増):262,20063)松本行弘,原浩昭,白柏基宏ほか:ハンフリー視野計による正常眼圧緑内障の長期臨床経過.臨眼53:1679-1685,19994)国松志保:どのような視標をもって視野障害が進行したと考えてよいですかFrontiGlaucoma5:254,20045)高田園子:MDslope.日眼会誌110(臨増):261,20066)阿部春樹,奥山幸子,岩瀬愛子ほか:視野検査とその評価.FrontiGlaucoma7:133-142,20067)岩見千丈,妹尾佳平:機種変更に伴うハンフリー視野(30-2)のMD値の変化.眼臨紀1:1121,20088)高橋現一郎:視野進行判定法の展望.FrontiGlaucoma7:210,20069)松本行弘,筑田眞:GlaucomaProgressionAnalysis(緑内障視野進行解析).眼科手術18:59-61,200510)富所敦男:緑内障進行解析(GPA).眼科プラクティス15,視野(根木昭編),p153-157,文光堂,200711)松本行弘:緑内障視野進行解析(GuidedProgressionAnal-ysis:GPA2).眼科手術21:467-470,200812)BengtssonB,HeijlA:Avisualeldindexforcalculationofglaucomarateofprogression.AmJOphthalmol145:343-353,200813)AndersonDR,PatellaVM:AutomatedStaticPerimetry.2nded,p121-190,Mosby,StLouis,199914)KatzJ,SommerA,GasterlandDEetal:Comparisonofanalyticalgorithmsfordetectingglaucomatousvisualeldloss.ArchOphthalmol109:1684-1689,199115)国松志保:視野進行の評価にあたって,注意すべきことは何ですかFrontiGlaucoma5:255,200416)藤田京子,安田典子,小田浩一ほか:緑内障患者による中心視野障害と読書成績.日眼会誌110:914-918,2006***

バルガンシクロビル内服が奏効した再発性サイトメガロウイルス角膜内皮炎の1例

2010年3月31日 水曜日

———————————————————————-Page1(89)3670910-1810/10/\100/頁/JCOPYあたらしい眼科27(3):367370,2010c〔別刷請求先〕唐下千寿:〒683-8504米子市西町36-1鳥取大学医学部視覚病態学Reprintrequests:ChizuTouge,M.D.,DivisionofOphthalmologyandVisualScience,FacultyofMedicine,TottoriUniversity,36-1Nishi-cho,Yonago-shi,Tottori683-8504,JAPANバルガンシクロビル内服が奏効した再発性サイトメガロウイルス角膜内皮炎の1例唐下千寿*1矢倉慶子*1郭權慧*1清水好恵*1坂谷慶子*2宮大*1井上幸次*1*1鳥取大学医学部視覚病態学*2南青山アイクリニックACaseofRecurrentCytomegalovirusCornealEndotheliitisTreatedbyOralValganciclovirChizuTouge1),KeikoYakura1),Chuan-HuiKuo1),YoshieShimizu1),KeikoSakatani2),DaiMiyazaki1)andYoshitsuguInoue1)1)DivisionofOphthalmologyandVisualScience,FacultyofMedicine,TottoriUniversity,2)MinamiaoyamaEyeClinic角膜移植術後にサイトメガロウイルス(CMV)角膜内皮炎を再発性に発症し,バルガンシクロビル内服が奏効した1例を経験した.症例は55歳,男性.ぶどう膜炎に伴う緑内障に対して,両眼に複数回の緑内障・白内障手術を受けている.炎症の再燃をくり返すうちに右眼水疱性角膜症を発症し,当科にて全層角膜移植術を施行した.術後約半年で右眼にコイン状に配列する角膜後面沈着物(KP)を認め,ヘルペス性角膜内皮炎を疑いバラシクロビル(3,000mg/日)内服を開始したが炎症の軽快徴候はなかった.前房水のreal-timepolymerasechainreaction(PCR)にてherpessim-plexvirus(HSV)-DNA陰性,CMV-DNA:27コピー/100μlであったため,バルガンシクロビル(900mg/日)内服を開始したところKPは減少した.その後バルガンシクロビル内服を中止すると炎症が再燃し,内服を再開すると炎症が軽快する経過をくり返した.2度目の再燃時にも前房水のreal-timePCRにてCMV-DNA陽性を認めている〔HSV-DNA陰性,varicella-zostervirus(VZV)-DNA陰性,CMV-DNA:1.1×105コピー/100μl〕.本症例は前房水のreal-timePCRでのCMV陽性所見に加え,バルガンシクロビル内服にて炎症軽快し,内服中止にて炎症再燃を認めることよりCMVが角膜内皮炎の病態に関与していると考えることに十分な妥当性があると思われる.CMV角膜内皮炎の診断は分子生物学的検査結果に加え,抗CMV治療に対する反応も含めて考える必要があると思われる.Weexperiencedacaseofrecurrentcytomegalovirus(CMV)cornealendotheliitisafterpenetratingkerato-plasty,whichhadbeentreatedusingvalganciclovir.Thepatient,a55-year-oldmaleaectedwithsecondaryglau-comaduetouveitis,hadundergonecataractandglaucomasurgeryinbotheyes,resultinginbullouskeratopathyinhisrighteye,forwhichheunderwentpenetratingkeratoplastyatourclinic.At6monthspostsurgery,coin-likearrangedkeraticprecipitates(KP)wereobserved.Suspectingherpeticcornealendotheliitis,weadministeredoralvalacyclovir,withnonotableeect.SinceCMV-DNA(27copies/100μl)wasdetectedintheaqueoushumorsamplebyreal-timepolymerasechainreaction(PCR),oralvalganciclovirwasadministered,andKPdecreased.Thereafter,repeatedadministrationoforalvalganciclovircausedtheinammationtosubside,thecessationsubsequentlyinduc-inginammationrecurrence.Atthesecondrecurrence,CMV-DNA(1.1×105copies/100μl)wasdetectedintheaqueoushumorsamplebyreal-timePCR(herpessimplexvirus-DNAandvaricella-zostervirus-DNAwerenega-tive).Inthiscase,thereal-timePCRresult(CMV-DNApositiveintheaqueoushumor)andthechangeofclinicalndingsbroughtaboutbyvalganciclovir,properlysupportthenotionofCMV’srelationtothepathogenesisofcor-nealendotheliitis.Cornealendotheliitisshouldbediagnosedinconsiderationofanti-CMVtherapyresponse,aswellasofmolecularbiologyresult.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)27(3):367370,2010〕Keywords:サイトメガロウイルス角膜内皮炎,バルガンシクロビル,ぶどう膜炎,水疱性角膜症,角膜移植.cytomegaloviruscornealendotheliitis,valganciclovir,uveitis,bullouskeratopathy,keratoplasty.———————————————————————-Page2368あたらしい眼科Vol.27,No.3,2010(90)はじめに角膜内皮炎は,角膜浮腫と浮腫領域に一致した角膜後面沈着物を特徴とする比較的新しい疾患単位である1).角膜内皮炎の原因の多くはウイルスと考えられており,herpessim-plexvirus(HSV)24),varicella-zostervirus(VZV)5,6),mumpsvirus7)が原因として知られているが,HSVをはじめ,これらのウイルスが実際に検出された報告は意外に少なく,他の原因があるのではないかと考えられてきた.ところが最近,免疫不全患者の網膜炎の原因ウイルスとして知られているサイトメガロウイルス(cytomegalovirus:CMV)が角膜内皮炎の原因になるという報告が新たになされ812),注目を集めている.今回筆者らは,角膜移植術後にCMVによると考えられる角膜内皮炎を再発性に発症し,バルガンシクロビル内服に呼応して炎症の消長を認めた1例を経験したので報告する.I症例および所見症例:55歳,男性.現病歴:両眼ぶどう膜炎および続発緑内障に対して,1988年より治療中.右眼は,炎症の再燃をくり返すうちに2004年2月頃より水疱性角膜症を発症.2005年4月20日,右眼水疱性角膜症に対する角膜移植目的にて鳥取大学医学部附属病院(以下,当院)へ紹介となった.眼科手術歴:1988年両)trabeculotomy1989年左)trabeculotomy1994年左)trabeculectomy右)trabeculectomy+PEA+IOL1995年左)PEA+IOL,bleb再建術既往歴・家族歴:特記すべき事項なし.初診時所見:視力:VD=0.04(矯正不能),VS=0.08(0.2×sph+2.0D(cyl1.25DAx110°).眼圧:RT=12mmHg,LT=5mmHg.角膜内皮:両)測定不能.前眼部所見:右)下方に周辺部虹彩前癒着,水疱性角膜症.左)広範囲に周辺部虹彩前癒着,周辺角膜に上皮浮腫.動的量的視野検査(Goldmann):右)湖崎分類I,左)湖崎分類IIIa.II治療経過2005年8月1日,右眼の全層角膜移植術を施行した.術後8日目に角膜後面沈着物(KP)の増加を認め,ステロイド内服を増量した.また,術中採取した前房水のreal-timepolymerasechainreaction(PCR)はHSV-DNA陰性であったが,ヘルペス感染による炎症の可能性も考えバラシクロビル塩酸塩(3,000mg/日)内服を行った.その後所見は軽快し,2005年8月26日退院となった.右眼矯正視力は0.7まで回復し,ベタメタゾン点眼(4回/日)・レボフロキサシン点眼(4回/日)を継続していた.角膜移植を行い約半年後の2006年2月2日に,右眼矯正視力が0.6と軽度低下し,KPの出現と球結膜充血の悪化を認めた.KPはコイン状に配列しており,前房に軽度の炎症細胞を認めた.角膜浮腫はごくわずかであった(図1).最初はヘルペス性角膜内皮炎を疑いバラシクロビル塩酸塩(3,000mg/日)内服を開始した.しかし5日後の2月7日,KP・充血ともに軽快を認めなかった.その後,2月2日に採取した前房水のreal-timePCRにてHSV-DNA陰性,CMV-DNA:27コピー/100μlという結果が判明し,2月14日よりバルガンシクロビル(900mg/日)内服を開始したところKPは減少し,3月14日には右眼視力矯正1.2まで回復し,3月29日にバルガンシクロビル内服を中止した.内服中止後,再び徐々にKPが増加し,バルガンシクロビル(900mg/日)内服を再開したところ,再び炎症は落ち着いた.前回のこともあり3カ月間内服を継続しab図1右眼前眼部写真(角膜移植半年後:2006年2月2日)a:充血とコイン状に配列するKP(矢印)を認める.b:KPの部位の拡大(矢印,点線丸).———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.27,No.3,2010369(91)て中止とした.しかし内服中止後2カ月で,下方に再び角膜上皮浮腫を併発してきたため,2006年9月26日,バルガンシクロビル(900mg/日)内服を再開した.その後,9月26日に採取した前房水のreal-timePCRにてHSV-DNA陰性,VZV-DNA陰性であったが,CMV-DNAは1.1×105コピー/100μl検出という結果が判明した.これまでの経過中,ベタメタゾン点眼は終始使用していたが,このための免疫抑制がCMV角膜内皮炎の発症に関連している可能性も考え,ベタメタゾン点眼(4回/日)を,フルオロメトロン点眼(4回/日)に変更し,炎症の再燃を認めないことを十分確認後,バルガンシクロビル内服を3カ月半後に中止した.この経過中,角膜内皮細胞密度は1,394/mm2から550/mm2まで減少した.III考按CMV角膜内皮炎に関する論文はKoizumiらの報告後8),近年増加しており912),角膜の浮腫と,コイン状に配列するKPがその臨床的特徴として指摘されている.本症例は,この臨床的特徴と合致した所見を認めた.しかし,CMVは末梢血単球に潜伏感染しているため,CMVが病因となっていなくても炎症で白血球が病巣部にあれば検出される,すなわち,原因ではなく結果として検出されている可能性がある.特に本症例の場合,角膜移植後であるため,臨床的には非定型的とはいえ拒絶反応の可能性も否定できない.しかし,前房水のreal-timePCRでのCMV陽性所見に加え,抗CMV薬であるバルガンシクロビル内服にて炎症軽快し,内服中止にて炎症再燃を認めることより,CMVがその病態に関与していると考えることに十分な妥当性があると思われた.バルガンシクロビル内服期間と視力経過を図2にまとめたが,バルガンシクロビル内服後,炎症が軽快するのにあわせて視力が向上し,内服を中止し炎症が再燃すると視力が下がっていることがよくわかる.本症例の内皮炎発症のメカニズムについて考えてみた.CMV網膜炎の場合は,血流を介して網膜血管からCMVに感染した血球が供給されることが容易に理解されるが,角膜には血流はなく,どうやってCMVが内皮にやってきたのかということが問題になる.一つは,最初に移植後の拒絶反応が生じ,白血球が,ターゲットである角膜内皮細胞へ付着したという可能性が考えられる.そして拒絶反応を抑制するために使用したステロイド点眼による免疫抑制で,付着した白血球中のCMVが内皮細胞中で増殖し角膜内皮炎を発症したという考え方である.もう一つの可能性として,もともと既往としてあったぶどう膜炎,つまり虹彩や毛様体の炎症の原因がそもそもCMVであり,前房に多数の白血球が出現し,それが内皮炎に移行したという可能性が考えられる.内皮炎の報告がなされる以前よりCMVによって生じるぶどう膜炎の報告もあり13,14),その特徴として,片眼性前部ぶどう膜炎で眼圧上昇を伴っていることがあげられる1317).本症例では経過中に眼圧上昇は認めていないが,その報告例のなかには角膜浮腫を伴っていたり15),角膜内皮炎を合併している報告もあるため16),CMVによる角膜内皮炎とぶどう膜炎は一連の流れで起こっている可能性が十分考えられる.今回使用したバルガンシクロビルは抗CMV化学療法薬でガンシクロビルをプロドラッグ化した内服用製剤である.腸管および肝臓のエステラーゼにより速やかにガンシクロビルに変換され抗ウイルス作用を示す.点滴静注を行うガンシクロビルと異なり,本症例のように外来で経過をみていく患者で使用しやすい利点がある.眼科領域では,後天性免疫不全症候群(エイズ)患者におけるCMV網膜炎の治療に使用されており,その用法は,初期治療として1,800mg/日,3週間,維持療法として900mg/日を用いる.副作用としては白右眼視力0.10.20.40.81.0H17.9.8H18.2.7H18.2.14H18.3.29H18.4.27H18.5.9H18.8.1H18.8.29H18.9.26H18.10.3H19.1.16H19.3.20:バルガンシクロビル内服期間前房水:CMV-DNA(+)HSV-DNA(-)前房水:CMV-DNA(+)HSV-DNA(-)VZV-DNA(-)図2バルガンシクロビル内服期間と視力経過バルガンシクロビル内服後,炎症が軽快するのに合わせて視力が向上し,内服中止し炎症が再燃すると視力が下がる経過を示した.———————————————————————-Page4370あたらしい眼科Vol.27,No.3,2010(92)血球減少,汎血球減少,再生不良性貧血,骨髄抑制などがあげられる.CMV角膜内皮炎に対する抗CMV療法のルートや用法はまだ基準がなく,バルガンシクロビルを用いた報告もあまりない.当然その用法も定められていないが,本症例はCMV網膜炎に使用する用量を参考に決定した.また,その副作用を考えると,高齢者には使いづらい面があるが,本患者はもともと血球数がやや高値であったこともあり,重篤な副作用は認めなかった.本症例ではバルガンシクロビル内服を半年以上かけて使用しているが,定期的な血液検査を施行し副作用のチェックを行っている.また,文献的にもCMVぶどう膜炎の症例ではぶどう膜炎再発の予防には長期のバルガンシクロビル内服を要している症例もあり15,17),今回の症例でも内皮炎再燃による角膜内皮減少のリスクを考えると長期の内服は必要であったと考える.CMV角膜内皮炎に対してガンシクロビル点眼を使用する症例もあるが,組織移行性がはっきりわかっておらず,角膜障害をきたす可能性も否定できない.本症例はもともと角膜上皮がやや不整であるため,角膜障害をきたす可能性も考慮してガンシクロビル点眼は使用せず,バルガンシクロビル内服を用いた.なお本症例は,血液検査にて免疫状態に問題はなく,眼底にCMV網膜炎の所見は認めなかった.本症例は,経過中に2度の前房水real-timePCRを行っている.1回目に比較して2回目で逆にコピー数が増加しているが,これは1回目が外注(probe法)であり,2回目は当科で独自に立ち上げたサイバーグリーン法による結果で,両者をそのまま比較することはできない.この点はreal-timePCR法の現状での欠点であろう.また,real-timePCRは感度がよいが,CMVもHSVと同様に人体に潜伏感染していることから,逆にそれが病因でなくても検出される可能性がある.このため各施設で基準を定める必要性があると思われる.HSVの場合は上皮型で1×104コピー以上のHSV-DNAが検出された場合は病因と考えられるという結果が出ている18)が,CMVにおいては量的な評価の基準が示された報告はなく,今後の検討が必要である.今回,角膜移植術後にCMV角膜内皮炎を再発性に発症し,バルガンシクロビル内服が奏効した1例を経験した.角膜内皮炎の診断に前房水のreal-timePCRが有用であったが,CMV角膜内皮炎の診断はDNA検出に加え,治療への反応性も加味して考える必要があることを強調したい.また,CMV角膜内皮炎の発症機序は不明だが,局所的な免疫抑制(ステロイド点眼使用)が関与している可能性が推察され,ステロイドにて軽快しない内皮炎・ぶどう膜炎については,病因として,今後HSV・VZVなどのほかにCMVも念頭に置く必要があると考えられる.文献1)大橋裕一:角膜内皮炎.眼紀38:36-41,19872)大久保潔,岡崎茂夫,山中昭夫ほか:樹枝状角膜炎に進展したいわゆる角膜内皮炎の1例.眼臨83:47-50,19893)西田幸二,大橋裕一,眞鍋禮三ほか:前房水に単純ヘルペスウイルスDNAが証明された特発性角膜内皮炎患者の1症例.臨眼46:1195-1199,19924)ShenY-C,ChenY-C,LeeY-Fetal:Progressiveherpet-iclinearendotheliitis.Cornea26:365-367,20075)本倉眞代,大橋裕一:眼部帯状ヘルペスに続発したcornealendotheliitisの1例.臨眼44:220-221,19906)内尾英一,秦野寛,大野重昭ほか:角膜内皮炎の4例.あたらしい眼科8:1427-1433,19917)中川ひとみ,中川裕子,内田幸男:麻疹罹患後に生じた急性角膜実質浮腫の1例.臨眼43:390-391,19898)KoizumiN,YamasakiK,KinoshitaSetal:Cytomegalovi-rusinaqueoushumorfromaneyewithcornealendothe-liitis.AmJOphthalmol141:564-565,20069)CheeS-P,BacsalK,JapAetal:Cornealendotheliitisassociatedwithevidenceofcytomegalovirusinfection.Ophthalmology114:798-803,200710)ShiraishiA,HaraY,OhashiYetal:Demonstrationof“Owl’seye”morphologybyconfocalmicroscopyinapatientwithpresumedcytomegaloviruscornealendothe-liitis.AmJOphthalmol143:715-717,200711)SuzukiT,HaraY,OhashiYetal:DNAofcytomegalovi-rusdetectedbyPCRinaqueousofpatientwithcornealendotheliitisafterpenetratingkeratoplasty.Cornea26:370-372,200712)KoizumiN,SuzukiT,KinoshitaSetal:Cytomegalovirusasanetiologicfactorincornealendotheliitis.Ophthalmolo-gy115:292-297,200713)MietzH,AisenbreyS,KrieglsteinGKetal:Ganciclovirforthetreatmentofanterioruveitis.GraefesArchClinExpOphthalmol238:905-909,200014)NikosN,ChristinaC,PanayotisZetal:Cytomegalovirusasacauseofanterioruveitiswithsectoralirisatrophy.Ophthalmology109:879-882,200215)SchryverID,RozenbergF,BodaghiBetal:Diagnosisandtreatmentofcytomegalovirusiridocyclitiswithoutretinalnecrosis.BrJOphthalmol90:852-855,200616)VanBoxtelLA,vanderLelijA,LosLIetal:Cytomega-lovirusasacauseofanterioruveitisinimmunocompetentpatients.Ophthalmology114:1358-1362,200717)CheeS-P,BacsalK,JapAetal:Clinicalfeaturesofcyto-megalovirusanterioruveitisinimmunocompetentpatients.AmJOphthalmol145:834-840,200818)Kakimaru-HasegawaA,MiyazakiD,InoueYetal:Clini-calapplicationofreal-timepolymerasechainreactionfordiagnosisofherpeticdiseasesoftheanteriorsegmentoftheeye.JpnJOphthalmol52:24-31,2008***

成人発症の膠様滴状角膜ジストロフィの2症例

2010年3月31日 水曜日

———————————————————————-Page1(83)3610910-1810/10/\100/頁/JCOPYあたらしい眼科27(3):361365,2010cはじめに膠様滴状角膜ジストロフィ(gelatinousdrop-likecornealdystrophy:GDLD)は,角膜上皮下混濁と膠状隆起物を認め,羞明・異物感を伴った視力低下を生じる疾患である.通常は10歳前より発症する症例がおもであるが,ときに成人で発症し診断に至るまで時間を要する例も経験する.今回成人発症例を2例経験したので報告する.I症例〔症例1〕39歳,男性.現病歴:2007年頃から右眼霧視を自覚し,さらに2008年初めごろより異物感が出現したため,同年6月18日に両眼視力低下を主訴として東京歯科大学市川総合病院(以下,当院)紹介受診となった.既往歴に特記事項はなく,2007年以前には眼症状はなかった.家族歴として,過去に母,姉がGDLDと診断されている.〔別刷請求先〕織地宣嘉:〒272-8513市川市菅野5-11-13東京歯科大学市川総合病院眼科Reprintrequests:NobuhiroOrichi,M.D.,DepartmentofOphthalmology,TokyoDentalCollege,IchikawaGeneralHospital,5-11-13Sugano,Ichikawa-shi,Chiba272-8513,JAPAN成人発症の膠様滴状角膜ジストロフィの2症例織地宣嘉*1山本祐介*1田聖花*1辻川元一*2田中陽一*3島潤*1*1東京歯科大学市川総合病院眼科*2大阪大学大学院医学系研究科臓器制御医学専攻感覚器外科学講座*3東京歯科大学市川総合病院臨床検査科TwoCasesofAdult-OnsetGelatinousDrop-LikeCornealDystrophyNobuhiroOrichi1),YusukeYamamoto1),SeikaDen1),MotokazuTsujikawa2),YohichiTanaka3)andJunShimazaki1)1)DepartmentofOphthalmology,TokyoDentalCollege,IchikawaGeneralHospital,2)DepartmentofOphthalmology,OsakaUniversityMedicalSchool,3)DepartmentofClinicalLaboratory,TokyoDentalCollege,IchikawaGeneralHospital成人発症の膠様滴状角膜ジストロフィ(GDLD)2例を経験したので報告する.症例1:39歳,男性.2007年より右眼霧視と異物感が出現し,東京歯科大学市川総合病院(以下,当院)紹介受診.家族歴:母,姉GDLD.初診時視力は右眼(0.5),左眼(0.6).両上皮下混濁を伴った角膜中央部の灰白色隆起物を認めた.症例2:26歳,男性.2007年より左眼霧視と異物感が出現し当院紹介受診.家族歴:特になし.初診時視力は右眼(1.0),左眼(0.2p).左眼角膜鼻側中央に多数のドーム状隆起があり,右眼にも淡い上皮下混濁を認めた.症例1は右眼,症例2は左眼に,各々角膜表層切除術を施行し,病理学的に角膜実質内のアミロイド沈着を認めた.症例2では遺伝子検査の結果,Q118X変異を認めた.GDLDは多彩な角膜所見を呈し,特に成人発症の場合は他疾患との鑑別が問題となり,病理組織検査,遺伝子解析が診断に有用である.Purpose:Toreporttwocasesofadult-onsetgelatinousdrop-likecornealdystrophy(GDLD).Cases:Case1,a39-year-oldmale,presentedwithphotophobiainhisrighteye.HismotherandsisterhadbeendiagnosedwithGDLD.Visualacuitywas0.5and0.6inhisrightandlefteye,respectively.Dome-likelesionswerenotedinthecentralcorneas.Case2,a26-year-oldmale,wasreferredtouswithforeignbodysensationinhislefteye.Hehadnofamilyhistory.Visualacuitywas1.0inhisrighteyeand0.2inhisleft.Multipledome-shapedmasseswereseenintheleftcornea;subepithelialhazewasnotedintherighteye.Findings:Lamellarkeratectomywasperformedinbothcases;histopathologyrevealedamyloiddepositioninthecornealstroma.GeneticanalysisrevealedQ118XmutationinCase2.Conclusion:Adult-onsetGDLDisvariableinclinicalappearance.Histopathologyandmolecu-largeneticanalysisareusefulfordiagnosis.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)27(3):361365,2010〕Keywords:膠様滴状角膜ジストロフィ,遺伝子解析,病理組織検査.gelatinousdrop-likecornealdystrophy,geneanalysis,pathologicalexamination.———————————————————————-Page2362あたらしい眼科Vol.27,No.3,2010(84)初診時所見:矯正視力は右眼0.5(矯正不能),左眼0.5(0.6×cyl1.00DAx180°).眼圧は右眼14mmHg,左眼16mmHg,角膜内皮細胞密度は右眼3,174/mm2,左眼2,777/mm2とともに正常範囲内であった.前眼部所見において,両眼角膜中央部に半球状の隆起と上皮下混濁を認めた(図1).フルオレセインでは染色を認めず上皮は欠損していなかったが,角膜中央部上皮に表面不整を認めた(図1).その他,結膜,中間透光体,および眼底に異常所見は認めなかった.経過:2008年7月7日,視力改善と確定診断目的で,隆図1症例1の初診時前眼部所見左上下:右眼,右上下:左眼.上:両眼角膜中央部に半球状の隆起と上皮下混濁を認める.下:フルオレセイン染色.両眼角膜中央部上皮の表面不整を認める.図2症例1の病理組織検査左:ヘマトキシリン-エオシン染色,×20.アミロイド沈着は明らかでない.右:Congored染色,×20.Congored陽性のアミロイド沈着(矢印)を認める.図3症例1の術後2週間の右眼前眼部所見左:隆起物は切除されている.右:上皮欠損は認めない.———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.27,No.3,2010363(85)起性病変を認める右眼中央部に対して角膜表層切除術を施行し,病理組織検査を行った.病理組織検査の結果,ヘマトキシリン-エオシン染色では明確ではなかったが,Congored染色では角膜上皮下にCongored陽性のアミロイド沈着を認めた.偏光顕微鏡では緑色の偏光が確認されアミロイド沈着と診断した(図2).術後2週間の前眼部所見(図3)では,初診時の隆起性病変は切除され上皮欠損は認められなかった.術後から治療用ソフトコンタクトレンズ(SCL)を装用開始し,切除後11カ月間再発を認めていない.術後視力はVD=0.3(0.7×+4.00D)と改善した.〔症例2〕26歳,男性.2007年5月から左眼の霧視と異物感が出現し,同年11月7日左眼視力低下を主訴に当院紹介受診.家族歴・既往歴に特記事項はなく,2007年4月の健診時には視力障害は認められていなかった.初診時所見:矯正視力は右眼1.0(矯正不能),左眼0.2p(矯正不能).眼圧は右眼12mmHg,左眼13mmHg,角膜内皮細胞密度は右眼2,061/mm2,左眼2,915/mm2であった.前眼部所見において,右眼に淡い角膜上皮下混濁を認め,左眼には角膜鼻側から中央にかけて多数のドーム状隆起と血管侵入を認めた(図4).その他,結膜,中間透光体,眼底には異常を認めなかった.経過:2008年1月10日,視力改善と確定診断目的で,左眼のドーム状隆起性病変を認める角膜中央から鼻側にかけて角膜表層切除術を施行し,病理組織検査を行った.病理組織検査の結果,ヘマトキシリン-エオシン染色では上皮下組織に好酸性の不均一な物質を認め,アミロイド沈着が疑われた.同部位はCongored染色陽性であり,偏光顕微鏡所見で緑色の偏光が確認され(図5),アミロイド沈着と診断した.また,文書による同意を得て,血液検査による遺伝子解析を行ったところ,Q118Xの変異を認めた(図6).術後1カ月の前眼部所見(図7)では,右眼は初診時に比べ上皮下混濁が増加し,左眼は隆起物が切除され,わずかに上皮下混濁を認めた.同時期の視力は右眼0.9,左眼0.5であった.さらに術後約4カ月の前眼部所見では,右眼角膜上皮のわずかな凹凸を認めたが,左眼には認めず上皮下混濁を残すのみとなっていた.視力は右眼0.8,左眼0.9と左眼視力は改善した.術後,異物感を理由に治療用SCL装用ができなかったが,この頃より開始し,切除後18カ月まで再発を認めていない.II考按GDLDはアミロイド沈着を特徴とする重篤な角膜変性症であり,諸外国ではきわめてまれな疾患で,おもに日本にお図4症例2の初診時前眼部所見左:右眼.淡い上皮下混濁を認める.右:左眼.角膜鼻側から中央に多数のドーム状隆起と血管侵入を認める.図5症例2の病理組織検査左:ヘマトキシリン-エオシン染色,×20.上皮下組織に好酸性の不均一な物質(矢印)を認める.中:Congored染色,×20.上皮下組織にCongored陽性のアミロイド沈着(矢印)を認める.右:Congored染色,×20.偏光フィルター使用.偏光顕微鏡にてアミロイド沈着による緑色偏光が確認される.———————————————————————-Page4364あたらしい眼科Vol.27,No.3,2010(86)いて多くみられ,その頻度は日本人口の30万人に1人とされている14).日本におけるGDLDの報告の約70%は家族性発症であり,そのうち40%に血族婚が背景にあったと報告されている.常染色体劣性の遺伝形式をとり,おもに両眼性,対称性に発生する.病初期には角膜中央に黄白色の上皮下混濁が出現する.進行に伴い,さらに角膜表面全体にドーム状の膠状隆起物および血管侵入がみられるようになり,角膜透過性が著しく低下する5,6).10歳前までに発症する場合がほとんどで,徐々に進行する視力低下に加え,異物感,霧視,羞明などの症状が出現する.実際にはGDLDのなかには上記のような典型的臨床所見だけではなく,多彩な角膜所見を呈することがあり,井出らは①bandkeratopathytype,②stromalopacitytype,③kumquat-liketype,④typicalmulberrytype,と4種の臨床所見に基づくGDLDの分類を報告している7).また,近年クロモソーム1上のM1S1遺伝子がGDLDの原因遺伝子であることが特定された8).M1S1の変異はQ118X(82.5%で最多),623delA,Q207X,S170Xの4typeが報告されている.しかしながら,M1S1蛋白が実際に角膜にどのような影響を与えているのかはまだ明らかではない.今回の報告における症例1,2とも成人発症であり,比較的視力低下の進行も速く,症例2では片眼性に進行した臨床所見を認めた.成人発症であっても,幼少時から病変が多少存在し,2030歳代になって悪化,自覚症状が出現した可能性も考慮しなければならない.今回,非典型的な成人発症のGDLDの2例を経験し,症例2では診断に苦慮したが,病理組織でアミロイド沈着を確認し,遺伝子解析によりQ118Xの変異を認めたことにより,GDLDの診断に至ることができた.GDLDは多彩な角膜所見を呈するため,特に成人発症の場合には,フリクテンなどの他疾患との鑑別が問題となる.劣性遺伝であるために家族歴をもたない症例もあり,GDLDの診断には病理組織検査,遺伝子解析が有用であると考えられる.図7症例2の術後約4カ月の前眼部所見左:右眼.わずかに凹凸を認める.右:左眼.凹凸は認めず上皮下混濁を残すのみ.図6症例2の遺伝子解析結果Q118Xの変異を認める.?????変異部TACSTD2(1>2080)denc-3F/EO4_10.ob1(1>289)Denc1-F_A02_02.ob1(97>379)den1-3R_B04_04.ob1(1>349)den2-3R_D04_08.ob1(1>442)denc-3R_F04_12.ob1(1>430)———————————————————————-Page5あたらしい眼科Vol.27,No.3,2010365(87)文献1)AkiyaS,FurukawaH,SakamotoHetal:Histopathologicandimmunohistochemicalndingsingelatinousdrop-likecornealdystrophy.OphthalmicRes22:371-376,19902)KanaiA,KaufmanHE,SakamotoH:Electronmicroscopicstudiesofprimaryband-shapedkeratopathyandgelati-nousdrop-likecornealdystrophyintwobrothers.AnnOphthalmol14:535-539,19823)NakaizumiGA:Ararecaseofcornealdystrophy.ActaSocOphthalmolJpn18:949-950,19144)SantoRM,YamaguchiT,KanaiAetal:Clinicalandhis-topathologicfeaturesofcornealdystrophiesinJapan.Oph-thalmology102:557-567,19955)LiS,EdwardDP,RatnakarKSetal:Clinicohistopatho-logicalndingsofgelatinousdrop-likecornealdystrophyamongAsians.Cornea15:355-362,19966)ShimazakiJ,HidaT,InoueMetal:Long-termfollow-upofpatientswithfamilialsubepithelialamyloidosisofthecornea.Ophthalmology102:139-144,19957)IdeT,NishidaK,MaedaNetal:ASpectrumofclinicalmanifestationsofgelatinousdrop-likecornealdystrophyinJapan.AmJOphthalmol137:1081-1084,20048)TsujikawaM,KurahashiH,TanakaTetal:Identicationofthegeneresponsibleforgelatinousdrop-likecornealdystrophy.NetGenet21:420-423,1999***

塩化メチルロザニリン(ピオクタニンR)を用いた結膜蝗竃E摘出術

2010年3月31日 水曜日

———————————————————————-Page1(79)3570910-1810/10/\100/頁/JCOPYあたらしい眼科27(3):357360,2010cはじめに結膜胞は,12層の非角化扁平上皮とgobletcellを有する被膜をもった良性腫瘍であり,眼球手術や眼外傷,眼表面の炎症を契機に発生することが多い1,2).通常は無症状であるが,結膜胞の大きさによっては異物感や乱視を惹起する場合がある3,4).治療は胞を穿刺し,内容液を排出する治療が行われるが,被膜が残存しているため数日で再発する3,5).根治的治療として,トリクロロアセチル酸による化学的焼灼6)や液体窒素による凍結療法7),YAGlaserによる治療8)などの報告があるが,これらの治療方法は一般的ではなく,被膜を残さないように全摘出する方法が一般的である3,5,913).しかし,被膜は非常に薄いため,術中に損傷することが多く3,913),結果として,内容液が流出し胞が虚脱するため,被膜を見失い全摘出が困難になることがある12).そこで今回筆者らは,塩化メチルロザニリン(ピオクタニンR)を用いて被膜を染色することで,結膜胞の被膜と周囲組織との境界が明瞭になり,容易に全摘出が可能であった1例を経験したので報告する.I症例患者:55歳,男性.主訴:右側下眼瞼の異物感.既往歴・家族歴:特記すべきことなし.現病歴:2008年12月に右側下眼瞼に異物感を自覚した.〔別刷請求先〕木下慎介:〒509-9293岐阜県中津川市坂下722-1国民健康保険坂下病院眼科Reprintrequests:ShinsukeKinoshita,M.D.,DepartmentofOphthalmology,SakashitaHospital,722-1Sakashita,Nakatsugawa-shi,Gifu509-9293,JAPAN塩化メチルロザニリン(ピオクタニンR)を用いた結膜胞摘出術木下慎介*1新里越史*1雑喉正泰*2岩城正佳*2*1国民健康保険坂下病院眼科*2愛知医科大学眼科学講座UseofMethylrosaniliniumChloride(PyoktaninR)forConjunctivalCystExcisionShinsukeKinoshita1),EtsushiShinzato1),MasahiroZako2)andMasayoshiIwaki2)1)DepartmentofOphthalmology,SakashitaHospital,2)DepartmentofOphthalmology,AichiMedicalUniversity結膜胞の根治的治療では,被膜を確実に全摘出することが必要である.しかし,被膜は薄く,また,周囲の正常組織との境界が不明瞭であるため,被膜の全摘出が困難な場合がある.症例は55歳,男性で,主訴は右下眼瞼の異物感であった.皮膚側からの視診では右下眼瞼に有意な所見は認めなかったが,下眼瞼を反転すると円蓋部眼瞼結膜に結膜胞を認めた.被膜を染色するために,執刀に先立ち結膜胞内腔へ塩化メチルロザニリン(ピオクタニンR)を注入した.その結果,染色された被膜と周囲の正常組織との識別は明瞭になり,被膜のみを全摘出することは容易であった.したがって,結膜胞を摘出する場合,塩化メチルロザニリンを用いた被膜の染色は有用な方法であると考える.Curativeexcisionofaconjunctivalcystshouldinvolvecompletedecapsulation.However,completedecapsula-tionissometimesdicult,owingtopoorvisualizationofthethincystcapsule.A55-year-oldmalecomplainedofdiscomfortinhisrightlowereyelid,butocularinspectionrevealednoabnormality.Whenthelowereyelidwaseverted,however,aconjunctivalcystwasobservedinthelowerfornixofthepalpebralconjunctiva.Methylrosani-liniumchloride(PyoktaninR)wasinjectedintothecyst,tostainthecapsulebeforeexcision.Asaresult,thecapsulecouldbeeasilyvisualized,andcompletedecapsulationwasperformedwithnodiculty.Itisconcludedthereforethatcapsulestainingwithmethylrosaniliniumchloridemaybehelpfulinthecurativeexcisionofconjunctivalcyst.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)27(3):357360,2010〕Keywords:結膜胞,根治的治療,被膜,塩化メチルロザニリン,ピオクタニンR.conjunctivalcyst,curativeexcision,cystcapsule,methylrosaniliniumchloride,PyoktaninR.———————————————————————-Page2358あたらしい眼科Vol.27,No.3,2010(80)近医を受診したところ,右側の下眼瞼円蓋部の隆起性病変を指摘され,2008年12月25日に愛知医科大学眼科へ治療目的で紹介受診となった.初診時所見:視力は右眼0.2(1.0),左眼0.5(1.2),眼圧は右眼16mmHg,左眼18mmHgであった.瞳孔,眼球運動,前眼部,中間透光体,眼底に異常は認められなかったが,右側下眼瞼を反転すると,円蓋部の眼瞼結膜下に黄色の隆起性病変を認めた(図1).治療経過:視診から結膜胞と臨床診断を行い,2009年1月21日に局所麻酔下で結膜胞摘出術を施行した.手術は,執刀開始前に胞内腔へ0.2%塩化メチルロザニリンを30ゲージ針で結膜胞内腔に約0.05ml注入した後,下眼瞼皮膚側からデマル鈎を用いて,下眼瞼の反転を維持した状態で結膜側から施行した.塩化メチルロザニリンを注入する際は,結膜胞の内圧が上昇し,塩化メチルロザニリンが胞外へ流出することを予防する目的で,結膜胞内腔の内容液を吸引して,内圧が過度に上昇しないように調節しながら塩化メチルロザニリンを注入した(図2).この内容液の吸引,塩化メチルロザニリンの注入は30ゲージ針を結膜胞へ刺入したまま一連の動作で施行した.術中,染色された被膜と周囲の正常組織との識別は容易であり,被膜のみを全摘出することが可能であった(図3).術後3カ月で再発を認めていない.病理組織所見:胞は多数のgobletcellを含む扁平上皮細胞で裏打ちされていることから,病理組織学的に結膜胞と診断された.II考察結膜胞の根治的治療は被膜を確実に全摘出することである3,5,912).これは,被膜を取り残すと再発するためである911).成書には被膜の全摘出は容易であると記載されている5)が,被膜と周囲の正常組織との識別が困難であるため,全摘出に至らない場合がある12).逆に,被膜を取り残さないように周囲の正常組織を含めて切除すると,組織欠損による瞼球癒着や眼球運動障害を生じる可能性がある5).したがって,結膜胞を摘出する際には,被膜と周囲の正常組織を確実に識別することが重要であると考えられる.本症例では,結膜胞内腔へ塩化メチルロザニリンを注入し,被膜を染色することで,被膜と周囲の正常組織との識別は容易になり,被膜のみを全摘出することが可能であった.また,本症例では被膜を損傷することなく一塊に摘出できたが,本手術の最図1塩化メチルロザニリン注入前隆起性病変は結膜下に存在しており,結膜に被覆されているため,隆起性病変と周囲組織の境界は明瞭ではない(図の下方が眉毛側).図3術中所見結膜胞を一塊に摘出した(矢印).白色のガーゼを結膜胞切除部の円蓋部結膜下に置き,着色された被膜が残存していないことを確認した.結膜胞切除後の円蓋部結膜を介して上眼瞼の睫毛が確認できる.図2塩化メチルロザニリン注入後結膜胞内腔へ塩化メチルロザニリンを注入し,被膜を染色することで,周囲組織との境界は明瞭になった.塩化メチルロザニリンを注入する際に,結膜胞内腔の内容液を一部吸引しているため,塩化メチルロザニリン注入前と比べて,結膜胞は少し小さくなっている.———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.27,No.3,2010359(81)終目的は,周囲の正常組織を切除することなく,かつ被膜を取り残さないことである.そのため,被膜を一塊に摘出できなかった場合であっても,塩化メチルロザニリンで染色されている部分のみを切除すれば,被膜の取り残しはないため,本手術の最終目的は達成される.したがって,塩化メチルロザニリンを用いた被膜の染色は,被膜を損傷した場合であっても,過不足なく被膜のみを切除できるため,非常に有用な方法であると考えられる.塩化メチルロザニリンは,トリフェニルメタン系の色素として1860年頃に合成され,1890年にStillingによって局所の殺菌,消毒薬として使用された14,15).特にグラム陽性菌やカンジダに対して選択的に殺菌作用を示すため,これらの感染部位の治療薬として現在も使用されている14).その一方で,色素として使用されることも多く,術野のマーキングやグラム染色などにも使用されている15,16).塩化メチルロザニリンは低濃度で使用した場合は安全性の高い薬品であるが,高濃度のまま使用した場合,刺激症状を認めることがある14).しかし,局所麻酔下で使用した場合,刺激症状の有無は不明であるため,本症例では術後に刺激症状が出現しないように,低濃度である0.2%塩化メチルロザニリンを使用した.実際に本症例では,局所麻酔薬の効果が消失しても刺激症状は認められなかった.また,本手術では染色された被膜をすべて切除するため,最終的に塩化メチルロザニリンが眼表面に残存しないことや,塩化メチルロザニリンは以前から眼科手術にマーキングとして使用されていること16)を考慮すると,本手術における塩化メチルロザニリンの使用は,長期的にも安全であると考えられる.被膜を染色する方法11)は,色素注入時に結膜胞が虚脱して色素が流出するため,被膜の染色が不十分になる傾向がある10).その結果,被膜と結膜の識別が不明瞭になるため,被膜のみを結膜から切除することが困難であるとされている10).これは,被膜を損傷してから染色を行っても,被膜を損傷した時点で結膜胞は虚脱しているため,色素を注入しても流出が多く,染色が不十分になる可能性を示唆している.そこで,今回筆者らは,執刀開始前に染色を行い,注入時に生じる注射針の穴からの塩化メチルロザニリンの流出を最小限に抑えるため,30ゲージ針を選択した.また,塩化メチルロザニリンを注入することで,結膜胞の内圧が上昇し,塩化メチルロザニリンを含んだ内容液が流出する可能性を考慮して,塩化メチルロザニリンを入れた注射器で内容液を吸引し,注射針を抜かず,そのまま塩化メチルロザニリンを注入した.その結果,結膜胞内腔からの塩化メチルロザニリンの流出はなく,被膜は確実に染色され周囲の正常組織との境界が明瞭になった.したがって,結膜胞内腔へ塩化メチルロザニリンを注入する際は,執刀開始前にできるだけ細い注射針を用いて,結膜胞の内圧を上昇させないように工夫することで,被膜を確実に染色することが十分に可能であると考えられる.近年の結膜胞摘出術は,結膜胞内腔をインドシアニングリーンやトリパンブルーで着色した粘弾性物質で置換した後に摘出する方法が主流である3,9,10).この術式は,結膜胞内腔を着色した粘弾性物質で保持することで,結膜胞の虚脱を防ぎ,かつ被膜と周囲の正常組織が明瞭に識別できる利点がある.しかし,結膜胞は軽度虚脱していたほうが,周囲組織と被膜の間の離が容易になるためか,摘出は容易であるとされている5).そのため,粘弾性物質を使用する場合,注入する粘弾性物質の量によっては,結膜胞が緊満した状態で保持され,摘出が困難になる可能性を考慮して,今回筆者らは,粘弾性物質を使用しなかった.なお,本症例では,術中操作によって,塩化メチルロザニリンを注入した注射針の穴から色素を含んだ内容液がにじむように流出したことで,結膜胞が徐々に虚脱状態になり,周囲組織と被膜の離を容易に行うことができた.したがって,着色した粘弾性物質を使用しなくても,被膜の染色のみで,結膜胞は容易に摘出が可能であると考えられる.本術式では,術中の牽引や圧迫によって,結膜胞内腔へ注入した塩化メチルロザニリンが結膜胞外へ流出し,周囲の結膜が染色される可能性がある.しかし,塩化メチルロザニリンは,0.001%まで希釈されると完全な無色透明の溶液になるため14),定期的に術野を洗浄すれば,被膜以外の部分が染色される可能性は非常に低いと考えられる.実際に,本症例では被膜以外の部分は染色されなかったが,介助者が不在で,定期的に術野の洗浄ができない場合は,周囲の結膜まで染色される可能性がある.この場合,被膜の染色を行った後,執刀開始前に結膜胞内腔の塩化メチルロザニリンを可及的に吸引することで,塩化メチルロザニリンの流出が回避できるため,定期的な術野の洗浄は不要になると考えられる.したがって,術前に塩化メチルロザニリンの適切な処理方法を決定することが重要であると考えられる.結膜胞内腔を塩化メチルロザニリンで染色することで,結膜胞の被膜と周囲の正常組織が明瞭に識別できるため,結膜胞を容易に全摘出することが可能であった.また,結膜胞内腔へ塩化メチルロザニリンを注入し,被膜を染色する手技は容易であった.したがって,塩化メチルロザニリンを用いた結膜胞摘出術は有用な手術方法である.文献1)GrossniklausHE,GreenWR,LuckenbachMetal:Con-junctivallesionsinadults.Aclinicalandhistopathologicreview.Cornea6:78-116,19872)後藤晋:結膜胞.眼科診療ガイド(眼科診療プラクティス編集委員編),p146-147,文光堂,2004———————————————————————-Page4360あたらしい眼科Vol.27,No.3,2010(82)3)ChanRY,PonqJC,YuenHKetal:Useofsodiumhyaluronateandindocyaninegreenforconjunctivalcystexcision.JpnJOphthalmol53:270-271,20094)SoongHK,OyakawaRT,IliNT:Cornealastigmatismfromconjunctivalcysts.AmJOphthalmol93:118-119,19825)八子恵子:結膜腫瘍.眼科診療プラクティス19,外眼部の処置と手術(丸尾敏夫編),p144-145,文光堂,19956)RosenquistRC,FraunfelderFT,SwanKC:Treatmentofconjunctivalepithelialinculusioncystswithtrichloroaceticacid.JOcularTherSurg4:51-53,19857)JohnsonDW,BartlyGB,GarrityJAetal:Massiveepithe-lium-linedinclusioncystsaftersclerabuckling.AmJOphthalmol113:439-442,19928)DeBustrosS,MichelsRG:Treatmentofacquiredepithe-lialinclusioncystsoftheconjunctivausingtheYAGlaser.AmJOphthalmol98:807-808,19849)KobayashiA,SugiyamaK:Successfulremovalofalargeconjunctivalcystusingcolored2.3%sodiumhyaluronate.OphthalmicSurgLaserImaging38:81-83,200710)KobayashiA,SugiyamaK:VisualisationofconjunctivalcystusingHealonVandTrypanblue.Cornea24:759-760,200511)KobayashiA,SaekiA,NishimuraAetal:Visualisationofconjunctivalcystwithindocyaninegreen.AmJOphthal-mol133:827-828,200212)原田純,井上新,藤井清美ほか:歯科用印象材を用いた結膜胞摘出術.眼科手術14:409-412,200113)ImaizumiM,NagataM,MatsumotoCSetal:Primaryconjunctivalepithelialcystoftheorbit.IntOphthalmol27:269-271,200714)大野静子,下野研一,船越幸代ほか:難治性褥創におけるピオクタニンの有用性.医療薬学32:55-59,200615)山田俊彦,小原康治,中村昭夫ほか:MRSAが示す塩化メチルロザニリンに対する強い感受性.医学のあゆみ192:317-318,200016)陳進輝:トラベクレクトミー再手術.眼科診療のコツと落とし穴1,手術─前眼部(樋田哲夫,江口秀一郎編),p154-157,中山書店,2008***

前眼部光干渉断層計を用いた結膜封入蝗竃Eの観察と治療

2010年3月31日 水曜日

———————————————————————-Page1(75)3530910-1810/10/\100/頁/JCOPYあたらしい眼科27(3):353356,2010cはじめにこれまで前眼部を詳細に観察する方法として,細隙灯顕微鏡が広く用いられてきているが,定量的な計測や半透明組織の断層像を得るには限界があった.光干渉断層計(opticalcoherencetomography:OCT)は,赤外線レーザーを光源とする組織断層の撮影装置であり,生体組織の断面を非侵襲的に精密に観察できる方法として,近年,著しい進歩をみせている1).OCTは,眼科領域ではおもに眼底疾患,とりわけ黄斑部疾患の病変部の断層像の観察やその病態評価を目的にめざましい進歩をとげてきた.近年,その適用は前眼部にも拡大し,緑内障の領域においては隅角や術後の濾過胞の観察,およびそれらの定量的な解析2,3),角膜の領域では角膜厚の計測,角膜パーツ移植における移植片の評価4),あるいは,屈折矯正手術における術後のフラップ厚の計測5)に応用されている.その他,有水晶体眼内レンズの観察6),涙液メニスカスの評価7)などにも応用されている.しかし,前眼部OCTの結膜疾患への応用の報告は非常に限られている8).これまで,結膜疾患の観察は,細隙灯顕微鏡検査などによ〔別刷請求先〕横井則彦:〒602-0841京都市上京区河原町通広小路上ル梶井町465京都府立医科大学大学院視覚機能再生外科学Reprintrequests:NorihikoYokoi,M.D.,DepartmentofOphthalmology,KyotoPrefecturalUniversityofMedicine,465Kajii-cho,Hirokouji-agaru,Kawaramachi-dori,Kamigyou-ku,Kyoto602-0841,JAPAN前眼部光干渉断層計を用いた結膜封入胞の観察と治療寺尾信宏*1,2横井則彦*2丸山和一*2木下茂*2*1大阪府済生会中津病院眼科*2京都府立医科大学大学院視覚機能再生外科学ObservationandTreatmentofConjunctivalEpithelialInclusionCystUsingAnteriorSegmentOpticalCoherenceTomographyNobuhiroTerao1,2),NorihikoYokoi2),KazuichiMaruyama2)andShigeruKinoshita2)1)DepartmentofOphthalmology,OsakaSaiseikaiNakatsuHospital,2)DepartmentofOphthalmology,KyotoPrefecturalUniversityofMedicine筆者らは,細隙灯顕微鏡下で診断し,点眼治療で改善が得られないために外科的治療が必要と判断した結膜胞7例7眼の病変部を前眼部opticalcoherencetomography(OCT)にて観察した後,小切開創を作り,そこから胞を摘出し,病理組織学的検討を行った.さらに,病巣部の術後の前眼部OCT像についても観察を行った.その結果,前眼部OCTにて,全例で結膜下にその輪郭を追うことができ,その内腔が顆粒状の高輝度として観察される胞性病変を認めた.治療では摘出中に破した1例を除き,胞は6例すべてで小さな切開創から一塊として摘出でき,病理組織学的に全例,封入胞と診断された.また,術後の胞の消失は,前眼部OCTでも確認され,術後平均12.1カ月の経過観察において全例で再発を生じていない.封入胞は前眼部OCTによって,診断できる可能性があり,低侵襲的に一塊として娩出可能であり,しかも,本法は再発がない治療法として期待できると考えられた.Sevencasesofconjunctivalcystsfrom7eyeswerediagnosedbyslit-lampbiomicroscopyandwereexaminedbyanteriorsegmentopticalcoherencetomography(ASOCT).Thecystswereexcisedthroughtheuseofamini-mallyinvasivenesssurgery,andthenexaminedhistopathologically.ASOCTdisclosedthatallofthecystsappearedaswell-delineatedcystswithgranularreectioninsidethecysts.Withtheexceptionof1cystthatexperiencedruptureduringexcision,allcystscouldbesqueezedoutthroughthesmall,scissor-madeconjunctivalincisionplacednearthecysts.Accordingtothepathologicalexaminations,itwasdiagnosedthatallcystswereconjunctivalinclusioncysts.TotalremovalofeachcystwasconrmedpostoperativelybyASOCT,andnorecurrenceswereexperiencedafterexcisionduringthepostoperativefollow-upthataveraged12.1months.Theconjunctivalinclu-sioncystscanbediagnosedbyASOCTandremovedthroughaminimallyinvasivesurgerywithnorecurrence.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)27(3):353356,2010〕Keywords:前眼部光干渉断層計,結膜胞,封入胞,低侵襲治療.anteriorsegmentopticalcoherencetomo-graphy,conjunctivalcyst,epithelialinclusioncyst,minimallyinvasivesurgery.———————————————————————-Page2354あたらしい眼科Vol.27,No.3,2010(76)って行われてきたが,本検査では,結膜下の微細な組織構造の変化や病変部の観察には限界があった.特に,結膜胞は,病理組織学的にはリンパ胞,封入胞,貯留胞に分けられるが,細隙灯顕微鏡検査のみでこれらを鑑別することは一般に困難である.そこで筆者らは,その鑑別診断において何らかの知見が得られるのではないかと考え,前眼部OCTの結膜胞の応用を試みた.また,その観察所見に基づき低侵襲的な外科治療を試みるとともに,摘出した胞に対して病理組織学的検討を行ったところ,確定診断を得るとともに興味ある知見を得たので報告する.I対象および方法対象は異物感を主訴に受診し,細隙灯顕微鏡検査にて結膜胞と診断され,瞬目時の摩擦の軽減を目的に人工涙液(ソフトサンティアR1日6回)の点眼,および,摩擦による非特異的炎症に対して低力価ステロイド点眼(フルメトロンR点眼液0.1%1日2回)を1カ月以上使用しても効果がなく,外科的治療が必要と判断した7例7眼〔女性7例7眼;平均年齢64.9歳(4278歳)〕である.これら7例に対してインフォームド・コンセントを得た後,前眼部OCT(VisanteTMOCT,CarlZeissMeditec社)にて胞部を観察し(図1),外科的治療を施行した.手術方法は,まず局所麻酔として塩酸オキシブプロカイン液(ベノキシールR点眼液0.4%),出血予防目的にエピネフリン液(ボスミンR液0.1%)を点眼後,血管を避けて,スプリング剪刀にて胞径程度の小切開創を作り,マイクロスポンジにて創口から胞を押し出すように移動させて摘出した(図2).創口は無縫合にて放置し,レボフロキサシン(クラビットR点眼液0.5%)を滴下して手術を終了した.術後点眼としては,レボフロキサシン,0.1%ベタメタゾン(リンデロンR点眼・点耳・点鼻液0.1%)を各1日4回1週間点眼ののち,レボフロキサシン,0.1%フルオロメトロン(フルメトロンR点眼液0.1%)を各1日4回から始めて漸減しながら充血がとれるまで継続した.さらに摘出した胞に対して病理組織学的検討を行った.病理組織学的検討は,ヘマトキシリン・エオシン(HE)染色ならびに,PAS(periodicacid-Schi)染色を用いて行った.また,術後経過を前眼部OCTにて観察し,再発の有無を調べた.なお,本研究は,京都府立医科大学医学倫理審査委員会の承認を得たうえで実施した.II結果すべての検討症例において,前眼部OCTにて結膜下に全体の輪郭を追うことのできる一塊の胞性病変が観察され,その内腔に顆粒状の高輝度として観察される内容物の貯留を認めた.治療においては摘出中に破した1例を除き,胞は6例すべてで小さな切開創から一塊として摘出することができた(図1,2).一方,病理組織学的検討においては,全例,胞壁は重層扁平上皮あるいは重層円柱上皮で構成されており,結膜上皮と考えられる胞壁からなる封入胞図1症例7の結膜病変部およびOCT所見左上:術前の病変部所見,右上:術4カ月後の病変部所見,左下:術前の病変部のOCT所見,右下:術4カ月後の病変部のOCT所見.右眼の鼻側球結膜に胞性病変が観察され(左上,矢頭),前眼部OCTにて内腔が顆粒状の高輝度を示す胞性病変が認められる(左下).胞壁の輪郭を追うことができることがわかる.胞摘出4カ月後,再発や結膜瘢痕を認めず(右上),前眼部OCTでも胞の内腔は,わずかな空隙様所見はあるが,胞性病変の再発はみられない.図2手術方法(症例7)血管を避けかつ胞壁を傷つけないよう胞近傍の結膜を無鈎鑷子にて把持し,スプリング穿刀にて結膜に小切開創を作製(左上および右上).無鈎鑷子で小切開創の縁の結膜を支え,創口から胞が圧出されるよう,逆方向から経結膜的にマイクロスポンジで胞に圧力を加えて創口から押し出し,マイクロスポンジに付着させて胞を摘出(左下および右下).切開創は無縫合にて放置.———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.27,No.3,2010355(77)(epithelialinclusioncyst)と診断された(図3).またそのうち,3例では上皮内に杯細胞と考えられるPAS染色陽性細胞が散在性に観察された.術後の細隙灯顕微鏡による観察,および前眼部OCTによる詳細な観察によって,胞の消失が確認され,術後平均12.1カ月(616カ月)の経過観察においても全例で再発をみていない.なお,患者背景および胞の詳細を表1にまとめた.III考按結膜封入胞は球結膜にみられる半透明でドーム状の隆起性病変である.瞼結膜に生じることはまれであり,原因の明らかでない特発性のものと,外傷や手術後に生じる続発性のものとに分類される.その内容物は漿液性のものからゼリー状のものまでさまざまであることが知られている.結膜封入胞は,結膜上皮が結膜下の粘膜固有層内に陥入してできたものと考えられており,その確定診断は,一般に病理組織学的になされる9).また,病理組織学的に,胞壁は,結膜上皮由来と考えられる非角化上皮から構成されるとともに,しばしばPAS染色陽性を示す杯細胞(gobletcell)が含まれ,胞内腔の内容物としては,ケラチンおよびムチンを含むことが報告されている10).一方,封入胞の鑑別診断として,結膜のリンパ管の一部が拡張して胞状の形態を示すリンパ胞や,炎症性の結膜疾患にしばしば合併し,涙腺の導管開口部の閉塞に続発して涙液の貯留を示す貯留胞があり,これらの鑑別は,細隙灯顕微鏡による観察だけでは必ずしも容易ではない.さらに,治療においては,結膜胞は,しばしば鑑別されることなく,同一疾患として取り扱われ,穿刺がくり返し行われている例も多いのではないかと推察される.しかしながら,封入胞では,穿刺で一時的に胞が消失しても,再発をくり返すこともまれではない.今回用いた前眼部OCT(VisanteTMOCT,CarlZeissMeditec社)は,波長1,310nmの近赤外光を光源とするため光の拡散が少なく,820nmの光源を用いる従来のOCTに比べて組織深達性が高く,混濁部分を通しても解像度の高い画像を得ることができる.このことから角膜のみならず,隅角,虹彩,水晶体など前眼部の断面像の高精度の解析に応用されている11).今回,筆者らは前眼部OCTを用いることにより,細隙灯顕微鏡では観察困難な結膜胞の全体像を詳細に捉えることができた.そして,検討した胞は,病理組織学的にすべて封入胞と診断されたが,これらは,前眼部OCTによる観察では,結膜とは区別されながら,その輪郭を追跡することのできる胞壁と顆粒状の高輝度を呈する内腔の像から構成されていた.これが,封入胞の一般的な特徴であるか否かは,今後の症例の積み重ねや,他の胞との比較検討を必要とするが,病理組織学的に封入胞の胞壁が結膜上皮由来と考えられる重層上皮で構成されることや,その内腔に,胞壁に散在する杯細胞から分泌されると考えられるムチンや結膜上皮に含有されるケラチンなどの成分が貯留していることを考慮すると,前眼部OCTは,これらの組織所見に一致図3症例1の前眼部所見,OCT所見および胞の病理組織所見右眼の耳側球結膜に胞性病変が観察され(左上),前眼部OCTにて結膜下に内腔が顆粒状の高輝度を示す胞性病変を認める(右上).胞壁の輪郭も追うことができる.病理組織像では胞壁は異型の乏しい扁平上皮で構成され,被覆上皮にはPAS染色に濃染される杯細胞と思われる細胞(右下,矢頭)を認める.病理組織学的に封入胞と診断された(左下:弱拡大,右下:左下図の枠内の強拡大写真).表1検討対象の背景と病理所見症例年齢(歳)性別左右分布分布状態内容物OCT所見胞壁の病理所見PAS染色陽性細胞の有無病理診断術後観察期間(月)178女性右耳側孤立性高輝度重層扁平+封入胞14242女性右下方孤立性高輝度重層円柱封入胞15360女性右鼻側孤立性高輝度重層扁平封入胞16465女性左上方孤立性高輝度重層扁平+封入胞15569女性左耳側孤立性高輝度重層扁平+封入胞11677女性右鼻側孤立性高輝度重層扁平封入胞6763女性右鼻側孤立性高輝度重層扁平封入胞8———————————————————————-Page4356あたらしい眼科Vol.27,No.3,2010(78)した像を捉えているのではないかと思われる.実際,今回用いた前眼部OCTは,長波長であるため,組織深達度が高く,しかも,解像度が軸方向18μm,横方向60μmと非常に優れていることが,胞壁と結膜との区別を可能にしたのではないかと思われる.また,一般に,前眼部OCTでは,房水の観察像は,低輝度であることが知られている12)が,今回検討した封入胞の胞内腔はすべて高輝度を示していた.この理由として,封入胞はその内容物が水分を主体とするのではなく,粘性のある液体(ケラチンおよびムチンを含んだ液体)からなるためではないかと考えられる.このことは,今後,封入胞の内容物を検討し,その結果を病理組織像と照らし合わせることにより明らかにできると考えている.また,今回の観察所見が,他の胞には認められない結膜封入胞の特徴であるとするなら,結膜胞の鑑別診断において,前眼部OCTは,非常に有用であると考えられる.これについては,今後,他の胞を含めて検討する必要があると思われる.結膜胞の治療においては,その簡便性ゆえに,胞に対する穿刺が外来でよく行われるが,穿刺単独では,再発することが多い.原因として,穿刺のみでは,ほとんどの胞壁が残存するため,穿刺部が容易に修復されてしまい,内腔上皮からの分泌物が再貯留するためではないかと考える.このため,根治治療として,本報告のように,胞の全摘出が最良の方法であると推測する.今回,筆者らは前眼部OCTにて,結膜組織とは独立して孤立性に胞が存在するという所見を見出すことができたため,小切開創からの胞の押し出しを試み,出血をきたすことなく,7例中6例で低侵襲的に胞を一塊として摘出することができた.しかし1例では,一塊として,摘出不可能であった.摘出困難であった症例は以前に他院で穿刺を受けたあとの再発例であり,何らかの癒着が胞と結膜下組織の間に存在したことが,破の原因となったのではないかと推察される.さらに,今回の検討で,低侵襲治療後の胞の消失が前眼部OCTにて確認され,しかも,長期にわたって再発を経験していないことから,本術式は非常に有用な方法であると思われた.以上,今回の検討から,前眼部OCTを用いることで,簡便かつ非侵襲的に結膜封入胞を診断できる可能性が示されたとともに,封入胞は,穿刺の既往がなければ,低侵襲的に一塊として娩出可能であり,しかも本法は再発がない治療法である可能性が示された.また,前眼部OCTにより細隙灯顕微鏡では観察しえない結膜下の微細な組織構造の変化を視覚化できる可能性があり,今後,さまざまな結膜病変への診断および治療への応用が期待できると思われる.文献1)HuangD,SwansonEA,LinCPetal:Opticalcoherencetomography.Science254:1178-1181,19912)SunitaR,JasonG,DavidHetal:Comparisonofopticalcoherencetomographyandultrasoundbiomicroscopyfordetectionofnarrowanteriorchamberangles.ArchOph-thalmol123:1053-1059,20053)MandeepS,PaulT,DavidSetal:Imagingoftrabeculec-tomyblebsusinganteriorsegmentopticalcoherencetomography.Ophthalmology114:47-53,20074)DiPascualeMA,PrasherP,SchlecteCetal:CornealdeturgescenceafterDescementstrippingautomatedendothelialkeratoplastyevaluatedbyVisanteanteriorsegmentopticalcoherencetomography.AmJOphthalmol148:32-37,20095)RichardL,IqbalK:Anteriorsegmentopticalcoherencetomography:Non-contactresolutionimagingoftheante-riorchamber.TechniqueinOphthlalmology4:120-127,20066)GeorgesB:AnteriorsegmentOCTandphakicintraocu-larlenses:Aperspective.JCataractRefractSurg32:1827-1835,20067)SimpsonT,FonnD:Opticalcoherencetomographyoftheanteriorsegment.OculSurf6:117-127,20088)BuchwaldHJ,MullerA,KampmeierJetal:Opticalcoherencetomographyversusultrasoundbiomicroscopyofconjunctivalandeyelidlesion.KlinMonblAugenheilkd12:822-829,20039)WilliamsBJ,DurcanFJ,MamalisNetal:Conjunctivalepithelialinclusioncyst.ArchOphthalmol115:816-817,199710)GrossniklausHE,GreenWR,LuckenbachMetal:Con-junctivallesionsinadults:Aclinicalandhistopathologicreview.Cornea6:78-116,198711)神谷和孝:前眼部光干渉断層計(VisanteTMOCT,CarlZeissMeditec社).IOL&RS21:277-280,200712)秋山英雄,木村保孝,青柳康二ほか:光学的干渉断層計OCTによる前眼部の観察所見.臨眼52:829-832,1998***