特集●眼に良い食べ物 あたらしい眼科 27(1):17.21,2010ブドウ・赤ワイン(レスベラトロール)Grapes and Red Wine(Resveratrol)久保田俊介*Iレスベラトロールとcaloric restrictionCaloric restriction(CR;カロリー摂取制限)は65.70%カロリー摂取への減少と定義される1).2000 年にCR によりsilencing information regulator 2(Sir2)が活性化し,酵母の寿命が延長する抗加齢作用が報告された2).その後CR は多くの生物種でsirtuin の活性が上昇し寿命を延長させ,病気の状態を改善する効果が報告されている.哺乳類におけるCR の特徴はインスリンの低下やインスリン感受性の上昇,そして癌や心疾患などの加齢性疾患の減少である3).この寿命延長や加齢性疾患の減少という大変重要な効果を示すCR に対し,CR の効果をミミックする効果(カロリスミミックリー)をもつ物質の研究が盛んになってきた.Sir2 の哺乳類ホモログであるヒトSIRT1(sirtuin 1)によるp53 ペプチドのin vitro での脱アセチル化を定量することにより低分子物質ライブラリーをスクリーニングし,レスベラトロール(resveratrol)をはじめとする植物性ポリフェノール化合物がSIRT1 活性を亢進し,酵母の寿命を延長させることがわかった.そのなかでも特にレスベラトロールは13.4 倍という最も高いSIRT1 活性化作用があることがわかった4).レスベラトロール投与による抗加齢作用は酵母,線虫,ショウジョウバエ,魚類,高カロリー食マウスで確認されている5,6).それ以降レスベラトロールはCR をミミックできる物質として多くの研究が行われている.IIレスベラトロールとは古くから脂肪分の過剰摂取が動脈硬化をもたらし,心血管病変をひき起こすといわれてきた.しかし動物性脂肪をヨーロッパで多く摂取するフランス人には心血管病変が少ないことが知られており,この現象は「フレンチ・パラドックス」とよばれてきた.赤ワインにポリフェノールの一種であるレスベラトロールが多く含まれていることがわかり,レスベラトロールを含むポリフェノール類に抗酸化作用があることからその抗酸化作用がワインを多く摂取するフランス人に恩恵をもたらしているのではないかと考えられている7).ポリフェノールは芳香族炭化水素に結合した水酸基を多数分子内にもつ化合物の総称である.その水酸基は酸化還元電位が低く,自身が酸化されることで抗酸化作用を示す.レスベラトロールはポリフェノール類のスチルベノイドに属し,短鎖の共役二重結合と両端のベンゼン環がヒドロキシル基で置換された化学構造(図1)を有する白色の天然物質である.ブドウの皮や赤ワイン,ピーナッツの皮などに多く含まれる.レスベラトロールは1940年にユリ科シュロソウ属のコバイケイソウの根から初めて単離された.植物にはフィトアレキシンという外的ストレスや感染などから生体を防御する物質が存在し,そのうちの一つと考えられていた.レスベラトロールは植物の細菌感染やUV(紫外線)照射により植物中で合成が促進する.植物中ではスチルビンシンターゼという合成酵素によりレスベラトロールが合成されるのだが,その酵素は限られた植物にのみ存在しその植物中にレスベラトロールが存在する.細菌はレスベラトロールの分解酵素を合成することができるので,長期に細菌感染を生じた植物のレスベラトロール量は低下する.しかし通常はレスベラトロール合成の速度が分解酵素合成の速度を上回るため,それらの植物は細菌感染を防御することができると考えられている.ただ,フィトアレキシンとして発見当時はあまり注目された物質ではなかった8).その後レスベラトロールにはシクロオキシゲナーゼを抑制する抗炎症作用が見出され,他にも血管拡張作用,抗血管新生作用,神経保護作用,抗癌作用,抗加齢作用など多くの生理活性について報告されている5).III眼科への応用筆者らのグループはぶどう膜炎の動物モデルとして知られる,エンドトキシン誘発ぶどう膜炎(EIU)モデルにおけるレスベラトロールの治療効果を検討した.C57BL/6J マウスにレスベラトロール(50 mg/kg)を5日間内服投与し,その後リポ多糖類(LPS)を投与後24時間で網膜血管への白血球接着数と網膜・脈絡膜における白血球接着因子(intercellular adhesion molecule-1:ICAM-1,monocyte chemoattractant protein-1:MCP-1)を測定した.LPS 投与3 時間後の網膜の酸化ストレス(8-hydroxydeoxygnanosine:8-OHdG)と脈絡膜の核内の核内因子k B(NF-k B)を測定した.その結果,LPS 投与24 時間後の白血球接着数は,レスベラトロールの濃度依存性に抑制されることがわかった(図2). そのメカニズムとして白血球接着因子であるICAM-1,MCP-1 はレスベラトロール投与により有意に減少することがわかった(図3).LPS 投与3 時間後における8-OHdG とNF-k B もレスベラトロール投与により有意に減少することがわかった(図4).抗加齢作用として重要なSIRT1 生体内活性が脈絡膜において上昇することを明らかにした(図5).今回の報告により,レスベラトロールは眼における酸化ストレスと炎症を抑IVレスベラトロール摂取についてレスベラトロールはサプリメントとして多く販売されているが,その最適な摂取量はいまだ不明であるのが現状である.レスベラトロールが多く含まれることで有名な赤ワインには1 杯につき0.1.3 mg のレスベラトロールが含まれると報告されている.ピーナッツには100 g当たり約0.1 mg のレスベラトロールが含まれる5).レスベラトロールは現在いくつかの臨床応用のための治験が米国にて行われている10).臨床応用としての対象疾患は2 型糖尿病,癌,そしてMELAS(mitochondrialmyopathy, encephalopathy, lactic acidosis, and stroke)症候群である.なかでもMELAS 症候群に対しては2008 年にFDA(米国食品医薬品局)よりorphan drug(希少疾病用医薬品)としての承認が下りており,臨床応用の先駆けとして注目されている.2 型糖尿病の患者を対象にした臨床試験では,28 日間レスベラトロールを5 g 経口投与したところ有意に血糖値の効果を得たとのことである.同様の摂取量で他の治験も行われているため,疾病の治療目的におけるレスベラトロール摂取は用量を考えると食事からの摂取は不可能であり,サプリメントとしての摂取となる.安全性については多くの報告が寄せられているが,明らかな副作用の報告はなく安全性は高いと考えられる.レスベラトロールの眼科的な作用についてはあまり報告が多くなく,まだ不明な点が多い.特に動物実験で使用された報告は数少ない.そのなかでは,レスベラトロールを40 mg/kg 体重でラットに4 日間投与することにより,酸化ストレスが減少し白内障の発生が抑制されたと2006 年に報告されている11).筆者らは2009 年に, レスベラトロールを50 mg/kg 体重でマウスに5 日間投与することにより,生体内SIRT1 を活性化し酸化ストレスと炎症が減少しぶどう膜炎を抑制したと報告した9).この量はヒトに換算すると一日2.5.3 g となり, 米国で施行されている治験の投与量に近似していて眼科的にも応用できる量と言える.眼は組織の特性上光を多く受光する組織であり,光酸化を生じやすく酸化ストレスを生じやすい.眼科的疾患の多くは酸化ストレスや炎症が関与するものが多い.われわれの社会も長寿社会となり,それに伴う多くの眼科的加齢性疾患も増加している.この加齢や酸化ストレス,炎症に対する効果をもつレスベラトロールは疾患の予防的見地から考えても非常に重要と考えられる.レスベラトロールは天然のポリフェノールであり,安全性は高いと考えられ,将来の抗炎症治療の一つとして有望な候補と考えられる.Vレスベラトロール以外のカロリスミミックリー CR の生体への有益な効果は広く知られているが,ヒトにおいて65.70%カロリー摂取への減少は現代の生活にあっては困難が伴うことが多い.そこでCR の効果をミミックする作用をもつレスベラトロールが注目されているが,最近は他にも同様の効果を示すものが報告されている.SIRT1 はnicotinamide adenine dinucleotide(NAD)依存性に働く酵素である.生体内においてNAD はCR など多くの刺激により増減しておりSIRT1の活性をcontrol しているのではないかと注目されている12).レスベラトロール以外のポリフェノールにも同様の効果があることが知られている.なかでもケルセチン(quercetin)が有名である.Quercetin はケッパー,タマネギ,リンゴ,お茶に多く含まれるポリフェノールの一種であり,レスベラトロール同様SIRT1 を活性化することが知られている.SIRT1 活性化の効果はレスベラトロールの40%程度と報告されている4,13).一方,薬剤としては2 型糖尿病の治療薬であるメトフォルミン(metformin)が注目されている.Metformin はアデノシン一リン酸(AMP)活性化蛋白キナーゼ(AMPK)を肝臓内で活性化することによりインスリン感受性を改善させることが知られている14).CR においても同様の効果が報告されており15),metformin もまたカロリスミミックリーとしての可能性が考えられる.他にも古来より体に有益であると考えられてきた運動(exercise)に対し最近は科学的な分析が進められている.CR において,CRP が減少し抗酸化物質が増加することがわかっているが,exercise によりその効果が増加することが報告されている16).ラットにexercise を負荷することにより筋肉においてSIRT1 の発現が増加することも報告された17).このようにレスベラトロールのみならず,NAD,quercetin,metformin,exercise など多くのものがカロリスミミックリーとして研究されている.近い将来にはこれらを組み合わせることによりCR そのものの効果を生体内で発揮することが期待される.文献1) McCay CM, Crowell MF, Maynard LA:The effect ofretarded growth upon the length of life span and uponthe ultimate body size, 1935. 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