特集●眼に良い食べ物 あたらしい眼科 27(1):9.15,2010ホウレンソウ,ケール(ルテイン,ゼアキサンチン)Spinach, Kale(Lutein, Zeaxanthin)尾花明*Iルテイン,ゼアキサンチンとはルテイン(lutein)はラテン語の黄色“luteus”から派生した言葉で,濃緑食野菜に豊富に存在する.食品中には650 種類のカロテノイドがあり,血液,乳汁中にはそのうちの34 種類(異性体も含む)が見つかっており,ルテインもその一つである.カロテノイドは長鎖ポリイソプレノイド分子で両端のシクロヘキセン環に酸素をもつものがキサントフィルで,ルテインとゼアキサンチンはキサントフィルに属する.眼内に存在するキサントフィルはルテインとゼアキサンチンで,ゼアキサンチンには2 つの立体異性体(3R, 3¢R)ゼアキサンチンと(3R,3¢ S)ゼアキサンチン(メソゼアキサンチン)がある(図1).(3R, 3¢ R)ゼアキサンチンは食事由来で,メソゼアキサンチンは体内でルテインから変換される.ルテイン,ゼアキサンチンは体内で合成されないので,日常的に食物から摂取しなければならない.サルを生後からキサントフィルを含まない食餌で飼育すると黄斑色素は形成されない.ヒトでも出生前(妊娠22 週)の網膜に黄斑色素はみられず,母乳など生後の食物摂取によって形成される.脂溶性のルテイン,ゼアキサンチンは十二指腸で吸収されて肝臓でリポ蛋白〔LDL(低比重リポ蛋白),HDL(高比重リポ蛋白)〕に組み込まれて眼に運ばれる(図2).IIルテイン,ゼアキサンチンは眼のどこに存在するか?ルテイン,ゼアキサンチンは網膜,毛様体,虹彩,水晶体に存在する(表1).なかでも黄斑色素として網膜中央の直径1.5.2.0 mm の範囲に多く存在する.この部分は黄斑色素によって黄色く見えるので黄斑とよばれる(図3).血漿中のルテイン,ゼアキサンチンは脈絡膜毛細血管から網膜色素上皮を介して錐体細胞外節に取り込まれて軸索に集積し,組織学的には錐体軸索である外網状層(Henle 線維層)に最も多い(図4).一部は神経接合を介して内網状層にも達する.杆体外節にもルテインが確認されている.網膜前膜や黄斑円孔の手術時に後部硝子体膜下のグリアと思われる増殖物に黄色色素がみられることから,病的に増殖したMuller 細胞は黄斑色素を取り込むと考えられる.周辺部網膜にも存在するが,錐体分布範囲にはメソゼアキサンチンが多く,杆体分布部位にはルテインが多い.眼以外には,肝臓,大腸,肺,前立腺,乳房,皮膚,子宮頸部にみつかっている.III眼内でのルテイン,ゼアキサンチンの働き1. フィルター効果ルテイン,ゼアキサンチンは460 nm に吸収ピークをもち,過剰な青色可視光を吸収する.青色可視光は視細胞に光障害をもたらす(blue light hazard)ため,この障害を抑制する働きをする(図5).2. 抗酸化作用ルテイン,ゼアキサンチンは活性酸素を還元する抗酸化作用をもつ.網膜色素上皮のリポフスチンに青色光を照射すると一重項酸素が発生するが,杆体外節のルテインがこの一重項酸素を消去していることが推測される.また,ゼアキサンチンの結合蛋白はpi isoform of glutathioneS-transferase(GST)で,錐体軸索に分布する.GST は脂質ヒドロペルオキシド(LOOH)など脂質過酸化によってできた毒性物質を還元する酵素であることを考えると,ゼアキサンチンが酸化されたGST の還元に働いているのかもしれない.IV黄斑色素は加齢とともに減少する黄斑色素量が低値となる要因として,低摂取,白人,加齢,女性(ただし,男性が少ないという報告もある),虹彩色素が少ない,喫煙,長時間の太陽光曝露などがある.図6 は筆者ら4)が共鳴ラマン分光法を用いて健常日本人100 名の黄斑色素量を測定したもので,60 歳以上は20 歳代,40 歳代より有意に色素密度が低かった.また,若年者では色素量の個人差が大きかった.一方,ルテインの血漿濃度は年齢とともに増加傾向を示し(図7),60 歳以上は20 歳代よりも有意に血漿濃度が高かった.血漿濃度と黄斑色素量の相関はみられない.黄斑色素は蓄積物なので血清濃度に直接左右されにくいと考えられる.V加齢黄斑変性では黄斑色素が少ない摘出眼球で中心窩から3 mm 以内のルテイン,ゼアキサンチン量を調べると,加齢黄斑変性(AMD)眼は健常眼の63%であったと報告されている5).生体でもAMD 眼は同年齢の健常眼より黄斑色素量が有意に少ない.図8 は筆者ら4)が共鳴ラマン分光法で日本人AMD 患者を測定したもので,AMD 眼は低値であるが,片眼性AMD で,一見正常な僚眼の色素量も低値であった.黄斑色素の低値はAMD 進行要因なのか,病気の結果で低値になったのかは断言できないが,筆者らは黄斑色素の少ない個体がより病気の進行をきたしやすいと推測している.VIルテイン,ゼアキサンチンの適切な摂取量は? 1. 適切な摂取量日常的な食生活での血漿ルテイン濃度を知ることは重要だが,十分な研究はない.インディアナポリスの住民280 人でのルテイン,ゼアキサンチン摂取量は1,101±838 μg/日とされる6).日本人での研究はさらに少ないが,若年未婚者の摂取量は350 μg/日との報告7)があり,欧米人より極端に少ない.ただし,これは食生活が豊かでない若年者を調べたもので,家庭での食事の多い中高年者の濃度は不明である.Age-Related Eye Disease Study(AREDS)の報告8)では,ルテイン,ゼアキサンチンの最大摂取群(中央値3.5 mg/日)は最小摂取群(0.7 mg)より,滲出型AMDのオッズ比が0.65,萎縮型AMD のオッズ比が0.45 であった.Ritcher らが行った萎縮型AMD に対する治療試験9)ではルテインをサプリメントとして一日10 mg 投与している.また現在施行されている大規模試験AREDS2で採用されているサプリメント処方は表2 のようで,やはり一日量はルテイン10 mg である.その他の報告でも10 mg/日とするものが多く,現時点ではこの値がスタンダードと考える.ゼアキサンチンの最適量は不明だが,ヒト血中のルテイン:ゼアキサンチン比が約7:1 であることを考えて,AREDS では2 mg/日に設定したと考えられる.2. 摂取により血漿濃度と黄斑色素は増加するか健常者では積極的な摂取により血漿濃度と黄斑色素量は増加する.投与試験ではサプリメントを使用するものが多いが,ホウレンソウを使った試験でもルテインを30 mg または12 mg 含むホウレンソウ12 週間摂食で血漿ルテイン濃度と黄斑色素量増加が確認されている.ただし,糖尿病患者では血漿濃度の増加が不良との報告や,AMD 患者では血漿濃度や黄斑色素量の増加しない個体があるようである.VIIルテイン,ゼアキサンチン含有食物米国農務省が野菜果実のルテイン,ゼアキサンチン含有量データベースを公開している(表3).しかし,残念なことにわが国には同様のデータがないため,日本人がよく食べる緑色野菜(小松菜,みずな,春菊,白菜など)の含有量は不明である.したがって,欧米で行われているような食事アンケートをもとに,摂取量と疾患に関する研究はわが国では行えない.日本人向けのデータベース構築が必要である.1. ルテインを多く含む食物a. ケール地中海原産のアブラナ科植物でキャベツの原種.生が店頭で販売されることはめずらしい(図9).青汁の原料に使用される.生はそのまま食べると硬いので,オリーブオイルで炒めて塩,胡椒少々.またはごま油で炒めた後,だし汁を加えて和風に.脂溶性物質なので脂質とともに摂食したほうが十二指腸での吸収がよくなると思われる.b. ホウレンソウ原産はペルシャ.店頭で販売される一束は約200 g(図10)なので,ルテイン10 mg を摂取するには約半束を食べればよい.ただし,100 g 当たりの含有量が5,869 μgとの報告もあるので,その場合はほぼ1 束となる.c. パセリ,レタス,芽キャベツ,ブロッコリーなど(図11)これらの緑色野菜もルテインを多く含有するが,単独で必要量を摂取するのは不可能で,たとえば10 mg を摂取するには,グリーンレタスなら500 g(約1.3 個),茹でたブロッコリーなら1 kg(約2 房)が必要になる.卵黄も含有量が多いが,10 mg 摂取には約50 個が必要となる.したがってこれらの食品はできる限り多くの種類をとる必要がある.2. ゼアキサンチンを多く含む食物(図12)a. パプリカゼアキサンチン含有が多く,サプリメントの原料となる.b. 柿c. トウモロコシ茹でて食べる以外にも,粉製品,油などさまざまに使用されるので摂取しやすい.d. オレンジ,みかんe. クコ(枸杞)中国原産で,果実(枸杞子)は古くから生薬として,血圧降下,血糖降下,コレステロール降下,強壮などに使用され,根皮(地骨皮)は消炎,解熱,葉(枸杞葉)は血圧降下に使用されてきた.VIIIルテインとゼアキサンチンサプリメント一日の最適摂取量は未確定だが,ルテイン10 mg,ゼアキサンチン2 mg を目安にすると,ルテインはホウレンソウによって摂取可能だが,毎日食べ続けるのはむずかしい.他の食物もかなり大量を多種類摂取せねばならず,事実上,毎日続けることはできない.そこで,食事摂取で不足した分をサプリメントとして摂取することは理にかなっている.1. ルテインサプリメント天然植物由来製品は菊科のマリーゴールド花弁(図13)から抽出したものである.もともと中南米で栽培されていたが,最近はインドや中国で栽培されたものが多い.抽出過程でゼアキサンチンを完全に分離できないため,通常,1%程度のゼアキサンチンを含む.市販品にはエステル体と遊離体のルテインがある.エステル体は胃・十二指腸のエステラーゼ,リパーゼでフリー体になり,フリー体が十二指腸粘膜から吸収される.エステル体の吸収は同時に摂取した脂肪の量に影響されるが,遊離体は影響を受けることなく吸収されるようである.合成品もある.ルテイン含有サプリメントは多数,市場に存在する.2. ゼアキサンチンサプリメント天然植物由来製品はオレンジペッパー(図14)から抽出したものである.近年,ゼアキサンチンと他のサプリメントを組み合わせた製品が販売されだした.文献1) Burri BJ, Clifford AJ:Carotenoid and retinoid metabolism:insights from isotope studies, Arch Biochem Biophys430:110-119, 20042) Bernstein PS, Khachik F, Carvalho LS et al:Identificationand quantification of carotenoids and their metabolites inthe tissues of the human eye. 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