‘記事’ カテゴリーのアーカイブ

A 「山の幸」編 ホウレンソウ,ケール(ルテイン,ゼアキサンチン)

2010年1月31日 日曜日

特集●眼に良い食べ物 あたらしい眼科 27(1):9.15,2010ホウレンソウ,ケール(ルテイン,ゼアキサンチン)Spinach, Kale(Lutein, Zeaxanthin)尾花明*Iルテイン,ゼアキサンチンとはルテイン(lutein)はラテン語の黄色“luteus”から派生した言葉で,濃緑食野菜に豊富に存在する.食品中には650 種類のカロテノイドがあり,血液,乳汁中にはそのうちの34 種類(異性体も含む)が見つかっており,ルテインもその一つである.カロテノイドは長鎖ポリイソプレノイド分子で両端のシクロヘキセン環に酸素をもつものがキサントフィルで,ルテインとゼアキサンチンはキサントフィルに属する.眼内に存在するキサントフィルはルテインとゼアキサンチンで,ゼアキサンチンには2 つの立体異性体(3R, 3¢R)ゼアキサンチンと(3R,3¢ S)ゼアキサンチン(メソゼアキサンチン)がある(図1).(3R, 3¢ R)ゼアキサンチンは食事由来で,メソゼアキサンチンは体内でルテインから変換される.ルテイン,ゼアキサンチンは体内で合成されないので,日常的に食物から摂取しなければならない.サルを生後からキサントフィルを含まない食餌で飼育すると黄斑色素は形成されない.ヒトでも出生前(妊娠22 週)の網膜に黄斑色素はみられず,母乳など生後の食物摂取によって形成される.脂溶性のルテイン,ゼアキサンチンは十二指腸で吸収されて肝臓でリポ蛋白〔LDL(低比重リポ蛋白),HDL(高比重リポ蛋白)〕に組み込まれて眼に運ばれる(図2).IIルテイン,ゼアキサンチンは眼のどこに存在するか?ルテイン,ゼアキサンチンは網膜,毛様体,虹彩,水晶体に存在する(表1).なかでも黄斑色素として網膜中央の直径1.5.2.0 mm の範囲に多く存在する.この部分は黄斑色素によって黄色く見えるので黄斑とよばれる(図3).血漿中のルテイン,ゼアキサンチンは脈絡膜毛細血管から網膜色素上皮を介して錐体細胞外節に取り込まれて軸索に集積し,組織学的には錐体軸索である外網状層(Henle 線維層)に最も多い(図4).一部は神経接合を介して内網状層にも達する.杆体外節にもルテインが確認されている.網膜前膜や黄斑円孔の手術時に後部硝子体膜下のグリアと思われる増殖物に黄色色素がみられることから,病的に増殖したMuller 細胞は黄斑色素を取り込むと考えられる.周辺部網膜にも存在するが,錐体分布範囲にはメソゼアキサンチンが多く,杆体分布部位にはルテインが多い.眼以外には,肝臓,大腸,肺,前立腺,乳房,皮膚,子宮頸部にみつかっている.III眼内でのルテイン,ゼアキサンチンの働き1. フィルター効果ルテイン,ゼアキサンチンは460 nm に吸収ピークをもち,過剰な青色可視光を吸収する.青色可視光は視細胞に光障害をもたらす(blue light hazard)ため,この障害を抑制する働きをする(図5).2. 抗酸化作用ルテイン,ゼアキサンチンは活性酸素を還元する抗酸化作用をもつ.網膜色素上皮のリポフスチンに青色光を照射すると一重項酸素が発生するが,杆体外節のルテインがこの一重項酸素を消去していることが推測される.また,ゼアキサンチンの結合蛋白はpi isoform of glutathioneS-transferase(GST)で,錐体軸索に分布する.GST は脂質ヒドロペルオキシド(LOOH)など脂質過酸化によってできた毒性物質を還元する酵素であることを考えると,ゼアキサンチンが酸化されたGST の還元に働いているのかもしれない.IV黄斑色素は加齢とともに減少する黄斑色素量が低値となる要因として,低摂取,白人,加齢,女性(ただし,男性が少ないという報告もある),虹彩色素が少ない,喫煙,長時間の太陽光曝露などがある.図6 は筆者ら4)が共鳴ラマン分光法を用いて健常日本人100 名の黄斑色素量を測定したもので,60 歳以上は20 歳代,40 歳代より有意に色素密度が低かった.また,若年者では色素量の個人差が大きかった.一方,ルテインの血漿濃度は年齢とともに増加傾向を示し(図7),60 歳以上は20 歳代よりも有意に血漿濃度が高かった.血漿濃度と黄斑色素量の相関はみられない.黄斑色素は蓄積物なので血清濃度に直接左右されにくいと考えられる.V加齢黄斑変性では黄斑色素が少ない摘出眼球で中心窩から3 mm 以内のルテイン,ゼアキサンチン量を調べると,加齢黄斑変性(AMD)眼は健常眼の63%であったと報告されている5).生体でもAMD 眼は同年齢の健常眼より黄斑色素量が有意に少ない.図8 は筆者ら4)が共鳴ラマン分光法で日本人AMD 患者を測定したもので,AMD 眼は低値であるが,片眼性AMD で,一見正常な僚眼の色素量も低値であった.黄斑色素の低値はAMD 進行要因なのか,病気の結果で低値になったのかは断言できないが,筆者らは黄斑色素の少ない個体がより病気の進行をきたしやすいと推測している.VIルテイン,ゼアキサンチンの適切な摂取量は? 1. 適切な摂取量日常的な食生活での血漿ルテイン濃度を知ることは重要だが,十分な研究はない.インディアナポリスの住民280 人でのルテイン,ゼアキサンチン摂取量は1,101±838 μg/日とされる6).日本人での研究はさらに少ないが,若年未婚者の摂取量は350 μg/日との報告7)があり,欧米人より極端に少ない.ただし,これは食生活が豊かでない若年者を調べたもので,家庭での食事の多い中高年者の濃度は不明である.Age-Related Eye Disease Study(AREDS)の報告8)では,ルテイン,ゼアキサンチンの最大摂取群(中央値3.5 mg/日)は最小摂取群(0.7 mg)より,滲出型AMDのオッズ比が0.65,萎縮型AMD のオッズ比が0.45 であった.Ritcher らが行った萎縮型AMD に対する治療試験9)ではルテインをサプリメントとして一日10 mg 投与している.また現在施行されている大規模試験AREDS2で採用されているサプリメント処方は表2 のようで,やはり一日量はルテイン10 mg である.その他の報告でも10 mg/日とするものが多く,現時点ではこの値がスタンダードと考える.ゼアキサンチンの最適量は不明だが,ヒト血中のルテイン:ゼアキサンチン比が約7:1 であることを考えて,AREDS では2 mg/日に設定したと考えられる.2. 摂取により血漿濃度と黄斑色素は増加するか健常者では積極的な摂取により血漿濃度と黄斑色素量は増加する.投与試験ではサプリメントを使用するものが多いが,ホウレンソウを使った試験でもルテインを30 mg または12 mg 含むホウレンソウ12 週間摂食で血漿ルテイン濃度と黄斑色素量増加が確認されている.ただし,糖尿病患者では血漿濃度の増加が不良との報告や,AMD 患者では血漿濃度や黄斑色素量の増加しない個体があるようである.VIIルテイン,ゼアキサンチン含有食物米国農務省が野菜果実のルテイン,ゼアキサンチン含有量データベースを公開している(表3).しかし,残念なことにわが国には同様のデータがないため,日本人がよく食べる緑色野菜(小松菜,みずな,春菊,白菜など)の含有量は不明である.したがって,欧米で行われているような食事アンケートをもとに,摂取量と疾患に関する研究はわが国では行えない.日本人向けのデータベース構築が必要である.1. ルテインを多く含む食物a. ケール地中海原産のアブラナ科植物でキャベツの原種.生が店頭で販売されることはめずらしい(図9).青汁の原料に使用される.生はそのまま食べると硬いので,オリーブオイルで炒めて塩,胡椒少々.またはごま油で炒めた後,だし汁を加えて和風に.脂溶性物質なので脂質とともに摂食したほうが十二指腸での吸収がよくなると思われる.b. ホウレンソウ原産はペルシャ.店頭で販売される一束は約200 g(図10)なので,ルテイン10 mg を摂取するには約半束を食べればよい.ただし,100 g 当たりの含有量が5,869 μgとの報告もあるので,その場合はほぼ1 束となる.c. パセリ,レタス,芽キャベツ,ブロッコリーなど(図11)これらの緑色野菜もルテインを多く含有するが,単独で必要量を摂取するのは不可能で,たとえば10 mg を摂取するには,グリーンレタスなら500 g(約1.3 個),茹でたブロッコリーなら1 kg(約2 房)が必要になる.卵黄も含有量が多いが,10 mg 摂取には約50 個が必要となる.したがってこれらの食品はできる限り多くの種類をとる必要がある.2. ゼアキサンチンを多く含む食物(図12)a. パプリカゼアキサンチン含有が多く,サプリメントの原料となる.b. 柿c. トウモロコシ茹でて食べる以外にも,粉製品,油などさまざまに使用されるので摂取しやすい.d. オレンジ,みかんe. クコ(枸杞)中国原産で,果実(枸杞子)は古くから生薬として,血圧降下,血糖降下,コレステロール降下,強壮などに使用され,根皮(地骨皮)は消炎,解熱,葉(枸杞葉)は血圧降下に使用されてきた.VIIIルテインとゼアキサンチンサプリメント一日の最適摂取量は未確定だが,ルテイン10 mg,ゼアキサンチン2 mg を目安にすると,ルテインはホウレンソウによって摂取可能だが,毎日食べ続けるのはむずかしい.他の食物もかなり大量を多種類摂取せねばならず,事実上,毎日続けることはできない.そこで,食事摂取で不足した分をサプリメントとして摂取することは理にかなっている.1. ルテインサプリメント天然植物由来製品は菊科のマリーゴールド花弁(図13)から抽出したものである.もともと中南米で栽培されていたが,最近はインドや中国で栽培されたものが多い.抽出過程でゼアキサンチンを完全に分離できないため,通常,1%程度のゼアキサンチンを含む.市販品にはエステル体と遊離体のルテインがある.エステル体は胃・十二指腸のエステラーゼ,リパーゼでフリー体になり,フリー体が十二指腸粘膜から吸収される.エステル体の吸収は同時に摂取した脂肪の量に影響されるが,遊離体は影響を受けることなく吸収されるようである.合成品もある.ルテイン含有サプリメントは多数,市場に存在する.2. ゼアキサンチンサプリメント天然植物由来製品はオレンジペッパー(図14)から抽出したものである.近年,ゼアキサンチンと他のサプリメントを組み合わせた製品が販売されだした.文献1) Burri BJ, Clifford AJ:Carotenoid and retinoid metabolism:insights from isotope studies, Arch Biochem Biophys430:110-119, 20042) Bernstein PS, Khachik F, Carvalho LS et al:Identificationand quantification of carotenoids and their metabolites inthe tissues of the human eye. Exp Eye Res 72:215-223,20013) Snodderly DM, Brown PK, Delori FC et al:The macularpigment. I Absorbance spectra, localization, and discriminationfrom other yellow pigments in primate retinas.Invest Ophthalmol Vis Sci 25:660-673, 19844) Obana A, Hiramitsu T, Gohto Y et al:Macular carotenoidlevels of normal subjects and age-related maculopathypatients in a Japanese population. Ophthalmology 115:147-157, 20085) Bone RA, Landrum JT, Mayne ST et al:Macular pigmentin donor eyes with and without AMD:A case-controlstudy. Invest Ophthalmol Vis Sci 42:235-240, 20016) Curran-Celentano J, Hammond BRJ, Ciulla TA et al:Relation between dietary intake, serum concentrations,and retinal concentrations of lutein and zeaxanthin inadults in a Midwest population. Am J Clin Nutr 74:796-802, 20017) Hosotani K:Measurement of individual differences inintake of green and yellow vegetables and carotenoids inyoung unmariied subjects. J Nutr Sci Vitsminol 53:207-212, 20078) Age-Related Eye Disease Study Research Group:Therelationship of dietary carotenoid and vitamin A, E, and Cintake with age-related macular degeneration in a casecontrolstudy. AREDS Report 22. Arch Ophthalmol 125:1225-1232, 20079) Ritcher S, Stiles W, Statkute L et al:Double-masked, placebo-controlled, randomized trial of lutein and antioxidantsupplementation in the intervention of atrophic age-relatedmacular degeneration:the Veterans LAST study(LuteinAntioxidant Supplementation Trial). Optometry 75:216-229, 2004

A 「山の幸」編 野菜・果物(抗酸化ビタミン)

2010年1月31日 日曜日

特集●眼に良い食べ物 あたらしい眼科 27(1):3.8,2010野菜・果物(抗酸化ビタミン)Antioxidant Dietary Supplementation with Vitamin A, C and E forVisual Function寺田佳子*はじめに毎日の生活のなかで,私たちが生きていくために食は非常に重要なものである.「バランスのよい食生活を」,「好き嫌いをしない」,「お肉を食べたら野菜も食べる」など,子供のころから言われ続けたことであるが,つい忙しさにかまけたり,最近ではファーストフードに代表される手軽な食品を「いつでも・どこでも」手に入れることが容易となった.食生活の欧米化などに伴い,身体活動レベルに比して摂取カロリーが過剰になっていることもまれではない.一方で,昨今の生活状況の厳しさからか,内容はともあれとにかく必要なカロリーを摂取することに主眼がおかれていると思わざるをえないケースも見かける.国民の健康づくりや疾病予防を推進する目的として,健康増進法,食育基本法,食生活指針などが制定,策定された.さらに,一人ひとりが「何を」「どれだけ」食べればよいのかをよりわかりやすく表示するために,平成17 年6 月に厚生労働省と農林水産省より「食事バランスガイド」が発表された(図1).このなかで,野菜は副菜としてきのこ,いも,海藻とともに一日5.6SV 注1)(副菜の1SV は主材料が約70 g,野菜料理1皿に相当),果物はビタミンC やカリウムの摂取源として一日2SV(果物の1SV は主材料が約100 g=みかん1個に相当)の摂取が勧められている.厚生労働省の「健康日本21」では,具体的に野菜は一日350 g 以上,そのうち緑黄色野菜を120 g 以上,果物は一日150.200g を目安に摂取することが望ましいとされている(図2).野菜や果物は,ビタミンやミネラル源,食物繊維などの補給源と考えられており,最近では,その抗酸化作用が疾病予防に期待されるようになった.本稿では,野菜や果物から得られる抗酸化ビタミンの眼疾患に対する効果について,AREDS1),注2)の結果などを踏まえて述べる.I酸化ストレスと眼疾患酸化ストレスがいくつかの眼疾患の発症にかかわっていることはよく知られている.酸化ストレス仮説による内的酸化はもちろんのこと,眼は体表に位置し,また常に可視光および紫外線といった光を受けていることから,皮膚と同様に光老化(photo aging)の危険にもさらされていると考えられる.加齢により酸化ストレスを受ける時間はますます長くなり,白内障,加齢黄斑変性(AMD),翼状片などの発症や進行には酸化ストレスが関与しているとされる.これまで,いわゆる眼科としてのcommon disease に栄養あるいはサプリメントがどの程度関与しているか,さまざまな報告がある.残念ながらエビデンスレベルが高く,現在広く受け入れられているものはまだ多くない2,3).AREDS では,抗酸化ビタミンと亜鉛を摂取した群で,中等症から重症のAMD をもつものの,約25%に進行予防が認められた4).しかし,白内障の進行予防は認められなかった5).AREDS は多施設による無作為大規模前向き研究であり,この結果はAMD の進行予防を目的として抗酸化ビタミンを積極的に摂取する根拠となりうると思われる.II抗酸化ビタミンビタミンは,体外から摂取する栄養素のうち,蛋白質,脂肪,炭水化物,無機質および水以外に必要とされる微量の有機物の総称である.生物が生体内で作ることができないかあるいはできてもその量が少ないため,食事などにより摂取しないと欠乏症をひき起こし,生物が生存,生育することが困難となる.体内では,さまざまな酵素の補酵素として働くことが多い.これまでにビタミンA,D,E,K,B1,B2,B6,ナイアシン(旧B3),パントテン酸(旧B5),葉酸(旧M),ビオチン(旧H),ビタミンB12,C の13 種類のビタミンが知られており,その類縁物質も含めて広義のビタミンとすることが多い.ほとんどのビタミンは,現在サプリメントとして入手可能である.通常の生活では,基本的には食事からビタミンを摂取することが望ましく,サプリメントはあくまでも不足分の補助としてとらえられるべきと考える.ビタミンは,水によく溶ける水溶性(ビタミンB 群注3),C,)と,脂によく溶ける脂溶性(ビタミンA,D,E,K)に大きく分けられる.食品から摂取する限りビタミン過剰はまれだが,サプリメントとして補おうとする場合には,過剰摂取に注意する必要がある.水溶性ビタミンは尿から排泄されるため,過剰摂取が問題となることはほとんどないが,ビタミンE を除く脂溶性ビタミンは体内に長時間とどまるため,過剰摂取に注意しなければならない.一方で,特定の疾患に対する効果は,通常の食事によって得られるビタミン摂取量では不足するとの報告もあり,その他の疾患の有無も含め各人がいかにビタミンを摂取するかを考慮する必要がある.これらのビタミンのうち,ビタミンA,C,E には抗酸化作用が期待されている.1. ビタミンA(vitamin A)ビタミンA は,レチノール(図3),レチナール,レチノイン酸およびこれらの3-デヒドロ体とその誘導体の総称であり,レチノイドとも称される.ヒト血液中ではほとんどがレチノールとして存在する.血中濃度は通常約0.5 μg/ml 程度で,0.3 μg/ml を切るとビタミンA欠乏症状を呈する.食物中ではb -カロテンあるいはレチニルエステルの形で存在し,小腸粘膜上皮細胞から吸収され,体内で分解されてビタミンA となる.ビタミンA は抗酸化剤としての役割だけでなく,ロドプシンの前駆体として視覚になくてはならないものであり,欠乏症状として夜盲症が古くから知られている.しかし,脂溶性ビタミンであるために,過剰摂取は体内での蓄積を招き,偽脳腫瘍などの原因になることもある.変異原性があるため,生殖年齢では特に注意が必要である.過剰摂取を防ぐため,ビタミンA に代わってカロテノイドが注目されている.カロテノイドは自然界に500 種類以上が知られている橙色や黄色色素であり,このうちb -カロテンを代表とする約30 種類のものは体内でレチノイドに変化するので,プロビタミンA としての活性がある.b -カロテンは緑黄色野菜やみかん,びわなどに多く含まれる.しかしながら,AREDS では,喫煙者においてb -カロテン摂取群の肺癌発生率が高く,その後他の研究でも同様のことが疫学的に証明されたため,喫煙者にはb -カロテンの積極的な摂取を勧めないほうがよい.喫煙自体がAMD のリスクファクターであるため,禁煙も勧められる.LDL(低比重リポ蛋白)酸化説に基づき,b -カロテンを摂取することで動脈硬化を防ぎ,心筋梗塞などの動脈硬化性疾患を予防することができるという考え方もあるが,残念ながらこれについての疫学的なデータは存在しないし,現在では発癌性の観点からこれらの疾患にはb -カロテンの摂取はむしろ勧められなくなった.b -カロテンは緑黄色野菜に多く含まれ,たとえば,にんじん50 g 程度(約1/2 本),カボチャ100 g 程度でほぼ一日推奨量を摂取することができるので,食品からの摂取が十分期待できる.トマトはリコピンとして抗発癌作用も期待されるが,実際には600 g 程度,ブロッコリーは450 g 程度の摂取が必要となり,やや現実味に欠ける.また,野菜や果物だけでなく,動物性食品からレチニルエステルとしてのビタミンA 摂取も必要である.卵,レバー(ブタ,鶏,アンコウ=あん肝)などにレチノールは多く含まれる.AREDSでは,b-カロテン15 mg(ビタミンA 25,000 IU と同等)が投与されたが,b -カロテン単体でのAMD 予防効果はまだ不明であり,AREDS2 ではb -カロテンは15 mgと0 mg の2 つの投与群が設定されている.2. ビタミンC(vitamin C)ビタミンC は,水溶性ビタミンの一種であり,化学的にはアスコルビン酸(図4)のL 体のみをさす.ヒト以外の多くの動物にとっては,アスコルビン酸は生体内で生合成できる物質であるため,必ずしも外界から摂取する必要はない.ヒトではナトリウムイオン依存性の能動輸送系と濃度勾配に従う受動輸送系を経て腸管より吸収される.ヒト体内での組織当たりビタミンC 量は下垂体で最も高く,副腎や水晶体がそれに次ぐ.ビタミンC はアミノ酸の生合成に利用されるほか,副腎からのホルモンの分泌,脂肪酸をミトコンドリアに運ぶための担体であるl-カルニチンの合成など,体内で進行する水酸化反応に重要な役割を果たす.また,ビタミンC はコラーゲンを生成する過程でも必要とされる.ビタミンC が不足するとコラーゲンの同化が進行せず,血管の脆弱化や易出血性,免疫機能の低下・貧血などを呈することがある.ビタミンC はそのエンジオール基の還元性により強い抗酸化作用をもつため,食品にも酸化防止剤として添加される場合がある.一般に乾燥状態にある錠剤などでは約3 年安定であると考えられる.余剰分はおもに腎臓から体外に排泄されるため摂取量に上限はないが,2,000 mg 以上の大量摂取により下痢をきたすことがある.ビタミンC の摂取により白内障の進行,手術が必要となる割合が下がったという報告もあるが,まったく関与しないという報告もあり2),ビタミンC 単体での白内障進行予防効果はまだ確定されていない.ビタミンC を多く含む食品として,アセロラ,パセリ,緑茶,赤ピーマン,グアバ,芽キャベツ,いちご,じゃがいもなどが知られている.たとえば,果汁10%のアセロラジュース180 ml にビタミンC 216 mg,じゃがいも1 個(可食部100 g)にビタミンC 35 mg が含まれるとされる.ビタミンC の吸収・排泄は遺伝子多型の影響を受けるともされ,同量を摂取しても個人差が大きいといわれる.3. ビタミンE(vitamin E)ビタミンE は脂溶性ビタミンの一種である.トコフェロール(tocopherol)ともよばれ,特にd-a -トコフェロール(図5)は自然界に広く普遍的に存在するが,おもに植物の光合成により合成される.メチル基の位置によって8 つの異なる型があり,それぞれの生物学的機能をもち,合成a -トコフェロールはこれら8 種類のラセミ体の等モル混合物である.ヒトではd-a -トコフェロールが最も強い活性をもち,おもに抗酸化物質として働くと考えられている.特に,脂質の酸化反応が連鎖的に進行する過程で生じる脂質ペルオキシラジカルを捕捉して連鎖反応を切断し,反応を停止する.この抗酸化反応はビタミンC,ユビキノール,還元型グルタチオンとの共役反応で効率よく発揮される.その他,膜安定化作用,抗血栓作用,免疫応答増強作用などさまざまな作用をもつといわれている.植物油,落花生,大豆などナッツ類に多く含まれ,通常の食生活で欠乏することはないとされている.また,ビタミンE は脂溶性ビタミンとしては毒性が低く,過剰摂取が問題となることは通常ないとされている.III実際に食べる表1 をご覧いただきたいが,AREDS でサプリメントとして採用された量の抗酸化ビタミンを食事だけから摂取するのは実際にはなかなかむずかしい.したがって,疾病リスクのある人は抗酸化ビタミンをサプリメントとして摂取することが勧められる.一般的な健康増進目的として,先にも述べたように,健康日本21 では一日に野菜350 g(うち緑黄色野菜120 g)以上の摂取が勧められている.手軽に野菜ジュースを飲むという方法もあり,野菜ジュースは1 回に飲みきる量が約1SV と換算される.現実的には,野菜ジュースのみですべてを補うのは,含有糖分などの問題もあり,あまり勧められない.現在では,品種改良,栽培技術の進歩や輸送手段の発達により,季節を問わずいろいろな野菜や果物を手に入れることも不可能ではなくなってきているが,やはり栄養価の点からも旬の食物に勝るものはなく,可能であれば新鮮な旬の食べ物を上手に生活のなかに取り入れたい.ビタミンA,E といった脂溶性ビタミンは,油脂を使った調理によってより吸収効率が上がるため,調理の方法や食材の組み合わせも工夫したい(表2).ビタミンC は熱に弱いとされるが,たとえばじゃがいもではビタミンC がでんぷんに包まれるような形で存在するため,調理しても壊れにくいことが知られている.さらに,AMD や白内障の好発年齢である高齢者では,糖尿病合併率も高い.果物に注意が向いたばかりに,カロリー過剰になったり,腎機能が低い人がカリウムの過剰摂取に陥ることは避けなければいけない.その他の全身合併症があったり,薬剤投与を受けていることも多く,大量の抗酸化ビタミンをサプリメントとして摂取する場合は,かかりつけ医と情報を共有し,眼疾患の予防や治療の一助としたいものである.■用語解説■注1)SV:食事バランスガイドで,「何を」にあたる主食,副菜,主菜,牛乳・乳製品,果物の5 つの料理区分を,「どれだけ」食べたらよいかを示すために新しく提唱された単位.「1 つ」「2 つ」と数えやすい「つ」と, 1回当たりに提供される食事の標準的な量である「サービング(SV)」という単位が組み合わされたもの.注2)AREDS(Age.related Eye Disease Study):米国National Eye Institute(NEI)の主導で実施された,長期間にわたる無作為前向き多施設研究である.55.80 歳の米国人4,757 人を対象にしたトライアルで,抗酸化ビタミンおよびミネラルの摂取が,白内障と加齢黄斑変性(AMD)の発症予防および進行度に影響を及ぼすかどうか調べたものである.1986 年にそのコンセプトがすでに提出され,1992 年から研究が開始,1998 年に本研究への参加登録が締め切られた.参加者は6 カ月ごとに視力測定と眼底写真の評価を受けた.参加者には,抗酸化ビタミンとしてビタミンC 500 mg, ビタミンE 400 IU,b -カロテン15mg(ビタミンA 25,000 IU と同等),亜鉛80 mg,銅2 mg あるいはプラセボが投与された.AMD はその重症度をカテゴリー1 から4 に分類され,カテゴリー3,4 のいわゆる重症AMD では,抗酸化ビタミンと亜鉛を摂取した群の約25%に進行予防効果が認められたが,初期のAMD や滲出性変化を伴わないいわゆるdry type のAMD には発症または予防効果が認められなかった.これらの結果で得られた発癌性,貧血の可能性を減ずるため,また,参加者へのインタビューで得られた食事行動に基づいて,現在,ルテイン/ゼアキサンチン(10 mg/2 mg),DHA(ドコサヘキサエン酸)/EPA(エイコサペンタエン酸)(350 mg/650 mg)を含み,亜鉛を減じてもよいか,b -カロテンを除いてもよいかを比較するAREDS2が米国で進行中である.注3)ビタミンB 群:水溶性ビタミンのうち,ビタミンCを除くものがビタミンB 群とされ,ナイアシン,パントテン酸,葉酸はB 群とされる.文献1) The Age-Related Eye Disease Study Research Group:The Age-Related Eye Disease Study(AREDS):Designimplications AREDS Report No.1. Control Clin Trials 20:573-600, 19992) West AL, Oren GA, Moroi SE:Evidence for the use ofneutritional supplements and herbal medicines in commoneye diseases. Am J Ophthalmol 141:157-166, 20063) Seddon J:Multivitamin-multimineral supplements andeye disease:age-related macular degeneration and cataract.Am J Clin Nutr 85(Suppl):304S-307S, 20074) The Age-Related Eye Disease Study Research Group:Arandomized, placebo-controlled, clinical trial of high-dosesupplementation with vitamins C and E, beta carotene,and zinc for age-related macular degeneration and visionloss:AREDS Report No.8. Arch Ophthalmol 119:1417-1436, 20015) The Age-Related Eye Disease Study Research Group:The age-related eye disease study(AREDS)system forclassifying cataracts from photographs:AREDS ReportNo.4. Am J Ophthalmol 131:167-175, 2001 <参考図書>1) 女子栄養大学出版部:五訂版増補.食品成分表20092) 吉川敏一,桜井弘:サプリメントデータブック,オーム社,20053) 坪田一男(編):眼科プラクティス22,抗加齢眼科学,文光堂,2008

序説:眼に良い食べ物

2010年1月31日 日曜日

●序説 あたらしい眼科 27(1):1.2,2010眼に良い食べ物Optimal Nutrition for Eye Health坪田一男*石田晋**日本の医療において,従来の“健康保険”がカバーする疾病医学に加え,予防医学が大きくクローズアップされてきている.超高齢社会を迎えた今日,医療コストは伸び続けており,このままでは保険のシステムも財政も破綻してしまう.病気になってから治療するだけでなく,病気になる前のアプローチで疾患の発症リスクを下げることが,国民全体の課題といえるだろう.すでに厚生労働省ではメタボリックシンドローム撲滅を掲げて,糖尿病や癌,心筋梗塞などの加齢関連疾患の発症予防に真剣に取り組みを始めている.また,科学の進歩とともに,加齢関連疾患のメカニズムの研究が進み,さらに予防に関する臨床データも蓄積されて,実際に積極的な疾患予防の可能性がみえてきている.予防医学の中心,柱といえるのが,食である.“医食同源”といわれるように,食が健康の要であることは間違いない.眼科領域においては,古来から“眼に良い食べ物”という概念は存在していたが,サイエンスのバックグランドのあるものと,言い伝え的なものや,健康食品会社が宣伝しているものなど,その情報は玉石混淆である.しかし近年,まだまだエビデンスの弱い部分はあるものの,少しずつその基礎研究や臨床データが出始めて,“眼に良い食べ物”がサイエンスとして芽生えようとしている.そこで今回,『あたらしい眼科』の特集テーマとして “眼に良い食べ物”を組んでみた.読者の方からも,患者さんから「どんな食べ物が眼にいいのか?」と質問を受けることがよくあると聞いているので,日常診療に生かせるよう,外来でよく聞かれる質問に的確に答えられるように工夫して項目を設定した.まずは「山の幸」編として,抗酸化ビタミン類,ルテイン,レスベラトロール,スーパークルクミン,ラクトフェリンを取り上げた.抗酸化ビタミン類では,アメリカで行われている加齢黄斑変性に対する大規模前向き疫学調査(AREDS)研究でも基本になっているビタミンA,C,E 群にスポットをあてている.眼科疾患予防のなかでは中枢を占めるものだ.ルテインは体の中でも黄斑と水晶体に非常に高濃度に存在する“眼に特化した抗酸化物質”ともいえ,現在進められているAREDS2 にも入っている重要なカロテノイドである.眼科関連のサプリメントとしての売り上げも多いと聞く.レスベラトロールは,長寿を促すとされるサーチュイン酵素を活性化するとして話題のポリフェノールである.サーチュイン酵素は,カロリーリストリクション(カロリス)により活性化することがわかっており,よってレスベラトロールは“カロリスミミックリー”として注目され,研究が進んでいる.クルクミンは,インド人に心筋梗塞が少ない理由の一つではないかと推測されるほど健康効果が期待されている食品である.ラクトフェリンは涙液にも多く含まれており,筆者らの予備実験でもドライアイに効果があることが確認されるなど,応用が期待されているフードファクターである.これらの各項目について現在日本の第一線で研究をされている先生方に執筆をお願いした.さて,海に囲まれた日本は,古くから海の幸にも恵まれている.そこで,「海の幸」編として,脂肪酸のオメガ3,亜鉛,アスタキサンチンの3 つを取り上げた.オメガ3 は先に述べたAREDS2 にも取り上げられている大変重要な脂肪酸である.日本人の摂取量は欧米に比べて高く,日本人の健康を支えているとも考えられている.亜鉛は必須ミネラルとしては基本であり,眼科領域での研究はいまだ少ないものの,その重要性は軽視されるべきではない.アスタキサンチンは海のビタミンといわれるほど抗酸化作用が強く,最近になってさまざまな研究論文が発表され効果が期待されている.これら3 つについてもわかりやすく解説をお願いした.上記の山の幸,海の幸以外にも,アントシアニンほか,さまざまなポリフェノールなど眼に良いと思われる食べ物は多数存在する.そのなかで今回は,まずはなじみの深い,または現在とくに注目されている食べ物,栄養素をとりあげた.将来さらに研究が進んで新たに注目の食べ物が登場してきたら,いずれまた紹介する機会をつくっていきたいと思う.眼科雑誌としてはちょっと変わった特集となったが,21 世紀の予防医学の時代においては,食べ物を中心としたライフスタイルに関する知識は必須と考えられる.運動や睡眠,ストレスマネージメントなどが眼疾患の予防とも関係するエビデンスが少しずつではあるが蓄積されてきており,将来大きな予防医学に発展すると考える.

後期臨床研修医日記 12.国立病院機構東京医療センター・感覚器センター

2010年1月13日 水曜日

———————————————————————- Page 1あたらしい眼科Vol. 27,No. 1,2010750910-1810/10/\100/頁/JCOPYまで行っているため角膜移植について広く深く学びます.木曜日:角膜外来があり角膜移植前後の患者をはじめ,水疱性角膜症,難治性の角膜ヘルペス,アカントアメーバ角膜炎などの患者をグループ全員で診察,治療しています.金曜日:前眼部グループとは異なりますが,当院は国立病院機構で唯一エキシマレーザーを有しているため,後期レジデントは PTK(治療的レーザー角膜除去術)やレーシック手術の診察,手術助手にはいり,それらの治療法を学びます.網膜硝子体グループ月曜日:網膜硝子体外来があり,糖尿病網膜症,黄斑円孔や黄斑上膜をはじめとする硝子体手術前後の患者を診ることのほか,網膜 離術後,加齢黄斑変性などあらゆる網膜硝子体疾患を学びます.火曜日:基本的にはレーザーの日です.糖尿病網膜症に対する PRP(汎網膜光凝固)や MA(毛細血管瘤)へのレーザー照射,後発白内障に対する YAG レーザー,(75)国立病院機構東京医療センター・感覚器センターは眼科専門医 13 名(常勤 8 名・非常勤 5 名)を有する都内最大級の市中病院として,また準ナショナルセンターである感覚器センターを敷地内にもつ病院として,霰粒腫,白内障をはじめとする commonツ黴€ disease から小口病などの難病に至るまで幅広い疾患の患者が訪れます.大学医局ではないものの当院独自に後期レジデントを募集しており,野田徹眼科医長および山田昌和視覚研究部長をはじめとする指導医の下,現在後期レジデント 1年目 3 名,2 年目 2 名,3 年目 2 名が眼科に関する最新の知見に触れながら日々研鑽に励んでいます.最初の 1 年半は基本的に 3 カ月ごとに前眼部グループ,網膜硝子体グループ,白内障グループをローテートします.それぞれの疾患のエキスパート達から疾患の基礎や手術助手のやり方,手術手技を学びます.前眼部グループ月曜日:隔週で国立成育医療センターでの小児角膜外来にみんなで出向します.おもに Peters 奇形や角膜輪部デルモイドをはじめとする先天前眼異常を多数診察しています.滅多に見ることのない先天疾患が多数集まり,診断から治療,手術,術後経過に至るまで一症例一症例が勉強です.火曜日:白内障,斜視,睫毛内反症,眼瞼下垂,結膜弛緩症,眼瞼腫瘍,緑内障などのあらゆる前眼部手術を行っています.多種多様な手術が行われるためビデオでの予習復習は必須です.水曜日:角膜移植を行っています.市中病院としては症例が豊富で,年間約 50 件の手術があり,PKP(全層角膜移植術),LKP(表層角膜移植術),ALTK(auto-mated lamellar therapeutic keratoplasty)に DSAEK(角膜内皮移植術)と古典的手術法から最先端の手術法後期臨床研修医日記●シリーズ⑫国立病院機構東京医療センター・感覚器センター谷井啓一▲ カンファレンス後にくつろぐレジデント(向かって左から福井,水谷,窪野,北田,谷井,田中,福島)———————————————————————- Page 276あたらしい眼科Vol. 27,No. 1,2010(76)丘近辺のお洒落な店から出前でハンバーガーなどを取り栄養補給をしながら,前の週 1 週間に行われた FA/IA(フルオレセイン蛍光造影/インドシアニングリーン蛍光造影)検査,3D OCT などの読影,診断,今後の治療法について検討します.また,後期レジデントが外来で出会った網膜疾患について少しでも疑問に思った症例はカンファレンスに提示して,今後の診療方針を指導してもらいます.火曜日の夕方からは抄読会が開催され,最新の論文や知見を調べて発表します.その後に指導医による初診症例チェックがあり,後期レジデントの外来での初診症例や診断に苦慮している症例や救急外来症例を提示し相談します.クルズス1 年目を対象としたクルズスが指導医,後期レジデント 2,3 年目の担当で約 1 年間毎週行われます.もれのないように綿密に計画された内容によってメキメキと力をつける後期レジデント 1 年目に対して,2,3 年目は焦りを覚えます.外来デビュー外来には 1 年目の 10 月 2 年目の 4 月にかけてデビューします.ここで見つけた手術適応症例を指導医の下,執刀するのが基本です.まだまだ知識不足であるためこれまで以上に勉強しなくてはならないのはもちろんですが,その場で困った症例は隣の診察室の先生に相談し,解決していきます.また,当院は平日 17 時から 22 時まで,土曜日は 8時半から 17 時まで当直業務を行っています.1 年目の9 月ごろには独り立ちしなければならないため,4 月から専門医や 2,3 年目の後期レジデントにくっついて救急症例の診断,対処や治療について学びます.8 月頃に行われる「当直許可試験」に合格すると独り立ちです.2年目以降2 年目の後半以降はさらに興味をもったテーマについて各グループでの引き続きの研修に加えて,希望者は緑内障・甲状腺疾患を扱う病院として有名なオリンピア眼科病院で診察,治療,手術を学んだり,総合周産期センターを有する都立大塚病院にて 300 g 台からの超低出生体重児の未熟児網膜症の診療およびレーザー治療を学ぶ開放隅角緑内障に対する SLT(選択的レーザー線維柱帯形成術)などを指導してもらいます.水曜日:一日中硝子体手術です.機械への接続から助手の務めに至るまで気の抜けない緊張した時間が続きます.木曜日:抗 VGEF(血管内皮増殖因子)療法と白内障手術の日です.3 種類ある抗 VGEF 薬についての適応や手術手技を学びます.金曜日:指導医の外来について,おもに網膜硝子体症例の治療経過を学びます.また,曜日にかかわらず網膜硝子体グループは網膜 離などの緊急症例が近医の先生方から送られてくることが多く,担当になった後期レジデントは思う存分チャートを描くことができます.白内障グループ月曜日:FAG(フルオレセイン蛍光造影)や HRA2(Heidelbergツ黴€ Retinaツ黴€ Angiographツ黴€ 2),OCT(光干渉断層計)等の撮影などを担当します.最初は後期レジデント2,3 年目と組んで撮影しますが,3 カ月もすれば独り立ちです.火曜日:白内障手術の集団術前説明会があります.個々の患者の特性にあった術前眼内レンズの計算などを深く学びます.内科的検査にて全身疾患が見つかったときは臨床研修の経験で身に着けた知識を総動員して対処します.水曜日:指導医の外来につきます.顕微鏡のように立体的に見えるモニターを使ってさまざまな疾患を広く深く学びます.木曜日:緑内障や白内障手術の助手に入ります.金曜日:白内障手術の日です.1 年目,2 年目のレジデントは自分の外来で見つけた白内障患者を指導医の下執刀します.ここでしっかり手術の基礎を学び,後々出合うであろう難症例にも応用が利くよう厳しく指導されます.カンファレンス月曜日の朝にその週に行われる症例の検討会があり,後期レジデントは担当している患者のプレゼンをします.ここで手ぬるい下調べをしていると袋だたきにあいます.夕方からは FAG カンファレンスがあります.自由が———————————————————————- Page 3あたらしい眼科Vol. 27,No. 1,201077(77)ことができます.3 年もしくは 5 年で当院での研修を終えると,引き続き当院に残るか別の病院へと旅立っていきます.以上,後期レジデントのおおまかな研修プログラムについて紹介しました.これからも東京医療センター・感覚器センターをよろしくお願いします.☆ ☆ ☆谷井啓一(やついけいいち)平成 17 年 3 月大阪医科大学医学部医学科卒業平成 17 年 4 月市立伊丹病院初期臨床研修医平成 19 年 4 月東京医療センター眼科レジデント?プロフィール?指導医からのメッセージ外科手術には,長年積み重ねられて確立されてきた原則というものがあり,結果がよければよい,時間が早ければよいというものではありません.ゴルフの腕前は,スイングする姿をテレビで映して見せてもらえば,どれだけのトレーニングを受けたプレイヤーかはある程度はわかります.どれだけのスコアで回れると言われても,それは隠しようがありません.眼科の手術も同じです.外科手術は,はじめに身につけるフォ眼科を専門にしようと志した若い先生の研修先として求められる要件は 3 つあると私は考えています.幅広く眼疾患の診断・治療を学ぶことができること,眼疾患と関連した他科や検査部門と連携が取りやすいこと,リサーチも行うことができることの 3 つです.東京医療センターでは白内障だけでなく,網膜硝子体疾患,緑内障,角結膜疾患,斜視などさまざまな領域の手術症例が豊富にあり,眼科診療を網羅的に体験することができます.神経内科,脳外科,膠原病内科,病理など関連する他科や検査部門の先生と気軽に連絡が取れて,情報を交換できます.大学に比べて各ームがその後の一生の技術を左右するといっても過言ではありません.眼科手術は日々進化し,新しい術式が常に生まれます.しかし,「基本動作」は変わりません.基本がしっかり身についてないと,新しい術式が出るごとに,その術式ごとに出直しをくり返すことになります.手術に限らず後期臨床研修では,その基礎をしっかり身に着けてほしいと願っています.(眼科医長野田徹)科の所帯が小さい分,逆に小回りが効くのも魅力です.研究部門では分子・細胞生物学,生化学,電気生理,臨床疫学などさまざまな研究が行われており,レジデントもその一端に触れることができます.近年軽視されがちなリサーチですが,研究の経験や研究を通じて培った方法論,思考法は必ず臨床にも生きると信じています.医局には縛られたくないがちゃんとした眼科医になりたいと考えている研修医には最適な研修施設でありたいと思っています.(視覚研究部長山田昌和)

片眼の強度近視性斜視のMRI 所見と術中外眼筋所見

2009年12月31日 木曜日

———————————————————————- Page 1(121) 16970910-1810/09/\100/頁/JCOPY あたらしい眼科 26(12):1697 1701,2009cはじめに強度近視性斜視は,経過とともに徐々に下内斜視を呈し,上ひき,外ひき障害を合併する特殊な斜視である.進行すると著明な眼球運動制限により,固定内斜視となる.その病態には眼軸の病的な伸長が大きく関与しており,眼窩画像診断の発達により,その病態が明確になった.1995年太田ら1)は,眼窩 X 線 CT(コンピュータ断層撮影)検査を行い,眼軸が延長し,眼窩外側骨壁と眼球に外直筋が圧迫され,外直筋が下方偏位することを述べている.さらに,2000 年 Yokoyama ら2)は,眼窩 MRI(磁気共鳴画像)により伸長した眼球後極部が外直筋と上直筋の間から上耳側の方向に筋円錐外へ脱臼することを明らかにした.本所見が強度近視性斜視の原因とされている.その後,筆者らを含む他施設でも,横山の説を支持する報告3 6)がなされている.本斜視の治療法として外直筋と上直筋の筋腹を互いに縫着する上外直筋縫着術(以下,横山法)が横山により考案され,本術式の有用性を示す報告もなされている6 8).今回筆者らは,片眼のみの強度近視性斜視の手術症例で,斜視眼と健眼の眼窩 MRI 所見の比較,斜視眼の術前後のMRI 所見の比較,術中の斜視眼の外眼筋の走行偏位を計測したので報告する.I症例患者:58 歳,女性.〔別刷請求先〕中島智子:〒520-2192 大津市瀬田月輪町滋賀医科大学眼科学講座Reprint requests:Tomoko Nakashima, M.D., Department of Ophthalmology, Shiga University of Medical Science, Seta, Tsukinowa, Otsu 520-2192, JAPAN片眼の強度近視性斜視の MRI 所見と術中外眼筋所見中島智子西田保裕村木早苗大路正人滋賀医科大学眼科学講座Clinical Findings in a Case of Monocular Acquired Esotropia with High MyopiaTomoko Nakashima, Yasuhiro Nishida, Sanae Muraki and Masahito OhjiDepartment of Ophthalmology, Shiga University of Medical Science58 歳,女性.左眼に 60Δの内斜視と 14Δの下斜視を呈し,眼球運動制限を認めた.右眼の眼軸長は 23.7 mm に対し,左眼の眼軸長は 31.2 mm であった.眼窩 MRI(磁気共鳴画像)では,右眼に比べ,左眼球後極部は上耳側の筋円錐外に脱臼し,左上直筋は鼻側へ,左外直筋は下方へ偏位していた.左眼に横山法を実施した.術中,外直筋は 39° 下方を,上直筋は 25° 鼻側を走行していた.術後 MRI では,左眼球後極部の脱臼とともに,上直筋と外直筋の偏位は改善していた.眼位も 6Δの内斜視と 4Δの下斜視に改善した.本症例は横山が提唱した強度近視性斜視の発症機序を支持するものであり,また,横山法の有用性を再確認した.A 58-year-old female had 60 prism diopters(PD)of esotropia and 14 PD of hypotropia with restricted ocular motility, in her left eye. The left axial length was 31.2 mm, whereas the right axial length was 23.7 mm. Magnetic resonance imaging(MRI)demonstrated superotemporal dislocation of the left posterior globe from the muscle cone, with shifts of the left superior rectus muscle(SR)nasally and the left lateral rectus muscle(LR)inferiorly. The Yokoyama procedure was performed on the eye. Intraoperatively, the LR belly was running 39 degrees inferi-orly, and the SR was running 25 degrees nasally. Postoperative MRI demonstrated that the left posterior globe dis-location and the muscle shifts were improved. Eye position improved to 6 PD of esotropia and 4 PD of hypotropia. These clinical ndings support Yokoyama’s proposed etiology of acquired esotopia with high myopia, and the use-fulness of the Yokoyama procedure.〔Atarashii Ganka(Journal of the Eye)26(12):1697 1701, 2009〕Key words:強度近視性斜視,眼窩 MRI,横山法,眼球後部脱臼.acqured esotropia with high myopia, orbital MRI, Yokoyama procedure, posterior globe dislocation.———————————————————————- Page 21698あたらしい眼科Vol. 26,No. 12,2009(122)初診:2007 年 7 月 6 日.主訴:左眼の内斜視.既往歴:特記すべきことなし.家族歴:特記すべきことなし.現病歴:小児期より左眼に近視があった.55 歳頃より,徐々に左眼の内斜視が出現し,その後外ひきも不能となった.今回眼位矯正目的で他院から当科へ紹介受診となった.初診時所見:視力は,VD=0.06(1.5×sph 1.25 D),VS=0.03(0.06×sph 13.0 D(cyl 2.0 D Ax180°).前眼部,中間透光体に特記すべきことなく,左眼底後極部に網脈絡膜萎縮を認めた.眼位は 60Δの左内斜視とともに 14Δの左下斜視で,全方向に著しい眼球運動制限があり,眼位は内下斜視で固定し,固定内斜視の状態であった(図 1).右眼の眼球運動は正常であった.MRI の眼窩冠状断では,左眼の眼球後極部が外直筋と上直筋の間から上耳側の方向に筋円錐外へ脱臼し,左眼の上直筋が鼻側に,外直筋が下方に偏位していた(図 2).右眼の眼球後極部と各外眼筋に明らかな異常は認められなかった.軸位断 MRI では,右眼と比較して左眼は長眼軸で内斜視を呈していた(図 3).超音波 A モードによる眼軸長計測図 1術前9方向眼位写真左眼は内下斜視の眼位で固定し,外ひき,上ひきはまったく不能であった.図 2術前冠状断MRIa: 左眼球後部が外直筋と上直筋の間から上耳側の方向に筋円錐外へ脱臼していた.SR:上直筋,LR:外直筋,IR:下直筋,MR:内直筋,SO:上斜筋,ON:視神経.b:aよりさらに後方スライスでは,左外直筋が下方に偏位し,上直筋も鼻側に偏位していた.ab———————————————————————- Page 3あたらしい眼科Vol. 26,No. 12,20091699(123)では,右眼 23.7 mm,左眼 31.2 mmであった .経過:2007 年 11 月 12 日,眼位矯正目的で全身麻酔下にて横山法を左眼に実施した.外直筋の付着部から 15 m m後方の筋腹上縁に通糸し,同じく上直筋の付着部から 15 m m後方の筋腹耳側縁にも通糸した.糸を結紮して外直筋上縁と上直筋耳側縁を互いに縫着し,上耳側の眼球後極部の脱臼を整復した.術中,左眼瞼の内嘴と外嘴を結んだ線を基準線として,外直筋は 39° 下方を走行し,上直筋は基準線に対する垂直線から 25° 鼻側を走行していた(図 4).なお,この基準線は両眼の外嘴を結んだ顔面の水平線に対してわずか 3°,反時計方向に回旋しているのみであった.術後 2 カ月後,眼位は 6Δの内斜視,4Δの下斜視となり,眼球運動は著しく改善し,外ひき,上ひきとも可能となった(図 5).冠状断 MRI では,左眼の上直筋,外直筋は,上耳側の眼球後極部を囲むようにやや引き延ばされ,両筋の走行は改善していた.左眼球後極部の脱臼は右眼に比べるとまだ残存しているものの,術前に比べ明らかに整復されていた(図 6).図 3術前軸位断MRI右眼に比べ,左眼が内斜視とともに長眼軸であった.図 5術後9方向眼位写真術後左斜視に改善し,眼球運動も良好となった.図 4術中外眼筋所見a:左外直筋(LR)は著しく下方に偏位し,水平に対して 39°下方を走行していた.b:上直筋(SR)は垂直線に対して,25°鼻側を走行していた.ab———————————————————————- Page 41700あたらしい眼科Vol. 26,No. 12,2009(124)II考按今回筆者らは,片眼が著しい下内斜視とともに高度な眼球運動制限を伴った強度近視性斜視で,他眼は,眼位,眼球運動がまったく正常な症例を経験した.同一症例で両眼の臨床所見を比較できた点で意義深いと考える.まず,眼軸長に関しては,MRI 所見や超音波 A モードの値から,斜視眼は30 mm以上の長眼軸に対して,他眼は正常の眼軸を示していた.冠状断 MRI の所見では,斜視眼は横山が指摘している眼球後極部の上耳側への脱臼と上,外直筋の偏位が認められたが,他眼は眼球後極部や外眼筋に関して解剖学的位置異常は認められなかった.同一個体での両眼の比較からも,眼軸の異常な伸展が強度近視性斜視の発症に最も重要な因子であり,眼球後極部が筋円錐外に脱臼し,外眼筋の偏位が生じるとする横山の説2)を支持するものと考える.強度近視性斜視の術中所見に関する過去の報告9)でも,外直筋の下方偏位が指摘されているが,筆者らは外眼筋の走行偏位を,簡便に角度で定量評価した.本症例では基準線に対して約 40°の著しい下方偏位が認められ,MRI での走行異常を反映していた.上直筋は 25° 鼻側を走行していたが,正常でも上直筋は眼球付着部から眼窩先端部の方向へ鼻側斜めに走行しているため,今回の計測だけではどの程度の走行異常を示しているのかは評価困難である.今回の計測では,左眼瞼の内嘴と外嘴を結んだ線を基準線としたが,本症例での基準線は顔面の水平線と比較しても,わずかの回旋ずれがあるのみで,ほぼ水平の基準線としても問題ないと考えた.横山法により,左眼の術後眼位と眼球運動は著明に改善した.術後の眼窩冠状断 MRI でも,外直筋と上直筋が正常の走行部位に引き延ばされながらも脱臼した眼球後極部を取り囲む所見が確認できた.この所見からも,上下直筋の筋縁を互いに縫着する横山法は,眼球後極部の脱臼を矯正し,両筋の走行を正常化する術式であることが,画像診断的にも再確認された.以上,片眼のみに発症した強度近視性斜視症例で,両眼の眼軸長と眼窩 MRI 所見,術中の外眼筋所見,術前後の MRI所見を検討し,強度近視性斜視の発症機序である横山の説とその治療法である横山法の効果を再確認した.文献 1) 太田道孝,岩重博康,林孝雄ほか:固定内斜視の画像学的研究.日眼会誌 99:980-985, 1995 2) Yokoyama T, Tabuchi H, Ataka S et al:The mechanism of development in progressive esotropia with high myo-pia. Transactions of the 26th Meeting, European Strabis-図 6術後冠状断MRIa:眼球後部の脱臼は改善した.b:aよりさらに後方スライスでは,外直筋,上直筋の偏位は改善した.SR:上直筋, LR:外直筋,IR:下直筋, MR:内直筋, SO:上斜筋,ON:視神経.ab———————————————————————- Page 5あたらしい眼科Vol. 26,No. 12,20091701(125)mological Association, Swet and Zeitlinger:218-221, 2000 3) Aoki Y, Nishida Y, Hayashi O et al:MRI measurements of extraocular muscle path shift and posterior eyeball pro-lapse from the muscle cone in acquired esotropia with high myopia. Am J Ophthalmol 136:482-489, 2003 4) 秋澤尉子,安澄健次郎,井田正博:強度近視の眼球後部と筋円錐.日眼会誌 108:12-17, 2004 5) 中川たか子,米村隆温,谷原秀信:両眼の固定内斜視(進行性内斜視)の 1 例.眼臨 101:185-187, 2007 6) 須賀美保子,西田保裕,柿木雅志ほか:滋賀医大で施行した強度近視性内斜視の手術治療.眼科手術 22:77-81, 2009 7) 三橋玉絵,山下英俊:固定内斜視の 2 例.眼臨 98:304-306, 2004 8) 高橋麻穂,平石剛宏,林孝雄ほか:固定内斜視に対する上直筋・外直筋筋腹縫合術の効果.眼臨 100:569-572, 2006 9) Krzizok TH, Kaufmann H, Traupe H:New approach in strabismus surgery in high myopia. Br J Ophthalmol 81:625-630, 1997***

内境界膜自然剥離を伴った黄斑円孔症例

2009年12月31日 木曜日

———————————————————————- Page 1(117) 16930910-1810/09/\100/頁/JCOPY あたらしい眼科 26(12):1693 1696,2009cはじめに特発性黄斑円孔の発症機序には,黄斑への硝子体の牽引が重要な役割を果たしていると考えられている.黄斑部網膜に付着している硝子体皮質が収縮すると接線方向の牽引を生じ,傍中心窩では局所的な後部硝子体 離(PVD)を生じて弧が弦になろうとするために,残った黄斑部には接線方向と前後方向の牽引が生じる.硝子体皮質は黄斑部に生理的に強く接着しているために,黄斑部で PVD が生じないと網膜に裂隙を生じ,黄斑円孔を形成すると考えられている1).黄斑円孔の治療は通常硝子体切除,内境界膜 離を行い,網膜への牽引を解除し,ガスタンポナーデにより円孔を閉鎖する2).今回筆者らは,もともと黄斑前膜として経過観察していた患者で,光干渉断層計(optical coherent tomography:OCT)上明らかな PVD または局所的な PVD を伴わないが,なん〔別刷請求先〕伊藤忠:〒036-8562 弘前市在府町 5弘前大学大学院医学研究科眼科学Reprint requests:Tadashi Ito, M.D., Department of Ophthalmology, Hirosaki University Graduate School of Medicine, 5 Zaifu-cho, Hirosaki 036-8562, JAPAN内境界膜自然 離を伴った黄斑円孔症例伊藤忠*1山崎仁志*1横井由美子*1目時友美*1竹内侯雄*1木村智美*1 中澤満*1楠美智巳*2*1 弘前大学大学院医学研究科眼科学*2 弘前大学大学院医学研究科病理生命科学A Case of Macular Hole with Internal Limiting Membrane DetachmentTadashi Ito1), Hitoshi Yamazaki1), Yumiko Yokoi1), Tomomi Metoki1), Kimio Takeuchi1), Satomi Kimura1), Mitsuru Nakazawa1) and Tomomi Kusumi2)1)Department of Ophthalmology, Hirosaki University Graduate School of Medicine, 2)Department of Pathology and Bioscience, Hirosaki University Graduate School of Medicine緒言:術前から内境界膜の自然 離がみられた黄斑円孔症例に対して硝子体手術を施行したので報告する.症例:57 歳,男性.平成 19 年 10 月頃から左眼視矇を自覚し,同年 12 月前医受診,左眼黄斑円孔を指摘され 12 月 11 日弘前大学眼科(以下,当科)紹介受診となった.左眼黄斑円孔に対する手術目的で平成 20 年 4 月 7 日当科入院.入院時視力は左眼(0.2),検眼鏡的に左眼は星状硝子体症および黄斑円孔を認め,光干渉断層計では網膜表層の分離所見がみられた.4 月 9 日左眼に白内障硝子体手術を施行.血管アーケード内で内境界膜 離があることを確認し, 離している内境界膜を切除し 20% SF6(六フッ化硫黄)ガスタンポナーデで手術を終了した.切除した膜様物の病理所見は内境界膜で矛盾はなかった.退院時左眼視力は(0.15),術後 4 カ月には(0.7)と向上した.考察:星状硝子体症による牽引が内境界膜 離,さらに黄斑円孔を形成した可能性が考えられた.We report a case of macular hole with internal limiting membrane detachment before vitreous surgery. The patient, a 57-year-old male, had experienced blurred vision 2 months previously. A macular hole had been discov-ered in his left eye in December 2007;he was admitted to our hospital for surgery in April 2008. Left-corrected visual acuity was 20/100 before surgery. Fundus examination showed asteroid hyalosis and macular hole in the left eye. Optical coherence tomography disclosed separation of retinal surface. During vitrectomy, the internal limit-ing detachment in the vascular arcade was identi ed and removed by the extractor. The pathological ndings for the removed membrane corresponded with internal limiting membrane. The postoperative corrected visual acuity was 20/125 at 2 weeks postsurgery and 20/32 at 4 months. Traction by the asteroid hyalosis could have caused the internal limiting membrane detachment and macular hole.〔Atarashii Ganka(Journal of the Eye)26(12):1693 1696, 2009〕Key words:黄斑円孔,内境界膜,星状硝子体症,後部硝子体 離.macular hole, internal limiting membrane, asteroid hyalosis, posterior vitreous detachment.———————————————————————- Page 21694あたらしい眼科Vol. 26,No. 12,2009(118)らかの牽引により内境界膜が術前から自然 離していた黄斑円孔の症例に対して硝子体手術を施行し,円孔閉鎖を得られたので,その経過について報告する.I症例患者:57 歳,男性.主訴:左眼視矇感.既往歴:糖尿病,高血圧.家族歴:兄,姉 糖尿病.現病歴:平成 18 年頃より前医で両眼黄斑前膜を指摘されていたが,自覚症状なく経過観察されていた.平成 19 年 10月頃より左眼視矇感を自覚し,同年 12 月に前医受診の際に左眼層状黄斑円孔を指摘され,同年 12 月 11 日弘前大学眼科(以下,当科)紹介受診となった.初診時所見:矯正視力は右眼 0.07(0.9×sph 7.00 D(cyl 1.00 D Ax75°),左眼 0.04(0.2×sph 6.00 D(cyl 1.00 D Ax75°),眼圧は右眼 15 mmHg,左眼 14 mmHgであった.図 1初診時の左眼後極眼底写真黄斑前膜および層状黄斑円孔を認める.硝子体は星状硝子体症による変性を認める.図 2初診時の左眼OCT所見全層黄斑円孔,傍中心窩硝子体膜 離および限局性の網膜 離がみられる.矯正視力 0.2.図 4退院時左眼OCT所見黄斑円孔は閉鎖しているものの,中心窩の小さな網膜 離が残存している,矯正視力 0.15.100?m図 3除去した膜様構造組織の病理所見除去した膜様構造組織は PAS 染色陽性で ILM として矛盾はなかった.また,黄斑前膜による細胞浸潤も認める.———————————————————————- Page 3あたらしい眼科Vol. 26,No. 12,20091695(119)細隙灯顕微鏡検査では角膜,前房に異常なく,水晶体は軽度白内障を認めた.眼底検査では右眼に黄斑前膜,左眼に星状硝子体症および黄斑円孔を認めた(図 1).糖尿病網膜症は認めなかった.光干渉断層計(OCT)では,黄斑円孔および網膜表層での膜様物の分離所見を認めた(図 2).明らかなPVD は認めず,Gass の stage 3 と考えられた.経過:手術目的に平成 20 年 4 月 7 日入院.4 月 9 日左眼白内障同時硝子体手術施行.硝子体手術用メニスカスレンズで観察し,後極部全面に及ぶ内境界膜(internal limiting membrane:ILM) 離があることを確認した.星状硝子体症があり,後部硝子体膜と網膜の癒着が強いためか,人工的後部硝子体 離を行うも不完全だった.ILM 鉗子で残存後部硝子体皮質ごと 離している ILM を除去した.ILM は円孔縁でのみ網膜と強固に接着していたが,網膜が裂けないよう注意して接着を外した.除去した膜を病理組織学的に検索したところ,periodide acid Schi (PAS)染色陽性であり,ILM として矛盾のない結果だった(図 3).20% SF6(六フッ化硫黄)ガスタンポナーデで手術を終了した.術後ガスが消退してきて OCT を施行したところ,黄斑円孔は閉鎖していたものの,中心窩の小さな網膜 離が残存している状態で,視力は 0.05(0.15)であった(図 4).術後 4 カ月後の OCTでは中心窩の網膜 離は消失しており,中心窩陥凹もみられ,視力は 0.06(0.7)と改善していた(図 5).術後 8 カ月後には視力 0.06(0.8)となった.II考察本症例の術前 OCT では硝子体側の網膜表層の分離所見がみられた.もともと黄斑前膜がみられた症例であり,この画像のみでは分離している層が黄斑前膜なのか,内境界膜 離も伴っているのかは不明であった.硝子体手術中に硝子体手術用のメニスカスコンタクトレンズで拡大観察したところ,内境界膜 離のようにみられたので,内境界膜鉗子で残存硝子体膜ごと除去した.術中に採取した膜様物の病理組織学的検索では,PAS 染色陽性であり,組織学的に ILM であることがわかった.内境界膜は神経上皮性細胞である Muller 細胞の基底膜であり,PAS 染色陽性となる3).よって本症例の術前 OCT でみられた網膜表面の分離所見は内境界膜自然 離によるものであることが判明した.通常,黄斑円孔は硝子体の牽引から生じるので OCT でみると,黄斑部を牽引している後部硝子体皮質がみられる.また,PVD が生じている Gass stage 4 では 離した後部硝子体皮質とそれに付着する円孔の蓋がみられることが多い4).しかし本症例の OCT 所見では黄斑円孔が生じているにもかかわらず,明らかな後部硝子体皮質はみられなかった.また,術中トリアムシノロンを用いて PVD の有無を確認したが後部硝子体 離は完成しておらず,しかも人工的後部硝子体 離の作製を試みるも困難であったため,結局残存していた後部硝子体皮質ごと 離していた内境界膜を除去した.一般的に星状硝子体症では硝子体はあまり液化していないことが多く,PVD も生じにくい5).Yamaguchi ら6)は星状硝子体症があり視力低下をきたした症例に硝子体手術を施行しており,いずれも黄斑部での網膜と硝子体の癒着が強く,そのなかで黄斑浮腫をきたしていた例もあったと報告している.実際,本症例でも PVD 作製が困難であり,不完全であった.本症例の黄斑円孔は,星状硝子体症による後部硝子体皮質と網膜の癒着が,より強い網膜への牽引を生じたために発生したものであると思われた.また,同時に星状硝子体症よる広い範囲の牽引が,血管アーケード内に内境界膜 離を生じさせた可能性が考えられた.このように本症例は,通常の特発性黄斑円孔と様相は異なっていたが,硝子体切除,内境界膜除去により黄斑部への牽引解除をすることで,円孔閉鎖が得られた.退院時の OCT では円孔は閉鎖しているものの,中心窩の小さな網膜 離が残存しており,矯正視力も(0.15)にとどまっていたが,術後 4 カ月後の OCT では網膜 離は消失し,矯正視力も(0.7),8 カ月後には(0.8)と向上しており,硝子体手術によって解剖学的にも機能的にも改善がみられ,通常の特発性黄斑円孔と同様,経過は良好であった.本論文の要旨は第 32 回日本眼科手術学会にて報告した.文献 1) Kishi S, Hagimura N, Shimizu K:The role of the premac-ular lique ed pocket and premacular vitreous cortex in idiopathic macular hole development. Am J Ophthalmol 図 5術後4カ月の左眼OCT所見中心窩の網膜 離は消失しており,中心窩陥凹も認める.矯正視力 0.7.———————————————————————- Page 41696あたらしい眼科Vol. 26,No. 12,2009(120)122:622-628, 1996 2) 山根真,門之園一明:網膜硝子体疾患.あたらしい眼科 22(臨増):155-158, 2005 3) 向野利彦,猪俣孟:網膜内境界膜の厚さ.臨眼 46:222-223, 1992 4) 岸章治:黄斑円孔.あたらしい眼科 24(臨増):78-83, 2007 5) 秋葉純:硝子体の変性.眼科学(丸尾敏夫,本田孔士,臼井正彦ほか)I 巻,p238-243,文光堂, 2002 6) Yamaguchi T, Inoue M, Ishida S et al:Detecting vitreo-macular adhesions in eyes with asteroid hyasosis with tri-amcinolone acetonide. Graefes Arch Clin Exp Ophthalmol 245:305-308, 2007***

肺小細胞癌が眼症状を伴う脈絡膜転移により発見された1症例

2009年12月31日 木曜日

———————————————————————- Page 1(111) 16870910-1810/09/\100/頁/JCOPY あたらしい眼科 26(12):1687 1691,2009cはじめに眼内腫瘍のうちで転移性脈絡膜腫瘍の割合は多く,特に原発巣としては肺癌,乳癌が多い.肺癌原発巣の 70%以上は腺癌であり,扁平上皮癌,小細胞癌は 5%にすぎない.これまでに腺癌や扁平上皮癌の脈絡膜転移に関しての化学療法や放射線治療による効果は報告されているが,小細胞癌の脈絡膜転移に関しては,脈絡膜腫瘍の経過,化学療法や放射線治療による効果について詳細に経過を追った報告はされていな〔別刷請求先〕伴由利子:〒629-0197 京都府南丹市八木町八木上野 25公立南丹病院眼科Reprint requests:Yuriko Ban, M.D., Ph.D., Department of Ophthalmology, Nantan General Hosopital, 25 Ueno, Yagi, Yagi-cho, Nantan, Kyoto 629-0197, JAPAN肺小細胞癌が眼症状を伴う脈絡膜転移により発見された 1 症例小林ルミ*1伴由利子*1吉田祐介*1土代操*1中川園子*2竹村佳純*2 小泉閑*3山田知之*3奥沢正紀*4*1 公立南丹病院眼科*2 公立南丹病院内科*3 京都市立病院眼科*4 奥沢眼科医院A Case of Choroidal Metastasis from Small-Cell Lung Carcinoma Diagnosed through Ocular SymptomsLumi Kobayashi1), Yuriko Ban1), Yusuke Yoshida1), Aya Doshiro1), Sonoko Nakagawa2), Yoshizumi Takemura2), Kan Koizumi3), Tomoyuki Yamada3) and Masaki Okuzawa4)1)Department of Ophthalmology, Nantan General Hospital, 2)Department of Internal Medicine, Nantan General Hospital, 3)Department of Ophthalmology, Kyoto City Hospital, 4)Okuzawa Ophthalmological Clinic肺小細胞癌が眼症状を伴う脈絡膜転移で発見された 67 歳,男性の 1 例を経験した.左眼の視野障害を訴え公立南丹病院眼科を受診.初診時左眼眼底に黄斑部耳側から上方にかけて周辺部に及ぶ座位と仰臥位で変化のない隆起性病変を認め矯正視力は 0.9 であった.精査により肺小細胞癌,多発肝転移を含む全身転移がみられ臨床病期は進展型であった.Cisplatin と etoposide の併用療法(PE 療法)により原発巣は部分寛解を認めたが,脈絡膜転移には効果がなく隆起病変は徐々に増大し硝子体混濁も増強し視力は光覚となった.脈絡膜病変に対しての放射線治療を行い,その後塩酸アムルビシン投与を行い脈絡膜腫瘍は縮小したが,光覚を消失した.生存期間の延長が重要であるが,転移巣の増大で眼球摘出する前に,転移巣への治療が必要であり,肺小細胞癌の脈絡膜病変の治療と原発巣の治療とのタイミングが重要と考えられた.We report the case of a 67-year-old male with choroidal metastasis. The patient had progressive loss of visual eld in his left eye, which showed a highly elevated choroidal mass in the upper temporal quadrant of the retina that remained constant in both sitting and reclining positions. Visual acuity in the left eye was 0.9. Further exami-nation revealed small-cell lung carcinoma as the primary tumor. The carcinoma was in the advanced stage and had spread throughout the body, including multiple liver metastasis. PE therapy(combined therapy of cisplatin and etoposide)resulted in partial remission of the original cancer, but was ine ective against the choroidal metas-tasis. The elevated lesion of the retina gradually became bigger, vitreous opacity increased, and visual acuity was reduced to light perception. Following radiotherapy to the choroidal metastasis, chemotherapy using amurubicin hydrochloride was performed and the choroidal tumor became smaller, but the patient lost light perception. There is an important relation between choroidal metastasis and the timing of therapy for the original carcinoma.〔Atarashii Ganka(Journal of the Eye)26(12):1687 1691, 2009〕Key words:脈絡膜転移,肺小細胞癌,放射線治療,塩酸アムルビシン.choroidal metastasis, small-cell lung cancer, radiotherapy, amrubicin hydrochloride.———————————————————————- Page 21688あたらしい眼科Vol. 26,No. 12,2009(112)い.肺癌は近年急峻な増加傾向にあり,今後日常臨床において経験することが増えると予想される1).今回,肺小細胞癌 (small-cell lung cancer:SCLC)が脈絡膜転移で発見され,約 7 カ月間にわたって経過を観察できた症例を経験したので報告する.I症例患者:67 歳,男性.主訴:左眼視野障害家族歴:特記事項なし.嗜好歴:タバコ 1 日 15 本×50 年.既往歴:心筋梗塞(2003 年 4 月),その後は近医内科を月1 回受診していた.現病歴:2004 年 10 月 30 日,左眼の視野異常を訴え近医を受診したところ,左脈絡膜 離と診断され,11 月 8 日公立南丹病院(以下,当院)眼科紹介受診となった.初診時所見:視力は右眼 0.8(0.9×sph 0.50 D(cyl 0.25 D Ax180°), 左 眼 0.6(0.9×sph 1.00 D(cyl 0.50 D Ax 160° )であった.眼圧は右眼 10 mmHg,左眼9 mmHgであり,両眼とも結膜充血はなく,前房は両眼とも深さ正常で,左眼に炎症性細胞が 1+みられたが,右眼にはなかった.対光反射は両眼とも異常なく水晶体にはわずかの混濁があった.左眼眼底の黄斑部耳側から上方にかけて座位と仰臥位で変化のない黄白色の隆起性病変があり,硝子体内は白色細胞(+)であった(図 1).右眼眼底に異常はなかった.蛍光眼底造影では左眼は後期において隆起性病変より顆粒状過蛍光を認めたが,右眼は異常所見を認めなかった.動的量的視野検査では左眼は鼻側を中心に約 4 分の 3 の視野欠損があり,右眼の視野は正常であった(図 2).血液検査では軽度の肝障図 1初診時の左眼眼底写真黄斑部耳側から上方にかけて周辺部に至る,座位と仰臥位で変化のない隆起性病変がみられる.図 3初診時のmagnetic resonance image(MRI)上:T2 強調画像(冠状断),下:造影 T1 強調画像(水平断).脈絡膜に沿って上方,下方,耳側の 3 カ所に腫瘤があり増強効果を認めた.視神経への浸潤はみられない.左眼右眼図 2初診時のGoldmann視野検査右眼は正常,左眼は鼻側を中心に約4 分の 3 の視野欠損を認めた.———————————————————————- Page 3あたらしい眼科Vol. 26,No. 12,20091689(113)害を認め,CRP(C 反応性蛋白)は正常範囲であった.眼窩造影 magnetic resonance image(MRI)では脈絡膜に沿って上方,下方,耳側の 3 カ所に腫瘤を認め,T1 強調画像で低信号,T2 強調画像で低信号を呈し造影効果を認めた.最大のものは直径約 14.8 mmであった(図 3).経過:ぶどう膜炎,あるいは転移性脈絡膜腫瘍や脈絡膜悪性黒色腫などの眼内腫瘍を疑い胸部単純 X 線を行ったところ,肺野に直径 4 5 cmの腫瘍性病変があり,胸部 CT(コンピュータ断層撮影)では左肺下葉に 5×4 c m大の造影効果を有する腫瘍があった(図 4A).喀痰細胞診で Class V small-cell carcinoma が検出された.気管支鏡検査で左 B6(上-下葉枝)入口近くに腫瘍があったが,全周性に腫瘍性の狭窄をきたし直視下には腫瘤は観察されず生検は行われなかった.SCLCに特異的な腫瘍マーカーである pro-gastrin-releasing pep-tide が 8,000(正常値 46.0 p g/ml 未満)と異常高値であり,喀痰細胞診の所見と合わせて SCLC と診断された.胸・腹部 CT 検査で同側縦隔リンパ節転移,多発性肝転移(図4B),副腎転移,腹腔内リンパ節転移がみられた.これにより,左眼内の病変も SCLC の脈絡膜転移と考えられた.臨床病期は TNM 分類 T4N2M1,進展型と診断され,11 月 22日より cisplatin と etoposide の併用療法(PE 療法)4 クールが開始された.12 月 6 日には隆起性病変はやや広がり黄斑部にかかり硝子体内の白色の混濁も増加し,左眼視力は 0.02(0.06×sph+4.50 D)と急激に低下した(図 5).2005 年 1 月 27 日にはさらに隆起性病変は広がり,視力は手動弁に低下した.2 月 7 日には硝子体混濁が強くなり,視力は光覚となった(図 6).2 月 8 日の MRI では腫瘍はやや縮小していたが,血性滲出物による 離腔の体積は増加がみられた(図 7).2 月10 日 PE 療法 4 コースを終了した.2 月 18 日には隆起性病変は虹彩のすぐ後ろにまで達し,眼底は混濁が強く透見不能であった.この間,内科的には原発巣肺腫瘍の縮小を認め部図 4 胸部CT(A)および腹部CT(B)胸 部 C T(A)では左肺下葉に 5×4 c m大の腫瘤,縦隔および肺門部のリンパ節転移を認める.腹部 CT(B)では肝臓両葉に多数の転移巣を認める. 図 512月6日の眼底写真隆起性病変は広がり黄斑部にかかり,視力は矯正 0.06 に低下した.図 62月7日の眼底写真硝子体混濁は増加し視力は光覚となった.———————————————————————- Page 41690あたらしい眼科Vol. 26,No. 12,2009(114)分寛解となった.当院放射線科では放射線治療を行っていないため,2 月 20 日脈絡膜転移に対する放射線治療を目的で京都市立病院に転院となった.3 月 2 日 11 日にかけて放射線治療が行われた.5×5 cmの範囲に 0°と 45°の二門照射,水晶体を避けるため角膜に水晶体カバーフィルターを使用し3 Gy の照射が 8 回行われた.当初は 10 回の予定であったが全身状態悪化,吐き気,食欲不振などのため中止となった.3 月 4 日腫瘍の後方からの圧排により前房が浅くなり眼圧は30 mmHgと上昇したため,同院眼科よりラタノプロスト点眼が処方され 15 mmHg程度となった.3 月 10 日同院退院となったが,3 月 13 日疼痛,吐き気を訴え当院救急外来を受診し即日再入院となった.3 月 15 日には右眼の視力は 1.2(n.c.),左眼は光覚弁( ),RAPD(relative a erent pupillary defect;相対的瞳孔求心性障害)(+)であった.前房炎症は認めず,左眼眼底は透見不能であった.3 月 18 日に内科より多発性骨転移に対し,塩酸アムルビシンの点滴が開始された.4 月 8 日は左眼視力は光覚弁( )のままであったが,眼底は透見可能となり網膜の隆起は減少した.4 月 22 日には網膜の隆起は明らかに減少し,5 月 12 日の眼窩 MRI では腫瘍の消失が確認された(図 8).その後全身状態が悪化し 7 月 18 日癌性髄膜炎にて死亡した.剖検は行われなかった .II考按転移性脈絡膜腫瘍は,肺癌と乳癌によるものが多く,乳癌と肺癌を合わせると全体の 70 80%となる2).原発巣の診断前に癌転移が発見されたものは乳癌では 7.7 8.9%であるのに対して,肺癌では 56.7 65.2%と報告されている2,3).脈絡膜転移の治療法として,腫瘍が小さいうちは光凝固療法4,5)や冷凍凝固法6)の適応となるが,腫瘍が大きい場合は放射線療法が必要となる.箕田らは,腫瘍が黄斑部にあるとき,また,4 乳頭径以上の場合,または漿液性網膜 離を伴うときは放射線療法が必要であるとしている2).今回は初診時の腫瘍の直径は 14.8 m mと,明らかに 4 乳頭径以上であり放射線治療の対象であった.放射線療法に対しての反応はさまざまであり,反応が悪ければ腫瘍増大により緑内障を起こし眼球摘出を余儀なくされる場合もある3)ため,時期を逸せず放射線治療を行うことが必要である.今回,脈絡膜転移発見後,多臓器転移を伴う肺癌が見つかり,全身的治療を優先して化学療法が終了した時点で放射線治療を行った.放射線治療後,腫瘍は明らかに縮小したが,残念ながら失明した.今回治療がさらに遅れていれば眼圧上昇に伴う疼痛により眼球摘出を余儀なくされた可能性はある.以上より,転移性脈絡膜腫瘍に対して放射線治療を行う場合,全身治療をしながらのタイミングが重要であ図 72月8日のMRI T1強調画像(PE 療法後)上:冠状断,下:水平断.腫瘍は明らかに縮小し, 離腔に血性滲出物がみられる.図 8 5月12日のMRI T1強調画像(放射線療法および塩酸アムルビシン治療後)上:冠状断,下:水平断.網膜 離は残存しているが,腫瘍は消失した.———————————————————————- Page 5あたらしい眼科Vol. 26,No. 12,20091691(115)る.つまり,生存期間の延長が最も重要であるため化学療法が優先されるが,転移巣の増大により眼球摘出に至る前に転移性脈絡膜腫瘍への治療が必要であり,原発巣の状態,他臓器転移の有無,全身状態,予後を考慮して内科医と検討を行い治療をしなくてはいけない.今回は片眼性であったが,特に両眼性の場合は患者の quality of life も考慮に入れて治療方針を考える必要がある.さらに,当院では放射線治療を行っていないため,化学療法終了後転院してからの放射線治療となったが,放射線治療が可能な病院の場合,化学療法と並行して放射線治療を行うことも検討すべきである.転移性脈絡膜腫瘍の放射線治療に対する反応に関して,箕田ら2)はぶどう膜転移の過去の報告 105 例を検討し,直径10 mm以上で特に網膜 離を伴う場合は十分な反応が得られないことが多いと述べている.Bottke ら7)は37例49眼を対象として 90%で視力は不変あるいは改善したと報告している.Rudoler ら8)は 188 例 233 眼を検討し,眼球保存率は 98%と良好であり,55 歳以下で視力が 20/60 以上,腫瘍の直径が 15 m m以下は特に反応がよいと述べているが,組織型に関しては検討されていない.本症例は放射線治療を開始した時点で年齢は 55 歳以上,視力は光覚,腫瘍の直径は18.4 mm程度であったが,小細胞肺癌は一般的に放射線感受性がよいため,著明に腫瘍は縮小したと考えられる.SCLC は早期に急速な増大,全身転移を起こし,診断時大半の症例で縦隔リンパ節に転移を認め,6 割以上が遠隔転移を認めることが知られている9).一方で化学療法や放射線療法に対する感受性が高いため,治療の主体は化学療法や放射線療法となる9).SCLC は,その治療を行うにあたって限局型と進展型の 2 つに大別される.限局型では化学療法と放射線治療の合併療法,今回の症例にあたる進展型には併用化学療法が標準的治療となっている.小細胞癌は化学療法により明らかな生存期間延長効果が期待されるため,化学療法を計画どおりに遂行することが大切とされる9).今回の症例では,PE 療法により,内科的には原発巣肺腫瘍の縮小を認め部分寛解となったが,脈絡膜転移に対しては効果がなく腫瘍は増大し失明に至った.一方で,その後の多発性骨転移に対して行われた塩酸アムルビシン全身投与により,脈絡膜腫瘍は明らかに縮小した.塩酸アムルビシン投与前に行われた放射線治療による効果もあると考えられるが,塩酸アムルビシンが奏効した可能性がある.塩酸アムルビシンは 2002 年 4 月に厚生労働省から承認されたアントラサイクリン系抗癌薬であり,未治療進展型 SCLC に対して奏効率は 76%,生存期間中央値は平均 11.7 カ月と多剤併用療法に匹敵する成績とされる10).今回のような進展型 SCLC の標準治療として PE 療法は一般的であり,塩酸アムルビシンはセカンドライン治療薬として有用であると第Ⅱ相臨床試験で報告されており,内科医が両治療法を選択した.転移性脈絡膜腫瘍に対しての化学療法の効果については報告がなく,効果の有無に関しては,診察により判定し,効果がない場合は内科医と相談のうえ,次の治療法を考慮する必要がある .転移性脈絡膜腫瘍の患者の平均生存期間は短い.原発巣により,箕田ら2)は肺癌は 6 カ月,乳癌は 10 カ月と報告し,Bottke ら7)は乳癌 21.7 カ月,その他は 15.1 カ月と述べている.今回は約 8 カ月の生存期間であった.限られた時間のなかで quality of life を保ちつつ生存期間を長く保てるよう,速やかに診断し,治療方針を迅速にたてて対処することが重要である.文献 1) 吉見逸郎,祖父江友孝:高齢化する肺がん,急増する腺がん.癌の臨床 49:989-996, 2003 2) 箕田健生,小松真理,張明哲ほか:癌のブドウ膜転移.癌の臨床 27:1021-1032, 1981 3) 上野脩幸,玉井嗣彦,園部宏ほか:胞状網膜 離で発症した肺癌のぶどう膜転移例,眼紀 37:560-568, 1986 4) 小松真理,大西智子,箕田健生:葡萄膜転移癌の保存的治療.臨眼 35:1823-1828, 1981 5) 奥間政昭,井東弘子,中西祥治ほか:肺癌の脈絡膜転移例.眼臨 82:1081-1084, 1988 6) 上谷弥子,月本伸子,田場久代ほか:転移性脈絡膜腫瘍に対する冷凍凝固.日眼会誌 86:1081-1089, 1982 7) Bottke D, Wiegel T, Kreuse KM et al:Radiotherapy of choroidal metastases in patients with disseminated cancer. Onkologie 23:572-575, 2000 8) Rudoler SB, Shields CL, Corn BW et al:Functional vision is improved in the majority of patients treated with extended-beam radiotherapy for choroidal metastases:a multivariate analysis of 188 patients. J Clin Oncol 15:1244-1251, 1997 9) 矢野聖二,西久保直樹,曽根三郎:病期に基づく治療方針の選択.内科 95:50-53, 2005 10) 日本化薬株式会社,カルセドR製品概要,2006 年 6 月改訂第5版***

角膜内皮移植術中に高眼圧を生じた1例

2009年12月31日 木曜日

———————————————————————- Page 1(107) 16830910-1810/09/\100/頁/JCOPY あたらしい眼科 26(12):1683 1686,2009cはじめに角膜内皮移植術は Melles らによって考えられ1),現在のDescemet’s stripping automated endothelial keratoplasty(DSAEK)が報告されて以来2),術式の改良とともに術後成績の向上がみられ3 8)一定の成果が出てきた.しかし,日本における角膜内皮移植の最初の報告9)から日が浅いこともあって全層角膜移植術のように確立された術式に至っておらず,まだまだ改善の余地があるのも事実である.その一因として全層角膜移植に比べて術中操作が多く煩雑なため,これまでの全層角膜移植では経験することがなかった術中合併症に 遭 遇 す る 機 会 が 生 じ る よ う に な っ た. 今 回 筆 者 ら は,DSAEK 術中のドナー角膜内皮片挿入後に前房内を空気で置換したところ,空気が硝子体側へ迷入したため高眼圧を生じるに至った 1 例を経験したので報告する.〔別刷請求先〕清水一弘:〒569-8686 高槻市大学町 2-7大阪医科大学眼科学教室Reprint requests:Kazuhiro Shimizu, M.D., Department of Ophthalmology, Osaka Medical College, 2-7 Daigaku-cho, Takatsuki city, Osaka 569-8686, JAPAN角膜内皮移植術中に高眼圧を生じた 1 例清水一弘勝村浩三服部昌子山上高生向井規子池田恒彦大阪医科大学感覚器機能形態医学講座眼科学教室A Case of Ocular Hypertension Occurring during Descemet’s Stripping Automated Endothelial KeratoplastyKazuhiro Shimizu, Kouzou Katsumura, Masako Hattori, Takao Yamagami, Noriko Mukai and Tsunehiko IkedaDepartment of Ophthalmology, Osaka Medical College角膜内皮移植術(Descemet’s stripping automated endothelial keratoplasty:DSAEK)の前房内空気置換時に空気が硝子体側へ移動し高眼圧を生じた 1 例を経験したので報告する.症例は 79 歳,男性.2007 年に白内障手術を施行されたが,術後に水疱性角膜症を生じたため 2008 年 10 月に DSAEK を行った.内皮片を前房内に引き込み空気を注入したところ空気が虹彩下に流入した.さらに空気を追加したところ突然前房が消失し高眼圧を呈した.前房側から人工房水と空気の置換を試みたが困難であったため,毛様体扁平部より空気を抜去したところ前房が形成された.術後,内皮片は前房内に脱落することはなく改善傾向がみられ始めていたが,術後 3 日目に角膜ヘルペスが生じ地図状角膜炎となった.白内障術後の水疱性角膜症に対して DSAEK はよい適応とされているが,Zinn 小帯が脆弱化している可能性を考えておく必要がある.During Descemet’s stripping automated endothelial keratoplasty(DSAEK)in a 79-year-old male, air injected to ll the anterior chamber moved into the vitreous body, resulting in ocular hypertension. In 2007, the patient had undergone cataract surgery, but because he experienced bullous keratopathy postoperatively, he underwent DSAEK in October 2008. A corneal endothelial lenticule was placed in the anterior chamber to inject air into the anterior chamber;air entered below the iris. However, the anterior chamber suddenly collapsed when more air was injected, and ocular pressure increased. As replacing air inside the anterior chamber was di cult, air was removed from the ciliary ring and the anterior chamber was formed. Postoperatively, the corneal endothelial lenti-cle tended to improve without falling inside the anterior chamber, but the patient developed corneal herpes on postoperative day 3, resulting in geographic keratitis. Although DSAEK is considered suitable for bullous keratopa-thy following cataract surgery, possible fragility of the zonule of Zinn should be kept in mind.〔Atarashii Ganka(Journal of the Eye)26(12):1683 1686, 2009〕Key words:角膜内皮移植術,高眼圧,水疱性角膜症,全層角膜移植.Descemet’s stripping automated endothelial keratoplasty(DSAEK), ocular hypertension, bullous keratopathy, penetrating keratoplasty.———————————————————————- Page 21684あたらしい眼科Vol. 26,No. 12,2009(108)I症例患者:79 歳,男性.主訴:右眼の視力障害.初診:2008 年 7 月 30 日.既往歴:幼児期に眼外傷にて左眼弱視となる.両眼の強度近視.脳梗塞,狭心症,高血圧,リウマチ.現病歴:2007 年 1 月に近医にて右眼の水晶体再建術+眼内レンズ挿入術を施行するも 2008 年 7 月に水疱性角膜症を発症.右眼の白内障術前の角膜内皮細胞数は 1,009 個/mm2.角膜移植手術目的にて大阪医科大学附属病院眼科を紹介受診となった.初診時所見:視力は右眼 10 c m指数弁(矯正不能),左眼0.01(0.02×sph 7.0 D(cyl 1.25 D Ax40°).眼圧は右眼12 mmHg,左眼 14 mmHg.角膜内皮細胞数は右眼測定不能,左眼 976 個/mm2.経過:初診時,症例の右眼角膜は Descemet 膜皺襞を伴った実質の浮腫を生じ水疱性角膜症となっていた(図 1).角膜周辺部の一部に血管侵入が起こり始めていたが軽微であった.左眼は Fuchs 角膜内皮ジストロフィを生じていた.水疱性角膜症が発症してから 1 年半と比較的短いこと,前房も深くすでに眼内レンズが挿入されていたことより,従来の全層角膜移植ではなく DSAEK を選択し,2008 年 10 月に手術を行った.提供角膜はアメリカからの海外ドナー角膜でDSAEK 用に強膜片の大きな提供眼を使用した.ドナー角膜内皮移植片の作製には人工前房装置とマイクロケラトーム(Moria 社,フランス)を使用し,内皮移植片は問題なく作製できた.ホスト側の内皮を 離するにあたって角膜内皮側の染色を試み,トリパンブルーを前房内に注入したところ,虹彩に異常な挙動を認めた.さらに前房保持のため 12 時の位置に前房カニューラを挿入すると再度虹彩にうねりを生じた.前房保持は可能であったため,逆 Sinskey フックにてDescemet 膜 離を完成させ,Busin グライド(Moria 社,フランス)を用いて内皮移植片を前房内に引き込み10),30 ゲージ針を付けた 2.5 ml のシリンジにて右眼の 10 時のサイドポートから前房内に空気を注入したところ,虹彩のうねりが再度生じるとともに一瞬にて空気が虹彩下に回った(図 2).さらに空気を追加したところ前房が消失した(図 3).これらの際に眼内レンズが大きく偏位しているのが確認でき瞳孔領から前 の一部が視認できた.人工房水の前房内投与を試みたが,前房内を水に置換することはできなかった.眼球を触診すると明らかな高眼圧となっていた.複数回前房形成を試みたが遂行できなかったため,硝子体圧軽減目的で毛様体扁平部から 20 ゲージの V ランスを挿入して引き抜いたところ図 1初診時右眼前眼部写真Descemet 膜皺襞を伴い実質浮腫が著しく水疱性角膜症に至っている.図 2DSAEK術中写真前房カニューラの挿入にて虹彩のうねりが生じ,空気が虹彩下に迷入した.図 3DSAEK術中写真内皮移植片挿入後に前房内空気置換できず前房虚脱となった.———————————————————————- Page 3あたらしい眼科Vol. 26,No. 12,20091685(109)一気に空気が排出された(図 4).それと同時に眼圧が下降し前房が形成された.ゆっくり少しずつ空気を前房に注入し創を閉じ手術を終了した.術後夜間に軽い眼痛と嘔気の訴えがあったが自制範囲内で朝には消失していた.術翌日角膜内皮移植片の脱落もなく前房形成も良好であったが,角膜浮腫が著明であった(図 5).前房内に空気が約 3分の 1 ほど残存していたため引き続き仰臥位で経過観察とした.抗生物質(レボフロキサシン)とステロイド(ベタメタゾン)の点眼で経過をみていたところ術後 4 日目に角膜全体がフルオレセインに染色される角膜上皮障害がみられ,角膜ヘルペスの地図状角膜炎の発症が疑われた.ただちにアシクロビル眼軟膏を 5 回/日,バラシクロビル 1,000 m g/日投与したところ徐々に改善傾向がみられ,術後 1 週間目にはおおむね角膜上皮の修復が得られた.しかし角膜実質浮腫が遷延し内皮機能不全となり術後 1 カ月経過しても角膜実質の透明化は得られなかった.初回手術後 3 カ月を待って全層角膜移植術を行った(図 6).手術は問題なく終了し,バラシクロビル 1,000 mg/日を 1 週間,アシクロビル眼軟膏を 1 回/日を 3週間投与し,角膜ヘルペスの再発はみられず,透明治癒した.II考按2007 年に近医にて右眼の水晶体再建術+眼内レンズ挿入術が施行されたが,後日問い合わせたところ,術中合併症はなく通常どおり何の問題もなく終了したとのことであった.他眼である左眼は角膜内皮スペキュラー検査所見より内皮細胞数が 976 個/mm2と減少しており,右眼は水疱性角膜症のため内皮所見が得られず詳細は不明だが,右眼白内障術前の内皮細胞数が 1,009 個/mm2と極端に少なく,左眼の状況から推測して右眼にも Fuchs 角膜内皮ジストロフィなど内皮障害に至る所見が白内障手術前に存在したものと推測される.角膜内皮細胞数が少ない眼に手術侵襲が加わり水疱性角膜症に至ったものと思われる.DSAEK を施行するにあたってレーザー虹彩切開術後の水疱性角膜症では閉塞隅角眼の前房の浅さが弊害となり,術中前房内操作の煩雑さから DSAEK は困難といわれている11)が,本症例は白内障術後で前房は深くすでに眼内レンズも挿入されており,DSAEK のよい適応と考えられた.また,水疱性角膜症を発症してから長期間経過すると角膜実質混濁が生じ透明治癒しにくいといわれているが,症例の罹病期間は1 年半と比較的短いことなどから回復が可能と考え,今回は全層角膜移植ではなく DSAEK を選択した.術前に右眼を細隙灯顕微鏡で観察した際にはさほど角膜の混濁は気にならなかったが,ホスト側の内皮を 離するにあ図 4DSAEK術中写真著明な高眼圧のため毛様体扁平部より空気を抜いたところ前房が形成された.図 5術後前眼部写真内皮移植片の脱落はないが角膜浮腫が著明である.図 6再移植後の前眼部写真全層角膜移植で透明治癒した.———————————————————————- Page 41686あたらしい眼科Vol. 26,No. 12,2009(110)たって手術用顕微鏡下では思いのほか角膜浮腫が強く視認性が不良であったためトリパンブルーによる角膜内皮側の染色を試みた.トリパンブルーの前房内注入時に虹彩のうねりを伴った異常な挙動がみられたが,最初はシリンジを強く押しすぎたためかと思われた.しかし,内皮移植片を前房内に引き込み,前房内に空気を注入したところ前述の虹彩のうねりが再度生じるとともに一瞬にて空気が虹彩下に回り前房も消失していた.その際に眼内レンズはレンズを覆っている ごと空気注入した側の逆の 3 時方向に大きく偏位し Zinn 小帯離断の発生が疑われた.このことより前房が消失し高眼圧となったのは Zinn 小帯の脆弱性によって空気が硝子体に回ったためと考えられた.再度慎重にゆっくりと前房内空気置換を行うことによって前房は形成されたため,初回の空気注入に際してシリンジを強く押しすぎたことも否めない.いずれにせよこのような症例の存在を認識し慎重な操作が必要と考えられた.術直後から内皮機能不全を生じたのは術中前房が消失している時間が計 10 分以上に及び,虹彩と内皮面の接触が続いたことによる機械的障害によりドナー角膜内皮細胞が一気に脱落したことによるものと考えられた.DSAEK を完遂させるにはおよそ 25 の手技を要するが,そのなかで最も大事な箇所が内皮移植片の前房内への引き込みと内皮挿入後に行う前房内空気置換である.これらの操作がドナー内皮細胞数の残存に大きく影響することが明らかだが,今回のような術中合併症の発症は致命的な結果を招く可能性が大きいことより Zinn 小帯脆弱例の存在を認識しておく必要があると思われた.全層角膜移植とは異なり内眼手術となった DSAEK では術中高眼圧が生じる可能性があることを知っておくべきであろう.今回再移植の術式を選択するにあたっては,DSAEK では同じ現象が生じることが容易に想像されたため,全層角膜移植術を施行し術中合併症はみられなかった.抗ウイルス薬により角膜ヘルペスの再発が防げたことより,予防投与は有効な手段であると思われた.本論文の要旨は第 33 回角膜カンファランス・第 25 回日本角膜移植学会にて発表した.文献 1) Melles GR, Eggink FA, Lander F et al:A surgical tech-nique for posterior lamellar keratoplasty. Cornea 17:618-626, 1998 2) Price FW Jr, Price MO:Descemet’s stripping with endo-thelial keratoplasty in 50 eyes:a refractive neutral corne-al transplant. J Refract Surg 21:339-345, 2005 3) Terry MA, Ousley PJ:Deep lamellar endothelial kerato-plasty in the rst United States patients. Early clinical results. Cornea 20:14-18, 2001 4) 榛村重人:【前眼部アトラス】角膜 角膜内皮移植術後.眼科プラクティス 18:317-318, 2007 5) 稲富勉:角膜内皮移植 Descemet’s Stripping Automated Endothelial Keratoplasty(DSAEK). IOL&RS 22:181-186, 2008 6) 井上智之,大島佑介:重症水疱性角膜症に対する角膜内皮移植術におけるシャンデリア照明の有効性.眼科手術 21:197-201, 2008 7) 魏 ,前野則子:レーザー虹彩切開術後の水疱性角膜症に対し,角膜内皮移植術(DSAEK)を行った 2 例.眼臨紀 2:136-139, 2009 8) 江口洋,松下新悟,井上昌幸ほか:DSEK で内皮移植片挿入に毛様溝縫着針を用いた 3 例.眼科手術 22:89-92, 2009 9) 佐野洋一郎:角膜内皮移植.あたらしい眼科 21:143-147, 2004 10) Busin M, Bhatt PR, Scorcia V:A modi ed technique for descemet membrane stripping automated endothelial ker-atoplasty to minimize endothelial cell loss. Arch Ophthal-mol 126:1133-1137, 2008 11) Kobayashi A, Yokogawa H, Sugiyama K:Non-Descemet stripping automated endothelial keratoplasty for endothe-lial dysfunction secondary to argon laser iridotomy. Am J Ophthalmol 146:543-549, 2008***

白内障術前患者の眼瞼縁における細菌検査の検討

2009年12月31日 木曜日

———————————————————————- Page 11678あたらしい眼科Vol. 26,No. 12,2009(00)1678 (102)0910-1810/09/\100/頁/JCOPY あたらしい眼科 26(12):1678 1682,2009cはじめに白内障手術は視力を改善するのみでなく,さらに高度なquality of vision を目指す手術となってきている.しかし術後眼内炎は,著しく減少したとはいっても重篤な視力障害を残す合併症として今なお問題である.術後眼内炎の原因としては結膜 の常在菌が有力視され,さまざまな対策が講じられてきた.近年はそれに加えてマイボーム腺分泌物中の菌が原因として注目されており1,2),これについても,ドレーピングなどの対策が普及している.しかし結膜 の常在菌についての報告に比べると,瞼縁部分の常在菌についての報告は少ない.咲花病院(以下,当院)においては,2004 年から 5年間に白内障手術を予定している患者に対して瞼縁の擦過細菌検査を術前に行ってきたのでその結果を報告する.I対象および方法対象は,当院にて 2004 年 1 月 2008 年 12 月までの 5 年間に白内障手術を行った 205 例 250 眼である.半年以内に角結膜あるいは涙道に感染性疾患のあったもの,検査時に結膜充血や眼脂やマイボーム腺炎などが認められたものは除外した.抗菌薬またはステロイドを長期間にわたって点眼していたものも除外した.患者の年齢は 19 98 歳(平均 73.4±13.0 歳).性別は,男性 109 例 117 眼(76.1±11.9 歳),女性96 例 133 眼(70.3±13.6 歳)であった.検体は白内障手術の 2 週間前に,何も点眼を行わない状態で下眼瞼縁を軽く外反させて滅菌綿棒(スワブキット3R,㈱ホーエイ)をマイボーム腺開口部に当て,瞼縁に沿って 1 2〔別刷請求先〕村上純子:〒594-1105 和泉市のぞみ野 1-3-30啓仁会咲花病院眼科Reprint requests:Junko Murakami, M.D., Ph.D., Division of Ophthalmology, Sakibana Hospital, 1-3-30 Nozomino, Izumi-shi, Osaka 594-1105, JAPAN白内障術前患者の眼瞼縁における細菌検査の検討村上純子*1下村嘉一*2*1 啓仁会咲花病院眼科*2 近畿大学医学部眼科学教室Bacterial Flora at Lid Margin Prior to Cataract SurgeryJunko Murakami1) and Yoshikazu Shimomura2)1)Division of Ophthalmology, Sakibana Hospital, 2)Department of Ophthalmology, Kinki University School of Medicine白内障術前患者 205 例 250 眼について,眼瞼縁の細菌培養検査および薬剤感受性検査を行った.43 例 44 眼に細菌が同定された(17.6%).総検出菌数は 52 株で,コアグラーゼ陰性ブドウ球菌(CNS)が 44%,コリネバクテリウム属が 15%,黄色ブドウ球菌(Staphylococcus aureus)が 8%であった.CNS の薬剤感受性を調べるとメチシリン耐性株では,ニューキノロン耐性も高率になっていた.高齢者では若年者に比べ菌の検出率が高く,グラム陰性菌の割合が高い傾向があった.合併症との関連は高血圧以外では認められなかった.眼瞼縁の菌検査報告は少なく,従来の結膜 などの細菌検査に関する報告と比較すると,今回の結果は菌の検出率が低かったが,菌種や薬剤耐性,年齢の影響,合併症などの傾向はほぼ同様であった.We investigated the rates of bacterial isolation from the lid margins of patients who were about to undergo cataract surgery. Of the 205 patients(250 eyes), 43(44 eyes, 17.6%)had positive bacterial growth(52 strains). The isolated bacteria included Staphylococci(44%), Corynebacteria(15%)and Staphylococcus aureus(8%). The methicillin-resistant Staphylococci were also resistant to uoroquinolone. Elderly patients had more lid margin bac-teria and a greater frequency of Corynebacteria and gram-negative rods than did those younger than 80 years. Although our lid margin isolation rate was less than rates previously reported from conjunctiva and lid, the bacte-rial strains, drug sensitivity, e ect of age and e ect of complications showed nearly identical inclinations.〔Atarashii Ganka(Journal of the Eye)26(12):1678 1682, 2009〕Key words:眼瞼縁, 常在菌, 細菌培養, 年齢別, 術前患者.lid margin, bacterial ora, bacterial culture, advanced age, pre-operative patients.———————————————————————- Page 2あたらしい眼科Vol. 26,No. 12,20091679(103)往復させて採取した.患者が苦痛を感じない程度の擦過とし,事前のマイボーム腺圧迫などは行わなかった.綿棒は付属の輸送用培地に挿入し,日本医学臨床検査研究所に塗抹検鏡,培養同定および感受性検査を委託した.分離培地はヒツジ血液寒天培地ならびにドリガルスキー(Drigalski)改良培地が用いられ,35℃で最大 48 時間培養された.嫌気培養は行われなかった.菌の増殖が認められたものについては,ゲンタマイシン(GM),トブラマイシン(TOB),クロラムフェニコール(CP),ノルフロキサシン(NFLX),オフロキサシン(OFLX)について感受性検査を行った.全身合併症としては糖尿病,高血圧,脳梗塞,心疾患,認知症,人工透析,慢性呼吸器疾患,内分泌疾患,膠原病およびアトピー性皮膚炎の有無を調べ,眼合併症としてはドライアイ,網膜疾患,緑内障の有無を調べた.統計的検証はイエーツ(Yates)の連続補正によるc2独立性の検定を用いた.II結果1. 全例での検出菌種と薬剤感受性術前患者 205 人 250 眼のうち,塗抹検鏡で菌が検出されたものは 13 例 13 眼であった.培養によって菌の同定ができたものは 43 例 44 眼(50 株),塗抹検鏡では確認できたが好気培養で検出できなかったものが 2 例 2 眼であった.両眼の検査を行ったのは 45 例であったが,両眼から菌が検出されたのは 1 例だけであった.分離同定された菌種は,コアグラーゼ陰性ブドウ球菌(CNS)が 23 株(44%)と最も多く,そのうち 5 株(10%)はメチシリン耐性コアグラーゼ陰性ブドウ球菌(MR-CNS)であった.コリネバクテリウム属が 8株(15%),黄色ブドウ球菌が 4 株(8%),そのうちメチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)は 1 株(2%)であった(図1).その他に分類した菌種は,Acinetobacter baumannii,Escherichia coli,Haemophilus in uenzae,Klebsiella oxy-toca,Klebsiella pneumoniae,Morganella morganii,Patoea agglomeras,Pseudomonas aeruginosa など,9 株(17%)であり,いずれもグラム陰性桿菌であった.塗抹検鏡で菌が認められたが培養同定できなかった 2 例 2 眼はいずれもグラム陰性桿菌であった.1 眼から 1 株の菌だけが同定されたのが 36 眼,2 株の菌が同定されたのが 8 眼であった.3株以上の菌が同定された症例はなかった.薬剤感受性検査では,GM と TOB の感受性はともに 68.2%,CP の感受性は 77.3%,OFLX と NFLX の感受性はともに 63.4%であった.CP は 5 薬剤のなかで唯一 MRSA(1株)に感受性があった.検査した 5 薬剤すべてに耐性であった株は CNS の 1 株だけであった.最も多く検出された菌種である CNS について,メチシリン感受性株(MS-CNS)とメチシリン耐性株(MR-CNS)で 5 薬剤に対する感受性を比べると,MS-CNS ではいずれの薬剤においても感受性を示す株が過半数を占めたが,MR-CNS ではいずれの薬剤に対しても感受性株の割合は低かった(図 2).0255075100GMTOBCPNFLXOFLXGMTOBCPNFLXOFLXメチシリン感受性株(MS-CNS)メチシリン耐性株(MR-CNS):耐性:中間:感受性検出細菌株の割合(%)図 2コアグラーゼ陰性ブドウ球菌(CNS)の薬剤感受性の比較 感受性コアグラーゼ陰性ブドウ球菌( ) ( ) 性コアグラーゼ陰性ブドウ球菌( ) ( )コ ウ ( ) ( ) ( ) ( ) の ( ) 感受性 ブドウ球菌( ) ( ) 性 ブドウ球菌( ) ( ) に検出 ( )図 1検出菌の内訳 年齢層( )検 症例 (眼) 菌 陰性 菌 性図 3年齢層別にみた菌検出の有無———————————————————————- Page 31680あたらしい眼科Vol. 26,No. 12,2009(104)2. 年齢層別の菌種と感受性患者を 50 歳未満,50 歳代,60 歳代,70 歳代,80 歳以上に分けて,年齢層別に検討すると,症例数は年齢が高いほど多く,菌の検出株数および検出率は 50 歳未満 1 株 9.1%,50 歳代 5 株 25.0%,60 歳代 8 株 14.9%,70 歳代 12 株 11.6%,80 歳以上 26 株 25.6%であった(図 3).菌の検出率を80 歳以上と 50 歳以上 79 歳以下で比較すると 80 歳以上で有意に高かった(p<0.05).菌種をみると,79 歳までの各年齢層では CNS,黄色ブドウ球菌などブドウ球菌属が過半数を占めていたが,80 歳以上ではコリネバクテリウムとその他のグラム陰性桿菌の割合が増加し,ブドウ球菌属は半数以下であった(図 4).OFLX に対する感受性をみてみると,69歳までは耐性株は認められなかった.70 歳代では 27%,80歳 以 上 で は 26% の 株 が 耐 性 を 示 し て い た. 菌 種 お よ びOFLX 耐性については年齢間で有意差は認められなかった(図 5).3. 合併症の有無による差合併症の有無で菌の検出率を比較すると,有意差のあった疾患は高血圧だけであった(p<0.01).高血圧を合併した症例は,そうでない症例よりも菌の検出率が高かった(表 1).4. 術後眼内炎今回調査した全症例に,早期および晩期の術後眼内炎を生じた症例はなかった.アトピー性皮膚炎の症例では,1 カ月後の再検査で菌は検出されなかった.その他の症例について,再検査は行っていない.III考察当院で行った眼瞼縁からの細菌検出率は 17.6%であり,これまで報告されている手術前の細菌検出率(結膜 98 34.3%3 12), 眼瞼縁 84.6%11), マイボーム腺分泌物 70.7%12),涙液 50%13))のいずれの値よりも低かった.その理由としては,検体の採取方法による問題と,培養方法による問題が考えられる.当院では検体を採取する際,マイボーム腺分泌物の圧出などを行わずに綿棒で瞼縁を軽くこする程度にとどめていたため,検体の採取量が少なかったと考えられる.日常臨床業務のなかで行っていた検査であったため,手術を控えた患者に対し手術への心理的ストレスの増加を懸念し,患者に苦痛がない程度の擦過にとどめていた.今回集計を行って,検出率の低さが明らかになったが,当院のような手法で行った場合のデータとして,必要ではないかと考えた.原らの報告11)では,結膜 よりも眼瞼縁のほうが菌の検出率も種類も多かったが,彼らは滅菌生理食塩水で湿らせた綿棒を用いて擦過している.当院では乾燥した綿棒を用いたが綿棒の乾湿による差異が影響するのかどうかは検討していない.培養条件については,宮永ら14)が,結膜 の 500 検体を 100 4960 69年齢層(歳)検出細菌株数(株)70 7980 50 593.8 20.0 12.5 25.0 11.5 20.0 25.0 8.3 50.1 051015202530:その他:コリネバクテリウム:MRSA:MSSA:MR-CNS:MS-CNS*100 20.0 50.0 41.9 23.1 20.0 12.5 16.7 7.7 20.0 8.3 3.8 ブドウ球菌属*図 4年齢層別にみた菌種 年齢層( )検出 菌 ( ) 性 感受性 図 5年齢層別にみたOFLXに対する薬剤感受性表 1合併症の有無による菌検出率の違い疾患合併症あり合併症なし症例数(眼)菌陽性数(眼)(%)症例数(眼)菌陽性数(眼)(%)糖尿病54 8(15)19644(21)高血圧6423(36)18629(15)*脳梗塞43 9(21)20773(20)心疾患22 2(9)22850(21)認知症 4 1(25)24651(20)人工透析11 1(9)23951(20)慢性呼吸器疾患13 4(31)23748(19)内分泌疾患 6 2(33)24450(19)膠原病11 3(27)23948(19)アトピー性皮膚炎 4 1(25)24651(20)ドライアイ29 2(7)22150(21)網膜疾患13 2(15)23750(20)緑内障33 7(21)21745(20)高血圧のみ, 菌陽性率に優位差を認めた.(*c2検定:p<0.01)———————————————————————- Page 4あたらしい眼科Vol. 26,No. 12,20091681(105)ずつ振り分けた 5 施設での菌検査結果を比較している.それによると 5 施設では検出率に 45 89%のばらつきがあった.施設間で Propionibacterium acnes(P. acnes)の検出能も異なり,CNS の名称については CNS と総称する施設やすべてを Staphylococcus epidermidis とする施設,CNS のなかの菌種まで同定する施設など施設によって異なっていた.使用している培地も同一ではなく,培養温度は 35℃から 37℃まで,培養時間は 20 時間から 78 時間と差があった.これらのなかには,当院と同一の条件の施設はなかった.日常診療における菌検査は現実には検査に要する費用の制約を受けざるをえない.しかし,検出すべきものが見逃されている可能性があるとしたら,改善しなくてはならない問題である.今回検出された菌の同定結果は,従来の報告にある結膜や瞼縁の菌の同定結果2 11)と矛盾しない.ただし,当院では嫌気培養は行わなかったため,同様に報告の多い P. acnes は検出されなかった.P. acnes は遅発性の眼内炎の原因として問題になっている1,2).今回の結果では,検鏡で菌が観察されたにもかかわらず好気培養で分離同定できなかった症例が2 例あった.塗抹検鏡では菌密度が 105 CFU/ml より高くないと検出できない13)ため,菌が陰性とされた症例にも P. acnes が存在していた可能性が十分考えられる.また,メチシリン感受性のブドウ球菌属に比べて,メチシリン耐性のブドウ球菌属は,キノロン耐性の割合が高いことが堀らにより報告されている3,7).今回の結果からも,そのことが示唆された.年齢による検出率の変化については,年齢によって有意差がないとする報告6,12)と,高齢者で有意に菌の陽性率が高いという報告15)がある.今回の結果について,少数である若年層の影響を除くため 50 歳以上で菌の陽性率を比較したところ,80 歳以上で 50 歳以上 79 歳以下より有意に陽性率が高かった.さらに高齢者ではコリネバクテリウム属とグラム陰性菌の割合が高くなり,CNS の割合が相対的に低くなっていたが,有意差は認められなかった.荒川ら12)は結膜から検出された菌のうち病原性のある菌種について薬剤耐性を調べ,高齢者に耐性率が高くなる傾向を示したが,検出されたすべての菌に対して OFLX 耐性を調べ,年齢層別に比較した今回の結果も同様であった.薬剤感受性検査の種類は,病院採用薬のなかから各診療科ごとにセットを設定したなかの一つで,点眼薬および眼軟膏製剤をもとに構成した 5 種であった.現在は抗菌薬,特にキノロンが多様化しており,感受性検査薬剤の再構成を考慮しなくてはならない.しかし,既成軟膏製剤として使用可能なキノロンは現在でも OFLX だけであり,OFLX の感受性は日常診療において留意する意義があると思われる.合併症と菌の検出率の関係では,高血圧以外で有意差は認められなかった.しかし,高血圧が直接あるいは間接的に眼瞼縁の常在菌にどのように影響するかについては不明である.屋宜ら10)によれば,糖尿病の有無で結膜 の菌の検出率に有意差はなかったが,MRSA の検出率については糖尿病を合併した群に有意に多かった.Grabam ら16)の報告ではドライアイのほとんどの検査値と結膜 の菌の検出率は関係なかったが,goblet cell の密度の減少だけは菌の検出率と相関がみられた.糖尿病やドライアイ,アトピー性皮膚炎などは易感染性が問題になっている疾患であるが,結膜 や眼瞼縁の細菌検出率に関しては健常者と大きな違いがない可能性がある.しかし,これらの疾患においては健常者より MRSAの検出率が高いことが多く報告されており,耐性菌の存在が易感染性に関係している可能性が考えられる.白内障手術は高齢者に行うことが多い手術である.高齢者の常在菌の特色,高齢者による合併症の頻度などを考慮して手術に備える必要があるとともに,術後感染症への対策として行ってきた自施設の細菌検査について,その検出能力,特性を把握して改善に努める必要がある.文献 1) 原二郎:感染─ Propionibacterium acnes 眼内炎を主として─.眼科診療プラクティス 1:188-192, 1992 2) 大鹿哲郎:術後眼内炎をいかにして予防し,いかにして治療するか.眼科プラクティス 1:2-11, 2005 3) Hori Y, Maeda N, Sakamoto M et al:Fluoroquinolone-resistant bacteria and methicillin-resistant Staphylococci from normal preoperative conjunctiva. J Cataract Refract Surg 34:711-712, 2008 4) 河原温,五十嵐羊羽,今野優ほか:白内障手術術前患者の結膜 常在細菌叢の検討.臨眼 60:287-289, 2006 5) 片岡康志,佐々木香る,矢口智恵美ほか:白内障手術予定患者の結膜 内常在菌に対するガチフロキサシンおよびレボフロキサシンの抗菌力.あたらしい眼科 23:1062-1066, 2006 6) 岩崎雄二,小山忍:白内障術前患者における結膜 内細菌叢と薬剤感受性.あたらしい眼科 23:541-545, 2006 7) Hori Y, Nakazawa T, Maeda N et al:Susceptibility com-parisons of normal preoperative conjunctival bacteria to uoroquinolones. J Cataract Refract Surg 35:475-479, 2009 8) 志熊徹也,臼井正彦:白内障術前患者の結膜 内常在菌と3 種抗菌点眼薬の効果.臨眼 60:1433-1438, 2006 9) 白井美恵子,西垣士郎,荻野誠周ほか:術後感染予防対策としての術前結膜 内常在菌培養検査.臨眼 61:1189-1194, 2007 10) 屋宜友子,須藤史子,森永将弘ほか:糖尿病患者における白内障術前の結膜 細菌叢の検討.あたらしい眼科 26:243-246, 2009 11) Hara J, Yasuda F, Higashitsutsumi M:Preoperative disin-fection of the conjunctival sac in cataract surgery. Oph-thalmologica 211(Suppl 1):62-67, 1997 12) 荒川妙,太刀川貴子,大橋正明ほか:高齢者におけるマイボーム腺および結膜 内の常在細菌叢についての検討 . ———————————————————————- Page 51682あたらしい眼科Vol. 26,No. 12,2009(106)あたらしい眼科 21:1241-1244, 2004 13) 勝村浩三,向井規子,山上高生ほか:白内障術前患者における結膜 涙液の培養と塗抹検査成績の対比.あたらしい眼科 23:1213-1215, 2006 14) 宮永将,佐々木香る,宮井尊史ほか:5 検査施設間での白内障術前結膜 培養検査の比較.臨眼 61:2143-2147, 2007 15) Rubio EF:In uence of age on conjunctival bacteria of patients undergoing cataract surgery. Eye 20:447-454, 2006 16) Grabam JE, Moore JE, Jiru X et al:Ocular pathogen or commensal:A PCR-based study of surface bacterial ora in normal and dry eyes. Invest Ophthalmol Vis Sci 48:5616-5623, 2007***

流行性角結膜炎を契機に発症したと考えられるドライアイの3症例

2009年12月31日 木曜日

———————————————————————- Page 1(95) 16710910-1810/09/\100/頁/JCOPY あたらしい眼科 26(12):1671 1677,2009cはじめに涙液減少型ドライアイに対しては,涙液量補充の目的で人工涙液およびヒアルロン酸ナトリウムの点眼を行うが,難治例についても涙点プラグの挿入により上皮障害が劇的に改善することが一般的である.最近,筆者らは,当科の角膜外来を受診した重症のドライアイ患者のなかに,流行性角結膜炎〔別刷請求先〕野田恵理子:〒791-0295 愛媛県東温市志津川愛媛大学医学部眼科学教室Reprint requests:Eriko Noda, M.D., Department of Ophthalmology, Ehime University School of Medicine, Shitsukawa, Toon, Ehime 791-0295, JAPAN流行性角結膜炎を契機に発症したと考えられる ドライアイの 3 症例野田恵理子山口昌彦白石敦宇野敏彦大橋裕一愛媛大学大学院感覚機能医学講座視機能外科学分野Three Cases of Dry Eye Thought to be Caused by Epidemic KeratoconjunctivitisEriko Noda, Masahiko Yamaguchi, Atsushi Shiraishi, Toshihiko Uno and Yuichi OhashiDepartment of Ophthalmology, Ehime University School of Medicine背景:流行性角結膜炎(EKC)罹患後に多発性角膜上皮下浸潤(MSI)を生じることはよく知られているが,ドライアイの報告は調べる限りにおいてない.今回,筆者らは EKC を契機にドライアイが発症したと思われる 3 症例を経験したのでその臨床像を報告する.症例:症例 1 は 59 歳,女性.EKC に罹患(アデノチェックR陽性)した 1 カ月後に涙液減少型ドライアイを発症した.上下涙点へのプラグ挿入にて点状表層角膜症(SPK)は改善しなかったが,シクロスポリンおよびステロイド点眼を追加したところ病変は軽快した.増悪時,共焦点顕微鏡による観察で角膜中央部にLangerhans 細胞(LC)が認められた.症例 2 は 62 歳,女性.4 年前に EKC(他医診断)に罹患した後に涙液減少型ドライアイを発症,涙点プラグ挿入にて SPK は軽快しなかったが,シクロスポリン点眼を行ったところ軽快傾向を示した.この症例でも共焦点顕微鏡で LC の浸潤が確認された.症例 3 は 57 歳,女性.EKC に罹患(キャピリアアデノR陽性)した 2 週後より SPK が出現した.Schirmer 値は低値で BUT(涙液層破壊時間)短縮があり,涙液減少型ドライアイと考えられた.共焦点顕微鏡で多数の LC 浸潤が認められ,病変はステロイド点眼により軽快した.結論:症例はいずれも EKC 後しばらくして涙液減少ドライアイを発症したが,所見の改善には涙液量の確保だけでは不十分で,何らかの免疫抑制薬の使用が必要であり,病態形成に免疫学的機序が関与している可能性が推察された.We report three cases of dry eye thought to be caused by epidemic keratoconjunctivitis(EKC). Case 1:59-year-old female. Tear-de cient dry eye appeared one month after EKC contraction. Although the super cial punctate keratopathy(SPK)did not improve after lacrimal plug insertion, cyclosporine and steroid eyedrops were e ective. When the SPK worsened, Langerhans cells(LC)were observed in the cornea by confocal microscopy(HRT II-RCM). Case 2:62-year-old female. Tear-de cient dry eye developed 4 years after EKC diagnosis. Changes in SPK severity and LC in ltration were similar to those in Case 1. Case 3:57-year-old female. SPK appeared 2 weeks after EKC contraction and tear-de cient dry eye was diagnosed. LC in ltration was observed via HRT II-RCM. SPK improved after steroid eyedrop administration. In each case, tear volume maintenance alone did not resolve SPK;immunosuppressive agents were also necessary. We propose that dry eye occurring after EKC may be related to an immunological mechanism.〔Atarashii Ganka(Journal of the Eye)26(12):1671 1677, 2009〕Key words:ドライアイ,流行性角結膜炎(EKC),点状表層角膜症(SPK),ランゲルハンス細胞(LC),レーザー生体共焦点顕微鏡(HRT II-RCM).dry eye, epidemic keratoconjunctivitis(EKC), super cial punctate keratopathy(SPK), Langerhans cell(LC), Heidelberg Retina Tomograph II-Rostock Cornea Module(HRT II-RCM).———————————————————————- Page 21672あたらしい眼科Vol. 26,No. 12,2009(96)(epidemic keratoconjunctivitis:EKC)を契機に発症したと考えられる治療抵抗性の症例が存在することに気づいた.EKC の罹患後に多発性角膜上皮下浸潤(multiple subepithe-lial corneal in ltlates:MSI)1)が生じることはよく知られているが,ドライアイについての報告は調べる限りにおいてなく,病態もよくわかっていない.今回,筆者らの経験した 3症例について,その臨床像,治療経過などを報告するとともに,レーザー生体共焦点顕微鏡(Heidelberg Retina Tomo-graph II-Rostock Cornea Module:HRT II-RCM)所見を参考にドライアイの発症機序について考察した.I症例〔症例1〕59 歳,女性.主訴:両眼の視力低下.現病歴:2004 年 11 月 9 日より,両眼 EKC に罹患したが(アデノチェックR陽性),その後重症の角結膜上皮障害が出現し,両眼の視力低下をきたしたため,2004 年 12 月 7 日,当院に紹介受診となった.初診時所見(EKC 罹患後約 1 カ月):視力は右眼(0.4),左眼(0.15),両眼ともに涙液メニスカスは低く,角膜にはびまん性の点状表層角膜症(super cial punctate keratopa- 濯琢ⅲ猪?????敏朿0.1%????????0.05%???????RLRL???????鏗???????鏗2004.11.9EKC?????????鏗BBLLL暢滿ⅲ?B0.1%?????????????B+++++++++++++++±++++++++++±±±+++++±++2004.12.7 補?+B(0.4)(0.15)RL(1.2)(1.2)?堀(1.2)(1.2)0.1%???????????B(-)±±図 3 症例1の治療経過 R:右眼,L:左眼, B:両眼.RL図 1症例1の初診時における前眼部フルオレセイン染色所見両眼ともに涙液メニスカスの低下,著明な SPK,瞼裂間結膜のフルオレセイン染色所見を認める.図 2 症例1の初診時左眼前眼部写真MSI を認める.———————————————————————- Page 3あたらしい眼科Vol. 26,No. 12,20091673(97)thy:SPK)および瞼裂間結膜のフルオレセイン点状染色を認め,左眼には MSI が認められた(図 1,2).Schirmer Ⅰ法は両眼ともに3 m m,BUT(涙液層破壊時間)は両眼ともに 1 秒と低値であった.血液検査にて,抗 SS-A 抗体,抗SS-B 抗体はともに陰性で,ドライマウスなど Sjogren 症候群を疑わせる所見はなかった.前医では,ヒアルロン酸ナトリウム点眼両眼 6 回/日,レボフロキサシン点眼両眼 4 回/日が処方されていた.治療経過:所見から涙液減少型ドライアイと診断された.治 療 経 過 と SPK,MSI お よ び 視 力 の 推 移 を 図 3 に 示 す.EKC 罹患前にはドライアイ症状はなく,罹患後に発症または顕在化したものと思われた.治療としては,両眼に上下涙点プラグを挿入し,人工涙液点眼を追加,さらに,消炎の目的で 0.1%フルオロメトロン点眼両眼 4 回/日を開始した.右眼は,上下涙点プラグによる涙液量の増加とともに SPKの改善が得られ,自覚症状,所見ともに軽快したが,涙点プラグ挿入によって十分な涙液量が確保できているにもかかわらず,左眼の SPK は不変であった.フルオロメトロン点眼の中断で SPK および MSI が増悪し,再開すると軽快することをくり返しながら,最終的にステロイド点眼を中止した.しかし,中止から 5 カ月目の 2006 年 9 月 12 日,両眼のSPK,左眼の MSI が増悪した.ここで HRT II-RCM を施行したところ,両眼の角膜中央部において,角膜上皮基底細胞から Bowman 膜レベルに Langerhans 細胞(LC)の著明な浸潤を認め,特に左眼においては太く枝分かれした,高い活動性を有すると思われる LC が多数認められた(図 4 上).SPK の増悪に免疫反応が関与している可能性を考え,自家調整した 0.05%シクロスポリン点眼両眼 4 回/日を開始したところ,SPK,MSI ともに改善し,HRT II-RCM でも LC浸潤の減少がみられた(図 4 下).しかし,6 週後に至って,点眼後の刺激感や眼脂出現のため,シクロスポリン点眼は中止し,0.1%フルオロメトロン点眼に変更した.その後,0.1%ヒアルロン酸ナトリウム点眼を防腐剤無添加のものに変更し,0.1%フルオロメトロン点眼を両眼 2 回/日で経過観察中であるが,SPK の増悪を認めていない.〔症例2〕62 歳,女性.主訴:両眼痛.現病歴:2001 年 10 月,両眼が EKC に罹患したが(アデノチェックR陽性,他医にて診断),その後ドライアイによる重症の角結膜上皮障害が発症し,人工涙液,ヒアルロン酸ナトリウム点眼に加え,両眼の下涙点プラグ挿入などの治療を受けていた.症状が改善しないため,2006 年 1 月 10 日に図 5症例2の初診時前眼部フルオレセイン染色写真(上:初診時,下:最終診察時)初診時には,両眼ともに涙液メニスカスの低下,左眼に特に強く角結膜上皮障害を認めた.最終診察時にはやや改善している.悪化時(2006.9.12)改善(2006.12.19)RL図 4症例1のHRT II RCM所見———————————————————————- Page 41674あたらしい眼科Vol. 26,No. 12,2009(98)当院に紹介受診となった.初診時所見(EKC 罹患後約 4 年):視力は右眼(1.2),左眼(0.7),両眼ともに涙液メニスカスは低く,両眼の瞼裂間に SPK と結膜上皮の点状染色がみられた.上皮障害は特に左眼で著明であった(図 5 上).Schirmer I 法は右眼3 m m,左眼2 mm,BUT は両眼ともに 1 秒と低値であった.血液検査にて,抗 SS-A 抗体,抗 SS-B 抗体はともに陰性で,ドライマウスなど Sjogren 症候群を疑わせる所見はなかった.また,前医でヒアルロン酸ナトリウム点眼両眼 5 回/日が処方されていた.両眼の下涙点のプラグはすでに脱落していた.治療経過:経過観察中,SPK の軽快と増悪をくり返したが,2006 年 11 月 14 日に,SPK の著明な増悪を認めたため,症例 1 と同様に自家調整した 0.05%シクロスポリン点眼両眼 4 回/日を開始した.投与後 SPK は改善したが,点眼開始7 日後に点眼による刺激症状と眼脂のため中止せざるをえず,中止後は 0.1%フルオロメトロン点眼両眼 4 回/日とした.涙点プラグ脱落後の涙点は大きく拡大し,涙点プラグ再挿入が困難であったため,涙液量確保の目的で観血的涙点閉鎖 術 を 勧 め た が 拒 否 さ れ, そ の ま ま 経 過 観 察 と な っ た.2007 年 3 月 14 日,SPK はやや軽減したものの残存している(図 5 下).初診時,角膜中央部における角膜上皮基底細胞から Bowman 膜レベルでの LC 浸潤は軽度であったが,2006 年 11 月 14 日の SPK 悪化時には LC の浸潤は明らかに増加していた(図 6).〔症例3〕57 歳,女性.主訴:両眼の羞明,視力低下.現病歴:2006 年 10 月 10 日,両眼のアデノウイルス結膜炎と診断された(キャピリアアデノR陽性,咽頭痛あり).2006 年 10 月 24 日,羞明,視力低下が出現したため当院受診となった.初診時所見(EKC 罹患後 2 週):視力は右眼(1.0),左眼(0.9),両眼ともに涙液メニスカスは低く,Schirmer Ⅰ法にて右眼2 mm,左眼3 mm,BUT は両眼ともに 1 秒と低値であった.血液検査にて,抗 SS-A 抗体,抗 SS-B 抗体はともに陰性で,ドライマウスなど Sjogren 症候群を疑わせる所見はなかった.両眼ともに角結膜上皮障害は軽度であったが,角膜上皮内に淡い浸潤を伴う点状表層角膜炎を認めた(図7).MSI は認められなかった.治療経過:両眼にレボフロキサシン点眼,0.1%リン酸デキサメタゾン点眼(4 回/日)を開始したところ,自覚症状,角膜所見ともに約 1 カ月で改善し,点状表層角膜炎は消失した.以後は,0.1%フルオロメトロン点眼を両眼 4 回/日,人工涙液点眼を適宜使用に変更し経過を観察中であるが,瞼裂間の角結膜上皮障害は残存している.治療前の 10 月 24 日には,HRT II-RCM により,中央部の角膜上皮翼細胞のレベルに白血球の浸潤と思われる高輝度の小型細胞が角膜中央部に多数認められた.また,角膜上皮基底細胞レベルには著明な LC 浸潤もみられた(図 8 上)が,ステロイド点眼開始後 6 週目には両者ともに減少した(図 8 下).II考察今回,筆者らが経験した症例の臨床像は表 1 に示すとおりで,初診時(2006.1.10)悪化時(2006.11.14)RL図 6症例2のHRT II RCM所見 図 7症例3の前眼部写真両眼ともに角膜上皮内に淡い浸潤を伴う SPK を認めた(角膜上皮炎).なお,結膜上皮障害は軽度であった.MSI は認められなかった.———————————————————————- Page 5あたらしい眼科Vol. 26,No. 12,20091675(99)(1) いずれも高齢の女性で,EKC に罹患後 2 4 週で発症している.(2) 涙液減少型ドライアイだが Sjogren 症候群の診断基準は満たさない.(3) 人工涙液や涙点プラグだけでは SPK の完全寛解は困難で,軽快・増悪をくり返すことがある.(4) 病変の増悪時に上皮下に Langerhans 細胞(LC)の浸潤がみられる.表 1症例のまとめ症例 1症例 2症例 3年齢,性別59 歳,女性62 歳,女性57 歳,女性罹患後期間1 カ月不明2週症状視力低下眼痛羞明,視力低下RLRLRL初診時視力0.40.151.20.71.00.9最終視力1.21.21.21.21.01.2SPK++++++++++MSI + BUT(秒)111111Schirmer I 法333223治療方法涙液の確保・涙点プラグ・人工涙液・ヒアルロン酸ナトリウム・涙点プラグ・人工涙液・ヒアルロン酸ナトリウム・人工涙液免疫抑制0.05%シクロスポリン↓0.1%フルオロメトロン0.1%フルオロメトロン0.1%リン酸デキサメタゾン↓0.1%フルオロメトロンRL治療前(2006.10.24)翼細胞レベル基底細胞レベル翼細胞レベル基底細胞レベル:LC(Langerhans細胞),:WBC(白血球)治療後(2006.12.7)図 8症例3のHRT II RCM所見———————————————————————- Page 61676あたらしい眼科Vol. 26,No. 12,2009(100)(5) SPK の改善には,ステロイドあるいはシクロスポリンの点眼が有効である.など,一般の涙液減少型ドライアイとは異なるものである.最大のポイントは EKC を契機にドライアイが発症したのかという点であるが,それ以前の眼科受診がないために明確な判断はできないものの,病歴からは罹患後 2 4 週目付近における症状悪化は顕著である.検査所見は涙液減少型ドライアイであることを示しており,この時点において何らかの機序で涙腺機能の低下が起きた可能性が高いと考えられる.他方,動物実験レベルにおいて筆者らの推論を支持する報告がある2).Richard らによると,アデノウイルス 5 型の家兎角膜実質感染モデルにおいて涙腺の免疫組織学的検討を行ったところ,アデノウイルス自体の存在は確認されないものの,CD4 陽性でかつ MHC(主要組織適合遺伝子複合体)クラス II を発現する多数のリンパ球浸潤が涙腺内に認められたとしている.型は異なるものの,この事実は,EKC 罹患後に涙腺炎が生じ,Sjogren 症候群に類似した涙液分泌機能低下をひき起こす可能性を示唆している.涙液減少の機転として,円蓋部結膜の炎症性瘢痕化による涙腺導管の閉塞も考えられるが,今回の症例では,上眼瞼結膜の瘢痕形成や結膜 の短縮などの所見は明らかではなかった.第二のポイントは,症例 1 の左眼のように,涙点プラグ挿入によって十分な涙液確保を図ったにもかかわらず SPK が遷延化したことで,EKC 罹患後でみられるドライアイの病態に涙液減少以外のメカニズムがかかわっている可能性が考えられる点である.近年,角膜におけるより鮮明な画像が得られる生体レーザー共焦点顕微鏡検査として,HRT II-RCM(Heidelberg 社)が開発され,角膜真菌症3,4)やアカントアメーバ角膜炎5),サイトメガロウイルス角膜内皮炎6)などの角膜感染症における非侵襲的な病原体検出に応用されている.一方で,Sjogren 症候群における角膜神経密度の解析7)やEKC における角膜浸潤細胞の検討8)など,種々の角膜疾患の病態評価にも用いられている.今回,HRT II-RCM を用いて,角膜上皮基底細胞から Bowman 膜レベルにおける LCの動向に注目して経過を追ったところ,全例で SPK の悪化時に LC の浸潤が増加しており,シクロスポリンもしくはステロイドの点眼投与により,SPK および LC の浸潤も明らかに減少していた.EKC 罹患後,MSI がときに 1 年以上も出現・消失をくり返す症例に遭遇することがあるが,このことはアデノウイルス抗原が角膜上皮下から実質浅層にかけて年余にわたり残存しうる可能性を示唆している.SPK の悪化時に細胞性免疫の担い手である LC の浸潤が増加することや,細胞性免疫を特異的に抑制するシクロスポリン点眼がSPK の減少に効果を発揮することから,MSI の有無にかかわらず,角膜内に残存するアデノウイルス抗原に対するⅣ型アレルギー反応が,SPK の遷延化に関与しているとも推察される.興味深いことに,今回の症例の SPK の発症時期は,罹患後 2 4 週付近とアデノウイルス抗原に対するⅣ型アレルギー反応とされる MSI の発症時期によく一致している.同様のメカニズムが涙腺を含む眼表面で起きているのかもしれない.角膜への LC 浸潤は正常者でも認められるが,多くは角膜輪部から周辺部にかけてのものであり,角膜中央部でみられることは稀とされる10).また,Sjogren 症候群では角膜中央部に若干の LC は観察される7)のみで,今回の症例のような著明な LC の浸潤は認められない.EKC 後の MSI 症例をHRT II-RCM で観察した Adel らの報告によると,罹患後 8週において角膜中央部の上皮下に多数の LC,炎症細胞の浸潤を認めたとされているが,ドライアイや SPK についての記載はない8).EKC 後にみられる角膜中央部への LC の浸潤が普遍的な現象なのか,あるいは MSI や SPK の遷延化に伴って生じるのか,今後 EKC 罹患眼について HRT II-RCMを施行し,検討していく必要がある.EKC 後の難治性 SPK に対する治療のポイントには大きく2 点ある.1 点目は,涙液減少型ドライアイへの対策で,人工涙液やヒアルロン酸などの点眼治療だけで不十分な場合,涙点プラグを中心とした涙点閉鎖が不可欠である.2 点目は,局所的な免疫抑制薬の併用で,症例 1,2 では自家調整した0.05%シクロスポリン点眼が SPK の改善に効果を示した.結果的には,点眼コンプライアンス不良のため中止となり,低力価ステロイドの点眼に変更せざるをえなかったが,長期点眼による眼圧上昇や日和見感染症などのリスクを考えると,残しておきたいオプションの一つではある.日常臨床において,EKC を契機に涙液減少型ドライアイを発症する症例は決して稀ではないように思われる.特に,通常の治療に抵抗して SPK が残存するようなケースでは,EKC の既往についても考慮する必要がある.発症機序や治療戦略に言及した報告は筆者らの調べる限りではないが,免疫抑制薬の投与が消炎に有効であり,涙腺や角膜における免疫反応が病態に密接に関与している可能性があると考えられる.おわりに今回筆者らは,EKC を契機にドライアイが発症もしくは顕在化したと思われる 3 症例を経験した.3 症例とも涙液減少型ドライアイを合併しており,SPK の増悪時には HRT II-RCM で角膜上皮下に LC 浸潤の増加が認められ,免疫抑制薬点眼の使用により LC 浸潤の減少がみられた.EKC 後に遷延化する SPK には,涙液減少のみならず,角膜上皮下における何らかの免疫学的機序が関与している可能性もあり,治療には,点眼や涙点プラグによる十分な涙液確保に加えて,シクロスポリンやステロイドなどの免疫抑制薬の点眼———————————————————————- Page 7あたらしい眼科Vol. 26,No. 12,20091677(101)が必要であると考えられた.文献 1) 青木功喜,井上幸次:ウイルス性結膜炎のガイドライン.日眼会誌 107:11-16, 2003 2) Wood RL, Trousdale MD, Stevenson D et al:Adenovirus infection of the cornea causes histopathologic changes in the lacrimal gland. Curr Eye Res 16:459-466, 1997 3) Brasnu E, Bourcier T, Dupas B et al:In vivo confocal microscopy in fungal keratitis. Br J Ophthalmol 91:588-591, 2007 4) 野田恵理子,白石敦,坂根由梨ほか:生体レーザー共焦点顕微鏡(HRT II-RCM)が診断,経過観察に有用であった角膜真菌症の 1 例.あたらしい眼科 25:385-388, 2008 5) Kobayashi A, Ishibashi Y, Oikawa Y et al:In vivo and ex vivo laser confocal microscopy ndings in patients with early-stage acanthamoeba keratitis. Cornea 27:439-445, 2008 6) Shiraishi A, Hara Y, Takahashi M et al:Demonstration of “owl’s eye” morphology by confocal microscopy in a patient with presumed cytomegalovirus corneal endothe-liitis. Am J Ophthalmol 143:715-717, 2007 7) Villani E, Galimberti D, Viola F et al:The cornea in Sjogren syndrome:An in vivo confocal study. Invest Oph-thalmol Vis Sci 48:2017-2022, 2007 8) Alsuhaibani AH, Sutphin JE, Wagoner MD:Confocal microscopy of subepithelial in ltrates occurring after epi-demic keratoconjunctivitis. Cornea 25:778-780, 2006 9) Gutho RF, Stave J:Essentials in Ophthalmology chapter 13. In Vivo Micromorphology of the Cornea:Confocal Microscopy Principles and Clinical Applications. p173-208, Springer-Verlag, Berlin, 2006 10) Zhivov A, Stave J, Vollmar B et al:In vivo confocal micro-scopic evaluation of Langerhans cell density and distribu-tion in the normal human corneal epithelium. Graefes Arch Clin Exp Ophthalmol 243:1056-1061, 2005***