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ニューキノロン系抗菌点眼薬と非ステロイド抗炎症点眼薬の培養家兎由来角膜細胞に対する影響

2009年3月31日 火曜日

———————————————————————-Page1(117)3990910-1810/09/\100/頁/JCLSあたらしい眼科26(3):399403,2009cはじめに点眼薬の製剤設計においては,薬効だけでなく①角膜透過性および組織内移行性を含めた有効性,②角結膜および眼組織に対する安全性,③薬物の配合変化などの安定性,④さし心地(点眼時の眼刺激性)の4つの条件が要求される.これらの条件を満たすために,通常,点眼薬には主成分となる主剤のほかに,等張化剤,緩衝剤,防腐剤,可溶化剤,安定化剤,懸濁化剤,粘稠化剤などが含まれている1).これらの成〔別刷請求先〕福田正道:〒920-0293石川県河北郡内灘町大学1-1金沢医科大学感覚機能病態学(眼科学)Reprintrequests:MasamichiFukuda,Ph.D.,DepartmentofOphthalmology,KanazawaMedicalUniversity,Daigaku1-1,Uchinada-machi,Kahoku-gun,Ishikawa920-0293,JAPANニューキノロン系抗菌点眼薬と非ステロイド抗炎症点眼薬の培養家兎由来角膜細胞に対する影響福田正道佐々木洋金沢医科大学感覚機能病態学(眼科学)CytotoxicEfectsofNewQuinoloneAntibioticOphthalmicSolutionsandNonsteroidalAnti-InlammatoryOphthalmicSolutionsonCulturedRabbitCornealCellLineMasamichiFukudaandHiroshiSasakiDepartmentofOphthalmology,KanazawaMedicalUniversity目的:4種類のニューキノロン系抗菌点眼薬,および2種類の非ステロイド性抗炎症点眼薬の培養家兎由来角膜細胞(SIRC)に対する影響を比較検討した.方法:SIRC(2×105cells)を培養5日後に4種類のニューキノロン系抗菌点眼薬〔0.5%LVFX(レボフロキサシン),0.3%GFLX(ガチフロキサシン),0.3%TFLX(トスフロキサシン),0.5%MFLX(モキシフロキサシン)〕および2種類の非ステロイド性抗炎症点眼薬(ジクロフェナクナトリウム点眼液0.1%,ブロムフェナクナトリウム水和物点眼液0.1%)1mlを060分間接触させ,生存細胞数をCoulterカウンターで計測し50%細胞致死時間〔CDT50(分)〕を算出した.結果:4種類のニューキノロン系抗菌点眼薬のCDT50はいずれも60分以上と長く,細胞障害への影響は少なかった.2種類の非ステロイド性抗炎症点眼薬のCDT50はジクロフェナクナトリウム点眼液では1.16分,ブロムフェナクナトリウム水和物点眼液では2.56分と,いずれも高度の細胞障害が認められ,両薬剤間で有意差を認めた(p<0.001,Studentt-検定).結論:4種類のニューキノロン系抗菌点眼薬の細胞障害への影響は少なかったのに対し,2種類の非ステロイド性抗炎症点眼薬は細胞障害性が強いことが示唆された.Weinvestigatedtheeectsof4newquinoloneantibioticophthalmicsolutions〔(0.5%LVFX(levooxacin),0.3%GFLX(gatioxacin),0.3%TFLX(tosuoxacin),and0.5%MFLX(moxioxacin)〕and2nonsteroidalanti-inammatoryophthalmicsolutions(0.1%diclofenacsodiumophthalmicsolutionand0.1%bromfenacsodiumhydrateophthalmicsolution)onaculturedrabbitcornealcellline(SIRC).CulturedSIRC(2×105cells)incubatedfor5dayswereexposedtothe6solutionsfor060min.SurvivingcellswerecountedbyaCoultercounter,and50%celldeathtime(CDT50;min)wascalculated.Cytotoxiceectsofthe4newquinoloneophthalmicsolutionswerealllowgrade(CDT50;>60min).Cytotoxiceectsof0.1%diclofenacsodiumophthalmicsolution(CDT50;1.16min)and0.1%bromfenacsodiumhydrateophthalmicsolution(CDT50;2.56min)werehighgrade;asignicantdierencewasnoted(p<0.001,Student’st-test).Theseresultssuggestthatthecytotoxiceectsofthe4newquinoloneophthalmicsolutionsarelessthanthoseofthe2nonsteroidalophthalmicsolutionstested.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)26(3):399403,2009〕Keywords:ニューキノロン系抗菌点眼薬,非ステロイド性抗炎症点眼薬,培養家兎由来角膜細胞(SIRC),防腐剤,ベンザルコニウム塩化物.newquinoloneantibioticophthalmicsolutions,nonsteroidalanti-inammatoryophthalmicsolutions,culturedrabbitcornealcellline(SIRC),preservative,benzalkoniumchloride.———————————————————————-Page2400あたらしい眼科Vol.26,No.3,2009(118)分はいずれもアレルギー反応などによって角結膜に障害をひき起こす可能性があるが,なかでも防腐剤は難治性の障害を起こしうることから特に注意が必要である2,3).現在,細菌性外眼部感染症や眼科周術期においては,幅広い抗菌スペクトルを有するニューキノロン系抗菌点眼薬や抗炎症作用を有する非ステロイド性抗炎症点眼薬などが汎用されているが,一定期間,反復点眼する必要があることを考えると安全性の確保も大きな関心事の一つである.本研究では4種類のニューキノロン系抗菌点眼薬,および2種類の非ステロイド性抗炎症点眼薬の培養家兎由来角膜細胞(SIRC)に対する影響を比較検討した.I実験材料および方法〔実験材料〕検討した点眼液は,レボフロキサシン水和物(LVFX)点眼液0.5%(クラビットR点眼液0.5%:参天製薬),トスフロキサシントシル酸水和物(TFLX)点眼液0.3%(トスフロR点眼液0.3%:ニデック,オゼックスR点眼液0.3%:大塚製薬),ガチフロキサシン水和物(GFLX)0.3%点眼液(ガチフロR0.3%点眼液:千寿製薬),モキシフロキサシン塩酸塩(MFLX)点眼液0.5%(ベガモックスR点眼液0.5%:アルコン),以上4種類のニューキノロン系抗菌点眼薬,およびジクロフェナクナトリウム点眼液0.1%(ジクロードR点眼液0.1%:わかもと製薬),ブロムフェナクナトリウム水和物点眼液0.1%(ブロナックR点眼液0.1%:千寿製薬),以上2種類の非ステロイド性抗炎症点眼薬である.なお,TFLX点眼液0.3%は,2製品のうちトスフロR点眼液0.3%を使用した.各点眼薬の添加物については表1,2に示した.細胞は,DME(Dulbeccomodiedeagle)-10%FBS(fatalbovineserum)培地で37℃,5%CO2下で培養した家兎由来角膜細胞(ATCCCCL60SIRC)を使用した.〔実験方法〕1.各種点眼薬のSIRCに対する影響SIRC(2×105cells)を35×10mm細胞培養ディッシュ(FALCONR)のDME-10%FBS培地で5日間培養後,コンフルエントになった状態で,前記4種類のニューキノロン系抗菌点眼薬および2種類の非ステロイド性抗炎症点眼薬を各々1ml,0,2,4,8,15,30,60分間接触させた後,シャ表1ニューキノロン系抗菌点眼薬の有効成分と添加物クラビットR点眼液0.5%トスフロR点眼液0.3%*オゼックスR点眼液0.3%ガチフロR0.3%点眼液ベガモックスR0.5%点眼液有効成分(1ml中)レボフロキサシン水和物(LVFX)トスフロキサシントシル酸水和物(TFLX)ガチフロキサシン水和物(GFLX)モキシフロキサシン塩酸塩(MFLX)5mgトスフロキサシンとして2.04mgガチフロキサシンとして3mgモキシフロキサシンとして5mg添加物塩化ナトリウム硫酸アルミニウムカリウム塩化ナトリウムホウ酸pH調整剤ホウ砂塩酸等張化剤塩化ナトリウム水酸化ナトリウムpH調整剤2成分pH調整剤pH6.26.84.95.55.66.36.37.3浸透圧1.01.10.91.1(生理食塩水に対する比)0.91.1(0.9w/v%塩化Na液に対する比)0.91.1(0.9塩化Na液に対する比)*トシル酸トスフロキサシン(TFLX)は,2製品のうちトスフロR点眼液0.3%を使用した.表2非ステロイド性抗炎症点眼薬の有効成分と添加物ジクロードR点眼液(0.1%)ブロナックR点眼液(0.1%)有効成分ジクロフェナクナトリウム1mg/mlブロムフェナクナトリウム水和物1mg/ml添加物ホウ酸ホウ砂クロロブタノールポビドンポリソルベート80ホウ酸,ホウ砂,乾燥亜硫酸ナトリウムエデト酸ナトリウム水和物,ポビドンポリソルベート80ベンザルコニウム塩化物水酸化ナトリウムpH6.07.58.08.6浸透圧約1.0———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.26,No.3,2009401(119)ーレに残存した細胞数をCoulterカウンターで計測し50%細胞致死時間〔CDT50(分)〕を算出した.CDT50は,得られた生存率を基にして,時間-細胞死の曲線が二次関数になると仮定し,最小近似法で二次関数を決定後,細胞死が50%になる時間を算出した.二次方程式の解の公式,ax2+bx+c=0(≠0),x=b±-4ac/2aを用いた.CDT50を基準に,①5分以内(高度障害),②530分(中度障害),③30分以上(低度障害)に分類した.2.塩化ベンザルコニウムのSIRCに及ぼす影響SIRC(2×105cells)をDME-10%FBS培地で5日間培養後,生理食塩水と各濃度のベンザルコニウム塩化物溶液(0.01%,0.002%,0.005%)を各々1ml,0,2,4,8,15,30分間接触させた後,シャーレに残存した細胞数をCoulterカウンターで計測しCDT50を算出した.II結果1.各種点眼薬のSIRCに対する影響(図1,2)4種類のニューキノロン系抗菌点眼薬のCDT50はいずれも60分以上で,細胞障害の程度は低く,角膜障害への影響は少ないと考えられた.2種類の非ステロイド性抗炎症点眼薬は接触時間の経過とともに細胞生存率が徐々に減少し,CDT50はジクロフェナクナトリウム点眼液では1.16分,ブロムフェナクナトリウム水和物点眼液では2.56分と,いずれも高度の細胞障害が認められた.また,その影響はジクロフェナクナトリウム点眼液0.1%で有意に大きかった(p<0.001,Studentt-検定).2.ベンザルコニウム塩化物のSIRCに及ぼす影響(図3)生理食塩液,0.002%および0.005%ベンザルコニウム塩化物溶液のCDT50はいずれも30分以上と長く,細胞障害への影響は少なかったが,0.01%溶液では8.1分であり中度の障害がみられた.III考按筆者らはこれまでにSIRCを用いて種々の点眼薬の角膜細胞への影響を評価している.このSIRCは米国の細胞バンクにある家兎の角膜由来の樹立細胞で,世界的にさまざまな分野の研究に用いられている.眼の角膜障害試験においても広く使用されており,筆者らはSIRCを用いた角膜障害の評価法を独自に開発し,これまでに数多くの薬物の評価を行っている1,9).また,未公開の成績であるが,予備実験において筆者らはSIRCで得た抗菌点眼薬の細胞障害の成績とヒト由来角膜上皮細胞株(HCE-T)を用いた成績では大きな差がないことを確認したうえで,SIRCを実験に用いている.今回は,有効成分が抗菌作用を示し添加物に防腐剤が含まれていないニューキノロン系抗菌点眼薬に着眼し,防腐剤を含む非ステロイド性抗炎症点眼薬との角膜細胞への影響の相理時間(分)生存率(%)20406080100012340*:p<0.001Student’st-testn=5~6*******:ブロムフェナクナトリウム2.56:ジクロフェナクナトリウム水和物1.16CDT50(分)図2非ステロイド系抗菌点眼薬のSIRCへの影響分=5~6CDT50(分)020406080100051525301020:ベンザルコニウム塩化物0%(生食)>30:ベンザルコニウム塩化物0.002%>30:ベンザルコニウム塩化物0.005%>30:ベンザルコニウム塩化物0.01%8.1図3ベンザルコニウム塩化物溶液のSIRCへの影響0分1分4分8分15分30分60分TFLX100.097.691.596.194.496.895.9GFLX100.092.587.392.295.189.975.8LVFX100.096.698.193.491.179.661.4MFLX100.086.289.680.076.567.552.8図1ニューキノロン抗菌点眼薬のSIRCへの影響=4~6生存率(%)処理時間(分)———————————————————————-Page4402あたらしい眼科Vol.26,No.3,2009(120)違を検討した.眼科医療に携わる者にとって,点眼薬の安全性を知ることは,臨床において大変重要な事項である.点眼薬による角膜上皮障害は主剤あるいは添加物による細胞毒性が直接かかわると考えられる3).添加物の一つである防腐剤には,ベンザルコニウム塩化物,クロロブタノール,パラオキシ安息香酸エステル類などが使用されているが,これらは難治性の角膜上皮障害をひき起こす可能性が報告されている3).認可市販されている点眼薬のうち,60%にベンザルコニウム塩化物が使用されているといわれており4),その濃度は0.0010.01%である5,6).高橋ら7)は,ヒト結膜上皮細胞を用いた細胞毒性試験においてベンザルコニウム塩化物は低濃度でも細胞に障害を認めるため,通常濃度としては0.00250.005%が妥当であるとしながらも,たとえ0.0025%でも頻回点眼により粘膜障害を生じる可能性があることを報告している.点眼薬の角膜細胞障害性の客観的評価方法についてこれまであまり検討されてこなかったが,筆者らはCDT50(分)を指標とする評価方法を考案し,活用している.今回もSIRCを5日間培養した後,各点眼薬を一定時間接触させてシャーレに残存した細胞数をCoulterカウンターで計測して生存率(%)を算出し,培養細胞に接触してから細胞生存率が50%にまで減少した時点の時間で評価した.今回の検討では,薬剤接触後60分間測定を行ったが,4種類のニューキノロン系抗菌点眼薬のCDT50はいずれも60分以上であり,細胞障害は低度であることが確認された.また,臨床的には05分までの点眼早期におけるCDT50が重要な意味をもつと考えているが,今回の成績では,いずれの点眼薬の早期の生存率も高く,角膜障害性が低いことが予想された.細胞障害性が低かった原因として,主剤そのものの細胞障害性が低いことに加え,防腐剤が含まれておらず,添加物の数も少なかったことが推察される.なお,点眼薬の接触時間とともにMFLX点眼液,LVFX点眼液,GFLX点眼液,TFLX点眼液の順で細胞生存率の減少がみられた.4薬剤間の有意差は検討していないが,TFLX点眼液における生存率減少カーブは緩やかであり,細胞障害への影響が最も少ない結果であった.この結果は,薬液添加後72時間培養後の細胞増殖に対する影響をみた櫻井ら8)の報告と異なるものとなったが,これは櫻井らが主剤の原末を溶解して使用したのに対して,本研究では臨床での影響を直接評価するために点眼液をそのまま用いたことなどが理由にあげられる.今回,家兎由来SIRC細胞で角膜障害性を評価したが,その一方で,多くの研究者によって角膜実質細胞に対しても評価が行われ,角膜上皮細胞との相違点が明らかにされている811).一方,非ステロイド性抗炎症点眼薬においては,防腐剤のベンザルコニウム塩化物が点眼による副作用として角膜上皮障害を起こすことが報告されている12).ジクロフェナクナトリウム点眼液においては,主剤とクロロブタノールとの相互作用により細胞障害が増加している可能性が高いことを,筆者らは確認している13).また,主剤である非ステロイド性抗炎症薬が角膜上皮障害を起こしうることも示唆されており,その原因としてシクロオキシゲナーゼ阻害によりリポキシゲナーゼが活性化され,生成されたさまざまなケミカルメディエーターにより炎症細胞の浸潤が起こる,細胞増殖抑制作用による,角膜知覚低下によるなどさまざまな説が提唱されている14).今回の検討において,ジクロフェナクナトリウム点眼液のCDT50は1.16分,ブロムフェナクナトリウム水和物点眼液では2.56分であり,両薬剤ともに高度の細胞障害がみられた.ジクロフェナクナトリウム点眼液には防腐剤としてクロロブタノールが,ブロムフェナクナトリウム水和物点眼液にはベンザルコニウム塩化物が含まれており,角膜障害には主剤そのものの影響に加え,これら防腐剤の影響があったものと推察される.ブロムフェナクナトリウム水和物点眼液では,主剤以外に種々の添加物を含み,特にベンザルコニウム塩化物を含んでいることが障害の大きな原因ではないかと考えている.ベンザルコニウム塩化物を含まないジクロフェナクナトリウム点眼液において細胞障害が有意に強かったが,これは白内障術後の角膜上皮障害について検討した進藤ら11)の報告とも一致する.防腐剤を含めた添加物の濃度は各点眼薬により異なり,その種類も多いことから,ベンザルコニウム塩化物以外の添加物またはその濃度が複雑に角膜上皮に影響を及ぼしている可能性がある.したがって,主剤はもちろん防腐剤を含めた添加物の種類およびその濃度による影響については今後の検討課題である.いずれにしろ,今回検討したニューキノロン系抗菌点眼薬はいずれも角膜細胞への影響が少ないことがCDT50を用いた評価で確認された.客観的評価に基づく今回の結果は,細菌性外眼部感染症および眼科周術期におけるニューキノロン系抗菌点眼薬の有用性を細胞障害性,すなわち安全性の側面から裏付ける有意義な知見といえよう.文献1)福田正道,村野秀和,山本佳代ほか:クロモグリク酸ナトリウム点眼液の角膜細胞への影響.あたらしい眼科22:1675-1678,20052)小玉裕司:コンタクトレンズと点眼薬.日コレ誌49:268-271,20073)植田喜一,柳井亮二:シリコーンハイドロゲルコンタクトレンズとマルチパーパスソリューション,点眼薬.あたらしい眼科25:923-930,20084)中村雅胤,山下哲司,西田輝夫ほか:塩化ベンザルコニウムの家兎角膜上皮に対する影響.日コレ誌35:238-241,19935)高橋信夫,佐々木一之:防腐剤とその眼に与える影響.眼科31:43-48,1989———————————————————————-Page5あたらしい眼科Vol.26,No.3,2009403(121)6)島潤:点眼剤の防腐剤とその副作用.眼科33:533-538,19917)高橋信夫,向井佳子:点眼用防腐剤塩化ベンザルコニウムの細胞毒性とその作用機序─細胞培養学的検討─.日本の眼科58:945-950,19878)櫻井美晴,羽藤晋,望月弘嗣ほか:フルオロキノロン剤が角膜上皮細胞および実質細胞に与える影響.あたらしい眼科23:1209-1212,20069)SeitzB,HayashiS,WeeWRetal:Invitroeectofami-noglycosidesanduoroquinolonesonkeratocytes.InvestOphthalmolVisSci37:656-665,199610)LeonardiA,PapaV,FregonaIetal:Invitroeectsofuoroquinoloneandaminoglycosideantibioticsonhumankeratocytes.Cornea25:85-90,200611)CutarelliPE,LassJH,LazarusHMetal:Topicaluoro-quinolones:antimicrobialactivituabdinvitrocornealepi-thelialtoxicity.CurrEyeRes1:557-563,199112)新城百代,仲村佳巳,酒井寛ほか:防腐剤を含まないb遮断薬による角膜上皮障害の改善.臨眼97:539-542,200313)福田正道,山代陽子,萩原健太ほか:ジクロフェナクナトリウム点眼薬の培養家兎角膜細胞に対する障害性.あたらしい眼科22:371-374,200514)進藤さやか,飯野倫子,大下雅世ほか:白内障術後の非ステロイド抗炎症薬による角膜上皮障害.眼紀56:247-250,2005***

NTT 西日本九州病院眼科における感染性角膜炎

2009年3月31日 火曜日

———————————————————————-Page1(113)3950910-1810/09/\100/頁/JCLS45回日本眼感染症学会原著》あたらしい眼科26(3):395398,2009cはじめに近年の優れた広域スペクトルの抗菌薬の開発・使用によって感染性角膜炎の治癒率は向上してきた感がある.一方において,耐性菌の出現や抗菌薬が無効である真菌やアカントアメーバによる角膜炎の増加,角膜感染の契機として重要なコンタクトレンズ(CL)の普及と消毒方法の変化に伴い,感染性角膜炎の様相も変化してきている1).そこで,筆者らはNTT西日本九州病院眼科(以下,当科)における最近の感染性角膜炎の動向を検討したので報告する.I対象および方法対象は平成18年11月より平成20年2月までの1年4カ月間に当科を受診し,細菌,真菌,あるいはアカントアメーバによると考えられる感染性角膜炎患者(菌が分離されていないが塗抹鏡検で診断されたものや,臨床所見からのみ診断されたものも含む)で入院治療を行った41例41眼(男性17例17眼,女性24例24眼)である.これらの①年齢分布,②感染の誘因,③起炎菌,④治療経過,⑤視力予後について検討した.また,その結果を感染性角膜炎全国サーベイラン〔別刷請求先〕中村行宏:〒862-8655熊本市新屋敷1丁目17-27NTT西日本九州病院眼科Reprintrequests:YukihiroNakamura,M.D.,DepartmentofOphthalmology,NTTWestKyushuGeneralHospital,1-17-27Shinyashiki,Kumamoto862-8655,JAPANNTT西日本九州病院眼科における感染性角膜炎中村行宏*1松本光希*1池間宏介*1谷原秀信*2*1NTT西日本九州病院眼科*2熊本大学大学院医学薬学研究部視機能病態学InfectiousKeratitisDiagnosedandTreatedatNTTWestKyushuGeneralHospitalYukihiroNakamura,KokiMatsumoto,KousukeIkema1)andHidenobuTanihara2)1)DepartmentofOphthalmology,NTTWestKyushuGeneralHospital,2)DepartmentofOphthalmologyandVisualScience,KumamotoUniversityGraduateSchoolofMedicalSciences目的:NTT西日本九州病院眼科における感染性角膜炎の最近の動向を検討した.方法:対象は平成18年11月より平成20年2月までに入院治療を行った41例41眼である.年齢分布,誘因,起炎菌,治療経過および視力予後について検討し,感染性角膜炎全国サーベイランス(2003)と比較検討した.結果:年齢分布は20代と60代にピークを認めた.誘因はコンタクトレンズ(CL)によるものが最多であった.起炎菌は緑膿菌が8株,Corynebacteriumspp.4株,アカントアメーバ4株などであった.7眼に観血的手術が必要であった.初診時失明眼を除き,全例に視力改善を認めた.結論:起炎菌は若年者ではCLに関連した緑膿菌やアカントアメーバが多く,中高齢者では既存の角膜疾患でのCorynebacteriumが目立った.今回の結果は全国サーベイランスと酷似し,全国的な傾向を反映していた.ToinvestigatethecurrentstatusofinfectiouskeratitisatourHospital,wereviewedthemedicalrecordsof41eyesof41patientswithinfectiouskeratitistreatedfromNovember2006toFebruary2008,inregardtoagedistri-bution,predisposingfactor,causativemicroorganism,diseaseprocess,andvisualprognosis.WecomparedtheseresultswiththeNationalSurveillanceStudyofinfectiouskeratitisinJapan(2003).Agedistributiondemonstrated2peaksinthe20sandinthe60s.Themostpredisposingfactorwascontactlens(CL)wear.ThemostfrequentlyisolatedmicroorganismwasPseudomonasaeruginosa(8),followedbyCorynebacteriumspp.(4),Acanthamoeba(4),etc.Seveneyesrequiredsurgery.Visualacuityimprovedinalleyes,exceptingthoseblindatrstvisit.P.aerugi-nosasandAcanthamoebawerefoundtocausekeratitispredominantlyinyoungerCLwearers,whereasCorynebac-teriumspp.wererelatedtoexistingcornealdiseasesinelderly.Theseresultsweresimilartothoseofthenationalstudy.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)26(3):395398,2009〕Keywords:感染性角膜炎,コンタクトレンズ,発症誘因,起炎菌,サーベイランス.infectiouskeratitis,contactlens,predisposingfactor,causativemicroorganism,surveillance.———————————————————————-Page2396あたらしい眼科Vol.26,No.3,2009(114)ス(2003)と比較した.II結果1.年齢分布年齢は293歳(平均47.9歳)であったが,その分布は図1に示すように20代を中心とする前半のピークと60代以降に後半のピークを認める二峰性の分布パターンを示した.性差では60代以降に女性が多い傾向にあった.2.感染の誘因感染の誘因と考えられたものは,ソフトコンタクトレンズ(SCL)が最多で17眼(42%),ついで水疱性角膜症や角膜白斑などの既存の角膜疾患が10眼(25%),外傷3眼(7%),コントロール不良の糖尿病(DM)2眼(5%),睫毛乱生2眼(5%),兎眼2眼(5%),慢性涙炎1眼(2%),巨大乳頭結膜炎(GPC)1眼(2%),不明が3眼(7%)であった(図2).これらの誘因を年代別にまとめたものを図3に示す.誘因として最も多かったSCLでは,実に17眼中16眼(94%)が30代までに集中していた.特に20代では10眼全例(100%),10代では6眼中5眼(83%),30代では2眼中1眼(50%)がSCLに関連するものと考えられた.50代以降にSCLが誘因となったものは治療用SCL使用の1眼のみであった.対照的に50代以降の誘因として最も多かったのは,既存の角膜疾患で,10眼(24%)であった.ついで外傷3眼(7%),コントロール不良のDM2眼(5%),などであった.3.起炎菌対象になった41例41眼すべてにおいて初診時に角膜擦過が施行されていた.うち25眼で起炎菌が同定でき,検出率は61%であった.このうち複数の菌が検出されたものが3眼あったが,塗抹鏡検にての菌量や培養結果,角膜の所見より起炎菌と考えられるものはそれぞれ1菌種であった.緑膿菌が最多で8眼(20%),ついでアカントアメーバが4眼(10%),Corynebacteriumspp.が4眼(10%),肺炎球菌が3眼(7%),Moraxellaspp.が2眼(5%),真菌が2眼(5%),Staphylococcusaureus(MSSA)が1眼(2%),Streptcoccusspp.が1眼(2%)より同定された(図4).これらの起炎菌と感染の誘因の関連を図5に示す.特徴的なものは,同定された起炎菌のなかで,最多であった緑膿菌はSCL装用に関連したものが多く,実に8眼中6眼(75%)を占めていた.アカントアメーバが認められた4眼はすべて(100%)SCL装用眼であった.そのほかではCorynebacteri-umspp.感染が4眼に認められ,2株はレボフロキサシン耐性であった.また,ここでもSCLの関与が1眼あり,残りの3眼は80代の既存の角膜疾患と90代の慢性涙炎の患者であった.4.治療経過発症から当科受診日までの期間は,230日(平均8.7日)であった.41例中36例(88%)が治療目的の紹介患者であ024681012:男性:女性眼数0990代80代70代60代50代40代年齢(歳)30代20代10代図1年齢分布と性差眼代代代代代代年齢()代代代炎眼角膜図3年代別誘因眼()眼()眼()性炎眼()眼眼()眼()眼()眼()角膜眼()図2感染の誘因菌眼()ンー眼()菌眼()眼()眼()炎菌眼()眼()眼()眼()図4起炎菌———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.26,No.3,2009397(115)った.保存的療法で角膜炎が鎮静化したものが34眼(83%)であった.手術療法を要した症例が7眼(17%)であった.ただし,この7眼はすべて紹介患者であり,うち6眼は初診時にすでに穿孔していた.手術内容は,4眼はすでに光覚がないことが確認できたため,眼球内容除去術を施行した.その他の3眼に対しては,可及的速やかに治療的全層角膜移植術を施行した.穿孔した7眼から検出された菌は,緑膿菌が3株,肺炎球菌1株,Staphylococcusaureus(MSSA)1株,Corynebacte-riumspp.1株,起炎菌不明のものが1眼であった.潰瘍消失までの期間は,手術施行例や,アカントアメーバ角膜炎など潰瘍に至らなかったものは除外した場合,246日(平均10.3日)であった.入院期間は547日(平均17.8日)であった.5.視力予後初診時および最終視力を対数表示したものを図6に示す.初診時すでに光覚がなかったものを除くと,当院での治療後で視力が低下したものはなく,穿孔例も手術治療によって視力向上が得られた.III考察〈感染性角膜炎全国サーベイランス(2006)1)との比較検討〉今回の検討で当科を受診した感染性角膜炎の年齢分布は,20代と60代にそのピークを認める二峰性の分布パターンを示しており,これは感染性角膜炎全国サーベイランス(2006)におけるわが国での感染性角膜炎のものとほぼ一致した1).さらに,CL使用例が42%を占めていたが,全国サーベイランスでも41.8%とほぼ同率の報告であった.そのうち,特に前半のピークでは,10代での角膜炎発症症例の83%(全国サーベイランス96.3%),20代での発症症例の100%(サーベイランス89.8%)がCL使用によるものであった.当科でのCL使用例の年齢分布も全国サーベイランスときわめて類似しており,CL使用による感染性角膜炎の増加と低年齢化は全国的規模で進んでいることが窺えた.起炎菌についてはグラム陰性桿菌である緑膿菌が最多(8株20%)であり,グラム陽性球菌は5株(12%)に留まった.一方,全国サーベイランスではグラム陽性球菌が261例中63株(24.1%)で最多であり,緑膿菌は9株(3.4%)のみであった.かねてより熊本では緑膿菌やSerratiaなどのグラム陰性桿菌が多いことは報告されていた2,3)が,今回もそれを裏付ける結果となった.海外では香港で同じように緑膿菌が多いとの報告があり4),気候的な要因があるかもしれない.アカントアメーバについては4株(10%)認められ,全国サーベイランス2株(0.7%)と比較しても多かった.最近の学会などの印象ではCLの普及とその消毒法の変化によってアカントアメーバ角膜炎が確実に増加していると思われる.その他ではCorynebacteriumspp.が4株(10%)(サーベイランス10株3.8%)認められた.Corynebacteriumが角膜炎の起炎菌に成りうるのかについては議論のあるところであるが,最近の報告5,6)と当科で認められた症例をみる限り,CLの不適切な使用や免疫不全,既存の角膜疾患など条件が揃えば起炎菌に成りうるかと思われた.このうち2株はレボフロキサシン耐性であり,1株において角膜移植後の患者より検出された.長期にわたるレボフロキサシン点眼による耐性化の可能性も考えられた.また,レボフロキサシン耐性株ではないものの,1株は穿孔例から分離されていた.Corynebac-teriumが角膜を穿孔に至らしめるとは考えにくいが,手術時に切除した角膜自体から分離培養されており,起炎菌である可能性はあると考えている.CLと起炎菌の関連について,緑膿菌8例中6例(75%),アカントアメーバ4例全例(100%)がCL装用者であり,関連性が高かった.全国サーベイランスでも緑膿菌が検出された9例中6例(66.6%),表皮ブドウ球菌が検出された17例中10例(58.8%)にCL装用が関与しており,この2菌種眼数:不明:GPC:涙炎:兎眼:睫毛乱生:DM:外傷:角膜疾患:SCLMSSAStreptcoccusspp.真菌Moraxellaspp.肺炎球菌Corynebacteriumspp.アカントアメーバ緑膿菌0123456789図5誘因と起炎菌的治療治療視力視力図6視力予後———————————————————————-Page4398あたらしい眼科Vol.26,No.3,2009(116)が他と比べて多かったとしている.CL普及に伴い角膜感染症の誘因として増加していること,また,若年齢化をきたしていること,さらに当県は以前より緑膿菌感染が多く認められることは前述のとおりであり2,3),これらを踏まえると今後当県におけるCL関連性角膜炎の増加や重症化が危惧される.今回の検討では緑膿菌に関しては幸いレボフロキサシン耐性菌はなく,治療予後は比較的良好であったが,フルオロキノロン全盛となっている昨今,耐性菌の出現も懸念される.治療経過では潰瘍消失までの平均日数が17.8日,平均入院日数が19.8日と全国サーベイランスの治療平均日数が28.7日であったことと比べて良好であった.今回,穿孔が7例みられたが,当科で治療したにもかかわらず穿孔に至ったものは1例(2%)のみであった.一般的に視力予後が悪いとされている緑膿菌による角膜潰瘍でも7),全例視力の向上が得られており,比較的良好な治療成績であったと思われる.その要因としては,まず,感染性角膜炎が疑われる症例に対しては全例に角膜擦過を行い,起炎菌検索を行っていることがあげられる.前医ですでに抗菌薬が使用されていたものが29例(71%)あるものの(全国サーベイランス39%),当科での起炎菌の検出率は61%(全国サーベイランス43.3%)と比較的良好であり,早期に治療方針が立てられ,これが治療成績につながったと思われる.北村ら8)も報告しているように,治療方針決定に際して何らかの形で微生物的検査の結果が反映されることが重要である.つぎに,重症例に対しては夜間も頻回点眼を行うなど積極的な治療が有効であったと思われる.しかし,このような治療でも穿孔に至った症例もあり,進行した感染性角膜炎に対しては抗菌薬のみでの治療では十分といえず,プロテアーゼインヒビターなどの新しい治療薬の開発が強く望まれる7).今回の検討では起炎菌として緑膿菌が多いという地域性が認められたものの,年齢分布,誘因において感染性角膜炎全国サーベイランスとほぼ同様の結果であった.特に感染の誘因として重要であったCLの装用率まで酷似していた.今回の検討は全国的な感染性角膜炎の動向を反映し,CL関連の感染性角膜炎が増加し,低年齢化しているという全国サーベイランスの結果を裏付けるものとなった.謝辞:本稿を終えるにあたり,塗抹鏡検および分離培養にご尽力いただいた当院臨床検査科細菌室江藤雄史氏に深謝いたします.文献1)感染性角膜炎全国サーベイランス・スタディーグループ:感染性角膜炎全国サーベイランス─分離菌・患者背景・治療の現況─.日眼会誌110:961-972,20062)宮嶋聖也,松本光希,奥田聡哉ほか:熊本大学における過去20年間の細菌性角膜潰瘍の検討.あたらしい眼科15:223-226,19983)宮嶋聖也,松本光希,奥田聡哉ほか:熊本大学における過去3年間の細菌性角膜潰瘍症例の検討.あたらしい眼科17:390-394,20004)LamDSC,HouangE,FanDSPetal:IncidenceandriskfactorsformicrobialkeratitisinHongKong:comparisonwithEuropeandNorthAmerica.Eye16:608-618,20025)RubinfeldRS,CohenEJ,ArentsenJJetal:Diphtheroidsasocularpathogens.AmJOphthalmol108:251-254,19896)柿丸晶子,川口亜佐子,三原悦子ほか:レボフロキサシン耐性コリネバクテリウム縫合糸感染の1例.あたらしい眼科21:801-804,20047)McLeodSD,LaBreeLD,TayyanipourRetal:Theimportanceofinitialmanagementinthetreatmentofsevereinfectiouscornealulcers.Ophthalmology102:1943-1948,19958)北村絵里,河合政孝,山田昌和:感染性角膜炎に対する細菌学的検査の意義.眼紀55:553-556,2004***

当院でのアカントアメーバ角膜炎の検討

2009年3月31日 火曜日

———————————————————————-Page1390あたらしい眼科Vol.26,No.3,2009(00)390(108)0910-1810/09/\100/頁/JCLS45回日本眼感染症学会原著》あたらしい眼科26(3):390394,2009cはじめに最近アカントアメーバ角膜炎が急増を示している1).わが国では8590%2,3)がコンタクトレンズ(CL)装用者に発症するといわれている.アカントアメーバは土壌や水道水など身近な所に生息しており,季節性はなく4),CLの保存ケースからもしばしば発見され,CL関連の角膜炎のなかでも予後不良なものとして問題となっている.今回筆者らの施設で経験したアカントアメーバ角膜炎を検討したところ,若干の知見を得たので報告する.I症例1.対象対象は20032008年の間に当院を受診したアカントアメーバ角膜炎患者12例14眼,男性8例9眼,女性4例5眼で,年齢は1756歳(平均33.3歳),CL使用者は14眼中13眼で92.9%を占めていた.そのうち,ソフトCL(SCL)が10例12眼(85.7%),ハードCL(HCL)が1眼(7.1%)で,SCLの内訳は,頻回交換型SCL(FRSCL)6眼,定期交換型SCL2眼,非含水性SCL1例2眼,従来型SCL1例2〔別刷請求先〕野崎令恵:〒134-0088東京都江戸川区西葛西5-4-9西葛西井上眼科病院Reprintrequests:NorieNozaki,M.D.,Nishikasai-InouyeEyeHospital,5-4-9Nishikasai,Edogawa-ku,Tokyo134-0088,JAPAN当院でのアカントアメーバ角膜炎の検討野崎令恵宮永嘉隆西葛西井上眼科病院ExaminationofAcanthamoebaKeratitisinOurHospitalNorieNozakiandYoshitakaMiyanagaNishikasai-InouyeEyeHospital目的:アカントアメーバ角膜炎の臨床経過より対策を検討すること.対象:20032008年の間に当院を受診したアカントアメーバ角膜炎12例14眼,男性8例9眼,女性4例5眼で,年齢は1756歳(平均33.3歳),コンタクトレンズ(CL)使用者は14眼中13眼(92.9%)で,そのうちソフトCL(SCL)が12眼,SCLの中では頻回交換型SCLが半数を占めていた.残り1眼はCL・外傷の既往はなかった.アカントアメーバ角膜炎と診断し,治療は三者併用療法(病巣掻爬,抗真菌薬および消毒薬や抗原虫薬の局所点眼,抗真菌薬の全身投与)を行った.結果:2段階以上視力が改善したものは8眼(57.1%)で,不変5眼(35.7%),2段階以上低下したものは1眼(7.1%)であった.低下した1眼はCL装用歴・外傷の既往がなく,速い経過をたどり予後不良であった.結論:アカントアメーバ角膜炎に三者併用療法は有効である.In14eyesof12Acanthamoebakeratitispatientswhoconsultedaphysicianatourhospitalbetween2003and2008,weexaminedmeasuresfromtheclinicalcourseforAcanthamoebakeratitis.Thepatientsconsistedof8males(9eyes)and4females(5eyes)(agerange:17to56years;average:33.3years).Contactlenses(CL)wereusedin13ofthe14eyes(92.9%);especiallysoftCL(SCL)wereusedin12eyes,halfofthosebeingfrequentreplace-mentSCL(FRSCL).TheremainingeyedidnothaveahistoryofCLuseorinjury.ItwasdiagnosedwithAcan-thamoebakeratitis,andreceivedthree-combinationtreatment.Eyesightimprovedmorethantwostagesin8eyes(57.1%),therewasnochangein5eyes(35.7%)andeyesightdecreasedmorethantwostagesin1eye(7.1%).TheeyewithnohistoryofCLuseorinjurywasatracingbadprognosisunlikeanotherasforearlypassage.Three-combinationtreatmentiseectiveagainstAcanthamoebakeratitis.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)26(3):390394,2009〕Keywords:アカントアメーバ角膜炎,三者併用療法,感染性角膜炎.Acanthamoebakeratitis,three-combinationtreatment,infectiouskeratitis.———————————————————————-Page2あたらしい眼科Vol.26,No.3,2009391(109)眼であった.既往にCL装用歴のない1眼(7.1%)は外傷の既往がなく,診断が困難であった.2.初診時所見・治療経過初診時に石橋分類2,3)にて初期のものが8例8眼で視力0.061.2,移行期は3例3眼で視力0.010.3,完成期は3例3眼でいずれも視力は指数弁であった.なお,初期に点状表層角膜炎や樹枝状角膜炎を認め,角膜ヘルペスを疑われ加療されたが治療に奏効せず,難治性の角膜炎として当院へ紹介されたものがほとんどであった.臨床所見ならびに角膜擦過物の検鏡よりアカントアメーバ角膜炎と診断し,治療は石橋らの提唱する三者併用療法2,3)(①病巣掻爬,②抗真菌薬および消毒薬や抗原虫薬の点眼,③抗真菌薬の全身投与)に加えて補助療法として抗菌薬,角膜保護薬,散瞳薬,ステロイド薬の各点眼液を適宜使用した.3.結果病期ごとによる加療後の視力は初期では2段階以上改善5眼,不変3眼,移行期では改善2眼,2段階以上低下1眼,完成期では改善1眼,不変2眼であった(表1).全体では改善したものが8眼(57.1%)で,不変5眼(35.7%),低下1眼(7.1%)と,三者併用療法は有効であった.低下したのはCL装用歴・外傷のない症例の1眼のみであった.初診時完成期であったが改善した例(症例1)と,唯一低下した1例(症例2)を以下に示す.II代表例呈示〔症例1〕37歳,女性.非含水性SCL(ソフィーナR)使用.2003年9月両眼の視力低下を自覚.近医にてレボフロキサシン(クラビットR)点眼,フルオロメトロン(フルメトロンR)点眼,アシクロビル(ゾビラックスR)眼軟膏にて加療するも改善せず,約2週間後に前医紹介となった.臨床所見よりアカントアメーバを疑い,グラム染色で確認したが真菌,アメーバともに検出されなかった.フルコナゾール(ジフルカンR)の点眼・内服にて多少の改善をみたものの,右眼の中央に上皮欠損が生じ,5日後には前房蓄膿が出現,その後も悪化傾向にあったため前医初診ab図1症例1の前眼部写真右眼(a)は完成期,左眼(b)は移行期.表1全症例の治療前後の視力症例治療前治療後CLの種類初期35歳・男性17歳・男性19歳・男性23歳・男性18歳・女性17歳・女性19歳・女性53歳・男性*1.20.30.50.060.41.20.31.01.20.71.21.01.01.21.01.0FRSCL定期交換型SCL定期交換型SCLFRSCLFRSCLFRSCLFRSCL従来型SCL移行期53歳・男性*37歳・女性**53歳・男性0.010.050.30.71.2光覚弁従来型SCL非含水性SCLCLなし完成期37歳・女性**52歳・男性56歳・男性指数弁指数弁指数弁0.9指数弁指数弁非含水性SCLHCLFRSCL*,**はそれぞれ同一人物.CL:コンタクトレンズ,SCL:ソフトCL,HCL:ハードCL,FRSCL:頻回交換型SCL.———————————————————————-Page3392あたらしい眼科Vol.26,No.3,2009(110)時より8日後,当院紹介となった.初診時視力は右眼指数弁,左眼0.04(0.05×5.0D(cyl3.0DAx130°),角膜組織の培養検査にてアメーバのシストを確認し,アカントアメーバ角膜炎と診断した(図1).右眼は完成期,左眼は移行期であった.入院のうえ,三者併用療法として病巣掻爬,フルコナゾール(ジフルカンR)・0.04%クロルヘキシジン点眼1時間ごと,フルコナゾール(ジフルカンR)100mgもしくはミカファンギン(ファンガードR)150mg点滴を行った.それに加えて抗菌薬のレボフロキサシン(タリビッドR)点眼3/day,角膜保護薬のヒアルロン酸(0.3%ヒアレインRミニ)点眼と血清点眼3/day,散瞳薬のアトロピン点眼1/day,ステロイドのベタメタゾン(リンデロンRA)点眼02/dayを使用した.ステロイド点眼は消炎と角膜透明度の改善のために,厳重な経過観察のもと使用した.経過中両眼ともに前房蓄膿が出現し,難治性であり,病巣掻爬は合計右眼15回,左眼7回施行した.退院後も通院加療を続け,発症より8カ月経過したところでフルコナゾール(ジフルカンR)とクロルヘキシジン(クロルヘキシジンR)の点眼を中止した.その後は状態をみながら角膜保護薬や抗菌薬の点眼を使用している.視力は治療開始約5カ月後に左眼0.4(1.2×+9.0D),右眼0.4(0.5×+4.5D)と改善し,約4年4カ月後には右眼(0.9×+1.5D(cyl2.0DAx50°),左眼(1.2×+7.0D(cyl2.5DAx100°)となった.治療開始約10カ月後の前眼部写真を図2に示す.〔症例2〕53歳,男性.CL装用歴,外傷の既往なし.2004年4月トイレの不潔な水で洗眼し,こすった翌日に右眼痛発症.前医で角膜ヘルペスと診断され加療したが改善せず,2日後に当院紹介受診.視力は右眼0.8p(1.2×+1.5D),左眼0.3p(0.3×+0.5D(cyl2.0DAx70°).当院でも当初は角膜ヘルペスと考えてアシクロビル(ゾビラックスR)眼軟膏を右眼5/dayやバラシクロビル(バルトレックスR)1,000mg分2内服などで加療を開始した(図3).しかし発症より1週間後に前房蓄膿が出現.アカントアメーバ角膜炎を疑い検査したところ,アメーバのシストを確認し三者併用療法に加え,症例1と同様に治療を開始した.真菌,糸状菌,一般細菌,肺炎球菌,緑膿菌,嫌気性菌は入院中3回検査したが陰性であった.三者併用療法にも奏効せず,発症より5週間後に角膜穿孔を起こし(図4),大学病院へ紹介となり強角膜片移植を施行ab図2症例1の発症より11カ月後の前眼部写真(a:右眼,b:左眼)図3症例2の前眼部写真CL装用歴や外傷の既往がなく診断が困難であった.———————————————————————-Page4あたらしい眼科Vol.26,No.3,2009393(111)された(図5).移植後の視力は光覚弁であった.III考按アカントアメーバ角膜炎が初期の段階で発見され治療を開始したものでは比較的良好な予後が得られる5,6)ことは当然だが,移行期,完成期のものでも良好な視力が得られたものもあった.アカントアメーバ角膜炎の治療に三者併用療法は有効と思われる.また,両眼同時期に発症したものであっても,病期や経過は一様ではない7)ことが,今回筆者らの経験した症例からも言える.オルソケラトロジーレンズ811)や毎日交換型SCL12,13)での発症も報告があり,どんなレンズでもアカントアメーバ角膜炎は発症するが,なかでもFRSCLの発症が多く発表されている2).これにはユーザーの数が多いことも一つの原因としてあげられるかもしれないが,2週間であればそれほど長期でないために患者がCLのケアを怠ったり,連続装用したりするような心理環境に陥りやすいのかもしれない.また,現在のマルチパーパスソリューション(MPS)ではアメーバの発育は阻止できないため,患者にこすり洗いを必ず行うように指導することが必要であるが,適切なケアを行っていても感染した事例が報告されており14),注意が必要であると思われる.前述のとおり日本では,アカントアメーバ角膜炎患者の8590%がCL装用者で,残りの1015%は外傷によるものと考えられている2,3).欧米でも同類の報告がみられる1517)が,インドではアカントアメーバ角膜炎にCLが占める割合は68%程度で,外傷や不潔な水が眼球に接触することで発症するものが多いという18).CL装用歴や外傷の既往がなくとも臨床所見や症状によってはアカントアメーバ角膜炎を念頭に置いて考える必要があると思われた.今回筆者らの経験したCL装用歴・外傷の既往のない1眼は,5週間という速い経過で角膜穿孔をきたし,他とは明らかに経過が異なるため,筆者らの施設では形態学的,遺伝子学的分類を施行していなかったため不明であるが,感染したアカントアメーバの株が異なる可能性が示唆された.今後はアカントアメーバの株によって臨床所見が異なるものか否かを多施設において検討することが,アカントアメーバ角膜炎の病態の解明と対策につながるのではないかと考える.稿を終えるにあたり,御指導いただきました東京女子医科大学東医療センターの高岡紀子先生に感謝いたします.文献1)IbrahimYW,BoaseDL,CreeIA:FactorsaectingtheepidemiologyofAcanthamoebakeratitis.OphthalmicEpi-demiol14:53-60,20072)大石恵理子,石橋康久:アカントアメーバについて教えてください.あたらしい眼科23(臨増):94-97,20063)石橋康久:2.角結膜3)感染症b.真菌性(含:アカントアメーバ).眼科47:1551-1558,20054)ManikandanP,BhaskarM,RevanthyRetal:Acan-thamoebakeratitis─AsixyearepidemiologicalreviewfromatertiarycareeyehospitalinSouthIndia.IndJMedMicrobiol22:226-230,20045)ThebpatiphatN,HammmersmithKM,RochaFNetal:Acanthamoebakeratitis:aparasiteontherise.Cornea26:701-706,2007図5大学病院での強角膜片移植後の所見図4症例2の発症より5週間後の所見角膜穿孔を起こし,大学病院に紹介となった.———————————————————————-Page5394あたらしい眼科Vol.26,No.3,2009(112)6)ClearhoutI,GoegebuerA,VanDenBroeckCetal:DelayindiagnosisandoutcomeofAcanthamoebakerati-tis.GraefesArchClinExpOphthalmol242:648-653,20047)渡辺敬三,妙中直子,福田昌彦ほか:両眼性に発症したアカントアメーバ角膜炎の一例.日本眼感染症学会誌2:53,20078)WongVW,ChiSC,LamPS:GoodvisualoutcomeafterprompttreatmentofAcanthamoebakeratitisassociatedwithovernightorthokeratologylenswear.EyeContactLens33:329-331,20079)福地裕子,西田幸二,前田直之ほか:オルソケトロジー装用者に認められたアカントアメーバ角膜炎の一例.眼紀58:503-506,200710)WilhelmsKR:Acanthamoebakeratitisduringorthokera-tology.Cornea24:864-866,200511)LeeSJ,JeongHJ,LeeJSetal:MolecularcharactizationofAcanthamoebaisolatedfromamebickeratitisrelatedtoorthokeratologylensovernightwear.KorJParasitol44:313-320,200612)NiyadurupolaN,IllingworthCD:Acanthamoebakeratitisassociatedwithmisuseofdailydisposablecontactlens.BrJContactLensAssoc29:269-271,200613)堀由紀子,望月清文,波多野正和ほか:ワンデーディスポーザブルソフトコンタクトレンズ装用中に生じたアカントアメーバ角膜炎の一例.あたらしい眼科21:1081-1084,200414)中川尚:アカントアメーバ角膜炎とコンタクトレンズ.日コレ誌49:76-79,200715)JoslinCE,TuEY,McMahonTTetal:EpidemiologicalcharacteristicsofaChicago-areaAcanthamoebakeratitisoutbreak.AmJOphthalmol142:212-217,200616)TzanetouK,MiltsakakisD,DroutsasDetal:Acanth-amoebakeratitisandcontactlensdisinfectingsolutions.IntJOphthalmol220:238-241,200617)ButlerTK,MalesJJ,RobinsonLPetal:Six-yearreviewofAcanthamoebakeratitisinNewSouthWales,Austra-lia:1997-2002.ClinExpOphthalmol33:41-46,200518)ErtabaklerH,TurkM,DayanirVetal:AcanthamoebakeratitisduetoAcanthamoebagenotypeT4inanon-con-tact-lenswearerinTurkey.ParasitolRes100:241-246,2007***

a 溶血レンサ球菌による白内障術後眼内炎と当院におけるレボフロキサシン耐性率

2009年3月31日 火曜日

———————————————————————-Page1(105)3870910-1810/09/\100/頁/JCLS45回日本眼感染症学会原著》あたらしい眼科26(3):387389,2009cはじめにa溶血レンサ球菌(以下,a溶連菌)は緑色レンサ球菌ともよばれ,おもに口腔内の常在菌である.内科領域では心内膜炎の起炎菌として重要であるが,結膜からも常在菌としてしばしば分離され,急性結膜炎や涙炎などの起炎菌にもなる1,2).白内障術後眼内炎の起炎菌ではブドウ球菌や腸球菌が有名であるが,レンサ球菌属もしばしば分離される3).しかしながら,a溶連菌が起炎菌となった術後眼内炎についての報告は少ない4).今回筆者らはa溶連菌による予後不良な白内障術後眼内炎を経験したので,当院での本菌の分離状況とレボフロキサシン耐性状況も含めて報告する.II症例患者:78歳,女性.2007年2月19日に他院にて右眼に耳側角膜切開による超音波乳化吸引術と眼内レンズ挿入術を2泊入院にて施行された.術後経過は良好であったが,2月28日に右眼眼痛と充血を自覚し,翌日3月1日に眼科受診したところ眼内炎と診断され,当院紹介受診となった.3月〔別刷請求先〕星最智:〒780-0935高知市旭町1-104町田病院Reprintrequests:SaichiHoshi,M.D.,Ph.D.,MachidaHospital,1-104Asahimachi,Kochi-shi,Kochi780-0935,JAPANa溶血レンサ球菌による白内障術後眼内炎と当院におけるレボフロキサシン耐性率星最智大塚斎史北澤耕司橋田正継卜部公章町田病院Alpha-HemolyticStreptococcalEndophthalmitisafterCataractSurgeryandPrevalenceofLevooxacinResistanceinMachidaHospitalSaichiHoshi,YoshifumiOhtsuka,KojiKitazawa,MasatsuguHashidaandKimiakiUrabeMachidaHospital症例は78歳,女性.他院で右眼白内障手術後眼内炎と診断され当院紹介受診となる.初診時右眼視力は光覚弁であり重度の前房蓄膿とびまん性の角膜浮腫を認めた.ただちに硝子体手術と眼内レンズ摘出を行ったが,網膜障害が強く予後不良であった.術中硝子体液からはa溶血レンサ球菌(以下,a溶連菌)が分離され,感受性検査ではアミノグリコシド系に耐性,セフェム系およびレボフロキサシンとガチフロキサシンに中間耐性を示した.2006年1月から2007年12月までに当院外来受診患者から分離培養された3,193株のうち3.0%がa溶連菌であった.レボフロキサシンに中間または耐性を示す株の割合は18.1%であり,腸球菌の7.3%よりも高かった.A78-year-oldfemalewasreferredtoourhospitalwiththediagnosisofendophthalmitisaftercataractsurgeryinherrighteye.Atrstexamination,rightvisualacuitywaslightperception;severehypopionanddiusecornealedemawerealsoobserved.Althoughvitrectomyandintraocularlensextractionwereperformed,visualoutcomewaspoorbecauseofsevereretinaldamage.Alpha-hemolyticstreptococcuswasrecoveredfromthevitreoussam-ple.Susceptibilitytestingshowedthisstraintoberesistanttoaminoglycosideantibioticsandintermediatelyresis-tanttocefemantibiotics,levooxacinandgatioxacin.FromJanuary2006toDecember2007atourhospital,3,193strainswereisolatedfromocularsamplesofoutpatients.Ofthesestrains,3.0%comprisedalpha-hemolyticstrepto-coccus;theresistancerateagainstlevooxacinwas18.1%inthealpha-hemolyticstreptococcus,higherthanthe7.3%inEnterococcusfaecalis.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)26(3):387389,2009〕Keywords:眼内炎,緑色レンサ球菌,a溶血レンサ球菌,レボフロキサシン,耐性菌.endophthalmitis,viridansstreptococcus,alpha-hemolyticstreptococcus,levooxacin,antibiotics-resistance.———————————————————————-Page2388あたらしい眼科Vol.26,No.3,2009(106)1日当院初診時,右眼視力は光覚弁であり,右眼眼圧は30.7mmHgと高値であった.眼瞼浮腫と結膜充血を認めるが,疼痛の自覚はなかった.細隙灯検査では前房蓄膿と角膜切開部の浸潤および広範な角膜浮腫を認め,眼底透見不能な状態であった(図1a).ただちにバンコマイシンとセフタジジム灌流下で硝子体手術と眼内レンズ摘出を施行した.術中所見として硝子体混濁と網膜血管の白鞘化を認めた.術後はフロモキセフ2g/日の点滴を2日間とモキシフロキサシン400mg内服を2日間投与した.局所投与ではモキシフロキサシンとセフメノキシムの頻回点眼と0.1%ベタメタゾン点眼4/日,1%アトロピン点眼2/日を行った.また,術翌日も前房炎症が高度であったため,3月2日と3日にバンコマイシンとセフタジジム添加灌流液により前房洗浄を施行した.その後,次第に角膜浮腫と前房炎症は軽快し,3月22日には眼底検査にて網膜点状出血と網膜動脈の白線化が確認できる程度まで改善し,3月26日退院となった(図1b).8月14日の当院最終受診時の右眼矯正視力は0.03であり,失明は免れたものの予後不良な状態であった.術中採取した硝子体液からはa溶連菌が多数検出され,薬剤感受性検査ではアミノグリコシド系に耐性,セフェム系およびレボフロキサシンとガチフロキサシンに中間耐性を示した.つぎに,起炎菌であるa溶連菌がレボフロキサシンに中間耐性だったことから,a溶連菌のレボフロキサシン耐性化状況を把握するため,当院における外来患者の眼部から分離されたa溶連菌について調査を行った.対象は2006年1月から2007年12月までの当院外来受診患者の眼部培養3,193検体である.検体は眼感染症のほか,内眼手術前の結膜監視培養も含まれる.2,377検体が培養陽性であり,3,474株の細菌が分離された.全分離株のうちa溶連菌は105株(3.0%)であり,腸球菌95株(2.7%)と類似していた.ディスク法による薬剤感受性検査ではレボフロキサシンに中間または耐性を示す株はa溶連菌が18.1%であり,腸球菌の7.3%よりも多かった(表1).一方,a溶連菌のセフメノキシムに対する感受性は99.1%と良好であった.II考按a溶連菌は口腔内の常在菌で血液寒天培地の溶血環が緑色を呈することから緑色レンサ球菌ともよばれ,Streptococcus(S.)mutans,S.mitis,S.sanguinis,S.anginosus,S.sali-variusなどが含まれる.白内障術後眼内炎に関する過去の表1当院で分離されたa溶連菌と腸球菌の各種抗菌薬耐性率菌種株数分離割合(%)耐性率(%)SBPCCMXGMTOBEMCPTFLXLVFXGFLXa溶連菌1053.04.70.931.467.635.21.967.618.113.3腸球菌952.710010010010074.710.589.47.33.1SBPC:スルベニシリン,CMX:セフメノキシム,GM:ゲンタマイシン,TOB:トブラマイシン,EM:エリスロマイシン,CP:クロラムフェニコール,TFLX:トスフロキサシン,LVFX:レボフロキサシン,GFLX:ガチフロキサシン.ab1初診時前眼部と術後眼底写真a:前房蓄膿と耳側角膜切開部に実質内浸潤(矢印)を認める.b:網膜血管の白線化を認める.———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.26,No.3,2009389(107)調査では眼内炎の起炎菌としてブドウ球菌属や腸球菌についでレンサ球菌属がさらに分離されている3).この調査では起炎菌を確定できない症例も多く,ESCRS(ヨーロッパ白内障・屈折手術学会)スタディのように眼内液のpolymerasechainreaction(PCR)による菌種同定も行えば緑色レンサ球菌が分離されてくる可能性がある5).また,本症例や過去の報告からa溶連菌の眼内炎は網膜や血管への障害を強く起こす可能性があり,同じく予後不良といわれている腸球菌と同程度に注目すべき微生物と考えて疫学的分離状況や薬剤感受性傾向を把握する必要がある4).本症例の感染経路に関しては術中感染か術後感染かを明確にすることはできない.手術から1週間以上経過して発症していることや角膜切開創に浸潤を認めたことから,術後早期の脆弱な角膜切開創を経由して菌が眼内に侵入した可能性は否定できない.さらにa溶連菌は口腔内の常在菌であることから,術後の飛沫による眼表面の汚染の可能性も考えられる.人工喉頭を設置した患者の白内障術後眼内炎で,眼内と眼瞼皮膚からa溶連菌が分離されたという自身の飛沫によると考えられる報告がある4).白内障術後には感染予防として抗菌点眼薬を用いるが,点眼後12時間以上経過した状態では眼表面に存在する抗菌薬はわずかである6).したがって飛沫などにより一過性に眼表面が汚染されると抗菌点眼薬を用いる前に細菌が眼内に侵入する可能性があり,十分な感染予防効果が期待できないのかもしれない.したがって,術後数日間は抗菌薬点眼のほかに飛沫予防のための保護眼鏡を常時装用するなどして,眼表面の一過性の汚染を予防する対策が必要と考えられる.つぎに,本症例から分離されたa溶連菌はレボフロキサシンに中間耐性を示した.当院の外来患者の眼部から分離された菌株を調査したところ,全分離株の3.0%と腸球菌の分離率とほぼ同程度であったものの,レボフロキサシンの耐性率はa溶連菌が18.1%であり,腸球菌の7.3%よりも高かった.眼科における過去の報告ではa溶連菌のレボフロキサシン耐性率は8%程度であるため,直接的な比較はできないが耐性率が増加してきている可能性も考えられる7,8).さらに末梢血幹細胞移植後の好中球減少時にレボフロキサシンを予防投与した際,敗血症を呈した患者の起炎菌を調べたところ,レボフロキサシン耐性S.mitisが多く認められたという他科からの報告がある9).S.mitisは緑色レンサ球菌の一種であるが,系統的には肺炎球菌に非常に近い菌種である10).今回の症例や調査で分離されたa溶連菌の菌種同定はできていないため,レボフロキサシン耐性株がS.mitisかどうかは不明であるが,フルオロキノロン系抗菌点眼薬が眼科領域で頻繁に用いられている以上,レンサ球菌属のフルオロキノロン耐性化は重要な問題である.今後は菌種の同定も含めたさらなる調査が必要と考えられる.文献1)CavuotoK,ZutshiD,KarpCLetal:UpdateonbacterialconjunctivitisinSouthFlorida.Ophthalmology115:51-56,20072)BharathiMJ,RamakrishnanR,ManekshaVetal:Com-parativebacteriologyofacuteandchronicdacryocystitis.Eye22:953-960,20073)薄井紀夫,宇野敏彦,大木孝太郎ほか:白内障に関連する術後眼内炎全国症例調査.眼科手術19:73-79,20064)MatsuuraT,IshibashiH,YukawaEetal:Endophthalmi-tisfollowingcataractsurgeryconsideredtobeduetoanoralpathogen.JournalofNaraMedicalAssociation57:51-55,20065)ESCRSEndophthalmitisStudyGroup:Prophylaxisofpostoperativeeodophthalmitisfollowingcataractsur-gery:resultsoftheESCRSmulticenterstudyandidenticationofriskfactors.JCataractRefractSurg33:978-988,20076)和田智之,多鹿哲也,高橋浩昭ほか:点眼投与を想定したガチフロキサシンのPostantibioticEect.あたらしい眼科21:1520-1524,20047)加茂純子,山本ひろ子,村松志保ほか:病棟・外来の眼科領域細菌と感受性の動向20012005年.あたらしい眼科23:219-224,20068)加茂純子,喜瀬梢,鶴田真ほか:感受性からみた年代別の眼科領域抗菌薬選択2006.臨眼61:331-336,20079)RazonableRR,LitzowMR,KhaliqYetal:Bacteremiaduetoviridansgroupstreptococciwithdiminishedsus-ceptibilitytolevooxacinamongneutropenicpatientsreceivinglevooxacinprophylaxis.ClinInfectDis34:1469-1474,200210)河村好章:ブドウ球菌とレンサ球菌の分類─この10年の変遷.モダンメディア51:313-327,2005***

角膜錆輪を覆う上皮にみられる細胞死の組織学的研究

2009年3月31日 火曜日

———————————————————————-Page1(97)3790910-1810/09/\100/頁/JCLS45回日本眼感染症学会原著》あたらしい眼科26(3):379385,2009cはじめに1972年Kerrら1)が発表したアポトーシスは,生理的に生じる不要細胞や病理的に生成される傷害細胞を積極的に排除する機構で,細胞の形態変化を伴う現象である.しかしこの形態変化は数分間で終了するためヘマトキシリン・エオジン染色(HE染色)を施した組織切片にアポトーシスがみつかることはまれである.アポトーシスの検索には,その本質がDNAのヌクレオソーム単位での断片化であることを踏まえて,当初から組織切片に特殊な染色を施して検鏡するのが一般的である2,3).今回角膜鉄粉異物のHE染色切片を検鏡していて,錆を貪食した上皮細胞にアポトーシスが多発する現象を発見する機会に恵まれたので報告する.I方法外傷後72時間以上を経過した角膜鉄粉異物症例(45歳,男性)から摘出した上皮層錆輪と,外傷後約30時間経過の角膜鉄粉異物症例(46歳,男性)で初回の角膜鉄粉異物摘出術で実質層錆輪を取り残し2週後に再摘出した残存錆輪を覆う増殖上皮を試料にした.2症例とも摘出した錆輪を研究材料とすることの了解を得た.切片作製の手順は既報で詳述した4).切片はHE染色と錆を特異的に染色するPerls染色を施した.上皮層錆輪は連続切片のうち錆輪の中央部分の1枚を示した.〔別刷請求先〕松原稔:〒675-1332小野市中町275-1松原眼科医院Reprintrequests:MinoruMatsubara,M.D.,MatsubaraEyeClinic,275-1Naka-cho,Ono-shi,Hyogo-ken675-1332,JAPAN角膜錆輪を覆う上皮にみられる細胞死の組織学的研究松原稔松原眼科医院HistologicalStudyofEpitheliumCellDeathwithCornealRustRingMinoruMatsubaraMatsubaraEyeClinic角膜鉄粉異物が起こす細胞死を研究した.鉄粉異物周囲の上皮と取り残した錆輪を覆う増殖上皮から連続切片を作製,ヘマトキシリン・エオジン染色とPerls染色を施し,錆に接触した細胞に起こる変化を光学顕微鏡で調べた.錆輪を覆う増殖上皮では錆を貪食した細胞はネクローシスを起こさなかったが,核クロマチンの凝縮と断片化が起こり細胞質が縮小して隣接細胞との間に大きな間隙をつくった好酸性円形のアポトーシス細胞と,細胞質がくびれちぎれたアポトーシス小体が全細胞の4.1%にみられた.これらの細胞では核断片化数と細胞質細分化数が3以上の細胞が55%を占めた.アポトーシスを起こした細胞は細胞内にPerls染色に染まる顆粒を含み,細胞分裂の多い場所に一致して発生し,対をなすことから錆を貪食した細胞が分裂を始めるとアポトーシスを起こすと推測した.Weexaminedtheepitheliumsurroundingacornealironforeignbodyandtheepitheliumcoveringthecornealrustringremainingafterextraction.Specimenswereexaminedbylightmicroscopyafterstainingbyhematoxylin-eosinandPerlsstain.Intheepitheliumcoveringtherustring,cellssurroundthelamellawhichrustdeposited,anddidphagocytosis,butdidnotdevelopnecrosis.Nuclearchromatinandcytoplasmcondenseshowingtheacidophil,andcreatedalargegapbetweenthecells.Inthesecellsthenucleifragmented;membrane-boundcellsandapop-toticbodieswereobserved.Nuclearandcytoplasmiccondensationandapoptoticbodiesareobservedin4.1%ofcells;55%ofthesecellshad3ormoreofthenuclearorcytoplasmicfragmentation.Thecellwhichcausedapopto-sisincludedaparticledyedintracellularlywithPerls’stain,andweagreedinmanyplacesofmuchmitosis,andapairisbecome.Presumably,apoptosisresultedwhenthecellsthatphagocytizedrustbegantodivied.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)26(3):379385,2009〕Keywords:細胞分裂,アポトーシス,ネクローシス,角膜鉄粉異物,角膜錆輪.celldivision,apoptosis,necrosis,cornealironforeignbody,cornealrustring.———————————————————————-Page2380あたらしい眼科Vol.26,No.3,2009(98)残存錆輪を覆う増殖上皮は連続切片1020枚を載せたプレパラート15枚を作製し,各々から傷や皺のない切片を1枚選び,15枚の顕微鏡写真を印画紙に焼き付けた.写真からアポトーシスを起こした細胞(以下,アポトーシス細胞と略す)と上皮細胞を数え,切片の面積,切片の長さと厚さの最大値,実質層錆輪(錆の沈殿したラメラ)の面積と増殖上皮に接触する長さを計測し,Pearson積率相関係数を計算して表1に示した.アポトーシス細胞の定義は,核クロマチンが凝縮して核が小さくなること,核が3個以上になること,細胞質が縮小して丸くなり隣の細胞との間に間隙ができること,くびれて細分化した細胞数が3個以上になることのうち2つ以上の条件を満たす細胞とした(図1).HE染色の光学表1錆輪を覆う増殖上皮の様相切片番号ア細胞数総細胞数切片面積切片の長さ切片の厚さ錆輪面積錆輪の長さ111291774047936368252703034721133034031137350063412412737141956185069418843281545767967771200734376307041,10083821344422735691929839226744068256749258552652751993365580071021644248102764683673622521197111954869769420041322121751860066717061227132546757561316112540614163714674611245428215622930040311116140平均2150766865317454331Pearson積率相関係数対ア細胞数0.930.880.810.800.190.34対総細胞数0.970.940.930.060.33ア細胞=アポトーシス細胞.面積:100μm2.長さと厚さ:μm.図2アポトーシス細胞と隣接細胞との関係(HE染色,バー:10μm)a:a型.アポトーシス細胞が液胞の中央に配置.b:b型.液胞の壁の一部が隣接細胞と接触.c:c型.アポトーシス細胞が隣接する.abcab図1アポトーシスの条件(HE染色,バー:10μm)a:核クロマチン凝縮,偏在,断裂.b:細胞縮小で隣接細胞間に間隙発生,細胞質がくびれて細分化.———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.26,No.3,2009381(99)顕微鏡切片では細胞分裂像と鑑別がむずかしいため,核と細胞質の数を3個で区切った.総細胞数は核の数で代用した.15枚のプレパラートから傷や皺のない切片86枚を選び,その顕微鏡写真を印画紙に焼き付けてアポトーシス細胞の核の断片化数と細胞質の細分化数を数えた.さらにアポトーシス細胞と隣接細胞との関係を3つに分類して核数と細胞数との関連を調べた.縮小した細胞が単一液胞の中央にあるのをa型(図2a),形態的に異なる隣の細胞と壁の一部で密着しているのをb型(図2b),2個のアポトーシス細胞が密着しているのをc型(図2c)とした.アポトーシス細胞の核の数を縦に細胞質の数を横に取り表2に示し,さらにa型,b型,c型の数を示した.アポトーシス細胞の顕微鏡写真を同じ様式で示した.II結果1.角膜上皮層錆輪の上皮細胞にみられる細胞死(ネクローシス)(図3)長径120μmの大きな水疱を1020μm幅の錆が囲む.水疱内壁に腐蝕して直径が数μmの球になった鉄が虫食状に残り,水疱内部には周辺では密に中央では粗に錆が広がる.水疱内径は細隙灯および実体顕微鏡写真の鉄粉の大きさに一致するので,最初は水疱全体が鉄であったことが推測できる.水疱の下方には錆で縁取られた大小不同の水疱が並び,水疱には細胞の残滓と錆が含まれる.形の残っている細胞では細胞膜に錆が数珠状に並び,形の崩れた細胞は核が崩壊,表2錆輪を覆う増殖上皮にみられるアポトーシス細胞の核断片化数と細胞質のくびれ細分化数細胞質のくびれ細分化数123456以上計核断片化数0a10a6a7a3a3a6a3579b6199b89125b11474b6728b2323b14428b3686.4%c88.1%c410.2%c46.0%c42.3%c21.9%c334.9%c251a45a13a16a10a4a1a89207b15189b73149b13187b7433b298b7573b46516.9%c117.3%c312.2%c27.1%c32.7%c0.7%c46.7%c192a14a17a5a2a2aa4036b2146b2724b1714b128b57b5135b872.9%c13.8%c22.0%c21.1%c0.7%c10.6%c211.0%c83a3a4a1a2aaa109b614b109b87b51b11b141b310.7%c1.1%c0.7%c0.6%c0.1%c0.1%c3.3%c04a3a2a1a1a1aa813b93b14b32b11b2b225b161.1%c10.2%c0.3%c0.2%c0.1%c0.2%c2.0%c15以上a7a3aaaa5a1512b57b4bbb5b24b91.0%c0.5%cccc0.4%c2.0%c0計a82a45a30a18a10a12a197356b253258b204311b273184b15971b5846b291226b97629.0%c2121.0%c925.4%c815.0%c75.8%c33.8%c5100.0%c53枠内の数値とa,b,cの数値はアポトーシス細胞数.%はアポトーシス細胞総数に対する百分率.図3上皮層錆輪周囲の上皮細胞に起こるネクローシス(HE染色,バー:50μm)———————————————————————-Page4382あたらしい眼科Vol.26,No.3,2009(100)細胞質は溶解して残滓を残し,細胞膜に沈殿した錆がわずかに残る.2.残存錆輪を覆う増殖上皮に起こる細胞死(アポトーシス)(図4)図4の写真は残存錆輪を覆う増殖上皮のほぼ中央の切片である.左に向かって上皮が伸び先端は折り返している.左半分には不規則に破断した実質層錆輪が残る.右半分では3重になった増殖上皮の間にわずかに錆輪が残る.錆輪に接した一部の細胞は核クロマチンが凝縮,細胞質が濃縮して好酸性を示す(f).ほとんどの細胞は貪食した錆を細胞質内に含みながら形態的な変化を起こさない(g).これらの細胞は増殖する細胞に押されて錆輪から離れ,78細胞列離れた位置で,核クロマチン凝縮と細胞質縮小で円形になり強い好酸性を示し,隣の細胞との間に間隙をつくる(a).核の断片化と細胞質のくびれを起こし(b),アポトーシス小体に至る(c).これらのアポトーシス細胞は増殖上皮表面から排出される(d).アポトーシス細胞は錆を含むが,その隣で錆を含まない細胞の分裂像がみられる(h,i).錆輪の貪食が終了したあとに進入した上皮細胞は活発に分裂するが,アポトーシスは起こさない(e,j).3.残存錆輪を覆う増殖上皮の様相(表1)アポトーシス細胞数は全細胞数の4.1%を占める.アポトーシス細胞数は総細胞数に強い相関を示し,残存錆輪を覆う増殖上皮にみられるアポトーシスが細胞自体に起因する現象であることを示唆する.総細胞数は面積に強い相関を示す.図4錆輪を覆う上皮細胞に起こるアポトーシス染色法無記載はHE染色.バー:弱拡大(×40)100μm.強拡大(×100)10μm.強拡大写真aeの出所は□で示す.fjの出所は隣接切片のため該当部位を○で示す.a:核クロマチン凝縮・偏在.b:細胞質がくびれて細分化.c:アポトーシス小体.d:アポトーシス細胞の排出.e:錆を含まない細胞の分裂.f:錆輪に接触した細胞のアポトーシス.g:錆を貪食したした細胞.矢印は錆.Perls染色.hi:錆を含む細胞のアポトーシス,隣に錆を含まない細胞の分裂.矢印は錆.h:Perls染色.j:錆の貪食終了跡に進入した細胞の分裂.fgbahidejcafghijbcde———————————————————————-Page5あたらしい眼科Vol.26,No.3,2009383(101)4.残存錆輪を覆う増殖上皮にみられるアポトーシスの形と数(表2,図5)核1個と細胞1個のアポトーシス細胞が最も多く全体の16.9%を占め,核1個と細胞3個が12.2%,核0個と細胞3個が10.2%で,残りは10%以下である.細胞分裂の可能性のある核が1個か2個,好酸性の細胞質が1個か2個の細胞は全アポトーシス細胞の45%で,核と細胞質が3個以上の細胞が全アポトーシス細胞の55%を占める.a型は核2個図5a核断片化数0,細胞質のくびれ細分化数:上段1~5,下段6以上(HE染色,バー:10μm)図5b核断片化数1,細胞質のくびれ細分化数:上段1~5,下段6以上(HE染色,バー:10μm)図5c核断片化数2,細胞質のくびれ細分化数:1~5(HE染色,バー:10μm)———————————————————————-Page6384あたらしい眼科Vol.26,No.3,2009(102)と細胞1個のアポトーシス細胞では39%を占め,核2個と細胞2個のアポトーシス細胞では37%を占めた.全体でみるとa型は16%,b型は80%,c型は4%で,84%のアポトーシス細胞が隣の細胞と対をなしている.III考按錆に触れた細胞にみられる細胞死にはネクローシスとアポトーシスがある.ネクローシスは細胞膜の破壊から始まる細胞死で突然の事故死にたとえられる.ある範囲の細胞が集団で侵され,細胞膜の破綻が起こるため細胞内外の浸透圧の均衡が破れ細胞は膨化し,細胞内容物があふれ出し自己融解が起こり,炎症細胞が集まり周囲を傷害する.上皮層錆輪周囲にみられるネクローシスは,涙に包まれた鉄の表面に発生する通気差電池のカソードにNaOHが生成され,この水酸基が細胞膜の脂肪酸を鹸化して細胞膜を溶かすので,上皮層錆輪周囲の上皮細胞は融解してネクローシスが起こると考える.アポトーシスはプログラムされた細胞死で自殺にたとえられる.周囲から孤立して単独の細胞に起こる現象で,核クロマチンの凝縮,核内偏在,断片化が起こる.細胞質は縮小し強い好酸性を示し,周囲の細胞との間に間隙を作り,最後に核が断片化され細胞質が細分化されて小さな断片(アポトーシス小体)になる.このアポトーシス小体は実質組織では隣接する細胞に貪食されるが,上皮組織では表面から排出される.炎症細胞の出現はない.残存錆輪を覆う増殖上皮ではアポトーシスの全過程が存在する.生化学的検査は行っていないが,形態的特徴からアポトーシスと考える.残存錆輪を覆う増殖上皮細胞に起こるアポトーシスの発生機序を考察する.増殖上皮細胞は分裂をくり返して欠損部を充し,残存錆輪の錆を貪食する.錆を貪食した細胞は表面から排出され,同時に錆を含まない細胞も離脱落する.増殖細胞の4.1%がアポトーシスを起こすが,その細胞質内にはPerls染色に染まる顆粒や残滓がみられる.アポトーシス細胞に隣接して図5d核断片化数3,細胞質のくびれ細分化数:1~5(HE染色,バー:10μm)図5e核断片化数4,細胞質のくびれ細分化数:1~5(HE染色,バー:10μm)図5f核断片化数5以上,細胞質のくびれ細分化数:1~多数(HE染色,バー:10μm)———————————————————————-Page7あたらしい眼科Vol.26,No.3,2009385(103)正常な細胞分裂像がみられるので,錆を貪食した細胞も細胞周期に従い同じ場所で分裂を始めたことが推測できる.アポトーシス細胞の84%は隣の細胞と対をなしており分裂の途中で変化をきたしたことを疑わせる.アポトーシス細胞は,細胞内に錆を含み,細胞分裂の多い場所に一致して発生し,細胞が対をなしていることから錆を貪食した細胞が分裂を始めるとアポトーシスを起こすと推測する.今研究ではTUNEL法によるアポトーシスの確定が将来の課題として残る.稿を終えるにあたり三重大学大学院医学系研究科ゲノム再生医学講座修復再生病理学吉田利通教授にご指導いただいたことに深く御礼申し上げます.文献1)KerrJFR,WyllieAH,CurrieAR:Apoptosis:Abasicbiologicalphenomenonwithwiderangingimplicationsintissuekinetics.BrJCancer26:239-257,19722)藤田和子:TUNEL法.アポトーシス実験プロトコール(田沼靖一監修),細胞工学別冊,p86-96,秀潤社,19983)恵口豊,辻本賀英:アポトーシス研究を支えた実験法.細胞死・アポトーシス(辻本賀英編),p28-37,羊土社,20064)松原稔,吉田宗儀,増子昇:角膜錆輪の組織学的研究.臨眼58:1957-1960,2004***

ペニシリン耐性肺炎球菌結膜炎の1 例

2009年3月31日 火曜日

———————————————————————-Page1376あたらしい眼科Vol.26,No.3,2009(00)376(94)0910-1810/09/\100/頁/JCLS45回日本眼感染症学会原著》あたらしい眼科26(3):376378,2009cはじめにペニシリン耐性肺炎球菌(penicillin-resistantStreptococ-cuspneumoniae:PRSP)は,ペニシリンG(penicillinG:PCG)の最小発育阻止濃度(minimuminhibitoryconcentra-tion:MIC)が2μg/ml以上を示す肺炎球菌と定義されている.PRSP感染症は,Hansmanら1)によって,1967年に世界で初めて報告された.わが国では,1988年に報告2)されて以来,他科領域では分離頻度が増加している35).そのためPRSP感染症は,「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律」において第五類感染症として登録され,全国各地でのPRSP分離状況は,行政による基幹定点把握が実施されている.しかし,わが国の眼科領域におけるPRSPに関する報告は,筆者らが知りうる限り3編68)のみである.そこで本論文では,PRSPが起炎菌であることが明らかな結膜炎症例について,その報告が少ないことに対する若干の考察を加えて報告する.I症例患者:88歳,女性.主訴:両眼の充血と眼脂.家族歴:特記すべきことなし.既往歴:数年来,両眼に鼻涙管閉塞症を伴わない慢性結膜炎があり,数種類の抗菌点眼薬投与で緩解し,起炎菌は同定されていなかった.その他,高血圧と心不全で加療中であった.現病歴:数日前から両眼の充血と眼脂を訴え,無治療の状態で平成20年2月に医療法人三野田中病院を受診した.〔別刷請求先〕江口洋:〒770-8503徳島市蔵本町3-18-15徳島大学大学院ヘルスバイオサイエンス研究部感覚情報医学講座眼科学分野Reprintrequests:HiroshiEguchi,M.D.,Ph.D.,DepartmentofOphthalmology,InstituteofHealthBiosciences,TheUniversityofTokushimaGraduateSchool,3-18-15Kuramoto-cho,Tokushima-shi770-8503,JAPANペニシリン耐性肺炎球菌結膜炎の1例江口洋*1桑原知巳*2大木武夫*1塩田洋*1田中真理子*3田中健*3*1徳島大学大学院ヘルスバイオサイエンス研究部感覚情報医学講座眼科学分野*2同生体制御医学講座分子細菌学分野*3医療法人三野田中病院ACaseofConjunctivitisCausedbyPenicillin-ResistantStreptococcuspneumoniaeHiroshiEguchi1),TomomiKuwahara2),TakeoOogi1),HiroshiShiota1),MarikoTanaka3)andTakeshiTanaka3)1)DepartmentofOphthalmology,2)DepartmentofMolecularBacteriology,InstituteofHealthBiosciences,TheUniversityofTokushimaGraduateSchool,3)MinoTanakaHospitalMedicalCorporation眼脂のグラム染色像と培養結果,および臨床経過から,ペニシリン耐性肺炎球菌(penicillin-resistantStreptococ-cuspneumoniae:PRSP)結膜炎と診断した症例を経験した.結膜炎は軽度であり,セフメノキシム点眼薬で容易に治癒した.わが国においてPRSPに関する報告は少ないが,日常診療で見逃している可能性がある.結膜炎症例では,眼脂の塗抹鏡検をすべきであり,その結果本症を疑った場合,薬剤の選択には注意が必要である.Wediagnosedacaseofpenicillin-resistantStreptococcuspneumoniae(PRSP)conjunctivitisonthebasisofgramstainingofthedischarge,cultureresultsandclinicalcourse.Theclinicalsymptomsweremildandeasilycuredusingcefmenoximeophthalmicsolution.PRSPconjunctivitiscanbeoverlookedbymanyophthalmologists,whichmaybewhyfewreportsarepublishedontheconditioninJapan.Inconjunctivitiscasesweshouldexaminethedischargesmear,andwhenPRSPissuspectedofbeingthepathogen,attentionshouldbefocusedonthedrugofchoice.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)26(3):376378,2009〕Keywords:ペニシリン耐性肺炎球菌,結膜炎,眼脂の塗抹・鏡検.penicillin-resistantStreptococcuspneumoniae,conjunctivitis,smearexaminationofdischarge.———————————————————————-Page2あたらしい眼科Vol.26,No.3,2009377(95)眼所見:視力は右眼(0.8),左眼(1.2),眼圧は両眼とも正常,両眼の瞼・球結膜の中等度の充血と,粘性で白色の眼脂,および軽度の眼瞼炎を認めた(図1).その他,両眼とも中等度の白内障があり,眼底には特記すべき所見は認めなかった.経過:眼脂のグラム染色(図2)では,多核白血球と,莢膜をもつグラム陽性のレンサ球菌を確認し,Streptococcus属の感染を強く疑う像であった.眼脂の培養を検査機関に依頼したところ,PRSP疑いのStreptococcus属(2+)と報告を受けた.そこで同菌を検査機関より収集し,E-testストリップ(ABBIODISK,Solna,Sweden)でPCGのMICを測図1治療前の前眼部(左:右眼,右:左眼)両眼に,粘性白色の眼脂,軽度の球結膜と瞼結膜の充血,および軽度の眼瞼炎を認める.図2眼脂のグラム染色像好中球と,莢膜を有するグラム陽性双球菌を認める.図3EtestストリップでのMIC測定一見すると阻止帯中と思われる部位にコロニーが存在する(→)ため,MICは4μg/mlであった.表1各種抗菌薬のMIC(μg/ml)薬剤CTRXPCGDOXYEMNFLXLVFXGFLXMFLXTOBGMCPIPMVCMTEICMIC1484810.250.12532840.250.50.125テトラサイクリン系,マクロライド系,アミノグリコシド系には中間,または耐性を示した.CTRX:セフトリアキソン,PCG:ペニシリンG,DOXY:ドキシサイクリン,EM:エリスロマイシン,NFLX:ノルフロキサシン,LVFX:レボフロキサシン,GFLX:ガチフロキサシン,MFLX:モキシフロキサシン,TOB:トブラマイシン,GM:ゲンタマイシン,CP:クロラムフェニコール,IPM:イミペネム,VCM:バンコマイシン,TEIC:テイコプラニン.———————————————————————-Page3378あたらしい眼科Vol.26,No.3,2009(96)定したところ4μg/mlであった(図3).他の抗菌薬に対する感受性(表1)では,ノルフロキサシン以外のキノロン系やセフェム系に対する感受性は良好であったが,マクロライド系,テトラサイクリン系,アミノグリコシド系には,中間または耐性であった.眼脂のグラム染色像,薬剤感受性試験の結果,および臨床経過が合致したため,本症例をPRSP結膜炎と診断した.結膜炎および眼瞼炎は,セフメノキシム点眼薬1日4回1週間の治療で迅速に改善した.II考按他科に比べて,眼科領域でのPRSP感染症の報告が少ない理由には,以下の2点があると推測される.まず1点目は,培養時・結果報告時の見逃しの可能性があげられる.通常Streptococcus属は微好気性菌であり,培養には45%炭酸ガス培養が必要となる.検体採取後,輸送培地をそのまま静置していると,好気条件で旺盛に増殖する菌が優勢となり,検体中のStreptococcus属が確認されにくくなる可能性がある.細菌検査機関のなかには,依頼がなければ眼科の検体は好気培養しか実施しない施設もある.Streptococcus属が分離された場合でも,やはり依頼がなければPCGのMIC測定は実施しない施設が多い.2点目として,眼科医による見逃しの可能性があげられる.日常診療における軽微な結膜炎症例のなかには,眼脂の塗抹・鏡検を実施せずに,何らかの抗菌点眼薬を投与され治癒しているものが多数例あると思われるが,そのような症例のなかにPRSP結膜炎が潜んでいる可能性がある.本症例の眼脂を提出した外部委託の検査機関では,眼科からの検体について,依頼の有無にかかわらず好気培養と炭酸ガス培養を実施していた.また,Streptococcus属が分離され,ディスク法でオキサシリンの阻止円が19mm以下の場合は,「ペニシリン耐性または中間の肺炎球菌の可能性がある」との報告をしていた.さらに今回は,検体提出日に検査機関の担当者に,Streptococcus属感染症を疑っている旨を,眼脂のグラム染色像を呈示しながら直接連絡をしていたことで,スムーズな菌株収集とPCGのMIC測定ができた.したがって,本症例の早期診断には,厳密な培養と眼脂の塗抹・鏡検が必須だといえる.感染症治療の第一歩は病巣からの起炎菌の検出であり,そのためには,軽微な結膜炎であっても,眼脂のグラム染色を施行する必要があることを,本症例は表している.他科領域では,PRSP感染症は大いに臨床的意義があると考えられているが,眼科領域では,現時点で重篤なPRSP感染症の報告がないためか,その臨床的意義が少ないかのような印象を受ける.本症例も,結膜炎は重篤な印象はなく,セフメノキシム点眼薬を,1日4回点眼で1週間使用したところ,容易に治癒せしめることができた.しかしPRSPにおいて,キノロンを含め,多剤耐性化が進行しているとの報告9)があり,さらには形質転換に伴い,病原性が変化する可能性も考慮しなければならないと思われる.わが国の眼科領域では,キノロン系抗菌点眼薬が頻用されており,前記のごとく眼脂の塗抹・鏡検をせずに,キノロン系抗菌点眼薬で治癒せしめている結膜炎症例が多いのであれば,注意が必要である.また,耳鼻科領域でPRSPの分離頻度が高いことや,涙炎とPRSPに関する眼科領域の報告6,7)があることから,涙道と関連のある慢性結膜炎では,本症を念頭に置く必要がある.そして,軽微な結膜炎症例でも,眼脂の塗抹・鏡検で起炎菌の観察を試みるべきである.その際Streptococcus属による感染症を疑ったら,検査機関との連携のもとPCGのMICを測定し,PRSPであった場合,薬剤の選択には注意を払うべきと思われる.謝辞:菌株収集にご協力頂いた,三菱化学メディエンス株式会社に深謝いたします.文献1)HansmanD,BullenMM:Aresistantpneumococcus.Lan-cet2:264-265,19672)有益修,目黒英典,白石裕昭ほか:bラクタム剤が無効であった肺炎球菌髄膜炎の1例.感染症誌62:682-693,19883)岩田敏:耐性肺炎球菌感染症にいかに対処するか.3.小児科の立場から.化学療法の領域16:1285-1293,20004)高村博光,矢野寿一,末竹光子ほか:耐性肺炎球菌感染症にいかに対処するか.6.耳鼻咽喉科の立場から.化学療法の領域16:1311-1318,20005)UbukataK,AsahiY,OkuzumiKetal:Incidenceofpeni-cillin-resistantStreptococcuspneumoniaeinJapan,1993-1995.JInfectChemother2:77-84,19966)大石正夫,宮尾益也,阿部達也:ペニシリン耐性肺炎球菌による眼科感染症の検討.あたらしい眼科17:451-454,20007)今泉利雄,松野大作,神光輝:ペニシリン耐性肺炎球菌(PRSP)による涙炎の3例.あたらしい眼科17:87-91,20008)KojimaF,NakagamiY,TakemoriKetal:Penicillinsus-ceptibilityofnon-serotypeableStreptococcuspneumoniaefromophthalmicspecimens.MicrobDrugResistance12:199-202,20069)福田秀行:Streptococcuspneumoniaeにおけるキノロン系薬の作用機序に関する遺伝子解析.日化療会誌48:243-250,2000***

眼科医にすすめる100冊の本-3月の推薦図書-

2009年3月31日 火曜日

———————————————————————-Page1あたらしい眼科Vol.26,No.3,20093650910-1810/09/\100/頁/JCLS過日,三宅養三先生から長年のERG研究の集大成である「ElectrodiagnosisofRetinalDiseases」の御著書をお送りいただき,先生のボストンから帰られてからのご努力と快進撃を拝見しているだけに,数々のすばらしい発見に至る過程を行間に感じつつ拝読させていただきました.普段からも研究の成果がいかにして達成されたかを私たちに熱くお話しいただく機会が多かったのですが,実際の場面での三宅先生ご自身の感動や葛藤など,もっと人間くさい部分が知りたいなと思っていたところに,本書を読む機会をいただきました.珍しい名前の本だなと思いつつも読ませていただくと,三宅先生が東京医療センター・感覚器センター所長になられてから特に親交の深かった大出尚郎,篠田啓,角田和繁,木村至の4人の先生と,ElectrodiagnosisofRetinalDiseasesを見ながらの座談会形式で話が進みます.座談会形式は言葉のキャッチボールに妙味がありますが,話し言葉のほうが大切なことが頭に入りやすく,そのうえ肝心の話よりもそれにまつわる話題,たとえば論文採用に至るまでの経緯とか,誰かが違うことを主張したがそれが間違っていたとか,自分の発表が先を越されたとか,中心となる話よりもさまざまなエピソードを交えて教えていただけ,忘れにくいという特徴があります.本書はまさにそのような一冊です.また,じっくり腰を落ち着けて本を読む時間がなくて,診療の合間合間の時間ができたときに読んでも,丁寧な図の説明と語句の解説も要所要所に入っていますので,ページを開けたところから読んでも理解できる,すなわち座談会に途中から参加しても理解できるというような不思議な本です.内容は先生がいかにして成果をあげるに至ったかの回想が中心で,特に黄斑部局所ERGの発展,そして圧巻はなんといっても夜盲の部分,名古屋大学の伝統が三宅先生によって見事に花開き,新しいclinicalentityとしての先天停止性夜盲不全型の発見のくだりで読者は知らず知らず三宅ワールドに引き込まれます.またoccultmaculardystrophyの発見と最初の患者さんを高級レストランに招待して眼底を検査させてもらったなんて,私だとちょっと引いてしまう話ですが,三宅先生は妙なこだわりなくさらっとやってのけられる.本書にはその他多くの研究の経過も書かれていますので,読者の抱えている病名不明の疾患をもう一度考えてみるのに非常によい参考書にもなると思います.本書は若い眼科医に向けた先生の期待,メッセージがふんだんに散りばめられています.これから研究を始める人,あるいは,始めているが迷いの中にある若い眼科医に勇気を与え,研究とは運・鈍・根だよと,だんだん洗脳(?)されていきます.決してくさらず,じっくり,流行に流されず,でも時代遅れでなく,一つのことを究めた先には晴れ晴れとした喜びがあるということを教えていただいているのだと思いました.そう思ってみると,本書の中程にあり本のタイトルにもなっている「臨床ERG,運・鈍・根」の部分は本当は先生がもっとも若い人に伝えたかったことだとわかります.私は三宅先生は何でも自分でやってみないと気が済まないご性格と思っていますが(それって私もそうなんですが),これは一歩間違うと若い人に嫌われる.でもリサーチマインドに溢れ,次々に成果を発表されるお弟子さんがたくさんおられるのは,先生のその姿勢は若い人に感動を与えているからだと思います.たとえ自分独りでも,あることをずっと続けるのが新しい発見につながる,外からみれば何てバカなことをやっているのかと思えることもある,でも自分のポリシーでやっていかねば新しいことな(83)■3月の推薦図書■臨床ERG,運・鈍・根三宅養三+大出尚郎・篠田啓・角田和繁・木村至著(銀海舎)シリーズ─86◆宇治幸隆三重大学大学院医学系研究科神経感覚医学講座眼科学———————————————————————-Page2366あたらしい眼科Vol.26,No.3,2009んてできないですよっていうこと.それって“鈍”,“根”ですよね.新しい研究テーマは未知のことだからこそテーマになるのに,すぐに結果を求める若い人がいます.しかし,最初からわかっていることなら研究する必要がない.あくまで未知のことを明らかにしたいという意欲が大切で,それが三宅先生には楽しくて楽しくてたまらないというのが伝わってきます.こう言うと病気をおもしろおかしくみているのではという不快感につながりそうですが,そうではなく根底に患者さんへの深い思いやりを持たれて研究を進めてこられたことが多くの逸話からよくわかります.偶然から「そうだ」っていうひらめきが生まれるのも,普段からいつも網を張っていなければ運良く出るものではないので,“運”も実は努力の賜っていうことかと私は思いました.発見しても,すぐに発表するのではなく,何度でも確かめ,経過を見て確信を持てるようになって発表するという流れが読みとれます.特に論文査読の内輪話にそれが表れていますが,結局自分が間違いがないと確信すればどんどん押し通すという力強さはその念押しからくるのだと確信しました.そして,ERGの仕事は終わったとは言わせない.まだまだ新しいことが発見されずに眠っている,だから若い人よ頑張れという先生の思いがひしひしと伝わり,読み終わった後も余韻として残っています.本書はERGの研究者だけでなく,あらゆる分野の研究者に,研究の楽しさとそれに至る苦労,そして喜びを感じさせてくれる本です.多くの人に読んでいただきたいと願っています.「臨床ERG,運・鈍・根MyMemoriesof40YearsERGs」B5並製,212頁,定価6,300円(税込),2008年10月,(株)銀海舎刊.☆☆☆(84)☆☆☆

眼科専門医志向者”初心”表明14.患者さんに喜んでいただけるような眼科医を目指して

2009年3月31日 火曜日

———————————————————————-Page1あたらしい眼科Vol.26,No.3,20093630910-1810/09/\100/頁/JCLS今でも忘れられずにいる瞬間があります.それは小学生のとき,急に視力が下がり眼鏡が必要になりました.そして,初めて眼鏡をかけた瞬間,視界が鮮明になり,世界はこんなにも奇麗だったのかと感動しました.振り返ってみれば,それが自分が眼科医を目指したきっかけだったのかもしれません.自分が専門を選ぶうえで考えたのが,まず,患者さんに喜んでもらえることでした.白内障術後の患者さんが眼帯を外し,「とても明るくなりました!」「すごくよく見えます!」と笑顔で仰しゃるのを聞くと,子供のころの自分の体験を思い出します.眼は「視覚」という日常生活にきわめて重要な感覚を担っており,患者さんのqualityoflife(QOL)を改善するという点において眼科手術以上の手術はないのではないかと思っています.つぎに考えたのが,全身も診たいということでした.「目は口ほどに物を言う」ということわざではありませんが,眼科疾患には全身の疾患と関連したものが多く存在します.眼というスペシャリティの高い分野でありながら,全身の疾患とも密接に関連しているというのも眼科の大きな魅力の一つだと思います.現在は,臨床家として一人ひとりの患者さんと向き合い,その方たちの笑顔を見たい,という思いもありますが,科学者としてまだ見ぬ多くの患者さんの笑顔のために研究を行いたい,という思いもあります.これから先,自分がどのような道を進むのかはまったくわかりません.医師はサイエンス(科学的思考),ヒューマニティ(人間性),アート(技量)のバランスが大切だと思います.これらのうちどれかに偏ってしまえば,たとえ良い仕事をしているようにみえても不十分だと思います.これらを兼ね備え,患者さんに喜んでいただけるような眼科医を目指して頑張ります.◎今回は山梨大学出身の宮崎先生にご登場いただきました.この連載でも今まで何人もの先生が書かれていますが,眼科手術は大いに患者さんのQOLを改善するという点で本当に魅力的だと思います.術前後の患者さんの変化に触れる機会を増やし,この魅力を伝えることができれば,もっと眼科に興味を持つ人が増えていくのではないでしょうか.(加藤)本シリーズ「“初心”表明」では,連載に登場してくださる眼科に熱い想いをもった研修医~若手(スーパーローテート世代)の先生を募集します!宛先は≪あたらしい眼科≫「“初心”表明」として,下記のメールアドレスまで.全国の先生に自分をアピールしちゃってください!E-mail:hashi@medical-aoi.co.jp(81)眼科専門医向者“初心”表明●シリーズ⑭患者さんに喜んでいただけるような眼科医を目指して宮崎康之(YasuyukiMiyazaki)京都市立病院1982年京都生まれ.山梨医科大学(現山梨大学)医学部卒業.現在は京都市立病院にてスーパーローテート中.4月からは京都府立医科大学で研修予定.(宮崎)編集責任加藤浩晃・木下茂本シリーズでは研修医~若手(スーパーローテート世代)の先生に『なぜ眼科を選んだか,将来どういう眼科医になりたいか』ということを「“初心”表明」していただきます.ベテランの先生方には「自分も昔そうだったな~」と昔を思い出してくださってもよし,「まだまだ甘ちゃんだな~」とボヤいてくださってもよし.同世代の先生達には,おもしろいやつ・ライバルの発見に使ってくださってもよし.第14回目はこの先生に登場していただきます!▲京都市立病院の同期と

後期臨床研修医日記9.バプテスト眼科クリニック

2009年3月31日 火曜日

———————————————————————-Page1あたらしい眼科Vol.26,No.3,20093590910-1810/09/\100/頁/JCLS下って家路につきます.火曜日この日は一日手術場です.午前中は角膜移植が多くDSAEK(Descemet’sstrippingautomatedendothelialkeratoplasty),DLKP(深層表層角膜移植術),PKP(全層角膜移植術)などの手術助手をします.移植がない日は自分の硝子体手術症例を入れて,上級医の先生の指導を受けながら手術を行います.最先端の角膜移植を見て,新しい知見を出している現場にいられることは大変貴重な経験です.火曜日は手術が多いためお昼をとる時間があまりありません.大盛り弁当を5分で食べて午後の手術に臨みます.午後はおもに白内障,眼瞼手術,ごくまれに緑内障手術を行います.白内障手術はほとんどが日帰り手術で,入院の場合は1泊2日です.私の助手はおもに看護師ですが,硝子体・緑内障手術などの手術には指導医の先生が助手についてもらえるため安心して手術症例の勉強ができます.(77)バプテスト眼科クリニックは京都駅から40分ほどの比叡山の麓にある眼科クリニックです.ここでは私を含めた常勤医が5人勤務しています.また非常勤医師として,京都府立医科大学のスタッフの先生方に,外来や手術に来ていただいています.当院では屈折矯正,内皮移植を含めた角膜移植といった最先端の医療に加えて,白内障はもちろん,緑内障,網膜硝子体,眼瞼,斜視手術まで幅広く手術を行っています.外来も一般外来に加えて,特殊外来(角膜,緑内障,網膜,眼形成,ドライアイ,屈折・老視矯正)が曜日ごとにあります.一般臨床を学べる病院としては最適な病院で,そこで働く私の一週間をご紹介いたします.月曜日毎朝7時頃に起床し鴨川沿いにある自宅を出発して,晴れた日には朝日を浴びながら東山にある大文字を目指して病院に向かいます.病院は比叡山の入り口で,登り坂の途中にあります.京都の寒い冬の中,自転車で通う私は,病院に着くころには少し汗ばみます.8時前に病棟に行き入院患者を診察します.病床は9床で,角膜移植後,硝子体手術後,緑内障患者が入院しています.あわただしく診察を終了した後,午前は手術出番のため,症例を確認して手術室へ行きます.手術場は2ルームあります.月曜日の午前は白内障・眼瞼・結膜弛緩症・斜視・硝子体の手術を行います.私自身の手術がないときは,大学スタッフの先生のオペ助手について勉強させていただきます.専門の先生方の素晴らしい手術を生で見ながら自分の手術との比較を行い,反省の毎日です.午後は13時半から外来開始.新患に対応しながら予約再診をします.毎日140人を超える外来患者が集まるため,忙しく診察しているとあっという間に時間が過ぎてしまい,気づくと外は暗く夜になっています.そして,病院での長い一日が終わりまた自転車で坂を後期臨床研修医日記●シリーズ⑨バプテスト眼科クリニック北澤耕司▲月1回の京都府立医科大学スタッフの先生の講演会の後(写真は左から成瀬繁太先生,稗田牧院長,足立絋子先生,筆者,山村陽先生)———————————————————————-Page2360あたらしい眼科Vol.26,No.3,2009(78)が引き締まります.DSAEKやPKPのほかにIEKも当院では行っています.生でその手術をみることができ大変貴重な経験をさせていただいています.ドナー角膜をフェムトセカンドレーザーできれいにジグザグにカットできたときは,外回りですがホッとします.午前の手術が終われば木下教授と近所の中華料理屋にランチに行きます.ここでもいろいろなお話を聞くことができ,お昼時間も勉強になります.ただし,服が中華臭くなり,匂いが気になってしまい,消臭剤が手放せません.午後は相変わらずの外来でバタバタと時間が過ぎます.外来が終わると週に1回の医局会があります.毎週,屈折矯正外来の症例検討を行うほか,一般外来や手術症例の症例検討も月1回行っています.また月末には京都府立医大からスタッフの先生に講演に来ていただき,知識のレベルアップをはかります.土曜日いい天気の日に限って仕事があります.常勤医が隔週で外来診察を行います.外来がないときはオンコールですが,ときどき網膜離などの緊急手術が入ります.そのときは休日を返上して病院にかけつけます.携帯が鳴らないことを祈りながら残りの休日を過ごします.まとめ私の一週間をご紹介いたしました.眼科医になって3年経ちいろいろな手術もできるようになってきた時期ですが,常に専門の先生方が周囲にいる環境で仕事ができていることに刺激をうける毎日です.そういった先生方に少しでも近づけるようこれからも頑張っていく次第です.手術が終わった後は,NICU(新生児集中治療室)にいってベビーの診察を行います.バプテスト眼科クリニックから150mほど離れたところにバプテスト病院があります.新患が月に5人ほどいて,毎週3,4人の診察を行っています.700gぐらいの未熟児を診察することもあり,見落としがないか,急な変化がでていないかなど,いつも緊張しながら診察を行っています.水曜日昨日と代わって一日外来です.午前は府立病院のスタッフの先生が角膜外来をしに来てくださるため,その裏で新患に対応します.午前の新患は多岐にわたります.近くの開業医の先生からの紹介もたくさんあります.また手術症例も多く気が抜けません.白内障手術症例と思いきや水晶体亜脱臼だったなどの症例もあり大変勉強になります.京都の患者はすごく上品で外来にも着物で来られます.「どすえ」とか「でっしゃろ」など京都弁もでて,「私の人工レンズは一番いいレンズでっしゃろか?」などと言われたときにはその返答に困ってしまいます.木曜日この日は一日大学に研修にいっています.木曜日は網膜外来があり一般病院では出会わない珍しい症例や難治性疾患を目に焼き付けます.朝8時から網膜カンファランスで症例検討を行い,その後回診があります.そして外来.網膜外来だけに臨時手術となるような外傷や網膜離の紹介が多く,外来が終わるとそのまま臨時手術ということは日常茶飯事です.臨時手術が立て込むときは夜の12時くらいまで手術が続くこともあります.臨時手術がなければ,その日に診た患者さんのなかで珍しい症例をピックアップしてディスカッションしたり,英文論文の抄読会を行ったりします.網膜専門の先生方のディスカッションを聞くことができ大変勉強になり,充実した一日です.金曜日もうすぐ週末,とテンションが上がってくるところですが,その前に木下茂教授の移植手術があり気持ち?プロフィール?北澤耕司(きたざわこうじ)平成16年京都府立医科大学卒業.大阪府済生会吹田病院と京都府立医科大学で初期臨床研修.平成18年より京都府立医科大学医学部眼科学教室後期研修医.平成19年に町田病院に赴任.平成20年9月からバプテスト眼科クリニックに赴任.———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.26,No.3,2009361(79)指導医からのメッセージ2年間のジェネラルな前期臨床研修を終了し,後期研修で専門とする眼科に入ったことになるわけですが,この後期研修では学会認定の専門医資格を取得することを目的とし,より高度で専門的な医学知識と医療技術を修得していくことになります.大学病院での研修はともすると,その眼科学教室の柱となる専門分野に偏った内容になりがちです.市中病院の当院では,屈折異常,前眼部炎症性疾患,白内障などの実際に多い症例に対する適切な治療を学びつつ,「こなす」テクニックを身につけながら,さらに自分の専門を磨くチャンスでもあります.後期研修医は新しい制度での新しい存在です.なにかと忙しいかもしれませんが,枠にとらわれることなく,興味があることに積極的かつ倫理的にチャレンジしていってください.バプテスト眼科クリニック・院長稗田牧☆☆☆

インターネットの眼科応用2. インターネットは個と個を繋ぐ

2009年3月31日 火曜日

———————————————————————-Page1あたらしい眼科Vol.26,No.3,20093570910-1810/09/\100/頁/JCLSWeb2.0とよばれる現象インターネットの新しい利用方法が,「交流」というコンセプトであることは,第1章で紹介しました.インターネットが国家機関や研究機関や民間企業にかぎられた所有物であった時代には,情報発信者は国家であり,研究機関であり,民間企業でした.インターネットの情報発信者の主体が民間企業から個人へ移行している,現在の潮流を「Web2.0」としばしば表現します.その例が,ブログや,ソーシャルネットワーキングサービス(SNS)といったユーザー参加型の交流サイトであり,Wikiシステムを用いた文書作成Webサイトです.日本最大のSNSサイトはmixiといいます.参加登録者は1,000万人ともいわれていますので,活用されている方もいらっしゃるかもしれません.インターネットの世界では,これまで情報の受け手であったユーザー個人が情報の発信者へとシフトし,ユーザー参加型のモデルが広まっています.情報の発信者が飛躍的に増えたことで,「情報発信者の共同作業によって,より有益な情報が生み出される」という,現象が起こりつつあります.このようにして積み上げられた付加価値の高いインターネット上の情報を「集合知」とよびます.その成功例がインターネット上のフリー百科事典「ウィキペディア」です.ここでいう「フリー」とは,「無料」と「フリーアクセス」の両方の意味をもちます.Web2.0は単一の技術やキーワードを指すのではなく,いくつもの要素が折り重なりパラダイムシフトが起こっていくなかで,誰しもが感じていたインターネットの変化をTimO’Reilly(ティム・オライリー)氏らが言葉で表現したものです.2005年9月に同氏が発表した論文「WhatIsWeb2.0」(副題:Web2.0とは何か次世代ソフトウェアのデザインパターンとビジネスモデル)のなかで,次世代インターネットを象徴する言葉として紹介されたことで注目されるようになりました.彼のインタビュー記事からWeb2.0について理解することができます.『私が人に理解してほしいのは,コンピューター業界の根本的構造が変わりつつあるってことだ.(中略)つまり,インターネットはソフトウェアの価値を何か違うところに持っていこうとしている.それは何か.それが,Web2.0なんだ.私が考えているのは,まず,ユーザーが中心となって巨大データベースを作り,多くの人が使えば使うほどそのデータベースは良くなっているってこと.“ネットワーク外部性”が成功を導いている.1997年に私はこのことを“Infoware”と呼んでいた.でもそれは正しくなかった.きっと“People-ware”って言うのが正しいと思う.』1)Web2.0の世界観を簡潔に表現すると,インターネットが個人と個人の情報発信を繋ぐ「交流」として使われるようになり,無限の広がりと組み合わせを持つネットワークと巨大なデータベースがわれわれの生活のすぐそばにある,という状態です.そのような技術の進歩と意識の流れのなか,変わらぬものがあります.人の営みです.医療行為はどこまでいってもアナログな行為です.しかし医療情報のデジタル化はどんどん進んでいます.インターネットの潮流はどのように眼科医療と合流していくでしょうか.ファイリングシステムでしょうか,電子カルテでしょうか,私はもっと先に大きな合流点があるように思います.ティム・オライリー氏は,インターネット業界において,ハードウェアからソフトウェアに価値が移り,ソフトウェアも皆が同じモノを使うようになると,その先に価値を産むのは“Peopleware”であると述べています.個人の知識ノウハウが個人だけのものでなくなり皆でシェアできる環境,それがWeb2.0の世界です.医療情報の巨大なデータベースを世界の医療人がシェアできる環境って魅力的ではないですか?(75)インターネットの眼科応用第2章インターネットは個と個を繋ぐ武蔵国弘(KunihiroMusashi)むさしドリーム眼科シリーズ②———————————————————————-Page2358あたらしい眼科Vol.26,No.3,2009Web2.0と医療Web2.0とよばれる,情報発信源が民間企業から個人へと移る,この大きなパラダイムシフトを医療界にあてはめるとどうなるでしょうか.私は,情報発信者が「大学」や「病院」から「医師個人」へシフトする,と考えます.従来,学会や研究会といった,実際に顔を合わせる場を通じて情報の発信・交流は行われました.この場合,所属は必須です.Web2.0の世界はこの既存の場に参加することなく,医師個人が所属に関係なく,自分の意思と管理のもと,自身の治療方針や治療成績を外部データベースに蓄積します.さらに別の医師が上書きをする,という新しい医療情報の交流形態を意味します.情報の蓄積量,情報の信頼度を,組織と個人で比較した場合,組織である「大学」,「病院」の優位性は揺らぎません.しかし,日本中の医師個人の知識が蓄積するとどうなるか,一人の専門家の知識との差はどう縮まっていくのでしょうか.その答えはブリタニカ百科事典とウィキペディアとの比較をみれば明らかです.ウィキペディアの記事の正確性は,世界で最も権威があるとされるブリタニカ百科事典と比べて遜色がありません.2005年12月のネイチャー誌によると,同程度の情報を含んだ双方の辞書項目を比較したところ,誤った記載の数は,一つの記事につき,ブリタニカが2.92個でウィキペディアが3.86個でした2).一人の専門家による記述と,多数の人間の集合知にはさほどの差がなかった,という証明です.一定の資格を得た専門家が参加し,インターネットで知的交流を行うのは時代の流れです.医療の世界でも,大学や病院といった組織からの情報発信だけでなく,医師個人が情報を発信し,ディスカッションしながら,集合知を創るのが次の10年に起こる流れと予測します.インターネットは個人を無限に繋ぐ道具です.個人と個人がエリアを越えて繋がる不思議な道具です.参加するメンバーの指向性によって,生き物のような変化を生みます.インターネットによる外部ネットワークがいい意味でも悪い意味でも人間性を帯びてくると,そのネットワーク自体が文化を持つようになります.先述したmixiにはmixiに参加するユーザーが作り上げた文化が(76)ありますが,残念ながら知的交流には不向きのようです.医療に関する媒体の文化は,医療者であるわれわれ自身で作ることになるでしょう.専門知識を持った医師同士がインターネットを「交流」の道具として用いると,どのような文化を創造できるかは,われわれが医療をどのように考えているかで決まります.医療行為が単なる生計を立てる手段ではないはずです.いい医療を目の前の患者に伝えたい,という基本のスタンスさえ変わらなければ,ウィキペディアのような成功事例を後世に伝えることができるでしょう.インターネットによって,医師個人と医師個人がエリアを越えて繋がれば,さまざまな臨床上の相談事が可能です.症例検討会の開催も可能です.医療機関と医療機関が繋がれば難症例の遠隔診断や,離島の医療を支援することができます.私は大阪で眼科クリニックを営む傍ら,有志とNPO法人MVCメディカルベンチャー会議(以下,MVC)を設立し活動しています.MVCは医療人の知的・人的な交流を活性化させ,蓄積された知的共有物を広く一般生活者に伝え,医療水準の向上に貢献したい,という理念のもとに活動しています.私は一臨床医ですので,システムやプログラムのことはよくわかりません.ですが,インターネットにはさらなる可能性を感じ実践してきました.連載を通じて,医療というアナログな行為と,眼科という職人的な業をインターネットでどう補完するか,実例を交えながら紹介していきたいと思います.皆さんとの意見交換を通じて,30年後の医療環境をともにつくっていければ幸いです.MVCの活動に共感いただき,k.musashi@mvc-japan.orgにご連絡いただければ,医療者限定インターネット会議室「MVC-online」http://mvc-online.jpから招待メールを送らせていただきます.先生方とシェアされた情報が日本の医療水準の向上に寄与する,と信じています.参考文献1)鳴海淳義CNETJapanhttp://japan.cnet.com/news/media/story/0,2000056023,20361105,00.htm2)JimGiles.NaturePublishingGroup.http://www.nature.com/news/2005/051212/full/438900a.html