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「コンタクトレンズ診療ガイドライン」の読み方

2009年7月31日 金曜日

———————————————————————-Page10910-1810/09/\100/頁/JCOPY一方,ソフト系の歴史は1961年にWichterleがHEMA(2-hydroxyethylmethacrylate)製SCLを製造したことに始まる.1972年頃からいわゆる従来型ソフトコンタクトレンズ(SCL)がマーケットに現れ,装用感の良さから広く普及することとなった.しかし,ソフト系の難点は酸素透過性の低さと耐久性にあり,これを克服するために,高含水,イオン性の素材による頻回交換(FRSCL)あるいは毎日使い捨て(DSCL)の世界へと移行したのである(図1).このように,CLの歴史は,酸素透過性の向上と装用感および耐久性改善との戦いであり,相反する問題を根本的には解決しえなかったというのが真実である.しかし近年,ソフト系並みの装用感とハード系以上の酸素透過性をもつシリコーンハイドロゲルレンズが登場し,まさに,トレンドは変わろうとしている.はじめに今から4年前,平成17年の日本眼科学会雑誌(以下,日眼会誌)(第109巻)の第10号に「コンタクトレンズ(CL)診療ガイドライン」が掲載された.このガイドラインは,当時,1,500万人を超えるとされた装用者が存在するなか,素材面,機能面において急速に多様化するコンタクトレンズについて,基礎的あるいは臨床的な知識を整理しておこうという趣旨でまとめられた.しかしながら,その後もCL診療の環境変化は著しく,すでに見直す必要性が生じている.この解説では基本事項を今一度整理するとともに,ガイドラインのアップデートも兼ね,最近の知見についても紹介する.ICLの歴史を知る―革命は起こるか?かのレオナルド・ダ・ヴィンチが考案したとされるCLの一般への普及は,1938年ObrigがPMMA(poly-methylmethacrylate)製の強角膜レンズを考案したことに始まる.わが国においては1951年の水谷による円錐角膜への応用が記念すべき第一歩であったことも知っておきたい.PMMAの利点は優れた生体適合性にあったが,酸素を通さないという欠点のため長期使用による角膜内皮細胞障害が問題となり,次第に淘汰されていく.その後,ハード系においては高い酸素透過性を有するガス透過性CL(RGPCL)が主流とはなるが,装用感の面でソフト系には及ばないのが現状である.(13)879AtsshiShiraishiihiOhashi71025特集●眼科のガイドライン早わかりあたらしい眼科26(7):879888,2009「コンタクトレンズ診療ガイドライン」の読み方PracticalGuidelinesforContactLensClinic白石敦*大橋裕一*1950196019701980199019952005(年)現在2000HCL(PMMA製)RGPCL従来型SCLシリコーンハイドロゲルレンズDSCLFRSCL図1わが国のCLの歴史———————————————————————-Page2880あたらしい眼科Vol.26,No.7,2009(14)材を組み合わせたシリコーンハイドロゲルレンズ(SHCL)が登場した.従来のソフト系レンズの数倍以上の酸素透過性を有しており,装用感の良さを維持したまま,ソフト系の弱点である酸素不足を改善している点が画期的である.ただし,このレンズは先のFDA分類への組み入れが困難なため,新たなグループとしての分類が考えられている(表1).3.CLの装用方法と装用スケジュールCLはさらに装用方法や装用スケジュールなどによって細かく分類されている.これらはユーザーへの説明には不可欠な基本事項であり,必ず把握しておく必要がある.詳しくは日眼会誌(第109巻第10号)「コンタクトレンズ診療ガイドライン」の表46を参照されたい.略語に慣れることも重要だが,要は,①終日装用か連続装用か,②レンズケースに保管するかしないか,の2点が起こりうる合併症を考えるうえで重要なポイントであり,前者では角膜上皮障害,後者ではレンズ汚染が問題となる.酸素透過性の高いシリコーンハイドロゲルレンズの登場により,連続装用での合併症が軽減したとの報告が海外であるが,連続装用に慎重なわが国ではデータに乏しい.各種レンズの特性と適応を表2にまとめる.IIICLケアレンズケースに保管しつつ継続的に使用するCLについては適切なケアを行うことが不可欠であり,ユーザーII基本事項を理解する!1.フィッティング理論を知るCLの種類は素材により大きくハードコンタクトレンズ(HCL)とSCLに分類されるが,そのフィッティング原理も大きく異なる.HCLの場合,レンズと角膜間に貯留した涙液により生ずる接着力が重要で,重力とのバランスのなかで良好な動きを生みだされるが,SCLの場合は,レンズ周辺部の弾性が鍵であり,瞬目で引き伸ばされたときの復元力が安定したフィッティングにつながる.2.レンズ素材を覚える快適な装用感のなかで,いかに良好な視力と酸素透過性を得るかがレンズ素材開発のポイントである.現在のHCLではシロキサン化合物などを導入した結果,PMMAとは異なり,含水率がほぼゼロのなかで良好な通気性を得ているが,反面,機械的強度や水濡れ性に劣り,汚れやすいという欠点がある.SCLについては,含水率(50%未満かそれ以上)とイオン性(1mol%未満かそれ以上)の違いによってFDA(米国食品医薬品局)によりIからIVまでの4グループに分類されており,1999年4月にわが国にも導入された.通常,含水率やイオン性が高いほど酸素透過性が良いが,汚れやすく耐久性が低いという欠点がある.近年,高い酸素透過性をもつシリコーンに含水性の素表1SCLの材質分類現行低含水(含水率50%未満)高含水(含水率50%以上)非イオン性グループI主に従来型のSCLグループII従来型および一部のDSCL,FRSCLイオン性グループIIIほとんどないグループIVほとんどのDSCL,FRSCL米国食品医薬品局(FDA)分類新分類案低含水(含水率50%未満)高含水(含水率50%以上)グループⅤSHCL非イオン性グループI主に従来型のSCLグループII従来型および一部のDSCL,FRSCLイオン性グループIIIほとんどないグループIVほとんどのDSCL,FRSCL———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.26,No.7,2009881(15)洗い」である.適切に行われた場合,前者は1/1,000以下に,後者は1/100以下にSCLに付着した微生物を減少させると報告されている.3.消毒SCLに対して行うもので,煮沸,過酸化水素,ポビドンヨード,MPSの4つの様式があり,それぞれの特徴は日眼会誌のCL診療ガイドラインの表14を参照されたい.表3に現在市販されているおもなSCL消毒液についてまとめる.現在の主流であるMPSは,操作が簡便ではあるものの,消毒力が十分ではないため,前述した擦り洗い,すすぎの操作を併用しないとCLの汚染を招きやすくなる.また,MPSは主剤である消毒成分(polyhexamethylenebiguanide:PHMBなど)以外にも,界面活性剤,保湿剤,キレート剤などの多くの配合成分を含んでおり,互いの相互作用がMPSのトータルとしての消毒効果に影響を与えることがわかってきた.つぎに使用者の多い過酸化水素製剤は,MPSよりもはるかに消毒効果が得られるが,中和作業の煩雑さが普及の障害となっていた.より簡便なワンステップタイプが登場したが,消毒開始後すぐに中和が開始するため,使用状況によっては十分な消毒効果が得られない場合もある.ポビドンヨード製剤も操作が煩雑で一部のSCLに使用できないなどの問題点を抱えていたが,最近発売に対してその重要性を伝える必要がある.CLケアの基本は,CLをはずした後,付着した汚れや微生物を除去する“洗浄”,CLから遊離した汚れ,微生物や薬剤を洗い流す“すすぎ”,CLを安定した状態で保管する“保存”,SCLではこれに微生物の繁殖防止を目的とした“消毒”からなる.現在,MPS(multi-purposesolu-tion:多目的用剤)がSCLケアの中心となっているが,近年,頻回交換型SCLとMPSの使用者に角膜感染症が増加しているほか,特定のMPS使用者に発症した真菌性角膜炎やアカントアメーバ角膜炎が報告されるなど,CLケアのあり方が大きな論点となっている.CLケアにおいては,ユーザーのライフスタイルや使用法,性格などをよく見きわめて指導し,コンプライアンスが不良な場合には,見直しを検討すべきである.ここでは,CLケアの重要ポイントについて解説する.1.手指の洗浄手指には常在細菌あるいは環境菌が多数存在するため,十分に手洗いをしてからケアを行うように指導する.基本中の基本と言える.2.洗浄とすすぎ原理は物理的な除去であるが,CLケアでは最も重要なステップといえる.重要な作業は「すすぎ」と「擦り表2各種CLの特性と適応RGPCL従来型SCLFRSCLDSCLSHCL乱視矯正◎△△△△装用感△◎◎◎◎スポーツ時装用△◎◎◎◎夜間のグレア△◎◎◎◎酸素透過性◎▲△△◎角膜上皮障害危険性○△▲○△アレルギー性結膜炎(GPC)△▲▲○△ドライアイ△△▲▲○レンズケア(簡便さ)○▲△◎△消毒不要要要不要要蛋白除去要要不要不要不要費用◎○△▲△———————————————————————-Page4882あたらしい眼科Vol.26,No.7,2009(16)開始となった製品はすべてのSCLに使用可能であり,使用方法も比較的簡便なことから,アカントアメーバに対する優れた消毒効果からも,その有用性が見直されるべきであろう.4.StandAlone(スタンドアロン)試験とは?MPSの消毒効果を把握するうえで,SCL消毒評価試験(ISO14729standardduringdevelopmentoftheproducts),いわゆる“スタンドアロン試験”について知っておく必要がある.スタンドアロン試験とは,CL感染の原因となりやすい5菌種〔細菌3株:緑膿菌(ATCC9027),黄色ブドウ球菌(ATCC6538),セラチア(ATCC13880),真菌2株:カンジダ(ATCC10231),フザリウム(ATCC36031)〕を対象に消毒効果を評価するもので,第一・第二の2つの基準がある.第一基準では,一定時間で細菌を3log(1/1,000)に,真菌を1log(1/10)に減少させることが要求され,合格すれば“コンタクトレンズ消毒液”として認められる.第一基準に合格しなかった場合には,第二基準で判定される(図2)が,細菌に対する最低限の消毒効果(3種類の細菌に対し1log以上で,かつその和が5log以上)と真菌を増殖させないとの条件をクリアする必要がある.これを満たせば,さらに擦り洗い試験(十分な擦り洗いとすすぎを併用することにより,レンズ上の微生物が除去できるかを確認する試験)を行い,合格すれば初めて表3洗面所の汚染状況菌種分離株数細菌グラム陰性桿菌Pseudomonas属Klebsiella属Sphingomonas属Flavimonas属Acinetobacter属Serratia属Stenotrophomas属他のグラム陰性桿菌2913131075521計103株グラム陽性桿菌Bacillus属Corynebacterium属他のグラム陽性桿菌12623計41株グラム陽性球菌Micrococcus属Streptococcus属他のグラム陽性球菌1355計23株真菌糸状菌Penicillium属Aspergillus属同定不能な糸状菌201592計127株酵母様真菌Candida属同定不能な酵母様真菌127計28株その他アカントアメーバ4株Multi-purposesolutionMPDSMulti-purposedisinfectingsolution3log1log5log図2ISO/FDAスタンドアロン基準———————————————————————-Page5あたらしい眼科Vol.26,No.7,2009883(17)6.レンズケースの管理「擦り洗い」などに比べて,意外に見過ごされているのがレンズケースの管理である.最近の調査でも,適切なCLケアを行っているユーザーのほとんどがレンズケースのケア(管理)を行っていない事実が浮かび上がっている.一般に,レンズケースの汚染率は4080%とされるが,これはおもにCLケアを行う場所が洗面所であることに起因している可能性もある.筆者らが行った洗面所の環境菌調査では,細菌,真菌ともに検出率はほぼ100%で,ほとんどの調査においてグラム陰性桿菌や“コンタクトレンズ消毒システム”として認められる.5.保存つぎの装用までの間,CLの恒常性,清浄性を維持しつつ,レンズケース内に保管するステップである.通常,オーバーナイトとなるが,万一,レンズケース内に微生物が生息している場合にはCLが汚染する危険性が高くなる.表4主要SCL消毒液の組成分類製品名メーカー消毒薬洗浄成分緩衝剤MPSレニューマルチプラスBausch&Lomb1.1ppmPHMBHYDRANATE,ポロキサミンホウ酸,リン酸コンプリートアミノモイストAMO1ppmPHMBポロクサマーリン酸エピカコールドメニコン1ppmPHMBPOE硬化ヒマシ油()オプティフリープラスAlcon11ppmPolyquadポロキサミンクエン酸,ホウ酸バイオクレンワンオフテクス1ppmPHMBポロクサマーホウ酸,リン酸フレッシュルックケア10ミニッツチバビジョン1ppmPHMBポロクサマーリン酸ロートCキューブソフトワンモイストロート1ppmPHMBポロクサマーリン酸過酸化水素剤製剤コンセプトワンステップAMO3.0w/v%過酸化水素()()エーオーセプトクリアケアチバビジョン3.42w/v%過酸化水素ポロクサマーリン酸ヨード製剤エファールオフテクス0.05%ポビドンヨードポロクサマーホウ酸分類製品名等張化剤その他の成分/中和剤MPSレニューマルチプラスNaClEDTA(安定化剤)コンプリートアミノモイストNaCl,KClHPMC(浸潤成分),EDTA(安定化剤),プロピレングリコール(保湿成分),蛋白分解酵素エピカコールドプロピレングリコール,フルーツ酸,AMPD,アミノ酸EDTA(安定化剤),プロピレングリコール(保湿成分),蛋白分解酵素オプティフリープラスNaClEDTA(安定化剤),蛋白分解酵素バイオクレンワンNaClEDTA(安定化剤),蛋白分解酵素フレッシュルックケア10ミニッツNaCl,KClEDTA(安定化剤),蛋白分解酵素ロートCキューブソフトワンモイストNaClHPMC(浸潤成分),蛋白分解酵素過酸化水素剤製剤コンセプトワンステップ()HPMC(浸潤成分),中和剤・カタラーゼエーオーセプトクリアケアNaCl中和・白金ディスクヨード製剤エファールNaClEDTA(安定化剤),中和・亜硫酸ナトリウム():無添加または不明.———————————————————————-Page6884あたらしい眼科Vol.26,No.7,2009(18)コーンハイドロゲルレンズの登場によりすべての問題がクリアされたわけではなく,その特性をよく理解したうえで処方することが必要である.表5に現在わが国において市販されているシリコーンハイドロゲルレンズの詳細をまとめる.シリコーンハイドロゲルレンズは,親水性のハイドロゲルと,疎水性で酸素透過性の高いシリコーンポリマーを重合した素材からなる.疎水性のシリコーンポリマーが表面に露出するため,各メーカーは水濡れ性を高めるべく表面処理に工夫を施している.疎水性で酸素透過性の高いシリコーンポリマーを重合したことにより水分中の蛋白質との結合は少なくなったが,一方で,脂質とは結合しやすくなった.このため,付着した脂質による撥水作用が生じ,くもりが生じることがある,また脂質汚れに起因するCPLC(contactlens-inducedpapillaryconjunctivitis)を起こしやすいとの報告もある.シリコーンハイドロゲルレンズは含水率が低くなるほど硬くなるため,従来のハイドロゲルレンズに比べて硬くなっているが,これによる高い形状保持能を通じて良好なセンタリングが得られる.他方,硬いレンズの宿命的な合併症であるSEALs(superiorepithelialarcuatelesions)やムチンボールの発生率が高いとことも念頭に置く必要がある.現在,シリコーンハイドロゲルレンズとMPSとの相性による一過性の角膜上皮障害が注目されている.特にPHMB系のMPSと特定のシリコーンハイドロゲルレン糸状菌を中心に数菌種が検出されており,レンズケースが汚染される条件は整っているといえる(表4).このように,HCLケースも含めたレンズケースはグラム陰性桿菌を主体とする環境菌の温床であり,ケース内に形成されたバイオフィルム内の細菌はMPSなどにより除菌することは困難となる.したがって,CL装用後にはケース内の液を捨てて洗浄し,よく乾燥させておくとともに,定期的に交換することが肝要である.IVCLアップデート日眼会誌(第109巻第10号)のCL診療ガイドラインのうち,第4章CLの適応と選択,第5章CL処方,第7章特殊なCL処方について,最近の話題を一括して解説したい.1.シリコーンハイドロゲルレンズ酸素透過性が高く,装用感にも優れる.欧米ではSCL処方の50%以上がシリコーンハイドロゲルレンズとなったとの報告もあり,今後,わが国においても第一選択として処方されていく可能性が高い.しかし,シリ表5わが国で市販されているシリコーンハイドロゲルレンズO2オプティクスエアー/オプティクスボシュロムメダリストプレミア[1週間連続装用](旧ピュアビジョン)ボシュロムメダリストプレミアアキュビューアドバンス装用期間1カ月終日1カ月連続2週間終日1週間連続2週間終日2週間終日製造者CIBAVISIONCIBAVISIONBausch&LombBausch&LombJohnson&Johnson素材lotalconAlotralconBbatalconAbalalconAgalylconA含水率2433363647Dk1401101019160Dk/t17513811010186アキュビューオアシスメニコン2WEEKプレミオ装用期間2週間終日2週間終日製造者Johnson&Johnsonメニコンプレミオ素材senolconA含水率3840Dk103129Dk/t147161———————————————————————-Page7あたらしい眼科Vol.26,No.7,2009885ズの組み合わせにより角膜上皮障害が発生しやすいとの報告がなされており,装用後に違和感を訴える場合,レンズを外して角膜上皮の観察を注意深くする必要がある.現在のところ臨床的には問題となってはいないが,高度の角膜上皮障害を認めた場合には,消毒剤とレンズ,またはどちらかを変更する必要もある(図3).2.カラーコンタクトレンズいわゆるおしゃれ用度なしカラーCLで,一般名は,非視力補正用色付コンタクトレンズである.視力補正の目的ではないため,眼球に直接接触するにもかかわらず,医療機器の承認を受けていない雑貨として長らく取り扱われてきた.しかし,眼障害が多発したことから,国民生活センターが高度管理医療機器の承認を受けている2製品と受けていない12製品の安全性試験を行ったところ,承認を受けていないほとんどの製品では細胞毒性を認め,なかには色素や金属元素の流出する製品が認められた.これらの報告を受け,医療機器に指定することを定めた薬事法施行令の改正が閣議決定され,今年(平成21年)の11月からは,視力矯正用の度付きコンタクトレンズと同様,都道府県知事の許可がなければ販売できなくなり,販売店は管理者を置くことが義務付けられる.一方で,カラーCLは透明なCLに比べて眼障害の発生率が高いことや,アカントアメーバ角膜炎の発生例も報告されたこともあってか,昨年(平成20年)12月で従来型およびFRSCL型のカラーCLはすべて販売中止となり,現在承認を得ている製品はワンデータイプの2種類のみとなっている(表6).カラーCL処方時に注意しないといけない点として,表6でもわかるように酸化鉄や,酸化チタンなどの金属を着色剤として含有していることがある.添付文書にも注意喚起がなされているが,MRI(磁気共鳴画像)検査を受けると発熱による角膜や眼球への障害の可能性があるため,カラーCLをはずしてMRI検査を受けるよう指示することが必要である.3.オルソケラトロジーレンズオルソケラトロジー(オルソK)レンズは,“屈折異常を一時的に除去または軽減するためのRGPCL”と定義される.一般的名称は,角膜矯正用コンタクトレンズで,睡眠時に装用して角膜の形状を変化させることにより,日中の裸眼視力の向上を図る目的で使用される.オルソKの歴史は1962年に“Orthofocus”としてJessenが報告したことに始まり,現在では図4に示すように4つのカーブからなる第3世代のオルソKレンズへと移行している.わが国においても4種類のレンズ〔エメラルドレンズ(テクノピア),ドリームレンズ(アルファコーポレーション),コンテックスレンズ(ボシュロム),マウントフォードBE(エイコー)〕の治験がすでに終了(19)表6カラーCLに含有される着色剤着色剤ワンデーアキュビューディファインフレッシュルックデイリーズ酸化チタン○○酸化鉄○○アントラキノン系着色剤○酸化第二クロム○フタロシアニン系着色剤○図3MPSによる角膜上皮障害———————————————————————-Page8886あたらしい眼科Vol.26,No.7,2009し,ドリームレンズが本年の2月に承認を受けた.これを受け,平成21年の日眼会誌(第113巻)の第6号に「オルソケラトロジー・ガイドライン」が掲載された.これまでは,眼科専門医によるオルソKの処方よりも並行輸入などによる非眼科医による処方が中心であり,小児などへの安易な処方から重大な合併症をひき起こすケースも散見された.そこでガイドラインでは,オルソKレンズが有効かつ安全に行われるようにまとめられている.詳細は日眼会誌のガイドラインを参照していただきたいが,重要点は処方者をオルソKレンズに精通している眼科専門医とし,適応者として患者本人の十分な判断と同意を得られることとして20歳以上とした点にある.また,禁忌または慎重処方症例としても,眼表面の詳細な検査のみならず,全身状態・疾患に対しても詳細にまとめ,処方前の十分なスクリーニングを求めている.今後は,ガイドラインのもと,眼科専門医によって承認を受けたレンズが適切に処方されることとなろう.以下に,オルソKの代表的処方例,合併症につき述べる.a.オルソKの処方処方時には,HCL,SCLともに23週間装用を中止する.ベースカーブ(BC)の決定方法は各種レンズに共通であり,BC=FlatK(弱主経線)からtargetpower(TP:目標矯正度数)とcompressionfactor(0.75D)を加えた値を引いた値となる.つまり,例)FlatK(弱主経線)=43.0Dtargetpower(TP:目標矯正度数)=3.0Dの場合BC=43.0(3.0+0.75)=39.25Dとなる.b.オルソKの合併症(1)角膜上皮障害:睡眠時に装用するため,閉瞼と涙液交換減少による低酸素状態は不可避であり,opticalzoneが常にレンズに接触しているため,角膜上皮障害が容易にひき起こされる.(2)角膜感染症:低酸素状態と角膜上皮障害は角膜感染症の重大なリスクファクターであり,不適切なレンズケアにより感染症の発生につながることがある.海外からはオルソKに起因したアカントアメーバ角膜炎の報告も多くなされており,十分な指導と観察が必要である.(3)Tightlenssyndrome:レンズのセンタリングを重視するあまりタイト気味に処方されたときに生じる.患者は,疼痛,羞明,充血,流涙を訴える.(4)不正乱視:睡眠時(閉瞼時)のCLのセンタリング不良により,不正乱視が起こる.(5)グレア:瞳孔径に比してopticalzoneが小さいときにグレアが生じることがある.夜間や黄昏時に問題となりやすい.(6)Dimpleveil:ルーズなフィッティングで,レンズ下に迷入した空気が泡状となってBC部後面に移動した場合,角膜上皮面に多数の点状陥凹が生じ,霧視をひき起こすことがある.VCL合併症CL装用に伴う眼合併症は,その病態から,CLのフィッティング不良,CLの汚染,酸素不足,ドライアイなどに分けられる.ガイドラインでは,結膜障害と角(20)FC:0.6mmAC:1.0mmBC:6mmPC:0.4mmオルソK用コンタクトレンズフィッティング白く染まっている部分が涙液層.図4第3世代オルソケラトロジーレンズのデザインAC:Alignmentcurve,BC:Basecurve,FC:Fittingcurve,PC:Peripheralcurve.(吉野健一:オルソケラトロジー.あたらしい眼科20:465-470,2003より)———————————————————————-Page9あたらしい眼科Vol.26,No.7,2009887膜障害に分けて記載されているが,ここではよりプラクティカルな立場からおもな合併症についてのみ解説する.1.CLのフィッティング異常SEALs(superiorepithelialarcuatelesions)(図5):別名,epithelialsplittingともよばれる.SCL装用者にみられる弓状の上皮びらんで,角膜上方,輪部から12mm離れた部位にみられる.異物感を伴うこともあるが,無症状のなか,定期検査で発見されることも多い.SCLの変形,素材の固さ,角膜周辺部とレンズのフィッティング不良などが原因と考えられている.中止すれば23日で治癒するが,CL処方の変更を考慮する必要がある.シリコーンハイドロゲルレンズでは従来のSCLより素材の硬い製品が多く,SEALsの発症頻度が高くなる可能性がある.2.CL汚染CL関連角膜感染症不適切なレンズケア,過剰装用などが原因となり,環境菌や常在菌による感染が生じる.CLユーザーの増加に伴って急増中であり,若年層に多発する点で,大きな社会的問題ともなりつつある.(1)細菌性角膜炎:起炎菌として頻度が高いのは緑膿菌,セラチアなどのグラム陰性桿菌とコアグラーゼ陰性ブドウ球菌(CNS)を主体とするブドウ球菌属である.前者はレンズケース内の微生物汚染を介して,後者は過剰装用に伴う上皮障害をベースに生じる.なかでも,緑膿菌感染は最も炎症所見が強く,輪状膿瘍と強い実質浮腫をきたすため注意が必要である(図6).角膜擦過物あるいはレンズケースなどを培養して起炎菌を同定するとともに,ニューキノロン系を軸とした抗菌薬の点眼を行う.(2)アカントアメーバ角膜炎:レンズケアのルーズなCL装用者に生じ,近年,増加傾向を示している.初期像として,多発性の斑状角膜上皮下浸潤,偽樹枝状角膜炎,放射状角膜神経炎などが特徴的で,進行すれば輪状浸潤,円板状浸潤に至る(図7).レンズケース内で増殖したアカントアメーバがCLを介して角膜に侵入し,薬(21)図5SEALs6緑膿菌図7アカントアメーバ———————————————————————-Page10888あたらしい眼科Vol.26,No.7,2009剤抵抗性の強いシストとして角膜に残存するため難治となる.特効薬はなく,角膜掻爬,抗真菌薬およびクロルヘキシジンやPHMB(polyhexamethylenebiguanide)などの抗シスト薬(消毒薬)の点眼により治療する.3.ドライアイLid-wiperepitheliopathy(LWE)(図8):2002年,Korbにより初めて記載された疾患で,眼瞼縁結膜に特異な帯状の染色所見を認める.CL装用者に好発し,ドライアイ症状を訴えるが,発症には瞬目による摩擦が関与していると考えられている.図8に示すようにLWEは上眼瞼のみならず下眼瞼にも認められ,無症状であることも多い.しかし,無症状でも下眼瞼にLWEを認める患者がCLを装用するとLWEが悪化し,症状を訴えることもあるためCL処方前に眼瞼結膜の状態も観察することが重要である.治療にはCL装用の中止が必要だが,症状が軽い場合は,ヒアルロン酸あるいは人工涙液の点眼で改善することもある.おわりに以上,「コンタクトレンズ診療ガイドライン」の読み方と題して,おもに最近の知見を中心に解説した.ガイドライン制定時から診療環境は大きく変化しており,今後のバージョンアップは急務である.なお,誌面の都合上,最終章の基礎知識については割愛させていただいた.(22)図8Lidwiperepitheliopathy

エキシマレーザー屈折矯正手術のガイドライン

2009年7月31日 金曜日

———————————————————————-Page10910-1810/09/\100/頁/JCOPY平成12年(2000年)1月28日,波長193nmのエキシマレーザー装置の2機種がPRK手術用として厚生省により承認を受けたが,諸外国ではエキシマレーザー装置によるlaserinsitukeratomileusis(LASIK)が主流となってきたことを踏まえて,平成12年5月12日にLASIK手術を含めたエキシマレーザー屈折手術のガイドラインが報告された4).金井淳日本眼科学会エキシマレーザー屈折矯正手術ガイドライン起草委員会委員長のもとである.ここでは,第一次,第二次答申を踏まえて手術適応には大幅な変更は加えられなかったが,大きな変更点は,両眼の手術間隔をPRKで1カ月,LASIKで7日程度に緩めたところであり,国際的な整合性をみながら,ガイドラインとしてLASIKを大きな意味で容認したところであった.IIエキシマレーザー屈折矯正手術のガイドライン(2004年版)5)の骨子2004年,すなわち4年の歳月を経て,大橋裕一委員長のもとにエキシマレーザー屈折矯正手術のガイドラインが改訂された.表1に示すように,手術適応は,20歳以上の屈折値が安定している屈折異常(遠視,近視,乱視)とされ,近視矯正における屈折矯正量は,PRK手術に対するエキシマレーザー装置の承認条件である6Dまで,LASIK手術についてもこれに準じることとされた.6Dを超える矯正を実施する場合には,十分な医学的根拠とともにIエキシマレーザー屈折矯正手術のガイドライン作成の経緯屈折矯正手術の適応についての最初の答申は,平成5年(1993年)6月18日付けで,当時の内田幸男日本眼科学会理事長あてに,所敬屈折矯正手術適応検討委員会委員長から提出された1).その背景にはエキシマレーザー装置によるphotorefractivekeratectomy(PRK)の臨床試験が厚生省へ申請されたことがあった.当時は角膜前面放射状切開術が依然としてかなりの数行われていた時期でもあり,この手術方法に対してきわめて慎重な態度がとられていた.たとえば,この手術の適応となる患者は,20歳以上で,1)不同視,2)2Dを超える角膜乱視,3)3Dを超える屈折度の安定した近視のいずれかに該当するもの,と規定された.さらに,両眼の手術時期は6カ月以上の間隔を空けることとされていた.この答申作成者の慧眼は,安全性への殊の外の配慮であった.すなわち,この手術を行うためには,日本眼科学会認定の専門医であり,かつ指定の講習会を受講することが必須であると決められた.筆者が知るかぎりでは,この答申が眼科専門医であることを義務付けた最初の眼科手技である.平成7年(1995年)10月1日には,エキシマレーザー手術の臨床治験が実施されたことを受け,その評価をもとに適応について改めて審議され,第二次答申が行われた2).さらに安全管理のための屈折矯正手術に関するアンケート調査結果がまとめられた3).(9)875heKha6020841465特集●眼科のガイドライン早わかりあたらしい眼科26(7):875877,2009エキシマレーザー屈折矯正手術のガイドラインTheGuidelineforExcimerLaser-AssistedRefractiveSurgery木下茂*———————————————————————-Page2876あたらしい眼科Vol.26,No.7,2009(10)や炎症眼,さらには白内障などが記載されているが,特に,円錐角膜あるいは円錐角膜疑い例,抗精神薬の服用者,緑内障などが注意すべき患者と思われる(表2).そのほかに,インフォームド・コンセントの必要性,術前スクリーニング項目,手術における留意点,術後の経過観察のポイント,エンハンスメントのための再手術などについて記載されている.重要な術後合併症である角膜感染症6,7)はMycobacteriumchelonaeやMRSA(methicillin-resistantStaphylococcusaureus)によって生じることが多いのが特徴である.また,その他の合併症としてPRKではhazeとよばれる角膜混濁(図1),LASIKではdiuselamellarkeratitis(DLK)(図2),フ10Dを超えないことが望ましいと規定された.また,両眼同時手術については,術者が十分な注意を払うことを条件に初めて認められた.エキシマレーザー装置を用いた屈折矯正手術は,眼科専門領域で取り扱うべき治療法であり,したがって日本眼科学会認定の眼科専門医であり,かつ角膜の生理,病態,疾患そして眼光学に精通していることが必須条件である.この装置の使用に際しては,日本眼科学会の指定する屈折矯正手術講習会,そして製造業者が実施する設置時講習会の両者を受講することが必要条件となっている.エキシマレーザー手術の禁忌例としては,感染症眼表12004年版における答申の骨子1)年齢lateonsetmyopiaを考慮に入れ,20歳以上とする.2)対象屈折値が安定しているすべての屈折異常(遠視,近視,乱視)とする.3)屈折矯正量①近視PRK,LASIKについては,矯正量の限度を原則として6D.十分なインフォームド・コンセントのもと,10Dまでの範囲で実施することとする.LASEK(laserepithe-lialkeratomileusis)は近視PRKに準じるものとする.近視LASIK術後に十分な角膜厚が残存するように配慮すること.③遠視LASIKについては,矯正量の限度を6Dとして実施すべきこととする.④両眼同時手術については,術者が十分な注意を払うことを条件にこれを認める.表2手術の禁忌例と慎重な応例を必要とする例実施が禁忌とされるもの①活動性の外眼部炎症②円錐角膜③白内障(核性近視)④ぶどう膜炎や強膜炎に伴う活動性の内眼部炎症⑤重症の糖尿病や重症のアトピー性疾患など,創傷治癒に影響を与える可能性の高い全身性あるいは免疫不全疾患⑥妊娠中または授乳中の女性実施に慎重を要するもの①抗精神薬(ブチロフェノン系向精神薬など)の服用者②緑内障③全身性の結合組織疾患④乾性角結膜炎⑤角膜ヘルペスの既往⑥屈折矯正手術の既往図1PRK後に生じたhaze図2角膜上皮障害に伴って生じたDLK———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.26,No.7,2009877(11)インの重要性が再認識させられる.近々にも,エキシマレーザによる屈折矯正手術を行う眼科専門医がある一定期間内に講習会を受講することが日本眼科学会により義務付けられる可能性が高く,社会に向けて医療安全管理,危機管理,そして感染対策は必須の項目であることをわれわれ医療従事者は肝に銘ずる必要がある.文献1)屈折矯正手術の適応について,屈折矯正手術適応検討委員会答申.日眼会誌97:1087-1089,19932)屈折矯正手術の指針:日眼会誌100:95-98,19963)エキシマレーザー屈折矯正手術について,屈折矯正手術に関する第一次,第二次アンケート調査結果.日眼会誌100:1010-1012,19964)エキシマレーザー屈折矯正手術のガイドライン─エキシマレーザー屈折矯正手術ガイドライン起草委員会答申─.日眼会誌104:513-515,20005)エキシマレーザー屈折矯正手術のガイドライン─日本眼科学会エキシマレーザー屈折矯正手術ガイドライン委員会答申─.日眼会誌108:237-239,20046)FreitasD,AlvarengaL,SampaioJetal:AnoutbreakofMycobacteriumchelonaeinfectionafterLASIK.Ophthal-mology110:276-285,20037)NorimasaN,MorishigeN,YamadaNetal:Twocasesofmethicillin-resistantStaphylococcusaureuskeratitisafterEpi-LASIK.JpnJOphthalmol52:440-443,2008ラップトラブル(図3),角膜拡張症(ケラトエクタジア)などがある.III将来に向けて現在の答申は約5年前に作成されたものであり,日進月歩のエキシマレーザー屈折矯正手術に関する安全管理という面からみると,更新が望ましい時期にきている.さらに,東京の一診療所で発症した多数例のLASIK術後感染症を考えると,日本眼科学会の作成するガイドラ図3ボタンホールによる角膜上皮迷入(intraepithelialcyst)

ウイルス性結膜炎ガイドライン

2009年7月31日 金曜日

———————————————————————-Page10910-1810/09/\100/頁/JCOPYはじめに厚生労働省の感染症サーベイランスの報告数から推計すると,流行性角結膜炎(epidemickeratoconjunctivi-tis:EKC)(図1)はわが国では年間約70万~130万人が罹患すると考えられている.夏期に発症数のピークがみられる分布を例年くり返すが,眼科における感染症のなかでは,きわめて多数の患者がみられる疾患である.EKCに加えて,咽頭結膜熱(pharyngoconjunctivalfever:PCF)(図2),急性出血性結膜炎(acutehemor-rhagicconjunctivitis:AHC)(図3)の3疾患がいわゆるウイルス性結膜炎として臨床的に取り扱われる.ウイルス性結膜炎は市中感染だけでなく,院内感染の原因としても重要であり,2003年にはじめてその診療ガイドラインが「ウイルス性結膜炎ガイドライン」1)としてまとめられた.このガイドラインは日本眼科学会雑誌(日(3)869炎81401807451特集●眼科のガイドライン早わかりあたらしい眼科26(7):869~873,2009ウイルス性結膜炎ガイドラインGuidelinesforViralConjunctivitis内尾英一*大野重昭**図1流行性角結膜炎アデノウイルス37型による症例.強い結膜充血と偽膜を呈する重症例.図3急性出血性結膜炎エンテロウイルス70により,広範な球結膜下出血がみられた.図2咽頭結膜熱白苔を伴う咽頭炎の症例で,中等度の濾胞性結膜炎を示した.———————————————————————-Page2870あたらしい眼科Vol.26,No.7,2009(4)III鑑別診断鑑別診断については,結膜炎を呈する代表的な疾患のなかで,ウイルス性結膜炎を診断するためのポイントが記載され,フローチャートでわかりやすく解説されている.鑑別の着目点としては,眼脂の性状,耳前リンパ節腫脹,両眼性か否か,結膜病変の特徴などである4).IV臨床像この章ではアデノウイルス,エンテロウイルス,単純ヘルペスウイルス,クラミジアのそれぞれの結膜炎の臨床症状が詳しく述べられている5).アデノウイルス結膜炎の臨床像のなかでは,結膜炎症状が重症なD種の病変に関して,B種に比して増殖速度が遅いことから,重層上皮の結膜において,上層部が脱落してもより深層に感染が持続しているために,ウイルス量が多く,症状の持続も長くなるという説明がされている.発症10日後頃からしばしば出現する角膜上皮下混濁病変について,点状表層角膜症との混同を防ぎ,その病態をより直接的に表現する用語として,多発性角膜上皮下浸潤(multi-plesubepithelialcornealinltration:MSI)という用語が提唱されている.MSIはその後の論文や学会発表などの場では使用されるようになっており,ガイドラインから新しい用語が定着した例といえる.単純ヘルペスウイルス結膜炎は角膜炎に特徴的な所見や眼瞼病変を欠く病型であり,1型で確認されている6)が,感染症サーベイランスの検査定点から得られたデータにおいて,ウイルス結膜炎とりわけアデノウイルス結膜炎と診断される症例のなかで単純ヘルペスイウルスが約5%を占めることが報告されてから,その存在が明らかになったものである.単純ヘルペスウイルス2型結膜炎は単独ではみられず,初感染例で,通常眼瞼病変を伴う.V検査ウイルス性結膜炎の診断は迅速診断キットを中心に行われているが,最初に導入されたアデノチェックR(明治乳業)に代表されるように7),すべて免疫クロマトグラフィー法による迅速診断キットである(表1).キットは最近も新しい製品が販売されているが,代表的なキッ眼会誌)に掲載され,その後に続いて,種々の眼科領域のガイドラインが同誌に掲載される最初のものにあたる.I構成このガイドラインは,疫学,鑑別診断,臨床像,検査,治療,院内感染対策,ウイルス性結膜炎の説明例の順に記載されている.日眼会誌の体裁で,35ページと,全体として,かなり詳細にわたる内容で,他のガイドラインと比較してボリュームが多いものであった.紙面の都合上,すべての内容に触れることはできないが,以下このガイドラインの内容の概略を述べてみたい.II疫学「疫学」についてまず述べられているが,これはウイルス性結膜炎が感染症サーベイランスとして,眼科医によって診断された患者数が全国的に把握されている唯一の眼疾患であるということと,EKCには夏期に大きく,冬期に小さなピークがある特徴的な流行パターンがあることなど,疫学上の知見が臨床的に重要な疾患であるからである2).主要な血清型が年によって変化することが触れられているが,これはその後も続いており,2004年は37型,2005年は8型,2006年は3型,2007年は37型がそれぞれ最も多かった.現在臨床で後述するように汎用されている免疫クロマトグラフィー法診断キットは,使用している抗体によって血清型および種による感度が異なっている.そのためインターネット上で若干のタイムラグはあるが,得ることのできる感染症サーベイランスデータは眼科の臨床と無関係ではなくなっている.従来8型に分類されていた8型変異株は約10年前頃から,わが国の多くの施設から分離されていたが,最近53型という新しい血清型であることが確定した3)ので,今後は報告される血清型の分布にも変動が生じると考えられる.本ガイドラインではアデノウイルス以外にエンテロウイルス,単純ヘルペスウイルス,クラミジアによる結膜炎についても記載されている.エンテロウイルスの大流行は近年みられなくなっているが,感染症のグローバル化や新興感染症の面から今後も注意が必要である.———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.26,No.7,2009871(5)ロマトグラフィー法キット(アレルウォッチR涙液IgE;日立化成)が認可され,臨床応用された11).アレルギー性結膜疾患においては,重症型の春季カタルでは感度は100%だが,アレルギー性結膜炎では63.3~66.7%と高率ではない.アデノウイルス免疫クロマトグラフィー法キットと同様に,特異度は100%とされているので,陽性であれば,ウイルス性結膜炎を否定する根拠となる.今後は非感染性結膜炎との鑑別の点から数種類の診断キットを組み合わせた検査法が診断のスタンダードとなることが推測される.VI治療アデノウイルスに対する特異的な抗微生物薬は現時点ではなく,アデノウイルス結膜炎の治療は,発症初期には,感染予防の目的で抗生物質ないし合成抗菌薬の点眼治療で経過を観察し,MSIに対してステロイド薬点眼を行うのが一般的であり,ガイドラインにもこのように記載されている12).抗菌点眼薬の選択については,クラミジアに対する効果が期待されることから,マクロライド系,ニューキノロン系が候補となるが,使用上の注意が必要である.また,初期の角膜病変から角膜ヘルペスをアデノウイルス結膜炎と見誤ることがあるため,ステロイド点眼薬は慎重に用いる必要がある.非ステロイド性抗炎症点眼薬は抗ウイルス作用はないが,他薬剤と比べると安全性の点でメリットがあるため,再認識が必要ではないかとガイドラインで記載されている.結膜偽膜の除去については,瘢痕化の防止から除去が考慮されているが,小児例などでは無理にがすことによる出血がかえって瘢痕化を助長する可能性もあるので,慎重に行トにおいても,感度を向上させた新型ないし改良キットが導入されている8,9).アデノチェックRの結膜炎からの感度は73.5%に達しており8),キャピリアRアデノアイ(日本ベクトンディッキンソン)は66.4%である9).原理的にいずれも同じであるため,迅速診断キットの感度に大きな差はない.しかし,ヘキソンに対する抗体の血清型が異なっているところに各キットの相違点がある.そのために,年によって感度の優劣が結果としてみられる.これは流行する血清型が年によって異なるわが国の疫学的特徴に由来するものであり,流行し続けているアデノウイルスの生物学的性質が免疫クロマトグラフィー法を通して臨床に影響を与えていることになる.このように向上したとはいえ,免疫クロマトグラフィー法キットの感度は100%ではないので,陰性であってもアデノウイルス結膜炎を否定できない.その場合は結膜擦過物の塗抹検体の鏡検を積極的に行うべきとガイドラインでは記載されている10).それでも診断がつかない場合は,エンテロウイルス,単純ヘルペスウイルス,クラミジアに関する病因検査を進めていくということになる.これらには単純ヘルペスウイルス,クラミジアの蛍光抗体法キット(MicroTrakR)やクラミジアの酵素抗体法キット(イデイアTMPCEクラミジア)など,診察室レベルで行えるものもあるが,最近はpolymerasechainreaction(PCR)法が広く行われている.健康保険が適用されない問題点はあるが,アデノウイルスを含め,単純ヘルペスウイルス,エンテロウイルス,クラミジアを同時に鑑別することもできるので,今後も用いられる頻度は増加すると考えられる.ごく最近,アレルギー性結膜炎の診断用に涙液総IgE(免疫グロブリンE)検出用の免疫ク表1アデノウイルス免疫クロマトグラフィー法キット製品名発売元保存法有効期間保険点数アデノチェックR明治乳業室温17カ月210ディップスティック・アデノR栄研化学室温18カ月60*イムノカードSTRアデノウイルス東レフジバイオニクス4~30℃12カ月210アデノテストADRシード室温17カ月210キャピリアRアデノ日本ベクトンディッキンソン2~30℃13カ月210クイックチェイサーRAdeno咽頭/角結膜ミズホテディー室温18カ月210*:糞便検査用,いずれのキットも検体検査判断量144点を別に請求.———————————————————————-Page4872あたらしい眼科Vol.26,No.7,2009(6)て,網膜離などの緊急手術を行う必要がある場合は,原則的に避けたほうがよいが,やむをえず手術を行わざるをえないこともある点などが述べられている.院内感染によって罹患した患者から訴訟を提起される問題については,本来病気のなかった眼に医療行為によって結膜炎を発症させてしまうことは「リスク」に他ならないので,誠意ある対応が訴訟に至るかどうかの分岐点になることも触れられている.おわりにウイルス性結膜炎は原因治療法が確立されていないにもかかわらず,経過期間中に自然治癒する疾患であるために,積極的な治療の対象となることは少なかった.しかし,ひとたび院内感染が眼科病棟で発生すると,入院患者への手術などの必要な治療が行えなくなることも隣り合わせである.本ガイドラインはウイルス性結膜炎の検査,診断,治療を網羅したガイドラインであり,眼科臨床医はその内容を理解することが望まれる.なお,ウイルス性結膜炎の院内感染に対する新たなガイドラインが現在まとめられており,近く日眼会誌誌上で提示されることになっていることを最後に付け加えておく.追記:本稿を執筆後,日眼会誌第113巻1号(2009年)に「アデノウイルス結膜炎院内感染対策ガイドライン」が掲載されたので参照されたい.うべきであると述べられている.VII院内感染対策アデノウイルスによる大規模な院内感染は依然として起こっており,近年の医療を取りまく状況の変化もあって,社会問題化する事例もある.防止できるかどうかははっきりしていないにもかかわらず,ひとたび院内感染を生じると医療者側の責任が追及されることも少なくない.ガイドラインでは,院内感染対策に一つの章を割いて,院内感染防止対策として,滅菌消毒法,発症者発見の方法,感染者への対応などを,院内感染発生後の対策として,状況把握法,拡大防止策,患者への対応の仕方などが記載されている13).免疫クロマトグラフィー法キットはその簡便さから広く臨床で使用されており,院内感染の場合も同様だが,感度の問題もあり,その結果が特に陰性の場合の取り扱いについては医師以外のスタッフにも十分な理解を徹底させることが必要である.鋭敏なPCR法によって,最近,院内感染例における無症候例からアデノウイルスDNAが検出された報告がある14)が,これはその後に典型的な結膜炎所見を生じていないことや術後炎症との鑑別の困難さなどもあり,潜伏期症例がアデノウイルス感染のリスクとなるかどうかについては,まだ意見が定まっていない.本ガイドラインではすべての潜伏期患者がウイルスを排出しているとして対応すべきであるとしている.VIIIウイルス性結膜炎の説明例本ガイドラインの末尾には,診療現場で患者や家族から寄せられることの多い質問にどう答えるかというテーマが,Q&A形式でまとめられている.他のガイドラインではあまり目にすることのない部分だが,伝染性疾患であるウイルス性結膜炎の性質からガイドラインに組み入れられたものである15).患者からの質問として,登校,就労までの期間やプールには治癒後1カ月は控えるべきであること,コンタクトレンズ装用を中止すべきこと,特異的な治療薬はないが,点眼薬の過剰使用は避けるべきことなどがわかりやすく述べられている.また医療従事者からの質問に関する回答例も述べられている.迅速診断キットの限界を理解すること,発症者に対し語解説アデノウイルス53型:1995年以降日本各地の多くの院内感染株で同定されていた8型の変異株は,中和反応では,8型,9型中和血清により,ともに不完全に中和される性質があり,遺伝子解析からは,ファイバーとヘキソンがともに変異した新しい遺伝子型であることがわかった.2008年の第14回国際ウイルス学会議(InternationalCongressofVirology;Istanbul)で新しい血清型として52型とともに承認され,今後53型と呼称されることが決まった.D種の新しい血清型であり,わが国で発見された初めてのアデノウイルスの血清型でもある.近年,8型に属する遺伝子型の株は他に分離されておらず,わが国のD種アデノウイルス血清型は19型,37型と53型の3血清型に変化した.———————————————————————-Page5あたらしい眼科Vol.26,No.7,2009873(7)8)有賀俊英,三浦里香,田川義継ほか:改良版アデノチェックRの臨床的検討.臨眼59:1183-1188,20059)大口剛司,有賀俊英,三浦里香ほか:アデノウイルス迅速診断キット「キャピリアRアデノ」の検討.臨眼59:1189-1192,200510)中川尚:第4章検査.日眼会誌107:17-23,200311)中川やよい,石崎道治,岡本茂樹ほか:アレルギー性結膜疾患に対する涙液中総IgEのイムノクロマトグラフィー測定法の臨床的検討.臨眼60:951-954,200612)井上幸次:第5章治療.日眼会誌107:24-26,200313)薄井紀夫:第6章院内感染対策.日眼会誌107:27-32,200314)KanekoH,MarukoI,IidaTetal:Thepossibilityofhumanadenovirusdetectionfromtheconjunctivainasymptomaticcasesduringnosocomialinfection.Cornea27:527-530,200815)薄井紀夫:第7章ウイルス性結膜炎に関する説明例.日眼会誌107:33-35,2003文献1)大野重昭,青木功喜:ウイルス性結膜炎のガイドライン.日眼会誌107:1,20032)内尾英一:第1章疫学.日眼会誌107:2-7,20033)IshikoH,ShimadaY,KonnoTetal:Novelhumanadeno-viruscausingnosocomialepidemickeratoconjunctivitis.JClinMicrobiol46:2002-2008,20084)岡本茂樹:第2章結膜炎の鑑別診断.日眼会誌107:8-10,20035)青木功喜,井上幸次:第3章臨床象.日眼会誌107:11-16,20036)UchioE,TakeuchiS,ItohNetal:Clinicalandepidemio-logicalfeaturesofacutefollicularconjunctivitiswithspe-cialreferencetothatcausedbyherpessimplexvirustype1.BrJOphthalmol84:968-972,20007)UchioE,AokiK,SaitohWetal:Rapiddiagnosisofaden-oviralconjunctivitisonconjunctivalswabsby10-minuteimmunochromatography.Ophthalmology104:1294-1299,1997

序説:眼科のガイドライン早わかり

2009年7月31日 金曜日

———————————————————————-Page10910-1810/09/\100/頁/JCOPYが,現在のガイドラインと合致するか否かということである.もしも合致しない場合には,当該医師がガイドラインから外れたそれなりの理由をもっているか否かということがポイントになる.これほど重要なガイドラインであるが,その内容を熟知することは案外にむずかしい.また,これらがまとまって一冊に仕上がったという話は聞いたことがない.そこで,今回は日本眼科学会雑誌に掲載された7つのガイドラインについて各方面の専門家に簡潔な解説をお願いした.ウイルス性結膜炎ガイドライン(2003年),エキシマレーザー屈折矯正手術のガイドライン(2004年),コンタクトレンズ診療ガイドライン(2005年),アレルギー性結膜疾患診療ガイドライン(2006年),緑内障診療ガイドライン(第2版)(2006年),感染性角膜炎診療ガイドライン(2007年),光線力学的療法(PDT)ガイドライン(2008年)がその内容である.これらの解説は,必ずや読者の皆様の役に立つに違いない.最後に一言.診療ガイドラインは,発行年におけるその診療にかかわる共通認識を表わしているものであり,最適化された診断や治療を必ずしも示しているのではないことを付記して序を結ばさせていただく.私が研修医を始めた昭和49年当時,それぞれの疾患の治療方法は,内科的治療法であれ外科的治療法であれ,各大学眼科の独自のものであった.たとえば,阪大流あるいは阪大方式とよばれるようなものであった.この各大学の独自性は,平成4年,私が京都府立医科大学に赴任したときにもあまり変化していなかったように記憶している.しかしながら,国際化の機運とともに,行政が米国の医療システムをある意味で模倣していくなかで,医療の標準化は国レベルでの必須事項となってきた.また,一般社会とのかかわりのなかででも,マスコミとのかかわりのなかででも,診断方法や治療方法の統一性と標準化の流れは,大きなうねりとして,この10年間に押し寄せてきたように思われる.私は日本眼科学会によるガイドライン作成もこの一連の流れと同期したものと個人的には捉えている.学会は,あるときは直接的に,あるときは間接的にガイドラインに関与しているため,ガイドラインの内容は日本眼科学会の公式声明と捉えることができる.つまり,日本における現在の標準的な疾患分類法や診断法そして治療法を示していることになる.この意味するところは重要である.たとえば,医療過誤に関する民事訴訟が生じたとしよう.このときに,争点の一つとなるのは,そのときの診断あるいは治療(1)867科科●序説あたらしい眼科26(7):867,2009眼科のガイドラインわかりEasy-to-UnderstandGuidelinesinOphthalmology木下茂*

検査距離が両眼加算に及ぼす影響

2009年6月30日 火曜日

———————————————————————-Page1(133)8570910-1810/09/\100/頁/JCLSあたらしい眼科26(6):857860,2009cはじめに両眼加算(binocularsummation)とは,両眼視下の視機能が単眼視下の視機能を上回る状態であり1),弱視斜視領域2,3)や屈折矯正術後4)などさまざまな領域における視機能評価として用いられている.しかし,これらの報告はいずれも,ある一定の検査距離に限った評価によるものが多い.一方,モノビジョンでは近見視,中間視,遠見視における両眼加算を評価することによって,より日常を反映した視機能評価を行っている5,6).このように,日常の視機能を評価するうえでは,さまざまな検査距離における両眼加算の状態を知る必要があるが,健常人における報告はいまだ認められない.そこで今回筆者らは,健常人において検査距離が両眼加算に及ぼす影響について検討した.I対象および方法対象は1831歳(23.8±4.9歳:平均値±標準偏差)の,軽度屈折異常以外に器質的眼疾患を有さない有志者10例(男性2例,女性8例)である.優位眼および非優位眼の自覚的平均等価球面値は,それぞれ+0.10±0.24(平均値±標準偏差)D(0.25+0.50D),+0.15±0.17D(0+0.50D),であり,両者に有意差を認めない(pairedt-test,p=0.44).また,優位眼および非優位眼の裸眼視力(logMAR値を用いて平均値を算出後,少数視力に換算)はともに1.4(1.02.0)であった.北里大式眼優位性定量チャート7)を使用して評価〔別刷請求先〕鈴木任里江:〒228-8555相模原市北里1-15-1北里大学医療衛生学部リハビリテーション学科視覚機能療法学専攻Reprintrequests:MarieSuzuki,C.O.,DepartmentofRehabilitation,OrthopticsandVisualScienceCourse,SchoolofAlliedHealthSciences,KitasatoUniversity,1-15-1Kitasato,Sagamihara-shi228-8555,JAPAN検査距離が両眼加算に及ぼす影響鈴木任里江*1魚里博*1石川均*1庄司信行*1清水公也*2*1北里大学医療衛生学部リハビリテーション学科視覚機能療法学専攻*2北里大学医学部眼科学教室EectsofTestDistanceonBinocularSummationMarieSuzuki1),HiroshiUozato1),HitoshiIshikawa1),NobuyukiShoji1)andKimiyaShimizu2)1)DepartmentofRehabilitation,OrthopticsandVisualScienceCourse,SchoolofAlliedHealthSciences,KitasatoUniversity,2)DepartmentofOphthalmology,SchoolofMedicine,KitasatoUniversity検査距離が両眼加算に及ぼす影響について検討した.対象は正視有志者10例.近見(0.46m)および遠見(3m)注視時のコントラスト感度および瞳孔径を,両眼開放下および優位眼単眼視下で測定し,両眼加算比,両眼開放時の瞳孔変化量および瞳孔面積を比較した.空間周波数3,6,12,18cycles/degreeにおける両眼加算比は,近見視時に比べ遠見視時にて大きく有意差を認めた.また,両眼開放時の瞳孔変化量は,近見視時に比べ遠見視時のほうが小さく有意差を認めた.一方,両眼開放時の瞳孔面積は,遠見視時のほうが大きかったが有意差は認めなかった.中間から高空間周波数領域における両眼加算比は遠見視時ほど大きくなることが示唆された.Weevaluatedtheinuenceoftestdistanceonbinocularsummationin10emmetropes.Contrastsensitivityandpupildiameterweremeasuredatnear(0.46m)andfar(3m)distancesunderbinocularandmonocularconditions.Thebinocularsummationratio,rateofpupillarychangebetweenbinocularandmonocularconditions,andpupilareaunderbinocularconditionwerecomparedbetweenthetwotestdistances.Thebinocularsummationratioatfardistancewasbetterthanthatatnear,withinthespatialfrequencyrangeof3.0,6.0,12.0and18.0cyclesperdegree.Moreover,therateofpupillarychangeatfardistancewassignicantlysmallerthanthatatnear.Incon-trast,thebinocularpupilareaatfardistancewaslargerthanthatatnear,althoughthedierencewasnotsignicant.Thissuggeststhatinthemoderatetohighspatialfrequencyrange,binocularsummationbecomesgreaterwithdistance.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)26(6):857860,2009〕Keywords:両眼加算,検査距離,瞳孔径,眼位.binocularsummation,testdistance,pupildiameter,eyeposition.———————————————————————-Page2858あたらしい眼科Vol.26,No.6,2009(134)したsensorydominanceは63.0±17.0(平均値±標準偏差)%(4090%)であった.Alternateprismcovertestによる眼位は,近見(0.46m)5.0±3.7(平均値±標準偏差)Δ(010Δ)外斜位,遠見(3m)2.2±1.8Δ(04Δ)外斜位であり,両者に有意差を認めた(pairedt-test,p<0.01).両眼加算の評価には,コントラスト感度および瞳孔径を用いた.コントラスト感度の測定には,functionalacuitycontrasttest(FACT)(StereoOptical社)の近点検査用視標および遠点検査用視標を使用した.測定距離は0.46m,3mの2点とし,両眼開放下および優位眼単眼視下コントラスト感度を測定した.なお,単眼視下コントラスト感度の測定時には,非検査眼をガーゼにて遮閉した.0.46mにおける測定にはFACTの近点検査用視標を,3mにおける測定には遠点検査用視標を使用した.両距離における各視標の視角は1.7°である.視標面照度は400lxに設定した.各検査距離および空間周波数領域におけるコントラスト感度は3回測定し,その平均値を解析に用いた.両眼加算の評価には,両眼加算比〔両眼開放下コントラスト感度/優位眼単眼視下コントラスト感度〕2)を使用し,各検査距離における両眼加算比を比較した.なお,あらかじめ優位眼と非優位眼のコントラスト感度に有意差がないことを確認したうえで,今回は優位眼単眼視下のコントラスト感度を評価に用いた.また,測定順序は被検者によって無作為に決定した.統計には二元配置分散分析法ならびにBonferoni/Dunn法を用いた.瞳孔径の測定にはFP-10000(TMI社)を使用した.測定距離は0.46m,3mの2点とし,両眼開放時および優位眼単眼視時の優位眼の瞳孔径を測定した.測定はコントラスト感度測定と同時に行った.瞳孔の横径から瞳孔面積〔(横径/2)2×3.14〕を求め,各検査距離における瞳孔面積を比較した.さらに,単眼視時から両眼開放にしたときの瞳孔面積の変化量〔(単眼視時瞳孔面積両眼視時瞳孔面積)/単眼視時瞳孔面積〕を,検査距離ごとに比較した.統計にはWilcox-on符号順位検定を用いた.II結果図1に対数コントラスト感度の結果を示す.いずれの検査距離においても,両眼開放下コントラスト感度は単眼視下コントラスト感度を上回った(二元配置分散分析法,p<0.01).図2は両眼加算比の結果である.空間周波数1.5cycles/2.01.01.536空間周波数(cycles/degree)182.01.01.536121218対数コントラスト感度B)対数コントラスト感度A)図1対数コントラスト感度A)は検査距離0.46m,B)は検査距離3mにおける対数コントラスト感度の結果を示す.実線は両眼開放下,点線は優位眼単眼視下の対数コントラスト感度を示す.3.02.01.00空間周波数(cycles/degree)両眼加算比1.5361218*******図2両眼加算比白色のバーは近見視時,灰色のバーは遠見視時の両眼加算比を示す.*:p<0.05,**:p<0.01(Bonferoni/Dunn法).0.50.40.30.20.10近見視時遠見視時瞳孔変化量*図3両眼開放時の瞳孔変化量白色のバーは近見視時,灰色のバーは遠見視時の瞳孔変化量を示す.瞳孔変化量は遠見視時のほうが小さく,有意差を認めた.*:p<0.05(Wilcoxon符号順位検定).———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.26,No.6,2009859(135)degree(cpd)を除くすべての空間周波数領域において,遠見視時の両眼加算比は近見視時の両眼加算比を上回り,有意差を認めた(Bonferoni/Dunn法,3.0cpdp<0.05,6.018.0cpdp<0.01).なお,全例の両眼加算比は,検査距離および空間周波数にかかわらず1.0以上であった.図3は両眼開放時の瞳孔変化量,図4は両眼開放時の瞳孔面積の結果である.両眼開放時の瞳孔変化量は,近見視時に比べ遠見視時に小さくなり有意差を認めた(Wilcoxon符号順位検定,p<0.05).一方,遠見視時の瞳孔面積は近見視時に比べ大きい傾向にあるが,有意差は認められなかった.III考按今回の結果から,1.5cpdを除くすべての空間周波数領域において,遠見視時の両眼加算比が近見視時に比べ大きくなることがわかった.また,両眼開放時の瞳孔変化量は,遠見視時に比べ近見視時に大きくなった.川守田ら8)は,単眼視下における瞳孔径および高次収差の総和は,両眼開放時に比べ有意に高値を示したことより,単眼視下では網膜結像特性の低下を導くことを示唆している.言い換えれば,両眼開放下では単眼視下に比べ瞳孔径が小さくなることにより網膜結像特性が上昇し,視機能も向上するということである.すなわち,両眼開放時の瞳孔変化量が大きいほど両眼加算に有利になると考えられる.さらに,近見視時には近見反応として輻湊,調節,縮瞳の3反応が誘発される9)ことから,近見視時のほうが遠見視時に比べ両眼開放時の瞳孔変化量は大きくなり,両眼加算に有利になることが予想される.しかし,本実験の結果では,瞳孔変化量の小さい遠見視時のほうが近見視時に比べ両眼加算比が大きくなっており,上述に反する結果となった.したがって,両眼開放時の瞳孔変化量が大きいからといって必ずしも両眼加算比が大きくなるとは限らないことが推察された.一方,Medinaら10)は,瞳孔径が大きいほど両眼加算が大きくなることを示しており,網膜照度の影響を示唆している.本実験においても,両眼加算比が大きい遠見視時の両眼開放時瞳孔面積は,近見視時に比べ大きい傾向にあり,Medinaらの報告を支持するものである.しかし,Medinaらの実験は低照度下で行っているのに対し,本実験の視標面照度は400lxと高照度であり,実験条件が異なっているため,今後さらなる検討が必要であると考える.また,本実験の被験者の眼位は全例10Δ以内の外斜位であり,斜位角は遠見視時のほうが近見視時に比べ有意に小さかった.Ogleら11,12)は,斜位角の大きさによってxationdisparityが変化することを報告しており,Jampolskyら13)は,外斜位の場合,近見視時には斜位角が増加するにつれxationdisparityが増加することを報告している.さらに,xationdisparityと両眼加算の関係についてはこれまでにも多くの実験が行われており,一貫してxationdisparityが大きくなるほど両眼加算が減少すると報告されている14,15).以上のことから,本実験の被験者は,近見視時には外斜位の影響によりxationdisparityが大きかったために両眼加算比が減少し,対して遠見視時にはxationdisparityの影響が小さかったために,近見視時に比べ両眼加算比が大きくなったことが推察される.また,Jaschinski16)は,proximity-xation-disparitycurves,すなわち視距離の近接によりxationdisparityが増加することを報告していることから,眼位にかかわらず近見視時にはxationdisparityが大きくなり,両眼加算が減少する可能性が推察された.両眼加算の影響因子についてはこれまでにも多くの報告があり,眼優位性5),視標サイズ17),刺激する網膜部位17,18)などがあげられている.このうち,眼優位性に関しては,両眼の視機能に左右差がある場合にその影響が生じると考えられるが,本実験の被験者の眼優位性は平均的な強さであったことから,本結果の影響因子としては考えにくい.また,本実験では検査距離にかかわらず視標の視角は1.7°と一定であったことから,視標サイズの影響も考えにくい.刺激網膜部位に関しては,永井ら18)が,中心視野および下方視野で,若山ら17)が,刺激網膜部位が中心窩から偏心するほど,両眼加算が大きくなることを報告している.しかし,本実験では刺激網膜部位についての影響は検討していないため,今後さらなる検討が必要である.また,一般に両眼加算比は2であることが知られている1)が,本実験では検査距離や空間周波数によってさまざまな両眼加算比を示した.安達19)は,6種の空間周波数の縦縞を視標に用い,片眼視時および両眼視時にてVECP(視覚誘発脳波)を記録した結果,両眼視時の振幅は片眼視時の2030%増大したと報告している.同様にBakerら2)も,コントラスト感度を用いた実験によって,両眼加算比1.7を示す健常者がいたと報告していることか2520151050近見視時遠見視時瞳孔面積(mm)NS図4両眼開放時の瞳孔面積白色のバーは近見視時,灰色のバーは遠見視時の瞳孔面積を示す.NS:notsignicant(Wilcoxon符号順位検定).———————————————————————-Page4860あたらしい眼科Vol.26,No.6,2009(136)ら,両眼加算比は検査条件などにより変動し,2を超える場合もあることが示唆された.以上のことから,遠見視時の両眼加算比は近見視時に比べ大きく,瞳孔径および眼位が影響している可能性が推察された.今後,両眼加算を視機能評価として用いる際には,検査距離による影響も加味する必要性が示唆された.本研究の一部は科研費(若手研究(B)19791288)の助成を受けたものである.文献1)SteinmanSB,SteinmanBA,GarziaRP:Binocularsum-mation.FoundationsofBinocularVision,p153-171,TheMcGraw-HillCompanies,NewYork,20002)BakerDH,MeeseTS,MansouriBetal:Binocularsum-mationofcontrastremainsintactinstrabismicamblyopia.InvestOphthalmolVisSci48:5332-5338,20073)PardhanS,GlichristJ:Binocularcontrastsummationandinhibitioninamblyopia.Theinuenceoftheinteroculardierenceonbinocularcontrastsensitivity.DocOphthal-mol82:239-248,19924)BoxerWachlerBS:EectofpupilsizeonvisualfunctionundermonocularandbinocularconditionsinLASIKandnon-LASIKpatients.JCataractRefractSurg29:275-278,20035)新田任里江,清水公也,新井田孝裕:モノビジョン法における眼優位性の影響─第一報:優位眼の矯正状態による視機能への影響─.日眼会誌111:435-440,20076)清水公也:モノビジョン白内障手術による老視治療.あたらしい眼科22:1067-1072,20057)半田知也,魚里博:眼優位性検査法とその臨床応用.視覚の科学27:50-53,20068)川守田拓志,魚里博:両眼視と単眼視下における瞳孔径が昼間視と薄暮視下の視機能に与える影響.視覚の科学26:71-75,20059)石川均:瞳孔系のみかた2)輻湊調節障害.臨床神経眼科学(柏井聡編),p135-139,金原出版,200810)MedinaJM,JimenezJR,JimenezdelBarcoL:Theeectofpupilsizeonbinocularsummationatsuprathresholdconditions.CurrEyeRes26:327-334,200311)OgleKN,PrangenAD:Furtherconsiderationsofxationdisparityandthebinocularfusionalprocesses.AmJOph-thalmol34:57-72,195112)OgleKN:Fixationdisparity.AmOrthoptJ4:33-39,195413)JampolskyA,FlomBC,FreidAN:Fixationdisparityinrelationtoheterophoria.AmJOphthalmol43:97-106,195714)Heravian-ShandizJ,DouthwaiteWA,JenkinsTC:Eectofinducedxationdisparitybynegativelensesonthevisuallyevokedpotentialwave.OphthalmicPhysiolOpt13:295-298,199315)TunnaclieAH,WilliamsAT:Theeectofhorizontaldierentialprismonthebinocularcontrastsensitivityfunction.OphthalmicPhysiolOpt6:207-212,198616)JaschinskiW:Theproximity-xation-disparitycurveandthepreferredviewingdistanceatavisualdisplayasanindicatorofnearvision.OptomVisSci79:158-169,200217)若山暁美:両眼視野におけるbinocularsummationの影響.あたらしい眼科23:721-727,200618)永井紀博,木村至,大出尚郎ほか:Multifocalvisualevokedpotentialsによる両眼加算の解析.眼紀55:711-714,200419)安達惠美子:両眼視におけるVECP振幅vs.空間周波数曲線.日眼会誌83:298-301,1979***

立体視を応用した視野検査の試み

2009年6月30日 火曜日

———————————————————————-Page1(129)8530910-1810/09/\100/頁/JCLSあたらしい眼科26(6):853856,2009cはじめに現在までに視野異常検出のためにさまざまな視野検査機器が開発され臨床応用されているが,大半は片眼ずつの測定である.しかし,検査時間が長いうえに検査中常に一点の固視灯を注視していなければならず,視野検査は被検者に大きな負担を強いる検査となっており,その検査時間の長さゆえ検査の信頼度の低下なども問題となる.一方,日常診療において,下方視野に異常のある患者では,階段の特に下りにおいて立体感が得られにくく怖いという訴えや,机の上に置いてある文房具の距離感がおかしいなどの訴えがあることから,立体視を応用することで視野障害を検出することが可能ではないかと考えた.立体視とは,それぞれの眼の網膜に映る像の差(=視差)に基づいて得られる奥行き感のことで1),立体視の成立する条件として,①両眼の視力の差が小さいこと,②各眼の網膜に映る像の大きさの違い(=不等像視)が小さいこと,③斜視がないこと,④各眼の中心窩がそれぞれ共通した位置づけの感覚をもった関係であること(=正常網膜対応),⑤後頭葉視中枢において両眼視細胞が発達していることが必要である2).よって,緑内障によりどちらか一方の視野のある部位に異常がある場合,両眼の網膜像の重なり合いが必要な立体視に関しては得られない可能性がある.そこで今回,二次元(2D)の映像をリアルタイムに三次元(3D)の映像に変換する装置を利用し,さらに偏光フィルターやシャッター眼鏡を装用せずに両眼それぞれに視差のついた映像を投影できるモニターを使用することにより,正常若〔別刷請求先〕望月浩志:〒228-8555相模原市北里1-15-1北里大学医療系研究科臨床医科学群眼科学Reprintrequests:HiroshiMochizuki,DepartmentofOphthalmology,GraduateSchoolofKitasatoUniversity,1-15-1Kitasato,Sagamihara,Kanagawa228-8555,JAPAN立体視を応用した視野検査の試み望月浩志*1庄司信行*1,2太田有紀*2五味梓*2須賀美幸*2*1北里大学医療系研究科臨床医科学群眼科学*2北里大学医療衛生学部視覚機能療法学専攻ExperimentonaStereoVisualFieldTestHiroshiMochizuki1),NobuyukiShoji1,2),YukiOota2),AzusaGomi2)andMiyukiSuga2)1)DepartmentofOphthalmology,GraduateSchoolofKitasatoUniversity,2)OrthopticsandVisualScienceCourse,SchoolofAlliedHealthSciences,KitasatoUniversity筆者らは2D映像をリアルタイムに3D映像に変換する装置と裸眼両眼開放下で立体映像を得られるモニターを用いて,視野異常を立体視の低下あるいは欠如として検出できるかどうかを調べた.対象は正常若年者13名で,上下左右の半盲4パターンと右上・右下・左上・左下の1/4盲4パターンの計8パターンの模擬視野異常を作成し,視野異常と自覚的な見え方の一致率(=正答した人数/全対象の人数)を算出した.その結果,半盲4パターンでは一致率は平均76.9%,1/4盲4パターンでは一致率は平均67.3%で,合計8パターンでは一致率は平均73.7%であった.部位別にみると,他の部位と比べて鼻側および下方視野の一致率が悪かった.今回の検討結果から,立体視を利用することで視野障害を検出できる可能性が示唆された.Wedevelopedanewsimplestereo-perimeterthatmakesuseofstereopsis,andinvestigateditsclinicaluseful-nessasavisualeldtest.Testsubjectscomprised13normalvolunteers.Inthisstudyweinvestigatedthecoinci-denceoftestresultsusingthestereo-perimeterandND(neutraldensity)lter-simulatedscotomacomprising4patternsofhemianopiaand4ofquadrantanopia.Thecorrectanswerpercentagesforhemianopiaandquadrantano-piawere76.9%and67.3%,respectively(averageof8patterns:73.7%).Theratioofcoincidenceinthenasalandlowervisualeldswasinferiortothatinthetemporalandupperelds.Theseresultssuggestthatscotomascanbedetectedwiththisnewmethod,usingstereopsis.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)26(6):853856,2009〕Keywords:視野,視野検査法,立体視,スクリーニング.visualeld,perimetry,stereopsis,screening.———————————————————————-Page2854あたらしい眼科Vol.26,No.6,2009(130)年者に模擬視野異常を作成した場合,立体視を用いて裸眼両眼開放下で視野異常を検出できるかどうかを検討した.I対象および方法1.対象対象は,屈折異常以外に眼疾患を認めない正常若年者13名(平均年齢22.6±2.8歳)で,平均屈折値は3.14±3.36Dであった.事前に,全員に近見立体視検査であるTitmusstereotestsにて一般的に正常値といわれている100secofarc.よりも良好な立体視機能を有していることを確認した.2.立体視野検査機器の構成今回試作した立体視野検査機器は,パーソナルコンピュータ,ダウンスキャンコンバータ,2Dの映像をリアルタイムに3Dに変換する装置である3DMAVE(株式会社マクニカ)および裸眼3D液晶モニターLL-151D(シャープ株式会社)で構成されている(図1).パーソナルコンピュータから出力された解像度1,280×768ピクセル(WXGA)の映像をダウンスキャンコンバータにてS-VIDEO方式に変換し,3DMAVEにて色の濃淡などの奥行き情報をもとに2Dの映像からリアルタイムに3D映像を構築し,視差バリアを利用して左右眼それぞれに視差のついた別々の映像を投影することができる裸眼3D液晶モニターに入力することで立体映像を得た.このモニターは偏光フィルターやシャッター眼鏡などの特別なフィルターや眼鏡を用いずに立体像が得られるため,より自然な日常両眼視の状態で簡便な検査が可能となる35).3.検査画面(図2)提示する映像については,事前にコンピュータグラフィックス・風景・アニメなどさまざまな映像で検討したが,3D変換装置の特性上色の濃淡などから奥行き情報を得ているため,カラフルな映像や動画では大きな立体感を感じづらかった.そこで,今回の映像は背景が灰色でそこに白と黒の円が交互に並んでいるような幾何学的な静止映像とした.中央に小さな赤い円を置き固視標とした.白と黒の円は視差のついていない立体感のない映像であっても白い円が浮き上がって見えてしまうという錯覚が起こる.この錯覚の影響を避けるため,黒い円が背景よりも飛び出して見え,白い円が沈んで見えるよう3D変換装置を設定した.4.測定の手順全員,遠見完全屈折矯正度数の検眼レンズを装用し,検査内容について十分説明を行い,一般的な視野検査と同様に中央の固視標から視線を動かさず注視したとき,立体感が得られる部分・得られない部分がある場合はその部分を答えてもらうこととした.検査距離は,裸眼3D液晶モニターの最適距離である60cmとした.視差バリア方式の裸眼3Dモニターは視差バリアとよばれる垂直方向の細長いスリットの開口部の裏面に,適当な間隔で左右眼の映像を交互に配置して,特定の位置から見たときに左右映像がそれぞれに分離して見えるという方式であるため,画面からの最適距離が固定されており,さらに視点移動して自由に見ることが不可能であり,指定の距離において真正面から画面を見ることが重要である35).そのため,必ず検査前に指定の位置で立体感のある映像が得られていることを確認した.測定条件を統一するために検査時間は全員一定の1回につき30秒とした.模擬視野異常は,眼科検査および治療時に人為的に視力を落とす目的で使われる半透明のNDフィルター(neutraldensitylter)を検眼レンズに貼り付けることで作成した.模擬視野異常は,鼻側,耳側,上,下半盲の4パターンと鼻ダウンスキャンコンバータ裸眼3D液晶モニターLL-151DPC図1機器の概略本機器は,PC(WindowsXP),ダウンスキャンコンバータ,3DMAVE(2Dの映像をリアルタイムに3Dに変換する装置),裸眼3D液晶モニターの4つの装置からなる.図2今回使用した映像灰色の背景に白(○)と黒(●)の円が交互に配置されており,固視標として中央に小さな赤い円()を配置した.黒い円が背景よりも浮き上がって見え,白い円が背景より沈んで見えるよう設定した.———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.26,No.6,2009855(131)上,鼻下,耳上,耳下1/4盲の4パターンの合計8パターンとし,被検者1人につき8パターンをランダムに提示した.検眼レンズにて視野異常を作成する場合,検眼レンズと網膜が共役ではないため正確な半盲および1/4盲を作成することはむずかしいが,今回は臨床応用の前段階として正常若年者においての検討であり,正常者に人為的に正確な視野異常を作成することが困難であるため上記の方法を用いた.また,日常両眼視の状態で,なるべく擬似視野異常を自覚させないためにhole-in-cardtestにて決定した非優位眼すなわち,利き目ではないほうの目に擬似視野異常を作成することとした.なお,擬似視野異常を測定する際には,固視点と一致すべき部位のフィルターに小さな赤い点を描き,その点と画面中心の固視標を重ねてもらうことで,センタリングを行った.5.検討項目最初に遠見完全屈折矯正度数の検眼レンズを装用した状態で,検査画面全体にわたって黒い円が白い円に比して浮き上がって見えることを確認した.その後,模擬的に作成した視野異常の部位と,自覚的に立体感の消失している部位がどの程度一致するかを検討した.被検者の回答が,模擬視野異常を作成した範囲に完全一致もしくは内包されている場合を正答とした.そして,一致率=正答した人数/全対象の人数として計算した.統計学的検定には,t検定を用い,有意水準が5%未満の場合を有意差ありとした.II結果(図3)まず,13名全員において,今回用いた装置でモニター画面全体にわたって立体画像を得ることが可能であった.模擬視野異常作成下における視野異常と自覚的な見え方の平均一致率は,半盲作成時は,鼻側半盲61.5%,耳側半盲92.3%,上半盲84.6%,下半盲69.2%であった.1/4盲作成時は,上鼻側53.8%,下鼻側69.2%,上耳側76.9%,下耳側69.2%であった.半盲4パターンでの平均一致率は76.9%,1/4盲4パターンでの平均一致率は67.3%,すべての模擬視野異常での平均一致率は73.7%であり,1/4盲作成時に比べ半盲で一致率がよい結果となった.鼻側半盲は耳側半盲に比べ有意に一致率が低かった(t検定p=0.04).III考察立体視は網膜神経節細胞のP細胞系を選択的に刺激するといわれている6).P細胞系は一般的に余剰性が高いと考えられているが,立体視機能に関しては,病期が初期であっても有意に低下し,さらには明度識別視野検査において緑内障性視野異常が出現していなくても立体視機能は有意に低下するという報告もみられる79).したがって,立体視を利用することにより,通常の明度識別視野に比べ,より早期から視野異常を検出できる可能性が考えられる.模擬視野異常を作成した正常若年者において,一致率は平均73.7%(53.892.3%)とおおむね良好な一致率が得られたが,なかには立体感が小さくわかりづらいという意見もあり,より小さな視野異常(半盲に比べ1/4盲)で一致率が低下するという結果になった.緑内障性視野異常では,今回の模擬視野異常のようなはっきりとした絶対暗点ばかりではなく,孤立暗点や比較暗点などのように小さな範囲のわずかな感度低下が出現することも多いため,実際に緑内障患者に現在の視標で検査を行うと,一致率が低下する可能性が考えられる.また,スリットの開口部を利用して特定の位置から見たときに左右の画像がそれぞれ左右眼に分離して投影する方式であるため,あまり視聴距離を変えたり視線移動をして見ることができない.真正面から見ることで一番大きな立体視が得られるため,画面の周辺部では中心部に比べ立体感が得づらいという欠点がある35).網膜各部位における立体視は中心から離れるに従って低下し,特に中心から3°離れるだけで急激に感度低下が起こると報告されており10),より周辺の立体視を測定するためには,視標の視差についてさらに検討する必要がある.今回使用した裸眼3D液晶モニターは,画面のサイズが15型(縦21.4cm×横28.5cm)であり,画面の機能的に最適な視聴距離が画面から60cmと固定されているため,今回の装置では,縦10.1°×横13.4°の視野を測定していることになる.臨床応用のためには,緑内障性視野障害の出現しやすいブエルム(Bjerrum)領域や鼻側周辺部も測定できる大きさのモニターが必要となる.本研究を行っている時点では15型を超える3Dモニターは高価であったため,入手しやすい15型を用いたが,今後の研究のために,大型の3Dモニターがより安価で入手できるようになることを期待したい.耳側鼻側一致率:84.6%一致率:69.2%一致率:92.3%*一致率:61.5%一致率:53.8%一致率:69.2%一致率:76.9%一致率:69.2%図3それぞれの模擬視野異常作成時の一致率半盲作成時(一致率:76.9%)に比べ1/4盲作成時(一致率:67.3%)に一致率が低下していた.鼻側半盲は耳側半盲に比べ有意に一致率が低かった.t検定*p<0.05.———————————————————————-Page4856あたらしい眼科Vol.26,No.6,2009(132)視野検査では,信頼性の高い結果を得ることが重要であり,そのためには固視を確認しながら検査を行うことが多い.しかし,今回の装置では他覚的な固視確認の方法がなく,検査前に十分な説明をして,検査中は声掛けをしながら被検者の眼を観察するという方法をとった.信頼性の高い検査を目指すには固視の確認は必要不可欠であるため,今後固視監視の方法について検討してゆきたい.耳側に比べ鼻側の一致率が低いという結果が得られ,鼻側の立体視機能は耳側に比べ低いことが示唆された.鼻側網膜(耳側視野)および耳側網膜(鼻側視野)の視機能について,ヒトでは生後23カ月までの視運動性眼振(optokineticnystagmus:OKN)や視野の発達・広さ,視細胞や神経節細胞の分布,神経結合の相対的な強さ,視力(特に網膜中心窩から20°以上離れた周辺視野)で鼻側網膜(耳側視野)優位と報告されている11).これらの優位性は,網膜から大脳視覚野に至る交叉性経路(耳側網膜から大脳視覚野への経路)と非交叉経路(耳側網膜から大脳視覚野への経路)の発達的な違いや神経結合の違いによって説明されているがいまだ不明な点も多い.立体視に関しても鼻側視野に比べ耳側視野で一致率が高く,OKNや視力などと同様に立体視機能においても耳側視野で優位であることがわかった.緑内障性視野異常において,特に鼻下方視野の障害では立体視機能が著明に低下するため12),立体感が得づらく階段などの段差がわかりにくいので独りでの外出が億劫になるといわれており,緑内障性視野異常はqualityoflife(QOL)を著しく低下させる原因となる13,14).緑内障の有病率が40歳以上の5.0%と非常に高いと報告され一般的に緑内障への関心が高まってきた現在,より検出率が高く手軽な視野のスクリーニング法が開発されることで早期発見・早期治療が可能となり,緑内障によるQOLの低下を防止することが可能になると思われる.今回使用した装置では視差の調整ができないことや測定範囲が狭いことなど,解決すべき問題は多いものの,模擬的に作成した大きな視野異常に関しては,立体視の欠如として検出しうることが示唆された.この結果を足がかりにして,視標や装置を改良することでより良好な一致率を目指し,立体視を用いた視野異常の検出方法が視野障害の早期発見の一助となるよう,今後も検討を重ねたい.文献1)日本視覚学会:視覚情報処理ハンドブック.p283-310,朝倉書店,20002)丸尾敏夫,粟屋忍:視能矯正学改訂第2版.p190-201,金原出版,19983)畑田豊彦:立体視機構と3次元ディスプレイ.日本視能訓練士協会誌16:19-29,19884)金谷経一,星野美保,吉居正一:めがねなし3Dディスプレイと医療応用.視覚の科学16:90-92,19955)奥山文雄:三次元画像と眼:原理と装置.眼科40:153-159,19986)大平明彦:両眼視機能.眼科診療プラクティス17:246-250,19957)BassiCJ,GalanisJC:Binocularvisualimpairmentinglau-coma.Ophthalmology98:1406-1411,19918)EssockEA,FechtnerRD,ZimmermanTJetal:Binocularfunctioninearlyglaucoma.JGlaucoma5:395-405,19969)GuptaN,KrishnadevN,HamstraSJetal:Depthpercep-tiondecitsinglaucomasuspects.BrJOphthalmol90:979-981,200610)中西史憲,二唐東朔:網膜各部位における深径覚感度の相違─心理物理学的計測─.岩手医誌47:441-448,199511)本田仁視:視覚交叉経路と非交叉経路の機能差─皮質下視覚機能の行動学的・心理物理学的研究─.心理学評論46:597-616,200312)重冨いずみ,原道子,倉田美和ほか:緑内障性視野異常と立体視機能.日本視能訓練士協会誌29:197-202,200113)NelsonP,AspinallP,PapasouliotisOetal:Qualityoflifeinglaucomaanditsrelationshipwithvisualfunction.JGlaucoma12:139-150,200314)浅野紀美江,川瀬和秀,山本哲也:緑内障患者のQualityofLifeの評価.あたらしい眼科23:655-659,2006***

小児頭蓋内疾患患者に対する動的視野測定の可能性

2009年6月30日 火曜日

———————————————————————-Page1848あたらしい眼科Vol.26,No.6,2009(00)848(124)0910-1810/09/\100/頁/JCLSあたらしい眼科26(6):848852,2009cはじめに視野測定は動的視野測定,静的視野測定ともに自覚的な検査法であり,被検者の理解力や集中力などの影響をうける.さらに小児においては検査への協力やコミュニケーションが得られにくいため,1回の検査で信頼性のある視野検査結果を得ることは困難であることが予想される.しかし一方で,頭蓋内疾患により視覚領や視路に障害が生じている場合には,視野測定は原疾患の病態把握や治療前後での評価に重要な情報をもたらしてくれる.そこで今回,筆者らは視野障害が疑われる小児の頭蓋内疾患患者に対して動的視野測定がどの程度可能であるかを検討してみたので報告する.I対象および方法対象は2007年4月から2008年3月の間に奈良県立医科大学附属病院小児科発達外来より視野障害が疑われるため当科に視機能評価の依頼があった10歳までの小児頭蓋内疾患患者で,視力検査が施行できた症例とした.動的視野検査はすべて一人の視能訓練士によって行われた.それぞれの患者〔別刷請求先〕湯川英一:〒634-8521橿原市四条町840奈良県立医科大学眼科学教室Reprintrequests:EiichiYukawa,M.D.,DepartmentofOphthalmology,NaraMedicalUniversity,840Shijo-cho,Kashihara-shi,Nara634-8521,JAPAN小児頭蓋内疾患患者に対する動的視野測定の可能性池田仁英湯川英一宮崎大介松浦豊明原嘉昭奈良県立医科大学眼科学教室UtilityofKineticPerimetryinChildrenwithIntracranialDiseasesHitoeIkeda,EiichiYukawa,DaisukeMiyazaki,ToyoakiMatsuuraandYoshiakiHaraDepartmentofOphthalmology,NaraMedicalUniversity視野障害が疑われる小児の頭蓋内疾患患者に対して動的視野測定がどの程度可能であるかを検討してみた.対象は2007年4月から2008年3月の間に奈良県立医科大学附属病院小児科発達外来より視野障害が疑われるため,眼科に精査依頼があった10歳までの頭蓋内疾患患者10例で,年齢4歳2カ月9歳10カ月,平均年齢6歳10カ月である.動的視野検査は1回の検査で信頼のある結果が得られない場合には固視状態や検査に対する理解力などを考慮し,3回目までは少なくとも1カ月以内ごとに再検査を行った.その後は症例に合わせて6カ月以内で適宜再検査とした.その結果,10例中9例で信頼のある視野測定結果が得られ,検査回数は14回,平均2.3回であった.小児頭蓋内疾患患者でも検査をくり返すことで短期間のうちに信頼のある視野検査結果が得られた.今後,われわれは小児科医や脳神経外科医との協力下に視野測定に最大限の努力を払うべきである.Weevaluatedtheutilityofkineticperimetryinchildrenwithintracranialdiseasesandsuspectedvisualelddefects.Subjectscomprised10childrenwithintracranialdiseaseswhorangedinagefrom4years,2monthsto9years,10months(meanage:6years,10months).TheyhadbeenreferredfromtheDepartmentofPediatrics,NaraMedicalUniversity,betweenApril2007andMarch2008,forsuspectedvisualdysfunction.Ifkineticperime-tryresultswerenotreliableontherstexamination,weconductedperimetryagainwithinatleast1month,using3consecutiveexaminations,consideringeyexationandthechildren’sunderstandingoftheexaminations.Wethenconductedre-examinationuntilreliabledatawereobtainedwithin6months.For9of10children,reliableresultswereobtainedforkineticperimetry.Theexaminationswereperformedfrom1to4times,themeanbeing2.3times.Wewereabletoobtainreliableperimetryforonlyashortperiod,thoughweexaminedrepeatedly.Weshouldthereforeputourbesteortsintoobtainingreliablekineticperimetrydatainchildren,inclosecollaborationwithpediatriciansandbrainsurgeons.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)26(6):848852,2009〕Keywords:動的視野検査,小児,頭蓋内疾患,動的視野計.kineticperimetry,children,intracranialdisease,kineticperimeter.———————————————————————-Page2あたらしい眼科Vol.26,No.6,2009849(125)で視野検査ごとにシートを作成し,検査時間,固視状態(固視の可否,持続性),検査に対する応答(検査に対する理解力,視標の追従,再現性,Mariotte盲点の検出),検査に対する集中力や意欲,機嫌,検査環境の評価を行った.1回の検査で信頼のある結果が得られなかった場合には固視状態や検査に対する理解力,積極性などを考慮しながら,視野検査が3回目までは少なくとも1カ月以内ごとに再検査を行った.その後は症例に合わせて6カ月以内で適宜再検査とした.なお,動的視野検査は応答の再現性やMariotte盲点の検出を指標にしたうえで,V/4,I/4,I/3,I/2のイソプターで,中心暗点が疑われる症例ではさらにI/1までのイソプターで従来の視野検査法にて信頼性のある結果が得られた時点をもって動的視野検査が可能と判断した.今回の研究に関しては患者の両親に視野検査の重要性を理解してもらい,書面にてインフォームド・コンセントを得た.II結果小児科発達外来より依頼があった10例の結果を表1に示す.年齢は4歳2カ月から9歳10カ月,平均年齢は6歳10カ月であり,すべての症例で矯正視力検査が可能であった.動的視野検査は10例中9例で信頼のある視野検査結果が得られた.視野検査回数は1回から4回であり,平均2.3回施行された.十分な視野検査が施行できなかった1例は中等度の精神発達遅滞を伴っており,3回の視野検査を試みるも検査に対する理解が得られなかった.代表例として正常視野と考えられた4歳8カ月,女児(症例7)の測定結果を図1に,左同名半盲が認められた5歳6カ月,男児(症例4)の測定結果を図2に示す.症例7では1回目の検査では片眼で固視移動点による視野測定法1)と中心から周辺に向かって視標を動かし,見えなくなった時点でボタンを押す方法でしか検査が行えなかったが,検査3回目(初回より約1カ月後)には両眼で従来の視野検査法で信頼性のある動的視野検査結果を得た.また,症例4でも1回目の検査ではやはり固視移動点による視野測定法と中心から周辺に向かって視標を動かし,見えなくなった時点でボタンを押す方法でしか検査が行えなかったが,検査4回目(初回より約3カ月後)には両眼で従来の視野検査法で信頼性のある動的視野検査結果を得た.III考按これまでに正常小児の視野検査においては,年齢の増加に伴い網膜各部位で視野閾値が低下することで年齢的変化を認めるとする報告24)や,年齢による有意な変化はみられないとする報告5)がみられる.今回は半盲や暗点は異常と判定する一方で,各イソプターについては極端な狭窄がみられない場合には異常なしと判定した.また,これまでに小児固有の視野反応として暗点,比較暗点の検出において求心法と遠心法では結果が異なる場合があること,固視が良好であるにもかかわらずMariotte盲点が検出されない場合があること6),さらには小児の視野検査の注意点として親との同室による不安感の除去,検査時間と集中力の持続状態の把握,固視状態の確認,視標の呈示方法などが報告されている1,7,8)ことから,筆者らはこれらの項目を検査ごとに再評価し,次回の検査時の助けとした.そして今回は成人と同様の測定法で視野検査が完遂できたときをもって視野検査可能と判断したが,症例によっては検査を行っていく過程で固視移動点による視野測定法1)や中心から周辺に向かって視標を動かし,見えなくなった時点でボタンを押す方法も取り入れた.特に中心から周辺部に向かって視標を動かし視標消失域を測定する方法は被検者が最初から視標が見えている安心感からか固視が安定しやすいうえ,検者側からは固視ずれが生じた際にはすぐに注意を促しやすく,視野検査に慣れていくうえで有効な方法であると思われた.一方,固視移動法については今回,成人と同様に従来の検査法で施行することを最終目標としており,この方法に慣れてしまうことで固視の安定性がより得られにくいことが懸念表1動的視野検査を行った小児例症例年齢性別疾患名矯正視力検査回数視野結果備考123456789106歳11カ月5歳7カ月8歳1カ月5歳6カ月8歳3カ月9歳10カ月4歳8カ月4歳2カ月6歳1カ月9歳4カ月男女女男男女女女女女新生児脳梗塞神経線維腫,視神経膠腫疑い左側頭葉腫瘍多発性脳梗塞右くも膜胞術後左後頭葉腫瘍術後脳室周囲白質軟化症脳室周囲白質軟化症脳室周囲白質軟化症脳室周囲白質軟化症右眼1.2,左眼1.2右眼1.0,左眼1.0右眼1.2,左眼1.0右眼1.2,左眼1.2右眼1.2,左眼1.2右眼1.0,左眼1.2右眼1.2,左眼1.2右眼1.0,左眼1.0右眼0.8,左眼1.0右眼1.2,左眼1.21114123433異常認めず異常認めず右同名半盲左同名半盲左同名半盲右1/2半盲異常認めず異常認めず異常認めず測定不能5歳11カ月時には測定不能軽度精神遅滞軽度精神遅滞中等度精神遅滞———————————————————————-Page3850あたらしい眼科Vol.26,No.6,2009(126)abc左眼右眼図14歳8カ月,女児(症例7)の動的視野検査結果a.検査1回目:右眼で固視移動点による視野測定法と中心から周辺に向かって視標を動かし,見えなくなった時点でボタンを押す方法により検査を行った.左眼は集中力が続かず断念した.b.検査2回目:両眼で中心から周辺に向かって視標を動かし,見えなくなった時点でボタンを押す方法と周辺から中心に向かって視標を動かし,見えた時点でボタンを押す方法を組み合わせることによりそのずれを確認しながらV/4I/2イソプターでの測定が行えたが,Mariotte盲点の検出が不安定であった.c.検査3回目:両眼で従来の視野検査とほぼ同様の方法でV/4I/2イソプターで応答の再現性を確認し,Mariotte盲点の安定した検出がみられた.図25歳6カ月,男児(症例4)の動的視野検査結果a.検査1回目:両眼で固視移動点による視野測定法と中心から周辺に向かって視標を動かし,見えなくなった時点でボタンを押す方法により視野検査を行った.右眼の鼻上側で特に応答が不安定であった.b.検査2回目:両眼で中心から周辺に向かって視標を動かし,見えなくなった時点でボタンを押す方法と周辺から中心に向かって視標を動かし,見えた時点でボタンを押す方法を組み合わせることによりそのずれを確認しながらV/4I/2イソプターでの測定がかろうじて行えたが,固視の状態が非常に不安定であった.c.検査3回目:両眼で中心から周辺に向かって視標を動かし,見えなくなった時点でボタンを押す方法と周辺から中心に向かって視標を動かし,見えた時点でボタンを押す方法を組み合わせることによりそのずれを確認しながらV/4I/2イソプターでの測定を行えたが,固視の状態が不安定であった.d.検査4回目:両眼で従来の視野検査とほぼ同様の方法でV/4I/2イソプターで応答の再現性を確認し,Mariotte盲点の安定した検出がみられた.———————————————————————-Page4あたらしい眼科Vol.26,No.6,2009851(127)abcd左眼右眼図25歳6カ月,男児(症例4)の動的視野検査結果(図説明はp.850参照)———————————————————————-Page5852あたらしい眼科Vol.26,No.6,2009(128)されたため,必要最小限にとどめるようにした.また,4歳の2症例(症例7と症例8)では顔が小さいため,あご台と額部の間隔が広く検査が困難であったため,あご台にパッドを敷くことで対応した.症例10は3回の視野検査を行ったが検査を重ねても改善がみられず,固視移動点による方法も困難であった症例であり,精神遅滞による理解力不足が原因と考えられた.症例5においては5歳11カ月時に一度動的視野検査が試みられているが,理解力不足とのことで測定不能と判断されていた.しかしその2年4カ月後の今回では1回の検査で信頼のある視野検査結果が得られており,以前より数回にわたり視野検査を施行していればより早い時期から視野障害をとらえていた可能性があると思われた.今回の結果では10例中9例で最終的に視標を周辺から中心に向かって動かし,視標出現域を測定する従来の視野検査と同様な方法で検査を行うことができたが,この大きな理由の一つとして被検者の病院に対する慣れがあると思われた.すなわち今回の症例はすべて何らかの頭蓋内疾患を有しており,以前よりさまざまな治療や検査を経験してきている.このようなことが視野検査に対しても積極的に取り組もうとする姿勢にあらわれたり,ひいては検査に対する順応が早いものと思われた.実際,視野検査をゲーム感覚でとらえ,次回の検査を楽しみにしてくれる患者もみられた.そして今回行った視野検査は平均2.3回であり,比較的短期間で信頼性のある視野検査結果が得られた.このことは頭蓋内疾患に対する術後だけではなく,術前においても眼科医に3カ月程度の時間が与えられれば,十分に視野評価が行える可能性があることを示している.そのためには今後,小児科医や脳神経外科医に理解を得たうえで,われわれは視野検査に最大の努力を払うべきであると考えられた.文献1)山本節:小児の視野検査.あたらしい眼科19:1297-1301,20022)LakowskiR,AspinallPA:Staticperimetryinyoungchil-dren.VisionRes9:305-312,19693)普天間稔:小児の視野集団検診について.日眼会誌77:719-730,19734)廖富士子:ゴールドマン視野計による小児の動的および静的視野.日眼会誌77:1270-1277,19735)野村耕治:小児の視野測定.眼科プラクティス15,視野(根木昭編),p309-311,文光堂,20076)友永正昭:小児の量的視野について.日眼会誌78:482-491,19747)原澤佳代子:小児の視野検査.あたらしい眼科3:1659-1670,19868)可児一孝,貫名香枝:視野検査の実際.臨眼44:1537-1541,1990***

両眼に発症したIntrapapillary Hemorrhage with Adjacent Peripapillary Subretinal Hemorrhage (IHAPSH)の1例

2009年6月30日 火曜日

———————————————————————-Page1(121)8450910-1810/09/\100/頁/JCLSあたらしい眼科26(6):845847,2009cはじめに若年者にみられる乳頭周囲出血の原因としては,乳頭血管炎や,近視性乳頭出血,後部硝子体離に伴うものなどが知られている.そのほかに,intrapapillaryhemorrhagewithadjacentperipapillarysubretinalhemorrhage(IHAPSH)は,2004年にKokameらが10眼の臨床報告を行ったことで知られている1).今回,2年の間に両眼にIHAPSHを生じたと考えられた症例を経験したので報告する.I症例患者:25歳,女性.初診:平成18年9月7日.主訴:右眼霧視.既往歴:特記事項なし.現病歴:平成18年9月7日に,左眼の霧視を主訴に,奈良県立医科大学附属病院を受診した.初診時視力は,VD=両眼に発症したIntrapapillaryHemorrhagewithAdjacentPeripapillarySubretinalHemorrhage(IHAPSH)の1例西智湯川英一松浦豊明原嘉昭奈良県立医科大学眼科学教室ACaseofIntrapapillaryHemorrhagewithAdjacentPeripapillarySubretinalHemorrhageinBothEyesTomoNishi,EiichiYukawa,ToyoakiMatsuuraandYoshiakiHaraDepartmentofOphthalmology,NaraMedicalUniversity今回,筆者らは2年の間に両眼にintrapapillaryhemorrhagewithadjacentperipapillarysubretinalhemorrhage(IHAPSH)を生じたと考えられた症例を経験したので報告する.症例は,25歳,女性で,主訴は左眼の霧視である.初診時矯正視力は両眼1.2であった.右眼眼底には異常なく,左眼の視神経乳頭周囲に網膜下出血と網膜前出血,および軽度の硝子体出血を認めた.無治療下にて定期的な外来通院による経過観察とした.その後,徐々に出血は吸収され,消失した.その2年後に右眼の霧視を自覚し当科を受診した.矯正視力は両眼1.2であった.左眼眼底には異常なく,右眼の視神経乳頭周囲に網膜下出血と網膜前出血,および軽度の硝子体出血を認めたが,その後,無治療下にて徐々に出血は吸収され,消失した.その後現在まで両眼とも再発は認めていない.Wereportthecaseofa25-year-oldfemalewhosuferedintrapapillaryhemorrhagewithadjacentperipapil-larysubretinalhemorrhage(IHAPSH)inbotheyesfor2years.SheexperiencedblurredvisionintheOS(oculussinister).Oninitialexamination,visualacuitywas1.2OU(oculusuterque).Theanteriorsegment,ocularmediaandfundusexaminationswerenormalOD(oculusdexter),butOSshowedsubretinal,preretinalandvitreoushem-orrhagearoundthedisc.Withnotreatment,thehemorrhageslowlydisappeared.After2years,shepresentedwithblurredvisionintheOD;visualacuitywas1.2OU.Therewassubretinal,preretinalandvitreoushemorrhagearoundthediscOD;OSwasnormal.Thehemorrhageslowlydisappeared.Thusfar,therehasbeennorecurrence.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)26(6):845847,2009〕Keywords:視神経周囲乳頭出血,近視眼.intrapapillaryhemorrhagewithadjacentperipapillarysubretinalhemorrhage(IHAPSH),myopiceye.———————————————————————-Page2846あたらしい眼科Vol.26,No.6,2009(122)(1.2×sph2.0D),VS=(1.2×sph2.25D)であった.前眼部,中間透光体には異常は認めず,後部硝子体離も認めなかった.左眼眼底は,乳頭周囲に網膜下出血と網膜前出血を認めた(図1a).フルオレセイン蛍光眼底撮影にて乳頭の組織染による過蛍光を認め,検眼鏡の所見でも軽度の乳頭浮腫を認めた(図1b)が,無血管領域や新生血管などは認めなかった.その後,徐々に出血は吸収され,12月11日受診時にはほぼ消失した.その後所見は安定していたが,平成20年1月4日に今回は右眼の霧視を自覚したため受診した.左眼には異常所見なく,右眼の乳頭周囲に網膜下出血と網膜前出血を認めた(図2a).視力は,VD=(1.2×sph2.0D),VS=(1.2×sph2.25D)で,初診時と同様であった.蛍光眼底撮影でも,同様に乳頭の組織染による過蛍光を認め,検眼鏡の所見でも軽度の乳頭浮腫を認めた(図2b)が,無血管領域や新生血管などは認めなかった.その後,徐々に出血は吸収され,同年4月8日受診時には,ほぼ消失した(図3).血液検査や,胸部単純X線写真でも異常所見は認めなかった.現在,再発は認めていない.また,静的視野検査でも現在異常は認めていない.II考按今回は,両眼に2年の間にIHAPSHを生じ,その後再発のみられなかったと考えられた症例を経験した.Kokameら1)によると,IHAPSHの特徴は,①乳頭からの出血であること,②中等度近視眼,傾斜乳頭で頻度が高いこと,③乳頭の上方,鼻側に出血が生じることが多いこと,④発症は急性で,黄斑部病変がなければ無治療で良好な視機能の改善がみられること,⑤再発がみられないこと,⑥女性に多いこと,⑦フルオレセイン蛍光眼底造影検査で出血による蛍光遮断と乳頭の組織染による過蛍光がみられることがあげられており,今回の症例にあてはまった.10例の臨床報告のなかで,両眼発症は1例のみであり,今回の症例はまれなものではないかと考えられた.鑑別診断としては,近視性乳頭出血や乳頭血管炎を考慮に入れた.近視性乳頭出血は,1989年に廣辻ら2)によって報告された.その報告によれば,近視による乳頭の出血は脈絡膜乳頭境界部で脈絡膜とBruch膜が水平方向に伸展され,解剖学的に脆弱になることが理由として考えられている.このような近視性の乳頭出血は以前から報告されており35),いずれも,若年者で,中等度あるいは軽度の近視の片眼で,乳頭から花冠状に広がる網膜下出血を特徴としている.その後,2004年にKokameら1)がIHAPSHとして報告しており,また2008年加藤ら6)によってIHAPSHの可能性もある近視性乳頭出血を報告している.また,乳頭血管炎は,今回の症例では,網膜血管の蛇行や拡張がみられなかったことや,ステロイド治療などを施行せずに早期に回復を示したことから,否定的と考えられた.出血の機序としては,Kokameら1)もいくつかの機序の可能性を示している.視神経乳頭篩板前部は特異的な循環構造をもっている.動脈系は,乳頭周囲脈絡膜と後部短毛様動脈に栄養されているが,それらが,脈絡膜の細静脈によって網膜中心静脈へ還流しているために細静脈のうっ滞を生じやすいことから出血が生じる可能性について報告している.また,急性の視神経乳頭浮腫も出血の誘因になるのではないかとも述べている.筆者らは,両眼に乳頭出血を生じたが,いずれも無治療で早期に回復した症例を経験した.今後,再発がないかどうか経過観察を行っていく予定である.図1初診時左眼乳頭所見(a)と蛍光眼底撮影所見(b)図3現在の右眼の乳頭所見(a)と左眼の乳頭所見(b)図2右眼発症時乳頭所見(a)と蛍光眼底撮影所見(b)———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.26,No.6,2009847(123)文献1)KokameGT,YamamotoI,KishiSetal:Intrapapillaryhemorrhagewithadjacentperipapillarysubretinalhemor-rhage.Ophthalmology111:926-930,20042)廣辻徳彦,布出優子,中倉博延ほか:近視性乳頭出血.眼紀40:2787-2794,19893)渡辺千舟,白木重次郎,吉永健一:若年者にみられた片眼性乳頭出血.眼科23:241-246,19814)三木正敬,藤岡孝子:片眼性乳頭出血の2症例.眼臨76:1542-1544,19825)升田義次,中川正人:10才台の近視の若者に見られた片眼性乳頭出血の3症例.眼臨78:368-372,19846)加藤健,牧野伸二,金上千佳ほか:若年女性にみられた乳頭周囲出血の1例.眼紀1:25-28,2008***

甲状腺眼症に併発した緑内障に対しTrabeculotomyを施行した2例

2009年6月30日 火曜日

———————————————————————-Page1(117)8410910-1810/09/\100/頁/JCLSあたらしい眼科26(6):841844,2009cはじめに甲状腺眼症(thyroid-associatedophthalmopachy:TAO)に伴う緑内障では,眼窩内圧上昇に基づく上強膜静脈圧上昇に起因して眼圧上昇がもたらされると考えられている1).一般的には本症例に対する降圧手術としては眼窩減圧術2)や濾過手術3)が有用と考えられているものの,文献的に調べた限りでは眼窩減圧術に関する論文3件のみ46)である.今回筆者らはTAOに伴う緑内障患者2名に対し,初回手術でtrabeculotomy(LOT)を施行し,1例は良好な眼圧低下が得られたものの,もう1例は眼圧下降にtrabeculecto-my(LEC)の追加手術を要した症例を経験し,本症に対する緑内障手術の効果について若干の考察を加えて報告する.I症例〔症例1〕29歳,女性.TAOの精査加療目的に近医より2002年5月10日当科紹介初診.2002年ステロイドパルス療法(1クール;ソルメドロールR1,000mg×3日間)を3クール行い,2004年にはステロイドの内服が終了し,外来定期通院をしていた.ステロイドパルスおよび内服中に眼圧上昇は認められなかった.ス〔別刷請求先〕渡部恵:〒060-8543札幌市中央区南1条西16丁目札幌医科大学医学部眼科学講座Reprintrequests:MegumiWatanabe,M.D.,DepartmentofOphthalmology,SapporoMedicalUniversitySchoolofMedcine,S1W16,Chuo-ku,Sapporo,Hokkaido060-8543,JAPAN甲状腺眼症に併発した緑内障に対しTrabeculotomyを施行した2例渡部恵鶴田みどり松尾祥代稲富周一郎田中祥恵大黒幾代大黒浩札幌医科大学医学部眼科学講座TwoCasesofGlaucomaAssociatedwithThyroid-AssociatedOphthalmopathyInitiallyTreatedbyTrabeculotomyMegumiWatanabe,MidoriTsuruta,SachiyoMatsuo,ShuichiroInatomi,SachieTanaka,IkuyoOhguroandHiroshiOhguroDepartmentofOphthalmology,SapporoMedicalUniversitySchoolofMedicine目的:甲状腺眼症に伴う緑内障に対してtrabeculotomyを施行した2症例の報告.症例:症例1;29歳,女性.甲状腺眼症でステロイドパルス療法3年経過後から眼圧上昇,緑内障性視神経障害が進行し,trabeculotomyを施行後は右眼は43mmHgから15mmHgへ,左眼は24mmHgから15mmHgへ眼圧下降した.症例2;32歳,女性.Base-dow病の診断で9年後から眼圧コントロール不良のため,trabeculotomyを施行したが,約3カ月後に眼圧再上昇し,trabeculectomyを行った.結論:甲状腺眼症に伴う緑内障に対して,trabeculotomyが有効な症例があり,初回手術として選択肢となると思われた.Purpose:Wereporttwocasesofglaucomaassociatedwiththyroid-associatedophthalmopathy(TAO)thatwereinitiallytreatedbytrabeculotomy.Cases1,a29-year-oldfemale,hadreceivedsteroidtherapyforTAO.Threeyearslater,glaucomatousopticneuropathydeveloped.Herintraocularpressure(IOP)wassuccessfullycon-trolledbytrabeculotomy.InCase2,a32-year-oldfemalewithglaucomaassociatedwithTAO,glaucomatousopticneuropathyhadworsenedoveraperiodof9years.ToachievesuitableIOPcontrol,initialtrabeculotomywasinsaggingandtrabeculectomywasrequired.Trabeculotomymaybeasuitableinitialsurgeryforglaucomaassociat-edwiththyroidassociatedophthalmopathy.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)26(6):841844,2009〕Keywords:甲状腺眼症,緑内障,トラベクロトミー,トラベクレクトミー.thyroid-associatedophthalmopathy,glaucoma,trabeculotomy,trabeculectomy.———————————————————————-Page2842あたらしい眼科Vol.26,No.6,2009(118)テロイド治療終了後も眼圧上昇がなかった.2005年より眼圧上昇,緑内障性視神経障害が進行し,点眼3剤でも眼圧コントロールが不良となり,手術目的で2006年10月10日入院した.当院緑内障専門外来初診時視力は右眼(0.8×8.0D(cyl1.0DAx5°),左眼(0.8×7.0D(cyl2.25DAx180°),眼圧はラタノプロスト,1%ドルゾラミドの点眼下で右眼43mmHg,左眼24mmHgであった.眼球突出は右眼21mm,左眼19mm,眼球運動も正常でTAOの活動性はなかった.前眼部および水晶体に異常はなく,隅角所見は両眼Shaer4,眼底は右眼C/D比(陥凹乳頭比)0.8,左眼C/D比0.7であった.視野はAulhorn分類Grave変法で右眼stageIII,左眼stageIIであった(図1).治療経過を図2に示す.2006年10月13日に右眼LOT,10月30日に左眼LOTを施行した.退院時は両眼とも2%ピロカルピン点眼下で15mmHgであった.術後6カ月目頃より右眼の眼圧上昇傾向が認められたため,チモロールおよびラタノプロストを追加し,術後1年半経過した時点で眼圧は両眼とも15mmHg前後と安定しており,視野進行も認められていない.〔症例2〕32歳,女性.1995年よりBasedow病の診断を受けていたが,Basedow病に対する治療は特にされていなかった.2004年近医眼科初診で眼圧は右眼30mmHg,左眼38mmHgでチモロール,1%ドルゾラミド,ラタノプロストが処方されたが,薬剤抵抗性で眼圧上昇,緑内障性視神経障害が進行したため,手術目的で2007年10月30日当科紹介初診となった.当科初診時では,視力は右眼(0.4×11.0D(cyl1.0DAx120°),左眼(0.1×12.0D),眼圧はラタノプロスト,ブリンゾラミド,チモロール,ブナゾシンの点眼下で右眼22mmHg,左眼25mmHgであった.眼球突出は右眼21mm,左眼21mm,眼球運動は正常で前眼部および水晶体も異常を認めなかった.隅角所見は両眼Shaer4で,眼底は右眼C/D比0.8,左眼C/D比0.9,視野はAulhorn分類Grave変法で右眼stageII,左眼stageVであった(図3).治療経過を図4に示す.同年12月3日に左眼,12月10日に右眼のLOTを施行した.退院時の眼圧はチモロール,1%ドルゾラミド,2%ピロカルピン点眼およびアセタゾラミド(250mg)1錠内服下で両眼19mmHgであった.術後2図1症例1のHumphrey視野(302)Aulhorn分類Grave変法で右眼(左図)はstageIII,左眼(右図)はstageIIであった.05101520253035404550眼圧(mmHg):右眼:左眼チモロールラタノプロスト18カ月15カ月12カ月9カ月6カ月3カ月1カ月退院時手術後初診時図2症例2の眼圧経過右眼43mmHg,左眼24mmHgから,LOT施行後の退院時では両眼とも15mmHgへ下降,術後6カ月頃より眼圧上昇傾向が認められたので,右眼のみチモロールを術後7カ月目,ラタノプロストを8カ月目に追加している.———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.26,No.6,2009843(119)カ月後頃より眼圧上昇傾向を認め,fullmedicationでも眼圧が右眼16mmHg,左眼32mmHgとコントロール不良であったため,再入院し,2008年3月26日に左眼,4月16日に右眼のLEC(マイトマイシンC併用)を行った.退院時眼圧は2%ピロカルピン点眼下で右眼5mmHg,左眼6mmHgであり,LEC術後半年経過した時点でnomedicationで5mmHg程度を維持している.II考按TAOの緑内障合併率はKalmannらの0.8%という海外の報告7)に対し,わが国では6.5%と一般人口の緑内障有病率よりも高いという報告8)とがあり,わが国におけるTAOでは臨床的に緑内障の合併に注意しなくてはならない.本報告ではTAOの後に緑内障を発症した2例を提示したが,緑内障の原因として,①直接TAOに起因する可能性,②TAOの治療に用いたステロイドによる可能性,および③偶然緑内障を併発した可能性が考えられる.これらの可能性のなかで2例ともTAOの治療中に眼圧上昇,緑内障視神経変化,および発達緑内障でみられる隅角所見がなく,TAOの治療終了後にステロイドの使用もない時点で眼圧上昇および種々の緑内障性視神経変化,視野障害がみられたことから本症例はTAOに併発した緑内障と考えた.現在までに考えられているTAOに併発した高眼圧の機序は,1)外眼筋肥大および癒着による眼球圧迫による機械的要因9)に加え,2)球後軟部組織の炎症が起こることで眼窩内圧が上昇し,眼窩静脈を圧迫,上強膜静脈圧の上昇を起こす1)場合や,3)炎症によって産生されるglycosaminoglycan(GAG)の前房隅角沈着10)によるなど諸説がある.したがってTAO合併の緑内障に対する降圧手術としては,高眼圧機序が1),2)による場合には原因がSchlemm管より後方の房水流出抵抗が存在するため,眼窩減圧術や濾過手術が有効と考えられるが,筆者らが調査した限りでは眼窩減圧術の3例46)のみであり,濾過手術の効果に関しては明確ではない.一方,高眼圧の機序が3)の場合にはLOTが有効と考えられるもののまったく報告例はない.TAOに伴う緑内障の場合の濾過手術では,上強膜静脈圧が亢進している可能性があるので,術中および術後に著明な脈絡膜離や脈絡膜出血,駆逐性出血のリスクが通常の濾過手術よりも高い可能性があ図3症例2のHumphrey視野(302)Aulhorn分類Grave変法で右眼(左図)はstageII,左眼(右図)はstageVである.05101520253035眼圧(mmHg):右眼:左眼6カ月5カ月4カ月3カ月2カ月1カ月手術後初診時TrabeculotomyTrabeculectomy図4症例2の眼圧経過初診時は右眼22mmHg,左眼21mmHgであったが,LOT施行後は両眼とも19mmHg,術後2カ月頃より眼圧上昇傾向を認め,右眼16mmHg,左眼32mmHg,LEC施行後は5mmHgを維持している.———————————————————————-Page4844あたらしい眼科Vol.26,No.6,2009(120)る11).また,眼球突出を伴っている場合には結膜が露出しており,濾過胞感染から眼内炎を起こす危険が高いことも予想される12).LOTは単独手術で眼圧が16mmHg程度と眼圧降下作用は濾過手術に劣るものの,濾過手術に比べ術後併発症が少なく安全性が高い.今回の症例では年齢が30歳前後と若年であったこと,目標眼圧を16mmHg以下としたこと,および初回手術であったことから術後合併症の少ない流出路手術であるLOTを初回手術として選択した.その結果1例でLOTにより眼圧下降が得られた.LOTは濾過手術に比べて術後管理が比較的容易で術後感染の危険も少ないなど利点が多く,甲状腺眼症に伴う緑内障においても初回手術としてLOTが選択肢となりうると思われた.文献1)JorgensenJS,GuthoR:DieRolledesEpiscleralenVenendrucksbeiderEntstehungvonSekundar-glauko-men.KlinMonatsblAugenheilkd193:471-475,19882)山崎斉,井上洋一:甲状腺眼症に伴う緑内障.眼科44:1674-1672,20023)吉冨健志:上強膜静脈圧に伴う高眼圧.緑内障診療のトラブルシューティング,眼科診療プラクティス98,p110,文光堂,20034)CrespiJ,RodriguezF,BuilJA:Intraocularpressureaftertreatmentforthyroid-associatedophthalmopathy.ArchSocEspOftalmol82:691-696,20075)DevS,DamjiKF,DeBackerCMetal:Decreaseinintraocularpressureafterorbitaldecompressionforthy-roid.Orbitopathy.CanJOphthalmol33:314-319,19986)AlgvereP,AlmqvistS,BacklundEO:PterionalorbitaldecompressioninprogressiveophthalmopathyofGraves’disease.ActaOphthalmol51:461-474,19737)KalmannR,MouritisMP:PrevalenceandmanagementofelevatedintraocularpressureinpatientswithGraves’orb-itopathy.BrJOphthalmol82:754-757,19988)OhtsukaK,NakamuraY:Open-angleglaucomaassociat-edwithGravesdisease.AmJOphthalmol129:613-617,20009)BraleyAE:Malignantexophthalmols.AmJOphthalmol36:1286-1290,195610)ManorRS,KurzO,LewitusZ:Intraocularpressureinendocrinologicalpatientswithexophthalmos.Ophthalmo-logica168:241-252,197411)BellousAR,ChylackLTJr:Choroidaleusionduringglaucomasurgeryinpatienswithprominentepiscleralvessels.ArchOphthalmol97:493-497,197912)一色佳彦,横山光伸:悪性眼球突出に合併した緑内障に対する一手術例.眼紀56:997-1001,2005***

眼内レンズ挿入後の経過が良好であった感覚性外斜視を伴うJuvenile Chronic Iridocyclitis

2009年6月30日 火曜日

———————————————————————-Page1838あたらしい眼科Vol.26,No.6,2009(00)838(114)0910-1810/09/\100/頁/JCLSあたらしい眼科26(6):838840,2009cはじめにJuvenilechroniciridocyclitis(JCI)は,15歳以下で発症し慢性の経過をとる非肉芽腫性の虹彩毛様体炎である.通常両眼性であり,帯状角膜変性,虹彩後癒着を伴うことが多く,若年性特発性関節炎(juvenileidiopathicarthritis:JIA)の合併例が多いが,約2割は全身疾患を合併しない1).JCIに伴う白内障に対する手術で眼内レンズ(IOL)を挿入しても,術後に強い炎症を起こし視力不良となるため禁忌2)とされたこともあり,近年でもその可否は議論の多いところ35)である.今回筆者らは,JCIに続発した白内障の手術でIOLを挿入し,術後の炎症も問題なく,感覚性外斜視もFresnel膜プリ〔別刷請求先〕木ノ内玲子:〒078-8510旭川市緑ヶ丘東2条1丁目1-1旭川医科大学医学部眼科学講座Reprintrequests:ReikoKinouchi,M.D.,DepartmentofOphthalmology,AsahikawaMedicalCollege,2-1-1-1Midorigaoka-higashi,Asahikawa078-8510,JAPAN眼内レンズ挿入後の経過が良好であった感覚性外斜視を伴うJuvenileChronicIridocyclitis山賀郁木*1木ノ内玲子*1,2広川博之*1菅原一博*1河原温*1高橋淳一*1吉田晃敏*1*1旭川医科大学医学部眼科学講座*2同医工連携総研講座ExcellentCourseafterIntraocularLensImplantationinPatientwithJuvenileChronicIridocyclitiswithSensoryExotropiaIkukoYamaga1),ReikoKinouchi1,2),HiroyukiHirokawa1),KazuhiroSugawara1),AtsushiKawahara1),JunichiTakahashi1)andAkitoshiYoshida3)1)DepartmentofOphthalmology,AsahikawaMedicalCollege,2)DepartmentofMedicineandEngineeringCombinedResearchInstitute,AsahikawaMedicalCollege目的:Juvenilechroniciridocyclitis(JCI)では,眼内レンズ(IOL)を挿入すると術後炎症が強くなり予後不良とされてきた.今回,IOLの挿入を行い経過が良好であったJCIの1例を経験したので報告する.症例:初診時,5歳の女児.両眼に帯状角膜変性,前房細胞(++),フレア(+),ほぼ全周の虹彩後癒着,軽度の後下白内障,30Δの間欠性外斜視があった.左眼視力は0.5であったが,白内障の進行により2年後に0.01に低下し恒常性外斜視となり,水晶体吸引術,前部硝子体切除術とIOL挿入術を行った.矯正視力は1.0に改善し,術後炎症も問題なかった.50Δの外斜視のため複視を自覚し,プリズム眼鏡を処方し輻湊訓練を行った.4カ月後,25Δと外斜位となり眼鏡なしで複視もなくなった.結論:JCIでも手術前に十分に炎症のコントロールを行えば,IOL挿入は可能であると考えられた.Wereportacaseofjuvenilechroniciridocyclitis(JCI)withsensoryexotropiainwhichthecoursewasexcel-lentafterintraocularlens(IOL)implantation.Thepatient,a5-year-oldfemale,atherrstvisittoourhospitalexhibitedbilateralbandkeratopathy,anteriorcells(++),are(+),nearly360°posteriorsynechia,mildposteriorcapsularcataractand30prismintermittentexotropia.Over2years,visualacuityinherlefteyegraduallydecreased0.5to0.01duetocataract,andexotropiabecameconstantat50prism.Afterlensectomy,anteriorvit-rectomyandintraocularlensimplantation,hervisualacuityrecoveredto1.0anddiplopiaappeared.After4monthsofprismspectacleswearandconvergencetraining,exotropiabecameexophoriaanddiplopiadisappearedwithoutspectacles.Eyepositionandvisualacuityremainstableat18monthsaftersurgery.IOLimplantationwasper-formedsafelyandthepostoperativecoursewasgood.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)26(6):838840,2009〕Keywords:juvenilechroniciridocyclitis(JCI),感覚性外斜視,輻湊訓練,眼内レンズ.juvenilechronicirido-cyclitis(JCI),sensoryexotropia,convergencetraining,intraocularlens.———————————————————————-Page2あたらしい眼科Vol.26,No.6,2009839(115)ズム眼鏡と輻湊訓練によって改善した1例を経験したので報告する.I症例患者:7歳(白内障手術時),女児.主訴:充血と角膜混濁.既往歴:特記事項なし.現病歴:2005年7月2日(5歳),充血と角膜混濁を主訴に近医眼科を受診,ぶどう膜炎の診断で7月4日に当科紹介となった.初診時所見:視力は右眼1.2(矯正不能),左眼0.4(0.5×+1.50D(cyl2.00DAx50°),眼圧は両眼とも16mmHg.両眼に帯状角膜変性症(図1a)と,ほぼ全周の虹彩後癒着(図1b)がみられ,前房細胞(++),フレア(+)であった.軽度の後下白内障を認めたが,眼底には異常を認めなかった.眼位(表1)は,交代プリズム遮閉試験(alternatingprismcovertest:APCT)で30Δ間欠性外斜視であった.検査所見では抗核抗体は160倍と高値であったが,ヒト白血球抗原(HLA)-B27は認めず,リウマチ因子,C反応性蛋白,赤血球沈降速度,アンギオテンシン変換酵素,リゾチームは正常範囲内であった.胸部X線に異常はなく,小児科を受診し精査したが,全身的な疾患は認められなかった.経過:リン酸ベタメタゾンの点眼により虹彩炎は1カ月で前房細胞(±),フレア(+)に沈静化した.2006年3月(6歳)に瞳孔ブロックを予防するため,両眼の周辺虹彩切除術を施行した.左眼は白内障の進行(図1c)により,2007年4月には左眼の視力が0.01(矯正不能)まで低下し,Hirschberg法で約30°の恒常性外斜視となった.白内障手術:2007年7月(7歳)に左眼の水晶体吸引術,後のcontinuouscurvilinearcapsulorrhexis,前眼部硝子図1左眼の前眼部所見a:初診時,角膜帯状変性症(矢印)を認める.右眼も同様の所見を認めた.b:散瞳剤点眼後であるが,ほぼ全周の虹彩後癒着(矢印)のため散瞳しない.右眼も同様の所見であった.c:白内障手術前,瞳孔領に白内障を認める.d:白内障の手術でIOLを挿入した.手術の際,虹彩後癒着を離し瞳孔を拡大したので,瞳孔がやや不整となっている.初診時白内障手術前後表1眼位の経過遠見近見初診時1416ΔXT30ΔX(T)¢白内障手術時約30°XT¢(Hirschberg)術後1カ月30ΔXT50ΔXT¢術後4カ月20ΔX25ΔX¢———————————————————————-Page3840あたらしい眼科Vol.26,No.6,2009(116)体切除術,IOL(SA60ATR,Alcon)内挿入術を施行した.手術前後の1カ月間はメトトレキサート(6mg)/週を投与した.術後経過:術後(図1d),前房細胞は(++)であったが,リン酸ベタメタゾン点眼で10日後には(±)になった.視力は0.5(1.0×+1.75D(cyl1.00DAx180°)に改善したが,術直後から複視を自覚し,手術後1カ月で眼位(表1)はAPCT遠見30Δ外斜視で,近見50Δ外斜視であった.複視の矯正のためFresnel膜プリズム眼鏡を40Δbase-inを左眼に処方した.同時に輻湊訓練を開始し,眼鏡装用から3カ月後,眼位は遠見20Δ外斜位で近見25Δ外斜位と改善され,プリズム眼鏡は不用となった.術後1年6カ月現在,視力,眼位とも変わっていない.II考按JCIは両眼性の非肉芽腫性虹彩毛様体炎を示し,角膜帯状変性症,虹彩後癒着,白内障,緑内障などを合併することがあり,本症例では,初診時に両眼に強い虹彩炎があり,角膜帯状変性症と軽度の後下白内障,虹彩後癒着を認めた.JIAの合併はなかったが,典型的な眼所見からJCIと診断した.本症例では,虹彩炎はリン酸ベタメタゾンの点眼のみで1カ月後に虹彩炎は軽快したが,全周の虹彩後癒着があり,瞳孔ブロックを予防するために両眼の周辺虹彩切除術を施行した.その後,左眼の白内障が徐々に進行した.原因として,虹彩炎が弱いながらも前房細胞(±)程度で持続していたことと,周辺虹彩切除術の際,瞳孔縁の虹彩後癒着部で水晶体前に負荷がかかった影響が考えられる.従来,JCIに続発する白内障の手術では,術後炎症が遷延し管理が困難なためIOL挿入は議論の多いところ15)とされてきたため,本症例では視力低下が強くなるまで手術を遅くし,手術前後の1カ月間はインフォームド・コンセントのうえメトトレキサートを投与した.手術後にはフィブリン析出や眼圧上昇はなく,術後1年6カ月現在まで良好な視力が維持されている.2006年にKotaniemiらは,JIAによるぶどう膜炎でも炎症をコントロールしたうえでのIOL挿入は有用であると報告した6).その後もIOL挿入に肯定的な報告7)がでてきており,十分な炎症のコントロールと前部硝子体切除を併用する近年の小児白内障に適応される術式で行うことで,IOL挿入は安全に行えると考えられた.本症例では,左眼の白内障手術前には視力0.01まで低下し,Hirschberg法で約30°の感覚性外斜視となっている.手術後は左眼の視力が回復し複視が出現したが,Fresnel膜プリズム眼鏡で複視をなくし両眼視を維持させて,眼位が安定した時点での斜視手術を考えていた.本症例では近見でおもに複視を訴えていたので,左眼に40Δbase-inで処方したが,これにより複視が解消された.Fresnel膜プリズムは12Δを超すと,反射による光量の減少のため12段階の視力低下を起こすといわれており,高いパワーで視力低下が大きいとされる8)が,今回は40Δを装用しても極端な視力低下なく両眼視を促すことができた.4カ月後には,APCT遠見20Δ外斜位,近見25Δ外斜位となり,Fresnel膜プリズムを使用しなくても複視がなくなり,良好な結果が得られた.眼位が改善した要因として,手術により左眼の視力が1.0に改善し,Fresnel膜プリズムの装用によって両眼視が成立した状態での輻湊訓練が有効であったことが考えられる.今回,IOL挿入により手術後速やかにプリズム治療や視能訓練を開始することができた.術前に十分な炎症のコントロールが可能なJCIの症例では,IOL挿入は可能と考えられた.文献1)KanskiJJ:Lensectomyforcomplicatedcataractinjuve-nilechroniciridocyclitis.BrJOphthalmol76:72-75,19922)中村聡:若年性関節リウマチ.眼科診療プラクティス8:76-79,19933)南場研一:ぶどう膜炎併発白内障における手術適応の決定・術後の処置.あたらしい眼科21:3-6,20044)BenEzraD,CohenE:Cataractsurgeryinchildrenwithchronicuveitis.Ophthalmology107:1255-1260,20005)HeiligenhausA:Whenshouldintraocularlensesbeimplantedinpatientswithjuvenileidiopathicarthritis-associatediridocyclitis.OphthalmicRes38:316-317,20066)KotaniemiK,PenttilaH:Intraocularlensimplantationinpatientswithjuvenileidiopathicarthritis-associateduveitis.OphthalmicRes38:318-323,20067)ZaborowskiAG,QuinnAG,GibbonCEetal:Cataractsurgerywithprimaryintraocularlensimplantationinchildrenwithchronicuveitis.ArchOphthalmol126:583-584,20088)Veronneau-TroutmanS:視力に対するFresnelプリズムの効果.プリズムと斜視(不二門尚,斎藤純子訳),p35,文光堂,1998***