———————————————————————-Page10910-1810/09/\100/頁/JCLSれたのが久山町スタディである.I久山町とは複数の候補地のなかから,福岡市東部に隣接する久山町(図1)が選ばれた理由はいくつかある.研究開始時の1961年当時,久山町の人口は約6,500人の都市近郊型の農村地域で,①対象とした40歳以上の町人口の年齢分布,職業構成が日本全体の平均に近似していること,②人口の流出入が年平均5%以内と小さいこと(町の96%が市街化調整区域に指定),③九州大学に近く,住民の検診,往診体制がとれること,そして④町当局と住民の理解と全面的な協力が得られることなどがあげられる1).はじめにEvidence-basedmedicine(EBM)が求められるなか,わが国独自のエビデンスは少ない.しかし九州大学病態機能内科学を中心に福岡県久山町で1961年から進められている「久山町スタディ」は,日本においても世界の水準をゆく大規模な前向きコホート研究であり,その臨床疫学研究データはわが国独自のエビデンスとなっている.久山町の長期疫学研究は40年以上もの間,久山町当局・住民と良好な信頼関係を築き,常に40歳以上の住民の8割以上を検診し,徹底した追跡調査(追跡率99%)を行うとともに全町死亡例の8割以上を剖検して死因を明らかにするなど,世界でも類をみない精度で多種多様な臨床記録を収集してきている.この研究の全貌を知ることは,疫学研究のあり方やわが国独自の臨床医学のあり方を検討するうえで意義深いと思われる.そもそも久山町スタディが始まったきっかけはわが国の死亡統計の信憑性に疑問が投げかけられたことに始まる.1953~1957年の脳血管疾患死亡率は日本で欧米諸国の約2倍の高率を示し,かつ脳出血の比率は約10倍以上と圧倒的に多く脳出血で死亡していた.このことについて,米国の疫学者は日本人医師の診断習慣と能力に疑問を投げかけたが,これに科学的に反論できる国内データがなかった.この疑問を解明するために,特定の地域住民を対象に,その集団内の脳卒中死亡・発症を正確にとらえた疫学研究が立案され,同時に発症要因を明らかにすることにより,疾病の予防につなげようと始めら(25)25Mioasuda:研究久山町研究:8112501久山町久18221スター久山町研究特集●わかりやすい眼科疫学あたらしい眼科26(1):25~30,2009研究(コホート研究):久山町スタディObservationalStudy(CohortStudy):TheHisayamaStudy安田美穂*久山町142万人65万人福岡市8,000人6,500人久山町2007年1960年九州大学図1久山町と人口推移(あたらしい眼科24:1278-1290,2004より改変)———————————————————————-Page226あたらしい眼科Vol.26,No.1,2009(26)患は脳血管障害,虚血性心疾患,腎疾患,悪性腫瘍,老年期痴呆,肝疾患からその危険因子である高血圧,糖尿病,高脂血症,肥満,栄養,運動,飲酒,喫煙などに及んでおり,久山町の住民は生活習慣を長期にわたり包括的に検討できるわが国で唯一の集団といえる.九州大学眼科学分野ではこれに1998年から本格的に参画し,40歳以上の住民を対象に大規模な健診データに基づく眼科疾患の疫学調査を現在進行中である.久山町スタディに参画し大規模な眼科健診を長期的に行うことにより,前向きの眼科疫学研究(コホート研究)が可能となり,包括的な健診成績のなかより種々の眼科疾患の危険因子,防御因子および疾患と生活習慣や環境要因との関係を明らかにすることができる.III久山町スタディのしくみ久山町スタディでは1年に一度の通常健診と5年ごとの大健診を行っている.眼科健診もこれに従って,1年に一度の通常健診と5年ごとの大健診を行っている.通常健診での眼科健診項目は,眼圧,眼底写真(無散瞳)の2項目で,大健診時の健診項目は,屈折,眼圧,眼軸長,網膜厚(光干渉断層計:OCT),眼底写真(散瞳),細隙灯検査(散瞳),眼底検査(散瞳)の7項目を基本としているが,健診年次により項目の追加や削除を行って1961年開始時の40歳以上の対象人口は全人口6,521名の27.6%を占め,全国の27.8%と変わらず,年齢分布も近似している.職業構成は農林業の第一次産業従事者が5%,第二次産業(工業)が23%,第三次産業(サービス業)が72%と全国のそれ(5%,28%,67%)と基本的には変わらない(図2,3).ほかに生活様式,疾病構造(高血圧,高脂血症,肥満,糖尿病など)は各時代とともに全国統計と差異がなく,久山町はわが国の平均的な集団であり,普遍性に富んでいる.人口は40年間に1,000人増えたにすぎず,移動の少ない町である.II久山町スタディの特徴久山町スタディは1961年の成人健診を皮切りに始まり,研究の基本的スタイルは脳卒中をはじめとする心血管病の前向き追跡研究である.最近ではその研究対象疾男性女性01040203070~7960~6950~5940~4980~4030200101960年40歳以上の割合日本全国27.8%久山町27.6%男性女性2000年40歳以上の割合日本全国51.8%久山町55.2%:日本全国:久山町(歳)70~7960~6950~5940~4980~(歳)(%)(%)010402030403020010(%)(%)図2久山町と全国の年齢階級別人口構成の比較(あたらしい眼科24:1278-1290,2004より)500%久山町25全国1005237252867:第三次産業:第二次産業:第一次産業75図3久山町と全国の就労人口の産業別割合(あたらしい眼科24:1278-1290,2004より)———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.26,No.1,200927(27)1.加齢黄斑変性の有病率現在どれぐらいの加齢黄斑変性(age-relatedmaculardegeneration:AMD)患者がいるのかは有病率で示される.1998年と2007年での久山町スタディの結果を比較することで,わが国におけるAMDの有病率の時代的変化が明らかになった.まず1998年に50歳以上の1,486人を対象として両眼散瞳下で倒像検眼鏡,細隙灯顕微鏡,カラー眼底写真による眼底検査が施行されAMDの程度別分類と有病率の調査を行った.9年後の2007年に50歳以上の2,676人を対象として同様の方法でAMDの程度別分類と有病率の調査を行った.AMDに分類には,Birdらが提唱した国際分類を使用した2).Birdらは,加齢に関連した黄斑の変化を加齢黄斑症(age-relatedmaculopathy:ARM)としてまとめ,国際分類として提唱し,初期と後期に分けた.初期加齢黄斑症(earlyage-relatedmaculopathy:earlyARM)とは,ドルーゼンや網膜色素上皮の色素異常(hyperpig-mentation,hypopigmentation)などがみられるもので,後期加齢黄斑症(lateage-relatedmaculopathy:lateARM)がいわゆるAMDを指す.lateARMは,脈絡膜いる.健診で発見された異常あるいは疾病は町役場からの通知と指導により自主的に町内外の医療機関を受診し,管理治療を受ける(図4).したがって,大学側は疾病の治療には直接的には介入しない.このことによって,各疾病の治療下あるいは非治療下の自然歴(naturalcourse)をみることができる.治療に介入すると疾病構造が変わり,普遍性が失われてしまう.IVこれまでの研究成果1998年から眼科健診を開始し,現在まで10年間にわたり3,000人以上に及ぶ住民を追跡しデータを収集して,眼科疾患の病態の把握に努めてきた.その結果,久山町当局・住民・実地医家と良好な信頼関係を築き,継続的な眼科健診が可能となり,眼科健診受診率も大幅に向上した.久山町スタディに参画し大規模な眼科健診を長期的に行うことにより,包括的な健診成績のなかから種々の眼科疾患の危険因子,防御因子および疾患と生活習慣や環境要因との関係を明らかにすることが可能となった.今までの10年間にわたる久山町住民の眼科健診から得られた眼科臨床所見や眼底写真と内科健診成績,内科臨床記録の結果を解析し,わが国における加齢黄斑変性,糖尿病網膜症,網膜静脈閉塞症,黄斑上膜などの眼底疾患を中心としたおもな眼科疾患についての時代的推移や現状を解析し,発症に関わる危険因子についての分析を現在行っている.そのなかから,今後高齢者の失明や視覚障害の主原因になると予想される加齢黄斑変性発症の9年間の追跡調査の結果について以下に述べる.町役場大学住民開業医報告報告指導報告二次治療往診検診一次治療図4久山町スタディのしくみ加齢黄斑症(earlyage-relatedmaculopathy:earlyARM)2.後期加齢黄斑症(lateage-relatedmaculopathy:lateARM)ドルーゼン網膜色素上皮の色素異常滲出型萎縮型図5加齢黄斑変性の国際分類(文献2より)———————————————————————-Page428あたらしい眼科Vol.26,No.1,2009(28)と報告されているものが多く,わが国で男性のほうが女性より有意に有病率が高いということは日本人の特徴である.これらの性差の原因は明らかではないが,特に日本人において男性の有病率が非常に高いことは,高齢者における男性の喫煙者割合が高いことが影響していると思われる.2.加齢黄斑変性の発症率どれぐらいの割合でAMD患者が増加しているのかは発症率で示される.1998年から2007年にかけての9年間で新たに発症したAMD患者を調査することによりAMDの長期発症率が明らかになった.1998年の久山町健診を受診した住民のうち眼底検査でAMDを認めなかった住民に対してその後2007年までの9年間追跡調査を行った(追跡率78.9%).この結果,AMDの累積9年発症率は1.4%であり,そのうち滲出型AMDの発症率が1.4%,萎縮型AMDの発症率が0.04%であった.欧米のpopulation-basedstudyにおいても9年以上の長期間の発症率に関する報告は数少なく,米国のTheBeaverDamEyeStudy,オーストラリアのTheBlueMountainEyeStudy,西バルバドス諸島で黒人を対象としたTheBarbadosEyeStudy新生血管が関与する滲出型と,脈絡膜新生血管が関与せず網膜色素上皮や脈絡膜毛細血管の地図状萎縮病巣を認める萎縮型(dryAMD)に分類される.滲出型の定義は,網膜色素上皮離,網膜下および網膜色素上皮下新生血管,網膜上,網膜内,網膜下および色素上皮下にフィブリン様増殖組織の沈着,網膜下出血,硬性滲出物などのいずれかを伴うものとされている.萎縮型の定義は,脈絡膜血管の透見できる円形,楕円形の網膜色素上皮の低色素,無色素および欠損部位で少なくとも175μm以上の直径をもつもの(30oあるいは35oの眼底写真において)とされている(図5).1998年のAMDの有病率は0.9%であり,おおよそ100人に1人の頻度であった.AMDの分類別では,滲出型の有病率が0.7%,萎縮型の有病率が0.2%であり,滲出型が萎縮型よりも多くみられた.また女性(0.3%)に比べて男性(1.7%)は有意に高い有病率を認めた.一方,2007年のAMDの有病率は1.3%に増加し,おおよそ80人に1人の頻度であった.AMDの分類別では,滲出型の有病率が1.2%,萎縮型の有病率が0.1%であり,滲出型の有病率が増加していた.AMDの有病率の増加は滲出型の増加によるものと推測される.さらに,男性(2.2%),女性(0.7%)ともに有病率の増加を認めたが,1998年と同様に男性のほうが有意に高い有病率を認めた.わが国のAMDの有病率を欧米のpopulation-basedstudyによる結果と比較してみると,日本人では白人より少なく黒人より多いことが推定される(表1)3~7).これは眼内の色素や遺伝的因子,環境的要因などが関係しているのではないかと考えられている.また,欧米においては加齢黄斑変性の有病率および発症率は女性に多い表1Populationbasedstudyによる加齢黄斑変性の有病率研究対象人数(人)対象年齢(歳)AMDの有病率(%)男性女性計RotterdamEyeStudy(オランダ,白人,1995年)*6,25155~1.41.91.7BlueMountainsEyeStudy(豪州,白人,1995年)3,65455~1.32.41.9BarbadosEyeStudy(西インド諸島,黒人,1992年)3,44440~0.30.90.6久山町スタディ(福岡,日本,1998年)1,48650~1.70.30.9久山町スタディ(福岡,日本,2007年)2,67650~2.20.71.3*wettypeAMDのみ.表2Populationbasedstudyによる加齢黄斑変性の9年発症率研究AMDの9年発症率男性女性合計BlueMountainsEyeStudy(豪州,白人)*2.54.0*3.3BarbadosEyeStudy(西インド諸島,黒人)0.70.70.7久山町スタディ(福岡,日本)2.60.8*1.4*10年発症率を9年発症率に換算したものを示す.———————————————————————-Page5あたらしい眼科Vol.26,No.1,200929(29)加齢黄斑変性の予防のためにはぜひ禁煙の重要性を啓蒙する必要がある.おわりに久山町スタディの結果では,この9年間でAMDの頻度が増加していることが明らかとなった.今後かつてない超高齢化社会を迎え,AMD患者数はさらに増加することが予想される.わが国においては久山町スタディのように地域一般住民を対象とした長期追跡研究のデータが少なく,欧米のデータを参考とすることはできるが,欧米での研究を参考とするには人種や生活習慣が異なる.効率的な発症予防,進展予測のためにもこのような大規模住民研究を継続していくことが必須であり,さらなる追跡調査が必要であると思われる.文献1)KatsukiS,HirotaY:Recenttrendsinincidenceofcere-bralhemorrhageandinfarctioninJapan.Areportbasedondeathrates,autopsycaseandprospectivestudyoncerebrovasculardisease.JpnHeartJ7:26-34,19662)BirdAC,BresslerNM,BresslerSBetal:Aninternationalclassicationandgradingsystemforage-relatedmaculop-athyandage-relatedmaculardegeneration.TheInterna-tionalARMEpidemiologicalStudyGroup.SurvOphthal-mol39:367-374,19953)MitchellP,SmithW,AtteboKetal:Prevalenceofage-relatedmaculopathyinAustralia.TheBlueMountainsEyeStudy.Ophthalmology102:1450-1460,19954)VingerlingJR,DielemansI,HofmanAetal:Thepreva-lenceofage-relatedmaculopathyintheRotterdamStudy.Ophthalmology102:205-210,19955)SchachatAP,HymanL,LeskeMCetal:Featuresofage-relatedmaculardegenerationinablackpopulation.TheBarbadosEyeStudyGroup.ArchOphthalmol113:728-735,19956)OshimaY,IshibashiT,MurataTetal:PrevalenceofagerelatedmaculopathyinarepresentativeJapanesepopula-tion:theHisayamastudy.BrJOphthalmol85:1153-1157,20017)KleinR,KleinBEK,TomanySCetal:Ten-yearinci-denceandprogressionofage-relatedmaculopathy.TheBeaverDamEyeStudy.Ophthalmology109:1767-1779,20028)WangJJ,RochtchinaE,LeeAetal:Ten-yearincidenceandprogressionofage-relatedmaculopathy.TheBlueMountainsEyeStudy.Ophthalmology114:92-98,20079)LeskeMC,WuSY,HennisAetal:Nine-yearincidenceの3つの報告に限られている8~10).これらの欧米のpop-ulation-basedstudyによる疫学調査の結果と比較すると,日本人のAMDの長期発症率は白人より少なく黒人より多いことがわかった(表2).9年間という長期追跡調査でみると,日本人のAMDの発症率は白人より少なかったものの,年々増加傾向にあることは有病率調査から明らかであり,今後は欧米並みに患者数が増加することが予想される.3.加齢黄斑変性の危険因子久山町スタディにおいて1998~2003年の5年間の追跡調査の結果,加齢,男性,喫煙がAMD発症の有意な危険因子であることがすでに明らかになっている10).1998~2007年の9年間へと追跡期間を延ばし,新たに発症したAMD患者を調査することによりさらなるAMDの危険因子が明らかになった.それによると,日本人におけるAMD発症には加齢,喫煙のほかに,白血球数の増加が危険因子として関与していることがわかり,AMD発症と炎症との関連が示唆された(表3).AMDと炎症の関連は以前から報告されており,高感度CRP(C反応性蛋白)や白血球数の増加が危険因子であるという疫学的報告やドルーゼンの形成過程,ドルーゼンに対する反応としての慢性炎症がAMD発症に関与しているという実験的報告がある11).今回の結果は疫学的見地からAMDと炎症との関連を示すものとして興味深い.予防できる危険因子としては以前から指摘されている喫煙が重要である.特に日本人の男性においては喫煙の影響により発症率が増加していることが推測される.表3AMD発症に関連する危険因子の多変量解析結果:久山町スタディ(1998~2007)危険因子オッズ比95%信頼区間年齢(1歳)1.10**1.05~1.16喫煙3.98*1.07~14.7白血球数(1,000/mm3個)1.38*1.07~1.79*p<0.05,**p<0.01.AMDの発症に関連する危険因子を多変量解析すると,AMDの発症に関連するものは年齢,喫煙,白血球数であった(年齢,性別,高血圧,糖尿病,高脂血症,喫煙,飲酒,BMI,白血球数の因子で調整).———————————————————————-Page630あたらしい眼科Vol.26,No.1,2009(30)InvestOphthalmolVisSci46:1907-1910,200511)AndersonDH,MullinsRF,HagemanGSetal:Aroleforlocalinammationintheformationofdrusenintheagingeye.AmJOphthalmol134:411-431,2002ofage-relatedmaculardegenerationintheBarbadosEyeStudies.Ophthalmology113:29-35,200610)MiyazakiM,KiyoharaY,YoshidaAetal:Theve-yearincidenceandriskfactorsforagerelatedmaculopathyinageneralJapanesepopulation:theHisayamastudy.