———————————————————————-Page10910-1810/09/\100/頁/JCLS手術設定,国内アイバンク間でのドナーの広域斡旋,そして国外からのドナー角膜の輸入などが可能になった.なお,ヨーロッパでは常温から34℃での器官培養法とよばれる1カ月以上の長期保存も行われているが,膨大な設備投資の問題と細菌感染のリスクから日本では普及していないため,本稿ではその詳細は省略する.II眼球摘出と全眼球保存ドナーの死亡によって常温に曝された眼球は角膜表面が乾燥する.一方,前房内には眼球組織の代謝産物・壊死組織が出現するため前房水は変性する1).このような死後変化による角膜内皮細胞への影響を避けるためには一刻も早い摘出と強角膜片作製・保存が必要である.ドナーから眼球を摘出した後,まず全眼球保存液で保存のうえ,当該機関まで輸送される.保存は4℃または氷室であり,角膜組織の代謝を低くすることを目的としている.また4℃で保存された眼球において角膜内皮細胞はポンプ機能・バリア機能双方が低下するため角膜は膨潤する.角膜実質に存在するプロテオグリカンを構成するグリコサミノグリカン鎖は,吸水性に富む.角膜実質の膨化を抑制し透明性を維持するために,保存液は実質の吸水圧に相当する高浸透圧を保持する必要がある.そのため,全眼球保存液として代表的なEP-IIRには膠質としてデキストランが添加されている2).角膜内皮細胞の保護に関しては,角膜内皮細胞のポンはじめに角膜移植に用いられるドナー角膜は,ドナーの死亡に伴う死後変化,眼球摘出とその輸送,強角膜片作製と移植までの保存,移植の際の手術侵襲と術後炎症,さらにホスト角膜への細胞遊走や拒絶反応,という実にさまざまなプロセス(=ストレス)に曝されることとなる.より確実な角膜移植を構築するためにさまざまな努力が重ねられたが,その主たる目標の一つはドナー角膜内皮細胞の保護であったといっても過言ではない.そして,ドナー角膜内皮細胞と移植後の角膜内皮細胞の問題は,ドナーが亡くなったそのときから始まり,移植後も持続する角膜内皮細胞の非生理的な減少に関しての時間との争いの問題でもある.本稿では,ドナー角膜内皮細胞と角膜移植後の角膜内皮細胞について既報をまとめながら述べてみたい.I全眼球保存と強角膜片保存角膜保存液が発達していなかった以前は,角膜移植は緊急性の高い手術であり,モイストチェンバーを用いるなどして眼球摘出→強角膜片作製→移植という過程を可及的速やかに行わないといけなかった.現在では全眼球での短期(23日間)保存,強角膜片での中期(数日から2週間以内)保存を可能にした角膜の保存法が構築されている.そのような中期保存が可能になることで,肝炎ウイルスやエイズなどのドナー感染症の検査結果を待つことができるようになっただけでなく,計画性のある(55)193aaa13610301特集●角膜内皮疾患を理解するあたらしい眼科26(2):193197,2009ドナー角膜内皮細胞の保存と角膜移植後の角膜内皮細胞PreservationofDonorCornealEndotheliumandCornealEndothelialCellChangefollowingKeratoplasty元暢*澤充*———————————————————————-Page2194あたらしい眼科Vol.26,No.2,2009(56)らくなる.角膜では,上皮欠損の有無,実質の混濁や浮腫の程度,Descemet膜皺襞の状態,結膜所見,老人環・翼状片の有無などを確認する.前房や虹彩では,前房内浮遊物や虹彩切除・虹彩切開の有無,水晶体では白内障または眼内レンズの状態などを確認する.IV強角膜片保存法内皮面をも保存液と接触させることで保存時間を大幅に延長させたのが強角膜片保存法である.全眼球保存液は眼内灌流液をベースにしているのに対し,強角膜片保存液は細胞培養液を主体としている点で異なる.強角膜片保存液で代表的なOptisolTM-GSは,TC-199,MEM(minimumessentialmedium),Earle’sBSS(balancedsaltsolution)などの培養液を基本溶液とし,緩衝液としてHEPES(N-2-hydroxyethylpiperazine-N¢-2¢-ethanesulfonicacid)が添加されている.さらに,膠質としてコンドロイチン硫酸とデキストランの2種類を添加し351mOsm/kgという高浸透圧を保有しており,角膜の膨潤を防いでいる4).ただし,デキストランについては角膜内皮細胞機能の保持効果はなく,逆に高濃度または長期間の保存によって逆に角膜内皮細胞を障害する可能性がある5).さらにOptisolTMの351mOsm/kgという高浸透圧性については改善を目指す動きもある6,7).OptisolTMにはATP前駆物質を添加することで角膜内皮代謝を保存する効果が期待されている.そして,感染予防のためにゲンタマイシンとストレプトマイシンが添加されている.先述したように,OptisolTMなどの強角膜片保存液の登場により,あらゆる面で余裕をもった角膜移植が可能になった.そしてこのOptisolTMで保存されている間,角膜内皮細胞がどれくらい減少するのかが一つの検討課題である.開発当初のKaufmanの報告では,3カ月間に5%減少したとされるが,Meansらは421日間に9.516%,Nelsonらは2週間で5±5%の減少としておりその報告はまちまちである79).滝川らは,国内アイバンク提供のドナー角膜と海外から輸入したドナー角膜について,その保存期間と期間中の角膜内皮細胞減少にプ作用を休眠させて代謝活動の抑制を図ることで角膜内皮細胞機能の保持が目指される.角膜内皮細胞のポンプ作用とは,角膜実質内の水を前房中へ排出する機能のことをいい,角膜実質内のNa+HCO3を前房内へATP(アデノシン三リン酸)依存性に能動輸送させ,角膜実質内の浸透圧が前房中のそれより低くなることで浸透圧勾配に従って実質内から前房中への水の輸送を行っている.眼内灌流液においてはHCO3が加えられていることで角膜の膨潤を防いでいるが,全眼球保存液ではHCO3のかわりにglucosephosphateRinger液が加えられており,角膜内皮細胞の保護を図っている.なお,このポンプ作用は,先述したように4℃という低温では休止するが,眼球または角膜を室温へ戻すと能動輸送が再開し角膜の膨潤が減る3).これをtemperaturerever-sal現象といい,ドナー角膜評価の際に輸送や保存のために4℃で保存されていた角膜で,実質浮腫が強い例やスペキュラーマイクロスコピーでの透見不良例については,30分から1時間程度室温で戻すと角膜内が透見しやすくなる.ただし,長い時間室温に置くことは感染防止の観点からは望ましくないため,最小限にとどめるべきである.一方,角膜内皮細胞のバリア作用については,内皮細胞間の細胞間隙は23nmであり,一部のみに約3nmのfocaltightjunctionを伴うややルーズな間隙となっており,前述のような角膜実質の高吸水性に伴い,前房水が角膜実質の吸水圧に伴って角膜中に吸水されやすいようになっている.このfocaltightjunctionの維持にはカルシウムイオン(Ca2+)や還元型グルタチオンが重要な役割を果たしている.このバリア作用を保つため,EP-IIRは還元型グルタチオンを含む眼内灌流液であるglutathionebicarbonateRinger(GBR)液を基本組成としている4).IIIドナー角膜の評価ドナー眼球観察用チェンバー(HOYA)または滅菌ガーゼで保持して細隙灯顕微鏡所見を記録していく.チェンバーは,眼球後方から固定することで観察可能としているが,固定をきつくさせてしまうと高眼圧状態となり,上皮や実質の浮腫やDescemet膜の皺襞が把握しづ———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.26,No.2,2009195(57)て2年から5年では術前に比べ約12%と一段と緩やかな減少になる(年換算で7.3%).これらは,ホスト角膜への細胞移動とドナー角膜内皮細胞の安定化の結果と考えられている.そして安定期,術後5年以降は年換算1.3%というとても緩やかなスピードで直線的に減少する.正常角膜での生理的な角膜内皮細胞減少率が年0.40.6%であることから,それに近い減少率であるとしている.上記の減少パターンは,水疱性角膜症や再移植などの場合にはその減少傾向がより強く認められると考えられる.一方で,原疾患が円錐角膜の場合は逆にホスト側からドナー側への角膜内皮細胞の移動があるとされ,減少パターンは少し異なる可能性がある(図2).また,二期的な白内障手術を考慮するのであれば,移植後の減少が一段落する術後2年以降が望ましいと考えることができる.2.拒絶反応が発生すると?山田らは,全層角膜移植後に拒絶反応を発症した延べ93眼を検討し,1回の拒絶反応による角膜内皮細胞減少率は44%であったとしている14).著者らも述べているように,拒絶反応発症後に角膜内皮スペキュラーが測定可能であった例に限っての統計であるため,実際には拒絶反応によってもっと多数の角膜内皮細胞が失われている可能性が高い.上記の木村の報告と合わせると,拒絶反応は,特に通常でも多数の角膜内皮細胞が失われるついて検討を行っている.その結果,強角膜片としての保存時間は,国内アイバンク角膜では平均47.3時間に対して,輸入角膜では平均143.8時間,その期間中の角膜内皮細胞減少率は国内アイバンク角膜で2.6±2.9%,輸入角膜で8.5±7.6%と輸入角膜で角膜内皮細胞が有意に減少していたとしている10).すなわち,海外からの輸入による輸送時間の延長に伴う減少である可能性を示唆しており,移植時期を考慮する際に参考になると考えられる.経験的には,ドナー角膜は眼球摘出前後の変化により角膜上皮も変性・離していることから上皮側からの水分浸入もあるため,1週間以上強角膜片保存液で保存された角膜は膨潤しているケースもあり,OptisolTMは角膜上皮の細胞間結合(tightjunction)を低下させることが報告されている11).Wagonerらは,7日以上保存したドナー角膜の予後について検討し,保存期間が長い期間に及ぶと,移植片生着そのものには関与しないものの有意に移植後の遷延性角膜上皮欠損の可能性が高まることを報告している12).V移植後角膜と角膜内皮細胞1.一般的な角膜内皮細胞減少パターン13)全層角膜移植後の角膜内皮細胞減少については,1997年の木村の報告13)がよく引用される.木村は,自験例と既報とをまとめたうえで,全層角膜移植後の角膜内皮細胞減少パターンをつぎの3期4段階に分類している.すなわち,手術から術後2カ月までの急減期,術後2カ月から術後2年と術後2年から5年までの緩減期,術後5年以降の安定期,である(図1).手術から術後2カ月までの急減期では,わずか2カ月間に術前に比べ約25%の減少がみられる(年換算で減少率は150%).この大幅な減少の原因は,死後変化による角膜内皮細胞の脆弱性をベースに,強角膜片作製,手術侵襲,術後炎症がストレスとして加わるためと考えられている.緩減期では,減少率は緩やかになるものの術後2カ月から2年では術前に比べさらに約28%の減少(年換算で20%)がある.したがって術後2年で移植角膜はその半数以上の角膜内皮細胞を喪失することになる.そし図1全層角膜移植後の内皮細胞減少率のシェーマ(文献13から改変)3,0002,0001,000角膜内皮細胞密度(個/mm2)術後期間150%20%7.3%1.3%5年2年2カ月20年0———————————————————————-Page4196あたらしい眼科Vol.26,No.2,2009(58)図2円錐角膜症例の角膜内皮スペキュラー所見(同一症例)a:術後6カ月.細胞密度2,865個/mm2,変動係数32%.b:術後1年.細胞密度2,178個/mm2,変動係数39%.c:術後4年.細胞密度1,272個/mm2,変動係数43.9%.d:術後6年.細胞密度992個/mm2,変動係数45.1%.e:術後8年.細胞密度865個/mm2,変動係数32.3%.f:術後12年.細胞密度727個/mm2,変動係数45.9%.g:術後15年.細胞密度823個/mm2,変動係数41.9%.(バーはすべて100μm)acegbdf———————————————————————-Page5あたらしい眼科Vol.26,No.2,2009197(59)5)HullDS,GreenK,BowmanK:Dextranuptakeinto,andlossfrom,corneasstoredinintermediate-termpreserva-tive.InvestOphthalmol15:663-666,19766)TachibanaA,SawaM:Developmentofnovelcornealstoragemedium:rstreport.Examinationsofrabbitcor-nea.JpnJOphthalmol46:377-383,20027)NelsonLR,HodgeDO,BourneWM:InvitrocomparisonofChenmediumandOptisol-GSmediumforhumancor-nealstorage.Cornea19:782-787,20008)MeansTL,GeroskiDH,HadleyAetal:ViabilityofhumancornealendotheliumfollowingOptisol-GSstorage.ArchOphthalmol113:805-809,19959)LindstromRL,KaufmanHE,SkelnikDLetal:Optisolcornealstoragemedium.AmJOphthalmol114:345-356,199210)滝川知里,杉田潤太郎,杉田肇子ほか:眼科杉田病院における角膜移植術と強角膜片保存期間中の角膜内皮細胞減少.あたらしい眼科15:1147-1150,199811)SmithTM,PopplewellJ,NakamuraTetal:EcacyandsafetyofgentamicinandstreptomycininOptisol-GS,apreservationmediumfordonorcorneas.Cornea14:49-55,199512)WagonerMD,GonnahEl-S:CornealgraftsurvivalafterprolongedstorageinOptisol-GS.Cornea24:976-979,200513)木村内子:全層角膜移植後の角膜内皮細胞.あたらしい眼科15:1383-1387,199814)山田直之,田中敦子,原田大輔ほか:全層角膜移植後の拒絶反応についての検討.臨眼62:1087-1092,200815)HassanSS,WilhelmusKR:Eye-bankingriskfactorsforfungalendophthalmitiscomparedwithbacterialendoph-thalmitisaftercornealtransplantation.AmJOphthalmol139:685-690,2005術後2カ月までは極力避けねばならないということになり,これらのデータは術後のステロイド点眼などの免疫抑制治療の参考になるものと考えられる.拒絶反応が起こりやすい術後1年間の免疫抑制が重要である.VI感染防止ドナー眼球やドナー角膜の完全な無菌化は不可能であり,角膜移植後の眼内炎発生率は他の眼科手術と比較して高い傾向がある.そのため,少しでもリスクを減らすために全眼球保存液,強角膜片保存液ともに抗菌薬が添加される.ただし,すでにドナー角膜が保菌していた場合はその有効性は低いとされており15),ドナーの死因が敗血症や感染性心内膜炎などの全身性の活動性感染症であった場合は,前房水や強角膜片rimの培養検査を行うなどの注意が必要である.文献1)KlenR,KlenovaV,PazderkaJ:Useoftheanteriorcham-beroftheeyeforselectionandpreservationofcornea.AmJOphthalmol60:879-889,19652)寺田久雄,澤充:手術における眼内灌流液,角膜保存液.角膜疾患の細胞生物学(木下茂編),p122-130,メジカルビュー,19953)横井則彦:角膜内皮細胞へのアプローチ.あたらしい眼科15:1357-1364,19984)立花敦子:角膜の保存法.眼科診療プラクティス88,角膜内皮細胞最近の知見と展望(澤充編),p44-47,文光堂,2002