———————————————————————-Page1あたらしい眼科Vol.25,No.12,20081691私が思うことシリーズ⑭(83)医師になってから長い年月が経過しました.振り返ってみると夢中で過ごしてきてしまったようで,まだまだ眼科診療についても基礎研究についてもわからないことばかりです.これまで,女性であることに加えて,子育てと医師としての仕事の両立についての悩みはいつもつきまとっていました.この間には何度かやめてしまおうと重症な悩みを抱えたこともありました.しかし,その度に素晴らしい先輩,後輩,仲間に,そして家族に支えられて立ち直ってきました.大切な仲間現在,母校の大学では非常勤で臨床と基礎の研究に携わっています.今までに周囲の先生,co-medicalの方々からうけた恩恵は計り知れないものがあります.最近は科や学部の垣根を越えて,融合させるべき研究が増加しています.臨床や基礎研究は,世代を越え,学問分野の垣根を越えてdiscussionし一緒に研究を進めることができるので,この仕事に携われて本当に良かったと思います.また,生命現象を自分の手元で確認できるのは大変興味深く幸せなことです.眼科研究室では,坪田一男教授のご指導のもと,榛村重人先生の研究グループの恵まれた環境の中,楽しく若くて,しかもprofessionalな研究仲間と基礎研究を一緒にさせていただいております(図1).ムラト・ドール先生,川北哲也先生とはドライアイの研究を,石田晋先生,根岸一乃先生とも一部の仕事をご一緒させていただき,大変嬉しく楽しく研究させていただいております.特に,鴨居瑞加先生,内野美樹先生,立松由佳子先生とはドライアイ外来で造血幹細胞移植後の移植片対宿主病(graftversushostdisease:GVHD)や眼類天疱瘡などの重症ドライアイの患者さんの診察に携わっています(図2).これから少しでも長くこの素晴らしい仲間と熱いdiscussionができるように勉強を続けていきたいと思います.子育てと仕事子供が小さかった頃は,仕事と子育てでその日一日をどうやって乗り越えるか戦場のような毎日でした.しかし,同時にそれが活力になって仕事が継続できたと思います.仕事の苦境は家庭に帰ってからの家事,育児で明るい気持ちへと切り替わり,一方で,家庭でのストレスは仕事に向かうと忘れ去り気分転換となりました.いつしかその繰り返しのリズムができその時期を懸命に乗り越えることができました.周囲の同僚がどんどん業績を伸ばしていくなか,学会活動もせず,論文も書かず焦る0910-1810/08/\100/頁/JCLS小川葉子(YokoOgawa)慶應義塾大学医学部眼科学教室現在慶應義塾大学医学部眼科にて火曜日午後ドライアイ外来を担当,併せて同眼科角膜細胞生物学研究室および同大学先端医科学研究所細胞情報部門で基礎研究にも従事している.造血幹細胞移植後の眼科前眼部領域疾患の眼科専門医として,特に慢性移植片対宿主病(GVHD)後のドライアイ症例の診察を担当している.現在,眼類天疱瘡,スティーブンス・ジョンソン症候群症例を含む重症ドライアイ症例については勉強中.重症ドライアイ,免疫,病的線維化,GVHD,骨髄幹細胞をキーワードに基礎研究をしている.趣味はピアノとテニス.最近運動不足でもっと積極的に動かねばと思っている.(小川)医師として,女性として図12008年ARVOConventionCenterにて(筆者oralpre-sentationのあと)坪田一男教授(前列左),筆者(前列左より2人め),榛村重人准教授(前列中央),大切な仲間の皆様と,私の子供達(前列右2名)で撮影.嬉しいひとときでした.———————————————————————-Page21692あたらしい眼科Vol.25,No.12,2008気持ちもまったくなかったわけではありませんでしたが,子育ては今しかできないけど,研究は将来できるかもしれないという先輩の一言に励まされていました.坪田教授の慶應ドライアイ外来をその立ち上げからお手伝いさせていただいて以来,この特殊外来を18年続けさせていただいております.非常勤でしたが一回一回の診療について,特殊な患者さんについて反省とメモを継続し,データを蓄積しました.他の先生方の何倍もゆっくりとしたペースで進めたことと思いますが,7年継続して現在の専門のGVHD患者さんの臨床像を把握できるようになり,臨床研究の造血幹細胞移植症例のprospectivestudyをまとめました.子供達が小さいときでしたが,データを少しずつ積み重ねてできた研究でした.このときに蓄積した臨床データは後にGVHDの基礎研究の土台となりました.基礎研究への復帰長男が中学校2年生になったとき,基礎研究に復帰しようと決心しました.ドライアイ外来で自己免疫疾患やGVHDのドライアイの病態を基礎的観点から説明できるようになりたいと思いました.学生時代から不勉強のままの私は,患者さんに病態について納得いくように説明したいという思いと,活力をいただく若い先生方に病態をきちんと説明したいという思いがありました.とはいっても最初は研究室に足を一歩踏み入れるのも恐ろしいくらいでした.出張病院に長くいた私が,母校のドライアイ外来に出る最初の日は非常に怖かったのを覚えていますが,それ以上に研究室への第一歩は恐ろしかったです.どうしてよいかわからず数カ月をじっと耐えました.そうしてしばらくすると外来での疑問を研究で解明していく楽しさを実感するようになりました.学位論文の研究では病理学的手法により新生血管の解析をしていましたので,そのときに習った考え方や手法がGVHDの基礎研究に役立ちました.その間に子供達も成長し,研究会への出席をやめようとすると,「お母さん勉学の気持ちをすてたらいけないよ」と出席を勧めてくれた長男.子供達を残して初めて海外発表に行った時は,後ろ髪がひかれ,涙がでてしまいましたが,帰国したら子供達は家でのびのびファミコンやり放題!ピーターパンの子供たちだけの自由な世界という状況だったようなのです.今年のARVOでは,2人とも成長して,今まで時々自分たちを残して行ったARVOってどんなところなのか興味があったらしく,2人とも一緒に付いて来てくれてとても嬉しかったです(図1).研究進捗報告では眼科の研究室ではありませんが基礎研究に入ったとき,研究meetingが厳しくて,自分の研究進捗報告のときは本当に大変でした.まるで雑巾を絞るようにぎゅうっと絞られ骨身に応えました.報告のあと23日はもうやめてしまいたいと落ち込みましたが,私の場合幸か不幸か4日目頃になると,皆に質問攻めにあい罵倒されたことをすっかり忘れてしまうのです.歳を重ねるうちにどんどん何と言われてもまったく気にならなくなってしまうのが恐ろしいところです.もう何を言われても何ともありません.一瞬にして立ち直るようになりました.研究においては,研究成果について建設的な批判を浴びて議論することが論文を完成するために大事な過程と考え,真摯に受け止めていきたいと思います.論文について世の中に研究成果を送り出すときの責任は大きいものがあります.研究の最終段階では,遠回りしてもわからない部分を明確にして何度も吟味をしたのち論文にすることが必要と考えます.論文が世に出る前に複数の多方面からの人々の眼が通って改訂を加えていくことが大切な過程と考えます.論文投稿後,査読される側にとってreviewerから指摘されたことを直していくのも宝物のような大切な過程です.それは論文の内容と質の向上と(84)図2火曜日午後ドライアイ外来のメンバー筆者前列中央,鴨居瑞加先生,内野美樹先生,立松由佳子先生とともに協力し合って頑張っています.松本幸裕先生,ムラト・ドール准教授,小川旬子先生とも共同研究をしてお世話になっています.———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.25,No.12,20081693(85)この分野の発展を真剣に考えてくださる研究仲間やreviewerとの交流ができる大切なひとときであると思います.スランプ脱出には誰にでも,スランプはありますね.私にも重いスランプが訪れたことが何度かあります.そのとき私は,私なりの乗り切り方を編み出しています.それは,以前に読んだことのある本から覚えた言葉「全力で今を勝ち取ること」です.過去はほんの一瞬前でも二度と戻ってきません.実際に行動できるのは今,この時点だけと気づいたとき今向き合っていることに全力投球し,それを積み重ねていくことで鬱的な気分にならず乗り越えられる秘訣と気づきました.取りあえず今やっていることに無心に熱中し,区切りをつけて次のことに向かいます.まず一日一日を生き抜くことに集中し,あまり先のことは考えずに無心に懸命に今に集中します.気分を塞ぐことが訪れたなら,生命にかかわる重大なことでなければですが,いやなことは『さよーならー』と一瞬で忘れ去ります.一瞬前のことは二度と戻ってこないのですから.とにかく忘れることは得意な私です.女性としての診療スタイル患者さんへの対応については,女性の特性を生かした診療スタイルがあるのではと,先輩の佐賀歌子先生,小澤博子先生や同級生の富田香先生をお手本にしてきました.診療では優しい心配りや,気遣い,心理を読み取る力,また常に忍耐が必要となります.眼科の患者さんは心理的,精神的背景をかかえている場合が多いことはよく知られています.心理的背景には,多くの割合で複雑な悩みや,疲労などがあります.そこをよく読み取れるようになりたいと思います.特にドライアイの患者さんは不定愁訴が多くいくつかの症状を併せ持っているとされますが,患者さんの訴えの一つひとつはどんな些細な訴えでもそれに対応する病巣と原因があると思われますので丁寧に対応していきたいと思います.おわりにこのように,人生をゆっくりと進めてきてしまいましたが,いつの日か臨床や基礎研究での発見を,患者さんのために還元できればと夢見ています.日常の忙しさにまぎれ芸術的な観点が欠落してしまった私ですが,今後はそれらの欠点を補充しつつ女性としての特性を生かし患者さんとの心の交流ができればと思っております.小川葉子(おがわ・ようこ)1980年慶應義塾大学医学部卒業,眼科学教室入局1982年東京都済生会中央病院眼科1993年2003年小川眼科クリニック院長1998年現在慶應義塾大学医学部先端医科学研究所細胞情報部門研究員1998年現在慶應義塾大学医学部眼科非常勤講師☆☆☆