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シリコーンハイドロゲルコンタクトレンズとマルチパーパスソリューション,点眼薬

2008年7月31日 木曜日

———————————————————————-Page10910-1810/08/\100/頁/JCLS本稿では,シリコーンハイドロゲルレンズとMPSならびに点眼薬についての最近の知見を述べる.IシリコーンハイドロゲルレンズとMPS1.日本で販売されているMPSの特徴現在,市販されているMPSの消毒成分は塩化ポリドロニウムあるいはポリヘキサメチレンビグアニド(PHMB)である.MPSは1剤で消毒,すすぎ,洗浄,保存ができることから,誤使用がない,簡便であるがゆえにコンプライアンスが高いなどの特徴があるが,他の消毒法に比べて消毒効果が弱いという問題がある.各種化学消毒剤の微生物に対する消毒効果を図1に示す14).MPSはカンジダ,アカントアメーバ,アデノウィルスに対する消毒効果が弱いので,使用にあたっては十分なこすり洗いによって微生物を機械的に除去することが求められる.2.シリコーンハイドロゲルレンズの汚れとレンズケア従来素材の含水性SCLは蛋白質が付着しやすいため,通常のケアで除去できないような蛋白質については蛋白分解酵素による洗浄が必要である.一方,シリコーンハイドロゲルレンズは従来の親水性素材にシリコーンを重合させたものであるが,シリコーンそのものは疎水性であるため脂質を付着しやすい.図2,3は18歳の女性で,従来素材の含水性SCLとはじめに日本ではシリコーンハイドロゲルコンタクトレンズ(以下,シリコーンハイドロゲルレンズ)は,2004年にO2オプティクス(チバビジョン株式会社)が1カ月定期交換の終日装用タイプとして発売されて以来,2008年3月現在では,1週間頻回交換の終日装用あるいは連続装用タイプとして,ボシュロムピュアビジョンおよびピュアビジョン乱視用(ボシュロム・ジャパン株式会社),2週間頻回交換の終日装用タイプとしてアキュビューRアドバンスTM,アキュビューRオアシスTMおよびアキュビューRオアシスTM乱視用(ジョンソン・エンド・ジョンソン株式会社),2ウィークプレミオ(株式会社メニコン)が発売されている.ピュアビジョンあるいはO2オプティクスを連続装用しない限り,これらのシリコーンハイドロゲルレンズはケアを必要とする.シリコーンハイドロゲルレンズのケアにはマルチパーパスソリューション(MPS),過酸化水素製剤,ポビドンヨード製剤などの化学消毒剤(コールド消毒剤)が使用されるが,ソフトコンタクトレンズ(SCL)のケアの市場ではMPSが多くを占めている状況下,シリコーンハイドロゲルレンズとMPSの関係を考えることは意義深い.一方,コンタクトレンズ(CL)の装用時に点眼薬を使用することがある.シリコーンハイドロゲルレンズは含水性であるので点眼薬の成分が吸着する.これが臨床上問題になるかを確認することは重要である.(19)923眼眼眼75108721115眼特集●コンタクトレンズ・ここが知りたいあたらしい眼科25(7):923930,2008シリコーンハイドロゲルコンタクトレンズとマルチパーパスソリューション,点眼薬MultipurposeSolutionsandEyeDropsforSiliconeHydrogelCantactLenses植田喜一*柳井亮二**———————————————————————-Page2924あたらしい眼科Vol.25,No.7,2008(20)ンズを装用すると痛い)と訴えた患者の上眼瞼結膜の所見と使用していたレンズである.上眼瞼結膜には乳頭増殖はなかったが,レンズは汚れていた.このレンズを15℃で7時間保管しておいた写真を図4に示す.低温時に白くなることから,この汚れは脂質と考える.図5,6は23歳の女性で,同様に従来素材の含水性SCLとMPSを使用しているときは問題はなかったが,シリコーンハイドロゲルレンズに変更してから,曇って見える,眼が痛いと訴えた患者の角膜所見と使用していたレンズである.レンズの表面だけでなく内面にも汚れが付着しており,これが原因で角膜上皮障害を生じたと考える.このような患者にはシリコーンハイドロゲルレンズ取り扱い時の手洗いの励行,化粧やハンドクリームの使用時の注意,MPSによるこすり洗いの励行を指導する.MPSを使用しているときは問題はなかったが,シリコーンハイドロゲルレンズに変更してから調子が悪い(レンズを使用して1週間ぐらいすると白く濁る,濁ったレ微生物減少値(log個m)細菌真菌アカントアメーバウイルス緑膿菌黄色ブドウ球菌セラチアフサリウムカンジダアカントアメーバアデノウイルス012345:ポビドンヨード製剤:過酸化水素製剤:塩化ポリドロニウム製剤:PHMB製剤図1化学消毒剤の微生物に対する消毒効果(文献3より)図2症例の上眼瞼結膜の所見図4シリコーンハイドロゲルレンズの白濁現象図3シリコーンハイドロゲルレンズの汚れ———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.25,No.7,2008925(21)角膜ステイニングはPHMBを含有するMPSに発生しやすいといわれているが,商品によって発生頻度が異なる.塩化ポリドロニウムを含有するMPSでも認められる4,9).角膜ステイニングの発生には個人差があり,できれば脂質に対する洗浄効果のあるケア用品を選択することも大切である.脂質の付着はシリコーンハイドロゲルレンズの中のシリコーンの量だけでなく,表面処理によって異なることもあるので,脂質が付着しにくいレンズを選択することも重要である.3.MPSの使用による角膜上皮障害SCL使用者にMPSを使用すると角膜ステイニングが発生することから,従来素材の含水性SCLとMPSの適合性がこれまでにも問題視されていたが,新しい素材であるシリコーンハイドロゲルレンズにおいても同様の角膜ステイニングが高頻度に発現することが報告されている59).MPSで処理されたシリコーンハイドロゲルレンズを装用して短時間で角膜ステイニングが発生(図7)しても,その後数時間(多くは6時間)で軽微となることが多い8).MPSに含まれる消毒成分やその濃度,さらには他の成分などが角膜上皮細胞に影響を及ぼし,角膜ステイニングを生じたと考えられている4,8).水谷は従来素材の2週間頻回交換SCLとシリコーンハイドロゲルレンズの装用者にみられる角膜ステイニングを後ろ向きに検討し,従来素材の非イオン性高含水率のSCLでは塩化ポリドロニウムよりPHMBを含有するMPSを使用したときのほうが重度のステイニングがみられたのに対して,イオン性高含水率のSCLでは両MPSの間に有意差はなかった.さらにシリコーンハイドロゲルレンズでは両MPS間にステイニングスコアの差はみられなかったと報告している10).図6シリコーンハイドロゲルレンズの汚れ図5症例の角膜所見図8MPSによるアレルギー反応(文献11より)図7MPSを使用したシリコーンハイドロゲルレンズ装用者に生じた角膜ステイニング———————————————————————-Page4926あたらしい眼科Vol.25,No.7,2008(22)クス)を4種のMPS(オプティ・フリーRプラス,コンプリートR・モイストプラス,レニューRマルチプラス,フレッシュルックRケア),過酸化水素製剤(エーオーセプトR),ポビドンヨード製剤(クレンサイドR)で処理した後に,レンズの形状,外観,色調,直径,ベースカーブ(BC),頂点屈折力(パワー),含水率,光線透過率(視感透過率)を測定した.各測定値は厚生労働省告示第349号(2001年10月5日)と医薬発第1097号(2001年10月5日)の基準を満たしていた12)(表1).よって,MPSによるシリコーンハイドロゲルレンズの物理化学的な特性に対する影響はほとんどみられないと考えられた.IIシリコーンハイドロゲルレンズと点眼薬1.点眼薬の組成と特徴CLを装用したまま点眼薬を使用することについては,レンズ自体ならびに角結膜に対する影響を考えるとすすめられないという意見が多い1318).点眼薬は主剤と賦形剤からなり,賦形剤は緩衝剤,防腐剤,可溶化剤,安定化剤,等張化剤,粘稠化剤などが含まれる19)(表2).点眼薬による角膜上皮障害は,主剤あるいは賦形剤による細胞毒性が直接かかわると考えられる.主剤としては,bブロッカーなどの抗緑内障薬,アミノグリコシド系などの抗生物質,ジクロフェナクなどの非ステロイド抗炎症剤などが問題になっている19).賦形剤ではとりわけ防腐剤が難治性の角膜上皮障害をひき起こす.塩化ベンザルコニウム,パラオキシ安息香酸エステル類(パラベン類),クロロブタノールなどが防腐剤として使用されている.発生する症例と発生しない症例,発生しても程度の軽い症例と強い症例がある4,9).中等度以上の角膜ステイニングが発生した場合には,消毒成分の異なるMPS,過酸化水素製剤やポビドンヨード製剤など,他の消毒剤に変更する必要がある.ただし,株式会社オフテクスは自社のポビドンヨード消毒剤であるクレンサイドRは,アキュビューRアドバンスTM,アキュビューRオアシスTMには使用できないと公表している.一方,MPSのアレルギーによって角膜上皮障害が発生する場合もある.図8は従来素材の含水性SCL使用者に認めた角結膜障害(輪部充血,角膜周辺部に多発する小さな角膜浸潤)であるが,明らかな原因がなく,両眼に同時に発生した.この角結膜障害はステロイドの点眼ですぐに治癒したが,MPSを使用すると同様の障害が生じたことからMPSによるアレルギー反応と考えられる11).シリコーンハイドロゲルレンズも含水性素材であるため,同様の障害が起こりうる.再発を防止するには他の種類のMPSに変更するか,過酸化水素消毒剤,ポビドンヨード消毒剤に変更する.MPSで消毒できない細菌の毒素に対するアレルギー反応が生じることもある.MPSによるこすり洗いを徹底させることや,消毒効果の高いMPSや他の消毒剤に変更する必要がある.4.MPSによるレンズの物理化学的変化MPSにはレンズに物理化学的な変化を及ぼさないことが求められる.物理化学的変化はレンズの光学性の変化,フィッティングの変化,装用感の悪化,角結膜障害につながる.筆者はシリコーンハイドロゲルレンズ(O2オプティ表1O2オプティクスに対する化学消毒剤の影響1.形状,外観,色調内部に気泡,不純物または変色がなかった表面に有害な傷または凹凸がなかったエッジが角膜に障害を与えるような形状になっていなかった2.直径直径の許容差;±0.20mm内であった3.ベースカーブベースカーブの許容差;±0.20mm内であった4.頂点屈折力(パワー)頂点屈折力の許容差;±0.25D内であった5.含水率含水率の許容差;±2%(絶対値)内であった6.光線透過率(視感透過率)視感透過率の許容差;±5%(絶対値)内であった———————————————————————-Page5あたらしい眼科Vol.25,No.7,2008927(23)2.点眼薬のCLへ及ぼす影響点眼薬がレンズに及ぼす影響として考えられるものとしては,主剤ならびに賦形剤のレンズへの吸着,着色,ベースカーブ(BC)や直径などの規格の変化などである.水谷は点眼薬のレンズへの影響を詳しく調べている.各種点眼薬(医家向け24種類,一般向け20種類)にガス透過性ハードコンタクトレンズ(RGPCL)と従来素材の含水性SCLを浸漬して,レンズの規格の変化,成分吸着,着色の有無を観察したところ,RGPCLではクロロブタノールによりBCに変化がみられ,塩化ベンザルコニウム,パラベン類,クロロブタノール,グルコン酸クロルヘキシジンの吸着あるいは取り込みがみられた.SCLでは界面活性剤によりBCに変化がみられ,塩化ベンザルコニウム,パラベン類,クロロブタノール,グルコン酸クロルヘキシジンの吸着あるいは取り込みがみられた.カタリンR,フラビタンRなど有色の点眼薬ではSCLの着色を認めたと報告している18).3.CL装用上の点眼薬使用小玉は従来素材の含水性SCLを装用したまま防腐剤を含む点眼薬を使用して,回収したレンズから放出される防腐剤を定量したところ,レンズの種類,点眼薬の種類,点眼方法によって塩化ベンザルコニウムの検出量に差が認められたが,微量あるいは検出限界以下であることから,1日34回程度の点眼回数であれば問題はないと報告している21).今後,シリコーンハイドロゲルレ塩化ベンザルコニウムには水に溶けやすく,芽胞のない細菌や真菌に対し防腐効果を示す.塩化ベンザルコニウムはカチオン(陽イオン)界面活性剤で,各種アニオン(陰イオン)と配合するとイオン重合体を生じることがある20).認可市販されている点眼薬のうち,60%に塩化ベンザルコニウムが使用されているといわれており16),その濃度は0.0010.01%である14,15).ヒト結膜上皮細胞を用いた細胞毒性試験では塩化ベンザルコニウムは低濃度であっても細胞に障害を認めるため,通常濃度としては0.00250.005%が妥当であるとし,0.0025%でも頻回に点眼すると結膜障害を生じる可能性があると報告している13).一方,家兎眼に点眼した塩化ベンザルコニウムの涙液中の濃度は比較的速やかに低下し,角膜上皮の伸びに影響を及ぼさない程度であり,涙液動態が正常な症例では1日4回程度の点眼であれば角膜上皮に与える影響は少ないという報告もある16).パラベン類は広範囲の細菌,および真菌に対して低濃度で効力を発揮する20).通常2種またはそれ以上のエステル剤を併用すると抗菌作用に相乗効果と抗菌スペクトルの広がりがあらわれる20).パラベン類はアルキル基が大きくなるほど抗菌力は強くなるが,水への溶解性は減少し,脂溶性は増加する20).クロロブタノールは水に溶けやすく,グラム陽性菌,陰性菌および真菌に有効で,特に緑膿菌に対して強い抗菌性を有する.表2賦形剤の添加目的と種類賦形剤目的種類可溶化剤塩形成による溶解または溶解補助剤による有効成分の可溶化(塩形成)ナトリウム塩,カリウム塩(界面活性剤)ポリオキシエチレン硬化ヒマシ油pH調節剤至適pHへの調整水酸化ナトリウム,塩酸緩衝剤薬物や他の賦形剤の分解などによる経時的なpH変動の防止ホウ酸,リン酸,酢酸塩ソルビトール,マンニトール等張化剤浸透圧の調整塩化ナトリウム,塩化カリウム,ホウ酸,グリセリン安定化剤薬物の加水分解や酸化分解の防止(加水分解)エデト酸ナトリウム,クエン酸(酸化分解)亜硝酸ナトリウム防腐剤微生物汚染の防止塩化ベンザルコニウム,パラベン類,クロロブタノール(文献19より)———————————————————————-Page6928あたらしい眼科Vol.25,No.7,2008(24)ンズについても,同様の研究が行われることを期待する.シリコーンハイドロゲルレンズの一つであるO2オプティクスに防腐剤がどの程度吸着,あるいは放出するかを筆者が調べた結果を以下に記す.比較のため従来素材の含水性SCL(メダリストR,アキュビューR)の結果もあわせて示す.pHを調整したパラベン類(パラオキシ安息香酸メチル0.013%,パラオキシ安息香酸エチル0.008%,パラオキシ安息香酸プロピル0.007%,パラオキシ安息香酸ブチル0.004%)と塩化ベンザルコニウム0.005%にO2オプティクス,メダリストR(非イオン性高含水率レンズ),アキュビューR(イオン性高含水率レンズ)を浸漬した後にこれら防腐剤の吸着率を算出し,さらに生理食塩水液に浸漬した後に防腐剤の放出率を算出した.パラベン類についてはO2オプティクスはメダリストR,アキュビューRよりも吸着率が高かったが,塩化ベンザルコニウムについてはメダリストRより高く,アキュビューRよりも低かった.パラベン類はアルキル基(メチル基,エチル基,プロピル基,ブチル基)が大きくなるほど各レンズへの吸着率が高くなった(図9,10).パラベン類についてはO2オプティクスはメダリストR,アキュビューRよりも放出率が低く,塩化ベンザルコニウムについても放出率がこれらのレンズより低い傾向があった.各レンズに吸着したパラベン類はアルキル基が大きくなるほど放出率が低くなった(図11,12).このようにO2オプティクスは従来素材の含水性SCLとやや異なる傾向を示すので,防腐剤の使用には注意を要する22).レンズへの防腐剤の吸着と放出については,多くの面から考える必要がある.レンズが親水性あるいは疎水性であるか,防腐剤が水溶性あるいは脂溶性であるかに加pH5.0pH6.0pH7.0pH7.4pH8.0100806040200BAK吸着率(%):O2オプティクス:メダリストR:2ウィークアキュビューR図9塩化ベンザルコニウムのレンズへの吸着率の平均値オプティクスリストウィークアー吸着率吸着率吸着率吸着率パラオキシ安息香酸メチルパラオキシ安息香酸エチルパラオキシ安息香酸プロピルパラオキシ安息香酸ブチル100806040図10パラベン類のレンズへの吸着率の平均値オプティクスリストウィークアー放出率放出放出放出放出放出図11レンズに吸着した塩化ベンザルコニウムの放出率の平均値———————————————————————-Page7あたらしい眼科Vol.25,No.7,2008929(25)えて,レンズならびに防腐剤の分子構造内の親水性の部分と疎水性の部分の相互作用や,これらが電荷を帯びているかなどが大きく影響すると推察する.従来素材の含水性SCLにおいてはイオン性モノマーを共重合させたイオン性含水ゲルが広く利用されている23).イオン性のSCLはメタクリル酸を含有するものが多く,カルボキシル基を有しているためマイナスに帯電している23,24).したがって,マイナスイオン性SCLは塩化ベンザルコニウムの吸着量が多く,いったん吸着されたものはなかなか放出されない.一方,O2オプティクスは脂溶性であるシリコーンを含有するためパラベン類の吸着量が多く,なかなか放出されない.このようにレンズの材質および防腐剤によって防腐剤の吸着率と放出率に違いがあることを十分に考慮して点眼薬の使用を検討する必要がある22).おわりにシリコーンハイドロゲルレンズの酸素透過性は飛躍的に高まり,酸素不足に伴う角結膜障害は減ると予想する.今後,さらに各メーカーから多くのレンズが提供されると,従来素材の含水性SCLの多くがシリコーンハイドロゲルレンズに移行するのもそう遠くないと考える.現在,市販されている多くのシリコーンハイドロゲルレンズはケアを必要とするが,MPSで十分であるという確信はもてない.MPSは簡便なレンズケアとして広く普及しているが,消毒効果が弱いことが問題である.アカントアメーバによる感染症が増えていることから,より効果的なMPSの開発が望まれる.従来素材の含水性SCLでは蛋白質の付着が問題であったが,シリコーンハイドロゲルレンズでは脂質の付着を抑えるケアシステムを考える必要がある.レンズとMPSとの組み合わせによる角膜ステイニングの発生や,MPS特有のアレルギー反応についても十分に注意して,定期検査を行うことが求められる.レンズの上からの点眼薬の使用については,なるべく防腐剤を含まないものをすすめる.多剤併用をしない,併用する場合には点眼の間隔をあけるなどの指導も大切である.文献1)柳井亮二,植田喜一,田尻大治ほか:細菌・真菌に対するポビドンヨード製剤の有効性.日コレ誌47:32-36,20052)柳井亮二,植田喜一,田尻大治ほか:アカントアメーバおよびウィルスに対するポビドンヨード製剤の有効性.日コレ誌47:37-41,20053)植田喜一,渡邉潔,水谷由紀夫ほか:従来型・定期交換図12レンズに吸着したパラベン類の放出率の平均値パラオシル累積放出率(%)放出回数(回)放出回数(回)放出回数(回)放出回数(回)放出回数(回)放出回数(回)放出回数(回)放出回数(回)放出回数(回)放出回数(回)放出回数(回)放出回数(回)パラオキシ安息香酸エチル累積放出率(%)パラオキシ安息香酸プロピル累積放出率(%)パラオキシ安息香酸ブチル累積放出率(%)012301230123pH5.0pH6.0pH7.0pH5.0pH6.0pH7.0012301230123pH5.0pH6.0pH7.0012301230123pH5.0pH6.0pH7.0012301230123100806040200100806040200100806040200100806040200:O2オプティクス:メダリスト?:2ウィークアキュビュー?———————————————————————-Page8930あたらしい眼科Vol.25,No.7,2008(26)型ソフトコンタクトレンズのケア.日コレ誌45:206-216,20034)植田喜一,柳井亮二:マルチパーパスソリューション.あたらしい眼科24:747-757,20075)GarofaloRJ,DassanayakeN,CareyCetal:Cornealstain-ingandsubjectivesymptomswithmultipurposesolutionsasafunctionoftime.EyeContactLens31:166-174,20056)JonesL,MacDougallN,SorbaraGL:Asymptomaticcor-nealstainingassociatedwiththeuseofbalalconsilicone-hydrogelcontactlensesdisinfectedwithapolyaminopro-pylbiguanide-preservedcareregimen.OptomVisSci79:753-761,20027)AmosC:Performanceofanewmultipurposesolutionusedwithsiliconehydrogels.Optician227:18-22,20048)工藤昌之,糸井素純:シリコーンハイドロゲルコンタクトレンズと消毒剤との相性.あたらしい眼科22:1349-1355,20059)植田喜一:化学消毒剤による角膜ステイニングの発生.日コレ誌49:181-186,200710)水谷由紀夫:ソフトコンタクトレンズ,シリコーンハイドロゲルレンズ装用者にみられる角膜ステイニング.日コレ誌49:228-237,200711)植田喜一:塩化ポリドロニウム(POLYQUADR)による角結膜障害が疑われた1例.日コレ誌42:164-166,200012)植田喜一:シリコーンハイドロゲルソフトコンタクトレンズと化学消毒剤との適合性.臨眼60:707-711,200613)高橋信夫,向井佳子:点眼剤用防腐剤塩化ベンザルコニウムの細胞毒性とその作用機序─細胞培養学的検討─.日本の眼科58:945-950,198714)高橋信夫,佐々木一之:防腐剤とその眼に与える影響.眼科31:43-48,198915)島潤:点眼薬の防腐剤とその副作用.眼科33:533-538,199116)中村雅胤,山下哲司,西田輝夫ほか:塩化ベンザルコニウムの家兎角膜上皮に対する影響.日コレ誌35:238-241,199317)水谷聡,伊藤康雄,白木美香ほか:コンタクトレンズと防腐剤の影響について(第1報)─取り込みと放出─.日コレ誌34:267-276,199218)水谷聡:コンタクトレンズとケア溶液,点眼薬─問題点とその対策─.日コレ誌37:35-39,199519)近間泰一郎,西田輝夫:点眼薬がもたらすオキュラーサーフェスへの影響.日本の眼科78:1471-1475,200720)植村攻:点眼薬と添加物製剤設計と添加剤.医薬ジャーナル36:2791-2798,200021)小玉裕司,北浦孝一:ソフトコンタクトレンズ装用上における点眼使用の安全性について.日コレ誌42:9-14,200022)植田喜一:ソフトコンタクトレンズへの防腐剤の吸着と放出.日コレ誌49:181-186,200723)本田幸子,谷川晴康,白銀泰一ほか:イオン架橋含水ゲルの特性.日コレ誌41:118-122,199924)白銀泰一,齋藤則子,宇野憲治ほか:ζ(ゼータ)電位法によるCL材料の表面電位測定.日コレ誌41:113-117,1999(2008年4月14日受付)

各種シリコーンハイドロゲルコンタクトレンズの特徴と選択方法

2008年7月31日 木曜日

———————————————————————-Page10910-1810/08/\100/頁/JCLSある特徴を個々の症例ごとに使い分けられるのではないかという期待ももつことができる.そうした意味では,シリコーンハイドロゲルCLの今後の発展方向性は臨床家の意見にかかっているのかもしれない.本稿では,筆者の私見を交えながら,現在発表されている各種シリコーンハイドロゲルCLの特徴と選択方法について述べたい.Iシリコーンハイドロゲル素材は万能か近い将来,すべてのSCL用ハイドロゲル素材はシリコーンハイドロゲルに代わるのか.前述した長所だけ拾い上げれば,誰もがこれに代わると答えるに違いない.しかし,シリコーンハイドロゲル素材の合成には,もともと矛盾がつきまとっていることを知っておくべきである.現在の酸素透過性HCL素材の主成分としては,酸素溶解係数に優れた含フッ素系材料と酸素拡散係数に優れたシリコーン系材料があげられるが,この両者とも非常に撥水性が高く,親水性のハイドロゲルとは,モノマーレベルでは,うまく均一に混合できない.均一な状態でモノマーを重合できなければ,十分な光線透過率も得られないし,期待するガス透過性能やイオン透過性能(マトリックス中の水の流れ)も得られない.すなわち,少々乱暴な表現をすれば,シリコーンハイドロゲル素材とは,油と水を混ぜ合わせて,一見,均一になったところを重合して固めてしまおうという,モノマー同士の物理的化学的相性を犠牲にして合成したハイドロゲル素材はじめにシリコーンハイドロゲルコンタクトレンズ(シリコーンハイドロゲルCL)は,酸素拡散係数の非常に高いシリコーン系ハードCL(HCL)素材(図1)と,水を担体として酸素が運ばれる含水性ソフトCL(SCL)素材の両者の長所を併せ持たせようとして開発されたCLである.CLが角膜の生理に及ぼす影響を最小限にとどめるためには,良好な酸素透過性,水濡れ性,涙液成分の交換が必須のため,含水性素材で酸素透過性HCL並みのガス透過性をもつシリコーンハイドロゲルCLのコンセプトは,これらの諸問題を一気に解決してくれるようにも思える.しかしながら,同じ到達点を目指しながら,われわれがレンズを手にしただけで,その性状の違いがわかる数種のシリコーンハイドロゲルCLを見るとき,このレンズの開発がいまだに発展途上であるむずかしさを感じると同時に,臨床的には,これらのバラエティー(9)913eniSano267118特集●コンタクトレンズ・ここが知りたいあたらしい眼科25(7):913922,2008各種シリコーンハイドロゲルコンタクトレンズの特徴と選択方法CharacteristicsofSiliconeHydrogelContactLenses佐野研二*図1シリコーン系素材シリコーン系ポリマーでは,Siのまわりの側鎖の回転エネルギーがきわめて低く,容易に回転する側鎖の間隙を酸素分子が効率よく移動する.酸素拡散係数が高いのが特徴で,結果的に酸素透過係数Dk値が高くなる.———————————————————————-Page2914あたらしい眼科Vol.25,No.7,2008(10)相分離をひき起こしてしまうため,現在市販されているシリコーンハイドロゲルCL用素材では,重合する前に,重合性レンズ先駆組成物(特許用語そのまま)なる混合物をあらかじめ作製している.この混合物は,塩,架橋剤,いくつかの親水性モノマーと疎水性モノマー,いくつかのシリコーン系マクロマー,および重合開始剤から成っている.マクロマーの定義は,きちんとしたものがないが,単量体であるモノマーと,それが重合して形成された分子量1万以上の高分子の間の物質と考えてよい.シリコーンをマクロマーにすることによって,親水性モノマーと混合したときに相分離しにくくさせているのがポイントである(図2).シリコーンハイドロゲルの重合性レンズ先駆組成物なるものは,1つまたは複数のシリコーン系マクロマーを親水性モノマーに混合させ,この混合物が均質組成物になるまで,シリコーン系マクロマーに起きやすい気泡形成をさせないように注意しながら相対的に遅い速度,特許上では1分間当たり約100500回転(rpm)で攪拌することによってつくり上げられる.この混合物に含まれる親水性モノマー,シリコーン系マクロマーの分子量や側鎖の長さ,架橋材の特性と量が,最終的に合成されたミクロ相分離構造のシリコだということもできる.また,さらにシリコーンハイドロゲルが,レンズとして臨床的に用いられた場合にはシリコーンのもつ親油性も問題になる.もともと,撥水性の材料をハイドロゲルと組み合わせて用いているのに,装用を続けている間に脂質が吸着して,さらにレンズの撥水性が高まることは容易に想像できる.筆者は新しい技術に対して常に敬意を払うものであるが,臨床家としては,こうした知識を頭のどこかに置き,患者の経過観察をすることが大切であろう.IIシリコーンハイドロゲルにおける「ものづくり」1.透明均一な材料をつくるむずかしさそれでは,相性の決してよくないシリコーンとハイドロゲルをどうやって均質に混合,重合することができるのか.臨床的には新しい素材であるがゆえ,慎重な経過観察が必要であることを強調したが,シリコーンハイドロゲルには,高分子学的には画期的なアイディアが満載されている.含水性SCLにさらなる高酸素透過性能を求めるならば,ゲルの骨格となる高分子網目構造の部分に,前述した酸素透過性HCL素材の酸素透過機序を持ち込まざるをえない.すなわち,シリコーン系素材か含フッ素系素材のハイドロゲルへの導入である1).酸素透過性素材はもともと強い撥水性をもっており,これがうまくハイドロゲルと融合することができれば,CLに必須である良好な水濡れ性の獲得にもつながるのであるが,撥水性のものと親水性のものは混ざりにくく相分離するため,物質が透明性を保つための規則正しい均一な構造ができない.しかしながら,シリコーンのブロックコポリマーを用いると高分子が化学的に結合されているため,ハイドロゲルとは水と油のようなマクロなスケールで分離せず,その結果,ミクロ相分離構造とよばれる10nm1μmスケールの自己組織化された相分離構造がつくられ,それぞれの高分子の利点をもった透明な高分子が完成する.実際の合成に際しては,シリコーン系モノマーをハイドロゲル合成のためのモノマーと混合しても,ただちにシリコーン系マクロマー親水性モノマー図2シリコーン系マクロマーの利用シリコーンをマクロマーにすることによって,親水性モノマーと混合したときに相分離しにくくさせているのがポイントである.1つ,または複数のシリコーン系マクロマーを親水性モノマーに混合させ,この混合物が均質組成物になるまで,シリコーン系マクロマーに起きやすい気泡形成をさせないように注意しながら相対的に遅い速度,特許上では1分間当たり約100500回転(rpm)で攪拌し,均一に混合している状態で重合を行い,シリコーンハイドロゲルが合成される.———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.25,No.7,2008915(11)イドロゲルの網目構造の中に均一にしかも効果的に配置するためには,相互侵入高分子網目構造,いわゆるIPN(interpenetratingnetwork)構造(図4)につくり上げ,酸素透過性と水濡れ性を制御することが理想であるが,現在のシリコーンハイドロゲルは,残念ながら,そこまで洗練された構造ではなく,シリコーン系マクロマーと親水性モノマーをランダムに重合させた共重合体である(図5).ミクロのレベルでは,十分な機能をもった相分離構造をつくり上げていると考えられるが,やはりシリコーン材料が表面に出現している部分での水濡れ性は悪く,その親油性も手伝い,レンズを装着し続けているとーンハイドロゲルの酸素透過係数(Dk値),モジュラス(軟らかさ),含水率,引っ張り強度,アイオノフラックス(イオン透過性),表面湿潤性などの物性値を決める(図3).あまりにパラメータが多く,筆者は架橋材量と,それに対する理工学的性質を測定した経験しかない(表1)が,架橋材量の変化だけでも,素材の固さや酸素透過性,引っ張り強度が有意に変化することから2),適当な理工学的性質をもったシリコーンハイドロゲル素材の合成のむずかしさに加えて,理想的素材へと向かって改良の余地もあることが示唆される.2.シリコーンの撥水性と親油性の克服撥水性で,かつ親油性であるシリコーンを,親水性ハ表1非含水性SCL素材の理工学的性質と架橋剤Sample123ゴム硬度35.8±0.838.8±0.844.6±2.0Dk値*60.8±1.656.0±2.041.7±1.5屈折率(n20D)1.380±0.0011.377±0.0011.378±0.001水に対する接触角(°)79.8±3.880.2±1.881.0±4.5破断強度(g/mm2)2,5001,4001,300モノマー溶出率(wt%)0.0180.001未満0.001未満*Dk値単位:×1011(cm2/sec)・(mlO2/ml×mmHg).架橋剤のペンタエリスリトールテトラアクリレートの量を,モノマー全体量に対して1,3,5wt%となるように3種類のsample1,2,3を合成し,各種理工学的性質を測定した.架橋剤の量によって,フレキシビリティを表すゴム硬度,破断強度は著しく変化する.ハイドロゲル相自由水の移動シリコーン相高酸素透過性図3ミクロ相分離構造性質の異なる種類の高分子は通常,水と油のように非相溶であり,ブレンドすると相分離することが知られている.しかしながら,ブロックコポリマーは高分子が化学的に結合されているために水と油のようにマクロなスケールで分離することができない.その結果,ミクロ相分離構造とよばれる10nm1μmスケールの自己組織化された相分離構造がつくられ,それぞれの高分子の利点をもった透明な高分子が完成する.アイオノフラックス(イオン透過性)特性はハイドロゲル相が,また,酸素透過性はおもにシリコーン相が担当している.:シリコーン系ポリマー:ハイドロゲルポリマー図4筆者の理想のシリコーンハイドロゲル構造シリコーン系ポリマーとハイドロゲルポリマーが互いに規則的に絡み合って一つの均一な物質をつくっている筆者のシリコーンハイドロゲル理想図.撥水性で,かつ親油性であるシリコーンを,親水性ハイドロゲルの網目構造の中に均一にしかも効果的に配置するためには,相互侵入高分子網目構造,いわゆるIPN(interpenetratingnetwork)構造につくり上げ,酸素透過性と水濡れ性を制御することが理想である.———————————————————————-Page4916あたらしい眼科Vol.25,No.7,2008(12)III各種シリコーンハイドロゲルCLの特徴1.O2OPTIX東京医科歯科大学医用材料工学研究所では,生体材料,特にCL素材としてのフッ素系材料の安定性,撥油性,酸素透過性に着目をして研究が行われていた2,3).その視点からみると,O2OPTIXは,含フッ素系材料とシリコーン系材料の両者の特徴を併せ持つ非常にユニークなハイドロゲル素材にみえる(図6).シリコーン誘導体の欠点である親油性を,撥油性のフッ素を含有させることにより,耐汚染性,耐劣化性を改善している点は評価すべきポイントである.酸素透過性はシリコーンハイドロゲルのなかで最も高く,わが国でも最近,30日連続装用の認可がおりた.24%という含水率は,市販中のシリコーンハイドロゲルCLのなかで最低であり,水分蒸発量は抑えられ,装用中,あまり乾きを感じさせない.一方,低含水ならではのモジュラスの低さ,すなわちフレキシビリティの低い硬い感じのするレンズである.ベースカーブ8.6mmと8.4mmの2種類があり,平均的なオキュラーサーフェス形状をもつものにとっては理想的なレンズでありながら,これからはずれた強角膜形状をもつものにとっては,フィッティングが少々むずかしく,特に角膜曲率の大きな症例では角膜上方部の角膜上皮障害,superiorepithelialarcuatelesion(SEAL),いわゆるepithelialsplitting(図7)に注意が必要である.販売名は不明であ水濡れ性はさらに悪くなると考えられる.現在,シリコーンハイドロゲルの撥水性を解決するために,①プラズマ処理,②プラズマコーティング,③親水性ポリマー添加の3種類のレンズ表面改質技術が開発されている.現在,わが国で発表されているシリコーンハイドロゲルCLにおいては,Bausch&Lomb社とメニコン社が①プラズマ処理を,また,CIBAVision社が②プラズマコーティングを,そしてJohnson&Johnson社が③親水性ポリマーの添加による表面処理を施している.図5ランダム重合親水性モノマーAと,シリコーン系モノマーBが,不規則的ランダムに重合している.現在,発売されているシリコーンハイドロゲルレンズは,このランダム重合によって合成されており,何とか実用レベルのミクロ相分離構造を獲得していると考えられる.図6O2OPTIXの素材シリコーン誘導体の欠点である親油性を,撥油性のフッ素を用いて耐汚染性,耐劣化性を改善している.ハイドロゲルにジメチルアクリルアミドを用いたのは両者ともメチル基が多く相性が良いのであろう.CCNOCH2CH2RCH3CH3CH3CH3DMAOOOOOOHOSi(CH3)3Si(CH3)3Si(CH3)3SiOSiCH3CH3Siシリコーン・モノマーフルオロシリコーン・マクロマーTRISNCOOlml3HNCOOCH23CH2CH2CH2CF2CF2CF2CH3CH3HOSiCH3CH3SiNCOOHNNHCCOOOOOnCF2CF2O3HNCOOOOCH23———————————————————————-Page5あたらしい眼科Vol.25,No.7,2008917(13)カーブやレンズ径をラインアップしたO2OPTIXCustom含水率32%の特殊シリコーンハイドロゲルレンズを海外では用意している.本レンズはレースカット製法のオーダーメード的なレンズであるが,社会貢献を求められる企業として,ぜひわが国でも発表していただきたい.2.PureVisionRわが国では連続装用専用シリコーンハイドロゲルCLとして登場したが,最近,終日装用による使用も可能になった.現在発売されているシリコーンハイドロゲルCLのなかで,唯一のイオン性素材である.基本的にイるが,もう少しフレキシビリティに富んだ含水率33%の外国版O2OPTIXが発売される予定だと聞いている.本レンズの構造もシリコーン誘導体に含フッ素系材料を組み合わせ,ハイドロゲル化しているので,耐汚染性が期待できると思う.これらのレンズの親水表面処理は,メタンプラズマコーティング(図8)4)とよばれる手法がとられている.メタンガスに空気を入れてプラズマコーティングしたところがポイントで,20nmという,超薄膜でありながら,C,N,Oを基盤上に析出させ,重合化,超親水化に成功している.正しくはメタンガス・エア・プラズマコーティングとよぶべきであろう.この超薄膜超親水化技術は,あらゆる撥水性素材のCLへの応用を可能とさせうるばかりか,CL以外のさまざまな分野へ応用可能と思われる.シリコーンハイドロゲルレンズの治療用CLとしての応用については海外ではすでに報告がある5)が,わが国でも,東原6)が,本レンズをSjogren症候群,遷延性上皮欠損,化学外傷後などの治療用バンデージレンズとして応用し,良好な結果を残している.確かに通常のハイドロゲルレンズでドライアイによく認められるsmilemarkstaining(図9)は本レンズではほとんど起こさない.CIBAVision社では,病的近視や,白内障術後用の+20D20Dと幅広い度数と,非常に細かいベース図7Epithelialsplitting硬いシリコーンハイドロゲルCLではsuperiorepithelialarcu-atelesion(SEAL),いわゆるepithelialsplittingが起きやすい.定期的な経過観察が必要である.図9Smilemarkstaining通常のハイドロゲルレンズ装用のドライアイによく認められるsmilemarkstainingは低含水のシリコーンハイドロゲルCLではほとんど起こさない.疎水性CLC,N,Oのインプラント重合重合反応(モノマー)(メタンガス+空気)グロー放電図8メタン・プラズマコーティングメタンガスに空気を入れてプラズマコーティングしたところがポイントである.20nmという,超薄膜でありながら,C,N,Oを基盤上に析出させ,超親水化に成功している.この超薄膜超親水化技術は,さまざまな分野へ応用可能と思われる.———————————————————————-Page6918あたらしい眼科Vol.25,No.7,2008(14)AcuvueROasysTMが後発であるが,OasysTMを単により乾きにくく酸素透過性の高い改良版プレミアムレンズバージョンと位置づけるのには,少々AdvanceTMを過小評価しており,AdvanceTMにはこのレンズ特有の長所がある.AdvanceTMの注目すべき点は含水率が47%と非常に高いシリコーンハイドロゲルCLであり,ミクロ相分離構造のうち,ハイドロゲル相のイオン透過機能が十分機能していると思われる.すなわち,酸素が溶解した水の移動とともに,さまざまな物質の十分な交換も期待できる.また,最も軟らかなシリコーンハイドロゲルCLとして,2種類のベースカーブを利用すれば,どんな角膜形状にも対応できるし,乾きやすいという訴えがあれば,人工涙液の頻回点眼を指示すればよい.高分子学的には,AdvanceTMは疎水性シリコーン誘導体のTRISに親水性のOH基を取り付けることに成功して,NVP,DMA(ジメチルアントラセン),HEMAとの相性を改善させている(図12).4.AcuvueROasysTMOasysTMはさらにシリコーンの量を増やして酸素透過性能を高め,同時に良好なフレキシビリティの獲得に成功している.UsanCouncilのホームページからAcu-オン性素材は蛋白質やリン脂質分解酵素が付きやすかったり7,8),ソリューションに敏感であるといった報告がある9)が,非イオン性素材にフォーカスを当ててきたBausch&Lomb社が,あえて,このレンズをイオン化させたのは,基本的に連続装用を想定して十分なフレキシビリティと親水性を付与させたかったのではないかと推察する.イオン性モノマーの導入で極性をもたせることによって,蛋白質が付着しやすくなったり,ソリューションに敏感になったりするデメリットもあるが,むしろ,シリコーン誘導体特有の硬さや強い撥水性を抑えるという効果のメリットのほうが上回るかもしれない.イオン性で含水率36%ともなると,適度な軟らかさをもち,シリコーンハイドロゲルの本来の固さを上手く緩和しており,連続装用愛好者の筆者には非常に快適なレンズに仕上がっている.最近,消毒,ケアを行いながらの終日装用も認められて使いやすくなった.親水性処理は反応ガスとして酸素を用いたプラズマ処理を施している.親水基のもぐり込み効果の出現が想定されるが,涙液状態を眼科医がチェックして,人工涙液点眼の指導がきちんとなされていれば問題ないだろう(図10).さらに,疎水性シリコーン誘導体のTRIS(トリスヒドロキシメチルアミノメタン)に親水性のNH基を取り付けることに成功して,ハイドロゲルのN-ビニルピロリドン(NVP),ヒドロキシエチルメタクリレート(HEMA)との相性を改善させていることも特筆すべき点である(図11).3.AcuvueRAdvanceTM米国ではAcuvueRAdvanceTMが先発で,後述する水中空気中疎水性CL親水基図10プラズマ処理と,もぐりこみ効果高分子構造の中でSiの側鎖や線状ポリマーの主鎖のまわりの親水基は,乾くと素材内に埋没してしまう.図11PureVisionRの素材疎水性シリコーン誘導体のTRISに親水性のNH基を取り付けることに成功してNVP,HEMAとの相性を改善させている.TRISVC(TRIS誘導体)CCOOCH2CH3CH2CH2OHHEMACHNCOCH2CH2CH2CH2NVPOOOOOSi(CH3)3Si(CH3)3Si(CH3)3SiOOOOHNOSi(CH3)3Si(CH3)3Si(CH3)3SiTRIS———————————————————————-Page7あたらしい眼科Vol.25,No.7,2008919(15)vueROasysTMの化学構造を読み取ると,シリコーン誘導体の側鎖を伸ばし,十分な軟らかさを獲得させようとしていることがわかる.親水処理には,もともと含水率を高く設定し,前述したようにシリコーン誘導体にOH基を導入したうえに,超親水性ポリマーであるHydraclearTM(ポリビニルピロリドン)を二相性ミクロ相分離構造のハイドロゲル部分に埋抱させている(図13).NVPをポリマー状態で,レンズの主成分となるモノマーと重合させる手法は,筆者らがフッ素系非含水性SCL素材を合成したときと同じ方法である2)が,素材の十分な光線透過率を獲得するためにも有効な手段であると思う.涙液などで濡れた雰囲気のなかで,HydraclearTMはレンズ表面に顔を出し,非常に良好な親水性を示す.筆者が2週間装用した後,乾燥させて生理的食塩水を滴下すると接触角は約30°,再び生理的食塩水に浸漬して測ると接触角は0°となった(図14).また,HydraclearTMの成分であるポリビニルピロリドンの保水能力は非常に高いので,レンズ自体の水分保持能力にも貢献しているはずである.AcuvueROasysTMは,含水率38%という見かけの数値以上に軟らかく,酸素透過性能に優れているため,筆者らは,よくピギーバックレンズシステム(PBLS)に利用している(図15).AcuvueROasysTM(0.50D)のフレキシビリティと親水性は素晴らしく,円錐角膜に容易にフィットするうえ,メニコンZR(3.0D)との組み図12AcuvueRAdvanceTMとAcuvueROasysTMの素材疎水性シリコーン誘導体のTRISに親水性のOH基を取り付けることに成功して,NVP,DMA,HEMAとの相性を改善させている.AcuvueROasysTMはさらにシリコーンの量を増やし,酸素透過性能を高め,同時に側鎖を長くして良好なフレキシビリティの獲得に成功している.SiMA(TRIS誘導体)OOOOOSi(CH3)3Si(CH3)3Si(CH3)3SiOOOOOHOSi(CH3)3Si(CH3)3CH3SiTRISCCOOCH2CH3CH2CH2OHCCNOCH2RCH3CH3HEMACHNCOCH2CH2CH2CH2DMANVP図13HydraclearTM超親水性ポリマーであるHydraclearTM(ポリビニルピロリドン)を二相性ミクロ相分離構造のハイドロゲル部分に埋抱.レンズ素材———————————————————————-Page8920あたらしい眼科Vol.25,No.7,2008(16)ら発表された.同社では10年以上前からシリコーンハイドロゲルを開発しており,筆者もプロトタイプをみせていただいたことがある.今回,さまざまな改良を行い,ようやく発売となった.構造式は企業秘密とのことで明かしてもらえなかったが,①N,N-ジメチルアクリルアミド,②ピロリドン系化合物,③ケイ素含有メタクリレート系化合物,④ケイ素含有アクリレート系化合物の親水性モノマーとシリコーン誘導体から成るとのことであった.このうち,④のケイ素含有アクリレート系化合物ではポリジメチルシロキサン(図16)のもつ優れた酸素透過性だけでなく,硬くなりがちなシリコーンハイドロゲルに柔軟性を付与させる機能を追加して新規に開発したとのことである.おそらく,③のケイ素含有メタクリレート系化合物の側鎖を十分に長く軟らかくなるように分子設計を行ったのであろう.また,②の新規ピロリドン系化合物は,優れた吸水性と保水性を付与させるために,主鎖構造とアミド基の配置にこだわって分子設計を行ったとのことである.これらの改良によって,酸素透過性HCL並みの酸素透過係数と従来のハイドロゲルに近い含水率を両立させたという.合わせで,酸素透過率(Dk/t値)は計算上67.6となり,数値上は連続装用も可能である.装用感は1DayAcu-vueRMoistTMに匹敵し,ランニングコストもこちらのほうが安い.AdvanceTMとOasysTMは,PBLSに唯一応用できる軟らかいシリコーンハイドロゲルレンズである.5.Premioわが国初のシリコーンハイドロゲルCLがメニコンか図14HydraclearTM(PVP)による親水化AcuvueROasysTM&AdvanceTMに搭載.2週間装用後,乾燥生理的食塩水に対する接触角:約30°2週間装用後,乾燥後,再び含水生理的食塩水に対する接触角:0°gnizilituSLBPgnizilituSLBP8891ecnisLCSD8891ecnisLCSD図15AcuvueROasysTMとメニコンZRによるピギーバックレンズAcuvueROasysTM(0.50D)のフレキシビリティと親水性は素晴らしく,円錐角膜に容易にフィットするうえ,メニコンZR(3.0D)との組み合わせで,Dk/t値は計算上67.6となる.装用感は1DayAcuvueRMoistTMに匹敵する.SiOCH3CH3SiOCH3CH3SiOCH3CH3SiOCH3CH3SiOCH3CH3SiOCH3CH3SiCH3CH3図16ポリジメチルシロキサンポリジメチルシロキサン.Dk値は500の超酸素透過性ポリマー.超撥水性,親油性でもある.———————————————————————-Page9あたらしい眼科Vol.25,No.7,2008921(17)Premioは含水率40%と,シリコーンハイドロゲルとしては高い含水率をもっているが,こうした,高含水化の方向性はある意味ユニークである.つまり,ゲルの中の溶媒である水には,自由水,中間水,結合水の3つがあり(図17),自由水は高分子内で自由に移動し,酸素を運ぶことができるが,シリコーンハイドロゲル中には自由水が多く存在し,その含水率から想像する以上のイオン透過性が期待できるからである.シリコーンが撥水性の分,ハイドロゲルの含水率をどの程度に落ち着かせるのが良いのか興味深いところである.表面処理ではプラズマ処理を採用している.特定元素のインプランテーションによる化学的改質を追求するのではなく,物理的な特性,すなわちイオンエッチングによる表面のダメージを抑制することを最大限に考慮し,優れた水濡れ性と耐汚染性を発現させたとのことである.おわりに本稿で述べたシリコーンハイドロゲル材料の特徴がレンズ選択の参考になれば幸いである.表2に各種シリコーンハイドロゲルCLの規格を示した.本レンズでは,一般に含水率が高いほどフレキシビリティに富む.メカニカルストレスによる障害がみられれば,まずベースカーブの変更で対応したいところであるが,選択肢がない場合には,含水率の高いレンズに変更してみると良い.乾きの訴えが強い場合には低含水率のレンズが有利であ図17高分子と水の束縛状態ゲルの中の溶媒である水には自由水,中間水,結合水の3つがある.自由水は高分子内で自由に移動し,酸素を運ぶことができる.シリコーンハイドロゲル中には自由水が多く存在し,その含水率から想像する以上のイオン透過性が期待できる.HHHHHHHHHHHHHHHHHHHHOOOHHHOOHHHHOOOOOOOOOO結合水中間水自由水自由水〈親水性高分子と水〉HHHHHHHHHHHHHHHHCH3CH3CH3OOOOOOOO〈疎水性高分子と水〉表2各種シリコーンハイドロゲルCLの規格レンズ名O2OPTIXO2OPTIX(海外版)PureVisionRAcuvueRAdvanceTMAcuvueROasysTMPremio製造会社CIBAVisionCIBAVisionBausch&LombJohnson&JohnsonJohnson&Johnsonメニコン含水率(%)243336473840Dk/t値17513811086147161表面処理メタンプラズマコーティングメタンプラズマコーティングプラズマ処理親水性ポリマー添加親水性ポリマー添加プラズマ処理ベースカーブ(mm)8.68.48.68.68.78.38.88.48.6一般に含水率が高いほど,フレキシビリティに富む.メカニカルストレスによる障害が見られれば,まずベースカーブの変更で対応したいところであるが,選択肢がない場合には,含水率の高いレンズに変更してみると良い.乾きの訴えが強い場合には低含水のレンズが有利であるが,一方でメカニカルストレスの制御はシビアになる.———————————————————————-Page10922あたらしい眼科Vol.25,No.7,2008(18)るが,一方でメカニカルストレスの制御はシビアになる.シリコーンハイドロゲルCLは通常のハイドロゲルCLよりも固く,数値では表せない角膜から強膜への移行部の形状におけるフィッティングにも注意を払うべきである.シリコーンハイドロゲルCLは,いまだ発展途上にあり,三者三様,性質は微妙に異なっているのは解説したとおりである.このレンズが,ベースカーブを選べない,使い捨て,または頻回交換レンズをベースに登場している以上,多様な性質を示すオキュラーサーフェスのすべての例に対応することはむずかしい.レンズの種類を揃えて,それぞれのレンズの特性を利用すること,さらに通常のハイドロゲルCLという選択肢を残しておくことが必須だと思う.シリコーンハイドロゲルCLの今後の発展のためにも,臨床家は,その超酸素透過性ばかりに注目せず,その含水率やフレキシビリティはもちろん,表裏一体にある撥水性や汚れやすさといったsideeectにも考慮して,レンズ処方,経過観察することが大切である.文献1)黒川考臣:機能性ふっ素高分子.p132,日刊工業新聞社,19822)佐野研二,所敬,鈴木禎ほか:フッ素系非含水性ソフトコンタクトレンズ用素材の研究.日コレ誌36:196-200,19943)佐野研二:コンタクトレンズの生体インターフェース技術について.バイオメカニズム学会誌16:287-296,19924)松沢康夫:シリコーンハイドロゲルレンズの基礎知識─表面の性質について─.あたらしい眼科22:1315-1324,20055)AnnaMA,JackPS,JerzyS:Therapeuticuseofasiliconehydrogelcontactlensinselectedclinicalcases.Eye&ContactLens30:63-67,20046)東原尚代:シリコーンハイドロゲルコンタクトレンズの治療用コンタクトレンズとしての可能性.あたらしい眼科22:1339-1344,20057)望月弘嗣,山田昌和,大野建治ほか:ソフトコンタクトレンズに沈着したsPLA2によるドライアイ.第47回日本コンタクトレンズ学会総会抄録集,p46,20048)清水健太郎,佐野研二,柴田優子ほか:イオン性ソフトコンタクトレンズに付着したタンパク質に対するこすり洗いの効果.日コレ誌49:23-25,20079)佐野研二:イオン性素材─何が問題なのか.あたらしい眼科17:917-921,2000

従来型ソフトコンタクトレンズとシリコーンハイドロゲルコンタクトレンズの選択方法

2008年7月31日 木曜日

———————————————————————-Page10910-1810/08/\100/頁/JCLSくら含水率を高めても水の酸素透過係数(Dk値)を超えることはできない1,2).またレンズの形状保持性,耐久性,耐汚染性を維持しながら薄型にし,酸素透過率(Dk/L)を高めることには技術的な限界がある.このような理由から従来型SCLは酸素透過性があまり高くないが,水分が多いため,柔軟で角膜への刺激が少なく,角膜形状にフィットしやすいという特徴がある.含水性SCLは,素材に含まれるイオン性成分の多寡でイオン性(イオン性成分の含有量1mol%以上)と非イオン性(イオン性成分の含有量1mol%未満)の2つに分けられる.これがさらに素材の含水率の高低で高含水(含水率50%以上)と低含水(含水率50%未満)の2つに分けられ,FDA分類(米国食品医薬品局の基準による分類)ではⅠ~Ⅳの4つのグループに分けられている(表1).最近は,乾燥しにくくするために素材に親水性高分子を配合したり,保存液中に保湿成分を添加したりしたレンズもあり3,4),必ずしもこの分類によるレンズの性質が当てはまらないこともあるが,基本的な考え方として以下に示すFDA分類での従来型SCLの特徴を理解しておくことは重要である(表1).グループⅠ:低含水非イオン性素材のSCLである.低含水率で非イオン性であり蛋白質の汚れは付きにくく,耐久性に優れる.低含水率であるため酸素透過性が低いが,装用時の乾燥感が少なく,また素材の形状保持性が良好なため薄型に作られることにより角膜形状へ柔軟にフィットし,外れにくく,長時間の装用でも装用感はじめに従来型ソフトコンタクトレンズ(SCL)といえばハイドロゲル(含水性ゲル)を主成分とした含水性SCLを意味しており,現在も多くの種類の従来型SCLが各メーカーから発売されている.従来型SCLは,素材のイオン性と含水率で,それぞれ特徴があるが,特別な場合を除きSCLを処方するうえで,その違いをそれほど意識する必要はなかった.しかし最近発売されたシリコーンを主成分としたSCL,すなわちシリコーンハイドロゲルコンタクトレンズ(SHCL)は,従来型SCLとレンズの性質が大きく異なっており,SCLを処方する場合には,従来型SCLとSHCLの特徴を理解し,レンズを選択する必要が出てきた.そこで本稿では,従来型SCLとSHCLの特徴を概説し,SCLを処方する場合の従来型SCLとSHCLの選択時の一般的な考え方を述べることにする.I従来型ソフトコンタクトレンズの特徴コンタクトレンズ(CL)の装用による角膜への影響を少なくするためには,大気中からの角膜への酸素供給が減少しないようにすることが重要である.従来型SCLは,主成分の含水性ゲルが酸素を透過しないため,素材中の水を介して角膜に酸素を供給している.そこでレンズの酸素透過性を高くするためには,素材の含水率を高くするか,レンズを薄くする必要がある.しかし含水率が高くなるとレンズは脆く,汚れがつきやすくなり,い(3)9079608034526特集●コンタクトレンズ・ここが知りたいあたらしい眼科25(7):907~912,2008従来型ソフトコンタクトレンズとシリコーンハイドロゲルコンタクトレンズの選択方法SelectionofHydrogelSoftContactLensesandSiliconeHydrogelContactLenses塩谷浩*———————————————————————-Page2908あたらしい眼科Vol.25,No.7,2008(4)グループⅣ:高含水イオン性素材のSCLである.高含水率でイオン性であるため帯電した蛋白質の汚れが他のグループのSCLより付きやすく,低含水率の素材より軟らかく耐久性は劣り,長時間の装用時に乾燥感が出やすい.しかし装着直後のフィット感が良好で,装用感への慣れが早いレンズが多い.高含水率であるため酸素透過性が高く,長時間の装用での角膜への負担が軽い.IIシリコーンハイドロゲルコンタクトレンズの特徴SHCLは,シリコーンを主成分とした新しいタイプのSCLである.従来型SCLが素材の水を介して酸素を透過しているのに対して,SHCLは主として素材のシリコーンを介して酸素を透過している.シリコーンのDk値が水と比べて数倍以上と非常に高いため,SHCLは含水率が50~60%より低い値ならば,含水率が低いほどDk値が高い1,2).したがってSHCLは酸素透過性を高くするために含水率を高める必要がなく,その特徴であるが良いレンズが多い.グループⅡ:高含水非イオン性素材のSCLである.高含水率であるためグループⅠのSCLより汚れが付きやすいが,非イオン性であるためグループⅢやグループⅣのSCLよりは帯電した蛋白質の汚れは付きにくい.また低含水率の素材より軟らかく耐久性は劣り,厚みのあるデザインで作られることにより,装用直後のフィット感に優れぬレンズもあるが,固着しにくいため,角膜周辺部で涙液交換が十分に行われ,長時間の装用時にも乾燥感が少ないレンズが多い.酸素透過性が高く長時間の装用に適している.グループⅢ:低含水イオン性素材のSCLである.イオン性であるためグループⅠのSCLより帯電した蛋白質の汚れは付きやすいが,非イオン性であっても高含水率であるグループⅡのSCLと同程度の汚れの付きやすさであると考えられる.低含水率であるため酸素透過性は低いが,装用時の乾燥感が少なく,耐久性が優れているレンズが多い.表1FDA分類と従来型ソフトコンタクトレンズの特徴FDA分類素材の特性特徴グループⅠ低含水(含水率50%未満)非イオン性酸素透過性は低い.汚れが付きにくく,耐久性に優れる.薄型でも形状保持性が良い.グループⅡ高含水(含水率50%以上)非イオン性酸素透過性は高い.汚れがやや付きやすく,耐久性はやや劣る.柔軟性があり,固着しにくく,乾燥感が比較的少ない.グループⅢ低含水(含水率50%未満)イオン性酸素透過性は低い.汚れがやや付きやすいが,耐久性に優れる.形状保持性が良く,乾燥感が比較的少ない.グループⅣ高含水(含水率50%以上)イオン性酸素透過性は高い.汚れが付きやすく,耐久性は劣る.柔軟性があり,装用感が良い.表2シリコーンハイドロゲルコンタクトレンズの種類製品名O2オプティクスアキュビューRアドバンスTMアキュビューRオアシスTMアキュビューRオアシスTM乱視用ピュアビジョンピュアビジョン乱視用2ウィークプレミオメーカーCIBAVisionJohnson&JohnsonJohnson&JohnsonBoush&LombメニコンFDA分類ⅠⅠⅠⅢⅠ含水率(%)2447383640Dk*14060103101129Dk/L**17585.7147110161装用形態1カ月終日装用2週間終日装用2週間終日装用1週間終日装用2週間終日装用1カ月連続装用1週間連続装用*Dk:酸素透過係数〔単位=×1011(cm2/sec)・(mlO2/ml×mmHg)〕.**Dk/L:酸素透過率〔単位=×109(cm/sec)・(mlO2/ml×mmHg)〕.———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.25,No.7,2008909(5)ばれる弧状の角膜上皮障害やレンズ下に小さい透明な球体であるムチンボール(mucinballs)(図3)が認められることがあり,注意が必要である.III従来型ソフトコンタクトレンズの選択方法これまでの一般的な従来型SCLのなかから処方するレンズの種類を選択する場合には,まず,装用者の希望しているCLの使用スタイルからレンズの種類を選択する.すなわち,日常的に規則正しく使うのか,必要なときだけ使うのか(毎日装用,不規則装用)などの装用者の希望しているCLの使用スタイルを検討し,使用可能期間により分類されているSCL(1日交換,1週間交換,酸素透過性を維持しながら,レンズとしての柔軟性と,ある程度のイオンの透過性を保持するように含水率が設定されている.元来,SHCLは,主成分であるシリコーンが疎水性で,親油性であり,硬い素材であるため,そのままレンズ化されると,従来型SCLと比べ蛋白質や脂質の汚れがつきやすく,柔軟性が劣り,角膜へ固着しやすくなることが問題とされてきた.そこでそれを克服するためSHCLの各製品では,表面処理や親水性高分子の配合などの素材への加工が施され,デザインも工夫されている.現在,日本では4社から5種類7製品(球面レンズ5製品,トーリックレンズ2製品)が発売されている(表2).SHCLの特徴をまとめると以下のようになる.すなわちシリコーンが主成分であるため酸素透過性が高く,長時間,長期間の装用でも角膜への影響が少ない.シリコーンの性質上,脂質の汚れが付きやすいが,低含水率で,素材の表面へ特殊な加工が施されているため蛋白質の汚れは付きにくく,装用時の乾燥感が少ない.従来型SCLより硬い素材であるため,角膜形状へのなじみが悪く,フィッティングが不良の場合,装用直後のフィット感が優れぬ場合,長時間の装用で角膜へレンズが固着すること(図1)があるが,耐久性が高く,形状保持性が良いため取り扱いやすい.また従来型SCLではまれなSHCLに特有の眼変化として,角膜上方輪部にSEALs(superiorepithelialarcuatelesions)(図2)とよ図1レンズの固着による球結膜の圧痕図2角膜上皮障害(superiorepithelialarcuatelesions:SEALs)図3ムチンボール(mucinball)———————————————————————-Page4910あたらしい眼科Vol.25,No.7,2008(6)SHCLの特徴を知っていれば,従来型SCLとSHCLの選択方法は理解しやすくなる.従来型SCLの選択方法の第二段階である装用時間と装用形態,最終段階である眼の装用条件では,主として素材の違いからレンズの種類を選択する.このとき素材の高酸素透過性,低含水率と素材への加工が装用者に利点をもたらす場合には従来型SCLより優先してSHCLを選択する.すなわち高酸素透過性により安全性の向上が期待されるため,長時間装用者,不規則装用者,若年者,酸素欠乏症状(pigmentedslide,角膜血管新生,角膜内皮細胞密度減少)の出現した既装用者,酸素欠乏による球結膜充血のある既装用者やレンズの厚みにより高酸素透過性を必要とする強度の屈折異常(強度近視,強度乱視,強度遠視)などの場合にSHCLを選択する.また低含水率と素材への加工による低乾燥性,耐汚染性により,軽度のドライアイ,乾燥感や球結膜充血のある既装用者,レンズが汚れやすいアレルギー性結膜炎の既往のある装用者の場合にSHCLを選択する(表3).Vシリコーンハイドロゲルコンタクトレンズの適応と非適応SHCLは,従来型SCLよりはるかに高酸素透過性で,乾燥感が少なく汚れにくい素材であり,生体に影響の少ない優れたレンズであるが,このレンズをSCLが適応となるすべての装用者に対して選択してはいけないのであろうか.素朴な疑問であるが,答えは可であると同時に否である.たとえSHCLの素材の性質が優れていても,現状ではSCLとしての他の要素で従来型SCLより劣っている点もあり,それぞれの装用者の眼の条件を検討したうえで選択することが処方を成功させるためには重要である.2週間頻回交換,定期交換,従来型SCL)のなかの適当なレンズの種類を選択する.つぎに装用時間の長さと装用形態(終日装用,連続装用,装用中の仮眠の有無)などの予想される装用状況を検討し,レンズの種類を限定する.最後に装用者の涙液,角膜,眼瞼結膜,瞬目,閉瞼の状態,屈折異常の程度,既往歴(ドライアイ,アレルギー性結膜炎,CLでのトラブル)などの眼の装用条件とSCLの使用環境(スポーツ,パソコン使用,アウトドア,車の運転)から総合的に判断して,素材の含水率,イオン性・非イオン性,酸素透過性,レンズのデザイン(ベースカーブ,サイズ,厚さ,周辺部形状)をどうするかを検討し,適正と考えられるレンズを決定する(図4).IVシリコーンハイドロゲルコンタクトレンズの選択方法SHCLの選択方法は,前述の一般的な従来型SCLの選択方法に,素材のまったく違うSHCLという選択肢が加わったということである.素材の違いから生まれる使用スタイルを検討使用期間により分類されたSCLのなかから選択(1日交換,1週間交換,2週間頻回交換,定期交換,従来型SCL)装用時間と装用形態を検討酸素透過性を考してSCLを選択眼の装用条件とSCLの使用環境を検討フィッティング,見え方,低乾燥性,耐汚染性からSCLの種類を決定図4従来型ソフトコンタクトレンズの選択方法の流れ表3シリコーンハイドロゲルコンタクトレンズの特徴と適応特徴適応高酸素透過性長時間装用者,不規則装用者,若年者,酸素欠乏症状(pigmentedslide,角膜血管新生,角膜内皮細胞密度減少)の出現した既装用者,酸素欠乏による球結膜充血のある既装用者やレンズの厚みにより高酸素透過性を必要とする強度屈折異常(強度近視,強度乱視,強度遠視)低乾燥性軽度のドライアイ,乾燥感や球結膜充血のある既装用者耐汚染性レンズが汚れやすいアレルギー性結膜炎の既往歴のある既装用者———————————————————————-Page5あたらしい眼科Vol.25,No.7,2008911(7)SHCLは,酸素欠乏による合併症の少ない,安全性の高いレンズであると考えられているが,角膜浸潤(図5)が起こることがあるし,汚れが付きにくいレンズであるにもかかわらず巨大乳頭結膜炎(giantpapillarycon-junctivitis:GPC)(図6)が惹起されることもある.このように高酸素透過性,低乾燥性,耐汚染性を必要とする条件(特に乾燥感や充血をはじめとする従来型SCLの装用で問題を抱えているような既装用者)に対してSHCLを処方した場合に,装用者によっては合併症が起こることがある.トラブルの予防のためにCLの選択時にSHCLの適応と非適応を判断することができればよいのであるが,確実な基準がないのが現状である.しかし,これまでの筆者の処方経験からは,トライアルレンズのフィッティングでレンズのずれやエッジの浮き上がりがあり,ベースカーブを小さいものに変える必要がある眼では,装用開始後しばらくしてから,おそらくレンズの角膜上での動きが減少する時間帯にレンズが角膜に固着し,角膜上皮障害を起こす確率が高く,SHCLの非適応と考えられる.またトライアルレンズ装用時の数回の瞬目でレンズの表面に汚れが付着する状態の眼,CLの未経験者であれば上眼瞼結膜にわずかでも充血を伴う中等度のサイズの濾胞が散在する眼,SCL既装用者であれば上眼瞼結膜の円蓋部側にCL起因乳頭結膜炎(contactlensrelatedpapillaryconjunctivitis:CLPC)が認められる眼,ハードCL既装用者であれば上眼瞼結膜の眼瞼縁側にCLPCが認められる眼では,乳頭が増殖してGPC化する確率が高く,現状では1週間以上の長期間使用するSHCLは非適応であり,1日交換型使い捨てSCLが適応であると考えられる.VIシリコーンハイドロゲルコンタクトレンズの処方例最後に従来型SCLからSHCLへの変更で,装用者の自覚症状の見えづらさと乾燥感,他覚的所見の点状表層角膜症(supercialpunctatekeratopathy:SPK)が軽快した症例を供覧し,SHCLの特徴を理解するうえでの図5角膜浸潤7症例に認められた点状表層角膜症(supercialpunctatekeratopathy:SPK)図6巨大乳頭結膜炎(giantpapillaryconjunctivitis:GPC)———————————————————————-Page6912あたらしい眼科Vol.25,No.7,2008(8)助けとしたい.症例は43歳の女性で,酸素透過性ハードCLを24年間装用していたが,1年前からFDA分類グループⅣの2週間頻回交換SCLに変更した.装用開始後,徐々に矯正視力が低下し,近視化と乱視の出現で何度も度数を変更していた.疲労感と近方視に不自由さを感じ,慢性的な乾燥感と異物感があり,ヒアルロン酸点眼液を常用していた.初診時には両眼にSPKが認められた(図7)が,CLを外して2カ月の治療後にSPKが消失したため2週間頻回交換SHCLを処方した.変更後3カ月でも乾燥感と異物感はなく,角膜に異常は認められず(図8),SHCLの高酸素透過性と低乾燥性が奏効したと考えられた.おわりにSCLを処方する場合には,CLを装用する眼の状態を観察し,実際に装用したレンズのフィッティングと経過観察から処方するレンズを選択することが基本である.従来型SCL,SHCLどちらのタイプを選択する場合にも素材のスペックだけを頼りにしないことが処方の成功につながると考えられる.文献1)植田喜一:シリコーンハイドロゲルレンズの基礎.日コレ誌49:10-15,20072)糸井素純:シリコーンハイドロゲルコンタクトレンズ.あたらしい眼科24:697-703,20073)小玉裕司:乾燥予防ワンデー使い捨てコンタクトレンズ.あたらしい眼科24:717-721,20074)佐野研二:コンタクトレンズ素材とその進歩.日コレ誌50:13-23,2008図8シリコーンハイドロゲルコンタクトレンズ装用後の症例の角膜

序説:コンタクトレンズ・ここが知りたい

2008年7月31日 木曜日

———————————————————————-Page10910-1810/08/\100/頁/JCLSは異なる反応を示すことが報告されている.その程度はSHCL製品の違いによって,またケア用品との組み合わせによって程度に差がある.最近は,このような角膜ステイニングには臨床的な意味はないという見方が強くなりつつある3)が,いずれにせよ従来素材SCLとは異なる視点でSHCLの種類,ケア用品との組み合わせを考え,経過を観察し,患者を指導していかなければならない.SHCLの最大の特徴は高いガス透過性である.このため,就寝時装用を行っても角膜に生ずる浮腫は裸眼就寝時と変わらず,従来よりも角膜に負担をかけない,安全な連続装用が可能になると期待されている.実際には連続装用による合併症にはガス透過性の不足だけではなく,CLの固着やCL下異物,CLの汚れやCLの常在による眼瞼への刺激なども大きく関与している.また使用者のコンプライアンスも問題となるため,SHCLであっ日本でコンタクトレンズ(CL)の臨床使用が始まってから60年近くが経過し1),CL素材はハードCL(HCL)からソフトCL(SCL)へと主流が変わり,SCLの使用方法も1日~1カ月で定期的に交換する方式が常識となってきた.21世紀に入ってからのCLの流れとして,このような頻回交換,使い捨てSCLの普及とともに,乱視用SCL,遠近両用CLといった付加価値SCLの実用化があげられる.しかし,最も大きな変化は20世紀末を飾ったシリコーンハイドロゲルコンタクトレンズ(SHCL)の登場であろう2).SHCLは柔軟で含水しており,従来のSCLと大差ないように受け取られることも多いが,実際には使用されるポリマーも,その特性も,従来の素材でつくられたSCL(従来素材SCL)とは大きく異なっており,ガス透過性や乾燥しにくさについてはまったく違う次元に到達したCLである.SHCLは最新のSCLではなく,むしろHCL,従来素材SCLにつぐ第三のCLと考えることもできる.したがって,これからのCL処方においてはHCL,従来素材SCL,SHCLのいずれかをまず選択し,そのうえで各CLの中のどの製品がその症例に最適であるかを考える必要がある.SHCLに使用するケア用品については,いまのところ従来素材と同じ米国FDA(FoodandDrugAdministration)のグループ分類が適用されているが,角膜ステイニングなどについて,従来素材と(1)905●序説あたらしい眼科25(7):905~906,2008コンタクトレンズここがりたいEverythingYouWanttoKnowAboutContactLenses稲葉昌丸*表1CLの素材,使用方法の変遷ガラス素材強膜HCLの登場1888年PMMA製角膜HCLの登場1936年スピンキャスト法による含水SCLの登場1956年透気性HCLの登場1971年連続装用SCLの登場(米国)1981年使い捨て連続装用SCLの登場(米国)1988年使い捨て連続装用SCLの登場(日本)1995年シリコーンハイドロゲルCLの登場1998年HCL:ハードコンタクトレンズ,PMMA:ポリメチルメタクリレート,SCL:ソフトコンタクトレンズ.———————————————————————-Page2906あたらしい眼科Vol.25,No.7,2008(2)てCL処方を考え直す必要があるだろう.CLは異物である以上,現在のところ眼に障害を与えることは避けられないが,なかでも角膜感染症は不可逆な視力低下を残すおそれがあり,最も重大な合併症である.近年,米国やアジアにおいてCLケア用品が原因となったと思われる角膜感染症が発生し,水道水や河川,プールの水などによるアカントアメーバ感染も問題となっている.CLの改善だけでは感染症を完全に予防することはできない.感染症の実態を把握し,対策を講ずる必要がある.今回の特集では,CL臨床に関わるこれらのテーマについて,各分野の専門家に要点を尽くした記事を書いていただいた.明日からの診療に十二分に役立てていただきたい.文献1)水谷由紀夫:コンタクトレンズ博物誌その5.日コレ誌49:135-137,20072)Szczotka-ynn:Abriefhistoryofcontactlensmaterial:ContactLensSpectrum,June,23,20063)LevyB,OrsbornG:Clinicalrisks:MythsandTruths:ContactLensSpectrum,January,42-46,20084)KeayL,EdwardsK,StapletonF:Anearlyassessmentofsiliconehydrogelsafety:Pearlsandpitfalls,andcurrentstatus.EyeContactLens33:358-361,2007ても合併症のリスクは終日装用より高いという報告が多い4).安全な連続装用はCLの理想の一つであり,今後も追求されるべき目標であるが,どこまで可能となっただろうか.視機能はLandolt環の視力表を用いて測定する矯正視力で表現されてきたが,コントラスト感度表やlogMAR視力表の登場によって,より精密に表現できるようになり,波面センサーの登場によって球面,円柱面のみならずコマ収差などの高次の屈折異常も測定できるようになってきた.このような測定手段は被検者の自覚的な見え方を把握するのに有用なだけでなく,矯正光学系を設計し,評価するうえでも有用と考えられる.CL装用者が増えるにつれてCL装用者の眼圧を測定する機会も増加している.CLを外して眼圧を測る操作は,単に煩雑なだけでなく,外したCLの保全や感染への配慮も必要となる.特に使い捨てSCLではCL上から眼圧を測定せざるをえないことも多い.はたしてCL上の眼圧測定値は「使える」のだろうか?CLを議論する際,時として忘れられがちなのが「CLは屈折矯正手段である」という当然の事実である.眼表面に対する影響がいかに少なくとも,適切な屈折矯正が行われていなければ,眼精疲労やそれに伴う不定愁訴などの原因となる.眼科の根本である屈折矯正に立ち返っ

ロービジョン患者の疾患別不自由度の特徴

2008年6月30日 月曜日

———————————————————————-Page1(145)8950910-1810/08/\100/頁/JCLS《原著》あたらしい眼科25(6):895898,2008cはじめに視機能の低下は,それまで視覚を用いて支障なく行っていた動作や読み書き,歩行などの行動を困難にし,視覚障害者の生活の質(qualityoflife:QOL)の低下をもたらす.一方,視覚障害等級は,視力・視野障害の程度によって判定されており,視覚障害者の障害程度を評価する基準として定められたものである〔身体障害者福祉法施行規則第5条(昭和25年4月6日厚生省令15)〕.しかし,視力,視野ともに他〔別刷請求先〕柳澤美衣子:〒113-8655東京都文京区本郷7-3-1東京大学大学院眼科・視覚矯正科Reprintrequests:MiekoYanagisawa,DepartmentofOphthalmology,UniversityofTokyoGraduateSchoolofMedicine,7-3-1Hongou,Bunkyou-ku,Tokyo113-8655,JAPANロービジョン患者の疾患別不自由度の特徴柳澤美衣子*1,2国松志保*1加藤聡*1北澤万里子*1田村めぐみ*1落合眞紀子*1庄司信行*2,3*1東京大学大学院眼科・視覚矯正科*2北里大学大学院医療系研究科・臨床医科学群・眼科学*3北里大学医療衛生学部・リハビリテーション学科・視覚機能療法学専攻QualityofLifeCharacteristicsEvaluationinPatientswithVariousOcularDiseasesMiekoYanagisawa1,2),ShihoKunimatsu1),SatoshiKato1),MarikoKitazawa1),MegumiTamura1),MakikoOchiai1)andNobuyukiSyoji3)1)DepartmentofOphthalmology,UniversityofTokyoGraduateSchoolofMedicine,2)DepartmentofOphthalmology,UniversityofKitasatoGraduateSchoolofMedicine,3)DepartmentofRehabilitation,OrthopticsandVisualScienceCourse,KitasatoUniversity,SchoolofAlliedHealthSciences目的:ロービジョン(LV)患者の不自由度について調査を行い,疾患ごとに等級別に検討した.方法:外来を受診した269例中の受診が多かった上位3疾患(緑内障108例,黄斑変性44例,糖尿病網膜症34例)の186例を対象とした.障害等級分布は,1・2級100例,3・4級44例,5・6級42例であった.Sumiの問診票により不自由度を数値化後,総和を項目数で除した不自由度を算出し,等級別に比較検討をした.結果:1・2級で緑内障と糖尿病網膜症,または緑内障と黄斑変性の間に有意差を認めた(p=0.0005,ANOVA).黄斑変性,糖尿病網膜症にて等級間に有意差を認めた(p<0.0001,ANOVA)が,緑内障では,等級間で不自由度に有意差はなかった(p=0.06,ANOVA).結論:1・2級において緑内障は黄斑変性,糖尿病網膜症に比べ,不自由度が有意に低く,黄斑変性では等級別に不自由度が異なった.Toinvestigatedierencesinqualityoflife(QOL)characteristicsamongvariousdiseasesinpatientswithvisu-alhandicaps,weanalyzedtheQOLcharacteristicsassociatedwiththreediseasesin186visuallyhandicappedJapa-nesepatients(glaucoma:108cases,maculardegeneration:44cases,diabeticretinopathy:34cases).Usingapre-viouslydevelopedquestionnaire,weassesseddisabilityindexes(DI),asaQOLcharacteristicinpatientswiththesediseases.Regardingrst-andsecond-gradehandicaps,totalDIdieredbetweenglaucoma+diabetespatientsandglaucoma+maculardegenerationpatients(p=0.0005,ANOVA).TheDIdieredbetweenhandicapsinmaculardegeneration+diabetespatients(p<0.0001,ANOVA).Inpatientswithglaucoma,theDIdidnotdieramongvisu-alhandicapgrades(p=0.06,ANOVA).Withrst-andsecond-gradehandicaps,theDIofpatientswithglaucomawaslowerthanthoseofpatientswithotherdiseases.Inaddition,theDIofpatientswithmaculardegenerationdieredaccordingtothegradeofvisualhandicap.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)25(6):895898,2008〕Keywords:視覚障害,視覚障害等級,不自由度,ロービジョン,緑内障,黄斑変性,糖尿病網膜症.visualim-pairment,visualhandicapgrades,thedisabilityindexes,lowvisioncare,glaucoma,maculardegeneration,diabeticretinopathy.———————————————————————-Page2896あたらしい眼科Vol.25,No.6,2008(146)1・2級と3・4級の間で差がみられることが多く,実際に1・2級と3・4級で不自由度に相違がみられるかを調べるために,視覚障害等級を1・2級,3・4級,5・6級の3段階に再分類し,3疾患それぞれにおける不自由度の相違を等級別に比較検討を行った.全症例,全疾患において総合不自由度の相違を,分散分析(ANOVA)を用いて比較し,Tukey-Kramerにて検討した.全解析において,p<0.05を有意と覚的な評価であるため,視覚障害等級が必ずしも視覚障害者のQOLを正しく反映しているとは限らない1).そのため視覚障害者のQOL評価として視覚障害者の視点に立脚した指標が必要であると考えられるようになってきた.以前からロービジョン(LV)患者の日常生活のQOLを調査する報告は数報あり27),緑内障,黄斑変性などの疾患別のQOLの評価なども報告されている8,9).以前の国松らの報告7)では,QOLの評価としてSumiの問診票10)を用いて疾患別にLV患者の不自由度を調査し,視覚障害等級との相関を検討しており,全体では障害等級と不自由度の相関があったと報告している.しかし同程度の等級でも疾患によって不自由度に差があるかどうか詳細は不明である.そこで今回筆者らは,国松らと同じSumiの問診票を用いてLV患者の不自由度を調査し,疾患ごとに視覚障害等級別の不自由度を比較検討した.I対象および方法2002年4月から2007年6月に東京大学医学部附属病院眼科(以下,当院)LV外来を受診し,視覚障害による障害者手帳を取得している269例(男性149名,女性120名)中,受診が多かった上位3疾患の186例を対象とした.3疾患の内訳は,緑内障108例,黄斑変性44例,糖尿病網膜症34例であり,対象の平均年齢は66.7±13.8歳であった.各疾患(緑内障,黄斑変性,糖尿病網膜症)別に,年齢,男女比,視覚障害等級の内訳を表1に示す.それぞれの相違を,分散分析(ANOVA)を用いて比較し,Tukey-Kramerにて検討した.年齢においてのみ疾患別に有意差がみられ,特に黄斑変性と緑内障,黄斑変性と糖尿病網膜症で黄斑変性の年齢が有意に高い結果となった.対象症例に対して,Sumiの問診票を用い,問診より「文字,文章,歩行,移動,食事,着衣整容,その他」(表2)の7項目に関し,不自由さを数値化(非常に不便=2,やや不便=1,ほとんど不便を感じない=0)し,総和を項目数で除した値を患者の総合不自由度として評価した.疾患別の視覚障害等級の分布の差についてはc2検定を行った.視覚障害者手帳取得者に対する福祉サービスにおいて表1背景(歳)男/女(人数)1・2級/3・4級/5・6級(人数)緑内障10865.0±15.070/3873/19/16黄斑変性4472.4±10.623/2110/19/15糖尿病網膜症3464.9±10.818/1617/6/11p*0.007*0.25*<0.0001***ANOVA,**c2検定.表2Sumiの問診票1)新聞の見出しの大きい文字は読めますか.2)新聞の細かい文字を読めますか.3)辞書などの細かい文字は読めますか.4)電話帳や住所録の活字は読めますか.5)駅の料金表や路線図は見えますか.読字(文章)6)文章の読み書きに不自由を感じますか.7)縦書きの文章を書くとき,曲がってしまうことはよくありますか.8)文章を一行読んだ後,次の行に移るとき,見失うことはよくありますか.歩行(家の近所への外出について)9)見づらくて歩きづらいことはありますか.10)ひとりで散歩はできますか.11)信号を見落とすことはありますか.12)歩行中,人やものにぶつかることはありますか.13)階段を昇り降りするとき,つまずくことはよくありますか.14)道路に段差があったとき,気づかないことはありますか.15)知人とすれ違っても,相手から声をかけられないとわからないことはありますか.16)人や走行中の車が脇から近づいてくるのがわからないときがありますか.移動(交通機関(電車,バス,タクシーなど)を利用した外出)17)見づらくて外出に不自由を感じることはありますか.18)知らないところに外出するとき,付き添いは必要ですか.19)タクシーを拾うとき,空車かどうかわからないことはありますか.20)電車やバスでの移動に不自由を感じますか.21)夜間の外出は見づらくて不安を感じますか.食事22)見づらくて食事に不自由を感じることはありますか.23)見づらくて食べこぼしたりすることはありますか.24)お茶やお湯を注ぐとき,こぼすことはよくありますか.25)おはしでおかずをつかむとき,つかみそこねることはありますか.着衣整容26)下着の表裏がわかりづらいことがありますか.27)お化粧やひげ剃りの際,自分の顔は見えますか.その他28)テレビは見えますか.29)床に落とした物を探すのに苦労することがありますか.30)電話に顔を近づけないとかけづらいことがありますか.———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.25,No.6,2008897(147)3・4級,5・6級のそれぞれで総合不自由度に有意差があり,糖尿病網膜症では1・2級の総合不自由度が3・4級,5・6級に比べ有意に高い結果となった.緑内障の1・2級の総合不自由度が有意に低くなった原因として,疾病の進行過程が大きく影響すると思われる.緑内障ではおもな障害が求心性視野障害であり,それも比較的長い時間をかけてゆっくり進行する疾患であると考えられる.それに比べ,黄斑変性のおもな障害は中心視力障害であり,糖尿病網膜症では視力障害と視野障害の両方であり,レーザー瘢痕や網膜血管床閉塞領域,牽引性網膜離などによる不規則な視機能低下を伴うこともある.以上のことから,緑内障の1・2級の総合不自由度が低かった原因を考えると,障害の進行がゆっくりである疾患では不自由さに徐々に慣れていくため不自由さを訴える程度が軽くなった,つまり不自由度が低くなったと考えられる.疾病の進行過程を考えてみると,徐々に視機能を失っていく疾患とある時を境に急に視機能が低下する疾患を比較すると,ある時点で同じ視機能の状態であったとしても不自由さの自覚は異なると考えられる.たとえば,緑内障や網膜色素変性症などのように比較的障害の進行が徐々に進む疾患の場合は,不自由さにも徐々に慣れていき,不自由さの訴えが少なくなると考えられる.一方,ある時を境に急に症状が変化することが比較的起こりやすい黄斑変性や糖尿病網膜症は不自由さに慣れていないため不自由さを強く訴える傾向があるのではないかと考えられた.そのうえ,障害者手帳の申請の視覚に関する2つの項目のうち,緑内障患者では,視野障害がおもな原因であり,求心性視野障害のほうが重度障害に認定されやすい可能性も考えられた.黄斑変性や糖尿病網膜症のようにおもな障害が視力障害でした.II結果原因疾患の上位3疾患(緑内障,黄斑変性,糖尿病網膜症)において,視覚障害等級1・2級で比較したときのみ3疾患に有意差がみられた(p=0.0005,ANOVA,図1).緑内障と黄斑変性,緑内障と糖尿病網膜症それぞれで有意差がみられ(緑内障:1.32±0.40,黄斑疾患:1.62±0.19,糖尿病網膜症:1.67±0.22,Tukey-Kramer),緑内障の1・2級の総合不自由度が黄斑変性,糖尿病網膜症の総合不自由度に比べ有意に低い結果となった.一方,3・4級,5・6級においては3疾患で有意差はみられなかった(それぞれp=0.86,p=0.68,ANOVA).また視覚障害等級間における総合不自由度を検討してみると,黄斑変性,糖尿病網膜症において視覚障害等級別に有意差がみられた(両者ともp<0.0001,ANOVA,図2).黄斑変性では,どの等級間でも有意差があり(1・2級:1.62±0.19,3・4級:1.27±0.36,5・6級:0.95±0.37,Tukey-Kramer),糖尿病網膜症では,1・2級の総合不自由度が3・4級,5・6級に比べ有意に高い結果となった(1・2級:1.67±0.22,3・4級:1.26±0.35,5・6級:1.04±0.41,Tukey-Kramer).緑内障では視覚障害等級別に総合不自由度の差はなかった(p=0.06,ANOVA).III考按本研究では,疾患別,視覚障害等級別にLV患者の不自由度を知るために,当院を受診したLV患者に対して,視機能の評価とともにSumiの問診票を用いて,総合不自由度について調査した.等級別で検討してみると緑内障1・2級の総合不自由度が,黄斑変性,糖尿病網膜症に比べ有意に低い結果となった.疾患別でみてみると,黄斑変性では1・2級,図2疾患別における視覚障害等級の不自由度緑内障では等級間の不自由度に有意差はみられなかった(p=0.06).黄斑変性ではどの等級間でも有意差がみられ(p<0.0001),糖尿病網膜症では1・2級と3・4級,1・2級と5・6級で有意差がみられた(p<0.0001).*NS*:ANOVA,Tukey-Kramer21.61.20.80.40緑内障黄斑変性糖尿病網膜症総合不自由度**NS**:1・2級:3・4級:5・6級図1視覚障害等級別における3疾患の不自由度1・2級において3疾患の不自由度に有意差がみられた(p=0.0005).3・4級,5・6級では有意差はみられなかった(p=0.86,p=0.68).NSNSNS*:ANOVA,Tukey-Kramer21.61.20.80.401・2級3・4級5・6級総合不自由度**:緑内障:黄斑変性:糖尿病網膜症———————————————————————-Page4898あたらしい眼科Vol.25,No.6,2008(148)2)ScottIU,ScheinOD,WestSetal:Functionalstatusandqualityoflifemeasurement:amongophthalmicpatient.ArchOphthalmol112:329-335,19943)平島育美,山縣祥隆,並木マキほか:兵庫医科大学病院眼科におけるQualityofLifeアンケート調査.眼紀51:1134-1139,20004)西脇友紀,田中恵津子,小田浩一ほか:ロービジョン患者のQualityofLife(QOL)評価と潜在的ニーズ.眼紀53:527-531,20025)MendesF,SchaumbergDA,NavonSetal:Assessmentofvisualfunctionaftercornealtransplantation:Thequal-ityoflifeandpsychometricassessmentaftercornealtransplantation(Q-PACT)study.AmJOphthalmol135:785-793,20036)柳澤美衣子,国松志保,加藤聡ほか:重度視覚障害者における疾患別生活不自由度.あたらしい眼科23:1235-1238,20067)国松志保,加藤聡,鷲見泉ほか:ロービジョン患者の生活不自由度と障害等級.日眼会誌111:454-458,20078)湯沢美都子,鈴鴨よしみ,李才源ほか:加齢黄斑変性のqualityoflifeの評価.日眼会誌108:368-374,20049)浅野紀美江,川瀬和秀,山本哲也:緑内障患者のQualityofLifeの評価.あたらしい眼科23:655-659,200610)SumiI,ShiratoS,MatsumotoSetal:Therelationshipbetweenvisualdisabilityandvisualeldinpatientswithglaucoma.Ophthalmology110:332-339,2003ある疾患では,「見ようとする対象が見えない」ため,不自由さを本人がより自覚しやすく,不自由さを強く訴えることもあげられる.そのため最も自覚しやすいと考えられる視力の値が低くなれば,不自由さの自覚も比例して大きくなることが考えられる.このことが黄斑変性,糖尿病網膜症において1・2級,3・4級,5・6級の等級間で総合不自由度に有意差があった原因と思われる.以上の観点から,LV患者の視覚障害による不自由さを知るには,実際の視力,視野などの視機能の状態だけでなく,現在に至るまでどのように症状が変化してきたかという経過も知る必要がある.今後,LV患者のQOLを詳細に知るためには障害の経過を含めた状態,視野の障害部位による不自由度の差など視機能の状態を細かく分けて調べることが必要であると思われた.また視覚障害による各疾患に特有な日常生活への影響を評価するためには,総合不自由度の比較だけでなく,「読字」や「歩行」などの項目別にみた不自由度の検討も今後必要である.文献1)山縣祥隆:視野障害者の日常生活における能力障害の評価.眼紀58:269-273,2007***

英国の運転免許の視野基準をそのまま日本に取り入れることができるか? ─眼瞼挙上術と視野の関係から推察─

2008年6月30日 月曜日

———————————————————————-Page1(141)8910910-1810/08/\100/頁/JCLS《原著》あたらしい眼科25(6):891894,2008c〔別刷請求先〕加茂純子:〒400-0034甲府市宝1-9-1甲府共立病院眼科Reprintrequests:JunkoKamo,M.D.,DepartmentofOphthalmology,KofuKyoritsuHospital,1-9-1Takara,Kofu,Yamanashi400-0034,JAPAN英国の運転免許の視野基準をそのまま日本に取り入れることができるか?─眼瞼挙上術と視野の関係から推察─加茂純子*1佐久間静子*1矢崎三千代*1星野清司*2*1甲府共立病院眼科*2巨摩共立病院眼科CantheBritishVisualFieldStandardforDriversbeAdoptedtoAs-IsTotheJapaneseStandard─SpeculatedfromtheEectonVisualFieldofSurgeryforElderlyPtosisJunkoKamo1),ShizukoSakuma1),MichiyoYazaki1)andSeijiHoshino2)1)DepartmentofOphthalmology,KofuKyoritsuHospital,2)DepartmentofOphthalmology,KomaKyoritsuHospital:英国ではEstermantestまたはGoldmannⅢ4の両眼合わせた水平視野が120°あることを運転免許の視野基準としている.また中心から20°以内に連続した暗点があると不適格と判定される.目的:眼瞼挙上術の手術の結果,英国の基準に達するかを判定した.対象および方法:2005年8月から2007年6月の間に甲府共立病院で行った老人性眼瞼弛緩,および顔面神経麻痺後の眼瞼下垂に対する眼瞼挙上術のうち29眼は術前術後に視野を測ることができた.男性12眼,女性17眼で平均年齢は72.6歳(5691歳).V4とI4の平均からⅢ4を推測し,英国の合格基準に達するかを調べた.結果:両眼合わせた水平視野(°)は術前V4e120±25,Ⅲ4e98±29,術後はV4e143±18,Ⅲ4e125±17で各イソプター間には有意な差があった.垂直視野(°)の平均は術前でV4e23.1±10,Ⅲ4e20.2±9.7,術後でV4e34±11.5,Ⅲ4e30.2±9.8.両眼水平視野が術前120°以上あるものは,V4で60%,Ⅲ4で20%,術後はV4で80%,Ⅲ4で45%であった.垂直の中心から20°以上あるものは術前V4で55.1%,Ⅲ4では51.7%,術後ではV4が86.2%,Ⅲ4で82.7%であった.結論:眼瞼下垂の手術は,統計的に日本人の視野を広げるが,高齢の日本人に,英国の基準Ⅲ4eをそのまま適応とするのは厳しすぎるかもしれない.多施設で多くの症例を集め,日本の標準視野を作る必要がある.Background:TheBritishvisualeldstandardfordriversisbinocular(botheyesopen)visualeldof120°inthehorizontalmeridianand20°intheuppermeridianwithGoldmannⅢ4eortheEstermantest.Purpose:TodeterminewhethertheBritishvisualeldstandardfordriverscanbeadoptedtotheJapanesestandardbymea-suringthevisualeldbeforeandaftersurgeryforptosis.Subjectandmethod:FromAugust2005toJune2007weoperatedon63elderlywithblepharoptosisandafterfacialnerveptosis.Ofthese,visualeld(GoldmannV4,I4)couldbemeasuredin29eyesbeforeandaftersurgery(male:12sides,female:17sides.averageage:72.6years(5691years).Weusedpairedt-analysistoevaluatehorizontalandverticalmeridianslatitudebeforeandaftersurgery.Theratiosbeforeandafterwerecalculatedtoeachmeridian.Ⅲ4wasestimatedfromtheaverageofV4eandI4e.WecalculatedthepercentageofpassingratefortheBritishstandard.Result:Thehorizontallatitude(degree)beforesurgerywasV4e:120±25,Ⅲ4:98±29,aftersurgeryitwas:V4e143±18,Ⅲ4e125±17.TheverticalvisualeldbeforesurgerywasV4e:23.1±10,Ⅲ4e:20.2±9.7;aftersurgeryitwasV4e:34±11.5,Ⅲ4e:30.2±9.8.Eachbecamesignicantlywider(p<0.05).Thepercentageover120°inthehorizontalmeridianbeforesurgerywas45%forV4,20%forⅢ4;aftersurgeryitwas80%forV4and60%forⅢ4.Thepercentageover20°intheuppermeridianwas55.1%forV4and51.7%forⅢ4,aftersurgeryitwas86.2%forV4and82.7%forⅢ4.Conclusion:Inadditiontothecosmeticeect,thewideningofbothupperandhorizontalmeridianswasstatisticallyconrmed.ForJapanese,however,theBritishstandardmightbetoostringent.Moredataisneeded.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)25(6):891894,2008〕Keywords:運転免許,標準視野,眼瞼下垂手術.driverslicense,standardvisualeld,ptosissugery.———————————————————————-Page2892あたらしい眼科Vol.25,No.6,2008(142)III対象および方法2005年8月から2007年6月の間に甲府共立病院で行った老人性眼瞼弛緩,および顔面神経麻痺後の眼瞼下垂に対する眼瞼挙上術は63眼あった.眼科的に正常というクライテリアはJaeらの論文3)を少し改変し表1のように定めた.表1を満たした患者には同意を得て20人29眼は,術前術後にテープや前頭筋を使わず,ありのままの視野を測ることができた.また,挙筋機能は7mm以上のものとした.術前の挙筋機能は男性9±1.5mm,女性9.1±2.1mmであっI背景2008年から高齢者に視野検査をするという情報がある(http://www.mainichi.co.jp/universalon/clipping/200704/015.html毎日新聞4月1日)が,眼科医には通達されていない.診断計は顔を固定し,30cm離れた地点から発せられた赤い光を感知できるかを測る.光は上下左右から出て,上方向に60°,下方向に70°,左右に90°までの視野を測ることができるというものである.しかし,どこをカットオフ値にするかについての記載がない.筆者らは,網膜色素変性症で両眼の視力が良いために,普通免許,大型免許をパスし,夜や暗いところで見えず,事故にあって初めて眼科を受診し,その病気に気づくという例を報告した(第8回日本ロービジョン学会,2007年9月発表).海外には医学雑誌に,視野と交通事故について多くの論文(2007年8月時点でのPubMed検索結果113)が出版されており,問題意識も高い.さらに,英国,EU(欧州連合)諸国では視野の規定がある.英国の車両と運転免許の機関(Driv-ersandVehicleLicensingAgency:DVLA)ではGold-mann視野Ⅲ4eまたはEstermantestで両眼合わせた水平方向視野の120°以上が基準となっている.中心から半径20°以内に有意な欠損があると免許不適格になる(http://www.dvla.gov.uk/).EUの基準(EUproject:I-TRENE3200/7/SI2.282826)もこれに準ずるが,コントラスト感度やグレアなど付加的な要素も検討されつつある.また2006年のWorldOcularCongressではColenbranderらが中心となって,‘VisionRequirementforDrivingSafety’をまとめている.http://www.icoph.org/standards/drivingexec.htmlには世界の運転基準,米国の各州の運転基準が表としてまとめられ,世界的標準の推奨が述べられており,やはり,ヨーロッパと同じ,Goldmann視野Ⅲ4eまたはEstermantestを用い,水平は120°を採択する方向になっている.先に筆者らは,眼瞼挙上術前後29眼(20人)の8主経線の緯度につき術前後で対応のある平均の差のt検定を行った.前後比も計算した.緯度はV4eで上方(鼻上:術前35.9°が40.9°と1.26倍,真上は23.1°が34.0°と1.25倍,耳上は28.4°が43.75°と1.74倍)が改善するのみならず,水平方向(鼻側は52.9°が57.0°と1.09倍,耳側は58.6°が70.1°と1.31倍)にも有意に広がることを示した(p<0.05)1).II目的老人性眼瞼下垂または顔面神経後の眼瞼下垂に対する眼瞼挙上術前後に,Goldmann視野のV4eとI4e視標の垂直と耳側の緯度の平均からⅢ4eを推測し2),欧米の運転免許の基準である水平120°と中心から垂直上方20°に達するかを調べた.表1視野に影響を及ぼす眼疾患がないことを調べるチェックリストの眼の対がで()がないこと視が上でとに視野に影響を及ぼすよながないことがでで下でることの対視野両眼合た視野に影響を及ぼすよな眼の疾患がないこと視野にを及ぼすよなの疾患がないこと図1術前後の垂直と耳側水平経線の変化上段左は術前で右が術後.下段は,術前後の左と右の視野(GoldmannV4e)を示す.内側が術前で,外側が術後,一番外側は身障者の基準の視野を参考のために示した.垂直は各眼で測り,水平視野は各眼の耳側の経線の緯度を加えることで,両眼の水平視野とした.術前術後baa+b=両眼開放時の水平視野術前術後———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.25,No.6,2008893(143)Ⅲ4eの水平両眼の120°という基準は術後ですら45%しかクリアしないことから,高齢(平均73歳)日本人には厳しすぎる.術後のV4eならば,ようやく術後で80%がクリアすることから日本人にはちょうどよいかもしれない.しかし,症例数が限られているために偏りがあるかもしれない.多くの施設で,V4e,Ⅲ4e,I4eの輝度で眼瞼の手術前後の視野を測っていただき,日本人の年齢別の標準を作る必要があることた.患者の内訳は男性12眼,女性17眼で,平均年齢は72.6歳(5691歳)であった(図1).IV結果術前の瞼裂幅は5.46±1.42mm,術後の瞼幅は7.5±0.72mmと有意に広がった.両眼水平視野が術前120°以上あるものは,術前Ⅲ4eで20%,術後で45%であった(図2a).V4eでは術前45%,術後80%であった(図2b).一方,中心から20°以内に有意な欠損がないという英国の規定を,真上の緯度が20°以上あるものとして調べると,パスする割合はⅢ4eでは術前51.7%に対し,術後は82.7%になる(図3a).V4eでは術前に55.1%であったものが,術後には86.2%になる(図3b).水平視野の平均は術前でV4e:120±25°,Ⅲ4e:98±29°,術後はV4e:143±18°,Ⅲ4e:125±17°で,各イソプター間には有意な差があった(表2).垂直視野の平均は術前でV4e:23.1±10.4°,Ⅲ4e:20.2±9.7°,術後でV4e:34±11.5°,Ⅲ4e:30.2±9.8°で,各イソプター間には有意な差があった(表3).V考按眼瞼の手術は日本人の視野を有意に改善する.今回のことで初めて視野検査を受けた高齢者であるが,学習効果を鑑みても有意に改善した.図2aⅢ4eに換算した水平視野の変化─英国の基準120°を超える割合(平均年齢73.1±8.2歳)160140120100806040200術前術後20%45%(?)図2bV4eの両眼水平視野の変化─120°を超える割合(平均年齢73.1±8.2歳)術前術後180160140120100806040200(?)60%80%術前6~40?術後17~45?50454035302520151050(?)51.7%82.7%図3aⅢ4eに換算した垂直視野の変化─英国の基準20°を超える割合(平均年齢72.6±7.1歳)術前7~37?術後16~52?6050403020100(?)86.2%55.1%図3bV4eの垂直視野の変化─20°を超える割合(平均年齢72.6±7.1歳)表2眼瞼挙上術前後の水平視野─平均年齢73.1±8.2歳,20人の平均─術前平均(°)術後平均(°)V4Ⅲ4V4Ⅲ4120±2598±29143±18125±17p<0.05p<0.05表3眼瞼挙上術前後の垂直視野(中心から真上)─平均年齢72.6±7.2歳,29側の平均─術前平均(°)術後平均(°)V4Ⅲ4V4Ⅲ423.1±10.420.2±9.734±11.530.2±9.8p<0.05p<0.05———————————————————————-Page4894あたらしい眼科Vol.25,No.6,2008年輩者が増えるなか,日本独自の基準を眼科医が中心になって作る必要がある.欧米の基準そのままでは,排除される年輩者が増えてしまい,自立を妨げる.外来に訪れた,車を運転する加齢性の眼瞼下垂の患者には,このようなデータを見せて手術を勧め,術前後に視野検査をして,日本人の標準視野のデータを作成していく必要があるかと考えられた.これに,運転での問題点,事故歴などの質問票を調べれば,実際の運転の安全性を評価していけるし,qualityoflifeの質問票もつけて,相関を調べれば身体障害者の基準視野の基礎にもなりうると考えられた1).本論文は第49回日本産業・労働・交通眼科学会において口演した.文献1)加茂純子,海野明美,矢崎三千代ほか:加齢および顔面神経麻痺による眼瞼下垂への手術の視野面積と緯度への影響.臨眼62:269-273,20082)vanRijnLJ:Binocularvisualeldmeasurementfordriv-ingassessment:comparisonofEstermanandGoldmanntechniques.In:vandenBergTJTP,vanRijnLJ,GrabnerG,WilhelmH(eds):Assessmentofvisualfunctionofdriving-licenseholders.JointresearchprojectsupportedbytheEuropeanCommissionI-TRENE3200/7/SI2.282826.p61-80,20033)JaeGJ,AlvaradoJA,JusterRP:Age-relatedchangesofthenormalvisualeld.ArchOphthalmol104:1021-1025,19864)NetzerO,PayneVG:Eectsofageandgenderonfunc-tionalrotationandlateralmovementsoftheneckandback.Gerontology39:320-326,1993(144)が示唆された.また,標準が作られたとしても,カットオフ値で切ってしまうのではなく,地方で,公共の交通機関がなく運転ができないと生活ができないなどの場合には,地域限定免許とか,昼間限定免許などの個々に応じた対応が必要になると考えられる.加齢によって,首の後屈も含めた可動性が制限される4).そうすると,首を曲げないでまっすぐ見て運転していた場合に,視野が上方にX°あったとして,何mまで近づいてしまうと地上から上方5mにある信号機を,地上から約1mにある運転手の眼が見落とす可能性があるかを,タンジェント(tan)を用いて計算してみた(図4).上方に30°見える人は7m,英国やEUの基準である20°では10.5m,10°では22.6m,7°では32.59mですでに信号が眼に入らない可能性がある.高齢者で信号無視が多いのは,意識的に無視しているというよりも,眼瞼下垂によって眼に入らなかった可能性がある.少子高齢化が進み,かなり高齢になっても車を必要とする視線をまっすぐで見える上方視野θ°5m1m4mtan10?=4/x0.17=4/xX=22.69mXmtan7?=4/x0.12=4/xX=32.59m信号tan30?=4/x0.57=4/xX=7mtan20?=4/x0.38=4/xX=10.5m図4Xmまで近づくと眼瞼下垂の眼に信号が入らなくなるか***

Bevacizumab の硝子体内注射で硝子体手術時期が延期できた増殖糖尿病網膜症の1例

2008年6月30日 月曜日

———————————————————————-Page1(135)8850910-1810/08/\100/頁/JCLS《原著》あたらしい眼科25(6):885889,2008cはじめに活動性の高い増殖糖尿病網膜症(proliferativediabeticretinopathy:PDR)患者において,硝子体および前房水中の血管内皮増殖因子(vascularendothelialgrowthfactor:VEGF)濃度が上昇している1,2).近年,適応外使用であるが,眼科領域において抗VEGF薬であるbevacizumab(Avas-tinR)の硝子体内注射の効果が多く報告36)されており,PDRに対しても有用性が報告79)されている.しかし,硝子体手術の時期を延期する目的で,bevacizumabの硝子体注射を行った報告は見当たらない.今回,筆者らは両眼の増殖糖尿病網膜症で,右眼は硝子体手術後にシリコーンオイル下で重篤な再増殖が起こり,追加手術が必要で安定した状態になるには時間がかかると予想され,左眼も活動性が高く,硝子体出血や牽引性網膜離の発生が危惧される症例を経験した.この症例の左眼に対し,高度な視力低下が出現する前にbevacizumabの硝子体内注射を3回施行して,手術時期を延期することができたので報告する.I症例患者:31歳,男性.主訴:右眼視力低下.現病歴:2006年2月に他院で右眼の硝子体出血,牽引性網膜離を伴う増殖糖尿病網膜症のため,硝子体手術およびシリコーンオイル・タンポナーデが施行された.しかし,右〔別刷請求先〕北善幸:〒153-8515東京都目黒区大橋2-17-6東邦大学医療センター大橋病院眼科Reprintrequests:YoshiyukiKita,M.D.,DepartmentofOphthalmology,TohoUniversityMedicalCenterOhashiHospital,2-17-6Ohashi,Meguro-ku,Tokyo153-8515,JAPANBevacizumabの硝子体内注射で硝子体手術時期が延期できた増殖糖尿病網膜症の1例北善幸佐藤幸裕北律子八木文彦富田剛司東邦大学医学部眼科学第二講座IntravitrealInjectionofBevacizumabtoDelayTimingofVitrectomyforProliferativeDiabeticRetinopathyPatientYoshiyukiKita,YukihiroSato,RitsukoKita,FumihikoYagiandGojiTomitaSecondDepartmentofOphthalmology,TohoUniversitySchoolofMedicine高度な視力低下が出現する前にbevacizumabの硝子体内注射を複数回施行して,手術時期を延期できた症例を経験したので報告する.症例は31歳,男性.両眼の増殖糖尿病網膜症で,右眼は硝子体手術後に重篤な再増殖が起こり,追加手術が必要で安定した状態になるには時間がかかると予想された.左眼も活動性が高く,硝子体出血や牽引性網膜離の発生が危惧された.左眼の高度な視力低下が出現する前にbevacizumabの硝子体内注射を3回施行して,手術時期を延期することができた.Wereportontheeectivenessofrepeatedintravitrealinjectionsofbevacizumabinordertosustainvisualacuitywhiledelayingtimelysurgeryinpatientswithproliferativediabeticretinopathy.Thepatient,a31-year-oldmalewithbilateralproliferativediabeticretinopathy,requiredanadditionalvitrectomyowingtodevelopmentofrecurrentsevereproliferationafterinitialvitrectomyinhisrighteye,butaperiodoftimewasneededforstabiliza-tionoftheeye’scondition.Activitywasalsohighinthelefteye,withriskofdevelopingvitreoushemorrhageandtractionalretinaldetachment.Toforestallvisualacuitydeterioration,3intravitrealinjectionsofbevacizumabweregiveninordertoenabledelayofappropriatetimingforvitrectomy.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)25(6):885889,2008〕Keywords:増殖糖尿病網膜症,血管内皮増殖因子,bevacizumab,黄斑偏位.proliferativediabeticretinopathy,vascularendothelialgrowthfactor,bevacizumab,macularheterotopia.———————————————————————-Page2886あたらしい眼科Vol.25,No.6,2008(136)(0.7×0.75D).眼圧は両眼19mmHg.両眼とも前眼部に異常なく,虹彩隅角新生血管なし.中間透光体は,右眼シリコーンオイル注入眼,左眼に異常なし.眼底は右眼鼻側に再増殖による牽引性網膜離があった.左眼は,乳頭新生血管(neovascularizationofthedisc:NVD),網膜新生血管,黄斑浮腫,網膜前出血があり,汎網膜光凝固(panretinalpho-tocoagulation:PRP)が施行されていた(図1).経過:右眼は再度の硝子体手術が必要であり,安定した状態になるには時間がかかると予想された.左眼はPRPが完成しているにもかかわらず,NVDは活動性があり,硝子体出血や牽引性網膜離が発生して,さらに視力が低下してくると予想された.そのため,右眼が安定した状態になるまでの間,左眼の網膜症の悪化と視力低下を防ぐ目的で,本院倫理委員会の承認を得て文章によるインフォームド・コンセントを取得のうえ,6月2日にbevacizumab1.25mg(0.05ml)の硝子体内注射(intravitrealinjectionofbevacizumab:IVB)を施行した.IVBは,局所麻酔下で,角膜輪部から3.5mm後方に32ゲージ針で行った.注射の前に前房水を採取した.採取した前房水のVEGF濃度はhumanVEGF抗体(R&DSystems)を用いて,enzyme-linkedimmunosor-bentassay(ELISA)法にて測定し,1,680pg/mlであった.注射後,NVDは徐々に減少し,50日後にはほぼ消退した.また,黄斑浮腫も改善し,矯正視力(1.0)になった.そのため,8月7日に右眼の硝子体再手術を施行した.手術は,シリコーンオイルを抜去し,増殖膜を処理したが,医原性裂孔が生じたのでSF6(六フッ化硫黄)ガスタンポナーデを行った.その後,左眼のNVDが再度増悪し(図2),右眼も軽度の硝子体出血が出現した.そのため,9月22日に左眼に対し2回目のIVB1.25mg(0.05ml)を施行し,NVDは再び消退した(図3).さらに,左眼に光凝固の追加(650発)を眼の鼻側にシリコーンオイル下で網膜上の再増殖が出現したため,同年5月23日に東邦大学医療センター大橋病院を紹介され受診した.既往歴:18歳より2型糖尿病.初診時所見:視力は右眼0.02(0.1×+6.00D),左眼0.3abc1初診時眼底写真a,b:右眼はシリコーンオイル注入眼で,鼻側に再増殖による牽引性網膜離がある.c:左眼は乳頭新生血管,網膜新生血管,黄斑浮腫,網膜前出血がある.図22回目のIVB前の左眼眼底写真NVDは一時的にはほぼ消退したが,その後,再度出現した.———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.25,No.6,2008887(137)時点で硝子体手術の適応はないが,網膜症の悪化による視力低下が予想されるPDR患者に対し,IVBを施行して硝子体出血などの発症を遅らせ,硝子体手術の時期を延期できた症行った.右眼の白内障が進行してきたため,2007年1月26日,右眼超音波水晶体乳化吸引術と眼内レンズ挿入術を施行した.術後視力は右眼(0.1)であった.2月には左眼のNVDが再度増悪し,さらに硝子体出血と軽度の黄斑偏位が出現し視力が(0.3)に低下した(図4).本人の希望もあり,3月26日に3回目のIVB1.25mg(0.05ml)を施行した.その後,NVDはほぼ消退し,硝子体出血も改善したが,黄斑偏位のため視力は(0.4)までしか改善せず(図5),6月14日に左眼硝子体手術を施行した.術後,黄斑偏位が改善し視力(1.0)となった(図6).その後,外来で経過を観察しているが,2007年11月の時点で矯正視力は右眼(0.08),左眼(0.9)で安定している.II考按今回,筆者らは,硝子体出血や牽引性網膜離がなく,現図6最終眼底写真a:右眼視力(0.1).b:硝子体手術により黄斑偏位が改善し左眼視力(1.0)となった.ab32回目のIVB後の左眼眼底写真NVDはほぼ消退している.図43回目のIVB前の左眼眼底写真NVDが再度出現し,線維血管膜や硝子体出血,黄斑偏位がある.図53回目のIVB後の左眼眼底写真硝子体出血とNVDは消退し,線維血管膜と黄斑偏位がある.———————————————————————-Page4888あたらしい眼科Vol.25,No.6,2008(138)本症例は,右眼が重症のPDRで治療に時間がかかると考えられ,右眼が安定化する前に左眼の硝子体手術が必要になれば,患者は両眼の視力低下によって日常生活も困難になると予想された.このため,左眼にIVBを行って手術時期を延期し,患者のqualityofvisionを維持した.このような使用方法は,今後,硝子体手術が必要になる可能性がある症例で全身状態が不良で手術ができない場合に,IVBを用いて硝子体手術の時期を延期し,全身状態を改善する時間的余裕を作れる可能性もある.ただし,PDRの程度によっては牽引性網膜離が悪化する可能性はあるため,今後,どの程度のPDRに対して施行するか検討する必要があると考えられる.今回は,眼内炎などの合併症はみられなかったが,beva-cizumabの硝子体注射は1,000人に1人の確率で眼内炎などの危険が伴うと報告されている13).また,複数回投与による薬剤毒性など不明な点もあるが,症例を選んで慎重に対応すれば,非常に有用な薬になると考えた.文献1)AielloLP,AveryRL,ArriggPGetal:Vascularendothe-lialgrowthfactorinocularuidofpatientswithdiabeticretinopathyandotherretinaldisorders.NEngJMed331:1480-1487,19942)FunatsuH,YamashitaH,NomaHetal:RiskevaluationofoutcomeofvitreoussurgeryforproliferativediabeticretinopathybasedonvitreouslevelofvascularendothelialgrowthfactorandangiotensinII.BrJOphthalmol88:1064-1068,20043)RosenfeldPJ,MoshfeghiAA,PuliatoCA:Opticalcoher-encetomographyndingsafteranintravitrealinjectionofbevacizumab(Avastin)forneovascularage-relatedmacu-lardegeneration.OphthalmolSurgLaserImag36:331-335,20054)DavidorfFH,MouserJG,DerickRJ:Rapidimprovementofrubeosisiridisfromasinglebevacizumab(Avastin)injection.Retina26:354-356,20065)MasonⅢJO,AlbertJrMA,MaysAetal:Regressionofneovascularirisvesselsbyintravitrealinjectionofbevaci-zumab.Retina26:839-841,20066)IlievME,DomigD,Wolf-SchnurrburschUetal:Intravit-realbevacizumab(Avastin)inthetreatmentofneovascu-larglaucoma.AmJOphthalmol142:1054-1056,20067)SpaideRF,FisherYL:Intravitrealbevacizumab(Avas-tin)treatmentofproliferativediabeticretinopathycompli-catedbyvitroushemorrhage.Retina26:275-278,20068)MasonⅢJO,NixonPA,WhiteMF:Intravitrealinjectionofbevacizumab(Avastin)asadjunctivetreatmentofpro-liferativediabeticretinopathy.AmJOphthalmol142:685-688,20069)AveryRL,PearlmanJ,PieramiciDJ:Intravitrealbevaci-zumab(Avastin)inthetreatmentofproliferativediabeticretinopathy.Ophthalmology113:1695-1705,2006例を報告した.PDRの活動性が高いほど,前房水中および硝子体中のVEGF濃度は上昇し,硝子体中のVEGF濃度が高いと硝子体手術後に再増殖しやすいと報告されている1,2,10).まず,本症例のPDRの活動性について検討すると,数カ月前に他院でPRPが完了しているにもかかわらず前房水のVEGF濃度が1,680pg/mlであり,既報1)と比較して非常に高いグループに属すると思われ,網膜症が悪化する可能性が非常に高いと考えた.最近,PDRに対するIVBは新生血管を消退させると報告8,9)されている.また,Spaideらは硝子体出血を伴うPDRに対し,IVBの有効性を報告7)している.この報告では,合計2回のIVBを施行し,硝子体出血が消失し,硝子体手術が回避できている.しかし,重症のPDRに対しIVBを行うと,膜の収縮を増強し牽引性網膜離が5.2%に生じた11)と報告されている.ただ,これらの症例は,硝子体手術が必要なPDR症例であり,本症例では,新生血管は認めるが,検眼鏡的に線維血管膜や牽引性網膜離がない状態で,硝子体手術が必要な状態ではなく,IVBにより牽引性網膜離が発症し,緊急に硝子体手術になる可能性は低いと判断し,IVBを行った.今回,合計3回のIVBを施行した.1回目と2回目のIVBはNVDを消退させる目的で,3回目は,硝子体出血の減少に有効7)とされていたので,硝子体出血を減少させる目的で施行した.IVBによるNVDの消退は一時的なもので,再度増悪したが,IVBの再施行で減少した.1回目のIVB後に減少した新生血管が再度増加したので,2回目のIVB後も減少した新生血管が再度増加する可能性を考え,網膜虚血を改善させるため,網膜光凝固を追加した.しかし,網膜症を沈静化することはできなかった.そのため,もし,初診時に光凝固の追加のみをしていた場合,結果論ではあるが,網膜症の沈静化は得られなかったと考えられる.3回目のIVBの際には,硝子体出血とともに黄斑偏位が生じていた.IVBは硝子体出血には有効であったが,黄斑偏位が残存したので,最終的に硝子体手術を施行した.本症例では患者本人の希望もあり,3回目のIVBを施行した.しかし,この時期には,右眼は白内障手術が終了して安定化しており,左眼には線維血管膜の収縮による黄斑偏位が生じていた.黄斑偏位の持続期間と視力予後が関連するとの報告もあり12),また,線維血管膜も出現してきており,牽引性網膜離が生じる可能性も1回目や2回目のIVB時よりも高い確率と考えられ,本症例では黄斑偏位に対する硝子体手術後,幸いにも視力障害は残らなかったが,3回目のIVBをせずに,硝子体手術に踏み切るべきであったとも考えられる.しかし,最終的に硝子体手術を回避することはできなかったが,初回注射から硝子体手術まで約1年間,手術時期を延期できたと思われ,当初の目的は達成できたと考えた.———————————————————————-Page5あたらしい眼科Vol.25,No.6,2008889thy.BrJOphthalmol92:213-216,200812)SatoY,ShimadaH,AsoSetal:Vitrectomyfordiabeticmacularheterotopia.Ophthalmology101:63-67,199413)JonasJB,SpandauUH,RenschFetal:Infectiousandnoninfectiousendophthalmitisafterintravitrealbevaci-zumab.JOculPharmacolTher23:240-242,200710)FunatsuH,YamashitaH,ShimizuEetal:Relationshipbetweenvascularendothelialgrowthfactorandinterleu-kin-6indiabeticretinopathy.Retina21:469-477,200111)ArevaloJF,MaiaM,FlynnHWJretal:Tractionalreti-naldetachmentfollowingintravitrealbevacizumab(Avas-tin)inpatientswithsevereproliferativediabeticretinopa-(139)***

正常眼圧緑内障におけるカリジノゲナーゼの網膜中心動脈血流への効果

2008年6月30日 月曜日

———————————————————————-Page1(131)8810910-1810/08/\100/頁/JCLS《原著》あたらしい眼科25(6):881884,2008cはじめに正常眼圧緑内障の治療では眼圧の無治療時ベースラインを調べ,30%以下の眼圧下降が目標とされている1).しかし,十分に眼圧を下降しても視野障害が進行する症例をしばしば経験することがある.今回筆者らは眼圧のコントロールが良好であるにもかかわらず,1年間で視野の悪化が進行する正常眼圧緑内障と視野の悪化の進行を認めない正常眼圧緑内障の網膜中心動脈血流を検討した.網膜中心動脈血流は超音波カラードップラー法(colorDopplerimaging:CDI)を用い測定した.これらの症例に対し,カリジノゲナーゼ製剤カルナクリンR(三和化学)を1日量として150単位を投与し網膜中心動脈血流に対する影響を検討した.経過観察中点眼薬は中止せず,継続とした.〔別刷請求先〕前田貴美人:〒060-8543札幌市中央区南1条西16丁目札幌医科大学医学部眼科学講座Reprintrequests:KimihitoMaeda,M.D.,Ph.D.,DepartmentofOphthalmology,SapporoMedicalUniversitySchoolofMedicine,South-1,West-16,Chuo-ku,Sapporo060-8543,JAPAN正常眼圧緑内障におけるカリジノゲナーゼの網膜中心動脈血流への効果前田貴美人*1舟橋謙二*2今井浩一*3三嘴肇*3大黒浩*1*1札幌医科大学医学部眼科学講座*2真駒内みどり眼科*3市立小樽病院放射線科EectofOralKallidinogenaseonCentralRetinalArteryBloodFlowinNormal-TensionGlaucomaKimihitoMaeda1),KenjiFunahashi2),KouichiImai3),KaoruMisumi3)andHiroshiOhguro1)1)DepartmentofOphthalmology,SapporoMedicalUniversitySchoolofMedicine,2)MakomanaiMidoriGankaClinic,3)SectionofRadiologicalTechnology,OtaruMunicipalHospital緑内障患者の網膜中心動脈血流を測定し,カリジノゲナーゼが血流への影響を超音波カラードップラー法(colorDopplerimaging:CDI)を用いて検討した.市立小樽病院に通院治療中の眼圧コントロール良好な33例の緑内障患者を検査の対象とした.緑内障患者の内訳は正常眼圧緑内障25例34眼,原発開放隅角緑内障8例9眼であった.カリジノゲナーゼ投与は全員からインフォームド・コンセントを得た.点眼はカリジノゲナーゼ投与期間中も継続した.カリジノゲナーゼ150IU(or単位)投与前,および1カ月後にCDIを行い網膜中心動脈の血流速度を測定した.1カ月後にCDIの検査を行えた正常眼圧緑内障12例16眼にカリジノゲナーゼ投与前後で収縮期最高血流速度(Vmax)の有意な増加が認められた.したがって,正常眼圧緑内障において,カリジノゲナーゼは網膜中心動脈の血流改善に有効であると思われた.WeusedultrasoundcolorDopplerimaging(CDI)toinvestigatebloodowinthecentralretinalarterybeforeandonemonthafteroralkallidinogenasetreatmentinpatientswithglaucoma.Thestudyinvolved33patients(25withnormal-tensionglaucoma,8withprimaryopen-angleglaucoma),whoweretreatedafterinformedconsenthadbeenobtainedfororalkallidinogenase.Thetreatmentswerecarriedoutduringoralkallidinogenaseadminis-trationwithanti-glaucomadrugs.Wemeasuredthepeak-systolicandend-diastolicbloodowvelocityandresis-tanceindexinthecentralretinalartery.Afteronemonthtreatmentwithoralkallidinogenase,wemonitored16eyes(12patients)withnormal-tensionglaucoma.Oraladministrationofkallidinogenasesignicantlyincreasedcen-tralretinalarteryowovelocityinpatientswithnormal-tensionglaucoma.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)25(6):881884,2008〕Keywords:正常眼圧緑内障,眼血流,超音波カラードップラー法,カリジノゲナーゼ.normal-tensionglaucoma,ocularbloodow,colorDoppolerimaging,kallidinogenase.———————————————————————-Page2882あたらしい眼科Vol.25,No.6,2008(132)(cm/s),Vmean(cm/s),RIの結果は表3のとおりであった.正常者群,POAG群,NTG群,OH群とでVmax,Vmin,Vmean,RIを検定したところ,正常者群とNTG群・POAG群,OH群とNTG群・POAG群ではVmaxのみ有意差を認めた(Man-Whitney’sUtest,図1).カルナクリンR投与1カ月後NTG群ではVmaxの有意な増加を認めた(p<0.05,Wilcoxonsigned-rankstest,表4).図に示していないがNTG群において,片眼視野正常は8眼であり,カルナクリンR投与前のVmaxは9.3±2.4であった.カルナクリンR投与後のVmaxは9.1±1.7であり,I対象および方法市立小樽病院に2002年4月より通院中の眼圧コントロール良好な緑内障患者と高眼圧症患者に検査の説明を行い,同意を得た患者にCDIを行った.緑内障は33例,年齢は66.9±11.0歳(平均±標準偏差),男性14例,65.6±10.2歳,女性19例,67.1±11.1歳であった.このうち原発開放隅角緑内障(POAG)は8例,65.0±9.9歳(男性3例,70.7±1.3歳,女性5例,66.6±9.9歳),正常眼圧緑内障(NTG)は25例,67.5±11.5歳(男性11例,64.2±10.6歳,女性14例,70.1±11.9歳)であった.高眼圧症(OH)は5例(男性2例,64.2±10.6,女性3例,65.6±10.1歳)であった.CDIは東芝製SSA-550Aと検査用リニア式電子プローブ12MHzを用い測定した.測定方法は報告2)にあるとおり患者を仰臥位安静にし,眼球を圧迫しないように注意し,視神経・視神経乳頭が描出する部位を選び,血流波形を得た.収縮期最高血流速度(Vmax),拡張期最低血流速度(Vmin),平均速度(Vmean),抵抗指数〔resistanceindex:RI=(VmaxVmin)/Vmax〕を血流波形から算出した.網膜中心動脈(CRA)の描出に際し,視神経陰影内,乳頭後方約3mmの部位を選び,全例同一の検者が担当した.エコーの情報の精度を高めるため,超音波でのスキャニングポイントの幅を狭くし,ドップラーエコーの感度を高くした.CRAは腹腔臓器とは異なりガスによる影響がなく,超音波進入角度が60°以上のため,描出の再現性は良好であった.患者の視野は全員Humphrey静的量的視野30-2Sita-Standardを行った.視野悪化の評価としてMD(meandeviation)値が前回の検査,すなわち1年前と比較し3dB以上進行したものを選んだ.眼圧は全例Goldmann圧平眼圧計にて午前中に測定した.CRAの血流を測定した後に,インフォームド・コンセントを得て,カリジノゲナーゼの投与を行った.カリジノゲナーゼは三和化学株式会社のカルナクリンR1日量150単位を投与し,1カ月後に再度CRAの血流を測定した.1カ月後に再検査できた患者はNTG12例16眼,POAG2例3眼,OH5例10眼であった.他症例は1カ月以内もしくは1カ月以降に来院したため,検査から除外した.カルナクリンR投与は1カ月間と短期間のため,視野検査の追試を行わなかった.コントロールとして,全身的な基礎疾患および眼疾患のない健康体ボランティア4例8眼(男性1例,女性3例,31±10.7歳)のCRAの血流を測定した.II結果点眼薬は表1に示すとおり,各群に単剤もしくは2剤併用を行い,眼圧は治療前と比較し有意に下降していた(表2).カルナクリンR投与前のCRAの血流を測定したところ,正常者群とPOAG群,NTG群,OH群でVmax(cm/s),Vmin表1使用点眼薬遮断剤b遮断剤ab遮断剤PG製剤CAI製剤OH群02040POAG群03271NTG群525152PG製剤:プロスタグランジン系製剤,CAI製剤:炭酸脱水酵素阻害薬.表2正常眼圧緑内障(NTG)群,原発開放隅角緑内障(POAG)群,高眼圧症(OH)群の治療前後眼圧群群群眼治療前眼圧±1.8OH群17.8±1.9NTG群20.9±2.4POAG群治療後眼圧(mmHg)16.4±2.514.2±2.015.2±2.0§p=0.0051,*p<0.001,†p=0.004(Wilcoxonsigned-rankstest).§*†表3各疾患群と正常者群の網膜中心動脈血流の結果眼正常者群±2.24.0±0.77.0±1.10.7±0.1OH群1011.8±2.73.0±0.96.7±1.50.8±0.1NTG群509.1±2.62.6±0.85.3±1.20.7±0.1POAG群149.8±2.83.0±0.95.2±2.00.7±0.1収縮期最高血流速度(Vmax),拡張期最低血流速度(Vmin),平均速度(Vmean),抵抗指数(resistanceindex:RI)表4カルナクリンR投与前後での正常眼圧緑内障(NTG)群,原発開放隅角緑内障(POAG)群の網膜中心動脈収縮期血流速度群群眼治療前±2.47.3±2.1投与後Vmax(cm/s)9.2±1.78.0±2.4NTGでは有意差あり.*:p<0.05Wilcoxonsigned-rankstest.*———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.25,No.6,2008883(133)用いており,筆者らが用いた検査用リニア式電子プローブが12MHzであったため,より浅い部位の血流の信号を得やすかった可能性がある.Yehの報告にもあるように,周波数が高くなればより精密に血流のドップラーの信号を捉えることが可能である10).正常者群で得たCRAの血流値は,各疾患群と比較し若年ではあるが報告11,12)にもあるように正常範囲であった.片眼緑内障片眼正常眼で,片眼正常眼患者の眼血流(Vmax)は正常者群の血流と有意差を認めなかった.眼血流は加齢に伴い低下する11)が,正常者群よりもVmaxの低値を示した理由が加齢によるものか不明であった.レーザードップラー法でOHと正常者を比較したところ,OHでは視神経乳頭血流が速かったという報告がある13).測定方法および測定部位が異なるためか,今回の検査ではOH群では正常者群とのCRAのVmax,Vmin,Vmean,RIのいずれも有意差を認めなかった.すでに治療をされて,有意に眼圧が低下しているOHであったため,初診時にCRAの血流が正常者群と同じなのかは不明であった.POAGを発症するビーグル犬において,眼圧上昇を呈するようになる以前よりCRAのVmaxの低下を示すことが報告されている14).ヒトとビーグル犬とでは比較することはできないが,今後もOH群の初診患者では治療前にCDIを行い正常者群と差がないか検討し,また,OH群の一部は緑内障に移行することが報告されているので15),今後も注意して血流を検討する必要があると思われる.杉山らはカルナクリンR150単位/日の内服を併用した緑内障患者を10年間追跡し,重症の緑内障では視野障害の進行を抑制できなかったことを報告している16).しかし,このような視野障害が進行した症例はHumphrey視野計では検査できない重症例が多く,Humphrey視野計で測定できた患者では有意に視野障害を抑制できたことも述べている16).今回筆者らは全例Humphrey視野計で測定できる患者であったため,今後も追跡する必要があるものの,杉山らの報告のように視野障害の進行を抑制できる可能性があると思われる.NTGでの内服での治療はエビデンスがないが,カルナクリンRの神経保護作用17)も併せて考慮すると,NTG治療に点眼薬だけでは視野障害の進行を止められない患者に対し,カルナクリンRは有用である可能性が示唆された.謝辞:外来を支えてくださった市立小樽病院前院長森岡時世先生ならびに献身的に患者に対応された小樽市立病院眼科外来スタッフの皆様に心から感謝を申し上げる.文献1)日本緑内障学会緑内障診療ガイドライン作成委員会:緑内障の治療総論.日眼会誌107:143-152,2003投与前後で有意差を認めなかった.また,カルナクリンR投与前の片眼緑内障のVmaxと比較したが有意差を認めなかった.同様に正常者群と比較し,Vmaxに有意差を認めなかった.III考按NTGの原因に眼循環障害が示唆される34)一方で,緑内障治療点眼薬による眼循環改善の報告が増えている57).そのため,正常眼圧緑内障の治療に眼圧下降と眼循環改善の両面を考えることには意味があると思われる.しかし,点眼薬による眼圧のコントロールが良好であるにもかかわらず,視野の悪化を認める症例を日常診療で経験する.この場合,すでに点眼薬でfullmedicationとなっている症例ではつぎの手は多く残されてはいない.筆者らは,1カ月間ではあったが,カルナクリンR投与でCRAのVmaxの増加をCDIにて確認することができた.視野の悪化したNTG群ではさらに他剤へ変更するか,追加する方法も残っていたと思われるが,点眼薬が増えることによるコンプライアンスの低下が懸念され,内服だと楽であるとの外来患者からの声を受け,点眼を追加することを行わず,脈絡膜循環改善作用11)のあるカルナクリンRを選んだ.楊らは網膜分枝静脈閉塞症に150単位/日のカルナクリンRを投与し,CRAではVmaxの増加は認めなかったものの,網脈絡膜循環の改善を示唆している9).筆者らの症例では3例に,カルナクリンR投与後にVmaxの低下を認めたが,Vminが増加していたため,RIが低下し,結果的に眼循環の改善に変わりはなかったと思われる.楊らと筆者らとの結果が異なった理由は不明だが,楊らは7.5MHzのプローブを図1網膜中心動脈収縮期血流速度各群の網膜中心動脈収縮期血流速度(Vmax)を示す.正常者群とOH群,NTG群とPOAG群では有意差を認めなかったが,それ以外では有意差を認めた.*:p<0.05,**:p<0.01(Man-Whitney’sUtest).NS*1614121086420正常者群NTG群POAG群Vmax(cm/s)*NS****OH群———————————————————————-Page4884あたらしい眼科Vol.25,No.6,2008(134)tionalvascularassessmentwithultrasound.IEEETransMedImaging23:1263-1275,200411)ButtZ,O’BrienC,McKillopGetal:Dopplerimaginginuntreatedhigh-andnormal-pressureopen-angleglauco-ma.InvestOphthalmolVisSci38:690-696,199712)GalassiF,NuzzaciG,SodiAetal:Possiblecorrelationsofocularbloodowparameterswithintraocularpressureandvisual-eldalterationsinglaucoma:astudybymeansofcolorDopplerimaging.Ophthalmologica208:304-308,199413)FekeGT,SchwartzB,TakamotoTetal:Opticnerveheadcirculationinuntreatedocularhypertension.BrJOphthalmol79:1088-1092,199514)GelattKN,MiyabayashiT,Gelatt-NicholsonKJetal:ProgressivechangesinophthalmicbloodvelocitiesinBea-gleswithprimaryopenangleglaucoma.VetOphthalmol6:77-84,200315)HigginbothamEJ,GordonMO,BeiserJAetal:Topicalmedicationdelaysorpreventsprimaryopen-angleglau-comainAfricanAmericanindividuals.ArchOphthalmol122:113-120,200416)杉山哲也,植木麻理:正常眼圧緑内障の10年間の視野障害進行と治療薬の検討.FrontiersinGlaucoma6:126-129,200517)XiaCF,YinH,BorlonganCVetal:Kallikreingenetrans-ferprotectsagainstischemicstrokebypromotingglialcellmigrationandinhibitingapoptosis.Hypertension434:452-459,20042)丹羽義明,山本哲也,松原正幸ほか:緑内障眼の眼窩内血流動態に対する二酸化炭素の影響─超音波カラードップラー法による検討─.日眼会誌102:130-134,19983)YamazakiY,DranceSM:Therelationshipbetweenpro-gressionofvisualelddefectsandretrobulbarcirculationinpatientswithglaucoma.AmJOphthalmol124:217-295,19974)NicolelaMT,WalmanBE,BuckleyARetal:Variousglaucomatousopticnerveappearances.Acolordopplerimagingstudyofretrobulbarcirculation.Ophthalmology103:1670-1679,19965)井戸正史,大澤俊介,伊藤良和ほか:イソプロピルウノプロストン(レスキュラR)点眼が正常眼圧緑内障患者における眼循環動態に及ぼす影響.あたらしい眼科16:1557-1579,19996)西村幸英,岡本紀夫:イソプロピルウノプロストン(レスキュラR)点眼が眼動脈血流速度に及ぼす影響─正常眼圧緑内障眼における検討─.あたらしい眼科15:211-214,19917)MizunoK,KoideT,SaitoNetal:Topicalnipradilol:eectsonopticnerveheadcirculationinhumansandperioculardistributioninmonkeys.InvestOphthalmolVisSci43:3243-3250,20028)小林ルミ,森和彦,石橋健ほか:カリジノゲナーゼの網脈絡膜血流に対する影響.臨眼57:885-888,20039)楊美玲,望月清文,丹羽義明ほか:カリジノゲナーゼの網脈絡膜循環に及ぼす影響.あたらしい眼科17:1433-1436,200010)YehCK,FerraraKW,KruseDE:High-resolutionfunc-***

初回手術と同一部位から行うトラベクロトミー再手術の試み

2008年6月30日 月曜日

———————————————————————-Page1(127)8770910-1810/08/\100/頁/JCLS《原著》あたらしい眼科25(6):877880,2008cはじめにトラベクロトミーは,原発開放隅角緑内障や落屑緑内障などの開放隅角緑内障に対して選択される1).よく奏効しているトラベクレクトミーの術後眼圧に比べると,トラベクロトミー単独の術後眼圧は高いため,進行した緑内障眼に対してはトラベクレクトミーがより効果的であると考えられる.しかしながら,トラベクレクトミーは術後に濾過胞が形成されるので,濾過胞からの房水漏出や術後感染などの合併症に留意しながら経過観察を行わなければならない.とりわけ下方の結膜からトラベクレクトミーを行うと上方から行った場合よりも術後感染の発生頻度が高いため,上方から行うことが望ましい.トラベクロトミー,トラベクレクトミーのいずれの術式でも,術後期間が長くなるにつれて眼圧コントロールが不良となる症例の割合は増加してゆく.したがって患者の余命を考慮して緑内障治療を考えるとき,初回手術としては下方からトラベクロトミー,追加手術としては初回手術とは反対側で下方の部位からトラベクロトミーを行い,上方結膜は将来トラベクレクトミーが必要となった場合のために温存しておく考え方が提唱されている24).これをさらに進めて,下方から行った初回のトラベクロトミーと同一部位を使って再度トラベクロトミーを行うことが有効であれば,将来トラベクレ〔別刷請求先〕岡田守生:〒710-8602倉敷市美和1-1-1倉敷中央病院眼科Reprintrequests:MorioOkada,M.D.,DepartmentofOphthalmology,KurashikiCentralHospital,1-1-1Miwa,Kurashiki710-8602,JAPAN初回手術と同一部位から行うトラベクロトミー再手術の試み岡田守生王英泰高山弘平内田璞倉敷中央病院眼科PilotStudyofRepeatedTrabeculotomyatSiteofPreviousSurgeryMorioOkada,HideyasuOh,KouheiTakayamaandSunaoUchidaDepartmentofOphthalmology,KurashikiCentralHospital初回手術と同一部位からのトラベクロトミー(以下,LOTと略す)再手術の有効性を調べた.対象は,初回手術(全例で耳下側からLOTと白内障手術の同時手術を施行)で眼圧下降を得た後に年余を経て眼圧再上昇をきたした開放隅角緑内障症例3眼である.再手術までの期間は4年から6年で,再手術決定時の眼圧は35mmHg(眼圧下降薬点眼4剤と炭酸脱水酵素阻害薬内服),22mmHg(点眼3剤),18mmHg(点眼4剤と炭酸脱水酵素阻害薬内服)であった.再手術は,全例にLOT+シヌソトミー+Schlemm管内壁の内皮網除去を施行し,全例で両側のSchlemm管内壁を開放できた.全例で術後一時的に25mmHgを超える高眼圧となったが,保存的治療で眼圧は下降した.それぞれの症例の再手術後の眼圧はおのおの21mmHg,19mmHg,17mmHgであった.初回手術と同一部位から行うLOT再手術は有効である可能性がある.Theeectofrepeatedtrabeculotomyatthesiteoftheprevioussurgerywasstudiedin3patientswithopen-angleglaucomawhohadundergonecombinedtrabeculotomyandcataractsurgeryandwhoshowedintraocularpressure(IOP)increaseafter4to6yearsdespitemaximalmedicaltreatment,includingperoraladministrationofcarbonicanhydraseinhibitor.Wesuccessfullyperformedtrabeculotomyandsinusotomywithpeelingofthebroticliningfromthejuxtacanaliculartrabecularmeshworkinalleyes.Afterre-operation,anIOPspikewasnotedinalleyes;respectiveIOPthendecreasedfrom35mmHgto21mmHg,from22mmHgto19mmHgandfrom18mmHgto17mmHg.Thisstudysuggestsapossiblehypotensiveeectofrepeatedtrabeculotomyatthesiteoftheprevi-oussurgery.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)25(6):877880,2008〕Keywords:開放隅角緑内障,緑内障手術,トラベクロトミー,再手術.open-angleglaucoma,glaucomasurgery,trabeculotomy,re-operation.———————————————————————-Page2878あたらしい眼科Vol.25,No.6,2008(128)(点眼2剤使用),症例3:25mmHg(点眼3剤使用)であった.初回手術の術式は,全例で耳下側からトラベクロトミー(症例3ではシヌソトミーを併用)を行い,同じ部位で白内障超音波乳化吸引術と眼内レンズ挿入術を行った.全例で両側のSchlemm管内壁の切開に成功し,bloodreuxを確認した.初回手術後の眼圧は,症例1:15mmHg以下(点眼3剤使用),症例2:1619mmHg(点眼3剤使用),症例3:12mmHg(点眼2剤使用)であった.その後年余を経て眼圧が再上昇したために再手術となったが,再手術までの期間は,症例1:4年,症例2:6年,症例3:6年であった.再手術前の眼圧は,症例1:35mmHg(点眼3剤を使用し,さらに炭酸脱水酵素阻害薬内服),症例2:1722mmHg(3剤使用),症例3:18mmHg(3剤使用し,さらに炭酸脱水酵素阻害薬内服)であった.再手術前の視野は,湖崎分類で,症クトミーを選択する際に用いる上方結膜を温存できる.今回,初回手術としてトラベクロトミーを耳下側から行い眼圧下降を得た後に年余を経て眼圧が再上昇した症例に,初回手術と同一部位からトラベクロトミーを行い眼圧下降を得たので報告する.I対象および方法対象は,初回手術が当科で合併症なく施行され眼圧下降を得た後,年余を経て眼圧再上昇をきたした開放隅角緑内障3眼〔原発開放隅角緑内障(POAG)1眼,落屑緑内障(PE)2眼〕で,いずれも2006年に当科で再手術を行った.症例1は63歳,女性でPE,症例2は80歳,女性でPOAG,症例3は75歳,男性でPEである.おのおのの初回手術前の眼圧は,症例1:28mmHg(眼圧降下薬点眼3剤使用)(以下,「眼圧降下薬点眼」を「点眼」と略す),症例2:21mmHg図1初回手術創初回手術部の結膜を離し,強膜創を露出.図2Schlemm管の同定Schlemm管内壁を露出.図4Bloodreuxトラベクロトームを回転しSchlemm管内壁を切開した.両側のbloodreuxを認める.図3内皮網除去トラベクロトームを挿入後,線維柱帯内皮網を除去.———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.25,No.6,2008879(129)眼圧はやや上昇傾向を認め,症例1:21mmHg(術後10カ月,点眼3剤),症例2:19mmHg(術後8カ月,点眼2剤),症例3:17mmHg(術後6カ月,点眼2剤)であった.図5に,初回手術から再手術後間での眼圧の経過を示す.III考按トラベクロトミー施行眼の再手術に際しては,初回手術以外の部位からトラベクロトミーを行うか,あるいは上方の結膜からトラベクレクトミーを行うことが通常である.特にトラベクロトミーを再手術として行う場合は,上方を避け下方から行うことによって,将来必要となるかもしれないトラベクレクトミーのための上方結膜を温存することができる.同様に,上方結膜を温存する意味で初回にトラベクロトミーを行った部位と同一部位で再度トラベクロトミーを行うことができ,それが有効であればさらに有利であろうと考えられる.トラベクロトミーの効果が次第に減じてゆく原因としては,Schlemm管内壁の切開部の再閉鎖が考えられるが,これまで再手術の部位として前回と同一部位を用いた報告はない.これは,初回手術の部位の瘢痕を離し手術部を露出することの困難さと,一旦手術した部位のSchlemm管の働きが失われているのではないかという危惧が原因であろう.今回の症例では初回手術の際にトラベクロトミーに加え一部ではシヌソトミーを併用していたが,全例で初回手術部を露出でき両側のSchlemm管内壁を初回と同様に切開することができた.再手術の際でもトラベクロトームを回転してSchlemm管内壁を切開したときには,初回手術と同様にSchlemm管内壁からの抵抗が感じられたことから,初回手術の内壁切開創は再閉鎖していたのではないかと考えられ,これが眼圧再上昇の原因と推察された.Schlemm管内壁切開によって隅角からbloodreuxを認めたことにより,同部が房水静脈との交通を維持していることが示され,Schlemm管の機能が残っていることが示唆された.術後高眼圧が全例に起こったが,いずれも眼圧下降薬点眼や炭酸脱水酵素阻害薬の内服を行い,術後59日で眼圧下降を得た.トラベクロトミーと同時にシヌソトミーを,さらには内皮網除去を併用すると,術後一過性眼圧上昇が少ないことが報告されている510).今回はシヌソトミーと内皮網除去の両方を行ったにもかかわらず全例で術後一過性の高眼圧をきたした.これは前房出血が比較的多かったことが原因と推測されるが,出血が多い理由は不明である.幸い術後に視野狭窄が進行した例はなかったが,本法を行う際には術後眼圧上昇の可能性に留意しておく必要があると思われる.術後の一時的な高眼圧の時期を過ぎた後の眼圧経過をみると,全例で再手術前の眼圧より低下しており手術の効果が認められた.シヌソトミーを併用すると,若干の房水が結膜下例1:Ⅲb,症例2:Ⅲa,症例3:Ⅲaであった.再手術前の手術眼の隅角は,全例でテント状周辺虹彩前癒着が散在するも,おおむね開放隅角を保っていた.再手術の術式は,全例で初回手術の術創を再び用いてトラベクロトミーを行い,シヌソトミーとSchlemm管内壁の内皮網除去を併用した.まず,円蓋部基底の結膜切開を施行し結膜癒着を離した(図1).ついで初回手術の強膜弁を離してゆくと初回手術時に露出したSchlemm管内壁が確認できた(図2).同部を用いてSchlemm管にトラベクロトームを挿入した.ついで内皮網除去を施行した後(図3),トラベクロトームを前房に向かって回転させてSchlemm管内壁の切開を行った(図4).強膜弁は10-0ナイロン5糸にて縫合するとともに,シヌソトミーを行った.手術後当日は手術部が上になるように側臥位安静とした.II結果全例で両側のSchlemm管内壁の切開に成功し,両側の切開部からのbloodreuxを認めた.同じく全例でSchlemm管内壁の内皮網除去とシヌソトミーを施行できた.トラベクロトームを回転しSchlemm管内壁を切開する際には,初回手術時に経験するようなSchlemm管内壁の抵抗を感じた.術翌日には全例にやや多目の前房出血を認め,25mmHg以上(症例1:25mmHg,症例2:40mmHg,症例3:30mmHg)の一時的な眼圧上昇が起こったが,保存的治療(眼圧降下薬点眼,炭酸脱水酵素阻害薬内服)で59日後には20mmHg以下となった.術後,シヌソトミー部の結膜に軽度の濾過胞を認めたが,速やかに吸収され濾過胞が残存したものはなかった.その他の合併症として1例で前房出血が硝子体腔へ回り硝子体出血となったが,自然吸収された.再手術後の眼圧は,症例1:16mmHg(術後3カ月,点眼2剤),症例2:16mmHg(術後4カ月,点眼2剤),症例3:15mmHg(術後2カ月,点眼2剤)であった.その後の図5手術前後の眼圧経過初回手術および再手術後に眼圧が下降している.4035302520151050眼圧(mmHg)初回手術前初回手術後再手術前再手術後2~4カ月再手術後6~10カ月:症例1:症例2:症例3———————————————————————-Page4880あたらしい眼科Vol.25,No.6,2008(130)は適応があると考えられる.文献1)TaniharaH,NegiA,AkimotoMetal:Surgicaleectoftrabeculotomyabexternoinadulteyeswithprimaryopenangleglaucomaandpseudoexfoliationsyndorome.ArchOphthalmol111:1653-1661,19932)黒田真一郎:緑内診療のトラブルシューティングVI.手術治療1.トラベクロトミー1)初回は上からか下からか.眼科診療プラクティス98:150,20033)南部裕之,尾辻剛,桑原敦子ほか:下方から行ったトラベクロトミー+サイヌソトミーの術後成績.眼科手術15:389-391,20024)桑円満喜,南部裕之,安藤彰ほか:下方から行ったトラベクロトミー+シヌソトミーの術後3年の成績.眼臨99:684,20055)熊谷映治,寺内博夫,永田誠:TrabeculotomyとSinuso-tomy併用後の眼圧.臨眼46:1007-1011,19926)谷口典子,岡田守生,松村美代ほか:トラベクロトミー,シヌソトミー併用手術の効果と問題点.眼科手術7:673-676,19947)南部博之,岡田守生,西田明弘ほか:シヌソトミー併用トラベクロトミーとトラベクロトミー単独手術の術後成績.眼科手術8:153-156,19958)溝口尚則,黒田真一郎,寺内博夫ほか:シヌソトミー併用トラベクロトミーとトラベクロトミー単独手術との長期成績の比較.臨眼50:1727-1733,19969)安藤雅子,黒田真一郎,永田誠:トラベクロトミー術後の一過性高眼圧に対する内皮網除去の効果.あたらしい眼科20:685-687,200310)富田直樹,徳山洪一:サイヌソトミー併用トラベクロトミーの術後中期成績.眼科手術18:425-429,200511)塩田伸子,岡田丈,稲見達也ほか:内皮網除去を併用したトラベクロトミーの手術成績.あたらしい眼科22:1693-1696,200512)伊藤正臣,中野匡,高橋現一郎ほか:非穿孔性線維柱帯切除術およびサイヌソトミーを併用した線維柱帯切開術の術後4年後の成績.眼科手術17:557-562,200413)小寺由里子,林寿子,田村和寛ほか:線維柱帯切開術に併用した深部強膜切除術の変法に術後短期経過.臨眼59:1561-1565,2005に流れて軽度の濾過胞を形成することがあるが,これは速やかに消失する.今回の症例でも軽度の濾過胞は速やかに消失したので,房水濾過の要素が眼圧下降に作用しているとは考えられない.再手術後,短期の眼圧は初回手術後の眼圧にほぼ匹敵することから,再手術の効果は短期的には初回手術とほぼ同程度ではないかと思われた.トラベクロトミーにシヌソトミーあるいは内皮網除去を併用すると,濾過胞の形成を認めないにもかかわらず,トラベクロトミー単独手術より術後眼圧が低く保たれることが報告されている413).今回はシヌソトミーと内皮網除去を施行しているが,術後眼圧はいずれも16mmHgを超えており,ロトミー単独手術の術後眼圧に近い印象がある.また,術後6カ月を越えたころから次第に眼圧上昇傾向を示している.これらの現象は,同一部位から行う方法の限界を示すものかもしれない.今回の症例では再手術時の強膜弁離で困難を感じることはなく,初回手術創を切開し脈絡膜が透けて見える程度の深さで強膜弁離を開始すると,途中で自然と前回手術の深さでの強膜弁が離してきた.トラベクロトームの挿入が困難であった例はなかったが,トラベクロトームをSchlemm管に挿入する際の一般的な注意としてSchlemm管内壁を破らないように,Schlemm管断端にトラベクロトームの先端をわずかに挿入したら,トラベクロトームを離して持針器などでそっとトラベクロトームの尻をつつくようにして挿入した.もし早期に前房に穿孔した場合は,持針器でトラベクロトームの案内側のアーム(挿入しないほうのアーム)を持ち,先端部をSchlemm管に挿入したら,持針器で持ったままトラベクロトームの挿入側のアームをSchlemm管外壁に押し付けるような感じで挿入すると成功することがある.症例数が少なく経過観察期間も短いが,本法は初回手術あるいは別の部位から行うトラベクロトミー再手術に準ずる眼圧下降効果があった.再手術としてトラベクロトミーが適応となる症例,特にトラベクレクトミーを行う部位を残しておきたいが,すでに複数回の手術を行っており同一部位からトラベクロトミーを行わざるをえない症例などに対して,本法***

濾過瘢痕よりの感染性眼内炎に硝子体手術と濾過胞再建術を施行した1例

2008年6月30日 月曜日

———————————————————————-Page1(123)8730910-1810/08/\100/頁/JCLS《第18回日本緑内障学会原著》あたらしい眼科25(6):873876,2008cはじめにマイトマイシンC(MMC)併用トラベクレクトミーは眼圧コントロール成績の向上に寄与する反面,数%の症例に濾過胞感染という重篤な合併症を起こす1).濾過胞感染は術後数カ月から数年で発症するとされる14)が,今回同術後4年で濾過胞破損に伴う細菌性眼内炎を発症し,硝子体手術と濾過胞再建術を併施し良好な結果を得た1例を経験したので報告する.〔別刷請求先〕森秀夫:〒534-0021大阪市都島区都島本通2-13-22大阪市立総合医療センター眼科Reprintrequests:HideoMori,M.D.,DepartmentofOphthalmology,OsakaCityGeneralHospital,2-13-22Miyakojima-Hondori,Miyakojima-ku,OsakaCity534-0021,JAPAN濾過瘢痕よりの感染性眼内炎に硝子体手術と濾過胞再建術を施行した1例森秀夫三村真士大阪市立総合医療センター眼科ACaseInvolvingBothVitrectomyandFilteringBlebReconstructionforSepticEndophthalmitiswithBlebInfectionHideoMoriandMasashiMimuraDepartmentofOphthalmology,OsakaCityGeneralHospital4年前両眼にマイトマイシンC併用トラベクレクトミーを受けた83歳女性が,2006年11月9日朝右眼に暖かい流涙を,午後には眼痛,眼脂,霧視を自覚し,近医にて濾過胞穿孔に伴う細菌性眼内炎と診断され,同夜当科を受診した.右眼は眼瞼腫脹著しく,結膜は充血・浮腫著明で膿が付着し,11時に膿性に混濁した無血管性かつ胞状の濾過胞を認め,Seidel現象陽性であった.角膜は軽度混濁し,前房は細胞(+++)・蓄膿(1mm)を認め,虹彩前と眼内レンズ周囲にフィブリンの付着を認めた.硝子体混濁は軽中等度で,眼底はある程度透見可能であり,網膜に著変はなかった.視力は矯正0.2で眼圧は正確に測定できなかった.同夜緊急に前房洗浄,硝子体切除,感染濾過胞切除を行い,後方結膜を伸展前進することにより濾過胞再建を試みた.術後2週間で眼内炎症は消失し,術後1カ月で視力0.7を得,有血管性に濾過胞が再建され,眼圧は正常化した.起炎菌は肺炎球菌であった.InthemorningonNovember9,2006an83-year-oldfemale,whohadundergonetrabeculectomywithmitomy-cinCinbotheyes4yearsbefore,experiencedwarmlacrimationinherrighteye.Thatafternoon,shesueredocu-larpain,mucusandblurredvision.Anophthalmologistdiagnosedherconditionassepticendophthalmitiswithleakinglteringblebandreferredhertoourclinicthatnight.Hereyelidswelledseverely,theconjunctivawasveryinjectedandchemoticwithpus.Atthe11-o’clockpositionwasanavascularandcysticblebcontainingpus.Seidel’sphenomenonwaspositive.Thecorneawasslightlyclouded.Theanteriorchamberwascloudedwithcells(+++),hypopyon(1mm)andbrinmembrane.Thevitreousbodywasmoderatelycloudedandtheocularfundusdidnotappeartobeveryabnormal.Hervisionwas0.2.Intraocularpressurecouldnotbemeasuredprecisely.Thatnight,aftertheanteriorchamberwaswashed,vitrectomywasperformed,theinfectedblebwasexcisedandtheconjunctivawasadvancedtoreconstructthebleb.Theinammationsubsidedintwoweeks;hervisionwas0.7onemonthlater.Theblebcontainedbloodvessels.Theintraocularpressurewasnormal.ThecausativebacteriumwasfoundtobePneumococcus.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)25(6):873876,2008〕Keywords:眼内炎,濾過胞感染,濾過胞再建,トラベクレクトミー,硝子体手術.endophthalmitis,blebinfection,blebreconstruction,trabeculectomy,vitrectomy.———————————————————————-Page2874あたらしい眼科Vol.25,No.6,2008(124)手術計画として,健常結膜を最大限温存するため,毛様体扁平部のポートなどはすべて上方に設置した(図2a).手順としては感染した濾過胞に接して11時半の位置に20ゲージ眼内灌流ポートを縫着した.2時と8時の角膜輪部を切開し,前房水を採取した後,前房内を抗生物質を含まない液で灌流しながら膿およびフィブリン膜を除去した.採取した前房水,膿,フィブリン膜などは培養に供した.この後前房内を1.3μg/mlゲンタマイシンを含む灌流液にて灌流洗浄した.眼内レンズは温存した.続いて硝子体を切除するため,10時と12時の毛様体扁平部に20ゲージのポートを追加し,硝子体カッターと眼内内視鏡(ファイバーテック社,東京)を刺入した.1.3μg/mlゲンタマイシン含有の灌流下に,浅部の硝子体切除は顕微鏡直視下で,深部の硝子体切除は眼内内視鏡のみで施行し,硝子体手術用のコンタクトレンズは使用しなかった(図2b).眼内内視鏡下のみで硝子体を切除した理由は,角膜混濁と小さな水晶体前切開孔(径約3mm)のため,コンタクトレンズによる術野の視認性不良が予想さI症例患者:83歳,女性の右眼.既往歴:2002年某施設にて両眼MMC併用トラベクレクトミーを,2003年某施設にて両眼白内障手術を受けた.現症:2006年11月9日午前10時頃より右眼に暖かい流涙が始まり,同日14時頃より右眼眼痛,眼脂,霧視を自覚した.同日夕方約1年ぶりに近医を受診し,右眼濾過胞感染による眼内炎と診断され,同夜急遽大阪市立総合医療センターを紹介されて受診した.全身的には高血圧がある.糖尿病はない.初診時所見:視力は右眼0.1(0.2×sph0.25D(cyl0.5DAx90°),左眼0.5(0.7×sph0.5D),眼圧は右眼21mmHg,左眼13mmHgであったが,右眼の測定値は眼瞼腫脹により不正確であった.右眼には,眼瞼腫脹(++)を認め,結膜は充血・浮腫著明で,膿が付着していた(図1).膿は培養に供した.11時の結膜に過去のトラベクレクトミーによる無血管性かつ胞状の濾過胞を認め,濾過胞内は膿性に混濁していた.フルオレセインにて染色すると濾過胞中央より房水漏出がみられた(Seidel現象陽性).角膜は軽度混濁し,前房は細胞(+++)で混濁著明であり,前房蓄膿(1mm)を認め,虹彩前および眼内レンズ周囲にフィブリンの付着を認めた.眼内レンズは内に固定されていた.硝子体混濁は幸い軽度ないし中等度であり,眼底はある程度透見可能で,網膜に著明な変化は認めなかった.左眼にも無血管性かつ胞状の濾過胞を認めたが,炎症やSeidel現象は認めなかった.治療:右眼の濾過胞破損による細菌性眼内炎と診断し,初診日の夜間に緊急手術を施行した.術式は①前房液採取および前房洗浄,②経毛様体扁平部硝子体切除,③感染した濾過胞の切除および濾過胞再建であった.図1初診時前眼部写真炎症高度.結膜に膿付着,前房蓄膿1mmあり.図2硝子体手術時a:各ポート配置の模式図.健常結膜を残すためポートはすべて上方に設置した.b:硝子体切除は内視鏡下で施行し,コンタクトレンズは使用しなかった.灌流ポート内視鏡ポート感染濾過胞カッターポートa———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.25,No.6,2008875(125)眼底透見性は悪かった.以後前房炎症・硝子体混濁は順調に軽快し,術後2週間でほぼ消失した.網膜障害はなかった.術後2週(退院時)で視力0.4(矯正0.5)を得た.眼圧は13mmHgであった.術後1カ月で視力は0.4(矯正0.7)を得,有血管性の濾過胞が形成されていた(図4).術後1年を経過してもこの濾過胞は維持され,良好な眼圧コントロールを得ている.なお,起炎菌は眼脂の培養にてペニシリン感受性の肺炎球菌と同定されたが,眼内サンプルの培養結果は陰性であった.II考按トラベクレクトミー術後の濾過胞炎,眼内炎の発症率は数%といわれる1).濾過胞破損が感染の原因と思われるが,濾過胞炎発見時に房水漏出がみられない症例も存在する1,2,4).眼内炎の予後は,発症からの時間や起炎菌の毒性によって異なるが,本症例の起炎菌は肺炎球菌であった.わが国での起炎菌の検出率は1768%24)とまちまちで,検出菌種も多種にわたるが,日本緑内障学会による最新の調査では,37例の濾過胞感染中黄色ブドウ球菌と肺炎球菌が各3例で,起炎れたこと,レンズリング縫着による結膜損傷を避けること,術者が眼内内視鏡下硝子体切除に習熟していることによる.幸い網膜に眼内炎の波及による所見はみられず,安全に単純硝子体切除が施行できた.硝子体切除終了後,膿の貯留した濾過胞を切除し,強膜を露出した後,硝子体手術のポートを縫合閉鎖した.強膜にはトラベクレクトミーの強膜弁が認められた.本症例では幸い切除した濾過胞周辺の結膜の瘢痕化が軽度であったため,濾過胞の後方の結膜を剥離し,結膜欠損部を埋めるように前方に進展し,10-0ナイロン糸にて角膜輪部と結膜断端に縫着して濾過胞を再建した(図3).術後はイミペネム(チエナムR)500mgを朝夕2回3日間点滴静注し,レボフロキサシン(クラビットR),セフメノキシム(ベストロンR)を各4回/日点眼した.術翌日には眼痛はなく,眼圧は12mmHgであった.角膜の浮腫(+)(++)を認めた.濾過胞の形成を認め,房水の漏出はなかった.前房は形成されており,前房内は細胞(++)(+++)で,新たなフィブリン析出は認めなかった.軽い硝子体出血があり,ab4術後3カ月の前眼部写真a:有血管性に再建された耳上側の濾過胞.b:同部のスリット写真.b3濾過胞再建a:模式図.後方周辺の結膜を剥離し,前進して強膜を被覆する.b:結膜を前進して輪部に縫着するところ.周辺結膜を前進し被覆a———————————————————————-Page4876あたらしい眼科Vol.25,No.6,2008(126)れにも縫合不全が起こる危惧があり注意を要する.筆者らは縫合不全対策として半層角膜弁つきの遊離結膜弁移植を考案し,難症例に施行して良い成績を収めたことを報告した10)が,本症例では幸い切除した濾過胞周辺の結膜の瘢痕化が軽度であったため,周辺結膜を前進することで有血管性に濾過胞も再建でき,術後良好な視力と眼圧コントロールを得た.濾過胞破損による細菌性眼内炎に対し,硝子体切除と濾過胞再建を同時に行うことは有効な方法と思われる.文献1)望月清文,山本哲也:線維芽細胞増殖阻害薬を併用する緑内障濾過手術の術後眼内炎.眼科手術11:165-173,19982)杉山和歌子,福地健郎,須田生英子:線維柱帯切除後の濾過胞感染症の7例.眼紀52:956-959,20013)坂隆裕,日本緑内障学会濾過胞感染全国登録事業研究班:日本緑内障学会濾過胞感染全国登録事業の概要.日眼会誌111(増刊号):185,20074)緒方美奈子,古賀貴久,谷原秀信:線維柱帯切除後の濾過胞炎,眼内炎の検討.あたらしい眼科22:817-820,20055)SongA,ScottIU,FlynnHWetal:Delayed-onsetblebassociatedendophthalmitis:clinicalfeaturesandvisualacuityoutcomes.Ophthalmology109:985-991,20026)BusbeeBG,RecchiaFM,KaiserRetal:Bleb-associatedendophthalmitis:clinicalcharacteristicsandvisualout-comes.Ophthalmology111:1495-1503,20047)白柏基宏,八百枝潔:Ⅱ.内眼手術と術後眼内炎.3.緑内障術後.眼科プラクティス1,術後眼内炎(大鹿哲郎編),p80-84,文光堂,20058)BrownRH,YangLH,WalkerSDetal:Treatmentofblebinfectionafterglaucomasurgery.ArchOphthalmol112:57-61,19949)BurnsteinAL,WuDunnD,KnottsSLetal:Conjunctivaladvancementversusnonincisionaltreatmentforlate-onsetglaucomalteringblebleaks.Ophthalmology109:71-75,200210)森秀夫,林央子:半層角膜弁つきの遊離結膜弁移植による損傷した濾過胞の再建術.臨眼58:1695-1698,2004菌不明が12例あった3).海外の多数例の検討ではStrepto-coccus属,Staphylococcus属が優位とされる5,6).感染が成立しても,炎症がまだ前房に波及していない濾過胞炎では,一般に保存的治療によって予後良好である4,5,7)ので,この時点での発見と治療が望まれる.緑内障症例は,手術の有無によらず,定期的な眼科管理下に置くことが必要であるが,特に濾過胞のある患者には,常に濾過胞炎の危険があることを承知させ,発症すればすぐに受診させる患者教育が重要である4,5).しかし,本症例は緑内障手術後4年,白内障手術後3年という長期が経過し,自覚的に良好な日常生活を送り,また高齢でもあることから,濾過胞炎の危険性を失念し,近医に通院することを1年にわたり中断していた.発症自体は急激で,午前に流涙を自覚し,午後には眼痛,眼脂,霧視が始まるというもので,その日のうちに近医を受診するという迅速な対応を取ったことが良い結果につながったものの,もし,定期的に近医を受診していれば,濾過胞からの漏出や軽度の濾過胞炎が存在した時点で発見できた可能性は否定できない.濾過胞からの感染が眼内,特に硝子体内に及べば緊急手術が必要となる4,6).本症例では前房炎症は強くとも,幸い硝子体炎症の軽度な時点で,前房洗浄・硝子体切除(抗生物質の眼内灌流併施)を施行でき,良好な視機能を回復することができた.その際,できるだけ低侵襲かつ正常結膜を温存するためにポートの位置は濾過胞付近に限定し,眼内レンズも温存した.濾過胞の再建をせずに眼内炎の治療のみを行った場合,消炎には成功しても濾過胞損傷部からの房水漏出が持続したり4),逆に濾過胞の機能が低下して眼圧コントロールが悪化する可能性が危ぶまれる7).濾過胞からの房水漏出が持続する場合,保存的治療か手術的治療が必要となるが,Burnsteinら9)は圧迫眼帯,コンタクトレンズ,アクリル糊,自己血注射などの保存的治療での成功率は32%にとどまり,16%に濾過胞炎や眼内炎が発症したと報告している.濾過胞を切除して結膜弁を移植する方法には,濾過胞周囲の結膜を移動する方法と遊離結膜弁を用いる方法4)があるが,いず***