———————————————————————-Page10910-181008\100頁JCLSつの大きな進歩が緑内障薬物治療に登場した.①ゲル化b遮断薬,②新たなPG製剤,③点眼の炭酸脱水酵素阻害薬(CAI)の導入である.さらに,④欧米での大規模無作為前向き試験により目標眼圧の概念が確立し,より低いレベルでの眼圧コントロールが求められはじめ,3剤あるいは4剤の併用薬物治療が臨床の場に普及した.そのために現在の緑内障治療における薬剤性角膜障害がいっそう広く認知されるきっかけとなった.II緑内障薬物治療の特徴,問題点緑内障はきわめて慢性に,きわめて長期に進行し続ける特徴がある疾患である.また,治療は一旦開始されたらほぼ全生涯を通じて行う必要があり,視野の悪化や,眼圧上昇などを契機に点眼薬の追加投与や治療法の変更が行われる.近年,目標眼圧の概念が確立され,さらに厳密な眼圧コントロールが必要とされるようになってきた.しかし真の意味での患者自身に至適とされる眼圧レベル(健常眼圧レベル)を把握,決定するのは困難である.眼科医は長期的な眼圧測定と視野検査をくり返すことによって得られる,より確率の高い推測値に頼らざるをえず,このためより安全域を広げた過剰な治療に傾かざるをえないのが現状である.緑内障薬物治療の目的は十分な眼圧下降により視機能の悪化を最小限に抑え,一方で,薬剤の長期的投与による合併症,副作用を最小限にすることにある.そのためには市販されている多くの緑内障治療薬の特性,特徴を理解し,短期的,長期的なはじめにさまざまな眼疾患で点眼治療を行っている経過中に,思わぬ角膜障害に遭遇する.このような病態は薬剤性角膜障害とよばれ,近年広く臨床の場において認知されてきた.特に緑内障は非常に長期間点眼薬が使用され続けるため,このような障害が発症しやすい疾患の代表である1).さらに緑内障薬物治療は近年,併用薬物療法が普及し薬剤性角膜障害が発症しやすい状況が作り出されている.緑内障治療薬による薬剤性角膜障害発症の機序の十分な理解と,発症の際の適切な対応が臨床の場において要求されている.I緑内障治療薬による薬剤性角膜障害の歴史1990年代に,イソプロピルウノプロストン(ウノプロストン)が新しいプロスタグランジン製剤(PG製剤)として臨床の場に登場した.眼圧下降効果はb遮断薬に劣るものの全身への副作用がないことから,b遮断薬が禁忌の患者へのファーストラインの治療薬として,さらにいっそうの眼圧下降を目的としてb遮断薬との併用が広く行われた.しかし,チモロール単剤あるいはウノプロストン単剤でほとんど生じなかった角膜障害が,両者の併用で高頻度に出現し,その原因,治療法について大きな問題となった2,3).このチモロールとウノプロストン併用による角膜障害がきっかけとなり,緑内障治療薬による薬剤性角膜障害が一般臨床の場において急速に認知され今日に至っている.1990年代後半に入り,4(9)???*ShoichiSawaguchi:琉球大学医学部高次機能医科学講座視覚機能制御学分野〔別刷請求先〕澤口昭一:〒903-0215沖縄県中頭郡西原町字上原207琉球大学医学部高次機能医科学講座視覚機能制御学分野特集●眼科における薬剤副作用あたらしい眼科25(4):431~436,2008抗緑内障点眼薬による眼障害????-?????????????????????????????????????????澤口昭一*———————————————————————-Page2???あたらしい眼科Vol.25,No.4,2008(10)頻度は少ないが角膜内皮障害のある患者にCAIを点眼して水疱性角膜症に進行,悪化した報告や,閉塞隅角緑内障に対してレーザー虹彩切開術を施行した患者にPG製剤を点眼して急速に角膜内皮が減少した報告もある.薬剤性の偽眼類天疱瘡は非常にまれではあるが緑内障点眼薬が原因となることが指摘されている.2.防腐剤による障害(表1)ほとんどすべての市販されている緑内障治療薬(点眼薬)には防腐剤が含まれ,その細胞毒性が知られている4,5).表1にわが国で市販されている抗緑内障点眼薬に含まれる防腐剤濃度を記載した.塩化ベンザルコニウム(BAC)を含んだ点眼薬の点眼回数と,含まれるBAC濃度の2つの要素が眼局所へ影響を与える.一般的に防腐剤の細胞毒性は,点眼後涙液で希釈されるためにほとんど眼局所への影響はないとされている.しかしながら,点眼薬を複数併用した場合には点眼回数が増えるために前眼部は常にBACに曝露されていることになる.また,高濃度のBACを含む点眼薬は併用療法を行う際には必須なため,いっそうの注意が必要となる.3.眼自体や眼を取り巻く環境の問題ドライアイなど涙液減少症では点眼薬の希釈が不十分となり上皮障害を起こしやすい環境を生じる.また糖尿病患者では角膜知覚低下による涙液分泌の減少,上皮の再生能の低下,接着機能の低下などが知られており,一旦生じた上皮障害が重症化,遷延化しやすくなる.素因として角膜上皮の脆弱性(輪部幹細胞の疲弊など)がある場合には当然点眼薬の副作用や賦形剤による副作用がリスク,ベネフィットを考慮した戦略を立てる必要がある.緑内障治療薬は眼という非常にデリケートな組織への点眼という,他の全身性の薬剤投与とは際だった違いがある.特に点眼薬が直接接触する角膜,結膜,眼周囲組織などへの副作用については十分に理解し,対応する必要がある.一方で緑内障治療薬(点眼薬すべてに当てはまる)の特徴として,その主成分以外に製剤化するにあたって防腐剤,安定化剤,可溶化剤など,多くの賦形剤が含まれており,薬剤自身の作用,副作用とともにこれらの賦形剤の眼局所への影響についても理解する必要がある.III緑内障薬物治療による角膜障害の発症機序緑内障治療薬の副作用については点眼薬の作用に付随した副作用(涙液分泌抑制,炎症惹起性,細胞増殖抑制など)と点眼薬に含まれる防腐剤を中心とした賦形剤の毒性による副作用があげられる.またb遮断薬の表面麻酔作用,さらに点眼薬自体に対するアレルギーなどが病状を複雑にしている.緑内障治療薬の角膜障害は点状表層角膜炎など軽度な障害から角膜びらん,さらに遷延性上皮欠損などより重篤な障害へと進行する(図1).さらに点眼薬の副作用は多剤併用することで,発症頻度が増したり,あるいはより重篤化して出現することもしばしば経験される2).角膜側の因子としては角膜上皮の健常性と角膜を取り巻く周囲の環境を考慮する必要がある.健常な角膜上皮はほぼ2週間以内に入れ替わるが,角膜上皮の異常(上皮自体,あるいは幹細胞の疲弊)ではこのサイクルが遅延し,点眼薬により上皮障害が発症しやすく,発症した上皮障害の修復が困難となる.角膜上皮を取り巻く環境の異常(ドライアイなど)では薬剤が結膜?内に停滞しやすくなり,薬剤自体の副作用や防腐剤の影響がより強く出現する.1.点眼薬自体の副作用b遮断薬には薬剤そのものの細胞毒性,角膜知覚低下,涙液分泌抑制などの副作用がある.同様に,PG製剤には細胞分裂抑制,炎症惹起性がある.PG製剤によるヘルペス性角膜炎の発症,再燃や黄斑浮腫の悪化,ぶどう膜炎の再燃など頻度は少ないが報告されている.さらに表1日常臨床で用いられる各種緑内障治療薬の防腐剤濃度商品名BAC含量点眼回数/日キサラタン?0.02%1回ベトプティック?0.01%2回エイゾプト?0.01%2回トルソプト?0.005%3回レスキュラ?———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.25,No.4,2008???(11)はBACを含まない点眼薬への変更を行う.わが国で最近発売されたトラボプロスト(トラバタンズ?)はBAC以外の防腐剤(賦形剤)を使用しており,角膜上皮への副作用が軽減することが期待されている6).つぎにb遮断薬の上皮への影響については点眼薬の種類により強,弱があることが知られており7)(表2),上皮障害が出現しても軽度であれば上皮への影響の少ない薬剤へ変更することで未然に重篤な障害への進展を予防することが可能かもしれない.そのうえで症状,所見の重症度に応じて防腐剤無添加の人工涙液,角膜保護剤の(頻回)点眼,ステロイド点眼や少量のステロイド内服などで上皮の修復を待つ.この期間の眼圧コントロールはCAIの内服を用いる.一旦角膜障害が消失し,点眼薬を再開する場合は点眼後5~10分で防腐剤無添加の人工類液の点眼を行う.緑内障の治療の基本は薬物治療による眼圧下降であり,進行した症例や薬剤再開によって再発しやすい症例ではこのような緑内障薬物治療の長期的な継続は困難と判断し,レーザー治療や,さらには手術治療への変更も考慮する必要がある.V重症度に応じた治療戦略(図1)緑内障薬物治療中に薬剤性角膜障害が発症した場合,その治療はワンパターンではない.特に角膜障害の重症度に応じた治療法,治療戦略が重要である.その治療の基本は点眼による緑内障治療を最小限にとどめ,角膜保護に努めるということになる.出現しやすくなる.4.点眼薬の眼停留性の問題ゲル化製剤は結膜?内における薬剤の滞留時間を延長し効果を持続させる働きがある.このために点眼回数を減らし,点眼コンプライアンスの向上に役立つ.一方で3剤以上の多剤併用患者でゲル化製剤を投与し,直後に2剤目を投与すると,2剤目の薬剤も結膜?内に長時間停留し,薬剤の副作用,防腐剤の副作用が増強,持続し角膜への障害をきたす可能性がある.ゲル化製剤を用いる場合はなるべく2剤目の点眼は十分な時間間隔で投与することが望ましい.またドライアイなどで涙液分泌が少ない患者では点眼薬の結膜?内の停留がより長時間となることを考慮したうえでの投与間隔を配慮する.同様に夜間は涙液の分泌が減少するため,就寝直前の点眼は行わないように指導する必要がある(就寝まで30分以上開けることが望ましい).IV角膜障害の治療,対応薬剤性角膜障害への対応はまず必要最小限の点眼治療を行うことで角膜障害の発症を予防する.一旦発症した際には,その角膜障害の重症度に応じて点眼薬剤数を減らす,変更する,などから最終的には点眼薬を中止せざるをえなくなるまでさまざまである.まず防腐剤への対応としては,すでにb遮断薬にはこの防腐剤無添加の点眼薬が市販されているのでこれに変更する.PG製剤表2長期点眼群におけるフルオレセイン取り込み濃度の比較フルオレセイン取り込み濃度(ng/m?)全体SPKなしSPKあり抗緑内障点眼ウノプロストン点眼群82.6±108.550.7±24.6321.7±192.9カルテオロール点眼群84.5±44.278.7±30.9208.1±118.3チモロール点眼群139.0±75.1119.2±53.4262.5±76.0ベタキソロー———————————————————————-Page4———————————————————————-Page5あたらしい眼科Vol.25,No.4,2008???(13)とに決定する.緑内障薬物治療中に生じた角膜上皮障害の2症例を呈示し,その治療法を示す.〔症例1〕H.S.65歳,女性.診断:慢性閉塞隅角眼(図2).レーザー虹彩切開術(LI)後の眼圧コントロールにラタノプロストを点眼開始した.点眼開始後5カ月目に点状表層角膜炎を発症した.ヒアルロン酸ナトリウム(ヒアレイン?)点眼開始とラタノプロスト中止で点状角膜VI薬剤性角膜障害の際の基本的注意事項1)ラタノプロスト点眼を含めて点眼薬の就寝直前は行わない(30分以上).2)緑内障治療薬の整理,整頓を行う.3)眼圧コントロールは内服CAIを用いる.4)人工涙液(特に防腐剤無添加)は結膜?内の洗浄と角膜保護.5)ステロイドの点眼,内服や抗菌薬の点眼は症例ご図2ラタノプロスト投与後の表層角膜炎a:点眼再開後の表層角膜炎.b:点眼中止後の角膜所見.図3緑内障点眼3剤にレーザー後の点眼を追加a:広範囲のびまん性の上皮障害と,深層に及ぶ強い上皮障害がみられた.b:すべての点眼を中止し,人工涙液を処方したところ上皮障害は消失した.この後,3剤の併用療法でも角膜障害は出現していない.———————————————————————-Page6