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眼感染症:アカントアメーバ培養検査

2006年10月30日 月曜日

———————————————————————-Page1あたらしい眼科Vol.23,No.10,2006????0910-1810/06/\100/頁/JCLS■アカントアメーバを見つけよう!アカントアメーバ(以下,アメーバ)は,角膜炎を起こすことが知られている微生物で,淡水や土壌に住む原虫である.外傷をきっかけに角膜に感染するが,近年ではコンタクトレンズ装用者に重篤な感染症をひき起こす原因微生物として問題となっている.角膜の病巣からアメーバを証明するには,病巣を擦過(あるいは掻爬)して(図1),検体を塗抹鏡検するか,あるいは分離培養する必要がある.迅速診断としては塗抹鏡検が有用であるが,さらに分離培養を行うことによって,アメーバの存在が確定的になるだけでなく,その増殖力を観察することで病勢を判断できる.栄養体は3~4日,?子は5~7日で確認できる(図2).アメーバの培養検査にはさまざまな方法があるが,本稿では,筆者らが用いている培養法を中心に紹介する.■培養検査に必要なもの(図3)アメーバの培養には,方法の詳細に関わらず,以下のような準備が必要である.?アメーバ用培地:抗生物質を含まない寒天培地.?菌液:大腸菌,あるいは納豆菌,イースト菌など,アメーバの餌になる菌を含んだ液.?菌液を培地に塗布する道具:コンラージ棒など.?角膜擦過に用いる器具類:開瞼器,スパーテル,鑷子,impressioncytology用の膜・MQAなど.?保管場所:25~30℃の室温,あるいは孵卵器.■培養検査の手順1.培地の準備①アメーバ用培地を作製する.(63)41.アカントアメーバ培養検査眼感染症セミナー─スキルアップ講座─●連載?監修=大橋裕一井上幸次亀井裕子東京女子医科大学東医療センター眼科アカントアメーバ角膜炎はその多彩な病像ゆえに診断に苦慮することがある.そんなとき威力を発揮する培養検査は,病巣部だけでなくコンタクトレンズやケース内保存液を用いてアメーバの存在を証明できる有用な手段である.納豆菌を用いた培養法は,特別な道具や施設がなくても比較的簡単に作製できる便利な方法といえる.図1アカントアメーバ角膜炎の偽樹枝状病変と掻爬部位写真にで示すように,病巣部付近を大きめに掻爬する.図2寒天培地上で培養されたアカントアメーバ(生体顕微鏡で観察,400倍)左:培養3日目.多数の栄養体(トロホゾイド)があり,盛んに分裂している(矢印↑).右:培養7日目.二重壁の?子(シスト)が多数みられる.(背景にある微細な粒子が,寒天表面で増殖した納豆菌)———————————————————————-Page2????あたらしい眼科Vol.23,No.10,2006②菌液を作製する.③菌液を培地に塗る.2.角膜擦過①点眼用キシロカイン?4%液で点眼麻酔する.②開瞼器をかける.③スパーテルで角膜を擦過する.④擦過した角膜をスパーテルですくい,培地の中央に載せる.3.培地の観察①培地のふたをテープでシールする.この際テープに小さい穴を数カ所開けておく.②25℃の室温,あるいは孵卵器に静置する.③培地を生体顕微鏡に載せ,観察する.■納豆菌を用いた培養法の実際筆者らが用いているのは,納豆菌を用いた培養法である.抗菌薬を含まないアカントアメーバ培地をまとめて作製しておく.納豆菌液は,検体を採取する直前に作製して,使用する必要枚数だけ培地に塗布するのがよい.1.アメーバ用培地の作製用意するもの:滅菌シャーレ(直径6cm),寒天,生理食塩水.方法:20倍に希釈した生理食塩水で寒天を溶かして1.5%濃度とし,滅菌シャーレに厚さが5mmになるよう注ぐ.オートクレーブで121℃,15分間滅菌する.2.菌液の作製と培地への塗布用意するもの:市販の納豆(発泡スチロール,あるいは紙カップに入ったもの),滅菌蒸留水,滅菌シリンジ,コンラージ棒,アルコールランプ.方法:市販の納豆パックを開封し,納豆が入ったまま容器内に蒸留水を入れて,20分ほど静置する.蒸留水が淡い乳白色になっているのを確認して,シリンジで静かに液を吸う.作製した菌液を,アメーバ用培地に2~3滴滴下し,アルコールランプで熱消毒したコンラージ棒を用いて,まんべんなく塗布する.■コツ1)培地の保管:納豆菌を塗布する前の培地は冷蔵庫で1週間は保存できる.納豆菌を塗布したらできるだけ早く使用する.2)納豆菌液の作製:納豆はできるだけ新しいものを購入する(水戸の納豆がよい?).菌液を吸う際には,ねばねばした固まりを吸い込まないように注意しながら丁寧に行う.3)検体採取と接種:病巣部よりやや大きめに掻爬するとよい.検体は培地の中心に置く.スパーテルを培地に軽く押し付けるようにすると培地に軽い傷ができ,置いた場所がわかりやすい.文献1)石橋康久,本村幸子:アカントアメーバ角膜炎の診断と治療.眼科33:1355-1361,19912)石尾香,岡田克樹,石橋康久ほか:アカントアメーバ角膜炎の確定診断における培地の比較.眼紀46:1021-1025,1995(64)■コメント■アカントアメーバ角膜炎の診療では確定診断はきわめて重要な位置を占める.病原体の分離により,大きな自信をもって治療に取り組めるからである.アカントアメーバの分離には餌となる細菌の存在が必要である.一般病院の検査室では大腸菌が使用されることも多いが,ここで紹介された納豆菌(学名?????????????????natto)も便利なアイテムである.特に,水戸の納豆は,人間のみならずアカントアメーバにとっても大好物に違いない.アカントアメーバ角膜炎を疑った場合,分離培養を試みることをお勧めする.培地の塗布液面にアカントアメーバの軌跡を発見したとき,このうえない感動に襲われるはずである.愛媛大学医学部眼科大橋裕一寒天培地納豆パックコンラージ棒図3培養検査に必要なもの

光線力学的療法(PDT):狭義滲出型加齢黄斑変性の診断

2006年10月30日 月曜日

———————————————————————-Page1あたらしい眼科Vol.23,No.10,2006????0910-1810/06/\100/頁/JCLS現在一般的に用いられている加齢黄斑変性(age-relatedmaculardegeneration:AMD)の分類は1995年にBirdらが提唱した国際分類による1).この分類では加齢性の黄斑の変化は加齢黄斑症(age-relatedmaculopathy:AMD)とまとめられていて,初期と後期に分けられている.滲出型加齢黄斑変性(exudativeage-relatedmaculadegeneration:exudativeAMD)は,萎縮型(drytype)とともに後期加齢黄斑症に分類されている.臨床の現場でよく目にする滲出型AMDは,脈絡膜新生血管(choroidalneovascularization:CNV)が網膜色素上皮下や感覚網膜下に伸展し,出血や滲出性病変を生じて最終的には瘢痕下する疾患である.これまでのフルオレセイン蛍光造影(FA)に加えて,近年普及したインドシアニングリーン蛍光造影(IA)や光干渉断層計(OCT)によってより詳細に滲出型AMDの病態を観察することが可能となったが,これまで滲出型AMDとして考えていたもののなかにさまざまな病態が含まれていることが報告されてきた.この数年で広く知られるようになったポリープ状脈絡膜血管症(polypoi-dalchoroidalvasculopathy:PCV)2)と網膜内血管腫状増殖(retinalangiomatousproliferation:RAP)3)が新しい概念の滲出型AMDの病態である.PCVやRAPも黄斑部に滲出病変を生じ最終的に瘢痕化することから,滲出型AMDに含まれる一病型と考えられる.しかし,その臨床経過やCNVの進展や予後が異なることから臨床では区別して考えるのが一般的であり,これらを除いた滲出型AMDを狭義滲出型AMDとよんでいる.狭義滲出型AMDの診断には基本となる検眼鏡所見に加え,FAやIA,OCTといった画像検査が大いに参考となる.狭義滲出型AMDの基本病態はCNVであるが,この(61)永井由巳関西医科大学眼科光線力学的療法(PDT)セミナー監修/石橋達朗湯沢美都子1.狭義滲出型加齢黄斑変性の診断滲出型加齢黄斑変性とは,高齢者の黄斑部に脈絡新生血管が生じてその滲出変化により視機能が低下する疾患である.狭義滲出型加齢黄斑変性とは,滲出型加齢黄斑変性から,その亜型で新生血管の形態や位置など病態や予後の異なるポリープ状脈絡膜血管症(PCV)や網膜内血管腫状増殖(RAP)を除いたものをいう.提供図1Gass1型のCNV眼底には網膜色素上皮の色素むらと扁平な漿液性網膜?離,網膜下出血を認め(a),FAでは早期に顆粒状過蛍光と出血による蛍光ブロックを認める(b).FA後期では淡い蛍光漏出を認めた(c).IAでは早期に網目状のCNVがみられ(d),晩期にはplaque状過蛍光を示した(e).OCTでは網膜色素上皮の扁平な隆起と重層化を認めた(f).abcedf出血によるblock網目状のCNV漿液性網膜?離網膜色素上皮層の隆起CNVoccultCNV図2Gass2型のCNV眼底には灰白色病変と周囲に漿液性網膜?離とを認める(a).FAでは早期から境界明瞭な過蛍光を示すCNVがみられ(b),時間とともに旺盛な蛍光漏出を認めた(c).IAでも早期から低蛍光輪に囲まれた境界明瞭な過蛍光を示すCNVがみられた(d,e).OCTでは網膜色素上皮の断裂部から網膜下に突出したCNVの中等度反射塊を認める(f).classicCNV後期の蛍光漏出CNVdarkrim網膜色素上皮の断裂2型CNV?胞様黄斑浮腫abcedf———————————————————————-Page2????あたらしい眼科Vol.23,No.10,2006(00)CNVの発育進展部位は網膜色素上皮下と感覚網膜下とがある.この発育部位の違いにより臨床所見や治療の効果も異なってくることから,その診断には注意を要する.Gassは網膜色素上皮下に発育するCNVを1型(図1),感覚網膜下に発育するCNVを2型(図2),両者が混在する混合型と分類した.これらを分類するのにFAやIA,OCTが有用である.検眼鏡所見を含めたこれらの検査所見の特徴を表1に示す.CNVの分類は上記で述べたとおりであるが,臨床的には1型と2型との両者を含む,混合型が最も多いことから,光線力学的療法(photodynamictherapy:PDT)を行ううえで効果を比較するためにFAでは図3のように分類する.滲出型AMDの診断は,眼底検査が最も重要ではあるが,これらの画像の読影パターンを数多くの症例を経験して把握することで,正確に行うことができる.文献1)BirdAC,BresslerNM,BresslerSBetal:Aninternationalclassi?cationandgradingsystemforage-relatedmaculop-athyandage-relatedmaculardegeneration.TheInterna-tionalARMEpidemiologicalStudyGroup.????????????????39:367-374,19952)YannuzziLA,SorensonJ,SpaideRFetal:Idiopathicpol-ypoidalchoroidalvasuculopathy(IPCV).??????10:1-8,19903)YannuzziLA,NegraoS,IidaTetal:Retinalangiomatousproliferationinage-relatedmaculardegeneration.??????21:416-434,2001表1Gass1型CNVと2型CNVの所見の特徴Gass1型Gass2型CNVの発育部位網膜色素上皮下感覚網膜下FAでの分類OccultClassic検眼鏡所見(CNVの部位)網膜色素上皮の隆起?漿液性網膜色素上皮?離?線維血管性網膜色素上皮?離?網膜色素上皮下出血網膜下の灰白色病変?縁取り状の網膜下出血や網膜浮腫・網膜?離FA所見OccultCNV?網膜色素上皮下のCNVなのではっきりと造影されない.?線維血管性色素上皮?離(FVPED)?起源不明の後期蛍光漏出病巣(late-phaseleakageofundeter-minedsource)ClassicCNV?造影早期から境界明瞭で旺盛な蛍光漏出?CNVの周りに低蛍光輪(darkrim)IA所見造影早期には網目状の血管がみられることが多く,晩期になるとCNVの範囲全体が面状の過蛍光を示し,plaqueとよばれる.造影早期に網目状の血管がみられ,晩期になると旺盛な蛍光漏出がみられるが,線維化が進むとほとんど蛍光を示さないこともある.OCT所見網膜色素上皮下に広がるCNVのため,網膜色素上皮の高反射層が肥厚あるいは二重化を示す.網膜色素上皮層に断裂部がみられ,そこから感覚網膜下に広がるような高反射塊がみられる.線維化が進むとCNVの反射はより高反射となる.図3光線力学的療法におけるCNVのFAでの分類病変におけるclassicCNVの割合で分類する.a:predomi-nantlyclassicCNV(50%以上),b:minimallyclassicCNV(50%未満),c:occultwithnoclassicCNV(0%).a-1c-1b-1a-2c-2b-2:occultCNV:classicCNV

緑内障:前眼部3D解析装置ペンタカムによる閉塞隅角緑内障の前眼部形状

2006年10月30日 月曜日

———————————————————————-Page1あたらしい眼科Vol.23,No.10,2006????0910-1810/06/\100/頁/JCLSペンタカム(オクルス社)は,光源を180?回転させることにより複数のScheimp?ug像を撮影できる回転式Scheimp?ugカメラで,撮影画像からコンピュータ上で角膜前後面,虹彩,水晶体前後面を立体構築することにより,1)角膜の前後面形状測定,2)複数測定点での角膜厚,前房深度測定,3)前房容積測定などが可能である(図1,2).この装置を用いて閉塞隅角眼での解析を試みたところ,狭隅角群の前房容積(74.5±21.1??)はレーザー虹彩切開術(laseriridotomy:LI)施行後群(96.4±21.4??),開放隅角群(144.2±31.6??)に比較して有意に小さかった(p<0.001).前房容積は周辺前房深度と最も強く相関し(p<0.001),LI施行前後では,中心前房深度には変化はなく,前房容積,周辺前房深度のみ有意に増加した(p<0.001).以上より,ペンタカムによる前房容積および周辺前房深度の測定は,狭隅角眼の前房形状の指標として有用であると考えられた1).閉塞隅角緑内障の発症機序としては,相対的瞳孔ブロックとプラトー虹彩が最も大きく関与しているとされている.最近の報告では,相対的瞳孔ブロックの成分が(59)●連載?緑内障セミナー監修=東郁郎岩田和雄76.前眼部3D解析装置ペンタカムによる閉塞隅角緑内障の前眼部形状大鳥安正大阪大学大学院医学系研究科脳神経感覚器外科学(眼科学)一般的に狭隅角眼に対する予防的レーザー虹彩切開術の相対的適応は,圧迫隅角検査で周辺虹彩前癒着が生じている場合(原発閉塞隅角症)とされている.圧迫隅角検査に加えて,非接触式前眼部3D解析装置により,経時的に前眼部形状変化を定量評価することは,病態把握に有用である.図1ペンタカムの概観前房容積中心前房深度Scheimpflug画像中心角膜厚角膜曲率隅角角度デンシトメトリー中間前房深度周辺前房深度図2ペンタカムのオーバービューディスプレー表示約2秒で,Scheimp?ug画像,前眼部3D解析,角膜トポグラフィ,パキメトリー,デンシトメトリーの5つの解析が可能である.閉塞隅角眼の前眼部形状解析には,中心前房深度,周辺前房深度,前房容積などが参考になる.———————————————————————-Page2????あたらしい眼科Vol.23,No.10,2006強い場合には,LIにより隅角は開大するが,プラトー虹彩形状では,LIを行っても隅角形状はほとんど変化なく,周辺虹彩前癒着(peripheralanteriorsynechiae:PAS)の進行もあるとされている2).すなわち,PASの存在だけでLIを施行しても必ずしもPASの進行を抑制できるわけではないということになる.プラトー虹彩形状に関しては,圧迫隅角検査でサインウェーブサイン(あるいは,ダブルハンプサイン)があれば超音波生体顕微鏡(ultrasoundbiomicroscope:UBM)で虹彩形状を確認することが望ましく,プラトー虹彩形状であれば,安易にLIをせずに隅角底を広げるような処置としてピロカルピン点眼,レーザー隅角形成術および水晶体混濁があれば水晶体摘出を行うことを考慮すべきであろう.アジア人では相対的瞳孔ブロック以外の原因によって閉塞隅角緑内障が発症していることが少なくないことに加えて,わが国では予防的LI後の水疱性角膜症の発症率が高いことから,LIの適応の見直しが必要となってきている.狭隅角眼では,圧迫隅角検査によるPASの有無やUBMによる虹彩形状を確認することに加えて,ペンタカムのような非接触式3D画像解析装置により前眼部形状変化(前房深度や前房容積など)を経時的に解析することにより,LIの適応を慎重に考慮すべきであると考える.文献1)岡奈々,大鳥安正,岡田正喜ほか:前眼部3D解析装置Pentacam?における閉塞隅角緑内障眼の前眼部形状.日眼会誌110:398-403,20062)ChoiJS,KimYY:Progressionofperipheralanteriorsyn-echiaeafterlaseriridotomy.???????????????140:1125-1127,2005(60)☆☆☆年間予約購読ご案内眼における現在から未来への情報を提供!あたらしい眼科2007Vol.24月刊/毎月30日発行A4変形判総140頁定価/通常号2,415円(本体2,300円+税)(送料140円)増刊号6,300円(本体6,000円+税)(送料204円)年間予約購読料32,382円(増刊1冊含13冊)(本体30,840円+税)(送料弊社負担)最新情報を,整理された総説として提供!眼科手術2007Vol.20■毎号の構成■季刊/1・4・7・10月発行A4変形判総140頁定価2,520円(本体2,400円+税)(送料160円)年間予約購読料10,080円(本体9,600円+税)(4冊)(送料弊社負担)日本眼科手術学会誌【特集】毎号特集テーマと編集者を定め,基本的事項と境界領域についての解説記事を掲載.【原著】眼科の未来を切り開く原著論文を医学・薬学・理学・工学など多方面から募って掲載.【連載】セミナー(写真・コンタクトレンズ・眼内レンズ・屈折矯正手術・緑内障・光線力学的療法・眼感染症)新しい治療と検査/眼科医のための先端医療他【その他】トピックス・ニュース他■毎号の構成■【特集】あらゆる眼科手術のそれぞれの時点における最も新しい考え方を総説の形で読者に伝達.【原著】査読に合格した質の高い原著論文を掲載.【その他】トピックス・ニューインストルメント他株式会社メディカル葵出版〒113-0033東京都文京区本郷2-39-5片岡ビル5F振替00100-5-69315電話(03)3811-0544お申込方法:おとりつけの書店,また,その便宜のない場合は直接弊社あてご注文ください.http://www.medical-aoi.co.jp

屈折矯正手術:屈折矯正手術のセットアップ-何から始めるか,何を揃えるか-

2006年10月30日 月曜日

———————————————————————-Page1あたらしい眼科Vol.23,No.10,2006????0910-1810/06/\100/頁/JCLS屈折矯正手術を始めるにあたって,まずはハードウエアとして設備を整え,そしてつぎにソフトウエアとしてシステムの構築とスタッフの育成・教育が必要になってくる.●設備1.機械を揃えるa.検査機器1)角膜形状解析装置角膜乱視の有無・程度・局在を調べるとともに,最も避けなければならない合併症の一つであるkeratectasiaを防止するため,最も重要である.円錐角膜のindexが付いているビデオケラトスコープやOrbscan,ペンタカムは有用である.2)角膜厚測定装置最重要検査項目である.超音波パキメーターやスペキュラーマイクロスコープ,Orbscan,ペンタカムなどで測定できる.3)瞳孔径測定装置暗所瞳孔径は術後の夜間視機能を考えた場合,術前情報としてとても重要となる.COLVARD社のPupillo-meterが多く用いられている.b.エキシマレーザー(表1)年々進化をしており,その得失や今後の発展性などを勘案して選定すべきである.(57)屈折矯正手術セミナー─スキルアップ講座─●連載?監修=木下茂大橋裕一坪田一男77.屈折矯正手術のセットアップ─何から始めるか,何を揃えるか─中村友昭名古屋アイクリニック屈折矯正手術を始めるにあたって,ハードウエアとして設備を整え,ソフトウエアとしてシステムの構築とスタッフの育成・教育が必要になってくるが,実際この診療を行っていくにあたって重要かつ苦心するのは後者のソフト面である.安全かつ満足できる医療を提供するためには,常によりよいシステム作りが要求されるものである.表1各種エキシマレーザーの得失ブロードビームスリットスキャニングフライングスポット長所・一括照射が可能・ムラの少ないスムーズな照射が可能・カスタム照射が可能・ヘイズを生じにくい短所・照射ムラ(セントラルアイランド)を生じやすい・ヘイズを生じやすい・カスタム照射が困難・照射時間が長い(現在は改善)・固視が重要(アイトラッキングにより改善)機種AMO/VISX*NIDEK*ZEISS,B&L,Alcon,Wavelight*2006年8月時点での厚生労働省の認可機種.図1空調の管理(除湿機)レーザー発振部に結露をきたさないよう,特に湿度管理が重要である.当院では24時間連続除湿を行い,常に一定の湿度を保っている.図2セミナー室での説明会風景大勢の参加者に対し説明を行うことにより,時間の節約とともに,説明を行ったこと,説明内容の厳然たる証拠を残すことができ,後のトラブルの回避になる.また,患者自身も同様な気持ちの方がいることによる安心感を感じることができる.———————————————————————-Page2????あたらしい眼科Vol.23,No.10,2006c.マイクロケラトーム,その他各種が製造・販売されているが,その主たる違いは作製されるフラップのヒンジの位置であり,それぞれ得失がある.最近ではフェムトセカンドレーザーによるフラップ作製や,エピトームによるepi-LASIK(laser???????keratomileusis)も広く行われるようになった.2.施設を整えるa.手術室(温度・湿度・清潔度)(図1)エキシマレーザーを定常状態に維持するために,常に一定の温度・湿度に保つための空調管理は重要となる.また,清潔度に関しては,内眼手術に準じたものであれば十分であろう.b.セミナー室(図2)待合室などを利用して集団説明会を行えるよう,配置の工夫やプレゼンテーション用の映写設備を揃える必要がある.c.カウンセリング室プライバシーに関わる問題も安心感をもって話し合えるようなスペースが確保できると理想である.●システム(インフォームド・コンセント)近視矯正手術は健康な眼に対するプラスの医療のため,患者の要求度も高い.「話が違う」「そんなことは聞いていない」「こんなことなら受けなければよかった」など,医療者側の説明不足や患者の理解不足による術後のトラブルは絶対に避けなければならない.そのため,術前の十分な時間をかけた説明や患者とのコミュニケーションはとても大切である.いわゆるインフォームド・コンセントであるが,これは患者を守るだけではなく,説明不足による不本意な訴訟などに至らないよう医療者であるわれわれを守ることにもなる.過不足なく,効率よく行うシステム作りが要求される.a.流れを決める筆者の施設での手術までの説明に関する流れ.①ホームページ⇒②資料(説明文書)⇒③説明会⇒④適応検査時カウンセリング・診察⇒⑤術前オリエンテーション・診察.b.資料(パンフレット・ハンドブック)を作成する(図3)手術に際し,必要な眼の知識や手術全般にわたる解説を記載し,文章での説明を残す.パンフレットは資料請求時,ハンドブックは説明会のときに渡す.説明資料の内容は,①眼の仕組み,②屈折・調節,③LASIK手術の手順,④適応(検査項目),⑤手術当日の流れ,⑥術後起こりうる症状(夜間視機能低下,ドライアイなど),⑦術後合併症などである.c.スタッフ教育1)勉強会まずは院内勉強会を開き,手術の内容,検査項目,説明内容などを十分理解させ,医院に合ったシステムを話し合いのなかから決めていく.2)カウンセラー育成説明と患者把握はとても重要であるが,それを医師自身が行うと膨大な時間を要し,物理的に不可能であったり,通常の診療業務の妨げにもなる.そこで,当院では担当職員を育成して,説明会の後,問診票,適応検査のデータに基づき,個別に説明をするとともに質問を受け,患者背景と性格その他を把握させている.ここで重要なことは“傾聴”による患者把握であり,終始説明に徹したり,手術の勧誘であっては絶対にいけない.●集患(ホームページ)さて,準備はすべて整っても,手術を行っていることを広く告知しなければ,自然に患者が来院することはない.現状ではインターネットでホームページを開設することが規制や費用対効果の面でも有用と考える.内容としては,手術に興味をもった方への解説となるが,医院の特色なども示すとよい.ただし,誤解を招くような表現は極力避けることが望まれる.(58)図3説明資料(パンフレット・ハンドブック)手術に際しての必要な眼の知識や手術全般にわたる解説を記載し,文章での説明を残す.手術の利点とともに問題点も示すことにより,手術の選択を正しく行えるよう,有益な情報を盛り込む.

眼内レンズ:Hydrodissection,水晶体乳化吸引術灌流液動態とZinn小帯周辺組織

2006年10月30日 月曜日

———————————————————————-Page1あたらしい眼科Vol.23,No.10,2006????0910-1810/06/\100/頁/JCLS●目的と方法豚眼を使用し筆者が考案したSide-View眼球撮影法1,2)で,Hydrodissectionと水晶体乳化吸引術(PEA)施行時の灌流液動態との関係を観察した.また灌流液にZinn小帯線維染色用赤墨汁液(600倍希釈)を,Hydro-dissection溶液にピオクタニンブルー溶液(5倍希釈)を使用した(図1).●結果まず,Hydrodissectionを行わずPEAを施行した場合,以下①~③の灌流液動態パターンが観察された.①センタースカルプティングを行うも,後房への灌流液流入は観察されなかった.②周辺部皮質を吸引すると同時にこの部位に相応して突発的に灌流液によるHydrodis-sectionが発現し,またこの領域に相応する後房へ虹彩後方からの灌流液流入が観察された(図2).③PEAの有無に関わらず突発的に灌流液によるHydrodissectionが広範囲に発現し,これに相応する虹彩後方から後房への連鎖的灌流液流入が観察された(図3).つぎにHydrodissectionを施行した場合,上記③と同(55)南宣慶医療法人みなみ眼科眼内レンズセミナー監修/大鹿哲郎242.Hydrodissection,水晶体乳化吸引術灌流液動態とZinn小帯周辺組織Hydrodissectionが,元来白内障術中の前房内あるいは術野空間保持を目的とした灌流液そのものを,後房内いわゆるZinn小帯周辺組織へ容易に流入させ,また連鎖的な組織損傷を惹起させる誘因となりうる知見が得られたので報告する.図1赤墨汁とピオクタニンブルーの工夫(イラスト)豚眼でのHydrodissectionの施行を容易にするためピオクタニンブルー注入前に,M-HOOK?を用いて機械的に水晶体実質と?を一部分離した.図2灌流液動態パターン②PEA施行時(a~d),染色灌流液により発現した部分的なHydrodissection領域が進展(赤点線b~d)するのに併せて,相応する後房域が染色灌流液により連鎖的に流入・染色されるのが観察された(矢印b~d).abcd図3灌流液動態パターン③超音波チップ眼内挿入直後(a)に,染色灌流液により発現したHydrodissection領域の広範囲で急激な進展(赤点線b~d)と,それに引き続く灌流液流入による後房の染色・膨大が観察された(矢印b~d).abcd———————————————————————-Page2????あたらしい眼科Vol.23,No.10,2006(00)様の結果が得られた(図4).また,いずれの場合も後房に流入した灌流液はZinn小帯線維を染色し,また,一部,ときには全体的に赤道部,後部Zinn小帯線維ならびにWieger?s靱帯を含む前部硝子体膜と水晶体?との間に離断が観察された.●考察人為的であれ無作為であれ,部分的であれ広範囲であれ,Hydrodissectionが一旦形成されれば,その部位における水晶体?形状を内側から保持する圧排力が欠如し,つまりは後房形状保持力をも欠如するため,結果的に後房に虹彩後方から灌流液を引き込む水晶体?を介したダイアフラグムポンプ様の内圧変化(PumpE?ect)が生じ,また前房の安定した陽圧が虹彩辺縁を水晶体?前面へと圧排することによる一旦後房に流入した灌流液の逆流を抑える弁様効果(ValveE?ect)をも生じ,さらには急激な後房の膨大を促し,最終的にはZinn小帯周辺組織の連鎖的な組織損傷を惹起しているものと考えられた3)(図5).まとめすでに,筆者は豚眼Zinn小帯線維の生体における組織学的解剖学的構造あるいはそれらの強度がヒト眼に近似していることを報告している4).今回の実験結果は,白内障手術の安全性とあり方を検討するうえで意義あるものと思われた.文献1)南宣慶:Zinn小帯線維とその関連組織との関係.あたらしい眼科13:109-113,19962)MinamiN:ThezonuleofZinn?bersunveiled!.XIIIthCongressoftheESCRSVideoCompetition,19953)MinamiN:Somepitfallsofhydrodissection(H.D.)methodapparentlyassumedtobehighlysafe!?.XXIIICongressoftheESCRSVideoCompetition,20054)MinamiN:Interesting?ndingsonhumaneye?szonuleofZinn?bers.XVIthCongressoftheESCRSVideoCompeti-tion,1998図5図3dの拡大図とPump&ValveE?ect(イラスト)矢印↑の部位に,灌流液流入後の後房の膨大によるZinn小帯と水晶体?との離断が観察された.右下に,ダイアフラグムポンプ様のPump&ValveE?ectをイラストにて解説.図4Hydrodissection施行後の灌流液動態ピオクタニンブルー溶液を用いたHydrodissection施行後(a),染色灌流液により発現するHydrodissectionとは無関係に,超音波チップ眼内挿入直後よりパターン③と同様な後房への灌流液動態が観察された(b~d).abcd

コンタクトレンズ:トライアルレンズの管理(1)

2006年10月30日 月曜日

———————————————————————-Page1あたらしい眼科Vol.23,No.10,2006????0910-1810/06/\100/頁/JCLSコンタクトレンズ(CL)を処方する際には,メーカーから提供されたトライアルレンズを角膜に装着してレンズの安定位置(センタリング)と動きから,選択したトライアルレンズがうまく眼にフィットしているかを判断する.ハードコンタクトレンズ(HCL)では,トライアルレンズ下のフルオレセインの染色パターンや瞬目に伴う涙液交換を評価して,ベースカーブ(BC)や周辺部デザインが適合しているかどうかを判定する.CLの度数は,トライアルレンズを装用した上から追加矯正を行って決定する.このようにトライアルレンズはCLの処方において欠かせないものであるが,トライアルレンズのサイズやBC,度数などが規格通りでないと正しい検査結果が得られない.また,不衛生な状態で保存されていると,レンズ,保存液,レンズケースに微生物が増殖するので,管理には細心の注意が求められる.●ハードコンタクトレンズ1996年にウエダ眼科と山口大学医学部附属病院眼科で使用していた10社19種329枚のトライアルレンズのBCと度数を調査した結果,約10%のレンズに1段階(±0.05mm,±0.25D)以上の誤差を認めた1).したがって,トライアルレンズのBCや度数などの規格を確認することが求められる.BCはラジアスコープで,度数はレンズメータで測定できる.規格通りではなかった場合にはメーカーに交換を依頼する.酸素透過率(Dk値)の高いガス透過性ハードコンタクトレンズ(RGPCL)は変形しやすいので,取り扱いには注意を要する.酸素を透過しないポリメチルメタクリレート(PMMA)素材のレンズはdryな状態で保存してもよいが,RGPCLはwetな状態で保存しなければならない.RGPCLに含まれるシリコン系成分やフッ素系成分は疎水性であるため,dryな状態ではレンズ表面に疎水基が,wetな状態では親水基が多く配列するので,保存液に浸漬された状態のほうが水濡れ性が高くなる2)(図1a,b).HCLは一般に消毒という操作を行わないため,長期間保存液を交換しないままだと微生物が増殖することが考えられるので,定期的なトライアルレンズの洗浄と保存液の交換が求められる.レンズケースに付着したバイオフィルムによる感染症が問題になっているので,定期的にレンズケースを交換することを薦める.(53)植田喜一山口大学大学院医学系研究科眼科学/ウエダ眼科コンタクトレンズセミナー監修/小玉裕司渡邉潔糸井素純TOPICS&FITTINGTECHNICS268.トライアルレンズの管理(1)図1aDry状態のレンズレンズと空気の界面は疎水基が多く配列し,全体的に涙に濡れにくい表面となっている.レンズ空気親水基疎水基涙に濡れやすい涙に濡れにくい図1bWet状態のレンズ水中に浸漬するとレンズと水の界面に親水基が多く配列し,涙に濡れやすい表面になる.レンズ水中———————————————————————-Page2????あたらしい眼科Vol.23,No.10,2006(00)●従来型ソフトコンタクトレンズソフトコンタクトレンズ(SCL)のBCの測定は困難であるが,度数はレンズメータで測定できるのでトライアルレンズの度数を確認したほうがよい.含水性SCLは乾燥すると変形が著しい(図2)ので,必ずwetな状態で保存しなければならない.SCLは微生物が増殖しやすいため,消毒が義務づけられている.患者に使用したトライアルレンズはこすり洗いを十分に行った後に消毒を行い,レンズケースに保存する.消毒は煮沸消毒が最も効果的であるが,煮沸消毒ができない場合には化学消毒剤による消毒を行う.トライアルレンズを使用しない場合であっても定期的に洗浄,消毒を行うことが大切である.HCLと同様にレンズケースの交換を定期的に行うことが望ましい.●ディスポーザブルSCL,頻回交換SCL,定期交換SCLこれらのトライアルレンズはブリスターケースに入っているので,レンズは衛生的に保存されていると考えられる.しかしながら,トライアルレンズには使用期限が記載されているので,その期限内であることを確認する必要がある.使用したトライアルレンズは再使用せずに廃棄する.●その他HCLおよび従来型SCLの処方時に異なる規格のトライアルレンズを使用することがあるが,レンズケースに誤って戻さないように細心の注意を払う必要がある.メーカーからトライアルレンズを委託された場合には,レンズの紛失,破損などが生じないようにしなければならない.災害などでトライアルレンズが使用できなくなった場合の損失は莫大な金額になるので,こうした場合の対応についてもメーカーとよく協議しておいたほうがよい.トライアルレンズを衛生的に保存することは重要なことであるが,これについては次回で山口大学の柳井亮二先生に詳しく述べていただく.文献1)竹内弘子,植田喜一,西田輝夫ほか:ハードコンタクトレンズにおける規格不良の検討.日コレ誌40:7-11,19982)植田喜一:ハードコンタクトレンズの水濡れ性.あたらしい眼科19:71-72,2002図2乾燥に伴うレンズの形状変化a:シリコーンハイドロゲルレンズ(グループⅠ).b:含水性ソフトコンタクトレンズ(グループⅣ).c:含水性ソフトコンタクトレンズ(グループⅡ).d:含水性ソフトコンタクトレンズ(グループⅣ).放置直後15分後ab放置直後15分後放置直後15分後放置直後15分後cd

写真:水晶体偏位(Marfan症候群)

2006年10月30日 月曜日

———————————————————————-Page1あたらしい眼科Vol.23,No.10,2006????0910-1810/06/\100/頁/JCLS(51)西村栄一谷口重雄昭和大学藤が丘病院眼科写真セミナー監修/島﨑潤横井則彦269.水晶体偏位(Marfan症候群)水晶体が外上方に偏位図2図1のシェーマ図1水晶体偏位水晶体偏位を認める(左眼).図4カプセルエキスパンダーカプセルエキスパンダーで水晶体?を支持しながら超音波水晶体乳化吸引術を施行することにより,核落下,著明な硝子体脱出を予防しつつ,手術を行うことが可能である.図3図1の症例の片眼(右眼)Marfan症候群は両側性に水晶体偏位を生じることが多い.———————————————————————-Page2????あたらしい眼科Vol.23,No.10,2006(00)Marfan症候群は,中胚葉系形成異常により,全身の結合組織が低形成を呈する疾患で,水晶体異常,骨格異常,心血管系異常を三徴とする.遺伝形式は常染色体優性遺伝がほとんどを占めるが,15%は孤発性のこともある.大動脈,皮膚,Zinn小帯に含まれる蛋白質である?brillinをコードする遺伝子(????)の異常も判明している1).眼症状としては水晶体異常,球状水晶体,眼瞼下垂,網膜?離,コロボーマ,隅角異常,緑内障,青色強膜などを認める.水晶体異常は先天的に水晶体の位置がずれる水晶体偏位,後天的に位置がずれる亜脱臼・完全脱臼に分類されるが,Marfan症候群は両側性に水晶体偏位を生じる代表的な疾患であり,約60~80%に合併するといわれている(図1~4).原因はZinn小帯の断裂または脆弱に起因する.Zinn小帯は不均一に弱くなるため,Zinn小帯が強いほうへ水晶体は牽引され,外方・上外方に偏位することが多い.若年者の場合,有形硝子体やWieger?帯で水晶体が支えられ,あまり偏位しないこともある2).症状としては調節障害,単眼複視を生じ,水晶体が瞳孔領から大きく外れたり後方へ偏位したりすると遠視化する.また前方に偏位すると近視化を生じ,瞳孔領をブロックする場合には,急性緑内障発作を生じることもある.治療は特異的な治療法はなく,対症療法が主となる.偏位が軽度の場合は,経過観察とする.弱視を生じている場合は屈折矯正をしたうえで,遮閉法を行う.薬物療法の適応は少ないが,高眼圧に対し降眼圧療法を行うことや,体位変動で瞳孔ブロックを生じた場合は,水晶体を後房に戻した後,縮瞳薬を用いることもある.手術治療の適応は水晶体偏位が進行して視力低下を生じた場合,白内障が進行した場合,水晶体が脱臼した場合,急性緑内障発作を生じた場合などである.術式は一般的には?内摘出術を選択することが多いが,経輪部または経毛様体扁平部からのアプローチで水晶体摘出する方法もある.どちらの方法を用いても硝子体脱出は必発であり,水晶体核・皮質の硝子体内落下の危険性もあり,適切な処理をしないと,駆逐性出血,術後網膜?離などの重篤な合併症を生じかねない.近年カプセルエキスパンダーを用いて超音波水晶体乳化吸引を行い,毛様溝縫着術を施行後に水晶体?を処理すると,低眼圧,著明な硝子体脱出,水晶体の硝子体内落下などを予防しつつ,比較的安全に手術を施行することも可能である.文献1)田中靖彦:水晶体偏位.眼科診療ガイド(丸尾敏夫ほか編),p243-244,文光堂,20042)永原幸:水晶体偏位.講義録眼・視覚学(山本修一,大鹿哲郎編),p164-165,メジカルビュー社,20063)谷口重雄:カプセルエキスパンダー.??????18:82-83,20044)NishimuraE,YaguchiS,NishiharaHetal:Acapsuleexpanderdesignedtopreservelenscapsuleintegritydur-ingphacoemulsi?cationwithaweakzonule.???????????????????????32:392-395,2006

時の人

2006年10月30日 月曜日

———————————————————————-Page1あたらしい眼科Vol.23,No.10,2006????0910-1810/06/\100/頁/JCLS東京歯科大学眼科学教室は,1990年に坪田一男・藤島浩・戸田郁子の3先生の他,視能訓練士,秘書の方々などごく少数のスタッフにより産声をあげ,当初より角膜,ドライアイなどの前眼部疾患に焦点を絞った診療・研究を行い,その成果を積極的に国内外に発信し続けてきた.その後,島?潤先生,ビッセン宮島弘子先生,篠崎尚史先生(現・角膜センター長)などがスタッフに加わり,角膜移植,白内障手術,屈折矯正手術などの分野で着々と実績を重ねてこられた.さらに,2000年にはビッセン宮島先生が,新設された同大学水道橋病院眼科の教授として異動し,白内障・屈折矯正手術を専門とするユニークな眼科を立ち上げられ,同時に2000年には,再生医学関係の大型研究費を取得,また,世界で唯一の角膜センタービルの竣工をみるなど研究体制が飛躍的に充実した.この間,角膜移植・角膜再生・ドライアイ・アレルギーなどのキーワードで海外一流誌に次々に論文を発表し,国際的にも大きな注目を集めるようになった.そして2003年,それまで13年にわたり同大学眼科学教室を牽引してこられた坪田先生が慶應義塾大学医学部眼科学教室に教授として赴任され,本教室は新しい時代に入り,島?部長のもと従来を上回る例数の角膜移植を行いつつ,培養上皮移植などの角膜再生の臨床応用,若手スタッフの教育などを積極的に推し進めてこられた.*このように若い本教室の第二代の教授に就任されたのが島?潤先生である.先生は1982年慶應義塾大学医学部を卒業後,眼科学教室に入局された.1985年に済生会神奈川県病院眼科に医長として赴任され,1987年にはボストン大学およびEyeResearchInstituteofRetinaFoundationに留学された.1989年慶應義塾大学病院眼科に戻られ,1992年1月に慶應義塾大学伊勢慶應病院眼科に部長として赴任された.同年10月に東京歯科大学眼科学教室に講師として招かれ,さらに1999年4月に助教授になられた.そしてこの度2006年1月に第二代の教授に就任されたのである.先生の専門は,角膜疾患,角膜移植,眼表面再建,再生医療,ドライアイ,屈折矯正など多岐にわたり,その業績も角膜移植関連,特に移植後の管理や視機能向上に関する臨床研究,オキュラーサーフェス再建関連,羊膜移植や輪部移植,培養上皮移植などに関する臨床.基礎的研究,またドライアイ関連,マイボーム腺機能不全の臨床研究,ドライアイ診断基準の作成など多くを数える.*先生は「世界レベルの診療・研究・教育を通じて最高の前眼部治療を行う」こと,さらに「眼科のなかでも角膜疾患,ドライアイ,白内障といった前眼部疾患に焦点を絞り,世界に通用するレベルの診療,教育を行うことを目標にする」ことを教室の使命とし,また,大切にすべきこととして次の4点をあげられた.①アカデミック:理論やエビデンスに基づいた診療,研究,教育と世界への発信,②オープン:学閥,性別,年齢に捉われずに有能な人材を受け入れ,他の医療機関や研究施設と積極的に交流,③協力:医師,パラメディカル,研究員,アイバンクスタッフは対等な関係のもとに協力,④患者さん主体:病院全体のハード・ソフト両面での改善も必要.このような方針の下,先生は現在およびこれからの研究テーマとして,角膜再生,角膜移植,ドライアイ,アレルギー炎症の4つをあげられた(なお,教室のHPのURLはhttp://www.tdc-eye.comである).最後に先生の信念・信条をお尋ねしたところ,①良い臨床医の条件としての“知識・常識・プロ意識”をもって,②“どうせやるなら楽しんで”をモットーにされている,とのこと.また,ご趣味は囲碁(免状6段,実力8段!),スポーツクラブ(週2回目標),読書,ゴルフと多彩である.(49)人の時東京歯科大学眼科学教室・教授島?????潤???先生

免疫とアンチエイジング眼科学

2006年10月30日 月曜日

———————————————————————-Page10910-1810/06/\100/頁/JCLSよとの本誌のご指示に従い敢えて独善的な考えを述べてみたい.浅学菲才ゆえの偏りについてはご寛恕賜りたい.筆者らは,加齢とともに免疫応答の一指標であるTh1/Th2バランスの偏奇が認められること,本偏奇が局所循環血流の低下や不安定性による局所酸素分圧の揺らぎを介する酸化ストレスや,ホルモンアンバランス〈交感神経・副交感神経バランス〉に基づく,抗原提示細胞(APC:マクロフアージ;Mf,樹状細胞;DC)の細胞内レドックス状態の偏奇によることを明らかにしている(表1)1~5).I低酸素組織環境と免疫応答癌組織の中心部は低酸素状態となりMfの浸潤が著明となり,血管内皮増殖因子(VEGF),インターロイキン(IL)-8などの血管新生因子の産生が促進され,血管新生抑制因子の機能は抑制され,DCの遊走能は抑制され,腫瘍血管新生が亢進する.この制御機構は癌組織はじめに筆者の眼科との接点は18年前になる.順天堂大学の金井淳教授から水晶体蛋白変性制御に筆者らのクローニングしたヒトチオレドキシンが使えないかとのお尋ねに始まる.本稿主題の一つであるグルタチオン(GSH)はグリシン,グルタミン酸,システインからなるトリペプチドであり,活性酸素の発生抑制/酸化ストレス予防,活性酸素の捕捉/酸化ストレス軽減,酸化ストレス障害の修復・再生の3段階のいずれにも働く優れた酸化ストレス防御物質である.GSHは水晶体の皮質で生合成され,水晶体の核内へと移行し,若年者では水晶体組織全体に分布するが,加齢とともに核内移行が傷害され老人性白内障の原因となる.GSHの細胞内局在という課題である.加齢に伴い循環器系疾患,糖尿病,悪性腫瘍,リウマチ様関節炎,筋萎縮など多様な疾患の発生頻度が高まる.眼科に限っても,老視をはじめ加齢黄斑変性症,加齢白内障,緑内障,ドライアイ,糖尿病網膜症など,ほとんどの眼疾患リスクが加齢とともに増加する.加齢性眼疾患について対応するには,正常な老化プロセス,インスリン様信号の担う寿命シグナルについての理解が基本的に不可欠であり,細胞代謝,Ca2+代謝,活性酸素など多様な軸が必要となる.免疫,炎症,癌の基礎研究ならびにレドックス研究に携わった筆者に,主題に応えることは任を超えるが,木下茂・坪田一男・谷原秀信先生らに戴いたご厚情をもとに,また,総花的記述を避け(41)????*JunjiHamuro:慶應義塾大学医学部微生物学免疫学教室/京都府立医科大学眼科学教室〔別刷請求先〕羽室淳爾:〒160-8582東京都新宿区信濃町35慶應義塾大学医学部微生物学免疫学教室特集●眼科におけるアンチエイジング医学の流れあたらしい眼科23(10):1283~1289,2006免疫とアンチエイジング眼科学???????????????????????????????????????????????羽室淳爾*表1加齢とTh1,Th2バランス老化→酸化ストレスの蓄積(ハーマンら,1955)(多くの生活習慣病の原因の一つ)加齢→Th1/Th2バランスのTh2への偏奇(羽室ら,2001)抗原提示細胞の細胞内レドックス状態がTh1/Th2バランスを規定する*(羽室ら,2000)低酸素→抗原提示細胞を酸化型に偏奇**(羽室ら,2002)(*図3参照,**図4,5参照)———————————————————————-Page2????あたらしい眼科Vol.23,No.10,2006を超えて,前眼部,後眼部においても同様と想定される.局所浸潤Mf/DCは細胞外マトリックスの構築に対しても重要な働きを示す.組織は低酸素状態になるとVEGFやVEGF受容体を発現し血管新生やリンパ管新生を誘発し,増殖促進や組織炎症亢進につながる.NO(一酸化窒素)がVEGF遺伝子発現を誘導することやプロスタグランジン(PG)E2などのアラキドン酸代謝産物が同様の作用を有すること,Mf由来のメタロプロテアーゼがプラスミノーゲンを分解して血管新生阻害因子であるアンジオスタチンを産生すること,TGFbもNO産生を抑制することなどは,血管,リンパ管新生も,Mfのレドックス機能と連関することを強く示唆する(表2).局所低酸素環境による酸化ストレスは,加齢とともに病態進展の認められる黄斑変性症,糖尿病網膜症の局所病態の制御に忘れてはならない視座である(図1).II細胞内レドックス機能とアミノ酸の取り込み一人寿命シグナルのみならず多くの生活習慣病,加齢に伴い病態の増悪する疾患には蛋白質の異化,同化作用のバランスが影響を与える.本バランスに係る重要な信号が寿命シグナルと考えられるインスリン様シグナルである(図2).加齢とともに筋肉細胞へのアミノ酸の取り込みには障害が生じ(同化作用の低下),ハウスキーピングの蛋白質から異化作用でアミノ酸を生成させアデノシン三リン酸(ATP)系に供給しエネルギー源として用いられる.老衰状態や末期癌患者,炎症性腸疾患患者などでみられる体重減少の一因である.アミノ酸を取り込むトランスポーター機能も細胞内レドックス状態により制御され,酸化状態では取り込みが減少する(図3).加齢とともに微小循環血流の低下が起こると,組織微小環境(42)図1低酸素環境下では組織内で活性酸素(ROS)が産生され酸化型組織に傾斜低酸素ミトコンドリアROSL-Glu-Cys+GlyL-Glu-Cys+ATP2GSHGSSGHIF-1aR-HS+ATPBSONADP+NADPHBCNU蛋白安定化gGCSGSSGレダクターゼアミノ酸蛋白質筋肉細胞(細胞内レドックス状態)(血漿中レドックス状態)[Cys]2/Cys2:生活習慣病の指標Ox-Alb:グルタチオンが結合した酸化型アルブミンOx-homoCys:酸化型ホモシステインGSSG>GSHGSH>GSSG創傷治癒癌循環器系疾患老化・体重減少糖尿・筋萎縮インスリンCysAlbCys2アミノ酸Ox-homoCysOx-AlbhomoCys図2老化プロセス,寿命シグナルとレドックス制御図3局所酸素分圧と抗原提示細胞機能温熱血流腫瘍間質酸素分圧血流改善(温熱療法,免疫療法,食品,代替療法)Mf/DC内レドックス状態遺伝子発現制御ミトコンドリア機能制御蛋白発現制御(Bax,Bcl)(プロテアゾーム経路での分解)(hsp90,70)(NF-κB,AP-1)表2免疫応答と組織修復血流(の揺らぎ),低酸素(の揺らぎ),低栄養,血管新生腫瘍関連マクロフアージ(TAM)とリンパ管,血管新生TSP(熱帯性痙性麻痺)の機能と分布(TGFbに関連)蛋白分解制御(遺伝子解析では不可能)NatMed(2004)末?でのVEGF受容体-3を介する信号制御による獲得免疫の人為的制御:VEGF受容体-3を介する信号を遮断すると樹状細胞のリンパ節への遊走が阻止され,遅延型過敏症も抑制され,角膜移植拒絶反応が抑制される.JCI(2006)丸山;京都府立医大CD11b+はリンパ管形成に関与:リンパ管内皮細胞にtransdi?erentiationする.眼アレルギー,感染防御:自然免疫vs獲得免疫タイプ1IFNvsIFN-g(IRFフアミリー,IL-15,IL-18,IL-33)———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.23,No.10,2006????の酸素分圧が低下し,この低下をミトコンドリア膜上に存在するNADPH(nicotinamideadeninedinucleotidephosphate)などが感知し細胞内や組織内のレドックス状態は酸化型に傾斜する(図4).結果として,局所免疫応答は液性免疫(Th2)側に傾斜する(図4).線維芽細胞や肝細胞においては,NADPHが酸素分圧感知に働き,アクチン細胞骨格に保持されるKeap-1蛋白を酸化することで,Keap-1に会合するNrf-2蛋白が解離,核移行し,抗酸化応答性エレメント(ARE)に結合し,さまざまの抗酸化応答遺伝子を活性化する.この結果glu-tamatecysteineリガーゼ(GCL)の触媒サブユニットであるGCLCや制御サブユニットであるGCLMが誘導され細胞内GSH含量が増加する.抗酸化ストレスにおける蛋白分解に働くプロテアゾーム発現亢進にも本Keap-1/Nrf-2経路が関与する.Nrf-2は活性化Mfにおいて高発現されている.炎症終息に働く15d-PGI2はCOX-2の作用でアラキドン酸から産生されるが,一方で,Keap-1と付加体を形成し,Nrfの解離核移行を促進し,HO-1やパーオキシレドキシンの産生を促進し抗酸化応答を惹起する6).結果,腫瘍壊死因子(TNF)-a,MIF(マクロファージ遊走阻止因子)産生を抑制し,NFkBを抑制する.加齢とともにNrf-2の発現が低下することがGCL発現を低下させ,結果としてGSH合成が加齢とともに低下することに繋がる7).血流,組織酸素分圧,深部体温,APCやリンパ球の細胞内レドックス状態,アミノ酸の取り込み能が,血管新生の制御とともに組織炎症のpathophysiologyを規定する(図3).IIIアミノ酸代謝とマクロファージ機能の可塑性細胞が置かれている環境中のアミノ酸/アミノ酸代謝が,シグナル伝達物質/シグナル機能としての役割をもち,そのアミノ酸濃度のバランスを感知する機構が細胞に備わっている.ロイシンはmTOR(mammaliantar-getofrapamycin)を活性するが,本mTORが低酸素でも誘導される.非侵襲時には非必須アミノ酸であるグルタミンは,侵襲時にはその需要が増加し,必須アミノ酸となる.この傾向は粘膜組織において著しい.グルタチオン合成の律速段階は,システインの供給量である.システインは直接,あるいは,GSH合成・代謝を介して,Mf内の酸化還元状態を規定し,Th1あるいはTh2の極性化の鍵を握る因子であることになる(図5).アルギニンは,免疫栄養における最も重要な栄養成分の一つと考えられている.Mf内のアルギニン代謝機構として2つの経路が考えられている.iNOS(誘導型一酸化窒素合成酵素)を介しNOを産生する経路は,アルギニンによる感染抵抗性などの免疫賦活作用に関与する.アルギナーゼを介し,オルニチンを経てポリアミンに代謝される経路が今一つのものである.Th1病といわれる炎症性腸疾患,リウマチの病態においてはNOの過剰産生が,Th2病といわれる喘息病態モデルにおいてはアルギナーゼの亢進が認められている(図5).Mfによ(43)酸化型マクロファージ・樹状細胞還元型マクロファージ・樹状細胞細胞性免疫弱い:Th2細胞性免疫強い:Th1酸素の多い少ない:ミトコンドリアが察知周辺環境で酸素分圧が低いと組織,細胞内の酸素が増加(ROS)図4局所酸素分圧と抗原提示細胞機能図5還元型・酸化型マクロファージL-ArgL-OH-ArgONiNOSArginasePolyamineProOrnithine液性免疫細胞増殖創傷治癒細胞性免疫殺菌細胞障害RMfArgiNOSNO↑CitrullineArginaseOrn↑IL-6,IL-10,TGFb??fArg??fTrp・IFN-g・TNFa・IL-1IDOTrp↓???Cys↑Cys↓???IL-2↑IL-2↓GSH>GSSGGSSG>GSH抗原提示細胞より産生されるサイトカインOMfTh1サイトカイン・IL-4/IL-13・IL-10Th2サイトカインIL-12,IL-15,IL-18———————————————————————-Page4????あたらしい眼科Vol.23,No.10,2006るアルギニンの消費によりTリンパ球の機能低下が起こるが,これは,抗原情報の細胞内シグナル伝達に不可欠なCD3x鎖の発現低下に起因する.IV酸化型/還元型マクロファージの機能とTh1/Th2バランスの制御1972年,Parishは細胞性免疫と液性免疫応答の間の逆相関を感作抗原量の変化により観察した.T→T相互作用を担うIL-2,インターフェロン-g(IFN-g)などの可溶性因子を産生する活性化CD4+Tリンパ球がTh1,T→B相互作用を担うIL-4,IL-5,IL-6,IL-10,IL-13などの可溶性因子を産生するものがTh2と呼称されるようになった.現在では,Th1,Th2の前駆細胞としてのTh0に加えてTh3,Tr-1と呼称される免疫調節性のCD4+Tリンパ球亜集団の存在やCD8+Tリンパ球においてもサイトカイン産生パターンの異なる亜集団(Tc1,Tc2)の存在が示されている.筆者らは,Mfの機能の多様性をレドックス機能の視点から解析し,Th1/Th2バランスがAPCであるMfやDCの細胞内レドックス状態により制御されるとする新しいパラダイムを提唱した(表1,図5).細胞内の還元型グルタチオン含量の高いものを還元型Mf,低いものを酸化型Mfと呼称する.還元型GSH含量の高い還元型MfからのみIL-12は産生される.酸化型MfからはIL-12の産生はまったく認められず,Th1/Th2バランスに重要な働きを示すIL-12の産生が酸化型/還元型Mfのバランスで一義的に規定されていると考えている.Th1サイトカインIL-2,IFN-gは還元型Mfを誘導するのに対し,Th2サイトカインIL-4,IL-10,IL-13は酸化型Mfを誘導すること,TGFbはデキサメサゾン同様に強力に酸化型Mfを誘導する.サイトカイン自身がMf/DCの酸化型/還元型を選択的に規定するという知見である.還元型MfでのIL-12産生増強はp38MAPKの活性化とJNK活性阻害を介する.TGFbの作用は多様でNFkB,p38MAPK阻害を介する前炎症性サイトカイン産生阻害とSmad3,AP-1経路を介するMCP-1産生増強などが知られているが,いずれもMf内のレドックス制御を受ける.Mfにdichot-omyを想定するところに最大の新視点がある1~5).VエイジングとTh1/Th2バランス加齢とともに免疫能の低下することは一般紙に掲載されるほどであるが,内容は不分明なまま怪しげな健康食品が広がっている現状には忸怩たる思いを抱く.動物実験では,Th1/Th2バランスはTh2に傾斜する.野生型では加齢とともにTh2への傾斜が認められるが,チオレドキシンTgマウスでは若齢形質が保持され(図6),寿命の延長も認められる.固型癌局所壊死巣は,低酸素状態に陥り,DCの遊走が抑制され,酸化型Mfが浸潤し,悪液質や免疫抑制を誘導する.局所低酸素状態では外科,放射線治療いずれの予後も著しく不良である.加齢に伴い発症するリウマチ様関節炎患者では関節腔浸潤Tリンパ球は酸化ストレスにより抗原情報伝達に重要な(44)002040608001021248421262.752005001051002IFN/IL-4年齢(月)年齢(月):TRXマウス:WTマウスIFN-g/IL-4(雄)(雌)図6加齢に伴うTh1/Th2バランスの変遷加齢に伴ってCD4Tリンパ球から産生されるサイトカインがTh2に偏奇する.抗加齢にはTh1/Th2バランスの修復が必要.(羽室ら:MolImmunol,2001)———————————————————————-Page5あたらしい眼科Vol.23,No.10,2006????細胞膜上のLAT(lymphocyteactivatingtransducer)分子が細胞質に移行しTリンパ球機能は低下する(細胞内の機能性蛋白質の細胞内局在が細胞内レドックス状態で規定されることを示す).加齢とともに蓄積する酸化ストレスはこうしたからくりでTリンパ球機能不全状態を招来する.リウマチ様関節炎を自然発症するSKGマウスではAPCからのIFN-g産生が亢進し,IL-10産生は低下する.ために,局所自然免疫が偏奇し,Th1サイトカイン病態が惹起される.IL-2受容体g鎖,JAK3ノックアウトマウスでは酸化型APCが主流で短命である(図7).加齢に伴いインスリン非依存性糖尿病を自然発症するNODマウスは,Langerhans島破壊期には還元型APC/Th1回路が主となり,酸化型誘導により発症抑制と延命効果が認められる.OVA(卵白アルブミン)誘発喘息モデルでは,還元型誘導で遲発性気道抵抗性の改善が認められる.VI自然免疫応答とレドックス機能還元型Mf自身,Th1サイトカインの典型であるIFN-g産生をし,Th1/Th2バランスをTh2に傾斜させるIL-10は酸化型Mfからより多量に産生される.DCからの産生も還元型から起こる.IFN-g産生誘導能を有するIL-18も還元型Mfから産生されることも判明した.IL-15産生も還元型で起こり,IL-15自身還元型を誘導する(羽室ら,JExpMed印刷中).以上のことは,免疫応答の惹起段階でDCからIFN-gが産生され,本サイトカインによって局所浸潤Mfが還元型に傾斜し,IL-12,IL-15,IL-18が産生され,これらサイトカインの共存下において局所でIFN-gが著量産生されるというautocrine/paracrineactivationpathwayが局所自然免疫応答に重要な役割を担うことを示す.炎症局所に存在するMf/DCからIFN-g,IL-15,IL-18,IL-10のいずれが産生されるかによってTh1サイトカイン病,Th2サイトカイン病ともいうべき病態が起こる.IL-10は典型的な免疫抑制性サイトカインであるが酸化型Mfを誘導する.この作用はNFkBの抑制を介することが明らかであるが,本作用の過程にproteindisul?deisomerase(PDI)が介在する.IL-10により誘導されたPDIが細胞質内でのIkBの蛋白分解を阻害していると考えられている.PDIはNFkBのnegativeregulatorという点で構造類似のチオレドキシン(TRX)がposi-tiveregulatorとして作用することと好対照をなす.若年者では水晶体組織全体に分布するGSHが加齢とともに核内移行が傷害され老人性白内障の原因となることは前述したが,機能性蛋白質の細胞内局在が細胞内レドックス状態で規定されることと階層的制御機構の存在することを物語る.抗原情報を核に伝達するのに不可欠のLAT分子の細胞内局在にはレドックス系が関与し,酸化型ではLAT分子は細胞質に分散しTリンパ球の信号伝達不全状態を招来する.細胞のアポトーシスに関係するBcl-2分子の細胞内局在にもレドックス系が関与し還元型ではBcl-2分子は核に移行し,アポトーシスに抵抗性となる.白内障との関係で研究の進展が望まれる.VII加齢と微小循環血流温熱療法は癌細胞やウイルス感染細胞の易熱性による直接的効果を超え,熱ストレスにより誘導される熱ショック蛋白質(HSPs)による抗原提示の亢進など免疫賦活化作用のあることが判明している.全身温熱療法は血流改善,エンドルフィン産生促進などを介し癌性疼痛を軽減することが示唆されている.副交感神経優位の状態に偏奇させる自律神経免疫療法とみなしうる側面も有する.加齢とともにみられる老視や老人性白内障,緑内障,ドライアイなどには局所微小血流,交感/副交感神経系のバランスの加齢による揺らぎの低下が関与するのではないかと筆者は想定している(図8).また,硝子体(45)2.50864205年齢(月)年齢(月)JAK3+/-IL-2Rg+/YIL-2Rg-/YJAK3-/-7.51.00.90.80.70.60.51.00.90.80.70.60.5図7酸化型マクロファージに傾斜すると短命になる———————————————————————-Page6????あたらしい眼科Vol.23,No.10,2006(46)の皮質領域のゲル組織の中に存在する硝子体細胞(ヒアロサイト)は単球/Mf系の細胞とされており,分化の進んだMfとも考えられる.したがって,その機能は可塑的で加齢とともに不可逆変化を起こすことは容易に想像される.硝子体細胞が生理的には網膜色素上皮細胞,虹彩色素上皮細胞,血管内皮細胞の増殖抑制に働くことを考えると,硝子体腔の透明性維持,糖尿病硝子体網膜症の発症に関与していると考えられる.山田潤(明治鍼灸大学)らは角膜組織のレドックス状態が人為的に制御できることを明らかにしており(図9),アンチエイジングに向けた眼科領域における新しい試みとして期待される.図8免疫・内分泌・神経系と体温免疫系内分泌系神経系刺激交感神経優位副交感神経優位分泌されるホルモンの種類によって,免疫力が弱くなったり強くなったりする免疫細胞が抗原の刺激を受けると神経系を刺激して発熱し,ホルモンが分泌されて熱が下がる痛み・苦味・熱など体内の異常を認識し,異物の混入を防ぐ外部の刺激を受け,指令を出すホルモンの分泌で臓器の機能を保つTRPM8<22℃TRPV322~42℃TRPV142~52℃TRPV2>52℃MCBMerge(CD11b+Pl)Merge(MCB+CD11b)MCBMerge(CD11b+Pl)Merge(MCB+CD11b)a:生理食塩水b:シスチン誘導体図9角膜組織内のレドックス状態の人為的制御(山田潤,木下茂ら:未発表データ)———————————————————————-Page7あたらしい眼科Vol.23,No.10,2006????(47)おわりに加齢に伴い血流機能障害,ホルモンバランス障害,局所酸素分圧障害,あるいは,より高位の交感/副交感神経系バランス障害が起こり結果として,MfやDCのレドックス状態を偏奇させて,結果,免疫応答の質的変化,血管,リンパ管形成の偏奇,炎症応答の遷延化など起こすことが,加齢に伴う多くの眼科疾患,視覚障害の原因の一つであると考える.再生医療を含めた新しい取り組みを最後に表3にまとめる.眼科の臨床現場を知らない素人の独白の機会をお許しいただいた木下茂編集主幹,本特集の企画者の坪田一男先生に深く感謝いたします.文献1)MurataY,ShimamuraT,TagamiTetal:TheskewingtoTh1inducedbylentinanisdirectedthroughthedis-tinctivecytokineproductionbymacrophageswithelevat-edintracellularglutathionecontent.???????????????????2:673-689,20022)MurataY,OhtekiT,KoyasuSetal:IFN-gammaandpro-in?ammatorycytokineproductionbyantigen-pre-sentingcellsisdictatedbyintracellularthiolredoxstatusregulatedbyoxygentension.?????????????32:2866-2873,20023)MurataY,AmaoM,HamuroJ:Sequentialconversionoftheredoxstatusofmacrophagesdictatesthepathologicalprogressionofautoimmunediabetes.?????????????33:1001-1011,20034)UtsugiM,DobashiK,IshizukaTetal:c-JunN-terminalkinasenegativelyregulateslipopolysaccharide-inducedIL-12productioninhumanmacrophages:roleofmito-gen-activatedproteinkinaseinglutathioneredoxregula-tionofIL-12production.?????????171:628-635,20035)UtsugiM,DobashiK,KogaYetal:Glutathioneredoxregulateslipopolysaccharide-inducedIL-12productionthroughp38mitogen-activatedproteinkinaseactivationinhumanmonocytes:roleofglutathioneredoxinIFN-gprimingofIL-12production.?????????????71:339-347,20026)ItohK,MochizukiM,IshiiYetal:TranscriptionfactorNrf2regulatesinflammationbymediatingthee?ectof15-deoxy-Δ12,14-prostaglandinJ2.?????????????24:36-45,20047)SuhJH,ShenviSV,DixonBMetal:Declineintranscrip-tionalactivityofNrf2causesage-relatedlossofglutathi-onesynthesis,whichisreversiblewithlipoicacid.??????????????????????101:3381-3386,2004表3眼科領域におけるアンチエイジング眼科領域での医療用具,医薬品再生医療:角膜再生,網膜再生生活習慣病と眼のはたらき疫学,全身疾患系統介入/食品:ARED(bカロチン,ビタミンC,E,亜鉛),Ocuvite,再生を促進する食品!加齢と眼のはたらき「眼から始めるアンチエイジング」坪田一男遺伝子による支配,免疫力の低下,フリーラジカルなどによる組織変性,ホルモンの低下木下茂,山田潤1.角結膜組織のGSH含量:どこに焦点をあわせるか非侵襲的診断(モニター)技術とリンク2.涙液のレドックス機能

メタボエイジング-メタボリックドミノからのアプローチ

2006年10月30日 月曜日

———————————————————————-Page10910-1810/06/\100/頁/JCLS慣病の重積概念のなかに肥満を入れていないことは注目すべき点である.1999年になり,こうした病態に対して“メタボリックシンドローム,あるいはメタボリック症候群(metabolicsyndrome)”という疾患名が与えられた.しかし,現在までに,異なった考え方に基づく多種類の診断基準が発表され(表2),混乱を招いているのも事実である.WHO(世界保健機関)基準では,あくまで糖尿病からみた疾患概念であり,糖尿病あるいは耐糖能異常,インスリン抵抗性を基盤にして,高血圧症の合併あるいは微量アルブミン尿という合併症を含んだ概念である.つまり,糖尿病と,その他の生活習慣病の合併,マルチプルリスクファクター症候群と似た概念であった.今日微量アルブミン尿が心血管リスクとなることが明らかになり,臨床上,心血管合併症の進行の優れたIメタボリックシンドロームの考え方脳血管疾患と虚血性心疾患は,日本人の死亡原因の2位,3位を占めており,3人に1人はこうした動脈硬化性疾患によって死亡しているのが現状である.心血管病の危険因子は肥満,耐糖能異常,高血圧症,高脂血症などの生活習慣病であるが,これらの危険因子が同一の個体に重積すると,動脈硬化性疾患の発症頻度はきわめて高率になることが明らかにされている.危険因子が重積する病態は,1980年代末より,ReavenはsyndromeX,Kaplanはdeadlyquartet(死の四重奏)と名づけ注目していたが,当時,DeFronzoはインスリン抵抗性症候群,松澤らは内臓脂肪症候群と,病態の共通の病因を意識した疾患名を示している(表1).Reavenが,この生活習(31)????*HiroshiItoh:慶應義塾大学医学部内科学教室〔別刷請求先〕伊藤裕:〒160-8582東京都新宿区信濃町35慶應義塾大学医学部内科学教室特集●眼科におけるアンチエイジング医学の流れあたらしい眼科23(10):1273~1281,2006メタボエイジング─メタボリックドミノからのアプローチ─“??????-?????”─????“????????????????”?????????─伊藤裕*表1メタボリックシンドローム内臓脂肪症候群松澤,1987SyndromeXReaven,1988SyndromeXplusZimmet,1990DeadlyquartetKaplan,1989インスリン抵抗性症候群DeFronzo,1991内臓脂肪蓄積耐糖能異常高血圧高TG血症低HDL-C血症インスリン抵抗性高インスリン血症高VLDL血症低HDL-C血症高血圧耐糖能異常インスリン抵抗性高インスリン血症高VLDL血症低HDL-C血症高血圧耐糖能異常上半身肥満高尿酸血症運動減少加齢上半身肥満耐糖能異常高TG血症高血圧肥満インスリン非依存性糖尿病高血圧動脈硬化性脳血管障害脂質代謝異常高インスリン血症TG:トリグリセライド,HDL-C:高比重リポ蛋白コレステロール,VLDL:超低密度リポ蛋白.———————————————————————-Page2????あたらしい眼科Vol.23,No.10,2006surrogatemarkerとなっていることを考えると,診断基準のなかに,微量アルブミンを入れている点は面白い.NCEP-ATPⅢ(NationalCholesterolEducationProgram,AdultTreatmentPanelⅢ)基準は,ある意味画期的な診断の考え方を示しているといえる.すなわち,耐糖能異常を診断基準の1項目に引き下げ,また肥満に関して,腹囲を項目として採用し,初めて内臓脂肪の重要性を示している点である.2005年4月に松澤祐次先生を委員長とする日本内科学会および関連8学会により構成される委員会から,わが国におけるメタボリックシンドロームの診断基準が示された.1999年代になり,脂肪細胞が単に中性脂肪を蓄積するだけでなく,数多くのホルモン(アディポサイトカイン)を分泌する内分泌臓器であることが明らかになり,この分野において日本が世界をリードすることとなった.その研究実績を元に,メタボリックシンドロームに関して明確な視点を打ち出していることは非常に評価されるべきである(表3).すなわち,メタボリックシンドロームの診断意義を「内臓脂肪蓄積を必須項目とし,過剰栄養摂取の制限や身体活動度の増加などのライフスタイル改善をメタボリックシンドローム介入,心血管疾患予防の第一目標とする」として,肥満特に内臓脂肪蓄積を,その病因的基盤において,内臓脂肪蓄積を臨床的に簡便に評価できる指標として腹囲を採用し,腹囲が男性で85cm以上,女性で90cm以上を必須項目としている点が画期的である.また心血管イベントの発症予防のため早期からの治療介入を実現することを目指し,血圧も正常高値血圧を基準とし,また耐糖能異常を項目としており,生活習慣病がいわゆる予備軍の段階であってもその重積により心血管イベントの大きなリスクになることを示している点も重要である.その後,同年5月になり,国際糖尿病連盟(IDF)からもほぼ同じ概念の診断基準が示され,メタボリックシンドロームの診断基準はこの概念に落ち着くと思われたが,Reavenの流れを色濃く受け継ぐ欧米では,同年秋になり,アメリカ心臓病学会から,腹囲を必須項目とはせず,基本的にはNCEP-ATPⅢの基準に準ずる指針が示され,再び混乱を生じている.欧米ではメタボリックシンドロームそのものに対しても懐疑的な意見が出されている.すなわち,定義の曖昧性,診断項目の軽重,重篤度が斟酌されていないこと,あるいはすでに糖尿病になっている場合,あるいは心血管イベントを起こしている場合の診断意義などが批判点であり,マルチプルリスクファクター症候群以上の意義を見出しがたいとしているのである.これらの批判はある程度意味のあるものではあるが,欧米では,糖尿病患者のほとんどがメタボリックシンドロームとなってしまうが,日本では,糖尿病患者の半数のみがメタボリックシンドロームであり,患者背景が圧倒的に異なる点をわれわれは認識すべきである.メタボリックシンドロームは,単なる生活習慣病の重積(マルチプルリスクファクター症候群)ではなく「インスリン抵抗性,動脈硬化惹起リポ蛋白異常,血圧高値を個人に合併する心血管病易発症状態」と定義されており,少なくとも日本においては,肥満を病因とした生活習慣病の重積病態をしっかりとメタボリックシンドロームとして(32)表2メタボリックシンドロームの診断基準WHO基準(1999)NCEP-ATPⅢ基準(2001)糖尿病またはIGTまたはインスリン抵抗性・以下のうち2つ以上1)肥満;BMI>30kg/m?またはWHR(ウエスト/ヒップ比)>0.9(男)>0.85(女)2)脂質代謝異常中性脂肪>150mg/d?またはHDL-C<40mg/d?(男)<50mg/d?(女)3)高血圧血圧>140/90mmHgまたは降圧薬服用者4)微量アルブミン尿アルブミン排泄>20?g/分・以下のうち3つ以上1)空腹時血糖値>110mg/d?2)高中性脂肪血症中性脂肪>150mg/d?3)低HDL-C血症HDL-C<40mg/d?(男)<50mg/d?(女)4)高血圧血圧>130/85mmHgまたは降圧薬服用者5)腹部肥満腹囲(臍周辺)>102cm(男)>88cm(女)表3わが国におけるメタボリックシンドロームの診断基準ウエスト周囲径男性:85cm以上女性:90cm以上1.中性脂肪150mg/d?以上あるいはHDLコレステロール40mg/d?未満2.血圧130mmHgあるいは85mmHg以上3.空腹時血糖110mg/d?以上(以上3項目のうち2項目以上)———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.23,No.10,2006????認識し,それぞれの病態が軽症のうちから,早期介入することは意義のあることであると思われる.現在日本の診断基準に基づいてその患者数を推定すると,その数は940万人,予備軍は1,020万人となり,両者をあわせると国民の20%にも達し,40~74歳の男性の2人に1人,女性の5人に1人がメタボリックシンドロームの可能性があることが明らかとなった.社会的にも大いに注目されているが,現在の問題点は,腹囲の基準値および空腹時血糖を診断項目としている点である.腹囲に関しては,CT(コンピュータ断層撮影)で測定した内臓脂肪量が100cm2を超えるとリスクファクターの重積の確率が高いとの松澤らの臨床結果をもとに,この値に対応する腹囲が男性85cm,女性90cmに相当するとして定められた.しかし,IDFではアジア人の基準として,男性は90cm,女性は80cmとしている(表4).また最近の臨床調査からは,女性の腹囲の基準は,80cmあるいはそれ以下が適当であるとの複数の報告もなされている.さらに今後内臓脂肪を簡便に測定する方法が見出されれば腹囲そのものの意義も薄らいでくると思われる.むしろ,より重要であると思われる点は,耐糖能異常の基準を空腹時高血糖としている点である.インスリン抵抗性あるいは内臓脂肪量は食後高血糖と強い相関があり,実際に空腹時高血糖の病態より,食後高血糖の病態のほうが心血管イベントのリスクとなることも明らかにされているからである.食後高血糖の評価が臨床的にはむずかしいので,今後は,ヘモグロビンA1c(HbA1c)5.6~5.8%程度の患者には積極的な経口ブドウ糖負荷試験(OGTT)を行い食後高血糖をスクリーニングしていくべきであると思われる.事実,厚生労働省では,「健康日本21」の成果が十分にあげられていないという2006年の調査結果をうけて,2008年より医療保険者全員に,健診と保険医療指導を行うことを事務化することにし,2013年までに生活習慣病を25%削減する目標を掲げている.このように,メタボリックシンドロームの診断各項目については今後修正が加えられていくと思われる.II“メタボリックドミノ”とは21世紀の内科医療において,おそらく悪性疾患とともに,メタボリックシンドロームを基盤にした代謝性疾患から循環器疾患への連続した一連の疾患群(lifestylemedicineともよべるかもしれない)が,2大疾患を形成すると考えられる.筆者は,この代謝性疾患から循環器疾患に至るプロセスについて,生活習慣病の“重積”のみならず,その成因と発症の順序,すなわち,生活習慣病の“流れ”,および心血管合併症の発症に至る生活習慣病の“連鎖”を把握する概念として“メタボリックドミノ”という考え方を示している(図1).すなわち,食生活の偏りや運動不足といった生活習慣の揺らぎが,いわば,ドミノ倒しの最初の一つの駒(ドミノ)を倒すことになり,その結果,まず肥満,特に内臓肥満そして,アディポサイトカイン分泌異常,インスリン抵抗性など共通の病因をひき起こし,高血圧,食後高血糖,高脂血(33)表4国際糖尿病連盟:民族別ウエスト周囲径の診断基準国/民族ウエスト周囲径欧州人男性女性94cm以上80cm南アジア人男性女性90cm80cm中国人男性女性90cm80cm日本人男性女性85cm90cm中南米民族暫定的に南アジア人に準じるサハラ以南アフリカ民族暫定的に欧州人に準じる東地中海,中近東民族暫定的に欧州人に準じる図1メタボリックドミノ———————————————————————-Page4????あたらしい眼科Vol.23,No.10,2006症といった病態がほぼ同じ時期に生じてくる.これがメタボリックシンドロームの段階である.最近では,メタボリックドミノの下流に位置する動脈硬化症の発症において重要である,炎症(炎症細胞浸潤)とその結果生じる各臓器での酸化ストレスの上昇が,この段階でも重要な役割を演じていることが明らかにされている.その結果,生活習慣病のそれぞれのドミノは,お互いのドミノが倒れることをひき起こしている.最近注目されている脂肪肝,さらにNASH(非アルコール性脂肪性肝炎)といった病態もこの段階で生じ,糖脂質代謝の中心臓器の一つである肝臓の機能障害が,これら複数のドミノが同時に倒れることに寄与していると考えられる.動脈硬化症はこの段階からすでに徐々に進んでおり,生命予後に直結する虚血性心疾患や脳血管障害などの発症につながっていく.しかしながら,この段階ではまだ糖尿病は発症しておらず,さらに膵機能障害,インスリン分泌不全が生じることで,糖尿病が起こり,その後,糖尿病3大合併症は糖尿病が発症してある一定の期間高血糖が持続することではじめて生じてくる.メタボリックドミノの総崩れ状態が,心不全,痴呆,脳卒中,下肢切断や腎透析,失明といった病態であり,この段階はもうpointofnoreturnと考えられる.こうしたメタボリックドミノの流れのなかで,各段階で,お互いのドミノがお互いが倒れることに寄与しているというエビデンスが報告されている.たとえば,糖尿病発症に至っていないIGT(耐糖能異常)でBMI(体型指数)25kg/m2以上の肥満患者を対象にしたアルファーグルコシダーゼ阻害薬を用いた糖尿病発症予防試験(STOP-NIDDM)では,糖尿病発症は投薬群で有意にその発症が抑えられたが,さらに興味深いことに高血圧発症までが34%有意に抑制された(図2).このことは食後高血糖が糖尿病のみならず,高血圧症発症にも関与していることを示している.そのメカニズムはよくわかっていないが,食後高血糖による肝臓や膵臓,血管での酸化ストレスが注目されている.さらにドミノの下流,糖尿病合併高血圧症患者においても,ドミノが複雑に倒れ込み合うことでその合併症が生じていることが明らかにされた.UKPDS(UKProspectiveDiabetesStudy)33では,厳格な血糖コントロールによりHbAlcを7.9%から7.0%に減少させることによって,ミクロアンギオ(34)1.00.90.80.70.60.50.4糖尿病に進展しなかった症例比率02004006008001,0001,200追跡日数プラセボアカルボース1.000.950.900.850.80高血圧を発症しなかった症例比率02004006008001,0001,200追跡期間(日)プラセボアカルボース34%リスク低下p=0.00681,400図2IGTを対象とした糖尿病発症予防試験(STOP-NIDDM)BMI25kg/m2以上の1,368名の男女を無作為に分け3年間追跡調査した.(ChiassonJLetal:Lancet359:2072-2077,2002より)図3糖尿病合併高血圧症患者の合併症発症の低下率(UKPDS33,Lancet,1998;352:837,UKPDS38,BMJ,1998;317:703より)20100-10-20-30-40-50糖尿病関連エンドポイント糖尿病関連死糖尿病三大合併症心筋梗塞脳卒中-12-10-25-161120100-10-20-30-40-50糖尿病関連エンドポイント糖尿病関連死糖尿病三大合併症心筋梗塞脳卒中-24-32-37-21-44厳格な血糖コントロール(HbA1c7.0%vs7.9%)UKPDS:UKProspectiveDiabetesStudy厳格な血圧コントロール(144/82vs154/87mmHg)———————————————————————-Page5あたらしい眼科Vol.23,No.10,2006????パチーである糖尿病の3大合併症は25%有意に抑制できたが,心筋梗塞や脳卒中などのマクロアンギオパチーは有意に抑制できなかった.一方,UKPDS38では,厳格な血圧コントロールにより収縮期血圧を10mmHg,拡張期血圧を5mmHg低下させることで,脳卒中が44%,心筋梗塞が21%抑制でき,さらに,糖尿病の3大合併症や糖尿病関連死を有効に抑制できた(図3).またBeza?brateInfarctionPrevention研究では高中性脂肪血症の抑制により糖尿病の発症も抑制されている.このように,生活習慣病の重積発症を時系列で捉えるとともに,時間的な流れの過程でそれぞれの疾患が相乗的に影響しあいながら病態が進展し,一気に心血管イベントが起こってくるという考え方がメタボリックドミノである.したがって,メタボリックドミノの概念では,従来からいわれてきた危険因子の“重積”に加え,危険因子の“流れ”と,その流れのなかで危険因子が“連鎖”反応を起こすことを重要視する.IIIメタボリックドミノにおける糖尿病合併高血圧症の位置づけ心血管病のリスクとして最も注目されているのが高血圧症と糖尿病の合併であり,その合併頻度も高い.糖尿病患者における高血圧症の発症頻度は,非糖尿病者に比べ約2倍高い.一方,高血圧症患者における糖尿病の発症頻度は正常血圧者に比べて約3倍高くなっている.糖尿病合併高血圧患者は実はメタボリックドミノのかなり下流に位置していることをわれわれは認識すべきである.未治療高血圧患者795人の10年以上のコホート研究において,エントリー時すでに糖尿病と診断されている患者と,エントリー時は糖尿病を発症しておらず,その後3年間のフォローアップで新規に糖尿病を発症した患者では,ほぼ同程度にその後の心血管イベントの発症率が,非糖尿病群に比べその後のフォローアップ期間中初期の段階から約4~5倍高いとされている(図4).この報告においても糖尿病発症時にすでに,血管障害が進行していることを物語っている.また,心血管イベントによる死亡率は非糖尿病者に対して糖尿病患者では数倍高くなるが,注目すべき点は糖尿病患者では心筋梗塞既往歴なしの死亡率が非糖尿病患者の心筋梗塞既往歴ありの死亡率と同等であるということである.糖尿病を発症しているというだけで,心筋梗塞の既往歴者と同等のリスクを背負っているということになる(図5).糖尿病性腎症の初期病変である微量アルブミン尿は,心血管イベントのマーカーになることが知られている.最近,病因の如何にかかわらず,腎機能が糸球体濾過値(GFR)で60m?/min以下に低下した患者は,「慢性腎臓疾患(chronickidneydisease:CKD)」として注目されている.わが国においてもCKD患者は,国民の20%に達すると推定されており,CKDとメタボリックシンドロームとの関連が示唆されている.CKDは,心血管イ(35)非イベント発症率(%)100人当たり年間イベント発症率(/100人/年)イベント発生までの年数グループABC03691215非糖尿病患者Ap=0.0001CB新規糖尿病発症患者糖尿病患者0.973.904.7010090807060504030543210図4糖尿病新規発症:心血管イベントの予知因子795人の未治療高血圧患者エントリー時の糖尿病罹患率:6.5%,フォローアップ中の新規糖尿病発症率:5.8%.(VerdecchiaP:Hypertension43:1-7,2004より)非糖尿病糖尿病心筋梗塞既往:なし:あり454035302520151050心筋梗塞発症率(%)図52型糖尿病患者および非糖尿病患者の心血管イベントにおける心筋梗塞既往歴の有無の比較─7年間のフォローアップ(Ha?nerSMetal:NEnglJMed339:229,1998より)———————————————————————-Page6????あたらしい眼科Vol.23,No.10,2006ベントのリスクとなり,いわゆる心腎連関の重要性とその機序が研究されている.IV“メタボエイジング”と抗加齢加齢現象の研究は,1935年,MacCayらにより,カロリー制限(caloricrestriction:CR)が生物の寿命を延長させるとの観察から始まった.以降,酵母(????????????????????????),線虫(??????????????????????),サカナ,マウス,ラット,イヌ,さらにサルなどにおいてCRが寿命を延長させることが明らかにされ,CRに,加齢現象の分子機序解明の糸口があると考えられ,現在精力的に研究が進んでいる.すべてのCRの生物において共通しているのは,低グルコース血症と,低インスリン(あるいはそのホモログ)血症およびインスリン感受性の亢進であり,基本的なエネルギー源であるグルコース代謝が加齢の鍵を握っているといえる.加齢現象は,酸化ストレス(活性酸素の産生)あるいはERストレス(ミスフォールデイング蛋白の増加)などの観点から語られることが多いが,筆者は代謝面からみた加齢現象を,“メタボエイジング”とよびたい(表5).こうしたCRにおける代謝面での変化は,メタボリックシンドロームにおける,過剰エネルギー状態での高血糖,高インスリン血症,およびインスリン抵抗性状態とまったく逆の状態でありきわめて興味深い.つまり,メタボエイジングとメタボリックシンドロームには多くの共通点があると思われる.CRは当初,栄養不足による成長遅延あるいは代謝低下さらに,それに伴う活性酸素産生の低下が寿命の延長の原因であると考えられた.しかしながら,CRを行った生命体の基礎代謝率は必ずしも低くなく,また活性酸素の産生に関しても必ずしも低下していないことが示されている(表6).酵母において糖濃度を2%から0.5%に低下させることにより,分裂回数が25%増加する.減少したカロリーの有効な利用のため酵母では,発酵〔2分子のアデノシン三リン酸(ATP)の産生〕より呼吸(28分子のATPの産生;ミトコンドリアにおけるTCA回路さらに電子伝達系/呼吸鎖)が好まれるようになる.効率のいいATP産生に伴い解糖系の速度は遅くなり,またNADHからNADへの再酸化が生じる.このことが,NAD依存性デカルボキシラーゼであるSIR2(silentinforma-tionregulator)を活性化し,寿命延長をもたらす.CRは,またNADsalvagepathwayを活性化し,亢進したnicotinamidaseによりnicotinamideが減少しこのこともSIR2の活性化につながる.一方,cAMP依存性プロテインキナーゼは,SIR2発現を負に制御している.この分子は原核生物から真核生物まで種を超えて保存されており,現在,メタボエイジングの鍵分子となることが明らかとなっている.ショウジョウバエでもCRの効果が認められるが,CRによりSir2遺伝子発現は亢進し,Sir2mutantではCRの効果は消失する.哺乳類のSir蛋白ホモログはSIRT1である.SIRT1は,CRにより,ラット肝臓,脂肪組織,脳,腎臓においてその発現量が増加する.Sir2は遺伝子発現のサイレンシングのみならず哺乳類ではエネルギー関連臓器へのさまざまの作用,脂肪細胞,筋細胞分化やアポトーシスへの効果が報告されており,これら多彩な作用が抗加齢に作用すると考えられている.表7aにマイクロアレイ解析により明らかにされた,代謝関連遺伝子発現の変化を示す.飢餓状態では,グリコーゲン分解,脂肪動員,糖新生,ケトン体形成,熱産生が起こり,これらはすべて脳での糖利用を優先させる(36)表5メタボエイジングCR:抗加齢メタボリックシンドローム?カロリー制限?低血糖?低インスリン血症?インスリン感受性亢進やせ,脂肪量減少?カロリー過多?高血糖?高インスリン血症?インスリン抵抗性“低インスリン血症”肥満,内臓脂肪増加表6カロリー制限とアンチエイジング?成長遅延説?体脂肪減少説?代謝率低下説?糖インスリン系変調説?成長ホルモンIGF系変調説?酸化ストレス減弱説?ストレス耐性説———————————————————————-Page7あたらしい眼科Vol.23,No.10,2006????変化である.インスリン分泌は低下し,グルカゴン分泌は亢進し,肝臓では糖新生およびグリコーゲン分解が進み,脂肪組織からは脂肪分解が進む.一方,加齢においては糖新生の低下〔肝臓におけるglucose-6-phopha-tase(G6Pase)の低下〕,解糖系の亢進〔肝臓におけるpyruvatekinase(PK)の増加〕が起こる.また,カロリー摂取過多状態でも,解糖系〔glycealdehyde-3-dehy-drogenase,pyruvatedehydrogenase(PDH)〕の亢進,NAD+の消費,SIR2抑制が起こり,これらの変化は,加齢性の変化に類似している(表7b).空腹時やインスリン欠乏時に肝臓においてその発現が誘導され糖新生を促進するPGC-1a(peroxisomeproliferatoractivatedreceptor-gco-activator1a)は,SIRT1により脱アセチル化を受けて活性化されることが知られている.Vメタボエイジングとインスリン/IGF経路の意義内分泌系であるインスリン/IGF(インスリン様成長因子)-1経路が加齢現象に関与することが,おもに線虫,さらにショウジョウバエ,さらには,インスリン経路とIGF経路(成長ホルモンの支配下)に分離したマウスでも明らかにされている.事実CRでは低グルコース,低インスリン血症が認められる.少なくとも,線虫においては,インスリン/IGF-1経路は,CR,生殖細胞からのシグナル,clk経路と並んで寿命延長に重要であることは証明されている.図6に示すように,インスリン/IGF-1受容体ホモログであるDAF-2部分欠損により寿命が延長する.また,PI3キナーゼホモログであるAGE-1の部分欠損でも同様である.これらの欠損株では,forkhead/winged-helixfamilytranscriptionfactor(Foxo)ホモログであるDAF-16の活性が上昇することがその寿命延長に必須であることが示されている(Foxo3a欠損メスマウスでは,prematureagingが起こる).一方,この経路に拮抗するPTENフォスファターゼのホモログ,DAF-18欠損では寿命の延長が抑制される.最近DAF-2リガンドとしてCeinsulin-1が同定された.線虫では,体の先端部分で環境の変化を感覚神経が感知し,Ceinsulin-1が分泌されDAF-2受容体を介してシグナルが伝わり,最終的には神経系の活性が変(37)表7aCRにおける代謝性変化?低グルコース,インスリン血症?骨格筋,脂肪組織でのグルコース取り込みの亢進?インスリン感受性の亢進?糖新生の亢進:骨格筋(fructose-1,6-bisphophatase,glucose-6-phophatase,pyru-vatekinase):肝臓(phosphoenolpyruvatecarboxykinase,glucose-6-phosphatase)?解糖系の低下:肝臓(pyruvatekinase,phosphofructokinase-1,pyruvatedehydro-genase)?脂肪酸合成の亢進(fattyacidsynthase,PPARdelta):骨格筋?脂肪酸合成の低下(fattyacidsynthase,fattyacidbindingprotein2transaldolase):肝臓表7b加齢およびカロリー摂取過多における代謝性変化の類似性加齢における代謝性変化?糖新生の変化:肝臓におけるglucose-6-phophatase(G6Pase)の低下?解糖系の亢進:肝臓におけるpyruvatekinase(PK)の増加カロリー摂取過多時における代謝性変化?解糖系の亢進:肝臓におけるglycealdehyde-3-dehydrogenase,PDHの増加図6線虫におけるインスリン/IGF-1経路と寿命Insulin-likeligandDAF-2(Insulin/IGF-1receptor)AGE-1(PI3kinase)DAF-18(PTENphosphatase)PI(3.4)P2,PI(3.4.5)P3AKT-1/AKT-2DAF-16(Foxo)Longevity———————————————————————-Page8????あたらしい眼科Vol.23,No.10,2006(38)わることで寿命延長につながるようである.マウスにおいてもIGF-1受容体へテロ欠損マウスのメスにおいて寿命の延長が報告されている.しかし,寿命延長がメスにしか認められないことや,検討数が少ない点あるいはマウスsubstrainの問題など批判もある.一方,????小人症マウスでは,PROP1(下垂体の発達に必要なPit-1発現に必須)の欠損により成長ホルモン,プロラクチン,TSH(甲状腺刺激ホルモン)などの欠損がみられ,このマウスでは50%ほどの寿命の延長がみられる.またPit-1欠損である?????小人症マウスでも同様の減少が認められる.これらのマウスにおいて,どのホルモンの欠損が重要なのかを含め,そのメカニズムはよくわかっていない.これらのマウスでは,成長遅延に加えて,低体温,活性酸素の低下が認められる.哺乳類において,インスリンあるいは成長ホルモンが加齢においてどれほど重要であるかについては結論が得られていない.VIメタボエイジングと脂肪細胞分化,肥満CRマウスやラットさらにはサルにおいて脂肪量の減少が認められる.このことより脂肪量と寿命の関連が示唆された.特に脂肪細胞特異的インスリン受容体ノックアウトマウス(FIRKO)マウスでは脂肪量の減少とともに寿命の延長が認められた.しかし,レプチン受容体欠損肥満??/??マウスにおいても,CRはやせている対照マウスより寿命を延長させることが知られている.また脂肪量と寿命の相関はラットにおいてはそのsubstrainによって異なることが報告されている.線虫においては,長寿を示すDAF-2欠損株において腸管の色素沈着(脂肪蓄積を示す)が認められるものがあるが,必ずしも寿命延長とは直接の関連はないとされている.興味深いことに,寿命制御にかかわるSIRT1は,脂肪細胞において脂肪細胞分化に必須のPPAR-g(peroxi-someprolierator-activatedreceptor-g)発現を,転写の負の調節因子であるNcoR,SMRTを動員することにより抑制することが示されている.またSIRT1の過剰発現により,脂肪分解および蓄積脂肪量の低下が認められる.さらに,?????+/-マウスでは空腹時の脂肪細胞からの脂肪酸の動員が抑制されている.これまで代謝率が低いほうが長寿であるという考え方もあった(表6)が,現在議論をよんでいる.FIRKOマウスでは対照マウスに比べ過食傾向を示し代謝率は高い.また脂肪細胞分化の初期の段階に重要なC/EBPaをC/EBPbに置換したマウスでも脂肪分解亢進による代謝亢進を認め寿命の延長が認められる.またマウスでは酸素消費量(代謝率)と寿命との間に正の相関を認めるとの報告がある.この代謝率の亢進の分子機構として最近ではUCP(uncouplingprotein)が注目されている.UCPはミトコンドリアでの電子伝達系におけるATP産生においてプロトンの漏出を促進しATP産生を減らし逆に熱産生を増やす結果をもたらす.CRにおいて,UCP2(脂肪細胞)およびUCP3(骨格筋細胞)が上昇しミトコンドリアでuncoupling(脱共役)が上昇していることが観察されている.CRに伴う個体のサイズ減少は,表面積の相対的な増加による熱消失をきたし,そのために代償的にUCPによる熱産生が亢進していると考えられている.絶食によりマウス膵臓においてUCP2発現が亢進することも知られている.UCPによる脱共役の増加は,電子伝達系において産生される活性酸素量の減少をもたらす.事実,UCP2ノックアウトマウスでは活性酸素産生が亢進していることが報告されている.またマウスにおいては脱共役の程度と寿命に関連があるという報告もある.こういった観点からもUCPによる脱共役の亢進と寿命の延長の関係は興味深い.UCP活性亢進とSIRT1の関係は,今後の研究課題であるが,最近膵臓では,インスリン産生細胞でのSIRT1過剰発現マウスの検討などからSIRT1がUCP2発現を抑制し,膵b細胞でのATP含量が増加しインスリン分泌が増加することが明らかとなった.またSIRT1ノックアウトマウスではUCP2発現レベルは高い.このことは,CRにおいてインスリン分泌量が減少すること,線虫ではSIR2活性の増加によりインスリン/IGF-1経路の活性が減弱することとは逆である.VIIメタボエイジングとメタボリックドミノメタボエイジングのメカニズム解明にはCRの寿命延長作用機序が重要であり,そのなかでSIR蛋白の意義は大きいと思われる.しかしながら,上述したように,———————————————————————-Page9あたらしい眼科Vol.23,No.10,2006????(39)CRにおける代謝性の変化は下等生物と高等生物で必ずしも同じでなく,またSIR蛋白の作用も同じではない.たとえば,下等生物では,外界のグルコース濃度の低下に対して,有効なエネルギーの獲得とその保存がより明確な形で代謝系の変化として現れ寿命延長に繋がる.一方,高等動物ではATP産生を犠牲にしても熱産生の亢進を高めるためにUCPの発現亢進が生じるなど複雑な反応が起こる(しかしUCP発現は,加齢において重要な活性酸素の産生を抑制するという意味で重要であるかもしれない).またCRにおけるインスリン分泌低下はSIRT1の活性がむしろ低下するためである可能性がある.一方,CRにおけるインスリン感受性の亢進は,脂肪細胞量の低下に伴うアディポサイトカイン分泌の変化により説明できるかもしれない(図7b).一般的に,線虫ではインスリン/IGF-1経路の活性化は寿命延長に対して抑制的に作用するが,ヒトの場合,インスリン抵抗性(インスリン/IGF-1経路の減弱)が,メタボリックシンドロームをひき起こし寿命は短縮する.SIRT1は,Fox3を脱アセチル化し,酸化ストレスに対する耐性を増強し,またアポトーシスの促進を抑制する作用も有しており,また老化促進分子であるp53やFasリガンド,Bax,Bimなどの抑制作用なども報告されており,細胞障害,細胞死に対する効果も重要である.いずれにしてもメタボエイジングの分子機構はまだまだ不明な点が多い.メタボリックドミノの出発点は過食,摂取エネルギー過多に伴うインスリン分泌過剰である.さらに脂肪細胞の増殖,肥大に伴いインスリン抵抗性が惹起される.CRにおける代謝変化とはまったく逆の変化が生じ,その結果,生活習慣病の発症,動脈硬化症の進展から心血管イベントによる寿命の短縮が起こる.また大腸癌など明らかに肥満に関連した悪性腫瘍も存在する.これらメタボリックドミノのすべての過程において,炎症の重要性が指摘されている.ドミノ上流では肥満に伴う脂肪組織炎症とそれによるインスリン抵抗性,ドミノ中流では肝臓,膵臓の炎症によるメタボリックシンドロームの進展や糖尿病の発症,さらにドミノの下流では血管の炎症による動脈硬化症の発症である.メタボリックドミノの進展をメタボエイジングとしてながめてみると,インスリン抵抗性による解糖系,脂肪分解の亢進などの代謝変化,あるいは活性酸素産生の増加以外にも,たとえば,過食に伴うSIRT1活性の低下は,脂肪細胞の形質転換とそれに伴うアディポサイトカイン分泌の変化(図7b),あるいは活性酸素産生の亢進と組織炎症や組織細胞障害の進展,さらに膵臓におけるインスリン分泌低下が想定される.今後,メタボエイジングの分子機構が明らかになれば,メタボリックドミノに対する新たな治療戦略が生まれることが期待される.InsulinresistanceBloodglucose;increaseInsulin;increaseAdiposetissueFatstorage;increaseAdiponectin;decreaseTNFa;increaseSkeletalmuscleGlycolysis;increaseLipolysis;decreaseLiverGlycolysis;increaseFattyacidsynthesis;increasePancreasβcellInsulinsecretion;increaseCalorieExcess図7bカロリー過多(メタボリックシンドローム)におけるエネルギーサイクルInsulinsensitivity;increaseBloodglucose;decreaseInsulin;decreaseAdiposetissueFatstorage;decreaseAdiponectin;increaseTNFa;decreaseSkeletalmuscleGluconeogenesis;increaseFattyacidsynthesis;increaseLiverGlycolysis;decreaseFattyacidsynthesis;decreasePancreasβcellInsulinsecretion;decreaseCR図7aカロリー制限時におけるエネルギーサイクル