———————————————————————-Page10910-1810/07/\100/頁/JCLS多焦点レンズに適する乱視量は,1.5ジオプター(D)以内なので,等価球面度数を0にするためには,通常0.75D以内の遠視の球面度数を目標とすることになる.はじめに現在,いくつかの新しい多焦点眼内レンズの治験が進行中である.回折型多焦点レンズReSTOR?(アルコン社,図1)は,結果の解析が終了した.多焦点レンズで患者満足を得るには,術前の正しい患者選択と正確な眼内レンズ度数の測定が不可欠である.また,多焦点レンズは,乱視やレンズ偏位による視機能の劣化が,単焦点レンズに比べて大きいので,手術における創口作製やレンズ偏心・傾斜に特別な配慮が必要である.本稿では,レンズ度数決定などの術前検査と手術時の注意点について述べる.I術前の注意点1.目標とする球面度数眼内レンズ挿入眼の最適焦点距離は,理論上,全屈折における球面度数ではなく,等価球面度数で決まる.そのため,球面度数が0を目標にするのではなく,乱視量を考慮して,等価球面度数が0になるのをねらうのが正しい.つまり,本来は術後乱視量から考えて,等価球面度数が0となるように目標球面度数を決定する.単焦点レンズは,通常軽い近視を目標にするが,多焦点レンズの等価球面度数は正視ねらいが好ましい.これらを考慮すると,多焦点レンズの球面度数の目標値は,軽い遠視ねらいになる(表1).しかし,球面度数を遠視にするのに抵抗がある場合は,妥協点として,正視ねらいにしても良いと思われる.(17)???*KenHayashi:林眼科病院〔別刷請求先〕林研:〒812-0011福岡市博多区博多町駅前4-7-13林眼科病院特集●バイフォーカル眼内レンズあたらしい眼科24(2):151~155,2007眼内レンズ度数決定と手術時の注意点????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????林研*表1多焦点レンズ挿入のための目標屈折値症例1:術前視力・屈折値0.1(0.3×+1.5D×-0.5DAx90?)術前-0.5Dの倒乱視であれば,術後に角膜乱視は変化しないと仮定した場合,全屈折の乱視は軽度(約0.25~0.5D)倒乱視化するので,0.5×1/2+0.25~0.5Dで+0.5~0.75Dの球面度数を目標とする.症例2:術前視力・屈折値0.08(0.2×-0.5D×-1.0DAx180?)術前-1.0Dの直乱視であれば,全屈折の直乱視は軽度軽減するので,1.0×1/2-0.25~0.5Dで,0~+0.25Dの球面度数を目標とする.図1回折型多焦点レンズReSTOR?挿入眼———————————————————————-Page2???あたらしい眼科Vol.24,No.2,2007球面度数が軽度遠視になった場合でも,遠見は十分に見えることが多い.多くの多焦点レンズは,近見の至適距離が0.3mになるように近見度数が加入されているので,レンズ度数が近視方向にずれると,近見の最適距離がそれ以上近くにずれてしまう.軽い遠視にずれた場合,至適距離が中間距離になるので,コンピュータなど中間距離の仕事がやりやすいという利点がある.多焦点レンズの明視域は遠見と近見の二峰性であるが,明視域の活用という観点からは,遠見は近視方向にずれたほうが有利であるし,逆に近見は遠視方向にずれたほうが有利になるという矛盾を含んでいる(図2).特に,屈折型レンズは,通常近見の明視域が狭いので,近視方向にずれると,近見視力が出ない.どちらにずらしぎみにするかは,それぞれの多焦点レンズの明視域を把握したうえで,考慮する必要がある(図3).2.乱視の許容範囲多焦点レンズは,乱視が強いと,遠見・近見視力ともに著しく損なわれる.乱視による視力低下は,多焦点レンズのほうが,単焦点レンズに比べて著しい.乱視を屈折型多焦点レンズ(AMO社Array?,以下Array?)に負荷した検討の結果では,球面度数が0と仮定すると,1.0D以内であれば,遠見0.7,近見0.5に近い有用視力が得られる(図4)1).1.5Dでは,遠見・近見ともに有用視力に達しない.1.5D以上であれば,遠見・近見視力の劣化は,単焦点レンズよりも大きくなってしまう.これらの点から,多焦点レンズは,術前乱視が1.0D(18)図2多焦点レンズの明視域多焦点レンズの明視域は,遠見と近見の二峰性なので,近視方向にずれると裸眼近見視力が不良となり,遠視方向にずれると裸眼遠見視力が不良になる.視力うまく合った場合0.3m5m視力近視にずれた場合→裸眼近見視力が悪い0.3m5m視力遠視にずれた場合→裸眼遠見視力が悪い0.3m5m距離(m)視力うまく合った場合0.3m5m視力近視にずれた場合→近視はみえず単焦点レンズと変わらない0.3m5m視力遠視にずれた場合→裸眼遠見視力の低下は少ない0.3m5m距離(m)図3近見の明視域が狭い多焦点レンズ近見明視域が狭い多焦点レンズの場合,近視方向にずれると裸眼近見視力が著しく不良となり単焦点レンズと変わらない.一方,遠視方向にずれても遠見視力に大きな影響はない.———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.24,No.2,2007???以内が適応で,1.5Dが許容範囲と考えられる.これ以上であれば,むしろ単焦点レンズを使うほうが,乱視によって明視域が広がるので有効である.現在は,切開幅が2mm台まで小さくなったので,術前乱視があまり変化しなくなった(図5).つまり,術前と術後の乱視量が変化しないので,術前乱視量によって患者選択がしやすくなった.具体的には,術前の乱視量が1.5D以内の患者を選択するとよい.3.瞳孔径の許容範囲多焦点レンズは,瞳孔径の影響を受けやすい.特に,屈折型多焦点レンズは,十分な瞳孔径がないと多焦点効果が出ない.たとえば,Array?の場合,筆者らの検討では,4.5mm以上の瞳孔径がなければ近見視力が十分出なかった2).Kawamoritaら3)の光学的シミュレーションでは,3.4mm以上が必要と報告されている.瞳孔径は,白内障術前と術後で強く相関するので,予測性は高く,術前の瞳孔径で患者選択をすることが可能である4).しかし,手術により平均10%程度縮小するので,術前に縮小分も考慮して選択しなくてはならない.一般にArray?など屈折型多焦点レンズでは,術前4.5mm程度の瞳孔径が有効近見視力を得るために必要と考える.また,糖尿病患者では,網膜症のない眼は正常眼と大きく変わらないので容認されるが,網膜症のある眼では瞳孔径の平均は4.0mmに達しないので,適応外としたほうがよい(表2).さらに,落屑症候群の患者や高齢者では,瞳孔径が4.5mm以下のものが多い.これらでは,Array?を挿入しても近見視力は十分ではなく,単焦点レンズと変わらない状態になるだけでなく,入射光の一部は近見に分かれるのでコントラスト感度が低下する可能性もある.回折型多焦点レンズは,瞳孔径に影響されない.たとえば,ReSTOR?では,遠見から近見まで全距離の視力が瞳孔径と相関しない.そのため,回折型多焦点レンズには,小さな瞳孔径の患者も挿入可能という大きな利点がある.4.角膜不正乱視レフラクトメーターで測った屈折乱視が許容範囲でも,角膜不正乱視が予想外に大きい患者がいる.このような患者では,多焦点レンズを挿入しても視力が悪い.多焦点レンズを希望する患者は,眼内レンズに対する期待が大きいので,できればこのような患者もスクリーニ(19)表2非糖尿病患者と糖尿病患者眼の術前・術後の平均瞳孔径瞳孔径(mm)術前術後1カ月非糖尿病患者4.9±1.04.6±0.9糖尿病患者網膜症なし4.9±0.94.6±0.9単純網膜症4.4±0.94.2±0.7(前)増殖網膜症3.9±1.23.5±0.9p値0.0051*<0.0001**4群間に有意差あり.視力距離(m)0.30.50.712350D0.5D乱視1.0D乱視1.5D乱視2.0D乱視2.5D乱視図4負荷乱視量による屈折型多焦点レンズ挿入眼の全距離視力図5切開幅が2.4mmの場合,術前(左)・術後(右)の角膜形状切開幅が2.4mmの場合,術前・術後の角膜形状や乱視はほとんど変化しない.———————————————————————-Page4???あたらしい眼科Vol.24,No.2,2007ングして除外したほうがよい.現在市販されている器械としては,トーメーのTopographicModelingSystem(TMS)で不正乱視の定量ができるし,波面収差解析装置で測定した角膜高次収差で代用してもよい(図6).いずれにしろ,角膜の質は,多焦点レンズの視機能に大きな影響を与えるので,術前に不正乱視の強い患者を除外しておくと,万一の場合のクレームを少なくすることができる.5.レンズ度数測定時に推奨される方法多焦点レンズでは,レンズ度数が予想からはずれると多焦点効果は損なわれる.そこで,眼軸長測定には,超音波AモードとIOLマスター?の両方を使用して,測定精度を上げる必要がある.特に,超音波Aモードのように,測定に習熟を要する検査は,何人かの検査者がまったく別に測定して値が合致するかどうかを確かめる必要がある.筆者の施設では,3人が測定して,値がほぼ合致するまで確認している.また,核の硬化した例など,超音波とIOLマスター?の測定値に差がある場合もある.このような場合は,再検してそれでも差が出るときは,IOLマスター?の値を重視するほうがよい.II手術時の注意点1.惹起乱視の少ない創口作製先述のように,術前の乱視量で患者を選択しているので,手術で乱視を変化させない創口作製を心がける.すなわち,切開幅は,当然小さいほど良い.創口幅は,惹起角膜乱視量からみると,強膜切開では3mm以下,角膜切開なら2.5mm以下であれば,惹起乱視量の平均は小さく,許容範囲内と考えられる.現在ではインジェクターを使えば,ほとんどのフォルダブル多焦点レンズは,この幅から挿入できるので,問題はない.一方,PMMA(ポリメチルメタクリレート)製の多焦点レンズはできれば避けたい.角膜切開の惹起乱視はばらつきが大きいので,角膜切開をする場合は,乱視軸を考慮して切開位置を決めたほうが安全である.つまり,倒乱視の場合は,側方切開をして乱視を減らす方向にして,万一の場合に備える.さらに,核が硬いなど創口に負担がかかる例は,乱視の変化が大きいので,なるべく多焦点レンズの選択からはずしたほうが安全である.どうしても入れたい場合は,なるべく後方から切開するなど,特別乱視への配慮が必要になる.縫合すると,角膜乱視が増大するので,創が閉鎖ししだい抜糸する.術中の創の状態によって,術後1週から1カ月の間に抜糸するとよい.2.瞳孔を傷害しない術後に瞳孔が変形すると,多焦点効果が減弱するだけでなく,グレアやハローが強調される.そのため,瞳孔をなるべく傷害しないような注意が必要である.また,手術侵襲が強く,灌流量が多ければ,瞳孔の縮小率が大きくなる.なるべく器械の設定を低くして,タイトな創口で灌流液が漏出しないようにする.特に,手間取りそうな例では,滞留性の良い粘弾性物質を使用して,できるだけ虹彩の動揺を防ぐ.3.レンズ偏心・傾斜を起こさない屈折型多焦点レンズでは,偏心が大きいと遠見・中間距離視力が低下する.たとえばArray?では,偏心が0.7mm以上になると良好な視力が得られない.許容範(20)図6術前検査としての不正乱視トーメーのTopographicModelingSystem(TMS)では,角膜形状のFourier解析ができるので,不正乱視が強くないかどうかスクリーニングしておくとよい.この例は通常の検査では問題ないが,不正乱視がやや強いので,多焦点レンズには不適である.———————————————————————-Page5あたらしい眼科Vol.24,No.2,2007???囲は0.9mmまでと考えられる.通常の手術で,0.9mm以上の偏心を起こすことはまれであるが,それでも1~3%に起こる.傾斜すると高次収差が大きくなることが知られている.偏位が比較的軽度で視力低下をきたさない場合でも,コントラスト感度を低下させたり,単眼複視を起こしたりする可能性がある.治験の結果では,回折型多焦点レンズであるReSTOR?では偏心・傾斜量と全距離の視力に相関がなかった.すなわち,回折型レンズは偏位の影響を受けにくい.それでも大きく偏位した場合は,やはり視機能に影響を及ぼすはずである.そこで,回折型レンズでも,偏位を起こさない配慮が必要である.日本で市販されるReSTOR?は,シングルピースアクリソフ?になるので,術中の最後にレンズの中心固定を確認しておいたほうがよい.このように,多焦点レンズは偏位にも弱いので,レンズを偏位させない手術を心がける.たとえば,シングルピースアクリソフ?のように,支持部が軟らかいレンズでは,手術の最後にレンズを中央に戻しておいたほうが安全である.術中に破?やZinn小帯断裂などの?合併症が起こった場合は,多焦点レンズは挿入しないほうがよい.すでに僚眼に多焦点レンズを入れている場合でも,偏位した場合の視機能の悪化を考えると,単焦点レンズを挿入したほうがよい.?内偏位を起こしやすい落屑症候群,網膜色素変性,外傷,長眼軸長眼,閉塞隅角緑内障などは,最初から比較適応外と考えられる5).(21)おわりに多焦点レンズを挿入する場合の術前と手術時の注意点を述べた.多焦点レンズで十分な効果を得るためには,単焦点レンズ以上に,術前検査と手術の正確性が必要とされる.これらがうまくいかないと,多焦点効果が得られないだけでなく,単焦点レンズに比べ,むしろ視機能の劣化をまねきやすい.今後,それぞれの多焦点レンズが実際に市販されれば,どのような利点と欠点があるか明確になるはずである.その特徴をよく理解して,術前検査や手術を行う必要がある.文献1)HayashiK,HayashiH,NakaoFetal:In?uenceofastig-matismonmultifocalandmonofocalintraocularlenses.???????????????130:477-482,20002)HayashiK,HayashiH,NakaoFetal:Correlationbetweenpupillarysizeandintraocularlensdecentrationandvisualacuityofazona-progressivemultifocallensandamonofocallens.?????????????108:2011-2017,20013)KawamoritaT,UozatoH:Modulationtransferfunctionandpupilsizeinmultifocalandmonofocalintraocularlensesinvitro.???????????????????????31:2379-2385,20054)HayashiK,HayashiH:Pupilsizebeforeandafterphaco-emulsi?cationinnondiabeticanddiabeticpatients.????????????????????????30:2543-2550,20045)HayashiK,HirataA,HayashiH:Possiblepredisposingfactorsforin-the-bagandout-of-the-bagintraocularlensdislocationandoutcomesofintraocularlensexchangesur-gery.?????????????(inpress)