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悪性黒色腫治療中に生じたぶどう膜炎の1例

2020年2月29日 土曜日

《原著》あたらしい眼科37(2):235?238,2020c悪性黒色腫治療中に生じたぶどう膜炎の1例望月結希乃渡部大介静岡県立総合病院眼科ACaseofUveitisDuringMelanomaTreatmentYukinoMochizukiandDaisukeWatanabeDepartmentofOphthalmology,ShizuokaGeneralHospitalはじめにわが国における皮膚悪性黒色腫の罹患率は10万人あたり1?2人程度であり,比較的まれな悪性腫瘍である1).早期には単純切除が行われるが,切除不能な場合は,近年,免疫チェックポイント阻害薬や,分子標的薬を用いた新しい薬物療法が行われるようになった.そのなかの一つであるダブラフェニブ/トラメチニブ併用療法は,2種類の分子標的薬を組み合わせた,BRAF遺伝子変異陽性の切除不能な悪性黒色腫に対する治療法である.従来の抗癌剤治療と比較し生存期間は大幅に改善されたが,その一方で副作用として心障害や肝障害,深部静脈血栓症などが知られている.眼科領域の副作用としては,ぶどう膜炎や網膜静脈閉塞症が報告されている2).今回,ダブラフェニブ/トラメチニブ併用療法によるVogt-小柳-原田病(原田病)様のぶどう膜炎を認め,併用療法中止とステロイド療法により改善したが,その後併用療法再開に伴いぶどう膜炎が再燃した1例を経験したので報告する.〔別刷請求先〕望月結希乃:〒420-8527静岡市葵区北安東4-27-1静岡県立総合病院眼科Reprintrequests:YukinoMochizuki,M.D.,DepartmentofOphthalmology,ShizuokaGeneralHospital,4-27-1Kita-ando,Aoi-ku,Shizuoka-City420-8527,JAPANI症例患者:64歳,女性.主訴:両眼飛蚊症,霧視.既往歴:皮膚悪性黒色腫.現病歴:平成26年7月に右大腿内側の腫瘤で近医皮膚科を受診した.市内の総合病院皮膚科へ紹介され,11月に切除術を施行,悪性黒色腫と診断された.平成28年1月に再発および多発転移を指摘され化学療法目的で当院皮膚科へ紹介された.BRAF遺伝子変異の有無について検査した結果,陽性であることが判明した.当院皮膚科では同年3月からベムラフェニブを投与したものの,皮膚障害が出現し,治療意欲の減退により中止した.8月からはニボルマブを投与したが,原発巣の増大を認めたため,11月からダブラフェニブ300mg/日とトラメチニブ2mg/日の併用療法を開始した.平成29年1月から両眼の飛蚊症,および2月から霧視を自覚し近医眼科を受診した.両ぶどう膜炎を指摘され,同年3月6日当科に紹介された.初診時所見:視力は右眼0.03(0.2×sph+4.75D(cyl?0.5DAx40°),左眼0.04(0.4×sph+4.75D)であった.両眼に豚脂様角膜後面沈着物,前房細胞,浅前房など前部ぶどう膜炎の所見を認めた.両眼の眼底には視神経乳頭の発赤および多胞性漿液性網膜?離を認めた(図1).光干渉断層計検査では両眼の黄斑部に隔壁を伴う漿液性網膜?離と脈絡膜肥厚,脈絡膜の波打ち所見を認めた(図2).同日施行したフルオレセイン蛍光眼底造影検査では,視神経乳頭からの色素漏出や網膜下の多胞性の蛍光色素の貯留が認められた(図3).経過:所見から原田病を疑い,採血や髄液検査を施行したものの,異常所見は認められなかった.しかし,臨床的には原田病の可能性が高いと考え,同日プレドニゾロン200mg/日から点滴投与を開始した.翌日,皮膚科ではダブラフェニブ/トラメチニブ併用療法によるぶどう膜炎と判断され,併用療法を中止した.当科ではプレドニゾロン点滴を200mg/日を2日間,150mg/日を2日間,100mg/日を2日間施行し,その後はプレドニン内服60mg/日より内服漸減療法を開始した.治療経過は順調であり,漿液性網膜?離や脈絡膜肥厚などの所見は消失,視力は右眼0.2(0.9×sph+2.0D),左眼0.2(1.0×sph+3.0D)まで改善した.経過改善のため,皮膚科ではダブラフェニブ/トラメチニブ併用療法を再開する方針となり,ダブラフェニブ150mg/日,トラメチニブ1mg/日に減量し再開となった.しかし,5月31日には視力は右眼0.15(1.2×sph+3.0D),左眼0.3(1.0×sph+3.5D)と良好で,自覚症状はないものの,両眼に角膜後面沈着物,前房細胞が出現し,脈絡膜の肥厚・波打ち所見(図4),左眼に漿液性網膜?離が出現した.当科では,自覚症状がないもののぶどう膜炎の再燃と考え,プレドニゾロン20mg/日を継続し,経過をみる方針としたが,皮膚科の判断でダブラフェニブ/トラメチニブ併用療法は中止となった.6月14日,脈絡膜の肥厚,波打ち所見と漿液性網膜?離は消失した.その後,腫瘍の肝転移を認め病勢が進行したた右眼左眼図1初診時の眼底写真両眼に漿液性網膜?離と視神経乳頭の発赤,腫脹を認める.右眼左眼図2初診時の光干渉断層像(黄斑部)両眼の脈絡膜の肥厚と波打ち所見を認める.また,隔壁を伴う漿液性網膜?離を認める.右眼左眼図3初診時のフルオレセイン蛍光眼底造影の後期両眼とも神経乳頭からの蛍光漏出を認め,網膜には多房性に蛍光色素が貯留している.右眼左眼図4ダブラフェニブ/トラメチニブ再開後の光干渉断層像(黄斑部)両眼に脈絡膜の肥厚,波打ち所見を認める.め,皮膚科ではダブラフェニブ/トラメチニブ併用療法の再開を検討した.7月12日,腫瘍の小腸転移と急速な肝転移の増大を認めたため,皮膚科へ緊急入院しダブラフェニブ200mg/日,トラメチニブ1.5mg/日として併用療法を再開し,プレドニゾロン60mg/日の点滴投与が開始された.7月13日,小腸穿孔が指摘されたため併用療法を中止し,外科で小腸切除術を施行した.その後ぶどう膜炎の再発は認めなかったが,全身状態が悪化し,8月3日に死亡した.II考按ダブラフェニブ/トラメチニブ併用療法は,腫瘍増殖にかかわるRAS-RAF-MEK-ERKシグナル伝達経路のセリン・トレオニンキナーゼファミリーのBRAFおよびMEKをそれぞれ阻害する働きをもつ分子標的薬を組み合わせた治療法である.副作用としてぶどう膜炎があるが,その形態は前眼部ぶどう膜炎,後眼部ぶどう膜炎,あるいは汎ぶどう膜炎というように,さまざまである.また既報では,BRAF阻害薬単独,あるいはMEK阻害薬単独でぶどう膜炎が起きた症例もある3?5).以上から,実際のメカニズムは不明であるが,眼内でこのシグナル伝達経路が阻害されると,ぶどう膜炎を発症する可能性がある.治療方法も報告によりさまざまである.併用療法は多くの症例で中止されており,ステロイド療法に関しては点眼のみ,内服のみ,ステロイドTenon?下注射と点眼を組み合わせた例,また本症例のように点滴および内服漸減療法を行った例のほか,ステロイドを使用せずに改善した例もある3,4,6?9).また,併用療法の再開に関しては,本症例のように再開すると,ぶどう膜炎再燃をみた例10)もあれば,再燃せずに併用療法を継続できた例5,7,8)もある.ダブラフェニブ/トラメチニブ併用療法は,もともとは切除不能な悪性黒色腫が適応疾患であったが,平成30年3月に切除不能な非小細胞肺癌に対する化学療法,8月にBRAF遺伝子変異陽性の悪性黒色腫の外科的手術後の補助化学療法として適応が拡大された.今後も適応疾患が拡大していく可能性があり,眼科医が診察する機会が増えると考えられる.併用療法によるぶどう膜炎に対しては,主科と連携を取り,併用療法の中止やステロイド療法を検討する必要がある.以上,ダブラフェニブ/トラメチニブ併用療法を行っている患者では,ぶどう膜炎を起こす可能性があり,ぶどう膜炎を発症し併用療法を中止した場合の併用療法再開にあたっては,症状再燃の可能性があり定期診察が必要である.文献1)宇原久:メラノーマの新しい治療とがん免疫療法の新展開.信州医誌64:63-73,20162)WelshSJ,CorriePG:ManagementofBRAFandMEKinhibitortoxicitiesinpatientswithmetastaticmelanoma.TherAdvMedOncol7:122-136,20153)DraganovaD,KergerJ,CaspersLetal:Severebilateralpanuveitisduringmelanomatreatmentbydabrafenibandtrametinib.JOphthalmicIn?ammInfect5:17,20154)McCannelTA,ChmielowskiB,FinnRSetal:BilateralsubfovealneurosensoryretinaldetachmentassociatedwithMEKinhibitoruseformetastaticcancer.JAMAOph-thalmol132:1005-1009,20145)GuedjM,QueantA,Funck-BrentanoEetal:Uveitisinpatientswithlate-stagecutaneousmelanomatreatedwithvemurafenib.JAMAOphthalmol132:1421-1425,20146)JoshiL,KarydisA,GemenetziMetal:UveitisasaresultofMAPkinasepathwayinhibition.CaseRepOphthalmol4:279-282,20137)LimJ,LomaxAJ,McNeilCetal:Uveitisandpapillitisinthesettingofdabrafenibandtrametinibtherapyformeta-staticmelanoma:Acasereport.OculImmunolIn?amm26:628-631,20188)SarnyS,NeumayerM,Ko?erJetal:Oculartoxicityduetotrametinibanddabrafenib.BMCOphthalmol17:146,20179)Rueda-RuedaT,Sanchez-VicenteJL,Moruno-RodriguezAetal:Uveitisandserousretinaldetachmentsecondarytosystemicdabrafenibandtrametinib.ArchSocEspOftal-mol93:458-462,201810)NiroA,StrippoliS,AlessioGetal:Oculartoxicityinmetastaticmelanomapatientstreatedwithmitogen-acti-vatedproteinkinasekinaseinhibitors:Acaseseries.AmJOphthalmol160:959-967,2015◆**

非感染性ぶどう膜炎に対するアダリムマブの治療効果と安全性

2019年9月30日 月曜日

《原著》あたらしい眼科36(9):1198.1203,2019c非感染性ぶどう膜炎に対するアダリムマブの治療効果と安全性青木崇倫*1,2永田健児*1関山有紀*1中野由起子*1中井浩子*1,3外園千恵*1*1京都府立医科大学眼科学教室*2京都府立医科大学附属北部医療センター病院*3京都市立病院CE.cacyandSafetyofAdalimumabfortheTreatmentofRefractoryNoninfectiousUveitisTakanoriAoki1,2),KenjiNagata1),YukiSekiyama1),YukikoNakano1),HirokoNakai1,3)andChieSotozono1)1)DepartmentofOphthalmology,KyotoPrefecturalUniversityofMedicine,2)DepartmentofOphthalmology,NorthMedicalCenter,KyotoPrefecturalUniversityofMedicine,3)KyotoCityHospitalC目的:アダリムマブ(ADA)を導入した非感染性ぶどう膜炎の有効性と安全性の検討.対象および方法:京都府立医科大学附属病院でC2018年C6月までにCADAを導入したぶどう膜炎患者(男性C7例,女性C3例)を対象に,臨床像,ADA導入前後の治療内容,治療効果,副作用を検討した.結果:症例の平均年齢C48.2歳(10.75歳),平均観察期間19.4カ月,臨床診断はCBehcet病(BD)7例,Vogt-小柳-原田病(VKH)3例であった.導入理由はインフリキシマブ(IFX)から変更がC6例,免疫抑制薬の副作用がC1例,ステロイド・免疫抑制薬で難治がC3例であった.BDの眼炎症の発作頻度はCADA導入前の平均発作回数C4.8回/年で,導入後はC1.4回/年に減少した.VKHでは,ADA導入前の平均ステロイド量C9.8Cmgから,最終時C7.2Cmgに漸減できた.ADA導入後にCVKH再燃を認め,ステロイドを増量した例がC1例あった.また,BDのうち,1例が注射時反応,1例が効果不十分でCADA中断となった.結論:BDではCADAはCIFXと同等以上の効果が期待でき,VKHの再燃例では,ADA追加のみでは効果不十分でステロイドの増量が必要な場合があった.CPurpose:Toevaluatethee.cacyandsafetyofadalimumab(ADA)ineyeswithrefractorynoninfectiousuve-itis.PatientsandMethods:Thisretrospectivecaseseriesstudyinvolved10refractoryuveitispatients(7males,3females;meanage:48.2years)treatedCwithCADACatCKyotoCPrefecturalCUniversityCofCMedicineCuntilCJuneC2018,Cwithameanfollow-upperiodof19.4months.Results:DiagnosesincludedBehcet’sdisease(BD:7patients)andVogt-Koyanagi-Haradadisease(VKH:3patients);reasonsCforCadministrationCwereCswitchingCfromCin.iximab(IFX)toADA(n=6),Cimmunosuppressantside-e.ects(n=1),CandCinsu.cientCe.ectCofCbothCsteroidCandCimmuno-suppressant(n=3).ADAreducedthefrequencyofocularattacksinBDfrom4.8/yearto1.4/year,andoral-ste-roidCamountCinCVHKCfromC9.8CmgCtoC7.2Cmg.CTwoCBDCpatientsCdiscontinuedCADACdueCtoCallergyCandCinsu.cientCe.ect.Conclusions:InBD,ADAwasprobablyofequivalentorgreatere.ectthanIFX.InVKH,ADAalonewasofinsu.ciente.ect.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)36(9):1198.1203,C2019〕Keywords:アダリムマブ,ベーチェット病,Vogt-小柳-原田病,インフリキシマブ,ぶどう膜炎.adalimumab,CBehcet’sdisease,Vogt-Koyanagi-Haradadisease,in.iximab,uveitis.Cはじめに非感染性ぶどう膜炎に対する治療は,局所・全身ステロイドが中心であり,難治例には免疫抑制薬のシクロスポリン(cyclosporine:CsA)が使用可能である.2007年C1月よりベーチェット病(Behcet’sdisease:BD)に対して,生物学的製剤である腫瘍壊死因子(tumorCnecrosisCfactorCa:CTNFa)阻害薬のインフリキシマブ(in.iximab:IFX)が保険適用となり,既存治療に抵抗を示す難治性CBDの有効性が示された1).さらにC2016年C9月には非感染性ぶどう膜炎に対して,完全ヒト型CTNFa阻害薬であるアダリムマブ(adali-〔別刷請求先〕青木崇倫:〒629-2261京都府与謝郡与謝野町男山C481京都府立医科大学附属北部医療センター病院Reprintrequests:TakanoriAoki,M.D.,DepartmentofOphthalmology,NorthMedicalCenter,KyotoPrefecturalUniversityofMedicine,YosagunYosanochoOtokoyama481,Kyoto629-2261,JAPANC1198(96)mumab:ADA)が保険適用となった.ステロイドや免疫抑制薬で抵抗を示す症例,さまざまな副作用で継続できない症例などの難治性非感染性ぶどう膜炎に対して,ADAの使用が可能になった.また,BDでもCIFXの使用できない症例やIFXの効果が減弱(二次無効)する症例などに対してCADAへの変更が可能となり,治療の選択肢が増えた.ADAは皮下注射のため,自宅での自己注射により病院拘束時間が短いことも有用な点である.これらのCIFXやCADAの眼科分野での生物学的製剤の認可により,難治性ぶどう膜炎に対して治療の選択肢が広がったが,新たな治療薬として実臨床での適応症例や,使用方法,効果,安全性の検討が必要である.そこで,京都府立医科大学附属病院(以下,当院)で経験したCADAの使用症例とその効果や安全性について検討した.CI対象および方法当院で,ADA導入した難治性ぶどう膜炎患者C10例(男性7例,女性C3例,導入時平均年C48.2C±19.6歳)を対象とし,ADAの有効性,安全性について,京都府立医科大学医学倫理審査委員会の承認を得てレトロスペクティブに検討した.ADA導入後の平均観察期間はC19.4C±18.5カ月(4.53カ月)であった.原疾患の診断はCBDがC7例C14眼,Vogt-小柳-原田病(Vogt-Koyanagi-Haradadisease:VKH)がC3例C6眼であった.BDは厚生労働省CBD診断基準2)に基づき,完全型,不全型および特殊型CBDの確定診断を行った.VKHでは国際CVKH病診断基準3)に基づき,確定診断を行った.ADAは添付文書の記載に従って(腸管CBD:初回C160Cmg投与,初回投与からC2週間後C80Cmg,その後はC2週間隔C40mg投与,難治性ぶどう膜炎:初回C80Cmg投与,初回投与からC1週間後C40Cmg,その後はC2週間隔C40Cmg投与,小児:初回C40Cmg投与,初回投与よりC2間間隔C40Cmg投与)投与した.また,ADAの導入にあたり当院膠原病・リウマチアPSL)投与量(ADA導入前の最小CPSL量,最終観察時CPSL量)を調べた.治療の効果判定は有効,無効・中断,経過観察中にC3分類し,有効は眼所見の改善や薬剤の減量ができた症例で,無効・中断は眼所見の改善が認められなかった症例や治療継続困難となった症例,経過観察中はCADA導入開始後C6カ月以内の症例とした.また,統計方法はすべてCStu-dentのCt検定を用い,p<0.05を有意差ありとして比較を行った.CII結果全症例の年齢,性別,ADA導入理由,観察期間を表1に示した.ADA導入理由はCBDではCIFXからの変更がC6例(2例:IFXの投与時反応で中断例,2例:IFXの二次無効例,1例:IFXでコントロール困難例,1例:IFXの中断後再燃例),免疫抑制薬の副作用で継続困難な症例がC1例であった.BDは完全型BDが2例,不全型BDが3例,特殊型BDが2例(腸管CBD併発C2例)であった.小児の不全型CBD1例は,脊椎関節炎を併発しており,両疾患に対してCADAを導入した.特殊型CBD2例のうちC1例は腸管CBDの治療目的にCADA導入し,1例はぶどう膜炎の治療目的にCADAを導入した.VKHのCADA導入理由はすべて,ステロイドおよび免疫抑制薬でコントロール困難な症例であった.最良矯正視力は,ADA導入前平均視力はClogMARC0.27±0.46であったが,ADA導入後の最終平均視力ClogMAR0.26C±0.47となり,導入前後で有意差を認めなかった(p=0.93)(図1).疾患別の効果について,BDの症例は表2に,VKHの症例は表3にそれぞれまとめた.中断・無効を除いた症例でのCBDの発作頻度は,ADA導レルギー科,小児科または消化器内科(腸管CBD症例)との連携の下で行った.全症例において,ADA導入理由と,ADA導入前後の最良矯正視力,併用薬剤,効果判定,全身副作用の有無に関して調査した.また,BDではCADA導入前後の眼炎症発作回数,眼炎症発作の重症度について調べた.重症度に関しては,ADA導入前後の眼炎症発作のなかでもっとも重症であった眼炎症発作について,発作部位を前眼部炎症,硝子体混ADA導入後の最良矯正視力濁,網膜病変に分けて評価し,網膜病変は血管炎,.胞様黄斑浮腫(cystoidmacularedema:CME),硝子体出血(vitre-oushemorrhage:VH)を調べた.また,蕪城らによって報告されたスコア法(Behcet’sdiseaseocularattackscore24:BOS24)4)でCADA導入前C6カ月から導入まで,ADA導入から導入後C6カ月まで,ADA導入C7.12カ月までの積算スコアで評価した.VKHではプレドニゾロン(prednisolone:0.010.11ADA導入前の最良矯正視力:Behcet病:Vogt-小柳-原田病図1アダリムマブ(ADA)導入前後の視力変化縦軸にCADA導入後の最良矯正視力,横軸にCADA導入後の最良矯正視力を示す.ADA導入前後では有意差を認めなかった(p=0.93).表1全症例ADA導入時観察期間症例年齢(歳)性別疾患名ADA導入理由(月)1C65男特殊型CBD(腸管CBD併発)IFX二次無効(腸管BD)C53C2C51女特殊型CBD(腸管CBD併発)IFX投与時反応C52C3C10男不全型CBD(脊椎関節炎併発)IFXコントロール困難C3C4C31男完全型CBDIFX二次無効C30C5C46女不全型CBDIFX中断後再燃C0.5C6C32男不全型CBDIFX投与時反応C11C7C39男完全型CBD免疫抑制剤の副作用C8C8C61女CVKHステロイド・免疫抑制薬でコントロール困難C19C9C72男CVKHステロイド・免疫抑制薬でコントロール困難C13C10C75男CVKHステロイド・免疫抑制薬でコントロール困難C4BD:BehcetC’sdisease(ベーチェット病),VKH:Vogt-Koyanagi-Haradadisease(フォークト-小柳-原田病),IFX:in.iximab(インフリキシマブ).表2Behcet病の症例ADA導入前ADA導入後症例発作頻度前眼部炎症硝子体混濁網膜病変発作頻度前眼部炎症硝子体混濁網膜病変C併用薬剤効果11回/年+..0回/年C…なし有効C24回/年++CME2.6回/年++.コルヒチン,MTX有効C32回/年++CME,VH中止++CME,VHCMTX,PSL無効・中断C410回/年++.2.5回/年++.MTX,PSL有効C51回/年++CME中止++CMECMTX無効・中断C65回/年++網膜血管炎1.8回/年++.CsA有効C74回/年++.0回/年C…なし有効CME:.胞様黄斑浮腫,VH:硝子体出血,MTX:メトトレキサート,PSL:プレドニゾロン,CsA:シクロスポリン.表3Vogt.小柳.原田病の症例症例ADA導入前PSL投与量(mg)CsA投与量(mg)ADA導入後最終CPSL投与量(mg)C効果判定8C7.5C150C4有効C9C7C150C0有効C10C15C100C17.5経過観察中PSL:プレドニゾロン,CsA:シクロスポリン.入前の平均発作回数がC4.8C±2.9回/年から,ADA導入後の平均発作回数はC1.4C±1.2回/年に減少した(p=0.06).眼炎症の重症度では,BOS24でCADA導入前C6カ月から導入までの積算スコアは平均C8.0C±4.7,ADA導入から導入後C6カ月までの積算スコアは平均C2.4C±3.2,ADA導入後7.12カ月までの積算スコアは平均C2.2C±2.4であり,導入前に比べて,導入後の積算スコアは優位に低値を示した(p=0.02,0.03)(図2).効果判定は,有効C5例,中断・無効C2例であり,中断・無効のうち,症例C3はCIFXとメトトレキサート(methotrexate:MTX)治療に加えて,眼炎症発作時にCPSL頓用を行っていたが,CMEとCVHを伴うような眼炎症の発作を認めたためにCADA導入となった.ADA導入後もCCMEの改善がなく,VHの悪化を認め,関節症状も考慮してインターロイキンC6受容体阻害薬であるトシリズマブ(tocilizum-ab:TCZ)に変更となった.症例C5はCADAの投与時反応にて中断となり,IFXに変更になった.以下にCBDの代表症例を示す.〔BDの代表症例:症例4〕31歳,男性.2010年にCBDを発症しコルヒチンを投与したが,強い硝子体混濁を伴うような眼炎症発作を起こしたためにC2011年よりCIFXを導入した.IFXの導入後も発作回数が頻回なために,IFXの投与量や投与間隔を変更し,併用薬剤にCCsAとCMTXを追加するなどを試みた.薬剤変更により最初は発作回数の軽減はあったが,徐々に効果がなくなり,IFXのC6週間隔投与とコルヒチン,MTXを併用したが,眼炎症発作回数がC10回/年であったためにCADAの導入となった(図3).ADAの導入後は眼炎症発作回数がC1.8回/年に減少した.VKHではCADA導入前にもっとも少なかったときのCPSLの平均投与量がC9.8C±3.7Cmgであり,最終受診時のCPSLの平均投与量C7.2C±7.5Cmgであった(p=0.67).2例でPSL量の減量を認め,1例はCADA導入後にCPSL漸減中に再燃を認めたために現在CPSLを増量している.また,当院ではCADA導入後は全例でCCsA内服を中止している.以下にCVKHの代表症例を示す.〔VKHの代表症例:症例8〕61歳,女性.2016年にCVKHを発症(図4a)し,ステロイドパルス療法(メチルプレドニゾロンC1,000Cmg点滴静注,3日間)をC2クール行った.炎症の残存を認めたためにトリアムシノロンTenon.下注射(sub-Tenon’striamcinoloneacetonideinjec-tion:STTA)を併用しながら,初期投与量のCPSL60CmgからCPSL15Cmgまで漸減したが,再燃を認めた.PSLを増量し,CsAとCSTTAを併用しながら,PSL10Cmgまで漸減したが,再燃を認めた.そこでCPSL量は維持のまま,ADAを導入したが,光干渉断層計(OCT)で網膜色素上皮ラインの波打ち像を認めたためにCPSL30Cmgまでいったん増量し改善を得た.その後,ステロイドを漸減し,現在CPSL4Cmgまで減量できており,再燃は認めていない(図4b).ADA投与に伴う副作用はC10例中C5例に認めた.2例で注射部位反応,2例で咽頭炎,2例で肝酵素上昇,1例でCCRP・赤沈上昇,1例で乾癬様皮疹,1例で好酸球高値を認めた(重複あり).症例C5では,IFX投与が挙児希望のため中断となったが,中断後にCCMEを認め,通院の関係からCADAでのTNF阻害薬の再開となった.初回・2回目のCADA投与で注射部位反応を認め,2回目の注射後に注射部位の発赤がC7cm程度まで拡大し,注射部位以外の発疹や口唇浮腫も認めたために中止となった.CIII考按今回,既存治療でコントロール困難な難治性非感染性ぶどう膜炎に対し,当院でCADAを導入した各疾患における効果判定と安全性の結果を検討した.海外の報告においては,さまざまな難治性ぶどう膜炎に対するCADA導入の有用性が示されている5,6).また,国内でもCADAの認可に伴い,小野らC18*16*1412BOS241086420ADA導入ADA導入後ADA導入後6カ月前~導入0~6カ月7~12カ月図2BS24(Behcet'sdiseaseocularattackscore244))の経過BOS24でCADA導入前C6カ月から導入までの積算スコアは平均C8.0C±4.7,ADA導入から導入後C6カ月までの積算スコアは平均C2.4C±3.2,ADA導入C7.12カ月までの積算スコアは平均C2.2C±2.4であった(*p<0.05).図3症例4(31歳,男性,Behcet病)アダリムマブ(ADA)導入前には発作を繰り返しており,前眼部に前房蓄膿と虹彩後癒着を伴う強い炎症を認め(a),びまん性の硝子体混濁,網膜血管炎,滲出斑を認めた(Cb).ADA導入後は新規病変を認めず,硝子体混濁は改善した.図4症例8(61歳,女性,Vogt.小柳.原田病)Ca:初診時COCT.両眼眼底に隔壁を伴う漿液性網膜.離と脈絡膜の肥厚,網膜色素上皮ラインの不整を認めた.Cb:ADA導入後のCOCT.ADA導入後,脈絡膜の肥厚は認めるが,漿液性網膜.離や網膜色素上皮不整の改善を認めた.が難治性ぶどう膜炎に対する短期の使用経験と有用性を示している7).疾患別にみると,難治性CBDに対しては,国内では先に認可されたCIFXが主流であるが,海外では生物学的製剤(IFX,ADA)の報告が多数なされている8).ValletらはCBDに対して,IFXまたはCADA投与によりC91%で完全寛解/部分寛解を認め,IFXとCADAで同様の有効性であったと報告している9).また,IFXの継続困難や二次無効の症例のCADAへの変更は有用性を示されている10,11).当院の症例では,IFXからCADAへの変更がC6例あり,1例が新規導入であった.既報と同様にCIFXでの継続困難の症例や二次無効の症例においてもCADA変更後は改善を示していた.また,ADA新規導入例もCADA導入後は眼炎症発作を認めておらず,IFXと同様の効果を期待ができると考えられた.BDに対して生物学的製剤導入の際にCADAは選択肢の一つとして非常に有用であり,また,IFXによる眼炎症コントロール不良例ではCADAへの変更も考慮に入れるべきである.ADAは自己注射で行えるために,病院拘束時間が短くなることも注目すべき点であり,若年男性に重症例の多いCBDにおいては治療選択における根拠の一つとなると考えられる.Deitchらは免疫抑制療法でコントロールできない小児の難治性非感染性ぶどう膜炎におけるCIFXとCADAの有効性を報告している12).当院では症例C3が小児ぶどう膜炎(BD)のCADA導入例であったが,IFX,ADAで効果がなく,TCZに変更になった.今回のようにCIFXやCADAで効果がない場合にCTNFではなくCIL-6をターゲットとする生物学的製剤が有効な症例もある13).VKHに関して,Coutoらはステロイド,免疫抑制薬でコントロール困難なCVKHにCADA追加によりステロイドの減量または離脱が可能であったと報告している14).当院でのVKHの治療方針として,ステロイドパルス療法後にCPSL内服(1Cmg/kg/日,またはC60Cmg/日の低い用量から開始)を漸減し,再燃を認める場合にはCPSLの増量とCCsA併用を行い,症例によっては年齢や全身状態などを考慮してCSTTAの併用を行っている.さらにCPSLとCCsA併用で再燃を認めたCVKHに対してCADAの導入を検討し,ADA導入後はCsAを終了している.今回CADA導入したC3例はすべて,症例C8のようにCCsA併用でCPSL投与量漸減中に再燃を認めた症例である.症例C8はCPSL投与量を維持したままCADAを追加したが,再燃を認めたため,PSLを増量した経緯から,症例C9と症例C10ではCADA導入前にCPSLの増量も行った.この結果から,VKHではCADA投与だけでは炎症のコントロールができない可能性があり,ADA導入とともにPSLの増量を考慮する必要があると考えられた.添付文書より,ADAの副作用は国内臨床試験で全体の82.9%に認められ,当院ではC5例(50%)に注射時反応を認めた.当院では症例C5は,ADAのみに強い投与時反応を認め,IFXに変更になった.一般的にCIFXがマウス蛋白とのキメラ型であるに対して,ADAは完全ヒト型のために,IFXのほうがアレルギー反応多いとされているが,ADAでも強いアレルギー反応を認める症例があり,注意が必要である.ADAの登場により難治性ぶどう膜炎に生物学的製剤を使用することが可能になった.当院でも既存治療で難治例に対して使用し,BDでは中断例以外は非常に有効であり,VKHに関しても有効であると考えられた.ADAは国内で認可されてから日が浅いために,疾患別の有効性,導入時期,併用PSLの漸減方法などが不明確である.また,今後導入した症例に対しては,中止するタイミングの検討も必要となる.当院でのCADAは症例数もまだ少なく,今後症例を増やしてADAの適切な治療の検討が必要である.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)TakeuchiM,KezukaT,SugitaSetal:Evaluationofthelong-termCe.cacyCandCsafetyCofCin.iximabCtreatmentCforCuveitisCinCBehcet’sdisease:aCmulticenterCstudy.COphthal-mologyC121:1877-1884,C20142)厚生労働省べ一チェット病診断基準:http://www.nanbyou.Cor.jp/upload_.les/Bechet2014_1,20143)ReadCRW,CHollandCGN,CRaoCNACetal:RevisedCdiagnosticCcriteriaCforCVogt-Koyanagi-Haradadisease:reportCofCanCinternationalCcommitteeConCnomenclatu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日本人の眼サルコイドーシスの診断におけるぶどう膜炎診断支援システムの有用性

2019年5月31日 金曜日

《第52回日本眼炎症学会原著》あたらしい眼科36(5):680.683,2019c日本人の眼サルコイドーシスの診断におけるぶどう膜炎診断支援システムの有用性村田敏彦高山圭佐藤智人神田貴之竹内大防衛医科大学校眼科学教室CUsabilityofUveitis-softwareforJapaneseOcularSarcoidosisToshihikoMurata,KeiTakayama,TomohitoSato,TakayukiKandaandMasaruTakeuchiCDepartmentofOphthalmology,NationalDefenseMedicalCollegeC目的:わが国の眼サルコイドーシスに対するぶどう膜炎診断支援システム(UvemasterR)の有用性を検討した.対象および方法:2015年C1月.2018年C1月に,防衛医大病院眼科を受診し眼サルコイドーシスと診断された連続症例20例(男性C7例,平均年齢C56.5±18.2歳)を対象とした.初診時の眼所見と全身所見,ステロイド治療C1カ月後の反応性を入力し,診断合致率と疾患順位を解析した.結果:初診時の眼所見だけ入力した場合の鑑別診断は眼サルコイドーシスがC20例中C6例,内因性眼内炎C7例,中間部ぶどう膜炎C3例,その他C4例であり,全身所見も入力すると,眼サルコイドーシスがC20例中C11例,内因性眼内炎C4例,多発性硬化症C2例,その他C3例であった.局所ステロイド点眼治療C1カ月後の反応性を追加入力すると,眼サルコイドーシスの診断がC20例中C16例に上昇した.結論:眼サルコイドーシスを初診時所見からCUvemasterRで診断することは困難であり,現時点でのわが国での同アプリケーションの臨床使用はむずかしいと考えられる.CPurpose:ToexaminethediagnosticaccuracyandperformanceofUvemasterRCfordiagnosingocularsarcoid-osisCinCJapaneseCpatients.CMethods:ClinicalCrecordsCofC20consecutiveCJapaneseCpatientsCwithCocularCsarcoidosisCwereCretrospectivelyCreviewed.CClinicalCsignsCandCgeneralCconditionsCatCtheCinitialCpresentations,CandCreactivityCtoCcorticosteroidCtreatmentCafterC1monthCwereCinputCandCdiagnosticCaccuracyCandCperformanceCwereCevaluated.CResults:Onthebasisofclinicalsignsandgeneralconditionsatinitialpresentation,11(55%)patientswerediag-nosedCasCocularCsarcoidosis,CfollowedCbyCendophthalmitisCinC4patientsCandCmultipleCsclerosisCinC3patients.CAfterCadditionalinputofcorticosteroidreaction,16(80%)patientswerediagnosedasocularsarcoidosis,whichrankedinthetopthreedi.erentialdiagnosesofallenrolledpatients.Conclusion:Itwasdi.culttodiagnoseocularsarcoid-osiswithUvemasterRCbasedonC.ndingsatinitialpresentation.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)36(5):680.683,C2019〕Keywords:眼サルコイドーシス,ぶどう膜炎,診断,診断支援システム.ocularsarcoidosis,uveitis,diagnosis,di-agnosissupportsystem.Cはじめにぶどう膜炎の原因はさまざまであるが,病態および臨床所見から肉芽腫性ぶどう膜炎と非肉芽腫性ぶどう膜炎に大別される.新しい検査法,検査手技の確立,発展,および診断基準の策定により1.4),分類不明ぶどう膜炎の割合は減少傾向にあるが5),現在でも特発性・原因不明のぶどう膜炎が全体の約C30%を占めている6).多彩な臨床症状を呈するぶどう膜炎の診断には豊富な知識を有する熟練したぶどう膜炎専門医が必要であり7),専門としない眼科医でも使用できる簡易的な診断方法の確立が望まれている.近年,所見を入力することでぶどう膜炎の鑑別診断の補助となるアプリケーション(UvemasterR)が開発された8).性別および年齢と,眼所見・全身所見の合計C76個の内から認められた所見を入力することで,原因として考えられる疾患〔別刷請求先〕高山圭:〒359-8513埼玉県所沢市並木C3-2防衛医科大学校眼科医局Reprintrequests:KeiTakayama,M.D.,Ph.D.,DepartmentofOphthalmology,NationalDefenseMedicalCollege,3-2Namiki,Tokorozawa,Saitama359-8513,JAPANC680(110)を臨床所見の合致率の高い順に鑑別順位として呈示するアプリケーションであり,欧米においてその高い的中率が報告された8).しかしながら,同アプリケーションがわが国のぶどう膜炎鑑別に有用であるかは不明である.2009年にCInternationalCWorkshopCofCOcularCSarcoidosis(IWOS)により国際眼サルコイドーシス診断基準が策定された9).この診断基準には眼所見C7項目と全身検査所見C4項目の合計C11項目が規定され,生検結果と合わせて眼サルコイドーシスと診断される.わが国ではぶどう膜炎の原因疾患として眼サルコイドーシスが最多であるが,筆者らは発症年齢の高齢化により特徴的な眼および全身所見がみられなくなる傾向があり,現在の診断基準では診断に至らず,原因不明のぶどう膜炎として分類される症例が増加する可能性があることを以前に報告した10).今回,ぶどう膜炎診断支援アプリケーションであるCUvemasterCRが日本人の眼サルコイドーシスの診断に有用であるか否かについて検討した.CI対象および方法2015年C1月.2018年C1月に防衛医科大学校病院眼科(以下,当院)を受診し,国際眼サルコイドーシス診断基準にて眼サルコイドーシスと診断され,本研究の参加について同意が得られた未治療のC20歳以上の連続症例C20例(男性C7例,女性C13例,平均年齢C56.5C±18.2歳)を対象とした.その内訳は,de.niteがC2例,presumedがC6例,possibleがC7例,probableがC5例であった(表1).20歳未満,角膜疾患の既往,緑内障,落屑症候群,他のぶどう膜炎の既往,サルコイドーシス以外の全身性炎症疾患,悪性腫瘍,すでにステロイドまたは免疫抑制薬を内服している症例,ステロイド点眼で加療されている症例は除外した.初診時,ぶどう膜炎を専門とする熟練した眼科医C2名以上が診察し,両者によって認められた眼所見および,全身所見をCUvemasterCRに入力し,診断的中率と疾患順位を解析した.入力方法としては,UvemasterCRの入力項目である眼所見・全身所見C76項目についてそれぞれあり・なし・不明を選択して鑑別診断について解析した.また,ステロイド治療1カ月後の反応性を追加入力し,診断的中率と疾患順位が変化するかどうか評価した.CII結果代表症例を提示する.48歳,女性.3日前から両眼の羞明,右眼の視力低下を自覚し,近医受診.ぶどう膜炎の診断にて当院紹介となる.既往歴に特記すべき事項はなく,全身症状もみられなかった.初診時,矯正視力は右眼C0.6,左眼1.5,眼圧は右眼C20CmmHg,左眼C18CmmHg,前房フレア値は右眼C113Cph/ms,左眼C27Cph/msだった.豚脂様角膜後面沈着物,前房内浸潤細胞,虹彩後癒着,隅角肉芽種を右眼に表1対称群の患者背景性別男性7例女性13例年齢C56.5±18.2歳眼サルコイドーシスの診断De.nite2例CPresumed6例CPossible7例CProbable5例認め(図1a,b),左眼は前房内浸潤細胞のみであった.両眼の中間透光体に雪玉状硝子体混濁がみられ,左眼の眼底に結節性血管炎があった(図1c,d).全身検査所見として,ツベルクリン反応陰性,肺門部リンパ節腫脹あり,採血検査にてC反応性蛋白が亢進,血沈が上昇,アンギオテンシン転換酵素が高値,可溶性インターロイキン-2受容体が高値だった.これらの所見から,眼所見からCanterioruveitis,intermedi-ateuveitis,posterioruveitis,retinalvasculitis,acute,bilateral,granulomatous,synechiae,snowballsのC9項目を「あり」と入力,recurrent,blepharitis,stellatedCkeraticprecipitates,bandkeratopathy,hypopyon,hyphema,CpreviousCocularCsurgeryCortrauma,drugaddiction,a.er-entCpupillarydefectのC9項目を「なし」と入力し,その他58項目は「不明」とCUvemasterCRに入力したところ,鑑別診断順位としてC1位がCmultiplesclerosis(合致率C47.3%),2位がCsarcoidosis(合致率C46.4%),3位がCBehcetdisease(合致率C43.6%),4位がCtuberculosis(合致率C41.8%),5位がCIn.ammatoryCboweldisease(合致率C39.1%)であった.さらに,0.1%ベタメタゾン点眼治療で視力改善・炎症が鎮静化したので,ステロイド治療C1カ月後で改善したことを追加入力すると,鑑別診断ランキングでC1位Csarcoidosis(合致率50.0%),2位がCmultiplesclerosis(合致率C45.0%),3位がtuberculosis(合致率C44.2%),4位がCBehcetdisease(合致率C44.2%),5位がCin.ammatoryCboweldisease(合致率C41.7%)となった(表2).全C20例の初診時の眼所見だけ入力した場合,鑑別診断は内因性眼内炎C7例,眼サルコイドーシスC6例,中間部ぶどう膜炎C3例,その他C4例であった.全身所見を追加で入力した鑑別診断リストのC1位は眼サルコイドーシスがC11例,内因性眼内炎C4例,多発性硬化症C2例,非分類網膜血管炎C1例,急性網膜壊死C1例,非分類中間部ぶどう膜炎C1例であり,診断的中率はC55%であった.初診よりC1カ月でのステロイド加療に対する反応性を加えると,眼サルコイドーシスがC16例,内因性眼内炎,結核性ぶどう膜炎,多発性硬化症,非分類中間部ぶどう膜炎がそれぞれC1例ずつとなり,診断的中率はC80%となった(表3).また,治療反応性を追加入力すると全例で鑑別診断リストのC3位までに眼サルコイドーシスがcd図1眼サルコイドーシス代表症例右眼の前眼部細隙灯所見(Ca),隅角所見(Cb),右眼底写真(Cc),左眼底写真(Cd).右眼に豚脂様角膜後面沈着物(.),炎症細胞浸潤,虹彩後癒着(C.),隅角肉芽種(.)があった.また,両眼の中間透光体に雪玉状硝子体混濁(.)と結節性血管炎(.)があった.表2代表症例のUvemasterRによる鑑別診断順位と合致率初診時所見1カ月のステロイド反応性を追加1位多発性硬化症(4C7.3%)眼サルコイドーシス(5C0.0%)2位眼サルコイドーシス(4C6.4%)多発性硬化症(4C5.0%)3位Behcet病(4C3.6%)結核性ぶどう膜炎(4C4.2%)4位結核性ぶどう膜炎(4C1.8%)Behcet病(4C4.2%)5位炎症性腸疾患関連関節炎(3C9.1%)炎症性腸疾患関連関節炎(4C1.7%)表3UvemasterRによる20例の鑑別診断1位初診時眼所見のみ初診時眼所見と全身所見1カ月のステロイド反応性を追加内因性眼内炎7例眼サルコイドーシス11例眼サルコイドーシス16例眼サルコイドーシス6例内因性眼内炎4例結核性ぶどう膜炎1例非分類中間部ぶどう膜炎3例多発性硬化症2例多発性硬化症1例多発性硬化症2例急性網膜壊死1例内因性眼内炎1例猫ひっかき病1例非分類中間部ぶどう膜炎1例非分類中間部ぶどう膜炎1例急性網膜壊死1例非分類網膜血管炎1例含まれた.アプリケーションであるCUvemasterCRに入力し,その有用性を検討した.初診時の眼所見のみの入力では診断的中率はCIII考按30%でしかなく全身所見を追加すると診断的中率はC55%で今回,日本人の眼サルコイドーシス症例の所見を診断補助あったが,ステロイド治療への反応性を追加入力することで的中率はC80%に上昇し,全例で鑑別診断リストのC3位までに眼サルコイドーシスが含まれた.CUvemasterRはC2017年に発表された診断補助アプリケーションであり,AndroidCRで作動する機器なら使用可能で臨床診察の場面において手軽に使用できる8).ぶどう膜炎の原因となるC88疾患が疾患リストに登録され,それらC88疾患のC1993.2016年の論文で報告された臨床所見を解析した結果のC76項目が選択項目として設定されている.それぞれの臨床所見ごとにC88疾患それぞれへの特異度が設定され,所見すべての合計点数によって鑑別診断リストが作成される.しかしながら,登録されたC88疾患は製作者らの所属するスペインの大学病院でみられた疾患と欧米での大規模臨床研究から選択されたものであり,ぶどう膜炎の原因疾患の頻度は欧米ではC1位がヘルペス性ぶどう膜炎,2位がトキソプラスマ,3位がCBehcet病,4位がCHLA-B27関連ぶどう膜炎,5位が強直性脊椎炎であり11),わが国ではC1位が眼サルコイドーシス,2位がCVogt-Koyanagi-Harada病,3位が急性前部ぶどう膜炎,4位が強膜炎,5位がヘルペス虹彩毛様体炎6)と地域差・人種差があるうえに,birdshotretinochoroidopa-thy,serpiginousCchorioretinopathy,coccidioidomycosisといったわが国ではみられない地域特異的な疾患もある.また,本研究で対象疾患とした眼サルコイドーシスのCUve-masterRにおける診断基準はC2009年のCIWOSの国際眼サルコイドーシス診断基準の項目が用いられているが9),わが国のサルコイドーシス診断基準とは違いがある.IWOSの国際眼サルコイドーシス診断基準では病理検査結果,眼所見C7項目,全身検査所見C4項目から,わが国の眼サルコイドーシス診断では眼と他の臓器にサルコイドーシス病変を強く示唆する臨床所見があり,かつ全身反応を示す検査所見がC6項目中2項目以上を満たすとサルコイドーシスで眼所見ありとの診断となる.本研究では国際眼サルコイドーシスの基準を満たした症例を対象としたが,わが国での診断基準で診断された症例の場合の鑑別診断は不明である.このようなことから,UvemasterCRでの初診時所見による眼サルコイドーシスの診断率が高くなかったと考えられる.しかし,ステロイドへの治療反応性を追加入力すると的中率が向上し,初診時所見のみでは的中しなかった症例を含め全例で鑑別診断C3位までに眼サルコイドーシスが含まれた.この結果から,UvemasterCRによる眼サルコイドーシスの診断は初診時所見だけでは不十分であるが,ステロイドへの治療反応性を追加入力することにより,ある程度の有効性が示された.一方で,各症例ごとに全C76項目を入力するには平均15分を要し,時間的に余裕がない外来診療中に入力することは困難であることが予想される.本研究から,わが国における眼サルコイドーシス診断において,欧米で開発されたぶどう膜炎の補助診断アプリCUve-masterRの有用性は十分ではないと判断された.現時点でのわが国での同アプリケーションの臨床使用はむずかしく,わが国で適応するアプリケーションを作成するためには,さらに研究開発が必要であると思われる.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)竹内大:ぶどう膜炎における全身検査の意義.眼科C60:C237-241,C20182)蕪城俊克,岡田アナベルあやめ:眼炎症性疾患(ぶどう膜炎,強膜炎).あたらしい眼科35:63-68,C20183)竹内正樹,水木信久:ゲノムから迫るぶどう膜炎の発症メカニズム.あたらしい眼科34:945-951,C20174)蕪城俊克:【眼科基本検査パーフェクトガイド─理論と実技のすべてがわかる】検査の診断・治療への活用法ぶどう膜炎の診断・治療に関する検査.臨眼71:294-302,C20175)宮永将,高瀬博,川口龍史ほか:東京医科歯科大学眼科におけるぶどう膜炎臨床統計1998年.2001年とC2007年.2011年の比較.日眼会誌119:678-685,C20156)OhguroN,SonodaKH,TakeuchiMetal:The2009pro-spectiveCmulti-centerCepidemiologicCsurveyCofCuveitisCinCJapan.JpnJOphthalmolC56:432-435,C20127)蕪城俊克:ぶどう膜炎.RetinaMedicine5:163-168,C20168)Gegundez-FernandezCJA,CFernandez-VigoCJI,CDiaz-ValleCDCetal:Uvemaster:ACmobileCapp-basedCdecisionCsup-portCsystemCforCtheCdi.erentialCdiagnosisCofCuveitis.CInvestCOphthalmolVisSciC58:3931-3939,C20179)HerbortCP,RaoNA,MochizukiM:Internationalcriteriaforthediagnosisofocularsarcoidosis:resultsoftheC.rstInternationalWorkshopOnOcularSarcoidosis(IWOS)C.OculImmunolIn.ammC17:160-169,C200910)TakayamaCK,CHarimotoCK,CSatoCTCetal:Age-relatedCdif-ferencesintheclinicalfeaturesofocularsarcoidosis.PloSOneC13:e0202585,C201811)LlorencV,MesquidaM,SainzdelaMazaMetal:Epide-miologyofuveitisinaWesternurbanmultiethnicpopula-tion.Thechallengeofglobalization.ActaOphthalmolC93:C561-567,C2015C***

眼症状を契機にヒト免疫不全ウイルス感染が判明したサイトメガロウイルス網膜炎の1例

2018年5月31日 木曜日

《第54回日本眼感染症学会原著》あたらしい眼科35(5):671.675,2018c眼症状を契機にヒト免疫不全ウイルス感染が判明したサイトメガロウイルス網膜炎の1例古川達也*1岩見久司*1細谷友雅*1夏秋優*2日笠聡*3五味文*1*1兵庫医科大学眼科学教室*2兵庫医科大学皮膚科学教室*3兵庫医科大学内科学講座血液内科CACaseofCytomegalovirusRetinitisCausedbyHumanImmunode.ciencyVirusInfection,withOcularSymptomsTatsuyaFurukawa1),HisashiIwami1),YukaHosotani1),MasaruNatsuaki2),SatoshiHigasa3)andFumiGomi1)1)DepartmentofOphthalmology,HyogoCollegeofMedicine,2)DepartmentofDermatology,HyogoCollegeofMedicine,3)DepartmentofHematologyandClinicalOncology,HyogoCollegeofMedicine緒言:原因不明のぶどう膜炎患者の経過観察中にCAIDSが判明したことで,サイトメガロウイルス(CMV)網膜炎と診断されたC1例を経験したので報告する.症例:67歳,男性.3週前からの右眼充血と眼痛で紹介受診.矯正視力右眼(0.7),左眼(1.0).右眼に角膜後面沈着物,前房内細胞を認めたが,眼底は軽度の滲出性変化のみであった.一般採血で異常なく,ツベルクリン反応陰性.前額部に皮疹があり,皮膚生検と胸部CX線検査を行ったが,サルコイドーシスは否定された.その後網膜炎が増悪し,トリアムシノロンCTenon.下注射を行ったが眼底所見はさらに増悪.皮膚科で口腔カンジダ症から免疫不全を疑い,HIV抗原抗体陽性,CD4陽性リンパ球減少を認めCAIDSと診断された.血中Cantigenemia法と前房水CPCRからCCMV網膜炎と確定診断した.結論:原因不明のぶどう膜炎は,潜在する免疫不全の可能性も念頭に置いて,HIV感染を含めた精査を進める必要がある.CA67-year-oldmalewasreferredtoourhospitalwithchiefcomplaintofhyperemiaandmildpaininhisrighteyelastingmorethan3weeks.Best-correctedvisualacuityoftheeyewas0.7;cellsintheanteriorchamberwithkeraticprecipitates(KPs)wereobserved.FluoresceinangiographyshowedmildvasculitisintheperipheralretinainCtheCrightCeye,CbutCthereCwereCnoCapparentCchangesCinCtheCleftCeye.CGeneralCbloodCcollectionCwasCwithinCnormalCrangeCandCtuberculinCskinCtestCwasCnegative.CSubtenon’sCtriamcinoloneCacetonidCinjectionCwasCperformedCdueCtoCincreasingCretinalCvasculitis,CbutCtheCconditionCworsened.CDermatologistsCsuspectedCimmunode.ciencyConCtheCbasisofCoralCcandidiasis;HIVCantigenCantibody-positiveCandCCD4-positiveClymphocyteCreductionCwasCrevealed.CAIDS-associatedCcytomegalovirus(CMV)infectionCwasCcon.rmedCfromCCMVCantigenemiaCandCPCRCexaminationCofCtheCanteriorCchamberC.uid.CToCavoidCseriousCprogression,CtheCpossibilityCofCimmunode.ciencyCbackgroundCshouldCbeCexcludedinthetreatmentofuveitisofuncertainorigin.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)C35(5):671.675,C2018〕Keywords:サイトメガロウイルス網膜炎,AIDS,HIV,ぶどう膜炎,サルコイドーシス.cytomegalovirusreti-nitis,acquiredimmunode.ciencysyndrome(AIDS),humanimmunode.ciencyvirus(HIV)C,uveitis,sarcoidosis.Cはじめにわが国のヒト免疫不全ウイルス(humanCimmunodeficien-cyCvirus:HIV)感染者数および後天性免疫不全症候群(acquiredCimmunode.ciencyCsyndrome:AIDS)発症患者数は,2007年以降,合わせて年間C1,000件を超えている1).このうちCHIV感染に気づかずに,突然免疫不全症状を発症しCAIDSと診断される,いわゆる「いきなりCAIDS」患者の割合が高まっており,約C3割を占めている.他の先進国では新規CAIDS患者の割合は減少傾向にあるのに対し,わが国で増加している理由として,保健所や自治体,あるいは医療機関で自発的にCHIV検査を受ける割合が少ないことがあげられる.〔別刷請求先〕古川達也:〒663-8501兵庫県西宮市武庫川町C1-1兵庫医科大学眼科学教室Reprintrequests:TatsuyaFurukawa,DepartmentofOphthalmology,HyogoCollegeofMedicine,1-1Mukogawa-cho,Nishinomiya-shi,Hyogo663-8501,JAPAN図1初診時の前眼部細隙灯顕微鏡写真結膜毛様充血,少量のCsmallwhiteKPs,前房内細胞を認める.AIDSの診断基準を満たす指標疾患はC23疾患あるが,このうち日本国籍CAIDS患者にもっとも多くみられるのはニューモシスティス肺炎で,ついでカンジダ症,サイトメガロウイルス(cytomegalovirus:CMV)感染症となっている1).なかでもCCMV網膜炎はCCMV感染症のなかでもっとも多くみられる代表的な疾患である.今回,原因不明のぶどう膜炎患者の経過観察中にCAIDSが判明したことで,CMV網膜炎と診断されたC1例を経験したので報告する.CI症例患者:67歳,男性.主訴:右眼の充血と眼痛.既往歴:梅毒.現病歴:3週前から右眼の充血と眼痛を自覚し,近医を受診.ぶどう膜炎を疑われ,ベタメタゾン点眼が処方されたが改善を認めず,兵庫医科大学病院眼科を紹介受診.初診時所見:視力は右眼(0.7C×sph.3.00D(cyl.1.25D図2右眼眼底写真および眼底造影写真a:初診時眼底写真.アーケード血管外の網膜血管周囲にわずかに滲出性変化がみられる(▽).Cb:初診時CFA写真.同部位の血管透過性亢進を認める(▽).Cc:7週後眼底写真.下方網膜血管炎の増悪を認める(▽).Cd:9週後インドシアニングリーン蛍光眼底造影写真.脈絡膜循環障害と思われる低蛍光を認める(▽).CAx100°),左眼(1.0C×sph.3.00D(cyl.2.00DAx90°),眼圧は右眼C15CmmHg,左眼C17CmmHgであった.細隙灯顕微鏡検査では,右眼に結膜毛様充血,少量のCsmallCwhitekeraticCprecipitates(KPs),前房内細胞を認めた(図1).右眼眼底の視神経乳頭下方,アーケード血管外の網膜血管周囲にわずかに滲出性変化(図2a)がみられ,フルオレセイン蛍光眼底造影(.uoresceinCangiography:FA)では同部位の血管透過性亢進を認めた(図2b).左眼には異常を認めなかった.全身所見:前額部と四肢に紅斑を認めたが,全身症状はなかった.胸部CX線検査では特記すべき異常所見はなかった.血液検査結果は白血球数C4,400/μl,赤血球数C381C×104/μl,ヘモグロビンC11.4Cg/dl,ヘマトクリットC36.0%,血小板数C21.6×104/μl,CRPC0.27,総蛋白C8.3Cg/dl,アルブミンC3.6g/dl,総ビリルビンC0.4Cmg/dl,AST19CU/l,ALT13CU/l,LDHC256CU/l,アルカリホスファターゼC329CU/l,クレアチンキナーゼC54CU/l,尿素窒素C13Cmg/dl,クレアチニンC0.72mg/dl,ナトリウムC140Cmmol/l,カリウムC4.00Cmmol/l,赤沈(1Ch)102Cmm,梅毒トレポネーマ(TP)抗体陽性,梅毒脂質抗原(RPR)陰性,補体C60以上,抗核抗体C40倍,リウマチ因子陰性,IgGC2,264Cmg/dl,IgAC819Cmg/dl,IgM83mg/dl,アンギオテンシン変換酵素C6.7,HTLV-1抗原陰性,HBs抗原陰性,HBs抗体陰性,HCV陰性であり,血算,生a化学所見に有意な異常所見は認めなかった.ツベルクリン反応は陰性であった.経過:smallwhiteKPs,前房内炎症,眼底の網膜血管周囲の滲出斑などの眼科所見と,皮疹の存在,ツベルクリン反応陰転化からサルコイドーシスを疑った.皮膚科で皮疹の皮膚生検を施行したが,病理所見ではリンパ球浸潤のみであり特徴的な類上皮肉芽腫を認めず,紅斑は皮膚科で慢性湿疹ないしアレルギー性皮膚炎と診断され,この時点でサルコイドーシスは否定された.初診時からC7週後,ベタメタゾン点眼継続により前眼部炎症は改善傾向だったが,眼底下方の網膜滲出斑の拡大(図2c)と,右眼矯正視力(0.5)と低下を認めた.眼底所見からCMV網膜炎の可能性も考えられたが,全身状態良好であり基礎疾患もないことからこの時点では否定的と考え,原因不明のぶどう膜炎として,トリアムシノロンCTenon.下注射(40Cmg)を施行した.9週後(注射C2週後),右眼の視力低下はなかったが,網膜血管周囲の滲出性変化の拡大と網膜出血の出現を認めた.FAでは下方網膜を中心に網膜色素上皮および静脈からの色素漏出を認め,インドシアニングリーン蛍光眼底造影(indocyanineCgreenCangiography:IA)でもCFAでの漏出に一致し,脈絡膜循環障害と思われる低蛍光を認めた(図2d).眼底所見の悪化と同時期に口腔内白苔の出現を皮膚科で指b図3眼底写真および光干渉断層計像a:抗ウイルス治療開始C3週後.網膜動静脈血管炎は改善したが網膜.離を認める.Cb:硝子体手術C8週後.シリコーンオイル下に網膜は復位し,血管炎も改善しているが,中心窩には網膜下液が残存している.CCD4リンパ球数121620242832343640初診より経過時間CMV網脈絡膜炎再発図4抗HIV療法開始後のCD4リンパ球数の推移抗CHIV療法開始後CCD4リンパ球の増加を認めるが,網脈絡膜炎の再発時に明らかな急増は認めない.C摘され,同部位の培養からCCandidaCalbicansが検出された.免疫不全状態が疑われ,免疫電気泳動検査にてCgグロブリンの上昇,HIV抗原・抗体陽性,かつCCD4リンパ球がC18.82/μlと著明な減少を認めたことよりCAIDSと診断された.免疫低下を鑑みて,改めてCCMV網膜炎を疑い,前房水を採取してウイルスCDNAをCpolymeraseCchainCreaction(PCR)法で測定した結果,CMVCDNAが検出され,採血にて血中CMVantigenemiaが陽性でありCCMV網膜炎と確定診断した.また,今回のCCMV網膜炎はCIAで脈絡膜の循環障害を顕著に認めたことから,脈絡膜炎も伴う網脈絡膜炎と診断した.診断後速やかにバルガンシクロビルC900Cmg/日内服とガンシクロビル硝子体注射をC4日ごとに計C8回施行(1回C2Cmgを週C2回)施行した.抗ウイルス治療開始C1週(初診時よりC12週)では眼底所見にほとんど変化は認めなかったが,徐々に滲出性変化の改善があり,抗ウイルス治療開始C8週(初診時より約C20週)には網脈絡膜炎の鎮静化を認めた.しかしながら,脈絡膜炎を伴う網膜全層の炎症をきたしていたことから,下方の網膜に強い萎縮とその病変内に裂孔が生じ,網膜.離が発生したことから(図3a),硝子体手術(phacoemulsi.cationCandCaspiration+parsCplanaCvitrectomy+siliconeCoil充.)を施行した(図3b).硝子体手術後C8週(初診時より約C30週)ではシリコーンオイル充.下で再.離を認めず,病態が安定していたため,血中CCMVantigenemiaが陰性になった時点で血液内科から処方されていたバルガンシクロビルの内服が中止となった.しかしながら,術後C12週(初診時より約C34週)で右眼視神経乳頭鼻側とアーケード血管耳上側に網脈絡膜炎の再発を認めた.HIV感染症に対しては血液内科にて診断後より抗CHIV療法を開始し,血中CCD4リンパ球の回復を認めており,このときの血中CCMVantigenemiaは陰性を維持していたが,網脈絡膜炎再発時にはCCD4リンパ球の急激な上昇は認めなかったことから(図4),免疫回復ぶどう膜炎(immuneCrecoveryCuveitis:IRU)の発症ではなく,CMV網膜炎の再燃と考え,再度バルガンシクロビルC1,800Cmg/日の内服を行い,網脈絡膜炎は消退した.CII考按HIV感染患者およびCAIDS患者では死を迎えるまで約C30%の確率でCCMV網膜炎が生じるとされており2),UnitedCStatesCPublicCHealthCServiceCandCInfectiousCDiseasesCSoci-etyCofCAmerica(USPHS/IDSA)によるガイドラインでは,CMV網膜炎はCAIDS患者のCCMV臓器感染症のなかで腸炎や脳炎と同様に頻度の高い臨床病状といわれている.現在ではCHIV感染者に対する多剤併用療法(highlyCactiveCanti-retroviralCtherapy:HAART)が治療として行われるようになったことにより,AIDSの発生頻度はC1980年代と比べ1/4.1/5程度に減っている3).しかしながら,HIV感染を知らない「いきなりCAIDS」患者の増加に伴い,CMV網膜炎も眼科医が初診で出会う機会が多くなっている可能性がある.わが国では成人の約C80.90%は幼少期にCCMVの不顕性感染を起こしているといわれており4),AIDS患者以外でも白血病,自己免疫疾患,臓器移植後の免疫低下時,糖尿病を基礎疾患にもつ免疫正常者や高齢者,内眼手術やステロイド局所注射などでもCCMV網膜炎を発症すると報告されている5.7).しかし,CMV網膜炎は,眼科初診で免疫不全を指摘されていない患者では診断がむずかしく,治療が遅れることがある.CMV網膜炎は網膜全層の滲出と壊死を主体とし,前眼部や硝子体の炎症所見に乏しいといわれている.本症例では初診時には,片眼性の前眼部炎症所見が主体で網膜病変は軽微であり,一般的なCCMV網膜炎とは臨床像が異なっていた.吉永らは免疫正常者に発症するCCMV網膜炎は,免疫能が正常であるため,IRU様の反応が起こり,虹彩炎,硝子体混濁などの炎症所見が多く認められ,通常のCCMV網膜炎と臨床症状が異なると述べている8).本症例は免疫不全患者であったが,初診時の眼所見は免疫正常者のCCMV網膜炎所見に類似しており,免疫能がまだ比較的保たれていた可能性がある.眼底所見の進行により,一度はCCMV網膜炎を疑ったが,一般採血では免疫異常を看破できず,前眼部所見,ツベルクリン反応陰転化と前額部の皮疹所見からサルコイドーシスを疑った.そこでトリアムシノロンのCTenon.下注射を施行したことで局所免疫能を急激に低下させ,典型的なCMV網膜炎としての進行を促進させたと考えられる.皮膚生検でサルコイドーシスが否定された時点で,片眼性であることと特徴的な眼底所見から,改めてCCMV網膜炎の可能性を再検討すべきであったであろう.CMV網膜炎の診断には,前房水内ウイルスCDNAの検索や採血項目の追加による全身再評価が必要である.CMV網膜炎の治療はCHIV陽性,陰性にかかわらず抗ウイルス薬の全身投与が推奨される.これは全身状態の改善につながるうえに,患者のC3/4近くが治療後に視力回復を認めるといわれているからである9).本症例の経験により,わが国での「いきなりCAIDS」患者増加の実態が垣間みえた.AIDS治療薬開発などのニュースによりCHIV感染への危機感が以前より少なくなり,それがHIV検査受検率の低さ10)につながっている可能性も考えられる.原因不明のぶどう膜炎,とくに網膜炎をみた場合には,それがCCMV網膜炎である可能性も念頭に置いて,HIV感染を含めた潜在する免疫不全の有無の精査を進める必要があると考える.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)厚生労働省エイズ動向委員会:平成C27年エイズ発生動向年報.(AvailableCat:http://api-net.jfap.or.jp/status/2015/15nenpo/15nenpo_menu.html)2)JabsCDA,CVanCNattaCML,CKempenCJHCetCal:Characteris-ticsofpatientswithcytomegalovirusretinitisintheeraofhighlyCactiveCantiretroviralCtherapy.CAmCJCOphthalmolC133:48-61,C20023)JabsCDA:AIDSCandCophthalmology.CArchCOphthalmolC126:1143-1146,C20084)八代成子:サイトメガロウイルス網膜炎.眼科C49:1189-1198,C20075)SaidelMA,BerreenJ,MargolisTP:Cytomegalovirusret-initisCafterCintravitreousCtriamcinoloneCinCanCimmunocom-petentpatient.AmJOphthalmolC140:1141-1143,C20156)KarkhanehCR,CLashayCA,CAhmadrajiCA:Cytomegalovirusretinitisinanimmunocompetentpatient:Acasereport.JCurrOphthalmolC28:93-95,C20167)DownesKM,TarasewiczD,WeisbergLJetal:Goodsyn-dromeCandCotherCcausesCofCcytomegalovirusCretinitisCinCHIV-negativeCpatients─caseCreportCandCcomprehensiveCreviewoftheliterature.JOphthalmicIn.ammInfectC6:3,doi:10.1186/s12348-016-0070-7.CEpubC20168)吉永和歌子,水島由香,棈松徳子ほか:免疫正常者に発症したサイトメガロウイルス網膜炎.日眼会誌C112:684-687,C20089)JabsCDA,CAhujaCA,CVanCNattaCMLCetCal:Long-termCout-comesCofCcytomegalovirusCretinitisCinCtheCeraCofCmodernantiretroviralCtherapy:ResultsCfromCaCUnitedCStatesCCohort.OphthalmologyC122:1452-1463,C201510)健山正男,比嘉太,藤田次郎:我が国におけるCAIDSの発症動向─「いきなりAIDS」の問題.日本医事新報C4676:C25-30,C2013***

Posner-Schlossman症候群に伴う続発緑内障の手術成績

2017年7月31日 月曜日

《原著》あたらしい眼科34(7):1050.1053,2017cPosner-Schlossman症候群に伴う続発緑内障の手術成績榮辰介徳田直人宗正泰成北岡康史高木均聖マリアンナ医科大学眼科学教室SurgeryforSecondaryGlaucomatoPosner-SchlossmanSyndromeShinsukeSakae,NaotoTokuda,YasunariMunemasa,YasushiKitaokaandHitoshiTakagiDepartmentofOphthalmology,StMariannaUniversity,SchoolofMedicine目的:Posner-Schlossman症候群(PSS)に伴う続発緑内障の手術成績について検討する.対象および方法:ぶどう膜炎続発緑内障に対して線維柱帯切除術(LEC)または線維柱帯切開術(LOT)を施行し,術後36カ月以上経過観察可能であった20例22眼を対象とした.原疾患がPSSであった10眼(PS群)と,原疾患のぶどう膜炎が急性前部ぶどう膜炎(acuteanterioruveitis:AAU)であった12眼(AAU群)に分類し,比較検討した.結果:眼圧はPS群で術前34.7±7.1mmHgが術後36カ月で10.0±2.4mmHg,AAU群で術前32.4±6.4mmHgが術後36カ月で11.8±3.8mmHgとなり,両群ともに有意に下降した.術後36カ月における累積生存率はPS群90.0%,AAU群46.9%であった.PS群において,LECを施行した9眼はすべて経過良好であったが,LOTを施行した1眼が再手術を要した.結論:PSSに対する緑内障初回手術としてはLECが望ましい.Subjectsandmethods:Subjectsincluded20patients(22eyes)thatunderwenttrabeculectomy(LEC)ortra-beculotomy(LOT)forsecondaryglaucomatouveitisandcouldbefollowedforatleast36monthspostoperatively.Thesubjectsweredividedinto2groupsforcomparison:agroupwithPSS(PSgroup,10eyes)andagroupwithacuteanterioruveitis(AAUgroup,12eyes).Results:IntraocularpressureinthePSgroupwas34.7±7.1mmHgpreoperativelyand10.0±2.4mmHgat36monthsfollowingsurgery.TherespectivevaluesintheAAUgroupwere32.4±6.4mmHgand11.8±3.8mmHg;thus,eyesinbothgroupsdemonstratedsigni.cantdecreasesinintra-ocularpressure.Thecumulativesurvivalrateat36monthsfollowingsurgerywas90.0%and46.9%inthePSandAAUgroups,respectively.Progresswasfavorableforall9eyesthatunderwentLEC;however,reoperationwasrequiredfor1eyethatunderwentLOT.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)34(7):1050.1053,2017〕Keywords:Posner-Schlossman症候群,続発緑内障,緑内障手術,ぶどう膜炎.Posner-Schlossmansyndrome,secondaryglaucoma,surgeryforglaucoma,uveitis.はじめにPosner-Schlossman症候群(Posner-Schlossmansyn-drome:PSS)は,PosnerとSchlossmanによって報告1)された片眼性,再発性,発作性の眼圧上昇を伴う虹彩毛様体炎を特徴とする疾患である.自覚症状として霧視,虹輪視,違和感などを生じ,検眼鏡的には軽度の前房内炎症,角膜後面沈着物,虹彩異色などが認められる.発作は自然軽快することもあるが,副腎皮質ステロイド(以下,ステロイド)点眼薬による薬物療法が奏効し,数日から数週間で寛解する.通常,視野異常や視神経障害などの後遺症を残さない比較的良性の疾患と考えられている.しかし実際の臨床では,薬物治療のみでは高眼圧の状態が軽快せず,眼圧コントロール不良な状態が長期間継続し,緑内障性視神経萎縮やそれに伴う視野障害が生じる症例も存在する2.4).そのような場合には眼圧コントロール不良のぶどう膜炎続発緑内障として対応する必要があり,緑内障手術が必要となる場合もある.今回筆者らは,PSSと診断され,その後に緑内障手術が必要になった症例について,術式および術後経過について検討したので報告する.〔別刷請求先〕榮辰介:〒216-8511神奈川県川崎市宮前区菅生2-16-1聖マリアンナ医科大学眼科学教室Reprintrequests:ShinsukeSakae,M.D.,DepartmentofOphthalmology,StMariannaUniversity,SchoolofMedicine,2-16-1Sugao,Miyamae-ku,Kawasaki-shi,Kanagawa216-8511,JAPAN1050(134)0910-1810/17/\100/頁/JCOPY(134)10500910-1810/17/\100/頁/JCOPYI対象および方法ぶどう膜炎続発緑内障に対して線維柱帯切除術(trabecu-lectomy:LEC)または線維柱帯切開術(trabeculotomy:LOT)を施行し,術後36カ月以上経過観察が可能であった20例22眼(平均年齢53.0±10.1歳)を対象とした.原疾患がPosner-Schlossman症候群であった10例10眼(平均年齢51.8±9.7歳)をPS群とし,原疾患のぶどう膜炎が急性前部ぶどう膜炎(acuteanterioruveitis:AAU)であった10例12眼(平均年齢53.9±10.7歳)をAAU群(コントロール群)として術前後の眼圧と薬剤スコアの推移,累積生存率について比較検討した.両群の詳細については表1に示す.薬剤スコアについては,抗緑内障点眼薬1剤につき1点(緑内障配合点眼薬については2点),炭酸脱水酵素阻害薬内服は2点として計算した.累積生存率については,術後眼圧が2回連続して基準①21mmHg以上または4mmHg未満を記録した時点,もしくは,基準②16mmHg以上または4mmHg未満を記録した時点を死亡と定義とした.基準①②とも再手術になった時点も死亡とした.術後経過観察期間中に抗緑内障点眼薬の追加となった症例も存在するが,その時点では死さらに,PS群については術前後のぶどう膜炎発作回数の変化,角膜内皮細胞密度の患眼と僚眼の比較および術前後の変化についても検討した.PSSと診断した根拠としては,片眼性であり,発作性の肉芽腫性角膜後面沈着物を伴う前房内炎症と,30mmHg以上の眼圧上昇を繰り返すもの,ステロイド点眼薬によく反応し症状の改善を認めるもの,以上の項目を満たしたものとした.PSS続発緑内障に対する緑内障手術の施行基準は,虹彩毛様体炎と一過性眼圧上昇の頻度の増加や,ステロイド点眼薬や抗緑内障点眼薬に対する抵抗性を示し,薬物治療による眼圧コントロールが不良な状態となり,緑内障性視神経障害とそれに伴う視野異常が認められるものとした.II結果図1に各群の術前後の眼圧推移を示す.眼圧はPS群では術前平均34.7±7.1mmHgが術後12カ月で10.0±3.0mmHg,24カ月で9.4±2.5mmHg,36カ月で10.0±2.4mmHg,AAU群で術前32.4±6.4mmHgが術後12カ月で16.1±7.9mmHg,亡として扱わず生存症例とした.表1群別背景PS群AAU群p値症例数(男女比)10(4/6)12(6/6).手術施行時平均年齢(歳)51.8±9.753.9±10.70.6(Mann-WhitneyUtest)術前眼圧(mmHg)34.7±7.132.4±6.40.69(Mann-WhitneyUtest)術前術後術後術後術後術前発作回数(回/年)4.6±1.8..6カ月12カ月24カ月36カ月1.00.80.60.40.20観察期間図1各群の術前後の眼圧推移PS群基準①PS群基準②AAU群基準①AAU群基準②術前術後術後術後術後6カ月12カ月24カ月36カ月0510152025303540観察期間生存期間(カ月)図2各群の術前後の薬剤スコアの推移図3各群の術後累積生存率(135)あたらしい眼科Vol.34,No.7,2017105124カ月で12.3±3.1mmHg,36カ月で11.8±3.8mmHgと,両群ともに術前に比し有意な眼圧下降を示した(対応のあるt検定p<0.01).図2に各群の術前後の薬剤スコア推移を示す.各群ともに術後1カ月目より薬剤スコアが有意に減少した.PS群は,再手術となった1症例を除くすべての症例が術後36カ月の時点で薬剤スコアが0点であったのに対して,AAU群では術後36カ月の時点で1.5±1.2点であり,AAU群では術後抗緑内障点眼薬の併用を要する症例が多く存在した.図3に各群の術後累積生存率を示す.PS群では,基準①,基準②ともに術後36カ月おける累積生存率は90.0%であったが,AAU群については基準①では50.0%(Logranktestp=0.06),基準②では46.9%(Logranktestp=0.05)であり,両基準ともにPS群はAAU群に比し有意差を認めないものの高い累積生存率であった.PS群の緑内障手術術式については,今回対象となった10眼のうち,LECを施行した9眼が経過良好であり,LOTを施行した1眼が再手術を要した.再手術が必要であった症例については,その後LECを施行し,良好な経過が得られた.AAU群については12眼中LECが10眼であり,そのうち3眼においては再手術を要した.LOTを施行した2眼については,1眼は経過良好であったが,もう1眼については再手術を要した.PS群の虹彩毛様体炎発作回数の頻度は術前4.6±1.8回/年が術後0.28±0.4回/年と術後有意な減少を認めた(対応のあるt検定p<0.01).PS群の術前角膜内皮細胞密度は2,111.5±679/mm2であり,僚眼の角膜内皮細胞密度2,722±227/mm2に比し有意に少なくなっていた(対応のあるt検定p=0.04).とくにPS群10眼のうちの5眼は,患眼と僚眼の角膜内皮細胞密度に500/mm2以上の差を認めていた.PS群の術後3年における角膜内皮細胞密度は1,912.2±472/mm2と術前に比し有意差は認めないものの減少傾向を認めた(対応のあるt検定p=0.38).PS群の隅角所見については,全症例Sha.er分類3.4度の開放隅角であり,色素沈着についてはScheie分類IIが8眼,IIIが2眼であり,全症例僚眼に比し色素沈着の程度が少ないという印象はなかった.AAU群についても全症例Sha.er分類3.4度の開放隅角であったが,色素沈着についてはScheie分類IIが8眼,IIIが4眼であった.また,周辺虹彩前癒着(peripheralanteriorsynechia:PAS)が存在した症例が7眼存在したが,いずれも20%以下であった.III考按今回,筆者らはPSSと診断された症例において,経過観察中に観血的緑内障手術が必要となった10症例を経験した.以下PSS続発緑内障に対する治療について考察する.まず,治療にあたり,診断に誤りがないかを確認する必要がある.ぶどう膜炎続発緑内障に対してステロイド点眼薬による治療を行っている間に副作用で眼圧上昇が生じていたという報告2)もあるため注意が必要である.当院でも,Armalyの報告3)を参考に,僚眼に対するステロイド点眼薬への反応を確認することが多いが,今回の対象ではArmalytestを行った3症例においてはすべて陰性であった.当院における発作時の治療は,消炎目的でステロイド点眼薬,高眼圧に対してはプロスタグランジン関連薬を第一選択とし,効果不十分であれば交感神経b遮断薬,炭酸脱水酵素阻害薬の点眼および内服を追加している.40mmHg以上の高眼圧の際には高浸透圧利尿薬の点滴を併用している.プロスタグランジン関連薬は虹彩炎,ぶどう膜炎に対しては慎重投与とされているが,当院ではぶどう膜炎に伴う眼圧上昇の際には強力な眼圧下降作用を期待してステロイド点眼薬または非ステロイド性消炎鎮痛点眼薬と併用することが多い.これらの治療を行っても長期に眼圧コントロールが得られない場合に,緑内障観血的手術を検討する.眼圧上昇が不可逆的になってしまった原因は,炎症が長期に及んだことにより,Schlemm管内壁などの線維柱帯以降にも通過障害が生じているためではないかと予想し,10眼中9眼にLECを行い良好な結果を得た.小俣らは,実際にPSSと診断された症例を病理組織学的に検討した結果,線維柱帯間隙,Sch-lemm管,集合管周囲にマクロファージが認められ,傍Sch-lemm管結合組織は厚く,間隙は細胞外マトリックスで満たされていたと報告している4).つまり,PSS続発緑内障に至るような症例は,炎症の繰り返しにより,集合管付近にまで影響が及んでいる可能性が高いと考える.今回の対象においてLOTを試みたものの,十分な眼圧下降が得られなかった症例もこの事実を支持する結果といえる.森田らもPSS続発緑内障8眼について手術成績を報告しており5),LECを施行した4眼は経過良好であったものの,非穿孔性線維柱帯切除術を行った1眼およびLOTを行った3眼は再手術を要しており,筆者らの結果と近い内容になっている.それに対してChinらはぶどう膜炎続発緑内障に対して360°suturetra-beculotomyが有効であったと報告している6).炎症細胞などにより線維柱帯以降にも閉塞が広範囲に生じていたとしても,一部でも閉塞を免れている部分があれば理論上ではLOTは有効であるため,LECが選択できない場合には360°suturetrabeculotomyは選択肢になりうると考える.またAAU群については,LECを施行した10眼中7眼(70%)は経過良好であったが3眼は再手術を必要とした.ぶどう膜炎続発緑内障は一般的には難治緑内障といわれるため,LEC後も再手術が必要となることもあるが,PS群ではLECを施行した9眼については再手術を要した症例がなかったという(136)ことは実に興味深い事実である.その原因については現時点では確かな根拠はないが,PS群はAAU群よりも線維柱帯やSchlemm管への炎症細胞の浸潤が乏しいためではないかと考える.PSS続発緑内障の患者にLEC施行後,眼圧下降に加え,ぶどう膜炎発作頻度の低下を認めた.それについては,LECが奏効している場合,虹彩毛様体炎の発作が起きたとしても,炎症細胞が濾過胞側に排出されるため眼圧上昇が抑えられる可能性7)があることと,濾過手術により眼圧上昇が抑えられるため患者本人が発作に気づかず,みかけの発作頻度が低下している可能性5)が考えられる.地庵らは8),LEC後に自覚症状を伴わない前房内炎症細胞の増加を認めたとしている.また,檜野らは9),自覚的発作は認められたものの,術後の発作頻度は減少したと報告している.今回の対象でも,再発作は1眼で認められ,20mmHgを超えない眼圧上昇と角膜後面沈着物がみられた.これらの結果やその他の報告を合わせて考えると,術後の濾過胞が機能していれば仮に虹彩毛様体炎が生じても,眼圧上昇が軽度ですむ可能性が高いと考える.また以前より,PSSの原因としてサイトメガロウイルスや単純ヘルペスウイルスの感染10,11)が関与しているという報告がある.最近PSSへの抗サイトメガロウイルス薬(ガンシクロビル)内服治療による改善例12)も認められている.これらの症例では角膜内皮炎を併発していることも報告されており,PSS続発緑内障術後については,とくに角膜内皮細胞密度の推移は今後も確認していく必要があると考える.今回の検討においても角膜内皮細胞密度が僚眼より500/mm2以上も少ない症例が5眼認められたが,これらについては角膜内皮炎を併発していた可能性も考慮して対応する必要があったと考える.これらのことを踏まえて今後は,眼圧コントロール不良もしくは発作を頻発する難治性のPSSについては,術前後の前房水の成分分析や,濾過胞形状解析,角膜内皮細胞密度の経過観察など,さらなる検討が必要と考える.以上より,PSS続発緑内障に対する手術治療を中心に検討した.薬物治療で眼圧降下が得られず,視野障害や視神経障害が発症するような症例については積極的にLECを施行することが必要と考える.今回の検討は,診療録による後ろ向き検討であることや,治療前に前房水のウイルス検索などを行っていないため,今後はさらに症例数を増やし,PSSの原因についても検討すべきと考える.文献1)PosnerA,SchlossmanA:Syndromeofunilateralrecur-rentattacksofglaucomawithcycliticsymptoms.ArchOphthalmol39:517-535,19482)崎元晋,大鳥安正,岡田正喜ほか:ステロイド緑内障を合併したPosner-Schlossman症候群の2症例.眼紀56:640-644,20053)ArmalyMF:Statisticalattributesofthesteroidhyper-tensiveresponseintheclinicallynormaleye.Thedemon-strationofthreelevelsofresponse.InvestOphthalmol4:187-197,19654)小俣貴靖,濱中輝彦:Posner-Schlossman症候群における線維柱帯の病理組織学的検討─眼圧上昇の原因についての検討─.あたらしい眼科24:825-830,20075)森田裕,野崎実穂,高瀬綾恵ほか:Posner-Schlossman症候群に対する緑内障手術.あたらしい眼科28:891-894,20116)ChinS,NittaT,ShinmeiYetal:Reductionofintraocularpressureusingamodi.ed360-degreesuturetrabeculoto-mytechniqueinprimaryandsecondaryopen-angleglau-coma.apilotstudy.JGlaucoma21:401-407,20127)KassMA,BeckerB,KolkerAE:Glaucomatocycliticcrisisandprimaryopen-angleglaucoma.AmJOphthalmol75:668-673,19738)地庵浩司,塚本秀利,岡田康志ほか:緑内障手術を行ったPosner-Schlossman症候群の3例.眼紀53:391-394,20029)檜野亜矢子,前田秀高,中村誠:手術治療を要したポスナー・シュロスマン症候群の3例.臨眼54:675-679,200010)Bloch-MichelE,DussaixE,CerquetiPetal:PossibleroleofcytomegalovirusinfectionintheetiologyofthePosner-Schlossmannsyndrome.IntOphthalmol96:1195-1196,198711)YamamotoS,Pavan-LangstonD,TadaRetal:PossibleroleofherpessimplexvirusintheoriginofPosner-Schlossmansyndrome.AmJOphthalmol119:796-798,199512)SobolewskaB,DeuterC,DoychevaDetal:Long-termoraltherapywithvalganciclovirinpatientswithPosner-Schlossmansyndrome.GraefesArchClinExpOphthalmol252:117-24,2014***(137)あたらしい眼科Vol.34,No.7,20171053

前房蓄膿・フィブリン析出を伴う激しいぶどう膜炎を生じた流行性角結膜炎の1例

2017年6月30日 金曜日

《第53回日本眼感染症学会原著》あたらしい眼科34(6):880.882,2017c前房蓄膿・フィブリン析出を伴う激しいぶどう膜炎を生じた流行性角結膜炎の1例佐渡一成*1西口康二*2横倉俊二*2*1さど眼科*2東北大学病院眼科ACaseofEndophthalmitisAssociatedwithEpidemicKeratoconjunctivitisKazushigeSado1),KojiMNishiguchi2)andSyunjiYokokura2)1)SadoEyeClinic,2)DepartmentofOphthalmoligy,TohokuUniversity今回筆者らは,流行性角結膜炎(EKC)による眼内炎の1例を報告する.症例は48歳の男性.2日前からの右眼疼痛,発赤,視力低下を主訴に,さど眼科を土曜日の午後に受診した.初診時,右眼角膜上皮欠損だけでなく,前房蓄膿およびフィブリン析出を伴う激しいぶどう膜炎を認め,視力は右眼0.07,左眼は1.2であった.入院での精査・加療目的で紹介した東北大学病院で,アデノウイルス抗原が検出されたため,局所抗生物質とステロイドの点眼による外来での治療が選択された.16日後には治癒し,視力は0.9に回復した.筆者らが調べたかぎりでは,本例は激しいぶどう膜炎(眼内炎)を伴うEKCの最初の報告である.Wedescribeacaseofendophthalmitisassociatedwithepidemickeratoconjunctivitis(EKC).A48-year-oldmalepresentedtoourclinicwithrighteyepain,rednessandworseningvisionof2days’duration.Whenweexam-inedhim,therewasnotonlycornealerosion,butalsoahypopyon(pus)and.brinoidreactioninhisrightanteriorchamber.Visualacuitywas0.07intherighteyeand1.2intheleft.AtTohokuUniversityHospital,adenovirusantigenwasdetectedandtopicalantibioticsandsteroidweregiven.By16dayslater,hisvisionhadrecoveredto0.9.Toourknowledge,thisisthe.rstcaseofEKCwithendophthalmitis.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)34(6):880.882,2017〕Keywords:流行性角結膜炎,前房蓄膿,フィブリン析出,ぶどう膜炎,眼内炎.epidemickeratoconjunctivitis,hypopyon,.brinoidreaction,uveitis,endophthalmitis.はじめに流行性角結膜炎(epidemickeratoconjunctivitis:EKC)は感染力がきわめて強いため,児童・生徒であれば,感染の恐れがなくなるまで登校禁止となる(学校保健安全法).また,成人の場合でも原則的に出勤停止となり,とくに入院患者や医療従事者の感染は患者への二次感染を引き起こすことがあるので,感染拡大に注意しなければならない疾患である.今回は,前房蓄膿・フィブリン析出を伴う激しいぶどう膜炎のため,当初は入院での精査・加療を想定して東北大学病院(以下,大学病院)に紹介したものの,大学病院の担当医が入院前にEKCに気づき,外来治療にて治癒した症例を経験したので考察を加えて報告する.I症例患者:48歳,男性.既往歴・家族歴:特記事項なし.現病歴:2日前からの右眼視力低下,充血,疼痛,眼瞼腫脹を訴え(眼脂の訴えはなかった),2015年8月,ロシアからの帰国後空港から直接,さど眼科(以下,当院)を受診した.初診時所見:受付で右眼の充血を認めたため視力などの検査の前に細隙灯顕微鏡で診察したところ,図1~3のような前房蓄膿,フィブリン析出,角膜上皮欠損を認めたため,この時点で大学病院に紹介すべきだと判断した(左眼には異常を認めなかった).そして,急速に悪化する可能性を考え〔別刷請求先〕佐渡一成:〒980-0021仙台市青葉区中央2-4-11水晶堂ビル2Fさど眼科Reprintrequests:KazushigeSado,M.D.,SadoEyeClinic,2-4-11ChuoAoba-ku,Sendai-shi,Miyagi980-0021,JAPAN880(122)0910-1810/17/\100/頁/JCOPY(122)8800910-1810/17/\100/頁/JCOPY図1前房蓄膿(初診時)図3角膜上皮欠損(初診時)て,視力を確認したところ,視力は右眼0.07(矯正不能),左眼は矯正(1.2)であった.経過:土曜日の午後であったため,視力が確認できたところで大学病院眼科の当直医に電話で状況を説明し精査・加療を依頼した.大学病院に紹介して数時間後に,大学病院から「念のためアデノウイルス抗原の検出検査を行ったところ陽性であった」と電話連絡があった(塗抹検査,培養,PCRなどは行っていない).翌日(日曜日)の大学病院での再診時,びらんは改善していたため,細菌の混合感染も完全には否定できないものの,今後は当院で経過観察することになった.大学病院よりガチフロキサシン右眼1日4回点眼,フルオロメトロン0.1%右眼1日4回点眼,トロミカミド・フェニレフリン右眼1日4回点眼,オフロキサシン眼軟膏右眼1日6回点入が処方された.2日後の月曜日に当院再診.びらん,前房蓄膿,フィブリンのすべてが明らかに減少しており,3日後には,びらん消失,前房蓄膿,フィブリンともに(±).10日後には結膜充血軽度,角膜混濁軽度となり,16日後には軽度の角膜混濁が残っていた(図4)が,後眼部にも異常図2フィブリン析出(初診時)図4角膜混濁(16日後)は認めなかったことから治癒と判断した.矯正視力も(0.9)と改善していた.II考察EKCは感染力が強いため,院内感染に注意しなければならない疾患である.8型のEKC27例中3例に軽度の虹彩炎を伴っていたという報告1)はあるが,前房蓄膿やフィブリン析出を伴う激しいぶどう膜炎を伴ったEKCという報告はみつからなかった.しかし,本例はアデノウイルス抗原の検出検査が陽性であったこと,病原体に対する特異的な治療ではなく,ニューキノロン系抗菌点眼薬および眼軟膏,ステロイド点眼薬と散瞳薬による治療だけで短期間に治癒した臨床経過から(塗抹検査,培養,PCRなどの精査は行っていないが)EKCが原因であったと考えている.当院では,充血などEKCを疑う症状がある患者が来院した場合は,①他の患者との接点を減らすために受付直後に「EKCコーナー」に案内し,②問診票記入などの準備ができ次第,診察している.(123)あたらしい眼科Vol.34,No.6,2017881筆者は,前房蓄膿・フィブリン析出を伴うぶどう膜炎を認めた時点でEKCの可能性をまったく考えなくなり,眼内炎として大学病院に精査・加療を依頼する必要があると判断してしまった.「アデノウイルス抗原陽性」という連絡を受けた後で振り返ってみると,患者はロシアから帰国直後に当院を受診していた.2日前から症状があったと話していたので,海外にいたこともあり,まったくの無治療で2日間放置したことが前房蓄膿・フィブリン析出の一因になったと思われるが,それでもまれなケースである.海外で罹患したEKCであることから(ウイルス分離やPCR法による型別鑑定は行っていないが)知られていない型によるEKCであった可能性もある.また,治癒後に角膜混濁を認めた(図4)ことから,当初は角膜びらんであったものが未治療であったために当院受診時には潰瘍に進行(悪化)していた可能性が高いと考えている.EKCで角膜びらんが生じることはめずらしいことではない2).また,角膜びらんに前房炎症を伴い,ぶどう膜炎などと間違われることもある3).この意味ではEKCにフィブリン析出・前房蓄膿を伴うことはありうることである.一方で,フィブリン析出・前房蓄膿が認められた場合は眼内炎の状態であり,もし感染性眼内炎であれば永続的な視力低下をきたす可能性もあるため,入院のうえ集中的に検査・治療が行われることも多い.EKCは院内感染拡大の危険が高い疾患なので,極力入院させないように注意しなければならないが,感染性眼内炎であれば,入院のうえタイミングを逃さずに必要な治療を行わなければならないということを考えると,今後は内眼手術の既往がなく,全身的に日和見感染の可能性が低い患者の眼内炎を経験した場合は,EKCの可能性を確認することが重要である.今回,大学病院の担当医が気づかなければ,院内感染とその拡大を生じた危険があった.眼内炎治療のために入院を検討する際には,アデノウイルス検査陰性のEKCの場合もあるもあることを踏まえて,慎重な判断が重要である.本稿の要旨は第53回日本眼感染症学会において報告した.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)DarougarS,GreyRH,ThakerUetal:Clinicalandepide-miologicalfeaturesofadenoviruskeratoconjunctivitisinLondon.BrJOphthalmol67:1-7,19832)下村嘉一編集:眼の感染症.p140,金芳堂,20103)井上幸次,山本哲也,大路正人ほか編集:一目でわかる眼疾患の見分け方,上巻,角結膜疾患,緑内障.p114,メジカルビュー,東京,2016***(124)

日本における梅毒性ぶどう膜炎7例の臨床像の検討

2017年5月31日 水曜日

《第50回日本眼炎症学会原著》あたらしい眼科34(5):707.712,2017c日本における梅毒性ぶどう膜炎7例の臨床像の検討根本穂高*1,2蕪城俊克*1田中理恵*1大友一義*1高本光子*3川島秀俊*4藤野雄次郎*5相原一*1*1東京大学医学部附属病院眼科*2江口眼科病院*3東京警察病院眼科*4自治医科大学眼科*5JCHO東京新宿メディカルセンター眼科EvaluatingClinicalFeaturesof7SyphiliticUveitisPatientsHotakaNemoto1,2),ToshikatsuKaburaki,1)RieTanaka1),KazuyoshiOotomo1),MitsukoTakamoto3),HidetoshiKawashima4),YujiroFujino5)andMakotoAihara1)1)DepartmentofOphthalmology,TokyoUniversity,2)EguchiEyeHospital,3)DepartmentofOphthalmology,TokyoMetropolitanPoliceHospital,4)DepartmentofOphthalmology,JichiMedicalUniversityHospital,5)DepartmentofOphthalmology,JapanCommunityHealthcareOrganizationTokyoShinjukuMedicalCenter.目的:梅毒性ぶどう膜炎の7例の臨床像について報告する.方法:東京大学医学部附属病院眼科にて梅毒性ぶどう膜炎と診断された患者7例10眼の臨床像を検討した.結果:両眼性3例,片眼性4例で,病型は前部ぶどう膜炎3例,後部ぶどう膜炎1例,汎ぶどう膜炎3例であった.HIV感染例は1例であった.3例4眼に微塵様,2例3眼に豚脂様の角膜後面沈着物を認めた.後眼部病変は4例6眼にみられ,硝子体混濁1例1眼,網膜滲出斑2例3眼,視神経乳頭発赤2例4眼,血管白鞘化3例4眼,.胞様黄斑浮腫3例3眼,acutesyphiliticposteriorplacoidchorioretinitis(ASPPC)を3例5眼に認めた(1症例で複数所見あり).結論:今回の症例ではASPPCを呈した症例を7例10眼中3例5眼と比較的多く認め,ASPPCは非HIV感染例の患者での本疾患を疑う重要な眼所見である可能性が考えられた.Purpose:Tocharacterizeclinicalfeaturesofsyphiliticuveitis(SU).Methods:Weretrospectivelyinvestigatedclinicalfeaturesof7SUpatients(10eyes)whovisitedUniversityofTokyoHospital.Results:Ocularinvolvementwasbilateral(3patients)andunilateral(4patients).Anatomiclocationwasanterior(3patients),posterior(1patient),andboth(3patients).Onepatienthadhumanimmunode.ciencyvirusinfection.Vitreoushazewasobservedin1patient(1eye),.nekeratoprecipitates(KPs)in3patients(4eyes),mutton-fatKPsin2patients(3eyes),retinalexudatein2patients(3eyes),opticdiscrednessin2patients(4eyes),whitevesselsin3patients(4eyes),cystoidmacularedemain3patients(3eyes),andacutesyphiliticposteriorplacoidchorioretinitis(ASPPC)in3patients(5eyes).Conclusion:WeobservedASPPCmorefrequentlythaninpreviousreports.ASPPCmightbeahelpfulsignforsuspectedSUwithoutHIV.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)34(5):707.712,2017〕Keywords:梅毒,ぶどう膜炎,角膜後面沈着物,acutesyphiliticposteriorplacoidchorioretinitis(ASPPC),.胞様黄斑浮腫.syphilis,uveitis,keratoprecipitates,acutesyphiliticposteriorplacoidchorioretinitis(ASPPC),cys-toidmacularedema(CME).はじめに梅毒性ぶどう膜炎はTreponemapallidumの感染による眼感染症である.わが国では戦後,梅毒の大流行があり,1948年には届出患者数が47万人を超えたが,その後の社会秩序の回復とペニシリンの普及により10年後には患者数が激減した1,2).それに伴い,梅毒性ぶどう膜炎も稀となっていった.しかし近年,梅毒感染者の増加やヒト免疫不全ウイルス(humanimmunode.ciencyvirus:HIV)の合併例が報告され,梅毒は再興感染症として注目されてきている1,3).海外では梅毒性ぶどう膜炎の報告例は少なくないが,わが国ではAIDS患者に合併した梅毒性ぶどう膜炎30例の報告4)があ〔別刷請求先〕根本穂高:〒040-0053北海道函館市末広町7-13江口眼科病院Reprintrequests:HotakaNemoto,EguchiEyeHospital7-13,Suehirotyo,Hakodate,Hokkaido040-0053,JAPAN0910-1810/17/\100/頁/JCOPY(105)707る以外は,1.2例の症例報告のことが多い5,6).今回,東京大学医学部附属病院眼科で経験した梅毒性ぶどう膜炎7症例の臨床像を検討した.I方法対象は2005年5月.2015年8月に東京大学医学部附属病院を受診し,血清学的検査および眼所見から活動性の梅毒性ぶどう膜炎と診断され,ぶどう膜炎に対する何らかの治療が行われた症例7例10眼である.梅毒性ぶどう膜炎の診断は,梅毒血清反応検査(serologictestforsyphilis定量:STS定量)が16倍以上で活動性梅毒と考えられること,およびぶどう膜炎の臨床像が過去の文献などから梅毒性ぶどう膜炎として矛盾しないと考えられることとした.サルコイドーシスなど他のぶどう膜炎の可能性については,血液検査,ツベルクリン反応,胸部X線撮影などを行い,除外診断を行った.対象患者について,性別,年齢,両眼性,片眼性,ぶどう膜炎の病型(前部,後部および汎ぶどう膜炎),梅毒のstage,STS定量値,神経梅毒の合併の有無,HIV感染の有無,眼所見,初診時視力,最終視力,治療内容について,診療録より後ろ向きに検討した.前房内炎症所見はStandardizationofUveitisNomencla-ture(SUN)WorkingGroupの評価基準を用いて評価した7).II結果患者背景は男性6例9眼,女性1例1眼,初診時平均年齢58.7±4.5歳であった.全例診断時のSTS定量値が16倍以上であったことから梅毒性ぶどう膜炎と診断した.両眼性3例,片眼性4例で,ぶどう膜炎の解剖学的分類は,前部ぶどう膜炎3例,後部ぶどう膜炎1例,汎ぶどう膜炎3例であった.梅毒のstageは2期1例,潜伏期6例であった.4例にのみ髄液検査を施行し,神経梅毒ありが2例,神経梅毒なしが2例であった.HIVの合併ありが1例,なしが6例であった.HIV患者は男性間性交渉者(MenwhohaveSexwithMen:MSM)であった(表1).前眼部所見としては前房内にcellを認めた症例が5例7眼あった.角膜後面沈着物(keratoprecipitates:KPs)は微塵様(.neKPs)を3例4眼,豚脂様(muttonfatKPs)を2例3眼に認めた.虹彩結節を1例1眼,虹彩後癒着を3例3眼に認めた(表2).眼底所見については,前房内炎症が非常に高度で眼底所見の観察が不可能であった1例1眼を除外した6例9眼について検討を行った.硝子体混濁1例1眼,網膜滲出病変2例3眼,視神経乳頭発赤2例4眼,血管白鞘化を3例4眼に認め,そのうち動脈血管白鞘化3例4眼,静脈血管白鞘化1例1眼であった(表3).光干渉断層計(opticalcoherecetomog-表1患者背景診断時症例年齢患眼部位梅毒のstageSTS定量値(倍)神経梅毒HIV合併159歳,男性両眼前部潜伏期256髄液検査未施行.261歳,男性両眼汎潜伏期256髄液検査未施行.363歳,男性右眼前部潜伏期16髄液検査未施行.466歳,男性左眼汎潜伏期48..572歳,女性右眼汎潜伏期16..665歳,男性両眼後部潜伏期64+.725歳,男性左眼前部2期512++(MSM)MSM:男性間性交渉表2活動期の前眼部所見症例前房内cells角膜後面沈着物虹彩結節虹彩後癒着11+/0.5+.ne/.ne./../.22+/2+muttonfat/muttonfat./../.3..ne.+4trace.ne..5trace..+6./../../../.72+muttonfat++両眼性では所見を右/左で示している.前眼部所見の評価はStandardizationofUveitisNomenclature(SUN)の評価基準7)を用いた.raphy:OCT)画像では.胞様黄斑浮腫(cystoidmacularedema:CME)を2例2眼に認めた.また今回,acutesyphiliticposteriorplacoidchorioretinitis(ASPPC)6)と考えられる眼底後極部の色素上皮レベルの黄白色円盤状病変を3例5眼に認めた(図1,2).フルオレセイン蛍光眼底造影(.uoresceinangiography:FA)検査所見については,前房内炎症が高度で眼底透見不能例と後眼部に炎症所見を認めなかった症例2例2眼を除いた5例8眼について検討を行った.CMEでみられる黄斑部の花弁状色素貯留が3例3眼,視神経乳頭過蛍光が3例5眼,ASPPCに特徴的な網膜後極部の円盤状過蛍光が3例5眼(図3),シダ状蛍光漏出が4例6眼,静脈からの蛍光漏出が3例5眼,動脈からの蛍光漏出が2例3眼にみられた(表4).図1症例6の右眼眼底写真ASPPC所見(.).視神経乳頭近傍から黄斑部にかけて広がる黄白色病変を認める.図2症例6の右眼OCT画像図1のASPPCの黄白色病変に一致した部位の色素上皮の肥厚・不整を認め,黄斑部より上方のellipsoidzoneの不鮮明化(.)を認める.図3症例6の右眼FA検査画像図1のASPPCの黄白色病変に一致した部位に早期(右図)から後期(左図)にかけて増強する過蛍光領域(.)を認める.視神経乳頭の過蛍光,静脈炎もみられる.表3後眼部所見症例硝子体混濁網膜滲出病変視神経乳頭発赤血管白梢化CME(OCT)ASPPC(OCT)1./../../../../../.2./.+/++/+A/A./.+/+3….OCT未施行OCT未施行4+..A&V++5.+.A+.6./../.+/+./../.+/+7判定不能判定不能判定不能判定不能判定不能判定不能両眼性では所見を右/左で示している.A:動脈,V:静脈.表4FA検査所見黄斑部蛍光漏出蛍光漏出蛍光漏出症例花弁状色素貯留視神経乳頭過蛍光ASPPC(シダ状)(静脈)(動脈)1./../../../../../.2+/.+/++/++/++/++/+3未施行未施行未施行未施行未施行未施行4++++..5+..+6./.+/++/++/+++/++./.7未施行未施行未施行未施行未施行未施行両眼性では所見を右/左で示している.表5駆梅療法,視力駆梅治療矯正視力症例抗菌薬投与日数初診時視力最終視力視力不良の理由CMEの有無1AMPC1g内服10カ月0.2/0.81.2/1.5./.2PCG180万単位点滴14日0.8/0.10.7/0.1左視神経萎縮+/.3AMPC4g内服19日0.080.04続発緑内障不明4CTRX2g点滴14日0.50.6CMEによる黄斑変性+5PCG210万単位点滴14日0.40.4+6PCG240万単位点滴14日0.03/0.40.5/1.5右帯状角膜変性./.7PCG240万単位点滴14日指数弁1.2不明両眼性では所見を右/左で示している.抗菌薬欄の項目は抗菌薬の種類と1日投与量を表す.AMPC:アモキシシリン水和物,PCG:ベンジルペニシリンカリウム,CTRX:セフトリアキソンナトリウム水和物.駆梅療法としては,アモキシシリン水和物内服が2例,ベンジルペニシリンカリウム持続点滴が4例,セフトリアキソンナトリウム水和物点滴が1例に行われた.矯正視力は初診時には0.1以下が4例4眼にみられたが,最終観察時には0.1以下は2例2眼のみであった.初診時と比べ最終観察時の少数視力で2段階以上の視力改善は3例5眼,不変3例4眼,2段階以上の視力悪化が1例1眼であった.視力の改善しなかった理由は視神経萎縮,続発緑内障,黄斑変性,帯状角膜変性が1例1眼ずつであった.FA検査でCMEがみられた3眼はいずれも視力改善は不良であった(表5).CMEがみられた症例では駆梅療法後もOCTで黄斑部の網膜層構造の不整がみられた(図4).図4症例5の右眼OCT画像駆梅療法終了15カ月後のOCT画像.CMEは消失しているが,黄斑部の網膜層構造の不整がみられる.III考按梅毒性ぶどう膜炎の臨床像は多彩で,いずれの眼構造物にも炎症を起こすことがあり,肉芽腫性炎症を引き起こすことも非肉芽腫性炎症を引き起こすこともある,と報告されている8).今回の症例でも,角膜後面沈着物が肉芽腫性所見(muttonfatKPs)の症例は2例2眼,非肉芽腫性所見(.neKPs)の症例は3例3眼であり,両方の所見を呈しうる結果であった.また,後眼部所見に関しても硝子体混濁,網膜血管炎(動脈炎,静脈炎,毛細血管炎),視神経乳頭炎,CME,ASPPCなどの多彩な所見を認めた.ASPPCは梅毒性ぶどう膜炎の合併症で,眼底後極部に網膜色素上皮レベルの黄白色の円盤状病変を呈する病態として1990年にGassらにより報告された9).正確な病態は解明されていないが,色素上皮および脈絡膜レベルの炎症が疑われている10,11).駆梅療法によく反応し,早期治療介入により視力予後は比較的良好に保たれるとされている12).OCTにて網膜色素上皮(retinalpigmentepithelium:RPE)の肥厚,不整,高輝度の結節性病変を認め,FA検査にて早期低蛍光,後期色素染を認めることが報告されている11).今回ASPPCと診断した3例5眼においても,網膜後極部に円盤状黄白色病変を認め(図1),OCTで黄白色病変に一致した部位のRPEの肥厚,不整,ellipsoidzoneの不鮮明化を認めた(図2).また,FA検査では病変部で早期から後期にかけて徐々に増強する大型の斑状過蛍光領域を認め(図3),ASPPCとして矛盾しない所見であった.ASPPCは,報告された当初はHIVの合併例が相次いだため,HIV感染などの免疫機能低下を合併した梅毒性ぶどう膜炎に特徴的な所見と捉えられていたが11),その後HIV感染を認めない梅毒性ぶどう膜炎の報告が相次いだことからHIVの感染にかかわらず,梅毒性ぶどう膜炎の特徴的な所見として捉えられている11).最近の報告ではHIV陰性の梅毒性ぶどう膜炎にASPPCの頻度が高い可能性も示唆されている10,13).欧米では梅毒性ぶどう膜炎患者の1/3がHIV合併例であり,2/3はMSMであるなど,HIVやMSMと関連した症例が多いとされている15).海外ではASPPCは3.12%程度とする報告が多いが10,14),最近のわが国でのHIV感染患者における梅毒性ぶどう膜炎20例30眼の報告でも,ASPPCは2眼,6.7%であった6).一方,今回の症例ではHIV合併例は1例(この症例はMSMである)のみであり,欧米と比較するとHIV合併例およびMSMが少ない結果であった.今回の症例では,眼底透見可能であった症例6例9眼中3例(50%)5眼(56%)にASPPCを認め,海外の既報より高頻度であった.ASPPCの頻度が高かった原因として,人種や民族の違いに加え,免疫状態の違いが関連している可能性があり,既報でも免疫不全状態ではASPPCが生じにくい可能性も示唆されている13).しかし,症例数が少なく,さらなる症例の蓄積が必要と考える.いずれにせよASPPCは梅毒性ぶどう膜炎に特徴的で,本症を疑う重要な所見であると考える.梅毒性ぶどう膜炎の視力予後については,早期に抗菌薬による治療を行えば,視力予後は良好との報告が一般的である.しかし,梅毒性ぶどう膜炎に黄斑浮腫を認めた症例での視力予後は不良であるとの報告も散見される10,13).今回の検討でも過去の報告と同様に,視力予後は良好な症例が多い結果であったが,FA検査でCMEを認めた3眼は,いずれも抗菌薬治療後の視力改善が不良であった.現在のところ梅毒性ぶどう膜炎においてCMEを認めた症例の視力予後が不良である原因は不明だが,今回CMEを認めた症例では駆梅療法終了後に黄斑部の網膜層構造の不整が持続する症例がみられ(図4),既報10,13)でも同様の報告があることから,この視力予後不良には不可逆的な網膜障害などがある可能性があり,今後さらなる検討が必要と考える.以上,今回梅毒性ぶどう膜炎と診断して治療を行った患者7例10眼の臨床像を検討した.梅毒性ぶどう膜炎は肉芽腫性虹彩炎を呈することも非肉芽腫性虹彩炎のこともあり,眼所見は多彩であった.今回の症例はHIV感染のない症例が多く,かつASPPCを呈した症例を7例10眼中3例5眼と比較的多く認めた.ASPPCは非HIV感染例の患者での本疾患を疑う眼所見である可能性が考えられた.本文の要旨は,日本眼感染症学会と日本眼炎症学会の合同セッションで発表した.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)新村眞人:性感染症の動向・予防.最新皮膚科学大系15(玉置邦彦編),p204-209,中山書店,20032)丸田宏幸:梅毒の歴史.現代皮膚科学体系6B(山村雄一編),p204-206,中山書店,19833)大里和久:梅毒.性感染症診断・治療ガイドライン2011.日性感染症会誌22:46-48,20114)TsuboiM,NishijimaT,YashiroSetal:Prognosisofocu-larsyphilisinpatientsinfectedwithHIVintheantiretro-viraltherapyera.SexTransmInfect92:605-610,20165)坂本尚子:梅毒性ぶどう膜炎.眼臨79:1678-1683,19856)YokoiM,KaseM:Retinalvasculitisduetosecondarysyphilis.JpnJOphthalmol48:65-67,20047)JabsDA,NussenblattRB,RosenbaumJT;Standardiza-tionofUveitisNomenclature(SUN)WorkingGroup:Standardizationofuveitisnomenclatureforreportingclini-caldata.ResultsoftheFirstInternationalWorkshop.AmJOphthalmol140:509-516,20058)FuEX,GeraetsRL,DoddsEMetal:Super.cialretinalprecipitatesinpatientswithsyphiliticretinitis.Retina30:1135-1143,20109)GassJD,BraunsteinRA,ChenowethRG:Acutesyphiliticposteriorplacoidchorioretinitis.Ophthalmology97:1288-1297,199010)ZhangR,QianJ,GuoJetal:ClinicalmanifestationsandtreatmentoutcomesofsyphiliticuveitisinaChinesepop-ulation.JOphthalmol2016:2797028,201611)Meira-FreitasD,FarahME,Ho.ing-LimaALetal:Opti-calcoherencetomographyandindocyaninegreenangiog-raphy.ndingsinacutesyphiliticposteriorplacoidcho-roidopathy:casereport.ArqBrasOftalmol72:832-835,200912)MathewRG,GohBT,WestcottMCetal:BritishOcularSyphilisStudy(BOSS):2-YearNationalSurveillanceStudyofIntraocularIn.ammationSecondarytoOcularSyphilis.InvestOphthalmolVisSci55:5394-5400,201413)FonollosaA,Martinez-IndartL,ArtarazJetal:Clinicalmanifestationsandoutcomesofsyphilis-associateduveitisinNorthernSpain.OculImmunolIn.amm24:147-152,201614)MoradiA,SalekS,DanielEetal:Clinicalfeaturesandincidenceratesofocularcomplicationsinpatientswithocularsyphilis.AmJOphthalmol159:334-343,201515)LiSY,SalekS,DanielEetal:Posteriorsyphiliticuve-itis:clinicalcharacteristics,co-infectionwithHIV,responsetotreatment.JpnJOphthalmol55:486-494,2011***

電撃傷により白内障とぶどう膜炎,中心窩裂隙が生じた1例

2016年3月31日 木曜日

《第49回日本眼炎症学会原著》あたらしい眼科33(3):439.442,2016c電撃傷により白内障とぶどう膜炎,中心窩裂隙が生じた1例高砂縁*1村田晶子*1,2曽我部由香*2辻川明孝*1*1香川大学医学部眼科学講座*2三豊総合病院ACaseofElectricalInjurywithCataract,UveitisandRetinalBreakofMaculaYukariTakasago1),AkikoMurata1,2),YukaSogabe2)andAkitakaTsujikawa1)1)DepartmentofOphthalmology,KagawaUniversityFacultyofMedicine,2)DepartmentofOphthalmology,MitoyoGeneralHospital電撃傷受傷から約2カ月経って,白内障とぶどう膜炎,中心窩裂隙が生じた1例を経験したので報告する.症例は19歳,男性であった.2014年7月,仕事中に6,600Vの電圧機器に触れ,意識消失したため救急搬送された.受傷後約2カ月経って,左眼の充血,疼痛が出現したため眼科受診となった.矯正視力は右眼(0.7),左眼(0.1)に低下し,両眼白内障,左眼結膜充血と毛様充血および前房内フィブリン析出を認めた.光干渉断層計では両眼に中心窩裂隙を認め,電撃傷に伴う左眼虹彩炎と診断し,ステロイド点眼治療を開始した.点眼治療により,受傷3カ月後には炎症所見は消失した.また,中心窩裂隙は自然閉鎖し,受傷6カ月後には矯正視力は右眼(1.2),左眼(1.0)に改善した.Wereportacasethatdevelopedcataract,uveitis,andfovealbreaks2monthsafterelectricalinjury.A19-year-oldmalevisitedaclinicwithhyperemiaandeyepaininhislefteye2monthsafteranelectricalinjury.Best-correctedvisualacuitybyLandoltchartwas0.7righteyeand0.1lefteye.Therewerecataractsinbotheyesandciliaryinjectionandfibrinformationintheanteriorchamberofthelefteye.Fluoresceinangiographydemonstratedhyperfluorescenceinperipheralretinalvesselsinbotheyes.Opticalcoherencetomographyshowedsmallfull-thicknessfovealbreaksinbotheyes.Hewastreatedwithtopicalsteroid.Inflammationfindingshaddisappearedby3monthsafterinjury.Withoutanysurgicaltreatment,thefovealbreakshadcompletelyclosedby6monthsafterinjury.Visualacuityimprovedto1.2righteyeand1.0lefteye.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)33(3):439.442,2016〕Keywords:電撃傷,白内障,ぶどう膜炎,中心窩裂隙,黄斑円孔.electricalinjury,cataract,uveitis,retinalbreakofmacula,macularhole.はじめに電撃傷とは,感電,落雷,電気スパーク,孤光(アーク)などによる電気的損傷であり,6.6kV以上の高電圧で起こり,通電により局所に熱作用が発生し臓器損傷が起こるものである1).症状には,皮膚の熱傷,内臓および筋組織の傷害,不整脈,意識障害など多数あり,頭部に通電した場合は眼球に損傷が起こるとされる.眼障害のなかでは電撃白内障がもっとも多く,その他に結膜炎,ぶどう膜炎,黄斑浮腫,黄斑円孔,視神経障害などが報告されている2.4).電撃傷により白内障が生じた報告は多数あるが,ぶどう膜炎や中心窩裂隙が生じた報告は少ない.今回,受傷の約2カ月後に,白内障とぶどう膜炎,中心窩裂隙を認めた症例を経験したので報告する.I症例患者:19歳,男性.主訴:左眼の充血,疼痛.既往歴:特記事項なし.家族歴:特記事項なし.現病歴:2014年7月,仕事中に6,600Vの電圧機器に触れ,意識消失し前医へ救急搬送された.ICUに入院となったが,徐々に全身状態は回復し,後遺症もなく退院した.その間,眼症状の訴えはなく,眼科受診はしなかった.受傷2カ月後の9月になって左眼の充血,疼痛が出現し,前医眼科〔別刷請求先〕高砂縁:〒761-0793香川県木田郡三木町池戸1750-1香川大学医学部眼科学講座Reprintrequests:YukariTakasago,M.D.,DepartmentofOphthalmology,KagawaUniversityFacultyofMedicine,1750-1Ikenobe,Miki-cho,Kita-gun,Kagawa761-0793,JAPAN0910-1810/16/\100/頁/JCOPY(109)439 図1初診時の眼底写真とOCT像図2フルオレセイン蛍光眼底造影写真を受診した.右眼視力=0.4(0.7×.0.75D(cyl.0.25DAx120°),左眼視力=0.1(n.c.),両眼白内障,左眼結膜充血と毛様充血および前房内フィブリン析出を認めた.また,光干渉断層計(opticalcoherencetomography:OCT)にて両眼に中心窩裂隙を認めた.電撃傷に伴う左眼虹彩炎と診断され,0.1%ベタメタゾン点眼治療が開始された.その後炎症は改善していき,前医初診の1週間後に自宅から近い三豊総合病院へ紹介となった.初診時所見:右眼視力=0.4(0.8×.0.5D),左眼視力=0.4(0.5p×+0.5D(cyl.1.0DAx180°),両眼後.下白内障,左眼の軽度毛様充血と前房内炎症細胞を認めたがフィブリンは消失していた.OCTでは両眼の中心窩裂隙を呈し,フルオレセイン蛍光眼底造影検査(fluoresceinangiography:FA)では造影初期に左眼中心窩にわずかに過蛍光を認めた.また,両眼とも周辺血管から蛍光漏出を認めた(図1,2).経過:0.1%ベタメタゾン点眼治療を継続し,炎症は徐々に軽減したため,受傷約3カ月後に右眼,約4カ月後に左眼の点眼を0.1%フルオロメトロンに変更した.その後消炎し,受傷約5カ月後に点眼を中止したが,炎症の再燃はみられなかった.中心窩裂隙は自然に閉鎖していき,受傷6カ月後には完全に閉鎖した(図3).視力は右眼=(1.2),左眼=(1.0)まで改善し,後.下白内障はあるものの本人の視力低下の訴えもなく,終診となった.II考按電撃傷による損傷には,電流そのものによる損傷だけでなく,生体内でのジュール熱発生による損傷,また直接接触しなくても接近することでフラッシュオーバー現象により起こるアーク放電による損傷があるとされる.落雷による眼障害の機序として,電流による直接の組織損傷,電流が抵抗により変換された熱による組織損傷,衝撃波による組織構造の変化,局所の炎症による組織の機能不全の4つが考えられている5).なかでも虹彩や水晶体.,中心窩付近の網膜色素上皮は眼内組織のなかで電気抵抗が大きく熱障害を受けやすいとされており,虹彩炎や白内障,黄斑円孔や黄斑浮腫が生じや440あたらしい眼科Vol.33,No.3,2016(110) 右目左眼2014/10/17VD=(0.7),VS=(0.5)2014/10/31VD=(1.0),VS=(0.6)2014/11/21VD=(1.2),VS=(0.8)2015/1/30VD=(1.2),VS=(1.0)図3OCT像と視力の経過すいと考えられている5).本症例でも,電気抵抗の高い虹彩,水晶体.が障害され,ぶどう膜炎や白内障が生じたと考えられた.中心窩裂隙の発生については中心窩付近の網膜色素上皮の熱障害だけでは説明しにくい.OCT上中心窩付近のellipsoidzoneやinterdigitationzoneなどの網膜外層が障害されていたものの,色素上皮は形態的には異常を示していなかったからである.初診時,FAの造影初期で左眼中心窩にわずかに過蛍光を認め,右眼には認めなかったが,これは右眼の中心窩裂隙があまりにも小さかったためで,欠損の大きかった左眼の中心窩裂隙にのみ背景蛍光のブロックによる過蛍光が認められたと考えられた.すなわち両眼とも中心窩近辺の網膜色素上皮細胞はFA,OCT所見上あまり障害を受けていなかったと推測される.したがって,中心窩裂隙の閉鎖はOCTでのみ確認しFAでは確認していないとはいえ,裂隙閉鎖後にFAを施行していたとしたら,初診時にみられた左眼の過蛍光は消失していたと考えられた.電撃傷による黄斑円孔に関しては,黄斑円孔発症約2週間後に硝子体手術を施行し,黄斑円孔の閉鎖を確認したという報告5)がある.しかし,本症例では外境界膜が連続し,わずかな中心窩裂隙のみであったため,自然閉鎖を期待して経過観察としたところ,徐々に裂隙は閉鎖していき,受傷6カ月後には完全閉鎖し視力の回復もみられた.外傷性黄斑円孔は特発性黄斑円孔に比べて自然閉鎖率が高い6)ため,すぐに手術をせずに経過観察をすることが多い.外傷性黄斑円孔の発生機序はいまだ解明されていないが,打撃による眼球の変形や網脈絡膜に波及した強い衝撃により黄斑部網膜に断裂を生じるという説,急激な後部硝子体.離によるという説などがある7).今回の症例の中心窩裂隙の発症機序については,電撃という強い衝撃が中心窩の網膜にも波及し裂隙が生じた可能性と,明らかな後部硝子体.離の所見は認めなかったが,ぶどう膜炎が前眼部と周辺後眼部にみられたことから,電撃の衝撃や熱損傷が眼球赤道部より前に強く加わったと推測され,周辺部硝子体の収縮が中心窩に対して接線方向に牽引する力となった,という2つの力学的な機序の可能性が考えられた.電撃傷による黄斑円孔の場合も,外傷性黄斑円孔と同様に自然閉鎖率が高い可能性があり,しばらく経過観察してもよいのではないかと考えた.本症例では,受傷直後には眼症状はみられなかったが,ぶどう膜炎は受傷後約2カ月経ってから出現し,白内障は経過観察中に後.下混濁の拡大や前.下混濁もみられるようになり,徐々に進行した.また,初診時には,ぶどう膜炎所見が軽度であった右眼の視力も0.8に低下していたが,視力の回復の経過から,その原因は白内障ではなく中心窩裂隙であったと考えられた.同様に左眼の発症時の視力低下の原因は虹彩炎と中心窩裂隙の両方であったと考えられ,両眼の各経過から,中心窩裂隙の発症も,受傷直後よりはぶどう膜炎が出現した受傷後2カ月に近い時期ではないかと推測された.これまでの電撃傷や雷撃傷の報告には,受傷直後から虹彩毛様体炎,視神経炎がみられ,受傷1カ月後に黄斑円孔がみられたという報告5)や,受傷約3週間後に著明なぶどう膜炎がみられたという報告8)があり,電撃傷や雷撃傷による症状やその出現時期はさまざまである9,10).電撃傷は,通電により生体自身から発生したジュール熱による臓器の損傷であるといえ,時間が経過すると,局所深部の損傷が拡大していくこと(111)あたらしい眼科Vol.33,No.3,2016441 もしばしばあるとされる1).そのため,受傷直後にはみられなかった所見が,時間が経過するとともに出現したり進行したりすることがあると考えられた.また,遅発性のぶどう膜炎の発症に関しては,電撃傷受傷時に直接損傷された虹彩や網膜色素上皮に対して,遅発性の免疫反応が起こり炎症が生じた可能性も考えられた.電撃傷により電撃白内障が生じた報告はわが国でもよくみられるが,白内障以外のぶどう膜炎や中心窩裂隙,黄斑円孔などが生じたという報告は少ない.今回,電撃傷受傷の約2カ月後に,白内障とぶどう膜炎,中心窩裂隙を認めた非常にまれな症例を経験した.電撃傷による眼症状は,受傷直後だけでなく遅発性に起こってくることもあるため,長期の経過観察が必要となる.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)木所昭夫:電撃傷・雷撃傷.救急・集中治療19:11131117,20072)SonyP,VenkateshP,TewariHKetal:Bilateralmacularcystsfollowingelectricburn.ClinExpOphthalmol33:78-80,20053)KrasnyJ,BrozL,KripnerJ:Anterioruveitiscausedbyelectricaldischargeinwholebodyinjuries.CeskSlovOftalmol69:158-163,20134)KornBS,KikkawaDO:Ocularmanifestationofelectricalburn.NEnglJMed370:e6,20145)白井威人,福地祐子,中田亙ほか:落雷により黄斑円孔,視神経症,虹彩毛様体炎を生じた一症例.眼臨紀2:11801183,20096)YamadaH,SasakiA,YamadaEetal:Spontaneousclosureoftraumaticmacularhole.AmJOphthalmol134:340-347,20027)長嶺紀良,友寄絵厘子,目取真興道ほか:外傷性黄斑円孔に対する硝子体手術成績.あたらしい眼科24:1121-1124,20078)福田由美,杉谷倫子,玉田裕治ほか:電撃傷により著明なぶどう膜炎および白内障を発症した1例.臨眼57:881884,20039)佐久間健彦,神尾一憲,玉井信:落雷による過剰電流の眼内組織に及ぼす影響.臨眼45:601-603,199110)DattaH,SarkarK,ChatterjeePRetal:Anunusualcaseoflateocularchangesafterlightninginjury.IndianJOphthalmol50:224-225,2002***442あたらしい眼科Vol.33,No.3,2016(112)

妊娠初期のVogt-小柳-原田病にステロイドパルス療法を施行した1例

2015年11月30日 月曜日

1.28001.060矯正視力40200b図3初診から11カ月後の眼底写真a:右眼,b:左眼.両眼とも滲出性網膜.離は軽快した.病内科を受診し,インスリン治療を並行して行うこととなった.経過良好のため12月上旬に退院した後,外来通院にて眼科の定期検査を行った.経過中,原田病の再燃はなく,また胎児の発育に問題はなく,インスリン治療も続けたが,HbA1Cは5%前後で推移していた.ステロイドの内服は翌年5月上旬まで続いた.平成26年5月中旬,妊娠38週において2,850gの女児を無事に出産した.その後も原田病の再燃はなく(図3),同年12月現在,矯正視力は両眼とも(1.2)となっている(図4).II考按妊娠中に原田病に罹患した症例の過去の報告によれば,妊娠前期においてはステロイド点眼や結膜下注射,また後部Tenon.下注射などの局所療法を行い,炎症が鎮静化したという報告が多い3).しかし,妊娠中期や後期になると,局所療法の場合もあるが,プレドニゾロン200mg程度からの大量漸減療法を行うことが多く4,5),出産後にパルス療法を行った,という症例も報告されている6).また,無事に出産11月12月1月2月3月4月中旬中旬中旬中旬中旬中旬5月中旬出産図4治療経過したという報告がほとんどであるが,子宮内胎児発育不良の報告や7),胎児が死亡した報告も存在する8).前者については原田病そのものが胎盤の発育不全に関与していた可能性がある,と述べられており,後者についても原田病そのものが妊娠に影響を及ぼす可能性も否定できず,胎児死亡とステロイドとの関連については判断できない,と述べられている.一方,妊婦とステロイド投与についてみると,プレドニゾロンは,胎盤に存在する11bhydroxysteroiddehydroge-naseにより不活性型に変化されやすく,デキサメタゾン,ベタメタゾンなどの胎盤移行性が高いステロイドに比べると胎児に対する影響が少ないとされている10).また,プレドニゾロンは,妊娠と医薬品の安全性に関する米国のFDA分類ではカテゴリーC,同様のオーストラリア基準ではカテゴリーAに分類され,比較的安全と考えられているが,ステロイドを大量投与した場合に胎児に口蓋裂のリスクが増える可能性が示唆されていたり,下垂体.副腎系の機能が抑制される可能性が指摘されているものの,胎盤透過性の観点からはプレドニゾロンが比較的安全であり,プレドニゾロンで20mg/日の投与であれば,ほぼ安全であろうというのが一般的見解である,と述べられている9,11).本症例について考えてみると,原田病に罹患したのが妊娠初期であったが,視力低下に対する不安や,頭痛の訴えが非常に強かったため,局所療法では治療が困難と考え,ステロイドの全身投与を選択した.ところが,妊娠中に罹患した原田病に対して全身投与を行う場合,大量漸減療法を行うべきであるのか,パルス療法を行うべきであるのかについての明確な指針は存在せず,過去の報告では大量漸減療法を行っている場合が多いため,当科でステロイドの投与方法について議論を行った.そのなかで,通常の原田病の場合は,パルス療法と大量漸減療法を比較すると,北明らのようにパルス療法のほうが夕焼け状眼底になる頻度は少ないものの,再発率や遷延率には差がなかったという報告もある一方で,パルス療法のほうが夕焼け状眼底になる割合や複数回の再発,再燃を生じる割合が少ないという報告や13),パルス療法では再発1620あたらしい眼科Vol.32,No.11,2015(108)率や夕焼け状眼底になる割合が少なく,視力予後が良好であるとする報告があること14),また,夕焼け状眼底となった群では,ならなかった群と比較して有意に髄液中の細胞数が多いとの報告や15),本症例とほぼ同じ妊娠時期に原田病を発症し,パルス療法を行った結果,無事に出産した症例が最近報告されていること2),などを参考に,患者本人と家族,産婦人科の医師と相談した結果,今回はパルス療法を選択することになった.さらに,本症例では既往歴に妊娠高血圧症候群があったが,妊娠高血圧症候群に漿液性網膜.離を合併した報告も散見されることから16),より診断を確実なものにするために患者の同意の下に髄液検査を施行し,髄液中のリンパ球優位の細胞増多を確認したうえで原田病と最終的に診断し,治療を開始した.ステロイドの投与期間については,パルス療法後は,前述のように安全域とされているプレドニゾロン20mg/日以内に比較的早期に減量するように配慮した.しかし,10.15mg/日以下に減量する頃に再燃することが多いことから1),20mg/日以下の期間を十分に取るように考慮し,また,投薬期間が6カ月未満でも炎症の再発率が高いことから17),全体で6カ月程度になるように投薬期間を計画し,治療を行った.最後に,妊娠中に罹患した原田病に対してパルス療法を行った報告はいまだにわずかしかなく,今回の治療が妥当なものであったかどうかについては,議論の余地がある.今後は,同様の報告が増加し,結果が蓄積されてくるものと予想されるので,パルス療法の安全性や有効性について,さらなる検討が必要であると思われる.また,今回幸いにも経過中に原田病の再燃はなかったが,ステロイドの漸減途中に炎症が再燃した場合にステロイドの投与量を再度増加するべきなのかどうか,トリアムシノロンの後部Tenon.下注射を併用するべきかどうか,などについての報告や検討は,筆者らが調べた限りではなく,今後の課題であると考える.本論文の要旨については,第48回日本眼炎症学会にて発表した.文献1)奥貫陽子,後藤浩:Vogt-小柳-原田病.眼科54:1345-1352,20122)富永明子,越智亮介,張野正誉ほか:妊娠14週でステロイドパルス療法を施行した原田病の1例.臨眼66:1229-1234,20123)松本美保,中西秀雄,喜多美穂里:トリアムシノロンアセトニドのテノン.下注射で治癒した妊婦の原田病の1例.眼紀57:614-617,20064)山上聡,望月学,安藤一彦:妊娠中に発症したVogt-小柳-原田病─ステロイド投与法を中心として─.眼臨医85:52-55,19915)MiyataN,SugitaM,NakamuraSetal:TeratmentofVogt-Koyanagi-Harada’sdiseaseduringpregnancy.JpnJOphthalmol45:177-180,20016)大河原百合子,牧野伸二:妊娠37週に発症し,分娩遂行後にステロイド全身投与を行ったVogt-小柳-原田病の1例.眼臨紀2:616-619,20097)河野照子,深田幸仁,伊東敬之ほか:妊娠11週に原田病を発症し子宮内胎児発育遅延を伴った一症例.日産婦関東連会報42:421-425,20058)太田浩一,後藤謙元,米澤博文ほか:Vogt-小柳-原田病を発症した妊婦に対する副腎皮質ステロイド薬治療中の胎児死亡例.日眼会誌111:959-964,20079)宇佐俊郎,江口勝美:妊婦に対するステロイド使用の注意点.ModernPhysician29:664-666,200910)福嶋恒太郎,加藤聖子:妊娠・授乳婦におけるステロイド療法.臨牀と研究91:531-534,201411)濱田洋実:医薬品添付文書とFDA分類,オーストラリア分類との比較.産科と婦人科74:293-300,200712)北明大洲,寺山亜希子,南場研一ほか:Vogt-小柳-原田病新鮮例に対するステロイド大量療法とパルス療法の比較.臨眼58:369-372,200413)井上留美子,田口千香子,河原澄枝ほか:15年間のVogt-小柳-原田病の検討.臨眼65:1431-1434,201114)MiyanagaM,KawaguchiT,ShimizuKetal:In.uenceofearlycerebrospinal.uid-guideddiagnosisandearlyhigh-dosecorticosteroidtherapyonocularoutcomesofVogt-Koyanagi-Haradadisease.IntOphthalmol27:183-188,200715)KeinoH,GotoH,MoriHetal:Associationbetweenseverityofin.ammationinCNSanddevelopmentofsun-setglowfundusinVogt-Koyanagi-Haradadisease.AmJOphthalmol141:1140-1142,200616)中山靖夫,高見雅司,深井博ほか:妊娠高血圧症候群に合併した漿液性網膜.離の1例.産科と婦人科75:1825-1829,200817)LaiTY,ChanRP,ChanCKetal:E.ectsofthedurationofinitialoralcorticosteroidtreatmentontherecurrenceofin.ammationinVogt-Koyanagi-Haradadisease.Eye(Lond)23:543-548,2009***(109)あたらしい眼科Vol.32,No.11,20151621

治療に苦慮した乾癬ぶどう膜炎による続発緑内障の1例

2015年8月31日 月曜日

《第25回日本緑内障学会原著》あたらしい眼科32(8):1201.1204,2015c治療に苦慮した乾癬ぶどう膜炎による続発緑内障の1例田川小百合*1陳進輝*1田川義晃*1新明康弘*1大口剛司*1木嶋理紀*1宇野友絵*1石嶋漢*1新田卓也*2南場研一*1石田晋*1*1北海道大学大学院医学研究科眼科学分野*2回明堂眼科・歯科ACaseofRefractorySecondaryGlaucomaAssociatedwithPsoriaticUveitisSayuriTagawa1),ShinkiChin1),YoshiakiTagawa1),YasuhiroShinmei1),TakeshiOhguchi1),RikiKijima1),TomoeUno1),KanIshijima1),TakuyaNitta2),KenichiNamba1)andSusumuIshida1)1)DepartmentofOphthalmology,HokkaidoUniversityGraduateSchoolofMedicine,Sapporo,Japan,2)Kaimeido-ophthalmologyanddentalclinic症例は45歳の男性で,10数年前より乾癬の診断を受け,数年前から両眼にぶどう膜炎による発作を繰り返し,プレドニゾロン内服とステロイド点眼治療を受けていた.繰り返す発作と眼圧上昇のため,北海道大学病院眼科を受診,左眼眼圧のコントロール不良に対し,左マイトマイシンC併用線維柱帯切除術を施行した.術後数カ月間にわたる遷延性の低眼圧が持続したため,毛様体機能不全による房水産生能低下を考え,左強膜弁縫合術を行った.その後,左眼眼圧は落ち着いたが,半年後に右眼の続発緑内障をきたし,さらに左眼眼圧の再上昇をきたしたため,前回の経過を踏まえ,右眼に360°suturetrabeculotomy変法,左眼に240°trabeculotomy変法を施行した.右眼の眼圧は良好だったが,3カ月後に左眼眼圧が再上昇したため,左眼濾過胞再建術を追加した.その後は両眼とも眼圧が10mmHg前後と落ち着いている.A45-year-oldmalepatientwhohadbeendiagnosedwithpsoriasisformorethan10yearsandwhohadrecurrentattacksofbilateraluveitiswastreatedwithoralandtopicalsteroidsforseveralyearsatanotherfacility.Hewaslaterreferredtoourhospitalduetoelevatedintraocularpressure(IOP)inhislefteye,andwetreatedthateyebyperformingtrabeculectomywithmitomycinC.Postoperativeocularhypotonycontinuedforseveralmonthsafterthetrabeculectomy.Sincethereductionofaqueoushumorproductionappearedtocausetheocularhypotony,weperformedanadditionalsurgerytosuturethescleralflaptightly.Hisleft-eyeocularhypotonyrecovered,yet6-monthslaterbilateralocularhypertensionemerged.Therefore,weperformedamodified360-degreesuturetrabeculotomyonhisrighteyeandamodified240-degreetrabeculotomyonhislefteye.Asaresult,theIOPinhisrighteyewascontrolled,buttheIOPinhislefteyeincreasedagainafter3months,leadingtoblebreconstructionsurgeryofhislefteye.Consequently,theIOPinbotheyessettledatapproximately10mmHg.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)32(8):1201.1204,2015〕Keywords:乾癬,ぶどう膜炎,続発緑内障,線維柱帯切除術,線維柱帯切開術.psoriasis,uveitis,secondaryglaucoma,trabeculectomy,trabeculotomy.はじめに乾癬に伴うぶどう膜炎は,ときに前房蓄膿を伴う前房炎症型の発作を起こし,再発を繰り返すことが知られている1).今回筆者らは,乾癬に伴うぶどう膜炎の続発緑内障に対するマイトマイシンC(MMC)併用線維柱帯切除術(LEC)後に,毛様体機能不全が原因と思われる持続性の低眼圧の症例を経験した.さらにその後両眼の高眼圧を呈したため,右眼に360°suturetrabeculotomy(S-LOT)変法を,左眼に240°のtrabeculotomy(LOT)を施行したので,その経過について報告する.I症例患者:45歳,男性.主訴:視曚感.〔別刷請求先〕田川小百合:〒060-8638札幌市北区北15条西7丁目北海道大学大学院医学研究科眼科学分野Reprintrequests:SayuriTagawa,M.D.,DepartmentofOphthalmology,HokkaidoUniversityGraduateSchoolofMedicine,Kita-15,Nishi-7,Kita-ku,Sapporocity,Hokkaido060-8638,JAPAN0910-1810/15/\100/頁/JCOPY(135)1201 既往歴:高血圧症,頸椎圧迫骨折,骨粗鬆症,心筋炎(心不全にて入院加療歴あり),左眼眼内レンズ挿入眼.家族歴:特記すべきことなし.現病歴:尋常性乾癬の診断を受けてから10数年,シクロスポリンで加療された.数年前に両眼の前部ぶどう膜炎を発症し,乾癬に伴うぶどう膜炎と診断された.その後はステロイド薬の内服と点眼にてコントロールされていたが,繰り返す眼炎症と眼圧上昇のため,北海道大学病院眼科を紹介受診となった.初診時所見:視力は右眼0.3(0.8×.1.50D),左眼0.2(0.8×.1.25D(cyl.1.25DAx75°).眼圧は右眼13mmHg,左眼22mmHg(アセタゾラミド内服,0.1%ベタメタゾン点眼,緑内障点眼3剤点眼継続下).前眼部所見は右眼2+flare,2+cellsで,右眼のみ全周に虹彩後癒着があり,左眼は2.3+flare,2+cellsであった.隅角所見は,右眼に異常はなく広隅角.左眼は周辺虹彩前癒着が2カ所あり,Shaffer4,色素はScheieIIであった.中間透光体は右眼に軽度の核性白内障を認め,左眼は眼内レンズ挿入眼であった.右眼の視神経乳頭には緑内障性変化はみられなかったが,左眼は視神経乳頭陥凹比0.7の緑内障性変化を認めた.臨床経過:プレドニゾロン(PSL)5mg内服は継続とし,アセタゾラミド内服および抗緑内障点眼を追加したが,左眼眼圧が40.50mmHgと高眼圧を持続したため,術1週間前よりPSLを20mgへ増量し,左眼にMMC併用LECを施行した.術後矯正視力は左眼(0.7),術後3カ月間の左眼眼圧は3.7mmHgであった.濾過胞は平坦で,浅前房が持続していた.術4カ月後,突然左眼視力低下を訴えて当科を再診した.このときの視力は右眼0.3(0.5×.0.50D),左眼手動弁(矯正不能)で,前房は消失していた.また,濾過胞は平坦で,Seidel現象はみられなかった(図1).超音波生体顕図1左眼前眼部写真(線維柱帯切除術後3カ月)前房は消失し,平坦な濾過胞がみられた.左前房消失左強膜フラップ縫合術左眼濾過胞再建術左眼240°LOT右眼360°S-LOT6050403020100右眼圧左眼圧03カ月6カ月9カ月12カ月15カ月図2経過のまとめMMC併用線維柱帯切除術後に左前房が消失した時点からの治療経過と眼圧の推移.左眼強膜フラップ縫合術後に眼圧は一旦落ち着いたが再び上昇し,両眼に線維柱帯切開術を施行した.その後,左眼はまた眼圧が再上昇したため,左濾過胞再建術を追加した.眼圧(mmHg)1202あたらしい眼科Vol.32,No.8,2015(136) 微鏡検査(UBM)にて,明らかな毛様体の前方回旋は認めず,脈絡膜.離などもみられなかった.粘弾性物質(ヒーロンVR)および空気を計4回前房内へ注入したが,いずれも1週間.10日間で再び浅前房となり,低眼圧を呈した.炎症による毛様体産生機能の著しい低下が原因と考え,ステロイドパルス療法を施行するも,改善はみられなかった.左眼前房消失から1カ月後に結膜を切開して強膜弁を確認したところ,房水の濾過が確認されたため,左眼強膜弁縫合術を施行した.術後の左眼前房は深く保たれ,眼圧も良好となった.その後PSLを徐々に漸減して様子をみていたところ,左眼眼圧が徐々に上昇し始めたため,ドルゾラミド/チモプトール配合点眼,タフルプロスト点眼,ブリモニジン点眼を順次追加した結果,左眼眼圧は10mmHg前後に落ち着いた.しかし,その後右眼眼圧が徐々に上昇しため,抗緑内障点眼やアセタゾラミド内服を追加し,PSLを10mgから20mgへ増量したが眼圧は低下しなかった.右眼に360°S-LOT変法を施行し,右眼眼圧は10mmHg台前半に落ち着いた.しかし,左眼眼圧もほぼ同時期に上昇したため,左眼に240°LOT(180°S-LOT変法+60°金属ロトームによるLOT)施行し,両眼圧とも10台前半に落ち着いた.しかし,その3カ月後,左眼眼圧が45mmHgへ再上昇したため,左眼に濾過胞再建術を施行し,現在まで両眼圧とも良好に経過している(図2).II考按本症例は乾癬に伴うぶどう膜炎に続発した緑内障で,左眼の眼圧コントロールが不良であったため,左眼MMC併用LECを行うも術後持続的な低眼圧に陥った.さらに,経過中に僚眼であった右眼の眼圧上昇もきたしたため,右眼360°S-LOT変法を施行し,眼圧は下降した.一方,左眼は強膜弁閉鎖後に再度眼圧上昇がみられたため,左眼240°LOTを施行したが3カ月後に眼圧が上昇し,最終的に濾過胞再建術を施行して眼圧が落ち着いた.本症例にみられた経過について考えてみたとき,①なぜ,左眼はMMC併用LEC後に前房が消失したのか?②なぜ,右眼は360°S-LOT変法により良好な術後経過が得られたのか?③なぜ,左眼は240°LOT変法により一時的に眼圧は落ち着いたが,数カ月で再度眼圧上昇をきたしたのか?という疑問が生じる.①については,乾癬性ぶどう膜炎のような繰り返す前眼部発作に伴う続発緑内障は,房水産生機能の低下と流出路抵抗の上昇の両方を伴っていることがあり,非生理的な流出路を作るMMC併用LECはそのバランスを大きく崩す可能性がある.本症例において左眼MMC併用LEC後に前房消失をきたした際には,すでに度重なる発作のため房水産生機能が低下した状態で濾過したため,持続的な低眼圧が生じたと考(137)えられた.言い換えれば,術前に房水産生機能が低下していたにもかかわらず,それを上回る流出路抵抗の上昇があったため,結果的に眼圧上昇が引き起こされていたと推察される.②については,360°S-LOT変法は原発開放隅角緑内障(POAG)だけでなく,ぶどう膜炎を含む続発開放隅角緑内障(SOAG)にも有効とされる2).線維柱帯流出路の流出抵抗を改善するLOTはMMC併用LECと異なり生理的な流出路をそのまま使用するため,低眼圧を生じにくく,良好な結果が得られたのではないかと考えられた.③については,左眼の240°LOT後の再眼圧上昇は,右眼に比べて左眼の炎症が遷延していたため,炎症によって切開部の閉塞やSchlemm管以降の流出路抵抗が増大した可能性があると考えられた.左眼のLOTについては,LECにより線維柱帯を切除した箇所は通糸できないため,180°S-LOT変法と金属ロトームによる60°の切開により,計240°の切開を行った.今回の眼圧下降効果が切開範囲の違いによるものなのかどうかは,今後症例を積み重ねての検討が必要であると考えられる.また,左眼の濾過胞再建術後に過濾過による浅前房をきたしていない点については,房水産生量が安定したことに加え,初回手術と異なり一度癒着した後の濾過胞であったため,濾過胞内に適度な肉芽腫や癒着などが存在し,結膜下での吸水あるいは排水能力に乏しいために,初回のMMC併用LEC時よりも房水産生と濾過量のバランスがとれているものと考えられた.眼圧は基本的に房水産生と房水流出のバランスによって決まる.眼内にぶどう膜炎などの炎症が生じると,たとえ毛様体の房水産生が低下しても房水流出抵抗が上昇して房水流出が減少すると考えられる.したがって,眼内の炎症による房水産生低下が房水流出減少を上回れば,結果的に眼圧は下降するし,房水流出減少が房水産生低下を上回れば眼圧は上昇すると考えられる.実際,過去の報告でも炎症により眼圧は上昇することも下降することもあると報告されている3,4).Kaburakiらの報告によれば,POAGとSOAGに対するMMC併用LECの成績を比較したところ,成功率は変わらなかったが,晩期合併症として持続的な低眼圧が指摘されている5).乾癬に伴うぶどう膜炎のような炎症が持続することによる続発緑内障では,房水産生能が著しく低下していることがあり,濾過手術時には注意が必要であると考えられた.一方,本症例が示すように,生理的な流出路を使うLOTは,房水産生機能が著しく低下している場合でも術後浅前房をきたすことがないという点においては安全である.しかし,術後予後に関してはMMC併用LECの予後と同様に,術後炎症のコントロールが重要と考えられる5).さらに,ぶどう膜炎の症例におけるLOTの線維柱帯の切開範囲と眼圧下降効果については,さらなる症例の積み重ねと長期的な経過観察あたらしい眼科Vol.32,No.8,20151203 が必要であると考えられた.原疾患である尋常性乾癬については,ステロイドの使用や漸減・中止により膿疱性乾癬へ移行する場合があり,実は皮膚科分野ではステロイド使用は禁忌である6).しかし,本症例の場合,当院受診時にはすでにPSLを内服しており,炎症の再燃などのリスクがあるため,ステロイド内服を継続せざるをえなかった.また,シクロスポリンやステロイドの使用がすでに長期間に及んでおり,腎機能障害や骨粗鬆症など全身的な合併症もあるため,今後はインフリキシマブなどの生物製剤による治療も検討していく必要があると思われた7).利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)奥貫陽子,毛塚剛司,臼井嘉彦ほか:乾癬に伴うぶどう膜炎の検討.臨眼62:897-901,20082)ChinS,NittaT,ShinmeiYetal:Reductionofintraocularpressureusingamodified360-degreesuturetrabeculotomytechniqueinprimaryandsecondaryopen-angleglaucoma:Apilotstudy.JGlaucoma21:401-407,20123)沖坂重邦,猪俣孟:毛様体の炎症反応の多様性─臨床と基礎の融合─.日眼会誌108:717-749,20044)田内芳仁,板東康晴,小木曽正博:Behcet病患者の眼発作時における血液房水関門障害と眼圧変動.臨眼47:373376,19935)KaburakiT,KoshinoT,KawashimaHetal:InitialtrabeculectomywithmitomycinCineyeswithuveiticglaucomawithinactiveuveitis.Eye23:1509-1517,20096)難病情報センター:膿胞性乾癬診療ガイドラインTNF-a阻害薬を組み入れた治療指針20107)渡邉裕子,蒲原毅,佐野沙織ほか:インフリキシマブが有効であった乾癬性ぶどう膜炎の1例と乾癬性ぶどう膜炎の当科4症例および本邦報告例のまとめ.日皮会誌122:2321-2327,2012***1204あたらしい眼科Vol.32,No.8,2015(138)