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遺伝性白内障ICR/f ラット水晶体への過酸化水素処理による脂質過酸化とCa2+-ATPase 活性の関連性

2011年4月30日 土曜日

0910-1810/11/\100/頁/JCOPY(71)527《第49回日本白内障学会原著》あたらしい眼科28(4):527.530,2011cはじめに一般に白内障はその混濁過程が比較的長期であり,種々の発症危険因子,たとえば,水晶体上皮細胞から線維細胞への分化過程での障害,加齢,喫煙,糖尿病,外傷,マッサージ,電撃,ガラス加工時の熱,超音波,薬物,栄養障害,さらに紫外線などによる放射エネルギーの関与が報告されている1~3).近年,白内障のなかで最も発症頻度の高い加齢白内障の成因として,太陽光中に含まれる紫外線などによる水晶体細胞への酸化ストレス〔活性酸素種(reactiveoxygenspecies:ROS)など〕が注目されている.この機構として,酸化的傷害により水晶体上皮細胞,特に細胞膜が傷害を受け細胞内恒常性が破綻をきたし電解質バランスなどが崩れ,上昇した細胞内カルシウムイオン(Ca2+)がCa2+依存性蛋白分解酵素であるカルパインを活性化し,最終的にクリスタリン蛋白質が分解・凝集され水晶体混濁がひき起こされるという仮説が提唱されている1).これら酸化ストレスに関わる代表的なROSは,スーパーオキシド(O2・),過酸化水素(H2O2),ヒドロキシラジカル(・OH),一酸化窒素(NO)などがあげられ,いずれも蛋白質や核酸からROSと反応しやすい脂質の水素を引き抜くことで連鎖的脂質過酸化反応をひき起こし,〔別刷請求先〕伊藤吉將:〒577-8502東大阪市小若江3-4-1近畿大学薬学部製剤学研究室Reprintrequests:YoshimasaIto,Ph.D.,SchoolofPharmacy,KinkiUniversity,3-4-1Kowakae,Higashi-Osaka,Osaka577-8502,JAPAN遺伝性白内障ICR/fラット水晶体への過酸化水素処理による脂質過酸化とCa2+-ATPase活性の関連性長井紀章*1村尾卓俊*1小仲陽子*1伊藤吉將*1,2竹内典子*3*1近畿大学薬学部製剤学研究室*2同薬学総合研究所*3名城大学薬学部生理学研究室RelationshipbetweenLipidPeroxidationandCa2+-ATPaseActivityinICR/fRatLensesStimulatedbyHydrogenPeroxideNoriakiNagai1),TakatoshiMurao1),YokoKonaka1),YoshimasaIto1,2)andNorikoTakeuchi3)1)SchoolofPharmacy,2)PharmaceuticalResearchandTechnologyInstitute,KinkiUniversity,3)SectionofBiochemistry,FacultyofPharmacy,MeijoUniversity本研究では,正常およびIharacataractrat(ICR/fラット)水晶体を用い,白内障発症要因の一種である過酸化水素(H2O2)処理が水晶体中過酸化脂質(LPO)産生やCa2+-ATPase活性へ与える影響について比較検討を行った.正常およびICR/fラットともにH2O2処理によりLPOの上昇が認められ,ICR/fラットでは正常ラットと比較し,低濃度のH2O2処理でLPO産生量増加が確認された.また正常およびICR/fラットともに,LPO値が6.7pmol/mgproteinに達した際に急速なCa2+-ATPase活性低下が認められた.以上の結果から,ICR/fラットは正常ラットと比較し,水晶体でのH2O2に対する防御能が脆弱であることが明らかとなった.ThisstudyevaluatedtherelationshipbetweenlipidperoxidationandCa2+-ATPaseactivityinthelensesofnormalratsandIharacataractrats(ICR/frat:arecessivehereditarycataractstrain),followingstimulationbyhydrogenperoxide(H2O2).Lipidperoxide(LPO)levelsinnormalandICR/fratlenseswereincreasedbytreatmentwithH2O2,andthelevelsintheLPOlensesbeingsignificantlyincreasedincomparisonwiththatinnormalratlenses.Inaddition,therapiddecreaseinCa2+-ATPaseactivitywasobservedbyproductionofhighLPO(6-7pmol/mgprotein)inthelensesofnormalandICR/frats.TheresultssuggestedthattheICR/fratlensesaremoresensitivitytoH2O2thanarenormalratlenses.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)28(4):527.530,2011〕Keywords:白内障,過酸化脂質,Ca2+-ATPase,ジエチルジチオカルバミン酸,ICR/fラット.cataract,lipidperoxide,Ca2+-ATPase,diethyldithiocarbamate,Iharacataractrat.528あたらしい眼科Vol.28,No.4,2011(72)この反応で多くの過酸化脂質(LPO)を生ずる.筆者らは,遺伝性白内障モデル動物Iharacataractrat(ICR/fラット)を用い,水晶体混濁前におけるROSによるLPOの増加を明らかとするとともに,水晶体でのLPO増加はICR/fラット白内障の主因であり,最終的に細胞内Ca2+の増加を介した水晶体混濁をひき起こすことを報告した4).したがって,ICR/fラット水晶体におけるROSによるLPOの増加と細胞内Ca2+の制御機構であるCa2+-ATPaseの関係を詳細にすることは白内障発症機構の解明および抗白内障薬開発を目指すうえで非常に重要と考えられる.本研究では,正常および遺伝性白内障モデル動物ICR/fラット水晶体を用い,ROSの一種であるH2O2処理による酸化ストレスが水晶体中LPO産生量やCa2+-ATPase活性へ与える影響について比較検討を行った.また,活性酸素捕捉能を有するラジカルスカベンジャーであるジエチルジチオカルバミン酸(DDC)の影響についても検討した.I対象および方法1.実験動物実験には22日齢の遺伝性白内障ICR/fラットとWistarラット(正常ラット)を用いた.ICR/fラットは名城大学薬学部生理学研究室から供与された.正常ラットは清水実験材料から購入した.すべてのラットは室温25℃,湿度60%に保たれた環境下で飼育し,飼料(飼育繁殖固形飼料CE-2,日本クレア)および水は自由に摂取させた.2.水晶体中過酸化脂質量の測定LPOの測定は,正常およびICR/fラットから摘出した水晶体を0.100mMH2O2含有生理食塩水に加え60分間処理後,氷中でホモジナイズし,遠心分離(5,800rpm,10min,4℃)を行い,その上清をLPO測定試料とした.LPO測定はLPOAssayKit(BIOXYTECHRLPO-586TM)を用いてマロンジアルデヒドおよび4-ヒドロキシアルケンを分析することにより測定した.DDC処理時には,摘出した水晶体をH2O2含有生理食塩水処理前に,100μMDDC含有生理食塩水にて15分間処理を行った.得られた結果は総蛋白質量当りの量として表した.総蛋白質量はBio-RadProteinAssayKit(バイオ・ラッドラボラトリーズ社製)を用いて測定した.3.水晶体中Ca2+-ATPase酵素活性の測定Ca2+-ATPase酵素活性の測定は,正常およびICR/fラットから摘出した水晶体を0.100mMH2O2含有生理食塩水に加え60分間処理後,氷中でホモジナイズし,このホモジネートをCa2+-ATPase酵素活性測定試料とした.Ca2+-ATPase酵素活性の測定法はWangらの方法5)に従った.すなわち,上記ホモジネートを125μlずつ2本に分け,一方には2MKCl25μl,1M4-(2-hydroxyethyl)-1-piperazineethanesulfonicacid(HEPES,pH7.4)25μl,100mMMgCl225μl,20mMEGTA(グリコールエーテルジアミン四酢酸)25μl,4mMATP112.5μl,精製水12.5μlを加え,他方には2MKCl25μl,1MHEPES(pH7.4)25μl,100mMMgCl225μl,20mMEGTA25μl,4mMATP112.5μl,22mMCaCl212.5μlを加え,37℃で1時間インキュベーションした.酵素反応は25μlの氷冷50%トリクロロ酢酸を加えることにより停止させた.その後,遠心分離(5,000rpm,10min,4℃)し,上清200μlにモリブデン硫酸液(2.7mM七モリブデン酸六アンモニウム,205mM硫酸)600μl,Fiske-Subarow液(10.4mM1-アミノ-2-ナフトール-4-スルホン酸,1.4M亜硫酸水素ナトリウム,40.7mM亜硫酸ナトリウム)20μl加え,室温で10分間放置し,660nmにおける吸光度を分光光度計CL-770(島津製作所製)にて比色定量した.Ca2+-ATPase酵素活性は0.1mMCaCl2存在下または非存在下でのATP分解により放出される無機リン酸(Pi)量の差により算出した.DDC処理時には,摘出した水晶体をH2O2含有生理食塩水処理前に,100μMDDC含有生理食塩水にて15分間処理を行い,同様に酵素活性を測定した.得られた結果は総蛋白質量当りの量として表した.II結果1.H2O2処理によるICR/fラット水晶体中LPO産生量およびCa2+-ATPase活性の変化図1,2には正常(図1)とICR/fラット(図2)水晶体へのH2O2処理によるLPO産生量およびCa2+-ATPase活性の変化を示した.正常およびICR/fラットともにH2O2処理濃度の増加に従いLPO産生量の増加が認められ,そのLPO産生量の最大値は約9pmol/mgproteinであり,正常とICR/fラットでほぼ同じであった.一方,Ca2+-ATPase活性においては,正常およびICR/fラットともにH2O2処理濃度の増加に従いCa2+-ATPase活性の低下がみられた.これら正常とICR/fラット水晶体におけるCa2+-ATPase活性は,LPO産生量が6.7pmol/mgprotein付近で急速に低下した.また,LPO産生量の増加およびCa2+-ATPase活性の低下は,正常ラットでは60mMH2O2処理で認められたが,ICR/fラット水晶体ではより低濃度の20mMH2O2処理でみられた.2.ラジカルスカベンジャーDDC処理がH2O2処理誘発水晶体中LPO産生量およびCa2+-ATPase活性変化へ与える影響図3に100μMDDC前処理後30mMH2O2にて刺激した際の,正常およびICR/fラット水晶体中LPO産生量の変化を示した.正常およびICR/fラットともに,H2O2処理により増加した水晶体LPO産生量は,DDCを前処理することで有意に減少した.図4には100μMDDC前処理後30mM(73)あたらしい眼科Vol.28,No.4,2011529H2O2にて刺激した際の,正常およびICR/fラット水晶体中Ca2+-ATPase活性の変化を示した.水晶体中Ca2+-ATPase活性においても,DDCを前処理することでH2O2処理により低下した水晶体Ca2+-ATPase活性は,正常およびICR/fラットともにH2O2未処理水晶体と同程度まで回復した.III考按加齢白内障の成因とされる酸化ストレスはおもにROSによりひき起こされる1,4).このROSの一つであるH2O2はFe2+やハロゲンと反応して活性酸素のなかでも最も反応性が高く酸化力の強い・OHを生じ,・OHは脂質の水素を引き抜くことで連鎖的脂質過酸化反応を誘発し,大量のLPO産生に関わることが知られている6).筆者らはこれまで遺伝性白内障モデル動物ICR/fラットを用い,水晶体中での大量のLPO産生は細胞内Ca2+の増加をひき起こし,最終的に水晶体混濁につながることを明らかとしてきた4).そこで本研究では,正常およびICR/fラット水晶体を用いH2O2処理による酸化ストレスが水晶体中LPO産生量および細胞内Ca2+調節を担うCa2+-ATPase活性へ与える影響について比較検討を行った.以前に筆者らは前眼部画像解析装置EAS-1000を使い,動物を殺傷せずに水晶体混濁を測定した4).その結果22.63日齢のICR/fラット水晶体は透明性を維持しており,混濁は認められなかったが,77日齢では混濁開始が認められ,91日齢のICR/fラット水晶体は成熟白内障であった.さらに,水晶体中Ca2+上昇および水晶体混濁の要因とされる,加齢に伴う水晶体中LPO量およびCa2+-ATPase活性についても,22.49日齢のICR/fラットでは変化が認められないことを確認した4).これらの結果から本研究では22日齢のICR/fラット水晶体(透明時の水晶体)を研究に使用した.2.52.01.51.00.50.01086420Lipidperoxide(pmol/mgprotein)Lipidperoxide(pmol/mgprotein)Normalrat*ControlDDC*ControlDDCICR/frat図3ジエチルジチオカルバミン酸(DDC)が過酸化水素(H2O2)処理による過酸化脂質(LPO)上昇へ与える影響Control:30mMH2O2処理,DDC:100μMDDCおよび30mMH2O2処理(n=3.4).*p<0.05vs.Control.121086420020406080100Lipidperoxide(pmol/mgprotein)H2O2concentration(mM)43210Ca2+-ATPaseactivity(μmol/mgprotein/hr)○:LPO●:Ca2+-ATPase図1過酸化水素(H2O2)処理による正常ラット水晶体中過酸化脂質(LPO)およびCa2+-ATPase活性の変化(n=3.4)121086420020406080100Lipidperoxide(pmol/mgprotein)H2O2concentration(mM)43210Ca2+-ATPaseactivity(μmol/mgprotein/hr)○:LPO●:Ca2+-ATPase図2過酸化水素(H2O2)処理によるICR/fラット水晶体中過酸化脂質(LPO)およびCa2+-ATPase活性の変化(n=3.4)43210Ca2+-ATPaseactivity(μmol/mgprotein/hr)43210Ca2+-ATPaseactivity(μmol/mgprotein/hr)*NormalratICR/fratControlDDC*ControlDDC図4ジエチルジチオカルバミン酸(DDC)が過酸化水素(H2O2)処理によるCa2+-ATPase活性低下へ与える影響Control:30mMH2O2処理,DDC:100μMDDCおよび30mMH2O2処理(n=3.4).*p<0.05vs.Control.530あたらしい眼科Vol.28,No.4,2011(74)H2O2を用いラット水晶体に酸化ストレスを施したところ,正常およびICR/fラットともにH2O2によるLPO産生量の増加が認められた(図1,2).これらH2O2によるLPO産生量の増加は,活性酸素捕捉能を有するDDC処理により抑制された(図3)ことから,H2O2処理による水晶体内LPO産生量の増加はラジカルを介した連鎖的脂質過酸化反応によるものであると示唆された.一方,正常ラットと比較しICR/fラット水晶体では低濃度のH2O2処理によるLPO産生量の増加がみられた.したがって,ICR/fラット水晶体では正常ラット水晶体と比較し,低濃度のH2O2処理においても連鎖的脂質過酸化反応が誘発されることが明らかとなった.したがって,ICR/fラットでは正常ラットと比較し,ROSに対する防御機構が脆弱であるものと示唆された.本結果において,正常およびICR/fラットともにH2O2処理濃度の増加に従い,Ca2+-ATPase活性の低下がみられた.このCa2+-ATPase活性の低下もまた,DDC処理により抑制された.筆者らの遺伝性白内障動物を用いた以前のinvivo実験の結果4,7)において,水晶体でのLPO産生量の増加に従い,Ca2+-ATPaseの構造変化を介したCa2+ポンプくみ出し機能の低下がみられることから,水晶体におけるROSによるLPOの増加はCa2+-ATPase活性の低下をひき起こすことが明らかとなった.さらに,正常ラット水晶体において,50と60mMおよび60と70mMH2O2処理群間におけるLPOの増加差はそれぞれ2.33,2.27pmol/mgproteinと同程度であったが,Ca2+-ATPase活性低下の差は0.49,1.57μmol/mgprotein/hrと60と70mMH2O2処理群間で急速な低下が認められた.ICR/fラット水晶体においても未処理群と20mMおよび20と30mMH2O2処理群間におけるLPOの増加差はそれぞれ2.87,2.24pmol/mgproteinであり,未処理群と20mMH2O2処理群間のLPO産生量差のほうが大きな増加が認められたが,Ca2+-ATPase活性低下は0.81,1.45μmol/mgprotein/hrと20と30mMH2O2処理群間で急速な低下が認められた.これら正常とICR/fラット水晶体におけるCa2+-ATPase活性の急速な低下は,ともにLPO産生量が6.7pmol/mgprotein付近に達した際に認められたことから,LPO増加に伴うCa2+-ATPase活性の低下には最低値が存在することが示唆された.筆者らが以前に測定したICR/fラットのinvivo実験の報告4,7)においても,Ca2+-ATPase活性低下はLPO値が約7pmol/mgprotein付近に達した際に認められたことから,ある一定値までのROSによるLPO産生量増大は,Ca2+-ATPase活性に与える影響は弱いが,一定値(ラット水晶体においては7pmol/mgprotein付近)を超えるとCa2+-ATPase活性の低下が急速に進行し,重度な白内障進行へとつながる可能性が示唆された.細胞内において上昇した細胞内Ca2+濃度は,細胞内カルシウムストアへ取り込まれるか細胞外へ排出されることで調節されている.このカルシウムストアへの取り込みは,小胞体膜に存在するsarcoplasmicreticulumCa2+-ATPase(SERCA)によって行われ,細胞外への排出は細胞膜に存在するplasmamembraneCa2+-ATPase(PMCA)によって行われる.今回測定したCa2+-ATPase活性はSERCAとPMCA両方の活性を含むものであるため,今回の結果から得られたLPO増加による急速なCa2+-ATPase活性の低下は,SERCAとPMCAのどちらに強く起因するのかを明らかとすることは白内障発症機構解明研究において非常に重要でありさらなる研究が必要である.したがって,現在筆者らはLPO産生がSERCAとPMCAへ与える影響について検討しているところである.以上,本研究ではICR/fラットは正常ラットと比較し,水晶体における酸化ストレスに対する防御能が脆弱であることを明らかとした.また,ラット水晶体中における一定以上の脂質過酸化により急速なCa2+-ATPase活性低下がみられ,その際のLPO値はラットにおいて6.7pmol/mgproteinであることが判明した.さらに,DDCがH2O2刺激によるLPO上昇においても効果的に働くことを確認した.これらの報告は今後の抗白内障薬開発研究の確立に有用であるものと考える.文献1)SpecterA:Oxidativestress-inducedcataract:mechanismofaction.FASEBJ9:1173-1182,19952)佐々木一之:白内障.医学と薬学33:1271-1277,19953)ShearerTR,DavidLL,AndersonRSetal:Reviewofselenitecataract.CurrEyeRes11:357-369,19924)NagaiN,ItoY,TakeuchiN:InhibitiveeffectsofenhancedlipidperoxidationonCa(2+)-ATPaseinlensesofhereditarycataractICR/frats.Toxicology247:139-144,20085)WangZ,BunceGE,HessJL:SeleniteandCa2+homeostasisintheratlens:effectonCa-ATPaseandpassiveCa2+transport.CurrEyeRes12:213-218,19936)大柳善彦:SODと活性酸素調節剤─その薬理作用と臨床応用.p3-4,日本医学館,19897)NagaiN,ItoY,TakeuchiNetal:ComparisonofthemechanismsofcataractdevelopmentinvolvingdifferencesinCa(2+)regulationinlensesamongthreehereditarycataractmodelrats.BiolPharmBull31:1990-1995,2008***

Nd-YAG レーザー照射による穿孔外傷ラット白内障モデルの創傷治癒メカニズムの検討

2010年11月30日 火曜日

0910-1810/10/\100/頁/JCOPY(125)1607《原著》あたらしい眼科27(11):1607.1612,2010cはじめに白内障の予防,治療のためにさまざまな白内障動物実験モデルが研究されている.これまで実験モデルには,酸化障害,代謝障害,水晶体膜機能障害,放射線照射,外傷モデルなど多数報告されている1).マウスやラットを用いた穿孔性外傷白内障モデルも白内障研究のために使用され,針刺入やNd-YAGレーザー照射により水晶体前.を破.させると,組織学的には水晶体線維細胞群(もしくは水晶体皮質)が前面に突出した後に水晶体上皮細胞が著しく増殖,重層化して損傷部を被覆することが報告2~10)されている.しかしNd-YAGレーザー穿孔外傷白内障モデルを用いた創傷治癒過程での免疫組織学的検討および細隙灯顕微鏡による前眼部所見の経時的な変化を併せて観察した報告は見当たらない.今回筆者らは,Nd-YAGレーザー照射によるラット外傷白内障モデルを作製して,白内障水晶体の経時的変化と創傷治癒メカニズムの免疫組織学的な検討を行った.〔別刷請求先〕綿引聡:〒321-0293栃木県下都賀郡壬生町北小林880獨協医科大学眼科学教室Reprintrequests:SatoshiWatabiki,M.D.,DepartmentofOphthalmology,DokkyoMedicalUniversity,880Kitakobayashi,Mibumachi,Shimotsuga-gun,Tochigi321-0293,JAPANNd-YAGレーザー照射による穿孔外傷ラット白内障モデルの創傷治癒メカニズムの検討綿引聡*1松島博之*1向井公一郎*1寺内渉*1妹尾正*1小原喜隆*2*1獨協医科大学眼科学教室*2国際医療福祉大学MechanismsofWoundHealinginExperimentalCataractModelInducedbyNeodymium-YAGLaserSatoshiWatabiki1),HiroyukiMatsushima1),KoichiroMukai1),WataruTerauchi1),TadashiSenoo1)andYoshitakaObara2)1)DepartmentofOphthalmology,DokkyoMedicalUniversity,2)InternationalUniversityofHealthandWelfareSprague-Dawleyラットを用い,Nd-YAGレーザー照射により水晶体前.を切開し,可逆性の外傷白内障モデルを作製した.この水晶体の混濁変化を細隙灯顕微鏡で経時的(2,4,7,14日後)に観察し,組織学的に解析することで創傷治癒メカニズムの解明を試みた.細隙灯で観察すると,前.下混濁がレーザー照射2日後にピークに達し,その後徐々に減少した.組織学的に解析すると,創傷部位で水晶体上皮細胞が増殖,重層化して破.部が被覆され,水晶体線維細胞に形態変化した.免疫組織染色を行うと,創傷部位に一致してPCNA(proliferatingcellnuclearantigen),抗Hsp70(heatshockprotein70)抗体,抗細胞骨格蛋白質抗体に陽性であった.Nd-YAGレーザー穿孔外傷白内障モデルの混濁減少と創傷治癒は,ストレス蛋白質と細胞骨格蛋白質が関与する可能性が示唆された.TheanteriorcapsuleoftheSprague-DawleyratlenswasinjuredusingNd-YAGlasertoobservethereversibletraumaticcataractmodel.Afterthecataractgradewasobservedattheselectedtimeperiods(2,4,7and14days)viaslitlamp,histologicalanalysiswasperformed.Cataractgradepeakedafter2days,thenimmediatelydecreased.Histologicalanalysisdisclosedproliferationandstratificationoflensepithelialcells(LEC)aroundtherupturedcapsule.TheproliferatingLECbegantoelongateaftertheyhadcoveredtherupturedcapsule.TheproliferatedLECreactedtoantibodiesincludedwithPCNA(proliferatingcellnuclearantigen),Hsp70(heatshockprotein70)andvimentin.TheresultssuggestthatwoundhealingintheNd-YAGlasercataractmodeliscontrolledwithheatshockproteinandcytoskeletalprotein.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)27(11):1607.1612,2010〕Keywords:白内障,Nd-YAGレーザー,創傷治癒,水晶体上皮細胞,細胞骨格蛋白質.cataract,Nd-YAGlaser,woundhealing,lensepithelialcells,cytoskeletalprotein.1608あたらしい眼科Vol.27,No.11,2010(126)I実験方法1.Nd-YAGレーザー外傷白内障モデルの前眼部観察実験には生後14日齢のSprague-Dawley(SD)ラット3匹6眼を使用した.ラットの実験に関しては,動物実験の飼養および保管に対する基準(NationalInstitutesofHealthGuidelinesontheCareandUseofLaboratoryAnimalsinResearchおよびARVO(TheAssociationforResearchinVisionandOphthalmology)StatementfortheUseofAnimalsinOphthalmicandVisionResearch)に基づいて行った.SDラットを散瞳した後,Nd-YAGレーザー(Aura,日本ルミナス)を水晶体前.中央部に照射して前.を切開した(設定条件:1.5mJ×4-5shots,切開の大きさ直径約500μm).前.を切開してから,2日後,4日後,7日後,14日後に細隙灯顕微鏡カメラ(SC-6,Kowa)を用いて前眼部を観察,撮影した.撮影した徹照像から,混濁なしをグレード0とし,後.面が透見できる軽度の混濁をグレード1,混濁面積が全水晶体面積の30%以下の場合をグレード2,混濁面積が全水晶体面積の30%以上の場合をグレード3として,水晶体の混濁状態を4段階にグレード分類して経時的変化を解析した.2.組織学的検討Nd-YAGレーザーでSDラット9匹18眼を前.切開してから,2日後,7日後,14日後に眼球摘出して,摘出眼をカルノア固定液に4時間浸漬固定した.パラフィン包埋した後に4μmで薄切してパラフィン組織切片を作製した.切片は,ヘマトキシリン・エオジン(HE)染色または免疫組織染色した.免疫組織染色は,切片を3%過酸化水素によって内因性ペルオキシダーゼ処理を20分間行った後にストレプトアビジン-ビオチン(SAB)法により免疫組織染色をヒストファインSAB-PO(M)キットR(ニチレイ)を用いて行い,発色には3,3¢-ジアミノベンチジンを用いた.これらの組織学的変化は光学顕微鏡(BX51,OLYMPUS)を用いて観察した.一次抗体として,proliferatingcellnuclearantigen(PCNA,ニチレイ),heatshockprotein70(Hsp70,Stressgen),ビメンチン(Sigma)の3種類を用いた.II結果1.Nd-YAGレーザー外傷白内障モデルの前眼部観察(図1)Nd-YAGレーザー照射直後から混濁および皮質の一部が前房内に認められた.2日後に水晶体.および破.部皮質付近の混濁はピークに達した.4日,7日と徐々に混濁は減少し,14日後ではほぼ透明となった.白内障のグレードを4段階に程度分類すると(図2),レーザー照射2日後に高度混濁状態であるグレード2.5±0.5に達するが,以降徐々に混濁は減少して4日後ではグレード1.75±0.75,7日後ではグレード1.25±0.5,14日後ではグレード0.75±0.25に減少した.2.組織学的検討図3にNd-YAGレーザーを照射した水晶体前極部の破.部付近のHE染色の結果を示す.前眼部徹照像で混濁がグレード3まで増加したレーザー照射2日後での組織像は,破.部位で水晶体上皮細胞の増殖および伸展がみられた.混濁がグレード1に減少した7日後で,水晶体.は破.したままで2日後4日後7日後14日後図1Nd-YAGレーザーを照射したSDラット前眼部徹照像Nd-YAGレーザー照射2日後,4日後,7日後および14日後のSDラットの前眼部徹照像を示す.レーザー照射直後から混濁が生じ,2日後に混濁はピークに達するが,それ以降徐々に減少している.黒点は前房中に飛散した水晶体皮質の一部.247経過日数グレード143210図2白内障グレード分類X軸にレーザー照射後の経過日数,Y軸に混濁のグレード分類を示す(n=6).2日後に混濁がピークとなり,その後徐々に減少した.(127)あたらしい眼科Vol.27,No.11,201016092日後7日後14日後図3Nd-YAGレーザー照射群前.部―HE染色上段はNd-YAGレーザー照射したラット水晶体前極部の破.部付近の低倍率,下段は破.部付近の高倍率の組織写真を示す(Bar=100μm).レーザー照射により前.部が破.し,破.したところから水晶体上皮細胞が増殖および伸展している.7日後で前.は破.したままだが,上皮細胞は破.部分の皮質を覆って重層化している.14日後では重層化した細胞の層は薄くなっており,上皮細胞が水晶体線維細胞に形態変化している.2日後7日後14日後図4Nd-YAGレーザー照射群前.部―免疫組織染色(PCNA)Nd-YAGレーザー照射部付近における抗PCNA抗体を使用した免疫組織染色の結果を示す(Bar=100μm).矢印は抗PCNA抗体反応陽性の部分を示す.2日後の破.部付近の水晶体上皮細胞の細胞核に,7日後では重層化した上皮細胞の表層と深層の細胞核に,14日後では表層の細胞核および水晶体線維細胞様に形態変化しつつある細胞の細胞核に陽性所見がみられる.2日後7日後14日後図5Nd-YAGレーザー照射群前.部―免疫組織染色(Hsp70)抗Hsp70抗体を使用した免疫組織染色の結果を示す(Bar=100μm).矢印は抗Hsp70抗体反応陽性の部分を示す.特に2日後での破.した前.直下の水晶体線維細胞の細胞質に陽性所見がみられる.1610あたらしい眼科Vol.27,No.11,2010(128)はあるが,増殖した水晶体上皮細胞が損傷部の皮質を覆って重層化していた.重層化した上皮細胞はHE染色より扁平化を呈している.混濁がグレード1以下に減少した14日後では,重層化した細胞の層は菲薄化し,立方状の上皮形態を呈している.上皮下の皮質付近は無核の水晶体線維細胞の形態を認めた.免疫組織染色を行うと,PCNAは2日後の破.部付近の水晶体上皮細胞の細胞核,7日後では重層化した上皮細胞の表層と深層にある細胞核,14日後では表層の細胞核と水晶体線維細胞様に形態変化しつつある細胞の細胞核に陽性所見がみられた(図4).Hsp70は2日後では破.した前.直下の水晶体線維細胞の細胞質,7日後では重層化した上皮細胞直下の線維細胞の細胞質,14日後には上皮細胞が水晶体線維細胞様に形態変化しているとみられる細胞の細胞質に陽性所見がみられた(図5).ビメンチンは,すべての時期で増殖,重層化した水晶体上皮細胞の細胞質で陽性であった(図6).III考按穿孔性外傷白内障モデルはラット,ウサギやマウスの水晶体.に針2~4)やNd-YAGレーザー5~10)で穿孔することで再現性のよい白内障が発症するモデルである.水晶体前.を破.させると,水晶体線維細胞群(もしくは水晶体皮質)が前面に突出した後に水晶体上皮細胞が著しく増殖,重層化して損傷部を被覆する2~10).Nd-YAGレーザーの発振波長は1,064nmの近赤外領域であり,イオン化したガスのプラズマの発生により,組織を加熱せずに照射部位を機械的に破壊する11).そのためNd-YAGレーザー照射による前.切開は,針刺入による経角膜的な方法とは異なり,水晶体以外の眼組織への影響を最小限に留めて12,13)白内障を生じさせることが可能である.岡本ら8~10)はSDラットNd-YAGレーザー白内障モデルの水晶体を摘出して実体顕微鏡下で混濁変化を観察しており,レーザー照射14日後まで混濁が増強したと報告している.Gonaら7)はレーザー照射15日で水晶体損傷部の瘢痕は残存するものの,肉眼的な観察で混濁は消失していたと報告している.今回筆者らは,過去の報告10,12)を基に水晶体前.中央部にレーザーを照射し,前.および皮質表層を中心に創傷の修復経過を観察した.レーザー照射14日後まで細隙灯顕微鏡を用いて経時的に水晶体の混濁を観察したところ,一過性に増加した後に減少していた.外傷白内障モデルの組織学的解析はこれまでも行われており,筆者らの観察でも早期の水晶体前面の混濁時期に,混濁部位に一致した前.破.部での水晶体上皮細胞の著しい増殖を認めた.その後,増殖した水晶体上皮細胞が重層化して損傷部を被覆するという,過去の報告2~10)と同様の組織修復行程がみられた.筆者らの観察ではさらに,水晶体混濁の減少に伴い,重層化していた水晶体上皮細胞が菲薄化して水晶体線維細胞に形態変化していくことが観察できた.過去には3H-サイミジンオートラジオグラフィー法8,10)を用いて外傷白内障モデルの破壊部位別(前.,赤道部,後.破壊)の水晶体上皮細胞の増殖能を観察し,水晶体増殖帯以外の各破壊部位でも水晶体上皮細胞の増殖が認められたと報告されている.筆者らは,抗PCNA抗体を用いた免疫組織染色法14~16)を用いて経時的に増殖能の観察を行った.その結果,修復過程で重層化した上皮細胞の細胞核や,菲薄化して水晶体線維細胞様に形態変化している細胞の細胞核にPCNAの発現がみられ,免疫組織学的手法でも水晶体増殖帯ではなく前.損傷部付近での水晶体上皮細胞の増殖を確認できた.ストレス反応時に産生される分子シャペロンHsp7017)の発現が重層化した上皮細胞直下の水晶体線維細胞や,水晶体線維芽細胞に形態変化している細胞にみられることから,水晶体前.が損傷されると,破.部位でストレス反応が生じて水晶体上皮細胞の増殖能が亢進することが示唆された.同様のストレス反応は穿刺性外傷モデルでも擦過によりひき起こされる可能性があるが,これらのストレス反応による分子シャペロンの報告はなく,今後両モデルにおいて比較検討する必要がある.細胞骨格蛋白質はラット亜セレン酸白内障モデルを用いた実験から,水晶体の透明性維持に関連することが報告18~20)されている.2日後7日後14日後図6Nd-YAGレーザー照射群前.部―免疫組織染色(ビメンチン)抗ビメンチン抗体を使用した免疫組織染色の結果を示す(Bar=100μm).矢印は抗ビメンチン抗体反応陽性の部分を示す.水晶体上皮細胞の増殖,重層化に伴って陽性反応がみられ,特に7日後の上皮細胞が重層化している部位で強い陽性反応がみられる.(129)あたらしい眼科Vol.27,No.11,20101611Wisterラットでは可逆性の白内障が発生し,透明治癒過程に細胞骨格蛋白質が発現している20).今回,外傷後の創傷治癒反応の部位に一致して細胞骨格蛋白質であるビメンチン発現の増強が免疫組織学的に認められた.これらの強陽性の不均一な蛋白質の確認は,蛋白質が凝集した可能性があることが示唆される.外傷白内障においても組織修復過程に細胞骨格蛋白質が関連している可能性がある.混濁の再透明化については,マウス外傷白内障モデルで,創傷後水晶体線維が再生することで混濁水晶体が再透明化したと報告している21).今後14日以降の変化を観察する必要がある.以上の考察より,Nd-YAGレーザー白内障モデルの混濁出現および減少についての機序を推察した(図7).通常の水晶体では増殖帯周辺部の水晶体上皮細胞のみが増殖,分裂をくり返し,赤道部に移動して水晶体線維細胞へと分化する.しかし,Nd-YAGレーザー照射により水晶体前.が破.すると創傷治癒反応としてストレス応答が生じ,増殖帯ではなく前.損傷部周辺での水晶体上皮細胞の増殖能亢進と,ビメンチンを含んだ細胞骨格蛋白質の発現の増強が生じる.この損傷部周辺での水晶体上皮細胞の増殖,重層化が生じることで水晶体が混濁する.しかし,水晶体上皮細胞層により損傷部が被覆されると,水晶体上皮細胞の重層化が抑制され,次第に細胞層が菲薄化して水晶体線維細胞に形態変化し,水晶体線維を再生することで混濁が減少すると考えた.しかしながら,水晶体混濁減少と再生の機序は水晶体上皮細胞が産生する基底膜やコラーゲン,細胞が前房内の前房水やマクロファージなどの貪食細胞による影響が関与している可能性があり,今後長期間のさらなる検討が必要である.本稿の要旨は第47回日本白内障学会において発表した.本研究のためにご指導を頂いたニュービジョン眼科研究所石井康雄先生に感謝の意を表します.文献1)岩田修造:水晶体その生化学的機構.p311-360,メディカル葵出版,19862)FagerholmPP,PhilipsonBT:Experimentaltraumaticcataract.I.Aquantitativemicroradiographicstudy.InvestOphthalmolVisSci18:1151-1159,19793)UgaS:Woundhealinginthemouselens.ExpEyeRes32:175-186,19814)雑賀司珠也:後発白内障でのTGFbシグナル伝達.日本白内障学会誌16:41-44,20045)CampbellCJ,RittlerMC,InnisREetal:Oculareffectsproducedbyexperimentallasers.III.Neodymiumlaser.AmJOphthalmol66:614-632,19686)PauH,WeberU,KernWetal:LesionandregenerationoftheanteriorandposteriorlenscapsuleandcortexinrabbitsNd:YAGlaser.GraefesArchClinExpOphthalmol227:392-400,19897)GonaO,WhiteJH,ObenauerL:Woundhealingbytheratlensafterneodymium-YAGlaserinjury.ExpEyeRes40:251-261,19858)岡本庄之助,照林宏文,堤元信ほか:Nd-YAGレーザー照射による白内障モデル─1.照射部位による上皮細胞増殖能と進展形式の変化─.眼紀42:1863-1868,19919)照林宏文,岡本庄之助,池部均ほか:QスイッチNd-YAGレーザー照射による白内障モデル─2.照射部位による白内障進展形式の差異─.日眼会誌96:440-446,199210)照林宏文,岡本庄之助,池部均ほか:QスイッチNd-YAGレーザー照射による白内障モデル─3.照射部位による上皮細胞増殖能の変化─.眼紀43:679-687,199211)Aron-RosaD,GriesemannJC,AronJJ:Useofpulsedneodymiumyaglaser(picosecond)toopentheposteriorlenscapsuleintraumaticcataract:Apreliminaryreport.OphthalmicSurg12:496-499,198112)矢部京子:Nd-YAGレーザーによる水晶体前.切開について─基礎実験および臨床成績─.埼玉医科大学雑誌13:131-138,198613)余敏子:パルス型Nd-YAGレーザー照射の網脈絡膜に対……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………図7仮説:混濁水晶体の再透明化Nd-YAGレーザー照射により前.が破.すると,創傷治癒反応として損傷部周辺での細胞増殖因子や細胞骨格蛋白質,熱ショック蛋白質の発現が増強して水晶体上皮細胞の異所性増殖が生じ,上皮細胞が重層化することで水晶体混濁が生じる.しかし,損傷部を被覆した後に水晶体上皮細胞の重層化が調節されて細胞層が菲薄化し,水晶体線維細胞様に形態変化することで混濁部位の再透明化を生じる.1612あたらしい眼科Vol.27,No.11,2010(130)する影響.特に硝子体内照射時の傷害について.埼玉医科大学雑誌12:267-275,198514)加藤良平:免疫組織化学を用いた細胞増殖能の解析.組織細胞化学,p47-50,学際企画,199415)山口慶子,庄司昭世,加藤圭一ほか:ProliferatingCellNuclearAntigenによるラット水晶体上皮細胞増殖能の検討.あたらしい眼科8:1935-1938,199116)久保江理,高柳克典,都筑昌哉ほか:抗PCNA免疫組織化学法による水晶体上皮細胞の増殖動態の研究.あたらしい眼科12:1745-1749,199517)永田和宏:ストレス蛋白質─基礎と臨床─.p100-114,中外医学社,199418)MatsushimaH,DavidLL,HiraokaTetal:Lossofcytoskeletalproteinsandlenscellopacificationintheselenitecataractmodel.ExpEyeRes64:387-395,199719)松島博之:白内障・後発白内障と細胞骨格蛋白質─分子生物学的解析─.日本白内障学会誌15:5-20,200320)松島博之,向井公一郎,小原喜隆ほか:亜セレン酸白内障モデルにおける水晶体混濁減少に関する蛋白質の変動.日眼会誌104:377-383,200021)HirayamaS,WakasugiA,MoritaTetal:Repairandreconstructionofthemouselensafterperforatinginjury.JpnJOphthalmol47:338-346,2003***

超音波生体顕微鏡所見の経時的変化が診断・治療に有用であった長期間未治療の原田病に起因する難治性続発緑内障の1例

2010年7月30日 金曜日

0910-1810/10/\100/頁/JCOPY(115)975《第20回日本緑内障学会原著》あたらしい眼科27(7):975.980,2010cはじめにVogt-小柳-原田病(VKH)は,メラノサイトに対する自己免疫疾患でメラノサイトの存在する全身のどの臓器にも炎症の起きる可能性のある全身疾患である1).通常両眼性で初発は後極部や視神経乳頭の周囲であることが多い2).しかし,VKHのなかには前房微塵,豚脂様角膜後面沈着物,虹彩結節などの前眼部の炎症主体の前眼部型とよばれているものもある.Russellらは,アジア人の前眼部型のVKHでは約53%に白内障を合併し,約32%に緑内障を合併すると報告し,VKHに起因する3つ以上の合併症がある症例では視力予後〔別刷請求先〕嶋村慎太郎:〒259-1193伊勢原市下糟屋143東海大学医学部付属病院専門診療学系眼科Reprintrequests:ShintaroShimamura,M.D.,DepartmentofOphthalmology,TokaiUniversitySchoolofMedicine,143Shimokasuya,Isehara,Kanagawa259-1193,JAPAN超音波生体顕微鏡所見の経時的変化が診断・治療に有用であった長期間未治療の原田病に起因する難治性続発緑内障の1例嶋村慎太郎大橋秀記河合憲司東海大学医学部付属病院専門診療学系眼科UltrasoundBiomicroscopeUsefulinIdentifyingSecondaryGlaucomaCausedbyLong-untreatedHaradaDiseaseShintaroShimamura,HidekiOohashiandKenjiKawaiDepartmentofOphthalmology,TokaiUniversitySchoolofMedicine目的:超音波生体顕微鏡(UBM)所見の経時的変化が有用であったVogt-小柳-原田病(VKH)の報告.症例:46歳,男性.両眼の視力低下を自覚.ぶどう膜炎の診断にて当院受診となる.矯正視力は右眼30cm手動弁,左眼10cm指数弁,眼圧は右眼16mmHg,左眼22mmHg,両眼に浅前房・炎症所見を認めた.UBM検査上,隅角開大を認めたが,毛様体腫脹が存在していた.髄液細胞増多,ヒト白血球抗原(HLA)-DR4陽性から不完全型VKHと診断.プレドニゾロン内服治療を開始.治療後,炎症所見は徐々に改善したものの,UBM検査上隅角閉塞が増悪し,眼圧は右眼41mmHg,左眼36mmHgとなったため,両眼水晶体再建術を施行した.現在,矯正視力は右眼0.4,左眼0.3,眼圧は右眼14mmHg,左眼13mmHgであり症状は軽快している.結論:長期間未治療であった原田病においてUBM所見の経時的変化が治療方針決定に有用であった.Purpose:Toreporttheusefulnessoftheultrasoundbiomicroscope(UBM)inVogt-Koyanagi-Haradadisease(VKH).Case:A46-years-oldmaledevelopedvisualblurringbecauseofunidentifieduveitis.Hisvisualacuitywas30cmhandmotionrightand10cmindexmotionleft.Intraocularpressure(IOP)was16mmHgrightand22mmHgleft.Botheyesdisplayedshallowanteriorchamberandinflammation.UBMdisclosedswellingofcilliarybody.ThediagnosiswasincompleteVKHtobeshowedpleocytosisinthecerebrospinalfluidandhumanleukocyteantigen(HLA)patternofpositiveDR-4.Hewasstartedonsystemictheraphywithpredonisolone.Duringthistheraphy,theinflammationdecreased.UBMdisclosedaworsenednarrowangle;furthermore,theIOPwas41mmHgrightand36mmHgleft.Cataractsurgerywasthereforeperformed.Visualacuityisnow0.4rightand0.3left;IOPis14mmHgrightand13mmHgleft.Conclusion:UBMwasusefulindeterminingontreatmentplaninlonguntreatedVKH.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)27(7):975.980,2010〕Keywords:超音波生体顕微鏡,不完全型Vogt-小柳-原田病,毛様体,白内障,続発緑内障.ultrasoundbiomicroscope,incomleteVogt-Koyanagi-Haradadisease,cilliarybody,cataract,secondaryglaucoma.976あたらしい眼科Vol.27,No.7,2010(116)が悪いと報告した3).VKHに伴う続発緑内障は,隅角が開放している場合と閉塞している場合がある4).隅角が開放している場合は,前眼部の炎症が観察しやすく眼底検査・隅角検査にてVKHと診断することが容易な場合が多い.しかし,隅角が閉塞している場合は,前眼部の炎症が観察しにくいこと,散瞳しにくいことから急性閉塞隅角緑内障と鑑別がつけにくいことがある4).近年,超音波生体顕微鏡検査(UBM)が開発され,光学的測定法では観察困難な虹彩後面,毛様体,後房,濾過手術後の濾過胞の内部,房水流出路などの所見を画像を通して観察することができるようになった5).今回筆者らは,UBMの利点を生かし高度の前眼部炎症のため診察・諸検査困難であったVKHに対し,UD6000のUBMを継続的に使用したことが,診断・治療に有効であった症例を経験したので報告する.I症例患者:46歳,男性.主訴:両眼視力低下.既往歴:特記すべきことなし.家族歴:特記すべきことなし.現病歴:2008年9月頃,感冒症状・耳鳴,両眼視力低下を自覚した.しかし,その後症状は改善したため放置していた.2008年12月頃には,右眼霧視・視力低下を自覚した.2009年2月頃には,左眼霧視・視力低下も自覚したため近医眼科を受診したところ,ぶどう膜炎の診断となり2009年3月当院眼科へ紹介受診となった.初診時所見:矯正視力は右眼30cm/手動弁,左眼10cm/指数弁,眼圧は右眼16mmHg,左眼22mmHgであった.前眼部では,両眼全周に毛様充血があり,豚脂様角膜後面沈着物・虹彩ルベオーシス・瞳孔縁輪状癒着・膨隆虹彩を認めた(図1).両前房は,VanHerick法でgrade2の浅前房であった.中間透光体では,Emery-Little分類grade1の白内障を認めた.眼底検査・隅角鏡検査は,高度の炎症により施行困難であった.UBMでは,両眼ともに隅角開大部は一部残存するものの,著明な膨隆虹彩および虹彩実質浮腫・毛様体浮腫を認め,浅前房・狭隅角も認めた(図2).Bモー図1初診時前眼部(左:右眼,右:左眼)両眼全周に毛様充血があり,豚脂様角膜後面沈着物・虹彩ルベオーシス・瞳孔縁輪状癒着・膨隆虹彩を認めた.図2初診時UBM(左:右眼,右:左眼)両眼ともに隅角開大部は一部残存するものの,著明な膨隆虹彩および虹彩実質浮腫・毛様体浮腫を認め,浅前房・狭隅角も認めた.(117)あたらしい眼科Vol.27,No.7,2010977ド・超音波検査では,網膜.離や脈絡膜.離は認められなかった.全身所見では,脱毛を認め,頭部知覚過敏も認めていた.臨床検査所見:血液・生化学検査では,異常所見を認めず.ヒト白血病抗原(HLA)検査では,HLA抗原はDR4,DQ4が陽性であった.髄液検査では,外観正常・透明であり,蛋白25mg/dl・糖55mg/dl,比重1.006,細胞数14(リンパ球13)とリンパ球優位であった.眼窩MRI(磁気共鳴画像)検査では,眼窩内や眼球内に特記所見はなかった.経過:前房内の炎症所見,髄液中の細胞増多,HLADR4・DQ4陽性より前眼部炎症を主体とした不完全型VKHと診断し,ベタメタゾンリン酸エステルナトリウム(リンデロンR点眼液0.1%),トロピカミド・塩酸フェニレフリン(ミドリンPR)点眼を開始とした.プレドニゾロン点滴療法は本人希望なくプレドニゾロン内服40mgから開始した.適宜ベタメタゾンリン酸エステルナトリウム結膜下注射(リンデロンR)を行いながら経過をみていたが,その後両眼とも眼圧は28mmHgまで上昇したため,トラボプロスト(トラバタンズR),カルテオロール塩酸塩(ミケランR),ドルゾラミド塩酸塩(トルソプトR)点眼を開始した.プレドニゾロン内服は30mgまで減量した.眼圧は右眼12mmHg,左眼14mmHgへと下降し,前眼部の炎症所見の増悪も認めないため退院となった(図3).その後,プレドニゾロン内服を徐々に漸減し同年5月には10mg/日へと漸減していった.この期間,眼圧は両眼ともに20mmHg前後にて推移していた.しかし5月下旬,眼圧は右眼41mmHg,左眼36mmHgへと上昇した.前眼部は,毛様充血・豚脂様角膜後面沈着物・虹彩ルベオーシス・虹彩癒着は改善した(図4)が,UBMではほぼ全周にかけ虹彩前癒着を認め,隅角開大部は消失していた(図5).そのため,3剤点眼に加えアセタゾラミド(ダイアモックスR)内服併用を行った.その後,炎症の増悪は認めなかったが,両眼の眼圧下降は認めなかっ図3退院時前眼部(左)・UBM(右)前眼部では,毛様充血・豚脂様角膜後面沈着物・虹彩ルベオーシス・虹彩癒着は改善した.UBMは,著明な膨隆虹彩および虹彩実質浮腫・毛様体浮腫は改善したが,ほぼ全周にかけ虹彩前癒着を認め,隅角開大部は消失していた.図4術前前眼部(左:右眼,右:左眼)両眼とも毛様充血・豚脂様角膜後面沈着物・虹彩ルベオーシス・虹彩癒着は改善した.978あたらしい眼科Vol.27,No.7,2010(118)た.そのため,6月上旬に,両眼の水晶体再建術を行った(図6).術中眼底検査も行い両眼の夕焼け眼底を確認した.術後より,プレドニゾロン内服は30mg/日とし,眼圧は両眼とも10mmHg台と安定していたためアセタゾラミド(ダイアモックスR)の内服は中止し,カルテオロール塩酸塩(ミケランR)・ドルゾラミド塩酸塩(トルソプトR)のみにて経過観察としていた.その後プレドニゾロン内服を徐々に漸減し,同年12月現在は10mg/日である(図7).UBM上毛様体腫脹は消退(図8)し,隅角所見では半周.3/4周性のテント状周辺虹彩前癒着(PAS)・色素沈着を認めた.視力は右眼0.2(0.6×.2.00D(cyl.0.50DAx35°),左眼0.2(0.3×.1.00D(cyl.0.75D)まで改善した.II考按VKHは,前房内の炎症所見の有無や,両眼性か否かということや眼底検査により判断される6).本症例においては発症より長期間経過していたため前駆症状などの詳細が不明であり,高度の前房内炎症により眼底検査・隅角検査は困難であり診断に苦慮した.VKHに浅前房,眼圧上昇を生じる機序として,虹彩後癒着による瞳孔ブロック8),PASによる隅角閉塞10),毛様体腫脹による毛様体突起・虹彩水晶体隔膜の図5術前UBM(左:右眼,右:左眼)両眼ともほぼ全周にかけ虹彩前癒着を認め,隅角開大部は消失していた.454035302520151050プレドニゾロン内服量(mg)両眼眼圧とも28mmHg水晶体再建術トラボプロスト点眼カルテオロール塩酸塩点眼アセタゾラミド内服ドルゾラミド塩酸塩点眼両眼眼圧とも10mmHg眼圧右眼41mmHg左眼36mmHg3月4月5月6月7月8月9月10月11月12月図7術前・術後のプレドニゾロン内服量図6術後前眼部(左:右眼,右:左眼)両眼とも水晶体再建術を行った.(119)あたらしい眼科Vol.27,No.7,2010979前方回旋10,11),血管新生緑内障10)が考えられている.なかでも,毛様体腫脹による毛様体突起・虹彩水晶体隔膜の前方回旋による浅前房・眼圧上昇をきたした症例をUBMにより観察してみると,強膜に炎症が起き2次的に毛様体脈絡膜へ炎症が波及することで毛様体脈絡膜.離が起きると推測されている7).Kawanoら8)やGondoら9)は,VKHの全身ステロイドパルス治療前後にてUBMを用いた観察で,毛様体脈絡膜.離の消失に伴い浅前房が改善したと報告している.Kawanoら8)やWadaら7)は,UBMを用いた観察でVKHの狭隅角は毛様体脈絡膜.離と毛様体実質の浮腫が関係しており,毛様体実質の浮腫が毛様体脈絡膜.離をひき起こしたと考察している.さらに,Wadaら7)はVKHの眼病期では全身ステロイドパルス治療後,前眼部所見において炎症所見が改善している症例においてもUBMでは毛様体実質の浮腫は改善していなかったと報告している.本症例では,前眼部所見として瞳孔縁輪状癒着・虹彩ルベオーシス・膨隆虹彩を認めることより閉塞隅角が生じたと考えられ,さらにUBMを観察することで著明な膨隆虹彩および虹彩実質浮腫・毛様体浮腫により毛様体腫脹による毛様体突起・虹彩水晶体隔膜の前方回旋が生じたため狭隅角・浅前房となって続発緑内障を生じたと考えられた.ステロイド療法を開始後,前眼部の炎症所見・UBMでの毛様体実質の浮腫は改善した.しかし,前眼部所見では瞳孔縁輪状癒着は増悪し,両眼の眼圧上昇を示した.つまり本症例では,ステロイド療法開始後,毛様体腫脹による毛様体突起・虹彩水晶体隔膜の前方回旋は改善されたが,瞳孔ブロックが増悪したことにより両眼の眼圧上昇が発生したと考えられた.一方,沖波ら11)は,VKHの併発白内障は後.下白内障が多く,白内障を合併する頻度は国内では9.46%,海外では16.60%であると報告し,VKHの併発白内障に対しては3.6カ月以上と十分すぎるくらいに炎症が鎮静化した時期に眼内レンズ手術を行うのが良いと報告している.さらに,併発白内障の発生はステロイド療法の投与量,投与期間よりも加齢や炎症の遷延化が関与していると報告している.Russellら3)や薄井ら12)では,6カ月間全身ステロイド療法やステロイド薬点眼を行った症例では約36%で併発性白内障を認めたと報告している.VKHの白内障手術施行時期を眼圧コントロールの面からみてみると,沖波ら11)は眼圧25mmHg以上30mmHg未満ではb遮断薬とイソプロピルウノプロストあるいはジピべフリンの2剤か3剤を点眼,30mmHg以上か3剤点眼でも25mmHg以上の場合には炭酸脱水酵素阻害薬の内服を併用,もしこれらの治療を行っても眼圧の下降が不十分な場合には,原則として炎症がある程度おさまるのを待って手術治療を行い,経過中に白内障が進行して視力低下がみられれば白内障手術を行ったと報告している.本症例では,3カ月間ステロイド療法を行ったが,眼圧は右眼41mmHg,左眼36mmHgへ上昇した.前房内の炎症は改善したが,眼圧上昇を認めるためトラバタンズR・ミケランR・トルソプトRの3剤点眼とダイアモックスR内服を併用し眼圧コントロールがつかなかった.また,同時に初診時に認めていたEmery-Little分類grade1の白内障がEmery-Little分類grade3まで進行していたため白内障手術を行った.術後高度なPASを解除し房水流出路を確保することで,炎症の増悪・眼圧上昇はなく視力も改善を示した.しかし,VKHの膨隆虹彩に対しては,まず虹彩切開術・周辺虹彩切除術を選択するのが初期治療として必要である10).吉野10)は,ぶどう膜炎に続発する緑内障に対するレーザー治療と観血手術を行う場合は隅角線維柱帯に炎症がある疾患は適応外であると報告している.本症例では,初診時前眼部において膨隆虹彩のほか,虹彩ルベオーシス・豚脂様角膜後面沈着物を認め,また隅角検査では高度な炎症のため詳細不明であった.虹彩ルベオーシスはその後も認められ,筆者らは虹彩切開術・周辺虹彩切除術を選択するのは合併症も踏まえ困難であると考えた.ステロイド治療をすることで炎症も改善し,同時期に初診時より認めていた白内障も進行していたため本症例では,白内障手術を施行した.VKHの併発白内障の術後にはさまざまな合併症がある.薄井ら12)は,術後虹彩後癒着が起こりやすく,術後ぶどう膜炎の再燃は46.2%であったと報告している.沖波ら11)は,隅角検査にてPASが半周以上ある原田病では術後一過性に眼圧が上昇しやすいと報告している.本症例では術後UBMにおいて毛様体腫脹は消退し,隅角所見・瞳孔領虹彩癒着ともに改善を示した.しかし,隅角検査にて半周.3/4周性の図8術後UBM両眼とも毛様体腫脹は消退し,隅角所見・瞳孔領虹彩癒着ともに改善を認めた.980あたらしい眼科Vol.27,No.7,2010(120)PASを認めていた.今後一過性の眼圧上昇も含めた術後合併症が起きる可能性は否定できない.今回筆者らは,UBM所見の経時的変化が長期間未治療のVKHにおける難治性続発緑内障に有用であった1例を経験した.本症例のように,高度の前房炎症などにより検眼鏡にての隅角診察が不可能なVKHの症例ではUBMを積極的に使用することで隅角や毛様体の状況把握が可能であった.そして,UBMを経時的に使用することがVKHの眼圧上昇の機序を知ることだけでなくVKHの治療の一助となりうると考えられ,特に前眼部型のVKHに対してはUBMを活用して診療にあたることが大切であると思われる.文献1)磯部裕,山本倬司,大野重昭:Vogt-小柳-原田病.ぶどう膜炎(増田寛治郎,宇山昌延,臼井正彦,大野重昭編),p82-92,医学書院,19992)杉原清治:Vogt-小柳-原田病.臨眼33:411-424,19793)RussellW,AidaR,NeilBetal:ComplicationandprognosticfactorinVogt-Koyanagi-Haradadisease.AmJOphthalomol131:599-606,20014)山根健,廣田篤,小坂敏哉ほか:急性閉塞隅角緑内障で初発した原田病の1例.臨眼52:1715-1718,19985)伊藤邦正,宇治幸隆:隅角鏡における隅角検査と超音波生体顕微鏡検査.眼科47:1387-1397,20056)中村聡,前田祥恵,今野伸介ほか:両眼の急性緑内障発作を呈した稀な原田病の1例.臨眼60:367-370,20067)WadaS,KohnoT,YanagiharaNetal:UltrasoundbiomicoroscopicstudyofcilliarybodychangesintheposttreatmentphaseofVogt-Koyanagi-Haradadisease.BrJOphthalmol86:1374-1379,20028)KawanoY,TawaraA,NishiokaYetal:UltrasoundbiomicroscopicanalysisoftransientshallowanteriorchamberinVogt-Koyanagi-Haradasyndrome.AmJOphthalmol121:720-723,19969)GondoT,TsukaharaS:UltarasoundbiomicorscopicofshallowanteriorchamberinVogt-Koyanagi-Haradasyndrome.AmJOphthalmol122:112-114,199610)吉野啓:ぶどう膜炎に続発する緑内障はこう治す.あたらしい眼科26:311-315,200911)沖波聡:Vogt-小柳-原田病(症候群)の診断と治療合併症とその治療.眼科47:949-958,200512)薄井紀夫,鎌田研太郎,毛塚剛司ほか:ぶどう膜炎併発白内障における手術成績.臨眼55:172-181,2001***

放射状角膜切開後の白内障に回折型多焦点眼内レンズを挿入した1例

2010年6月30日 水曜日

0910-1810/10/\100/頁/JCOPY(125)839《原著》あたらしい眼科27(6):839.843,2010cはじめに回折型多焦点眼内レンズ(intraocularlens:IOL)は,欧米のみならずわが国でも良好な術後遠方および近方裸眼視力が報告され1.3),今後,今まで適応とされなかった症例にも挿入が検討されることが予想される.そのなかで,屈折矯正手術を受けた症例は,正確なIOL度数と術後コントラスト感度の低下,グレア,ハローといった視機能の面から,慎重に適応が判断される必要がある.すでに,laserinsitukeratomileusis(LASIK)後に回折型多焦点IOLを挿入した報告4),放射状角膜切開術(radialkeratotomy:RK)に単焦点IOLを挿入した報告5,6)はあるが,今回,老視経験のない年齢で,RK施行15年後に片眼のみ白内障による視力低下をきたし,回折型多焦点IOLを挿入し,1年の経過観察ができた症例を経験したので報告する.〔別刷請求先〕西村麻理子:〒101-0061東京都千代田区三崎町2-9-18東京歯科大学水道橋病院眼科Reprintrequests:MarikoNishimura,M.D.,DepartmentofOphthalmology,TokyoDentalCollegeSuidobashiHospital,2-9-18Misaki-cho,Chiyoda-ku,Tokyo101-0061,JAPAN放射状角膜切開後の白内障に回折型多焦点眼内レンズを挿入した1例西村麻理子ビッセン宮島弘子吉野真未中村邦彦東京歯科大学水道橋病院眼科ACaseofCataractSurgerywithDiffractiveMultifocalIntraocularLensImplantationfollowingRadialKeratotomyMarikoNishimura,HirokoBissen-Miyajima,MamiYoshinoandKunihikoNakamuraDepartmentofOphthalmology,TokyoDentalCollegeSuidobashiHospital症例は放射状角膜切開術(RK)後,片眼のみ白内障による視力低下をきたした43歳,男性,眼鏡依存度を減らすため多焦点眼内レンズ(IOL)挿入を希望し,回折型IOLを挿入,術後1年経過観察できたので術後経過を報告する.術前視力は右眼0.02(矯正不能),左眼1.2(矯正不能),右眼は水晶体混濁のため光干渉法で眼軸測定できず超音波法を用い,屈折力は屈折矯正手術後に推奨される方法で決定し,SRK/T式で度数計算した.白内障摘出後,回折型IOLは.内固定され,術後視力は翌日から1年まで遠方裸眼1.2,近方0.4と安定,角膜内皮細胞数の減少はなく,コントラスト感度は全周波数領域で正常範囲内だが左眼より低下していた.自覚的な視力の日内変動,夜間グレア,ハローはなく,眼鏡を必要とせず満足度は高かった.RKを含む屈折矯正手術後は,正確なIOL度数決定および視機能面で多焦点IOL挿入が危惧されているが,症例によって慎重な検討を行うことで適応拡大が可能と思われた.Wereporttheclinicalresultsfor1yearfollowingtheimplantationofamultifocalintraocularlens(IOL)ina43-year-oldmalewhohadpreviouslyreceivedradialkeratotomy.Weemployedbiometry,whichisrecommendedforeyesthathaveundergonerefractivesurgery.CataractsurgerywasperformedontherighteyeandadiffractivemultifocalIOLwasimplanted.Postoperativeuncorrectedvisualacuityimprovedfrom0.02to1.2fordistanceand0.4fornear,withnosignificantendothelialcelllossobservedforupto1year.Contrastsensitivitywaslowerthanthatofthefelloweye,butremainedwithinthenormalrange.Thepatientdidnotcomplainofglareornighthalos,andwasverysatisfiedwiththeoutcome.Inaneyethathasundergonerefractivesurgery,multifocalIOLimplantationisamatterofconcern;however,favorableresultscanbeobtainedifcareistakeninselectingthepatient.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)27(6):839.843,2010〕Keywords:回折型多焦点眼内レンズ,白内障,放射状角膜切開術,裸眼視力,コントラスト感度.diffractivemultifocalintraocularlens,cataract,radialkeratotomy,uncorrectedvisualacuity,contrastsensitivity.840あたらしい眼科Vol.27,No.6,2010(126)I症例患者:43歳,男性.主訴:右眼の視力障害.既往歴:15年前に,近視矯正目的で国内で両眼にRKを受けた.現病歴:1年前から右眼の視力低下を自覚し近医受診,白内障の診断を受けた.術後にできるだけ眼鏡装用したくない希望があり,多焦点IOL挿入の可能性につき,平成20年7月に当院を紹介された.初診時所見:視力は右眼0.02(矯正不能),左眼1.2(矯正不能),眼圧は両眼とも12mmHg,細隙灯顕微鏡検査にて,角膜に光学径3mm,角膜輪部近くまで12本のRKが両眼に施行されており,右眼水晶体は前.下と皮質混濁が主体で成熟白内障に近い状態であったが,左眼は透明であった.眼底検査は右眼が水晶体混濁のため透見できなかったが,超音波エコーにて網膜.離を示唆する所見はなく,左眼は正常であった.角膜内皮細胞密度数はノンコンロボ(コーナン社)にて右眼2,801個/mm2,左眼2,433個/mm2,角膜厚はオーブスキャンにて中央が右眼560μm,左眼559μmであった.経過:白内障手術適応のため,多焦点IOLに関して,屈折型と回折型の違い,RK後のためIOL度数ずれ,視力の日内変動,コントラスト感度低下,夜間グレア,ハローなどが起こりうることを説明し,職業はタクシー運転手だが,眼鏡依存度を減らすことを優先し,回折型多焦点IOL挿入を希望した.IOL度数決定は,眼軸長は光干渉法のIOLマスター(Zeiss社)で測定困難なため,Aモード(Alcon社)を用い27.81mmであった.角膜屈折力(K値)はオートケラトメータARK700A(NIDEK社)にて40.04D,角膜形状解析装置TMS4(TOMEY社)のリング3で39.29D,ハードコンタクトレンズ装用前後の屈折力から計算するハードコンタクトレンズ法7)で39.27Dであった.IOL度数計算はSRK/T式を用い,屈折矯正手術後に用いる角膜形状解析およびハードコンタクトレンズ法で得られたK値を用い,両者ともZM900(AMO社)の場合13.5Dとなり,この度数を選択した.白内障手術は,点眼麻酔下,RK切開の間で耳側やや下方の角膜2.0mm切開から行った.手術までに水晶体混濁が急速に進行し,成熟白内障となり水晶体が膨隆しているため,前.をトレパンブルーにて染色,ヒーロンRV(AMO社)で水晶体前面を十分に平坦にしてチストトームで前.切開を開始したが,水晶体穿刺と同時に一部前.に亀裂が入った.角膜内皮保護目的で,分散型と凝集型の粘弾性物質を用いたソ術後観察期間1日1週1カ月3カ月6カ月1年遠方視力裸眼1.21.21.21.01.01.2矯正1.51.21.21.21.21.5近方視力裸眼0.40.30.50.40.50.4遠方矯正下0.60.30.60.70.70.9矯正0.70.70.70.80.81.0012等価球面度数3(D)図1等価球面度数および視力の経時的変化ab図2術後細隙灯顕微鏡写真a:RK切開線,白内障に用いた耳側角膜切開(8時から9時の位置)が観察できる.b:眼内に挿入された多焦点IOLの回折リングが観察される.(127)あたらしい眼科Vol.27,No.6,2010841フトシェル法を用い,超音波乳化吸引術を行った.水晶体前.の亀裂はあるが,IOLの.内固定は問題ないので,切開創をRK切開線と交差しないよう注意しながら3.0mmに広げ,専用インジェクターでIOLを挿入した.術中,RK切開創の穿孔,離解はなく,角膜切開創の自己閉鎖が良好であったため,無縫合で手術を終了した.術後の屈折(等価球面度数)と遠方および近方視力の経時的変化を図1に示す.等価球面度数は術後3カ月まで遠視化傾向を認めたが,遠方裸眼視力は,術翌日から1年まで1.0以上で安定していた.近方裸眼視力は0.3から0.5で,術後1週以外,遠方矯正により向上していた.経過観察期間中,自覚的な視力の日内変動は認めなかった.術後細隙灯顕微鏡写真を図2に示す.角膜に焦点を合わせた図2aで角膜切開がRK切開の間となる8時から9時に観察され,IOL面に焦点を合わせた図2bで瞳孔領に回折リングが観察される.角膜形状解析では,術前と同様に,RKによると思われる中央の平担化が認められるが,切開創部分の変化はなかった(図3).CSV-1000(VectorVision社)によるコントラスト感度測定を術6カ月後に行い,右眼は白内障手術を受けていない左眼に比べ全周波数領域で低下していたが,正常範囲内であった(図4).グレア,ハローの訴えはなく,夜間もタクシーの運転を行っており,日常生活に問題はなく,術後の満足度は高かった.II考按わが国においてRKの症例数が限られているため,RK後の白内障手術については1例報告のみである5,6).近年,多焦点IOLが普及し,眼鏡依存度が減ることが報告されるなか,RKを受けた症例が白内障手術を受ける際,もともと眼鏡やコンタクトレンズ装用を好まないで屈折矯正手術を受けた背景から,多焦点IOLを希望する確率が高いことが予想される.本症例も,近医で多焦点IOLの説明を受けたところ興味をもち,当院を紹介され,いくつか起こりうる問題点を理解したうえで,眼鏡依存度を減らす多焦点IOLを選択した.RK後の白内障手術においては,エキシマレーザーを用いた屈折矯正手術同様,正確なIOL度数決定がむずかしいことと,術後に起こりうる視機能の問題を十分に理解してIOLの種類を検討すべきである.まず,IOL度数決定についてであるが,RK後に加え8,9),近年,エキシマレーザーが急速に普及したため,PRK(レーザー屈折矯正角膜切除術)やLASIK後に関する報告が増えている10,11).どの屈折矯正手術後においても共通している問題点は,通常,角膜の前後面の曲率半径比が一定とされているが,近視矯正後は角膜前面のみ中央が平坦化して曲率が変化している12).このため,一般に使用されているオートケラトメータの値をそのまま使ってIOL度数計算すると,術後図3術後の角膜形状解析中央にRKによると思われる平坦化(色の濃い部分)が認められる.耳側切開位置での変化はほとんど認められない.:右眼(術眼):左眼:両眼図4術6カ月後のコントラスト感度右眼(術眼),左眼とも全周波数領域で年齢の正常範囲内であるが,右眼のコントラスト感度はやや低下していた.842あたらしい眼科Vol.27,No.6,2010(128)予想外の遠視になる危険性がある.特に,術後良好な遠方のみならず近方裸眼視力を期待して,欧米では自費手術,わが国では先進医療で多焦点IOL挿入を希望した患者にとって,術後屈折がずれると,遠方のみでなく近方視力も落ちるため,高額な医療費を支払ったのに結果が期待はずれのため不満の原因となる.屈折矯正手術後のIOL度数計算は,屈折矯正手術を受ける前の角膜屈折力,屈折矯正度数があらかじめわかっている場合と,これらの情報がない場合によって種々の方法が紹介され,術後成績もさまざまである.筆者らの施設では,以前より屈折矯正手術後の単焦点IOL挿入に対し,コンタクトレンズ法を用い,術後に良好な成績が得られていることから,多焦点IOL挿入に対しても,同様の方法を用いた.近年,角膜形状解析のリング3の値,あるいは3mm径の平均値も推奨されており,これらの方法も導入して角膜屈折力を確認しているが,本症例では,コンタクトレンズ法と角膜形状解析のリング3で近似した値が得られた.IOL度数計算に関して,筆者らの施設では,単焦点および多焦点IOLともSRK/T法で安定した結果が得られていることと,屈折矯正手術後眼は長眼軸例が多いためSRK/T法が推奨されている13)2つの理由からSRK/Tを用いた.現在,屈折矯正手術後眼の角膜屈折力測定の研究が進んでいるが,将来,さらに精度の高いIOL度数決定が可能になると思われる.つぎに術式であるが,RK後の白内障手術において,RK切開の深さにもよるが,創の離解に注意すべきである.筆者らの施設ではRK後の単焦点IOL挿入,この症例後にも多焦点IOL挿入例を経験しているが,1例のみRK切開創が超音波乳化吸引術中に離解し縫合を要した例を経験している.強角膜切開を選択する方法もあるが,術者が慣れている角膜切開を用いる場合,RK切開と白内障の切開が交差しないよう注意すべきである.本症例では,2本のRKの間,すなわち8時から9時の位置で2mm切開を行い,IOL挿入時に3mmに切開創を注意深く広げ,創に圧力をかけないようにIOL挿入を行い,術中合併症はなかった.IOL挿入に必要な切開創が今後さらに小さくなることで,この問題は少なくなることが予想される.またRK後における白内障手術例の眼内炎の報告があり14),屈折矯正手術後は角膜形状が変化しているため,角膜切開を用いる場合,創閉鎖に何らかの疑問があれば,縫合すべきである.本症例では,縫合の準備もしておいたが,IOL挿入後に粘弾性物質を吸引除去し,灌流液を前房内に注入し,切開創からの漏れがなく十分に閉鎖していることが確認できたため無縫合とした.IOL挿入に関して,多焦点IOLでは計算された度数がずれないよう,水晶体.内固定が基本である.本症例は水晶体がかなり膨隆していたため,前.染色と粘弾性物質を十分用いて前.切開を開始したが,最初の穿孔部位から周辺に向かって亀裂が入った.水晶体核が比較的軟らかく,超音波乳化吸引が容易であったため,亀裂がさらに広がることなく水晶体摘出が可能であった.このため,IOLは予定どおり.内固定し,術終了時のセンタリングは良好であった.近年,超音波乳化吸引装置および手術手技の進歩で白内障手術中の破.が非常に少なくなっているが,IOLが水晶体.内固定できない状況,センタリングが困難な状況では,予定したIOLの挿入を断念し単焦点IOLに変更,あるいは日を改めて毛様溝用IOL挿入を検討すべきと思われる.術後視力について,裸眼視力は術翌日から1年後まで遠方は1.0以上,近方は術1週後を除き0.4以上と,眼鏡に依存しない視力として良好な結果で,自覚的にも,タクシーの運転手ということで領収書を見たり,日常生活の読書では問題なく,満足度が高かった.しかし,矯正に用いた等価球面度数は,術1週から6カ月まで遠視化傾向がみられ,遠方矯正下で近方視力がほぼ2段階向上していることから,今後,症例を増やし,長期の経時的変化を確認したうえで,この変化をIOL度数決定に反映すべきか検討することが望まれる.コントラスト感度は,両眼にRKを受けているが,低周波数から高周波数領域まで年齢の正常範囲内で良好な結果であった.しかし,自覚的に差はないものの,測定値では回折型IOL挿入眼のほうがやや低下していたことから,今後,RKに限らず,屈折矯正手術を受けた症例では,起こりうる可能性として十分に説明しておく必要があると思われる.グレア,ハローは,RKやPRK後15),さらに多焦点IOLそのものもグレア,ハローの原因となりうるため,本症例のように職業がタクシー運転手では,夜間運転時の対向車のライトが心配された.RKは光学径3mm,輪部近くまで12本切開されているが,RK後に夜間グレア,ハローは自覚していず,多焦点IOL挿入後に出現する可能性は説明したが,術後も同様に自覚していない.回折型は屈折型に比べグレア,ハローの出現は少ないが,RK後にグレアやハローを自覚している症例では増悪する可能性があることを考慮して,適応判断は慎重にすべきと思われる.角膜内皮細胞に関して,RK後の白内障手術で著明に減少した例があり5),本症例では,角膜内皮細胞への影響をできるだけ少なくするようソフトシェル法を用い注意深く行った.術後1年で減少傾向はなかったが,今後さらに経過観察を続ける予定である.RK後の単焦点IOL挿入ないしは屈折矯正手術後の多焦点IOL挿入の報告はあるが,RK後に多焦点IOLを挿入し,1年間経過観察された報告は,筆者らが調べた範囲ではなかった.わが国においてRKが積極的に施行されていなかったため,RK後の白内障例は少なく,かつ,多焦点IOL挿入となると,かなり症例が限定される.今回の症例は,術前に十分な説明を行い,術後の見え方への満足度は非常に高いが,術(129)あたらしい眼科Vol.27,No.6,2010843後屈折に遠視化が認められ,コントラスト感度が多焦点IOL挿入眼で低下していることから,今後,症例を増やし,長期の経過観察が必要と思われた.文献1)ビッセン宮島弘子,林研,平容子:シングルピースアクリソフapodized回折型多焦点眼内レンズと単焦点眼内レンズ挿入成績の比較.あたらしい眼科24:1099-1103,20072)HayashiK,ManabeS,HayashiH:Visualacuityfromfartonearandcontrastsensitivityineyeswithadiffractivemultifocalintraocularlenswithalowadditionpower.JCataractRefractSurg35:2070-2076,20093)YoshinoM,Bissen-MiyajimaH,OokiSetal:Two-yearfollow-upafterimplantationofdiffractiveasphericsiliconemultifocalintraocularlenses.ActaOphtalmologica,2010,AprilE-pub4)JoseFA,DavidMC,AranchaPL:Visualqualityafterdiffractiveintraocularlensimplantationineyesmyopiclaserinsitukeratomileusis.JCataractRefractSurg34:1848-1854,20085)塙本宰,川上勉,林大助:放射状角膜切開後の白内障手術の1例.眼科手術13:451-455,20076)須藤史子,赤羽信雄:放射状角膜切開後の超音波白内障手術の1例.IOL&RS12:160-164,19987)HofferKJ:Intraocularlenspowercalculationforeyesafterrefractivekeratotomy.JRefractSurg11:490-493,19958)ChenL,MannisMJ,SalzJJetal:Analysisfointraocularlenspowercalculationinpost-radialkeratotomyeyes.JCataractRefractSurg29:65-70,20039)AwwadST,DwarakanathanS,BowmanRWetal:Intraocularlenspowercalculationafterradialkeratotomy:Estimatingtherefractivecornealpower.JCataractRefractSurg33:1045-1050,200710)FeizV,MoshirfaM,MannisMJetal:Nomogram-basedintraocularlenspoweradjustmentaftermyopicphotorefractivekeratectomyandLASIK.Anewapproach.Ophthalmology112:1381-1387,200511)MackoolRJ,KoW,MackoolR:Intraocularlenspowercalculationafterlaserinsitukeratomileusis:theaphakicrefractiontechnique.JCataractRefractSurg32:435-437,200612)飯田嘉彦:屈折矯正手術後の白内障手術.IOL&RS22:39-44,200813)HofferKJ:IOLcalculationafterpriorrefractivesurgery.MasteringrefractiveIOLs(ChangDF),546-553,SLACK,Thorofare,NJ,200814)長野悦子,忍足和浩,平形明人:放射状角膜切開術施行眼に生じた白内障手術後眼内炎の1症例.眼臨101:902-904,200015)ChaithAA,DanielJ,StultingDetal:Contrastsensitivityandglaredisabilityafterradialkeratotomyandphotorefractivekeratectomy.ArchOphthalmol116:12-18,1998***

インターフェロン-γおよびリポ多糖による併用刺激処理したヒト水晶体上皮細胞株SRA 01/04における過剰産生一酸化窒素の細胞膜Ca2+-ATPase遺伝子発現に対する影響

2009年5月31日 日曜日

———————————————————————-Page1(129)7090910-1810/09/\100/頁/JCLSあたらしい眼科26(5):709713,2009c〔別刷請求先〕伊藤吉將:〒577-8502東大阪市小若江3-4-1近畿大学薬学部製剤学研究室Reprintrequests:YoshimasaIto,Ph.D.,SchoolofPharmacy,KindaiUniversity,3-4-1Kowakae,Higashi-Osaka,Osaka577-8502,JAPANインターフェロン-gおよびリポ多糖による併用刺激処理したヒト水晶体上皮細胞株SRA01/04における過剰産生一酸化窒素の細胞膜Ca2+-ATPase遺伝子発現に対する影響長井紀章*1伊藤吉將*1,2臼井茂之*3平野和行*3*1近畿大学薬学部製剤学研究室*2同薬学総合研究所*3岐阜薬科大学薬剤学研究室EectofEnhancedNitricOxideProductiononPlasmaMembraneCa2+-ATPaseExpressioninHumanLensEpithelialCellLineSRA01/04TreatedwithCombinationofInterferon-gandLipopolysaccharideNoriakiNagai1),YoshimasaIto1,2),ShigeyukiUsui3)andKazuyukiHirano3)1)SchoolofPharmacy,2)PharmaceutialResearchandTechnologyInstitute,KindaiUniversity,3)LaboratoryofPharmaceutics,GifuPharmaceuticalUniversity本研究はヒト水晶体上皮由来細胞株SRA01/04(HLE細胞)を用いインターフェロン-g(IFN-g)およびリポ多糖(LPS)併用刺激により誘導される誘導型一酸化窒素合成酵素(iNOS)が細胞膜Ca2+-ATPase(PMCA)遺伝子発現に与える影響について検討を行った.HLE細胞では4種類のPMCAアイソフォーム(PMCA1,2,3および4)のうちPMCA1および4のみの発現が確認された.iNOS遺伝子発現を介した過剰な一酸化窒素(NO)産生がみられるIFN-g1,000IU/ml)およびLPS(100ng/ml)の併用処理を行ったところ処理時間に従ってPMCA1および4両遺伝子発現量が増加し,この増加は処理後6時間以降18時間まで未処理群と比較し顕著に上昇した.これらIFN-g,LPS併用刺激によるPMCA1および4両遺伝子発現量の上昇はiNOSの選択的阻害薬であるアミノグアニジン(250μM)を添加することで有意に抑制された.さらに,PMCA1および4両遺伝子発現量の上昇はNO産生量と高い相関関係を示した.以上の結果からHLE細胞においてiNOS誘導を介したNOの過剰産生はPMCA1および4両遺伝子発現量増加をひき起こすことを明らかとした.WeinvestigatedthechangesinplasmamembraneCa2+-ATPase(PMCA)mRNAexpressioninhumanlensepithelialcelllineSRA01/04(HLEcell)followingtreatmentwithinterferon-gamma(INF-g,1,000IU/ml)andlipopolysaccharide(LPS,100ng/ml),whichinduceinduciblenitricoxidesynthase(iNOS)expression.PMCAhasseveralisoforms(PMCA1-4);PMCA1and4mRNAwereexpressedintheHLEcell.PMCA1and4mRNAexpressionlevelsintheHLEcellwereincreasedwithdurationofincubationwithINF-gandLPS.Furthermore,aminoguanidine,aselectiveinhibitorofiNOS,attenuatedtheincreaseinexpressionofPMCA1and4mRNA.AcloserelationshipwasobservedbetweenPMCA1and4mRNAexpressionandNOproduction.Inconclusion,thepresentstudydemonstratedthatexcessiveproductionofNObyiNOSmaycauseincreasedPMCA1and4mRNAexpressionintheHLEcell.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)26(5):709713,2009〕Keywords:ヒト水晶体上皮細胞,細胞膜Ca2+-ATPase,一酸化窒素,白内障,アミノグアニジン.humanlensepithelialcell,plasmamembraneCa2+-ATPase,nitricoxide,cataract,aminoguanidine.———————————————————————-Page2710あたらしい眼科Vol.26,No.5,2009(130)はじめに白内障とは水晶体が白く混濁するすべての現象をいい,現在日本において最も多いのが加齢白内障である1).この加齢白内障のおもな発症機構として,紫外線などにより誘導される酸化的ストレスが水晶体上皮細胞に傷害を与えることで細胞内恒常性が破綻をきたし水晶体Ca2+量上昇をひき起こす2,3).この水晶体中Ca2+上昇はCa2+依存性蛋白分解酵素であるカルパインを活性化し,これにより,クリスタリン蛋白質が分解・凝集され水晶体が白く混濁するという報告がなされている2,3).このように,水晶体混濁には水晶体中Ca2+量の変化が大きな役割を果たしていると考えられる.筆者らは遺伝性白内障モデル動物を用いたこれまでの研究で,この水晶体中Ca2+量上昇に誘導型一酸化窒素(iNOS)由来一酸化窒素(NO)の過剰産生が関与することを明らかとした4).したがって,過剰なNO産生は水晶体上皮細胞においてCa2+制御機構の崩壊をひき起こすことが示唆された.これら水晶体Ca2+量の調節には,細胞内のATP(アデノシン三リン酸)を駆動力とし細胞内から細胞外へとCa2+を汲み出す細胞膜Ca2+-ATPase(PMCA)が知られているため5),このPMCAの障害が水晶体Ca2+量の上昇に関与することが予想された.しかしこれらの予想に反し,ヒト水晶体上皮細胞において水晶体Ca2+量上昇の要因とされる過剰な一酸化窒素産生はCa2+-ATPase活性の増加をひき起こした6).iNOSの選択的阻害薬であるアミノグアニジン(AG)の投与により,このCa2+-ATPase活性の増加は強く抑制された7,8).したがって,ヒト水晶体における詳細なNOと水晶体中Ca2+制御機構の関わりを明らかとすることは,白内障発症機構解明を進めていくうえできわめて重要であると考えられた.ヒト白内障発症機構解明に関する研究を進めていくうえで培養細胞の使用は有効である.しかし,ヒトからの正常水晶体上皮細胞は入手することが非常に困難であり,個々間でばらつきがみられる.一方,HLE細胞はヒト由来であり,世代によるばらつきが少ないため基礎研究において使用されている.筆者らも,これまでの研究で水晶体上皮の基礎研究に有効であることを報告している6).そこで今回,ヒト水晶体上皮由来細胞株SRA01/04(HLE細胞)9)におけるPMCAアイソフォームの存在を確認するとともに,iNOS誘導能が知られるインターフェロン-g(IFN-g)およびリポ多糖(LPS)併用刺激がHLE細胞中PMCA遺伝子発現へ与える影響について検討を行った.I対象および方法1.HLE細胞培養および薬物処理実験HLE細胞は10%ウシ胎児血清を含むDMEM(Dulbecco変法Eagle培地)(GIBCO社製,東京,日本)を用い37oC,5%CO2条件下で80%コンフルエンスになるまで培養した.薬物処理実験では80%コンフルエンス状態のHLE細胞にIFN-g(終濃度1,000IU/ml,PeproTech社製,ロンドン,UK)を添加し1時間インキュベーションを行った.その後,LPS(終濃度100ng/ml,シグマ・ケミカル社製,東京,日本)を添加し,それぞれ618時間インキュベーションを行った後,細胞を回収した.AG(終濃度250μM,ナカライテスク社製,京都,日本)処理はLPS添加12時間後にそれぞれを添加し,その6時間後に細胞の回収を行った.2.PMCA遺伝子発現量の測定0,6,12,18時間IFN-gおよびLPSにて併用処理したHLE細胞をスクレイパーにて回収を行った.この回収したHLE細胞をRNeasyminkit(QIAGEN社製,東京,日本)を用いてtotalRNAを抽出し,oligodTプライマー(宝酒造社製,京都,日本)と逆転写酵素(宝酒造社製,京都,日本)を用い1μgのtotalRNAからcDNAを合成した4).合成したcDNAに各遺伝子特異的プライマーを加え,TaqDNAポリメラーゼ(宝酒造社製,京都,日本)を用いpoly-merasechainreaction(PCR)反応を行った.PCR条件はdenaturation(94oC,30s),annealing(62oC,30s),exten-sion(72oC,45s)で30または35cycle行い,プライマーは以下のものを用いた.5¢-ACTGAGTCTCTCTTGCTTCGGAAAC-3¢および5¢-ACGAAATGCATTCACCACTCG-3¢(PMCA1),5¢-ACAGTGGTACAGGCCTATGTCG-3¢および5¢-CGAGCCGTGTTGATATTGTCG-3¢(PMCA2),5¢-CACACTGGTCAAAGGGATTATCG-3¢および5¢-AGAGCTGCATCATGACGAACG-3¢(PMCA3),5¢-GTTCTCCATCATCCGAAACGG-3¢および5¢-CAAGCATCCAAGTGCCGTACTAG-3¢(PMCA4),5¢-CATCACCATCTTCCAGGAGCGAGA-3¢および5¢-CCACCACCCTGTTGCTGTAGCCA-3¢(glyceraldehydes-3-phosophatedehydroge-nase:GAPDH).PCR増幅産物はアガロースゲル電気泳動を行いエチジウムブロマイドにより染色し,写真撮影を行った.得られた結果はハウスキーピング遺伝子であるGAPDHに対する比として表した.3.NO産生量の測定0,6,12,18時間IFN-gおよびLPSにて併用処理したHLE細胞の培地をNO測定に用いた.回収した培地にエイコム社製マイクロダイアリシスプローブ(A-1-20-05,5mmlength)を浸し,酸化窒素分析システムENA-20(エイコム社製,京都,日本)にて水晶体中NO量を測定した.本研究でのNO産生量は,NO2とNO3の総和として表した.4.総蛋白質量の測定回収した細胞の総蛋白質量はBradfordの方法10)に従いBio-RadProteinAssayKit(Bio-RadLaboratories社製,CA,USA)を用いて測定した.———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.26,No.5,2009711(131)5.細胞内Ca2+含量の測定未処理およびIFN-gおよびLPSにて併用処理したHLE細胞を,冷Ca2+,Mg2+-freebuer(NaCl145mM,KCl5mM,NaHCO35mM,4-(2-hydroxyethyl)-1-piperazine-ethanesulfonicacid(HEPES)15mM,Tris8mM,EDTA0.5mM,pH7.4,290mOsm)にて洗浄し,スクレイパーにて細胞の回収を行った.回収した細胞に等張緩衝液(mannitol10mM,HEPES5.75mM,Trisbase6.25mM,pH7.4)を添加しホモジナイズ後,遠心分離(1,500rpm,10min)により上清を採取した.この得られた上清を用い細胞内Ca2+量の測定を行った.細胞内Ca2+含量の測定にはカルシウムE-テストワコー(Wako社製,大阪,日本)を用い,総蛋白質量当たりの量として表した.II結果1.HLE細胞におけるPMCAアイソフォームの発現図1にはPCR法を用い,HLE細胞におけるPMCAアイソフォーム(PMCA1,2,3および4)遺伝子発現について示した.HLE細胞において4種類のPMCAアイソフォーム(PMCA14)のうちPMCA1および4が強く発現していることが確認されたが,PMCA2および3遺伝子発現は認められなかった.2.HLE細胞へのIFNg,LPS併用刺激がCa2+制御機構へ及ぼす影響図2にはHLE細胞へのIFN-g,LPS併用処理がPMCA1および4遺伝子発現へ与える影響について示した.iNOS遺12345図1HLE細胞におけるPMCA遺伝子発現1:PMCA1,2:PMCA2,3:PMCA3,4:PMCA4,5:マーカー.0.00.21.01.20.40.60.8PMCA1/GAPDH0.00.21.01.20.40.60.8PMCA4/GAPDH*p0.005,vs.Controln=4~5*p<0.005,vs.Controln=4~5Control18hr6hr12hrTreatmentwithIFN-g(1,000IU)andLPS(100ng/m?)Control18hr6hr12hrTreatmentwithIFN-g(1,000IU)andLPS(100ng/m?)PMCA4PMCA1***図2HLE細胞へのIFNg,LPS併用刺激によるPMCA遺伝子発現量の経時的変化Control0.00.21.01.20.40.60.8PMCA1/GAPDH0.00.21.01.20.40.60.8PMCA4/GAPDH*p<0.005,vs.Control**p<0.005,vs.TreatmentwithIFN-gandLPSn=4~5*p<0.005,vs.Control**p<0.005,vs.TreatmentwithIFN-gandLPSn=4~5******IFN-g(1,000IU)LPS(100ng/m?)IFN-g(1,000IU)LPS(100ng/m?)AG(250?M)ControlIFN-g(1,000IU)LPS(100ng/m?)IFN-g(1,000IU)LPS(100ng/m?)AG(250?M)図318時間IFNg,LPS併用刺激によるPMCA遺伝子発現量の変化とAGによる影響———————————————————————-Page4712あたらしい眼科Vol.26,No.5,2009(132)伝子発現およびNOの誘導がみられるIFN-g,LPS併用処理することでPMCA1および4両遺伝子発現量の増加が認められ,PMCA1では処理後18時間で,PMCA4では処理後12時間以降18時間まで未処理群と比較し有意に上昇した.このIFN-g,LPS併用刺激によるPMCA1および4両遺伝子発現量および細胞内Ca2+含量の上昇は選択的iNOS阻害薬であるAGを添加することで有意に抑制された(図3).さらに,IFN-g,LPS併用処理によるNO産生量とPMCA1および4遺伝子発現量には高い相関関係が認められた(図4).III考按水晶体混濁には水晶体中Ca2+量の変化が大きな役割を果たしていることが考えられる.筆者らはこれまで遺伝性白内障モデルUPLラットにおいて,iNOS由来の過剰なNO産生がこの水晶体中Ca2+量上昇に関与することを明らかとした4).さらに選択的iNOS阻害薬として知られるAGを遺伝性白内障モデルラットへ経口投与することで水晶体中Ca2+量の上昇および混濁化を強く抑制することも報告した7,8).また,白内障患者では正常人と比較し水晶体中NO量の増加が報告されており11),ヒトにおいてもNO産生量は水晶体中Ca2+量と密接に関わることが示唆された.しかしながら,水晶体中Ca2+量調整に重要なPMCA発現とNOの関係については未だ明らかとされていない.そこで今回,ヒト水晶体上皮細胞であるHLE細胞9)を用い,iNOS誘導がPMCAへ与える影響について検討を行った.PMCAには複数のアイソフォームが存在し,臓器によりその発現が異なることが報告されている5,12).本研究では始めに,HLE細胞中のPMCAアイソフォーム(PMCA14)遺伝子発現に関する検討を行った.HLE細胞では4種類のPMCAアイソフォーム(PMCA14)のうちPMCA2および3遺伝子発現は認められず,PMCA1および4のみが強く発現していることが確認された.そこでつぎにiNOS由来NO過剰産生がこれらPMCA1および4遺伝子発現量へ与える影響について検討を行った.iNOS遺伝子発現を誘導する生理活性物質はIFN-g,IL(インターロイキン)-1,TNF(腫瘍壊死因子),LPSなど数多く知られている13).これまでの報告から,iNOS遺伝子発現にはinterferon-gammaactivat-edsite(GAS)やnuclearfactorkappaBが関与し,これらはIFN-gおよびLPS刺激によって活性化することが知られている14,15).筆者らもすでに12時間以上IFN-gおよびLPSにより併用刺激を行ったHLE細胞にて,iNOS遺伝子発現およびNO産生が有意に上昇することを明らかとし報告している6).そこで本研究では,iNOS由来NO産生誘導にIFN-g,LPS併用処理を用いた.このNO産生の誘導がみられるIFN-g,LPS併用処理により,PMCA1および4両遺伝子発現量の増加が認められた.Bartlettらは水晶体中へのCa2+流入量増加はCa2+-ATPaseの増加をひき起こすことを報告している16).本研究においても,PMCA遺伝子発現量の有意な上昇がみられた12時間IFN-g,LPS併用処理時に,細胞内Ca2+含量の上昇が認められた(未処理群;1.83±0.34,12時間IFN-g,LPS併用処理群;6.94±1.52μmol/mgpro-tein,n=6).したがって,これらIFN-g,LPS併用刺激によるPMCA遺伝子発現誘導にはCa2+流入量増加が関与するものと示唆された.さらに,IFN-g,LPS併用刺激によるPMCA1および4両遺伝子発現量の上昇は選択的iNOS阻害薬AGをiNOSおよびNOの上昇が開始する12時間の時点で添加することで抑制され,PMCA遺伝子発現とNO産生量間で高い相関関係が認められた.これらの結果から,ヒト水晶体上皮細胞内でiNOS由来のNO過剰産生時にはPMCA1および4遺伝子発現の誘導が起こり,細胞内Ca2+量の制御が行われるものと示唆された.以上の結果はヒト培養細胞を用いたinvitro実験系のものであるが,筆者らは遺伝性白内障UPLラットにおいても39日齢において急速なNO上昇に伴った水晶体混濁を認めており,同時にPMCA遺伝子発現上昇という現象を報告しており,実際の生体内においてもこれらの作用機構により水晶体中Ca2+制御が行われるものと十分考えられる.一方,このラットにおいて長期にわたるiNOS由来の過剰なNO産生は,ミトコンドリアの電子伝達系終末にあたるチトクロムcオキシダーゼ活性低下によるATP産生低下をひき起こし,PMCA機能不全が起0.00.20.40.60.81.01.2PMCA1/GAPDHPMCA4/GAPDH0.00.20.40.60.81.01.2y=0.2478x+0.3513r=0.97430.00.51.01.52.02.53.0y=0.3853x+0.117r=0.9701NOrelease(nmol/106cells)0.00.51.01.52.02.53.0NOrelease(nmol/106cells):Control:6hr:12hr:18hr:Control:6hr:12hr:18hr図40,6,12,18時間IFNg,LPS併用刺激時におけるPMCA遺伝子発現量とNO量の関係———————————————————————-Page5あたらしい眼科Vol.26,No.5,2009713(133)こることも明らかとしてきた4).したがって,初期の過剰なNOによるCa2+上昇はPMCA1および4遺伝子により制御されるが,長期にわたるNO過剰産生は細胞内ATPの枯渇を招きPMCA機能停止により最終的にはCa2+上昇をひき起こすことが示唆された.現在,筆者らはiNOS由来NOによるヒト水晶体上皮細胞でのCa2+恒常性破綻をより明確にするため,HLE細胞へのIFN-g,LPS併用処理時間増加がチトクロムcオキシダーゼへ与える影響について解析を行っているところである.以上,本研究ではHLE細胞において4種のPMCAのうち,PMCA1および4が発現していることを明らかとした.また,iNOS誘導能を有するIFN-g,LPS併用刺激がPMCA1および4両遺伝子発現量増加をひき起こすことを明らかとし,このPMCA遺伝子発現量上昇が急速なNO過剰産生を介したCa2+恒常性破綻の結果として誘導される可能性を示唆した.このように,白内障発症以前の段階で関与する因子がヒト水晶体へ与える影響を明確にしていくことは,白内障発症機構解明を進めていくうえできわめて重要であると考える.文献1)HardingJJ:Cataract;biochemistry,epidemiologyandpharmacology.ChapmanandHall,London,19912)ShearerTR,DavidLL,AndersonRSetal:Reviewofsel-enitecataract.CurrEyeRes11:357-369,19923)SpectorA:Oxidativestress-inducedcataract:mecha-nismofaction.FASEBJ9:1173-1182,19954)NagaiN,ItoY:AdverseeectsofexcessivenitricoxideoncytochromecoxidaseinlensesofhereditarycataractUPLrats.Toxicology242:7-15,20075)CarafoliE:TheCa2+pumpoftheplasmamembrane.JBiolChem267:2115-2118,19926)NagaiN,LiuY,FukuhataTetal:Inhibitorsofinduciblenitricoxidesynthasepreventdamagetohumanlensepi-thelialcellsinducedbyinterferon-gammaandlipopolysac-charide.BiolPharmBull29:2077-2081,20067)InomataM,HayashiM,ShumiyaSetal:InvolvementofinduciblenitricoxidesynthaseincataractformationinShumiyacataractrat(SCR).CurrEyeRes23:307-311,20018)NabekuraT,KoizumiY,NakaoMetal:DelayofcataractdevelopmentinhereditarycataractUPLratsbydisul-ramandaminoguanidine.ExpEyeRes76:169-174,20039)IbarakiN,ChenSC,LinLRetal:Humanlensepithelialcellline.ExpEyeRes67:577-585,199810)BradfordMM:Arapidandsensitivemethodforthequantitationofmicrogramquantitiesofproteinutilizingtheprincipleofprotein-dyebinding.AnalBiochem72:248-254,197611)OrnekK,KarelF,BuyukbingolZ:Maynitricoxidemole-culehavearoleinthepathogenesisofhumancataractExpEyeRes76:23-27,200312)KeetonTP,BurkSE,ShullGE:Alternativesplicingofexonsencodingthecalmodulin-bindingdomainsandCterminiofplasmamembraneCa(2+)-ATPaseisoforms1,2,3,and4.JBiolChem268:2740-2748,199313)平田結喜:血管系におけるNO合成酵素とその制御.実験医学13:917-922,199514)LowensteinCJ,AlleyEW,RavalPetal:Macrophagenitricoxidesynthasegene:twoupstreamregionsmedi-ateinductionbyinterferongammaandlipopolysaccharide.ProcNatlAcadSciUSA.90:9730-9734,199315)XieQW,WhisnantR,NathanC:Promoterofthemousegeneencodingcalcium-independentnitricoxidesynthaseconfersinducibilitybyinterferongammaandbacteriallipopolysaccharide.JExpMed177:1779-1784,199316)BartlettRK,BieberUrbauerRJ,AnbanandamAetal:OxidationofMet144andMet145incalmodulinblockscalmodulindependentactivationoftheplasmamembraneCa-ATPase.Biochemistry42:3231-3238,2003***

遺伝性白内障ICR/fラットの水晶体混濁におけるインターロイキン18およびDNA分解酵素の関与

2009年5月31日 日曜日

———————————————————————-Page1(95)6750910-1810/09/\100/頁/JCLS28回日本眼薬理学会原著》あたらしい眼科26(5):675680,2009cはじめに白内障とは水晶体が白く混濁するすべての現象をいい,現在まで数多くの研究がなされている1).白内障は全世界の失明の約40%を占めており,罹患率は加齢に伴って増加し,80歳以上の高齢者ではほとんどが何らかの形で白内障の症状を示すことが報告されている2).この白内障のおもな発症〔別刷請求先〕伊藤吉將:〒577-8502東大阪市小若江3-4-1近畿大学薬学部製剤学研究室Reprintrequests:YoshimasaIto,Ph.D.,SchoolofPharmacy,KindaiUniversity,3-4-1Kowakae,Higashi-Osaka,Osaka577-8502,JAPAN遺伝性白内障ICR/fラットの水晶体混濁におけるインターロイキン18およびDNA分解酵素の関与長井紀章*1伊藤吉將*1,2竹内典子*3臼井茂之*4平野和行*4*1近畿大学薬学部製剤学研究室*2同薬学総合研究所*3名城大学薬学部生理学研究室*4岐阜薬科大学薬剤学研究室InvolvementofInterleukin18andDNaseII-likeAcidDNaseinCataractFormationinICR/fRatNoriakiNagai1),YoshimasaIto1,2),NorikoTakeuchi3),ShigeyukiUsui4)andKazuyukiHirano4)1)SchoolofPharmacy,2)PharmaceutialResearchandTechnologyInstitute,KindaiUniversity,3)SectionofBiochemistry,FacultyofPharmacy,MeijoUniversity,4)LaboratoryofPharmaceutics,GifuPharmaceuticalUniversityIharacataractrat(ICR/fラット)はヒト加齢白内障に類似した水晶体混濁を示す遺伝性白内障モデル動物である.本研究ではこのICR/fラット白内障発症機構を明らかにするために,近年白内障発症の要因として報告されたインターロイキン18(IL-18)およびDNA分解酵素(DNaseII-likeacidDNase:DLAD)のICR/fラット水晶体混濁における関与について検討した.2263日齢の間ではICR/fラット水晶体は透明性を維持し,混濁は認められなかった.しかしながら,77日齢より水晶体混濁が開始し,91日齢では成熟白内障に達した.水晶体混濁開始直前の63日齢および成熟白内障時の91日齢では22日齢のICR/fラット水晶体と比較しIL-18活性化関連遺伝子(IL-18,IL-18Rおよびcaspase-1)および成熟型IL-18蛋白発現量の上昇が認められた.一方,DLAD遺伝子発現量は,いずれの日齢においても変化はみられず,ICR/fラット水晶体核部への未切断ゲノムDNA残存も認められなかった.これらの結果はIL-18がICR/fラット水晶体混濁に関与する可能性を強く示唆した.また,ICR/fラット水晶体ではDNA分解酵素の低下や核部へのゲノムDNA残存が起こらないことを明らかとした.TheIharacataractrat(ICR/frat)isarecessivehereditarycataractstrainwhosemechanismofcataractdevelopmentissimilartothatofsenilecataractsinhuman.Inthisstudy,wedemonstratedtheinvolvementofinterleukin18(IL-18),whichleadstointerferon-gamma,andDNaseII-likeacidDNase(alsocalledDNaseIIb,DLAD)inthelensesofICR/fratsduringcataractdevelopment.AlthoughthelensesofICR/fratsweretranspar-entatage22to63days,lensopacicationstartedat77days,thelensesof91-day-oldICR/fratsbecomingentire-lyopaque.ThegeneexpressionlevelscausingIL-18activation(IL-18,IL-18receptorandcaspase-1)increasedat63daysofage;theexpressionofmatureIL-18proteinintheICR/fratlensesalsoincreaseswithage.Ontheoth-erhand,theDLADmRNAexpressionlevelsdidnotchangewithage,whileundigestedDNAwasdegradedinthelensnucleiof91-day-oldICR/frats.TheseresultssuggestthatincreasedIL-18activityisrelatedtocataractdevelopment.Inaddition,DLADdysfunctionandaccumulationofundigestedDNAwerenotobservedincataractdevelopmentinICR/frats.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)26(5):675680,2009〕Keywords:白内障,ICR/fラット,インターロイキン18,DNA分解酵素,未切断DNA.cataract,Iharacataractrat,interleukin18,DNaseII-likeacidDNase,undigestedDNA.———————————————————————-Page2676あたらしい眼科Vol.26,No.5,2009(96)機構としては,紫外線などにより誘導される酸化的ストレスが水晶体上皮細胞に傷害を与えることで細胞内恒常性が破綻をきたし水晶体中カルシウムイオン(Ca2+)量の上昇を導くことが起因とされている3,4).さらに,この水晶体中Ca2+量上昇によりCa2+依存性蛋白分解酵素であるカルパインが活性化され,これによりクリスタリン蛋白質が分解・凝集され水晶体が白く混濁するという報告がなされている3,4).また,近年ではDNA分解酵素の欠乏が水晶体核部へのゲノムDNA残存をひき起こし,このゲノムDNA残存が水晶体混濁につながるといった機構が注目されている5).筆者らはこれまで急速に水晶体混濁がみられる遺伝性白内障動物UPLラットを用い,水晶体混濁以前に強力なインターフェロン-gの産生誘導,ナチュラルキラー細胞活性化,誘導型一酸化窒素合成酵素の誘導能などの生理活性を有することが知られているインターロイキン18(IL-18)が発現すること6)や,水晶体混濁時に核部でのゲノムDNA残存が認められることを明らかとしてきた7).このUPLラットは寿命,体重曲線,血液学的パラメータ,血液生理学的パラメータ,血糖値において正常ラットと変わらないことが確認されており,眼異常を除く生物学的特性はほぼ正常であることが明らかとなっている8).したがって,UPLラットは白内障発症機構の解明を行ううえできわめて適切なモデルであると考えられている.しかしながら,UPLラットの水晶体混濁は短期間で急速に認められることから,その水晶体混濁機構解明を目指した研究では有効だが,抗白内障薬の有効性における研究には不向きであり,ヒト加齢白内障のように水晶体混濁化がゆっくりと進行するモデル動物の開発が望ましいと考えられた.Iharacataractrat(ICR/fラット)は遺伝性白内障発症動物であり,その発症率は100%である9).これまでの研究から,生後75日頃から水晶体の混濁が徐々に進行し,生後90日頃には成熟白内障に達する9).また,水晶体混濁時のCa2+濃度は透明時のそれと比較し約10倍に上昇し,水晶体中カルパインの活性化およびクリスタリン蛋白質の分解・凝集も確認されている9).したがって,ICR/fラットは,抗白内障薬の有効性検討を行ううえで適切なモデルであると考えられた.本研究ではUPLラットと比較し徐々に水晶体混濁化が進行するICR/fラット白内障発症における,IL-18およびDNA分解酵素(DNaseII-likeacidDNase:DLAD)の関与ついて検討した.I対象および方法1.実験動物実験には名城大学から分与された2291日齢のICR/fラットを用いた.ICR/fラットはともに25℃に保たれた環境下で飼育し,飼料(飼育繁殖固形飼料CE-2,日本クレア)および水は自由に摂取させた.2.前眼部画像解析22,63および91日齢のICR/fラットの前眼部スリット像の撮影は,前眼部画像解析装置EAS-1000(ニデック社製)を用いて行った.3.遺伝子発現量の測定摘出した水晶体よりインビトロジェン社製Trizol試薬(1ml)を用いてAcidguanidium-phenol-chloroform法により全RNAを抽出し,RNAPCRkit(AWVVer2.1,タカラ社製)を用い1μgの全RNAからcDNAを合成した.合成したcDNAにGenBankTMからのデータベースより設計した各遺伝子特異的プライマーを加え,半定量および定量poly-merasechainreaction(PCR法)を行った.半定量PCR法表1定量RTPCR法における各種プライマー塩基配列PrimerSequence(5′-3′)GenBankAccessionNo.IL-18FORCGCAGTAATACGGAGCATAAATGACNM_019165REVGGTAGACATCCTTCCATCCTTCACIL-18RaFORAGCAGAAAGAGACGAGACACTAACXM_237088REVCTCCACCAGGCACCACATCIL-18RbFORGACCACAGGATTTAACCATTCAGCAJ550893REVAGCAGGACCTAGTGTTGATGATGIL-18BPFORTTGGTGGGTCCTGCTTCTATATGAF154569REVGGTCAGCGTTCCATTCAGTGCaspase-1FORTGAAGATGATGGCATTAAGAAGGCNM_012762REVCAAGTCACAAGACCAGGCATATTCDLADFORTTGCTCTTCGTTGCCCTGTCAF178974REVTCCTCTGCTGGTCCTTCTGGGAPDHFORACGGCACAGTCAAGGCTGAGANM_017008REVCGCTCCTGGAAGATGGTGAT———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.26,No.5,2009677(97)は以下のプライマーを用い30cycleにて行った.5′-TCAGATGTGTGCCAAGTCCAGTGCCTC-3′および5′-AATACAGGTCCAGCGAGCCTGAGAGTC-3′(DLAD,GenBankaccessionNo.AF178974);5′-GGTGCTGAGTATGTCGTGGAGTCTAC-3′および5′-CATGTAGGCCATGAGGTCCACCACC-3′(glyceraldehyde-3-phosophatedehydrogenase(GAPDH),GenBankaccessionNo.NM_017008).これにより得られたPCR生成物は1.5%アガロースゲルにて泳動後,エチジウムブロマイド照射によって撮影された.定量PCR法は,LightCycler(ロシュ社製)を用い遺伝子発現量の測定を行った.表1には今回使用した各種プライマー塩基配列を示した.本研究では各種遺伝子発現量はGAPDHに対する比から求めた.4.ウエスタンブロッティングICR/fラットの水晶体に生理食塩水200μlを加え氷中でホモジナイズした.水晶体ホモジネートは20分間氷中で超音波処理後,遠心分離(1,500rpm,10min,4℃)により上清を採取した.この上清に等量のLoadin緩衝液(12.5mmol/lTris-HCl,pH6.8,0.4%ドデシル硫酸ナトリウム(SDS),2%グリセロール,1%2-メルカプトエタノール,0.004%ブロモフェノールブルー)を加え,3分間煮沸することで標品を作製した.この標品(10μg)を15%ポリアクリルアミドSDSゲルで100V,90min泳動することで分離し,SEMI-DRYTRANSFERCELL(BIO-RAD社製)を用い,蛋白質をポリビニルデンフッ化メンブラン(BIO-RAD社製)に転写した(20V,2.0A,50min).転写後,トリス緩衝液(20mMTris-HCl,500mMNaCl,pH7.5)で5分間洗浄し,さらにメンブランの非特異部位をブロッキングするため,3%低脂肪粉ミルク含有トリス緩衝液中に8時間浸した.ウエスタンブロッティングは2時間室温で15μg/lgoatanti-ratIL-18ポリクロナール抗体(プロメガ社製)で標識した.2次抗体には15μg/lanti-goatIgG(1:7000希釈,プロメガ社製)を用いて2時間室温で反応させた.その後,アルカリホスファターゼ(プロメガ社製)に対する基質10mlとともに15minインキュベートすることで発色させた.5.水晶体中ゲノムDNAの測定ICR/fラットから摘出した水晶体を皮質部と核部に分離後試料とした.ゲノムDNA抽出にはQuickPickTMgDNAkit(BIO-NOBILE社製)を用いた.DNA抽出後,サンプルを1.0%アガロースゲルに添加し,Mupid-21ミニゲル電気泳動槽(コスモバイオ)を用いて電気泳動(100V,40min)を行った.泳動後,エチジウムブロマイド溶液(0.5μg/ml)にて25min染色しdiethylpyrocarbonate(DEPC)水にて15min洗浄した.写真は泳動終了後ImageMaster-CLを用い,ゲルに紫外線を照射することで確認されるバンドを撮影した.II結果1.水晶体混濁に伴うICR/fラット水晶体中IL18遺伝子および蛋白発現量の変化図1にはEAS-1000によるICR/fラット水晶体の前眼部スリット像を示した.2263日齢のICR/fラット水晶体は透明であり混濁は認められなかったが,77日齢では水晶体の混濁の開始が認められ,91日齢のICR/fラット水晶体は成熟白内障であった.図2には22,63および91日齢のICR/fラット水晶体中IL-18の活性化関連遺伝子(IL-18,IL-18Ra,IL-18Rb,IL-18BPおよびcaspase-1)遺伝子発現量の変化について示した.IL-18Raはいずれの週齢においても変化はみられなかった.一方,水晶体混濁開始直前の63日齢および水晶体混濁時の91日齢では22日齢のICR/fラット水晶体と比較しIL-18,IL-18Rb,IL-18BPおよびcaspase-1の上昇がみられた.さらに,18kDaのIL-18蛋白も水晶体混濁直前の63日齢および成熟白内障時である91日齢でその発現上昇が認められた(図3).2.水晶体混濁に伴うICR/fラット水晶体中DLAD遺伝子およびゲノムDNAの変化図4に水晶体中DLAD遺伝子発現量を示した.22,63および91日齢のICR/fラットいずれにおいても水晶体中DLAD遺伝子発現量は一定であった.図5には22および91日齢ICR/fラット水晶体皮質部および核部におけるゲノムDNA残存性について示した.ICR/fラット水晶体皮質部では,日齢にかかわらず未切断DNAが高度に存在しており,核部では未切断ゲノムDNAは認められなかった.774963229135days図1ICR/fラットにおける水晶体前眼部スリット像———————————————————————-Page4678あたらしい眼科Vol.26,No.5,2009(98)III考按前眼部画像解析装置EAS-1000は,動物を殺傷せずに経時的に水晶体混濁の測定が可能である.本研究でははじめに,この前眼部画像解析装置EAS-1000を用いICR/fラットの水晶体混濁発現時期について検討した.その結果,22および63日齢のICR/fラット水晶体は透明性を維持しており,混濁は認められなかったが,77日齢では混濁開始が認められ,91日齢のICR/fラット水晶体は成熟白内障であった.この結果から本研究では22日齢を透明な水晶体,63日齢を水晶体混濁直前の水晶体,そして91日齢を成熟白内障水晶体とし,ICR/fラット白内障発症へのIL-18およびDNA分解酵素の関与について検討した.IL-18の塩基配列から推測される蛋白質は分子量24kDのIL-18前駆体であることが知られている.この24kDの22day63day91day20kDa15kDa図3ICR/fラットにおける成熟型IL18蛋白発現量IL-18BPmRNACaspase-1mRNAIL-18RbmRNAIL-18RamRNAIL-18mRNA912263Age(days)9101234567891002468101214012345670123456780.50.51.01.52.02.53.03.5IL-18/GAPDH(×10-3)IL-18Ra/GAPDH(×10-5)IL-18Rb/GAPDH(×10-5)IL-18BP/GAPDH(×10-3)Caspase-1/GAPDH(×10-4)図2ICR/fラットにおけるIL18,IL18Ra,IL18Rb,IL18BPおよびcaspase1遺伝子発現量の変化(n=34)BAAge(days)400bp300bp0510152025226322day91day91DLAD/GAPDH(×10-2)図4ICR/fラットにおけるDLAD遺伝子発現量の変化A:半定量PCR法,B:定量PCR法.(n=34)10kb3kb22dayCorNuc91dayCorNuc図5ICR/fラット水晶体皮質部(Cor)および核部(Nuc)における未切断ゲノムDNA———————————————————————-Page5あたらしい眼科Vol.26,No.5,2009679(99)IL-18前駆体は一般の分泌蛋白に存在するリーダーペプチドをもっておらず,生理活性も有していない.近年,この24kDaのIL-18前駆体がcaspase-1によるプロセッシングを受け,生理活性をもつ18kDaの分子(成熟型IL-18)になることが明らかとされた10).また,成熟型IL-18がIL-18レセプター(IL-18R)に作用することで,インターフェロン-g(IFN-g)誘導などの生理活性を発現することが明らかとされている.このIL-18RにはIL-18Ra鎖(IL-1Rrp)およびIL-18Rb鎖(AcPL)が存在し,IL-18Ra鎖とIL-18Rb鎖はヘテロ二量体のIL-18R複合体である.IL-18はIL-18Ra鎖に結合し,IL-18Rb鎖の作用活性を増強する10).特にIL-18Rb鎖はIL-1receptor-associatedkinase(IRAK)など,その後の生理活性作用増強と活性化に不可欠の物質として知られる10).そこで本研究では22,63および91日齢のICR/fラット水晶体におけるIL-18活性化関連遺伝子(IL-18,IL-18Ra,IL-18Rb,IL-18BPおよびcaspase-1)発現量の変化について示した.IL-18aはいずれの週齢においても変化はみられなかったが,水晶体混濁開始直前の63日齢および水晶体混濁時の91日齢では22日齢のICR/fラット水晶体と比較しIL-18,IL-18Rbおよびcaspase-1遺伝子発現量および成熟型IL-18蛋白発現量上昇がみられICR/fラット水晶体混濁にIL-18発現が関与することが強く示唆された.一方,IL-18の特異的内因性阻害薬であるIL-18bindingprotein(IL-18BP)11,12)も63および91日齢水晶体において上昇が認められた.Hurginらは,IFN-gの増加はIL-18BP発現を誘発することを明らかとしている13).したがって,ICR/fラット水晶体中IL-18BP発現量の増加は,IL-18の活性化を介したIFN-g過剰産生によりひき起こされるのではないかと示唆された.他の白内障発症要因として,水晶体の線維化不全が注目されている5).水晶体は,通常の組織にみられるように基底膜上に上皮細胞があるのではなく,水晶体が周囲を覆いその内側に上皮細胞が存在する.細胞分裂は増殖帯でのみ観察され,分化した細胞は新たに分化した細胞に押され水晶体中心部に移動する.この水晶体中心部で水晶体核を形成している線維細胞は核をもっておらず,線維細胞の脱核は細胞分化が起こり伸展した線維細胞からなる水晶体皮質が中心部へ移動する過程で起こるとされている.このように線維細胞の分化は細胞内小器官などの消失を伴うことが知られており,特に細胞核を含む細胞内小器官の消失は,水晶体に透明性をもたらす重要な変化であると考えられている.近年,DLADが水晶体線維化過程ゲノムDNAの消失を担っており,このDLADが欠損すると,本来除去されるはずのゲノムDNAが核部に残存し,水晶体が混濁する原因になると報告された5).そこで先のICR/fラットにおける水晶体混濁と水晶体中ゲノムDNA残存性について検討を行った.その結果,ICR/fラット水晶体皮質部では,日齢にかかわらず未切断DNAが高度に存在しており,核部では未切断ゲノムDNAは認められなかった.したがって,DNA分解酵素の低下や核部へのゲノムDNA残存はICR/fラット水晶体混濁には影響しないことが明らかとなった.IL-18産生はUPLラットおよびICR/fラットでともに認められたのに対し,DNA分解酵素の低下や核部へのゲノムDNA残存はUPLラットのみで認められ,ICR/fラット水晶体混濁には関与しなかったことから,UPLラット白内障にはICR/fラットと比較し,より複数の要因が関与し発症するものと示唆された.これらの結果は,UPLラットは多角的な視点による水晶体混濁機構解明を目指した研究に有効であり,ICR/fラット白内障はヒト加齢白内障と類似していることから,抗白内障薬の有効性における研究に適していると考えられた.これらIL-18活性発現と水晶体混濁の関連性を明確にするためにはさらなる研究が必要である.したがって,現在筆者らはIL-18阻害薬がICR/fラット水晶体混濁へ与える影響について検討しているところである.以上,本研究ではIL-18産生がICR/fラット水晶体混濁に関与する可能性を強く示唆した.また,ICR/fラットではDNA分解酵素の低下や核部へのゲノムDNA残存がないことを明らかとした.これらの報告は今後の抗白内障薬開発研究の確立に有用であるものと考える.文献1)HardingJJ:Cataract;biochemistry,epidemiologyandpharmacology.ChapmanandHall,London,19912)佐々木一之:白内障.医学と薬学33:1271-1277,19953)ShearerTR,DavidLL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白内障手術患者が術前説明をどの程度記憶しているかについての検討

2008年9月30日 火曜日

———————————————————————-Page1(119)13070910-1810/08/\100/頁/JCLSあたらしい眼科25(9):13071310,2008cはじめにインフォームド・コンセントは1914年に米国の最高裁判所での判決からその概念が発展したといわれている1).現在,インフォームド・コンセントは医療に携わる人のみならず一般の患者にも広く認知されており,眼科領域においても重要なことは論を待たない.特に白内障手術では,手術は簡単でよく見えるようになって当たり前と思われがちなため,十分なインフォームド・コンセントをしておかなければ,もし術後に思わしくない結果になった場合,訴訟につながることも危惧される.また,たとえ術後視力が良くても訴訟は免れないといわれている2).しかしながら,日常臨床で医師が懇切な説明に努めても患者がこれを覚えていないということはしばしば経験される3).患者から‘そんな話は聞いていない’というトラブルを回避するためには術前説明がどの程度記憶されているかを知り,日頃の説明に生かしていく必要があるが,これに関す〔別刷請求先〕山田貴之:〒730-8619広島市中区千田町1-9-6広島赤十字・原爆病院眼科Reprintrequests:TakayukiYamada,M.D.,DepartmentofOphthalmology,HiroshimaRedCrossandAtomicBombSurvivors’Hospital,1-9-6Senda-cho,Naka-ku,Hiroshima-shi730-8619,JAPAN白内障手術患者が術前説明をどの程度記憶しているかについての検討山田貴之*1望月英毅*2方倉聖基*2追中松芳*1木内良明*2*1広島赤十字・原爆病院眼科*2広島大学大学院医・歯・薬総合研究科視覚病態学PatientRecollectionofContentsofInformedConsenttoCataractSurgeryTakayukiYamada1),HidekiMochizuki2),SeikiKatakura2),MatsuyoshiOinaka1)andYoshiakiKiuchi2)1)DepartmentofOphthalmology,HiroshimaRedCrossandAtomicBombSurvivors’Hospital,2)DepartmentofOphthalmologyandVisualScience,GraduateSchoolofBiomedicalSciences,HiroshimaUniversity白内障手術患者が術前説明をどの程度記憶しているかについて検討した.広島赤十字・原爆病院で入院白内障手術を受けた患者を対象とし,リーフレットを手渡したうえで手術前日に説明した内容を手術翌日に質問し回答を集計した.プレゼンテーションスライドを用いた術前説明により記憶が改善するかについても検討した.手術説明前の初診患者と比較して,術翌日患者では有意にほぼすべての項目で正解率は高く,説明の効果が確認できたが,合併症に関する項目は正解率が低く,白内障手術は簡単との風評の一因とも思われる.過去に白内障手術を受けた経験の有無は正解率に影響しなかったので,2眼目の手術であっても説明を簡略化すべきではないと考える.プレゼンテーションスライドを用いて説明した群は口頭のみでの説明の群と比較して正解率に改善はなかった.患者の興味を引くようさらなる工夫が必要である.Weevaluatedpatients’recollectionofinformedconsent(IC)tocataractsurgery.Onthedaybeforesurgery,patientsweregivenaninformationleaetandgavetheirIC.Thedayaftersurgery,theywerequestionedastotheICdiscussion.Theirrecollectionofanexplanationwithpresentationslideswasalsoassessedastowhetherornotitimprovedtheirrecollection.ThepercentageofcorrectresponseswashigherforeveryquestionafterICthanitwasbeforeexplanation.However,recollectionregardingsurgicalcomplicationswasrelativelypoor.Thismaybebecauseamongpatients,cataractsurgeryisoftenconsidered‘easy’.Pasthistoryofsurgerydidnotimprovethepercentageofcorrectanswers.Weconcludethattheexplanationshouldnotbesimpliedforpatientsundergoingsecondeyesurgery.Presentationslidesdidnotcontributetobetterrecallofinformation.Theseresultsindicatethatweneedfurtherimprovementstoattractpatients’attention.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)25(9):13071310,2008〕Keywords:白内障,術前説明,記憶.cataractsurgery,informedconsent,recall.———————————————————————-Page21308あたらしい眼科Vol.25,No.9,2008(120)る報告は少ない.また,インフォームド・コンセントは説明を患者が理解し,そのうえで同意して成り立つものであるが,患者の理解度を実際に調査定量化するのは困難である.そこで筆者らは白内障術前に説明した内容を,患者は術後にどれだけ記憶しているのかを調査したので報告する.I対象および方法対象は平成17年10月18日から11月22日までに広島赤十字・原爆病院(以下,本院)で入院白内障手術を受けた患者および手術申し込みをした患者51名のうち,手術翌日に病名が白内障であることを記憶していなかった患者1名を除外した50名である.対象のうち,白内障手術を初めて受ける患者は39名,過去に反対眼の手術をした既往がある患者は11名であった.医師の説明を聞く前に患者があらかじめどの程度白内障およびその手術に関する知識があるか調査するために,白内障手術目的の初診患者のうち,前述の50名とは別の10名に対し,診察前に質問を口頭にて行った.結果は術前説明による知識向上の程度を判定するためのコントロールとして使用した.比較した患者群の平均年齢に差は検出されなかった(表1).説明と質問の流れを図1に示す.外来での手術申し込み時に術前説明を外来診察医が行い,説明内容を記載したリーフレットを手渡した後,入院時(手術前日)に改めてもう一度術前説明を行った(計2回).さらに,術前説明の記憶をより改善させる目的で,期間の後半は説明時にリーフレットの内容に基づいたプレゼンテーションスライドを用いながらの説明を試みた.初めて白内障手術を受ける患者39名のうち,口頭のみでの説明を受けたものが23名,スライドを併用した説明を行ったものが16名いた(表1).手術翌日に術前に説明した内容について患者に個別に質問し回答を集計した.入院時の説明と術後の質問は全例同一の医師が口頭でおおむね20分程度かけて行った.一度の入院期間中,連続して左右の手術を受ける患者には1眼め手術終了後に質問を行った.日本医師会の診療情報の提供に関する指針(第2版)によれば患者への説明は,診断名,予後,治療の方針,代替的治療法,手術を行う場合にはその概要,危険性,合併症,および実施しない場合の危険性を説明するよう求めている.これに従い,本院ではつぎのような内容を噛み砕いて説明を行った.診断は白内障である.予後は放置すればだんだん見えにくくなり,自然軽快はない.治療方針としては点眼では進行を遅らせる程度で治療は手術しかない.手術方法の概略としては,水晶体を吸引し,眼内レンズと入れ替える.危険性と合併症は,細菌が入って最悪失明にまで至ることがある.破して一度の手術では眼内レンズが入れられないことがある.術後訴えの多い青視症についても説明した.これに対応し,患者に対する質問と正解は下記とした.質問は個別に口頭で行い,解答の言葉は異なっていても内容が合致すれば正解とした.1.今回手術を受けた病気の名前は何ですか?正解:白内障2.その病気の原因は何ですか?正解:老化3.手術を受けずにいると見え方はどうなるでしょう?正解:だんだん見えにくくなる4.手術以外にはどんな治療法がありますか正解:他に治療法はない5.手術の方法の概略を説明してください.正解:眼内レンズを入れる6.白内障手術を受けると見え方が少し変わることがあります.どんな風になりますか?正解:青視症に関する解答外来:白内障手術にて受診説明前に(10名)手術申し込み時に説明し,リーフレットを手渡し入院:手術前日に39名をまとめて説明説明同意に名手術手術翌日に患者から個別に術前説明について聞きり(50名)図1調査の流れ表1対象患者の内訳n年齢(平均±SD)年齢の分布手術説明後に調査した患者手術経験なし口頭のみによる説明23名73.7±8.3歳5988歳スライドを用いた説明16名72.8±9.0歳5584歳手術経験あり11名77.5±6.5歳6586歳手術説明後に調査した患者の合計50名74.2±8.2歳5588歳手術説明前に調査した患者10名72.5±9.1歳5885歳———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.25,No.9,20081309(121)7.白内障手術の主な危険性はどういったものがありますか?正解:破と眼内炎に関する解答問1は患者を除外する基準として用い,結果の解析には使用していない.問7は破と眼内炎に関する解答それぞれで1問正解とし,全7問として集計した.全例とも術中,術後の合併症はなく良好な視力が得られた.年齢の群間差をunpairedt-test,正解率の群間差をFis-cherのexacttest,正解数と年齢の相関をSpearmanrankcorrelationcoecientを用いて検定し,p<0.05を有意とした.II結果各患者は年齢や知能レベルなどにより理解力がさまざまであると思われるので,多くの患者をまとめて説明すると各患者で理解に差が出ることが考えられるが,今回はこうした因子による補正は行わずに結果を検討した.散布図をみると若年者ほど正解問数が多いようにも見えるが,術後患者50名の年齢と正解問数の間には相関は検出できなかった(図2).説明前患者と説明後術翌日患者の正解率を比較すると,手術をせずにいた場合の予後に関しては両群間での正解率に差は検出されなかったが,他の項目に関しては説明することにより正解率が有意に上がることが示された.個々の項目の正解率を見ていくと,白内障の原因が老化であることは説明後も正解率は65%にとどまった.白内障は放置すれば徐々に進行することと,手術の概要については80%以上と,他の項目よりも正解率が高いようであった.合併症に関しては術後も30%前後と低かった(図3).つぎに,過去に白内障手術を受けた経験の有無が説明後の記憶に及ぼす影響について検討する目的で,初めての手術の人23名,過去に反対眼を手術した経験のある人11名の正解率ついて比較した.手術の概要については手術の既往のある患者のほうがやや高い傾向があるものの,いずれの項目においても有意差は検出されなかった(図4).さらに,説明にスライドを用いることが説明後の記憶に及ぼす影響について検討した(図5).口頭のみによる説明を受けた人23名(図4の白棒グラフの再掲)とスライドを用いた説明を受けた人16名の正解率を比較したところ,白内障の原因が老化であることの認識はスライドを用いることで少5060708090正解問数患者の年齢(歳)01234567図2患者の年齢と正解数の散布図内の原の手術の内手術をいの後正解説明前=10:説明後n=50************p<0.05**p<0.01図3説明前患者と説明後術翌日患者の比較内の原の手術の内手術をいの後正解手術のい患者=23:反対眼の手術を受けている患者n=11図4手術既往の有無が及ぼす影響図5口頭のみとスライドを用いた説明の比較内の原の手術の内手術をいの後正解口頭のみ=23:スライド使用n=16———————————————————————-Page41310あたらしい眼科Vol.25,No.9,2008(122)し高まったようであるが,いずれの項目についても有意な改善はなかった.III考按これまで海外では白内障術前説明の記憶に関する報告が散見されるが,日本においてはほとんど報告されていない.国民性の違いがあるが,過去の報告と比較しながら検討する.2眼めの手術患者は手術方法に関してはよく理解しているのかもしれないが,説明後の合併症に関する記憶は変わりない.これまでの報告3)でも同様であり,過去白内障手術を経験している患者であっても術前説明を簡略化すべきではない.白内障の原因が加齢であることが多くの人に知られていないことは興味深い結果である.一方,手術の概要は8090%と他の項目より正解率が高い傾向があり,患者の関心がここにあることがうかがえる.合併症に関して,その多くは記憶されておらず,過去の報告46)においても合併症や危険性に関する記憶が低いことは同様である.このことが「白内障手術は簡単」との風評の一因かもしれない.医療者側はリスクについての説明を最も重視するが,患者の注意は合併症にはあまり向いていない.今回データには示していないが,眼内炎と破の発症率も説明はしたものの,これについての正答者はきわめて少数であり,数字に関する事項はほとんど記憶されないとの印象を受けた.ただし,今回は手術に踏み切った患者を調査対象としており,説明を聞いて手術を見送った患者は,合併症についてよく記憶している可能性がある点も考慮せねばならない.Kessels7)は患者の記憶に影響する因子として①専門用語の難解さ,②説明の仕方(口頭のみかリーフレットを渡すかなど),③患者側の因子(高齢,低教育など)をあげている.①に関しては説明者ができるだけ噛み砕いてすることは重要である.②に関して,Moseleyら8)はリーフレットのみでは口頭による説明と変わらず,ビデオを流しながら説明すると有意に記憶の改善がみられたと報告している.リーフレットを渡すことによる記憶の向上に関しては意見が分かれ,Scanlanら4)は向上する,Pesudovら9)は変わらないと報告している.本院ではリーフレットを手渡しているが,リーフレットは説明したということを証明する材料にもなるため,筆者らは重要であると考えている.Brownら10)は英国ウエストランド州の眼科12施設のリーフレットにどのような内容があるかをまとめている.診断名・治療の選択肢・手術手技・術後の生活(新しい眼鏡が必要,通院が必要など)・コスト・合併症に関する情報があげられている.コストに関することは本院では説明していないが,他の内容は網羅しており,最低限の情報は掲載していると考える.③の年齢や学歴に関してはわれわれ医療者が改善することはできない.オーストリアのKissら11)は44%が医師優位に手術を決心し,26%が医師と患者本人で決めたと報告している.日本においては特に高齢の患者で医師依存の傾向が強く,「すべて先生にお任せします.」と丸投げにする患者が多い.このような患者は説明もあまり聞いていない傾向があり,説明時に注意を要する.今回は,口頭のみではなくスライドを用いることにより視覚に訴える説明を試みたが,有意な記憶の改善はみられなかった.Moseleyら8)のようにビデオを用いるなどもう少し患者の興味を引くようさらなる工夫が必要と思われた.また白内障手術患者は人数が多く,入院時の説明を複数人に対して同時に行う場合,1対1の説明と比べると興味が薄れる可能性があるのではないかと推察される.今回の結果から,医師は説明したつもりでも患者は記憶していないことは多くあることが実証された.このことを踏まえ,状況に応じて家族にも説明を聞いてもらうなどの対応が必要である.また,術前説明時にはさまざまな工夫をするよう努めることが大切であると考える.文献1)NickWV:Informedconsent─thenewdecisions.BullAmCollSurg59:12-17,19742)BhanA,DaveD,VernonSAetal:Riskmanagementstrategiesfollowinganalysisofcataractnegligenceclaims.Eye19:264-268,20053)MorganLW,SchwabIR:Informedconsentinsenilecata-ractextraction.ArchOphthalmol104:42-45,19864)ScanlanD,SiddiquiF,PerryGetal:Informedconsentforcataractsurgery:whatpatientsdoanddonotunder-stand.JCataractRefractSurg29:1904-1912,20035)CheungD,SandramouliS:Theconsentandcounsellingofpatientsforcataractsurgery:aprospectiveaudit.Eye19:963-971,20056)VallanceJH,AhmedM,DhillonB:Cataractsurgeryandconsent;recall,anxiety,andattitudetowardtraineesur-geonspreoperativelyandpostoperatively.JCataractRefractSurg30:1479-1485,20047)KesselsRP:Patients’memoryformedicalinfomation.JRSocMed96:219-222,20038)MoseleyTH,WigginsMN,O’SullivanP:Eectsofpre-sentationmethodontheunderstandingofinformedcon-sent.BrJOphthalmol90:990-993,20069)PesudovK,LuscombeCK,CosterDJ:Recallfrominformedconsentcounsellingforcataractsurgery.JLawMed13:496-504,200610)BrownH,RamchandaniM,GillowJTetal:ArepatientinformationleaetscontributingtoinformedconsentforcataractsurgeryJMedEthics30:218-220,200411)KissCG,Richter-MuekschS,StifterEetal:Informedconsentanddecisionmakingbycataractpatients.ArchOphthalmol122:94-98,2004

激しい叩打を受けた眼球の前房内フレア値の検索

2008年7月31日 木曜日

———————————————————————-Page1(131)10350910-1810/08/\100/頁/JCLSあたらしい眼科25(7):10351037,2008cはじめに眼科の領域において,アトピー性皮膚炎は眼瞼炎,角結膜炎,春季カタル,白内障,網膜離という合併症をひき起こすことから,観察に注意を要する疾患であり,特に白内障と網膜離は著しく視機能に障害をきたすことがあるため,現在,その治療法に注目が集まっている13).また近年,なぜ白内障や網膜離が発症するのかについての議論がなされているが,いまだ明確ではない46).ただ眼科医として日常の診療を行っている際の印象として,顔面の皮膚症状が著しく,眼部を擦過,叩打する頻度が高い症例に,白内障や網膜離が観察されることが多いという印象を受けることから,これらは無視できない行為と考えられる.今回,血液房水柵の機能を表す指標の一つである前房中のフレア値に着目し,眼部への叩打がフレア値の変動にどのように影響するのかを調査し,さらに前房中のフレア値の変化と白内障発症との関連についても検討を加えたので報告する.I対象および方法対象(被検者)は,眼部への叩打を受ける頻度の高い男性プロボクサー群(以下,A群とする)の11名22眼(1728〔別刷請求先〕馬嶋清如:〒454-0843名古屋市中川区大畑町2-14-1コーポ奈津1F眼科明眼院Reprintrequests:KiyoyukiMajima,M.D.,MyouganinEyeClinic,2-14-1Oohatacho,Nakagawa-ku,Nagoya-shi,Aich-ken454-0848,JAPAN激しい叩打を受けた眼球の前房内フレア値の検索馬嶋清如*1山本直樹*2内藤尚久*3糸永興一郎*4市川一夫*4*1眼科明眼院*2藤田保健衛生大学共同利用研究施設分子生物学/組織化学*3中京眼科*4社会保険中京病院眼科StudyofFlareConcentrationinAnteriorChamberofEyewithSevereAttackKiyoyukiMajima1),NaokiYamamoto2),NaohisaNaitou3),KouichirouItonaga4)andKazuoIchikawa4)1)MyouganinEyeClinic,2)LaboratoryofMolecularbiologyandHistochemistry,FujitaHealthUniversityJointResearchLaboratory,3)ChukyoEyeClinic,4)DepartmentofOphthalmology,SocialInsuranceChukyoHospital眼部への叩打が前房中のフレア値に及ぼす影響を調査した.対象は眼部への叩打を定期的に受けるプロボクサー11名(A群)と,格闘技など眼部を叩打するスポーツ経験のない,ほぼ同年齢の7名(B群)である.A群ではB群と比較しフレア値が有意に高かった.特に試合翌日の例で,この傾向は顕著であった.またプロの経験年数が4年未満と以上でフレア値の比較を行うと,統計学的に有意差はないが,白内障の発症に関しては有意差があり,4年以上の経験をもつボクサー6名の両眼に後下白内障が観察された.一方,4年未満のボクサー5名では1名の片眼に後下白内障が観察されたにすぎなかった.眼部への激しい叩打は,前房中のフレア値を顕著に上昇させ,こうした叩打は継続的でなく一時的であっても,ある一定以上続けば白内障の発症に関与する可能性がある.Inthisreport,areconcentrationintheanteriorchamberofeyessubjectedtoseveretraumawerestudied.Twogroupswereselectedastheobject;group-A,consistingofmaleprofessionalboxers(11individuals),andgroup-B,consistingofmen(7individuals)withoutmartialartsexperience.Thearephotoncounts/msinagroup-Aweresignicantlyhigherthanthoseinagroup-Bandthearephotoncounts/msoftheboxerswhohadpartici-patedinaboxingmatchthedaybeforewereremarkablyhigh.Ontheotherhand,nosignicantlydierenceswereobservedinthearephotoncounts/msbetweentheproboxerswithover4yearsofexperienceandthosewithlessthan4yearsofexperience.However,cataractwasobservedinbothlensesofallboxerswithover4yearsofexperience,butinonlyonelensofoneboxerwithlessthan4yearsofexperience.Onthebasisoftheseresult,itwasconcludedthatareconcentrationintheanteriorchamberwasincreasedbythesevereblowstotheeyeballandthatseveretraumaoveracertainperiodoftimemightinducelensopacication.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)25(7):10351037,2008〕Keywords:叩打,プロボクサー,フレア値,白内障.severestrikes,proboxer,are,cataract.———————————————————————-Page21036あたらしい眼科Vol.25,No.7,2008(132)歳:平均22.5歳)と健常男性群(以下,B群とする)の7名14眼(2328歳:平均25.5歳)である.A,B両群ともに,アトピー性皮膚炎を伴う症例は除外し,両眼とも矯正視力1.0以上の者を対象とした.なお,あらかじめ本研究の目的を説明し,本人の理解が得られた場合のみ検討対象とした.フレア値の測定方法は,0.5%トロピカミド(ミドリンPR,参天製薬)を点眼して十分に散瞳した後,Kowa社製フレアメーターFM-500を使用し,左眼,右眼,それぞれの前房中のフレア値を5回測定の後,その平均値(平均フレア値)を求めた.その際に,すべての測定対象者の前眼部,中間透光体,眼底の検査を細隙灯顕微鏡と倒像鏡を使用し同一検者が行い,前眼部および眼底に異常のないことを確認の後,以下に示す①から③の調査を行った.ただし,三面鏡コンタクトレンズ,隅角鏡や超音波生体顕微鏡を使用した隅角,毛様体の精査は施行していないため,これらの部位の異常所見については明確ではない.①A群,B群において測定された左眼,右眼の平均フレア値を調査した.②A群において,プロボクシングの経験年数が4年未満と4年以上に分け,左眼,右眼の平均フレア値を算出し,経験年数で平均フレア値に違いがあるかを調査した.③プロボクシングの経験年数と水晶体の混濁有無との関係を調査した.なお,統計学的評価として,平均フレア値の比較はStu-dentのt-検定(t-test),プロボクサーの経験年数と水晶体混濁の有無についてはc2検定を行い,有意水準5%以下(p<0.05)を有意差ありとした.II結果①A群,B群間での平均フレア値の比較A群とB群の平均フレア値を表1に示した.※印のついた2名4眼は,試合翌日にフレア値を測定した.この2名4眼を加えた解析では,A群が有意に高かった(t-test:p<0.01).ただし,試合翌日の症例では,眼部への叩打が著しいことが容易に推察されたため,この2名を除外して統計学的な解析を行ったが,それでもA群の平均フレア値のほうが有意に高かった(t-test:p<0.05).しかしA群でも,試合翌日の症例以外の測定値は,すべて正常範囲内であった.②プロボクシングの経験年数と平均フレア値の比較プロボクシングの経験年数が4年未満と4年以上で5名と6名ずつに分けられるため,この2群に分けて平均フレア値の比較を行った結果を表2に示した.※のついた2名4眼は,①で述べたように試合翌日の測定結果である.この2名4眼を加えた解析では,4年以上で有意に平均フレア値が高かった(t-test:p<0.05).また①と同様に試合翌日の症例では,眼部への叩打が著しいことは容易に予想されたため,この2名を除外して統計学的な解析を行ったところ,平均フレア値には有意差はなかった.ただし,経験が4年以上の被検者でも試合翌日以外の測定値は,すべて正常範囲内であった.③プロボクシングの経験年数と水晶体混濁の有無水晶体の混濁,すなわち白内障の有無について,B群の健常者では混濁は観察されなかったが,4年以上プロボクシングの経験を有するものは全員両眼に混濁が観察され,すべてが後下白内障であった(図1).一方,4年未満の経験者においては,1名のみ後下白内障が片眼に観察された.そして経験が,4年未満と以上では,白内障の発症に関して,統計学的に有意差があった(c2検定:p<0.05).ただし,白内障はすべて軽度であり,1.0の矯正視力を保っていた.また今回の調査で観察された後下白内障は全例,混濁の一部分が水晶体中央部3mmに存在はするものの,WHO(世界保健機構)の後混濁の分類で解釈することはできなかった.表1A群とB群の平均フレア値A群B群被検者右眼左眼右眼左眼14.44.12.83.325.65.02.83.433.74.54.03.144.25.23.74.153.24.14.23.365.14.63.83.574.03.03.63.784.23.194.84.5106.8※7.2※116.9※10.0※平均(SD)4.8(1.20)5.0(2.00)3.6(0.55)3.5(0.33)4.9(1.61)3.5(0.44)※は試合翌日の被検者を示す.(単位:pc/ms)表2プロボクサーの経験年数と平均フレア値4年以上4年未満被検者右眼左眼右眼左眼14.44.13.24.125.65.05.14.633.74.54.03.044.25.24.23.156.8※7.2※4.84.566.9※10.0※平均(SD)5.3(1.38)6.0(2.24)4.3(0.74)3.9(0.76)5.6(1.82)4.1(0.74)※は試合翌日の被検者を示す.(単位:pc/ms)———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.25,No.7,20081037(133)III考按房水は水晶体の代謝に必要な物質の大部分を供給しており,その透明性維持に重要な役割を果たしている.この房水の組成に変化が生じれば,水晶体の混濁がひき起こされることは周知の事実である.房水組成の特徴として,血漿に比して著しく低い蛋白濃度を維持していることである7)が,今回,前房水中の蛋白濃度の指標であるフレア値に着目し,眼部への叩打がフレア値にどのような影響を与え,また水晶体の混濁,すなわち白内障の発症にいかに関与するのかについてのinvivoでの調査を行った.その結果,眼部への叩打を受ける頻度の高いプロボクサーは,健常者に比してフレア値は有意に高かった.またボクシングの試合翌日のフレア値は著しく高くなっており,やはり眼部への叩打→血液房水柵の障害→フレア値の上昇という関係があると考えられる.ただし,試合翌日の症例以外は,A群のプロボクサーの症例であってもフレア値が著しく高いわけではなく,正常範囲内の測定値を示していた.一方,白内障の有無については,4年以上のプロボクサー経験を有する場合,全員に両眼の後下白内障が観察された.しかしプロボクサーの経験が4年未満では,1名の片眼に白内障が観察されたのみであり,4年以上の経験者と比較して発症に関して統計学的に有意差があった.以上の結果から,眼部への叩打と白内障との関係について,以下のような仮説を考えた.眼部への叩打は,試合翌日のフレア値からわかるように,房水中の蛋白濃度の上昇をひき起こす.この上昇は,試合を想定した激しい練習(スパーリング)後や試合終了後,眼部を激しく叩打する状況から脱した際に,正常範囲まで下降する.そしてまた試合が近づき,スパーリングなどの激しい練習や試合における眼部の叩打という状況に陥るため,再びフレア値が上昇する.ただプロボクシングの経験年数が4年未満,以上でフレア値に有意差がなかったことから,このフレア値の上昇は慢性的なものではないと考えられる.しかし,こうした眼部への叩打→フレア値の上昇のくり返しが水晶体に影響を及ぼし,後下白内障の発症につながるのではないかと考えた.ただし,なぜ混濁の部位が後下なのかについての明確な答えはないし,また今回は施行しなかったが,毛様体の精査も行い,今後,毛様体病変との関連も調査しなければならい.実験動物を使用し,白内障の発症に,眼部への鈍的刺激が関与していることを示唆した報告はある8)が,ヒトでもはたしてそのような事象が起きうるのかが疑問視されていた.今回の結果は,ヒトでもこうした事象が十分に起こりうることを示したものであり,アトピー性白内障の発症メカニズムを考えるうえでも,意義あるものと考えた.今回は,後下白内障が細隙灯顕微鏡で観察されたものの,全例が淡い混濁であり,視力障害を自覚する者は幸い一人もいなかった.ただ被検者数を増やしてこうした調査をすれば,異なった結果を得る可能性もありうるので,機会を得て今後もこの調査は続けてゆきたい.最後に,本調査がボクシングの是非を問うものでないことを付け加えておく.稿を終えるにあたり,今回の調査に多大なるご協力をいただいた順天堂大学浦安病院の波木京子先生に感謝いたします.文献1)村田茂之,櫻井真彦,岡本寧一ほか:アトピー性皮膚炎に伴う網膜離に対する硝子体手術成績.臨眼55:1099-1104,20012)桂弘:アトピー性網膜離.NEWMOOK眼科No6,アレルギー性眼疾患,p124-128,金原出版,20033)櫻井真彦:アトピー性白内障.臨眼58:244-249,20044)樋田哲夫,田野保雄,沖波聡ほか:アトピー性皮膚炎に伴う網膜離に関する全国調査結果.日眼会誌103:40-47,19995)YokoiN,HiranoS,OkamotoSetal:Associationofeosinophilgranulemajorbasicproteinwithatopiccata-ract.AmJOphthalmol122:825-829,19986)山本直樹,原田信弘,馬嶋清如ほか:アトピー白内障の水晶体上皮細胞におけるMBPの発現と起因についての検討.あたらしい眼科18:359-362,20017)岩田修造:水晶体その生化学的機構.p289-296,メディカル葵出版,19868)大下雅代,後藤浩,山川直之ほか:反復する鈍的機械的刺激による実験的白内障モデルの確立と発症機序の解明.日眼会誌109:197-204,2005図1細隙灯顕微鏡下で観察された白内障矢印の部分は後下混濁を示す.

小眼球症かつ近視であった閉塞隅角緑内障の1例

2008年6月30日 月曜日

———————————————————————-Page1(119)8690910-1810/08/\100/頁/JCLS《第18回日本緑内障学会原著》あたらしい眼科25(6):869872,2008cはじめに小眼球以外の眼異常や全身異常を伴わない「真性小眼球症1)」は,短眼軸(20mm以下),短眼軸に伴う遠視,ときに小角膜(角膜径10mm以下)を特徴とし,若年時より両眼性の浅前房,3040歳代には相対的に大きな水晶体による閉塞隅角緑内障を合併することが多い2).また真性小眼球症は強膜肥厚による房水静脈の排出障害や渦静脈の圧迫などを伴うため,内眼手術時の大きな眼圧の変化は,高頻度に術後のuvealeusionを誘発し,視力予後は不良といわれていた3).しかし,最近は真性小眼球症に伴った急性緑内障発作に対し水晶体超音波乳化吸引術(PEA)を行い良好な結果を得たとする報告もみられる4).今回,小角膜と短眼軸にもかかわらず近視だった閉塞隅角緑内障の症例に対して,白内障手術と隅角癒着解離術を施行〔別刷請求先〕小嶌祥太:〒569-8686高槻市大学町2-7大阪医科大学眼科学教室Reprintrequests:ShotaKojima,M.D.,DepartmentofOphthalmology,OsakaMedicalCollege,2-7Daigaku-machi,Takatsuki,Osaka569-8686,JAPAN小眼球症かつ近視であった閉塞隅角緑内障の1例小嶌祥太*1杉山哲也*1廣辻徳彦*1池田恒彦*1石田理*2小林正人*3*1大阪医科大学眼科学教室*2大阪暁明館病院*3第一東和会病院ACaseofAngle-ClosureGlaucomawithNanophthalmosandMyopiaShotaKojima1),TetsuyaSugiyma1),NorihikoHirotsuji1),TsunehikoIkeda1),OsamuIshida2)andMasatoKobayashi3)1)DepartmentofOphthalmology,OsakaMedicalCollege,2)OsakaGyoumeikanHospital,3)DaiichiTowakaiHospital目的:小角膜と短眼軸にもかかわらず近視を呈した閉塞隅角緑内障例に対して,白内障手術と隅角癒着解離術を施行し良好な結果を得たので報告する.症例:52歳,女性.左眼眼圧上昇を指摘されて大阪医科大学附属病院に紹介受診した.初診時左眼視力は(0.8×cyl3.00DAx40°),左眼眼圧は46mmHg,両眼とも浅前房および狭隅角で,左眼は白内障と広範な虹彩前癒着を認めた.左眼は角膜径8mm,平均角膜曲率半径7.14mm,前房深度2.54mm,水晶体厚4.05mm,眼軸長20.55mmであった.眼圧下降薬の点眼と内服では十分な眼圧下降を得られなかったため,水晶体超音波乳化吸引術+眼内レンズ挿入術+隅角癒着解離術を施行した.3日後にレーザー隅角形成術を施行し,現在2剤点眼にて眼圧は20mmHg前後で安定している.結論:小眼球症にもかかわらず近視眼であった原因として,角膜屈折率の高さに加え,相対的に大きな水晶体の前方移動が考えられる.本症例のような続発緑内障に対して白内障手術併用による隅角癒着解離術が有効である.Wereportacaseofangle-closureglaucomawithnanophthalmosandmyopiaina52-year-oldfemalewhoexperiencedelevatedintraocularpressure(IOP)inherlefteyeandwasreferredtous.Hercorrectedvisualacuitywas20/25withcyl3.00DAx40°andIOPof46mmHginherlefteye;shepresentedwithcataractandperipher-alanteriorsynechia.Botheyesshowedshallowanteriorchamber.Cornealdiameter,averageradius,anteriorcham-berdepth,lensthicknessandaxiallengthwere8,7.14,2.54,4.05,and20.55mm,respectively.Sincetopicalandsystemicanti-glaucomamedicationfailedtoachievesucientIOPreduction,weperformedcombinedsurgeryofphacoemulsication,intraocularlensimplantationandgoniosynechialysis.Onthethirdpostoperativeday,lasergonioplastywasperformed.Subsequently,twotopicalanti-glaucomadrugshavemaintainedIOPataround20mmHg.Becausemyopiawithnanophthalmosmightbeattributabletoaforwardshiftoftherelativelylargelens,inadditiontohighcornealrefractivepower,combinedtreatmentofcataractsurgeryandgoniosynechialysiswaseectiveforIOPreduction.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)25(6):869872,2008〕Keywords:小眼球,閉塞隅角緑内障,白内障,隅角癒着解離術,同時手術.nanophthalmos,angle-closureglau-coma,cataract,combinedsurgery.———————————————————————-Page2870あたらしい眼科Vol.25,No.6,2008(120)主訴:左眼視力低下.現病歴:平成18年8月頃からの左眼視力低下を自覚して近医に受診したところ,左眼眼圧上昇と両眼狭隅角を指摘されて平成18年9月27日に大阪医科大学附属病院に紹介受診した.し経過良好であったので報告する.I症例患者:52歳,女性.初診:平成18年9月27日.図1初診時前眼部写真(平成18年9月27日)両眼とも小角膜,浅前房,左眼には虹彩前癒着と周辺部角膜に混濁があり,中間透光体には両眼に白内障を認め,左眼がより進行していた.右眼左眼図2術前左眼隅角・超音波生体顕微鏡検査(UBM)所見(平成18年9月27日)左眼隅角はSchaer分類grade0-1,上側および耳側に広範で著明な周辺虹彩前癒着(PAS)を認めた.また,左眼の上側および耳側に広範で著明なPASを認めた.UBM隅角上方耳側下方鼻側———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.25,No.6,2008871(121)視野狭窄は認めなかったが,左眼に緑内障性視野狭窄(湖崎分類III-a)を認めた.II経過9月27日から左眼にラタノプロスト点眼,0.5%マレイン酸チモロール点眼,塩酸ドルゾラミド点眼およびアセタゾラミド1錠,L-アスパラギン酸カリウム2錠内服を開始したところ,眼圧は21mmHg以下にコントロールされていた.ところが11月8日に眼圧が28mmHgと上昇し始め,その後30mmHg以下に下降しなかったため,12月14日入院のうえ,12月15日に隅角癒着解離術+水晶体超音波乳化吸引術+眼内レンズ挿入を施行した.術後2日間の眼圧は17mmHg以下であったが,3日目に35mmHgと上昇したためアセタゾラミド内服および0.5%チモロール点眼を開始,レーザー隅角形成術を施行した.眼圧は徐々に下降し点眼のみで20mmHg前後に安定したため12月24日に退院となった.術後の左眼前眼部において,前房は術前と比較して深くな既往歴:A型肝炎(平成2年),高血圧(平成13年から).家族歴:特記すべきことなし.初診時所見:視力は右眼0.08(0.1×2.25D(cyl1.50DAx125°),左眼0.6(0.8×cyl3.00DAx40°).眼圧は右眼14mmHg,左眼46mmHg.両眼とも小角膜,浅前房,左眼には虹彩前癒着と周辺部角膜に混濁があり,両眼の白内障は左眼がより進行していた(図1).隅角は右眼Schaer分類grade1-2,左眼Schaer分類0-1で,左眼の上側および耳側に広範で著明な周辺虹彩前癒着(PAS)を認めた(図2).右眼は狭隅角ではあったが,明らかなPASは認められなかった.眼底は左眼の視神経乳頭に陥凹拡大を認めた.角膜径は右眼9mm,左眼8mm,角膜厚は右眼420μm,左眼498μm,平均角膜曲率半径は右眼6.72mm(50.2ジオプトリーに相当),左眼7.14mm(47.5ジオプトリー),前房深度は右眼2.48mm,左眼2.54mm,水晶体厚は右眼4.38mm,左眼4.05mm,眼軸長は右眼20.08mm,左眼20.52mm,角膜内皮細胞密度は右眼2,457個/mm2,左眼1,485個/mm2であった.また10月4日の視野検査では,右眼に明らかな図3術後左眼隅角・UBM所見(平成19年5月28日)耳側および上方のPASの一部は残存しているようにみえるが,再周辺部の癒着は解除されている.UBM隅角上方耳側下方鼻側———————————————————————-Page4872あたらしい眼科Vol.25,No.6,2008晶体厚も眼軸長に比しやや厚いことや前方偏位が推測されることから,近視の原因はこれらが組み合わさった結果と考えられた.小眼球症に伴う緑内障の治療としてはマイトマイシンC併用線維柱帯切除術11)が有用であったとする報告もあるが,極端な眼圧変動はuvealeusionや駆逐性出血の可能性が高いため,より眼圧変動の少ない手術が望ましい.近年の水晶体超音波乳化吸引術の進歩により小切開で術中眼圧変動が少ない白内障手術が可能となっている.特に今回のように水晶体が相対的に厚いと考えられる症例には閉塞隅角の機序に水晶体が関与していることが考えられ,白内障手術によりその主因が取り除かれると考えられる.ただし,PASが存在していたことから,機械的な隅角閉塞も眼圧上昇の一因と考えられたことより,白内障手術後に隅角癒着解離術を施行し,術後良好な結果を得ている.今回のように,小眼球にもかかわらず近視眼である閉塞隅角緑内障は,水晶体が眼圧上昇に大きく関与していると考えられ,初回手術の術式としては,白内障手術と隅角癒着解離術の併用が有用であると考えられた.文献1)Duke-ElderS:SystemofOphthalmology.Vol3,p488-495,HenryKimptom,London,19642)池田陽子,森和彦:12.小眼球に伴う緑内障.眼科プラクティス11,緑内障診療の進め方(根木昭編),p84-85,文光堂,20063)BrockhurstRJ:Cataractsurgeryinnanophthalmiceyes.ArchOphthalmol108:965-967,19904)刈谷麻呂,佐久間亮子,嘉村由美:真性小眼球症に伴った急性緑内障発作に対する白内障手術の一例.眼科42:1839-1843,20005)馬嶋昭生:小眼球症とその発生病理学的分類.日眼会誌98:1180-1200,19946)水流忠彦:角膜疾患に伴う緑内障.新図説臨床眼科講座4巻(新家真編),p178-179,メジカルビュー社,19987)KimT,PalayDA:Developmentalcornealanomaliesofsizeandshape.In:KrachmerJHetal(eds):Cornea.Corneaandexternaldisease:Clinicaldiagnosisandman-agement,p871-883,Mosby,StLouis,19978)福地健郎,上田潤,原浩昭ほか:小角膜に伴う緑内障の生体計測と鑑別診断.日眼会誌102:746-751,19989)YalvacIS,SatanaB,OzkanGetal:Managementofglau-comainpatientswithnanophthalmos.EyeFeb9[Epubaheadofprint],200710)玉置泰裕,桜井真彦,新家真:Nanophthalmosの5症例.眼紀41:1319-1324,199011)住岡孝吉,雑賀司珠也,大西克尚:小眼球症例の緑内障に対してマイトマイシンC併用線維柱帯切除術を施行した1例.眼紀56:831-836,2005(122)り,耳側および上方のPASの一部は残存しているようにみえるが,同部位の最周辺部の癒着は解除されていた(図3).7月30日の左眼視力は0.5(0.8×+0.50D(cyl1.00DAx125°),左眼眼圧は18mmHgであり,現在も1%ピロカルピンおよび0.5%チモロール点眼にて眼圧は20mmHg以下で安定している.III考按馬嶋5)は眼軸長が男性20.4mm,女性20.1mm以下を小眼球の定義としている.今回の症例では眼軸が右眼20.08mm,左眼20.52mmであり,この定義によると右眼は小眼球,左眼は境界域であると考えられる.一方,今回の症例では角膜径が右眼9mm,左眼8mmであり,小角膜である.小角膜は虹彩欠損,瞳孔膜遺残などさまざまな眼異常6),全身異常や染色体異常7)に合併するが,まれに明らかな他の眼異常や全身異常を伴わない小角膜の症例があり,nanophthalmos,前部小眼球症(anteriormicro-phthalmos,狭義の小角膜症),扁平角膜(corneaplana),強角膜症(sclerocornea)などがこれにあたる8).いずれの小角膜にも緑内障を併発することがある.福地ら8)はこの小角膜の症例を以下のように鑑別している.まず,角膜径が10mm以下であれば「広義の小角膜」で,これに角膜・強膜境界部異常が存在すれば「強角膜症」となり,なければ角膜曲率が43ジオプトリー未満であれば「扁平角膜」と診断される.今回の症例のように両眼とも45ジオプトリー以上である場合はさらに眼軸長で判断され,眼軸長が20mm未満であればnanophthalmos,20mm以上であれば「前部小眼球症」としている.この定義によると今回の症例では両眼とも厳密には前部小眼球症であるが,右眼は境界域であり,小眼球症とも考えられる.つまり小角膜と小眼球症の混合型,境界型と考えられ,福地らもそのような中間型の症例の存在を指摘8)している.小眼球症は眼軸が短いため遠視眼であることが特徴の一つとなっている.近年,小眼球症20例の生体データを調べたYalvacら9)はその屈折率の範囲が+10.75±2.69(+5+15)ジオプトリーで,すべて遠視眼であったことを報告している.わが国においても玉置ら10)が5例の小眼球症を報告しているが,屈折値が測定できた4例の範囲は+5.09±5.31(0.37+15)ジオプトリーとなっており,1例を除いてすべて遠視眼である.その1例はきわめてまれな症例と考えられるが,混合乱視および近視であったと報告している.この理由として正常より角膜曲率半径が小さく,水晶体の厚さが大きく,その位置が前方に位置していたことを指摘している.今回の症例においても,角膜屈折力がやや強いこと,水***

蜂毒のみで水疱性角膜症と白内障をきたした症例

2008年4月30日 水曜日

———————————————————————-Page1(127)???0910-181008\100頁JCLS《原著》あたらしい眼科25(4):549~552,2008?はじめに蜂による角膜外傷は過去多数報告されている1~7).スズメバチやアシナガバチ,ミツバチによる症例が多く,角膜に対する刺傷と刺傷からの蜂毒により種々の病態を発症する.蜂の種類や毒液量によって症状はさまざまで治療方法もステロイド療法のみで軽快した症例から,前房洗浄や角膜移植まで必要となった症例まで多岐にわたっている1~7).他報告では,アシナガバチによる蜂刺傷は予後良好な経過をたどり,スズメバチによる蜂刺傷は失明に至る例が多く予後不良である1~7).今回,筆者らは蜂による刺傷がないにもかかわらず,蜂毒の噴射のみによる水疱性角膜症と白内障を発症した症例を経験したので若干の文献的考察を加えて報告する.〔別刷請求先〕高望美:〒321-0293栃木県下都賀郡壬生町北小林880番地獨協医科大学眼科学教室Reprintrequests:????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????-?????????????????-????????????-???????-???????????蜂毒のみで水疱性角膜症と白内障をきたした症例高望美*1千葉桂三*1菊池道晴*1妹尾正*1千種雄一*2*1獨協医科大学眼科学教室*2獨協医科大学熱帯病寄生虫センターCaseReportofVesicularKeratitisandCataractCasedbyBeeVenomwithoutStingNozomiKoh1),KeizoChiba1),MichiharuKikuchi1),TadashiSenoo1)andYuichiChigusa2)?)??????????????????????????????)?????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????今回,筆者らは蜂の刺傷を受けていないにもかかわらず,蜂毒自体によって水疱性角膜症と白内障を発症した1症例を経験したので報告する.症例は72歳,男性.スズメバチが眼前数cmを通り抜けたと同時に毒を散布され霧視,視力低下が出現.当日に近医眼科受診.角膜浮腫と結膜充血,眼瞼浮腫を認めたために0.1%フルオロメトロン点眼,レボフロキサシン点眼,1%硫酸アトロピン点眼がすぐに開始され,受傷4日後よりプレドニゾロンの内服とデキサメタゾンの結膜下注射が開始となる.前房洗浄を勧めるも患者がこれを希望しなかった.症状の改善を認めないために受傷より10日目に当院眼科に紹介受診となる.水疱性角膜症と白内障,虹彩萎縮を認めた.当院でも前房洗浄を勧めたが患者が希望しなかった.当院は遠方で通院が困難であったため,近医にて経過観察となった.その後,改善を認めなかったために再度当院紹介受診となり,角膜全層移植・水晶体再建術の同時手術を施行した.術後,角膜は透明性を維持していて経過は良好である.蜂による刺創がないにもかかわらず,蜂毒のみの影響で水胞性角膜症と白内障を発症したケースは報告がなく非常に珍しいと考えられる.Wereportacaseofvesicularkeratitisandcataractcausedbybeevenomwithoutasting.Theeyesofa72-year-oldmaleweresprayedwithvenombyalargehornet?yingonlyafewcentimeters?distancefromtheman?sface.Themanexperiencedimmediatevisualimpairmentandvisitedanearbyophthalomologist.Examinationdisclosedcornealswelling,conjunctivalinjectionandpalpebraledema.Treatmentwasimmediatelyinitiatedwith0.1%?uorometholone,levo?oxacinand1%atropinesulfateeyelotion.Withoutimprovementinthecondition,perosprednisoloneandsubconjunctivalinjectionofdexamethasonwereinitiatedfromDay4.Anteriorchamberwash-outwasrecommendedaswell,butwasrefusedbythepatient.Theconditioncontinuedtodeteriorate;twomonthsafteronset,thepatientwasreferredtoourhospital.Examinationatthatpointdemonstratedvesicularker-atitis,cataractandirisatrophy.Keratoplastyandlensplastywereperformedsimultaneously;thepatientrecov-eredwell,withoutimmunologicalreaction.Thecornearemainedclear.Thisrarecaseshowsthatbeevenomtotheeyecancauseserioussymptomswithoutasting,andthattypeofthebeeandthedepthofthevenomin?ltrationmaybemajordeterminantoftheprognosis.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)25(4):549~552,2008〕Keywords:蜂毒,スズメバチ,水疱性角膜症,白内障.beevenom,vespid,bullouskeratopathy,cataract.———————————————————————-Page2———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.25,No.4,2008???(129)襲われるケースが多い.本症例も巣に気がつかずにスズメバチに遭遇し受傷したものと思われた.受傷状況や,蜂の標本などで蜂の種類を同定できたことは予後や治療方針を決定するうえで重要であったと思われる.蜂毒の成分はマムシ毒,ハブ毒に並ぶ致死毒といわれており,特にスズメバチの毒性は強いことで知られている8~10).蜂毒に含まれるホスホリパーゼは激しい全身症状やアナフィラキシーショックをひき起こす.また,ホスホリパーゼ以外にも激痛誘引物質,神経毒,溶血毒や数々の内因性ペプチドが蜂毒には含まれている.特にスズメバチの毒は他の蜂毒と比べ内因性ペプチドの含有率,毒の絶対量が多いために毒性が強いといわれている10).このために蜂刺症は種々の症状を呈しやすく難治性の症候を示す.スズメバチによる眼外傷の予後は他の蜂より悪く,過去の報告では最終視力は0.2以下が大多数であった1~3).西山らの報告によると,アシナガバチによる角膜蜂刺症9例中8例が最終視力0.8以上であったのに対し,スズメバチによる角膜蜂刺症で8例中4例が光覚なしとなり,残りの4例は最終視力が0.1以下と報告している2).オオスズメバチの毒針の長さは7mmにもなり9),角膜を貫通しうるため眼内に毒素が混入しやすく,さまざまな内因性ペプチドが前房内に入ることにより重篤な眼内症状をひき起こすと推測される.今回筆者らが経験した症例は蜂針の刺創がなく,毒素が眼内深部まで到達しなかったことが,術後予後を好転させた原因と考える.全層角膜移植後の平均的な角膜内皮細胞減少は,術後2カ月目までは約25%(年率150%)であり,この2カ月の期間の変化の主因は,角膜ドナーの保存状態,手術の際の直接損在はレボフロキサシン点眼,リン酸ベタメタゾンナトリウム点眼およびヒアルロン酸ナトリウム点眼を使用し経過観察中である.II考按角膜蜂外傷は,刺傷と蜂毒により角膜浮腫や水疱性角膜症,ぶどう膜炎,虹彩萎縮,白内障などを生じることが多数報告されている1~7).スズメバチによる刺蜂症は予後が最も悪く,失明または重度の視力障害に陥っており,特に蜂針が前房内にまで達すると網膜?離1)や全眼球炎2)を起こす可能性がある.筆者らの症例はスズメバチによる眼外傷であったが,最終視力予後は良好であった.これはスズメバチに刺されたわけではなく,蜂毒のみにより発症したからと考えられる.蜂の個体数がピークに達する9~10月は蜂の警戒心も強くなり被害数も多くなる8).危害を加えていないのに突然攻撃をしてくるのはスズメバチ科(Vespidae)に特有の習性である.オオスズメバチは土の中に巣を作るため,気づかずに図4術後17日目の細隙灯検査図5術後2カ月目の細隙灯検査上皮障害もなく透明性を維持している.図6術後視力と角膜内皮細胞数の変化0.20.30.40.50.60.70.80.9術後視力角膜内皮細胞数(個/mm2)1カ月:視力:角膜内皮細胞数———————————————————————-Page4???あたらしい眼科Vol.25,No.4,2008(130)度の確認が重要と考える.しかし地方によっては蜂をまとめて「くまんばち」とよぶ地域もあり,蜂の種類を正確に把握するのは困難なこともあるので蜂の大きさや体の特徴など,患者からの細かい問診も角膜蜂刺症の診断,治療において重要であると考えられる.今回筆者らが経験した症例は,蜂に眼を刺されてはおらず,スズメバチの毒素が眼内深部までほとんど到達しなかったことが予後の良かった原因と考えるが,逆に言えば毒素の噴射のみでも角結膜を通して毒素が眼内に到達し虹彩萎縮や眼内炎が生じたと考えられ,たとえ刺し傷がなくとも十分に注意が必要と考える.文献1)前田政徳,国吉一樹,入船元裕ほか:蜂による眼外傷の2例.眼紀52:514-518,20012)西山敬三,戸塚清一:スズメバチによる角膜刺症.眼紀35:1486-1494,19843)三木淳司,阿部達也,白鳥敦ほか:スズメバチによる角膜刺症の1例.眼紀45:1063-1066,19944)岩見達也,西田保裕,村田豊隆ほか:角膜蜂刺症の2症例.あたらしい眼科20:1293-1295,20035)南伸也,山口昌彦,森田真一ほか:特異な経過をたどったアシナガバチによる角膜刺症の1例.眼臨97:961-964,20036)中島直子,塚本秀利,平山倫子ほか:前房洗浄を行わずに治癒したアシナガバチによる角膜刺症の2例.広島医学57:887-889,20047)米山高仁,竹田美奈子:視力回復が得られたスズメバチ角膜刺症の1例.眼紀36:705-707,19948)梅谷献二:原色図鑑野外の毒虫と不快な虫.全国農村教育協会9)小野正人:スズメバチの科学(本間喜一郎編),海遊舎,199810)白井祥平:沖縄有毒害生物大事典.新星図書出版,198211)坪田一男,島?潤ほか:角膜移植ガイダンス適応から術後管理まで.南江堂,2002傷による細胞脱落で,細胞数の減少に加え細胞の大小不同,六角形細胞率の減少もこの時期に起こるとされている.術後2年では約41%(術後2カ月から2年の間は年率20%)の減少率である.この期間の主因は手術創の修復による影響が多いとされている11).また,術後炎症が遷延した場合はこの期間の減少率が大きいとされている.その後2年以上経過すると,減少率は手術直後の侵襲や創の修復による影響が低下するため,減少率は術後から約65%(年率7.3%程度)となる.さらに5年から20年で術後から73%(年率1.3%)となる.移植片内皮は手術原疾患にも左右され,ホスト内皮が少なければグラフト内皮はホスト側へ移動し,グラフト内皮は減少するとされている.水疱性角膜症がその例であり,逆が円錐角膜である.円錐角膜の術後スペキュラーマイクロスコープ像は早期に安定し経過が良いが,水疱性角膜症では減少率が大きくパラメータが安定するのも遅いといわれている11).本症例をこれらの減少率で計算し比較してみたところ,角膜内皮術前からの減少率は,術後2カ月で約62%,術後2年で約75%であった.前述した平均的な減少率より本症例の減少率のほうが高く,移植後も毒素の影響が残っていた可能性と,原疾患であるスズメバチ毒素による細胞障害が相加的に働いた可能性の2つが考えられる.患者は前房洗浄を希望せず長期的に前房内が蜂毒に曝露されたことにより広範囲かつ高率に内皮細胞が減少し,ホスト角膜へのドナー内皮の遊走が大きかったと推察される.スズメバチによる角膜蜂刺症治療は受傷後早期前房洗浄による毒液の除去が重要とされている2,3,7).今回の症例では,患者の了解が得られなかったために早期前房洗浄を行うことができなかったが,刺傷がなく,蜂毒による障害部位が前眼部に限局していたため,最終的に視力の改善を得ることができたと考える.また蜂毒を噴霧されたことを考慮すると,一種の角膜化学傷とも考えられ,今後このような症例に遭遇した場合,大量の食塩水などで洗眼する方法も一法と考える.角膜蜂刺症の治療には蜂の種類の同定と毒液の量,針の深