●連載185監修=岩田和雄山本哲也185.転倒,転倒恐怖感と緑内障結城賢弥ハーバード大学医学部ボストン小児病院●転倒は代表的な不慮の事故の原因である転倒は日常生活における代表的な外傷や死亡の原因である.日常生活における不慮の死亡といえば交通事故死が思い浮かぶかもしれない.しかし,実際には平成25年度における転倒による死亡は7,766人であるのに対し,交通事故による死亡は6,060人と転倒により死亡している人数のほうが3割近く多いのである(平成25年度人口動態統計,図1).わが国では平成25年度に65歳以上の高齢者の占める割合が初めて25%を突破した.65歳以上の高齢者の3分の1,85歳以上の高齢者の半分が年に1度以上の転倒を経験していると報告されており,転倒の予防はわが国にとって重要な社会問題である.●転倒と緑内障安全な歩行にとって視機能が重要であることは,目を閉じて安全に歩行することが困難なことから明らかである.緑内障はわが国の後天失明原因の第1位であり,かつ加齢とともに有病率が上昇するため,今後多くの高齢者が緑内障により視機能障害を有すると思われる.緑内障と転倒の関係に関してはいくつか報告がある1~3).Haymesらは,緑内障患者は視野正常者と比較し約3倍転倒リスクが高かったと報告している.Blackらは緑内障患者における転倒の危険因子の解析を行い,下方の視野障害が重篤化するほど転倒のリスクが上昇したと報告している4).筆者らのグループは,原発開放隅角緑内障患者365名(平均年齢64.9±10.8歳,男性210名,女性155名)に対し,質問票を用いて過去1年間の転倒既往,転倒による怪我既往ならびに全身疾患既往などの情報を得,それぞれの症例のHumphreyvisual.eldanalyzerSITA-standard24-2からintegratedvisual.eldを作成し,上方周辺視野,上方中心視野,下方周辺視野,下方中心(61)中毒など:694火災:1,304図1平成25年における不慮の事故死の死因転倒・転落は不慮の事故死の死因の2位を占める.不慮の事故死の24%は転倒・転落が原因であり,交通事故死数を上回る(平成25年人口動態統計より).視野のtotaldeviationを求め,構造方程式モデリングを用いて,転倒ならびに転倒による怪我と,各視野領域のTD値,良いほうの眼の視力,悪いほうの眼の視力,性別,年齢などの関連を検討した.結果として,365名中,過去1年間に55名が転倒し,そのうち22名が怪我をしていた.転倒と関連していた因子は,良いほうの眼の視力ならびに悪いほうの眼の視力であった.また,転倒による怪我と関連していた因子は,女性と下方周辺視野障害であった.これらの結果から,矯正視力障害を有する緑内障患者は転倒しやすく,さらに下方周辺視野障害を有する女性緑内障患者は転倒に伴い怪我をしやすい可能性があるといえる5).●転倒恐怖感と緑内障転倒は,怪我だけでなく精神面にも大きな影響を与える.転倒恐怖感は,読んで字のごとく転倒に対する恐怖あたらしい眼科Vol.32,No.11,201515730910-1810/15/\100/頁/JCOPYコントロール初期緑内障中期緑内障後期緑内障n=293n=313n=48n=26図2転倒恐怖感に対するオッズ比年齢や性別を補正した転倒恐怖感に対する中期緑内障ならびに後期緑内障のコントロールを参照群としたオッズ比は,それぞれ2.33(95%CI:1.0~5.44),4.06(1.39~11.90)とコントロールと比較し有意に高値であった.感である.転倒恐怖感はTineetiらによりpost-fallsyn-dromeとして定義されたが,その後,必ずしも転倒後に生じるわけではなく,転倒しなくても転倒恐怖感を感じる場合があるとわかった6).転倒恐怖感は,うつ,歩行時間の減少,正常な歩行姿勢の障害から健康関連QOLの低下,転倒や死亡の原因となりうる.Ramuluらは83名の緑内障患者と60名の視野正常な緑内障疑いの患者を対象に転倒恐怖感を調査し,両眼の視野障害を有する緑内障患者は,視野障害が重篤になるほど,転倒恐怖感を有することを報告した7).また,Wangらは,視野正常者と比較し緑内障患者は約3倍,転倒恐怖感による行動制限を生じていると報告している8).筆者らのグループは,緑内障患者387名と対照群293名に対し転倒恐怖感に関する質問を行い,視野障害の程度と転倒恐怖感の有無に関する検討を行った.その結果,転倒恐怖感を有する割合は対照群で11.9%,初期緑内障患者で12.1%であったのに対し,中期緑内障患者では25.0%,後期緑内障患者では23.1%と視野障害が悪化するとともに有病率が増加する傾向にあった(傾向検定p=0.03).また,転倒恐怖感を有する緑内障患者はそうでない患者に比較し,有意に1日あたりの歩行分数が少なかった(図2).年齢や性別を補正した転倒恐怖感に対する中期緑内障ならびに後期緑内障のオッズ比は,対照群に対しそれぞれ2.33(95%CI1.0~5.44),4.06(1.39~11.90)であった(図3)9).緑内障は自覚症状の少ない病気である.転倒や転倒恐怖感の上昇は緑内障による視野障害の自覚がない状態でも生じている.これは,緑内障による視野障害を自覚していなくてもQOLが低下しはじめているということを示している.転倒や転倒恐怖感の発症は,運動などによって一定の割合で予防可能であると報告されている.今後は緑内障による視野障害の進行予防のみでなく,1574あたらしい眼科Vol.32,No.11,20151日あたり平均歩行分数(分)25020015010050*0転倒恐怖感なし転倒恐怖感あり図3転倒恐怖感を有する症例の1日あたり平均歩行時間転倒恐怖感を有する者の1日あたりの歩行分数を,転倒恐怖感を有さない者と比較したところ,転倒恐怖感を有する者は1日あたりの歩行分数が有意に短かった(p<0.05,Mann-WhitneyU-test).QOLの低下を予防するための介入も必要となると思われる.文献1)TanabeS,YukiK,OzekiNetal:Theassociationbet-weenprimaryopen-angleglaucomaandfall:anobserva-tionalstudy.ClinOphthalmol6:327-231,20122)HaymesSA,LeblancRP,NicolelaMTetal:Riskoffallsandmotorvehiclecollisionsinglaucoma.InvestOphthal-molVisSci48:1149-1155,20073)GuseCE,PorinskyR:Riskfactorsassociatedwithhospi-talizationforunintentionalfalls:Wisconsinhospitaldis-chargedataforpatientsaged65andover.WMJ102:37-42,20034)BlackAA,WoodJM,Lovie-KitchinJE:Inferior.eldlossincreasesrateoffallsinolderadultswithglaucoma.OptomVisSci88:1275-1282,20115)YukiK,AsaokaR,TsubotaK:Investigatingtheinfulenceofvisualfunctionandsystemicriskfactorsonfallsandinjurioursfallsinglaucomausingthestrucutureequationmodeling.PLoSOne20158;10:e01293166)Sche.erAC,SchuurmansMJ,vanDijkNetal:Fearoffalling:measurementstrategy,prevalence,riskfactorsandconsequencesamongolderpersons.AgeAgeing37:19-24,20087)RamuluPY,vanLandinghamSW,MassofRWetal:Fearoffallingandvisual.eldlossfromglaucoma.Ophthalmol-ogy119:1352-1358,20128)WangMY,RousseauJ,BoisjolyHetal:Activitylimita-tionduetoafearoffallinginolderadultswitheyedis-ease.InvestOphthalmolVisSci53:7967-7972,20129)YukiK,TanabeS,KouyamaKetal:Theassociationbetweenvisual.elddefectseverityandfearoffallinginprimaryopen-angleglaucoma.InvestOphthalmolVisSci54:7739-7745,2013(62)