特集●完全攻略・多焦点コンタクトレンズあたらしい眼科33(8):1139?1144,2016ソフト系多焦点コンタクトレンズの応用(眼精疲労)ApplicationofMultifocalSoftContactLenses(Asthenopia)梶田雅義*はじめに生体の組織のなかで疲れやすいのは筋肉である.眼にはピント合わせを司る毛様体筋と眼球運動を司る外眼筋がある.どちらの筋疲労も眼の疲れとして現れる.情報過密時代を迎えた現代では,至るところに情報源があり,小型精細化された携帯端末画面は毛様体筋に大きな負担をかけている.I調節機能正視眼は毛様体筋が弛緩した状態で無限遠にピントが合っている.そのままでは近くにピントは合わない.しかし実際には,近くを見ようとすれば,近くにもピントが合う.この現象を調節という.正視眼は若いときには調節力が豊富にあるので,遠方から近方まで自由に明視することができる.調節の機序は,毛様体筋が弛緩しているときには,毛様体筋の内側と水晶体の周囲に付着しているZinn小帯に張力が加わり,水晶体は円盤状に扁平化され,水晶体屈折力を減らしている.毛様体筋の緊張に応じて,Zinn小帯の張力が減少し,円盤状の水晶体はその厚みを増して,水晶体屈折力を強め,見たい距離にピントが合うように調整される.水晶体?は加齢に伴い,弾性が低下するため,年齢とともに近くにピントが合いにくくなり,水晶体の変形を維持するためには毛様体筋は若いときよりも持続して大きな力を発揮しなければならなくなる.近い距離を見れば見るほど,年齢が高くなれば高くなるほど,近くにピントを合わせるときにかかる毛様体筋への負担は大きくなり,疲れやすくなる.II毛様体筋の疲労近くを見続けると毛様体筋の緊張が持続し,毛様体筋に疲労が生じる1).1.近くを見続けることによる毛様体筋の疲労ハンディースクリーンゲームを30分間見続けたときの自覚症状と他覚的所見の調査を行ったことがある2).?0.75Dの近視過矯正の状態を検眼枠で準備して,22~28歳の健常成人16名にハンディースクリーンゲームを30分間行わせた.その前後に調節機能解析装置(NIDEK社製AA-1)を用いて,調節の状態を記録した.利き目の調節微動の高周波数成分(highfrequencycomponents:HFC値)を比較したところ,HFC値は3名で減少し,1名は不変,12名で増加していた(図1).同時にアンケート調査も行ったが,HFC値の増減は眼の疲れの自覚症状とよく相関していた.近方視作業を持続することによって,毛様体筋に負担がかかり,眼の疲労が生じたと考えられる.作業前後の他覚的屈折値の変化と調節反応量の変化には有意な差を認めなかった.2.累進屈折力レンズ眼鏡による眼精疲労の軽減3)眼の疲労を自覚しているVDT(visualdisplayterminals)作業者20名25~47歳(35.3±6.6歳)に,加入度数+1.00Dの累進屈折力レンズ眼鏡(ニコン・エシロール社製リラクシー)を常用してもらい,装用開始前と装用開始4週後にNIDEK社製AA-1を用いて調査を行った.他覚的屈折値と調節反応量には統計学的な有意差を認めなかったが,HFC値は減少しており,統計学的にも有意な差(p=0.01)を認めた(図2).アンケート調査でも眼の疲れが改善したという回答とHFC値の減少はよく相関していた.3.単焦点と累進屈折力ハードコンタクトレンズ(HCL)装用による眼精疲労の比較正常成人13名(26~38歳,平均31.8歳)に症例ごとに同じベースカーブで,単焦点HCLと基本度数が同一の累進屈折力HCL(HOYA社製マルチビューEXライト)をそれぞれ2週間装用した前後の調節機能を観察した.試験終了後に被験者に今後も継続して使用したいHCLを選択させたところ,13名中4名が累進屈折力HCLを選択した.単焦点HCLを選択したグループと累進屈折力HCLを選択したグループのHFC値を比較すると,単焦点レンズを選択したグループでは試験前と単焦点HCLおよび累進屈折力HCL装用後のHFC値にほとんど変化を認めなかったのに対して,累進屈折力HCLを選択したグループでは試験前のHFC値が高く,単焦点HCLでやや減少し,累進屈折力HCL装用後にはさらに減少していた(図3).HFC値の減少はアンケートによる自覚症状ともよく一致していた.累進屈折力HCLが毛様体筋疲労を軽減することが明らかになった.試験前,筆者は全例が単焦点HCLのほうを選択するだろうと予測していたが,およそ30%もの対象が累進屈折力HCLを選択したのは驚きだった.毛様体筋に負担をかけない矯正が快適な視力を提供することを改めて認識させられた試験であった.4.単焦点と多焦点ソフトコンタクトレンズ(SCL)装用による眼精疲労の比較長時間の近見作業で眼に疲れを自覚しているSCL装用者19名(平均36±4歳)に同じ素材で作製された単焦点SCLと基本度数が同一で加入度数が+0.50Dの多焦点SCL(メニコン社製デュオ)を,それぞれ2週間クロスオーバーで装用した前後の調節機能を観察した.クロスオーバー時には1週間のウォッシュアウト期間を設けた.アンケート結果では近業時の疲労に統計学的に有意な改善が得られた(表1)が,症例を一括処理したときの他覚所見には有意な差は認められなかった(表2).しかし,検査が夕刻の時間帯に行われていた対象だけに限定して集計したところ,HFC値に有意な差が認められ(表3),多焦点SCLが夕刻に生じる毛様体筋疲労を軽減していることが示唆された.近方視が多い現代社会において,眼精疲労の原因になる毛様体筋の疲労を軽減するために,累進屈折力レンズ眼鏡や遠近両用CLの処方は有効な手段である.III眼精疲労を軽減するCLの処方テクニック1.対象の選び方①近方視作業が多い35歳以上で,肩こりや頭痛などを伴う眼精疲労を自覚しているCL装用者②眼に疲れを訴える25歳以上,中等度未満の近視で,近業時は裸眼で過ごしているCL処方希望者③眼精疲労を訴える25歳以上で近視過矯正のCLを使用しており,適性度数では遠方の見え方に不満を訴える例など,基本的に眼の疲れや眼精疲労を自覚しているCLユーザーが対象になる.2.遠近両用CLの選び方現在利用できる遠近CLのタイプは図4に示す4種類と考えるとよい.しかし,このタイプ分類は筆者が臨床上の印象から分類しているもので,他から提供されているものではない.a.二重焦点タイプ単焦点の遠用度数と単焦点の近用度数がしっかり提供されている.遠方と近方は比較的鮮明に見えるが,調節力がほとんどない眼では,中間距離が不鮮明になる.b.二重焦点移行部累進タイプ単焦点の遠用度数と単焦点の近用度数の間に累進的に変化する度数が存在する.二重焦点タイプよりも遠方と近方の鮮明さは劣るが,中間距離は二重焦点タイプに勝る.c.累進屈折力タイプ度数が累進的に変化している.距離によって鮮明さに変化が少ないので,遠方の鮮明さは単焦点CLにわずかに劣るものの,近方視は単焦点CLに勝る.加入度数が大きくないもので少し進行した老視に対応するためには変則モノビジョンも有効である.d.累進複合タイプ遠用累進部と近方累進部があり,その間を累進的に繋いでいる移行部がある.遠方も近方も中間距離もそれなりに鮮明に見える.中間距離の見え方がもっとも安定して見えるタイプである.遠用部と近用部の配分によって,矯正度数の効き方が異なる印象がある.IV症例呈示症例149歳,女性.職業:事務職.主訴:眼の疲れ,肩こり.使用中のSCL度数は右S?5.00D,左S?5.50Dであった.眼鏡による適正矯正度数を求めると,両眼視力1.2×[右S?5.00D,左S?5.25D]であった.若干過矯正であったことから,遠方が見やすい累進屈折力タイプを選択し,適正矯正度数を頂間距離補正した右S?4.75D,左S?5.00Dを試し装用した.両眼遠方視力=1.2,両眼近方視力=1.0(40cm視力表).これまでより遠くの見え方は少し劣るが不満はなく,手元は見やすくなった.以前から続いていた肩こりがなくなった.解説:CLによる矯正は眼鏡による矯正よりも周辺視野の歪みが少ない.過矯正にされても見え方に対する違和感が少ないため,過矯正になりやすい.近視過矯正の症例には適正矯正を提供するだけでも,疲労が改善することも少なくないが,過矯正に慣れた眼は,適正矯正では遠方視に不満を訴えることが多い.このような場合,遠方矯正には完全矯正からやや過矯正を提供し,遠近両用CLを処方することで,遠方視に対する不満を最小限に抑えて,毛様体筋にかかる負担を抑えることができるため,眼精疲労の改善に役立つ.症例243歳,男性.職業:システムエンジニア.主訴:眼の疲労感頭痛,肩こり.使用中のSCL度数は右S?7.00D,左S?8.50Dであった.眼鏡による適正矯正度数を求めると両眼視力1.2×[右S?8.25D,左S?10.25D]であった.この度数をCL度数に換算(頂間距離補正)すると,右?7.50D,左?9.00Dである.低矯正にして疲れの対策を行っていたとのことである.PC作業が多いため,中間距離が見やすい累進複合タイプを試した.両眼遠方視力=1.2,両眼近方視力=1.2(40cm視力表).遠くもすっきり見え,眼の疲れも肩こりもなくなった.解説:初期老視を迎えた事務作業者の中には,遠方視力が良好な度数のCLで疲れを自覚しているため,度数を弱くして,初期老視による疲れ対策を行っていることも少なくない.しかし,度数を弱くしたCLでは,近方作業では毛様体筋にかかる負担が弱くなり,疲労は少なくなる.しかし,遠くをよく見ようとしてもよく見えないので,ピントを合わせようと毛様体筋に緊張が強まり,かえって疲れやすくなることも少なくない.遠近両用CLを用いると遠方視力をそれほど低下させずに,近方視時にかかる毛様体筋の負担を減じることができるので,眼精疲労の発症を予防できる.症例352歳,女性.主婦.主訴:遠近両用SCLを試したい,肩こり.常用眼鏡は使用したことがなく,近方視のために両S+1.50Dの老眼鏡を使用していた.眼鏡による適正矯正度数を求めると両眼視力1.2×[右S+0.50D,左S+0.75D]であった.SCLの経験はないが,遠視眼は適正矯正度数では満足しない近視の過矯正例と同等に扱うことができるので,累進複合タイプで試した.遠方視力を壊さないように,遠近SCLの度数は右±0.00D,左+0.25Dを採用し,加入度数はMid(+1.75D)を装用した.両眼遠方視力=1.2,両眼近方視力=1.0(40cm視力表).遠くは裸眼に少し劣るが,眼の周囲の違和感がなくなり,肩も軽くなった.解説:遠視眼は一般に眼がよいと思っている例が多いので,矯正を勧めるのがむずかしい.とくにプラス度数の眼鏡レンズは拡大して見えることに加えて,周辺視野の歪みも強い.老眼鏡では近くはよく見えるが,疲れ対策にはならない.遠視眼の眼精疲労の治療は遠視を確実に矯正することが必要である.裸眼視力が良好な遠視では完全矯正の度数では遠方の見え方に不満が出ることも多いので,わずかに低矯正にして,遠近両用CLを処方するのが望ましい.遠視眼ではCLの装用を拒絶されることもあるが,ひとたび装用してしまうと,その快適さに感動して,継続装用に至ることも少なくない.なお,遠方視力がすでに低下している遠視眼では,遠視の低矯正では近方視が足りず,加入度数を強くすれば視力の質が低下するので,処方に失敗することがある.遠方視力が低下している遠視では遠方視力が裸眼よりもわずかに良好な程度まで遠用遠視度数を強めて,加入度数の低い遠近両用SCLを勧めるのが,処方成功のコツである.症例432歳,女性.職業:事務職.主訴:CLを使用したい,眼の奥の痛み.日常は裸眼で過ごしており,眼鏡は遠くを見るときのみに使用している.視力は右0.3(1.2×?1.75D),左0.2(1.2×?2.00D),所持眼鏡度数は右?2.50D,左?2.75Dであった.眼鏡を常用できないのは,近視過矯正の眼鏡のためと考えられた.単焦点SCL,右?1.75D,左?2.00Dを装用したが,よく見えないとのことであった.度数を右?2.00D,左?2.25Dにすると遠くは見えるが,手元を見るのが辛い.累進屈折力タイプで,右?2.00Dadd+1.50D,左?2.25Dadd+1.50Dを装用したところ,遠くも近くにも満足が得られた.1週間後の受診時には,以前から続いていた眼の奥の痛みは消退していた.解説:25歳を過ぎた年齢で,1日の多くを裸眼で過ごしている軽度~中等度の近視は,単焦点CLで処方すると疲労がさらにひどくなることが多い.この疲労は使用開始直後に現れることは少なく,装用開始直後にはすごく快適に感じるようであるが,3~6カ月経過した頃から以前よりもひどい疲労が再発してくることが多いので注意が必要である.裸眼で過ごしているときには,遠くがよく見えないので,作業中よりも作業をしていないときの眼の疲れを訴えていることが多い.このような場合,若くても遠近両用CLを処方することで遠くがよく見えるようになり,これまであった眼の疲れは改善し,近くを見るときには毛様体筋にかかる負担が少なくてすむので,眼精疲労の発症を予防することができる.おわりに中高齢者の眼精疲労の原因は初期老視の放置あるいは不適切な対応にある.初期老視の対応は近方視力だけでなく,日常視でもっとも頻繁に注視する1m前後の距離で毛様体筋に負担をかけない矯正が眼精疲労を予防する.また,比較的若い世代の眼精疲労の多くは遠視の未矯正と近視の過矯正例であり,適正矯正度数では遠方視力に不満が生じ,満足が得られる矯正度数を提供すれば,遠視は低矯正,近視は過矯正になり毛様体筋の疲労は必発である.ピント合わせのためにかかる毛様体筋の緊張を軽減するために遠近両用CLが有用である.文献1)梶田雅義:屈折矯正における調節機能の役割─臨床から学んだ眼精疲労の正体─.視覚の科学33:138-146,20122)梶田雅義:IT機器使用による調節機能変化の検討.日本眼科医会IT眼症と環境因子研究班業績集100-103,2002-20043)梶田雅義:VDT作業者の近々累進屈折力レンズ常用の臨床評価.日本眼科医会IT眼症と環境因子研究班業績集104-108,2002-2004*MasayoshiKajita:梶田眼科〔別刷請求先〕梶田雅義:〒108-0023東京都港区芝浦3-6-3協栄ビル4F梶田眼科0910-1810/16/\100/頁/JCOPY(57)1139図1ハンディースクリーンゲーム操作前後のHFC値の変化近視過矯正の眼鏡を装用して30分間ハンディースクリーンゲームを操作した後には,HFC値が3名では減少,1名は不変,12名では増加していた.近方視を持続することによってHFC値が増加することが示唆された.図2VDT作業者の累進屈折力レンズ眼鏡使用によるHFC値の変化眼精疲労を自覚しているVDT作業者に累進屈折力レンズ眼鏡を4週間常用してもらったところ,4週後にはHFC値の有意な低下を認めた.毛様体筋の疲労を軽減できることが示唆された.1140あたらしい眼科Vol.33,No.8,2016(58)図3累進屈折力HCLによるHFC値の変化単焦点ハードレンズの装用継続を希望した被験者のFk-mapを平均(上段)すると,これまで装用していたレンズ,単焦点レンズおよび累進屈折力レンズで大きな変化は認めなかったが,累進屈折力ハードレンズの装用継続を希望した被患者のFk-mapの平均(下段)では,これまで装用していたレンズ,単焦点レンズ,累進屈折力レンズの順に,HFC値が減少していた.表1多焦点SCLと単焦点SCLの疲れに対するアンケート結果(n=19)表2全対象を一括処理したときのHFC値(n=19)(59)あたらしい眼科Vol.33,No.8,20161141表3夕刻に測定した対象のみのHFC値(n=7)図4遠近両用SCLのタイプ別イメージ1142あたらしい眼科Vol.33,No.8,2016(60)(61)あたらしい眼科Vol.33,No.8,201611431144あたらしい眼科Vol.33,No.8,2016(62)