成人の炎症性涙道疾患慢性涙.炎─レーザー涙.鼻腔吻合術InflammatoryLacrimalDisordersinAdultsChronicDacryocystitis─TranscanalicularLaser-assistedDacryocystorhinostomy宮久保純子*Iレーザー涙.鼻腔吻合術わが国で行われているレーザー涙.鼻腔吻合術(dacryocystorhinostomy:DCR)には,経涙小管レーザーDCRとDCR下鼻道法がある.II経涙小管レーザー涙.鼻腔吻合術特発性鼻涙管閉塞あるいは慢性涙.炎の根治手術として,涙.と鼻腔に吻合孔を作製する涙.鼻腔吻合術(dacryocystorhinostomy:DCR)が行われている.その吻合孔の作製を,涙小管から挿入したレーザーを涙.から鼻腔に向けて照射することで行う術式を,経涙小管レーザー涙.鼻腔吻合術(transcanalicularlaser-assisteddacryocystorhinostomy:TCL-DCR)(図1)とよぶ.皮膚を切開して行うDCR鼻外法や,鼻腔から吻合孔を作製するDCR鼻内法は,涙.や鼻粘膜からの多量の出血や骨窓作製時のドリルやノミの振動など侵襲が大きい.TCL-DCRは,低侵襲手術であり,出血も少ない.従来のDCRと比較して長期手術成績が悪かったが,近年,半導体レーザーやMMCR(MitomycinC:MMC)の使用などにより,徐々に手術成績は改善してきている.わが国のTCL-DCRの報告は少なく1,2),臨床報告は宮久保らの報告3)のみである.1.半導体レーザーわが国で使用可能な半導体レーザーは波長810nmの黄色は半導体レーザー黄色は半導体レーザーや高周波メス青は涙道内視鏡やブジー図1経涙小管レーザーDCR(左)とDCR下鼻道法(左)2機種と,波長980nmの1機種がある(図2).波長810nmのものは,最大出力5Wの「オサダライトサージスクエア5R」と最大出力30Wの「ユニサージ30R」(ともにオサダメディカル)の半導体レーザーである.810nm波長は水への吸収はやや悪いが,メラニンへの吸収は良好で,軟組織の切開にすぐれている.耳鼻咽喉科領域や産婦人科領域の生体軟組織の切開,止血,凝固および蒸散などで医療機器としての承諾を得ているレーザーである.眼科用に,小さく扱いやすい専用*SumikoMiyakubo:宮久保眼科〔別刷請求先〕宮久保純子:〒371-0044前橋市荒牧町2-3-15宮久保眼科0910-1810/15/\100/頁/JCOPY(33)1665オサダライトサージスクエア5R本体(オサダメディカル)波長810nm,出力5Wで使用図2半導体レーザーEVOLVER本体(biolotec社製)波長980nm,出力8Wで使用abc図3半導体レーザーのファイバーa:オサダライトサージスクエア5Rのホルダb:EVOLVERの金属カニューラとプローブc:レーザーファイバーがホルダや金属カニューラの先端から5mm出ていることが重要である(→).ファイバーの先端が折れたり,固定が緩んでファイバーがホルダや金属カニューラの中に入ると,照射中金属が高温になり,涙小管を障害する.のホルダーがついている.「ライトサージスクエア5R」のほうは比較的安価であるが,出力が5Wと弱く,骨に当たったときにファイバーの先端が専用のホルダーの出口で折れることがあるので注意が必要である.後者は発売されたばかりで筆者は使用経験がないが,出力が大きく期待できる.波長980nmのものは,「EVOLVER」(biolitec社)である.980nm波長の特性から水と酸化ヘモグロビンへの吸収がバランスよく,粘膜を炭化させずに凝固,止血が可能で,最大出力15W(DCRは8Wで使用)と高出力のため骨の蒸散も容易で,先端が折れることもない.ただし高価で,手に入りにくい欠点がある.「オサダライトサージスクエア5R」はレーザーファイバーを専用の金属製のホルダーに通し使用する(図3).「EVOLVER」はレーザーファイバーを専用のプローブと金属カニューラに通して使用する.いずれも,ファイバーの先端をホルダーあるいはカューラから5mmほど出して固定する(それぞれ,ファイバーの先端が動かないように固定できる)(図3).術中にレーザーファイバーの先端が折れたり,固定が緩むなどして,ファイバーの先端が金属製のホルダーや金属カニューラの中に入った状態で照射すると,金属が高温になり周囲組織を損傷する.常にファイバー先端に留意することが重要である.2.適応涙小管閉塞がない鼻涙管閉塞例と慢性涙.炎症例に対し,涙道内視鏡を閉塞部まで挿入して観察した涙道内視鏡と鼻内視鏡所見を基に適応を決める.また,鼻腔にレーザーや鼻内視鏡を挿入するスペースがある症例がよい.1666あたらしい眼科Vol.32,No.12,2015(34)abcabc図4TCL.DCRの手術適応a:涙.と鼻腔の間の骨が厚い場合は,TCL-DCRの適応ではない.b:涙.下部.鼻涙管上部と鼻腔の間の骨が薄い症例は,好適応である.c:前篩骨洞が前方に張り出し,涙.下部.鼻涙管上部と鼻腔の間にある症例は骨が薄く,好適応である.図5TCL.DCRの手術適応右の鼻内視鏡写真:涙小管閉塞がなく,涙.内に挿入した涙道内視鏡の光源が中鼻甲介の下方,Maxillaryline(点線)の後方にピンポイントに見え,鼻腔の広い鼻涙管閉塞,とくに慢性涙.炎症例が最適応である.右上の映像は涙道内視鏡の閉塞部の映像.abab図6TCL.DCRの手術適応左の鼻内視鏡写真.a:DCR鼻外法後閉鎖した吻合孔(.).b:TCL-DCRにより広げた吻合孔.吻合孔周囲に骨がないため,レーザーで容易に広げることができる.血管収縮薬をしみこませたガーゼを中鼻道に挿入して鼻粘膜麻酔を行った後,鼻粘膜に麻酔を注射する.半導体レーザーの先端を正しく鼻涙管閉塞部の直上に入れる.そのために,18ゲージ(G)のエラスター針外筒(長さ約3cm)をシースとして使用し,シースを装着した涙道内視鏡を涙道の閉塞部まで正しく挿入する.その後,シースを残したまま涙道内視鏡を抜き,レーザーファイバーをシースの中へ挿入するとよい.レーザー照射で吻合孔を作製するが,レーザーの光が鼻腔側からピンポイントに見える位置で照射して,まずレーザーの先端を鼻腔内に出す(図7a).その後,レーザーの先端を涙.の中まで戻さずに,先に周囲鼻粘膜を取り除き(図7b),できるだけ視野を確保してから骨を照射し(図7c),最後に涙道を照射する(図7d).レーザーの先端が見えない状態で盲目的に照射すると,涙道耳側壁も照射し涙道全体や眼窩内を損傷したり,熱がこもり周囲組織を損傷する可能性がある.鼻粘膜を蒸散するとき,鼻粘膜はほとんど出血なく溶けるように蒸散する(図7b).薄い骨を照射するときは,骨が強く光り,灰色の色調になるのを観察しながら,また骨を押す硬い感触を確認しながら骨窓を広げる(図7c).ときに,鼻粘膜を除去した後,前篩骨洞が出ることがある(図4c,8).前篩骨洞の粘膜は薄く,前篩骨洞と涙道の間に薄い骨があるのみで,骨窓は容易に広げられる.涙.あるいは鼻涙管の外壁が現れたら,レーザーファイバーを少し引き抜き,方向を変えて涙..鼻涙管に入れなおして(図7d),涙道を縦に焼き広げる.常に,涙道の耳側壁に熱が伝わらないように,レーザーの方向を鼻側に向ける.また,レーザーを照射中に引き抜きすぎると,総涙小管を焼いてしまうので十分に気を付ける.吻合孔が開いた後,綿球にしみこませたMMCRを吻合孔周囲に塗布し,3.5分前後して生理食塩水で洗う.生理食塩水は吸引管で吸引する.涙管チューブを2本留置し,デカドロン0.3mlを吻合孔周囲に注射し,手術を終了する.終了時,ほぼ止血しているので鼻ガーゼ留置は不要である.4.術後処置涙管チューブは約6カ月で抜去する.その間,1週間.1カ月ごとに涙管洗浄と鼻内視鏡による吻合孔の観察を行う.とくに,手術直後は分泌物が多く,涙管チューブに多量の分泌物が付着するので,定期的に鼻内視鏡検査を行い,汚れを取り除く.術後の生活は,手術翌日から洗顔,洗髪が可能で,ほぼ普通の生活ができる.手術直後は,マスク着用を勧めている.1668あたらしい眼科Vol.32,No.12,2015(36)abcdabcd図7TCL.DCRの手術方法①右の鼻内視鏡写真.a:鼻涙管閉塞部直上まで正しく挿入した半導体レーザーを照射し,ファイバー先端を鼻腔内に出す.*は中鼻甲介.光はレーザーの先端.b:鼻粘膜にレーザーを照射して,吻合孔に相当する鼻粘膜を十分に焼き広げる.鼻粘膜は出血することなく,溶けるように蒸散する(.).白矢印は中鼻甲介を圧排している吸引管.c:鼻涙管の鼻側壁の紙状の薄い骨を蒸散.骨は硬い感触で,照射すると灰白色となる(.).d:骨を除去し骨窓(点線)を作製後,レーザーファイバーを少し引き,鼻涙管の中に入れなおす..の光は鼻涙管内のレーザーの光源.鼻涙管の中からレーザーを外に向かって照射して切り開く.ファイバー先端を鼻腔に出し,鼻粘膜を焼き広げてから骨を照射する順に骨窓を作製することで,盲目的操作による周囲組織の損傷を防ぐ.総涙小管の損傷は重大な合併症である.図8TCL.DCRの手術方法②左の鼻内視鏡写真:鼻粘膜(.)を焼き広げた後,広い前篩骨洞が出た症例.光沢のある前篩骨洞の耳側壁粘膜が見える(*).骨が薄く,好適応である.*5.まとめTCL-DCRは,侵襲の少ない術式で,術中の出血が少なく,抗凝固薬使用例でも手術可能で,術後涙管チューブ挿入術とほぼ同じ経過で社会復帰ができる利点がある.一方,手術適応が狭く吻合孔が安定するのに時間がかかり,使用可能な半導体レーザーが限られているという欠点がある.安易に行うと,涙小管閉塞という重篤な合併症を生じる危険性がある.骨が厚いときは,周囲組織の損傷を起す可能性があるので,無理せず他のDCRを行う.今後,手術方法を改良することで,手術適応を広げ,手術成績を上げられるか検討の余地があり,わが国でも低侵襲の有用なDCRの一方法となることが期待できる.IIIDCR下鼻道法DCR下鼻道法(inferiormeataldacryorhinotomy)は,鼻涙管開口部附近の鼻涙管閉塞症例で,鼻内視鏡で観察しながら,下鼻道外側壁にある鼻涙管下鼻道部の粘膜と鼻粘膜を切って,閉塞を除去する方法である(図1).鼻涙管下方の骨性鼻涙管を出て下鼻道外側壁を前方に向かっている部位を鼻涙管下鼻道部とよび,多くはスリット状の形態の下部開口となる(図9).鼻涙管下鼻道部から下部開口附近のみ閉塞している鼻涙管閉塞では,涙.から鼻涙管上部にかけ吻合孔を作製する従来のDCRでは,吻合孔の下方に鼻涙管が盲管として残り,膿が溜まる「ため池症候群」を生じることがある.このことから,下部開口周囲の鼻涙管下鼻道部閉塞症例ではDCR下鼻道法が適応となる.DCR下鼻道法手術時,下鼻道に鼻内視鏡と吸引管,半導体レーザーや高周波メスを挿入する必要があり,下鼻道がある程度広いことが必要である.使用器具としては,半導体レーザー(ライトサージ3000V,オサダメディカル)や高周波メス(R-7L,エルマン)4)などを使用する.1.手術方法術前に,滑車下神経ブロック,涙道内麻酔,麻酔薬と血管収縮薬をしみこませたガーゼを下鼻道あるいは下鼻甲介付け根あたりに挿入して鼻粘膜麻酔を行う.さらに1670あたらしい眼科Vol.32,No.12,2015麻酔薬と血管収縮薬をしみこませた細い綿棒を1.2本下鼻道に挿入した後,下鼻道外側壁の鼻粘膜に麻酔の注射を行う.シースを使用するなどして,涙道内視鏡を正しく鼻涙管下鼻道部の閉塞部まで挿入する.半導体レーザーを使用する場合,涙道内視鏡の先端で鼻粘膜をテント状に張り,開口部周囲の鼻粘膜に半導体レーザーを照射して閉塞した鼻涙管を開放する.半導体レーザーでは鼻涙管を線状に切ることがむずかしく,下部開口から鼻涙管下部周囲を照射して粘膜を除去するように行う.このとき,涙道内視鏡の先端を損傷しないように注意する.そのために,涙道内視鏡を閉塞部より進めて下鼻道に突き抜けさせ,レーザーを涙道内視鏡の先端に当てないよう照射する(図10).または,麻酔後,シースを残して涙道内視鏡を抜き,代わりに07のブジー(先端を涙道内視鏡と同様に曲げた)をシース内に挿入して,粘膜を焼灼する.高周波メスを使用する場合は,閉塞部の直下の粘膜を線状に約2.4mm切開する4).涙管チューブを1ないし2本挿入して,手術を終了する.鼻ガーゼ留置は不要である.2.術後処置術後は3.4週間ごとに涙管洗浄を行い,1.2カ月後にチューブを抜去する.半導体レーザーを使用した場合,照射部に壊死した粘膜や分泌物がつくことがあり,鼻内視鏡で観察しながら除去する.3.まとめDCR下鼻道法は,DCR鼻外法や鼻内法のような骨を削る操作がなく,出血が少ない低侵襲な手術で,手術翌日から涙管チューブ挿入術と同等の社会生活ができる利点がある.一方,狭い下鼻道での操作はやりにくく,出血すると吸引しても視認性が悪く,広く開放できないと再閉塞するなどの欠点がある.しかし,利点と手術目的の合理性を考慮すると,鼻涙管下鼻道部から下部開口のみの鼻涙管閉塞症例の第一選択の治療はDCR下鼻道法といえる.(38)**図9鼻涙管下鼻道部左の鼻内視鏡写真:鼻涙管下鼻道部は下鼻道外側壁を前方に走り(.),下鼻道に開口する..は下鼻道,*は下鼻甲介.**ab図10DCR下鼻道法手術右下鼻道の鼻内視鏡写真.a:半導体レーザーを照射する際,涙道内視鏡の先端を傷つけないように注意する.涙道内視鏡(.)を下鼻道まで突き抜けさせて,先端にレーザー(*)を当てないようにしながら照射して鼻涙管を開放する.b:下部開口が開放され,中の膿が流れ出た.出血は少ない.文献30:207-209,20133)宮久保純子,岩崎明美,森寺威之:経涙小管レーザー涙.1)栗橋克昭:DCR涙小管法(中鼻道法).涙.鼻腔吻合術と眼鼻腔吻合術.あたらしい眼科30:1289-1293,2013瞼下垂手術.I涙.鼻腔吻合術,p50-53,メデイカル葵出4)佐々木次壽:Q7涙.鼻腔吻合術下鼻道法について教えてく版,2008ださい.あたらしい眼科30:203-206,20132)岩崎明美,森寺威之,宮久保純子:Q8レーザーを用いた涙.鼻腔吻合術について教えてください.あたらしい眼科(39)あたらしい眼科Vol.32,No.12,20151671