《第49回日本眼炎症学会原著》あたらしい眼科33(3):423.426,2016c免疫不全患者の両眼に生じた水痘帯状疱疹ウイルス網膜炎の治療経験金子優西塚弘一村上敬憲松下高幸山下英俊山形大学医学部眼科学講座ExperienceofBilateralVaricellaZosterVirusRetinitisinImmunocompromisedPatientYutakaKaneko,KoichiNishitsuka,TakanoriMurakami,TakayukiMatsushitaandHidetoshiYamashitaDepartmentofOphthalmology,YamagataUniversityFacultyofMedicine免疫不全患者に発症した両眼性水痘帯状疱疹ウイルス(varicellazostervirus:VZV)網膜炎の治療経験を報告する.症例は68歳,男性で,悪性腫瘍,帯状疱疹,糖尿病,自己免疫性溶血性貧血の既往あり.CD4陽性T細胞数低下があり免疫不全状態.右眼に高度な前房内炎症を伴う閉塞性血管炎を認め,前房水からVZVを検出.VZV虹彩炎・網膜血管炎と診断し,塩酸バラシクロビル内服開始.1カ月後,網膜周辺に黄白色病変を認めたため,アシクロビル点滴開始.経過中,VZV脳幹脳炎が疑われ,左眼にも炎症所見に乏しい網膜黄白色病変が出現し,前房水からはVZVが検出された.アシクロビルの増量と,右眼に硝子体手術を施行し,両眼とも網膜.離を生じることなく黄白色病変は消失,延髄病変も消失した.今後,治療薬の進歩に伴い,さまざまな免疫状態の患者を診察する機会が増えると予想され,免疫状態によりウイルス性網膜炎の臨床経過には多様性があることを考慮する必要がある.Thepatientwasanimmunocompromised68-year-oldmalewithmalignanttumors,cutaneousherpeszoster,diabetesmellitusandautoimmunehemolyticanemia.HisrighteyeshowediritisandocclusivevasculitiswithVZVDNAintheaqueoushumor.WediagnosedVZVretinitisandstartedtreatmentwithvalaciclovir.Onemonthlater,yellow-whitelesionsappearedintherightretina,andaciclovirintravenousinfusionwasinitiated.VZVencephalitiswassuspected;yellow-whitelesionsalsoappearedintheleftretinawithVZV-DNAintheaqueoushumor.Weperformedvitrectomyontherighteyeandincreasedaciclovir;thisalleviatedtheencephalitisandeliminatedtheyellow-whitelesions,withoutretinaldetachment.Withprogressinthetherapeuticregimens,wecanexpectincreasedopportunitiestoexaminepatientsinvariousimmunestates.Itwillthereforebenecessarytoconsiderthattheclinicalcourseofviralretinitismayvarywiththeimmunestateofthepatient.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)33(3):423.426,2016〕Keywords:免疫不全,水痘帯状疱疹ウイルス,網膜炎.immunodeficiency,varicellazostervirus,retinitis.はじめに水痘帯状疱疹ウイルス(varicellazostervirus:VZV)が原因の網膜炎は,健常人に発症することが多い急性網膜壊死(acuteretinalnecrosis:ARN)や免疫不全患者に発症する進行性外層網膜壊死(progressiveouterretinalnecrosis:PORN)のように急速に進行し難治性で視力予後不良とされている.しかしながら,過去の報告では,患者の免疫不全状態によって,ウイルス性網膜炎の臨床所見,進行速度には多様性があるとされる1.3).今回,筆者らは免疫不全患者に発症した,左右で臨床経過が異なる両眼性VZV網膜炎の治療経験を報告する.I症例症例:68歳,男性.主訴:右眼視力低下.既往歴:・肺ホジキンリンパ腫(化学療法にて寛解).・舌癌(化学療法にて寛解).〔別刷請求先〕金子優:〒990-9585山形市飯田西2-2-2山形大学医学部眼科学講座Reprintrequests:YutakaKaneko,M.D.,Ph.D.,DepartmentofOphthalmology,YamagataUniversityFacultyofMedicine,2-2-2Iida-nishi,Yamagata990-9585,JAPAN0910-1810/16/\100/頁/JCOPY(93)423図1右眼眼底写真前房,硝子体の炎症は高度で,下耳側網膜周辺に黄白色滲出性病変を認めた.・自己免疫性溶血性貧血に対してプレドニゾロン7.5mg内服中.・糖尿病にて内服加療中.現病歴:2014年6月,右三叉神経第一枝領域の帯状疱疹を発症し,前医皮膚科にてアシクロビル(ACV)点滴にて軽快.8月中旬から右眼視力低下を認め前医眼科受診.右眼虹彩炎の診断にてステロイド点眼を開始したが改善しないため9月2日山形大学附属病院紹介となった.初診時所見:視力:右眼=0.1(矯正不能),左眼=0.5(0.8×+1.0),眼圧:右眼=22mmHg,左眼=18mmHg.右眼は結膜充血,角膜にDescemet膜皺襞とフィブリン様の角膜後面沈着物,前房に3+の細胞浸潤を認めた.眼底には閉塞性網膜血管炎がみられ,黄斑浮腫や周辺部の滲出性病巣はみられなかった.左眼に炎症所見はみられなかった.検査結果:リンパ球数は750/μl(基準値:1,090.3,310/μl),CD4陽性T細胞数は148/μl(基準値:554.1,200/μl)と低下していた.HbA1Cは7.0%,C反応性蛋白,肝機能,腎機能,凝固能はいずれも正常範囲であった.血中のサイトメガロウイルス(cytomegalovirus:CMV)抗原が陽性で,CMVIgM抗体,IgG抗体がともに陽性であった.また,単純ヘルペスウイルス(herpessimplexvirus:HSV)とVZVのIgG抗体は陽性,IgM抗体は陰性であった.ツベルクリン反応は陰性,胸部X線写真で左下肺野に腫瘤を指摘された.治療および経過:右眼の前房水からVZV-DNAのみが8.05×107copies/ml検出され,HSVやCMV-DNAは検出されなかった.眼底周辺に滲出性病変がみられなかったため,VZV虹彩炎および網膜血管炎と診断し,9月23日より0.1%ベタメタゾン点眼6回/日,塩酸バラシクロビル(VACV)424あたらしい眼科Vol.33,No.3,2016図2造影MRI(延髄)T2強調像にて延髄左背側にopenring状に増強する高信号領域および三叉神経脊髄路核に一致する高信号を認めた(→).3,000mg/日の内服を開始.10月1日,右眼の前眼部炎症,硝子体混濁は軽快したが,黄斑浮腫と下耳側網膜周辺に黄白色滲出性病変を認めた(図1).前房水からはVZV-DNAのみが2.02×105copies/ml検出された.VZVによる急性網膜壊死あるいは進行性網膜外層壊死を考え,入院のうえ,ACV点滴(1,500mg/日)を開始した.糖尿病の既往,免疫抑制状態であることから,プレドニゾロン内服は7.5mgを継続とした.ACV開始後,右眼の滲出性病変の急速な拡大はみられなかったものの,硝子体混濁が増悪してきたため,10月24日,硝子体手術を予定.しかし,球後麻酔後に球後出血を生じたため手術中止.10月25日,非回転性めまい,左上下肢失調が出現したため,造影MRI施行(図2).T2強調像で延髄左背側にopenring状に増強する病巣と三叉神経脊髄路核に一致する異常信号を認め,鑑別としてVZV脳幹脳炎,悪性リンパ腫,脱髄疾患が疑われた.髄液検査では,細胞診で異型リンパ球は認めず,オリゴクローナルバンドは検出されなかったが,VZVとHSVのIgG上昇が認められ,臨床経過,画像所見よりVZV脳幹脳炎が強く疑われた.10月27日,左眼の前房内炎症細胞,硝子体混濁はみられなかったが,網膜に黄白色滲出性病変が出現し,急速に拡大した(図3,4).左眼の前房水からはVZV-DNAが1.13×104copies/ml検出された(この時点のCD4陽性T細胞数は55/μl).11月4日の造影MRIにて脳幹病巣の悪化および左眼病巣の悪化を認めたため,神経内科と相談のうえ,ACV点滴を2,250mg/日へ増量.ガンシクロビル(GCV)併用に関しては,血液内科と相談の結果,血球減少のリスクが高いため使用は控えた.11月5日,全身麻酔下にて右眼)白内(94)図3左眼眼底写真1前房,硝子体の炎症はみられず,周辺網膜に黄白色滲出性病変を認めた.障手術+硝子体手術+シリコーンオイル注入術施行.ホジキンリンパ腫の既往もあるため,硝子体生検も施行.細胞診で異型リンパ球は認めず,遺伝子再構成も認めなかった.術中採取した硝子体からはVZV-DNAのみが3.69×104copies/ml検出された.ACV増量1カ月後,右眼はシリコーンオイル下で網膜.離は認めず滲出性病変は消失した.左眼は網膜.離を生じることなく滲出性病変は消失し前房水からVZVDNAは検出されなくなった(この時点のCD4陽性T細胞数は77/μl).12月18日の造影MRIでは,延髄病変はほぼ消失し神経学的所見も改善したことから,ACV点滴投与を中止.その後,肺腫瘍の生検の結果,diffuselargeB-celllymphomaが認められ,血液内科に化学療法目的で転科となった.転科時の視力は右眼=(矯正0.09),左眼=(矯正0.5),眼圧は右眼=9mmHg,左眼=11mmHgであった.II考按本症例は,初診時の血液中からCMV抗原,CMVIgM,IgGを認めたものの,両眼内からはVZV-DNAのみが連続して検出されたこと,ACV投与に反応してVZV-DNAコピー数の減少と臨床所見の改善がみられたことからもVZVが原因の網膜炎と考えられた.VZVが原因の網膜炎には急性網膜壊死(acuteretinalnecrosis:ARN)と進行性網膜外層壊死(progressiveouterretinalnecrosis:PORN)があり,ARNは,ほとんどの場合で免疫健常者に発症し,約9割が片眼性である.その臨床像は1994年にAmericanUveitisSocietyにより提唱されたARNの診断基準4)に示されており,a.周辺部網膜に境界鮮明な1カ所以上の網膜壊死病巣がみられる,b.抗ウイルス薬の未施行例では病変は急激に進行(95)図4左眼眼底写真2前房内炎症,硝子体混濁は軽微.アシクロビル投与下でも黄白色滲出性病変は拡大.する,c.病変は円周方向に拡大する,d.動脈を含む閉塞性血管炎を認める,e.硝子体および前房に高度の炎症所見を認める,の5つの項目をすべて満たす必要があり,個人の免疫状態は問わないとしている.一方,PORNは,後天性免疫不全症候群(AIDS)や骨髄移植後などの高度な免疫不全状態患者(とくにCD4陽性T細胞数が50/μl以下)に生じ,病変はほとんどが両眼性である.免疫抑制状態であるため前房や硝子体の炎症は軽微,網膜出血と血管炎は少ないとされ,眼底は周辺部の網膜深層から白色の点状病変が多発性に生じ,1.2週間の間に各病変が急速に拡大,癒合し,周辺部全体の黄白色病変となる5).本症例の右眼の臨床経過は,前房,硝子体に高度な炎症所見を伴う閉塞性血管炎を発症後,周辺部網膜に境界鮮明な黄白色病変を認めておりARNに類似しているが,炎症の発症後1カ月以上経過してから網膜黄白色病変が出現したことについては,VACVを内服していたことが影響しているかもしれない.その後,左眼の周辺部網膜に同様の黄白色病変を認めたが,前房,硝子体の炎症は軽微であり,こちらの臨床経過はPORNに類似している.これは,左眼発症時のCD4陽性T細胞数が55/μlとさらに低下していた影響が考えられる.PORNは発症前,発症時に帯状疱疹を合併していることが多いとされ,中枢神経系病変を合併するとの報告もある6).本症例も,発症の2カ月前に,右三叉神経第一枝領域の顔部帯状疱疹の治療歴があり,今回の経過中にVZVが原因と考えられる脳幹病変が出現した点はPORNの臨床像と類似している.また,MRIで延髄左背側にopenring状に増強する病巣と三叉神経脊髄路核に一致する異常信号を認めた後に,同側である左眼に黄白色病変が出現した点は非常に興味深く,いまだ不明とされるVZV網膜炎の感染経路の可能性を示唆している.あたらしい眼科Vol.33,No.3,2016425右眼の臨床経過がARNに類似していたためACV単独投与で治療開始したが,後にPORNに類似した左眼病変や延髄病変が出現した.本症例のように,患者の多くが帯状疱疹を先行発症しACVがすでに投与されているPORN患者において,ACV耐性株VZVの可能性が推測されており7),ACV単独ではなくGCVを併用することが推奨されている.今回は,骨髄抑制を考慮しGCV併用は行わなかったが,左右眼で臨床像が異なる場合,ACVの投与量や投与期間,GCV開始のタイミングについては,患者の全身状態や臨床経過を十分考慮して決定する必要がある.本症例の左眼病変がGCVを使用せずに消退した理由については,消退時のCD4リンパ球数が77/μlと低値のままであったことから,免疫力改善によるものではなく,ACVを増量したことによるものと考えられる.今後,HIV感染症や悪性腫瘍に対する治療薬の進歩に伴い,高度な免疫不全状態から回復できる患者の増加が予想され,さまざまな程度の免疫状態の患者を診察する機会が増えると考えられる.本症例のように典型的な臨床経過を示さず,診断,治療に苦慮するウイルス性網膜炎の症例も増加すると考えられるため,患者の免疫抑制状態によって多様な発症形式や進行を示す可能性があることを考慮しながら診察する必要がある.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)Guex-CrosierY,RochatC,HerbortCP:Necrotizingherpeticretinopathies.Aspectrumofherpesvirus-induceddiseasesdeterminedbytheimmunestateofthehost.OculImmunolInflamm5:259-265,19972)SchneiderEW,ElnerSG,vanKuijkFJetal:Chronicretinalnecrosis:cytomegalovirusnecrotizingretinitisassociatedwithpanretinalvasculopathyinnon-HIVpatients.Retina33:1791-1799,20133)RochatC,PollaBS,HerbortCP:Immunologicalprofilesinpatientswithacuteretinalnecrosis.GraefesArchClinExpOphthalmol234:547-552,19964)HollandGN:Standarddiagnosticcriteriafortheacuteretinalnecrosissyndrome.ExecutiveCommitteeoftheAmericanUveitisSociety.AmJOphthalmol117:663667,19945)ForsterDJ,DugelPU,FrangiehGTetal:Rapidlyprogressiveouterretinalnecrosisintheacquiredimmunodeficiencysyndrome.AmJOphthalmol110:341-348,19906)vandenHornGJ,MeenkenC,TroostD:AssociationofprogressiveouterretinalnecrosisandvaricellazosterencephalitisinapatientwithAIDS.BrJOphthalmol80:982-985,19967)HollandGN:Theprogressiveouterretinalnecrosissyndrome.IntOphthalmol18:163-165,1994***426あたらしい眼科Vol.33,No.3,2016(96)