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学校での眼外傷とスポーツ用眼鏡

2013年8月31日 土曜日

特集●眼鏡の最近の話題あたらしい眼科30(8):1101~1107,2013特集●眼鏡の最近の話題あたらしい眼科30(8):1101~1107,2013学校での眼外傷とスポーツ用眼鏡EyeInjuryandSportsEyewearinSchool宇津見義一*はじめに眼は情報の80%を得ているといわれているが,学校現場のみならず一般のアスリートたちにとってスポーツ眼外傷が生じた場合に失明など取り返しのつかないことも少なくない.スポーツ用眼鏡は視力矯正ばかりでなく,見やすさの改善のほか保護目的の役割がある.米国眼科学会はスポーツ眼外傷の90%は適切なアイプロテクターで防ぐことができるため,アイプロテクターの使用を強く推奨している1).スポーツ用眼鏡は子どもたちからプロのアスリートまで多くの目的で使用されているが,眼科医はどのようなスポーツ用眼鏡が適切であるか判断しなければならない.今回,学校での眼外傷の実際と一般での状況との比較,そして,スポーツ用眼鏡について述べる.I学校での外傷1.スポーツ災害給付制度独立行政法人日本スポーツ振興センター(JapanSportCouncil:JSC)では,義務教育諸学校,高等学校,高等専門学校,幼稚園および保育所の管理下における災害に対して,災害共済給付を行っている.災害共済給付制度は学校の管理下で生じた負傷,疾病,障害,死亡などの災害に対して,JSCと学校の設置者,児童生徒の保護者間の契約により,児童生徒などの災害に対して医療費,障害見舞金,死亡見舞金などの災害給付が行われる制度である.その運営経費は国,学校の設置者,保護者の3者が分担する互助制度の性格をもつ共済制度である.2.学校での外傷学校における外傷に係わる災害状況としてJSCの平成18年度の全国統計結果とその対応を述べる2~5).a.被災率と障害の発生件数学校での外傷の被災率は,軽度な疾病を含め年々増加しており,中学校が最も多く,高校が最も少なかった(図1).しかし,障害の発生件数は重症例を含め徐々に減少している.これまでは高校がやや多いが,平成18年では小中高校で差は少ない(図2).b.負傷の男女差負傷の男女差は,全体では男性が多く,男性は小学校が62.3%,中学校が62.1%,高校が65.4%であり,高校が最も多い(図3).c.負傷における部位別発生率負傷における部位別発生率では,顔部(眼部)は,幼稚園が46.8%(11.4%),小学校が23.9%(8.9%),中学校が13.6%(7.4%),高校が13.1%(5.0%)であり,成長とともに発生率が低下している(図4).成長により心身の危険を避ける能力が発達すると理解できる.d.負傷発生時の状況別割合負傷発生時の状況で最も多いのは,小学校は,休憩時間が51.2%であり,内容は「遊び」「ふざけ合い」などであった.中学校,高校は課外指導((,)部活)が最も多*YoshikazuUtsumi:宇津見眼科医院〔別刷請求先〕宇津見義一:〒231-0066横浜市中区日ノ出町2丁目112宇津見眼科医院0910-1810/13/\100/頁/JCOPY(57)1101 (%)頭部顔部体幹上肢下肢46.8(11.4%)23.9(8.9%)13.6(7.4%)13.1(5.0%)幼稚園27,043小学校463,814中学校392,178高校213,32015.410.35.74.73.65.68.49.622.434.535.828.911.825.736.543.70%20%40%60%80%100%1412108642:小学校:中学校:高校0図4負傷における部位別発生率(平成18年度)元年平3平5平7平9平11平13平15平17()は眼部の負傷発生率.図1学校での外傷の被災率(全国)(日本スポーツ振興センター全国集計)(日本スポーツ振興センター全国集計)各教科特別活動学校行事休憩時間通学中小学校463,814課外指導中学校392,178高校213,32026.100.10.224.45.19.42.651.27.33.54.924.87.24.052.86.05.045.417.22.80%20%40%60%80%100%:各教科■:特別活動■:学校行事■:課外指導■:休憩時間■:通学中■:寄宿舎図5負傷発生時の状況別割合(平成18年度)件数40035030025020015010050:小学校:中学校:高校平10平11平12平13平1415平16平17平18平09平8平7平6平5平図2学校での障害の発生件数(全国)(日本スポーツ振興センター全国集計)(日本スポーツ振興センター全国集計)男女e.スポーツの種類別負傷率スポーツの種類別負傷率では,球技が最も高く,中学校が76.3%,高校が80.4%であった.武道は中学校が7.5%,高校が4.2%,陸上は中学校が6.8%,高校が7.5%と続いて高く,器械運動,体操が続いた(図6).球技62.362.165.437.737.934.6小学校中学校高校の競技人口と相対的に比較すると,武道と陸上の負傷率は高いものと捉えられる.0%20%40%60%80%100%図3負傷の男女の比率(平成18年度)(日本スポーツ振興センター全国集計)く,中学校が45.4%,高校が52.8%であり,スポーツによる負傷が多かった(図5).1102あたらしい眼科Vol.30,No.8,2013以上のように球技による負傷率が顕著に高く,球技の種目別では,中学校,高校ともに上位4種目はバスケット,サッカー,バレーボール,野球(含ソフトボール)であり,球技による負傷全体の約80%に達していた(図7).f.球技種目と顔部(眼部)の負傷割合球技種目と部位別の負傷割合で顔部(眼部)の負傷を(58) 球技武道陸上1.176.37.56.84.23.480.44.27.50.90.71.40.45.2中学校275,240高校175,9200%20%40%60%80%100%■:球技:武道■:陸上■:器械運動■:体操■:水泳■:その他図6スポーツの種類別負傷率(平成18年度)(日本スポーツ振興センター全国集計)ハンドボール中学校210,067バスケットサッカーバレーその他テニスラグビーバドミントン野球・ソフト高校141,4590%20%40%60%80%100%34.127.820.612.418.44.04.56.32.717.615.815.45.92.82.43.30.95.1:バスケット■:サッカー■:バレーボール■:野球・ソフト■:テニス■:ハンドボール■:バドミントン■:ラグビー■:その他図7球技の種目別負傷率(平成18年度)(日本スポーツ振興センター全国集計)生じやすい種目は,中学校,高校ともに上位3種目はテニス,野球(含ソフトボール),バドミントンであった(図8,9).バドミントンは競技人口が少なく,その危険度については,十分に認識されていない傾向にあり,今後の啓発が必要である.一方,総負傷数の多かったバスケット,サッカー,バレーボールでは顔部(眼部)の発生率は低かった.g.重症眼外傷について平成18年度に発生した負傷のうち,JSCより障害見舞金が支給された重症眼外傷は,小中高校を合わせて111件で,そのうち73例(65.8%)が「スポーツ」を原因としたものであった(図10).さらにそのうちの67例は球技種目による重症眼外傷であり,野球(含ソフト(59)顔部頭部体幹上肢下肢テニス12,396野球・ソフト35,078バドミントン5,081卓球3,873ラグビー1,918サッカー37,063ハンドボール5,888ドッジボール3,322バスケット71,6280%20%40%60%80%100%30.924.822.620.010.710.09.99.47.4:顔部■:頭部■:体幹■:上肢■:下肢図8球技種目と顔部の負傷割合.中学校:部位別負傷発生率(平成18年度)(日本スポーツ振興センター全国集計)顔部頭部体幹上肢下肢野球・ソフト25,965テニス5,685バドミントン4,708ラグビー8,952ハンドボール6,414卓球20%40%60%80%100%26.925.115.814.311.911.611.510.06.6871サッカー29,211バスケット39,360バレーボール17,5060%:顔部■:頭部■:体幹■:上肢■:下肢図9眼外傷の多いスポーツ種目.高校:部位別負傷発生率(平成18年度)(日本スポーツ振興センター全国集計)スポーツ遊び・ふざけけんかアクシデント他小学校28中学校51高校3232.135.770.69.87.113.35.987.59.43.121.90%20%40%60%80%100%:スポーツ■:遊び・ふざけ■:けんか■:アクシデント他図10重症眼外傷の発生状況(平成18年度)(日本スポーツ振興センター全国集計)ボール)が38例(56.7%)と過半数を占め,2位がサッカーの13例(19.4%),3位がバドミントンの8例(11.9%)であった.学校別にみると,中学校での発生が33あたらしい眼科Vol.30,No.8,20131103 表1球技種目と重症眼外傷の件数(平成18年度)球技種目(障害件数*)小学校中学校高校合計野球・ソフトボール(84)3191638サッカー(26)47213バドミントン(13)0358バスケットボール(20)0213ラグビー(7)0123バレーボール(7)0101水球(11)0011卓球(3)0000テニス(2)0000ハンドボール(1)0000合計(174)7332767*各球技種目により平18年度に障害給付を受けた総数(眼障害を含む).(日本スポーツ振興センター全国集計)例(49.3%)と最も多かった(表1).h.外傷への対応顔部(眼部)の負傷が多い種目は,テニス,野球(含ソフトボール),バドミントン,卓球である.重傷眼外傷が生じる種目は野球(含ソフトボール),サッカー,バドミントンである.スポーツにおける安全管理について,宮浦は1.練習は基礎練習から始め,段階的に高い練習を実施する,2.個々の技能,体力に配慮した指導,過剰な練習は慎む,児童生徒の健康管理,ルールの遵守,設備,用具の安全点検,グランド,体育館の使用管理を徹底するなどがあると報告している5).眼の外傷に対する特別な対応はむずかしいが,保護目的として使用するスポーツ眼鏡などの対策はある.しかし,学校での使用目的としては,費用の問題などがあり,一律に学校側としての対応は困難であり,子どもたち,保護者の選択に頼るところが大きい.II一般の競技別のスポーツ眼外傷と原因公益財団法人スポーツ安全協会は,スポーツ活動および社会教育活動における安全の確保に関する事業,活動に伴って生じる障害や各種事故に対処するための事業を行っている.スポーツ安全保健は,アマチュアスポーツ活動,文化活動,ボランティア活動,地域活動などを行う社会教育関係団体を対象として傷害保険,賠償責任保1104あたらしい眼科Vol.30,No.8,2013険などを扱っている.平成22年度の加入者は9,887,231名であり,全年齢が対象であるが,少年スポーツクラブ(23.3%),地域スポーツクラブ(18%),スポーツ少年団(10.7%)の加入が全体の52%(5,143,268名)であり,学校以外の団体がほとんどである.おもにスポーツの傷害に対して有用である.公益財団法人スポーツ安全協会の平成22年度の傷害部位別事故発生状況は,頭部が10.6%,眼部が2.8%と前述のASC報告の眼部負傷発生率の高校が5.0%より減少している6).成長により眼の危険を避ける能力が発達すると理解できる.公益財団法人スポーツ安全協会の平成22年度の傷害保険支払件数は,187,748件であった.JSCと比較してその傷害部位別事故発生状況では,眼の障害が5,350件で全体の2.8%であった.種目別事故発生率では,アメリカンフットボールが10.9%,ドッジボールが6.50%,ラグビーが5.38%,柔道が4.75%,硬式野球が4.34%,バスケットボールが3.83%,レスリングが3.61%,自転車競技が3.43%,バレーボールが3.39%,サッカーが2.79%であり,球技以外の種目も上位に入っており,高校までの学校を対象としたJSCの報告とは異なる6).III米国でのスポーツ眼外傷2004年(平成16年)に米国小児科学会と米国眼科学会は共同で提言を行った5).その提言とは,眼に障害が生じるスポーツをする人に,アイプロテクターの使用を強く奨めた.さらに,アイプロテクターは,機能的に片目の人や眼の手術後,眼外傷後に眼科医に眼の保護を奨められているアスリートに強制的にアイプロテクターの使用を奨めている.以下,その概要につき述べる1).1.スポーツ眼外傷2000年(平成12年)にスポーツとレクリエーションなどによる眼外傷が42,000件以上報告された.眼外傷の72%は25歳以下に生じており,43%は15歳以下で,8%が5歳以下で生じていた.若年の子どもや思春期の子どもたちはレクリエーションでの攻撃的なプレー,競技の未熟性,力量不足の指導者により傷害を生じやすい可能性がある.野球とバスケットボールは5歳から24(60) 歳までのアスリートの多数の眼障害に関係していた.2.スポーツ眼外傷のリスク分類スポーツ眼外傷の危険性は怪我によって生じる程度と相関がある.危険性は衝突,接触,非接触のカテゴリーに分類されない.無防備なプレーヤーの眼外傷のリスクは,「危険性が高い」,「中等度なリスク」,「低いリスク」そして「眼には安全」なカテゴリーに大まかに分類される.「危険性が高い」の種目はペイントボール,バスケットボール,野球(含ソフトボール),クリケット,ラクロス,スカッシュ,ラケットボール,フェンシング,ボクシングなど,「中等度なリスク」の種目はテニス,バドミントン,バレーボール,水球,サッカー,釣り,ゴルフなど,「低いリスク」の種目は水泳,ダイビング,スキー(雪山,水上),非接触武道,レスリング,自転車など,「眼には安全」な種目は陸上(やり投げと円盤投げを除く),体操などがある.表2各種スポーツ別アイプロテクタースポーツアイプロテクターコメント野球,ソフトボール(若い打者と走者)ASTM*F910のポリカーボネートレンズ付きスポーツフレームヘルメットに付けたフェイスガード野球,ソフトボール(野手)ASTMF803のポリカーボネートレンズ付きスポーツフレームASTMが年齢指定したものバスケットボールASTMF803のポリカーボネートレンズ付きスポーツフレームASTMが年齢指定したもの自転車ストリート用かファッション用眼鏡とヘルメットボクシング使用不可片目の人は禁忌フェンシング首前掛けの付いた防護プロテクターホッケー(男性,女性)女性ラクロス用ASTMF803のポリカーボネートレンズ付きスポーツフレーム女性用ラクロスで使用するプロテクターはホッケーでも使用可能アメリカンフットボールポリカーボネートアイシールドはワイヤー・フェース・マスクの付いたヘルメットに付ける格闘技使用不可片目の人は禁忌アイスホッケーASTMF513のフェイスマスクが付いたヘルメット,ゴールキーパーはASTMF1587許可のものHECC**かCSA***が保証するフルフェイスシールドラクロス(男性)ラクロスヘルメット,フェイスマスク付きラクロス(女性)女性ラクロス用ASTMF803のポリカーボネートレンズ付きスポーツフレームヘルメットを着用するが選択できるようにすべきであるペイントボールペイントボール用ASTMF1776のフルフェイスゴーグルバドミントン,テニス,パドルテニス,ハンドボール,スカッシュ,ラケットボールASTMF803のポリカーボネートレンズ付きスポーツフレームサッカーASTMF803のポリカーボネートレンズ付きスポーツフレームストリートホッケーASTMF513のフェイスマスクが付いたヘルメットHECCかCSAの保証が必須陸上競技ポリカーボネートレンズ付きストリート用かファッション用眼鏡ASTMF803の眼鏡は,衝撃のあるスポーツにストリート用眼鏡より安全水球,水泳ポリカーボネート製水泳ゴーグルレスリング標準はないカスタムメイド保護眼鏡は作製可能*ASTM:AmericanSocietyforTestingandMaterials.**HECC:HockeyEquipmentCertificationCouncil.***CSA:CanadianStandardsAssociation.ASTMF803許可の眼鏡は衝突の可能性のあるすべてのスポーツにとってストリート用の眼鏡より安全である.(文献1より改変)(61)あたらしい眼科Vol.30,No.8,20131105 3.眼を保護するスポーツ眼鏡眼の保護を推奨する眼鏡のタイプは,「ポリカーボネート」が最も耐破損性のクリアレンズ材料であり,すべての安全眼鏡に使用されるべきであり,ファッションサングラスは眼外傷のリスクを伴うスポーツには推奨されていない.アイプロテクターの使用により完全にリスクをなくすことは不可能であるが,眼外傷の少なくとも90%は適切なアイプロテクターの使用により防ぐことができる.4.各種スポーツ別アイプロテクター米国では,表2に示す各種スポーツのアイプロテクターは米国材料試験協会(AmericanSocietyforTestingandMaterials:ASTM)などが定めた素材を使用すべきであるとしている.コンタクトレンズ(CL)は眼を保護しないので,表に示す基準を奨める.片目の人はすべてのスポーツに眼の保護をすべきである.片目の人や眼の障害を受けた人,眼手術後の人は,ボクシング,格闘技に参加してはならない.IVスポーツ用眼鏡スポーツにおいて適切な視力矯正はスポーツ技能の向上ばかりでなく,誤った判断・事故の減少に繋がる.スポーツ用眼鏡は視力矯正ばかりでなく,特殊レンズによる眩しさ・ギラツキの軽減,コントラストの向上,紫外線7)・ブルーライトからの防御など,さらにスポーツでの身体接触,ボール・器具などによる衝撃,埃・塵,プール水に含まれる塩素,化学物質などから眼を保護する.前述のように米国では眼科医の専門家である学会による提言や各競技で望ましいアイプロテクターの基準を提唱している.しかし,わが国では多くの企業からスポーツ眼鏡として多くの種類のアイプロテクターが販売されているが,整合性のとれた基準がない(図11).今後,スポーツ団体は眼鏡学会など眼鏡関係者,眼科医の意見を取り入れて規格の統一を図るようお願いしたい.Vスポーツ眼外傷の予防スポーツ眼外傷の予防には前述の報告1)やつぎに述べ1106あたらしい眼科Vol.30,No.8,2013図11眼鏡型アイプロテクター(オーダーメイド度付き)〔山本光学(株)提供〕る保科ら8)の報告などがある.わが国でのスポーツ医学での視機能,眼外傷の予防などには眼科医の関わりが非常に少ない.米国と同様にスポーツ医学に各眼科学会,眼科医の参入が望まれる.1.アイプロテクター前述のように米国小児科学会と眼科学会は,スポーツ眼外傷の9割はアイプロテクターで防ぐことができ,アスリートには強制的にアイプロテクターの使用を奨めている.わが国でも同様に奨めて欲しい.2.ルールの厳守ルールを遵守しないラフプレーなどでは当然,眼外傷のリスクは高くなる.ルールの厳守は必須である.3.グランド,競技器具の管理平成19年11月2日文部科学省は運動場のラインなどに使用する石灰の取り扱いについて全国の学校関係者に通知した9).その内容は平成19年9月に実施した「学校での消石灰に関するアンケート調査」において,47都道府県の29地区(61.7%)が学校で運動場のラインなどに水酸化カルシウム(消石灰)が使用され,18地区(38.3%)が事故例を経験している10).消石灰は強アルカリ性で眼に入ると重症な視力障害を生じる危険性がある.したがって,グランドや競技器具の使用管理の徹底が必要である.4.競技能力のレベルを合わせる運動能力の差がある選手同士の練習,試合では外傷が(62) 生じやすいために,競技能力のレベルを合わせることは必要である.5.競技への集中力の徹底海外の報告では,競技に参加していない選手の外傷も多いことが報告されている.参加している選手ばかりでなく参加していない選手も,注意が散漫にならないよう指導すべきである.6.指導者への啓発指導者が知っていて欲しいことには,1.選手の視機能(視力,視野,色覚特性など),2.屈折異常の矯正方法,ケア方法(眼鏡,CL),3.選手の運動・感覚・競技能力,4.眼外傷の基礎知識,選手への教育,5.アイプロテクターを含めた保護具の基礎知識などがある.積極的な指導者は自らそれを求めるが,やはり限界がある.眼科学校医を含めてすべての眼科医は眼の専門家として眼科に関する適切な情報をもとに指導者を啓発して欲しい.日本のある地区ではバスケットボールの部活動の試合で眼鏡の使用が認められないからCLを使用するようにと指導者から指示されたとの保護者からの報告があった.日本バスケットボール協会に尋ねたところ,地区バスケットボール協会が日本バスケットボール協会の規則を無視していたことがわかった.保護者には日本バスケットボール協会の規則を伝えた.協会の競技規則第4条では,プレイヤーが負傷しないように,破損の防止に配慮してある眼鏡であれば日本国内は眼鏡の装用は可能であるとのことであり,ガラスレンズや折れるフレームなど破損の恐れのある眼鏡は不可である.つまり,前述のポリカーボネート素材のレンズを使用することなど,各競技団体の規則を指導者は熟知すべきであり,競技団体でスポーツ眼鏡の規則が定まっていないのであれば改善して欲しい.7.今後の問題アイプロテクターの重要性には異論がないが,実際にそれを装用すると視野が狭くなる,曇る,汚れる,キズつきやすい,費用が高いなど問題点が多い.アイプロテクターが普及しない背景には,スポーツ眼外傷の実態に関する情報があまりにも少ないことも原因としてある.今後,スポーツ指導者,眼科医はスポーツ眼外傷の情報とアイプロテクターの有用性について選手を積極的に啓発する必要がある.おわりにスポーツ眼外傷の治療は診療において日常茶飯事であるが,その予防については筆者を含めて眼科医の知識は乏しい.その理由はスポーツ医学について眼科医のかかわりが少ないためであると考えている.眼科医は積極的にスポーツ医学の分野に参画して欲しいし,その情報をフィードバックしていただきたい.文献1)JointPolicyStatement:Protectiveeyewearforyoungathletes.TheCoalitiontoPreventSportsEyeInjuries.Ophthalmology111:600-603,20042)学校管理下の災害.21.独立行政法人日本スポーツ振興センター,20083)学校下の死亡・障害事例と事故の留意点.独立行政法人日本スポーツ振興センター,20084)宮浦徹:学校における眼外傷.日本の眼科80:206-208,20095)宮浦徹:学校での眼外傷,学校保健のエッセンス,第64回日本臨床眼科学会インストラクションコース講演ハンドアウトデータ,2010年(平成22年)11月14日,神戸市6)公益財団法人スポーツ安全協会:スポーツ安全保険の加入者・傷害保険.公益財団法人スポーツ安全協会要覧,p5-7,20127)柴田奈央子,初坂奈津子,坂本保夫ほか:中学生を対象とした紫外線蛍光撮影法による瞼裂斑の検討.第65回日本臨床眼科学会学術展示,2011年10月,東京8)保科幸次,山縣祥隆:スポーツ眼外傷とその予防.臨床スポーツ医学18:905-916,20019)作花文雄:運動場のラインなどに使用する石灰の取り扱いについて.文部科学省スポーツ・青年局学校健康教育課長通知(19ス学健第19号),2007年(平成19年)11月2日10)日本眼科医会学校保健部:学校での消石灰使用に関するアンケート調査結果報告.日本の眼科78:1731-1732,2007(63)あたらしい眼科Vol.30,No.8,20131107

遮光眼鏡と羞明-分光分布から羞明を考える-

2013年8月31日 土曜日

特集●眼鏡の最近の話題あたらしい眼科30(8):1093.1100,2013特集●眼鏡の最近の話題あたらしい眼科30(8):1093.1100,2013遮光眼鏡と羞明―分光分布から羞明を考える―TintedSpectaclesandPhotophobia─EffectsofSpectralPowerDistribution─堀口浩史*はじめに領域(特に短波長領域)を減弱することで,羞明が軽減遮光眼鏡は,羞明の軽減を目的として,可視光のうちされるのだろうか.の一部の透過を抑制するものであって,分光透過率曲線結論から言ってしまうと,その特定波長抑制による羞が公表されているものである(図1).言い換えれば,遮明軽減メカニズムはいまだに不明である.そもそも,羞光眼鏡は,「可視光の一部の透過を抑制することで羞明明がどのようにして生じているかについても不明なのでを軽減する」ことができる.ではなぜ,ある特定の波長ある.過去の文献から散見される短波長光と羞明が関連刺激光(D65)100遮光眼鏡の光学特性遮光眼鏡を通過した刺激光100100透過度(%)遮光眼鏡A:遮光眼鏡B:エネルギー(Watt/sr/m2)50遮光眼鏡A:遮光眼鏡B:エネルギー(Watt/sr/m2)5050000波長(nm)波長(nm)波長(nm)図1遮光眼鏡の効果のシミュレーション遮光眼鏡は可視光の一部の通過を抑制する.左図はD65光源(標準光として実験・計測に多く用いられる.自然な昼光に近い)の波長特性分布である.横軸は光の波長を表し,縦軸は各波長(5nm刻み)におけるエネルギーである.この光に対して異なる透過曲線をもった2種類の遮光眼鏡AおよびBを使用したとする(中図).両方のレンズはともに500nm以下を強く抑制するが,Bのレンズは500.650nmの波長領域も50%程度抑制する(破線).結果として,400nm以下の短波長光は完全にカットされ,また500nm以下の成分も大きく抑制される(右図).特にBのレンズでは,650nm以下の波長領域も強く抑制されている(破線).遮光眼鏡ができることは,このシミュレーションで示されるような透過曲線に依存した特定波長の抑制である.特定波長の抑制によりなぜ羞明の発生を抑えられるかはいまだ不明である.400500600700400500600700400500600700*HiroshiHoriguchi:東京慈恵会医科大学眼科学講座〔別刷請求先〕堀口浩史:〒105-8461東京都港区西新橋3-25-8東京慈恵会医科大学眼科学講座0910-1810/13/\100/頁/JCOPY(49)1093 する理由としては,1)短波長光のほうが高エネルギーだから,2)短波長光はレイリー(Rayleigh)散乱の影響が大きいから,などがある.比較的よく目にする解説ではあるが,どちらの理由もこの因果関係を直接的には説明できていない.たとえば,1)に関して言えば,短波長光は確かに等輝度条件下であれば中・長波長光と比較して高エネルギーとなる.また,同じ波長であれば,エネルギーが高ければ高いほど,その視物質を含む細胞(錐体・杆体・メラノプシン含有神経節細胞)の反応は大きくなる.しかし,光感受性物質と刺激光自体の波長特性で光受容細胞の反応の大きさは決定されるので,エネルギーだけで決定されるものではない.さらに,同じエネルギーをもつ中・長波長光と比較して,短波長光がより組織障害性があったとしても,組織障害それ自体が羞明を惹起するという直接的な証明は存在しない.2)に関しても,短波長光は中・長波長光と比較して散乱しやすいということであり,それ自体は何の神経基盤とも結びついていない.光の散乱と関連して,haloも羞明を惹起することが知られているが,その神経学的メカニズムは解明されていない.結局のところ,上記の理由は短波長光が長波長光に比較して散乱しやすいという物理的事実と,短波長光により羞明が惹起されやすいという経験則の域をでない.I脳の羞明回路羞明を抑制する遮光眼鏡を理解するには,前段階として羞明の発生機序を可能な限り論理立てて理解するべきである.前述したように,羞明はどのような条件下で起こりやすいかはわかっているが,実際どのように脳内で処理されたうえで生じるのかわかっていない.では,羞明の発生する機序に対して,どのようにアプローチすべきなのであろうか.まぶしさがヒトの知覚できる感覚である以上は,五感などの感覚と同様の過程を経てわれわれの神経系が処理していると考えることができる.通常,感覚が生じるには以下のようないくつかの段階が必要である.1)何らかの物理的変化を感覚受容器が信号化し,2)その情報が脳神経回路に送られ,3)そこで何らかの処理がなされて,感覚が生じるといえる.視覚なら視細胞,聴覚な1094あたらしい眼科Vol.30,No.8,2013体性感覚系視覚系角膜・虹彩・硬膜網膜光受容器間脳・脳幹体性感覚野視覚野図2脳の羞明回路羞明は多様な疾病により惹起されるが,基本となる入力・処理経路は2つに大別することができる.体性感覚系と視覚系である.これらの下位回路は単独でも羞明をひき起こすことができる.しかし,両者は完全に分離しているわけではなく,相互作用することにより羞明を増強すると考えられる.(文献1より改変)ら内有毛細胞,嗅覚なら嗅細胞,痛覚なら侵害受容器というように,その感覚と対応する受容器がある.しかし現時点で,羞明を直接生じさせる受容器は発見されていない.したがって,羞明は既知の受容器からの信号,あるいはその複合により生じていると考えるのが自然である.以上の考え方を元に,筆者らは先行研究といくつかの自験例から,羞明の生成に関する神経回路の仮説をたてた1).これは,網膜の光受容器からの視覚系と角膜・虹彩・硬膜などの侵害受容器からの体性感覚系という2つの下位回路により構成される(図2).このモデルでは,狭義の羞明ともいえる光眼痛症(photo-oculodynia)や,広義の羞明である「まぶしさ」をできるだけ包括的に扱えるようになっている.まず,下位回路の一つである体性感覚系を優位とした事例を紹介する.1.体性感覚系―侵害受容器・三叉神経入力由来非常に多様の疾病が羞明の原因となっていることは,臨床現場では周知の事実である.高輝度光の視覚入力がない状態にもかかわらず,患者がかなり強い羞明を訴えているとき,光受容器から開始される視覚系だけでは,なぜ羞明が起こっているかを説明できないであろう.このとき他の重要な入力経路として,三叉神経第一枝(眼神経)があげられる.三叉神経は側頭骨錐体部で三叉神経節をつくる.ここから眼周囲や前頭部の知覚を司る眼神経と,上顎神経,下顎神経の三枝に分かれる.三叉神経侵害受容器での痛覚入力は羞明の重要な経路であると以前より考えられてきた.1934年,Lebensohnは「眼(50) 図3片頭痛関連光過敏および光眼痛症で考えられている脳回路図の上側はNosedaらによる片頭痛時の光過敏,および光による片頭痛増強のモデルである10).片頭痛のとき,拡張した硬膜血管からの刺激がこの神経細胞に入力される.この神経細胞は視覚野および体性感覚野に接続しており,結果として,1)光感受性が増大する,2)光刺激により片頭痛が増悪するとしている.(ラットの視床後部には硬膜/光感受性細胞が存在している.現時点では同様の神経細胞はヒト視床枕には発見されていない.)図の下側はOkamotoらによる光眼痛症を説明するモデルである3).網膜光受容体への光刺激は視蓋前域オリーブ核-上唾液核-翼口蓋神経節を経て脈絡膜血管運動を変調させる.結果として光刺激後に長期間にわたり三叉神経核での興奮が観察される.ipRGC:内因性光感受性網膜神経節細胞(intrinsicallyphotosensitiveretinalganglioncell).球内の眼神経支配領域に病変があると虹彩の血管拡張と痛覚過敏が起き,このような過敏性を獲得した状態のときに対光反射で虹彩が動くことにより羞明痛が生じる」という仮説をたてた2).関連した基礎研究に,2010年にOkamotoらが発表した,光入力から網膜血管運動をひき起こす反射経路(視蓋前域-上唾液核-翼口蓋神経節)により,三叉神経核が長期間興奮するというものがある(図3)3).また,角膜障害に関しては,functionalmagneticresonanceimaging(fMRI)を用いた症例報告がある4).ここでは,1人の被験者に対して日を変えて同じ視覚刺激を用いている.異なる点は被験者がコンタクトレンズの使用過多のため羞明を生じている状態と,9日後の羞明を感じない状況になっている状態だけである.そして,羞明状態のときに有意に三叉神経核,視床の後内側腹側核,前帯状核で反応がみられることが報告されている.前眼部での強い炎症,角膜炎・虹彩炎などが生じた場合に,屋内の照明のように通常の状態では羞明をまず感じないような環境でも,患者がまぶしくて眼を開けることができないような事例を,これらの研究結果と結びつけて考えることが可能である.加えて,原因が特定しづらく臨床上重要である羞明を起こす疾患に良性原発性眼瞼けいれんがある.不随意な眼輪筋の収縮を示すこの疾患の多くは原因不明である.そして,眼光学的な異常や組織の炎症が存在しなくて片頭痛関連光過敏光増強片頭痛網膜光受容器への刺激(錐体・杆体・ipRGC)硬膜血管三叉神経三叉神経体性感覚野視床枕視覚野:視覚系:体性感覚系:反射路視蓋前域オリーブ核光眼痛症上唾液核も,この疾患ではしばしば羞明を訴える.実際にこの良性原発性眼瞼けいれん患者の光感受性は,有意に増強することが報告されている5).Emotoらは,非羞明時と羞明時の脳内の糖代謝を,非羞明時と比較して羞明時は,視床と中脳背側の糖代謝が亢進することを報告している6).中脳水道周囲灰白質は三叉神経など疼痛系の入力の減弱に関与していることが知られている.Emotoらの研究は,良性原発性眼瞼けいれんが三叉神経刺激を経由し羞明を惹起している可能性を示唆する.また,羞明に関与する疾患として欠かせないのが,片頭痛である.500例の片頭痛患者のうち実に82%が羞明を訴えたという報告もある7).片頭痛患者の前額部に機械的刺激を与えることで羞明が増強することも報告されている8).片頭痛に関連した羞明で興味深い報告が,近年,Nosedaらによってなされた.羞明を生起する回路の一つとして注目に値すべき新たなニューロン群が報告された9).ラットを用いた実験で,視床後部にあるニューロンがメラノプシン含有神経節細胞と硬膜の両方から解剖学的に求心性の投射を受けていることと,これらのニューロンが光入力と三叉神経入力に対して反応することが報告された.このグループは,ラットの視床後部はヒトの視床枕に相当するため,ヒト視床枕に同様の細胞群が存在すると考えている10).では,すべての羞明が三叉神経からの入力,あるいは光受容器への刺激が反射弓や視床枕を経由して体性感覚系に入力することによって生じると説明できるのであろうか.続いて,もう一つの羞明の下位経路である視覚系についての知見を紹介する.(51)あたらしい眼科Vol.30,No.8,20131095 2.視覚系―光受容器・網膜入力由来体性感覚系と比較して,視覚系に生じた病変による羞明は直感的に理解しやすい.明るい,暗いなどといった視覚情報とまぶしさが関連することは疑う余地はない.臨床的に羞明をひき起こす代表的疾患は白内障である.白内障術後に,慢性的に存在した羞明が消失したという患者の報告をしばしば経験する.白内障の光学系変化のバリエーションは個体間で大きく異なり,その混濁部位や程度により羞明の訴えにもばらつきがある.他の視覚系の変化が惹起する羞明には,LASIK(laserinsitukeratomileusis)に代表される屈折矯正手術を契機としたものがある.LASIKでは,特に瞳孔の散大する夜間に,強い光がhaloを作り出すことや,術前には生じなかった羞明を感じたりすることがしばしば報告されている.Haloは,暗所で拡大した瞳孔径と手術時に作製された角膜フラップ径と関連があると考えられている11).前述したように,光の散乱と羞明との間の直接的な因果関係は解明できていないが,視覚系入力と羞明の関連性を探る興味深い報告があるのでここに紹介したい.Stringhamらのグループは,客観的に評価するという方法を開発した.これはマックスウェル(Maxwell)視光学系により瞳孔径に依存しない網膜に任意の刺激によ網膜外側膝状体中枢性無羞明一次視覚野後頭葉底部図4中枢性無羞明の例左上図は中枢性無羞明の責任病巣であったと考えられる後頭葉底部への視覚情報経路を示す模式図である.網膜で光刺激は電気信号に変換され,外側膝状体を経て一次視覚野に送られる.一次視覚野から視覚情報は多数の視覚皮質領域に送られて並列処理される.後頭葉底部はhV4,VOとよばれる視覚領域が存在し,色覚に重要な役割を果たしている16).この部分での脳梗塞により,患者は太陽光のような超高輝度光であっても羞明を訴えなかった(病的無羞明).左下図は病的無羞明をきたした3例中1例のGoldmann視野計の結果である.中心視野はI1eまで検出できる.明らかな視感度の低下はなく,また視力も良好であった.右図は視野計測結果を示している症例のT1強調画像である.両側の後頭葉底部が広範囲に障害されている.(文献15より)1096あたらしい眼科Vol.30,No.8,2013(52) り,羞明を感じたときの眼周囲筋の持続的な収縮を筋電図で計測するというものである.この方法を用いて,羞明の閾値における空間的寄せ集めとパラソル細胞(parasolcell)および小型二層性神経節細胞(smallbistratifiedcell)の受容野サイズの間に相関があることを報告した12).この研究は,羞明がこれらの神経節細胞を介した神経経路により処理される可能性を示唆している.他にもさまざまな網膜病変で羞明は生じる.網膜色素変性を代表として,白子症やAZOOR(acutezonaloccultouterretinopathy:急性帯状潜在性網膜外層症)あるいは緑内障や糖尿病網膜症でも生じる.視細胞変性による羞明に対する一つの仮説をあげる.1)視細胞変性のため網膜神経節細胞の入力量が変化して,2)これらの神経節細胞が過敏性を獲得する.3)その結果,閾値が低下するという除神経性過敏が起きる.4)閾値が低下した神経節細胞は屋内光などの弱い入力でも容易に興奮し,脳への出力が増加するために羞明を感じる13).視覚情報は眼球内にとどまらず,脳内で処理される.1この情報は,網膜光受容器から神経節細胞を介して,外側膝状体を経由して後頭葉の鳥距溝に存在する一次視覚野に運ばれる.一次視覚野からそれぞれ異なる視覚領域に視覚情報は送られ,並列処理がなされている.後頭葉の視覚関連領域は15以上に分かれており,今後,さらに新たな視覚野が発見される可能性がある.このなかでも後頭葉底部は,古くから色情報処理に重要な役割を果たしていると考えられている14).筆者らは「両側」の後頭葉底部梗塞で,中心視野感度や視力が低下しなかったにもかかわらず,羞明が消失した3例を報告した15).中枢性無羞明とも言えるこの病態は,羞明には体性感覚系だけでなく,視覚系も重要であり,さらに後頭葉底部が大きな役割を果たしている可能性を示唆している(図4).II遮光眼鏡1.光受容器の波長特性現段階での羞明の発生機序に関する知見についての理解が深まったところで,視覚系からの羞明に対してどの0.50:L-cone:M-cone:S-cone:Rod:Melanopsin吸収度相対感度400500600700波長(nm)杆体LMSMel錐体図5網膜における可視光線の符号化左図はL,MおよびS錐体(赤線,緑線,青線)と杆体(灰色線),メラノプシン(Mel)神経節細胞(水色線)の波長感受性曲線である.メラノプシンの波長感受性のピークはinvitroでは483nmといわれる18)が,ヒト生体眼19)における反応曲線をシミュレーションするとピークは図のように長波長側に偏移する.感受性の最も高い波長は異なるものの,いずれの曲線も幅広い帯域をカバーしており,多くの部分で重なり合っている.ここで,図1で用いたD65光源(黒破線)用いて刺激したとき,波長情報は5種の視物質をもつ細胞の反応として単純な数値に符号化される.どのような波長をもつ光刺激であっても,網膜は異なるフィルターをもつ視色素によって情報を単純化している.この反応は,刺激と反応曲線の内積で予測することができる.特に色覚にかかわるのが3種のLMS錐体であり,この3種のフィルターが波長を単純化している.このため,ヒトの色覚は独立した三次元で表すことができる(trichromacy).角膜・水晶体・黄斑の色素濃度や,網膜での偏心度により感度曲線は変化する.(53)あたらしい眼科Vol.30,No.8,20131097 ように遮光眼鏡が働くかについて考察する.遮光眼鏡は特定の波長を抑制するが,その抑制された光は何を刺激するのであろうか.それは当然,視物質である.現在,ヒト網膜内にある視覚に関与すると考えられている視物質は5種類である.L,M,S錐体視物質,杆体視物質,そして特定の神経節細胞に存在するメラノプシンである17).これらの視物質は幅広い吸光特性をもっており,その波長特性に応じて吸光度が異なる.結果として,短波長光であれば,S錐体や杆体,メラノプシン含有神経節細胞を,中.長波長光であればM錐体やL錐体を効率よく興奮させることができる.このように,無限の組み合わせがある可視光線領域の電磁波を,特定領域を吸収する視色素により符号化して,5つのパラメータに再刺激光(D65)遮光眼鏡構成することをヒト網膜では行っている(図5).特にLMS錐体における,この単純化が色覚の最初の重要なステップである.LMS入力として単純化された波長情報は,神経節細胞が担うL+M,L.M,S.(L+M)という反対色応答チャンネルに形を変えて,順応などの時間情報,コンテクストなどの空間情報を加味したうえで,視覚皮質で処理されて色の見え方は決定されている.2.遮光眼鏡の働き遮光眼鏡の働きは,一部の波長を抑制することで,この5つの視物質からの入力量を減弱させて,またそのバランスを変化させて,羞明を減弱することである.で遮光眼鏡により遮光眼鏡により抑制された刺激抑制された反応(%)500(%)500(%)(%)杆体エネルギー0400500600700400500600700LMSMel波長(nm)波長(nm)錐体透過度50050図6遮光眼鏡における可視光の部分的通過抑制による視物質の吸光抑制D65光源(左上)に対して,3種類の異なる波長特性をもった遮光眼鏡を用いたとき(各行),どれほど各視物質での反応を抑制することができるかのシミュレーションである.詳細は本文に記す.1行目の遮光眼鏡ではS錐体が35%でその他が50%程度に反応を抑制されている.2行目の遮光眼鏡ではL錐体が35%,M錐体が20%で他は10%以下に抑制される.3行目の遮光眼鏡ではすべての反応は60%以上に保たれている.1098あたらしい眼科Vol.30,No.8,2013(54) は,実際にどのような変化が起きているか,例を用いて検討する(図6).図6左上にある刺激光に対して,ある特定の光学特性をもった遮光眼鏡を使用する(2列目).すると,遮光眼鏡により刺激光の特定波長領域が抑制される(3列目).抑制された刺激光と視物質の感度曲線の内積から,この遮光眼鏡を通した刺激光に対する反応が求められる.さらに,遮光眼鏡を用いなかった状態の刺激光への反応を求めることで,その遮光眼鏡が,どれだけ各視物質に影響を与えるかを推定できる(4列目).すべての視物質の吸光度への抑制が50%に達しないものもあれば,極端にS錐体,メラノプシンや杆体を抑制するものもある.現在,さまざまな波長特性をもった遮光眼鏡が販売されているが,500nm以下の短波長領域を強く抑制するものが多い.結果としてS錐体・杆体・メラノプシンでの吸光が,M錐体,L錐体に比較して抑制されている.つまり,これらの視物質の反応を抑制することで,羞明を抑制しているといえる.この3種類の視物質が羞明の視覚系の起点として重要な役割を担っている可能性は高い.おわりに遮光眼鏡の特性およびいくつかの知見が示す,視覚系羞明経路は以下のように考えられる.1)S錐体・杆体・メラノプシンにおける光吸収が主要な起点となっている.2)主として,パラソル細胞(parasolcell),小型二層性神経節細胞(smallbistratifiedcell)を経由して後頭葉に向かう.3)後頭葉底部にある色感覚に関わる視覚野が羞明に影響を及ぼす.依然,多くの部分は不明のままであるが,なぜ短波長光をカットすることで羞明を軽減することができるのか,このような観点から,ある程度神経科学的に説明することができる.羞明の研究が遅れている原因として考えられるのは,1)羞明の程度を客観的に,定量的に評価することが困難であり,2)ヒト視覚系が高度に発達しているため,類似した動物モデルを用いることが困難であることがあげられる.たとえば,実験動物としては,マウスやラットのようなげっ歯類が多く用いられている.これらは,疼痛系の経路と関連すると考えられる片頭痛関連光過敏,光眼痛症(photo-oculodynia)などと記述される形(55)式の羞明の説明には適していると考えられ,実際にいくつかの興味深い報告が存在する3,9).しかし,視覚系の経路から考えると,げっ歯類では錐体の数も2種類でヒトより少なく,網膜には中心窩もない.また,視覚情報の主経路はヒトと異なり,外側膝状体を通らず視蓋前域を通る.さらに,視覚野の構造もより単純である.よって,視覚入力との密接な関係性が考えられる短波長光関連羞明をモデル動物で説明するのは困難である.したがって,羞明の脳回路を念頭におき,ヒトにおける羞明がどのように生じているかを注意深く観察することは有用である.患者の主観的な感想だけからでなく,視覚系羞明回路の知見から,客観性をもって異常羞明の軽減に対する遮光眼鏡の有用性を論ずることができるからである.そして,視覚系羞明回路の研究は,人間がどのように外界を「視て」いるかという難問の一つに関連するもので,回路の解明自体が非常に興味深い.短波長光領域の抑制という単純な方法によって羞明が軽減するという事実が,この難問を解く鍵になるのではないだろうか.文献1)堀口浩史:羞明のメカニズム.神経眼科26:382-395,20092)LebensohnJ:Thenatureofphotophobia.ArchOphtalmol12:380-390,19343)OkamotoK,TashiroA,ChangZetal:Brightlightactivatesatrigeminalnociceptivepathway.Pain149:235242,20104)MoultonEA,BecerraL,BorsookD:AnfMRIcasereportofphotophobia:activationofthetrigeminalnociceptivepathway.Pain145:358-363,20095)AdamsWH,DigreKB,PatelBCetal:Theevaluationoflightsensitivityinbenignessentialblepharospasm.AmJOphthalmol142:82-87,20066)EmotoH,SuzukiY,WakakuraMetal:Photophobiainessentialblepharospasm─apositronemissiontomographicstudy.MovDisord25:433-439,20107)SelbyG,LanceJW:Observationson500casesofmigraineandalliedvascularheadache.JNeurolNeurosurgPsychiatry23:23-32,19608)DrummondPD,WoodhouseA:Painfulstimulationoftheforeheadincreasesphotophobiainmigrainesufferers.Cephalalgia13:321-324,19939)NosedaR,KainzV,JakubowskiMetal:Aneuralmechanismforexacerbationofheadachebylight.NatNeurosciあたらしい眼科Vol.30,No.8,20131099 13:239-245,201010)NosedaR,BursteinR:Advancesinunderstandingthemechanismsofmigraine-typephotophobia.CurrOpinNeurol24:197-202,201111)SchallhornSC,KauppSE,TanzerDJetal:PupilsizeandqualityofvisionafterLASIK.Ophthalmology110:16061614,200312)StringhamJM,FuldK,WenzelAJ:Actionspectrumforphotophobia.JOptSocAmAOptImageSciVis20:1852-1858,200313)堀口浩史,仲泊聡:羞明の科学─遮光眼鏡適合判定のために.視覚の科学31:77-81,201014)ZekiS:Acenturyofcerebralachromatopsia.Brain113(Pt6):1721-1777,199015)HoriguchiH,KuboH,NakadomariS:Lackofphotophobiaassociatedwithbilateralventraloccipitallesion.JpnJOphthalmol55:301-303,201116)BrewerAA,LiuJ,WadeARetal:Visualfieldmapsandstimulusselectivityinhumanventraloccipitalcortex.NatNeurosci8:1102-1109,200517)HoriguchiH,WinawerJ,DoughertyRFetal:Humantrichromacyrevisited.ProcNatlAcadSciUSA110:E260-269,2013,Epub2012,Dec1918)DaceyDM,LiaoHW,PetersonBBetal:MelanopsinexpressingganglioncellsinprimateretinasignalcolourandirradianceandprojecttotheLGN.Nature433:749754,200519)StockmanA,SharpeLT,FachC:Thespectralsensitivityofthehumanshort-wavelengthsensitiveconesderivedfromthresholdsandcolormatches.VisionRes39:29012927,19991100あたらしい眼科Vol.30,No.8,2013(56)

プリズム眼鏡の処方

2013年8月31日 土曜日

特集●眼鏡の最近の話題あたらしい眼科30(8):1083~1092,2013特集●眼鏡の最近の話題あたらしい眼科30(8):1083~1092,2013プリズム眼鏡の処方PrescriptionofPrismSpectacles川端秀仁*はじめに:プリズム処方はどんなときにするのか?最近3Dシステムの映像が増加している.これらのシステムでは視聴者が正常な両眼視機能をもつことが前提にされているが,作品の楽しさを享受できない人,これらの鑑賞または使用後に強い眼精疲労で悩まされる人も少なくない1).眼精疲労の原因は,未矯正の屈折異常や調節機能の問題,眼位異常などに起因している場合が多い2).眼位や調節・輻湊機能に問題があり,複視や眼精疲労があるときプリズム眼鏡の処方を考える.しかし,プリズム処方が本当に必要か,処方量が適切かについては,斜位処方量だけでなく各視機能およびそれらの関係を十分理解して合理的に行われなければならない.本稿では,プリズム眼鏡を用いて眼位・輻湊機能の問題を補正する際に必要な病態の知識,検査方法,具体的な処方手順および留意する点について解説したい.また,明らかに顕著な斜視があり手術が考慮されるべきである症例に対する議論は含んでいないことをあらかじめ断っておきたい.〔症例1〕28歳,男性,事務職.主訴:現眼鏡(R=L:SplanoAdd+1.50D1.5ΔBO)が気持ち悪くて装用できない.精神科疾患のため薬剤内服中.他眼科に近見時の疲労を訴えて受診した際にプリズム入り累進眼鏡を処方された.検査所見:前眼部~中間透光体~眼底:著変なし.他覚屈折値:R=S.0.50DC.0.50DAx160°,L=S.0.67DC.0.18DAx10°.裸眼視力:VD=VS=1.0,近見視力は左右眼とも0.7(確かに近見視力が不良である).眼位:裸眼カバーテスト(covertest:CT).第一眼位(primaryposition:PP):正位(Ortho).CT:内斜位(esophoria:EsoP).プリズムカバーテスト(prismcovertest:PCT):4Δ基底外方(base-out:BO)at5m,3ΔBOat30cm.ここまでの検査結果からは,現眼鏡は妥当に思われるが,一体何が問題なのだろうか?つぎに,雲霧法により自覚完全補正値を求めると,VD=1.0(1.5×S+1.50DC.0.50DAx180°),25D)と遠視(!!).1+S×1.0(1.5=VSで,矯正値装用下では,近見視力は左右眼とも1.0であり,眼位は,PP:Ortho,CT:Ortho~外斜位(exopho-ria:ExoP),PCT:2Δ基底内方(basein:BI)at5m,3ΔBIat30cmで,生理的外斜位の範囲であった.処方眼鏡度数:眼鏡は精神疾患内服薬を考慮して近見重視で遠見の完全補正:R=L:S+1.25D,瞳孔中心間距離(pupillarydistance:PD)は60mmで処方した.もちろんプリズム処方も累進レンズも不要である.I眼鏡処方の基本的考え方眼鏡処方決定に際して必要な,視力,屈折,調節,眼位の各機能は,いろいろな条件で変化していることを念*HidetoshiKawabata:かわばた眼科〔別刷請求先〕川端秀仁:〒279-0012浦安市入船4-1-1新浦安中央ビル3Fかわばた眼科0910-1810/13/\100/頁/JCOPY(39)1083 頭に,安静位や他の機能との連携の程度を評価する.たとえば,眼位の生理学的安静位は,調節性輻湊が関与しない状態での融像を除去したときの眼位であるが,近見では調節性輻湊が関与している.さらに屈折異常が補正されていない場合は程度の差はあるが遠視未矯正に起因する内斜位や近視未矯正に起因する近見外斜位など,調節性輻湊の影響を受けた眼位になる.調節・眼位の連携は,AC/A(調節性輻湊対調節比),相対調節,相対輻湊などを検査することで把握できる.また,屈折の安静値(=静的屈折度)は調節の関与しない屈折度と定義されているが,調節が機能する年齢では,通常の屈折度には常に調節が関与しており静的屈折状態ではない.よって,屈折検査では可能な限り調節が関与しない度数を求める配慮(雲霧法での検査,各種調節麻痺剤を用いた検査)が常に必要である.症例1は,雲霧法が適切に行われず弱度の遠視を見逃し,遠視に起因する調節性輻湊を内斜位と判断していることなど,各視機能の連携を理解していない典型例である.II両眼視(輻湊)機能とその異常の分類,症状輻湊機能異常の理解を容易にするためにDuane-TaitWickによるAC/Aに注目した分類とそれぞれの特徴と症状を紹介する.1.輻湊機能の異常の分類:Duane.Tait.Wick20093)*調節との関連が弱いもの(低AC/A)1)輻湊不全(convergenceinsufficiency):視線が近見で寄りにくい.2)開散不全(divergenceinsufficiency):視線が遠見で開きにくい.*調節との関連が強いもの(高AC/A)3)輻湊過多(convergenceexcess):視線が近見で寄り過ぎ.4)開散過多(divergenceexcess):視線が遠見で開き過ぎ.5)偽輻湊不全(pseudoconvergenceinsufficiency):視線が近見で寄り過ぎ.*調節との関連が平均的(標準的AC/A)1084あたらしい眼科Vol.30,No.8,20136)融像性輻湊機能不全(fusionalvergencedysfunction):融像幅が狭い.7)基本型外斜位・視(basicexophoria・tropia):視線が距離にかかわらず開き過ぎ.8)基本型内斜位・視(basicesophoria・tropia):視線が距離にかかわらず寄り過ぎ.2.各輻湊機能異常各論―症状と検査上の特徴4)a.輻湊不全(1)症状:近業時の眼精疲労,頭痛,ぼやけ,複視,眠気,行飛ばし,集中力低下など.(2)検査結果:遠見眼位はほぼ正位,輻湊近点(nearpointofconvergence:NPC)が大きく,近見で大きい外斜位・視となる.実性相対輻湊(positiverelativeaccommodation:PRC)および虚性相対調節(negativerelativeaccommodation:NRA)は小さい.PRC,NRAについては後述する.(3)鑑別診断:他の輻湊異常:偽輻湊不全,基本的外斜位,開散過多.器質性疾患:二次性輻湊麻痺(局所脳梗塞,脱髄性疾患,Parkinson病など).内直筋麻痺(多発硬化症,重症筋無力症,斜視手術の既往).(4)対処:輻湊訓練,BIプリズム処方.b.開散不全(1)症状:遠見時の眼精疲労や頭痛,間欠性の複視,遠見から近見へのピント切り替え困難,乗り物酔い,症状は疲れに伴い悪化するため夕方~夜で顕在化することが多い.複視を生じることは少ない.(2)検査結果:近見はほぼ正位であるが,遠見でより大きい内斜位・視.(3)鑑別診断:他の輻湊異常:輻湊過多,基本的内斜位.器質性疾患:外転神経麻痺,開散麻痺.(4)対処:BOプリズム処方.c.輻湊過多(1)症状:近業時の眼精疲労・頭痛,集中力困難,読解力低下,一時的複視,ぼやけなど.片眼が抑制され症(40) 状を訴えないことも多い.(2)検査結果:近見で大きい内斜位・視.虚性相対輻湊(negativerelativeconvergence:NRC)および実性相対調節(positiverelativeaccommodation:PRA)は小さい.NRC,PRAついては後述する.*遠視の未矯正,近視の過矯正,調節緊張に留意すること.(3)鑑別診断:他の輻湊異常:基本的内斜位,開散不全.器質性疾患:局所の炎症(虹彩炎など),交感神経麻痺や梅毒,薬の副作用による調節・輻湊けいれん.(4)対処:プラスレンズ処方,BOプリズム処方.d.開散過多(1)症状:遠見時の大きい外方偏位,外光が眩しいときの片眼閉じなど.体調不良のときに症状が現れる.融像性輻湊力は正常で複視などの症状を訴えないことが多い.抑制や異常対応が起こるが弱視は起こりにくい.(2)検査結果:遠見でより大きい外斜位(間欠性外斜視)となる.AC/Aはheterophoria法での結果がgradient法に比べ大きくなる場合がある.診断時には両者を比較することが必要.*近視,不同視の未矯正でみられることが多い.(3)鑑別診断:他の輻湊異常:輻湊不全,基本的外斜位.(4)対処:マイナスレンズ処方,輻湊訓練,BIプリズム処方,手術.e.偽輻湊不全(1)症状:近業時の複視,ぼやけ,眼精疲労・頭痛,読書困難,遠近ピント合わせ困難.(2)検査結果:調節不全で調節性輻湊が誘導されないことが原因である.反応しない調節系に対し神経刺激が過剰に出されるため,単位調節量あたりの調節性輻湊は大きくAC/Aが高くなる.輻湊不全に類似するがAC/Aが高い点が異なる.(3)鑑別診断:他の視機能異常:基本的外斜位,開散過多,調節けいれん,調節反応不良.器質性疾患:薬物(アルコール,抗ヒスタミン剤など).全身疾患(糖尿病,多発性硬化症,貧血),局所の炎症(虹彩炎,外傷など),中枢神経疾患〔パリノー(Parinaud)症候群,松果体腫瘍〕.(4)対処:プラスレンズ処方.f.基本的外斜位・視(1)症状:眼精疲労,頭痛,ぼやけ,複視,眠気,行飛ばし,集中力低下.(2)検査結果:遠見,近見とも同程度(5Δ以内の差)の外斜位・視.NPCは遠い.遠見,近見ともPRCおよびNRAは小さく,両眼調節ラグも小さい.*近視の未矯正でみられることも多い.(3)鑑別診断:他の輻湊異常:輻湊不全,開散過多.器質性疾患:多発性硬化症,重症筋無力症,斜視手術の既往.(4)対処:輻湊訓練,BIプリズム処方,手術.g.基本的内斜位・視(1)症状:遠・近見で慢性的につづく眼精疲労,頭痛,ぼやけなど.ただし,片眼が抑制されているときは症状を訴えないことも多い.(2)検査結果:遠見,近見とも同程度(5Δ以内の差)の内斜位・視.遠見,近見ともNRCおよびPRAは小さく,両眼調節ラグは大きい.*遠視の未矯正でみられることが多い.(3)鑑別診断:他の輻湊異常:輻湊過剰,開散不全.器質性疾患:外転神経麻痺,開散麻痺(急激な発症で特に注意).(4)対処:BOプリズム処方,手術.h.融像性輻湊不良(1)症状:近業時の眼精疲労・頭痛,集中力低下,流涙,ぼやけなど.(2)検査結果:遠見,近見とも眼位はほぼ正常範囲であるが,融像幅は狭い.調節力は正常であるが,PRAおよびNRAはともに小さく,間欠性の中心窩抑制がみられる.(3)鑑別診断:他の視機能異常:弱度遠視の未矯正,調節不全,不等像視,上下斜位.器質性疾患:衰弱性全身疾患,薬物の副作用.(41)あたらしい眼科Vol.30,No.8,20131085 (4)対処:融像訓練が有効な場合がある.3.輻湊機能異常への対処:まとめ1)まず屈折異常の適切な矯正を行うこと.2)上下プリズムが認められればプリズム処方を試みる.3)レンズ度数調整による方法は,AC/Aが高いタイプでは有効な場合がある.輻湊過多の場合のプラスレンズ加入や開散過多の場合のマイナスレンズ負荷など.4)プリズム処方は,輻湊過多,開散不全,基本的内斜位の場合のBOプリズム,二次的であるが,輻湊不全,開散過多,基本的外斜位など輻湊不足状態に対するBIプリズムが有効である.プリズム処方の具体的な方法については後述する.5)輻湊訓練などの視能訓練は,輻湊不全,開散過多,基本的外斜位など輻湊不足状態で有効.輻湊過多,開散不全などに対しての開散力増強訓練は有効でない.融像幅が小さい融像性輻湊不良では,有効であれば融像訓練が第一次選択である.6)大きい角度の斜視は手術が基本でありプリズム処方では対処できない.斜視量が30~35Δ以上は外観の問題,弱視,両眼視機能の低下を勘案し手術を考える.III両眼視機能の検査問診から眼位補正が必要であると考えられる場合,初診では基本検査のなかで日常の状態と視機能の概略をすばやく把握し,隠れた問題点がないか的確に把握することが必要である.眼位に関する精密検査をする前に,予備検査で,日常視力(裸眼または眼鏡装用下),調節近点,カバーテストによる遠見,近見眼位,輻湊近点(鼻根部より8cm以内で正常)の検査をしておくことが有用である.予備検査に加え以下の検査を必要に応じて行う.1.輻湊効率遠見では8ΔBO/4ΔBI,近見では8ΔBO/BIフリッパーレンズを用いて近見視力表の単一視の様子を観察する.1分間で5回反転できれば正常範囲である.BO側で両視線が合わせにくければ外斜位が,BI側で両視線が合わせにくければ内斜位が負担になっていることが疑われる.2.斜位検査まず遠見,近見のカバーテストで上下斜位にも留意し定性的に評価する.ついでプリズムカバーテストで定量する.遠見では0~2ΔBI,近見では0~6ΔBIが正常範囲である.3.AC.A(調節性輻湊対調節比)1Dの調節量に連動する調節性輻湊量.遠見,近見の斜位量から計算するheterophoria法と調節負荷量を変化させたときの斜位量を測定するgradient法がある.正常値は4±2Δ/D.4.相対調節輻湊を一定に保ち明視しながら変化させうる調節,つまり近見距離に置いた視標を明視させた状態で両眼にプラスレンズを負荷したとき(調節緩解が誘導される),視標がぼやける手前の度数が虚性相対調節で実性相対輻湊と関連する.マイナスレンズを負荷したとき(調節が誘導される),視標がぼやける手前の度数が実性相対調節で虚性相対輻湊と関連する.正常範囲は±1.75~2.00D5)である.5.相対輻湊調節を一定に保ち視標を明視しながら変化させうる輻湊量.つまり近見距離(30cmや40cm)に置いた視標を明視させた状態で両眼にBIプリズムを負荷したとき(開散方向に眼位が誘導される),視標がぼやける手前のプリズム値が虚性相対輻湊で実性相対調節と関連する.BOプリズムを負荷したとき(輻湊方向に眼位が誘導される),視標がぼやける手前の度数が実性相対輻湊で虚表1BlurpointおよびBreakpointの標準値BlurpointBreakpointBI(開散側)BO(輻湊側)BI(開散側)BO(輻湊側)遠見(6m)(.)(.)6Δ8~10Δ近見(40cm)12~13Δ15~17Δ20~21Δ19~21Δ1086あたらしい眼科Vol.30,No.8,2013(42) 性相対調節と関連する.視標がぼやける手前のプリズム値はぼやけ点(blurpoint)とよばれる.ぼやけ点を超えてプリズムを負荷すると視標が分離してしまう.このときのプリズム値を分離点(breakpoint)という.検査時,blurpointがなくbreakpointに至る場合も多い.ロータリープリズムを用いて測定したときの正常標準値を表1に示す5).この他,調節系の調節効率,調節ラグなども検査することが望ましい.参考:相対輻湊と相対調節について近見での虚性相対輻湊と実性相対調節を例にして以下に図解する.図1aは完全矯正値装用下で,近見40cmにおいた視標を両眼で単一明視している状態を示す.この例では,AC/A=4Δ/D,NRC=12Δ,NRA=+2.25Dとする.図1bは,両a.d.13BI(blurpoint)加入虚性相対輻湊12利用singlecleare.18BI加入虚性相対輻湊12+調節性輻湊6解除singleblurf.20BI(breakpoint)加入融像除去眼位に戻るdoubleclearb.6BI加入虚性相対輻湊6利用singleclearc.12BI(blurpoint)加入虚性相対輻湊12利用singleclearAAAAA視標にぼやけが生じるAAALARAALARAALARAALARAALAR2.50D2.50D調節を解除2.50D調節介入1.0040cm2.50D2.50DAAAAA1.00D2.50DALAR3BIΔ3BIΔ9BIΔ9BIΔ6.5BIΔ6.5BIΔ6BIΔ6BIΔ10BIΔ10BIΔΔΔΔΔΔΔΔΔΔΔ図1虚性相対輻湊(:パーヌムエリア)(43)あたらしい眼科Vol.30,No.8,20131087 眼に3ΔBIずつ計6ΔBIを負荷したとき各眼に見えている視標の3Δ外方移動に対応して両眼視線は外方に開散するが,単一明視を維持している状態を示している.図1cは,両眼に6ΔBIずつ計12ΔBIを負荷しても,単一明視ができている状態を示している.図1dは,両眼に計13ΔBIを負荷したとき単一明視がくずれ,単一視ではあるがぼやけが始まった状態を示している.単一視明視の維持ができている12ΔBIがNRAである.つまり13ΔBI負荷の状態では,視線の外方への開散を行うために調節性輻湊の一部(この場合は1ΔでAC/Aから0.25Dの調節に相当する)を解除する必要が生じたということである.このプリズム値がぼやけ点(blurpoint)である.図1eは,両眼に9ΔBIずつ計18ΔBIを負荷したときは6Δの調節性輻湊を解除して(1.5Dの調節解除)ぼやけてはいるが単一視が維持できている.図1fは,両眼に10ΔBIずつ計20ΔBIを負荷したとき調節性輻湊を解除しても単一視が初めて維持できなくなった状態を示している.このプリズム値が分離点(breakpoint)である.IVプリズム眼鏡による両眼視機能異常の治療プリズムは,一般的対処として上下プリズム,輻湊過多,開散不全,基本的内斜位の場合にBOプリズム,輻湊不全,開散過多,基本的外斜位など輻湊不足状態に対してBIプリズムの処方が行われる.1.水平プリズム処方についてどの程度のプリズム量を処方すれば“快適な単一明視が維持できるか”について古くから以下のような基準がある.a.臨床の知恵5)その起源は明らかでないが米国で古くから臨床的に使われている以下のような基準がある.Clinicalwisdom:“患者がそれは眼位異常に起因する症状を訴えているとき,外斜位・視なら偏位角の1/3,内斜位,上下斜位なら斜位角を処方する.”装用できるか,光学的にメーカーが作製できるかについての問題はあるが,きわめて明快でファーストトライアルのプリズム値として覚えておくと有用である.b.シェアード基準(Sheardcriteria)6)“斜位(P)に対し,輻湊(外斜位の場合)または開散(内斜位の場合)の余力(R)が少なくとも2倍必要”とする基準.*余力(R)とは斜位を補う相対輻湊力(blurpointまたはbreakpoint)のことである.P:外斜位では,R=PRC(実性相対輻湊),内斜位では,R=NRC(虚性相対輻湊).余力が斜位量の2倍以上ないとき,つまりR≧2Pでないとき処方される最小プリズム量は,(2P.R)/3で求められる.c.パーシバル基準(Percivalcriteria)7)“注視位置での必要輻湊状態が全相対輻湊幅の中央1/3の間にあれば,快適な両眼視を維持される”とする基準.注視距離で検査された実性および虚性の相対輻湊量で,幅の大きいものをL,幅の小さいものをSとすると,L≦2Sのときパーシバル基準は満たされている.L>2Sのとき基準を満たすために必要な最小プリズム量は,(L.2S)/3である.両基準とも,プリズム効果を球面度数で得る場合の調整量は,プリズム量/(AC/A)である.〈処方例〉遠見斜位:4ΔBO,近見斜位:9ΔBO,近見30cm:PRC=27ΔBO,NRC=12ΔBI,PD=6cmとする.近見斜位Pは内斜位で9ΔBO,余力Rは開散方向のNRCで12ΔBIだから,R=12<18=2×Pよりシェアードの基準は満たされていない.処方する場合,シェアード基準による最小プリズム量は(2×9.12)/3=2ΔBOとなる.L=27ΔBO(PRC),S=12ΔBI(NRC)だから,L=27>2×12=2×Sよりパーシバルの基準も満たされていBIPR=NRCxBO12Δ0Δ基準9Δ図2aシェアードの基準(Sheardcriteria)BIxSL全輻湊量=39Δ中央1/3BO12Δ0Δ基準9Δ27Δ図2bパーシバルの基準(Percivalcriteria)1088あたらしい眼科Vol.30,No.8,2013(44) ない(基準位置0Δが融像幅の中央1/3にない).パーシバル基準による最小プリズム処方量は(27.2×12)/3=1ΔBOとなる.その他Morganによるグラフ分析の方法8)も用いられるが,扱いがやや面倒なので本稿では省略させていただく.d.どの基準を採用するのか?斜位レベルの場合,clinicalwisdomがかなり有効である.融像幅を考慮した検査結果が利用できる場合,シェアード基準がよく利用されていて,パーシバル基準は一部の内斜位タイプ(BO処方)で利用される場合がある5).2.垂直プリズム処方について垂直方向では,融像力が小さいためカバーテストで垂直方向の眼位異常が認められる場合はプリズムカバーテストで斜位量を測定する.カバーテストでは頭位傾斜に留意すること.カバーテストで明らかな上下の視線の動きを認めない場合,遮閉をはずした際の瞼の上下を観察する.また,可能な場合は,患者本人に視標の自覚的動きを答えてもらう.眼位異常に起因すると考えられる症状(眼精疲労,頭痛,複視など)がある場合,垂直方向の斜位が認められればプリズム処方を考えたほうがよい.処方プリズム量は,絶対量が小さい場合,プリズムカバーテストで求められた斜位量そのものでもよい場合が多い.可能なら斜位量が正確に求められているかを確認することも含め,水平斜位の場合と同様に上下方向の融像幅を測定する.その中央値を目安に自覚症状の改善,装用感などを考慮し処方プリズム量を決定する.〈処方例〉プリズムカバーテストで上下斜位は1.5ΔL/R(左眼1.5Δ上斜位)であり,3.5ΔBD(L)で分離かつ1.0ΔBU(L)で分離した場合,垂直方向融像幅の中央値は,1.25ΔBD(L)となる.処方値は1~1.5Δで検討する.3.処方時の留意点5)処方したプリズム値が適切であるか否かを確認するために装用テストを十分行うことが大切である.プリズム値が適切である場合,患者は装用直後から近見視が楽になる,複視が消えるなど主訴の改善を感じることができる.主訴の改善がない場合,プリズム基底を逆に入れてみても反応が変わらない,プリズムがないほうが良いなどの場合はプリズム処方の適応はないと考えられる.また,あるプリズム値を一定時間装用テストしたとき偏位角が増加してしまう場合,さらに遮閉時間を長くし偏位角の再測定を行う必要がある.完全な値を得るには24時間程度の順応時間が必要であるが,プリズム順応の大部分は装用テスト後10分程度で起こる.そのようにして決定したプリズム値でも装用テスト後偏位角が増加(eatup)する場合は,プリズム処方は有効でないと考えられる.さらに眼鏡レンズでプリズム処方できる限界量は一般的に5Δまでである.それ以上のプリズム量の作成が可能か否かについてはレンズの種類により異なるためメーカーに確認する必要がある.4.補足:プレンティス(Prentice)の公式“中心からh(mm)偏心して屈折度F(D:ジオプトリー)のレンズに入射する光線は,h×D/10のプリズム作用(Δ)を受ける.”例1─PD=60mm(R=L=30mm),両眼+5Dのレンズを偏心して左右に2ΔBOずつ計4ΔBOをつけるときの片眼偏心量は,p=h×D/10の式にp=2,D=5を代入して,2=h×5/10よりh=4(mm)で,心取り点34mm30mm34mm30mm図3レンズ偏心によるプリズム処方(45)あたらしい眼科Vol.30,No.8,20131089 間距離は左右それぞれ34(mm)となる.ただし,非球面設計のレンズでは,中心から偏心するにつれ度数が変わるため,プリズム処方は偏心によらずレンズ発注の際にプリズム処方のオーダーをする.例2―不同視眼の場合:R:S.3.00D,L:S.1.00Dの場合,近見視の際にレンズ中心から15mm下方を視線が通過すると,右眼では15×3/10=4.5ΔBD,左眼では15×1/10=1.5ΔBDのプリズムが生じるため,眼位はR/Lの上下斜位(R:3ΔBD)の状態となる.単焦点では頭部を下方に向け視線をレンズ中心に近づけることで上下斜位量を減じることもできるが,累進焦点レンズでは,近用部が決まっているためそのようなことができない.Vプリズム処方例〔症例2:上下斜位の例〕37歳,男性.主訴:2~3週前から1mくらい先がかすむ,ぼやける,焦点が合わない.初診時検査結果:眼圧,前眼部~中間透光帯:著変なし,眼底:豹紋状眼底,他著変なし.他覚屈折値:R:S.8.00DC.1.25DAx5°,L:S.7.00DC.1.75DAx165°.ミドリンPR点眼後他覚屈折値(調節緊張を疑い調節麻痺後の度数も確認)R:S.7.50DC.1.00DAx180°,L:S.7.00DC.1.50DAx165°.自覚矯正値(雲霧法による)VD=0.04(1.2×S.7.75DC.0.50DAx5°)VS=0.03(1.2×S.7.25DC.0.75DAx165°)現眼鏡度数と装用視力(2~3週前作製:視力は出るが過矯正!!)VD=1.2×S.8.25DC.1.25DAx5°,VS=1.2×S.10.50.眼位:PP正位,CT:ExoPL/R(外斜位で左眼上斜位).PCT:4ΔBI&3ΔL/Rat5m,8ΔBI&4ΔL/Rat40sm.その他両眼視機能は正常値であったが,頭が右に傾むく(軽度の上斜筋麻痺?).1090あたらしい眼科Vol.30,No.8,2013調節フリッパー:±2.00Dで1.0回/30秒←調節機能にも問題あり.処方:まず過矯正を解決するため近視度を落として装用テスト.VD=1.2×S.7.75DC.0.50DAx5°,VS=1.2×S.7.00DC.0.75DAx165°.患者の感想:JB〔JetzigBrille(現在の眼鏡度数)〕より楽でよく見えるが,焦点が合わない感じは残っている.JB度数に,clinicalwisdomに従って,遠見上下斜位3Δを左右均等に分け,R1.5ΔBU,L1.5ΔBDとして装用テスト.患者の感想:すべての距離でしっかり焦点が合う!!!装用テスト度数に上下プリズム負荷して決定.〔症例3:輻湊不全の例〕24歳,男性.主訴:近見時眼精疲労,近見時の一過的複視.初診時検査結果:前眼部,中間透光体,眼底,眼圧に著変なし.他覚屈折値:R:S.3.75DC.0.25DAx10°,L:S.3.25DC.0.25DAx165°.ミドリンPR点眼後他覚屈折値R:S.3.50DC.0.25DAx5°,L:S.3.00DC.0.25DAx170°.自覚屈折度(雲霧法による)VD=0.08(1.2×S.3.50)VS=0.08(1.5×S.3.25D).(,)現眼鏡度数と装用視力:VD=1.2×JB,VS=1.0×JB,近見視力=左右とも1.0×JB.R:S.3.50D,L:S.3.00D(1カ月前作製)でほぼ完全矯正,調節系は問題ない!眼位:JB装用上PP:Ortho,CT:ExoP(+2)atfar,ExoP(+3)atnear.PCT:6ΔBIatfar,15ΔBIatnear(40cm).PD=60mm.以上の検査結果からこの患者の主訴は,輻湊不全に起因する近見時の大きい外斜位が原因と考えられたため,対処はまず輻湊訓練(push-up法)を説明し,1カ月後(46) の受診とした.1カ月後受診時患者の訴え:輻湊訓練で近見作業時の眼の疲れは改善しているが,まだ時折複視となる.プリズム処方を念頭に融像幅を検査:近見相対輻湊:NRC=22ΔBI,PRC=15ΔBO.プリズム処方する場合の目安は,clinicalwisdomでは外斜位p=15Δの1/3だから5ΔBI,シェアード基準によるものは,斜位量p=15Δ,輻湊余力R=15Δだから,処方量は(2P.R)/3=(2×15.15)/3=5ΔBIパーシバル基準によるものは,絶対値の大きい相対輻湊は,NRCでL=22,絶対値の小さい相対輻湊は,PRCでS=15であるから,処方量は(L.2S)/3=(22.15×2)/3=.8/3≒2.7ΔBIとなる.まずトライアルでシェアードの基準によるプリズム値を左右とも2.5ΔBIずつ現眼鏡度数に追加して装用テスト:患者の感想:近見視は楽になり複視は起きない気がするが,空間が歪んで気持ち悪い.ということでR2ΔBI,L2ΔBIで再トライ.患者の感想:近見視はやはり楽で,これなら装用できそう.R1.5ΔBI,L1.5ΔBIでは,近見注視がややつらい感じとのことで,今回は,現眼鏡度数にR2ΔBI,L2ΔBI追加で決定した.〔症例4:開散不全の例〕9歳,女性,眼鏡なし.主訴:黒板の字がダブル(本人に確認すると,ずーっと前からとのこと).初診時検査結果:前眼部,中間透光体,眼底,眼圧に著変なし.他覚屈折値:R:S+0.75DC.0.25DAx10°,L:S.0.25DC.0.25DAx165°.サイプレジンR点眼後他覚屈折値R:S+1.50DC.0.25DAx5°,L:S+1.00DC.0.25DAx170°.自覚屈折度(雲霧法による)VS=1.0(1.5×S+0.75DC.0.25DAx180°).眼位:完全矯正下PP:EsoTat5m,Orthoat30cm,CT:EsoP~Tat5m,ExoPat30cm.PCT:10ΔBOatfar,2ΔBIatnear(30cm).PD=50mm.以上の検査結果からこの患者の主訴は,開散不全に起因する遠見時の大きい内斜位が原因と考えられる.プリズム処方を念頭に遠見の融像幅を検査したところ,相対輻湊:NRC=12ΔBO(blurpoint),PRC=2ΔBI(breakpoint)であった.プリズム処方する場合の目安は,clinicalwisdomによれば,内斜位なので10ΔBOシェアード基準によれば,斜位p=10Δ,輻湊(開散)余力R=2Δだから,処方量は(2P.R)/3=(2×10.2)/3=6ΔBOパーシバル基準によるもの:絶対値の大きい相対輻湊は,NRCでL=12,絶対値の小さい相対輻湊は,PRCでS=2であるから,処方量は(L.2S)/3=(12.2×2)/3=8/3≒2.7ΔBOとなる.まずトライアルでclinicalwisdomによる値を左右とも5ΔBOずつ現眼鏡度数に追加して装用テストをしたところ,患者の感想は“遠見はダブりはないが空間が歪んで装用できない.”ということでシェアード基準による量6ΔBOを,R3ΔBO,L3ΔBOとして再トライ.患者の感想は“これでも遠見でダブらない.これなら装用できそう.”とのこと.近見はこのプリズム眼鏡装用で8Δ外斜位の状態となるが,近見視も問題ないとのことで今回は,完全矯正度数にR3ΔBO,L3ΔBO負荷で決定した.おわりに本稿では,プリズム眼鏡が必要と思われる病態および症状,およびプリズム処方についての基本的考え方,処方量の決め方について解説した.文献1)http://japan.internet.com/wmnews/20100318/4.html,“若,VD=1.0(1.5×S+1.00DC.0.25DAx180°)年層の2割が「3D映画」を鑑賞~「酔いそう」「疲れそう」(47)あたらしい眼科Vol.30,No.8,20131091 といった声も”2)http://www.gakkohoken.jp/modules/pico2/index.php?content_id=61,日本学校保健会“3D映像が子どもの眼に及ぼす影響”3)DuaneA,TaitET,WickB:ClinicalManagementofBinocularVision:Heterophoric,Accommodative,andEyeMovementDisorders.3rdedition,p66,edbyScheimanM,WickB,LippincottWilliams&Wilkins,Philadelphia,20095)GriffinJR,GrishamJD:BinocularAnomalies.3rdedition,p36-87,Butterworth-Heinemann,Boston,19956)SheardC:OcularDiscomfortandItsRelief.EyeEarNoseThroat1931;77)PercivalAS:ThePrescribingofSpectacles.JhonWright&Son,Bristol,England,19284)関真司:視機能データの分析と対処法.p167-182,興隆出版,20028)MorganMW:Theclinicalaspectsofaccommodationandconvergence.AmJOptom21:301-313,19441092あたらしい眼科Vol.30,No.8,2013(48)

累進屈折力眼鏡の適応

2013年8月31日 土曜日

特集●眼鏡の最近の話題あたらしい眼科30(8):1077.1082,2013特集●眼鏡の最近の話題あたらしい眼科30(8):1077.1082,2013累進屈折力眼鏡の適応AdaptationofProgressivePowerSpectacles鈴木武敏*はじめに累進多焦点眼鏡(以下,累進眼鏡)といえば,その対象は老視年齢以降のものと考えがちだが,パソコンや携帯端末の普及によって,その適応年齢は若年成人から小学生にまで広がってきている.そういう意味において,累進眼鏡の適応を決める場合,単純に年齢や調節力で決定するのではなく,装用希望者個々の眼鏡装用の既往,仕事や生活環境に加えて医学的な因子に対する考慮が必要で,検眼技術者の知識と経験が重要になってきている.本稿では,累進眼鏡の処方から装用までを順を追って基本的なことを述べる.I累進多焦点眼鏡への誤解1.老眼鏡という呼称への嫌悪日本では欧米と比して累進焦点眼鏡の普及率が低い.その理由の一つとして,「老眼鏡」という呼称に対する嫌悪があげられる.本が読みにくいという主訴で来院しながら,近用眼鏡の装用をすすめると,「老眼鏡はかけたくない」という返答が来ることが多い.欧米と同様に,目的に一致した呼び方である,読書用眼鏡,readingglasses(fortheaged)とよぶべきであろう.2.老眼鏡を掛けると老化や老視が進むという誤解かなりの人がこのように誤解している.このような場合,「逆に老化や認知症を予防する眼鏡です」と話し,さらに何のために掛けるのかを理解してもらうために,「近くを見るときに負担を減らすための眼鏡」であること,そして「小中学生からでも疲れ目予防として広く使われるもの」と説明するとよい.3.累進眼鏡は掛けにくいという誤解もう一つの理由として,多くの人が昔の累進屈折力レンズ(以下,累進レンズ)の印象をいまだにもっていて,「50歳を超えてからは累進眼鏡の初めての装用は無理」とか,「ゆがみが強くて歩くのに危険」という思い込みが残っていることであろう.このような印象や誤解を払拭するためにも,累進眼鏡に対する正しい知識をもったうえでの説明が必要となっている.II累進レンズの種類1.累進レンズの進歩a.従来の印象累進レンズに対するこれまでの印象といえば,レンズの周辺の収差によるゆがみやゆれ,ボケで,レンズの側方部はまともに使えない,ということであった.これを野球のキャッチャーの視界で説明してみると,以前のレンズはセカンドとショートの間しかまともに見えず,ファーストランナーの動きが判断できにくい状態である.しかし,最近のレンズは,ファーストからサードの守備選手を含め,左右のファールゾーンまで,収差を気にせずに見ることができるまでに累進屈折力レンズは改良されている(図1).*TaketoshiSuzuki:鈴木眼科吉小路〔別刷請求先〕鈴木武敏:〒023-0054奥州市水沢区吉小路16鈴木眼科吉小路0910-1810/13/\100/頁/JCOPY(33)1077 昔の累進レンズ最近の累進レンズ昔の累進レンズ最近の累進レンズ図1野球のキャッチャーから見た見やすさの違い野球グラウンドにたとえると,以前はショートとセカンドの間までしかまともに見られなかったが,最近のレンズはファールグラウンドまで楽に見られる.b.レンズ価格の差累進レンズが進歩したとは言っても,最近の廉売眼鏡店の増加で,収差の大きい累進レンズを装着させられることもあり,テストレンズでは満足していたのに,見え方が違うという不満が,処方側にクレームとして戻ってくることも増えている.図2はレンズの質の差による収差の違いである.このような見本を準備して前もって説明しておくことも誤解を防ぐうえで必要になっている(図2).c.収差に関わる因子レンズ価格以外にも他覚的,自覚的収差に関わる因子は表1に示すようにいくつかある.このような因子も考慮しながら,累進眼鏡は処方される必要がある.これらの因子を総合すれば,累進眼鏡は高齢になって掛け始める眼鏡ではなく,可能な限り加入度数が小さくて済む若年時から装用して適応しておくべき眼鏡といえるのではないか.2.累進屈折力レンズの種類別機能と用途眼鏡レンズの進歩によりレンズの種類も増え,用途に応じたレンズを選択することができるようになった.レンズの種類は大きく分けると,単焦点レンズ,二重焦点レンズ,累進屈折力レンズになる.累進屈折力レンズは1078あたらしい眼科Vol.30,No.8,2013図2レンズの質による収差の違い累進レンズは価格差(質)で収差がまったく異なり,左の廉価なレンズでは収差が目立つ.表1収差に関わる因子大小レンズの価格高い安い加入度数強い弱い累進帯短い長い乱視加入強い弱い累進眼鏡装用歴なしあり慣れやすさ高年若年さらに用途によって,遠近,中近,近々と分けられている.最近になって,厳密な意味では累進屈折力レンズではないが,調節サポートレンズという,境目のない二重焦点レンズと解釈することができる,若い人のための遠近両用レンズが作られている.それぞれの詳細と,用途は表2に示す.同じ遠近,中近,近々それぞれでも,同じメーカーから複数の種類が出ており,レンズの種類が増えてきている.そのため,ある程度の把握ができていないと,累進眼鏡が適応である人に,不適切なレンズを処方してしまうこともある.検査スタッフも各レンズの特徴を十分に理解し,生理的なことも加えながら,装用希望者に理解してもらえる説明が不可欠になってきている.III処方から装用までの手順累進多焦点眼鏡の処方から装用までの手順は,表3に示すように意外と手間取り,20.30分でできることではない.装用者が満足できる累進眼鏡を装用してもらうためには,対応できるように視能訓練士を教育すること(34) 表2各種眼鏡レンズの特徴と用途単焦点レンズ遠用老視前軽い老視強い老視・老視前は調節作用で遠方から近方まで見ることができる.・老視の進行によって近方が徐々に見えにくくなる.・強い老視の場合,遠方,中間,近方を見るためには複数の眼鏡が必要.近用・近用として作ると遠方が見えない.二重焦点レンズ強い老視軽い老視・軽い老視は調節によって遠方から近方まで見える.・老視が強くなると遠方と近方は見えるが,中間が見えない.調節サポートレンズ・境目のない二重焦点と考えるとよい.下方に弱いプラス加入で若い人で近方作業の調節負担を減らす.累進屈折力レンズ遠近中近近々・1本で遠くから手元まですべての距離に対応.・室内空間距離に対応.顎を引くとやや遠方まで.・手元からデスクワークまでをカバー.と,技術のある眼鏡店との連携が望ましい.1.既往眼鏡の確認累進焦点眼鏡を処方する前に,既往眼鏡のデータをとることは重要である.既往眼鏡が累進焦点眼鏡で使いこなせていた人なのか,過矯正であったかなかったかも重要なチェックポイントである.意外と使い方を理解していないために使えなかったという場合も多い.装用眼鏡が過矯正かどうかの判断の一番簡単な方法が,装用眼鏡上からのレチノスコピー(オーバーレチノスコピーあるいはオーバースキア,以下,オーバースキア)である.この技術を持っているかいないかで眼鏡矯正の精度は格段に異なる.もう一つ忘れてはいけないことは,レンズメータによる累進レンズの度数確認は容易ではなく,隠しマークの確認はレンズの種類と加入度数がわかるので必ず行うこ(35)表3累進眼鏡の処方手順1.既往眼鏡の確認●累進眼鏡に満足していたか●過矯正でなかったか●常用していたか(使えていたか).なぜ使えなかったかの理由●レンズの種類と度数(加入度も)2.新規眼鏡使用目的と作業実態の確認.パソコンや携帯端末の使用状況を忘れない.累進レンズの種類による見え方の違いの説明3.遠方視力,屈折値の測定●遠方矯正度数の間違いは許されない●オーバースキアが不可欠4.近方視力,屈折値の測定5.累進屈折力レンズの加入度数の決定と練習●左右バランスの確認●装用体験…特に階段昇降6.処方せんの記入●使用したトライアルレンズの種類と累進帯の長さ●左右の瞳孔間距離●加入度数7.フレーム選択のアドバイス8.完成眼鏡のの確認,使用法の説明あたらしい眼科Vol.30,No.8,20131079 図3隠しマークの確認上:蛍光灯などの明暗の境目を使ってマークを確認する方法が一般的である.下:隠しマークが容易に確認できる装置(グランド精工)が発売されている.とである.最近,隠しマーク検査器が発売されているので設備することをすすめる(図3).2.新規眼鏡使用目的と作業実態の確認装用者が満足できる累進眼鏡の処方で重要なのが,何のために装用するのか,どんなときに不自由を感じているのかを確認することである.さらに,累進レンズにはいろんな種類があり,それぞれに利点・欠点があることを説明し,納得してもらうことが大切で,わかりやすい説明図を準備しておくと良い.また,累進レンズの場合はレンズの値段によって見え方の質が大きく異なることを,見本レンズ(図2)などで説明しておくことを忘れてはいけない.この問診と説明が不十分であると,作製後にこんなはずではなかったというクレームの原因になる.1080あたらしい眼科Vol.30,No.8,20133.遠方視力,屈折値の測定他覚的屈折検査の第一歩はオートレフラクトメータであるが,老視年齢でも調節の影響が予想以上にあることを忘れてはいけない.初期老視年齢では,パソコン,特に携帯端末機器の使用時間は無視できないので,必須の問診事項になる.また,調節異常の確認としての,調節微動解析装置やトライイリスも有用である.最後に最も信頼できるオーバースキアで確認する.赤緑テストによる最終確認は40歳代でも調節の影響を受けやすくすすめられない.この検査結果が最も重要で,近視過矯正(遠視低矯正)の場合,加入度数が年齢相応であっても,結果として近方が低矯正ということになりクレームの元になる.4.近方視力,屈折値の測定と左右バランス遠方屈折値を決定後,調節曲線を参考にして年齢に相応する加入度数を加えて,近方視力を測定する.また,(36) この時点で近用度数を装用して近点を測定することは重要であり,左右の近点が異なる場合には,左右の加入度が同じにならない場合もある.この際,特別な近点計は必要なく,視標を少し遠目から近づければよい.特に片眼の眼内レンズ挿入眼の場合には左右バランスの検査を省いてはいけない.ここで気をつける点は,このとき決まった遠方屈折値と近方屈折値の差がそのまま処方する累進眼鏡の加入度になるとは限らないことである.5.累進屈折力レンズの加入度数の決定と練習ここからが,装用者が満足できる累進眼鏡を処方できるかどうかのカギである.3,4項で測定した度数を基準にして,装用目的を考慮し,累進トライアルレンズを累進専用フレームに装着して,実際の仕事のシミュレーションを行いながら,度数を決定する.既往眼鏡度数と比べて大きな変化がある場合には,適応性も勘案して最終度数が決められる.累進レンズには累進帯に長短があり,基本的には近方視時に眼球を下転して見る傾向の人には長いものを,眼球はあまり動かさずに顎を引いて見る人には短めが勧められる.近方視時の左右加入度数のバランスが重要で,使いたい距離より離れた位置から視標を近づける片眼ずつのプッシュアップ法を用い,左右の使いたい距離が一致するように調整する.近方視力用の赤緑テストも有用である.最後に両眼でのプッシュアップ法で使用したい距離が楽に見えるかを確認して処方値となる.その後,最低限,階段の上り下りの体験の他,本を読む場合の練習をしてもらい,車の運転時における注意点なども説明し,適応できそうであれば処方となる.6.処方せんの記入選択に使用したトライアルレンズの名称と累進帯の長さを記載する.これは,眼鏡店に在庫がない場合に,同等品で作製するために重要で,記載がない場合,中近の予定が遠近のレンズで作製されることもあるからである.できれば,左右別の瞳孔間距離を記載すべきである.(37)累進眼鏡では1mmのずれでも装用困難になることもあるし,眼鏡店によってはアイポイントもとらない場合が増えているからである.基本的にはそういう店で作製して欲しくないのだが,現在の制度のなかでは規制ができない.瞳孔間距離と加入度数の記載は遠近,中近は遠方の瞳孔間距離と遠方度数にプラス度数加入になるが,近々の場合は,例外で近方の瞳孔間距離でマイナス度数加入になるので間違わないように.7.フレーム選択のアドバイス累進眼鏡はフレーム選択が重要で,最近の眼鏡店ではアドバイスさえしてくれない場合が多くなっている.処方時にある程度の説明をしておくほうがよい.累進眼鏡はフレーム調整次第で見え方が大きく違い,正しい処方であっても,クレームの原因になる.すすめられないのは,調整が不可能なフレームである.鼻あてが一体のセルフレーム,最近人気の形状記憶フレームのほとんどである.前者は日本人の鼻の高さから頂間距離をとることができない場合が多い.後者も調整が困難な場合が多い.鼻あての調整がしやすいフレームを選択するように前もって説明をしておくことがすすめられる.8.完成眼鏡の確認と説明意外と忘れられているのが,完成した眼鏡のチェックである.アイポイントの簡単な確認は,直像鏡を使う方法で,レンズメータで印点確認をしなくても評価することができる(図4).実際の完成した眼鏡での使い方の確認も必要である.装用者の多くは,装用感が悪いのは処方が悪いためと考えるが,眼鏡フレームの調整不良の場合も少なくないことを知っておく必要がある.近くが見えづらいという場合,フレーム調整が不良なこともあり,前傾角と頂間距離の仕事の内容に応じた調整だけで見えやすくなることも多い.最近は,眼鏡作製の際に処方レンズをフレームに装着する前のフレームの前調整もせずに,アイポイントもとっていない店が増えており,処方せんと異なる収差の強い廉価なレンズに替えられている場合もある.現状では制度的に問題があるが,眼鏡店との強い連携が望ましあたらしい眼科Vol.30,No.8,20131081 い.また,スタッフに眼鏡処方のための検眼技術に加えて,最低限のフレームチェックと調整ができる技術を学図4直像鏡によるアイポイントの確認法レンズ正面から直像鏡で覗いて,レンズの前面と後面の反射が一致するところが遠用の光学中心になり,同時に観察される瞳孔反射の位置で確認する.さらに左右に振ることで累進帯の中央がわかる.ばせることも必要である.おわりにパソコンや携帯端末の使用時間が長くなる社会環境において,累進眼鏡の処方適応範囲が非常に広くなってきている.一方,使用目的から外れた不適切な眼鏡選択により,調節障害による肩こり,疲れ目,頭痛などの訴えの症例も増えてきており,それが新たな眼鏡処方一つで解消する場合も多い.単焦点から累進焦点までさまざまな種類の眼鏡レンズの適応をしっかりと理解し処方することが求められている.眼鏡処方は医療としての意義も高まっており,眼科診療の片手間の仕事ではなくなってきている.文献1)所敬,梶田雅義編:眼鏡処方の実際.金原出版,20102)木下茂,稗田牧編:特集・屈折矯正における基本.あたらしい眼科27(6),20103)大鹿哲郎編:屈折異常と眼鏡矯正.眼科診療クオリファイ1,中山書店,20104)佐野研二編:第一特集・眼鏡処方完全マニュアル.眼科ケア13(10),20115)ニコン・エシロール:最適なメガネレンズの選び方.株式会社ニコン・エシロール,20111082あたらしい眼科Vol.30,No.8,2013(38)

眼精疲労と眼鏡

2013年8月31日 土曜日

特集●眼鏡の最近の話題あたらしい眼科30(8):1069~1076,2013特集●眼鏡の最近の話題あたらしい眼科30(8):1069~1076,2013眼精疲労と眼鏡AsthenopiaandSpectacles梶田雅義*はじめに身体の中で最も疲れやすい組織は筋肉である.眼にはものを見るときにピント合わせをするための毛様体筋と,見ようとする物体に正しく視線を向けるための外眼筋がある.毛様体筋はおもに近くを長い時間見続けることによって,外眼筋は激しく眼球を動かしたり,同じ所を長時間じっと見続けることによって疲れを生じる.最近は,iPhoneなどの普及によって,VDT(visualdisplayterminal)画面を見る距離がさらに近くなり,遠くがよく見える眼では,毛様体筋に大きな負担が掛かる.眼鏡を外して裸眼で見る機会も多くなっている近視の人のなかに,眼位異常が出現して,外眼筋の疲労によって眼精疲労を訴える人も増えている.眼精疲労を予防するためには眼の状態と生活環境に適した矯正用具を使用することが大切である.I眼精疲労発症の基礎知識1.毛様体筋疲労と視力若い頃から頭痛や肩こりで悩んでいる人の多くは,眼には自信があるという裸眼視力が良好な人が多い.そのほとんどが遠視眼で,あるときから症状がひどくなったという近視眼のほとんどは,遠方が非常によく見える眼鏡やコンタクトレンズを装用した後に発症している.このような不適切な眼鏡やコンタクトレンズを使用し始めて,3~6カ月後に症状が出現する人が多い.そのため,頭痛や肩こりの発症が眼鏡やコンタクトレンズを変更したことに気づかれないことも少なくない.もちろん,これらの人は適切な眼鏡やコンタクトレンズに戻すことで,頭痛や肩こりの症状は消退する.2.屈折異常ピント合わせを行う毛様体筋が休止した状態で,平行光束が網膜面上に収束する眼を正視,網膜面よりも前に収束する眼を近視,網膜面よりも後ろに収束する眼を遠視という1)(図1).これらの屈折異常は遠点で説明するとその病態がもう少しわかりやすくなる.すなわち,遠点は毛様体筋が休止している状態で,ピントが合っている距離を示す.正視は無限遠にピントが合っているので,「正視眼の遠点は無限遠にある」,近視は眼の前の任意の一点にピントが合っているので,「近視眼の遠点は眼前有限距離にある」,遠視は無限遠よりも遠方にピントが合っていることになるが,無限遠と網膜面は共役点であるので,「遠視眼の遠点は網膜面後方にある」と表現できる(図2).3.生理的緊張状態の眼私たちがどこを見るともなくボーッとしているときや,何も見る目標物がない暗黒の中では,毛様体筋は完全に弛緩した状態ではなく,生理的な緊張状態にある.これは調節安静位とよばれており,ピント位置は正視眼でおよそ1mの距離にあるといわれている.毛様体筋を働かせることによって,ピントの合う位置を移動させ*MasayoshiKajita:梶田眼科〔別刷請求先〕梶田雅義:〒108-0023東京都港区芝浦3丁目6-3協栄ビル4F梶田眼科0910-1810/13/\100/頁/JCOPY(25)1069 毛様体筋が休んでいる状態で評価網膜面に焦点を結ぶ光源の位置網膜面に焦点を結ぶ光源の位置正視焦点が網膜面上遠点正視∞∞無限遠∞∞近視焦点が網膜面より前遠視焦点が網膜面より後図1屈折異常の定義正視:平行光束が網膜面に収束する.近視:平行光束が網膜面よりも前に収束する.遠視:平行光束が網膜面よりも後ろに収束する.調節安静位遠点他覚遠点他覚近点自覚近点自覚遠点図3調節とピント位置,自律神経の関係ピントが合う最も遠い位置は遠点,最も近い位置は近点で,検査器機で測定できる最も遠視寄りの屈折値は他覚遠点,最も近視寄り屈折値は他覚近点である.近点と遠点の間に調節安静位がある.調節安静位から遠方へのピントの移動は「負の調調節リード調節ラグ負の調節正の調節(他覚的調節域)明視できる範囲(自覚的調節域)ることができる.毛様体筋の動きは自律神経に支配されており,調節安静位から遠方への移動は「負の調節」とよばれ,交感神経が担当し,調節安静位から近方への移動は「正の調節」(単に調節)とよばれ,副交感神経が担当している(図3).すなわち,眼のピント合わせは交感神経と副交感神経が直接拮抗している.私たちが日常生活では快適な遠方視力が得られる状態で,パソコンや携帯の画面を見ているときには,正の調節努力を行っており,副交感神経が優位になった状態を維持することになる.副交感神経は静かに休むときに優位になる神経である.したがって,リラックスしてパソコンや携帯画面を見ていればよいが,仕事で画面を見ているときには,身体は交感神経が優位になろうとする.一方,眼のピント合わせは副交感神経が優位な状態を維1070あたらしい眼科Vol.30,No.8,2013近視遠点∞眼前有限距離遠視∞遠点網膜面後方図2遠点と屈折異常の関係遠視は遠くがよく見える“良い眼”と思われているが,ピント合わせをしなければ,遠くにも近くにもピントが合わない眼である.近視は“悪い眼”の代表として扱われているが,眼鏡がなくても近くはよく見える眼である.節」,近方へのピントの移動は「正の調節」とよばれている.遠点と近点の間は調節域であり,ピントを合わせることができる.持しようとするため,この状態を無理に続ければ,自律神経はバランスを崩して,自律神経失調症に陥ることになる.4.毛様体筋と調節微動私たちが肘関節を直角に曲げて,手におもりを持って腕で支えたときに,おもりが軽ければ,腕は静止した状態でおもりを支えることができる.おもりが重くなると,腕には震えが生じる.腕が疲れているときには,わずかな重さのおもりに対しても腕に震えが出現する.同様にピント合わせに負担が掛からないときには毛様体筋には震えが生じないが,ピント合わせの負担が大きくなると,毛様体筋に震えが出現する.毛様体筋の震えは水晶体に伝わり,屈折値を振動させる.この屈折値の震え(26) は調節微動とよばれ,1秒間に10数回の屈折測定を連続して記録すると,正弦波様の揺れとして観察される(図4).この調節微動を周波数分析すると,特徴的な低-4視標位置-5D-3視標位置-3D-2-1視標位置-1D0屈折値(D)010203040(sec)時間図4毛様体筋の震えと調節微動下段は1m,中段は33cm,上段は20cmに提示された視標にピントを合わせているときの他覚屈折値の揺れを示す.1mの視標では毛様体筋の震えはそれほど生じていないが,33cmの距離では大きな震えが出現している.〈ライト製作所社製〉Speedy-KVer.MF1周波成分と高周波成分に分けられる2).調節微動の高周波成分の出現頻度(HFC:highfrequencycomponent)が毛様体筋の震えの強さを反映する.このHFCは調節機能解析装置を用いると,容易に検出できる(図5).近い距離の視標を見ているときに,HFCが高い値を呈している状態は,毛様体筋の緊張が強まっていて,副交感神経が異常に優位な状態を示す.副交感神経の異常に優位な状態が持続すれば,中枢や末梢の血流を低下させて,頭痛や肩こりを発症させると考えられている.5.Fk.mapで見る調節機能3)a.Fk.mapの見方(図6)横軸は提示視標位置をジオプトリー単位で示し,縦軸は他覚的屈折値を示す.点線の位置は提示視標位置の屈折値を示す.カラムの高さは被検眼の他覚的屈折値を示し,カラムの色はHFC値で,毛様体筋の緊張状態を示〈ニデック社製〉AA-1Speedy-iAA-2図5調節機能解析装置調節微動を測定することによって,毛様体筋の緊張状態を推測できる.Speedy-K(ライト製作所社製)は1号機で,続いてAA-1(ニデック社製)が発売された.それぞれのメーカーの2号機では,Speedy-iはスクリーニングモードが付き,1眼の測定時間が49秒に短縮され,AA-2は調節応答が得られにくかった乱視眼でも安定した調節応答が得られる特徴を有している.(27)あたらしい眼科Vol.30,No.8,20131071 す.緑色は毛様体筋にほとんど負担が掛かっていない状態で,赤色は毛様体筋に強い負担が掛かっている状態で,その間をグラデーション色で示す.b.正常眼(図7)他覚的屈折値は視標の提示位置をよく追随しており,無限遠視標↓1m視標↓50cm視標↓33cm視標↓図6調節機能解析装置で記録されるFk.map毛様体筋の緊張が高まっているときには赤色が多く,毛様体筋の緊張が低いときには緑色で示される.標準的な成人の場合,遠方視標に対しては緑色で,視標位置が33cm程度に近づくと,わずかに赤色が加わる.毛様体筋の負担もほとんどない.視標の位置と他覚的屈折値の差は調節ラグ(調節の遅れ)とよばれている.c.調節異常のFk.map調節機能解析装置の普及に伴い,調節異常の病態が明らかになりつつある.年齢相応の調節力を有しているが,ピント合わせのために毛様体筋に負担が大きくなった状態は調節緊張症である(図8a).毛様体筋の緊張が異常に高まり,ピント位置が自分の意思ではコントロールできなくなった状態は調節けいれんである.眼の疲れが激しく,視力が不安定で,急激に近視が強まる(図8b).老視になると,ピント位置を移動させることができなくなり,毛様体筋もピントを合わせる努力を行わなくなる(図8c).ところが,老視になっても,ピントを合わせようと毛様体筋を興奮させて,調節けいれんの状態に陥る場合がある.視力値にはほとんど変化がないが,激しい眼の疲れと頭痛や肩こり,ときに嘔気や嘔吐を伴うこともある(図8d).最近,増加傾向にあるのがテクノストレス眼症で,遠方視標に対しては正常眼と類似の反応を呈するが,近方視標に対しては調節緊張症や調節けいれんの状態を呈する(図8e).これらの調節異常は眼精疲労を発症することが多いが,眼鏡や点眼液を使用して,調節の治療を行うと,症状は消退する.AA-1のFk-mapSpeedy-iのFk-map図7正常者のFk.map遠方から近方のすべての視標に対して,毛様体筋の緊張が低い.眼の疲れや肩こりの自覚はまったくない.1072あたらしい眼科Vol.30,No.8,2013(28) a:調節緊張症AA-1のFk-mapSpeedy-iのFk-mapb:調節けいれんAA-1のFk-mapSpeedy-iのFk-mapc:老視AA-1のFk-mapSpeedy-iのFk-map図8a~c調節異常眼のFk.map①(図説明は次頁参照)(29)あたらしい眼科Vol.30,No.8,20131073 d:老視の調節けいれんAA-1のFk-mapSpeedy-iのFk-mape:テクノストレス眼症AA-1のFk-mapSpeedy-iのFk-map図8d,e調節異常眼のFk.map②a:調節緊張症.視力低下と頭痛,肩こりを訴えて来院した27歳,女性のFk-mapを示す.調節反応量は十分にあるが,すべての視標位置に対して,強い毛様体筋の緊張を認める.b:調節けいれん.急激な視力低下と,頭痛,嘔気などの不定愁訴のために紹介され来院した22歳,女性のFk-mapを示す.視標位置に関係せずに,強い毛様体筋の緊張を認め,自らはピント合わせをコントロールできない状態になっている.c:老視.近方視力の低下を訴えて来院した58歳,女性のFk-mapを示す.視標が近づいてもまったくピント位置は移動しないし,毛様体筋に緊張も生じていない.「私はまだ老眼ではない」と頑張っていたが,このFk-mapを提示したところ,観念して,眼鏡の処方に応じた.d:老視の調節けいれん.近方視力の低下と激しい眼の疲れを訴えて来院した63歳,女性のFk-mapを示す.どの距離の視標に対しても,毛様体筋に強い緊張を認めるものの,近くを見るために必要なピント位置は移動していない.e:テクノストレス眼症.日常生活では異常を自覚していないが,パソコンに向かって仕事を開始すると,すぐに激しい眼の疲れが襲ってきて,仕事ができない.休職して精神科医の治療を受けていた30歳,女性のFk-mapを示す.調節改善の点眼と,累進屈折力レンズ眼鏡を処方したところ,症状は改善し,長時間のパソコン作業にも耐えられるようになった.(図8a~eは,梶田雅義:『肩こりの臨床─関連各科からのアプローチ─』Ⅲ病因と病態.7眼性疾患による肩こり.p74-82,克誠堂,2013より)1074あたらしい眼科Vol.30,No.8,2013(30) II眼精疲労の原因眼精疲労の原因が矯正状態にあることを疑うことはそれほどむずかしいことではない.1.眼鏡による方法裸眼視力が良好で,これまで裸眼で読書を行っていた人では,両眼に+1.00Dの検眼レンズを検眼枠に入れて装用させ,10~20分間読書を行ってもらう.裸眼で読書を行ったときのような肩や首筋に突っ張る感じが生じない,あるいは軽減するようならば,眼精疲労の原因は裸眼で生活していることにある.遠方がよく見える眼鏡を装用して読書を行っている人では,装用中の眼鏡に+1.00Dの検眼レンズを貼り付けて,同様に試してみる.このとき,遠方を見るとぼやけて見えるため,不快を訴えることがあるので,遠くは見ないで,読書に集中してもらうように指示することが大切である.2.点眼薬による方法低濃度(0.02~0.05%)のシクロペントラート(サイプレジンR)点眼液を両眼に1滴ずつ使用してみる.点眼して数分後に,眼の奥の痛みや首,肩にかけて存在していた“こり”が消退するのを実感できれば,眼精疲労の原因は不適切な矯正状態にあると考えられる.このとき,毛様体筋と同時に虹彩括約筋にも軽度の麻痺が生じるため,検査後しばらく羞明を伴うことを事前に説明しておく必要がある.3.調節微動による方法調節機能解析装置を用いて,Fk-mapを記録する.提示視標位置が.2.00~.3.00Dに対する調節応答のHFCが高値(赤色)であれば,眼精疲労の原因が現在の矯正状態にあることが強く疑われる.テクノストレス眼症や老視眼の調節けいれん状態は,通常の眼科検査ではまったく検出できない.4.外眼筋疲労を予測する方法両眼で見ていると頭痛や肩こりを生じるが,片眼を閉じて,片眼で見ると症状が和らぐ場合には,斜位が疑わ(31)れる.また,両眼で近くを見ているときよりも遠くを見ているときのほうが著しいという訴えがあれば,内斜位が疑われ,反対に遠くよりも近くを見ているときのほうが辛いという訴えは,外斜位の存在を疑わせる.ときどき,複視を感じるという訴えがあれば,なお確診に近づく.カバー・アンカバーテストを行えば,ある程度判定できる.III眼精疲労の治療と眼鏡処方不適切な矯正状態のために眼精疲労が発症していることが疑われたら,すぐに治療を開始する.確定診断は治療の結果で明らかになるので,いわゆる診断的治療といえる.1.調節異常が原因の診断的治療Fk-mapによる毛様体筋の緊張が軽度であれば,調節機能改善のために抗コリンエステラーゼ薬であるメチル硫酸ネオスチグミン(ミオピンR)を1日4回点眼する.毛様体筋の緊張が強い場合には,これに加えて,副交感神経麻痺薬であるシクロペントラート点眼液(サイプレジンR)を0.02~0.05%濃度に希釈して就寝直前に1回点眼する.効果があれば,1カ月程度続けて,症状が治まっている間に,累進屈折力レンズ眼鏡を処方し,常用を開始する.VDT作業が長時間に及ぶ症例では,近々累進屈折力レンズの作業用眼鏡を処方するのが望ましい.2.調節異常が原因の眼鏡処方Fk-mapで遠方視標に対しては正常な調節応答が検出される場合には,日常生活でほとんど正常な調節応答ができる調節負荷の範囲内で見ることができるように,累進屈折力レンズの眼鏡を処方し,常用してもらう.遠視眼では裸眼で遠方がよく見えるので,眼鏡を常用することに抵抗を示されることが多いが,治療目的であることを伝えて,必ず常用してもらえるように指導することが大切である.パソコンや携帯端末を長時間見る必要がある場合には,自律神経を健全に保つために,画面を見るときに交感神経が優位になるような眼鏡を処方する.すなわち,調節安静位を長時間見続ける距離よりもやや近あたらしい眼科Vol.30,No.8,20131075 くに設定する.もちろん,このような眼鏡では遠くはよく見えないので,遠くを見るための眼鏡とは別に作業用眼鏡として使用するか,あるいは,そのような度数をレンズの下方で提供できるような累進屈折力レンズ眼鏡を処方する.初めて使用する累進屈折力レンズ眼鏡では近方加入度数を大きく与え過ぎないように注意が必要である.必ず,累進屈折力のテストレンズを使用して,十分な時間の試し装用を行った後に処方する.3.眼位異常が原因の眼鏡処方斜位が原因の場合にはプリズム眼鏡の装用を勧める.プリズムでは十分に矯正できない眼位異常の場合には,右眼と左眼でピントの合う距離を変えるモノビジョン矯正が奏効することもある.眼位異常と調節異常が同時に関与している場合には,累進屈折力レンズとプリズムを加えて処方する必要がある.おわりに遠方の視力が良好であって,眼精疲労が激しい人は,その原因に不適正な矯正状態が関与していることが多い.また,眼鏡の度数を更新して3~6カ月後から発症する眼精疲労は,新しくした眼鏡の度数が原因であることが多い.最近ではLASIK(laserinsitukeratomileusis)や有水晶体眼内レンズで近視を矯正して半年以上経過した頃に眼精疲労が発症している症例も多く,裸眼視力は良好になっても,適切な矯正とはいえない状態である.内科的な治療に抵抗する慢性の眼精疲労,急激に進行する自律神経失調症様あるいはうつ病様の症例に遭遇したときには,眼筋の矯正状態のチェックを忘れないようにしたい.現代社会では,裸眼あるいは眼鏡やコンタクトレンズで遠くがよく見える矯正状態が実は危険因子を含んでおり,不定愁訴と思われていたさまざまな症状が適正な眼鏡やコンタクトレンズを処方するだけで改善する.このような症例が増加傾向にあることは屈折矯正に携わる眼科医の責任であることを周知すべきである.文献1)所敬:屈折異常とその矯正.p75-119,金原出版,19882)CampbellFW,RebsorJG,WestheimerG:Fluctuationsofaccommodationundersteadyviewingconditions.JPhysiol145:579-594,19593)KajitaM,OnoM,SuzukiSetal:Accommodativemicrofluctuationinasthenopiacausedbyaccommodativespasm.FukushimaJournalofMedicalScience47:13-20,20011076あたらしい眼科Vol.30,No.8,2013(32)

屈折検査と眼鏡処方

2013年8月31日 土曜日

特集●眼鏡の最近の話題あたらしい眼科30(8):1061.1068,2013特集●眼鏡の最近の話題あたらしい眼科30(8):1061.1068,2013屈折検査と眼鏡処方ExaminationofRefractionandSpectaclePrescription佐野研二*はじめに屈折検査は眼科学・眼科診療の玄関口であり,これがきちんとできていないと,その後の学問的思考論理や診察のフローチャートがすべて狂ってしまう.いわば屈折異常とその的確な検出と矯正は,眼科における基本中の基本なのである.それにもかかわらず最近では,日頃の診療の忙しさに追われて屈折検査をしっかりと理解せず,視能訓練士などに丸投げしてしまう研修医もいるという.屈折異常は疾患で,眼鏡はその重要な矯正ツールであり,この検査には公的な医療費が投入されているのである.検査料が費やす時間に見合わないだとか,眼鏡店が眼鏡再処方の際にレンズの無料交換に応じてくれないだとか問題点ばかりを耳にする今日この頃であるが,市民の目の健康を守る眼科を生業とし,視能訓練士や看護師などの国家資格所持者の指導的立場を名乗るならば,研修医のみならず,ベテランの先生方も,今一度,屈折異常と眼鏡処方について復習をしていただきたい.本稿では,屈折検査の基礎と応用,すなわち眼鏡処方法について,できるだけシンプルに,またプラクティカルに解説する.I屈折検査1.問診日常の眼科診療において,眼鏡処方を希望して訪れる患者は,自分が屈折異常のためだけで見えないのだと思い込んでいるケースが多い.このような訴えの背後にも当然ながら重大な疾患が隠れている場合があるので,問診は非常に大切である.まず,これまでに屈折異常と言われたことがあるかどうか,眼鏡をかけたことがあるかどうかという既往歴を聞く.ある場合には,いつ,どこで診断されたのか,眼鏡を処方・作製したのはどこなのかを聞く.つぎに今回来院のきっかけについて,「いつ,どこで,どのように」視力(眼鏡視力)が低下したのかを聞き出す.「どのように視力低下したのか」のなかには,遠くが見えないのか,近くが見えないのか,どういう状況下で見えないのかという意味も含まれる.あとは,通常の眼科診療のときと同じように,糖尿病,高血圧などの疾患の既往を問診する.2.瞳孔間距離測定瞳孔間距離は,遠方を見ているときの両眼の瞳孔中心間の距離である.よく眼鏡処方の直前に測定されることがあるが,屈折検査の検眼レンズ枠を正確に選ぶため,検査の最初に行うクセをつけておくとよい.筆者のおすすめは,オートレフラクトメータに付属した瞳孔間距離計を用いる方法である.通常は他覚的屈折度数を測るときに一緒にプリントアウトされてくる.このときに気をつけることは,患者の頭が,正面視で,かつ,水平に固定されていることである.子供の場合,頭が動いてしまうことが多いが,右眼と左眼の測定の間で*KenjiSano:あすみが丘佐野眼科〔別刷請求先〕佐野研二:〒267-0066千葉市緑区あすみが丘1-1-8ビアブルック2Fあすみが丘佐野眼科0910-1810/13/\100/頁/JCOPY(17)1061 図1斜視のある場合の瞳孔間距離の測定斜視のある場合は,上記の方法にカバーテストを組み合わせ,片眼ずつ遮閉していない眼の瞳孔中心の目盛を読むとよい.斜視の有無にかかわらず,オートレフラクトメータ付属の瞳孔間距離計は便利である.頭が動くと正確な瞳孔間距離が測れなくなる.眼鏡を処方する場合には,最後にもう一度,メジャー法による測定を行い,再確認する.患者の下眼瞼にメジャーをあて,遠方を見てもらい,自分はちょっとしゃがむようにして測定するとよい.患者の右目は自分の左目で,患者の左目は自分の右目で目盛を読む.通常は患者の片眼に目盛のゼロを合わせて,もう片方の瞳孔中心までの距離を測る.近見瞳孔間距離は,患者の眼前30cmで対面し,今度は患者の左右両眼とも「自分の効き目」で目盛を読むようにしていただきたい.近見瞳孔間距離は,通常,遠見瞳孔間距離から3.4mm程度引いた値となる.斜視のある場合は,上記の方法にカバーテストを組み合わせ,片眼ずつ遮閉していない眼の瞳孔中心の目盛を読むとよい(図1).通常の片眼遮閉の視力検査では,検眼レンズ枠は瞳孔間距離そのままのものを選んでよいが,後述する眼鏡処方時においては,両眼開放で行うのが好ましく,調節力が十分残存している若年者から中年では瞳孔間距離.2mmを,高齢者の遠用眼鏡では瞳孔間距離そのものを用いる.当然のことながら検眼レンズ枠はさまざまな瞳1062あたらしい眼科Vol.30,No.8,2013図2検眼レンズ枠瞳孔間距離の可変の枠もあるが,重く距離がずれやすい.筆者は瞳孔間距離が2mmずつ異なるものを複数用意し,最も測定値と近いものを使用するようにしている.孔間距離のものを用意しておく(図2).●ポイント:「オートレフラクトメータ付属の瞳孔間距離計の利用」オートレフラクトメータに付属した瞳孔間距離計をもっと活用するべきである.測定時に気をつけることは,患者の頭が,正面視で,かつ,水平に固定されていることである.頭が動いてしまうと正確な値が測れなくなることは言うまでもない.3.他覚的屈折検査通常,オートレフラクトメータを使用する.患者にはリラックスして視標を固視してもらう.とはいえ,遠方視のときには交感神経が優位に関与すると言われているので1,2),よくある「ボーっと遠くを見てください」のような掛け声は不要で,視標をしっかり固視させて構わない.測定には入射瞳中心直径3mmが必要なので眼瞼が邪魔する場合は,しっかり目をあけてもらい,それでも測れない場合は,検者が瞼をそっと指で支えて測る.睫毛(18) が入ると乱視が強く出ることがあり,注意が必要である.また,涙液層の光学的影響は大きく,角膜がしっかりと濡れていないと正確に測れない.頻繁な瞬きは我慢させるべきであるが,最低限の瞬きは確保させる.最低3回は測定し,ばらつきがみられるときには再測定する.3歳未満の幼児には手持ち式のオートレフラクトメータが有効である.検影法も最近はすっかり行われなくなったが,幼児には効果的な場合がある.一般的なオートレフラクトメータは内部視標型のため,雲霧装置が付属しているとはいえ,測定値には基本的に調節が介入する.いわゆる器械近視である.また,オートレフラクトメータを暗室に設置している場合には,夜間近視による調節が介入する.年齢にもよるが,一般に測定値は0.50.1.50D近視側に出ると考えておくとよい.4.自覚的屈折検査a.球面レンズ度数の調整オートレフラクトメータで得られた他覚的屈折度数に,円柱度数は+0.50D加え,球面度数は成人であれば+0.75D,若年者であれば+1.50D加えたレンズを乱視軸に合わせて検眼レンズ枠に入れる.球面度数を調整して,最高視力が得られる最もプラス側の球面度数を求める.この視力検査を行っているとき,患者の性格によって,答え方に差が出るのはよく経験するところだと思う.直前までスラスラ答えていたのに,視力表のつぎの段に移ったとたんにわからないと答えることを許してはならない.瞬きさせて,生理的な涙液層を保持させながら,「なんとなく見えませんか?」と声掛けしながら検査を進める.b.乱視軸と乱視度数の微調整最高視力が得られる最もプラス側の球面度数を求めたら,つぎに,他覚的屈折検査で得られた上記の円柱レンズの乱視軸をクロスシリンダーの+軸と.軸で挟み,クロスシリンダーを回転させて見えやすいほうへ10°ずつずらし,見え方に差がないところで止めて乱視軸を決定する.乱視軸の微調整を行った後,円柱レンズの軸の方向にクロスシリンダーの軸を合わせて回転させ,見え方を比較し,差がなくなった円柱度数を乱視度数とする.(19)図3クロスシリンダー検査用視標クロスシリンダーを用いて見え方を二者択一させる場合には視力検査表によく付属しているこの視標を用いるとよい.クロスシリンダーを用いた乱視矯正は,最小錯乱円の大きさを小さくしていく作業である.最小錯乱円が小さくなると視標も左から右のようにはっきりと認識される.検査中,円柱レンズを,たとえば.0.5D加える際には,球面度数には,半分の+0.25D加えなければならない.最小錯乱円を壊してしまうからである.その後,再び球面度数の調整を行って自覚的屈折度数を決定する.クロスシリンダーを用いた乱視矯正は,最小錯乱円の大きさを小さくしていく作業であるから,ここで円柱度数を,たとえば.0.5D加える際には,球面度数には,半分の+0.25D加えなければならない.最小錯乱円を壊してしまうからである.クロスシリンダーを用いて見え方を二者択一させる場合には視力検査表によく付属している図3の視標を用いるとよい.c.得られた自覚的屈折度数の再確認と球面レンズ度数の再調整最終的に,自覚的屈折度数が上手く測定されていれば乱視表(図4)は均一にクリアに見えているはずである.上手く屈折度数が得られたかどうかを,もう一度クロスシリンダーを用いて確認してみよう.180°,45°,90°,135°においてクロスシリンダーを反転し,どちらが良くみえるか尋ねてみよう.すべての方向でボケ方が同じ場合には残余乱視がないと判断してよい.乱視がしっかりと矯正され,球面レンズ度数も的確に選択されたとき,すなわち,屈折異常が完全矯正されている場合,十字の視標を見せたときにクロスシリンダーのマイナス軸を垂直方向と水平方向にあてると,視標は縦軸も横軸も同様にボケる(図5).クロスシリンダーのあたらしい眼科Vol.30,No.8,20131063 図4乱視表最終的に,自覚的屈折度数が上手く測定されていれば乱視表は均一にクリアに見えているはずである.上手く屈折度数が得られたかどうかを,もう一度クロスシリンダーを用いて確認してみよう.180°,45°,90°,135°においてクロスシリンダーを反転し,どちらが良く見えるか尋ねてみよう.すべての方向でボケ方が同じ場合には残余乱視がないと判断してよい.マイナス軸に合わせて視標の軸がはっきりする場合は低矯正,プラス軸に合わせて視標の軸がはっきりする場合には過矯正である.レッドグリーンテストと合わせて行い,球面レンズ度数の再調整を行う.●ポイント:「自覚的屈折検査」自覚的屈折検査を行っているとき,患者の性格によって答え方に差が出るのは,よく経験するところである.直前までスラスラ答えていたのに,視力表のつぎの段に移ったとたんにわからないと答えることを許してはならない.瞬きをさせ,涙液層を保持させ,励ましの声掛けをしながら検査を進める.II眼鏡処方1.両眼同時雲霧法のすすめさて,本稿のメインイベント,眼鏡処方度数の決定方法について述べる.ここでは梶田の両眼同時雲霧法3)を紹介する.前述した自覚的屈折検査は,あくまでも矯正視力がどこまで出るのか,その矯正のために屈折度数は1064あたらしい眼科Vol.30,No.8,2013図5十字視標の利用(図は偏光レンズ用視標)視力表に付属している十字の視標(なければ作る)を利用しよう.乱視がしっかりと矯正され,球面レンズ度数も的確に選択されたとき,すなわち,屈折異常が完全矯正されている場合,十字の視標を見せたときにクロスシリンダーのマイナス軸を垂直方向と水平方向にあてると,視標は縦軸も横軸も同様にボケる(右図).クロスシリンダーのマイナス軸に合わせて視標の軸がはっきりする場合は低矯正,プラス軸に合わせて視標の軸がはっきりする場合は過矯正である.どの程度必要なのかを調べるもので,疾患の発見に関わる重要な眼科学的検査であるが,そこで発見された屈折異常の重要な矯正手段である眼鏡の屈折度数を決めるためには,もう一仕事必要である.両眼同時雲霧法のメリットと効果ヒトは毛様体筋を使って調節することによってピントを合わせて物を見ている.毛様体筋は常に緊張状態にあり,ボーッとしているときには正視眼では眼前1mくらいにピントを合わせていると言われている(図6).この調節安静位を基点に遠方や近方にフォーカスを合わせていると考えられているが,この程度にはかなりの個人差がある(図7)4).自覚的屈折検査では片眼で検査を行っていたので,両眼視による遠近感が得られなくなる.そこで,立体視ができる両眼で検査をすれば,遠方の視力検査表にぴったりピントを合わせた,片眼で検査したときより調節を取り除いたプラス側の球面度数を探すことができるわけである.図8,9は,近視眼34眼に対して,年齢別,屈折度数別の自覚的屈折検査の球面度数から両眼同時雲霧法で,どれだけ球面度数がプラス側へ戻ったかを表したグラフである.個人差もあるが,年齢に相関は認められず,自覚的屈折度数とは弱い相関をみせながら0.45±0.24Dの戻りがみられた.所によれば,近視眼81眼において調節麻痺剤の1%サイプレジンRによって0.34±0.37Dの戻りがあるとしており5),両眼(20) 図6調節安静位ヒトは毛様体筋を使って調節することによってピントを合わせて物を見ている.毛様体筋は常に緊張状態にあり,ボーッとしているときには正視眼では眼前1mくらい(実線)にピントを合わせていると言われている.この調節安静位を基点に遠方(点線)や近方にフォーカスを合わせていると考えられている.私たちは,調節安静位の屈折状態を測定し,それを無限遠に合うように矯正してはいないだろうか?硝子体黄斑視神経視神経乳頭網膜毛様体虹彩角膜水晶体瞳孔前房Zinn小帯強膜脈絡膜2.01.251.751.511.25相関係数=0.0683相関なし(p=0.70095)年間屈折度変化率(D/年)戻り度数(D)1.00.750.750.50.2500.50.25-0.25-0.50-0.75+10-1-2-3-4-5-6-7-80102030405060Darkfocus(D)年齢(歳)図7遠視眼における屈折度変化率とDarkfocus図8両眼同時雲霧法における年齢別球面度数の戻り三輪隆:調節安静位の意義.眼科38:45-52,1996から転年齢別に別の自覚的屈折検査の球面度数から両眼同時雲霧法載.三輪は無調節刺激時(暗黒状態)におけるマイナス方向へで,どれだけ球面度数がプラス側へ戻ったかを表したグラフでの屈折度数の変化(darkfocus)を調節安静位とした.グラフある.個人差もあるが,年齢に相関はなく,0.45±0.24D戻りの横軸がdarkfocusであるが,かなり個人差があるのがわかがみられた.る.1.25相関係数=0.383相関あり(p=0.0253)同時雲霧法の効果はこれに匹敵する.1戻り度数(D)0.750.52.所持眼鏡の検査すでに眼鏡を所持している患者の場合は,レンズメータを使って度数を調べておく.合わせて,その眼鏡を装用していたときの遠方および近方の見え方についてインタビューしておくと眼鏡処方時に役立つ.レンズメータでは,屈折度数の他,光学中心間距離も測定する.通常はその眼鏡の処方時に指定された瞳孔間距離に相当するが,前処方者が意図的にずらしてある場合もある.光学中心間距離は,眼鏡をレンズメータに映し出されたターゲットが中心に来るようにセットして,印点レバーでマーキングして測る.マーキングした眼鏡(21)0.2500-1-2-3-4-5自覚的球面屈折度数(D)図9両眼同時雲霧法における自覚的屈折度数別球面度数の戻り自覚的屈折度数別に自覚的屈折検査の球面度数から両眼同時雲霧法で,どれだけ球面度数がプラス側へ戻ったかを表したグラフである.自覚的屈折度数には軽い相関を認め,0.45±0.24D戻りがみられた.あたらしい眼科Vol.30,No.8,20131065 .新しいレンズを正しい.スタート.前のレンズを拭き取る位置にセットする前のレンズ・自覚的屈折度数に+2.50D加える.・視力0.5が見えるまで両眼に.0.50Dずつ加える.・左右のバランスを0.25Dきざみで整える.・両眼に.0.25Dずつ加えて最高矯正視力が得られる度数を決定する.図10両眼同時雲霧法の実際(梶田の方法・改)を患者にかけてもらうと,眼鏡のフィッティング状態も確認することができる.3.眼鏡処方度数の決定両眼同時霧雲法(梶田の方法3)・改)の実際①自覚的屈折検査で得られた球面度数と円柱度数に,球面度数+2.50Dを加えたレンズを検眼レンズ枠にセットする(梶田の方法では+3.00D加えるとしている3)が,結果に大きな差が出ないため,筆者は+2.50Dから始めている)(図10).②霧雲時間は設けず,両眼解放の状態でレンズ交換法(図11,12)を用いて,両眼視力が0.5に達するまで.0.50Dずつ加える(後述するフリッパーを用いれば,検査時間を短縮できる).③ここで,左右のバランスをとる.見にくいほうの眼に.0.25D加え,同じように見えるようになったら,再び両眼に.0.25Dずつ加えて両眼最高視力を示す屈折度1066あたらしい眼科Vol.30,No.8,2013新しいレンズ図11レンズ交換法(マイナスレンズの場合).スタート.前のレンズを設置する前のレンズ前のレンズ新しいレンズ.新しいレンズを正しい.新しいレンズ前置位置にセットする新しい新しいレンズ前のレンズレンズ前のレンズ.前のレンズを抜き取る.前のレンズを抜き取る新しいレンズ新しいレンズ図12レンズ交換法(プラスレンズの場合)数を探す.④両眼解放のレッドグリーンテストを行い,緑のほうが勝っていないことを確認する.●ポイント:「両眼解放状態での屈折検査」眼鏡度数を決定するときには,両眼同時雲霧法に代表されるような両眼解放状態での屈折検査を行う.両眼解放して検査をすれば,片眼で検査したときよりも不必要な調節を除いた,よりプラス側の球面度数を探すことができる.●ポイント:「フリッパーの利用」フリッパー(図13)は,両眼解放状態での視力検査に重宝である.両眼同時雲霧法では,視力0.5の視標が見(22) 図13フリッパー(±0.50D)両眼に±0.50Dの球面度数が入っていて,球面レンズの両眼同時の調整が可能である.両眼同時雲霧法では検査時間の短縮にとても有効である.しかし,現在は市販されていないとのこと.鯖江の眼鏡製作所に特注したら6,000円くらいで作ってくれた.VD=(0.1×-1.50D)VS=(0.1×-2.00D)VD=(0.2×-2.00D)VS=(0.3×-2.50D)VD=(0.5×-2.50D)VS=(0.5×-3.00D)図14両眼同時雲霧法におけるフリッパーの利用両眼同時雲霧法では,視力0.5の視標が見えるまで左右の検眼枠に.0.50Dずつ球面レンズ度数を加えていく.フリッパーで.0.50D加えて,まだ0.5が見えなければ,球面レンズは一気に.1.00D加えたものに交換する.えるまで左右の検眼枠に.0.50Dずつ球面レンズ度数を加えていくが,フリッパーで.0.50D加えて,まだ0.5が見えなければ,検眼枠の球面レンズは一気に.1.00D加えたものに交換できる(図14).4.装用テスト両眼解放状態で行ったレッドグリーンテストで緑のほうが勝っていなかったからといって過矯正でないとは言い切れず,人によっては,見え過ぎて疲れるという患者もいる.また,処方せんを持って眼鏡店で作製してもらうためには,時間もお金もかかる.通常,眼鏡店は1回はレンズ変更してくれるが,最近流行の激安店ではそうもいかない.患者からのクレームを減らすためにも装用テストは必須である.a.装用テストの実際最低10分はしてもらう.職業柄,見え方に過敏な人もいる.各々のケースによって時間と誠意を提供しなくては満足は得られず,眼科を生業とする者として,ここは割り切らなくてはならない.装用テストでは,決定度数のレンズをセットした検眼レンズ枠を掛けさせて,通常,近方,中間距離,遠方と見てもらう.筆者は,近方視のテストとしては新聞を,中間距離には壁に貼ったポスターを,遠方視の確認のためには窓の外の看板を見てもらうようにしている.患者には実際の眼鏡より,検眼レンズ枠のほうが重く,掛け心地が良くないことを,あらかじめ説明しておくとよい.見え方に満足できなかった場合には,患者の訴えに耳を傾け,再びレンズ度数の調整を行う.図15はVistech社のvisioncontrasttestsystemである.空間周波数は上の列から,徐々に高く変化し,横列は左から右の視標へ徐々に縞のコントラストが低くなっている.白内障など眼疾患があって,視力表はよく見えるが見え方が悪いと訴える患者の最終的眼鏡度数決定に利用できる.(23)あたらしい眼科Vol.30,No.8,20131067 図15コントラスト感度評価用視標図はVistech社のvisioncontrasttestsystem.空間周波数は上の列から,徐々に高く変化し,横列は左から右の視標へ徐々に縞のコントラストが低くなっている.眼疾患がある場合の眼鏡度数決定に利用できる.b.装用テストでわかる不等像視の存在検査中にあまり問題のなかった不同視の患者が,装用テストを行うと不等像視を訴えることがある.若年者では許容範囲が広く,3.5D程度までいけることがあるが,一般的には快適に装用できる屈折度数差はご承知のとおり2Dくらいまでといわれている.患者が見え方を許容できない場合には,左右の度数差を減らす.●ポイント:「円柱レンズによる不等像視」不等像視は円柱レンズによっても起きる.左右で乱視軸がほぼ同じであれば問題はないが,ずれているときには円柱度数を弱めながら,ときには左右の軸を近づけるといった工夫が必要となる.おわりに眼鏡処方せんには,よく「眼鏡が出来上がったら眼科へお持ちください」といった文言が書かれていることがある.出来上がった眼鏡のフィッティングに問題がある場合,自分で調整できれば良いが,大抵の場合は眼鏡店に調整をお願いしなければならない.その際に「角膜レンズ頂点間距離が長すぎるので」とか「右のレンズの光学中心が上にずれている」など,具体的に指摘するのがよい.眼鏡が出来上がってから,再びレンズ度数を変えなければいけない場合もある.こうした屈折検査・眼鏡処方は眼科医にとって重要ではあるが,つらい作業でもあり,おまけに保険点数も低い.レンズ交換にかかる費用は眼鏡店にお願いすれば一度くらいは換えてもらえることが多いが,この不況の折,競争にさらされている眼鏡店側もまた経営上苦しいものがある.眼鏡店に対して,取り換えてもらって当然といった態度は慎むべきであろう.特に最近登場した激安チェーン店では換えてもらえないこともあり,患者の負担となる場合もある.いざというときのために,患者と眼鏡店とのコミュニケーションをきちんととることが重要である.文献1)MosesRA:Accomodation.Adler’sPhysiologyoftheEye.Clinicalapplication.6thEdition.p298-319,Ed.MosesRA,TheCVMosbyCo,StLouis,19752)所敬:調節.屈折異常とその矯正(改定第5版),p211232,金原出版,20093)梶田雅義:処方度数決定のための視力の測り方(2).あたらしい眼科26:785-786,20094)三輪隆:調節安静位の意義.眼科38:45-52,19965)所敬:屈折と調節の境界.眼紀40:90-96,19891068あたらしい眼科Vol.30,No.8,2013(24)

眼鏡と視線分布

2013年8月31日 土曜日

特集●眼鏡の最近の話題あたらしい眼科30(8):1053.1060,2013特集●眼鏡の最近の話題あたらしい眼科30(8):1053.1060,2013眼鏡と視線分布SpectaclesandVisualLine河原哲夫*はじめに私たちは眼球を回転させて見ようとする対象を注視し,網膜の中心窩に結像させているが,眼鏡レンズは眼前に固定されているため,眼球運動(視線移動)に伴ってレンズの使用部位が異なる.そのため,眼鏡レンズのどの部位を通しても網膜上に明瞭な像を結ぶ必要がある.一般に球面レンズの周辺部では光学性能が低下するが,これを解決する目的で非球面レンズなどが開発されている.他方,眼球の動き,特に読書時などで近くを見る場合に眼球が輻湊とともに下方視することを利用して,老視に対する累進屈折力レンズが処方・使用されている.日本は世界一の長寿国と言われているが,全人口に占める65歳以上の割合(高齢化率)が近年急激に増加し,1994年には14%超(高齢社会),2007年には21%を超えて超高齢社会に移行した.2020年には高齢化率が29.2%,高齢者が約3,600万人と予測されている1).一般に45歳以上になると老眼鏡が必要になるといわれているが,2005年にはその人口比が47.9%(6,042万人)であり,人口の約半数が老眼鏡を必要としている2).高齢者の視環境を改善・維持する手段として,累進屈折力眼鏡の利用が大幅に増えると思われる.さらに,学童における近視の進行予防を目的として,近見時の調節ラグを減少させる累進屈折力眼鏡を積極的に利用する臨床試験例3)あるいはロービジョン者への応用4)など,老視用ばかりでなく多くの局面で累進屈折力眼鏡の有用性が期待されている.I累進屈折力眼鏡における屈折力分布と視線累進屈折力レンズが開発・発売されてから,すでに40年以上が経過している.発売当初は,装用時の「画像の揺れや歪み」によって,「見え方が悪く,眼が疲れる」などの欠点が指摘されていたが,近年の累進レンズの設計および製作技術の進歩によって,装用感のすぐれた各種のレンズが実用化されている.累進屈折力眼鏡では,遠方から近方までの視対象に対し,レンズ各部位の屈折力を変化させて遠近の焦点合わせを行っている.ただし,装用者の視野内で屈折力の異なる部分があるため,眼球や頭部の運動による像の揺れなどが避けられない.この影響を軽減するため,累進面をレンズの両面に配置するなどの工夫がなされている5).また,加入度を少なく,あるいは累進帯長を長くするなどで収差を抑制し,「揺れや歪み」を低減した使用目的別の累進レンズも開発されている.いずれの場合でも,眼球の視線方向すなわちレンズの使用部位で,対象の奥行き位置に対応した屈折力となっていることが,レンズ設計上でも装用状態でも前提条件になっており,累進屈折力眼鏡の処方と作製・調整において配慮すべき重要な点と思われる.累進レンズの最適な屈折力分布,すなわちレンズのどの部位にどの程度の屈折力を配置させるかは,実際の眼鏡装用上重要な問題である.レンズ設計段階では,加入度,累進帯長および輻湊角などに基づいて各メーカーが*TetsuoKawahara:金沢工業大学人間情報システム研究所〔別刷請求先〕河原哲夫:〒924-0838石川県白山市八束穂3-1金沢工業大学人間情報システム研究所0910-1810/13/\100/頁/JCOPY(9)1053 独自に設定していると予想される.ただし,装用者の生活スタイルや視対象(視点)の移動に対して眼球をおもに移動させる(eyemover),あるいは頭部をおもに回転させる(headmover)などの生理的反応の個人差など,使用者による違いも重要な要因である.今後,累進屈折力眼鏡が快適に装用され,広く普及するには,使用者の視覚状態に適合した屈折力分布をもつ最適なレンズをカスタムメイドで提供する必要があると考えられる.この問題を検討するにあたって重要なことは,日常生活の各種状況で,「眼鏡レンズのどこを通して」「何(どの距離)を見ているか」を具体的・個人別に知る(,)ことである.本稿では,使用者の生活スタイルに合った累進屈折力眼鏡を設計・処方するための最適屈折力分布を求める前段階として,日常生活における眼鏡レンズの部分別使用頻度を測定した試み6,7)を紹介する.II日常生活における視線分布1.測定および解析方法私たちは多種多様な環境下で生活しているが,レンズの使用部位に対応した日常生活の代表例として,以下の状況での計測を試みた.a.遠方視主体:「スポーツ観戦」,「テレビ視聴」b.遠・近交互視:「テレビを見ながらの食事」,「遠方スクリーン上の文字筆記作業」c.遠・中・近方視:「自動車運転」,「キャッチボール」d.中間視主体:「自動販売機の利用」,「玄関で靴を履き外出」,「階段の上下歩行」e.中・近交互視:「キッチンでの料理」,「カードゲーム」f.近方視主体:「ワープロ作業」「読書・朗読」を本人および両親(学童の場合)にあらかじめ説明し,協力に快諾が得られた大学生10名および小・中学生3名とした.なお,自然な状況での眼球運動(視線分布)を評価するため,被験者には姿勢や行動に関する指示は特に行わず,行動・作業の時間にも制限は設けなかった.行動・作業中の視線方向(垂直・水平方向の眼球回転角)の計測には,屋外や車載での使用が可能であり,短時間で容易に校正でき,さらに測定中に頭部を自由に動かすことができるナック社製アイマークレコーダ(EMR-9,EMR-8)を用いた.図1にEMR-9の外観を示すが,被験者はEMRのヘッド部分(帽子)を装着した状態で各種の行動・作業を行った.また,作業状況に慣れるため,最低2回の練習後に数回の測定を行った.測定状況の一例を図2に示すが,視線計測カメラによ被験者は,実験内容と安全性など(,)る映像(図2右)の瞳孔中心およびプルキンエ(Purkinje)像の位置から視線方向(眼球運動)が検出され,図1視線分布測定装置外観(EMR.9)左:本体.右:測定ヘッド部分.視野カメラ92°モニター視線計測カメラ(左右)操作部1054あたらしい眼科Vol.30,No.8,2013(10) 図2左上の視野映像に注視点がマークされる.各作業中に眼球の垂直・水平方向の回転角度(視線方向)を1/60秒ごとに求めた.視線分布の解析時には,記録した被験者の視野映像で注視点(視対象)を確認し,被験者が何視野映像視線計測(瞳孔およびプルキンエ像)注視点マークを注視しているときにレンズのどの部位を使用しているかをほぼ連続的に評価した.測定範囲は,眼鏡レンズ面上で水平方向が±26mm,垂直方向が±18mmであった.2.遠・近交互視「遠方スクリーン上の文字筆記作業」日常生活のなかで累進眼鏡の遠用部および近用部をほぼ均等に使用していると予想される「食堂でテレビを見ながら朝食をとる」あるいは「居間で本や雑誌,新聞なホワイトボードEMR-9/8(スクリーン)600cm(500cm)30cmノート,筆記具図2EMR.9による測定画面左上:視野映像,右:前眼部映像(視線計測).図3遠・近交互視による筆記作業条件(文献7より)垂直方向のレンズ使用部位(mm)垂直方向のレンズ使用部位(mm)180--1826Eyemoverホワイトボードノート垂直方向のレンズ使用部位(mm)垂直方向のレンズ使用部位(mm)180--1826ホワイトボードノート026水平方向のレンズ使用部位(mm)026水平方向のレンズ使用部位(mm)180ホワイトボードノート180Headmoverホワイトボードノート026026--1826--1826水平方向のレンズ使用部位(mm)水平方向のレンズ使用部位(mm)図4遠・近交互視(筆記作業)における注視点分布とレンズ使用部位(大学生)(文献7より)(11)あたらしい眼科Vol.30,No.8,20131055 どを読みながらテレビでナイター観戦する」状況も多い.図3は,より能動的な参加状況として「講演会・学会あるいは教室などで遠くのスクリーンあるいは黒板を見ながら手許でメモを取る作業」を模した状況設定であり,被験者は視距離6mにあるホワイトボードに書かれた文字を,視距離30cmでテーブル上に置いたノートに書き写す作業を行った.図4は,大学生4名(A,B,C,D)が筆記作業をしているときのレンズ使用部位を1/60秒ごとにプロットしている.図の横軸はレンズ面上での水平方向の位置,縦軸は垂直方向の位置を表している.また,図中の楕円は測定点の95%が入る確率楕円であり,各視対象(ホワイトボードおよびノートあるいは鉛筆)を見たときの使用頻度が高いレンズ部位を示している.全被験者ともに,ホワイトボードに書かれた文字を読んでいるときにはレンズ上部のほぼ中央を,ノートへ筆記しているときにはレンズ中央やや下部をおもに使用していた.ここで,被験者Aではホワイトボード上の文字を読むときのレンズ使用部位が,他の被験者に比べて上方に位置している.被験者側面から撮影したDVR(digitalvideorecorder)による照合結果でも,被験者Aは頭部をあまり上げずにホワイトボードを見ており,他の被験者に比べて頭部運動よりも眼球運動の占める割合が多く,eyemoverの傾向が強いと考えられる.また,被験者Dではノートへの筆記時でもレンズ中央部をおもに使用する場合が多く,作業中での眼球の垂直移動が少なく,headmoverの特性を示している.R.N.:10歳(小学5年)図5は,被験者R.N.(小学5年)およびN.N.(中学2年)が視距離5mにあるスクリーンに投影された文章を視距離30cmでテーブル上に置かれたノートに書き写す作業を行った状況での結果である.なお,縦軸,横軸の値は相対的な任意の単位(1dot=0.08mm)で示している.各視対象を見たときの使用頻度が高いレンズ部位を赤楕円枠で示した.両被験者ともに,スクリーン上の文字を読んでいるときにはレンズ上部のほぼ中央を,ノートへ筆記しているときにはレンズ中央やや下部をおもに使用していた.ここで,スクリーンと手元ノートとの垂直方向の角度差は60.70°であったが,眼球の垂直方向回転角は約38°であり,眼球運動と頭部回転角がほぼ同等となっている.なお,小学5年生(R.N.)では,中学2年生(N.N.)に比較してスクリーンを見る頻度が高くなっていた.これは,筆記文章の記憶量が相対的に少なかった結果と推測される.また,大学生でみられたeyemoverあるいはheadmoverの個人差は特に認められず,学童の眼球運動特性の特徴と示唆される.ただし,被験者数が3名と少なく,今回の被験者がたまたま同じ特性をもっていた可能性も否定できない.累進眼鏡の遠用部および近用部をともに使用する文字筆記作業では,現状の累進レンズの屈折力分布特性にほぼ一致した視線移動分布を示している.それゆえ,遠用度数,近用度数および近用加入度が正しく処方されれば,多くの被験者で有効に使用できると思われる.ただし,視線の垂直移動に関しては,被験者によって眼球あるいは頭部のどちらをおもに移動させるかの生理的な差異がN.N.:13歳(中学2年)垂直方向のレンズ使用部位(dot)40030020010038°0200400600垂直方向のレンズ使用部位(dot)40030020010037°020040060000水平方向のレンズ使用部位(dot)水平方向のレンズ使用部位(dot)図5遠・近交互視(筆記作業)における注視点分布とレンズ使用部位(学童)1056あたらしい眼科Vol.30,No.8,2013(12) 認められ,近用アイポイントと近見視線との一致が重要と考えられる.このチェックは一般にミラー法によって行われるが,累進レンズの累進帯長の選択や近用視線のレンズ面通過位置を簡便に自覚測定する方法として,カラーバゴリニー(Bagolini)スケールを用いた「下方回旋量測定器」8)も提案されている.また,遠方視および近方視したときの外眼部撮影とその画像解析から,遠用および近用アイポイントを自動的に計算するシステム(Epiload)が開発されている9).これらは,特定の下方視条件だけでの測定ではあるが,簡便な方法としてその発展が期待される.3.遠・中・近方視:「自動車運転」超高齢社会の到来とともに高齢者が社会で活躍する場面も多く,自動車運転の機会も多い.私たちが自動車を運転する場合,進行方向の道路状況ばかりでなく,外界からの多くの情報に基づいて安全を確認しつつ,ハンドルやブレーキ操作をしている.図6に示すように,運転中の視覚情報として信号機や案内板,歩行者や障害物,スピードメータや他の表示など,遠方から近方までの距離に焦点を合わせる必要があり,遠・中・近用部がともに使われる状況と考えられる.図7は,特に混雑していない一般道路で10.12分間の自動車運転を行ったときの視線分布を示している.なお,測定に使用した車両は被験者が通常乗っている車とし,さらに道に慣れてもらうため,事前に3回以上コースを走行させた.各被験者で使用した車両が異なるため,ミラーや速度メータまでの視距離や角度,座席の高さなどに多少の差異がある.そのため,図7の結果をそのまま比較することはできないが,全般的に以下の特徴が確認できる.フロントガラスを通して外界を見る場合には,視線がレンズ中央付近にほぼ集中しつつ水平方向に多少広がっており,運転中に真正面ばかりでなく,左右の広い範囲を見ていることが確認できる.それゆえ,遠用部を重視した眼鏡処方が適切と思われる.また,サイドミラーを介して左右後方を確認するときの視線方向は,左右に細長い確率楕円となっている.サイドミラー自身は視野の狭い範囲内にあるが,視野映像による照合結果では,まず視線が先に動いてミラーに向かい,頭部がそれを追うように回転していた.それゆえ,レンズの使用部位がミラー部分の狭い範囲に集中せず,細長い楕円になったと考えられる.各車両の速度メータは,視角10.15°下方,視距離65.75cmにあるが,メータ確認時にはその方向への視線移動(レンズ面で9.10mm下方)が確認できる.ただし,被験者Cの場合には,視線方向が左下方へ伸びた確率楕円となっている.これは,この被験者の車両がセンターメータ(左30°)を採用していた結果ルームミラー標識歩行者など道路状況障害物カーナビ画面スピードメータサイドミラーなどラジオ,エアコンなどの目盛表示図6自動車運転席からの視界と視対象物(13)あたらしい眼科Vol.30,No.8,20131057 垂直方向のレンズ使用部位(mm)180垂直方向のレンズ使用部位(mm)180-18-26026-18-26026水平方向のレンズ使用部位(mm)水平方向のレンズ使用部位(mm)垂直方向のレンズ使用部位(mm)18●:外界(遠距離:500cm~)●:メータ(65/70/75cm)●:ルームミラー(近,遠距離)●:右サイドミラー(中,遠距離)●:左サイドミラー(中,遠距離)0026Headmover図7自動車運転中の注視点分布とレンズ使用部位-18-26(95%確率楕円)(文献6より)水平方向のレンズ使用部位(mm)と考えられるが,累進レンズの収差領域に入っており,レンズ選択時に注意が必要であろう.なお,被験者Cでは,他の2名に比べて眼球運動の範囲が全般的に狭く,いわゆるheadmoverの傾向を示している.遠・中・近用部がともに使われる自動車運転時では,垂直方向ばかりでなく水平方向への視線移動が顕著であり,累進レンズの選択および処方・調整が比較的むずかしいと予想される.装用者の視線移動の特徴を十分に把握し,それに適合した屈折力分布と非点収差配分をもつカスタムレンズを考慮すべきであろう.4.近方視主体:「ワープロ作業」近年の情報化時代に伴い,パソコンが職場だけでなく日常生活での必須な道具になりつつある.ほとんどの職場でコンピュータ機器が導入され,パソコンなどでのVDT(visualdisplayterminals)作業が当たり前の環境となっている.図8は,被験者の左前方(キーボード左)に置いた原稿をノートブックパソコンに入力するワープ1058あたらしい眼科Vol.30,No.8,2013ディスプレイまでの視距離:50cm入力原稿までの視距離:45cmキーボードまでの視距離:40cm図8近距離重視のワープロ作業条件(文献7より)ロ作業を行った場面での条件設定を示している.図9に測定結果の代表例を示す.全被験者ともに3種の視対象でレンズの使用部位が分離されているが,すべての対象でレンズのほぼ下半分を使用していることがわかる.なお,キーボードに対するブラインドタッチが可能な被験者Aでは,入力原稿および文字変換時にディスプレイを注視する場面が大部分であり,キーボードをほとんど見ていない.一方,ブラインドタッチができな(14)垂直方向のレンズ使用部位(mm)180 垂直方向のレンズ使用部位(mm)垂直方向のレンズ使用部位(mm)-18-26:ディスプレイ:キーボード:入力文書EyemoverBlindtouch026垂直方向のレンズ使用部位(mm)垂直方向のレンズ使用部位(mm)180-18-26:ディスプレイ:キーボード:入力文書EyemoverNonblindtouch026水平方向のレンズ使用部位(mm)水平方向のレンズ使用部位(mm)-18-26:ディスプレイ:キーボード:入力文書Nonblindtouch026180-18-26:ディスプレイ:キーボード:入力文書Headmover026水平方向のレンズ使用部位(mm)水平方向のレンズ使用部位(mm)図9近距離重視のワープロ作業における注視点分布とレンズ使用部位(95%確率楕円)(文献7より)い被験者B,Cでは,キーボードへの視線移動が頻繁に認められる.レンズ使用部位の特徴として,ワープロ作業中の眼球運動は被験者A,Bが大きくeyemoverの特徴を示していた.特に,被験者Bではキーボード入力時の確率楕円が左右方向に細長く,レンズ近用部分の広い範囲を使用していることがわかる.一方,被験者Dでは他に比べて眼球運動の幅が少なく,headmoverの傾向であった.ワープロを代表とするVDT作業などの近距離重視状況では,非点収差配分が多いレンズ左右の斜め下部周辺部も多く使用している.そのため,eyemoverの装用者にとっては原稿などが見づらいことが推測され,近用部が特に広いレンズの処方が望まれる.5.その他の生活場面遠方視主体の「スポーツ観戦」や「テレビ視聴」では,レンズ中心部から上部にかけて広範囲に視線が分布し,広い遠用部分の確保が重要であろう.また,「自動(15)販売機の利用」では,販売機前で財布からコインを出して投入口に入れ,金額を確認して商品を選択し,その後商品を取り出す過程でのレンズ使用範囲が確認できた.その他,「階段の上下歩行」「靴を履いて外出」「キャッチボール」などの状況で計測(,)した結果,全般的に(,)レンズ中心部の±12mmの範囲を使用していた.ただし,階段下降時には足元を見ている場合が多く,累進眼鏡装用時には近用部(レンズ下部)をおもに使うこととなるため,像の歪みや揺れが懸念される.おわりに個人ごとの生活スタイル,用途あるいは使用者の生理的反応(眼球と頭部の移動比率など)の個人差に合わせた累進屈折力レンズを個別に設計・処方・調整するための基礎データ,すなわち各種使用状況における視線分布の特性(レンズの部分別使用頻度)を計測し,使用者の視覚状況に最適な屈折力分布を求める試みを紹介した.各種日常生活状況での視線分布を計測・解析した結果にあたらしい眼科Vol.30,No.8,20131059 よれば,眼鏡レンズの使用部位とその頻度は,装用時の使用環境や個人の生理的特性で異なることが確認された.それゆえ,屈折力分布が固定された1種類の累進屈折力眼鏡が,あらゆる状況ですべての使用者に適切であるとは言い難く,用途や個人の特性に合わせたカスタムメイドの累進眼鏡が必要・不可欠と考えられる.ただし,異なる使用環境あるいは異なる被験者においてもほぼ同等の値となる項目も多く,その点は累進屈折力レンズの共通データとして有用であろう.最初の累進屈折力レンズが開発されて40年以上が経過し,現在では両面トーリック化や両面非球面化などの技術的進歩によって像の揺れや歪みが大幅に軽減され,老視矯正の第一手段として快適な装用が可能となっている.ただし,実際には期待されるほど普及しておらず,その理由として眼鏡装用者,処方者,製作者の三者ともに問題があると指摘されている10).快適な累進屈折力眼鏡の作製には,遠用度数を正確に測定・処方することが基本ではあるが,無理のない近用加入度数11),累進帯長,近用瞳孔間距離などの正確な測定,ミラー法などを用いた近方視線の確認12)などが特に重要と思われる.今後,日常生活における多種多様な行動スタイルおよび幅広い年齢層(子供から老人まで)を対象とした計測・解析を行い,屈折力分布に関する全般的共通項目,用途あるいは作業環境に関する個別項目,さらに個人差に関する項目などを明らかにする必要があろう.この種のシステムが有効に活用されるまでには,解決すべき多くの課題も残っている.特に,より簡便にこの種の計測が可能なシステムの開発が望まれる.近い将来,個人ごとの生活スタイルや使用目的,視線移動の特性に合わせた個別設計(カスタムメイド)の累進屈折力眼鏡が普及し,より快適な視生活が得られることを願っている.文献1)国立社会保障・人口問題研究所:日本の将来推計人口(平成18年12月推計).p9,20062)所敬:累進屈折力レンズ処方は如何にすべきか.視覚の科学29:84-85,20083)HasebeS,OhtsukiH,NonakaTetal:EffectofprogressiveadditionlensesonmyopiaprogressioninJapanesechildren:aprospective,randomized,double-masked,crossovertrial.InvestOphthalmolVisSci49:2781-2789,20084)梁島謙次:ロービジョンと眼鏡.あたらしい眼科21:1461-1465,20045)高橋文男:累進屈折力レンズ─最近の進歩─.あたらしい眼科21:1455-1460,20046)河原哲夫:累進屈折力眼鏡と視線.あたらしい眼科24:1151-1156,20077)河原哲夫,吉澤達也:老視の矯正眼鏡と視線.日本視能訓練士協会誌38:93-100,20098)木村博以:「目下げ量」の測定による累進レンズの選択.眼鏡学ジャーナル13:18-20,20099)アイポイント測定システムが叶える自分仕様の遠近両用メガネ.PrivateEyes2010,1月号,p68-7310)鈴木武敏:累進屈折力眼鏡作成の問題点.視覚の科学29:95-98,200811)梶田雅義:眼鏡処方のテクニック.あたらしい眼科21:1441-1447,200412)畑中隆志:累進屈折力レンズのレイアウトとフィッティングにおけるチェックポイント.視覚の科学28:66-71,20071060あたらしい眼科Vol.30,No.8,2013(16)

眼鏡による強度近視の矯正-超高屈折率両面非球面レンズ-

2013年8月31日 土曜日

特集●眼鏡の最近の話題あたらしい眼科30(8):1047.1052,2013特集●眼鏡の最近の話題あたらしい眼科30(8):1047.1052,2013眼鏡による強度近視の矯正―超高屈折率両面非球面レンズ―SpectacleCorrectionofHighMyopia─Double-SidedAsphericDesignLenswithUltra-HighIndex─長谷部聡*はじめに強度近視を矯正する眼鏡には,(1)顔の輪郭が歪む(枠内に入り込む)(2)目が小さく見える,(3)レンズが厚く重い,(4)全反(,)射により渦を巻いているなどの外見上のデメリットがある.これに加え凹レンズのサイズ効果(図1)により,レンズを通して見た物体のサイズが小さくなるため,(5)視力が得られにくいという機能上のデメリットがある.たとえば,.15Dのレンズを頂間距離12mmに置いて眼鏡を作ると,物体は実際のサイズの約80%になる.このため潜在的な視力を1.0とすると,眼鏡視力は0.8に止まることになる.一方,角膜に接するコンタクトレンズでは,サイズ効果の影響はほとんどみられない.このような理由から,強度近視の矯正には,眼鏡よりコンタクトレンズのほうが優れて拡大1.31.2果1.1サイズ効10.90.8縮小0.7-20-15-10-5051015度数(D)図1眼鏡とコンタクトレンズのサイズ効果.15Dの眼鏡レンズを通してみた像は,実際の80%になる.:眼鏡レンズ:コンタクトレンズいると信じられてきた.また,最近では,エキシマレーザーによる角膜屈折矯正手術や有水晶体眼内レンズなど,医療技術の進歩はめざましく,患者はより安全かつ確実に強度近視に対する手術治療を受けることが可能になった.しかし,眼鏡レンズaに関しても,素材の高屈折率化や両面非球面レンズの登場など,眼鏡矯正がもつデメリットを解決するための技術的進歩がみられる.さらに近年,こうした高性能眼鏡レンズが比較的低価格で入手できるようになり,強度近視患者にとっては眼鏡矯正のメリットは確実に増している.本稿では,眼鏡とその他の屈折矯正法を比較しながら,強度近視の矯正について考えてみたい.Iレンズ素材の屈折率競争レンズ素材は,オリンピックの100m走の記録のように,年を追って高屈折率化してきた.1940年に登場した最初のプラスチックレンズは,ピッツバーグプレートガラス社のCR-39で作られ,現在もなお各社から市販されている.その後,プラスチックレンズは,硬質樹脂の開発や表面処理技術の進歩によって改良が進み,現在では,眼鏡レンズのシェアの大部分を占めている.この間,強力な耐衝撃性をもつポリカーボネート素材が普及したり,わが国の光学メーカーHOYA社のEYRYが,世界で初めて屈折率1.70の壁を破ったプラスチックレンズとして歴史に名を止めたりした.そして近年で*SatoshiHasebe:川崎医科大学眼科2教室〔別刷請求先〕長谷部聡:〒700-8505岡山市中山下2-1-80川崎医科大学附属川崎病院眼科0910-1810/13/\100/頁/JCOPY(3)1047 表1レンズ素材と特徴素材クラス屈折率Abbe数比重その他1.76301.49Tokai超高屈折率1.741.7033361.461.41HOYAEYRY1.67321.35プラスチック高屈折率1.601.5942311.301.20ポリカーボネート中屈折率1.561.5541401.171.27低屈折率1.531.5043581.111.32TRIVEXCR-39超高屈折率1.901.8028353.773.50ZeissLENTAガラス高屈折率1.701.70422.993.16中屈折率1.601.6041431.611.60低屈折率1.53592.54クラウンガラスは,屈折率1.74.1.76の超高屈折率レンズが各社から市販されるようになり,眼鏡店で容易に手に入るようになった.ガラスレンズでは,さらに屈折率の高い(1.90)レンズがCarlZeiss社から市販されている.この素材で眼鏡を作ると,きわめて薄いレンズになる.しかし,比重がプラスチックレンズに比べて2倍以上重く,強度近視の矯正には必ずしも適当でない.しかし,高屈折率レンズが必ずしもベストかというと,そうとは限らない.屈折率が高いほどAbbe数が大きくなる傾向があり,色収差が増える.このため,像の鮮明度は低下する.たとえば超高屈折率レンズ(Abbe数30.36)を最低価格帯レンズCR-39(Abbe数58)と比べた場合,後者のほうが鮮明に見えることは理論的にありうる話である.レンズ素材の選択は適材適所である.しかし,レンズが厚く,重くなりがちな強度近視の矯正を考える場合,超高屈折率プラスチックレンズが最も良い選択肢といえよう(表1).II非球面化はなぜ必要か薄くてフラットな眼鏡レンズを作るには,レンズのベースカーブを浅くする必要がある.しかし,ベースカー1048あたらしい眼科Vol.30,No.8,2013ブを浅くすると,周辺視野からくる光線は,レンズ素材をより斜め方向に通過することになる.その結果,平均屈折力誤差(凹レンズではマイナスパワーの増加)や非点収差(obliqueastigmatism),さらに歪曲収差などが大きくなり,周辺視での視力の質(qualityofvision:QOV)が低下する(図2).この問題は,レンズのベースカーブが浅いほど,パワーが強いほど大きくなる.この問題を解決するのがレンズの非球面化である.ここでいう非球面とは,光軸に対して回転対称をなす.光軸を含む経線で切ったレンズ曲面を複雑にコントロール非点収差(乱視)TSベースカーブ図2周辺視でみられる平均屈折力誤差と非点収差T,Sは焦線の位置を示す.(4) 図3レンズの非球面化と良像範囲のイメージA:同一ベースカーブであれば,前面(中段)または両面(下段)を非球面化することで,良像範囲を広げることができる.B:前面(中段)または両面(下段)を非球面化することで,良像範囲を一定に保ちながらベースカーブを浅くすることで,薄くて軽いレンズを作ること非球面化ができる.非球面化することで,周辺視における平均屈折度誤差や非点収差を軽減することができる(図3A).実際の収差の大きさは,レンズ度数,素材の屈折率,さらに設計思想によって異なる.しかし第一義的には,非球面化の技術は,なるべく薄くてフラットな眼鏡レンズを好むユーザーのニーズに合わせ,周辺視でのQOVを損なうことなく,ベースカーブを浅くするために利用されている.したがって製品では,球面レンズに比べて非球面レンズはベースカーブが浅くなる傾向があるが,必ずしも球面レンズに比べて周辺視で鮮明に見えるわけではない(図3B).III両面非球面レンズの登場従来の非球面レンズの多くは,レンズの前面のみを非球面化し,後面は球面設計であった.両面非球面レンズでは,さらにレンズ後面を非球面化することにより,周辺視で屈折矯正を図るうえでの自由度を増やすことができる.その結果,より広い視野で良像域を確保すること,またはレンズのベースカーブを一層浅くすることが可能になった(図3下段).特に強度近視用の矯正レンズでは平均屈折度誤差や非点収差が大きくなりやすいため,患者にとって両面非球面レンズの恩恵は大きいといえる.良像範囲非球面化非球面化非球面化非球面化IV超高屈折率両面非球面レンズの実際強度近視の矯正眼鏡を作る場合,屈折率の高いレンズ素材の選択やレンズ設計とともに,眼鏡フレームの選択が大切である.まず,なるべく小さなレンズ枠を選ぶべきである.レンズ枠が小さいほど,レンズ周囲の厚み(コバ厚)は薄く,軽くなり,掛けやすい眼鏡になる.つぎに,なるべくレンズの光心とレンズ枠の中心が一致する(レンズ枠の中心と瞳孔間距離が一致する)フレームを選択するべきである.コバ厚の偏りを減らす効果が期待できる.レンズ枠が小さいと,矯正効果が得られる視野も狭くなるが,睫毛がレンズに接触しない程度に頂間距離を短く(10mm前後)することで,視野を広げることができる(このとき,レンズパワーは若干増えることに注意).図4に,超高屈折率両面非球面レンズ(屈折率:1.74)で作製した眼鏡(レンズ度数:.12.00D)の一例を示した.レンズのコバ厚は約4mm,重量は15.2gであった.眼鏡の外観としては中等度近視の矯正眼鏡と比べて違和感はほとんどなく,さらに度数の強いレンズであっても十分実用に耐えうるものと思われた.こうした高性能眼鏡レンズも,低価格化が進み,ペア2万円台で市販されている.(5)あたらしい眼科Vol.30,No.8,20131049 図4超高屈折率両面非球面レンズによる強度近視矯正眼鏡の例(.12.00D)V眼鏡vs.コンタクトレンズ・屈折矯正手術・眼内レンズ表2に,各種屈折矯正法が対応可能なおおよその度数範囲を示した.これによれば,高屈折率両面非球面レンズ眼鏡は.20Dまで対応可能であり,有水晶体眼内レンズを除けば,適応範囲が最も広い.さらに眼鏡レンズのなかでもレンチキュラータイプのレンズなら.48Dまで対応できるが,外観が通常眼鏡と大きく異なるため,一般的ではない.一方,コンタクトレンズは予想外に適応範囲が狭い.ソフトコンタクトレンズでは,度数が強くなり,レンズが厚くなるに従って,酸素透過性が悪くなる.したがって強度近視の矯正には,酸素透過性の優れたシリコーンハイドロゲル素材のディスポーザブル・ソフトコンタクトレンズが望ましい.しかし流通在庫などの問題から,メーカーはハイパワーレンズの市販には消極的である.国内では.12Dを超えるシリコーンハイドロゲル素材のソフトコンタクトレンズは入手できない.エキシマレーザーによる角膜屈折矯正手術では,近視度数.10Dの場合,角膜厚の約1/3にあたる150.180μmもの深い切除が必要になる.角膜の削られた部分と削られていない部分の境目では屈折力の差が出るためハローやグレアなどが現れやすい.また矯正量が大きいほど,角膜エクタジアや矯正効果の戻りなどのリスクが高くなる.安全に矯正できる度数範囲は.8Dまでで1050あたらしい眼科Vol.30,No.8,2013表2各種屈折矯正法と矯正可能な屈折度数範囲矯正法矯正可能な最大度数眼鏡高屈折率両面非球面レンズ.20Dレンチキュラーレンズ.48DコンタクトレンズディスポーザブルSCLSiliconehydrogel.9..12DディスポーザブルSCLNon-siliconehydrogel.16DHCL.10..12D手術エキシマレーザー角膜屈折矯正手術.8D?有水晶体眼内レンズ.23Dあろうと考えられている.結論として,.8Dまでの近視であれば,いずれの矯正法も適応可能である.生活スタイルに合わせて選択すればよい.しかし.12Dを超える強度近視では,選択肢は,非シリコーンハイドロゲル素材のソフトコンタクトレンズまたは高屈折率両面非球面レンズに限られるといってよいだろう.矯正度数が強くなるほどQOVが低下する傾向は,眼鏡に限らず,その他の矯正法についても共通してみられる.ハイパワーのソフトコンタクトレンズでは,高次収差が大きいため,ローパワーのソフトコンタクトレンズほどの像の鮮明度は期待できない.ハードコンタクトレンズはソフトコンタクトレンズに比べて,高次収差は小さいといわれている1).しかし,ハードコンタクトレンズもセンタリングが不良であれば,コマ収差を代表とする高次収差が増大する.さらに,瞬目のたびにハードコンタクトレンズは角膜上を大きく運動するため,ハイパワーレンズで得られる視力は不安定なものになる.Nioらは,強度近視の矯正効果を,ハードコンタクトレンズ,アルチザン前房レンズ,LASIK(laserinsitukeratomileusis)の各治療法で比較したところ,いずれも眼鏡矯正を上まわるQOVは得られなかったと報告している2).またEhsaeiらは,近視患者の大部分で,ディスポーザブル・ソフトコンタクトレンズ(AcuvueMoistTM)が,眼鏡に比べて視覚的パフォーマンスが“劣る”ことはなかったと報告している3).眼鏡レンズはサ(6) イズ効果という基本的なハンディキャップをもちながら,総合的なQOVという点では予想外に善戦しているといえる.VI眼鏡矯正のみがもつメリット近視の眼鏡矯正には,他の屈折矯正法では得られないメリットがある.いわゆる「見かけの調節力」と近見時のプリズム効果である.その結果,近見明視に必要な調節量,あるいは両眼単一視に必要な輻湊量は他の矯正法に比べて少なくて済む.眼鏡矯正した場合の調節必要量は次式で近似される.調節必要量(D)=正視眼での調節必要量(D)1.2×頂点間距離(m)×レンズ度数(D)図5に示すように,コンタクトレンズに比べて,眼鏡レンズでは同一距離にある物体を明視するために必要になる調節量は小さく,その差はレンズパワーが大きくなるにつれて増大する.視距離30cmにおけるみかけの調節力を求めると,.12Dの眼鏡レンズでは0.7D,.20Dの眼鏡レンズでは1.1Dとなる.調節力に余裕のない中・高齢者層では,この恩恵は小さくない.また,累進屈折力レンズを作る場合には,近見加入度数を軽くすることができる.眼鏡レンズ(凹レンズ)は,その形状から,耳側半分は基底外方のプリズム作用,鼻側半分は基底内方のプリズム作用をもつ.このため,近業時の輻湊運動によって視線がレンズ鼻側へ移動すると,基底内方のプリズム効果が生じて,両眼単一視に必要な輻湊量が軽減される(図6).この量はPrenticeの式を用いて計算できる.レンズの光心間距離を遠見での瞳孔間距離(60mm)に合わせ,頂間距離12mmの眼鏡レンズを通して眼前30cmのものを見る場合,レンズ度数が.10Dまたは.20Dとすると,プリズム効果はそれぞれ約5または10プリズムジオプターとなる.このとき両眼単一視に必要な輻湊量は20プリズムジオプターであるため,輻湊量はそれぞれ25%または50%軽減される計算になる.逆に,長く眼鏡矯正されてきた強度近視患者に対し,エキシマレーザーや眼内レンズで屈折矯正を行う場合,術後に近業時の視力障害や複視が発生することがあるた(7)1086420視距離(cm)図5眼鏡レンズのみかけの調節力(頂間距離12mmの場合)視距離30cmでは,.12Dの眼鏡レンズでは0.7D,.20Dの眼鏡レンズでは1.1Dのみかけの調節力が得られる.明視に必要な調節力(D):コンタクトレンズ:-12D眼鏡レンズ:-20D眼鏡レンズ01020304050図6近見時の視矯正眼鏡のプリズム効果眼鏡の光心間距離を遠見瞳孔間距離に一致させると(左),近見時に基底内方プリズム効果(右)が得られる.その結果,両眼単一視を得るために必要な輻湊量は少なくて済む.め注意が必要である4).おわりに超高屈折率両面非球面レンズの登場と低価格化によって,強度近視の患者にとって眼鏡矯正のメリットは確実に増している.手軽で安全であること,震災などの緊急時にも素早く対応ができること,ほぼ100%の紫外線カット効果が得られることなど,先に述べた光学的メリット以外にも眼鏡矯正の利点は少なくない.こうした現状を踏まえて,ライフスタイルに合わせた最適の屈折矯正法を選択すべきである.文献1)HongX,HimebaughN,ThibosLN:On-eyeevaluationofopticalperformanceofrigidandsoftcontactlenses.あたらしい眼科Vol.30,No.8,20131051 OptomVisSci78:872-880,20012)NioYK,JansoniusNM,WijdhRHetal:Effectofmethodsofmyopiacorrectiononvisualacuity,contrastsensitivity,anddepthoffocus.JCataractRefractSurg29:20822095,20033)EhsaeiA,ChisholmCM,MacIsaacJCetal:Centralandperipheralvisualperformanceinmyopes:contactlensesversusspectacles.ContLensAnteriorEye34:128-132,20114)JimenezR,Martinez-AlmeidaL,SalasCetal:Contactlensesvsspectaclesinmyopes:isthereanydifferenceinaccommodativeandbinocularfunction?GraefesArchClinExpOphthalmol249:925-935,20111052あたらしい眼科Vol.30,No.8,2013(8)

序説:眼鏡の最近の話題

2013年8月31日 土曜日

●序説あたらしい眼科30(8):1045.1046,2013●序説あたらしい眼科30(8):1045.1046,2013眼鏡の最近の話題RecentTopicsonSpectacles不二門尚*眼鏡は歴史が古く,600年以上前の絵画に眼鏡を掛けた修道士が描かれている.このように歴史のある眼鏡であるが,時代とともに少しずつ進化している.本特集では,眼鏡の最近の進歩に関して8名の先生にご寄稿いただいた.高齢化社会を迎え,老視初期の眼精疲労を訴える人口が増加している.また,高齢者の生活の質を保ちあるいは向上させるニーズは,ますます増加すると考えられる.このような時代背景において,眼鏡の立ち位置について検討が必要になってくる.眼鏡処方の基本は,自覚的屈折検査をもとに,疲れにくい度数を決定することである.佐野研二先生には眼鏡処方に必要な屈折検査について解説いただいた.最近経験した老視初期で,片眼は軽度の遠視,もう一方の眼は軽度の近視である不同視の症例では,眼精疲労が強く,近見作業にとても耐えられないという訴えがあった.本症例に対して,コンタクトレンズでの矯正を試みたが,ドライアイの症状が強くて長続きしなかった.結局遠視眼のみを矯正する眼鏡の常用により,症状の軽快がみられたが,改めて適切な眼鏡処方の重要性を認識させられた.この症例では,近見時の調節をみると,近視寄りの眼で固視させた場合には調節の揺らぎは起きないが,遠視寄りの眼で固視させた場合,調節の揺らぎが起きていることがわかった.眼精疲労を調節微動で評価する器械を作られた梶田雅義先生には,眼精疲労と眼鏡と題して調節機能解析装置を用いて,眼精疲労を生じない眼鏡処方をいかに行うかを解説いただいた.累進多焦点眼鏡は,高齢化社会で欠かせないアイテムであるが,その現況に関して,鈴木武敏先生に解説いただいた.一方,累進多焦点の眼鏡で,遠用部,近用部をどのように使い分けているかの方法がこれまでなかったが,河原哲夫先生は視線追跡装置を用いて,これを客観的に示す方法を開発された.初期の老視や,小児の近視進行抑制に,累進多焦点眼鏡を処方する際に参考となるデータである.長谷部聡先生には,眼鏡による強度近視の矯正法に関して,超高屈折率両面非球面レンズのメリットについて解説いただいた.これまで強度近視では,コンタクトレンズと比較して,渦巻いて見えるなどの外見上の問題と,像が小さく見えるなど機能的な面で,眼鏡の不利な点が強調されてきた.近年の技術的進歩により,レンズの超高屈折率化,両面非球面化が達成され,これまでの眼鏡の弱点が克服されつつあることは重要な情報である.一方,特殊な眼鏡としてプリズム眼鏡がある.加齢に伴う輻湊不全による眼精疲労の症例が増えつつある.また,開散麻痺による遠見複視の症例にもときどき遭遇する.これらの症例では,適切なプリズム眼鏡を処方することにより症状が軽減する.プリズム眼鏡*TakashiFujikado:大阪大学大学院医学系研究科感覚機能形成学0910-1810/13/\100/頁/JCOPY(1)1045 の処方のコツに関しては,川端秀仁先生に解説いただいた.ロービジョン指導の保険収載が決まり,遮光眼鏡に対する関心が高まっている.なぜ特定の波長の光をカットすることにより,羞明が防げるかということは,依然十分にはわかっていないが,神経科学的な研究が進んでいることを堀口浩史先生に解説いただいた.スポーツ用眼鏡には,軽いこと,丈夫であること,遮光効果があることなどが要求される.近年のこの分野における進歩に関して,宇津見義一先生に解説いただいた.眼鏡の特集は本誌においても数年に1回組まれているが,眼科医の基本として知識をrenewalしていただけたら幸いである.1046あたらしい眼科Vol.30,No.8,2013(2)

33歳未満で硝子体手術を要した若年糖尿病網膜症症例

2013年7月31日 水曜日

《原著》あたらしい眼科30(7):1034.1038,2013c33歳未満で硝子体手術を要した若年糖尿病網膜症症例森秀夫大阪市立総合医療センター眼科ProliferativeDiabeticRetinopathyinPatientsVitrectomizedunder33YearsofAgeHideoMoriDepartmentofOphthalmology,OsakaCityGeneralHospital目的:若年者の増殖糖尿病網膜症に対する硝子体手術成績の報告.方法:2002年から10年間の硝子体手術症例を後ろ向きに検討した.年齢は22.33歳(平均29.4歳),糖尿病の発症は4.16歳(不明3例)で,1型5例8眼,2型8例14眼,発症から手術まで14.24年であった.ほとんどの症例で術前数年間にヘモグロビン(Hb)A1Cが10%以上の時期があり,高血圧,腎症,貧血の合併を多く認め,さらに網膜症発症前からうつ病などの精神疾患合併も多かった.結果:術前視力は光覚弁.0.7(平均0.13)であり,術後は失明.1.2(平均0.64)で,2段階以上の視力改善80%,悪化15%であった.牽引性網膜.離を57%に認めた.水晶体は71%で温存した.視力不良は非復位の網膜.離2眼,血管新生緑内障1眼,黄斑萎縮1眼であった.結論:症例の大半は血糖コントロール不良例であり,合併症として高血圧,腎症,貧血などの全身疾患に加えてうつ病など精神疾患も多かった.視力予後は黄斑.離のない症例ではおおむね良好であった.Purpose:Toreporttheresultsofvitrectomyforproliferativediabeticretinopathyinyoungadults.Methods:Casesvitrectomizedbetween2002and2011werereviewedretrospectively.Patientagerangedfrom22to33years(mean29.4years).Ageatdiabetesmellitus(DM)onsetrangedbetween4and16years(threecaseswereundetermined).Type1DMwasfoundin8eyesof5patients,type2DMin14eyesof8patients.PeriodfromDMonsettovitrectomyrangedbetween14and24years.Inmostcases,hemoglobinA1Cvaluewasover10%duringseveralyearsbeforetheoperation.Commoncomplicationswerehypertension,nephropathyandanemia.Psychologicaldiseasessuchasdepressionwerefoundinmanycasesbeforeretinopathyonset.Results:Preoperativevisionrangedbetweenlightperceptionand0.7(mean:0.13).Postoperativevisionrangedbetweennolightperceptionand1.2(mean:0.64).Postoperativevisionimprovedbyovertwolevelsin80%anddeterioratedin15%.Tractionretinaldetachmentwasfoundin57%.Thelenseswereretainedin71%.Thecausesofpoorvisionwerereattachmentfailureinseveretractionretinaldetachment(2eyes),neovascularglaucoma(1eye)andmacularatrophy(1eye).Conclusion:DMcontrolwaspoorinmostofthecases.Notonlysystematiccomplications,suchashypertensionnephropathyandanemia,butalsopsychologicaldiseases,suchasdepression,werecommon.Thevisualprognosiswasgenerallygoodincaseswithoutmaculardetachment.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)30(7):1034.1038,2013〕Keywords:糖尿病網膜症,硝子体手術,若年者,血管新生緑内障,精神疾患.diabeticretinopathy,vitrectomy,youngpatient,neovascularglaucoma,psychologicdisease.はじめに近年,糖尿病(DM)発症の低年齢化が問題となっており,若年者の糖尿病網膜症(DMR)の増加も危惧される.増殖糖尿病網膜症(PDR)での網膜新生血管は,未.離の後部硝子体を経由して硝子体側に成長し,線維血管性の増殖膜を形成することで網膜硝子体間に器質的な癒着を生じる.若年者では老年者と比較して,増殖膜は血管が豊富で活動性が高く,また経年変化で起こる後部硝子体.離が進行していないため,PDRを発症すると網膜硝子体間の癒着が広範囲かつ強固となりやすく,増殖膜自体の収縮と硝子体の変性収縮によって接線方向と前後方向の両方向の牽引を生じることが多い1,2).既報の多くは「若年者」を硝子体手術時40歳までの〔別刷請求先〕森秀夫:〒534-0021大阪市都島区都島本通り2-13-22大阪市立総合医療センター眼科Reprintrequests:HideoMori,M.D.,DepartmentofOphthalmology,OsakaCityGeneralHospital,2-13-22Miyakojima-Hondori,Miyakojima-ku,OsakaCity534-0021,JAPAN103410341034あたらしい眼科Vol.30,No.7,2013(152)(00)0910-1810/13/\100/頁/JCOPY 症例としている2.7)が,今回の対象の手術時最高年齢は33歳であり,DM発症年齢が明らかな症例は,すべて小児.思春期のDM発症例であった.I対象および方法対象は2002年10月から2011年5月に大阪市立総合医療センター眼科にて同一術者が硝子体手術を施行した男性3例4眼,女性10例18眼,計13例22眼であった.それらについてDMが1型か2型か,DM発症年齢,DMコントロール状態,全身合併症,術中所見,術前後の視力などを後ろ向きに検討した.II結果(表1)手術時年齢は22.33歳(平均29.4歳)で,術後観察期間は10カ月.9年(平均5.6年)であった.糖尿病の病型は抗グルタミン酸脱炭酸酵素抗体(抗GAD抗体),抗IA-2抗体(antiinsulinoma-associatedprotein-2antibody),膵島細胞自己抗体(ICA)の値を基に判定した.1型DMは5例8眼(すべて女性),2型は8例14眼(女性5例10眼,男性3例4眼)で,2型の1例2眼は精神発達遅滞であった.DM発症年齢は1型で4.14歳,2型は8.16歳であり,2型の3例5眼は発症年齢不明であった.DM発症から手術までは,1型で14.24年(平均18.4年),発症年齢不明を除く2型で14.24年(平均16.8年)であった.今回の症例を思春期以前に発症した群(以前群)と,それ以降に発症した群(以降群)とで検討するため,発症年齢14歳未満群5例(以前群.1型4例,2型1例)と14歳以上群5例(以降群.1型1例,2型4例)とに分けると,手術時年齢(平均±標準偏差)は以前群27.6±4.04歳,以降群29.2±1.79歳で有意差はなかったが,手術までのDM罹病期間は以前群20.4±3.78年に対し以降群14.4±0.89年で,有意に以降群が短かった(Student’sttest,p<0.01).表1全症例一覧症例手術年齢(歳)性別1型/2型DM発症年齢(歳)DM罹病期間(年)手術時HbA1C(%)全身合併症左右眼術中所見術前ルベオーシス術後NVG術前視力術後最終視力硝子体出血増殖膜牽引性.離128女性114147.6高血圧,腎不全,うつ病右+++黄斑外.離──0.20.7左++++黄斑外.離──手動弁0.02232男性216165高血圧,腎症,統合失調症右++++──+0.01光覚なし329女性14257.5高血圧,腎不全左++++───0.040.7433男性2不明不明9.4高血圧右++++黄斑外.離──0.011.2526女性181814.7高血圧,腎不全,うつ病左++++───0.21.2633女性28246.9高血圧,腎症,統合失調症右++++黄斑.離──手動弁光覚なし左++++黄斑.離──0.010.2728女性214145.3精神発達遅滞,高血圧右+++───不明不明左+++───不明不明832女性2不明不明7高血圧右++++───手動弁0.2左++++───手動弁0.5930女性2141612.7高血圧右++++黄斑外.離──0.021左++黄斑外.離──0.511022女性14187.8高血圧,腎症,うつ病,神経性食思不振症,大食症右++++黄斑.離NVG+光覚光覚なし左++++黄斑.離──0.10.21128女性214147.1高血圧,うつ病右++++黄斑外.離──0.20.6左++++黄斑外.離──0.311228女性111179.7高血圧右++++黄斑外.離──0.21左++++黄斑外.離──0.021.21333男性2不明不明11高血圧,脂肪肝右++───0.71左+++───0.11〔硝子体出血〕+:乳頭透見可,++:乳頭透見不可.〔増殖膜〕+:限局性で処理には針先・鉗子使用,++:広範囲で処理には硝子体剪刀使用.NVG:血管新生緑内障.─:なし.(153)あたらしい眼科Vol.30,No.7,20131035 5%台10%以上6%台9%台7%台図1初回手術時のHbA1C値(%)硝子体手術前には網膜光凝固なしの症例が4例6眼,ある程度以上光凝固がなされたが病勢の止まらなかった症例が9例16眼あった.光凝固開始時の状態が増殖型7眼,前増殖型9眼であった.増殖型全眼と前増殖型の6眼(75%)は,光凝固開始後1年以内に硝子体手術が必要となった.全身状態に関して,手術時のヘモグロビン(Hb)A1C値は5.3.14.7%とばらついた(図1)が,10%未満の10例中9例は術前2カ月.1年2カ月の期間に10.0.15.0%と,10%以上の時期があった.また,全13例中,術前3年以内に15.0%以上の高値(最高17.6%)に達したものが3例あった.合併症として,手術時からすでに腎症(蛋白尿持続)ありは,1型で4例(80%),2型で4例(50%)であった.腎症は術後発生を含めると,1型は全例ありで,3例は腎不全(透析2例)であった.2型でも8例中7例に認め,2例は腎不全であった.そのほかに高血圧を全例で認め,貧血を6例(46%)に,高脂血症・高コレステロール血症・末梢神経障害を各4例(30%)に,心不全を2例(15%)に認めた.さらには網膜症発症前からうつ病などの精神疾患がみられ,1型は3例(60%)が,2型も精神発達遅滞の1例を除く7例中3例(43%)が合併していた.硝子体手術は20ゲージシステムで行い,硝子体・線維血管性増殖膜切除,網膜復位,眼内レーザー(ときに網膜冷凍凝固)を施行後,必要に応じsulfurhexafluorideガスまたはシリコーンオイル(オイル)を使用した.抗血管内皮増殖因子は使用していない.15眼(71%)は白内障がなく水晶体を温存したが,4眼は後日白内障手術を要した(2眼は白内障手術を単独で,2眼はオイル抜去時に施行).6眼は白内障と硝子体の同時手術を行った.そのほかの1眼はすでに白内障手術後であった.術中所見として,後部硝子体は未.離で増殖膜は広範かつ網膜との癒着が強く,牽引性網膜.離を12眼(57%)に認めた.光凝固は眼内内視鏡を用いて網膜最周辺部まで施行した.オイルは4眼で使用し1眼では抜去していない.硝子体手術回数は,1回のみが16眼(72%)で,1眼は網膜復位が得られず失明した.2回手術は4眼(18%),3回,4回手術が各1眼(5%)であった.2回手術の2眼はオイル1036あたらしい眼科Vol.30,No.7,20131.210.80.60.40.20図2術前術後の視力抜去術,1眼は硝子体出血の再発,残りの1眼と3回手術の1眼は同一症例の左右眼で,代表症例として後に提示した.4回手術眼は重症の牽引性網膜.離で,僚眼はすでに失明しており,オイルタンポナーデ2回(輪状締結術併施)後,3回目の手術で抜去したが,その後また.離が再発し,3度目のオイルタンポナーデを行い,現在まで抜去できずにいる.視力測定は20眼で可能であったが,平均小数視力は術前0.13(光覚弁.0.7),術後は0.64で,1.0以上が9眼(45%),0.5.0.9が4眼(20%),0.2.0.4が3眼(15%),0.02が1眼(5%),失明3眼(15%)であった(図2).術前と比較して2段階以上の視力改善を「改善」,2段階以上の悪化および手動弁からの光覚喪失を「悪化」,その他を「不変」とすると,改善16眼(80%),不変1眼(5%),悪化3眼(15%)であった(図2).失明眼の術前視力は光覚.0.01で,術前視力0.1以上の症例での悪化はなかった.1例2眼は精神発達遅滞のため視力測定ができず除外したが,行動面から術後はよく見えていると思われた.血管新生緑内障(NVG)は,術前からありが1眼(代表症例として後に提示)で,これ以外に術前に虹彩・隅角にルベオーシスを認めた症例はなかった.術後に発症したNVGは1眼(結果的に失明)で,発症率は21眼中1眼(5%)であった.NVG以外の0.1未満の視力不良は,網膜が復位せず失明した2眼と,黄斑萎縮で0.02の視力に終わった1眼であった.〔代表症例(症例10)〕患者:22歳,女性.4歳発症の1型DM.高校時代「太りたくない」とインスリンを中断.うつ病・自殺願望もあり,自傷行為を繰り返す.眼科受診歴について,2003年8月(20歳)に当科にて眼底検査をしたが異常はなく,問診上では2004年10月,某病院眼科を受診したが異常を指摘されなかったという.同年11月HbA1C11.6%にて内科入院し眼科も併診.腎症,高血圧,高脂・高コレステロール血症も合併(154)術後視00.20.40.60.811.2術前視力 図3代表症例の右眼眼底写真乳頭周囲に著明な新生血管を認める.していた.血糖コントロールはきわめて不良であり,入院時の1日の血糖値(mg/dl)は500超から300弱の間を変動していたが,3週間の入院中にインスリンを調整して高値は300程度に抑えられたが,ときどき低血糖発作を起こしていた.初診時視力は右眼0.9,左眼0.8で,網膜出血には乏しいが網膜内細小血管異常を認め,蛍光眼底撮影(FAG)にて両眼に広い無血管野と乳頭上新生血管を認めたため,汎網膜光凝固を開始した.血管アーケード外の光凝固終了後も新生血管は増悪し続け(図3),FAGにて黄斑近傍までの無血管野を認めた(図4).硝子体手術の必要性を説明したが,「大学の夏休みまでは手術は受けない」とのことであった.2005年3月右眼隅角新生血管と周辺虹彩前癒着が発生し,周辺網膜に冷凍凝固術を施行した.4月右眼眼圧は29mmHgに上昇し降圧点眼を開始した.5月右眼の視力低下(0.04)と眼痛を訴え来院,NVGにて眼圧は58mmHgに上昇していたため,同日トラベクレクトミーを施行した.術後眼圧は正常化したが硝子体出血を生じて眼底透見不能となった.6月の超音波検査では網膜.離は認めず,8月に硝子体手術を施行すると,網膜は全.離で復位せず,再手術にても失明に至った.一方,左眼は7月に硝子体出血を生じて眼底の詳細不明となっており,右眼の重篤な経過を受け,急遽硝子体手術を施行した.術中黄斑中心窩に迫る牽引性.離を認めたが,復位を得てオイルタンポナーデを施行した.9月に下方周辺部に.離が再発し,再手術で復位させ再びオイルを注入した.12月にオイルを抜去し,翌年8月白内障手術を施行し,最終的に0.2.0.3の視力を残せた.III考按若年PDRに対する硝子体手術成績は,視力改善50.83%,悪化13.28%と報告され2.8),今回の改善82%,悪化(155)図4代表症例の右眼蛍光眼底写真黄斑部に及ぶ著明な無血管野を認める.14%はこれらと比べ遜色ない結果であった.また,45%の症例で1.0以上,65%の症例で0.5以上の視力を得た.術後合併症としてNVGは重要であり,発症頻度は10.23%2.4,7)とされている.NVG発症と硝子体手術時の水晶体同時切除との関連について,同時切除すると血管新生因子の前眼部への移行が容易となってNVG発症リスクが高まり4),一方,水晶体を温存すると網膜最周辺部への光凝固が困難となるリスクも指摘されている7).今回は眼内内視鏡を使用することで,白内障がない限り水晶体を温存し,かつ網膜最周辺部までの光凝固が可能であったことが,NVG発症の低さ(22眼中1眼5%)に寄与した可能性がある.手術時のHbA1C値は5.3.14.7%であったが,ほとんどの症例で数年以内のHbA1C値は10%以上であり,DMRの管理上血糖コントロールの重要性が再認識された.高血糖以外に高血圧,腎症,貧血,高コレステロール血症,高脂血症などが多くみられた.腎症・腎性貧血はPDRの術後視力不良のリスクとされ8),高血圧と腎症の合併はNVG発症のリスクであり2),加えて高コレステロール血症,高脂血症は血管障害のリスクとなる.若年者のDMRがその発症段階から,高血糖のみならずこれら複数の不良な全身因子の影響を受けている可能性がある.手術時年齢は22.33歳(平均29.4歳)で,思春期以降に発症した群も,以前に発症した群も手術時年齢に差はなかった.1型DMは新生児期から発症が始まり,10.11歳でピークとなる.合併症は15歳ころまでは網膜症・腎症ともに非常に少なく,思春期から増加することが知られている9).思春期には生理的に性ホルモン・成長ホルモンが増加してインスリン抵抗性が増大し,インスリン需要が増加する.加えて,思春期では精神的不安定性から治療の中断や食餌療法のあたらしい眼科Vol.30,No.7,20131037 乱れが生じやすく,女性では肥満を嫌うことから過度な食事制限を実行することもある.これらの要因から,思春期以前に発症した1型症例では思春期以降に血糖コントロール不良となる危険がある9).2型DMは生理的にインスリン需要が増大する思春期から発症が始まるが,生活状況・肥満との関連が強く,自覚症状にも乏しく,思春期特有の精神的不安定性ともあいまって,思春期発症の2型DM患者は血糖コントロール不良となりやすい9).今回の症例で,思春期以降に発症した群も,以前に発症した群も手術時年齢に差はなかったことは,血糖コントロール不良の期間がおもに思春期以降に限られたことを示唆している.DM患者とうつ症状の関連では,成人DM患者を対象としたアンケート調査10)によると,視覚障害のない場合はうつ病疑い者は0.9%であり,軽度のうつ状態を含めても20%であるのに対し,視覚障害者の場合はうつ病疑い者は40%,軽度のうつ状態を含めると67%に及び,うつ症状と視覚障害との関連が大きいが,今回の若年者では,DMR発症以前からうつ病など精神疾患を合併する症例が多く認められた.これは,小児.思春期でのインスリン注射,カロリー制限などの必要性や,他の健康な子供との格差の自覚などが精神発達に悪影響を及ぼした可能性がある.精神疾患を合併してDMコントロール意欲が低下し,食餌療法やインスリンなどの中断に至れば,DMRの発症・進行に悪影響を及ぼす可能性も大きいため,小児科・内科・精神科と眼科の連携が重要と思われる.提示した代表症例(症例10)に関連して,DMR単純型の初期症例や,DMRを認めない症例が血糖コントロール(おもにインスリン)開始後短期間に増悪し,汎網膜光凝固を施行してもなお増殖型に進展する例が報告されており,比較的若年かつ罹病期間が長く,未治療期間が長い例に多いといわれる.また,危険因子の一つに治療開始後の低血糖発作もあげられている10,12).代表症例は4歳で発症した1型DMであり,長期間インスリン治療がなされてはいたが,インスリンを自己中断した期間が思春期の数年間あり,インスリンを再開した後も血糖コントロールはきわめて不良であった.3週間の入院によりインスリン治療法を改善することで最高血糖値を300mg/dl程度に下げたが,低血糖発作も伴っていた.この入院中の眼科受診によって網膜内細小血管異常,広範な無血管野,新生血管の発生が認められ,その直後から汎網膜光凝固を施行したが網膜症の進行は抑えられず,片眼は5カ月後にNVGを発症し,その後網膜全.離となって硝子体手術を施行したが失明に至り,僚眼は硝子体手術で0.2.0.3の視力が保持された.この増悪の1年前は当科診療録により網膜症は認めず,増悪1カ月前の某施設での眼底検査でも異1038あたらしい眼科Vol.30,No.7,2013常は指摘されなかったとの問診結果であったので,長くても1年以内に網膜症のない状態から増殖型に進行したことがわかる.血糖コントロール開始後短期間に増悪する原因としては,①血小板凝集能の亢進,②赤血球の酸素解離能の低下による低酸素状態の発生,③網膜循環血量の低下などが考えられている12).このように急速な増悪所見をいち早く見出すためには最低2週ごとの眼底検査とFAG撮影が必要という意見もある11).今回の調査では,DM発症年齢が明らかな場合は,発症から硝子体手術まで14年以上を要していたので,DM発症後10年超の若年患者や長期にわたる血糖コントロール不良の若年患者は,急速に網膜症が悪化することがあるので慎重な管理が必要と思われた.本稿の要旨は第17回日本糖尿病眼学会(2011年)にて発表した.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)岡野正:増殖糖尿病網膜症に対する後部硝子体.離と牽引の影響.眼紀38:143-152,19872)臼井亜由美,清川正敏,木村至ほか:若年者の増殖糖尿病網膜症に対する硝子体手術治療と術後合併症.日眼会誌115:516-522,20113)大木聡,三田村佳典,林昌宣明ほか:若年者の増殖糖尿病網膜症に対する硝子体手術.あたらしい眼科13:401403,20014)野堀秀穂,高橋佳二,松島博之ほか:若年者糖尿病網膜症に対する硝子体手術成績.眼臨99:638-641,20055)伊藤忠,桜庭知己,原信哉ほか:若年発症の増殖糖尿病網膜症の手術成績.眼紀55:732-735,20046)山口真一郎,松本行弘,瀬川敦ほか:若年者増殖糖尿病網膜症に対する硝子体手術成績10年前との比較.眼臨100:93-96,20067)三上尚子,鈴木幸彦,吉岡由貴ほか:若年者糖尿病網膜症に対する白内障硝子体同時手術の成績.眼紀52:14-18,20018)笹野久美子,安藤文隆,鳥居良彦ほか:増殖糖尿病網膜症硝子体手術の視力予後不良への全身的因子の関与について.眼紀47:306-312,19969)川村智行:小児・思春期糖尿病の病態.糖尿病学─基礎と臨床(門脇孝,石橋俊,佐倉宏ほか編),p647-650,西村書店,200710)山田幸男,平沢由平,高澤哲也ほか:中途視覚障害者のリハビリテーション第9報:視覚障害者にみられる睡眠障害とうつ病の頻度,特徴.眼紀55:192-196,200411)関怜子,安藤伸朗,小林司:急性発症,進行型糖尿病性網膜症の病像について.臨眼38:253-259,198412)田邉益美,松田雅之,鈴木克彦ほか:急速に増殖網膜症に至った若年糖尿病の2例.公立八鹿病院誌11:17-22,2002(156)