特集●眼鏡の最近の話題あたらしい眼科30(8):1069~1076,2013特集●眼鏡の最近の話題あたらしい眼科30(8):1069~1076,2013眼精疲労と眼鏡AsthenopiaandSpectacles梶田雅義*はじめに身体の中で最も疲れやすい組織は筋肉である.眼にはものを見るときにピント合わせをするための毛様体筋と,見ようとする物体に正しく視線を向けるための外眼筋がある.毛様体筋はおもに近くを長い時間見続けることによって,外眼筋は激しく眼球を動かしたり,同じ所を長時間じっと見続けることによって疲れを生じる.最近は,iPhoneなどの普及によって,VDT(visualdisplayterminal)画面を見る距離がさらに近くなり,遠くがよく見える眼では,毛様体筋に大きな負担が掛かる.眼鏡を外して裸眼で見る機会も多くなっている近視の人のなかに,眼位異常が出現して,外眼筋の疲労によって眼精疲労を訴える人も増えている.眼精疲労を予防するためには眼の状態と生活環境に適した矯正用具を使用することが大切である.I眼精疲労発症の基礎知識1.毛様体筋疲労と視力若い頃から頭痛や肩こりで悩んでいる人の多くは,眼には自信があるという裸眼視力が良好な人が多い.そのほとんどが遠視眼で,あるときから症状がひどくなったという近視眼のほとんどは,遠方が非常によく見える眼鏡やコンタクトレンズを装用した後に発症している.このような不適切な眼鏡やコンタクトレンズを使用し始めて,3~6カ月後に症状が出現する人が多い.そのため,頭痛や肩こりの発症が眼鏡やコンタクトレンズを変更したことに気づかれないことも少なくない.もちろん,これらの人は適切な眼鏡やコンタクトレンズに戻すことで,頭痛や肩こりの症状は消退する.2.屈折異常ピント合わせを行う毛様体筋が休止した状態で,平行光束が網膜面上に収束する眼を正視,網膜面よりも前に収束する眼を近視,網膜面よりも後ろに収束する眼を遠視という1)(図1).これらの屈折異常は遠点で説明するとその病態がもう少しわかりやすくなる.すなわち,遠点は毛様体筋が休止している状態で,ピントが合っている距離を示す.正視は無限遠にピントが合っているので,「正視眼の遠点は無限遠にある」,近視は眼の前の任意の一点にピントが合っているので,「近視眼の遠点は眼前有限距離にある」,遠視は無限遠よりも遠方にピントが合っていることになるが,無限遠と網膜面は共役点であるので,「遠視眼の遠点は網膜面後方にある」と表現できる(図2).3.生理的緊張状態の眼私たちがどこを見るともなくボーッとしているときや,何も見る目標物がない暗黒の中では,毛様体筋は完全に弛緩した状態ではなく,生理的な緊張状態にある.これは調節安静位とよばれており,ピント位置は正視眼でおよそ1mの距離にあるといわれている.毛様体筋を働かせることによって,ピントの合う位置を移動させ*MasayoshiKajita:梶田眼科〔別刷請求先〕梶田雅義:〒108-0023東京都港区芝浦3丁目6-3協栄ビル4F梶田眼科0910-1810/13/\100/頁/JCOPY(25)1069毛様体筋が休んでいる状態で評価網膜面に焦点を結ぶ光源の位置網膜面に焦点を結ぶ光源の位置正視焦点が網膜面上遠点正視∞∞無限遠∞∞近視焦点が網膜面より前遠視焦点が網膜面より後図1屈折異常の定義正視:平行光束が網膜面に収束する.近視:平行光束が網膜面よりも前に収束する.遠視:平行光束が網膜面よりも後ろに収束する.調節安静位遠点他覚遠点他覚近点自覚近点自覚遠点図3調節とピント位置,自律神経の関係ピントが合う最も遠い位置は遠点,最も近い位置は近点で,検査器機で測定できる最も遠視寄りの屈折値は他覚遠点,最も近視寄り屈折値は他覚近点である.近点と遠点の間に調節安静位がある.調節安静位から遠方へのピントの移動は「負の調調節リード調節ラグ負の調節正の調節(他覚的調節域)明視できる範囲(自覚的調節域)ることができる.毛様体筋の動きは自律神経に支配されており,調節安静位から遠方への移動は「負の調節」とよばれ,交感神経が担当し,調節安静位から近方への移動は「正の調節」(単に調節)とよばれ,副交感神経が担当している(図3).すなわち,眼のピント合わせは交感神経と副交感神経が直接拮抗している.私たちが日常生活では快適な遠方視力が得られる状態で,パソコンや携帯の画面を見ているときには,正の調節努力を行っており,副交感神経が優位になった状態を維持することになる.副交感神経は静かに休むときに優位になる神経である.したがって,リラックスしてパソコンや携帯画面を見ていればよいが,仕事で画面を見ているときには,身体は交感神経が優位になろうとする.一方,眼のピント合わせは副交感神経が優位な状態を維1070あたらしい眼科Vol.30,No.8,2013近視遠点∞眼前有限距離遠視∞遠点網膜面後方図2遠点と屈折異常の関係遠視は遠くがよく見える“良い眼”と思われているが,ピント合わせをしなければ,遠くにも近くにもピントが合わない眼である.近視は“悪い眼”の代表として扱われているが,眼鏡がなくても近くはよく見える眼である.節」,近方へのピントの移動は「正の調節」とよばれている.遠点と近点の間は調節域であり,ピントを合わせることができる.持しようとするため,この状態を無理に続ければ,自律神経はバランスを崩して,自律神経失調症に陥ることになる.4.毛様体筋と調節微動私たちが肘関節を直角に曲げて,手におもりを持って腕で支えたときに,おもりが軽ければ,腕は静止した状態でおもりを支えることができる.おもりが重くなると,腕には震えが生じる.腕が疲れているときには,わずかな重さのおもりに対しても腕に震えが出現する.同様にピント合わせに負担が掛からないときには毛様体筋には震えが生じないが,ピント合わせの負担が大きくなると,毛様体筋に震えが出現する.毛様体筋の震えは水晶体に伝わり,屈折値を振動させる.この屈折値の震え(26)は調節微動とよばれ,1秒間に10数回の屈折測定を連続して記録すると,正弦波様の揺れとして観察される(図4).この調節微動を周波数分析すると,特徴的な低-4視標位置-5D-3視標位置-3D-2-1視標位置-1D0屈折値(D)010203040(sec)時間図4毛様体筋の震えと調節微動下段は1m,中段は33cm,上段は20cmに提示された視標にピントを合わせているときの他覚屈折値の揺れを示す.1mの視標では毛様体筋の震えはそれほど生じていないが,33cmの距離では大きな震えが出現している.〈ライト製作所社製〉Speedy-KVer.MF1周波成分と高周波成分に分けられる2).調節微動の高周波成分の出現頻度(HFC:highfrequencycomponent)が毛様体筋の震えの強さを反映する.このHFCは調節機能解析装置を用いると,容易に検出できる(図5).近い距離の視標を見ているときに,HFCが高い値を呈している状態は,毛様体筋の緊張が強まっていて,副交感神経が異常に優位な状態を示す.副交感神経の異常に優位な状態が持続すれば,中枢や末梢の血流を低下させて,頭痛や肩こりを発症させると考えられている.5.Fk.mapで見る調節機能3)a.Fk.mapの見方(図6)横軸は提示視標位置をジオプトリー単位で示し,縦軸は他覚的屈折値を示す.点線の位置は提示視標位置の屈折値を示す.カラムの高さは被検眼の他覚的屈折値を示し,カラムの色はHFC値で,毛様体筋の緊張状態を示〈ニデック社製〉AA-1Speedy-iAA-2図5調節機能解析装置調節微動を測定することによって,毛様体筋の緊張状態を推測できる.Speedy-K(ライト製作所社製)は1号機で,続いてAA-1(ニデック社製)が発売された.それぞれのメーカーの2号機では,Speedy-iはスクリーニングモードが付き,1眼の測定時間が49秒に短縮され,AA-2は調節応答が得られにくかった乱視眼でも安定した調節応答が得られる特徴を有している.(27)あたらしい眼科Vol.30,No.8,20131071す.緑色は毛様体筋にほとんど負担が掛かっていない状態で,赤色は毛様体筋に強い負担が掛かっている状態で,その間をグラデーション色で示す.b.正常眼(図7)他覚的屈折値は視標の提示位置をよく追随しており,無限遠視標↓1m視標↓50cm視標↓33cm視標↓図6調節機能解析装置で記録されるFk.map毛様体筋の緊張が高まっているときには赤色が多く,毛様体筋の緊張が低いときには緑色で示される.標準的な成人の場合,遠方視標に対しては緑色で,視標位置が33cm程度に近づくと,わずかに赤色が加わる.毛様体筋の負担もほとんどない.視標の位置と他覚的屈折値の差は調節ラグ(調節の遅れ)とよばれている.c.調節異常のFk.map調節機能解析装置の普及に伴い,調節異常の病態が明らかになりつつある.年齢相応の調節力を有しているが,ピント合わせのために毛様体筋に負担が大きくなった状態は調節緊張症である(図8a).毛様体筋の緊張が異常に高まり,ピント位置が自分の意思ではコントロールできなくなった状態は調節けいれんである.眼の疲れが激しく,視力が不安定で,急激に近視が強まる(図8b).老視になると,ピント位置を移動させることができなくなり,毛様体筋もピントを合わせる努力を行わなくなる(図8c).ところが,老視になっても,ピントを合わせようと毛様体筋を興奮させて,調節けいれんの状態に陥る場合がある.視力値にはほとんど変化がないが,激しい眼の疲れと頭痛や肩こり,ときに嘔気や嘔吐を伴うこともある(図8d).最近,増加傾向にあるのがテクノストレス眼症で,遠方視標に対しては正常眼と類似の反応を呈するが,近方視標に対しては調節緊張症や調節けいれんの状態を呈する(図8e).これらの調節異常は眼精疲労を発症することが多いが,眼鏡や点眼液を使用して,調節の治療を行うと,症状は消退する.AA-1のFk-mapSpeedy-iのFk-map図7正常者のFk.map遠方から近方のすべての視標に対して,毛様体筋の緊張が低い.眼の疲れや肩こりの自覚はまったくない.1072あたらしい眼科Vol.30,No.8,2013(28)a:調節緊張症AA-1のFk-mapSpeedy-iのFk-mapb:調節けいれんAA-1のFk-mapSpeedy-iのFk-mapc:老視AA-1のFk-mapSpeedy-iのFk-map図8a~c調節異常眼のFk.map①(図説明は次頁参照)(29)あたらしい眼科Vol.30,No.8,20131073d:老視の調節けいれんAA-1のFk-mapSpeedy-iのFk-mape:テクノストレス眼症AA-1のFk-mapSpeedy-iのFk-map図8d,e調節異常眼のFk.map②a:調節緊張症.視力低下と頭痛,肩こりを訴えて来院した27歳,女性のFk-mapを示す.調節反応量は十分にあるが,すべての視標位置に対して,強い毛様体筋の緊張を認める.b:調節けいれん.急激な視力低下と,頭痛,嘔気などの不定愁訴のために紹介され来院した22歳,女性のFk-mapを示す.視標位置に関係せずに,強い毛様体筋の緊張を認め,自らはピント合わせをコントロールできない状態になっている.c:老視.近方視力の低下を訴えて来院した58歳,女性のFk-mapを示す.視標が近づいてもまったくピント位置は移動しないし,毛様体筋に緊張も生じていない.「私はまだ老眼ではない」と頑張っていたが,このFk-mapを提示したところ,観念して,眼鏡の処方に応じた.d:老視の調節けいれん.近方視力の低下と激しい眼の疲れを訴えて来院した63歳,女性のFk-mapを示す.どの距離の視標に対しても,毛様体筋に強い緊張を認めるものの,近くを見るために必要なピント位置は移動していない.e:テクノストレス眼症.日常生活では異常を自覚していないが,パソコンに向かって仕事を開始すると,すぐに激しい眼の疲れが襲ってきて,仕事ができない.休職して精神科医の治療を受けていた30歳,女性のFk-mapを示す.調節改善の点眼と,累進屈折力レンズ眼鏡を処方したところ,症状は改善し,長時間のパソコン作業にも耐えられるようになった.(図8a~eは,梶田雅義:『肩こりの臨床─関連各科からのアプローチ─』Ⅲ病因と病態.7眼性疾患による肩こり.p74-82,克誠堂,2013より)1074あたらしい眼科Vol.30,No.8,2013(30)II眼精疲労の原因眼精疲労の原因が矯正状態にあることを疑うことはそれほどむずかしいことではない.1.眼鏡による方法裸眼視力が良好で,これまで裸眼で読書を行っていた人では,両眼に+1.00Dの検眼レンズを検眼枠に入れて装用させ,10~20分間読書を行ってもらう.裸眼で読書を行ったときのような肩や首筋に突っ張る感じが生じない,あるいは軽減するようならば,眼精疲労の原因は裸眼で生活していることにある.遠方がよく見える眼鏡を装用して読書を行っている人では,装用中の眼鏡に+1.00Dの検眼レンズを貼り付けて,同様に試してみる.このとき,遠方を見るとぼやけて見えるため,不快を訴えることがあるので,遠くは見ないで,読書に集中してもらうように指示することが大切である.2.点眼薬による方法低濃度(0.02~0.05%)のシクロペントラート(サイプレジンR)点眼液を両眼に1滴ずつ使用してみる.点眼して数分後に,眼の奥の痛みや首,肩にかけて存在していた“こり”が消退するのを実感できれば,眼精疲労の原因は不適切な矯正状態にあると考えられる.このとき,毛様体筋と同時に虹彩括約筋にも軽度の麻痺が生じるため,検査後しばらく羞明を伴うことを事前に説明しておく必要がある.3.調節微動による方法調節機能解析装置を用いて,Fk-mapを記録する.提示視標位置が.2.00~.3.00Dに対する調節応答のHFCが高値(赤色)であれば,眼精疲労の原因が現在の矯正状態にあることが強く疑われる.テクノストレス眼症や老視眼の調節けいれん状態は,通常の眼科検査ではまったく検出できない.4.外眼筋疲労を予測する方法両眼で見ていると頭痛や肩こりを生じるが,片眼を閉じて,片眼で見ると症状が和らぐ場合には,斜位が疑わ(31)れる.また,両眼で近くを見ているときよりも遠くを見ているときのほうが著しいという訴えがあれば,内斜位が疑われ,反対に遠くよりも近くを見ているときのほうが辛いという訴えは,外斜位の存在を疑わせる.ときどき,複視を感じるという訴えがあれば,なお確診に近づく.カバー・アンカバーテストを行えば,ある程度判定できる.III眼精疲労の治療と眼鏡処方不適切な矯正状態のために眼精疲労が発症していることが疑われたら,すぐに治療を開始する.確定診断は治療の結果で明らかになるので,いわゆる診断的治療といえる.1.調節異常が原因の診断的治療Fk-mapによる毛様体筋の緊張が軽度であれば,調節機能改善のために抗コリンエステラーゼ薬であるメチル硫酸ネオスチグミン(ミオピンR)を1日4回点眼する.毛様体筋の緊張が強い場合には,これに加えて,副交感神経麻痺薬であるシクロペントラート点眼液(サイプレジンR)を0.02~0.05%濃度に希釈して就寝直前に1回点眼する.効果があれば,1カ月程度続けて,症状が治まっている間に,累進屈折力レンズ眼鏡を処方し,常用を開始する.VDT作業が長時間に及ぶ症例では,近々累進屈折力レンズの作業用眼鏡を処方するのが望ましい.2.調節異常が原因の眼鏡処方Fk-mapで遠方視標に対しては正常な調節応答が検出される場合には,日常生活でほとんど正常な調節応答ができる調節負荷の範囲内で見ることができるように,累進屈折力レンズの眼鏡を処方し,常用してもらう.遠視眼では裸眼で遠方がよく見えるので,眼鏡を常用することに抵抗を示されることが多いが,治療目的であることを伝えて,必ず常用してもらえるように指導することが大切である.パソコンや携帯端末を長時間見る必要がある場合には,自律神経を健全に保つために,画面を見るときに交感神経が優位になるような眼鏡を処方する.すなわち,調節安静位を長時間見続ける距離よりもやや近あたらしい眼科Vol.30,No.8,20131075くに設定する.もちろん,このような眼鏡では遠くはよく見えないので,遠くを見るための眼鏡とは別に作業用眼鏡として使用するか,あるいは,そのような度数をレンズの下方で提供できるような累進屈折力レンズ眼鏡を処方する.初めて使用する累進屈折力レンズ眼鏡では近方加入度数を大きく与え過ぎないように注意が必要である.必ず,累進屈折力のテストレンズを使用して,十分な時間の試し装用を行った後に処方する.3.眼位異常が原因の眼鏡処方斜位が原因の場合にはプリズム眼鏡の装用を勧める.プリズムでは十分に矯正できない眼位異常の場合には,右眼と左眼でピントの合う距離を変えるモノビジョン矯正が奏効することもある.眼位異常と調節異常が同時に関与している場合には,累進屈折力レンズとプリズムを加えて処方する必要がある.おわりに遠方の視力が良好であって,眼精疲労が激しい人は,その原因に不適正な矯正状態が関与していることが多い.また,眼鏡の度数を更新して3~6カ月後から発症する眼精疲労は,新しくした眼鏡の度数が原因であることが多い.最近ではLASIK(laserinsitukeratomileusis)や有水晶体眼内レンズで近視を矯正して半年以上経過した頃に眼精疲労が発症している症例も多く,裸眼視力は良好になっても,適切な矯正とはいえない状態である.内科的な治療に抵抗する慢性の眼精疲労,急激に進行する自律神経失調症様あるいはうつ病様の症例に遭遇したときには,眼筋の矯正状態のチェックを忘れないようにしたい.現代社会では,裸眼あるいは眼鏡やコンタクトレンズで遠くがよく見える矯正状態が実は危険因子を含んでおり,不定愁訴と思われていたさまざまな症状が適正な眼鏡やコンタクトレンズを処方するだけで改善する.このような症例が増加傾向にあることは屈折矯正に携わる眼科医の責任であることを周知すべきである.文献1)所敬:屈折異常とその矯正.p75-119,金原出版,19882)CampbellFW,RebsorJG,WestheimerG:Fluctuationsofaccommodationundersteadyviewingconditions.JPhysiol145:579-594,19593)KajitaM,OnoM,SuzukiSetal:Accommodativemicrofluctuationinasthenopiacausedbyaccommodativespasm.FukushimaJournalofMedicalScience47:13-20,20011076あたらしい眼科Vol.30,No.8,2013(32)