特集●眼科生体染色のアップデートあたらしい眼科29(12):1629.1633,2012特集●眼科生体染色のアップデートあたらしい眼科29(12):1629.1633,2012後眼部編トリアムシノロンによる硝子体の可視化VisualizingVitreousUsingTriamcinoloneAcetonide山切啓太*坂本泰二*はじめに近年,硝子体手術の進歩のスピードがめざましく感じられる.経結膜小切開硝子体手術の普及など理由は多岐にわたるであろうが,しかしやはり眼内組織の可視化ができるようになったことをあげる術者は多いのではないだろうか.現在硝子体手術には必要不可欠といっても過言ではないツールであり,Peymanら1),Sakamotoら2)が提唱したトリアムシノロンアセトニド(triamcinoloneacetonide:TA)による硝子体の可視化は,硝子体手術の進歩にとって大きなブレイクスルーとなったことは間違いない.当初わが国ではケナコルトARが使用されていた.硝子体手術での安全性,有用性の証明を経て,現在ではマキュエイドRの保険適用が承認され,硝子体手術時の可視化剤として使用されている.Iトリアムシノロンアセトニド(TA)TAは非水溶性のステロイド薬である.白色の細かい粒子状になっていて,眼内灌流液に混ぜると白色の懸濁液となる.硝子体ゲルにまとわりつくように付着する性質をもっているため可視化目的の補助薬剤として硝子体手術で使用されるようになった.ケナコルトARとマキュエイドRはどちらも同じTA製剤であるが,ケナコルトARが懸濁液の状態で製品化されているのに対し,マキュエイドRは粉末の状態で製品化されている3).ケナコルトARを使用する際には,添加物を可及的に除くために上澄を除去したのちに眼内灌流液に溶解して用いていたが,マキュエイドRは洗浄の手間はなく,直接眼内灌流液を用いることができ,また添加物を含まないために後述する術後の無菌性眼内炎の危険性も少ないとされている.実際の使用については,マキュエイドR1バイアルに4mlの生理食塩液または眼内灌流液を注入してTA濃度が10mg/mlになるように懸濁する.当科では2.5mlのシリンジに27ゲージの鈍針を装着し,使用直前にしっかり撹拌したうえで硝子体内に注入している.使用の印象としては,どの程度使用前に撹拌するかということにも左右されるが,発売当初と比較すると,マキュエイドRは粒子を途中から小さくなった影響か均一に撒くことができるようになり,針の中で詰まり気味になることもなくなった.眼底でも塊になりにくく,現在は特に使いづらさは感じなくなった.ケナコルトARは比較的安定性が高いが,現在では硝子体手術では使用できない.硝子体手術中に後極部に散布したそれぞれの写真を示すが,いずれも視認性という意味で手術を行う環境を良くしてくれていることには違いはない(図1,2).IITA併用硝子体手術の安全性と有用性に関する多施設研究4,5)1.概要硝子体手術におけるTA併用の安全性と有効性を確認するために,2004年1月から2005年8月に鹿児島大学をはじめとする全国8施設で行われた.硝子体手術*KeitaYamagiri&TaijiSakamoto:鹿児島大学大学院医歯学総合研究科眼科学〔別刷請求先〕山切啓太:〒890-8520鹿児島市桜ヶ丘8-35-1鹿児島大学大学院医歯学総合研究科眼科学0910-1810/12/\100/頁/JCOPY(39)1629図1マキュエイドRによる後極部の硝子体皮質の可視化マキュエイドRによる後極部の硝子体皮質の染色は,粒子が小さく,比較的均一に可視化できる.図2ケナコルトARによる後極部の硝子体皮質の可視化ケナコルトARによる後極部の硝子体皮質の染色も視認性に遜色はない.の適応となる種々の疾患を対象としてTA併用群と非併用群に振り分けて術後1年間経過を観察したものであり,硝子体手術を対象とした多施設前向き試験としてはわが国初のものである.有水晶体眼に対しては,必要に応じて白内障手術を併施した.フローチャートを図3に示す.対象症例920眼のうち適格基準,除外基準を満たす症例は774眼であった.これらをTAの使用の有無で2群に分け,術中合併症,術後合併症を調査した.1630あたらしい眼科Vol.29,No.12,2012登録査定症例920例組み入れランダム化適格症例774眼TA併用群391眼手術施行391眼脱落症例9眼脱落症例52眼脱落症例25眼完了303眼3カ月6カ月1年TA非併用群383眼手術施行364眼TA使用へ変更19眼脱落症例12眼脱落症例52眼脱落症例20眼完了295眼図3トリアムシノロン併用硝子体手術に関する多施設・前向き・ランダム化試験のフローチャート全体で740例が基準を満たし,術後1年時点まで観察を行った.追跡率は77.5%であった.中間評価の段階で一部脱落症例がみられたが,最終的には両群合計で600眼が調査を完了し,追跡率は77.5%であった.期間中細菌感染症や視神経萎縮などの重症有害事象はなかった.2.TA併用硝子体手術に関する多施設・前向き・ランダム化試験の結果a.術中合併症術中合併症として,網膜出血,網膜裂孔,網膜.離など表1に示すものがみられた.サブグループ解析の結果,TA併用群では術中の網膜裂孔(p=0.024)ならびに網膜.離(p=0.013)の発生が有意に低いことがわかった(表1).そこで網膜裂孔,網膜.離の術中発生要因について年齢,性,疾患で調整して多変量解析を行ったところ,TA併用群は有意に術中の網膜裂孔形成(p=0.031),網膜.離(p=0.014)の発生を抑制しているという結果となった.すなわち,TAを併用することで,手術の安全性が高まるということが示された.(40)表1術中合併症に関するサブグループ解析の結果術中合併症TA併用群(眼)TA非併用群(眼)p値網膜出血18220.58網膜裂孔34540.024網膜.離3140.013TA併用群では術中の網膜裂孔ならびに網膜.離の発生が有意に低いという結果が得られた.b.術後合併症術後3カ月までの眼圧上昇に関しては,TA併用群が術後78眼に眼圧下降薬を使用したのに対し非併用群では63眼で使用しており,TA併用群のほうが有意に術後眼圧下降薬を使用する症例が多かった(p=0.011)が,コントロールは可能であった.術後視力転帰に関しては,TA併用群と非併用群で改善の割合に差はなく,再手術症例の割合についても両群の差はなかった.以上の結果から,TA併用硝子体手術は従来の手術と比べ術中の裂孔形成や網膜.離の発症を抑制するという点で安全であり,術後早期には眼圧が上昇しやすいという問題はあるもののコントロール可能であり,術後1年時の合併症や治療転帰は従来の方法と同等である.すなわち,TA併用硝子体手術時の安全性,有用性を示すことができた.IIITA併用硝子体手術のメリット1.後部硝子体.離作製可視化によるメリットの端的な例としては,「後部硝子体.離作製」という概念が「残存硝子体皮質の除去」を含んでいるという考え方があげられるが,現在ではすでに通常の手技となってしまった.これは硝子体の可視化の当然の帰結ということができる.後部硝子体.離(図4)の作製は,大きく分けると視神経乳頭直上から作製する方法と,後部硝子体皮質前ポケットから作製する方法がある6).いずれの方法を選択する場合でも,TAによる可視化を行うと,操作の無駄を省くことができる.現在主流となっている経結膜小切開硝子体手術では,従来の20ゲージ手術と比較して硝子体カッターの吸引口で硝子体ゲルをきちんと捉え,完全に閉塞することが比較的容易である.(41)図4トリアムシノロンを用いた後部硝子体.離いわゆるWeiss’ringと後部硝子体皮質前ポケットの後壁が確認できる.作製のポイントは,いわゆるcorevitrectomyの際に後部硝子体皮質前ポケットの前壁まで切除し,後壁と硝子体腔に立ち上がる部分までを残す.ポケット内にTAをやさしく振りかけることが大切で,硝子体腔内を舞わないようにする.確実に見たい領域のみにTAをまとわりつかせることができれば,時間も短縮できる.ポケットのどこかを可視化するというよりは,この部分はポケットの後壁の内側のはずだから,きっかけをつかまえることができる程度にまとわらせる,という意識で操作するのがよい.少なくともポケット後壁内側の上方もしくは下方半分を可視化できれば,通常の症例では対処可能である.ただし,強度近視など硝子体ゲルの液化が進行した症例ではすぐに硝子体皮質がちぎれてしまうため,乳頭周囲とポケット全体を可視化したうえで丁寧に作製するほうが確実である.2.残存硝子体皮質の検出と除去残存硝子体皮質を除去するには,後部硝子体.離作製とは異なり,後極部を中心に軽く吹き付けるようにする.筆者は吹き付けたのちに硝子体腔内を舞っているTAをカッターである程度吸引したのちに,バックフラッシュニードルで網膜面のすれすれのところを軽く擦過するようにしながら受動吸引で皮質を除去していくあたらしい眼科Vol.29,No.12,20121631図5残存硝子体皮質の除去バックフラッシュニードルで網膜面のすれすれのところを軽く擦過するようにしながら受動吸引で皮質を除去していく.網膜への器械的ストレスを抑えることができる.(図5).やや時間のかかる作業ではあるが,おそらく網膜へのストレスを最も抑えうる.IVTA使用に関する問題点1.眼内炎使用に際し最も注意しなければならないのは眼内炎である.Moshfeghiらは,TA硝子体注射を施行した922眼中8眼(0.87%)と高頻度に感染性眼内炎が発症し,そのうち3眼は光覚を失ったと報告した7).その後もう一つの重要な問題として,ケナコルトAR硝子体注射後の無菌性眼内炎の報告も出現した.懸濁液の液性成分が原因ともされるが,証明はされていない.しかし,正しく使用することで感染性眼内炎の頻度を低下しうるというコンセンサスは得られた.2009年に施行された,ケナコルトARを対象とした調査によると,硝子体注射562眼中の9眼(1.6%),手術時の可視化目的に使用された6,973眼中7眼(0.1%)で無菌性眼内炎が発症した(表2).そのうち14眼は翌日には霧視などの症状が出現したが,幸いすべての症例で,治療により後遺症を残すことなく視力が回復した8).1632あたらしい眼科Vol.29,No.12,2012表2トリアムシノロンによる無菌性眼内炎調査の結果用途症例数無菌性眼内炎%硝子体内注射56291.6硝子体可視化6,97370.1硝子体注射562眼中の9眼(1.6%),手術時の可視化目的に使用された6,973眼中7眼(0.1%)で無菌性眼内炎が発症した.2.白内障TA硝子体注射後に高率で白内障が生じるのはよく知られているが,硝子体手術の際の生体染色として用いる場合は,たいていの症例では白内障手術を併施するため白内障が問題となることは実際には少ない.水晶体を温存して手術を施行する場合であっても,使用を極力控えるか,もしくは使用しても術中にTAはほとんど除去するため,むしろ術後の核白内障が問題となることのほうが多いと思われる.3.眼圧上昇ステロイド薬により眼圧上昇をきたすことはよく知られている.ところがTA併用硝子体手術における眼圧変化に関する報告は少ない.Yamashitaらは,黄斑浮腫に対して硝子体手術を行い,終了時にケナコルトARを5mg投与した群と10mg投与した群を比較した結果,用量依存性に術後7日以内に眼圧上昇が最大になるが,数カ月で正常域に回復すると報告した9).現在,マキュエイドRは術中の使用に際し,終了時に取り除くこととしているため,実際にはTAによる眼圧上昇の程度は不明である.しかし臨床的な感覚では,コントロールできない眼圧上昇になることはそれほどないと思われる.おわりにTAを硝子体手術の可視化剤として使用することで,より安全に,より確実に硝子体処理を行うことができるようになった.また,かつては硝子体切除量に目を奪われがちだった硝子体処理に対する考え方が,後部硝子体.離の概念とともに変化したことは間違いない.現在ではマキュエイドRが保険適用となり,より安全性に配慮できる形で使用できることは患者のみならず術者にとっても福音であると確信している.(42)文献1)PeymanGA,CheemaR,ConwayMDetal:Triamcinoloneasanaidtovisualizationofthevitreousandtheposteriorhyaloidsduringparsplanavitrectomy.Retina20:554555,20002)SakamotoT,MiyazakiM,HisatomiTetal:Triamcinolone-assistedparsplanavitrectomyimprovesthesurgicalproceduresanddecreasesthepostoperativeblood-ocularbarrierbreakdown.GraefesArchClinExpOphthalmol240:423-429,20023)吉田宗徳:硝子体手術補助剤マキュエイドR─ケナコルトARに代わる硝子体可視化剤─.眼科手術24:461-464,20114)YamakiriK,SakamotoT,NodaYetal:Reducedincidenceofintraoperativecomplicationsinamulticentercontrolledclinicaltrialoftriamcinoloneacetonideinvitrectomy.Ophthalmology114:289-296,20075)YamakiriK,SakamotoT,NodaYetal:One-yearresultsofamulticentercontrolledclinicaltrialoftriamcinoloneinparsplanavitrectomy.GraefesArchClinExpOphthalmol24:959-966,20086)山切啓太,坂本泰二:IV網膜硝子体手術の基本手技F.硝子体手術手技1.後部硝子体.離.眼手術学7.網膜・硝子体I,p200-205,文光堂,20127)MoshfeghiDM,KaiserPK,ScottIUetal:Acuteendophthalmitisfollowingintravitrealtriamcinoloneacetonideinjection.AmJOphthalmol136:791-796,20038)坂本泰二,石橋達朗,小椋祐一郎ほか:トリアムシノロンによる無菌性眼内炎調査.日眼会誌115:523-528,20119)YamashitaT,UemuraA,KitaHetal:Intraocularpressureafterintravitrealinjectionoftriamcinoloneacetonidefollowingvitrectomyformacularedema.JGlaucoma16:220-224,2007(43)あたらしい眼科Vol.29,No.12,20121633