特集●抗VEGF治療のすべてあたらしい眼科29(9):1179.1183,2012特集●抗VEGF治療のすべてあたらしい眼科29(9):1179.1183,2012VEGFと眼疾患VascularEndothelialGrowthFactorsinEyeDisease野崎実穂*はじめに眼血管新生は,眼の正常な発生に不可欠であるが,糖尿病網膜症や加齢黄斑変性といったさまざまな疾患の病態にも深く関与している.21世紀に入り,抗血管内皮増殖因子(vascularendothelialgrowthfactor:VEGF)薬の登場で,臨床の場での眼血管新生疾患の治療方針は劇的に変化してきている.VEGFが1989年に発見されたことを考えると,約20年を経て基礎研究に裏付けされた治療法が確立されたことになる.本稿では,おもにVEGFとVEGFの関与する眼疾患について述べる.IVEGF発見の歴史1948年にベルギーの眼科医であったMichaelsonは,虚血網膜から血管新生作用のある“FactorX”が分泌され,糖尿病網膜症などの血管新生に関与している,と推論した1).また1971年に米国ハーバード大学の外科医であったFolkmanは,腫瘍の成長は血管新生に依存し,腫瘍細胞が“腫瘍血管新生因子(tumorangiogenesisfactor:TAF)”を産生,この血管新生を抑制すれば腫瘍の抑制につながると仮説をたてた2).さらには,糖尿病網膜症のような,血管新生によって起こる疾患においては抗血管新生治療が有効なのではないか,とも考えていた.その12年後にSengerらが皮膚透過性の亢進したモルモットの肝細胞癌から,ある蛋白質を精製し,血管透過性因子(vascularpermeabilityfactor:VPF)と命名した.1989年に,FerraraおよびHenzelが内皮細胞を特異的に増殖させる因子を分離,遺伝子配列を決定し,血管内皮増殖因子(VEGF)と命名した3).その後,同じ年にVPFの遺伝子配列が決定されると,VPFとVEGFが同じ分子であることが判明した.VEGFは,二量体を形成する糖蛋白質で,おもに血管透過性と血管新生に関与する.その後,腫瘍とVEGFについての研究が盛んに行われ,VEGFは増殖の活発な血管の豊富な腫瘍に多く発現しており,1992年に,抗VEGF抗体A4.6.1,後にヒト化されベバシズマブと命名された抗体が作られ,このVEGF抗体によって血管新生を遮断することで腫瘍の成長を止めることが示された.ベバシズマブは,1997年に腫瘍に対する標準化学療法の補助療法として臨床試験が開始され,2004年に米国で承認されている.眼科領域では,1994年に糖尿病網膜症とVEGFの関連が初めて報告され,1996年に動物モデルを用いて抗VEGF抗体を用いて網膜血管新生を抑制させることに成功した.その後,2004年12月に,選択的抗VEGFアプタマーであるペガプタニブが滲出型加齢黄斑変性の治療薬として米国で承認された.IIVEGFVEGFは二量体からなる糖蛋白質で,内皮細胞に特異的に作用する.VEGFは血管発生と血管新生に関与,*MihoNozaki:名古屋市立大学大学院医学研究科視覚科学〔別刷請求先〕野崎実穂:〒467-8601名古屋市瑞穂区瑞穂町字川澄1名古屋市立大学大学院医学研究科視覚科学0910-1810/12/\100/頁/JCOPY(3)1179表1VEGFファミリーとその受容体および機能VEGFファミリー受容体機能VEGF(VEGF-A)VEGF-BVEGF-CVEGF-DVEGF-EVEGFR-1,VEGFR-2,neuropilin-1VEGFR-1VEGFR-2,VEGFR-3VEGFR-2,VEGFR-3VEGFR-2血管新生,血管系維持細胞接着,細胞遊走リンパ管新生リンパ管新生血管新生Placentalgrowthfactor(PlGF)VEGFR-1,neuropilin-1血管新生,炎症VEGFファミリーはVEGF-A.Eおよびplacentalgrowthfactor(PlGF)まであり,それぞれに受容体が決まっており,それぞれ異なる機能をもっている.VEGF-A121VEGF-A145VEGF-A165VEGF-A189VEGF-A206VEGF-CVEGF-DVEGF-BPlGFVEGF-ES-SS-SVEGFR-1NRP-1VEGFR-2VEGFR-3NRP-2(Flt-1)(Flk-1/KDR)(Flt-4)血管発生血管新生リンパ管新生図1VEGFファミリーとその受容体NRP(ニューロピリン)は,チロシンキナーゼのない受容体で,VEGFRの補助的役割をしていると考えられている.(HicklinDJ,EllisLM:JClinOncol23:1011-1027,2005より)血管透過性亢進作用もある.その他のVEGFの機能としては炎症細胞遊走や,神経保護作用がある.VEGFファミリーはVEGF-A.Eおよびplacentalgrowthfactor(PlGF)からなるが,血管新生に最も関与しており,最も研究されてきたのはVEGF-Aで,VEGFと表記しているものの,VEGF-Aをさしていることが多くVEGFファミリーの代表である(図1,表1).VEGFの受容体として,チロシンキナーゼのある受容体3つが同定されている.VEGFR-1(Flt-1),VEGFR2(Flk-1/KDR),VEGFR-3の3つのうち,VEGFR-1はおもに胎生期の血管発生に重要な働きをし,病的な血管新生への関与は少ないと考えられている.一方,VEGFR-2はほとんどすべての血管内皮細胞に発現し,VEGFの血管新生作用のほとんどに関与し,内皮細胞表2VEGFチロシンキナーゼ受容体とその機能VEGF受容体機能VEGFR-1胎生期の血管発生に大きく関与病的血管新生への関与は少ないVEGFR-2VEGFの血管新生作用のほとんどを担うVEGFR-3リンパ管新生に関与分裂,増殖,遊走促進や血管透過性亢進といった作用を担い,VEGFR-3は,リンパ管新生に関与するといわれている.また,VEGFR-1は,VEGFR-2に比べVEGFに対する親和性が10倍高いため,いわゆる“おとり受容体”としてVEGFの作用を調節していると考えられている(図1,表2).VEGF-Aはチロシンキナーゼ受容体であるVEGFR1あるいはVEGFR-2に結合し,VEGFファミリーのなかでは唯一虚血により誘導されるという特徴がある.VEGF-BはVEGFR-1に結合し,細胞外マトリックスの変性や細胞接着,細胞遊走に関与,VEGF-CとVEGF-Dは,VEGFR-2とVEGFR-3に結合し,リンパ管新生に関与するといわれている.PlGFはVEGFR1に結合し,炎症に関与する他,VEGF-Aによる内皮細胞の増殖を促進する作用があるが,PlGF単独の内皮細胞増殖作用は弱いと考えられている(表1).ヒトVEGF-Aのなかでも,アミノ酸の数の違いから,VEGF121,VEGF145,VEGF165,VEGF189,VEGF206の5つのアイソフォームが知られている.5つのアイソフォームのうち,VEGF165が最も多く存在しており,血管新生に重要な役割を果たしている.VEGF121は,発現量は少ないものの,VEGF165やVEGF189よりも内皮細胞増殖作用が強いといわれている.また,生理的血管新1180あたらしい眼科Vol.29,No.9,2012(4)生や神経保護作用4)ももっている.IIIVEGFと血管発生VEGFは脈管(血管)発生(vasculogenesis)と血管新生(angiogenesis)に関与する(図2).VEGF-A欠損マウスは胎仔致死であり,特にVEGF164(ヒトではVEGF165)とVEGF188(ヒトではVEGF189)欠損により異常肺血管発生など血管系欠損がひき起こされるようである.眼発生における血管発生にも,VEGF-Aが深く関わっている.眼発生の血管発生の始まるおもな部位は硝子体と脈絡膜であり,マウスの第一次硝子体過形成遺残モデルでは,硝子体血管にVEGF-Aが発現しており,網膜色素上皮細胞(RPE)におけるVEGF発現をノックアウトさせると,脈絡膜毛細血管板の形成不全がみられ小眼球となる5).網膜血管の発生は胎生期後期から始まり,生後も血管発生が続くが,VEGF-Aが血管の発芽と遊走に関与している.VEGF-Aは正常の網膜発生の過程で生理的虚血によって誘導され,VEGF-Aを阻害すると網膜血管の形成が抑制されてしまう.VEGF-Aのそれぞれのアイソフォームは眼発生の過程で別々の役割を担っていると考えられており,VEGF164だけを発現しているマウスでは正常の網膜血管発生がみられるが,VEGF120あるいはVEGF188だけを発現しているマウスでは,血管の発育が阻害されてしまう.図2血管発生と血管新生血管発生とは,胎生期に血管前駆細胞の分化,増殖,遊走から起きる新規の脈管形成をさす.血管新生は,既存血管から血管内皮細胞の遊走,増殖が起き,新たな血管が形成されることをさす.(5)IV正常眼におけるVEGF血管新生は,虚血,炎症,創傷治癒,腫瘍などによってひき起こされるが,正常の組織の恒常性維持にも必要なプロセスである.糖尿病網膜症や加齢黄斑変性では血管新生は病的に問題となるが,心臓のリモデリングや創傷治癒には血管新生は必要なプロセスである.また,VEGF-Aは眼血管系の維持にも関与していると考えられている.RPEから常にVEGF-Aは脈絡膜側へと産生され,脈絡膜毛細血管板にはVEGFR-2が発現していることから,PREと脈絡膜毛細血管板間でシグナルのやりとりがあると考えられている.RPEと脈絡膜毛細血管板の間に存在するBruch膜は,正常では透過性のある膜であるが,加齢による肥厚や脂質の沈着などが起きると,RPEからの脈絡膜側へのVEGF産生が抑制され,加齢黄斑変性の発症につながるといわれている.眼内では,さまざまな細胞からVEGFが産生されており,RPEの他,周皮細胞,血管内皮細胞,グリア細胞,Muller細胞と神経節細胞がおもなものである.VEGF-Aの産生を制御するものにはさまざまなものがあるが,低酸素は非常に重要な因子で,細胞培養実験でも低酸素状態にするとRPEからのVEGF-A産生が増加することが証明されている.VVEGFと眼疾患1.糖尿病網膜症糖尿病網膜症の基本病態は,血管透過性亢進,網膜虚血,血管新生である点から,VEGFと眼疾患の関連と■用語解説■血管発生(vasculogenesis):胎生期に血管前駆細胞の分化,増殖,遊走から起きる新規の脈管形成をさす(図2).血管新生(angiogenesis):生後,既存血管から新たな血管形成が起きること.炎症,虚血,創傷治癒,腫瘍などによって血管新生が誘導される(図2).マウスとヒトのVEGF-A:VEGF-Aのアイソフォームは5つあり,マウスはヒトに比べるとアミノ酸が1つずつ少ないため,ヒトのVEGF165はマウスのVEGF164に相当する.あたらしい眼科Vol.29,No.9,20121181して,糖尿病網膜症が注目された.実際に,活動性のある増殖糖尿病網膜症患者の硝子体内や前房水中でVEGF-Aが増加していることが報告された6).また,増殖糖尿病網膜症患者でも,汎網膜光凝固術後にはVEGF-Aの増加が有意に抑制されていることも報告され,治療によりVEGF-Aの発現を減少させることができることが明らかになった6).その後,増殖期ではない糖尿病網膜症患者でもVEGF-Aが上昇しており,特に黄斑浮腫を伴った症例でVEGF-Aの増加が認められ,黄斑浮腫とVEGF-Aの関連も明らかとなった.VEGF-Aの増加の機序としては,高血糖により機能的にも解剖的にも毛細血管障害が起き,毛細血管の無灌流が生じ,それにより虚血となりVEGF-Aが誘導され,血管新生が促進されると考えられている.2.網膜静脈閉塞症中心静脈閉塞症患者の前房水でも,正常眼と比較してVEGFが増加していることが報告された6).サルの網膜静脈閉塞症モデルでは,静脈閉塞後,虹彩血管新生の重症度と相関してVEGF-Aの発現が増加し7),網膜内でのVEGF121とVEGF165の増加が認められた.3.未熟児網膜症未熟児網膜症(ROP)患者の前房水でも,VEGFが増加していることが報告されている6).正常の網膜血管発生にVEGFは非常に重要な役割を担っており,網膜血管の発生途中では,生理的な虚血となりVEGFが誘導され,血管発生を促進させる.しかし,その時期に高酸素となると,生理的な虚血がなくなりVEGFが誘導されなくなり,毛細血管内皮細胞のアポトーシスが起こり,血管が退縮し,無血管の網膜が広がることになる.その後,通常の酸素濃度にさらされると,無血管の網膜は虚血となるためVEGFが誘導され,血管内皮細胞が硝子体内へ増殖,遊走し,血管新生が起きる.マウスを用いた酸素誘導網膜症モデル(ROPモデル)では,高酸素の時期にVEGFを投与することによりROP発症を防ぐことができ,通常の酸素濃度になりVEGFが過剰発現している時期にVEGFを阻害することによりROP発症を防ぐことが可能であった.そのような背景から,抗1182あたらしい眼科Vol.29,No.9,2012VEGF抗体(ベバシズマブ)をROP症例の硝子体内に投与し治療効果を得た報告もあるが,投与量,神経網膜発生への影響,全身への安全性といった問題もあり,今後検討される必要がある.4.脈絡膜新生血管加齢黄斑変性の剖検眼ではRPEにVEGFが過剰発現しており,摘出された脈絡膜新生血管でVEGFが発現していた8).実験的にはVEGFをサルの硝子体中に注入すると,脈絡膜血管内皮細胞増殖が促進され,さらにラットのRPEにVEGFを発現させたウイルスベクターを入れると,網膜下新生血管が形成されたことから脈絡膜新生血管におけるVEGFの関与も明らかとなり,現在の抗VEGF治療の確立につながった.5.血管新生緑内障虹彩血管新生の患者の前房水や硝子体中でVEGFが増加していることが報告されている6).実験的にサルの硝子体内にVEGF-A165を投与すると虹彩新生血管が誘導され,血管内皮細胞の増殖が確認された.さらに複数回のVEGF注射でサル眼において血管新生緑内障が誘導され,血管新生緑内障へのVEGF-Aの関与が証明された.6.角膜新生血管角膜は血管のない透明な組織であるが,興味深いことにVEGFが存在している.しかし可溶型のVEGFR-1(sflt-1)が“おとり受容体”として角膜に存在しVEGFと結合しているため,VEGFが細胞膜表面のVEGFR-2に結合できず,VEGFの血管新生作用や血管透過性亢進作用が抑えられている(図3)9).炎症などで浸潤するマクロファージからVEGFが産生されることが明らかとなっており,角膜新生血管に関与している.抗VEGF抗体の投与で角膜新生血管を抑制できることも報告されている.おわりに数々の眼血管新生疾患において,VEGFの関与が明らかとなり,現在の抗VEGF治療につながった.これ(6)図3可溶型VEGFR.1を阻害した角膜(左)と正常角膜(右)(マウス)左の角膜には血管新生を認める.下段は血管をFITC(fluoresceinisothiocyanate)蛍光抗体で染色した角膜フラットマウント.正常マウスの角膜には血管は存在していないが,可溶型VEGFR-1を阻害した角膜(左)では角膜が新生血管で覆われているのがわかる.らは,ベンチサイドからベッドサイドへ,という研究者の理想とするゴールではあったが,VEGFの長期阻害による副作用への懸念,反復する硝子体内注射という投与法などの問題もまだあり,今後より良い治療法,投与法の開発が期待される.文献1)MichaelsonIC:Themodeofdevelopmentofthevascularsystemoftheretinawithsomeobservationsonitssignificanceforcertainretinaldisorders.TransOphthalmolSocUK68:137-180,19482)FolkmanJ:Tumorangiogenesis:therapeuticimplications.NEnglJMed285:1182-1186,19713)FerraraN,HenzelWJ:Pituitaryfollicularcellssecreteanovelheparin-bindinggrowthspecificforvascularendothelialcells.BiochemBiophysResCommun161:851-858,19894)NishijimaK,NgYS,ZhongLetal:Vascularendothelialgrowthfactor-Aisasurvivalfactorforretinalneuronsandacriticalneuroprotectantduringtheadaptiveresponsetoischemicinjury.AmJPathol171:53-67,20075)MarnerosAG,FanJ,YokoyamaYetal:Vascularendothelialgrowthfactorexpressionintheretinalpigmentepitheliumisessentialforchoriocapillarisdevelopmentandvisualfunction.AmJPathol167:1451-1459,20056)AielloLP,AveryRL,ArriggPGetal:Vascularendothelialgrowthfactorinocularfluidofpatientswithdiabeticretinopathyandotherretinaldisorders.NEnglJMed331:1480-1487,19947)MillerJW,AdamisAP,ShimaDTetal:Vascularendothelialgrowthfactor/vascularpermeabilityfactoristemporallyandspatiallycorrelatedwithocularangiogenesisinaprimatemodel.AmJPathol145:574-584,19948)FrankRN,AminRH,EliottDetal:Basicfibroblastgrowthfactorandvascularendothelialgrowthfactorarepresentinepiretinalandchoroidalneovascularmembranes.AmJOphthalmol122:393-403,19969)AmbatiBK,NozakiM,SinghNetal:CornealavascularityisduetosolubleVEGFreceptor-1.Nature443:993997,2006(7)あたらしい眼科Vol.29,No.9,20121183