●連載◯280監修=福地健郎中野匡280.緑内障とグリア機能篠崎陽一東京都医学総合研究所視覚病態プロジェクトグリア細胞は,脳や網膜など神経組織に存在する非神経細胞である.緑内障患者の網膜や視神経乳頭部で大きく変化することが知られていたが,その役割については不明であった.本稿では,グリア細胞の機能異常が正常眼圧緑内障様症状を惹起する知見およびそのメカニズムを紹介する.●はじめに緑内障は,日本における中途失明原因第C1位の疾患である.もっとも広く知られたリスク因子は高眼圧であるが,アジア人,とくに日本人緑内障患者の大部分は正常眼圧緑内障(normalCtensionglaucoma:NTG)であるため,眼圧以外の要因について考える必要がある.緑内障は多因子疾患であるため,さまざまな要因が緑内障のリスクを上昇させる.それらのなかで,筆者らはとくに「グリア細胞」とよばれる細胞群が緑内障発症に関与する可能性について研究を進めている.グリア細胞は脳や網膜など神経系を構成する非神経細胞である.従来,これらの細胞は重要な機能をもたない,単に神経細胞の間を埋めるだけの「膠(にかわ)=glue」のような細胞と考えられており,膠を意味するギリシャ語から「グリア」とよばれるようになった.その後の研究から,グリア細胞は正常な神経組織の形成や脳機能発現に必須であることが明らかとなった.また,さまざまな神経傷害や神経変性疾患において「反応性化(reactivegliosis)」とよばれる応答を示す.緑内障患者網膜や視神経乳頭部においても反応性グリアの存在が報告されていることから,緑内障病態におけるグリア細胞の関与が予想されていた.本稿では,グリア細胞の一種「アストロサイト」の機能異常が,NTG様の症状を引き起こす可能性に関する知見1)を紹介する.C●グリア細胞網膜を構成するグリア細胞には,神経組織内の免疫担当細胞であるミクログリア,網膜特異的グリアであるMuller細胞,そしてアストロサイトが含まれる(図1).また,視神経周囲には髄鞘を形成するオリゴデンドロサイトが存在する.ミクログリアは神経線維層~内網状層(63)C0910-1810/23/\100/頁/JCOPY神経線維層神経節アストロサイト細胞層内網状層ミクログリアMuller内顆粒層細胞外網状層外顆粒層図1網膜グリアの分布グリアは網膜において特徴的な分布を示す.まで広く分布する.Muller細胞は網膜全層を貫通する.アストロサイトは網膜最内層に位置してメッシュ状の構造を形成し,とくに視神経乳頭部~視神経においては非常に高い密度で存在する.緑内障でもっとも脆弱な部位の一つである篩状板では,アストロサイトが視神経周囲を直接取り囲むため,その異常が緑内障発症の原因となる可能性が推察される.C●グリアと緑内障ゲノムワイド関連解析研究から,コレステロールや脂肪酸を細胞外へと輸送するCATP-bindinCcassetteCtrans-porterA1(ABCA1)遺伝子のC1塩基多型が緑内障発症あたらしい眼科Vol.40,No.10,20231321図2グリア異常と緑内障アストロサイトの異常はCNTG様症状を誘導する.リスクに相関することが示された2~4).しかし,その後の研究からCABCA1がどのように緑内障発症に関与するかはまったく不明であった.そこで筆者らはCABCA1と緑内障との関連を明らかにするため,①CABCA1の機能的欠損と異常な機能の獲得のどちらが関与するか,②CABCA1は眼圧を変化させることによって緑内障発症に関与するか,③どの細胞に発現するCABCA1が緑内障発症にかかわるか,のC3点を中心に解析を行った.まず,ABCA1欠損マウスを用い,緑内障でとくに傷害されやすい神経細胞である網膜神経節細胞(retinalCganglioncell:RGC)への影響を調べた.若齢(3カ月齢)では野生型マウスとCABCA1欠損マウス間におけるRGC数の差は認められなかったが,中年齢(12カ月齢)ではCABCA1欠損マウスのCRGC数が減少していた.このとき,ABCA1欠損マウス網膜ではCRGCのアポトーシスが亢進していた.つまり,ABCA1の欠損が緑内障と関連すると推察された.次に,この結果が眼圧変化によるものかを検討した.ABCA1欠損マウスは,月齢にかかわらず野生型マウスと比べて眼圧に変化はなかった.したがって,眼圧以外の要因によって緑内障様症状が誘導されると推察された.続いて,マウス網膜のCABCA1遺伝子発現細胞を磁気分離法により検討すると,アストロサイトおよびMuller細胞画分での発現が高かった.網膜切片を用いた免疫組織化学染色では,ABCA1は網膜最内層に線維状のシグナルとして認められ,アストロサイトマーカーであるCGFAPとよく一致した.これらの結果からABCA1はアストロサイトに高発現することが明らかとなった.アストロサイト特異的にCABCA1を欠損するマウスを用いて検討したところ,眼圧は顕著な変化を示さず,RGCが加齢依存的に脱落したほか,網膜菲薄化,RGC樹状突起退縮,シナプス脱落,視神経膨潤,視覚応答の減弱などの表現型を示し,アストロサイトの機能異常がNTG様の症状を引き起こすことが明らかとなった(図2).1細胞CRNAシークエンスによる詳細な解析から,アストロサイトがケモカインを産生して神経炎症を惹起することや,RGCにおける過剰興奮などが緑内障発症の引き金となる可能性を見出した.本研究により,世界で初めてアストロサイトの遺伝子異常がCNTG発症の原因となる可能性が示された.今後はさらに研究を進め,グリアを標的としたCNTG治療法の開発に努めていきたい.文献1)ShinozakiY,LeungA,NamekataKetal:Astrocyticdys-functionCinducedCbyCABCA1Cde.ciencyCcausesCopticCneu-ropathy.SciAdv8:eabq1081,C20222)GharahkhaniCP,CBurdonCBP,CFogartyCRCetal:CommonCvariantsCnearCABCA1,CAFAP1CandCGMDSCconferCriskCofCprimaryCopen-angleCglaucoma.CNatCGenetC46:1120.1125,C20143)HysiCPG,CChengCC-Y,CSpringelkampCHCetal:Genome-wideanalysisofmulti-ancestrycohortsidenti.esnewlociin.uencingintraocularpressureandsusceptibilitytoglau-coma.NatGenetC46:1126-1130,C20144)ChenY,LinY,VithanaENetal:CommonvariantsnearABCA1andinPMM2areassociatedwithprimaryopen-angleglaucoma.NatGenetC46:1115-1119.C20141322あたらしい眼科Vol.40,No.10,2023(64)