上脈絡膜腔アプローチによる網膜硝子体手術VitreoretinalSurgeryfromSuprachoroidalApproach小嶋健太郎*はじめに裂孔原性網膜.離(rhegmatogenousCretinalCdetach-ment:RRD)は治療介入なしには失明に至る重篤な疾患である.手術による網膜の復位が唯一の治療法であるが,治療のための手術方法は複数存在する.本稿では新たなCRRDに対する低侵襲な治療法として近年注目されている,上脈絡膜腔アプローチによる網膜硝子体手術であるCsuprachoroidalbucklingについて解説する.CIRRDの現在の治療法RRDの現在の治療法としては,おもに経毛様体扁平部硝子体手術(parsplanaCvitrectomy:PPV)と強膜バックリング手術(scleralbuckling:SB)があり,網膜.離の病型や患者の年齢に応じて術者により選択される.他に米国では気体網膜復位術(pneumaticCretino-pexy)もあげられるが,裂孔の存在する位置や範囲に制限があり適応となる症例が限られるため,わが国ではおもにCPPVとCSBから選択される.1970年代に開発されたCPPVでは裂孔を牽引する硝子体を切除のうえで眼内に長期滞留ガス(難治例にはシリコーンオイル)を注入し,そのタンポナーデ効果により網膜を復位させる.PPVは好発年齢がC50~60歳台の,後部硝子体.離に伴い網膜が硝子体に牽引されて生じる病型の網膜.離に対してとくに有効である.2000年代より低侵襲な小切開硝子体手術が開発・普及したことにより現在もっとも多く選択される術式となっているが,ガスタンポナーデによる術後の体位制限による身体的負担に加え,白内障の進行という問題点がある.もう一つのおもな術式であるC1950年代に確立されたCSBはシリコーン性素材を強膜に縫着し網膜裂孔部位に合わせて内陥させることにより裂孔を閉鎖し網膜復位を得る手術であり,眼内の硝子体を切除しないこと,白内障進行の心配がないことなどが利点としてあげられる.そのためPPVが多くなった今日においても,とくにC30歳台以下の若年者に多い,萎縮性裂孔に伴う硝子体牽引の関与が少ないCRRDに対して第一選択の術式である.その一方でC1950年代から近年まで低侵襲化が進んでいない強膜バックリング手術では,大きな結膜切開,外眼筋操作による術中・術後の疼痛,恒久的に残るバックル素材といった手術侵襲ならびに術後の乱視惹起や眼球運動障害などの合併症が欠点である(図1).CII上脈絡膜腔アプローチによる網膜硝子体手術とはSuprachoroidalCbucklingは上脈絡膜腔にカテーテルもしくはカニューラを用いて充.物質(ヒアルロン酸製剤)を注入し,裂孔部位に合わせて一過性に脈絡膜と網膜のみを内陥させることによりCRRDを治療する術式で,1986年にすでにCPooleとCSudarskyによりこのコンセプトは考案されている.彼らは強膜の内陥は裂孔の閉鎖を成功させるための前提条件ではないと仮定し,上脈絡膜腔にヒアルロン酸製剤を注入することにより脈絡膜の*KentaroKojima:京都府立医科大学大学院医学研究科視覚機能再生外科学〔別刷請求先〕小嶋健太郎:〒602-0841京都市上京区河原町通広小路上ル梶井町C465京都府立医科大学大学院医学研究科視覚機能再生外科学C0910-1810/19/\100/頁/JCOPY(55)C357a隆起シリコーンスポンジ縫合糸外眼筋図1裂孔原性網膜.離(RRD)の治療a:強膜バックリング手術.硝子体牽引の少ない萎縮性円孔など,とくに若年者のCRRDに有効である.大きな結膜切開,外眼筋操作による疼痛,恒久的に残るバックル素材,術後の乱視惹起,眼球運動障害などの合併症が欠点である.Cb:経毛様体扁平部硝子体手術.近年は小切開手術の進歩により低侵襲化している.後部硝子体.離に伴う硝子体牽引の強いCRRDにとくに有効である.術後の体位制限,白内障の進行という問題がある.外眼筋図2上脈絡膜腔アプローチによる網膜硝子体手術上脈絡膜腔バックリング.一過性の充.物質を用いる.外眼筋の操作なし.小さな結膜切開ですむ.図3実際の手術手順28歳,男性.裂孔原性網膜.離に対する手術目的で紹介となった.右眼の上方に複数の萎縮性円孔を認める..離は黄斑に及ぶが術前矯正視力は(1.0)であった.Ca:上方の原因裂孔の位置に合わせて結膜をC9-1時方向で切開し,25ゲージシャンデリア照明を対側に設置する.Cb:広角観察系下で冷凍凝固を施行する.Cc:角膜輪部よりC4~5mmの位置で輪部に平行に強膜を切開し,脈絡膜を露出する.Cd:強膜と脈絡膜の間の隙間にヒアルロン酸製剤を注入し,強膜創付近の上脈絡膜腔を確保したうえで,カテーテルを上脈絡膜腔内に沿わせて慎重に挿入する.Ce:広角観察系で位置と隆起の高さを確認しながら,ヒアルロン酸製剤を上脈絡膜腔に注入し,脈絡膜を隆起させる.Cf:強膜創と結膜を縫合して手術を終了する.この症例では網膜下液の排液は施行していないが,裂孔閉鎖後に下液は徐々に吸収され術後C3カ月で矯正視力は(1.2)になった.り,外眼筋を露出し制御糸で眼位を大きく変えて強膜にマットレス縫合を行うCSBに比べ,手術手技が大幅に簡便となった.実際の手術手順を図3に示す.まず原因裂孔に一致する象限で結膜を切開し強膜を露出し,対側にシャンデリア照明を設置する(図3a).広角観察系下で網膜裂孔の冷凍凝固を施行する(図3b).原因裂孔との位置関係を考慮して強膜を切開し,脈絡膜を露出する(図3c).強膜創より上脈絡膜腔内にカテーテルを挿入する(図3d).広角観察系下で裂孔の下にカテーテル先端を誘導し,長期滞留型ヒアルロン酸を注入して脈絡膜を隆起させる(図3e).強膜創と結膜を縫合して手術を終了する(図3f).SBに比べ結膜切開が少なく,外眼筋を露出し制御糸をかけたうえで眼球を大きく傾ける操作も必要としない.SBでの手技に比べて手順が少なく,supracho-roidalbucklingは広角観察系との相性がよいことがわかる.CIII臨床成績SuprachoroidalCbucklingの手術成績については近年複数の報告があり5~7),いずれも初回網膜復位率はC90%以上の良好な結果であった.ただし海外では下方裂孔の際にCSBと同様に補助的に硝子体手術と併施することも行われているため,報告されている成績は硝子体手術併用を含むという点に注意が必要である.筆者らのグループも医学倫理審査委員会による承認を経て臨床研究(UMIN-CTR#24096)を行い,海外のグループと共同でその結果を報告している7).その報告では,全体のC62例中C57例(92%)で初回復位が得られ,そのうちsuprachoroidalCbuckling単独で治療したC47例においても,初回復位率はC91.5%(43例)であり,単独手術でも良好な成績が得られた.最終的に全例で網膜復位が得られており,平均ClogMAR視力も術前のC0.82からC0.22(小数視力換算でC0.15からC0.6)に有意に回復していた.合併症としては既存のC3報を検証すると,全C124例中C3例で軽度の脈絡膜出血を認めているが,いずれも局所的な出血で自然吸収が得られており視機能への影響は認められなかった.その他の有害事象もとくに認められなかった.上脈絡膜腔への充.物質としては美容形成領域で使用される長期滞留型のヒアルロン酸製剤や眼科領域で使用されているヒアルロン酸製剤が用いられているが,その種類によって隆起効果の持続する時間が異なる5~7).また,ElRayesによる病的近視に伴う近視性牽引性黄斑症に対するこの手技の臨床成績8)や,米国ではぶどう膜炎や網膜静脈閉塞症に対して上脈絡膜腔へのステロイドの投与についての臨床試験も進行中で,他の網膜硝子体疾患に対する上脈絡膜腔アプローチの今後の応用も期待される.CIV上脈絡膜腔上脈絡膜腔(suprachoroidalspace)は脈絡膜と強膜の間に存在する潜在的な間隙である.通常の状態では脈絡膜と強膜は互いに密接しているが,組織学的には脈絡膜と強膜の境界は両者を相互に接続する疎な結合組織が層状に存在する移行帯であり9),低眼圧による静水圧のバランス破綻や炎症による脈絡膜血管の透過性亢進による脈絡膜.離,あるいは脈絡膜血管からの出血による脈絡膜出血の際に脈絡膜と強膜の間に液体が貯留し,上脈絡膜腔が顕在化する.この腔は前方は強膜岬から後方は視神経乳頭まで及ぶ.眼球赤道部より後方では,強膜を貫いて腔を横切り脈絡膜に至る血管と神経が多数存在するため,脈絡膜と強膜の癒着がより強く,脈絡膜.離などは赤道部より前方に生じやすい9).脈絡膜から流出する渦静脈が赤道部のやや後ろC2.5~3.5Cmm(輪部からC14~15Cmm),水平よりも垂直経線に近い位置で強膜を貫通し,二つの長後毛様動脈は長毛様体神経とともに視神経から約C3~4Cmmの距離をおいて水平方向で強膜を貫通し,上脈絡膜腔内を水平子午線に沿って眼球前方の鋸状縁あたりにまで走って分岐する.さらにC5~10本の短後毛様動脈が短毛様体神経とともに視神経周囲で強膜を貫通し脈絡膜に入る前に上脈絡膜腔を短い距離で横切る(図4,5).上脈絡膜腔はまた,ぶどう膜強膜流出路の一部として房水循環も担う.実験的に上脈絡膜腔と前房との間にC3~4CmmHgの負の圧力勾配が存在し,房水の流出させる働きがあることが示されている10).おわりに上脈絡膜腔アプローチによる網膜硝子体手術は360あたらしい眼科Vol.36,No.3,2019(58)図4上脈絡膜腔(suprachoroidalspace)(VaughanandAsbury’sGeneralOphthalmologyより改変)上斜筋渦静脈渦静脈短後毛様動脈および強膜短毛様体神経長後毛様動脈および長毛様体神経視神経下斜筋渦静脈渦静脈-’C-図5眼球後方からの図(VaughanandAsbury’sGeneralOphthalmologyより改変)