末梢痛?中枢痛?その分類と治療戦略Di.erentiatingClassi.cationsandTreatmentStrategiesforPeripheralandCentralizedEyePain山西竜太郎*内野美樹*はじめに眼科の日常診療で接する患者が眼疼痛(アイペイン,eyepain)を訴える割合は少なくない.その多くは,白内障やLASIKなどの手術を契機にアイペインが発症しており,術後成績にかかわらず,患者の自覚症状における疼痛の程度と他覚所見が乖離する症例が存在する.その乖離を説明する概念として,Rosenthalらによって神経障害性眼疼痛(neuropathicocularpain:NOP)が報告され,これまで十分に解明されてこなかった慢性的な眼疼痛を説明する概念として考えられている1).近年,GalorらがこのNOPとドライアイ症状の共通点に関する総説を報告しており2),両者ともに角膜の神経末端の知覚異常や体性感覚異常によって引き起こされることがわかってきた.慶應義塾大学病院眼科(以下,当科)では2017年4月より,おもに3カ月以上痛みが遷延している慢性アイペイン患者を対象に,アイペイン外来を設立した.今回は,既報および当科アイペイン外来での診療経験をもとに,アイペインの臨床的分類および個別の治療戦略について検討する.Iアイペインの分類部位別の分類として,末梢神経の角膜知覚線維に由来する末梢痛,末梢神経よりも中枢が痛みの原因となる中枢痛,その両者の特徴を併せもつ混合痛が考えられる3).その分類には局所点眼麻酔薬による評価が有用である.当科では,オキシブプロカイン塩酸塩(ベノキシールR)の点眼前後(点眼直前と点眼5分後)に,visualanalogscale(VAS)による自覚的疼痛評価を行っている3)(図1,2).点眼後の疼痛が点眼前より著明に改善した症例は末梢性疼痛,改善がない,もしくは悪化した症例を中枢性疼痛,ある程度の改善はあるものの,著明でない症例を混合性疼痛としている.IIアイペインの治療戦略疼痛の部位を判定した後の治療戦略を図3に示す.アイペインを訴える症例においては,眼瞼けいれんの有無は常に確認することが望ましい.眼瞼けいれんは神経学的には局所ジストニアに属し,開瞼困難,瞬目過多といった運動系異常,羞明,眼部不快感,眼痛などの感覚系異常,それにしばしば,うつ,焦燥,不安などの精神医学的異常の三者がまじりあう疾患で,不随意運動の一種である.「眩しい」「眼がしょぼしょぼする」「目を開けていられない」「眼が痛い」「眼が乾く」などドライアイと類似する症状で受診することがある.また,抗精神病薬の副作用として現れることもあり,注意が必要である4).1.末梢痛文献3を参考に,末梢痛に対する治療法を表1にまとめた.治療法としては人工涙液や血清点眼,ステロイド点眼,凍結羊膜や治療用コンタクトレンズ装用などがあ*RyutaroYamanishi&*MikiUchino:慶應義塾大学医学部眼科学教室〔別刷請求先〕山西竜太郎:〒160-8582東京都新宿区信濃町35慶應義塾大学医学部眼科学教室0910-1810/19/\100/頁/JCOPY(35)739図1当科で局所点眼麻酔薬テストの際に用いるスケール被験者には目盛がない裏側(b)をみせて,スケール(青色)を動かしてもらう.検査者は表側(a)に返して数値を記録する.局所点眼麻酔薬(ベノキシールR)(5分後)図2局所点眼麻酔薬(ベノキシールR,参天製薬)テストのイメージ眼表面正常化自己血清点眼局所点眼薬図3アイペインの治療戦略(文献C7を参考に作成)表1末梢痛への治療戦略全身の症状・徴候の評価専門医への紹介神経機能評価治療作用機序エビデンスレベル(海外)わが国における保険適用アイペインに対する保険適用人工涙液(防腐剤無添加・乳剤性)涙液浸透圧蒸発亢進型ドライアイへの保護作用機序CHLE,Level1保険適用外保険適用外ステロイド点眼抗炎症作用白血球遊走抑制サイトカインやプロスタグランジンなどの炎症性物質産生抑制CHLE,Level1外眼部および前眼部の炎症性疾患の対症療法保険適用外凍結羊膜抗炎症作用神経保護因子CMLE,Level3(羊膜移植術として)再発翼状片,角膜上皮欠損(角膜移植によるものを含む),角膜穿孔,角膜化学腐食,角膜瘢痕,瞼球癒着(Stevens-Johnson症候群,眼類天疱瘡,熱・化学外傷瘢痕・その他の重症の瘢痕性角結膜疾患を含む),結膜上皮内過形成,結膜腫瘍その他の眼表面疾患保険適用外治療用コンタクトレンズ環境因子からの防御CMLE,Level2Stevens-Johnson症候群および中毒性表皮懐死症の眼後遺症保険適用外血清点眼神経保護因子MLE,Level3.4保険適用外保険適用外*HLE=highlevelofevidence;MLE=mediumlevelofevidence(おもに文献C3を参考に作成)b.ステロイド点眼末梢神経の損傷によって生じた炎症を抑制する作用によって疼痛軽減を図る.海外の報告ではCNOPに対してロテプレドノール(loteprednol)0.5%の使用が推奨されている3).ただし,わが国では認可されていない.ロテプレドノールは巨大乳頭性結膜炎に対する効果がプレドニゾロンC1%点眼液と同様で,フルオロメトロンC0.1%よりも強力であったとの報告がある6).なお,重度の痛覚過敏をもつ患者では微量の塩化ベンザルコニウム含有であっても,症状に影響を及ぼすことがあり,そのような場合は防腐剤フリーの点眼を選択すべきである3).Cc.カルシニューリン阻害薬(シクロスポリン,タクロリムス)ステロイドの減量を図るため(steroidCsparingCthera-py)に,免疫抑制薬であるシクロスポリン点眼液やタクロリムス点眼液の使用が検討される.シクロスポリンA点眼液C0.05%をC2.4回/日,もしくはタクロリムス点眼液C0.03%をC3回/日などが推奨されている3).Cd.凍結羊膜凍結羊膜は眼表面に対する神経栄養作用と,抗炎症・抗線維化作用が報告されている.海外では,PRO-KERARなどが3)製品化されている.Ce.治療用コンタクトレンズ(強膜レンズを含む)末梢痛を訴える患者で,点眼薬の効果が乏しい場合に,一時的な装用によって疼痛軽減が図れると報告されている3).Cf.ヒアルロン酸ナトリウムマウスの神経細胞を用いた基礎実験によると,疼痛を惹起すると知られているCTRPV-1受容体の発現を低下させるとの報告がある7).その知見より,従来のようにドライアイに対する治療薬としてだけでなく,今後は疼痛抑制作用が注目される可能性も示唆されている8).C2.中枢痛・混合痛中枢痛・混合痛に対する治療を表2にまとめた.抗うつ薬や抗てんかん薬をはじめとした内服療法と,神経ブロックや鍼などの補助療法があげられる.エビデンスレベルは慢性疼痛治療ガイドライン9)を採用した.投与量や方法など,同ガイドラインに記載されていない内容については注記した.末梢痛の治療戦略と同様に,海外の報告を参考にしている箇所については,一部わが国と異なることに注意したい.また,内服用量については慢性疼痛治療ガイドライン9)に加えて,薬剤添付文書を参考に記載した.Ca.プレバガリン(リリカR)神経障害性疼痛の第一選択薬とされている8,9).作用機序は明らかではないが,電位依存性カルシウムチャネルへの作用が興奮性神経伝達物質を制御している可能性がある.すでにドライアイ以外の分野でもアイペインに対して効果が報告されている4).投与はC1日C50.150CmgをC1日C2回に分けて経口投与し,その後C1週間以上かけてC1日用量としてC300Cmgまで漸増する.年齢,症状により適宜増減するが,維持量はC1日C300.600mgとし,最高用量がC600mgを超えないようにする.いずれもC1日C2回内服とする.Cb.セロトニン・ノルアドレナリン再取込み阻害薬デュロキセチン塩酸塩(サインバルタR)神経障害性疼痛に対する有効性が報告されている3,9).三環系抗うつ薬は抗コリン作用による口渇,便秘,排尿障害などの副作用が強いが,その副作用軽減を図った薬剤が選択的セロトニン再取込み阻害薬(selectiveCsero-toninCreuptakeinhibitor:SSRI)やセロトニン・ノルアドレナリン再取込み阻害薬(serotoninCnoradrenalinCreuptakeinhibitor:SNRI)であり,現在主流の抗うつ薬とされている.また,抗うつ薬としてだけではなく,疼痛性障害に対する効果も報告されている.疼痛性障害とは,DSM-IVにおける身体表現性障害の下位分類である.眼科領域では疼痛性障害は比較的多いと報告されており,いかなる対応を行ってもコントロール困難な場合は本疾患の可能性を考える.本症の場合,薬物療法は精神科と協調が必要である4).投与はC1日C20Cmgより開始し,1週間以上の間隔をあけてC1日用量としてC20Cmgずつ増量し,維持量はC1日40.60Cmgとする.副作用に注意し,投与開始後はC1.2週間後に再診とするのが望ましい.Cc.カルバマゼピン三叉神経痛に対する第一選択薬であり,その有効性は742あたらしい眼科Vol.36,No.6,2019(38)表2中痛痛・混合痛への治療戦略治療作用機序投与量保険適用疾患副作用神経障害性疼痛へのエビデンスレベルプレバガリン電位依存性カルシウムチャネル開始量C50.C150mg/日維持量C300.C600mg/日神経障害性疼痛,線維筋痛症眠気,めまい,体重増加,浮腫C1Aデュロキセチン塩酸塩セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害開始量C20mg/日維持量C40.C60mg/日うつ病,線維筋痛症,糖尿病性神経障害,慢性腰痛症,変形性膝関節症悪心,眠気,口渇,頭痛,倦怠感C1Aカルマバゼピンナトリウムチャネル開始量C200.C400mg/日維持量C600.C1200mg/日三叉神経痛,てんかん,躁うつ病眠気,めまい,発疹,血球減少2C(三叉神経痛は除く)NSAIDs(代表的な薬剤としてロキソプロフェン)プロスタグランジン産生阻害60.C180mg/日変形性関節症,腰痛,頸肩腕症候群,肩関節周囲炎,その他疼痛全般消化管障害,腎機能障害,浮腫,心血管イベント,喘息C2D神経ブロック神経節への局所麻酔薬注入による交感神経細胞の興奮抑制ブピバカインC0.5%4Cml,メチルプレドニゾロンC80Cmg/mlC1Cml*帯状疱疹,帯状疱疹後神経痛,がん性疼痛,反射性交感神経性ジストロフィー,頸上胸椎領域の各種疼痛(頸椎症等),レイノー病・バージャー病などの上肢の動脈閉塞性疾患,突発性顔面神経麻痺(ベル麻痺),突発性難聴,顎関節症など(アレルギー性鼻炎やめまいは対象外)ガイドラインには記載なしなし(帯状疱疹者の帯状疱疹後神経痛への予防:2C)鍼内因性オピオイド・神経ペプチドの産生促進数日間隔をあけたのち,2回/週の頻度を推奨**(医師の同意が必要)神経痛,リウマチ,五十肩,腰痛症,頸腕症候群,頸椎捻挫後遺症***ガイドラインには記載なしなし*文献C12)を参考とした**文献3)を参考とした***公益社団法人東京都鍼灸師会のホームページ(http://harikyu-tokyo.or.jp/)を参考とした.エビデンスレベルA(強)効果の推定値に強く確信があるB(中)効果の推定値に中程度の確信があるC(弱)効果の推定値に対する確信は限定的であるD(とても弱い)効果の推定値がほとんど確信できない推奨度の決定1する(しない)ことを強く推奨する2する(しない)ことを弱く推奨する(提案する)(おもに文献C9を参考に作成)低濃度サイプレジン点眼前低濃度サイプレジン点眼開始後2カ月図4低濃度サイプレジンR点眼を行った症例のhigh.frequenctcomponent(HFC)評価点眼開始後に調節の揺れが改善した.鍼加療前RL鍼加療後RL図5鍼を行ったアイペイン症例の細隙灯顕微鏡写真前眼部はほぼ正常であることがわかる.C-