汎網膜光凝固PanretinalPhotocoagulation(PRP)─PastandPresent和田伊織*中尾新太郎*はじめに眼疾患に対するレーザー治療は,1949年Meyer-Schwickerathによる眼底への太陽光線の照射に始まった.以来,光源にはキセノン,ルビーレーザー,アルゴンレーザー,クリプトンレーザー,アルゴンダイレーザーが使用されてきた.1960年代には眼科領域として初めて糖尿病網膜症に対する治療法として用いられた1).1971年にアルゴンレーザーが市販され,1976年には網膜疾患に対する周辺部網膜への部分的光凝固による新生血管の退縮が報告され,汎網膜光凝固(panretinalpho-tocoagulation:PRP)の有用性が示された2).1973年にはわが国でも導入され,糖尿病網膜症による失明を防ぐ治療として日常診療に広く普及した(表1).本稿ではPRPの歴史と臨床的意義について述べる.I汎網膜光凝固PRPの有効性については,わが国において1973年に菅が報告しているが3),1981年には米国における糖尿病網膜症に対する大規模臨床試験(DiabeticRetinopathyStudyResearchGroup)により有効性が報告された3).PRPの奏効機序について述べる.レーザー光のおもな吸収体は網膜色素上皮(retinalpigmentepithelium:RPE)や脈絡膜メラノサイトに存在するメラニン色素になるが,吸収されずに拡散した熱が周囲の細胞や酸素需要量が高い視細胞を変性壊死させ,その結果,酸素需要が減少し,脈絡膜から網膜側への酸素供給が促進されることで,酸素の需要と供給のバランスが改善するとされる.また,虚血状態の改善により,虚血網膜からの血管内皮増殖因子(vascularendothelialgrowthfactor:VEGF)などの血管新生促進因子を抑制し,新生血管発生予防や鎮静化をもたらすとも考えられている.これらの仮説は動物実験や細胞培養実験により裏づけられている4).また,より有効なPRPを施行するために,近年では幾何学的側面から有効性の検討も行われている.たとえば網膜全体の表面積を測定し(1,092mm2),密にPRPした場合とそうでない場合でのスポット数の差や(1,222vs1,814),網膜全体に対するスポット数の割合を計測している5).現在のPRPは定性的な側面があるが,今後定量的な治療となることが期待される.PRPは,網膜血管閉塞による虚血状態が生じ,虚血状態の持続により血管新生緑内障や増殖性変化が進行する場合が適応となる.以下に代表的な適応疾患である,糖尿病網膜症,網膜静脈閉塞症,血管新生緑内障について解説する.II糖尿病網膜症糖尿病網膜症における網膜光凝固の目的は大きく二つに分けられる.一つは新生血管の発生予防と消退,活動性を低下させること,もう一つは細小血管や毛細血管瘤からの血漿成分の漏出を防止することである.前者は増殖前糖尿病網膜症(または重症非増殖網膜症)および増殖糖尿病網膜症(proliferativediabeticretinopathy:◆IoriWada&*ShintaroNakao:九州大学大学院医学研究院眼科学分野〔別刷請求先〕和田伊織:〒812-8582福岡市東区馬出3-1-1九州大学大学院医学研究院眼科学分野(0910-1810/20/\100/頁/JCOPY(43)157表1網膜光凝固治療の歴史年次網膜光凝固治療の変遷1949年1960年代1971年1973年1976年1981年1986年1994年1995年1999年2000年代以降Meyer-Schwickerathが太陽光線を眼底に照射眼科領域として初めて糖尿病網膜症の治療に適用アルゴンレーザーが市販わが国へレーザー治療が導入される.菅がPRPの有効性を報告部分的光凝固による新生血管退縮の報告→PRPの有用性が示唆されるDiabeticRetinopathyStudyResearchGroupにより糖尿病網膜症に対するPRPの大規模臨床試験が実施BRVOstudy厚生省(当時)よりわが国の糖尿病網膜症に対する適応および実施基準が示されるCRVOstudyETDRS(EarlyTreatmentDiabeticRetinopathyStudy)により糖尿病網膜症に対するPRPのエビデンスが確立パターンスキャンレーザーの開発(2005年)部分的光凝固によるPDR進行抑制の報告(2012年,日本)PDR)が,後者はおもに黄斑浮腫が対象となる.1994年に糖尿病網膜症に対する光凝固の適応および実施基準が厚生省(当時)から示された.この実施基準によると,PRPの適応は,PDR,隅角および虹彩新生血管,蛍光造影検査にて無灌流領域が3象限以上に存在する場合となる.この適応はわが国の眼科医に広く浸透しているが,明確なエビデンスに基づくものではない.また,わが国では,FAを行い無灌流領域に対してのみ部分的光凝固術を行うことでPDRへの進行が抑制されるという報告があり汎用されている6).一方,海外ではEarlyTreatmentDiabeticRetinopathyStudy(ETDRS)による大規模臨床試験にてエビデンスが確立されている7).こちらは,軽症あるいは中等度の非増殖糖尿病網膜症に対してPRPは奨めず,より重症な場合や,ハイリスクなPDRに至っている場合についてPRPが推奨されている.米国ではこれらの臨床試験の結果から,ETDRS分類で非常に重症な非増殖糖尿病網膜症以上に対してのみPRPを推奨している.以上を基準に考えると,単純網膜症,軟性白斑のみを主要な所見とするDavis分類における増殖前糖尿病網膜症ではPRPの適応とならず,網膜内細小血管異常表2網膜光凝固の特徴利点欠点(副作用)黄斑浮腫新生血管の発生予防と消退硝子体出血血漿成分の漏出防止視野狭窄血管新生緑内障の発生予防夜盲低コスト網膜裂孔全身的な副作用が少ない凝固班の拡大(creeping)最終的な硝子体手術の必要性(intra-retinalmicrovascularabnormalities:IRMA)や静脈拡張,数珠状拡張,ループ形成といった静脈の異常が多発している場合,また蛍光眼底造影において広範な無灌流領域を認めた場合には,PDRに移行する可能性が非常に高いことからPRPの施行を考慮すべきかもしれない.もちろん,PDRは確実なPRPの適応である.また,より早期のPRPを考慮すべき臨床上の要因として,定期的な経過観察が困難な場合,蛍光眼底造影が不可能な場合,若年齢の場合などがあげられる.III網膜静脈閉塞症網膜静脈閉塞症は頻度の高い網膜血管閉塞性疾患である.閉塞部位により,網膜中心静脈閉塞症と網膜静脈分枝閉塞症とに分けられる.さらに網膜中心静脈閉塞症は,網膜虚血の程度により,非虚血型と虚血型とに分類される.前者は血管閉塞がないかまたは軽度で,視力予後も良好な場合が多いのに対し,後者は血管閉塞が広範囲に及んでおり,新生血管やルベオーシスを生じ,牽引性網膜?離や血管新生緑内障をきたすこともあり予後不良であり,PRPの適応となる.無灌流領域に対しては密に凝固する必要がある.とくに高度の虚血を伴う網膜中心静脈閉塞症では,しばしば乳頭上新生血管発生や血管新生緑内障に至ることが多く,PRPを考慮すべきである.部分的な閉塞である網膜静脈分枝閉塞症でも,1986年に米国で行われた多施設共同研究(BranchVeinOcclusionStudyGroup)により,無治療群では22%に,PRP群では12%に新生血管を認めることが報告された8).一方,1995年に報告された網膜中心静脈閉塞症の無作為化臨床試験(CentralVeinOcclusionStudy)では,PRP早期治療群で20%,無治療群では35%に新生血管を認めた9).IV血管新生緑内障血管新生緑内障は糖尿病網膜症,網膜中心静脈閉塞症,未熟児網膜症,高安病,Eales病などで発生し,網膜に広範な血管閉塞が起きた結果,網膜の虚血部位よりVEGFなどの血管新生促進因子が産生され,後眼部のみならず前眼部にまで及んで,虹彩や隅角に新生血管が発生する疾患である.原因としては糖尿病網膜症と網膜中心静脈閉塞症によるものが多数を占めるが,失明のきっかけとなるため,適切な時期に光凝固を行うことで何よりも発症を予防することが大切である.また,発症後も徹底的に光凝固を施行し,血管新生促進因子の発生を抑制することが重要となる10).前眼部や隅角所見の程度にかかわらず,蛍光眼底造影により眼底に虚血を認めるものについてはPRPの適応となる.蛍光眼底造影において広範囲に虚血領域が広がっているような症例では,現時点でまだ血管新生緑内障を発症していなかったとしても,無治療で経過するとその後移行する確率が高いので,眼底が透見可能であれば直ちに光凝固治療を行う必要がある.また,すでにPRPが施行されている場合でも,隅角に新生血管が認められているようであれば,できるだけ早期に光凝固を追加する必要がある.一見十分に施行されているようであっても,周辺部が不十分であったり,凝固斑同士の間隔が広かったりと,追加の余地があるケースが多いからである.V合併症と対策1.黄斑浮腫血液網膜関門(blood-retinalbarrier:BRB)の破綻,網膜循環動態の変化,脈絡膜循環障害,硝子体の収縮などにより生じる.とくに糖尿病網膜症では,施行前より黄斑周囲の血管透過性や血管閉塞が亢進している可能性が十分に考えられる.PRPに伴う炎症反応を抑える対策として,治療日の間隔を少なくとも1週間以上あけること,1回の治療における凝固数を減らすこと,照射領域をあけることが大切である.2.硝子体出血光凝固はBRBを破壊するため,一度に多数の凝固を行うと硝子体の収縮を誘導し,後部硝子体?離を生じることがある.さらに糖尿病網膜症や網膜静脈閉塞症といった網膜新生血管を伴う症例では,後部硝子体?離によって新生血管が破綻し,硝子体出血を生じる可能性がある.対策として,狭い範囲内に密で強度の凝固は避けるべきである.しかし,後部硝子体?離は,時に進行し,格子状変性に網膜裂孔が形成されることがあるので注意が必要である.また,患者へ施行前に説明しておくことも大切である.3.視野狭窄網膜内層に及ぶ強凝固時には,神経節細胞,神経線維層が破壊されて,時に視野欠損,狭窄を生じることがある.網膜静脈閉塞症などの強い網膜出血を伴う症例に,ヘモグロビン(Hb)吸収の高い波長(緑-黄色)で出血部位を凝固した場合,出血で吸収されたレーザー光は網膜内層で熱を発し,神経線維障害を誘導する.破壊された赤血球は貪食処理されるため,出血自体は早期に改善するが,その後視野欠損を生じることがある.対策として,出血部位はできるだけ避けて凝固するか,軽度の出血では赤色波長レーザーにより網膜色素上皮にレーザー光を吸収させて,網膜外層のみに凝固を行う.4.夜盲PRPの場合,網膜周辺部に凝固を行うことになる.網膜周辺部にはとくに桿体細胞が存在するため,凝固により細胞が破壊されると,患者は視野全体を暗く感じる二次性の夜盲を生じることがある.5.時間経過に伴う網膜裂孔の出現と凝固斑の拡大強凝固斑では,時間経過とともに網膜の菲薄化が進行し,網膜裂孔となることがある.たとえば,糖尿病網膜症のPRP後,周辺部に胞状網膜?離が出現した場合,原因として凝固斑に一致した小さな裂孔を認める場合を臨床上経験することが多い.また,時間経過とともに凝固斑周囲では網膜色素上皮細胞の萎縮が拡大する.この現象は“creeping”とよば図1パターンスキャンレーザー後の再発(蛍光眼底造影写真)れ,中心窩への萎縮拡大を起こし,時に不可逆性の視力障害を生じる.VI最近の汎網膜光凝固治療PRP治療の新たな方法として,パターンスキャンレーザーについて紹介する.パターンスキャンレーザーとは,従来の1照射1凝固とは異なり,1回の照射であらかじめ機械に内蔵されたパターン通りの形に網膜光凝固を施行することができるレーザー装置のことである.内蔵されているレーザーパターンには,正方形や円形,弓状などが存在し,等間隔で均一な光凝固を施行することが可能である.パターンスキャンレーザーは,複数あるスポットを連続で順番に照射するため,1スポットの照射時間が短いショートパルスのレーザーを採用している.最大の利点は,一度の手技で複数の照射を得られることである.それにより施術時間の大幅な短縮を望める.たとえば5×5の計25発のパターンを使用した場合,PRP時間は3?4分程度ですむ.また,PRP施行時の最大欠点であった“疼痛”についても,脈絡膜への熱の放散を抑えることで,照射時の痛みを大幅に軽減することが可能となった.欠点としては,ショートパルスであるがゆえにレーザーの安全域(凝固斑が形成される強さから脈絡膜出血を起こすまでの強さ)が狭いこと,中間透光体の影響を受けやすいことである.以上より,1スポットあたりの凝固斑が弱いと考えられ,PRP後にも増殖性変化を伴う症例を経験することがある.パターンスキャンレーザーのほうが従来のPRPに比べ,網膜新生血管,虹彩新生血管,血管新生緑内障の頻度が高いことも報告されている11).以下に筆者らの施設でパターンスキャンレーザー後に再発を認めた症例について報告する.症例:49歳,男性両増殖糖尿病網膜症,糖尿病黄斑浮腫造影検査にて広範囲の無血管野と多数の新生血管を認めたため,PRPの方針となった.当初,従来のレーザー機器を用いて加療を開始したが,疼痛の訴えが強く連続した施行が困難であったこと,網膜症の状態が進行しており早急なPRPの必要があったことから,パターンスキャンレーザーに切り替えた.0.2msec,200μm,300mWと条件設定を行い,全象限に計4,000発施行した.施行2週間後にPRP後の炎症に伴い黄斑浮腫の増悪を認めたが,施行時における疼痛の自覚はなく,その後は経過良好であった.しかし,施行1年後に経過観察目的にて造影検査を再施行したところ,レーザー未治療部のみならず,レーザー瘢痕部にも新生血管の出現を認めた(図1).そこで,従来のレーザー機器を用いてPRP(0.2sec,300μm,100?120mW,yellow)の追加を行った.その後は新生血管の再出現を認めず,経過は良好である.この症例のように,パターンスキャンレーザーに関しては疼痛や時間短縮といった利点があるものの,どのような症例に適応があるのか,またその条件設定などを今後検討していかなければならない.おわりに最近,PDRに対するPRPと抗VEGF療法の治療効果を比較したProtocolSが報告された12).長年にわたりPRPはPDRの標準治療であったが,本報告は抗VEGF療法のPRPに対する非劣勢を示している.さらに,PRPによる標準治療と比較して,周辺視野狭窄,硝子体手術の必要性,糖尿病黄斑浮腫発生率の減少も認めた.しかし,抗VEGF療法の長期的な有効性,予後は未だ不明であり,高コスト,全身的な副作用の問題もある.今後もさまざまな治療薬や治療法が開発されていく中で,PRPは眼科治療に貢献していくと思われる.文献1)MeyerschGr:OphthalmologyandPhotography.AmJOphthalmol66:1011-,1968&DOIDoi10.1016/0002-9394(68)90809-X2)L’EsperanceFAJr:Focalphotocoagulationofretinovitre-alneovascularization.IntOphthalmolClin16:127-143,19763)TheDiabeticRetinopathyStudyResearchGroup:Photo-coagulationtreatmentofproliferativediabeticretinopathy.ClinicalapplicationofDiabeticRetinopathyStudy(DRS)?ndings,DRSReportNumber8.Ophthalmology88:583-600,19814)LipPL,BelgoreF,BlannADetal:PlasmaVEGFandsolubleVEGFreceptorFLT-1inproliferativeretinopa-thy:Relationshiptoendothelialdysfunctionandlasertreatment.InvestOpthalmolVisSci41:2115-2119,20005)NishidaK,SakaguchiH,KameiMetal:Simulationofpanretinallaserphotocoagulationusinggeometricmethodsforcalculatingthephotocoagulationindex.EurJOphthal-mol27:205-209,20176)SatoY,KojimaharaN,KitanoSetal:JapaneseSocietyofOphthalmicDiabetology,SubcommitteeontheStudyofDiabeticRetinopathytreatment:Multicenterrandomizedclinicaltrialofretinalphotocoagulationforpreproliferativediabeticretinopathy.JpnJOphthalmol56:52-59,20127)FongDS,FerrisFL,DavisMDetal;EarlyTreatmentDiabeticRetinopathyStudyGroup:Causesofseverevisuallossintheearlytreatmentdiabeticretinopathystudy:ETDRSreportno.24.AmJOphthalmol127:137-141,19998)RosenbergN:Argon-laserscatterphotocoagulationforpreventionofneovascularizationandvitreoushemorrhageinbranchveinocclusion.Arandomizedclinical-trial.ArchOphthalmol-Chic104:34-41,19869)Arandomizedclinical-trialofearlypanretinalphotocoagu-lationforischemiccentralveinocclusion.TheCentralVeinOcclusionStudy-GroupNreport.Ophthalmology102:1434-1444,199510)DukerJS,BrownGC:Thee?cacyofpanretinalphotoco-agulationforneovascularizationoftheirisaftercentralretinalarteryobstruction.Ophthalmology96:92-95,198911)ChappelowAV,TanK,WaheedNKetal:Panretinalpho-tocoagulationforproliferativediabeticretinopathy:pat-ternscanlaserversusargonlaser.AmJOphthalmol153:137-142,201212)SunJK,GlassmanAR,BeaulieuWTetal:Rationaleandapplicationoftheprotocolsanti-vascularendothelialgrowthfactoralgorithmforproliferativediabeticretinopa-thy.Ophthalmology126:87-95,2019