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網膜血管疾患の疫学と危険因子

2017年5月31日 水曜日

網膜血管疾患の疫学と危険因子EpidemiologyandRiskFactorsofRetinalVascularDiseases川崎良*I網膜動脈閉塞症1.有病率・発症率米国ミネソタ州Olmsted郡において1976~2005年にかけて行われたおもに白人住民の保健医療情報に基づく調査1)では,網膜動脈閉塞症の年間発症率は1.33/10万人であった.女性で1.02/10万人であるのに対し,男性ではやや多く1.67/10万人と報告されている.網膜動脈閉塞症はおもに動脈硬化に伴う血栓形成,塞栓によるものが約2/3を占め,その他,側頭動脈炎に伴う動脈炎性網膜動脈閉塞症がある.文献検索の範囲ではわが国における網膜動脈閉塞症の発症率,有病率の報告はみられなかったが,わが国においては側頭動脈炎に伴う網膜動脈閉塞症は稀であると考えられており,Olmsted郡における発症率よりも低いと考えてよいだろう.わが国における網膜動脈閉塞症の疫学情報について調査する際には,単独施設の集計では十分な症例数が得られるとは考えにくく,多施設研究や保険診療情報に基づく調査などで多面的に調査する必要があるだろう.2.危険因子Rudkinら2)はオーストラリアの医療施設における1997~2008年の非動脈炎性網膜動脈閉塞症患者連続症例33名において高血圧(42%),高脂血症(36%),喫煙(36%),循環器疾患の家族歴(24%),糖尿病(21%),心房細動(9%),弁膜症/心筋症(9%)などの循環器危険因子の保有者が多いことを報告した.Hayrehら3)は非動脈炎性網膜動脈閉塞症患者234名では,年齢をマッチさせた一般住民に比べて高血圧,糖尿病,冠動脈疾患,一過性脳虚血発作,喫煙,腎疾患の頻度が高かったことを報告している.3.全身疾患との関連網膜動脈閉塞症患者はこのような循環器危険因子を保有していることもあり,その後脳卒中や急性冠動脈症候群などの循環器疾患の発症の危険が高いことが知られている.台湾の保険医療情報データベースを用いたChangら4)の研究では,網膜動脈閉塞症患者においてその後の急性冠動脈症候群の危険が非患者対照群に比べ1.72倍と高く,とくに中心網膜動脈閉塞症では3.57倍と高いことが報告された.韓国の保険医療情報KoreanNationalHealthInsur-anceServiceの12年間のデータベースをもとにした研究5)では,401名の網膜動脈閉塞症患者は,対照群に比べて脳卒中の危険がハザード比で1.78倍(95%信頼区間1.32~2.41)と高かった(高血圧などの循環器危険因子で調整).とくに65歳未満の網膜動脈閉塞症患者では脳卒中の危険が3倍以上と高く,より脳卒中予防対策が重要であることが示唆されている.Parkら6)は同様に韓国の健康保険情報をもとに網膜動脈閉塞症の発症後1カ月以内の循環器疾患(脳梗塞,脳出血急性心筋梗塞)*RyoKawasaki:山形大学大学院医学系研究科公衆衛生学講座〔別刷請求先〕川崎良:〒990-9585山形市飯田西2-2-2山形大学大学院医学系研究科公衆衛生学講座0910-1810/17/\100/頁/JCOPY(3)6051,000人当たり年齢調整有病率(95%信頼区間)1086.05.03.562.8421.00.90.70.40白人黒人アジア人ヒスパニック系■CRVO■BRVO図14つの人種グループ別にみた網膜静脈閉塞症の年齢調整有病率(文献11をもとに作成)表1網膜静脈閉塞症の危険因子高血圧糖尿病,耐糖能異常高脂血症やせ,肥満高ヘマトクリット値動脈硬化性疾患,冠動脈性疾患,末梢血管障害凝固亢進状態高粘稠度状態血小板機能異常高ホモシステイン血症抗カルジオリピン抗体凝固第V因子ライデン変異,プロトロンビン遺伝子変異,プロテインC欠乏症,プロテインS欠乏症,アンチトロンビン欠乏症フィブリノーゲンレベル上昇高粘稠度状態白血病,リンパ腫,多発性骨髄腫,真性多血症血管炎サルコイドーシス,梅毒,SLE,Behcet病経口避妊薬利尿薬眼灌流圧上昇網膜血管変化口径不同,動静脈交叉現象,血柱反射亢進緑内障眼窩内圧の亢進甲状腺疾患,眼窩腫瘍(文献12をもとに改変)網膜症有病率(%)302523.02014.61510.3107.750正常*空腹時高血糖耐糖能異常糖尿病図2山形県舟形町研究における正常型,空腹時高血糖,耐糖能異常,糖尿病別の網膜症有病率*糖代謝正常だが毛細血管瘤,網膜出血を認めるものを網膜症と判定した場合.(文献14をもとに改変)世界人口で標準化した有病率(%)49.650403020100何らかの網膜症視力を脅かす危険増殖網膜症黄斑浮腫のある網膜症24.8■~1999年■2000年~15.627.99.2810.583.55.5図3糖尿病網膜症の有病率(メタ解析)糖尿病網膜症の有病率は2000年頃を境に減少傾向に入っている.(文献17をもとに作成)調整済みハザード比*p<0.052.18*2.151.86*2.34*1.641.62111冠動脈性心疾患脳卒中循環器疾患(冠動脈性心疾患あるいは脳卒中)■網膜症なし■軽症非増殖網膜症■中等症非増殖網膜症図4糖尿病患者の循環器疾患発症の危険糖尿病患者は循環器疾患の発症の危険が高いが,軽症であっても糖尿病網膜症を有する患者ではさらに脳卒中・冠動脈性心疾患の発症の危険が高い.(文献34をもとに作成)尿病網膜症者のみでも同様の関連がみられ,病変別では網膜出血・毛細血管瘤など糖尿病網膜症の初期の病変であっても脳卒中および冠動脈性心疾患の双方に関連し,一方で綿花様白斑の存在は脳卒中とのみ有意に関連していた(図4).おわりに本稿では網膜動脈閉塞症,網膜静脈閉塞症,糖尿病網膜症といった網膜血管性疾患の疫学として有病率と発症率について,また,危険因子について概説した.これらの網膜血管性疾患を有する患者は全身的な循環器疾患の危険因子を重複して有していること,さらにそれだけでなくそのような疾患を有することが循環器疾患の危険因子とは独立して脳卒中や急性心筋梗塞の発症のリスクを高めていることが多くの疫学研究で明らかになっている.糖尿病黄斑症や網膜静脈閉塞症に伴う黄斑浮腫に対する治療として抗血管内皮増殖因子治療を多く行うようになった.抗血管内皮増殖因子治療が循環器疾患の発症の危険を高める可能性はいまだ否定しきれず,治療に際して網膜血管疾患を有する患者群が脳卒中をはじめとする循環器疾患の危険が高いことを改めて認識し,内科医との連携を心がけ,なによりも患者ともその認識を共有したうえで治療の選択を行うことが重要であると考える.文献1)LeavittJA,LarsonTA,HodgeDOetal:TheincidenceofcentralretinalarteryocclusioninOlmstedcounty,Minne-sota.AmJOphthalmol152:820-823,20112)RudkinAK,LeeAW,ChenCS:Vascularriskfactorsforcentralretinalarteryocclusion.Eye24:678-681,20103)HayrehSS,PodhajskyPA,ZimmermanMB:Retinalarteryocclusion.Ophthalmology116:1928-1936,20094)ChangYS,ChuCC,WengSFetal:Theriskofacutecoronarysyndromeafterretinalarteryocclusion:apopu-lation-basedcohortstudy.BrJOphthalmol99:227-231,20155)RimTH,HanJ,ChoiYSetal:Retinalarteryocclusionandtheriskofstrokedevelopment:Twelve-yearnation-widecohortstudy.Stroke47:376-382,20166)ParkSJ,ChoiNK,YangBRetal:Riskandriskperiodsforstrokeandacutemyocardialinfarctioninpatientswithcentralretinalarteryocclusion.Ophthalmology122:2336-2343,20157)ZhouY,ZhuW,WangC:Relationshipbetweenretinalvascularocclusionsandincidentcerebrovasculardiseas-es:asystematicreviewandmeta-analysis.Medicine95:26,20168)YasudaM,KiyoharaY,ArakawaSetal:PrevalenceandsystemicriskfactorsforretinalveinocclusioninageneralJapanesepopulation:theHisayamaStudy.InvestOphthal-molVisSci51:3205-3209,20109)ArakawaS,YasudaM,NagataMetal:Nine-yearinci-denceandriskfactorsforretinalveinocclusioninagen-eralJapanesepopulation:theHisayamaStudy.InvestOphthalmolVisSci52:5905-5909,201110)KawasakiR,SuganoA,KawasakiYetal:Five-yearinci-denceofbranchretinalveinocclusionanditssystemicandretinalriskassociations:TheFunagatastudy.ActaOphthalmologica,2014;92:0.doi:10.1111/j.1755-3768.2014.F114.x11)RogersS,McIntoshRL,CheungNetal:Internationaleyediseaseconsortium.Theprevalenceofretinalveinocclu-sion:pooleddatafrompopulationstudiesfromtheUnitedStates,Europe,Asia,andAustralia.Ophthalmology117:313-319,201012)YauJWY,LeeP,WongTYetal:Retinalveinocclusion:anapproachtodiagnosis,systemicriskfactorsandman-agement.InternalMedicineJournal38:904-910,200813)KawasakiR,WongTY,WangJJetal:Bodymassindexandveinocclusion.Ophthalmology115:917-918,200814)KawasakiR,WangJJ,WongTYetal:Impairedglucosetolerance,butnotimpairedfastingglucose,isassociatedwithretinopathyinJapanesepopulation:theFunagatastudy.DiabetesObesMetab10:514-515,200815)WongTY,LiewG,TappRJetal:Relationbetweenfast-ingglucoseandretinopathyfordiagnosisofdiabetes:threepopulation-basedcross-sectionalstudies.Lancet371:736-743,200816)YasudaM,KiyoharaY,WangJJetal:Highserumbiliru-binlevelsanddiabeticretinopathy:theHisayamaStudy.Ophthalmology118:1423-1428,201117)YauJW,RogersSL,KawasakiRetal:Meta-AnalysisforEyeDisease(META-EYE)StudyGroup.Globalpreva-lenceandmajorriskfactorsofdiabeticretinopathy.Diabe-tesCare35:556-564,201218)KawasakiR,TanakaS,TanakaSetal:JapanDiabetesComplicationsStudyGroup.IncidenceandprogressionofdiabeticretinopathyinJapaneseadultswithtype2diabe-tes:8yearfollow-upstudyoftheJapanDiabetesCompli-cationsStudy(JDCS).Diabetologia54:2288-2294,201119)WongTY,MwamburiM,KleinRetal:Ratesofprogres-sionindiabeticretinopathyduringdi.erenttimeperi-ods:asystematicreviewandmeta-analysis.DiabetesCare32:2307-2313,200920)HemmingsenB,LundSS,GluudCetal:Intensiveglycae-610あたらしい眼科Vol.34,No.5,2017(8)—

序説:網膜血管疾患診療:最新の知見

2017年5月31日 水曜日

網膜血管疾患診療:最新の知見PrefaceforLatestTopicsonManagementofRetinalVascularDiseases石田晋*大野京子**失明原因として大きなウエイトを占めている網膜血管疾患に対する診療の現場は,今まさに変革の時を迎えているといえる.眼科画像診断機器は長足の進化を遂げつつあり,抗血管新生薬物療法は導入されて瞬く間に普及・定着し,外科治療の技術革新は止まるところを知らない.「新規」診断技術,「新規」薬物治療,「新規」手術手技といったものは,すぐ数年先には眼科診療の「既知の常識」となっている事例にこと欠かないのである.日々の診療に明け暮れる眼科医,とくに網膜専門医にとって,このように押し寄せる情報や指針は診療スタイルの改変を要求し続けるものとなる.したがって,常にアンテナを張り巡らせていないと診療のスタンダードから取り残されるという危機感や焦燥感さえ生じることもあろう.しかしながら幸いにして,多くの貴重な研究成果が日本から発信されており,網膜血管疾患の領域においてはわが国が世界のトップ集団にいるといっても過言ではない.そこで本特集では,さまざまな網膜血管疾患や網膜血管に異常をきたす疾患において,画像診断による最新の知見,内科的および外科的治療の進歩,未来治療の可能性などについて,第一線で活躍するエキスパートの先生にご執筆いただいた.まず,「網膜血管疾患の疫学と危険因子」(山形大学公衆衛生学川崎良先生)として日本の疫学研究を含めグローバルな趨勢を解説いただいた.とくに網膜疾患は全身疾患との関連が深いため,全身の背景因子にも注意を払うこと,患者に適切な生活指導や治療選択の説明をすること,また他科との連携も円滑に行うことの必要性が強調されている.次に,網膜静脈閉塞症について二つのトピックスが用意されている.「網膜静脈閉塞症のOCT」(京都大学村岡勇貴先生・辻川明孝先生)では,この革新的な診断機器の登場なしには知りえなかった驚くべき血管形態の変化が説明されている.「網膜静脈閉塞症の病態と治療を考え直す」(東京医科大学八王子医療センター志村雅彦先生)では,時代の変遷と共に目まぐるしく舞台に立った(そして去った)治療を解説いただき,現在の到達点がその歴史のなかでどのような立ち位置にあるのか問題提起も含めて解説いただいた.続いて,網膜動脈閉塞性についても二つのトピックスをとりあげている.「網膜中心動脈閉塞症に対するカニュレーション」(横浜市立大学門之園一明先生)では,恒久的視機能障害に直結するこの救急疾患に対して,病態の根源である血栓を外科的に除去するという挑戦的な取組みと目を見張るその成果*SusumuIshida:北海道大学大学院医学研究院眼科学教室**KyokoOhno-Matsui:東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科眼科学分野0910-1810/17/\100/頁/JCOPY(1)603

ニュープロダクツ 角膜形状/屈折力解析装置 「OPD-Scan®IIIVS」 販売名: 角膜形状/屈折力解析装置 OPD-ScanIII

2017年4月30日 日曜日

●角膜形状.屈折力解析装置「OPD-ScanRIIIVS」販売名:角膜形状.屈折力解析装置OPD.ScanIII(株式会社ニデック)株式会社ニデックより,角膜の形状や眼の屈折度を詳細に測定する角膜形状/屈折力解析装置OPD-ScanRIIIVSが12月1日に発売された.本装置は,広範囲な領域で測定された眼の屈折度や角膜形状のデータを解析することで見にくさの要因を推測・確認でき,見え方を表示する“シミュレーションレポート”や眼のどの部位の測定結果なのかを示す“眼図レポート”は被検者への説明にも大変有用となる.また,オルソケラトロジーレンズの適用の可否や,処方後のフィッティングの確認のほかに屈折度のマップから矯正効果を視覚的に確認ができる.〔問合せ先〕株式会社ニデック〒443-0038愛知県蒲郡市拾石町前浜34番地14電話:0533-67-8840メール:info@nidek.co.jpURL:http://www.nidek.co.jp594あたらしい眼科Vol.34,No.4,2017(134)

ニュープロダクツ ニューワールドメディカル社 カフーク デュアルブレード

2017年4月30日 日曜日

 ●ニューワールドメディカル社カフークデュアルブレード(株式会社JFCセールスプラン)株式会社JFCセールスプランは,緑内障手術に使用する単回使用のカフークデュアルブレードを発売した.本器は,先端のデュアルブレードにて線維柱帯およびシュレム管内壁を帯状に切除,房水をシュレム管へ排出して生理的房水流出路の機能回復を目的とする流出路再建術に使われ,専用の大型器械を使用しないため手術コストを抑えることができる.主な特徴■先端部や線維柱帯を切除するデュアルブレードは,周辺組織の損傷を最小限に抑えるデザインとなっている.フットプレート部はシュレム管にフィットして外壁の損傷を予防しスムーズな動きをサポートする形状に設計されている.■顕微鏡下でゴニオプリズムを通して隅角を観察しながら手術を行う.角膜切開部から眼内にアプローチする低侵襲緑内障手術(MIGS)の一つで,結膜を温存して線維柱帯を切除するため,将来ろ過手術が必要になったときの選択肢を残すことができる.①先端②ランプ③デュアルブレード④フットプレート医療機器認証番号228AIBZX00022000■標準販売価格¥44,000(消費税別)〔問合せ先〕<総発売元>株式会社JFCセールスプラン〒113-0033東京都文京区本郷4-3-4明治安田生命本郷ビル電話(03)5684-8531<製造販売元>ジャパンフォーカス株式会社〒113-0033東京都文京区本郷4-37-18IROHA-JFCビル電話(03)3815-2611(133)あたらしい眼科Vol.34,No.4,2017593

わたしの工夫とテクニック 消しゴムを利用した眼内レンズ強膜内固定術の練習用モデル眼の試作

2017年4月30日 日曜日

MyDesignandTechnique消しゴムを利用した眼内レンズ強膜内固定術の要約市販の消しゴムを利用して,眼内レンズ(IOL)の強膜内固定術練習用模擬眼を試作し,練習を行った.作製したモデル眼の模擬強膜に27ゲージ針を刺入させて,IOLの支持部を注射針の内腔に挿入するなどの練習が可能であった.通常の手術では行わない,慣れていない操作を手軽に試すことができる.また,IOLの縫着術の練習も可能で,それぞれの手技の難易度もある程度実感できた.本模擬眼は入手が容易な材料で作製できるが,一部の操作の練習用に特化している.したがって,より実践的な練習は,豚眼などで行う必要がある.はじめに近年,新たな眼内レンズ(intraocularlens:IOL)二次挿入の方法として,強膜内固定術という術式が注目され,手術成績が報告されている1.4).その手術手技の一つに,27ゲージ(G)注射針を用いた方法がある3,4).注射針の内腔へIOLの支持部であるループの先端を挿入する繊細な操作が必要な術式である.一般的に,白内障関連の手術練習は,ウエットラボによる豚眼が利用されている5.7).しかし,豚眼での練習は,個人が手軽に準備して,頻繁に行うことはむずかしい.また,机太郎マルチラボ(IOL強膜内固定用バージョン)を用いて,「Y-.xationtechnique」の練習をした報告8)はあるが,27G注射針を用いた方法に対する練習用のモデル眼の報告はほとんどない.今回,消しゴムを用いて,IOL強膜内固定術用の模擬眼を作製し,27G注射針を使った練習をしたので解説する.また,作製したモデル眼で,IOL縫着の練習も可能か試したので報告する.練習用モデル眼の試作TrainingModelEyesUsingEraserforIntrascleralFixationTechniqueUsing27-gaugeNeedles上甲覚*模擬眼の作製方法と練習市販の消しゴム(縦25mm・横46mm・高さ14mm:uni三菱鉛筆株式会社)をカッターナイフで切り,厚さ約3mm,高さ約19mm,長さ約25mmの模擬強膜を作製した(図1a).消しゴムは,ある程度厚みがないと固定がむずかしく,また27G針を刺入したときに壊れやすくなる.したがって,人眼の強膜と同じ厚さ(約1mm)まで消しゴムを薄くしないほうがよい.この模擬強膜を2つ作製し,間を開けて固定することで,27G注射針の内腔にIOLのループを挿入する練習が可能であった(図1b).つぎに,同一製品の消しゴムを用いて,より固定の安定した円筒形の模擬強膜を作製した(図2a).円筒の内腔の幅は,意図的に調整可能である.今回は,内径を約12mmにした.このモデル眼でも,IOLのループを27G注射針の内腔に挿入する練習が可能であった(図2b).さらに,眼球の形に類似した模擬無水晶体眼を作製し,同じ練習をすることもできる(図3a~c).ただし,模擬強膜の厚さや,内腔の大きさを調整するのはむずかしく,作るには時間を要する.手軽に作製しにくいのは欠点である.IOLの全長は支持部も含めると約13mmである.強膜内固定術では,IOLの支持部に通常とは異なるテンションがかかる.27G針ごとループを模擬強膜外に抜き出し,再利用のためにIOLを取りはずす操作を繰り返すと,ループは変形する可能性が高くなる.取扱いには注意が必要である.強膜内トンネルへIOLのループを挿入する練習用に,図3のモデル眼を簡素化した模擬眼を作製した(図4a).消しゴムの中央部に,直径約8mm,深さ約2mmの円形の穴があり,囲んでいる壁の厚みは約2mmである.また,IOLのループが通る溝も作製した.この模擬強膜に25G針でトンネ*SatoruJoko:国立病院機構東京病院眼科〔別刷請求先〕上甲覚:〒204-8585東京都清瀬市竹丘3-1-1国立病院機構東京病院眼科0910-1810/17/\100/頁/JCOPY(129)589図1消しゴムの模擬眼での練習(その1)a:市販の消しゴムはカッターナイフで切り,図のような形の模擬強膜にした(本模型は,幅3mm・長さ25mm・高さ19mm).2つ作製した.b:固定した左右の模擬強膜に,27G注射針を刺入させた後,IOLの支持部である両ループを注射針の内腔に挿入した.図2消しゴムの模擬眼での練習(その2)a:カッターナイフと彫刻刀を使用して,消しゴムによる円筒形の模擬強膜を作製した.内径は約12mm,幅は2.3mm,高さは14mmである.b:図1と同様に,27G注射針を模擬強膜に刺入させた後,IOLの支持部を注射針の内腔に挿入する練習が可能である.図3消しゴムの模擬眼での練習(その3)a:彫刻刀を使い,消しゴムで図のような模擬無水晶体眼を作製することも可能である.ただし,このモデル眼の作製には30分以上の時間を要した.b:固定した本模擬眼に,27G注射針を刺入させて,IOLの支持部である前方ループを注射針に挿入させた.c:IOLの両ループを注射針に刺入させた後,注射針を眼外に抜き出すと,IOLのループも模擬眼の内から外に抜き出される.590あたらしい眼科Vol.34,No.4,2017(130)図4消しゴムの模擬眼での練習(その4)a:強膜内トンネル挿入用の模擬眼を作製した.消しゴムの中央部に,直径約8mm,深さ約2mmの円形の穴を作製.穴を囲んでいる壁の厚みは約2mmである.IOLのループが通る溝も作製してあるので,ループにテンションをかけずにIOLを中央の穴に置くことができる.b,c:あらかじめ模擬強膜に25G針でトンネルを作製しておき,IOLのループを挿入した.なお,27G針で作製したトンネルでは,IOLのループの挿入は困難であった.図5模擬眼によるIOL縫着術の練習a,b:図2と同じ円筒形の模擬強膜を使用して,IOLの縫着術の練習を行った.専用の縫着針を使わず,釣り糸を27G針の内腔に入れた後,模擬強膜に通糸した.c:通糸した釣り糸を中央部で切断し,糸の端をIOLの両支持部のループに結んだ.d:釣り糸をゆっくり引いて,IOLを模擬強膜の内部に誘導した.e:模擬強膜の空洞中央部に,IOLを固定することができた.IOLに結んだ糸の端は,写真で見やすいように意図的に長めに残してある.(131)あたらしい眼科Vol.34,No.4,2017591図6拡大鏡を使用した練習手術用顕微鏡を使わなくても,スタンド式のルーペ(拡大率約2倍)で,繊細な手術手技の練習は可能であった.ルを作製すれば,IOLのループを挿入する練習が可能であった(図4b,c).図2で作製した円筒型のモデル眼は,作製が容易で固定も安定している.このモデル眼で,IOL縫着の練習も行った(図5a~e).縫着用専用の縫合糸の代わりに,入手しやすく廉価なナイロン製の釣り糸を使用した.今回,用いた釣り糸の太さは,0.25号(直径約0.08mm)で,縫合糸6-0に相当する.今回は使用しなかったが,縫合糸7-0に相当する0.1号(直径約0.05mm)の釣り糸も市販されている.おわりにIOLのループ先端を27G針や強膜トンネルに挿入する操作,またIOLの縫着術は,通常の白内障手術では行わない手術手技である.今回報告した模擬眼は,入手が容易な材料で簡単に作製可能である.また,市販されている廉価な拡大鏡を使って,容易に手術手技を試すことができる(図6).したがって,手軽に手技の難易度もある程度実感できると考える.ただし,一図7豚眼でのIOL固定術の練習手術用顕微鏡下で,豚眼の角膜から前房内に刺入させた27G針に,IOLループを挿入.今回使用した豚眼の角膜径は約15mmであった.部の操作の訓練に特化したモデル眼なので,ウエットラボを利用したより実践的な練習も必要と考える(図7).文献1)GaborSG,PavlidisMM:Suturelessintrascleralposteriorchamberintraocularlens.xation.JCataractRefractSurg33:1851-1854,20072)OhtaT,ToshidaH,MurakamiA:Simpli.edandsafemethodofsuturelessintrascleralposteriorchamberintra-ocularlens.xation:Y-.xationtechnique.JCataractRefractSurg40:2-7,20143)YamaneS,InoueM,ArakawaAetal:Sutureless27-gaugeneedle-guidedintrascleralintraocularlensimplan-tationwithlamellarscleradissection.Ophthalmology121:61-66,20144)塙本宰,木原真一,大槻智宏ほか:硝子体鉗子を使わないダブルニードルを用いたIOL強膜内固定術.眼科手術27:増刊号,抄録集191,20145)黒坂大次郎,杉浦毅,植月康:豚眼を用いた白内障手術練習法の改良─硬い核を作る試み─.眼科40:109-114,19986)VanVreeswijkH,PameyerJH:Inducingcataractinpostmortempigeyesforcataractsurgerytrainingpur-poses.JCataractRefractSurg24:17-18,19987)上甲覚:豚眼による白内障モデルの試作と使用経験.あたらしい眼科28:1599-1601,20118)太田俊彦:眼内レンズ強膜内固定術─Y-.xationtechnique─.IOL&RS27:13-20,2013☆☆☆592あたらしい眼科Vol.34,No.4,2017(132)

ポリテトラフルオロエチレン(Polytetrafluoroethylene (PTFE):ゴアテックス人工硬膜MVP)シートを用いた前頭筋吊り上げ術施行例における材料の組織学的検討

2017年4月30日 日曜日

《原著》あたらしい眼科34(4):585.588,2017cポリテトラフルオロエチレン(Polytetra.uoroethylene(PTFE):ゴアテックス人工硬膜MVP)シートを用いた前頭筋吊り上げ術施行例における材料の組織学的検討渡邉佳子*1,3林憲吾*2,3水木信久*3*1国際親善総合病院眼科*2横浜桜木町眼科*3横浜市立大学医学部眼科学教室PathologicalFindingofSuspensionMaterialSheetinOperationofFrontalisSuspensionUsingPolytetra.uoroethyleneSheet(Gore-TexMVP)YoshikoWatanabe1,3),KengoHayashi2,3)andNobuhisaMizuki3)1)DepartmentofOphthalmology,InternationalGoodwillGeneralHospital,2)YokohamaSakuragichoEyeClinic,3)DepartmentofOphthalmologyandVisualScience,YokohamaCityUniversitySchoolofMedicine緒言:重度の眼瞼下垂症に対する前頭筋吊り上げ術に使用する吊り上げ人工素材であるポリテトラフルオロエチレン(polytetra.uoroethylene:PTFE)シート「ゴアテックス人工硬膜MVP」(以下,PTFEシート)は,長期的に下垂の再発がなく良好な成績が報告されている.症例:30歳,男性.1年前に他院にて,両側の先天性眼瞼下垂症に対してPTFEシートを用いた前頭筋吊り上げ術を受けた.術後1年間で下垂の再発はみられなかったが,術直後より軽い開瞼でMRD(marginre.exdistance)-1が約1.2mm程度と若干低矯正であったため,本人の希望により吊り上げ材料の再調整を行った.眉毛上部よりPTFEシートを露出し,3mm短縮して前頭筋へ再固定した.術後,軽い開瞼でMRD-1が約3mm程度と改善し,兎眼や角膜上皮障害もみられず,自覚症状も改善した.術中の所見として,使用されていたPTFEシートは凹凸面と平滑面のある人工硬膜で,表面(凹凸面)は周辺組織と強く癒着しており,.離時に出血が多く,一方で平滑な裏面(平滑面)は周辺組織との癒着はなく,周囲との間にカプセルが形成されており,.離が容易であった.摘出したPTFEシート断端の病理組織を検査したところ,表面のマイクロポア内に線維組織が入り込んでおり,裏面には組織の侵入はみられなかった.結語:PTFEシートの前面のマイクロポア内に線維組織が侵入し癒着することが,長期的な吊り上げ効果の維持に関与している可能性が考えられる.Introduction:Polytetra.uoroethylene(PTFE:Gore-Tex),whenusedasanarti.cialmaterialinfrontalissus-pensionsurgeryforsevereptosis,resultsinnoptosisrecurrencelong-term,andyieldspositivepostoperativeresults.Case:A30-year-oldmalehadreceivedfrontalissuspensionsurgeryusingPTFEsheetsoncongenitalpto-sisinbotheyesayearpreviouslyatanotherhospital.Ptosisdidnotrecurbuttheadjustmentwasinsu.cientimmediatelyfollowingtheoperation,asthemarginre.exdistance(MRD)-1wasonly1-2mm.Thepatientthere-forerequestedthattheprocedurebeperformedagain.AreadjustmentoperationwasperformedattheYokohamaSakuragichoEyeClinic.WeshortenedthePTFEsheetsby3mmandsuturedthemagaintothefrontalismuscle.Afterthesurgery,theMRD-1wasimprovedto3mmandtherewerenosidee.ectssuchaslagophthalmosorcor-nealepithelialinjury.Observingthesurgery,itwasfoundthatthefront(rough)surfaceofthePTFEsheetadheredstronglytothesurroundingtissue.Therewasconsiderablebleedingatthetimeofpeelingthefront(rough)PTFEsheeto.foradjustment.Theback(smooth)surfacedidnotadhere,andwaseasytopeelo..Weinspectedthepathologicaltissueofthesheetsandfoundthat.broustissuepermeatedintothesurfaceofthemicroporesonthefront(rough)sideofthesheets.Atthesametime,tissuedidnotpermeateintothesmoothbacksurfaceofthesheets.Conclusion:Thepermeationof.broustissueintothesurfaceofthePTFEsheetmicroporesmaymaintainthelong-terme.ectofsuspension.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)34(4):585.588,2017〕〔別刷請求先〕渡邉佳子:〒245-0006神奈川県横浜市港南区港南台4-33-11Reprintrequests:YoshikoWatanabe,M.D.,DepartmentofOphthalmology,InternationalGoodwillGeneralHospital,1-28-1,Nishigaoka,IzumiWard,Yokohamacity,KanagawaPrefecture245-0006,JAPANKeywords:眼瞼下垂,先天眼瞼下垂,前頭筋吊り上げ術,ゴアテックス,ポリテトラフルオロエチレン.ptosis,congenitalptosis,frontalissuspension,Gore-tex,polytetra.uoroethylene.はじめに前頭筋吊り上げ術は,挙筋機能不良な重度の眼瞼下垂症に対して施行される手術である.吊り上げ術に使う材料としては,大腿筋膜が一般的である1).移植筋膜は術後6カ月で平均15%収縮すると報告されており,術後吊り上げ量の予測が困難である2).また,長期的に過矯正,兎眼,睫毛内反症となる場合があり,移植筋膜は周辺組織との癒着が強く摘出が困難である3,4).人工材料として,ナイロン糸やシリコーン,ポリテトラフルオロエチレン(polytetra.uoroethylene:PTFE)などが使用されており,PTFE素材による術後の眼瞼下垂の再発率の低さは大腿筋膜に相当するといわれている5,6).筆者らは以前,PTFEシート「ゴアテックス人工硬膜MVP」(以下,PTFEシート)の長期的良好な成績について報告した7).今回,PTFEシートを用いた前頭筋吊り上げ術の術後低矯正症例に対して,矯正量の再調整のため,再手術を施行した.その臨床経過および摘出したPTFEシートの病理組織について報告する.I症例患者:30歳,男性.病名:両側の先天眼瞼下垂.既往歴:とくになし現病歴:幼少時より両側の先天眼瞼下垂で常に顎上げがあったが,視力良好であったため,手術は受けなかった(図1a).1年前に他院にてPTFEシートを用いた前頭筋吊り上a:前医手術前b:前医手術1週間後最大開瞼通常開瞼閉瞼げ術を受けた.術後1年間で下垂の再発はみられなかったが,術直後より軽い開瞼でMRD(marginre.exdistance)-1が約1.2mmと若干低矯正であった(図1b).開瞼幅の改善を希望し,横浜桜木町眼科を受診した.初診時所見:視力は,VD=1.2(1.5×cyl.0.50D),VS=1.2(1.5×cyl.0.50D)と良好であった.軽い開瞼でMRD-1が1.2mm程度のため,上眼瞼が瞳孔にかかり視野障害の自覚があった(図1c).初回前頭筋吊り上げ術直後よりこの状態であり,下垂の再発はみられなかった.しかし,常に眉毛を強く挙上する必要があり,肩こり,頭痛を自覚していた.閉瞼に問題はなく角膜上皮障害は認めなかった.手術所見:眉毛上部の皮膚を切開し,PTFEシートを露出した.シート腹側にあたるに表面は周辺組織との強い癒着を認め,.離時に出血が多くみられた(図2a).一方,シート背側にあたる裏面にはカプセルが形成されており,周辺組織との癒着は認めず,.離は容易であった(図2b).PTFEシートを3mm牽引し再度前頭筋と眉毛下の真皮に固定し,残余部分のPTFEシートの断端を切除し,創部の皮膚を縫合した.術後経過:術後1カ月で軽い開瞼でMRD-1が約2.3mmと改善を認め,また最大開瞼時の前額部の皺も減少しており,頭痛,肩こりは消失した(図1d).閉瞼も良好で角膜上皮障害を認めなかった.病理組織:摘出したPTFEシートを図に示す(図3).上方が頭側,下方が睫毛側である.図3を切断した断面(図4)の顕微鏡像の図(図5a)とその拡大図(図6)を示す.腹側c:再手術前d:再手術後1カ月図1開閉瞼の経過上段:眉毛を拳上した最大開瞼時,中段:通常の軽い開瞼時,下段:閉瞼時.a:前医の初回手術前,b:前医の術後1週間,c:当院での再手術前,d:再手術後1カ月.図2術中所見a:PTFEシートの表面(凹凸面)(細矢印)が周辺組織と癒着している(太矢印).b:PTFEシートの裏面(平滑面)(細矢印)はカプセルが形成されている(太矢印).図3摘出したPTFEシート図4図3を切断した断面図6図5aの拡大図凹凸面のマイクロポア内に組織浸潤を認め(太矢印),平滑面には組織浸潤はみられない(細矢印).にあたる表面は凹凸面であり,そのマイクロポア内には線維組織が侵入していた.背側にあたる裏面は平滑面で組織の侵入は認めなかった.II考按PTFE素材による前頭筋吊り上げ術における再発率の低さは大腿筋膜に相当するといわれている5,6).PTFE素材のなかでも,糸状や紐状のものとシート状のものでは術式が異なる.糸や紐状のPTFE素材を用いる場合,眉毛上から眼瞼をループ状に通して埋没する方法が一般的で,再発率が高いという報告がある8).一方,シート状のPTFE素材を使用する場合は,面状の大腿筋膜と同様に瞼板と前頭筋にシートを直接縫合し,固定する.筆者らは,先天眼瞼下垂の小児31名42眼瞼に対してPTFEシートを用いた前頭筋吊り上げ術を行い,平均観察期間33カ月で,下垂の再発がみられないことを報告した7).同様に小久保らは,成人を含めた重度の先天眼瞼下垂97名130眼瞼に対して同素材を用いた同手術を行い,平均観察期間31カ月で下垂の再発がみられないことを報告している9).本症例で使用したPTFEシートは3層構造で,術中の光の反射による眩しさを軽減するために表面には凹凸が作られており,組織と癒着を生じるため凹凸面を脳脊髄側に向けて使用することは禁忌とされている(図5b).摘出したPTFEシートのマイクロポア内には線維性結合組織が侵入し,一方平滑面には線維性結合組織の侵入はみられなかった(図5a).Neelらは,マイクロポアのあるPTFEは移植後に組織浸潤があり,周辺組織と癒着することを報告している10).マイクロポア内に線維組織が侵入することで,結果的に癒着を生じ,術中定量の開瞼幅が維持し,長期的な吊り上げ効果に繋がっている可能性が考えられる.また,PTFEシートが通過するトンネルは,切開した眼窩隔膜から眼窩脂肪の中を通過して眼窩上縁に達し,眉毛上部へ繋がっているため,PTFEシートは瞼板に縫着し,眼窩隔膜内つまり眼瞼後葉を通過して眉毛上部の前頭筋に連結している.つまり前頭筋吊り上げ術は眼瞼後葉の牽引となる.仮に両面凸凹面のPTFEシートを使用した場合,そのデメリットは,凹凸面を背側にすると再手術時に背側面を.離することが非常に困難になることである.さらにPTFEシートが通過するトンネルの背側には挙筋腱膜があるため,挙筋群との癒着は,筋肉の作用の制限などの合併症が発生する可能性があり好ましくないと考える.2015年,国内で前頭筋吊り上げ術に使用する保険請求可能なPTFE素材のシートとして,サスペンダーが発売された.このシートは両面とも平滑面で,凹凸面はない.そのため,移植後にシート周辺にはカプセルが形成され,再調整や摘出は容易であることが予想される.また,下垂が術前のように著明に再発はしないと予想される.一方,シートと周辺組織との癒着が生じないため,術中定量の開瞼幅の長期的な維持については,今後検討する必要があると思われる.III結論前頭筋吊り上げ術で使用されたPTFEシート,ゴアテックス人工硬膜MVPの凹凸面は周辺組織との癒着が強く,平滑面には癒着がなくカプセルが形成されていた.ゴアテックス人工硬膜MVPのマイクロポア内に線維組織が侵入することが,長期的な吊り上げ効果の維持に関与している可能性が考えられる.文献1)TyersAG,CollinJRO:Browsuspension.ColourAtlasofOphthalmicPlasticSurgery.3rded,p197-207.Butter-worth-Heinemann,Oxford,20082)MatsuoK,YuzurihaS:Frontalissuspensionwithfascialataforseverecongenitalblepharoptosisusingenhancedinvoluntaryre.excontractionofthefrontalismuscle.JPlastReconstrAesthetSurg62:480-487,20093)林憲吾,嘉鳥信忠,笠井健一郎ほか:大腿筋膜による前頭筋吊り上げ術の合併症を来した3例の特徴と治療.日眼会誌117:132-138,20134)YoonJS,LeeSY:Long-termfunctionalandcosmeticout-comesafterfrontalissuspensionusingautogenousfascialataforpediatriccongenitalptosis.Ophthalmology116:1405-1414,20095)WassermanBN,SprungerDT,HelvestonEM:Compari-sonofmaterialsusedinfrontalissuspension.ArchOph-thalmol119:687-691,20016)BenSimonGJ,MacedoAA,SchwarczRMetal:Frontalissuspensionforuppereyelidptosis:evaluationofdi.erentsurgicaldesignsandsuturematerial.AmJOphthalmol140:877-885,20057)HayashiK,KatoriN,KasaiKetal:Comparisonsofnylonmono.lamentsuturetopolytetra.uoroethylenesheetforfrontalissuspensionsurgeryineyeswithcongenitalpto-sis.AmJOphthalmol155:654-663,20138)ZweepHP,SpauwenPH:Evaluationofexpandedpolytet-ra.uoroethylene(e-PTFE)andautogenousfascialatainfrontalissuspension.Acomparativeclinicalstudy.ActaChirPlast34:129-137,19929)KokuboK,KatoriN,HayashiKetal:Frontalissuspen-sionwithanexpandedpolytetra.uoroethylenesheetforcongenitalptosisrepair.JPlastReconstrAesthetSurg69:673-678,201610)NeelHB3rd:ImplantsofGore-tex.ArchOtolaryngol109:427-433,1983***

プロスタグランジン関連点眼薬から1%ドルゾラミド/0.5%チモロール配合点眼薬への切り替え効果

2017年4月30日 日曜日

《原著》あたらしい眼科34(4):580.584,2017cプロスタグランジン関連点眼薬から1%ドルゾラミド/0.5%チモロール配合点眼薬への切り替え効果石橋真吾永田竜朗近藤寛之落合信寿産業医科大学眼科学教室E.ectofSwitchingfromProstaglandinAnalogstoDorzolamideandTimololFixed-combinationEyedropsinGlaucomaPatientsShingoIshibashi,TatsuoNagata,HiroyukiKondouandNobuhisaOchiaiDepartmentofOphthalmology,UniversityofOccupationalandEnvironmentalHealth,Japanプロスタグランジン関連点眼薬(prostaglandinanalogs:PG)の単剤療法を6カ月間以上行っている症例で,眼瞼の色素沈着や多毛,上眼瞼溝深化が美容上気になると訴えた緑内障患者20例を対象に,PGを1%ドルゾラミド塩酸塩/0.5%チモロールマレイン酸塩配合点眼薬(dorzolamideandtimolol.xed-combination:DTFC)へ変更し,変更前,変更1カ月後,変更3カ月後,変更6カ月後の眼圧を測定した.同時に,角膜上皮障害と結膜充血についても観察した.また,美容上気になっている副作用(眼瞼の色素沈着や多毛,上眼瞼溝深化)の変化についても,変更前と変更6カ月後で比較した.その結果,平均眼圧は変更1カ月後,変更3カ月後,変更6カ月後ともに有意な変化はなかった.角膜上皮障害と結膜充血の程度にも治療前後で有意な変化はなかったが,結膜充血の程度には,変更6カ月後で有意傾向がみられた.美容上の眼局所副作用は,20例中18例に改善がみられた.PGによる眼局所副作用が美容上気になっている症例に対して,PGからDTFCへの切り替えはPGと同等の眼圧下降を有し,かつ局所的に安全であることから,有用である.In20eyesof20glaucomapatientsbeingtreatedwithprostaglandinanalogs(PG),thee.ectsonintraocularpressure(IOP),cornealepitheliumdisorder,conjunctivalhyperemiaandadversereactionssucheyelidpigmenta-tion,vellushairanddeepeningofupperlidsulcus,ofswitchingtodorzolamideandtimolol.xed-combination(DTFC)eyedropswerestudiedatmonth0(baseline),month1,month3andmonth6aftertheswitch.Atmonths1,3and6afterDTFCinitiation,meanIOPrevealednosigni.cantchangesascomparedtobeforeswitching.Althoughtherewerenosigni.cantdi.erencesincornealstainingscoreorconjunctivalhyperemiascorebetweenbeforeandaftertheswitch,theconjunctivalhyperemiaindicesscoreshowedimprovingtendencyatmonths6afterDTFCinitiation.Adversereactionsalsoimprovedin18cases.SinceglaucomapatientsbeingtreatedwithPGwhoswitchedtoDTFCexhibitednosigni.cantdi.erencesinIOP,itisconcludedfromthisstudythatDTFCisausefulagentforglaucomawithadversereactions.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)34(4):580.584,2017〕Keywords:ドルゾラミド塩酸塩/チモロールマレイン酸塩配合点眼薬,緑内障,眼圧,眼局所副作用.dorzol-amideandtimolol.xed-combination,glaucoma,intraocularpressure,adversereaction.はじめに緑内障に対するエビデンスのある唯一確実な治療法は眼圧を下降させることである.開放隅角緑内障に対してプロスタグランジン関連薬(prostaglandinanalogs:PG)で治療した群は,プラセボ群に比べて視野障害の進行が有意に抑制されたとの報告1)や,正常眼圧緑内障では眼圧を30%下降させた治療群では,無治療群に比べて視野障害の進行が有意に抑制されたとの報告2)がなされている.緑内障治療は基本的に点眼薬治療であり,第一選択薬として眼圧下降効果にもっとも優れ,全身の副作用が少なく,1日1回点眼の利便性のよ〔別刷請求先〕石橋真吾:〒807-8555北九州市八幡西区医生ヶ丘1-1産業医科大学眼科学教室Reprintrequests:ShingoIshibashi,M.D.,DepartmentofOphthalmology,UniversityofOccupationalandEnvironmentalHealth,Japan,1-1Iseigaoka,Yahatanishi-ku,Kitakyusyu-shi807-8555,JAPAN580(120)いPGが選択されることが多い.しかし,PGの眼局所副作用として,眼瞼色素沈着や多毛,上眼瞼溝深化など3.5)があり,とくに女性において美容上の問題となる.1.0%ドルゾラミド塩酸塩/0.5%チモロールマレイン酸塩配合点眼薬(dorzolamideandtimolol.xed-combination:DTFC)は,緑内障治療薬として有用であると報告6)されている.ドルゾラミド塩酸塩とチモロールマレイン酸塩の併用療法と比較して,DTFCの眼圧下降効果は同等であるとの報告7)がある.しかし,PG単剤使用症例にDTFC配合点眼薬への切り替えを行った場合の有用性と安全性については不明な点が多い.そこで,今回PGの単剤使用による眼局所副作用が美容上気になると訴えた症例に対して,DTFCへの切り替えによる眼圧下降効果および安全性について検討した.I対象および方法対象は,2014年3月.2016年9月の期間,産業医科大学病院と鈴木眼科,くろいし眼科でPGによる単剤療法を6カ月以上行っている症例で,眼瞼の色素沈着や多毛,上眼瞼深溝化が美容上気になると訴えた緑内障患者20例20眼である.産業医科大学病院倫理委員会の承認を事前に受け,患者からは書面による同意を得た.角膜屈折矯正手術,角膜疾患,ぶどう膜炎,6カ月以内に緑内障手術などの内眼手術の既往のある症例,心疾患,腎疾患,呼吸器疾患や副腎皮質ステロイド薬で治療中の症例は対象から除外した.内訳は,男性2例,女性18例,年齢は73.3±8.7歳(平均値±標準偏差)である.病型は,正常眼圧緑内障9例,原発開放隅角緑内障3例,落屑緑内障3例,原発閉塞隅角緑内障1例,高眼圧症4例である.PGの種類は,ラタノプロスト7例,タフルプロスト6例,トラボプロスト5例,ビマトプロスト2例である.また,美容上気になった眼局所副作用の内訳は,眼瞼色素沈着6例,眼瞼色素沈着・多毛4例,眼瞼色素沈着・上眼瞼溝深化4例,多毛3例,上眼瞼溝深化2例,多毛・上眼瞼溝深化1例である.方法は,PGによる単剤療法を6カ月以上行っている症例で,眼瞼の色素沈着や多毛,上眼瞼深溝化の眼局所副作用が美容上気になると訴えた場合,PGを中止しwashout期間を置かずに,1%ドルゾラミド塩酸塩/0.5%チモロールマレイン酸塩配合点眼薬(コソプトR)の1日2回点眼を開始した.眼圧(mmHg)15105DTFCへ変更前,変更1カ月後,変更3カ月後,変更6カ月後に眼圧を測定した.眼圧はGoldmann圧平式眼圧計で1回ずつ測定した.また,DTFCへ変更前,変更1カ月後,変更3カ月後,変更6カ月後に角膜上皮障害と結膜充血につ図1変更前,変更1カ月後,変更3カ月後,変更6カ月後の平均眼圧(平均値±標準偏差)の変化いて,細隙灯顕微鏡検査で観察した.角膜上皮障害については,フルオレセイン染色法を用いてArea-Density分類8)で評価し,AとDの合計をスコアとした.また,結膜充血は,全症例の平均眼圧は,いずれも変更前と比較して変更後有意な変化はない.NS:有意差なし,n=20.332.52スコアスコア21.510.51図2変更前,変更1カ月後,変更3カ月後,変更6カ月後の角膜上皮障害(平均値±標準偏差)の変化平均角膜上皮障害スコアは,いずれも変更前と比較して変更後有意な変化はない.NS:有意差なし,n=19.表1変更前,変更6カ月後の眼局所副作用の変化眼局所副作用変更後変更前改善変更後不変変更後悪化眼瞼色素沈着6例6例(片側1例,両側5例)0例0例眼瞼多毛3例3例(片眼2側,両側1例)0例0例上眼瞼溝深化2例1例(片側1例,両側1例)1例0例眼瞼色素沈着・上眼瞼溝深化4例3例(両側4例)1例0例眼瞼色素沈着・眼瞼多毛4例4例(片側1例,両側3例)0例0例上眼瞼溝深化・眼瞼多毛1例1例(両側1例)0例0例図3変更前,変更1カ月後,変更3カ月後,変更6カ月後の結膜充血(平均値±標準偏差)の変化平均結膜充血スコアは,変更前と比較して変更1カ月後,変更3カ月後,変更6カ月後に有意な変化はないが,変更6カ月後で有意傾向がみられる.NS:有意差なし,†:0.10>p≧0.05,n=19.変更前変更6カ月後図4上眼瞼溝深化と眼瞼多毛の症例64歳,女性.正常眼圧緑内障.トラボプロスト両眼投与症例.変更6カ月後,上眼瞼溝深化と眼瞼多毛の改善がみられる.20例中18例で改善がみられる.上眼瞼溝深化の1例と眼瞼色素沈着と上眼瞼溝深化の1例のみ不変である.悪化した症例はない.0.1±0.3で,変更前後で有意な差はなかったが,変更6カ月で有意傾向を認めた(p=0.076,図3).写真判定による眼瞼色素沈着や多毛,上眼瞼溝深化の眼局所副作用は,変更6カ月後で,20例中18例に改善がみられた.そのうち,眼局所副作用が2項目あった症例では,全症例で両項目ともに改善がみられた.変更前にみられた上眼瞼溝深化1例と眼瞼色素沈着・上眼瞼溝深化1例の2例で不変であった.悪化した症例はなかった.両眼瞼の症例で改善・不変に左右差があった症例はなかった(表1,図4).アンケート調査でも同様に20例中18例で改善,2例で不変と答え,他覚的所見と一致した.III考按現時点で緑内障による視野障害の進行を完全に阻止する方法はないが,眼圧を十分下降させることで進行を鈍化できることが報告1,2)されている.PGは緑内障治療薬の第1選択薬として使用され,プロスト系としてプロスタグランジンF2a誘導体であるラタノプロスト,タフルプロスト,トラボプロストと,プロスタマイドF2a誘導体であるビマトプロストの4種類があり,ぶどう膜強膜経路を促進させることで眼圧が下降すると考えられている.しかし,PGによる副作用として結膜充血,角膜上皮障害,眼瞼色素沈着,虹彩色素沈着,睫毛延長,多毛,上眼瞼溝深化などが報告3.5,9)されている.一方,1%ドルゾラミド塩酸塩と0.5%チモロールマレイン酸塩の配合点眼薬であるDTFCも緑内障治療薬として広く使用され,ドルゾラミド塩酸塩は毛様体無色素上皮に存在する炭酸脱水酵素を阻害し,チモロールマレイン酸塩は毛様体無色素上皮に存在するb受容体を阻害し,房水産生を抑制させることで眼圧が下降すると考えられているが,PGに特有の眼瞼色素沈着や虹彩色素沈着,睫毛延長,多毛,上眼瞼溝深化などの副作用はない.今回,PG単剤使用で眼瞼色素沈着や多毛,上眼瞼溝深化の眼局所副作用が美容上気になると訴えた症例に対して,PGをDTFCに変更し,眼圧の変化と同時に角膜上皮障害,結膜充血の変化を変更前(ベースライン)と変更1カ月後,変更3カ月後,変更6カ月後と比較し,その結果を検討した.また,眼瞼色素沈着や多毛,上眼瞼溝深化の眼局所副作用の変化についても,変更前と変更6カ月後と比較しその結果を評価した.その結果は,全症例の平均眼圧は,変更1カ月後,変更3カ月後,変更6カ月後ともに有意な変化はみられなかった.ドルゾラミド塩酸塩が1%ではなく2%でのDTFCの報告であるが,Leeらは正常眼圧緑内障に対して,ラタノプロストとDTFC(2%ドルゾラミド塩酸塩/0.5%チモロールマレイン酸塩配合点眼薬)の眼圧への効果をcrossoverdesignstudyによって調べた結果,眼圧下降率がラタノプロスト単剤治療群では13.1%,DTFC単剤治療群では12.3%であり,有意な差はなかったと報告10)している.本研究では,切り替え前に使用しているPGは,ラタノプロスト7眼,タフルプロスト6眼,トラボプロスト5眼と,ビマトプロスト2眼であった.ビマトプロスト,ラタノプロスト,トラボプロストの順で眼圧下降率が高いとの報告11)があり,そのため変更前のPGの種類によってはDTFCへの切り替えによる眼圧下降効果の結果が異なる可能性があるが,今回の結果では,DTFCへの変更後の眼圧は変更前のPG単剤使用の眼圧とほぼ同等であった.このことから,DTFCはPGを単剤使用している緑内障の眼圧下降治療において,代替となる優れた薬剤であるといえる.角膜上皮障害については,角膜上皮細胞や結膜上皮細胞への有害性がある塩化ベンザルコニウムを含む点眼薬の頻回点眼や,b遮断薬などの主薬による細胞毒性により生じると考えられ,角膜上皮障害の発生頻度は抗緑内障点眼薬の回数と点眼薬数に相関すると報告12)されている.今回の研究では,切り替え後のDTFCの点眼回数がPGと比べて1回多いにもかかわらず,切り替え前後で角膜上皮障害に有意な変化はなかった.切り替え前のPGは,ラタノプロスト,タフルプロスト,トラボプロスト,ビマトプロストの4種類であり,塩化ベンザルコニウムの使用の有無や主薬が異なっているため,角膜上皮障害の程度に有意な変化がなかったことへの考察はむずかしいが,DTFCの添加物であるD-マンニトールが,塩化ベンザルコニウムの影響を減少させる作用があること13)が影響している可能性がある.一方,結膜充血の程度に有意な変化はみられなかったが,改善傾向であった.PGは副作用に結膜充血があり,ラタノプロストよりビマトプロストのほうが結膜充血を引き起こす.また,DTFCにも副作用として結膜充血があるが,ラタノプロストに比べて結膜充血が少なかったとの報告9)がある.本研究では,PGの使用を中止しDTFCへ切り替えたこと,DTFCによる結膜充血の副作用が出現した症例がなかったことから,結膜充血の程度に改善傾向がみられたと考えられる.また,眼瞼色素沈着や多毛,上眼瞼溝深化の眼局所副作用については,写真判定で20例中18眼に改善がみられ,上眼瞼溝深化の1例と眼瞼色素沈着と上眼瞼溝深化の1例は不変であった.自覚的にも同様の結果であった.眼瞼色素沈着や多毛,上眼瞼溝深化はどのPGでもみられる眼局所副作用であるが5),PGを中止または変更することで可逆性に改善すると報告されている4,14,15).本研究では,改善しなかった上眼瞼溝深化の1例と眼瞼色素沈着と上眼瞼溝深化の1例は,PG使用前の眼瞼所見の記録がなかったことから,PGによる眼局所副作用ではなかった可能性や観察期間が短かった可能性が考えられた.これらのことから,本研究のPGからDTFCへの切り替えは,安全な緑内障の治療法と考えられる.アドヒアランスの低下は緑内障性視野障害の悪化に関与するとの報告16)があり,アドヒアランスの向上は緑内障治療上重要であるが,点眼薬数が増加するとアドヒアランスが低下するとの報告17)がある.本研究で,DTFCに変更後6カ月の時点で,眼局所副作用が改善しなかった2例はPGへの変更を希望されたが,改善がみられた18例はPGからDTFCへの切り替えにより点眼回数が1回増えるものの,DTFCの継続治療を希望された.今回,アドヒアランスについて詳しく調査はしていないが,PGによる眼瞼色素沈着や多毛,上眼瞼溝深化の眼局所副作用がアドヒアランスの低下を招く恐れがある場合,DTFCへ切り替えることによって,PGによる眼局所副作用を回避することができ,良好なアドヒアランスが保てる可能性があると考えられる.本研究では,症例数が少なかったことやPGが4種類であったことから,各々のPGからのDTFCへの切り替えによる眼圧下降効果や副作用については,さらなる調査の必要があると考える.また,本研究では,変更前と比較して切り替え後に20%以上の眼圧下降率を示した症例は20例中3例で,20%以上の眼圧上昇率を示した症例は20例中2例であった.PGを使用していない無治療時の眼圧が不明な症例があり,治療前のPGがノンレスポンダーであった可能性や,臨床試験に参加することで点眼改善効果による眼圧下降効果が起こりうるため,バイアスがかかっている可能性や,逆にDTFCの点眼回数が2回になったことによるアドヒアランスの低下の可能性も否定できない.さらに,DTFCへ切り替えることで視野障害が抑制できたかについては,今後調査の必要があると考える.以上,PGの単剤療法で眼瞼色素沈着や多毛,上眼瞼溝深化による眼局所副作用が美容上気になっている症例に対して,PGからDTFCへの切り替えは同等の眼圧を維持することができ,結膜充血や美容上気になる眼局所副作用が改善し,角膜上皮障害の程度に変化させないことから,有効かつ局所的に安全な緑内障治療の一つと考えられる.文献1)Graway-HeathDF,CrabbDP,BunceCetal:Latanoprostforopenangle-glaucoma(UKGTS):arandomized,multi-centre,placebo-controlledtrial.Lancet385:1295-1304,20152)CollaborativeNormal-tensionGlaucomaStudyGroup:Comparisonofglaucomatousprogressionbetweenuntreatedpatientswithnormal-tensionglaucomaandpatientswiththerapeuticallypressures.AmJOphthalmol126:487-497,19983)井上賢治,若倉雅登,井上治郎ほか:ラタノプロスト使用患者の眼局所副作用.日眼会誌110:581-587,20064)小川一郎,今井一美:ラタノプロスト点眼による眼瞼虹彩色素沈着眼瞼多毛:1年後の成績.あたらしい眼科17:1559-1563,20005)InoueK,ShiokawaM,WakakuraMetal:Deepeningoftheuppereyelidsulcuscausedby5typesofprostaglan-dinanalogs.JGlaucoma22:626-631,20126)KimT-W,KimM,LeeEJetal:Intraocularpressure-loweringe.cacyofdorzolamide/timolol.xedcombinationinnormal-tensionglaucoma.JGlaucoma23:329-332,20147)北澤克明,新家眞,MK-0507A研究会:緑内障および高眼圧症患者を対象とした1%ドルゾラミド塩酸塩/0.5%チモロールマレイン酸塩の配合点眼薬(MK-0507A)の第III相二重盲検比較試験.日眼会誌115:495-507,20118)宮田和典,澤充,西田輝夫ほか:びまん性表層角膜炎の重症度の分類.臨眼48:183-188,19949)KonstasAGP,KozobolisVP,TersisIetal:Thee.cacyandsafetyofthetimolol/dorzolamide.xedcombinationvslatanoprostinexfoliationglaucoma.Eye17:41-46,200310)LeeNY,ParkHYL,ParkCK:Comparisonofthee.ectsofdorzolamide/timolol.xedcombinationversuslatano-prostonintraocularpressureandocularperfusionpres-sureinpatientswithnormal-tensionglaucoma:ARan-domized,CrossoverClinicalTrial.PLoSONE11:e0146680.doi:10.1371/journal.pone.0146680,201611)VanderValkR,WebersCA,SchoutenJSetal:Intraocu-larpressure-loweringe.ectsofallcommonlyusedglauco-madrugs:ameta-analysisofrandomizedclinicaltrials.Ophthalmology112:1177-1185,200512)湖崎淳:抗緑内障点眼薬と角膜上皮障害.臨眼64:729-732,201013)長井紀章,村尾卓俊,大江恭平ほか:不死化ヒト角膜上皮細胞(HCE-T)を用いた緑内障治療配合剤のinvitro角膜細胞障害性評価.薬学雑誌131:985-991,201114)井上賢治:プロスタグランジン関連薬による上眼瞼溝深化.あたらしい眼科33:551-552,201615)SakataR,ShiratoS,MiyakeKetal:Recoveryfromdeep-eningoftheuppereyelidsulcusafterswitchingfrombimatoprosttolatanoprost.JpnJOphthalmol57:179-184,201316)RossiGCM,PasinettiGM,ScudellerLetal:Doadher-enceratesandglaucomatousvisual.eldprogressioncor-relate?EurJOphthalmol21:410-414,201117)高橋真紀子,内藤智子,溝上志郎ほか:緑内障点眼使用状況のアンケート調査“第二報”.あたらしい眼科29:555-561,2012***

Sjögren症候群の涙腺における免疫グロブリンの特徴的局在を示した1例

2017年4月30日 日曜日

《原著》あたらしい眼科34(4):575.579,2017cSjogren症候群の涙腺における免疫グロブリンの特徴的局在を示した1例園部秀樹*1小川葉子*1向井慎*1山根みお*1亀山香織*2坪田一男*1*1慶應義塾大学医学部眼科学教室*2慶應義塾大学医学部病理診断部ACaseofCharacteristicImmunoglobulinLocalizationintheLacrimalGlandinSjogren’sSyndromeHidekiSonobe1),YokoOgawa1),ShinMukai1),MioYamane1),KaoriKameyama2)andKazuoTsubota1)1)DepartmentofOphthalmology,KeioUniversitySchoolofMedicine,2)DivisionofDiagnosticPathology,KeioUniversityHospital目的:Sjogren症候群は涙腺・唾液腺のリンパ球浸潤を特徴としドライアイ,ドライマウスをきたす多様な自己抗体の出現が知られている自己免疫疾患である.筆者らは,Sjogren症候群の涙腺小葉および導管周囲に過剰な免疫グロブリンの蓄積を示した1例を経験したので報告する.症例:症例は51歳,女性.41歳時より重症ドライアイを認めた.Sjogren症候群の治療方針の決定のため涙腺生検を施行した残余検体についての病理組織,免疫組織学的検討にて,涙腺にはB細胞および過剰な活性化形質細胞と抗体の間質への蓄積が認められた.結論:罹病歴の長いSjogren症候群による重症ドライアイ症例の涙腺局所では,過剰な抗体産生と蓄積がドライアイに関与していることが示唆された.Purpose:Sjogren’ssyndrome(SS)ischaracterizedbylymphocyticin.ltrationintolacrimalandsalivaryglands,leadingtodryeyeanddrymouth.PeripheralbloodinSSpatientsisreportedtocontainawiderangeofautoantibodies.Weexamineda51-year-oldfemalewhowasalong-termsu.ererofsevereSSdryeye,andhadaGreenspanscoreof4.Ourpathologicalandimmunohistochemicalinvestigationintolacrimalglandsrevealed(1)in.ltrationofalargenumberofBcellsandplasmacellsand(2)excessiveaccumulationofantibodies.Conclusion:Ourcasesuggeststhatinpatientswithalong-standinghistoryofSS,antibodiesareproducedand/oraccumulatedlocallyandabnormallyinlacrimalglands,andmayberelatedtodryeye.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)34(4):575.579,2017〕Keywords:Sjogren症候群,涙腺,ドライアイ,自己抗体,抗体産生.Sjogren’ssyndrome,lacrimalgland,dryeye,auto-antibodies,antibodyproduction.はじめにSjogren症候群は,涙腺と唾液腺にリンパ球浸潤が生じ,ドライアイ,ドライマウスをきたす自己免疫疾患である1).好発年齢は中高年であり,男女比は1:14と女性に圧倒的に多い.Sjogren症候群の病態には多因子が関与すると考えられ,これまでに遺伝的素因2),EBウイルスなどの微生物感染3),環境要因,免疫異常による組織障害の原因が考えられている.さらにこれまでにSSA,SSB,a-フォドリン,b-フォドリンなどの自己抗原が同定されている.全身的に他の膠原病の合併症のない原発性Sjogren症候群と,全身性エリテマトーデス,強皮症,関節リウマチなどを合併する二次性Sjogren症候群に分類される.今回,筆者らは,診断のための涙腺生検組織において,Sjogren症候群の涙腺小葉および導管周囲に過剰な免疫グロブリンの特徴的な蓄積を示した1例を経験したので報告する.I症例症例は51歳,女性.原発性Sjogren症候群によるドライ〔別刷請求先〕園部秀樹:〒160-8582東京都新宿区信濃町35慶應義塾大学医学部眼科学教室Reprintrequests:HidekiSonobe,M.D.,DepartmentofOphthalmology,KeioUniversitySchoolofMedicine,35Shinanomachi,Shinjuku-ku,Tokyo160-8582,JAPANアイ,ドライマウスに対して前医でマイティアとヒアレインのみで治療していたが,症状増悪し,当科紹介受診となった.初診時,自覚症状として眼乾燥感が高度であり,眼表面障害の所見はフルオレセイン染色スコア9点満点中9点,ローズベンガル染色スコア9点満点中7点(それぞれ両眼の平均値),涙液動態の所見は,涙液層破壊時間(BUT)2秒,Schirmer試験0mm(それぞれ両眼の平均値)であった.左涙腺生検前後の所見はフルオレセイン9点満点中7点から9点満点中6.5点,ローズベンガル9点満点中6点から9点満点中2.5点,BUT2秒から2秒であり,ドライアイに悪化は認められなかった.Sjogren症候群の診断と治療方針決定のために得られた組織について残余部分を使用し,透過型電子顕微鏡による超微形態を含めた病理組織学的検討と免疫染色を施行した(倫理表1本研究で用いた抗体抗体クローン名会社名陽性細胞CD452B11+PD7/26DAKO汎白血球細胞CD20L26DAKOB細胞Vs38cVs38cDAKO形質細胞IgAPolyDAKO免疫グロブリンIgMPolyDAKO免疫グロブリンl鎖N10/2DAKO遊離軽鎖k鎖PolyDAKO遊離軽鎖CD45ROUCHL-1DAKOメモリーT細胞CD41F6ニチレイヘルパーT細胞CD8C8/144Bニチレイ細胞障害性T細胞※IgA,IgM,k鎖:ポリクローナル抗体.a:HEb:白血球(CD45)576あたらしい眼科Vol.34,No.4,2017委員会承認番号20090277).ヘマトキシリン・エオジン染色所見に加えてCD45,CD4,CD8,CD20,IgG,IgA,IgM,l鎖,k鎖について連続切片を用いて免疫組織学的に検討した(表1).免疫染色の方法は,脱パラフィン,エタノール系列で脱水後,2%過酸化水素で室温にて,内因性パーオキシダーゼを除去した.その後リン酸緩衝液生理食塩水(phosphatebu.eredsaline:PBS)で洗浄後,一次抗体をオーバーナイト4℃反応させ洗浄後,PBSで洗浄後二次抗体を45分反応させた(EnVision1;Dakopatts,Glostrup,Denmark).一次抗体は3,3’ジアミノベンチジン4塩酸塩(3,3’-diaminobenzi-dinetetrahydrochlorideDAB)にて発色反応を行った.核染色はヘマトキシリンを用いて1秒間行った.すべての反応は湿潤箱内で行った.CD45RO,CD20膜抗原(表1)の抗原賦活化は電子レンジを用いて10分間施行した.電子顕微鏡用検体は2.5%グルタールアルデヒドにて固定後,4酸化オスミウムで後固定しエタノール系列で脱水後,エポン包埋を行った.超薄切片を作製後,クエン酸鉛と酢酸ウラニルを用いて二重染色を行い,透過型電子顕微鏡(model1200EXII;JEOL,Tokyo,Japan)で観察した.涙腺組織のヘマトキシリン・エオジン染色所見では涙腺小葉内間質と主導管周囲に同心円状の線維化と著しいリンパ球,および形質細胞を中心として慢性炎症性細胞浸潤を認めた(図1a左).導管周囲に50個以上の単核球浸潤を認める病巣を1フォーカスとするGreenspan分類4)で3フォーカス以上を認め,グレード4に相当する最重症の所見を認めた(図1a右).主導管周囲にも同心円状の線維化と形質細胞を中心とした慢性炎症性細胞浸潤を認めた(図1a右).涙腺腺図1Sjogren症候群涙腺組織における炎症性細胞の局在涙腺組織の小葉(左)および涙腺中等度の導管周囲の連続切片(右).上段はヘマトキシリン・エオジン染色,下段は汎白血球マーカーCD45.茶色に発色している細胞は3,3’ジアミノベンチジン4塩酸塩(DAB)染色陽性細胞を示す.*:炎症性細胞浸潤部位,.:小葉内腺房,D:導管,Scalebar=100μm.a:B細胞系列b:lgAc:lgMd:l鎖e:k鎖図2Sjogren症候群涙腺組織における各B細胞系列細胞の局在(免疫染色組織像と電子顕微鏡所見)a:B細胞系列(B細胞,形質細胞,形質細胞の電子顕微鏡所見a.右電子顕微鏡所見Scalebar=2μmD:導管,.:粗面小胞体,Aci:腺房,Scalebar=100μm.b.e:涙腺組織の小葉および導管周囲の連続切片(図1と同一部位の連続切片)に加えてリンパ濾胞.形質細胞から分泌されるIgA,IgM,形質細胞から産生される抗体のl鎖,k鎖.茶色に発色している細胞は3,3’ジアミノベンチジン4塩酸塩)..(DAB)染色陽性細胞を示す.房の萎縮や脱落が認められた(図1a).図1aのそれぞれの部位の連続切片における免疫組織像では,小葉内(図1b左)と導管周囲(図1b右)にCD45陽性細胞の浸潤を認め,その連続切片における小葉内(左列,右列)および導管周囲(中央列)にきわめて高度なB細胞(図2a左),および形質細胞浸潤(図2a中央)を認め,同一症例の涙腺組織における透過型電子顕微鏡像では車軸状の核をもつ形質細胞に粗面小胞体が著明に発達していた(図2a右電子顕微鏡像).同一部位の連続切片における形質細胞から産生されるIgA(図2b),IgG,IgM(図2c),および形質細胞から産生される抗体のl鎖(図2d),k鎖(図2e)の高度な陽性染色像を認めた.CD45陽性細胞(図1b)の涙腺における分布を調べると,T細胞系列(図3a~c)には陽性像が乏しいのに対して,B細胞系列(図2a~e)には高度の炎症性細胞浸潤を認めた.B細胞系列分子の陽性像はCD45陽性細胞の分布にほぼ一致していた(図1b左,図2a,b,c,e左).II考按Sjogren症候群の涙腺病態にはT細胞が主要な役割をはたすという報告と,B細胞が主体とされる報告がありさまざまである.病態初期にはT細胞が関与し5),遷延化した症例にはB細胞が関与すると報告されている6,7).本症例は罹病歴が長く,臨床像はSjogren症候群に特徴的な重症ドライアイを呈し,病理像は汎白血球マーカーであるCD45陽性細胞(図1b)に対して,B細胞系列陽性細胞(CD20,Vs38c)(図2a~e)とT細胞系列陽性細胞(CD45RO,CD4,)を比較すると,B細胞系列陽性細胞の染色c~3a図)(8DC像ときわめて類似していることから,本症例の涙腺に浸潤すa:メモリーT細胞(CD45RO)b:ヘルパーT細胞(CD4)c:細胞障害性T細胞(CD8)図3Sjogren症候群涙腺組織におけるT細胞系列細胞の局在(免疫染色組織像)涙腺組織の小葉(左)および導管周囲(右)の連続切片(図1,2と同一部位の連続切片).メモリーT細胞,ヘルパーT細胞,細胞障害性T細胞の所見を示す.茶色に発色している細胞は3,3’ジアミノベンチジン4塩酸塩(DAB)染色陽性細胞を示す.Scalebar=100μm.る炎症細胞はB細胞および形質細胞が主体であることが判明した(図2).本症例の免疫染色所見および電子顕微鏡所見より,成熟形質細胞が過剰に集積しており,小胞体が著明に拡張していることから,涙腺局所において多量の抗体が産生されていると考えられた.これらの所見は,導管周囲に比して小葉内に著明に確認された.このことから,T細胞と相互作用によりB細胞が活性化し形質細胞へと成熟し,過剰な抗体産生がなされたと推察できる.また,間質での形質細胞の著明な増加には,細胞が適切にアポトーシスに陥ることができないアポトーシスの異常が関与している可能性も考えられた.末梢血血清では抗SSA抗体,抗SSB抗体,抗アセチルコリン作動性M3ムスカリン受容体抗体などが報告されている8).涙腺間質においてB細胞から形質細胞浸潤が優位であることは,最近の抗CD20抗体による生物学製剤投与によってSjogren症候群の改善が認められる報告があることからも裏付けられる9).今後,他疾患涙腺との対比が必要であり,1例のみの所見であるが本症例に認められた所見は,Sjogren症候群による涙腺局所での過剰な抗体産生と異常な抗体による組織障害が推察される.本所見は,Sjogren症候群のドライアイにおける病態の一部を示唆する所見であると考えられた.このような涙腺局所の障害により,涙液中に分泌される分泌型IgAやラクトフェリン,リゾチームなどの蛋白にも量的な異常だけでなく,質的な異常も生じている可能性も考えられた.今後の検討課題としたい.文献1)MoutsopoulosHM:Sjogren’ssyndrome:autoimmuneepithelitis.ClinImmunolImmunopathol72:162-165,19942)KangHI,FeiHM,SaioIetal:ComparisonofHLAclassIIgenesinCaucasoid,Chinese,andJapanesepatientswithprimarySjogren’ssyndrome.JImmunol150:3615-3623,19933)FoxRI,PearsonG,VaughanJH.:DetectionofEpstein-Barrvirus-associatedantigensandDNAinsalivaryglandbiopsiesfrompatientswithSjogren’ssyndrome.JImmu-nol137:3162-3168,19864)GreenspanJS,DanielsTE,TalalNetal:Thehistopathol-ogyofSjogren’ssyndromeinlabialsalivaryglandbiop-sies.OralSurgOralMedOralPathol37:217-229,19745)SinghN,CohenPL:TheTcellinSjogren’ssyndrome:forcemajeure,notspectateur.JAutoimmun39:229-233,20126)SerorR,RavaudP,BowmanSJetal:EULARSjogren’syndromediseaseactivityindex:developmentofconsen-ssussystemicdiseaseactivityindexforprimarySjogren’s8)坪井洋人,浅島弘充,住田孝之ほか:シェーグレン症候群:syndrome.AnnRheumDis69:1103-1109,2010抗M3ムスカリン作動性アセチルコリン受容体抗体.分子7)GottenbergJE,CinquettiG,LarrocheCetal:E.cacyofリウマチ治療6:41-44,2013rituximabinsystemicmanifestationsofprimarySjogren’s9)坪井洋人,浅島弘充,高橋広行ほか:シェーグレン症候群:syndrome:resulsin78patientsoftheAutoImmuneandRA以外の膠原病に対する生物学的製剤治療の可能性:炎Rituximabregistry.AnnRheumDis72:1026-1031,2013症と免疫23:159-169,2015***

HC-HA/PTX3複合体投与によるGVHDマウスモデルのマイボーム腺と周辺組織への影響

2017年4月30日 日曜日

《原著》あたらしい眼科34(4):571.574,2017cHC-HA/PTX3複合体投与によるGVHDマウスモデルのマイボーム腺と周辺組織への影響小川護*1小川葉子*1HuaHe*2,3向井慎*1山根みお*1Sche.erS.C.Tseng*2,3坪田一男*1*1慶應義塾大学医学部眼科学教室*2OcularSurfaceCenter*3TissueTech,Inc.ChangesofMeibomianGlandsinaGVHDMouseModelTreatedwithHC-HA/PTX3Puri.edfromAmnioticMembraneMamoruOgawa1),YokoOgawa1),HuaHe2,3),ShinMukai1),MioYamane1),Sche.erS.C.Tseng2,3)KazuoTsubota1)and1)DepartmentofOphthalmology,KeioUniversitySchoolofMedicine,2)OcularSurfaceCenter,3)TissueTech,Inc.ヒト羊膜抽出物のheavychain-hyaluronan/pentraxin3(HC-HA/PTX3)投与による慢性GVHD(移植片対宿主病)マウスモデルのマイボーム腺所見の変化について報告する.B10.D2マウスをドナーに,BALB/cマウスをレシピエントに用いて骨髄移植を行い,慢性GVHDモデルマウスを作製した.結膜下と眼瞼周囲にHC-HA/PTX3を骨髄移植後週2回28日目まで経皮および経結膜投与し,眼瞼とマイボーム腺を観察した.PBS(リン酸緩衝液生理食塩水)投与対照群ではマイボーム腺の萎縮および炎症細胞浸潤と線維化が高度であり,HSP(heatshockprotein)47+線維芽細胞を高頻度に認めた.一方,HC-HA/PTX3群では腺構造が維持され,炎症性細胞浸潤と線維化,HSP47+線維芽細胞の浸潤数の減少が観察された.HC-HA/PTX3局所投与によりGVHDのマイボーム腺周囲の線維芽細胞の集積が,炎症,線維化とともに減少することが示唆された.Meibomianglanddysfunctionrelatedtochronicoculargraft-versus-hostdisease(cGVHD)iscausedbyexces-sivein.ammationand.brosisinmeibomianglands.HC-HA/PTX3,acomplexpuri.edfromhumanamnioticmem-brane(AM),isknowntoexertanti-in.ammatoryandanti-.brotice.ects.Weusedawell-establishedmousemod-elofcGVHDtoexaminewhetherHC-HA/PTX3couldattenuatethemorphology,in.ammation,abnormalactivationof.broblastsand.brosisinmeibomianglandsa.ectedbycGVHD.Preliminaryresultsshowedthatsub-conjunctivalandsubcutaneousinjectionofHC-HA/PTX3reducedthenumberof.broblasts,.broticareasandin.ammatorycellsaroundmeibomianglands,andpreservedmeibomianglandmorphologyincomparisonwithPBS-injectedcontrolsamples.Collectively,our.ndingssuggestthatsubcutaneousandsubconjunctivalinjectionofHC-HA/PTX3couldreducecGVHD-elicitedaccumulationofactivatedHSP47+.broblasts,.brosisandin.ammationinandaroundmeibomianglandsinacGVHDmousemodel.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)34(4):571.574,2017〕Keywords:慢性移植片対宿主病,羊膜,HC-HA/PTX3,線維化,マイボーム腺.chronicgraft-versus-hostdis-ease,amnioticmembrane,HC-HA/PTX3,.brosis,meibomianglands.はじめにヒト胎盤羊膜は抗炎症作用と抗線維化作用を有することが知られている.これまでに羊膜移植が,難治性眼表面疾患であるStevens-Johnson症候群や眼類天疱瘡に対し,炎症抑制作用や,瘢痕化抑制作用があることが報告されてきた1).その後,Tsengらは羊膜中の抗炎症,抗線維化作用を示す成分としてheavychain-hyaluronan/pentraxin3(HC-HA/PTX3)の抽出精製に成功し,本複合物が難治性眼表面疾患の免疫抑制,線維化抑制に有効であることを報告した2).移植片対宿主病(graft-versus-hostdisease:GVHD)は〔別刷請求先〕小川護:〒160-8582東京都新宿区信濃町35慶應義塾大学医学部眼科学教室Reprintrequests:MamoruOgawa,M.D.,DepartmentofOphthalmology,KeioUniversitySchoolofMedicine,35Shinanomachi,Shinjuku-ku,Tokyo160-8582,JAPAN血液悪性疾患などの根治療法としての造血幹細胞移植後に生じる合併症のうちの一つであり,造血幹細胞移植の成功を阻んでいる3).GVHDはドナーの移植片とレシピエントの細胞,または組織との間に生じる免疫応答であり,眼,口腔,肺,皮膚,腸管,肝臓が標的臓器となる.各標的臓器の過剰な免疫応答による炎症と病的線維化が病態の中心となることが知られている4,5).マイボーム腺機能不全はGVHDによる眼合併症として高頻度に認められ,共焦点レーザー生体顕微鏡による観察の研究で,GVHDにおけるマイボーム腺には高度な炎症と線維化の所見を認めることが報告されている6).Sche.erらにより抽出されたHC-HA/PTX3複合体は,HA(hyaluronan)とHC(heavychain)との結合体と,PTX3(pentraxin3)との複合体である.このHC-HA/PTX3複合体は,胎盤羊膜中に存在する成分であり,免疫抑制機能や抗線維化作用があることが報告されている7).今回筆者らは,これまで有効で特異的な薬剤がない慢性GVHDによる難治性眼表面病態に対し,本薬剤が治療薬になりうるかを検討した.確立された慢性GVHDマウスモデルを使用しHC-HA/PTX3の経皮および経結膜的局所投与を試みた結果,マイボーム腺において投与前後の所見の変化について,若干の知見を得たので報告する.I方法マウスの骨髄移植には確立されている方法を用い,8週齢B10.D2(H-2d)オスマウスをドナーに,8週齢BALB/c(H-2d)メスマウスをレシピエントに用いて,同種異系の骨髄移植を行った.ドナーの骨髄細胞1×106と脾臓細胞2×106を混合し,レシピエントの尾静脈より移植した.これにより主要組織適合抗原複合体(majorhistocompatibilitycomplex:MHC)が適合し,副組織適合抗原が不一致の慢性GVHDモデルマウスを作製した.本マウスモデルはヒト涙腺,結膜などの眼表面のGVHDの所見をよく再現していた8).すべての動物実験は慶應義塾大学医学部動物実験ガイドラインの諸規定に従い,動物福祉の精神に沿った科学的な動物実験が行われるよう配慮した.動物実験のプロトコールを作成して,学内の動物実験委員会の承認を得た(承認番号09152).また,ARVOStatementfortheUseofAnimalsinOphthalmicandVisionResearchの規定に従った.このGVHDマウスモデルに対しHC-HA/PTX3複合体(1mg/ml)10μlを,経結膜および経皮的にそれぞれ2カ所ずつ,計4カ所に骨髄移植後4日目から1週に2回投与し,骨髄移植後28日目まで7回投与を行った.対照群としてリン酸緩衝液生理食塩水(phosphatebu.eredsaline:PBS)投与を同時に施行した.最終投与より4日後に眼瞼および眼球摘出を行い,今回は眼球結膜および涙腺以外の組織の予備的な検討として,マイボーム腺およびその周辺組織を各群2眼ずつのみ検討した.10%中性緩衝ホルマリン固定パラフィン包埋切片を作製し,ヘマトキシリン・エオジン(HE)染色,Mallory染色に加え活性化線維芽細胞のマーカーでありコラーゲン産生細胞の指標として一次抗体HeatShockProtein47(HSP47)(クローン名SPA-470,会社名:StressgenBiotechnologiesCorp,SanDiego,CA)を使用した.HSP47の染色にはパラフィン切片を用い,キシレンにて脱パラフィンを行い,エタノール系列で脱水後,抗原不活化を施行,PBSで洗浄後一次抗体HSP47について4℃オーバーナイトで免疫染色を施行した.PBSで洗浄後,Alexa488蛍光標識二次抗体(Ther-moFisherScienti.cInc.MolecularProbe,Kanagawa,Japan)を用いて45分間室温で4’,6-diamidino-2-phenylin-dole(DAPI)(ThermoFisherScienti.cInc.MolecularProbe)による核染色を同時に染色した.抗原不活化にはクエン酸緩衝液(DAKO,Japan)を用いてオートクレーブを使用し120℃20分間施行した.HC-HA/PTX3抽出方法は,Biotissue社から提供される羊膜を無菌条件下で分離し,羊膜を薄い膜にカットし.80℃に凍結し,4℃で1時間ホモジナイズした.その後4℃,48,000gで30分間の遠心分離をすることにより羊膜の抽出物を回収した.回収した羊膜の抽出物をさらにCsCl/4MグアニジンHCLにより48時間,15℃,35,000回転/分の条件で超遠心を2回施行した.遠心後の溶液からhyaluronan(HA)は得られたが蛋白を抽出できなかった画分を集め蒸留水に対して透析を行い,羊膜の抽出物としてHC-HA/PTX3混合物を得た9).II結果慢性GVHDのモデルマウスにおけるHC-HA/PTX3投与例およびPBS投与例について,マイボーム腺の組織構築の観察,炎症性細胞浸潤,HSP47+線維芽細胞浸潤および線維化の程度の観察を行った.活性化線維芽細胞についてはHSP47+で細胞内に核が認められた紡錘形の細胞を調べた.その結果,PBS投与コントロ―ルマウスのマイボーム腺組織のHE染色像では,HC-HA/PTX3投与マウスに比して間質に著明な炎症性細胞浸潤を認めた(図1a,b).Mallory染色像ではPBS投与マウスには広範囲な線維化とマイボーム腺の萎縮が観察された.一方,HC-HA/PTX3投与マウスにおいては,マイボーム腺周囲の線維化が若干減少し,マイボーム腺の構築が保たれていた(図1c,d).また,マイボーム腺周囲間質における単位面積当たりの線維芽細胞数が,PBS投与マウスに比して減少していることが観察された(図1e,f).HC-HA/PTX3複合体投与により,マイボーム腺の構築がPBS投与コントロールマウスに比して保たれていた.これらの結果より,慢性GVHDのマウスモデルに生じたマイボーム腺周囲の炎症性細胞浸潤,線維化,線維芽細胞数が,HC-HA/PTX3複合体の経結膜投与および経皮的投与により減少した可能性が考えられた.III考按慢性GVHDが進行すると眼瞼およびマイボーム腺周囲の高度な炎症細胞浸潤と線維化が特徴的であることが臨床所見として報告されている6).今回の研究では,マウスGVHDモデルにおけるPBS投与マウスの病理組織像を検討したところ,臨床的な共焦点レーザー生体顕微鏡による観察の報告と同様に,マイボーム腺およびその周囲に高度な炎症細胞浸潤と線維化所見を認めた.HC-HA/PTX3には他疾患において抗炎症作用と抗線維化作用が報告されている10).HC-HA/PTX3の投与により炎症性細胞浸潤の減少とともに,HSP47の発現の減弱とHSP47+線維芽細胞の浸潤数が減少している可能性が考えられた.炎症および線維化の減弱によりマイボーム腺組織の構築が保たれる可能性があると考えられる.マイボーム腺機能不全をきたす線維化疾患には慢性GVHDに加え,Stevens-Johnson症候群,眼類天疱瘡,化学外傷などがある.HC-HA/PTX3局所投与はマイボーム腺機能不全を伴う難治性眼線維化疾患に対して局所的に疾患の発症初期からの治療法として有用であることが考えられる.今回の検討では観察例が少なく,探索的な観察をprelimi-naryな所見として報告した.今後の課題として異なった検討数を増やして再現性を確認する必要がある.次のステップの基礎研究として異なったGVHDマウスモデルを用いた検証や,HC-HA/PTX3の安全性の検証と投与方法,投与回数を検討する必要がある.また,HC-HA/PTX3は分子量が大きく,血流へ流入することはないとされるが,HC-HA/PTX3が骨髄移植におけるドナー細胞の生着を妨げないことを確認することも必要と考えられる.将来の展望として,現在GVHDによるマイボーム腺機能不全およびドライアイの炎症と線維化に対する有効な治療薬がないことから,HC-HA/PTX3によるマイボーム腺の炎症と線維化抑制による治療は新規性,優位性に富んでいる.今後HC-HA/PTX3がGVHDの難治性眼表面障害例に有効な新規治療法になり得る,検討を重ねる必要があると考える.利益相反:小川護,向井慎,山根みお;利益相反公表基準に該当なし小川葉子,坪田一男;「HC-HA/PTX3による慢性移植片対宿主病によるドライアイの治療薬としての有用性」特許申請中.HuaHe,Sche.er.C.G.Tseng;TissueTech,Inc.の雇用者.坪田一男,Sche.er.C.G.Tseng;TissueTech,Inc.の株主.図1GVHDマウスモデルにおけるHC-HA/PTX3投与によるマイボーム腺への影響a,b:ヘマトキシリン・エオジン染色.PBS投与マウス(a)に比してHC-HA/PTX3マウス(b)では炎症性細胞浸潤が減少している.Scalebar=25μm.c,d:マロリー染色.PBS投与マウス(c)に比して,HC-HA/PTX3投与マウス(d)では線維化面積(青)の減少が認められる.マイボーム腺の構造が比較的保持されている.線維化部位(青)Scalebar=25μm.e,f:HSP47+線維芽細胞(緑)の分布.核(青)PBS投与マウス(e)に比してHC-HA/PTX3投与マウス(f)ではHSP47+線維芽細胞数の減少が認められる.HSP47+線維芽細胞(緑),核(青)Scalebar=50μm.文献1)TsengSC,EspanaEM,KawakitaTetal:Howdoesamnioticmembranework?OculSurf2:177-187,20042)TsengSC:HC-HA/PTX3puri.edfromamnioticmem-braneasnovelregenerativematrix:insightintorelation-shipbetweenin.ammationandregeneration.InvestOph-thalmolVisSci57:ORSFh1-8,20163)PavleticSZ,FowlerDH:ArewemakingprogressinGVHDprophylaxisandtreatment?HematologyAmSocHematolEducProgram2012:251-264,20124)JagasiaMH,GreinixHT,AroraMetal:NationalInsti-tutesofHealthConsensusDevelopmentProjectonCrite-riaforClinicalTrialsinChronicGraft-versus-HostDis-ease:I.The2014DiagnosisandStagingWorkingGroupreport.BiolBloodMarrowTransplant21:389-401,20155)OgawaY,MorikawaS,OkanoHetal:MHC-compatiblebonemarrowstromal/stemcellstrigger.brosisbyacti-vatinghostTcellsinasclerodermamousemodel.Elife5:e09394,20166)BanY,OgawaY,IbrahimOMetal:Morphologicevalua-tionofmeibomianglandsinchronicgraft-versus-hostdis-easeusinginvivolaserconfocalmicroscopy.MolVis17:2533-2543,20117)HeH,TanY,Du.ortSetal:InvivodownregulationofinnateandadaptiveimmuneresponsesincornealallograftrejectionbyHC-HA/PTX3complexpuri.edfromamniot-icmembrane.InvestOphthalmolVisSci55:1647-1656,20148)ZhangY,McCormickLL,DesaiSRetal:Murinesclero-dermatousgraft-versus-hostdisease,amodelforhumanscleroderma:cutaneouscytokines,chemokines,andimmunecellactivation.JImmunol168:3088-3098,20029)HeH,LiW,TsengDYetal:Biochemicalcharacteriza-tionandfunctionofcomplexesformedbyhyaluronanandtheheavychainsofinter-alpha-inhibitor(HC*HA)puri.edfromextractsofhumanamnioticmembrane.JBiolChem284:20136-20146,200910)HeH,ZhangS,TigheSetal:Immobilizedheavychain-hyaluronicacidpolarizeslipopolysaccharide-activatedmacrophagestowardM2phenotype.JBiolChem288:25792-25803,2013***

術中に移植片脱出を生じたDMEKの1例

2017年4月30日 日曜日

《原著》あたらしい眼科34(4):568.570,2017c術中に移植片脱出を生じたDMEKの1例小橋川裕子*1親川格*1,2林孝彦*3,4加藤直子*5酒井寛*1*1琉球大学医学部眼科学教室*2ハートライフ病院眼科*3横浜南共済病院眼科*4横浜市立大学眼科学教室*5埼玉医科大学眼科学教室IntraoperativeDonorGraftEjectioninDMEK:ACaseReportHirokoKobashigawa1),ItaruOyakawa1,2),TakahikoHayashi3,4),NaokoKato5)andHiroshiSakai1)1)DepartmentofOphthalmology,UniversityoftheRyukyus,2)DepartmentofOphthalmology,HeartLifeHospital,3)DepartmentofOphthalmology,YokohamaMinamiKyosaiHospital,4)DepartmentofOphthalmology,YokohamaCityUniversitySchoolofMedicine,5)DepartmentofOphthalmology,SaitamaMedicalUniversity目的:Descemetmembraneendothelialkeratoplasty(DMEK)の術中合併症の一つに前房内への移植片挿入後の創口からの脱出があり,機械的な内皮細胞損傷と移植片機能不全を続発しうる.今回,移植片脱出を生じたが透明治癒した1例を経験したので報告する.症例:67歳,女性.左眼レーザー虹彩切開術後の水疱性角膜症でハートライフ病院眼科に紹介され,全身麻酔下にDMEKを行った.術中,前房内へ挿入した移植片が眼外に完全に脱出したが,再度挿入した.術後,とくに合併症はなく移植片の接着は良好であった.視力は術前0.06であったが,術後3週間で1.0となり,術後3カ月でも維持された.角膜内皮細胞密度は966/mm2(術前からの減少率67%)であった.結論:術中の移植片脱出により角膜内皮細胞数は大きく減少するが,再挿入により移植片接着を得ることで角膜透明治癒と良好な視機能を獲得することも可能である.Purpose:ToreportacaseofgraftejectionduringDescemetmembraneendothelialkeratoplasty(DMEK).Case:Undergeneralanesthesia,DMEKwasperformedonthelefteyeofa67-year-oldfemalewithbullouskera-topathysecondarytolaseriridotomy.Immediatelyafterinjection,thedonorgraftwasbentandsubsequentlyeject-edthroughthecorneoscleralincision.Theejectedgraftwasthenre-insertedintotheanteriorchamber.Aftersur-gery,thegraftattachedwithnopostoperativecomplication.Visualacuityimprovedfrom20/333(0.06)beforesurgeryto20/20(1.0)at3weeks,andremainedatthatlevelfor3monthsaftersurgery.Theendothelialcellden-sitywas966cells/mm2at3months,representingacelllossof67%.Conclusion:Althoughitisknownthatintra-operativegraftejectioncausessevereendothelialcellloss,ourcaseresultedinaclearcornea.Therefore,evenaftergraftejection,re-insertionoftheejectedgraftmaystillbeausefultechniqueinDMEK.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)34(4):568.570,2017〕Keywords:DMEK,術中合併症,移植片脱出,硝子体圧,水疱性角膜症.Descemetmembraneendothelialkera-toplasty,intraoperativecomplication,graftejection,vitreouspressure,bullouskeratopathy.はじめにDescemetstrippingautomatedendothelialkeratoplasty(DSAEK)はGorovoyによって2006年に報告された術式1,2)で,角膜内皮細胞層を含む100.150μm程度の移植片を無縫合で角膜後面へ接着させる.DSAEKは,全層角膜移植(penetratingkeratoplasty:PK)と異なり小切開で行うことができるため,駆逐性出血などの術中合併症を回避することができ1),さらに角膜前面の縫合糸を必要としないことにより,術後乱視を軽減し早い視力回復が可能である1,3).また,強い角膜強度を保ち術後の移植片離開もなく,移植する組織が少ないことにより低い拒絶反応率を得ることができる1,2).わが国においてもDSAEKやDescemet膜非.離角膜内皮移植術(non-Descemetstrippingautomatedendothelialkera-toplasty:nDSAEK)の手技が確立し3,4),現在では角膜内皮機能不全に対する第一選択の治療法となってきている1,4).2006年にMellesらが内皮細胞とDescemet膜のみからな〔別刷請求先〕小橋川裕子:〒903-0215沖縄県中頭郡西原町字上原207琉球大学医学部眼科学教室Reprintrequests:HirokoKobashigawa,DepartmentofOphthalmology,UniversityoftheRyukyus,207Uehara,TownNishihara,Nakagami-gun,Okinawa903-0215,JAPAN568(108)0910-1810/17/\100/頁/JCOPY(108)5680910-1810/17/\100/頁/JCOPYる20μm程度の移植片を無縫合で角膜後面へ接着させるDescemetmembraneendothelialkeratoplasty(DMEK)を報告した5).DMEKは,DSAEKよりもさらに早期からの良好な視力回復,視機能,低い拒絶反応率を達成でき,欧米においておもにFuchs角膜内皮ジストロフィー(Fuchsendo-thelialdystrophy:FED)を対象疾患として行われている.DMEKでは6,7),内皮を外側にロール状に巻いた移植片を前房内で展開し,角膜後面へ接着させる必要があり,DSAEKに比べて手術手技がむずかしいとされている.DMEKの周術期合併症としては,移植片作製時の失敗,前房内に挿入した移植片が裏返しになってしまう,機械的な内皮損傷による移植片接着不良といったものが報告されている.DMEKでは,DSAEKと異なり移植片が非常に薄いために,前房内に挿入している途中で急激な前房圧,硝子体圧の上昇が生じると,移植片は容易に創口やサイドポートから眼外に脱出したり,インジェクターの中を逆流し水圧に押されて圧縮されたりしかねない.このような移植片の前房内挿入に伴う術中合併症は機械的な角膜内皮細胞数の損傷に大きくかかわり,結果的に移植片機能不全に直結する.今回筆者らは,術中に前房内へ挿入した移植片が完全に眼外に脱出したが,その後再挿入し,透明治癒を得た1例を経験したので報告する.図1術中写真前房内へ挿入された移植片(a)は創口へ嵌頓し(b),眼外へ完全に脱出した(c).その後再度移植片を前房内へ挿入し,移植片を生着させた(d).I方法1.症例67歳,女性.原発閉塞隅角症に対して2008年に左眼レーザー虹彩切開術(laseriridotomy)を受けたが,その後徐々に角膜内皮細胞数の減少を認め,2014年に水疱性角膜症を生じた.このときの前房深度(角膜内皮後面から水晶体前面までの距離)は1.52mmであった.2014年に他院で水晶体再建術を施行された後に2014年10月24日にハートライフ病院へ紹介となった.初診時の左眼視力は0.06(矯正不能)眼圧は8mmHgであった.細隙灯顕微鏡検査では,左眼角,膜は浮腫状で混濁し,Descemet膜には皺襞がみられた.前房は深く,明らかな前房炎症はなかった.虹彩にはレーザー虹彩切開孔以外の異常はなく,眼内レンズは.内に固定されていた.眼底は角膜浮腫のため詳細は不明であったが,検眼鏡で確認される範囲では大きな異常は認めなかった.中心角膜厚は730μm,角膜内皮細胞密度は測定不能であった.2.手術手技と経過2014年11月19日に全身麻酔下で左眼のDMEKを行った.移植片はPre-strippedDonor(SightLife;USA)(角膜内皮細胞密度2,927/mm2)を用い,トリパンブルー染色を行うことで移植片の視認性を高めた.眼内レンズ挿入器具WJ-60(アキュジェクトユニフィット,参天製薬)を移植片図2前眼部写真と前眼部OCT(CASIASS.1000R,Tomey,Nagoya,Japan)pachymetrymap写真a:術前の前眼部写真.Descemet膜皺襞を伴った角膜浮腫がある.b:術前の前眼部OCT写真.中心角膜厚700μm以上の著明な角膜浮腫がある.c:術後3カ月の前眼部写真.角膜は透明治癒している.d:術後3カ月の前眼部OCT写真.角膜浮腫が改善している.(109)あたらしい眼科Vol.34,No.4,2017569挿入器具として使用し,前房メインテナー併用下インジェクター法による移植片挿入を行った8).前房内灌流を止めた状態で前房内に挿入した移植片が,挿入直後に創口より完全に脱出した(図1).高い硝子体圧が脱出の原因と考え,開瞼器を緩めて開瞼幅を狭くした後,再度移植片を前房内に同手順で挿入した.前房内に移植片が留置されたことを確認した後に,空気を用いて移植片を展開し,角膜後面への接着を得て手術終了とした(図1).術後,空気瞳孔ブロックや移植片の接着不良などの早期術後合併症は生じなかった.術後1週間で角膜透明治癒を得ることができ,術後3週間で,左眼視力1.0(矯正不能),中心角膜厚479μmに回復した.術後3カ月で,視力1.0(矯正不能),中心角膜厚451μm,角膜内皮細胞密度966/mm2(減少率67%)であった(図2).その後も術後約2年まで合併症を生じることなく,透明治癒を維持した状態で経過している.II考按DMEK導入期において,移植片接着不良や移植片機能不全(primarygraftfailure:PGF)は発生しやすい周術期合併症であり6,7),回避するためのマネージメントが必要である.とくにわが国では水疱性角膜症の原因として欧米に多いFEDは少なく,レーザー虹彩切開術後や白内障手術後に発症するものが多い9).短眼軸,浅前房の症例も多く硝子体圧が高い症例が多いと推測される.また,瞼裂幅が狭い症例においては,開瞼による眼球への圧迫が硝子体圧をさらに上昇させる可能性がある.硝子体圧の高い症例では,前房深度の維持,移植片の挿入が困難である.浅前房眼の少ない欧米では,DMEKshooterやガラス製インジェクターを用いた簡便な移植片の前房内への挿入が普及しているが,高い硝子体圧を生じやすいアジア人眼においては,移植片挿入時における前房深度を維持するために,硝子体圧への対応が必須である.手術を局所麻酔で行う場合には,球後麻酔に加え瞬目麻酔を同時に行い,Honanballoonを用いて眼球圧迫し,状況に応じて硝子体切除を追加で行うことも必要と考えている.今回,筆者らは瞬目や腹圧による硝子体圧上昇を抑制する目的で全身麻酔を選択した.また,移植片挿入時の前房内圧上昇や移植片の脱出を防ぐため,前房の虚脱に備えて前房内に留置していた灌流針からの灌流を止めた状態で移植片を挿入した.しかし,挿入した移植片は創口より脱出した.原発閉塞隅角眼であったこと,および開瞼器による圧迫によって高い硝子体圧がもたらされたと考えた.瞼裂の狭い患者においては,開瞼状態にも注意を払う必要がある.移植片の創口からの脱出は角膜内皮細胞の大きな損傷につながる.既報においても同様の術中合併症が報告されており,PGFとなり再移植を余儀なくされている10).しかし,移植片脱出がいったん発生したとしても,必ずPGFに至るというわけではない.実際に,本症例では再挿入した移植片はその後問題なく宿主の角膜に生着し,透明治癒を得て視機能の改善を得ることができた.本報の移植片は術前のドナー角膜内皮細胞密度が2,927/mm2と高値であったため,脱出時に機械的な損傷があってもなお透明治癒するだけの内皮細胞数が残存したと考えられる.移植片脱出が生じてしまった場合,代わりのドナーが用意できない状況では,再挿入により角膜後面へ移植片を接着させて手術を完遂することが勧められる.DMEKは術後の高い視機能,低い拒絶反応の頻度など,長所の多い術式であるが,眼球が小さく,浅前房の多い日本人を含むアジア人の水疱性角膜症には向かないという意見もある.さまざまな合併症への知識を習得し,アジア人に適した手術方法を考案してより安全に施行できる工夫を重ねることにより,わが国でも多くの水疱性角膜症患者がその恩恵を受けることに期待する.文献1)LeeWB,JacobsDS,MuschDCetal:Descemet’sstrip-pingendothelialkeratoplasty:safetyandoutcomes:areportbytheAmericanAcademyofOphthalmology.Oph-thalmology116:1818-1830,20092)PriceFW,PriceMO:Descemet’sstrippingwithendothe-lialkeratoplastyin50eyes:arefractiveneutralcornealtransplant.JRefractSurg21:339-345,20053)KobayashiA,YokogawaH,SugiyamaK:Non-Descemetstrippingautomatedendothelialkeratoplastyforenodthe-lialdysfunctionsecondarytoargonlaseriridotomy.AmJOphthalmol146:543-549,20084)KobayashiA,YokogawaH,SugiyamaK:Descemetstrip-pingwithautomatedendothelialkeratoplastyforbullouskeratopathiessecondarytoargonlaseriridotomy─pre-liminaryresultsandusefulnessofdouble-glideinsertiontechnique.Cornea27(Suppl1):S62-S69,20085)MellesGR,OngTS,VerversBetal:Descemetmem-braneendothelialkeratoplasty(DMEK).Cornea25:987-990,20066)TourtasT,LaaserK,BachmannBOetal:DescemetmembraneendothelialkeratoplastyversusDescemetstrippingautomatedendothelialkeratoplasty.AmJOph-thalmol153:1082-1090,20127)GorovoyMS:DMEKcomplications.Cornea33:101-104,20148)親川格,澤口昭一:Descemetmembraneendothelialkeratoplasty(DMEK)における移植片折れ曲がり整復テクニック.臨眼70:729-734,20169)ShimazakiJ,AmanoS,UnoTetal:NationalsurveyonbullouskeratopathyinJapan.Cornea26:274-278,200710)MellesGR,OngTS,VerversBetal:PreliminaryclinicalresultsofDescemetmembraneendothelialkeratoplasty.AmJOphthalmol145:222-227,2008(110)