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培養ヒト結膜上皮細胞における高浸透圧ストレス負荷に対するカテキンの抑制効果

2016年6月30日 木曜日

《第35回日本眼薬理学会原著》あたらしい眼科33(6):867.873,2016c培養ヒト結膜上皮細胞における高浸透圧ストレス負荷に対するカテキンの抑制効果木崎順一郎*1,2宇高結子*1佐々木晶子*1辻まゆみ*1友寄英士*1,2當重明子*1,2岩井信市*1,3小口勝司*1*1昭和大学医学部薬理学講座医科薬理学部門*2昭和大学医学部眼科学講座*3昭和大学薬学部社会健康薬学講座医薬品評価薬学部門Anti-inflammatoryEffectsofEGCGorEGCG3MeagainstHyperosmotic-inducedInflammationinHumanConjunctivalEpitheliumCellsJunichiroKizaki1,2),YukoUdaka1),AkikoSasaki1),MayumiTsuji1),EijiTomoyori1,2),AkikoToju1,2),ShinichiIwai1,3)andKatsujiOguchi1)1)DepartmentofPharmacology,ShowaUniversitySchoolofMedicine,2)DepartmentofOphthalmology,ShowaUniversitySchoolofMedicine,3)DepartmentofResearchandDevelopmentforInnovativeMedicalNeeds,Health,ShowaUniversitySchoolofPharmacyドライアイは,涙液層の浸透圧上昇と,これに伴う眼表面の炎症がおもな病態と考えられている.近年,茶カテキン,とくに(-)-EpigallocatechinGallate(EGCG)および,(-)-Epigallocatechin3-(3”-O-Methyl)Gallate(EGCG3”Me)の高い生理活性が報告されている.本研究では,培養ヒト結膜上皮細胞株を用い,培養液にスクロースを添加することで高浸透圧ストレス負荷を施し,アポトーシス解析,MAPK(ERK,JNK,p38MAPK)リン酸化能およびIL-6生成量を測定し,さらにEGCG,EGCG3”Meを前処置による抑制効果を検討した.その結果,高浸透圧ストレス負荷により,アポトーシス細胞の割合,JNK,p38MAPKリン酸化能およびIL-6生成量が有意に増加した.これに対し,EGCG3”MeはIL-6生成量とp38MAPK活性の上昇を有意に抑制したが,EGCGではIL-6生成の抑制は認めなかった.以上より高浸透圧ストレス誘発性炎症に対し,EGCG3”Meはp38MAPKリン酸化を抑制することで,IL-6生成を抑え,抗炎症作用を示すものと考えた.Osmoticpressureoftearsindryeyepatientsisusuallyhigherthaninnormalpersons.Itisassociatedwithincreasedosmolarityofthetearfilmandinflammationoftheocularsurface.Inaddition,teacatechinssuchas(-)-EpigallocatechinGallate(EGCG)and(-)-Epigallocatechin3-(3”-O-Methyl)Gallate(EGCG3Me)havemultiplebiologicalactions,includinganti-allergy,anti-inflammatoryandanti-canceractivity.Inthisstudy,weexaminedwhetherEGCGandEGCG3Meattenuatethehyperosmosis-inducedinflammationinhumanconjunctivalepitheliumcells(HCEcells).HCEcellswereexposedtohyperosmoticmedium(423mOsm,i.e.,123mMsucroseinmedium),andthenexaminedastotherateofapoptosis,IL-6levelsandactivityofMAPKs(ERK,JNKandp38MAPK).EGCG3MesignificantlysuppressedtheincreaseinIL-6levelandelevationofphosphorylatedp38MAPK.EGCG3MeinductionofinflammationmorepotentthanEGCGwasalsoindicated.TheseresultssuggestthatEGCG3Memightbeuseableasatherapeuticapproachindryeye.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)33(6):867.873,2016〕Keywords:結膜,ドライアイ,炎症,高浸透圧,カテキン.conjunctiva,dryeye,inflammatory,hyperosmolarity,catechin.〔別刷請求先〕木崎順一郎:〒142-8555東京都品川区旗の台1丁目5-8昭和大学医学部薬理学講座医科薬理学部門Reprintrequests:JunichiroKizaki,M.D.,DepartmentofPharmacology,ShowaUniversitySchoolofMedicine,1-5-8Hatanodai,Shinagawa,Tokyo142-8555,JAPAN0910-1810/16/\100/頁/JCOPY(107)867 はじめに近年,生活環境の変化(高齢化,コンタクトレンズ装用者の増加,エアコン普及,パソコン,スマートフォン,ゲームなどのデジタル機器(visualdisplayterminals:VDT)の長時間使用などにより,ドライアイの有病率が増えている.とくにオフィスワーカーの約6割がドライアイもしくはその疑いがあり,QOLの低下や作業効率の低下などにつながるという報告もあり1),いわば現代病の一つといっても過言ではない.ドライアイの発症のメカニズムとして,眼表面の浸透圧の上昇が指摘されている.涙液の産生低下,あるいは蒸発亢進による涙液量の減少により眼表面の浸透圧が上昇すると炎症反応が起こり,結膜傷害,ゴブレット細胞の減少を引き起こし,涙液層の不安定化などにつながる.その結果,さらに涙液が減少するなどの悪循環を起こすこと2)が示されている.米国では,とくにこの考え方が強く,ドライアイの診断において眼表面の浸透圧上昇を重視しており,治療の中心は抗炎症薬投与になっている3).近年,日本緑茶に豊富に含まれるポリフェノール(greenteapolyphenol)のうち,カテキン類には,抗酸化作用,抗腫瘍作用,抗転移作用,血圧抑制作用,動脈硬化抑制作用,脂質代謝改善作用,抗菌作用,抗ウイルス作用,抗う蝕作用,抗アレルギー作用といった多様な生理作用を有することが報告されている.とくに,(-)-Epigallocatechingallate(EGCG)は,茶特有のポリフェノール成分で4),上記作用が強力に出ることが多数報告されている.いわゆる緑茶の代表的な品種「やぶきた」には,カテキン類が10.20%の割合で含まれており,その約半分をこのEGCGが占めるとされている.一方,EGCGの3つの水酸基のうちortho位をメチル化した(-)-Epigallocatechin3-(3”-O-Methyl)gallate(EGCG3”Me)の強い生理活性が最近注目されている.これは「べにふうき」「べにふじ」「べにほまれ」などの品種の茶葉に多く含まれ,「やぶきた」には含まれていない.EGCG3”Meは高い抗酸化活性を持ち,とくに抗アレルギー作用はEGCGの約2.5倍との報告がある.そこで今回,筆者らは,培養ヒト結膜上皮(humanconjunctivalepithelium:HCE)細胞を用いて,眼表面のドライアイ病態を想定した高浸透圧ストレス負荷状態における炎症誘発経路を明らかにするとともに,これに対するEGCGとEGCG3”Meの抗炎症作用およびその有用性を比較検討した.なお,今回使用した細胞株は,ヒト子宮頸癌由来上皮細胞(HeLa細胞)の混入が疑われているが,株化したヒト結膜上皮細胞の代用がないため,HCE細胞とHeLa細胞の比較検討を行った.I材料および方法1.細胞培養ヒト眼球由来結膜上皮細胞株(Clone-1-5c-4:HCE細胞)をDSファーマメディカル(大阪)より購入,細胞は2mMGlutamine+10%FetalBovineSerum(FBS)含有Medium199(Sigma-AldrichCo.,MO,USA)培地中,5%CO2,37℃にて培養した.ヒト子宮頸癌由来上皮細胞(ATCCCCL2.2:HeLa細胞)は,FBS含有E-MEMmedium培地中,5%CO2,37℃にて培養した.2.高浸透圧ストレスFBS非含有medium(289mOsm/L)に123mMのスクロース(和光純薬工業,大阪)を添加し,Hyperosmoticmedium(423mOsm/L)を調整し5),培養液をこれに置換することで,高浸透圧ストレス負荷(Hyper)群とした.対照として,スクロース非添加群をコントロール(Cont)群とした.3.使用薬物カテキン類はそれぞれEGCGを和光純薬工業から,EGCG3”Meを長良サイエンス(岐阜)から購入した.Mitogen-activatedproteinkinaseinhibitor(MAPKi)は,p38MAPKinhibitor(p38i)としてSB203585,extracellularsignal-regulatedkinase(ERK)inhibitor(ERKi)としてPD98059をSigma-AldrichCo.(MO,USA)から購入,c-JunN-terminalkinase(JNK)inhibitor(JNKi)としてSP600125を和光純薬工業(東京)から購入した.4.実験プロトコール細胞を測定項目に応じて適切な濃度に調整して播種し,24時間培養後,Cont群には高浸透圧ストレス負荷の1時間前に,p38i1μM,JNKi10μM,ERKi10μM,EGCG5,10,20μM,およびEGCG3”Me5,10,20μMを添加した.その1時間後,Hyper群は培養液を高浸透圧ストレスmediumに置換し,ただちに,各MAPKiおよびカテキン類をCont群と同じ濃度で添加した.両群ともその状態で培養を続け,各時点のサンプルを実験に供した.5.高浸透圧負荷後のアポトーシス細胞の経時的解析HCE細胞を3×105cells/mLに調整し6穴プレートに播種し,先に示した条件で24時間培養後,高浸透圧負荷を行った.その後1,3,6,15,24時間時点で抽出し,MuseRCellAnalyzer(MerckMillipore,Germany)にて,MuseTMAnnexinVandDeadCellKit(EMDMilliporeCorporation,USA)を用いて,アポトーシス細胞の表面に提示されたホスファチジルセリン(PS)とアネキシンV-PEが結合する割合から,アポトーシス細胞の割合を検出した.6.高浸透圧負荷後のIL.6生成量の経時的変化測定HCE細胞を3×105cells/mLに調整し6穴プレートに播種868あたらしい眼科Vol.33,No.6,2016(108) し,24時間培養後,高浸透圧負荷を行った.その後1,3,6,15,24時間時点の上清をサンプルとし,Enzyme-LinkedImmunoSorbentAssay(ELISA法)にてHRP標識抗リン酸化IL-6抗体と発色試薬を用いてIL-6を検出し,HumansIL-6InstantELISA(eBioscience,AffymetrixInc,CA,USA)を用いて,マイクロプレートリーダーにて波長450nmでの吸光度を測定した.7.高浸透圧負荷1時間後のMAPK(ERK,JNK,p38MAPK)リン酸化能測定HCE細胞,HeLa細胞を1×105cells/mLに調整し,96穴プレートに播種し,24時間培養した.その後,各MAPKiおよび,HCE細胞については5,10,20μMEGCG,EGCG3”Meを,HeLa細胞については10μMEGCG,EGCG3”Meを添加し,その1時間後,高浸透圧ストレス負荷を行い,1時間後のMAPKリン酸化能を測定した.細胞は,HRP標識抗リン酸化各MAPK抗体と発色基質を用いてリン酸化各MAPKをそれぞれ検出し〔RayBioRCell-Basedp38(Thr180/Tyr182)ELISAkit,RayBioRCell-basedJNK(Thr183/Tyr185)ELISAkit,RayBioRCell-BasedERK(Thr180/Tyr182)ELISAkit(以上,RayBiotech,Inc.,GA,USA)〕を用いてマイクロプレートリーダーにて波長450nmでの吸光度を測定した.8.EGCG,EGCG3”Me添加による高浸透圧負荷24時間後のIL.6生成量の測定HCE細胞,HeLa細胞を3×105cells/mLに調整し6穴プレートに播種し,24時間培養後,EGCG(5,10,20μM),EGCG3”Me(5,10,20μM)およびp38i(1μM),JNKi(10μM),ERKi(10μM)を添加し,その1時間後,高浸透圧ストレス負荷を行い,24時間後のIL-6生成量をHumansIL-6InstantELISA(eBioscience,Inc.,CA,USA)を用いて,マイクロプレートリーダーにて波長450nmでの吸光度を測定した.9.67kDaLaminineReceptor(67LR)の免疫細胞染色HCE細胞を3×105cells/mLに調整し,ChamberSlideTMで24時間培養後,EGCG(10μM),EGCG3”Me(10μM)を添加し,その1時間後に浸透圧負荷を行った.負荷後1時間で細胞をホルマリン固定し,ENVISION染色システムを用い,一次抗体〔Anti-67kDaLamininReceptor抗体MLuC5(ab3099);Abcam,UK〕,を2時間反応させ,その後,二次抗体とパーオキシダーゼが結合しているデキストランポリマー試薬を反応させて,核や細胞質の染色を行った.10.統計処理実験結果は平均±標準偏差(n=3.12)で示した.HCE細胞,HeLa細胞におけるHyper群でのパラメーターはt検定を用いてCont群と比較検討した.また,HCE細胞における高浸透圧ストレス負荷後のMAPKリン酸化能,IL-6生成量(109)に対するカテキン類の抑制効果についてはANOVA-Bonferroni多重比較検定を用いてHyper群と比較検討し,p<0.05以下を有意とした.II結果1.高浸透圧ストレス負荷によるアポトーシス細胞の経時的変化図1AにHCE細胞に高浸透圧ストレス負荷を施した後の1,3,5,15,24時間後のアポトーシス細胞の経時的変化を,AnnexinVを用いてアポトーシス細胞の割合(%)で示した.Hyper群は高浸透圧ストレス負荷後,アポトーシス細胞の割合が経時的に上昇し,6時間以降,Cont群と比べ有意な増加を認めた(n=6,p<0.01).図1BにHCE細胞とHeLa細胞の高浸透圧ストレス負荷24時間後のアポトーシス細胞の割合(%)を示した.HeLa細胞においても,高浸透圧ストレス負荷によりアポトーシス細胞の割合は有意に上昇した(n=3,p<0.01).2.高浸透圧ストレス負荷によるIL.6生成量の経時的変化図2AにHCE細胞に高浸透圧ストレス負荷1,3,6,15,24時間後のIL-6生成量の経時的変化を示した.Hyper群は高浸透圧ストレス負荷により,IL-6生成量が経時的に上昇し,15時間以降,Cont群と比べ有意に上昇した(n=6,p<0.01).図2BにHCE細胞とHeLa細胞の高浸透圧ストレス負荷24時間後のIL-6生成量を示した.HeLa細胞もHyper群はCont群に比べ有意な増加を認めたが,その生成量はHCE細胞に比べ明らかに低値を示した.3.HCE細胞における高浸透圧ストレス負荷によるERK,JNKおよびp38MAPKリン酸化能とカテキン類の抑制効果図3にHCE細胞における高浸透圧ストレス負荷1時間後のERK(A),JNK(B),p38MAPK(C)のリン酸化能を示した.高浸透圧ストレス負荷によるERKリン酸化能の変化は認められなかった(n=6).高浸透圧ストレス負荷後1時間での,JNKおよびp38MAPKのリン酸化能はCont群と比較し有意に上昇した.JNKリン酸化能の上昇に対し,EGCGはいずれの濃度においても有意な抑制を示した(n=12,p<0.01).一方,p38MAPKリン酸化能の上昇に対しては,EGCG3”Meで濃度依存的に有意な抑制を示した(n=6,p<0.01,0.05)が,EGCGは5μMで有意な抑制効果を示した(n=6,p<0.05)が,10,20μMでは変化は認められなかった.一方,HeLa細胞においては,高浸透圧ストレス負荷による,ERK,JNK,p38MAPKのリン酸化能に有意差は認めなかった.(ERK:Cont群1.525±0.058,Hyper群1.590±0.055;n=6.JNK:Cont群1.472±0.075,Hyper群1.556±あたらしい眼科Vol.33,No.6,2016869 ABA2(%)1.8(%)#$1001001.690****901.4Phosphop38/totalp38ratioPhosphoJNK/totalJNKratioPhosphoERK/totalERKratio**80RateofApoptoticcells1.210.80.60.40.270605040303020200(μM)1010001361524Incubationtime(hours)HCEcellsHeLacellsBContHyper21.81.61.4図1高浸透圧ストレス負荷後のアポトーシス細胞の割合HCE細胞またはHeLa細胞における高浸透圧ストレス負荷後のアポトーシス細胞の割合を,MuseTMCellAnalyzerにてAnnexinVを用いて測定した.A:HCE細胞に対する高浸透圧ストレス負荷後1,3,6,15,24時間後のアポトーシス細胞の経時的変化.平均±標準偏差,n=6,*p<0.05,**p<0.01vsCont(t検定).B:高浸透圧ストレス負荷24時間後のHCE細胞とHeLa細胞におけるアポトーシス細胞の比較.平均±標準偏差,n=3,#p<0.01,$p<0.01vsCont(t検定).AB**1.2******1**0.80.60.40.20(μM)(pg/mL)(pg/mL)C24504501.81.61.41.2**1**0.8****0.60.40.2400(24h)(24h)(24h)(24h)400$#350****350300300IL-6levels2502502002001501501001005050000(1361524μM)Incubationtime(hours)HyperContHCEcellsHeLacells図2高浸透圧ストレス負荷後のIL.6生成量HCE細胞またはHeLa細胞における高浸透圧ストレス負荷後のIL-6生成量を,ELISA法を用いて測定した.A:HCE細胞に対する高浸透圧ストレス負荷後のIL-6生成量の1,3,6,15,24時間後の経時的変化.平均±標準偏差,n=6.*p<0.05,**p<0.01vsCont(t検定).B:高浸透圧ストレス負荷後24時間のHCE細胞とHeLa細胞におけるIL-6生成量の比較.平均±標準偏差,n=3,#p<0.01,$p<0.01vsCont(t検定)870あたらしい眼科Vol.33,No.6,2016図3高浸透圧負荷1時間後のMAPK(ERK,JNK,p38MAPK)リン酸化能とカテキン類による抑制効果HCE細胞にMAPKi,EGCG(5,10,20μM),EGCG3Me(5,10,20μM)を添加し,1時間後に高浸透圧ストレスを負荷した.その後1時間インキュベートし,各MAPKのリン酸化能をELISA法にて測定した.結果は,全MAPKに対するリン酸化されたMAPKの割合で示した.A:ERKリン酸化能,B:JNKリン酸化能,C:p38MAPKリン酸化能.平均±標準偏差,n=6.12,*p<0.05,**p<0.01vsHyper(ANOVA-Bonferroni多重比較検定).(110) 0350400450(pg/mL)**********(ContHyperp38i(1)(10)EGCG(5)(10)(20)(5)(10)(20)0350400450(pg/mL)**********(ContHyperp38i(1)(10)EGCG(5)(10)(20)(5)(10)(20)IL-6levels300250200150図4高浸透圧負荷後24時間後のIL.6生成量に対するカテキン類の抑制効果100HCE細胞にJNKi,p38MAPKi,EGCG(5,10,20μM),50EGCG3Me(5,10,20μM)を添加し,1時間後に高浸透圧ストレスを負荷した.その後24時間インキュベートし,培養液の上清を用い,ELISA法にてIL-6生成量を測定した.平均±標準偏差,n=6.*p<0.05,**p<0.01vsHyper(ANOVA-Bonferroni多重比較検定).μM)ContHyperEGCGEGCG3”Me図5高浸透圧ストレス負荷後1時間の67LRに対する免疫細胞染色HCE細胞に,EGCG(10μM)またはEGCG3Me(10μM)を添加し,1時間後に高浸透圧ストレスを負荷した.その後1時間インキュベートし,細胞をホルマリン固定後,ENVISION染色システムを用い,一次抗体として抗67LR抗体を2時間反応させた後,二次抗体とペルオキシダーゼが結合しているデキストランポリマー試薬を1時間反応させて,核や細胞質の染色を行った(×200).(111)あたらしい眼科Vol.33,No.6,2016871 0.080;n=6.p38MAPK:Cont群0.529±0.060,Hyper群0.529±0.014;n=6).4.HCE細胞における高浸透圧ストレス負荷24時間後のIL.6生成に対するカテキン類の抑制効果図4にHCE細胞における高浸透圧ストレス負荷24時間後のIL-6生成量に対するEGCG,EGCG3”Meの抑制効果を示した.高浸透圧ストレス負荷後24時間で,Cont群と比べIL-6生成量は有意に上昇した(n=12,p<0.01).これに対しEGCG3”MeでIL-6生成量は濃度依存的に抑制され,20μMで有意な抑制効果を認めた(n=6,p<0.01).一方,EGCGでは抑制効果は認められなかった.5.高浸透圧ストレス負荷による67LR発現誘導の免疫細胞染色図5にEGCGまたはEGCG3”Meを添加したHCE細胞における高浸透圧ストレス負荷1時間後の67LRの免疫細胞染色を示す.67LRは,カテキンの受容体として見出されている膜蛋白で6),EGCGで67LRの明らかな発現誘導が確認された.一方,EGCG3”Meではcontrolと比べ変化は認められなかった.III考按ドライアイ患者においては,涙液浸透圧とドライアイの重症度が相関するといわれている.米国でのドライアイ診断基準にあたるDryEyeWorkShop(DEWS)Reportによると,涙液浸透圧の正常カットオフ値は316mOsm/Lとされている2,7).ドライアイ患者における涙液浸透圧は平均326.9±22.1mOsm/Lであり,健常人の平均302±9.7mOsm/Lに比べかなり高く7),涙液中に炎症性サイトカインが増加するという報告がある8,9).角膜細胞を用いて塩化ナトリウムまたはスクロースを添加した培養液(350.600mOsm/L)を用いて高浸透圧ストレス負荷を施した報告が散見され,とくに450mOsm/L以上の高浸透圧負荷により,炎症性サイトカインの著明な上昇を認めたなどの報告10,11)がある.そこで今回,HCE細胞に高浸透ストレス負荷(423mOsm/L)を行った結果,アポトーシスの割合と,炎症性サイトカイン(IL-6)の生成量の経時的増加が確認され,炎症が惹起されていることが確認された.今回,データは示していないが,TNF-a,IL-1bも同様に測定した結果,TNF-a生成量は有意差はなく,IL-1bは検出限界以下であった.細胞外からの種々刺激により活性化され,核へのシグナル伝達を媒介するMAPKリン酸化能を測定した結果,高浸透圧ストレス負荷1時間でJNKとp38MAPKリン酸化能の有意な上昇が確認されたが,ERKでは変化が認められなかった.MAPKのなかでもとくに,JNK,p38MAPKは,UV,ROS(reactiveoxygenspecies),高浸透圧,熱ショックなどの物理化学的ストレスなどによって活性化されるストレス応答キナーゼで,アポト872あたらしい眼科Vol.33,No.6,2016ーシス誘導などに深く関与している.今回の高浸透圧ストレス負荷により,HCE細胞ではJNK,p38MAPKの活性化およびIL-6生成量の明らかな増加が確認されたが,HeLa細胞においてはいずれも認めなかった.このことから,このストレスはHCE細胞に由来するものと判断し,カテキン類による抑制効果を検討した.近年,カテキン類を代表とする茶葉成分に関する研究報告が散見される.緑茶に含まれるEGCGは茶特有のポリフェノール成分で,他の植物には見出されていない4).最近,新規カテキンのEGCG3”Meが見出された.日本緑茶の「べにふうき」「べにふじ」といった品種に多く含まれており,いわゆる代表的な品種である「やぶきた」にはまったく含まれていない.先にも述べたが,緑茶カテキンには多彩な生理機能が解明されており,なかでも,抗腫瘍作用や抗アレルギー作用は,EGCGが多種の細胞の細胞膜表面に局在している67kDalamininereceptor(67LR)に結合することで活性を示すことが報告されている6).EGCGは67LRを介した癌細胞における細胞増殖抑制作用のほか,ヒト好塩基球細胞株におけるヒスタミン放出抑制作用やIgE受容体発現低下作用などが報告されている12).今回のHCE細胞に対する高浸透圧ストレス負荷では,JNK,p38MAPKを介してIL-6を生成することで,炎症が惹起されていることが示唆された.この炎症に対する,EGCGまたはEGCG3”Meの抑制効果について検討した結果,JNKリン酸化能はEGCGで,p38MAPKリン酸化能はEGCG3”Meで抑制されることが示唆された.また,IL-6生成量はEGCG3”Meで濃度依存的に抑制されたのに対し,EGCGでは変化がないか高濃度では逆に増加する結果となった.これまでに,腫瘍細胞に対するEGCGの抗腫瘍効果なども報告されており12,13),高濃度のEGCGによる細胞障害作用が現れたものと考えられる.EGCGおよびEGCG3”Meを添加し,高浸透圧ストレス負荷1時間後,67LRの免疫細胞化学染色を行った結果,EGCG3”MeよりもEGCGで強い発現誘導が確認された.このことから,EGCGはおもに67LRへの結合を介してシグナル伝達されているのに対し,EGCG3”Meには67LRとは別の経路が関与していることが示唆された.すなわち,EGCG3”MeはEGCGに比べ脂溶性が高いことから,膜を直接透過する可能性が考えられる.以上のことから,それぞれ異なった細胞内シグナル伝達経路を介して抗炎症作用を示し,その作用はEGCGよりもEGCG3”Meのほうがより効果的である可能性が示唆された.Leeら14)は,0.1%EGCG溶液の点眼により角膜上皮障害が改善したと報告している.さらに,EGCGやEGCG3”Meは飲用後,血中への移行も確認されている.すなわち,毛細血管が豊富である結膜に移行し,眼表面の抗炎症作用を示す(112) 可能性は高い.市販のペットボトル入りべにふうき緑茶を,約200ml飲用したときの摂取量とAUC(areaunderthebloodconcentration-timecurve)の割合で比較すると,移行の割合はEGCG3”MeのほうがEGCGに比べて6.5倍高いことが示されている15).また,アレルギー性鼻炎患者を対象としたヒト介入試験において,EGCG3”Me摂取により眼の痒みや流涙を含む花粉症症状の明らかな軽減作用がみられたと報告されており,その際のEGCG3”Me摂取量は34mg/dayとされている16).これは市販のペットボトル1.5本分(約750ml)の飲用に相当する.涙液浸透圧と血漿浸透圧に強い相関があり,飲水自体に涙液浸透圧を下げるとの報告17,18)があることから,日常的に茶を飲用する習慣がある日本人にはドライアイによる高浸透圧ストレス誘発炎症に対しても,抗炎症効果が期待できるかもしれない.以上のことから,べにふうき緑茶飲用がドライアイ治療に有用である可能性が示唆された.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)UchinoM,YokoiN,UchinoYetal:Prevalenceofdryeyediseaseanditsriskfactorsinvisualdisplayterminalusers:theOsakastudy.AmJOphthalmol156:759-766,20132)MichaelAL,GaryNF:Thedefinitionandclassificationofdryeyedisease.OculSurf5:75-92,20073)SternME,PflugfelderSC:Inflammationindryeye.OculSurf2:124-130,20044)山本(前田)万里:抗アレルギー効果のある茶葉成分.日本補完代替医療学雑誌3:53-60,20065)CavetME,HarringtonKL,VollmerTRetal:Antiinflammatoryandanti-oxidativeeffectsofthegreenteapolyphenolepigallocatechingallateinhumancornealepithelialcells.MolVis17:533-542,20116)TachibanaH,KogaK,FujimuraYetal:AreceptorforgreenteapolyphenolEGCG.NatStructMolBiol11:380381,20047)TomlinsonA,KhanalS,DiaperCetal:Tearfilmosmolarity-determinationofareferentfordryeyediagnosis.InvestOphthalmolVisSci47:4309-4315,20068)NaKS,MokJW,KimJYetal:Correlationsbetweentearcytokines,chemokines,andsolublereceptorsandclinicalseverityofdryeyedisease.InvestOphthalmolVisSci53:5443-5450,20129)BoehmN,RiechardtAI,WiegandMetal:Proinflammatorycytokineprofilingoftearsfromdryeyepatientsbymeansofantibodymicroarrays.InvestOphthalmolVisSci52:7725-7730,201110)LuoL,LiDQ,CorralesRMetal:Hyperosmolarsalineisaproinflammatorystressonthemouseocularsurface.EyeContactLens31:186-193,200511)LiDQ,ChenZ,SongXJetal:StimulationofmatrixmetalloproteinasesbyhyperosmolarityviaaJNKpathwayinhumancornealepithelialcells.InvestOphthalmolVisSci45:4302-4311,200412)立花宏文:緑茶カテキンの受容体とシグナリング.生化学81:290-294,200913)SuzukiY,MiyoshiN,IsemuraM:Health-promotingeffectsofgreentea.ProcJpnAcadSerBPhysBiolSci88:88-101,201214)LeeHS,ChauhanSK,OkanoboAetal:Therapeuticefficacyoftopicalepigallocatechingallate(EGCG)inmurinedryeye.Cornea30:1465-1472,201115)Maeda-YamamotoM,EmaK,ShibuichiI:Invitroandinvivoanti-allergiceffectsof‘benifuuki’greenteacontainingO-methylatedcatechinandgingerextractenhancement.Cytotechnology55:135-142,200716)安江正明,大竹康之,永井寛ほか:「べにふうき」緑茶の抗アレルギー作用並びに安全性評価:軽症から中等症の通年性アレルギー性鼻炎患者,並びに健常者を対象として.日本食品新素材研究会誌8:65-80,200517)WalshNP,FortesMB,Raymond-BarkerPetal:Iswhole-bodyhydrationanimportantconsiderationindryeye?InvestOphthalmolVisSci53:6622-6627,201218)FortesMB,DimentBC,DiFeliceUetal:Tearfluidosmolarityasapotentialmarkerofhydrationstatus.MedSciSportsExerc43:1590-1597,2011***(113)あたらしい眼科Vol.33,No.6,2016873

表面麻酔薬オキシブプロカイン塩酸塩点眼液の角膜傷害性評価

2016年6月30日 木曜日

《第35回日本眼薬理学会原著》あたらしい眼科33(6):863.866,2016c表面麻酔薬オキシブプロカイン塩酸塩点眼液の角膜傷害性評価長井紀章*1真野裕*1辰巳賀陽子*1川﨑真緒*1伊藤吉將*1岡本紀夫*2下村嘉一*2*1近畿大学薬学部製剤学研究室*2近畿大学医学部眼科学教室InVitroandVivoEvaluationofCornealDamageCausedbyCommerciallyAvailableOxybuprocaineEyedrops,usingHumanandRatCornealEpithelialCellsNoriakiNagai1),YuMano1),KayokoTatsumi1),MaoKawasaki1),YoshimasaIto1),NorioOkamoto2)YoshikazuShimomura2)and1)FacultyofPharmacy,KinkiUniversity,2)DepartmentofOphthalmology,KinkiUniversitySchoolofMedicine本研究では,表面麻酔薬オキシブプロカイン塩酸塩点眼液の角膜傷害性について評価を行った.実験にはベノキシールR点眼液0.4%(先発品)とオキシブプロカイン塩酸塩点眼液0.4%「ニットー」(ジェネリック医薬品,以下GE)を用いた.角膜傷害性は,ヒト角膜上皮細胞と1次速度式から算出した急性,慢性毒性にて評価した.また,ラット角膜上皮.離モデルを用い,オキシブプロカイン塩酸塩点眼液点眼が角膜治癒へ与える影響についても検討した.GEの急性毒性は,先発品と比較し低値であった.一方,慢性毒性は,先発品とGE間で差は認められず,ラット角膜上皮.離モデルを用いた系においても,GE点眼群の角膜傷害治癒速度は先発品のそれと同程度であった.以上,市販オキシブプロカイン塩酸塩点眼液の角膜傷害性を明らかにした.本研究結果は,眼に優しい表面麻酔薬開発への一つの指標になるものと考える.Inthisstudy,weinvestigatedcornealcelldamagecausedbycommerciallyavailableoxybuprocaineeyedrops,suchasBenoxilRophthalmicsolution0.4%(originaldrug)andoxybuprocainehydrochlorideophthalmicsolution0.4%「NITTO」(genericdrug,GE).Acuteandchronictoxicitywerecalculatedusingculturedcornealepitheliumcells(HCE-T)andfirst-orderrateequation;theeffectoftheeyedropsoncornealwoundhealingwasdemonstratedusingratdebridedcornealepithelium.AlthoughtheacutetoxicityofHCE-TcellstreatedwithGEwassignificantlylowerthanwiththeoriginaldrug,thechronictoxicitydidnotdifferbetweentheoriginaldrugandGE.Inaddition,cornealwoundhealinginratsinstilledwithGEwasalsosimilartothatoftheoriginaldrug.Thesefindingsprovidesignificantinformationforuseindesigninglocalanaestheticeyedropsfreeofcelldamage.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)33(6):863.866,2016〕Keywords:オキシブプロカイン塩酸塩,ジェネリック医薬品,角膜傷害,点眼薬,表面麻酔薬.oxybuprocainehydrochloride,genericdrugs,cornealdamage,eyedrops,localanaestheticeyedrops.はじめにオキシブプロカイン塩酸塩点眼液は,眼科領域における検査や手術時に用いられる優れた表面麻酔薬である.しかし,表面麻酔薬の濫用により重篤な角膜傷害を起こした症例が報告されており,鎮痛などを目的とした頻回投与は副作用発現防止のため,注意喚起されている.これらオキシブプロカイン塩酸塩点眼液による角膜傷害には,使用時の涙液分泌の低下と,主薬であるオキシブプロカイン塩酸塩や保存剤(ベンザルコニウム塩化物,BAC)による細胞毒性が知られており,臨床での使用は制限されている.一方,2013年6月にオキシブプロカイン塩酸塩のジェネリック医薬品としてオキシブプロカイン塩酸塩点眼液0.4%「ニットー」(日東メ〔別刷請求先〕伊藤吉將:〒577-8502東大阪市小若江3-4-1近畿大学薬学部製剤学研究室Reprintrequests:YoshimasaIto,Ph.D.,FacultyofPharmacy,KinkiUniversity,3-4-1Kowakae,Higashi-Osaka,Osaka577-8502,JAPAN0910-1810/16/\100/頁/JCOPY(103)863 ディック)が販売された.本製剤は先発品と比較し,保存剤であるBAC濃度の減少および増粘剤の追加がなされているが,薬効は同程度と報告されており1),製剤工夫による副作用発現の低下や用途拡大が期待できる.点眼薬の角膜傷害性を検討するうえで,評価系の選択はきわめて重要である.角膜傷害は,点眼薬中に含まれる主薬,添加剤,保存剤だけでなく,角膜知覚,涙液動態および結膜といったオキュラーサーフェス(眼表面)の状態が関与することが知られており,臨床および基礎両面からの観察が重要であると考えられている.筆者らはこれまで,不死化ヒト角膜上皮細胞(HCE-T)および1次速度式を用いた細胞傷害性解析にて,急性および慢性毒性を算出する方法(invitro角膜上皮細胞傷害性評価)が点眼薬の角膜傷害性強度を明らかとするうえで有用であることを報告してきた2,3).また,角膜上皮.離ラットを用いることで,invivo系における薬物角膜傷害強度が評価可能であることを明らかとしてきた4).そこで今回,これらinvitro,invivo角膜傷害性評価法を用いることで,現在臨床現場で使用されているオキシブプロカイン塩酸塩点眼液先発品およびジェネリック医薬品の角膜傷害性評価を行った.I対象および方法1.使用細胞培養細胞は不死化ヒト角膜上皮細胞(HCE-T,RCBNo.1384)を用い,1,000IU/mLペニシリン(GIBCO社製),100mg/mLストレプトマイシン(GIBCO社製)および5%ウシ胎児血清(FBS,GIBCO社製)を含むDMEM/F12培地(GIBCO社製)にて培養した.2.使用薬物眼科用表面麻酔薬は臨床現場にて多用されるオキブプロカイン塩酸塩点眼液先発品(ベノキシールR点眼液0.4%,参天製薬)およびジェネリック医薬品(オキシブプロカイン塩酸塩点眼液0.4%「ニットー」,日東メディック)を用いた.表1に両製剤の組成を示す.3.角膜上皮細胞傷害性の評価筆者らが確立し報告してきたinvitro角膜上皮細胞傷害性評価法に従い行った2,3).HCE-T細胞を96wellプレートに100mL(1×104個)ずつ播種し,24時間培養(37℃,5%CO2条件下)したものを実験に用いた.実験操作は以下のようにして行った.HCE-T細胞を10.120秒薬剤にて処理後,PBSにて2回洗浄し,各wellにナカライ社製CellCountReagentSFを含有する培地120mLを加え,1時間処理(37℃,5%CO2)後,マイクロプレートリーダー(BIO-RAD社製)にて450nmの吸光度(Abs)を測定した.本研究では,薬剤処理後の細胞死亡率(%)を次式(1)により算出した.細胞死亡率(%)=(Abs未処理.Abs薬剤処理)/Abs未処理×100(1)また,薬剤処理が細胞傷害へ与える影響をより詳細に検討するために,次式(2)を用いて解析を行った.Dt=D∞(1.e.kDt)(2)kDは細胞傷害速度定数(min.1),tは点眼薬処理後の時間(0.2分),D∞およびDtは薬剤処理∞およびt分後の細胞死亡率を示す.本研究ではkD,D∞をそれぞれ急性毒性および慢性毒性として表すパラメーターとした.また,先発品およびジェネリック医薬品に含まれる添加物中の急性,慢性毒性の評価には,眼科用剤の最大許容濃度を使用した.4.ラット角膜上皮.離モデルを用いた角膜傷害治癒解析イソフルラン麻酔下,生検トレパンで円形にラット角膜を形取り,ブレードで角膜上皮を.離した(.離面積10.1±0.6,mm2;平均値±標準誤差).実験時には点眼液を1日3回(9:00,15:00,21:00)1回30μL,実験終了まで点眼した.角膜上皮欠損部分の推移は,角膜.離0,6,24時間後に1%フルオレセイン含有0.4%ベノキシール点眼液にて染色し,トプコン社製眼底カメラ装置TRC-50Xで撮影した画像をImageJにて解析することで評価した.角膜傷害治癒率(%)は,次式(3)にて算出した4).角膜傷害治癒率(%)=(面積.離直後.面積.離6,24時間後)/面積.離直後×100(3)5.統計解析得られたデータは平均値±標準誤差として表した.各々の実験値はStudentのt-testにより解析した.また,本研究ではp値が0.05以下を有意差有りとした.表1オキシブプロカイン塩酸塩点眼液先発品およびジェネリック医薬品の組成先発品塩化ナトリウムエデト酸ナトリウム水和物ベンザルコニウム塩化物(0.004%)ポリビニルアルコールpH調整剤()内の数値は濃度を示す.ジェネリック医薬品塩化ナトリウムエデト酸ナトリウム水和物ベンザルコニウム塩化物(0.002%)ヒプロメロースpH調整剤864あたらしい眼科Vol.33,No.6,2016(104) A0時間6時間24時間先発品020304050600.0細胞死亡率(%)10先発品●ジェネリック医薬品***0.51.01.52.0ジェネリック処理時間(分)医薬品図1HCE.Tを用いたオキシブプロカイン塩酸塩点眼液の細胞傷害性評価平均値±標準誤差,n=6.*p<0.05,vs.先発品.B100先発品■ジェネリック医薬品角膜傷害治癒度(%)80604020表2オキシブプロカイン塩酸塩点眼液先発品およびジェネリック医薬品処理による角膜傷害性の比較先発品ジェネリック医薬品kD(min.1)3.10±0.391.29±0.22*D∞(%)56.4±2.763.3±7.0平均値±標準誤差,n=6.*p<0.05,vs.先発品.II結果1.オキシブプロカイン塩酸塩点眼液先発品およびジェネリック医薬品の角膜傷害性比較図1はオキシブプロカイン塩酸塩点眼液処理時におけるHCE-T細胞の死亡率を示す.また,表2にはオキシブプロカイン塩酸塩点眼液処理時における急性毒性(kD)と慢性毒性(D∞)を示す.結果から,両製剤処理群の傷害性強度に差がみられ,市販オキシブプロカイン塩酸塩点眼液のジェネリック医薬品を30秒処理した際の細胞死亡率は31.7±1.0%と,先発品(45.8±4.1%)と比較し細胞傷害性は有意に低値であった(平均値±標準誤差,n=6).また,ジェネリック医薬品の急性毒性は,先発品と比べ低値を示したが,慢性毒性においては,先発品とジェネリック医薬品間で差は認められなかった.一方,BAC単独処理実験にて0.002%と0.004%BACの30秒処理後の細胞傷害性を調べたところ,それぞれ7.1±1.9%,19.7±3.6%であり,単独2分処理後の細胞傷害性は21.3±5.1%,29.3±5.5%であった(平均値±標準誤差,n=6).加えて,先発品中に含まれる増粘剤ポリビニルアルコールおよびジェネリック医薬品中の増粘剤ヒプロメロースの慢性毒性を算出したところ,1%ポリビニルアルコールは4.7±2.1%,0.35%ヒプロメロースでは6.6±2.5%であった(薬剤処理時間2分,平均値±標準誤差,n=6).また,先発品およびジェネリック医薬品両製剤に含まれる添加物0.9%塩化ナトリウムおよび0.12%エデト酸ナトリウムの慢性毒性は,0.6±0.1%,9.8±2.4%であった(薬剤処理時間2分,平均値±標準誤差,n=6).図2はオキシブプロカ(105)06時間24時間.離後の時間図2オキシブプロカイン塩酸塩点眼液点眼が角膜傷害治癒へ与える影響A:代表的角膜画像(破線内は傷害部分を表す).B:オキシブプロカイン塩酸塩点眼液点眼後の角膜傷害治癒度度.平均値±標準誤差,n=5.イン塩酸塩点眼液点眼に伴うラット角膜傷害治癒速度の変化を示す.Invitro系の慢性毒性の結果と同様,ラット角膜上皮.離モデルを用いた系では,先発品およびジェネリック医薬品間で差はみられなかった.III考按オキシブプロカイン塩酸塩点眼液は,眼科領域における検査や手術時に用いられるが,濫用により重篤な角膜傷害を起こすことが知られている.本研究では2013年6月に販売開始されたオキシブプロカイン塩酸塩点眼液のジェネリック医薬品における角膜上皮細胞毒性(副作用)について先発品と比較評価した.まず,オキシブプロカイン塩酸塩点眼液の先発品とジェネリック医薬品のinvitro角膜上皮傷害評価を行ったところ,両処理群において処理時間の増加とともに細胞死亡率が増加し,その急性毒性は先発品>ジェネリック医薬品であった(表2).これら点眼製剤の角膜傷害性には保存剤の関与が知られている.点眼剤中に含まれる保存剤は,二次汚染を防止し安全に使用するために必要不可欠である.しかし,一般に保存剤は細菌を殺すという性質上,使用後の“しみる”,“かあたらしい眼科Vol.33,No.6,2016865 すむ”,眼の充血をはじめ,点眼表層角膜症や眼瞼炎といった眼局所の副作用発現に繋がり,臨床において問題視されている5).今回検討したオキシブプロカイン塩酸塩点眼液にはBACが保存剤として用いられており,BACは陽電荷をもつ原子団が菌体表面に吸着することで細胞膜破壊,細胞内の酵素蛋白の変性,呼吸系の阻害を引き起こすことが報告されている6.8).一方,先発品中に含まれるBAC濃度は0.004%であったが,ジェネリック医薬品ではBAC濃度が0.002%と半分に軽減されている.さらに,0.002%と0.004%BAC単独30秒処理時の細胞傷害性は,それぞれ7.1%,19.7%であったことから,両製剤間の急性毒性の違い(先発品>ジェネリック医薬品)にはBAC濃度の差が関与しているものと示唆された.これら急性毒性とは異なり,慢性毒性は両製剤ともに約60%であり,先発品とジェネリック医薬品間で差は認められなかった.そこで次に,これら慢性毒性の差を明らかとすべく,BAC濃度0.002%と0.004%の単独2分処理後の細胞傷害性を調べた.その結果,BAC濃度0.002%と0.004%の細胞傷害性はそれぞれ21.3%,29.3%であり,両製剤の慢性毒性に比べ低値であることから,BAC以外の要因が慢性毒性には強く関与しているものと示唆された.オキシブプロカイン塩酸塩点眼液の先発品とジェネリック医薬品の組成の違いとして,BAC濃度の差に加え,異なる増粘剤が用いられていることが挙げられる(表1).しかし,先発品中に含まれる増粘剤ポリビニルアルコールおよびジェネリック医薬品中の増粘剤ヒプロメロースの慢性毒性を算出してみたところ,1%ポリビニルアルコールと0.35%ヒプロメロースの慢性毒性はともに低値であった.また,両製剤に含まれる添加物0.9%塩化ナトリウムと0.12%エデト酸ナトリウムの慢性毒性はほとんどみられなかった.このように,含有される添加物の細胞傷害性と比較し,オキシブプロカイン塩酸塩点眼液の細胞傷害性(慢性毒性)が高いことから,これら製剤の慢性毒性には,主薬であるオキシブプロカイン自身がもっとも強く関与していることが示唆された.さらに,invivo系にて両製剤が角膜傷害治癒に与える影響を検討したところ,invitro慢性毒性と同様,先発品およびジェネリック医薬品間で差はみられなかった.オキシブプロカイン塩酸塩などの表面麻酔薬は,その麻酔作用により涙液分泌の低下がみられ,薬物による傷害性が高まる危険性が考えられる.また,本invitro系実験にて,オキシブプロカイン塩酸塩の慢性毒性には,主薬がもっとも強く関与していることを示した.以上,オキシブプロカイン塩酸塩点眼液では,BAC濃度を減らすことで,細胞傷害の誘発率を反映する急性毒性の減弱がみられるが,傷害度強度や傷害治癒への影響にかかわる慢性毒性の軽減のためには,もともと0.004%と低濃度であるBACの含量の減弱よりも,主薬自身の傷害性を抑制するような工夫が必要であることを示した.本研究結果は,表面麻酔薬選択や眼に優しい局所麻酔薬の開発における一つの指標になるものと考える.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)日東メディック株式会社:オキシブプロカイン塩酸塩点眼液0.4%「ニットー」.添付文書20132)NagaiN,MuraoT,OkamotoNetal:Comparisonofcornealwoundhealingratesafterinstillationofcommerciallyavailablelatanoprostandtravoprostinratdebridedcornealepithelium.JOleoSci59:135-141,20103)長井紀章,大江恭平,森愛里ほか:各種保存剤を用いた市販緑内障治療(配合)点眼液における角膜傷害性のキネティクス解析.あたらしい眼科30:1023-1028,20134)NagaiN,YoshiokaC,ManoYetal:Ananoparticleformulationofdisulfiramprolongscornealresidencetimeofthedrugandreducesintraocularpressure.ExpEyeRes132:115-123,20155)瀧沢岳,片岡伸介,小高明人ほか:ホウ酸含有点眼剤組成の抗菌メカニズム.あたらしい眼科27:518-522,20106)DebbaschC,PisellaPJ,DeSaintJeanMetal:Mitochondrialactivityandglutathioneinjuryinapoptosisinducedbyunpreservedandpreservedbeta-blockersonChangconjunctivalcells.InvestOphthalmolVisSci42:25252533,20017)DeSaintJeanM,BrignoleF,BringuierAF:EffectsofbenzalkoniumchlorideongrowthandsurvivalofChangconjunctivalcells.InvestOphthalmolVisSci40:619-630,19998)DebbaschC,BrignoleF,PisellaPJetal:Quaternaryammoniumsandotherpreservatives’contributioninoxidativestressandapoptosisonChangconjunctivalcells.InvestOphthalmolVisSci42:642-652,2001***866あたらしい眼科Vol.33,No.6,2016(106)

点眼用添加物EDTA が種々保存剤の抗菌力および角膜傷害性へ与える影響

2016年6月30日 木曜日

《第35回日本眼薬理学会原著》あたらしい眼科33(6):857.861,2016c点眼用添加物EDTAが種々保存剤の抗菌力および角膜傷害性へ与える影響長井紀章*1田辺航*1辻朗子*1勝井結美*1伊藤吉將*1岡本紀夫*2下村嘉一*2*1近畿大学薬学部製剤学研究室*2近畿大学医学部眼科学教室EffectofEDTAonAntimicrobialActivityandCornealToxicityofVariousEyedropPreservativesNoriakiNagai1),WataruTanabe1),AkikoTsuji1),YumiKatsui1),YoshimasaIto1),NorioOkamoto2)YoshikazuShimomura2)and1)FacultyofPharmacy,KinkiUniversity,2)DepartmentofOphthalmology,KinkiUniversitySchoolofMedicine今回筆者らは,一般的な点眼用添加剤である安定化剤エチレンジアミン四酢酸(EDTA)が,各種保存剤の抗菌力および角膜傷害性に与える影響について検討を行った.保存剤はベンザルコニウム塩化物(BAC),パラオキシ安息香酸メチル(MP),パラオキシ安息香酸プロピル(PP),亜塩素酸ナトリウム(SC)およびクロルヘキシジングルコン酸塩(CHG)の計5種を用いた.また,抗菌力および角膜傷害性の確認には大腸菌(E.coli,ATCC8739),ヒト角膜上皮細胞(HCE-T)を用いた.その結果,EDTA併用下において,BACの抗菌力上昇が認められたが,細胞傷害性に変化はみられなかった.一方,他の4剤の保存剤では,EDTAとの併用により抗菌力および細胞傷害性の低下がみられた.以上,点眼薬処方におけるEDTA使用は,保存剤の抗菌力や細胞傷害性に影響を与えることを明らかとした.本研究成果は,点眼薬処方設計の一つの指標になるものと考える.Inthisstudy,weinvestigatedtheeffectofethylenediaminetetraaceticacid(EDTA)ontheantimicrobialactivityandcornealtoxicityofvariouspreservatives,usingEscherichiacoli(E.coli,ATCC8739)andculturedcornealepitheliumcells(HCE-T).Benzalkoniumchloride(BAC),methylparahydroxybenzoate(MP),propylparahydroxybenzoate(PP),sodiumchlorite(SC)andchlorhexidinegluconate(CHG)wereusedaspreservativesinthisstudy.AlthoughtheantimicrobialactivityofBACwasincreasedbytheadditionofEDTA,thecornealtoxicityofBACwassimilartothatofthecombinationofEDTAandBAC.Ontheotherhand,boththeantimicrobialactivityandcornealtoxicityofMP,PP,SCandCHGweredecreasedbytheadditionofEDTA.TheseresultsshowthattheuseofEDTAasanophthalmicpharmaceuticaladditiveaffectstheantimicrobialactivityandcornealtoxicityofpreservatives.Thesefindingsprovidesignificantinformationforuseinthedesigningofeyedrops.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)33(6):857.861,2016〕Keywords:保存剤,エチレンジアミン四酢酸,抗菌力,角膜毒性,点眼薬.preservatives,ethylenediaminetetraaceticacid,antimicrobialactivity,cornealtoxicity,eyedrops.はじめに医薬品は主成分となる薬剤(主剤)のみでは製剤とはいえず,これに製剤設計上必要な薬剤(添加剤)が加えられ初めて製剤となる.点眼薬においても同様であり,一般的に点眼薬には可溶化剤(ポリオキシエチレン硬化ヒマシ油,ポリソルベート80,ポビドンなど),安定化剤(ポリソルベート80,ポビドン,エチレンジアミン四酢酸(EDTA)など),等張化剤(塩化ナトリウム,ブドウ糖,マンニトールなど),緩衝剤(酢酸ナトリウム水和物,炭酸水素ナトリウム,ホウ酸など),pH調節剤(希塩酸,水酸化ナトリウムなど),保存剤(ベンザルコニウム塩化物(BAC),パラオキシ安息香酸メチル(MP),パラオキシ安息香酸プロピル(PP),亜塩〔別刷請求先〕伊藤吉將:〒577-8502東大阪市小若江3-4-1近畿大学薬学部製剤学研究室Reprintrequests:YoshimasaIto,Ph.D.,FacultyofPharmacy,KinkiUniversity,3-4-1Kowakae,Higashi-Osaka,Osaka577-8502,JAPAN0910-1810/16/\100/頁/JCOPY(97)857 素酸ナトリウム(SC),クロルヘキシジングルコン酸塩(CHG)など)が含まれる.なかでもこれら点眼薬中に含まれる保存剤は,二次汚染を防止し安全に使用するために必要不可欠である.現在市販されている点眼薬では,保存剤の約7割にBACが用いられ,約2割にパラベン類(MPやPP),そしてその他の約1割にSCやCHGなどが使用されている.しかし,これら保存剤の長期連続投与は,使用後の“しみる”“かすむ”,眼の充血をはじめ,点眼表層角膜症や眼瞼炎とい(,)った眼局所の副作用発現に繋がるため,臨床において問題視されている1).したがって,抗菌力が高く,角膜傷害性の少ない眼にやさしい新たな製剤処方の開発が望まれている.このような背景から,眼科領域では1回使い切りタイプの容器やPFデラミ容器R(容器を二層構造とし点眼薬に添加される保存剤を不要にしたもの)などが市販されている.また,配合剤や細胞毒性の低い新規保存剤の開発のための研究も進められている1).一方,製剤処方において,主薬と添加物の相互作用についてはいまだ十分に検討はなされておらず,添加物が各種保存剤の抗菌力や角膜毒性に与える影響を明確にすることは,眼にやさしく,高い抗菌力を維持する製剤処方の確立において非常に重要である.そこで今回,基礎研究として代表的点眼製剤用添加物であるEDTAが保存剤各種の抗菌力および角膜傷害性に与える影響について検討を行った.I対象および方法1.使用薬物点眼用添加物である安定化剤EDTAと保存剤として多用されているBAC,MP,PP,SCおよびCHGの計6種を用いた.各種試験溶液は,EDTAと各種保存剤(BAC,MP,PP,SC,CHG)を精製水で溶解し,細孔径0.2μmのメンブランフィルターで濾過滅菌することで調製した.角膜細胞傷害性の評価に用いたEDTAの濃度は,過去の報告に従い2),眼科用最大許容投与量(0.127%)以下である0.1%(1mg/mL)とした2).また,各種保存剤濃度は,臨床で用いられる濃度を参考に,いずれも0.005%(50mg/mL)とした.2.最小発育阻止濃度(MIC)の測定試験菌株には,独立行政法人製品評価技術機構から購入した大腸菌(E.coli,ATCC8739)を用い,MICの測定は微量液体希釈法に従い行った1).また,感受性測定用培地はMuellerHintonBroth(日本ベクトン・ディッキンソン)を用いた.実験操作は以下のようにして行った.まず,E.coliを寒天培地上で18.24時間培養(35±1℃)後,滅菌生理食塩液にて試験菌が1×108個含まれる菌液を調製し,薬液と1×106個/mLの生菌数になるように混合した(試験液).これらの試験液を含む容器を22.5±2.5℃の条件下で遮光保存し,28日後の試験溶液中生菌数の確認を行った.生菌数の858あたらしい眼科Vol.33,No.6,2016確認にはカンテン平板混釈法を用い,対照に用いた薬剤不含有培地での菌の発育を確認後,菌の発育が肉眼的に認められないwellのうち最小の薬剤濃度をMICとした1).3.角膜上皮細胞傷害性の評価培養細胞は理化学研究所より購入した不死化ヒト角膜上皮細胞(HCE-T,RCBNo.1384)を用い,角膜細胞傷害性の評価は,筆者らが確立し報告してきたinvitro角膜上皮細胞傷害性評価法に従った2.4).HCE-T細胞を96wellプレートに100mL(1×104個)ずつ播種し,37℃,5%CO2インキュベーター内で24時間培養したものを実験に用いた.実験操作は以下のようにして行った.HCE-T細胞を10.120秒薬剤にて処理後,PBSにて2回洗浄し,各wellに100mLの培地およびCellCountReagentSF(ナカライラスク社製)20mLを加え,37℃,5%CO2インキュベーター内で1時間処理後,450nmの吸光度(Abs)を測定した.薬剤処理後の細胞死亡率(%)は次式(1)により算出した.細胞死亡率(%)=(Abs未処理.Abs薬剤処理)/Abs未処理×100(1)4.統計解析実験は1群に対し8回(検体)行い,得られたデータは平均値±標準誤差(SE)として表した.各々の実験値はStudentのt-testにより解析した.また,本研究ではp値が0.05以下を有意差ありとした.II結果1.EDTA添加に伴う種々保存剤の抗菌力の変化表1はEDTAおよび種々保存剤のMICを示す.また,図1にはEDTAと種々保存剤併用処理時における抗菌力の変化を示す.EDTAのMICは700mg/mLであり,今回使用した保存剤のMICはBAC>CHG>Mp>SC>PPの順であった.これら保存剤にEDTAを添加したところ,MP,PP,SCおよびCHGにおいて抗菌力の低下がみられた.一方,BACではEDTAの添加により抗菌力の増大が認められ,MICより低い濃度においても十分な抗菌力を示した.表1眼科用添加物のE.coliに対する最小阻害濃度眼科用添加物MIC(μg/mL)BAC(ベンザルコニウム塩化物)16MP(パラオキシ安息香酸メチル)6PP(パラオキシ安息香酸プロピル)1.25SC(亜塩素酸ナトリウム)5CHG(クロルヘキシジングルコン酸塩)8EDTA(エチレンジアミン四酢酸)700(98) A:BACB:MB:MPC:PP1001008080保存効力なし●保存効力ありPP濃度(μg/mL)保存効力なし●保存効力あり保存効力なし●保存効力あり細胞死亡率(%)細胞死亡率(%)SC濃度(μg/mL)BAC濃度(μg/mL)細胞死亡率(%)細胞死亡率(%)CHG濃度(μg/mL)MP濃度(μg/mL)604020604020000010020030040050001002003004005000100200300400500EDTA濃度(μg/mL)EDTA濃度(μg/mL)EDTA濃度(μg/mL)D:SCE:CHG100保存効力なし●保存効力あり保存効力なし●保存効力あり図1EDTAが種々保存剤の抗菌力に与え001002003004005000100200300400500る影響EDTA濃度(μg/mL)EDTA濃度(μg/mL)破線は各保存剤自身(単独)のMICを示す.0A:BACB:MPC:PP8080606040402020MP●MPwithEDTA**00306090120時間(sec)00306090120時間(sec)PP●PPwithEDTAE:CHGD:SC00306090120時間(sec)BAC●BACwithEDTA808080707070細胞死亡率(%)606060505050404040303030202020*101010SC●SCwithEDTA**CHG●CHGwithEDTA図2EDTA(0.1%)が各種保存剤(0.005208080706050403020*70*60504030%)の角膜細胞傷害性に与える影響10細胞死亡率は式(1)を用いて算出した.平0030609012000306090120均値±標準誤差,n=8.*p<0.05vs.コン時間(sec)時間(sec)トロール群(EDTA非添加群).2.EDTA添加に伴う種々保存剤の角膜細胞傷害性のBAC≒CHG>SC≫MPの順であった.一方,パラベン類で変化あるPPにおいては処理120秒まで細胞傷害は認められなか図2はEDTAと種々保存剤処理時におけるHCE-T細胞ったが,処理180秒後では細胞傷害がみられ,その細胞死の死亡率を示す.BAC,MP,SCおよびCHGでは処理時間亡率は13.9±2.1(平均値±SE)であった.これら種々保存の増加とともに細胞死亡率の増加が認められ,その傷害性は剤にEDTAを添加したところ,BAC処理群ではその細胞傷(99)あたらしい眼科Vol.33,No.6,2016859 害性に大きな影響はみられなかった.このBAC処理群の結果とは異なり,MP,SCおよびCHG処理群ではEDTAの併用処理により,細胞毒性が有意に低下した.また,PPおよびEDTA併用処理群では,処理0.180秒間において細胞傷害性はみられなかった.III考按EDTAは点眼薬中に多く含まれる安定化剤であり,BAC,MP,PP,SC,CHGは点眼製剤の製造において多用される保存剤である.本研究ではEDTAと各種保存剤(BAC,MP,PP,SC,CHG)の組み合わせが,保存剤の有する抗菌力および角膜上皮細胞毒性(副作用)へ与える影響について明らかにするために検討した.まず,今回用いたEDTAと各種保存剤(BAC,MP,PP,SC,CHG)の抗菌力および角膜上皮細胞傷害性について検討したところ,EDTAの抗菌力はMIC700mg/mLと低かったが,各種保存剤単独では強い抗菌力が確認できた.一方,0.005%における各種保存剤の角膜上皮細胞傷害性は,BAC≒CHG>SC≫MPの順であり,PPにおいては処理120秒間で細胞傷害性はみられず,毒性は非常に低いものであった.一般に,保存剤の抗菌メカニズムと角膜細胞毒性とは密接にかかわっていることが知られている.今回選択したBACは陽電荷をもつ原子団が菌体表面に吸着することで細胞膜破壊,細胞内の酵素蛋白質の変性,呼吸系の阻害を引き起こす5.7).また,パラベン類(MPやPP)の抗菌作用発現機構は,膜イオン透過性亢進による膜電位の消失もしくはミトコンドリアの呼吸機能障害によることが先行研究により示唆されており,アルキル側鎖の長さが長い程細胞毒性が低下することが知られている8,9).これらパラベン類のアルキル側鎖の長さと細胞毒性の関係は,今回示したMP,PPの結果と同様であった(表1および図1).さらに,SCはアミノ酸のスルフィド(S-H)結合と酵素のジスルフィド(S-S)結合を酸化して細胞の機能を破壊するとともに,細胞膜を直接的に破壊して抗菌活性を示すとされており10),CHGは細胞膜に吸着し,細胞膜傷害と細胞質の漏洩を起こすとともに,酵素蛋白質に吸着して活性阻害を起こすことが知られている11).一方,本研究では抗菌力の評価に,環境中に存在する菌類の主要な種の一つであるグラム陰性の桿菌E.coliを用いた.グラム陰性菌は細胞膜と外膜の2つの脂質膜に包まれている.この外膜はリポ多糖,リン脂質および数種の蛋白質などからなり,2価陽イオンでそれらの一部が結びつけられているため,陽イオンのキレーターであるEDTAを作用させると,外膜を構成する成分の一部が遊離し,外膜に障害が認められる12,13).このような膜の傷害によって,外膜により膜内への透過が抑制されていた薬剤が容易に外膜を通過できるよ860あたらしい眼科Vol.33,No.6,2016うになり,薬効および毒性が高まることが報告されている.したがって,E.coliにEDTAと各種保存剤を併用した際には,薬剤のE.coliに対する膜透過性亢進により抗菌力が高まるが,外膜を持たない角膜上皮細胞に対する細胞傷害性は大きく変化しないものと考えられた.本研究においても,BACとEDTAの組み合わせでは,抗菌力は上昇したが,角膜傷害性においては有意な差はみられなかった.このBACとEDTAの組み合わせの結果とは異なり,パラベン類(MP,PP),SCおよびCHGでは,EDTA併用により抗菌力および角膜傷害性の低下が認められた.EDTA併用処理では薬剤の膜透過性亢進が考えられるが,E.coliに対する抗菌力の低下と角膜上皮細胞における細胞毒性の軽減がともにみられたことから,パラベン類(MP,PP),SCやCHGの薬効(抗菌力)や副作用発現(細胞傷害性)には2価陽イオンがかかわっており,陽イオンのキレーターであるEDTAとの併用はそれらの効力を低下させる可能性が示唆された.以上,点眼薬の処方設計において,添加物EDTAの組み合わせは保存剤の抗菌力,角膜傷害性に影響を及ぼすことを見出した.今後,E.coli以外の菌類に対してどのような影響を与えるかを検討するとともに,パラベン類(MP,PP),SCおよびCHGの保存効果機構と2価陽イオンの関係についても検討を進めていく予定である.本研究結果は,点眼薬処方設計の一つの指標になるものと考える.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)瀧沢岳,片岡伸介,小高明人ほか:ホウ酸含有点眼剤組成の抗菌メカニズム.あたらしい眼科27:518-522,20102)長井紀章,村尾卓俊,伊藤吉將ほか:点眼薬含有添加剤であるポリソルベート80及びEDTA点眼が角膜上皮傷害治癒へ与える影響.あたらしい眼科27:1299-1302,20103)NagaiN,YoshiokaC,ManoYetal:Ananoparticleformulationofdisulfiramprolongscornealresidencetimeofthedrugandreducesintraocularpressure.ExpEyeRes132:115-123,20154)NagaiN,ItoY,OkamotoNetal:Ananoparticleformulationreducesthecornealtoxicityofindomethacineyedropsandenhancesitscornealpermeability.Toxicology319:53-6220145)DebbaschC,PisellaPJ,DeSaintJeanMetal:Mitochondrialactivityandglutathioneinjuryinapoptosisinducedbyunpreservedandpreservedbeta-blockersonChangconjunctivalcells.InvestOphthalmolVisSci42:25252533,20016)DeSaintJeanM,BrignoleF,BringuierAF:EffectsofbenzalkoniumchlorideongrowthandsurvivalofChangconjunctivalcells.InvestOphthalmolVisSci40:619-630,(100) 19997)DebbaschC,BrignoleF,PisellaPJetal:Quaternaryammoniumsandotherpreservatives’contributioninoxidativestressandapoptosisonChangconjunctivalcells.InvestOphthalmolVisSci42:642-652,20018)BredinJ,Davin-RegliA,PagesJM:PropylparabeninducespotassiumeffluxinEscherichiacoli.JAntimicrobChemother55:1013-1015,20059)NakagawaY,MoldeusP:Mechanismofp-hydroxybenzoateester-inducedmitochondrialdysfunctionandcytotoxicityinisolatedrathepatocytes.BiochemPharmacol55:1907-1914,199810)小林正枝,秋山茂,岩下正人ほか:亜塩素酸ナトリウム製剤の殺菌効力に関する検討.食品衛生学雑誌30:367374,198911)第十六改正日本薬局方解説書廣川書店,C-1563,201112)AsbellMA,EagonRG:Roleofmultivalentcationsintheorganization,structure,andassemblyofthecellwallofPseudomonasaeruginosa.JBacteriol92:380-387,196613)RogersSW,GillelandHEJr,EagonRG:Characterizationofaprotein-lipopolysaccharidecomplexreleasedfromcellwallsofPseudomonasaeruginosabyethylenediaminetetraaceticacid.CanJMicrobiol15:743-748,1969***(101)あたらしい眼科Vol.33,No.6,2016861

My boom 53.

2016年6月30日 木曜日

監修=大橋裕一連載MyboomMyboom第53回「松浦一貴」本連載「Myboom」は,リレー形式で,全国の眼科医の臨床やプライベートにおけるこだわりを紹介するコーナーです.その先生の意外な側面を垣間見ることができるかも知れません.目標は,全都道府県の眼科医を紹介形式でつなげる!?です.●は掲載済を示す(●は複数回)連載MyboomMyboom第53回「松浦一貴」本連載「Myboom」は,リレー形式で,全国の眼科医の臨床やプライベートにおけるこだわりを紹介するコーナーです.その先生の意外な側面を垣間見ることができるかも知れません.目標は,全都道府県の眼科医を紹介形式でつなげる!?です.●は掲載済を示す(●は複数回)自己紹介松浦一貴(まつうら・かずき)野島病院眼科私は1994年に島根医科大学を卒業し,鳥取大学に入局,1999~2001年ヒューストン大学留学を経て,2005年より野島病院に勤務しています.島根県出雲市出身で,実家は出雲大社まで8kmほどのところにあります.学生時代はサッカー部でした.日本一人口の少ない鳥取県に住んでいるおかげで,土地の値段が安く,わが家の庭はミニサッカーができるくらいの広さはあります.そこで2人の息子と庭でサッカーをするのがお決まりです.眼科:ちょっと前のMyboom白内障術後眼内炎予防は明確なエビデンスもコンセンサスもありません.①術野の細菌が術中に持ち込まれ,②眼内に残った細菌が,③眼内で増殖することで感染が成立します.このように考えれば,①術野をきれいにし,②眼内を洗浄し,さらに③眼内で細菌を増殖させないことが有効な対策ということになります.このうち②の眼内の洗浄について,IOL裏までを意識的に洗浄する術者は,筆者らの調査では25%ほどにすぎませんでした.IOL裏の洗浄は学会などで推奨されてはいますが,意外と好まれない手技なのです.①については,開瞼器をかけた後とIOL挿入前の2回,PAヨードを用いて手術する方法を採用しています.③については,手術終了時に水晶体.内を含む前房内を希釈モキシフロキサシンで全置換する前房内投与を提唱しています.ともに安全性は高く,特別な道具も技術も必要としません.コスト(77)0910-1810/16/\100/頁/JCOPYもさほどかかりません.ヨードを用いた術中消毒を行いながら手術を行い,モキシフロキサシン前房内投与を行えば,強力な眼内炎予防効果があると確信しています.眼科:最近のMyboom視力も視野も良好であるのに視機能がよくない病態は確実に存在します.半側空間無視や不思議の国のアリス症候群の患者を経験し,高次中枢における視覚認知障害にちょっと興味をもつようになりました.ヒトは外界の視覚刺激をそのまま受け入れているのではありません.自分に都合のいいように情報を取捨選択し,編集して認識しています(図1).たとえば自閉症や学習障害児では図形の認知が正常者と異なることが指摘されています.そこで心因性視力障害と診断された方に錯視図形を用いた検査を行ったところ,明らかに正常者と異なる反応がみられました.ストレスによって前頭機能が低下することがいわれていますが,心因性視力障害はストレスによ図1カニッサの三角形中央に白色の三角形が飛び出して見えるでしょう.本来,三角形とは3つの辺と3つの角からなる図形のはずです.われわれの脳は存在しない3つの辺を勝手に補充しています.あたらしい眼科Vol.33,No.6,2016837 写真1次男と甲子園で写真1次男と甲子園でる高次機能低下による視覚認知低下ではないかと思うようになりました.さらにいえば,心因性ですらなく,生来の自閉傾向や学習障害を鑑別されずに心因性と診断されている症例,もしくはそれらとオーバーラップしている症例も多くありそうです.いろいろな論文があるのですが,眼科の論文はほとんどありません.脳科学,心理学,精神科学,脳神経学,小児科学,音声言語学,バーチャルリアルティ学(?)などなど報告があまりにも多岐にわたっているため,知識を網羅することは不可能と思います.現在,近隣の小学校の養護教諭の先生に協力いただいて自分なりに調べてみようと計画中です.プライベートのMyboom:野球大学時代はサッカー部でしたが,小学生のころは軟式の少年野球に明け暮れた野球少年でした.県大会で準優勝したこともあります.昨年,20数年ぶりに甲子園に高校野球を見に行きました(写真1).サッカー部員である中1の次男がなぜか野球にはまったので,2人して1泊で行ってきました.今までも長男と家内を含めた4人でいろいろと旅行をすることはあったのですが,次男と2人で旅行へ行くのは珍しく新鮮でした.私自身もスポーツ観戦は好きで,ヒューストンに留学していた頃も毎月のようにメジャーリーグのアストロズを見に行っていました.しかし,高校野球にはプロにはない新鮮な面白みがあります.たとえばアルプススタンド近くに陣取って,伝統校の応援団写真2医局対抗野球多くの先生たちが集まってくれました.来年も参加予定です.を見るのも一興です.そういう学校のブラスバンドは全国大会の常連校であったりして,実はブラスバンドも伝統校だったりします.次男にとっては楽しい旅行だったようで,甲子園には春夏連続で行ってきました.次の春も行く予定になっていますので3期連続の甲子園です.甲子園に向かう電車の中で楽しげに会話してくれる息子がいつまで一緒に行ってくれるかな.鳥取大学では毎年,医局対抗野球が行われているのですが,眼科医局がおよそ40年ぶりに出場しました.結果は優勝候補の整形外科に18対1で敗れました.うちの次男や小松直樹先生の長男なども参加させてもらいました.その他のちびっ子もいっぱい来てくれて,スコアは散々でしたが,楽しい会となりました(写真2).庭でサッカーをするのが日課でしたが,最近は週4ペースでキャッチボールを続けています.次のプレゼンターは埼玉の須藤史子先生です.私のリサーチに協力いただき,学会でお食事をご一緒していただいたりしています.きっとおしゃれなMyboomだろうと期待しています.よろしくお願いします.注)「Myboom」は和製英語であり,正しくは「Myobsession」と表現します.ただ,国内で広く使われているため,本誌ではこの言葉を採用しています.838あたらしい眼科Vol.33,No.6,2016(78)

二次元から三次元を作り出す脳と眼 1.Titmus Stereo Testと60秒

2016年6月30日 木曜日

連載①二次元から三次元を作り出す脳と眼雲井弥生淀川キリスト教病院眼科1.TitmusStereoTestと60秒はじめに私たちは情報の8割を視覚から得ている.自分の身体を原点に広がるX・Y・Z軸三次元の空間,それを認識するための情報は,両眼の網膜に映る二次元の像だけである.二次元から三次元を作り出す眼と脳のしくみについて考えていきたい.左右眼が別々に得た外界の情報を脳で統合し,単一の視的感覚としてとらえる働きのことを両眼視機能とよぶ.初回はそのもっとも高度な力である立体視について説明する.TitmusStereoTestTitmusStereoTest(TST)1)は右側に大きなハエ(以下fly)の絵,左側に二重円(以下circle)4つからなる9組の表と,5匹の動物(以下animal)からなる3組の表で構成される立体視検査である(図1).絵の一部に水平方向のずれを作ることで,偏光眼鏡下にその部分が浮き上がって見えるしくみである.そのずれが視差(後述)となるが,大きいほど浮き上がりも大きく,小さいほど浮き上がりも小さく検出がむずかしい.検出できる最小の視差を調べて立体視力(stereoacuity)とする.視差は角度を用いて表す.角度は時計と同じ60進法である.1度=60分(arcminutes)=3,600秒(arcseconds).もっとも大きな視差はflyの羽先端部に認められ,3,552秒である.circle表では4つのcircleの1つに視差がつけてあり,表の左上から右下に進むほど800・400・200・140・100・80・60・50・40秒と小さくなる.animal表では5匹のうち1匹に視差がつけてあり,A・B・Cそれぞれ400・200・100秒である.検査はfly→animal→circleの順に浮き上がりを検出できるかを調べる.fly,A・B・C,9表すべて正答できればfly(+)3/39/9と表す.立体視検査の機序左右眼の網膜に別々の像を映すために,特殊なレンズや鏡筒などを使って入力を分けることを両眼分離とよぶ.TSTでは偏光板を用いて視覚入力を分離する.偏光板は結晶構造が同一方向に並ぶため,それと同じ方向に振動する光の波だけを通す性質をもつ(図2).偏光板の向きが垂直のものは垂直方向に振動する光を通すが,水平方向に振動する光は通さない.たとえば偏光板の向きを,右眼鏡と右眼に映したい絵では垂直に,左眼鏡と左眼に映したい絵では水平にそろえることで両眼分離が可能となる(図3).右眼で見える羽と左眼で見える羽を異なる点線で表す.羽の中央を点Ar,点Alとする.右眼でArを固視するとき,眼位が正位であれば,両眼の中心窩はArを向く.右眼中心窩FrにはArが映るが(Ar’),左眼中心窩FlにはArが映らず,AlがFlよりわずかに耳側に映る(Al’).Ar’とAl’は羽という同質図形の像の一部であるため,脳では2つの像を融合させようとする力(融像力)が働き,このときプレート面から羽が浮き上がって見える.被検者に横から羽をつかむよう指示し,プレート面から3cm以上離れてつかもうとする場合には立体視ありとし,fly(+)と表す.プレートを直接触る場合には立体視なしとし,fly(?)と表す.このとき右下のR,左下のLの文字が同時に見えるかどうかを問う.同時に見えれば両眼視しているが,R・Lどちらか一方しか見えなければ単眼視あるいは交代視していると考える.固視点より手前で右眼と左眼の視線(固視点と中心窩を結ぶ線)が交わるようなずれを交差性の視差とよぶ.交差性視差をもつ同質の像を融像させると凸の感覚を生じる.*交差性視差→凸の感覚検査表を上下反転させると今度は絵が引っ込んで見える.右眼で見る絵が右側に,左眼で見る絵が左側にずれ,ずれの方向が逆になったためである.固視点より遠方で左右眼の視線が交わるようなずれを同側性視差とよび,融像させると凹の感覚を生じる.*同側性視差→凹の感覚視差(binoculardisparity)視差(binoculardisparity)2)の本質は図3の網膜上の距離Fl-Al’である.この距離で視差を表すと正確だが,実際には測定困難のため,便宜上角度∠FlOAl’で代用する.点Oは結点とよばれる光学上の点で水晶体の後極にほぼ一致する.この点を通る光は屈折せずに進む.しかし角度∠FlOAl’を用いると,瞳孔間距離や検査距離によって距離Fl-Al’が変動し,一定でないという問題がおきる.検査距離を40cmと一定に保つこと,瞳孔間距離の狭い小児ほど距離Fl-Al’が短くなり,視差の検出がむずかしいことに注意が必要である.正常両眼視機能をもつ人は40~60秒というわずかな視差を検出できる.60秒はcircle表では7番目,40秒は9番目である.逆に7/9以上正答できれば,正常両眼視をもつと考えてよい.TSTは両眼視機能のスクリーニングとして有用である.まれに両眼視不良でも素早い交代視で7/9以上正答できる例もあり,検査中の眼位の観察が大切である.小児では3~4歳で検査可能となり,5/9以上を正常とする.両眼分離の方法として,赤緑眼鏡と赤・緑の絵を使うものもある.TNOStereoTestやNewStereoTestなどである.TNOStereoTestにおいて,赤レンズ下では緑レンズ下よりコントラスト低下が大きく,左右眼のコントラスト差を生じるという報告がある3).もともと左右差のある片眼弱視では影響を受けやすく,注意が必要である.文献1)勝海修:立体視の検査.弱視・斜視のスタンダード(不二門尚編),専門医のための眼科診療クオリファイ22,p109-121,中山書店,20142)TychsenL:Binocularvision.InAdler’sphysiologyoftheeye(edbyHartWM),p779-786,Mosby,StLouis,19923)矢ヶ崎悌二:立体視検査法の問題点.神眼23:416-427,2006図1TitmusStereoTest偏光板を用いて両眼分離する定量的立体視検査.両眼視機能のスクリーニングとして有用である.図2偏光板偏光板の向きと同じ方向に振動する光のみを通過させる.図3TSTの機序交差性視差を持つ同質図形(羽)を融像させると凸の感覚を生じる.Fr:右眼中心窩Fl:左眼中心窩.(75)あたらしい眼科Vol.33,No.6,2016835836あたらしい眼科Vol.33,No.6,2016(76)0910-1810/16/\100/頁/JCOPY

硝子体手術のワンポイントアドバイス 157.硝子体手術直後の中心暗点(初級編)

2016年6月30日 木曜日

硝子体手術のワンポイントアドバイス●連載157157硝子体手術直後の中心暗点(初級編)池田恒彦大阪医科大学眼科●はじめに硝子体手術後に発症する視野障害には,空気灌流による耳側視野欠損,緑内障素因を有する眼の傍中心暗点などがあるが,中心暗点のみをきたす症例はまれである.筆者は以前に硝子体手術直後に中心暗点のみをきたした2眼を経験し,報告したことがある1).●症例提示症例1:65歳,女性.他院で右眼の裂孔原性網膜.離に対して硝子体切除,眼内光凝固,ガスタンポナーデを施行された.術前,黄斑部には.離は進行しておらず,矯正視力は1.0であった.術直後からガスを通して中心暗点を自覚していたが,ガス消失後も暗点は残存し,矯正視力は(0.07)に低下した.術後,網膜は完全に復位し(図1a),OCT,蛍光眼底検査(FA)でも明らかな異常を認めなかったが,Goldmann動的視野検査(GP)で中心5°の範囲のみ楕円形の暗点を示していた(図1b).循環改善薬の内服で経過をみたが,視機能は改善しなかった.症例2:45歳,男性.左眼の裂孔原性網膜.離に対して他院で硝子体手術を施行され,初回手術時にシリコーンオイルタンポナ.デを施行された.その後,シリコ.ンオイル抜去術を受けたが,その直後より中心暗点を自覚した.右眼矯正視力は術前1.0あったが,術直後から(0.07)に低下した.右網膜は完全に復位しており,視神経および黄斑部に異常は認めなかった(図2a).GPでは中心5°の範囲のみ暗点を示しており,周辺部イソプターの欠損は術後の瘢痕部位と一致していた(図2b).循環改善薬の内服で経過をみたが,視機能は改善しなかった.●硝子体手術直後に生じる中心暗点その後も同様の症例を2例紹介されたことがある.いずれも他院での手術例のため詳細は不明だが,4例の共通点として以下のような点があげられる.①裂孔原性網膜.離眼で,術前は黄斑部に.離は進行しab図1症例1の術後眼底写真(a)とGoldmann動的視野検査所見(b)眼底には目立った異常を認めないが,検査で中心5°の暗点を認める.矯正視力は0.07.ab図2症例2の術後眼底写真(a)とGoldmann動的視野検査所見(b)豹紋状眼底を呈しているが目立った異常を認めない.視野検査で中心5°の暗点を認める.矯正視力は0.07.ておらず視力は良好であった.②術直後から中心暗点を自覚し,その後も暗点の状態は不変で視力は改善しなかった.③暗点は中心5°程度と狭いが,著明な視力低下をきたし,いずれも0.1以下となった.このような硝子体手術直後に生じる中心暗点の報告は,過去に散見される.とくにシリコーンオイル注入眼で抜去後に突然中心暗点を呈したとする報告が多い2,3).中心暗点の発生機序として,後部硝子体.離作製時の視神経乳頭への侵襲,ガスによる視神経乳頭や網膜の循環障害,球後麻酔による視神経への侵襲などが考えられる.しかし,術後の眼底所見,OCT,FAなどでは目立った異常はなく,解釈がむずかしい.現時点では,術中に何らかの原因で一時的に黄斑部に限局した網脈絡膜循環障害が起こったと考えるのが妥当と思われる.予防策については残念ながら現時点ではわからない.文献1)北垣尚邦,佐藤孝樹,福本雅格ほか:硝子体手術直後に中心暗点をきたした2例.眼臨紀1:982-986,20082)NewsomRS,JohnstonR,SullivanPMetal:Suddenvisuallossafterremovalofsiliconeoil.Retina24:871-877,20043)CazabonS,GroenewaldC,PearceIAetal:Visuallossfollowingremovalofintraocularsiliconeoil.BrJOphthalmol89:799-802,2005(73)あたらしい眼科Vol.33,No.6,20168330910-1810/16/\100/頁/JCOPY

眼瞼・結膜:マイボーム腺とリオラン筋,瞼板の構造

2016年6月30日 木曜日

眼瞼・結膜セミナー監修/稲富勉・小幡博人15.マイボーム腺とリオラン筋,瞼板の構造柿﨑裕彦愛知医科大学病院眼形成・眼窩・涙道外科瞼板は厚さ1~1.5mmの線維組織で,内部にマイボーム腺とその導管(上眼瞼:約25本,下眼瞼:約20本)を含む.マイボーム腺は多房性の脂腺で,「ホロクリン分泌」の形態をとる.リオラン筋は,瞼縁睫毛部の睫毛直下,瞼板内の硬い線維組織内にある横紋筋線維の総称で,睫毛部,瞼板下部,線維部の各部からなる.●はじめにマイボーム腺(Meibomiangland)とリオラン筋(muscleofRiolan)は瞼板に関連した構造であり,「瞼板」という骨格の中で機能している.これら三位一体の構造を総合的にとらえる場合,「瞬目に関連したマイボーム腺からの脂質の分泌」という点がカギになる.●瞼板の構造瞼板は厚さ約1~1.5mmの線維組織であり1),上眼瞼では耳側がやや膨らみ(図1a),下眼瞼では底が平たい船型の構造をとっている.日本人での眼瞼中央付近の瞼板の高さは,上眼瞼で9mm2),下眼瞼で5mm程度である3).欧米人の上瞼板は,日本人に比べやや高くなっている(約11mm)2).瞼板はその内部にマイボーム腺とその導管を含み(図1b),導管の数は上眼瞼で25本,下眼瞼で20本程度とされている.それらの周囲には,弾性線維が密に分布しており(図1c)4),脂質の分泌・輸送に一役買っている.acMDRCbMDRCd図1瞼板とマイボーム腺a:右上眼瞼・瞼板の外観.耳側がやや高くなっており,鼻側が狭くなっている.b:上眼瞼瞼縁の組織(マッソン・トリクローム染色).c:上眼瞼瞼縁の組織(エラスティカ・ファンギソン染色).弾性線維が黒く染まっている.d:マイボグラフィーでみた上眼瞼のマイボーム腺導管.縦方向に走行している.C:cilia(睫毛),R:muscleofRiolan(リオラン筋),M:Meibomiangland(マイボーム腺),D:ductfromMeibomiangland(マイボーム腺導管).(71)あたらしい眼科Vol.33,No.6,20168310910-1810/16/\100/頁/JCOPY ParsSubtarsalisParsFascicularisParsCiliarisParsSubtarsalisParsFascicularisParsCiliaris図2リオラン筋の組織解剖(マッソン・トリクローム染色)瞼板前面にparsciliaris(睫毛部),瞼板内の下方にparssubtarsalis(瞼板下部),これら両部に連続し,マイボーム腺導管周囲に分布するparsfascicularis(線維部)がみられる.マイボーム腺導管の縦方向の配列のため,瞼板は水平方向に屈曲が可能であり(図1d),眼球のカーブにフィットするようにできている.●マイボーム腺の構造マイボーム腺は多房性の脂腺であり(図1c),各細胞内に脂質をためて,その細胞ごと脱落する「ホロクリン分泌」の形態をとる1).瞼板は人体中でもっとも脂腺が密集している部位であるため,脂腺癌の分類において,眼瞼とその他,というような区分となっている.●リオラン筋の構造リオラン筋は,瞼縁睫毛部の睫毛直下,瞼板内の硬い線維組織内にある横紋筋線維の総称で(図2),鼻側では眼輪筋涙部といわれるホルネル(Horner)筋5),耳側ではlateralcanthalbandとよばれる靱帯・腱複合組織に連続している6).リオラン筋は位置によって3つの部分に区分されており,睫毛直下の部位はparsciliaris(睫毛部),瞼板内の下方にある線維はparssubtarsalis(瞼板下部),また,これら両部に連続し,マイボーム腺導管周囲に分布する線維をparsfascicularis(線維部)という7).リオラン筋は眼輪筋の一部であるため,顔面神経支配であり,閉瞼時に収縮し,開瞼時に弛緩する.したがって,parsfascicularisに囲まれたマイボーム腺導管は,閉瞼時に閉じ,開瞼時に開き,脂質の分泌に一役買っている7).文献1)DuttonJJ:Atlasofclinicalandsurgicalorbitalanatomy.p140,Elsevier,20112)GooldLA,CassonRJ,SelvaDetal:Tarsalheight.Ophthalmology116:1831,20093)LimWK,RajendranK,ChooCT:Microscopicanatomyofthelowereyelidinasians.OphthalPlastReconstrSurg20:207-211,20044)KakizakiH,NakanoT,IkedaHetal:Tarsalelasticfiberdistribution:ananatomicstudy.OphthalPlastReconstrSurg27:128-129,20115)KakizakiH,ZakoM,NakanoTetal:Directinsertionofthemedialrectuscapsulopalpebralfasciatothetarsus.OphthalPlastReconstrSurg24:126-130,20086)KakizakiH,ZakoM,NakanoTetal:MicroscopicfindingsoflateraltarsalfixationinAsians.OphthalPlastReconstrSurg24:131-135,20087)LiphamWJ,TawfikHA,DuttonJJ:Ahistologicanalysisandthree-dimensionalreconstructionofthemuscleofRiolan.OphthalPlastReconstrSurg18:93-98,2002832あたらしい眼科Vol.33,No.6,2016(72)

抗VEGF治療:滲出型加齢黄斑変性に対する抗VEGF薬スイッチのポイント

2016年6月30日 木曜日

●連載抗VEGF治療セミナー監修=安川力髙橋寛二29.滲出型加齢黄斑変性に対する尾辻剛関西医科大学総合医療センター眼科抗VEGF薬スイッチのポイント滲出型加齢黄斑変性の治療は抗血管内皮増殖因子薬(抗VEGF薬)が第一選択であるが,無効例や反応不良例においては他の抗VEGF薬に切り替える(スイッチする)ことがある.本稿ではスイッチのタイミングやスイッチ後の投与法について解説する.スイッチする症例滲出型加齢黄斑変性(wetage-relatedmaculardegeneration:wetAMD)の治療の第一選択は現在のところ抗血管内皮増殖因子薬(抗VEGF薬)であるが,最初から抗VEGF薬の効果がみられない症例や,繰り返し投与をしていると徐々に効果がみられなくなってくる症例がある.一般に導入期から無反応の症例をノンレスポンダー(non-responder)とよび,導入期には一定の効果があるが維持期の比較的早期に効果が減弱する症例をタキフィラキシー症例(tachyphylaxis),さらに治療効果がゆっくり減弱していく耐性(tolerance)とよばれる症例もある.初回治療としてラニビズマブを選択した症例のうちノンレスポンダーは約10%で1),約2%の症例にタキフィラキシーを認める2)とされている.最近は,維持期に滲出の出現間隔に合わせて個別に投与間隔を変えていくtreatandextendとよばれる方法があるが,1カ月まで短縮しても滲出が続く症例がある.これらの症例では他の抗VEGF薬へのスイッチを検討することになる.スイッチのタイミング他剤への切り替えは,より効果が強い可能性があるとされている薬剤へスイッチし有効であったとの報告が多い3,4).また,ベバシズマブ(眼科未承認薬)からラニビズマブにスイッチした場合と,ラニビズマブからベバシズマブにスイッチした場合の効果に差はなかったとする報告がある5).これには薬剤耐性を獲得した可能性を考え,薬剤の強弱に関係なく他剤へスイッチすることに意味があるとの考察をされている.スイッチのタイミングについては,経過が長くなると病変の萎縮瘢痕や線維化がみられ,切り替えても視力改善は望めないので,早めのスイッチがよいという意見3)と,スイッチする前の薬剤の投与回数と予後は関係なかったとする報告4)があるが,筆者らは数回の投与で効果がない,または不十分と判断したら,早めにスイッチするようにしている.(69)また,スイッチ後にしばらく他剤を投与していると,スイッチした薬剤に対しても効果が減弱してくる場合がある.このときに元の薬剤に戻すことをスイッチバックというが,スイッチバックすることによって,いったん効果が減弱した元の薬剤が再び効果を示すことがある.ラニビズマブ→アフリベルセプト→ラニビズマブのスイッチバックで27%の患者がETDRS視力表で5文字以上の視力改善を示したとの報告がある6).また,いったん,より効果の弱い薬剤にスイッチした後に元の薬剤にスイッチバックした場合に再び効果を示すことがあるが,これは休薬し再開すること(いわゆるdrugholiday)と同じなのかもしれない.スイッチ後の投与法以下に症例を示す.図1の症例は72歳男性.矯正視力は0.9.1型の脈絡膜新生血管(choroidalneovascularization:CNV)を認め,ラニビズマブの硝子体内投与(intravitrealranibizumab:IVR)を4回施行後にいったん滲出は停止した.その後,大きな色素上皮.離(pigmentepithelialdetachment:PED)が出現し,IVRを3回追加したが効果はまったくみられなかった.そこでアフリベルセプトの硝子体内投与(intravitrealaflibercept:IVA)にスイッチしたところ,3回の毎月投与でPEDは平坦化した.図2の症例は73歳男性.矯正視力は0.09.1型のCNVを認め,IVAを毎月3回施行し,視力は0.4まで回復したものの,網膜下液が残存するため2回追加投与(計5回)したが,2回とも反応がみられなかった.そこでIVRにスイッチしたところ,徐々に網膜下液は減少し,効果をみながら3回投与した時点で滲出は停止した.その後IVRの必要時投与(prorenata:PRN)で維持している.実際にスイッチした場合の投与法には明確なエビデンスはない.筆者らの施設ではノンレスポンダーや図1に示した症例のような再発後に効果がまったくみられなくあたらしい眼科Vol.33,No.6,20168290910-1810/16/\100/頁/JCOPY 図1再発後IVRに無反応となったためIVAにスイッチした症例IVRを3回施行後,いったん滲出は停止しPRNで維持していたが,PEDが出現した.再発後はIVRに無反応となったためIVAにスイッチしたところ,3回でPEDは平坦化した.なった場合には,初回治療と同様の導入期治療(3回連続毎月投与)の後,維持期についてはPRNもしくはtreatandextendを臨機応変に行っている.また,タキフィラキシーやスイッチバックでは導入期を設けずに,スイッチ直後からPRNやtreatandextendで行うことが多い.文献1)OtsujiT,NagaiY,ShoKetal:Initialnon-respondersto830あたらしい眼科Vol.33,No.6,2016図2IVAの効果が減弱しIVRにスイッチした症例IVAを3回施行し,いったん滲出が停止し,維持期はPRNで施行していたが,網膜下液が減らなくなってきたためIVRにスイッチしたところ,3回で徐々に網膜下液は消失した.ranibizumabinthetreatmentofage-relatedmaculardegeneration(AMD).ClinOphthalmol7:1487-1490,20132)EghojMS,SorensenTL:Tachyphylaxisduringtreatmentofexudativeage-relatedmaculardegenerationwithranibizumab.BrJOphthalmol96:21-23,20123)BatiogluF,DemirelS,OzmertEetal:Short-termoutcomesofswitchinganti-VEGFagentsineyeswithtreatment-resistantwetAMD.BMCOphthalmol15:40,20154)Fassnacht-RiederleH,BeckerM,GrafNetal:Effectofafliberceptininsufficientresponderstoprioranti-VEGFtherapyinneovascularAMD.GraefesArchClinExpOphthalmol252:1705-1709,20145)EhlkenC,JungmannS,BohringerDetal:Switchofanti-VEGFagentsisanoptionfornonrespondersinthetreatmentofAMD.Eye(Lond)28:538-545,20146)DespreauxR,CohenSY,SemounOetal:Short-termresultsofswitchbackfromaflibercepttoranibizumabinneovascularage-relatedmaculardegenerationinclinicalpractice.GraefesArchClinExpOphthalmol254:639644,2016(70)

緑内障:濾過胞漏出に対する再建術

2016年6月30日 木曜日

baba●連載192緑内障セミナー監修=岩田和雄山本哲也192.濾過胞漏出に対する再建術臼井審一大阪大学大学院医学系研究科眼科学教室濾過手術に伴う合併症の一つである濾過胞漏出は,濾過胞炎発症の危険性が高く,早急な治療が必要となる.しかし一方で,長期経過中に漏出が出現した症例の濾過胞は血管に乏しく,菲薄化した脆弱結膜であることが多く,しばしば治療に難渋する.そこで,比較的簡便に再建できる治療法を紹介する.●濾過胞漏出と濾過胞炎術後早期の縫合不全を除き,濾過胞漏出の多くは,長期に経過した脆弱な結膜が濾過胞の内圧に耐え切れず破綻し漏出したものである.すなわち,周辺組織の癒着により濾過胞の範囲が限局すると,濾過胞内圧が上昇し濾過胞壁は菲薄化する.内圧に耐えうる濾過胞壁の強度が限界に達すると,結膜は穿孔し房水は漏出する.濾過胞漏出は濾過胞炎の危険因子として報告されており,わが国における調査結果によれば,マイトマイシンCを併用した線維柱帯切除術後に濾過胞炎を発症する割合は5年間で約2.2%であり,濾過胞漏出の既往眼ではオッズ比が4.1と著しく高いことから,速やかな治療が求められる1).●濾過胞漏出の治療法脆弱な結膜が濾過胞内圧に耐え切れず破綻することが原因であるため,治療の原則は,濾過胞内圧を下げ,内圧に耐えうる結膜に戻すことである.軽症例には,自己血清点眼,薬剤による房水産生抑制,コンタクトレンズ装用など非観血的な治療が試みられるが,これらの治療で改善の見込みがない症例に対しては観血的治療が必要となる.観血的治療には,自己血や粘弾性物質の濾過胞内注入のほか,経結膜的に強膜弁を縫合し濾過量を減少させる方法,Tenon.組織で裏打ちする再建法,遊離自己結表1濾過胞漏出の有無と濾過胞感染の発症危険度濾過胞漏出オッズ比95%信頼区間p値あり4.711.827~12.1420.001なし10.536~0.9650.024Cox比例ハザード回帰分析(文献1より改変)膜弁移植,結膜前転移動,さらには羊膜を用いた再建法などがある2~7).しかし,自己血や粘弾性物質の濾過胞内注入は漏出量の多い症例には不向きであること,脆弱な結膜上から低眼圧下で強膜弁縫合を行うのはしばしば熟練を要すること,Tenon.組織や結膜を用いた再建も,加齢や手術による影響で十分に組織を確保しにくい症例に対しては困難であること,羊膜に至っては,施設によっては容易に用いることができないなど,実際にはさまざまな問題に直面する.そこで,比較的簡便で有効な外科的治療法として,三浦らが報告した濾過胞拡大を主体とした再建術について述べる8).●濾過胞拡大による再建術濾過胞の範囲を広げることで,菲薄化し脆弱な結膜にc図1限局性濾過胞からの房水漏出と前眼部光干渉断層計による観察a:周囲結膜は癒着し,限局した虚血性の濾過胞(矢印)が観察される.b:フルオレセイン蛍光色素で染色すると,濾過胞からの房水漏出点が確認できる.c:前眼部光干渉断層計(SS1000CASIA,トーメーコーポレーション)により,菲薄化した濾過胞壁が観察できる(aの矢印の断層画像).(67)あたらしい眼科Vol.33,No.6,20168270910-1810/16/\100/頁/JCOPY abab☆☆☆図2濾過胞拡大とcompressionsutureによる濾過胞再建術後a:濾過胞は後方に拡大し(矢印),限局していた濾過胞の丈は低くなっている.b:フルオレセイン蛍光色素による染色で,濾過胞漏出が止まっていることが確認できる.c:前眼部光干渉断層計により,術前より濾過胞の丈は低くびまん性に広がり,濾過胞壁も肥厚していることが確認できる(aの矢印の断層画像).かかる圧負荷を減少させることを目的とする.多くの症例は周辺結膜が癒着していることから,まず,ブレブナイフII(カイインダストリーズ)などを用いて濾過胞から少し離れた後方の周囲結膜組織を.離し,新たな濾過胞スペースを確保する.次に,.離した後方スペースに房水が流れていないことを確認した後,マイトマイシンCを3~5分間塗布し,150mlの生理食塩水で洗浄した後,既存の濾過胞と後方スペースをブレブナイフなどで交通させる.最後に,既存の濾過胞上の丈を低くし,漏出点への内圧を減少させる目的で,漏出点を囲むようにcompressionsutureを行う.漏出点を囲むことがむずかしい症例もあるが,漏出点を囲めなくても,全体に丈が抑えられることで漏出は止まることが多い.最後に術野をフルオレセインで染色し,漏出がないことを確認して手術を終了する.本法が有効な症例は,濾過胞壁も厚くなり長期的に漏出なく経過することが多いが,経過中に濾過胞の範囲が縮小して再び結膜の菲薄化が部分的に生じることもある.濾過胞壁を含めた内部構造の観察には前眼部光干渉断層計が有効で,継時的変化を行いながら抜糸のタイミングを計ったり,濾過胞拡大の追加治療を行う目安にもなる.なお,結膜内に埋没した糸については感染の危険が低いため,無理に除去しなくてもよい.このように,本法は治療が急がれるなか,比較的簡便で有効な治療法であるが,もちろんすべての症例に万全な方法というわけではなく,濾過胞の範囲を十分に拡大できない症例や結膜が大きく離開しているような症例では,他の観血的治療,もしくは本法の併用が必要である.文献1)YamamotoT,SawadaA,MayamaCetal:The5-yearincidenceofbleb-relatedinfectionanditsriskfactorsafterfilteringsurgerieswithadjunctivemitomycinC:collaborativebleb-relatedinfectionincidenceandtreatmentstudy2.Ophthalmology121:1001-1006,20142)LeenMM,MosterMR,KatzLJetal:Managementofoverfilteringandleakingblebswithautologousbloodinjection.ArchOphthalmol113:1050-1055,19953)出口香穂里,中内知子,木内良明:線維柱帯切除術後早期の濾過胞からの房水漏出に対し高分子量ヒアルロン酸ナトリウムの高濃度製剤の濾過胞内注入を行った2例.あたらしい眼科26:969-972,20094)MorganJE,DiamondJP,CookSD:Remodelingthefiltrationbleb.BrJOphthalmol86:872-875,20025)WadhwaniRA,BellowsAR,HutchinsonBT:Surgicalrepairofleakingfilteringblebs.Ophthalmology107:1681-1687,20006)PandayM,ShanthaB,GeorgeRetal:Outcomesofblebexcisionwithfreeautologousconjunctivalpatchgraftingforblebleakandhypotonyafterglaucomafilteringsurgery.JGlaucoma20:392-397,20117)MeloAB,RazeghinejadMR,PalejwalaNetal:Surgicalrepairofleakingfilteringblebsusingtwodifferenttechniques.JOphthalmicVisRes7:281-288,20128)三浦聡子,臼井審一,大鳥安正ほか:強膜弁上に漏出点がある場合の新しい濾過胞再建術を施行した2症例.眼臨紀7:174-178,2014828あたらしい眼科Vol.33,No.6,2016(68)

屈折矯正手術:LASIKとオプティカルゾーン

2016年6月30日 木曜日

屈折矯正手術セミナー─スキルアップ講座─屈折矯正手術セミナー─スキルアップ講座─監修=木下茂●連載193大橋裕一坪田一男193.LASIKとオプティカルゾーン米川達也井上眼科病院LASIKでは,エキシマレーザー照射におけるオプティカルゾーンの設定が,術後のハロー・グレアなどの不快な合併症の原因となり,術後視機能に影響を与えるとされている.そのため,オプティカルゾーンをどのように設定するかが重要となってくる.●はじめにLaserinsitukeratomileusis(LASIK)は,角膜実質層にエキシマレーザーを照射して角膜前面曲率を変更することにより屈折矯正を行う.レーザーの照射範囲は一般に,レンズで屈折度数変化部分に相当する有効光学領域(opticalzone:OZ)と,移行域(transitionzone:TZ)の2領域をもって総照射領域(ablationzone:AZ)となる(図1).元来,正常角膜はいわゆる中央部がスティープ,周辺部がフラットなprolate形状をしているが,レーザー照射後の角膜は照射により中心部がフラットのoblate形状となるため1),OZの曲率のまま元来の角膜形状に接続すると,接続部分の角膜曲面における不連続性により屈折力の差が大きくなり,光学的に好ましくないため,OZだけではなく,緩やかに連結する部分(=TZ)を設定する必要がある.●OZの影響LASIK術後の不快な合併症のおもなものにハロー・グレアがあり,その発生の一因としてOZの設定が関与している可能性が指摘されている.健常成人の瞳孔径は1.5~8.0mmであり,明所ではOZが影響することはほぼないと思われる.しかし,暗所下などで散瞳している場合,OZが瞳孔径よりも小さく設定されていると,OZ周辺域およびTZ域で異常屈折や散乱などが発生し,屈折力の差や収差(とくに球面収差)などによりハロー・グレアの発生が考えられる.そのため,OZは患者の暗所瞳孔径を精査し設定する必要がある.現在,国内・海外ともに一般的にはOZは6.0~7.0mmである.OZの設定と矯正度数から,エキシマレーザー装置の種類にもよるが,コンピュータ・アルゴリズムによって計算され,TZ,AZおよび照射深度が決定される(図1).OZを大きく設定するとハロー・グレアの低減,収差(65)0910-1810/16/\100/頁/JCOPYOZAZTZAZ(乱視なし)AZ(乱視あり)照射深度S:.1.00DOZ6.50mm7.10mm9.00mm15.53μm6.00mm6.50mm8.50mm13.23μm図1OZ,TZ,AZのイメージとEX500におけるOZとAZ,照射深度の関係(EX500マニュアルより)OZ:有効光学領域,TZ:移行域,AZ:総照射領域.の減少が見込まれ,良好な視機能(とくに夜間)を保持できる可能性が大きい.だが一方では,大径OZでは前述のようにAZも拡大されるため,フラップ直径を大きく設定する必要があり,また照射深度も増大するため,hazeの発生リスク2)や医原性角膜展張症のリスク,さらにtissuesavingの面を考慮する必要がある.そのために小径フラップと小径OZの組み合わせを選択したほうがよいという説も散見され,今後も検討が必要である.また,前述のようにOZは角膜径・角膜厚・矯正度数による制約を受けるため,角膜径が小さい,角膜厚が薄い,矯正度数が大きいなど,患者によっては小径OZを選択せざるを得ない場合も存在するため,注意を要する.●臨床成績筆者らは,OZの大小による術後視機能を調査するため,強度近視患者のコントラスト感度に注目して比較を実施した.対象は2013年4月~2014年3月に当院にて完全矯正目標でLASIKを施行(エキシマレーザー:Alcon社EX500)し,術後3カ月まで経過観察可能でああたらしい眼科Vol.33,No.6,2016825 表1術後結果対象平均裸眼視力(logMAR値)AULCSFグレアOFF(5cd/m2)AULCSFグレアON(4,000cd/m2)平均瞳孔径(mm)6.5群(n=33).0.11±0.121.571.566.416.0群(n=33).0.08±0.141.581.476.10**significantdifference(p=0.016)spatialfreq図2AULCSFと術後コントラスト感度結果AULCSFは,それぞれの周波数におけるコントラスト感度からmodulationtransferfunction(MTF)を3次関数で近似して,その関数を積分することで得られるエリアの面積としてコントラスト感度を定量する方法である3).*significantdifference(p=0.0327)**significantdifference(p=0.0061)った強度近視性乱視(球面度数.6.00~.8.00D)の患者46名66眼で,後ろ向き研究を実施した.LASIK施行にあたり,OZを6.5mmに設定したもの(以下6.5群:33眼,平均等価球面度数.6.69±0.44D)と6.0mmに設定したもの(以下6.0群:33眼,平均等価球面度数.6.91±0.57D)の2群に分け,術前と術後3カ月でのコントラスト感度をコントラストグレアテスターCGT-1000(タカギセイコー)にて測定し,areaunderthelogcontrastsensitivityfunction(AULCSF)を利用して比較を行った.なお有意差検定にはMann-WhitneyU検定を使用した.術前屈折値のデータに両群間で有意差はなかった(p=0.1220).術後のAULCSFはグレアOFFでは,6.5群1.57,6.0群1.58で有意差なし(p=0.7000)であったが,グレアONでは,6.5群1.56,6.0群1.47で,6.0群が有意に(p=0.0160)低下していた(表1).術後平均裸眼視力(logMAR値)は6.5群.0.11±0.12,6.0群.0.08±0.14で有意差はなかった(p=0.2600).6.0mm群と6.5mm群では,術後視力とグレアOFFのAULCSFに有意差を認めなかった.しかし,グレアONにおいては6.0mm826あたらしい眼科Vol.33,No.6,2016群のAULCSFが有意に低下していた(p=0.0061).同様に,術前後AULCSFの比較では,6.0mm群ONのみが有意に低下していた(p=0.0327)(図2).●おわりに術後コントラスト感度においては,OZはグレア下で6.5mm設定のほうが6.0mmより良好な視機能が得られることが示唆された.だが,前述のような諸問題のため,OZの設定は患者個々のデータに基づいた慎重な検討が必要である.文献1)大鹿哲郎:LASIKにおける眼光学.あたらしい眼科17:1507-1513,20002)AnthonyC,FederRS,LawrenceGetal:Chapter7Casesection.In:TheLASIKhandbook:acasebasedapproach(edbyFederRS,RapuanoCJ),p211-212,LippincottWilliams&Wilkins,Philadelphia,20073)後藤浩也:IV視機能の評価コントラスト感度.角膜トポグラファーと波面センサー(前田直之,大鹿哲郎,不二門尚編),p220-223,メジカルビュー社,2002(66)