特集●最新の緑内障治療あたらしい眼科32(6):821~826,2015特集●最新の緑内障治療あたらしい眼科32(6):821~826,2015緑内障の古典手術の新知識CuttingEdgeTechniquesforConventionalGlaucomaSurgeries井上俊洋*はじめに近年多くのMIGS(micro-invasiveglaucomasurgery)やチューブシャント手術が開発,臨床応用され,それらの発展や新知見の報告には眼をみはるものがある.一方で,それら以外のトラベクレクトミーやトラベクロトミーといった緑内障の古典手術に対する研究も新しい診断機器や治療手段との組み合わせなどにより,新たな知見が得られている.これらの知識は緑内障の古典手術の理解を深めるのみならず,新しい術式を理解するうえでも有意義な点が多い.本稿ではこれら緑内障の古典手術における新知見を紹介する.I観察手段の進歩トラベクレクトミーは房水を結膜下に導く濾過手術の一種である.結膜下に溜まった房水はブレブを形成し,ブレブ壁からの吸収や経結膜的な涙液への房水流出によって眼圧が下降すると考えられている.したがって,ブレブの構造は眼圧コントロールと密接に関連しており,これを詳細に観察することが術後成績の評価に重要と考えられる.この観点から前眼部写真や超音波生体顕微鏡などを用いてブレブの観察が古くから試みられてきたが,近年,三次元前眼部光干渉断層計(anteriorsegmentopticalcoherencetomography:AS-OCT)を用いて得られたデータの蓄積により,新たな知見が得られてきた.三次元AS-OCTの利点は,短時間で非侵襲的にブレブ内部まで観察でき,高解像度で三次元再構築が可能な点である(図1).筆者らはこれを用いてブレブ内部の強膜フラップ下から液腔に連続する低輝度領域が存在することを見出し,これが房水の通過経路であることを症例報告で示した1).また,この経路が機能的ブレブの9割以上で観察可能であることを横断的研究で示し,強膜フラップ縁における開口部の分布が結膜フラップの基底方向に影響を受けることを明らかにした2).さらに前向き研究によって,この強膜フラップ縁における開口部は経時的に閉塞すること(図2),術後早期の開口部の幅がその後の眼圧コントロールと関連していることを示した3).これらの知見は三次元AS-OCTを用いることで初めて得られるものであり,表面からブレブを観察しているだけでは将来的な眼圧コントロールは予測がむずかしいことを示唆している.近年,偏光感受型AS-OCTを用いて膠原線維を検出可能な機器が試作されている4~6).この機器は複屈折サンプルから集められた光の偏光特性を測定することが可能である.複屈折とは,特定の材料が光を2つの偏光状態に分解し,一方に光学的遅延を与えることをいい,生体ではコラーゲンやケラチンが強い複屈折性をもつため,これを検出することが筋肉や皮膚の構造を把握するために有用であることが知られている.ブレブの瘢痕化組織にはコラーゲンが多く含まれていることから,偏光感受型OCTを用いることでブレブ内部の瘢痕化組織を非侵襲的に描出することが可能とされており,さらに新*ToshihiroInoue:熊本大学大学院生命科学研究部眼科学分野〔別刷請求先〕井上俊洋:〒860-8556熊本市本荘1-1-1熊本大学大学院生命科学研究部眼科学分野0910-1810/15/\100/頁/JCOPY(57)8212週3カ月房水通過経路と思われる開口部6カ月1年図2強膜フラップ縁における開口部が経時的に閉塞することを示したシェーマ(文献3より許可を得て転載,改変)図13次元AS.OCTによって撮影されたトラベクレクトミー術後ブレブの3次元再構築図断面図内に房水の通過経路と思われる開口部(矢印)がみえる.(文献3より許可を得て転載)表1近年報告されたトラベクレクトミー成績のリスク因子文献番号症例数対象リスク因子9195トラベクレクトミーもしくは水晶体再建術既往の症例円蓋部基底結膜弁1030内眼手術既往のない開放隅角緑内障高濃度の房水MCP-11156急性閉塞隅角症/PACG高濃度の房水MCP-1とMCP-31464小児緑内障Tenon.切除なし15165POAG/PACGマイトマイシンCの結膜下塗布(vs強膜フラップ下塗布)PACG:原発閉塞隅角緑内障,POAG:原発開放隅角緑内障.的新しい緑内障点眼についても,この点注意が必要かもしれない.原発開放隅角緑内障(primaryopen-angleglaucoma:POAG)と比較して,血管新生緑内障においてはVEGFのみならず,複数の炎症性サイトカインの房水内濃度が高く,抗VEGF治療ではその濃度は高くなることこそあれ,下降させることはできないということを筆者らはみいだしている13).炎症性サイトカインが慢性的に存在すると,創部への炎症細胞の誘導が遷延化し,過剰な瘢痕化につながる可能性が考えられる(図3).抗VEGF治療とトラベクレクトミーとの組み合わせによって手術成績を向上させようとする試みについては後述するが,術後経過のメカニズムを考えるとき,VEGF以外の炎症性サイトカインについても考慮に入れる必要があることが示唆される.その他の論点としては,小児の緑内障に対するトラベクレクトミーにおいて,Tenon.切除を行うと成績が良いという無作為化臨床比較試験(randomizedcontrolledtrial:RCT)の報告や14),マイトマイシンC塗布を結膜下群と強膜フラップ下群とに分けた後ろ向き研究で前者の成績が良好であったという報告もある15).これらの論点の結論については必ずしもコンセンサスが得られたわけではないが,考慮に入れるべき知見と思われる.III分子標的薬の応用眼科領域において,分子標的薬は加齢黄斑変性症などの網膜硝子体疾患に対する抗VEGF治療の急速な普及によって広く知られることとなった.緑内障手術治療に関しては,抗TGF-b抗体による手術成績改善の試みが有名である.TGF-bは創傷治癒過程において中心的な毛様体強膜水晶体角膜ブレブ生理活性物質房水の流れ図3トラベクレクトミー術後に,房水内の生理活性物質がブレブに及ぼす影響を示したモデル図役割を果たす分子の一つであり,線維芽細胞を筋線維芽細胞に分化誘導する作用がある.筋線維芽細胞に分化すると細胞増殖,細胞外マトリックス(コラーゲンなど)産生,組織収縮などが促進され,瘢痕形成に寄与する.瘢痕形成の反応が過剰に作用することでブレブの瘢痕化に伴う濾過機能の低下を導くと推測されており,これをコントロールすることができれば手術成績が改善するこ(59)あたらしい眼科Vol.32,No.6,2015823824あたらしい眼科Vol.32,No.6,2015(60)ング期と経過することが知られている.増殖期の組織は線維芽細胞由来の新生細胞外マトリックスが主となるが,ここに新生血管を誘導するためにVEGFが重要な働きを担っている.したがって,ブレブの形跡過程にもVEGFが少なからず寄与していると考えられており,おもに抗VEGF治療薬を結膜下注射することで血管新生緑内障以外の緑内障に対するトラベクレクトミーに応用する試みも報告されている.マイトマイシンC塗布の代わりにラニビズマブ結膜下注射を用いた1年間のRCTでは,ラニビズマブ群がより多くの追加手術を要している21).同様にマイトマイシンC塗布とベバシズマブ結膜下注射を比較したRCTでは,術後(平均7~8カ月後)眼圧が後者で有意に高かった22).また,5FUの代わりにベバシズマブ結膜下注射を用いた非無作為化前向き研究では,やはり同群が1年後により多くの術後緑内障点眼を必要としている23).以上の結果から,抗VEGF抗体の結膜下注射をマイトマイシンC塗布の代用として良好なトラベクレクトミー成績を得ることはむずかしいことが示唆される.一方で抗VEGF治療をマイトマイシンCに追加した場合の効果については,FakhraieらはPOAGおよび落屑緑内障を対象にベバシズマブ前房内投与追加群のRCTを行い,平均10カ月観察したところ,眼圧コントロールは優るものの術後房水漏出の合併症頻度が約3.7倍と高率であったと報告している24).一方でKiddeeらの報告によると,POAGを対象にしたベバシズマブ結膜下注射追加群のRCTで,1年後の眼圧コントロールに有意差はなかったとしている25).ベバシズマブ結膜下注射を2回目のトラベクレクトミーに併用したRCTでも,2年間の術後成績に有意差が認められていない26).マイトマイシンC併用ニードリングにおけるRCTではベバシズマブ結膜下注射追加群は,6カ月後の眼圧に有意差がないものの,より無血管で広い範囲のブレブが形成されたと報告している27).以上のことから,抗VEGF治療薬を結膜下注射の形でマイトマイシンCに併用した場合に,理論的に有用である可能性は否定できないが,短期間の成績をみるかぎその効果は限定的で,さらなる投与手段や投与回数の検討が必要と考えられる.抗VEGF治療の効果としては前述のようにブレブにとが期待される.これらのことから,トラベクレクトミーに抗TGF-b抗体治療を組み合わせることは理にかなった選択肢と考えられたが,大規模臨床治験の結果では有意差が出なかったと報告されている16).近年,網膜硝子体疾患に対して盛んに行われるようになった抗VEGF治療を,トラベクレクトミーに組み合わせて手術成績を改善させる,あるいは安全性を向上させる試みが多く報告されている.血管新生緑内障において,虹彩や隅角の新生血管が豊富であると,術中,術後の前房出血の原因となり,視力低下や眼圧上昇をきたす可能性がある.新生血管を強力に誘導するVEGFに対して,抗VEGF治療薬を前房もしくは硝子体注射することで虹彩や隅角の新生血管を一時的に消退させることが可能である.この効果により,トラベクレクトミーの術前に抗VEGF治療を行うことによって,トラベクレクトミーに伴う術中,術後の前房出血の合併症を減らすことが報告されている17).ただし,一般的に抗VEGF治療の効果は一過性であるため,トラベクレクトミーとの組み合わせによって長期の眼圧コントロールを改善することができるかどうかについては報告によって異なり,まだ一定の見解が得られていない17~20).一般的な創傷治癒過程は,炎症期,増殖期,リモデリ抗VEGF治療薬VEGF線維芽細胞の活性化血管新生創傷治癒/瘢痕化図4術後創傷治癒の過程にVEGFと抗VEGF治療薬が及ぼす影響を示したモデル図抗VEGF治療薬VEGF線維芽細胞の活性化血管新生創傷治癒/瘢痕化図4術後創傷治癒の過程にVEGFと抗VEGF治療薬が及ぼす影響を示したモデル図あたらしい眼科Vol.32,No.6,2015825(61)ているかもしれない.しかしながら,古典的トラベクロトミーはMIGSの先駆けであり,これらの知識はトラベクロトミーに限らず,近年隆興している複数のSchlemm管シャント手術の理解にも応用できる可能性がある.おわりに以上,緑内障の古典手術における新知識をある程度フォーカスを絞った形でいくつかまとめてみた.これらの知識は緑内障の古典手術の理解を深めるのみならず,新しい術式を理解するうえでも有意義な点が多いと推測される.本稿が手術の効果と安全性を高める上で一助となれば幸いである.文献1)KojimaS,InoueT,KawajiTetal:Filtrationblebrevisionguidedbythree-dimensionalanteriorsegmentopticalcoherencetomography.JGlaucoma23:312-315,20142)InoueT,MatsumuraR,KurodaUetal:Preciseidentificationoffiltrationopeningsonthescleralflapbythree-dimensionalanteriorsegmentopticalcoherencetomography.InvestOphthalmolVisSci53:8288-8294,20123)KojimaS,InoueT,NakashimaKetal:Filteringblebsusing3-dimensionalanterior-segmentopticalcoherencetomography:aprospectiveinvestigation.JAMAOphthalmol133:148-156,20154)TsudaS,KunikataH,YamanariMetal:Associationbetweenhistologicalfindingsandpolarization-sensitiveopticalcoherencetomographyanalysisofapost-trabeculectomyhumaneye.ClinExperimentOphthalmol,inpress5)YamanariM,TsudaS,KokubunTetal:Fiber-basedpolarization-sensitiveOCTforbirefringenceimagingoftheanterioreyesegment.BiomedOptExpress6:369389,20156)FukudaS,BeheregarayS,KasaragodDetal:Noninvasiveevaluationofphaseretardationinblebsafterglaucomasurgeryusinganteriorsegmentpolarization-sensitiveopticalcoherencetomography.InvestOphthalmolVisSci55:5200-5206,20147)KumarRS,JariwalaMU,SathideviAVetal:Apilotstudyonfeasibilityandeffectivenessofintraoperativespectral-domainopticalcoherencetomographyinglaucomaprocedures.TranslVisSciTechnol4:2,20158)ZeppaL,AmbrosoneL,GuerraGetal:Usingcanalographytovisualizetheinvivoaqueoushumoroutflowconventionalpathwayinhumans.JAMAOphthalmol132:1281,2014おける血管新生の抑制が期待されるが,これに加えて線維芽細胞のコラーゲン産生や細胞増殖28),さらにはTGF-b1とTGF-b2の発現を抑制することも報告されており29),線維芽細胞の機能そのものに対する作用も期待できるかもしれない(図4).また,TGF-bシグナルの下流で働くp38MAPキナーゼの阻害薬や30),VEGFやPDGFなどの複数の受容体をターゲットにした薬剤Sunitinibも動物実験レベルで有用性が報告されており31),この分野における有用な薬物の探索はしばらく続くと思われる.IVトラベクロトミーの新知見Iwaoらは17の日本の施設を対象に後ろ向きに調査を行った結果を報告している32).これによると,42例のステロイド緑内障と108例のPOAGにトラベクロトミーが行われ,基準眼圧を21mmHgとした場合にそれぞれの3年後の成功確率は78.1%と55.8%であった.基準眼圧を18mmHgとした場合はそれぞれ56.4%と30.6%であり,いずれもステロイド緑内障の成績が有意に良好であった.ステロイド緑内障においては,基準眼圧21mmHgにかぎるとこの成績はトラベクレクトミーの成功率と同等であった.ステロイド緑内障に対するトラベクロトミーのリスク因子は硝子体手術既往と,ステロイドの全身投与の既往であった.また,Amariらはトラベクロトミー術後,眼圧コントロール不良となった眼に対してトラベクレクトミーを行い,このときに切除した線維柱帯,Schlemm管組織を病理学的に詳細に観察し,全13眼のうち2眼についてはSchlemm管内腔が前房側に開放されていた33).したがって,これらの症例ではSchlemm管内皮と線維柱帯の房水流出抵抗は十分下降しているにもかかわらず,眼圧コントロールが不良となっていることを示唆している.近年のSchlemm管マイクロシャント手術においても眼圧下降が不十分な症例が少なくないことから,Schlemm管以降にも房水流出抵抗が存在することが推測される.古典的なトラベクロトミーに関する新知見はトラベクレクトミーのそれと比較して少ないが,これは欧米におけるトラベクロトミーの手術件数が少ないことも関連し-’