監修=坂本泰二◆シリーズ第171回◆眼科医のための先端医療山下英俊後部硝子体.離と眼内サイトカイン濃度髙橋秀徳(自治医科大学眼科)網膜硝子体癒着と網膜疾患後部硝子体.離(posteriorvitreousdetachment:PVD)による疾患として黄斑円孔・網膜裂孔・vitreopapillarytractionなどが知られています.他にも加齢による硝子体の液化や後部硝子体.離により,硝子体内の物質拡散能が向上し,眼内のさまざまな物質が眼外に拡散しやすくなり,疾患のかかりやすさなどに影響する可能性が指摘されてきました.動物実験では液化硝子体中の拡散能が高いこと1),後部硝子体.離を作製した動物眼では注入したサイトカインが早期に抜けること2),後部硝子体の酸素濃度が上昇することなどが報告されてきました.一方,疫学研究では加齢黄斑変性において硝子体黄斑癒着が多いこと3),黄斑前膜や黄斑円孔で硝子体切除した眼は加齢黄斑変性になりにくいこと4)などが報告されてきました.微量濃度測定法の進歩サイトカイン濃度はきわめて低く,測定は困難です.抗原抗体反応を利用したenzyme-linkedimmunosorbentassay(ELISA)は以前からありましたが,検体量が200μl程度必要となるため浅前房では必要な房水量が得られず,また1種類しか測定できない問題がありました.近年,multiplexcytokineassayと呼ばれる測定法が広まってきて,より少ない量の検体で数十種類ものサイトカイン濃度が同時に測定できるようになりました.これは蛍光で色分けしたビーズを用い,それぞれの色に対応した捕捉抗体を結合させることで,ビーズを流しながら複数の蛍光強度を測定して各サイトカインの濃度を求めるものです(図1).抗原抗体反応を用いるところまではELISAと同じですが,ビーズを用いて反応に使用する表面積を飛躍的に向上させ,その感度上昇を検体量減少と測定種類向上に振り向けています.さらに,最近ではluminescentoxygenchannelingimmunoassay(LOCI)法といって,励起光で活性酸素を発生する捕捉抗体結合ビーズと,活性酸素で発光する検出抗体結合ビーズで目的抗原をサンドイッチすることで,不純物の洗浄工程を経ることなく直接蛍光を検出する方法など,さまざまな高感度短時間測定法が開発・報告されつつあります.高感度短時間測定法の問題点ここで問題となるのは,いずれの高感度短時間測定法であっても原理に抗原抗体反応を用いることです.通常はサンドイッチ法を用いますので,抗原認識部位の異なる2種類の抗体を使用します.ビーズの表面に吸着した捕捉抗体が測定対象物質と結合します.洗浄することでそれ以外の物質が除去されます.Multiplexcytokineassayであればそこに蛍光色素を結合させた検出抗体を蛍光色素検出抗体測定分子捕捉抗体図1Multiplexcytokineassayの仕組みビーズは蛍光色素の濃淡で数段階に色分けされている.それぞれの濃さで着色したビーズに対し,特定の捕捉抗体を吸着させてある.検体を反応させると数種類の測定対象分子がそれぞれのビーズに結合した状態になる.洗浄して不純物を除去し,検出抗体を用いて蛍光色素を標識する.ビーズを1つずつ流し,そのビーズがどの分子を測定するものなのかをビーズに着色した蛍光色素から読み取り,同時に検出抗体の蛍光強度を測定する.標準物質で測定した濃度.蛍光強度曲線から実際の濃度を割り出す.ビーズに着色する蛍光色素を2種類用いれば,数種類×数種類の数十種類に色分けして数十種類の物質を同時に測定できる.蛍光ビーズ(75)あたらしい眼科Vol.32,No.3,20153850910-1810/15/\100/頁/JCOPYAB蛍光色素測定分子競合物質検出抗体測定分子競合物質図2Multiplexcytokineassayと競合物質の混入測定分子に特異的に結合する競合物質が検体に混入していると測定値が低く出る可能性がある.A:測定分子に特異的に結合する競合物質捕捉抗体捕捉抗体蛍光ビーズ蛍光ビーズの結合部位が捕捉抗体と競合するとき,測定分子は捕捉抗体に結合できず最初の洗浄で洗い流されてしまう.B:測定分子に特異的に結合する競合物質の結合部位が検出抗体と競合するとき,検出抗体は測定分子に結合できず2回目の洗浄で洗い流されてしまう.10.80.60.40.20***図3後部硝子体.離眼における前房中サイトカイン濃度減少眼底正常の白内障手術80眼と加齢黄斑変性61眼において9種類のサイトカイン前房中濃度を測定し,加齢黄斑変性の有無・年齢・性別・眼軸長で補正し,後部硝子体.離のない眼を1と置いたとき後部硝子体.離のある眼の濃度(*:p<0.05).多変量解析を行ったところ,後部硝子体.離はサイトカイン濃度を12%減少させる効果があったと発表された.IL-10CXCL1MCP-1CCL11IL-6CXCL12MMP-9CXCL13IP-10386あたらしい眼科Vol.32,No.3,2015反応させ,洗浄することで測定対象物質の量に応じた検出抗体がビーズに残留します.検出抗体の蛍光強度を測ることで濃度がわかります.したがって,測定分子に特異的に結合する物質が不純物として含まれていると測定値が低く出る可能性があります(図2).最初に検体を捕捉抗体に反応させるときから競合物質が捕捉抗体と測定分子の奪い合いをしてしまいます.三者間で奪い合いになるので,最終的な測定値は測定分子全体の濃度でもなければ競合物質から遊離している測定分子の濃度でもない値になると考えられます.さらに,捕捉抗体は受容体と構造がまったく違いますので,捕捉抗体と検出抗体の両方に結合した物質の量が測れているからといって,受容体に結合しうる物質の量,その物質の生物学的活性が測れているということもできません.測定への影響は競合の強さによると考えられますので,Multiplexcytokineassayを行う際は,影響がどの程度であるのか,予備的検討が必要と考えられます.眼科領域ではBehcet病に用いられる抗腫瘍壊死因子a抗体や滲出型加齢黄斑変性などに用いられる抗血管内皮増殖因子薬などがそれぞれのサイトカインに競合しうると考えられますが,その他のサイトカインなどは問題なく研究が可能と思われます.(76)新たな検査・治療の可能性新たな検査・治療の可能性そして,これらを利用して近年さまざまな眼内サイトカインの研究結果が報告されています.後部硝子体.離は前房中サイトカイン濃度を12%減少するとの学会発表もあります(図3)5).過去の疫学研究報告を裏付けるものであり,今後治療法に発展するかも知れません.今後さらに微量の検体で多数の物質濃度を測定する系が実用化されることで,研究が一層進展し,さまざまな眼科疾患に対して日常的に眼房水を採取して診断・治療に役立てる時代が来るかもしれません.文献1)西村葉子,林英之,大島健司ほか:硝子体液化に伴うFluorescein-Naの拡散速度の変化.日眼会誌90:13131316,19862)WuWC,ChenCC,LiuCHetal:Plasmintreatmentacceleratesvascularendothelialgrowthfactorclearancefromrabbiteyes.InvestOphthalmolVisSci52:6162-6167,20113)NomuraY,UetaT,IriyamaAetal:Vitreomacularinterfaceintypicalexudativeage-relatedmaculardegenerationandpolypoidalchoroidalvasculopathy.Ophthalmology118:853-859,20114)IkedaT,SawaH,KoizumiKetal:Parsplanavitrectomyforregressionofchoroidalneovascularizationwithage-relatedmaculardegeneration.ActaOphthalmolScand78:460-464,20005)TakahashiH,TanX,NomuraYetal:Associationsbetweenposteriorvitreousdetachmentandconcentrationsofvariouscytokinesineyeswithage-relatedmaculardegenerationandnormalcontroleyes.AssociationforResearchinVisionandOphthalmology4992,2013■「後部硝子体.離と眼内サイトカイン濃度」を読んで■以前から,後部硝子体.離は網膜疾患の発生や進行トカインの測定が可能になると,後部硝子体.離眼でに重要な影響を及ぼす現象であるとされてきました.は(おそらく眼内クリアランスが向上することで)眼後部硝子体.離に伴う網膜裂孔の形成は,網膜.離の内サイトカイン濃度が減少することが初めてわかりま原因になりますし,後部硝子体.離のない糖尿病網膜した.硝子体中の炎症性サイトカイン濃度が減少すれ症眼においては,硝子体皮質を足場にして細胞が増殖ば,疾患の病勢が衰えるという現象と矛盾しません.し線維性増殖膜が形成されます.線維性増殖膜は黄斑今まで漠然と推測されていた現象にはっきりとした道前膜の原因となり,はなはだしい場合はきわめて難治筋がついたことは大変重要なことです.すでにこれらの増殖硝子体網膜症へと進行します.以前の硝子体手の事実を踏まえて,プラスミンを用いて後部硝子体.術においては,必ず人工的後部硝子体.離を起こさな離を起こして糖尿病網膜症を治療しようという試みがくてはならないとされたのは,主にその理由からで始まっています.す.しかし,硝子体手術を行わなくても,後部硝子体基礎研究の場合,単体では意義が明らかではないも.離後に糖尿病網膜症の進行が抑制されたり,加齢黄のもありますが,それらが合わさることで,大きな臨斑変性の病勢が衰えたりする症例が報告されるように床的意義をもつことは少なくありません.今回の研究なりました.その理由として,後部硝子体膜が眼球運は,今までの後部硝子体.離と網膜疾患の進行という動に伴って網膜を前方牽引しますので,それが解除さ臨床上の謎を解くための大きなカギを提供して,新たれるためであると説明されました.しかし,それ以上な治療に結びつけたものであり,大変重要な研究であは推測の域を出ませんでした.るといえます.ところが,本稿で述べられている方法で眼内のサイ鹿児島大学医学部眼科坂本泰二☆☆☆(77)あたらしい眼科Vol.32,No.3,2015387