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眼科医のための先端医療 171.後部硝子体剥離と眼内サイトカイン濃度

2015年3月31日 火曜日

監修=坂本泰二◆シリーズ第171回◆眼科医のための先端医療山下英俊後部硝子体.離と眼内サイトカイン濃度髙橋秀徳(自治医科大学眼科)網膜硝子体癒着と網膜疾患後部硝子体.離(posteriorvitreousdetachment:PVD)による疾患として黄斑円孔・網膜裂孔・vitreopapillarytractionなどが知られています.他にも加齢による硝子体の液化や後部硝子体.離により,硝子体内の物質拡散能が向上し,眼内のさまざまな物質が眼外に拡散しやすくなり,疾患のかかりやすさなどに影響する可能性が指摘されてきました.動物実験では液化硝子体中の拡散能が高いこと1),後部硝子体.離を作製した動物眼では注入したサイトカインが早期に抜けること2),後部硝子体の酸素濃度が上昇することなどが報告されてきました.一方,疫学研究では加齢黄斑変性において硝子体黄斑癒着が多いこと3),黄斑前膜や黄斑円孔で硝子体切除した眼は加齢黄斑変性になりにくいこと4)などが報告されてきました.微量濃度測定法の進歩サイトカイン濃度はきわめて低く,測定は困難です.抗原抗体反応を利用したenzyme-linkedimmunosorbentassay(ELISA)は以前からありましたが,検体量が200μl程度必要となるため浅前房では必要な房水量が得られず,また1種類しか測定できない問題がありました.近年,multiplexcytokineassayと呼ばれる測定法が広まってきて,より少ない量の検体で数十種類ものサイトカイン濃度が同時に測定できるようになりました.これは蛍光で色分けしたビーズを用い,それぞれの色に対応した捕捉抗体を結合させることで,ビーズを流しながら複数の蛍光強度を測定して各サイトカインの濃度を求めるものです(図1).抗原抗体反応を用いるところまではELISAと同じですが,ビーズを用いて反応に使用する表面積を飛躍的に向上させ,その感度上昇を検体量減少と測定種類向上に振り向けています.さらに,最近ではluminescentoxygenchannelingimmunoassay(LOCI)法といって,励起光で活性酸素を発生する捕捉抗体結合ビーズと,活性酸素で発光する検出抗体結合ビーズで目的抗原をサンドイッチすることで,不純物の洗浄工程を経ることなく直接蛍光を検出する方法など,さまざまな高感度短時間測定法が開発・報告されつつあります.高感度短時間測定法の問題点ここで問題となるのは,いずれの高感度短時間測定法であっても原理に抗原抗体反応を用いることです.通常はサンドイッチ法を用いますので,抗原認識部位の異なる2種類の抗体を使用します.ビーズの表面に吸着した捕捉抗体が測定対象物質と結合します.洗浄することでそれ以外の物質が除去されます.Multiplexcytokineassayであればそこに蛍光色素を結合させた検出抗体を蛍光色素検出抗体測定分子捕捉抗体図1Multiplexcytokineassayの仕組みビーズは蛍光色素の濃淡で数段階に色分けされている.それぞれの濃さで着色したビーズに対し,特定の捕捉抗体を吸着させてある.検体を反応させると数種類の測定対象分子がそれぞれのビーズに結合した状態になる.洗浄して不純物を除去し,検出抗体を用いて蛍光色素を標識する.ビーズを1つずつ流し,そのビーズがどの分子を測定するものなのかをビーズに着色した蛍光色素から読み取り,同時に検出抗体の蛍光強度を測定する.標準物質で測定した濃度.蛍光強度曲線から実際の濃度を割り出す.ビーズに着色する蛍光色素を2種類用いれば,数種類×数種類の数十種類に色分けして数十種類の物質を同時に測定できる.蛍光ビーズ(75)あたらしい眼科Vol.32,No.3,20153850910-1810/15/\100/頁/JCOPY AB蛍光色素測定分子競合物質検出抗体測定分子競合物質図2Multiplexcytokineassayと競合物質の混入測定分子に特異的に結合する競合物質が検体に混入していると測定値が低く出る可能性がある.A:測定分子に特異的に結合する競合物質捕捉抗体捕捉抗体蛍光ビーズ蛍光ビーズの結合部位が捕捉抗体と競合するとき,測定分子は捕捉抗体に結合できず最初の洗浄で洗い流されてしまう.B:測定分子に特異的に結合する競合物質の結合部位が検出抗体と競合するとき,検出抗体は測定分子に結合できず2回目の洗浄で洗い流されてしまう.10.80.60.40.20***図3後部硝子体.離眼における前房中サイトカイン濃度減少眼底正常の白内障手術80眼と加齢黄斑変性61眼において9種類のサイトカイン前房中濃度を測定し,加齢黄斑変性の有無・年齢・性別・眼軸長で補正し,後部硝子体.離のない眼を1と置いたとき後部硝子体.離のある眼の濃度(*:p<0.05).多変量解析を行ったところ,後部硝子体.離はサイトカイン濃度を12%減少させる効果があったと発表された.IL-10CXCL1MCP-1CCL11IL-6CXCL12MMP-9CXCL13IP-10386あたらしい眼科Vol.32,No.3,2015反応させ,洗浄することで測定対象物質の量に応じた検出抗体がビーズに残留します.検出抗体の蛍光強度を測ることで濃度がわかります.したがって,測定分子に特異的に結合する物質が不純物として含まれていると測定値が低く出る可能性があります(図2).最初に検体を捕捉抗体に反応させるときから競合物質が捕捉抗体と測定分子の奪い合いをしてしまいます.三者間で奪い合いになるので,最終的な測定値は測定分子全体の濃度でもなければ競合物質から遊離している測定分子の濃度でもない値になると考えられます.さらに,捕捉抗体は受容体と構造がまったく違いますので,捕捉抗体と検出抗体の両方に結合した物質の量が測れているからといって,受容体に結合しうる物質の量,その物質の生物学的活性が測れているということもできません.測定への影響は競合の強さによると考えられますので,Multiplexcytokineassayを行う際は,影響がどの程度であるのか,予備的検討が必要と考えられます.眼科領域ではBehcet病に用いられる抗腫瘍壊死因子a抗体や滲出型加齢黄斑変性などに用いられる抗血管内皮増殖因子薬などがそれぞれのサイトカインに競合しうると考えられますが,その他のサイトカインなどは問題なく研究が可能と思われます.(76) 新たな検査・治療の可能性新たな検査・治療の可能性そして,これらを利用して近年さまざまな眼内サイトカインの研究結果が報告されています.後部硝子体.離は前房中サイトカイン濃度を12%減少するとの学会発表もあります(図3)5).過去の疫学研究報告を裏付けるものであり,今後治療法に発展するかも知れません.今後さらに微量の検体で多数の物質濃度を測定する系が実用化されることで,研究が一層進展し,さまざまな眼科疾患に対して日常的に眼房水を採取して診断・治療に役立てる時代が来るかもしれません.文献1)西村葉子,林英之,大島健司ほか:硝子体液化に伴うFluorescein-Naの拡散速度の変化.日眼会誌90:13131316,19862)WuWC,ChenCC,LiuCHetal:Plasmintreatmentacceleratesvascularendothelialgrowthfactorclearancefromrabbiteyes.InvestOphthalmolVisSci52:6162-6167,20113)NomuraY,UetaT,IriyamaAetal:Vitreomacularinterfaceintypicalexudativeage-relatedmaculardegenerationandpolypoidalchoroidalvasculopathy.Ophthalmology118:853-859,20114)IkedaT,SawaH,KoizumiKetal:Parsplanavitrectomyforregressionofchoroidalneovascularizationwithage-relatedmaculardegeneration.ActaOphthalmolScand78:460-464,20005)TakahashiH,TanX,NomuraYetal:Associationsbetweenposteriorvitreousdetachmentandconcentrationsofvariouscytokinesineyeswithage-relatedmaculardegenerationandnormalcontroleyes.AssociationforResearchinVisionandOphthalmology4992,2013■「後部硝子体.離と眼内サイトカイン濃度」を読んで■以前から,後部硝子体.離は網膜疾患の発生や進行トカインの測定が可能になると,後部硝子体.離眼でに重要な影響を及ぼす現象であるとされてきました.は(おそらく眼内クリアランスが向上することで)眼後部硝子体.離に伴う網膜裂孔の形成は,網膜.離の内サイトカイン濃度が減少することが初めてわかりま原因になりますし,後部硝子体.離のない糖尿病網膜した.硝子体中の炎症性サイトカイン濃度が減少すれ症眼においては,硝子体皮質を足場にして細胞が増殖ば,疾患の病勢が衰えるという現象と矛盾しません.し線維性増殖膜が形成されます.線維性増殖膜は黄斑今まで漠然と推測されていた現象にはっきりとした道前膜の原因となり,はなはだしい場合はきわめて難治筋がついたことは大変重要なことです.すでにこれらの増殖硝子体網膜症へと進行します.以前の硝子体手の事実を踏まえて,プラスミンを用いて後部硝子体.術においては,必ず人工的後部硝子体.離を起こさな離を起こして糖尿病網膜症を治療しようという試みがくてはならないとされたのは,主にその理由からで始まっています.す.しかし,硝子体手術を行わなくても,後部硝子体基礎研究の場合,単体では意義が明らかではないも.離後に糖尿病網膜症の進行が抑制されたり,加齢黄のもありますが,それらが合わさることで,大きな臨斑変性の病勢が衰えたりする症例が報告されるように床的意義をもつことは少なくありません.今回の研究なりました.その理由として,後部硝子体膜が眼球運は,今までの後部硝子体.離と網膜疾患の進行という動に伴って網膜を前方牽引しますので,それが解除さ臨床上の謎を解くための大きなカギを提供して,新たれるためであると説明されました.しかし,それ以上な治療に結びつけたものであり,大変重要な研究であは推測の域を出ませんでした.るといえます.ところが,本稿で述べられている方法で眼内のサイ鹿児島大学医学部眼科坂本泰二☆☆☆(77)あたらしい眼科Vol.32,No.3,2015387

新しい治療と検査シリーズ 226.PPF試験(PMMA涙液可視化試験)

2015年3月31日 火曜日

あたらしい眼科Vol.32,No.3,20153830910-1810/15/\100/頁/JCOPY.新しい検査法(原理)Krehbielflowを観察するために,筆者らもMauriceや長嶋が用いた炭素粒子混合溶液を用いて追試行ったが,炭素粉末では,定性的な流れは観察可能なものの,粒子の流速を測定するのには,視認性においてやや不向きであると思われた.そこで,筆者らは直径40μmの白色PMMA微粒子をフルオレセイン水溶液に混合した溶液,5%PMMA(Polymethylmethacrylate)微粒子+0.2%フルオレセイン混合液(PolymethylmethacrylateParticlesSuspendedinFluoresceinSolution:PPF)を作製し,視認性をアップさせてKrehbielflowの定量を行った3)..方法涙液動態への影響を最小限に抑えるために,PPFをマイクロピペットで5μlのみ点眼してKrehbielflowを観察する.Krehbielflowの定量には,スリットランプの倍率12倍で録画し,MotionAnalyzerR(キーエンス新しい治療と検査シリーズ(73).バックグラウンド涙液は,瞬目直後に急速に涙点へと吸い込まれ,開瞼を維持しているとその流れはしだいに緩やかになる.この涙液メニスカスにおける涙液の流れは発見者の名前にちなんで“Krehbielflow(クレービエル・フロー)”と呼ばれ,前者を「急流相」,後者を「緩流相」として区別している.長嶋は,Mauriceの炭素粒子(lampblack)混合溶液1)を改良し,Krehbielflowの検討を行っている2).その検討によれば,急流相は涙小管閉塞例において,緩流相は涙.鼻腔吻合術(dacryocystorhinostomy:DCR)後例において1例も観察されなかったという事実から,急流相は涙小管ポンプ,緩流相は涙.ポンプによって生じる可能性があるとしている.このように,涙液メニスカスにおける涙液の流れ,すなわちKrehbielflowを観察することによって涙液クリアランスを動的に評価することが可能になる.226.PPF試験(PMMA涙液可視化試験)abc図1PPF(PolymethylmethacrylateParticlesSuspendedinFluoresceinSolution)試験a:PPF溶液のPMMA粒子は沈殿している.b:撹拌により懸濁液となる.c:76歳,女性にPPFを5μl点眼した状態.加齢に伴って上眼瞼が外反ぎみになり,上方涙液メニスカスのPPFの流れも観察しやすくなる.プレゼンテーション:山口昌彦愛媛大学大学院医学系研究科視機能外科学分野コメント:横井則彦京都府立医科大学大学院医学研究科視覚機能再生外科学あたらしい眼科Vol.32,No.3,20153830910-1810/15/\100/頁/JCOPY.新しい検査法(原理)Krehbielflowを観察するために,筆者らもMauriceや長嶋が用いた炭素粒子混合溶液を用いて追試行ったが,炭素粉末では,定性的な流れは観察可能なものの,粒子の流速を測定するのには,視認性においてやや不向きであると思われた.そこで,筆者らは直径40μmの白色PMMA微粒子をフルオレセイン水溶液に混合した溶液,5%PMMA(Polymethylmethacrylate)微粒子+0.2%フルオレセイン混合液(PolymethylmethacrylateParticlesSuspendedinFluoresceinSolution:PPF)を作製し,視認性をアップさせてKrehbielflowの定量を行った3)..方法涙液動態への影響を最小限に抑えるために,PPFをマイクロピペットで5μlのみ点眼してKrehbielflowを観察する.Krehbielflowの定量には,スリットランプの倍率12倍で録画し,MotionAnalyzerR(キーエンス新しい治療と検査シリーズ(73).バックグラウンド涙液は,瞬目直後に急速に涙点へと吸い込まれ,開瞼を維持しているとその流れはしだいに緩やかになる.この涙液メニスカスにおける涙液の流れは発見者の名前にちなんで“Krehbielflow(クレービエル・フロー)”と呼ばれ,前者を「急流相」,後者を「緩流相」として区別している.長嶋は,Mauriceの炭素粒子(lampblack)混合溶液1)を改良し,Krehbielflowの検討を行っている2).その検討によれば,急流相は涙小管閉塞例において,緩流相は涙.鼻腔吻合術(dacryocystorhinostomy:DCR)後例において1例も観察されなかったという事実から,急流相は涙小管ポンプ,緩流相は涙.ポンプによって生じる可能性があるとしている.このように,涙液メニスカスにおける涙液の流れ,すなわちKrehbielflowを観察することによって涙液クリアランスを動的に評価することが可能になる.226.PPF試験(PMMA涙液可視化試験)abc図1PPF(PolymethylmethacrylateParticlesSuspendedinFluoresceinSolution)試験a:PPF溶液のPMMA粒子は沈殿している.b:撹拌により懸濁液となる.c:76歳,女性にPPFを5μl点眼した状態.加齢に伴って上眼瞼が外反ぎみになり,上方涙液メニスカスのPPFの流れも観察しやすくなる.プレゼンテーション:山口昌彦愛媛大学大学院医学系研究科視機能外科学分野コメント:横井則彦京都府立医科大学大学院医学研究科視覚機能再生外科学 6420-2-49080706050403020Age(years)Lowervelocity(mm/second)9-39080706050403020Age(years)Uppervelocity(mm/second)7531-16420-2-49080706050403020Age(years)Lowervelocity(mm/second)9-39080706050403020Age(years)Uppervelocity(mm/second)7531-1図2PPF試験の加齢性変化上下涙液メニスカスにおいて,涙点側へ向うPPFの流速は加齢に伴い有意に遅くなる(上方:r2=0.214,p<0.0001,下方:r2=0.195,p<0.0001).製)によって瞬目間の下方および上方涙液メニスカスにおけるPMMA粒子速度を計測する(図1)..本法の利点正常者のKrehbielflowは,上下涙液メニスカスにおいて,加齢とともに低下し(図2),各年代で下方よりも上方のほうが速く,内方視すると有意に速くなることがわかった.これらの結果の臨床的意義についてはさらに考察と検討を要するが,PPFテストを施行することで,涙液メニスカスを中心とする眼表面の涙液動態を可視化することが可能になる.もちろん,PPFテストのみで涙液クリアランスを語ることはできないが,その他の涙液クリアランステストの結果を組み合わせることによって,これまでとは異なった視点から機能的流涙症を含む涙液動態関連疾患の病態解明に役立つと思われる.文献1)MauriceDM:Thedynamicsanddrainageoftears.IntOphthalmolClin13:103-116,19732)長嶋孝次:炭素粒子試験.涙の流れ,とくにKrehbielflowについて.臨眼30:651-656,19763)YamaguchiM,OhtaK,ShiraishiAetal:NewmethodforviewingKrehbieflowbypolymethylmethacrylateparticlessuspendedinfluoresceinsolution.ActaOphthalmol92:e676-e680,2014.「PPF試験(PMMA涙液可視化試験)」へのコメント.開瞼は,眼表面の涙液を瞼裂部の涙液層とメニスカれを直接示す涙液クリアランステストというには限界スの涙液にコンパートメント化するとともに,涙液層があるが,その流れを反映する情報を可視化でき,かの形成,涙液クリアランスにおいて重要な働きをもつ,定量化しうる点において,画期的な方法といえるつ.メニスカスにおける涙液の流れは,開瞼により涙だろう.また,歴史的なKrehbielflowを再考した生小管を包むHorner筋が弛緩して涙小管内に陰圧が発理学的意義も大きいと思われる.内方視における微粒生し,この陰圧がメニスカスの毛管圧に打ち勝つこと子の流速の上昇は,メニスカスにおいて微粒子の流れで生まれる.筆者も述べているように,本論文で報告を遮断しうる弛緩結膜や半月ヒダの影響も考える必要されたPPF試験は,直径40μmのPMMA微粒子をがあると思われるが,本法のさらなる発展が楽しみで用いているために,メニスカスにおける涙液の水の流ある.☆☆☆384あたらしい眼科Vol.32,No.3,2015(74)

眼瞼・結膜:結膜上皮染色の意義

2015年3月31日 火曜日

眼瞼・結膜セミナー監修/稲富勉・小幡博人3.結膜上皮染色の意義加藤弘明横井則彦京都府立医科大学眼科学教室眼表面疾患を診察するうえで,結膜の観察は重要であるが,近年,とくに結膜上皮障害を評価する必要性が高まっている.結膜上皮障害の観察には,病態を考えながら明確な目的をもって観察すること,およびフルオレセインやリサミングリーンといった生体染色色素の特性をよく理解して,それらを最大活用することが大切である.●はじめに眼表面疾患の診察をする場合,眼不快感や視機能異常の舞台となる角膜上皮や角膜上の涙液層に注目しがちであるが,病態の主座が角膜上皮よりもむしろ結膜上皮にある場合や,角膜上皮障害と結膜上皮障害の両者を比較しながら観察することで鑑別診断が行える場合がある.よって,眼表面疾患の診療において結膜上皮の観察は欠かせない.結膜上皮の健常性やその障害を詳細に評価するには生体染色が必須であるが,日常診療において使用可能な染色色素には,フルオレセイン,ローズベンガル,リサミングリーンの3種類がある.このなかで,ローズベンガルは光毒性を有し眼刺激が強く,点眼麻酔を行わないと眼表面の染色に使用できないことや,濃度が高いと染色範囲が広がるために,近年使われない傾向にある.そのため,ローズベンガルは同様の染色特性を有するリサミングリーンに取って代わられるようになってきている.そこで本稿では,フルオレセインとリサミングリーンを用いた結膜上皮の観察とその意義について述べる.●フルオレセインによる結膜上皮の観察フルオレセインは,細胞間のバリアの障害を検出する色素としての特徴をもち1),結膜上皮障害は,一般に点状染色という形で観察される.フルオレセインを用いて結膜上皮障害を観察する場合,フルオレセインの励起光であるコバルトブルー光の結膜表面での反射光や,それによって励起される強膜の自発蛍光が,フルオレセインからの蛍光のコントラストを低下させて,明瞭に障害上皮を観察するうえでの障害となる.そこで,高いコントラストをもって結膜上皮障害を観察するために,励起光を選択し,かつ,その反射光を防ぐためのフィルターの組み合わせ(ブルーフリーフィルタ)が用いられている2).また,球結膜には加齢性に結膜弛緩が生じ,弛緩(71)0910-1810/15/\100/頁/JCOPY結膜間にフルオレセインが貯留すると結膜上皮障害が観察しにくくなるので注意が必要である.しかし,この色素の貯留を逆利用して,結膜弛緩症の程度評価にフルオレセイン染色を活用する方法は非常に有用である(図1).結膜上皮障害の観察は,Sjogren症候群を代表とする涙液減少型ドライアイ(図2)と薬剤性角膜上皮障害(図3)の鑑別に有用であり,前者では角膜に比べて結膜の上皮障害が,後者では結膜に比べて角膜の上皮障害が強くなりやすいという特徴がある3).一方,結膜上皮が角膜上皮に比べてバリア機能が弱いことを利用して,フルオレセインを用いて,角膜に侵入した結膜上皮の境界を追うことができる.結膜の侵入範囲は,5分ほど時間を置いて観察すると色素がしみこんだような所見を呈する(delayedstaining).●リサミングリーンによる結膜上皮の観察リサミングリーンは,先に述べたようにローズベンガルと同等の染色特性を有するが,光毒性がないために,染色濃度が濃くなっても染色範囲は変わらない.緑色であることもあって,フルオレセインに比べて結膜上皮の障害部位の検出にすぐれ,死細胞や変性細胞のような細胞膜が障害された上皮細胞を染色しうる1).しかし,背景の虹彩色の影響を受けるために,フルオレセインに比べて,角膜上皮障害の観察には適さない.瞬目時の摩擦は,結膜上皮障害を引き起こすが,これを背景にもつ疾患群,すなわち上輪部角結膜炎(図4)やlid-wiperepitheliopathy(図5),ソフトコンタクトレンズによる結膜上皮障害の検出に,リサミングリーンは有用である.●おわりに点眼液を処方する機会の多い日常診療において,ドライアイと薬剤性角膜上皮障害を鑑別することは,しばしば重要であり,そこに結膜上皮障害の観察の意義が大きあたらしい眼科Vol.32,No.3,2015381 図1結膜弛緩症弛緩した結膜の趨壁にフルオレセインが貯留し,結膜の趨壁が浮き彫りにされることで,結膜弛緩症の範囲や程度が評価しやすくなっていることがわかる.図2涙液減少型ドライアイほとんど角膜上皮障害がみられないのに対し,結膜上皮障害は強い(フルオレセイン染色後,ブルーフリーフィルタによる観察).図3薬剤性角膜上皮障害結膜にまったく上皮障害がみられないのに対し,角膜上皮障害は強い(フルオレセイン染色後,ブルーフリーフィルタによる観察).く存在する.また,新しい点眼治療薬の登場により,上輪部角結膜炎やlid-wiperepitheliopathyなどの瞬目時382あたらしい眼科Vol.32,No.3,2015図4上輪部角結膜炎角膜輪部から上方結膜にかけてリサミングリーンで染色される上皮障害が認められる.図5Lid.wiperepitheliopathy上眼瞼結膜のlidwiper領域(異物溝前方の眼瞼縁の眼瞼結膜)にリサミングリーンで染色される上皮障害が認められる.の摩擦亢進に関連したドライアイ関連疾患を観察する機会が増えており,結膜上皮障害を積極的に観察する必要性が増している.眼科医にとって,先に述べた生体染色色素の特性や,それらの染色の有効な対象を良く理解し,結膜上皮障害の評価を的確に行えることが,日常の一般診療においても重要になってきていると思われる.文献1)BronAJ,ArguesoP,IrkecMetal:Clinicalstainingoftheocularsurface:Mechanismsandinterpretations.ProgRetinEyeRes44:36-6,20142)KohS,WatanabeH,HosohataJetal:Diagnosingdryeyeusingablue-freebarrierfilter.AmJOphthalmol136:513-519,20033)YokoiN,KinoshitaS:Importanceofconjunctivalepithelialevaluationinthediagnosticdifferentiationofdryeyefromdrug-inducedepithelialkeratopathy.AdExpMedBiol438:827-830,1998(72)

抗VEGF治療:ラニビズマブとアフリベルセプトの使い分け

2015年3月31日 火曜日

●連載抗VEGF治療セミナー監修=安川力髙橋寛二14.ラニビズマブとアフリベルセプトの大中誠之関西医科大学医学部眼科学教室使い分け現在,ラニビズマブとアフリベルセプトはともに,加齢黄斑変性(AMD),近視性脈絡膜新生血管,網膜中心静脈閉塞症および糖尿病に伴う黄斑浮腫の4つの疾患に適応がある.難治性AMDに対してはアフリベルセプトの投与が有効とされるが,他の疾患においては明確な使い分けの基準はない.本稿では,それぞれの特徴をまとめ,AMD治療を中心に,現時点での2剤の使い分けについて述べる.わが国では,滲出型加齢黄斑変性(age-relatedmaculardegeneration:AMD)に対して2009年にラニビズマブ,2012年にアフリベルセプトが承認された.その後,両薬剤ともに適応が拡大され,治療の選択肢が増えたことは喜ばしい.しかし,両薬剤ともに滲出型AMD,近視性脈絡膜新生血管(choroidalneovascularization:CNV),網膜中心静脈閉塞症(centralretinalveinocclusion:CRVO)に伴う黄斑浮腫,糖尿病黄斑浮腫(diabeticmacularedema:DME)に適応があり,現時点では使い分けに関する明確な基準はなく,その選択は診察医に委ねられている(表1).これまでの大規模臨床試験を単純に比較すると,滲出型AMD,近視性CNV,DMEにおいてはラニビズマブとアフリベルセプトの間で視力の予後に差はなく,CRVOに伴う黄斑浮腫においてはアフリベルセプトがやや視力の改善効果が良いようである.一方,眼内の血管内皮増殖因子(vascularendothelialgrowthfactor:VEGF)を抑制する期間については,ラニビズマブ(平均36日)1)よりアフリベルセプト(平均71日)2)のほうが長く,AMD治療の維持期においては,アフリベルセプトの2カ月毎投与の有効性はラニビズマブの毎月投与に対して非劣性であることが確認されており,アフリベルセプトのほうが少ない回数で治療が行える可能性がある.さらに,最近の研究において,ラニビズマブは血中VEGFに与える影響が少なく,アフリベルセプトは投与後1カ月間は血中VEGFを抑制すると報告されている3)ことから,理論上はラニビズマブのほうが全身合併症のリスクが低いと考えられる.近年,滲出型AMDに対する抗VEGF薬硝子体内投与の大規模臨床試験4,5)の結果,眼局所の合併症として,長期にわたる継続した治療により地図状萎縮(geographicatropathy:GA)が進行することが報告され,維持期表1ラニビズマブとアフリベルセプトの特徴ラニビズマブアフリベルセプト日本での発売薬価2009年4月17万6,235円2012年11月15万9,289円創薬デザインヒト化抗VEGF抗体断片VEGF受容体融合糖蛋白分子量48kDa115kDaブロックする分子VEGF-AVEGF-A,VEGF-B,PlGFVEGF165に対する解離定数46.192pM0.5pM(結合親和性高い)1回投与量0.5mg(0.05ml)2.0mg(0.05ml)硝子体内半減期7.1日(ヒト)3.3.2日(サル)2.6.2.88日(ウサギ)4.5.4.7日(ウサギ)ヒト血清中半減期0.25日18日適応疾患滲出型加齢黄斑変性近視性脈絡膜新生血管網膜静脈閉塞症に伴う黄斑浮腫糖尿病黄斑浮腫滲出型加齢黄斑変性近視性脈絡膜新生血管網膜中心静脈閉塞症に伴う黄斑浮腫糖尿病黄斑浮腫(69)あたらしい眼科Vol.32,No.3,20153790910-1810/15/\100/頁/JCOPY の管理や薬剤の選択に関心が集まっている.維持期の管理としては,AMD治療において最近TreatandExtend法を取り入れる施設が多くなっているが,長期成績の報告は少なく6),過剰投与の問題も含め,今後PRN(prorenata)投与との比較試験など,さらなる検討が必要であると思われる.AMD治療における薬剤選択としては,ラニビズマブに抵抗性を示す網膜色素上皮下病巣に対してアフリベルセプトが有効であったとする報告が多く,導入期治療の第一選択はアフリベルセプトで問題はないと考える.しかし,AMDは慢性疾患であり,長期かつ頻回の抗VEGF薬硝子体内投与を必要とするため,全身合併症およびGAを含む眼局所の合併症の発症を念頭に置いて治療方針を決めるべきであろう.これまでの滲出型AMDの大規模臨床試験の結果からは,ラニビズマブとアフリベルセプトの間で全身合併症の発症リスクに差はないとされているが,血中VEGFを長期間抑制するアフリベルセプトの投与回数を少なくすることにより全身合併症の発症リスクをさらに下げることができる可能性があり,維持期の薬剤選択についてはさらに詳細な検討が必要と考える.また,ラニビズマブとアフリベルセプトはともにinvitroの実験では細胞毒性がないと報告されている7)が,サルを用いたinvivoの実験では,アフリベルセプトにより網膜色素上皮細胞死が誘導され,ラニビズマブと比較して脈絡膜毛細血管板に強く影響することから,GAの発症リスクを上げる可能性が指摘されている8).今後の長期成績の報告に注目しながら,現状においては漫然と投与し続けるのではなく,できる限り少ない投与回数で病状の安定化が図れるように投与方法を工夫しながら治療を進めるべきである.現在当院では,滲出型AMDに対しては,脳・心血管イベントの有無,年齢に応じて抗VEGF薬の使い分けをしており,半年以内に脳・心血管イベントがあった場合はペガプタニブ,85歳以上ではラニビズマブ,それ以外はアフリベルセプトを第一選択としている(図1).維持期には多くの症例でTreatandExtend法を採用しているが,オリジナルの方法では過剰投与になることがあることから,滲出性所見の消失後に一度経過観察を行い,再度滲出性所見を認めた時点からTreatandExtend法を採用するという独自の方法を取り入れている.近視性CNVに対しては,治療前から強い網脈絡膜萎縮が存在する場合は,アフリベルセプトによる萎縮の進行の可能性を考慮してラニビズマブを第一選択としているが,明確なエビデンスは存在しない.CRVOとDMEに関してはまだ決まった方針はない380あたらしい眼科Vol.32,No.3,2015半年以内に脳・心血管イベントの既住があるいいえはい85歳以上であるPegaptaniborPegaptanib+PDTいいえはいAfliberceptRanibizumab図1関西医大枚方病院における滲出型AMDに対する薬剤選択基準が,これらの2疾患をもつ患者にはもともと高血圧と糖尿病が存在し,脳・心血管イベントの準備状態が高い状態にあると考えてよいため,riskとbenefitを十分に検討したうえで,個別に抗VEGF薬の適切な使用方法を考慮する必要があると考えている.文献1)MuetherPS,HermannMM,DrogeKetal:Long-termstabilityofvascularendothelialgrowthfactorsuppressiontimeunderranibizumabtreatmentinage-relatedmaculardegeneration.AmJOphthalmol156:989-993,20132)FauserS,SchwabeckerV,MuetherPS:Suppressionofintraocularvascularendothelialgrowthfactorduringaflibercepttreatmentofage-relatedmaculardegeneration.AmJOphthalmol158:532-536,20143)WangX,SawadaT,SawadaOetal:Serumandplasmavascularendothelialgrowthfactorconcentrationsbeforeandafterintravitrealinjectionofafliberceptorranibizumabforage-relatedmaculardegeneration.AmJOphthalmol158:738-744,20144)RofaghaS,BhisitkulRB,BoyerDSetal:SEVEN-UPStudyGroup:Seven-yearoutcomesinranibizumab-treatedpatientsinANCHOR,MARINA,andHORIZON:amulticentercohortstudy(SEVEN-UP).Ophthalmology120:2292-2299,20135)GrunwaldJE,DanielE,HuangJetal:CATTResearchGroup:Riskofgeographicatrophyinthecomparisonofage-relatedmaculardegenerationtreatmentstrials.Ophthalmology121:150-161,20146)RayessN,HoustonSK3rd,GuptaOPetal:Treatmentoutcomesafter3yearsinneovascularage-relatedmaculardegenerationusingatreat-and-extendregimen.AmJOphthalmol159:3-8,20157)SchnichelsS,HagemannU,JanuschowskiKetal:Comparativetoxicityandproliferationtestingofaflibercept,bevacizumabandranibizumabondifferentocularcells.BrJOphthalmol97:917-923,20138)JulienS,BiesemeierA,TaubitzTetal:Differenteffectsofintravitreallyinjectedranibizumabandafliberceptonretinalandchoroidaltissuesofmonkeyeyes.BrJOphthalmol98:813-825,2014(70)

緑内障:サイトメガロウイルスに関連する続発緑内障

2015年3月31日 火曜日

●連載177緑内障セミナー監修=岩田和雄山本哲也177.サイトメガロウイルスに関連する松下賢治大阪大学大学院医学系研究科眼科学教室続発緑内障サイトメガロウイルス(CMV)前眼部感染症は多彩な炎症反応を示し,鑑別診断が容易でない.合併する緑内障も不安定な眼圧経過をたどり,原因を特定できず高眼圧のため濾過手術に至ることがある.近年,前房水PCRによりCMVが検出できるシステムが構築された.CMVに関連する続発緑内障の診断治療の現在について概説する.CMV(cytomegalovirus)が前眼部炎症に独自に関与することを最初に示したのは,2006年のKoizumiらによる角膜内皮炎の報告である1).この発見は免疫不全に伴う網膜炎の一亜型ととらえられていたCMV前眼部感染が,健眼に前眼部炎症のみを起こしうることを示した.翌年,Yamauchiらは角膜浮腫を伴う前眼部炎症,つまり角膜ぶどう膜炎の高眼圧症例について,CMV感染を示し,治療により改善したことを報告している2).同年,KawaguchiらによりCMVウイルス量が病態を反映する可能性が示唆され,病因として認識されたCMV関連前眼部炎症の治療法の方針が固まった3).すわなち,CMVの検出とそれに続く抗CMV薬(ガンシクロビル:GCV)による治療である.さらに2008年にはCheeらによる大規模解析において,Posner-Schlossmansyndrome(PSS)とFuchsheterochromaticiridocyclitis(FHI)の一部にCMV感染を示すという報告がなされ,CMV感染が前眼部炎症において多彩な所見を示す広いスペクトラムをもつ症候群である可能性が示唆された4,5)(表1).筆者らも,約10年にわたり眼圧が20台後半程度まで上昇する慢性炎症性続発緑内障で,ステロイドで改善し非結節性線維柱帯炎として経過観察されていた症例表1サイトメガロウイルス前眼部感染症のプロファイル比較CMV角膜内皮炎自験例(線維柱帯炎)CMV虹彩毛様体炎FHIPSS角膜内皮炎高度高度軽度なしなし虹彩異色・萎縮なしーありなし萎縮異色・萎縮萎縮虹彩毛様体炎軽度軽度あり軽度-中等度軽度虹彩結節なしなしなし高頻度なし虹彩後癒着なしなしありなしなし角膜後面沈着物色,サイズ白,小型白・色素性,小型色素性,中型白,小型(星針)白,小型-中型位置中央中央中央び慢性中央数多数数個から多数多数多数少数coinlesioncentralperipheralなしなしなし眼圧上昇軽度-中等度軽度から高度軽度-中等度軽度高度隅角色素―脱色素脱色素脱色素完全脱色素虹彩前癒着なしありありありなし新生血管なしなしなし高頻度なし白内障あり高度中等度高度なし両眼・片眼片眼・両眼片眼片眼・両眼片眼片眼(67)0910-1810/15/\100/頁/JCOPYに,角膜輪部近くに円形状白濁所見を検出していたが,Koizumiらの報告するcoinlesionに極似していた(図1).その後,急激な角膜内皮減少から(図2),前房水PCRでCMVを検出し,GCV治療を開始し,所見消失と高眼圧改善を示した.PSS症例からもCMVを検出しGCVにより改善をみた(図3)(2010年日本眼科学会,2011年日本緑内障学会).この経験から,筆者らはCMV関連性角膜ぶどう膜炎の中に独特の特徴を有し,GCV治療に反応する症例があると考えていた(表1).2010年にHwangらはCMV前部ぶどう膜炎の3つのプロファイルを提唱した6).Japらは自然寛解するとされるPSSの中に緑内障への進行例が多数あるという問題点をすでに2001年に指摘していたが7),2014年PSSへのCMV内服治療で改善例が報告され,ウイルス治療により緑内障発症を抑制しうる可能性が示唆された8).2008年頃の学会で角膜内皮炎に角膜内皮局所感染が関与する仮説が話題となったが,Kobayashiらにより解明図1coinlesionに極似した所見角膜内皮炎の既報で報告されているよりも線維柱帯に近い周辺部角膜の内皮面に円形状白濁所見がある症例が複数あり,角膜瘢痕と考えて重要な所見と考えていたが,Koizumiらの報告するcoinlesionに極似していたことから,現在ではperipheralcoinlesionと呼んでいる.あたらしい眼科Vol.32,No.3,2015377 2001R20062008200920102011劇症期角膜内皮細胞密度は劇症期以降著明に減少(1,000個/mm2以下)図2慢性炎症の経過中,角膜内皮減少悪化期慢性的な眼圧上昇と下降を繰り返し,慢性線維柱帯炎としてフォローしていた患者が,あるとき,急激な角膜内皮が減少と眼圧上昇を示した.その際に前房水PCRを行い,CMVを検出したことから,GCV治療を開始した.治療が奏効し発作性の高眼圧も改善した.された9).この疾患群の発症部位がneuralcrest由来細胞に限局されている点は興味深く,今後全体像の解明が期待される.疾患の存在を疑うことから診断は始まる.反復性で自然寛解傾向,ステロイド易反応性,長期的には再発性治療抵抗性を示す前眼部炎症は前房水PCRによって確定診断されるべきで,治療は局所ないし全身へのGCV投与が選択されるが,高眼圧レベルは実にさまざまで,来院時の緑内障病期によっては猶予のない症例もあり濾過手術が有効とされる.しかし,Schlemm管機能が残存するという考えもあり,線維柱帯切開術などが奏効したとの報告もある.筆者らも切開術での改善例を経験した.2014年Koizumiらは角膜内皮炎の多施設スタディにて診断治療の指針を示した10).しかし,CMV感染は角膜のみの疾患ではなく,前眼部全体に及ぶ.それゆえ,疾患群の実体に迫るには角膜内皮炎,虹彩毛様体炎,線維柱帯炎など全領域をまたぐ多施設によるコホート研究が必要で,眼圧管理を含め連携した総合治療指針が示されることが待望される.文献1)KoizumiN.YamasakiK,KawasakiSetal:Cytomegalovirusinaqueoushumorfromaneyewithcornealendotheliitis.AmJOphthalmol141:564-565,20062)YamauchiY,SuzukiJ,SakaiJetal:Acaseofhypertensivekeratouveitiswithendotheliitisassociatedwithcytomegalovirus.OcurImmunolInflamm15:399-401,20073)KawaguchiT,SugitaS,ShimizuNetal:Kineticsofaqueousflare,intraocularpressureandvirus-DNAcopiesinapatientwithcytomegalovirusiridocyclitiswithoutretinitis.IntOphthalmol27:383-386,20074)CheeSP,JapA:Clinicalfeaturesofcytomegalovirusanterioruveitisinimmunocompetentpatients.AmJOphthalmol145:834-840,20085)CheeSP,JapA:Presumedfuchsheterochromiciridocy-378あたらしい眼科Vol.32,No.3,2015A非発作時CMV陽性発作眼発作時KPの拡散逆に綺麗非発作眼治療眼の眼圧推移B眼圧(mmHg)1%GCV点眼1日6回治療1年目治療2年目治療3年目図3Posner.Schlossmansyndrome(PSS)のCMV陽性例PSS症例の眼圧上昇時に前房水を採取し,定量式PCRにてCMVを検出した.そののち,CMV治療により改善したが,再発が減少するまで数年を要した.A:発作時はKPが散在する.PSS症例の隅角は健常眼に比べ,色素沈着が少ない.B:GCV点眼開始により長年続いていた眼圧上昇発作の頻度は減少した.clitisandPosner-Schlossmansyndrome:comparisonofcytomegalovirus-positiveandnegativeeyes.AmJOphthalmol146:883-889,e1,20086)HwangYS,ShenCR,ChangSHetal:Thevalidityofclinicalfeatureprofilesforcytomegaloviralanteriorsegmentinfection.GraefesArchClinExpOphthalmol249:103-110,20117)JapA,SivakumarM,CheeS:IsPosnerSchlossmansyndromebenign?Ophthalmology108:913-918,20018)SobolewskaB,DeuterC,DoychevaDetal:Long-termoraltherapywithvalganciclovirinpatientswithPosner-Schlossmansyndrome.GraefesArchClinExpOphthalmol=AlbrechtvonGraefesArchivfurKlinischeundExperimentelleOphthalmologie,2014.doi:10.1007/s00417-013-2535-99)KobayashiA,YokogawaH,HigashideTetal:Clinicalsignificanceofowleyemorphologicfeaturesbyinvivolaserconfocalmicroscopyinpatientswithcytomegaloviruscornealendotheliitis.AmJOphthalmol153:445-453,201210)KoizumiN,InatomiT,SuzukiTetal:Clinicalfeaturesandmanagementofcytomegaloviruscornealendotheliitis:analysisof106casesfromtheJapancornealendotheliitisstudy.BrJOphthalmol,bjophthalmol-2013304625(2014).doi:10.1136/bjophthalmol-2013-304625(68)

屈折矯正手術:分節状屈折型多焦点眼内レンズLENTIS Mplus X

2015年3月31日 火曜日

屈折矯正手術セミナー─スキルアップ講座─屈折矯正手術セミナー─スキルアップ講座─監修=木下茂●連載178大橋裕一坪田一男178.分節状屈折型多焦点眼内レンズ岡義隆岡眼科クリニックLENTISMplusX「LENTISMplusX」シリーズはユニークな分節状構造をもち,球面度数,円柱度数ともに0.01D刻みで作製可能で,幅広い明視域をもった高精度な次世代型多焦点眼内レンズである.瞳孔位置や検査精度などに配慮し適応を選べば,非常に高い患者満足を得ることも可能である.Oculentis社「LENTISMplusX」は「LENTISMplus」の新型モデルで,レンズ光学部に遠用部と近用部を分節状に配置した個性的なデザインのシングルピースプレート型アクリル製多焦点眼内レンズである(図1).主な変更点は,中心遠用部をやや小さくして近用部の割合を増やし近見視力を向上し,遠近移行部をスムーズにして中間視力を向上させたことである.「LENTISMplusX」には,non-ToricとToricモデルがあり,Toricモデルでは着色タイプも選択できる.特筆すべきはレンズの精度で,Toricモデルでは球面度数は0~+36.0Dの範囲で0.01D刻み,円柱度数は+0.25~+12.0Dの範囲で0.01D刻み,乱視軸は1°刻みに依存することなく効率的に遠近に光が配分されている.2mm以上の瞳孔径があれば問題なく多焦点眼内レンズとして機能する.また,デザイン上,遠近移行部が少ないので光損失が5~8%と少ない.つぎにコントラスト感度(図4)だが,単焦点眼内レンズ症例と比較しても全周波数領域において有意差なく良好である.乱視は12.0Dまで矯正が可能であり,乱視のある症例に対してLENTISplusXToricを挿入し,術後乱視量が減少している(図5).10090遠方セクター近方セクター光損失光エネルギー(%)80706050403020で患者の目にあわせてオーダーが可能である.図2に示すように遠近の術後視力は良好で,中間距離での視力も0.7程度あり,明視域が広いことがわかる.自験例でも術後平均視力で遠見1.07,近見(眼前4010cm)0.84,中間(眼前100cm)0.67であった.このように2重焦点の多焦点眼内レンズでありながら,中間視力もそこそこ確保していることも大きな利点といえる.瞳孔径による遠近光エネルギー量の関係を図3に示す.多焦点眼内レンズは瞳孔径によって遠近の視力が変動する場合があるが,「LENTISMplusX」では瞳孔径遠用部近用部図1LENTISの構造光学部の上方に遠用,下方に近用レンズが配置されている.00.00.51.01.52.02.5瞳孔径(mm)図2距離と視力3.03.54.0中間領域の落ち込みが少なく,広い明視域をもつ.(BerrowEJ,WolffsohnJS,BilkhuPSetal:Visualperformanceofanewbi-aspheric,segmented,asymmetricmulti-focalIOL.JRefractSurg30:584-588,2014より改変)視力1.251.00.80.630.50.40.320.250.20.160.130.1近方中間遠方-4.0-3.5-3.0-2.5-2.0-1.5-1.0-0.50.00.51.0デフォーカス(D)図3瞳孔径と光エネルギー光配分が瞳孔径に依存しにくい.(AuffarthGU,etal:OculentisLENTISMplus:aninnovativemultifocalintraocularlenstechnology.Cataract&RefractSurgTodayEurope34-35,2010より改変)(65)あたらしい眼科Vol.32,No.3,20153750910-1810/15/\100/頁/JCOPY 2.5両眼LENTISMplus2.0両眼単焦点レンズ1.51.0Spatialfrequency0.5[CPD]図4コントラスト感度単焦点レンズと比べ,大きな低下はない.(ShahS(Ed),BuckhurstPJ,WolffsohnJSetal:Assessmentofvisualfunctionusingdefocuscurves.OphthalmicResearchGroup,SchoolofLifeandHealthSciences,AstonUniversity,Birmingham,UK,2013より改変)361218術前術後図5術前後の乱視変化どの乱視軸でもよく収束している.(VenterJ,PelouskovaM:Outcomesandcomplicationsofamultifocaltoricintraocularlenswithasurface-embeddednearsection.JCataractRefractSurg39:859-866,2013より改変)レンズの後面の光学部,支持部ともにシャープエッジ構造(図6)で,後発白内障の発生が少ない.このレンズを適正に使用するにあたり,私が注意している点を列挙する.まず,0.01D刻みの精度に対応するために正確な術前検査が必要になる.筆者の施設では光学的眼軸長測定を測定日と機種を変えて通常5回行っている(補足であるがOculentis社はハーグストレイト社製レンズスターでの眼軸測定を推奨).IOL定数は計算式によりnonToricとToricモデルで違うので注意を要する.光学的に瞳孔径による影響は少ない設計になっているが,瞳孔偏位などがある場合レンズの多焦点性が低下する場合があるので,術前に瞳孔位置も確認しておく必要がある.術後のレフ値は信頼性が低い.患者には以下の4点を説明しておく.ハローグレアが出にくい構造だがゼロではない.近方+3D加入なので新聞や辞書などがみえにくい可能性がある.術後のニューロアダプテーション(脳の順応)はすべての多焦376あたらしい眼科Vol.32,No.3,2015図6他社との電顕比較シャープエッジ構造である.(WernerL,TetzM,FeldmannIetal:Evaluatinganddefiningthesharpnessofintraocularlenses:Microedgestructureofcommerciallyavailablesquare-edgedhydrophilicintraocularlenses.JCataractRefractSurg35:556-566,2009より転載)点眼内レンズに共通する問題である.CEマーク取得済みだが厚生労働省未承認なので保険外診療となる.手術時の注意点として,全長11mmのプレート型眼内レンズであるので確実に.内に固定するのに若干のコツが必要である.また,1°刻みの乱視軸に対応した精度の高い手術が求められる.CCCは大きめにしたほうがレンズ挿入がやりやすい(筆者はフェムトセカンドレーザーを用いて6.0mmの前.切除を行い,術中乱視軸とレンズ中心をサージカルガイダンスで確認している).破.した場合のレンズ挿入は困難であり,その場合の対処法を事前に決めておくほうが良い.「LENTISMplusX」は遠中近と幅広い明視域をもち,光学的にも優れた高精度多焦点眼内レンズであり,いくつかのポイントを押さえれば,非常に高い患者満足度を得ることができる.文献1)VenterJA,PelouskovaM,CollinsBMetal:Visualoutcomesandpatientsatisfactionin9366eyesusingarefractivesegmentedmultifocalintraocularlens.JCataractRefractSurg39:1477-1484,20132)VenterJ,PelouskovaM:Outcomesandcomplicationsofamultifocaltoricintraocularlenswithasurface-embeddednearsection.JCataractRefractSurg39:859-866,20133)Alio.JL,PineroDP,Plaza-PucheABatal:Visualoutcomesandopticalperformanceofamonofocalintraocularlens.JCataractRefractSurg37:241-250,20114)AraiH,WandersB,RauMetal:ExpertsuncoverthenextgenerationofLENTISIOLs.Cataract&RefractiveSurgeryTodayEuropeFebruary(supplment),2014(66)

眼内レンズ:フェムトセカンドレーザーを用いた白内障手術

2015年3月31日 火曜日

眼内レンズセミナー監修/大鹿哲郎・佐々木洋341.フェムトセカンドレーザーを用いた白内障手術杉田威一郎眼科杉田病院フェムトセカンドレーザー白内障手術では,水晶体前.切開,核分割,角膜切開,乱視矯正切開を前眼部光干渉断層計(前眼部OCT)ガイド下にレーザーで施行できる.この技術を用いることで従来の白内障手術よりも精度の高い前.切開,超音波発振時間の短縮が可能である.さらなる安全性の向上,質の高い術後視機能が期待される.フェムトセカンドレーザーは,フェムト秒(1秒の千兆分の1)という超短時間に凝集されたレーザーパルスにより非熱加工で組織を切断できる.そのため生体組織内での熱の発生はほとんどなく,低侵襲で安全性の高い医療技術である.以前よりLASIKのフラップ作製や角膜移植に使用されてきた.欧米では2008年ごろから白内障手術に応用され,急速に普及してきている.わが国では2012年に初めて導入された.保険診療では使用できず,一部の自由診療患者のみが対象となる.フェムトセカンドレーザー白内障手術(femtosecondlaser-assistedcataractsurgery:FLACS)では,水晶体前.切開,水晶体核分割,角膜切開,乱視矯正切開が可能である.従来の白内障手術よりもレーザーで施行するため精度が高く,再現性に優れる.実際の手術の流れについて説明する.なお当院では倫理委員会の承認を得てAlcon社LenSxRを採用しているため,この機種で例示する.術前の処置は従来の白内障手術と同様である.大まかな流れとして,洗眼前にレーザー照射を行い,ついで洗眼し,手術顕微鏡下に移動して残りの操作を施行する.施設の事情により異なるが,当院ではレーザー照射と手術顕微鏡が別々の部屋のため移動に少々時間を費やすが,これを除けば従来の手術と手術時間は変わらない.フェムトセカンドレーザー照射は以下の手順で施行する.操作にむずかしい手技はなく,一連の操作は2~3分で終了する.はじめに患者情報,予定前.切開径や核分割パターンなど各種パラメータの入力を行う.ついでpatientinterface(PI)を装着する.PIは機種により方式が異なり,接触式(ソフトタイプ)と浸水式がある.初期の接触式PIはやや硬く,圧迫で角膜に皺ができレーザー照射にムラがあった.現在はソフトタイプに改(63)良され,この問題は解消されている.PI装着後はモニターの前眼部OCT(図1)を確認しながら前.切開の位置(センタリング),水晶体核分割の範囲(後.の位置の確認),角膜切開の位置の順に設定する.現在はこれらがほぼ自動で設定される.設定が終了したのちフットペダルでレーザーを照射する(図2).機種により違いはあるが,通常30秒前後でレーザー照射は終了する.つぎに各手技の利点,問題点について説明する.なお問題点ではないが,角膜混濁の強い症例はレーザー照射ができないため原則適応外である.前.切開は正確な大きさの正円な前.切開が可能である.多焦点眼内レンズ(IOL)などの付加価値IOL挿入予定症例では,より精度の高い前.切開が要求されるが非常に心強い.電子顕微鏡レベルで前.切開縁はマニュアル操作のものと比べて不整である(図3).しかし実際の手術で,亀裂が入るなどの強度面での問題は生じていない.成熟白内障など難症例での有効性も学会報告されている.水晶体核分割は術者の好みに合わせさまざまな形状に分割できる.分割パターンは機種により違いがある.より細かく核を分割することで,超音波の発振なし,吸引のみで水晶体核を処理するいわゆるZeroPhacoも可能である(図4).筆者も従来の白内障手術に比べ有意にeffectivephacotimeの短縮が得られている.これにより術後炎症の軽減,角膜内皮細胞保護が期待される.角膜切開に関しては,確実に予定位置に手術創が作製できる.老人環の強い症例などでレーザー照射が不完全になる可能性があり,注意が必要である.FLACSはまだまだ新しい技術で課題もある.しかし,付加価値IOLの普及に伴い,より質の高い術後視機能の要求される現在の白内障手術においてFLACSの役割は必ず大きくなるものと確信している.あたらしい眼科Vol.32,No.3,20153730910-1810/15/\100/頁/JCOPY 図1前眼部OCT画面PI装着後,予定照射位置(前.切開位置や後.の位置)をOCT画面を見ながら設定する.これら設定は自動で行われるため実際,術者は確認するのみである.図3前.切開断面の電子顕微鏡像左:マニュアル操作によるもの.右:フェムトセカンドレーザーによるもの.いずれも×1,000で観察.文献1)NagyZZ:Newtechnologyupdate:femtosecondlaserincataractsurgery.ClinicalOphthalmology8:1157-1167,20142)ビッセン宮島弘子:LenSx.IOL&RS28:233-238,20143)AbellRG,KerrNM,VoteBJ:Towardzeroeffectivephacoemulsificationtimeusingfemtosecondlaserpretreatment.Ophthalmology120:942-948,2013図2レーザー照射時画面(左)とレーザー照射のイメージ(右)左:レーザー照射中の画面である.前.切開が終わり,水晶体核分割中である.この症例では400μm四方(Frag)×水平に3分割(Horiz×2)している.その形状よりマンゴーカットと呼ばれる.右:左図症例の分割イメージ図である.図4ZeroPhaco症例左:水晶体核硬度はGradeⅡ.レーザーで同心円状分割(Cylinder)8本×分割(Chop)6本=48分割されている.右:超音波発振なし,吸引のみで水晶体核の処理ができている.正円な前.切開も確認できる.4)Conrad-HengererI,HengererFH,SchultzTetal:Effectoffemtosecondlaserfragmentationoneffectivephacoemulsificationtimeincataractsurgery.JRefractSurg28:879-883,20125)DonaldsonKE,Braga-MeleR,CabotFetal:Femtosecondlaser-assistedcataractsurgery.JCataractRefractSurg39:1753-1763,20136)FriedmanNJ,PalankerDV,SchueleGetal:Femtosecondlasercapsulotomy.JCataractRefractSurg37:1189-1198,2011

コンタクトレンズ:追加矯正(過矯正のチェック)

2015年3月31日 火曜日

あたらしい眼科Vol.32,No.3,20153710910-1810/15/\100/頁/JCOPY十分注意して測定した自覚的屈折値も,片眼でもっともよく見える矯正度数であり,その値は眼鏡やコンタクトレンズ(CL)に用いる矯正度数としては適切ではない.その理由は,両眼視時の屈折状態と片眼視時の屈折状態は異なるためである.●調節安静位空白視野や暗黒視野で視対象が存在しないときの眼の調節は生理的緊張状態にある.この屈折状態は調節安静位と呼ばれ,1D程度の調節状態にあると報告されている1).そして,調節安静位から遠方への調節は負の調節,近方への調節は正の調節と呼ばれている2).片眼で自覚的屈折検査を行うときには,調節安静位の屈折を測定してしまう可能性が高い(図1).後述する両眼同時雲霧法では,両眼視による距離の感覚が負の調節を惹起して,適切な矯正度数を取得することができる.●輻湊調節調節と輻湊は連動していて,輻湊すると調節が生じる.このため,外斜位が存在する場合には,両眼視を行うことによって調節が介入し,片眼よりも屈折値はマイナス寄りになる.ときには,両眼視では片眼で測定した自覚的屈折値よりもマイナス寄り(過矯正)の矯正度数が要求されることがある.(61)●適正矯正片眼で測定した自覚的屈折値そのままで眼鏡やCL度数を決定するのは早計である.快適な矯正度数を提供するためには,両眼視機能と調節機能の知識が不可欠である.●両眼同時雲霧法左右眼に大きな屈折差が存在せず両眼視が可能である場合は,両眼同時雲霧法を用いると快適な矯正度数を容易に求めることができる.両眼同時雲霧法は以下の手順で行う.①自覚的屈折検査で得られた円柱度数が1.00D以上の場合には,0.75~0.50D程度を減じた値の円柱レンズを自覚的屈折値の円柱軸に一致させて検眼枠に装入する.②自覚的屈折値の球面度数におよそ+3.00Dを加えた値の検眼レンズを検眼枠に装入する.③視力表を見てもらい両眼視での視力値を確認しながら,レンズ交換法に従って両眼同時に検眼レンズの球面度数を0.50Dずつマイナス側に交換する.④両眼視での矯正視力値が0.5~0.7程度に達した時点で,左右眼を交互に遮蔽し,左右眼のバランスを調整する.このときには視力表全体の見え方の左右差を問い,見やすいと答えたほうの検眼レンズの球面度数を0.25Dだけプラス側に変えてバランスを問う.その後も同じ眼のほうが見やすいと答えた場合には反対側に.0.25Dの球面度数を加えてバランスを取る.0.25Dの差で,左右眼の見え方のバランスが反転する場合には,日常視で利き目と考えられるほうの眼が見やすい状態を採用する(著者は万華鏡を手渡して,覗いてみるように指示している).⑤左右眼のバランスが取れたら,両眼同時に.0.25Dずつレンズ交換法を継続し,両眼視の状態で最良矯正視力が得られる屈折値を求める.この屈折値が眼鏡処方に用いる適切な矯正度数である.CLに用いる適切な矯正度数は,眼鏡処方に用いる適切な眼鏡度数を頂点間距離補正(図2)した値を用いればよい.乱視が存在する場合には,強弱主経線方向の屈折値それぞれを頂点間距離補正して,CLに用いる適正コンタクトレンズセミナーコンタクトレンズ処方はじめの一歩監修/下村嘉一提供10.追加矯正(過矯正のチェック)梶田雅義梶田眼科遠点他覚遠点調節安静位他覚近点調節リード調節ラグ負の調節正の調節明視域(自覚的調節域)自覚近点自覚遠点(他覚的調節域)調節域図1屈折と調節の名称とイメ.ジ遠点:完全に調節が麻痺した解剖学的な屈折状態.自覚遠点:自覚的にピントが合うもっとも遠い距離.他覚遠点:オートレフなど他覚的に検出できる屈折値.自覚近点:自覚的にピントが合うもっとも近い距離.自覚近点:アコモドメータなどで近接視標にピントを合わせたときのもっとも近い他覚的屈折値.調節安静位:空白視野や暗黒視野での屈折状態.あたらしい眼科Vol.32,No.3,20153710910-1810/15/\100/頁/JCOPY十分注意して測定した自覚的屈折値も,片眼でもっともよく見える矯正度数であり,その値は眼鏡やコンタクトレンズ(CL)に用いる矯正度数としては適切ではない.その理由は,両眼視時の屈折状態と片眼視時の屈折状態は異なるためである.●調節安静位空白視野や暗黒視野で視対象が存在しないときの眼の調節は生理的緊張状態にある.この屈折状態は調節安静位と呼ばれ,1D程度の調節状態にあると報告されている1).そして,調節安静位から遠方への調節は負の調節,近方への調節は正の調節と呼ばれている2).片眼で自覚的屈折検査を行うときには,調節安静位の屈折を測定してしまう可能性が高い(図1).後述する両眼同時雲霧法では,両眼視による距離の感覚が負の調節を惹起して,適切な矯正度数を取得することができる.●輻湊調節調節と輻湊は連動していて,輻湊すると調節が生じる.このため,外斜位が存在する場合には,両眼視を行うことによって調節が介入し,片眼よりも屈折値はマイナス寄りになる.ときには,両眼視では片眼で測定した自覚的屈折値よりもマイナス寄り(過矯正)の矯正度数が要求されることがある.(61)●適正矯正片眼で測定した自覚的屈折値そのままで眼鏡やCL度数を決定するのは早計である.快適な矯正度数を提供するためには,両眼視機能と調節機能の知識が不可欠である.●両眼同時雲霧法左右眼に大きな屈折差が存在せず両眼視が可能である場合は,両眼同時雲霧法を用いると快適な矯正度数を容易に求めることができる.両眼同時雲霧法は以下の手順で行う.①自覚的屈折検査で得られた円柱度数が1.00D以上の場合には,0.75~0.50D程度を減じた値の円柱レンズを自覚的屈折値の円柱軸に一致させて検眼枠に装入する.②自覚的屈折値の球面度数におよそ+3.00Dを加えた値の検眼レンズを検眼枠に装入する.③視力表を見てもらい両眼視での視力値を確認しながら,レンズ交換法に従って両眼同時に検眼レンズの球面度数を0.50Dずつマイナス側に交換する.④両眼視での矯正視力値が0.5~0.7程度に達した時点で,左右眼を交互に遮蔽し,左右眼のバランスを調整する.このときには視力表全体の見え方の左右差を問い,見やすいと答えたほうの検眼レンズの球面度数を0.25Dだけプラス側に変えてバランスを問う.その後も同じ眼のほうが見やすいと答えた場合には反対側に.0.25Dの球面度数を加えてバランスを取る.0.25Dの差で,左右眼の見え方のバランスが反転する場合には,日常視で利き目と考えられるほうの眼が見やすい状態を採用する(著者は万華鏡を手渡して,覗いてみるように指示している).⑤左右眼のバランスが取れたら,両眼同時に.0.25Dずつレンズ交換法を継続し,両眼視の状態で最良矯正視力が得られる屈折値を求める.この屈折値が眼鏡処方に用いる適切な矯正度数である.CLに用いる適切な矯正度数は,眼鏡処方に用いる適切な眼鏡度数を頂点間距離補正(図2)した値を用いればよい.乱視が存在する場合には,強弱主経線方向の屈折値それぞれを頂点間距離補正して,CLに用いる適正コンタクトレンズセミナーコンタクトレンズ処方はじめの一歩監修/下村嘉一提供10.追加矯正(過矯正のチェック)梶田雅義梶田眼科遠点他覚遠点調節安静位他覚近点調節リード調節ラグ負の調節正の調節明視域(自覚的調節域)自覚近点自覚遠点(他覚的調節域)調節域図1屈折と調節の名称とイメ.ジ遠点:完全に調節が麻痺した解剖学的な屈折状態.自覚遠点:自覚的にピントが合うもっとも遠い距離.他覚遠点:オートレフなど他覚的に検出できる屈折値.自覚近点:自覚的にピントが合うもっとも近い距離.自覚近点:アコモドメータなどで近接視標にピントを合わせたときのもっとも近い他覚的屈折値.調節安静位:空白視野や暗黒視野での屈折状態. 372あたらしい眼科Vol.32,No.3,2015(00)な矯正度数を算出する必要がある.たとえば,眼鏡レンズによる適切な矯正度数がS-5.00DC.1.50DAx180°の場合,水平方向は.5.00Dであり,垂直方法は.6.50Dである.それぞれを頂点間距離補正すると,水平方向は.4.75Dであり,垂直方法は.6.00Dとなり,CLによる適切な矯正度数はS.4.75DC.1.25DAx180°となる.●追加矯正トライアルレンズを装用した状態で,矯正度数の過不足をチェックする.この場合も自覚的屈折値を求め,眼鏡による適切な矯正度数を求める両眼同時雲霧法を行う.トライアルレンズの度数が適切な矯正度数よりもマイナス寄りの度数を用いている場合には,より慎重に検査を進める.過不足の度数が±4.00Dを超える場合には頂点間距離補正を行い,CL度数に加える.●過矯正のチェック処方する度数のCLを装用状態で,矯正度数の過不足をチェックする.CLを装用した状態でオートレフラクトメータ(オートレフ)による他覚的屈折検査(オーバーレフ)を行うと過矯正が容易に検出できることがある.CLの表面は涙液が蒸発しやすいので,オートレフのモニター画面を見ながら,歪みがなく鮮明なマイヤーリングが観察されているときに操作された値のみを採用することが大切である.そして,その値を意識しながら,両眼に+3.00Dを検眼枠の両方に装入した状態から両眼同時雲霧法を行うことで,矯正の過不足を再確認できる.両眼同時雲霧法で適切な矯正度数よりも.0.75D以上過矯正にしないと満足できる矯正が得られない場合には,輻湊努力などにより調節が強く介入していることが示唆される.眼の疲れや頭痛などの症状が感じられる場合には,調節負荷を減じるためにモノビジョンの矯正を検討し勧めることも必要である.文献1)SchorCM,KotulakJC,TsuetakiT:Adaptationoftonicaccommodationreducesaccommodativelagandismaskedindarkness.InvestOphthalmolVisSci27:820,19862)LeibowitsHW,OwensDA:Newevidencefortheintermediatepositionofrelaxedaccommodation.DocumentaOphthalmonogica46:133-147,1978ZS940図2角膜頂点間距離補正表眼鏡レンズは角膜からd[m]離れているため,眼鏡レンズ度数をDspとするとき,コンタクトレンズの度数DclはDcl=Dsp/(1.d・Dsp)で計算できるが,通常は0.25Dで近似して示した換算表を用いるのが簡便である.

写真:結膜悪性黒色腫

2015年3月31日 火曜日

写真セミナー監修/島﨑潤横井則彦370.結膜悪性黒色腫中井浩子*1外園千恵*2*1済生会滋賀県病院眼科*2京都府立医科大学大学院医学研究科視覚機能再生外科学図2図1のシェーマ①色素豊富な有茎性腫瘤②腫瘍栄養血管図1前眼部写真(67歳,女性)右上眼瞼を翻転したところ,易出血性で血管豊富な有茎性腫瘤を認めた.図3図1の症例の前眼部写真(上眼瞼翻転前)上眼瞼を翻転しなければ腫瘍の存在には気づかない.矯正視力は1.5で,眼底を含め眼球には異常を認めなかった.図4病理写真淡明な胞体と核小体の目立つ不整な腫大核を有する異型細胞が血管性間質を伴いながら増生している.核分裂像を多く認め,褐色色素を有する細胞が散見される.(59)あたらしい眼科Vol.32,No.3,20153690910-1810/15/\100/頁/JCOPY 症例は67歳女性で,洗顔時に右眼から出血していることに気づき,救急外来を受診した.右上眼瞼を翻転したところ,易出血性で血管豊富な有茎性腫瘤を認めた.外傷歴はなく,視力を含め眼球には異常を認めなかった.眼窩への広がりをみるため行った眼窩造影MRIでは,眼瞼に限局した境界明瞭な腫瘤を認め,造影効果を認めた.眼形成専門医による右眼瞼腫瘍摘出術を施行したところ,病理診断は悪性黒色種(malignantmelanoma)であった.PET-CTでは遠隔転移を認めなかった.悪性黒色腫は,メラニン細胞あるいは母斑細胞が悪性化した上皮性腫瘍である.中高年の片眼に黒褐色の色素沈着を認めた場合に疑うべき疾患である.後天性メラノーシスや母斑からの発生が多く,色素沈着の増加,腫瘍栄養血管の存在,強膜への癒着などから悪性化を疑う.脳・肺・肝臓などへの転移を生じるため,CT・MRIでの全身転移の検索は必須である.また,核医学的診断法であるPET(positronemissiontomography)により,転移の診断を行うことができる.安易な生検は転移の危険があるため行わない.治療では,初回手術での腫瘍の完全摘出を目標とし,腫瘍の存在部位によって局所切除,眼球摘出術,眼窩内容除去術を行う.深部への浸潤例や転移例には化学療法,放射線療法などを併用する1).再発予防としてIFN-bの結膜下注射やIFNa2b点眼の有用性が報告されている2,3).わが国における5年生存率は53.4%で,球結膜原発のほうが眼瞼結膜原発よりも予後が良好であった.再発は5年以内に出現することが多く,最低5年間は術後の定期的経過観察を要する.写真の症例は結膜円蓋部の腫瘍であり,自覚症状に乏しいため進行してから外来受診したと考えられた.どのような腫瘍形態であっても,高度な色素沈着を認めた場合には悪性黒色種を鑑別疾患の一つとして考えておくことが肝要である.文献1)BrownsteinS:Malignantmelanomaoftheconjunctiva.CancerControl11:310-316,20042)FujiokaM,SakamotoM,AzumiAetal:Acaseofconjunctivalmalignantmelanomatreatedwithsubconjunctivalinjectionofinterferonbeta─efficacyandsideeffects.NihonGankaGakkaiZasshi110:51-57,20063)KaseS,IshijimaK,NodaMetal:Twocasesofconjunctivalmalignantmelanomatreatedwithtopicalinterferonalpha-2bdropasanadjuvanttherapy.NihonGankaGakkaiZasshi115:1043-1047,2011370

びまん性糖尿病黄斑浮腫に対する硝子体手術の現状

2015年3月31日 火曜日

特集●糖尿病網膜症2015年あたらしい眼科32(3):361~367,2015特集●糖尿病網膜症2015年あたらしい眼科32(3):361~367,2015びまん性糖尿病黄斑浮腫に対する硝子体手術の現状VitrectomyforDiabeticMacularEdema森實祐基*はじめに2014年11月に糖尿病黄斑浮腫(diabeticmacularedema:DME)に対するアフリベルセプトの保険適用が認可され,DMEに対する抗血管内皮細胞増殖因子(vascularendothelialgrowthfactor:VEGF)療法に新たな選択肢が加わった.さらに,ステロイド局所療法や低侵襲レーザー治療が進歩し,DMEの治療法は近年急速に多様化している.一方で,硝子体手術については,これらの治療法を凌駕するような治療効果をもたらす技術革新は近年みられていない.そして,よりエビデンスレベルが高く,侵襲が小さい治療法が優先される結果,DMEの治療に硝子体手術が登場する機会は著しく減少している.それでは,すべてのDMEが抗VEGF療法で改善するかというと,実態はそうではない.DMEに対するラニビズマブの適用が認可されてから約1年が経過し,抗VEGF療法にまつわるさまざまな問題,すなわちVEGFのみを治療対象とすることの限界,薬剤耐性や眼および全身合併症の発症,個人および社会の経済的負担の増大などが指摘されている.一方で,抗VEGF療法に抵抗するDMEが,一度の硝子体手術で改善し,改善効果が長期間持続することがしばしば経験される.このような強力かつ長期的な治療効果は,これまでにわが国から数多く報告された硝子体手術の治療成績と合致する.このように,DME治療を取り巻く状況は混沌としており,われわれはこれまでに経験したことがないDME治療のパラダイムシフトの真っ只中にいるといっても過言ではない.本稿では,硝子体手術の現状や問題点を改めて整理し,そのうえで,筆者らの施設で行っている術式について述べる.混沌とした状況にあっても,硝子体手術の適応を適切に判断するための一助となれば幸いである.なお,DMEに対する硝子体手術の歴史,術式の変遷,奏効機序の詳細については,すでに多くの解説がなされているので,そちらを参考にしていただきたい1~6).また,本稿で取り上げるDMEはびまん性のDMEであり,網膜微小血管瘤による局所性DMEは対象としていないことをお断りしておく.I現状と問題点1:硝子体手術の適応患者はどの程度存在するか?現在,DMEの治療として最初に行われる眼科治療は抗VEGF療法である.さらに,状況に応じてステロイド局所療法や低侵襲レーザー治療が併施される.そして,これらの治療が奏効しなかった場合に初めて硝子体手術が施行される.このような状況で,果たして硝子体手術の適応患者はどの程度存在するのであろうか?抗VEGF療法に抵抗するDMEの割合をRISE/RIDEStudyを例に考えてみたい7).RISE/RIDEStudyは,2007~2012年に米国で実施された,ラニビズマブ硝子体内投与の第Ⅲ相臨床試験である.sham注射を対照と*YukiMorizane:岡山大学大学院医歯薬学総合研究科機能再生・再建学専攻生体機能再生・再建学講座眼科学分野〔別刷請求先〕森實祐基:〒700-8558岡山市北区鹿田町2-5-1岡山大学大学院医歯薬学総合研究科機能再生・再建学専攻生体機能再生・再建学講座眼科学分野0910-1810/15/\100/頁/JCOPY(51)361 362あたらしい眼科Vol.32,No.3,2015(52)症例が18.9~25.6%存在した.また,視力の改善が15文字に至らなかった割合は,54.3~66.4%であった(このうち,視力の改善が1文字に至らなかった割合は,12.8~15.2%,表1).この結果が,ラニビズマブの毎月投与を厳密に施行した結果であることを考慮すると,抗VEGF療法を行った後であっても20%前後の患者については硝子体手術の適応となる可能性があるのではないし,ラニビズマブおよびsham硝子体内注射を毎月1回,2年間施行した.その結果,中心窩網膜厚(centralreti-nalthickness:CRT)は,ラニビズマブ投与群がsham群に比べて有意に減少し(図1),矯正視力が15文字以上改善した患者の割合はラニビズマブ投与群がsham群よりも有意に高くなった(図2).しかし一方で,ラニビズマブを毎月投与しても,CRTが250μmよりも厚い100806040200中心窩網膜厚が250μm以下の患者の割合ラニビズマブSham(n=127)0.3mg(n=125)0.5mg(n=125)43.374.476.0p<0.0001p<0.0001100806040200中心窩網膜厚が250μm以下の患者の割合ラニビズマブSham(n=130)0.3mg(n=125)0.5mg(n=127)46.276.081.1p<0.0001p<0.0001AB図1RISE.RIDEStudyにおける中心窩網膜厚の結果RISE(A),RIDE(B)Studyにおいて,ラニビズマブ毎月投与後(24カ月後)に中心窩網膜厚が250μm以下であった患者の割合.(文献7より改変)10080604020015文字以上視力が改善した患者の割合ラニビズマブSham(n=127)0.3mg(n=125)0.5mg(n=125)18.144.839.2p<0.0001p=0.000210080604020015文字以上視力が改善した患者の割合ラニビズマブSham(n=130)0.3mg(n=125)0.5mg(n=127)12.333.645.7p<0.0001p<0.0001AB図2RISE.RIDEStudyにおける視力の結果RISE(A),RIDE(B)Studyにおいて,ラニビズマブ毎月投与後(24カ月後)に15文字以上視力が改善した患者の割合.(文献7より改変)100806040200中心窩網膜厚が250μm以下の患者の割合ラニビズマブSham(n=127)0.3mg(n=125)0.5mg(n=125)43.374.476.0p<0.0001p<0.0001100806040200中心窩網膜厚が250μm以下の患者の割合ラニビズマブSham(n=130)0.3mg(n=125)0.5mg(n=127)46.276.081.1p<0.0001p<0.0001AB図1RISE.RIDEStudyにおける中心窩網膜厚の結果RISE(A),RIDE(B)Studyにおいて,ラニビズマブ毎月投与後(24カ月後)に中心窩網膜厚が250μm以下であった患者の割合.(文献7より改変)10080604020015文字以上視力が改善した患者の割合ラニビズマブSham(n=127)0.3mg(n=125)0.5mg(n=125)18.144.839.2p<0.0001p=0.000210080604020015文字以上視力が改善した患者の割合ラニビズマブSham(n=130)0.3mg(n=125)0.5mg(n=127)12.333.645.7p<0.0001p<0.0001AB図2RISE.RIDEStudyにおける視力の結果RISE(A),RIDE(B)Studyにおいて,ラニビズマブ毎月投与後(24カ月後)に15文字以上視力が改善した患者の割合.(文献7より改変) 表1RISE.RIDEStudyにおける視力変化の内訳RISERIDERanibizumabRanibizumabSham(N=127)0.3mg(N=125)0.5mg(N=125)Sham(N=130)0.3mg(N=125)0.5mg(N=127)視力低下30文字以上,患者数(%)3(2.4)2(1.6)03(2.3)02(1.6)視力低下25~29文字,患者数(%)2(1.6)02(1.6)4(3.1)01(0.8)視力低下20~24文字,患者数(%)3(2.4)1(0.8)1(0.8)2(1.5)1(0.8)1(0.8)視力低下15~19文字,患者数(%)5(3.9)002(1.5)1(0.8)1(0.8)視力低下10~14文字,患者数(%)8(6.3)1(0.8)2(1.6)7(5.4)2(1.6)0視力低下5~9文字,患者数(%)12(9.4)7(5.6)4(3.2)9(6.9)8(6.4)3(2.4)視力低下1~4文字,患者数(%)12(9.4)6(4.8)3(2.4)14(10.8)3(2.4)2(1.6)視力不変,患者数(%)10(7.9)2(1.6)4(3.2)5(3.8)3(2.4)7(5.5)視力改善1~4文字,患者数(%)13(10.2)6(4.8)13(10.4)27(20.8)7(5.6)14(11.0)視力改善5~9文字,患者数(%)21(16.5)22(17.6)18(14.4)24(18.5)26(20.8)14(11.0)視力改善10~14文字,患者数(%)15(11.8)22(17.6)29(23.2)17(13.1)32(25.6)24(18.9)視力改善15~19文字,患者数(%)7(5.5)17(13.6)19(15.2)6(4.6)19(15.2)29(22.8)視力改善20~24文字,患者数(%)9(7.1)19(15.2)13(10.4)5(3.8)12(9.6)11(8.7)視力改善25~29文字,患者数(%)4(3.1)11(8.8)8(6.4)1(0.8)5(4.0)12(9.4)視力改善30文字以上,患者数(%)3(2.4)9(7.2)9(7.2)4(3.1)6(4.8)6(4.7)視力改善が1文字に至らなかった症例を赤で示し,15文字以上の視力改善がみられた症例を青で示す(白色は視力改善が1~14文字であった症例).(文献7より改変)かと推察される.このように,抗VEGF療法がDME治療の主体となった今日においても,一定数の症例に対しては,硝子体手術は治療選択肢として存続するものと思われる.しかし一方で,今後,VEGF以外のサイトカインを対象とした新しい分子標的薬や,徐放性のステロイド製剤が登場すると,上記の割合は低下すると考えられる.II現状と問題点2:硝子体手術の治療効果におけるパラドックスDMEに対する硝子体手術の治療効果について以前から指摘されている問題点として,「硝子体手術はCRTを減少させるが,視力を改善する効果に乏しい」という点があげられる.この問題提議の根拠としてDRCR.netによる前向き研究の結果が引き合いに出されることが多い.その報告によれば,硝子体手術後6カ月で,CRTが減少した患者が82%あり,そのうち62%で視力が改善したが,38%においては,CRTが減少したにもかかわらず視力が低下した8)(図3).通常は,DMEが改善すると視力も改善するはずであるが,硝子体手術でこのようなパラドックスが生じるのはどうしてであろうか?術前後の光干渉断層計(opticalcoherencetomography:OCT)所見と視力予後を検討した報告によれば,硝子体手術に至るまでの期間に,視細胞に不可逆的な障害が進行してしまうことが理由の一つと考えられる9~11).より良い術後視力を得るためには視細胞障害が進行する前に硝子体手術を行う必要がある.それでは,硝子体手術後の期間についてはどうであろうか?これまでの報告によれば,硝子体術後にCRTが250μm以下に改善するまでには,約半年から1年を要することが多い12,13).この期間にも視細胞障害が進行し,視力改善効果が得られなくなっている可能性がある.(53)あたらしい眼科Vol.32,No.3,2015363 364あたらしい眼科Vol.32,No.3,2015(54)るものの,効果の持続時間が短縮するように感じている術者が多いのではないだろうか.硝子体術後の長期経過を検討した報告によれば,硝子体手術に抵抗して術後にDMEの残存がみられる頻度は,0~30%である18)(表2).部分的にDMEが残存する場合を含めると,この頻度はさらに高くなる.したがって,硝子体手術が術後の抗VEGF療法に及ぼす影響を考えると,DMEに対する硝子体手術の適応に慎重にならざるを得ない.KogaらやSatoらは,硝子体術後にみられたDMEにトリアムシノロンのTenon.下投与(sub-Tenoninjec-tionoftriamucinoloneacetonide:STTA)が有効であったと報告している19,20).筆者の所属する施設でも,眼内レンズ挿入眼で,術後のステロイド点眼でステロイドレスポンダーでないことが確認されれば,積極的にSTTAを行うようにしている.IV現状と問題点4:硝子体手術のエビデンスわが国におけるDMEに対する硝子体手術の適応は,欧米の適応とは大きく異なることが以前から指摘されてきた.たとえば,抗VEGF薬の登場前の時代においては,欧米ではETDRSの結果を背景に格子状光凝固が治療の主体とされ,硝子体手術は肥厚した後部硝子体皮質硝子体術後にDMEの改善に時間がかかる理由としては,硝子体手術による病態改善効果が不十分であることがあげられる.DMEの病態を図4に示す2).このうち,硝子体手術によって改善するのは,硝子体黄斑牽引(vit-reomaculartraction:VMT),硝子体内サイトカインの蓄積,眼内酸素分圧であり,これらによって硝子体および網膜硝子体界面の病態が改善する.しかし,網膜内の病態を改善する効果は乏しい.抗VEGF薬の登場により,硝子体手術に踏み切るタイミングが以前に比べて遅くなっており,今後さらにその傾向が強まることを考えると,網膜内の病態を直接改善するような硝子体手術の技術的革新がなければ,DME治療における硝子体手術の役割はますます縮小する可能性が高い.III現状と問題点3:無効時,再発時の対応DMEに対する硝子体手術の問題点として,硝子体手術を行うと,眼内における抗VEGF薬やトリアムシノロンのクリアランスが亢進し,治療効果の持続期間が短縮することが指摘されている.現時点でヒト眼での報告はなく,動物実験レベルでは,硝子体手術によって薬剤の眼内滞留時間が短縮するという報告14,15)や,影響はないとする報告16,17)があり,一定の見解には至っていない.しかし実際には,抗VEGF薬による治療効果はみられ-700-600-500-400-300-200-100010020030040050060070050403020100-10-20-30-40-50視力変化[文字]中心窩網膜厚の変化[μm]図3DRCR.netstudyにおける硝子体術後の中心窩網膜厚(CRT)の変化と視力変化との関係CRTが減少し視力が改善した症例を青,CRTが減少したにもかかわらず視力が低下した症例を赤で示す.(文献8より改変)VEGFIL-6AGEsVEGFIL-6AGEs12345678図4びまん性糖尿病黄斑浮腫の病態1.硝子体黄斑牽引,2.硝子体内の炎症性サイトカインの蓄積,3.網膜内の炎症性サイトカインの蓄積,4.血管内皮細胞のバリアの破綻,5.膠質浸透圧の上昇,6.炎症細胞の網膜への浸潤,7.網膜色素上皮細胞のバリアの破綻,8.網膜色素上皮細胞の排水機能の低下.-700-600-500-400-300-200-100010020030040050060070050403020100-10-20-30-40-50視力変化[文字]中心窩網膜厚の変化[μm]図3DRCR.netstudyにおける硝子体術後の中心窩網膜厚(CRT)の変化と視力変化との関係CRTが減少し視力が改善した症例を青,CRTが減少したにもかかわらず視力が低下した症例を赤で示す.(文献8より改変)VEGFIL-6AGEsVEGFIL-6AGEs12345678図4びまん性糖尿病黄斑浮腫の病態1.硝子体黄斑牽引,2.硝子体内の炎症性サイトカインの蓄積,3.網膜内の炎症性サイトカインの蓄積,4.血管内皮細胞のバリアの破綻,5.膠質浸透圧の上昇,6.炎症細胞の網膜への浸潤,7.網膜色素上皮細胞のバリアの破綻,8.網膜色素上皮細胞の排水機能の低下. 表2糖尿病黄斑浮腫に対する硝子体術後の長期経過における黄斑浮腫の変化著者硝子体術後の黄斑浮腫完全に消退部分的に残存残存Lewisetal.(10eyes)0%80%20%Harbouretal.(10eyes)50%20%30%Ikedaetal.(3eyes)100%0%0%Pendergastetal.(55eyes)81.8%12.7%5.5%Otanietal.(13eyes)31%61%8%Gandorferetal.(12eyes)100%0%LaHeijetal.(21eyes)100%0%0%Yamamotoetal.(30eyes)20%57%23%KalvodovaandZahlava(10eyes)0%100%0%OtaniandKishi(7eyes)0%100%0%TachiandOgino(58eyes)98%0%2%Ikedaetal.(5eyes)60%20%20%Yang(13eyes)0%100%0%(文献18より改変) 366あたらしい眼科Vol.32,No.3,2015(56)5.網膜光凝固硝子体手術中に網膜光凝固を併施できることは,硝子体手術の大きな長所である.無灌流領域に光凝固を行うと,網膜の虚血が改善し網膜からのVEGFの産生が低下することによって黄斑浮腫の改善にプラスに働くと考えられる.また,硝子体術後に血管新生緑内障をきたす割合は約4%と報告されている25).そのため,術前にフルオレセイン蛍光眼底造影検査を行い,必要であれば網膜の最周辺部まで光凝固を行う.6.手術終了時硝子体手術の治療効果を促進することを目的として,手術終了時にトリアムシノロンの硝子体内もしくはTenon.下投与が行われることがある.しかし,手術終了時のトリアムシノロンの効果は一時的で,長期的には無効という報告もある26).ステロイドの徐放剤が使えるようになれば有効であるかもしれない.おわりに以上,DMEに対する硝子体手術に関する問題点と術式についてまとめた.今後,硝子体手術がDMEの治療選択肢として生き残っていくためには,次の点について技術革新が必要である.1)網膜内の病態を直接改善する術式の開発2)手術侵襲のさらなる軽減また,抗VEGF療法から硝子体手術に踏み切るタイミングや,硝子体手術後のDMEの再発への対応策を検討し,治療ガイドラインを策定することも必要であると考える.文献1)大越貴志子:糖尿病黄斑浮腫の治療選択.眼科55:813-823,20132)志村雅彦:糖尿病黄斑浮腫.眼科55:1525-1536,20133)大谷倫裕:糖尿病黄斑浮腫に対する硝子体手術.眼科56:491-497,20144)山﨑舞,齋藤公子,佐藤浩章ほか:糖尿病黄斑浮腫に対する硝子体手術.臨眼68:14-19,20145)志村雅彦:糖尿病黄斑浮腫の治療のコツ.臨眼68:425-431,20146)山切啓太:糖尿病黄斑浮腫の手術治療の進歩.あたらしいて,手術侵襲が軽減し安全性が向上した.これは,DMEの治療選択肢として硝子体手術が生き残るために大きなプラスとなる技術革新の一つであるといえる.現在は25ゲージシステムが主流であるが,27ゲージシステムの普及が進んでいる.b.広角観察システム後述のように,DMEに対する硝子体手術では,できるだけ硝子体を切除したほうが良いと考える.広角観察システムを用いることでより安全確実に,また短時間に硝子体切除が可能となる.2.水晶体超音波乳化吸引+眼内レンズ挿入50歳以上であれば原則として白内障手術を併施する.眼内レンズは光学径の大きなものを選択し,硝子体切除の前に挿入している.3.硝子体切除トリアムシノロンで硝子体を可視化し,後部硝子体.離を確実に起こす.DMEの硝子体中に存在する炎症性サイトカイン(インターロイキン-6,VEGF)を除去するため,また,酸素を多く含んだ房水を眼内に十分灌流するため,できるだけ硝子体を切除する23,24).4.内境界膜(ILM).離内境界膜(internallimitingmembrane:ILM).離を併施するかどうかについては意見の分かれるところである.ILMを.離すると,神経線維層の障害や網膜の菲薄化が懸念される.しかし,筆者の所属する施設では,1)硝子体皮質を確実に除去し黄斑牽引を完全に解除する,2)術後のERMの形成を防止する,という理由で原則的にILM.離を行っている.ILMはブリリアントブルーGで可視化し,ILM鑷子を用いて.離除去する.DMEでは,ILMが.離時に容易にちぎれるため,他の黄斑疾患に比べてILM.離がむずかしいことが多い.また,黄斑部の.胞に過剰な牽引がかかると,術後に黄斑円孔をきたすことがあるので,ILM鑷子を網膜面に平行に動かし慎重に.離することが重要である.術前のOCTで,硝子体腔側の.胞壁がきわめて薄くなっている場合は,黄斑部のILMを残存させても良い. 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