特集●眼感染症診断の温故知新あたらしい眼科32(5):613.617,2015特集●眼感染症診断の温故知新あたらしい眼科32(5):613.617,2015検査編-1:塗抹検査―知っておくべきいくつかのポイント―Microscopy─SomeKeyPointsthatYouShouldKnow砂田淳子*はじめに塗抹検査は感染部位で起こっている現象や特徴的な所見を観察することができる重要な検査である.検査材料中の微生物を検出することはもちろん,炎症細胞の種類,数,鮮度などは感染症の病期を推測するうえで重要な情報であり,有効な治療薬を選択する指標となる.I塗抹検査の利点・欠点・注意点1.利点:迅速な感染症情報の入手塗抹検査は標本作成から結果判読まで30分程度で行える迅速性に優れた検査である.検査材料中の菌の特徴(形態・グラム染色性など)や炎症細胞の有無,白血球の貪食像,さらに臨床所見を総合的に判定することにより,起因微生物の推定が可能となる.病巣部に新しい炎症細胞(図1)が多く見られる場合は急性感染症であり,新旧の炎症細胞が混在している場合,感染症が慢性化している可能性が高い.また,炎症細胞がほとんど見られないか古い炎症細胞(図2)のみを認める場合,感染症が治癒に向かっている可能性があるなど炎症細胞を観察することにより感染症の病期の推定をすることができる1).2.欠点:低い検出感度と結果のばらつき培養検査に比較して,塗抹検査の菌の検出感度は低図1肺炎球菌を貪食している好中球(グラム染色,図2過分葉をした好中球(グラム染色,1,000倍)1,000倍)時間が経過した炎症部では細胞の形が不明瞭で過分葉を起好中球の核と細胞質が明瞭に識別できる.し,4.6核の好中球が見られる.*AtsukoSunada:大阪大学医学部附属病院臨床検査部〔別刷請求先〕砂田淳子:〒565-0871大阪府吹田市山田丘2-15大阪大学医学部附属病院臨床検査部0910-1810/15/\100/頁/JCOPY(3)613614あたらしい眼科Vol.32,No.5,2015(4)3.スライドへの塗抹検体の塗抹は厚すぎても薄すぎてもよい結果は得られない.検出感度を上げるため,できるだけ多くの材料を塗抹するとよいが,鏡検可能な厚みにする必要がある(逆に広範囲に広げすぎると検鏡に時間がかかる).材料を厚く塗抹すると乾燥までに時間を要し,細胞の萎縮,変形や染色ムラができるため検鏡がむずかしくなる(図4).また,染色時に材料が水分を含み流れ落ちることがある.材料が十分ある場合,リング付きスライドの左右のリング内に濃度差(濃い目と薄い目)をつけて塗抹する.そうすることで,一方が観察しにくい場合でも他方にて観察することができる.複数の染色法を実施予定の場合,可能であれば染色法ごとにスライドを用意するとよい.重染色を行うことは可能であるが,単独染色よりも観察がしにくい場合がある.4.塗抹標本の乾燥と固定自然乾燥にて塗抹面を十分乾燥させた後に固定を行う(乾燥を急ぐ場合は,ドライヤーの冷風を用いる).固定はメタノール固定(約1分)が細胞の変性も少ないため推奨されている.スライド標本を検査室に提出する場合は,標本表面を傷つけないためにスライドケースに入れて搬送する(図5).5.染色法の選択一般的な細菌・真菌を検出するためにはグラム染色を実施する.しかし,グラム染色では抗酸菌,クラミジア,ウイルスなどの検出ができないため,目的微生物に応じた染色法を選択する必要がある.a.細菌感染症を疑う場合グラム染色を行う.グラム染色は細胞壁の構造によって染色性(グラム陽性:濃青.暗紫色,グラム陰性:ピンク.赤色)が異なるため,抗菌薬選択のひとつの指標となる.グラム染色試薬はフェイバーG法やバーミー変法などがあり,使用する試薬により色調が若干異なる.b.真菌感染を疑う場合グラム染色,ファンギフローラY染色を行う.一般的に真菌は病巣での菌量が細菌よりも少ないとされており,グラム染色よりも観察しやすい蛍光染色を併用するく,菌量が105.106/ml以上存在しないと検出することがむずかしい2).眼感染症を起こす微生物は細菌,真菌,ウイルス,原虫など多様であり,グラム染色では染まりにくい微生物もいるため,それぞれに適した染色法を実施する必要がある.さらに,検査材料の保存方法や検査実施者の経験によって検査結果にばらつきが生じることがある.3.注意点:新鮮な検体で塗抹する採取後,時間が経った検査材料中では生体細胞が融解し,細胞構造が不鮮明になるため,できるだけ新鮮な材料を用いる.検鏡がすぐに実施できない場合でもスライドガラスに塗抹し,アルコール固定まで行っておくとよい.有効な抗菌薬投与後は微生物や炎症細胞が変形や消失する可能性があるため,起因菌の検出や炎症細胞の確認のためにはできるだけ抗菌薬投与前に材料を採取する.しかし,抗菌薬投与開始後,菌量の減少や炎症細胞の消失を経時的に確認することで治療効果を短時間で判断できる場合がある3).II塗抹標本作成のポイント1.検査材料の採取と検査項目眼からの検査材料は採取量が少ないため,どの検査項目を実施するかを検査材料採取前に考える必要があり,塗抹・培養・遺伝子検査などの必要量に応じて材料を分割し,採取容器に取り分けておくべきである.検査項目が多く,検体を分割するとそれぞれの検査の検体量が少なくなり,感度(菌の検出率)が低下するが,検査開始後,検体の再分割は不可能であることが多い.2.スライドガラスの選択少量の材料を確実に観察するには,スライドガラスの上のどの位置に材料を塗布したかを明確にしておくことが大切である.市販のリングマーク付きのスライドガラスを用いるか,非水溶性のガラス鉛筆を用いて直径10.15mm程度の円を書き用意するとよい(図3).漿液性の材料は染色時に水洗で材料が流れてしまうことがあるため,MASコートスライドガラスを用いるとよい.図3ガラス鉛筆とリング付きスライドガラス図4角膜組織片の塊ガラス鉛筆を用いて作成したリング付きスライドガラスと塗抹が厚いため染色液の顆粒が残留し観察がしにくい.市販品(高撥水性印刷黒2穴15fMASコート:松浪ガラス).図5スライドガラスケース検査室や検査センターへスライドを提出する場合はスライドガラスケースに入れて提出する(塗抹面が傷つかず,他の検査材料が汚染されない).~図6酵母様真菌(グラム染色,1,000倍)図7糸状菌(グラム染色,1,000倍)検査材料中の酵母様真菌は糸状菌のように発育する.通常検査材料中の真菌は細胞の周りが染まらず,白い縁取りがはグラム陽性に染まるが,染色されず,白色の筋のみが見見える場合がある.える場合がある.図8アカントアメーバ(グラム染色,200倍.1,000倍)細胞質中に空胞と貪食した酵母様真菌が見られる.図9コリネバクテリウムとコアグラーゼ陰性ブドウ球菌(グラム染色,1,000倍)少し脱色しすぎ?塗抹では連鎖状球菌かブドウ球菌かが判定できない場合がある.図10モラクセラ属(グラム染色,1,000倍)グラム陰性球桿菌,一部のモラクセラは莢膜を有する.あたらしい眼科Vol.32,No.5,2015617(7)が抜けない.しかし,新しい検査法である遺伝子検査以上に多くの情報を提供してくれる重要な検査法であることを忘れてはいけない.塗抹検査は培養検査などに比較し操作は非常に簡単であるがその判定はむずかしく,参考となるアトラスを用意しておくとよい.眼感染症学会主催の「塗抹検鏡スキルトランスファー」などの実技講習会に参加することもお勧めである.文献1)菅野治重:感染症所見の読み方1─感染のメカニズム.検査と技術37(増刊号):916-918,20092)秦野寛:塗抹標本検査.目の感染症(下村嘉一編集),p12-17,金芳堂,20103)相原雅典:感染症所見の読み方2─感染症病期の所見.検査と技術37(増刊号):919-921,20094)IkedaI,NishimotoK,SakamotoKetal:Alkalinetrypanblueasastainforsuperficialfungi.BrJDermato158:1373-1374,2008すべてのシストが2分間で染色された.実際の検査材料での染色は数症例のみであるが,図11,12のようにアメーバを確認することができた.KOHは細胞を融解し真菌やアメーバシストを観察しやすくするが,KOHとの接触後,アメーバの栄養型は数秒で破壊される.アメーバのシスト型も長時間おくと膨化し,特徴的な形態が観察できなくなるため注意が必要である.まとめ感染症は早期診断・早期治療が予後を決定する.塗抹検査は治療に直結する緊急検査であるため使用する染色液の特徴(利点と欠点)を十分理解し,正しい塗抹検査方法を実施するべきである.近年,抗菌薬の適正使用と耐性菌対策の重要性により,塗抹検査は利用価値が高まりつつある.グラム染色は130年以上前に発表された染色法である.蛍光染色や免疫染色など新しく開発された染色方法もあるが,塗抹検査自体のレトロなイメージab図11コンタクトレンズ保存液中のアカントアメーバシストと栄養型(400倍)シストはトリパンブルーによって染色された(a)が,栄養型は染色されずに活動を続けていた(b).図12トリパンブルー染色角膜組織中のアカントアメーバシスト.このスライドはすでに乾燥固定されたものであったため,KOH処理は行っていない.ab図11コンタクトレンズ保存液中のアカントアメーバシストと栄養型(400倍)シストはトリパンブルーによって染色された(a)が,栄養型は染色されずに活動を続けていた(b).図12トリパンブルー染色角膜組織中のアカントアメーバシスト.このスライドはすでに乾燥固定されたものであったため,KOH処理は行っていない.