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検査編-1:塗抹検査-知っておくべきいくつかのポイント-

2015年5月31日 日曜日

特集●眼感染症診断の温故知新あたらしい眼科32(5):613.617,2015特集●眼感染症診断の温故知新あたらしい眼科32(5):613.617,2015検査編-1:塗抹検査―知っておくべきいくつかのポイント―Microscopy─SomeKeyPointsthatYouShouldKnow砂田淳子*はじめに塗抹検査は感染部位で起こっている現象や特徴的な所見を観察することができる重要な検査である.検査材料中の微生物を検出することはもちろん,炎症細胞の種類,数,鮮度などは感染症の病期を推測するうえで重要な情報であり,有効な治療薬を選択する指標となる.I塗抹検査の利点・欠点・注意点1.利点:迅速な感染症情報の入手塗抹検査は標本作成から結果判読まで30分程度で行える迅速性に優れた検査である.検査材料中の菌の特徴(形態・グラム染色性など)や炎症細胞の有無,白血球の貪食像,さらに臨床所見を総合的に判定することにより,起因微生物の推定が可能となる.病巣部に新しい炎症細胞(図1)が多く見られる場合は急性感染症であり,新旧の炎症細胞が混在している場合,感染症が慢性化している可能性が高い.また,炎症細胞がほとんど見られないか古い炎症細胞(図2)のみを認める場合,感染症が治癒に向かっている可能性があるなど炎症細胞を観察することにより感染症の病期の推定をすることができる1).2.欠点:低い検出感度と結果のばらつき培養検査に比較して,塗抹検査の菌の検出感度は低図1肺炎球菌を貪食している好中球(グラム染色,図2過分葉をした好中球(グラム染色,1,000倍)1,000倍)時間が経過した炎症部では細胞の形が不明瞭で過分葉を起好中球の核と細胞質が明瞭に識別できる.し,4.6核の好中球が見られる.*AtsukoSunada:大阪大学医学部附属病院臨床検査部〔別刷請求先〕砂田淳子:〒565-0871大阪府吹田市山田丘2-15大阪大学医学部附属病院臨床検査部0910-1810/15/\100/頁/JCOPY(3)613 614あたらしい眼科Vol.32,No.5,2015(4)3.スライドへの塗抹検体の塗抹は厚すぎても薄すぎてもよい結果は得られない.検出感度を上げるため,できるだけ多くの材料を塗抹するとよいが,鏡検可能な厚みにする必要がある(逆に広範囲に広げすぎると検鏡に時間がかかる).材料を厚く塗抹すると乾燥までに時間を要し,細胞の萎縮,変形や染色ムラができるため検鏡がむずかしくなる(図4).また,染色時に材料が水分を含み流れ落ちることがある.材料が十分ある場合,リング付きスライドの左右のリング内に濃度差(濃い目と薄い目)をつけて塗抹する.そうすることで,一方が観察しにくい場合でも他方にて観察することができる.複数の染色法を実施予定の場合,可能であれば染色法ごとにスライドを用意するとよい.重染色を行うことは可能であるが,単独染色よりも観察がしにくい場合がある.4.塗抹標本の乾燥と固定自然乾燥にて塗抹面を十分乾燥させた後に固定を行う(乾燥を急ぐ場合は,ドライヤーの冷風を用いる).固定はメタノール固定(約1分)が細胞の変性も少ないため推奨されている.スライド標本を検査室に提出する場合は,標本表面を傷つけないためにスライドケースに入れて搬送する(図5).5.染色法の選択一般的な細菌・真菌を検出するためにはグラム染色を実施する.しかし,グラム染色では抗酸菌,クラミジア,ウイルスなどの検出ができないため,目的微生物に応じた染色法を選択する必要がある.a.細菌感染症を疑う場合グラム染色を行う.グラム染色は細胞壁の構造によって染色性(グラム陽性:濃青.暗紫色,グラム陰性:ピンク.赤色)が異なるため,抗菌薬選択のひとつの指標となる.グラム染色試薬はフェイバーG法やバーミー変法などがあり,使用する試薬により色調が若干異なる.b.真菌感染を疑う場合グラム染色,ファンギフローラY染色を行う.一般的に真菌は病巣での菌量が細菌よりも少ないとされており,グラム染色よりも観察しやすい蛍光染色を併用するく,菌量が105.106/ml以上存在しないと検出することがむずかしい2).眼感染症を起こす微生物は細菌,真菌,ウイルス,原虫など多様であり,グラム染色では染まりにくい微生物もいるため,それぞれに適した染色法を実施する必要がある.さらに,検査材料の保存方法や検査実施者の経験によって検査結果にばらつきが生じることがある.3.注意点:新鮮な検体で塗抹する採取後,時間が経った検査材料中では生体細胞が融解し,細胞構造が不鮮明になるため,できるだけ新鮮な材料を用いる.検鏡がすぐに実施できない場合でもスライドガラスに塗抹し,アルコール固定まで行っておくとよい.有効な抗菌薬投与後は微生物や炎症細胞が変形や消失する可能性があるため,起因菌の検出や炎症細胞の確認のためにはできるだけ抗菌薬投与前に材料を採取する.しかし,抗菌薬投与開始後,菌量の減少や炎症細胞の消失を経時的に確認することで治療効果を短時間で判断できる場合がある3).II塗抹標本作成のポイント1.検査材料の採取と検査項目眼からの検査材料は採取量が少ないため,どの検査項目を実施するかを検査材料採取前に考える必要があり,塗抹・培養・遺伝子検査などの必要量に応じて材料を分割し,採取容器に取り分けておくべきである.検査項目が多く,検体を分割するとそれぞれの検査の検体量が少なくなり,感度(菌の検出率)が低下するが,検査開始後,検体の再分割は不可能であることが多い.2.スライドガラスの選択少量の材料を確実に観察するには,スライドガラスの上のどの位置に材料を塗布したかを明確にしておくことが大切である.市販のリングマーク付きのスライドガラスを用いるか,非水溶性のガラス鉛筆を用いて直径10.15mm程度の円を書き用意するとよい(図3).漿液性の材料は染色時に水洗で材料が流れてしまうことがあるため,MASコートスライドガラスを用いるとよい. 図3ガラス鉛筆とリング付きスライドガラス図4角膜組織片の塊ガラス鉛筆を用いて作成したリング付きスライドガラスと塗抹が厚いため染色液の顆粒が残留し観察がしにくい.市販品(高撥水性印刷黒2穴15fMASコート:松浪ガラス).図5スライドガラスケース検査室や検査センターへスライドを提出する場合はスライドガラスケースに入れて提出する(塗抹面が傷つかず,他の検査材料が汚染されない).~ 図6酵母様真菌(グラム染色,1,000倍)図7糸状菌(グラム染色,1,000倍)検査材料中の酵母様真菌は糸状菌のように発育する.通常検査材料中の真菌は細胞の周りが染まらず,白い縁取りがはグラム陽性に染まるが,染色されず,白色の筋のみが見見える場合がある.える場合がある.図8アカントアメーバ(グラム染色,200倍.1,000倍)細胞質中に空胞と貪食した酵母様真菌が見られる.図9コリネバクテリウムとコアグラーゼ陰性ブドウ球菌(グラム染色,1,000倍)少し脱色しすぎ?塗抹では連鎖状球菌かブドウ球菌かが判定できない場合がある.図10モラクセラ属(グラム染色,1,000倍)グラム陰性球桿菌,一部のモラクセラは莢膜を有する. あたらしい眼科Vol.32,No.5,2015617(7)が抜けない.しかし,新しい検査法である遺伝子検査以上に多くの情報を提供してくれる重要な検査法であることを忘れてはいけない.塗抹検査は培養検査などに比較し操作は非常に簡単であるがその判定はむずかしく,参考となるアトラスを用意しておくとよい.眼感染症学会主催の「塗抹検鏡スキルトランスファー」などの実技講習会に参加することもお勧めである.文献1)菅野治重:感染症所見の読み方1─感染のメカニズム.検査と技術37(増刊号):916-918,20092)秦野寛:塗抹標本検査.目の感染症(下村嘉一編集),p12-17,金芳堂,20103)相原雅典:感染症所見の読み方2─感染症病期の所見.検査と技術37(増刊号):919-921,20094)IkedaI,NishimotoK,SakamotoKetal:Alkalinetrypanblueasastainforsuperficialfungi.BrJDermato158:1373-1374,2008すべてのシストが2分間で染色された.実際の検査材料での染色は数症例のみであるが,図11,12のようにアメーバを確認することができた.KOHは細胞を融解し真菌やアメーバシストを観察しやすくするが,KOHとの接触後,アメーバの栄養型は数秒で破壊される.アメーバのシスト型も長時間おくと膨化し,特徴的な形態が観察できなくなるため注意が必要である.まとめ感染症は早期診断・早期治療が予後を決定する.塗抹検査は治療に直結する緊急検査であるため使用する染色液の特徴(利点と欠点)を十分理解し,正しい塗抹検査方法を実施するべきである.近年,抗菌薬の適正使用と耐性菌対策の重要性により,塗抹検査は利用価値が高まりつつある.グラム染色は130年以上前に発表された染色法である.蛍光染色や免疫染色など新しく開発された染色方法もあるが,塗抹検査自体のレトロなイメージab図11コンタクトレンズ保存液中のアカントアメーバシストと栄養型(400倍)シストはトリパンブルーによって染色された(a)が,栄養型は染色されずに活動を続けていた(b).図12トリパンブルー染色角膜組織中のアカントアメーバシスト.このスライドはすでに乾燥固定されたものであったため,KOH処理は行っていない.ab図11コンタクトレンズ保存液中のアカントアメーバシストと栄養型(400倍)シストはトリパンブルーによって染色された(a)が,栄養型は染色されずに活動を続けていた(b).図12トリパンブルー染色角膜組織中のアカントアメーバシスト.このスライドはすでに乾燥固定されたものであったため,KOH処理は行っていない.

序説:眼感染症診断の温故知新

2015年5月31日 日曜日

●序説あたらしい眼科32(5):611.612,2015●序説あたらしい眼科32(5):611.612,2015眼感染症診断の温故知新ConventionalMethodsandNovelAdvancementsfortheDiagnosisforOcularInfection鈴木崇*結膜炎や角膜炎などの眼感染症は,軽微なものを含めると日常臨床でよく遭遇する.なかには,初期診断が必要な疾患も多く含まれており,初診時に正確に診断することが望まれる.眼感染症診断は,問診や疾患に特徴的な臨床所見を理解することに加えて,病巣から原因となる病原体を検出することが必要とされる.しかしながら,病原体によっても検出法や検査法が異なるため,臨床所見からある程度の病原体の予測をすることが必要である.さらに,細菌,真菌,ウイルス,原虫すべてを網羅しながら病原体を検出する方法は,現在のところ一般臨床では使用されていないため,まず,従来から行われている検査方法を正確に行い,正しく検査結果を理解する必要がある.一方,病原体検査においては,新しい技術が導入され,より短時間に,かつより正確に病原体を検出する方法が開発されている.それらの技術は,もうすでに臨床現場に取り入れられているものから,まだ研究レベルのものまでさまざま含まれるが,新しい技術を知っておくことは眼感染症診療の将来を考えるうえでは重要である.さらに疾患概念も,臨床データの積み重ねにより新しいものができており,それらを理解することが眼感染症診断の大きな助けとなる.今回,「眼感染症診断の温故知新」のテーマで,眼感染症診断の従来の検査方法から新しい検査方法まで,各エキスパートに紹介してもらい,さらに新しい疾患の概念や診断基準についても述べてもらった.まず,検査において,従来の眼感染症診断に必須である塗抹標本は,迅速に病原体の有無を確認できる方法であり,診断に与える情報量も多い.しかし,アーチファクトを読み誤ったりすると誤診につながる危険性も孕んでいる.そのため,塗抹標本を正しく行うためのポイントを理解する必要がある.細菌の同定検査において,ここ数年で,従来の方法とは異なる新たな方法が登場し,ブレークスルーとなっている.検出細菌の同定は,診断のみならず,病態を正確に理解するためには必要である.従来では,細菌を正しく同定するためには,細菌の染色所見や培地上でのコロニー形態に加えて,生化学性状を読み取ることが必要であった.一方,ノーベル化学賞を受賞した田中耕一氏が開発したレーザーイオン化質量分析技術を用いて細菌の蛋白を解析することで,数分以内という短時間に菌同定が可能となり,その同定機器が大学病院など多くの検査室に導入されている.そのため,短時間に菌同定を行い,その同定菌の過去のアンチバイオグラム(細菌ごとの抗菌薬感受性率表)を用いて,抗菌薬を選択することが可能になり,いち早く,正しい治療が行*TakashiSuzuki:愛媛大学大学院医学系研究科医学専攻高次機能制御部門感覚機能医学講座視機能外科学分野0910-1810/15/\100/頁/JCOPY(1)611 612あたらしい眼科Vol.32,No.5,2015(2)えるようになっている.細菌や真菌による眼感染症を診断にするためには,臨床所見を正確に読み取ることが重要である.とくに角膜炎において,細菌性,真菌性を鑑別することは治療選択にもつながる重要な過程であり,それぞれの特徴的な所見を理解しておく必要がある.さらに,細菌と真菌を検出する新しい検査方法として,PCRを用いて細菌・真菌の特異的な遺伝子を増幅するbroadrangePCRが,細菌,真菌を検出する方法として注目されている.これらの方法を用いることで,細菌,真菌を高感度に検出することが可能であり,角膜炎や眼内炎の診断に貢献できると思われる.また,PCRは一般の培養検査では検出されない,もしくは培養までに長期間を要する病原体の検出にも有用であり,眼科領域ではアカントアメーバを検出する方法としても期待されている.これらの遺伝子検査は高感度である一方,特殊な機器を要する点で,ベッドサイドで即座に使用することはむずかしい.そこで,抗体を使用して病原体の抗原を検出する免疫クロマトグラフィ法も,アデノウイルスをはじめ多くの抗原を検出するために使用されているが,近年,ヘルペスウイルス抗原を検出するキットが市販され,角膜ヘルペスの診断が行えるようになった.さらに,まだ研究レベルではあるが,アカントアメーバの抗原検出キットも開発され,今後の普及が期待される.前述のような新しい検査の出現に加えて,新しい疾患概念も出てきている.サイトメガロウイルス内皮炎は日本で発見され,原因不明の角膜内皮炎のなかには本疾患が多く含まれていることが解明されてきた.さらに,多施設研究のもと,診断基準も提唱されており,サイトメガロウイルス内皮炎の診断の助けになる.また,Demodex(ニキビダニ)は,睫毛の根部に生息しており,近年,眼瞼炎などの原因としても考えられるようになっている.「温故知新」とは「学んだことや昔の事柄をもう一度調べたり考えたりして,新たな道理や知識を見出し,自分のものにする」ことである.しかしながら,本特集では,「眼感染症診断の温故知新」として,従来の概念を十分理解することで,新しい検査や疾患概念に対する理解をさらに深めてもらう意味として「温故知新」を使用している.従来の方法と新しい方法の両者の知識を理解すれば,一般臨床のなかの眼感染症診療「レッドアイクリニック」も充実するものと思われる.

両眼の水平下半盲を呈した心因性視覚障害の1例

2015年4月30日 木曜日

《原著》あたらしい眼科32(4):599.604,2015c両眼の水平下半盲を呈した心因性視覚障害の1例片山紗妃美*1後藤克聡*1,2三木淳司*1,3岩浅聡*1今井俊裕*4春石和子*1桐生純一*1*1川崎医科大学眼科学1教室*2川崎医療福祉大学大学院医療技術学研究科感覚矯正学専攻*3川崎医療福祉大学医療技術学部感覚矯正学科*4川崎医科大学眼科学2教室ACaseofPsychogenicVisualDisturbancewithInferiorAltitudinalHemianopiaSakimiKatayama1),KatsutoshiGoto1,2),AtsushiMiki1,3),SatoshiIwaasa1),ToshihiroImai4),KazukoHaruishi1)JunichiKiryu1)and1)DepartmentofOphthalmology1,KawasakiMedicalSchool,2)DoctoralPrograminSensoryScience,GraduateSchoolofHealthScienceandTechnology,KawasakiUniversityofMedicalWelfare,3)DepartmentofSensoryScience,FacultyofHealthScienceandTechnology,KawasakiUniversityofMedicalWelfare,4)DepartmentofOphthalmology2,KawasakiMedicalSchool目的:Goldmann動的視野で両眼性の水平下半盲を認め,心因性視覚障害と診断した1例の報告.症例:16歳,男子.頭痛,視力低下を主訴に近医眼科を受診.視力低下につながる所見が不明だったため,原因精査のため当科を紹介受診した.所見:矯正視力は右眼0.4,左眼0.6で中心フリッカ値,前眼部,中間透光体,眼底に異常所見はなかった.Goldmann動的視野で両眼の水平下半盲を認めた.光干渉断層計,蛍光眼底造影検査,多局所網膜電図,頭部眼窩磁気共鳴画像を施行したがいずれも異常所見はなかった.以上の結果から,器質的疾患による視力および視野障害は否定的であり,心因性視覚障害がもっとも疑われた.約6カ月後,矯正視力は右眼1.2,左眼1.5と改善したが,両眼の水平下半盲は残存した.結論:両眼性の水平下半盲を認めた場合,視路疾患との鑑別は必要不可欠であるが,心因性視覚障害による可能性も念頭におく必要がある.Purpose:Toreportacaseofpsychogenicvisualdisturbancewithbilateralinferioraltitudinalhemianopiadetectedbykineticperimetry.Case:A16-year-oldmaleinitiallyconsultedwithanophthalmologistcomplainingofheadachesanddecreasedvisualacuity(VA)resultingfromanunknowncause,andwasthenreferredtousforfurtherevaluation.Findings:Uponexamination,thepatient’scorrectedVAwas0.4ODand0.6OS.Criticalflickerfrequencyandanteriorsegment,opticmedia,andfunduswerefoundtobenormal.Bilateralinferioraltitudinalhemianopiawasdetectedbykineticperimetry.Opticalcoherencetomography,fluoresceinangiography,multifocalelectroretinogram,andmagneticresonanceimagingallrevealednoabnormalities.Fromtheabovefindings,thepresenceoforganicdiseasewasexcluded,andpsychogenicvisualdisturbancewassuspected.Althoughthepatient’scorrectedVAimprovedto1.2ODand1.5OSafter6months,bilateralaltitudinalhemianopiaremained.Conclusion:Whiledifferentiationfromvisualpathwaydiseaseisnecessaryinpatientswithbilateralinferioraltitudinalhemianopia,thepossibilityofpsychogenicvisualdisturbanceshouldbekeptinmind.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)32(4):599.604,2015〕Keywords:心因性視覚障害,水平半盲,求心性狭窄,非転換型.psychogenicvisualdisturbance,bilateralaltitudinalhemianopia,concentriccontraction,non-convertibletype.はじめに心因性視覚障害は,眼転換症状の一つで視力障害がもっとも多く,視野障害,色覚障害が認められることも多い.視野障害は両眼性に生じることが多く,求心性視野狭窄,らせん状視野,管状視野が代表的であるが,他にも水平半盲,両鼻側半盲,同名半盲,両耳側半盲,中心暗点など器質的疾患と鑑別を要する報告もある1).心因性視覚障害は,器質的疾患を除外して,心的要因を明らかにすることにより診断されるが,近年では心的要因が明らかでない症例も増加傾向にある2).今回,心因性視覚障害における視野障害として,両眼の水〔別刷請求先〕片山紗妃美:〒701-0192倉敷市松島577川崎医科大学眼科学1教室Reprintrequests:SakimiKatayama,DepartmentofOphthalmology,KawasakiMedicalSchool,577Matsushima,Kurashiki7010192,JAPAN0910-1810/15/\100/頁/JCOPY(135)599 平下半盲を呈した稀な1例を経験したので報告する.I症例患者:16歳(高校1年生),男子.主訴:頭痛,視力低下.既往歴・家族歴:特記すべきことなし.現病歴:2012年8月に一時的にかげろうのようなものが見え,その3カ月後に頭痛,視力低下を自覚したため近医眼科を受診.視力低下につながる所見が不明だったため,原因精査のため当科紹介受診となった.初診時所見:視力は右眼0.2(0.4×.0.50D),左眼0.4(0.6×.0.50D),他覚的屈折検査では右眼.1.00D,左眼.1.50Dと軽度の近視であった.眼圧は右眼15mmHg,左眼14mmHg,中心フリッカ値は右眼35Hz,左眼35Hz,対光反応は良好,相対的瞳孔求心路障害は陰性で前眼部,中間透光体に異常所見は認められなかった.Goldmann動的視野検査では,両眼の水平下半盲を認めた(図1).眼底所見は,両aⅤ/4eⅠ/1eⅠ/2eⅠ/3eⅠ/4e眼ともに黄斑部,視神経乳頭の色調は正常で乳頭の境界は鮮明であった(図2).スウェプトソース光干渉断層計(sweptsourceopticalcoherencetomograghy:SS-OCT)では,両眼ともに黄斑部の形態,視野異常に一致する部位の視細胞内節外節接合部,脈絡膜に異常所見は認められなかった(図3).スペクトラルドメイン光干渉断層計(spectral-domainopticalcoherencetomograghy:SD-OCT)においても,黄斑部網膜神経節細胞複合体厚,乳頭周囲網膜神経線維層厚に異常所見は認められなかった(図4).フルオレセイン蛍光眼底造影検査では,網膜中心動脈の蛍光出現から,中心静脈への完全充盈の時間(網膜内循環時間)が16秒と若干の遅延は認められたが,明らかな異常所見は認められなかった.その2日後,視野異常の原因が網膜疾患か頭蓋内疾患かを鑑別するために,多局所網膜電図を施行したが,両眼ともに応答密度の低下は認められなかった(図5).視神経疾患や頭蓋内疾患の精査のため,頭部眼窩磁気共鳴画像を施行したが,異常所見はみられなかった(図6).また,視覚誘発電位bⅤ/4eⅠ/3eⅠ/4eⅠ/2eⅠ/1e図1初診時のGoldmann視野a:左眼,b:右眼.両眼の水平下半盲を認めた.ab図2初診時の眼底写真a:右眼,b:左眼.両眼ともに黄斑部,視神経乳頭の色調は正常で,乳頭の境界は鮮明であった.600あたらしい眼科Vol.32,No.4,2015(136) ab図3初診時のスウェプトソース光干渉断層計a:右眼,b:左眼.両眼ともに黄斑部の形態,視野異常に一致する部位の視細胞内節外節接合部,脈絡膜に異常所見は認められなかった.abAve.GCC(μm)右)101.20左)97.52Ave.cpRNFL(μm)右)99.52左)98.99図4初診時のスペクトラルドメイン光干渉断層計a:右眼,b:左眼.上段:網膜神経節細胞複合体(GCC)厚のthicknessmap,下段:乳頭周囲網膜神経線維層(cpRNFL)厚のthicknessmap.両眼ともに,GCCおよびcpRNFL厚に異常所見は認められなかった.GCC:ganglioncellcomplex.cpRNFL:circumpapillaryretinalnervefiberlayer.(137)あたらしい眼科Vol.32,No.4,2015601 ab図5多局所網膜電図a:右眼,b:左眼.両眼ともに応答密度の低下は認められなかった.ab図6頭部眼窩磁気共鳴画像所見a:STIR水平断,b:STIR冠状断.異常所見は認められなかった.を施行したが両眼ともに振幅の低下およびP100の潜時延長し法や暗示法を施行したが,効果はみられなかった.Golaはみられず,左右差も認められなかった.以上の結果より,mann視野検査では,両眼ともに求心性視野狭窄を呈した器質的疾患による視力および視野障害は否定的であるため,(図7).約4カ月後,「まだ下方は見えにくいが以前より視心因性視覚障害を疑い経過観察となった.野が広くなったように感じる」と自覚的な訴えがあった.視経過:初診時より約1カ月後,視力は右眼0.4(0.7×.力は右眼0.5(1.0×.1.25D),左眼0.5(1.0×.1.00D)と改1.75D),左眼0.5(0.9×.1.25D),視力検査時にレンズ打消善していた.Goldmann視野検査では,下方イソプタを含め602あたらしい眼科Vol.32,No.4,2015(138) abⅠ/2eⅠ/1eⅠ/3eⅠ/4eⅤ/4eⅤ/4eⅠ/3eⅠ/4eⅠ/2eⅠ/1e図7初診より1カ月後のGoldmann視野a:左眼,b:右眼.両眼ともに,求心性視野狭窄を呈した.abⅠ/4eⅠ/2eⅠ/3eⅤ/4eⅠ/1eⅢ/4eⅠ/1aⅠ/4eⅠ/2eⅠ/3eⅤ/4eⅠ/1eⅠ/1a図8初診時より4カ月後のGoldmann視野a:左眼,b:右眼.両眼ともに,すべてのイソプタにおいて視野の拡大がみられた.て全体的に視野の拡大がみられ,本人の自覚症状と一致する結果であった(図8).約6カ月後,視力は右眼0.6(1.5×.1.00D),左眼0.6(1.5×.1.00D)とさらに改善していたが,Goldmann視野検査では,前回来院時と同様に両眼ともに水平下半盲は残存した.約1年間の経過観察を行ったが,両眼の水平下半盲は残存しているため再度,網膜疾患や視神経疾患,頭蓋内疾患の可能性を考慮してSD-OCT,頭部眼窩磁気共鳴画像を施行したが,いずれも異常所見は認められなかった.II考按今回,両眼の視力低下および水平下半盲を呈したことから,網膜疾患,視神経疾患,頭蓋内疾患の器質的疾患を疑ったが,いずれの鑑別検査においても異常所見を認めず,心因性視覚障害と診断した1例を経験した.心因性視覚障害は,好発年齢が小児(8.14歳)に多く,(139)成人や高齢者でもみられる3.7).性差は,女性のほうが男性より2.4倍多い2).視力予後は良好で,7割以上の症例で誘因となる環境の改善が得られれば,暗示療法のみで半年以内に視力の改善が得られるが,1年以上改善のみられない症例もある.年齢別の視力予後は,矯正視力1.0まで回復したものは,小児(94.4%),思春期(76.3%),成人(59.0%),高齢者(43.7%)と,低年齢であるほど良好である8).両眼性の視野異常では,らせん状視野が最も多く,求心性視野狭窄,管状視野が特徴的である9).他にも器質的疾患との鑑別を要する半盲性視野障害の報告もある1,10).心因性視覚障害で水平半盲を認めた報告として,高橋ら11)は鈍的外傷により片眼性の水平半盲様視野を認めた9歳男児,水野ら12)は視力低下および下方視野異常を主訴に両眼水平下半盲を認めた8歳男児を報告している.本疾患の診断の根拠としては,器質的疾患がないこと,視力や屈折値の変動があること,心因性視覚障害で特徴とされる視野異常が認められること,瞳孔反あたらしい眼科Vol.32,No.4,2015603 応が良好であること,自覚的検査と他覚的検査結果の矛盾がみられること,日常行動と検査結果が一致しないこと,ストレスと眼症状の出現期が一致していることがあげられる8).本症例は,16歳の思春期の男子で頭痛を主訴に両眼の視力低下および水平下半盲を認めた.視力はレンズ打消し法や暗示法の効果はなかったが,経過観察で初診時から6カ月後の比較的早期に改善した.視野は本人の自覚症状と一致してすべてのイソプタで広がりに変動がみられたが,水平下半盲様視野は残存し,視力と視野の経過に解離がみられた.また,心因性視覚障害の視野異常として特徴的である求心性視野狭窄を呈した.心因性による視力障害と視野障害の改善する時期は一致することが多いが,今回の症例のように視力と視野の経過に解離がみられるのが53%との報告もある13).水平半盲を呈する疾患としては,眼内,視神経,視交叉,外側膝状体,視放線,視覚中枢,心因性視覚障害があげられる7).しかし,本症例では,網膜疾患や視神経疾患,頭蓋内疾患の可能性を考慮して中心フリッカ,SD-OCT,蛍光眼底造影検査,視覚誘発電位や多局所網膜電図の電気生理学的検査,頭部眼窩磁気共鳴画像を施行したが,視力低下や両眼の水平下半盲に一致する他覚的所見が認められなかったため,心因性視覚障害が最も考えられた.心因性視覚障害の心的要因については,さまざまなものがあるが,そのなかでも原因不明が64.3%ともっとも多く,ついで親子関係(14.3%),学校関係(10.8%),外傷(7.1%),兄弟関係(3.6%)の順で多いとの報告がある14).また,心的要因が比較的容易にわかる転換型,心的要因が不明のことが多い非転換型に分類される.小児や思春期では転換型が多く,成人や高齢者では非転換型が多いとされている.とくに15歳以上の場合は長期化しやすいと報告されている2,15).本症例の患者背景として,毎回予約日に両親とともに来院し,外来の待合では両親と時折,楽しく会話している場面もみられることから,親子関係は良好なようである.学校環境は,高校に通学しており,部活動は野球部に所属している.学校生活について尋ねると楽しそうに話し,学校生活や部活動で自覚的にはストレスは感じておらず楽しいと話していた.現在,部活動は下方が見えにくいため休んでいるが,早く復帰したいとのことであった.以上のことから,小児や思春期に多くみられる学校や家庭関係による心的要因は否定的であった.また,悩みごとやストレスを自覚しておらず,明らかな心的要因が不明であるため非転換型であると考えられた.今回の症例のような両眼性の水平半盲を認めた場合,器質的疾患を精査することが重要であるが,心因性視覚障害による可能性も念頭におく必要がある.また,本症例は初診時に比べ全体的に視野の範囲は拡大したが,約1年経過しても水平下半盲様視野が残存しているため,今後も器質的疾患の可能性も考慮して,経過観察が必要であると考える.文献1)石倉涼子,山﨑香織,柿丸晶子ほか:外傷を契機として片眼耳側半盲を呈した心因性視覚障害の一例.眼臨99:590592,20052)小口芳久:心因性視覚障害.日眼会誌102:61-67,20003)小口芳久:学童期の心因性視覚障害.眼科26:139-145,19844)岡本繁,渡辺好政,渡辺英臣ほか:思春期の心因性眼疾患.眼科26:147-152,19845)亀井俊郎:成人の心因性眼疾患.眼科26:153-158,19846)今井済夫,芝崎喜久男:成人の心因性視力障害.臨眼42:815-817,19887)中川泰典,木村徹,木村亘ほか:高齢者の心因性視覚障害11例.臨眼56:1579-1586,20028)一色佳彦,木村徹,木村亘ほか:心因性視覚障害-世代別にみた傾向と特異性.臨眼62:503-508,20089)福島孝弘,上原文行,大庭紀雄ほか:鹿児島大学附属病院(過去23年間)における心因性視覚障害.眼臨96:140144,200210)永田洋一:外傷を契機に発症した成人の片眼性心因性視覚障害の2例.眼臨86:2797-2800,199211)高橋寛子,落合万里,唐津裕子ほか:外傷後に片眼性水平半盲様視野障害をきたした心因性視覚障害の一症例.日視会誌34:151-156,200512)水野和美,加部精一,川上春美ほか:両眼の下半盲を示した心因性視覚障害の一例.眼科25:1473-1477,198313)石田博美,岡田美幸,平中裕美ほか:鳥取大学における小児の心因性視覚障害の統計的研究.日視会誌36:95-102,200714)古賀一興,平田憲一,沖波聡ほか:心因性視覚障害の診断における両眼立体視検査の有用性.眼臨紀1:11951199,200815)一色佳彦,木村徹,木村亘ほか:成人の心因性視覚障害─小児と比較した特異性.臨眼60:627-634,2006***604あたらしい眼科Vol.32,No.4,2015(140)

見逃された眼内鉄片異物により,緑内障手術,網膜剝離手術を受けた1症例

2015年4月30日 木曜日

596あたらしい眼科Vol.5104,22,No.3(00)596(132)0910-1810/15/\100/頁/JCOPY《原著》あたらしい眼科32(4):596.598,2015cはじめに眼内に飛入した鉄片異物は,鉄錆症や眼内炎を起こす可能性があり,発見されれば早急に摘出されるべきである.感染性眼内炎は失明に至る可能性があり,鉄錆症は,白内障,網膜色素変性,緑内障を起こし,予後不良である1).白内障手術,硝子体手術が進歩した現在では,視力良好の症例でも,視機能を低下させずに異物を摘出できる.しかし,眼内に異物があるにもかかわらず,自覚症状がなく長期間見逃された多くの報告がある2.7).また,白内障を発症し手術により発見されることや,網膜.離の治療のための硝子体手術中に発見されることもある8).鉄工所勤務中に鉄片が自覚なく眼内に飛入し,虹彩炎と緑内障を発症したが,見逃されたまま緑内障手術を受け,一度は安定したものの網膜.離を発症し,硝子体手術中に鉄片が発見された1症例を報告する.I症例患者:38歳,男性.〔別刷請求先〕田渕大策:〒470-1192愛知県豊明市沓掛町田楽ヶ窪1-98藤田保健衛生大学眼科学教室Reprintrequests:DaisakuTabuchi,M.D,,1-98Dengakugakubo,Kutsukake-chou,ToyoakeCity,Aichi470-1192,JAPAN見逃された眼内鉄片異物により,緑内障手術,網膜.離手術を受けた1症例田渕大策水口忠谷川篤宏堀口正之藤田保健衛生大学眼科学教室ACasethatRequiredSurgeryforGlaucomaandRetinalDetachmentDuetoanOverlookedIntraocularIronForeignBodyDaisakuTabuchi,TadashiMizuguchi,AtsuhiroTanikawaandMasayukiHoriguchiDepartmentofOphthalmology,FujitaHealthUniversitySchoolofMedicine左眼網膜.離のため38歳の男性が当院に紹介された.患者は11カ月前に左眼線維柱帯切開術を受けていた.視力は右眼(1.0),左眼(0.01)であり,眼圧は右眼19mmHg,左眼16mmHgであった.核白内障と裂孔原性網膜.離を左眼に認めた.白内障,硝子体同時手術を行ったところ,手術中に鉄片異物(1.6×0.6mm)が発見され,強膜創より除去された.網膜.離は再発したが,硝子体手術で復位した.患者は,線維柱帯切除術以前にフライス加工に従事しており,白内障,緑内障,網膜.離は,硝子体手術中に発見された鉄片異物により起きたものであると考えられた.患者が異物の自覚がなかったことが診断を困難にしたが,職歴を含めた予診に注意を払う必要があった.Wereportthecaseofa38-year-oldmalepatientwhowasreferredtoourhospitalduetoretinaldetachmentinhislefteye.Hehadundergonetrabeculotomyinthatsameeye11-monthspriortopresentation.Uponexamina-tion,hisvisualacuitywas1.0ODand0.01OS.Nuclearcataractandrhegmatogenousretinaldetachmentwereobservedinhislefteye,andcombinedphacoemulsification,intraocularlensimplantation,andvitrectomywassub-sequentlyperformed.Duringsurgery,anintraocularironforeignbody(1.6×0.6mminsize)wasfound,andremovedfromthescleralincision.Retinaldetachmentrecurred1-monthlaterandwasreattachedbyasecondvit-rectomy.Thepatienthadengagedinmillingbeforethetrabeculotomywasperformed,andweconcludedthattheironforeignbodythatwefoundcausedthecataract,glaucoma,andretinaldetachmentinhislefteye.Hisunaware-nessoftheforeignbodyinhislefteyemadethediagnosisdifficult,andaddedcareviaamedicalhistoryinterview,includinghisprofessionalexperience,wouldhaveprovedbeneficial.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)32(4):596.598,2015〕Keywords:眼内異物,緑内障,線維柱帯切開術,網膜.離,硝子体手術.intraocularironforeignbody,glauco-ma,trabeculotomy,retinaldetachment,vitrectomy.(00)596(132)0910-1810/15/\100/頁/JCOPY《原著》あたらしい眼科32(4):596.598,2015cはじめに眼内に飛入した鉄片異物は,鉄錆症や眼内炎を起こす可能性があり,発見されれば早急に摘出されるべきである.感染性眼内炎は失明に至る可能性があり,鉄錆症は,白内障,網膜色素変性,緑内障を起こし,予後不良である1).白内障手術,硝子体手術が進歩した現在では,視力良好の症例でも,視機能を低下させずに異物を摘出できる.しかし,眼内に異物があるにもかかわらず,自覚症状がなく長期間見逃された多くの報告がある2.7).また,白内障を発症し手術により発見されることや,網膜.離の治療のための硝子体手術中に発見されることもある8).鉄工所勤務中に鉄片が自覚なく眼内に飛入し,虹彩炎と緑内障を発症したが,見逃されたまま緑内障手術を受け,一度は安定したものの網膜.離を発症し,硝子体手術中に鉄片が発見された1症例を報告する.I症例患者:38歳,男性.〔別刷請求先〕田渕大策:〒470-1192愛知県豊明市沓掛町田楽ヶ窪1-98藤田保健衛生大学眼科学教室Reprintrequests:DaisakuTabuchi,M.D,,1-98Dengakugakubo,Kutsukake-chou,ToyoakeCity,Aichi470-1192,JAPAN見逃された眼内鉄片異物により,緑内障手術,網膜.離手術を受けた1症例田渕大策水口忠谷川篤宏堀口正之藤田保健衛生大学眼科学教室ACasethatRequiredSurgeryforGlaucomaandRetinalDetachmentDuetoanOverlookedIntraocularIronForeignBodyDaisakuTabuchi,TadashiMizuguchi,AtsuhiroTanikawaandMasayukiHoriguchiDepartmentofOphthalmology,FujitaHealthUniversitySchoolofMedicine左眼網膜.離のため38歳の男性が当院に紹介された.患者は11カ月前に左眼線維柱帯切開術を受けていた.視力は右眼(1.0),左眼(0.01)であり,眼圧は右眼19mmHg,左眼16mmHgであった.核白内障と裂孔原性網膜.離を左眼に認めた.白内障,硝子体同時手術を行ったところ,手術中に鉄片異物(1.6×0.6mm)が発見され,強膜創より除去された.網膜.離は再発したが,硝子体手術で復位した.患者は,線維柱帯切除術以前にフライス加工に従事しており,白内障,緑内障,網膜.離は,硝子体手術中に発見された鉄片異物により起きたものであると考えられた.患者が異物の自覚がなかったことが診断を困難にしたが,職歴を含めた予診に注意を払う必要があった.Wereportthecaseofa38-year-oldmalepatientwhowasreferredtoourhospitalduetoretinaldetachmentinhislefteye.Hehadundergonetrabeculotomyinthatsameeye11-monthspriortopresentation.Uponexamina-tion,hisvisualacuitywas1.0ODand0.01OS.Nuclearcataractandrhegmatogenousretinaldetachmentwereobservedinhislefteye,andcombinedphacoemulsification,intraocularlensimplantation,andvitrectomywassub-sequentlyperformed.Duringsurgery,anintraocularironforeignbody(1.6×0.6mminsize)wasfound,andremovedfromthescleralincision.Retinaldetachmentrecurred1-monthlaterandwasreattachedbyasecondvit-rectomy.Thepatienthadengagedinmillingbeforethetrabeculotomywasperformed,andweconcludedthattheironforeignbodythatwefoundcausedthecataract,glaucoma,andretinaldetachmentinhislefteye.Hisunaware-nessoftheforeignbodyinhislefteyemadethediagnosisdifficult,andaddedcareviaamedicalhistoryinterview,includinghisprofessionalexperience,wouldhaveprovedbeneficial.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)32(4):596.598,2015〕Keywords:眼内異物,緑内障,線維柱帯切開術,網膜.離,硝子体手術.intraocularironforeignbody,glauco-ma,trabeculotomy,retinaldetachment,vitrectomy. 図1左眼初診時の前眼部写真核白内障を認める.現病歴:フライス加工に従事していたが,異物飛入などの自覚はなかった.2009年8月左眼の霧視のため前医を受診した.左眼に虹彩毛様体炎を認め,眼圧は40mmHgであった.眼圧がコントロールできないため,同年9月,左眼線維柱帯切開術が施行され,眼圧は正常化した.2010年5月突然の左眼視力低下のため近医受診し,左眼網膜.離を指摘され,同日当院へ紹介受診した.初診時所見:視力は右眼1.0(1.0×.0.25D(cyl.2.25DAx175°),左眼0.2(0.6×+0.50D(cyl.2.50DAx180°),眼圧は右眼19mmHg,左眼16mmHgで,左眼に核白内障(図1)と黄斑に及ぶ耳側裂孔原性網膜.離を認めた(図2).経過:2010年6月左眼に白内障硝子体同時手術を施行した.術中に耳側下方最周辺部の網膜上に被膜に被われない鉄片異物(1.6×0.6mm)を発見し,摘出した(図3).六フッ化硫黄(SF6)ガスを注入して手術終了した.1カ月後,再度網膜.離を起こしたため,硝子体手術を再施行した.術後,網膜は復位し,2年後左眼視力は0.2(0.6×+0.50D(cyl.2.50DAx180°)であり,再.離は認めていない.手術後の全視野刺激網膜電図(erectororetinogram:ERG)は正常であった.II考按眼内鉄片飛入の多くは鉄の加工などによる.フライス加工に従事していた本症例は眼内に異物が入った自覚はなかった.しかし,緑内障手術から硝子体手術まで仕事についておらず,異物は緑内障手術の前に侵入したものと考えられた.本症例左眼の白内障,緑内障,網膜.離はすべてフライス加工時に眼内に侵入した鉄片異物によると考えられた.しかし,本症例はまったく自覚症状がなく,前医も筆者らも鉄片を疑うことはなかった.前医では虹彩炎による眼圧上昇と診断され,緑内障手術が行われた.鉄片の位置は毛様体(133)図2左眼初診時の眼底写真黄斑に及ぶ網膜.離を認める.図3術中写真20G灌流ポートに隣接している金属片を認める.OFFISS40D前置レンズを使用している.扁平部であり,通常の眼底検査では発見が困難であったと考えられた.異物飛入の自覚や疑いを訴えて眼科を受診した場合には,コンピュータ断層撮影(computedtomography:CT)やX線写真撮影などが行われ,鉄片異物の診断は比較的容易である9).しかし,まったく異物の自覚症状がなく緑内障などの前眼部疾患で受診した場合には,異物の発見は著しく困難となると思われる.この症例での診断のヒントは職歴のみであった.この症例が網膜.離を発症しなければ,おそらく鉄片異物は発見できなかったと思われる.鉄片が長期間眼内に無症状で滞留した報告はわが国にも数多くあり,滞留期間は1.35年に及ぶ.Duke-Elderによれば,鉄片異物が眼内に存在したにもかかわらず鉄錆症とならない非典型症例には6つの経過がありうるという.1)鉄の含有量が少ないか,鉄片が組織で被われた場合には無症状であたらしい眼科Vol.32,No.4,2015597 ある.2)一度組織に被われ無症状で経過したものの,異物が移動したため著しい炎症を起こし,時に眼球摘出に至る.3)異物が移動していないにもかかわらず,著しい炎症を起こし前房蓄膿,眼球癆に至る.4)異物が自然排出される.5)鉄片異物が小さな場合には,自然吸収されることがある.6)交感性眼炎を起こすことがある10).本症例では,異物侵入より時間は経過しているものの,組織に被われない鉄片異物であり,すでに緑内障を発症していた.放置すればさらに大きな合併症を起こす可能性があった.網膜.離を起こし鉄片が摘出されたことは,この症例には不幸中の幸いであったといえる.1988年の岸本らの報告によれば,緑内障を発症した眼内鉄片異物症例の手術予後は不良であり,網膜.離の手術予後も芳しくないが1),本症例では前医の線維柱帯切開術で眼圧はよくコントロールされ,網膜.離も治癒している.2000年の大内らにより報告された鉄片異物による網膜.離の3症例も治癒している8).これは手術技術の進歩であると考えられる.III結語フライス加工時に眼内に鉄片が飛入したにもかかわらず見逃され,緑内障手術を受け,後に網膜.離を発症し,硝子体手術により異物が発見され摘出された1症例を報告した.今回の症例により,職歴を含めた予診の重要性を再認識した.文献1)岸本伸子,山岸和矢,大熊紘:見逃されていた眼内鉄片異物による眼球鉄症の7例.眼紀39:2004-2011,19882)佐々木勇二,松浦啓之,中西祥治ほか:長年月経過している眼内金属片異物の1例.臨眼82:2461-2464,19883)並木真理,竹内晴子,山本節:1年間放置された眼内異物の1例.眼臨82:2346-2349,19884)尾上和子,宮崎茂雄,尾上晋吾ほか:8年間無症状であった眼内鉄片異物の1例.眼紀45:467-470,19945)来栖昭博,藤原りつ子,長野千香子ほか:28年間無症状であった眼内鉄片異物の症例.臨眼51:1169-1172,19976)青木一浩,渡辺恵美子,河野眞一郎:長期滞留眼内鉄片異物の2例.眼臨94:939-941,20007)及川哲平,高橋嘉晴,河合憲司:受傷1年以上経過後に摘出した7mmの眼内鉄片異物の1例.臨眼63:1495-1497,20098)大内雅之,池田恒彦:硝子体手術中に眼内異物が発見された網膜.離の3例.あたらしい眼科17:1151-1154,20009)上野山典子:眼内異物.眼科MOOK,No5,p100-109,金原出版,197810)DukeElder:SystemofOphthalmology,14:477,HenryKimpton,1972***(134)

中心視野障害を有する緑内障患者の視野障害程度と読字能の関連性の検討

2015年4月30日 木曜日

《原著》あたらしい眼科32(4):591.595,2015c中心視野障害を有する緑内障患者の視野障害程度と読字能の関連性の検討高橋純子*1,2今井浩二郎*1加藤浩晃*1池田陽子*1,2上野盛夫*1山村麻里子*1森和彦*1木下茂*1*1京都府立医科大学眼科学教室*2御池眼科池田クリニックEvaluationofReadingSpeedAbilityinGlaucomaPatientswithCentralVisualFieldDefectsJunkoTakahashi1,2),KojiroImai1),HiroakiKato1),YokoIkeda1,2),MorioUeno1),MarikoYamamura1),KazuhikoMori1)andShigeruKinoshita1)1)DepartmentofOphthalmology,KyotoPrefecturalUniversityofMedicine,2)OikeIkedaClinic目的:中心視野障害を有する緑内障患者の視野障害程度と読字方向別の読字速度との関連ならびに障害部位の自覚による速度改善の可否を検討する.対象および方法:対象は近見両眼矯正視力が0.3以上かつHumphrey視野SITA-Standard30-2(HFA30-2)検査のパターン偏差において中心5°以内にp<0.5%未満の確率シンボルが片眼に1点以上存在,もしくはGoldmann視野検査において中心5°以内に絶対暗点が存在する緑内障症例67例(男女比36:31,平均年齢62.1±18.6歳)である.既報に従い読字速度判定用文章サンプルを用いて縦書き・横書き文章の音読速度(文字数/分)を測定し,年齢およびHFA30-2平均偏差(MD)値との関連について検討した(Pearsonの相関係数の検定).次いで偏心視訓練用近見チャートにより視野障害程度を判定し,障害部位を自覚した後に再度読字速度測定を行い,前後での改善効果を検討した(対応のあるt検定).結果:全症例の平均読字速度は縦読みで272.8±101.6字/分,横読みで291.8±94.4字/分であった.読字速度と年齢,MD値との関連は縦読み,横読みともに有意な相関関係(縦-年齢p<0.001,横-年齢p<0.001,縦-MDp<0.001横-MDp<0.01)を認めた.また,障害部位の自覚により縦読み,横読みとも有意に読字速度が改善(縦-読字速度p<0.01,横-読字速度p<0.05)した.結論:中心視野障害を有する緑内障患者における読字速度は年齢とMD値の影響を受け,視野障害部位の説明を受けることにより,読字速度が改善した.Purpose:Thepurposeofthisstudywastoevaluatetherelationshipbetweenthereadingspeedabilityofglaucomapatientswithcentralvisualfielddefects,andthepossibilityofthatspeedimprovingafterpatientcognizanceoftheirvisualfielddefects.SubjectsandMethods:Thisstudyinvolved67glaucomapatients(36malesand31females,meanage:62.1±18.6years)followedupatKyotoPrefecturalUniversityofMedicine,Kyoto,Japanwhohadacorrectedvisualacuityover3/10andwhohadabsolutescotomawithin5degreesinatleast1eyebyHumphreyFieldAnalyzerSITAstandard30-2programorGoldmannperimeter.Forallsubjects,Nakano’ssampletextwasusedtojudgeandevaluatetheiroralreadingspeedincharactersperminute(CPM)ofverticalandhorizontaltext.Associationbetweenthefactorsofpatientageandmeandeviationvaluewasthenanalyzed.Next,visualfielddefectseverityineachpatientwasevaluatedwithanearvisionchartfortrainingeccentricviewinginordertomakethepatientcognizantofhis/hervisualfielddefects.Eachpatient’sreadingspeedwasthencomparedbetweenbeforeandafterbeingawareoftheirvisualfielddefects.Forstatisticalanalysis,thePearson’scorrelationcoefficienttestandthepairedttestwereused.Results:Themeanverticalandhorizontalreadingspeedwas272.8±101.6CPMand291.8±94.4CPM,respectively.Significantassociationwasfoundbetweenreadingspeedandpatientageandmeandeviation,bothinverticalandhorizontalreading.Afterbeingawareoftheirnear-visualfielddefects,bothverticalandhorizontalreadingspeedsweresignificantlyincreased.Conclusions:Thereadingspeedabilityofglaucomapatientshavingcentralvisualfielddefectswasaffectedbypatientageandmeandeviation,yetimprovementinreadingspeedafterthepatient’scognizanceoftheirvisualfielddefectsis〔別刷請求先〕森和彦:〒602-0841京都市上京区河原町通広小路上ル梶井町465京都府立医科大学眼科学教室Reprintrequests:KazuhikoMori,M.D.,Ph.D.,DepartmentofOphthalmology,KyotoPrefecturalUniversityofMedicine,465Kawaramachi,Hirokoji,Kamigyoku,Kyoto602-0841,JAPAN0910-1810/15/\100/頁/JCOPY(127)591 independentofthedirectionofthetextbeingread.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)32(4):591.595,2015〕Keywords:緑内障,読字能力,視野障害,読字速度,読字方向.glaucoma,abilityofreading,visualfielddefects,speedofreading,readingdirection.はじめに緑内障は緩徐に進行する慢性疾患であり,視野障害が比較的軽微な初期から中期には自覚症状がないにもかかわらず,末期になると急激に日常生活に支障をきたすようになる.なかでも,視覚障害者が日常生活において困難をきたすのは「読字」である1).客観的に確立された視野検査法には,Humphrey視野計に代表される静的視野検査法やGoldmann動的視野検査法があり,それらの視野検査結果から緑内障の進行状況を把握するが,実際に緑内障患者自身が自覚している文字の見にくさ,新聞や書物などの文章の読みづらさなどの不自由度を推測するのは困難である2,3).視力が数字上良好であっても,暗点や視野欠損の障害が強ければ同じく,文字を読むことに支障をきたす場合がある.視力が良いからといって読字能力を予測することはむずかしい3).末期緑内障患者のqualityoflife(QOL)を考えるうえで,視野障害程度と文字や文章を読む読字能力の関連性を知ることは重要である.読字能力を評価するツールとして,Leggeらの開発したMNREADチャートが各国の言語に翻訳され普及しており4),日本ではMNREAD-Jが市販されている5.7).MNREAD-Jは最大読書速度,臨界文字サイズ,読書視力を測定するのに適したチャートであるが,文字数が限られていて反復して使用することによる学習効果が生じるため,視能訓練による読字速度の改善を評価する際に適しているとは言いがたい.その点,慶應義塾大学の中野らが開発した読字能力判定用文章サンプル8.12)(以下,「読字サンプル」という)は,脈絡のない文章の羅列と学習効果が生じない読み材料で,難易度が均質で,現実の読書に近い状況で速度を調べることができるといわれている.小学校3・4年生の国語の教科書に掲載されている物語文で,同時期までに学習する漢字で構成されており,文章が平易であり知的な影響を受けにくい点が特徴である(図1).視野障害の意識化に用いる「偏心視訓練用近見チャート」は,滋賀医科大学の村木早苗博士によって発案され,家庭での偏心視訓練に使用されているものである.本チャートは○□の単純な図形表示になっており,アムスラーチャートを応用したもので,中心の黒丸を見た状態での図形の欠損,見づらくなる部位を確認する(図2).非常に簡易的ではあるが,検査器械などを必要とせずに患者本人に障害部位を意識化させることができる.これまでの緑内障による中心視野障害と読字能力の関連をみた報告3)ではMNREAD-Jが用いられていたが,今回,筆者らは,ロービジョンケアの一環として中心視野障害部位の図1読字能力判定用文章サンプル右:縦読みサンプル,左:横読みサンプル.592あたらしい眼科Vol.32,No.4,2015(128) 意識化を試み,読字能力の改善程度を調査する目的で,「読字サンプル」を用いて中心視野障害が読字能力に与える影響を検討した.I対象および方法対象は2012年7月.2013年9月の間に当科緑内障外来を受診した緑内障患者のうち,両眼近見矯正視力0.3以上,かつHumphrey視野30-2SITA-Standard(CarlZeissMeditec,Dublin,CA)(HFA30-2)検査のパターン偏差において中心5°以内にp<0.5%未満の確率シンボルが片眼に1点以上存在,またはGoldmann動的視野検査結果においていずれかの眼の中心5°以内に絶対暗点が存在した67例67眼である.内訳は男性36例,女性31例(平均年齢:62.1±18.6歳),問診により回答を得た緑内障罹患平均年数は9.5±8.3年であった.今回の検討を行う前に,患者背景を把握する手法の一つとして視野欠損の自覚状況につき,問診(日常生活,歩行,読書などにおける視野欠損の自覚の有無について)を行った.すると日常生活において視野欠損の場所を自覚している,または視野欠損により見にくさを自覚してい検定を行い,視野障害の自覚前後の読字速度改善効果の検討には対応のあるt検定を用いた.II結果対象となった67例67眼の病型内訳は原発開放隅角緑内障25例(37%),続発緑内障19例(28%),閉塞隅角緑内障10例(15%),正常眼圧緑内障9例(14%),落屑緑内障4例(6%)であった(図3).両眼近見視力は0.09±0.18(平均logMAR値±標準偏差),判定に用いた視野はHFA30-2検査52例(MD値.13.10±6.29dB),Goldmann視野検査15例であった.これらの対象において年齢,平均MD値と読字速度の検討を行った.まず縦読みと横読みでの1分間の読字速度の比較検討では,縦読み,横読みともに読字速度に差はなかった(Studentt検定,図4).年齢と読字速度の相関の検討では縦読み,横読みともに高齢者のほうが有意に遅かった(Pearsonの相関係数の検定,縦読み:r=.0.41,p<0.001,横読原発開放隅角緑内障37%続発緑内障28%閉塞隅角緑内障15%正常眼圧緑内障14%落屑緑内障6%る割合は,全体の25%であった.読字速度の検討には,「読字サンプル」を使用した(図1).読字速度の評価は,両眼近見矯正下(30cm)で「読字サンプル」の縦書き・横書き文章を音読し,1分間に読める文字数を読字速度とした.「読字サンプル」の文字の大きさは12ポイントを使用した.視野障害部位の意識化による改善効果の検討には,偏心視訓練用近見チャートを使用し,近見30cmで両眼視野の評価を用い,近見視野障害を判定した(図2).判定結果を対象者に説明して障害部位を認識させた後,1回目に読ませた「読字サンプル」とは別の「読字サンプル」で縦書き,横書き文章の1分間の読字速度を再測定した.統計学的検討は年齢,HFA30-2MD値との関連についてはPearsonの相関係数の図3全症例の病型内訳(n=67)原発開放隅角緑内障25例(37%),続発緑内障19例(28%),閉塞隅角緑内障10例(15%),正常眼圧緑内障9例(14%),落屑緑内障4例(6%).10cm10cm500450400文字数/分350300250200150100500縦横図4障害部位認識前の縦読み,横読み速度比較障害部位認識前では縦読み,横読みの読字速度に差はなかった.p=0.26Studentのt検定.(129)あたらしい眼科Vol.32,No.4,2015593図2偏心視訓練用近見チャート縦10cm,横10cmの正方形.30cmの距離で使用する.(滋賀医科大学村木早苗博士のご厚意による) (ピアソンの相関係数の検定)500500y=-2.22x+410.49R2=0.160501001502002503003504004500102030405060708090r=-0.41**p<0.001y=9.44x+410.45R2=0.32050100150200250300350400450500-30-25-20-15-10-50r=0.57**p<0.001年齢(歳)MD値(dB)図5読字速度(縦読み,横読み)と年齢・MD相関読字速度と年齢には縦読み,横読みにて相関があった.縦読みr=.0.41,**p<0.001.横読みr=.0.54,**関係数の検定.読字速度とMDには縦読み,横読みにて相関があった.縦読みr=0.57,**数の検定.050100150200250300350500認識前認識後***■:縦読み■:横読み図6障害部位認識前後の読字速度比較450400350300縦文字数/分縦文字数/分横文字数/分横文字数/分250r=-0.54200**p<0.001150100500年齢(歳)p<0.01150MD値(dB)p<0.001.横読みr=0.40,**p<0.01.Pearsonの相関係み,横読みで比較検討した結果,縦読み,横読みともに有意450400に読字速度が改善された(対応のあるt検定,縦読み:p<文字数/分y=-2.73x+461.34R2=0.290102030405060708090y=6.22x+384.52R2=0.16050100200250300350400450500r=0.40**-30-25-20-15-10-500.01,横読み:p=<0.05,図6).III考按緑内障患者は視野障害が進行すると,日常生活に不便を感じ不安を抱えることが多くなる.日常生活で不便を自覚しやすい動作には書籍や新聞などの文章を読むことがあげられる13).本検討では,中心視野障害を有する緑内障患者の視野障害程度と読字方向別の読字速度との関連,ならびに障害部障害部位を認識することで縦読み,横読みともに障害部位認識前よりも読字速度が改善された.縦読み**p<0.01対応のあるt検定.横読み*p<0.05対応のあるt検定.み:r=.0.54,p<0.001,図5).次に両眼の平均MD値と読字スピードの相関の検討を行った.縦読みも横読みもMD値の良好な症例では有意に読字速度が速かった(Pearsonの相関係数の検定,縦読み:r=0.57,p<0.001,横読み:r=0.40,p<0.01,図5).次に障害部位を意識してもらった前後の読字速度を縦読594あたらしい眼科Vol.32,No.4,2015p<0.001.Pearsonの相位を意識することによる読字速度改善の可能性を,「読字サンプル」「偏心視訓練用近見チャート」を用いて検討した.この「読字サンプル」は,MNREAD-Jが一つの文章に30文字で構成されているのに対し,文章が長く脈略がないため,繰り返し読んでも学習効果を生じにくい特徴がある.また,小学校3・4年生で学習する漢字を用いて構成されており,文章が平易である.文章の意味は掴めないながらも,純粋に文字を読み上げていく作業を行うため,文字読解能力をバイアスを除外して検査することができた.読字速度に影響を及ぼす要因について考察する.年齢と読字速度の検討では高齢になるほど縦横ともに読字速度は有意(130) に遅くなる傾向にあった.また,中心視野障害の少なからず存在する緑内障患者を対象とした検討であったが,MD値と読字速度の関係では,縦横ともに視野障害程度が強い(MD値が低い)ほど読字速度は遅かった.つまり,高齢で視野障害程度が強い患者ほど読字速度が低下しており,日常生活の充足度を改善させるためには何らかの対策を講じる必要性が感じられた.今回,その対策として,視野障害部位を「偏心視訓練用近見チャート」を用いて確認した後には縦読み,横読み両方の読字速度が有意に改善したことから,自らの視野障害部位を意識化することが読字能力の改善に有用であることが判明した.緑内障患者は日々の外来診療のなかで定期的に視野検査を受けており,その都度医師より視野障害部位を説明されているはずであるが,実際には患者の理解度は人それぞれに異なっており,短い外来受診時間内には十分に理解できていないことが示唆される.視野障害を治療により改善させることは困難であるが,自らの視野障害部位を改めて意識化させることができれば残存視機能を有効に活用することにつながると考えられる.本研究の限界としては,読字サンプルとして12ポイントという比較的大きな文字のみを用いて測定したため,より細かい文字のときの読字に差し障りがあるかどうかの検討ができなかった.また,中心視野の障害部位を「偏心視訓練用近見チャート」を用いて自覚させたが,視野障害部位をより的確に知覚させる手段の有無については,さらなる検討が必要と考えられる.今回の結果から,中心視野障害型の緑内障患者におけるロービジョンケアとして「偏心視訓練用近見チャート」を用いた障害部位の自覚は残存視機能を活用させ,読字能力向上に有用である可能性が示唆された.末期緑内障患者に対するロービジョンケアにおいては,視野検査結果を患者自身に理解させる手段を講じることで,読字能力を改善させ生活の質の向上をもたらすことができる可能性がある.本稿の要旨は第24回日本緑内障学会(2013)にて発表した.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)MangioneCM,BerryS,SpritzerKetal:Identifyingthecontentareaforthe51-itemNationalEyeInstituteVisualFunctionQuestionnaire:resultsfromfocusgroupswithvisuallyimpairedpersons.ArchOphthalmol116:227233,19982)RamuluP:Glaucomaanddisability:whichtasksareaffected,andatwhatstageofdisease?CurrOpinOphthalmol20:92-98,20093)藤田京子,安田典子,小田浩一ほか:緑内障による中心視野障害と読書成績.日眼会誌110:914-918,20064)LeggeGE,RossJA,LuebkerAetal:PsychophysicsofreadingspeedVIII.TheMinnesotaLow-VisionReadingTest.OptomVisSci66:843-853,19895)小田浩一,新井三樹:近見視力評価.わたしにもできるロービジョンケアハンドブック(新井三樹),p32-35,メジカルビュー社,20006)小田浩一:readingの評価.眼科プラクティス14,ロービジョンケアガイド(樋田哲夫編),p98-101,文光堂,20077)藤田京子:読書検査の実際.日本の眼科75:1123-1125,20048)中野泰志,菊地智明,中野喜美子ほか:弱視用読書効率測定システムの試作(2)─読材料の生成方法について─.第2回視覚障害リハビリテーション研究発表大会論文集,p46-49,19939)中野泰志,新井哲也:弱視生徒用拡大教科書に適したフォントの分析─好みと読書パフォーマンスの観点からの検討─.日本ロービジョン学会誌12:81-88,201210)中野泰志:弱視用読書効率測定システムの試作.日本特殊教育学会第30回大会発表論文集,p42-43,199211)中野泰志,中野喜美子:弱視(ロービジョン)用読書効率測定システムの試作(3)冊子版文字サイズ評価票とまぶしさの評価方法の試案.第4回視覚障害リハビリテーション研究発表大会論文集,p120-123,199512)山村麻里子,横山貴子,外園千恵ほか:拡大読書器指導マニュアル作成の試み.日本ロービジョン学会誌10:S1-S7,201013)平林里恵,国松志保,牧野伸二ほか:後期緑内障患者の視野障害度と読書力.眼臨紀4:1060-1061,2011***(131)あたらしい眼科Vol.32,No.4,2015595

白内障手術前後の網膜血管酸素飽和度および血管径の測定

2015年4月30日 木曜日

《原著》あたらしい眼科32(4):587.590,2015c白内障手術前後の網膜血管酸素飽和度および血管径の測定中川拓也コンソルボ上田朋子林篤志富山大学附属病院眼科MeasurementofRetinal-VesselOxygenSaturationandVesselWidthbeforeandafterCataractSurgeryTakuyaNakagawa,TomokoUeda-ConsolvoandAtsushiHayashiDepartmentofOphthalmology,ToyamaUniversityHospital目的:白内障手術前後で網膜血管の酸素飽和度と血管径の測定を行い,白内障の影響を検討する.方法:健常人34名34眼を対象とし,OxymapT1TMを用いて網膜血管の酸素飽和度と血管径の健常人のデータを得た.また,白内障手術を施行した32名32眼を対象とし,術前後で同様に測定した.眼底を4象限に分け,白内障により網膜血管境界が不明瞭となった象限を除外した場合の白内障手術前後での測定結果も検討した.結果:健常眼では網膜血管の酸素飽和度および血管径ともに再現性は良好であった.白内障手術前後の比較では,網膜血管の酸素飽和度は術後に有意に高値であったが,血管径は有意差がなかった.白内障により網膜血管境界が不明瞭になった象限を除外した場合は,血管酸素飽和度および血管径ともに術前後で有意差がなかった.結論:OxymapT1TMは良好な結果の再現性を有する.白内障手術前後で網膜血管酸素飽和度と血管径は変化がなかった.Objective:Toexaminetheeffectsofcataractonthemeasurementsofretinal-vesseloxygensaturationandvesselwidth.Methods:Afunduscamera-basedoximeter(OxymapT1TM;Oxymapehf.,Reykjavik,Iceland)wasusedtomeasureretinal-vesseloxygensaturationandvesselwidthin34eyesof34healthyindividuals,andin32eyesof32patientsbeforeandaftercataractsurgery.Thefundusphotographofeachsubjectwasdividedintofourquadrants.Afterthequadrantswithobscuredretinalvesselsduetocataractwereexcluded,thepre-andpostoperativevalueswerecompared.Results:Retinal-vesseloxygensaturationandvesselwidthshowedgoodreproducibilityinthehealthyindividuals.Inthecataractpatients,thepostoperativeretinal-vesseloxygensaturationvaluesweresignificantlyhigherthanthepreoperativevalues,yettherewasnosignificantdifferenceinvesselwidth.Afterthequadrantswithobscuredretinalvesselswereexcluded,nosignificantdifferencebetweenthepre-andpostoperativevalueswasfound.Conclusions:TheresultsobtainedbyuseoftheOxymapT1TMshowedgoodreproducibility,andshowednosignificantdifferenceinretinal-vesseloxygensaturationorvesselwidthpreandpostcataractsurgery.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)32(4):587.590,2015〕Keywords:OxymapT1TM,酸素飽和度,網膜血管,網膜血管径,白内障.OxymapT1TM,oxygensaturation,retinalvessel,vesseldiameter,cataract.はじめに眼底網膜血管は高血圧や動脈硬化などの全身状態を反映し,それらの指標として臨床で使用されている1).近年,網膜血管の酸素飽和度を眼底写真より算出する方法が考案され,臨床研究が行われている2.5).Hardarsonらは,非侵襲的に網膜血管の酸素飽和度を測定するためにオキシヘモグロビンの吸光が高い波長である600nmとヘモグロビンの吸光が高い波長である570nmの2つの異なる波長で同時に眼底写真を撮像することにより,ヘモグロビンの酸素飽和度を算出し,網膜血管上にカラーマップで画像化し可視化できるOxymapT1TM(Oxymapehf.,Reykjavik,Iceland)を開発し,臨床使用している2.5).わが国では,OxymapT1TMは未承認の機器である.Geirsdottirらは,健常人のOxymapT1TMを用いた網膜〔別刷請求先〕中川拓也:〒930-0194富山市杉谷2630富山大学附属病院眼科Reprintrequests:TakuyaNakagawa,2630Sugitani,Toyama,Toyama930-0194,JAPAN0910-1810/15/\100/頁/JCOPY(123)587 血管の酸素飽和度および血管径を報告したが3),対象被験者はすべて白人健常者であった.今回,筆者らは,OxymapT1TMを用いて日本人の健常者を対象とし,OxymapT1TMによる網膜血管の酸素飽和度および血管径を測定し,結果の再現性を検討した.また,中間透光体である水晶体の混濁によりOxymapT1TMの測定結果が影響を受ける可能性が考えられる.筆者らはOxymapT1TMによる網膜血管の酸素飽和度と血管径の測定に対する白内障の影響を検討するため,白内障症例の術前,術後で検討した.I対象日本人におけるOxymapT1TMの結果の再現性を検討するため,屈折異常以外に眼疾患のない15.70歳(平均年齢46.4±15.0歳)の男性21名,女性13名,計34名34眼を対象とした.また,白内障のOxymapT1TMの結果に与える影響を検討するため,富山大学附属病院において白内障手術を施行した白内障以外に眼底疾患のない59.82歳(平均年齢75.7±6.4歳)の男性15名,女性17名,計32名32眼を対象とした.すべての対象者に対してインフォームド・コンセントを行い,文書にて同意を得て研究を行った.II方法1.眼底写真撮像OxymapT1TMは,眼底カメラ(TRC-50-DX;トプコン社,東京)の本体に特殊なフィルターのあるカメラユニットを装着したものである.すべての症例で片眼のみを測定した.撮像前の散瞳にはトロピカミドとフェニレフリン塩酸塩の点眼液を使用し,散瞳を確認後に撮像した.撮像は暗室で図1OxymapT1で撮像した眼底写真の網膜血管の解析範囲A:1乳頭径.B:Aを基準とし,Aの直径1.5倍の円.C:Aを基準とし,Aの直径3倍の円.BとCの間にある白色の血管を解析した.行い,画角は50°,フラッシュ光量は50Wsに設定した.眼底写真は視神経乳頭が中央に位置するように撮像した5).再現性の検討には,健常眼を異なる日で2回撮像した.また,白内障手術症例は手術前と術後1カ月で眼底を撮像した.2.解析撮像した眼底写真を付属のソフトウェア(OxymapAnalyzer:version2.4.0)で解析した.血管酸素飽和度と血管径の解析には,既報に従い2.5),各眼底写真における視神経乳頭を円で囲み,その円を1乳頭径として,直径1.5乳頭径と3乳頭径の円を書き,1.5乳頭径と3乳頭径の円の間の6pixel以上の幅をもつ血管を選択し,解析した(図1).血管分岐部あるいは血管交叉部が選択範囲内にある場合は,その前後で15pixelの長さを除外した.選択した血管を上耳側,下耳側,上鼻側,下鼻側の4象限に分け,動脈と静脈のそれぞれで酸素飽和度および血管径を解析した.統計学的解析は,pairedt-testで行い,p<0.05を有意とした.III結果1.健常眼における再現性健常眼34眼での網膜4象限の網膜動脈の平均酸素飽和度は1回目99.1%±6.5%(平均±標準偏差),2回目98.1%±5.2%で有意な差はなかった(p=0.1,n=34).網膜動脈の血管径の平均値は1回目110.4μm±11.1μm,2回目112.8μm±12.8μmで有意な差はなかった(p=0.24,n=34).網膜静脈の酸素飽和度の平均値は1回目54.3%±6.0%,2回目53.5%±6.3%で有意差はなかった(p=0.21,n=34).網膜静脈の血管径の平均値は1回目146.0μm±12.8μm,2回目149.6μm±14.9μmで有意差はなかった(p=0.06,n=34).また,4象限それぞれの網膜血管の酸素飽和度および血管径の平均値を各眼で算出した.健常眼の各象限別の網膜動脈および網膜静脈の酸素飽和度と網膜動脈および網膜静脈の血管径は,各象限ですべて有意差はなかった.2.白内障手術前後における変化白内障手術症例32眼の網膜4象限の網膜動脈の酸素飽和度は,術前95.8%±9.5%,術後100.2%±6.5%(p<0.001,n=32)で有意差がみられた.網膜動脈血管径は術前110.2μm±15.8μm,術後112.4μm±13.1μm(p=0.19,n=32)で有意差はなかった.また,網膜静脈の酸素飽和度は,術前48.1%±9.0%,術後59.1%±6.5%(p<0.001,n=32)で有意差がみられた.網膜静脈血管径では,術前157.0μm±16.1μm,術後で157.4μm±16.3μm(p=0.88,n=32)で有意差はなかった(表1A).白内障手術全症例の各象限別の網膜動脈の酸素飽和度の術前後の比較では,4象限すべてで有意差がみられた.網膜静脈の酸素飽和度も同様にいずれの象限でも術前後で有意差がみられた(表2A).588あたらしい眼科Vol.32,No.4,2015(124) 表1白内障眼(A)と境界不明瞭な血管を除いた白内障眼(B)の網膜4象限を含めた平均酸素飽和度と血管径の比較酸素飽和度〔%〕血管径〔μm〕術前術後p術前術後p〔A〕網膜動脈(n=34)95.8±9.5100.2±6.5<0.001110.2±15.8112.4±13.10.19網膜血管(n=32)48.1±9.059.1±6.5<0.001157.0±16.1157.4±16.30.88〔B〕網膜動脈(n=23)98.4±8.999.7±7.50.54111.1±15.4111.6±12.30.76網膜静脈(n=9)55.8±6.757.2±6.20.21152.4±21.0150.2±19.10.54表2白内障症例(A)と境界不明瞭な血管を除いた白内障手術症例(B)の各象限における網膜血管酸素飽和度の術前後の比較網膜動脈網膜静脈酸素飽和度(%)術前術後p術前術後p〔A〕上耳側92.9±13.496.9±8.90.021(n=32)50.9±10.560.2±7.1<0.001(n=32)下耳側95.0±10.099.4±7.00.003(n=32)49.1±12.254.6±9.1<0.001(n=32)上鼻側101.4±10.9104.3±9.00.001(n=32)51.7±11.062.7±7.9<0.001(n=32)下鼻側93.8±14.5100.2±9.60.002(n=32)47.7±12.059.6±8.9<0.001(n=32)〔B〕上耳側95.3±12.195.9±8.90.59(n=24)55.3±5.357.5±3.80.07(n=10)下耳側98.0±10.298.5±7.50.66(n=22)51.1±4.452.1±5.50.47(n=5)上鼻側103.0±10.2103.6±9.00.41(n=27)58.5±7.958.5±7.40.98(n=11)下鼻側96.3±12.398.7±9.20.06(n=16)58.4±6.258.4±5.80.12(n=10)白内障手術症例の各象限別の網膜動脈の血管径の術前後の比較では,血管径はすべての象限で有意差はなかった.網膜静脈の血管径の術前後の比較も同様に,すべての象限で有意差はなかった.次に,白内障は4象限で均一に混濁しているわけではないため,570nmでの眼底写真を撮像し,その写真上で白内障により網膜血管境界が不明瞭となった象限を除外して網膜血管の解析を行い,術前後の比較を行った.網膜動脈の酸素飽和度は術前98.4%±8.9%,術後99.7%±7.5%(p=0.54,n=23)で有意差はなく,網膜動脈血管径も術前111.1μm±15.4μm,術後111.6μm±12.3μm(p=0.76,n=23)で有意差はなかった(表1B).また,網膜静脈の酸素飽和度は,術前56.7%±4.5%,術後58.9%±4.7%(p=0.21,n=9)で有意差はなく,網膜静脈血管径でも術前152.4μm±21.0μm,術後で150.2μm±19.1μm(p=0.54,n=9)で有意差はなかった(表1B).白内障手術前後でも境界が不明瞭な血管の象限を除いた場合の各象限別の網膜動脈および静脈の血管酸素飽和度,血管径は,術前後ですべての象限で有意差はなかった(表2B).IV考按Palssonらの報告によると,健常人26人の同一血管での反復測定による網膜血管酸素飽和度の標準偏差の差は動脈で1.0%,静脈で1.4%であり,繰り返しの測定でも高い再現性があることがわかっている6).また血管径については,健常(125)人12人に対しての反復測定の変動係数が第1分岐の動脈で3.5%,第2分岐の動脈で5.4%,第1分岐の静脈で2.8%,第2分岐の静脈で4.0%であり,高い再現性が確認されている7).今回,健常眼で異なる日に2回撮像した結果では,網膜動静脈の平均酸素飽和度の差が1.4%(p=0.06),静脈で0.8%(p=0.10)であった.血管径においては,2回測定の平均値の差が動脈で2.5μm(p=0.19),静脈で3.6μm(p=0.06)であり,OxymapT1TMは再現性が高いことが確認できた.また,健常眼の上下耳鼻側の4象限で各象限別に解析した結果も異なる日で撮像してもすべての象限において有意な差はなく,象限によって網膜血管酸素飽和度の解析に影響を受けることはないことが確認された.白内障症例においては,網膜動静脈の酸素飽和度の平均値は術前後で動脈で4.3%(p<0.001),静脈で11.0%(p<0.001)と有意差が認められ,白内障術後に網膜血管酸素飽和度の測定値が高くなることがわかった.網膜血管径においては,動脈で2.2μm(p=0.11),静脈で0.4μm(p=0.84)と有意な差はなく,白内障は網膜血管径の解析には影響が少ないことがわかった.人水晶体の可視光の透過曲線では,白内障がない場合は80%以上が透過することが知られているが8),加齢とともに白内障が進行してくると400nmから600nmにかけての波長は,それよりも長波長の光に比べ透過率がより低下することが知られている8).今回使用したOxymapT1TM眼底カメあたらしい眼科Vol.32,No.4,2015589 ラは570nmと600nmの波長を用いているが,白内障により570nmと600nmの光の透過が不均一に低くなったため,眼底写真上の差分から計算される血管酸素飽和度で白内障の影響が血管径よりも大きく出た可能性が考えられる.570nmで撮像した眼底写真上で白内障により血管境界が不明瞭な象限を除外して網膜血管酸素飽和度を測定すると白内障手術前後では有意差がなかったことから,白内障術後1カ月後では術前と比べ網膜血管酸素飽和度と血管径は変化しないと考えられる.今後の研究においてOxymapT1TMで解析する際,白内障により網膜血管が不明瞭な場合は網膜血管酸素飽和度が変化することを考慮に入れる必要がある.OxymapT1TMは,糖尿病網膜症や網膜血管閉塞症などの疾患において網膜血管酸素飽和度および血管径の変化を経時的に追うことができ,治療の評価や予後予測などに有用である可能性が考えられる.文献1)所敬,吉田晃敏,谷原秀信:網膜・硝子体疾患.現代の眼科学改訂第11版,p150-209,金原出版,20122)JorgensenCM,HardarsonSH,BekT:Theoxygensaturationinretinalvesselsfromdiabeticpatientsdependsontheseverityandtypeofvision-threateningretinopathy.ActaOphthalmol92:34-39,20143)VandewalleE,PintoLA,OlafsdottirOBetal:Oximetryinglaucoma:correlationofmetabolicchangewithstructuralandfunctionaldamage.ActaOphthalmol92:105110,20144)HardarsonSH,HarrisA,KarlssonRAetal:Automaticretinaloximetry.InvestOphthalmolVisSci47:50115016,20065)GeirsdottirA,PalssonO,HardarsonSHetal:Retinalvesseloxygensaturationinhealthyindividuals.InvestOphthalmolVisSci53:5433-5442,20126)PalssonO,GeisdottirA,HardarsonSHetal:Retinaloximetryimagesmustbestandardized:amethodologicalanalysis.InvestOphthalmolVisSci53:1729-1733,20127)BlondalR,SturludottirMK,HardarsonSHetal:Reliabilityofvesseldiametermeasurementswitharetinaloximeter.GraefesArchClinExpOphthalmol249:1311-1317,20118)BoultonME,RozanowskaM,WrideM:Biophysicsandagechangesofthecrystallinelens,Albert&Jakobiec’sPrinciplesandPracticeofOphthalmology,Vol2,Canada:SaundersElsevier,p1365-1374,2008***590あたらしい眼科Vol.32,No.4,2015(126)

下方で行ったサイヌソトミー併用トラベクロトミーの白内障同時手術の長期成績

2015年4月30日 木曜日

《原著》あたらしい眼科32(4):583.586,2015c下方で行ったサイヌソトミー併用トラベクロトミーの白内障同時手術の長期成績加賀郁子*1城信雄*1南部裕之1.2)中内正志*1吉川匡宣*1越生佳代*3髙橋寛二*1松村美代*2*1関西医科大学眼科学教室*2永田眼科*3関西医科大学滝井病院Long-TermOutcomesforTrabeculotomywithSinusotomyCombinedwithPhacoemulsificationandAspirationwithIntraocularLensImplantationforGlaucomaIkukoKaga1),NobuoJo1),HiroyukiNambu1,2),TadashiNakauchi1),TadanobuYoshikawa1),KayoKoshibu3),KanjiTakahashi1)andMiyoMatsumura2)1)DepartmentofOpthalmology,KansaiMedicalUniversity,2)NagataEyeClinic,3)DepartmentofOpthalmology,KansaiMedicalUniversityTakii目的:原発開放隅角緑内障(POAG),落屑緑内障(EG)に対する白内障手術を併用した下方サイヌソトミー併用トラベクロトミー(LOT+SIN)の眼圧下降効果について検討した.対象および方法:2004.2009年に白内障+下方LOT+SINを行ったPOAG22例31眼,EG20例23眼について眼圧経過および20または16mmHgの生存率を検討.結果:眼圧(POAG/EG)は術前19.8/22.7,術後3年13.4/13.1,術後5年11.5/13.0mmHgであった.術後7年の20mmHg以下の生存率(POAG/EG)は51.8/93.3%,16mmHg以下は46.5/72.8%であり,EGのほうが有意に良好であった(p<0.01).結論:白内障手術を併用した下方LOT+SINの成績は,過去の上方でのLOT+SINを行った報告と同等であった.POAGよりもEGのほうが成績は良好であった.Inthisstudy,weretrospectivelyanalyzedthelong-termsurgicaloutcomesofinferior-approachtrabeculotomyandsinusotomy(inferior-LOT+SIN)combinedwithphacoemulsificationandintraocularlensimplantation(PEA+IOL).Wereviewed31primaryopen-angleglaucoma(POAG)eyesand23exfoliationglaucoma(EG)eyes.AllcaseshadundergoneinitialLOT+SIN,andwerefollowedupforatleast6-monthspostoperative.InthePOAGandEGeyes,themeanpreoperativeintraocularpressure(IOP)was19.8mmHgand22.7mmHg,respectively,whilethemeanIOPat3-and5-yearspostoperativewas13.4and11.5mmHgand13.1and13.0mmHg,respectively.Statisticallysignificantdifferencewasfoundbetweenthepre-andpostoperativeIOP.BytheKaplan-Meierlifetablemethod,thesuccessratebelow20/16mmHgwere51.8/46.5%inthePOAGeyesand93.3/72.8%intheEGeyesat7-yearspostoperative.ThesuccessrateofEGwasstatisticallyhigherthanthatofPOAG.Thesefindingsareidenticaltothoseofpreviousreportsonsuperior-LOT+SIN.ThefindingsofthisstudyshowthatPEA+IOL+inferior-LOT+SINiseffectiveforthecontrolofIOP.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)32(4):583.586,2015〕Keywords:トラベクロトミー,サイヌソトミー,白内障手術,開放隅角緑内障,落屑緑内障.trabeculotomy,sinusotomy,phacoemulcification+IOLimplantation,primaryopenangleglaucoma,exfoliationglaucoma.はじめにことが知られ1.3),成人例ではLOT+SINを施行することがトラベクロトミー(trabeculotomy:LOT)は緑内障流出主流になっている.SINを行ってもトラベクレクトミーでみ路手術の代表格であるが,サイヌソトミー(sinusotomy:られるような濾過胞はできない1.4,7)ので,将来行う可能性SIN)を併用すると,LOT単独に比べて術後眼圧が低くなるのあるトラベクレクトミーのために上方の結膜を温存するこ〔別刷請求先〕加賀郁子:〒573-1191大阪府枚方市新町2-3-1関西医科大学眼科学講座Reprintrequests:IkukoKaga,DepartmentofOpthalmology,KansaiMedicalUniversity,2-5-1Shinmachi,Hirakata573-1191,JAPAN0910-1810/15/\100/頁/JCOPY(119)583 とを考慮して,最近では下方でLOT+SINを行うことが多く,下方で行っても,上方で行ったLOT+SINの成績と同等であることが報告されている4).LOTに白内障手術を併用した場合,LOT単独手術と同等以上の成績であり6),LOT+SINでも同様の報告はあるが7,8),これらの報告は上方で手術を行った成績であり,白内障手術を併用して下方でLOT+SINを行ったものの報告は少ない5).今回,白内障手術を併用した下方でのLOT+SINの術後長期成績を,原発開放隅角緑内障(primaryopenangleglaucoma:POAG)と落屑緑内障(exfoliationglaucoma:EG)に分けてレトロスペクティブに検討したので報告する.I対象および方法2004.2009年に関西医科大学附属滝井病院および枚方病院において,LOT+SINと超音波乳化吸引術および眼内レンズ挿入術(phacoemulsificationandaspiration:PEA+intraocularlens:IOL)の同時手術を施行した,初回手術例48例61眼のうち,術後6カ月以上経過観察ができた42例54眼を対象とした(経過観察率89%).病型はPOAG22例31眼,EG20例23眼,男性24例29眼,女性18例25眼であった.平均年齢(平均値±標準偏差,以下同様)はそれぞれ70.0±10.3,77.6±8.6歳とEGのほうが有意に高齢であった(Mann-WhitneyU検定,p=0.0087).平均経過観察期間はPOAG48.9±22.1カ月,EG45.6±25.6カ月と同等であった(Mann-WhitneyU検定,p=0.7330)(表1).LOT+SINは8時方向で行った.4×4mmの二重強膜弁を作製し,Schlemm管を露出した.上方から角膜切開ないし19ゲージ(G)のバイマニュアルにてPEAを行い,IOLは表層強膜弁下より挿入した.LOT用プローブを挿入,回転し,深層強膜弁を切除して強膜弁を10-0ナイロン糸で2.4糸縫合閉鎖した後,SINすなわちSchlemm管上の強膜の一部をケリーデスメ膜パンチにて切除した.最後に前房内の粘弾性物質を吸引した.眼圧に関してはKaplan-Meier法を用いて20mmHgあるいは16mmHg以下への生存率の解析を行った.死亡の定義は,1)術後1カ月以降で目標眼圧あるいは術前眼圧を2回表1対象症例POAGEGp値症例22例31眼20例23眼平均年齢(歳)70.0±10.377.6±8.6p=0.0087平均観察期間(カ月)48.9±22.145.6±25.6p=0.7330POAG:primaryopenangleglaucoma,原発開放隅角緑内障,EG:exfoliationglaucoma,落屑緑内障.両群間で平均年齢に有意差はなかったが,平均観察期間に有意差はなかった.(Mann-WhitneyU検定)584あたらしい眼科Vol.32,No.4,2015連続して超えた最初の時点,2)炭酸脱水酵素阻害薬の内服を開始した時点,3)新たな緑内障手術を施行した時点とした.ほかの内眼手術を行った場合は,その時点で経過観察打ち切りとした.Logrank検定を用いてPOAGとEGの病型別の生存率の比較も行った.II結果1.眼圧経過POAGの術前平均眼圧は19.8±4.4mmHgであった.術後1,3,5年の眼圧は13.9±4.1,13.4±3.2,11.5±1.6mmHgといずれの時点においても術前に比較して有意に下降した(術後1,3年p<0.0001,5年p=0.0269:pairedt-test).EGでも同様に,術前平均眼圧は22.7±9.7mmHg,術後眼圧は1,3,5年の眼圧は11.8±3.1,13.1±4.9,13.0±3.7mmHgであり,いずれの時点でも術前に比較して有意に下降した(術後1年p<0.0001,3年p=0.0037,5年でp=0.0180:pairedt-test)(図1).2.薬剤スコア緑内障点眼薬1点(ただし配合剤は2点),炭酸脱水酵素阻害薬内服を2点とした.POAGでは術前平均2.1±0.9から術後3年で1.5±1.0と減少はみられたものの有意差は認めなかった(p=0.0979:pairedt-test).また,EGでは術前平均が2.2±1.2から,術後3年で0.9±1.0(p=0.0217:pairedt-test)と統計学的に有意に減少したが,術後5年では1.0±0.6と減少はみられたものの有意差は認めなかった(p=0.1025:pairedt-test)(図2).3.生存率20mmHg以下への生存率は,POAGは術後3年で73.6%,術後5年で51.8%,EGは術後3年以降で93.3%であり,EGのほうが有意に良好であった(p=0.0086,Logranktest)(図3).16mmHg以下への生存率も同様で,POAGは術後3年で60.9%,5年で46.5%,EGは術後3年で95.2%,5年で72.8%であり,EGのほうが有意に良好であった(p=0.0099,Logranktest)(図4).4.視力術前視力と最終観察時の視力を比較した.術前と比べ最終観察時の視力がlogMAR視力で0.3以上低下した症例をPOAGの1眼(3.2%)に認めた.術後に発症した裂孔原性網膜.離が視力低下の原因であった(図5).5.濾過胞濾過手術でみられるような濾過胞は全例みられなかった.6.合併症一過性眼圧上昇(術後7日以内に30mmHg以上を呈したもの)をPOAG5眼(16.1%),EG8眼(34.8%)に認めたが,いずれの症例も経過観察もしくは点眼追加で眼圧下降した.POAG1眼で術後4日に感染性眼内炎を生じ,硝子体手(120) 32*******POAGn=31n=28n=25n=20:POAG:EG******EGn=23n=21n=17n=15n=12n=7n=18n=6:POAG:EG*****眼圧値(mmHg)スコア(点)201510術前12345(年)図2薬剤スコア0術前12345(年)図1病型別眼圧経過経過とともに症例数が減少するため有意差は出なかった術前の眼圧と比べ,病型を問わず有意に眼圧下降が得られが,術前と比べPOAGでは術後2年まで,EGでは3年また(pairedt-test**p<0.0001,*p<0.05).で有意に薬剤スコアは下降した(pairedt-test*p<0.05).100100:EG:POAG(月)72.8%(90カ月)46.5%(84カ月):EG:POAG51.8%(90カ月)93.3%(90カ月)8080生存率(%)生存率(%)60604040202000020406080(月)最終観察視力020406080図320mmHg以下への生存率図416mmHg以下への生存率POAGと比べ,EGが有意に良好であった(Logrank検定POAGと比べ,EGが有意に良好であった(Logrank検定p=0.0086).p=0.0099).術で治癒した.この症例では術後濾過胞はみられなかった.37.再手術例POAG6眼,EG1眼で再手術を行った.POAG3眼,EG2.50.51眼では術後18,34,54,54カ月までは投薬下で18mmHg2以下にコントロールできていたが,その後眼圧上昇を認めた.明らかな視野の悪化はなく,術後20,36,57,57カ月1.5で,下方の別部位から再度LOT+SINを行った.1術後1カ月以降20mmHg以上の眼圧を示しLOTが無効:EGと考えられたPOAGの1眼と,術後9カ月以降に点眼2剤●:POAGと内服投薬下で14mmHgであったが視野進行を認めたPOAGの1眼,術後48カ月まで15mmHg以下であったが視野進行を認めたPOAGの1眼の合計3眼で,各々術後6,-0.5-0.50.511.522.5326,48カ月にトラベクレクトミーを上半周で行った.術前視力図5視力経過(logMAR視力)III考按POAGの1例で裂孔原性網膜.離をきたし,術後視力低LOT+SINは10mmHg台前半の眼圧をねらえる術式では下を生じた.ないため,長い人生には将来的に濾過手術が必要になる可能性を考えて,近年では下方で行われることが多い.下方(121)あたらしい眼科Vol.32,No.4,2015585 LOT+SINの成績は上方で行ったものと変わらないことがわかっている4).LOT+SIN+PEA+IOLに関しては,以前筆者らの施設で上方から行った成績が,術後1年の眼圧14.6mmHgであり,LOT+SIN単独と同等であったことを報告した7).松原ら8)は,上方LOT+SIN+PEA+IOLの長期成績を,術後5年の平均眼圧13.6mmHg,20mmHg以下への生存率86.8%と,単独手術よりもよかったと報告している.浦野ら5)は今回の筆者らと同様に,下方でLOT+SINを施行し耳側角膜切開でPEA+IOLを行った症例と,上方でLOT+SIN+PEA+IOLを行った症例について,術後12カ月での眼圧は上方14.4mmHg,下方13.6mmHgで差はなく,その眼圧は過去のLOT+SIN単独と同等であったと報告している.本報告では,下方LOT+SIN+PEA+IOLの長期成績を,POAGとEGの病型別に検討した.POAGでは術後4年の眼圧12.9mmHg,20mmHg以下への4年生存率が71.8%で,下方でのLOT+SIN単独手術(術後5年の眼圧14.6mmHg,20mmHg以下への8年生存率62.2%)の報告4)と同等であった.POAGでは下方LOT+SIN単独と下方LOT+SIN+PEA+IOLとの成績に差はないと考えてよさそうである.EGでは,下方LOT+SIN単独手術は,術後3年の平均眼圧17.8mmHg,20mmHg以下への生存率は25.2%(42カ月)と不良であるが,内皮網除去を併用した場合はPOAGと同等の成績であると報告されている4).今回の下方LOT+SIN+PEA+IOLでは,術後5年の眼圧13.0mmHg,20mmHg以下への生存率93.3%とPOAGより明らかに良好であり,Fukuchiら10)の上方からの成績とも同等であった.落屑症候群の症例では,緑内障の有無にかかわらずPEA+IOL術後に眼圧下降が得られることも報告されている11).白内障手術で落屑物質が吸引除去されること,水晶体がIOLに替わることで虹彩との摩擦が減少し,その後の落屑物質の浮遊が減少するであろうことから,EGにはPEA+IOLは有効に作用すると考えられる.実際,LOTにSINを併用していなかった時代から,EGにはLOT+PEA+IOLが有効であることがわかっていた9)が,今回の検討でEGにおける同時手術の有用性は下方で行っても同様であることが確認された.今回,下方でのLOT+SN+PEA+IOLの長期成績を検討して,POAGではLOT+SIN単独でもPEA+IOLを併用しても眼圧成績に差のないことが明らかになった.EGでは,LOT+SIN単独よりもPEA+IOLを併用するほうが成績は良好で,POAGと比較しても有意に高い眼圧コントロールができるという結果が示された.EGでは,LOT+SINを下方で行う場合でも積極的に白内障手術を併用することが推奨586あたらしい眼科Vol.32,No.4,2015される.過去の報告では,LOT+SIN+PEA+IOLの成績がLOT+SIN単独と同等であったとされるものと5,7),同時手術のほうが単独手術よりよかったとされるもの8)がみられるが,今後は病型を考慮した検討が必須であると思われる.本稿の要旨は第24回日本緑内障学会(2013)にて発表した.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)MizoguchiT,NagataM,MatsumuraMetal:Surgicaleffectsofcombinedtrabeculotomyandsinusotomycomparedtotrabeculotomyalone.ActaOphthalmolScand78:191-195,20002)溝口尚則,黒田真一郎,寺内博夫ほか:シヌソトミー併用トラベクロトミーとトラベクロトミー単独との長期成績の比較.臨眼50:1727-1733,19963)安藤雅子,黒田真一郎,寺内博夫ほか:原発開放隅角緑内障に対するサイヌソトミー併用トラベクロトミーの長期経過.臨眼57:1609-1613,20034)南部裕之,城信雄,畔満喜ほか:下半周で行った初回Schlemm管外壁開放術併用線維柱帯切開術の術後長期成績.日眼会誌116:740-750,20125)浦野哲,三好和,山本佳乃ほか:白内障手術を併用した上方および下方からの線維柱帯切開術の検討.あたらしい眼科25:1148-1152,20086)TaniharaH,HonjoM,InataniMetal:Trabeculotomycombinedwithphacoemulsificationandimplantationofanintraocularlensforthetreatmentofprimaryopenangleglaucomaandcoexistingcartaract.OpthalmicSurgLasers28:810-817,19977)畑埜浩子,南部裕之,桑原敦子ほか:PEA+IOL+トラベクロトミー+サイヌソトミーの術後早期成績.あたらしい眼科8:813-815,20018)松原孝,寺内博夫,黒田真一郎ほか:サイヌソトミー併用トラベクロトミーと同一創白内障同時手術の長期成績.あたらしい眼科19:761-765,20029)TaniharaH,NegiA,AkimotoAetal:Surgicaleffectsoftrabeculotomyabexternoonadulteyeswithprimaryopenangleglaucomaandpseudoexfoliationsyndrome.ArchOphthalmol111:1653-1661,199310)FukuchiT,UedaJ,NakatsueTetal:Trabeculotomycombinedwithphacoemulsification,intraocularlensimplantationandsinusotomyforexfoliationglaucoma.JpnJOphthalmol55:205-212,201111)ShingletonBJ,HeltzerJ,O’DonoghueMW:Outcomesofphacoemulsificationinpatientswithandwithoutpseudo-exfoliationsyndrome.JCataractRefractSurg29:10801086,2003(122)

Fusarium角膜炎2症例による初期治療の検討

2015年4月30日 木曜日

《第51回日本眼感染症学会原著》あたらしい眼科32(4):577.581,2015cFusarium角膜炎2症例による初期治療の検討若月優稲田紀子庄司純日本大学医学部視覚科学系眼科学分野EvaluationoftheEfficacyofAntifungalTherapyinTwoCasesofFusariumKeratitisYuWakatsuki,NorikoInadaandJunShojiDivisionofOphthalmology,DepartmentofVisualSciences,NihonUniversitySchoolofMedicineピマリシン局所療法が有効であったFusarium角膜炎2症例を報告する.症例1:58歳,男性.病巣は,角膜中央部の集簇した不整形混濁から棍棒状混濁を伴う偽樹枝状病巣に進行した.角膜擦過物のpolymerasechainreaction(PCR)法でFusariumDNAが検出され,その後Fusarium属が培養された.ボリコナゾールによる治療からピマリシン局所投与に切り換え,約2カ月で治癒した.症例2:56歳,女性.病巣は小型の偽樹枝状病変であり,角膜擦過物のPCR法でFusariumDNAが検出された.ピマリシン眼軟膏を使用し,約4週間で治癒した.Fusarium角膜炎の早期診断に,偽樹枝状病変の棍棒状混濁とPCR法によるFusariumDNAの検出が有用であった.ピマリシン局所療法は,Fusarium角膜炎の初期治療として有用であると考えられた.Purpose:Toevaluatetheeffectivenessofpimaricinophthalmicsolutionantifungaltreatmentin2casesofFusariumkeratitis.CaseReport:Case1involvedacornealulcerpatientwithafrequentoccurrenceofanirregular,club-typeopacityinthecentralcorneathathadprogressedtopseudodendritickeratitis.CultivationtestingofcornealabrasionspecimensobtainedfromthepatientrevealedFusarium,andpolymerasechainreaction(PCR)testingrevealedFusariumDNA.Thepatientwassuccessfullytreatedbychangingthetherapyfromvoriconazoleinjectiontotopicalpimaricinophthalmicsolutionandointment,yetthecornealabscessleftascarposthealing.Case2involvedacornealulcerpatientwithpseudodendritickeratitis.PCRtestingofacornealabrasionspecimenobtainedfromthepatientrevealedFusariumDNA.Theinfectiouskeratitiswassuccessfullyhealedbytreatingthepatientwithpimaricinophthalmicointment.Conclusions:Clinicalobservationofaclub-typeopacityinthecorneallesionanddetectionofFusariumDNAbyPCRwerefoundtobeusefulasanearlydiagnosticapproachfortreatingFusariumkeratitis,andtopicallyadministeredpimaricinophthalmicsolutionmayprovetobeavitalinitialpathwayfortreatingFusariumkeratitis.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)32(4):577.581,2015〕Keywords:Fusarium角膜炎,ピマリシン,初期治療,polymerasechainreaction,真菌性角膜炎.Fusariumkeratitis,pimaricin,empirictherapy,polymerasechainreaction,fungalkeratitis.はじめに感染性角膜炎の原因微生物は,細菌,真菌,ウイルスおよび原虫に大別される.感染性角膜炎の原因微生物に占める真菌の割合は6.20%と報告されている1).また,真菌性角膜炎の原因真菌として,酵母菌のCandida属,糸状菌であるFusarium属,Aspergillus属Penicillium属,Alternaria属などがあげられるが,近年,Fusarium属による症例が増加しているとされている.しかしながら,真菌性角膜炎を初期に診断することはむずかしく,その理由として多彩な臨床症状を示すことに加え,角膜病巣擦過による塗抹検査や分離培養検査の検出率が低値であることがあげられる.また,糸状菌においては抗真菌薬に対して抵抗性を示すことがあるため,治療診断という面からも難渋することがある.さらに,Fusarium属は臨床株によって薬剤感受性が異なることが指摘されており,初期の薬剤選択に苦渋することがある.今回,ピマリシンが奏効したFusarium角膜炎2例を経験したので報告する.〔別刷請求先〕若月優:〒101-8369東京都千代田区神田駿河台1-6日本大学病院眼科Reprintrequests:YuWakatsuki,M.D.,DivisionofOphthalmology,NihonUniversityHospital,1-6KandaSurugadai,Chiyoda-ku,Tokyo101-0062,JAPAN0910-1810/15/\100/頁/JCOPY(113)577 I症例〔症例1〕58歳,男性.主訴:左眼視力低下,眼痛.既往歴:口唇ヘルペス,スポーツ時のみ1日使い捨てソフトコンタクトレンズ(SCL)を装用.現病歴:2013年5月に1日使い捨てSCL使用中,左眼に違和感を自覚した.翌日ゴルフを行った後に視力低下と眼痛が出現し,近医眼科を受診した.モキシフロキサシン塩酸塩点眼液および0.1%フルオロメトロン点眼液,セフポドキシムプリキセル錠を処方されるも改善傾向なく,発症後3日目に当院紹介受診した.初診時所見:視力は右眼(1.5),左眼(0.02)であり,眼圧は右眼13mmHg,左眼20mmHgであった.左眼は毛様充血を伴う結膜充血を認め,角膜中央部に不整形混濁の集簇がみられたが,角膜上皮に潰瘍はなかった(図1a).虹彩炎がみられるが,前房蓄膿はみられなかった.初診後2日目には,不整形混濁から棍棒状混濁を伴う偽樹枝状病変に進行し,前房内炎症も増加した(図1b).角膜病巣擦過を施行し,塗抹検査および細菌分離培養検査を施行したが,菌の検出はab図1症例1:左眼前眼部写真a:初診時.結膜・毛様充血,角膜中央部に不整形角膜混濁の集簇がみられる.b:初診後2日目.角膜病巣は拡大し,棍棒状混濁を伴う偽樹枝状病変がみられる.みられなかった.前医での治療は中止し,ピマリシン眼軟膏1日1回点入,ボリコナゾール静注液1日4回点眼,ゲンタマイシン点眼液1日3回点眼で加療開始したが,上皮欠損を伴う角膜混濁は円板状に進行し,角膜混濁の辺縁は棍棒状病変を伴っていた.初診後7日目に加療目的に入院となった.8日目(図2a)に2回目の角膜病巣擦過し,塗抹検査,分離培養検査(細菌,真菌,アカントアメーバ),herpessimplexvirus(HSV)およびアメーバDNRのpolymerasechainreaction(PCR)法を行った.塗抹検査で菌の検出はなく,細菌分離培養検査からCorynebacterium属,Propionibacteriumacnesが極少検出された.また,PCR法ではHSVDNAが陽性であったが,175copies/sampleであり,無症候性排出と判断した.アカントアメーバは,培養・PCR法ともに陰性であった.15日目には角膜混濁はさらに広がり,前房蓄膿も出現した(図2b).同日,アメーバ寒天培地よりFusarium属が疑われる菌糸と三日月形の大分生子を認め,分離培養検査,スライドカルチャーを施行後Fusarium属が同定された(図3a).また,2回目の角膜擦過時の検体をPCR法で再検査したところ,Fusarium属が陽性であった.Fusarium属のPCR法はEF1-a(140bp)をターゲット遺伝子に行った2).薬剤感受性試験ではすべての抗真菌薬に対して耐性を示したが(図4b),初診後17日目からはボリコナゾール静注液点眼を減量し,ピマリシン点眼液1日6回,ピマリシン眼軟膏1日1回とピマリシン局所投与を増量した治療内容に変更した.28日目には角膜混濁は部分的に消退しはじめ,前房蓄膿も消失し(図2c),47日目には角膜混濁は縮小した(図2d).その後,抗真菌薬は中止したが経過は良好であり,初診後約7カ月では左眼視力(0.6)であった.〔症例2〕患者:56歳,女性.主訴:左眼眼痛.既往歴:コンタクトレンズ装用歴なし現病歴:2014年1月,燃やしていた枯草の灰が左眼に入った後から主訴が出現し,その4日後に近医を受診した.モキシフロキサシン点眼液,ブロムフェナクナトリウム点眼液で加療するも所見の悪化を認め,発症後6日目に当科に紹介受診した.初診時所見:視力は,右眼(1.5),左眼(1.0)であり,左眼に軽度の結膜充血と毛様充血がみられた.角膜中央部に小型の棍棒状病変を伴う偽樹枝状病巣と前房内炎症を認めた(図4a).初診時に角膜病巣を擦過し,分離培養検査を行うとともに真菌感染を疑いFusarium属のDNA-PCRを施行した.分離培養検査結果からは,a-Streptocococcus属が極少検出されたのみで,真菌は検出されなかった.しかし,PCR法ではFusarium属DNAが陽性であったため,モキシフロキサシン点眼液1日3回点眼,ピマリシン眼軟膏1日3回点入で加療開始し,初診後1カ月で瘢痕治癒した(図578あたらしい眼科Vol.32,No.4,2015(114) abdcabdc図2症例1:左眼前眼部写真(経過)a:初診後8日目.病巣は円盤状に拡大している.b:初診後15日目.病巣はさらに拡大し,前房蓄膿がみられる.c:初診後28日目.ピマリシン局所治療12日目.円盤状病巣内の混濁が部分的に消退している.d:初診後47日目.角膜混濁は軽減している.4b).II考按Fusarium属は,土壌や植物の病原菌として自然界に広く分布している糸状真菌である.眼科領域では,真菌性角膜炎の原因菌として知られ,Fusariumsolaniによる真菌性角膜炎は1970年代以降増加傾向にあることが知られている3).Fusarium属をはじめとする糸状菌は農村型角膜真菌症であるとされ,草木や土壌関連の外傷によって糸状菌が角膜に侵入し感染すると考えられている.しかし,今回報告した2症例に外傷の既往はなく,症例1ではSCL装用時に違和感を自覚していることから,角膜上皮障害が存在していた可能性があるものの,その後に行ったゴルフとFusarium感染の関与は不明である.また,症例2では感染症発症までのエピソードとして燃やした灰の飛入があげられるが,今回の真菌感染症の主要な誘因であるか否かは不明であった.したがって,明確な外傷の既往がなくても,屋外活動の既往がみられる場合には,真菌性角膜炎も念頭に診断および検査を進めることが重要であると考えられた.今回の2症例に共通してみられた角膜所見としては,棍棒状病変を伴う偽樹枝状病巣があげられ,Fusarium角膜炎のabMIC:μg/mlMCFGAMPH-B5-FCFLCZ>16>2.0>64>64ITCZVRCZMCZPMR>8>4.0>16>8.0MCFG:ミカファンギンITCZ:イトラコナゾールAMPH-B:アムホテリシンBVRCZ:ボリコナゾール5-FC:フルシトシンMCZ:ミコナゾールFLCZ:フルコナゾールPMR:ピマリシン図3症例1:培養検査結果と薬剤感受性試験結果a:真菌肉眼所見(真菌分離培地),スライドカルチャー写真(フェノールコットンブルー染色),b:薬剤感性試験結果.すべての抗真菌薬に対して,耐性(R)の判定であった.初期病変の特徴的臨床所見であると考えられた.糸状菌による真菌性角膜炎の臨床所見としてKaufmanが提唱した1.病巣の大きさに比べ強い炎症反応,2.羽毛状病巣(hyphatelesion),3.硬く隆起した病巣,4.前房蓄膿,5.endothelial(115)あたらしい眼科Vol.32,No.4,2015579 abab図4症例2:左眼前眼部写真a:初診時.角膜中央部やや耳側に小型の棍棒状病変を伴う偽樹枝状病巣がみられる.b:初診後15日目.角膜病巣部は瘢痕化している.plaque,6.免疫輪の6徴が知られているが,感染初期に6徴を示すことは少ない.また,副腎皮質ステロイド(ステロイド)薬使用の有無,全身状態などによって角膜所見が非典型的な所見になるため,臨床診断に苦慮することが多いと考えられる.症例1では,ステロイド点眼薬の使用によって病態がマスクされていた可能性がある.さらに,1回目の角膜擦過物から真菌が検出されなかったことから確定診断に至らず,当科受診初期に抗真菌薬を中心にした治療を行う判断がつかなかった.また,真菌性角膜炎の進行速度は,細菌感染に比べ緩徐で,亜急性から慢性であるとされている.しかし,今回の2症例では自覚症状出現後約1週間の期間で急速に病巣は増悪しており,Fusarium角膜炎では棍棒状病変の有無とその病変の進行速度に関しても注意を要すると考えられた.真菌性角膜炎の確定診断には角膜病巣擦過物からの病原菌の同定が必要であり,微生物学的検査としては塗抹検査と分離培養検査を施行する.しかしながら,微生物学的検査は,同定までに時間を要し,初期病巣では採取できる擦過物の量が少ないため,検査項目が限定される.今回使用したPCR法は少量の検体で検査が可能であり,短時間で結果が得られるため,治療薬を選択する際の補助診断として有用であると580あたらしい眼科Vol.32,No.4,2015考えられる.症例2については,初期病巣の検査にPCR法を組み入れることによって,培養検査が陰性であったにもかかわらず早期に診断が可能となり,治療も良好な結果が得られた.Fusarium属の抗真菌薬に対する薬剤感受性は,臨床分離株によって差がみられる4,5).わが国では1985年にピマリシン点眼液,1990年にピマリシン眼軟膏が発売され,真菌性角膜炎のおもな治療薬として使用されていた.ピマリシンはわが国で市販されている唯一の眼科用剤であり,真菌細胞膜のエルゴステロールと結合し膜透過性を変化させ,真菌細胞に対して殺菌効果を示す.さらに,角膜上皮.離眼では角膜組織への高濃度移行がみられるとされる一方で,結膜充血や使用時の刺激感といった副作用のために第1選択薬としては敬遠される傾向にあった.したがって,ピマリシンの副作用回避の手段として,Fusarium角膜炎への有効性が報告されているアンホテリシンB,ボリコナゾールなどを組み合わせる治療法などが試みられてきた6.9).しかし,近年ではボリコナゾールと比較し,ナタマイシン(ピマリシン)がFusarium角膜炎への治療効果が高いと報告されている4,10).症例1では,薬剤感受性試験結果がすべての抗真菌薬に対して耐性であったにもかかわらず,臨床効果はボリコナゾールが無効,ピマリシンは有効であった.したがって,本2症例の治療経過からも,Fusarium角膜炎を疑う症例におけるピマリシン局所投与(点眼・眼軟膏)は,初期治療として有効な治療薬であり,第1選択薬として有用であると考えられた.真菌性角膜炎は,発生頻度が少ない角膜炎であるものの,原因真菌が確定した症例の治療薬の効果判定を十分に行い,症例を集積していくことが,今後の治療法確立に有用であると考えられた.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)熊倉重人:角膜炎.眼科54:1272-1276,20122)ItahashiM,HigakiS,FukudaMetal:Detectionandquantificationofpathogenicbacteriaandfungiusingreal-timepolymerasechainreactionbycyclingprobeinpatientswithcornealulcer.ArchOphthalmol128:535540,20103)三井幸彦:角膜真菌症にフザリウム感染が増加した原因.あたらしい眼科7:127-130,19904)PrajnaNV,KrishnanT,MascarenhasJetal:Themycoticulcertreatment:arandomizedtrialcomparingnatamycinvsvoriconazole.JAMAOphthalmol131:422-429,20135)LalithaP,SunCQ,PrajnaNVetal:Invitrosusceptibilityoffilamentousfungalisolatesfromacornealulcerclinical(116) trial.AmJOphthalmol157:318-326,20146)平山雅俊,大口剛司,松本幸裕ほか:アムビゾームとブイフェンドによる治療を行った角膜真菌症の1例.あたらしい眼科28:115-122,20117)朝生浩,稲田紀子,杉本哲理ほか:コンタクトレンズ装用者に発症した真菌性角膜炎の2例.眼科54:1207-1212,20128)佐々木香る,樋口かおり,加来裕康ほか:フサリウムによる角膜真菌症におけるAmBisomeの使用経験.あたらしい眼科29:391-396,20129)稲田紀子:真菌性角膜炎・アカントアメーバ角膜炎.眼科55:1212-1218,201310)SunCQ,PrajnaNV,KrishnanTetal:ExpertpriorelicitationandBayesiananalysisoftheMycoticUlcerTreatmentTrialI.InvestOphthalmolVisSci54:4167-4173,2013***(117)あたらしい眼科Vol.32,No.4,2015581

レボフロキサシン1.5%点眼液による小児の眼科周術期における減菌化療法の検討

2015年4月30日 木曜日

《第51回日本眼感染症学会原著》あたらしい眼科32(4):573.576,2015cレボフロキサシン1.5%点眼液による小児の眼科周術期における減菌化療法の検討貝田智子*1寺田裕紀子*2子島良平*1野口ゆかり*1宮田和典*1*1宮田眼科病院*2東京医科歯科大学ProspectiveStudyoftheEffectofPerioperativeInstillationof1.5%LevofloxacinontheOcularBacterialFloraofChildrenTomokoKaida1),YukikoTerada2),RyoheiNejima1),YukariNoguchi1)andKazunoriMiyata1)1)MiyataEyeHospital,2)TokyoMedicalandDentalUniversity2012年11月.2013年9月までに外眼部手術を行った小児33例52眼(平均年齢8.2±3.2歳)を対象に,レボフロキサシン1.5%点眼液(LVFX1.5%)を術前3日より術後14日まで1日3回点眼し,結膜.およびマイボーム腺の常在菌の減菌化効果と安全性について検討した.減菌化率は結膜.で術当日86.7%,術後14日80.0%,マイボーム腺で術後14日88.5%であった.点眼前の検出菌は,結膜.由来で41株,マイボーム腺由来で36株であり,Staphylococcusepidermidisがそれぞれ14株,7株,Corynebacteriumspp.が11株,17株であった.術後14日の検出菌は結膜.9株,マイボーム腺7株で,検出菌の内訳はPropionibacteriumacnes7株,Streptococcusspp.5株,coagulase-negativeStaphylococci2株であった.以上より,小児においてLVFX1.5%は周術期減菌化に有用であることが示唆された.Purpose:Toprospectivelyinvestigatetheeffectofperioperativeinstillationof1.5%levofloxacinontheocularbacterialfloraofchildren.SubjectsandMethods:Thisprospectivestudyinvolved52eyesof33childrenwithstrabismuswhowereprophylacticallydisinfectedwithtopicallevofloxacin3-timesdailyfrom3-daysbeforesurgeryto14-dayspostoperative.Results:Beforetheinstillation,bacterialculturefromtheconjunctivaandfrommeibomianglandswaspositivein30and26ofthe52eyes,respectively.Theconjunctivaculturebecamenegativein26eyes(86.7%)onthedayofoperationandin24eyes(80.0%)at14-dayspostoperative.Themeibomianglandculturebecamenegativein23eyes(88.5%)at14-dayspostoperative.Postinstillation,Corynebacteriumspp.,Staphylococcusaureus,Staphylococcusepidermidis,andHaemophilusinfluenzaedisappeared,however,Propionibacteriumacnes,Staphylococcusepidermidis,andStreptococcusspeciesremained.Conclusions:Perioperative1.5%levofloxacininstillationiseffectiveinpediatricpatientsforthereductionofthebacteriawithpotentialpathogenicityfromtheconjunctivalsacandmeibomianglands.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)32(4):573.576,2015〕Keywords:レボフロキサシン1.5%点眼液,小児斜視手術,周術期減菌化,結膜.,マイボーム腺.1.5%levofloxacinophthalmicsolution,pediatricstrabismussurgery,perioperativedisinfection,conjunctivalsac,meibomiangrands.はじめに眼科周術期における成人の感染性眼内炎の起因菌は,Staphylococcusepidermidisを含むcoagulase-negativeStaphylococci(CNS),Staphylococcusaureus,Enterococcusfaecalisなどであり,結膜.の常在菌が関与していると報告されている1.3).一方,小児における感染性眼内炎のおもな起因菌は,Streptococcispp.やStaphylococcispp.などに加え,StreptococcuspneumoniaeやHaemophilusinfluenzaeの検出頻度が成人に比し高いと報告されている4,5).これらの菌種は小児結膜炎のおもな起因菌6)であり,小児においても〔別刷請求先〕貝田智子:〒885-0051宮崎県都城市蔵原6-3宮田眼科病院Reprintrequests:TomokoKaida,M.D.,MiyataEyeHospital,6-3Kurahara,Miyakonojoshi,Miyazaki885-0051,JAPAN0910-1810/15/\100/頁/JCOPY(109)573 眼表面の常在菌が術後眼内炎に関与していることが示唆される.また,術中の操作に伴うマイボーム腺内容物の排出は,マイボーム腺に存在する細菌を眼瞼縁から結膜.へと広げるため,マイボーム腺内常在菌の減菌化も術後感染症の予防に重要である.このため近年は,周術期の結膜.と眼瞼縁の減菌化を目的として抗菌点眼薬が広く使用されている.レボフロキサシン(LVFX)は第3世代のフルオロキノロン系抗菌薬で,2000年にレボフロキサシン0.5%点眼液(LVFX0.5%)として発売され,2011年には眼組織移行性を高め,耐性誘導しにくい7)レボフロキサシン1.5%点眼液(以下,LVFX1.5%)が発売された.LVFX1.5%は成人の白内障手術周術期について高い減菌効果が報告8,9)されているが,小児に対する報告はまだない.今回,筆者らは宮田眼科病院における小児の斜視手術患者を対象として,LVFX1.5%の周術期における減菌化効果と安全性を検討したので報告する.なお,本研究は事前に倫理委員会の承認を得て実施した.I対象および方法1.対象2012年11月.2013年9月に宮田眼科病院で斜視手術を行った15歳以下の小児で,親権者より文書同意を得た患者を対象とした.LVFX1.5%投与前3カ月以内に抗菌薬,免疫抑制作用(ステロイド含む)を使用した患者,試験開始3カ月以内に眼手術既往のある患者,フルオロキノロン製剤に重篤な副作用の既往を有する患者,細菌,真菌,ウイルスの感染が疑われる患者,眼部または全身にコントロール不良の基礎疾患,合併症を有する患者,眼科手術以外の理由で入院している患者および観察期間中にコンタクトレンズを装用した患者は除外した.2.方法LVFX1.5%は,手術前3日より術後14日目まで1日3回点眼した.検体は,結膜.では点眼開始前(点眼前),手術当日の皮膚消毒前(当日),手術後14日(14日)に,マイボーム腺では点眼前および14日に検体を採取した.検体の採取方法は,オキシブプロカイン塩酸塩(ミニムスR0.4%点眼液,千寿製薬)で表面麻酔した後,下方結膜.円蓋部を滅菌綿棒で擦過した.マイボーム腺は,有田式マイボーム腺鉗子で下眼瞼を圧排し圧出物を滅菌綿棒で採取した.検体はカルチャースワブ(日本ベクトン・ディッキンソン)に保存し,冷蔵条件下(4.8℃)にてLSIメディエンスに提出し,分離・培養同定を行った.好気培養は羊血液寒天培地M58およびCLED寒天培地で35℃40.48時間,嫌気培養はチョコレートII寒天培地およびアネロコロンビアウサギ血液寒天培地で35℃,10%CO2条件下40.48時間,嫌気条件下で60.72時間培養した.増菌培養はGAM半流動培地で35℃60.72時間培養した.574あたらしい眼科Vol.32,No.4,20153.評価方法当日および14日の減菌化率,菌種別消失率(点眼前に検出した菌種と同一菌種が点眼後に検出しなかった割合)および検出菌推移を評価した.減菌化率は(点眼前菌陽性かつ点眼後菌陰性眼数)/点眼前陽性眼数×100(%)とした.検出率の統計解析はc2検定を使用した.II結果脱落例を除いた33例52眼(男児19例,女児14例),平均年齢8.2±3.2歳(3.15歳)が試験終了した.アトピーの既往や罹患している患児はいなかった.試験期間中に術後感染症の発症はなく,LVFX1.5%による結膜充血や掻痒感などの有害事象は認めなかった.1.検出率および減菌化率培養による検出率は,結膜.では点眼前30/52眼(57.7%),当日7/52眼(13.5%),14日9/52眼(17.3%),マイボーム腺では点眼前26/52眼(50.0%),14日6/52眼(11.5%)であった.結膜.の減菌化率は,当日86.7%,14日80.0%,マイボーム腺の14日の減菌化率は88.5%で菌検出率は有意に減少した(各々p<0.001,p<0.01,p<0.001,c2検定).菌種別消失率は,結膜.当日のPropionibacteriumacnesで75%,14日のStreptococcusspp.で67%であり,他はすべて100%であった(表1).検出率,検出菌に季節により影響は認められなかった.2.検出菌推移検出菌は,結膜.で点眼前41株から当日8株,14日9株,マイボーム腺で点眼前36株から14日7株と減少した.結膜.のStreptococcusspp.,結膜.,マイボーム腺のPropionibacteriumacnes検出菌株数は減少しなかった(表2).点眼前に菌陰性で点眼後に菌陽性となったのは,結膜.で当日,14日ともに各々3/22眼(13.6%),マイボーム腺で3/26眼(11.5%)であった.3眼の検出菌内訳は,結膜.の当日でStreptococcusspp.2株,Staphylococcusepidermidis1株,Propionibacteriumacnes1株,14日でPropionibacteriumacnes2株,Staphylococcusepidermidis1株,マイボーム腺では14日のCNS2株,Streptococcuspneumoniae1株,Propionibacteriumacnes1株であった.III考按今回の検討では,対象を感染症や炎症性疾患のない斜視手術の小児としたことから,点眼前に検出された菌は小児の結膜.およびマイボーム腺の常在菌と考えられる.今回得られた小児結膜.からの菌検出率57.7%は,LVFX0.5%を使用し筆者らと同様に直接培養と増菌培養を実施した片岡ら10)の成人の検出率85.3%に比べ低値であった.マイボーム腺(110) 表1菌種別消失率結膜.マイボーム腺菌種検出菌株数消失率検出菌株数消失率点眼前当日14日当日14日点眼前14日14日グラム陽性球菌StaphylococcusaureusStaphylococcusepidermidisCoagulasenegativeStaphylococcusStreptococcusspp.Corynebacteriumspp.PropionibacteriumacnesHaemophilusinfluenzae24714─31142000─0010100─1000100%100%100%─100%100%75.0%100%95.8%100%100%─66.7%100%100%100%154713174─0000000100%100%100%100%100%100%100%─点眼前後で異なる菌種が検出された場合は点眼前検出菌種は消失とした.表2検出菌推移菌種点眼前株数%結膜.当日株数%14日株数%マイボーム腺点眼前14日株数%株数%点眼前菌陽性グラム陽性球菌StaphylococcusaureusStaphylococcusepidermidisCoagulase-negativeStaphylococcusStreptococcuspneumoniaeStreptococcusspp.Corynebacteriumspp.Propionibacteriumacnesその他のグラム陽性菌Haemophilusinfluenzae2458.5717.11434.124.912.41126.849.824.9450444.4444.4133.3111.11541.7411.1719.412.825.612.81747.2411.1342.9点眼前菌陰性グラム陽性球菌StaphylococcusepidermidisCoagulase-negativeStaphylococcusStreptococcuspneumoniaeStreptococcusspp.Propionibacteriumacnes337.5112.5225112.5111.1111.1222.2342.9228.6114.3114.3合計4189367については,荒川ら11)が直接培養のみの結果で,60.70歳で52.6%,80歳以上で77.8%と報告している.今回の検討では,増菌培養を含んだマイボーム腺からの菌検出率が50.0%であり,成人に比べ小児では低い結果となった.高齢者の結膜.内や眼瞼縁の常在菌検出率は若年者に比べ高いとの報告12,13)もあり,加齢が影響したためと考えられる.結膜.の減菌化率について,本検討では術当日の減菌化率は86.7%となった.これは成人を対象にした南らの報告93.3%8),鈴木らの報告86.7%9)(いずれも直接培養のみ)と同程度であり,矢口らのLVFX0.5%における成人の報告70.0%14)(直接培養と増菌培養を実施)より高かった.菌種別にみると,術当日のグラム陽性球菌の消失率は100%と成人のLVFX1.5%の報告9)と同等であり,LVFX0.5%での報(111)告14)より高い結果となった.これらの結果は,LVFXが1.5%と高濃度であり組織内移行性がLVFX0.5%より高く15),また菌との短時間接触後の殺菌効果(PABE)が高いこと16)によると考えられる.マイボーム腺における減菌化率についてこれまでに報告がないが,本検討では14日後86.5%であり,結膜.の減菌化率とほぼ同等の結果となった.点眼前陰性であり術当日陽性となった眼は,結膜.では13.6%で鈴木らの4.8%9)より高かったが,この理由としては増菌培養の結果が影響していると考えられる.また,本検討で点眼後に検出されたStreptococcuspneumoniaeを含むStreptococcusspp.は成人では検出されておらず8,9,14),小児の特徴であることが示唆された.これは小児では上気道にあたらしい眼科Vol.32,No.4,2015575 Streptococcusspp.が多く存在していることから,上咽頭から鼻涙管を経由して眼表面に広がったか,あるいは小児の手を介して広がった可能性が考えられる.Streptococcuspneumoniaeは,小児の眼科手術や外傷を含めた感染性眼内炎の起因菌として成人より割合が多いとの報告4,5)もある.今回,LVFX1.5%投与後においてもStreptococcusspp.が検出されたことから,LVFX1.5%の小児における長期投与はStreptococcusspp.の出現に注意が必要である.本研究では,健康小児においても成人と同様に結膜.およびマイボーム腺に常在細菌叢が存在し,LVFX点眼後の検出菌推移は,成人で検出されるCorynebacteriumspp.9)が消失し,検出されていないStreptococcusspp.が検出され成人とはやや異なることが示された.また,眼科周術期の小児に対するLVFX1.5%の使用は,良好な減菌化効果をもつことが示唆された.術後感染の発症リスクを軽減する目的として,小児の眼科周術期におけるLVFX1.5%の使用は有効であると考えられる.(本研究費の一部は参天製薬株式会社から助成を受けた)利益相反:宮田和典(カテゴリーF:参天製薬株式会社)文献1)原二郎:発症時期からみた白内障術後眼内炎の起炎菌.あたらしい眼科20:657-660,20032)薄井紀夫,宇野敏彦,大木孝太郎ほか:白内障に関する術後眼内炎全国症例調査.眼科手術19:73-79,20063)SpeakerMG,MilchFA,ShahMKetal:Roleofexternalbacterialflorainthepathogenesisofacutepostoperativeendophthalmitis.Ophthalmology98:639-650,19914)KhanS,AthwalL,ZarbinMetal:Pediactricinfectiousendophthalmitis:areview.JPediatrOphthalmolStrabismus51:140-153,20145)ThordsenJE,HarrisL,HubbardGB:Pediatricendophthalmitis.A10-yearconsecutiveseries.Retina28:S3-S7,20086)堀由起子,望月清文,村瀬寛紀ほか:外眼部感染症における検出菌とその薬剤耐性に関する検討(1998.2006年).日眼会誌113:583-595,20097)長野敬,川上佳奈子,河津剛一ほか:Invitro眼組織中濃度シミュレーションモデルにおける黄色ブドウ球菌および緑膿菌の殺菌ならびにレボフロキサシン耐性化に対する0.5%あるいは1.5%レボフロキサシンの影響.あたらしい眼科18:646-650,20018)南雅之,長谷川裕基,藤澤邦見:レボフロキサシン点眼薬1.5%の周術期無菌化療法.臨眼67:1381-1384,20139)SuzukiT,TanakaH,ToriyamaKetal:Prospectiveclinicalevaluationof1.5%levofloxacinophthalmicsolutioninophthalmicperioperativedisinfection.JOculPharmacolTher29:887-892,201310)片岡康志,佐々木香る,矢口智恵美ほか:白内障手術予定患者の結膜.常在菌に対するガチフロキサシンおよびレボフロキサシンの抗菌力.あたらしい眼科23:1062-1066,200611)荒川妙,太刀川貴子,大橋正明ほか:高齢者におけるマイボーム腺および結膜.内の常在菌についての検討.あたらしい眼科21:1241-1244,200412)丸山勝彦,藤田聡,熊倉重人ほか:手術前の外来患者における結膜.内常在菌.あたらしい眼科18:646-650,200113)村上純子,下村嘉一:白内障術前患者の眼瞼縁における細菌検査の検討.あたらしい眼科26:1678-1682,200914)矢口智恵美,佐々木香る,子島良平ほか:ガチフロキサシンおよびレボフロキサシンの点眼による白内障周術期の減菌効果.あたらしい眼科23:499-503,200615)長野敬,川上佳奈子,河津浩二ほか:InVitro眼組織中濃度シュミレーションモデルにおける黄色ブドウ球菌および緑膿菌の殺菌ならびにレボフロキサシン耐性化に対する0.5%あるいは1.5%レボフロキサシンの影響.あたらしい眼科30:1754-1760,201316)砂田淳子,上田安希子,坂田友美ほか:1.5%レボフロキサシン点眼薬と0.5%レボフロキサシン点眼薬のPostantibioticBactericidalEffect比較.あたらしい眼科29:854-858,2012***576あたらしい眼科Vol.32,No.4,2015(112)

長期臥床後の硝子体手術を契機に発症したMRSEによる眼内炎の1例

2015年4月30日 木曜日

《第51回日本眼感染症学会原著》あたらしい眼科32(4):569.572,2015c長期臥床後の硝子体手術を契機に発症したMRSEによる眼内炎の1例馬詰和比古八木浩倫有本剛服部貴明若林美宏後藤浩東京医科大学眼科学分野ACaseofEndophthalmitisCausedbyMethicillin-ResistantStaphylococcusepidermisafterVitrectomyinaLong-TermBedriddenPatientKazuhikoUmazume,HiromichiYagi,GoArimoto,TakaakiHattori,YoshihiroWakabayashiandHiroshiGotoDepartmentofOphthalmology,TokyoMedicalUniversity目的:テルソン(Terson)症候群に対する硝子体手術後に発症したmethicillin-resistantStaphylococcusepidermis(MRSE)を起因菌とする細菌性眼内炎を報告する.症例:61歳の女性.くも膜下出血のため入院し,脳神経外科で手術を施行された.集中治療室(ICU)で覚醒後に両眼の視力低下を自覚して当科紹介受診となり,くも膜下出血に続発したTerson症候群と診断された.一般病床へ転床後も視力改善がみられないため,白内障手術と25ゲージ硝子体手術が計画された.手術は問題なく終了したが,術後約48時間後に右眼の急激な視力低下を自覚した.その際の診察所見は,右眼の視力は30cm指数弁,前房細胞3+,眼内レンズ前後面にフィブリンの析出,Bモード超音波断層検査で濃厚な硝子体混濁を認め,術後眼内炎と診断した.ただちにセフタジジムおよびバンコマイシンの硝子体注射を行い,同日に硝子体手術を再度施行した.術中に採取した硝子体の培養検査によりMRSEが検出された.考按:Terson症候群に続発したMRSEを起因菌とする術後眼内炎を経験した.長期間ICUなどに入院している場合には,耐性菌による術後眼内炎の発症に留意する必要があることを再認識した.Purpose:Toreportacaseofendophthalmitiscausedbymethicillin-resistantStaphylococcusepidermis(MRSE)aftervitrectomyinalong-termbedriddenpatient.Casereport:A61-year-oldfemalewastreatedforsubarachnoidhemorrhage.Afterthesurgery,shebecameawareofblurredvisionduetodensevitreoushemorrhage.WediagnosedhersymptomsasTerson’ssyndromeandplanneda25-gaugevitrectomywithcataractsurgery.Thesurgerywasperformedwithoutcomplication,however,hervisionsuddenlydecreased48hoursaftertheinitialsurgery.Theocularconjunctivawasstronglyinjected,andtheanteriorchamberwasinflamedwith3+cellsanddensevitreousopacitywasrevealedbyB-modeultrasoundexamination.Finally,shewasdiagnosedwithseverepostoperativeendophthalmitis,andweimmediatelyinjectedceftazidimeandvancomycinintothevitreouscavity.Furthermore,areoperationwasperformedonthesameday.MRSEwasdetectedfromboththeaqueoushumorandvitreoushumor.Conclusion:Weshouldbeawareofendophthalmitiscausedbydrug-resistantbacteria,especiallyinlong-termbedriddenpatients.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)32(4):569.572,2015〕Keywords:術後細菌性眼内炎,MRSE,テルソン症候群.postoperativeendophthalmitis,MRSE,Terson’ssyndrome.はじめにうになってきた.25ゲージ硝子体手術導入当初は,術後の近年,23ゲージ,25ゲージといった小切開硝子体手術低眼圧などを原因とする術後眼内炎の発症率が,従来の20(microincisionvitrectomysurgery:MIVS)の適応拡大にゲージ硝子体手術に比べて高率であるとの報告も散見されよって,多くの症例で小切開無縫合硝子体手術が施されるよた1,2).しかし,MIVSが普及して約10年が経過し,25ゲー〔別刷請求先〕馬詰和比古:〒160-0023東京都新宿区西新宿6-7-1東京医科大学臨床医学系眼科学分野Reprintrequests:KazuhikoUmazume,M.D.,DepartmentofOphthalmology,TokyoMedicalUniversity,6-7-1Nishi-Shinjyuku,Shinjyuku-ku,Tokyo160-0023,JAPAN0910-1810/15/\100/頁/JCOPY(105)569 ジ硝子体手術後の眼内炎発症率に差異はないとの報告もみられるようになった.国内でのShimadaら3)の報告では,術後眼内炎の発症率は,20ゲージ硝子体手術では0.0278%(1例/3,592例)であるのに対して,25ゲージでは0.0299%(1例/3,343例)であり,有意差は両者の間になかったとされている.今回筆者らは,Terson症候群に併発した硝子体出血に対する白内障手術同時25ゲージ硝子体手術の術後早期に,重篤な眼内炎を生じた1例を経験した.本症例における術中,術後の眼所見とともに原因究明,今後の対策について報告する.I症例63歳.女性.既往歴は特になし.2013年12月深夜に自宅で倒れているところ(意識レベルはJCSIII-300)を発見され,東京医科大学病院の救急救命センターへ搬送された.病着後,頭部CT検査で解離性右椎骨動脈瘤破裂によるくも膜下出血と診断され,同日に脳血管内手術が施行された.術後は集中治療室(ICU)に入院となり,術後2日には意識清明で神経脱落症状は認めなかったが,両眼の視力低下を自覚したため眼科を紹介受診となった.両眼ともに視力は30cm手動弁で矯正不能,眼圧は右眼13mmHg,左眼11mmHgであった.前眼部は軽度白内障(Emery-Little分類grade2)があり,眼底は両眼とも濃厚な硝子体出血のため透見不能であったが,Bモード超音波断層検査では明らかな網膜.離などの所見は認めなかった.ICUから一般病床に転出したが,視力の回復がみられなかったため,くも膜下出血発症37日後に,左眼に対して25ゲージ硝子体システム(アルコン社製Constellation)を用いて白内障手術同時硝子体手術を施行した.上方強角膜切開で白内障手術を行い,網膜アーケード血管に沿って存在していた増殖膜を.離し切除,濃厚な硝子体出血を除去し,9-0吸収糸でポートを縫合し手術終了とした.術後経過は良好で,左眼矯正視力1.2まで改善した.先行眼の手術から約1カ月後に,右眼の手術を左眼と同様に25ゲージ硝子体システムを用いて施行した.手術は型どおりに行い,濃厚な硝子体出血を除去した後に先行眼と同様,9-0吸収糸でポートを縫合し終了とした.術翌日は,創からの眼内液の漏出もなく,左眼眼圧は7mmHg,眼底の透見も良好で矯正視力は0.4まで改善していた.術後2日目早朝の診察時も前日と変わりなく経過良好であったが,同日の夕方,術後約48時間後に著明な視力低下(30cm手動弁)の訴えがみられた.高度の毛様充血,眼内レンズ前後面にフィブリンの析出を認め,前房蓄膿も伴っていた.眼底は透見不可能で,Bモード超音波断層検査で硝子体混濁と思われる所見を確認した.ただちに病棟内で前房洗浄を行い,セフタジシムとバンコマイシンの硝子570あたらしい眼科Vol.32,No.4,2015体内注射を施行し,3時間後に緊急手術を開始した.再手術も初回手術と同様,25ゲージ硝子体システムを用いて施行した(図1).既報4)にあるように灌流液にはセフタジシムとバンコマイシンを注入したものを用いた.眼内レンズの前後面を覆っていたフィブリン膜を除去した後に硝子体カッターで後.を切除し,硝子体腔と前房との交通を確保した.眼底は白色の強い硝子体混濁のために透見不能であったが,混濁を吸引し,残存硝子体を可及的に切除した.硝子体混濁の除去後に眼底を観察すると,後極部を中心にフィブリンと思われる白色の膜様物が堆積し,網膜も一部蒼白で出血斑も散在していた(図2).後極部の膜様物も可及的に除去し,カニューラ挿入部は結膜を切開して8-0ナイロン糸で縫合し,手術を終了した.術後はセフタジシムとバンコマイシンの点眼を1時間ごとに施行し,セフェピム2g/日の全身投与を追加した.前房洗浄時および再手術時に採取した前房水,硝子体液の培養検査によりmethicillin-resistantStaphylococcusepidermis(MRSE)が検出された.薬剤感受性はMIC(μg/ml)では,通常筆者らの施設で術後に用いているレボフロキサシン(LVFX)4μg/ml以上で耐性であり,他にセファゾリン(CEZ)8g/ml以下,ゲンタマイシン(GM)8μg/ml以上でLVFXと同様に耐性であった.一方で,バンコマイシン(VCM)は2μg/mlと感受性を示し,他にアルベカシン(ABK)1μg/ml以下,ミノマイシン(MINO)2μg/ml以下と感受性は高かった.術中より使用していたVCMに対する感受性があったため,治療を継続とし,厳重な経過観察を行った.術後は徐々に炎症も消退し,術後6日目には前房蓄膿も消失した.眼内レンズの後面の混濁は緩徐ではあるが消退傾向を示し,術後10日目に眼底の透見もできるようになり,矯正視力は0.02となった.術後11日目には感染の増悪徴候がないことから退院とし,外来での経過観察とした(図3).退院後の術後16日目よりバンコマイシン点眼の回数を1日6回と減らし,さらに0.1%ベタメタゾンリン酸エステルナトリウム液(1日4回)を追加した.その後の経過は良好で,眼内レンズ後面の混濁は残存しているものの,炎症の再燃はなく,術後40日目の矯正視力は0.4まで回復した(図3).眼底は下方に黒色の顆粒状混濁が残存している他は,検眼鏡的にはほぼ正常所見であった(図4).しかしながら,網膜電位図を術後40日後に施行したところ,singleflashでは両眼のa波の減弱,右眼のb波の減弱,photopicではb波の減弱を認めた.両眼の桿体機能の低下および左眼の錐体機能低下が示唆され,いずれも眼内炎による影響と考えられた(図5).なお,右眼の細菌性眼内炎の起因菌がMRSEであったことから,僚眼についても結膜.細菌検査を改めて施行したが,菌は検出されなかった.(106) 図1再手術直前の前眼部所見毛様充血と前房内のフィブリンの析出および前房蓄膿を認める.ABCD図3再手術後の前眼部写真A:術後2日目,B:術後6日目,C:術後16日目,D:術後40日目.術後6日目には前房蓄膿は消失し,徐々に眼内レンズ後面の混濁も消退している.図5再手術後に行ったERGSingleflashでは両眼のa波の減弱,右眼のb波の減弱,Photopicではb波の減弱を認めた.(107)図2再手術時の眼底所見後極部にフィブリン膜と網膜内出血を認める.図4再手術後40日目の眼底写真検眼鏡的には,視神経,黄斑ともにほぼ正常となっている.II考按25ゲージ硝子体手術施行後早期に,MRSEを起因菌とする細菌性眼内炎の症例を経験した.MIVSの普及から10年が経過し,術後の細菌性眼内炎の発症は導入当初より減少していると考えられ3),なかでもMRSE関連術後細菌性眼内炎は1例報告があるのみで5),非常に稀である.以前に丸山らは白内障手術前患者の結膜.内常在菌の検索を施行し,1,787眼中948眼(53.1%)に何らかの細菌が検出されたことを報告している6).そのうち337眼に対して薬剤耐性菌の検索を行ったところ,MRSEが8.5%,メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)が2.1%検出された.今回の症例と同様に長期入院をしていた患者に対して結膜.内常在菌の検索を行った調査では,細菌の検出率が77.1%と高あたらしい眼科Vol.32,No.4,2015571 率であることが報告されている7).また,術前患者ならびに集中治療室入院患者における咽頭,下気道菌叢の検討によると,術前患者の咽頭からは正常細菌叢のみの検出であったのに対し,集中治療室患者の咽頭からは高率に耐性菌が検出されることが報告されている8).本症例の原疾患はくも膜下出血に続発するTerson症候群9)であったが,術後の細菌性眼内炎とTerson症候群の関連を示唆する報告はない.しかし,今回の症例はくも膜下出血に対する手術後に一定期間にわたって集中治療室に滞在しており,耐性菌感染などに対する感染のリスクが高くなっていた可能性が考えられる.集中治療室などに入院している患者の多くは,immunocompromisedhostであるということを念頭に置き,内眼手術を予定している場合にはあらかじめ結膜.内の細菌検査を施行し,薬剤耐性菌の検出がみられた際には除菌を行うなどの対策が必要であると考えられた.周術期における感染症対策として,術中にポビドンヨードを使用する試みが普及しつつある.当院でも最近は0.125%のポビドンヨードを術中に使用し,予防対策の一つとしているが,今回の症例の手術時にはまだ導入していなかった.ポビドンヨードに関しては角膜内皮細胞に対する影響も懸念されているが10),Shimadaら11)は周術期における感染予防への有用性について言及している.すなわち,25ゲージ硝子体手術時の術野廃液パックからの細菌検出率を,角膜保護目的に従来どおりの灌流液とポビドンヨードを用いて比較検討したところ,ポビドンヨード群では有意に細菌検出率が低かったことを報告している11).今回,不幸にして耐性菌を原因とする重篤な術後細菌性眼内炎を生じた症例を経験したが,経結膜小切開硝子体手術が主流となっている今日では,周術期における感染対策のみならず,状況に応じた術前の予防処置も重要であることが再認識させられた.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)KunimotoDY,KaiserRS:Incidenceofendophthalmitisafter20-and25-gaugevitrectomy.Ophthalmology114:2133-2137,20072)ScottIU,FlynnHWJr,DevSetal:Endophtalmitisafter20-gaugeand25-gaugeparsplanavitrectomy:incidenceandoutcomes.Retina28:138-142,20083)ShimadaH,NakashizukaH,HattoriTetal:Incidenceofendophthalmitisafter20-and25-gaugevitrectomy:causesandprevention.Ophthalmology115:2215-2220,20084)薄井紀夫:白内障術後眼内炎─危機を脱出するタイミングと方法.臨眼60:30-36,20065)MatsuyamaK,KunimotoK,TaomotoMetal:Earlyonsetendophthalmitiscausedbymethicillin-resistantStaphylococcusepidermidisafter25-gaugetransconjunctivalsuturelessvitrectomy.JpnJOphtalmol52:508-510,20086)丸山勝彦,藤田聡,熊倉重人ほか:手術前の外来患者における結膜.内常在菌.あたらしい眼科18:646-650,20017)MelaEK,DrimtziasEG,ChristofidouMKetal:Ocularsurfacebacterialcolonisationinsedatedintensivecareunitpatients.AnaesthIntensiveCare38:190-193,20108)吉富裕子,河野茂,光武耕太郎ほか:術前患者およびICU患者における咽頭および下気道菌叢の検討─特に気管内挿管の影響について.感染症学雑誌65:1569-1577,19919)TersonA:Del’hemorrhagiedanslecorpsvitreaucoursdel’hemorrhagiecerebrale.ClinOphthalmol6:309-212,190010)AlpB.N,ElibolO,SargonM.Fetal:Theeffectofpovidoneiodineonthecornealendothelium.Cornea29:546550,200011)ShimadaH,NakashizukaH,HattoriTetal:Reducingbacterialcontaminationinsidefluidcatchbagin25-gaugevitrectomybyuseof0.25%povidone-iodineocularsurfaceirrigation.IntOphthalmol33:35-38,2013***572あたらしい眼科Vol.32,No.4,2015(108)