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近視性脈絡膜新生血管

2015年8月31日 月曜日

特集●抗VEGF薬による治療あたらしい眼科32(8):1113.1116,2015特集●抗VEGF薬による治療あたらしい眼科32(8):1113.1116,2015近視性脈絡膜新生血管Anti-VEGFTherapyforMyopicChoroidalNeovascularization森山無価*笠原香織*大野京子*はじめに病的近視はとくにアジアで頻度が高く,またわが国でも多治見スタディでは近視性黄斑変性は失明原因の第1位1),Yamadaらの報告2)でも病的近視が失明の原因疾患として緑内障についで第2位である.病的近視はさまざまな合併症をきたすが,そのなかでも近視性脈絡膜新生血管(myopicchoroidalneovascularization:近視性CNV)はとくに中心視力を著しく損なう疾患として社会的にも重要である.近年,近視性CNVに対して抗VEGF薬が用いられ,良好な成績が報告されている.本稿では近視性CNVに対する抗VEGF薬の治療について概説する.I近視性CNVの診断近視性CNVは強度近視患者の約10%に発生し,そのうち1/3の症例では僚眼にもCNVを生じる3).また,50歳以下でのCNVの原因としては約6割を占め,最多である4).眼底所見では黄斑部に多くは出血を伴う黄白色.灰白色の隆起性病変を認め(図1a),フルオレセイン蛍光眼底造影(fluoresceinangiography:FA)では早期から旺盛な蛍光漏出を呈し,いわゆるclassicCNVのパターンを呈する(図1b).また,インドシアニングリーン赤外蛍光眼底造影(indocyaninegreenangiography:IA)ではあまり過蛍光を呈さず,darkrimで囲まれた周囲とほぼ同輝度の蛍光を呈する.光干渉断層計(opticalcoherencetomography:OCT)では網膜色素上皮(retinalpigmentepithelium:RPE)下からの病変を認め,滲出性変化も伴うことがある(図1c).II近視性CNVに対する抗VEGF薬による治療現在までに使用されてきた抗VEGF薬としては保険適用外治療としてベバシズマブ(アバスチンR),保険適用内治療としてラニビズマブ(ルセンティスR)とアフリベルセプト(アイリーアR)がある.1.ベバシズマブベバシズマブはVEGF-Aに対するマウスモノクローナル抗体を遺伝子組み換えによりヒト化した中和抗体である.近視性CNVに対する投与は保険適用外である.2006年の報告では,近視性CNVに対してベバシズマブの硝子体注入を行い,視力改善,網膜内浮腫や網膜下液の消失を得たとされている5).2.4年の経過でも視力改善が得られたという報告が多い6.8).2.ラニビズマブラニビズマブはVEGF-Aに対するマウスモノクローナル抗体からFabフラグメント(可変領域)を切り出して作製され,VEGFとの親和性が強くなるように一部遺伝子操作が行われている.分子量が小さいため,組織移行性に有利である一方,ヒトにおける硝子体半減期が*MukaMoriyama,KaoriKasaharaandKyokoOhno-Matsui:東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科眼科学〔別刷請求先〕森山無価:〒113-8519東京都文京区湯島1-5-45東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科眼科学0910-1810/15/\100/頁/JCOPY(47)1113 1114あたらしい眼科Vol.32,No.8,2015(48)3.5回,PDT群3.2回であった.12カ月後ETDRSチャート視力のベースラインからの平均変化量は,I群で+13.8文字,II群で+14.4文字,PDT群で+9.3文字であった.他にも,3年間で平均7.6回のルセンティスR硝子体注射で,ETDRSチャート視力はベースライン55.4文字から63.4文字に有意に改善,35%の症例では15文字以上改善したという報告10)や,4年間で平均3.3回のルセンティスR硝子体注射で,ETDRSチャート視力が平均4.3文字改善したという報告がある7)3.アフリベルセプト(アイリーアR)アフリベルセプトはVEGF受容体とヒトIgG抗体から作製された遺伝子組換え融合糖蛋白質である.VEGF-AだけでなくVEGF-BとPlGFにも結合すること,また,分子量が大きいため硝子体半減期がラニビズマブに比較して長いことが特徴である.MYRROR試験11.13)(日本人90例を含む122例対象)では,アフリベルセプト投与群とコントロール群を比較して治療効果を比較している.アフリベルセプト投与群では初回にアフリベルセプト硝子体注射を行い,以降は基準を満たした場合に追加投与している.コントロール群では20週目までは偽薬を投与,24週目にアフリベルセプトを投与,以降も基準を満たした場合にアフリベルセプト追加投与している.24週目におけるETDRSチャート視力の平均変化量は,アフリベルセプト投与群で+12.1文字,コントロール群で.2.0文字であり,アフリベルセプト群のほうが良好な結果であった.さらに,48週目のETDRSチャート視力の平均変化量は,アフリベルセプト投与群で+13.5文字,コントロール群で+3.9文字とアフリベルセプト投与群のほうが有意に視力改善しており,早期治療の重要性が示唆されている.III抗VEGF薬の投与方法筆者らの施設ではベバシズマブ,ラニビズマブ,アフリベルセプトの投与の際は,下記の方法をとっている.初回投与1カ月後において,FAGで漏出がある場合や,OCTで滲出性変化の残存あるいは増加が認められた場合は,追加投与を行う.CNVの鎮静化を確認するベバシズマブと比べて短い.RADIANCE試験9)(日本人50例を含む277例対象)では,初回と1カ月後にラニビズマブ硝子体注射を行い,以降は視力低下があった場合に追加投与するI群と,初回にラニビズマブ硝子体注射を行い,以降はCNVの活動性によって追加投与するII群と,PDT群とを比較した.12カ月間での平均投与回数はI群4.6回,II群abc図1活動期の近視性CNVa:黄斑部を挟んで鼻側および耳側に灰白色の病巣を認める.b:同症例の後期FA像.旺盛な色素漏出を認める.c:同症例のOCT.網膜色素上皮上のCNVと周囲に滲出性網膜.離を認める.abc図1活動期の近視性CNVa:黄斑部を挟んで鼻側および耳側に灰白色の病巣を認める.b:同症例の後期FA像.旺盛な色素漏出を認める.c:同症例のOCT.網膜色素上皮上のCNVと周囲に滲出性網膜.離を認める. あたらしい眼科Vol.32,No.8,20151115(49)acbd図2抗VEGF薬投与によって完全消失を得た近視性CNVの症例58歳,女性.眼軸長30.8mm.a,b:抗VEGF療法前,c,d:抗VEGF療法後.a:傍中心窩に出血を伴う近視性CNVを認める.矯正視力は(0.3).b:造影剤注入後1分34秒のFA写真.CNVからの旺盛な蛍光漏出を認める.c:ベバシズマブ硝子体注射2年経過後の眼底写真.CNVは完全に消失.矯正視力は(0.8).d:造影剤注入後2分57秒のFA写真.FAでもCNVは同定できない.(土屋香,森山無価,大野京子:近視性脈絡膜新生血管(CNV)に対する抗VEGF薬.あたらしい眼科30:357-358,2013より引用)ab図3近視性CNV治療後に網脈絡膜萎縮を生じた症例79歳,女性.眼軸長26.6mm.中心窩に出血を伴う大きな近視性CNVを認めた症例のベバシズマブ硝子体注射4年後の眼底写真.CNVの瘢痕化を得られたものの,残存したCNV周囲に網脈絡膜萎縮を生じ,矯正視力は初診時(0.06)から4年後(0.07)と改善はみられない.acbd図2抗VEGF薬投与によって完全消失を得た近視性CNVの症例58歳,女性.眼軸長30.8mm.a,b:抗VEGF療法前,c,d:抗VEGF療法後.a:傍中心窩に出血を伴う近視性CNVを認める.矯正視力は(0.3).b:造影剤注入後1分34秒のFA写真.CNVからの旺盛な蛍光漏出を認める.c:ベバシズマブ硝子体注射2年経過後の眼底写真.CNVは完全に消失.矯正視力は(0.8).d:造影剤注入後2分57秒のFA写真.FAでもCNVは同定できない.(土屋香,森山無価,大野京子:近視性脈絡膜新生血管(CNV)に対する抗VEGF薬.あたらしい眼科30:357-358,2013より引用)ab図3近視性CNV治療後に網脈絡膜萎縮を生じた症例79歳,女性.眼軸長26.6mm.中心窩に出血を伴う大きな近視性CNVを認めた症例のベバシズマブ硝子体注射4年後の眼底写真.CNVの瘢痕化を得られたものの,残存したCNV周囲に網脈絡膜萎縮を生じ,矯正視力は初診時(0.06)から4年後(0.07)と改善はみられない.(49)あたらしい眼科Vol.32,No.8,20151115 1116あたらしい眼科Vol.32,No.8,2015(50)visualimpairmentintheadultJapanesepopulationbycauseandseverityandfutureprojections.OpthalmicEpi-demiol17:50-57,20103)Ohno-MatsuiK,YoshidaT,FutagamiSetal:Pathyatro-phyandlacquercrackspredisposetothedevelopmentofchoroidalneovascularizationinpathologicmyopia.BrJOphtalmol87:570-573,20034)CohenSY,LarocheA,LeguenYetal:Etiologyofchoroi-dalneovascularizationinyoungpatients.Ophthalmology103:1241-1244,19965)LaudK,SpaideRF,FreundKBetal:Treatmentofcho-roidalneovascularizationinpathologicmyopiawithintra-vitrealbevacizumab.Retina26:960-963,20066)OishiA,YamashiroK,TsujikawaAetal:Long-termeffectofintravitrealinjectionofanti-VEGFagentforvisu-alacuityandchorioretinalatrophyprogressioninmyopicchoroidalneovascularization.GraefesArchClinExpOph-thalmol251:1-7,20137)Ruiz-MorenoJM,AriasL,MonteroJAetal:Intravitrealanti-VEGFtherapyforchoroidalneovascularizationsec-ondarytopathologicmyopia:4-yearoutcome.BrJOph-thalmol97:1447-1450,20138)PeirettiE,VinciM,FossarelloM:Intravitrealbevacizum-abasatreatmentforchoroidalneovascularizationsecond-arytomyopia:4-yearstudyresults.CanJOphthalmol47:28-33,20129)WolfS,BalciunieneVJ,LaganovskaGetal:RADI-ANCE:Arandomizedcontrolledstudyofranibizumabinpatientswithchoroidalneovascularizationsecondarytopathologicmyopia.Ophthalmology121:682-692,201410)FranqueiraN,CachuloML,PiresIetal:Long-termfol-low-upofmyopicchoroidalneovascularizationtreatedwithranibizumab.Ophthalmologica227:39-44,201211)StemperB:バイエル薬品社内資料[24週,日本人を含む第III相国際共同試験].201312)AsmusF:バイエル薬品社内資料[48週,日本人を含む第III相国際共同試験].201413)IkunoY,Ohno-MatsuiK,WongTYetal:MYRRORInvestigators.Intravitrealafliberceptinjectioninpatientswithmyopicchoroidalneovascularization:TheMYRRORStudy.Ophthalmology122:1220-1227,201514)HayashiK,ShimadaN,MoriyamaMetal:Two-yearout-comesofintravitrealbevacizumabforchoroidalneovascu-larizationinJapanesepatientswithpathologicmyopia.Retina32:687-695,2012までは1カ月ごとに診察を行い,その後は診察間隔を徐々にあけていくが,前述のように1/3の症例で両眼にCNVが発症する3)ため,半年に1回程度の定期診察を行い慎重に経過観察することが必要である.再発を繰り返す場合や,効果が不十分の場合には,抗VEGF抗体製品の変更を検討する.IV今後の課題いずれの抗VEFG薬の報告でも短期的には近視性CNVに対する治療効果は良好である.しかしながら,近視性CNVの治療においてもっとも重要なのはCNVの退縮だけではなく,CNV退縮後に生じる網膜脈絡膜萎縮である.中心窩外のCNVは抗VEGF療法によってCNVが完全に消失する症例がある(図2).このような症例では長期に経過観察しても網膜脈絡膜萎縮が生じず,根治が得られる.一方,中心窩下のCNVでは治療によりCNVは収縮するが,線維性瘢痕組織として残存することが多い.長期的にはこの瘢痕化したCNV周囲に網膜脈絡膜萎縮が生じ(図3),視力低下の原因となりうる14).今後,長期的治療効果の報告が待たれる.おわりに抗VEGF薬によって近視性CNVの治療は飛躍的に進歩した.以前は治療法がなく,徐々に視力が低下していく経過をみるだけであったが,現在は少なくとも短期的には視力の維持,改善が得られている.しかしながら,網脈絡膜萎縮の発生という課題があり,今後はこの課題に対する新たなアプローチが必要と思われる.文献1)IwaseA,AraieM,TomidokoroAetal:PrevalenceandcausesoflowvisionandblindnessinaJapaneseadultpopulation:theTajimiStudy.Ophthalmology113:1354-1362,20062)YamadaM,HiratsukaY,RobertsCBetal:Prevalenceof

アフリベルセプトによる加齢黄斑変性の治療

2015年8月31日 月曜日

特集●抗VEGF薬による治療あたらしい眼科32(8):1105~1111,2015特集●抗VEGF薬による治療あたらしい眼科32(8):1105~1111,2015アフリベルセプトによる加齢黄斑変性の治療AfliberceptTherapyforAge-RelatedMacularDegeneration古泉英貴*はじめにアフリベルセプト(VEGFTrap-Eye,アイリーアR)は滲出型加齢黄斑変性(age-relatedmaculardegeneration:AMD)に対する現在使用可能なもっとも新しい抗血管内皮増殖因子(vascularendothelialgrowthfactor:VEGF)薬である.可溶化したVEGF受容体の人工合成物であり,VEGFへの高い親和性を有することが知られている1,2).従来の抗VEGF薬でのターゲットであったVEGF-Aに加えて,胎盤成長因子(placentalgrowthfactor:PlGF)やVEGF-Bにも結合する.アフリベルセプトに関する多施設二重盲検試験であるVIEW試験3)は,北米でのVIEW1試験とヨーロッパ,アジア太平洋,日本,ラテンアメリカでのVIEW2試験からなり,同じプロトコールで行われた(図1).VIEW試験では症例を4群,すなわち①アフリベルセプト2mgを4週ごと,②アフリベルセプト0.5mgを4週ごと,③アフリベルセプト2mgを最初の3回4週ごとに投与後,8週ごと,④ラニビズマブ0.5mgを4週ごと,に分けて比較している.52週目に主評価項目である視力が改善した割合では,すべてのアフリベルセプト群においてラニビズマブ群と比較して非劣勢が認められた.平均視力においても,現在滲出型AMDに対して推奨されている方法であるアフリベルセプト2mgを最初の3回4週ごとに投与後,8週ごとに投与を行っても12カ月後にVIEW1試験で7.9文字,VIEW2試験で8.9文字の改善がみられ,視力改善に毎月の経過観察を必要としない可能性が示唆された(図1).わが国においても2012年11月より滲出型AMDに対してアフリベルセプトの使用が可能となり,現在までさまざまなエビデンスが蓄積してきている.本稿ではおもにこれまで報告された国内での治療成績を中心に概説する.I既存の抗VEGF薬からの切り替え効果まず既存の抗VEGF薬,具体的にはラニビズマブに対する治療反応不良例,あるいは治療早期に滲出性変化の改善がみられたものの時間経過とともに治療効果が減弱する,いわゆるタキフィラキシーを生じた症例に対し,アフリベルセプトへの切り替えにより滲出性変化の改善が得られたという報告がなされた4~6).Miuraら4)はラニビズマブ治療に対しタキフィラキシーを生じたポリープ状脈絡膜血管症(polypoidalchoroidalvasculopathy:PCV)10眼において,アフリベルセプトに切り替えたところ,その12週後には有意に網膜厚が改善したと報告している.また,Saitoら5)はラニビズマブ治療を12カ月以上行い,連続3回のラニビズマブ投与においても滲出性変化が残存したPCV43眼においてアフリベルセプトへの切り替えを行い,以降3カ月間の治療成績を検討した.その結果,平均logMAR視力において,アフリベルセプトへの切り替え時の0.38から3カ月後には0.34に改善,中心窩網膜厚も245μmから131μmに改善した.切り替え時にインドシアニングリーン蛍光*HidekiKoizumi:東京女子医科大学眼科学教室〔別刷請求先〕古泉英貴:〒162-8666東京都新宿区河田町8-1東京女子医科大学眼科学教室0910-1810/15/\100/頁/JCOPY(39)1105 1106あたらしい眼科Vol.32,No.8,2015(40)このように,ラニビズマブに治療抵抗性,あるいはタキフィラキシーを示す滲出型AMD,とりわけわが国で頻度の高いPCVにおいて,アフリベルセプトへの切り替えにより良好な治療経過が得られたことは朗報といえる.IITreatment.naive症例に対する効果前述のVIEW2試験において,日本人コホートにおいても中心窩下に脈絡膜新生血管(choroidalneovascularization:CNV)を有する滲出型AMDに対するアフリベルセプトの視力維持・改善効果が示された.しかし,VIEW試験では患者組み入れやフォローアップにIA検査を行うことを義務づけておらず,滲出型AMDのサブタイプ,具体的には典型AMD,PCV,網膜血管腫状増殖(retinalangiomatousproliferation:RAP)のそれぞれに対するアフリベルセプトの治療効果は明らか造影(indocyaninegreenangiography:IA)でポリープ状病巣を認めた30眼において,3カ月後には15眼(50%)でポリープ状病巣の完全消失が得られたと報告している.Kawashimaら6)はラニビズマブに治療抵抗性を示す典型AMD15眼およびPCV26眼に対してアフリベルセプトへの切り替えを行い,6カ月間の治療成績を検討した.その結果,PCVでは平均logMAR視力で0.40から0.31と有意に改善したのに対し,典型AMDでは中心窩網膜厚が202μmから131μmと有意に改善したにもかかわらず,平均logMAR視力は0.41から0.42と変化はみられなかった.黄斑部の網膜滲出性変化消失(drymacula)率においても,PCVでは80.8%に得られたのに対し,典型AMDでは46.7%であった.AMD発症と関連するARMS2A69S,CFH402H,CFHI62Vの各遺伝子におけるリスクアレルの存在と治療成績に関連はなかったと報告している.524844403632282420161284012108642052weekweek4844403632282420161284012108642010.9*2q48.1Rq47.92q86.90.5q49.70.5q49.4Rq48.92q87.62q4VIEW2VIEW1ETDRSlettersETDRSlettersab図1VIEW試験北米で行われたVIEW1試験とヨーロッパ,アジア太平洋,日本,ラテンアメリカで行われたVIEW2試験において,52週目の時点でアフリベルセプト2mgを4週ごとに投与した群(2q4),アフリベルセプト0.5mgを4週ごとに投与した群(0.5q4),アフリベルセプト2mgを最初の3回4週ごと投与後,8週ごとに投与した群(2q8),のいずれにおいてもラニビズマブ0.5mgを4週ごとに投与した群(Rq4)と同等の平均視力の改善が得られた.ETDRS:EarlyTreatmentDiabeticRetinopathyStudy(文献3より引用)524844403632282420161284012108642052weekweek4844403632282420161284012108642010.9*2q48.1Rq47.92q86.90.5q49.70.5q49.4Rq48.92q87.62q4VIEW2VIEW1ETDRSlettersETDRSlettersab図1VIEW試験北米で行われたVIEW1試験とヨーロッパ,アジア太平洋,日本,ラテンアメリカで行われたVIEW2試験において,52週目の時点でアフリベルセプト2mgを4週ごとに投与した群(2q4),アフリベルセプト0.5mgを4週ごとに投与した群(0.5q4),アフリベルセプト2mgを最初の3回4週ごと投与後,8週ごとに投与した群(2q8),のいずれにおいてもラニビズマブ0.5mgを4週ごとに投与した群(Rq4)と同等の平均視力の改善が得られた.ETDRS:EarlyTreatmentDiabeticRetinopathyStudy(文献3より引用) あたらしい眼科Vol.32,No.8,20151107(41)塞率を示している.以上の結果より,アフリベルセプトはPDTには及ばないものの,ラニビズマブと比較した場合,ポリープ状病巣の閉塞に関してはより効果が高いものと考えられる(図2).PCV以外のサブタイプに対するアフリベルセプトの治療成績に関してはOishiら11)が報告しており,前述のPCV42眼に加えて,典型AMD46眼,RAP10眼においても検討している.その結果,すべてのサブタイプで同様の平均視力改善がみられたが,典型AMDと比較してPCVのほうが12カ月後の視力がより良好であったこと,治療効果の予測因子として治療前の光干渉断層計(opticalcoherencetomography:OCT)での外境界膜の健常性,小さな病変サイズ,PCVが良好な視力経過と関連していたとしている.これらのわが国における報告は,すべて導入期治療として月1回,3カ月連続でアフリベルセプトの投与を行い,その後隔月での追加投与を行うVIEW試験と同様のプロトコールを用いたものである.すなわち,治療方針としてはやや画一的な面があるのは否めない.今後は必要時に追加投与を行うPRN(prorenata)方式17)や,疾患活動性に応じて診察および投与間隔の短縮と延長を行うtreatandextend方式18)といった異なる治療戦略を用いた場合の成績との比較を含め,さらに多数例および長期間の経過観察による検討が必要であろう.III脈絡膜血管透過性亢進所見との関連脈絡膜血管透過性亢進(choroidalvascularhyperではなかった.とりわけPCVにおいてはラニビズマブ治療においてポリープ状病巣の閉塞効果が弱いという報告が散見され,アフリベルセプトの治療効果がとくに期待された.PCVに対するアフリベルセプトの治療効果に関するわが国での既報7~12)のまとめを表1に示す.アジアで行われたEVEREST試験13)は光線力学的療法(photodynamictherapy:PDT)単独療法,PDTとラニビズマブの併用療法,ラニビズマブ単独療法の成績を比較する,現在まで行われたPCVに関する唯一の多施設無作為臨床試験であるが,PDT単独療法,PDTとラニビズマブの併用療法において治療開始6カ月後におけるポリープ状病巣の完全閉塞率はそれぞれ71.4%および77.8%であったのに対し,ラニビズマブ単独療法ではわずか28.6%であった.わが国においてPCVに対しラニビズマブ単独療法を行った報告における12カ月後のポリープ状病巣の完全閉塞率に関しては,Moriら14)は19%(平均投与回数4.7回),Hikichiら15)は40%(平均投与回数4.2回)と報告している.これらのラニビズマブによる結果と比較してみると,アフリベルセプトにおいてはOishiら11)の報告での69.2%,筆者らの報告12)における55.4%(平均投与回数7.1回)のほうが高いポリープ状病巣の閉塞率を示している.もちろん,コホートや投与回数の差異を考慮する必要はあるが,投与回数によるバイアスのかからない月1回,3カ月連続での導入期治療後においてもラニビズマブでのポリープ状病巣の完全閉塞率は18.0~26.0%14~16)であり,アフリベルセプトにおける47.8~48.5%7,8)のほうが高い閉表1治療既往のないPCVに対するアフリベルセプト治療のわが国での既報のまとめIjiriら7)Koizumiら8)Inoueら9)Hosokawaら10)Oishiら11)Yamamotoら12)眼数339116184290投与方法3×Q43×Q43×Q4+Q83×Q4+Q83×Q4+Q83×Q4+Q8観察期間3カ月3カ月6カ月6カ月12カ月12カ月ベースライン視力(logMAR)0.400.310.360.410.36*0.31最終視力(logMAR)0.220.210.260.300.21*0.17ポリープ状病巣の変化完全閉塞48.5%47.8%75.0%77.8%69.2%55.4%部分退縮27.2%31.1%12.5%22.2%12.8%32.5%Q4:4週ごと投与,Q8:8週ごと投与.*PCV42眼に加え,典型AMD46眼,RAP10眼の計98眼における平均視力.表1治療既往のないPCVに対するアフリベルセプト治療のわが国での既報のまとめIjiriら7)Koizumiら8)Inoueら9)Hosokawaら10)Oishiら11)Yamamotoら12)眼数339116184290投与方法3×Q43×Q43×Q4+Q83×Q4+Q83×Q4+Q83×Q4+Q8観察期間3カ月3カ月6カ月6カ月12カ月12カ月ベースライン視力(logMAR)0.400.310.360.410.36*0.31最終視力(logMAR)0.220.210.260.300.21*0.17ポリープ状病巣の変化完全閉塞48.5%47.8%75.0%77.8%69.2%55.4%部分退縮27.2%31.1%12.5%22.2%12.8%32.5%Q4:4週ごと投与,Q8:8週ごと投与.*PCV42眼に加え,典型AMD46眼,RAP10眼の計98眼における平均視力. 図2PCVに対するアフリベルセプトの治療効果79歳,右眼PCV.治療前(左)のIAで多数のポリープ状病巣およびOCTで黄斑部の出血性色素上皮.離を認める.月1回,3カ月連続でのアフリベルセプト投与後(右),IAでのポリープ状病巣は完全に消失,OCTでも滲出性変化を認めない.視力も0.8から1.0に改善した. 図3IAでのCVH65歳,男性.右眼PCV.黄斑部にポリープ状病巣()を伴う新生血管病変を認め,その周囲に多巣性の脈絡膜内蛍光漏出所見(.)がみられる.(文献21より引用) 1110あたらしい眼科Vol.32,No.8,2015(44)3)HeierJS,BrownDM,ChongVetal:Intravitrealaflibercept(VEGFtrap-eye)inwetage-relatedmaculardegeneration.Ophthalmology119:2537-2548,20124)MiuraM,IwasakiT,GotoH:Intravitrealafliberceptforpolypoidalchoroidalvasculopathyafterdevelopingranibizumabtachyphylaxis.ClinOphthalmol7:1591-1595,20135)SaitoM,KanoM,ItagakiKetal:Switchingtointravitrealafliberceptinjectionforpolypoidalchoroidalvasculopathyrefractorytoranibizumab.Retina34:2192-2201,20146)KawashimaY,OishiA,TsujikawaAetal:Effectsofafliberceptforranibizumab-resistantneovascularage-relatedmaculardegenerationandpolypoidalchoroidalvasculopathy.GraefesArchClinExpOphthalmol,inpress7)IjiriS,SugiyamaK:Short-termefficacyofintravitrealafliberceptforpatientswithtreatment-naivepolypoidalchoroidalvasculopathy.GraefesArchClinExpOphthalmol253:351-357,20158)KoizumiH,KanoM,YamamotoAetal:Aflibercepttherapyforpolypoidalchoroidalvasculopathy:short-termresultsofamulticentrestudy.BrJOphthalmol,inpress9)InoueM,ArakawaA,YamaneSetal:Short-termefficacyofintravitrealafliberceptintreatment-naivepatientswithpolypoidalchoroidalvasculopathy.Retina34:2178-2184,2014絡膜に対する薬理作用が治療効果と関連している可能性があり,今後の研究が注目される.おわりに大規模臨床試験であるVIEW試験の結果を受けて,わが国で滲出型AMDに対するアフリベルセプトの使用が可能となってから2年以上が経過した.とくに既存の抗VEGF薬に対する治療抵抗例やPCVに対する治療効果の高さは注目に値する.今後,より多数例,長期間の治療成績の検討により有効性および安全性の確認が必要であるが,アフリベルセプトの登場が我々のAMD治療に対するアプローチを大きく変化させたことは,どうやら間違いなさそうである.文献1)BrowningDJ,KaiserPK,RosenfeldPJetal:Afliberceptforage-relatedmaculardegeneration:agame-changerorquietaddition?AmJOphthalmol154:222-226,20122)StewartMW:Aflibercept(VEGFTrap-eye):thenewestanti-VEGFdrug.BrJOphthalmol96:1157-1158,2012SuperiorInferiorSuperior317μm217μm308μm217μm182μm256μmInferior図4アフリベルセプト治療前後の脈絡膜厚の変化54歳,男性.右眼典型AMD.脈絡膜厚は治療前(上)と比較して3カ月後(下)には中心窩のみならず,上方3mm,下方3mmの部位でも同様に減少している.(文献32より引用)SuperiorInferiorSuperior317μm217μm308μm217μm182μm256μmInferior図4アフリベルセプト治療前後の脈絡膜厚の変化54歳,男性.右眼典型AMD.脈絡膜厚は治療前(上)と比較して3カ月後(下)には中心窩のみならず,上方3mm,下方3mmの部位でも同様に減少している.(文献32より引用)

ラニビズマブによる加齢黄斑変性の治療

2015年8月31日 月曜日

特集●抗VEGF薬による治療あたらしい眼科32(8):1097.1104,2015特集●抗VEGF薬による治療あたらしい眼科32(8):1097.1104,2015ラニビズマブによる加齢黄斑変性の治療RanibizumabTherapyforAge-RelatedMacularDegeneration大久保裕子*森隆三郎*はじめに加齢黄斑変性(age-relatedmaculardegeneration:AMD注1)の治療方法がラニビズマブの承認で大きく変遷した.AMDに対するラニビズマブの効果については,これまで世界中で多くの報告があり,そのあとに承認されたアフリベルセプトとの治療効果の比較についても多くの報告がある.今後,ラニビズマブやアフリベルセプト以外にも新たな血管内皮細胞増殖因子(vascularendothelialgrowthfactor:VEGF)阻害薬が開発,承認されていくと考えられるが,現在でも臨床で使用されているラニビズマブの評価を再認識する必要がある.本稿では,ラニビズマブ硝子体内注射(intravitrealinjectionofranibizumab:IVR)の単独療法について,おもに多施設大規模臨床試験の報告注2)から,未治療群との比較,ベルテポルフィンを用いた光線力学療法(photodynamictherapy:PDT)との比較,IVR併用療法との比較,長期治療成績,全身副作用について述べる.注1)本稿でのAMDは,中心窩下脈絡膜新生血管を伴う滲出型加齢黄斑変性とする.注2)ラニビズマブの多施設大規模臨床試験は,欧米からの報告が主であるため,日本人に多いポリープ状脈絡膜血管症(polypoidalchoroidalvasculopathy:PCV)の症例数は少ない.Iラニビズマブの登場でなにが変わったかIVRがAMDに対して2006年に米国で承認され,わが国では2009年に承認されたことにより,AMDに対する治療指針が大きく変わったのは眼科医にとっては周知の事実である.これまでAMDに対してはベルテポルフィンを用いたPDTが行われてきたが,PDT後に視力の改善が得られるのではなく,無治療の経過観察に比べれば視力予後が良好であっただけである.IVRにより治療前の視力が維持・改善できるというこれまでにない治療成績が得られるようになり,PDTからIVRに治療の第一選択が変わった.また,PDTは治療後に治療前に認めなかった出血が出現するなど視力低下を生じることがあり,0.6以上の視力良好な症例には推奨されていなかったため,AMDの早期発見,早期治療を推奨しても,治療方法がなく,PDTを行うことが可能となる程度の視力に低下するまで待たなければならなかった.しかし,IVRは視力にかかわらず治療を早期に開始できるため,より良い視機能を維持できるようになった.IIラニビズマブの特性ラニビズマブは,遺伝子組み換え型ヒト化モノクローナル抗体で,すべてのVEGF-Aのアイソフォームを阻害する.抗癌剤として開発,使用され眼内使用は未認可であるベバシズマブの分子量は149KDaであるのに対し,ラニビズマブはFab断片(抗原と結合する部位)で分子量は49KDaと少なく,VEGF-Aへの親和性はベバシズマブより強く,組織移行性もよい.ラニビズマブのあとに承認されたアフリベルセプトは,分子量は*YukoOkuboandRyusaburoMori:日本大学医学部視覚科学系眼科学分野〔別刷請求先〕森隆三郎:〒101-8309東京都千代田区神田駿河台1-6日本大学病院アイセンター0910-1810/15/\100/頁/JCOPY(31)1097 1098あたらしい眼科Vol.32,No.8,2015(32)て有意に治療効果が得られている.また,ラニビズマブ0.3mgおよび0.5mg投与群では,PDT群に比して12カ月および24カ月後で統計学的に有意な視力改善効果が得られている(図2).3.PIER試験(維持期3カ月に1回のIVRvsプラセボ)維持期の3カ月に1回のIVRは,視力改善効果がない.上述した2つの試験が試験開始3カ月以降も毎月のIVRであるのに対して,PIER試験は,導入期の3回連続IVR後の維持期に,IVRの再投与を所見にかかわらず3カ月に1回行った,AMDのすべての病変タイプに対するIVRのプラセボ群を対照とした多施設無作為二重盲検試験である3).対象者をラニビズマブ0.3mg投与群(60例),0.5mg投与群(61例),プラセボ群(63例)に1:1:1の割合で無作為に割り付けした.12カ月後の視力低下がベースラインから15文字未満であった患者は,ラニビズマブ0.3mg投与群83.3%,0.5mg投与群90.2%で,プラセボ群49.2%に比して有意に治療効果が得られた.しかし,ベースラインから12カ月後の平均視力の変化は,ラニビズマブ0.3mg投与群で.1.6文字,0.5mg投与群で.0.2文字と,治療前と同程度となっている(図3).ラニビズマブ投与群をサブ解析すると視力の反応性が導入期終了時の視力改善が維持できた群,その視力改善が維持できなかった群,1文字以上の視力改善がなかった群の3パターンに分かれ,この結果からIVRの反応性が症例によって異なり,滲出型AMD患者における個別化治療の必要性が示された(図4)4).4.PrONTO試験(PRNのIVR)PRNは視力改善効果がある.PrONTO試験は,AMDのすべての病変タイプに対するIVRの維持期における再投与を,光干渉断層計(opticalcoherencetomography:OCT)に基づいて行った2年間の臨床試験である5,6).40例を対象として,導入期にIVRを3回実施し,3カ月目以降の維持期は1カ月に1回,視力やOCT検査を行い,その結果に基づ115KDaでVEGFR-1とVEGFR-2のVEGFに結合する細胞外ドメインを抗体のFab断片と入れ替えた完全ヒト型融合糖蛋白で,すべてのVEGF-Aのアイソフォームおよび胎盤成長因子(placentalgrowthfactor:PlGF)を阻害する.III知っておきたいAMDに対するラニビズマブの大規模臨床試験1.MARINA試験(毎月のIVRvsプラセボ)毎月のIVRは,視力改善効果がある.MARINA試験は,AMDのminimallyclassicCNVまたはoccultwithnoclassicCNVに対するIVRの有効性と安全性を検討するために,プラセボ群を対照として行われた多施設無作為二重盲検試験である1).対象者をラニビズマブ0.3mg投与群(238例),0.5mg投与群(240例),プラセボ群(238例)に1:1:1の割合で無作為に割り付けし,月1回のIVRを2年間(計24回)実施した.24カ月後の視力低下がベースラインから15文字未満であった患者は,ラニビズマブ0.3mg投与群92.0%,0.5mg投与群90.0%で,プラセボ群52.9%に比して統計学的に有意な治療効果が得られている.また,ラニビズマブ0.3mgおよび0.5mg投与群では,プラセボ群に比して12カ月および24カ月後で有意に視力改善効果が得られている(図1).2.ANCHOR試験(毎月のIVRvsPDT)PDTよりも治療効果があり,さらに視力改善効果がある.ANCHOR試験は,AMDのpredominantlyclassicCNVに対するIVRとベルテポルフィンを用いたPDTの有効性と安全性を検討するために行われた多施設無作為二重盲検試験である2).対象者をラニビズマブ0.3mg投与群(140例),0.5mg投与群(140例),PDT群(143例)に1:1:1の割合で無作為に割り付けし,月1回のIVRを2年間(計24回)実施した.PDT群は,初回にPDTを行い,3カ月ごとに必要があればPDTの再治療を行った.24カ月後の視力低下がベースラインから15文字未満であった患者は,ラニビズマブ0.3mg投与群90.0%,0.5mg投与群89.9%で,PDT群65.7%に比し -15-10-50568101214161820222410初回投与からの月数月視力変化量の平均12カ月24カ月24視力変化量の平均ラニビズマブ0.3mg投与群ラニビズマブ0.5mg投与群プラセボ群+6.5+7.2-10.4+5.4+6.6-14.9(n=238)(n=240)(n=238)-15-10-50568101214161820222410初回投与からの月数月視力変化量の平均12カ月24カ月24視力変化量の平均ラニビズマブ0.3mg投与群ラニビズマブ0.5mg投与群プラセボ群+6.5+7.2-10.4+5.4+6.6-14.9(n=238)(n=240)(n=238)初回投与からの月数月-15-10-505246810121416182022241015視力変化量の平均視力変化量の平均12カ月24カ月ラニビズマブ0.3mg投与群(n=140)+8.5+8.1ラニビズマブ0.5mg投与(n=139)+11.3+10.7PDT群(n=143)-9.5-9.8図2ANCHOR試験(毎月のIVRvsPDT)PDTよりも治療効果があり,さらに視力改善効果がある.図1MARINA試験(毎月のIVRvsプラセボ)PredominantlyclassicCNVに対して,毎月のIVRの投与によ毎月のIVRは,視力改善効果がある.り,ベースラインから平均視力の変化は,ラニビズマブ0.3mgMinimallyclassicCNVまたはoccultwithnoclassicCNVに対して,毎月のIVRの投与により,ベースラインから平均視力の変化はラニビズマブ0.3mg投与群,0.5mg投与群では12カ月および24カ月後は,ベースライン時より,視力改善効果があり,プラセボ群比して統計学的に有意な治療効果が得られている.(文献1より改変)ラニビズマブ硝子体投与(IVR)投与群,0.5mg投与群では12カ月および24カ月後で視力改善効果が得られ,PDT群に比して統計学的に有意な治療効果が得られている.(文献2より改変)15ラニビズマブ硝子体投与(IVR)10①-15-15-10-50512345678910111210視力変化量の平均12カ月初回投与からの月数視力変化量の平均視力変化量の平均50②-5③-10-150123456789101112初回投与からの月数プラセボ群(n=63)-16.3ラニビズマブ0.3mg投与群(n=60)-1.6ラニビズマブ0.5mg投与群(n=61)-0.2図3PIER試験(維持期3カ月に1回のIVRvsプラセボ)維持期の3カ月に1回のIVRは,視力改善効果がない.導入期の3回連続IVR後の維持期にIVRの再投与を所見にかかわらず3カ月に1回行った場合,ベースラインから12カ月後の平均視力の変化は,ラニビズマブ0.3mg投与群,0.5mg投与群では治療前と同程度となっている.(文献3より改変)視力変化量の平均3カ月12カ月①初期の視力改善が維持した群(n=16)+10.8+9.1②初期の視力改善が維持されない群(n=24)+8.8+0.2③1文字以上の視力改善がない群(n=21)-6.6-7.7図4PIER試験平均視力の変化サブ解析ラニビズマブ投与群をサブ解析すると視力の反応性が導入期終了時の視力改善が維持できた群,その視力改善が維持できなかった群,1文字以上の視力改善がなかった群の3パターンに分かれ,滲出型AMD患者では個別化治療の必要性が示された.(文献4より改変)(33)あたらしい眼科Vol.32,No.8,20151099 視力変化量の平均12108642001234567891011121314151617181920212223240.5mg毎月(n=275)0.5mg.PRN(n=274)2.0mg毎月(n=275)2.0mg.PRN(n=273)ラニビズマブ視力変化量の平均12カ月24カ月+9.1+10.1+7.9+8.0+7.6+8.2+9.2+8.6初回投与からの月数図5HARBOR試験(毎月のIVRvsPRNのIVR)PRNは毎月投与とほぼ同等の有効性がある.投与量が多いとさらに有効とはならない.IVRの維持期における再投与で,ベースラインから12カ月後の平均視力の変化は,毎月ラニビズマブ0.5mg投与群,毎月ラニビズマブ2.0mg投与群,PRNラニビズマブ0.5mg投与群,PRNラニビズマブ2.0mg投与群のすべての群で改善し,0.5mgと2.0mgのいずれのPRN群は毎月投与群に比べ劣性にはならなかった.投与量が多いとさらに有効であることは示されなかった.(文献7より改変) 15141013視力変化量の平均視力変化量の平均12111098765453200123456789101112初回投与からの月数100412243652647688104初回投与からの週数視力変化量の平均24カ月ラニビズマブ月1回投与(n=134)+8.8ベバシズマブ月1回投与(n=129)+7.8ラニビズマブPRN投与(n=264)+6.7ベバシズマブPRN投与(n=251)+5.0図6CATT試験(毎月のIVRvsPRNのIVRvs毎月のIVBvsPRNのIVB)PRNは毎月投与とほぼ同等の有効性がある.24カ月の視力の変化量はすべての群は統計学的に視力改善に同等の効果であった.IVRのPRNは,IVR毎月投与に対して非劣性であった.(文献8より改変)視力変化量の平均12カ月IVR+PDT(標準)併用(n=103)+8.1IVR+PDT(低エネルギー)併用(n=105)+5.3IVR単独(n=110)+4.4図7DENALI試験(毎月のIVRvsPDT併用IVR)毎月のIVRはPDT併用療法に劣らない.12カ月の視力の変化量は標準照射エネルギーPDTとIVRの併用群,低エネルギー照射PDTとIVRの併用群,毎月IVR投与群のすべての群で視力改善が得られたが,IVR単独群の改善幅は両併用群よりも高かったが有意差はなかった.(文献9より改変) 視力変化量の平均101050視力変化量の平均12カ月IVR+PDT併用(n=121)+4.4IVR単独(n=131)+2.523456789101112初回投与からの月数10.SEVEN.UP試験(IVR7年の長期成績)IVRの7年の長期成績では,視力の維持もできていない.SEVEN-UP試験は,IVRの治療開始から約7年の長期治療試験である12).上述した第Ⅲ相試験(ANCHOR,MARINA)において毎月のIVRを受け,その継続研究であるHORIZON試験で2年間以上,IVRのPRN治療を完了した65例が対象である.MARINA/ANCHOR試験終了時は11.2文字の改善であり,HORIZON試験終了時(4年)は1.7文字と,ベースラインは同等となるが,SEVEN-UP試験終了時には.8.6文字の低下となり,IVRの長期成績では,視力の維持もできていな図8MONTBLANC試験(PRNのIVRvsPDT併用IVR)PRNのIVRはPDT併用療法に劣らない.12カ月の視力の変化量は標準照射エネルギーPDTとIVR併用群とPRNのIVR単独群の両群で視力改善がみられたが,視力改善幅はPRNのIVR単独群が併用群よりも高かった.(文献10より改変)MARINA/ANCHOR試験HORIZON試験い結果となっている(図9).SEVEN-UP試験期間におけるVEGF阻害薬の平均投与回数は6.8回であった.11回以上注射をした14眼は+3.9文字の改善があったが,注射を行わなかった26眼は.8.7文字,1.5回注射の11眼は.10.8文字,6.10回注射の11眼は.6.9文字の低下となった.IVRの長期視力に関与する有意な因子は,macularatrophyの進展であった.SEVEN-UP試験では,IVRに伴うmacularatrophySEVEN-UP試験視力変化量の平均151050-5-10-15-20ラニビズマブ治療群#:SEVEN-UP登録患者(n=65)ラニビズマブ治療群##:HORIZON完了患者(N=388)n=65-8.6n=50N=388+4.1+2.0+1.7+11.2+9.0n=65******12347.3(年)*p<0.005.vs.SEVEN-UP.Year.7.3**p<0.0001.vsSEVEN-UP.Year.7.3***p<0.001.vs.SEVEN-UP.Year.7.3(対応のあるt検定)図9SEVEN.UP試験(IVR7年の長期成績)IVRの7年の長期成績では,視力の維持もできていない.SEVEN-UP試験に登録された65例はMARINA/ANCHOR試験終了時は11.2文字の改善であり,HORIZON試験終了時(4年)は1.7文字とベースラインとなるが,SEVEN-UP試験終了時には.8.6文字の低下となり,IVRの長期成績では,視力の維持もできていない結果となっている.(文献12より改変)1102あたらしい眼科Vol.32,No.8,2015(36) あたらしい眼科Vol.32,No.8,20151103(37)の進展と視力への影響を検討している13).7年の時点では,眼底自発蛍光(fundusautofluorescence:FAF)を撮影し評価しているが,2年と7年の比較はレッドフリー写真とフルオレセイン蛍光眼底造影(fluoresceinangiography:FA)で判定している.Macularatrophyは,網膜色素上皮の欠損,脈絡膜大血管の異常な透見,FAで蛍光色素漏出を伴いないwindowdefect,FAFで自発蛍光が低下している領域として定義されている.Macularatrophyは2年で95%,7年で100%認め,2.7年で100%拡大し,そのうち1乳頭径以上拡大した症例は57%であった.年平均進展率は0.28(mm2/y)であった.Macularatrophyの進展はIVRの長期最終視力に関与する有意な因子であった.IVラニビズマブの副作用硝子体内に薬剤された抗VEGF薬が,眼内に限局して滞留後消失すれば全身への影響はないが,薬剤が全身循環に入れば,VEGFの血清濃度の減少を引き起こす可能性があり,これまでにいくつかの報告がある.そのなかで異なる薬剤で比較したもので,Zehetnerらはペガプタニブ,ベバシズマブ,ラニビズマブの硝子体注射を行い14),注射前,7日,1カ月後の血漿VEGF濃度を測定したところ,ベバシズマブでは注射前に比べ7日,1カ月後に有意に減少していたが,ペガプタニブ,ラニビズマブは,いずれの時期も減少しなかったと報告した.同様にYoshidaら15)とWangら16)は,アフリベルセプト,ラニビズマブの硝子体注射を行い,Yoshidaらは注射前,1日,7日,1カ月後,Wangらは注射前,1カ月後,2カ月後の血漿VEGF濃度を測定し,アフリベルセプトは注射前に比べ,1カ月まで有意に減少していたが,ラニビズマブは,いずれの時期も減少しなかったと報告している.この血漿VEGF濃度が治療前よりも有意に低下していることが,どの程度で血栓塞栓症などの全身の副作用を生じさせる要因になるかは不明である.副作用の頻度抗VEGF硝子体注射に対する多くの大規模臨床試験が行われて,眼所見以外の安全性に関する報告もなされているが,重篤な副作用の頻度は少ない17).しかし,臨床試験によっては,エントリーする症例に心血管障害や脳血管障害の既往がある症例は含めていない場合もある.UetaらのAMDのFOCUS,MARINA,ANCHORの大規模臨床試験のメタアナリシスの結果では,ラニビズマブ使用群は,コントロール群に比べ心筋梗塞のリスクは高くはないが,脳血管障害の発症には有意な関連があった(ラニビズマブ使用群:2.2%,コントロール群:0.7%,p=0.045,OR:3.24)18).また,BresslerらのAMDのFOCUS,MARINA,ANCHOR,PIER,SAILORの大規模臨床試験のメタアナリシスの結果では,ラニビズマブ使用群はコントロール群に比べ,脳血管障害の発症に差はないが,85歳以上で以前に心筋梗塞や一過性脳虚血発作の既往などがあった.ハイリスクの群で比較すると脳血管障害の発症が高い(ラニビズマブ使用群:6.6%,コントロール群:0.7%,p=0.03,OR:7.7)19).ベバシズマブとラニビズマブの比較臨床試験であるAMDのCATT試験20),IVAN試験21),アフリベルセプトとベバシズマブの比較臨床試験であるAMDのVIEW試験22)では,全身合併症の発症に薬剤の違いによる有意な差は認めていない.おわりにAMDは海外の大規模臨床試験から,無治療,PDTでは視力は低下するが,IVRの毎月投与で視力の改善が得られる.維持期を3カ月に1回の投与にすると視力改善は得られず,OCT所見を基準に投与するPRNでのIVRは毎月投与と同等の効果が得られる.PDTの併用より効果が劣ることはないので,IVRの単独療法は有用である.しかし,IVRの7年の長期成績は不良で,その原因の一つにmacularatrophyがある.本稿では海外の大規模臨床試験のみを記載したためPCVに対するラニビズマブの治療成績については不十分であるが,上述したPCVのEVEREST試験は,IVRとIVR併用PDTの2群間での多施設無作為二重盲検試験として,症例数を増やし,経過観察期間を2年としてアジアで行われていて,その結果が待たれる.ラニビズマブがAMDに使用できるようになってから6年が経過するが,これまで有効な治療方法がなかった多くのAMD患者が,ラニビズマブによって2年間は治 1104あたらしい眼科Vol.32,No.8,2015(38)療開始時の現状を維持できていることは,AMDの初期治療としては役割は果たせているといえる.しかし,長期成績では視力は低下するので,AMD患者のQOV(qualityofvision:視覚の質)を維持できるような投与方法などを再考する必要がある.文献1)RosenfeldPJ,BrownDM,HeierJSetal:Ranibizumabforneovascularage-relatedmaculardegeneration.NEnglJMed355:1419-1431,20062)BrownDM,MichelsM,KaiserPKetal:Ranibizumabversusverteporfinforneovascularage-relatedmaculardegeneration;Two-yearresultsoftheANCHORstudy.Ophthalmology116:57-65,20093)RegilloCD,BrownDM,AbrahamPetal:Randomized,double-masked,sham-controlledtrialofranibizumabforneovascularage-relatedmaculardegeneration:PIERStudyYear1.AmJOphthalmol145:239-248,20084)MonesJ:Areviewofranibizumabclinicaltrialdatainexudativeage-relatedmaculardegenerationandhowtotranslateitintodailypractice.Ophthalmologica225:112119,20115)FungAE,LalwaniGA,RosenfeldPJetal:Anopticalcoherencetomography-guided,variabledosingregimenwithintravitrealranibizumab(Lucentis)forneovascularage-relatedmaculardegeneration.AmJOphthalmol143:566-583,20076)LalwaniGA,RosenfeldPJ,FungAEetal:Avariable-dosingregimenwithintravitrealranibizumabforneovascularage-relatedmaculardegeneration:Year2ofthePrONTOStudy.AmJOphthalmol148:43-58,20097)HoAC,BusbeeBG,RegilloCDetal:Twenty-four-monthefficacyandsafetyof0.5mgor2.0mgranibizumabinpatientswithsubfovealneovascularage-relatedmaculardegeneration.Ophthalmology121:2181-2192,20148)MartinDF,MaguireMG,FineSLetal:Ranibizumabandbevacizumabfortreatmentofneovascularage-relatedmaculardegeneration:two-yearresults.Ophthalmology119:1388-1398,20129)KaiserPK,BoyerDS,CruessAFetal:Verteporfinplusranibizumabforchoroidalneovascularizationinage-relatedmaculardegeneration:twelve-monthresultsoftheDENALIstudy.Ophthalmology119:1001-1010,201210)LarsenM,Schmidt-ErfurthU,LanzettaPetal:Verteporfinplusranibizumabforchoroidalneovascularizationinage-relatedmaculardegeneration:twelve-monthMONTBLANCstudyresults.Ophthalmology119:992-1000,201211)KohA,LeeWK,ChenLJetal;EVERESTstudy:efficacyandsafetyofverteporfinphotodynamictherapyincombinationwithranibizumaboraloneversusranibizumabmonotherapyinpatientswithsymptomaticmacularpolypoidalchoroidalvasculopathy.Retina32:1453-1464,201212)RofaghaS1,BhisitkulRB,BoyerDSetal:Seven-yearoutcomesinranibizumab-treatedpatientsinANCHOR,MARINA,andHORIZON:amulticentercohortstudy(SEVEN-UP).Ophthalmology120:2292-2299,201313)BhisitkulRB,MendesTS,RofaghaSetal:Macularatrophyprogressionand7-yearvisionoutcomesinsubjectsfromtheANCHOR,MARINA,andHORIZONstudies:theSEVEN-UPstudy.AmJOphthalmol159:915-924.e2,201514)ZehetnerC,KirchmairR,HuberSetal:Plasmalevelsofvascularendothelialgrowthfactorbeforeandafterintravitrealinjectionofbevacizumab,ranibizumabandpegaptanibinpatientswithage-relatedmaculardegeneration,andinpatientswithdiabeticmacularoedema.BrJOphthalmol97:454-459,201315)YoshidaI,ShibaT,TaniguchiHetal:Evaluationofplasmavascularendothelialgrowthfactorlevelsafterintravitrealinjectionofranibizumabandafliberceptforexudativeage-relatedmaculardegeneration.GraefesArchClinExpOphthalmol.Publishedonline.201416)WangX,SawadaT,SawadaOetal:Serumandplasmavascularendothelialgrowthfactorconcentrationsbeforeandafterintravitrealinjectionofafliberceptorranibizumabforage-relatedmaculardegeneration.AmJOphthalmolPublishedonline.201417)SemeraroF,MorescalchiF,DuseSetal:Systemicthromboembolicadverseeventsinpatientstreatedwithintravitrealanti-VEGFdrugsforneovascularage-relatedmaculardegeneration:anoverview.ExpertOpinDrugSaf13:785-802,201418)UetaT,YanagiY,TamakiYetal:Cerebrovascularaccidentsinranibizumab.Ophthalmology116:362,200919)BresslerNM,BoyerDS,WilliamsDFetal:Cerebrovascularaccidentsinpatientstreatedforchoroidalneovascularizationwithranibizumabinrandomizedcontrolledtrials.Retina32:1821-1828,201220)MartinDF,MaguireMGetal;ComparisonofAge-relatedMacularDegenerationTreatmentsTrials(CATT)ResearchGroup:Ranibizumabandbevacizumabfortreatmentofneovascularage-relatedmaculardegeneration:two-yearresults.Ophthalmology119:1388-1398,201221)ChakravarthyU,HardingSP,RogersCAetal:AlternativetreatmentstoinhibitVEGFinage-relatedchoroidalneovascularisation:2-yearfindingsoftheIVANrandomisedcontrolledtrial.Lancet382:1258-1267,201322)Schmidt-ErfurthU,KaiserPK,KorobelnikJFetal:Intravitrealafliberceptinjectionforneovascularage-relatedmaculardegeneration:ninety-six-weekresultsoftheVIEWstudies.Ophthalmology121:193-201,2014

ペガプタニブによる加齢黄斑変性の治療

2015年8月31日 月曜日

特集●抗VEGF薬による治療あたらしい眼科32(8):1089~1096,2015特集●抗VEGF薬による治療あたらしい眼科32(8):1089~1096,2015ペガプタニブによる加齢黄斑変性の治療PegaptanibTherapyforAge-RelatedMacularDegeneration正健一郎*髙橋寛二*はじめに加齢黄斑変性(age-relatedmaculardegeneration:AMD)の治療は抗血管内皮増殖因子(vascularendothelialgrowthfactor:VEGF)療法が主流の新時代に突入して久しい.症例によっては視力の維持だけでなく改善も可能となった.抗VEGF療法の登場に際し,わが国において最初に保険診療での使用が可能となったのがペガプタニブナトリウム(PegaptanibSodium,マクジェンR,以下マクジェン)である.マクジェンは数あるVEGFアイソフォームのうち,VEGF165に結合しVEGF受容体との結合を阻害することで効果を発揮するアプタマーである.VEGF165は他のアイソフォームに比べ生物活性が高く,病的血管新生との関係が深いとされ,ゆえにVEGF165を選択的に阻害するマクジェンは病的血管新生を抑制するのに理想的な薬剤であり,他のアイソフォームに影響を及ぼさないことから,全身への副作用が少ないと考えられ大いに期待された.その後ラニビズマブ(ルセンティスR,以下ルセンティス),アフリベルセプト(アイリーアR)の登場によって,マクジェンの使用頻度は少なくなったが,症例によっては現在でもなくてはならない薬剤である.本稿では,現時点におけるマクジェンの使用法について,当科でのマクジェン使用の現状と治療成績を交えて述べる.I関西医科大学附属枚方病院でのマクジェンの使用状況と視力成績2008年12月から3年2カ月の間にマクジェンを使用した症例は72例77眼(男性51例,女性21例,56~92歳:平均年齢77.8歳)であった.病型の内訳は典型AMD45例49眼,PCV22例23眼,RAP5例5眼,マクジェンの総投与回数は200回(1~7回/例,平均2.6回)であった.マクジェンを選択した理由は,心臓および脳血管障害のためが半数以上でもっとも多く,その他,維持療法,高齢などであった(図1).マクジェンの使用方法は,マクジェン単独療法が28眼,PDT単独療法を別の時期に施行したものが24眼,他の抗VEGF薬を別の時期に投与したものが20眼,マクジェン.PDT併用療法(ダブルセラピー)7眼,マクジェン.トリアムシノロン(Tenon.下投与).PDT併用療法(トリプルセラピー)2眼であった.視力成績を全例とマクジェン単独療法に分けて図2に示す.全例では治療前後の視力は有意に低下していたが低下幅は小さく,一方マクジェン単独療法例では視力は維持された.視力変化でみると,視力改善率は5~8%であったが,視力改善と不変を合わせた視力維持率は全例で73.3%,マクジェン単独療法では75.0%と比較的良好であった.以下にマクジェンのおもな使用方法について述べる.*KenichiroSho&KanjiTakahashi:関西医科大学眼科学教室〔別刷請求先〕髙橋寛二:〒573-1010大阪府枚方市新町2-5-1関西医科大学眼科学教室0910-1810/15/\100/頁/JCOPY(23)1089 心血管障害(心筋梗塞・狭心症)28%心血管障害(心筋梗塞・狭心症)28%透析中3%ルセンティス無効ルセンティス未発売10%滲出軽度1%4%維持療法のため18%高齢10%脳血管障害(脳梗塞・TIA)27%図1マクジェンを選択した理由(関西医科大学附属枚方病院黄斑外来における全72例,カルテ記載より)心臓,脳血管障害のためにマクジェンを選択した症例が半数以上あった(脳梗塞にはラクナ梗塞,内頸動脈閉塞を含む).平均視力の変化IIマクジェン単独療法(初回治療薬としてのマクジェン使用)AMDに対して欧米で行われたVISION試験1),わが国での臨床試験2)を経て,視力維持効果はあるものの改善効果は乏しいとされたマクジェンであるが,わが国での臨床試験のサブ解析では,マクジェンは,①滲出型AMDのどの病変タイプ(フルオレセイン蛍光眼底造影分類)にも有効(レスポンダー率64~90%),②1.2乳頭面積(病変最大径2,000μm)未満の小さいCNVに有効性が高い,③典型AMDにもPCVにも同等に有効(レスポンダー率:PCV確実例82%,典型AMD75%,両者に有意差なし)という結果が出ている.また,Nishimuraらは小さい病変サイズ(病変最大径4,500μm以下)のAMDに対するマクジェン単独療法では,12カ月の視力推移においてルセンティス単独療法と有意差がなかったと述べている3).他の抗VEGF薬が添付文書上,脳卒中の既往を有す全例マクジェン単独療法例眼数75眼24眼平均観察期間14.4カ月11.5カ月平均視力(logMAR)治療前最終0.720.88p<0.005*0.660.71p=0.30**対応のあるt検定視力変化(logMAR0.3以上の変化を有意)改善不変悪化5.3%68.0%26.7%66.7%25.0%全例(n=75)8.3%マクジェン単独(n=24)視力維持率73.3%視力維持率75.0%*マクジェン臨床試験の1年の視力維持率:78.7%図2マクジェンの視力に対する効果(関西医科大学附属枚方病院黄斑外来における全75例,うちマクジェン単独症例24例)平均視力は全例では低下,マクジェン単独療法例では維持していた.視力変化では改善5~8%であったが視力維持率は73~75%で4分の3の症例で視力は維持された.1090あたらしい眼科Vol.32,No.8,2015(24) FAIAポリープ状病巣網膜下出血網膜.離異常血管網0.3FAIAポリープ状病巣網膜下出血網膜.離異常血管網0.3図3マクジェン単独療法例,治療開始前(左上:眼底所見,上中:FA所見,右上:IA所見,下:OCT所見)中心窩下に小さい網膜下血腫がみられる症例で,視力は0.3であった.FA,IAからoccultCNVが疑われたが,OCTで中心窩下にポリープ状病巣があり,PCVと診断した.9カ月前に脳梗塞の既往があったのでマクジェン単独療法を行った.治療前0.32カ月後0.53カ月後0.5マクジェン①マクジェン②6カ月後0.59カ月後0.612カ月後0.6図4図3症例のOCTによる臨床経過導入療法としてマクジェンを2回1.5カ月間隔で投与したところ,網膜下出血,網膜.離は消失し,中心窩下に小さいRPEの隆起を残して12カ月間で安定した状態を保っている.視力は0.3から0.6に改善した.マクジェン投与が奏効した症例である.(25)あたらしい眼科Vol.32,No.8,20151091 ab0.0inductionMeancentralpointthickness(μm)300MeanlogMARvisualacuity0.10.20.30.40.50.62502001501005000.7061218243036424854061218243036424854therapyMaintenancetherapy(weeks)Maintenancetherapy(weeks)(30-120days)図5LEVEL.Jstudyにおける平均視力(a)と中心窩網膜厚(b)の推移平均視力は導入治療にて改善した視力が54週まで維持された.網膜厚は54週まで維持された.(文献5より引用)FAIA0.7図6マクジェンによる維持療法例,治療開始前(左上:眼底所見,右上:FA所見,左下:IA所見,右下:OCT所見)黄斑部に3乳頭径大の漿液性網膜.離がみられ,FAでは中心窩下に1乳頭径大の顆粒状過蛍光,その耳側に網膜色素上皮.離の蛍光貯留がみられた.IAでは異常血管網(→)とポリープ状過蛍光がみられた(.).OCTでは異常血管網に一致してdoublelayersign(→)とポリープ状隆起(.)がみられ,PCVと診断した.視力0.7.1092あたらしい眼科Vol.32,No.8,2015(26) PDT①初診時0.71カ月後0.5PDT②2カ月後0.87カ月後0.5マクジェン①マクジェン②マクジェン③④⑤マクジェン⑥8カ月後0.610カ月後0.812カ月後0.915カ月後1.0PDT①初診時0.71カ月後0.5PDT②2カ月後0.87カ月後0.5マクジェン①マクジェン②マクジェン③④⑤マクジェン⑥8カ月後0.610カ月後0.812カ月後0.915カ月後1.0図7図6症例のOCTによる臨床経過光線力学的療法を2回施行し,ポリープ状病巣とPEDは退縮したため,以降マクジェンを維持療法として6回施行した.5回投与後に網膜.離は消失し,視力は1.0となり安定した.る者には慎重投与とされているのに対して,マクジェンにその縛りはなく,脳血管イベントの最近の既往があるAMD症例には現在でも第一選択薬となる.また,虚血性心疾患の既往を有する患者や,既往はなくとも相対的にハイリスクと思われる90歳以上の超高齢者にもマクジェンは良い適応と考えられ,当科でのマクジェン単独療法例では,多くがそのような理由のもとマクジェンが選択されていた.マクジェン単独療法では,他の抗VEGF薬のように1回の投与で滲出が消失する症例は少ないが,投与を重ねることによって滲出が徐々に消失したものが多かった.マクジェン単独療法が奏効した症例を図3,4に示す.III新しい使用法:維持療法にマクジェン他の治療で視力の改善が得られたAMDに対して,マクジェンを良好な状態を維持するために使用するという考えに基づき,LEVELstudy4)が米国で実施され,導入治療で改善した視力と中心窩網膜厚が1年間維持されるという良好な結果が示された.その結果をふまえて,日本人のAMD患者を対象に多施設前向き試験であるLEVEL-Jstudy5)が実施された.16施設からの75例75眼が対象となり6週間ごとに硝子体注射が行われ,1年間経過観察された.この研究では,眼底所見が悪化した場合にはブースター治療として他の薬剤を投与することが許された.その結果,導入治療で改善した平均視力は経過中維持され,中心窩網膜厚も保たれるという良好な結果が得られ,日本人においてもマクジェンを維持療法として使用する根拠が示された(図5).当科においてマクジェンを維持療法に使用した症例を図6,7に示す.(27)あたらしい眼科Vol.32,No.8,20151093 1094あたらしい眼科Vol.32,No.8,2015(28)ンティス単独またはルセンティス併用PDTに対して抵抗性を示した50例50眼に対して,12カ月以上にわたりマクジェンを滲出が消失するまで6週ごとに連続投与し経過をみたところ,マクジェンの平均投与回数5.9回で,12カ月後の視力維持率(改善+不変)は98.0%であり,マクジェン投与前と比べて平均視力,中心網膜厚とも有意に改善したという.しかも全病型で改善傾向がみられたと述べている(図8).さらに1カ月目において54%で滲出の完全消失がみられ,それまでのルセンティスの投与回数が12カ月目のdrymacula率に大きく関与していたという.同様の考え方に基づき,マクジェンへのスイッチ療法を行った症例を図9,10に示す.IVさらなる可能性:マクジェンによるスイッチ療法抗VEGF療法の問題点の一つに反応不良例や効果減弱例の存在がある.導入期から薬剤に反応しないノンレスポンダー,治療開始当初は良好な効果がみられたが,一定回数の再投与後,比較的早期に効果が減弱するタキフィラキシー(速成耐性),治療効果がゆっくりと減弱していくトレランス(耐性)などのパターンがある6).Shiragamiらは,このような抗VEGF薬の効果が思わしくない場合,作用機序の異なるマクジェンに切り替えると有効であると報告している7).それによると,ルセt-AMDPCVRAPp=0.002p<0.0010.90.80.70.60.50.40.30.90.80.70.60.50.40.38006004002000800600400200InitialvisitBaselineMonth12InitialvisitBaselineMonth12InitialvisitBaselineMonth12InitialvisitBaselineMonth12logMARVAlogMARVACentralretinalthickness,μmCentralretinalthickness,μmt-AMDPCVRAPcadbp=0.001NS*図8マクジェンによるスイッチ療法の治療成績a:視力推移:Initialvisit後,マクジェン開始直前(baseline)時に低下した視力はマクジェン投与12カ月後に改善した.b:病型別視力推移:すべての病型でマクジェン投与により視力は改善傾向を示した.c:中心網膜厚の推移:Initialvisit後,マクジェン開始直前(baseline)時に有意な変化がなかった中心網膜厚はマクジェン投与12カ月後に有意に減少した.d:病型別中心網膜厚の推移:すべての病型でマクジェン投与により有意に中心網膜厚は減少した.(文献7,Fig1,Fig2を引用,一部改変)***t-AMDPCVRAPp=0.002p<0.0010.90.80.70.60.50.40.30.90.80.70.60.50.40.38006004002000800600400200InitialvisitBaselineMonth12InitialvisitBaselineMonth12InitialvisitBaselineMonth12InitialvisitBaselineMonth12logMARVAlogMARVACentralretinalthickness,μmCentralretinalthickness,μmt-AMDPCVRAPcadbp=0.001NS*図8マクジェンによるスイッチ療法の治療成績a:視力推移:Initialvisit後,マクジェン開始直前(baseline)時に低下した視力はマクジェン投与12カ月後に改善した.b:病型別視力推移:すべての病型でマクジェン投与により視力は改善傾向を示した.c:中心網膜厚の推移:Initialvisit後,マクジェン開始直前(baseline)時に有意な変化がなかった中心網膜厚はマクジェン投与12カ月後に有意に減少した.d:病型別中心網膜厚の推移:すべての病型でマクジェン投与により有意に中心網膜厚は減少した.(文献7,Fig1,Fig2を引用,一部改変)*** 0.30.3FA図9マクジェンへのスイッチ療法例,治療開始前OccultwithnoclassicCNVを有する典型AMDであった.OCTではfibrovascularPEDがみられた.中心窩網膜厚は555μm,視力0.3.図10図9症例のOCTによる臨床経過ルセンティスによる導入治療によりいったんは滲出は消失し,中心窩網膜厚は354μmに減少した.その後再発したためルセンティスを7回目まで投与したが,4回目以降は再出現した漿液性網膜.離が消失せずタキフィラキシーを獲得したと思われた.そこでマクジェンにスイッチしたところ,1回の硝子体内注射で網膜下液の減少がみられた.数字は視力.(関西医科大学附属滝井病院,尾辻剛先生提供)治療前ルセンティス3回後ルセンティス6回後ルセンティス7回後マクジェン1回後網膜下液減少タキフィラキシー0.30.30.20.10.2(29)あたらしい眼科Vol.32,No.8,20151095 -

ベバシズマブのオフラベル投与

2015年8月31日 月曜日

特集●抗VEGF薬による治療あたらしい眼科32(8):1083.1088,2015特集●抗VEGF薬による治療あたらしい眼科32(8):1083.1088,2015ベバシズマブのオフラベル投与Off-labelUseofIntravitrealBevacizumab木村修平*白神史雄*はじめにベバシズマブは,血管内皮細胞増殖因子(vascularendothelialgrowthfactor:VEGF)に対するモノクローナル抗体である.内皮細胞に特異的に作用し,すべてのVEGFアイソフォームを阻害することにより,新生血管を抑制したり,血管透過性亢進を抑制したりする作用をもつ.薬理作用上,ベバシズマブの効果が期待できる疾患を図1に示す.しかし,わが国におけるベバシズマブの保険適用は大腸癌,肺癌,乳癌に対してのみで,眼科での適応はない.また近年,数々の抗VEGF薬で保険適用の拡大があり,ベバシズマブ投与の対象となるのは,適用外(オフラベル)として,増殖糖尿病網膜症術前,血管新生緑内障,未熟児網膜症,網膜色素線条,Coats病などに限られる.医薬品の適正使用時に副作用により重篤な健康被害が生じた場合,独立行政法人医薬品医療機器総合機構による医薬品副作用被害救済制度の対象となるが,ベバシズマブの眼科使用は,この制度の対象にはならないので注意が必要である.眼科でのベバシズマブ投与における副作用は通常の抗VEGF薬と同様であり,重篤なもので,眼内炎,網膜.離,硝子体出血,水晶体損傷,眼虚血症候群などがある.各施設における倫理委員会の承認を得て,患者に十分な説明を行い,同意を得たうえで投与を行う.筆者の所属する施設ではアバスチンR(中外製薬)1.25mg/0.05ml硝子体注射を基本としている.これは・加齢黄斑変性症・高度近視に伴う脈絡膜新生血管・糖尿病黄斑浮腫・網膜血管閉塞に伴う黄斑浮腫他の抗VEGF薬で保険適用・増殖糖尿病網膜症硝子体手術前・血管新生緑内障・血管新生緑内障緑内障手術前・未熟児網膜症・Coats病・網膜色素線条ベバシズマブ(アバスチン)の効果が期待できる疾患offlabelで使用図1アバスチンRの効果が期待できる疾患の一覧他の抗VEGF薬の保険適用がなかった時期の標準的な投与量であり,疾患,病態に応じ,副作用を考慮して随時,投与量を調整して投与している.以下,比較的頻度の高い増殖糖尿病網膜症術前,血管新生緑内障と,Coats病,未熟児網膜症について述べていきたい.I増殖糖尿病網膜症術前活動性のある増殖膜は,網膜と新生血管(epicenter)を介してつながっており,硝子体手術で膜.離を行うときに出血することがある.抗VEGF薬を術前に投与すると,新生血管を退縮させ,血管透過性亢進を抑制することにより,術中の出血を最小限に抑えることができ,手術を比較的容易に行うことができる(図2)1,2).副作*ShuheiKimuraand*FumioShiraga:岡山大学大学院医歯薬学総合研究科機能再生・再建科学専攻生体機能再生・再建学講座眼科学分野〔別刷請求先〕木村修平:〒700-8558岡山市北区鹿田町2-5-1岡山大学大学院医歯薬学総合研究科機能再生・再建科学専攻生体機能再生・再建学講座眼科学分0910-1810/15/\100/頁/JCOPY(17)1083 1084あたらしい眼科Vol.32,No.8,2015(18)II血管新生緑内障隅角に発生した新生血管を退縮させることにより,隅角での房水流出路障害を緩和して降圧することができる.効果は翌日には現れ,数カ月続くため汎網膜光凝固を完成させるまでの猶予時間を確保できる(図5).根治治療ではないため,VEGF産生の原因である網膜虚血に対し,それ以上VEGFが産生されないように,十分な汎網膜光凝固を完成させる必要がある.アバスチンR投与後は網膜光凝固の効果がマスクされるため,十分な汎網膜光凝固が行えたかどうか,広角眼底撮影や蛍光眼底検査で確認することが望ましい.隅角癒着を起こした場合はアバスチンRの効果が認められないため,隅角が癒着を起こす前,可逆性の変化であるうちにアバスチンR硝子体注射,汎網膜光凝固を完成させることが重要である.ベバシズマブを投与すると眼圧低下が得られると同時に,角膜浮腫の消失,患者の疼痛軽減があるため,ベバシズマブを投与しないときより,汎網膜光凝固を行うことが比較的容易となる.この点からも血管新生緑内障の加療初期にアバスチンR硝子体注射を行うことは有効であるといえる.隅角が癒着してしまい不可逆性の高眼圧を認める場合は,線維柱帯切除術の適応となる.線維柱帯切除術を行う場合にもアバスチンRは有効である4).その理由として,血管透過性亢進を抑制し,新生血管を退縮させるこ用としては,局所的には網膜.離,血管閉塞の増強があり,全身的には脳梗塞や心筋梗塞の発症や生理不順などを引き起こす可能性がある.また,全身をまわって反対眼にも影響するため,両眼の増殖糖尿病網膜症の加療においては,両眼の観察が必要である.投与量については,0.25mg(通常の投与量の1/5)の投与量で十分効果的との報告があることから,当施設ではアバスチンR0.25.0.675mgを手術前日に硝子体注射している3)(図3).自験例を図4に示す.ab図3アバスチンRによる増殖糖尿病網膜症の活動性の抑制牽引性.離を認める増殖糖尿病網膜症の1例.新生血管からの旺盛なフルオレセインの漏出を認めたが(a),0.25mgのベバシズマブ硝子体投与後24時間で,フルオレセイン漏出の減少を認めている(b).アバスチン硝子体注射前アバスチン硝子体注射後増殖膜新生血管(epicenter)牽引生網膜.離図2牽引性網膜.離のアバスチンR硝子体注射前後の模式図活動性のある増殖膜は,網膜と新生血管(epicenter)を介してつながっている(a).アバスチンR硝子体注射を行うと,新生血管を退縮させることができる(b).これにより,増殖膜.離時の出血を抑えることができる.ab図3アバスチンRによる増殖糖尿病網膜症の活動性の抑制牽引性.離を認める増殖糖尿病網膜症の1例.新生血管からの旺盛なフルオレセインの漏出を認めたが(a),0.25mgのベバシズマブ硝子体投与後24時間で,フルオレセイン漏出の減少を認めている(b).アバスチン硝子体注射前アバスチン硝子体注射後増殖膜新生血管(epicenter)牽引生網膜.離図2牽引性網膜.離のアバスチンR硝子体注射前後の模式図活動性のある増殖膜は,網膜と新生血管(epicenter)を介してつながっている(a).アバスチンR硝子体注射を行うと,新生血管を退縮させることができる(b).これにより,増殖膜.離時の出血を抑えることができる. あたらしい眼科Vol.32,No.8,20151085(19)滲出性網膜.離を消失させたうえで,異常血管や無灌流域に対する網膜光凝固を行うと良い6).アバスチンRの投与だけではいずれ,滲出性変化の再発を認めることになるため,光凝固の併施が必須である.症例を図7に提示する.IV未熟児網膜症未熟児網膜症は,高濃度の酸素投与が原因でできる未熟な網膜血管を基盤に発症する眼内血管新生病で,眼内のVEGF値が上昇していることが知られている7).Stage3+を対象とした米国での多施設前向き無作為割付比較試験(BEAT-ROPスタディ)を根拠として,わが国でもアバスチンRによる治療が広がりつつある8).BEAT-ROPスタディによれば,光凝固単独群に比べて,アバスチンR硝子体注射群のほうが再治療を要する割合が低かった(光凝固単独群が22%再発したのに対し,アバスチンR硝子体注射群では4%が再発).さらに,成とにより,術中,術後の出血を抑えることができる点があげられる.筆者の所属する施設におけるデータを示す(図6).血管新生緑内障に対するベバシズマブ硝子体注入後マイトマイシンC(MMC)併用線維柱帯切除術群(IVB群)とMMC併用線維柱帯切除術群(-IVB群)の手術成績を後ろ向きに調査した.36カ月の時点で-IVB群の生存率が67.2%であったのに対して,IVB群の生存率が81.6%であった.-IVB群に比べてIVB群が有意に良い結果であった.IIICoats病Coats病は,片眼性の網膜血管異常を認め,男児に発症が多い疾患である.VEGFが病態に関与していることが報告されている5).基本的な治療は異常血管,無灌流域に対する網膜光凝固であるが,滲出性変化の強い場合は,網膜光凝固による加療が困難なことがある.網膜光凝固単独での加療が困難な場合,アバスチンRによりabcd図4増殖糖尿病網膜症に対する硝子体手術前にアバスチンR硝子体注射をした1例術前,視神経乳頭からアーケード血管に沿って広い範囲に新生血管を認め,黄斑部には牽引性.離を認めていた(a).矯正視力は0.05,フルオレセイン蛍光眼底検査では,新生血管から旺盛なフルオレセインの漏出を認めた(c).0.25mgのベバシズマブを硝子体投与し,翌日に25ゲージによる小切開硝子体手術を行った.2週間後には網膜復位を得て矯正視力0.1まで改善(b),フルオレセインの漏出の減少を認めている(d).abcd図4増殖糖尿病網膜症に対する硝子体手術前にアバスチンR硝子体注射をした1例術前,視神経乳頭からアーケード血管に沿って広い範囲に新生血管を認め,黄斑部には牽引性.離を認めていた(a).矯正視力は0.05,フルオレセイン蛍光眼底検査では,新生血管から旺盛なフルオレセインの漏出を認めた(c).0.25mgのベバシズマブを硝子体投与し,翌日に25ゲージによる小切開硝子体手術を行った.2週間後には網膜復位を得て矯正視力0.1まで改善(b),フルオレセインの漏出の減少を認めている(d). 1086あたらしい眼科Vol.32,No.8,2015(20)アバスチン.硝子体注射前アバスチン.硝子体注射後abcd図5前眼部蛍光造影からみた血管新生緑内障に対するアバスチンR硝子体注射の効果血管新生緑内障により虹彩に新生血管を認め,フルオレセイン(a),インドシアニングリーン(b)とも,注射後60秒で旺盛な漏出を認める.アバスチンR1.25mg/0.05mlを硝子体注射し,1週間後の検査では,新生血管は退縮し,注射後60秒でフルオレセイン(a),インドシアニングリーン(b)とも透過性の低下を認めている.100402008060生存率(%)線維柱帯切除後(月)10040200806036monthsIVB(+)group81.6%IVB(-)group67.2%IVB(+)group(n=99)IVB(-)group(n=50)p=0.0089図6血管新生緑内障に対するマイトマイシンC併用線維柱帯切除術におけるベバシズマブ硝子体注の効果死亡の定義は,1)2回連続で眼圧が21mmHgを超えた場合,2)濾過胞再建術を施行した場合(needlerevisionは除く,3)光覚がなくなった場合とした.36カ月の時点で-IVB群の生存率が67.2%であったのに対して,IVB群では81.6%であった.-IVB群に比べ,IVB群が有意に良い結果であった(log-ranktest:p=0.0089).アバスチン.硝子体注射前アバスチン.硝子体注射後abcd図5前眼部蛍光造影からみた血管新生緑内障に対するアバスチンR硝子体注射の効果血管新生緑内障により虹彩に新生血管を認め,フルオレセイン(a),インドシアニングリーン(b)とも,注射後60秒で旺盛な漏出を認める.アバスチンR1.25mg/0.05mlを硝子体注射し,1週間後の検査では,新生血管は退縮し,注射後60秒でフルオレセイン(a),インドシアニングリーン(b)とも透過性の低下を認めている.100402008060生存率(%)線維柱帯切除後(月)10040200806036monthsIVB(+)group81.6%IVB(-)group67.2%IVB(+)group(n=99)IVB(-)group(n=50)p=0.0089図6血管新生緑内障に対するマイトマイシンC併用線維柱帯切除術におけるベバシズマブ硝子体注の効果死亡の定義は,1)2回連続で眼圧が21mmHgを超えた場合,2)濾過胞再建術を施行した場合(needlerevisionは除く,3)光覚がなくなった場合とした.36カ月の時点で-IVB群の生存率が67.2%であったのに対して,IVB群では81.6%であった.-IVB群に比べ,IVB群が有意に良い結果であった(log-ranktest:p=0.0089). あたらしい眼科Vol.32,No.8,20151087(21)アバスチンRのメリットが目立つが,元来,VEGFは正常血管の伸展にも影響を与えることから,網膜の正常血管への影響,全身の血管の成長にも影響を与えることが懸念される.さらには注射手技にも注意が必要である.新生児の眼球の形態は成人とは違うため,実際の手技は,0.02.0.025ml(0.50.0.625mg)を角膜輪部から0.5.1.0mmの位置から針を刺入し,硝子体内に注入す長の停止していた網膜血管が,アバスチンR硝子体注射後に周辺へ伸展した.さらに別の論文では,近視や乱視が光凝固術に比べて起こりにくいという報告もある9).アバスチンR硝子体注射単独で治療を行い,追加治療を必要としなかった自験例を図8に示す.アバスチンRによる治療方法は,先述の単独療法以外に,硝子体手術前投与,光凝固術との併用療法が知られている.abcdef図7漿液性網膜.離を伴ったCoats病,14歳男性の1例初診時の眼底写真で耳側周辺に裂孔を伴わない網膜.離と硬性白斑を認めた(a).右眼矯正視力0.6.初診時の蛍光眼底写真で周辺網膜に無血管野と異常血管,動脈瘤を認めた(c).初診時の光干渉断層計で黄斑部に網膜.離を認めた(e).レーザー単独での加療が困難であったため,アバスチンR1.25mg/0.05mlの硝子体投与を行った後,網膜細動脈瘤,無灌流域に対して網膜光凝固を行った.施行後3カ月後の眼底写真で網膜.離の消失,硬性白斑の減少を認めた(b).矯正視力は1.2に改善した.治療後3カ月の蛍光眼底写真で異常血管,動脈瘤の退縮を認めた(d).治療後3カ月の光干渉断層計で黄斑部の網膜.離の消失を認めた(f).abcdef図7漿液性網膜.離を伴ったCoats病,14歳男性の1例初診時の眼底写真で耳側周辺に裂孔を伴わない網膜.離と硬性白斑を認めた(a).右眼矯正視力0.6.初診時の蛍光眼底写真で周辺網膜に無血管野と異常血管,動脈瘤を認めた(c).初診時の光干渉断層計で黄斑部に網膜.離を認めた(e).レーザー単独での加療が困難であったため,アバスチンR1.25mg/0.05mlの硝子体投与を行った後,網膜細動脈瘤,無灌流域に対して網膜光凝固を行った.施行後3カ月後の眼底写真で網膜.離の消失,硬性白斑の減少を認めた(b).矯正視力は1.2に改善した.治療後3カ月の蛍光眼底写真で異常血管,動脈瘤の退縮を認めた(d).治療後3カ月の光干渉断層計で黄斑部の網膜.離の消失を認めた(f). 1088あたらしい眼科Vol.32,No.8,2015(22)5)SunY,JainA,MoshfeghiDM:Elevatedvascularendo-thelialgrowthfactorlevelsinCoatsdisease:rapidresponsetopegaptanibsodium.GraefesArchClinExpOphthalmol245:1387-1388,20076)GoldA,VillegasV,MurrayTetal:AdvancedCoats’diseasetreatedwithintravitrealbevacizumabcombinedwithlaservascularablation.OPTH973,20147)SonmezK,DrenserKA,CaponeAetal:Vitreouslevelsofstromalcell-derivedfactor1andvascularendothelialgrowthfactorinpatientswithretinopathyofprematurity.Ophthalmology115:1065-1070.e1,20088)Mintz-HittnerHA,KennedyKA,ChuangAZ;BEAT-ROPCooperativeGroup:Efficacyofintravitrealbevaci-zumabforstage3+retinopathyofprematurity.NEnglJMed364:603-615,20119)HarderBC,SchlichtenbredeFC,BaltzvonSetal:Intra-vitrealbevacizumabforretinopathyofprematurity:refractiveerrorresults.AmJOphthalmol155:1119-1124.e1,201310)WuW-C,KuoH-K,YehP-Tetal:Anupdatedstudyoftheuseofbevacizumabinthetreatmentofpatientswithprethresholdretinopathyofprematurityintaiwan.AmJOphthalmol155:150-158.e1,201311)KimuraS,TsukamotoM,ShiodeYetal:Anewsyringeadaptorforintravitrealinjectionofprematureeye.Retina33:889-890,2013る.眼球に占める水晶体の割合が大きいため,強膜面に垂直に刺入するのではなく,虹彩面に垂直に刺入するイメージのほうが水晶体損傷の危険が少ない10,11).両親にアバスチンRのメリットのみならず,デメリットも十分説明したうえで慎重な投与が必要である.文献1)ChenE,ParkCH:Useofintravitrealbevacizumabasapreoperativeadjunctfortractionalretinaldetachmentrepairinsevereproliferativediabeticretinopathy.Retina26:699-700,20062)OshimaY,ShimaC,WakabayashiTetal:Microincisionvitrectomysurgeryandintravitrealbevacizumabasasurgicaladjuncttotreatdiabetictractionretinaldetach-ment.Ophthalmology116:927-938,20093)YamajiH,ShiragaF,ShiragamiCetal:Reductionindoseofintravitreousbevacizumabbeforevitrectomyforproliferativediabeticretinopathy.ArchOphthalmol129:106-107,20114)TakiharaY,InataniM,KawajiTetal:Combinedintra-vitrealbevacizumabandtrabeculectomywithmitomycinCversustrabeculectomywithmitomycinCaloneforneo-vascularglaucoma.JGlaucoma20:196-201,2011ab図8アバスチンR硝子体注射のみで治療を行った未熟児網膜症の1例修正在胎27週で,ZoneI,stage3,plusdisease+をみとめた(a).光凝固術を施行せず,アバスチンR0.25mg/0.01ml硝子体投与を行った.アバスチンR投与3日後,plusdisease-となった(b).その後,周辺血管の伸展を認め,追加の治療を要さなかった.ab図8アバスチンR硝子体注射のみで治療を行った未熟児網膜症の1例修正在胎27週で,ZoneI,stage3,plusdisease+をみとめた(a).光凝固術を施行せず,アバスチンR0.25mg/0.01ml硝子体投与を行った.アバスチンR投与3日後,plusdisease-となった(b).その後,周辺血管の伸展を認め,追加の治療を要さなかった.

抗VEGF薬の治療-種々の眼疾患,眼腫瘍への応用-

2015年8月31日 月曜日

特集●抗VEGF薬による治療あたらしい眼科32(8):1075.1081,2015特集●抗VEGF薬による治療あたらしい眼科32(8):1075.1081,2015抗VEGF薬の治療─種々の眼疾患,眼腫瘍への応用─Anti-VEGFTherapy:UseinVariousOcularDisordersandOcularTumors加瀬諭*石田晋*はじめにVascularendothelialgrowthfactor(VEGF)は血管透過性因子,血管新生因子であり,さまざまな眼内血管新生疾患の病態に重要な役割を果たす.これらの病態解析を背景として,抗VEGF薬硝子体内注射が加齢黄斑変性症,網膜静脈閉塞症,糖尿病黄斑浮腫,近視性脈絡膜新生血管の治療に保険適用になり,ますます抗VEGF薬がこれらの疾患の治療に中心的な役割を果たすようになってきている.一方,上記の疾患のみならず,眼部のさまざまな腫瘍性疾患,炎症性疾患の病態にもVEGFが関与することが示され,抗VEGF薬の局所投与が試みられている.これらの疾患に対しては主としてbeva-cizumab(AvastinR)あるいはranibizumab(LucentisR)が使用されている.Bevacizumabはリコンビナントヒト化抗VEGF抗体であり,ranibizumabはヒト化抗VEGF抗体Fabフラグメントで,いずれもすべてのVEGFアイソフォームに結合し,VEGF受容体経路を阻害する.本稿では眼部腫瘍性疾患,増殖性疾患,炎症性疾患,すなわち前眼部疾患として結膜扁平上皮癌,翼状片,後眼部疾患として放射線網膜症,Coats病,結節性硬化症,vasoproliferativeretinaltumor,最後にぶどう膜炎をとりあげ,これらの疾患に対する抗VEGF薬治療の効果と限界について概説する.I結膜扁平上皮癌に対する抗VEGF薬治療結膜扁平上皮癌(conjunctivalsquamouscellcarcinoma:CSCC)は眼表面に発生する代表的な悪性腫瘍の一つで,しばしば眼窩内進展をきたして眼窩内容除去術を要したり,耳下腺などへ転移して生命予後に影響を及ぼす重大な疾患である.これまで,CSCCの主たる治療である外科的切除に加え,インターフェロンやマイトマイシンCなどの抗腫瘍薬局所投与,放射線照射,冷凍凝固が付加的治療として行われてきたが,治療抵抗性を示す症例も混在する.他方,CSCCでは腫瘍細胞にVEGFが高発現していることが判明し1),CSCCの補助療法として抗VEGF薬の局所治療が試みられてきた.Fingerらは,5例の再発性角結膜扁平上皮癌に対して,ranibizumabを結膜下に投与し,注射後2年で腫瘍が縮小傾向を示したことを報告した2).今後,さらなる長期経過と多数例の検討により,抗VEGF薬局所投与がCSCCにおける補助療法の一つとして確立されることが期待される.II翼状片に対する抗VEGF薬治療翼状片はわが国では代表的な眼表面の増殖性疾患である.翼状片の手術療法の問題点として,術後再発が重要である.これまでの基礎的研究で,翼状片上皮細胞や間質の血管内皮細胞にVEGFが発現していることが知られている.翼状片では正常結膜よりもVEGFが高発現しており,VEGFが翼状片の発生病理や再発にかかわっていることが報告されてきた3).これらの背景から,翼状片の進展,再発予防を期待しbevacizumabによる*SatoruKaseandSusumuIshida:北海道大学大学院医学研究科医学専攻感覚器病講座眼科学分野〔別刷請求先〕加瀬諭:〒060-8638札幌市北区北15条西7丁目北海道大学大学院医学研究科医学専攻感覚器病講座眼科学分野0910-1810/15/\100/頁/JCOPY(9)1075 1076あたらしい眼科Vol.32,No.8,2015(10)注射を3カ月ごとに計2回行い,黄斑浮腫は軽減した.したがって,抗VEGF薬治療は黄斑浮腫を軽減させることができるが,一方でその効果は一過性と考えられている5).他方,脈絡膜悪性黒色腫に関しては,小線源療法やgナイフ,サイバーナイフといった放射線治療により,眼球を温存することが可能な症例が増加してきた.しかし,このような症例に発生した放射線網膜症に伴う黄斑浮腫に対しては,抗VEGF薬硝子体内投与の安全性が議論となっている.Filaliらはヒト脈絡膜由来悪性黒色腫細胞を初代培養し,bevacizumabをinvitroで投与すると,腫瘍細胞の増殖が抑制されたことを確認した.しかしながら,マウスの眼球内に培養悪性黒色腫細胞を注入し,bevacizumabの眼内注射を行っても,腫瘍の増殖を抑制できないばかりでなく,むしろ腫瘍が増大した6).以上より,脈絡膜悪性黒色腫に対する放射線治療によって温存眼球に発症した放射線網膜症に対して,抗VEGF薬硝子体内注射を行うことは,腫瘍の再発を招く危険性がある.IVCoats病に対する抗VEGF薬治療Coats病は原因不明の滲出性網膜症であり,特徴的な治療が試みられてきた4).翼状片の再発抑制にbevaci-zumabの局所投与が有効か無効か,近年多くの臨床研究が行われているが,依然決着はついていない.その理由の一つに,各研究施設で用いられているbevacizum-abの投与量や経過観察期間が一定ではないことがあげられる4).この問題を解決するため,翼状片に対する抗VEGF薬投与の効果について多数例での解析が可能な施設における前向き臨床研究,長期の経過観察が必須である.なお,基本的にbevacizumabの結膜下投与による重大な副作用はないが,術後に結膜下出血が高頻度にみられる.III放射線網膜症および脈絡膜悪性黒色腫に対する抗VEGF薬治療放射線網膜症は眼窩腫瘍,副鼻腔腫瘍,脳腫瘍あるいは眼内腫瘍に対する放射線照射施行後に発生する網膜症である.黄斑浮腫や血管新生緑内障は重大な視力障害を引き起こすが,その発生原因の一つに眼内におけるVEGFの発現が関与している.放射線網膜症に伴う黄斑浮腫症例に対する抗VEGF薬治療が行われてきた.図1に自検例を示す.Bevacizumab(1.25mg)の硝子体abcdBevacizumab投与前Bevacizumab投与後図1放射線網膜症に対するBevacizumab投与前(a,b)と投与後(c,d)の眼底写真(a,c),光干渉断層(b,d)所見50歳,女性.上顎癌切除手術と放射線照射後に発生した放射線網膜症を示す.黄斑浮腫,硬性白斑がみられる(a,b).1.25mgのbevacizumabを3カ月毎計2回投与を行った後,硬性白斑は減少傾向を示し(c),黄斑浮腫は軽減した(d).abcdBevacizumab投与前Bevacizumab投与後図1放射線網膜症に対するBevacizumab投与前(a,b)と投与後(c,d)の眼底写真(a,c),光干渉断層(b,d)所見50歳,女性.上顎癌切除手術と放射線照射後に発生した放射線網膜症を示す.黄斑浮腫,硬性白斑がみられる(a,b).1.25mgのbevacizumabを3カ月毎計2回投与を行った後,硬性白斑は減少傾向を示し(c),黄斑浮腫は軽減した(d). あたらしい眼科Vol.32,No.8,20151077(11)されている症例では網膜光凝固が選択されうるが,病巣範囲が2象限以上に及ぶ症例や滲出性網膜.離を伴う症例では,光凝固単独の治療は困難である.実際,小児あるいは成人発生にかかわらず,病巣の限局したCoats病に対し網膜光凝固と抗VEGF薬局所投与の併用療法で,網膜浮腫や白斑が軽快し,視力の改善が期待できる8,9).一方,Coats病に対する抗VEGF療法単独の治療効果は明らかにされていないが,自検例(図2)を含め臨床的にその投与後は良好な反応を示す症例が多い10).以上網膜血管の異常と滲出がみられ,小児のみならず成人にも発症しうる.Coats病の治療は,網膜光凝固,副腎皮質ステロイド薬局所投与,網膜冷凍凝固,硝子体手術などが行われてきた.近年,筆者らはCoats病の摘出眼球を用いた病理組織学的検討にて,Coats病の眼内においてVEGFが高発現していることを示した7).このような背景から,Coats病の病態にVEGFが重要な役割を果たすことが示唆され,これまでの治療に加え,抗VEGF薬治療の有効性が報告されてきた.病巣が限局abcdBevacizumab投与前Bevacizumab投与後図2Coats病(12歳男児)におけるBevacizumab投与前(a,b)と投与後30週(c,d)の眼底写真(a,c)とフルオレセイン蛍光眼底造影所見(b,d)Bevacizumab投与間では,眼底に著明な網膜浮腫,硬性白斑,網膜血管の拡張蛇行,網膜出血がみられ(a),FAでは著明な蛍光漏出がみられる(b).Bevacizumab1回投与後,網膜浮腫は軽減し(c),FAでの蛍光漏出は軽減した(d).abcdBevacizumab投与前Bevacizumab投与後図2Coats病(12歳男児)におけるBevacizumab投与前(a,b)と投与後30週(c,d)の眼底写真(a,c)とフルオレセイン蛍光眼底造影所見(b,d)Bevacizumab投与間では,眼底に著明な網膜浮腫,硬性白斑,網膜血管の拡張蛇行,網膜出血がみられ(a),FAでは著明な蛍光漏出がみられる(b).Bevacizumab1回投与後,網膜浮腫は軽減し(c),FAでの蛍光漏出は軽減した(d). 1078あたらしい眼科Vol.32,No.8,2015(12)皮膚を始め,全身性に腫瘍が発生する疾患である.網膜では,両眼に多発性の白色腫瘤が幼小児期よりみられる.本体は良性の網膜過誤腫であり,基本的には経過観察されるが,網膜腫瘍に関連した黄斑浮腫や新生血管,硝子体出血を伴う際には,視力障害の原因となるため治療を要する.近年,黄斑浮腫を伴う結節性硬化症では,より,抗VEGF薬局所投与はCoats病の有用な治療選択の一つとして確立されつつある.V結節性硬化症の網膜腫瘍に対する抗VEGF薬治療結節性硬化症はTSC遺伝子変異により,脳,腎臓,abBevacizumab投与前Bevacizumab投与後図4Vasoproliferativeretinaltumorに対してBevacizumab硝子体内注射を施行した1例53歳,女性.右眼耳側周辺部に硬性白斑を伴う赤色調の隆起性病変がみられる(a).Bevacizumab硝子体内注射後,腫瘍性病変は徐々に萎縮し,注射後10カ月では硬性白斑は消失した(b).(北海道大学眼科齋藤航先生のご厚意による)abBevacizumab投与前Bevacizumab投与後図3結節性硬化症(30歳,男性)の左眼底写真Bevacizumab投与前(a)と硝子体内注射1カ月後の眼底写真(b).白色の網膜腫瘍が散在しており(a,→),硝子体出血を伴っている.Bevacizumab硝子体内注射後1カ月で,硝子体出血は消退傾向を示す(b).abBevacizumab投与前Bevacizumab投与後図4Vasoproliferativeretinaltumorに対してBevacizumab硝子体内注射を施行した1例53歳,女性.右眼耳側周辺部に硬性白斑を伴う赤色調の隆起性病変がみられる(a).Bevacizumab硝子体内注射後,腫瘍性病変は徐々に萎縮し,注射後10カ月では硬性白斑は消失した(b).(北海道大学眼科齋藤航先生のご厚意による)abBevacizumab投与前Bevacizumab投与後図3結節性硬化症(30歳,男性)の左眼底写真Bevacizumab投与前(a)と硝子体内注射1カ月後の眼底写真(b).白色の網膜腫瘍が散在しており(a,→),硝子体出血を伴っている.Bevacizumab硝子体内注射後1カ月で,硝子体出血は消退傾向を示す(b). あたらしい眼科Vol.32,No.8,20151079(13)る.腫瘍は通常周辺網膜にみられ,硬性白斑,無血管領域や網膜前膜の形成,硝子体出血,網膜変性,牽引性網膜.離を伴うことがある.大部分は特発性であるが,網膜色素変性,Coats病,網膜.離に合併してみられることがある.近年,VPRTの腫瘍細胞にVEGFの発現がみられることが報告され12),bevacizumab硝子体内注射が腫瘍の活動性を低下させることが明らかとなった.図4に示す症例は,bevacizumab硝子体内注射を1回施行し,結果的に腫瘍が萎縮した.小型の腫瘍であればbevacizumab単独療法で腫瘍の制御が可能な症例が混在するが,大型の腫瘍や治療抵抗性を示す症例,牽引性網膜.離に進展する症例では網膜光凝固,冷凍凝固および硝子体手術を併用して治療を行う.VIIぶどう膜炎に対する抗VEGF薬治療ぶどう膜炎では経過中に黄斑浮腫や眼内血管新生,硝硝子体液中のVEGF濃度が上昇していることが報告され,bevacizumab硝子体内注射による黄斑浮腫の軽減,視力の改善が期待されている11).図3に示すのは自検例で,30歳男性の左眼の眼底写真である.経過中に硝子体出血をきたし,視力が低下したが,bevacizumab硝子体内注射を施行したところ,硝子体出血は消退傾向を示した.しかし,このような活動性のある網膜腫瘍を伴う症例では,bevacizumab単独療法では黄斑浮腫や硝子体出血が再燃する可能性があるため,注射後は腫瘍部への直接光凝固や硝子体手術が必要になる可能性がある.VIVasoproliferativeretinaltumor(VPRT)に対する抗VEGF薬治療VPRTは感覚網膜に発生する赤色.橙色を呈する良性腫瘍で,腫瘍本体はグリア細胞と血管内皮細胞よりなabcdBevacizumab硝子体内注射前Bevacizumab硝子体内注射後図5眼サルコイドーシスに伴う黄斑浮腫に対するBevacizumab硝子体内注射の効果フルオレセイン蛍光眼底造影(a,c)と光干渉断層(b,d)所見.1.25mgのbevacizumab硝子体内注射後,若干の蛍光漏出の低下(a,c)と黄斑浮腫の改善がみられた(b,d)が,浮腫は残存した.(北海道大学眼科南場研一先生のご厚意による)abcdBevacizumab硝子体内注射前Bevacizumab硝子体内注射後図5眼サルコイドーシスに伴う黄斑浮腫に対するBevacizumab硝子体内注射の効果フルオレセイン蛍光眼底造影(a,c)と光干渉断層(b,d)所見.1.25mgのbevacizumab硝子体内注射後,若干の蛍光漏出の低下(a,c)と黄斑浮腫の改善がみられた(b,d)が,浮腫は残存した.(北海道大学眼科南場研一先生のご厚意による) Bevacizumab投与前Bevacizumab投与後acbd図6尿細管間質性腎炎ぶどう膜炎に伴う脈絡膜新生血管に対するBevacizumab硝子体内注射の効果症例は12歳,女児.Bevacizumab投与前では,脈絡膜新生血管,網膜下出血,網膜下液の貯留がある(a,b).投与後,脈絡膜新生血管は退縮し,滲出は軽減した(c,d).(北海道大学眼科南場研一先生のご厚意による) ’-

抗VEGF薬の基礎研究と開発の歴史

2015年8月31日 月曜日

特集●抗VEGF薬による治療あたらしい眼科32(8):1069.1073,2015特集●抗VEGF薬による治療あたらしい眼科32(8):1069.1073,2015抗VEGF薬の基礎研究と開発の歴史HistoryofAngiogenesisResearchandAnti-VEGFDrugDevelopment野田航介*はじめにトランスレーショナルリサーチとは,研究機関で得られた基礎研究の成果を,臨床に使用できる新しい医療技術・医薬品として確立するために行う,“benchtobedside”を目的とした非臨床から開発までの幅広い研究をさす.近年の眼科領域におけるトランスレーショナルリサーチの代表的な成功例は,抗血管内皮増殖因子(vascularendothelialgrowthfactor:VEGF)製剤の眼内血管新生性疾患に対する臨床応用であろう.抗VEGF製剤はこれまで治療困難であったさまざまな眼底疾患,すなわち滲出型加齢黄斑変性(wetage-relatedmaculardegeneration:wetAMD),糖尿病黄斑浮腫(diabeticmacularedema:DME),網膜静脈閉塞症(retinalveinocclusion:RVO),近視性脈絡膜新生血管(myopicchoroidalneovascularization:mCNV)などの疾患に用いられ,良好な治療成績を上げている.本稿では,VEGFの発見と各種抗VEGF製剤の開発コンセプトや経緯についてまとめる.I血管新生に関する研究とVEGFの発見抗VEGF製剤の開発に触れる前に,血管新生に関する基礎研究の経緯について述べる必要があると思う.血管新生とは既存血管から血管が新しく形成されることを意味し,創傷治癒や女性の性周期にともなう黄体形成や子宮内膜発育などの生理的反応で生じる一方,悪性腫瘍や関節リウマチ,先に述べた眼内血管新生性疾患などの病態にも関与している1).そのプロセスは,既存血管の拡張や血管透過性の亢進などがさまざまな炎症性サイトカインなどの液性因子によって誘導されることに始まる.その後,血管基底膜や周囲の細胞外マトリックスの分解が行われ,同部では血管内皮細胞の増殖と遊走が生じ,その結果として新しい脈管が形成される2)(図1).そして,最終的にはこれらの脈管に血液循環が生じて新しい血管が形成される.この血管新生のプロセスについては悪性腫瘍に関する研究がその多くを解明した経緯がある.今でこそわれわれは,悪性固形腫瘍の多くにおいて腫瘍細胞が血管新生因子を分泌し,その結果として周囲の既存血管から生じた新生血管が腫瘍を栄養することを「常識」としている.しかしながら,1970年頃における腫瘍血管に関する「常識」とは,腫瘍組織は既存血管によって囲まれている構造ではあるが,腫瘍によって新しい血管構築が生じるわけではない,というものであったようだ.その当時から,腫瘍組織周囲に血管が多く存在することは病理学的検討で明らかとなっていたが,それは腫瘍の中心部で壊死に陥っている腫瘍細胞に対する既存血管の“炎症反応”とされていた3).実は,1930年代から腫瘍血管新生を示唆する報告はなされていた.1939年,Ideらは家兎に腫瘍細胞を移植して,血管新生が生じることを報告している4).その後,1945年にAlgireらは腫瘍細胞が血管新生を誘導することを示した5).また,Greenらは1941年に家兎腺*KousukeNoda:北海道大学大学院医学研究科医学専攻感覚器病学講座眼科学分野〔別刷請求先〕野田航介:〒060-8638札幌市北区北15条西7丁目北海道大学大学院医学研究科医学専攻感覚器病学講座眼科学分野0910-1810/15/\100/頁/JCOPY(3)1069 1070あたらしい眼科Vol.32,No.8,2015(4)炭水化物および脂質を含む抽出液であり,単一の血管新生因子の同定ではない8).しかしながら,それは後に血管新生を誘導する多くの液性因子の発見,そしてVEGFおよびそのファミリー分子の発見につながっていく大きな功績であり,Folkmanらが当時の「常識」を覆した結果として現在の抗VEGF療法が存在するともいえる.IIVEGFとそのファミリー分子に関する研究1983年,Sengerらは血管からの漏出を惹起して腹水の原因となる液性因子を腫瘍細胞が分泌することを見出し,vascularpermeabilityfactor(VPF)と命名した9).しかしながら,この時点では彼らのグループはVPFの単離にまでは到達していない.その後,1989年にFerr-araのグループが新規の血管新生因子としてVEGFを発見し10),後にVEGFとVPFが同一の分子であることがcDNAクローニングによって明らかになった11,12).このVEGFとは,現在,われわれがVEGF-Aとよんでいる分子群である.VEGF-Aは血管新生,血管透過性亢進,リンパ管新生などを誘導し,血管内皮細胞の抗アポトーシス作用を有する分子群であり12,13),当初VEGF関連の研究はVEGF-Aを対象に行われた.その後,VEGFはそのアミノ酸配列の相同性からVEGFファミリーとよばれる分子群を形成していることが明らかとなった.哺乳類におけるVEGFファミリーはVEGF-AからDおよび胎盤成長因子(placentalgrowthfactor:PlGF)から構成されている14).本稿では,臨床的に使用されている抗VEGF製剤が阻害し得るVEGF-A,VEGF-BおよびPlGFについてのみ述べる.これらのVEGFファミリーは細胞膜表面上に存在するVEGF受容体(VEGFR-1とVEGFR-2)に結合するが,それぞれパートナーが決まっている(図2).VEGF-Aには複数のアイソフォームが存在するが,眼内に発現するものは主にVEGF121とVEGF165の2つである.VEGF165はVEGFR-2の補助受容体として機能するneuropilin-1と結合能があるため,VEGFR-2との親和性がVEGF121よりも高く,wetAMDなどの眼内血管新生性疾患において重要な役割を演じていると考えられる.VEGF-BはVEGFR-1およびneuropilin-1と癌をモルモットの前房に移植する際,血管新生が腫瘍の増殖に重要であることを示した6).これらの知見は腫瘍が血管新生を促進すること,また血管新生によって腫瘍が増大することを示唆していたが,前述の「常識」のために,これらの概念はこの時代において受け入れられなかった.1971年に,Folkmanらは「腫瘍の増殖は血管新生に依存しており,その抑制が悪性腫瘍の治療に有効である」という概念,つまり「悪性腫瘍治療におけるanti-angiogenesisの重要性」を提唱した7).当然のごとく,Folkmanらの主張も「腫瘍周囲の血管は非特異的な炎症によるもの」という既存の学説に阻まれ,当初は懐疑的に捉えられた3).しかし,彼らはラット肺癌培養細胞株から血管新生を誘導する分画としてtumorangiogen-esisfactor(TAF)を抽出し,自らの学説の正当性を証明した.TAFは,25%のRNA,10%の蛋白,58%の基底膜分解蛋白分解酵素による基底膜構造の破壊血管内皮細胞増殖・遊走血管基底膜内皮細胞の増殖管腔形成図1血管新生の3ステップ血管新生は,1)各種蛋白分解酵素による血管基底膜の分解,2)VEGFに代表される血管新生因子による血管内皮細胞の増殖と遊走,3)管腔形成と段階的に行われれる複雑な,しかし緻密に制御された生体現象である.基底膜分解蛋白分解酵素による基底膜構造の破壊血管内皮細胞増殖・遊走血管基底膜内皮細胞の増殖管腔形成図1血管新生の3ステップ血管新生は,1)各種蛋白分解酵素による血管基底膜の分解,2)VEGFに代表される血管新生因子による血管内皮細胞の増殖と遊走,3)管腔形成と段階的に行われれる複雑な,しかし緻密に制御された生体現象である. あたらしい眼科Vol.32,No.8,20151071(5)が眼内血管新生性疾患において重要な役割を演じていることを突きとめ,その詳細な分子機構を明らかにしてきた.これらの基礎研究の成果が基盤となり,それらを標的とした製剤開発に寄与している.III抗VEGF製剤の開発VEGF発見から15年後の2004年,VEGFに対する抗体製剤bevacizumabが転移性大腸癌の治療薬として米国の食品医薬品局(FoodandDrugAdministration:FDA)に認可された.その後,異なる創薬デザインに基づいた抗VEGF製剤が複数開発され,眼科臨床に導入されている.2015年6月現在,わが国において眼科領域で使用が認可されている抗VEGF製剤は,pegap-tanib,ranibizumab,そしてafliberceptの3剤である.以下に,それぞれの製剤の特徴と開発コンセプトを示す.その臨床的な効果については,本号掲載の他稿を参照されたい.結合し,「血管新生」ではなく,「血管生存」にかかわる分子であると考えられている15).PlGFは選択的にVEGFR-1とのみ結合して血管新生を誘導するのみならず,VEGF-AによるVEGFR-2のシグナル伝達を促進して血管新生を誘導することが報告されている.腫瘍や虚血,血管新生などの病態においてPlGFの発現は増加し,血管新生や血管透過性亢進を促進する.ヒトwetAMDのCNVでもPlGF発現が報告されている一方,糖尿病,とくに増殖糖尿病網膜症においても線維血管組織での発現や,硝子体中で正常眼と比較して高値であること16),その硝子体中濃度がVEGF-Aと正の相関を有することなどが報告されている17).近年,筆者らのグループも糖尿病網膜症の前房水中PlGF濃度を測定し,増殖性変化を認めないDME群においてもPlGFが正常者と比較して有意に増加していることを示した18).以上のように,基礎研究の成果はVEGF-A,VEGF-BおよびPlGFなどのVEGFファミリーに属する分子群VEGF-AVEGF-BVEGFR-1VEGFR-2Neuropilin-1PlGF(VEGF121,VEGF145,VEGF165,VEGF189,VEGF206)補助受容体として図2VEGFファミリーとその受容体システムVEGF-AはVEGFR-1およびVEGFR-2を,VEGF-BはVEGFR-1を,PlGFはVEGFR-1とneuropilin-1をそれぞれ受容体としてシグナル伝達を行う.(文献22から改変引用)VEGF-AVEGF-BVEGFR-1VEGFR-2Neuropilin-1PlGF(VEGF121,VEGF145,VEGF165,VEGF189,VEGF206)補助受容体として図2VEGFファミリーとその受容体システムVEGF-AはVEGFR-1およびVEGFR-2を,VEGF-BはVEGFR-1を,PlGFはVEGFR-1とneuropilin-1をそれぞれ受容体としてシグナル伝達を行う.(文献22から改変引用) 1072あたらしい眼科Vol.32,No.8,2015(6)化されたRNAアプタマーである19).VEGFが生体内の恒常性維持にかかわっていること,VEGF165がVEGF121より強力な生理活性を有することを考慮した創薬デザインがなされている.1.Pegaptanib(MacugenR)前述のごとく,眼内で発現する主要なVEGF-AアイソフォームはVEGF121とVEGF165の2つであるが,pegaptanibはVEGF165に選択的に結合するように最適ヒトFabのフレームワークにマウス抗VEGF-A配列を挿入ヒト化したFab断片Fab領域Fc領域マウス抗VEGF-Aモノクローナル抗体6基のアミノ酸を置換Ranibizumab結合能の改善(140倍)図3Ranibizumab(ルセンティスR)の構造(文献22から改変引用)VEGFR-1VEGFR-212345671234567123456712232334567aflibercept図4Aflibercept(アイリーアR)の構造(文献22から改変引用)ヒトFabのフレームワークにマウス抗VEGF-A配列を挿入ヒト化したFab断片Fab領域Fc領域マウス抗VEGF-Aモノクローナル抗体6基のアミノ酸を置換Ranibizumab結合能の改善(140倍)図3Ranibizumab(ルセンティスR)の構造(文献22から改変引用)VEGFR-1VEGFR-212345671234567123456712232334567aflibercept図4Aflibercept(アイリーアR)の構造(文献22から改変引用) あたらしい眼科Vol.32,No.8,20151073(7)6)GreeneHS:Heterologoustransplantationofmammaliantumors:I.Thetransferofrabbittumorstoalienspecies.JExpMed73:461-474,19417)FolkmanJ:Tumorangiogenesis:therapeuticimplica-tions.NEnglJMed285:1182-1186,19718)FolkmanJ,MerlerE,AbernathyCetal:Isolationofatumorfactorresponsibleforangiogenesis.JExpMed133:275-288,19719)SengerDR,GalliSJ,DvorakAMetal:Tumorcellssecreteavascularpermeabilityfactorthatpromotesaccu-mulationofascitesfluid.Science219:983-985,198310)FerraraN,HenzelWJ:Pituitaryfollicularcellssecreteanovelheparin-bindinggrowthfactorspecificforvascularendothelialcells.BiochemBiophysResCommun161:851-858,198911)KeckPJ,HauserSD,KriviGetal:Vascularpermeabilityfactor,anendothelialcellmitogenrelatedtoPDGF.Sci-ence246:1309-1312,198912)LeungDW,CachianesG,KuangWJetal:Vascularendo-thelialgrowthfactorisasecretedangiogenicmitogen.Sci-ence246:1306-1309,198913)NagyJA,VasileE,FengDetal:Vascularpermeabilityfactor/vascularendothelialgrowthfactorinduceslym-phangiogenesisaswellasangiogenesis.JExpMed196:1497-1506,200214)EllisLM,HicklinDJ:VEGF-targetedtherapy:mecha-nismsofanti-tumouractivity.NatRevCancer8:579-591,200815)LiX,KumarA,ZhangFetal:Complicatedlife,compli-catedVEGF-B.TrendsMolMed18:119-127,201216)KhaliqA,ForemanD,AhmedAetal:Increasedexpres-sionofplacentagrowthfactorinproliferativediabeticreti-nopathy.LabInvest78:109-116,199817)YamashitaH,EguchiS,WatanabeKetal:Expressionofplacentagrowthfactor(PIGF)inischaemicretinaldiseas-es.Eye(Lond)13:372-374,199918)AndoR,NodaK,NambaSetal:Aqueoushumourlevelsofplacentalgrowthfactorindiabeticretinopathy.ActaOphthalmol92:e245-e246,201419)NgEW,ShimaDT,CaliasPetal:Pegaptanib,atargetedanti-VEGFaptamerforocularvasculardisease.NatRevDrugDiscov5:123-132,200620)FerraraN,DamicoL,ShamsNetal:Developmentofranibizumab,ananti-vascularendothelialgrowthfactorantigenbindingfragment,astherapyforneovascularage-relatedmaculardegeneration.Retina26:859-870,200621)HolashJ,DavisS,PapadopoulosNetal;VEGF-Trap:aVEGFblockerwithpotentantitumoreffects.ProcNatlAcadSciUSA99:11393-11398,200222)野田航介:眼科分子標的治療の進歩.図で早わかり実践!眼科薬理.臨眼増刊号67:39-43,20132.Ranibizumab(LucentisR)PegaptanibがVEGF165を標的分子とするのに対して,ranibizumabはVEGFに対するヒトVEGFに対するマウスモノクローナル抗体(A.4.6.1)のFabフラグメント(可変領域)を基本構造として作製された蛋白製剤であり20)(図3),VEGF-Aの全アイソフォームを阻害するように設計されている.Fabフラグメントとして設計された理由は,trastuzumab(herceptinR)という抗腫瘍薬を用いた検討で,抗体製剤は網膜への浸透性がFabフラグメントに加えて低かったことに由来している.3.Aflibercept(EyleaR)Afliberceptは,VEGFR-1とVEGFR-2におけるVEGF結合部位の細胞外ドメインの一部をヒト免疫グロブリンのFc部分と融合させた組換蛋白である21)(図4).前述のごとく,VEGFR-1はVEGF-A以外にVEGF-BやPlGFとも結合能があるため,afliberceptはそれらに対する阻害効果をも有していることになる.おわりに以上,抗VEGF製剤の開発にかかわる基礎研究の歴史について述べた.文献1)SiricaAE:ThePathobiologyofneoplasia.PlenumPress,NewYork,19892)Tombran-TinkJ,BarnstableCJ:Ocularangiogenesis:diseases,mechanisms,andtherapeutics.TotowaNJ:HumanaPress,2006:xv,4123)MarmeD,FusenigNE:Tumorangiogenesis:basicmechanismsandcancertherapy.Berlin:Springer,xviii,p845,20084)IdeAG,BakerNH,WarrenSL:Vasculariza-tionofthebrownpearcerabbitepitheliomatransplantasseeninthetransparentearchamber.AmJRoentgenol42:891-899,19394)IdeAG,BakerNH,WarrenSL:Vascularizationofthebrownpearcerabbitepitheliomatransplantasseeninthetransparentearchamber.AmJRoentgenol42:891-899,19395)AlgireGH,ChalkleyHW,LegallaisFYetal:Vascularreactionsofnormalandmalignanttumorsinvivo.I.Vas-cularreactionsofmicetowoundsandtonormalandneo-plastictransplants.JNatlCancerInst6:73-85,1945

序説:抗VEGF薬による治療

2015年8月31日 月曜日

●序説あたらしい眼科32(8):1067.1068,2015●序説あたらしい眼科32(8):1067.1068,2015抗VEGF薬による治療TreatmentUsingAnti-VascularEndothelialGrowthFactorAgents岡田アナベルあやめ*石橋達朗**近年,血管内皮増殖因子(VEGF)を阻害する生物学製剤が承認されて以降,さまざまな黄斑疾患の治療が大きく変わり視力予後が著しく改善した.また,黄斑浮腫や網膜下液の定量に役立つ検査法である光干渉断層計(OCT)が保険適応されたことで,黄斑疾患の診断および治療の評価が以前より容易にもなった.一方で,抗VEGF薬の使い方における考えも変化し,新しい臨床試験のデータが相次いで発表されている.本誌では以前にも抗VEGF治療を取り上げたが,速いスピードで進化している分野でもあるため,今回はわが国では2012年9月に滲出型加齢黄斑変性(AMD)で承認されたアフリベルセプト(アイリーアR)も考慮し,抗VEGF薬の情報をアップデートしたい.現在,保険診療に認可されている抗VEGF薬はペガプタニブ(マクジェンR),ラニビズマブ(ルセンティスR)およびアフリベルセプト(アイリーアR)である.ペガプタニブの適応疾患はAMDのみであるのに対して,ラニビズマブとアフリベルセプトの適応疾患はAMDに加え,近視性脈絡膜新生血管,網膜静脈閉塞症,および糖尿病黄斑浮腫という違いがある.また,どれもVEGFを阻害するものの,構造の違いによりその阻害の程度や持続性,また他の物質に対する抑制効果も異なる.さらに,眼科領域には認可されておらず,オフラベルで使われているベバシズマブ(アバスチンR)は施設倫理員会の許可が必要で,抗VEGF薬の保険適応のない疾患,例えば網膜色素線条症に伴う脈絡膜新生血管や血管新生緑内障などに使われている.これほどたくさんの抗VEGF薬が利用されるようになったということからも,この治療の有効性は明白である.10年前までは想像できなかったほどの良い視力成績がわが国からも多数報告されている.抗VEGF薬による治療は,ほとんどの適応疾患において,ある程度継続する必要があるため,最近では,諸外国と同様にわが国でも多くの先生が,莫大な数の注射に追われている.高血圧や糖尿病のような他の慢性疾患に対する内服療法と同様に,多くの適応疾患は慢性疾患であり,必要に応じたprorenata(PRN)やtreatandextendなどの治療方針の違いはあるものの,継続治療が必要である.また,適応疾患の拡大に伴い,多くの患者に抗VEGF薬療法が開始され,治療中の患者数は膨大な数にふくれあがり続けている.しかも,適応疾患はどれも年齢とともに有病率が上昇するため,今後の高齢化社会を考えると,患者数はさらに増加することが見込まれる.そこで本特集では,抗VEGF薬の現時点のbest*AnnabelleAyameOkada:杏林大学医学部眼科学教室**TatsuroIshibashi:九州大学病院0910-1810/15/\100/頁/JCOPY(1)1067 1068あたらしい眼科Vol.32,No.8,2015(2)practiceについて,エキスパートの先生方に解説をお願いした.最初に抗VEGF薬の開発における歴史を紹介し,各眼疾患における抗VEGF薬による治療をレビューする.年々変化している分野であり,知識を常にアップデートすることが必要である.

東京都A小学校における屈折分布調査

2015年7月31日 金曜日

《原著》あたらしい眼科32(7):1057~1060,2015c東京都A小学校における屈折分布調査榊原七重*1石川均*1赤崎麻衣*2三井義久*2*1北里大学医療衛生学部リハビリテーション学科視覚療法学専攻*2駒込みつい眼科DistributionofRefractioninStudentsAttendingElementarySchoolAinTokyo,JapanNanaeSakakibara1),HitoshiIshikawa1),MaiAkasaki2)andYoshihisaMitsui2)1)FacultyofRehabilitationOrthopticsandVisualScienceCourseSchoolofAlliedHealthSciences,KitasatoUniversity,2)KomagomeMitsuiEyeClinic目的:小学生の屈折分布についての調査を行い,過去の報告との比較を行った.対象・方法:東京都内のA小学校の全児童699名を対象に,2013年4月に屈折検査を実施した.視力は,1.0,0.7,0.3,の3視標を用い,1.0以上をA,0.7以上をB,0.3以上をC,0.3未満をDと判定した.屈折はオートレフラクトメータを用い,非調節麻痺下他覚的屈折検査を行った.結果:1~5年生まではA判定の者がもっとも多かったが,6年生ではA判定の者が減少し,D判定の者が増加した.屈折は,高学年になるにつれ,正視の割合が減少し,近視の割合が増加した.屈折分布は,1年生で正視に集中化した分布を示し,2~4年生では正視にピークをもつがその割合は1年生より小さく,5年生では正視と.1D,6年生では.1Dにピークをもち,高学年ほど分布が近視に広がった.全児童では正視から.1Dに集中した近視よりの分布を示した.視力判定ごとの中央値は,判定Aが.0.17D,Bが.0.33D,Cが.1.00D,Dが.2.92Dであった.結論:A小学校の児童は,過去の報告と比較し,屈折に近視化の傾向がみられた.Purpose:ToinvestigatethedistributionofrefractioninstudentsattendingElementarySchoolAinTokyo,Japan.SubjectsandMethods:Arefractiontestwasadministeredtoall699studentsofElementarySchoolAinTokyo,Japaninadditiontoavisualacuity(VA)examinationwithnakedeyes,whichiscommonlyconductedduringstandardschoolphysicalexaminations.VAwasassessedwiththreevisualtargetsof1.0,0.7and0.3,andratedonascaleofA,B,CandDdenoting1.0diopter(D)orhigher,0.7Dorhigher,0.3Dorhigher,andlowerthan0.3D,respectively.Refractionwasmeasuredbynon-cycloplegicobjectiverefractiontestingwithanautomaticrefractometer.Results:StudentsratedasAaccountedforthegreatestproportionofstudentsingrades1through5,butdecreasedinthegrade6students,inwhichtheproportionofstudentsratedasDincreased.Inregardtorefraction,theproportionofstudentswithemmetropiadecreasedandtheproportionofmyopicstudentsincreasedasthegradesadvanced.Thedistributionofrefractioninthegrade1studentsfocusedonemmetropia.Thedistributionpatternsinthegrade2tograde4studentsalsoshowedtheemmetropiapeak,butthepeakaccountedforasmallerproportionineachgradecomparedwiththatingrade1.Thedistributioninthegrade5studentshadtwopeaksofemmetropiaand.1D,andthedistributioninthegrade6studentsshowedthe.1Dpeakonly.Conclusions:Thefindingsofthisstudyindicatethatthedistributionofrefractionshiftsmoretowardmyopiaasthegradeadvances.Whenallstudentswereanalyzedasawhole,thedistributionofrefractionhadaclusterinarangebetweenemmetropiaand.1D,andwasskewedtowardmyopia.ThemedianrefractionvaluesinstudentswiththeVAscoresofA,B,C,andDwere.0.17D,.0.33D,.1.00D,and.2.92D,respectively.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)32(7):1057~1060,2015〕Keywords:視力,屈折分布,分布変化.visualacuity,distributionofreflection,distributionshifts.はじめに正視と.3.00Dに集中化4)した分布であると報告されてい小児の屈折分布については,新生児では+1.001,2)~2.00D3)る.さらに,これらの屈折変化には,世代間での違いがあにピークをもち,小学生では正視に集中化4)し,中学生ではる5)とも報告されており,これらの屈折変化に影響する因子〔別刷請求先〕榊原七重:〒252-0373相模原市南区北里1-15-1北里大学医療衛生学部リハビリテーション学科視覚療法学専攻Reprintrequests:NanaeSakakibara,C.O.,FacultyofRehabilitationOrthopticsandVisualScienceCourseSchoolofAlliedHealthSciences,KitasatoUniversity,1-15-1Kitasato,Minami-ku,Sagamihara-shi,Kanagawa252-0373,JAPAN0910-1810/15/\100/頁/JCOPY(135)1057 16724860201195616161264131484891825321813371年生2年生3年生4年生5年生6年生図1視力判定分類視力判定A(1.0以上),B(0.7以上),C(0.3以上),D(0.3未満)を,各学年中の割合(%)で示す.として遺伝6),環境因子6,7)が考えられることからも,屈折分布が報告されていた年代と現代とではおもに環境因子に大きな変化があることを考慮すると,現代小児の屈折分布は過去の報告とは異なる可能性があると考えられる.そこで,小学生の屈折分布についての調査を行い,過去の報告との比較を行った.I方法1.対象東京都のA小学校で全児童699名1,398眼を対象とした.各学年の内訳は,1年生114名,2年生107名,3年生121名,4年生111名,5年生124名,6年生122名であった.なお,本研究への参加については,A小学校眼科校医より,保護者会で保護者に説明し,同意を得た.2.方法2013年4月に,例年A小学校で4月に実施されている学校検診(以下,通常検診)として身長,体重,座高,裸眼視力,矯正視力(矯正具使用者のみ)の測定を行った.これらに加え,本研究のために,非調節麻痺下他覚的屈折検査を行った.このうち,視力と本研究のために追加した屈折検査についての検討を行った.3.検査条件本研究のための追加検査項目については,視能訓練士が測定し,それ以外の通常検診は小学校教諭により実施した.a.裸眼視力検査(通常検診実施項目)小学校教諭2名が測定を行い,視標は,1.0,0.7,0.3の3視標を使用し,片眼遮閉は児童の掌で行った.視力は,眼科学校保健ガイドライン8)に則り,1.0以上はA判定,0.9~0.7はB判定,0.6~0.3はC判定,0.3未満はD判定とした.b.屈折検査(本研究のための追加検査項目)非調節麻痺下において他覚的屈折検査を行った.オートレフケラトメータは,1回の雲霧刺激後に3回の連続測定をする方法を用いた.原則として3回測定の平均を用いたが,屈折のばらつきが大きい場合,3回測定のばらつきが±0.50D以内になるまで繰り返し測定を行い,ばらつきのもっとも少表1屈折分類と屈折平均学年屈折分類(%)屈折平均(D)(平均±標準偏差)遠視正視近視1245818.0.20±0.912173746.0.60±1.383184537.0.49±1.304134741.0.85±1.81583458.1.28±1.68652372.1.79±1.91全児童144046.0.88±1.62なかった3測定値の平均を用いた.視力と矛盾すると考えられる値についても,本調査内では上記条件の測定値を除外条件なしに用いた.4.装置視力表は,Landolt環字ひとつ視力表とし,遠見視力表はモニター式,近見視力表は近距離単独視標R(半田屋商店製)を用いた.屈折測定には,オートレフケラトメータRARK.730A(NIDEK)を使用した.II結果全児童の視力,屈折平均に左右差がなかった(t-test,p=0.31)ため,以下の結果は右眼(669眼)について述べる.1.視力遠見裸眼視力測定の結果は,A判定54%,B判定17%,C判定13%,D判定16%であった.学年ごとの比率(図1)では,2・3年生を除いては高学年ほどD判定の割合が増加し,6年生では37%に増加し,A判定の割合を上回った.2.屈折オートレフラクトメータによる屈折値の等価球面度数を用い,+0.49D~.0.50Dを正視,+0.50D以上を遠視,.0.50D未満を近視8)とし,屈折分類を行った.各学年の屈折分類の割合(表1)は,1年生で,遠視24%,正視58%,近視18%と,正視がもっとも多かったが,2年生以上では,1058あたらしい眼科Vol.32,No.7,2015(136) 近視がもっとも多く,ついで正視,遠視の順であった.屈折平均(表1)は,2年生と3・4年生の屈折平均に有意差はなかったが,それ以外の学年において,高学年のほうが有意に近視化した(t-test,p<0.001).屈折度の級間を1Dとし中央値を用いた分布(図2)は,1年生では正視に集中化した分布を示した.1~4年生は正視にピークをもつが,高学年ほど次第に近視に分布が広がり,5年生は正視と.1Dの近視の2点に同程度のピークをもち,6年生では.1Dの近視にピークをもつ,近視側に大きく広がる分布を示した.全児童では,.1~0Dに集中し,やや近視側に広がる分布となった.3.視力と屈折視力の各判定の屈折の中央値(最小値~最大値)は,判定Aが.0.17(.5.67~+2.50)D,Bが.0.33(.5.00~+4.41)D,Cが.1.00(.3.757~+3.50)D,Dが.2.92(.10.65~+4.50)Dであった.III考按1.視力高学年ほど低視力者が多く,阿部らの報告10)と一致した.とくに,A判定は,4年生までは60%前後であったが,5年生で48%,6年生で32%と5年生以降で減少した.B・C判定は全学年を通してあまり比率に変化がないが,D判定が4年生までは10%程度であったのが,5年生で25%,6年生で37%と増加した.これらのことから,視力は,5年生以上での変化が大きいと考えられた.2.屈折屈折分類(表1)は,1年生においては,正視58%と半数以上を占めたが,2年生以上では半数に満たず,5年生で340102030405060-11-10-9-8-7-6-5-4-3-2-10123456分布率(%)123456屈折度(D)図2屈折分布屈折度を級間を1Dとした中央値で表し(例:+0.49~.0.50Dを屈折度0D),各級の頻度(人数)を各学年または全児童を100%とした比率(%)で示す.%,6年生で23%と減少した.正視の割合が減少し始める2年生以上では,近視が2年生46%,3年生37%,4年生41%,4年,5年生で58%,6年生で72%と増加し,遠視の比率は全学年を通して少なかった.このような,本研究における屈折分類(表1)については,丸尾ら11)の報告と比較し,遠視・正視が減少し近視が増加していた.しかし,丸尾らの報告11)では調節麻痺剤として,トロピカミドを使用しており,トロピカミド点眼前後の他覚的屈折値の差については8~12歳の遠視患者で1.55±1.65D,近視患者で0.23±0.32D9)と報告されており,本研究の屈折値が1D前後近視よりに測定されていた可能性が考えられた.これらのことから,実際の屈折の割合については,本研究の結果よりも遠視と正視が大きいと考えられた.さらに屈折の分布(図2)は,1年生において,屈折度0Dに集中化した分布をみせ,2~4年生は,いずれも0Dにピークをもつが,.1Dに2番目に高いピークをもつ類似した形の分布をみせた.5年生では,0Dと.1Dに同程度のピークをもち,4年生以下よりも近視に多く分布した.6年生では.1Dにピークをもち,全体の分布はさらに近視に広がった.これらの屈折平均は,稲垣5),野原ら12)の2報告と比較(図3)したところ,全体的に本研究のほうが近視化しているが,1年生ではほぼ正視であること,高学年ほど近視化していることが一致し,5年生(10歳)以降の近視化が大きいことが稲垣の報告と一致していた.稲垣の報告においては調節麻痺剤が用いられており,非調節麻痺下の本研究の結果のほうが屈折分布と同様に近視化していたと考えられた.しかし,野原らの報告は本研究同様非調節麻痺下での結果であるが,本研究のほうがより近視化していた.この近視化は,野原らの報告と本研究では調査年度に10年以上の差があることによる世代間差5)の可能性が考えられた.さらに,近視進行の危険因子として,両親または片親が近視であること6)(遺1●本研究■稲垣5)△野原11)0.50-0.5-1-1.5-2-2.5-3-3.5-4学年図3屈折平均本研究の各学年の屈折度平均と過去の文献の屈折平均を,比較のためにグラフ化した.屈折度(D)123456(137)あたらしい眼科Vol.32,No.7,20151059 伝),後天的素因として,都市部で生活していること,IQや学歴が高いこと13),近業の程度(視距離,近業時間,読書量)が強いこと7),屋外活動が乏しいこと6)が報告されている.本研究の調査対象小学校が,東京都内に所在し,野原らの対象とする長野県内の小学校よりも,児童がより都市部で生活しているため近視化の環境因子をもっていた可能性が考えられた.これらのことから,本研究の屈折分布については,10年程度期間をあけて同地域において,あまり年数をあけずに非都市部において,調査を実施し比較する必要があると考えられた.3.視力と屈折視力判定が不良なほど屈折値の中央値がマイナスよりであったことから,小学生の視力低下のおもな原因は,近視によると考えられた.しかし,全判定において近視・遠視ともに大きな屈折をもつ者があり,視力測定方法,調節の介入などにより視力が必ずしも屈折異常の状態を反映しておらず,裸眼視力と屈折度とは必ずしも相関しない14)と考えられた.このような学校検診においては,視力判定B以下の児童に受診勧告を行うこととなるが,受診時には調節麻痺剤を用いた屈折検査を要すると考えられた.IV結論A小学校の児童は,高学年ほど視力不良な者が増加し,過去の報告と比較し,屈折に近視化の傾向がみられた.文献1)CookRC,GlasscockRE:Refractiveandocularfindingsinthenewborn.AmJOphthalmol34:1407-1413,19512)大塚任,小井出寿美,高垣益子:新生児の眼屈折度分布曲線に関する問題.大塚任,鹿野信一(編):臨床眼科全書2.1,視機能II.p124,金原出版,19703)WibautF:UberdieEmmetropizationunddenUrsprungderspharischenRefractions-anomalien.ArchOphthalmolBerlin116:596-612,19264)中島実:学校近視の成因について.日眼会誌45:13781386,19415)稲垣有司:角膜曲率半径の経年変化.日眼会誌91:132139,19876)JpnesLA,SinnottLT,MuttiDOetal:Parentalhistoryofmyopia,sportsandoutdooractivities,andfuturemyopia.InvestOphthalmolVisSci48:3524-3532,20077)RoseKA,MorganIG,IpJetal:Outdooractivityreducestheprevalenceofmyopiainchildren.Ophthalmology115:1279-1285,20088)目の屈折力に関する調査研究委員会報告:平成3年度,日本学校保健会,19929)芝崎玲子,菅野早恵子,佐藤真理ほか:調節麻痺点眼剤効果の年齢群別相関.日本視能訓練士協会誌17:75-79,198910)阿部信博:オートレフラクトメーターによる学童の屈折異常の経年変化について.日本の眼科66:519-523,199511)丸尾敏夫,河鍋楠美,久保田伸枝:小,中学生における屈折検査の方法とその分布状態.眼臨医報63:393-396,196912)野原雅彦,高橋まゆみ:小中学校における屈折検査.日本視能訓練士協会誌29:115-120,200113)MuttiDO,MitchellGL,MoeschbergerMLetal:Parentalmyopia,nearwork,schoolachievement,andchildren’refractiveerror.InvestOphthalmolVisSci43:3633(s)3640,200214)平井宏明,西野純子,西信元嗣ほか:学校眼科検診に屈折検査が望まれる理由と問題点.眼紀46:1172-1175,1995***1060あたらしい眼科Vol.32,No.7,2015(138)

Posner-Schlossman症候群45症例の好発季節の検討

2015年7月31日 金曜日

《原著》あたらしい眼科32(7):1052.1056,2015c(00)1052(130)0910-1810/15/\100/頁/JCOPY《原著》あたらしい眼科32(7):1052.1056,2015c〔別刷請求先〕西野和明:〒348-0045埼玉県羽生市下岩瀬289栗原眼科病院Reprintrequests:KazuakiNishino,M.D.,KuriharaEyeHospital,Shimoiwase289,Hanyu,Saitama348-0045,JAPANPosner-Schlossman症候群45症例の好発季節の検討西野和明*1,2鈴木茂揮*1堀田浩史*1城下哲夫*1福澤裕一*1小林一博*1栗原秀行*1*1栗原眼科病院*2回明堂眼科・歯科AnalysisofSeasonalVariationin45CasesofPosner-SchlossmanSyndromeKazuakiNishino1,2),ShigekiSuzuki1),HiroshiHotta1),TestuoJoshita1),YuichiFukuzawa1),KazuhiroKobayashi1)andHideyukiKurihara1)1)KuriharaEyeHospital,2)KaimeidoOphthalmic&DentalClinic目的:Posner-Schlossman症候群(PSS発作)の好発季節を後ろ向きに検討すること.対象および方法:対象は札幌市内の回明堂眼科・歯科にて1990.2014年まで経過観察中,あるいは経過観察していたPSS患者45例45眼,男35例,女10例で,初回PSS発作の平均年齢(±標準偏差)47.3±12.6歳,平均観察期間8.5±7.3年であった.札幌の月別平均気温が20℃以上になる7月と8月を夏,また氷点下になる12月から2月と0.6℃の3月を合わせて冬,その他を春秋とした.症例ごとにPSS発作が発症した季節,季節種数(1,2,3,4季節型),総発作数をそれぞれ確認したのち,好発季節の有無を検討,続いて季節種数と総発作数が経過観察期間と相関するか検討した.結果:1季節型は夏,秋,冬は各5例,春3例の計18例.2季節型は秋冬5,春冬と春秋は各4,春夏と夏冬は各2,夏秋1の合計18例.3季節型は春秋冬4,春夏秋2,春夏冬1,夏秋冬0の計7例.4季節型は2例のみであった.2および3季節型から夏を含む前後の季節(暖期)より冬を含む前後の季節(寒期)に多い傾向がみられたが,1,2,3季節型を暖期と寒期に分け比較検討しても統計学的有意差はみられなかった(p=0.471,c2test).一方,経過観察期間と季節種数また総発作数との間にはそれぞれ有意な相関がみられた(p=0.019,p=0.0002,単回帰分析).結論:PSS発作は寒暖差による好発時期はみられず,季節種数および総発作数は経過観察期間の長期化に伴い増加する.Purpose:Toretrospectivelyinvestigateseasonalvariationin45casesofPosner-Schlossmansyndrome(PSS).PatientsandMethods:Inthisstudy,therecordsof45PSSpatients(35malesand10females)treatedattheKai-meidoOphthalmicandDentalClinic,Sapporo,Japanwereretrospectivelyreviewed.MeanpatientageattheinitialPSSattackwas47.3±12.6years,andthemeanfollow-upperiodwas8.5±7.3years.ThePSSattacksweredividedintothefollowing4seasonalgroupsaccordingtotheaverageoutdoorairtemperatureinSapporo,Japan:spring(AprilthroughJune),summer(JulyandAugust),autumn(SeptemberthroughNovember),andwinter(DecemberthroughMarch).AfterconfirmationoftheseasonofthePSSattack,theseasonaltypes(i.e.,one-,two-,three-,andfour-seasontype),andthetotalnumberofPSSattacks,weanalyzedtheseasonaltendency(c2test),correlationbetweenthekindsofseasons,thetotalamountofattacks,andthefollow-upyear(singleregressionanalysis).Results:Theone-seasontypeconsistedof18cases(5summercases,5autumncases,5wintercases,and3springcases).Thetwo-seasonaltypeconsistedof18cases(5autumn-wintercases,4spring-wintercases,4spring-autumncases,2spring-summercases,2summer-wintercases,and1summer-autumncase).Thethree-seasontypeconsistedof7cases(4spring-autumn-wintercases,2spring-summer-autumncases,and1spring-summer-wintercase).Thefour-seasontypeconsistedofonly2cases.Althoughwinterwithbeforeandafterarespeculatedtobehigherthansummerwithbeforeandafterfromthosedata,nostatisticdifferencewasbeenfound(p=0.471).Significantdifferenceswerefoundbetweenthekindsofseason,thetotalamountofPSSattacks,andthefollow-upyears,respectively(p=0.019,p=0.0002).Conclusions:ThefindingsofthisstudyshowthatPSSattacksarenotcorrelatedwithseason,yetthekindsofseasoninPSSattacksandthetotalamountofattacksaresignificantlycor-relatedwithfollow-upyears.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)32(7):1052.1056,2015〕 Keywords:Posner-Schlossman症候群,好発季節,経過観察期間.Posner-Schlossmansyndrome(PSS),seasonalvariation,followupyears.はじめにPosner-Schlossman症候群(Posner-Schlossmansyn-drome:PSS)は1948年,AdolfPosnerとAbrahamSchlossmanが初めて報告し,その後の経過観察によりいくつかの特徴的な所見がまとめられた1,2).それらは,角膜後面に数カ所の細かい沈着物を伴う繰り返す片眼性で軽度の虹彩毛様体炎,隅角は開放で最高眼圧は40mmHg以上(PSS発作)に上昇,高眼圧や炎症は短ければ数日で鎮静化するが,長ければ数週間続く.PSS発作とつぎのPSS発作の間には眼圧上昇や炎症はみられない,視神経乳頭や視野には異常がみられないことなどである.しかしながらその後,まれながら両眼にPSSが発症する症例の報告がみられたり3,4),PSSに緑内障が併発している症例の存在も明らかになってきた5,6).また,病因に関しては感染という観点からサイトメガロウイルス7,8)や単純ヘルペス9)が考えられているほか,Hericobacterpylori10)との因果関係なども報告されている.さらに近年前房水中のサイトカイン11)の変化なども研究されており,原著論文の定義を超えて多彩な背景要因が検討されている.しかしながら,いまもってなお発症機序は不明である.病因に関しては上記感染のほか,古くは自律神経の調整不全1,2)やアレルギー12)なども候補にあがっていた時代もあったことから,それらに影響する季節変化などの因果関係も検討する必要がある.ぶどう膜炎には好発季節がみられるとの報告はみられるものの13.17),PSSに関しては筆者らの知る限り好発季節に関する報告はみられない.そこで今回札幌の回明堂眼科・歯科におけるPSSの自験例で好発季節あるいは好発時期を後ろ向きに検討した.I対象および方法本研究の定義,登録基準,除外基準についてはつぎのように定めた.定義の基本はAdolfPosnerとAbrahamSchlossmanが報告した臨床所見に準ずる.つまり繰り返す片眼性の軽度虹彩毛様体炎,角膜後面に数カ所の細かい沈着物が認められる,開放隅角で最高眼圧が40mmHg以上に上昇,高眼圧や炎症は短ければ数日であるが長ければ数週間続く,発作とつぎの発作の間には眼圧上昇や炎症はみられないなどである.隅角検査で発作眼が僚眼より色素が少ない,網膜硝子体病変が基本的にはないことなども参考所見とした.PSSはぶどう膜炎による続発緑内障の位置付けなので,症例の組み入れ条件として眼圧の定義は重要である.そこで本研究においては経過観察中,一度でも40mmHg以上の眼圧(131)上昇が認められれば,別の時期に30mmHg以上の眼圧を認めた場合でも,PSS発作として組み入れた.また,原著には,視神経や視野が正常であると記載されているが,近年緑内障の併発例も確認されていることから5,6),ことさら視神経乳頭が正常であることや緑内障による視野異常の有無にこだわらず組み入れた.つぎにPSSは基本的に複数回発作を繰り返すという定義ではあるものの,実際は1回のPSS発作しか経過観察できない場合がある.その場合,初診時より過去に遡り,問診上同様の発作を起こしたことがあり,日時や受診した状況などを明確に記憶している場合は,反復するPSS発作とみなした.しかしながらPSS発作が1回限りで,かつ経過観察期間が数カ月など1年未満をすべて経過観察期間1年として計算した.また,紹介状あるいはこちらからの問い合わせなどにより明確な臨床過程が記載されている3件に関しては,当院の経過観察期間および発作頻度などに追加として組み入れた.一方,登録した症例のなかで,問診により本人からPSSの可能性が高い具体的な既往歴があっても,過去の発作時期があいまいな既往歴を登録することはせず,経過観察期間から除外した.また,経過観察中眼圧のコントロールが不十分で緑内障手術を行った2症例では,その後に発作がみられず,眼圧に関する眼内環境が大きく変化したと判断し,緑内障手術後を経過観察時期から除外した.ちなみに両症例の手術後に除外した期間は10年と3年である.一方,白内障手術後にPSS発作が認められた症例も確認されたことから,本研究においては白内障手術に関しては手術後も経過観察期間として組み入れた.その他,近年両眼の発症例もみられたとの報告があるが3,4),混乱を避けるためそのような症例を除外した.対象は札幌の回明堂眼科・歯科にて1990.2014年の間,経過観察中あるいは経過観察していたPSS患者45例45眼,男性35例,女性10例.当院における初回のPSS発作の平均年齢(標準偏差)47.3±12.6歳,平均観察期間は8.5±7.3年であった.好発季節を検討するため,札幌の年間平均気温別に季節を分類した.4月から6月を春,7月と8月を夏,9月から11月を秋,12月から3月までを冬と定義した.これは気象庁のホームページで1981.2010年までの札幌の平均気温が公表されており,20℃以上になるのは7月と8月だけ.また氷点下の気温になる12月から2月までとされているからである.ちなみに3月は0.6℃であったが冬とした.つぎにPSS発症の季節は単一あるいは複数にまたがるため,すべあたらしい眼科Vol.32,No.7,20151053 1054あたらしい眼科Vol.32,No.7,2015(132)ての組み合わせを分類し,患者数の分布を確認した.1季節型は春,夏,秋,冬の4群,2季節型は春夏,春秋,春冬,夏秋,夏冬,秋冬の6群,3季節型は春夏秋,春夏冬,春秋冬,夏秋冬の4群,4季節型(春夏秋冬)の1群である.すべての群を合計すると15群になるため解析がむずかしくなる.そこで夏を含む前後の季節(暖期)と冬を含む前後の季節(寒期)を型分けしたまま比較検討した(c2test).したがって,夏冬を同時に含む群は解析から除外したほか,4季節型も暖期と寒期が重複するため除外した.また,季節種数(1,2,3,4季節型),総発作数をそれぞれ確認したのち,経過観察期間と相関するか検討した(単回帰分析).使用した統計ソフトはStat123/Winver.2.2である.なお本研究はヘルシンキ宣言に沿って,十分な説明の後に自由意思に基づくインフォームド・コンセントを得るよう努力はしたが,現時点において一部の患者とは連絡が取れないことや,最終観察日から長年経過した症例もあることから,今のところ不十分な同意状況である.しかしながら当院においては,院内のお知らせとして患者のデータを学術目的に使用する場合もあることや,折に触れ学術研究に協力してくれるよう依頼している.II結果1季節型は夏,秋,冬は各5例,春3例の計18例.2季節型は秋冬5例,春冬と春秋は各4例,春夏と夏冬は各2例,夏秋1の合計18例.3季節型は春秋冬4例,春夏秋2例,春夏冬1例,夏秋冬0例の計7例.4季節型は2例のみであった(図1).2および3季節型から暖期より寒期に多い傾向がみられたが,1,2,3季節型を型別にしたまま暖期18例と寒期10例として比較しても統計的有意差はみられなかった(p=0.471,c2test)(表1).一方,経過観察期間と季節種数(図2)また総発作数(図3)との間にはそれぞれ有意な相関がみられた(p=0.019,p=0.0002,単回帰分析).III考按ぶどう膜炎の発症に影響する疫学的要因としては地理的,民族的,遺伝的な要因などが考えられているほか,季節も関与するとの報告がみられる13.17).まず寒期よりは暖期に多いという報告として,Paivonsaloら13)によるフィンランド南西部におけるぶどう膜炎新患414例の好発季節の検討がある.その結果ぶどう膜炎全体でみると,夏(6.9月)およびの春秋(4,5,10,11月)は冬(12.3月)より発症率が高かったという.しかしながら,ぶどう膜炎の部位別に検討すると,対象の大半を占める急性前部ぶどう膜炎(acuteanteri-oruveitis:AAU)では冬と比較し春秋に好発したものの,中間部,後極部,および汎ぶどう膜炎には好発季節は認めら1季節型2季節型3季節型4季節型春3夏5秋5冬5春夏2春秋4春冬4夏秋1夏冬2秋冬5春夏秋2春夏冬1春秋冬4夏秋冬0春夏秋冬2181872秋冬5春冬4春秋4春夏2夏冬2夏秋1春秋冬4春夏秋2春夏冬1夏秋冬01季節型2季節型3季節型冬を含む前後の季節(寒期)594夏を含む前後の季節(暖期)532図1各患者のPSS発作を発症した季節の種類と種類数2季節型と3季節型は吹き出しで多い順に並べかえた.表1PSS発作の好発季節:寒期と暖期の比較p=0.471:c2test図1から季節型から夏を含む前後の季節(暖期)より冬を含む前後の季節(寒期)に多い傾向がみられたが,統計学的有意差はみられなかった(p=0.471,c2test).(132)ての組み合わせを分類し,患者数の分布を確認した.1季節型は春,夏,秋,冬の4群,2季節型は春夏,春秋,春冬,夏秋,夏冬,秋冬の6群,3季節型は春夏秋,春夏冬,春秋冬,夏秋冬の4群,4季節型(春夏秋冬)の1群である.すべての群を合計すると15群になるため解析がむずかしくなる.そこで夏を含む前後の季節(暖期)と冬を含む前後の季節(寒期)を型分けしたまま比較検討した(c2test).したがって,夏冬を同時に含む群は解析から除外したほか,4季節型も暖期と寒期が重複するため除外した.また,季節種数(1,2,3,4季節型),総発作数をそれぞれ確認したのち,経過観察期間と相関するか検討した(単回帰分析).使用した統計ソフトはStat123/Winver.2.2である.なお本研究はヘルシンキ宣言に沿って,十分な説明の後に自由意思に基づくインフォームド・コンセントを得るよう努力はしたが,現時点において一部の患者とは連絡が取れないことや,最終観察日から長年経過した症例もあることから,今のところ不十分な同意状況である.しかしながら当院においては,院内のお知らせとして患者のデータを学術目的に使用する場合もあることや,折に触れ学術研究に協力してくれるよう依頼している.II結果1季節型は夏,秋,冬は各5例,春3例の計18例.2季節型は秋冬5例,春冬と春秋は各4例,春夏と夏冬は各2例,夏秋1の合計18例.3季節型は春秋冬4例,春夏秋2例,春夏冬1例,夏秋冬0例の計7例.4季節型は2例のみであった(図1).2および3季節型から暖期より寒期に多い傾向がみられたが,1,2,3季節型を型別にしたまま暖期18例と寒期10例として比較しても統計的有意差はみられなかった(p=0.471,c2test)(表1).一方,経過観察期間と季節種数(図2)また総発作数(図3)との間にはそれぞれ有意な相関がみられた(p=0.019,p=0.0002,単回帰分析).III考按ぶどう膜炎の発症に影響する疫学的要因としては地理的,民族的,遺伝的な要因などが考えられているほか,季節も関与するとの報告がみられる13.17).まず寒期よりは暖期に多いという報告として,Paivonsaloら13)によるフィンランド南西部におけるぶどう膜炎新患414例の好発季節の検討がある.その結果ぶどう膜炎全体でみると,夏(6.9月)およびの春秋(4,5,10,11月)は冬(12.3月)より発症率が高かったという.しかしながら,ぶどう膜炎の部位別に検討すると,対象の大半を占める急性前部ぶどう膜炎(acuteanteri-oruveitis:AAU)では冬と比較し春秋に好発したものの,中間部,後極部,および汎ぶどう膜炎には好発季節は認めら1季節型2季節型3季節型4季節型春3夏5秋5冬5春夏2春秋4春冬4夏秋1夏冬2秋冬5春夏秋2春夏冬1春秋冬4夏秋冬0春夏秋冬2181872秋冬5春冬4春秋4春夏2夏冬2夏秋1春秋冬4春夏秋2春夏冬1夏秋冬01季節型2季節型3季節型冬を含む前後の季節(寒期)594夏を含む前後の季節(暖期)532図1各患者のPSS発作を発症した季節の種類と種類数2季節型と3季節型は吹き出しで多い順に並べかえた.表1PSS発作の好発季節:寒期と暖期の比較p=0.471:c2test図1から季節型から夏を含む前後の季節(暖期)より冬を含む前後の季節(寒期)に多い傾向がみられたが,統計学的有意差はみられなかった(p=0.471,c2test). 984763PSS発作の総数(回)季節種数の合計5432211000510152025経過観察期間(年)経過観察期間(年)051015202530図2PSS発作発症の季節種数と経過観察期間の関係季節種数と経過観察期間との間には有意な相関がみられた.Y=0.041X+1.5,R2=0.126.(p=0.019:単回帰分析)れなかった.同様にCasselら14)は,非肉芽腫性の前部ぶどう膜炎の発症は夏に多いと報告した.その反対に暖期より寒期が多いという報告もみられる.Mercantiら15)はイタリア北東部における655例のぶどう膜炎の新患で好発時期を検討したところ,各種ぶどう膜炎を全体でみた場合には月別の差はなかったが,再発に限れば平均気温が8℃以下となる冬(11.2月)および8.18℃になる春秋は,いずれも18℃以上になる夏(6.9月)より多かったという.同様にLevinsonら16)は,米国のNewMexicoで77例94眼のAAUを二度にわたり調査したところ,いずれも12月の発症が多かったと報告しているほか,Stan17)もルーマニアで急性ぶどう膜炎597例の好発時期を調べたところ,冬の発症が多いと報告した.このように寒暖差によるぶどう膜炎の発症が地域的な差によるものかどうかは不明であるが,寒期にぶどう膜炎の発症が多いという理由として,Stanはいくつかの要因を候補としてあげている.まず発症当日の気温が平年のその時期の気温より暑いか寒いかなどの気温差が考えられるとのことで,具体的には前日より4℃以上の差がみられる場合などが該当するという.また,寒期の乾燥や風速(4m/秒)などの気象条件も関係しているのではないかと推論している17).これらの報告から明らかなように地理的,民族的に異なる地域や国からの報告では,好発季節に関して同一の結果が得られない.その背景として気象条件のみならず,遺伝的な背景も検討しなければならないかもしれない.Ebringerら18)は,AAU発症は8月から12月にかけて多かったが,そのなかでもHLA-B27陽性患者より陰性患者のほうが,その発症傾向が著明であったという.したがって,ぶどう膜炎に関する疫学的検討をする場合には,地理的,民族的な背景を考慮しなければならないことがわかる.しかしながら,PSSはAAUと比較してその頻度が低く,しかも40例以上の症例数を解析した報告も限られている8,10,11).さらにPSSの発作の間隔はかなり長い場合もあ図3PSSの総発作数と経過観察期間の関係総発作数と経過観察期間との間には有意な相関がみられた.Y=0.12X+1.44,R2=0.126.(p=0.0002,単回帰分析)り,長期経過観察なしには好発季節の確認がむずかしい.したがって,本研究では1施設の限られた症例数であったため,PSSの好発季節を確認できなかった.PSSはPosnerとSchlossmanが最初に報告してから半世紀以上の月日が経過しているにもかかわらず,いまだにその病態は明らかではない.なかには論文のタイトル自体がpresumedPosner-Schlossmansyndromeなどと表現されている場合もあり,PSSの鑑別診断の境界線はいまもってなお不明瞭な状況である8).しかも発作の定義自体もあいまいである.したがって,今回の研究においては一度でも40mmHg以上の眼圧上昇が認められれば,別の時期に30mmHg以上の眼圧を認めた場合でも,PSS発作として組み入れるという独自の定義で分析を行った.当然ながら眼圧が40mmHg以上のみを発作とするというような厳しい定義を用いれば違う結果が出たと思われる.しかしながら,自験例からPSS発作はわずかな重症例を除けば軽症のことが多く,来院時が必ずしもPSS発作のピークとは限らず,鎮静化しつつある場合があると考えたためそのような幅広い解釈で定義した.したがって,その定義に基づき30mmHg未満の眼圧は除外されたため,さらに拡大解釈した場合の発作数はもっと多かったのではないかと推定される.今後は再発作がどれくらいの眼圧であれば発作として組み入れるかという議論も必要と思われる.さらに今回の研究のような好発季節のみならず,性別や年齢による相違,ストレスなど誘因となる要因の検討などを他国のデータあるいは国内における他地域のデータと比較検討することができれば,本症の疫学的な側面を理解するだけでなく,病態を理解するうえでも有用ではないかと考えた.利益相反:利益相反公表基準に該当なし(133)あたらしい眼科Vol.32,No.7,20151055 文献1)PosnerA,SchlossmanA:Syndromeofunilateralrecurrentattacksofglaucomawithcycliticsymptoms.ArchOphthalmol39:517-535,19482)PosnerA,SchlossmanA:Furtherobservationsonthesyndromeofglaucomatocycliticcrises.TransAmAcadOphthalmolOtolaryngol57:531-536,19533)LevatinP:Glaucomatocycliticcrisesoccurringinbotheyes.AmJOphthalmol41:1056-1059,19564)PuriP,VremaD:BilateralglaucomatoycliticcrisisinapatientwithHolmesAdiesyndrome.JPostgradMed44:76-77,19885)KassMA,BeckerB,KolkerAE:Glaucomatocycliticcrisisandprimaryopen-angleglaucoma.AmJOphthalomol75:668-673,19736)JapA,SivakumarM,CheeSP:IsPosnerSchlossmansyndromebenign?Ophthalmology108:913-918,20017)Bloch-MichelE,DussaixE,CerquetiPetal:PossibleroleofcytomegalovirusinfectionintheetiologyofthePosner-Schlossmannsyndrome.IntOphthalmol11:95-96,19878)CheeSP,JapA:PresumedfuchsheterochromiciridocyclitisandPosner-Schlossmansyndrome:comparisonofcytomegalovirus-positiveandnegativeeyes.AmJOphtlamol146:883-889,20089)YamamotoS,Pavan-LangstonD,TadaRetal:PossibleroleofherpessimplexvirusintheoriginofPosner-Schlossmansyndrome.AmJOphthalmol119:796-798,199510)ChoiCY,KimMS,KimJMetal:AssociationbetweenHelicobacterpyloriinfectionandPosner-Schlossmansyndrome.Eye24:64-69,201011)LiJ,AngM,CheungCMetal:AqueouscytokinechangesassociatedwithPosner-Schlossmansyndromewithandwithouthumancytomegalovirus.PloSOne7:e44453,201212)ShenSC,HoWJ,WuSCetal:Peripheralvascularendothelialdysfunctioninglaucomatocycliticcrisis:apreliminarystudy.InvestOphthalmolVisSci51:272-276,201013)Paivonsalo-HietanenT,TuominenJ,SaariKM:Seasonalvariationofendogenousuveitisinsouth-westernFinland.ActaOphthalmolScand76:599-602,199814)CasselGH,BurrowsA,JeffersJBetal:Anteriornonglanulomatosisuveitis:aseasonalvariation.AnnOphthalmol16:1066-1068,198415)MercantiA,ParoliniB,BonoraAetal:Epidemiologyofendogenousuveitisinnorth-easternItaly.Analysisof655newcases.ActaOphthalmolScand79:64-68,200116)LevinsonRD,GreenhillLH:Themonthlyvariationinacuteanterioruveitisinacommunity-basedophthalmologypractice.OculImmunolInflamm10:133-139,200217)StanC:Theinfluenceofmeteorologicalfactorsinwintertimeontheincidenceoftheoccurrenceofacuteendogenousiridocyclitis.Oftalmologia52:16-21,200018)EbringerR,WhiteL,McCoyRetal:Seasonalvariationofacuteanterioruveitis:differencesbetweenHLA-B27positiveandHLA-B27negativedisease.BrJOphthalmol69:202-204,1985***(134)