監修=坂本泰二◆シリーズ第177回◆眼科医のための先端医療山下英俊SRFの発症メカニズム加齢黄斑変性に伴う網膜下線維性瘢痕石川桂二郎(九州大学眼科)はじめに滲出型加齢黄斑変性(age-relatedmaculardegeneration:AMD)に対しては,抗血管内皮増殖因子(vascularendothelialgrowthfactor:VEGF)療法により,多くの症例で視力の維持や改善が可能となりました.一方で,抗VEGF療法が不成功に終わる症例も多く,その原因のひとつが中心窩に及ぶ網膜下の線維性瘢痕形成であることが報告されました1).また,抗VEGF療法開始後2年間で,1,059眼中480眼(45.3%)で網膜下線維化(subretinalfibrosis:SRF)の出現を認めたというコホート研究の結果も報告されました2).SRFは,局所の視細胞,網膜色素上皮細胞(retinalpigmentepithelium:RPE)を傷害し,その部位が中心窩に及ぶと不可逆性の視力障害をもたらします.脈絡膜血管新生(choroidalneovascularization:CNV)の発症早期に抗VEGF療法を導入すると,SRFの出現頻度が抑えられるという報告はありますが,線維化の進行を抑制する治療法は,現在のところありません.本稿では,これまでにわかっているAMDに伴うSRFの発症メカニズムや疾患モデル,治療法開発の可能性について検討します.AMDに伴うSRFは,肺,肝臓,腎臓など他の臓器の線維化と類似したメカニズムを有していることが知られています.線維化とは,組織傷害後に起こる結合組織の異常増殖と定義されています.一般に,組織が傷害されると,創傷治癒反応により,上皮細胞からメディエーターが放出され,上皮細胞自身や炎症細胞が局所に集簇します.それらの細胞は,上皮間葉転換という過程を経て線維芽細胞へ変化し,増殖,遊走,接着,細胞外マトリクスを産生することで傷害部位を結合組織で被覆し,正常組織に置き換えることで,組織修復の手助けをすることが知られています.ところが,繰り返し起きる組織障害や,慢性炎症により,結合組織が残存すると線維性瘢痕を形成します.AMDに伴うSRFの構成成分は,コラーゲンtypeI,IVやフィブロネクチンなどの細胞外マトリクス成分と,RPEやマクロファージ,筋線維芽細胞などの細胞成分であることが,これまでの組織学的検討でわかっています3).また,SRF形成過程においては,サイトカインや成長因子などのさまざまな液性因子の関与が知られており,これらは細胞の上皮間葉転換,増殖,遊走,細胞外マトリクスの産生などの創傷治癒反応を誘導することが報告されています(表1)4).これまでの報告から予想される,CNVに続発するSRFの発症メカニズムをお示しします.CNVによる出血や血漿成分の漏出により慢性的に傷害されたRPEや,新生血管により誘導された浸潤マクロファージは,さまざまな液性因子を産生します.これらの細胞は液性因子による刺激を受け,創傷治癒反応を誘導しますが,この反応が慢性化し,繰り返さ表1網膜下線維化に関わる液性因子液性因子産生細胞役割TGF-bRPE,マクロファージ,線維芽細胞細胞接着,遊走,細胞外マトリクス産生PDGFRPE,マクロファージ,線維芽細胞細胞増殖,遊走,細胞外マトリクス産生FGFRPE,マクロファージ細胞増殖,遊走EGFマクロファージ細胞増殖,遊走TNF-aマクロファージ細胞接着,遊走CTGFRPE,線維芽細胞細胞遊走,細胞外マトリクス産生TGF-b:transforminggrowthfactor-b,PDGF:plateletderivedgrowthfactor,FGF:fibroblastgrowthfactor,EGF:epidermalgrowthfactor,TNF-a:tumornecrosisfactor-a,CTGF:connectivetissuegrowthfactor.(83)あたらしい眼科Vol.32,No.9,201513110910-1810/15/\100/頁/JCOPYaレーザー照射後れることで,網膜下にコラーゲンなどの結合組織が残存7日目35日目し,線維性瘢痕組織が形成されることになります.網膜下線維組織脈絡膜新生血管SRFの疾患モデルとしてのレーザー誘導性CNVマウスモデルAMDの治療法に変革をもたらした抗VEGF療法の臨床応用は,基礎研究により得られた知見の集大成であることは疑う余地がないと思います.このなかで重要な役割を果たしたのが,レーザー誘導性CNVマウスモデルです.マウスの眼底にレーザーを照射することによりCNVが誘導されるモデルで,簡便で再現性が高いため,CNV研究に広く用いられ,抗VEGF薬の薬効薬理作用についてなど多くの重要な知見をもたらしました.現状で治療法がないSRFに対する有効な治療法を開発するためには,まずSRFの動物モデルを確立することが重要であると考えられます.レーザー誘導性CNVマウスモデルでは,レーザー照射後7~14日目でCNVが最大となるため,この時点での検討がCNV研究において行われてきました.筆者らは,レーザー照射後21日目,35日目のCNV,SRFの変化を検討しました.CNVはレーザー照射後21日目には退縮が始まっており,35日目にはほぼ消失しました.一方で,SRFは,レーザー照射後21日目,35日目で増大することを観察しました(図1A)4).また,レーザー照射後35日目の網膜切片を用いた組織学的検bレーザー照射後35日目核染色網膜下線維組織ヒト網膜下線維組織のOCT像図1レーザー誘導性CNVマウスモデルにおける網膜下線維化a:レーザー照射後7日目と35日目のマウス脈絡膜フラッ討では,コラーゲンtypeⅠ陽性の線維組織を網膜下に認め,この所見は,AMD患者のSRFのOCT所見と類似していました(図1B,C)4).以上より,レーザー誘導性CNVマウスモデルにおいて,レーザー照射後21~35日の間は,CNVが退縮し,SRFの形成が増大するため,この時点での検討が,SRF形成の分子メカニズムの研究,および治療法開発に有用である可能性が示唆されました.SRFに対する治療の可能性AMDの新たな治療薬の候補として現在,米国で第Ⅲトマウント.緑の染色は脈絡膜新生血管,赤の染色は網膜下線維組織を表す.スケールバー:100μm.b:レーザー照射後35日目の組織切片.白点線で囲まれた赤の染色は網膜下線維組織を表す.細胞核は青く染色.スケールバー:50μm.c:網膜下線維を伴うAMD患者のOCT像.(文献3から許可を得て転載,改変)1312あたらしい眼科Vol.32,No.9,2015相臨床試験を行っているフォビスタは,血小板由来因子(plateletderivedgrowthfactor:PDGF)を抑制する薬剤です.この抗PDGF製剤は,抗VEGF製剤と組み合わせることで,より強力な血管新生抑制効果が期待されています.また,PDGFは表1に示したとおり,SRFの形成にも重要な因子として知られているため,抗(84)PDGF製剤と抗VEGF製剤の併用により,CNVのみならずSRF形成に対する抑制効果も期待されています.SRF形成のメカニズムについては,未だに不明な点も多いため,有用な疾患モデルを用いた基礎研究の発展が重要です.筆者らは,遺伝子改変マウスを用いたレーザー誘導性CNVマウスモデルのSRF形成を検討することで,新たな分子標的の探索を行っています.今後の研究により網膜下線維性瘢痕の新規治療法が開発され,より多くのAMD患者の視機能の改善や維持が可能となることが切望されます.文献1)CohenSY,OubrahamH,UzzanJetal:Causesofunsuccessfulranibizumabtreatmentinexudativeage-relatedmaculardegenerationinclinicalsettings.Retina32:14801485,20122)DanielE,TothCA,GrunwaldJEetal:Riskofscarinthecomparisonofage-relatedmaculardegenerationtreatmentstrials.Ophthalmology121:656-666,20143)GrossniklausHE,HutchinsonAK,CaponeAetal:Clinicopathologicfeaturesofsurgicallyexcisedchoroidalneovascularmembranes.Ophthalmology101:1099-1111,19944)IshikawaK,KannanR,HintonDR:Molecularmechanismsofsubretinalfibrosisinage-relatedmaculardegeneration.ExpEyeRes,inpress,2015■「加齢黄斑変性に伴う網膜下線維性瘢痕」を読んで■今回は石川桂二郎先生(九州大学眼科)により,加いるとのことですので,結果が良好であれば,AMD齢黄斑変性(AMD)の長期的な視力予後を臨床的に深の網膜下線維性瘢痕形成にPDGFは主たる役割を果く考察し,その問題点をきちんと把握したうえで対策たしていることになります.このような臨床現場におを考えるという,臨床医学のもっとも大切で役立つ戦いて治療にまで発展する基礎および臨床研究は,体系略をお示しいただきました.すなわち,AMDに対す的に行う必要があります.国もその重要性をきちんとる抗VEGF療法が不成功に終わる症例の原因の一つ理解して,国立研究開発法人日本医療研究開発機構が,中心窩に及ぶ網膜下の線維性瘢痕形成とのことで(JapanAgencyforMedicalResearchandDevelopす.これを動物モデルで研究し,分子標的として血小ment:AMED)を創設しました.文科省,厚労省,板由来因子(plateletderivedgrowthfactor:PDGF)経産省に分かれていたバイオ,医療関係の予算を統合にたどりついて,治療法を確立したことがわかりやすして運用し,きちんと患者治療に役立つ治療法の確立く解説されています.ヒトの病態はきわめて複雑であに資する目的で創設されたのです.この機構の基本理り,AMDもVEGFのみで,あの臨床的に多様で複念は,国立がん研究センター理事長に就任された嘉山雑な病理像が完成するはずはありません.このような孝正先生が中心となったプロジェクトから生まれ,実複雑に絡みあった病態をほぐしていくためには,臨床際の国の機関として完成したと聞いています.的に詳細な観察をして,情報を蓄積すること,その情AMEDは日本版NIHともいわれますが,基礎医学研報に照らして動物モデルのどれが病態研究に適してい究のレベルで世界のトップグループに位置する日本るかを確認すること,そして,このモデル病態を利用が,創薬の実績では世界第3位に甘んじていることをして分子標的を割り出し,その治療法を確立するこ打開することを目的としたものです.日本の底力をもと,これを臨床応用してヒトの実際の病態に治療効果ってすれば,必ず目的を達成できると考えています.があるかどうかを確認することが重要です.最後の臨そのためには,石川先生のような優秀なphysician床的な効果と安全性が確認されて,初めて治療薬開発scientistを多く育成することが必要であると,今回のと病態解明のめどがつくことになります.総説を読みながら考えました.石川先生の総説では,PDGFをターゲットにした治山形大学眼科山下英俊療薬が開発され,米国で第III相臨床試験が行われて☆☆☆(85)あたらしい眼科Vol.32,No.9,20151313