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糖尿病網膜症患者に多職種が連携して心理的ケアを 実施した1事例

2015年2月28日 土曜日

290あたらしい眼科Vol.5102,22,No.3(00)290(118)0910-1810/15/\100/頁/JCOPY《第19回日本糖尿病眼学会原著》あたらしい眼科32(2):290.293,2015cはじめに厚生労働省の「平成19年国民健康・栄養調査報告」によれば,「糖尿病が強く疑われる人」は約890万人(平成14年調査より150万人増),「糖尿病の可能性を否定できない人」は約1,320万人(同440万人増)と推定されており1),日本人の糖尿病患者数は増加を続けている.また,合併症がない場合でも糖尿病という事実は精神的に大きな負荷となり,心理的危機をもたらす2).糖尿病網膜症(網膜症)は視覚障害〔別刷請求先〕荻嶋優:〒134-0088東京都江戸川区西葛西5-4-9西葛西・井上眼科病院Reprintrequests:YuOgishima,NishikasaiInouyeEyeHospital,5-4-9Nishikasai,Edogawa-ku,Tokyo134-0088,JAPAN糖尿病網膜症患者に多職種が連携して心理的ケアを実施した1事例荻嶋優*1黒田有里*1吉崎美香*1猪又麻美子*2佐野英子*1堀貞夫*1井上賢治*2*1西葛西・井上眼科病院*2井上眼科病院PsychologicalCareofDiabeticRetinopathyPatientInvolvingMultidisciplinaryCooperationYuOgishima1),YuriKuroda1),MikaYoshizaki1),MamikoInomata2),EikoSano1),SadaoHori1)andKenjiInoue2)1)NishikasaiInouyeEyeHospital,2)InouyeEyeHospital目的:糖尿病網膜症の患者が解決困難な心理的問題を医師とコメディカルが連携して援助し,患者のqualityoflife(QOL)が向上した1例を報告する.症例:43歳,男性.30歳頃から糖尿病で内科治療を行っていた.眼科治療歴はなく40歳時に糖尿病網膜症にて西葛西・井上眼科病院を初診した.増殖網膜症による視力低下で不安が強く,看護師が心理面のケアを行った.経済的な問題に対して医療相談担当者が高額医療費制度を説明した.制度の利用により治療が継続可能となった.硝子体手術と同時にシリコーンオイルが注入され,携帯電話の画面が見えず不安が増した.視能訓練士が補助具の選定を行い,読字が可能となった.医師を中心に看護師,医療相談担当者,視能訓練士が心理面,経済面,視覚のケアを継続したことで,患者の不安は軽減した.結論:多職種が専門分野で患者に携わり支援内容を共有することで,患者に必要な情報の適時的確な提供が可能となった.Purpose:Toreportthecaseofapatientwhosufferedfromdiabeticretinopathywithseverevisualimpair-mentandpsychologicalproblems,whichwereresolvedwiththecooperationofophthalmologistandco-medicalstaff.Case:A43-year-oldmalewithdiabetesmellituswhohadbeentreatedfor3yearsbyaninternistvisitedourclinicwithcomplaintofbilateralvisualloss.Hewasnervous,withfearofblindnessfromproliferativediabeticretinopathyandeconomicproblemsrelatingtosurgicaltreatment.Withtheassistanceofanurseandamedicalconsultant,hispsychologicalproblemswereresolvedbeforetreatmentinvolvingvitrectomyinbotheyes.Botheyeswereinjectedwithsiliconeoil;best-correctedvisualacuitywaspreservedat0.6intherighteyeand0.1intheleft.Postsurgery,hehadaproblemofnearvisionfromhyperopiaduetosiliconeoiltamponade.Theorthoptistofferedopticalaidsforreadinglettersonamobilephone,whichsatisfiedthepatientinregardtocommunicationwithhisfamily.Consequently,cooperationamongophthalmologist,orthoptist,nurseandmedicalconsultantcom-prisedgoodcareforthepatient’spsychological,economicalandvisualproblems.Conclusion:Cooperationbymul-tiplespecialistscangeneratetimelyandaccurateadvicetoeyediseasepatientswhofearblindnessandsurgicaltreatment.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)32(2):290.293,2015〕Keywords:糖尿病網膜症,心理的な問題,多職種の連携,適時的確な情報提供.diabeticretinopathy,psychologi-calproblems,cooperationbymultiplespecialists,timelyandaccurateadvice.(00)290(118)0910-1810/15/\100/頁/JCOPY《第19回日本糖尿病眼学会原著》あたらしい眼科32(2):290.293,2015cはじめに厚生労働省の「平成19年国民健康・栄養調査報告」によれば,「糖尿病が強く疑われる人」は約890万人(平成14年調査より150万人増),「糖尿病の可能性を否定できない人」は約1,320万人(同440万人増)と推定されており1),日本人の糖尿病患者数は増加を続けている.また,合併症がない場合でも糖尿病という事実は精神的に大きな負荷となり,心理的危機をもたらす2).糖尿病網膜症(網膜症)は視覚障害〔別刷請求先〕荻嶋優:〒134-0088東京都江戸川区西葛西5-4-9西葛西・井上眼科病院Reprintrequests:YuOgishima,NishikasaiInouyeEyeHospital,5-4-9Nishikasai,Edogawa-ku,Tokyo134-0088,JAPAN糖尿病網膜症患者に多職種が連携して心理的ケアを実施した1事例荻嶋優*1黒田有里*1吉崎美香*1猪又麻美子*2佐野英子*1堀貞夫*1井上賢治*2*1西葛西・井上眼科病院*2井上眼科病院PsychologicalCareofDiabeticRetinopathyPatientInvolvingMultidisciplinaryCooperationYuOgishima1),YuriKuroda1),MikaYoshizaki1),MamikoInomata2),EikoSano1),SadaoHori1)andKenjiInoue2)1)NishikasaiInouyeEyeHospital,2)InouyeEyeHospital目的:糖尿病網膜症の患者が解決困難な心理的問題を医師とコメディカルが連携して援助し,患者のqualityoflife(QOL)が向上した1例を報告する.症例:43歳,男性.30歳頃から糖尿病で内科治療を行っていた.眼科治療歴はなく40歳時に糖尿病網膜症にて西葛西・井上眼科病院を初診した.増殖網膜症による視力低下で不安が強く,看護師が心理面のケアを行った.経済的な問題に対して医療相談担当者が高額医療費制度を説明した.制度の利用により治療が継続可能となった.硝子体手術と同時にシリコーンオイルが注入され,携帯電話の画面が見えず不安が増した.視能訓練士が補助具の選定を行い,読字が可能となった.医師を中心に看護師,医療相談担当者,視能訓練士が心理面,経済面,視覚のケアを継続したことで,患者の不安は軽減した.結論:多職種が専門分野で患者に携わり支援内容を共有することで,患者に必要な情報の適時的確な提供が可能となった.Purpose:Toreportthecaseofapatientwhosufferedfromdiabeticretinopathywithseverevisualimpair-mentandpsychologicalproblems,whichwereresolvedwiththecooperationofophthalmologistandco-medicalstaff.Case:A43-year-oldmalewithdiabetesmellituswhohadbeentreatedfor3yearsbyaninternistvisitedourclinicwithcomplaintofbilateralvisualloss.Hewasnervous,withfearofblindnessfromproliferativediabeticretinopathyandeconomicproblemsrelatingtosurgicaltreatment.Withtheassistanceofanurseandamedicalconsultant,hispsychologicalproblemswereresolvedbeforetreatmentinvolvingvitrectomyinbotheyes.Botheyeswereinjectedwithsiliconeoil;best-correctedvisualacuitywaspreservedat0.6intherighteyeand0.1intheleft.Postsurgery,hehadaproblemofnearvisionfromhyperopiaduetosiliconeoiltamponade.Theorthoptistofferedopticalaidsforreadinglettersonamobilephone,whichsatisfiedthepatientinregardtocommunicationwithhisfamily.Consequently,cooperationamongophthalmologist,orthoptist,nurseandmedicalconsultantcom-prisedgoodcareforthepatient’spsychological,economicalandvisualproblems.Conclusion:Cooperationbymul-tiplespecialistscangeneratetimelyandaccurateadvicetoeyediseasepatientswhofearblindnessandsurgicaltreatment.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)32(2):290.293,2015〕Keywords:糖尿病網膜症,心理的な問題,多職種の連携,適時的確な情報提供.diabeticretinopathy,psychologi-calproblems,cooperationbymultiplespecialists,timelyandaccurateadvice. あたらしい眼科Vol.32,No.2,2015291(119)を引き起こすさまざまな眼疾患のなかでも,視力の変化が激しい疾患の一つ3)である.急激な視力低下をきたした場合,日常生活に大きな影響を与えるだけでなく,心理的な負荷も多大なものになる.糖尿病患者は網膜症を治療していく途中で,見えなくなることやそれまでと同じ生活が送れなくなることなどに強い不安を抱くことが多く,治療と並行して心理面を中心としたケアが不可欠である.今回,治療過程において発生した解決困難なさまざまな問題を,医師とコメディカル(看護師,医療相談担当者,視能訓練士)が連携して援助したことによって患者のqualityoflife(QOL)が向上した1例を経験したので報告する.I症例患者:40歳,男性.主訴:視力低下,飛蚊症.家族歴:父親が糖尿病.視覚障害があったとのことだった.眼科現病歴:2010年6月から両眼に黒い出血のようなものが見え,近医を受診した.増殖網膜症で硝子体手術を含む治療は困難と診断された.精査および治療目的で西葛西・井上眼科病院(以下,当院)を受診した.内科現病歴:30歳頃,糖尿病の治療を開始した.一時期,血糖降下剤を内服していたが,自己判断で中断した.38歳時,下肢蜂窩織炎を発症した際に血糖値が500mg/dl台であることが判明し,インスリン治療を開始した.インスリン1日2回・自己血糖測定を実施した.その他に高血圧,動脈硬化症,腎症を合併していた.初診時所見:視力は,右眼0.15(0.5×.1.50D),左眼0.08(0.4×.1.50D(cyl.0.50DAx5°),眼圧は,右眼17mmHg,左眼20mmHgであった.中間透光体には異常を認めず,眼底は両眼ともに多数の網膜新生血管と増殖組織がみられ,増殖網膜症(福田分類にてB5)であった.光干渉断層計(OCT)では,両眼に増殖組織による網膜の牽引と浮腫を認めた(図1).網膜症に対してレーザー光凝固術は未治療,蛍光眼底造影検査は未施行であった.II経過1.治療開始初期の不安に対するケア当院初診時には,前医での説明から前向きな治療はできないという絶望感や,父親と同様に視覚的な症状が進行することへの不安などがあった.また,レーザー光凝固術や蛍光眼底造影検査を受けること自体にも不安があった.これらの不安を看護師が傾聴し,さらに治療と検査の詳細については補足説明を行った.残った不安には,再度医師が必要性や方法を説明し理解が得られた.看護師は,患者がこれ以降の検査・診察を安寧に受けられるよう,携わる職員間で情報を共有した.必要と思われる際図1初診時の眼底写真と光干渉断層計(OCT)画像多数の網膜新生血管と増殖組織を認める.OCTでは,増殖組織による網膜の牽引と浮腫を認める.(福田分類B5)あたらしい眼科Vol.32,No.2,2015291(119)を引き起こすさまざまな眼疾患のなかでも,視力の変化が激しい疾患の一つ3)である.急激な視力低下をきたした場合,日常生活に大きな影響を与えるだけでなく,心理的な負荷も多大なものになる.糖尿病患者は網膜症を治療していく途中で,見えなくなることやそれまでと同じ生活が送れなくなることなどに強い不安を抱くことが多く,治療と並行して心理面を中心としたケアが不可欠である.今回,治療過程において発生した解決困難なさまざまな問題を,医師とコメディカル(看護師,医療相談担当者,視能訓練士)が連携して援助したことによって患者のqualityoflife(QOL)が向上した1例を経験したので報告する.I症例患者:40歳,男性.主訴:視力低下,飛蚊症.家族歴:父親が糖尿病.視覚障害があったとのことだった.眼科現病歴:2010年6月から両眼に黒い出血のようなものが見え,近医を受診した.増殖網膜症で硝子体手術を含む治療は困難と診断された.精査および治療目的で西葛西・井上眼科病院(以下,当院)を受診した.内科現病歴:30歳頃,糖尿病の治療を開始した.一時期,血糖降下剤を内服していたが,自己判断で中断した.38歳時,下肢蜂窩織炎を発症した際に血糖値が500mg/dl台であることが判明し,インスリン治療を開始した.インスリン1日2回・自己血糖測定を実施した.その他に高血圧,動脈硬化症,腎症を合併していた.初診時所見:視力は,右眼0.15(0.5×.1.50D),左眼0.08(0.4×.1.50D(cyl.0.50DAx5°),眼圧は,右眼17mmHg,左眼20mmHgであった.中間透光体には異常を認めず,眼底は両眼ともに多数の網膜新生血管と増殖組織がみられ,増殖網膜症(福田分類にてB5)であった.光干渉断層計(OCT)では,両眼に増殖組織による網膜の牽引と浮腫を認めた(図1).網膜症に対してレーザー光凝固術は未治療,蛍光眼底造影検査は未施行であった.II経過1.治療開始初期の不安に対するケア当院初診時には,前医での説明から前向きな治療はできないという絶望感や,父親と同様に視覚的な症状が進行することへの不安などがあった.また,レーザー光凝固術や蛍光眼底造影検査を受けること自体にも不安があった.これらの不安を看護師が傾聴し,さらに治療と検査の詳細については補足説明を行った.残った不安には,再度医師が必要性や方法を説明し理解が得られた.看護師は,患者がこれ以降の検査・診察を安寧に受けられるよう,携わる職員間で情報を共有した.必要と思われる際図1初診時の眼底写真と光干渉断層計(OCT)画像多数の網膜新生血管と増殖組織を認める.OCTでは,増殖組織による網膜の牽引と浮腫を認める.(福田分類B5) 表1入院中の手術および屈折変化(1)右眼左眼入院1日目0.1(0.3×.1.50D)0.1(0.5×.1.25D(cyl.1.00DAx180°)入院2日目硝子体手術+シリコーンオイル注入─入院6日目0.02(0.2×+5.50D(cyl.1.50DAx50°)0.1(0.3×.2.00D(cyl.1.00DAx170°)入院9日目─硝子体手術+シリコーンオイル注入入院15日目0.1(0.2×+5.50D(cyl.1.00DAx20°)0.05(0.1×+5.00D)眼鏡処方度数+5.50D(cyl.1.00DAx20°+5.00D表2入院中の手術および屈折変化(2)右眼左眼入院1日目0.02(0.6×+5.50D)0.01(0.15×+6.00D(cyl.1.50DAx150°)入院2日目シリコーンオイル抜去─入院7日目0.08(0.4×.3.50D)0.1(0.3×+6.00D(cyl.1.50DAx150°)入院9日目─シリコーンオイル抜去入院14日目0.1(0.3×.3.00D)0.08(0.2×.5.00D)入院15日目0.06(0.4×.3.50D)0.06(0.2×.4.00D)眼鏡処方度数.3.50D.4.00Dには検査や診察に同席し,不安の軽減を図ることとした.硝子体手術までに外来で計5回のレーザー光凝固術を実施したが,治療後には必ず看護師のところへ立ち寄り,不安な点や気持ちを訴えたため,その都度傾聴した.繰り返し対話を行うことで,糖尿病の治療の重要性を理解し,網膜症治療へ前向きに取り組む傾向がみられた.2.治療費に関する心配についてのケア患者の通院にかかる交通費は往復5,000円であった.患者は自営業で家具職人をしており,視力低下により就業困難な状態であったため,収入面での不安があった.網膜症の状態から,レーザー光凝固術は数回行う必要があり,治療方針を説明する際,医師は通院のしやすさと交通費に配慮し,レーザー光凝固術は近医でも施行可能であると説明した.患者は当院での施行を希望したため,医師の指示により,医療相談担当者から高額療養費制度についての説明をした.話をすると制度の利用により経済的な問題は解決することがわかり,「すごく気が楽になった」と笑顔がみられた.通院治療を継続し,予定どおりレーザー光凝固術を実施した.3.自宅での療養に関するケア患者に日常生活の聞き取りをしてみると,自己管理に不十分な点がみられた.内科から受けた説明や指導内容を理解もしくは実施していないと判断し,当院においても看護師がフットケアやインスリン注射を含めた指導を実施した.今後,視機能が低下しても自宅で療養を行えるよう,妻を同席させた.フットケアは爪の切り方や観察ポイントをイラスト入りの用紙を用いて説明した.インスリン注射は正しい手順で行っていなかったため,衛生的に正しく注射ができるようになることを目標に内科の指導を補足した.入院による硝子体手術が予定されていたため,指導内容は外来看護師と病棟看護師で共有した.4.手術後および入院期間のケア上記のケアを行ったのちに,入院2日目に右眼増殖網膜症に対し硝子体手術を施行し,シリコーンオイルを注入した.入院9日目には左眼の手術を施行し,両眼に屈折の変化が生じ遠視化した(表1).入院中,術前は遠方の家族との連絡に携帯電話のメール機能を使い,仕事に関する指示などを伝えていた.術後は遠視化のため携帯電話の画面が見えなくなり,視覚の急な変化と連絡が取れなくなってしまったことから,焦りと不安が増した.この変化に対し,患者は看護師に不安を訴えた.そして光学的補助具(拡大鏡)の選定を希望した.看護師が視能訓練士に相談し,視能訓練士から医師へ報告した.医師の指示のもと光学的補助具を選定し,貸し出しを行った.病室で拡大鏡(エッシェンバッハブラックルーペR)3.5倍(10D75×50mm)と4倍(16D70mmf)と検眼枠に検眼用レンズを挿入した仮眼鏡をともに使用することで,携帯電話の画面や測定した血糖値を見ることができた.しばらく使用してみると,「携帯電話の画面とボタンが同時に見えない」,「携帯電話画面以外の物もよく見たい」といった不都合や希望が生じたので,再検査をして補助具を変更した.術後の両眼遠視化については,退院後の生活に必要である眼鏡を退院前日に処方した.入院中に使用していた拡大鏡を貸出し,退院後に自宅で5日間試用した.つぎの来院日にクリップ式の拡大鏡(エッシェンバッハラボ・クリップR両眼用)3倍と比較し,日常生活と就業時の使いやすさや満足度を確認したうえでク(120) リップ式の拡大鏡を購入した.硝子体手術から約3カ月後,注入したシリコーンオイルを抜去した.手術後は,両眼とも遠視から近視に大きく変化したため,それまでより裸眼で近方が見やすくなったが,遠方は見えにくくなった.しばらくは屈折度の変化が予測されるが,これまでの眼鏡は使用できないため退院時に新しい眼鏡を装用して帰りたいと強い希望があり,眼鏡処方を行った(表2).装用感は良く,満足していた.術後の定期受診の際,眼鏡の装用感や屈折度の変化に合わせて,眼鏡を再作製した.III考按糖尿病と診断された患者のうち,網膜症の合併症があるのは1割で,そのうち治療を受けている人は7割である.過去のデータからは増加しており1),通院しているにもかかわらず,血糖コントロールがうまくいかないなどの問題から視覚障害をきたす場合も多い.QOLの低下が生じることにより,日常生活の援助や精神的なケアが必要となる.何より糖尿病自体の進行予防が可能になるよう,患者個人に合わせたケアも求められる4).また,受けたケアが患者の満足するものになるかどうかは,患者と医療従事者の信頼関係に大きく左右される.今回の症例は,当院受診当初は治療に望みをもっておらず,常に悲観的であった.しかし,患者自身が感情を発信する場を確立し,医師と看護師が傾聴した結果,患者に安心して治療を受けられる心理的基盤が完成した.かかわるスタッフへの信頼があったからこそ,自身の「不自由」や「不便」を訴え,それを受けて多職種で援助ができた.治療の継続において,経済的な問題は必然的に発生する.網膜症による視覚障害者の場合,合併症による全身状態が原因で就業が困難になり,再就職はきわめて困難な場合が多い5).経済的な面からも,仕事が継続できるような支援が必要で,必要に応じ早い段階からの介入を行う.現在の仕事を継続するという観点からも,ロービジョンケアや視覚障害に対する援助は,患者が必要とした時期に迅速に開始することが望ましい6).「見えなくなった」,「できなくなった」という不自由や不安を放置することで精神的に追い詰められるため,ケアの導入時期も大きなポイントである.本人へのケア以外に,患者を傍らでサポートする周囲の家族や関係者への情報提供も重要である.負ってしまった視覚障害により「読み書き」ができなくなるとQOLの低下が生じる.しかし,見えないことでインスリン注射や血糖値の自己チェックなど,糖尿病自体の管理が困難になると,腎症,神経障害や心筋梗塞などの合併症発症の危険度が増す.周囲の者に病態や管理上の注意点を早期から伝え,患者本人を適切に支えることで,全身疾患である糖尿病の正しい確実な管理が可能となる.網膜症の患者に限らず,患者一人ひとりの心理的ケアを進めていくには,専門職のチームによる総合的なケアが求められる7).とくに中途視覚障害者への援助は,ニーズを正確に把握し,それに対する情報提供をすることで患者のQOL向上をもたらす8).看護師,医療相談担当者,視能訓練士のほか,薬剤師や栄養士などを含めた多職種が専門分野で患者に携わり,その内容をチームとして共有することで,患者に必要な情報だけでなく,患者がそのときに必要としている情報を適時的確に提供することが可能となる.自ら発信ができない患者にも同様の支援を行うために,すべてのコメディカルが,患者の不安や問題点を診察や検査など在院中の様子から見出し,適切な声掛けと傾聴を行えるようにすることが今後の課題である.IV結論医師とコメディカルが連携を取り,医師の指示のもと心理的,経済的,視覚に関するケアをそれぞれ看護師,医療相談担当者,視能訓練士が継続して行ったことで,患者の満足が得られる適切な情報提供ができた.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)厚生労働省健康局:平成19年国民健康・栄養調査報告2)石井均:糖尿病網膜症患者の心理と治療.眼紀47:22-27,19963)中村桂子:糖尿病によるロービジョン患者のものの見え方,見えにくさの評価.看護技術48:34-40,20024)諸橋由美子,杉田和枝,百田初栄ほか:視覚障害をもつ糖尿病患者への援助.眼紀48:36-40,19975)山田幸男,平沢由平,大石正夫ほか:中途視覚障害者のリハビリテーション第8報─視覚障害者の就労─.眼紀54:16-20,20036)山田幸男,大石正夫,土屋淳之:糖尿病のロービジョンケア─その実践と課題─.看護技術48:24-27,20027)荒井三樹:糖尿病網膜症による視力低下患者の自立支援─リハビリテーション─.眼紀56:311-315,20058)田中恵津子:眼科臨床における中途視覚障害者に対する対応.日視会誌31:83-88,2002***(121)あたらしい眼科Vol.32,No.2,2015293

増殖糖尿病網膜症を発症し手術治療を行ったPrader-Willi症候群の2症例

2015年2月28日 土曜日

286あたらしい眼科Vol.5102,22,No.3(00)286(114)0910-1810/15/\100/頁/JCOPY《第19回日本糖尿病眼学会原著》あたらしい眼科32(2):286.289,2015cはじめにPrader-Willi症候群(PWS)は,15番染色体長腕の異常に起因し,新生児の筋緊張低下,哺乳障害,幼児期からの過食による高度肥満,精神発達遅滞,外性器発育不全を特徴とする疾患である1,2).眼科領域では,斜視,弱視,屈折異常,脈絡膜の低色素,白内障などの合併症が報告されている3.5)が,成人例では,糖尿病網膜症の合併が問題となる.本症の発生頻度は約1.2万人に1人といわれている1,2)が,眼科医がPWSをもつ症例に遭遇する機会は少なく6.9),増殖糖尿病網膜症(PDR)まで至った報告や,治療の報告は少ない.〔別刷請求先〕嶋千絵子:〒573-1010大阪府枚方市新町2-5-1関西医科大学付属枚方病院眼科学教室Reprintrequests:ChiekoShima,M.D.,DepartmentofOphthalmology,KansaiMedicalUnivercity,2-5-1Shinmachi,HirakataCity,Osaka573-1010,JAPAN増殖糖尿病網膜症を発症し手術治療を行ったPrader-Willi症候群の2症例嶋千絵子山田晴彦石黒利充有澤章子吉川匡宣城信雄髙橋寛二関西医科大学眼科学教室TwoCasesofPrader-WilliSyndromewithProliferativeDiabeticRetinopathyTreatedbyVitrectomyChiekoShima,HaruhikoYamada,ToshimitsuIshiguro,AkikoArisawa,TadanobuYoshikawa,NobuoJoandKanjiTakahashiDepartmentofOphthalmology,KansaiMedicalUniversity増殖糖尿病網膜症を発症し手術治療を行ったPrader-Willi症候群(PWS)の2症例を報告する.症例1は29歳,女性.2009年10月に右下腿蜂窩織炎の加療時に糖尿病を指摘され,当院眼科を初診した.矯正視力は右眼0.15,左眼0.15で,右眼は単純糖尿病網膜症,左眼は増殖糖尿病網膜症であった.左眼は汎網膜光凝固(PRP)後,2010年4月に全身麻酔下で硝子体・白内障手術を施行.その後右眼の網膜症も進行したため2012年3月全身麻酔下で右眼の同手術を施行した.術後矯正視力は右眼0.04,左眼0.06となった.症例2は40歳,男性.右眼の視力低下のために2009年9月に当院眼科を初診.矯正視力は右眼0.02,左眼0.8で,右眼は増殖糖尿病網膜症,左眼は前増殖糖尿病網膜症を認めた.両眼にPRPを行い,同年11月に局所麻酔下で右眼の硝子体・白内障手術を施行.翌年左眼に硝子体出血を生じ,12月に同手術を施行した.矯正視力は右眼0.3,左眼0.2となった.PWSは精神発達遅滞を伴い,若くして網膜症が進行するため,早期発見,早期治療に努めるべきである.Wereport2casesofPrader-Willisyndrome(PWS)withproliferativediabeticretinopathytreatedbyvitrecto-my.Case1,a29-year-oldfemale,wasdiagnosedasdiabetesmellitus,withsimplediabeticretinopathyinherrighteye(OD)andproliferativediabeticretinopathy(PDR)onherlefteye(OS).TheOSwastreatedbyvitrectomyundergeneralanesthesiaafterpanretinalphotocoagulation(PRP).TheODdevelopedPDR,andwastreatedbythesameoperationastheOS.Finalvisualacuitywas0.04ODand0.06OS.Case2,a40-year-oldmale,presentedwithvisuallossintheOD.PDRwasidentifiedintheOD,prePDRintheOS.AfterbilateraltreatmentforPRP,theODunderwentvitrectomyunderlocalanesthesia.VitreoushemorrhagelateroccurredintheOS,andwastreatedbythesameoperationasfortheOD.Finalvisualacuitywas0.3ODand0.2OS.Becauseofthementalretardation,patientswithPWSneedearlydetectionandtreatmentofdiabeticretinopathy,whichcouldeasilydeveloptoPDRinyouth.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)32(2):286.289,2015〕Keywords:Prader-Willi症候群,増殖糖尿病網膜症,硝子体手術,糖尿病,精神発達遅延.Prader-Willisyn-drome,proliferativediabeticretinopathy,vitrectomy,diabetesmellitus,mentalretardation.(00)286(114)0910-1810/15/\100/頁/JCOPY《第19回日本糖尿病眼学会原著》あたらしい眼科32(2):286.289,2015cはじめにPrader-Willi症候群(PWS)は,15番染色体長腕の異常に起因し,新生児の筋緊張低下,哺乳障害,幼児期からの過食による高度肥満,精神発達遅滞,外性器発育不全を特徴とする疾患である1,2).眼科領域では,斜視,弱視,屈折異常,脈絡膜の低色素,白内障などの合併症が報告されている3.5)が,成人例では,糖尿病網膜症の合併が問題となる.本症の発生頻度は約1.2万人に1人といわれている1,2)が,眼科医がPWSをもつ症例に遭遇する機会は少なく6.9),増殖糖尿病網膜症(PDR)まで至った報告や,治療の報告は少ない.〔別刷請求先〕嶋千絵子:〒573-1010大阪府枚方市新町2-5-1関西医科大学付属枚方病院眼科学教室Reprintrequests:ChiekoShima,M.D.,DepartmentofOphthalmology,KansaiMedicalUnivercity,2-5-1Shinmachi,HirakataCity,Osaka573-1010,JAPAN増殖糖尿病網膜症を発症し手術治療を行ったPrader-Willi症候群の2症例嶋千絵子山田晴彦石黒利充有澤章子吉川匡宣城信雄髙橋寛二関西医科大学眼科学教室TwoCasesofPrader-WilliSyndromewithProliferativeDiabeticRetinopathyTreatedbyVitrectomyChiekoShima,HaruhikoYamada,ToshimitsuIshiguro,AkikoArisawa,TadanobuYoshikawa,NobuoJoandKanjiTakahashiDepartmentofOphthalmology,KansaiMedicalUniversity増殖糖尿病網膜症を発症し手術治療を行ったPrader-Willi症候群(PWS)の2症例を報告する.症例1は29歳,女性.2009年10月に右下腿蜂窩織炎の加療時に糖尿病を指摘され,当院眼科を初診した.矯正視力は右眼0.15,左眼0.15で,右眼は単純糖尿病網膜症,左眼は増殖糖尿病網膜症であった.左眼は汎網膜光凝固(PRP)後,2010年4月に全身麻酔下で硝子体・白内障手術を施行.その後右眼の網膜症も進行したため2012年3月全身麻酔下で右眼の同手術を施行した.術後矯正視力は右眼0.04,左眼0.06となった.症例2は40歳,男性.右眼の視力低下のために2009年9月に当院眼科を初診.矯正視力は右眼0.02,左眼0.8で,右眼は増殖糖尿病網膜症,左眼は前増殖糖尿病網膜症を認めた.両眼にPRPを行い,同年11月に局所麻酔下で右眼の硝子体・白内障手術を施行.翌年左眼に硝子体出血を生じ,12月に同手術を施行した.矯正視力は右眼0.3,左眼0.2となった.PWSは精神発達遅滞を伴い,若くして網膜症が進行するため,早期発見,早期治療に努めるべきである.Wereport2casesofPrader-Willisyndrome(PWS)withproliferativediabeticretinopathytreatedbyvitrecto-my.Case1,a29-year-oldfemale,wasdiagnosedasdiabetesmellitus,withsimplediabeticretinopathyinherrighteye(OD)andproliferativediabeticretinopathy(PDR)onherlefteye(OS).TheOSwastreatedbyvitrectomyundergeneralanesthesiaafterpanretinalphotocoagulation(PRP).TheODdevelopedPDR,andwastreatedbythesameoperationastheOS.Finalvisualacuitywas0.04ODand0.06OS.Case2,a40-year-oldmale,presentedwithvisuallossintheOD.PDRwasidentifiedintheOD,prePDRintheOS.AfterbilateraltreatmentforPRP,theODunderwentvitrectomyunderlocalanesthesia.VitreoushemorrhagelateroccurredintheOS,andwastreatedbythesameoperationasfortheOD.Finalvisualacuitywas0.3ODand0.2OS.Becauseofthementalretardation,patientswithPWSneedearlydetectionandtreatmentofdiabeticretinopathy,whichcouldeasilydeveloptoPDRinyouth.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)32(2):286.289,2015〕Keywords:Prader-Willi症候群,増殖糖尿病網膜症,硝子体手術,糖尿病,精神発達遅延.Prader-Willisyn-drome,proliferativediabeticretinopathy,vitrectomy,diabetesmellitus,mentalretardation. あたらしい眼科Vol.32,No.2,2015287(115)今回筆者らは,両眼の硝子体手術を要したPWSの2例を経験したので報告する.I症例〔症例1〕29歳,女性.主訴:左眼視力低下.現病歴:仮死産で出生.その後精神発達遅滞を認め,15歳で斜視手術時にPWSが疑われていた.2009年29歳時に右下腿蜂窩織炎のため他院へ入院中に,Hb(ヘモグロビン)A1C(JDS値,以下同様):14%と高値で初めて糖尿病(DM)を指摘された.2009年11月,血糖コントロールのために当院内科へ紹介.眼底精査目的に当科紹介となった.既往歴:2型DM,高血圧(HT),高脂血症,精神発達遅滞,斜視手術(詳細不明),扁桃腺摘出術があった.初診時所見:視力はVD=0.05(0.15×cyl.2.0DAx100°),VS=0.05(0.15×cyl.1.75DAx70°).眼圧は両眼ともに12mmHgであった.眼底は右眼には網膜点状出血が散在しており単純糖尿病網膜症,左眼は網膜新生血管と硝子体出血を認め,PDRの状態であった(図1:A-1,2).全身所見としては,身長149cm,体重68kg(bodymassindex:BMIは30.63),染色体検査で15番染色体長腕q11-q13の欠失を認めた.PWSとして,①筋緊張低下,②性腺発育不全(21歳に生理開始,頻度は1.2回/年),③精神発達遅滞,④肥満,⑤2型DM(HbA1C7.3%,腎症I期,食事療法困難)という特徴が認められた.臨床経過:糖尿病網膜症の進行に著明な左右差があるために,頸部エコー検査を行ったが,異常所見は認めなかった.内科で血糖コントロールを行いながら,ただちに左眼に汎網膜光凝固術を開始した.光凝固術中に厚い増殖膜と硝子体出血を生じたため2010年4月,全身麻酔下に左眼の水晶体超音波乳化吸引術+眼内レンズ挿入術+硝子体手術を施行した.術後施行したフルオレセイン蛍光造影検査(FA)で右眼の無灌流領域が広範になり,乳頭新生血管が出現してPDRへ進行していたため(図1:B-1,2),2010年11月から右眼にも汎網膜光凝固術を施行した.2011年12月には右眼にも硝子体出血を生じたため,2012年3月に全身麻酔下で右図1症例1A-1:初診時眼底所見.右眼)網膜点状出血が散在左眼)アーケード血管に沿った新生血管.A-2:初診時フルオレセイン蛍光造影検査(FA)所見.右眼)無灌流領域をわずかに認める.左眼)広範な無灌流領域,乳頭上新生血管.B-1:左眼術後眼底所見.右眼)乳頭上新生血管が出現.左眼)新生血管は消失.B-2:左眼術後FA所見.右眼)乳頭上新生血管が出現.左眼)新生血管は消失.C-1:最終受診時眼底所見.両眼)漏出を伴う新生血管は消失.C-2:最終受診時FA所見.両眼)漏出を伴う新生血管は消失.A-1A-2B-1B-2C-1C-2あたらしい眼科Vol.32,No.2,2015287(115)今回筆者らは,両眼の硝子体手術を要したPWSの2例を経験したので報告する.I症例〔症例1〕29歳,女性.主訴:左眼視力低下.現病歴:仮死産で出生.その後精神発達遅滞を認め,15歳で斜視手術時にPWSが疑われていた.2009年29歳時に右下腿蜂窩織炎のため他院へ入院中に,Hb(ヘモグロビン)A1C(JDS値,以下同様):14%と高値で初めて糖尿病(DM)を指摘された.2009年11月,血糖コントロールのために当院内科へ紹介.眼底精査目的に当科紹介となった.既往歴:2型DM,高血圧(HT),高脂血症,精神発達遅滞,斜視手術(詳細不明),扁桃腺摘出術があった.初診時所見:視力はVD=0.05(0.15×cyl.2.0DAx100°),VS=0.05(0.15×cyl.1.75DAx70°).眼圧は両眼ともに12mmHgであった.眼底は右眼には網膜点状出血が散在しており単純糖尿病網膜症,左眼は網膜新生血管と硝子体出血を認め,PDRの状態であった(図1:A-1,2).全身所見としては,身長149cm,体重68kg(bodymassindex:BMIは30.63),染色体検査で15番染色体長腕q11-q13の欠失を認めた.PWSとして,①筋緊張低下,②性腺発育不全(21歳に生理開始,頻度は1.2回/年),③精神発達遅滞,④肥満,⑤2型DM(HbA1C7.3%,腎症I期,食事療法困難)という特徴が認められた.臨床経過:糖尿病網膜症の進行に著明な左右差があるために,頸部エコー検査を行ったが,異常所見は認めなかった.内科で血糖コントロールを行いながら,ただちに左眼に汎網膜光凝固術を開始した.光凝固術中に厚い増殖膜と硝子体出血を生じたため2010年4月,全身麻酔下に左眼の水晶体超音波乳化吸引術+眼内レンズ挿入術+硝子体手術を施行した.術後施行したフルオレセイン蛍光造影検査(FA)で右眼の無灌流領域が広範になり,乳頭新生血管が出現してPDRへ進行していたため(図1:B-1,2),2010年11月から右眼にも汎網膜光凝固術を施行した.2011年12月には右眼にも硝子体出血を生じたため,2012年3月に全身麻酔下で右図1症例1A-1:初診時眼底所見.右眼)網膜点状出血が散在左眼)アーケード血管に沿った新生血管.A-2:初診時フルオレセイン蛍光造影検査(FA)所見.右眼)無灌流領域をわずかに認める.左眼)広範な無灌流領域,乳頭上新生血管.B-1:左眼術後眼底所見.右眼)乳頭上新生血管が出現.左眼)新生血管は消失.B-2:左眼術後FA所見.右眼)乳頭上新生血管が出現.左眼)新生血管は消失.C-1:最終受診時眼底所見.両眼)漏出を伴う新生血管は消失.C-2:最終受診時FA所見.両眼)漏出を伴う新生血管は消失.A-1A-2B-1B-2C-1C-2 288あたらしい眼科Vol.32,No.2,2015(116)眼の水晶体超音波乳化吸引術+眼内レンズ挿入術+硝子体手術を施行した.術中・術後の合併症もみられず,経過は良好であったがDMについての治療のコンプライアンスは不良であった.HbA1Cは7.8%で経過し,眼底は安定して増殖停止網膜症となった.2013年5月最終受診時の矯正視力は右眼(0.04),左眼(0.06)である(図1:C-1,2).〔症例2〕40歳,男性.主訴:右眼視力低下.現病歴:仮死産で出生.精神発達遅滞を認めていたが,5歳時に停留精巣精査加療目的で入院した際に,PWSと診断された.26歳でDMを指摘されるも治療の中断が多く,入退院を繰り返し,HbA1Cは12.14%で経過していた.2年前の近医眼科の初診時には糖尿病網膜症を認めなかったが,眼科通院を2年間中断した.1カ月前から右眼視力低下を自覚したために近医を受診し,右眼の硝子体出血と両眼のPDRを認め,2009年9月当科を紹介受診した.既往歴:DM,高脂血症があった.初診時所見:視力はVD=0.02(0.02×sph+3.0D),VS=0.4(0.8×sph.0.75D(cyl.2.0DAx75°).眼圧は右眼10mmHg,左眼12mmHg.眼底は右眼には硝子体出血と増殖膜を認めPDR,左眼は網膜しみ状出血が散在しており,FAで広範な無灌流領域を認めたため(図2:D-1,2),前増殖糖尿病網膜症と診断した.全身所見としては,身長153cm,体重92kg(BMI:39.8)で,アーモンド様眼裂の顔貌があった.染色体検査で15番染色体長腕(q11-q13)の欠失を認めた.PWSとして,①精腺機能低下,②精神発達遅滞,③肥満,④2型DM(HbA1C:11.8%,腎症IIIb期,食事療法困難)の特徴がそれぞれ認められた.臨床経過:右眼の硝子体手術を行うために,まず内科にて血糖コントロールを行い,同時に左眼の汎網膜光凝固術を開始した.2009年11月,局所麻酔下で右眼の水晶体超音波乳化吸引術+眼内レンズ挿入術+硝子体手術を施行.左眼の光凝固は十分に入り,右眼の光凝固は術中・術後合わせて合計2,156発施行した(図2:E-1,2).ところが2010年6月,右眼に血管新生緑内障を発症し,右眼の眼圧は40mmHgに上昇した.ただちに光凝固を追加して経過を観察したところ,眼圧は点眼や内服なしで15mmHgに下降し安定した.2010年10月,左眼に硝子体出血を生じたため,同年12月局所麻酔下で左眼の水晶体超音波乳化吸引術+眼内レンズ挿入術+硝子体手術を施行.以後,インスリン療法を行って血糖コントロールは良好となり,HbA1Cは5.6%で安定した.2013年5月最終診察時,矯正視力は右眼(0.3),左眼(0.2)で眼底は安定している.II考察従来,PWSの生命予後は悪く,肥満によるDM,心不全,無呼吸などのために25.30歳を超えて生存することはまれであった2).ところが近年,診断技術の向上と内科治療の進歩により,従来よりも寿命が長くなり10),糖尿病の罹患期間が延びた結果,PDRを合併する症例の割合が高くなることが予測される.PWSに特徴的な過食が誘因となった2型DMの合併頻度図2症例2D-1:初診時眼底所見.右眼)硝子体出血と増殖膜が一部みられた.左眼)網膜のしみ状出血が散在.D-2:初診時FA所見.右眼)硝子体出血と新生血管を認める.左眼)広範な無灌流領域を認める.E-1:右眼術後眼底所見.右眼)硝子体出血は残存していた.E-2:右眼術後FA所見.両眼)無灌流領域が残存しており,両眼に光凝固を追加した.D1D2E2E1(116)眼の水晶体超音波乳化吸引術+眼内レンズ挿入術+硝子体手術を施行した.術中・術後の合併症もみられず,経過は良好であったがDMについての治療のコンプライアンスは不良であった.HbA1Cは7.8%で経過し,眼底は安定して増殖停止網膜症となった.2013年5月最終受診時の矯正視力は右眼(0.04),左眼(0.06)である(図1:C-1,2).〔症例2〕40歳,男性.主訴:右眼視力低下.現病歴:仮死産で出生.精神発達遅滞を認めていたが,5歳時に停留精巣精査加療目的で入院した際に,PWSと診断された.26歳でDMを指摘されるも治療の中断が多く,入退院を繰り返し,HbA1Cは12.14%で経過していた.2年前の近医眼科の初診時には糖尿病網膜症を認めなかったが,眼科通院を2年間中断した.1カ月前から右眼視力低下を自覚したために近医を受診し,右眼の硝子体出血と両眼のPDRを認め,2009年9月当科を紹介受診した.既往歴:DM,高脂血症があった.初診時所見:視力はVD=0.02(0.02×sph+3.0D),VS=0.4(0.8×sph.0.75D(cyl.2.0DAx75°).眼圧は右眼10mmHg,左眼12mmHg.眼底は右眼には硝子体出血と増殖膜を認めPDR,左眼は網膜しみ状出血が散在しており,FAで広範な無灌流領域を認めたため(図2:D-1,2),前増殖糖尿病網膜症と診断した.全身所見としては,身長153cm,体重92kg(BMI:39.8)で,アーモンド様眼裂の顔貌があった.染色体検査で15番染色体長腕(q11-q13)の欠失を認めた.PWSとして,①精腺機能低下,②精神発達遅滞,③肥満,④2型DM(HbA1C:11.8%,腎症IIIb期,食事療法困難)の特徴がそれぞれ認められた.臨床経過:右眼の硝子体手術を行うために,まず内科にて血糖コントロールを行い,同時に左眼の汎網膜光凝固術を開始した.2009年11月,局所麻酔下で右眼の水晶体超音波乳化吸引術+眼内レンズ挿入術+硝子体手術を施行.左眼の光凝固は十分に入り,右眼の光凝固は術中・術後合わせて合計2,156発施行した(図2:E-1,2).ところが2010年6月,右眼に血管新生緑内障を発症し,右眼の眼圧は40mmHgに上昇した.ただちに光凝固を追加して経過を観察したところ,眼圧は点眼や内服なしで15mmHgに下降し安定した.2010年10月,左眼に硝子体出血を生じたため,同年12月局所麻酔下で左眼の水晶体超音波乳化吸引術+眼内レンズ挿入術+硝子体手術を施行.以後,インスリン療法を行って血糖コントロールは良好となり,HbA1Cは5.6%で安定した.2013年5月最終診察時,矯正視力は右眼(0.3),左眼(0.2)で眼底は安定している.II考察従来,PWSの生命予後は悪く,肥満によるDM,心不全,無呼吸などのために25.30歳を超えて生存することはまれであった2).ところが近年,診断技術の向上と内科治療の進歩により,従来よりも寿命が長くなり10),糖尿病の罹患期間が延びた結果,PDRを合併する症例の割合が高くなることが予測される.PWSに特徴的な過食が誘因となった2型DMの合併頻度図2症例2D-1:初診時眼底所見.右眼)硝子体出血と増殖膜が一部みられた.左眼)網膜のしみ状出血が散在.D-2:初診時FA所見.右眼)硝子体出血と新生血管を認める.左眼)広範な無灌流領域を認める.E-1:右眼術後眼底所見.右眼)硝子体出血は残存していた.E-2:右眼術後FA所見.両眼)無灌流領域が残存しており,両眼に光凝固を追加した.D1D2E2E1 は7.75%と報告によって差がみられる1,11).その理由の一つはPWSに特徴的な過食にあると考えられている.また,PWS患者では精神発達遅滞や行動異常により,食事,運動,投薬という糖尿病血糖コントロールすべての治療法に対してのコンプライアンス不良から血糖コントロールは不良となる1,10).このような全身的な条件に加えて本人が視覚障害の症状を訴えることが少ないこと,眼科検査や治療に協力を得にくいことから,糖尿病網膜症の発見は必然的に遅れることになる.その結果,若年であってもPDRにまで進行していることがある6.9,12).今回筆者らが報告した症例においても,症例1は29歳で初めて糖尿病と診断を受け,そのときすでに左眼はPDRとなっていた.症例2も26歳で初めてDMを指摘されたが治療を中断することが多く,眼科通院も2年間完全に途絶えたため,初診時には両眼ともに網膜症を認めなかったが,再診時の右眼はPDRとなっていた.眼科治療においては,精神発達遅滞と高度の肥満のために長時間の仰臥位が困難で局所麻酔下の硝子体手術や術後の腹臥位安静,通常の方法での光凝固が困難であったという報告がある12).全身麻酔においても,短頸,小顎症などのため挿管困難や呼吸器合併症を引き起こすリスクが高い13,14).PDRに進展し,手術治療が必要となった場合,全身麻酔は身体への負担が大きくリスクが高いため,局所麻酔による治療の可能性も検討したうえで,内科や麻酔科との緊密な連携をとって手術に臨む必要がある.症例1は,検査や治療には協力的であったため,光凝固治療は外来通院中に局所点眼麻酔のみで通常どおり施行できたが,硝子体手術に要する約1時間を仰臥位安静にすることは困難であると判断した.そのため2度にわたる硝子体手術はいずれも全身麻酔にて施行した.症例2は,診察や光凝固の際に十分な協力が得られたために,硝子体手術も局所麻酔で可能と判断し,早期に硝子体手術を行うことができた.また,両症例ともに若年であったが,完全な硝子体郭清のために両眼の水晶体摘出を併用した.最終受診時の矯正視力は,症例1は右眼(0.04),左眼(0.06),症例2は右眼(0.3),左眼(0.2)であった.両者の視力予後の差は,2症例ともに網膜症の進行はそれほど大きな差がなかったことから,手術が施行できた時期が症例1では遅くなってしまったことと関連があると思われた.最終的な予後改善のためには適切な時期での手術加療が大きく影響する場合がある.症例1では糖尿病自体の発見も遅く,全身麻酔が必要であったことなど,症例2と比較して精神面で不安定であったため,速やかな加療を行いにくかった点があった.硝子体手術を要するような進行したPDRがある場合,全身麻酔を要する症例であればなおさら,担当科と連携をとって早期に手術可否の判断を行い,治療にあたる必要があると思われた.今回筆者らは両眼の硝子体手術を要するPDRを発症した(117)PWSの2例を報告した.治療によって2例とも失明を免れることはできたが,PWSは生存期間が延長してきており,PDR,ひいては失明のリスクが高まると思われる.そのため眼症状の有無にかかわらず早期から眼科を受診してもらうなどの啓発と網膜症の早期発見・早期治療に努めるべきである.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)永井敏郎:Prader-Willi症候群の自然歴.日小児会誌103:2-5,19992)山崎健太郎,新川詔夫:Prader-Willi症候群(PWS).日本臨床別冊領域別症候群シリーズ36骨格筋症候群(下巻).日本臨床社,p481-483,20013)HeredRW,RogersS,BiglanAW:OphthalmologicfeaturesofPrader-Willlisyndrome.JPediatrOphthalmolStrabismus25:145-150,19884)WangX,NoroseK,SegawaK:OcularfindinginapatientwithPrader-Willisyndrome.JpnJOphthalmol39:284289,19955)BassaliR,HoffmanWH,Tuck-MullerCMetal:Hyperlipidemia,insulin-dependentdiabetesmellitus,andrapidlyprogressivediabeticretinopathyandnephropathyinPrader-Willisyndromewithdel(15)(q11-q13).AmJGenet71:267-270,19976)渡部恵,山本香織,堀貞夫ほか:硝子体手術を施行したPrader-Willi症候群の1例.日眼会誌110:473-476,20067)板垣加奈子,斉藤昌晃,飯田知弘ほか:増殖糖尿病網膜症に至ったPrader-Willi症候群の2例.あたらしい眼科25:409-412,20088)坂本真季,坂本英久,石橋達朗ほか:糖尿病網膜症に対して観血的治療を施行したPrader-Willi症候群の1例.臨眼62:597-602,20089)堀秀行,佐藤幸裕,中島基弘:両眼局所麻酔で増殖糖尿病網膜症に対する早期硝子体手術が施行できたPrader-Willi症候群の1例.日眼会誌116:114-118,201210)堀川玲子,田中敏章:Prader-Williと糖尿病.内分泌糖尿病15:528-536,200211)児玉浩子,志賀勝秋:二次性糖尿病.小児内科34:15911595,200212)中泉敦子,清水一弘,池田恒彦ほか:Prader-Willi症候群による糖尿病網膜症に対して双眼倒像鏡用網膜光凝固術を施行した1例.眼紀58:544-548,200713)川人伸次,北畑洋,神山有史:術中気管支痙攣を起こしたPrader-Willi症候群患者の麻酔管理.麻酔44:16751679,199514)高橋晋一郎,中根正樹,村川雅洋:Prader-Willi症候群患者の麻酔経験─拘束性換気障害を呈した成人例─.日臨麻会誌22:300-302,2002あたらしい眼科Vol.32,No.2,2015289

腎移植または血液透析導入を契機に糖尿病黄斑浮腫が改善した5 症例

2015年2月28日 土曜日

《第19回日本糖尿病眼学会原著》あたらしい眼科32(2):279.285,2015c腎移植または血液透析導入を契機に糖尿病黄斑浮腫が改善した5症例石羽澤明弘*1,2長岡泰司*1横田陽匡*1高橋淳士*1南喜郎*2吉田晃敏*1*1旭川医科大学眼科学教室*2名寄市立総合病院眼科FiveCasesofImprovementinDiabeticMacularEdemaafterRenalTransplantationorCommencementofHemodialysisAkihiroIshibazawa1,2),TaijiNagaoka1),HarumasaYokota1),AtsushiTakahashi1),YoshiroMinami2)andAkitoshiYoshida1)1)DepartmentofOphthalmology,AsahikawaMedicalUniversity,2)DepartmentofOphthalmology,NayoroCityGeneralHospital目的:糖尿病性腎症による末期腎不全を合併した糖尿病黄斑浮腫(DME)が,腎移植または血液透析の導入で改善した5症例を経験したので報告する.症例:腎移植となった症例は43歳,男性.DMEに両眼トリアムシノロンTenon.下注(STTA),左眼bevacizumab硝子体注(IVB)施行したが著効せず,中心窩網膜厚(CMT)は右眼464μm,左眼394μm,小数視力は右眼(0.2),左眼(0.5)であった.生体腎移植が施行され,全身の溢水状態は改善し,体重は20kg減少した.腎移植3カ月後,CMTは右眼275μm,左眼285μmに減少し,視力は両眼(0.8)へ改善した.血液透析が導入された4例(平均年齢62.8歳)では,5眼でDMEを認めた..胞様黄斑浮腫(CME),漿液性網膜.離(SRD)をそれぞれ4眼で認めた.2眼でSTTA施行,1眼でIVB施行されたが,著効は示さず,透析導入前の平均CMTは550.8μmであった.透析導入後,平均4.6カ月で全例にDMEの改善が認められ,CME,SRDも全例で消失した.透析導入後の平均CMTは298.6μmであった.結論:腎移植や血液透析による全身溢水状態の改善が,DMEの改善にも繋がることが示唆された.Purpose:Toreport5casesofspontaneousimprovementindiabeticmacularedema(DME)afterrenaltransplantation(RT)orcommencementofhemodialysis(HD).Cases:A43-year-oldmalewithend-stagediabeticnephropathyhadDMEbilaterally.Evenaftersomeconventionalophthalmologicaltreatments,theDMEremained.AfterRT,however,theDMEwascompletelyimprovedbilaterally.Fiveeyesintheremaining4patientswithESKDalsohadDME;themeancentralmacularthickness(CMT)was550.8μmbeforeHD.AftercommencementofHD,theDMEeyeswereimprovedinallcases,andthemeanCMTwasdecreasedto298.6μm.Conclusion:ThesefindingssuggestthattheremovalofasystemicoverflowofbodilyfluidbymeansofRTorHDiscorrelatedtotheimprovementofDME.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)32(2):279.285,2015〕Keywords:糖尿病黄斑浮腫,糖尿病網膜症,糖尿病性腎症,腎移植,血液透析.diabeticmacularedema,diabeticretinopathy,diabeticnephropathy,renaltransplantation,hemodialysis.はじめに糖尿病網膜症のいずれの病期からも発症しうる糖尿病黄斑浮腫(diabeticmacularedema:DME)は,糖尿病による視力低下の重要な要因となっている.DMEの治療に関して,古典的な網膜光凝固のみならず,ステロイド薬や血管内皮増殖因子(vascularendothelialgrowthfactor:VEGF)に対する抗体療法など,薬物療法が近年試みられているが1),日常臨床において,これらの治療に抵抗するDME症例が数多く存在する.また一方で,血液透析(以下,透析)や腎移植により,眼局所の治療をせずともDMEが改善する症例があることも報告されている2.4).糖尿病性腎症による末期腎不全(end-stagekidneydisease:ESKD)は,溢水による全身浮〔別刷請求先〕石羽澤明弘:〒078-8510旭川市緑が丘東2条1丁目1-1旭川医科大学眼科学教室Reprintrequests:AkihiroIshibazawa,DepartmentofOphthalmology,AsahikawaMedicalUniversity,2-1-1-1MidorigaokaHigashi,AsahikawaHokkaido078-8150,JAPAN0910-1810/15/\100/頁/JCOPY(107)279 腫をきたすため,ESKDに合併したDMEの病態には,眼局所の内外血液網膜関門の破綻のみならず,腎機能障害による全身溢水が影響している可能性がある.実際に腎症悪化による体重増減に並行するDMEの変化も報告されている5).しかし,近年の抗VEGF療法など眼局所療法に抵抗するDMEにおいて,透析や腎移植により改善する症例が存在することを,光干渉断層計(opticalcoherencetomography:OCT)を用いて形態的かつ定量的に示した報告は,検索しえた範囲では見当たらない.今回筆者らは,腎移植または透析の導入により顕著に改善し,かつ経時的にOCTにより定量できたDMEの5症例を経験したので報告する.I症例〔症例1〕43歳,男性(腎移植著効).2007年7月,両眼の増殖糖尿病網膜症(proliferativediabeticretinopathy:PDR)にて旭川医科大学眼科(以下,当科)で汎網膜光凝固術(panretinalphotocoagulation:PRP)施行後,両眼ともに硝子体出血(vitreoushemorrhage:VH)を繰り返していた.VH消退後もDMEは残存し,OCT(RTVue-100R,Optovue社)で測定した中心窩網膜厚(centralmacularthickness:CMT)は右眼650μm,左眼629μm,小数視力(以下,視力)は右眼(0.2),左眼(0.3)であった.2008年7月左眼,9月右眼にトリアムシノロンTenon.下注(subtenontriamcinoloneacetonide:STTA),12月左眼にベバシズマブ硝子体注(intravitrealbevacizumab:IVB)を行い,短期的な効果は得たが,すぐに再発した(図1A).2009年7月,CMTは右眼553μm,左眼534μm,視力は右眼(0.4),左眼(0.2),糖尿病性腎症による低蛋白血症(血清アルブミン値2.4.2.9mg/dl)から,全身浮腫の悪化のため入院し,利尿剤投与などが行われた.両眼のCMTは減少傾向を示すも,.胞様黄斑浮腫(cysticmacularedema:CME)は残存し,2011年1月,CMTは右眼464μm,左眼394μm,視力は右眼(0.2),左眼(0.5)であった(図1A,B).推定糸球体濾過量(estimatedglomerularfiltrationrate:eGFR)は9.0mL/分/1.73m2とESKDのため,同年2月,伯父を臓器提供者とした生体腎移植が行われた.3カ月後,eGFRは46.3mL/分/1.73m2へと改善,血清アルブミン値は4.9mg/dlと低蛋白血症も解消され,溢水の改善から体重は20kg減少した.CMTは右眼275μm,左眼285μmと著明に減少し,CMEは消失,中心窩陥凹も認められた(図1C).視力は両眼ともに(0.8)まで改善した.〔症例2〕72歳,男性(頻回再発後,透析導入).2008年,近医にて両眼の白内障手術,その後PRPが施行された.左眼の遷延するDMEのため,2011年3月に当科へ紹介となった.左眼にびまん性のDMEを認め,CMTは647μm,視力は(0.08)であった.同年4月,7月にIVBを280あたらしい眼科Vol.32,No.2,2015実施し,9月にSTTAを1回行った.一時的な改善を得たが再発を繰り返し,2012年4月,左眼CMTは649μm,視力は(0.09)であった(図2A,B).eGFRは7.7mL/分/1.73m2とESKDであり,2012年6月に透析導入となった.3カ月後,左眼のCMTは273μmと著明に減少し,中心窩陥凹も認めた(図2C).しかし,視力の改善は(0.3)に留まった.〔症例3〕57歳,男性(硝子体手術後,透析導入).2004年,右眼白内障手術を近医にて施行された.2011年1月,両眼の視力低下を主訴に近医を受診し,両眼のPDRのため当科へ紹介となった.PRP後,右眼にびまん性のDMEを認め,CMTは498μm,視力は(0.9)であった.STTA後,2012年5月にVHが出現した.VHが消退しないため,同年9月に右眼硝子体手術を行った.術後,CMEを認め,CMTは510μm,視力は(0.4)であった(図3A,B).eGFRは6.8mL/分/1.73m2とESKDの進行があり,同年10月に透析導入となった.透析導入後,徐々に黄斑浮腫は改善し,4カ月で右眼CMTは296μm,視力は(1.0)まで改善した(図3C).〔症例4〕54歳,男性(白内障術後,透析導入).2008年2月,両眼のPDRにて当科でPRPを行い,中心窩近傍の毛細血管瘤に局所網膜光凝固も施行した.2009年2月に両眼の白内障手術後,DMEが悪化した.両眼ともに著明なCMEを認め,CMTは右眼529μm,左眼530μm,視力は右眼(0.2),左眼(0.4)であった(図4A,B).eGFRは12.5mL/分/1.73m2とESKDであり,同年7月に透析導入となった.6カ月後,CMTは右眼241μm,左眼291μmへ減少,視力は右眼(0.3),左眼(0.5)となり,logMAR視力換算で1段階程度の改善があった(図4C).〔症例5〕69歳,男性(透析導入のみ).2012年12月,両眼PDRに対するPRP後の遷延するDMEのため当科に紹介となった.左眼に著明な漿液性網膜.離(serousretinaldetachment:SRD)を認め,CMTは521μm,視力は(0.8)であった(図5A,B).2013年2月,eGFRは8.8mL/分/1.73m2とESKDのため,眼科的治療を行う前に透析導入となった.1カ月後,SRDは減少し,CMTは390μm,視力は(1.0)へ改善した(図5C).4カ月後にはSRDは消失した(図5D).また,中心窩下脈絡膜厚(subfovealchoroidalthickness:SCT)は,透析前395μm(図5B)であったが,透析導入後のSCTは1カ月,4カ月でそれぞれ,342μm(図5C),340μm(図5D)と減少した.症例のまとめを表1に示す.透析が導入された4例(平均年齢62.8歳)では,5眼でDMEを認めた.CME,SRDをそれぞれ4眼に認めた.2眼にSTTA施行,1眼にIVB施行されたが,著効は示さず,透析導入前の平均CMTは550.8μmであった.透析導入後,平均4.6カ月で全例に(108) L:STTAR:STTAL:IVB全身浮腫悪化で入院加療腎移植右眼:左眼:800700600500400300200中心窩網膜厚(μm)2008年07月2008年11月2009年03月2009年07月2009年11月2010年03月2010年07月2010年11月2011年03月2011年07月L:STTAR:STTAL:IVB全身浮腫悪化で入院加療腎移植右眼:左眼:800700600500400300200中心窩網膜厚(μm)2008年07月2008年11月2009年03月2009年07月2009年11月2010年03月2010年07月2010年11月2011年03月2011年07月A:中心窩網膜厚の経過右眼左眼右眼左眼B:腎移植前C:腎移植後(6カ月)図1症例1の中心窩網膜厚(CMT)の経過(A),腎移植前(B)と後(C)の眼底写真(上段),フルオレセイン蛍光造影写真(FA:後期像,中段),光干渉断層計像(OCT:水平断,下段)A:トリアムシノロンTenon.下注(STTA),ベバシズマブ硝子体注(IVB)により,一時的に改善はするが,浮腫の再発が認められた.全身浮腫悪化による入院,利尿剤投与後,中心窩網膜厚(CMT)は減少傾向を認めたが,浮腫は残存した.B:腎移植前のFAでは蜂巣状の高度な蛍光貯留を認め,OCTでは.胞様黄斑浮腫(CME)を呈している.CMTは右眼464μm,左眼394μm,視力は右眼(0.2),左眼(0.5)であった.C:腎移植から6カ月後,FAでの蛍光漏出は明らかに減少し,OCTではCMEが消失,中心窩陥凹も認めた.CMTは右眼275μm,左眼285μmで,視力は両眼ともに(0.8)まで改善した.DMEの消失が認められた.透析導入後の平均CMTはII考按298.6μm(p<0.01)と有意に改善していた(pairedt-test).糖尿病性腎症によるESKDのため透析導入となる患者は,(109)あたらしい眼科Vol.32,No.2,2015281 IVB①IVB②STTAHD導入中心窩網膜厚(左眼)(μm)800700600500400300200100011年03月11年05月11年07月11年09月12年03月12年01月12年05月12年07月12年09月11年11月IVB①IVB②STTAHD導入中心窩網膜厚(左眼)(μm)800700600500400300200100011年03月11年05月11年07月11年09月12年03月12年01月12年05月12年07月12年09月11年11月A:中心窩網膜厚の経過(左眼)B:透析導入前(OCT:水平断)C:透析導入後(3カ月)図2症例2(左眼)の中心窩網膜厚(CMT)の経過(A)と透析導入前(B)後(C)のOCT像(水平断)A:ベバシズマブ硝子体注(IVB),トリアムシノロンTenon.下注(STTA)により,一時的に改善はするが,浮腫の再発が認められた.B:透析導入前,CMEを呈し,CMTは649μm,視力は(0.09).C:透析導入3カ月後,CMEは消失,CMTは273μm,視力は(0.3)へ改善.B:透析導入前(OCT:水平断)A:透析導入前(右眼)C:透析導入後(4カ月)図3症例3(右眼)の眼底写真(A),透析導入前(B)後(C)のOCT像(水平断)A,B:硝子体手術後,CMEを認め,CMTは510μm,視力は(0.4).C:透析導入4カ月後,CMEは消失,CMTは296μm,視力は(1.0)まで改善.そのほとんどが糖尿病網膜症を有し,その50%以上が最重は透析導入となったDME患者11例22眼において,DME症型のPDRである6).しかし,透析療法が開始継続されるの鎮静化までの期間を眼底写真,蛍光眼底造影(fluoresceinことにより,1.2年で網膜症は非活動型の「燃え尽き網膜fundusangiography:FA)で判定し,DMEの軽減まで平均症」に至ることが多いと報告されている7).一方,DMEへ6.5カ月,消失までは平均14.7カ月の時間を要したと報告しの透析療法の効果を示した研究は意外にも少ない.市川ら2)た.今回,筆者らは透析および腎移植に伴うDMEの改善を282あたらしい眼科Vol.32,No.2,2015(110) 右眼左眼A:透析導入前(眼底写真)B:透析導入前(OCT:水平断)C:透析導入後(6カ月)図4症例4の眼底写真(A),透析導入前(B)後(C)のOCT像(水平断)A,B:白内障術後,CMEを認め,CMTは右眼529μm,左眼530μm,視力は右眼(0.2),左眼(0.4).C:透析導入6カ月後,CMTは右眼241μm,左眼291μmへ減少,視力は右眼(0.3),左眼(0.5)へ改善.395μmB:透析導入前342μmA:透析導入前(左眼)C:透析導入後(1カ月後)340μmD:透析導入後(4カ月後)図5症例5(左眼)の眼底写真(A),透析導入前(B)後(C,D)のOCT像(水平断)A,B:透析導入前,著明な漿液性網膜.離(SRD)を認めた.CMTは521μm,視力は(0.8)であった.中心窩下脈絡膜厚(SCT)は395μmであった.C:透析導入1カ月後,SRDは減少し,CMTは390μm,視力は(1.0)と改善.SCTは342μmへ減少.D:透析導入4カ月後,SRDは消失した.SCTは340μm.(111)あたらしい眼科Vol.32,No.2,2015283 表1症例のまとめ腎移植前腎移植後腎移植症例年齢性別eGFRR/LDMEtypeCMESRDPRPfocalPCSTTAIVB硝子体手術白内障手術CMT小数視力CMT小数視力改善までの期間症例143男9Ldiffuse+.+.+…4640.22750.83Rdiffuse+.+.++..3940.52850.83透析導入前透析導入後透析導入症例年齢性別eGFRR/LDMEtypeCMESRDPRPfocalPCSTTAIVB硝子体手術白内障手術CMT小数視力CMT小数視力改善までの期間症例272男7.7Ldiffuse+.+.++..6490.092750.33症例357男6.8Ldiffuse+++.+.++5100.429614症例453男12.5Rfocal++++…+5440.22410.36Lfocal++++…+5300.42910.56症例569男8.8Ldiffuse.++…..5210.839014平均値62.88.95550.8298.64.6(歳)(mL/分/1.73m2)(μm)(μm)(カ月)eGFR:推定糸球体濾過量(mL/分/1.73m2),diffuse:びまん性DME,focal:局所性(毛細血管瘤からの漏出による)DME,CME:.胞様黄斑浮腫,SRD:漿液性網膜.離,PRP:汎網膜光凝固,focalPC:毛細血管瘤への局所光凝固,STTA:トリアムシノロンTenon.下注,IVB:ベバシズマブ硝子体注,CMT:中心窩網膜厚(μm).OCTで経過観察し,透析導入後平均4.6カ月で浮腫の消失を確認し,CMTは平均550.8→298.6μmと有意に改善した.筆者らは透析導入後にFAを施行しておらず,血管からの漏出が消失したかどうかは定かではないが,今回OCTで観察されたDMEの消失までの期間は,市川らが報告した期間よりは短い.これは,びまん性漏出が完全に消失する前に形態が先行して正常化することを示唆しているのかもしれない.一方,症例1は,透析ではなく,腎移植による腎機能の本質的改善により,体液貯留が改善され(体重は20kg減少)眼科的局所治療なしで,DMEが消失し,視力回復に至った.(,)清水ら4)は腎移植を受けた糖尿病網膜症患者20例40眼を検討し,DMEの改善は6眼中3眼であったと報告した.この報告はOCTが導入される以前のものであり,定量的な浮腫の評価は困難であったと考えられるが,腎移植後の網膜症の予後は良好であり,視力向上例が多いと結論づけている.本症例においても,腎移植によって低蛋白血症が改善されたことにより,血漿膠質浸透圧の低下も改善され,網膜内余剰水分が除水された結果,DMEの改善に至ったと考えられる.腎機能低下に伴う溢水とDMEの関連性を強く示唆する症例と考えられた.近年,DMEの眼科的加療として,抗VEGF療法やステロイド療法が注目され,おもに眼所見(OCT所見)と治療効果については幾多の検討がなされている8).一方で,これらの治療に抵抗性を示す症例の全身状態,とくに腎機能について言及した報告は,検索しえた範囲では見当たらない.IVBやSTTAにても頻回再発をきたしていた症例2では,IVB,STTAともに一過性には効果を示すため,DMEの病態にVEGFを含めた慢性炎症が関与することに議論の余地はない.しかし,透析導入により3カ月でDMEは速やかに改善したことから,繰り返す再発の一因として,腎機能障害による全身溢水の影響があった可能性があると考えた.体重の増減に伴うDMEの増減を認めた症例も報告されており5),本症例においても体液管理の重要性が示唆され,眼科医も全身状態を十分把握し,透析導入時期を含めた内科との連携が必要であると考えられた.手術後も残存したDMEへの透析導入例(症例3,4)においては,硝子体手術による緩徐な改善効果9)や,手術侵襲による一過性の増悪からの自然回復も考えられる.柳ら10)は,硝子体手術後,透析導入により,速やかに軽快したDMEを報告しており,症例3と同様の経過をたどっている.症例4は白内障手術後のDMEの急性増悪であり,STTAなども有効であった可能性がある.しかし,眼局所治療せず,透析導入後に浮腫の消失を認めた.網膜硝子体,そして脈絡膜における炎症と透析療法の関係性は明らかではないが,術後に残存するDMEの改善にも透析導入が有効な症例があると考(112) えられた.さらに,透析導入のみでDMEが改善した症例5では,脈絡膜厚の変化も同時に観察可能であった.本症例では透析導入前に比較し,透析導入後1カ月,4カ月ではSCTは約50μm減少していた.近年,Ulasら11)は,非糖尿病性の透析患者において,単回の透析により,脈絡膜厚は透析後減少することを報告している.糖尿病患者において,透析導入前後の脈絡膜厚の変化をみた文献は筆者らの調べた限り見当たらないが,本症例では,ESKDによる全身溢水により,脈絡膜にも溢水をきたし,脈絡膜厚の増加が観察されたと考えられる.さらに脈絡膜側から漏出した水分や網膜色素上皮の排泄不全が黄斑部のSRDの発生に関与し,透析導入後,脈絡膜の溢水の解消に伴い,脈絡膜厚も減少し,SRDも消失したと推測される.他の症例では画像の質的問題から透析導入前後の脈絡膜厚を評価するのは困難であり,すべての症例で同様の機序を推定することはできないが,透析導入となった5眼中4眼が経過中SRD(+)であった.かねてより,糖尿病による血管障害は脈絡膜にも及んでいることが報告されており12),ESKDによる全身溢水は網膜血管のみならず脈絡膜も介し,上記のようなSRDの形成に関与した可能性があると考えた.腎機能と脈絡膜厚,DMEの関連性については,今後十分な症例数での検討が必要である.これらの5症例を通して,腎移植や透析導入による全身溢水の改善が,DMEの改善にも繋がることが示唆された.今後は,脈絡膜厚測定による脈絡膜の溢水改善や,低蛋白血症の改善に伴ってDMEが改善していく時間経過を,より多数例で前向きに検討していきたいと考えている.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)志村雅彦:総説糖尿病黄斑浮腫.眼科55:1525-1536,20132)市川一夫,蟹江佳穂子,吉田則彦ほか:糖尿病黄斑浮腫と透析療法.眼紀55:258-264,20043)TokuyamaT,IkedaT,SatoK:Effectsofhaemodialysisondiabeticmacularleakage.BrJOphthalmol84:13971400,20004)清水えりか,船津英陽,堀貞夫ほか:腎移植を受けた糖尿病患者の糖尿病網膜症.眼紀48:149-152,19975)宮部靖子,三澤和史,種田紳二ほか:糖尿病腎症悪化による体重増減に並行して糖尿病黄斑浮腫の増減をみた症例.眼紀58:361-368,20076)竹田宗泰,鬼原彰,相沢芙束ほか:糖尿病性網膜症に対する透析療法の影響.眼科31:849-854,19897)徳山孝展,池田誠宏,石川浩子ほか:血液透析症例における糖尿病網膜症.あたらしい眼科11:1069-1072,19948)ShimuraM,YasudaK,YasudaMetal:Visualoutcomeafterintravitrealbevacizumabdependsontheopticalcoherencetomographicpatternsofpatientswithdiffusediabeticmacularedema.Retina33:740-747,20139)HarbourJW,SmiddyWE,FlynnHWJretal:Vitrectomyfordiabeticmacularedemaassociatedwithathickenedandtautposteriorhyaloidalmembrance.AmJOphthalmol121:405-413,199610)柳昌秀,石田由美,今田昌輝ほか:硝子体手術後透析導入により軽快した糖尿病黄斑浮腫の1例.眼臨98:31-33,200411)UlasF,DoganU,KelesAetal:Evaluationofchoroidalandretinalthicknessmeasurementsusingopticalcoherencetomographyinnon-diabetichaemodialysispatients.IntOphthalmol33:533-539,201312)HidayatAA,FineBS:Diabeticchoroidopathy.Lightandelectronmicroscopicobservationsofsevencases.Ophthalmology92:512-522,1985***(113)あたらしい眼科Vol.32,No.2,2015285

糖尿病症例の眼底スクリーニング ─無散瞳デジタル眼底カメラでの検討─

2015年2月28日 土曜日

274あたらしい眼科Vol.5102,22,No.3(00)274(102)0910-1810/15/\100/頁/JCOPY《第19回日本糖尿病眼学会原著》あたらしい眼科32(2):274.278,2015c〔別刷請求先〕反保宏信:〒329-0498栃木県下野市薬師寺3311-1自治医科大学眼科学講座Reprintrequests:HironobuTampo,DepartmentofOphthalmology,JichiMedicalUniversity,3311-1Yakushiji,Shimotsuke,Tochigi329-0498,JAPAN糖尿病症例の眼底スクリーニング─無散瞳デジタル眼底カメラでの検討─反保宏信*1大河原百合子*1高橋秀徳*1牧野伸二*1佐藤幸裕*2*1自治医科大学眼科学講座*2自治医科大学糖尿病センターFundusScreeninginDiabetics─AnalysisUsingNonmydriaticDigitalFundusCamera─HironobuTampo1),YurikoOkawara1),HidenoriTakahashi1),ShinjiMakino1)andYukihiroSato2)1)DepartmentofOphthalmology,JichiMedicalUniversity,2)DepartmentofOphthalmology,JichiMedicalUniversityDiabeticCenter目的:無散瞳デジタル眼底カメラを用いた糖尿病症例の眼底スクリーニングの有用性と限界を検討した.方法:画角45°のカメラで,1眼につき1,2,4方向のカラー撮影を行った糖尿病症例492例894眼を後ろ向きに調査した.1,2,4方向の順に,網膜症なし,単純,前増殖,増殖網膜症に病期診断して比較した.結果:病期診断の一致率は,1と2方向93.1%,2と4方向98.7%,1と4方向91.7%で,2と4方向の一致率が有意に高率であった.不一致例を具体的に検討すると,4方向での単純網膜症を網膜症なし,前増殖網膜症を単純網膜症としたものが,2方向に比較し1方向で有意に高率であった.結論:1方向は2方向に比較して網膜症の見逃しや,より軽症に判定する比率が有意に高く,病期診断には適さないと考えた.一方,2方向は4方向と非常に高い一致率を示し有用だが,非常に低頻度ながら見逃しや,軽症に判定する可能性がある.Purpose:Toevaluatetheefficacyandlimitationsoffundusscreeningindiabetics,usinganon-mydriaticfun-duscamera.Methods:Weretrospectivelystudied894eyesof492casesthathadundergone1-field,2-fieldand4-fieldcolorfundusphotographyusinga45°fieldanglenon-mydriaticfunduscamera.Classificationintono,simple,preproliferativeandproliferativeretinopathywasinitiallyperformedusing1-field,then2-fieldandfinally4-fieldcolorfundusphotographs.Results:Agreementonretinopathystagesbetween1-fieldand2-fieldphotographswas93.1%.Agreementsbetween2-fieldand4-field,andbetween1-fieldand4-fieldphotographswere98.7%and91.7%,respectively.Agreementbetween2-fieldand4-fieldphotographswassignificantlyhigherthanthosebetweentheothergroups.Somecases,althoughjudgedtohavesimpleretinopathyonthebasisof4-fieldphotographs,werecategorizedintotheno-retinopathygrouponthebasisof1-fieldand2-fieldphotographs.Also,somecaseswerediagnosedashavingsimpleretinopathyonthebasisof1-fieldand2-fieldphotographs,butwerejudgedtobeinthepreproliferativestageonthebasisof4-fieldphotographs.Suchdisagreementwassignificantlyhigherfor1-fieldphotographsthanfor2-field.Conclusion:Weconcludethat1-fieldphotographsarenotsufficientforgrad-ingretinopathystages,sincetheoverlookingofretinopathyand/ortheunderestimationofretinopathyseverityweresignificantlymorefrequentwith1-fieldphotographsthanwith2-field.Incontrast,sinceretinopathystagesjudgedusing2-fieldand4-fieldphotographswereinverygoodagreement,itisappropriatetojudgeretinopathystagesusing2-fieldphotographs.However,thelimitationsof2-fieldphotographsshouldbetakenintoaccount,asthereisaslightriskofoverlookingretinopathyand/orunderestimatingitsseverity.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)32(2):274.278,2015〕Keywords:眼底スクリーニング,糖尿病症例,無散瞳眼底カメラ,糖尿病網膜症,カラー眼底写真.fundusscreening,diabeticcases,non-mydriaticfunduscamera,diabeticretinopathy,colorfundusphotography.(00)274(102)0910-1810/15/\100/頁/JCOPY《第19回日本糖尿病眼学会原著》あたらしい眼科32(2):274.278,2015c〔別刷請求先〕反保宏信:〒329-0498栃木県下野市薬師寺3311-1自治医科大学眼科学講座Reprintrequests:HironobuTampo,DepartmentofOphthalmology,JichiMedicalUniversity,3311-1Yakushiji,Shimotsuke,Tochigi329-0498,JAPAN糖尿病症例の眼底スクリーニング─無散瞳デジタル眼底カメラでの検討─反保宏信*1大河原百合子*1高橋秀徳*1牧野伸二*1佐藤幸裕*2*1自治医科大学眼科学講座*2自治医科大学糖尿病センターFundusScreeninginDiabetics─AnalysisUsingNonmydriaticDigitalFundusCamera─HironobuTampo1),YurikoOkawara1),HidenoriTakahashi1),ShinjiMakino1)andYukihiroSato2)1)DepartmentofOphthalmology,JichiMedicalUniversity,2)DepartmentofOphthalmology,JichiMedicalUniversityDiabeticCenter目的:無散瞳デジタル眼底カメラを用いた糖尿病症例の眼底スクリーニングの有用性と限界を検討した.方法:画角45°のカメラで,1眼につき1,2,4方向のカラー撮影を行った糖尿病症例492例894眼を後ろ向きに調査した.1,2,4方向の順に,網膜症なし,単純,前増殖,増殖網膜症に病期診断して比較した.結果:病期診断の一致率は,1と2方向93.1%,2と4方向98.7%,1と4方向91.7%で,2と4方向の一致率が有意に高率であった.不一致例を具体的に検討すると,4方向での単純網膜症を網膜症なし,前増殖網膜症を単純網膜症としたものが,2方向に比較し1方向で有意に高率であった.結論:1方向は2方向に比較して網膜症の見逃しや,より軽症に判定する比率が有意に高く,病期診断には適さないと考えた.一方,2方向は4方向と非常に高い一致率を示し有用だが,非常に低頻度ながら見逃しや,軽症に判定する可能性がある.Purpose:Toevaluatetheefficacyandlimitationsoffundusscreeningindiabetics,usinganon-mydriaticfun-duscamera.Methods:Weretrospectivelystudied894eyesof492casesthathadundergone1-field,2-fieldand4-fieldcolorfundusphotographyusinga45°fieldanglenon-mydriaticfunduscamera.Classificationintono,simple,preproliferativeandproliferativeretinopathywasinitiallyperformedusing1-field,then2-fieldandfinally4-fieldcolorfundusphotographs.Results:Agreementonretinopathystagesbetween1-fieldand2-fieldphotographswas93.1%.Agreementsbetween2-fieldand4-field,andbetween1-fieldand4-fieldphotographswere98.7%and91.7%,respectively.Agreementbetween2-fieldand4-fieldphotographswassignificantlyhigherthanthosebetweentheothergroups.Somecases,althoughjudgedtohavesimpleretinopathyonthebasisof4-fieldphotographs,werecategorizedintotheno-retinopathygrouponthebasisof1-fieldand2-fieldphotographs.Also,somecaseswerediagnosedashavingsimpleretinopathyonthebasisof1-fieldand2-fieldphotographs,butwerejudgedtobeinthepreproliferativestageonthebasisof4-fieldphotographs.Suchdisagreementwassignificantlyhigherfor1-fieldphotographsthanfor2-field.Conclusion:Weconcludethat1-fieldphotographsarenotsufficientforgrad-ingretinopathystages,sincetheoverlookingofretinopathyand/ortheunderestimationofretinopathyseverityweresignificantlymorefrequentwith1-fieldphotographsthanwith2-field.Incontrast,sinceretinopathystagesjudgedusing2-fieldand4-fieldphotographswereinverygoodagreement,itisappropriatetojudgeretinopathystagesusing2-fieldphotographs.However,thelimitationsof2-fieldphotographsshouldbetakenintoaccount,asthereisaslightriskofoverlookingretinopathyand/orunderestimatingitsseverity.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)32(2):274.278,2015〕Keywords:眼底スクリーニング,糖尿病症例,無散瞳眼底カメラ,糖尿病網膜症,カラー眼底写真.fundusscreening,diabeticcases,non-mydriaticfunduscamera,diabeticretinopathy,colorfundusphotography. はじめに眼底カメラを用いた糖尿病症例の眼底スクリーニングは,糖尿病網膜症(以下,網膜症)の有病率などを調査する疫学研究1.6),網膜症治療に関する無作為化比較試験7,8),網膜症の早期発見プログラム9)などさまざまな目的に用いられている.また,その実施方法も無散瞳1,2)と散瞳3.9),1.7方向撮影1.9)など多彩である(表1).筆者らは,網膜症を有する症例において,画角50°の眼底カメラを用いて行った散瞳下での4方向と9方向カラー眼底撮影の判定結果を,9方向の蛍光眼底造影の結果との対比を含めて検討し,4方向と9方向カラー撮影の病期診断はほぼ一致しており,4方向カラー撮影で十分との結果をすでに報告した10).今回は,糖尿病症例における無散瞳眼底カメラでの1,2,4方向カラー撮影の判定結果を比較し,病期診断における有用性と限界を検討した.I対象および方法対象は,自治医科大学附属病院・内分泌代謝科へ通院中の糖尿病症例で,当院の生理機能検査部において,2012年3月から2012年9月に網膜症のスクリーニング目的で,無散瞳眼底カメラによるカラー眼底撮影(以下,カラー撮影)を受けた糖尿病症例を後ろ向きに調査し,除外項目に合致しないと判定された492例894眼である.男性264例479眼,女性228例415眼,年齢は19.89歳,平均55.7±14.5歳(平均±標準偏差)であった.カラー撮影は,画角45°の無散瞳デジタル眼底カメラ(NIDEK社製AFC-230)を用い,日本糖尿病眼学会が報告した方法11)に準じて1眼につき4方向の撮影を臨床検査技師が行い,画像はハードディスクに保存された.今回の研究にあたって,ハードディスクに保存されていたそれぞれの画像はファイリングソフトを用いて2方向,4方向カラー写真として合成された(図1).判定は1名の眼底疾患専門医(YS)が行ったが,同一症例の画像を照らし合わせず,①全症例の1方向カラー画像(以下,1方向カラー),②全症例の2方向カラー合成画像(以下,2方向カラー),③全症例の4方向カラー合成画像(以下,4方向カラー)の順に準暗室においてモニター上で行い,網膜症なし(NDR),単純網膜症(SDR),前増殖網膜症(PPDR),増殖網膜症(PDR)に病期分類した.つぎに,同一症例の1,2,4方向カラーを同一モニター上に順次呼び出して比較検討した.除外項目は,①網膜光凝固が施行されているもの,②鮮明な画像が得られなかったもの,③完全な合成画像が得られなかったもの,④網膜静脈閉塞症などの糖尿病網膜症以外の眼底疾患を合併したものとした.網膜症の病期は改変Davis分類12)に基づいて判定した(表2).3個以内の小軟性白斑を認めるが,静脈の数珠状拡張や網膜内細小血管異常(IRMA)がない場合はSDRとした.IRMAの判定は異常に拡張した網膜毛細血管とした.静脈の数珠状拡張とIRMAは,EarlyTreatmentDiabeticRetinopathyStudy(ETDRS)の基準写真8)を参考にして,各所見の下限の写真を設定した(図2).なお,本研究は自治医科大学疫学研究倫理審査委員会の承認を得て行われた.II結果1.撮影条件別の病期の頻度判定された病期の頻度は894眼中,1方向ではNDRが627眼(70.1%),SDR203眼(22.7%),PPDR59眼(6.6%),PDRが5眼(0.6%),2方向ではNDRが585眼(65%),SDR231眼(25.8%),PPDR66眼(7.4%),PDR12眼(1.3%),4方向ではNDRが577眼(64.5%),SDR237眼(26.5表1目的別の撮影方法疫学研究舟形町スタディ(日本)1)画角45°・無散瞳・1方向TheMulti-ethnicStudyofAtherosclerosis(米国)2)画角45°・無散瞳・2方向TheSingaporeMalayEyeStudy(シンガポール)3)画角45°・散瞳・2方向TheLiverpooldiabeticeyestudy(英国)4)画角45°・散瞳・3方向TheBlueMountainsEyeStudy(オーストラリア)5)画角30°・散瞳・5方向†WESDR*(米国)6)画角30°・散瞳・7方向立体無作為化比較試験UKPDS(英国)**7)画角30°・散瞳・4方向††ETDRS(米国)¶8)画角30°・散瞳・7方向立体網膜症早期発見プログラムUKNSC¶¶diabeticeyescreeningprogurame9)画角45°・散瞳・2方向†:黄斑部,視神経のみ立体.††:黄斑部のみ立体.*:TheWisconsinEpidemiologicStudyofDiabeticRetinopathy.**:UnitedKingdomProspectiveDiabetesStudy.¶:EarlyTreatmentDiabeticRetinopathyStudy.¶¶:TheUKNationalScreeningCommittee.(103)あたらしい眼科Vol.32,No.2,2015275 276あたらしい眼科Vol.32,No.2,2015(104)%),PPDR66眼(7.4%),PDR14眼(1.6%)であった.病期の頻度に3群間で有意差はなかった(P=0.12,mxnc2検定,図3).2.病期診断の一致率つぎに病期診断の一致率を検討した.1方向と2方向の一致率は894眼中832眼(93.1%),2方向と4方向は894眼中882眼(98.7%),1方向と4方向は894眼中820眼(91.7%)で,3群間に有意差があり(P<0.001,mxnc2検定),2方向と4方向の一致率が有意に高率であった(P<0.017,Bonferroni法).1方向と4方向,2方向と4方向の不一致例を具体的に検討すると,4方向でSDRと判定されたものをNDRとしたものが1方向で894眼中50眼(5.6%),2方向で894眼中8眼(0.9%)あり,1方向で有意に高率であった(P<0.001,c2検定).同様にPPDRをSDRとしたものが1方向で15眼(1.7%),2方向で2眼(0.2%)あり,やはり1方向で有意に高率であった(P<0.01,Fisherの直接確率計算法).一方,PDRをPPDRやSDRとしたものが1方向で9眼(1.0%,PPDRと判定8眼,SDRと判定1眼),2方向で2眼(0.2%,PPDRと判定2眼)あったが,有意差はなかった(P=0.07,Fisherの直接確率計算法).3.不一致例の提示①4方向でSDRと判定されたものを,1方向と2方向でNDRと判定した症例:1方向と2方向では写らない上方網膜に出血を認めたため,1方向と2方向ではNDR,4方向ではSDRと判定された(図4a).②2方向と4方向でPPDRを,1方向でSDRとした症例:1方向では写らない乳頭上方に軟性白斑を認め,1方向ではSDR,2方向と4方向ではPPDRと判定された(図4b).③2方向と4方向でPDRを,1方向でSDRとした症例:1方向の範囲内にはSDR所見のみ認められたが,1方向では写らない鼻側網膜部分に新生血管を認めたため,1方向ではSDR,2方向と4方向ではPDRと判定された(図4c).III考按筆者らが所属する自治医科大学では,卒業生に9年間の地域医療が義務づけられており,勤務地には眼科医不在な地域が多い.2011年に報告されたアンケート調査13)によれば,糖尿病などによる眼底変化が診断可能と回答した卒業生は約15%と低率である.このため,無散瞳眼底カメラで撮影された画像を用いた遠隔医療による診療支援が可能であるかの予備調査として今回の検討を行った.網膜症を有する症例における散瞳下での4方向と9方向カラー撮影の判定結果を比較検討し,4方向カラー撮影で十分との結論を得たこと10)はすでに述べた.今回の検討では,図1同一眼(左眼)のカラー眼底写真a:1方向カラー眼底写真,b:2方向カラー眼底写真(合成),c:4方向カラー眼底写真(合成).acb(104)%),PPDR66眼(7.4%),PDR14眼(1.6%)であった.病期の頻度に3群間で有意差はなかった(P=0.12,mxnc2検定,図3).2.病期診断の一致率つぎに病期診断の一致率を検討した.1方向と2方向の一致率は894眼中832眼(93.1%),2方向と4方向は894眼中882眼(98.7%),1方向と4方向は894眼中820眼(91.7%)で,3群間に有意差があり(P<0.001,mxnc2検定),2方向と4方向の一致率が有意に高率であった(P<0.017,Bonferroni法).1方向と4方向,2方向と4方向の不一致例を具体的に検討すると,4方向でSDRと判定されたものをNDRとしたものが1方向で894眼中50眼(5.6%),2方向で894眼中8眼(0.9%)あり,1方向で有意に高率であった(P<0.001,c2検定).同様にPPDRをSDRとしたものが1方向で15眼(1.7%),2方向で2眼(0.2%)あり,やはり1方向で有意に高率であった(P<0.01,Fisherの直接確率計算法).一方,PDRをPPDRやSDRとしたものが1方向で9眼(1.0%,PPDRと判定8眼,SDRと判定1眼),2方向で2眼(0.2%,PPDRと判定2眼)あったが,有意差はなかった(P=0.07,Fisherの直接確率計算法).3.不一致例の提示①4方向でSDRと判定されたものを,1方向と2方向でNDRと判定した症例:1方向と2方向では写らない上方網膜に出血を認めたため,1方向と2方向ではNDR,4方向ではSDRと判定された(図4a).②2方向と4方向でPPDRを,1方向でSDRとした症例:1方向では写らない乳頭上方に軟性白斑を認め,1方向ではSDR,2方向と4方向ではPPDRと判定された(図4b).③2方向と4方向でPDRを,1方向でSDRとした症例:1方向の範囲内にはSDR所見のみ認められたが,1方向では写らない鼻側網膜部分に新生血管を認めたため,1方向ではSDR,2方向と4方向ではPDRと判定された(図4c).III考按筆者らが所属する自治医科大学では,卒業生に9年間の地域医療が義務づけられており,勤務地には眼科医不在な地域が多い.2011年に報告されたアンケート調査13)によれば,糖尿病などによる眼底変化が診断可能と回答した卒業生は約15%と低率である.このため,無散瞳眼底カメラで撮影された画像を用いた遠隔医療による診療支援が可能であるかの予備調査として今回の検討を行った.網膜症を有する症例における散瞳下での4方向と9方向カラー撮影の判定結果を比較検討し,4方向カラー撮影で十分との結論を得たこと10)はすでに述べた.今回の検討では,図1同一眼(左眼)のカラー眼底写真a:1方向カラー眼底写真,b:2方向カラー眼底写真(合成),c:4方向カラー眼底写真(合成).acb 表2改変Davis分類11)を基にした今回の病期判定基準単純網膜症:毛細血管瘤,網膜出血,硬性白斑,網膜浮腫,3個以内の小軟性白斑前増殖網膜症:軟性白斑,静脈の数珠状拡張,網膜内細小血管異常増殖網膜症:新生血管,網膜前・硝子体出血,線維血管性増殖膜,牽引性網膜.離100%90%80%70%■:増殖網膜症60%■:前増殖網膜症50%■:単純網膜症40%■:網膜症なし30%20%10%図2下限とした症例のカラー眼底写真0%1方向2方向4方向a:静脈の数珠状拡張(矢印),b:網膜内細小血管異常(矢印).図3撮影条件別の病期の頻度3群間で有意差はなかった(P=0.12,mxnc2検定).ababc図4病期判定が不一致であった症例の4方向カラー眼底写真(合成)2方向は青丸+黄丸,1方向は青丸で示す.a:4方向でSDRを,1方向と2方向でNDRとした症例(矢印:出血).b:2方向と4方向でPPDRを,1方向でSDRとした症例(矢印:軟性白斑).c:2方向と4方向でPDRを,1方向でSDRとした症例(矢印:新生血管).画角45°の無散瞳4方向カラーを,1方向および2方向カラーと比較した.その理由は,4方向カラー撮影では両眼で平均15分を要したためである(未発表データ).また,画角200°の無散瞳1方向撮影で眼底の80%以上の領域をカバーする超広角カラー撮影は,ETDRSの画角30°の散瞳・7方向立体カラー撮影と同等の結果をより短時間で得られるとの報告14)もあるが,地域診療所には高価な装置であるため,従来の画角45°の無散瞳デジタル眼底カメラで検討した.糖尿病網膜症スクリーニングでの画角45°・無散瞳1方向カラーは,大規模な住民ベース研究である舟形町研究1)に用いられている.無散瞳1,3方向と散瞳7方向カラーを比較した報告15)では,網膜症の有無は1方向でも判定可能だが,病期診断には3方向が必要と結論づけられており,1方向は簡便な方法だが病期診断には限界があると思われる.一方,画角45°・無散瞳2方向カラーは,米国のTheMulti-ethnicStudyofAtherosclerosis2)に用いられており,網膜症の有無と病期の判定が行われている.無散瞳2方向と散瞳7方向カラーを比較した報告は検索しえた範囲では見当たらない.EURODIABIDDMComplicationsStudyでは画角45°・散瞳2方向と画角30°・散瞳7方向カラーで網膜症の病期診断が比較され,高い判定一致率が得られ,散瞳2方向カラーは大規模な疫学調査に有用と結論づけられている16).今回,画角45°・無散瞳1,2,4方向カラーで比較したが,(105)あたらしい眼科Vol.32,No.2,2015277 1方向は2方向に比較して網膜症の見逃しや,PPDRをSDRと判定する比率が有意に高く,病期診断には適さないと考えた.一方,2方向は4方向と非常に高い一致率を示し,無散瞳眼底カメラで撮影された画像を用いた遠隔医療による診療支援に応用する際に,より短時間で撮影可能な2方向でも実施できる可能性が示されたと考えた.ただし,4方向でSDRと判定されたものを2方向でNDRとしたものが0.9%,同様にPPDRをSDR,PDRをPPDRとしたものが各0.2%あり,非常に低頻度ながら網膜症の見逃しや,より軽症に判定する可能性があることを十分に認識しておく必要がある.また,これらの結果から,眼底カメラで撮影された画像を遠隔医療による診療支援に用いる場合は,改変Davis分類や新福田分類の単純網膜症に止め,それ以上の病期が疑われる場合は,たとえ通院に困難を伴っても,眼科医の診察を求める必要があると思われた.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)川崎良:糖尿病網膜症─舟形町スタディ.日本の眼科79:1697-1701,20082)WongTY,KleinR,IslamAetal:Diabeticretinopathyinamulti-ethniccohortintheUnitedStates.AmJOphthalmol141:446-455,20063)FoongAW,SawSM,LooJLetal:Rationaleandmethodologyforapopulation-basedstudyofeyediseasesinMalaypeople:TheSingaporeMalayeyestudy(SiMES).OphthalmicEpidemiol14:25-35,20074)HardingSP,BroadbentDM,NeohCetal:Sensitivityandspecificityofphotographyanddirectophthalmoscopyonscreeningforsightthreateningeyedisease:theLiverpoolDiabeticEyeStudy.BMJ311:1131-1135,19955)MitchellP,SmithW,WangJJetal:PrevalenceofdiabeticretinopathyinanoldercommunityTheBlueMountainEyeStudy.Ophthalmology105:406-411,19986)KleinR,KundtsonMD,LeeKEetal:TheWisconsinEpidemiologicStudyofDiabeticRetinopathyXXII:Thetwenty-five-yearprogressionofretinopathyinpersonswithtype1diabetes.Ophthalmology115:1859-1868,20087)UKProspectiveDiabetesStudyGroup:Tightbloodpressurecontrolandriskofmacrovascularcomplicationsintype2diabetes:UKPDS38.BMJ317:703-713,19988)EarlyTreatmentDiabeticRetinopathyStudyResearchGroup:Gradingdiabeticretinopathyfromstereoscopiccolorfundusphotographs─anextensionoftheModifiedAirlieHouseClassification:ETDRSreportnumber10.Ophthalmology98:786-806,19919)GillowJT,MuirgrayJA:Thenationalscreeningcommitteereviewofdiabeticretinopathyscreening.Eye15:1-2,200110)反保宏信,大河原百合子,高橋秀徳ほか:糖尿病患者の眼底スクリーニング─散瞳4方向と9方向カラー撮影の比較─.あたらしい眼科30:1461-1465,201311)日本糖尿病眼学会糖尿病網膜症判定基準作成小委員会:薬物治療などに関する糖尿病網膜症判定基準.日本の眼科71:21-28,200012)船津英陽:糖尿病網膜症の分類について教えてください.網膜・硝子体Q&A(小椋祐一郎,山下英俊・編).あたらしい眼科19(臨増):35-37,200213)神田健史,梶井英治,桃井眞里子:自治医大からの地域医療に対する提言─自治医大の実績から見えてくる地域医療に求められる医師像.日本医事新報4573:29-33,201114)SilvaPS,CavalleranoJD,SunJKetal:Nonmydriaticultrawidefieldretinalimagingcomparedwithdilatedstandard7-field35-mmphotographyandretinalspecialistexaminationforevaluationofdiabeticretinopathy.AmJOphthalmol154:549-559,201215)VujosevicS,BenettiE,MassignanFetal:Screeningfordiabeticretinopathy:1and3nonmydriatic45-degreedigitalfundusphotographsvs7standardEarlyTreatmentDiabeticRetinopathyStudyfield.AmJOphthalmol148:111-118,200916)AldingtonSJ,KohnerEM,MeuerSetal:Methodologyforretinalphotographyandassessmentofdiabeticretinopathy:theEURODIABIDDMComplicationsStudy.Diabetologia38:437-444,1995***(106)

眼科単科病院を受診する糖尿病患者実態調査

2015年2月28日 土曜日

《第19回日本糖尿病眼学会原著》あたらしい眼科32(2):269.273,2015c眼科単科病院を受診する糖尿病患者実態調査吉崎美香*1中井剛*1栗原恭子*1安田万佐子*1大須賀敦子*1藤谷欣也*1荒井桂子*1大音清香*2井上賢治*2堀貞夫*1*1西葛西・井上眼科病院*2井上眼科病院QuestionnaireSurveyonPatientAwarenessofDiabeticRetinopathyConductedatanEyeHospitalMikayoshizaki1),TakeshiNakai1),KyokoKurihara1),MasakoYasuda1),AtsukoOosuga1),KinyaFujitani1),KeikoArai1),KiyokaOhne2),KenjiInoue2)andSadaoHori1)1)NishikasaiInoueEyeHospital2)InoueEyeHospital目的:眼科単科病院において糖尿病患者の失明予防対策として患者の実態調査を行い,コメディカルがチーム医療に貢献できることは何かを検討した.対象および方法:2012年9月.2013年3月までの半年間に当院を受診し,同意の得られた糖尿病患者847名に22項目について看護師によるアンケートの聞き取り調査を行い,医師による眼底検査で診断された網膜症病期と比較した.この調査は井上眼科病院倫理委員会の承認を得て実施した.結果:6年以上の糖尿病歴をもつ人が74.3%と多く,96.3%が内科に定期的に通院し,1年以上中断した患者は比較的少なく,眼科に定期的に通院している患者は86.1%と内科通院に比べて低かった.眼合併症の詳しい知識をもつ患者は全体の24.4%と少なかった.自分の網膜症レベルを知っていると回答した患者は131名(15.5%)でほとんどの人が知らなかった.医師の眼底所見による網膜症病期分類は,網膜症なし36.4%,単純網膜症31.9%,増殖前網膜症5.9%,増殖網膜症25.4%であった.自分の網膜症レベルを知っていると回答した患者は131名のうち,正確に回答できた患者は84名(64.1%)であった.結論:糖尿病網膜症に関する知識をもつこと,自分の眼の病状を知ることが糖尿病網膜症による失明を予防するのに重要であるが,眼科単科病院では大学病院と比較して糖尿病に関する知識・認識ともに低かった.糖尿病網膜症の早期発見には,眼科医・内科医の連携が必要であり,患者の診療放置・中断をいかに防ぐかが大切である.眼科コメディカルとして,患者教育の介入,糖尿病連携手帳や糖尿病眼手帳の普及への働きかけが重要である.Purpose:Toinvestigatehowco-medicalstaffinterveneinteamtherapyfordiabeticpatientsbyassessingeachpatient’slevelofawarenessandunderstandingofdiabeticretinopathy(DR)throughanoralquestionnairesurveyinordertopreventblindness.SubjectsandMethods:Anoralquestionnairesurveywasconductedof847consecutivediabeticpatientswhovisitedoureyehospitalbetweenSeptember2012andMarch2013.Thesurveyconsistedofquestionson22itemsthatwereansweredbyeachpatientdirectlytonursesorclinicalassistants.Anophthalmologistexaminedbothfundiofeachpatientbyuseofanophthalmoscope,andtheretinopathystagewasthenjudgedonthemoresevereeye.Results:Mostofthepatientshadsufferedfromdiabetesforalongperiodoftime,and96.3%periodicallyvisitinganinternistwithrarelymorethan1yearbetweenvisits.Incontrast,86.1%periodicallyvisitedanophthalmologist.Lessthan24.4%ofthepatientsrespondedknowledgeablyastomeaningofDR,andalittlemorethanhalf(56.2%)ofthepatientshadreceivedDR-relatedinformationfromtheirdoctors.ThenumberofpatientswhoansweredtoknowtheirDRstagewas131(15.5%),andmostpatientsdidnotknowtheseverityoftheirDR.TheDRstageasassessedbyophthalmoscopywasasfollows:noDR:36.4%;simpleDR:31.9%;pre-proliferativeDR:5.9%;andproliferativeDR:25.4%.TheratioofpatientswhoexactlyknewtheirDRstagewas84of131patients(64.1%).Conclusion:InordertopreventblindnesscausedbyDR,itiscriticalforthepatientstounderstandDRandtheirownstageofthedisease.However,thepatientssurveyedinoureyehospitalwerefoundtobelessknowledgeableaboutDRandtheirrespectivestageofthediseasethanthosesurveyedatotheruniversity-affiliatedhospitals.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)32(2):269.273,2015〕〔別刷請求先〕吉崎美香:〒134-0088東京都江戸川区西葛西5丁目4.9西葛西・井上眼科病院Reprintrequests:MikaYoshizaki,NishikasaiInouyeEyeHospital,5-4-9Nishikasai,Edogawa-ku,Tokyo134-0088,JAPAN0910-1810/15/\100/頁/JCOPY(97)269 Keywords:糖尿病網膜症,知識,実態調査,患者教育,失明予防.diabeticretinopathy,awareness,questionnairesurvey,education,blindness.はじめに糖尿病網膜症(以下,網膜症)の発症・進展予防には眼科・内科の連携と,患者自身の定期的な受診・病識が必要であると考えられる.地域密着型眼科単科の中核病院である西葛西・井上眼科病院(以下,当院)では,糖尿病の患者も多く,緊急を要する場合,内科での糖尿病のコントロール状況が把握できない状況下でも手術をしなくてはいけない場合がある.このような状況のなか,眼底検査をして初めて糖尿病と判明する患者や,術前検査で糖尿病が見つかる患者もおり,治療に当たり予期しない全身合併症を発症する場合もある.そこで筆者ら看護師・視能訓練士・薬剤師・管理栄養士は,コメディカルとしてチーム医療に貢献することを目的とし,その準備として,当院を受診する糖尿病患者のアンケートによる実態調査を実施したので報告する.I対象および方法対象:2012年9月10日.2013年3月9日までの半年間に当院を受診した糖尿病患者でアンケート調査の同意を得ることのできた847名(男性508名,女性339名)で,平均年齢は65.5±20.5(平均±標準偏差)歳.方法:看護師による聞き取りアンケート調査結果と,医師の眼底検査による網膜症病期診断を比較した.調査は井上眼科病院倫理委員会の承認を得て実施した.調査項目:眼合併症に対する質問11項目と内科の治療に関する11項目(図1).各質問項目を患者に聞き,回答欄に看護師が○を付け,後に集計を行った.西葛西・井上眼科病院糖尿病患者実態調査平成年月日記載者()ID氏名年齢男・女職業担当医家族構成(独居・同居)(初診・再診)I.糖尿病による眼の合併症に関する質問1.当院を最初に受診されたきっかけ(動機)は何ですか?2.糖尿病で診てもらっている内科の医師から「糖尿病と眼の病気」についての説明を聞いたことがありますか?3.糖尿病が原因で眼が悪くなる事を知っていましたか?4.「知っていた」と答えた方は,糖尿病から眼が悪くなることをどのようにして知りましたか?5.糖尿病と診断されてからこれまでに眼の検査や治療を受けたことがありますか?6.「受けたことがある」と答えた方は,眼の検査や治療を受けたきっかけは何ですか?7.「受けたことがある」と答えた方は,眼の検査や治療を受けたのは糖尿病と分かってからどの位ですか?8.糖尿病網膜症は,無網膜症・単純網膜症・増殖前網膜症・増殖網膜症に分かれますが,現在どの段階か知っていますか?9.糖尿病が原因で眼が悪くなることに対して,不安や心配がありますか?10.今後,糖尿病が原因で眼が悪くならないようにするにはどのような事をしたらよいと思いますか?11.当院で合併症について相談できる場があれば利用したいと思いますか?II.糖尿病治療に関する質問12.糖尿病又は血糖値が高いといわれてどの位になりますか?13.糖尿病の治療を1年以上の間放置してしまった事はありますか?14.今まで糖尿病が原因で入院した事がありますか?15.糖尿病手帳を診察の時に持っていきますか?16.内科の定期検診はどのようにしていますか?17.食事療法と運動療法についてお聞きします1)食事療法をしていますか?2)運動療法をしていますか?18.今までに栄養指導を受けたことがありますか?19.当院でも栄養指導を実施しています.希望しますか?20.薬物療法を行っていますか?21.「はい」の方は医師の指示通りに行えていると思いますか?22.ご自分の血糖コントロールはできていると思いますか?図1アンケート用紙270あたらしい眼科Vol.32,No.2,2015(98) II結果1.眼合併症に関する質問1)当院を受診した動機では,内科医や眼科医からの紹介の患者が45.3%,視機能低下の自覚があったが28.5%,合併症が心配だから8.1%がおもな理由であった(表1).2)糖尿病と眼合併症の関連については,糖尿病から眼が悪くなることを知らない・詳しくは知らないとの回答が75.6%と,ほとんどの患者が糖尿病合併症についての知識がなかった(表2).詳しく知っていたと回答した患者がどのようにして悪くなることを知ったのか?に対しては,内科や眼科の主治医からや糖尿病教室に参加したとの回答が56.3%であった(表3).3)糖尿病と診断されてからこれまでに眼科の検査や手術を受けたことがあり,現在も通院を継続している患者は86.1%,眼科の検査を受けたことがなかった患者は7.9%みられた(表4).4)糖尿病と診断されてから眼の検査を受けるまでの期間は,1年以内28.3%,6年以上経過してから受診したのは35.7%で,眼科を受診し初めて糖尿病と判明した患者は6.0%みられた(表5).2.内科の治療に関する質問1)糖尿病罹病期間では,6年以上の人がほとんどで74.3表1当院を受診したきっかけは何ですか?内科からの紹介157人18.5%眼科からの紹介22726.8見えにくいと感じたから24128.5糖尿病合併症が心配698.1健康診断で異常を指摘435.1その他11013.0表3「詳しく知っていた」と回答した207人に対して:糖尿病から眼が悪くなることをどのようにして知りましたか?(複数回答)内科医から聞いた93人39.4%眼科医から聞いた3213.6糖尿病教室に参加した83.4メディアで知った7029.7友人・知人から聞いた145.9家族から聞いた104.2その他93.8%,そのなかでも11.20年くらいの人がもっとも多かった(表6).2)内科の通院に関しては,96.3%は定期的に通院していて,79.7%の患者は糖尿病の治療を中断したことがなかった(表7,8).3.眼底検査の所見今回の対象者847名の眼底検査による病期分類は,網膜症なし36.4%,単純網膜症31.9%,増殖前網膜症5.9%,増殖網膜症25.4%であった(表9).自分の網膜症レベルを知っていると回答した患者は131名15.5%であった.知っていると回答した患者の詳細は,網膜症なし61.1%,単純網膜症13.4%,増殖前網膜症6.1%,増殖網膜症19.8%であった.これらの患者の医師による眼底所見では,網膜症なし42.7%,単純網膜症26.7%,増殖前網膜症6.1%,増殖網膜症24.4%であった(表10,11).このうち網膜症がないと回答した患者80人の眼底検査の病期は,網膜症なし67.5%,単純網膜症25.0%,増殖前網膜症2.5%,増殖網膜症5.0%であった(表12).また,自分の病期を知らない患者は716名で,網膜症の病期分類は847名の全体の分布とほぼ同じであった(表13).また,糖尿病手帳(糖尿病連携手帳・糖尿病眼手帳含む)を持っていた患者は全体の56.3%で,診察時に手帳を持参していたのは全体の43.0%であった(表14,15).表2糖尿病が原因で眼が悪くなることを知っていましたか?詳しく知っていた207人24.4%知っていたが詳しくは知らない54964.8知らない9110.7表4糖尿病と診断されてからこれまでに眼の検査や治療を受けたことがありますか?受けたことがあり現在も通院中729人86.1%受けたことはあるが現在通院していない516.0受けたことがない677.9表5眼の検査や治療を「受けたことがある」と回答した患者に対して:検査や治療を受けたのは糖尿病とわかってどのくらいですか?糖尿病ではない41人5.3%糖尿病かどうかまだわからない283.61年以内22128.32.5年くらい16220.86.10年くらい15620.011.20年くらい8410.821年以上384.9眼科受診してわかった476.0覚えていない3(99)あたらしい眼科Vol.32,No.2,2015271 表6糖尿病または血糖値が高いといわれてどのくらいになりますか?糖尿病ではない・まだわからない4人0.5%1年以内435.12.5年くらい17120.26.10年くらい19422.911.20年くらい27132.021年以上16419.4表8糖尿病の治療を1年以上放置したことがありますか?ない675人79.7%ある17220.3表10糖尿病網膜症は無網膜症・単純網膜症・増殖前網膜症・増殖網膜症に分かれますがどの段階か知っていますか?知っている131人15.5%知らない71684.5表12網膜症がないと回答した患者80名の所見網膜症レベル医師の所見網膜症なし単純網膜症増殖前網膜症増殖網膜症54人202467.5%25.02.55.0表14糖尿病手帳を持っていますか?持っている477人56.3%持っていない37043.7III考按中村ら6)の報告では,東京女子医科大学糖尿病センターの内科(以下,大学病院)を受診した糖尿病患者の実態調査で,糖尿病罹病期間は,11.20年が32.2%,6.10年26.2%,2.5年19.2%と述べている.眼科単科の地域病院である当院を受診した患者の罹病期間も11.20年32.0%,6.10年22.9%,2.5年20.2%とほぼ同等の割合であった.眼合併症に対する知識としては,大学病院では「詳しく知っている」と回答した患者は54.4%に対して,当院の患者は24.4%,「詳しく知らない・または知らない」患者は大学病院では15.7%に対し,当院の患者では75.6%と大学病院の内科・眼科の連携の取れている病院を受診する患者と眼科単科の中核病院を受診する患者には眼合併症に対する知識に差がみられた.272あたらしい眼科Vol.32,No.2,2015表7内科の定期検診はどのようにしていますか?症状がなくても通院816人96.3%都合がつけば通院80.9症状があれば受診151.8症状があっても受診しない10その他70.8表9アンケート調査を実施した847名に対する医師による眼底所見網膜症なし308人36.4%単純網膜症27031.9増殖前網膜症505.9増殖網膜症21525.4不明40.5表11網膜症レベルを知っていると回答した患者131名の所見網膜症レベル患者の申告医師の所見網膜症なし80人61.1%56人42.7%単純網膜症1713.43526.7増殖前網膜症86.186.1増殖網膜症2619.83224.4表13自分の網膜症レベルを知らないと回答した716名の医師による眼底所見網膜症なし252人35.2%単純網膜症23532.8増殖前網膜症425.9増殖網膜症18325.6不明40.6表15糖尿病手帳を持っている患者が診察時持参するか持参する364人76.3%持参しない11323.7また,眼科受診理由として「内科の主治医に勧められた」が,大学病院では66.4%,当院では18.5%,「眼の具合が悪いから」が大学病院では13.9%,当院では28.5%,「眼が悪くなることを知ったから(合併症が心配だから)」が大学病院では8.7%,当院では8.1%,「検診で異常を指摘された」が大学病院では2.8%,当院では5.1%,眼科からの紹介が当院では26.8%にみられた.内科・眼科併設の大学病院と,眼科単科の地域病院を受診する患者の動機には大きな違いがみられた.大学病院の糖尿病専門医のいる内科を受診した患者は,内科医より眼科受診を勧められており,眼合併症に対する教育もきちんとされているが,当院を受診する患者は,眼科から(100) の紹介患者が26.8%を占めており,眼科を受診し初めて糖尿病と判明した患者が6.0%みられることから,定期的に健康診断を受けていないか,糖尿病専門医にかかっていない,また内科医より眼科への通院の必要性の説明を受けていないか,聞いていても受診しない患者が多いのではないかと推測される.眼科通院歴に関しては,大学病院では「眼科受診歴があり現在も通院している」が61.8%,当院では86.1%,「通院歴があるが現在は通院していない」が大学病院では33.1%,当院では6.0%,「眼科受診したことがない」が大学病院では4.5%,当院では7.9%であった.当院を受診する患者は,大学病院の患者に比べ眼科に定期的に通院してはいるが,内科受診に関しては96.3%の患者が内科に定期的に通院しており,79.7%の患者が内科通院を1年以上中断したことがなかった結果と比較すると,当院の患者は眼科に定期的に通院しているのは86.1%と眼科通院に対する認識が内科通院に比べて低いと思われた.これは,内科は薬の処方があり,治療をしなくてはいけないという患者の認識があるが,眼科は自覚症状がなければ,自分は大丈夫という思いがあるのではないか,また網膜症の詳しい知識がないのではないかと推測される.眼科通院に対する必要性の教育が重要と思われる.また,当院の患者の眼科的知識としては,網膜症レベルを正確に知っている患者は少なく,自分には網膜症がないと思っている患者の32.5%に網膜症がみられ,眼底所見と患者の認識に差がみられた.認識の違いから今後,診察の放置・中断の原因につながる可能性が危惧される結果であった.また,糖尿病手帳を持っている患者は56.3%と少なく,そのうち23.7%の患者は診察時に手帳を持参していないことがわかった.手帳を診察時に持参していたのは全体の43.0%しかいなかった.大学病院の内科・眼科併設の糖尿病専門病院と眼科単科の地域病院を比較してみると,糖尿病に関する知識,認識ともに低い印象を受ける結果であった.これは,専門病院の内科できちんとした糖尿病教育を受けた大学病院の患者と,糖尿病専門医に受診していない場合もある当院の患者とでは,糖尿病に関する患者教育に違いがあるのではないかと推測される.今後治療・診察の放置中断を予防し,患者の糖尿病による眼合併症の認識を高める意味からも,コメディカルによる内科・眼科との連携の必要性や,糖尿病手帳の普及による患者教育の働きかけが重要と考える.コメディカルが協力し,糖尿病眼手帳の普及,糖尿病眼手帳を活用し,医師と協力し網膜症についての教育・定期的な眼科受診の必要性の説明などを実施していく予定である.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)若江美千子,福島夕子,大塚博美ほか:眼科外来に通院する糖尿病患者の認識調査.眼紀51:302-307,20002)菅原岳史,金子能人:岩手糖尿病合併症研究会のトライアル2.眼紀55:197-201,20043)小林厚子,岡部順子,鈴木久美子:内科糖尿病外来患者の眼科受診実態調査.日本糖尿病眼学会誌8:83-85,20034)船津英陽,宮川高一,福田敏雄ほか:糖尿病眼手帳.眼紀56:242-246,20055)中泉知子,善本三和子,加藤聡:患者の意識改革を目指す糖尿病教育の方向性について─患者アンケート調査から─.あたらしい眼科28:113-117,20116)中村新子,船津英陽,清水えりかほか:内科外来通院の糖尿病患者における意識調査.日眼会誌107:88-93,2003***(101)あたらしい眼科Vol.32,No.2,2015273

My boom 37.

2015年2月28日 土曜日

監修=大橋裕一連載.MyboomMyboom第37回「寺田佳子」本連載「Myboom」は,リレー形式で,全国の眼科医の臨床やプライベートにおけるこだわりを紹介するコーナーです.その先生の意外な側面を垣間見ることができるかも知れません.目標は,全都道府県の眼科医を紹介形式でつなげる!?です.●は掲載済を示す(●は複数回)連載.MyboomMyboom第37回「寺田佳子」本連載「Myboom」は,リレー形式で,全国の眼科医の臨床やプライベートにおけるこだわりを紹介するコーナーです.その先生の意外な側面を垣間見ることができるかも知れません.目標は,全都道府県の眼科医を紹介形式でつなげる!?です.●は掲載済を示す(●は複数回)自己紹介寺田佳子(てらだ・よしこ)広島市立広島市民病院眼科私は1994年に岡山大学を卒業し,母校の眼科に入局しました.関連病院での研修後に大学院へ進学,神経解剖学教室(当時)にもお世話になり,「実験」をかじり始めました.その後,2000年から2年間,ボストンのMassachusettsEye&EarInfirmaryのJoanWMiller先生の下で脈絡膜新生血管の動物モデルやPDTなどの仕事に携る機会をいただきました.臨床的には大学院時代から白神史雄先生の下で黄斑部疾患の診療を始め,現在に至っています.残念ながら,米国滞在中に自分がいかに「creativeかつuniqueでない」か気づいてしまいました.現在は広島でどっぷり臨床と教育にいそしむ毎日です.眼科のmyboom:「四十の手習い」さて,プロフィールでも書いたとおり,大学院の頃から黄斑疾患の診療を始め,今でもこれが自分の中ではもっとも興味のあることです.当時はSLOでのICG造影を安定して行うことが現在よりやや困難であり,被験者の方に何度もお願いしながら時間をかけて行っていました.造影のビデオ(これだけでなんだか前時代的ですね)をコマ送りしながら栄養血管を探し,見つかれば栄養血管凝固,しかし圧倒的多数ではそんなものははっきりせず,中心窩下に新生血管を見つけるとその後には絶望的な外来が待っていました.時代は進み,現在は抗VEGF療法花盛りとなりました.画像診断も発達し,(89)0910-1810/15/\100/頁/JCOPY再生治療も現実的になりつつあるなど以前とはうって変わった外来診療になったと思います.OCTなどから得られる情報は大量かつ繊細ですが,ついつい画像に頼ってしまい眼底を見ることがおざなりになってしまい,反省しきりです.まぶしがる患者さんと根競べのように眼底を観察することがかなり減ってきましたが,今一度眼底をしっかり見ることを心がけるようにしています.が,だんだんどれが本当に「何もない」黄斑なのかわからない気がしてきました.日々の外来では治験のようにきっちりした治療スケジュールを実践することはむずかしいし,もしかしたら必要ないのかもしれません.しかし,そうするとデータがとれず,これがちょっとジレンマです.というわけで,これまで私の外来はかなり患者平均年齢が高かったのですが,ここ5年ほどすさまじく平均年齢が下がり,ドラ○もんやアン○ンマンと一緒に診療をしています.というのも,当院は広島医療圏では最大級の周産期母子医療センターを有しており,小児循環器,小児外科,形成外科などもあるため,いわゆる小児病院ではありませんが,眼科にもたくさんの子供たちがやってくるからです.小児を得意としていた同僚が退職して以来,私も実にさまざまな子供たちをみる機会を得ることになりました.本来ならば不惑の40代を過ごす予定が四十の手習い(正しくは「六十の手習い」で,三十や四十ではまだまだ若造なのです!)が始まったのです.とくに未熟児診療はこれまで超低出生体重児が日常的にいる病院に勤務しなかったこともあり,最初は手探りでした.患者さんに迷惑をかけるわけにもいかず,まさにこの点では研修医になった気分でもう一度勉強を始めました.いつも,命の危険が減った頃に視覚についての少し厳しい話をご家族にしないといけないのが心苦しいところです.複雑な子供の手術を手がけるにはまだ道のりあたらしい眼科Vol.32,No.2,2015261 写真2私の手のひらに乗せた3尾の小鰯手袋のサイズは6です.写真3まさに食べられる前の小鰯一体何尾が犠牲になったのかわかりません.写真1診察グッズドラ○もんやアン○ンマンと「黄斑変性チェックシート」が並んでいます.は遠いですが,できる限りの医療を広島の子供たちに提供できるように,もう少し頑張ってみたいと思っています.家でのmyboom:「ヒカリモノ」私のお気にいりは「ヒカリモノ」です.というと,ちょっとゴージャスな生活を想像されるかもしれません.私の好きなヒカリモノは,貴金属ではなく,アジやイワシなどのいわゆる「青魚」です.元々広島の出身で,その後の生活も岡山,香川と瀬戸内ばかり.ちなみにボストンも海沿いであり,常に魚が生活の中にありました.手術前の患者さんにアレレルギーの問診をすると,結構な確率で「サバで蕁麻疹が出ました」「青魚は食べられません」と答えられます.これを聞くと,こっそり心の中で「残念ね」と思ってしまいます.DHAやEPAもたっぷりです.釣りが趣味というわけではなく,もっぱら食べる専門です.美味しくいただけるお店の紹介は他にお願いするとして,魚さえ手に入れば家でも結構いろいろできます.広島といえば小鰯.天麩羅も格別ですが,このあたりでは小鰯を刺身にします.8~10cm程度の小さなカタクチイワシ(Engraulisjaponicus,カタクチイワシ科)を刺身にしたもので,たっぷりの青ネギと生姜醤油で食べるとご飯もお酒も進みます(ちなみに,マイワシ(Sardinopsmelanostictus)も美味です262あたらしい眼科Vol.32,No.2,2015が,こちらはニシン科です).小さい魚で足がとてもはやいのが難点ですが,新鮮な小鰯があれば誰でも簡単に調理できるので興味のある方にはお勧めです.ティースプーンで身をこそげ,しっかり水で洗います.「小鰯は7回洗えば鯛の味」とこのあたりでは教えられます.冬は手が凍りそうになりますが,これを頑張ると料亭の味(見た目は保障できません…)に近づけます.もう一つ,最近の興味は魚を酢で〆ることです.最初に塩をすると思い込んでいましたが,適度に脱水できればよいわけですから,サバなど素人には砂糖を使うほうが失敗がありません.季節や脂のノリ具合で酢の種類や濃度,〆る時間も変えたほうが上手くいくようです.でも,実験ノートはつけていないので,なかなか同じ味が再現できません….こんな話をしていると,魚をさばくのは大変ではないか,といわれますが,大丈夫ですよ.魚は痛いとか言いませんし,自分のペースでやれば良いのですから.今回はあまり学問的な内容にならずすみません.次のプレゼンターは,私が心から尊敬する筑波大学の加治優一先生です.ボストン滞在中に知り合いました.眼科臨床のみならず多角的に研究を進めておられ,いつも眼鏡の奥の瞳がきらきらしている先生です.きっと研究の魅力満載なお話が読めると思います.どうぞよろしくお願いいたします.注)「Myboom」は和製英語であり,正しくは「Myobsession」と表現します.ただ,国内で広く使われているため,本誌ではこの言葉を採用しています.(90)

硝子体手術のワンポイントアドバイス 141.広範な増殖膜を伴う増殖糖尿病網膜症に対する硝子体手術(上級編)

2015年2月28日 土曜日

硝子体手術のワンポイントアドバイス●連載141141広範な増殖膜を伴う増殖糖尿病網膜症に対する硝子体手術(上級編)池田恒彦大阪医科大学眼科●はじめに光凝固療法の普及により,硝子体手術の適応になる増殖糖尿病網膜症例は一昔前に比べると軽症化しているが,今でも増殖膜が眼底の広範囲を覆うような重症例に遭遇することがある.Wideviewingsystemとmicro-incisionvitrectomysurgery(MIVS)の普及により,双手法が容易に施行できるようになり,このような重症例でも以前よりはかなり楽に手術が施行できるようになってきた.しかし,後部硝子体が最周辺部まで未.離かつ癒着が強固な症例は,今でも難治であることに変わりはない.●広範な増殖膜を有する症例に対する増殖膜処理法まず後極の増殖膜に硝子体カッターでwindowを作成し(図1),その後,周辺部に向かって増殖膜を切除していく(図2).一昔前の膜処理の方法としてはmembranesegmentationとmembranedelaminationを適宜併用しながら一手法で行うことが多かったが,最近では双手法による膜処理が一般化している.硝子体カッターも先端が細いので,スパーテルのような感覚で比較的容易に網膜と増殖膜の間に挿入することができる(図3).硝子体鑷子で増殖膜を適宜めくりながら新生血管の茎状の癒着部位(epicenter)を確認し,硝子体カッターでepicenterを切断しながら増殖膜切除を進めると,比較的短時間で膜処理を行うことができる.しかし,硝子体鑷子で増殖膜を牽引しすぎると,医原性裂孔形成,新生血管からの破綻性出血,術中の胞状網膜.離などの合併症をきたすリスクが増加するので,あくまでも牽引は最小限にとどめるべきである.また,膜処理を硝子体カッターのみに頼り過ぎると,誤って網膜切除などの合併症をきたすこともあるので,癒着の強固な部位は硝子体剪(87)0910-1810/15/\100/頁/JCOPY図1後極部の膜処理増殖膜に硝子体カッターでwindowを作製する.図2双手法による膜処理硝子体鑷子と硝子体カッターで膜処理を進める.図3中間周辺部の膜処理MIVSでは硝子体カッターの先端が細いので,スパーテルのような感覚で比較的容易に網膜と増殖膜の間に挿入するこきができる.図4液体パーフルオロカーボン注入後の眼内光凝固最後に液体パーフルオロカーボンで網膜を伸展して,眼内光凝固により確実に医原性裂孔を閉鎖する.刀を適宜使用すべきである.●最周辺部の増殖膜処理法増殖糖尿病網膜症の増殖膜は通常は後極から中間周辺部までに認められることが多いが,まれに鋸状縁近くまでびっしりと増殖膜に覆われている症例がある.このような例では,膜処理の際,周辺部の視認性の確保に苦労する.Wideviewingsystemを適宜用い,硝子体鑷子で増殖膜の一端を把持しながら,硝子体カッターあるいは硝子体剪刀で一歩ずつ丁寧に周辺部に向かって膜処理を進めるしかない.このような症例では,慎重に膜処理を行っても医原性裂孔を形成する頻度は高く,最後に液体パーフルオロカーボンで網膜を伸展して,眼内光凝固により確実に医原性裂孔を閉鎖する必要がある(図4).あたらしい眼科Vol.32,No.2,2015259

眼科医のための先端医療 170.Schlemm管はリンパ管である

2015年2月28日 土曜日

監修=坂本泰二◆シリーズ第170回◆眼科医のための先端医療山下英俊Schlemm管はリンパ管である中尾新太郎(九州大学眼科)はじめに最近,「Schlemm管はリンパ管である」という趣旨の論文が数篇発表されたので,紹介したいと思います1~3).正確に言えば「Schlemm管はリンパ管様の管腔である」という趣旨です.リンパ管眼科医にとってリンパ管はあまり馴染みのないものです.しかし,リンパ管は血管に併走し,われわれの体中で日本列島における道路網のように張り巡らされています.リンパ管は,もともと血管が閉鎖循環系になって初めて発達してきた器官です.つまり,完全な閉鎖循環系は血圧を生むことにより,体内の隅々まで酸素と栄養を送ることができるしくみです.それに伴い,リンパ管は血管から漏出した物質や細胞を再循環させる必要性に応じて発達した系と考えられます.しかし,一部例外があります.脳などは血管が豊富にあるにもかかわらず,リンパ管は存在しないことが知られています.眼も特殊な器官の一つです.角膜は無血管,無リンパ管組織ですし,網膜・脈絡膜は血管が豊富にもかかわらずリンパ管はないとされています.一方,皮膚と同様に結膜はリンパ管が豊富な組織です.その他,角膜輪部,毛様体,涙腺での存在が報告されています4,5).また,疾患へのつながりでは,角膜移植における拒絶反応に血管新生よりリンパ管が重要であるなどの報告もあります5).リンパ管研究は血管研究に遅れを取ってきました.血管が赤血球という色素を有する血球を含むのに対して,リンパ管は赤血球を含まないことから肉眼では観察されなかったこともリンパ管研究が遅れてきた要因です.しかし,近年リンパ管のマーカーや分子メカニズムが解明され,その発達や病態への関与が急速にわかってきました.われわれ眼科医にとってVEGF-Aが重要である血管新生は馴染み深いものになりましたが,リンパ管も一定の条件下ではリンパ管新生が生じ,そのメカニズムにVEGFのファミリーであるVEGF-CとVEGF-Dが重要であることがわかっています.また,リンパ管の発生はPROX1という転写因子の発現により静脈から分化することが解明されています.Schlemm管とリンパ管の類似性房水流出路には経Schlemm管房水流出路と経ぶどう膜強膜房水流出路が存在します6).前者は前房から線維柱帯を通ってSchlemm管に入り,房水静脈から上強膜静脈への経路です.Schlemm管は扁平な一層の内皮細胞に覆われた管腔構造であり,緑内障眼ではSchlemm管が小さいとの報告もあります7).しかし,Schlemm管の発生や起源は不明でした.Schlemm管は水の吸収,静脈への灌流という機能面でリンパ管と共通点があると同時に,解剖学的にも①赤血球を含まない,②扁平な一層の内皮で構成される,③不連続な基底膜,④ペリサイトの欠如など共通点が多くみられます.Schlemm管の発生今回発表された一連の論文は,Schlemm管の発生学的な分子メカニズムを解明し,Schlemm管がリンパ管様組織であると結論づけてます1~3).Schlemm管は上強膜静脈とchoriocapillaris間の静脈から発芽し,管腔を形成する過程においてPROX1発現を伴い成熟化していくようです.PROX1はリンパ管発生時の重要なマスタースイッチです.またVEGF受容体のうち,VEGFR2とVEGFR3の発現がSchlemm管で確認され,VEGF-CがSchlemm管発達に重要であることが示されました.VEGFR3は主にリンパ管に発現し,VEGF-C,VEGF-Dというリンパ管新生促進因子の受容体です.このことからSchlemm管は発生学的にリンパ管に類似することがわかります.しかし,代表的なリンパ管マーカーであるLYVE-1,ポドプラニンの発現は乏しく,Schlemm管=リンパ管とはいえない面もあるようです.さらに論文の一つでは,加齢や緑内障によりPROX1発現が低下し,Schlemm管機能不全が進むことが示唆され,リンパ管様機能低下という緑内障病態も述べられています2).(83)あたらしい眼科Vol.32,No.2,20152550910-1810/15/\100/頁/JCOPY 新しい緑内障治療さらに興味深いことに,今回の報告では緑内障治療への応用も示唆されています1).VEGF-CによりSchlemm管の拡張が誘導され,眼圧下降効果が認められたというものです.現在の薬剤は経ぶどう膜強膜房水流出路に作用するものが主ですが,経Schlemm管房水流出路に作用する薬剤の開発も期待されます.またVEGF-Aでは逆にSchlemm管収縮をきたし,眼圧上昇を示しました.これは血管新生緑内障における眼圧上昇の一つのメカニズムと考えられます.今後の眼リンパ管研究今回,眼のリンパ管に関するトピックを取り上げましたが,眼におけるリンパ管の役割はまだまだ不明な点が多く存在します.免疫が重要なぶどう膜炎や水の出入りが重要な糖尿病黄斑浮腫など後眼部疾患への関与は,これからの解明が必要です.脈絡膜新生血管にはリンパ管新生は観察されませんが,後眼部からリンパ節へのルートはあるようです8).今後,さらなるリンパ管やリンパ管機能を標的とした治療法の開発に期待したいと思います.文献1)AspelundA,TammelaT,AntilaSetal:TheSchlemm’scanalisaVEGF-C/VEGFR-3-responsivelymphatic-likevessel.JClinInvest124:3975-3986,20142)ParkDY,LeeJ,ParkIetal:LymphaticregulatorPROX1determinesSchlemm’scanalintegrityandidentity.JClinInvest124:3960-3974,20143)KizhatilK,RyanM,MarchantJKetal:Schlemm’scanalisauniquevesselwithacombinationofbloodvascularandlymphaticphenotypesthatformsbyanoveldevelopmentalprocess.PLoSBiol12:e1001912,20144)NakaoS,MaruyamaK,ZandiSetal:Lymphangiogenesisandangiogenesis:concurrenceand/ordependence?Studiesininbredmousestrains.FASEBJ24:504-513,20105)NakaoS,Hafezi-MoghadamA,IshibashiT:Lymphaticsandlymphangiogenesisintheeye.JOphthalmol2012:783163,20126)田原昭彦:原発解放隅角緑内障の眼圧上昇機序.あたらしい眼科29:589-594,20127)KagemannL,WollsteinG,IshikawaHetal:IdentificationandassessmentofSchlemm’scanalbyspectral-domainopticalcoherencetomography.InvestOphthalmolVisSci51:4054-4059,20108)NakaoS,ZandiS,KohnoRetal:Lackoflymphaticsandlymphnode-mediatedimmunityinchoroidalneovascularization.InvestOphthalmolVisSci54:3830-3836,2013■「Schlemm管はリンパ管である」を読んで■今回は中尾先生(九州大学眼科)によるとても魅力発への応用です.的なタイトルでの総説です.組織を構成する細胞の起中尾先生の紹介された研究はとてもいろいろな問題源はとてもむずかしい問題ですが,これまでの多くのを提起しているように考えます.まず,われわれは眼先人が積み上げてきた組織マーカーが大きな武器となという組織をかなり特殊な組織であると考えすぎていって,細胞の起源を体系的に追及することができるよます.本来,血管とリンパ管は体循環に双方が必要不うになってきました.中尾先生がおっしゃっているよ可欠であり,眼組織の生理,病態解明にリンパ管を血うに,眼疾患にはがん(癌)があまり多くないので,管新生と並行して考えるということは大変soundなどうしてもリンパ系に注目することが少なかったのか思考法であるといえます.なにごとでも原点に帰るこもしれません.しかし,房水流出についてSchlemmとは必要であることを中尾先生は指摘しておられま管は大きな関与をしていますし,その機能不全は緑内す.そして,このような基礎的な研究が眼科医療にど障という疾患を引き起こします.一連の研究で,管腔のような意義をもつのかを常に考えていることが必要を形成する過程においてPROX1が発現すること,であることも示されました.中尾先生の所属する九州Schlemm管でVEGFR2,VEGFR3,VEGF-Cが発現大学はこのような基礎研究を診療に応用する研究にとすることが明らかになってきて,「Schlemm管はリンても意欲と実績をもち,体系的な取り組みをしてきたパ管である」という説が高い説得力をもって発表されモデル的な大学です.基礎研究は役にたつものでなけたことをわかりやすく解説していただきました.臨床ればならないのではなく,基礎研究をきちんとやる研的な意義としては,新しい発想での緑内障治療薬の開究者には,同時に臨床応用を考えるtranslational256あたらしい眼科Vol.32,No.2,2015(84) researchを担当する臨床医が活躍することが必要とをあげてきました.日本でも,研究組織,研究者,製いうことです.最近の話題はこの基礎的研究→trans-薬会社などの努力を体系化することが今後構築されてlationalresearch→臨床応用(創薬など)をスムーズいくでしょう.に行う組織としてA-MED(いわゆる日本版NIH)を中尾先生の総説は今後の日本における臨床研究の在設立,充実させることです.アメリカ,ヨーロッパのり方を示しているものとも考えられます.諸国は意識してこの研究システムを運用し大きな成果山形大学医学部眼科学山下英俊☆☆☆(85)あたらしい眼科Vol.32,No.2,2015257

新しい治療と検査シリーズ 225.マイボーム腺機能不全(MGD)抗菌薬治療

2015年2月28日 土曜日

新しい治療と検査シリーズ225.マイボーム腺機能不全(MGD)抗菌薬治療プレゼンテーション:鈴木智京都市立病院眼科コメント:近間泰一郎広島大学大学院医歯薬保健学研究院視覚病態学.バックグラウンドマイボーム腺機能不全(meibomianglanddysfunction:MGD)は,もともと,マイボーム腺開口部の過角化(hyperkeratinization)やマイボーム腺分泌脂(meibum)のうっ滞を特徴とし,細菌の関与はほとんどない疾患と定義されていた1).MGDの治療は,MGDに伴う蒸発亢進型ドライアイに対する治療のほか,従来から行われている眼瞼の温罨法,マッサージ,清拭などが中心であり,未だMGDそのものに対する特効薬はなく,治療法も確立されていないのが現状である.しかしながら,MGDで生じるmeibumの質的変化には眼瞼縁に存在する細菌(ブドウ球菌など)の有するリパーゼやエステラーゼが関与していることから,テトラサイクリン系あるいはマクロライド系抗菌薬が,細菌そのものを減少させる目的よりは,細菌のリパーゼを抑制させるために用いられてきた2).図1MRKC角膜上に結節性細胞浸潤と表層性血管侵入を認め,その延長線上にマイボーム腺炎を認める..新しい治療法(原理)マイボーム腺炎角結膜上皮症(meibomitis-relatedkeratoconjunctivitis:MRKC)は,もともと閉塞性MGDがあるところに細菌増殖によるマイボーム腺そのものの炎症(マイボーム腺炎)を生じ,角膜に点状表層角膜症,炎症細胞浸潤,血管侵入などを生じる病態である3)(図1).マイボーム腺内で増殖している細菌は,若年者ではPropionibacteriumacnes(P.acnes)が主体であると推測されている3).そのため,P.acnesに感受性のある抗菌薬を使用し減菌することで,マイボーム腺炎のみならず眼表面炎症も沈静化させることが可能である(図2).MRKCを治療するために,抗菌薬を用いてマイボーム腺内に増殖する細菌を「除菌」することは,胃炎を治療するためにHelicobacterPyloriを「除菌」するという概念と同様のものである..使用方法(実際の治療)MRKCでは,P.acnesに感受性のある抗菌薬(セフェム系やマクロライド系)の内服治療を中心に行う.これ図2MRKCの治療後抗菌薬内服治療により,マイボーム腺炎とともに眼表面炎症も鎮静化することができる.(81)あたらしい眼科Vol.32,No.2,20152530910-1810/15/\100/頁/JCOPY は,マイボーム腺内の抗菌薬濃度を高めるためである.具体的には,殺菌作用のあるフロモックスR内服を1~2週間行い,炎症所見の改善をみながら静菌作用のあるクラリスロマイシン内服に切り替え,1~2カ月かけてマイボーム腺炎を完全に消退させ常在細菌をコントロールする(図2).点眼や眼軟膏の併用についても,ベストロンR点眼やエコリシン眼軟膏Rなどが有用である..本方法の良い点いったんマイボーム腺内の細菌のコントロールができると,meibumの質も改善し,マイボーム腺炎のみならず眼表面を炎症のない状態に保つことができる.抗菌薬を正しく選択し,内服治療を用いることでMRKCを寛解へと導き再発予防も可能である.MGDに細菌がどの程度関与しているかはまだ議論の余地があるが,近年欧米では,エリスロマイシンから派生した新しいマクロライド系抗菌薬であるアジスロマイシンのMGDに対する有用性の報告が相次いでいる.アジスロマイシンは,3日間の内服で効果が1週間持続することが期待できるうえ,その点眼薬(日本では未発売)の組織移行性が非常に良いことから,内服と同等の効果が最近になって報告されている.MRKCと同一の疾患群であると考えられる小児の酒さ性角結膜炎に対する有効性も報告されており4),今後わが国での発売が待たれる.文献1)GutgesellVJ,SternGA,HoodCI:Histopathologyofmeibomianglanddysfunction.AmJOphthalmol4:383-387,19822)DoughertyJM,McCulleyJP,SilvanyREetal:Theroleoftetracyclineinchronicblepharitis.Inhibitionoflipaseproductioninstaphylococci.InvestOphthalmolVisSci32:2970-2975,19913)SuzukiT,MitsuishiY,SanoYetal:Phlyctenularkeratitisassociatedwithmeibomitisinyoungpatients.AmJOphthalmol140:77-82,20054)DoanS,GabisonE,ChiambarettaFetal:Efficacyofazithromycin1.5%eyedropsinchildhoodocularrosaceawithphlyctenularblepharokeratoconjunctivitis.JOphthalmicInflammInfect3:38,2013.「マイボーム腺機能不全(MGD)抗菌薬治療」へのコメント.マイボーム腺炎角結膜上皮症(MRKC)は,一見すにマイボーム腺の観察を怠らないようにすることが必ると病変が角結膜に強く現れているためにそこに目を要である.ただし,この治療は基本的にマイボーム腺奪われてしまい,マイボーム腺の炎症を見過ごし,ドに感染を生じているマイボーム腺炎の治療であり,すライアイやアレルギー性結膜炎として,点眼薬のみにべてのマイボーム腺機能不全症例に有効なわけではなよる角結膜の炎症や上皮障害の治療に集中してしまいことは理解しておく必要がある.い,なかなか治癒せず専門医へ紹介となる症例によく今後,MRKCの各症例において使用する抗菌薬の遭遇する.選択根拠になる確実な検査法や,どのくらいの期間投セフェム系やマクロライド系抗菌薬の内服,点眼,薬を続けるかの判断根拠となる指標が確立することを眼軟膏の併用により著効する症例も多く,MRKCと期待している.いう疾患を理解し,角結膜上皮障害の症例をみたとき☆☆☆254あたらしい眼科Vol.32,No.2,2015(82)

眼瞼・結膜:結膜ムチンと粘膜バリアの重要性

2015年2月28日 土曜日

眼瞼・結膜セミナー監修/稲富勉・小幡博人2.結膜ムチンと粘膜バリアの重要性稲富勉京都府立医科大学眼科学教室眼表面では,上皮に発現する膜結合型ムチンと涙液中に存在する分泌型ムチンが粘膜バリアを構成するうえで重要な役割を果たしている.結膜上皮は主として膜結合型ムチンとしてMUC1,MUC4,MUC16,を発現し,結膜杯細胞からはMUC5ACムチンが分泌される.ムチンは感染などに対する粘膜バリアの役割と安定した涙液被覆に役立っている.●はじめに眼表面は細菌やウイルスからの攻撃や眼瞼からの摩擦によるストレスを受ける.眼表面のバリアは上皮間に存在するタイトジャンクションと粘膜バリアにより構成される.近年,眼表面に発現するムチンや粘膜構造については新しい知見が多く得られてきている.粘膜バリアは結膜上皮や杯細胞が主役を担い,ドライアイや感染症など臨床面からも重要な観点である.●眼表面を被覆するムチンとは?体の粘膜には高分子糖蛋白である複数のムチンが発現しており,現在までに21のムチンが同定されMUC1からMUC21まで命名されている.ムチンの構造はコア蛋白と糖鎖からなる.コア蛋白には多数のアミノ酸のリピート構造があり(tandemrepeat),セリンやスレオニンを介してさらに巨大な糖鎖が連続結合し高分子を形成している.分子量の50~80%はこの糖鎖が占め,マイ膜結合型ムチン分泌型ムチンダンデム反復膜貫通ドメインDドメインダンデム反復図1膜結合型ムチンと分泌型ムチンの構造ムチンはコア蛋白と糖鎖よりなり,コア蛋白には特徴的なタンデム反復構造がある.分泌型ムチンはDドメインを介してポリマーを形成している.(79)0910-1810/15/\100/頁/JCOPYナスに帯電することで親水性の性質をもっている.●結膜上皮に発現する膜結合型ムチンと分泌型ムチンムチンには膜結合型ムチンと分泌型ムチンがあり,分泌型ムチンはゲル形成型ムチンと可溶性ムチンに分類される.膜結合型ムチンは糖鎖の結合した細胞外ドメインと膜貫通部位,さらに細胞内ドメインの3つの構造からなり,結膜上皮にはMUC1,MUC4,MUC16,MUC20が発現する.結膜杯細胞からはMUC5ACムチンが,涙腺からはMUC7ムチンが分泌されている.MUC5ACはDドメインを介してムチン同志がSS結合しポリマーとして涙液中に存在している(図1).●結膜における膜結合型ムチンによる粘膜バリア結膜上皮にはMUC1,MUC4,MUC16,MUC20の3つの膜結合型ムチンが発現し糖衣を形成している(図2).とくにMUC16の分子量は20MDaともっとも大き涙液ムコイド層(分泌型ムチン)糖衣(Glycocalyx)(膜結合型ムチン)微絨毛(Microplicae)角結膜最表層上皮図2最表層上皮構造とムチン膜結合型ムチンは微絨毛には発現し糖衣を形成する.結膜杯細胞からは分泌型ムチンが産生され涙液ムコイド層を構成する.(文献1より改変)あたらしい眼科Vol.32,No.2,2015251 図3眼表面におけるMUC16ムチン図4結膜杯細胞とMUC5ACムチンの発現結膜杯細胞からは分泌型ムチンである最表層上皮に発現し,糖衣を形成し粘MUC5ACが分泌され涙液中に存在す膜バリアとしての役割を担う.る.図6ドライアイでの結膜上皮障害ローズベンガル染色陽性部はMUC16の発現が減少し,粘膜バリアが破綻している.く,細胞表面から500nm以上伸展している(図3).①細菌の眼表面への付着抑制,②バリア機能,③涙液との親和性,④表面シグナル伝達などの機能を担う.またINF-gやTNF-aなどの炎症性サイトカインにより発現がコントロールされている.●結膜杯細胞からはMUC5ACムチンが分泌される結膜杯細胞は分泌型ムチンを分泌するが,この正体はMUC5ACムチンであることが同定された(図4).ポリマーを形成しながら涙液中の不要物や細菌などに結合し浄化作用を担っている.また,保水作用のあるムチン分子はゲルとして潤滑作用により眼表面を保護している.●ムチン分子をとりまく粘膜バリア構造結膜上皮表面に発現するMUC16はさらに複数の糖蛋白と結合することで強固な粘膜バリアを形成している.眼表面ではレクチン結合蛋白であるガラクチン3が二量252あたらしい眼科Vol.32,No.2,2015図5膜結合型ムチンMUC16とガラクチン3による粘膜バリアMUC16の糖鎖をガラクチン3が結合し粘膜バリアを構築している.(文献3より改変)体を作りながらMUC16の糖鎖に結合している.丈の高い膜結合型ムチンの糖鎖を結びつけることでより強固な粘膜バリアを提供することになる(図5).●ドライアイと結膜ムチンとのかかわりドライアイではムチンの糖鎖や発現量が変化する.Sjogren症候群では結膜杯細胞が減少し,同時にMUC1やMUC5ACムチンの発現が減少する.ローズベンガル染色が陽性となる結膜上皮表層には膜結合型ムチンが欠如し,バリアが破綻している(図6).新しく登場したジクアホソルナトリウムはP2Y2レセプターを介して杯細胞からのムチン発現を促進し,shortBUTタイプドライアイや涙液減少タイプのドライアイ治療薬として注目されている.文献1)BharathiG,GipsonIK:Membrane-tetheredmucinshavemultiplefunctionsontheocularsurface.ExpEyeRes90:655-663,20102)InatomiT,Spurr-MichaudS,TisdaleASetal:Expressionofsecretorymucingenesbyhumanconjunctivalepithelia.InvestOphthalmolVisSci37:1684-1692,19963)ArguesoP:Glycobiologyoftheocularsurface:mucinsandlectins.JpnJOphthalmol57:150-155,20134)GipsonIK,HoriY,ArguesoP:Characterofocularsurfacemucinsandtheiralterationindryeyedisease.TheOcularSurface2:131-148,20045)WoodwardAM,ArguesoP:ExpressionanalysisofthetransmembranemucinMUC20inhumancornealandconjunctivalepithelia.InvestOphthalmolVisSci55:6132-6138,2014(80)