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身体障害者手帳申請を行った緑内障患者の検討(2012年版)

2014年7月31日 木曜日

《第24回日本緑内障学会原著》あたらしい眼科31(7):1029.1032,2014c身体障害者手帳申請を行った緑内障患者の検討(2012年版)瀬戸川章*1井上賢治*1添田尚一*2堀貞夫*2富田剛司*3*1井上眼科病院*2西葛西・井上眼科病院*3東邦大学医療センター大橋病院眼科InvestigationofPhysicalDisabilityCertificateDeclaredbyGlaucomaPatients(2012)AkiraSetogawa1),KenjiInoue1),ShoichiSoeda2),SadaoHori2)andGojiTomita3)1)InouyeEyeHospital,2)Nishikasai-InouyeEyeHospital,3)DepartmentofOphthalmology,TohoUniversityOhashiMedicalCenter目的:視覚障害による身体障害者手帳申請を行った緑内障患者の検討.対象および方法:2012年1.12月に井上眼科病院および西葛西・井上眼科病院に通院中の緑内障患者39,745例のなかで視覚障害による身体障害者手帳の申請を行った73例(男性36例,女性37例,平均年齢72.4±12.5歳)を対象とした.申請時の緑内障病型,障害等級を調査した.さらに2005年に行った同様の調査と比較した.結果:病型は原発開放隅角緑内障が46例(63.0%)と最多であった.障害等級は1級13例(17.8%),2級40例(54.8%)とを合わせて70%を超えていた.結論:原発開放隅角緑内障で重症例が多かった.2005年の調査と比較して,緑内障病型,障害等級に変化はなかった.Purpose:Toreporttheresultsofglaucomapatients’applicationforvisuallyhandicappedstatuscertification.ObjectsandMethod:Thisretrospectivestudyinvolved73patients(36males,37females,averageage:72.4±12.5years)whoappliedforthephysicallyhandicappedpersons’cardforvisualimpairmentfromJanuarythroughDecember2012,byregularlygoingtoInouyeEyeHospitalandNishikasai-InouyeEyeHospital.Glaucomatypeandgradeattimeofapplicationwereinvestigatedandcomparedwiththesameinvestigationconductedatourinstitutionin2005.Results:Primaryopen-angleglaucomanumbered46cases(63.0%),themostnumeroustype.Theclassesexceeded70%forthecombinedfirstgrade(13cases,17.8%)andsecondgrade(40cases,54.8%).Conclusion:Incomparisonwiththe2005surveyresults,glaucomatypeandgradeatthetimeofapplicationforthephysicallydisabledcertificatedidnotchange.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)31(7):1029.1032,2014〕Keywords:緑内障,視覚障害,身体障害者手帳.glaucoma,visualimpairment,physicallydisabilitycertificate.はじめに井上眼科病院におけるロービジョン専門外来受診者の実態を以前に報告した1).そのなかで原因疾患の第1位は緑内障(49%),第2位は網膜色素変性症(17%)であった.斉之平ら2)は,鹿児島大学附属病院のロービジョン外来受診者の原因疾患は,第1位は黄斑変性(52%),第2位は緑内障(30%)と報告した.ロービジョン外来を受診する原因疾患として緑内障は高い割合を占めると考える.身体障害者手帳申請者は井上眼科病院での2005年調査3)では,緑内障(23%),網膜色素変性症(17%),黄斑変性(12%)が原因疾患の上位を占めていた.また井上眼科病院と西葛西・井上眼科病院での2009年調査4)では,第1位は網膜色素変性症(28.0%),第2位は緑内障(22.5%),第3位は網脈絡膜萎縮(11.9%)であった.視覚障害者を対象とした調査では,大澤ら5)は,変性近視,糖尿病網膜症,緑内障が,高橋6)は糖尿病網膜症,網脈絡膜萎縮,緑内障が,谷戸ら7)は糖尿病網膜症,緑内障,加齢黄斑変性症が原因疾患の上位であると報告している.視覚障害の原因疾患としても,やはり緑内障は高い割合を占めると考える.ロービジョン外来受診者や身体障害者手帳取得者の原因疾患として緑内障は上位である.それらの緑内障患者の実態を知ることは失明予防の観点からは重要である.緑内障にはさまざまな病型があり,また病型により重症度や身体障害者手帳該当者に違いを有する可能性もある.そこで井上眼科病院において2005年に視覚障害による身体障害者手帳の申請を行った緑内障患者の実態を報告した8).今回筆者らは,井上〔別刷請求先〕瀬戸川章:〒101-0062東京都千代田区神田駿河台4-3井上眼科病院Reprintrequests:AkiraSetogawa,M.D.,InouyeEyeHospital,4-3Kanda-Surugadai,Chiyoda-ku,Tokyo101-0062,JAPAN0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(103)1029 眼科病院と西葛西・井上眼科病院で2012年に身体障害者手帳の申請に至った疾患の第1位である緑内障患者の実態を再び調査した.さらに2005年調査8)と比較した.I対象および方法2012年1.12月までに井上眼科病院および西葛西・井上眼科病院に通院中の緑内障患者39,745例のうち,同時期に視覚障害による身体障害者手帳の申請を行った73例(男性36例,女性37例)を対象とし,後向きに研究を行った.年齢は35.92歳で,平均年齢は72.4±12.5歳(平均±標準偏差)であった.身体障害者手帳申請時の緑内障病型,視力,視野,障害等級を身体障害者診断者・意見書の控えおよび診療記録より調査した.2005年に井上眼科病院で行った同様の調査8)と緑内障病型ならびに視覚障害等級の内訳をIBM統計解析ソフトウェアSPSSでANOVAおよびc2検定を用いて比較した.有意水準はp<0.05とした.なお,緑内障病型については続発緑内障の原因が多岐にわたっていたため合算し,原発開放隅角緑内障,正常眼圧緑内障,原発閉塞隅角緑内障,続発緑内障の4群として検討した.2005年調査8)と今回調査の違いは,対象者が2005年調査8)では井上眼科病院通院中の患者のみだったため35例で,今回の73例より少なかった.また,2007年にも井上眼科病院と西葛西・井上眼科病院で視覚障害による身体障害者手帳申請者の調査を行った4)が,そのなかの緑内障患者についての詳細な検討は行わなかったため,表1視力障害と視野障害の内訳視力1級2級3級4級5級6級申請なし視野2級042928195級0001022申請なし8225252005年■原発開放隅角緑内障2012年n=35■正常眼圧緑内障n=73■原発閉塞隅角緑内障今回は2005年調査8)と比較した.II結果緑内障病型は原発開放隅角緑内障46例(63.0%),続発緑内障18例(ぶどう膜炎後10例,落屑緑内障6例,血管新生緑内障2例)(24.7%),原発閉塞隅角緑内障5例(6.8%),正常眼圧緑内障4例(5.5%)であった.視覚障害等級は1級13例(17.8%),2級40例(54.8%)3級2例(2.7%),4級7例(9.6%),5級6例(8.2%),6級(,)5例(6.8%)であった.病型別の障害等級は,原発開放隅角緑内障では1級10例(21.7%),2級28例(60.9%),3級1例(2.2%),4級2例(4.3%),5級3例(6.5%),6級2例(9.4%)であった.続発緑内障では1級3例(16.7%),2級8例(44.4%),3級1例(5.6%),4級3例(16.7%),5級1例(5.6%),6級2例(11.1%)であった.原発閉塞隅角緑内障では2級2例(40.0%),4級2例(40.0%),5級1例(20.0%)であった.正常眼圧緑内障では2級2例(50.0%),5級1例(25.0%),6級1例(25.0%)であった.緑内障の病型別に障害等級に差はなかった(p=0.3265).視力障害を申請したのは52例,視野障害を申請したのは49例であった.その内訳は,視力障害は1級8例,2級6例,3級4例,4級15例,5級4例,6級15例で,視野障害は2級44例,5級5例であった.重複障害申請を行ったのは28例であった.その内訳は視野障害2級・視力障害2級が4例,視野障害2級・視力障害3級が2例,視野障害2級・視力障害4級が9例,視野障害2級・視力障害5級が2例,視野障害2級・視力障害6級が8例,視野障害5級・視力障害4級が1例,視野障害5級・視力障害6級が2例であった(表1).2005年調査8)では,緑内障病型は原発開放隅角緑内障15例(42.9%),正常眼圧緑内障7例(20.0%),原発閉塞隅角緑内障4例(11.4%),血管新生緑内障4例(11.4%),落屑緑内障2例(5.7%),ぶどう膜炎による続発緑内障1例(2.93級2012年n=35■4級■5級■6級n=732005年■1級■2級42.92011.425.7635.56.824.7■続発緑内障22.942.9011.414.38.517.854.82.79.68.26.8図1緑内障病型の比較図2視覚障害等級の比較2005年調査と今回調査で緑内障病型に有意差はない.2005年調査と今回調査で視覚障害等級に有意差はない.1030あたらしい眼科Vol.31,No.7,2014(104) %),白内障手術による続発緑内障1例(2.9%),外傷性緑内障1例(2.9)であった.視覚障害等級は1級8例(22.9%),2級15例(42.9%),4級4例(11.4%),5級5例(14.3%),6級3例(8.5%)であった.今回と2005年調査8)との比較では,緑内障病型(p=0.066,図1)と障害等級(p=0.706,図2)ともに同等であった.III考按ロービジョンサービスの対象者は日本眼科医会では約100万人と推定している9).ロービジョン外来あるいは視覚障害の原因疾患として高い割合を占める緑内障患者の身体障害者手帳申請について今回は検討した.2012年1.12月までに井上眼科病院と西葛西・井上眼科病院に通院し,視覚障害による身体障害者手帳を申請した患者は236例で,原因疾患は緑内障73例,網膜色素変性症41例,黄斑変性症25例,糖尿病網膜症22例の順に多かった.一方,井上眼科病院と西葛西・井上眼科病院に同時期に通院した患者は130,281例であった.疾患別の内訳は緑内障39,745例,糖尿病網膜症18,796例,黄斑変性症11,458例,網膜色素変性症2,838例などであった.疾患別の視覚障害による身体障害者手帳の申請率は各々緑内障0.18%,網膜色素変性症1.44%,黄斑変性症0.22%,糖尿病網膜症0.12%であった.網膜色素変性症患者の割合が高く,他の疾患はほぼ同等であった.2012年1.12月までに井上眼科病院と西葛西・井上眼科病院に通院した緑内障患者は39,745例であった.これらの症例の緑内障病型は不明である.一方,2012年3月12.18日までに両院を含めた39施設で行った緑内障実態調査では正常眼圧緑内障47.6%,原発開放隅角緑内障27.4%,続発緑内障10.3%,原発閉塞隅角緑内障7.6%などであった10).今回の結果と比べると,今回のほうが正常眼圧緑内障が少なく,原発開放隅角緑内障と続発緑内障が多く,原発閉塞隅角緑内障はほぼ同等であった.つまり正常眼圧緑内障では身体障害者手帳に該当するほどの重症例は少なく,原発開放隅角緑内障や続発緑内障では重症例が多いと考えられる.しかし,緑内障の病型別に障害等級に差はなく,身体障害者手帳に該当するほどの重症例においては個々の症例で重症度が異なり,一定の傾向はない.今回,視力障害の申請は1.6級まですべての等級に及んだが,視野障害の申請は2級と5級のみであった.これは1995年の身体障害者手帳の視覚障害の基準が改定され,視野障害の基準が緩やかになったが,やはり緑内障の視野障害の特徴が評価しがたいためではないかと思われる.今後,緑内障の視野障害も段階的に評価できるような,視覚障害の基準が制定されることを願う.しかし,視力障害と視野障害の重複障害により障害等級が上がった症例も6例あり,それら(105)の症例では制度の恩恵を受けていると考えられる.視覚障害を自覚してロービジョン外来を受診しても,身体障害者に該当しない患者がいる1).このことは,身体障害者手帳の申請に至っていない緑内障患者のなかにも,視覚障害の問題を抱える多くの患者が存在していることを示唆している.緑内障は末期まで視力が比較的よいのが特徴である.現在の視覚障害等級の基準だけで,患者のQOLをすべて評価することはむずかしく,視覚障害による身体障害者手帳の該当がなくてもロービジョンケアの必要性を考慮すべきである.身体障害者に該当するにもかかわらずさまざまな理由で身体障害者手帳の申請がなされていない患者についても報告されている5,7).藤田らは手帳取得に該当することを知らされていないこと,手帳を有した場合の福祉サービスについて情報が十分に伝達されていないことなどが要因の一つと報告している11).また,低い等級では該当していても申請を行わない症例もあるためと思われる.身体障害者手帳の取得は障害の告知と受容を意味するばかりでなく,ロービジョンサービスを充実させるための一つの手段である.2005年調査8)と今回調査の結果はほぼ同等であった.2005.2012年までの7年間にさまざまな緑内障点眼薬が新たに使用可能になった.しかし,依然として視覚障害による身体障害者手帳申請者の上位を緑内障が占め,緑内障病型や障害等級も変化はなかった.今後は2012年に緑内障チューブシャント手術が認可されたので緑内障による視覚障害者が減少することが期待される.2012年に井上眼科病院と西葛西・井上眼科病院に通院中で,視覚障害による身体障害者手帳を申請した緑内障患者73例について調査した.病型は原発開放隅角緑内障が63.0%で最多で,障害等級は2級以上が72.6%を占めていた.2005年調査8)との変化は特になかった.今後も社会の高齢化に伴い視覚障害者も増加すると考えられる.改めて,円滑なロービジョンケアの提供,妥当な身体障害者手帳申請が日常外来において必要であると考える.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)鶴岡三恵子,井上賢治,若倉雅登ほか:井上眼科病院におけるロービジョン専門外来の実際.臨眼66:645-650,20122)斉之平真弓,大久保明子,坂本泰二:鹿児島大学附属病院ロービジョン外来における原因疾患別のニーズと光学的補助具.眼臨紀5:429-432,20123)引田俊一,井上賢治,南雲幹ほか:井上眼科病院における身体障害者手帳の申請.臨眼61:1685-1688,20074)岡田二葉,鶴岡三恵子,井上賢治ほか:眼科病院におけるあたらしい眼科Vol.31,No.7,20141031 視覚障害による身体障害者手帳申請者の疾患別特徴(2009年).眼臨紀4:1048-1053,20115)大澤秀也,初田高明:外来における視覚障害患者の検討.臨眼51:1186-1188,19976)高橋広:北九州市内19病院眼科における視覚障害者の実態調査.第1報.視覚障害者と日常生活訓練.臨眼52:1055-1058,19987)谷戸正樹,三宅智恵,大平明弘:視覚障害者における身体障害者手帳の取得状況.あたらしい眼科17:1315-1318,8)久保若菜,中村秋穂,石井祐子ほか:緑内障患者の身体障害者手帳の申請.臨眼61:1007-1011,20079)日本眼科医会(編):あきらめないでロービジョン─社会復帰への道.199110)塩川美菜子,井上賢治,富田剛司:多施設における緑内障実態調査2012年版─薬物治療─.あたらしい眼科30:851-856,201311)藤田昭子,斉藤久実子,安藤伸朗ほか:新潟県における病院眼科通院患者の身体障害者手帳(視覚)取得状況.臨眼53:725-728,1999***1032あたらしい眼科Vol.31,No.7,2014(106)

My boom 30.

2014年7月31日 木曜日

監修=大橋裕一連載MyboomMyboom第30回「宮腰晃央」本連載「Myboom」は,リレー形式で,全国の眼科医の臨床やプライベートにおけるこだわりを紹介するコーナーです.その先生の意外な側面を垣間見ることができるかも知れません.目標は,全都道府県の眼科医を紹介形式でつなげる!?です.●は掲載済を示す(●は複数回)連載MyboomMyboom第30回「宮腰晃央」本連載「Myboom」は,リレー形式で,全国の眼科医の臨床やプライベートにおけるこだわりを紹介するコーナーです.その先生の意外な側面を垣間見ることができるかも知れません.目標は,全都道府県の眼科医を紹介形式でつなげる!?です.●は掲載済を示す(●は複数回)自己紹介宮腰晃央(みやこし・あきお)富山大学医学薬学研究部眼科学講座私は2007年3月に富山大学医学部卒業後,2年間の初期臨床研修を経て,2009年4月に現講座に入局しました.入局3年目に早々と専門分野を角膜に決めました.林篤志教授の「一流に触れてくるんや」の号令のもと,京都府立医科大学で木下茂教授の外来で前眼部診療の修業を積ませていただき,何とか富山大学角膜外来を切り盛りしている現状です.臨床のMyboom富山大学角膜外来を一人で切り盛りしていることもあり,感染症,円錐角膜,ジストロフィ,ドライアイ,Mooren潰瘍,Stevens-Johnson症候群,角膜移植後…など何でもござれの状態です.といえば聞こえは良いですが,実情は不安とプレッシャーに圧しつぶされそうになることもあります.そんななか,京都府立医科大学に研修に行かせていただいているのは非常に助かっています.悩ましい症例について相談・議論できたり,最先端の臨床・研究を見学できたり,そして何よりも交友の輪が広がりました.研修では,「木下教授ならどの所見に注目して診察し,カルテをどのように記載するか?」「木下教授なら患者にどういうふうに説明するか?」と,木下教授だったらどうするか,というイメージを常に頭の中で先行させながら外来に参加させていただいています.患者さんの病状や僚眼の状態,住所や年齢,職業,家族構成など,さま(91)0910-1810/14/\100/頁/JCOPYざまなファクターを考慮し,患者にとってベストもしくはベターな治療法を説明・相談していくムンテラは,人としての深さが感じられます.かなり頭を使いヘトヘトになるので,帰りのサンダーバード(電車です,念のため)ではいつも熟睡で,途中の福井県や石川県の景色の記憶がまったくありません….また,最近気をつけていることは,眼類天疱瘡やアカントアメーバ感染など,比較的稀な疾患を疑わせる患者さんを診たときに,すぐにその診断に飛びついてしまい,鑑別を怠ってしまう癖があることです.注意していてもテンションが上がってしまい,周りが見えなくなるのです.治療を開始する前に「深呼吸をしてもう一度鑑別を!ヘルペスは大丈夫?」を常に心がけて診療をしています.研究のMyboom「学問的業績のない医師は駄馬に等しい」.ある有名小説からの抜粋です.耳の痛い話です,ヒヒーン.「大学勤務している身として,業績を残す」.当たり前のことですが,日々の臨床にかまけて,ついつい遠ざけているのが現状です.現在は林教授の計らいで,当院検査部で社会人大学院生としてPCRを用いた研究を進めています.まだまだ始めたばかりですが,富山大学オリジナルの細菌感染症の迅速診断法および迅速薬剤感受性試験の確立を目標にしています.プライベートのMyboomもともとスポーツが好きで,小学校では野球,中学校から大学まではテニスをやっていました.学生時代は部活一筋だったのですが,働き始めてからはまったくスポーツをしなくなってしまいました.最初の頃は「手術のときに筋肉痛では患者さんに失礼にあたる!」と崇高あたらしい眼科Vol.31,No.7,20141017 写真1自宅で家族とな意思でスポーツを遠ざけていたのですが,最近は単に面倒くさいというオヤジ的な発想でスポーツから遠ざかっています.そんななか,2013年夏から2014年の年明けにかけて画期的なでき事がありました.夏の甲子園で富山第一高校が富山県勢40年ぶりのベスト8に,そして全国高校サッカー選手権で同じく富山第一高校が初優勝に輝いたのです(残念ながら母校ではありませんが…).都会の方には理解しにくいかもしれませんが,例年1,2回戦突破がやっとの地元の田舎の高校が勝ち上がっていく喜びと興奮は,筆舌に尽くしがたいものがあります.野球は甲子園まで応援に行き,サッカーは当直だったので医局で絶叫を繰り返し,同点ゴールのシーンではひとり頬を濡らしました.ふとわが身を翻って考えてみると,地方大学でひとり角膜を専門に臨床・研究にもがいている自分も「やればできるのでは?!」と勇気づけられたものです.また,私は物心ついたときからプロ野球の広島東洋カープのファンです.専門医試験前には,「甲状腺眼症はDalrymple徴候,Gifford徴候,Graefe徴候,Stellwag徴候,Mobius徴候…(泣).ルイス,チェコ,ミンチー,ベイルの勝ち星やセーブ数はいつの間にかに覚えていたのに…」.「眼瞼下垂の手術はBlaskovics,Berke,Friedenwald-Guyton,Fasanella-Servaat…(涙).ホプキンス,ロードン,アレン,ディアスの出身や年俸は覚えられたのに…」と人間の記憶のもどかしさと奥深さを嘆きつつも不思議な気持ちで見つめていたものです.最近は「カープ芸人」やら「カープ女子」などと知名度や人気が上がってきているようですが,一昔前までは貧乏・不人気・弱小球団の代表格であり,FAでも東のあ写真2カープ応援中の球団や西のあの球団に主力選手を引き抜かれるだけの球団でした.それが2013年シーズンでは初のクライマックスシリーズに進出したのです.1991年の最後の優勝から早や22年(大野が古屋から三振を奪い,優勝を決めた瞬間は昨日のことのように思い出されます)….金銭的に恵まれない地方球団の快進撃に,こちらもわが身を重ね,一層の精進と飛躍を心に誓いました.ちなみに,これまでの私の観戦成績は9勝8敗です(富山からはなかなか応援に行けないのです).私が観戦していないカープの通算成績が3,888勝4,299敗なので,有意差が出るように早くnを増やさないといけません.最近,『統計学が最強の学問である』(西内啓著,ダイヤモンド社)という本を読みました.興味深かったので,こういった他愛もない検定をこっそりやっては,独り悦に入っています(論文でやれと教授に尻を叩かれそうです).(余談ですが,この原稿を書き上げた5月19日現在,カープが首位で交流戦を迎えます.この原稿が掲載されている時期に順位がどうなっているのか,楽しみでもあり恐怖でもあります.)次のプレゼンターは兵庫県の後藤聡先生(理化学研究所)です.ある勉強会でご一緒させていただき,意気投合した(と私が思っている)仲間です.よろしくお願いします.注)「Myboom」は和製英語であり,正しくは「Myobsession」と表現します.ただ,国内で広く使われているため,本誌ではこの言葉を採用しています.1018あたらしい眼科Vol.31,No.7,2014(92)

日米の眼研究の架け橋 Jin H. Kinoshita先生を偲んで 19.Jin H. Kinoshita先生から学ぶこと

2014年7月31日 木曜日

JinH.Kinoshita先生を偲んで日米の眼研究の架け橋★シリーズ⑲責任編集浜松医科大学堀田喜裕JinH.Kinoshita先生を偲んで日米の眼研究の架け橋★シリーズ⑲責任編集浜松医科大学堀田喜裕JinH.Kinoshita先生から学ぶこと木下茂(ShigeruKinoshita)京都府立医科大学視覚機能再生外科学1974年大阪大学医学部卒業,1979年米国HarvardMedicalSchoolに留学,1984年大阪労災病院眼科部長,1988年大阪大学医学部眼科講師,1992年京都府立医科大学眼科学教室教授,2003年AdjunctClinicalSeniorScientist,TheSchepensEyeResearchInstitute,USA,2008年HonoryDistinguishedProfessor,CardiffUniversity,UK,2011年京都府立医科大学副学長.●JinH.Kinoshitaという偉大な先生★2010年の夏,JinKinoshita先生は89歳で他界されました.1989年にNationalEyeInstitute(NEI)ScientificDirectorという重要な職責を去られましたので,今活躍の,そしてこれから活躍するであろう日本の眼科医や視覚研究者にはJinKinoshitaの名前は余りなじみが無いかもしれません.しかし,現在のNEIDirectorであるDr.PaulSievingのような立場の先生であったといえば,わかりやすいかもしれません.JinKinoshita先生は,サンフランシスコでお生まれになった日系2世の米国人です.1941年に太平洋戦争が勃発した後,多くの日本人が強制収容所に入れられました.Jin先生の家族も例外ではありませんでした.しかし,Jin先生は大学に通うことができた特別な青年の一人でした.1944年にColumbia大学を卒業し,1952年に生物化学の博士号をHarvard大学から授与されています.その後,HarvardMedicalSchool眼科の一員として研究に勤しんで教授に就任したのちに,1971年,新設されたNEIに異動し,1981年にはNEI科学研究部門の最高責任者に就任されました.JinKinoshita先生は,水晶体の生理学と白内障の生化学に関する研究で優れた足跡を残しておられ,AldoseReductaseInhibitorを白内障予防点眼薬として世に出すために努力されました.さらに,日本の眼科・視覚研究を政府間協議などをとおして積極的にサポートされました.現在の日本の眼科・視覚研究がきわめて高いレベルにあるのは,JinKinoshita先生のサポートのお蔭といっても過言ではないと私は思っています.(89)●Jin先生と日本とのかかわり,私とのかかわり★JinKinoshita先生がNEIDirectorであった頃,日本から数多くの優秀な研究者がNEIに留学し,数多くの業績をあげて帰国されました.これらの先生方が中心となって,戦後の,そして学園紛争後の日本の大学の眼科研究体制を立て直し,今に繋がっているのです.当時,日本の眼科研究を国や大学間を超えて大所高所からサポートしてくださった先生方はといえば,米国在住のJinKinoshita先生,ToichiroKuwabara先生,日本の三島済一先生が代表であったと思います.さて,私が最初にJinH.Kinoshita先生とお会いしたのは,1978年,水川孝先生を学会長として第3回InternationalCongressofEyeResearch(ICER)が大阪で開催されたときです.私はなぜか,その学会でSecretaryGeneralをさせていただきまして,会長招宴のときに,名前が同じだからということで,Jin先生が私を出席者の皆さんに公式に紹介されたことを覚えています.私は1979年9月から1982年8月までBostonのRetinaFoundation,HarvardMedicalSchoolに留学しました.研究室代表者はRichardA.Thoft.彼は当時42歳でAssistantProfessor,やっとNEIから基盤研究費をもらい始めた眼科医でした.当然,彼のNEIへの研究費申請書には私を研究者の一員として記載してくれていたのですが,なかなかに難しい状況でした.私はというと,親から留学費用(当時は1ドル230円)を借りて,グラントのサポートがなくても2年間は石にかじりついても米国に居ようと決めていました.今の日本のようにあたらしい眼科Vol.31,No.7,201410150910-1810/14/\100/頁/JCOPY 写真ニューヨークで開催されたICERにて(1980年)JinH.Kinoshita先生と筆者数多くのfellowshipprogramがあるわけではなく,また円ドルレートもまだまだ不安定な頃でした.いろいろなことがありましたが,1979年12月24日,クリスマスイブに,申請していた基盤研究を承認するという非公式な電話がJin先生からThoftにあり,私の研究員としての費用も認めるとのことでした.このエピソードは一つの例でして,Jin先生は人を優しく包み込む素晴らしいパーソナリティをもつ方でした.写真は,1980年,ニューヨークで開催されたICERでご一緒したときのも●★のです.当時,米国の眼科研究者は私の名前をすぐに覚えてくれました.私が“IamasortofJin’srelatives”といえば,皆さん,大いに和んでくれました.●今,何故,JinH.Kinoshita先生を思い出す必要があるのか?★JinKinoshita先生は教授であり,研究者であり,管理者であり,そして若手研究者の良きアドバイザーでした.前NEIDirectorのCarlKupfer先生は,Jin先生の最も素晴らしいところは,若く可能性のある研究者に自由と場所と勇気を与え,必要なときには時間を惜しまずにアドバイスを与えたことであると評していました.一方で,Jin先生は研究に対して厳しい側面もあり,今,日本国内で大問題となっている論文ねつ造問題と同様のことが日本の大学で生じたとき,非常に厳しく対処された先生でした.これから日本の若手眼科研究者を国際的なレベルに育成するためには,我々もJin先生のように広い視野と優しさで若手に向き合う必要があるのではないでしょうか?今でも,我々はJin先生から学ぶことがきわめて多くあると感じています.最後に,本シリーズを責任編集していただいた堀田喜裕先生に深謝します.●★1016あたらしい眼科Vol.31,No.7,2014(90)

現場発,病院と患者のためのシステム 30.どこでも診療

2014年7月31日 木曜日

連載現場発,病院と患者のためのシステム連載現場発,病院と患者のためのシステム患者はかかりつけ以外のどこの医療機関に行っても,そこの医師に自分の過去の診療情報を見てもらえる環境が理想的です.技術的には特別な問題はありませんが,なかなかその環境にならないどこでも診察*杉浦和史のはどうしてでしょう.それはベンダ(システム開発,提供会社)の仕様(機能,扱う情報,画面遷移,レイアウト,操作性など)が統一されてい.はじめに北欧のある国では患者の情報が共有されており,どこで診察を受けても,支障なく適切な治療を受けることができるという大手ベンダのコマーシャルを見たことがあります.素晴らしいことだと思いますが,実はとても簡単です.すべての医療機関が同じベンダのアプリケーション(システム)を使えば当たり前にできるからです.東日本大震災で大きな被害を受けた医療機関が多数あり,システム環境も壊滅的なダメージを受けました.これをきっかけに,内閣府に医療イノベーション室ができ,医療機関の間で情報の共有ができるようにと,“どこでも診察”ができるようにとの方針が出されました.例えば,電子カルテシステムからのデータを受け取って請求額を計算する医事会計システムの場合,各社各様ではなく,統一した仕様があれば,どのベンダの医事会計システムでも面倒な処理を必要とせずデータを渡すことができます.しかし,シェアをもつ大手ベンダは,仕様の統一には総論賛成,各論反対.診察,手術,会計,検査など医療機関運営に必要な機能を自社の製品で統一させようと,ないことが大きな要因です.“どこでも診察”に関し,基礎的な知識を紹介します.必要な情報をどうやって医事会計システムへ渡すのでしょう.送受信の方法(接続仕様)につき,ベンダ間で打ち合わせが必要になります.データを渡す側は,「この順番(データストリ.ム)と形式(英数字,カナ漢字,画像など)でデータを渡すので受け取りをお願いします」といい,受け取る側は,「自社の医事会計システムの画面から入力されたデータを受け取るのと同じように送ってください」などといいます(図1参照).医事会計システムA病院B病院C病院X社製Y社製Z社製Z社仕様X社仕様Y社仕様M社電子カルテシステムしのぎを削っている(いた)という話を耳にしたことがあります.どうして1社の製品で,と思うのでしょう.統一されたら優位性が崩れる,などいろいろ考えられますが,異なるシステム間でデータ授受をするための共通接続インターフェイス開発に,多くの手間を要することが大きな要因ではないかと思われます..接続の手間1.他社製品との接続電子カルテシステムがM社の製品のとき,医事会計システムが同社の製品ではなく,X社,Y社,Z社の製品だった場合,電子カルテシステムがもっている請求に(87)0910-1810/14/\100/頁/JCOPY図1逐一接続仕様を決めなければならないRどちらがどちらに合わすのかはともかく,自社の製品の中身を公開することにもなりかねないので,嫌がるのが常で,とても面倒な作業です.2.統一された仕様での接続統一された接続仕様があり,業界内でオーソライズされていれば,手間のかかる異なるベンダ間の接続仕様を検討することなく,連携がスムーズに進みます(図2参照).しかし,総論賛成各論反対にあって議して決せずの状態が続いています.*KazushiSugiura:宮田眼科病院CIO/技術士(情報工学部門)あたらしい眼科Vol.31,No.7,20141013 医事会計システムA病院B病院C病院X社製Y社製Z社製統一仕様統一仕様統一仕様M社電子カルテシステム医事会計システムA病院B病院C病院X社製Y社製Z社製統一仕様統一仕様統一仕様M社電子カルテシステム図2どのシステムでも接続できる共通仕様R日本医師会が無償で提供しているORCA(オルカ)と呼ばれる医事会計システムは,接続仕様が公開され,情報授受のためのインターフェイスも公開されているので,他社製品と接続するよりもストレスがありません(図3参照).医事会計システムA病院B病院C病院ORCAORCAORCAORCA接続仕様ORCA接続仕様ORCA接続仕様M社電子カルテシステム図3ORCAの提供する接続仕様を利用Rしかし,最もストレスがないのは,自社の医事会計システムであることはいうまでもありません(図4参照).自社製品なので,データ授受に関する情報は細大漏らさず入手でき,誤解もなく,動作の齟齬もありません.もっとも,国レベルで一つのベンダ製品に統一されてしまうと,競争相手がなくなり,切磋琢磨して製品を良くする機会がなくなってしまいます.気をつけるべきことだと思います.医事会計システムA病院B病院C病院M社製M社製M社製M社電子カルテシステム図4自社製品同士の場合R以上,電子カルテシステムと医事会計システムとの接続を例にしましたが,院内には数多くの部門システムがあり,これらを相互に支障なく接続し,情報授受を行うには膨大な手間がかかります.これを他社製品を考慮す1014あたらしい眼科Vol.31,No.7,2014ることなく,1社の製品で統一すれば簡単にトータルシステムができ上がります.どこに行っても自分の診療情報を参照でき,適切な治療を受けられるという,“どこでも診察”ができる北欧の環境は,1社のベンダの製品で統一されているからという単純なものであることがご理解いただけたと思います.しかし,本来は図2のようなデータ授受のための共通インターフェイスを作り,異なるベンダ製品間でもストレスなく情報交換できる環境が望ましいことはいうまでもありません.3.どこでも診察環境“どこでも診察”は,データが紙ではなく電子的に取り扱われるようになっていることが前提です.個人の身体情報,診察履歴,投薬履歴,手術履歴,すなわちHearthRecordsを一元的に,かつ電子的に管理し,必要に応じて適宜利用する環境を構築.この下で,個人の健康の維持管理や病気,事故遭遇時に,どこでも適切で迅速な診察治療を可能とすることができます.その環境を図5に示します.診療所診療所中堅病院中堅病院拠点病院拠点病院EHR(診診連携)EHR(病診連携)EHR(病診連携)EHR(病病連携)EHR(病病連携)EHR(病病連携)EMREMR患者個人(PHR)EMREMREMREMR図5EMR,EHR,PHR概念図REMR/ElectronicMedicalRecord(診療情報を扱うシステム)HER/ElectronicHealthRecord(異なる医療機関同士での診療情報の相互交換,共有システム)PHR/PersonalHealthRecord(患者個人の健康,診療情報蓄積・管理・活用システム)モバイル機器と無線環境の普及で,自分の診療情報をいつでもどこでも見られるというユビキタス環境も整ってきています.一方,この便利さを享受するために,アクセスを許している箇所が随所にあり,ここから情報が漏えいする危険があります.便利さと危うさが共存しますが,セキュリティを確かにして便利さを感じるシステム環境を整備したいものです.(88)

硝子体手術のワンポイントアドバイス 134.特発性黄斑円孔の成因(研究編)

2014年7月31日 木曜日

硝子体手術のワンポイントアドバイス●連載134134特発性黄斑円孔の成因(研究編)池田恒彦大阪医科大学眼科手術の実際とは少し離れるが,この連載では,筆者らが行っている硝子体手術に関連する臨床あるいは基礎研究も不定期に紹介させていただこうと思う.今回はその第1回目である.●特発性黄斑円孔の成因は硝子体牽引だけで説明できるか?特発性黄斑円孔は,後部硝子体皮質前ポケットの後壁の硝子体皮質の牽引により,中心窩網膜が牽引されることで発症する1).しかし,黄斑円孔がなぜ経過とともに同心円状に拡大していくのか,硝子体手術によって黄斑円孔が閉鎖した後,中心窩の形態が変化しないにもかかわらず,なぜ視力が向上し続けるかなど,疑問点も多い.筆者は以前から,中心窩に未分化な幹細胞様の網膜グリア細胞が存在するのではないかという仮説のもとに種々の研究を行ってきた2).●中心窩には幹細胞様の未分化な細胞が存在する?網膜の主要なグリアであるMuller細胞は脱分化をきたし,網膜前駆細胞になることが報告されている3,4).一方,網膜幹細胞はCMZ(ciliarymarginalzone)に存在し5),神経細胞,グリア細胞,視細胞に分化することが知られている.サル眼を用いた筆者らの研究の結果,中心窩網膜にはNestin陽性の細胞が他の部位より多く認められた(図1)6).また,黄斑円孔患者の硝子体中にはキマーゼというセリンプロテアーゼの活性が上昇していることを見いだした7).キマーゼはアンジオテンシン変換酵素(ACE)とは別の経路でアンジオテンシンIをIIに変換する作用を有し,組織の線維化やリモデリングに関与するが,アポトーシス作用も有している.実際,サル眼の硝子体にキマーゼを注入すると,中心窩にTunnel陽性細胞が出現する(図2)6).(85)0910-1810/14/\100/頁/JCOPYa赤道部A,C周辺部D図1サル眼網膜におけるNestin陽性の細胞b2.5(/0.2mm2)ADa:黄斑部における25Nestin陽性細胞の免22.5疫染色.b:黄斑部は20他の部位と比較して17.515BCENestin陽性細胞が多12.510Meam±SD(N=5)く認められる.(文献2より引用)7.550黄斑部B黄斑と赤道の中間E図2サル眼の中心窩におけるTunnelControlChymase陽性細胞硝子体にキマーゼを注入すると,中心窩にTUNEL染色Tunnel陽性細胞が出現する.(文献6より引用)●特発性黄斑円孔の成因に関する新しい仮説なぜ黄斑円孔で硝子体中のキマーゼ活性が上昇するかについては不明であるが,毛様体,脈絡膜などに存在する肥満細胞がなんらかのきっかけでキマーゼ産生を亢進させるのかもしれない(網膜には肥満細胞は存在しない).OCTでみられる黄斑円孔部位の網膜分離様所見も,中心窩のMuller細胞が機能不全をきたした結果生じている可能性がある.中心窩にこのような未分化な細胞が存在するとしたら,黄斑円孔だけでなく黄斑上膜や黄斑浮腫などの種々の黄斑疾患の病態解明に繋がるかもしれない.文献1)KishiS,HagimuraN,ShimizuK:AmJOphthalmol122:622-628,19962)池田恒彦:日眼会誌107:785-812,20033)FischerAJ,RehTA:NatNeurosci4:247-252,20014)OotoS,AkagiT,KageyamaRetal:ProcNatlAcadSci101:13654-13659,20045)TropepeV,ColesBL,ChiassonBJetal:Science287:2032-2036,20006)SugiyamaT,KatsumuraK,NakamuraKetal:OphthalmicRes38:201-208,20067)MaruichiM,OkuH,TakaiSetal:CurrEyeRes29:321-325,2004あたらしい眼科Vol.31,No.7,20141011

眼科医のための先端医療 163.ストレスシグナル制御による神経保護治療の可能性

2014年7月31日 木曜日

監修=坂本泰二◆シリーズ第163回◆眼科医のための先端医療山下英俊物理化学的ストレスストレスシグナル制御による神経保護治療の可能性香留崇(徳島大学大学院ヘルスバイオサイエンス研究部眼科学分野)ストレス応答性MAPキナーゼ経路とASK1個々の細胞は絶えず外界からのストレスに曝されており,そのストレスの種類や程度に応じて細胞周期の停止,DNA修復,アポトーシス,サイトカイン産生など,さまざまな応答を示します.その応答には細胞内のシグナル伝達が重要な役割を担っており,とくにMAP(mitogen-activatedprotein)キナーゼ(MAPK)経路の役割が注目されています1).MAPK経路は3つの階層のキナーゼ(MAPKKK,MAPKK,MAPK)から構成され,酵母から哺乳類に至るまできわめてよく保存されています.Apoptosissignal-regulatingkinase1(ASK1)はストレスによって活性化され,下流のc-JunN-terminalkinase(JNK)経路とp38MAPK経路を通じてアポトーシスを制御しているMAPKKKとして報告されました2)(図1).ASK1のノックアウト(KO)マウスはいずれも正常に発生・発育し,明らかな形態や行動の異常は認められませんでした.しかし,ヒトの疾患モデルとなるようなさまざまなストレス刺激をKOマウスに加えると,個体レベルでの応答に異常が認められます.これまでのASK1KOマウスを使った解析から,とくにアルツハイマー病などの神経疾患とASK1との関連が示唆されています3~6).細胞質MAPKKKMAPKKMKK4/7MKK3/6MAPKASK1JNKp38MARKアポトーシス図1ASK1を介するシグナル伝達経路ASK1はMAPKKKとして,MKK4/MKK7→JNKおよびMKK3/MKK6→p38という2つのストレス応答MAPK経路を活性化し,さまざまな細胞に細胞死を誘導する.これらの結果を踏まえ,筆者らは,視神経損傷後にはASK1が過剰に活性化して,網膜神経節細胞死が増加するのではないかと推測し,視神経外傷によるASK1の役割と薬物治療の可能性について検討した7)ので,その結果を解説します.ASK1KOマウスによる神経細胞死の抑制マウスに麻酔をかけ,眼球の後ろ約3mmの部位の視神経を軽くピンセットで数秒間圧迫して神経軸索を損傷すると,網膜神経節細胞死が起こり,網膜内層は変性します.この手法を用いて,野生型(wildtype:WT)マウスとASK1KOマウスに視神経外傷処置を行い,7日後および14日後に眼球を摘出し,網膜の形態をヘマトキシリン・エオジン染色にて観察し,網膜内層厚および視神経外傷前7日後14日後図2aASK1ノックアウトGCL(KO)マウスにおけるINL神経細胞死の抑制野生型マウス視神経外傷後マウスの摘出網ONL膜のヘマトキシリン・エオジン染色像.すぐ下には網膜神経節細胞層の拡大像.ASK1KOマウスでは野生型マウスGCLと比較して,視神経損傷後のINL網膜神経節細胞死が抑制さASK1NOれ,網膜内層の厚みも保たれマウスONLているのがわかる.IRL(81)あたらしい眼科Vol.31,No.7,201410070910-1810/14/\100/頁/JCOPY 野生型マウスASK1NOマウス0362403624経過時間(外傷後より)phospho-p38totalp38phospho-JNKtotalJNK図2b視神経外傷によるp38MAPKの活性化WTマウスでは視神経外傷後3時間後をピークとするp38MAPKの活性化が認められた一方で,ASKlKOマウスでは視神経外傷後もp38MAPKのリン酸化は抑制されており,ほとんど観察できなかった.ASK1の下流でp38MAPKと同様に細胞死を誘導するとされるJNKの発現に変化は認められなかった.totalp38:p38MAPKの全体量,phospo-p38:活性化したp38MAPK,totalJNK:JNKの全体量,phospo-JNK:活性化したJNK視神経外傷前7日後14日後GCLコントロールINLONL(PBSの眼球内投与)GCL外傷5分後にp38MAPKINL阻害剤の眼球内投与ONLIRL図2cp38MAPK阻害剤による神経細胞死の抑制OCTを用いた同一個体における網膜断層像.上段はPBS(薬剤を溶かす溶液)を眼球内に投与したコントロール.下段は受傷の5分後にp38MAPK阻害剤を眼球内に投与した個体.p38MAPK阻害剤を投与した網膜では,その後14日間にわたって,網膜内層の厚みが保たれていることがわかる.GCL:ganglioncelllayer(神経節細胞層),INL:innernuclearlayer(内顆粒層),ONL:outernuclearlayer(外顆粒層),IRL:innerretinallayer(網膜内層)(図2a~c:文献7より許可を得て転載,一部改変)網膜神経節細胞数の定量化を行ったところ,WTマウス制されており,ほとんど観察できませんでした.ASK1では網膜内層の非薄化と網膜神経節細胞の減少を認めまの下流でp38MAPKと同様に細胞死を誘導するとされした.しかし,ASK1KOマウスでは網膜内層の非薄化とるJNKの発現に変化は認められませんでした(図2b).網膜神経節細胞の減少は有意に抑制されており,視神経以上の結果は,視神経外傷による網膜神経節細胞死の外傷による網膜変性の軽症化が確認されました(図2a).誘導には,ASK1からp38MAPKに至る経路が主に関次にp38MAPKの活性の変化を定量的に評価する目与することを示しています.的で,網膜全体から精製した蛋白質を用いたWesternblottingを行いました.WTマウスでは視神経外傷後にp38MAPKの活性化が認められた一方で,ASK1KOマウスでは視神経外傷後もp38MAPKのリン酸化は抑そこで,筆者らは実験用試薬として汎用されているp38MAPK阻害剤による視神経外傷後の網膜変性の軽症化1008あたらしい眼科Vol.31,No.7,2014(82) p38MAPK阻害剤を眼内に投与することで,視神経外傷後の網膜変性の軽症化が可能かどうか検証しました.摘出網膜による組織学的な検討で,p38MAPK阻害剤による網膜神経細胞死が抑制されることを確認しました.そこで,同一個体における経時的変化を観察するため,光干渉断層計(OCT)を使用してp38MAPK阻害剤の効果を検討しました.その結果,視神経外傷の5分後にp38MAPK阻害剤を投与したマウスでは,受傷後7日後と14日後においても網膜内層厚の減少が抑制されることが確認されました(図2c).今後の展望本稿では,視神経外傷と細胞死誘導因子であるASK1の関連について解説しました.視神経外傷後のASK1p38MAPKシグナル伝達経路を遮断することで網膜変性を抑制することが明らかとなり,同経路が神経保護治療のターゲットになり得る可能性を示しました.視神経外傷はいわば急性の視神経変性疾患でありますが,一般的に緩徐に進行する慢性の神経変性疾患である緑内障などにおいても,ストレスシグナルによって誘導される神経細胞死を抑制することが,神経保護に有効な可能性を示したともいえます.このような知見は,ストレスシグナルの破綻が疾患の発症・病態に大きくかかわっていることを物語っており,今後もストレス応答の機能解析を進めることで,ストレスシグナルを標的とした新たな創薬基盤の開発や医療への還元へとつながるものと期待されます.文献1)KyriakisJM,AvruchJ:Mammalianmitogen-activatedproteinkinasesignaltransductionpathwaysactivatedbystressandinflammation.PhysiolRev81:807-869,20012)IchijoH,NishidaH,IrieKetal:InductionofapoptosisbyASK1,amammalianMAPKKKthatactivatesSAPK/JNKandp38signalingpathways.Science275:90-94,19973)KadowakiH,NishitohH,UranoFetal:AmyloidbetainducesneuronalcelldeaththroughROS-mediatedASK1activation.CellDeathDiffer12:19-24,20054)NishitohH,KadowakiH,NagaiAetal:ALS-linkedmutantSOD1inducesERstress-andASK1-dependentmotorneurondeathbytargetingDerlin-1.GenesDev22:1451-1464,20085)HaradaC,NakamuraK,NamekataKetal:Roleofapoptosissignal-regulatingkinase1instress-inducedneuralcellapoptosisinvivo.AmJPathol16:261-269,20066)HaradaC,NamekataK,GuoXetal:ASK1deficiencyattenuatesneuralcelldeathinGLAST-deficientmice,amodelofnormaltensionglaucoma.CellDeathDiffer17:1751-1759,20107)KatomeT,NamekataK,GuoXetal:InhibitionofASK1p38pathwaypreventsneuralcelldeathfollowingopticnerveinjury.CellDeathDiffer20:270-280,2013■「ストレスシグナル制御による神経保護治療の可能性」を読んで■ストレスが疾患や老化の原因であることが広く知ら体的には,アポトーシス,炎症,形態再構築などの現れるようになり,ストレス緩和のためのサプリメント象がそれにあたります.従来から,ストレス反応伝達摂取が,現在大きなブームになっています.しかし,経路の代表的分子であるASK1は,p38MAPKおよストレスという概念は,紫外線,外傷,炎症など,あびJNKを誘導することが報告されていました.しかりとあらゆるものを含むため,効果的対策が立てにくし,細胞内シグナル伝達経路においては,特定の分子いのも事実です.サイエンスとは,曖昧な現象を分析が活性化されても,その下流にいくつかの異なるシグして実態を明らかにすることですから,サイエンスとナルを伝達するので,最終的な細胞反応までの経路をしての医学の立場からは,生体のストレス経路を明ら明らかにしないと,あまり意味はありません.そのこかにすることが必要です.そして,そこをコントローとを理解すると,外傷という具体的なストレスから,ルすることこそが治療につながります.網膜細胞死という最終現象までの経路を解明できたと今回,香留先生が述べられたことは,その意味からいう今回の研究の意義の大きさがわかると思います.きわめて重要なことです.生体ストレスには,小胞体そして,その発見を,治療に結びつけることができたストレス,サイトカイン,紫外線,浸透圧,温度,虚ことは,さらにすばらしい成果です.もちろん,この血,機械的刺激などさまざまなものがあります.細胞経路は自然免疫にも関連していますので,ただちに臨はそれらのストレスに反応して,ASK1,MEKK1,床に結びつくとは限りませんが,外傷後の組織傷害のTAK1,MTK1などの多くの分子群を活性化させ,防止やその薬物治療についての道を開いた先駆的研究さらにその下流のp38MAPKやJNKなど分子経路をであることは間違いありません.介して,ストレスへの応答現象を引き起こします.具鹿児島大学眼科坂本泰二(83)あたらしい眼科Vol.31,No.7,20141009

私の緑内障薬チョイス 14.病期とPG製剤チョイス

2014年7月31日 木曜日

連載⑭私の緑内障薬チョイス企画・監修山本哲也連載⑭私の緑内障薬チョイス企画・監修山本哲也14.病期とPG製剤チョイス原岳橋本尚子原眼科病院プロスタグランジン(PG)製剤は「強い眼圧下降」作用が魅力だが,「眼局所の副作用」が多様であることも広く知られている.両者にはおおむね「眼圧下降が強ければ,局所副作用も強い」という関係があると思われる.早期の症例では「眼局所副作用の強くない」治療がアドヒアランスを良好にすると思われ,中,末期の症例では「眼圧下降を優先」した治療が患者の理解,支持を受けると思われる.症例139歳,女性.LASIK希望.初診時視力は右0.04(1.2×.8.75cyl(0.75A180°),左0.05(1.2×.8.0cyl(1.0A170°),眼圧は右19mmHg,左18mmHgであった.両眼ともに視神経乳頭陥凹が認められ(図1),右眼は下方に網膜神経線維層欠損(nervefiberlayerdefect:NFLD)が認められた.OCTの黄斑部神経節細胞層厚(GCA)(図2)には両眼の菲薄化が観察され,視野検査図1症例1の初診時の視神経乳頭近視変化によるコーヌスが認められるが,右眼に神経線維層欠損が認められる.図2症例1の初診時のGCA両眼ともにGCAは菲薄化しているが,右眼は上下の厚さに差があり,より下方が薄いことがわかる.左眼も全体的にGCAの菲薄化が観察されるが,右眼ほどではなく,上下の差も右眼ほど顕著ではない.図3症例1のHumphrey静的視野検査30.2の結果右眼はOCTの結果に一致して上方の感度低下が始まっている.左眼は顕著な感度低下は観察されず.結果(図3)では右眼のNFLDと一致する視野異常が認められた.症例256歳,男性.半年前より視力低下を自覚し初診.初診時視力は右0.06(1.0×.5.25Dcyl(1.0DA170°),左0.02(0.2×.4.0Dcyl(1.0DA170°),眼圧は右15mmHg,左15mmHgであった.眼科治療歴はなく,視神経乳頭は両眼ともに広い陥凹を示し(図4),左眼はとくに萎縮所見が強かった.視野検査では(図5),左眼は図4症例2の初診時の視神経乳頭写真両眼ともに近視乳頭.すでに広い陥凹がみられ,左眼はとくに萎縮変化が強い.本欄の記載内容は,執筆者の個人的見解であり,関連する企業とは一切関係ありません(編集部).(79)あたらしい眼科Vol.31,No.7,201410050910-1810/14/\100/頁/JCOPY 図5症例2の静的視野検査30.2の結果左眼(.24.85dB)はすでに中心視野に至る全体の感度低下.右眼(.12.76dB)は上方が顕著な感度低下,下方の中心視野は保たれている.すでに中心30°の視野は全体に感度低下をきたしていた.右眼は上方の感度低下が顕著であったが,下方の中心視野は保たれていた.眼圧下降作用と副作用の関係PG製剤の眼圧下降作用は,おおまかにビマトプロスト>トラボプロスト>ラタノプロストの順で眼圧下降効果が強く,タフルプロストはラタノプロストと同等かやや眼圧下降が強い,という報告がある.一方,充血や眼瞼溝深化(deepeningoftheuppereyelidsulcus:DUES)などの局所副作用は,ラタノプロストに比し,ビマトプロストやトラボプロストのほうが強い,との報告があり,PG製剤には「眼圧下降が強い=局所副作用も強い」という傾向があるといえる.病識と副作用許容の関係緑内障患者の治療上重要な因子のひとつに「病識」がある.点眼をしても視野が広がるわけでなく,点眼を忘れても翌日何も変化はないため,点眼のモチベーションを維持しにくいのが特徴である.緑内障患者の唯一のモチベーションは「放置したら失明する」という「病識」という名の危機感である.患者の病識が低ければ点眼後の充血は我慢できないし,病識が強ければDUESを生じても,アドヒアランスは良好になる.症例の検討症例1は近視眼の正常眼圧緑内障(normaltensionglaucoma:NTG)で,視野障害の自覚症状はないため,病識は低い.一方,視神経乳頭の陥凹は右>左で,NFLDが右下方に観察される.GCAは両眼ともに近視の影響もあり薄いが,全体に左に比べて右が薄く,さらに上方に比べて下方の菲薄化が顕著である.視野検査で1006あたらしい眼科Vol.31,No.7,2014は右上方ビエルム領域に感度低下が出現し,今後も進行する可能性があると思われ,治療意義がある.このような症例では,PG製剤を第1選択で使用するが,病識が低いため,副作用の強くないラタノプロストを選択した.眼圧は12~13mmHgに低下し,経過観察中である.無治療時の眼圧が15mmHg以下であったらタフルプロストから開始したかもしれない.症例2は,症例1と同様の近視眼であるが,視野障害が顕著で,すでに本人も左眼の視力低下を自覚している.視力検査で視力が低下しているだけでなく,視野検査を行い,左眼のみならず右眼にも視野障害が出ていることを知り,本人は愕然としていた.さらに,緑内障性視野障害は不可逆性であるだけでなく,今後さらに進行する可能性があることを知らされ,緑内障進行の危機感がさらに強くなった.本症例では,眼局所の副作用よりも眼圧下降を最優先し,ビマトプロストを選択した.眼圧は両眼ともに11~12mmHgに下降した.点眼使用開始後,両眼結膜に顕著な充血が生じた.さらに眼瞼色素増加,DUESも出現しているが,本人は眼圧下降,中心視野の確保を優先して望んでおり,受診のたびに眼圧,視野検査結果などを熱心に確認している.まとめ緑内障治療の唯一のエビデンスは眼圧下降であるから,治療は眼圧下降を最優先に考えるのが当然であり,それがPG製剤が第1選択となっている最大の理由である.しかし,PG製剤には他の薬剤よりも眼局所の副作用が多様であり,それが理由でアドヒアランスが低下し,なかには治療を途中でやめてしまう例も出かねないのが実情である.患者の病識が高ければ,眼局所の副作用を許容し,治療を継続することが可能である.早期の症例では眼局所の副作用の強くないものを選択し,点眼を継続させることにも配慮が必要である.中・末期の患者はおおむね病識が高く,緑内障悪化に対する危機感があり,局所副作用を許容することができるため,より眼圧下降を優先することができると筆者は考えている.当然ながら,全体の傾向はあっても「個人差」があるので,眼圧下降も局所副作用も使用後の降下の確認が最重要である.(80)

抗VEGF治療:抗VEGF薬硝子体内注射による眼合併症

2014年7月31日 木曜日

●連載抗VEGF治療セミナー監修=安川力髙橋寛二6.抗VEGF薬硝子体内注射服部知明名古屋市立大学大学院医学研究科視覚科学による眼合併症抗VEGF薬が国内で認可されて5年が経過した.適応疾患は当初,滲出型加齢黄斑変性であったが,現在では近視性脈絡膜新生血管や網膜静脈閉塞症,糖尿病網膜症に伴う黄斑浮腫と拡大し,注射数の増加に伴う合併症の増加が懸念されている.今回は抗VEGF薬硝子体内注射による眼合併症について解説する.はじめに2008年にマクジェンRが日本で使用されるようになって以来,抗VEGF薬はルセンティスR,アイリーアRと続々と発売され,適応疾患もはじめは滲出型加齢黄斑変性に伴う脈絡膜新生血管のみであったが,現在では,近視性脈絡膜新生血管,網膜静脈閉塞症に伴う黄斑浮腫,糖尿病黄斑浮腫と徐々に適応拡大され,注射数の劇的な増加による合併症の増加が危惧されている.国内外で抗VEGF薬硝子体内注射による眼合併症が報告されており,なかでも眼内炎は,頻度こそ低いもののその後の視機能に重大な影響を及ぼすことから,予防と対策が非常に重要である.そのほか,当施設で起きた合併症も含めて解説する.網膜裂孔・黄斑円孔硝子体内注射手技の際に,刺入する針の動きと硝子体内に流入する薬液の影響で,硝子体の移動による網膜の牽引が起こったり,まれにではあるが長い針の刺入し過ぎや眼球の上転などの影響で針先が網膜に接触したりすることにより,網膜に医原性の裂孔や円孔を形成してしまう場合がある.飯島らの報告によると0.02%であった1).完全に予防することは困難であるが,当施設では術者が気をつけて行う点として,①眼球に垂直に刺入すること,②刺入後は眼球内での注射針の方向変換など無用な操作を行わずに,そのまま垂直に注射針を抜去することとしている.また,③薬剤のジェット水流による裂孔形成の報告もあるので,ゆっくりとした薬剤注入が推奨される.眼内への刺入は7.10mmぐらいでよいので,針の長さが10mm程度の30ゲージ針を用いると安全である.(77)0910-1810/14/\100/頁/JCOPY水晶体損傷有水晶体眼への硝子体内注射の場合,手技的に水晶体後.を損傷する場合がある.注射針の刺入時よりも抜去時に針先が水晶体後面に接触する場合が多いように思われる.飯島ら1)は,0.06%と報告しており当院でも現在までに2例(0.08%)を経験しているが,いずれも抜去時に水晶体損傷を起こしている(図1).予防としては網膜裂孔の項目と同じだが,抜去時に注意して刺入時と同じルートを通って垂直に抜去するように心がけるとよい.手技に不安があれば,硝子体内注射ガイド(M.E.Technica)を使用すると安全に施行できる.水晶体後.を損傷してしまった場合は,高い確率でその後,外傷性白内障が進行し手術となる.このときは,すでに後.が破損していることを前提に手術を行う必要があり,患者への説明が重要である.また,(前部)硝子体切除を行図1水晶体損傷例80歳,男性.4回目の硝子体注射時に発生した.経過観察していたが徐々に白内障の進行を認めたため,3カ月後に白内障手術を施行した.術前からの後.破損のため眼内レンズは.外固定となった.あたらしい眼科Vol.31,No.7,20141003 図2眼内炎例74歳,男性.初回の硝子体注射のあと,4日目で発症した.同日に硝子体手術を施行となった.うことは,その後の抗VEGF薬の眼内滞留性を低下させて,治療がむずかしくなってくる場合があるので,やはり水晶体損傷には十分な注意をはらう必要がある.眼内炎抗VEGF薬に限らず,硝子体内注射における最も重大な合併症である.国内外の報告を調べると,個々の抗VEGF薬の注射における眼内炎の発生頻度は,飯島らは0.04%1)と報告し,MARINA試験2)でも0.04%であった.筆者らの施設でも2,488注射中1眼(0.04%)が眼内炎を発症した(図2).この頻度は白内障手術時の眼内炎の発症率と比較しても,ほぼ同等と考えられるものの,1人の患者が多いときは10回以上注射を行うこともあり,相対的に眼内炎のリスクが上がっていくと考えられるため,可能な限りの眼内炎の予防および早期発見が大切である.予防として,まず注射3日前から抗菌薬の点眼を行う.術前の消毒・洗眼に関しては300以上の論文を検証した報告において,ヨード製剤による消毒が術後眼内炎予防に最も高いエビデンスを有すると評価している3).したがって筆者らの施設では,眼瞼周囲の皮膚消毒を10%のヨード製剤で行い,結膜.の洗眼・消毒を4倍希釈のPA・ヨードで行っている.そのほか,当院では手術室を利用しているが,外来処置室で行うとしても,マスクと手袋の着用が推奨される.睫毛の常在菌の侵入を阻止するため,睫毛よけ機能1004あたらしい眼科Vol.31,No.7,2014図3EzSpecR睫毛をシーリングすることができ,使い捨てのため清潔が保てる.の付いた使い捨ての開瞼器(EzSpecR:HOYA)を全例に使用している(図3).針先をどこかに触れないように気をつけるのも大切である.おわりに抗VEGF薬硝子体内注射による眼合併症のなかで,追加治療が必要となるおもな合併症を取りあげた.抗VEGF薬の硝子体内注射は最近の適応拡大に伴って,今後,劇的に増加する可能性が考えられる.注射数の増加により必然的に合併症をきたす絶対数も増加する.これをできる限り減らすために,手技的な合併症を極力減らし,最大の合併症である眼内炎をどのように予防するかが重要である.今後も眼内炎予防の知識を眼科医同士で共有し,可能な限りの予防措置を講じ,また,眼内炎発生時に迅速な対応ができるように患者説明や設備やスタッフの準備をしておくべきである.文献1)飯島裕幸,今澤光宏:ベバシズマブ硝子体注射に関する全国調査.眼科51:927-933,20092)RosenfeldPJ,BrownDM,HeierJSetal:Ranibizumabfornaovascularage-relatedmaculardegeneration.NEnglJMed355:1419-1431,20063)CiullaTA,StarrMB,MasketS:Bacterialendophthalmitisprophylaxisforcataractsurgery:anevidence-basedupdate.Ophthalmology109:13-24,2002(78)

緑内障:新しいOCTによる乳頭篩状板観察

2014年7月31日 木曜日

●連載169緑内障セミナー監修=岩田和雄山本哲也169.新しいOCTによる乳頭篩状板観察庄司拓平埼玉医科大学医学部眼科学教室SD-OCTの登場により,網膜分層構造の解析が可能になり,緑内障における網膜内層の構造変化をより詳細に捉えることが可能になった.現在,次世代OCTの試作機はいくつか報告されているが,本稿ではモードロックレーザーを用いた広帯域光源OCTによる視神経乳頭・篩状板像を紹介する.●緑内障の画像診断の進歩緑内障の画像診断は,スペクトラルドメイン光干渉断層計(spectral-domainopticalcoherencetomography:SD-OCT)の登場により解像度が向上し,網膜分層構造の定量的評価が可能になった.スキャンスピードが飛躍的に向上したため,重ね合わせによるスペックルノイズ除去や,ラスタースキャンによるBスキャン像の大量取得も可能となった.従来の画像診断機器による緑内障の定量的評価は,乳頭形状や乳頭周囲の網膜神経線維層(nervefiberlayer:NFL)を測定するのが主流であったが,これらの評価方法に加え,黄斑部内層網膜厚の評価が可能となった.2012年には世界初のスウェプトソースOCT(sweptsourceOCT:SS-OCT)が市販された.異なる波長の干渉信号をFourier変換して画像を構築する点において両者は共通であるが(Fourier-domainOCT:FD-OCTと呼ばれる),波長掃引レーザーを光源とするSS-OCTは,従来の光源よりも長い1,050nm帯を中心波長とするため,より深達度の高い(しかし縦方向分解能はややSD-OCTに劣る)画像が取得可能となった.●生体篩状板観察緑内障の病態に視神経乳頭篩状板が重要な役割を果たしていることは,従来から指摘されていた.緑内障が進行するにつれ,篩状板が後方へ押し出され菲薄化することは剖検眼で確認され,生体眼では篩状板孔が透見可能となり(laminardotsign),さらには篩状板孔が変形することも眼底写真を評価することで報告されていた1).ただし,硝子体側からは,篩状板の手前には血管や神経線維も集まってくるため,観察が困難となることが少な(75)0910-1810/14/\100/頁/JCOPYくない.また,従来のOCTで観察を試みても,これらの組織により信号が減衰してしまい,明瞭な画像を得ることがむずかしかった.しかし,SD-OCTのEDI法やSS-OCTにより篩状板が確認可能となり,近年,生体篩状板の構造や乳頭辺縁の微細構造の報告が急増している.●広帯域レーザー光源を用いた新たなOCT筆者らの施設(埼玉医科大学先端レーザー医学センター)では,モードロックレーザーを用いた広帯域光源のOCTを開発した2,3).FD-OCTにおいてはOCTの縦方向分解能(axialresolution)は光源の波長幅により規定され,光源波長幅が広いほど解像度は向上する.本OCTは,従来のSLD光源を使用した波長幅の3.4倍にあたる200nmの波長幅をもつことにより,解像度2μmを実現した.さらに,ラスタースキャンの間隔を狭め,撮影部位の異なるBスキャン画像を連続取得した.この画像を再構築すれば,乳頭篩状板をはじめとする視神経乳頭深部の3次元情報を取得することが可能になり,任意の平面での切片画像がイメージングでき,さまざまな深さでのC-scan画像(en-face画像)を取得することも可能になった(図1).●今後の画像診断次世代OCTとしては,超広帯域光源を利用するものだけではなく,補償光学(adaptiveoptics:AO)を組み合わせた補償光学走査型レーザー検眼鏡(AO-SLO)やAO-OCT,組織の複屈折性を利用し,網膜内の物性変化を捉えようと試みられている偏光OCT,光学的なドップラー効果を利用し,血流量を測定するドップラOCTなどがある.いずれもいまだ市販化はされていなあたらしい眼科Vol.31,No.7,20141001 図1視神経乳頭の3次元断面像60歳,男性の正常眼画像を3次元構築した像.任意の高さにおける3次元像を構築することが可能となった.硝子体側からはlaminaporeは確認できないが(左),断面の高さを変えることで篩状板の構造が明瞭に確認できる.いが,生体眼での画像取得・解析結果はすでに報告されている.緑内障の視野障害発症パターンからも先述のとおり,視神経篩状板部の網膜神経線維束が最も重要な働きをしていることが強く示唆されている.これらの機器を応用することにより,詳細な生体乳頭篩状板の構造と機能が明らかになり,さらなる病態解明が期待される.文献1)MillerKM,QuigleyHA:Theclinicalappearanceofthelaminacribrosaasafunctionoftheextentofglaucomatousopticnervedamage.Ophthalmology95:135-138,19882)KurodaH,BabaM,SuzukiMetal:Ahighspeedthree-dimensionalspectraldomainopticalcoherencetomographywith<2μmaxialresolutionusingwidebandwidthfemtosecondmode-lockedlaser.AppliedPhysicsLetters102:251102,20133)KurodaH,BabaM,SuzukiMetal:Ultra-highsensitiveandhighresolutionopticalcoherencetomographyusingalaserinducedelectromagneticdipole.AppliedPhysicsLetters103:141118,2013☆☆☆1002あたらしい眼科Vol.31,No.7,2014(76)

屈折矯正手術:Hole ICL

2014年7月31日 木曜日

屈折矯正手術セミナー─スキルアップ講座─監修=木下茂●連載170大橋裕一坪田一男小島隆司170.HoleICL岐阜赤十字病院眼科,名古屋アイクリニックICLの光学部中央に小さな貫通孔をもつHoleICLは,虹彩切除など瞳孔ブロック予防の処置が必要なくなることが特徴である.房水がICL下を流れるので併発白内障予防にも効果が期待される.光学的には通常のICLと差がないことが報告されている.●HoleICLとはImplantablecollamerlens(ICL)は後房型の有水晶体眼内レンズである.日本では2010年にICL,2011年にトーリックICL,2012年にHoleICLが厚生労働省に認可されている.安全性,有効性,予測性に優れる手術で,中等度.高度近視に対してはレーシック(LASIK)よりも術後視機能が優れることが報告されている1).乱視矯正効果においても,3D以上の乱視症例の乱視矯正効果はトーリックICLのほうがレーシックより優れていると報告されている2).後房型の特徴として,レンズが瞳孔領を塞いでしまうために,瞳孔ブロック予防のために術前にlaseriridotomy(LI),もしくは術中にperipheraliridectomy(PI)が必ず必要になる.術前のLIは患者にとっても負担であり,また現在までに報告はないが,レーザーによる角膜内皮細胞障害のリスクとなりうる.PIはICLの挿入後に行うが,通常ICL手術ではしっかりと散瞳した後に手術を行うため,その状態で縮瞳させる場合は十分な縮瞳が得られるまでに時間がかかる場合がある.HoleICL(ICLV4c)は,このICLの中央部分に0.36mmの貫通孔をもつもので,この穴を通して房水が後房から前房へと回るために,LIやPIは必要なくなる.現在ではヨーロッパにおいては通常型のICLよりも年間の埋植数は多くなっている現状である(STAARSurgical社内資料).●HoleICL手術HoleICLは通常のICL手術とほぼ同じように施行できる.レンズのカートリッジへのセッティングは従来と同じであるが,ICLは生理食塩水に浸漬しており,HoleICLはBSSに浸漬している.この違いにより,Hole(73)ICLは今までのICLよりも含水率が高くなっており,セッティングする際に,やや柔らかい印象がある.手術手順を図1に示す.従来のICLは裏側に粘弾性物質が残るが,HoleICLではHole周辺から粘弾性物質が抜けていくのが顕微鏡下で確認できる.●HoleICL挿入後の視機能光学部中央の貫通孔がどのように視機能に影響を与えるかは非常に重要なポイントである.Uozatoらは,モデル眼において0.36mmの中心孔をもつHoleICLは,臨床的に問題となるようなmodulationtransferfunction(MTF)の低下を引き起こさないことを報告している3).Shimizuらは,片眼にHoleICLを,もう一方に通常のICLを挿入して比較した術後早期成績を報告している4).この報告によると,HoleICLと従来型のICLでは術後の惹起高次収差に差がなく,コントラスト感度は両群間に差がなかったとしている.また,夜間のグレアやハローなどの症状も両群で差がなかったと報告している.Kamiyaらも年齢マッチングさせたHoleICL群と通常のICL群に対してopticalqualityanalysissystemを用いた比較をしている5).この報告では,両群においてMTFのcutoff周波数,Strehlratio,前方散乱に関するインデックスなど,視覚の質に関係する値に差がなかったとしている.●HoleICLがもたらす影響HoleICLによってLIやPIなどの処置が必要なくなる.LIやPIは術後の羞明の原因になることがある.また,LIは術後に塞がってしまったり,開いていても径が小さかったりすると瞳孔ブロックを起こすことがあり,ICL手術を始めたばかりの術者で起こしやすい合併症の一つである.PIも同様で,視機能への影響を小さあたらしい眼科Vol.31,No.7,20149990910-1810/14/\100/頁/JCOPY 図1HoleICL手術の流れ①サイドポート作製.②粘弾性物質置換.③3mm耳側角膜切開.④ICL挿入.⑤ハプティクスを虹彩下へ挿入(白矢印:中心の貫通孔).⑥IAを粘弾性物質を除去(白矢印:Holeへ向かう水流を確認できる).くするためにできるだけ小さいPIを作製しようとすると,前葉のみが切除され後葉が残ることがある.この場合は術後に瞳孔ブロックを起こし,緊急でYAGレーザーなどを用いてPIを開通させる処置が必要になる.また,瞳孔ブロックを起こさなくても術後早期に眼圧上昇することがあるが,その原因は粘弾性物質の残留によることが多いと考えられている.従来はICLと水晶体の隙間に残存した粘弾性物質を手術中に完全に吸引除去することは困難であったが,HoleICLは,貫通孔を通じて粘弾性物質の直接除去が可能で,術後の一過性眼圧上昇が非常に少ない.従来のICLは,前述したように生理食塩水に浸漬しているために,眼内に埋植されると膨張し,手術中は問題ないと思われても,術後のvault(ICLと水晶体前面の距離)が意外と高かったり低かったりすることがある.HoleICLはBSSに浸漬しているために,手術中とその後のvaultの変化が起こりにくい.ICL手術の術後合併症として併発白内障があげられる.この原因としては,手術による侵襲もあるが,その大半は房水の循環不全による代謝障害によると考えられている.HoleICLを使用することによって,房水が後房から前房へと生理的なルートと同じように流れるようになる.Shirataniらが報告するように,動物実験では水晶体への影響は通常のICLより小さく6),HoleICLによってこの併発白内障のリスクを大幅に減らせる可能1000あたらしい眼科Vol.31,No.7,2014性がある.現時点ではHoleICLを使用して白内障を発症した症例の報告はなく,今後,長期経過観察の報告が待たれる.文献1)KamiyaK,ShimizuK,IgarashiAetal:Comparisonofcollamertoricimplantable[corrected]contactlensimplantationandwavefront-guidedlaserinsitukeratomileusisforhighmyopicastigmatism.JCataractRefractSurg34:1687-1693,20082)HasegawaA,KojimaT,IsogaiNetal:Astigmatismcorrection:Laserinsitukeratomileusisversusposteriorchambercollagencopolymertoricphakicintraocularlensimplantation.JCataractRefractSurg38:574-581,20123)UozatoH,ShimizuK,KawamoritaTetal:Modulationtransferfunctionofintraocularcollamerlenswithacentralartificialhole.GraefesArchClinExpOphthalmol249:1081-1085,20114)ShimizuK,KamiyaK,IgarashiAetal:Intraindividualcomparisonofvisualperformanceafterposteriorchamberphakicintraocularlenswithandwithoutacentralholeimplantationformoderatetohighmyopia.AmJOphthalmol154:486-494,20125)KamiyaK,ShimizuK,SaitoA:Comparisonofopticalqualityandintraocularscatteringafterposteriorchamberphakicintraocularlenswithandwithoutacentralhole(HoleICLandConventionalICL)implantationusingthedouble-passinstrument.PLoSOne8:e66846,20136)ShirataniT,ShimizuK,FujisawaKetal:CrystallinelenschangesinporcineeyeswithimplantedphakicIOL(ICL)withacentralhole.GraefesArchClinExpOphthalmol246:719-728,2008(74)