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新しい治療と検査シリーズ 217.SMILE(Small Incision Lenticule Extraction)

2014年5月31日 土曜日

新しい治療と検査シリーズ217.SMILE(SmallIncisionLenticuleExtraction)プレゼンテーション:神谷和孝北里大学医学部眼科学教室コメント:稗田牧京都府立医科大学眼科.バックグラウンドフェムトセカンドレーザーは近年もっとも進化をなしとげたレーザーテクノロジーの一つであり,任意の深さや方向で自由自在に角膜組織をアレンジできることから,眼科領域にも広く応用されている.従来,LASIK(laserinsitukeratomileusis)におけるフラップ作製に使用されてきたが,現在ではさまざまな角膜移植,角膜内リング,老視矯正から白内障手術にまで適応が拡大しつつある.屈折矯正手術分野においては,エキシマレーザーを使用せず角膜の一部をレンチクルとして抜去する屈折矯正手術(refractivelenticuleextraction:ReLEx)が開発されている1).ReLExとは,femtosecondlenticuleextraction(FLEx)とその亜型であるsmallincisionlenticuleextraction(SMILE)の総称である.本稿では,フラップそのものを作製せずに行う新たな屈折矯正手術SMILEに焦点を当てて概説する..新しい治療法(原理)ReLExはエキシマレーザーを一切用いず,CarlZeissMeditec社のフェムトセカンドレーザーVisuMaxTMを使用して行う.LASIKとReLExの手術方法は,角膜の表1LASIK,FLEx,SMILEの術式比較LASIKFLExSMILEエキシマレーザー要不要不要フラップ作製要要不要眼球運動による照射ずれありなしなし周辺切除効率低下ありなしなし角膜含水率変化ありなしなし眼球回旋補正ありなしなしバイオメカニクス低下+±.+±ドライアイ+±.+±高次収差+±.+±.+長期予後あり不明不明(79)0910-1810/14/\100/頁/JCOPY一部をレンチクル片として抜去する手技は共通であり,フラップを作製するか否かのアプローチ方法に違いがある.現在の標準術式であるLASIKでは,アイトラッキングを用いても微細な眼球運動による照射ずれやエキシマレーザーによる周辺切除効率の低下が避けられず,フラップ作製後に角膜含水率が変化し続けるが,一方,ReLExでは,角膜組織を圧平コーンによって固定するため,眼球運動による照射ずれがなく,周辺切除効率の低下も生じず,レーザー切除を行う際に角膜含水率は一定のままであることが本質的な違いである(表1)..手術方法SMILEの手術手技のを図1に示す.SMILEはFLExをさらに改良した術式であり,フラップそのものを作製しないため,角膜に対する侵襲はより少ないと考えられる.まず,点眼麻酔後に角膜表面に圧平コーンを接触させてから吸引固定する.次にフェムトセカンドレーザーを用いてレンチクル作製のベースとなる前後面切開とサイドカットを行う.さらにフラップに該当する辺縁に約50.60°の弧状切開を加え,スパーテルを用いてレンチクル前面と後面を鈍的に.離する.その後,鑷子を用いて遊離したレンチクルを切開創より引き抜き,最後に創間を洗浄して手術を終了する2)..本方法の良い点従来のLASIKと異なり,ReLExは①エキシマレーザーを必要とせず,患者の移動が不要,②手術室の室内環境に影響を受けにくい,③レーザー照射による個体差のある角膜創傷治癒反応の影響を受けにくい,④本来角膜が有する優れた生理的形状(prolateshape)の変化が少なく3),眼球高次収差(とくに球面収差)への影響が少ない,⑤しかもその変化が矯正量に依存しない3)ことがメリットとして考えられる.さらにSMILEでは,フあたらしい眼科Vol.31,No.5,2014705 図1フラップに該当する辺縁に約50.60°の弧状切開を加え,スパーテルを用いてレンチクル前面と後面を鈍的に.離する.その後,鑷子を用いて遊離したレンチクルを切開創より引き抜く.ラップ作製に伴う角膜生体力学特性の低下やドライアイも起こりにくいことだけでなく,外傷に対する組織強度も高いことが期待されている.自験例による検討でも,706あたらしい眼科Vol.31,No.5,2014安全性や有効性に明らかな差異を認めないものの2),術直後における疼痛が有意に低下し,オキュラーサーフェスへの影響も少ないことが明らかになっている(清水ら,第35回日本眼科手術学会発表).角膜生体力学特性への影響は,有意差を認めないものの,わずかに少ない傾向であった4).ただし,外傷に対する強度という点では明らかに優位性があり,ボクシングなど格闘技を行う患者にとっては,新たな選択肢となり得るであろう.さらに術後2年までの検討では,FLEx,SMILEともに長期予測性や安定性に優れており,LASIKに認められる遠視化(overshoot)や再近視化(regression)が起こりにくい印象を受ける.その一方,現時点では虹彩認証による眼球回旋補正がなく,乱視が強い症例に対してはトーリック有水晶体眼内レンズやLASIKがより適している.また,一部の症例において術後早期の裸眼視力や矯正視力の回復がやや遅い傾向がみられるが,この原因として前方散乱による影響が示唆されている5).現在では,エネルギー設定や術後ステロイドの投薬見直しを行って早期回復を得ている.もちろん術後長期経過は不明であり,注意深い経過観察が必要であるが,従来の角膜屈折矯正手術と異なり,本術式はフラップレスサージェリーとしてのアドバンテージがあり,将来的に有望な術式の一つと考えられる.文献1)KamiyaK,IshiiR,SatoNetal:Earlyclinicaloutcomes,includingefficacyandendothelialcellloss,ofrefractivelenticuleextractionforthecorrectionofmyopiausinga500-kHzfemtosecondlasersystem.JCataractRefractSurg38:1996-2002,20122)KamiyaK,ShimizuK,IgarashiAetal:Visualandrefractiveoutcomesoffemtosecondlenticuleextractionandsmallincisionlenticuleextractionformyopia.AmJOphthalmol157:128-134,20143)KamiyaK,ShimizuK,IgarashiAetal:Comparisonofvisualacuity,higher-orderaberrationsandcornealasphericityafterrefractivelenticuleextractionandwavefrontguidedlaser-assistedinsitukeratomileusisformyopia.BrJOphthalmol97:968-975,20134)KamiyaK,ShimizuK,IgarashiAetal:Intraindividualcomparisonofthechangesincornealbiomechanicalparametersfollowingfemtosecondlenticuleextractionandsmallincisionlenticuleextraction.JCataractRefractSurg,inpress5)KamiyaK,ShimizuK,IgarashiAetal:Timecourseofopticalqualityandintraocularscatteringafterrefractivelenticuleextraction.PLoSOne8:e76738,2013(80) .本術式に対するコメント.SMILEはフェムトセカンドレーザーを用いて,小切開から角膜実質のみを除去することで屈折矯正を行う.フラップをリフトしてエキシマレーザーで実質を光切除するLASIKと比較すると,眼表面に対しては低侵襲である.除去した角膜実質を凍結保存して,老視になったとき再度実質内に戻し,元の近視にすることも可能らしい.コンセプトとしてはLASIKに勝っている面も多い.SMILEは始まったばかりの術式であり,長期予後は不明であり,再手術もむずかしい.術中センタリングの補正,乱視の軸合わせ,高次収差を含めた不正乱視の矯正などには対応していない.屈折矯正としてのクオリティは,照射径の広いスタンダードLASIKと同等であろう.LASIKがたどってきたようなハード,ソフト両面の進歩により,個人個人の目に対応できるようなカスタム手術が可能になれば,SMILEは次世代の主流になる可能性を秘めていると思われる.☆☆☆(81)あたらしい眼科Vol.31,No.5,2014707

私の緑内障薬チョイス 12.角膜に優しい点眼

2014年5月31日 土曜日

連載⑫私の緑内障薬チョイス企画・監修山本哲也連載⑫私の緑内障薬チョイス企画・監修山本哲也12.角膜に優しい点眼三木篤也大阪大学大学院医学系研究科眼科学教室緑内障の多くは慢性不可逆性であるため,治療は長期にわたり,かつ複数の薬剤を必要とすることが多いことから,角膜上皮障害を合併する頻度も高い.緑内障薬による角膜上皮障害に対しては,角膜障害をきたしにくい薬剤への変更が奏効することがあり,治療の選択肢として有効である.症例51歳,女性.47歳時にコンタクトレンズ処方目的で近医眼科を受診,視神経乳頭陥凹拡大を指摘され,点眼治療開始.50歳時に点眼による眼圧下降不良のため当科紹介.初診時眼圧RT=23mmHg,LT=24mmHg.視力,前眼部,中間透光体には特に異常なし.両眼視神経乳頭陥凹の拡大(図1)と,左眼の視野障害を認めた(図2).視野障害がより強い左眼に選択的レーザー線維柱帯形成術を施行し,点眼をキサラタンR両眼1日1回,チモプトールXER両眼1日1回,エイゾプトR両眼1日2回としたところ,眼圧は両眼17.20mmHgで安定したが,徐々に点状表層角膜症が増加.7カ月後の時点でしみる感覚の訴えが出始めたため,ヒアレイン点眼を追加するも角膜の状態は改善しなかった.初診から1年後の時点でRV=(1.2),LV=(0.9)と左眼視力の低下を認め,眼圧はRT=19mmHg,LT=19mmHgと安定.両眼ともに顕著な点状表層角膜症を認めた(図3).薬剤性角膜障害と考えられたが,初診前の眼圧コントロール不良であり,点眼中止は望ましくないため,キサラタンR点眼を,塩化ベンザルコニウムを含図1両眼の眼底写真両眼とも視神経乳頭陥凹拡大および耳側リムの菲薄化を認め,左眼は耳上側,耳下側の網膜神経線維層欠損も伴っている.(77)0910-1810/14/\100/頁/JCOPY図2左眼のハンフリーC30.2視野検査のグレースケール(上)表示とパターン偏差プロット(下)上方ブエルム領域に視野障害を認めており,MD値は.9.25dBであった.有しないトラバタンズR点眼に変更した.点眼変更1カ月の時点で点状表層角膜症は顕著に改善本欄の記載内容は,執筆者の個人的見解であり,関連する企業とは一切関係ありません(編集部).あたらしい眼科Vol.31,No.5,2014703 図3点眼変更前の右眼前眼部写真角膜中央部から下方にかけて点状表層角膜症を認める.し(図4),しみる感覚や見にくさなどの自覚症状も改善した.変更3カ月後の時点ではわずかに点状表層角膜症を認める程度まで減少したが,以後も完全に消失することはなかった.眼圧レベルは16.22mmHg程度で推移し,変更前より若干上昇傾向であったが有意な変化はなかった.角膜に優しい点眼緑内障は慢性疾患であり,長期にわたる点眼を必要とするため,点眼に伴う角膜障害を認めることは珍しいことではない1,2).薬剤性角膜上皮障害は,ドライアイなどの他の原因による角膜上皮障害と比較して,1)結膜障害より角膜障害が優位,2)進行すると渦巻き状→ひび割れ状(epithelialcrackline)の角膜上皮欠損を呈するなどの特徴がある.しかし実際には,上記のような典型的な薬剤性角膜上皮障害以外にも,他の原因による角膜障害との合併例などの非典型的な症例も多い.薬剤性角膜上皮障害治療の原則は,原因となる薬剤の中止と人工涙液による原因薬剤の除去である.上皮障害が治癒するまでは,防腐剤フリーの人工涙液以外は何も点眼しないことが本当は望ましい.しかし,ある程度進行した緑内障の場合,緑内障治療薬を完全に中止すると病態の悪化を招く危険性があり,実際には困難である場合も多い.このようなケースで筆者はしばしば「角膜に優しい」とされる点眼への変更を試みる.プロスタグランジン関連薬では,上記症例で試みたようにトラバタンズR点眼704あたらしい眼科Vol.31,No.5,2014図4点眼変更後の右眼前眼部写真変更後も角膜中央部から下方にかけて点状表層角膜症を認めるが,その密度は顕著に減少している.への変更を試みる.多くの点眼に防腐剤として含まれている塩化ベンザルコニウムが角膜上皮障害の原因になり得るため,塩化ベンザルコニウムを含まないトラバタンズR点眼に変更することにより,角膜上皮障害の改善を期待してのことである.実際,自験例では,キサラタンR点眼からトラバタンズR点眼への変更により,点眼変更3カ月後の時点で5例中4例で細隙灯顕微鏡写真上明らかな点状表層角膜症の改善を認めた.その後の経験でもだいたい2/3以上の症例で,点眼変更により角膜上皮障害の改善を認めている.b遮断薬では,他の薬剤と比較してミケランR点眼の角膜毒性が低いことが知られている.b遮断薬による角膜上皮障害を疑う症例には試みてよい.最近では防腐剤フリーのプロスタグランジン関連薬であるタプロスミニR点眼も登場したので,これも選択肢となりえると考えられる.角膜上皮障害は,緑内障治療にとってやっかいな悩みの種の一つであるから,角膜に優しい薬剤の選択肢が増えてきたことは大変喜ばしいことである.文献1)LeungEW,MedeirosFA,WeinrebRN:Prevalenceofocularsurfacediseaseinglaucomapatients.JGlaucoma17:350-355,20082)MathewsPM,RamuluPY,FriedmanDSetal:Evaluationofocularsurfacediseaseinpatientswithglaucoma.Ophthalmology120:2241-2248,2013(78)

抗VEGF治療:血管新生緑内障とベバシズマブ

2014年5月31日 土曜日

●連載抗VEGF治療セミナー─薬剤選択─監修=安川力髙橋寛二4.血管新生緑内障とベバシズマブ城信雄関西医科大学眼科血管新生緑内障に対してベバシズマブを使用することで,新生血管の退縮,眼圧下降,閉塞隅角への進展防止,手術時の出血性合併症の軽減,という従来の治療にはない即効性のある著しい効果が得られる.しかし,効果は一過性であるため,原因である眼虚血の解除を十分に行うことは必要であり,ベバシズマブは従来の治療の補助薬といえる.はじめに血管新生緑内障は,眼虚血によって虹彩あるいは前房隅角に新生血管を伴った線維血管膜が発生し,房水流出が障害されることにより高眼圧を呈する.糖尿病網膜症や網膜中心静脈閉塞症などにより網膜が虚血になると,低酸素状態となりさまざまな血管新生因子が分泌され新生血管が誘発されるが,とくに血管内皮増殖因子(vascularendothelialgrowthfactor:VEGF)が最も重要な因子と考えられている1).治療の基本は,第一に網膜光凝固により眼虚血の解除を行い,新生血管を退縮させ,そして薬物療法やトラベクレクトミーなど緑内障手術により眼圧下降を行うことである.しかし,実際は角膜浮腫,散瞳不良,前房出血,硝子体出血などにより十分な光凝固を行えず,新生血管の活動性が高い状態での手術となることがあり,治療に難渋することが多い.最近,新生血管を抑制する抗VEGF薬を血管新生緑内障に応用するようになり,治療が変化してきている.抗VEGF薬の血管新生緑内障への応用抗VEGF薬は,眼科領域で臨床応用されてきているが,血管新生緑内障に対して認可されている薬剤はない.一般にはベバシズマブ(アバスチンR)が使用されているが,適用外使用であるため,使用に際しては各施設における倫理委員会の承認を得たうえで,患者に十分な説明を行い,同意を確認する必要がある.当施設ではベバシズマブ1.25mg/0.05mlを硝子体内に注入している.ベバシズマブによる治療効果2006年のAveryの報告2)から,血管新生緑内障に対(75)するベバシズマブ投与の報告は多数ある.これらの報告から,血管新生緑内障における効果として,速やかな新生血管の退縮,眼圧下降,手術時の出血に関する合併症の軽減があげられる3).新生血管の退縮は,ほとんどが投与後数日以内にみられる(図1).以前は汎網膜光凝固により網膜虚血を解除し,新生血管を退縮させるという過程で数週間の期間を要したものが,ベバシズマブの投与により数日間で新生血管の退縮を得られることが大きな利点である.しかし,ベバシズマブの硝子体投与後の前房水での半減期は10日であり,筆者らの経験では,約2カ月でVEGF阻害効果はなくなる.虚血を改善していなければVEGFが再活性化し,新生血管は再発する.つまり,投与後も早期に十分な網膜光凝固を行い,完全に網膜虚血を解除する必要があり,ベバシズマブは補助薬と認識する必要がある.開放隅角期の症例に対して使用した場合,早期に新生血管が退縮することにより,眼圧下降を得ることができ,周辺虹彩前癒着(peripheralanteriorsynechia:PAS)の進展の予防効果もあり,汎網膜光凝固を完成させる時間的猶予が確保できる.症例によっては最終的に緑内障手術を行うことなく,眼圧コントロールができるようになってきている.一方,閉塞隅角期ではPASにより眼圧が上昇しているため,ベバシズマブの投与では眼圧下降はあまり期待できず,最終的には緑内障手術(トラベクレクトミー)が必要になる.しかし,ベバシズマブを使用することで,網膜光凝固のみで虚血解除を行うより早く新生血管は退縮する.そのため,早期に緑内障手術が行えるようになり,また術中・術後の出血に関する合併症が減少し,術後成績の向上が期待できる.このように活動性の高い新生血管を認める血管新生緑内障に対してベバシズマブを使用することは,一時的な効あたらしい眼科Vol.31,No.5,20147010910-1810/14/\100/頁/JCOPY abcdabcd図1a:虹彩に新生血管を認める血管新生緑内障の症例.b:aの同一症例.ベバシズマブ1.25mg硝子体注入後5日.虹彩の新生血管は消失している.c:開放隅角緑内障期の症例.虹彩から立ち上がる新生血管がみられる.線維柱帯は新生血管のため赤く見える.d:cの同一症例.ベバシズマブ1.25mg硝子体注入後5日.隅角の新生血管は消失している.果ではあるが,十分に価値がある.ベバシズマブを併用したトラベクレクトミー血管新生緑内障に対するトラベクレクトミーの成績は,他の病型よりも術後成績は不良である.その原因として,術中・術後の前房出血が濾過胞の形成の妨げとなっていることが考えられる.ベバシズマブを術前に使用すると術中・術後の前房出血が減少することが報告されており,濾過胞の形成が良くなると考えられる.しかし,トラベクレクトミーの長期成績についての報告は,ベバシズマブの併用により術後成績が改善したもの4)と,改善しなかったもの5)があり,長期的な眼圧経過,濾過胞への影響は今後も検討の余地がある.おわりにベバシズマブの新生血管退縮効果,一時的な眼圧下降は即効性があり,血管新生緑内障の初期治療に大きな変化をもたらした.ベバシズマブは血管新生緑内障の治療における有効な補助薬といえるが,現在のところ保険適用外使用であるため,慎重に適応を検討したうえで使用する必要がある.また,投与量・投与回数についても,今後,検討していく必要がある.文献1)AielloLP,AveryRL,ArriggPGetal:Vascularendothelialgrowthfactorinocularfluidofpatientswithdiabeticretinopathyandotherretinaldisorders.NEnglJMed331:1480-1487,19942)AveryRL:Regressionofretinalandirisneovascularizationafterintravitrealbevacizumab(Avastin)treatment.Retina26:352-354,20063)WakabayashiT,OshimaY,SakaguchiHetal:Intravitrealbevacizumabtotreatirisneovascularizationandneovascularglaucomasecondarytoischemicretinaldiseasesin41consecutivecases.Ophthalmology115:1571-1580,20084)SaitoY,HigashideT,TakedaHetal:Clinicalfactorsrelatedtorecurrenceofanteriorsegmentneovascularizationaftertreatmentincludingintravitrealbevacizumab.AmJOphthalmol149:964-972,20105)TakiharaY,InataniM,KawajiTetal:CombinedintravitrealbevacizumabandtrabeculectomywithmitomycinCversustrabeculectomywithmitomycinCaloneforneovascularglaucoma.JGlaucoma20:196-201,2011☆☆☆702あたらしい眼科Vol.31,No.5,2014(76)

緑内障:緑内障と酸化ストレス

2014年5月31日 土曜日

●連載167緑内障セミナー監修=岩田和雄山本哲也167.緑内障と酸化ストレス宗正泰成聖マリアンナ医科大学大学院医学研究科眼科学緑内障は多因子疾患である.なかでも酸化ストレスは緑内障進行原因の一因子であると推定されている.酸化ストレスバイオマーカーの一つであるチオレドキシンは,緑内障眼における網膜神経節細胞内で低下していることが判明している.今後,抗酸化因子に着目した新規神経保護薬開発の可能性もそう遠くはないと思われる.●酸化ストレスと緑内障酸化ストレスとは,生体内の過剰な活性酸素種reactiveoxygenspecies(ROS)がさまざまなシグナルを介し細胞に障害を与えることをいう.緑内障の発症要因の一因として酸化ストレスが考えられている.緑内障における酸化ストレスの関与については過去に多くの報告があり,全身における抗酸化システムの低下が指摘されている1,2).●チオレドキシンチオレドキシンは低分子量(12kDa)の蛋白で,生体内における主要な抗酸化酵素であるとともに,さまざまThioredoxil図1チオレドキシン1およびチオレドキシン2の発現チオレドキシン1は網膜視神経細胞質内に豊富に存在する.チオレドキシン2は網膜神経節細胞ミトコンドリア外膜に存在する.な細胞死シグナル伝達の制御にもかかわっているユニークな蛋白である.チオレドキシンは活性酸素消去や抗酸化作用以外に,炎症性サイトカインを抑制する抗炎症作用を有する.筆者らは以前,実験的緑内障ラットを作製し,網膜内でのチオレドキシンの発現を検討した3).チオレドキシンには,チオレドキシン1とチオレドキシン2の2つのisoformが存在する.チオレドキシン1は細胞質に存在し,細胞死因子と相互作用することで細胞死シグナルの活性を抑制する.チオレドキシン2はミトコンドリアの外膜に存在し,ミトコンドリアから放出される細胞死シグナルを抑える,いわば関所のような役割を示す.図1に示すように,チオレドキシン1は網膜視神経内に豊富に存在することが免疫組織学染色で証明されNeurofilamentMergedThioredoxin2MitochondriaMerged(73)あたらしい眼科Vol.31,No.5,20146990910-1810/14/\100/頁/JCOPY 表1抗酸化関連神経保護薬と動物モデル抗酸化神経保護薬動物障害モデル論文a-lipoicacid(ALA)DBA2JInmanetal,PlosOne,20131-imidazole視神経挫滅モデルHimorietal,JNeurochem,2013stanniocalcin-1(STC-1)視神経切断モデルKimetal,PlosOne,2013Thioredoxin1&2ラット高眼圧モデルMunemasaetal,GeneTher,2009Ginkgobilobaラット高眼圧モデルHirookaetal,CurrEyeRes,2004☆☆☆チオレドキシン1の発現網膜神経節細胞内(12kDa)コントロール緑内障緑内障末期コントロール緑内障緑内障末期図2実験的ラット緑内障眼におけるチオレドキシン1およびチオレドキシン2の変化チオレドキシン1および2は,単離された網膜神経節内でコントロール群に比し減少していた.ている.また,チオレドキシン2は網膜神経節細胞内のミトコンドリアに豊富に存在することが証明されている.筆者らは,緑内障ではこれら蛋白がどのように変化しているのか,緑内障類似動物モデルを用い検討した.その結果,図2に示すとおり,実験的緑内障モデルの単離された網膜神経節細胞内では,チオレドキシン1およびチオレドキシン2はコントロール群に比し減少していることが判明した.これは,緑内障網膜神経節細胞内ではチオレドキシン2の発現網膜神経節細胞内(12kDa)抗酸化機構が脆弱化していることを意味する.では,いったいどのように酸化ストレスから防御すればよいのか?●抗酸化と緑内障緑内障の病気進行には,全身および網膜視神経における抗酸化システムの破綻が関与していると推定されている.抗酸化因子をバイオマーカーとして,緑内障の予知,診断や治療に還元できないだろうか?さらに抗酸化因子の全身投与で酸化ストレスに対し補強できないだろうか?表1に示すとおり,過去に抗酸化薬による緑内障性視神経症に対する神経保護効果が示されている.さらに筆者らはチオレドキシンの強制発現による緑内障性視神経症に対する神経保護効果を示した.今後,これらの薬物を応用することで,抗酸化を介した新規神経保護薬の開発が可能な日はそう遠くないと思われる.文献1)TanitoM,KaidzuS,TakaiYetal:Statusofsystemicoxidativestressesinpatientswithprimaryopen-angleglaucomaandpseudoexfoliationsyndrome.PLoSOne11:e49680,20122)YukiK,TsubotaK:Increasedurinary8-hydroxy-2′-deoxyguanosine(8-OHdG)/creatininelevelisassociatedwiththeprogressionofnormal-tensionglaucoma.CurrEyeRes9:983-988,20133)MunemasaY,AhnJH,KwongJMetal:Redoxproteinsthioredoxin1andthioredoxin2supportretinalganglioncellsurvivalinexperimentalglaucoma.GeneTher1:17-25,2009700あたらしい眼科Vol.31,No.5,2014(74)

屈折矯正手術:眼振のLASIK

2014年5月31日 土曜日

屈折矯正手術セミナー─スキルアップ講座─監修=木下茂●連載168大橋裕一坪田一男168.眼振のLASIK木村格木村眼科内科病院エキシマレーザー屈折矯正手術のガイドラインは眼振を禁忌としていないが,固視不良例に対するLASIKは誤照射を考慮し避けられてきた.しかし,眼球追尾システムを備えた機種が登場し,眼振を伴う症例もLASIKが可能となってきた.まずは眼振を正しく評価し,各施設がもつ機種で眼振に対応可能か検討する必要がある.●眼振の評価(診断)眼振を評価(診断)することは,LASIKの適応を判断するためのファーストステップとなる.実際にLASIKの適応を判断するポイントは2つ.1つ目は先天眼振か,頭蓋内疾患の関与の可能性がある後天眼振かの判断,2つ目は眼振の特徴(方向,頻度,振幅)を把握すること.後天眼振の場合は末梢性(前庭蝸牛)症状,または中枢性症状を随伴していることが多く,すでに他科受診されている場合はよいが,そうでない場合LASIKより全身加療を優先するべきである.また,眼振の分類は安全なレーザー照射の成否にかかわる.「方向」では,水平性・垂直性・回旋性,「頻度」は単位時間当たりの眼振打数,「振幅」は1回の眼振で移動する眼球の偏位角をそれぞれ評価する.当院ではデジタルカメラで眼振を動画撮影し,眼振を客観的に評価できるよう記録している.●術前検査結果の評価LASIK手術に必須なパラメータは屈折検査,角膜形状解析,角膜厚測定である.眼振症例は固視不良のため測定が困難な場合が多く結果が信頼に値するか検討する必要がある.誤ったデータを基に手術を行えば,患者が期待する視力を得られない.測定結果にばらつきがあれば当然信頼に乏しいと考え,ばらつきのないデータが得られるまで再測定し,それでもばらつきがある場合は後日に再検する(現時点で固視不良例に特化した機能を備えた機種は存在しない).他覚的屈折検査はNIDEK社製のTONOREFIIR(図1)を使用し,ばらつきのないデータを採用して自覚的屈折検査を行い,良好な矯正視力が得られるかで,そのデータが信頼できるかを大まかに確認できる.角膜厚はジャパンフォーカス社製のパキメーター20R(図2)を使用し,ばらつきのない測定値の平均値を採用した.(71)0910-1810/14/\100/頁/JCOPY図1NIDEK社製のTONOREFII眼振症例でも安定したレフ・ケラトの結果が得られた.図2ジャパンフォーカス社製のパキメーター20角膜厚もばらつきの少ない結果が得られた.角膜形状解析はAMO社製のwavescanRで角膜前面,後面を精査,他の角膜形状解析装置をもつ施設なら,結果を比較するダブルチェックも有効である.●機種の性能を把握当院のエキシマレーザーはAMO社製のVISXStarS4IRTMを導入している.この機種は,瞳孔縁と瞳孔中心を認識し,眼球の直線方向の動きに対応するトラッキング(眼球追尾システム)(図3)と,虹彩紋理を認識し,体位変動(ベッドでの仰臥位)による回旋運動に対応するIrisRegistration(IR:虹彩紋理認証システム)を有あたらしい眼科Vol.31,No.5,2014697 図3眼球追尾システム眼振による固視不良例でも常に瞳孔を中心にレーザー照射が可能であった.しており,レーザーの誤照射を回避するためのサポートとなる.ただし,残念ながら,すべての眼振症例に有効とはいえない.「眼振の方向」で検討すると,レーザー照射中の直線(水平,垂直)方向へはトラッキングで追従可能だが,照射中の回旋方向には追従できない.これはIR機能が術前の仰臥位時に出現する回旋1)のみを補正可能で,術中の回旋運動には対応できないからである.術中に患者の興奮や緊張で回旋を生じるという報告もあり2),今後は術中の眼球回旋に対してのトラッキング機能を搭載した機種が望まれる.「眼振の頻度」で検討すると,同機種のサンプリングレートが毎秒60回なので,眼振頻度が最高の頻打性(frequent:毎分100以上)であっても,直線方向の眼振であれば追従可能となる.「眼振の振幅」で検討すると,正面視での眼振が瞳孔中心から直径3mm内の振幅ならば照射可能と判断できる.これは,同機種のトラッキング機能の追従可能範囲が,瞳孔中心から直径3mmのエリア内に設定されているからである.トラッキング機能が作動していれば,万が一に追従可能範囲を超える大きな振幅を認めた場合でも,レーザーの誤照射を回避するため照射は瞬間的に即停止となる.これらを考慮すると,正面視での眼振の振幅が15°以下であれば,同機種で十分に対応可能と思われる.これは斜視診断におけるHirschberg法を用いて,簡便に許容範囲内の振幅かを判断できる.大まかではあるが判断の参考にはなる.●眼振症例への工夫眼振は興奮,緊張状態で増強するため,精神安定薬を準備し,必要に応じて内服させ,可能なかぎり眼振の軽減に努める.また,眼振は他眼遮蔽で増強するため,術698あたらしい眼科Vol.31,No.5,2014中のドレープは両眼開放タイプを準備する.患者の緊張が高まるのは手術室である.緊張を最小限にするため,術前検査で来院した際にLASIK手術室に実際に入室させベッドに横になってもらい,当日の環境を実際に体験してもらう.この経験は当日の患者の緊張軽減の助けとなる.さらにベッドに仰臥位の状態で眼振の方向,頻度,振幅を確認し,ここで実際にトラッキングをかけてみる.トラッキングの作動を手術当日と同じ環境と体位で確認できることは,術者と患者の両者にとっての安心材料となる.●当院での症例症例は27歳,女性.初診時視力は右眼0.2(1.2×S.1.5D),左眼0.02(1.0×S.6.5D(cy1.1.0DAx20°).生後数カ月から先天眼振があり,初診時の眼振は正面視で左向き水平方向への急速相をもつ衝動性眼振,眼振頻度は毎秒3.4回,振幅はHirschberg法で15°以下で,VISXStarS4IRTMの装備するトラッキングシステムで十分に対応可能と判断した.術前検査の他覚的屈折検査,角膜厚,角膜形状ばらつきの少ない5回の平均を採用した.事前に手術室で体験シミュレーションを実施し,トラッキングが正常に作動すること確認,当日は両眼開きのドレープを使用したフラップ作製にはフェムトセカンドレーザーを使用,この工程はサクションリングを装用しレーザー照射するため眼振を完全抑制でき安全にレーザー照射ができ予定通りのサイズに作製できた.トラッキングをかけ眼振の動きに合わせエキシマレーザーが眼球を追従し,安全に手術を施行できた.術後1日目の視力は右眼1.0(1.2×S.0.25D),左眼0.9(1.0×S+1.0D)で,TMSRでも偏心照射や不整乱視を認めず,術後6カ月後も良好な裸眼視力で安定していた.●おわりに最近のエキシマレーザーが搭載しているトラッキングシステムであれば,これまで対応のむずかしかった眼振の症例に対しても有用となるケースがあり,LASIKの適応がより広がる可能性が示唆された.文献1)SawamiAU,StinertRFetal:Rotationalmalpositionduringlaserinsitukeratomileusis.AmJOphthalmol133:561-562,20022)稗田牧:屈折矯正セミナー眼球回旋(cyclotortion)への対応.新しい眼科22:771-772,2005(72)

眼内レンズ:核を回転しない核分割手技

2014年5月31日 土曜日

眼内レンズセミナー監修/大鹿哲郎塙本宰333.核を回転しない核分割手技小沢眼科内科病院Zinn小帯脆弱例,核が柔らかい例において,核を回転させないで核分割ができる方法の一つとしてアンブレラ法を紹介する.半円形のクレーターと溝を組み合わせて,傘の逆のような形で乳化吸引を行い,その後に縦方向,横方向の順に分割を行うと,核を回転させないで4分割できる.分割後に上方の核は中央に押し出して乳化吸引する.●はじめに超音波水晶体乳化吸引術(phacoemulsificationandaspiration:PEA)時に,通常はハイドロダイゼクションを行った後に核を水晶体.内で回転させて,核分割しながら乳化吸引を行って処理していくことが多い.しかし,Zinn小帯脆弱例では,ハイドロダイゼクションを行うときに核を回転させる動作をしたり核分割の際に回転したりすると,Zinn小帯断裂を起こしたり,IOL縫着に至ったりして,困難な手術になる場合がある.また,核が柔らかい例でも,ハイドロダイゼクションを行っても.内で回転しない場合があり,意外に対処に手間取ることを経験する.核を回転させないでPEAを行う試みはいくつか報告があり,核を水平分割するスカルプト法1)(谷口),Vカットプレチョップ(赤星),FourQuadrantdivide&conquerなどがある.最近,筆者はスカルプト法を改変して,核を回転しな図1アンブレラ形の乳化吸引上方の核を半円形に乳化吸引し,上半分を薄く皿状にする.下方半分の核の真ん中にUSチップより太めの溝を作製し,傘のような溝を作る.(69)0910-1810/14/\100/頁/JCOPYいで行える核分割手技(アンブレラ法)を用いて,Zinn小帯脆弱例や回転しにくい柔らかい核の白内障に対して行っているのでこれを紹介する.●アンブレラ法の実際PEA装置はインフィニティ(OzilIP)と0.9mmミニABSRチップ45°ケルマンを用い,分割器具はフェイコチョッパーを用いている.手術手技は,連続円形切.(continuouscurvilinearcapsulorrhexis:CCC)後に上方の核を半円形に乳化吸引し,ついで下方半分の核は真ん中にUSチップより太めの溝を作製し,傘のような溝を作る(図1).下方の溝を開くと核全体が水晶体線維の流れに沿って垂直方向に2分割され,核を回転させないまま水平方向の溝を左右それぞれ開くと4分割できる(図2).分割時に溝の底を両サイド上方に軽く引き上げるようにすると,確実に分割できる(図3,4).半円形の窪み図2縦方向の核分割下方の溝を開くと核全体が縦方向に2分割される.上方もほとんどの例で水晶体線維に沿って縦方向に2分割される.あたらしい眼科Vol.31,No.5,2014695 図3横方向の核分割横方向の溝を開くと,核半分が上下方向に2分割される.を乳化吸引して作製する場合に,比較的大きく深く行うほうが,あとの4分割が円滑に進むが,ケルマンチップはその形状が適しており,フェイコチップを横に傾けるとCCCの下まで削ることができる.●アンブレラ法の特長近年の横発振を採用したUSチップを用いたPEAでは,基本的にハイドロダイゼクションを十分に行わないと手術がやりにくいとされてきたが,本方法では十分なハイドロダイゼクションは不要である.筆者は,本法を最初は医原性Zinn小帯断裂予防やZinn小帯脆弱例に用いたり,硝子体手術の併用時に柔らかい核の症例に用いたりしていたが,最近は全例に行っている.柔らかい核の白内障では,アンブレラ型に核容量が少なくなっていると,第一分割縦分割後の操作のあとに下方の核を乳化吸引したのみで,上方の容量の少なくなった核が連な図44分割後の乳化吸引反対側も上下方向に2分割し,4分割されたピースを乳化吸引する.って乳化吸引できる場合も多く,効率良く核処理ができる.筆者は,Zinn小帯がしっかりしたグレード2.3程度の通常の白内障手術を行う場合は,第一分割後に左側の横分割を行って下4分の1を乳化吸引した後に,残りは回転させPEAを行っている.アンブレラ法は,.内にある核が動かない状態で核の容量を最初に最大限に削る方法でもあり,前房中で舞う核の分量が少ないのも魅力の一つである.通常の白内障手術で本法を行い慣れたうえで,難症例や柔らかい核の症例に臨み,一つのオプションとして活用するとよい.文献1)谷口重雄:私の白内障手術より安全な手術を目指して.眼科手術26:383-397,2013

コンタクトレンズ:コンタクトレンズ診療のギモン⑫

2014年5月31日 土曜日

提供コンタクトレンズセミナーコンタクトレンズ診療のギモン②12本コーナーでは,コンタクトレンズ診療に関する読者の疑問に,臨床経験豊富なTVCI※講師がわかりやすくお答えします.※TVCIは「ジョンソン・エンド・ジョンソンビジョンケアインスティテュート」の略称です.眼科医および視能訓練士を対象とするコンタクトレンズ講習会を開催しています.直乱視は眼を細めれば何とか見えるから矯正しなくてよい,倒乱視はしっかり矯正したほうがよい,と聞いたのですが,本当でしょうか?講師梶田雅義梶田眼科近視性乱視の屈折状態は,直乱視では水平方向の屈折力が小さく,垂直方向の屈折力が大きい(図1).眼瞼を細めると垂直方向の屈折成分が小さくなるので,乱視は弱まり,全屈折値は水平方向の屈折値に近づく.このため,近視性乱視の直乱視では,乱視矯正を行わなくても眼瞼を細めさえすれば,遠方の見え方に不自由を感じることは少ない(図2).しかし,これは十分な光量があるときに限られる.眼瞼を細めることは瞳孔に入射する光の量を減少させるので,薄暗いところでは,眼瞼を細めることによる乱視減少効果を期待できても,視力の改善は得られない.また,常に瞼裂を適切な幅になるように調整し続けなければならず(図3),眼輪筋に疲労を生じ,眼の周りの痛みや頭痛の原因になることがある.同じことが近視性乱視の老視にも当てはまる.倒乱視は垂直方向の屈折力が小さく,水平方向の屈折力が大きい.このため,眼瞼を細めると全体の屈折値は大きいほうにシフトする.乱視を矯正していない近視性乱視の倒乱視では,眼瞼を細めることによって近くにピントが合いやすくなる.乱視を矯正しないことによるもう一つの問題は,乱視によるボケ像を改善しようとして,無意識のうちに調節緊張状態に陥ることである.通常,乱視を球面度数のみで矯正する場合は,直交する両経線方向が均等にぼける最小錯乱円矯正をめざすことになる.近視性乱視を低矯正の状態から球面レンズで矯正し,徐々に矯正度数を増してゆく場合,後焦線が網膜面に到達したところは後焦線矯正で適切に求めることができる.最小錯乱円を求めるために矯正度数を増すと,後焦線位置は網膜面後方にシフトすることになるが,はっき図1近視性直乱視の見え方イメージ近視性直乱視では,縦方向が比較的鮮明に見えて,横方向はぼけて見える.図2眼瞼を細めたときの近視性直乱視の見え方イメージ眼瞼を細めると,スリット効果のため,横方向のボケが改善される.図3眼瞼を細め過ぎたときの近視性直乱視の見え方イメージさらに眼を強く細めると,干渉が生じ,ボケが加わってくる.(67)あたらしい眼科Vol.31,No.5,20146930910-1810/14/\100/頁/JCOPY り見えるものは明瞭に見たいという気持ちが無意識のうちに働き,後焦線を網膜面に引き寄せる調節が生じてしまう.このため,本来の最小錯乱円位置が網膜面に到達したときにも,調節によって後焦線を網膜面に引き寄せてしまい,後焦線の結像がクリアで,最小錯乱円矯正位置にはボケを感じる.さらに矯正度数を増して,前焦線位置が網膜面に達すると,前焦線位置は調節しなくてもピントが合うし,後焦線位置は調節することによってピントが合うために,この状態で初めて両経線方向が均等に見えると答えるようになる.十分な調節力がある症例では,生理的調節緊張状態のために,前焦線位置は後焦線位置よりもぼけて見えて,両経線方向が均一に見える状態はさらに矯正度数を強めたところになる.したがって,乱視がある眼を球面レンズのみで矯正した場合には,前焦線矯正よりもさらに強い度数を要求されることになり,この過矯正が眼精疲労の原因となって,体調不良を起こすことも少なくない.乱視は適切に矯正することが大切である.患者さんによって,どのようにソフトコンタクトレンズの素材を選んでいますか?ハイドロゲルレンズ,シリコーンハイドロゲルレンズの良いところ,使い分けを教えてください.講師塩谷浩しおや眼科ソフトコンタクトレンズ(SCL)は,素材から,ハイドロゲルを主成分としたハイドロゲルレンズ(HEMA)と,シリコーンを主成分としたシリコーンハイドロゲルレンズ(SHCL)に分類されている.HEMAはSHCLと比べると酸素透過性が低いため角膜への生理的な影響は避けられないが,素材の含水率が高いため柔軟であり,角膜への刺激が少なく,角膜形状にフィットしやすいという特徴がある.SHCLは酸素透過性が高いため長時間,長期間の装用でも角膜への生理的な影響が少なく,含水率が低く,素材表面へ特殊な処理や加工が施されているため保水性に優れ,装用時の乾燥感が少なく,脂質の汚れが付きやすくても蛋白質の汚れが付きにいという特徴がある.SCLを処方する場合には,このようなHEMAとSHCLの特徴を理解し,素材を選択する必要がある.一般的に,レンズの素材の高酸素透過性,低含水率と素材の表面への処理や加工が装用者に利点をもたらす場合にはSHCLを選択する.すなわち,高酸素透過性により安全性の向上が期待されるため,長時間装用者,不規則装用者,若年者,レンズの厚みにより高酸素透過性を必要とする強度屈折異常(強度近視,強度乱視,強度遠視),酸素欠乏症状(pigmentedslide,角膜血管新生,角膜内皮細胞密度減少など)の出現した既装用者,酸素欠乏による球結膜充血のある既装用者などの場合にSHCLを選択する.また,素材の低乾燥性と耐汚染性により,軽度のドライアイ,乾燥感や球結膜充血のある既装用者,レンズが汚れやすいアレルギー性結膜炎の既往のある装用者の場合にもSHCLを選択する.このように,SHCLには優れた特徴があるため第一選択となることが多くなるが,その一方で,HEMAより硬い素材であるため,汚れが付きにくいレンズであるにもかかわらず,乳頭結膜炎が惹起される場合がある.さらに,角膜形状へのなじみが悪く,フィッティングが不良であったり,装用感が優れなかったり,角膜へレンズが固着しやすかったりする場合がある.またSEALs(superiorepithelialarcuatelesions)と呼ばれる角膜上方輪部の弧状の角膜上皮障害や,レンズ下に小さい透明な球体であるムチンボール(mucinballs)が認められることがあり,適応とならないことがある.その場合には,酸素透過性が低く乾燥性が高くても,柔軟な素材であるHEMAを選択する.694あたらしい眼科Vol.31,No.5,2014(00)ZS698

写真:網膜血管腫状増殖

2014年5月31日 土曜日

写真セミナー監修/島﨑潤横井則彦360.網膜血管腫状増殖山崎太三*1山岸哲哉*2*1やまざき眼科園部クリニック*2京都府立医科大学眼科網膜色素上皮.離漿液性網膜.離図2図1のシェーマ図1網膜血管腫状増殖(RAP)硬性白斑を伴った約4乳頭径大の漿液性網膜.離(SRD)内に網膜色素上皮.離(PED)を認め,その中央に鮮紅色の網膜浅層の出血と網膜浮腫がみられる.周辺部網膜にはドルーゼンが多数散在している.図3光干渉断層系(OCT)水平断網膜浮腫と漿液性網膜.離(SRD)の下には大きな網膜色素上皮.離(PED)がみられる.網膜色素上皮(RPE)に断裂しているような像がみられ,そこから網膜新生血管がRPE下に伸展していることが推察される(白矢印).図4フルオレセイン蛍光眼底図5インドシアニングリーン造影(早期像)蛍光眼底造影(早期像)造影早期に図1の網膜内出血の造影早期に網膜色素上皮.離部位に一致して不均一な蛍光漏(PED)に一致して蛍光ブロッ出がみられる(矢印).網膜新クがみられる(矢頭).その中生血管と網膜動静脈との吻合も央に網膜新生血管を示唆する過疑われる.蛍光所見を認める(矢印).この所見は“hotspot”と呼ばれている.(65)あたらしい眼科Vol.31,No.5,20146910910-1810/14/\100/頁/JCOPY 網膜血管腫状増殖(retinalangiomatousprolifera-tion;RAP)は,2001年にYannuzziらが最初に報告した加齢黄斑変性の特殊型である1).網膜深部の毛細血管叢由来の新生血管が網膜浅層および深層に拡大し,鮮紅色の網膜浅層の出血や網膜浮腫を生じる(stage1).さらに網膜下に伸展し,網膜下出血や漿液性網膜.離(serousretinaldetachment:SRD)を引き起こす(stage2).通常,網膜色素上皮.離(retinalpigmentepithelialdetachment:PED)を伴うことが多い.その後,網膜色素上皮(retinalpigmentepithelium:RPE)下に脈絡膜新生血管(choroidalneovascularization:CNV)が出現し拡大する(stage3).最終的にはRPEを貫いて網膜新生血管とCNVが網脈絡膜血管吻合を形成すると報告した.新たにRAPと診断された患者の80%以上で,すでにPEDが存在するといわれている2).新生血管の起源については,CNVが直接RPEを貫き網膜内へ伸展して網膜新生血管となるという説3)と,別々に生じたCNVと網膜新生血管が吻合するという説1,4)があるが,症状が出現した段階では,すでに網脈絡膜血管吻合が形成されていることが多いため,いまだに明らかになっていない.本症例は87歳の女性である.検眼鏡的に比較的大きなSRD内にPEDを認め,その中央に鮮紅色の網膜浅層の出血と網膜浮腫が観察される(図1,2).光干渉断層計では,丈の高いPEDとRPEが断裂している像がみられる.これは網膜新生血管がRPEを貫通し伸展していると推察される(図3).フルオレセイン蛍光眼底造影では,網膜内出血の部位に一致して不均一な蛍光漏出がみられる(図4).インドシアニングリーン蛍光眼底造影では,早期にPEDに一致した蛍光ブロックがみられ,その中央に網膜新生血管を示唆する過蛍光所見(hotspot)を認める(図5).文献1)YannuzziLA,NegraoS,IidaTetal:Retinalangiomatousproliferationinage-relatedmaculardegeneration.Retina21:416-434,20012)YannuzziLA:Retinalangiomatousproliferation,type3neovascularization.TheRetinalAtlas,p595,ELsevier,NewYork,20103)GassJD,AgarwalA,LavinaAMetal:Focalinnerretinalhemorrhagesinpatientswithdrusen:anearlysignofoccultchoroidalneovascularizationandchorioretinalanastomosis.Retina23:741-751,20034)FreundKB,HoIV,BarbazettoIAetal:Type3Neovascularization:Theexpandedspectrumofretinalangiomatousproliferation.Retina28:201-211,2008692あたらしい眼科Vol.31,No.5,2014(00)

3Dディスプレイと調節

2014年5月31日 土曜日

特集●屈折と調節アップデート―眼科診療におけるMissingData―あたらしい眼科31(5):679.686,2014特集●屈折と調節アップデート―眼科診療におけるMissingData―あたらしい眼科31(5):679.686,20143Dディスプレイと調節AccommodationtoStereo3DDisplays柴田隆史*はじめに近年,3D映画や立体視ゲームが次々と登場し,立体映像(3D映像)が身近な映像メディアになってきた.そして,多くの人が3D映像による効果や影響,新体験などに関心をもつようになった.特に,3Dテレビや3Dモバイル(携帯ゲーム機やスマートフォン)の登場は,情報通信技術を日常的に活用する現代の社会生活に大きな影響を与えうるものと考えられる.これまでは,映画館や博覧会へ行くなどといった特定の状況あるいは選択的な状況においてのみ3D映像を見る機会があったのに対し,現在では,日常的に3D映像を利用するようになってきたことは大きな変化だといえる.また,3D携帯ゲーム機や3Dアニメーション映画などにより,成人だけでなく子どもも3D映像を見る機会が増えているのが近年の特徴である.本稿では,最近の3D映像について概説した後に,3Dディスプレイによる両眼立体視の特徴や,それにより生じる視覚疲労について述べる.そして最後に,快適な3D映像観察という観点から,3Dディスプレイ利用のこれからの方向性について述べてみたい.I3D映像の動向3D映像を表示する3Dディスプレイにはいくつかの方式が提案されているが,制作と呈示が比較的容易であり立体効果も大きいことから,両眼視差を利用して奥行きを表現する2眼式立体表示が広く用いられている.3D映画のように専用の3Dメガネをかけて観察するものなどがそれに該当する.また,個人や少人数向けの3D映像観察では,3Dメガネを必要としない裸眼3Dディスプレイがあり,複数の視差画像を表示するものもあるが,広く普及している裸眼3Dディスプレイは基本的に2眼式表示のものが多い.2005年頃から3D映画を上映できる映画館が世界的に増え,日本では2010年が3D元年ともいわれた.その背景には,高品質な3D映像を上映できる技術が実用化されたことと,米国ハリウッドを中心としたコンテンツ供給があげられる.つまり,ここ最近の3D映像の普及は,ハードウェアとソフトウェアの両側面からのアプローチのうえに成り立っている.3D映画を制作する環境や視聴する環境が整い,コンテンツが増えてきていることは,わかりやすい変化であるといえるが,最近の3D映像の特筆すべき特徴は,映像品質が良くなってきたことである.具体的には,映画監督やステレオグラファーによる創意工夫により,3D映画における表現技法が向上してきている.つまり,どのように3D表現を使えば3D映像の良さを活かせるのか,面白くなるのかなどといったことが検討されるようになってきた.一昔前の3D映画は,スクリーンからの飛び出しばかりを強調して観客を驚かせるものが多かったのに対し,近年では映画「アバター」に代表されるように,飛び出しと奥行きを効果的に活用した映画が作られるようになっていることを踏まえるとわかりやすいか*TakashiShibata:東京福祉大学教育学部〔別刷請求先〕柴田隆史:〒372-0831伊勢崎市山王町2020-1東京福祉大学教育学部0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(53)679 画像呈示面輻湊距離輻湊距離調節距離再生される立体像調節距離図13D映像観察時の輻湊と調節左:同側性視差,右:交差性視差.もしれない.さらに,近年における映像品質の向上には,3D映像の観察により生じる視覚疲労を軽減させる配慮がなされていることも一翼を担っている.II3D映像観察時の輻湊と調節3Dディスプレイでは,左右眼に対応した注視点の呈示画面上でのずれ幅により,理論的に再生される奥行き方向の位置が決定される.図1左は,同側性視差により画像呈示面よりも奥に立体像が沈んで見える様子,図1右は,交差性視差により画像呈示面よりも手前に立体像が飛び出して見える様子を示している.通常,観察者から画像呈示面までの距離は変わらないため,立体像の位置が変わることで輻湊が変化しても,調節は画像呈示面位置の近傍に固定され,輻湊による距離情報との間に不整合が発生する.これが,3D映像観察時の輻湊と調節の不整合である.もしそれぞれの位置に輻湊と調節を働かせないと,像がぼやけたり二重に見えたりすることになる.3D映像の観察時はその不整合を解決するように視覚系を働かせようとし,その結果として視覚疲労が生じると考えられる.自然視の状態では,輻湊と調節の距離情報は基本的に一致しているため,自然な3D映像表現を実現するためには,輻湊と調節の距離情報を一致させることが望ましいといえるが,3Dディスプレイの技術的理由により,現状ではそれをハードウェアで解決するのは困難であり,立体像の再生位置に留意することでソフトウェア,つまりコンテンツの表現方法による解決を図っている.そのため,3Dコンテンツの表現や映像品質を考えるうえで,視覚特性を考慮することが重要になってくる.III快適視域に関する基準輻湊と調節の不整合の程度を小さくすることで,3D映像における視覚疲労を軽減させることを期待できるが,それは,奥行き幅を縮小して2D映像に近づけることにつながり,実空間に像を再生して奥行きを表現できるという3D映像の利点を損なうことにもなる.そこで,3D映像を安全で快適に見るためにはどのくらいの範囲に立体像が再生されるようにすれば良いのか,という議論がなされている.たとえば,国内の業界団体である3Dコンソーシアムは,3DC安全ガイドラインにおいて視差角1°以内が快適な範囲としている1).ここでの視差角とは,画像呈示面に対する輻湊角と立体像に対する輻湊角の差分を表している.たとえば視距離が50cmであった場合,視差角1°の立体像は画面から手前に約6cm,奥に約8cmの位置に再生されることになる.また,3D映像の制作現場では,視覚疲労を軽減させるために左右像のずれを画面幅に対して2%以下に抑えるといったような経験則が用いられることもある.680あたらしい眼科Vol.31,No.5,2014(54) 自然視では基本的に輻湊と調節が同じ対象に働くが,実際には両眼単一視かつ明視することが可能な範囲(zoneofclearsinglebinocularvision:ZCSBV)があり,輻湊と調節が完全に一致していなくても視対象を明瞭に見ることができる.ZCSBVは,調節の各段階における相対輻湊(実性相対輻湊)および相対開散(虚性相対輻湊)を測り,相対輻湊近点および相対開散近点(相対輻湊遠点)を結ぶことで図示される2,3).図2左は典型的なZCSBVの例であり,縦軸は調節距離を,横軸は輻湊距離をそれぞれジオプトリー単位(diopter,以下Dと略記)で表している.ジオプトリーは眼から注視点までの距離(メートル)の逆数で表され,輻湊距離に対してはメートル角と同じ値をとる.ZCSBVのグラフはDondersにより示されたが,Percivalはそのグラフを用いて,「快適視域は無限遠から3D(33.3cm)の範囲内において,全相対輻湊量を三等分したうちの中心部分である」と定義し,その範囲内にDonders線が含まれる場合に快適な両眼単一明視が維持できると提唱した2).そして,その基準が満たされない場合には,プリズム処方か球面調整により眼鏡処方すべきであるとした.SheardもPercivalと同じような結論に至ったが,「快適視域は斜位(用語解説参照)値を基準としてそこから相対輻湊近点と相対輻湊遠点(相対開散近点)のそれぞれの三分の一までの範囲である」とした.つまり,斜位線がZCSBVを二等分する場合にPercivalとSheardの快適視域は同じものとなる.図2右に,典型的な斜位値を用いて,PercivalとSheardの快適視域が異なる場合を示した.PercivalとSheardの基準は,輻湊と調節の関係性に注目したものであるため,輻湊と調節の不整合により生じる3Dディスプレイの視覚疲労を考えるうえで有用であるかもしれない.しかし,眼鏡処方と3Dディスプレイでの観察には重要な違いもある.一つは,眼鏡処方では輻湊と調節の不整合の程度は常に一定であるが,3Dディスプレイでの立体視では,コンテンツの内容によりさまざまに変化することである.そのため,眼鏡処方のほうが,3Dディスプレイの観察よりも容易に輻湊と調節の不整合に慣れるかもしれない.また,眼鏡処方では起きている時間の大半が光学補正された状態にあるが,3Dディスプレイでの立体視では明らかにそれよりも短い時間であることも大きな違いである.IV3Dディスプレイの視距離と視覚疲労の関係性3D映画や3Dテレビ,3Dモバイルが増えたことは,多くの人がさまざまな視環境で3D映像を見るようになったことを意味している.斜位や相対輻湊などは調節の刺激量により異なるため,3D映画のような長い視距離と3Dモバイルのような短い視距離とでは,調節と輻湊の不整合による視覚疲労の程度に差が出てくることが予想される.ここでは,3Dディスプレイの視距離と視覚疲労の関係性を検討した2つの実験を紹介する4).Donders線012341234輻湊距離(D)調節距離(D)0ZoneofclearsinglebinocularvisionPercivalの快適視域Sheardの快適視域相対開散相対輻湊012341234輻湊距離(D)調節距離(D)0斜位図2両眼単一視かつ明視できる範囲とPercivalとSheardの快適視域(55)あたらしい眼科Vol.31,No.5,2014681 た.被験者は正常な立体視機能を有する24例(19.33歳)であった.図4に全被験者の自覚症状の平均値を示した.縦軸は症状の程度を表し,数値が高いほどその程度が大きいことを表している.エラーバーは標準偏差を示す.症状項目「眼の疲れ」に注目してみると,いずれの視距離においても,輻湊と調節の手がかりが一致していない状態(3Dディスプレイでの観察)のほうが,一致している状態(自然視)よりも疲労の程度が大きいことがわかる.特に,視距離が長くなるほどその差が大きくなる(遠距離条件:Wilcoxonsigned-ranktest,p<0.025,onetailed).また,3Dディスプレイと自然視のいずれの観察条件においても,視距離が短くなるほど疲労の程度が大きくなる傾向にあった.2.視距離と立体像の再生位置の違いが3Dディスプレイの視覚疲労に与える影響(実験2)つぎに,輻湊と調節の不整合による視覚疲労が,視距離と立体像の再生位置(画像呈示面よりも手前あるいは奥)によってどのように異なるのかを検討した.図5に実験条件を示した.視距離は実験1と同様の3種類であり,それぞれの視距離に対して輻湊が変化する方向を変えることで,同側性視差(条件①,③,⑤)と交差性視差(条件②,④,⑥)を呈示した.つまり,条件①,③,近距離条件(40cm)中間距離条件(77cm)遠距離条件(10m)3.74調節距離(D):輻湊と調節の手がかりは一致:輻湊と調節の手がかりは不一致①③②⑤⑥④1.視距離の違いが3Dディスプレイの視覚疲労に与える影響(実験1)輻湊と調節の不整合による視覚疲労が,視距離の違いによってどのように異なるのかを検討した.視距離は,3D映画鑑賞のような長い距離(0.1D,または10m),VDT作業やテレビ視聴のような中間距離(1.3D,または77cm),モバイル利用のような短い距離(2.5D,または40cm)の3種類を設定した(図3).そして,それぞれの視距離に対して,輻湊と調節の手がかりが一致している状態(自然視)と一致していない状態(3Dディスプレイでの観察)を,実験用に開発されたディスプレイ5)を用いて再現した.当該ディスプレイは,複屈折(用語解説参照)を利用したレンズにより調節刺激量を高速に変化させることができる.輻湊あるいは調節の変化量は,遠距離条件では0.1.1.3D,中間距離条件では1.3.2.5D,そして短距離条件では2.5.3.7Dであり,被験者は各視覚状態を交互に注視した.実験条件を表した図3において,条件①,③,⑤は3Dディスプレイでの観察条件であり,条件②,④,⑥は自然視での観察条件であった.各条件における観察時間は20分間であり,被験者はそれぞれの観察後に疲労に関するアンケートに回答した.アンケートの質問項目は,眼の疲れ,眼のぼやけ,首と背中の疲れ,眼の痛み,頭痛の5項目であり5件法(用語解説参照)を用い43.732.521.310.10.11.32.50123輻湊距離(D)682あたらしい眼科Vol.31,No.5,2014(56)図3輻湊と調節の刺激量(3Dディスプレイの観察と自然視の比較) 症状54321眼の疲れ眼のぼやけ首と背中の疲れ眼の痛み頭痛図43Dディスプレイの観察と自然視とを比較した結果条件①(遠距離&輻湊調節不一致)条件②(遠距離&輻湊調節一致)条件③(中間距離&輻湊調節不一致)条件④(中間距離&輻湊調節一致)条件⑤(近距離&輻湊調節不一致)条件⑥(近距離&輻湊調節一致)123①③②⑤⑥④:輻湊と調節の手がかりは一致:輻湊と調節の手がかりは不一致432.52調節距離(D)近距離条件(40cm)中間距離条件(77cm)1.310.1遠距離条件(10m)-0.700.11.32.53.34輻湊距離(D)図5輻湊と調節の刺激量(同側性視差と交差性視差の比較)⑤は立体像が画像呈示面よりも奥に見える状態を,条件②,④,⑥は手前に飛び出して見える状態を再現している.刺激の呈示条件以外は実験1と同様の方法であり,被験者は正常な立体視機能を有する14例(20.34歳)であった.図6に全被験者の自覚症状の平均値を示した.視距離が長い条件では,同側性視差による輻湊と調節の不整合のほうが,交差性視差よりも疲労の程度が大きかった.具体的には,眼の疲れと眼の痛みにそれぞれ有意差がみられた(Wilcoxonsigned-ranktest,p<0.05,twotailed).一方で,視距離が短い条件では,交差性視差のほうが同側性視差よりも疲労を生じやすいことが明らかになった.特に,眼の痛みに有意差があった(p<0.01).また,中間距離では,頭痛において交差性視差による観察のほうが疲労の程度が有意に大きかった(p<0.05).3.3Dディスプレイにおける視覚疲労の実験結果と快適視域上記の2つの実験結果に基づき,3Dディスプレイでの観察における快適視域を推定する式を求め,グラフに(57)あたらしい眼科Vol.31,No.5,2014683 症状眼の疲れ眼のぼやけ首と背中の疲れ眼の痛み頭痛条件①(遠距離&同側性視差)条件②(遠距離&交差性視差)条件③(中間距離&同側性視差)条件④(中間距離&交差性視差)条件⑤(近距離&同側性視差)条件⑥(近距離&交差性視差)53124図63Dディスプレイにおける同側性視差と交差性視差を比較した結果530モバイルfarnearVDT映画テレビ映画nearテレビfarVDTモバイル104調節距離(D)調節距離(m)32310.310.100123450.10.3131030輻湊距離(D)輻湊距離(m)図7実験結果に基づき推定された快適視域(ジオプトリー単位)表した(図7).推定式に関する詳細は,文献4)を参照されたい.farと書かれた線は画面よりも奥,つまり同側性視差の快適視域の境界線であり,nearと書かれた線は手前,つまり交差性視差の境界を表している.また,3D映像を見る状況を想定して,モバイルやVDT作業,テレビ,映画の典型的な視距離を示した.なお,縦軸と横軸ともに,単位はジオプトリー(D)である.実験結果に基づき推定された快適視域には,以下のような特徴がある.(1)快適視域は短い視距離ほど広くなる.ただし,ジオプトリー単位で考えた場合である.684あたらしい眼科Vol.31,No.5,2014図8実験結果に基づき推定された快適視域(メートル単位)(2)交差性視差(画面より手前)は,長い視距離で快適な範囲が広くなる.(3)同側性視差(画面より奥)は,短い視距離で快適な範囲が広くなる.オプトメトリーや眼科ではジオプトリーやプリズムジオプトリーによる表記が一般的であるが,これらの単位は3D映像のクリエータあるいは一般の人にはあまり馴染みがない.そこで,3Dディスプレイにおける快適視域をわかりやすく示すことを目的に,メートル単位で表記したグラフを図8に示す.空間的な実際の距離で考えると,映画のように視距離が長い状況においては快適視(58) 輻湊距離(D)調節距離(D)-101234567801234Percivalの快適視域Sheardの快適視域斜位相対開散相対輻湊推定された3Dディスプレイの快適視域図9実験結果に基づき推定された快適視域とPercivalとSheardの快適視域の比較域が大きくなることや,モバイルのような近距離においては,同側性視差(画面よりも奥)のほうが快適な範囲が広いことなどが明確にわかる.また,例えばVDT作業の視距離(50cm)の場合,観察者からの距離が38cm(2.6D)から71cm(1.4D)までの範囲に立体像があれば,視覚疲労の程度はあまり大きくないことを示している.その範囲は,上述の3DC(3Dコンソーシアム)安全ガイドラインの基準値を超えるものであるが,3D映像を見る実際の状況では,輻湊と調節の不整合以外にも,数多くの視覚疲労を生じさせる要因があり,実用上はそうしたさまざまな要因を複合的に考慮する必要があるためであると考えられる.なお,快適視域を推定するための2つの実験は,厳密な実験統制により,輻湊と調節以外の要因を極力排除した状況で行われた.V3Dディスプレイによる視覚疲労とオプトメトリーの快適視域との関係性先述のとおり,3Dディスプレイの観察とPercivalやSheardの基準による眼鏡処方には違いがあるが,いずれも輻湊と調節の不整合に注目したものであることから,両者には何らかの関係性がみられる可能性がある.そこで,2つの実験に参加した者に対して斜位や相対輻湊を測定し,3Dディスプレイによる視覚疲労とPercivalやSheardの基準とを比較した(図9).なお,斜位などの測定はフォロプターを用いてオプトメトリーによる測定法に基づいて行われた.図9より,PercivalとSheardの快適視域は,3Dディスプレイを用いた実験から推定された快適視域よりも広いことがわかるが,それは推定式を求めるための快適さの基準を厳しくしたせいであることが考えられる.また,推定された快適視域は,Percivalの基準よりもSheardの基準に近いことが見て取れる.Percivalの快適視域は,Sheardや推定された3Dディスプレイの快適視域よりも近距離側へシフトしている.おわりに3Dディスプレイにおける輻湊と調節の不整合による視覚疲労は,視距離すなわち調節の刺激量の違いにより異なることが示された.特に,視距離が長い場合(調節の刺激量が小さい場合)には,同側性視差の観察で視覚疲労の程度が大きくなり,逆に視距離が短い場合(調節の刺激量が大きい場合)には,交差性視差の観察で視覚疲労の程度が大きくなることが示された.これらは,斜位や相対輻湊の傾向および快適視域に関する基準と適合するものであり,3Dディスプレイによる視覚疲労や快適性を考える際に,オプトメトリーの知見を活用できることを示唆している.ただし,実用場面における3Dディスプレイの観察では,輻湊と調節の不整合だけが視(59)あたらしい眼科Vol.31,No.5,2014685 覚疲労の程度を決定するわけではないことから,注視対象の視差変化や観察時間などさまざまな要因も含めて多角的に検討する必要があるだろう.さらに留意すべき点として,斜位や相対輻湊といった特性には個人差があり,人によってはガイドラインに沿った3D映像でも見にくさを感じる場合があるかもしれない.個人の両眼視機能を測定してその特性を知ることで,その人に合った3D映像の観察方法を助言することもできるであろう.3D映像による三次元表現は,エンターテイメントの■用語解説■斜位:融像が妨げられたときに起こる眼位のずれ.調節刺激量により異なる特性を示す.たとえば,視距離が短くなる,つまり調節刺激量が大きくなるにつれて,一般に外斜位の傾向を示すとされる.複屈折:方解石などの物質に入射した光が,その偏光の状態によって2つの方向に屈折する現象.本文における実験では,それを利用してレンズの屈折力を変化させている.5件法:質問項目に対し,5段階の評定尺度を用いてどの段階に当てはまるのかを回答させる方法.みならず医学や教育分野でも活用されていることからも,機能的価値が高い映像メディアであるといえる.今後,多くの人が日常的に3D映像を安全で快適に利用していくためには,オプトメトリストや眼科医,そして3D映像のメディア活用を専門とする者が,3D映像の利用環境と個人の視機能特性の両側面を考慮したユニバーサルデザインの視点を取り入れていくことが重要であると思われる.文献1)3Dコンソーシアム:3DC安全ガイドライン.2011http://www.3dc.gr.jp/jp/scmt_wg_rep/3dc_guideJ_20111031.pdf2)日本眼鏡学会眼鏡学ハンドブック編纂委員会:眼鏡学ハンドブック.眼鏡光学出版,20123)丸尾敏夫,粟屋忍:視能矯正学第2版,金原出版,19984)ShibataT,KimJ,HoffmanDMetal:Thezoneofcomfort:Predictingvisualdiscomfortwithstereodisplays.JVis11:1-29,20115)LoveGD,HoffmanDM,HandsPJetal:High-speedswitchablelensenablesthedevelopmentofavolumetricstereoscopicdisplay.OptExpress17:15716-15725,2009686あたらしい眼科Vol.31,No.5,2014(60)

眼内レンズによる調節機能の再建

2014年5月31日 土曜日

特集●屈折と調節アップデート―眼科診療におけるMissingData―あたらしい眼科31(5):675.678,2014特集●屈折と調節アップデート―眼科診療におけるMissingData―あたらしい眼科31(5):675.678,2014眼内レンズによる調節機能の再建RecoveryofAccommodationbyIntraocularLens根岸一乃*はじめに調節眼内レンズ(IOL)は白内障術後の調節力欠如の改善を目的としたIOLである.現在臨床使用されている調節IOLは,毛様体筋の緊張に伴う光学部の光軸方向の移動で調節を実現しようというものが主であるが,開発中の調節IOLの設計概念には,そのほかに毛様体筋の緊張に伴う光学部曲率の急峻化により光学部の移動なしに調節を得ようとするものがある.図1に調節IOLの分類を示す.本稿では,発売中および開発中の調節IOLについて記載する.開発中の調節IOLが将来的に本格的に臨床使用されるかどうかは不明であることはご留意いただきたい.I光学部の機械的変化によるもの1.光学部の前後移動によるものa.光学部が1枚の調節IOL光学部が1枚の調節IOLの調節機序の多くは,毛様体筋の収縮時に毛様体が後方に突出し周辺部の硝子体を圧出することにより,IOLに接している硝子体圧が増加すること,またZinn小帯の平面が前方移動することによりIOLの光学部が前方移動することによると考えられている.代表的なものとしてFDA(米国食品医薬品局)承認のCrystalens(Bausch&Lomb)(図2)があるが,このほかにも各社より数種発売されている.光学部が1枚の調節IOLはIOL自体の度数が小さいほど,調IOLの移動による光学部が1枚Mechanical(毛様体などの動き)光学部が2枚IOLの曲率変化によるElectro-Active(Autofocal)Lensrefilling調節IOL図1調節眼内レンズの分類図2調節眼内レンズ(光学部の前後移動により調節を得るもの)CrystalensAOTM(Bausch&Lomb).(http://www.bausch.com/ourproducts/surgical-products/cataract-surgery/crystalens-ao/より)節力も小さくなるため1,2),挿入IOLの度数が小さい症例では調節がうまくできないという欠点がある.しかし一方で,多焦点IOLと違い,コントラスト感度低下がないことはこのIOLの利点といえる.米国では別途費用を請求できる“PremiumIOL”として認められていることもあり,一定のシェアを占めるが,日本で承認されているものはなく,国内の施設からの成績では十分な近方視力はえられていない3,4).*KazunoNegishi:慶應義塾大学医学部眼科学教室〔別刷請求先〕根岸一乃:〒160-8582東京都新宿区信濃町35慶應義塾大学医学部眼科学教室0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(49)675 b.光学部が2枚の調節IOL光学部が2つの調節IOLで臨床で用いられているのはSYNCHRONYVU(AbbotMedicalOpticsInc.)である.SYNCHRONYはワンピース型で,シリコーン製の2つの光学部がバネのような動きをする支持部で連結され,このバネ作用により,光学部を移動させて調節を可能にしようとしている.毛様体筋安静時にはZinn小帯の緊張が維持されて水晶体.は赤道方向に拡大して前後軸方向が短くなる.このため,水晶体.でIOLの光学部が圧迫されて2つの光学部の間隙が狭くなり,支持部(バネ部分)に緊張のエネルギーが蓄積される.調節努力が起こると,Zinn小帯が弛緩し,.の緊張が緩み,バネ部分に蓄積したエネルギーが放出され,前方の光学部が前方移動する.これによって,調節力が生み出される.原理については,ホームページの動画が理解しやすいので参照されたい(http://synchronyiol.eu/synchrony_vu_iol.php,2014年1月末現在アクセス可能).具体的スペックとしては,前方の光学部のパワーは32Dであり,後方の光学部のパワーは挿入された眼の屈折が正視になるように設定される.前方光学部は5.5mm,後方光学部は6.0mmでレンズの全長は9.5mm,全幅は9.8mm,厚さは2.2mmである.挿入はインジェクターで行う.すでに欧州で使用されており,早期臨床成績は良好であるが5),中.長期成績はまだ報告がない.またAbbotMedicalOpticsInc.はすでにこのレンズの取り扱いを中止しており,今後については不明である.2.光学部の水平移動によるものa.LuminaIOLLuminaIOL(AkkolensInternationalBV)は,毛様体筋の動きにより,光学部を水平移動させることにより屈折力を変化させる調節IOLである(図3).固定は毛様溝に行う.調節の原理については,以下にわかりやすく動画で示されているので,興味のある方は参照されたい(http://www.akkolens.com/general-information/akkolens-optics-principle-movie,2014年1月末現在アクセス可能).Rombachの報告6)によれば,IOLは2.8mm切開による挿入で,2011年に臨床試験開始,40眼に挿入され,3.5Dまでの調節力が得られるとのことで,676あたらしい眼科Vol.31,No.5,2014術後6カ月で大多数が眼鏡装用不要だという.今後の追試が待たれる.3.光学部の曲率半径の変化によるものa.NuLensNuLens(HerzliyaPituach,Israel)はPMMA(ポリメチルメタクリレート)の平面と一体化して毛様溝に固定されたPMMA支持部とフレキシブルなシリコーンゲルが充填された小空間,水晶体.によって動く後方のピストンの役目をする部分から構成される.後方のピストンがフレキシブルゲルを押すことによりPMMA平面中央の丸い穴からフレキシブルゲルが前方に突出することによって,屈折力の変化が生まれ,調節が得られる仕組みである(図4)7).このIOLでは突出部の曲率が小さいほど屈折力が強くなる.網膜像のボケに反応して,毛様筋の力が.に伝わると,それがピストンに伝わり,網膜に焦点が合うまでシリコーンゲルが変形する7).NuLensでは毛様筋が弛緩したときに近方に焦点が合い,収縮したときに調節が緩む,すなわち生理的な反応とは逆であり,輻湊と調節の関係も逆になるため,像を1つに保つのが困難となるが,順応可能であるとされる8).NuLensは霊長類の眼7)と加齢黄斑変性のあるヒト眼8)に挿入された.ヒト眼における12カ月後の結果では,IOLは中心固定で安定しており,調節幅は自覚検査で10Dだったという8).b.FluidVisionFluidVision(PowerVisionInc,Belmont,California,USA)AIOLは疎水性アクリル(専売特許)の中空の支持部と光学部をもち,支持部と光学部の空間は連結され,空間には液体シリコーンが満たされるようになっているIOLである.疎水性アクリルとシリコーンの屈折率は同一でレンズとしては一体化する.毛様筋が弛緩している遠方視時は赤道部付近の支持部にほとんど力がかからないので,支持部には液体が満たされており,近方視時は毛様筋の収縮により水晶体.の直径が減少し,支持部に圧がかかることにより液体が支持部から光学部に移動する.そして光学部の液体の体積が増加し中央部が膨らむことにより表面カーブが急峻化し,屈折力が増加する(図5).Potgieterは,パイロットスタディ20眼の(50) 図3LuminaIOL(AkkolensInternationalBV)左:LuminaIOLの外観.(http://www.akkolens.com/general-information/akkolens-optics-principle-movieより)右:LuminaIOLの調節原理.(http://www.akkolens.com/general-information/general-informationより)図5FluidVision(PowerVision,CA,USA)(http://www.ophthalmologymanagement.com/articleviewer.aspx?articleid=105934より)成績について,遠方視力は術後6カ月で平均20/20以上,片眼近方視力はおよそ20/30,調節幅は3D以上と眼鏡が不要なレベルであったと報告した9).c.SmartIOLSmartIOL(MedenniumInc,Irvine,California,USA)10)は温度応答性の形状記憶疎水性アクリルでできており,室温においては2mm×30mmの棒状で,屈折率は1.47で,軟化する温度は20.30℃である..内に挿入され,体温に曝露されるとIOLは約30秒で直径9.5mm,中央厚さ2.4mm(平均約3.5mmで,厚さはレンズ度数による)のゲル様のbi-convexレンズとなり,.内を満たす.このレンズは非常に伸展性に富んだゲル状の素材である.このため,Helmholtzの調節の原理にしたがって,毛様筋の緊張に伴い厚みが増加し,表面カーブが急峻化し,毛様筋の弛緩に伴い逆の現象が起こる.また,.内が完全に充填されることにより,水晶体.内の細胞増殖や線維化が抑制され,良好な中心固定とエッジグレアの減少が期待できると考えられている.最近では異なる大きさの.のサイズに対応するため,スリーピース型のものも開発されているが,得られる調節幅はより少ないとのことである.また,前.切開を行った場合,IOLに.による圧力がどの程度伝わるかなども不(51)AB図4NuLens(HerzliyaPituach,Israel)NuLensの機構の概念図.遠方視の状態(A)から屈折度数を増加させるため,ピストンがフレキシブルなシリコーンゲルを押し,PMMA板中央の丸い開口部よりフレキシブルなシリコーンゲルが前方に突出する(B).突出部が急峻であるほど大きな調節力となる.〔文献12)より〕明である.筆者が検索したかぎりでは,臨床使用の報告はない.IIElectro.active(Autofocal)眼内レンズ1.ELENZATMSapphireAutoFocalIOLELENZATMSapphireAutoFocalIOL(PixelOptics,USA)11)はIOL内蔵の人工知能により屈折が制御される液晶光学部をもつ調節IOLである.屈折は電気的に制御され,調節時のわずかな瞳孔反応(対光反射とは異なるわずかな動き)を検知して作動する(図6).充電可能なリチウムイオンバッテリーをもち,3,4日ごとに充電して寿命は50年間であるという.臨床応用できれば究極の“人工レンズ”となる可能性がある.おわりに現在,IOLは世界で最も汎用されている,最も成功した人工臓器といえる.しかし,水晶体の最も重要な機能である調節力の再現は,開発当初から最も大きな課題として取り上げられてきたにもかかわらず,いまだ達成されていない.これまでの調節IOLは近い将来臨床使用可能と発表されているものであっても,実際には開発があたらしい眼科Vol.31,No.5,2014677 Far-offNear-on図6ELENZATMSapphireAutoFocalIOL(PixelOptics,USA)の制御機構調節時のわずかな瞳孔反応(対光反射とは異なるわずかな動き)を検知して液晶光学部の屈折が変化する.〔文献11)より〕中断・中止されてしまうものもあった.したがって,今回紹介した調節IOLも実際に臨床使用まで達成されるかは未知数であるが,水晶体の調節そのものに関する研究も含め,今後の進歩が期待される分野である.文献1)NawaY,UedaT,NakartsukaMetal:Accommodationobtainedper1.0mmforwardofaposteriorchamberintraocularlens.JCataractRefractSurg29:2069-2072,20032)PreussnerPR,WahlJ,LahdoHetal:Raytracingforintraocularlenscalculation.JCataractRefractSurg28:1412-1419,20023)DogruM,HondaR,OmotoMetal:Earlyvisualresultswiththe1CUaccommodatingintraocularlens.JCataractRefractSurg31:895-902,20054)SaikiM,NegishiK,DogruMetal:Biconvexposteriorchamberaccommodatingintraocularlensimplantationaftercataractsurgery:long-termoutcomes.JCataractRefractSurg36:603-608,20105)OssmaIL,GalvisA,VargasLGetal:Synchronydual-opticaccommodatingintraocularlens,Part2:pilotclinicalevaluation.JCataractRefractSurg33:47-52,20076)RombachM:ClinicalExperiencewiththeAkkoLensLumina.The5thConferenceoftheInternationalSocietyofPresbyopia,Amsterdam,4October,20137)Ben-NunJ,AlioJL:Feasibilityanddevelopmentofahigh-powerrealaccommodatingintraocularlens.JCataractRefractSurg31:1802-1808,20058)AlioJL,Ben-nunJ,Rodriguez-PratsJLetal:Visualandaccommodativeoutcomes1yearafterimplantationofanaccommodatingintraocularlensbasedonanewconcept.JCataractRefractSurg35:1671-1678,20099)PotgieterF:FluidVisionRLensDesignPrinciplesandEarlyClinicalExperience.The5thConferenceoftheInternationalSocietyofPresbyopia,Amsterdam,4October,201310)WernerL,OlsonRJ,MamalisN:Futureintraocularlenstechnology.PresbyopicLensSurgery:AClinicalGuidetoCurrentTechnology,editedbyDavisEA,HardtenDR,LindstromRL.SlackIncorporated,London,200711)HaydenFA:ElectronicIOLs:Thefutureofcataractsurgery.EyeWorldFebruary,201212)SheppardAL,BashirA,WolffsohnJSetal:Accommodatingintraocularlenses:areviewofdesignconcepts,usageandassessmentmethods.ClinExpOptom93:441-452,2010678あたらしい眼科Vol.31,No.5,2014(52)